2017年6月30日金曜日

民主主義より厚労省主導? 日経「砂上の安心網」の危うさ

5回にわたって日本経済新聞朝刊1面で連載してきた「砂上の安心網~不作為の果てに」は最後まで苦しい内容だった。最終回の「決められぬ厚労省の諦念 利害調整、疲弊する巨艦」という記事では「決められぬ厚労省」を批判的に描きつつ、民主主義の否定とも取れる主張を展開している。記事の一部を見ていこう。
観世音寺(福岡県太宰府市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

医療、介護、年金、労働、少子化……。日本の社会保障をつかさどる厚生労働省。抱える政策は多くの国民に関係する。それゆえ利害関係者が多く「役所で決められない」と厚労官僚は繰り返す。

「おまえらは財務省厚労局か」。東京・永田町。厚労省の官僚を、厚労族議員が何度も面罵した。

患者の医療費負担が重くなりすぎないよう月額の上限を定めた「高額療養費制度」。福祉元年の1973年に作ったこの制度を巡り2016年末、政府・与党で大激論が巻き起こった。

厚労省が当初検討したのは、負担を軽くしている70歳以上の全ての高齢者を対象に、月額上限を引き上げる案だった。年40兆円を超える医療費。厚労官僚に危機感は確かにあった。

反対したのは与党の厚労族議員。なかでも強硬だったのが「福祉の党」を掲げる公明党だ。高齢者の負担増は選挙に響くとの懸念から、対象を一定以上の所得のある高齢者に絞り、引き上げ額の圧縮に走った。

結局、外来負担を月1万2600円引き上げる厚労省案は消え、今年8月からの月2000円の小幅引き上げで決着した。政治の前に社会保障の持続性は置き去りになった。

こんなドタバタ劇は日常風景。重要な決定権を持てないためか、どこか当事者意識が薄く評論家然とした厚労官僚は少なくない。不作為の果てにあるのは、次世代への負担の先送りだ。


◎厚労省に問題あり?

仮に「外来負担を月1万2600円引き上げる厚労省案」が〇で、「月2000円の小幅引き上げ」が×だとしよう。その場合、〇の政策を実現するためにどうすべきだと取材班は考えているのだろうか。「政治家がしっかり判断しなきゃ」という考えならば、厚労省に罪はない。「決められぬ厚労省」を問題にするよりも、「おかしな決定をする政治家」を責めるべきだ。
九州大学伊都キャンパス(福岡市西区)
          ※写真と本文は無関係です

「政治家はおかしな決定をするから、厚労省が政治家の意向を無視して決めるべきだ」と取材班は考えているのだろうか。記事の終盤では以下のように連載を締めている。

【日経の記事】

高齢者を優遇する「シルバー民主主義」を背景に、大胆な改革は困難と思い込む――。最近話題になった経済産業省の若手官僚の報告書にはこんな文言があった。厚労官僚は「利害調整をしていないから言えること。みんな苦笑いしている」と冷ややかだ。

揺りかごから墓場まで。私たちの一生の全てをカバーする巨大官庁のありようは、一人ひとりの人生、ひいては国家財政の行方も左右する。諦めムードが漂う組織を通じ、医療・介護だけで年50兆円が注ぎ込まれるのは、この国にとって不幸なのではないか。取材班の実感である。


◎「シルバー民主主義」だから官僚に頼る?

まとめると「シルバー民主主義で政治が機能しないから、厚労省が主導して正しい政策を実行してほしい」と言いたいのだろう。怖い話だ。例えば「社会保障関連の政策決定は厚生労働省の官僚に全面的に任せて政治家には決定権を与えない」という仕組みが導入されると聞いたら、取材班のメンバーはどう思うのか。「これで決められる厚労省になる。社会保障の持続性も高まる」と拍手喝采なのか。

シルバー民主主義であろうと民主主義ではある。官僚任せにするよりましではないか。「民主主義を捨ててでも厚労省に決めてもらうのがベストだ」と取材班が信じるのならば、それはそれで尊重する。だとしたら、上記のような曖昧な物言いではなく、もっとはっきりと訴えてほしかった。

付け加えると「ドタバタ劇」という表現が引っかかった。厚労省案に「与党の厚労族議員」が反対して引き上げ額が圧縮されただけの話ではないのか。「ドタバタ劇」と表現すると「間抜けなことをやっている」との印象を与えるが、記事の内容からは「ドタバタ劇」とは感じられなかった。


※今回取り上げた記事「砂上の安心網~不作為の果てに(5)決められぬ厚労省の諦念 利害調整、疲弊する巨艦
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170630&ng=DGKKZO18305500Q7A630C1MM8000


※最終回の評価はC(平均的)、連載全体の評価はD(問題あり)とする。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「既得権サークル」批判に説得力が乏しい日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_26.html

実態を曲げて伝える日経1面「砂上の安心網(3)」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_70.html


※「砂上の安心網」の過去の連載に関しては、以下の投稿も参照してほしい。

「2030年に限界」の根拠乏しい日経1面「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030.html

第2回で早くも「2030年」を放棄した日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030_20.html

「介護保険には頼れない」? 日経「砂上の安心網」の騙し
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_21.html

日経朝刊1面連載「砂上の安心網(4)」に見えた固定観念
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_62.html

どこが「北欧流と重なる」? 日経1面「砂上の安心網(5)」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_42.html

「格差是正が必要」に無理あり 日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_16.html

医療費で「番人」責めて意味ある? 日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_17.html

日経1面連載「砂上の安心網」取材班へのメッセージ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_22.html

日経「がん死亡率と1人当たり医療費」で無意味な調査
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_73.html

2017年6月29日木曜日

東洋経済から久々の回答 「残業禁止時代」のミス絡みで

間違い指摘の無視を続けていた東洋経済新報社から久しぶりに回答が届いた。この問題の元凶とみている週刊東洋経済の西村豪太編集長の地位に変化はないようなので、なぜ1年以上の無視から対応が変わったのかは分からない。今後は回答が届くかどうかも微妙だ。しかし、回答はないよりあった方が好ましい。間違い自体は瑣末で単純なものだとしてもだ。
桜井二見ヶ浦の夫婦岩と大鳥居(福岡県糸島市)
       ※写真と本文は無関係です

問い合わせと回答は以下の通り。

【東洋経済への問い合わせ】

週刊東洋経済編集部 一井純様 森川郁子様

週刊東洋経済7月1日号の特集「残業禁止時代」についてお尋ねします。42ページの「若手官僚 覆面座談会~霞が関はよほどブラックだ!」という記事の中で「残業時間はどの程度ですか」との問いに、総務省勤務の「Aさん」が「月100時間を下回らない月はまずない。国会期間中はさらに増える」と答えています。文脈から判断して、Aさんは残業時間が多いと答えているはずです。しかし「月100時間を下回らない月はまずない」だと、「ほとんどの月で残業時間は月100時間以下」となってしまいます。

これは「月100時間を上回らない月はまずない」あるいは「月100時間を下回る月はまずない」の誤りではありませんか。記事の説明で問題ないとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

御誌では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。


【東洋経済からの回答】

平素は、弊社刊行物をご愛読いただきまして
誠にありがとうございます。

この度、「残業禁止時代」に関して誤記のご指摘を頂戴し、
ありがとうございました。

ご指摘いただいた通り、「月100時間を下回らない月はまずない」は、
「~上回らない~」の誤りであり、週刊東洋経済の電子版ではすでに修正、
さらに近日中にHP上に訂正情報を掲載させていただく予定です。
→:https://store.toyokeizai.net/information/

引き続き、ご支援のほどよろしくお願いいたします。

東洋経済新報社 サポート担当


◇   ◇   ◇

東洋経済の変化が本物であると祈りたい。さらに言えば、上記の回答だと次号の週刊東洋経済で訂正が出るのかよく分からない。ここは注視したい。

2017年6月28日水曜日

実態を曲げて伝える日経1面「砂上の安心網(3)」

ネタがなくて四苦八苦しているのか。それとも、結論ありきで取材を進めているから無理のある中身になってしまうのか。28日の日本経済新聞朝刊1面に載った「砂上の安心網~不作為の果てに(3)組織第一、医師会の保身 痛み伴う改革に及び腰」という記事は色々と問題が多かった。この記事を読んだ人の多くを誤解させる書き方になっている。
塚堂古墳(福岡県うきは市)※写真と本文は無関係です

記事の当該部分と日経への問い合わせを続けて見てほしい。

【日経の記事】

鹿児島県で2つの病院を「持ち株型」の法人の下に置き、効率的な運営を目指す計画が直前に頓挫した――。取材班はこんな話を聞きつけ、現地に飛んだ。4月から可能になった新制度で、コスト削減や質の高い医療にもつながるはずなのに、なぜなのか。

「残念でしたが、ああやっぱりねという感じですね」。乳がん治療で知られる相良病院(鹿児島市)を運営する社会医療法人博愛会の相良吉昭理事長は取材班の質問にさばさばと答えた。

目指したのは新制度に基づき「地域医療連携推進法人」を設立し、同じ市内で泌尿器科専門の新村病院を運営する医療法人真栄会と運営を一体化すること。薬剤の共同購入でコストを下げ、さらに相良病院の最先端の放射線検査や治療設備を共有でき、患者にもメリットがある計画だった

だが3月27日、新法人を認定する知事の諮問機関、県医療審議会の決定は「継続審議」。県は電話で告げただけで理由を示さなかったが、相良理事長は「医師会の役員が新法人の構成員に入っておらず、あいさつもない」と関係者から伝え聞いたという。本当なのか。取材班は県の担当課と審議会委員だった県医師会長に取材を申し入れた。いずれも「非公開の会議」を理由に回答を拒否した。

理由も明かされない相良理事長は決定翌日、申請を取り下げた。「地方から医療はダメになっていくのに……」。改革の先陣を切れないもどかしさに首を振る。



【日経への問い合わせ】

朝刊1面の「砂上の安心網~不作為の果てに(3)」という記事についてお尋ねします。記事では「泌尿器科専門の新村病院を運営する医療法人真栄会」と「乳がん治療で知られる相良病院(鹿児島市)を運営する社会医療法人博愛会」について「2つの病院を『持ち株型』の法人の下に置き、効率的な運営を目指す計画が直前に頓挫した」と記しています。その上で、この計画に関して「薬剤の共同購入でコストを下げ、さらに相良病院の最先端の放射線検査や治療設備を共有でき、患者にもメリットがある計画だった」と述べています。
福岡大学病院(福岡市城南区)※写真と本文は無関係です

この説明が正しければ、「計画が直前に頓挫した」ために「薬剤の共同購入でコストを下げ、さらに相良病院の最先端の放射線検査や治療設備を共有」することはできなくなっているはずです。本当にそうでしょうか。報道によると「鹿児島市の相良病院(81床)とにいむら病院(40床)で構成する“ヘルスケアパートナーズネットワーク”はすでに、業務提携を結び、高額医療機器の共同利用や薬剤の共同購入などの取組を開始している」(ミクスOnline)ようです。日経ヘルスケア2016年4月号も以下のように伝えています。

「2法人は今年(※2016年)4月1日、『ヘルスケアパートナーズネットワーク』を設立。業務提携を正式にスタートした。博愛会の様々な経営ノウハウを真栄会に導入し、画像診断装置や放射線治療の共同利用、抗癌剤やホルモン剤の共同購入なども行う」

「地域医療連携推進法人」の設立が認められなかったために「薬剤の共同購入でコストを下げ、さらに相良病院の最先端の放射線検査や治療設備を共有」する計画が頓挫したと取れる記事の説明は誤りではありませんか。問題ないとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。クオリティージャーナリズムを標榜する新聞社として、掲げた旗に恥じない行動を心掛けてください。

ちなみに博愛会の相良吉昭理事長はcoFFee doctorsというウェブマガジンのインタビューで気になる発言をしています。

「私たちはすでにグループとして機能していて、地域医療連携推進法人で想定されている内容と同じことを行っています。ですから仮に地域医療連携推進法人が制度として確立され認定されても、国から認められた正式な名称がつく程度の違いしかありません」

この通りであれば、今回の記事で取材班が最初に聞き付けた「効率的な運営を目指す計画が直前に頓挫した」という前提自体が間違っていたことになります。地域医療連携推進法人として認定はされなかったものの、実質的な影響はほとんどないのではありませんか。それではインパクトがないからと言って、不正確で誤解を招く内容に仕上げたとすれば読者を欺く行為です。記事を作る過程でそうした問題がなかったかどうかも、よく検討してください。

◇   ◇   ◇

付け加えると、「薬剤の共同購入でコストを下げ、さらに相良病院の最先端の放射線検査や治療設備を共有でき、患者にもメリットがある計画だった」と書いているが、「患者にもメリットがある」とは考えにくい。「薬剤の共同購入でコストを下げ」たとしても、院外処方であれば患者には関係ない。院内処方でも、患者が支払う薬の値段を下げてくれるとは思えないが…。

最先端の放射線検査や治療設備を共有」するという話も、患者に何のメリットがあるのか分からない。新村病院の患者が相良病院の「放射線検査や治療設備」を利用したい場合、相良病院を訪ねればいいだけの話ではないのか。「治療設備」が相良病院にあるのならば、設備を「共有」していたとしても患者は相良病院に出向く必要があるだろう。

普通に考えると「患者にもメリットがある計画」には見えない。「いやメリットはある」と取材班が考えるのならば、そこはきちんと記事中で説明すべきだ。


※今回取り上げた記事「砂上の安心網~不作為の果てに(3)組織第一、医師会の保身 痛み伴う改革に及び腰
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170628&ng=DGKKZO18198120Y7A620C1MM8000


※記事の評価はE(大いに問題あり)。今回の連載に関しては、以下の投稿も参照してほしい。

「既得権サークル」批判に説得力が乏しい日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_26.html


※「砂上の安心網」の過去の連載に関しては、以下の投稿も参照してほしい。

「2030年に限界」の根拠乏しい日経1面「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030.html

第2回で早くも「2030年」を放棄した日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030_20.html

「介護保険には頼れない」? 日経「砂上の安心網」の騙し
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_21.html

日経朝刊1面連載「砂上の安心網(4)」に見えた固定観念
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_62.html

どこが「北欧流と重なる」? 日経1面「砂上の安心網(5)」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_42.html

「格差是正が必要」に無理あり 日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_16.html

医療費で「番人」責めて意味ある? 日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_17.html

日経1面連載「砂上の安心網」取材班へのメッセージ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_22.html

日経「がん死亡率と1人当たり医療費」で無意味な調査
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_73.html

2017年6月27日火曜日

荒木宏香記者も業界寄り? 週刊エコノミスト「やるなら肉食系投信」

週刊エコノミストの荒木宏香記者も金融業界の関係者にうまく丸め込まれてしまったのだろうか。7月4日号の特集「やるなら肉食系投信」を読む限りでは、その可能性が高そうだ。この特集ではアクティブ投信を薦めているが、説明には色々と問題がある。まずは荒木記者が書いた「過去10年の好成績投信 中小型株運用が上位に」という記事の一部を見てみよう。
甲佐神社(熊本県甲佐町)※写真と本文は無関係です

【エコノミストの記事】

世界中でインデックス投信に資金が流入し、その存在感を増すなか、アクティブ投信の存在は埋もれがちだ。その理由は何と言っても、アクティブ投信の多さにある。

投資信託協会によると、日本の公募株式投信(追加型、随時購入可能)5038本のうち、インデックス投信は623本なのに対して、アクティブ投信は4415本にものぼる(2017年3月末時点)。4400本以上に達する投信の中から投資初心者が最適な商品を選び出すのは容易ではない。


◎なぜ「コストの違い」を無視?

