2015年11月30日月曜日

「ケタ違いの衝撃」どこへ? 早くも息切れ日経「新産業創世記」  

日本経済新聞朝刊1面で連載中の「新産業創世記」が早くも息切れ気味だ。第2部のテーマは「ケタ違いの衝撃」なのに、第3回の「価値10億ドルの『爆速ベンチャー』続々 既存の業界覆せ」では「ケタ違いの衝撃」が記事に見当たらなくなってしまった。今回の記事に「ケタ違いの衝撃」は本当にないのか。記事を見ながら検証したい。

【日経の記事】


御船山(佐賀県武雄市) ※写真と本文は無関係です
「もうメールには戻れない」。宿泊予約サイト運営の一休でシステム開発部長の笹島祐介(31)がほれ込むサービスがある。メッセージ送信もファイル交換もワンタッチ。ゲーム感覚で同僚や取引先と交流できる。米スラック・テクノロジーズが提供するコミュニケーションツールだ。

世界で「スラック旋風」が吹き荒れる。サービス開始からたった2年。利用者数は世界で170万人に達する。ネット上で「気軽に使える」と評判を呼び、ケタ違いのスピードで広まる

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まず「スラックの利用者数」について考えたい。「ケタ違いのスピードで広まる」と書いているのだから、「ケタ違いの衝撃」の有力な候補だ。しかしスラック以外がどうなのかを書いていないので、「ケタ違い」かどうか判然としない。それに「2年で170万人」がケタ違いなのかも疑問だ。例えばLINEは2011年のサービス開始から1年余りで登録ユーザー数が5000万に達したらしい。スラックと単純に比較してよいのか分からないが、スラックの方がケタ違いに遅いスピードのようにも見える。

別の候補も見てみよう。

【日経の記事】

未上場ながら推定企業価値は28億ドル(約3400億円)。1975年に創業した米マイクロソフトの時価総額がこの規模に達するのに12年かかった。スラックはその6倍速で成長していることになる。最高経営責任者(CEO)のスチュワート・バターフィールド(42)は「マイクロソフトから主役を奪う」と野心を隠さない。

ユニコーン(一角獣)。設立間もないのに企業価値が10億ドル(約1200億円)を超えるベンチャーは伝説の生き物に例えられる。米調査会社のCBインサイツによるとスラックのような企業は10月時点で世界で141社、企業価値の合計は5060億ドルに達する。マイクロソフトを超え、米アップルに迫る金額だ

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スラックの成長スピードが「ケタ違いの衝撃」の正体なのかとも考えたが、マイクロソフトと比べると「スラックはその6倍速」らしいので、ケタ違いとは言えない。やはり本命は見出しにもなっている「企業価値が10億ドル」だろう。しかし、これのどこが「ケタ違いの衝撃」なのか不明だ。

例えば「2~3年前までは、どんな有力企業でも上場前の価値はせいぜい1億ドル止まりだった」という状況があれば、企業価値10億ドルの未上場ベンチャーがごろごろしている現状を指して「ケタ違いの衝撃」と形容してもいいだろう。

ところが、そんな説明はどこにもない。ユニコーン企業が増えていると分かるデータさえ示していない。未上場で10億ドル以上の価値を持つベンチャー企業は過去にもそこそこ存在した。2004年に上場したグーグルの上場直後の時価総額が約230億ドルだから、未上場でも100億ドル以上の企業価値は軽くあったはずだ。

結局、記事には「ケタ違いの衝撃」がどこにもない。そこで中身のなさを何とかごまかそうとしたのだろうか。例によって苦しい盛り上げ方をしている。「スラックのような企業は10月時点で世界で141社、企業価値の合計は5060億ドルに達する。マイクロソフトを超え、米アップルに迫る金額だ」という部分だ。

ユニコーン企業141社が協力して事業を進めていくのならば、企業価値を合計してマイクロソフトやアップルと比べるのもまだ分かる。しかし、そうではない企業141社の合計がマイクロソフトを超えても、何の意味もないだろう。

取材班では「ケタ違いの衝撃」と言える事例を連載回数と同じだけ用意できたから「このタイトルで行こう」と決めたのではないのか。今回の記事を見ると、見切り発車で企画が動き出したようにも思える。「やっぱり毎回『ケタ違いの衝撃』を見せるなんて無理だよ」といった嘆き節が取材班の中で漏れていなければいいのだが…。

※記事の評価はD(問題あり)。

何のためのパリ取材? 産経 松浦肇編集委員への注文(2)

週刊ダイヤモンド12月5日号に松浦肇・産経新聞ニューヨーク駐在編集委員が書いていた「World Scope (from 米国)~ パリ同時テロの実行犯は 『ホーム・グロウン』型  根っこに国内政策の失敗」という記事について、さらに問題点を指摘していく。


【ダイヤモンドの記事】
CCCが指定管理者となっている武雄市図書館(佐賀県武雄市) 
                ※写真と本文は無関係です


米国では、2013年4月にボストンのマラソン大会で起きた爆弾テロ事件が「ホーム・グロウン」の最たる例。チェチェン系移民の家庭に育った兄弟が犯人だったのだが、「ホーム・グロウン」のリスクは欧州の方が高い。

欧州には、2000万人のイスラム系がおり、うち約500万人がフランスに住んでいる。イスラム系の人口比率はフランスで10%弱、ベルギーで6%、英独で5%程度とされており、米国の1%を上回る。

欧州のイスラム系移民にとって、社会同化は困難だ。法制面では平等だが、イスラム系が多い地区に住み、若者は就職難で失業率が高い。経済格差に対する不満がくすぶっている。

そこに、過激派組織「イスラム国」(IS)が目を付けたわけだ。米連邦捜査局によると、ISは23カ国の言葉を使い、SNS経由で募集活動しているが、パリのテロ事件を首謀したアバウド容疑者がプロパガンダ活動を担当していた。

襲撃犯たちは依存体質にあり、洗脳されたのだ。国際政治の要素はなかったが、1995年に起きたオウム真理教事件の「デジャビュ(既視感)」である

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まず「襲撃犯たちは依存体質にあり、洗脳されたのだ」と断定しているのが気になる。襲撃犯の横顔がようやく浮かび上がってきた段階で「洗脳された」と言い切れる根拠はあるのか。死亡した襲撃犯も多いのだから、洗脳されていたかどうかを判定するのは、かなり困難だと思える。襲撃犯全員が「依存体質にあり、洗脳されていた」と松浦編集委員は短期間にどうやって判断したのだろうか。推測に基づく断定でなければよいのだが…。

1995年に起きたオウム真理教事件の『デジャビュ(既視感)』である」との見方にも同意できない。オウムの事件では、事件に関わった人物に高学歴の人間が多かったことが知られている。「若者は就職難で失業率が高い。経済格差に対する不満がくすぶっている」というイスラム系住民の置かれた環境にテロの原因を求めているのであれば、オウムの事件とはかなり様相が異なる。

結局、パリまで行って取材してみても「語るべき何か」を松浦編集委員は見つけられなかったのだろう。それはそれで仕方がない。「だったら、さっさと諦めて別のテーマで記事を書けばよかったのに…」とは思う。何といってもタイトルに「from 米国」と付いているのだから、米国発の情報を伝えるのが本筋だ。

今回のようなレベルの記事しか書けないのであれば、「from 米国」という制約を無視してまでパリ同時テロを語る意義はなかったと結論付けたい。


※記事の評価はD(問題あり)。松浦肇編集委員の評価もDを据え置く。この書き手については「『金融危機から6年』? 産経の松浦肇編集委員へ質問」も参照してほしい。

何のためのパリ取材? 産経 松浦肇編集委員への注文(1)

誰でも書けそうな話を改めて書かれると、カネを払って雑誌を読んでいるのが無意味に思えてくる。週刊ダイヤモンド12月5日号に松浦肇・産経新聞ニューヨーク駐在編集委員が書いていた「World Scope (from 米国)~ パリ同時テロの実行犯は 『ホーム・グロウン』型  根っこに国内政策の失敗」という記事は、その典型だ。
英彦山の登山道(福岡県添田町)
     ※写真と本文は無関係です

欧州のイスラム系移民」に関して「若者は就職難で失業率が高い。経済格差に対する不満がくすぶっている」ことが域内でテロリストを育てる温床になっていると松浦編集委員は分析する。分析が的外れとは言わない。しかし、その手の話はパリでのテロの発生後にテレビなどで「これでもか」と言うほど聞かされた。松浦編集委員も耳にしたり目にしたりしたはずだ。なのに、テロ発生から半月が経過した今頃になって、ありきたりな分析を披露するのはなぜか。

from 米国」とタイトルに付いているのに、米国関連の話がほとんど出てこないのもどうかと思うが、とりあえずは問わないでおこう。ただ、「11月13日夜にフランスで起きた同時多発テロ事件を取材するため、首都パリに数日間ほど滞在した」のならば、パリで取材したからこそ言える何かを語ってほしい。

現地取材に関しては「パリ検察の会見取材」しか出てこない。しかも、その中身が乏しい。「パリ検察の検事は計8カ所で起きた襲撃を時系列的に説明した。記者団が息をのんだのは、『フランス国籍の自爆テロ犯が存在した』というくだり。テロは『内なる脅威』が直接の引き金になったのだ」と松浦編集委員は綴る。

現地の情報として伝えられるのがこれだけならば、わざわざパリに出向く必要はない。例えば現地の一般市民に話を聞いて、何か感じたりはしなかったのか。「自分にしか伝えられないことは何なのか」を松浦編集委員にはもっと真剣に考えてほしい。

週刊ダイヤモンドの執筆陣には良い手本がいる。「金融市場 異論百出」というコラムを担当している東短リサーチ代表取締役社長の加藤出氏だ。このコラムでは加藤氏が海外出張で見聞した話がよく出てくる。それは現地に赴かなければ分からないような中身で、分析にも独自性がある。松浦編集委員にもぜひ見習ってほしい。

今回の記事には他にも問題を感じた。それらについては(2)で述べる。

※(2)へ続く。

2015年11月28日土曜日

「費用100分の1」? 日経「新産業創世記」の強引な比較

日本経済新聞の朝刊1面で「新産業創世記」の第2部が始まった。第1部が終わった時に「いずれ連載は再開するのだろう。その時は記事の作り方を根本的に改めてほしい」とお願いしたが、叶わなかったようだ。今回もいきなり無理のある展開になっている。第2部は「ケタ違いの衝撃」がテーマで、その第1回は「宇宙へのアクセス費用100分の1 市場は地球の外」という内容だ。しかし「100分の1」も「市場は地球の外」も無理がある。
秋月温泉の料亭旅館「清流庵」(福岡県朝倉市) 
                ※写真と本文は無関係です

まずは「100分の1」に関する記述を検証しよう。

【日経の記事】

「宇宙飛行士になる」。かつて抱いた宇宙への思いを、この男はビジネスに変える。緒川修治(45)。2007年、自動車部品メーカーを飛び出してPDエアロスペース(名古屋市)を立ち上げた。狙うのは宇宙旅行の事業化だ。

従業員はたった4人。地上と宇宙を往復する7人乗り機体を開発する。来年末には独自開発エンジンの飛行試験に乗り出し、20年に高度100キロメートルの宇宙に1人1400万円の料金で送り込む。

機体は宇宙と行き来させて何度も使う。部品も割高な特注品でなく汎用品を採用する。こうした積み重ねで、1回1億円以下で宇宙にたどり着けるようにする。その費用は衛星を打ち上げる国産ロケットH2Aの100分の1に相当する。

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比較をするならば、条件は揃える必要がある。例えば「月旅行なら火星旅行の100分の1の費用」と言われても、単純に「月旅行の方が割安」とは言えない。今回の場合はどうか。

PDエアロスペースが狙うのは「高度100キロメートル」。一方、日経の11月25日の記事によると、H2Aは「高度約3万3900キロメートルで衛星を分離することに成功した」らしい。高度に関しては2桁違う。これを同じ土俵で論じていいのか。費用が100分の1になるとしても、高度は300分の1以下なので、PDエアロスペースの方が割高との見方もできる。

しかもH2Aの場合、5トン近い重量の通信放送衛星を目標の軌道に乗せる必要がある。宇宙空間と言えるギリギリの高度まで行って帰ってくるだけのPDエアロスペースとは条件が違いすぎる。もちろん、有人飛行は安全性などでH2Aよりも難しい問題もある。とは言え、単純に「宇宙へのアクセス費用100分の1」と言い切ってしまうのは強引すぎる。

強引な説明は他にもある。

【日経の記事】

十勝平野が広がる北海道大樹町。過疎化に直面する同町は地場産業の活性化に宇宙を活用する構想を練る。衛星を介して複数の無人トラクターを操り、大規模農業を実現し、海水温のデータ分析で好漁場を見つけ出す。町長の酒森正人(56)は「人手不足に対応したい」と狙いを語る。

ぐっと身近になる宇宙。無限に広がる空間の前では誰もが挑戦者になれる。

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今回の記事では「市場は地球の外」と見出しに付けているが、出てくる話はかなり苦しい。上記の話を読んで「市場は地球の外」だと感じるだろうか。宇宙旅行や衛星打ち上げでも「市場(取引される場所)」は地球上にあると思えるが、「衛星を利用した大規模農業」はさすがに苦しすぎる。記事には人工衛星の部品メーカーなど「市場は地球上」の話ばかりが並ぶ。記事を最初から最後まで読んでも「市場は地球の外」とは思えなかった。

それに、「衛星を利用した大規模農業」が実現すると「宇宙はぐっと身近になった」と思えるだろうか。GPSなどで衛星の利用は既にかなり進んでいる。「宇宙を活用」と強調するほどの話ではない。

大したことがない話を大げさに書いて無理のある記事に仕立て上げる--。日経の1面企画で繰り返されてきた問題は今回も解決されなかった。第2回以降にも多くは期待できなさそうだ。


※記事の評価はD(問題あり)。

ダイヤモンドに圧勝 日経ビジネス「企業研究 ハイデイ日高」

日経ビジネスが11月30日号でハイデイ日高を取り上げていた。週刊ダイヤモンド11月21日号にも、この会社の分析記事が出ていたので、どうしても比較して読んでしまう。結果は日経ビジネスの圧勝だった。とは言え、「企業研究(ハイデイ日高) 大衆中華 駅前に執念」(68~72ページ、筆者は河野紀子記者)という日経ビジネスの記事も、「毎年40店の出店を続ける」「年間30~40店舗をコンスタントに出店している」との説明が、どうも怪しい。これに関して日経BP社へ問い合わせを送ったので、その内容を見てほしい。

【日経BP社への問い合わせ】
秋月の目鏡橋(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です


日経ビジネス 河野紀子様 

11月30日号のハイデイ日高の記事についてお尋ねします。記事では同社を紹介する中で「毎年40店の出店を続ける」「年間30~40店舗をコンスタントに出店している」と書かれています。しかし、同社のIR資料で新規出店数を確認すると、2013年2月期は23店、14年2月期は35店、15年2月期は25店となっています。直近3期で30未満の新規出店が2期もあっては「年間30~40店舗をコンスタントに出店している」とは言えません。 

「毎年40店の出店を続ける」に関してはさらに厳しく、10年2月期まで見ても一度も出店数が40に達していません。出店数に関する記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も教えてください。 

せっかくの機会なので、記事に対する感想も述べておきます。上記の問題はともかく、全体としては手堅くまとめていたと思えます。読みやすかったし、読んでためになる内容にもなっていました。しっかりした記事に仕上げるための素地は、十分に整っていると言えます(ここでは、デスクの力量は考慮しません)。今後は「自分だからこその視点をどう記事に投影していくか」を考えて記事を書いてください。 

ハイデイ日高に関しては、週刊ダイヤモンド11月21日号の「数字で会社を読む」でも取り上げていましたが、完成度の面では河野記者の記事が圧倒しています。ダイヤモンドの記事に問題がありすぎるという面はありますが…。 

では、お忙しいところ恐縮ですが、回答をよろしくお願いします。

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今回の記事には「神田正会長に聞く」というインタビュー記事が付いている。この中に「30~40店舗しか出してきませんでした」という神田会長の発言がある。実際の新規出店数を確認せずに、会長が語った数字をインタビュー記事以外にもそのまま使ったのだろうか。もちろん、こちらが的外れな問い合わせをしている可能性もあるので、とりあえずは回答を待とう。ここまで日経BP社はきちんと回答をしているのだから。

