2017年11月30日木曜日

「鍵は経営者」だとデータが物語らない日経「生産性考」

日本経済新聞朝刊1面で連載している「生産性考」が相変わらず苦しい。30日の「危機を好機に(4)経営者こそ主役 現場の頑張りだけでは…」という記事では「M&A(合併・買収)など重要な経営判断の巧拙が生産性の差を生む実相が浮かび上がってきた。今も昔も企業の盛衰の鍵を握るのは経営者だという事実をデータは物語る」と言い切っているが、そんな「データ」は記事を最後まで読んでも出てこない。
甘木鉄道 甘木駅(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

労働生産性の向上といえば、日本では従業員一人ひとりがこつこつ努力を重ねるイメージが今も強い。だが、東証1部上場の1657社を分析すると、M&A(合併・買収)など重要な経営判断の巧拙が生産性の差を生む実相が浮かび上がってきた。今も昔も企業の盛衰の鍵を握るのは経営者だという事実をデータは物語る

分析では2006年度から16年度にかけての平均営業利益と従業員数の変化を生産性の指標として用いた。法政大学の永山晋専任講師の分類に基づき企業の生産性の変化をアメフト、細マッチョ、ダイエット(以上が生産性が上昇したケース)、ゆるみ、たるみ、激やせの6つに分類した(表)。

従業員の増加以上に利益を伸ばした筋肉質の「アメフト型」は35%に上った。代表選手の一つ、大和ハウス工業は00年代半ば以降、積極的なM&Aで準大手ゼネコンのフジタや中堅マンションのコスモスイニシアなどを相次ぎ傘下に収めた。これらの企業は祖業の戸建て住宅からマンションや物流施設といった隣接領域に事業を広げる上でけん引役となった。海外事業の拡大にも貢献した。

実際、大和ハウスの17年3月期の戸建て住宅の利益は全体の6%にすぎず、10年3月期に比べて4ポイントも減少した。M&Aを通じ、物流など拡大する需要を取り込み、生産性の向上につなげた。

M&Aはもろ刃の剣だ。従業員を増やしたのに利益が減った「たるみ型」も24%を占めたが、M&Aが原因のケースも少なくない。たるみ型に分類された武田薬品工業もM&Aが足かせとなっている面がある。

この10年で従業員を2倍強に増やしたが利益は87%減らした。計2兆円を投じて海外の同業2社を買収したが、このうちスイスの旧ナイコメッド社についてはまだ十分には収益を生んでいない。「外国人社員の管理など統合作業に苦しんでいる」との声が社内にもある。買収後のコスト削減や人員管理は企業の生産性を大きく左右する。

経営者の決断で事業の選択と集中を進め、自社の強みを一段と発揮できるように作りかえた企業も生産性を向上させたケースが多い。従業員を減らしながら利益を確保した日立製作所はスリムな「細マッチョ型」の典型例だ。

中小型液晶パネルなど不採算事業を切り離す一方で、鉄道や情報システムなど強みを持つ分野を拡大して営業利益はこの10年で2.6倍に増えた。永山氏は「日立製作所は日本企業の生産性向上のモデルとなる」と語る。パソコン事業を切り離したソニーもこのタイプに入る。捨てる勇気も生産性向上の大きなカギとなる。

生産性を高めるためには、現場の「ガンバリズム」だけでは足りない。描く将来のビジョンや実行力など経営者の力量が試される。


◎どの「データは物語る」?

」を含めて記事を見ても、データとしては従業員数と営業利益の関係ぐらいしか出てこない。これでどうやって「今も昔も企業の盛衰の鍵を握るのは経営者だという事実」を読み取ればいいのか。
だんごあん(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

積極的なM&A」が従業員数や営業利益に影響を及ぼす面はもちろんある。問題はそれがどの程度の影響なのかだ。「M&A」をやった会社では「従業員一人ひとりがこつこつ努力を重ねる」作業が中断してしまうわけではない。営業利益の増減には経営判断も現場の頑張りも影響してくる。

例えば「営業利益の変化に与える影響は経営判断が98%で、現場の努力の多寡は2%に過ぎない。この傾向は過去30年ほぼ変わっていない」といったデータを記事中で示してくれれば「今も昔も企業の盛衰の鍵を握るのは経営者だという事実をデータは物語る」と言える。だが、記事中には、そんなデータは見当たらない。

さらに言えば「積極的なM&A」で業績を伸ばしたとしても、それは全て「経営者」の功績だとは限らない。買収された企業の「従業員一人ひとりがこつこつ努力を重ね」て、さらに生産性を高めている面もあるかもしれない。個人的には、経営者と現場それぞれの寄与度を明確にデータ化するのは不可能だと思える。だが「今も昔も企業の盛衰の鍵を握るのは経営者だという事実をデータは物語る」と断定するのならば、読者を納得させるデータをきちんと示すべきだ。今回の記事では、それが全くできていない。



ついでに同日の特集面の「賃金への波及に課題 生産性の伸びとの差拡大」という関連記事にも注文を付けておきたい。気になったのは以下のくだりだ。

【日経の記事(特集面)】

経営共創基盤の冨山和彦最高経営責任者(CEO)は「AIは労働生産性の上昇に直結するが、賃上げを生むかという政治的イシューは残る」と話す。労働生産性が上がっても賃金が上がらなければ、経済全体で需要が増えず、格差拡大にもつながる。外部人材を受け入れにくい日本企業の人事制度が賃上げを阻んでいるとの見方もある。生産性上昇と賃上げの歯車を再び回すには、官民双方の推進力が必要といえそうだ。


◎「格差拡大にもつながる」?

労働生産性が上がっても賃金が上がらなければ、経済全体で需要が増えず、格差拡大にもつながる」という説明が謎だ。労働生産性が向上する中で日本国民の賃金は全員が今のまま不変という状況を考えてみよう。この場合、賃金で見れば格差は拡大も縮小もしない。全員の賃金がそのままなのだから当たり前だ。
三池炭鉱宮原坑(福岡県大牟田市)※写真と本文は無関係です

賃金が上がらなければ、経済全体で需要が増えず」との前提も正しくない。実質賃金が横ばいのままでも、輸出や企業の設備投資が増えて「経済全体で需要が増え」る可能性は十分にある。個人に関しても、賃金が上がらない中で資産価格の上昇などを背景に消費を増やす局面はあり得る。

さらに言えば「外部人材を受け入れにくい日本企業の人事制度が賃上げを阻んでいるとの見方もある」という説明にも問題がある。「外部人材を受け入れにくい日本企業の人事制度」とは、どんな制度なのか。そこが分からないので、そういう「人事制度」があるかどうか確かめようがない。

外部人材を受け入れにくい日本企業の人事制度が賃上げを阻んでいる」と言い切るのではなく、「見方もある」と逃げているのも引っかかる。その上、誰の「見方」なのかは明らかにしていない。こんな漠然とした書き方で「外部人材を受け入れにくい日本企業の人事制度が賃上げを阻んでいる」ような印象を読者に与えようとするのは感心しない。

最後にもう1つ。「経営共創基盤の冨山和彦最高経営責任者(CEO)」の「AIは労働生産性の上昇に直結するが、賃上げを生むかという政治的イシューは残る」というコメントの「政治的イシュー」も引っかかった。まず、AIによる労働生産性の向上が「賃上げを生むか」どうかは、基本的には「経済的イシュー」だろう。

「賃上げを生まない場合に、政府が音頭を取って賃上げに導く必要が出てくる」といった話ならば「政治的イシュー」にはなるが、そういう記述はない。

イシュー」という言葉を訳語なしに使っているのも頂けない。冨山氏は「イシュー」と言っているのだろうが、記事にする時は、訳語を入れるか「政治的な問題」などと言い換えてほしい。「イシュー」が外来語として十分に広がっているとは考えにくいからだ。「言い換えてもよいか」と打診すれば、冨山氏も文句は言わないと思うが…。


※今回取り上げた記事

生産性考危機を好機に(4)経営者こそ主役 現場の頑張りだけでは…
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171130&ng=DGKKZO24065530Q7A131C1MM8000


賃金への波及に課題 生産性の伸びとの差拡大
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171130&ng=DGKKZO24041550Z21C17A1M10900


※記事の評価はいずれもD(問題あり)。今回の連載については「漆間泰志、大瀧康弘、稲沢計典、村松洋兵、竹居智久、橋本慎一、川上尚志、湯浅兼輔、高橋元気、島本雄太、龍元秀明、桜井豪、小高航、岩野孝祐、亀井勝司、杉本貴司、鈴木大祐、渡辺直樹、寺井浩介、生田弦己、久保田昌幸、原田桂子が担当しています」となっていた。最初に出てくる漆間泰志氏が連載の責任者だと推定し、同氏への評価を暫定でDとする。


※「生産性考」に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日本の労働生産性は「低下傾向」? 日経「生産性考」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_27.html

「労働生産性」を数値で見せない日経1面「生産性考」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_28.html

解雇規制緩和で生産性が向上? 日経「生産性考」の無理筋
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_83.html

「日本の高齢化は世界最速」? 日経「生産性考」取材班に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post.html

最後まで問題だらけの日経「生産性考~危機を好機に」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post_2.html

2017年11月29日水曜日

解雇規制緩和で生産性が向上? 日経「生産性考」の無理筋

29日の日本経済新聞朝刊企業2面に載った「生産性考~正社員の終身雇用根強く 衰退産業に人材滞留」という記事は、読者に誤解を与えるご都合主義の解説が目に付いた。労働生産性を高めるためには解雇規制の緩和をすべきだと言いたいようだが、論理展開に無理がある。
キリンビール福岡工場(朝倉市)※写真と本文は無関係です

問題のくだりは以下のようになっている。

【日経の記事】

日本総合研究所の山田久理事の試算によると、2000年から15年の間に日本の労働生産性は年率0.5%の成長にとどまった。製造業やサービス業といった各産業内の生産性はプラス0.6%だった。マイナス0.1%と足を引っ張ったのが産業シェアの変化。生産性の高い産業に労働力が移らなかったためだ

年功序列や終身雇用といった日本の雇用習慣は勤続年数が高いほど待遇面で有利になるため、転職が進みにくい。解雇の金銭的解決ルールがない点も雇用の流動性が低下する原因とされる


◎「生産性の高い産業=成長産業」?

衰退産業に人材滞留」と見出しを付け、「生産性の高い産業に労働力が移らなかったた」と書くと、「雇用の流動性」を高めれば「生産性の高い産業」に労働力が移動するような印象を受ける。本当にそうだろうか。
久留米大学前駅(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

産業を製造業とサービス業に分け、「製造業=生産性は高いが衰退傾向」「サービス業=生産性は低いが成長傾向」としよう。これは日本経済の状況とも符合するはずだ。現状では製造業からサービス業に労働力が流れている。

例えば、生産性の高い工場で働いていた人が、工場の海外移転に伴って生産性の低いサービス業の仕事を始めた場合、労働生産性は低下する。では、上記のような状況下で解雇規制を緩めて、自由に解雇できるようにするとどうなるか。

サービス業から「生産性の高い」製造業に労働力が移って、日本全体の労働生産性が向上するだろうか。製造業は衰退傾向という流れが変わらないのであれば、そもそも解雇規制を緩和しても労働力が製造業に大きく移動するとは思えない。「衰退産業」では労働者への需要が減るからだ。

記事では「生産性の高い産業」は成長性が高く、「生産性の低い産業」は「衰退産業」との前提を感じる。しかし、実際にはそうした関係が成り立つとは限らない。

記事では何が「生産性の高い産業」で何が「衰退産業」かを示していない。それを示すと理屈が合わなくなるからではないかと勘繰りたくなる。


※今回取り上げた記事「生産性考~正社員の終身雇用根強く 衰退産業に人材滞留
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171129&ng=DGKKZO24014020Y7A121C1TJ2000

※記事の評価はD(問題あり)。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日本の労働生産性は「低下傾向」? 日経「生産性考」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_27.html

「労働生産性」を数値で見せない日経1面「生産性考」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_28.html

「鍵は経営者」だとデータが物語らない日経「生産性考」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_36.html

「日本の高齢化は世界最速」? 日経「生産性考」取材班に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post.html

最後まで問題だらけの日経「生産性考~危機を好機に」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post_2.html

「東レ、トヨタに窮状訴え」が怪しい日経 上阪欣史記者

状況をきちんと理解して書いているのか心配になる記事が28日の日本経済新聞朝刊企業2面に出ていた。筆者は上阪欣史記者。記事には「東レ、トヨタに窮状訴え 樹脂部品価格上がらず EV時代へ収益確保探る」という見出しが付いているが、東レがトヨタに「窮状」を訴えたかどうかが、まず怪しい。
原鶴大橋(福岡県朝倉市・うきは市)※写真と本文は無関係です

記事の最初の方を見ていこう。

【日経の記事】

東レがトヨタ自動車などに異議を申し立てている。自動車に使われる樹脂(プラスチック)の納入価格を巡り、26年間続いてきた慣行の見直しを迫った。電気自動車(EV)の時代、車体の軽量化につながる樹脂部品の存在感は高まるが、なぜ東レはここまでかたくななのか。

「もう限界だ。樹脂価格フォーミュラ(方式)の変更をぜひともお願いしたい」。8~9月にかけ東レの自動車材料事業部の担当者らは、デンソーや豊田合成などトヨタの系列部品メーカーを行脚した。トヨタだけではない。日産自動車系など樹脂部品を手がける他のメーカーにも通いつめ、異例の訴えを起こした。


◎本当に「トヨタに異議申し立て」?