一般的に言えば、インデックス投信の最大の長所はコストの低さだ。信託報酬が低い分、運用成績でアクティブ投信を上回りやすい。荒木記者はその点になぜ触れないのか。知らないのならば知識不足が過ぎるし、あえて触れないのならばアクティブ投信を売り込みたい人たちの利益代弁者と言うほかない。


◎なぜ「日本」の数字?

世界中でインデックス投信に資金が流入し、その存在感を増すなか、アクティブ投信の存在は埋もれがち」な理由を説明するのに、日本の投信の数を使われても困る。「その理由は何と言っても、アクティブ投信の多さにある」と解説するのであれば、世界的に見てアクティブ投信の数が多いと言えるデータを使うべきだ。


◎どちらも十分「多い」ような…

4400本以上に達する投信の中から投資初心者が最適な商品を選び出すのは容易ではない」のは確かだ。だが、それはインデックス投信の「623本」でも似たようなものだ。どちらも十分に多い。荒木記者は「4400本から選ぶのは大変だけど、600本からなら簡単に選べそう」と感じるのだろうか。

記事には「過去10年の平均リターンランキング30」という表も載っている。これも問題ありだ。記事では以下のように説明している。

【エコノミストの記事】

5038本の公募株式投信から日本株の投信に絞り、過去10年の運用成績(手数料控除後)が高い順にランキングした。さらに過去10年間を単年度ごとのTOPIXに連動するインデックス投信の平均リターン(配当込み)を何回上回ったかを示した。この回数が多いほど、さまざまな要因で市場が変動する中でも、安定的に運用されていたかを計る目安になる。



◎TOPIXと比べても…

見出しにもあるように、このランキングでは「中小型株運用が上位に」来ている。ただ、中小型株を投資対象とする投信の運用成績を「TOPIXに連動するインデックス投信の平均リターン」と比べてもあまり意味がない。「中小型株運用」に関して、「さまざまな要因で市場が変動する中でも、安定的に運用されていたかを計る目安」にするならば、「TOPIXに連動するインデックス投信の平均リターン」ではなく、中小型株を対象としたインデックスと比べる必要がある。

今回、「中小型株運用が上位に」来ているのは、全体として大型株よりも中小型株の方が「過去10年」のパフォーマンスが良かったからではないか。ランキング上位に来ているのだから中小型株のインデックスにも勝っている投信だとは思うが、比較対象は適切に選んでほしい。

付け加えると「さらに過去10年間を単年度ごとのTOPIXに連動するインデックス投信の平均リターン(配当込み)を何回上回ったかを示した」という文がやや拙い。「過去10年間を」は「過去10年間に」でないと成立しないような気もする。改善例を示してみたい。

【改善例】

さらに、TOPIXに連動するインデックス投信の平均リターン(配当込み)と単年度ごとに比べ、過去10年間で何回上回ったかを示した。


※記事の評価はC(平均的)。荒木宏香記者への評価はCを維持する。

2017年6月26日月曜日

「既得権サークル」批判に説得力が乏しい日経「砂上の安心網」

26日の日本経済新聞朝刊1面に載った「砂上の安心網~不作為の果てに(1)既得権サークルの聖域 カネと票、厚労族走らす」という記事は説得力が乏しかった。「既得権益サークル」の抵抗で改革が進まないと取材班は訴えるが、その改革が必要かどうか記事からは判断できない。
西鉄久留米駅(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

まず記事の最初の方を見ていこう。

【日経の記事】

社会保障制度の改革が進まない。社会保障にかける国のお金が膨らむと、新たな票も生み、政治家、官僚、業界の既得権サークルは力を蓄える。ツケを生活者に押しつけてきた改革の不作為を追う

7日の参院本会議。遺伝子検査をする病院や検査所に一定数の臨床検査技師の配置を事実上義務づける改正医療法が成立すると、笑みを浮かべる議員がいた。日本臨床衛生検査技師会会長を兼ねる宮島喜文氏だ。

同法は血液や遺伝子を検査する臨床検査技師の職域を広げるもの。宮島氏が事務局長の自民党議員連盟が成立を主導した。業界の利益拡大が狙いではないか。取材班の問いに「検査の質を高めるためだ」と話した。日本臨床衛生検査技師会は2010年の参院選で自民党から独自候補が初当選。13年は落ちたが、16年に出馬した宮島氏は3年前の7倍の得票で当選した。


◎「義務付け不要」の根拠は?

遺伝子検査をする病院や検査所に一定数の臨床検査技師の配置を事実上義務づける改正医療法」は「血液や遺伝子を検査する臨床検査技師の職域を広げるもの」で「業界の利益拡大が狙いではないか」と記事では問題提起している。

そういう狙いがあるのかもしれない。だが、問題は「遺伝子検査をする病院や検査所に一定数の臨床検査技師の配置」をする必要があるかどうかだ。「義務付けは必要ない。これは業界の利益拡大のためにしかならない」と取材班が考えるのならば、その根拠を読者に示すべきだ。
三池港(福岡県大牟田市)※写真と本文は無関係です

付け加えると「改正医療法が成立すると、笑みを浮かべる議員がいた」という書き方は感心しない。嘘は書いていないのだろうが、印象としては「業界の利益拡大」を果たせてニンマリ笑う悪い奴だと思えてしまう。しかし、目指していた法改正が実現すれば、「笑みを浮かべる」のはごく自然だ。そこをあえて切り取ると意地の悪さを感じる。

今度は記事の終盤を見ていく。

【日経の記事】

医師会の政治力も健在だ。骨太の素案に盛りこまれた医師の業務を看護師に移す「タスク・シフティング」の推進。地域ごとの医師不足に対応するためだが「十分議論を行った上で」との一文が加わった。

動いたのは元医師会副会長の羽生田俊・参院厚生労働委員長。看護師の力を借りた方が効率的な医療になるとの取材班の疑問に「医療行為は命にかかわる。安く済むという発想はなじまない」との答えが返ってきた。ここでも財政事情より「命」という命題に突き当たるが、看護師ができる部分はないか議論は必要だ

菅義偉官房長官は周囲に「社保改革を数年かけて全力でやる」と語るが、既得権サークルの壁は厚い。聖域を崩せるのは、長期政権をうかがえる政治資産を持つ安倍晋三首相しかいない。


◎意見が一致しているような…

これも「医師の業務を看護師に移す『タスク・シフティング』の推進」をどの程度進めるのが好ましいのか、まず判断する必要がある。最適水準に届いていないならば「推進」すべきだし、届いているならば「推進」に反対すべきだ。

だが、最適水準を取材班がどう判断しているのか不明だ。「看護師ができる部分はないか議論は必要だ」と逃げてしまっている。「議論が必要だ」と感じているだけならば、「『十分議論を行った上で』との一文が加わった」のは願ったり叶ったりのはずだ。「議論が必要」という点で「羽生田俊・参院厚生労働委員長」と取材班の意見は一致しているのではないか。


※今回取り上げた記事砂上の安心網~不作為の果てに(1)既得権サークルの聖域 カネと票、厚労族走らす
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170626&ng=DGKKZO18090850W7A620C1MM8000

※記事の評価はD(問題あり)。「砂上の安心網」の過去の連載に関しては、以下の投稿も参照してほしい。

「2030年に限界」の根拠乏しい日経1面「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030.html

第2回で早くも「2030年」を放棄した日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030_20.html

「介護保険には頼れない」? 日経「砂上の安心網」の騙し
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_21.html

日経朝刊1面連載「砂上の安心網(4)」に見えた固定観念
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_62.html

どこが「北欧流と重なる」? 日経1面「砂上の安心網(5)」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_42.html

「格差是正が必要」に無理あり 日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_16.html

医療費で「番人」責めて意味ある? 日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_17.html

日経1面連載「砂上の安心網」取材班へのメッセージ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_22.html

日経「がん死亡率と1人当たり医療費」で無意味な調査
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_73.html

2017年6月25日日曜日

「日経は夜回り廃止」が大げさな東洋経済「残業禁止時代」

日経新聞は『夜回り廃止』」という見出しを見つけた時は「本当にそんな英断を下したのか」と驚いたが、見出しに騙されただけだった。週刊東洋経済7月1日号の第1特集「残業禁止時代」の「Part1 労基署が狙う企業 大手企業でも是正勧告が続出 ブラック職場の改善待ったなし」という記事で日本経済新聞社に触れた部分を見てみよう。
旧長崎税関三池税関支署(福岡県大牟田市)
         ※写真と本文は無関係です

【東洋経済の記事】

ハードワークでは新聞も負けていない。特ダネを追う記者の夜討ち、朝駆けは日常茶飯事。朝刊の最終版である「14版」の締め切りが午前1時前後に設定されているため、記事の最終工程はどうしても夜中になってしまう。

16年12月6日には、朝日新聞東京本社が中央労働基準監督署から是正勧告を受けた。編集ではなく財務部門の20代社員が、同年3月に「三六協定」を超える85時間20分の残業をしていた。

今後は各紙の編集部門がターゲットとなる可能性もあるが、記者の残業削減は簡単ではない。事件の発生は時と場所を選ばないし、よい記事を書くために徹夜することもあるからだ。

そんな中、重い腰を上げたのが日本経済新聞社だ。今年2月10日に長谷部剛専務(東京本社編集局長)が局員に対し「働き方改革に本腰を入れる。われわれの頃と時代が変わった」と言明。編集総務や人事労務の部長も同席し、「取材先の自宅を定期的に夜訪れる“定例夜回り”はやめろ」「必要な場合も交代制とし、朝と夜は別の人間が行け」「残業抑制へ締め切り重視を徹底する。特ダネを連発する記者でも締め切りが守れなければマイナス評価」などと訴えた。

重要ニュースは最終14版だけに入れることがあったが、禁止された。14版で変更するのは1面と、天変地異対応がある社会面や最新展開が必要なスポーツ面のみで、ほかは13版で完結する。

ここまで真剣な理由は、新卒採用への逆風が強いため。内定者が働き方への不安を口にして入社を辞退するケースが、会社側の想定を上回っているのだ。

英フィナンシャル・タイムズを買収したこともあり、インターネットの電子版を優先する「デジタルファースト」が徹底され始めたことも深夜に集中しない働き方に一役買っているようだ。

夜回りのあり方に関する議論や削減は、程度の差こそあれ、他社も行っている。記者だけでなく整理部などスタッフ全員が終電までに帰ることを奨励する社もある。

朝日では、社会部が毎週水曜日を「ノー残業デー」に設定。記者クラブに属さない遊軍記者が半数ずつ早帰りをしている。

なお、日経新聞社にも5月30日付で労基署から即時是正勧告が出ている。対象は編集局以外の、裁量労働でない職場で、三六協定の45時間を超過しているケースについてだという。会社側は特別条項を設けるべく、三六協定の見直しを組合に提案している


◎「夜回り廃止」には程遠いような…

日経の「長谷部剛専務」が「働き方改革に本腰を入れる」と発言したのは事実なのだろう。だが、改革の内容を見た上で、筆者である田邉佳介記者が「(日経は)ここまで真剣」と思ったのが解せない。記事の内容を見る限り、日経の本気度はかなり低そうだ。
白壁通り(福岡県うきは市)※写真と本文は無関係です

取材先の自宅を定期的に夜訪れる“定例夜回り”はやめろ」「必要な場合も交代制とし、朝と夜は別の人間が行け」という指示が守られたとしても「夜回り廃止」ではない。なので「日経新聞は『夜回り廃止』」という見出しは不正確だ。

定例夜回り」はダメだが、それ以外の「必要な場合」の夜回りがOKならば、大きな変化はないだろう。「朝と夜は別の人間」が行くとしても、夜回り朝回りの回数自体に大きな変化がないので、記者全体への負荷はそんなに変わらないはずだ。

日経が記者の「働き方改革に本腰を入れる」つもりがあるならば、「いずれ発表されると分かっているものを発表前に書くこと」へのこだわりを捨てるべきだ。手始めに「待っていれば発表されるネタ(合併、人事など)を事前に報道しても社長賞や編集局長賞などの表彰の対象としない。また、こうしたネタの報道で他社に出遅れたとしても人事面でマイナス評価はしない」と宣言してはどうだろうか。