※出店数の説明には問題があるとの前提で、記事の評価はC(平均的)とする(そうでなければB=優れている)。暫定でDとしていた河野紀子記者の評価は暫定Cに引き上げる。

※ダイヤモンドがハイデイ日高を取り上げた記事に関しては、「週刊ダイヤモンド 素人くささ漂う須賀彩子記者への助言」を参照してほしい。

2015年11月27日金曜日

日経「村上元代表を強制調査」 経済紙の強み生かせず 

村上世彰氏への強制調査に関する記事が26日の日本経済新聞 朝刊総合2面に出ていた。現時点では色々と分からないことが多いとは思う。しかし、「村上元代表を強制調査 証券監視委、株価操作の疑い 容疑を否認」という記事は、社会面の関連記事を併せて読んでも、取引に違法性があると疑われている理由が判然としない。
英彦山山頂(福岡県添田町) ※写真と本文は無関係です

この件に関する報道は他社も似たり寄ったりだ。ただ、日経は経済紙なのだから、その強みを生かした解説をしてほしかった。知識の乏しい人が記事を読むと「大量の空売り=株価操縦」という印象を抱いてしまいそうで心配になる。

では、問題の部分を見てみよう。

【日経の記事】

旧村上ファンドを率い、「物言う株主」として知られた村上世彰元代表(56)が株価を操作した疑いが強まり、証券取引等監視委員会は25日、金融商品取引法違反(相場操縦)容疑で東京都内の元代表の長女宅を捜索するなど強制調査した。株価操作した疑いがあるのは東証1部上場のアパレル大手、TSIホールディングス株。監視委は同日、村上元代表から任意で事情聴取した。

(中略)関係者によると、村上元代表は2014年6月から7月にかけて、証券会社などからTSIホールディングス株を借りて大量売却し、値下がりした後に買い戻す「空売り」という手法を悪用。同社の株価を不正に下げた疑いがもたれている。

(中略)金商法が禁じる相場操縦は、証券市場で架空の売買や虚偽の売買注文を繰り返すなどし、意図的に株価を操る行為。市場の公正な価格形成をゆがめる行為として禁止されている。

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相場操縦について記事では「証券市場で架空の売買や虚偽の売買注文を繰り返すなどし、意図的に株価を操る行為」と説明している。そして、今回の件で問題となっている取引は「証券会社などからTSIホールディングス株を借りて大量売却し、値下がりした後に買い戻す」ものらしい。実際に売買があったようなので、「架空の売買や虚偽の売買注文」とは考えにくい。

「『空売り』という手法を悪用。同社の株価を不正に下げた疑いがもたれている」と書いてあるので、空売り自体に問題がありそうな気もするが、記事ではここまでしか分からない。社会面の記事を26日の夕刊も含めて読んでも、謎は解けなかった。

なぜ違法だと疑われているのかは、具体的な部分は現場の記者にもよく分からないのだろう。それは仕方がない。仮にそうならば、「詳細は分からない」と明示してほしい。さらに「大量の空売り=相場操縦」とは限らないことも書いてほしかった。市場参加者を誤解させる意図で大量の空売りを仕掛けたりすれば相場操縦に当たることもあるようだが、原則として大量の空売りは禁じ手ではないはずだ。

今回の記事は社会部の記者が書いていると思われる。そのためかどうか分からないが、「空売り」の説明が微妙におかしい。記事では「証券会社などからTSIホールディングス株を借りて大量売却し、値下がりした後に買い戻す『空売り』という手法を悪用」と記述している。細かく言うと、この説明には4つの問題がある。列挙してみる。

(1)空売りの対象となるのは「TSIホールディングス株」とは限らない。(誤解する人はいないだろうが…)
(2)空売りに該当するかどうかに、売りの規模は関係ない。「大量売却」である必要はない。
(3)「買い戻す」までが「空売り」ではない。株を借りてきて売った時点で「空売り」は成立する。
(4)買い戻しの時点で値上がりしていても、株を借りて売れば「空売り」となる。

空売りすれば原則として「買い戻し」は必要だろう。しかし、「空売り」はあくまで「売り」だ。値下がり後に買い戻して利益を得ることを目的としているのは認める。とは言え、意に反して値上がり後に損を覚悟で手じまう場合もある。それでも株を借りてきて売ったのならば、「空売り」と言える。

「そんなの分かっているよ。細かいなぁ」と言われるかもしれないが、経済紙だからこそ今回の件では細部にこだわってほしい。社会部の記者が書いたものならば、証券部の人間がカバーしてもいい。26日の朝夕刊を見る限り、「さすが経済紙。他社よりしっかり書けてるなぁ」とは思えなかった。それが残念だ。


※記事の評価はC(平均的)。

2015年11月26日木曜日

焦点絞り切れず 日経「会社研究 アマダホールディングス」

致命的な問題はないが、焦点を絞り切れずに話が拡散してしまっている--。25日の日本経済新聞 朝刊投資情報面に載った「会社研究~大還元の先へ(1) アマダホールディングス  M&Aで稼ぐ力底上げへ」には、そんな感想を抱いた。約120行しかない囲み記事の中にあれもこれもと詰め込みすぎると、結局は説得力の欠ける中身になってしまう。筆者の植出勇輝記者には、そのことを覚えておいてほしい。
CCCが指定管理者となっている武雄市図書館(佐賀県武雄市)
                  ※写真と本文は無関係です

◎「M&A」をもっと論じよう

【日経の記事】

その表れが「3・2・1」目標だ。次の10年を見据えた中期計画で、「3」は売上高3割増、「2」は経常利益率2割、そして「1」は自己資本利益率(ROE)1割を示す。成長と資本効率の両立を目標に掲げた。

最も高いハードルが「2」の経常利益率になる。今期予想は13%だ。好採算のレーザー加工機の出荷を増やすが、それだけでは達成は難しい。そこで狙うのがM&A(合併・買収)だ。予算はざっと400億円。そのために社内に眠っている資産を掘り起こす。

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上記の説明は引っかかった。アマダの経常利益率を13%から20%に高めるためにM&Aを活用するならば、買収した会社の経常利益率は20%超にしないと目標達成が難しくなる。しかも、利益額がそこそこ大きくないと、利益率を高める効果は期待しにくい。ボロ会社を買収後に高収益企業へ生まれ変わらせる道もあるが、現実的には利益率も高くて利益額も大きい企業を買収する必要がある(小さな高収益企業をたくさん買う選択ももちろんある)。それが400億円でできるのかを論じてほしかった。

しかし「そのために社内に眠っている資産を掘り起こす」という、よく分からない抽象的な説明が出てくるだけで、次の段落ではまた話が変わってしまう。ここはもっと踏み込んで分析すべきだ。見出しも「M&Aで稼ぐ力底上げへ」なのだから…。


◎どうやって代金回収を早める?

【日経の記事】

アマダは未回収の代金である売掛金を1400億円持つ。資金回収にかかる期間を示す「売掛債権回転日数」は前期で188日だ。代金回収に半年以上かかっている計算になる。安川電機(110日)やDMG森精機(68日)などと比べても突出して長い。

資金回収を早めれば運転資金を圧縮できる。取引先への低利融資制度「アマダローン」の運用を厳格化するなど効率改善に動き始めた。保有する有価証券も数百億円規模で売却を検討する。

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上記のくだりは謎が多い。まず、他社よりも代金回収にかかる期間が「突出して長い」のかなぜか分からない。「資金回収を早めれば運転資金を圧縮できる」のはそうだろうが、アマダローンの運用を厳格化したり、有価証券を売却したりしても、「売掛債権回転日数」は短くならない気がする。「アマダローン厳格化」や「有価証券売却」は借入金の圧縮にはつながるだろうが、論じているのは「売掛債権回転日数をどうやって短くするか」のはずだ。

ここは「もっと詳しく論じてほしい」とは思わない。「M&Aで稼ぐ力底上げへ」というストーリーならば、M&A関連に紙幅を割いた方が焦点の絞れた記事になるだろう。

ついでに、もう1つ注文を付けておきたい。


◎「経営目標に株主還元を加えると企業は変わる」?

【日経の記事】

経営目標に株主還元を加えると企業は変わる。成長戦略も資産のスリム化も、背中を押したのは市場からの厳しい視線だ。「投資家の期待に応えると経営が安定する」と磯部社長は話す。今年春には持ち株会社に移行し会社の形も変わった

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経営目標に株主還元を加えることでアマダは変わったかもしれないが、「経営目標に株主還元を加えると企業は変わる」と一般化できるだろうか。例えば「配当性向30%を目指します」と目標を定めても、ほとんどの企業に大きな変化はないと思える。

アマダの社長も「投資家の期待に応えると経営が安定する」と言ってはいる。しかし、「投資家の期待」とは株主還元だけではないはずだ。「今年春には持ち株会社に移行し会社の形も変わった」のも株主還元を経営目標に加えた効果だと印象付けるような書き方だが、さすがに大げさすぎる。


※記事の評価はC(平均的)。植出勇輝記者の評価も暫定でCとする。ちょっと記事の書き方を覚えれば、優れた書き手になれそうな予感はある。その「ちょっと」が日経では難しいのだが…。

2015年11月25日水曜日

東洋経済よ お前もか…「緊迫 南シナ海!」で問い合わせ無視

日経と週刊ダイヤモンドが間違い指摘を無視するのは毎度のことだが、東洋経済は違うと思っていた。しかし、その期待は裏切られたようだ。最初に問い合わせをしたのが11月11日。その後に「早めの回答をお願いします。回答不可ということであれば、その旨だけでも伝えていただけると助かります」と催促してみたものの音沙汰はない。「ついに東洋経済もミス握りつぶしへ」と判断すべきだろう。

御船山(佐賀県武雄市) ※写真と本文は無関係です
週刊東洋経済11月14日号の巻頭特集「緊迫 南シナ海! 米中チキンゲームと日本の岐路」の中で問題とした記事は「米中は南シナ海でなぜ一発触発に?」(筆者=東京財団研究員の小原凡司氏)と「新オイルショックの現実味」(担当=西村豪太編集長代理、許斐健太記者、秦卓弥記者)の2本。問い合わせの内容を改めて紹介しておく。


【東洋経済への問い合わせ】

11月14日号の36ページの記事「米中は南シナ海でなぜ一発触発に?」で、筆者の小原凡司氏は米国の駆逐艦派遣について「その狙いは中国との軍事衝突ではなく『航行の自由』を守ること、つまり米海軍が世界中どこでも自由にアクセスできることを示すためだ」と書いています。しかし、「航行の自由」の原則はあくまで公海に限った話で、これが守られたからといって「米海軍が世界中どこでも自由にアクセスできること」を意味しません。現実に照らしても、世界中のあらゆる国の領海に米海軍が自由にアクセスできる状況にはないはずです。

40ページの記事「新オイルショックの現実味」には「仮に米中軍の衝突でマラッカ海峡経由のシーレーンが遮断されれば、原油の最大の輸入国である中国への供給不安も顕在化する。そうなれば世界の石油市場は売り手市場へ一変するだろう」との解説があります。しかし、「中国への原油輸出の途絶は供給過剰を招く要因になる」と考えるのが自然です。つまり、買い手市場になりやすくなります。もちろん米中の軍事衝突自体は原油相場の上昇要因でしょうが、「中国への供給不安の顕在化→一気に売り手市場になる」という経路での変化は考えにくいと思えます。

上記の2つの件で、記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題がないとすれば、その根拠も併せて教えてください。

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推測の域を出ないが、回答をためらわせたのは、「新オイルショックの現実味」の方だろう。「米中は南シナ海でなぜ一発触発に?」に関しては何とでも弁明できる。言ってみれば「正確さを欠く表現を用いた」というレベルの問題だ。

しかし「新オイルショックの現実味」はそうではない。「中国が原油購入を大幅に減らすと、一気に入り手市場になって原油相場が急騰する」というのは、どう考えてもおかしい。素直に問題があったと認めると、記事の説明の根幹部分が崩れてしまう。それに「自分たちは根本的な勘違いをしていた」と宣言することにもなる。だから、選んだ道は「無視」なのだろう。気持ちは分かる。しかし、見逃すことはできない。

同じ時期に別の記事で東洋経済に問い合わせたら、翌日には副編集長から回答があった。なのに、上記の件で回答がないのは、属人的な問題だと推測できる。具体的に言えば、西村豪太編集長代理の問題だろう。

※今回の「握りつぶし」を受けて、暫定でC(平均的)としていた西村豪太編集長代理の評価をF(根本的な欠陥あり)で確定させる。今回の件での握りつぶしは西村編集長代理の判断だと推定したためだ。東京財団研究員の小原凡司氏、許斐健太記者、秦卓弥記者については、今回の件での評価を見送る。ゆえに、暫定でB(優れている)としている秦卓弥記者への評価は据え置く。

2015年11月24日火曜日

「経済教室」になってる? 日経「パリ同時テロが示すもの」

24日の日本経済新聞朝刊 経済教室面に載った「経済教室~パリ同時テロが示すもの(上) 米仏、アラブ諸国と連携を  『文明の衝突』避けよ」(筆者は福富満久・一橋大学教授)は「経済教室」になっているのだろうか。テロ関連の記事として大きな問題があるわけではない。しかし、「経済」をテーマにしていないのは間違いない。 

記事に付いている「ポイント」では以下のように要旨を紹介している。

【日経の記事】
英彦山参道(福岡県添田町) ※写真と本文は無関係です

ポイント

○欧州の寛容の精神が逆手にとられた格好
○ISは存在示すため国際テロ実行の恐れ
○シェンゲン協定見直せばISの思うツボ

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少なくとも、ポイントの中に「経済」の要素はない。記事中には「欧州のアラブ系移民の増加は、各国政府が植民地統治時代から言語的障壁のない彼らを、経済成長期に自動車など製造業を支える労働力として招いたことが始まりだった」などと「経済」に触れている部分もわずかにある。しかし、「経済」を論じているとは言い難い。「経済教室」なのだから、「経済」からテーマが逸脱するのはやはり問題がある。

記事に関して、ついでに気になった点をいくつか記しておこう。

◎トルコ系やパキスタンン系は「アラブ系」?

【日経の記事】

フランスには、北アフリカから来たアラブ系移民が2世・3世を含め350万人以上、イスラム教徒は全体で480万人以上が生活しているとされる。移民政策は80年代以降、フランス政治の重要課題の一つとなってきた。トルコ系移民をはじめイスラム教徒500万人以上を抱えるドイツや、パキスタン系移民を中心に270万人が住む英国でも国民融和が大きな課題だ。

欧州のアラブ系移民の増加は、各国政府が植民地統治時代から言語的障壁のない彼らを、経済成長期に自動車など製造業を支える労働力として招いたことが始まりだった。だが石油危機以降、経済が低迷すると、アラブ系移民は離職を余儀なくされた。2世世代は貧しさゆえに十分な教育を受けられず、就職差別に苦しみ、アイデンティティーを模索し続けることになった。

特にフランスは共和国理念に同化を求める社会であり、多文化主義の英国や、歴史に対する反省から異なる政治信条に敬意を払う教育がなされているドイツとは異なる。その意味で二重基準に翻弄された若者の苦悩は大きかった。

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記事からは「トルコ系移民やパキスタン系移民もアラブ系移民に含まれる」との印象を受ける。そう断定している記述があるわけではない。しかし、「トルコ系移民をはじめイスラム教徒500万人以上を抱えるドイツや、パキスタン系移民を中心に270万人が住む英国でも国民融和が大きな課題だ」と書いた後に、「欧州のアラブ系移民の増加は~」と続くと、どうしても「トルコ系やパキスタン系」を「アラブ系」の部分集合として捉えたくなる。しかし、「アラブ」と言う場合、トルコやパキスタンは一般的には入らないはずだ。


◎「西欧を守るため」?

【日経の記事】

移民排斥の動きは北欧も無関係ではない。11年7月、ノルウェーの首都オスロで政府庁舎爆破事件、近郊のウトヤ島で銃乱射事件が起きた。この時の犯行の動機は、イスラムによる乗っ取りから西欧を守るためというものだった。

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犯行の動機」が「イスラムによる乗っ取りから西欧を守るため」というのが引っかかった。ノルウェーは「西欧」ではなく、一般的には「北欧」だからだ。裁判で「西欧を守るため」と犯人が証言した情報もあるようなので、記事の説明は誤りではないのだろう。犯人が「ノルウェーはどうでもいい。西欧を守りたかった」と考えていた可能性もゼロではない。ただ、読んでいて「えっ! 西欧を守る?」とは思ってしまう。

2012年8月24日のロイターの記事では、この事件の動機について「多文化主義やイスラム系移民などから国を救うためだった」と書いている。これなら何の違和感もないのだが…。

 
◎最初の問題提起はどうなった?

