2021年6月30日水曜日

中国の「孤立の動き」を描けていない 日経朝刊1面「分岐点の中国(中) 」

今回も日本経済新聞朝刊1面の連載「分岐点の中国 共産党100年」を取り上げる。29日の「(中)よみがえる『自力更生』~孤立の動き 世界の懸念に」という記事では、中国に「孤立の動き」があり、それが「世界の懸念に」なっていると訴えている。しかし具体的な「孤立の動き」は見えてこない。

筑後川昇開橋

冒頭の事例を見ていこう。

【日経の記事】

中国が韓国の半導体企業に触手を伸ばしている。3月末、中国系投資ファンドのワイズロードキャピタルは韓国中堅のマグナチップ半導体と年内の買収で合意した。

14億ドル(約1500億円)の買収額は割高とささやかれる。北京の外資系金融機関の幹部は「中国政府系ファンドが後ろ盾になっている。彼らは金に糸目をつけない」と明かす。

米国との対立が激しくなるなか、中国の半導体関連企業は比較的関係が良好な韓国企業に照準を定める。「買収候補リストを作成してほしい」。この金融機関には相談が相次ぐ。

中国が海外の半導体企業の買収を急ぐのは、米国の制裁で最先端の半導体技術を導入するのが難しくなっているからだ。


◎これで「孤立の動き」

よみがえる『自力更生』~孤立の動き 世界の懸念に」と訴えるならば、最初の事例で「孤立」を印象付けたい。しかし、むしろ逆だ。米国との対立を背景に中国が韓国に接近している話になっている。韓国が拒否している訳でもなさそうだ。であれば「孤立の動き」とは言い難い。

記事を最後まで読んでも中国が「孤立」へ向かっていると実感できる具体例は出てこない。しかし強引に「孤立」で話をまとめてしまう。最後の段落は以下のようになっている。


【日経の記事】

貿易に端を発した米国と中国の対立軸はいま、「民主主義と専制主義」というイデオロギーへと移った。一党支配にこだわる中国はますます、世界に背を向けるようになった

ただ、中国は既に「世界の工場」としてグローバルな供給網に組み込まれ、米アップルなどの欧米企業ではむしろ中国依存が進む。中国の孤立化は同国だけでなく、西側諸国にも技術革新を阻むリスクをはらむ。


◎これまでの報道との整合性は?

一党支配にこだわる中国はますます、世界に背を向けるようになった」とまで言い切っている。今回の連載は中国総支局が担当している。桃井裕理中国総局長は20日の記事で以下のように述べていた。


【日経の記事(6月20日付)】

折しも中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は5月末「世界で愛される中国をめざせ」と指示した。今後は従来以上に大量のプロパガンダを海外で展開し中国への感謝表明を強いたりする例も増えるだろう。

中国は理解していない。国内で愛国キャンペーンが成功するのは一党独裁に加え「中華民族の復興」という物語への共感もあるからだ。海外での唐突かつ自己に無批判な承認欲求は中国への反発を強めかねない。

それでも中国に迎合せざるを得ない弱い国もある。日本や西側諸国は決してこの動きを看過してはならない。力で押せば誰もが「中国はYYDS!」と叫び出す――。そんな誤った成功体験は世界のためにも中国自身のためにもならない。


◇   ◇   ◇

一党支配にこだわる中国はますます、世界に背を向けるようになった」という見立てとは逆だ。中国は「海外での唐突かつ自己に無批判な承認欲求」を持っているらしい。そして「中国に迎合せざるを得ない弱い国もある」ようだ。なのに「ますます、世界に背を向けるようになった」のか。

5月20日の記事ではワシントン支局の中村亮記者が以下のように書いている。

米国のトランプ前政権下で中国とロシアは反米を軸に安全保障や経済分野で関係を深めた。中ロ両軍は20年12月、日本海と東シナ海の公海上空で合同パトロールを実施し、周辺国に懸念が広がった

ロシアとの関係強化も「ますます、世界に背を向けるようになった」との見方を否定している。「一帯一路」構想なども併せて考えると「一党支配にこだわる中国はますます、世界に背を向けるようになった」との認識がおかしいと見るべきだろう。

最後に細かい話を1つ。

(上)では「毛沢東」「鄧小平」と敬称を付けていたのに(中)では「毛沢東」「鄧小平」と毛沢東だけ敬称が取れている。

少なくとも連載内で呼び方の統一はすべきだ。個人的には、毛沢東も鄧小平も歴史上の人物と見て敬称を外すのが好ましいと思える。「毛沢東氏」とするならば、ヒトラーとかカストロにも敬称を付けるべきだろうが違和感はある。


※今回取り上げた記事「分岐点の中国 共産党100年(中)よみがえる『自力更生』~孤立の動き 世界の懸念に

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210629&ng=DGKKZO73361260Z20C21A6MM8000


※記事の評価はD(問題あり)

2021年6月29日火曜日

日経1面連載「分岐点の中国 共産党100年(上)」に感じた疑問

日本経済新聞朝刊1面の連載「分岐点の中国 共産党100年」はツッコミどころが多い。28日の「(上)『開放』から再び統制へ~一党支配、揺らぎ警戒 次の成長軸みえず」という記事をまずは見ていこう。

