2017年3月31日金曜日

熱意は買うが分析に難あり日経ビジネス「アイドル産業」特集

日経ビジネス4月3日号の特集「アイドル産業に学ぶ日本企業再生術」は挑戦的な内容ではある。担当した齊藤美保記者の熱い思いも伝わってはくる。だが、挑戦が成功したとは言い難い。「アイドル産業」に関する分析に無理がある。まずは「Prologue 超高付加価値で超高効率! よく考えたら… こんな産業、他にはない!」という記事にツッコミを入れてみたい。
皇居周辺の桜(東京都千代田区)※写真と本文は無関係です

【日経ビジネスの記事】

グッズ数点でなぜ1万円以上するのか。答えは単純で、1品1品の単価が高いからだ。例えばアイドルグッズの定番、うちわは1つ700~1000円が相場。ペンライトは2000~4000円する。

これは他の産業ではほぼありえない高付加価値品だ。うちわの製作販売を手がける会社によると、「うちわの原価は10~20円で、印刷代を含めたとしても1本28円(1000本製作の場合)」。アイドルの顔写真が載ることによって、価値が原価の25倍以上に跳ね上がる計算だ。

東京都江東区でアイドルグッズを専門に企画・販売している会社によると「ペンライトは棒状のものなら数十円」というから、付加価値の厚さはうちわどころではない。複雑な形状のものでも、原価は定価の3割程度と言う。



◎「他の産業ではありえない」?

アイドルの関連グッズを例に取り「他の産業ではほぼありえない高付加価値品だ」と言い切っている。そうだろうか。ありふれた話だと思える。

まず音楽業界に限っても、関連グッズの価格が高いのはアイドルだけではない。多くのアーティストは関連グッズを高めの価格で販売している。野球やサッカーなどのプロスポーツも似たようなものだ。ディズニーランドなどで売っているキャラクター商品もやはり高めの価格設定だ。関連グッズの利益率が高いからと言って「他の産業ではほぼありえない高付加価値」を生み出していると考えるのは早計だ。
ブリュッセルのグラン・プラス ※写真と本文は無関係です

そもそも付加価値がそんなに高いのかとの疑問も残る。記事によるとペンライトの原価は「定価の3割」らしい。これはありがちな原価率だ。Tシャツは「原価300円」で「製造場所や生地にもよるが定価の10分の1」となっている。この原価率も驚くほどではない。

例えば、高級ホテルのラウンジで出されるコーヒーは1杯1000円を軽く超えるものも多い。原価を高めの100円と仮定しても原価率は10%未満だ。「他の産業ではほぼありえない高付加価値」と言うならば、原価率は1%割れぐらいでないと納得できない。

効率性に関する分析にも疑問が残る。

【日経ビジネスの記事】

例えば、アイドルビジネスは極めて効率の高い商売でもある。例えば、集客効率。時には演者2人で東京ドームを満員にしてしまう。過去最多動員数は2007年7月22日、2人組アイドルグループ、KinKi Kids(キンキ キッズ)の6万7000人。1人当たり3万3500人を集客した計算だ。プロ野球の場合、1チーム出場選手登録が25人とすると“演者”は両チームで50人。約4万6000人を集めても1人当たりの集客力は約920人にとどまる。



◎効率性が高い?

まず、コンサートの集客効率が高いのはアイドルだけなのかとの疑問が残る。バンドならば演者は10人以下で、集客効率はやはり高いのではないか。特集ではアイドルの「大人数化」にも触れている。大人数アイドルの場合、集客効率ではバンドなどに劣ってしまう可能性が高い。記事で例示しているプロ野球との比較でも優位性がなくなりそうだ。
秋月の桜(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

プロ野球との比較はそもそも無理がありそうな気がする。プロ野球は年間140以上の試合をこなす。しかし、数万人を集められる会場で年間100回以上のコンサートを開くアイドルがいるとは考えにくい。年間で見れば、プロ野球選手の方がアイドルよりも1人当たりの集客数で上回るのではないか。

さらに言えば、同じ東京ドームを使うにしても、コンサートの場合は会場の設営や演出などで手間やコストがかかる。この点ではプロ野球の方が圧倒的に効率性が高い。

この特集は「アイドル産業は特筆すべき存在だから他の業界でも参考にすべき」との立場で構成している。だが「こんな産業、他にはない!」という認識そのものが間違っていると思える。

ついでに言うと、「例えば、アイドルビジネスは極めて効率の高い商売でもある。例えば、集客効率。時には演者2人で東京ドームを満員にしてしまう」というくだりで「例えば」を繰り返しているのは上手くない。


※記事の評価はD(問題あり)。齊藤美保記者への評価もDを据え置く。この特集については以下の投稿も参照してほしい。

歌番組は消滅? 日経ビジネス「アイドル産業」特集の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/04/blog-post_6.html

2017年3月30日木曜日

「英米」に関する日経 大林尚欧州総局長の不可解な説明

日本経済新聞の大林尚欧州総局長が書き手としての資質に欠けるのは分かっている。それにしても30日の朝刊国際1面に載った「新局面迎えたグローバル化」という記事は苦しい。冒頭の説明があまりに不可解だ。
耳納連山と菜の花畑(福岡県久留米市)
          ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

日本で目にする世界地図は大西洋が左右両端に分断され、英米の親密な間柄に気づきにくい。ほかの2国間にはみられない特別な関係を深めているにもかかわらずだ。

◇   ◇   ◇

裏を返すと「大西洋を挟んで英米が向き合う地図を見れば、『英米の親密な間柄』に気付きやすい」と大林氏は言いたいのだろう。だが、なぜ地図を見ただけで気付けるのか。大西洋が分断されない地図で英米の距離的な近さ(実際には大して近くないが…)を実感できたとしても、「近い=親密」とはならない。日韓、日中は英米よりはるかに近いものの、「英米以上に親密」とは言い難い。インドとパキスタン、ロシアとウクライナなどは陸続きだが、「親密」どころか対立関係にある。

ついでに言うと「伏兵」の使い方も気になった。

【日経の記事】

むろん強気一辺倒ではいられない。伏兵はスコットランドで人気を博すスタージョン行政府首相。EU残留を訴え、英国からの独立の是非を問う住民投票をメイ氏に突きつけた。

◇   ◇   ◇

伏兵」とは「1 敵の不意を襲うために待ち伏せしている軍勢。2 予期しないときに現れ、たちはだかる人物や障害」(デジタル大辞泉)という意味だ。大林氏は2の意味で「伏兵」を使っているのだろう。
皇居の桜(東京都千代田区)※写真と本文は無関係です

スコットランドでの住民投票の動きが「予期しないときに現れ」たのならば、「スタージョン行政府首相」を「伏兵」と呼んでもいいのだろう。しかし、スコットランドで独立を目指す動きが再び活発になることは、EU離脱が決まった昨年の時点で予測できていた。大林氏は知らなかったかもしれないが、常識的に考えると「伏兵」が現れたとは見なしにくい。

大林氏には「欧州総局長」という立派な肩書があるのだから、管理職としての業務に徹して、記事の執筆はそろそろ後輩に任せてはどうだろうか。その方が読者にとっても大林氏にとっても有益だと思える。

※今回取り上げた記事「新局面迎えたグローバル化

http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170330&ng=DGKKZO14682120Q7A330C1FF1000


※記事の評価はD(問題あり)。大林尚欧州総局長への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。大林氏については以下の投稿も参照してほしい。

日経 大林尚編集委員への疑問(1) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_72.html

日経 大林尚編集委員への疑問(2) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_53.html

日経 大林尚編集委員への疑問(3) 「景気指標」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post.html

なぜ大林尚編集委員? 日経「試練のユーロ、もがく欧州」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_8.html

単なる出張報告? 日経 大林尚編集委員「核心」への失望
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_13.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_16.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_17.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_33.html

まさに紙面の無駄遣い 日経 大林尚欧州総局長の「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_18.html

「英EU離脱」で日経 大林尚欧州総局長が見せた事実誤認
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_25.html

英EU離脱は「孤立の選択」? 日経 菅野幹雄氏に問う

30日の日本経済新聞朝刊1面に載った「英、EU離脱通知」というトップ記事の関連として、菅野幹雄氏(肩書は本社コメンテーター)が解説記事を書いている。その見出しは「孤立の選択 惑う世界」。だが、30日の日経の紙面全体を見ると「孤立の選択」とは思えない。
筑後川(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

記事の一部を見てみよう。

【日経の記事(1面)】

19世紀に世界唯一の超大国だった英国が、21世紀の世界を揺るがす「勝算なき賭け」に足を踏み入れた。欧州連合(EU)からの離脱通告は、いわば「民意に沿った孤立の選択」といえる。国際秩序の新たな混迷に、欧州、そして世界は長期戦の構えで向き合うことになる。

中略)メイ首相はEUの束縛を解くと強調する。離脱交渉を2年内に仕上げ、自由貿易協定でEUとの関係を仕切り直す考えだ。だが交渉には相手がいる。ローマ条約締結から60年、結束を死守したいEUは甘い顔をしない。離婚料として約7兆円の請求書をちらつかせる。英国は一文も出せないと反発し、激突の様相だ。

◇   ◇   ◇

菅野氏は何を以って「孤立」と言っているのだろうか。「自由貿易協定でEUとの関係を仕切り直す考え」があっても「孤立の選択」なのか。同じ朝刊の国際1面に載った「英離脱 なお世論分断 2国間FTAに活路」という記事で、ロンドンの小滝麻理子記者は以下のように書いている。

【日経の記事(国際1面)】

英政府は離脱後も単一市場を最大限活用できるようEUと新たなFTA協定を結びたい考え。同時に、新興国などと2国間のFTAを拡大することで、EUへの依存を引き下げ、離脱の悪影響を和らげる狙いだ。すでに米国やインド、トルコ、オーストラリアなどとFTA交渉の準備協議を進めることで合意。中国や日本とも貿易関係の強化を目指す

◇   ◇   ◇

英国は「EUと新たなFTA協定を結びたい考え」があるだけでなく、「米国やインド、トルコ、オーストラリアなどとFTA交渉の準備協議を進めることで合意。中国や日本とも貿易関係の強化を目指す」という。これでは「孤立の選択」をした国に見えない。
ベルギーのアントワープ市街 ※写真と本文は無関係です

菅野氏が英国のEU離脱を「孤立の選択」と見るのは自由だ。しかし、「2国間FTAに活路」という記事まで載せている中で「孤立の選択」と解説するのならば、なぜそう言えるのか説得力のある根拠を提示してほしかった。

英国はEU加盟国と国交を断絶するわけでも、貿易を禁じるわけでもない。NATOからも脱退しない。EUから離脱するだけだ。「欧州でEU非加盟=孤立」と言うのならば、スイスやノルウェーも「孤立の選択」をしているが、こうした国に「孤立国家」のイメージはあまりない。

大した影響が出ていないのに「大変なことが起きている」と解説しようとするから、話に無理が生じるのではないか。それは以下のくだりにも表れている。

【日経の記事(1面)】

変調の兆しが表れている。ロンドンの再開発事業の現場では、昨年末に帰省したポーランド人建設労働者の3割が自国にとどまり戻らなかった例がある。金融機関も人員を大陸欧州に移し始めた。対英投資の停滞やインフレも懸念材料だ。

◇   ◇   ◇

昨年末に帰省したポーランド人建設労働者の3割が自国にとどまり戻らなかった」という話がまず苦しい。わざわざ取り上げる意味があるのか。まずEU離脱との関連が謎だ。基本的には関係なさそうに思える。関係あると菅野氏が考えるのならば、その理由は入れてほしい。
平尾台(北九州市)※写真と本文は無関係です

EU離脱に関して昨年末に大きな変化があったわけではない。ポーランドで良い仕事を見つけやすくなっているから戻らなかったのかもしれない。そもそも「3割が自国にとどまり戻らなかった」というのが異例の事態かどうかも不明だ。

国際1面の記事では「今のところ、ポンド安による輸出増などで英経済は想定よりも堅調に推移している。17年は2%と高い成長率を見込む」と小滝記者が書いている。EU離脱で大変だと騒ぐより、「なぜ意外と大したことがないのか」を分析した方が読み応えがあったと個人的には思えるのだが…。


※今回取り上げた記事「孤立の選択 惑う世界

http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170330&ng=DGKKASGM29H30_Z20C17A3MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。 菅野幹雄氏への評価もDを据え置く。同氏については以下の投稿も参照してほしい。

「追加緩和ためらうな」?日経 菅野幹雄編集委員への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_20.html

「消費増税の再延期」日経 菅野幹雄編集委員の賛否は?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_2.html

日経 菅野幹雄編集委員に欠けていて加藤出氏にあるもの
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_8.html

日経「トランプショック」 菅野幹雄編集委員の分析に異議
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_11.html