その上で夜回りを原則として禁止するのが好ましい。どうしても必要な場合については、許可制にして回数に制限(例えば年間30回以下)を設けるといった対策が考えられる。こうすれば、かなり負担軽減につながるはずだ。

細かい説明は省くが、合併や人事などを発表前に報道する社会的意義はほとんどない。事前報道に成功しても、収益面でのプラスもほぼないと見ていい。残るのはメンツの問題だけだ。ここをクリアできれば、記者は無駄な仕事を減らせるし、会社は「働き方改革」を前進させられる。だが、日経にできるかと言えば無理だろう。

それは長谷川専務の「残業抑制へ締め切り重視を徹底する。特ダネを連発する記者でも締め切りが守れなければマイナス評価」という発言からも読み取れる。裏を返すと、これまでは特ダネを連発していれば、締め切りを守らなくてもマイナス評価にならなかったのだろう。

締め切りを守るなんて基本中の基本だと思えるが、日経は違ったようだ。そして長谷川専務は「特ダネを追わなくていいから締め切りは厳守しろ」とは言っていない。今後も特ダネは重視するのだろう。「どこかが報道しなければ世に出てこない発掘型の『特ダネ』は重要だ。しかし、それ以外の早耳筋的な特ダネを無理して追いかける必要はない」と長谷川専務が宣言してくれるとよいのだが…

ついでに言うと「5月30日付で労基署から即時是正勧告が出ている」件でも、日経に大きな変化がないと読み取れる。記事によると「会社側は特別条項を設けるべく、三六協定の見直しを組合に提案している」らしい。「三六協定の45時間を超過しているケースについて」出た「即時是正勧告」への対応が、「三六協定」の順守ならば分かる。だが、日経は「45時間を超過して」も問題がないように「特別条項」を設けるという。これを「働き方改革」に「真剣に」取り組もうとする会社の対応だと田邉記者は感じたのだろうか。


※記事の評価はC(平均的)。田邉佳介記者への評価はCを据え置く。

2017年6月24日土曜日

「原価率50%」は常識破り? 日経ビジネス杉原淳一記者に問う

日経ビジネス6月26日号に載った「株価高騰企業~TOKYO BASE(トウキョウベース)『アパレルの常識』の逆を突く」という記事は、無理のあるヨイショが目立った。個人的にヨイショ記事が好きではないが、だからと言って全否定するつもりはない。ただ、ヨイショするに足る根拠があるかどうかは慎重に検討してほしい。
久留米成田山(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

今回は見出しで「『アパレルの常識』の逆を突く」と持ち上げ、本文でも「成長力と事業モデルの独自性は日本の同業他社を引き離す」「高収益の事業モデルは、『アパレルの常識』と逆方向に進むことで成立している」などと手放しで評価している。だが、記事を読んでみても、そんな大した企業には見えなかった。

まずは日経BP社に送った問い合わせから見てほしい。

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス編集部 杉原淳一様

6月26日号の「株価高騰企業~TOKYO BASE(トウキョウベース)『アパレルの常識』の逆を突く」という記事についてお尋ねします。記事では同社の「SPA(製造小売り)ブランド『ユナイテッドトウキョウ』について以下のように記しています。

「高収益の事業モデルは、『アパレルの常識』と逆方向に進むことで成立している。その代表例がユナイテッドトウキョウの原価率だ。一般的なアパレルの場合、20%程度が多いとされ、ユニクロですら30~40%程度とみられる中、同ブランドの原価率は50%もある」

これを読むと「原価率50%」は常識外れの数字だと思えますが、本当にそうでしょうか。TOKYO BASEの2017年2月期の原価率は会社全体で46%なので、「ユナイテッドトウキョウの原価率は50%」という記事中の説明と整合的です。ただ、ユニクロ事業を手掛けるファーストリテイリングの16年8月期の原価率(ユニクロ以外も含みます)は51%で、ユナイテッドトウキョウとほぼ同水準です。記事で「セレクトショップの代表格」として取り上げたユナイテッドアローズの原価率も49%です(17年3月期)。記事には出てきませんが、しまむらに至っては原価率が66%に達します(17年2月期)。

原価に何を含めるかに各社で多少のバラツキはあるとしても、原価率の高さを根拠にTOKYO BASEについて「『アパレルの常識』の逆を突く」「『アパレルの常識』と逆方向に進むことで成立している」などと説明するのは誤りではありませんか。

原価率について「ユニクロですら30~40%程度」という記述も怪しいと思えます。ユニクロ事業がファーストリテイリングの連結売上高の8割以上を占めているので、ユニクロの原価率が30~40%なのにファーストリテイリング全体で51%になる可能性はかなり低そうです。仮にジーユー事業などユニクロ以外の原価率が50%を大きく上回るのであれば、そちらの方が「アパレルの常識」を超えているのではありませんか。

質問は以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。

◇   ◇   ◇

この指摘については、杉原記者にも色々と弁明の余地がありそうだ。ただ、TOKYO BASEがこれまでの業界の常識を打ち破るような革新的な企業かと言えば、たぶん違う。あくまで推測だが、記事に出てくる同社の「谷正人CEO(最高経営責任者)」に杉原記者がうまく丸め込まれたのではないか。

そんな谷氏がアパレルの常識の逆を突き、人材や原材料に手厚く資金を投じる姿は、不振が続く業界にひとつの活路を提示している」とまで書く杉原記者の惚れ込み方を見ると、丸め込まれていないとは信じがたい。


※問い合わせに対する回答は以下の投稿を参照してほしい。

「原価率50%」は常識の逆か? 日経ビジネスの回答
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/50.html


※杉原記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「個人向け国債」を誤解? 日経ビジネス杉原淳一記者(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_82.html

「個人向け国債」を誤解? 日経ビジネス杉原淳一記者(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_90.html

投資の「カモ」育てる日経ビジネス杉原淳一記者の記事(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_20.html

投資の「カモ」育てる日経ビジネス杉原淳一記者の記事(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_21.html

投資の「カモ」育てる日経ビジネス杉原淳一記者の記事(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_22.html

「手数料開示」地銀に甘すぎる日経ビジネス杉原淳一記者
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/09/blog-post_3.html

2017年6月23日金曜日

事実誤認がある林美子氏の「声」を紹介するFACTAの謎

FACTA7月号の「From Readers」では、ジャーナリストの林美子氏から届いた意見を紹介していた。なぜこの選択になったのか謎だ。FACTAに関する事実誤認もあるのに、反論もせずそのまま載せるようでは、編集部の良識が問われる。
小倉駅(北九州市)※写真と本文は無関係です

まずは、その全文を見ていこう。

【FACTAの記事】

本誌の想定する読者層は、政財界や官界の中堅・トップリーダー層だろう。内容も、様々な組織に深く食い込んだ、貴重な情報が少なくない。

そこに私は、逆説的だが、日本のリーダー層の一枚岩的な息苦しさを感じてしまう。ここには女性の登場人物も、女性が関心を持つようなテーマもほとんど出てこない。マイノリティーの人々、性的少数者や障害者、他民族の人々などの姿もない。

つまり、女性やマイノリティーは、相変わらず権力構造の埒外に置かれ、意思決定の現場に現れることもなく、たまに登場しても何かの「対象」としかみなされないということだ

だから、いくら現状を批判していても、閉ざされた空間の中での闘争のように私には見えてしまう。本当にいまの社会を変えようとするなら、女性やマイノリティーがもっと声を上げ、意思決定過程に進出して影響を及ぼすこと、そこで既存の権力構造の一部と化すことなく、構造を内から食い破り、外から壊すしかないのだということを、本誌を読みながら改めてかみしめている。

ジャーナリスト 林美子


◎女性の登場人物ほぼいない?

FACTAには「女性の登場人物」が「ほとんど出てこない」と林氏は言う。これは事実誤認だ。林氏も目を通しているはずの6月号を例に取ろう。
大分マリーンパレス水族館「うみたまご」(大分市)
            ※写真と本文は無関係です

『民共壊滅』都議選後は公明の天下」という記事には当然ながら「小池百合子都知事」が出てくる。「横浜市長選は『林一強』、不甲斐ない江田憲司」という記事では横浜市の「林文子市長」、「高市ずっこけ 『マイナンバーカード』 普及率8・4%」では「高市早苗総務相」が主要な「登場人物」だ。「英総選挙『楽勝』でも対EU難関」という記事でも「テリーザ・メイ英首相」が姿を見せる。しかも小池都知事、高市総務相、メイ首相は写真付きだ。

これで「女性の登場人物がほとんど出てこない」と言えるだろうか。林氏はまともな事実確認もせず誤った認識に基づいて主張を組み立てるタイプだと思える。それは、今回届いた意見を一読すればFACTA編集部の担当者もすぐに分かるはずだ。なのに、こんな意見を注記も付けずにそのまま載せる気が知れない。

FACTAに「女性の登場人物がほとんど出てこない」という前提が間違っているのだから、そこから導いた「(女性は)相変わらず権力構造の埒外に置かれ、意思決定の現場に現れることもなく、たまに登場しても何かの『対象』としかみなされないということだ」との主張にも意味はない。実際、小池都知事や高市総務相が「権力構造の埒外に置かれ」ているとは考えにくい。

ついでに言うと「(FACTAに)女性が関心を持つようなテーマもほとんど出てこない」とのくだりも引っかかった。仮に「FACTAが主に扱う政治経済の問題に女性は関心を持たない」としよう。だとしたら「意思決定過程に進出して影響を及ぼすこと」は控えてほしい。政治経済に関心を持てない人たちが政治経済に関する「意思決定過程」に大きく関与されても困る。

「政治経済に女性は関心を持っている」と言えるのならば、「(FACTAには)女性が関心を持つようなテーマもほとんど出てこない」との林氏の認識は誤りとなる。

そもそも「(FACTAに)女性が関心を持つようなテーマもほとんど出てこない」ことを、女性が「権力構造の埒外に置かれ」ているかどうかと結び付けるのに無理がある。例えばFACTAが美容やファッションの記事を載せるようになると、林氏は「女性も権力構造に入り込んできたなぁ」と感じるのだろうか。個人的には「FACTAがおかしな方向に行ってしまった」としか思えないが…。


※「読者の声」という点を考慮して、今回は記事の評価を見送る。

2017年6月22日木曜日

大西康之氏の分析力に難あり FACTA「時間切れ 東芝倒産」

元日本経済新聞編集委員でジャーナリストの大西康之氏が相変わらず苦しい。東芝問題を追いかけている同氏は、FACTA7月号にも「時間切れ『東芝倒産』」という記事を書いている。「もはや行き着く先は決まっている。東芝の経営破綻だ」と歯切れがいいのは評価できるが、記事中には辻褄の合わない説明も出てくる。
小倉城(北九州市)※写真と本文は無関係です

まず、大西氏の基本的な見立てを確認しておこう。

【FACTAの記事】

そんな銀行が「死に体」の東芝に今もって融資を継続している唯一の根拠が「今年度中に半導体メモリ事業が2兆円以上で売れる」という希望的観測である。2兆円以上で売れれば債務超過は解消され、株式上場も維持される。それを当てにして「融資を継続している」というわけだ。

◇   ◇   ◇

つまり、「今年度中に半導体メモリ事業が2兆円以上で売れる」という事態にならなければ、債務超過は解消されず上場廃止となり東芝は経営破綻すると見ているわけだ。

これを頭に入れた上で大西氏の分析を見ていこう。

【FACTAの記事】

2100人の雇用と1兆3千億円の投資実績を無下にはできまい。サンディスク(WDが買収)時代から、東芝と二人三脚でNAND型フラッシュメモリ事業を行ってきたWDは、「東芝がWDの同意なしでメモリ事業を分社化し第三者に売却するのは違法」として国際裁判所に仲裁を申し立てた。

WDのミリガンは6月9日、東芝社長の綱川智と東京で会談した。ミリガンは産業革新機構を核とする日米連合に合流して1兆9千億円としていた買収金額を2兆円に引き上げるとともに、各国の独禁法審査で払い込みが間に合わなくなる事態を避けるため、株式取得ではなく転換社債の購入による資金支援に切り替える案を提示した。

しかし、金額では2兆2千億円を上回るとされるブロードコムやホンハイに及ばない。入札に参加せず後出しジャンケンでしかも提示額の低いWDを選ぶことの正当性を東芝が株主に説明するのは難しい情勢だ。東芝がWD以外の買い手を選べば、ミリガンは法廷で徹底抗戦するだろう。東芝が目指す18年3月までの決着は難しくなる

◇   ◇   ◇

WD(ウエスタンデジタル)を選ぶことの正当性を東芝が株主に説明するのは難しい」ので買い手はWD以外になる→「東芝がWD以外の買い手を選べば、(WDの)ミリガンは法廷で徹底抗戦する」→「東芝が目指す18年3月までの決着は難しくなる」→「今年度中に半導体メモリ事業が2兆円以上で売れる」見込みがなくなる→「経営破綻」--と大西氏は見ているのだろう。
高崎山自然動物園(大分市)※写真と本文は無関係です

だが、「WDを選ぶことの正当性を東芝が株主に説明するのは難しい情勢だ」という説明はおかしい。大西氏の見立てでは、WD以外を選ぶとWDが法廷で徹底抗戦に出るので、今年度中の債務超過解消が難しくなり、東芝は経営破綻に至るはずだ。だったら株主への説明は簡単だ。

「買収金額がいくら高くてもブロードコムやホンハイは選べません。その場合はWDが法廷での徹底抗戦に出てくるので今年度中の債務超過解消が難しくなります。そうなれば経営破綻です。株式の価値もほぼゼロになります。それを避けるためには金額が多少低くてもWDに売るしかないんです」と説明すれば済む。

「WD以外に売ればWDは法廷での徹底抗戦に出てくる」「そうなれば今年度中の売却は難しくなる」「今年度中に2兆円以上で売れなければ経営破綻」といった前提が正しいのかどうかは分からない。だが、大西氏はそう見ているはずだ。なのになぜ「WDを選ぶことの正当性を東芝が株主に説明するのは難しい」と判断したのか。同氏にまともな分析力がないからだと言うほかない。