東レがトヨタ自動車などに異議を申し立てている」と冒頭で言い切っているのだから、東レがトヨタに直接訴えたと理解するしかない。だが、読み進めると「8~9月にかけ東レの自動車材料事業部の担当者らは、デンソーや豊田合成などトヨタの系列部品メーカーを行脚した」と書いており、「トヨタ」そのものは訪問先に含めていない。

記事の終盤でも「訴えを受けたトヨタ系などの部品メーカーは『社内で説明する』と曖昧な回答に終始している」と述べており、東レはトヨタに直接訴えたのではないと解釈したくもなる。トヨタにも訴えたのか、あくまでトヨタ系の部品メーカーに訴えだけなのか、明確に分かるような書き方をすべきだ。

記事の続きをさらに見ていく。

【日経の記事】

東レが手掛けるポリアミド(ナイロン)やポリフェニレンサルファイド(PPS)など耐熱性や高強度の樹脂は、自動車の電装品や内装品などあらゆるところに使われる。その納入価格は原油から最初に出てくる基礎化学原料、ナフサ(粗製ガソリン)価格をもとに、自動車部品メーカーと半期に一度決めている。1991年以来の慣行だ。

東レが主張するのは足元ではやや上昇傾向にあるが、ここ数年ナフサが安いままなのに、ナイロンなど川下の原料価格だけが高騰、大幅なコスト増を東レが負担し続けている点だ。東レの森本和雄常務取締役は「ナフサ連動は日本だけ。川下の樹脂市況に連動した値決め方式に改めなければ、拡大再生産できない」と唱える。


◎結局、何が「高騰」?

上記のくだりを読んでも、何が「高騰」しているのか、よく分からない。「ナイロンなど川下の原料価格だけが高騰」と書いてあると、樹脂の「原料価格」が「高騰」していると受け取りたくなる。これなら話の辻褄も合う。しかし「原料ナイロン」とも解釈できる書き方が引っかかる。
国道210号線沿いのコスモス(福岡県うきは市)
         ※写真と本文は無関係です

記事では「東レが手掛けるポリアミド(ナイロン)やポリフェニレンサルファイド(PPS)など耐熱性や高強度の樹脂」と説明しているので、「ナイロン」は樹脂の「原料」と言うより樹脂そのものだ。

東レの常務のコメントは「川下の樹脂市況に連動した値決め方式に改めなければ、拡大再生産できない」となっているので、「高騰」しているのは「原料価格」ではなく「樹脂」の価格だとも思えてくる。

ただ、「樹脂部品価格上がらず」が記事の前提であり、「樹脂」の価格は上がっていないはずだ。そんなこんなで、さらによく分からなくなる。

自動車部品メーカーに納める価格とは別にスポット市場があって、そこでは「樹脂」価格が「高騰」しているのかもしれないが、記事中にそうした説明はない。

さらに言えば、「トヨタの系列部品メーカーを行脚した」のが「8~9月」で、「訴えを受けたトヨタ系などの部品メーカーは『社内で説明する』と曖昧な回答に終始している」と言うが、既に11月末だ。「社内で説明する」段階は終わっているはずで、その後どうなったのかは言及してほしかった。

この記事からは、東レ以外の樹脂メーカーが東レに同調しているかどうかも不明。結局、分からないことだらけのままだ。上阪欣史記者が要注意の書き手なのは、はっきり分かったが…。


※今回取り上げた記事「東レ、トヨタに窮状訴え 樹脂部品価格上がらず EV時代へ収益確保探る
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171128&ng=DGKKZO23965630X21C17A1TJ2000


※記事の評価はD(問題あり)。上阪欣史記者への評価も暫定でDとする。

2017年11月28日火曜日

「労働生産性」を数値で見せない日経1面「生産性考」

今回も日本経済新聞朝刊1面の連載「生産性考」を取り上げる。28日の「危機を好機に(2)週3日休む旅館 非製造業こそチャンス」という記事では、事例で取り上げた企業の「生産性」をデータで示さないのが気になった。連載のテーマが「生産性考」なのだから、これでは困る。
国道210号線沿いのコスモス(福岡県うきは市)
        ※写真と本文は無関係です

まずは最初の事例を検証してみる。

【日経の記事】

神奈川県に無休から「定休3日」に切り替えながら、社員の平均年収を4割増やした老舗旅館がある。鶴巻温泉の「陣屋」だ。

 「悪循環だった」。オーナーの宮崎富夫氏が経営を引き継いだ2009年、部屋は20室のみだが稼働率は40%台だった。団体客向けに宿泊料を9800円からに設定したが利益は出なかった。「平均単価を上げるしかない」。宮崎氏は14年2月から毎週火・水曜日を休館とし、16年1月からは月曜日も加えた。

一方で正社員を20人から25人に増やし、休館日の半日を研修や会議に充て、接客力向上に努めるとともに食事も改めた。その結果、平均客単価は4万5000円にまで上昇。稼働率も80%に高まり、社員の平均年収は288万円から398万円と4割増えた

製造業に比べ非製造業の生産性は伸び悩む。日本生産性本部によると1995~2015年の実質労働生産性(就業者1時間当たり)は製造業で74%増えた一方、非製造業では運輸・郵便業が9%減、宿泊・飲食サービス業が5%減、建設業が2%減とそれぞれ落ち込んだ。


◎結局、労働生産性は向上?

陣屋」の労働生産性がどうなったのか、上記の説明では何とも言えない。「社員の平均年収は288万円から398万円と4割増えた」との記述はあるが、労働生産性のデータは見当たらない。仮に1人当たり売上高で生産性を見るとすると、全体では増収になっていたとしても、「正社員を20人から25人に増やし」た影響で生産性が落ちている可能性も残る。「平均年収」を出す前に、「労働生産性」の数値を示すべきだ。
桜滝(大分県日田市) ※写真と本文は無関係です

さらに言えば「平均客単価は4万5000円にまで上昇」という説明も感心しない。以前の「平均客単価」との比較がないからだ。記事の書き方だと「9800円」だった「平均客単価は4万5000円にまで上昇」したとの印象を受ける。しかし、「9800円」はあくまで「団体客向け」の最低価格のはずだ。

記事で取り上げた2つ目の事例でも「労働生産性」のデータは出てこない。

【日経の記事】

09年に発足したみちのりホールディングス(東京・千代田)はこれまでに経営環境が厳しい地方のバス会社6社を次々と傘下に収めながら、経営を立て直し、今では6社とも黒字だ。その中の一社である茨城交通(茨城県水戸市)ではICカードの導入や柔軟な価格戦略による増収効果で、10年度に在籍していた社員の平均年収は16年度までに24%増えた

みちのりHDの親会社である経営共創基盤の冨山和彦最高経営責任者(CEO)は「労働集約的な産業こそ、生産性を劇的に向上できる」と断言する。


◎なぜ「平均年収」を前面に?

みちのりHDの親会社である経営共創基盤の冨山和彦最高経営責任者(CEO)は『労働集約的な産業こそ、生産性を劇的に向上できる』と断言」しているらしい。ならば、「生産性を劇的に向上」させた実績を数字で見せてほしかった。

しかし、ここでも「社員の平均年収」に焦点を当てて、労働生産性に関する数値は出てこない。「みちのりHD」傘下の「茨城交通」が「増収」だとは記しているが、増収率は不明。社員数の推移も分からないので、1人当たりの売上高が増えているのかどうかさえ明確にはならない。

これだけ労働生産性の数字を出さないとなると、「陣屋」や「茨城交通」では実は労働生産性が向上していないのではと疑いたくなる。


※今回取り上げた記事「生産性考危機を好機に(2)週3日休む旅館 非製造業こそチャンス
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171128&ng=DGKKZO23967340Y7A121C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日本の労働生産性は「低下傾向」? 日経「生産性考」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_27.html

解雇規制緩和で生産性が向上? 日経「生産性考」の無理筋
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_83.html

「鍵は経営者」だとデータが物語らない日経「生産性考」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_36.html

「日本の高齢化は世界最速」? 日経「生産性考」取材班に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post.html

最後まで問題だらけの日経「生産性考~危機を好機に」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post_2.html

2017年11月27日月曜日

日本の労働生産性は「低下傾向」? 日経「生産性考」の誤り

27日の日本経済新聞朝刊1面で「生産性考」という連載が始まった。1面の記事は悪くないが、企業面の「生産性考~さらばモーレツ 日本電産・永守氏と重なる日本の歩み プロの働き方磨く時代」という関連記事に誤りと思える記述があった。日経に問い合わせを送ったので、その内容を紹介したい。
古賀病院21(福岡県久留米市)
       ※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

27日の朝刊企業面に載った「生産性考~さらばモーレツ 日本電産・永守氏と重なる日本の歩み プロの働き方磨く時代」という記事についてお尋ねします。記事に付けたグラフには「高度成長期の終了後、労働生産性は低下傾向が続く」とのタイトルが付いています。記事中にも「前後して日本は高度成長期を終え、労働生産性も急速に低下していく」との記述が見られます。しかし、グラフを見る限りでは「労働生産性」が「低下傾向」を示した時期が見当たりません。

注記によると、グラフは「就業1時間当たりの実質労働生産性上昇率」を示しています。0%近くまで落ち込んだ時期もありますが、それでも「上昇率」はプラスを維持しています。グラフで示した全期間にわたって「上昇率」がプラスならば、「労働生産性」は「上昇傾向」が続いているはずです。「高度成長期の終了後、労働生産性の伸びは鈍化している」と言いたかったのかもしれませんが、そうは書いていません。

高度成長期の終了後、労働生産性は低下傾向が続く」との説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

付け加えると、「日本は90年代半ば以降、労働生産性は高くても1%台にとどまる」との説明も誤りだと思えます。「90年代半ば以降、日本の労働生産性の上昇率は高くても1%台にとどまる」などと書くべきです。今回の記事では、「労働生産性」と「労働生産性上昇率」を筆者が混同していると考えられます。

お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。クオリティージャーナリズムを標榜する新聞社として、掲げた旗に恥じない行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

ちなみに「名目労働生産性、8年ぶり最高 女性就労増加で」という昨年10月30日付の記事で日経は以下のように報じている。

日本生産性本部は日本の名目労働生産性が2015年度に1時間あたり4518円と前年度に比べ2.3%増えたとの調査結果をまとめた。4年連続で増え、8年ぶりに過去最高を更新した

今回の記事とは「実質」と「名目」の違いがあるが、労働生産性が上昇傾向にあることは、日経も報じている。「日本は労働生産性が低い。だから何とかしなきゃ」と訴えたいのは分かる。だからと言って今回のような説明を続けていたら、説得力のある記事にはななり得ない。そのことを取材班のメンバーは肝に銘じてほしい。


※今回取り上げた記事「生産性考~さらばモーレツ 日本電産・永守氏と重なる日本の歩み プロの働き方磨く時代
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171127&ng=DGKKZO23920350W7A121C1TJC000


※記事の評価はD(問題あり)。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「労働生産性」を数値で見せない日経1面「生産性考」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_28.html

解雇規制緩和で生産性が向上? 日経「生産性考」の無理筋
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_83.html

「鍵は経営者」だとデータが物語らない日経「生産性考」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_36.html

「日本の高齢化は世界最速」? 日経「生産性考」取材班に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post.html

最後まで問題だらけの日経「生産性考~危機を好機に」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post_2.html

2017年11月26日日曜日

看板に偽りあり! 週刊ダイヤモンド「究極の省エネ英語」

週刊ダイヤモンド12月2日号の特集「日本人のための学習法 究極の省エネ英語 金も時間も労力もかけない!」の内容がタイトル通りならば、ぜひ実践したい。だが、結論から言うと「看板に偽りあり」だ。カネはともかく「時間も労力もかけない」で英語を習得できる術は特集を読んでも見当たらなかった。
大刀洗平和記念館(福岡県筑前町)のMH2000ヘリコプター
               ※写真と本文は無関係です

特集の最初に出てくる「『省エネ英語』のトリセツ」という記事の一部を見てみよう。

【日経の記事】

ビジネスで通用するレベルになりたいけれど、英語に対するコンプレックスが消えない。いつの間にか、世間では「英語がビジネスマンの必須スキル」といわれるようになり、落ちこぼれることへの焦りと苦手意識ばかりが増幅している──。

そんな悩みを抱えたビジネスマンが意外に多いのではないだろうか。そう考えたことが、本特集を企画するに至った起点である。会社からはTOEICのハードルを設けられ、楽しく学習する心理的余裕などない。非現実的な習得の「ゴール」を目指した結果、現実とのギャップに苦しみ、途中で挫折してしまっては身もふたもない。

だが、立ち止まってみてほしい。日本で働いている限りにおいて、共通言語は日本語である。焦る必要は全くないのだ

そこで今回、本誌が提唱したいのは、習得のデッドラインを強制的に設ける「サバイバル英語」ではなくて、時間もおカネも負荷もかけない「省エネ英語」である。

上図に示したのが、省エネ英語の“トリセツ”である。賛否両論あるだろうが、英会話スクール通学や短期留学、TOEIC対策といった勉強法は見送った

まずは「英語を嫌いにならないこと」「英語に触れ続けること」を最優先目標とすることにした。


◎どの程度の「省エネ」?

