2018年1月31日水曜日

橋下徹氏リツイート訴訟で山田厚史氏の主張に異議あり

週刊エコノミスト2月6日号に載った「ネットメディアの視点~『リツイートでも名誉毀損』 橋下氏がジャーナリストを訴えた」という記事は興味深い内容だった。筆者の山田厚史氏(デモクラシータイムス同人)は「橋下氏がジャーナリストを訴えた」件で「ジャーナリスト」に同情的であり、橋下氏には「リツイートした内容が虚偽だというのなら、ひと言、訂正を求めて発信するゆとりはなかったのか」などと大人気のなさを指摘している。だが、山田氏の主張にはあまり説得力を感じなかった。記事を見ながら、思う所を述べてみたい。
横浜ランドマークタワー(横浜市)
       ※写真と本文は無関係です

【エコノミストの記事】

大阪府の職員が水死体で発見された事件が2010年にあった。遺書もあり警察は自殺と断定。雑誌『FACTA(ファクタ)』は11年1月号に「幹部職員の自殺に大阪府が異常な緘口令(かんこうれい)」という記事を掲載した。橋下徹知事(当時)が商工労働部の不手際を問題にし、叱られた部長が担当者を叱責したことが自殺と関係がありそうだという記事だった。10年度に6人の府職員が自殺したことが府議会で明らかになり、橋下知事の労務管理が職場を疲弊させているのではないかと取りざたされた。

昨年10月、ツイッター上で蒸し返すような匿名のツイートが発信された。これをネットメディアIWJ代表の岩上安身氏がリツイート(そのまま投稿)した。このことが裁判闘争へと発展。「岩上氏のリツイートによって名誉が毀損(きそん)された」と橋下氏は12月15日、大阪簡易裁判所に提訴。損害賠償100万円と弁護士費用10万円を支払えという。

これが名誉毀損になったら自由な言論空間であるSNSの世界がゆがめられる。訴訟権の乱用というしかない」。記者会見した岩上氏はこう述べ、「リツイートした時点で橋下氏から抗議や反論は全くなかった。沈黙からいきなり訴訟というのは何を考えているのか」と首をかしげる。

原告・被告とも訴状の内容を明かしていないが、橋下氏はツイッターでこう発信している。「リツイートした内容は『橋下が府の幹部を自殺に追い込んだ』という完全な虚偽事実だ。府庁に電話一本かければ虚偽であることがすぐに分かる内容だ。ジャーナリストを名乗る以上表現の責任を負う」「ちょっと確認すれば虚偽であることが分かる虚偽事実を公にすれば、たった1回のリツイートでも名誉毀損に該当する」。


◎岩上氏に問題があるような…

これが名誉毀損になったら自由な言論空間であるSNSの世界がゆがめられる。訴訟権の乱用というしかない」と「記者会見した岩上氏」は述べたという。この発言には矛盾を感じる。

これが名誉毀損になったら自由な言論空間であるSNSの世界がゆがめられる」との発言からは敗訴の可能性も想定しているように取れる。だとすると橋下氏の提訴には勝ち目があるわけで「訴訟権の乱用」には当たらない。

一方、「訴訟権の乱用というしかない」と確信しているのならば、裁判で橋下氏の主張が認められる心配はないはずだ。故に、裁判の結果次第で「SNSの世界がゆがめられる」と懸念する必要はない。

沈黙からいきなり訴訟というのは何を考えているのか」という発言も解せない。「何を考えているのか」は明白だ。「この件は裁判で争いたい」と橋下氏は考えているはずだ。裁判で決着を付けようとする姿勢自体も責められるべきだとは思えない。

記事の続きを見ていこう。

【エコノミストの記事】

虚実入り交じった情報が飛び交うネット空間。無責任に拡散する風潮に橋下氏は警鐘を鳴らしたいのかもしれない。SNSは「おしゃべり感覚の文字発信」。緊張感は「会話なみ」かもしれないが、文字として残る。転々と流通するうち、ウソや誤解がひとり歩きすることもある。ネットなんてそんなもの、と受け流す人もいれば、許せないと憤る人もいる。橋下氏は「個人に向けた中傷」と感じたのだろう

だが、「いきなり提訴」とはけんか腰である。紛争の解決を裁判所に委ねるのが裁判だ。その前に当事者が話し合ってお互いの誤解を解き、折り合おうとするのが円満な社会ではないか。リツイートした内容が虚偽だというのなら、ひと言、訂正を求めて発信するゆとりはなかったのか


◎「けんか腰」でいいのでは…

橋下氏が岩上氏の行動を「個人に向けた中傷」と感じて「許せないと憤る」のであれば「けんか腰」になるのも分かる。ならば「いきなり提訴」でいいではないか。暴力に訴えたりするならともかく、社会で認められている合法的な対抗手段だ。
筑後川橋(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

ひと言、訂正を求めて発信するゆとりはなかったのか」と山田氏は言うが、「訂正」では気が済まない人もいる。そこで裁判を選ぶかどうかは個人の自由だ。

さらに続きを見ていく。

【エコノミストの記事】

ネットでは多数の参加者が情報を共有し、異論があれば反論する。別の見方を提示する人もいて、暴走の危険をはらみながらも衆知が融合し、情報の渦が形成される。

IWJは大手メディアが触れない問題を執拗(しつよう)に追及することで存在感を示してきた。活動を煩(うるさ)く思う人たちもいる。「提訴はIWJを黙らせたいからではないか」と見る人は少なくない。橋下元知事はそんな疑いを晴らしてほしい

新聞や放送局など大手メディアでも訴訟は敬遠される。対策や資金負担が悩ましく、訴訟になった記事を書いた記者は迷惑がられる。弱小メディアやフリーランスにとって訴訟は重荷でしかない。気に入らないメディアや記者を裁判ざたで追い詰めることは「スラップ(脅し)訴訟」と呼ばれ、世界で問題になっている。ネットメディアの影響力が増す中で、これまで紙メディアを悩ましてきた「スラップ」がネットに広がることが心配だ


◎どうやって「疑いを晴らす」?

「『提訴はIWJを黙らせたいからではないか』と見る人は少なくない。橋下元知事はそんな疑いを晴らしてほしい」と山田氏は求める。遠回しに「訴訟を取り下げろ」と言っているのだろう。仮に橋下氏が「提訴はIWJを黙らせたいからではない」と訴えても「疑い」は晴れないだろう。山田氏の求めに最大限に応じるならば訴訟はやめるしかない。しかし、裁判を起こす権利は橋下氏にも当然ある。個人的には、正当な権利の行使に待ったをかけるような山田氏の主張に賛同できない。

IWJは大手メディアが触れない問題を執拗に追及することで存在感を示してきた」という。だったら、自らの言動に関しても「執拗に追及」されるリスクを覚悟すべきだ。

ツイッター上で蒸し返すような匿名のツイートが発信された。これをネットメディアIWJ代表の岩上安身氏がリツイート(そのまま投稿)した」のであれば、岩上氏の脇が甘いと感じる。他者の名誉を傷つけるような情報を発信する場合、ジャーナリストでなくても慎重であるべきだ。「大手メディアが触れない問題を執拗に追及することで存在感を示してきた」メディアの代表であれば、なおさらだ。

山田氏は「紙メディアを悩ましてきた『スラップ』がネットに広がることが心配だ」と言うが、「ネット」だけが安全地帯にいられると考える方がおかしい。「気に入らないメディアや記者を裁判ざたで追い詰める」権利が認められているのであれば、ネットメディアもその対象になるのが当然だ。それが嫌ならば、裁判を起こす権利の制限を求めていくしかない。


※今回取り上げた記事「『リツイートでも名誉毀損』 橋下氏がジャーナリストを訴えた
http://mainichi.jp/economistdb/index.html?recno=Z20180206se1000000070000


※記事の評価はC(平均的)。山田厚史氏への評価は暫定D(問題あり)から暫定Cへ引き上げる。山田氏については以下の投稿も参照してほしい。

事実に反する山田厚史デモクラTV代表の大手メディア批判
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_87.html

2018年1月30日火曜日

「米本土への直接攻撃は建国以来ない」? 歳川隆雄氏の誤り

週刊東洋経済2月3日号の「フォーカス政治~改憲への抵抗強し ひそかに検討進む腹案」という記事に誤りだと思える記述があった。筆者である歳川隆雄インサイドライン編集長は米国に関して「建国以来本土を直接攻撃されたことがない」と断言しているが、違う気がする。そこで、東洋経済新報社に以下の内容の問い合わせを送ってみた。
大平山山頂(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

【東洋経済への問い合わせ】

東洋経済新報社 担当者様  インサイドライン編集長 歳川隆雄様

週刊東洋経済2月3日号の「フォーカス政治~改憲への抵抗強し ひそかに検討進む腹案」という記事についてお尋ねします。記事の中で歳川様は「建国以来本土を直接攻撃されたことがない米国が核ミサイル攻撃を受けるような事態になれば、確実に『史上最低の大統領』の烙印を押される」と説明しています。しかし、米国は「本土を直接攻撃されたこと」が本当にないのでしょうか。

時事通信社の「日本海軍伊号潜水艦 写真特集」という記事では「伊号第17潜水艦(伊17潜)」について以下のように記しています。

伊17潜は竣工後、第1潜水戦隊に配属され、41年12月の真珠湾攻撃にも参加した。そのまま米西海岸まで進出し、通商破壊作戦に従事した。翌42(昭和17)年2月には、米本土砲撃の任務を与えられ、サンタバーバラ油田に対し、17発の14センチ砲弾を撃ち込んだ

サンタバーバラ油田はカリフォルニア州にあるので、時事通信の説明が正しければ、米国は日本から「本土を直接攻撃され」ています。

また「風船爆弾」に関して、ブリタニカ国際大百科事典では「太平洋戦争末期、旧日本軍がアメリカ本土爆撃のために打上げた爆弾つき気球」であり「アメリカ側の確認では、75個が地上爆発、約 200個地上発見、空中に1000個到達となっている」と書かれています。

2001年の同時多発テロを米国本土への直接攻撃だと見なさないとしても、太平洋戦争での日本軍による米国本土への直接攻撃はあったと思えます。米国に関して「建国以来本土を直接攻撃されたことがない」とする歳川様の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

◇   ◇   ◇

東洋経済の編集部の体質を考慮すれば、回答はないだろう。


※今回取り上げた記事「フォーカス政治~改憲への抵抗強し ひそかに検討進む腹案


※記事の評価はD(問題あり)。 歳川隆雄氏への評価も暫定でDとする。

2018年1月29日月曜日

「改憲は急がば回れ」に根拠が乏しい日経 芹川洋一論説主幹

29日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「核心~改憲は急がば回れ  現実主義者の見せ場」という記事は「急がば回れ」に根拠が乏しい。筆者の芹川洋一論説主幹は記事の後半で以下のように書いている。
JAにじ吉井カントリー(福岡県うきは市)
       ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

次は改憲ドラマの出しものである。自民党が17年12月20日にまとめた論点整理をみると脚本は4幕構成だ。展開を占うと――。

▼第1幕=自衛隊明記 自民党内の意見集約が首相の意向にそうかたちで進むとして、より問題はその先の公明党との調整だ。昨年の衆院選で議席数を減らした公明党内では政権と距離を置こうとする機運が強まっている。

首相周辺では「希望の党から20人が賛同してくれれば、公明党も寄ってくる」と、希望をテコにたぐり寄せる戦術がささやかれているが、10条加憲論にしても公明党が乗ってくるのは容易ではない。

▼第2幕=緊急事態 万一の際の国会議員の任期延長などは与野党が合意しやすい。ただ大災害の規模や任期延長の期間など要件の詰めはまったくされていない。条文化までには時間がかかりそうだ。

▼第3幕=参院選挙区の合区解消 参院自民党が強く主張、自民党案として出てくるだろう。野党はこぞって反対している。実現可能性はまずない。

▼第4幕=教育 環境の整備は憲法に書くまでもないが、行政への指示にとどまる訓示規定であれば与野党合意は可能だ。

そしていちばん肝心なのが観客(有権者)の反応である。改憲の国会発議がされたとして、最後の関門になるのが国民投票だ。「否決されれば政権が倒れる」(岸田文雄政調会長)とみられている。

衆院憲法審査会は17年7月、欧州の国民投票を調査した。欧州連合からの離脱をめぐる国民投票で敗れた英国のキャメロン前首相の言葉が重く受けとめられている。

「現状を変更したい側は少なくとも60%程度の賛成者がいるような状況にしておく必要がある」

そうだとすると自衛隊明記も簡単な話ではない。「打ち出しは高い球だが、最後はしかるべきところにおちつかせる」というのが谷垣禎一前幹事長の首相評だ。公明党の太田昭宏氏も「安倍さんはリアリストだ」と語る。

ここはまず与野党合意が可能なものから改憲の発議をして国民投票にかけ、自衛隊明記など対立争点は次に回す2段ロケット方式は考えられないものか。

改憲で国論が二分、上を下への大騒ぎをするような事態は好ましくない。そこは主演者の演技しだいだ。リアリスト俳優の見せ場でもある。


◎「急がば回れ」で「大騒ぎ」を防げる?