【日経の記事】

13日にパリで起きた同時テロは世界中に衝撃を与えた。その後も新たな犯行計画が浮上するなど、フランスは極度の緊張状態にある。

中東・北アフリカの民主化運動「アラブの春」から5年がたち、シリア内戦が激化の一途をたどるにつれ、欧州に難民が押し寄せている。難民にテロリストが紛れていた可能性が指摘されるなか、国際社会はどう対応すればよいのか。欧米諸国による過激派組織「イスラム国」(IS)勢力地域への空爆は効果があるのか。テロを企てる勢力が拡散することにならないのか

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記事の最初の方で筆者の福富氏は「国際社会はどう対応すればよいのか。欧米諸国による過激派組織『イスラム国』(IS)勢力地域への空爆は効果があるのか。テロを企てる勢力が拡散することにならないのか」と3つの問題提起をしている。

国際社会はどう対応すればよいのか」については、「米国やフランスはアラブ諸国と緊密に連携しながら対応していくべきだ」などといった答えを示している。しかし、残りの2つには触れないままだった。

「問題提起をしたわけではない。自分が疑問に思うことを並べてみただけ」との弁明も不可能ではないが、かなり苦しい。上記のような書き方で3つ並べられたら、それらに関する分析をしてくれると読者が期待するのは当然だ。「問題提起したまま論じずに終わっている」と言われても仕方ないだろう。


※経済を論じない「経済教室」になっている点を重く見て、記事の評価はD(問題あり)とする。経済を論じていないことに筆者の責任はないので、今回は筆者への評価は見合わせる。

2015年11月23日月曜日

エコノミストを上回る出来 東洋経済の特集「MRJが飛んだ!」

週刊東洋経済11月28日号の第2特集「MRJが飛んだ!~航空機産業 日本の実力」はよくできていた。MRJ(三菱リージョナルジェット)に関しては週刊エコノミスト11月24日号の特集「世界を飛べMRJ」でたっぷり読んだが、だからと言って東洋経済の特集に既読感はあまりなかった。海外のライバル企業であるエンブラエル(ブラジル)とボンバルディア(カナダ)に関する分析が充実していたからかもしれない。エコノミストと違ってカラー紙面で写真が多いというのも要因だろう。この辺りは資金力の差か。

英彦山山頂(福岡県添田町) ※写真と本文は無関係です
エコノミストの特集も高く評価できるが、あえて優劣を付ければ僅差で東洋経済の勝ちとしたい。とは言え、東洋経済の記事にもいくつか気になった点があるので指摘しておこう。

※エコノミストの特集に関しては「週刊エコノミスト特集『世界を飛べMRJ』の高い完成度」を参照してほしい。

◎「近郊のシアトル」?

74ページの「国産旅客機への挑戦~安全認証が最大の壁 開発作業は正念場へ」という記事で「近郊」の使い方が引っかかった。

【東洋経済の記事】

5機を使った試験の大半は、晴天率が高く、空港離発着や飛行空域の制約も少ない米ワシントン州で実施する。すでに近郊のシアトルにエンジニアリングセンターを開設した。

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近郊」とは「都市のすぐ近くの郊外」という意味だ。上記のくだりでは、米ワシントン州の近郊に「シアトル」があると考えるしかないが、ワシントン州は都市名ではないし、シアトルは都市そのものだ。「シアトル近郊の○○」ならば分かるが、「ワシントン州の近郊にシアトルがある」と言われても意味不明だろう。

この記事では無駄な横文字も見受けられた。「飛行試験の開始を意味する初飛行は重要なマイルストーン(節目)で、開発がいよいよ終盤に入ったことを意味する」と書いているが、何のために「マイルストーン」を使っているのか謎だ。単に「節目」でいい。「マイルストーン」が後で再び出てくるわけでもない。


◎「低圧タービンやファンモジュール」と言われても…

横文字問題として捉えるべきなのか微妙だが、84ページの「日の丸サプライヤーの戦い~IHI A320、B787など有力機のエンジンに参画」では以下のくだりが分かりにくかった。

【東洋経済の記事】

(IHIは)米GEなど航空エンジン世界大手の開発パートナーとして低圧タービンやファンモジュールなどの開発・製造を担っている。

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「あなたの知識不足だよ」と言われればそれまでだが、いきなり「低圧タービンやファンモジュール」と書かれても、どういうものなのかイメージが湧かなかった。記事を最後まで読んでも説明はない。業界関係者向けに書いているわけではないだろうから、この辺りはもう少し丁寧に説明してほしい。

日の丸サプライヤーの戦い」の中でも、「ナブテスコ」の記事では主力商品である「アクチュエーター」についてしっかり説明できていた。だから、やろうと思えばできるはずだ。


◎「同社」の使い方が…

日経ほどではないが、東洋経済も「同社」の使い方に問題を感じる。今回の特集から例を拾ってみよう。

【東洋経済の記事】

例1(79ページ) ※形式的には「同社=三菱」になる。

エンブラの現行機Eジェットのエンジンは旧世代で、最新鋭のMRJより燃費性能が2割以上劣る。しかし三菱が機体開発に手間取る間に、同社は改良型後継機「E2」シリーズの開発に取り掛かった。


例2(86ページ) ※形式的には「同社=ボーイング」になる。

787での逸注を機に、ナブテスコボーイング集中戦略へと回帰した。その後の同社は、ボーイングの満足度を高めることに勢力を傾けている。


例3(87ページ) ※形式的には「同社=ホンダ」になる。

住友精機は重要装備品を担当する数少ない国内企業の1社。(中略)一足早く量産が始まったホンダのビジネスジェットも同社が降着システムを担当している。

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上記のような「同社」の使い方でも、誤解する読者は少ないだろう。ただ、記事の完成度としては下がってしまう。この辺りをきっちり管理できるかどうかは、メディアの実力を測る良い物差しにもなるのだから、疎かにしてほしくない。


※特集の評価はB(優れている)。渡辺清治記者の評価はBで確定させる。宇都宮徹記者と山本直樹記者への評価は暫定でBとする。

2015年11月22日日曜日

「新3本の矢」を誤解? 日経 辻本浩子論説委員への疑問

「新3本の矢」を誤って認識しているのではないかと思える記事が、22日の日本経済新聞朝刊に出ていた。日曜に考える面の「中外時評~制度よりも『働き方』改革を 男性も育児・介護しやすく」という記事がそれだ。筆者は辻本浩子論説委員。あり得る話ではある。

英彦山参道(福岡県添田町) ※写真と本文は無関係です
問題の部分と、日経への問い合わせを紹介する。

【日経の記事】 

「女性の活躍」「希望出生率1.8」「介護離職ゼロ」。安倍晋三首相はこの3つを掲げた。すべてに共通する『解』となるのが、働き方の見直しだ。今こそ、長年の宿題に終止符を打ちたい


【日経への問い合わせ】

論説委員 辻本浩子様

11月22日付の「中外時報」についてお尋ねします。

記事で辻本様は「『女性の活躍』『希望出生率1.8』『介護離職ゼロ』。安倍晋三首相はこの3つを掲げた」と書いておられます。しかし、いわゆる「新3本の矢」として首相が掲げたのは「GDP600兆円」「希望出生率1.8」「介護離職ゼロ」ではありませんか。10月の会見でも、首相はこの3つを挙げた上で「3つの大きな目標に向かって新しい3本の矢を力強く放つ」と述べています。

安倍政権が「女性の活躍」を目指しているのは確かでしょうが、「女性の活躍」「希望出生率1.8」「介護離職ゼロ」と並べた後に「安倍晋三首相はこの3つを掲げた」と書くのは誤りではありませんか。控え目に言っても、誤解を招く説明だと思えます。辻本様の見解を教えてください。

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辻本論説委員も「新3本の矢」に「女性の活躍」が入っていないのは分かっているはずだ。しかし、「GDP600兆円」にしてしまうと「働き方の見直しが解になる」とは言いづらい。なので「女性の活躍」とすり替えたのではないか。だとすると、まさにご都合主義だ。新3本の矢に「女性の活躍」が入っていると本気で思っていたのならば、書き手としての基礎的な資質が疑われる。

ついでに言うと「長年の宿題に終止符を打ちたい」という表現も引っかかった。間違いではないが、「宿題に終止符を打つ」とはあまり言わない気がする。

この記事に関しては、もう1点指摘をしている。記事と問い合わせは以下の通り。

【日経の記事】

女性の活躍を阻む大きなネックになってきたのが、仕事と子育ての両立の難しさだ。第1子出産を機に、6割の女性が離職をする状況は、昔とほとんど変わっていない。

両立の大切さは、過去に何度も指摘されてきた。女性の活躍のためだけではない。女性が仕事か子育てかの二者択一を迫られること、男性の育児への関わりが少ないことが、少子化の大きな原因とされるためだ。だがこちらの状況も厳しい。合計特殊出生率は14年、1.42と、9年ぶりに低下した。


【日経への問い合わせ】

付け加えると「女性が仕事か子育てかの二者択一を迫られること、男性の育児への関わりが少ないことが、少子化の大きな原因とされる」という記事中の説明にも疑問が残ります。「昔の女性は仕事と子育てを今よりも容易に両立できた」「昔の男性は今よりも積極的に育児へ関わっていた」というのならば分かります。しかし、どちらかと言えば逆ではありませんか。だとすると、記事の説明では辻褄が合いません。

日本の場合、「男性が外でバリバリ働き育児は妻任せ、女性は寿退社して家事・育児に専念」というスタイルが一般的だった時代の方が、出生率は高かったのです。次に記事を書く上での参考にしてください。

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女性の労働参加率が高まることが出生率の上昇要因なのか低下要因なのかは議論が分かれるところではある。ただ、日本に限って言えば、年齢が下になるほど男性も育児に協力的という傾向はあるだろう。なのに、なぜ出生率は低水準なのか。その辺りを辻本論説委員には考えてほしい。


※問い合わせへの回答はないとの前提で、記事の評価はD(問題あり)とする。辻本浩子論説委員への評価もDを維持する。辻本論説委員に関しては「理工系女性増やすべき? 日経 辻本浩子論説委員に問う」も参照してほしい。

通年採用で疲弊回避? 日経 水野裕司編集委員に問う(2)

21日の日本経済新聞朝刊総合2面で「脱『新卒一括』、多様な採用を」という解説記事を書いていた 水野裕司編集委員は、わずか1年で見直しとなった「面接8月解禁」を2013年には紙上で前向きに評価していた。「経営の視点~新卒採用 悩む企業」(2013年4月29日朝刊企業面)という記事を材料に、水野編集委員の実力をさらに検証したい。
英彦山(福岡県添田町) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事(2013年4月29日)】

経済界が政府の要請を受け、大学生の就職活動の解禁時期を遅らせることになった。学生の勉強時間の確保に一定の効果が期待できそうだが、企業からは採用活動の期間が短くなることで、優秀な学生を獲得しにくくなる懸念も出ている。どうしたら必要とする人材を採れるようになるのか。

2016年卒の大学生から、3年生の12月としている会社説明会の解禁時期が3年生の3月に、面接など選考試験の開始は4年生の4月から8月になる。

「就活」が早い時期に始まると、苦戦するうち自信を失う学生も少なくない。就活解禁時期の繰り下げは社会を担う若い人材を育てるための措置といえる

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「前向きに評価していたのに、結局は1年で見直しになったじゃないか」と結果論で責めるつもりはない。ただ、上記の「『就活』が早い時期に始まると、苦戦するうち自信を失う学生も少なくない」という説明は苦しい。就活が早く始まろうと遅く始まろうと、就職を巡る厳しさに大きな変化がなければ、自信を失う学生はこれまでと同じように出てくるからだ。この件では13年5月1日に水野編集委員へメールを送っている。そこでは以下のように指摘した。


【水野編集委員へ送ったメールの内容】

「就活が始まる時期が早くなれば、苦戦するうちに自信を失う学生が増える」と単純には言えません。増える場合もあれば、減る場合もあるでしょうが、基本的には中立要因だと思えます。しかし、記事からは「就活が早く始まると自信を失う学生が少なくないから、そういう学生を減らそうと解禁時期を繰り下げる」と解釈できます。

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この記事にはもう1つ気になる点があった。記事の内容と併せて、水野編集委員に送ったメールを見てみよう。


【日経の記事(2013年4月29日】

半面、企業は、内定を辞退した学生を補充する期間が短くなるなどの影響が出そうだ。就活解禁時期の申し合わせに縛られない外資系企業などに優秀な学生を先にとられる心配も募る


【水野編集委員へ送ったメールの内容】

「内定を辞退した学生を補充する期間が短くなる」のは理解できます。しかし、「外資系企業などに優秀な学生を先にとられる心配も募る」との解説は引っかかりました。外資系が以前から解禁時期の申し合わせに縛られていないのであれば、解禁時期をどうしようが「優秀な学生を先に取られるリスク」に大きな変化はないはずです。解禁時期変更の影響として「外資系などに先に取られる心配も募る」と書くと、先に取られるリスクが増大してしまうような印象を受けます。

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水野編集委員からは何の反応もなかったので、記事の問題点にきちんと気付いてくれたかどうかは分からない。21日の記事から判断すると、少なくともその後に生かしてくれてはいないようだ。今後の改善も期待しにくいだろう。そうなると、どうしても書き手としての評価は低くなる。

2015年11月21日土曜日

通年採用で疲弊回避? 日経 水野裕司編集委員に問う(1)

「企業が通年採用や中途採用を増やします」と聞いたら、就職活動前の学生はどう思うだろう。「良かった。これで学生が就活で疲弊する現状を改められる」と感じるだろうか。個人的には「大きな変化はない」か「かえって疲弊する」のどちらかだと予想する。しかし、日本経済新聞の水野裕司編集委員は違うようだ。21日の日経朝刊総合2面の解説記事「脱『新卒一括』、多様な採用を」では以下のように訴えている。

【日経の記事】
秋月城跡(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

背景にあるのは大手企業の採用が新卒者中心で、しかも効率を考え特定の時期に集中して選考する「一括」方式に偏っていることだ。同時期に企業の採用活動が重なり、構造的に優秀な学生の獲得競争が激しくなる。待遇の良い大手企業志向の強い学生は、選に漏れたくないと必死になる。

学生が就活で疲弊する現状を改めるには、企業が新卒一括方式にとらわれず採用方法を多様にする必要がある。たとえば4年の秋や冬にも選考をする通年採用や既卒者採用を増やすことだ。学生が就職できる機会を広げれば、勉学の時間確保や留学もしやすくなる。

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従来が「短期決戦型」で、それを「通年型」に改めるとしよう。話を分かりやすくするために、全ての企業が一斉に改めるとする。そして、大企業への就職を希望しているが、ダメなら中小企業と考えている大学4年のA君の立場で考えてみる。短期決戦型は「4~6月限定の就活」、通年型は「4月から1年間の就活」と仮定したい。

短期決戦型ならばA君の就活期間は基本的に3カ月以内だ。一方、A君が大企業から内定をもらえず、それでも頑張り続けると、通年型では就活期間が1年近くになる。

短期決戦型の場合、就活の密度が通年型より高まるとは言える。ただ、「通年型にすれば学生が就活で疲弊する現状を改められる」とは思えない。自分が学生だったら、「疲弊を避けるためにも短期決戦型で」とお願いしたくなる。

既卒者の採用拡大に関しても、新卒で就職しようとしている学生にとって影響は少ないだろう。「企業が既卒者の採用を増やすらしいよ」と聞いて、「だったらのんびり就活できるな。場合によっては就職できなくてもいいかな。中途で採ってもらえればいいんだから」と考える学生がゼロとは言わない。しかし、ほとんどの学生は就活の姿勢を変えないはずだ。少なくとも自分だったら変えない。

記事の疑問点はそれだけではない。以下のくだりの説明も引っかかった。


【日経の記事】

就活をめぐる大きな問題は、選考の開始時期を決めてもルールがすぐに形骸化してしまうことだ。企業は大手を中心に早い段階から動く。学生は3年生の後半などから就活を始めざるを得ない。「早すぎ就活」が学生の負担を増やしている

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「長すぎ就活」が学生の負担を増やしているなら分かるが、水野編集委員は「『早すぎ就活』が学生の負担を増やしている」と書いている。問題は就活の始まる時期なのだろうか。「大学3年の1月から大学4年の4月まで」と「大学4年の4月から12月まで」を比べたら、どちらが負担が大きいのだろうか。答えは水野編集委員にも分かるのではないか。

今回の解説記事は「経団連、面接6月解禁決定」という記事の関連記事だ。8月解禁は1年で変更になったが、「水野編集委員は8月解禁を前向きに評価していたような…」と思って探してみたら見つかった。「経営の視点~新卒採用 悩む企業」(2013年4月29日朝刊企業面)という記事だ。水野編集委員の書き手としての実力を測る上でも役立つと思えるので、(2)ではこの記事を振り返ってみる。

※記事の評価はD(問題あり)。水野裕司編集委員の評価もDとする。

週刊ダイヤモンド 素人くささ漂う須賀彩子記者への助言(3)

週刊ダイヤモンド11月21日号「数字で会社を読む(ハイデイ日高) ~アルコール売り上げと駅前立地で叩き出す外食トップクラスの利益率」について、須賀彩子記者への助言をさらに続ける。

秋月温泉の料亭旅館「清流庵」(福岡県朝倉市)
                 ※写真と本文は無関係です
◆須賀彩子記者への助言◆

◎大宮駅周辺に日高屋が14店?