2017年3月29日水曜日

駐車違反を応援? 週刊エコノミスト金山隆一編集長

期待はすっかり剥げてはいるが、週刊エコノミストの金山隆一編集長がちょっと変だ。4月4日号では、編集後記に当たる「From Editors」で駐車違反者を応援するような記事を書いていた。全文は以下の通り。
日吉神社(福岡県太宰府市)※写真と本文は無関係です

【エコノミストの記事】

日曜午後、日暮里駅前の立ち食いそば屋に入った。ゲソ天そば300円を頼み、赤唐辛子を入れてかっ込んでいると、50代とおぼしき店員が「車を止めた人いますか」と大声。すると入り口近くの宅急便の運転手らしき男が「俺だ」と言って店を出て、小型バンの回りをウロチョロする駐車禁止の監視員2人と二言三言交わして戻ってきた。そして何もなかったようにそばをすすり始めた。

その連携プレーを見て、私はWBCオランダ戦の菊池涼介選手の鮮やかなグラブさばきに匹敵するほどの感動を覚えた。店員は入り口からわずかに見える監視員を見て「客が切符を切られたら大変だろう」と声をあげたのだ。日本はこの30年、何も失っていなかったのだ。昔も今も街のそこここに同じ風景がきっとあるはずだ。6人も入れば満員の小汚い立ち食いそば屋に一陣の爽やかな風が吹いたようだった。

◇   ◇   ◇

都心の駅前で駐車禁止の路上に車を停めて食事を取ることを金山編集長は悪いとは思っていないようだ。法律違反だからと言って路上駐車の全てが社会的に許されないと言うつもりはない。だが、都心の駅前で路上駐車して店に入るのはやめてほしい。通行の邪魔になりやすい迷惑な行為だ。

宅急便の運転手らしき男」は「切符を切られ」ていれば、駅前での違法駐車はもうやめようと考えたかもしれない。しかし金山編集長が「感動を覚えた」という「連携プレー」によって、男が反省する機会は失われた。「危ないときは店員が教えてくれるから、また路上駐車してソバを食おう」と思い続ける可能性が高い。

こんな「連携プレー」を「WBCオランダ戦の菊池涼介選手の鮮やかなグラブさばき」に匹敵するものとして称賛する気が知れない。さらにはこの「連携プレー」から「日本はこの30年、何も失っていなかったのだ」とまで言い切ってしまう。迷惑駐車を助長させる「連携プレー」は失っていないかもしれないが、残すべきとも思えない。

ついでに言うと、「日暮里駅」が東京にあることぐらいは記事に入れた方がいい。いきなり「日暮里駅」で分かるだろうと思ってしまうのは、東京目線が当たり前になっているからだ。「読者は首都圏だけにいるのではない」と肝に銘じてほしい。

※記事の評価はC(平均的)。金山編集長への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。金山編集長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

FACTAに「声」を寄せた金山隆一エコノミスト編集長に期待
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/facta_25.html

週刊エコノミスト金山隆一編集長への高評価が揺らぐ記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_12.html

週刊エコノミスト編集長が見過ごした財産ネットの怪しさ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_14.html

「無理のある回答」何とか捻り出した週刊エコノミストを評価
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_94.html

東芝は「総合重機」? 週刊エコノミスト金山隆一編集長に質問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_57.html

ついに堕ちた 週刊エコノミスト金山隆一編集長に贈る言葉
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_8.html

2017年3月28日火曜日

単純ミス認められるか週刊エコノミスト「ハウジングプア」

週刊エコノミスト4月4日号の特集「ハウジングプア」の中の「空き家予備軍ランキング(戸建て編)-首都圏版」という記事(筆者は野澤千絵・東洋大学建築学科教授)で単純なミスがあった。ミス自体はどうでもいい中身だが、エコノミストは2月に間違い指摘を無視する対応を見せている。同誌のミス黙殺が恒常化するのか探る案件として注目したい。
阿蘇山(熊本県阿蘇市)※写真と本文は無関係です

記事の当該部分と問い合わせの内容は以下の通り。

【エコノミストの記事】

このように、空き家問題は、地方都市の過疎化した地方都市の話ではなく、実は人口の多い首都圏こそ問題であることを認識すべき時期にきている。

【エコノミストへの問い合わせ】

4月4日号の特集「ハウジングプア」についてお尋ねします。33ページに「空き家問題は、地方都市の過疎化した地方都市の話ではなく」との記述があります。これは「空き家問題は、過疎化した地方都市の話ではなく」の誤りではありませんか。

確認の上、回答をお願いします。

◇   ◇   ◇

※結局、回答はなかった。週刊エコノミストがミス黙殺に転じた件については以下の投稿を参照してほしい。

東芝は「総合重機」? 週刊エコノミスト金山隆一編集長に質問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_57.html

ついに堕ちた 週刊エコノミスト金山隆一編集長に贈る言葉
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_8.html

2017年3月27日月曜日

「2.5次元」で趣味が高じた東洋経済「熱狂!アニメ経済圏」

週刊東洋経済4月1日号の第1特集「熱狂! アニメ経済圏」は評価できる内容だった。特にPart1の「アニメ産業革命の旗手たち」は日本のアニメ市場のトレンドを詳細かつ多角的に分析しており、読み応えがあった。ただ、Part2の「2.5次元って何だ?」はなくても良かった気がする。特集を担当した杉本りうこ副編集長の趣味が高じた記事にしか見えなかった。
日本経済大学(福岡県太宰府市)※写真と本文は無関係です

2.5次元舞台の人気俳優2人にインタビューした「2.5次元のプリンスたち」、2.5次元舞台のファンの声で構成した「『運営さん』に伝えたいファンたちの愛と怒り」といった記事は趣味が高じた典型だ。杉本副編集長の2.5次元舞台に対する熱い思いは伝わってきたが、経済誌で取り上げるべき中身とは感じられなかった。

そのPart2の最初に出てくる「アニメ マンガ ゲーム お父さんの知らない最先端エンタメ 2次元×演劇はブルーオーシャンだった」という記事について、少しツッコミを入れておきたい。

【東洋経済の記事】

この舞台のチケットは、上演台本など特典付きの「特別傍聴席」が1万2000円、一般席でも8500円と決して安くない。それを繰り返し見るとなれば、ちょっとした国内旅行並みの出費だ。また、彼女が買ったグッズも、大判の生写真が1000円、缶バッジのガチャガチャが1回400円などと飛び抜けて高くはないが、多くのファンは何点もまとめて購入している。

物販ブースでは、舞台全幕と稽古などの様子を収録した映像パッケージ(4800~8800円)の予約販売も受け付けており、購入総額が1万円に上る人も珍しくないようだった。演劇関係者によると、「この公演に限らず、チケットと同額から倍ぐらいの物販消費をするのが2.5次元ファンの傾向」という。ディズニーランド並みの消費喚起力だ
ドイツのデュッセルドルフ中心部※写真と本文は無関係です

中略)2.5次元の市場規模は15年に過去最高の104億円に達した。16年もアリーナ公演の効果で前年を上回ったもようだ。一般のミュージカルや歌舞伎、寄席などを含むステージ市場は1714億円(15年)であり、まだ2.5次元の規模は小さい。それでもエンタメ業界の関係者は、三つの理由からこの新ジャンルに大きな期待を寄せている。

一つ目は、前述の公演ルポで紹介したような高い消費喚起力だ。演目やキャストにもよるが、興行収入の3~5割を物販が担うという

◇   ◇   ◇

まず「この公演に限らず、チケットと同額から倍ぐらいの物販消費をするのが2.5次元ファンの傾向」という「演劇関係者」のコメントが出てくる。この場合、興行収入の5~7割を物販が担うはずだ。しかし、記事には「演目やキャストにもよるが、興行収入の3~5割を物販が担うという」との記述もある。いずれも2.5次元舞台の一般的な傾向を述べているはずだ。なのに数字が合っていない。チケットと物販の他に何か別の収入があるのならば話は別だが、そうした記述は見当たらない。

付け加えると、「ディズニーランド並みの消費喚起力」は言い過ぎだ。チケットと同額かそれを上回る物販があることを以って、杉本副編集長は「ディズニーランド並み」と形容したのだろう。だが、市場規模が違いすぎる。「ディズニーランド並みの消費喚起力」と言うのならば、集客力でも同等の実力が欲しい。

さらについでに言えば、チケットと物販を比べて「消費喚起力」を見るのに、あまり意味を感じない。チケット収入100万円で物販ゼロの舞台は、チケット収入50万円で物販50万円の舞台よりも「消費喚起力」が弱いのだろうか。個人的には同じレベルだと思えるが…。


※特集全体の評価はB(優れている)。特集を担当した杉本りうこ副編集長への評価はC(平均的)からBへ、前田佳子記者への評価も暫定Cから暫定Bへ引き上げる。杉本副編集長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「TSUTAYA特集」に見えた東洋経済 杉本りうこ記者の迫力
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_27.html

時期のズレが気になる日経1面「アパート融資 異形の膨張」

26日の日本経済新聞朝刊1面に載った「アパート融資 異形の膨張 昨年3.7兆円、新税制で過熱」というトップ記事では、時期のズレが気になった。まずは最初の方を見てみよう。
菜の花(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

金融機関による2016年の不動産向け融資が12兆円超と過去最高を記録した。背景の一つが相続対策のアパート建設だ。人口減社会には似つかわしくないミニバブル。まだ局所的とはいえ体力の弱い地域金融機関が主役だけに金融庁や金融界からも不安の声が上がる。米リーマン危機を引き起こしたサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)問題の「日本版にもなりかねない」(大手銀行首脳)。

近鉄名古屋線、津駅から車で10分ほど。海岸に近い中河原地区を中心にアパートが急に増え始めたのは6年ほど前だ。すぐ数軒が目についた。「入居者募集中」。1キロ平方メートルほどの地区に数十軒以上が密集するアパート銀座だ。表札付きの部屋は一部で駐車場の車もまばら。徒歩圏内に駅もないこの地になぜなのか。

ブームだからと不動産業者があちこちに営業をかけた」。市内の男性(70)は憤る。自身も約10年前、業者の勧めで銀行から約2億円を借りて畑にアパートを建てた。近隣工場に勤務する人が入居したが、土地の安さに目を付けた業者が営業を強化しアパートが急増。入居者の争奪が起き「今はどこも空室だらけ。誰が責任を取るのか」。

日銀によると16年の全国の不動産融資は前年から15%増の12兆2806億円で統計のある1977年以降で最高。バブル期も上回った。アパートローンも同21%増の3兆7860億円と09年の統計開始以来、最高に達した。貸家の新設着工件数も41万8543件と8年ぶり高水準だ

理由の一つは、15年の税制改正で相続税の課税対象が広がったことだ。アパートを建てると畑や更地などより課税時の評価額が下がるため地主らが相続税対策で一斉に建築に走った。マイナス金利で貸出先を模索する金融機関も融資に動き、東京都の郊外などにとどまらず東北や山陰といった地方部にも異様なアパートラッシュが広がった

◇   ◇   ◇

海岸に近い中河原地区を中心にアパートが急に増え始めたのは6年ほど前」で「ブームだからと不動産業者があちこちに営業をかけた」ためらしい。だとしたら「ミニバブル」は6年前の2011年には起きていたことになる。
デュッセルドルフ(ドイツ)の教会
      ※写真と本文は無関係です

そしてミニバブルの「理由の一つは、15年の税制改正で相続税の課税対象が広がったことだ」という。これは解せない。税制改正の方向性は13年には固まっていたようだが、それでは11年の段階で「中河原地区を中心にアパートが急に増え始めた」理由を説明できない。

筆者ら(小野沢健一記者、亀井勝司記者)は「16年にアパートローンが増えた理由を説明しているだけだ」と言うかもしれないが、だとしたらなぜ「中河原地区」の事例を最初に持ってきたのか。相続税対策で「異様なアパートラッシュ」が起きている中から事例を選べばいいのではないか。

その後に出てくる事例にも時期の問題を感じる。

【日経の記事】

埼玉県羽生市は市内の空室率が10年でほぼ倍増。下水施設などの維持管理コストが膨らむことを懸念し、15年にはアパートの建設地域を従来よりも制限する規制を出した。関西や中部圏から同じ悩みを持つ自治体の視察も相次いでいる。

◇   ◇   ◇

15年にはアパートの建設地域を従来よりも制限する規制を出した」のならば、羽生市でのアパート建設の増加はもっと早い段階で起きていたはずだ。時期が完全にズレているとは言わないが、「15年の税制改正で相続税の課税対象が広がったこと」が影響して規制強化に至ったのかという疑問は残った。もっと早くから問題が顕在化していたのではないか。

次の事例には別の問題を感じた。なぜ社名を伏せるのかという問題だ。

【日経の記事】

融資急増の反動も出ている。「家賃減額分を支払ってほしい」。愛知県に住む80歳代の男性は2月、不動産大手を相手取った訴訟を地裁に起こした。「10年は家賃が変わらない契約だったのに、6年後に10万円減額された」と主張している。