まず与野党合意が可能なものから改憲の発議をして国民投票にかけ、自衛隊明記など対立争点は次に回す2段ロケット方式」が好ましいと芹川氏は考えているようだ。「改憲で国論が二分、上を下への大騒ぎをするような事態は好ましくない」というのが理由らしい。
筑後川沿いの風景(福岡県久留米市)
           ※写真と本文は無関係です

だが、「2段ロケット方式」で「国論が二分、上を下への大騒ぎをするような事態」を避けられるとは思えない。最初の改憲で「大騒ぎ」を避けられたとしても(これも難しそうだが…)、2回目の改憲では確実に「大騒ぎ」が待っている。2回に分けると「大騒ぎ」を避けられる可能性が高まると考える理由が分からない。「2段ロケット方式」にすると「自衛隊明記」への反対論は収まっていくものなのか。

そこは主演者の演技しだいだ」と言うならば、1回で済ませても2回に分けても同じではないか。結局は「主演者の演技しだい」なのだから。

芹川論説主幹は「自衛隊明記」について「60%程度の賛成者がいるような状況」を作り出すのは「簡単な話ではない」としている。仮にできても40%程度の反対者はいるわけで、結局は「国論が二分」される。それでも改憲を目指すのならば「国論が二分、上を下への大騒ぎをするような事態」を受け入れるしかない。「2段ロケット方式」に関しては「大変そうな問題はとりあえず先送りしよう」と訴えているとしか思えない。

ついでに言うと「『打ち出しは高い球だが、最後はしかるべきところにおちつかせる』というのが谷垣禎一前幹事長の首相評だ」というくだりが引っかかった。これは野球に絡めたコメントなのだろう。だが「打ち出しは高い球だが、最後はしかるべきところに」と聞くと「最初はホームランかと思ったが、結局は平凡な外野フライだった」といったイメージを抱いてしまう。

趣旨としては「最初は要求水準が高いが、最後には常識的な線に落ち着く」と言いたいのだろう。だが、例えとして成立しているとは思えない。「谷垣禎一前幹事長」が実際にそう言っていたとしても、記事に使うのは避けるべきだ。

最後に、芹川論説主幹の平仮名好きに注文を付けたい。平仮名が多すぎて読みにくいレベルに達している。改善は見込めないだろうが、指摘はしておく。

例1)これまでも平和安全法制、天皇退位とあつかいのむずかしい問題で党内をまとめてきた。

扱いの難しい」としてほしい。


例2)自民党内の意見集約が首相の意向にそうかたちで進むとして、より問題はその先の公明党との調整だ。

沿う形」の方が読みやすい。


例3)「打ち出しは高い球だが、最後はしかるべきところにおちつかせる」というのが谷垣禎一前幹事長の首相評だ。

落ち着かせる」としないと平仮名が長く続く。


※今回取り上げた記事「核心~改憲は急がば回れ  現実主義者の見せ場
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180129&ng=DGKKZO26193180W8A120C1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。芹川洋一論説主幹への評価はE(大いに問題あり)を据え置く。芹川論説主幹については以下の投稿も参照してほしい。

日経 芹川洋一論説委員長 「言論の自由」を尊重?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_50.html

日経 芹川洋一論説委員長 「言論の自由」を尊重?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_98.html

日経 芹川洋一論説委員長 「言論の自由」を尊重?(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_51.html

日経の芹川洋一論説委員長は「裸の王様」? (1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_15.html

日経の芹川洋一論説委員長は「裸の王様」? (2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_16.html

「株価連動政権」? 日経 芹川洋一論説委員長の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_31.html

日経 芹川洋一論説委員長 「災後」記事の苦しい中身(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_12.html

日経 芹川洋一論説委員長 「災後」記事の苦しい中身(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_13.html

日経 芹川洋一論説主幹 「新聞礼讃」に見える驕り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_33.html

「若者ほど保守志向」と日経 芹川洋一論説主幹は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_39.html

ソ連参戦は「8月15日」? 日経 芹川洋一論説主幹に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/815.html

日経1面の解説記事をいつまで芹川洋一論説主幹に…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_29.html

「回転ドアで政治家の質向上」? 日経 芹川洋一論説主幹に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_21.html

2018年1月28日日曜日

西船橋は「都心」? 週刊ダイヤモンド特集「勝つ街負ける街」

週刊ダイヤモンド2月3日号の特集「通勤25分圏外の勝つ街負ける街」は多大な労力を費やして作り上げたのだろう。それは伝わってくるが、「都心」「準都心」「郊外」の定義が苦しい。ゆえにランキングにも、あまり意味がなくなっている。「準都心」という耳慣れない括りを設ける必要性も乏しいと感じた。
耳納連山(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

まずは「あなたの街は準都心? それとも郊外? 通勤25分圏外『郊外判定』マップ」という記事で「都心」「準都心」「郊外」の定義を見ていこう。

【ダイヤモンドの記事】

「郊外」とは具体的にどこの地域を指すのか。実は誰もが認める明確な線引きは存在しない。そこで、本誌はまず、本特集における「都心」「準都心」「郊外」の範囲を定義することにした。ビジネス誌という立場から、“郊外判定の指標”として提案するのは、「勤務地からの時間距離」である。

そこで首都圏と関西圏の主要通勤先となる、私鉄やJRの結節点の都心駅(首都圏は「大手町」、関西圏は「梅田」)からの最短移動時間を計測。0~25分を「都心」、26~45分を「準都心」、46~100分を「郊外」と定義した。

◇   ◇   ◇

この定義には色々と問題がある。列挙してみたい。

◎「都心」が広すぎる

都心」とは「大都会の中心部。特に、東京都の中心部」(デジタル大辞泉)という意味だ。ゆえに、かなり限られた地域しか「都心」とは呼べない。今回の特集では首都圏に関して、大手町から「0~25分を『都心』」と定義したため、千葉県船橋市の「西船橋」まで「都心」になってしまった。首都圏に住む人に「西船橋は都心です」と説明しても納得してくれそうもない。


◎「大手町」だと東により過ぎ

特集では、大手町を基準に「勤務地からの時間距離」を計算したために「都心」が東に偏っている。東の「西船橋」が「都心」となる一方で、「都庁前」「西新宿5丁目」などは「準都心」になっており、一般的な認識とはかけ離れてしまった。


◎何のための「準都心」?

都心と郊外に分けるのはまだ分かるが、何のために「準都心」というカテゴリーを設けたのか、特集を読んでも理解できなかった。「都心」でも「郊外」でもない中間の「準都心」で順位付けして、どんな意味があるのか。

特集では「結果を見ると、『準都心』の上位は『武蔵小杉』や『二子玉川』」と書いている。しかし「準都心」を「郊外」と一緒にしてしまうと「武蔵小杉」も「二子玉川」も上位には来ない。
三池港(福岡県大牟田市)※写真と本文は無関係です

武蔵小杉」や「二子玉川」といった知名度の高いところを上位に持ってくるための括りなのか。だとしたら、やはりこの分類には意味がない。

因みに、今回の特集に関して深澤献 編集長は「From Editors」という編集後記で以下のように記している。


【ダイヤモンドの記事】

大学からは東京。キャンパスこそ都心でしたが、東久留米市の祖母宅に居候していました。就職して一人暮らしを始めたのは三鷹市。結婚後は川崎市にマンションを買いました。首都圏住民のつもりでいましたが、気が付いてみると電話番号が「03」の地域には住んだことがない。根っからの郊外の人です。


◎「根っからの郊外の人」ではないような…

深澤編集長は自らを「根っからの郊外の人です」と言い切っているが、違うはずだ。ダイヤモンドの定義に従えば、「東久留米市」は「郊外」かもしれないが、「三鷹市」は「準都心」だ。「川崎市」もほとんどが「準都心」になる。

しかも記事の書き方から判断すると、「電話番号が『03』の地域には住んだことがない=郊外にしか住んでいない」と深澤編集長は思っているようだ。取材班(宮原啓彰、小島健志、鈴木洋子、松本裕樹、山本 輝、大根田康介、西田浩史の各記者)の誰かが編集長に教えてあげたらどうだろうか。「03地域に住んだことがないからと言って『根っからの郊外の人』って訳ではありませんよ。ウチの定義では、03地域外の西船橋でも『都心』ですから」と。

特集をちゃんと読んでいれば、深澤編集長も自らを「根っからの郊外の人です」と位置付けたりはしなかったはずだが…。


※今回取り上げた特集「通勤25分圏外の勝つ街負ける街
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/22517


※特集全体の評価はD(問題あり)。今回は書き手への評価を見送る。

2018年1月27日土曜日

「大雪報道は渋谷駅の情報ばかり」と誤解した 日経「春秋」

26日の日本経済新聞朝刊1面コラム「春秋」に首を傾げたくなる記述があった。東京に大雪が降った22日の夜を振り返って「おもだったメディアは渋谷駅の混雑を繰り返し伝えたが、他の駅の事情はよくわからなかった。ネットでもリアルタイムの状況は不明」と書いていたからだ。あり得ない気がしたので調べてみたら、やはり違うようだ。
八女匠の門(福岡県八女市)※写真と本文は無関係

日経には以下の内容で問い合わせを送ってみた。

【日経への問い合わせ】

26日朝刊の「春秋」についてお尋ねします。まず筆者は以下のように書いています。

東京が4年ぶりの大雪に見舞われた22日の夜。都心部をはしる地下鉄から郊外へ向かう私鉄に乗り換えようとして、足が止まった。駅のホームからあふれた人の波で階段が埋まっている。想定外だったわけではないけれど、情報が足りなかったことへの苛(いら)立ちが募った

その上で「あの日、おもだったメディアは渋谷駅の混雑を繰り返し伝えたが、他の駅の事情はよくわからなかった。ネットでもリアルタイムの状況は不明で、展望のないまま帰路につくしかなかった」と記しています。これを信じれば「おもだったメディアは渋谷駅の混雑を繰り返し伝えた」ものの、「他の駅の事情」はほとんど報じなかったはずです。

そこで「おもだったメディア」のサイトを調べてみました。NHKでは「22日17時48分」に以下のように報じています。

都内の駅では午後3時ごろから混雑が始まり、ツイッター上には、東急田園都市線の渋谷駅や、西武池袋線の池袋駅などに人があふれ、改札内やホームへの入場が制限されている様子が相次いで投稿されました。このうち京急電鉄の品川駅では、午後4時ごろから改札内への入場が制限され駅の中は多くの乗客であふれていました

渋谷駅だけでなく、池袋駅や品川駅の様子もしっかり伝えています。テレビ朝日では当日の夕方に新宿駅から生中継して「JR新宿駅は、中央線の八王子駅方面のホームが人であふれていて、まもなく入場規制がかかるかもしれないという混雑ぶりです」と記者がコメントしています。

NHKも報じているように「ツイッター上」にも入場制限された駅の様子などが投稿されています。つまり、少なくともテレビは渋谷駅以外の情報をかなり伝えているし、「ネットでもリアルタイムの状況」がある程度は分かったはずです。

あの日、おもだったメディアは渋谷駅の混雑を繰り返し伝えたが、他の駅の事情はよくわからなかった」というのは、単に筆者が「他の駅の事情」を伝える報道に接していなかっただけではありませんか。今回の「春秋」の説明は事実誤認に基づくものと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。クオリティージャーナリズムを標榜する新聞社として、掲げた旗に恥じない行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

他の駅の事情はよくわからなかった」と書いているだけで「他の駅の事情を報じなかった」とは断定していないので、間違いと言う程ではない。ただ、「主要駅には監視カメラがあるのに、その情報を内側にため込むばかりで利用者のために生かしきっていない。そんな不満をおぼえた」などと読者に向けて問題提起するのならば「本当にメディアの報道は渋谷駅に集中したのか」「ネットからリアルタイムに近い情報を得る術はなかったのか」といった点をきっちり検証してから書いてほしい。

ついでに言うと、この件で日経が当日どう報じたのかも触れるべきだろう。経済紙とは言え、社会部があって社会面もある。リアルタイムの情報を伝えられる電子版という手段も持っている。「あの日、おもだったメディアは渋谷駅の混雑を繰り返し伝えたが~」と部外者のような書き方をするのは感心しない。


※今回取り上げた記事「春秋:東京が4年ぶりの大雪に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180126&ng=DGKKZO26165630W8A120C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。

2018年1月26日金曜日

「米国は中国を弱小国と見ていた」と日経 梶原誠氏は言うが…

日本経済新聞の梶原誠氏(肩書は本社コメンテーター)が26日の朝刊オピニオン面に「Deep Insight~『DとR』が示す世界の転機」という苦しい内容の記事を書いている。梶原氏によると、かつての米国は中国を「地球の裏側の弱小国にしか見ていなかった」 そうだ。本当だろうか。記事の最初の方を見てから考えたい。
にじの耳納の里(福岡県うきは市)の猫バス
        ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

トランプ米大統領が26日、予定通り世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で演説すれば、「米国第一主義」を強調するのだろう。今週も太陽光パネルを対象にセーフガード(緊急輸入制限)を発動、中国企業から国内産業を守る姿勢を鮮明にしたばかりだ。

いらつく米国を見る度に、思い浮かぶグラフがある。「新興アジア」、つまりアジア全体から日本、シンガポール、香港、台湾、韓国などの先進国・地域を除いたアジアの国内総生産(GDP)が、2020年にも米国を抜く

国際通貨基金(IMF)によると、アジアのGDPが米国を一貫して超え始めたのは07年だ。10年には日本を除いても米国を抜いた。20年には米国が地球の裏側の弱小国にしか見ていなかった新興国群が、束になれば米国を抜く。

08年のリーマン危機まで、米国は世界経済の「米一極集中」という立場を享受してきた。グラフは一人勝ちの時代が終わり、埋没していく米国の姿を象徴している。

トランプ氏も米国の人々も、このグラフをいまいましく見つめるに違いない。中国を筆頭とする新興アジアが、米企業の誘致や低賃金を背景にした市場シェアの拡大を通じ、米国内の雇用を奪った結果でもあるからだ。

◇   ◇   ◇

上記のくだりだけでも色々と問題がある。列挙してみたい。

◎その1~中国は「弱小国」と見られてた?

最も引っかかったのが「20年には米国が地球の裏側の弱小国にしか見ていなかった新興国群が、束になれば米国を抜く」との記述だ。この「新興国群」には中国やインドも入る。「弱小国にしか見ていなかった」時期ははっきりしないが、国連安保理の常任理事国であり世界最大の人口を有する中国を米国が「地球の裏側の弱小国」としか見ていなかった時期が近年あっただろうか。


◎その2~そんな括りで見る?