今回の特集で気になったのは「どの程度の省エネ学習で、どの程度の英語力が身に付くのか」が分からない点だ。
須賀神社(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

英会話スクール通学や短期留学、TOEIC対策といった勉強法は見送った」と言うが、代わりに自宅や電車内でたっぷり勉強するのであれば「時間も労力もかけない」勉強法とは程遠い。

特集では「『中学3年間』を教科書でおさらい」という「時間も労力もかける」学習法をまず紹介している。さらには英字メディアの読み方を解説したり、「『財務3表』を英語で読む」ことを薦めてみたりと「時間も労力もかける」勉強法が次々と出てくる。

時間も労力もかけない」と言うのであれば、まず「英語の勉強は1日5分間で十分」などと目安を示してほしい。

取材班は「『英語を嫌いにならないこと』『英語に触れ続けること』を最優先目標とすることにした」らしい。それはそれでいい。だが、毎日5分の勉強で、英語嫌いにならず、英語にも触れ続けたものの、英語力も大して付かなかった--では意味がない。

結局、「ビジネスで通用するレベル」の英語力を身に付けたかったら「時間も労力もかける」しかないと取材班も分かっているのではないか。

記事でも触れているように「会社からはTOEICのハードルを設けられ、楽しく学習する心理的余裕などない」ビジネスマンは大勢いるだろう。そういう人に「日本で働いている限りにおいて、共通言語は日本語である。焦る必要は全くないのだ」と慰めて意味があるのか。

本誌推奨 省エネ英語」という図の中で「無駄に時間をかけない→TOEICは目指さない」としているが、「会社からはTOEICのハードルを設けられ」ていても、「TOEICは目指さない」勉強法を取材班では「推奨」するのか。だとしたら、読者のニーズに応えているとは言い難い。


※今回取り上げた特集「日本人のための学習法 究極の省エネ英語 金も時間も労力もかけない!
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/21923


※特集全体の評価はC(平均的)。英語を学ぶ上で役に立つ情報もかなりあった点を考慮した。新井美江子記者への評価はCを据え置く。浅島亮子副編集長と山本輝記者はCで確定とする。堀内亮記者はD(問題あり)からCへ引き上げる。

2017年11月25日土曜日

日経 嶋田有記者は「さわかみ投信」の宣伝担当?

25日の日本経済新聞朝刊マーケット総合1面に載った「スクランブル~長期投資が報われる 山一破綻20年、積み立て増加」という記事では、筆者である嶋田有記者の金融業界寄りの姿勢が気になった。「さわかみ投信」に関して、かなり宣伝臭さの漂う取り上げ方をしている。
太刀洗レトロステーション(福岡県筑前町)
           ※写真と本文は無関係です

その問題は後で言及するとして、まずは記事の最初の方を見ていこう。

【日経の記事】

山一証券の経営破綻から24日でちょうど20年が経過し、日本株市場では長期投資が報われる素地が整ってきた。足元の株高によって株式投資の長期パフォーマンスが現金を明確に上回り、株価の過度な割高さも修正された。個人投資家の間では目先の株価に一喜一憂せず、積み立て投資で長期の資産形成をめざす動きが広がっている。

日本株の長期投資がこれまで機能しなかった最大の要因は、山一破綻後にデフレ圧力が急速に強まったことだ。実際、株価指数に連動する投資信託を1996年末に100万円購入したとすると、2000年前後のIT(情報技術)バブル期など一部の時期を除いて、運用成績は預金に負け続けてきた。デフレによる「現金の実質価値の増大」が根底にある。

だが、10月以降の株高で風景は変わった。96年末に日本株投信を購入した場合の運用成績は足元で約40%のプラス。預金を大幅に上回り、「長期投資が報われる局面」となってきたことを裏付ける。この変化が個人投資家にも意識改革を促し、「積み立て投資」が増え始めている。



◎「10月以降の株高で風景は変わった」?

嶋田記者は「10月以降の株高で風景は変わった」と言うが、根拠は乏しい。記事に付けたグラフを見ても、2013年以降は「96年末に日本株投信を購入した場合の運用成績」が「預金」をほぼ上回っている。「10月以降」はその度合いが強まっているだけなのに、「10月以降の株高で風景は変わった」と断定するのは、かなり苦しい。
ゆめタウン久留米と筑後川(福岡県久留米市)
            ※写真と本文は無関係です

そもそも「山一証券の経営破綻から24日でちょうど20年が経過」したからと言って、「96年末」と比べる必要はない。日経平均株価が最高値を付けた1989年末と比べると「長期投資が報われる局面」に入ってきたか怪しくなるはずだ。

前置きはこのくらいにして本題に入ろう。

【日経の記事】

中国地方に住む個人投資家Aさんは最近、勤め先を早期退職した。08年のリーマン・ショック後に始めた日本株の積み立て投資が功を奏し、1億円を超える資産ができたためだ。「それまでは投信や個別株を勘で売買していたら資産が減った。やめようと思っていたときにさわかみ投信の積み立てを始め、そこから増え始めた」という。



◎「さわかみ投信」は他の投信より優れてる?

他の投信で損を出して「(投資を)やめようと思っていたときにさわかみ投信の積み立てを始め」「1億円を超える資産ができた」という「個人投資家Aさん」を取り上げている。これだけ読むと「さわかみ投信」は他の投信よりも優れた投資対象だとの印象を受ける。

嶋田記者がそう確信しているのならば、せめて根拠となるデータは示してほしい。「リーマン・ショック」で資産を減らし、その後に「さわかみ投信の積み立てを始め」たのならば、「さわかみ投信」から利益が得られるのは当然だ。日本株全体が上昇基調になっていくのだから。なのに「さわかみ投信」に特別な実力があるかのように書くのは、嶋田記者が状況を理解していないか、「さわかみ投信」の宣伝担当を買って出ているのかのどちらかだろう。

※今回取り上げた記事「スクランブル~長期投資が報われる 山一破綻20年、積み立て増加
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171125&ng=DGKKZO23893500U7A121C1EN1000

※記事の評価はD(問題あり)。嶋田有記者への評価はDで確定とする。

2017年11月24日金曜日

ソニーは本当に「得意分野に集中」? 日経「最高益の実相」

24日の日本経済新聞朝刊1面に載った「最高益の実相(上)経常利益率7%の壁破る ソニー、得意分野に集中」という記事には疑問が残った。ソニーは本当に「得意分野に集中」しているのだろうか。記事の当該部分を見てみよう。
つづら棚田(福岡県うきは市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

企業が稼ぐ力を高めた理由は3つある。一つは金融危機後に事業の選択と集中を加速したことだ。

ソニーは世界首位の半導体センサーで競合他社の突き放しに動く。来年3月までに長崎工場などの工程を工夫するなどして生産能力を1割増やす。その後も1~2割の増産を検討する。画質の良さからスマートフォン(スマホ)や監視カメラなどで引き合いが強く、販売数量の拡大が続く。

半導体は20年ぶり営業最高益のけん引役。今期の部門利益率は17%に上る。スマホやテレビなど競争の激しい分野で量を追わない一方、半導体やゲームなど得意分野に集中する戦略に転換したのが奏功する。金融危機後の10年間の累積最終赤字は約4700億円に縮小し、復調してきた。


◎これで「選択と集中を加速」?

記事ではソニーを「事業の選択と集中を加速した」代表例として取り上げている。しかし、「スマホやテレビ」は撤退ではなく「量を追わない」だけのようだ。これだけでも「選択と集中」が徹底していないと思える。
須賀神社の土俵(福岡県朝倉市)
   ※写真と本文は無関係です

では「半導体やゲームなど得意分野に集中する戦略」とは言えるのだろうか。2017年7~9月期の連結業績を見ると、「半導体」と「ゲーム&ネットワークサービス」の売上高を合計してもソニー全体の3割強に過ぎない。両部門の営業利益の合計は1042億円で、やはり全体の約半分に相当する水準。これで「半導体やゲームなど得意分野に集中する戦略」だとは考えにくい。

ソニーは「ホームエンタテインメント&サウンド」「音楽」「金融」などでもしっかり稼いでいる。これらも「半導体やゲームなど得意分野」の「など」に入っていると言いたいのだろうか。だとしたら「得意分野」がかなり多いし、「集中」している感じもない。


※今回取り上げた記事「最高益の実相(上)経常利益率7%の壁破る ソニー、得意分野に集中
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171124&ng=DGKKZO23845900U7A121C1MM8000

※記事の評価はC(平均的)。

「若者たちの新地平」を描けていない日経「ポスト平成の未来学」

23日の日本経済新聞朝刊未来学面に載った「ポスト平成の未来学~第1部 若者たちの新地平 言葉の壁が消える 通訳・翻訳 AIにお任せ」という記事は苦しかった。「若者たちの新地平」を描くべきなのに、「AIが変える未来」とでもタイトルを付けたくなる内容だ。「若者たちの新地平」というテーマの設定自体に無理があって、ネタ切れになってきているのかもしれない。
だんごあん(福岡県朝倉市)
    ※写真と本文は無関係です

今回も筆者らにメールで意見を送ってみた。その内容は以下の通り。

【日経に送った意見】

日本経済新聞社 矢野摂士様 伴正春様

ポスト平成の未来学~第1部 若者たちの新地平 言葉の壁が消える 通訳・翻訳 AIにお任せ」という記事について意見を述べさせていただきます。

まず、今回の記事は「若者たちの新地平」 を描けていません。近い将来に「通訳・翻訳」で「AIにお任せ」が可能になり「言葉の壁が消える」としても、その影響は「若者」だけに及ぶ訳ではありません。中高年にも同じようなインパクトを与えます。「若者たちの新地平」とのタイトルを付けたのですから、中高年ではない「若者たちの新地平」を描写すべきです。

次に「テレパシージャパン(東京・中央)の『テレパシーウォーカー』」についてです。記事では「テレパシーウォーカー」を「通訳いらずになる可能性を秘めたデバイス」と紹介しています。本当にそうでしょうか。

L字型のデバイスがついたメガネ」をかけて「定食屋のお品書き」の「『刺盛り御膳』を眺めていると、突然『Raw Fish Bowl Set』と表示された」と筆者は記しています。将来は「AIで文字認識して翻訳を表示できるように」なるとしても、それだけでは「通訳いらず」は実現しません。音声に対応していないからです。なのに「通訳いらずになる可能性を秘めたデバイス」と言えますか。

3つ目の問題に移りましょう。今回の記事では、AIなどの発達によって「英語を含め、母国語以外の言語に悩まなくなる未来は、すぐそこにある」と言い切っています。これは「小学校の英語教育、20年から本格化」という関連記事の内容と矛盾します。

関連記事では「2020年は英語教育の節目になる。小3から英語学習が始まり、小5では正式教科になるからだ。世界で活躍できる人材を育てようと、議論の末に国が早期教育を決めた」と解説しています。「小3から英語学習が始まり、小5では正式教科になる」のに、「英語を含め、母国語以外の言語に悩まなくなる未来は、すぐそこにある」と言えますか。近未来の若者は受験のために英語を学ぶ必要もなくなるのなら「母国語以外の言語に悩まなくなる未来」が訪れそうな気はしますが、そうはなりそうもありません。
筑後川(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

関連記事では、以下の記述の理解に苦しみました。

そしてAIによる自動翻訳の存在感が急速に高まっており、江利川教授は『英語学習は大きく変わるだろう』と話す。即時通訳ができれば、細かい単語を覚えたり逐次訳を考えたりする必要はなくなり、多言語の習得も容易になる

即時通訳ができれば、細かい単語を覚えたり逐次訳を考えたりする必要はなくな」るのは分かります。問題は「多言語の習得も容易になる」という説明です。「習得」の水準を英語で言うとTOEIC800点程度としましょう。AIを使って「即時通訳ができれば」本当に「多言語の習得も容易になる」と思いますか。TOEIC800点を達成した上で、フランス語やドイツ語でも同レベルの「習得」を目指す場合、その難しさはAIで「即時通訳」ができるようになるかどうかと基本的に関係ありません。

足りないところはAIに助けてもらえるのでTOEIC600点程度でも「習得」と見なせば、「多言語の習得」は800点レベルを複数言語で目指すより簡単にはなります。しかし、それは今も昔も変わりません。AIによる「即時通訳」ができるようになるかどうかとは、やはり無関係です。「習得」の基準をどこに置くかの問題です。

第1部 若者たちの新地平」の中では、今回の記事が最も問題が多いと感じました。設定したテーマに忠実に記事を仕上げられるようになってください。

◇   ◇   ◇

※今回取り上げた記事

ポスト平成の未来学~第1部 若者たちの新地平 言葉の壁が消える 通訳・翻訳 AIにお任せ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171123&ng=DGKKZO23832510S7A121C1TCP000


小学校の英語教育、20年から本格化
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171123&ng=DGKKZO23832610S7A121C1TCP000


※記事の評価はいずれもD(問題あり)。矢野摂士記者と伴正春記者への評価も暫定でDとする。

2017年11月23日木曜日

業界紙なら分かるが…日経「プリンスホテル、タイで訪日客誘致」

23日の日本経済新聞朝刊アジアBiz面に載った「プリンスホテル、タイで訪日客誘致 VRでスキー体験」という記事(筆者はバンコク支局の岸本まりみ記者)には、悪い意味で驚かされた。プリンスホテルがバンコクでメディア関係者などを招いて開いたイベントの様子を紹介するだけの中身だ。ホテル関係の業界紙ならば分かるが、日経で取り上げる話とは思えない。それを小囲みにしてわざわざ目立たせるとは…。この記事を読者に届けることに整理部も含めて誰も問題を感じなかったのか。
平塚川添遺跡公園(福岡県朝倉市)
       ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

プリンスホテルは22日までに、タイの首都バンコクで現地メディアやブロガーを招き、訪日客誘致のイベントを開いた。スキーを体験できる仮想現実感(VR)や雪国の伝統衣装「みの」などで日本の魅力をアピールした。

イベントには現地メディアなどから54人が参加。10月に開業した「名古屋プリンスホテル スカイタワー」に合わせて提供された串カツなどの名古屋名物を味わった。冬の観光シーズンに合わせ、VRゴーグルを装着し、プリンスホテルが運営するスキー場でのスキー映像を楽しんだ

プリンスホテルの2016年度の国内宿泊施設における外国人比率は約24%で、タイからの宿泊者は台湾、中国、韓国、香港に次いで5番目に多かった。


◎ニュース価値ある?