須賀記者は「埼玉県の大宮駅周辺には、日高屋がなんと14店もある」と書いています。これはきちんと確認しましたか。ハイデイ日高のホームページで調べると、「大宮駅周辺の日高屋」は14店の半分ほどしかありません。「焼き鳥日高」「来来軒」「中華一番」などを含めると、ハイデイ日高は大宮駅周辺で14店以上の店を出しているようです。しかし、記事ではしっかりと「日高屋」に限定しているので、日高屋だけで14店を出していない場合、記事の説明は誤りとなります。

この件でも問い合わせフォームから間違い指摘をしています。もちろん間違いと断定はしません。例えば「中華一番」の正式な店名が「日高屋 中華一番」だとしたら、「間違いではない」と言える余地はあります。ホームページの情報が間違っているという可能性も、わずかですが残っています。

ついでに「首都圏」の使い方にも触れておきます。「日高屋は15年8月末時点で370店展開しているが、その全てが首都圏、うちほとんどが東京、神奈川、千葉、埼玉の1都3県に集中している」と須賀記者は書いています。ここで言う「首都圏」とは「関東」を指すのでしょう。そういう分け方もあります。ただ、注釈なしに「首都圏」と言えば、多くの読者は「東京、神奈川、千葉、埼玉の1都3県」をイメージします。上記のケースでは「首都圏」を「関東」と直せば問題は解消します。読者が理解しやすい書き方を心がけてください。


◎「出店のペースは極めて緩やか」?

【ダイヤモンドの記事】

その一方で、出店のペースは極めて緩やかだ。1年間の出店ペースは30店程度。最も多い年でも38店で、14年度はわずか25店だった。

メニューに炒め物などがあるので調理現場の人材育成に時間がかかることや、出店経費を抑制するためである。

新たに1店出店すれば、販売管理費が1000万円膨らむため、あえて出店ペースを抑制し、コストコントロールしているのだ。

1年間で100店出店するなど、急拡大を目指す外食チェーンが多い中で、こうした戦略を採るハイデイ日高は極めて異質な存在だ。だが、視点を変えてみると、「出店立地を厳選する」という意味合いもある。こうした慎重さが、持続的な成長の背景にあるのだ。

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300店規模の外食チェーンで年間30店の出店ペースを須賀記者は「極めて緩やか」と言い切っています。しかし、そうは思えません。単に「緩やか」と表現するのもためらわれる水準です。例えば、ライバルの幸楽苑は2015年3月期に22店(海外含む)しか出していません。年間100店を出すチェーンももちろんあるでしょう。しかし「極めて緩やか」と断定するためには、外食業界全体を見て判断する必要があります。そこはできていますか。「出店を凍結したり、出店数が1桁だったりする外食チェーンはほぼない」と確認しましたか。

付け加えると「メニューに炒め物などがあるので調理現場の人材育成に時間がかかることや、出店経費を抑制するためである」という書き方は日本語として不自然です。並立助詞の「や」の使い方に問題があります。これも改善例を示すので、どちらが自然に読めるか比べてみてください。

【改善例】

メニューに炒め物などがあるので調理現場の人材育成に時間がかかるうえに、出店経費も抑制できるからだ。


◎書き手としては素直すぎるような…

【ダイヤモンドの記事】

あらためて、類いまれな高収益率や長年にわたって増益を続けてきた秘訣を問うと、「QSC(品質、サービス、清潔感)の徹底」(島需一・ハイデイ日高取締役経営企画部長)という、外食業界においては“基本のキ”とされる答えが返ってきた

格別においしいと評判なわけでもなく、派手さも見当たらない。にもかかわらず、好業績を維持してこられたのは“凡事徹底”に尽きるといえそうだ

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「駅前出店で実現したアルコール飲料の販売比率の高さに加え、首都圏でのドミナント展開がハイデイ日高の強さの理由」というストーリーを須賀記者は展開してきました。しかし、記事も終わりに近づいてきたところで、それが「QSC(品質、サービス、清潔感)の徹底」に移ってしまい、「好業績を維持してこられたのは“凡事徹底”に尽きるといえそうだ」との結論を導いてしまいました。

この結論が須賀記者の訴えたいことならば、そこに説得力を持たせるためにストーリーを構成すべきです。しかし「品質」「サービス」「清潔感」でハイデイ日高が他社より優れているような話は出てきません。

須賀記者は性格が非常に素直なのでしょう。取材先から「ウチの業績がいいのは結局、QSCの徹底に尽きるね」と言われたら、「なるほど」と思って納得するのかもしれません。優れた記事を書くためには「QSCの徹底を他の外食チェーンはやってないんですか。他社もやっているとしたら、ハイデイ日高と他社の違いは何ですか」などと聞いてほしいところです。それには「相手の話を鵜呑みにせず疑ってかかる」という素直さとは正反対の資質が必要になります。

素直さ自体は責められるべきものではありません。しかし、素直すぎると記事の書き手としては問題が生じてしまいます。須賀記者の記事には学生が書いたレポートのような素人くささが漂っています。それは須賀記者の素直さと無関係ではないでしょう。これからもその素直さを維持すべきなのか。じっくり考えてみてください。


※記事の評価はE(大いに問題あり)。暫定でDとしていた須賀彩子記者への評価はEで確定とする。

追記) 結局、問い合わせへの回答はなかった。

2015年11月20日金曜日

週刊ダイヤモンド 素人くささ漂う須賀彩子記者への助言(2)

週刊ダイヤモンド11月21日号「数字で会社を読む(ハイデイ日高) ~アルコール売り上げと駅前立地で叩き出す外食トップクラスの利益率」について、須賀彩子記者への助言を続ける。

CCCが指定管理者となっている武雄市図書館
            ※写真と本文は無関係です
◆須賀彩子記者への助言◆

◎後発だと駅前出店しかない?

【ダイヤモンドの記事】

他の中華チェーンがロードサイド中心であるのに対して、日高屋は駅前立地が主体である。ロードサイドでは、車で来店する客が多いため、あまりアルコール販売を見込めない。

30年前に参入したときは後発だったため、駅前に出店するほかなかった」(ハイデイ日高)というが、これが逆に同社の発展を支えることになったわけだ。

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30年前に参入したときは後発だったため、駅前に出店するほかなかった」というコメントが引っかかります。須賀記者は素直に受け止めたようですが、よく考えるとおかしいと思いませんか。30年前のロードサイドは出店の余地がないほど店で埋め尽くされていたのでしょうか。当時、ロードサイドに店を出そうとする企業などなかったのでしょうか。「良さそうな立地には既に店があった」という話ならば分かります。しかし、それは駅前立地でも同じでしょう。

「後発だから駅前しかなかった」と取材先が言ったとしても、素直に「なるほど」と頷いていては素人丸出しです。「出そうと思えば、特に田舎の方にはいくらでも出せる場所があったんじゃないですか」ぐらいのことは聞き返しましょう。


◎どこが「究極」?

【ダイヤモンドの記事】

さらにである。出店戦略のもう一つの特徴は、究極のドミナント戦略にある。

日高屋は15年8月末時点で370店展開しているが、その全てが首都圏、うちほとんどが東京、神奈川、千葉、埼玉の1都3県に集中している

「600店までは首都圏に出店余地がある」(高橋均・ハイデイ日高社長)と、この先も首都圏に限定した出店を続ける構えだ。

さらに狭い地域でもドミナントを貫いている。一つの駅の周辺に1店ではなく、複数の店舗を展開しているのだ。

例えば、埼玉県の大宮駅周辺には、日高屋がなんと14店もある。これほど大きなターミナル駅でなくとも、駅の二つの出口にそれぞれ出店している所は数多い。

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記事を読む限り、ハイデイ日高が「究極のドミナント戦略」だとは思えませんでした。370店のほとんどが1都3県にあることを指して「ドミナント展開」と呼ぶのはよいでしょう。しかし、「究極」とは思えません。例えば「東京23区に絞って370店を展開」ならば、まだ許せます。「東京駅周辺に370店」まで行けば「究極のドミナント」で納得です。

「大宮駅周辺に14店」は確かに多いでしょうが、これも「究極」とは感じません。「究極」とは主観的な問題なので、須賀記者がそう感じたのならば、否定はしません。しかし、記事にする場合、「確かに究極だ」とほとんどの読者が納得してくれるように書くべきです。今回はそれができていますか。

しかも「大宮駅周辺には、日高屋がなんと14店もある」との説明も正しいとは思えませんでした。これについては(3)で述べます。

※(3)へ続く。

週刊ダイヤモンド 素人くささ漂う須賀彩子記者への助言(1)

「何だか素人くさい」--。週刊ダイヤモンド11月21日号「数字で会社を読む(ハイデイ日高) ~アルコール売り上げと駅前立地で叩き出す外食トップクラスの利益率」を読んだ時に、そんな感想がまず浮かんだ。同時に「似た感想を抱いた記事があったような…」と思って探したら見つかった。ダイヤモンド9月5日号の特集3「ビッグデータまで活用 回転寿司 止まらぬ進化」がそれだ。筆者はいずれも須賀彩子記者。これは偶然とは思えない。
秋月城跡周辺(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

ハイデイ日高の記事に関して、順にツッコミを入れていこう。そこから須賀記者の素人くささの理由が浮かび上がってくるはずだ。今回は須賀記者に助言していく形式としたい。

◆須賀彩子記者への助言◆

◎「万人受けする味」と言える?

【ダイヤモンドの記事】

面白いのは、「料理は10人中6人がおいしいと言ってくれればいい」という力の抜き加減。熱烈なファンの獲得を狙うのではなく、万人受けする味とメニューを追求し、「飽きがこない」店を目指しているというのだ。

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言いたいことは何となく分かりますが、「10人中6人がおいしいと言ってくれればいい」という方針ならば、「万人受けする味を追求」というより、「万人受けする味は目指していない」と考える方が自然です。なぜなら「10人中4人はおいしいと言ってくれなくてもいい」と割り切っているからです。あくまで推測ですが、ハイデイ日高は「万人受けする味」ではなく「過半数が合格点と言ってくれる味」を狙っているのでしょう。


◎「ハイデイ日高の業績は、外食業界随一」?

こうした風変わりな戦略を採っているハイデイ日高の業績は、外食業界随一である。2014年度の売上高営業利益率は11.8%。中華の同業他社は3~8%程度、牛丼チェーンは1~3%程度であるから、ずばぬけて高い

加えて、持続的な成長ぶりにも目を見張るものがある。営業利益は12期連続、当期純利益は10期連続で増益を達成。既存店売上高は4年連続で前年度比100%を超えているほどだ。

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ハイデイ日高の業績は、外食業界随一」と断定した根拠は何ですか。記事を素直に解釈すれば、売上高営業利益率が「ずばぬけて高い」ことでしょう。しかし疑問が残ります。例えば「ひらまつ」という会社の2015年3月期のそれは23.9%で、ハイデイ日高の2倍以上です。他にもハイデイ日高を上回る営業利益率の外食企業はいくつもあるようです。「外食業界随一」と言っているので、「ひらまつ」を含む全ての外食企業の中でハイデイ日高がトップのはずですよね。

この件では、問い合わせフォームから「誤りではありませんか」と編集部に質問を送ってみました。届いていますか。まともな書き手を目指すのならば、上司とも相談してぜひ回答してください。最近はダイヤモンドの記事に関する間違い指摘をしても、握りつぶされてばかりです。別に「間違いを認めろ」とは言いません。「売上高営業利益率だけでなく他の数値も見て総合的に判断し『業績は、外食業界随一』と書きました」といった無理のある回答でいいのです。前向きに検討してみてください。

ついでに言うと、「営業利益は12期連続、当期純利益は10期連続で増益を達成」という書き方は感心しません。「営業利益は増益」「純利益は増益」とするのは重複表現です。避けた方がよいでしょう。「既存店売上高は4年連続で前年度比100%を超えているほどだ」という説明も、無駄に長い気がします。改善例を示すので、自分が書いたものと比べてみてください。

【改善例】

加えて、持続的な成長にも目を見張るものがある。営業利益は12期連続、当期純利益は10期連続で伸ばしてきた。既存店売上高も4年連続で前年度を上回っている。


この記事には気になる点がまだまだあります。長くなってきたので残りは(2)で述べます。

※(2)へ続く。9月5日号の特集については「素人くささ漂う ダイヤモンド『回転寿司 止まらぬ進化』」を参照してほしい。

追記) 結局、問い合わせへの回答はなかった。

2015年11月19日木曜日

週刊ダイヤモンドも誤解? ヤフー・ソニーの「おうちダイレクト」

週刊ダイヤモンド11月21日号の「マンション仲介手数料“中抜き” ヤフー・ソニーが目論む“流通革命”」という記事に間違いと思える記述があった。「検索サイト最大手のヤフーと、ソニー不動産が提携して始めた不動産売買の新サービス『おうちダイレクト』」の発表内容を筆者の岡田悟記者が誤解した可能性が高い。このサービスに関しては、日経や日経ビジネスも内容を正しく報道できていなかった。

御船山(佐賀県武雄市) ※写真と本文は無関係です
※日経と日経ビジネスに関しては「『仲介業者に頼らず』に偽りあり 日経『ビジネスTODAY』」「仲介通さず?日経ビジネス『青田売り』離れが加速する」参照。

記事の当該部分と、ダイヤモンドへの問い合わせ内容は以下の通り。

【ダイヤモンドの記事】

売り手は、マンションを売りたいと思ったら、「Yahoo!不動産」内にある「おうちダイレクト」のウェブサイトに物件情報を無料で掲載できる。売却希望価格については、ソニー不動産が独自に開発した「不動産価格推定エンジン」で算出されたマンションの推定売買価格を参考にして、自ら決める。

(中略)次に、買い手は、サイト経由で直接、売り手に購入希望を伝えることができる。物件に関する質問もできるし、物件を見たいと思ったら、サイト上で見学の申し込みも可能だ。しかも、売り出されていないマンションについても、購入希望の意思表示ができる。

その後、物件の見学や売買代金の決済、引き渡しをしたりする際の実務については、ソニー不動産がサポートする。つまり、売り手と買い手の接触から価格交渉まではサイト上でできてしまう。故に、売り手からは仲介手数料を取らないというわけだ。


【ダイヤモンドへの問い合わせ】

週刊ダイヤモンド11月21日号の「マンション仲介手数料“中抜き” ヤフー・ソニーが目論む“流通革命”」という記事についてお尋ねします。記事では「おうちダイレクト」というサービスに関して「売り手と買い手の接触から価格交渉まではサイト上でできてしまう」と書かれています。しかし、このサービスに関するニュースリリースを見ると、「(ウェブサイト上で)購入検討者は『ダイレクト物件』についての詳細を把握できるようになり、また所有者はその物件のアピールポイントを、購入検討者に直接伝えることが可能となります」との記述があるものの、注記事項として「価格等の売買条件に関するやりとり・交渉等を行うことはできません」と明記されています。つまり、記事中の説明と矛盾します。「価格交渉まではサイト上でできてしまう」という記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題ないとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