トランプ氏も米国の人々も、このグラフをいまいましく見つめるに違いない」と梶原氏は言うが、「トランプ氏も米国の人々も」そんなグラフを見る機会はほとんどないだろう。「アジア全体から日本、シンガポール、香港、台湾、韓国などの先進国・地域を除いたアジアの国内総生産(GDP)」という括りはかなりマイナーだ。しかも米国を抜いたのでも今年抜くのでもなく「2020年にも米国を抜く」というだけだ。
陸上自衛隊 久留米駐屯地(福岡県久留米市)
           ※写真と本文は無関係です

米国でも一部には気にする人がいるかもしれないが「トランプ氏も米国の人々も、このグラフをいまいましく見つめるに違いない」と言われて頷く気にはなれない。中国のGDPが米国を抜くかどうかは「トランプ氏も米国の人々も」関心を持つと思うが…。


◎その3~2008年まで「米一極集中」?

08年のリーマン危機まで、米国は世界経済の『米一極集中』という立場を享受してきた」との説明も引っかかった。「08年のリーマン危機まで」米国が圧倒的な勢いで世界経済を引っ張ってきたのなら分かる。だが、日本の貿易額で見ても2004年には対中国が対米国を逆転している。07年までの日本の好況も中国経済の好調に支えられた面が大きい。

当時は「米国などの先進国の経済成長が鈍化しても、中国など新興国がけん引役になる」とのデカップリング論が広がった時期でもある。なのに「米一極集中」だったのか。仮にそうならば、根拠を示してほしかった。一般的な認識とはかけ離れているのではないか。

記事はこの後「DとR」を使った言葉遊びのような話が続くが、既に見てきたように記事には納得できない点が多く、梶原氏の分析を参考にする気にはなれなかった。

最後に、文章の作り方で梶原氏に細かい点を助言したい。今回の記事から2つ例を挙げる。

例1)20年には米国が地球の裏側の弱小国にしか見ていなかった新興国群が、束になれば米国を抜く。

例2)そう捉えると、世界を驚かせた10年間で1.5兆ドルの「トランプ減税」の意味も分かりやすい。


例1では「米国が地球の裏側の弱小国にしか見ていなかった」時期が「20年」のように見える。例2では「世界を驚かせた」期間が「10年間」だと理解したくなる。

以下に改善例を示しておく。

改善例1)米国が地球の裏側の弱小国にしか見ていなかった新興国群が、20年には束になれば米国を抜く。

改善例2)そう捉えると、世界を驚かせた「トランプ減税」(10年間で1.5兆ドル)の意味も分かりやすい。

方法は他にも色々とある。分かりやすい文になるよう工夫してほしい。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~『DとR』が示す世界の転機
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180126&ng=DGKKZO26138030V20C18A1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。梶原誠氏への評価はDを維持する。梶原氏については以下の投稿も参照してほしい。

日経 梶原誠編集委員に感じる限界
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_14.html

読む方も辛い 日経 梶原誠編集委員の「一目均衡」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post.html

日経 梶原誠編集委員の「一目均衡」に見えるご都合主義
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_17.html

ネタに困って自己複製に走る日経 梶原誠編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_18.html

似た中身で3回?日経 梶原誠編集委員に残る流用疑惑
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_19.html

勝者なのに「善戦」? 日経 梶原誠編集委員「内向く世界」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_26.html

国防費は「歳入」の一部? 日経 梶原誠編集委員の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_23.html

「時価総額のGDP比」巡る日経 梶原誠氏の勘違い
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/04/gdp.html

日経 梶原誠氏「グローバル・ファーストへ」の問題点
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/04/blog-post_64.html

悪い意味で無邪気な日経 未来学面「考えるクルマ 街へ空へ」

25日の日本経済新聞朝刊未来学面に載った「ポスト平成の未来学~第3部 SFを現実に 運転から解放される日 考えるクルマ 街へ空へ」という記事は、悪い意味で無邪気な記事だ。AIや自動運転車が未来を良い方向へ変えてくれるとの楽観的な分析が続く。説得力が十分にあれば「楽観的過ぎるからダメだ」とは言えない。だが、記事の説明には色々と疑問符が付く。中には「21世紀に入り、大衆消費社会は大気汚染をはじめ様々な問題を生んだ」という誤りと思える記述もあった。
福岡県立三池工業高校(大牟田市)※写真と本文は無関係です

記事には「ご意見や情報」を送るためのメールアドレスが載っていたので、そこに意見を送ってみた。

【日経へのメール】

日本経済新聞社 湯沢維久様 古川慶一様

25日朝刊未来学面の「ポスト平成の未来学~第3部 SFを現実に 運転から解放される日 考えるクルマ 街へ空へ」という記事について意見を述べさせていただきます。

まず「2週間前には米ゼネラル・モーターズ(GM)がハンドルやブレーキもない自動運転車を発表した」という説明についてです。GMが発表した自動運転車には「ブレーキ」が付いているのではありませんか。でないと怖くて乗れません。「ブレーキペダルもない」と言いたかったのでしょうが、ペダルをなくしても「ブレーキもない」車になるわけではありません。

次に「GMのお膝元のミシガン州デトロイト」にある「産官学で自動運転技術を磨く開発拠点」についてです。記事では「自動運転で最も難しいのは路面の凍結や降雪時だ」と前置きした上で、「(この施設では)どんな状況でも繰り返し繰り返し、動作を確認できる」との関係者コメントを使っています。

しかし「東京ドーム3個分の敷地」でどうやって「路面の凍結や降雪」といった状況を自在に作り出しているのか説明がありません。常識的に考えるとかなり難しそうです。可能だとしても莫大な費用がかかりそうです(特に夏季は…)。

その日がどんな天候であっても、繰り返し繰り返し動作を確認できる」という意味かとも思いましたが、その場合「路面の凍結や降雪時」の動作確認ができるのは限られた時期だけになってしまいます。

次に「空飛ぶクルマ」についてです。記事では以下のように記しています。

さらには、道路も必要としない『空飛ぶクルマ』の開発も世界で進む。『空飛ぶクルマ』は欧エアバスや米ライドシェア最大手のウーバーテクノロジーズなど様々な企業がしのぎを削る。日本ではトヨタ自動車のグループ15社が運営団体『カーティベーター』(東京・新宿)に資金を拠出。ドローン(小型無人機)を一回り大きくしたような試作機をこのほど完成させた。中村翼代表(33)は『2050年をターゲットに3次元の交通システムを作りたい』と意気込む

この説明だと何を以って「空飛ぶクルマ」と言っているのか、よく分かりません。「ドローンを一回り大きくしたような」乗り物で移動できて、「道路も必要としない」となると、これは「クルマ」なのでしょうか。個人的には「空飛ぶクルマ」だとは思えません。「空飛ぶクルマ」と言うからには「クルマ」として使える乗り物が空を飛ぶ必要があります。

百歩譲って、道路を走らなくても「空飛ぶクルマ」だとしましょう。その場合「空飛ぶクルマ」は既に実用化されています。例えばヘリコプターです。ドローンを大きくした乗り物を「空飛ぶクルマ」と呼ぶのに、ヘリコプターは「空飛ぶクルマ」ではないと考えるべき理由があるでしょうか。

次に「21世紀に入り、大衆消費社会は大気汚染をはじめ様々な問題を生んだ」との説明についてです。これは厳しく言えば誤りです。「日本では1967年8月に『公害対策基本法』、翌1968年6月に『大気汚染防止法』が公布され、自動車の排出ガス中のCOを3%以下にすることが義務づけられた」との記述がトヨタ自動車75年史にあります。湯沢様や古川様は年齢の関係で記憶にないかもしれませんが、日本では20世紀の方が排ガスなどによる大気汚染の問題は深刻でした。21世紀になってこうした「問題」が生まれたわけではありません。


次は以下の記述についてです。

未来のクルマはこうした弊害を取り除いてエコで効率的な社会への転換に一役買うだろう。EVはそもそも排ガスを出さないし、最短距離で目的地に誘導するAI搭載の自動運転車は渋滞解消にも貢献する。自動運転車が普及すれば、体の自由がきかない高齢者も外出しようとする気力が湧くだろうし、子育てに忙しい女性もネットで好きな時間に欲しい物をデリバリーしてもらえ、家事以外にもできることが増えるだろう

まず「最短距離で目的地に誘導するAI搭載の自動運転車は渋滞解消にも貢献する」との説明が理解できませんでした。例えば、東京・横浜間を移動するクルマのドライバーが現状では様々なルートを選んでいるとしましょう。これが「AI搭載の自動運転車」に置き換わると、全てのクルマが「最短距離で目的地に」向かうルートに集中します。故に東京・横浜間を最短距離で行けるルートの渋滞は非常に激しくなりそうです。AIが本当に「最短距離で目的地に誘導する」ならばの話ではありますが…。選択が分散している方が、全体としての渋滞も少なくて済むのではありませんか。
筑後吉井こころホスピタル(福岡県うきは市)
          ※写真と本文は無関係です

私見ですが、自動車の台数自体が現状のままでAI搭載の自動運転車に置き換わっていけば、別の理由で渋滞は今よりひどくなるでしょう。自動運転車に法定速度を超えて走る自由はないはずです。制限速度が40キロであればしっかりと守るでしょう。制限速度40キロや60キロの幹線道路でも、現状では混んでいなければ制限速度をかなり上回って全体が流れているのが普通です。

制限速度をきっちり守る自動運転車がある程度のシェアを占めてくれば、全体の流れは今より遅くなるはずです。それでも湯沢様や古川様は「AI搭載の自動運転車は渋滞解消にも貢献する」と本当に思いますか。個人的には、融通の利かないノロノロ運転のクルマばかりが増えそうで今から心配です。

最後に「子育てに忙しい女性もネットで好きな時間に欲しい物をデリバリーしてもらえ、家事以外にもできることが増えるだろう」との説明にも注文を付けさせてもらいます。

これは自動運転車との関連が薄そうです。例えば、時間を指定してピザや寿司を「デリバリー」してもらうことは今でも可能です。「ネット」がなくてもできます。

さらに言えば、自動運転車でのデリバリーになると、今より不便になるかもしれません。今ならば人が玄関先までピザなどを届けてくれますが、自動運転車には無理な話です。「子育てに忙しい女性」も自動運転車のところまで足を運ぶことになりそうです。

「新しい技術によって問題が解決され明るい未来が訪れる」と考えるのは悪いことではありません。ただ、物事には様々な面があります。少し斜めから見るぐらいの気持ちで記事を作った方がいいかもしれません。誰でも言えそうなことを書くのならば、その記事の筆者は湯沢様や古川様でなくてもいいのです。

意見は以上です。今後の参考にしていただければ幸いです。

◇   ◇   ◇

※今回取り上げた記事「ポスト平成の未来学~第3部 SFを現実に 運転から解放される日 考えるクルマ 街へ空へ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180125&ng=DGKKZO26097210U8A120C1TCP000

※記事の評価はD(問題あり)。湯沢維久記者と古川慶一記者への評価も暫定でDとする。

2018年1月25日木曜日

下手投げは「道なき道」? 日経 篠山正幸編集委員の誤解

日本経済新聞の篠山正幸編集委員が「牧田和久(西武―パドレス)」について「下手投げという道なき道を歩んできた」と記している。だが、牧田が「下手投げという道なき道を歩んできた」とは思えない。25日朝刊スポーツ面の「逆風順風~独創技術でメジャー挑戦」という記事の全文を見てから、この問題を考えてみたい。
新古賀病院(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

日本ハムからエンゼルスに移籍した大谷翔平ら、メジャー挑戦組のなかで、異彩を放っているのが牧田和久(西武―パドレス)だ。

自ら「絶滅危惧種」という、数少ないアンダースローの技術の担い手。遅い球でいかに打者を翻弄するか。そのチャレンジは、大げさにいえば“技術立国”たる日本野球の値打ちが問われる戦い、といえる。

静岡・静清工高(現静清高)のときに指導者の助言で下手で投げてみたら、結構いい球が放れた。筋はよかったのだろうが、楽な道のりではなかった。

通算284勝の山田久志さん、187勝の足立光宏さん(ともに阪急=現オリックス)ら、偉大な先達がいる。だが同じ下手投げでも、投法は違っていて、十人十色。

試行錯誤するなかで、テークバックで腕を大きく伸ばす山田さんのフォームをまねてみたものの、肩を痛めたという。肩の可動域などは個人差が大きい。結局、自分の体に合った投法を、自分で見つけなくてはならなかった。

球威があり、速球派ともいえた山田さんは例外で、下手投げの多くは技巧派に分類していいだろう。力で抑え込めない分、バットに当てられたときは被害甚大、となりかねない。

90キロほどのカーブを配しながら、打者をかわす投球の成否は度胸一つにかかっている、といってもいい。そのあたりの非凡さが表れたのが、ルーキーイヤーのクライマックスシリーズで、ソフトバンク・松中信彦に喫した満塁弾だった。

大一番のしびれる場面で、臆せずストライクゾーンに投げ込んだ。並の新人なら逃げてボール、ボールとなる場面。変な言い方になるが、あそこで打たれることができる投手だったから、メジャーの入り口まで来られたのだろう。

セットポジションでは長く球を持ち、打ち気にはやるメジャーの打者をじらそうかと策を練る牧田の表情には、小規模ながら、独創の技術で世界と戦う町工場の経営者の趣もある。

下手投げという道なき道を歩んできた牧田。新天地に、どんな足跡を残すだろう。


◎「偉大な先達がいる」ならば…

通算284勝の山田久志さん、187勝の足立光宏さんら、偉大な先達がいる」のならば、牧田が「下手投げという道なき道を歩んできた」とは言い難い。「自分の体に合った投法を、自分で見つけなくてはならなかった」のだとしても「下手投げ」としての道を牧田より先に歩んだ人は何人もいる。
日田駅に停車中のクルーズトレイン ななつ星 in 九州
             ※写真と本文は無関係です

牧田が出てくるまで日本のプロ野球界では長くアンダースローが不在だったのならば、まだ分かる。しかし、実際はそうなっていない。渡辺俊介(2001~13年 千葉ロッテ在籍)がいる。牧田の「ルーキーイヤー」が2011年なので、2人は同時期にプロ野球の世界にいた。そして、21世紀のプロ野球の世界でもアンダースローが通用することは、渡辺が既に証明していた。

日刊スポーツの1月11日の記事では牧田について「山田久志、渡辺俊介ら先達の映像で学んだ」と書いている。一方、日経の記事では「試行錯誤するなかで、テークバックで腕を大きく伸ばす山田さんのフォームをまねてみたものの、肩を痛めたという」だけで渡辺の名前は全く出てこない。

篠山編集委員が渡辺を知らないとは考えにくい。メジャーにも挑戦した渡辺に触れると、「(牧田の)そのチャレンジは、大げさにいえば“技術立国”たる日本野球の値打ちが問われる戦い、といえる」といった話に説得力が乏しくなるので、あえて言及しなかったのか。

ついでに2点を指摘しておきたい。


◎「バットに当てられたときは被害甚大」?