プリンスホテル」が「バンコクで現地メディアやブロガーを招き、訪日客誘致のイベントを開いた」ことに何のニュース価値があるのか。岸本記者はイベントに参加した「54人」の中の1人で「串カツなどの名古屋名物を味わった」のかもしれない。だが、それを日経の読者に伝える意味があるとは思えない。

見出しに出てくる「VRでスキー体験」とは、イベントに参加したメディア関係者が「VRゴーグルを装着し、プリンスホテルが運営するスキー場でのスキー映像を楽しんだ」という話だ。プリンスホテルが訪日客に「VRでスキー体験」をしてもらうのならば、まだ記事にするのも分かる。メディア向けのイベントでメディア関係者が「VRでスキー体験」をしたから何だと言うのか。

22日までに」という書き方から判断すると、イベントの開催日は21日かそれより前なのだろう。ニュース価値がない上に少し古くなった話を小囲みにして読者に届けるとは…。作り手の気が知れない。


※今回取り上げた記事「プリンスホテル、タイで訪日客誘致 VRでスキー体験
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171123&ng=DGKKZO23800240S7A121C1FFE000


※記事の評価はD(問題あり)。岸本まりみ記者への評価も暫定でDとする。

2017年11月22日水曜日

「本格参入」に無理がある日経「伊藤忠、日中越境通販に本格参入」

以前にも述べたが、日本経済新聞で「本格」の文字を見つけたら要注意だ。22日の朝刊アジアBiz面のトップに据えた「伊藤忠、日中越境通販に本格参入 サイトに出資、CITIC協業に応用 動画で魅力訴え販促」という記事もその例に漏れない。既に出資している企業の増資に応じて出資比率を2割に高めたことを受けて「本格参入」と言うのは苦しい。しかも伊藤忠は「17年春に富裕層をターゲットとした越境ECサイトを開設」済みらしい。ならば、この時点で「日中越境通販に本格参入」している気がする。
夜明大橋(大分県日田市) ※写真と本文は無関係です

記事には他にも色々と問題を感じた。順に見ていこう。

【日経の記事】

伊藤忠商事は日本製品を中国人向けの電子商取引(EC)サイトで販売する越境EC事業に本格参入する。サイトを運営するスタートアップ、インアゴーラ(東京・港)にKDDI、SBIホールディングスとの3社で合計約76億円出資。伊藤忠グループで取り扱う商品の供給や物流で組む。伊藤忠は資本提携している中国中信集団(CITIC)との協業を視野に、中国での消費者向け事業拡大の足がかりとする。

 今回のインアゴーラに対する3社合計の出資額のうち伊藤忠は約40億円を出した。伊藤忠は過去に出資した分(約1億円)を含めインアゴーラの株式の約2割を保有することになる。伊藤忠は中国人創業者の翁永飆(おう・えいひょう)社長に次ぐ2番目の大株主になったもようだ。


◎何を以って「本格参入」?

百歩譲って「インアゴーラ」への出資が「本格参入」に当たるとしよう。ならば、「越境EC事業に本格参入する」ではなく「本格参入した」と過去形にすべきではないか。追加出資は既に終えているはずだ。「追加出資をしただけでは『本格参入』にはならない」と考えるのならば、何を以って「本格参入」と書いているのか疑問が残る。
うきはアリーナ(福岡県うきは市)※写真と本文は無関係です

付け加えると「スタートアップ」という言葉を説明なしに使うのは感心しない。社名のようにも見える。記事には「インアゴーラは翁社長が2014年に創業」という記述もあるので「スタートアップ」とわざわざ入れる必要も乏しい。

続きを見ていこう。

【日経の記事】

インアゴーラは翁社長が2014年に創業し、現在では300万人の利用者がいる越境ECサイト「豌豆公主(ワンドウ)」を運営する。味の素やサマンサタバサ、トリンプといった食料品や化粧品、衣料品を中心に約4万品目を取り扱う。


◎「サマンサタバサ」は化粧品メーカー?

上記の書き方だと「サマンサタバサ化粧品」だと受け取りたくなる。だが、バッグのイメージが強い。調べてみても「化粧品」を手掛けているとは確認できなかった。

この記事では伊藤忠の戦略にも疑問が残った。

【日経の記事】

伊藤忠は15年に資本業務提携をしたCITICと17年春に富裕層をターゲットとした越境ECサイトを開設した。ただ、今後、アリババなど大手が寡占状態になっている中国のEC市場に食い込んでいくには、消費者の好みに応じたきめ細かいマーケティングが不可欠だと判断。日本製品の魅力を消費者に伝える動画コンテンツの作成に強みを持つインアゴーラとも組むことを決めた


◎見えない伊藤忠の戦略

今回の記事には「アリババなど巨人に挑む」という関連記事が付いている。これを併せて読んでも、伊藤忠の戦略がよく分からない。「インアゴーラ」と組んで伊藤忠の「富裕層をターゲットとした越境ECサイト」での販売を伸ばすつもりなのか。それとも「インアゴーラ」を支援して育てることに軸足を置くのか。
九州大学 伊都キャンパスの椎木講堂(福岡市西区)
            ※写真と本文は無関係です

日本製品の魅力を消費者に伝える動画コンテンツの作成に強みを持つインアゴーラとも組むことを決めた」との記述からは前者のようでもある。「インアゴーラは18年に台湾やマレーシアなどに事業領域を広げる計画があり、伊藤忠はアジア各地にある拠点から現地の物流や販促面で支援する考えだ」とも書いているので、後者の可能性もある。両方を同じように育てる考えかもしれない。だが、記事中に答えは見当たらない。

最後にもう1つ注文を付けたい。

【日経の記事】

伊藤忠はグループの食品卸、日本アクセスやジーンズ国内最大手のエドウインなどを通じて、インアゴーラの商品の調達を支援する。ファミリーマートと取引のある地方の名産品をサイトで取り扱うことも検討する。



◎伊藤忠との関係は?

上記の書き方だと、「日本アクセス」は伊藤忠グループだと分かるが「エドウイン」と「ファミリーマート」がはっきりしない。3社とも伊藤忠グループだと分かる書き方をすべきだ。


※今回取り上げた記事「伊藤忠、日中越境通販に本格参入 サイトに出資、CITIC協業に応用 動画で魅力訴え販促
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171122&ng=DGKKZO23751200R21C17A1FFE000


※記事の評価はD(問題あり)。安西明秀記者への評価は暫定でDとする。松田直樹記者への評価はDで確定させる。

2017年11月21日火曜日

必要なデータが見当たらない日経「ミクロデータは語る」

21日の日本経済新聞朝刊企業2面に載った「ミクロデータは語る(上)大衆薬 女性が選ぶ『即効性』『漢方』」という記事は、やや期待外れの内容だった。「毎月、毎年まとめられる各種のミクロデータ。数字に表れた変化から世相を読み解く」という連載の狙いは悪くない。問題はきちんと「ミクロデータ」を提示できるかどうかだ。
天ケ瀬温泉(大分県日田市)
      ※写真と本文は無関係です

今回の記事には「大衆薬 女性が選ぶ『即効性』『漢方』」との見出しが付いている。実際にそう納得させてくれる「ミクロデータ」が出てくるか検証してみよう。

まずは「即効性」に関わる部分を見ていく。

【日経の記事】

調査会社のインテージ(東京・千代田)がまとめた国内の大衆薬市場は16年度、1兆938億円と20年前に比べ15%縮小した。その中で頭痛や生理痛に効く解熱鎮痛剤の市場規模は538億円と、同時期に15%増加。伸びが目立った。

第一三共ヘルスケアの解熱鎮痛剤「ロキソニンS」シリーズは、購入層の7割が女性だ。同社の調べでは、働く女性の3人に1人が週1回以上の頭痛を経験。特に管理職層が頭痛に悩まされているという。頭痛のタネは多いが、仕事や育児は休めない。そこで「即効性を訴えたら売上高が伸びた」と第一三共ヘルスケアの宮崎亨祐ブランドマネジャーは語る。



◎どこに即効性のミクロデータ?

即効性を訴えたら売上高が伸びた」というコメントはあるものの、女性が「即効性」を重視して「解熱鎮痛剤」を選んでいるというデータは見当たらない。

解熱鎮痛剤の市場規模は538億円と、同時期に15%増加」というデータは「即効性」との関連を示すものではない。「ロキソニンS」の売上高ならば多少関係があるのかもしれないが、「即効性」を訴えた後でどの程度の増収になったのかは不明だ。

ロキソニンS」に限った話でも構わないので、「即効性」を訴える前と後でどう売り上げが変化したのか、それに女性がどう関わっているのかは欲しい。例えば「横ばい基調だった売り上げが、『即効性』を訴えた後は年率で5%以上の伸びを続けている。購入層の女性比率も50%から70%に跳ね上がった」などと書いてあれば「女性が選ぶ『即効性』」に説得力を感じる。

漢方」に話を移そう。

【日経の記事】

「もやもやした体調不良」に悩む女性を癒やす漢方薬も好調だ。漢方には医者が処方する医療用とドラッグストアなどで買える一般用があり、一般用の漢方薬市場は16年度に489億円。20年前の1.8倍に増えた中高年女性が中心だが、冷えやむくみなど女性特有の悩みにも効くと若い愛用者が増えている

6月下旬、東京・丸の内の女性向け漢方専門店「カガエカンポウブティック」では、美容関連に勤める20歳代の女性2人が薬剤師から説明を受けていた。そのうちの1人で埼玉県に住む女性会社員(28)は頭痛と貧血が悩みだったが、漢方薬を服用して「頭痛の回数が減った」と喜ぶ。

カガエカンポウブティックを運営する薬日本堂(東京・品川)の鈴木養平取締役によると、同社が展開するシニア、中年、若い女性向けの3種類の店舗のうち、「百貨店からの出店要請が最も多いのは、若い女性向け店舗だ」という。


◎女性関連のデータは?

漢方薬」について「中高年女性が中心だが、冷えやむくみなど女性特有の悩みにも効くと若い愛用者が増えている」と言うものの、その根拠となる肝心の「ミクロデータ」が見当たらない。データを紹介しないまま「女性向け漢方専門店」の話に移り、「漢方薬」の話を終えている。これで「女性が選ぶ『漢方』」と言われても困る。
キリンビール福岡工場(朝倉市)のコスモス
           ※写真と本文は無関係です

今回の記事で女性関連の「ミクロデータ」をある程度は提示したと思えるのは、最後の「胃腸薬」の事例だけだ。ここでは「肉食女子」という言葉の使い方が引っかかった。問題のくだりは以下のようになっている。

【日経の記事】

(オジサンに)代わって元気に食べて飲んでいるのが「肉食女子」と呼ばれる活動的な女性だ。新生銀行の調査では、1カ月の飲み会数は男性会社員で最も頻度が高い50歳代で2.5回だったのに対し、20歳代の女性会社員は2.8回と上回った。「20~30歳代女性の胃腸薬の年間購入額は増えている」(インテージ)


◎「肉食女子」=「活動的な女性」?