※記事の評価はD(問題あり)。大西康之氏への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。同氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経ビジネス 大西康之編集委員 F評価の理由
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_49.html

大西康之編集委員が誤解する「ホンダの英語公用化」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_71.html

東芝批判の資格ある? 日経ビジネス 大西康之編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_74.html

日経ビジネス大西康之編集委員「ニュースを突く」に見える矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/blog-post_31.html

 FACTAに問う「ミス放置」元日経編集委員 大西康之氏起用
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/facta_28.html

文藝春秋「東芝前会長のイメルダ夫人」が空疎すぎる大西康之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_10.html

文藝春秋「東芝前会長のイメルダ夫人」 大西康之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_12.html

文藝春秋「東芝 倒産までのシナリオ」に見える大西康之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_74.html

2017年6月21日水曜日

日経ビジネス「石油再編の果て」の回答が映す本物の変化

日経ビジネスの変化は本物のようだ。間違い指摘を無視する姿勢を続けてきた同誌が6月に入って2回連続で問い合わせに回答してきた。しかも今回は記事の筆者が詳細な説明をしている。基本的に苦しい説明ではあるが、それはいい。6月19日号の特集「石油再編の果て」に関する問い合わせと、それに対する回答は以下の通り。
耳納連山(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス編集部 金田信一郎様 吉岡陽様 松浦龍夫様 飯山辰之介様

6月19日号の特集「石油再編の果て」についてお尋ねします。「PART3 爆発する工場 なぜ事故が頻発するのか」という記事の中に「原油を精製すると、ガソリンや灯油といった高値で売れる油(軽質油)と重油などの価格の低い油(重質油)が取れる」との記述があります。この説明に従えば、軽質油や重質油は「原油を精製」してできるもので、「ガソリンや灯油」は軽質油の一種、「重油」は重質油の一種となります。しかし、重質油も軽質油も原油そのものではありませんか。

デジタル大辞泉によると「軽質油」は「ガソリン・灯油・ナフサなどが得られる、比重が小さく粘りけの少ない原油」で、「重質油」は「アスファルトや重油などが得られる、比重が大きく粘りけの強い原油」となっており、やはり原油そのものです。

記事には「現在の平均的な原油の価格は1バレル当たり約50ドル。それよりも5ドルほど安い『超重質油』の使用比率を、現在の2割弱からさらに高めていく」というヒュンダイオイルバンク副社長のコメントがあります。ここでは「重質油」を原油そのものとして扱っており、その前の記述と矛盾します。

「原油を精製すると、ガソリンや灯油といった高値で売れる油(軽質油)と重油などの価格の低い油(重質油)が取れる」との記述は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

次の質問は「PART4 市場を開放せよ 新海賊と最後の護送船団」という記事についてです。この中に石油元売りの再編に関して「『常に、筋肉質の会社を、肥満体がのみ込む歴史だった』(橘川)。その象徴がJXTGで、三菱石油や九州石油、ジャパンエナジーを吸収し、精製設備と販売網を吸い上げて生き残りを図った」との説明が出てきます。

一方、「PART2 迷走する経営 薄利スパイラルの奈落」という記事では「1999年に拡大路線のツケが回って経常赤字に陥った三菱石油が日本石油と統合されて新日本石油(日石三菱)が誕生」と書いています。「拡大路線のツケが回って経常赤字に陥った三菱石油」を「筋肉質の会社」に含めるのは無理がありませんか。ここはどう理解すればよいのでしょうか。

言葉の使い方についてもお尋ねします。33ページの「一切の予断を廃して検討する」というくだりでは、「予断を廃する」ではなく「予断を排する」が正しいと思えますが、いかがでしょうか。36ページの「屈辱をなめた」という表現も引っかかりました。間違いとは言いませんが「屈辱を味わった」「辛酸をなめた」などとした方が自然ではありませんか。

質問は以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。今回の特集は全体として見れば評価できる内容でした。今後も批判精神あふれる特集を期待しています。


【日経BP社からの回答】

ご購読頂きありがとうございます。

今回ご指摘頂いた点、(1)重質油と軽質油についてですが、原油に対して使われることは
ご指摘の通りですが、石油製品にも一般的に使われております。
経済産業省の資料等でもナフサやガソリンを「軽質油」、重油やコークス等を「重質油」としております。

(2)識者のコメントは主に効率生産を指していると認識しており、三菱石油については
他の戦略による収益悪化と理解しております。

一般に理解が難しい産業を、複数のテーマを取りあげて18ページにまとめたため、
分かりにくい部分があったかと存じます。

(3)(4)で頂きました表現のご指摘も併せて鑑み、これからより深い内容を、
より分かりやすい表現で報道していきたいと考えております。
今後ともよろしくお願いいたします。

金田信一郎(日経ビジネス編集部)


【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス編集部 金田信一郎様

6月19日号の特集「石油再編の果て」に関する問い合わせに対して丁寧な回答をいただき、ありがとうございました。ただ、「軽質油」「重質油」についての「石油製品にも一般的に使われております。経済産業省の資料等でもナフサやガソリンを『軽質油』、重油やコークス等を『重質油』としております」との説明には腑に落ちない点がありました。
福岡大学(福岡市城南区)※写真と本文は無関係です


例えば、経済産業省・資源エネルギー庁のホームページで「都道府県別エネルギー消費統計」という資料を見ると「推計対象のエネルギー種」として「軽質油製品 原料油(ナフサなど)、ガソリン、ジェット燃料油、灯油、軽油」「重質油製品 重油、潤滑油、アスファルトなど重質製品、オイルコークス、電気炉ガス」と出てきます。

ここではガソリンを「軽質油」、重油を「重質油」の一種としているのではなく、それぞれ「軽質油製品」「重質油製品」に分類しています。この2つは「軽質油を元に作る製品」「重質油を元に作る製品」といった意味でしょう。経産省の全ての資料に当たった訳ではありませんが、少なくとも上記の資料からも「軽質油や重質油は原油そのものを指す」と判断できます。

お忙しいでしょうから、これ以上の回答は求めません(もちろん再回答を拒否するものではありません)。今後の参考にして頂ければ幸いです。


【日経BP社の回答】

ご連絡をいただきありがとうございます。

石油連盟HPの刊行物「もっと知りたい石油のQ&A」7ページ(経産省資料)が分かりやすいかもしれません。
いずれにしましても、複雑で分かりにくい業界ではあります。

金田信一郎(日経ビジネス編集部)


◇   ◇   ◇

もっと知りたい石油のQ&A」を見ても記事の説明が正しかったとは思えない。だが、さらに追及する必要はないだろう。大切なのは説明しようとする姿勢だ。それを崩さなかったことを高く評価したい。

特集の中に多少の問題があるのは事実だが、日経ビジネスの変化にも期待して特集全体の評価はC(平均的)とする。担当者への評価は以下の通り。

金田信一郎編集委員(暫定C)
吉岡陽記者(暫定C)
松浦龍夫記者(暫定C→C)
飯山辰之介記者(暫定D→暫定C)


※今回の特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

悪くないが気になる点も…日経ビジネス特集「石油再編の果て」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_17.html

2017年6月20日火曜日

問題山積 週刊エコノミスト稲留正英記者のロボアド記事

週刊エコノミスト6月27日号の特集「AIで増えるお金と仕事」の最初に出てくる「第1部 マネー編 誰でもAIで“賢い”投資家 ロボアドバイザーが自動で運用」という記事は問題が多すぎる。間違いだと思える説明もそうだが、何より気になるのは筆者の稲留正英記者に批判精神が感じられないことだ。ロボアドを手掛ける会社にうまく丸め込まれているのだろう。すっかり業界の回し者的な書き手になっている。

その辺りも含めて、稲留記者に問い合わせを送ってみた。内容は以下の通り。


【エコノミストへの問い合わせ】

週刊エコノミスト編集部 稲留正英様
久留米信愛女学院(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

御誌を定期購読している鹿毛と申します。

6月27日号の特集「AIで増えるお金と仕事」に出てくる「第1部 マネー編 誰でもAIで“賢い”投資家 ロボアドバイザーが自動で運用」という記事についてお尋ねします。

まずは「金融ベンチャー企業『お金のデザイン』が提供するロボット・アドバイザー(ロボアド)サービス『THEO(テオ)』」のコストについてです。記事では「(テオの)手数料は運用資産の残高に対して1%。ETFの買い付けコストや信託報酬はすべて含まれる」と説明しています。

一方、同社のホームページでFAQを見ると「THEOでの運用にはどのような費用がかかりますか?」との問いに対する答えが「お客さまにご負担いただく費用は、お預かり資産に対して一定の割合で頂く投資一任報酬・購入ETFにかかる諸経費・そして運用資金をご送金頂く際の送金手数料となります」となっています。

さらに「ETFにかかる諸経費とは何ですか?」との問いに対しては「ETFという商品を組成する運用会社にお支払いいただく報酬を指します。ETFで運用を行う際には避けて通ることのできない『経費』です。ETFの値動きの中で自動的に差し引かれて、お客さまに間接的にご負担いただいている費用です」と答えています。

つまり投資家は「運用資産の残高に対して1%(投資一任報酬)」の他に「ETFの信託報酬(購入ETFにかかる諸経費)」を負担していると考えられます。「(テオの)手数料は運用資産の残高に対して1%。ETFの買い付けコストや信託報酬はすべて含まれる」との記述は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

次に「ファンドラップ」についてです。記事では「対象顧客は金融資産を数千万円以上持つ層で、最低投資金額は通常1000万円以上」と解説しています。調べてみると、ダイワファンドラップや日興ファンドラップは最低投資金額が300万円で、楽ラップ(楽天証券)に至っては10万円のようです。他のメディアでもファンドラップに関して「300万~500万円を最低投資額として申し込みを受け付ける金融機関が多い」(日経)などと紹介しています。
三池炭鉱宮原坑(福岡県大牟田市)
     ※写真と本文は無関係です

「最低投資金額は通常1000万円以上」との説明は誤りだと思えます。控え目に言っても不正確な記述ではありませんか。御誌の見解を教えてください。

今回の記事には他にも気になる点がいくつかありました。一例が以下のくだりです。

「この1年、英国のEU離脱や米トランプ大統領就任などの波乱要因があったにもかかわらず、テオやウェルスナビの収益が安定しているのは、資産運用の基本とされる『投資対象と期間の分散』の法則に従っているからだ」

まず「英国のEU離脱や米トランプ大統領就任」は株式市場にマイナスの影響がほとんど出ませんでした。英国のEU離脱決定直後に急落する場面はありましたが、すぐに戻しています。「英国のEU離脱や米トランプ大統領就任などの波乱要因があったにもかかわらず、テオやウェルスナビの収益が安定している」のは、別に凄いことではありません。御誌の「マーケット指標」を見てください。過去1年の騰落率は日経平均が+20%、NYダウが+18%など世界的にほぼ全面高です。運用成績が横ばいに近い「安定」であれば、株式市場の平均に負けているはずです。

「『期間の分散』の法則に従っている」との説明も不可解です。これは「時期を分けて投資すること」を指しているようですが、まず「この1年」で運用成績に関して有利な理由となるでしょうか。再び御誌の「マーケット指標」を見てください。世界主要株価の騰落率は総じて「1年>半年>1カ月」となっています。現時点から見れば、1年前の一括投資の方が毎月の積み立て投資よりも有利です。

また、「期間の分散」に従うかどうかは投資家次第ではありませんか。投資家が一括投資を選んで「テオやウェルスナビ」を利用すれば、「時期を分けて投資すること」は基本的にできないはずです。「テオやウェルスナビの利用=投資期間の分散に従う」と取れる書き方には問題がありませんか。

「投資対象の分散」に関しては、その意義を否定しません。ただ、これはロボアドを使わなくても簡単にできます。テオでは「自動的に30~40銘柄の米国上場のETF(上場投資信託)の中から最適な組み合わせを購入」するようです。言ってみればファンドオブファンズのようなもので、既存の投信と「分散」に関して大きな差はありません。「分散」をロボアドの長所として強調するのは適切なのでしょうか。

そもそもETFに投資する時点でかなりの「分散」はできています。複数のETFを自分で組み合わせるのも、それほど難しくありません。また、ロボアドが特別な運用能力を持っているわけでもありません。ETFの組み合わせが決まってしまえば後は「月1回、リバランスを行う」程度のロボアドに年1%(投資金額が1000万円ならば年10万円)もの手数料を払うのは、あまり合理的とは言えません。

今回のように「誰でもAIで“賢い”投資家 ロボアドバイザーが自動で運用」などと前向きにロボアドを取り上げるのであれば、「1%+保有ETFの信託報酬」というコストに見合うメリットが投資家にあると納得できる内容にしてほしいところです。残念ながら、それができているとは感じられませんでした。

随分と長くなってしまい申し訳ありません。お忙しいところ恐縮ですが、回答をよろしくお願いします。

◇   ◇   ◇

※回答が届く可能性は低いが、しばらく待ってみたい。記事や書き手への評価はエコノミスト編集部の対応を見てから決める。


追記)結局、回答はなかった。記事の評価はE(大いに問題あり)。稲留正英記者への評価は暫定でEとする。

2017年6月19日月曜日

「1秒以下」で不審者確保? 日経「胎動5Gの世界」

日本経済新聞朝刊1面で「胎動5Gの世界」という苦しそうな連載が始まった。19日の(上)「大競争時代再び AI・3D 映像どこでも」では最初の事例がいきなり怪しい。「群衆を空中に浮かぶドローンの4Kカメラがとらえ」てから、「警備員が、刃物を隠し持つ不審者を捕らえ」るまで「わずか1秒以下」というが、どう考えても無理だ。
大牟田市石炭産業科学館(福岡県大牟田市)
          ※写真と本文は無関係です