男性はある契約を交わしていた。家賃徴収などを会社に一任する「サブリース」で、契約で決めた家賃を大家に払い続けるためリスクが少ないとされる。だが契約大家でつくる会によると、業績悪化などを理由に家賃を減らし、トラブルになるケースが増えている。この不動産大手は「運営環境などに基づいて判断し、協議したうえで決めている。家賃を上げることもある」と説明する。

◇   ◇   ◇

一方、週刊ダイヤモンドは4月1日号の記事で以下のように書いている。

【ダイヤモンドの記事】

今年2月22日に愛知県の男性が、同社(=レオパレス21)を相手取り裁判を起こした。

この男性は20戸のアパートを建て、05年1月に同社とサブリース契約を結んだ。契約書には「家賃は当初10年間は不変」との記載があったにもかかわらず、08年のリーマンショックで同社の経営が悪化した際に、10年未満で家賃減額を求められたという。

そこでLPオーナー会が特別部会を立ち上げ、簡易裁判所の調停で解決を目指したが、折り合いがつかず、同部会代表者が訴訟に踏み切った。今回の請求金額は約81万円だが、同じ境遇のオーナーが他に100人以上おり、こちらも集団訴訟になりそうだ。

◇   ◇   ◇

断定はできないが、日経とダイヤモンドが取り上げた裁判は同じものである可能性が高い。多くの内容が一致している。
千仏鍾乳洞(北九州市)※写真と本文は無関係です

だとすると、日経が社名を伏せて「不動産大手」とするのは感心しない。「異様なアパートラッシュ」に警鐘を鳴らす意図があるならば、こうした裁判についても社名を明らかにする方が情報としての価値は高まる。「不動産大手」を怒らせないように配慮した結果として社名を伏せたのだろうが、他のメディアが堂々と社名を出して報道しているのを目にすると、日経の腰の引けた姿勢が目立ってしまう。

また、ダイヤモンドの記事によれば「08年のリーマンショックで同社の経営が悪化した際に、10年未満で家賃減額を求められた」となっている。日経が取り上げた裁判でもリーマンショックの直後に「家賃減額」となったのならば、「融資急増の反動も出ている」例としては不適切だ。融資急増の前からこの問題は起きていたことになる。

ついでに言うと、「異様なアパートラッシュ」は悪い話ではないと個人的に思っている。供給者の立場では悪い話だろうが、借りる側からすれば歓迎すべき事態だ。物件が増えて選択肢が豊富になるし、賃料も下がるのであれば非常に喜ばしい。

記事では「米リーマン危機を引き起こしたサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)問題の『日本版にもなりかねない』(大手銀行首脳)」と煽っているが、サブプライムローン問題は「信用力の低い個人向け住宅融資」を増やし過ぎたために起きたのであって、今の日本の「アパートラッシュ」とは話が違う。筆者らも書いているように「借り手には相続対策が必要な富裕層が多い」。

破綻する人も中にはいるだろう。しかし、全体として金融システムを揺るがすような事態に発展するリスクは小さそうだ。全体としては、賃貸住宅の選択肢が増えて賃料が下がるメリットの方が上回る気がする。そういう視点からもこの問題を論じれば、記事にもっと深みが出たと思える。


※今回取り上げた記事「アパート融資 異形の膨張 昨年3.7兆円、新税制で過熱
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170326&ng=DGKKZO14524490W7A320C1MM8000

※記事の評価はD(問題あり)。小野沢健一記者への評価は暫定でDとする。亀井勝司記者への評価は暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げる。

2017年3月25日土曜日

日経「急成長 シェア経済」で藤川衛・南毅郎記者に助言

25日の日本経済新聞朝刊総合3面に載った「急成長 シェア経済 ヴィトンからポルシェまで 2兆円市場、だれでも」という記事は、厳しく言えば読者を騙している。見出しだけ見ると、シェア経済は「急成長」していて、「2兆円市場」に育っていると思うはずだ。しかし、それを裏付けるデータは出てこない。
梅の花と耳納連山(福岡県久留米市)

今回は、記事を担当した藤川衛記者と南毅郎記者に助言する形式で問題点を論じてみたい。

【藤川・南記者への助言】

急成長 シェア経済」という記事を読みました。そこでまず気になったのが、シェア経済は本当に「急成長」しているのか、市場規模は「2兆円」なのかという問題です。

まず「急成長」です。実態としては急成長しているのかもしれませんが、記事からはその成長ぶりを確認できません。

米シリコンバレーで2011年ごろから普及し始めた。急成長ゆえに、各国で税制や法規制の整備が追いついていない」との解説はありますが、具体的な数値は出てきません。

第一生命経済研究所の永浜利広首席エコノミストの試算によると、日本のシェア経済市場は2025年に1.7兆円」という説明はあります。しかし、急成長かどうかはやはり確認できません。

モノや場所、技能などを貸し借りするシェアリング(共有)エコノミーが日本でも広がっている」と冒頭で宣言し、「急成長 シェア経済」という見出しを付けるのならば、急成長ぶりを具体的にデータで見せる必要があります。

作り手の事情は推察できます。成長はしていても、現状での日本の市場規模がかなり小さいのでしょう。だから、その数値を出すのが嫌だったのではありませんか。そして、大きな数字を出せる第一生命経済研究所の試算に飛び付いたのでしょう。
アントワープ(ベルギー)の市庁舎※写真と本文は無関係です

しかし、この試算は「2025年」の予測です。読者に対して誠実であるならば、現状はきちんと伝えるべきです。「2025年に1.7兆円」という試算があるのですから、「今の市場規模は小さいけれど、今後は急成長が期待できる」とは書けるはずです。

次に「2兆円」問題です。「ヴィトンからポルシェまで 2兆円市場、だれでも」という見出しからは、既に「2兆円市場」があるかのような印象を受けます。しかし、記事に出てくるのは「2025年に1.7兆円」という試算だけです。「2兆円」は「1.7兆円」を四捨五入したものでしょう。しかも、試算通りに市場が成長したとしても「1.7兆円」に達するのは8年後です。「2兆円」はさらにその後になりそうです。

嘘は書いていないかもしれませんが、読者に対して誠実だとはとても言えません。「急成長 シェア経済」というテーマが最初にあり、それに合わせてご都合主義的に数値を見せているのではありませんか。気持ちは分からなくもありません。しかし、こういったやり方を続けていては、読者の信頼を失いかねません。

読者に誤解を与えないか、心配になるぐだりが他にもありました。以下のくだりです。

東京・世田谷に住む35歳の主婦は先日、使わなくなったヴィトンのハンドバッグを箱に詰めてラクサスに送った。借り手がつけば最大で年2万4千円の収入が入る。『ちょっとした個人事業主の気分』。20万円で購入したバッグが年利10%を稼ぐ投資商品に変身しうる

ここにも嘘はないのでしょう。ただ、「20万円で購入したバッグが年利10%を稼ぐ投資商品に変身しうる」と紹介しているのは引っかかりました。
千仏鍾乳洞(北九州市)※写真と本文は無関係です

気になるのは「東京・世田谷に住む35歳の主婦」がどの程度のリターンを期待できるかです。最大で「年利10%」なのは分かります。しかし、それを実現できる確率が非常に低ければ、あまり意味はありません。どういう条件を満たせば「最大で年2万4千円の収入が入る」のかは入れてほしいところです。例えば「バッグ提供者の99%は年間1000円以下の収入しか得られない」といった状況ならば、このサービスに関する印象もかなり変わるはずです。

最後に言葉の使い方で1つ注文を付けておきます。

記事に「シェア経済といえば、米国をはじめインドネシアや中国などのアジアで爆発的ともいえる速度で広がる相乗りや民泊が真っ先に思い浮かぶ」という文があります。

米国をはじめインドネシアや中国などのアジアで」と書くと、米国もアジアの一部だと思えてしまいます。「神奈川をはじめ青森や岩手などの東北地方で」と聞くと違和感があるはずです。これと同様の問題が生じています。

例えば「シェア経済といえば、米国で火が付きインドネシアや中国などのアジアでも爆発的に広がる相乗りや民泊が真っ先に思い浮かぶ」とすれば問題は解消します(ついでに少し簡潔にしてみました)。


※今回取り上げた記事「急成長 シェア経済 ヴィトンからポルシェまで 2兆円市場、だれでも
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170325&ng=DGKKZO14493400U7A320C1EA3000

※記事の評価はD(問題あり)。藤川衛記者への評価はDを維持し、南毅郎記者は暫定でDとする。

2017年3月24日金曜日

JR北海道に関する誤り確認 週刊ダイヤモンド「国鉄 vs JR」

週刊ダイヤモンド3月25日号の特集「国鉄 vs JR 民営化30年の功罪」の中に出てくるJR北海道に関する記述が誤りだと同社に確認できた。ダイヤモンド編集部から回答が届くことはないだろうが、JR北海道からの回答を受けてダイヤモンドにも改めて問い合わせをしている。それらの内容を紹介したい。
観世音寺(福岡県太宰府市)※写真と本文は無関係です

【JR北海道への問い合わせ】

週刊ダイヤモンド3月25日号の特集「国鉄 vs JR 民営化30年の功罪」の中の「トップを直撃~ 島田 修(JR北海道社長)」という記事での、島田社長の発言についてお尋ねします。

記事の中で「当社は約200億円の経常赤字で、加えて、減価償却費を上回る100億円の設備投資をしています。何も手を打たなければ、毎年300億円ずつのキャッシュアウトを伴う」と島田社長は述べています。

約200億円の経常赤字」との発言から判断して、2017年3月期の単独決算(経常損益で235億円の赤字予想)をベースに発言しているのでしょう。御社の発表資料によると、17年3月期の減価償却費は247億円の見込みで、設備投資額の100億円を大きく上回っています。島田社長の「減価償却費を上回る100億円の設備投資をしています」との説明とは合致しません。

減価償却費200億円、経常赤字200億円、設備投資100億円を前提に考えると、「キャッシュアウト」は100億円程度になるはずです。減価償却費はキャッシュアウトを伴わないので、200億円の赤字でも設備投資がなければキャッシュアウトはほぼゼロになります。「何も手を打たなければ、毎年300億円ずつのキャッシュアウトを伴う」という島田社長の発言とは整合しません。

記事では島田社長の発言が正しく再現されているのでしょうか。正しく再現されている場合、島田社長の発言内容は誤りと判断してよいのでしょうか。週刊ダイヤモンド編集部にも同様の問い合わせをしていますが、回答が望みにくい状況です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いできないでしょうか。


【JR北海道の回答】

ご指摘いただきました記事の内容につきまして、「減価償却費を上回る100億円の設備投資をしている。」という部分でございますが、「設備投資額が100億円である。」ということではなく、正しくは「減価償却費を100億円上回る設備投資をしている。」ということでございます。


【ダイヤモンドへの問い合わせ(2回目)】

雑誌編集局・局長 鎌塚正良様  編集長 田中博様  副編集長 浅島亮子様
須賀彩子様 千本木啓文様 竹田孝洋様 山本 輝様
平尾台(北九州市)※写真と本文は無関係です

御誌を定期購読している鹿毛と申します。

3月25日号の特集「国鉄 vs JR 民営化30年の功罪」の中の「トップを直撃~ 島田 修(JR北海道社長)」という記事について、3月20日に間違い指摘をさせていただきました。

記事中で「当社は約200億円の経常赤字で、加えて、減価償却費を上回る100億円の設備投資をしています。何も手を打たなければ、毎年300億円ずつのキャッシュアウトを伴う」と島田社長は発言しています。しかし、2017年3月期の同社の減価償却費見込みは「247億円」なので、「減価償却費を上回る100億円の設備投資をしています」という記事中の説明と矛盾が生じます。

この件に関してJR北海道から回答を得ました。それによると「減価償却費を上回る100億円の設備投資をしています」という部分は、「減価償却費を100億円上回る設備投資をしています」とするのが正しいそうです。JR北海道の見解に問題がなければ、記事の記述は誤りとなります。御誌としてはどのようにお考えでしょうか。

「読者からの間違い指摘など無視しておけばよい」という方針を御誌が貫いていることは十分に理解しています。しかし、今回のような件で放置を続けてよいのでしょうか。島田社長が言い間違えたのか、御誌の記者が聞き間違えたのかは分かりません。しかし、JR北海道の発表資料に当たれば減価償却費は容易に確認できます。間違いの責任は基本的に御誌にあるはずです。

間違い自体は私も含めて誰にもあるものなので、厳しく責めるつもりはありません。しかし、説明責任はきちんと果たすべきです。購読料を払ってくれている読者が間違いを指摘してくれて、実際に記事の説明が誤りだった。その時に、読者に対して無視で済ませるメディアにどんな正しさがあるのでしょうか。

雑誌編集局・局長の鎌塚様、編集長の田中様の責任は特に重大です。メディアとしての説明責任を果たさない悪しき伝統をダイヤモンド編集部に根付かせ、後に続く世代の手まで汚してしまうのです。その罪深さに改めて思いを巡らせてください。

◇   ◇   ◇  

※今回取り上げた特集「国鉄 vs JR 民営化30年の功罪
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/19664

※JR北海道に関する記述の誤りについては以下の投稿も参照してほしい。

2件の間違いあり? 週刊ダイヤモンド「国鉄 vs JR」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/vs.html

2017年3月23日木曜日

バスは無視? 週刊ダイヤモンド「国鉄 vs JR」のご都合主義

週刊ダイヤモンド3月25日号の特集「国鉄 vs JR 民営化30年の功罪」ではJR北海道の問題を大きく取り上げている。その中で納得できなかった記述を取り上げたい。特に引っかかったのが「JR再結集での支援は不可避 『北海道』『四国』の救済プラン」という記事だ。まず冒頭部分を見ていく。
桜(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

2月23日の早朝、記者はJR北海道函館本線で札幌駅へ向かうはずだった。本特集の取材で島田修・JR北海道社長にインタビューする予定だったからだ。だが、函館駅に特急北斗がやって来ることはなかった。

何でも、前日深夜に貨物列車が脱線してしまったらしい。記者はタクシー(出費は5万円!)と別の在来線を乗り継いで何とか間に合ったが、基幹路線がストップすると道内交通はたちまち大混乱に陥ってしまう。鉄道という大動脈のありがたさが身に染みた。



◎高速バスがあるのでは?