両筑橋に沈む夕陽

【日経の記事】

だが過去の高成長を支えた柱は外資による技術導入と安価な労働力だった。05年ごろには新興国で農村部での労働力の余剰がなくなって都市部への人口流入が減り、賃金上昇が始まる「ルイスの転換点」を超えたとされ、沿海部を中心に労働コストは急上昇した。15~64歳の生産年齢人口も13年をピークに減少に転じ、かつての2ケタ成長は見込めなくなった

中略)習指導部は自由こそがイノベーションの源泉と位置付ける米国に対し、国家主導の体制で挑もうとしている。だが中国を世界第二の経済大国に押し上げたのは、アリババなど米国の模倣もいとわずに激しい競争を繰り広げてきた民間のハイテク企業群でもあった。国家の管理を強めれば、潜在力を封じかねない。


◎矛盾とは言わないが…

過去の高成長を支えた柱は外資による技術導入と安価な労働力だった」「2ケタ成長は見込めなくなった」と言い切った後に「中国を世界第二の経済大国に押し上げたのは、アリババなど米国の模倣もいとわずに激しい競争を繰り広げてきた民間のハイテク企業群でもあった」とも述べている。

矛盾しているとは言わないが、しっくりは来ない。「世界第二の経済大国に押し上げた」のが「民間のハイテク企業群でもあった」のならば、「安価な労働力」に頼らなくても「民間のハイテク企業群」を柱に再び「2ケタ成長」を実現できる可能性があるのではないか。

さらに引っかかったのが最後の段落だ。

【日経の記事】

国民の不満を経済で解消できなくなれば、香港や台湾への高圧姿勢のような対外強硬路線に人心掌握を頼らざるを得なくなる。100歳を迎える共産党の統治の行方は、世界も左右する大きな分岐点となる。


◎香港は国外?

香港や台湾への高圧姿勢のような対外強硬路線に人心掌握を頼らざるを得なくなる」という説明が引っかかる。「香港や台湾」が中国外だとも読み取れる。しかし少なくとも「香港」は中国に属している。

香港や台湾」を中国外と断定してはいないとの弁明は成り立つが、だったら「香港や台湾への高圧姿勢を中華圏の外へも広げる対外強硬路線」などと書いた方がいい。

さらに言えば「香港」への「強硬路線」が「人心掌握」につながるのかとの疑問が残る。国内で民主化を求める人々を弾圧すると「人心掌握」の上で有効なのか。絶対違うとは言わないが、普通は逆効果だろう。


※今回取り上げた記事「分岐点の中国 共産党100年(上)『開放』から再び統制へ~一党支配、揺らぎ警戒 次の成長軸みえず

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210628&ng=DGKKZO73321720Y1A620C2MM8000


※記事の評価はD(問題あり)

2021年6月28日月曜日

「財政破綻はある日突然」? 日経 大林尚上級論説委員「核心」に見える根拠なき信仰

28日の日本経済新聞朝刊オピニオン2面に載った「核心~財政破綻リスクに蓋するな 『ある日突然』やってくる」という記事で大林尚 上級論説委員が雑な主張を展開している。「『ある日突然』やってくる」との見立てに説得力があるのか。記事の終盤を見てみよう。

耳納連山と夕陽

【日経の記事】

手をこまぬいていれば、財政破綻のリスクが高まるとみるのが道理に思える。だが、それがいつどういうかたちで起きるのか、答えを導くのは容易ではない。思い起こすべきは首都直下地震の想定だ。政府の調査委員会は30年以内の発生確率を70%と予測している。財政破綻のリスクも、私たち納税者に具体的なイメージを抱かせるのが政府の役割であろう

世代の違いによって生ずる負担・受益の格差を推計する世代会計の研究者、中部圏社会経済研究所の島澤諭研究部長(内閣府出身)は「財政破綻は日常の延長線上に起きるのではなく、ある日突然起きるものだ」と考えている。

非日常の日常化に慣れきってしまうのは、危うい。


◎もはや宗教?

財政破綻」が「いつどういうかたちで起きるのか、答えを導くのは容易ではない」と大林上級論説委員は言う。「いつ」はともかく「どういうかたちで起きるのか」も分からないのに「財政破綻のリスクが高まるとみるのが道理に思える」のが不思議だ。

例えば企業ならば「破綻」が「どういうかたちで起きるのか」は容易にイメージできる。赤字続きで資金流出が続き、新規の資金調達に応じてくれる金融機関や投資家もいなくなる。そのために借金返済に充てる資金が尽きて「破綻」となる。こんなところだろう。

しかし「財政破綻」は企業の「破綻」とは決定的に異なる。政府・日銀には日本円を無から生み出す力がある。そこを大林上級論説委員がどう考えるのか。記事からは見えない。

大林上級論説委員は「財政破綻」を「首都直下地震」と似たものとして論じているが、これも苦しい。「地震」は「どういうかたちで起きるのか」が大筋で分かっている。「どういうかたちで起きるのか」さえイメージできない「財政破綻」と同列に論じるべきではない。