下手投げの多くは技巧派に分類していいだろう。力で抑え込めない分、バットに当てられたときは被害甚大、となりかねない」との説明は納得できなかった。「バットに当てられたとき=バットの芯で捉えられたとき」という意味ならば、「技巧派」であってもなくても「被害甚大、となりかねない」はずだ。

では「バットに当てられたとき=空振りが取れなかったとき」と考えた場合はどうか。奪三振が少なく打たせて取る「技巧派」であれば「バットに当てられた」こと自体に問題はない。ゴロやフライでアウトを稼げばいいだけの話だ。篠山編集委員は「下手投げの多くは技巧派だからバットに当てられてはまずい。三振を取らないと…」と信じているのだろうか。


◎どこで「メジャーの打者」と対戦?

牧田は現段階では「メジャーの入り口まで来られた」だけなのに「打ち気にはやるメジャーの打者をじらそうかと策を練る牧田の表情には、小規模ながら、独創の技術で世界と戦う町工場の経営者の趣もある」と既に「メジャーの打者」との対戦経験があると思える書き方をしている。これは分かりにくい。

牧田はワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では「メジャーの打者」とも対戦している。「打ち気にはやるメジャーの打者をじらそうかと策を練る」のがWBCの舞台ならば、そこは明示してほしかった。


※今回取り上げた記事「逆風順風~独創技術でメジャー挑戦
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180125&ng=DGKKZO26107530U8A120C1UU8000


※記事の評価はD(問題あり)。篠山正幸編集委員への評価はDを維持する。篠山編集委員については以下の投稿も参照してほしい。

日経 篠山正幸編集委員「レジェンドと張り合え」の無策
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_10.html

「入団拒否」の表現 日経はどう対応? 篠山正幸編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post.html

大谷を「かぐや姫」に例える日経 篠山正幸編集委員の拙さ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_11.html

日本の生産性は「先進国中で最下位」? 日経ビジネスに疑問

日経ビジネス1月22日号の特集「『おもてなし』のウソ」は全体として見れば満足できる内容だった。だが、日本の労働生産性について「先進国中で最下位」とした説明には疑問を感じた。そこで編集部に問い合わせを送ってみた。内容は以下の通り。
シグマパワー有明 三川発電所(福岡県大牟田市)
           ※写真と本文は無関係です

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス編集部 宇賀神宰司様 藤村広平様 浅松和海様 杉原淳一様

1月22日号の特集「『おもてなし』のウソ」の中の「PART 4~稼げるサービスは現場力が生み出す 日本は低生産性から脱却なるか」という記事についてお尋ねします。記事では「先進国中で最下位──。各種の統計が示すように、日本の産業全体の生産性は極めて低いと指摘されている」と記しています。

日本の労働生産性は主要7カ国で最下位が続く」とのタイトルが付いたグラフでは、日本生産性本部のデータを基に「就業者1人当たりの労働生産性」の順位を示しています。そこで、このデータから「先進国中で最下位」かどうかを考えてみます。

日本生産性本部の資料によると、OECD加盟35カ国の中で日本は「就業者1人当たりの労働生産性」で21位です。「先進国」に明確な定義はありませんが、「OECD加盟国先進国」とすれば、日本の下に14カ国もいます。

内閣府がまとめた「世界経済の潮流2014」では先進国を「チリ、トルコ、メキシコを除くOECD加盟国」としています。この定義に従ってみても、生産性で日本を下回る先進国が11カ国あります。日本より下位のニュージーランドは、常識的に言っても明らかな先進国です。

日本の産業全体の生産性」を「先進国中で最下位」としたのは誤りではありませんか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。先進国の定義をかなり強引に設定しないと「最下位」にはならないはずです。またOECD加盟35カ国中21位の生産性を「極めて低い」と捉えるのも、やや無理があります。

付け加えると、グラフでは日本の順位が2016年で21位となっていますが、母集団を示していません。「世界全体で21位」「先進25カ国で21位」とも見えます。OECD加盟35カ国中の21位だと分かる作りにすべきでしょう。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いします。

◇   ◇   ◇

22日(月)に問い合わせを送ったものの、24日までには回答がなかった。回答が届けば、その内容を紹介したい。

日本の労働生産性については、他のメディアも含めて低さを強調する記事が目立つ。しかしOECD加盟35カ国中21位であれば「加盟国の中ではどちらかと言えば低い」といったレベルだ。非加盟国の労働生産性が低いとすれば、世界全体で見た場合「日本の労働生産性は高い」との見方も成り立つだろう。

労働生産性の低さを強調したいためにデータをご都合主義的に扱うのが絶対にダメだとは言わない。ただ、限度はある。「先進国中で最下位」は誤りだと思えるし「日本の産業全体の生産性は極めて低いと指摘されている」との説明もかなり苦しい。


※今回取り上げた記事「PART 4~稼げるサービスは現場力が生み出す 日本は低生産性から脱却なるか
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/special/011600897/?ST=pc


※記事の評価はD(問題あり)。

※追記)投稿後に日経BP社から以下の回答があった。

【日経BP社の回答】

いつもご愛読ありがとうございます。ご質問に回答させて頂きます。

ご指摘の通り、先進国には明確な定義がありません。そうしたなかで「OECD加盟国=先進国」というのも、一つの定義かと存じます。

グラフのタイトルで明示したように、日本の生産性は主要7カ国で最下位で、冒頭リード文で「主要先進国で最下位」と記しましたが、本文中では読者の混乱を招きかねない表現になっていたこと、頂戴したご指摘を踏まえ、今後の編集作業の参考とさせて頂きます。

よろしくお願い申し上げます。

◇   ◇   ◇

回答はこれでよいと思える。

2018年1月24日水曜日

「個人取引に参入」は本当? 日経「オリックス、中国ネット金融に出資」

本文にその内容が出てこない見出しを「カラ見出し」と言う。24日の日本経済新聞朝刊 金融経済面に載った「オリックス、中国ネット金融に出資 67億円 個人取引に参入」という記事では「個人取引に参入」 がカラ見出しになっていた。日経に問い合わせを送ったので、その内容を紹介したい。「同社」の使い方など細かい点もついでに指摘している。
甲佐町やな場(熊本県甲佐町)※写真と本文は無関係です


【日経への問い合わせ】

24日朝刊 金融経済面の「オリックス、中国ネット金融に出資 67億円 個人取引に参入」という記事についてお尋ねします。見出しでは「個人取引に参入」 と明言していますが、本文には相当する記述がありません。最初の段落では以下のように説明しています。

オリックスはこのほど個人間の少額の貸し借りをネットで仲介する『ピア・ツー・ピア(P2P)金融』の中国大手、点融(ディエンロン)に出資した。出資額は67億円で取得した株式割合は非公開だが数%とみられる。フィンテックで個人間融資市場が急速に膨らんでおり、同社は先行する中国企業に出資しノウハウを蓄積する狙いだ

常識的に考えて、P2P金融の中国大手に「数%」出資したからと言って、オリックスが中国で「個人取引に参入」したことにはなりません。記事でも「先行する中国企業に出資しノウハウを蓄積する狙いだ」とは記していますが「個人取引に参入」と判断できる書き方はしていません。

見出しの「個人取引に参入」は誤りと考えてよいのでしょうか。問題ないとの判断であれば、その根拠も教えてください。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。クオリティージャーナリズムを標榜する新聞社として掲げた旗に恥じない行動を心掛けてください。

付け加えると、「フィンテックで個人間融資市場が急速に膨らんでおり、同社は先行する中国企業に出資しノウハウを蓄積する狙いだ」とのくだりの「同社」の使い方に問題があります。文脈上は「同社オリックス」なのでしょうが、「同社」の直前に出てくる社名は「点融(ディエンロン)」になっています。「同社」を「オリックス」と直せば問題は解消します。

また、「出資額は67億円で取得した株式割合は非公開だが数%とみられる」というくだりの「株式割合」も耳慣れない言葉で違和感があります。「投資額は67億円で、出資比率は非公開だが数%とみられる」とすれば「出資」の繰り返しを避けながら、自然な言い回しにできます。

さらに言えば、第2段落の「(点融は)これまでに仲介した約8100億円の融資実績がある」との書き方は、やや不適切だと感じました。点融は仲介業者なので「これまでに約8100億円の融資を仲介した実績がある」などとした方がよいでしょう。


◇   ◇   ◇

なぜカラ見出しになったのか断定はできないが、想像はつく。「個人取引に参入」と明確に打ち出しているのだから、見出しを担当する整理部の担当者が勝手に「個人取引に参入」と判断した可能性は低そうだ。
祐誠高校(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

記事が整理部に届いた際に、仮の見出しに「個人取引に参入」が入っていたのではないか。本文でも最初は「個人取引に参入」と取れるくだりがあったものの、「数%」の出資で「個人取引に参入」では厳しいとの判断で削られて、見出しだけが残ってしまった--。そんな展開ではないかと推測している。

日経からの回答が期待できないので、どういう事情だったのかは知る術がない。ただ、今回のカラ見出しに問題があるのは間違いない。再発防止に努めてほしい。


※今回取り上げた記事「オリックス、中国ネット金融に出資 67億円 個人取引に参入
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180124&ng=DGKKZO26032330T20C18A1EE9000


※記事の評価はD(問題あり)。

2018年1月23日火曜日

「市場原理が改革を迫る」ように見えない日経「賃金再考」

23日の日本経済新聞朝刊1面に載った「賃金再考(2)賃上げ率 中小企業>大企業 市場原理が改革を迫る」という記事はやや苦しい内容だった。「賃上げ率 中小企業>大企業 市場原理が改革を迫る」と見出しで打ち出しているので、賃上げ率で中小企業が大企業を上回ったことが企業に改革を迫っている姿を描いているはずだ。しかし、読んでみると、そうでもない。
山苞の駅(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

記事の前半部分を見ていこう。

【日経の記事】

文具販売を手掛けるオカモトヤ(東京・港)の鈴木真一郎社長(69)は、今年も2年連続となる基本給の引き上げを考え始めている。昨年は107人の正社員を対象に、基本給を一律で1000円上げた。「内定辞退者も出た。若い人材の質が下がるのは避けたい」

中小企業で働く人の賃金が上がっている。連合がまとめた2017年の春季労使交渉でのベースアップ(ベア)率は大企業の0.47%に対し、中小は0.56%。2年続けて中小が大企業を上回った。

背景には若い世代の人手不足がある。総務省によると、25~34歳の人口は17年11月時点で1337万人と、5年前より151万人も減った。日銀の調査では、中小企業は大企業よりも人手不足感が強い。売り手と買い手の市場原理が、大企業との逆転を生む

人手不足で雇用は拡大し、働く人が受け取る賃金の総額(雇用者所得)は17年まで5年続けて前年を上回ったことがほぼ確実だ。

ただ、これまでの伸びは働く人が増えたことが大きい。賃上げに踏み切る企業は多いものの、新たな働き手の女性や高齢者は賃金が少なく、1人あたり賃金の伸びは抑えられている。


◎どんな「改革」を迫ってる?

ベースアップ(ベア)率は大企業の0.47%に対し、中小は0.56%」で「売り手と買い手の市場原理が、大企業との逆転を生む」と記事では述べている。差は小さいが、それでも「逆転」が「改革を迫る」ものだとしよう。しかし、どんな「改革」を迫っているのか謎だ。記事には「基本給を一律で1000円上げた」といった話は出てくるものの、「改革」を迫られている様子はうかがえない。

記事の後半も見ていこう。

【日経の記事】

デフレ脱却の足取りを確かにしたい政府は、経営者に賃上げを迫る。

「はっきり申し上げて3%お願いしたい」。5日、経済3団体が開いた新年のパーティーで安倍晋三首相は改めて経営者に賃上げを迫った。今年は経団連が前向きな姿勢を見せ、定期昇給にベアを合わせた「3%賃上げ」の雰囲気はある。

すでに市場原理は色々な形で賃金を動かしている。パートやアルバイトは人手不足が深刻で、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(大阪市)は17年9月、約7700人のパート・アルバイトの時給を一律で110円増やした。人件費は10億円超増えるが、人手の確保を急ぐ。厚生労働省の統計では17年1~9月のパートタイマーの賃金は前年同期に比べ2.27%も上がった。

新卒の採用競争も企業の背中を押す。ライオンは18年春、大卒初任給を9年ぶりに引き上げることを決めた。厚労省がまとめる世代別の平均賃金も、若手にあたる20代や30代の正社員は増える傾向にある。

一方で16年の40代の賃金は、12年の40代を下回っている。働いてきたのがデフレ期にあたり、賃上げを強く求めないかわりに、雇用を守ることで企業と労働組合が折り合ってきた。だが我慢を強いるだけでは、層の厚い40代を成長の原動力にするのは難しい。成果を出せば賃金が上がる循環をつくることが不可欠だ

早稲田大学の黒田祥子教授は「日本全体で仕事を面白くして生産性を上げようという気持ちが乏しいことが、停滞感を強くしている」と見る。成長への歯車を回すのは従業員の意欲であり、賃上げはそれを引き出す企業戦略の柱だ。企業は選択の時を迎えている。