鉄道」が止まってしまうと、函館から札幌に行くにはタクシーしかなくなるような書き方をしている。しかし、高速バスがあるのではないか。調べてみると複数の会社が函館-札幌間で高速バスを走らせているようだ。料金は片道5000円弱。「記者はタクシー(出費は5万円!)と別の在来線を乗り継いで何とか間に合った」と言うが、高速バスを使えば10分の1の出費で済んだはずだ。

高速バスではダメな事情があったのかもしれない。だとしたら、そこは触れるべきだ。「基幹路線がストップすると道内交通はたちまち大混乱に陥ってしまう」と筆者は断定しているが、どうも怪しい。「鉄道の重要性を訴えたいがために、あえて高速バスの存在を伏せたのでは」と疑われても仕方がない。

記事の主題である「救済プラン」についても首をひねりたくなる。

【ダイヤモンドの記事】

極論ではあるが、低金利時代に突入し、6822億円の経営安定基金がもはや「運用益を生む装置」として役に立たなくなったのであれば、取り崩してしまえばいい。この巨費を使えば、老朽化した線路や車両などの鉄道設備を一新することができる。そうすれば、保守費が一気に軽くなる。例えば、木製の枕木をコンクリート製に一新すれば、雪の影響が抑えられるので安全性も高まる。

とはいえ、鉄道事業の赤字が年100億円だったJR九州とは違い、450億円に上るJR北海道が抱える問題は深刻だ。北海道だけで解決できるのだろうか



◎「取り崩してしまえばいい」と言うならば…

6822億円の経営安定基金がもはや『運用益を生む装置』として役に立たなくなったのであれば、取り崩してしまえばいい」と記事では訴えている。「この巨費を使えば、老朽化した線路や車両などの鉄道設備を一新することができる。そうすれば、保守費が一気に軽くなる」というのが、その理由だ。
アントワープ(ベルギー)のギルドハウス
          ※写真と本文は無関係です

知りたいのは、それで問題が解決できるかどうかだ。「保守費が一気に軽くなる」と鉄道事業の黒字化ができるのならば、有力な選択肢だ。だが、具体的な数値は出てこない。そして「北海道だけで解決できるのだろうか」と投げ出してしまう。

基金を取り崩しても黒字化は難しいのだろう。だから「極論ではあるが」と入れたのではないか。だとしたら「救済プラン」として提示する意味は感じられない。

JR再結集での支援は不可避」という主張も納得できなかった。

【ダイヤモンドの記事】

国鉄分割民営化から30年、全国で高速道路の整備が進み、地方では猛スピードで人口減少が進んでいる。鉄道を取り巻く環境は激変し、当時、作り上げたスキームは制度疲労を起こしている。

当時は、JR7社が公平になるよう「基金」と「負債」というかたちで資産分割したはずが、30年の時を経て、各社の格差が広がっている。地方があえぐ一方で、巨額の利益を稼ぐようになった本州三社(JR東日本、JR東海、JR西日本)が、例えば、JR基金を創設するなど、相応の負担をしていくべきではないだろうか

また、資金援助のみならず、JR北海道に欠けている経営人材の支援も必要だ。JRグループが結集する構図に「ミニ国鉄」の復活との批判は避けられないが、それくらい対応は急を要するのだ。



◎「JR基金を創設」は本気?

本州3社に「資金援助」を求めているが、筆者は本気でそんなことを考えているのか。本州3社は上場企業だ。3社が自発的に資金援助を決めた場合、株主の利益侵害は甚だしい。自社の利益や資産を削って子会社でもないJR北海道の経営を助けるべきだと言うのか。
平尾台(北九州市)※写真と本文は無関係です

国が本州3社に「資金援助」を強制させるのならば、カネを出さざるを得ないだろう。この場合も、JR北海道の経営支援のために民間企業に負担を強制させるという問題が生じる。

JRグループが結集」すると「『ミニ国鉄の復活』との批判は避けられない」と記事では書いているが、問題は「結集」ではないと思える。それよりも、株主の価値を大きく棄損させるような「資金援助」が上場企業に許されるのか問われてしかるべきだ。なのに記事では全く触れていない。

ついでに「トップを直撃~ 青柳俊彦(JR九州社長)」というインタビュー記事に注文を付けておきたい。この中に「マンション事業も第1号物件は笹丘でしたが、もう売れなくて、売れなくて」と出てくる。初出でいきなり「笹丘」は辛い。「マンション事業も第1号物件は(福岡市内の)笹丘でした」などとすべきだ。


※今回取り上げた特集「国鉄 vs JR 民営化30年の功罪
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/19664

※この特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

2件の間違いあり? 週刊ダイヤモンド「国鉄 vs JR」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/vs.html


※特集全体の評価はD(問題あり)。担当者の評価は以下の通りとする。

浅島亮子副編集長(暫定B→暫定D)
須賀彩子記者(Fを維持)
千本木啓文記者(暫定D)
竹田孝洋記者(暫定D→D)
山本 輝記者(暫定C→暫定D)

2017年3月21日火曜日

「団塊の世代は人口増加中」と言い切る日経「外国人材と拓く」

第1次ベビーブームの『団塊の世代』はすでに70代に差し掛かっており、人口も増加中だ」と書いてあったら、「人口も増加中」なのは「団塊の世代」と思うのが普通だろう。しかし、「団塊の世代」の人口が増えることはない。減り続けて最終的にはゼロになる。誰でも分かる話だ。ところが日本経済新聞によると、団塊の世代の人口は「増加中」らしい。どうしても信じられないので、以下の問い合わせを送ってみた。
耳納連山と菜の花畑(福岡県久留米市)
          ※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

21日の朝刊総合・経済面に載った「データで見る外国人材と拓く~世論調査、賛否42%で真っ二つ 若年層は6割が賛成」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下の記述です。

「高齢者の影響力が大きい『シルバー民主主義』の現状を考えれば、移民政策への慎重姿勢も説明はつく。2016年の参院選で70代以上の投票率は61%で10代の47%、20代の36%を圧倒した。第1次ベビーブームの『団塊の世代』はすでに70代に差し掛かっており、人口も増加中だ」

記事の説明を信じれば、「団塊の世代」の人口は「増加中」のはずです。しかし、原理的にあり得ません。「団塊世代」とは「1947年から49年までの3年間に日本で生まれた世代」を指すのが一般的です。団塊の世代の出生数は約806万人で、2005年時点でも約678万人が生存しているようです。新たに「団塊の世代」に入ってくる人はいないので、人数は今までもこれからも減る一方です。海外からの移住者まで含めて「団塊の世代」に入れれば「人口も増加中」になる可能性はありますが、日本は70歳前後の移民を大量に受け入れている状況にないので、「団塊の世代」を広義で捉えても増加しているとは考えられません。

取材班は「70代以上は人口も増加中」と言いたかったのかもしれません。しかし、記事の書き方からは「団塊の世代は人口も増加中」と解釈するほかありません。記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。間違いの場合は、訂正記事の掲載もお願いします。

御紙では読者からの間違い指摘を握りつぶす対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

日経からの回答は見込めないので、取材班がどういうつもりで「人口も増加中」と記したのは分からない。「70代以上は人口も増加中」と言いたかったのだとは思うが、だとしたら書き方が下手すぎる。まともに日本語を操れていない。

※結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「データで見る外国人材と拓く~世論調査、賛否42%で真っ二つ 若年層は6割が賛成
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170321&ng=DGKKZO14281810R20C17A3NN1000


※「外国人材と拓く」という連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「高度人材が根付かず」に疑問あり 日経「外国人材と拓く」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_20.html

2件の間違いあり? 週刊ダイヤモンド「国鉄 vs JR」

週刊ダイヤモンド3月25日号の特集「国鉄 vs JR 民営化30年の功罪」は色々と疑問の残る内容だった。まず気になったのが本題からの「脱線」だ。
久留米大学病院(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

5部構成の中で「大国鉄が復活!? 民営化の『負の遺産』 JR北海道の苦悩」「JR7社を総点検 30歳の通信簿」「ドキュメント 国鉄崩壊」という最初の3つは分かる。4番目の「技術革新が切り開く 鉄道のミライ」も許容範囲内だ。しかし、最後の「知っていると通ぶれちゃう 『鉄旅』の楽しみ方」は脱線が過ぎる。記事の中で「民営化」に何とか触れてはいるが、「駅弁女王が選ぶ JR駅で買うべき駅弁44選」といった中身ならば、特集に含める必要性は感じられない。

さらに、特集の中には間違いではないかと思える記述もあった。ダイヤモンド編集部に問い合わせを送っている。その内容は以下の通り。

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

浅島亮子様、須賀彩子様、千本木啓文様、竹田孝洋様、山本 輝様

3月25日号の特集「国鉄 vs JR 民営化30年の功罪」の中の「トップを直撃~ 島田 修(JR北海道社長)」という記事についてお尋ねします。この記事で島田社長は以下のように語っています。「当社は約200億円の経常赤字で、加えて、減価償却費を上回る100億円の設備投資をしています。何も手を打たなければ、毎年300億円ずつのキャッシュアウトを伴う」。この発言には2つの疑問が浮かびます。
千仏鍾乳洞(北九州市)※写真と本文は無関係です


まず、JR北海道にとって「100億円の設備投資」は「減価償却費を上回る」ものでしょうか。「約200億円の経常赤字」との発言から判断して、2017年3月期の単独決算(経常損益で235億円の赤字予想)をベースにしているのでしょう。同社の発表資料によると、17年3月期の減価償却費は247億円の見込みで、設備投資額の100億円を大きく上回っています。

次に気になったのが「毎年300億円ずつのキャッシュアウトを伴う」との発言です。島田社長の言い分に合わせて、ここでは減価償却費が90億円で設備投資額を下回ると仮定しましょう。経常赤字は200億円ですが、キャッシュアウトを伴わない90億円の減価償却費を考慮するとキャッシュアウトは110億円程度になります(特別損益は考慮しません)。これに設備投資額の100億円を加えてもキャッシュアウトは210億円にとどまります。減価償却費が本当は「247億円」だとすれば、キャッシュアウトは100億円を大きく下回ります。

「減価償却費を上回る100億円の設備投資をしています」「何も手を打たなければ、毎年300億円ずつのキャッシュアウトを伴う」という発言に関しては誤りと考えてよいのでしょうか。記事に問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。誤りであれば訂正記事の掲載もお願いします。

御誌では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

上記の間違い指摘に絶対の自信はない。JR北海道の社長が自分の会社に関してこんな初歩的な勘違いをするとは信じ難いからだ。ただ、記事の説明で問題ないと言える可能性を色々と探ってみても、その道が見えてこなかった。


※今回取り上げた特集「国鉄 vs JR 民営化30年の功罪」
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/19664


※結局、問い合わせに対する回答はなかった。今回の特集ついては以下の投稿も参照してほしい。

バスは無視? 週刊ダイヤモンド「国鉄 vs JR」のご都合主義
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/vs_23.html

JR北海道に関する誤り確認 週刊ダイヤモンド「国鉄 vs JR」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/vs_24.html

2017年3月20日月曜日

「高度人材が根付かず」に疑問あり 日経「外国人材と拓く」

日本経済新聞の朝刊1面で「外国人材と拓く」という連載が20日から始まった。第1回の見出しは「精鋭が選ぶ国へ 実力主義 国境越える/多様性 活力の源泉に」。 出来はそれほど悪くないが、「高度人材は日本に根付かない」との前提に説得力がない。記事の前半を見てみよう。
菜の花畑(福岡県久留米市 )※写真と本文は無関係