しかし「財政破綻」が起きる可能性は十分にありとの考えは揺らがないようだ。「(財政破綻は)ある日突然起きるもの」という「中部圏社会経済研究所の島澤諭研究部長」のコメントを疑うことなく使っている。そして、なぜ「ある日突然起きる」と言えるのかは説明していない。

ここまで来ると、もはや宗教だ。まともな根拠もなく「ある日突然起きるものだ」と信じているのだろう。もう少し緻密に考えてほしい。

大林上級論説委員には「財政破綻のリスクが高まるとみるのが道理」ではないと伝えたい。円建ての政府債務に関して日本政府の返済能力に限界はない。金本位制でもないので、政府・日銀は無限に日本円を創出できる。政府支出額の上限を法律で定めたりしない限り「財政破綻のリスク」はゼロと見ていい。

「いや違う」と大林上級論説委員が信じるならば、上記の説明に対して反論を考えればいい。例えば「政府・日銀に日本円を無限に創出する力はない」と立証してもいいだろう。できなければ「自分の考えが間違っていたのかも?」と問い直してほしい。

財政破綻のリスクも、私たち納税者に具体的なイメージを抱かせるのが政府の役割であろう」と大林上級論説委員は言うが「政府」は既に「役割」を果たしている。

財務省のホームページには「外国格付け会社宛意見書要旨」が載っていて、そこには「日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。デフォルトとして如何なる事態を想定しているのか」と記されている。「政府・日銀は無限に日本円を創出できる」と財務省も認識しているのだろう。

非日常の日常化に慣れきってしまうのは、危うい」と大林上級論説委員は記事を締めている。それよりも「まともな根拠もないのに、財政破綻が起きると信じるのは危うい」ことに早く気付いてほしい。


※今回取り上げた記事「核心~財政破綻リスクに蓋するな 『ある日突然』やってくる」 https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210628&ng=DGKKZO73274200V20C21A6TCT000


※記事の評価はD(問題あり)。大林尚上級論説委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。大林氏については以下の投稿も参照してほしい。

日経 大林尚編集委員への疑問(1) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_72.html

日経 大林尚編集委員への疑問(2) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_53.html

日経 大林尚編集委員への疑問(3) 「景気指標」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post.html

なぜ大林尚編集委員? 日経「試練のユーロ、もがく欧州」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_8.html

単なる出張報告? 日経 大林尚編集委員「核心」への失望
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_13.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_16.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_17.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_33.html

まさに紙面の無駄遣い 日経 大林尚欧州総局長の「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_18.html

「英EU離脱」で日経 大林尚欧州総局長が見せた事実誤認
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_25.html

「英米」に関する日経 大林尚欧州総局長の不可解な説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_60.html

過去は変更可能? 日経 大林尚上級論説委員の奇妙な解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_14.html

年金に関する誤解が見える日経 大林尚上級論説委員「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/blog-post_6.html

今回も問題あり 日経 大林尚論説委員「核心~高リターンは高リスク」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_28.html

日経 大林尚論説委員の説明下手が目立つ「核心~大戦100年、欧州の復元力は」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/100.html

株安でも「根拠なき楽観」? 日経 大林尚上級論説委員「核心」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_20.html

日経 大林尚上級論説委員の「核心~桜を見る会と規制改革」に見える問題
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/blog-post_25.html

2020年も苦しい日経 大林尚上級論説委員「核心~選挙巧者のボリスノミクス」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/01/2020.html

年金70歳支給開始を「コペルニクス的転換」と日経 大林尚上級論説委員は言うが…https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/08/70.html

「オンライン診療、恒久化の議論迷走」を描けていない日経 大林尚編集委員「真相深層」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/11/blog-post_21.html

2021年6月27日日曜日

台湾有事は想定したくない? 週刊ダイヤモンドの記事に感じる田中均氏の「思考回避」

起きては困ることについては考えないーー。週刊ダイヤモンド7月3日号に日本総合研究所 国際戦略研究所理事長の田中均氏が書いた「G7サミットの宣言は中国との『衝突の序曲』なのか」という記事を読んで、そう感じた。

熊本港

中国に関しては「行動そのものが穏健化していく可能性が全くないわけではない」とした上で以下のように記している。


【ダイヤモンドの記事】

日本はどうすべきか。

米国追随に徹するだけということがあってはならない

米国はすでに2022年中間選挙に向けて政治的動きが強くなっている。バイデン大統領はオバマ政権の副大統領として「中国に弱腰」だったとの批判に極めて神経質となっている。対中強硬姿勢を変えることはないだろう。

日本は中国の覇権的行動を阻止すべく、日米安保体制を強化していく必要はある。だが同時に、中国との関係を断ち切るわけにはいかない

過去四半世紀にわたり成長しない日本経済を支えてきたのは外需であり、特に中国との経済の相互依存関係だった。東南アジア諸国も中国を第一のパートナーとして重視しており、この地域の貿易・投資が縮小していくのは日本経済の展望をさらに厳しくする。

米国と外交や安全保障などで共同歩調を取る必要はもちろんあるが、同時に中国を巻き込みルールに基づく経済圏を構築していくことが日本にとって必須となる。


◎問題はその先なのに…

中国に「穏健化」を促していくのは悪くない。そうすれば「中国との関係を断ち切る」ことなしに「米国追随」路線も維持できるだろう。問題は「穏健化」と逆の展開になった時だ。