肉食女子」(あるいは「肉食系女子」)とは「恋愛に積極的な女性」という意味だと思ってきた。しかし、今回の記事では「活動的な女性」という意味で用いている。ちょっと違う気がする。


※今回取り上げた記事「ミクロデータは語る(上)大衆薬 女性が選ぶ『即効性』『漢方』
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171121&ng=DGKKZO23720710Q7A121C1TJ2000


※記事の評価はD(問題あり)。西岡杏記者への評価も暫定でDとする。

2017年11月20日月曜日

「脳梗塞死亡率」の分析が不十分すぎる日経「砂上の安心網」

20日の日本経済新聞朝刊社会面に載った「砂上の安心網~脳梗塞死亡率 県内で格差  予防・治療体制の違いが影響?」という記事はデータ分析が不十分なまま「脳梗塞死亡率」と「予防・治療体制」の関連を示唆しており、読者に誤解を与えかねない。日経はこの手のデータを最近よく出してくるが、あまり意味がない。
国道210号線沿いのコスモス(福岡県うきは市)
         ※写真と本文は無関係です

まず最初の段落を見ていこう。

【日経の記事】

脳梗塞で亡くなる人の割合を人口1万人以上の市区町村で比較したところ、男性で6県、女性で14道府県の県内の格差が3倍を超えていることが18日、日本経済新聞社の調査で分かった。格差が最も大きかったのは男性は佐賀で3.73倍、女性は沖縄で5.11倍だった。高血圧や動脈硬化などを防ぐ予防対策のほか、治療体制の違いが影響している可能性がある


◎「可能性がある」のは否定しないが…

脳梗塞死亡率」に関して「高血圧や動脈硬化などを防ぐ予防対策のほか、治療体制の違いが影響している可能性がある」のは否定しない。「可能性」はゼロではないだろう。問題は本当に「影響している」かどうかだ。見出しでは「予防・治療体制の違いが影響?」とクエスチョンマークを付けているし、記事でも「可能性がある」と書いているだけなので、逃げは打っている。だが、今回のような記事を載せるのであれば、「治療体制の違いが影響している」のではと思わせる材料が欲しい。それが見当たらない。

記事では「県内で格差」が大きかった佐賀県と沖縄県について以下のように記している。

【日経の記事】 

男性で最も格差が大きかった佐賀県では白石町が152.6と全国平均(100)の約1.5倍。最も低い基山町は40.9で全国平均の半分以下だったため県内格差は3.73倍に達した。

日本経済新聞社が電子版に作成した「全市区町村マップ」をみると、基山町を含む佐賀県の北東部は鳥栖市なども死亡率が低く、基山町と隣接する福岡県の南西部も死亡率が全体的に低いことが分かる。一方、脳卒中の専用の病室が集中する佐賀市は102.6でほぼ全国平均だった

女性で県内格差がトップだった沖縄県は死亡率は全体に低いものの最も高い県中部の金武町が107.8だったのに対し、県南部の北中城町が21.1と全国平均より8割ほど低く、県内格差は大きくなった。

脳梗塞の治療は発症から4時間半以内ならば脳の血管内に詰まった血栓を溶かす血栓溶解剤(t―PA)が効果的だが、迅速に検査して投与できる医療機関が近くにない地域もある。脳梗塞は高血圧や動脈硬化などが引き金になるため、予防対策が充実していれば治療体制を整えた医療機関が近くになくても死亡率は低くなる


◎ここから何か読み取れる?

佐賀県や沖縄県に関して「脳梗塞死亡率」と「予防・治療体制」に関連があると解釈できるデータは何も出てこない。両県で関連があったとしても、それを全体に結び付けてよいとは限らないし、相関関係があるからと言って因果関係があるとも断定できない。
桜滝(大分県日田市) ※写真と本文は無関係です

だが、そもそも両県で「脳梗塞死亡率」と「予防・治療体制」に関連があると思わせるデータ自体が記事に全く出てこない。なのに「予防・治療体制の違いが影響?」と見出しを付けて関連を匂わせるのは頂けない。

その上、上記のくだりでは「予防対策が充実していれば治療体制を整えた医療機関が近くになくても死亡率は低くなる」と「予防対策」と「死亡率」の因果関係を断定している。そう言える根拠を本当に持っているのか疑問が残る。

佐賀県に関しては「脳卒中の専用の病室が集中する佐賀市は102.6でほぼ全国平均だった」とも述べている。これはどちらかと言えば「脳梗塞死亡率」に「治療体制の違いが影響していない可能性がある」と示唆するデータではないのか。

今回のような記事を世に出すならば、「予防・治療体制」の充実度と「脳梗塞死亡率」に相関関係があるのかどうかは分析すべきだ。それを怠ったか、あえて読者に見せていないとすれば、今回の記事には読む価値がない。


※今回取り上げた記事「砂上の安心網~脳梗塞死亡率 県内で格差  予防・治療体制の違いが影響?
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171120&ng=DGKKZO23669480Z11C17A1CR8000

※記事の評価はD(問題あり)。

2017年11月17日金曜日

日経 未来学面「2050年 オフィスが消える」に足りないもの

16日の日本経済新聞朝刊未来学面に載った「ポスト平成の未来学 第1部 若者たちの新地平 AI時代の働き方~好きな職 好きな所で」という記事の関連記事「2050年 オフィスが消える」に関しても、筆者らにメールで意見を送ったので、その内容を紹介したい。
耳納連山とコスモス(福岡県うきは市)
          ※写真と本文は無関係です

【日経に送った意見】

日本経済新聞社 若山友佳様 相馬真依様

16日の朝刊未来学面に載った「第1部 若者たちの新地平 AI時代の働き方~2050年 オフィスが消える」という記事に関して、意見を述べさせていただきます。まず、以下の記述に疑問を感じました。

ただ、2027年に予定されるJR東海のリニア中央新幹線の出現で、働く場と住む場の考え方が変わるかもしれない。延伸後の37年ごろには品川―大阪間は最短67分。普段は大阪に住んでリモートワークをし、必要なときだけ東京に出社する『リニア都民』誕生の可能性も

リニア中央新幹線の出現」で「働く場と住む場の考え方が変わるかもしれない」と本当に思いますか。「普段は大阪に住んでリモートワークをし、必要なときだけ東京に出社する」働き方は今でも可能です。「必要なとき」が週1日程度ならば、大した負担ではないでしょう。

また、「最短67分」は新幹線の静岡・品川間と同じぐらいです。東京と静岡の間でできることが東京・大阪間でもできるようになるだけで「働く場と住む場の考え方が変わる」とは思えません。

次に引っかかったのが以下の記述です。

場所が自由になると『働くことと、余暇や社会貢献活動などをする時間との境目もなくなる。会社に働かされている感覚が薄れ、仕事を含め自分の時間をどう有意義に使うかをもっと考えるようになる。人生の中でいつ働くかという選択も自由になる』と柳川氏は強調する。10代から働き、30代は子育てや学びに専念、40代からまた働くことも可能だ

まず、現状でも「10代から働き、30代は子育てや学びに専念、40代からまた働くこと」はできます。そうした選択をしている女性も珍しくありません。「東京大学大学院経済学研究科の柳川範之教授」は「(働く場所が自由になると)人生の中でいつ働くかという選択も自由になる」と主張しているようですが、なぜそう言えるのかよく分かりません。
天ケ瀬駅(大分県日田市)※写真と本文は無関係です

既に述べたように、働く場所が自由であろうとなかろうと、経済的に余裕がある場合などは「人生の中でいつ働くかという選択」を自由にできます。一方、経済的に困窮している場合は、働く場所が自由になっても「いつ働くかという選択」が自由になるとは思えません。例えば、貯蓄はほぼゼロで3000万円の住宅ローンを抱えて子供3人と専業主婦の妻を養う必要のある年収500万円の30歳男性に、勤務先の上司が「働く場所は自由に決めていいよ」と告げたら「人生の中でいつ働くかという選択も自由になる」でしょうか。

記事で取り上げた「三菱総合研究所の亀井信一研究理事」の主張も理解に苦しみました。亀井氏は「場所と時間に縛られない働き方は、いっときに一人が複数の組織やプロジェクトに所属する『ピクセルキャリア』を加速する」と述べた上で「企業と個人の新しい関係を『プロ野球選手』に例え」ています。しかし、「プロ野球選手」は「場所と時間に縛られない働き方」とはかけ離れています。練習にしても試合にしても「場所と時間に縛られ」ます。

記事では「企業の雇用は、正社員で構成された年功序列・トップダウン型ではなく、個人が企業と契約、上司もいないフラット型に」とも書いていますが、プロ野球のチームは「上司もいないフラット型」ではなく「トップダウン型」の組織です。その意味でも「企業と個人の新しい関係を『プロ野球選手』に例える」のは無理があります。

「新たな働き方が広がり、それが社会を劇的に変える」と仮説を立てるのは悪くありません。しかし「これは本当にそんなに新しい動きなのか。似たような働き方はあったのではないか。新しい働き方だとしても、それが社会を大きく変えるほどのインパクトを持つのか」などと批判的・懐疑的に見る視点も欠かせません。今回の記事には、そうした視点が乏しい印象を受けました。

今後の記事に期待しています。

◇   ◇   ◇

※今回取り上げた記事「2050年 オフィスが消える
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171116&ng=DGKKZO23514380V11C17A1TCP000

※記事の評価はC(平均的)。若山友佳記者と相馬真依記者への評価も暫定でCとする。「ポスト平成の未来学 第1部 若者たちの新地平」については以下の投稿も参照してほしい。

「シェア経済」に食傷を感じる日経「ポスト平成の未来学」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_9.html

「ピクセルワーカー」が魅力的に映らぬ日経未来学面の記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_16.html

2017年11月16日木曜日

「ピクセルワーカー」が魅力的に映らぬ日経未来学面の記事

16日の日本経済新聞朝刊未来学面に載った「ポスト平成の未来学 第1部 若者たちの新地平 AI時代の働き方~好きな職 好きな所で」という記事はそれほど悪い出来ではない。ただ、話の中心に据えた「ピクセルワーカー」が筆者の意に反して魅力的に映らないのは気になった。他にも引っかかるところがあったので、記事の最後に付いていた「ご意見や情報」を送るためのメールアドレスに以下の内容で意見を届けてみた。
平塚川添遺跡公園(福岡県朝倉市)
            ※写真と本文は無関係です

【日経に送った意見】

日本経済新聞社 若山友佳様 相馬真依様

16日の朝刊未来学面に載った「第1部 若者たちの新地平 AI時代の働き方~好きな職 好きな所で」という記事に関して、意見を述べさせていただきます。

まず「複数分野の仕事をプロジェクト単位で組み合わせて働く『ピクセルワーカー』ともいえる存在」として紹介した「石川陽子さん(42)」についてです。筆者は石川さんの働き方を魅力的なものとして取り上げていますが、そうは思えませんでした。

記事によると、石川さんは「週半分は暮らす実家のある千葉県館山市、半分は顧客と会うため東京」で過ごすようです。「11月初旬、午前10時。私(29)は6時半発の高速バスで東京へ来た石川さんと合流」との記述から判断すると、自宅を出発してから東京で仕事を始めるまでに4時間は経っているようです。これを「週半分」もやるのは大変です。石川さんの通勤時間は、少なめに見ても往復で6時間程度にはなるはずです。

1日の通勤費用を約5000円とすると、通勤だけで月に7万~8万円に上ります。東京に宿泊するにしても費用がかかります。さらに「数カ月に1度ベトナムを訪れる」とすれば、交通費・宿泊費は年間で100万円を軽く超えるでしょう。それで「会社員の時より収入は減った」となると、状況はかなり厳しそうです。

移動のために多大な労力とコストをかける石川さんは「長時間の移動も厭わないでバリバリ働くキャリアウーマン」に見えます。だったら、高収入は確保したいところです。

次に「総務省の調査では、16年の就業者数に占める転職者比率は4.8%で増加傾向。転職も副業も当たり前になる日は遠くない」との説明についてです。「転職」が「当たり前になる日」は既に訪れています。日本では年間300万人以上が転職しているのですから、「転職」を特殊なことと捉える人はかなり少数派ではないでしょうか。
国道210号線沿いのコスモス(福岡県うきは市)
           ※写真と本文は無関係です

1年間働きながら世界12カ国を旅するプログラム『リモートイヤー』」の説明にも気になる点がありました。このプログラムに触れた後で筆者は「この日40人以上と出会うなか、これからはどんな仕事が必要とされ、私にはピクセルワーカーとしてどんな可能性があるだろうかと考えた」と記しています。

この書き方だと「プログラムの参加者=ピクセルワーカー」だと受け取れます。しかし、違うのではありませんか。記事では、プログラム参加者の「ジェシカ・イエーガーさん(26)」について「勤める米ソフトウエア会社に合わせ、日本時間の夕方から翌朝までが『オフィスアワー』」と説明しています。だとすると、会社員としての仕事を札幌でやっているだけだと推測できます。これでは「ピクセルワーカー」とは言えません。

2050年 オフィスが消える」という関連記事に関しても意見があるのですが、長くなってきたので別に送ります。

◇   ◇   ◇

※今回取り上げた記事「第1部 若者たちの新地平 AI時代の働き方~好きな職 好きな所で
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171116&ng=DGKKZO23514330V11C17A1TCP000

※記事の評価はC(平均的)。若山友佳記者と相馬真依記者への評価も暫定でCとする。「ポスト平成の未来学 第1部 若者たちの新地平」については以下の投稿も参照してほしい。

「シェア経済」に食傷を感じる日経「ポスト平成の未来学」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_9.html

日経 未来学面「2050年 オフィスが消える」に足りないもの
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/2050.html