日経には以下の内容で問い合わせを送った。

【日経への問い合わせ】

「胎動5Gの世界(上)」という記事についてお尋ねします。記事には以下の記述があります。

「2020年7月24日夕。東京五輪の開会式を見ようと新国立競技場へ向かう群衆を空中に浮かぶドローンの4Kカメラがとらえた。半径150メートルにいる数千人の映像を人工知能(AI)が解析。攻撃性や緊張度、ストレスなど50の指標で異常値を示す人物を特定した。『不審人物発見』。スマートフォン(スマホ)にメッセージを受けた近くの警備員が、刃物を隠し持つ不審者を捕らえた。その間、わずか1秒以下。綜合警備保障(ALSOK)が昨年からNTTドコモと共同で始めた5Gを使った警備サービスの実証実験だ」

問題としたいのは「わずか1秒以下」という部分です。普通に考えれば、カメラが群衆を捉えてから不審者を捕まえるまでが「1秒以下」なのでしょう。スマホにメッセージが届いてから不審者を捕えるまでが「1秒以下」かもしれません。いずれにしても不可能です。メッセージを読んで行動を起こすだけで「1秒」は確実にかかります。そこから移動して不審者を捕まえるのにも「1秒」を大幅に上回る時間が必要なはずです。

この説明は誤りだと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

付け加えると、問題のくだりは実験結果を伝えているのかどうかがよく分かりません。「2020年7月24日夕」となっているので、未来予想的な説明なのかと最初は思いました。しかし、その後に「5Gを使った警備サービスの実証実験だ」と出てきます。これに関しては、どう理解すればよいのでしょうか。

上記の2点について回答をお願いします。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。クオリティージャーナリズムを標榜する新聞社として、掲げた旗に恥じない行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

映像解析を始めてからメッセージ送信までの時間が「1秒以下」という可能性はあるが、記事の書き方からは「不審者を捕らえた」ところまでで「1秒以下」としか解釈できない。それは、極めて特殊な前提を置かない限り不可能だ。
耳納連山(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

よく分からない点は他にもある。AIが瞬時にそして正確に「攻撃性や緊張度、ストレスなど50の指標で異常値を示す人物を特定」できるとしよう。だが、その「不審者」が「刃物を隠し持つ」ことまで分かるのだろうか。

分からないとすれば、AIが怪しいと睨んだという理由だけで「不審者を捕らえた」ことになる。これは許されないだろう。映像解析だけで「刃物を隠し持つ不審者」だと判断できたとすれば、なぜそんな芸当ができるのか記事中で説明すべきだ。

次世代通信規格である第5世代(5G)」が「産業のかたちを変え、暮らしの隅々にまで影響を及ぼす」と訴えたいのは分かるが、今回はさすがに無理が過ぎる。朝刊1面の連載なので、編集局の幹部を含め多くの社員が紙面化の前に記事に目を通しているはずだ。なのに誰も疑問の声を上げなかったのだろうか。

ついでに、記事の問題点をもう1つ指摘したい。

【日経の記事】

自動運転のカギを握るのも5Gだ。通信の遅れが大きい4Gでは高速走行するクルマがブレーキを踏んでも、後続車のブレーキが作動するまで1メートル以上進んでしまう。5Gならわずか数センチメートル。実証実験を始めた5Gオートモーティブ・アソシエーションに参加する独ダイムラーやアウディをはじめ、トヨタ自動車など日本勢も5Gを使った運転支援機能の実用化を狙う。

◇   ◇   ◇

断定はできないが、上記のくだりは「隊列走行」の自動運転について述べているのだろう。この「実証実験」では、先行するクルマと「後続車」のブレーキがほぼ同時に働くことを目指しているようだ。通常の自動運転では、そうした必要性は乏しい。前のクルマとほぼ同時にブレーキ作動させるのが好ましくない場合も多いからだ。十分な車間距離があるのに、前のクルマとほぼ同時にブレーキをかけられても困る。

隊列走行」の自動運転に関する話ならば、その点を読者に明示すべきだ。その辺りを雑に書いていては、記事の作り手としての力量を疑われても仕方がない。


※今回取り上げた記事「胎動5Gの世界(上)大競争時代再び AI・3D 映像どこでも
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170619&ng=DGKKZO17819160Z10C17A6MM8000

※記事の評価はD(問題あり)。

追記)結局、回答はなかった。

2017年6月18日日曜日

この記事が1面? 日経「ノンアルコール増産 キリンやサントリー」

18日の日本経済新聞朝刊に載った「ノンアルコール増産 キリンやサントリー、ビール不振補う」という記事は、中身が乏しく1面で使うのは無理がある。記事の全文を見た上で、その理由を具体的に述べたい。
平成筑豊鉄道 田川伊田駅(福岡県田川市)
        ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

ビール各社がノンアルコールビールを増産する。キリンビールは4月発売の「零ICHI(ゼロイチ)」が好調で、近く月間生産量を当初計画の3倍に引き上げる。サントリービールも「オールフリー」を前年同期比約1割増やす。仕事や家事の合間などに手軽に楽しめる飲料として人気が広がっている。安売り規制でビール販売が落ち込む分を補う狙いもある。

「零ICHI」は発売後2カ月で年間目標の5割弱分に相当する63万ケースを売り切った不振だった「キリンフリー」に代わる製品で、主力ビール「一番搾り」と同様に麦汁をろ過する際に最初に流れ出す一番搾り麦汁を原料に使用する高級感が受けている。布施孝之キリンビール社長は「『働き方改革』によりライフスタイルの幅が広がっている。仕事を終えてからも育児や家事をこなす人も多くなり、酔わずにリフレッシュ感を味わいたいとの需要が増えている」と話す。

「オールフリー」は6~7月に増産し、2017年販売は720万ケースと16年比4%上積みする計画だ。サントリービールによると、国内の17年のノンアルビール市場は全体で1800万ケースと前年より2%増えるとみている。両社は設備の改良や稼働率の引き上げなどで増産し、大きな投資は伴わない見通しだ。

販売現場では国税庁による酒の安売り規制強化の影響が出ている。日本経済新聞社が日経POS(販売時点情報管理)で5月第4週と6月第2週を比較したところ、ビールは店頭価格が8%前後上昇した一方、販売数量は約2割減少した。ノンアルビール市場で勢いのある2ブランドが増産する背景には、新たな収益源確保が急務となっている事業環境がある。


◎理由その1~ビール2社でまとめても…

今回の記事はいわゆる「まとめモノ」だ。書き出しで「ビール各社がノンアルコールビールを増産する」と謳った場合、最低でも3社は事例が欲しい。今回の記事では2社しか出てこない。これでは苦しい。


◎理由その2~「計画比」で言われても…

記事に付けた写真には「キリンは『零ICHI』を近く3倍に(同社取手工場)」という説明がある。「3倍」と聞くとかなり凄そうだが、「月間生産量を当初計画の3倍に引き上げる」だけの話だ。何倍になるかは「当初計画」による。
下馬場古墳(福岡県久留米市)
       ※写真と本文は無関係です

しかも記事には「月間生産量」の当初計画がどうだったのか説明がない。それに現状でも「当初計画」を上回る生産となっている可能性が高い。記事には「『零ICHI』は発売後2カ月で年間目標の5割弱分に相当する63万ケースを売り切った」と書いてある。ここから年間販売目標は約130万ケースと推測できる。なので月間生産量の「当初計画」を11万ケースと仮定してみよう。

その場合、最初の2カ月では22万ケースしか生産できない。しかし実際には「63万ケースを売り切った」という。だとすれば最初の2カ月でも「当初計画」を大幅に上回る生産規模になっていると考える方が自然だ。6月以降の「増産」は大した規模になりそうにない。


◎理由その3~キリン全体でも増産?

キリンに関しては「零ICHI」の増産には触れているが、ノンアルコールビール全体でどうなるのかが不明だ。「零ICHI」は「不振だった『キリンフリー』に代わる製品」であり、キリンフリーの販売も継続しているようだ。「零ICHI」が好調でもキリンフリーの落ち込みを補えないのであれば、キリンのノンアルコールビール全体で見ると「減産」になる可能性もある。「ビール各社がノンアルコールビールを増産する」と書いているのだから、キリン全体で見て「ノンアルコールビールを増産する」かどうかは明確にしてほしい。

ついでに言うと「『働き方改革』によりライフスタイルの幅が広がっている。仕事を終えてからも育児や家事をこなす人も多くなり、酔わずにリフレッシュ感を味わいたいとの需要が増えている」というキリンの社長コメントが辛い。「だったら、なぜキリンフリーは不振なの?」とツッコミを入れたくなる。


◎理由その4~サントリーは計画通りならば…

サントリービールに関して「『オールフリー』は6~7月に増産し、2017年販売は720万ケースと16年比4%上積みする計画だ」と書いてある。この「720万ケース」という目標は同社が1月に発表した事業方針で出てきた数字と同じだ。「6~7月に増産」するからと言って計画を上方修正しているわけではなさそう。元々、計画に増産を織り込んでいたのかもしれない。しかも増産は2カ月限定のようだ。サントリーの話もやはりインパクトは乏しい。

こうして見てくると、この記事を朝刊1面で大きめに扱う意味はないと思える。企業面でも苦しいくらいだ。こんな記事を使うぐらいならば、日曜の1面は原則としてニュース記事なしにした方がいい。


※今回取り上げた記事「ノンアルコール増産 キリンやサントリー、ビール不振補う
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170618&ng=DGKKASDZ17H1K_X10C17A6MM8000

※記事の評価はD(問題あり)。

2017年6月17日土曜日

悪くないが気になる点も…日経ビジネス特集「石油再編の果て」

日経ビジネス6月19日号の特集「石油再編の果て~迷走する経営、爆発する工場」は悪くない出来だ。JXTGホールディングスや出光興産から取材協力が得られくても石油元売りの問題点に斬り込んでいった姿勢は称賛に値する。ただ、記事には引っかかる部分もあった。日経BP社に問い合わせを送ったので、その内容を紹介したい。
行橋駅(福岡県行橋市)※写真と本文は無関係です

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス編集部 金田信一郎様 吉岡陽様 松浦龍夫様 飯山辰之介様

6月19日号の特集「石油再編の果て」についてお尋ねします。「PART3 爆発する工場 なぜ事故が頻発するのか」という記事の中に「原油を精製すると、ガソリンや灯油といった高値で売れる油(軽質油)と重油などの価格の低い油(重質油)が取れる」との記述があります。この説明に従えば、軽質油や重質油は「原油を精製」してできるもので、「ガソリンや灯油」は軽質油の一種、「重油」は重質油の一種となります。しかし、重質油も軽質油も原油そのものではありませんか。

デジタル大辞泉によると「軽質油」は「ガソリン・灯油・ナフサなどが得られる、比重が小さく粘りけの少ない原油」で、「重質油」は「アスファルトや重油などが得られる、比重が大きく粘りけの強い原油」となっており、やはり原油そのものです。

記事には「現在の平均的な原油の価格は1バレル当たり約50ドル。それよりも5ドルほど安い『超重質油』の使用比率を、現在の2割弱からさらに高めていく」というヒュンダイオイルバンク副社長のコメントがあります。ここでは「重質油」を原油そのものとして扱っており、その前の記述と矛盾します。

「原油を精製すると、ガソリンや灯油といった高値で売れる油(軽質油)と重油などの価格の低い油(重質油)が取れる」との記述は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

次の質問は「PART4 市場を開放せよ 新海賊と最後の護送船団」という記事についてです。この中に石油元売りの再編に関して「『常に、筋肉質の会社を、肥満体がのみ込む歴史だった』(橘川)。その象徴がJXTGで、三菱石油や九州石油、ジャパンエナジーを吸収し、精製設備と販売網を吸い上げて生き残りを図った」との説明が出てきます。

一方、「PART2 迷走する経営 薄利スパイラルの奈落」という記事では「1999年に拡大路線のツケが回って経常赤字に陥った三菱石油が日本石油と統合されて新日本石油(日石三菱)が誕生」と書いています。「拡大路線のツケが回って経常赤字に陥った三菱石油」を「筋肉質の会社」に含めるのは無理がありませんか。ここはどう理解すればよいのでしょうか。

言葉の使い方についてもお尋ねします。33ページの「一切の予断を廃して検討する」というくだりでは、「予断を廃する」ではなく「予断を排する」が正しいと思えますが、いかがでしょうか。36ページの「屈辱をなめた」という表現も引っかかりました。間違いとは言いませんが「屈辱を味わった」「辛酸をなめた」などとした方が自然ではありませんか。

質問は以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。今回の特集は全体として見れば評価できる内容でした。今後も批判精神あふれる特集を期待しています。

◇   ◇   ◇

間違い指摘の無視を続けていた日経BP社だが、6月13日に送った間違い指摘には回答があった。今回も回答があると期待したい。特集や担当者への評価はその動向を踏まえて決める。

2017年6月16日金曜日

「コストじゃない」のに「覚悟」要る? 日経「共育社会をつくる」

16日の日本経済新聞朝刊1面に載った「共育社会をつくる(下)育児支援 コストじゃない 『未来への投資』議論を」には疑問が残った。「コストじゃない」のならば「育児支援」に遠慮なく資金をつぎ込めばよさそうなものだ。しかし記事では、なぜか「将来の果実のため、皆で目の前の痛みを分かち合う」覚悟を求めている。これは解せない。
久留米シティプラザ(福岡県久留米市)
          ※写真と本文は無関係です

記事の終盤では以下のように書いている。

【日経の記事】

待機児童解消は5兆円以上の経済効果――。野村総合研究所は試算する。働く保護者が増え消費を喚起する。そのために89万人分の保育サービスが必要だ。「整備に1.4兆円かかるが見返りは十分ある。子育て支援はコストではなく有望な投資だ」と梅屋真一郎・制度戦略研究室長はみる。

問題は財源の捻出だ。社会保障の膨張を許せば、国の借金を増やすか、企業や働く人の負担をただ増やすかになる。まずは再配分の見直しをしないと、経済を目詰まりさせかねない

