2018年6月15日金曜日

日経 阿刀田寛記者「2026年W杯」の解説記事に問題あり

日本経済新聞にスポーツ関連記事を書く阿刀田寛記者は好き嫌いが分かれる書き手だ。凝った独特の文体で支持を得る一方、その分かりにくさを忌み嫌う読者も少なくない。14日の夕刊スポーツ面に載った「FIFA、金脈求めW杯拡大 26年大会は3カ国共催 出場チームも48に増加」という記事では、「阿刀田節」は抑え気味だったが、色々と問題は感じた。記事を見ながら指摘してみたい。
諫早公園の大クス(長崎県諫早市)
       ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

13日にモスクワで開かされた国際サッカー連盟(FIFA)総会で、2026年ワールドカップ(W杯)の米国、カナダ、メキシコによる3カ国共催が決まった。史上初の3カ国共催に投じられた票数は134で、初開催を目指したモロッコの65票を大きく上回った。この大会から出場チームは32から48に増え、試合数も64から80に。巨大化するW杯は新たな金脈を求め、さらに版図を広げようとしている。

今回、FIFAをW杯の拡大へと向かわせたのは、ブラッター前会長ら多くの幹部を巻き込んだ3年前の汚職スキャンダルだった。スポンサーにそっぽを向かれたインファンティノ会長は、帳簿上の穴を埋めようと昨年初めにW杯の48枠という花火を打ち上げた



◎ちょっと大げさ感が…

ここまでに大きな問題はない。ただ、大げさ過ぎる面はある。まず「そっぽを向かれた」は言い過ぎだろう。この書き方だと「汚職スキャンダル」をきっかけに大半のスポンサーが撤退したような印象を受ける。

産経の今年3月22日の記事によると「このスキャンダルの発覚後の2年間、FIFAは欧州からも米国からも新しい大口スポンサーを獲得できておらず、カタールと(ワールドカップ開催の熱心な志願者である)中国からしかオフィシャルパートナーの契約を取り付けていない」らしい。新規の大口スポンサー獲得に苦労したといった程度ならば「そっぽを向かれた」感じはあまりない。

帳簿上の穴」も無駄な「阿刀田節」に見える。単に収入が減って赤字になっただけならば「帳簿上の穴」とは思えない。例えば、帳簿上はあるはずの現預金の一部が知らない間になくなっていたといった話ならば「帳簿上の穴」でいいだろうが…。

花火を打ち上げた」を使うのもお薦めしない。この表現は「派手さはあるが、あっと言う間に消えてしまって残らない」という要素がある場合に使った方がいい。「W杯の48枠」は実現しているので「花火」的ではない。

続きを見ていこう。

【日経の記事】

総会で承認された17年決算でFIFAは3年連続の赤字となったが、18年はロシア大会の実入りで大きく黒字に転じ、19年からの4年間で65億6000万ドル(約7200億円)の収入を得ると強気に勘定する


◎比較を入れよう!

19年からの4年間で65億6000万ドル(約7200億円)の収入を得ると強気に勘定する」と阿刀田記者は言うが、過去との比較がないので「4年間で65億6000万ドル(約7200億円)の収入」が「強気」なのかどうか数字からは判断できない。今回のような形で数字を出すならば、過去との比較は欲しい。

問題が目立つのはここからだ。

【日経の記事】

この先のターゲットはおそらく、中国、インド、東南アジアなど過密な人口を抱えたアジア市場だ。W杯を、サッカー史では後発のこうした国々が出場できる大会にしたい。1998年フランス大会に初出場した日本がそうであったように、パーティーには「うぶなゲスト」も必要。初めて手にした招待状に胸を高鳴らせ、財布のヒモを緩めてくれる国が。「熱狂をもっと広げたい」と語る会長の真意はそこにある。



◎「過密」の基準は?

中国、インド、東南アジアなど過密な人口を抱えたアジア市場だ」という説明が引っかかった。「中国、インド、東南アジア」は「過密な人口」を抱えているのか。何を以って「過密」と判断したのだろう。国単位で見れば、中国の人口密度はそれほど高くない。記事の書き方だと「アジア」全体の人口が「過密」とも取れる。

過密」でないとは言わないが、基準を示さずに「過密な人口を抱えた」と言われても納得できない。

また、記事の書き方だと「中国」が出場すれば「初めて手にした招待状に胸を高鳴らせ、財布のヒモを緩めてくれる国」になってくれるような印象を受ける。だが、中国には日韓大会への出場経験がある。

次のくだりが、今回の記事で最も気になった。

【日経の記事】

これほどまでに巨大化した興行が、小国モロッコの手に余るのは目に見えていた。共催は将来のW杯のスタンダードになるだろう。施設面で優れた北米を、サッカーの版図に収める狙いもあるだろう


◎これまで北米は「版図」に入らず?