6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性がある」と米国インド太平洋軍のデービッドソン司令官も語っているようなので、この可能性が現実になった場合を想定しておく必要はある。なのに田中氏は、そこに触れていない。

米国追随に徹するだけということがあってはならない」「中国との関係を断ち切るわけにはいかない」との前提で考えてみよう。この場合は「中国が台湾を侵攻」しても「中国との関係を断ち切る」ことはできない。米国が軍事力を行使して台湾を守ろうとするならば、日本は米国と一線を画す立場を鮮明にすべきだ。つまり「中国の覇権的行動を阻止すべく、日米安保体制を強化していく」選択はなくなる。

では、米国と共に軍事力を行使して台湾を守る選択をした場合はどうなるか。この場合「中国との関係を断ち切る」覚悟は要る。

米国が軍事力を行使してでも台湾を守るとの前提では、台湾有事は日本にとって大きなジレンマとなる。米国を選べば中国を捨てることになる。中国を選べば米国の怒りを買う。その時にどういう選択をすべきかを田中氏はなぜ論じないのか。

「起きては困ることは起きない前提で考える」という思考回路になっていないか。「国際戦略研究所理事長」として、それでいいのか。自問してほしい。


※今回取り上げた記事「G7サミットの宣言は中国との『衝突の序曲』なのか


※記事の評価はC(平均的)

2021年6月25日金曜日

テレビ観戦で思い付いたことを並べただけ? 日経 武智幸徳編集委員「アナザービュー」

 自由に書けるのは基本的には好ましい。しかし自由を与えすぎる弊害もある。25日の日本経済新聞朝刊スポーツ面に武智幸徳編集委員が書いた「アナザービュー~ストライカーの風景」という記事は、その弊害が目立つ。記事の前半を見てみよう。

熊本城

【日経の記事】

サッカー・ポルトガル代表のロナルドが開催中の欧州選手権で代表通算ゴール数を109に伸ばし、国際Aマッチの世界最多記録でイランのダエイに並んだ。36歳の今、往時の爆発力はないにしても、勘所を押さえた動きはさすがで、記録更新は時間の問題だろう。

ダエイには1990年代に日本も痛い目に遭っている。日本がワールドカップ(W杯)初出場を決めた97年11月の第3代表決定戦でもゴールを奪われた。衝撃だったのは96年アジアカップ準々決勝でダエイ一人で4ゴールを挙げ、韓国を6-2と粉砕した試合だ。屈強な韓国DF陣をパワーとスピードで圧倒したことに心底驚いたものである。

そうはいっても、ダエイの記録は主にアジアで量産したもの。レベルの高い欧州や世界の舞台で2004年から毎年得点を取り続けてきたロナルドのそれは「無事これ名馬」という意味も含め、偉業としかいいようがない。


◎ここまでは問題ないが…

ストライカーの風景」という見出しから、ストライカー論を展開するのだろうと感じた。実際に、前半部分では特に問題がない。「ロナルド」と「ダエイ」の比較を踏まえて、どんなストライカー論につなげるのか。最後まで一気に見ていこう。


【日経の記事】

欧州選手権は23日にベスト16が出そろった。ポルトガルの相手は優勝候補ベルギーでロナルドが新記録を狙うには少々ハードルが高め。ベルギーにはルカクという破格のFWがいて、デブルイネやE・アザールがサポートに入るとその破壊力が何倍にも増す。同じストライカーでも、ポーランドのレバンドフスキは、周りの手厚い支援が足りないうらみがどうしても残る。

ベスト16でクロアチアと対戦するスペインは逆に「決め手」が乏しい。「選手は全員うまいけれど、それが何か?」という2000年代半ばまでのスペインに戻ったような。1点でも先制したら彼ら自慢のボール所有が「攻撃は最大の防御」となって機能するのだが、主戦と頼むFW(モラタ)がPKも決められないようでは……。

ドイツ戦が「バトル・オブ・ブリテン」と話題になりそうなイングランドは大黒柱ケーンの憂い顔を見るにつけ、所属のトットナムの孫興民の存在の大きさを感じてしまう。ドイツは相手の穴をメカニカルに突く作業に長じているが、今回はそこから先の上積みをあまり感じない。その点、W杯王者のフランスは馬なりで歩を進め、強弱も好不調もよく分からない。そこに懐の深さを逆に感じてしまう。エムバペというFWの個性と重なる。


◎ダラダラ書いただけでは…

後半は「欧州選手権」の感想をダラダラと書いているだけだ。「ストライカー」の話が多めではあるが、ストライカー論にはなっていない。それに「ロナルド」と「ダエイ」の比較が全く生きていない。

武智編集委員はテレビで「欧州選手権」の試合をたくさん見ているのだろう。その感想をあれこれ並べただけで記事を終えている。これで給料がもらえるのならば、本当においしい仕事だ。好きなサッカーの試合を見て、思い付いたことをそのまま文字にして垂れ流していけばいい。

コラムを書く時には「何を訴えたいのか」「自分だから伝えられることは何なのか」を意識すべきだ。武智編集委員はただのサッカー好きのおじさんなのか。それとも分析力や構成力に長けたプロの書き手でもあるのか。この記事では後者に入れることはできない。