【日経の記事】

茨城県つくば市にある産業技術総合研究所の研究棟7階。研究員のマリウス・ビュークルさん(36)は分子構造の画像をじっと見つめていた。

ビュークルさんの専門は「ナノテクノロジー(超微細技術)の再生エネルギーへの応用」。ドイツで生まれ、工学系で同国最高峰のカールスルーエ大を卒業した。博士号を取った2012年に来日。3年後に法務省から高度外国人材に認められ、日本に滞在できる期間が5年に延びた

高度人材の認定を受けるには12年に導入されたポイント制度に基づいて70点以上が必要だった。「博士号で30点、研究分野での職歴5年以上で10点、年齢が30~34歳なので10点……」。ビュークルさんが自己採点してみたところ85点あり「合格ラインを優に上回ることはすぐに分かった」。

日本は今、国を挙げてビュークルさんのような「日本の経済成長やイノベーションへの貢献が期待される高度外国人材」の獲得に血眼になっている。政府は成長戦略で「20年末までに1万人認定」との目標も掲げた。

16年6月までに認定を受けた人は5487人。だが法務省によると同じ時点で日本国内にいたのは4732人。すでに14%が国外に去った

企業や研究機関が高度外国人材を採用する意欲は強い。日本経済新聞社が国内の主要140社の経営トップに聞いたところ、6割超の89人が「受け入れを拡大したい」と答えた。うち84人は「多様性が生む活力を重視している」と説明した。

ではなぜ高度人材は日本に根付かないのか。

◇   ◇   ◇

上記の説明で「高度人材は日本に根付かない」との問題意識を取材班と共有できただろうか。
ノートルダム大聖堂(アントワープ)
       ※写真と本文は無関係です

まず人数。「16年6月までに認定を受けた人は5487人」で、政府の目標は「20年末までに1万人認定」。目標達成が確実とは言わないが、諦めるような状況とも思えない。

次に定着率。認定が始まってから「16年6月まで」に約4年が経過している。その間に「14%が国外に去った」としても驚くには当たらない。他のデータとの比較がないので評価は難しいが「国外に去ったのはわずか14%。高度人材は日本で着実に根付いている」という言い方もできる。14%を「多い」と思わせたいのならば、他国との比較などで説得力を持たせる必要がある。

記事の最後では「フランスの経済学者、ジャック・アタリ氏は国境をものともせずに世界を飛び回る一握りの高度人材を『超ノマド(遊牧民)』と呼ぶ。日本が引き寄せた超ノマドは人口比でまだ0.004%しかいない」とも書いている。「国境をものともせずに世界を飛び回る一握りの高度人材」ならば、「14%が国外に去った」からと言って「日本に魅力がない」と解釈するのは、やはり無理がある。

ついでに言うと、記事に出てくる「マリウス・ビュークルさん」に関する説明にも疑問が残る。

博士号を取った2012年に来日。3年後に法務省から高度外国人材に認められ、日本に滞在できる期間が5年に延びた」と書いてあるので、12年までは学生だったのだろう。しかし、その後に「研究分野での職歴5年以上で10点」に当てはまるとも述べている。博士号を取る前に働いていたのかもしれないが、記事の説明だけ読むと、働き始めてから「3年後に法務省から高度外国人材に認められ」たように見える。
平尾台(北九州市)※写真と本文は無関係です

この記事にはもう1つ気になる説明があった。以下のくだりだ。

【日経の記事】

こんな気になるデータもある。14年に日本から他の先進国に移住した人は3万4000人いた。6割強は女性だった。「大卒以上の高学歴女性の1.1%、100人に1人以上が流出している」とデュモン氏は話す。

7年前に渡米し、ニューヨークで起業した木村仁美さん(37)もそんな一人。「上下関係が年齢や実力以外の要素で決まる。日本は大好きだが窮屈さを感じる」。スイスのビジネススクール、IMDの16年調査では高度人材にとって日本の魅力は世界52位。「選ばれる国」になるために日本はどうすればいいのか。

◇   ◇   ◇

大卒以上の高学歴女性の1.1%、100人に1人以上が流出している」というが、この記事で論じているのは「高度人材」のはずだ。そして大卒女性の圧倒的多数は記事で取り上げた「高度人材」には当たらない。なのに「大卒以上の高学歴女性の1.1%、100人に1人以上が流出している」というデータを出して危機感を煽るのは感心しない。

記事で紹介している「ニューヨークで起業した木村仁美さん」が「高度人材」なのかも情報が少なすぎて判然としない。「IMDの16年調査では高度人材にとって日本の魅力は世界52位」などと書くのならば、日本人の「高度人材」が流出しているかどうかをデータや実例で見せるべきだ。


※今回取り上げた記事「外国人材と拓く(1)精鋭が選ぶ国へ 実力主義 国境越える/多様性 活力の源泉に
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170320&ng=DGKKZO14266130Z10C17A3MM8000

※記事の評価はC(平均的)。

2017年3月19日日曜日

金融庁批判の資格なし 東洋経済の西村豪太編集長

週刊東洋経済の西村豪太編集長が3月25日号の「編集部から」というコラムで金融庁の取材対応を批判していた。しかし、西村編集長に金融庁を批判する資格はない。他者を批判するならば、まず自らがメディアとしての責任をきちんと果たすべきだ。間違い指摘を黙殺して闇に葬り去る対応を良しと判断した西村編集長は、他者への批判が自分に跳ね返ってくることを自覚してほしい。
観世音寺収蔵庫(福岡県太宰府市)※写真と本文は無関係です

コラムの全文は以下の通り。

【東洋経済の記事】

「金融界の常識は世間の非常識」ということは数々あります。たとえばメガバンクではほとんどの行員が50歳代前半で銀行から「卒業」させられます。出向や転籍など道はいろいろですが、違和感を覚えます。顧客がどんどん高齢化しているのに、銀行だけ「キープ・ヤング」を守り続けられるでしょうか。

例をもう一つ。金融庁に長官インタビューを申し込んだところ、広報は「発売前にゲラを見られない場合、例外なく取材は受けていない」との返事。いろいろ交渉し、最終的には多忙を理由に断られました。取材相手に発言の上書きを許していてはジャーナリズムは成立しません。「絶対権力」として業界に君臨しているうちに世間と感覚がずれてきたのでは。(西村)

◇   ◇   ◇

取材相手に発言の上書きを許していてはジャーナリズムは成立しません」と西村編集長は志の高さを誇ってみせる。その一方で、記事中の明らかな誤りを握りつぶすのは「ジャーナリズム」としてあるべき姿なのか。

間違い指摘を無視して記事中の誤りを「なかったこと」にする西村編集長の「感覚」は世間とずれてはいないのか。自らのプライドを守るためにミス黙殺という選択をしたのならば、他者の批判は控えるべきだ。それが「ジャーナリズム」の世界で道を踏み外した者として守るべき最低限の礼儀だ。

ついでに言うと「金融庁」を「金融界」に含めるのは違和感がある。「金融界」とは「銀行・信用金庫・保険会社など金融業者の社会」(デジタル大辞泉)だ。金融庁はその外側にいると思えるのだが…。


※記事の評価はD(問題あり)。西村豪太編集長への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。西村編集長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

道を踏み外した東洋経済 西村豪太編集長代理へ贈る言葉
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_4.html

「過ちて改めざる」東洋経済の西村豪太新編集長への手紙
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_4.html

訂正記事を訂正できるか 東洋経済 西村豪太編集長に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_25.html

「巨大地震で円暴落」?東洋経済 西村豪太編集長のウブさ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_19.html

2017年3月16日木曜日

最終回も強引な「断絶」を描く日経1面「断絶を超えて」

日本経済新聞朝刊1面で連載していた「断絶を超えて」がようやく終わった。最終回となる16日の「(4)資産が遺産になる日 異色のエース 常に育成」という記事も苦しい内容だった。やはり今回も「断絶」に関する説明に無理がある。
筑後川沿いの菜の花(福岡県久留米市)
       ※写真と本文は無関係です

まずは記事の冒頭を見ていこう。

【日経の記事】

兵庫県の明石海峡を望む神戸製鋼所の神戸製鉄所。10月、ここから鉄鉱石と石炭を燃やして鉄を作る「高炉」の火が消える。神鋼で残る高炉は加古川製鉄所(兵庫県加古川市)の2基だけになる。

100年後に高炉で作る鉄が使われているかは、分からない」。川崎博也会長兼社長(62)は言うが、10年後には衝突しない自動運転車が実現して軽くて柔らかい素材で事足りるかもしれない。アルミやチタン合金など非鉄分野がいつでも「主力」になれるよう種まきを怠らない川崎会長の表情には緊張感が漂う。

これまでの成長を導いてきた「資産」が突如、「遺産(レガシー)」になる。そんな絶え間ない技術革新が製造業に「断絶」を迫る。次の成長の種をどう見つけ、育むか。

◎どこが「断絶」?

神戸製鋼所ではこれまでも高炉を減らしてきたのだろう。それが10月にはまた火が消えて「2基だけになる」。「100年後に高炉で作る鉄が使われているかは、分からない」かもしれないが、長い時間をかけて高炉がなくなるのならば「断絶」とは言い難い。

そこは取材班も考えたのかもしれない。「10年後には衝突しない自動運転車が実現して軽くて柔らかい素材で事足りるかもしれない」と付け加えている。だからと言って「断絶」が起きそうには見えない。

まず期間が長い。「10年」以上かけて需要が減っていくのであれば、「断絶」とは言い難い。10年後に一瞬で「自動運転車」に切り替わるわけでもないだろう。しかも「事足りるかもしれない」という不確かな話だ。

百歩譲って「10年後には衝突しない自動運転車が実現して軽くて柔らかい素材で事足りる」ようになり、自動車向けの鉄鋼需要はゼロになるとしよう。だからと言って高炉の火が全て消えるとは限らない。鉄鋼製品は自動車だけに使われるわけではない。自動車向けがなくなっても、高炉が生き残っていく可能性は十分にある。

さらに言えば「衝突しない自動運転車が実現」しても「軽くて柔らかい素材で事足りる」ようにはならないはずだ。「衝突しない自動運転車」とは「自らは運転ミスをしない自動運転車」という意味だろう。逃げ場のない場所で強引に突っ込んでくる自動車から逃れるのは不可能だ。

公道を走っている車が全て自動運転車になれば、「衝突」の可能性を限りなくゼロに近付けられるかもしれない。しかし、危険な運転者の操作する自動車が街を走っている中では「柔らかい素材で事足りる」ようにはならない。衝突に備える必要性は変わらず残る。10年後の公道で非自動運転車がゼロになる可能性はほぼない。

記事にはもう1つ気になる点があった。続きを見てみよう。

【日経の記事】

4月1日に3万人のグループ従業員のトップに立つ日立金属の平木明敏取締役(56)が奮い立つ。「未来永劫(えいごう)、今の材料が使われると思うな」。社内で檄(げき)を飛ばす。
平尾台(北九州市) ※写真と本文は無関係です


きっかけは1年ほど前にエンジニアから上がってきた報告だった。「主要取引先の航空機エンジンメーカーが相次ぎ採用を決めている」。その新材料は「CMC」。航空機エンジンで使うニッケル合金と比べて軽くて耐熱性に優れる。驚くのはそれが繊維由来ということ。ニッケル合金を成長の大黒柱に位置づける日立金属にとっては息の根を止められかねない。

◎「繊維由来」になぜ驚く?