14年度の社会支出は117兆円。高齢者向けが47%で、家族向けは5.6%。安倍首相はこども保険導入を訴える小泉議員に語った。「高齢者に偏るお金の使い方を変えていかねば」

将来の果実のため、皆で目の前の痛みを分かち合う。その覚悟こそが、次世代への贈り物になる

◇   ◇   ◇

待機児童解消は5兆円以上の経済効果」があり、「子育て支援はコストではなく有望な投資だ」と仮定しよう。その場合、投資をためらう理由があるだろうか。例えば国債発行で財源を確保してでも、投資すればよいではないか。
有朋の里泗水・孔子公園(熊本県菊池市)
          ※写真と本文は無関係です

社会保障の膨張を許せば、国の借金を増やすか、企業や働く人の負担をただ増やすかになる」とは考えにくい。「5兆円以上の経済効果」がすぐに出るので、所得税や法人税などの税収が増えて、むしろ国の借金を減らしてくれるはずだ。そうでないのならば「子育て支援はコストではなく有望な投資だ」という前提が怪しくなる。

今回の連載の最後には「武類祥子、石塚由紀夫、嘉悦健太、天野由輝子、重田俊介、福山絵里子、矢崎日子、田村匠が担当しました」と出ていた。この取材班のメンバーは、現実には「子育て支援はコスト」だと感じているのではないか。でなければ「将来の果実のため、皆で目の前の痛みを分かち合う。その覚悟こそが、次世代への贈り物になる」との結論は導かないはずだ。

ついでに言うと「14年度の社会支出は117兆円。高齢者向けが47%で、家族向けは5.6%」というデータから、財政支出が高齢者に偏っていると判断するのは無理がある。年金などで高齢者向けの支出が多くなるのは当然だ。国際比較をする場合でも、高齢化の進行具合を考慮する必要がある。「高齢者向けが47%で、家族向けは5.6%」という数字を根拠として、「家族向けの支出が少なすぎる(高齢者向けが多すぎる)」との印象を与える書き方をするのは感心しない。

また、待機児童と就業者数の関係にも触れておきたい。記事では「待機児童解消」で「働く保護者が増え消費を喚起する」との前提に立っているが、そうなるとは言い切れない。取材班のメンバーには「原因と結果の経済学」という本で紹介している以下の研究結果も知っておいてほしい。

【「原因と結果の経済学」の引用】

「保育園落ちた日本死ね!」というフレーズが2016年にユーキャン新語・流行語大賞にノミネートされた。子どもが保育園に入ることができず、仕事をやめざるを得なかった母親の本音は、待機児童問題の深刻さを浮き彫りにした。このフレーズが注目されたことは、政府が保育所に関する規制を緩和する緊急対策のきっかけになった。

しかし、認可保育所を増加させることが、母親の就業を増加させるかどうかは慎重に検討する必要がある。なぜなら、ノルウェー、フランス、アメリカなどでは、認可保育所の整備にもかかわらず、母親の就業は増加しなかったと報告されているからだ。

ここでも保育所と母親の就業の関係が、因果関係なのか相関関係なのかをよく考える必要がある。「保育所があるから母親が就業する」(因果関係)のか、「就業する母親が多いほど、保育所が多い(相関関係)だけなのか、どちらだろうか。

この問題に取り組んだのが、東京大学の朝井友紀子、一橋大学の神林龍、マクマスター大学の山口慎太郎である。朝井らは、1990年から2010年にかけての、日本の県別の保育所定員率と母親の就業率のデータを用いて、差の差分析を行った。1つ目の差は、1990年から2010年にかけての各都道府県の母親の就業率の差であり、2つ目の差は、県別の保育所定員率が増加した都道府県(介入群)と、まったく、あるいはほとんど増加しなかった都道府県(対照群)の母親の就業率の差である。この2つの「差」を取ることで、保育所定員率の増加が母親の就業率の増加に与える因果関係を推定したのである。

朝井らの分析結果は、「保育所定員率と母親の就業率のあいだには因果関係を見出すことができない」という驚くべきものだった。この理由として、認可保育所が、私的な保育サービス(祖父母やベビーシッター、あるいは認可外保育所など)を代替するだけになってしまった可能性が指摘されている。もともと就業意欲の高かった女性は、こうした私的な保育サービスを利用しながら就業を継続していた。そのため、認可保育所の定員の増加は、彼女たちに私的な保育サービスから公的な保育サービスへの乗り換えを促しただけで、これまで就業していなかった女性の就業を促したわけではなかった。

◇   ◇   ◇

保育所定員率と母親の就業率のあいだには因果関係を見出すことができない」という分析が正しければ、「待機児童解消は5兆円以上の経済効果」という試算の前提が崩れ、「子育て支援はコスト」となる。その場合は日経の記事が言うように「(待機児童解消のために)社会保障の膨張を許せば、国の借金を増やすか、企業や働く人の負担をただ増やすかになる」。「育児支援コストじゃない」と読者に訴えるのが本当に正しいのかどうか、取材班のメンバーにはもう一度よく考えてほしい。


※今回取り上げた記事「共育社会をつくる(下)育児支援 コストじゃない 『未来への投資』議論を
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170616&ng=DGKKZO17740170W7A610C1MM8000


※連載全体の評価はC(平均的)。連載の責任者と推定される武類祥子氏への評価(従来は暫定でC)はCで確定とする。同氏に関しては以下の投稿も参照してほしい

「日経 武類祥子次長『女性活躍はウソですか』への疑問」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_79.html

2017年6月15日木曜日

「来春」を誤解? 日経「天皇退位で元号変更 焦るカレンダー業界」

15日の日本経済新聞朝刊企業2面に載った「天皇退位で元号変更 焦るカレンダー業界『年末までには公表を』」という記事に誤りだと思える記述があった。記事によると「カレンダー業界」は「2019年用カレンダー」に関して「来春の納入に間に合わなくなる」と焦っているらしい。この説明は正しいのだろうか。日経に問い合わせを送ったので、記事の当該部分も併せて見てほしい。

小倉駅(北九州市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

全国カレンダー出版協同組合連合会は14日、東京都内での記者会見で天皇陛下の退位に伴う元号変更のスケジュールを「遅くとも年末までに公表してほしい」と訴えた。2019年用のカレンダーは既にデザイン設計に着手している。遅くとも17年末に印刷を始めなければ、来春の納入が間に合わなくなるという。



【日経への問い合わせ】

朝刊企業2面の「天皇退位で元号変更 焦るカレンダー業界」という記事についてお尋ねします。記事では「2019年用のカレンダー」について「遅くとも17年末に印刷を始めなければ、来春の納入が間に合わなくなるという」と説明しています。「来春」とは「来年の春。また、来年の正月」という意味です。ここでは「来年の正月」を指すと思われます。しかし、「2019年用のカレンダー」を「来年の正月(2018年1月)」に納入するとは考えられません。

「来春=2018年春」とした場合でも、やはり納入時期が早すぎます。全国カレンダー出版協同組合連合会は記者会見で「2019年用のカレンダー」の納入時期を2018年9~12月と説明しているようです。記事中の「来春(2018年の正月または春)の納入が間に合わなくなるという」との説明は誤りではありませんか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。クオリティージャーナリズムを標榜する新聞社として、掲げた旗に恥じない行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

記者会見で「2019年カレンダーの納入は早いところだと来年春には済ませなければならない」といった話が出た可能性はある。だが、常識的には2019年用のカレンダーを前年の春に納入するとは考えにくい。

大分マリーンパレス水族館「うみたまご」(大分市)
           ※写真と本文は無関係です
可能性として高いのは、「来春2019年の正月」という勘違いだ。これだと2019年用のカレンダーを2019年になってから納入してしまう問題が残るが、「納入期限=2018年の春(3~5月頃)」と記者が判断するとは考えにくい。

ついでに言うと、「『遅くとも年末までに公表してほしい』と訴えた」とする日経の報道内容は他社と食い違っている。

他社では、「新しい元号や天皇誕生日の取り扱いは『遅くとも、来年1月までに決めて発表してほしい』と訴えています」(テレビ朝日)、「カレンダーの業界団体が会見を行い、『遅くとも来年1月までには発表してほしい』と訴えた」(日本テレビ)、「新元号などを政府が2018年1月までに決定しなければ19年のカレンダー印刷に間に合わないと訴えた」(共同通信)などと「年末」ではなく「来年1月」とする報道が目立つ。

ただ、時事通信は「『最低でも1年前には教えていただかないと、(新元号を反映したカレンダーを)作れない』と述べ、年内の新元号公表を要望した」と報じているので、日経の間違いとも言い切れないが…。


※今回取り上げた日経の記事「天皇退位で元号変更 焦るカレンダー業界 『年末までには公表を』
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170615&ng=DGKKASDZ14HTP_U7A610C1TJ2000

※記事の評価はD(問題あり)。

追記)結局、回答はなかった。

2017年6月14日水曜日

日経ビジネスが変わり始めた? 間違い指摘に久々の回答

日経ビジネスが良い方向に変わり始めたのかもしれない。間違い指摘の無視を続けていた日経BP社から久しぶりに回答があった。ミス自体は瑣末なものだが、回答したのは大きな一歩だ。今後の動向に注目したい。
八坂神社(北九州市)※写真と本文は無関係です

問い合わせと回答は以下の通り。

【日経BP社への問い合わせ】

広岡延隆様 武田安恵様

日経ビジネス6月12日号の「スペシャルリポート~投信販売、背水の陣 顧客本位に変われるか」についてお尋ねします。58ページの「抜本改革、時間との戦いに」という記事に「日本の産業界がかつての低迷から脱し、国際競力を回復できたのは、痛みを伴うリストラを乗り越えたからだ」との記述があります。「国際競力」とは聞き慣れない言葉です。「競力」を辞書で調べても出てきませんでした。これは「国際競争力」の誤りではありませんか。確認の上、回答をお願いします。

御誌では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済誌として責任ある行動を心掛けてください。「顧客本位に変われるか」が問われているのは御誌も同じです。


【日経BPからの回答】

この度はご指摘をいただきましてありがとうございました。弊社の手違いによりご迷惑をおかけ致しまして、申し訳ございませんでした。

今後とも日経ビジネスをご愛顧賜りますようお願い申し上げます。

◇   ◇   ◇

日経ビジネスでは4月に編集長が飯田展久氏から東昌樹氏に代わっている。今回の変化にはその影響がありそうな気もする。東編集長の手腕には期待したい。間違い指摘への無視を続けた飯田前編集長に関しては、以下の投稿を参照してほしい。

「逃げ切り」選んだ日経ビジネス 飯田展久編集長へ贈る言葉
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_9.html

まず「汝自身を知れ」日経ビジネス飯田展久編集長に助言
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/09/blog-post_10.html

阪急「東の端」は高槻? 日経ビジネス飯田展久編集長に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_10.html

2017年6月13日火曜日

基本情報が欠けた日経「三菱地所、欧州で事業拡大」

13日の日本経済新聞朝刊企業1面に載った「三菱地所、欧州で事業拡大 ビル取得、独に進出 米国依存脱却めざす」という記事には基本情報が欠けている。話の柱は「欧州で事業拡大」のはずだが、現状でどの程度の事情規模なのかも、いつごろまでにどの程度の拡大を見込んでいるのかも触れていない。
夜明駅(大分県日田市)※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

三菱地所が欧州事業を拡大する。ドイツで初めての物件となるミュンヘンのオフィスビルを取得。2010年に子会社化した英不動産ファンド運営会社の情報網を活用しながら、今後も欧州全域で不動産の開発・賃貸物件の展開を視野に入れる。米子会社のロックフェラーグループに依存した海外事業の構造転換を目指す。

取得したのは「フェリンガーストラッセ」。地上5階、地下2階建てで、貸し付け有効面積は約2万2000平方メートル。ミュンヘン国際空港と中心部を結ぶ幹線道路に近く、空港まで車で20分と好立地だ。完成は03年で、IT(情報技術)や金融、メーカーなど幅広い企業が入居している。取得額は非公表。ミュンヘンは独シーメンスやBMW、半導体大手のインフィニオンテクノロジーズ、保険大手のアリアンツなどが本社を構えるドイツ有数の産業集積都市だ。三菱地所は今後もオフィス需要が底堅く推移するとみている。

◇   ◇   ◇

フェリンガーストラッセ」の取得については13日に三菱地所が発表しているので、事前にニュースリリースを得ていたのだろう。それはそれでいい。だが、今回の記事の内容ならば「三菱地所はドイツに進出した」とでも書き始めるべきだ。

話を大きく見せるために「三菱地所が欧州事業を拡大する」と書いたのならば、それに合わせた内容にする必要がある。「欧州事業をいつまでにどのぐらい拡大するのか」は絶対に入れるべき基本情報だ。それを丸ごと抜いて読者に提供する気が知れない。記者の責任も重いが、企業報道部のデスクの責任はさらに重い。

基本情報を盛り込む行数は簡単に捻り出せる。「ミュンヘンは独シーメンスやBMW、半導体大手のインフィニオンテクノロジーズ、保険大手のアリアンツなどが本社を構えるドイツ有数の産業集積都市だ。三菱地所は今後もオフィス需要が底堅く推移するとみている」というくだりは、削っても何の問題もないはずだ。

米子会社のロックフェラーグループに依存した海外事業の構造転換を目指す」と書いたのだから、海外事業でどの程度を「米子会社のロックフェラーグループに依存」しているかも触れたいところだ。

必須でない情報を盛り込んで必須の情報を省く--。記事の書き方の基礎を記者もデスクも身に付けていないと言うほかない。


※今回取り上げた記事「三菱地所、欧州で事業拡大 ビル取得、独に進出 米国依存脱却めざす

http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170613&ng=DGKKZO17593370S7A610C1TJ1000