さらに言えば、説明不足も酷い。「ドイツ戦が『バトル・オブ・ブリテン』と話題になりそうなイングランドは大黒柱ケーンの憂い顔を見るにつけ、所属のトットナムの孫興民の存在の大きさを感じてしまう」という説明で日経の読者に伝わると武智編集委員は思っているのか。

読者をどう想定するかは難しい問題ではある。しかし日経のスポーツ面のサッカー記事で「欧州のサッカー事情に精通しているマニア」を想定するのは無理がある。「日本代表戦ならテレビで見ることもある」といった程度の読者にも分かるように書くべきだろう。

そうした読者は「ドイツ戦が『バトル・オブ・ブリテン』と話題になりそうなイングランド」と言われて理解できるのか。実は自分もよく分からない。「空中戦になる」と言いたいのかとは思うが、自信はない。さらに「ケーン」と「孫興民」はポジションが不明。この2人が「トットナム」でどんな関係なのかも、もちろん教えてくれない。

「そんなこと読者は知ってますよね」という前提なのか。それとも読者のことなど眼中にないのか。いずれにしても、優れた書き手ならばあり得ない。

ついでに言うと「主戦と頼むFW(モラタ)がPKも決められないようでは……」というくだりでは、なぜ「モラタ」をカッコ内に入れたのか。「主戦と頼むFWのモラタ」でいい。この辺りからも、あまり考えずに記事を書いている印象を受ける。


※今回取り上げた記事「アナザービュー~ストライカーの風景」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210625&ng=DGKKZO73242270U1A620C2UU8000


※記事の評価はD(問題あり)。武智幸徳編集委員への評価もDを維持する。武智編集委員については以下の投稿も参照してほしい。

日経 武智幸徳編集委員はスポーツが分かってない?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_21.html

日経 武智幸徳編集委員はスポーツが分かってない?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_43.html

日経 武智幸徳編集委員は日米のプレーオフを理解してない?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_76.html

「骨太の育成策」を求める日経 武智幸徳編集委員の策は?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_87.html

「絶望には早過ぎる」は誰を想定? 日経 武智幸徳編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_4.html

日経 武智幸徳編集委員はサッカーと他競技の違いに驚くが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_2.html

日経 武智幸徳編集委員は「フィジカルトレーニング」を誤解?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_14.html

W杯最終予選の解説記事で日経 武智幸徳編集委員に注文
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post.html

「シュート選ぶな 反則もらえ」と日経 武智幸徳編集委員は言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/12/blog-post_30.html

「ドイツでは可能な理由」を分析しない日経 武智幸徳編集委員の不思議https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/blog-post_29.html

2021年6月24日木曜日

「選択的夫婦別姓」の導入を願う日経 中村奈都子編集委員が訴えるべきこと

選択的夫婦別姓を導入するかどうかは「国民の好みの問題」と見ている。最高裁での夫婦同姓の合憲判断を受けて、日本経済新聞の中村奈都子編集委員が「いつになれば選べるのか」という記事を書いている。これに対しては「法改正が実現した時」と答えるほかない。そのためには、選択的夫婦別姓の導入に積極的な政党を与党にするのが近道だ。

耳納連山の電波塔

しかし中村編集委員は以下のように記事を締めている。

『いつになったら選べますか』。これからの時代を生きる若い世代の問いに、一体誰が答えるのだろうか

他人事のような問いかけが引っかかる。中村編集委員にも「若い世代」(18歳以上)にも選挙権がある。朝日新聞の記事によると立憲民主党の枝野幸男代表は「枝野政権をつくっていただければ、(選択的夫婦別姓制度の実現に向けて)ただちに着手する」と述べている。

自公連立政権ではいつまで経っても導入に至らないのならば、政権交代を求めればいい。幸い衆院選も近い。なのに、なぜ「夫婦別姓に積極的な政党の候補者に投票しよう」と訴えないのか。

個人的には「夫婦同姓がそんなに社会に負担となっているのか」との疑問もある。夫婦別姓を強く求める人は同姓のデメリットを強調するが、かなり苦しい。今回もそう感じた。以下の説明だ。


【日経の記事】

職場で共に働く仲間が旧姓を利用していれば、本名はなかなかわからない。だから子どもの緊急時に保育所から勤め先に親の戸籍名で問い合わせが入っても、つながりにくくなる。


◎携帯電話は使わない?

今どき「緊急時に保育所から勤め先」の固定電話にかけるかなと思う。ほとんどは親の携帯電話に連絡が行くだろう。

勤め先」を連絡先に指定している場合がないとは言わないが、それは親も分かっているはずだ。「保育所」に旧姓を伝えたりすれば簡単に対応できる。

こうした事例を持ってこられると「実際に困っているというより、思想的な理由から夫婦別姓を求めているのでは?」と感じてしまう。


※今回取り上げた記事「いつになれば選べるのか

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210624&ng=DGKKZO73195250T20C21A6CM0000


※記事の評価はD(問題あり)。中村奈都子編集委員への評価はDで確定とする。中村編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

ツッコミどころが多い中村奈都子 日経女性面編集長の記事https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/blog-post_30.html