なぜ「日立金属の平木明敏取締役」(あるいは取材班)は「CMC」が「繊維由来ということ」に驚いたのだろう。「航空機の部品に繊維由来の素材を使えるはずがない」と思っていたのか。日経の記事(1月11日付)でも「航空機では主翼や胴体といった機体でアルミ合金から炭素繊維強化プラスチック(CFRP)への置き換えが進む」と書いている。

航空機に炭素繊維が使われているのは広く知られている。当然に「繊維由来」の素材だ。なのに「CMC繊維由来」という事実に驚く理由が分からない。「エンジンだけは繊維由来の素材では無理だと思われていた」といった専門家にしか分からない事情があるのならば、そこは記事で説明すべきだ。

1月の連載に続いて、3月の連載も失敗作と結論付けたい。1月の連載の時も述べたが、誰が連載を担当しても「断絶」に説得力を持たせるのは難しい。「断絶を超えて」という企画自体が失敗だったと言うほかない。


※今回取り上げた記事「断絶を超えて(4)資産が遺産になる日 異色のエース 常に育成
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170316&ng=DGKKZO13764610X00C17A3MM8000


※連載の評価はD(問題あり)。3月に連載された「断絶を超えて」については以下の投稿も参照してほしい。

再開後もやはり苦しい日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_13.html

日経1面「断絶を超えて」民泊解禁に関する奇妙な主張
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_72.html


※1月に連載された「断絶を超えて」については、以下の投稿を参照してほしい。

失敗覚悟? 「断絶」見えぬ日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post.html

第2回も予想通りの苦しさ 日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_3.html

肝心の「どう戦う」が見当たらない日経連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_5.html

「メガヨット」の事例が無駄な日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_25.html

そもそもファストリは「渡り鳥生産」? 日経「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_7.html

最後まで「断絶」に無理がある日経連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_8.html

2017年3月15日水曜日

「偽ニュースとSNS」に問題山積み 産経 松浦肇編集委員

産経新聞の松浦肇編集委員(ニューヨーク駐在)には期待している。だからこそ言うが、週刊ダイヤモンド3月18日号の「World Scope(from 米国)~米大統領選の情報形成で 大きな影響を及ぼした『偽ニュース』とSNS」という記事には落第点しか与えられない。問題が多すぎる。記事を見ながら「なぜこのままではダメなのか」を論じたい。
平尾台(北九州市) ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

インターネット研究の権威、米ハーバード大学法科大学院のヨーカイ・ベンクラー教授がニューヨークにやって来たので、話を聞きに行った

ベンクラー教授の論文の白眉は、『ネットワークの富』だろう。市場経済の仕組みを解明したアダム・スミスの『国富論』に倣って名付けられた同著は、自由に情報を発信できるネット社会の価値創造の過程を解明し、「シェアリング・エコノミー(共有経済)」といった後々に登場する理論の素地となった。

ベンクラー教授の最新の研究は、「直近の米大統領選挙の過程で、ネット社会で形成された情報網の分析」。「どのようなメディアを通じて、ニュースがネットで共有されているか」という研究である。

分析したデータは125万件に及ぶニュースで、収集期間は昨年11月8日の本選挙投票日までの18カ月だ

驚くべき結果が出た。「トゥルース・フィード」や「デイリー・センター」といった「偽ニュース」として知られるサイトが、情報の中継・発信地点としての役割を急拡大させていたのだ。その存在感が高まった理由は、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を活用した情報の拡散術である

米国で「偽ニュース」の網が拡大している。米シンクタンクのピュー・リサーチ・センターの調査によると、SNS利用者の2割以上が「偽ニュース」を友人などに紹介する。


◎ベンクラー教授のコメントは?

米ハーバード大学法科大学院のヨーカイ・ベンクラー教授がニューヨークにやって来たので、話を聞きに行った」と言うものの、同教授のコメントは記事を最後まで読んでも出てこない。記事の冒頭でわざわざ「話を聞きに行った」と宣言しているのに、教授の「声」が全く出てこないのは不可解だ。


◎シェアリング・エコノミーは「理論」?

『シェアリング・エコノミー(共有経済)』といった後々に登場する理論」と書いているのだから、「シェアリング・エコノミー」は「理論」の名称だと取れる。しかし、一般的には理論の名前としては使わないはずだ。

◎「驚くべき結果が出た」と言われても…

研究結果を詳細に見た松浦編集委員は「驚くべき結果が出た」と感じたのだろうが、読者としては納得できない。「『偽ニュース』として知られるサイトが、情報の中継・発信地点としての役割を急拡大させていた」とは言うものの、どの程度の「急拡大」なのかは不明。いつと比べて「急拡大」なのかも謎だ。具体的なデータも提示せずに凄さを強調しても説得力はない。

◎SNSが理由?

偽ニュースの「存在感が高まった理由」は「SNSを活用した情報の拡散術」という説明も腑に落ちない。「存在感が高まった」「役割を急拡大させていた」というのがどの期間を念頭に置いているのか不明なので、とりあえず「昨年11月8日の本選挙投票日までの18カ月」で最初と最後を比べたと仮定しよう。
ノートルダム大聖堂(アントワープ)のステンドグラス
      ※写真と本文は無関係です

この場合、投票日の1年半前にもSNSはかなり普及していた。なのに、投票日の1年半前と比べて偽ニュースの「存在感が高まった理由」が「SNSを活用した情報の拡散術」というのは理解しづらい。SNSが情報拡散に重要な役割を果たしたのはその通りだろう。だが、昨年11月とその1年半前の変化の理由を説明できているとは思えない。1年半前にも「SNSを活用した情報の拡散術」は使えたはずだ。

さらに記事を見ていく。

【ダイヤモンドの記事】

「(大統領選の民主党候補だった)クリントン氏の私用メール問題を調べていた捜査官が死体で見つかった」

「ローマ法王が(同共和党候補で勝利した)トランプ氏を大統領に推している」

これらは、昨年1年間、SNSの世界で最も引用されたニュースの実例だが、いずれも「偽ニュース」である。多くが政治絡みだ。

◎どちらのニュースが「最も引用された」?

SNSの世界で引用されたニュースのランキングなどあるのだろうか。SNSでは様々な言語が使われているし、引用したかどうかの判断も難しそうだ。そんなランキングがあるのならば、出所は明らかにしてほしかった。

最も引用されたニュース」が2つあるのも気になる。引用数が全く同じとは考えにくい。あるいは「2位でも『最も』と言ってよい」との考えなのだろうか。例えば「中国とインドは世界で最も人口が多い国だ」という説明は、個人的にはダメだと思うが…。

次に記事の終盤を見よう。

【ダイヤモンドの記事】

「偽ニュース」は実社会にも影響を及ぼし始めている。例えば、昨年末に起きた、「ピザゲート」と呼ばれる発砲事件だ。

「ピザ店の地下室が児童買春組織の拠点になっている」という怪情報がSNSで駆け巡り、それを信じた若者が自動小銃を携えて、「子どもを救出する」とそのピザ店を襲撃した。
梅の花と耳納連山(福岡県久留米市)
      ※写真と本文は無関係です

実は、「偽ニュース」の跋扈を許す法律がある。米通信風紀法(DCMA)とその関連判例だ。

DCMAは著作権侵害などネットにおける「風紀の乱れ」を取り締まる法律なのだが、「その適用除外条項にSNSが含まれる」という判例が確立している。「(名誉毀損や著作権侵害など)違法なコンテンツが自社製作でない限り責任が問われない」という内容だ。

SNSは「偽ニュース」のネットワークを支えているのだが、「(法的責任を負う)編集者ではなくサービス提供者である」という法理論が確立しているのである。このため、SNS自体に責任を負わせることができない。

一方で、「偽ニュース」のウェブサイトは多くが新興勢力で、摘発しても次から次へと新たな発信元が登場する。まるでもぐらたたきのような状態だ。米フェイスブックやグーグルなどは、自主的に「偽ニュース」の摘発プログラムを導入しているが、その撲滅は容易ではない

◎足りない「独自性」

米フェイスブックやグーグルなどは、自主的に『偽ニュース』の摘発プログラムを導入しているが、その撲滅は容易ではない」というのは、その通りだろう。そして、よく聞く話でもある。ニューヨーク駐在でなければ書けない話でも、松浦編集委員でなければ書けない独自の分析でもない。今回の記事に関して言えば、松浦編集委員の重視する「現場主義」も感じられない。「何のために自分が記事を書くのか」を改めて見つめ直してほしい。

※今回取り上げた記事「World Scope(from 米国)~米大統領選の情報形成で 大きな影響を及ぼした『偽ニュース』とSNS
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/19598

※記事の評価はD(問題あり)。松浦肇編集委員への評価もDを維持する。松浦編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「金融危機から6年」? 産経の松浦肇編集委員へ質問(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_80.html

「金融危機から6年」? 産経の松浦肇編集委員へ質問(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_8.html

何のためのパリ取材? 産経 松浦肇編集委員への注文(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_30.html

何のためのパリ取材? 産経 松浦肇編集委員への注文(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_96.html

「再収監率40ポイント低下」? 産経 松浦肇編集委員の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/40.html

ジャンク債は値下がり? 産経 松浦肇編集委員の記事を解読
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_25.html

産経 松浦肇編集委員だから書ける「World Scope」を評価
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/world-scope.html

「トランプ初会見」記事で産経 松浦肇編集委員に助言
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_9.html

「ビッグ3の日本嫌い再び」と 産経 松浦肇編集委員は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_14.html

2017年3月14日火曜日

日経1面「断絶を超えて」民泊解禁に関する奇妙な主張

日本経済新聞朝刊1面で連載している「断絶を超えて」が相変わらず辛い。14日の第2回の見出しは「シェア経済 アジア先行 牛歩の日本、草刈り場」。民泊などで規制緩和を急がないと日本は「草刈り場」になると訴えているが、奇妙な主張だ。編集局の多くの人間が目を通したはずなのに、誰も疑問に思わなかったのだろうか。
久留米工業高等専門学校(福岡県久留米市)
      ※写真と本文は無関係です

記事の後半で以下のように書いている。

【日経の記事】

ライドシェア(相乗り)議論は政府内で検討が始まったばかり。空き部屋仲介の民泊も既存ルールが立ちふさがる。戦後、欧米に追いつけ追い越せと練り上げた政策やルールが、日本を経済大国へと押し上げる原動力になったことには違いないが、その成功体験が「断絶」する。今の日本の政策立案スピードは、世界に広がる技術革新の波に全く追いついていない。

10日に閣議決定した民泊新法案が象徴だ。「それにしても遅い」。民泊予約サイトを子会社を通じて運営する百戦錬磨(仙台市)の上山康博社長(55)はため息をつく

観光庁と厚生労働省が有識者による検討会を立ち上げのは15年11月だ。13回の会議を経て16年6月に最終報告書をまとめ、16年秋の臨時国会への法案提出を目指すも年間営業日数の調整がつかず先送り。「上限180日」でようやくまとまり、国会での審議に入るが、いくら政敵不在の「安倍1強」であっても新法施行は早くても年明けとみられる。

その間にも米エアビーアンドビーが日本で対象物件数を増やし、中国で民泊仲介サイトを手掛ける途家(トゥージア)も日本進出を果たす。気付けば、日本は海外企業の「草刈り場」となりかねない。「世界の巨人にどう勝負を挑むのか」。百戦錬磨の上山社長は身構える。

相乗りや民泊などのシェア経済は25年に世界で3350億ドル(約38兆円)規模に膨らむとの予測もある。永田町の政治家や霞が関の官僚が今そこにある深い断絶に気付かない限り、日本はいつまでたってもデジタル革命を味方に付けることはできない

◎規制緩和が遅いと「草刈り場」になる?

民泊新法案」に関して「それにしても遅い」と「百戦錬磨(仙台市)の上山康博社長」に語らせ、「気付けば、日本は海外企業の『草刈り場』となりかねない」と危機感を煽っている。だが、この主張は謎だ。
北の丸公園(東京都千代田区)
      ※写真と本文は無関係です

草刈り場」になるのを防ぐべきか議論の余地はあるが、とりあえず取材班の立場から考えてみよう。「米エアビーアンドビーが日本で対象物件数を増やし、中国で民泊仲介サイトを手掛ける途家(トゥージア)も日本進出を果たす」という状況で、日本勢の準備が進んでいないのならば、法案成立は遅らせた方が得策だ。

永田町の政治家や霞が関の官僚」が危機感を抱いているのならば、民泊解禁に向けて準備を急ぐよう日本勢の尻を叩く一方で、準備ができるまで規制緩和は遅らせるべきだ。海外勢の準備ばかりが先行する段階で規制を緩和するのは、「草刈り場」化を防ぐ観点から見れば自殺行為だ。

永田町の政治家や霞が関の官僚が今そこにある深い断絶に気付かない限り、日本はいつまでたってもデジタル革命を味方に付けることはできない」と記事を結んでいるが、状況認識がおかしいのは取材班の方ではないか。

※今回取り上げた記事「断絶を超えて(2)シェア経済 アジア先行 牛歩の日本、草刈り場
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170314&ng=DGKKZO14031580U7A310C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

再開後もやはり苦しい日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_13.html


※1月に連載された「断絶を超えて」については、以下の投稿を参照してほしい。

失敗覚悟? 「断絶」見えぬ日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post.html

第2回も予想通りの苦しさ 日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_3.html

肝心の「どう戦う」が見当たらない日経連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_5.html

「メガヨット」の事例が無駄な日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_25.html

そもそもファストリは「渡り鳥生産」? 日経「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_7.html

最後まで「断絶」に無理がある日経連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_8.html

2017年3月13日月曜日

再開後もやはり苦しい日経1面連載「断絶を超えて」

新年を迎えて日本経済新聞朝刊1面で「断絶を超えて」という連載が始まった時、「失敗が約束されている正月企画」と評した。「断絶」自体を見つけてくるのが困難だと思えたからだ。予想通り、まともに「断絶」を描けない連載になってしまった。
三潴銀行記念館(福岡県大川市)※写真と本文は無関係です

3月13日から「断絶を超えて」の連載が再開された。そして、予想通りの苦しい内容だ。第1回の記事には「大量生産品『興味ない』 私ファースト 新流通革命」という見出しが付いている。日経の1面企画記事で「革命」の文字を見つけたら要注意だ。その意味でもこの記事には期待しにくい。

まず、最初の事例を見てみよう。

【日経の記事】

その洋服は福岡市中心部の福岡アジア美術館に展示されていた。細かな編み目が施されたシンプルな白地のベストなど3点。生地のサンプルを触ってみると質感が毛糸とまるで違う。それもそのはず。3Dプリンターで作った洋服だからだ

ゴムのように伸びるプラスチック素材を使って1日がかりで「印刷」した。素材は違えど伸縮性は抜群。着るのはもちろん、たたむこともできる。

作ったのはネットベンチャーのキャンプファイヤー(東京・渋谷)。今は試作品だが、藤井裕二執行役員(40)は確信する。「夜にプリンターにセットした洋服が翌朝にはできあがる。そんな日がいずれくる」


◎「質感」の差は素材の差では?