※記事の評価はD(問題あり)。

衝撃を感じない 日経ビジネス特集「空飛ぶクルマの衝撃」

日経ビジネス6月12日号の特集「『空飛ぶクルマ』の衝撃~見えてきた次世代モビリティー」には何ら「衝撃」を感じなかった。特集の冒頭で「『空飛ぶクルマ』の登場すら現実味を帯びる」と謳うが、特集を最後まで読んでも「空飛ぶクルマ」はほとんど出てこない。中身としては「クルマの未来」といったタイトルが合っている。特集の担当者(池松由香、寺岡篤志、山崎良兵、蛯谷敏の各記者)も、そこは分かっているはずだ。
小倉井筒屋(北九州市)※写真と本文は無関係です

特集はPART1~4に分かれているが、まともに「空飛ぶクルマ」を論じているのはPART1「グーグル創業者、エアバス、トヨタも~始まった『空中戦』ヒト、モノ、カネが殺到」ぐらいだ。PART2の「規格外のEVベンチャー、日本を猛追する部品メーカー~産業ピラミッドが崩壊、震源地は中国」では、早くも「空飛ぶクルマ」から離れてしまう。

PART3とPART4は「空飛ぶクルマ」に触れた部分が少しあるが、「空飛ぶクルマ」の話は実質的にPART1で終わっている。しかもPART1の最後の方には「水陸両用車」の事例まで出てくる。これでは辛い。

では、PART1の途中まではどうだったのか。実は結局、「空飛ぶクルマ」は一例しか出てこない。まず「空飛ぶクルマ自動車として使える上に空も飛べる乗り物」と定義しよう。そんなに無理のある定義ではないはずだ。

記事にはまず「米ボストン郊外に本社を置くベンチャー企業のトップ・フライト・テクノロジーズ」が出てくる。

【日経ビジネスの記事】

同社は今年4月、空飛ぶクルマを想定した小型の試作機「エアボーグH810K」の飛行実験を成功させた。機体の大きさは、全長195cm、全幅160cm、全高150cm。現時点で既に15kgの物資を1時間運べる能力を持つが、ファン氏は「4~5年後には最大8人を乗せ、3時間飛ばせるようにする」と自信を見せる。

◇   ◇   ◇

記事に付いた写真を見る限り、これは「空飛ぶクルマ」の「試作機」ではない。見た目はドローンで、自動車として使えそうな感じはない。「4~5年後には最大8人を乗せ、3時間飛ばせるように」なったとしても、「空飛ぶクルマ」とは別物だ。

次は「米グーグル創業者のラリー・ペイジ氏」が出資する「キティホーク」だ。これに関しては記事でも「空飛ぶクルマというより『水面から少し浮く水中バイク』といった様相」と書いており、問題外だ。

3番目の事例は最もまともだ。

【日経ビジネスの記事】

スロバキアのベンチャー、エアロモービルは4月、20年にも市販する予定の2人乗り空飛ぶクルマの先行予約を始めた。小型飛行機のような見た目で、地上走行時は翼を折り畳む。

全長5.9m、全幅2.2m、全高1.5m。自動運転ではなく乗員が操縦するタイプで、飛び立つ際は滑走が要る。価格は120万~150万ユーロ(約1億4000万~約1億7500万円)を予定している。

◇   ◇   ◇

これは「地上走行」するのだから「空飛ぶクルマ」と言える。ただ「滑走が要る」のが難点だ。その場合、少なくとも着陸には空港を利用するのだろう。だとすると「プライベートジェット+自動車」とあまり差はない。「空飛ぶクルマ」と聞くと、駐車場からそのまま飛び立っていくようなイメージがあるが、そういうものではなさそうだ。だとすると「金持ちの道楽」以上の「衝撃」はない気がする。
高崎山自然動物園(大分市)※写真と本文は無関係です

4番目は「ドイツの西部カールスルーエを拠点にするイーボロ」だ。この会社が開発しているのは「大型ドローン『ボロコプター2X』」。「ドローン」と言い切っている時点で「空飛ぶクルマ」ではない。

5番目は「ドイツで15年に創業した」という「リリウム・アビエーション」。これも「5人乗り電動小型飛行機」なので「空飛ぶクルマ」ではなさそう。6番目の「エアバスが開発中の空飛ぶタクシー」も、記事に付けた写真を見る限り小型飛行機に過ぎない。7番目の「米ウーバーテクノロジーズが4月下旬に発表した空飛ぶタクシー『電動VTOL(ヴィートール)』の開発計画」もやはり小型飛行機だ。

トヨタが支援する「若手有志が中心となり12年に立ち上げた空飛ぶ自動車開発プロジェクト」に至っては、「目標は20年の東京オリンピックの開会式で飛ばすこと」なのに「あと何回か奇跡が起きないと、オリンピックには間に合わない」らしい。写真を見る限りでは「クルマ」としての機能もなさそうだ。

結局、本物の「空飛ぶクルマ」は滑走が必要な「エアロモービル」のみ。駐車場から飛び立った「空飛ぶクルマ」が都会のビルの間を行き交うといった光景が現実になるのは、かなり先のことになりそうだ。この内容では「空飛ぶクルマの衝撃」など感じられない。


※特集全体の評価はC(平均的)。担当者への評価は以下の通りとする。

池松由香記者(暫定C→C)
寺岡篤志(暫定D→暫定C)
山崎良兵(暫定C)
蛯谷敏(D→C)

2017年6月11日日曜日

文藝春秋「東芝 倒産までのシナリオ」に見える大西康之氏の誤解

元日本経済新聞編集委員でジャーナリストの大西康之氏は東芝の問題を正しく理解できていない--。文藝春秋7月号の「東芝 深層ドキュメント『倒産』までのシナリオ~技術と雇用を守る唯一の方法は法的整理だ」という記事を読んで改めてそう思った。大西氏は産業革新機構による東芝メモリへの出資に関して、大きな勘違いをしているようだ。問題のくだりを見た上で、具体的に指摘してみる。
ヒシャゴ浦・姉妹岩(大分市)
     ※写真と本文は無関係です

【文藝春秋の記事】

5月17日、国会の経済産業委員会で民進党議員の近藤洋介が世耕に噛み付いた。

「東芝は現在、決算について監査法人から同意意見をもらえない異様な状況にある。その会社に産業革新機構を通じて公的資金を投入するのは、大いに問題だ」

銀行の融資継続すら危ぶまれる会社に、何千億円もの血税を投入しようというのだから、野党が懸念するのも当然だろう。世耕はこう答弁した。

「東芝の会計に問題があることは承知しているが、産業革新機構が投資する東芝メモリは子会社として成長性がある。投資によってオープンイノベーションが進むと産業革新機構が判断し、その件が経産省に上がってきたら、私はその判断を認めるだろう」

詭弁だ。

東芝が東芝メモリを売却するのは、オープンイノベーションを促進するためではなく、原子力事業の失敗によって陥った債務超過を解消するため。すなわち「東芝救済」だ。しかも再建が成功する見込みは薄く、何千億円もの血税が泡と消えかねないギャンブルなのだ

東芝の「原子力敗戦」は、官民癒着が招いた途上国型資本主義の破綻を意味する。今や「疑惑とリスクのデパート」になった東芝を公的資金で救済すれば、日本の前近代性を世界にさらけ出すことにもなる。しかも一時的に公的資金で救っても、潜在的に2つの危機が残る東芝はいずれ再び危機を迎え、血税が焦げ付くことになる


◎根本的に分かってない?

世耕氏の答弁を大西氏は「詭弁だ」と斬って捨てる。「東芝が東芝メモリを売却するのは、オープンイノベーションを促進するためではなく、原子力事業の失敗によって陥った債務超過を解消するため」というのはその通りだろう。だが、「(東芝の)再建が成功する見込みは薄く、何千億円もの血税が泡と消えかねないギャンブルなのだ」との解説は奇妙だ。

産業革新機構が投資する東芝メモリは子会社として成長性がある」と世耕氏は述べているのだから、「何千億円もの血税」は東芝メモリに投じられるはずだ。この「血税が焦げ付く」かどうかは、東芝メモリの経営がどうなるかにかかっている。東芝の「再建が成功する」かどうかとは基本的に関係ない。

なのに大西氏は「(東芝の)再建が成功する見込みは薄く、何千億円もの血税が泡と消えかねないギャンブルなのだ」「潜在的に2つの危機が残る東芝はいずれ再び危機を迎え、血税が焦げ付くことになる」と憂慮する。

産業革新機構が東芝本体に出資するのならば、大西氏の憂慮も分かる。だが、産業革新機構の出資対象はあくまで東芝メモリだ。東芝の再建が失敗する一方で、出資した東芝メモリが順調に成長した場合「血税が焦げ付くことになる」だろうか。むしろプラスのリターンが期待できる。大西氏は根本的に分かっていないのではないか。

それは記事の結論部分からも窺える。

【文藝春秋の記事】

中途採用を斡旋する人材会社の社長は「東芝関連の仕事が殺到して、大忙しだ」と顔を綻ばせる。倒産の危機を察知した東芝社員の大量流出が始まっているのだ。転職先に韓国、台湾、中国企業を選ぶ技術者も少なくない。経産省は東芝メモリへの公的資金投入で「技術者流出を防ぐ」と言うが、技術者の流出を止める手立てはない

今、守るべきは東芝の優良事業と技術、そして従業員の雇用であり、「東芝」という会社ではない。それを実現する唯一の方法は、日本航空と同じ、会社更生法の申請である。経営陣は総退陣すべきだし、東芝の暴走を止められなかった銀行も債権カットの痛みを引き受けるべきだ。痛みを先送りするのは、やめたほうがいい。


◎法的整理で「雇用」を守る?

今、守るべきは東芝の優良事業と技術、そして従業員の雇用であり、『東芝』という会社ではない。それを実現する唯一の方法は、日本航空と同じ、会社更生法の申請である」という主張も的外れだ。
グランドパレス小倉香春口(北九州市)
      ※写真と本文は無関係です

従業員の雇用」を守る「唯一の方法、日本航空と同じ、会社更生法の申請」だと言えるだろうか。わざわざ例に出している日航は、会社更生法の適用を申請した後に整理解雇を含む人員削減に踏み切っている。「法的整理を避ければ雇用が守れる」とは言わない。だが、法的整理で「従業員の雇用」が守れるとも考えにくい。法的整理になれば、思い切った人員削減をやりやすくなるのは確かだ。

では「東芝の優良事業と技術」はどうか。これが東芝メモリのことならば、売却してグループ外に出すと考えれば、東芝が法的整理になるかどうかとは基本的に関係ない。東芝メモリ以外にも「優良事業と技術」がある場合、これを他社に売却する手はある。東芝という会社は守れなくても「優良事業と技術」は残る。

守る=外国企業に渡さない」という意味ならば、国内企業に売却すればいい。「会社更生法の申請」が「東芝の優良事業と技術」を守る「唯一の方法」とは思えない。

大西氏は「倒産の危機を察知した東芝社員の大量流出が始まっているのだ。転職先に韓国、台湾、中国企業を選ぶ技術者も少なくない」とも書いている。そういう状況で実際に会社更生法の適用を申請して「倒産」したらどうなるのか。「倒産の危機を察知した」だけで「大量流出が始まっている」のに、「倒産」が現実になったらこうした動きが収まるとでも考えているのか。

技術者の流出を止める手立てはない」のは法的整理でも同じことだ。なのに「東芝の優良事業と技術」を法的整理で守れると訴えるのは、それこそ「詭弁」ではないか。


※記事の評価はD(問題あり)。大西康之氏への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。大西氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

文藝春秋「東芝前会長のイメルダ夫人」が空疎すぎる大西康之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_10.html

文藝春秋「東芝前会長のイメルダ夫人」 大西康之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_12.html

日経ビジネス 大西康之編集委員 F評価の理由
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_49.html

大西康之編集委員が誤解する「ホンダの英語公用化」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_71.html

東芝批判の資格ある? 日経ビジネス 大西康之編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_74.html

日経ビジネス大西康之編集委員「ニュースを突く」に見える矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/blog-post_31.html

 FACTAに問う「ミス放置」元日経編集委員 大西康之氏起用
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/facta_28.html

2017年6月10日土曜日

山口敬之氏の問題「テレビ各局がほぼ黙殺」は言い過ぎ

常盤橋(北九州市)※写真と本文は無関係です
元TBSテレビ報道局ワシントン支局長のジャーナリスト山口敬之氏(51)」に関する問題を、日経ビジネス6月12日号の「小田嶋隆の『Pie in the sky』~絵に描いた餅ベーション」というコラムで「いま、テレビ局にできること」との見出しを付けて取り上げている。小田嶋氏は優れた書き手だと思うし、記事の主張にも基本的に賛同できる。ただ、山口氏の問題を「テレビ各局がほぼ黙殺している」と述べているのは引っかかった。自分はこの件をテレビの報道で知ったからだ。

まず、コラムの中身を見てみよう。

【日経ビジネスの記事】

(週刊新潮の)記事の細部にわたる真偽はともかくとして、私が個人的に違和感を覚えているのは、週刊新潮の報道と、5月29日の被害女性による記者会見を、テレビ各局がほぼ黙殺していることだ。

◇   ◇   ◇

では、実際どうだったのか。この件を報じているニフティニュースの5月30日付の記事では、以下のように説明している。

【ニフティニュースの記事】

さらに、テレビのほうは、NHKは無論、民放キー局でも、山口氏の古巣であるTBSの『NEWS23』や『ひるおび!』、コメンテーターとして山口氏を重宝していたフジテレビの『とくダネ!』『直撃LIVEグッディ!』はスルー。フジと同様に山口氏を番組で起用していたテレビ朝日は、29日の『報道ステーション』は報道しなかったが、30日朝の『羽鳥慎一モーニングショー』と『ワイド!スクランブル』は伝え、番組でバラツキがあった。

 唯一、山口氏を起用してこなかった日本テレビは、29日夕の『news every.』にはじまり、夜の『NEWS ZERO』、30日朝の『ZIP!』『スッキリ!!』でも紹介。読売テレビ制作の『情報ライブ ミヤネ屋』までが取り上げた。