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ダイヤモンドは問い合わせに答えない方針を貫いており、今回も回答が届く可能性は低い。その場合、そろそろダイヤモンドの媒体としての評価も見直す必要がある。

上記の記事に関する評価はD(問題あり)。記者自身は上司の指示に従って回答しないだけかもしれないが、問い合わせへの無視が確認できた場合、岡田悟記者への評価はF(根本的な欠陥あり)とするしかない。望み薄とは分かっていても、きちんとした回答を期待したい。

※結局、回答は届かなかった。

仲介通さず?日経ビジネス「『青田売り』離れが加速する」(3)

日経ビジネス11月16日号に載った「時事深層~横浜『傾きマンション』問題 『青田売り』離れが加速する」に関する問い合わせに日経BP社から回答が届いた。予想通りの苦しい弁明だが、反省は見られるので良しとしよう。間違いを責めたくて問い合わせを送っているのではない。筆者(島津翔、広岡延隆、林英樹の各記者)がこれを生かして書き手としての技量を高めてくれればそれでいいのだから。
武雄温泉楼門(佐賀県武雄市) ※写真と本文は無関係です

問い合わせと回答は以下の通り。

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス11月16日号「横浜『傾きマンション』問題 『青田売り』離れが加速する」という記事についてお尋ねします。

記事ではヤフーとソニー不動産が始めた「おうちダイレクト」というサービスについて「11月5日、個人所有の中古物件情報紹介サイトを立ち上げた。不動産仲介業者を通さずに個人が販売できる環境を整え、中古市場の活性化を狙う」と書かれています。

しかしヤフーのホームページでこのサービスに関する説明を見ると「オーナーは初回見学時にソニー不動産と媒介契約を締結していただく必要があります」と出てきます。つまり購入希望者が物件を見学する時点で、売り主はソニー不動産という仲介業者と契約関係が生じるわけです。これでどうやって「不動産仲介業者を通さずに個人が販売できる環境」が整うのでしょうか。

記事を素直に解釈すれば「おうちダイレクト=仲介業者を通さずに個人が不動産を販売できるサービス」となります。しかし、実際にはソニー不動産を通さずに売却することは不可能なようです。

記事中の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題ないとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。


【日経BP社からの回答】

「不動産仲介業者を通さずに個人が販売できる」というのは、「個人が仲介業者を通さずに売り出せる」との意味で使っております。「売買」という完結を意味する言葉を使用しなかったのはそのためですが、ご指摘をいただきまして「販売」よりも「売り出せる」とした方が、より誤解を生じる余地をなくす適切な表現であったと認識しております。貴重なご指摘をいただき、誠にありがとうございました。

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この「おうちダイレクト」に関しては、週刊ダイヤモンド11月21日号の「マンション仲介手数料“中抜き” ヤフー・ソニーが目論む“流通革命”」という記事でも間違いと思える記述があったし、11月6日の日本経済新聞 朝刊企業総合面の「ビジネスTODAY~中古マンション、自ら売る 個人間取引、仲介業者に頼らず ヤフーとソニー系がサイト開設」という記事にも問題があった。ヤフーとソニー不動産がうまく演出してメディアを“誤解”させた面は否めない。

※日経と週刊ダイヤモンドの記事については「『仲介業者に頼らず』に偽りあり 日経『ビジネスTODAY』」と「週刊ダイヤモンドも誤解? ヤフー・ソニーの『おうちダイレクト』」を参照してほしい。

2015年11月18日水曜日

功罪相半ば 日経 田村正之編集委員「投信のコスト革命」

18日の日本経済新聞朝刊マネー&インベストメント面に載った「投信のコスト革命本格化~若い世代取り込み狙う」は功罪相半ばする内容だった。ダメなのは、1カ月も経たないうちに焼き直しとも言える記事を出してきたことだ。書き手としての引き出しの少なさを、なぜ自らさらけ出すのか。一方で、今回の記事では上場投資信託(ETF)も含めて投信のコストを論じるなど、改善も見られる。

シーサイドももち海浜公園(福岡市早良区) ※写真と本文は無関係です
焼き直しの元となった記事に関して「ETFを含めて考えると記事中の『超低コストの投資信託』という説明が怪しくなるのは分かるが、投資初心者も読むであろう記事なのだから、そこは逃げずにETFも含めて論じてほしかった」と以前に求めた。これが届いたのかどうか分からないが、今回はきちんとETFにも触れながら話を進めていた。

※10月の記事については「なぜETFは無視? 日経 田村正之編集委員の『真相深層』」を参照してほしい。

まずは、焼き直し問題に関する記述から見ていこう。2つの記事の冒頭部分は以下のようになっている。

【日経の記事(11月18日)】

日本の投信市場でコスト革命が本格化している。保有コストが超格安な投資信託が夏以降に続々と登場しているためだ。いずれ投信の中心的な顧客になる、コストに敏感な若い世代を取り込むのが狙い。より低コストでの資産分散ができるようになり長寿時代の老後資金作りに役立ちそうだ。

【日経の記事(10月24日)】

20~40歳代の資産形成層に向けて超低コストの投資信託の投入が相次いでいる。一方で圧倒的な資金量を持つ高齢層には複雑で高コストの投信が売れ続け、投信販売は二極化している。

「まだ公表されていないが、ニッセイアセットマネジメントから、11月にネット販売向け投信のコストを大きく引き下げると連絡を受けた。投信は“コスト革命”といえる時代に突入した」。複数のネット証券会社幹部が口をそろえる。

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上記のどちらの記事も「超低コストの投資信託」が増える「投信のコスト革命」について解説している。10月の記事では公表前だったニッセイアセットマネジメントのコスト引き下げが、11月の記事の段階では実現しているという状況変化はある。しかし、同じ媒体で前月に書いた内容を繰り返す意義があるとは思えない。「書くことがないので焼き直しで済ませた」と解釈するのが妥当だ。

今回、ニッセイアセットマネジメントの信託報酬引き下げについて書いているのに、どの程度の引き下げなのか触れていないのも気になった。田村編集委員は以下のように記している。

【日経の記事(11月18日)】

「夢のような低コスト」「乗り換え検討中」。ニッセイアセットマネジメントが12日、3本のインデックス(指数連動)型投信の保有コストを21日から引き下げると発表すると、ネット空間は歓迎する若い投資家の書き込みであふれた

投信の長期保有で成績に大きな影響を与えるのが毎日差し引かれる信託報酬。インデックス型は市場平均を上回ることを狙うアクティブ型よりもともと信託報酬が低いがニッセイの3本は従来のインデックス型に比べても半値未満だ。

引き下げたのは同社の「購入・換金手数料なし」シリーズのうち国内債券、外国株式、外国債券の3つの資産の信託報酬。例えば外国株式は年0.2%台になった。同社の上原秀信取締役は「コストが長期の成績を左右することを知っている投資家層に幅広く使ってほしい」と話す。

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上記のくだりにも記事中の表にも「引き下げ幅」に関する情報は見当たらない。「保有コストを21日から引き下げると発表すると、ネット空間は歓迎する若い投資家の書き込みであふれた」という宣伝臭い書き方をするならば、どの程度の引き下げなのかは触れてほしいところだ。

ちなみに10月の記事でも「三井住友アセットマネジメントが、これまで確定拠出年金(DC)向けだった超低コスト投信を、ネット証券向けに一般販売を始めたこと」に関して、田村編集委員は「インターネットは若い世代の書き込みですぐに『祭り』状態になった。『グッジョブ!』『最終兵器だ』」と書いていた。こういう「投信販売のお手伝い」みたいな書き方をためらいなく何度もできるのは、ある意味で“すごい”。

この三井住友アセットマネジメントの「超低コスト投信」は11月の記事でも出てくる。この投信に関して使ったコメントがこれまた“すごい”。

【日経の記事(11月18日)】

しかし9月に三井住友アセットマネジメント(SMAM)が確定拠出年金(DC)向けだった超格安投信を楽天証券で一般に買えるようにし、信託報酬はニッセイを下回った。「低コスト商品で市場を拡大させたい」(横山邦男社長)

楽天証券経済研究所の篠田尚子ファンドアナリストは「SMAMの投信は予想をはるかに上回る売れ行きで、積み立て対象投信の上位に躍り出た」と話す。ニッセイは信託報酬引き下げでSMAMに対抗し、再び最安値の地位を守る。

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予想をはるかに上回る売れ行き」「上位に躍り出た」--。具体的な数値が何ひとつ出てこないのが“すごい”。このコメントを使うのは、普通なら勇気が要る。しかし田村編集委員にはためらいが感じられない。「当初の予想はどの程度で、実績は予想をどのぐらい上回って推移してるんですか?」「いつ頃にどの程度の順位を記録したんですか?」といった質問を取材時にしなかったのだろうか。聞いても具体的な数値が返ってこなかったのならば、記事で篠田氏のコメントを使うのは避けるべきだ。

色々と注文を付けていたら長くなってしまった。「功罪」の「功」にも最後に触れておく。それは冒頭でも述べたように、ETFへの言及だ。

【日経の記事(11月18日)】

ただ、今は自分で選べば超格安投信を使える。従来も保有コストが低い上場投資信託(ETF)はあったが、原則的に積み立てや分配金の自動再投資ができず、海外ETFは税金面もやや不利だ。実際に海外ETFから超格安投信に乗り換える人も目立ち始めた。

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従来も保有コストが低い上場投資信託(ETF)はあった」とすると、非上場のインデックス投信の信託報酬はETFの水準に近付いているだけで「投信のコスト革命」と呼ぶほどのものとは思えない。日経的な「革命の安売り」と見るべきだろう。とは言え、ETFも含めて論じたことは一歩前進と評価したい。


※今回の記事の評価はC(平均的)。田村正之編集委員の評価はD(問題あり)を据え置くが、強含みではある。

日経 小栗太氏 E評価の理由

17日の日本経済新聞朝刊経済面に載った「人口病に克つ~超高齢化を生きる(5) 海外人材生かし『若返り』  共生できる環境整備を」に関して、担当デスクと推定できる小栗太氏をE(大いに問題あり)と評価した。連載自体の出来はそれほど悪くないが、過去の記事を含めて評価するとこうなってしまう。小栗氏は以前、編集委員の肩書で署名入り記事を書いていて、何かと問題が多かった。ここでは2013年6月12日の朝刊マネー&インベストメント面の記事「円相場惑わす新要因」について、小栗氏へ送った当時のメールを基に問題点を見ていきたい。

この記事で最も問題が大きいと思えたのは以下のくだりだ。

CCCが指定管理者となっている武雄市図書館(佐賀県武雄市)
             ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

HFT自体は短時間で売買を交互に繰り返すため、相場を一方向に動かす力はない。ただコンピューターが瞬時に買いか売りかを判断するため、一度に大量の注文が集中して相場が跳ねやすくなる。

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HFTには相場を一方向に動かす力はない」と書く一方で「(HFTでは)一度に大量の注文が集中して相場が跳ねやすくなる」という説明もある。しかも記事中に付けた表では「一瞬で注文が殺到し、一方向に大きく振れる」と記している。基本的には「相場を一方向に動かす力はある」のだろう。メールで問い合わせて「上記の件で業務上の対応は必要ありません。ただ、記事中の“矛盾”などについて、答えを教えていただければ助かります」とお願いしたものの返事はなかった。

記事に問題があるのは間違いない。編集委員という肩書を付けて署名入りの記事を書きながら、こうしたレベルの低い記事を世に送り出してしまったのがまずマイナスだ。しかも自分の記事に関して問い合わせを受けたのに無視してしまった。これでさらにマイナスが大きくなる。小栗氏は他の記事でも問題が多かったので、総合的に判断すると評価はEに落ち着く。

上記の件で言えば「HFTには相場を一方向だけに動かすわけではない」と言いたかったのだろう。下げを促す主体にも上げを促す主体にもなり得るのは確かだ。そこをうまく説明できていない。

この記事の他の問題点については、小栗氏に送ったメール(2013年6月13日)の内容を紹介したい。


【小栗氏に送ったメールの内容】

◎異次元緩和はアベノミクスじゃない?

・アベノミクスや日銀の異次元緩和で大幅な円安が進んだことを受け、新たに外貨商品での運用を始める人が増えてきた。


「アベノミクスや日銀の異次元緩和」と表記すると、異次元緩和はアベノミクスの一部ではないとの印象を与えます。しかし、実際にはアベノミクスの「3本の矢」のうちの1本です。加えて言うと、「金融緩和を除くアベノミクス」が円安要因になっているかどうかは微妙です。成長戦略第3弾の発表を受けて株価が急落し、為替相場も円高に振れたのは記憶に新しいところです。


◎欧州・アジア勢はCMEを使わない?

・野村の池田氏は「値動きの大きいユーロや新興国通貨を取引していたヘッジファンドが異次元緩和を見て新規参入してきた」と話す。こうした欧州やアジアのファンド勢の売買はCMEに反映されない。


上記のくだりは引っかかりを感じました。「CMEを使うのは米国のファンドだけで、欧州・アジア勢はCMEを利用しない」と言っているのでしょうか?ちょっと考えにくい気がします。「今回参入してきた欧州・アジア勢に関しては、CMEを使わないファンドだった。欧州・アジア勢でもCMEを使うファンドはたくさんある」という話かもしれませんが、記事からは何とも言えません。それに「なぜCMEを使わないのか」も説明してほしいところです。


◎正確に判断できているような…

・HFTは振れ幅を大きくするだけでなく、別の問題点も抱える。複雑な材料を正確に判断できないことだ。その影響と疑われる事例もある。米量的緩和の縮小に言及するかが注目された5月22日のバーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長の米議会証言。冒頭、性急な緩和縮小に否定的な発言が出た途端、瞬時に円買い・ドル売りが殺到した。だが証言では縮小の可能性についても述べており、少し間を置いて今度は一転して円売り・ドル買いが強まった。


「瞬時に円買い・ドル売り→一転して円売り・ドル買い」がHFTの“判断”だとすれば、「複雑な材料を正確に判断できない」と考える根拠にはならないと思えます。バーナンキ証言が「複雑な材料」かどうかは置いておきます。冒頭に緩和縮小に否定的な発言が出た(緩和継続)とすると「ドル売り」が普通ですし、緩和縮小の可能性に触れたのならば「ドル買い」でしょう。市場関係者の一般的な判断と食い違ってはいないはずです。これを以って「HFTだと複雑な材料を正確に判断できないのでは…」などと論じられますか?それとも「冒頭の発言を聞いただけで、その後に緩和縮小の可能性にも言及すると予測できなければダメだ」とでも筆者は考えているのでしょうか?



◎「中長期の運用が最も安全」?

・最近は個人のFX取引にも「システムトレーディング」と呼ぶ為替のプロが作成したプログラムを利用できる仕組みが広がる。IT(情報技術)の急速な進展で取引が高度になり、相場の決定要因は複雑になるばかりだ。入門書通りに動かず、振れ幅も大きくなった相場に対し、外貨取引を新たに始めた初心者はどう向き合えばいいのか。最も安全なのは短期的な利益を追い求めず、中長期的な運用を目指すことだ。短期的に不規則な値動きが起きたとしても、中長期的には入門書にあるように、金利差や需給差に沿った値動きに落ち着いていく可能性が高いからだ。

「最も安全なのは短期的な利益を追い求めず、中長期的な運用を目指すことだ」という説明は正しいのでしょうか?記事ではFXなどの為替取引を想定していると考えられますが、FXは基本的にゼロサムゲームです。株式で長期投資が推奨されるのは、株式はプラスの期待リターンが見込めるプラスサムの投資対象だからです(期待リターンが本当にプラスなのかはやや怪しい面もあります)。期待リターンが十分にプラスであれば、短期では多少の価格変動があっても、中長期で見ると投資が報われる可能性は高くなります。一方、ゼロサムゲームでは勝負する期間をいくら長くしても結局はゼロサムです。相場の見通しを誤って証拠金を全て失うような場面に出くわすリスクも「1年」より「10年」の方が高いのは、感覚的に理解できるはずです。記事を読んで「FXも長い期間をかければ安全性は高まるんだ」と信じた読者がいるかもしれません。そう信じさせて大丈夫ですか?