まず、「生地のサンプルを触ってみると質感が毛糸とまるで違う。それもそのはず。3Dプリンターで作った洋服だからだ」との記述が引っかかる。「ゴムのように伸びるプラスチック素材」を使ったのならば、「毛糸」と「質感」が違うのは当たり前だ。質感の違いを「3Dプリンターで作った」ことに求める考えが理解できない。同じ素材を使っても3Dプリンターで作ると全く「質感」が異なるのならば、「3Dプリンターで作った洋服だからだ」と言われて納得できるが…。

そして、問題の「断絶」に関するくだりに入ってくる。

【日経の記事】

スーパー・ストアが出現し、小売りの主力となる――。経済学者、林周二氏が「流通革命」でそう書いて半世紀。大量生産・大量消費を前提にした流通システムが「断絶」する。自分だけが持つこだわりや価値観を大事にする「ワタシファースト」の消費者が大型店に行かずとも「私だけの商品」を手に入れる。


◎やはり苦しい「断絶」

大量生産・大量消費を前提にした流通システムが『断絶』する」と断言しているが、「確かに断絶があり得るな」と感じられる説明は見当たらない。衣料品に限っても、ユニクロのようなビジネスモデルが死滅しかかっているわけでもない。
アントワープのBNPハリバ ※写真と本文は無関係です

この連載の苦しさがここにある。読者を納得させる「断絶」がゴロゴロ転がっているわけではない。むしろ「ほぼない」と言える。それでも「断絶」を見つけて、それを「超えて」いく姿を描かなけれならない。誰がやっても無理だろう。ゆえに、連載としての失敗は必然となる。

それに、「大型店に行かずとも『私だけの商品』を手に入れる」のは、3Dプリンターに頼らなくても昔から可能だ。オーダーメイドで服を作るのは、昔も今もそれほど特別な消費行動ではない。

記事の問題点はまだ尽きない。続きを見てみよう。

【日経の記事】

中国が先を行く。アリババ集団が手掛ける中国最大のネット通販サイト「淘宝網(タオバオ)」が提供する画像検索サービス。街で見かけたお気に入りの商品をスマートフォン(スマホ)で撮影すると、その色や形を自動解析して8億に達するサイト上の商品群から類似品を割り出す。スマホ画面を指先で操作すれば注文完了。「大量生産品には興味ない」。上海市の会社員、丁麗舟さん(26)は言い切る。

◎「自分だけが持つこだわりや価値観」は?

自分だけが持つこだわりや価値観を大事にする『ワタシファースト』の消費者が大型店に行かずとも『私だけの商品』を手に入れる」動きに関して「中国が先を行く」らしい。しかし、その後に出てくる「アリババ」の事例は「自分だけが持つこだわりや価値観を大事にする」消費者の話には見えない。

街で見かけたお気に入りの商品」と似たような服を着ようとするのならば、他人の模倣だ。そこに「自分だけが持つこだわりや価値観」はあまり感じられない。ファッション誌を見て、モデルが着ているのと同じ服を買おうとするのと似たようなものだ。

また、アリババの「ネット通販サイト」で商品を買うと「大量生産品」を避けられるかどうかも分からない。「8億に達するサイト上の商品群」があるとしても、それが「大量生産品」である可能性は残る。全て非「大量生産品」と言えるのならば、その点は明示してほしい。

次の事例に移ろう。

【日経の記事】

世界で増殖するワタシファーストの消費者。彼らを振り向かせるすべはあるだろうか。

繊維メーカーのセーレンはオーダーメード衣料に活路を求める。色や形の組み合わせは47万通り。注文を受ければすぐさま福井県内の工場にデータを飛ばし、3週間後には消費者の手元に届く。ネット技術の革新が川田達男会長(77)が、「30年前から見てきた夢」という在庫不要のオーダー衣料事業を実現させた

◎「夢」が実現したのはいつ?

セーレンの「オーダー衣料事業」とは同社の「ビスコテックス」を指すのだろう。これはかなり長い歴史がある。ダイヤモンドオンラインの記事(2017年3月3日)ではこう書いている。

カラスの群れ(福岡県久留米市)
        ※写真と本文は無関係です
セーレンは2005年に旧カネボウの繊維事業を買収した。これによって、原糸から織り、染色加工、縫製までの一貫体制を完成させた。この一貫体制とビスコテックスの組み合わせが、パーソナルオーダーを可能にしたのである

日経の書き方だと「30年前から見てきた夢」が最近になって実現したような印象を受ける。しかし、「オーダー衣料事業」の少なくとも基本的な部分は10年以上前には完成していたのではないか。

最後に記事の終盤を見てみよう。やはり気になる点がある。

【日経の記事】

東京・銀座の店舗。堀井経昭さん(63)が自ら売り込むシャツやネクタイを前に目を細める。

31年間勤めた大手アパレル会社では中国の縫製工場を飛び回った。隣には仕入れ値を安くするために工場に圧力をかける同僚の姿。「これで本当に消費者は満足しているのか」。そんな疑念がいつも頭の片隅にあった。

国産衣料品だけを集めたネット通販サイト「ファクトリエ」の運営会社に61歳で転じた。「工場が売りたい価格で売ることで日本にものづくりを残した」。山田敏夫社長(34)の信念に共鳴した。山田氏が全国600以上の工場に足を運んで選んだこだわり商品を売る堀井氏は実感する。「作り手も買い手も満足する商品に向き合えている」

既存の枠組みを一歩踏み出せば、違った景色が見えてくる。さあ、あなたも踏み出しませんか。

◎「ワタシファースト」と関係ある?

最後の話は「ワタシファースト」の消費とどう関連するのだろうか。「私だけの商品」を手に入れようとするのが「ワタシファースト」の消費者ではなかったのか。

工場が売りたい価格で売ることで日本にものづくりを残したい」という考え方に共感して服を買うのであれば、あまり「ワタシファースト」とは感じられない。むしろ「工場ファースト」に近い。「ファクトリエ」の商品が大量生産と距離を置いているのかどうかも、記事からは判然としない。

アパレルが工場から商品を「仕入れ」ているような書き方も引っかかった。そういう事例もあるかもしれないが、アパレルの場合は「委託生産」のイメージが強い。だとしたら「仕入れ値を安くする」ではなく、「工賃を安くする」とすべきだ。


※今回取り上げた記事「断絶を超えて(1)大量生産品『興味ない』 私ファースト 新流通革命
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170313&ng=DGKKASDZ03ICT_T00C17A3MM8000

※記事の評価はD(問題あり)。1月に連載された「断絶を超えて」については、以下の投稿を参照してほしい。

失敗覚悟? 「断絶」見えぬ日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post.html

第2回も予想通りの苦しさ 日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_3.html

肝心の「どう戦う」が見当たらない日経連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_5.html

「メガヨット」の事例が無駄な日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_25.html

そもそもファストリは「渡り鳥生産」? 日経「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_7.html

最後まで「断絶」に無理がある日経連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_8.html

2017年3月12日日曜日

読者を混乱させる日経ビジネス特集「あなたを襲う認知症」

日経ビジネス3月13日号の特集「あなたを襲う認知症~経営が止まる 社会が揺れる」は物足りない内容だった。特に「PART4 新規参入も続々 技術で『未来』を変える」に不満が残った。認知症の「根本治療」に期待してよいのかどうか、読めば読むほど混乱する。
筑後川温泉(福岡県うきは市)
     ※写真と本文は無関係です

まず見出しからは「認知症の治療に明るい材料が出ているのかな」と思ってしまう。しかし、冒頭で以下のように出てくる。

【日経ビジネスの記事】

現在、認知症に関わる研究開発には大きく2つある。発症を遅らせるための「薬」と、薬の効果をなるべく早い段階で享受するための「早期診断」だ。

◇   ◇   ◇

これだと、既に発症している認知症患者の「」については「研究開発」段階でほぼ諦められているのかと思える。

ところがすぐに話が変わってくる。

【日経ビジネスの記事】

(エーザイが開発した)アリセプトの登場で、医師が薬を処方できるようになった。だが、アリセプトは、原因に働きかける「根本療法」ではなく、認知機能が低下した神経細胞をより働きやすくする「対症療法」でしかない。その後、いくつも「新薬」が登場したが、いずれも対症療法薬だった。

そんなエーザイが今、2020年度以降の販売に向けて着々と準備を進めている新薬が、バイオベンチャーの米バイオジェンと共同で開発した「E2609」と「BAN2401」である

◇   ◇   ◇

今度は一転して「根本療法」が可能になる薬が登場しそうな感じだ。「発症を遅らせるための『薬』」以外はまともに開発していないと思わせる冒頭の記述は何だったのか。

記事の続きを読むと、さらに分からなくなる。

【日経ビジネスの記事】

両方とも、認知症患者の中で最も多いとされるアルツハイマー型の原因に直接、働きかける。前者は治験の最終段階であるフェーズ3、後者はその前のフェーズ2の状況だ。認可が下りれば、認知症治療は根本治療に向けて1歩、前進することになる

◇   ◇   ◇

根本療法」のための薬が認可されるのだから、少なくとも一部の患者については完治が見込めそうなものだが、記事には「認知症治療は根本治療に向けて1歩、前進することになる」と書いてある。「大きく前進」ではなく「1歩、前進する」だけだ。

どういうことなのか。続きを見ていこう。

【日経ビジネスの記事】

根本原因として有力視されているのが、「アミロイドβ」と呼ばれるたんぱく質が凝縮してできる「アミロイドβフィブリル」という物質だ。これが蓄積すると脳に黒い斑点(老人斑)ができる。このアミロイドβフィブリルと老人斑が、神経細胞を殺している可能性が高いと考えられている。
アントワープ(ベルギー)市内 ※写真と本文は無関係です

アミロイドβは、細長いミミズのような形をした「アミロイド前駆体たんぱく質(APP)」の一部だ。APPの末端部分がβセクレターゼ(BACE)などと呼ばれる酵素で切断されると、生成される。なぜ切断されるのかは解明されていないが、アミロイドβの生成を防ぐことが、認知症進行の抑制につながると考えられている。

E2609は、ハサミのような機能を持つBACEに自らピタッとはまって切断機能を失わせる。同様の働きを持つ薬は、MSDやイーライリリーなどの競合他社も開発に取り組んでいる。

BAN2401は、アミロイドβフィブリルと結合する抗体だ。結合後は脳のお掃除機能を持つ細胞であるミクログリアにのみ込まれる。

またアミロイドβとは別に、神経細胞の中に「タウ」と呼ばれるたんぱく質も蓄積する。その結果、神経細胞の突起が縮み、細胞は死んでしまう。このタウと結合する抗体を、バイオジェンが開発している。

富士フイルムグループの富山化学工業が開発中の「T-817MA」は、神経細胞死の原因となる損傷から細胞を保護するほか、神経細胞の突起が伸びるのを助ける効果が期待できる。現在日米でフェーズ2の治験が行われている。

◇   ◇   ◇

薬が働く仕組みを延々と説明しているだけで、「根本療法」につながるものかどうか判然としない。なぜ「大きく前進」ではなく、「1歩、前進する」だけなのかも読み取れない。

そして、次に以下のような驚くべきコメントが出てくる。

【日経ビジネスの記事】

エーザイニューロロジービジネスグループの木村禎治進行役(53)は、「新薬が登場すれば患者の人生に画期的な変化をもたらす」と期待する。

◇   ◇   ◇

根本治療に向けて1歩、前進する」だけなのに「新薬が登場すれば患者の人生に画期的な変化をもたらす」らしい。ますます分からなくなる。一歩前進ではなく、やはり「大きく前進」なのか。「根本治療」が新薬の力で可能になるのか。しかし、記事はこれ以上の手掛かりを与えてくれない。

エーザイの新薬が画期的なものならば、「治験では、認知機能が発症前の水準を回復する患者の例がいくつも報告されている」といった説明があっても良さそうなものだ。あくまで推測だが、新薬は大したものではないのだろう。そして、エーザイへの配慮なのか、大げさなコメントだけが浮いてしまったのではないか。

「認知症の画期的な治療法はないか」と探している人がこの記事を読んだら、かなりイライラしそうだ。画期的な新薬が現状では期待できないのならば、それはそれで仕方がない。そう書けばいいだけだ。今回のように、どう理解すればいいのか迷わせるような書き方はやめてほしい。