施設面で優れた北米を、サッカーの版図に収める狙いもあるだろう」と書いているので、「今の北米は版図に収まっていない。しかし2026年にW杯を開催すれば収まる」と阿刀田記者は思っているのだろう。これが解せない。米国では1994年にW杯を開催している。この時には「サッカーの版図」に収まらなかったのに、2026年に開催すると「版図に収める」ことができるのか。
有明海(佐賀県太良町)※写真と本文は無関係です

これほどまでに巨大化した興行が、小国モロッコの手に余るのは目に見えていた」との主張にも説得力を感じなかった。64試合ならば「小国」カタールでも開催できるのに、80試合になると「モロッコの手に余る」のか。そんなに大きな差なのか。

さらに続きを見ていく。

【日経の記事】

一方、大会のかさ増しは、試合のレベルを下げて興行を損なう危険もはらむ。特にビッグクラブを抱える欧州は、選手を消耗させる試合増に強いアレルギー反応を示す。

今回の拡大策はそこにも配慮した。優勝チームがたどる道のりは7試合のまま。現状では4チームずつ8組に分かれる1次リーグが3チームずつの16組構成となる一方、2チームずつの勝ち上がり方式は維持される。特に強国にとって1次リーグはたやすくなり、朝飯前の運動にすぎないものになるだろう




◎そんなに簡単な話?

本当に「強国にとって1次リーグはたやすくなり、朝飯前の運動にすぎないものになるだろう」か。「朝飯前の運動にすぎないもの」になるとしたら、16組の全てに圧倒的な「弱国」が必要になる。アジアから出場する最大9カ国が全て圧倒的に弱いとしても、まだ7カ国足りない。

北中米カリブ海」の増枠分を当てはめて12カ国。オセアニアを加えて13カ国。それでも足りないので、アフリカの増枠分を入れると、ようやく17カ国になる。しかし、これらすべての国を「強国」が「朝飯前の運動にすぎない」程度のプレーで打ち破れるだろうか。

さらに言えば、1次リーグで2位となると、決勝トーナメント初戦は各組の1位と当たるはずだ。これを避けるためには、1次リーグで1位を狙いたい。そうなると、少なくとも1試合は「朝飯前の運動」とは言っていられなくなる。

次は記事の終盤に移ろう。

【日経の記事】

後発の国々に軒先を開放するが、「本当のW杯」は16強あたりから。拡大と品質維持の両立を、FIFAはこの2層構造でかなえる算段だ。

割を食うのは日本のようなチームかもしれない以前から軒先にいながら、なかなか母屋に上げてもらえない国。アジアの出場枠は4.5から最大9に増えるが、たった2試合で終わるかもしれない本大会のために、長い割にそうきつくもない予選を走破する。そこにどれほどのやりがいを感じられるのだろう



◎なぜ「割を食う」?

割を食うのは日本のようなチームかもしれない」と阿刀田記者は言うが、その根拠が謎だ。「以前から軒先にいながら、なかなか母屋に上げてもらえない国」である日本がなぜ「割を食う」のか。制度変更で「母屋(ベスト16以上を指すと思われる)」に上がりにくくなるのならば分かる。しかし、難易度は基本的に同じだ。

長い割にそうきつくもない予選を走破する」ことに「やりがい」を感じられなくなるから「割を食う」と言っている可能性も考えてみた。しかし、それは「以前から軒先にいながら、なかなか母屋に上げてもらえない国」に特に当てはまるものではない。むしろ、ブラジルのような「強国」に当てはまる話だ。

個人的には、阿刀田記者とは逆に「得をするのは日本のようなチームかもしれない」と感じる。W杯出場を逃す可能性も十分にある日本にとって、アジア予選敗退の心配がまず少なくなる。さらに、現状よりも決勝トーナメント進出が容易になる。

1次リーグを突破してのベスト16は日本にはハードルが高い。決勝トーナメント進出国が倍増すれば、「決勝トーナメント進出」というお土産を持ち帰りやすくなる。

阿刀田記者はそれでも「割を食うのは日本のようなチームかもしれない」と思うだろうか。


※今回取り上げた記事「FIFA、金脈求めW杯拡大 26年大会は3カ国共催 出場チームも48に増加
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180614&ng=DGKKZO31746830U8A610C1US0000


※記事の評価はD(問題あり)。阿刀田寛記者への評価は暫定でDとする。

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