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※小栗太氏が担当デスクを務めたとみられる「人口病に克つ~超高齢化を生きる(5)」については「処方箋を示してる? 日経1面『人口病に克つ』への疑問」を参照してほしい。

2015年11月17日火曜日

処方箋を示してる? 日経1面「人口病に克つ」への疑問

17日の日本経済新聞朝刊経済面に載った「人口病に克つ~超高齢化を生きる(5) 海外人材生かし『若返り』  共生できる環境整備を」は苦しい内容だった。記事では、人口減少を食い止めるために「海外人材の活用」を進めるべきだと訴え、「課題は外国人を呼び込む環境づくりだ」と指摘している。しかし、その説明に疑問が残る。記事の当該部分は以下のようになっている。

英彦山山頂(福岡県添田町) ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

9月に茨城県常総市を襲った水害。このとき市内に住む2千人近いブラジル人には避難連絡が届かなかった。防災無線は日本語のみ。「もしポルトガル語と交互に流せば連絡を聞き逃す日本人が出たかもしれない」。県知事の橋本昌(69)は苦渋の表情を見せる。

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まず「このとき市内に住む2千人近いブラジル人には避難連絡が届かなかった」というのは事実かどうか怪しい。記事には「市内のブラジル人は全員が日本語を理解できない」との前提を感じる。「2000人近い」という人数は市内のブラジル人の総数のようだ。もちろん全く日本語を理解できない人もいるのだろうが、ほぼ全員が防災無線の内容を理解できないとは考えにくい。

県知事のコメントも謎だ。なぜ防災無線に関して「日本語のみ」と「日本語とポルトガル語を交互に流す」の二者択一なのか。ポルトガル語しか理解できない住民が例えば人口の10分の1程度ならば、防災無線も10回に1回はポルトガル語にすればいいのではないか。「苦渋の表情を見せる」必要はないだろう。

上記のくだりに続く説明も理解に苦しんだ。


【日経の記事】

外国人との共生がうまくいかないのは、災害時だけではない。深夜の大騒ぎ、ゴミ捨てのルール違反……。日々の暮らしでも言葉や文化の厚い壁が立ちはだかる。処方箋はないだろうか

「英語は使わせてもらえないけど、気持ちは分かってくれる」。米国出身のマシュウ・カラシュ(48)が施設長を務める神奈川県鎌倉市の特別養護老人ホーム「ささりんどう鎌倉」ではフィリピン人など外国人ヘルパー4人が働く。外国人だからこそ悩みが分かる。言葉の壁を取り払うため、残業代を払ってでも日本語を教える。外国人が感じる不安や孤独を日本人スタッフに説明する「通訳」の役割も果たす。

介護現場の人手不足は深刻だ。厚生労働省は10年後の25年には介護人材が約38万人不足するとみる。即効薬は海外人材の受け入れだが、日本語の壁は厚い。こうした壁を崩す知恵が必要だ。

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深夜の大騒ぎ、ゴミ捨てのルール違反……。日々の暮らしでも言葉や文化の厚い壁が立ちはだかる。処方箋はないだろうか」と書いているので、その後に処方箋を示してくれると期待してしまうが、話はおかしな方向へ進んでしまう。特別養護老人ホームで米国出身の施設長はフィリピン人ヘルパーの悩みを理解してくれるし、日本語も教えてくれるらしい。それは分かった。しかし、これのどこが処方箋なのか。どうやって「深夜の大騒ぎ、ゴミ捨てのルール違反」といった問題を解決するのか。「問題を解決したいならば、同じマンションに長く住んでいる外国人に頼れ」とでも言っているのだろうか。

そもそも特別養護老人ホームで働くフィリピン人ヘルパーは問題行動を起こして地域社会で軋轢を生んでいるわけではないだろう(少なくとも記事中にそうして説明はない)。「深夜の大騒ぎ、ゴミ捨てのルール違反」と同列に論じるべき話とは思えない。しかも、日常生活で生じる外国人との問題を解決するための処方箋を示しているのだと思って読み進めると、「介護現場の人手不足は深刻だ。厚生労働省は10年後の25年には介護人材が約38万人不足するとみる」と話が移っていく。

深夜の大騒ぎ、ゴミ捨てのルール違反」などを解決する処方箋の話はどこかに行って、介護人材の不足へと脱線してしまう。結局、具体的な処方箋は示されていない。

さらに言えば「英語は使わせてもらえないけど、気持ちは分かってくれる」というコメントは誰が発したものか分かりづらい。最初に読んだ時は、直後に出てくる「米国出身のマシュウ・カラシュ」だと思った。しかし、それだと辻褄が合わない。おそらく「フィリピン人など外国人ヘルパー4人」の誰かだろう。誰のコメントか明確に分かる書き方を心がけてほしい。

最後に、人口問題に関して少し述べておきたい。記事では連載を以下のように締めくくっている。

【日経の記事】

1億人目標のハードルは高く、超高齢化もすぐには止まらない。衰退国への道筋を断ち切り、将来にわたって成長軌道に乗せるため、海外人材をいかに呼び込むか。幅広い視点からの国民的な論議が必要な時期に来ている。

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「人口1億人維持」というのは、あくまで政府の目標だ。取材班がこれに従う必要はない。なのに記事では「政府目標を実現するためにはどうすべきか」という形で話が進む。「日本の人口はどうあるべきなのか」を政府目標に縛られずに考えてほしかった。個人的には、日本の人口は1000万人もいれば十分だと思う。もっと少なくてもいい。この考えを支持しろとは言わない。「1億2000万人割れは絶対に防ぐ」でも「1億5000万人は欲しい」でもいい。どういう目標がベストなのかを自分たちで検討してほしかった。それがたまたま政府目標と一致したのならば問題はない。しかし、実際にはあまり深く考えず、政府目標を前提として受け入れているのではないか。


※17日の記事の評価はD(問題あり)、連載全体の評価はC(平均的)とする。取材班の最初に名前が出てくる小栗太氏を筆頭デスクと推定して、同氏の評価をE(大いに問題あり)とする。同氏のE評価については、今回の連載以外の記事も考慮に入れた。これに関しては「日経 小栗太氏 E評価の理由」で述べる。

2015年11月16日月曜日

週刊エコノミスト特集「世界を飛べMRJ」の高い完成度

週刊エコノミストは不思議な雑誌だ。発行所は毎日新聞出版。「なぜ経済誌なんか出してるの?」と思わなくもない。毎日新聞系の悲しさか、資金も人員もそれほど潤沢ではないのだろう。エコノミストなど外部ライターへの依存度が高く、雑誌のイメージも正直言って地味だ。しかし、ツッコミどころの少なさという点では、週刊東洋経済、週刊ダイヤモンド、日経ビジネスなどと比べて優れている気がする。つまり完成度は相対的に高い。
秋月中学校(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

そんなエコノミストの11月24日号は珍しく力の入った特集だった。国産初の民間ジェット機「MRJ(三菱リージョナルジェット)」の初飛行を受けて組んだ「世界を飛べMRJ」は第1部20ページ、第2部9ページの大型特集で、やはり完成度は高い。タイトルからも分かるように、基本的にはMRJを前向きに取り上げている。だからと言ってヨイショ一色でもない。MRJに関して、試作機とは違い量産機の生産では様々な課題があることも指摘。初飛行計画を5回延期した影響で「当初2年の時間間隔を確保していた初飛行から初号機納入までの期間は、約1年半(20カ月)になっている」と残された時間の少なさにも触れている。

インタビュー記事の充実も目を引いた。ローンチカスタマーとなるANAの社長、地方航空会社のフジドリームエアラインズの会長のほか、航空機部品メーカーのナブテスコ、住友精密工業、ジャムコなども個別のインタビュー記事があって、日本の航空機関連産業の動向を幅広く理解するのに役立った。

強いて気になった点を挙げれば、第2部の「空港設備銘柄 特殊車両、管制、空港内設備… 航空需要増加で伸びる日本企業」という記事だろうか(筆者は武蔵情報開発代表取締役の杉山勝彦氏)。この分野ではこの会社、こっちの分野ではこの会社と、次々に短く会社を紹介していく記事を読むのは辛かった。大きな問題があるわけではないが、記事に付けた「空港用設備・機材の関連23銘柄」という表と本文は内容がかなり重複している。銘柄紹介は表に任せて、本文ではもう少し焦点を絞った構成にした方が良かっただろう。

※特集の評価はB(優れている)。谷口健記者、大堀達也記者、平野純一記者への評価も暫定でBとする。

2015年11月15日日曜日

仲介通さず?日経ビジネス「『青田売り』離れが加速する」(2)

日経ビジネス11月16日号に載った「時事深層~横浜『傾きマンション』問題 『青田売り』離れが加速する」という記事について引き続き問題点を指摘していく。記事では冒頭で「杭のデータ改ざんで不信感を持った消費者が青田売りを敬遠。新築から中古への大転換が起き始めた」と断言している。しかし、これがどうも怪しい。まず、本当に「新築から中古への大転換が起き始めた」のか検証しよう。

【日経ビジネスの記事】


浜辺に建つマリゾン(福岡市早良区) ※写真と本文は無関係です
しかし分譲マンション販売の現場では青田売りを敬遠する消費者が確実に増えている。横浜市の仲介業者はこう言う。「品質を重視する意見が増えたのは確かで、新築に不安を持つ購入者はいる。しかし、杭の改ざんによって、不動産市場がすぐに冷え込むとは考えていない。うちでは中古を勧めていますよ。現場がちゃんと見られますから」。

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消費者が青田売りを敬遠。新築から中古への大転換が起き始めた」という根拠を記事中に探すと上記のくだりぐらいしか見当たらない。しかし、「青田売りを敬遠する消費者が確実に増えている」と書いているだけで、具体的な数値は出てこない。横浜市の仲介業者のコメントにも「青田売りを敬遠する人が増えている」「中古に需要が大きくシフトしている」といった話は出てこない。

そもそも「杭のデータ改ざんで不信感を持った消費者が青田売りを敬遠。新築から中古への大転換が起き始めた」という流れは理屈としてはおかしい。データの改ざんは「完成前には分からないが、完成後にはすぐに見抜ける」という問題ではない。中古マンションを購入した後にデータの改ざんが発覚する可能性は十分にある。データの改ざんがあったからと言って、問題となった横浜のマンションのように建物の欠陥が目に見える形になるとは限らないからだ。

杭のデータ改ざんで「新築から中古へ」という流れが起きるならば、2005年の耐震偽装問題が起きた後にもそういう流れが起きるのが自然だ。しかし、記事では「新築偏重というこれまでの傾向」と書いているので、そうした変化はなかったのだろう。

明らかな欠陥が完成直後に顕在化するマンションが増えているのならば、「新築から中古へ」と流れるのも納得できる。しかし、今回はそういう話ではない。

既に述べたように、記事の冒頭では「新築から中古への大転換が起き始めた」と高らかに宣言していた。しかし、記事の結びは驚くべき内容になっている。「青田売りの弊害が明らかになったことで、消費者が新築にノーを突き付ければ、中古への大転換を引き起こすことになる」。これはひどい。やはり「大転換が起き始めた」わけではなかったようだ。大転換はあくまで「消費者が新築にノーを突き付ければ」との条件付きでの見通しらしい。冒頭での「宣言」を信じて読み進めた自らの愚かさを呪うしかない。


※記事の評価はD(問題あり)。島津翔記者、広岡延隆記者、林英樹記者の評価はいずれも暫定でDとする。なぜ今回のような完成度の低い記事に仕上がったのかは、デスクも一緒になって詳細に検討してほしい。

2015年11月14日土曜日

仲介通さず?日経ビジネス「『青田売り』離れが加速する」(1)

日経ビジネス11月16日号に載った「時事深層~横浜『傾きマンション』問題 『青田売り』離れが加速する」は分析の甘さが目立つ記事だった。杭のデータ改ざん問題を受けて「新築から中古への大転換が起き始めた」と書いているが、色々と説得力に欠ける話が出てくる。まずは日経BP社へ送った問い合わせから見ていこう。この件では筆者(島津翔、広岡延隆、林英樹の3記者)がヤフーやソニー不動産にうまく“騙された”可能性が高い。

【日経BP社への問い合わせ】

英彦山神宮奉幣殿(福岡県添田町) ※写真と本文は無関係です
日経ビジネス11月16日号「横浜『傾きマンション』問題 『青田売り』離れが加速する」という記事についてお尋ねします。

記事ではヤフーとソニー不動産が始めた「おうちダイレクト」というサービスについて「11月5日、個人所有の中古物件情報紹介サイトを立ち上げた。不動産仲介業者を通さずに個人が販売できる環境を整え、中古市場の活性化を狙う」と書かれています。

しかしヤフーのホームページでこのサービスに関する説明を見ると「オーナーは初回見学時にソニー不動産と媒介契約を締結していただく必要があります」と出てきます。つまり購入希望者が物件を見学する時点で、売り主はソニー不動産という仲介業者と契約関係が生じるわけです。これでどうやって「不動産仲介業者を通さずに個人が販売できる環境」が整うのでしょうか。

記事を素直に解釈すれば「おうちダイレクト=仲介業者を通さずに個人が不動産を販売できるサービス」となります。しかし、実際にはソニー不動産を通さずに売却することは不可能なようです。

記事中の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題ないとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

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筆者は「おうちダイレクト=仲介業者を通さずに個人が不動産を販売できるサービス」と信じ切っているはずだ。これは発表内容にも原因がある。ニュースリリースには「マンション所有者は、『おうちダイレクト』を利用することにより、不動産仲介会社を介することなく、自由にマンションの売り出しを行うことができます」と明記されている。これを読んで筆者は「このサービスなら仲介業者抜きで不動産を販売できる」と思い込んだのだろう。

しかし、その後に「物件見学から売買代金の決済・物件の引渡しまでのオフラインでの不動産取引実務は、ソニー不動産がサポートします(以下「仲介サービス」)」と出てくる。つまり、「売り出し」は仲介業者を介さずにできるが「売却」には仲介業者が関わるということだ。ニュースリリースでは「仲介業者を通さずに不動産を販売できる」とは一言も書いていない。同情の余地はあるものの、“騙された”のは日経ビジネスの記者の読解力が足りないからだ。

記事には他にも気になる点がある。それらについては(2)で触れたい。日経BP社からの回答もあれば紹介していく。


※11月6日の日本経済新聞 朝刊企業総合面に出ていた「ビジネスTODAY~中古マンション、自ら売る 個人間取引、仲介業者に頼らず ヤフーとソニー系がサイト開設」という記事も「おうちダイレクト」の発表内容を誤解していると思われる。これに関しては「『仲介業者に頼らず』に偽りあり 日経『ビジネスTODAY』」を参照してほしい。

※(2)へ続く。

編集部からの回答に残る気がかり 東洋経済「フォーカス政治」

週刊東洋経済11月14日号に載った「フォーカス政治~党内分権から官邸独裁へ 結党60年で自民党様変わり」という記事に関する問い合わせに対して、編集部からの回答があった。問い合わせにきちんと対応している点では改めて「さすが」と思わせてくれる。ただ、問題のある説明に対して反省が見えないのは気になった。

英彦山参道(福岡県添田町) ※写真と本文は無関係です
東洋経済とのやり取りは以下の通り。

【東洋経済への問い合わせ】

11月14日号の105ページの記事で、筆者の千田景明氏は自民党に関して「民主主義国の中では極めてまれな一党支配体制を築いた。(中略)『疑似政権交代』によって危機を乗り越えてきた」と書いた上で「衆院選を経た本格的な政権交代が起きたのは2009年のことだった」と説明しています。これだと「自民党の支配体制が確立した後、08年までは衆院選を経た本格的な政権交代はなかった」と解釈するしかありません。しかし、実際には1993年の総選挙を経て細川政権が成立し、自民党は下野しています。細川政権の成立を「衆院選を経た本格的な政権交代とは言えない」と結論付けるのは極めて困難です。

例えば「二大政党の間での本格的な政権交代が起きたのは2009年」となっていれば問題はありません。記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。説明に問題なしとの判断であれば、その根拠も教えてください。

【東洋経済編集部からの回答】

下記、お問い合わせいただきました内容について、筆者に代わりまして返信させていただきます。

1993年の細川政権の成立時は、自民党は議席数を減らしておらず(第1党を維持)、衆院選直前に自民党を離党した議員中心の新生党や新党さきがけが選挙後の連立工作に勝ったというものです。選挙前に連立、政権交代の枠組みを示していないことから、本格的な政権交代ではなかったと一般的に認識されています。