※特集全体の評価はC(平均的)。

※特集担当者への評価は以下の通りとする。

河野紀子記者(Fを維持)
広岡延隆記者(Cを維持)
池松由香記者(暫定C)
庄子育子編集委員(Dを維持)
坂田亮太郎記者(暫定C)

2017年3月10日金曜日

「国粋の枢軸」に問題多し 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」

辻褄が合っていない記事と言えばいいのだろうか。10日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に秋田浩之氏(肩書は「本社コメンテーター」)が書いた「Deep Insight~『国粋の枢軸』危うい共鳴」 という記事では、「国粋の枢軸」に関して理解に苦しむ説明が目立つ。
筑後川昇開橋(佐賀市・福岡県大川市)
         ※写真と本文は無関係です

秋田氏はまず米トランプ政権の「バノン首席戦略官・上級顧問」に注目する。そして以下のように記している。

【日経の記事】

 戦後の世界は、西洋文明の盟主である米国と西欧諸国が仕切ってきた。ところが、グローバル化で国際資本に市場が食い荒らされ、米欧の社会が荒廃した。イスラム文化圏などからの移民の流入でテロの脅威がふくらみ、伝統的な価値観も薄まっている。この流れを止め、米・西欧主導の世界を再建しなければならない……。

つまり、グローバル化の流れをせき止め、薄まった米国と西欧諸国のアイデンティティーを取り戻そうというわけだ。そのためには国連や国際機関の弱体化も辞さない。革命にも近い発想だ。

トランプ氏もおおむね、バノン氏のこうした思想を共有している。

◇   ◇   ◇

つまり、目指すところは「米・西欧主導の世界」だ。しかし、記事の終盤になると話が変わってくる。

【日経の記事】

トランプ政権はいま、世界にも同じ「革命」を輸出しようとしている。当面の目標は欧州連合(EU)の統合を壊すことだ。西欧国家群の土台が統合で食いつぶされているという危機感がある。

「英国のEU離脱はとても良かった。あとは(フランスの極右政党・国民戦線の)ルペン党首が今春の大統領選に勝ち、ドイツのメルケル首相が9月の総選挙に負ければ、すばらしい」。英国のEU離脱を主導したジョンソン外相が1月に訪米した際、バノン氏はひそかにこう励ましたという。

ひるがえって、EUを敵視する欧州の極右政党からみれば、トランプ政権は願ってもない助っ人だ。米政権に近づき、静かに連携を探ろうとしている。
アントワープ(ベルギー)の「ブラボーの噴水」
      ※写真と本文は無関係です

2月下旬の米保守系政治団体のイベントには、欧州から極右や右派政党も顔をそろえた。報道によれば、フランスの国民戦線やイタリアの北部同盟、オーストリアの自由党の幹部らがトランプ政権側と熱心に接触を重ねた。

反移民・イスラム、自国優先といった思想で米政権と共鳴し、欧州の極右勢力がさらに勢いづく筋書きが、現実味をおびている。

フランスの国民戦線のルペン党首は4~5月の大統領選に向け、世論調査で首位を走る。彼女は米国のTPP離脱を称賛する。

3月15日の下院選を控えるオランダでは、「オランダのトランプ」と呼ばれるウィルダース自由党党首が第1党の座をうかがう。オーストリアやイタリアの右派政党の主張も、米政権に重なる。

反EUのルペン氏が当選すれば、「EU統合は本当に死ぬ」(欧州外交筋)。欧州を分断したいロシアも、ルペン氏陣営に資金援助しているとの情報が流れる。

米英仏中ロは、国連で拒否権をにぎる安保理常任理事国でもある。この大国クラブが「国粋の枢軸」に占められたら、グローバル化の秩序は後ずさりしてしまう

戦前には、米英仏が主導する秩序に反発した日本とドイツ、イタリアが枢軸を組み、戦争に走った。皮肉なことに、こんどは日本とドイツが現行体制の砦(とりで)にならなければならない

◇   ◇   ◇

国粋」とは「その国の国民性または国土の特徴となる長所や美点」(デジタル大辞泉)という意味なので、「国粋の枢軸」には意味不明な部分もあるが、ここでは「自国第一主義国の枢軸」を指すと推測して話を進める。

◎「米・西欧主導の世界」はどうなった?

まず気になるのが「米英仏中ロは、国連で拒否権をにぎる安保理常任理事国でもある。この大国クラブが『国粋の枢軸』に占められたら、グローバル化の秩序は後ずさりしてしまう」というくだりだ。

ここでは「米英仏中ロ」が「自国第一主義国」の「枢軸」になると言っているのだろう。だとすると、中国とロシアが加わってしまう。この2国とも手を組んで「枢軸」を形成すれば「米・西欧主導の世界」は実現しない。トランプ政権の狙いが「米・西欧主導の世界」の実現ならば、中ロを含む「枢軸」を選ぶはずがない。前半部分で書いたことを秋田氏は忘れてしまったのか。

◎英国は「国粋」の一角?

英国はEU離脱を決めたものの、政府自体は離脱に反対だった。その後に極右政党が政権を奪ったわけでもない。「国粋」の一角に入れるのは、かなり違和感がある。「中ロ」も自国第一主義的な面はあるだろうが、「国粋の枢軸」と言われると微妙に違う気がする。

◎「日本とドイツが砦」?

この大国クラブが『国粋の枢軸』に占められたら、グローバル化の秩序は後ずさりしてしまう」と書いた後に、「こんどは日本とドイツが現行体制の砦(とりで)にならなければならない」と記事を締めている。安保理常任理事国の5カ国を問題にするのならば、日本とドイツが頑張っても意味がない。「大国クラブが『国粋の枢軸』に占められ」る事態を止められるわけではない。日独が他国の選挙に働きかけるのならば話は別だが…。

あるいは、秋田氏は日独が現代の「連合国」として、「米英仏中ロ」で構成する「枢軸国」と対峙せよと言いたいのだろうか。しかし、この図式になれば勝負は決したも同然だ。日本が米国に逆らうとも思えない。

大国クラブが『国粋の枢軸』に占められ」るのを防ぎたいのならば、まずはフランスに頑張ってもらうべきだ。「4~5月の大統領選」で非「国粋」勢力が勝てば済む。秋田氏はなぜフランスに「」の役割を期待しないのだろうか。「国民戦線のルペン党首」が勝つと確信しているのか。だったら、そう書いてほしい。

結局、何を訴えたいのか、よく分からない記事だった。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~『国粋の枢軸』危うい共鳴
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170310&ng=DGKKZO13896950Z00C17A3TCR000

※記事の評価はD(問題あり)。秋田浩之氏への評価もDを維持する。

2017年3月9日木曜日

日経「はるやまHDが代謝促すスーツ」に漂う怪しさ

9日の日本経済新聞朝刊企業・消費面に気になるベタ記事があった。「はるやまHDが代謝促すスーツ」というその記事では「痩せる効果が期待できるスーツ」を取り上げている。インチキだと言える材料はないが、「こんな商品を記事で紹介していいのかな?」とは感じた。
阿蘇山(熊本県阿蘇市) ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

紳士服大手のはるやまホールディングスは着るだけで痩せる効果が期待できるスーツを9日に発売する。裏地に人の細胞の動きを活発にする成分を加工し、消費カロリーが増えることで体脂肪を落ちやすくするという。肥満を気にするビジネスパーソンらを対象に年3万着の販売をめざす。

商品名は「スラテクノ」。裏地に還元水の一種である還元イオン加工水を付着させることで細胞の電子が動きやすくなり、消費カロリーを増やすことが期待できるという。大阪府立大学の名誉教授で医学博士の清水教永氏の実験でその効果を確認した。

◇   ◇   ◇

着るだけで痩せる効果が期待できるスーツ」と書いてあると、反射的に怪しさを感じてしまう。「大阪府立大学の名誉教授で医学博士の清水教永氏の実験でその効果を確認した」らしいので、一定の根拠はあるのだろう。だが、それでも怪しさは消えない。

まず「スーツ」の仕組みがやや不可解だ。「裏地に還元水の一種である還元イオン加工水を付着させる」と言うが、「」を「裏地」に付着させるというのが分からない。ずっとその「」が裏地に付着し続ける仕組みなのか。蒸発しないのだろうか。

還元イオン加工水を付着させる」となぜ「細胞の電子が動きやすく」なるのかも説明はない。素人考えでは、スーツの裏地に特殊な水を付着させても消費カロリーが増えそうな感じはしない。このスーツが本物の「着るだけで痩せる効果が期待できるスーツ」ならば、その辺りはきちんと説明してほしい。

効果」についてデータがないのも怪しさを感じさせる要因の1つだ。「消費カロリーが増えることで体脂肪を落ちやすくする」「消費カロリーを増やすことが期待できる」と言われても、それがごくわずかならば大して意味はない。

ついでに言うと、価格への言及がないのは困る。最低でも、通常のスーツとどの程度の価格差になるのかは欲しい。

※今回取り上げた記事「はるやまHDが代謝促すスーツ」
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170309&ng=DGKKZO13844170Y7A300C1TI5000

※記事の評価はD(問題あり)。最初から紙面化しないのがベストだろう。使うのならば、具体的なデータを盛り込むなどして「怪しさ」をもっと取り除くべきだ。

2017年3月8日水曜日

ついに堕ちた 週刊エコノミスト金山隆一編集長に贈る言葉

週刊エコノミストもついに堕ちた。編集長が書いた編集後記だからだろうか、踏み止まれずに「間違い指摘を無視する経済メディア」の列に加わった。日本経済新聞、日経ビジネス、週刊ダイヤモンド、週刊東洋経済、そして週刊エコノミスト。間違いかどうかを記事の作り手自身が判断するという「被告人が判決文を書く仕組み」はやはり機能しづらい。そのことを上記のメディアは教えてくれている。

週刊エコノミスト編集長に送ったメールの内容は以下の通り。

桜井二見ヶ浦の夫婦岩と大鳥居(福岡県糸島市)
           ※写真と本文は無関係です
【エコノミスト編集長に贈る言葉】

週刊エコノミスト編集長 金山隆一様

御誌には編集後記に当たる「From Editors」というコラムがあります。2月28日号で金山様は以下のように書いています。

「計算ミスだけでは到底ありえない巨額の損失が日本を代表する総合重機で頻発している。3件は、三菱重工業が米系企業から受注した大型客船、東芝の原子力米子会社ウェスチングハウスによる米S&Wの買収、三菱重工業と日立製作所の火力発電事業の統合会社が引き継いだ南アフリカの火力発電所の損失だ」

これを読む限り、東芝も「総合重機」の一角と解釈するしかありません。もちろん東芝は「総合重機」ではなく「総合電機」に属します。単純な誤りですし、大騒ぎする話でもありません。しかし「東芝は総合重機ではないのでは?」との問い合わせに対し、金山様を含めエコノミスト編集部では無視を決め込みました。最初の問い合わせから2週間が経過しています。この間に回答を2度促しましたが、何の反応もありませんでした。「回答の意思なし」と判断するしかありません。

「東芝は総合重機ではなく総合電機だ」と認めれば「エコノミストの編集長はそんなことも知らないのか。それでよく経済誌の編集長が務まるな」と思われるかもしれません。しかし、そこは踏ん張って回答すべきです。「東芝は広義の総合重機と判断しています」といった強引で無理のある回答でも、無視よりは救いがあります。

購読料を支払って週刊エコノミストを支えてくれている読者が「記事の説明は誤りではないか」と問うているのです。それを無視する道理が私には理解できません。間違いならば認めて謝罪し訂正する。間違いでないのならば、その理由を説明する。この当たり前とも思える対応を、日本の主要経済メディアの多くができていません。そして御誌もその一員に加わったのです。

間違い指摘を無視するという「毒」を口にするのは、メディアとしての自殺行為です。他者を批判する正当性を自らの手で破壊してしまうのです。「毒を食らわば皿まで」と言う通り、一度この「毒」を口にしたメディアは安易に無視を繰り返すようになります。週刊エコノミストでその「毒」を口に運んだのが金山様です。そのおかげで、金山様の取るに足らないプライドは守られたかもしれません。しかし、代償として失ったものは計り知れません。残念無念の一語に尽きます。

◇   ◇   ◇

※B(優れている)としていた金山隆一編集長の格付けはF(根本的な欠陥あり)に引き下げる。週刊エコノミストへの評価も見直さざるを得ない。

金山隆一編集長については以下の投稿も参照してほしい。

FACTAに「声」を寄せた金山隆一エコノミスト編集長に期待
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/facta_25.html

週刊エコノミスト金山隆一編集長への高評価が揺らぐ記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_12.html

週刊エコノミスト編集長が見過ごした財産ネットの怪しさ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_14.html

「無理のある回答」何とか捻り出した週刊エコノミストを評価
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_94.html

東芝は「総合重機」? 週刊エコノミスト金山隆一編集長に質問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_57.html