2021年6月23日水曜日

問題視すべきは「鈴木会長」では? FACTA「コロナで赤っ恥『高島屋』村田社長」

FACTA7月号は創刊15周年記念号らしい。最近は記事の質低下を感じることもあり、素直に祝意を示す気にはなれない。例えば「コロナで赤っ恥『高島屋』村田社長」という記事。「『高島屋』村田社長」のダメさを伝えたいのだろうが、まともな材料が見当たらない。

夕暮れ時の筑後川

ここで言う「コロナで赤っ恥」とは「日本百貨店協会(百協)は政府や大阪府に、宣言中の休業要請を回避する要望書を提出した」ものの認められなかったことを指しているようだ。どこが「赤っ恥」なのか理解に苦しむ。行政の対応に不満があれば「要望書」を出すのはおかしくない。百貨店への「休業要請」は理不尽な面もある。

要望」が政府や自治体に「黙殺」されたとしても、何も行動しないよりはいい。その意味で「百協の会長を務める」「高島屋社長の村田善郎」氏に責めるべき点は見当たらない。

では、他に何か問題があるのだろうか。当該部分を見ていこう。

【FACTAの記事】

百協の会長を務めるのは高島屋社長の村田善郎だ。村田は柏店店長や企画本部長などを経て2019年に社長に就任。社内では能吏として知られ、労働組合にも長期専従し委員長まで務めた。百協の会長には20年に就いている。

理路整然とした語り口、物腰の柔らかさ、組合時代に培った交渉能力——。高島屋社内だけでなく百貨店業界関係者も一目を置く村田は百協会長になって以降、百貨店復権に向けて猛烈に動いてきた。経済産業省の幹部とのパイプを生かし、同省で3月に立ち上げた「百貨店研究会」は成果の一つだろう。

研究会のテーマは表向きDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進や働き方改革だが裏テーマがある。コロナ禍で苦しむ百貨店を国が支援することへ道筋をつけようというものだ。オブザーバーとして公正取引委員会も入り、規制緩和や様々な支援策が検討される予定だった。ところが、村田が尽力した行政との蜜月関係の構築は、緊急事態宣言とその後のドタバタであえなく崩れ去りそうな様相だ。

百協の関係者は「村田さんを応援したいんだけれど、担いでいいのかどうか不安だ」と語る。

村田は高島屋社内で会長の鈴木弘治に頭が上がらない。03年から社長、14年から会長を務める鈴木は文字通り高島屋の「ドン」。鈴木が組合委員長時代に村田が部下だったという関係もあり、鈴木にとって村田は「子飼い」なのだ

高島屋の21年2月期決算は339億円の最終赤字に沈んだ。業績不振もあり、鈴木と村田の間の隙間風が強まっているとの見方が消えない。村田自身、「いつまで社長を続けられるか分からない」と冗談とも本気ともつかない発言をするため、業界が村田の下で一致団結とならない。


◎「鈴木弘治」氏を責めるべきでは?

業界が村田の下で一致団結とならない」のは、元々「会長の鈴木弘治」氏の「子飼い」だからだと筆者は見ているようだ。だとしたら問題は「村田」氏の側にない。問題視すべきなのは「鈴木」氏だ。

ドン」がいつまでも権力を手放さないから「村田さんを応援したいんだけれど、担いでいいのかどうか不安」と思われてしまうのではないか。「ドン」に逆らえば「社長を続けられ」なくなるのが「高島屋」の権力構造ならば「村田」氏にできることは限られている。

しかし、なぜか「鈴木」氏の長期政権を問題視せず「村田」氏を前面に押し出して批判記事を書いている。実質ナンバー2の「子飼い」に当たる人物に焦点を当てても、あまり意味がない。論じるならば、中心に据えるべきは「鈴木」氏だろう。

記事の結論部分も見ておく。

【FACTA】

業界団体トップがドンに首根っこを抑えられ、業界盟主は業績悪化から抜け出せず。これだけ人材が払底していれば行政がバカにするのも無理はない。百貨店に淘汰の波が押し寄せるのも時間の問題だ


◎まだ「波」は来てない?

百貨店に淘汰の波が押し寄せるのも時間の問題だ」との書き方から判断すると、まだ「淘汰の波が押し寄せ」ていないと筆者は信じているのだろう。そごうが経営破綻してから20年以上が経過し、その後も業界は縮小傾向にある。まだ「淘汰の波」が来ていないと思い込んでいるのならば、筆者は「百貨店」について知らなさすぎる。


※今回取り上げた記事「コロナで赤っ恥『高島屋』村田社長」https://facta.co.jp/article/202107013.html


※記事の評価はD(問題あり)

2021年6月22日火曜日

山口慎太郎 東大教授が日経で披露した「効果なさそうな少子化対策」

 「東大教授」と聞くと賢い人だと思い込みがちだ。しかし山口慎太郎氏は違う気がする。21日の日本経済新聞朝刊女性面に載った「ダイバーシティ進化論~止まらない日本の少子化 妻が前向きになる環境築く」という記事からはそう判断できる。中身を見ながら、その根拠を示していきたい。

久留米教会

【日経の記事】 

新型コロナウイルス感染症が広まる中、世界中で出生率が大きく低下した。日本も例外ではなく、今年の1~3月の出生数は19万人余りと、コロナ禍前の妊娠を反映した前年同期に比べると10%近く少ない。


◎「出生率」は見せない?