◎やはり見えない「改革」

すでに市場原理は色々な形で賃金を動かしている」などと賃上げの話は出てくるが、「賃上げ率 中小企業>大企業」ゆえに「市場原理が改革を迫る」という展開にはなっていない。中小企業と大企業の「逆転」以外も含めて「市場原理が改革を迫る」話を探してみても見つからない。
エリソン・オニヅカ橋(福岡県うきは市)
         ※写真と本文は無関係です

賃上げ=改革」と言いたいのかとも思ったが、労働需給の逼迫に対応して賃金を上げても、普通は「改革」とは言わない。

成果を出せば賃金が上がる循環をつくることが不可欠だ」とも書いているが、これは取材班の意見であって「市場原理が改革を迫る」事例ではない。

成長への歯車を回すのは従業員の意欲であり、賃上げはそれを引き出す企業戦略の柱だ。企業は選択の時を迎えている」との結びの部分もそうだ。取材班の考えは分かる。ただ、それはいつの時代も同じだ。

記事で紹介した市場原理とは「中小企業の方が人手不足感が強いので賃上げ率も高い」「人手不足が全体に広がっているので賃上げの動きは既に出ている」ということだ。この「市場原理」はどんな「改革」を企業に迫っているのか。結局、答えは見えなかった。「従業員の意欲」を引き出すための「賃上げ」がまさか答えではないと思うが…。


※今回取り上げた記事「賃金再考(2)賃上げ率 中小企業>大企業 市場原理が改革を迫る
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180123&ng=DGKKZO25984070S8A120C1MM8000


※記事の評価はC(平均的)。

2018年1月22日月曜日

経団連会長は時価総額で決めるべき? 大西康之氏の奇妙な主張

ジャーナリストの大西康之氏がFACTA2月号に書いた「『英原発の毒』を呑む日立」という記事に、引っかかる説明があった。「経団連会長」の選び方に関するものだ。まずは当該部分を見ていこう。
久留米大学医療センター(福岡県久留米市)
           ※写真と本文は無関係です

【FACTAの記事】

日立は「日本を代表する企業」ではない。一番わかりやすい企業価値である株式時価総額(1月10日時点)を見れば、4兆4300億円の日立は国内ランキング27位。1位のトヨタ自動車(25兆1400億円)との比較は酷としても、同じ製造業のキーエンス(6位、8兆200億円)、任天堂(13位、6兆2600億円)に大きく引き離されている。トヨタの豊田章男社長が経団連会長就任を固辞したというのなら、キーエンスの山本晃則社長に就任を依頼するのが筋である


◎時価総額で決めるのが「筋」?

大西氏は「日本を代表する企業」の経営者が「経団連会長」になるのが「」だと考えているのだろう。一般社団法人である経団連がどうやって会長を選ぶかは会員企業の間で決めればいい話だとも思えるが、取りあえず「日本を代表する企業」から選ぶものだとしよう。

それでも疑問は残る。まず「株式時価総額」で判断するのが適当かという問題がある。例えば、時価総額ランキングで30位以下だという理由でGE、IBM、コカ・コーラ、マクドナルド、ボーイングなどを「米国を代表する企業ではない」と断言できるだろうか。個人的には違う気がする。

大西氏は、経団連の会長を出す企業について「日本を代表する企業」でかつ製造業という基準も持っているようだ。しかし、過去の会長企業には東京電力も入っているし、製造業にこだわるべきかどうかも意見が割れるだろう。

なので、仮に「株式時価総額」で見た「日本を代表する企業」の経営者から会長を選ぶべきだとしても「キーエンスの山本晃則社長に就任を依頼するのが筋」とは言い切れない。2~5位が非製造業だからと言って候補から除外する方が「」から外れているとの考えも成り立つ。

そう考えると「トヨタの豊田章男社長が経団連会長就任を固辞したというのなら、キーエンスの山本晃則社長に就任を依頼するのが筋である」との主張はやはり説得力に欠ける。

ついでに記事の続きにも注文を入れておこう。

【FACTAの記事】

だが企業の格にこだわる経団連では「昔の名前」が幅を利かす。戦後日本の経済発展で日立が果たした役割は大きいが、冷静に現状を観察すれば世界で戦う余力は残っていない。川村が施した大リストラで収益力が上がり、07年3月期から4年連続で最終赤字を計上したダメ会社は、ようやく5千億円前後の営業利益が確保できる体質になった。しかし隣国に目をやれば、サムスン電子の17年の営業利益は53兆6千億ウォン(約5兆7千億円)と桁が違う

実力も伴わないまま「財界総理」を輩出してしまった日立は、もはや国の言いなりになるしかない。「国策」に従ってズルズルと原発輸出を続ければ、ホライズンはやがてWHと同じ状況に陥り、日立の存立を脅かす存在になるだろう。

中西は経団連会長就任の抱負として「日本経済のグローバル化とデジタル化」を挙げたが、出身母体である日立は原発の底なし沼にはまり込み、グローバル化もデジタル化もままならない。まさに「一将功なりて万骨枯る」である。


◎なぜ「余力なし」と言える?

戦後日本の経済発展で日立が果たした役割は大きいが、冷静に現状を観察すれば世界で戦う余力は残っていない」との説明は無理がある。「5千億円前後の営業利益」だと「世界で戦う余力」さえないと大西氏は言い切る。「サムスン電子の17年の営業利益は53兆6千億ウォン(約5兆7千億円)と桁が違う」ことを根拠として挙げている。
福岡県八女市の蹴洞橋(けほぎばし)
           ※写真と本文は無関係です

しかし、日立は「サムスン電子」と事業内容がそれほど重なっていない。比較対象として意味があるのか。それに、同じ市場で戦っているとしても「営業利益が桁違いに多い企業が相手だと、利益の少ない側に戦う余力はない」とも言えない。

利益の少ない側が画期的な新製品を出せば状況は一変する。それができなくても、直接的な競合を避けてニッチ市場に活路を見出す選択もある。

例えば自動車業界でトヨタ自動車とスズキを比べると、営業利益はトヨタの方が桁違いに多い。だからと言って、インドなどで成功しているスズキに対して「世界で戦う余力さえ残っていない」と考える人はゼロに近いはずだ。

そもそも「5千億円前後の営業利益」があっても「世界で戦う余力」さえないとなると、「世界で戦う余力」のある企業はかなり少数になってしまう。本当にそうだろうか。

最後に言葉の使い方で1つ。「輩出」とは「すぐれた人物が続いて世に出ること。また、人材を多く送り出すこと」(デジタル大辞泉)だ。「実力も伴わないまま『財界総理』を輩出してしまった日立」と大西氏は書いているが、「財界総理」を初めて出した日立に関して、「輩出」を用いるのは好ましくない。最低でも2人は出していないと苦しい。


※今回取り上げた記事「『英原発の毒』を呑む日立
https://facta.co.jp/article/201802002.html

※記事の評価はD(問題あり)。大西康之氏への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。大西氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経ビジネス 大西康之編集委員 F評価の理由
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_49.html

大西康之編集委員が誤解する「ホンダの英語公用化」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_71.html

東芝批判の資格ある? 日経ビジネス 大西康之編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_74.html

日経ビジネス大西康之編集委員「ニュースを突く」に見える矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/blog-post_31.html

 FACTAに問う「ミス放置」元日経編集委員 大西康之氏起用
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/facta_28.html

文藝春秋「東芝前会長のイメルダ夫人」が空疎すぎる大西康之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_10.html

文藝春秋「東芝前会長のイメルダ夫人」 大西康之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_12.html

文藝春秋「東芝 倒産までのシナリオ」に見える大西康之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_74.html

大西康之氏の分析力に難あり FACTA「時間切れ 東芝倒産」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/facta.html

文藝春秋「深層レポート」に見える大西康之氏の理解不足
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_8.html

文藝春秋「産業革新機構がJDIを壊滅させた」 大西康之氏への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_10.html

「東芝に庇護なし」はどうなった? 大西康之氏 FACTA記事に矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/facta.html

「最後の砦はパナとソニー」の説明が苦しい大西康之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post_11.html

2018年1月20日土曜日

FACTAに問う「東芝に半導体売らせぬ」のどこが「悪巧み」?

FACTA2月号に載った「東芝に『半導体売らせぬ』悪巧み~増資で一儲けしたアクティビスト。もう一山当てようと『虎の子売るな』の大合唱に入る」という記事は「アクティビスト」を悪者として描いているが、説得力は乏しい。
福岡県うきは市の白壁通り※写真と本文は無関係です

まず、見出しにもなっている「東芝に『半導体売らせぬ』悪巧み」について考えてみたい。記事の当該部分は以下のようになっている。

【FACTAの記事】

東芝とウエスタン社の和解発表前に、香港に拠点を置くヘッジファンドのアーガイル・ストリート・マネジメントは東芝にこんな書簡を送りつけている。「急いでメモリー子会社の株式を売却する必要はなくなった」

東芝が分社した半導体子会社の「東芝メモリ」を売ろうとしたのは18年3月期に7500億円の債務超過に陥ることを回避するのが目的だった。しかし6千億円の第三者割当増資が完了し、財務基盤への不安はなくなったのだから、虎の子を売る必要はないという主張だ。

半導体事業を売却した東芝に成長の芽はない。アクティビストがそんなクズ株を持ち続ける理由はないが、東芝が方針を転換し、半導体を手元に残せば、株価の急上昇が見込める。「半導体事業の売却を予定している3月末に向け、東芝に対して、同じような揺さぶりをかけるアクティビストは増える。それに東芝も応じざるを得なくなるだろう」と株式市場関係者は言う。


◎「売らせぬ」はなぜ「悪巧み」?

記事を読んでも「東芝に『半導体売らせぬ』」ことがなぜ「悪巧み」なのか理解できない。東芝は東芝メモリを積極的に手放したかったわけではない。債務超過解消のために言わば渋々だ。「6千億円の第三者割当増資が完了し、財務基盤への不安はなくなった」のであれば、売却取り止めは東芝にとって悪い話ではない。

半導体を手元に残せば、株価の急上昇が見込める」のであれば、「アクティビスト」はもちろん、それ以外の東芝株保有者にとっても好ましい。東芝メモリの買い手には不満を持つ向きもあるかもしれないが、記事ではそこには触れていないので「悪巧み」の根拠ではなさそうだ。株式投資で利益を得ようとすること自体が「悪巧み」なのか。結局、よく分からなかった。

次に「増資で一儲けしたアクティビスト」について見ていく。記事では以下のように説明している。

【FACTAの記事】

政府が脛に傷を持つことを見透かしてなのか、アクティビストの傍若無人な振る舞いは止まらない。6千億円の第三者割当増資を巡って、東芝株は不可解な動きを見せたが、「主体はアクティビストだろう」というのが市場関係者の共通した見方だ。

増資を決議した11月19日に先立つ11月9日にNHKが第1報を流すと売買高は急増。8日の終値321円に対して10日は297円まで下落した。株価下落を最も喜んだのは、発行額が安ければ安いほど第三者割当増資での保有株数が増えるアクティビストだ。増資の引き受け価格は1株262円80銭。11月19日の直前営業日である17日の終値(292円)に0.9を乗じて決めた。これを下回ると有利発行とみなされ株主総会の特別決議が必要となる。ギリギリの水準で決めたことからしても、東芝の株主となったアクティビストが株価下落を熱望していたことがうかがえる。

「報道の経緯は調べるつもり」と金融庁幹部は言うが、積極的な動きは見られない。増資を巡って一儲けしたアクティビストたちが東芝に半導体を売らせず、もう一儲けするのを咎める動きは恐らくない。


◎どこで「一儲け」?

記事を信じれば「アクティビスト」はすでに「増資で一儲けした」はずだ。しかし、何を以って「一儲け」と言っているのか謎だ。
えーるピア久留米(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係

増資で得た株を売却して利益を得ているのならば立派な「一儲け」だが、そうは書いていない。増資の引き受け価格が下がったことを指しているのかもしれないが、それだけでは「一儲け」とは言い難い。少なくとも利益を確定させてはいない。

8日の終値321円に対して10日は297円まで下落した」と書いているので、その過程で空売りでも仕掛けて「一儲け」したのかもしれないが、そうとも書いていない。しかも「主体はアクティビストだろう」というのは、あくまで市場の見方なので、「増資で一儲けした」と断言できる材料にはならない。

結局、「増資で一儲けした」かどうかを記事からは判断できない。これでは困る。

不可解な動き」という説明も引っかかった。どこが「不可解」なのか、またしても判然としない。「増資を決議した11月19日に先立つ11月9日にNHKが第1報を流すと売買高は急増。8日の終値321円に対して10日は297円まで下落した」というだけならば、自然な流れに見える。報道機関が発表前にニュースを流すのは日常茶飯事だし、増資のニュースが出て売買が膨らみ株価が下がるのも分かる。

不可解な動き」と言うのならば、どの辺りが「不可解」なのか、もう少しきちんと説明すべきだ。話が漠然とし過ぎている。

また、明確な根拠もなしに「アクティビストの傍若無人な振る舞いは止まらない」と言い切るのも感心しない。「アクティビスト」を批判するのは問題ない。だが「傍若無人な振る舞いは止まらない」とまで言っているのに、記事ではまともな根拠を示せていない。


※今回取り上げた記事「東芝に『半導体売らせぬ』悪巧み~増資で一儲けしたアクティビスト。もう一山当てようと『虎の子売るな』の大合唱に入る
https://facta.co.jp/article/201802004.html


※記事の評価はD(問題あり)。

2018年1月19日金曜日

訂正は出したが…週刊エコノミスト金山隆一編集長の残念な対応

週刊エコノミスト1月23日号に訂正が出た。「1月2・9日合併号56ページ『出口の迷路』で、『しかし、そうすると含み益が現実化してしまう』とあるのは、含み損の誤りでした」となっている。この件では昨年末に同誌編集部に問い合わせを送っているが、訂正掲載後も回答はなかった。
筑後川と耳納連山(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

訂正は筆者から要請されて渋々出したのだろう。それでも載せないより載せた方がいい。後は、間違い指摘をしてきた読者に対して、きちんと回答できればよいのだが…。メンツの問題もあって難しいのか。残念ではある。