以上、よろしくお願いいたします。


【東洋経済編集部へ送ったメールの内容】

回答ありがとうございました。ただ、回答内容には疑問が残ったので、追加で思うところを述べてみます。

今回の記事では「衆院選を経た本格的な政権交代が起きたのは2009年のことだった」と書かれています。この場合、本格的な政権交代かどうかは「衆院選」を基準に判断していると考えるのが妥当です。細川政権の誕生が本格的な政権交代と一般に認識されているかどうかは、極端に言えばどうでもいい問題です。実際に私は最初の問い合わせで「例えば『二大政党の間での本格的な政権交代が起きたのは2009年』となっていれば問題はありません」と記しています。この書き方ならば、本格的な政権交代かどうかは、二大政党の間での政権交代だったかどうかで判断していると理解できます。

「第一党を維持」「選挙後の連立工作に勝った」「選挙前に連立、政権交代の枠組みを示していない」といったことを材料に「本格的な政権交代ではなかった」と判断しているのであれば、そう書くべきです。この記事を読んだ人が「確か細川政権の時に自民党は下野したはずだけど、あれは衆院選を経てなかったのか」と理解した場合、読者の読解力不足でしょうか。もちろん違います。今回の回答を見る限り、記事の書き方には大きな問題があったと断言できます。厳しく言えば誤りです。

例えば、「第一党が入れ替わる形での本格的な政権交代が起きたのは2009年のことだった」と書けば、文字数をそれほど増やさずに問題を解決できます。読者に誤った知識を与えるリスクもありません。しかし、今回のような書き方を反省なしで済ませてしまえば、自尊心は守れても記事の作り手としての進歩はありません。

私には助言することしかできません。今回の記事で読者に誤解を与えかねない説明はなかったのか、もう一度自問してみてください。自ずと答えは浮かび上がってくるはずです。


※記事の評価はD(問題あり)。筆者であるジャーナリストの千田景明氏の評価も暫定でDとする。

2015年11月13日金曜日

名前負け? 日経朝刊1面「China Impact」に欠けるインパクト

13日の日本経済新聞 朝刊1面のトップ記事「中国で人員削減の波 コマツ500人、太平洋セメント100人」には「China Impact」というワッペンが付いている。記事の末尾には「 『China Impact』では世界2位の規模となった中国経済の減速が、日本と世界に及ぼす影響を様々な視点から報じます」との説明があり、これからも随時掲載していくらしい。その初回なのだから、タイトルにふさわしいインパクトのある内容にしてほしかった。しかし、実際はかなりインパクトに欠ける。

まずは最初の事例である「コマツ」から見ていこう。

福岡タワー(福岡市早良区) ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

コマツは15年度に入って現地従業員の1割に当たる約500人の人員削減を実施したことを明らかにした。希望退職者を募集し、派遣社員らの契約延長を見送った。14年度までの2年間の削減が500人だったのに比べて2倍のペース。建設工事の減少を受け、中国での建設機械・車両の売上高は、15年4~9月に前年同期比44%減と大きく落ち込んだ。

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China Impact」というタイトルの記事で紹介する最初の事例ならば、インパクトは非常に強くていいはずだ。しかし、中身を見ると人員削減は実施済み。つまり過去の話だ。しかも13年度も14年度も人を減らしていたらしい。その規模が膨らむだけで、縮小トレンドには既に入っていた。しかも、今年度の人員削減の話は、10月末には明らかになっていたようだ。10月30日付で日刊工業新聞は「コマツの大橋徹二社長は29日、報道各社を対象に開いた2015年4―9月期連結決算説明会で、需要低迷が続く中国で6―9月に約1000人の人員を削減したことを明らかにした」と報じている。人数は日経と食い違うが、基本的には同じ話だろう。だとすると、半月近く経って記事にしても、ニュース性という点ではかなり弱い。

この話をメインに据えなければ記事が成立しないのに、なぜ「1面トップでやろう」とか「ワッペンを付けて随時掲載しよう」といった流れになったのだろう。編集局内で上の人間の思い付きに現場が振り回されているのではないかと心配になる。

メインに据えたコマツでさえ苦しい中身なので、後は推して知るべしだ。特に「東洋製缶」は辛い。


【日経の記事】

生産過剰が鮮明になったのは建機や建材だけではない。東洋製缶は中国のアルミ缶製造子会社を解散する。現地企業の増産で価格競争が激化し、収益が悪化したためだ。

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この記事の書き出しは「景気が減速する中国で日本企業が人員削減に踏み切る動きが広がってきた。コマツと太平洋セメントは現地従業員の1割を削減。東洋製缶グループホールディングスは中国での飲料缶製造から撤退する」となっている。こう書いてあると東洋製缶の話もニュース性があるようには見える。しかし、会社側は昨年12月には中国子会社の解散を発表している。つまり、1年近く前のニュースを堂々と新しい話のように持ち出したことになる。子会社の清算が完了するのは今年11月となっているので、「中国のアルミ缶製造子会社を解散する」のはその通りだろう。しかし、こういう記事の作り方は支持できない。

最初に記事を読んだ時、「中国での飲料缶製造から撤退する」「中国のアルミ缶製造子会社を解散する」と書いているのに、時期に全く触れていないのが気になった。これも「実質的には撤退済み」だとすれば合点が行く。

次の「China Impact」を紙面化するのは、本当にインパクトのある話が出てきた時にしてほしい。現場からメモを無理に出させて記事を捻り出すのだけはやめてほしい。企画記事をトップに持ってきても何の問題もないのだから、強引なまとめモノに頼らなくても1面は埋められるはずだ。


※記事の評価はD(問題あり)。

東洋経済「フォーカス政治」「緊迫 南シナ海」に間違い指摘

東洋経済11月14日号に関して3つの間違い指摘をしてみた。編集部への問い合わせの内容を紹介したい。訂正記事を載せるような間違いではないが、問題がなしとも思えない。まずは「フォーカス政治~党内分権から官邸独裁へ 結党60年で自民党様変わり」という記事についての問い合わせから。

福岡城跡(福岡市中央区) ※写真と本文は無関係です
【東洋経済への問い合わせ】

11月14日号の105ページの記事で、筆者の千田景明氏は自民党に関して「民主主義国の中では極めてまれな一党支配体制を築いた。(中略)『疑似政権交代』によって危機を乗り越えてきた」と書いた上で「衆院選を経た本格的な政権交代が起きたのは2009年のことだった」と説明しています。これだと「自民党の支配体制が確立した後、08年までは衆院選を経た本格的な政権交代はなかった」と解釈するしかありません。しかし、実際には1993年の総選挙を経て細川政権が成立し、自民党は下野しています。細川政権の成立を「衆院選を経た本格的な政権交代とは言えない」と結論付けるのは極めて困難です。

例えば「二大政党の間での本格的な政権交代が起きたのは2009年」となっていれば問題はありません。記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。説明に問題なしとの判断であれば、その根拠も教えてください。

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次は巻頭特集「緊迫 南シナ海! 米中チキンゲームと日本の岐路」に関する2つの間違い指摘だ。問題としたのは2つの記事で、「新オイルショックの現実味」は西村豪太編集長代理、許斐健太記者、秦卓弥記者の3人が担当。もう1つの「米中は南シナ海でなぜ一発触発に?」は東京財団研究員の小原凡司氏が執筆している。

【東洋経済への問い合わせ】

11月14日号の36ページの記事「米中は南シナ海でなぜ一発触発に?」で、筆者の小原凡司氏は米国の駆逐艦派遣について「その狙いは中国との軍事衝突ではなく『航行の自由』を守ること、つまり米海軍が世界中どこでも自由にアクセスできることを示すためだ」と書いています。しかし、「航行の自由」の原則はあくまで公海に限った話で、これが守られたからといって「米海軍が世界中どこでも自由にアクセスできること」を意味しません。現実に照らしても、世界中のあらゆる国の領海に米海軍が自由にアクセスできる状況にはないはずです。

40ページの記事「新オイルショックの現実味」には「仮に米中軍の衝突でマラッカ海峡経由のシーレーンが遮断されれば、原油の最大の輸入国である中国への供給不安も顕在化する。そうなれば世界の石油市場は売り手市場へ一変するだろう」との解説があります。しかし、「中国への原油輸出の途絶は供給過剰を招く要因になる」と考えるのが自然です。つまり、買い手市場になりやすくなります。もちろん米中の軍事衝突自体は原油相場の上昇要因でしょうが、「中国への供給不安の顕在化→一気に売り手市場になる」という経路での変化は考えにくいと思えます。

上記の2つの件で、記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題がないとすれば、その根拠も併せて教えてください。

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※これまでの流れに従えば、東洋経済はきちんとした回答をしてくるはずだ。回答が届いたら、その内容を紹介したい。

<追記>

「フォーカス政治」については回答あり。「編集部からの回答に残る気がかり 東洋経済『フォーカス政治』」を参照。「緊迫 南シナ海!」は回答なし。これに関しては「東洋経済よ お前もか…『緊迫 南シナ海!』で問い合わせ無視」で触れている。

2015年11月12日木曜日

間違い続出? 日経ビジネス 田村賢司編集委員の記事(3)

日経ビジネス11月9日号「スペシャルリポート 戦後70年の日本経済-最終回- 物価下落はなぜ止まらないのか 『失われた20年』、4つの要因 デフレ脱却は民間活力から」という記事について、筆者である田村賢司主任編集委員の分析に納得できなかった部分を見ていく。記事ではデフレに陥った4つの原因を挙げており、その1つが「遅れ続けた日銀の金融政策」だ。しかし、遅れ続けているとは思えなかった。記事では以下のように分析している。
英彦山神宮(福岡県添田町) ※写真と本文は無関係です

【日経ビジネスの記事】

「日銀は何もしていない」

金融危機のさなか、98年秋に日銀が開いた金融政策の研究会で財務省のある官僚が日銀の出席者たちを皮肉った。財務省は財政再建を進める立場だが、首相の小渕恵三が危機を乗り切るために20兆円を超える経済対策を策定するのを受け入れたとして、それまで、ほとんど手を打っていなかった日銀を当てこすったのだ。

当時、日銀の職員でこの会合に出席していた東大の渡辺は、「デフレと言ってもゆっくり進んだせいで、深刻な問題という認識が日銀にはほとんどなかった」と振り返る。

翌年2月になってようやくゼロ金利政策を取ったが脱デフレには結び付かなかった。それを見た米マサチューセッツ工科大学の教授(当時)、ポール・クルーグマンが、「4~5%のインフレを狙うインフレターゲット政策に踏み込むべき」と提言したものの無視している。2001年3月になって金融緩和政策に切り替えたが、規模は小さく、2006年3月にはそれも終了してしまった。この時、消費者物価はわずかな上昇に転じていたものの、デフレ脱却を確認したとは言い難い状態で実施している。終始、デフレに対する認識が薄く、対策は遅れ続けた。

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日銀は何もしていない」というコメントからは「日銀はデフレ対策を何もしていない」との印象を受ける。記事に出てくる「財務省のある官僚」の発言の真意は分からないが、常識的に考えれば「日銀は景気浮揚のための策を出していない」と言っているだけではないか。小渕政権下での20兆円超の経済対策もデフレ対策を前面には打ち出していないはずだ。記事にも「(金融)危機を乗り切るために」と書いてある。

日銀は91年には金融緩和に転じ、90年代半ばには超低金利と呼ばれる水準まで利下げをしている。消費者物価指数を基準にすると、物価の下落基調が定着するのは99年秋以降だ。その前にデフレ傾向が出ていたとしても、それには超低金利政策で対応している。もちろん、「わずかでもデフレ的な傾向が出たら一気にゼロ金利を採用した上で、4~5%のインフレ目標を設定して、国債でも株でも狂ったように買うべきだ」との立場であれば不十分と感じるだろう。しかし、日銀に関して「それまで、ほとんど手を打っていなかった」「対策は遅れ続けた」と断定する材料は乏しい。

記事では「2001年3月になって金融緩和政策に切り替えた」と書いていて、これは量的緩和策の導入を指している。おそらく田村編集委員は「量的緩和を実施して初めて金融緩和になる」と認識しているのだろう。そうでなければ、記事中の表では「2001年3月 日銀、量的緩和政策を実施」となっているのに、本文で「金融緩和政策に切り替えた」とは書かないはずだ。

日経ビジネスの編集委員がそこまで認識不足だとは信じられないかもしれない。しかし田村編集委員は今回の記事で「日本経済にまとわりつくデフレスパイラル」とも書いている。つまり日本経済の現状を「デフレスパイラル」と捉えている。ここからも「この筆者は根本的に分かっていない」との前提を置くのが適当だと分かる。

やや話がそれたが、田村編集委員は「90年代後半にはデフレの兆候が出ていたのに、日銀が金融緩和政策に切り替えたのは2001年になってから。これはさすがに遅い」との認識なのだろう。しかし、実際は91年には金融緩和に転じ、90年代半ばには超低金利政策を採用している。正しく状況認識ができていたら、田村編集委員も「対策は遅れ続けた」とは書かなかったのではないか。


※記事の評価はD(問題あり)、田村賢司主任編集委員の評価もDとする。

2015年11月11日水曜日

「明るみにした」が気になる日経 黄田和宏記者の「一目均衡」

10日の日本経済新聞朝刊 投資情報1面に出ていた「一目均衡~グリーン投資の理想と現実」(筆者は欧州総局の黄田和宏記者)は可もなく不可もない中身だったが、言葉の使い方で気になるところがあった。日経に問い合わせを送ったので、その内容を紹介したい。日経からの回答はないはずだ。

大濠公園(福岡市中央区) ※写真と本文は無関係です
【日経への問い合わせ】

記事中に「VW危機が自動車産業と規制当局の不健全な関係を明るみにした」というコメントがあります。「表沙汰になる」という意味で「明るみになる」と表記するのは誤りです。辞書にもそう明記しているものがあります。今回の場合、「不健全な関係を明るみに出した」「不健全な関係を明らかにした」などとすべきではありませんか。記事中の表記で問題ないとの判断であれば、その根拠を教えてください。

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この記事は「フォルクスワーゲンの不正問題でグリーン投資の雲行きが怪しくなってきた。今後は投資家も慎重になりそうだ。グリーン投資で環境問題の解決を目指すならば、投資家にも責任が求められますね」といった内容だ。展開に破綻はないが、ひねりもない。何かを訴えようとする気迫も伝わってこない。「これを訴えたい」という気持ちがあって書いているというより、順番が回ってきたので何とか紙面を埋めた感じだろう。

とはいえ、「明るみにした」以外に目立ったツッコミどころもない。記事の評価はC(平均的)で、黄田和宏記者の評価も暫定でCとしたい。今度は「独自の視点」「結論の説得力」を念頭に置いて、よりレベルの高い記事を書いてほしい。

間違い続出? 日経ビジネス 田村賢司編集委員の記事(2)

日経ビジネス11月9日号に田村賢司主任編集委員が書いていた「スペシャルリポート 戦後70年の日本経済-最終回- 物価下落はなぜ止まらないのか 『失われた20年』、4つの要因 デフレ脱却は民間活力から」という記事に関して、日経BP社から問い合わせに対する回答が届いた。内容はやはり苦しいが、回答をしたことは高く評価したい。日経本社も見習ってほしいものだ。

では、順に回答を見ていこう。
英彦山山頂(福岡県添田町) ※写真と本文は無関係です

【問い合わせ】

1、60ページに「2001年3月になって金融緩和策に切り替えたが、規模は小さく、2006年3月にはそれも終了してしまった」と書かれていますが、切り替えたのは「量的緩和政策」ではありませんか。記事に付いている表では「日銀、量的緩和政策を実施=01年3月」「日銀、量的緩和政策を終了=06年3月」となっています。記事が正しいとすると、01年3月に引き締め策から緩和策へ転換したと受け取れますが、実際の経緯と一致しません。

【回答】

ご指摘の通り、量的緩和策のことを指していますが、ここではそれを含めての概念として記述しました。引き締め策から緩和に転じたということを書く場所ではなかったので、より分かり易い表現としてこのようにしました。


【回答に対する感想】

表と表記を変えるのが「より分かり易い表現」とは思えない。百歩譲って「金融緩和策」の方が分かりやすいとの判断ならば、表もそう表記すべきだろう。それに「引き締め策から緩和に転じたということを書く場所ではなかった」との説明は意味不明だ。問い合わせでも書いているように、2001年3月になって引き締め策から緩和策へ転換したわけではない。