2017年11月15日水曜日

東洋経済オンラインの「投資信託」記事に間違い指摘

東洋経済オンラインの「投資信託がちょっとわかりにくい4つの理由」という記事に単純ミスを見つけたので、問い合わせを送ってみた。ミス自体は送信から数時間で修正されたが、回答は丸1日が経過しても届いていない。記事には他にもいくつか問題を感じたので、それらも問い合わせの中で指摘している。内容は以下の通り。
耳納連山(福岡県久留米市)
       ※写真と本文は無関係です


【東洋経済への問い合わせ】

11月14日付の「投資信託がちょっとわかりにくい4つの理由」という記事についてお尋ねします。まず、「あくまで一般的な考え方ですが、リスクの大きさは、日本→先進国→新興国(新興国が一場高い)、また債券よりも株式が大とされています」というくだりの「一場高い」の意味が分かりませんでした。「一番高い」の誤りではありませんか。

また、記事では投資信託について「購入する際は購入価格のゼロ~3%程度(販売手数料・購入手数料)、また保有中は年ごとに、運用している金額の0.2~1.5%程度(信託報酬等)、さらに売却する際は売却金額の0.1~0.5%程度(信託財産留保額)というように、主に『3カ所』で手数料がかかります」と解説しています。このうち「信託報酬等」が「0.2~1.5%程度」という説明が引っかかりました。

0.2~1.5%程度」が正しければ、信託報酬の下限は「0.2%」のはずです。しかし、例えば「iシェアーズ TOPIX ETF」の信託報酬は「0.06%(税別)」なので、税込みで考えても0.1%を下回っています。四捨五入するとしても下限は「0.1%」が適当だと思えます。

上限の「1.5%程度」にも疑問が残ります。例えば「netWIN ゴールドマン・サックス・インターネット戦略ファンド Aコース(為替ヘッジあり)」の信託報酬は「2.052%(税込)」で「年率0.05%相当額を上限」とした信託事務の諸費用もかかります。投信の「信託報酬等」の上限を「1.5%程度」とするのは誤りではないでしょうか。

次に「一方、非上場の投資信託のインデックスファンドと中身にあまり違いはないものの、投資家が上場株式として取得する投資信託が、株価指数連動型投資信託(ETF)です」という記述についても指摘させていただきます。ETFは「投資家が上場株式として取得する」ものではありません。この場合、「上場銘柄として取得」などとすべきではありませんか。ETFは「株式」そのものではありませんし、株式を投資対象としないものもあります。

質問は以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。

◇   ◇   ◇

※今回取り上げた記事「投資信託がちょっとわかりにくい4つの理由
http://toyokeizai.net/articles/-/197330


※記事の評価はD(問題あり)。筆者でファイナンシャルプランナーの風呂内亜矢氏への評価も暫定でDとする。 

2017年11月14日火曜日

「女性主人公の映画は圧倒的に少ない」と山内マリコ氏は言うが…

小説家の山内マリコ氏が13日の日本経済新聞夕刊ナビ面に書いた「プロムナード~フィクションの功罪」という記事は、かなり偏見に満ちた内容だった。小学生の時から映画を「浴びるように観ていた」山内氏によると、映画に関しては「女性が主人公の作品も、女性監督も、圧倒的に少ない」らしい。だが、「女性監督」はともかく「女性が主人公の作品」は珍しくない。映画を「浴びるように観ていた」中に「風と共に去りぬ」「サウンド・オブ・ミュージック」「エイリアン」などは入っていなかったのか。映画に詳しくない自分でも「女性が主人公の作品」はいくらでも挙げられるのに…。
ゆめタウン久留米と筑後川(福岡県久留米市)
         ※写真と本文は無関係です

記事で関連する部分を見てみよう。

【日経の記事】

1990年代、映画雑誌をめくると、タランティーノ作品などを手がけ躍進した大物映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン氏の写真を、しょっちゅう目にした。

あるときはアカデミー賞の壇上で、あるときは有名女優とのツーショットで。強大な権力を手にした社会的地位のある中年男性と、若く美しい女優。セクシズム(性差別)溢(あふ)れるその構図に、当時中学生だった私は、特に疑問は感じなかった。だって、世の中そんなものだから。

そんなものとは、権力は常に男性側にあり、若く美しい女性は、なんというか、そういう存在に「すり寄る」ものなのだという認識のこと。でも、ついこの間までランドセルを背負っていた小娘に、いつそんなことが刷り込まれたのか?

浴びるように観(み)ていた映画の影響も、少なからずあるだろう。実人生での経験値の少なさを、人は映画や小説、ドラマなどのフィクションを通して追体験し、補う。それも本人はそれと気づかぬうちに。無意識に「世の中そんなもの」と呑(の)み込んで、学習している場合が多い。

たとえばこんな物語。主人公は社会的に成功した中年男性、そこに若く美しい女性が登場する。知り合ったのは女性が働くバー。彼女は生活費を稼ぐために、そこでバイトしているという。仕事の斡旋(あっせん)をちらつかせ、主人公は食事をご馳走(ちそう)しようと申し出る。女性は断らない。自分に気があるようだ。主人公は女性をベッドに誘う。女性は断らない。

なぜ断らないのか。これが男性を主人公にした、フィクションだからだ。男性を主人公にしている以上、男の気持ちを主観的に描く。だからカメラは女性の感情を掬(すく)おうとしない。女性は本音を語らない。語らせてもらえないのだ

そのような物語を、子どもだった私は知らぬ間に、自分の中に取り込んでいたらしい。主に男性の主観が正義として描かれる物語を。その蓄積が、「世の中そんなもの」につながったのだろう。言うまでもなく女性が主人公の作品も、女性監督も、圧倒的に少ない

経験を重ねた今は、男性作者が自分に都合良く描き、登場人物の女性を搾取するだけのフィクションは、どんな古典名作であっても腹が立つようになった。

◇   ◇   ◇

上記のくだりには「女性が主人公の作品」以外にも色々と疑問を感じた。列挙してみる。


◎疑問その1~並んだだけで「性差別」?

山内氏によると「強大な権力を手にした社会的地位のある中年男性と、若く美しい女優」は「ツーショット」になるだけで「セクシズム(性差別)溢れる」構図になるらしい。どこが差別なのか謎だ。これが差別ならば、「強大な権力を手にした社会的地位のある中年男性」が「若く美しい女優」と結婚する場合は大変だ。「ツーショット」自体が「性差別」なので、披露宴などは避ける必要がある。「女優」のファンに写真を撮られては、これも「性差別」になるので、2人での外出もままならない。本当に「性差別」ならばだが…。
キリンビール福岡工場(朝倉市)
       ※写真と本文は無関係です


◎疑問その2~現実世界を見なかった?

権力は常に男性側にあり、若く美しい女性は、なんというか、そういう存在に『すり寄る』ものなのだという認識」を山内氏は中学生の時には持っていたという。それを「映画の影響も、少なからずある」と推測している。

山内氏は現実世界を見ない子供だったのか。例えば英国では1979~90年に女性のサッチャーが首相を務めている。これだけでも「権力は常に男性側にあり」が誤りだと分かる。フィクションの世界でもそうだ。映画「エイリアン」の女性主人公を見て「女性」を「そういう存在に『すり寄る』ものなのだ」と認識するのは、かなり難しい。


◎疑問その3~「こんな物語」は存在する?

山内氏は自分への刷り込みの原因を映画に求め、「たとえばこんな物語」とストーリーを展開する。だが、この「物語」は実在するのか。山内氏の紹介するストーリーが映画の本筋ならば、映画として成立するかどうか怪しい。刷り込みは山内氏が小学生の時なので「主人公は女性をベッドに誘う。女性は断らない」というストーリーの映画を本当に観ていたのかとの疑問も残る。

「いや。そういう映画はある」と言うのならば、具体的に作品名を挙げるべきだ。「だからカメラは女性の感情を掬(すく)おうとしない。女性は本音を語らない。語らせてもらえないのだ」と山内氏は映画の内容を批判するが、作品名を伏せたままでは本当にそうなのか検証のしようがない。

そもそも、「男性を主人公にした、フィクション」だから「カメラは女性の感情を掬(すく)おうとしない。女性は本音を語らない。語らせてもらえない」という認識は正しくない。例えば「ローマの休日」では男性の新聞記者が主人公だが、恋愛関係になる王女の「感情」を映画の中でしっかり掬っているし王女の「本音」も語らせている。

百歩譲って、山内氏の言うような作品があったとしても、そうではない作品も数多くあったはずだ。映画を「浴びるように観ていた」山内氏が、なぜ「そうではない作品」からの影響を排除して「女性は本音を語らない。語らせてもらえない」作品からの影響だけを受けてしまったのか謎だ。


※今回取り上げた記事「プロムナード~フィクションの功罪
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171113&ng=DGKKZO23241250Y7A101C1NZ1P00


※記事の評価はD(問題あり)。山内マリコ氏への評価も暫定でDとする。

2017年11月13日月曜日

「アクティブ型」擁護が恣意的な東洋経済「いま買える株・投信」

アクティブ型の投資信託を有望な投資対象として紹介しようとすると、論理構成に無理が生じやすい。週刊東洋経済11月18日号の特集「いま買える株・投信」に出てくる「アクティブ投信で好成績のファンドを探す」という記事もその1つだ。筆者で金融ジャーナリストの鈴木雅光氏は以下のように書いている。
大刀洗平和記念館(福岡県筑前町)のMH2000ヘリコプター
              ※写真と本文は無関係です

【東洋経済の記事】

では、インデックスファンドを超えるアクティブファンドを選ぶことは本当にできないのだろうか。

そこで、ちょっとした検証を行ってみた。


対象は日本株式を組み入れて運用する投資信託だ。このうち、SMA(一任契約のラップ口座)やDC(確定拠出年金)向けのファンドは除外し、運用期間が5年以上、純資産総額が30億円以上を条件として、5年騰落率でランキングを作成してみた(下表)。2017年9月末時点の、12年9月末との比較による騰落率でランキングしてある。

トップは528.8%の騰落率となった「ジャパン・テクノロジー・ファンド」で、参考値にした国内株式指数ファンドの147.7%を大きく上回る。

掲載してはいないが、16年9月末、15年9月末、14年9月末でも、それぞれ5年前と比較し(たとえば16年9月末の場合は11年9月末との比較)、インデックスファンドの成績を上回るものの中から、上位20本をランキングした。もし14年9月末から1年ごとのラップタイムで、つねに上位に入っているアクティブファンドがあったとしたら、かなり優れたファンドであるといえる

はたして、そのようなアクティブファンドがあったのかというと、実はあった。17年9月末の騰落率で2位に入った、アセットマネジメントOneの「DIAM新興市場日本株ファンド」と、3位に入っているSBIアセットマネジメントの「中小型割安成長株ファンド ジェイリバイブ」がそれだ。この2つのファンドは、17年9月末の過去5年騰落率ランキングでは2位と3位だが、14年9月末、15年9月末、16年9月末の3つの時点のランキングは、年によって順序が入れ替わったものの1位と2位になっている。


◎答えになってる?

インデックスファンドを超えるアクティブファンドを選ぶことは本当にできないのだろうか」という問いに対する単純な答えは「できる場合もある」だ。問題はそうしたファンドを過去の実績から高確率で選び出せるのかだ。例えば「どの時期を取っても、過去5年の上昇率5位以内のファンドを選べば、その後の5年間も90%以上の確率でインデックスファンドを上回る成績が残せる」といった法則が成り立つのならば、アクティブファンドは有望な投資対象と言える。
西鉄甘木駅(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

だが、記事の「検証」では何とも言えない。「DIAM新興市場日本株ファンド」と「中小型割安成長株ファンド ジェイリバイブ」が過去の実績で「かなり優れたファンド」だとしよう。だが、それが実力なのか運なのか分からない。

例えば、100人以上が参加する年に1度の「じゃんけん大会」で5年連続ベスト8に入っている人がいるとする。この人は今後も上位に入ってくる可能性が高いと言えるだろうか。答えは「分からない」だ。じゃんけんに関して特殊なノウハウを身に付けているのかもしれないが、運が良かっただけかもしれない。上記の2つのファンドも同様だ。

さらに言えば、記事で紹介したデータから「DIAM新興市場日本株ファンド」と「中小型割安成長株ファンド ジェイリバイブ」を「かなり優れたファンド」と評価するのは問題がある。

鈴木氏は「2017年9月末時点」だけでなく「14年9月末、15年9月末、16年9月末」で見ても好成績だから「かなり優れたファンド」だと結論付けている。だが、比較しているのがいずれも「5年前と」であるのには注意が必要だ。

13年10月~14年9月の上昇率が非常に高い場合を考えてみよう。「5年前」との比較であれば、13年10月~14年9月の成績は「14年9月末」「15年9月末」「16年9月末」「17年9月末」という4時点全てに関係してくる。記事には「毎年、好成績のファンドも」という小見出しが付いているが、4時点の好成績が13年10月~14年9月の上昇率の高さによってもたらされている場合、「毎年、好成績」とは限らない。

毎年、好成績」のファンドを探したいのならば、単年ベースで連続して上昇率上位のファンドがあるかどうか調べてみれば済む。それはやらないで(やってみたものの上手くいかなかったのかもしれなが…)、「5年前と比較」を繰り返すという恣意的とも言えるデータの使い方に、今回の「検証」の怪しさを感じる。

記事の中で鈴木氏は「『長期で見た場合、アクティブ型はインデックス型のファンドに勝てない』というのが、昨今の投資信託業界では常識となっている」とも書いている。その「常識」を否定するために今回のようなデータを用いてみたものの、成功したとは言い難い。「好成績を残すアクティブファンドを事前に見つけ出す特別なノウハウを編み出した」と確信できる人は別だが、そうではない一般の投資家が手数料の高さを受け入れてアクティブファンドに資金をつぎ込むべき理由はやはり見当たらない。


※今回取り上げた記事「アクティブ投信で好成績のファンドを探す

※記事の評価はD(問題あり)。鈴木雅光氏への評価も暫定でDとする。

2017年11月12日日曜日

日経 太田泰彦編集委員のTPP解説記事に見える矛盾

日本経済新聞の太田泰彦編集委員が朝刊1面に書いたTPPに関する解説記事「保護主義の防波堤に」は苦しい内容だった。説明に矛盾も感じる。記事の中身を見ながら、具体的に指摘していく。
平塚川添遺跡公園(福岡県朝倉市)
       ※写真と本文は無関係です

まずは最初の段落に注文を付けたい。

【日経の記事】

世界経済の中心となった東アジアを舞台に、目に見えない陣取り競争が進んでいる。モノの貿易や投資だけでなく、経済価値の源泉となったデジタル情報を自国内に囲い込もうとする新たな保護主義との戦いだ。


◎東アジアが「世界経済の中心」?