世界中で出生率が大きく低下した。日本も例外ではなく」と言うならば「日本」の「出生率」を見せないと…。なのになぜか「出生数」の話になっている。冒頭から「この書き手は大丈夫なのか」と不安になる。

続きを見ていこう。

【日経の記事】

かつて産み控えが起こった1966年の丙午(ひのえうま)では、その後出生数は反騰した。今回もコロナ禍で妊娠時期を一時的に遅らせているだけで、また回復するという見方には一理ある。しかし、日本の出生率低下は第2次ベビーブームの終焉(しゅうえん)以来50年近く続く傾向だ。

なぜ日本の少子化は止まらないのか。一つの理由は、子育て支援政策が不十分だからだ。日本は国内総生産(GDP)の1.8%を子育て支援にあてているが、これは経済協力開発機構(OECD)平均の2.3%を大きく下回り、首位フランスの半分にすぎない。


◎まともな根拠と言える?

なぜ日本の少子化は止まらないのか。一つの理由は、子育て支援政策が不十分だからだ」と山口氏は断言する。しかし、まともな根拠は示していない。「子育て支援政策」が他国と比べて少ないことは「少子化」が止まらない理由にはならない。

仮に「子育て支援」の予算額に「出生率」が連動するとしよう。日本が「OECD」の平均を下回っていたとしても、増額を続けているのならば「出生率」は上向いているはずだ。

日本の出生率低下は第2次ベビーブームの終焉(しゅうえん)以来50年近く続く傾向だ」と山口氏は言う。ならば「子育て支援」の予算(GDP比でもいい)は減額に次ぐ減額となっているのだろう。その数字をなぜ見せないのか。

そうした相関関係があるとしても因果関係があるとは限らないが、「子育て支援」の予算減額と「出生率」低下がきれいに連動しているデータは欲しい。

山口氏の主張が説得力のあるものならば、少なくとも「第2次ベビーブーム」の頃には「子育て支援」の予算が非常に多かったはずだ。それが、どの程度だったのかはぜひ教えてほしい。

続きを見ていこう。


【日経の記事】

もう一つの理由は、子育て負担が女性に集中しすぎているからだ。OECD平均では女性は男性の1.9倍の家事・育児などの無償労働をしているが、日本ではこの格差が5.5倍にも上り、先進国最大だ。

家事・育児負担が女性に偏っていることは、出生率に悪影響を及ぼす。米ノースウエスタン大のドゥプケ教授らは欧州19カ国のデータを用い、出産に対する夫婦の意識を分析した

その結果、夫は子どもを持ちたいと思っているものの妻が同意しないために、新たに子どもをもうけない夫婦が多いことがわかった。さらに詳しく調べると、こうした夫婦では妻に育児負担が集中していた。新たに子どもを持つとさらに自分に負担がかかることを見越し、妻は子どもを持ちたくないと考えているのだ。

これまでの少子化対策をめぐる議論は、夫婦全体としての子育て負担をどう減らすかという点に集中し、夫婦間でどう負担が分担されているのかという視点が欠けていた。夫が前向きでも妻が後ろ向き、という夫婦が多いのならば、妻が前向きになれる環境を築くことが鍵になる。効果的な少子化対策のためには、ここに狙いを定めるべきだ。


◎なぜ「欧州」?

家事・育児負担が女性に偏っていることは、出生率に悪影響を及ぼす」とは言い切れない。「第2次ベビーブーム」の頃には今よりずっと「家事・育児負担」が男性側に重くなっていただろうか。「家事・育児負担が女性に偏って」いそうなイスラム圏の国の出生率が総じて高いのも、むしろ「女性に偏っている」方が「出生率」を高く保つ上で有利だと示唆している。

少子化問題を語る人の多くが「欧州」などの先進国に限定して話を進めたがる。人口置換水準を基準にすれば先進国に見習うべき手本はない。一方、先進国以外に目を移せば、出生率が2を大きく上回る国がいくつもある。どうしても「効果的な少子化対策」を打ち出したいのならば、それらの国にまず学ぶべきだ。

百歩譲って「欧州19カ国のデータ」を用いて「対策」を打ち出すとしよう。しかし、この「データ」だけでは何とも言えない。「夫婦間でどう負担が分担されて」いれば、どの程度の「少子化対策」になるのかが見えないからだ。夫の側が大幅に「負担」を増やしても「出生率」がわずかしか上向かなければ、あまり意味はない。

そもそも「夫婦間でどう負担」を分担するかは極めて個人的なことなので有効な「対策」も打ちにくい。

しかし「効果的な少子化対策のためには、ここに狙いを定めるべきだ」と山口氏は言い切ってしまう。その根拠を見ていこう。


【日経の記事】

具体的には待機児童の解消や学童保育の充実が挙げられる。夫が育児・家事に参加する機会を増やすための施策も必要だ。男性の育休、育児のための時短勤務、テレワークなどのワークライフバランス改善策も推進せねばならない。男性を家庭に返すことは、最善の少子化対策でもあるのだ。