編集部に送ったメールの内容を改めて紹介しておきたい。



【エコノミストへのメール(12月26日)】

週刊エコノミスト編集部 担当者様   野口悠紀雄様

御誌を定期購読している鹿毛と申します。

2018年1月2・9日合併号の「出口の迷路~金融政策を問う(13)短期金利2%なら36兆円の逆ザヤに」という記事についてお尋ねします。記事には「(日銀が)金利増による支払増を避けるためには、国債を売却して当座預金残高を減らす必要がある。しかし、そうすると含み益が現実化してしまう。それが具体的にどの程度の損失になるかは、国債保有額、償還までの残存期間、そして、金利上昇幅による」との記述があります。

含み益が現実化してしまう」のであれば、「利益」が出そうなものですが、「それが具体的にどの程度の損失になるかは~」と「損失」の話が続きます。この後にも「(国債を)一気に売却しても満期持ちしても、損失額は大きくは変わらないということになる」などと出てきます。記事中の「含み益」は「含み損」の誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

御誌では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。


【エコノミストへのメール(12月31日)】

週刊エコノミスト編集長 金山隆一様

御誌を定期購読している鹿毛と申します。

2018年1月2・9日合併号の「出口の迷路~金融政策を問う(13)短期金利2%なら36兆円の逆ザヤに」という記事の中で「含み益」となっているのは「含み損」の誤りではないかとの問い合わせを2017年12月26日にしました。

筆者である野口悠紀雄氏からは「正しくは『含み損』です」「編集部に訂正掲載を依頼します」との回答をいただいています。しかし、12月31日の段階で御誌からの回答は届いていません。

定期購読者から間違い指摘を受け、筆者も誤りを認めているのに、読者への回答はしないとの御誌の姿勢に正しさはあるのでしょうか。

◇   ◇   ◇

※金山隆一編集長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

FACTAに「声」を寄せた金山隆一エコノミスト編集長に期待
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/facta_25.html

週刊エコノミスト金山隆一編集長への高評価が揺らぐ記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_12.html

週刊エコノミスト編集長が見過ごした財産ネットの怪しさ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_14.html

「無理のある回答」何とか捻り出した週刊エコノミストを評価
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_94.html

東芝は「総合重機」? 週刊エコノミスト金山隆一編集長に質問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_57.html

ついに堕ちた 週刊エコノミスト金山隆一編集長に贈る言葉
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_8.html

駐車違反を応援? 週刊エコノミスト金山隆一編集長
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_29.html

読者との「約束」守らぬ週刊エコノミスト金山隆一編集長
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_8.html

週刊エコノミストが無視した12の間違い指摘(2017年)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/122017.html

2018年1月18日木曜日

「インフレ期待高まれば株高」と日経 荻野卓也記者は言うが…

インフレ期待の高まり」は日経平均株価が上値を追う上で「援軍」となるだろうか。その可能性はもちろんある。だが、マイナス面も無視できない。なのに17日の日本経済新聞朝刊マーケット総合1面に載った「スクランブル~株、インフレ期待の援軍 原油高・賃上げ、内需に恩恵」という記事では「インフレ期待の高まり→株高」と単純に捉え過ぎている。
西鉄福岡駅(福岡市中央区)※写真と本文は無関係です

具体的に見ていこう。

【日経の記事】

26年ぶりの高値水準を更新した日経平均株価。世界的な景気拡大への期待が最大の要因だが、足元では意外な援軍も現れている。インフレ期待の高まりだ。原油高や賃上げが背景にあり、恩恵を受けやすい内需株中心に投資マネーが流入している。この傾向が強まれば、相場の上昇基調に弾みが付く可能性がある。

 16日に相場の強さを印象づけたのが金融株の連騰記録だ。みずほフィナンシャルグループはこの日までに9営業日続伸した。2014年10月22日~11月5日の10日続伸以来の長さだ。かんぽ生命保険も同じく9日続伸で、こちらは15年11月の上場以来最長となる。太陽生命保険の熊田享司氏は「金利先高観が強まり、収益改善期待が広がった」とみる。金融緩和の縮小観測に加え、根底にあるのがインフレ期待の高まりだ。

変化を示すのが市場のインフレ期待の度合いを示す「ブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)」だ。物価連動国債と国債の利回り差を基に算出するこの指標は、昨年秋から上昇基調を強め、18年は0.6%台まで上昇。業種別東証株価指数の「銀行」をみると、BEIと歩調を合わせる場面が目立つ。インフレ期待と銀行株の相関性の高さがうかがえる。


◎「金融緩和の縮小」が実現したら…

金利先高観が強まり、収益改善期待が広がった」から金融株に買いが入ったのは分かる。だが、「金融緩和の縮小」が現実となれば、基本的には株価にマイナスだ。筆者の荻野卓也記者はそこをどう考えているのか。記事には説明がない。
須賀神社(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

仮に、インフレ期待が高まる中で金利上昇は実現しないという展開になったとしても、「収益改善期待」が崩れた金融株には失望売りが広がる公算が大きい。いずれにしても、単純に「インフレ期待の高まり→株高」と考えるのは無理がある。

続いての記述にも疑問を感じた。

【日経の記事】

インフレ期待を高める主因が原油価格の上昇だ。ニューヨーク市場のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油先物は12日に1バレル64ドル超と、約3年ぶりの高水準をつけた。原油は生活の様々な場面で利用されており、価格変動が物価に与えるインパクトが大きい

もう1つは日本で広がる賃上げの期待だ。経団連は16日、春季労使交渉の指針をまとめた。安倍晋三首相が要請した3%の賃上げを社会的期待と明記し、企業に前向きな検討を求めた。人手不足感が強まるなか、今回は踏み込んだ内容になるとの見方がある。実現すれば消費拡大を通じて物価を押し上げそうだ。



◎原油高で消費拡大?

今回の記事では「原油高・賃上げ、内需に恩恵」という見出しがまず気になった。「賃上げ、内需に恩恵」は分かる。しかし「原油高」は原則として消費にマイナスだ。原油高になれば、その分は日本の富が産油国に流れてしまい、消費に回せる余裕が乏しくなる。なのに荻野記者はそこに触れないまま、「原油価格の上昇」を「インフレ期待を高める」要因として株価の押し上げ材料と捉えている。

景気が良くなった結果として期待インフレ率が高まり、それを後追いするように緩やかに金利が上がってくれば、うまい具合に株高につながりそうな気がする。しかし、荻野記者のように「インフレ期待の高まり→株高」と単純に考えるのは分析が甘すぎる。


※今回取り上げた記事「スクランブル~株、インフレ期待の援軍 原油高・賃上げ、内需に恩恵
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180117&ng=DGKKZO25771770W8A110C1EN1000


※記事の評価はC(平均的)。荻野卓也記者への評価も暫定でCとする。

2018年1月17日水曜日

北上製紙、解散なのに従業員は「依願退職」? 日経報道に疑問

会社が解散するのに、従業員は「依願退職となる」らしい。17日の日本経済新聞朝刊企業総合面に載った「日本製紙系の北上製紙、解散方針を発表」という記事にはそう出ている。本当だろうか。
甘木鉄道 甘木駅(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

まずは記事の中身を見てみよう。

【日経の記事】 

日本製紙は16日、62.9%を出資する北上製紙(岩手県一関市)が7月にすべての事業から撤退すると発表した。段ボールの原紙や新聞用紙の生産・販売を停止する。時期は未定だが、会社は解散する方針。インターネット通販の普及で段ボールの需要は堅調だが、中国での需要増加で段ボール原料の古紙が値上がり。4期連続の営業・最終赤字に陥っていた。

北上製紙では関連企業を含めて100人を超える従業員が依願退職となる。同社は2017年3月期の売上高が54億円、営業利益は1億8700万円の赤字。段ボール原紙の生産量は年間約8万トンで、日本製紙本体がつくる量の約6%にあたる。営業地域がほぼ東北地方に限定されており収益改善が難しかった。

製紙業界では洋紙の需要が低迷し、讃州製紙(高松市)が16年3月に製紙事業から撤退。日本製紙は17年11月、古紙価格の高騰により18年3月期の連結営業利益予想を150億円と、従来予想の半分に下方修正している。

◇   ◇   ◇

日経の報道が正しければ、北上製紙の従業員は「依願退職」になる。会社が解散し、親会社が面倒を見ないのならば普通は「解雇」となりそうなものだ。そこで調べてみたものの、日本製紙の発表資料には「依願退職」かどうかを判断できる情報がなかった。

参考になるのは河北新報の「<北上製紙>社長『従業員の再就職を支援』 老舗の事業停止、地域経済への影響懸念」という記事だ。「北上製紙は関連会社を含めて約120人の従業員を抱えている。会社は労働組合に7月20日付の全員解雇を提案し、再就職に向けた労使の協力態勢を固めたい考えだ」と出ていた。

河北新報の報道を信じれば、従業員の多くは「解雇」となる。もちろん「依願退職」の可能性が消えたわけではない。日経の報道が誤りなのか、少し様子を見たい。


※今回取り上げた記事「日本製紙系の北上製紙、解散方針を発表」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180117&ng=DGKKZO25757450W8A110C1TI1000

※今回は記事への評価を見送る。

ウェルスナビを好意的に取り上げる週刊エコノミストの罪

週刊エコノミスト1月23日号で「挑戦者2018」という新連載が始まった。金山隆一編集長によると「ベンチャー企業、未公開会社、中小企業のなかにもキラリと光る会社、見たこともない未来をつくろうと心血を注いでいる会社の経営者、創業者をインタビューする新コーナー」らしい。しかし、初回の「柴山和久 ウェルスナビ社長 暗闇に向かって跳べ」という記事には色々と問題を感じた。順に見ていこう。
平塚川添遺跡(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

【エコノミストの記事】

将来を考えずに財務省を辞めた後、転職活動で人生は変わった。書類選考で落とされ、ようやく面接にたどり着いてもことごとく不採用。「自分には存在価値がないのでは」と思うようになったころだ。預金はどんどん減って、残高は8万円。やることがなく、スターバックスで、コーヒー1杯を妻と2人で分け合っていると、ベビーカーに乗った犬がマンゴーフラペチーノをうまそうに飲んでいる。あれは、本当にうらやましかったなあ。


◎それでも「スターバックス」を使う?

残高は8万円」と言いながら「スターバックス」を使っているところに余裕を感じる。個人的には、価格が高すぎて利用する気になれない。「コーヒー1杯を妻と2人で分け合って」などと苦労話のように語っているが、マクドナルドに行けば2杯注文してもおつりがもらえそうだ。

次の展開がさらに余裕を感じる。

【エコノミストの記事】

社名の意味は「豊かさへの道しるべ」。働いて、一定の収入があれば、誰でも豊かになれるサービスにしたいという願いを込めた。

起業のきっかけは、財務省からマッキンゼーに転職した後、2014年秋までの1年間、ウォール街で機関投資家をサポートしたことだ。10兆円の資産運用のアルゴリズム開発に携わった。結局、ただの数式だった。「それなら、資産の多寡に関係ない」と強く思った。



◎結局、「マッキンゼーに転職」…

面接にたどり着いてもことごとく不採用」と書いてあったので、追い込まれて「起業しよう」となったのかと思ったら、「財務省からマッキンゼーに転職」したらしい。「マッキンゼー」への転職に成功した人が「書類選考で落とされ、ようやく面接にたどり着いてもことごとく不採用。『自分には存在価値がないのでは』と思うようになった」と語っても、あまり説得力はない。

まあ、ここまでは余談の部類だ。次からが本題と言える。

【エコノミストの記事】

投資、運用の王道「長期・積み立て・分散」を広めたい。これを正しく行うためには高度な知識と膨大な手間がかかる。その経費を預かり資産の手数料でまかなうためには、高額資産を持つ富裕層でなければ見合わない。AI(人工知能)による自動化で、コストを削減。運用額が10兆円でも10万円でも効果は同じだ。今は最低10万円だが、将来的には制限をなくしたい。


◎何をやってる会社?