世界経済の中心となった東アジア」と言い切っているのが、まず引っかかる。個人的には、米国が「世界経済の中心」だと思える。地域で言えば北米ではないか。GDPで見てもそうだが、太田編集委員自身も今回の記事で「モバイル決済などでグローバルなプレーヤーはアジアでアリババ集団と騰訊控股(テンセント)くらい」と書いている。それで「世界経済の中心」と言えるのか。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

11カ国の環太平洋経済連携協定(TPP)の本質がここにある。焦点は自動車や農産物などの市場開放でなく、21世紀型の通商ルールだ。情報の流れは国境を越えて自由であるべきではないか。その原則を多国間協定で定めた意義は重い。

米トランプ政権は2国間のモノの貿易赤字額をあげて、相手国に関税撤廃を迫る。20世紀型の通商政策に回帰する米国と対照的に、日本と東南アジア各国は、情報が主役のあすの通商を見据えていた。その気づきをもたらしたのは中国だ。

モバイル決済などでグローバルなプレーヤーはアジアでアリババ集団と騰訊控股(テンセント)くらい。いずれも自由な情報流通を遮断された「万里の長城」の内側にある中国企業である。

その中国は6月、「インターネット安全法」を施行。ネット企業に情報提供を求める権限を政府が握る。技術革新を生むビッグデータは中国内に蓄積し、政府の管理下に置かれる。ベトナムやタイなど、デジタル保護主義のドミノ現象がアジアに広がり始めている


◎矛盾しているような…

記事では「デジタル情報を自国内に囲い込もうとする新たな保護主義」と戦うのがTPPの「本質」だと解説している。だとすれば、参加11カ国に入っているベトナムは「デジタル保護主義」とは距離を置いているはずだ。しかし、なぜか「ベトナムやタイなど、デジタル保護主義のドミノ現象がアジアに広がり始めている」と矛盾した説明が出てくる。
つづら棚田(福岡県うきは市)
      ※写真と本文は無関係です

タイに関しても、問題なしとしない。「日本と東南アジア各国は、情報が主役のあすの通商を見据えていた」と書いてあると、タイを含めて「東南アジア各国」は「デジタル保護主義」に反対の立場だと思える。だが、太田編集委員によるとタイはベトナムとともに「デジタル保護主義」に傾いているという。これでは、どう理解すればいいのか分からない。

記事の終盤に移ろう。

【日経の記事】

中国の「一帯一路」構想は表看板こそインフラ整備だが、TPPに対抗する経済圏づくりの通商政策でもある。電子商取引などで独自ルールを築くのも狙いの一つだ。

ルールのひな型となるTPPは、どこまで世界に共有されるか。11カ国の経済圏は元の構想の3分の1にすぎない。空席をつくり米国の復帰を待つ期待感こそが、大筋合意の原動力だった。一帯一路に引き寄せられながらも、透明な競争による市場秩序を築きたい。浮かび上がったのは、アジア各国の本音である


◎TPPは「アジア各国」のもの?

TPPの参加国がアジアに限られるような印象を受ける書き方も気になった。「世界経済の中心となった東アジアを舞台に、目に見えない陣取り競争が進んでいる」「日本と東南アジア各国は、情報が主役のあすの通商を見据えていた」「浮かび上がったのは、アジア各国の本音である」などとアジアに焦点を当てているが、TPP参加国の中でアジアに属するのは日本、マレーシア、ベトナム、ブルネイ、シンガポールと半分に満たない。参加国の経済規模で言えば、日本以外で大きいのはカナダ、オーストラリア、メキシコなどアジア以外だ。もう少し、TPP参加国全体を見据えた解説記事を書いてほしかった。


※今回取り上げた記事「保護主義の防波堤に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171112&ng=DGKKZO23386590R11C17A1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。太田泰彦編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。太田編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

問題多い日経 太田泰彦編集委員の記事「けいざい解読~ASEAN、TPPに冷めた目」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/05/blog-post_21.html

日経 太田泰彦編集委員 F評価の理由
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_94.html

説明不十分な 日経 太田泰彦編集委員のTPP解説記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_6.html

日経 太田泰彦編集委員の力不足が目立つ「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_18.html

2017年11月11日土曜日

大谷を「かぐや姫」に例える日経 篠山正幸編集委員の拙さ

例えは上手く使えば記事に説得力が増す。しかし、外してしまうと書き手としての力量を疑われるだけに終わる。11日の日本経済新聞朝刊スポーツ2面に載った「規格外の5年、機熟す」という記事は後者の典型だ。「大谷、今オフ米挑戦」という記事に付けた解説記事で、筆者の篠山正幸編集委員は日本ハムの大谷翔平選手を以下のように例えている。
キリンビール福岡工場(朝倉市)
       ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

移籍容認の決断を下した竹田球団社長は「23歳と若く、早いと思われるかもしれないが、世界のナンバーワン、世界のオンリーワンに向かっていくため、彼が決断したときに球団としては背中を押してあげたいと考えた」と説明した。大谷は日本プロ野球という“地上”に長くいてはいけない、かぐや姫のような人だったのだろう


◎大谷は「かぐや姫のような人」?

大谷は「かぐや姫のような人だった」と言えるだろうか。まず性別が違う。それに、かぐや姫は月の人で月に戻ったはずだ。大谷が米国生まれで米国で野球を覚えたのならば「かぐや姫」に例えるのもまだ分かるが…。

そもそも、かぐや姫は新たな活躍の舞台として月を目指したわけでもない。また、かぐや姫が月に戻る時に「地上」ではそれを食い止めようとした。日本ハムは大谷のメジャー挑戦を容認しているので、これも合致しない。篠山編集委員がなぜ大谷を「かぐや姫」に例えたのか理解に苦しむ。共通点が少なすぎる。

ついでに、記事へ注文を付けておきたい。

【日経の記事】

入団当初は160キロという球速の「額面」に見合わず、案外当てられていた速球も、きっちり空振りが取れるようになってきた。もし高校から米球界に直行していたら、どうなっていたか

ドラフト当時、メジャー志向を「一時預かり」とした球団の説得材料は一からのサバイバル競争となる米球界の挑戦はリスクが高い、日本で力を蓄えてからでも遅くない、というものだった。


◎「どうなっていたか」と言うだけでは…

もし高校から米球界に直行していたら、どうなっていたか」という部分が引っかかった。「直行しなくてよかった」とのニュアンスを出しつつ、なぜそう言えるのか説明しないのは感心しない。仮に「直行しなくてよかった」と考えているのならば、その理由を述べるべきだ。
帝京大学 福岡キャンパス(大牟田市)
          ※写真と本文は無関係です

個人的には、投手としての力量は「米球界に直行」した方が伸びたのではないかと思う。米国では二刀流が認められず、投手に専念させられただろうと考えるからだ。

もちろん断定はできないし、篠山編集委員は違う考えでもいい。だが、今回のような曖昧な書き方は避けてほしい。「一からのサバイバル競争となる米球界の挑戦はリスクが高い」という日本ハムの主張に説得力があるのかどうか、篠山編集委員の見解が知りたかった。

付け加えると「球団の説得材料は一からのサバイバル競争となる米球界の挑戦はリスクが高い」というくだりは主語が分かりにくくて読みづらい。改善例を示しておく。

【改善例】

ドラフト当時、メジャー志向を「一時預かり」とした球団の説得材料は「一からのサバイバル競争となる米球界の挑戦はリスクが高い。日本で力を蓄えてからでも遅くない」というものだった。

◇   ◇   ◇

※今回取り上げた記事「規格外の5年、機熟す
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171111&ng=DGKKZO23376960R11C17A1UU2000


※記事の評価はD(問題あり)。篠山正幸編集委員への評価はDで確定とする。篠山編集委員については以下の投稿も参照してほしい。

日経 篠山正幸編集委員「レジェンドと張り合え」の無策
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_10.html

「入団拒否」の表現 日経はどう対応? 篠山正幸編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post.html

2017年11月10日金曜日

ハワイ出店済みでも「米国で展開始める」と書く日経の騙し

うどん店『丸亀製麺』を運営するトリドールホールディングスは、米国で低コストで運営できるレストランの展開を始める」と書いてあったら、米国での「レストランの展開」はまだ始まっていないと理解するのが当然だ。しかし、10日の日本経済新聞朝刊企業1面に載った「魚介を『手づかみ』で トリドール、米に展開 料理人不要で人件費減」という 記事を読むと、そうはなっていない。
久留米ビジネスプラザ(福岡県久留米市)
        ※写真と本文は無関係です

記事では以下のように説明している。

【日経の記事】

うどん店「丸亀製麺」を運営するトリドールホールディングスは、米国で低コストで運営できるレストランの展開を始める。シーフードを手づかみで食べるレストランで、従業員が蒸してソースを混ぜるだけなので人件費が高い料理人を置かなくて済む。人件費の高騰に対応し、米国市場を本格開拓する。

ハワイで運営するレストラン「クラッキン・キッチン」を米国本土に展開する。年内にも1号店をロサンゼルスに出店する計画だ。西海岸周辺から多店舗化を目指す。


◎ハワイに店があるなら…

米国で低コストで運営できるレストランの展開を始める」と書き始めたものの、その後に「米国市場を本格開拓する」と「本格」が入って話が怪しくなる。そして次の段落で「ハワイで運営するレストラン『クラッキン・キッチン』を米国本土に展開する」と既に米国に店舗があることが分かる。これは苦しい。

今回の記事は米国で「クラッキン・キッチン」の「2号店」を出す話だ。盛り上げるとしても「米本土に初出店」ぐらいが精一杯だ。チェーン展開を始める方針を固めたのならば、それを柱に据えてもいいが「西海岸周辺から多店舗化を目指す」と書いただけで具体的な出店計画には触れていないの、で「多店舗化」の方針は決まっていないのだろう。

日経らしい「騙し」の企業ニュース記事と言えばそれまでだが、この手の書き方はそろそろ見直した方がいい。今回の場合、「既に米国で店を出してるじゃないか。なのに『米国で展開を始める』と書くのは無理があるだろ」などとデスクが助言してもよかったはずだが…。


※今回取り上げた記事「魚介を『手づかみ』で トリドール、米に展開 料理人不要で人件費減
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171110&ng=DGKKZO23303200Z01C17A1TJ1000


※記事の評価はD(問題あり)。

ホンダの「レンタカー」を「カーシェア」と書く日経の罪

10日の日本経済新聞朝刊企業1面に載った「ホンダ、カーシェア地域拡大 横浜や大阪でも」というベタ記事には、記者のモラルの低さを感じた。記事の全文は以下の通り。
甘木鉄道の甘木駅(福岡県朝倉市)
       ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

ホンダは9日、カーシェアリング事業の対象地域を拡大すると発表した。先行していた東京都心に同日から横浜市内を加え、12月には大阪市内にも広げる。気軽にホンダ車を借りられる利便性を打ち出す。若者を中心に都市部で「クルマ離れ」が進む中、ホンダ車との接点を増やし潜在的な購入層を増やすねらい。

新たに「エブリ・ゴー」のサービス名も付けた。


◎なぜ「カーシェア」と言い換えた?