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【問い合わせ】

2、記事に付けた表で「1999年2月 日銀、ゼロ金利政策実施 日銀が金融緩和に乗り出した」となっています。この書き方だと「それまでは金融緩和に乗り出していなかった」と解釈できますが、実際には1991年7月に公定歩合を引き下げて、金融緩和に乗り出しています。記事の説明は誤りではありませんか。


【回答】

ここも同様でそれまで金融緩和に乗り出しているかどうかを表すためではなく、日銀がゼロ金利という金融緩和政策に乗り出したという大きな動きを示す意図でこのように記述しております。


【回答に対する感想】

どういう意図で記事のような記述になったのかはどうでもいい。正しく意図が読者に伝わるような書き方になっているかが問題だ。記事の書き方では「99年2月に緩和へ転じるまで日銀は金融緩和に乗り出していなかった」と解釈するしかない。

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【問い合わせ】

59ページに「日本では旧三洋証券が会社更生法の適用を申請した。その約3週間後に旧山一証券が自主廃業を決め、後を追うように旧北海道拓殖銀行が経営破綻、深刻な金融危機に陥った。翌98年には日本長期信用銀行、日本債券信用銀行が公的管理に入り」と書かれています。三洋証券、山一証券、拓銀には「旧」を付けていますが、長銀と日債銀には「旧」がありません。この理由は何でしょうか。一般的に、会社自体が消滅した山一証券などには「旧」が不要で、名称を変えて現存する長銀や日債銀には「旧」があった方がよいと思えます。


【回答】

三洋証券、山一証券、北海道拓殖銀行は事実上、消滅しているので「旧」をつけました。また、長銀と日債銀は形を変えて存続しているため、つけておりません。旧をどのようにつけるかについて、本誌では厳密な決まりを設けているわけではなく、そのときの文脈などで決めております。


【回答に関する感想】

この回答は面白い。「旧電電公社」「旧国鉄」「旧大蔵省」といった使い方は多くの人が目にしたことがあるだろう。これらはいずれも名前を変えて存続している。しかし、田村編集委員はこういう場合には「旧」を付けないらしい。つまり、普通とは逆の感覚で「旧」を付けている。「旧」の使い方に日本語としての明確なルールがあるとは言わないが、ちょっと驚きだ。


回答の紹介が長くなったので、田村賢司主任編集委員のデフレ分析に関しては(3)で言及する。

※(3)へ続く。

2015年11月10日火曜日

週刊ダイヤモンド 「誰がテレビを殺すのか」に見えた希望(2)

週刊ダイヤモンド11月14日号の特集「誰がテレビを殺すのか」について引き続き見ていく。この特集で最も気になったのが最後の記事「地上波の功罪に揺れるテレビの未来」だ。旧約聖書の話に例えて格調高くまとめたつもりかもしれないが、成功しているとは思えない。疑問点を列挙してみる。
英彦山山頂(福岡県添田町)からの眺め 
          ※写真と本文は無関係です

◎「安定している」のかいないのか?

【ダイヤモンドの記事】

フジをはじめとした民放キー局が、国に支払う電波利用料は年間4億円前後。対して、そこから生まれる広告収入は、2000億円前後にも上る。投資に対して、500倍以上もの「リターン」がある計算だ。

毎年1000億円近い番組制作費を投資に加えたとしても、それでもリターンは2倍。ここまで「コスパ」が良く、安定したビジネスモデルは、産業界を見渡してもそうそうない

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1000億円程度の製作費で2000億円前後の広告収入が得られていたのは昔の話なのか、今も続いているのかが記事からは読み取りにくい。記事の冒頭では「打ち出の小づちだった」というフジテレビ幹部のコメントを紹介し、上記のくだりの後には「ではなぜ、冒頭の幹部は『だった』と過去形で話したのか」とも書いている。そうなると、「リターンは2倍」は過去の話だと思える。しかし、それだと現状はどうなのかとの疑問が湧く。また、「そこから生まれる広告収入は、2000億円前後にも上る」との書き方は、過去ではなく現在を描写しているようでもあるので解釈に迷った。


◎「ジェリコの戦い」と似てる?

【ダイヤモンドの記事】

話のあらすじはこうだ。古代イスラエルの預言者モーゼの後継者だったヨシュアは、モーゼの遺志を受けて、世界最古の町・ジェリコの攻略に向かう。

町を覆うのは、打ち破られることはないとされる、分厚く強固な城壁だ。

そこでヨシュア軍は、神のお告げに従い、6日間かけて、毎日ゆっくりと城壁の周りを一周し、7日目には町を7周した。

その後、司祭が羊の角笛を吹き、軍勢が鬨(とき)の声を上げると、城壁はたちまち崩壊したという。


地上波という城壁の中に居を構える民放各局にとって、ヨシュア軍はネットフリックスをはじめとした動画配信事業者に、角笛はさながらスマートフォンなどの携帯端末に見えているかもしれない。

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旧約聖書に出てくる「ジェリコの戦い」になぞらえるのであれば、「神のお告げに従っただけで、戦う前に敵の城壁が崩壊する」という状況が欲しい。しかし、ネット配信業者が「神のお告げ」に従っている様子は記事からは伝わってこない。記事では「今、民放が置かれている状況は、ヨシュア軍侵攻の6日目なのか、はたまた7日目なのか」と書いているが、動画のネット配信サービスはすでに始まっているので、攻め入る立場の配信業者が「神のお告げに従って城壁の周りや町を回っている状況」とも考えにくい。戦いは既に始まっているとみるべきだ。


◎すでに民放は「崩壊」?

【ダイヤモンドの記事】

「この業界はあと数年もたたないうちに必ず大きな変革の波にのみ込まれる。そのとき(民放)キー局は、まさかつぶれはしないだろうけど今の規模のままでは到底生きられないだろうね」

遠い目をしながらフジの幹部はそう話すが、ジェリコの戦いの一説では、ヨシュア軍が町に到着したとき、絶対に崩れないはずの壁はすでに崩れ落ち、町は誰一人いない廃虚になっていた

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上記のくだりは「強烈な『外圧』にあらがえず、やむなく屈するのであればまだ言い訳が立つが、現状はもっと深刻かもしれない」「城壁は外圧によってではなく、内部の土台が揺れ動くことで軋み始めている」といった説明を受けてのものだ。つまり、「ヨシュア軍が町に到着したとき(=ネット配信業者が民放の牙城を切り崩そうとしたとき)に、壁(=地上波)はすでに崩れ落ち、町(=民放各社や民放視聴者)は誰一人いない廃虚になっていた」という状況に陥る可能性を示唆していると解釈できる。

しかし、これは奇妙だ。記事では「今、民放が置かれている状況は、ヨシュア軍侵攻の6日目なのか、はたまた7日目なのか」と書いているのだから、ヨシュア軍(=ネット配信業者)が町に到着しているのは間違いない。記事の例えが機能するためには「現時点で地上波の壁が崩れていて、民放各社に人はいないくなっている」との状況が必要になる。しかし、民放各社に今も人はいるし、破綻寸前でもない。

誰一人いない廃虚になっていた」とまで言うためには、地上波放送がすでになくなっているぐらいの状況が欲しい。記事で言う「一説」とは、考古学的な調査によるとヨシュア軍の到着するずっと前に壁は崩壊していたとされることを指すのだろう。だとすると、例えがピッタリはまるためには、ネット配信業者がサービスを始める何年(あるいは何十年)も前に民放各社が消滅していないと苦しい。

結論として、この記事に「ジェリコの戦い」の話を持ってきたのは失敗だったと言える。

最後に、記事中の不自然な文に触れたい。


◎「コンテンツ自体の販売収入と」何がセット?

【ダイヤモンドの記事】

落ち目の地上波に億円単位の費用を投じるより、コンテンツ自体の販売収入と、ドラマのワンシーンに商品を出すようなかたちで広告をする方が「今の時代には合っているのかもしれない」と、大手メーカーの役員は話す。

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上記のくだりは「コンテンツ自体の販売収入」と何を並立関係にしているのか不明だ。「販売収入とワンシーン」「販売収入とかたち」「販売収入と広告」「販売収入と広告をする方」のいずれでも、うまくつながらない。改善例を示しておく。

【改善例】

落ち目の地上波に億円単位の費用を投じるより、コンテンツ自体の販売収入を得つつ、ドラマのワンシーンに商品を出すような形で広告をする方が「今の時代には合っているのかもしれない」と、大手メーカーの役員は話す。


※色々と注文を付けたが、特集への高い評価を覆すほどではない。特集への評価はB(優れている)とする。田島靖久副編集長の評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。中村正毅、宮原啓彰、森川 潤の各記者への評価は暫定でBとしたい。田島副編集長のF評価については「週刊ダイヤモンドを格下げ 櫻井よしこ氏 再訂正問題で」を参照してほしい。

2015年11月9日月曜日

週刊ダイヤモンド 「誰がテレビを殺すのか」に見えた希望(1)

週刊ダイヤモンドに明るい兆しが見えてきた。この半年ほど、当たり障りのない特集ばかり組んでいた同誌が、11月7日号の「ステマ症候群」に続き、11月14日号でもリスクを負った読み応えのある特集「誰がテレビを殺すのか」(50~87ページ)を送り出してきた。しかも、取材班の最初に名前が出ているのは田島靖久副編集長。鈴木敏文セブン&アイホールディングス会長へのヨイショ記事の印象が強い田島氏が今回の特集を主導していることは、特に明るい材料だ。

シーサイドももち海浜公園(福岡市早良区) ※写真と本文は無関係です
「日本で最も質の高い経済メディアは週刊ダイヤモンド」とずっと思ってきた。しかし最近では、間違い指摘を握りつぶしたり、無難な特集でお茶を濁したりと、ダメな面ばかりが目立っていた。経済メディアとして週刊東洋経済より下に位置付けるべきではないかとも考えていた。今回見えた希望の灯を大事に育てて、かつての輝きを取り戻してほしい。

特集にはいくつか引っかかった点もある。以下では、それらを指摘したい。


【ダイヤモンドの記事】

一方で、看板バラエティ「めちゃ×2イケてるッ!」を手掛けた、片岡飛鳥氏を2年ぶりにバラエティ制作に復帰させた。

ところが、その片岡氏がかじ取りをした、今年の長時間特別番組「FNS27時間テレビ」の視聴率は、期待を裏切って歴代ワースト3位という大失敗。亀山社長が10月の定例会見で、今後の打ち切りを示唆する事態に発展した。

片岡氏には、現場からも「『俺が面白いと思う企画しか通さない』という傲慢な態度を取っていたが、見事にコケてしまった」(制作若手社員)、「今は片岡さん以上に、結果を出していない彼の責任を問わない上層部の方がどうかしていると思う」(別の制作若手社員)といった批判の声が巻き起こっている始末だ

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記事では「フジテレビ社員20人に聞きました『なぜ凋落したと思いますか?』」というタイトルを付けて社員の声を紹介している。その中の「片岡飛鳥(バラエティ制作センターのチーフゼネラルプロデューサー)には、下は全員、はらわたが煮えくり返る思いでいる  制作・中堅」というコメントがある。これをそのまま載せて、さらに上記のくだりで片岡氏を批判的に描いているのは感心しなかった。

社員コメントは単なる悪口の類ではないか。「全員、はらわたが煮えくり返る思いでいる」と言っているが、全員に確認したとは考えにくい。こういうコメントを使うなとは言わないが、慎重な対応が必要だ。筆者としては本文中で「なぜ部下の受けが悪いのか」を説明したつもりかもしれないが、怒りを買う理由としては「態度が傲慢」ぐらいしか分からない。これだと、ちょっと苦しい。せめて記事中で片岡氏に反論の機会を与えるべきだ。取材を依頼して断られたのならば、その点を明記してほしい。さらに言えば、上記のコメントは「なぜ凋落したと思いますか?」の答えにもなっていない。


今回の特集で最も引っかかったのは最後の記事「地上波の功罪に揺れるテレビの未来」だ。これに関しては(2)で触れる。また、田島副編集長が関わったヨイショ記事については「ダイヤモンド 『鈴木敏文』礼賛記事への忠告」「度が過ぎる田島靖久ダイヤモンド副編集長の『鈴木崇拝』」を参照してほしい。

※(2)へ続く。

「世界最速で人口減少」? 日経 瀬能繁編集委員に再び問う

8日の日本経済新聞 朝刊総合・経済面「けいざい解読~出生率1.8で1億人維持は困難 外国の人材獲得もカギ」の筆者は瀬能繁編集委員。内容はやはり苦しい。まず「出生率1.8で1億人維持は困難」という事実を「あまり知られていない」と書いているが、そうは思えない。瀬能編集委員が「(人口)1億人維持の隠れた論点」と捉えている「外国の人材獲得もカギ」という話にも新規性は感じない。他にはない視点を読者に提供しようとする姿勢は買うものの、そこでありふれた話を展開されると、読み手としての失望は大きくなる。
英彦山神宮の参道(福岡県添田町)※写真と本文は無関係です

まずは、記事の説明で誤りではないかと思えた部分を指摘しておく。これに関しては、日経に問い合わせを送ったので、その内容を記す。通例に従えば、日経からの回答は届かないはずだ。

※追記)結局、回答はなかった。

ちなみに、5日の日経朝刊1面に瀬能編集委員が書いた郵政上場の関連記事「官業脱却、市場が監視」に関しても間違い指摘をしている。日経の対応はやはり「無視」だ。それでもあえて再び問おう。「記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか」

【日経への問い合わせ】

記事中で「日本は世界最速で人口減少と高齢化が進んでいる」と瀬能繁編集委員は書いています。しかし、人口減少ペースではウクライナやモルドバが日本を上回っているのではありませんか。2010年以降の年平均の人口減少率で、日本の0.1%に対しウクライナは0.6%、モルドバは0.8%とのデータがあります。他にも日本を上回る減少率の国はいくつも存在します。今後についても、国連の推計によると、2100年時点で日本は現在の3分の2まで減る見込みですが、ウクライナは現在の6割以下になり、モルドバやブルガリアは半分以下に落ち込むと予想されているようです。

記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

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統計で裏付けられるわけではないが、ここ数年という期間で居住人口の減少が「世界最速」なのはシリアのような気もする。ともかく「日本が世界最速」で正しいと主張するのは、かなり困難だと思えた。100%間違いと断定はできないが、日経からの回答が期待できない状況では誤りと推定するしかない。

では、当たり前のことを目新しい話のように書いている部分を見ていこう。

【日経の記事】

1.8という出生率目標そのものが悪いわけではない。ただ、仮に1.8という出生率が実現しても、中長期的に人口1億人を保つのはきわめて難しいという事実はあまり知られていない

(中略)出生率を着実に高め、さらに希望出生率も1.8を超えて高まるような思い切った少子化対策を打ち出せるか。「移民」と一線を画したうえで、外国の高度人材や専門人材、留学生をどれだけ増やせるか。1億人維持の隠れた論点だろう

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人口維持のために必要とされる合計特殊出生率が「2.1」辺りなのは、よく知られた話だ。「1.8」では女性が平均して生涯に2人以下しか子供を産まないのだから基本的に人口は減っていくし、「中長期的に人口1億人を保つのはきわめて難しい」のも自明だ。このことを日本人の何割が知っているかは分からないが、記事で「あまり知られていない」と紹介するのが適当とは思えない。

「人口減少に対応するために外国からの人材受け入れを積極化すべきだ」といった話も散々出てきている。これを「隠れた論点」と瀬能編集委員が考えているのならば、書き手としての見識を疑われても仕方がない。

ついでに言うと「『移民』と一線を画したうえで」としているのが気になる。「『移民は受け入れない』という方針の安倍政権」だからかもしれないが、「1億人維持の論点」という意味では、最初から移民受け入れを排除して考える必要はない。

出生率を着実に高め、さらに希望出生率も1.8を超えて高まるような思い切った少子化対策を打ち出せるか」と安易に書いているのも引っかかった。記事中で瀬能編集委員自らが「1.8は1984年を最後に達成しておらず、非常にハードルの高い目標」と書いている。ならば、実現は困難との前提で話を進めた方が説得力がある。もしも「1.8を超えて高まるような思い切った少子化対策」が実行可能との考えならば、記事中で具体的に例示した方がよいだろう。


※記事の評価はD(問題あり)。間違い指摘に対する回答がない場合、記事中の誤りを握りつぶしたと判断して、瀬能繁編集委員の評価をDからF(根本的な欠陥あり)へ引き下げる。

※5日の記事の誤りについては、「日経1面『郵政上場』解説記事 瀬能繁編集委員に問う」を参照してほしい。