記事を最後まで読んでも、何をやっている会社かよく分からない。いわゆるロボットアドバイザーの会社のようだが、記事の説明では不十分だ。「キラリと光る会社、見たこともない未来をつくろうと心血を注いでいる会社」を紹介するコーナーならば、事業の中身にはしっかり触れるべきだ。その上で会社の「キラリと光る」部分を見せる必要がある。
道の駅 歓遊舎ひこさん(福岡県添田町)
            ※写真と本文は無関係です

今回の記事で強いて挙げれば「AI(人工知能)による自動化で、コストを削減」ということか。しかし、どの程度の低コストなのかは触れていない。調べてみると「ウェルスナビ」は前向きに紹介すべき企業ではない。

同社のホームページによると、預かり資産額に対して年間1.0%(3000万円まで)の手数料がかかるほか、運用対象とするETFの関連経費として0.11~0.14%を支払うことになる。ウェルスナビに資金を預けようかと友人に相談されたら「絶対にやめろ」と助言するだろう。

まず1%の手数料が高すぎる。ETFの組み合わせを提案して、後はリバランスをしてくれるだけだ。預かり資産1000万円の場合、毎年10万円を支払うことになる。2年目以降はリバランス代として10万円を差し出すようなものだ。

これ(長期・積み立て・分散)を正しく行うためには高度な知識と膨大な手間がかかる」と柴山社長は言う。間違いではない。だが、それは「分散」だけだ。「長期・積み立て」はかなり簡単にできる。

分散」も「ある程度ちゃんとできてるね」というレベルで良ければ難しくないし、リバランスも「絶対にやらないとまずい」と言うほどのものでもない。せっかくETFには低コストという利点があるのに、ロボアドの会社に1%も手数料を払ったら、それだけで低コストが台無しになる。

「1%を払ってでもリバランスをしてもらいたい」と言う人がいれば止めない。だが、ほとんどの人にとっては必要ないはずだ。

柴山社長に文句を言うつもりはない。事業を成功させるためには「投資、運用の王道『長期・積み立て・分散』を広めたい」などと投資家の味方を装うのが当然だ。

問題は週刊エコノミストの側にある。今回の記事は「聞き手=金山隆一・本誌編集長 構成=酒井雅浩・編集部」となっていた。金山編集長には「ウェルスナビ」が「キラリと光る会社、見たこともない未来をつくろうと心血を注いでいる会社」に見えたのだろう。だとしたら、投資に関する知識がなさすぎる。

さらに言うと、今回のように取材相手に一方的に語らせるスタイルで記事をまとめるのならば、編集長が「聞き手」になる必要はない。そもそも「編集長がインタビューしたのならば、自分で記事にすればいいではないか」とも思うが、そこは編集長の特権として認めてもいい。ただ、「編集長自らがどんな問いを発したのか」は見えないのに「聞き手」にだけなるのであれば、「編集長の道楽」としか感じられない。

お世話係の酒井記者には同情を禁じ得ない。インタビュー形式ならQ&Aでつなげばいいので「構成」に不安は少ないが、今回のような形式だと編集長がきちんと聞いてくれない場合は「構成」に苦しむ。自分が酒井記者の立場だったら「俺がまとめるんだから、俺に聞き手をさせてくれ。頼むから、編集長は自分の席でおとなしくしててよ」と思うだろう。


※今回取り上げた記事「挑戦者2018柴山和久 ウェルスナビ社長 暗闇に向かって跳べ
http://mainichi.jp/economistdb/index.html?recno=Z20180123se1000000062000


※記事の評価はD(問題あり)。金山隆一編集長への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。金山編集長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

FACTAに「声」を寄せた金山隆一エコノミスト編集長に期待
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/facta_25.html

週刊エコノミスト金山隆一編集長への高評価が揺らぐ記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_12.html

週刊エコノミスト編集長が見過ごした財産ネットの怪しさ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_14.html

「無理のある回答」何とか捻り出した週刊エコノミストを評価
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_94.html

東芝は「総合重機」? 週刊エコノミスト金山隆一編集長に質問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_57.html

ついに堕ちた 週刊エコノミスト金山隆一編集長に贈る言葉
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_8.html

駐車違反を応援? 週刊エコノミスト金山隆一編集長
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_29.html

読者との「約束」守らぬ週刊エコノミスト金山隆一編集長
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_8.html

週刊エコノミストが無視した12の間違い指摘(2017年)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/122017.html

2018年1月16日火曜日

「井阪体制」批判が強引な週刊ダイヤモンド岡田悟記者

週刊ダイヤモンド1月20日号の「騒動のその後~セブン&アイHD~カリスマ不在で漂流する井阪体制 業績堅調でも蠢く内憂外患」という記事は、内容にかなり無理がある。筆者の岡田悟記者は「流通業界“最後のカリスマ”ことセブン&アイ・ホールディングス(HD)の鈴木敏文氏(85)」への思い入れが強いのだろう。それ自体は悪くない。だが、「鈴木氏のいないセブン&アイはダメだ」と訴えたい気持ちが強すぎて、話の展開が強引になっている。
田川伊田駅(福岡県田川市)※写真と本文は無関係です

まず、事実関係を正しく説明できていないと思える部分があるので、そこから見ていこう。

【ダイヤモンドの記事】

高級プライベートブランド商品「セブンプレミアム」のヒットや、全国約2万店舗にATM網を張り巡らせるセブン銀行設立と、独創的なアイデアで新たな市場を開拓してきた鈴木氏はこのインタビューのおよそ1年後、会長の地位を追われた

中略)コーポレートガバナンスの第一人者である邦雄氏の信条は「社外取締役は社長の介錯人」。16年の鈴木氏の退任劇では、文字通り鈴木氏を“介錯”した


◎「会長の地位を追われた」?

会長の地位を追われた」「文字通り鈴木氏を“介錯”した」と書いてあると、鈴木氏は解任されたように感じる。実際は鈴木氏が退任を申し出ている。「事実上の解任」とも言い難い自発的なものだったとみられる。

週刊ダイヤモンドも2016年4月23日号の「セブン 鈴木会長引退 後継人事 まさかの否決 カリスマ経営者の誤算」という記事で「指名委で反対された人事案を強引に取締役会にかけたのは無理があった。実現しないから引退という姿勢は、わがままな責任放棄としか映らない」と書いている。「わがままな責任放棄としか映らない」やり方で自ら「引退」を選んだ鈴木氏に関して「会長の地位を追われた」と説明するのは正しいのか。

次に強引な「井阪体制」批判を見ていく。

【ダイヤモンドの記事】

そんな井阪体制の内実をさらけ出すかのような動きが、このところグループ内で目に付く。

まず、グループの祖業であるGMSのイトーヨーカ堂。井阪氏は17年3月、中国・成都のヨーカ堂を苦難の末に軌道に乗せて大躍進させた中国小売りのプロ、三枝富博氏(68)を社長に据え、立て直しを託している。

そんなヨーカ堂の店舗に、「大好きな土日のゴルフを返上して店舗訪問を繰り返している」(関係者)人物がいる。ヨーカ堂創業者である伊藤雅俊HD名誉会長(93)の次男である、HD取締役常務執行役員で経営推進室長の順朗氏(59)だ。ヨーカ堂の取締役でもあり、同社の業績改善に当たろうとしている。

ヨーカ堂で成果を上げて、井阪氏の後継を狙っているとみられるが、社内外ではいぶかしむ声も上がっている。「流通業界では知られていない、金融業界出身のコンサルタントと組んでやろうとしているが、本当に大丈夫なのか」(同社関係者)というのである。



◎伊藤順朗氏の何が問題?

伊藤順朗氏の話は何が問題なのだろう。「ヨーカ堂の取締役」が「同社の業績改善に当たろうとしている」のは当たり前だ。業績改善に無関心な方が困る。「流通業界では知られていない、金融業界出身のコンサルタントと組んでやろうとしている」ことも、それだけでは批判する理由にならない。有名な人と組めば「業績改善」に結び付くわけでもない。
道の駅 鯛生金山(大分県日田市)
       ※写真と本文は無関係です

この後の「伊藤邦雄氏」への批判はさらに無理がある。

【ダイヤモンドの記事】

同じ伊藤でも、社外取締役の一橋大学大学院特任教授の伊藤邦雄氏(66)もまた「社内の人事や事業について積極的に口出ししている」(別の同社関係者)という。

コーポレートガバナンスの第一人者である邦雄氏の信条は「社外取締役は社長の介錯人」。16年の鈴木氏の退任劇では、文字通り鈴木氏を“介錯”した。そこまではよしとしても、指名・報酬委員長として鈴木色の強い村田紀敏HD社長(当時)の退任と、井阪氏の社長就任にこだわったことには、社内から「越権行為だ」と反発の声が上がった経緯がある。それが現在も続いているということか。



◎「越権行為」に当たる?

あまり考えずに記事を読むと「伊藤邦雄氏」は「越権行為」を繰り返しているような印象を受ける。しかし、「指名・報酬委員長として鈴木色の強い村田紀敏HD社長(当時)の退任と、井阪氏の社長就任にこだわったこと」の何が「越権行為」なのか理解に苦しむ。

指名・報酬委員長」として自分なりの社長人事案を持ち、それに「こだわった」としても何の問題もないはずだ。「鈴木氏を“介錯”した」ことを「よしと」できるのに「村田紀敏HD社長(当時)の退任と、井阪氏の社長就任にこだわった」ら「越権行為」になるとの論理が謎だ。

「社内にそういう声もあったと言っているだけだ」と岡田記者は弁明するかもしれない。しかし、明らかに「越権行為」でないのならば、そうした声に正当性があるかのような書き方をすべきではない。「越権行為」に当たると言えるのならば、理由を記事中で説明してほしい。

伊藤邦雄氏」が今も「社内の人事や事業について積極的に口出ししている」のも、「社外取締役」であれば当然だ。何の「口出し」もせず、おとなしく会社の方針を了承しているだけならば、「社外取締役」を置く意味がない。

こんな雑な批判を受ける2人の「伊藤氏」には心から同情したくなる。


※今回取り上げた記事「騒動のその後 セブン&アイHD~カリスマ不在で漂流する井阪体制 業績堅調でも蠢く内憂外患
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/22434


※記事の評価はD(問題あり)。岡田悟記者への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。岡田記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

週刊ダイヤモンドも誤解? ヤフー・ソニーの「おうちダイレクト」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_4.html

こっそり「正しい説明」に転じた週刊ダイヤモンド岡田悟記者
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_96.html

肝心のJフロントに取材なし? 週刊ダイヤモンド岡田悟記者の怠慢
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post.html

2018年1月15日月曜日

東洋経済「保険に騙されるな」業界への批判的姿勢を評価

医療保険などに入ろうかと考えている人にお薦めの特集が週刊東洋経済1月20日号に出ていた。「保険に騙されるな」というタイトル通り、保険を売る側を批判的に描きながら記事を作っている。
風治八幡宮(福岡県田川市)※写真と本文は無関係です

『保険で貯蓄』はありえない 貯蓄性保険には入らないのが正解」「医療保険・がん保険に騙されるな 金融庁がイエローカード 公的制度が充実 貯蓄があれば本来不要」といった指摘に目新しさはないが、記事の主張自体はもっともだ。

投資信託などの金融商品を紹介する記事に関しては「業界の回し者になっていないか」を重視して見ている。今回の特集はその点で高評価に値する。

強いて注文を付けるとすれば「Part3 医療保険・がん保険に騙されるな」の中の2本の記事だ。まず「現状はパンフ配布止まり マツキヨと第一生命の温度差」という記事(筆者は若泉もえな記者)はなくていい。今回の特集は読者に「保険に騙されるな」と訴えるのが目的のはずだ。しかし、この記事は「保険会社と大手ドラッグストアの提携」で、両社に「温度差」があるという話だ。「保険に騙されるな」というテーマとはやや離れている。

そして最も気になったのが「ライフネット生命 がん保険を投入 収入保障と低価格で差別化 加入者のために一段の工夫を!」という記事(筆者は山田雄一郎記者)だ。この記事だけは、少しだけ「業界に優しい」感じがした。

記事の一部を見てみよう。

【東洋経済の記事】

そこで「がんの治療費に加えて収入減も保障する保険なら特徴が出せる」と「ライフネットのがん保険W(ダブル)エール」(下写真)の販売に踏み切った。

Wエールは診断一時金のみの「シンプル」と治療サポート給付金のついた「ベーシック」、さらに収入サポート給付金のついた「プレミアム」の3タイプだ。診断一時金100万円のみのプランで比較すると「全年代でどこよりも安い」(森氏)のが自慢だという。

治療サポート給付金は治療を受けた月に10万円が支給される。回数は無制限だが、同月内に何度治療を受けても月10万円。治療を一度も受けない月は支給されない。

収入サポート給付金は診断一時金の半額を年1回、最大5回まで受け取れるという。たとえば診断一時金が200万円だと毎年100万円が5回、一時金と合計で最大700万円が給付される。


◎がん保険に懐疑的だったのに…

特集ではがん保険に懐疑的だったのに、「ライフネット生命」にはかなり好意的だ。「がんの治療費に加えて収入減も保障する保険」という点を考慮しても、取り上げる必要があるのかとは感じた。
福岡県立三池工業高校(大牟田市)※写真と本文は無関係です

そもそも「3タイプ」のうち「収入サポート給付金」が付いているのは1タイプだけだ。残りの2つは「特徴」が出せていないことになる。

診断一時金100万円のみのプランで比較すると『全年代でどこよりも安い』(森氏)」というコメントだけ載せて具体的な保険料に触れないのも感心しない。「Wエール」については「収入サポート給付金のついた『プレミアム』」を軸に、保険料に見合った給付が得られるかどうかを検討すべきだ。しかし、記事では説明が給付に偏っている。

さらに山田記者による「ライフネット生命」への注文も引っかかった。

【東洋経済の記事】

森氏は「3タイプに絞ることでわかりやすくした」と胸を張る。が、1年以内に治療が終われば、健康保険が適用される通常の治療ならせいぜい50万円程度しかかからない。がんで本当に困るのは1年以上も治療が続く場合だ。思い切って診断一時金をなくし、治療サポート給付金のみのプランや、収入サポート給付金のみのプランを用意すれば、その分だけ保険料を抑えられたかもしれない

54ページの永田宏教授のインタビューにあるとおり、「がんと診断されたら100万円」などと明確に書いていないと、日本では売れない可能性がある。が、創業時に保険に革命を起こすことを目指したライフネットはあえてそこに挑戦すべきではなかったか。商品改定のタイミングでぜひ「一時金なし」のプランでがん保険に新潮流を作ってほしい。


◎取材では問わなかった?