ホンダは9日、カーシェアリング事業の対象地域を拡大すると発表した」と書いているのだから、ホンダは「カーシェアリング事業」について発表しているはずだ。しかし、ニュースリリースを見ると「新たなスタイルのレンタカーサービス『EveryGo』を開始」との見出しが付いていて「Hondaは、都市部を中心に誰でも気軽にHondaの四輪車を利用できる、新たな会員制のレンタカーサービス『EveryGo(エブリ・ゴー)』を11月9日より東京と横浜にて、12月より大阪にてそれぞれ開始します」と書いてある。

ニュースリリースには「長時間の利用が前提のレンタカーでありながら、好きなときにウェブサイトでクルマを予約し、無人のステーションから借り出せるという、カーシェアリングの利便性を組み合わせた新たなスタイルのレンタカーサービス」との説明がある。つまり、「カーシェアリング」的に使える「レンタカーサービス」だと訴えている。これを「カーシェアリング事業」と言い切ってしまうのは、不正確というより誤りだ。

レンタカー」より「カーシェアリング」と書いた方が記事として使ってもらいやすいから言い換えたのかもしれない。気持ちは分からなくもないが「レンタカー」と「カーシェアリング」は別物だ。こういうズルに手を染めていては、まともな書き手にはなれない。記事を書いた企業報道部の記者には、そのことを強く訴えたい。


※今回取り上げた記事「ホンダ、カーシェア地域拡大 横浜や大阪でも
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171110&ng=DGKKZO23303730Z01C17A1TJ1000


※記事の評価はE(大いに問題あり)。

2017年11月9日木曜日

「シェア経済」に食傷を感じる日経「ポスト平成の未来学」

9日の日本経済新聞朝刊未来学面に載った「ポスト平成の未来学~第1部 若者たちの新地平
キリンビール福岡工場(朝倉市)のコスモス
            ※写真と本文は無関係です
~広がり無限、シェア経済 持たない豊かさ満喫 」という記事は出来が悪い訳ではない。だが、内容には満足できなかった。テーマが「シェアリングエコノミー」で、目新しさがないからだろう。

サービスを受ける側だけでなく、提供する人も自分のスキルといった『一芸』がビジネスになって、新たな生きがいも手に入れられるかもしれない。経済は縮むかもしれないが、高価で手に入らなかったモノや場所をシェアすることで、個人の生活はより豊かになるだろう。『君のモノは僕のモノ』。シェアの広がりは経済社会を変革する大きな契機になる」といった話は日経で繰り返し訴えてきたはずだ。一読者としては食傷気味でもある。なのに、似たようなコンセプトで記事を作る工夫のなさが残念だ。

記事には他にも気になる点があった。記事の最後に「ご意見や情報をmiraigaku@nex.nikkei.co.jpにお寄せください」と出ていたので、意見を送ってみた。内容は以下の通り。


【日経へ送った意見】

大林広樹様 清水孝輔様

9日の日本経済新聞朝刊未来学面に載った「ポスト平成の未来学~第1部 若者たちの新地平~広がり無限、シェア経済 持たない豊かさ満喫 」という記事について意見を述べさせていただきます。まず気になったのが以下のくだりです。
桜滝(大分県日田市)※写真と本文は無関係です

費用を節約するため、格安航空会社(LCC)で東京から佐賀へ。宿泊先も民泊仲介サイトのエアビーアンドビーで探し、5千円ですませた。目的地までは15分206円のカーシェアで向かった

ここで「シェア経済」とは無関係のLCCに触れる必要があるでしょうか。記事では「体験プラン仲介の『タビカ』」の利用料4000円と合わせて「1泊2日で3万円ちょっとで済んだ」と安さを強調しています。「上手にシェアすればコストも少なくて済む」との印象を与えようとしているのでしょうが、「民泊」の「5千円」はビジネスホテルと大差ありません。安さの多くを「シェア」とは関係ないLCCに頼っているのが引っかかります。

次に取り上げたいのは「僕自身、将来への不安もあり高価なブランド品や駐車場代や保険がかかるマイカーは持っていない」という文です。「高価なブランド品や駐車場代や保険がかかるマイカー」という書き方は感心しません。並立助詞の「」を使って何と何を並立関係にしているのかが不明確だからです。

筆者は「『高価なブランド品』や『駐車場代や保険がかかるマイカー』」と言いたいのでしょう。しかし、最初は「『高価なブランド品や駐車場代や保険がかかるマイカー」と読み取りそうになり、少し混乱しました。「」を続ける書き方は基本的にお薦めしませんが、今回の場合「高価なブランド品や、駐車場代や保険がかかるマイカー」と読点を入れるだけでも、かなり改善できます。

続いて気になったのが以下の記述です。

しかし、シェアリングサービスが広がれば駐車場がないために車を買えなかった人がドライブできるようになるかもしれない

駐車場がないために車を買えなかった人」は現状ではドライブができないのならば、この書き方でもよいでしょう。しかし、レンタカーは全国の様々な場所で容易に利用できます。ライドシェアやカーシェアなしでも、「駐車場がないために車を買えなかった人」が簡単にドライブできる社会は既に実現できています。

私有の概念、問い直す」という関連記事にも触れておきます。

情報通信総合研究所(東京・中央)の試算では昨年国内のシェアサービス提供者が得た収入は約1兆1800億円。2兆6300億円に拡大するとみる」と書いていますが、「拡大する」のがいつか不明です。これでは情報としての価値があまりありません。例えば「来年に2兆6300億円」と「2050年に2兆6300億円」では、話が全く変わってきます。
高崎山自然動物園(大分市)※写真と本文は無関係です

最後に「若者」の範囲について個人的な意見を述べさせていただきます。今回の記事では「若者たちの新地平」というタイトルを付け「1980年以降に生まれ、2000年代に社会に出た20~30代半ば」のミレニアル世代に焦点を当てているので、「1980年生まれは若者」との前提があるのでしょう。

しかし、37歳を「若者」と捉えるのには抵抗があります。最近では30代を「若者」に含める場合が多いのは知っていますが、違和感が拭えません。今回の記事でも35歳の「」の旅を「若者の旅」としては受け止められませんでした。「若者たちの新地平」を描いていくのであれば、「ほとんどの読者が若者と認識するであろう世代」に対象を絞っていただければ幸いです。

意見は以上です。次回作に期待しています。

◇   ◇   ◇

※今回取り上げた記事

ポスト平成の未来学~第1部 若者たちの新地平~広がり無限、シェア経済 持たない豊かさ満喫 」
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171109&ng=DGKKZO23173680W7A101C1TCP000

私有の概念、問い直す
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171109&ng=DGKKZO23253900Y7A101C1TCP000


※記事の評価はC(平均的)。大林広樹記者と清水孝輔記者への評価も暫定でCとする。

2017年11月8日水曜日

中印関係の説明に難あり 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」

8日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「Deep Insight~我慢の巨象、竜に怒る」という記事は説明に難が目立った。まずは「一帯一路」に関する記述から見ていこう。筆者の秋田浩之氏(肩書は本社コメンテーター)は以下のように書いている。
大分マリーンパレス水族館「うみたまご」(大分市)
            ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

ふだんはおとなしいが、本気で怒ると凶暴になり、敵に挑みかかることもある。そんな象を国のシンボルとするインドが、大切な縄張りを荒らされた、と怒っている。相手は竜、すなわち中国だ。

インドが憤る直接のきっかけは、中国が進める「一帯一路」構想である。海と陸の交通路を整え、中国から欧州まで新シルクロード経済圏を築こうというものだ。

中国は5月、北京に百数十カ国を招き、同構想のお披露目の会合を開いた。日本を含め、ほとんどのアジア諸国が参加したが、インドは代表を送らず、事実上、ボイコットした。

その理由は地図をみれば明白だ。スリランカ、ミャンマー、パキスタン、そしてインド洋からアフリカ大陸への玄関となるジブチ……。インド側からみれば、同構想はまるで自分を包囲するように設計されている。

インドがさらに憤慨したのは、彼らがパキスタンと領有権を争うカシミール地方の一部までもが、対象に含まれていることだ。内情に通じたインドの元高官は、同国政府の怒りをこう代弁する。

「中国はインドを包囲しようとするだけでなく、主権問題にまで手を突っ込んできた。まるで植民地主義の再来だ」


◎インドを「包囲するように設計」?

記事では「一帯一路」について「インド側からみれば、同構想はまるで自分を包囲するように設計されている」と記している。記事に付けた地図にも「一帯一路はインドを取り囲むように延びる」との説明が付いている。
八坂神社(北九州市)※写真と本文は無関係です

だが、地図を見ると「一帯」に関しては、中国から東南アジアを経由してインドに至りインド洋へと抜けるルートがある。「インドがさらに憤慨したのは、彼らがパキスタンと領有権を争うカシミール地方の一部までもが、対象に含まれていることだ」と秋田氏は言うが、地図からは「インドそのものが含まれる」としか思えない。

同じ日の朝刊の経済教室面にも「中国の『一帯一路』のイメージ」というタイトルの地図が出ていて、ここでも「陸のシルクロード(6つの回廊)」の中の5番目の「回廊」がインドを東西に横切っている。こうした点を考慮すると「インド側からみれば、同構想はまるで自分を包囲するように設計されている」との解説には問題を感じる。

次に問題としたいのが「中印国境」に関する記述だ。

【日経の記事】

中国はインドによる反発を過小評価していたのだろう。中国からみれば、一帯一路構想はインド包囲網より、米国に対抗し、中国主導の秩序を築くことに主眼があるからだ。

仮にそうだとしても、インド側は自分たちへの挑戦だと受け止め、すでに対中政策の見直しに入っている。そのひとつが中印国境への対応だ。

1962年に戦火を交えた中印にはなお国境が定まらない係争地があり、その面積はマレーシアと同じくらいの広さにおよぶ。

そこではしばしば、両軍による越境事件が起きている。インドの軍事専門家らによると、インド政府は中国軍の越境に対し、これまで抗議こそすれ、大規模な部隊を送って対抗することには慎重だった。中国を相手に、あまり緊張を高めたくないからだ。

ところがモディ首相はここにきて方針を変え、中国軍が越境してきた場合にはこれまで以上に素早く、強く対抗する方針に転じたという。弱腰の態度をみせれば、中国はさらに強気になってしまうとの判断に至ったからだ。

この新方針はさっそく実行に移された。6月から約2カ月半にわたり、中国とブータンの国境でインド軍が中国軍と対峙し、一触即発となった危機がそれだ

インドは中国に対抗し、500人以上の部隊を国境に送り、その後方にも1万数千人の兵力を集結させた。中印戦争以来、インド側がこれほどの兵力を投じ、中国に対峙したのは初めてだ。


◎話が噛み合ってる?

中印国境への対応」で「(インドは)中国軍が越境してきた場合にはこれまで以上に素早く、強く対抗する方針に転じた」と秋田氏は解説している。そして「この新方針はさっそく実行に移された」という。だとすれば「中印国境」で「新方針」は「実行に移された」はずだ。
だんごあん(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

しかしなぜか「中国とブータンの国境でインド軍が中国軍と対峙し、一触即発となった危機がそれだ」となってしまう。「中国とブータンの国境」での話ならば「中印」の「なお国境が定まらない係争地」とはまた別だ。話が上手く噛み合っていない。

中国とブータンの国境でインド軍が中国軍と対峙」した件を持ってくるのならば、もう少し丁寧な説明が要る。それをすっ飛ばしているところに書き手としての実力不足を感じる。

記事の結論部分にも注文を付けておきたい。

【日経の記事】

問題は、中印がさらに対立を深めていくのか、それともやがて関係改善に向かうのかだ。曲折はあっても、長期的には前者の可能性が小さくない。中印戦争以来、両国には不信感のマグマがたまっているからだ。「一帯一路」構想がそこに火を付けた。

21世紀半ばまでに米国と並ぶ強国になると宣言する以上、中国は勢力圏を広げる動きをさらに速めるとみられる。一方のインドも国力が増すにつれ、自己主張を強めるにちがいない。両国のすみ分けはさらに難しくなるだろう。

国連の予測によれば、インドは24年ごろまでに中国を抜き、世界一の人口大国になる。国内総生産(GDP)は約5分の1にとどまっているが、成長率は中国を上回っている。

2つの大国のライバル関係は、アジアだけでなく、世界の地政学図をも左右する。日米が6日の首脳会談でかかげた「自由で開かれたインド太平洋」の戦略の将来にもかかわってくる。

竜が暴れないよう、象が重し役を果たすなら、アジアの安定には好ましい。逆に両者が大げんかとなり、周りを巻き込むようなシナリオは避けなければならない。


筑後川(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です
◎結論が当たり前すぎる…

竜が暴れないよう、象が重し役を果たすなら、アジアの安定には好ましい。逆に両者が大げんかとなり、周りを巻き込むようなシナリオは避けなければならない」というのが記事の結論だ。当たり前すぎて悲しくなる。「本社コメンテーター」という肩書とともに筆者の写真まで付けた記事で、これが秋田氏の訴えたいことなのか。こんな凡庸な結論を導くために日々の取材を続けているのか。

「(中印が)大げんかとなり、周りを巻き込むようなシナリオは避けなければならない」のは誰でも分かる。コラムのタイトルの「Deep Insight」は「深い洞察」という意味だ。秋田氏の導く結論には「深い洞察」の断片すら感じられない。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~我慢の巨象、竜に怒る
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171108&ng=DGKKZO23207220X01C17A1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。秋田浩之氏への評価もDを据え置く。秋田氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 秋田浩之編集委員 「違憲ではない」の苦しい説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_20.html

「トランプ氏に物申せるのは安倍氏だけ」? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_77.html

「国粋の枢軸」に問題多し 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/deep-insight.html

「政治家の資質」の分析が雑すぎる日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_11.html

話の繋がりに難あり 日経 秋田浩之氏「北朝鮮 封じ込めの盲点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_5.html

ネタに困って書いた? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/deep-insight.html