◇   ◇   ◇

この記事の説明が正しいのならば、山口氏の問題を「テレビ各局がほぼ黙殺している」とは言い難い。「テレビ各局で対応が分かれている」辺りが適当だと思える。「黙殺するテレビ局が多かった」ぐらいならば分かるが、「ほぼ黙殺」は不正確だ。例えば1社がごく小さく報道しただけならば「ほぼ黙殺」だろう。だが、複数のテレビ局が様々な番組で取り上げているのに「ほぼ黙殺」では、苦しい。

自分が見たのは「NEWS ZERO」だったような気がする。日本テレビには「山口氏を起用してこなかった」という事情があるのかもしれないが、少なくとも遠慮がちに報道しているとは感じられなかった。

黙殺」ではなく「ほぼ黙殺」だから、小田嶋氏としては何とでも弁明できる。ただ、今回のコラムで小田嶋氏はテレビ局の在り方を問うている。そして「テレビ各局がほぼ黙殺している」という点は、小田嶋氏が主張を組み立てる出発点にもなっている。なのに「ほぼ黙殺」が事実として怪しければ、説得力は足元から崩れてしまう。

日本テレビがきちんとこの問題を報じているのであれば、その事実は小田嶋氏もコラムの中で尊重すべきだ。各社の対応に大きな差があるのに、十把一絡げに「テレビ各局がほぼ黙殺している」とまとめるのは雑すぎる。そこは反省してほしい。


※記事の評価はD(問題あり)。小田嶋隆氏への評価はA(非常に優れている)を維持するが、弱含みではある。

2017年6月9日金曜日

「保護主義の波」に無理あり 日経「市場の力学(下)」

8日の日本経済新聞朝刊1面に載った「市場の力学~ゆがむ秩序(下)保護主義の波、いつか来た道? 内向き志向 リスク増す」という記事は展開に無理があった。「保護主義の動きが強まっている→市場はその動きに戸惑っている」という筋書きを立てたのはいい。だが、それに合う材料が出なかったならば柔軟に修正すべきだ。なのに強引に押し通している。
佐賀関の黒ヶ浜(大分市)※写真と本文は無関係です

まず「保護主義の波」は押し寄せているだろうか。記事の前半部分を見ていこう。

【日経の記事】

米石油エクソンモービルの株価が現地時間の2日、1年3カ月ぶりに80ドルを割った。地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」から離脱するとトランプ米大統領が前日に表明。資源開発規制の緩和で原油が値下がりするとの観測が広まった。

実は、この前から米エネルギー株は総じて弱含んでいた。5月下旬発表の予算教書に、国が備蓄する石油の半分を段階的に売る方針が盛り込まれたからだ。その規模は今後10年で166億ドル(約1兆8千億円)。資産運用会社エレメンツキャピタルの林田貴士社長は「メキシコ国境の壁の建設などに必要な資金作りが目的では」と推測する。

国際世論の反発や市場の懸念をよそに米国は「自国第一」の道を突き進む。だが歴史的にみて、内向き志向を強めるのは今に始まったことではない。世界恐慌翌年の1930年、関税を大幅に上げるスムート・ホーリー法を米議会は可決した。同法は報復関税を招き、世界を大戦に導いた。


◎「保護主義」と関係ある?

『パリ協定』から離脱」すると表明し、「国が備蓄する石油の半分を段階的に売る方針」だとしても、保護主義と直接の関係はない。備蓄削減が「メキシコ国境の壁の建設などに必要な資金作りが目的」だと言うのはあくまで「推測」だし、不法移民対策の強化は「保護主義」とは言い難い。なのに「保護主義の荒波を食い止めるには今が踏ん張りどころだ」と訴えても、説得力は乏しい。
久留米工業高等専門学校(福岡県久留米市)
           ※写真と本文は無関係です

以下の記述にも無理を感じる。

【日経の記事】

4月中旬、米株式市場の値動きの大きさの予想を示す「恐怖指数」は1カ月先が上昇し、3カ月先を逆転した。「近い将来ほど見通しにくい」というひずんだ状況は、一寸先すら分からない市場の不安を映している。



◎「不安」なのに恐怖指数は低水準?

『恐怖指数』は1カ月先が上昇し、3カ月先を逆転した」という動きから「一寸先すら分からない市場の不安」を感じ取っているが、これは非常に苦しい。まず、時期が「4月中旬」だ。6月の記事で、なぜ2カ月近く前の話を持ち出しているのか。

それに「恐怖指数」を使って「市場の不安」を見るならば、指数の水準にまず目を向けるべきだ。そして、恐怖指数は低位で推移している。日経電子版の5月11日付には「嵐の前の静けさか 株の恐怖指数、23年ぶり低水準が示す未来 」という記事が出ている。

素直に受け取れば、恐怖指数からは「市場の楽観」が読み取れるはずだ。なのに、今回の連載では恐怖指数の水準の低さをあえて無視して、強引に「市場の不安」を読み取っている。「恐怖指数」が「一寸先すら分からない市場の不安を映している」と言うのならば、なぜ指数の水準が低いのかは解説すべきだ。

 
※今回取り上げた記事「市場の力学~ゆがむ秩序(下)保護主義の波、いつか来た道? 内向き志向 リスク増す
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170608&ng=DGKKZO17441720Y7A600C1MM8000

※連載全体の評価はD(問題あり)。連載の担当者らの評価は以下の通り。

土居倫之記者(Dを維持)
松崎雄典(C→D)
森田淳嗣(暫定D→D)


※今回の連載については以下の投稿も参照してほしい。

日経1面「市場の力学~ゆがむ秩序(上)」に感じた誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_6.html


問題多い日経1面「市場の力学~ゆがむ秩序(上)」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_7.html


1930年は世界恐慌翌年? 日経「市場の力学(下)」の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/1930.html

2017年6月8日木曜日

1930年は世界恐慌翌年? 日経「市場の力学(下)」の誤解

8日の日本経済新聞朝刊1面に載った「市場の力学~ゆがむ秩序(下)保護主義の波、いつか来た道? 内向き志向 リスク増す」という記事に「世界恐慌翌年の1930年」という記述があった。だが、「1930年」は「世界恐慌翌年」とは思えない。この連載は「土居倫之、松崎雄典、森田淳嗣が担当」したらしいが、3人は世界恐慌の時期を誤解しているのではないか。
関埼灯台(大分市)※写真と本文は無関係です

日経には以下の内容で問い合わせを送ってみた。

【日経への問い合わせ】

「市場の力学~ゆがむ秩序(下)」という記事についてお尋ねします。記事には「世界恐慌翌年の1930年、関税を大幅に上げるスムート・ホーリー法を米議会は可決した」との記述がありますが、「1930年」は「世界恐慌翌年」に当たるでしょうか。

「世界恐慌翌年の1930年」という場合、「世界恐慌は1929年に終わった」と解釈できます。例えば、太平洋戦争(1941~45年)に関して、「太平洋戦争翌年の1942年」とは言わないはずです。では「世界恐慌(1929年に始まった大恐慌)」はその年のうちに終わったのでしょうか。

大恐慌については「1933年ごろまで続いた」(デジタル大辞泉)と思えます。恐慌の終わりを1936年頃とする場合もありますが、29年内に恐慌が終息したとは考えられません。「1930年」は「世界恐慌翌年」ではなく「世界恐慌の真っただ中」だったのではありませんか。「世界恐慌に陥った翌年の1930年」ならば分かりますが、そうは書いていません。

記事中の「世界恐慌翌年の1930年」との説明は誤りと判断してよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。クオリティージャーナリズムを標榜する新聞社として、掲げた旗に恥じない行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

書き方が上手くないだけとの可能性もなくはないが、連載の担当者らは「世界恐慌=1929年で完結する出来事」と認識していると考える方が自然だ。記事では問題のくだりの後で以下のように説明が続く。

米シティグループの投資戦略部門を率いるロバート・バックランド氏は『大恐慌後の30年代は経済の不均衡が広がり、ポピュリズム(大衆迎合主義)が強まった。今も似た状況にある』と話す

断定はできないが、「経済の不均衡が広がり、ポピュリズム(大衆迎合主義)が強まった」傾向は大恐慌の期間中にも見られただろう。大恐慌の期間を1933年(あるいは1936年)までと認識していたら、取材相手が「大恐慌後の30年代」と言ったとしても、そのまま記事にはしないと思える。だが、取材班に「世界恐慌=1929年で完結する出来事」という誤解があるとすると、コメントで「大恐慌後の30年代」という書き方をしたのも納得できる。

日経からの回答は期待できないので、実際にどうだったのかは謎のままだが…。

追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「市場の力学~ゆがむ秩序(下)保護主義の波、いつか来た道? 内向き志向 リスク増す
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170608&ng=DGKKZO17441720Y7A600C1MM8000


※この連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経1面「市場の力学~ゆがむ秩序(上)」に感じた誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_6.html


問題多い日経1面「市場の力学~ゆがむ秩序(上)」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_7.html


「保護主義の波」に無理あり 日経「市場の力学(下)」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_9.html

2017年6月7日水曜日

問題多い日経1面「市場の力学~ゆがむ秩序(上)」

6日の日本経済新聞朝刊1面に載った「市場の力学~ゆがむ秩序(上) 読めぬ世界 惑う投資家 マネー滞留 危うい株高」について、さらに問題点を指摘していく。まずは記事の冒頭部分。説明の辻褄が合っていない。
小倉城(北九州市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

保護主義色の強いトランプ米政権が世界をかき乱し、政治や経済の秩序が揺らいでいる。そのリスクを見て見ぬふりをするように株高が続く。経験したことのない力学が市場を覆っている。

先週末に日経平均株価は2万円を回復し、2000年以降の高値(2万0868円)が視野に入る。そんな上げ相場でも「株安対応ファンド」が保険会社や年金基金向けに売れ続けている

英ヘッジファンドのキャプラ・インベストメント・マネジメントが運用し、「日経平均が5割下がっても損失を1割以下にとどめる」という商品だ。先に米国株向けで運用を始めたところ引き合いが強く、顧客の要望で日本株版もつくった。年内に1000億円の資金獲得を見込む。


◎「リスクを見て見ぬふり」?

そのリスクを見て見ぬふりをするように株高が続く」と述べた上で、「そんな上げ相場でも『株安対応ファンド』が保険会社や年金基金向けに売れ続けている」と紹介している。これは奇妙だ。

株安対応ファンド」で相場下落に備える動きが活発になっているのであれば、「そのリスクを見て見ぬふりをするように株高が続く」のではなく「そのリスクに備える動きとともに株高が続く」でも言うべきではないか。

この後の記述はさらに問題がある。

【日経の記事】

世界的株高でも投資家は大きな「謎」に不安を感じている。世界景気は回復しているのに賃金・物価が上がらず、米国では経済の体温とされる金利が上昇しない。この謎にこそ株高の理由が潜む。


◎「物価が上がらず」?

景気が回復すれば「賃金・物価」は上向きになりやすくなるが、連動しない場合も珍しくない。なので「」というほどでもない。ただ、ここでは受け入れて「」だとしよう。だが、本当に「世界景気は回復しているのに賃金・物価が上がらず」なのか。物価に関して検証してみる。
高崎山自然動物園(大分市)※写真と本文は無関係です

ユーロ圏では昨年5月に前年同月比マイナス0.1%だった消費者物価指数が今年2月にはプラス2.0%となった。5月も1.4%だ。

米国でも今年2月の消費者物価指数が前年同月比2.7%の上昇となり「2012年3月以来で最も大幅な伸びとなった」(ブルームバーグ)。4月でも前年同月比2.2%の上昇となっており、「世界景気は回復しているのに物価が上がらず」とは感じられない。

取材班は間違った前提に基づいて記事を作っているのではないか。

さらに指摘を続けよう。

【日経の記事】

米主要企業が16年に自社株買いや配当で株主に返した金額は設備投資の1.5倍。低成長で新たな投資先が限られるうえ、「トランポノミクス」の柱のインフラ投資に実現のメドが立たない。


◎株主還元と設備投資を比べても…

米主要企業が16年に自社株買いや配当で株主に返した金額は設備投資の1.5倍」だというデータを基に「米企業の設備投資は低調」との結論を導いているようだが、この比較にあまり意味を感じない。記事に付けたグラフによると、米企業の「1.5倍」に対し、日本企業は50%にも満たない。

だからと言って「日本企業の設備投資への意欲は米企業に比べて非常に旺盛だ」と判断してよいだろうか。「米企業は設備投資にも積極的だが、それ以上に株主還元への意欲が強い」という可能性もあるはずだ。

ここからは言葉の使い方に注文を付けたい。

【日経の記事】

政策の見通しにくさを示す「経済政策不確実性指数」は高止まりし、企業は稼いだお金を実体経済に投資できないでいる。


◎「高止まり」してる?

高止まり」とは「高水準で横ばい」という意味だ。しかし、記事に付けた「経済政策不確実性指数」のグラフを見ると、大きな上下動を繰り返しながら、2017年に入ってからはかなり下げている。これで「高止まり」は苦しい。

言葉の使い方をさらに見ていこう。

【日経の記事】

緩やかな世界経済の成長が株高を支えているが、運用難や投資不足で底上げされた面がある。企業の長期の利益水準からみた米国株の割高さは、大恐慌が始まった1929年の「暗黒の木曜日」に迫ってきた。


◎「投資不足」と言うより…

投資不足」と聞くと「本来あるべき投資額に届いていない状態」だと感じる。だが、文脈から判断すすと、上記のくだりで言う「投資不足」とは「投資対象の不足」という意味だろう。だとすると、かなり舌足らずな説明だ。



※今回取り上げた記事「市場の力学ゆがむ秩序(上) 読めぬ世界 惑う投資家 マネー滞留 危うい株高
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170606&ng=DGKKZO17341520W7A600C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。今回の連載については以下の投稿も参照してほしい。

日経1面「市場の力学~ゆがむ秩序(上)」に感じた誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_6.html


1930年は世界恐慌翌年? 日経「市場の力学(下)」の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/1930.html


「保護主義の波」に無理あり 日経「市場の力学(下)」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_9.html