思い切って診断一時金をなくし、治療サポート給付金のみのプランや、収入サポート給付金のみのプランを用意すれば、その分だけ保険料を抑えられたかもしれない」「創業時に保険に革命を起こすことを目指したライフネットはあえてそこに挑戦すべきではなかったか」と考えるならば、それを取材時に問えばいいではないか。

山田記者はライフネット生命の「森亮介氏」を取材しているはずだ。ならば、山田記者の提案に森氏がどう答えたのかは記事に含めてほしかった。取材時にはそこに触れなかったのならば、取材が甘い。


※今回取り上げた特集「保険に騙されるな

※特集全体の評価はB(優れている)。山田雄一郎記者への評価は暫定D(問題あり)から暫定Bへ引き上げる。山田記者とともに特集を担当した富田頌子記者への評価はBで確定とする。「現状はパンフ配布止まり マツキヨと第一生命の温度差」という記事を書いた若泉もえな記者への評価は暫定でC(平均的)とする。

2018年1月13日土曜日

トリプルB格も「低格付け債」? 日経 富田美緒記者に問う

13日の日本経済新聞朝刊マーケット総合2面に載った「低格付け債に資金流入 高利回り、景気拡大で安心感 金融政策巡りリスクも」という記事は「低格付け債」の定義に無理がある。「低格付け(ハイイールド)債」とはダブルB格以下の債券を指すはずだ。しかし記事ではトリプルB格を「信用力が低く利回りが高い企業の社債」として取り上げている。
大分県日田市の三隈川(筑後川)
    ※写真と本文は無関係です

記事の記述を見ていこう。

【日経の記事】

国内外の債券市場で信用力の低い社債に資金が流入している。10日までの1週間で世界の低格付け(ハイイールド)債ファンドへの資金流入は10億ドル超と半年ぶりの高水準。国内でも利回りの高い社債を求める投資家が増えている。ただ、市場では金融政策の出口を巡り金利が不安定になれば売りに転じかねないとして、危うさを指摘する声もある。

 「最近は売り物すらなかなか出ない」。信用力が低く利回りが高い企業の社債について国内運用会社のファンドマネジャーはこうこぼす。ようやく出てきた売り物は「あっという間に高値がついてしまう」という。

投資適格債の中で最も信用力が低いトリプルB格の社債の利回りは軒並み低下(価格は上昇)している。格付けがトリプルBプラスの大王製紙の5年物社債の国債に対する上乗せ幅(スプレッド)は12月の発行以降、0.53%から0.51%台へとほぼ一本調子で低下。同水準の社債の平均も5カ月ぶりの低水準だ。

信用力の低い債券が人気を集める理由は複数ある。1つは世界的な景気拡大だ。格付けの低い債券は景気拡大で収益力や財務内容が向上すれば信用力が改善するため、下押し圧力が小さいと期待される。


◎巧妙に逃げてはいるが…

普通に読むと「投資適格債の中で最も信用力が低いトリプルB格の社債」は「低格付け(ハイイールド)債」に含まれると理解したくなる。しかし、SMBC日興証券の「初めてでもわかりやすい用語集」では「ハイイールド債」について「格付会社などで信用格付がBB(ダブルビー)以下の評価をされている債券で、信用度が低い分、格付の高い債券より金利が高く設定されています」と解説している。
高崎山自然動物園(大分市)の猿
     ※写真と本文は無関係です

なので、「トリプルB格の社債」を「低格付け債」に含めるのはまずい。筆者の富田美緒記者はおそらくこの問題に気付いている。そして巧妙に逃げを打っている。「トリプルB格の社債は低格付け債ではないのでは?」と問われた時は以下のように答えるのではないか。

「『低格付け(ハイイールド)債ファンドへの資金流入は10億ドル超と半年ぶりの高水準』とは書いたが、『トリプルB格の社債』については『信用力が低く利回りが高い企業の社債』『信用力の低い債券』『格付けの低い社債』といった表現を用いており『低格付け債』『ハイイールド債』には含めていない」

この弁明は「明らかに無理がある」とは言わないものの、かなり苦しい。「格付けの低い社債」と「低格付け債」を同一視するのは自然だし、別物だと分かるような説明も記事中でしていない。素直に読めば「トリプルB格の社債は低格付け債なんだな」と理解するのが自然だし、そう読み取った読者を責められない。

記事には「国内の社債発行額は2017年まで2年連続で10兆円を上回ったが、うちシングルA未満の社債は1割以下」との記述がある。「低格付け債=ダブルB格以下の債券」とすると、国内では低格付け債が非常に限られてくるのだろう。なので、トリプルB格の社債を「低格付け債的な社債」として扱おうと思い付いたのではないか。だが、今回のような説明では、読者に誤解を与えかねない。

どうしてもトリプルB格の社債を「格付けの低い社債」として扱いたかったら、「トリプルB格だと『低格付け(ハイイールド)債』には入らない」と記事中で明示すべきだ。そうなると、記事の説得力がかなり減じてしまう。しかし、読者を欺くような作りにするよりは好ましい。


※今回取り上げた記事「低格付け債に資金流入 高利回り、景気拡大で安心感 金融政策巡りリスクも
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180113&ng=DGKKZO25624550S8A110C1EN2000


※記事の評価はD(問題あり)。富田美緒記者への評価はDで確定とする。冨田記者については以下の投稿も参照してほしい。

データの扱いが恣意的な日経「企業の現預金、世界で膨張」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_3.html

メキシコは「低税率国」? 日経1面「税収 世界で奪い合い」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_3.html

2018年1月12日金曜日

必須情報が抜け過ぎの日経「三井造船、港湾クレーン増産」

12日の日本経済新聞朝刊企業1面に載った「三井造船、港湾クレーン増産 生産能力1.5倍に」という記事は、必須情報が抜け過ぎている。見出しだけ見ると 「三井造船の港湾クレーン生産能力は1.5倍になる」と思ってしまう。しかし実際はもっと増えるはずだ。そして、それがどの程度かを記事は教えてくれない。
大刀洗平和記念館(福岡県筑前町)のMH2000ヘリコプター
               ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

三井造船はコンテナ貨物の積み下ろしに使う港湾クレーンの増産に乗り出す。国内工場に新設備を導入し、生産能力を1.5倍に拡大。インドネシアでは新工場を立ち上げる。東南アジアやアフリカ、南米を中心に今後、港湾クレーン需要が高まる見通し。三井造船は増産とともに短納期、付加サービスにも力を入れ、世界シェア7割の中国メーカーを切り崩す。

主力の大分事業所(大分市)では約2億円を投じ、クレーンの最終組み立て設備を導入。船から陸上にコンテナ貨物を移す際に使われる大型クレーンの生産能力を、年23台から年36台体制へと引き上げる。


◎全体でどの程度の増産?

記事を最後まで読むと「生産能力を1.5倍に拡大」するのは、あくまで「主力の大分事業所」だと分かる。「主力の」と書いているので、他にも既に生産拠点があるように感じる。仮に「大分事業所」が唯一の拠点だとしても、「インドネシアでは新工場を立ち上げる」のだから、それも含めると三井造船の生産能力はもっと増えるはずだ。しかし、インドネシアでの生産規模が不明のまま記事は終わってしまう。

三井造船、港湾クレーン増産」という内容の記事であれば、三井造船全体でどの程度の増産になるのかは必須だ。それが欠けているのだから、明らかな欠陥と言える。

この記事の欠陥はそれだけではない。日経の“伝統芸”である「When抜き」もダブルでやっている。「大分事業所」で生産能力を増やす時期も、インドネシアで「新工場を立ち上げる」時期も謎のままだ。

さらに言うと「三井造船は増産とともに短納期、付加サービスにも力を入れ、世界シェア7割の中国メーカーを切り崩す」とのくだりも引っかかった。こういう書き方をするのならば、三井造船の現状のシェアを読者に見せてあげるべきだ。

短納期、付加サービスにも力を入れ」と書いているのに、その具体的な内容に触れないのも感心しない。最初は「短納期、付加サービス」の詳しい中身に言及していたものの、紙面化する段階で削ったのかもしれない。その場合は「短納期、付加サービス」を記事から完全に落とした方がいい。残しておくと、読者に余計な期待を持たせかねない。

ニュース記事を書くときには「盛り込むべき必須情報は何か」をしっかり意識してほしい。今回の記事では、記者もデスクも初歩的なところで躓いてしまっている。


※今回取り上げた記事「三井造船、港湾クレーン増産 生産能力1.5倍に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180112&ng=DGKKZO25587340R10C18A1TJ1000


※記事の評価はD(問題あり)。

2018年1月11日木曜日

雑な作りが目立つ日経「伊藤忠、アジアで病院運営拡大」

作りが雑な記事の典型と言うべきか。11日の日本経済新聞朝刊企業2面に載った「伊藤忠、アジアで病院運営拡大 インドネシア系に出資」という記事は、作り手のレベルの低さが感じられる内容だった。記事の全文は以下の通り。
古賀病院21(福岡県久留米市)
       ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

伊藤忠商事はアジアで病院運営事業を本格的に始める。インドネシア大手財閥のリッポー・グループ傘下の病院運営会社に出資する。アジアでも生活水準の向上で生活習慣病が増えている。こうした生活習慣病への対策など日本で培った経営ノウハウをリッポーに提供し、アジアでの病院展開を加速する。

リッポー傘下でシンガポールにある病院運営会社「OUEリッポーヘルスケア」の株式約25%を66億円で取得する。伊藤忠は神戸市の市民病院の経営参画で得たノウハウなどを使い、人材育成や医療機器の販売などで支援する

グループの経営資源を生かして、給食や院内コンビニエンスストアの運営ノウハウなども提供する。

伊藤忠は2014年に中国国有企業の中国中信集団(CITIC)グループと提携している。CITICとは病院事業でも今後協業を拡大していく計画で、OUEリッポーヘルスケアとの協業で得たノウハウを生かして中国での病院展開にも弾みをつける。

◇   ◇   ◇

問題点を列挙してみる。

◎いつ「始める」?

アジアで病院運営事業を本格的に始める」「株式約25%を66億円で取得する」と書いているが、時期に触れていない。日経の企業ニュース記事で頻繁に見られる「When抜き」だ。


◎何を以って「本格的」?

伊藤忠商事はアジアで病院運営事業を本格的に始める」と言う場合、これまでは本格的に「病院運営事業」をやっていなくて、これから「本格的」に手掛けるはずだ。だが、「これまで」の状況が不明だ。ちなみに2016年9月20日付の「伊藤忠、中国で病院運営 CITICと合弁」という記事で日経は以下のように報じている。

【日経の記事】

伊藤忠商事は中国で病院経営に参入する。資本提携している中国最大の国有複合企業、中国中信集団(CITIC)グループと合弁会社を設立する。伊藤忠側の投資額は総額で数百億円規模とみられる

◇   ◇   ◇

投資額で言えば中国が「数百億円規模」で、今回のインドネシアが「66億円」。ここから判断すると、中国での事業の方が「本格的」だ。

中国では合弁会社は作ったものの「病院運営事業」自体はほとんどやっていないという可能性もある。ただ、記事でその辺りに触れていないので、これまでは本格的にはやっていないかどうか判断する材料がない。

また、インドネシア企業への出資を以って「本格的に始める」とも言い難い。出資比率は「25%」で、出資後も「インドネシア大手財閥のリッポー・グループ傘下」のままだとすると、経営の主導権を握る訳でもない。伊藤忠のやることが「人材育成や医療機器の販売などで支援する」程度ならば「病院運営事業」そのものとは違う気がする。

結局、現状でどの程度の数の病院を運営しているのかも、今後それがどうなるのかも不明で、インドネシアでやろうとしているのが「病院運営事業」なのかも怪しい。やはり、日経の記事に「本格」の文字を見つけたら要注意だ。


◎見出しに整理の苦労が…

伊藤忠、アジアで病院運営拡大」との見出しには、「本格的に始める」ではニュース記事として苦しいと判断した整理部の担当者の苦労が透けて見える。完成度の低い記事に見出しを付けなければならないのは整理として辛いだろう。

記事の粗製乱造に慣れた企業報道部のデスクは、今回のような完成度でも問題視せずに紙面化してくれるかもしれない。だが、そこに甘んじていてはプロと呼ぶにふさわしい記事は永遠に欠けない。この記事の筆者は、そのことを肝に銘じてほしい。


※今回取り上げた記事「伊藤忠、アジアで病院運営拡大 インドネシア系に出資
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180111&ng=DGKKZO25516070Q8A110C1TJ2000


※記事の評価はD(問題あり)。

日経「日本電産・永守氏、後任人事に言及」の踏み込み不足

9日の日本経済新聞朝刊企業1面に載った「日本電産・永守氏、『長男の世代に若返り』 後任人事に言及」という記事は踏み込みが足りない。記事の全文を見た上で、具体的に指摘したい。
甘木鉄道 甘木駅(福岡県朝倉市)
       ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

日本電産の永守重信会長兼社長は9日の記者会見で、後任人事について「60代の人に渡す時代じゃない。相当若返りを図る」と話した。43カ国でグループ会社を展開していることから、会長兼最高経営責任者(CEO)として関わり「リタイアするわけでなく、内部昇格させた社長兼最高執行責任者(COO)に(業務の)3~4割を分担したい」と表明した。

永守氏は「長男は46歳で、仮に(社長の座を)渡すならこれくらいの人でないとおかしい。また社長に戻ることは避けたい」と説明した。永守氏は2018年に京都学園大学の経営に乗り出すなど人材育成に取り組む。

日本電産の19年3月期の設備投資は「1500億円と過去最大の水準になる」と述べた。今後3年間は同水準の投資を続ける。日本やベトナムでロボット部品、中国では家電用の省エネモーターと車の駆動用モーターの生産能力を増強する。

25年までに総額2千億円を投資し、京都府向日市でグループ会社の本社機能や研究所を集約する方針も正式に表明した。


◎長男後継の可能性は?

まず、「後任人事」の時期に全く触れていない。これは苦しい。仮に「時期は全く分からない」と永守氏が述べているのならば、そう書くべきだ。記者会見であれば「時期についてはどうか」と質問する機会もあったのではないか。

最も気になるのは、長男への世襲を考えているかどうかだ。ここは会見で斬り込んでほしいところだが、記事からはその様子が窺えない。「長男は46歳で、仮に(社長の座を)渡すならこれくらいの人でないとおかしい」との発言からは「長男への世襲を断言しないまま、何となく世襲に向けた雰囲気作りをしていきた」との永守氏の意図を感じる。

会見に参加していたならば「COOの最有力候補は長男だと考えていいのか」といった質問をぶつけたい。日経の記者はそうした質問をしなかったのか。あるいは、質問をしたのに、その回答を記事にしなかったのか。いずれにしても記事の内容は踏み込み不足だ。

終盤の設備投資の話を削ってでも「永守氏が世襲についてどう考えているのか」に触れるべきだ。会見で永守氏が世襲に関して曖昧な物言いをした場合は、それを紹介した上で、長男のCOO就任の可能性はどの程度か、記者自身の見方でも関係者の見方でもいいので入れてほしかった。そうすれば、もっと読み応えのある記事になったはずだ。


※今回取り上げた記事「日本電産・永守氏、『長男の世代に若返り』 後任人事に言及
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180110&ng=DGKKZO25464540Z00C18A1TJ1000

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