◎「最善の少子化対策」ではないような…

上記の提言は基本的に意味がない。

夫婦間でどう負担が分担されているのか」が重要だったはずだ。「待機児童の解消や学童保育の充実」によって「夫婦全体としての子育て負担」は減らせるかもしれないが、「夫婦間」の負担割合に直接的な影響は及ぼせない。「夫婦全体としての子育て負担」が減った結果「もう夫が手伝わなくても大丈夫」という状況になり妻の負担割合が増える可能性もある。

夫婦間」の負担割合を変化させても、出生率の向上にどの程度の効果があるのか不明。「待機児童の解消や学童保育の充実」に至っては「夫婦間」の負担割合で妻の比率を減らす効果があるのかも不明。なのに「ここに狙いを定めるべき」なのか。

男性を家庭に返すこと」に反対はしない。しかし「最善の少子化対策でもある」とは思えない。「男性を家庭に返すこと」に成功している国は「少子化対策」を成功させ人口置換水準を安定的に上回る出生率となっているのか。

山口氏にも分かるはずだ。


※今回取り上げた記事「ダイバーシティ進化論~止まらない日本の少子化 妻が前向きになる環境築く

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210621&ng=DGKKZO73014880Y1A610C2TY5000


※記事の評価はD(問題あり)。山口慎太郎氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「男女格差」は解消すべき? 山口慎太郎 東大教授が書いた日経の記事に注文https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/05/blog-post_17.html

ノルウェーを見習えば少子化克服? 山口慎太郎 東大教授の無理筋https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/01/blog-post_24.html

2021年6月20日日曜日

「風見鶏~愛されたい中国と『00后』」も苦しい日経 桃井裕理中国総局長

やはり日本経済新聞の桃井裕理中国総局長は書き手として厳しい。20日の朝刊総合3面に載った「風見鶏~愛されたい中国と『00后』」という記事の出来も良くない。訴えたいことがないのに何とか捻り出している印象を受ける。

筑後川昇開橋

最初に「全国統一大学入試」の話が出てきて延々と続くが、記事の構成上それほど重要ではない。行数稼ぎの臭いがする。まずはそこから見ていこう。


【日経の記事】

中国で年に1度の全国統一大学入試「高考(ガオカオ)」が6月上旬に実施された。参加者は日本の大学入試センター試験の20倍近い1078万人にのぼる。

中国人留学生が「日本の大学試験は簡単」というほど難易度も高いが、中でも受験生による検索キーワードの筆頭格は「作文」だ。大人でも難解で、試験後はネットで「高考作文大会」が開かれ、皆が挑戦する。

今年は「人」という字の書き方を描いた4コマ漫画の問題が話題になった。

問題用紙に示されたのは(1)第1画「筆を下ろしたら逆方向に運び、それを隠す」(2)第2画「真ん中に筆を下ろす。偏らない」(3)「止まって向きを変えゆっくりはねる」(4)「手本(描紅)」――という4コマのみ。

そして問われる。「自分の知識と評価を漫画に反映し『新時代の青年の思考』を体現して作文しなさい」

禅問答のような内容にネットの議論は盛り上がったが、大学を卒業して間もない女性にみせるとたちどころにこう答えた。「これはあまり難しくないですね」

まず「人はいかにして立派な人物になるかを論述します」。次に「新時代の青年の思考」とあるので「国家にどう貢献するかを書けばいいですね」。さらに4コマ目をみて思いついたように言った。「『描紅』とあるので共産党につなげれば絶対加点されます」

若き日の毛沢東による論文「体育の研究」に関する出題も話題となった。なぜなら中国国営中央テレビ(CCTV)が今年放映したドラマ「覚醒年代」に毛沢東が登場し「体育の研究」の意義を熱く説いていたためだ。ドラマをみた受験生は圧倒的に有利になった。

「覚醒年代はYYDS!(「永遠的神」の母音をつなげた流行語)」。ネット民は沸き立ち、一時は「覚醒年代yyds」が検索ワード上位に躍り出た。これまで若者は日本や韓国、アイドルのドラマばかりみていたが、今後はさぞかしCCTVのドラマも視聴率があがることだろう。

受験生は2000年以降生まれの「00后」世代に属する。受験が終わればネットで「寝そべり文化」や「落ち込み文化」など、ポジティブな共産党文化に逆らう風潮をはやらせ、YYDSのような言葉遊びもする。日本と変わらぬ今どきの若者だ


◎ほとんど要らない話では?

中国の若者も「日本と変わらぬ今どきの若者だ」と言いたいだけならば「全国統一大学入試」の話は丸ごと要らない。中国では「共産党」と受験が絡んでいるという話をしたいのならば「体育の研究」の事例だけで十分だろう。いずれにしても前置きが長すぎる。上記のくだりで記事の半分以上を使ってしまっている。

続きを見ていこう。


【日経の記事】

一方で、彼らはどの世代より愛国度が高いといわれる。教育の影響だけではない。生まれた時からネットは生活の一部で、海外の事情も少しは知っている。だからこそ上の世代のように米国への憧れは強くない


◎どこから聞いてきた?

『00后』世代」は「どの世代より愛国度が高いといわれ」ているらしい。しかし根拠は示していない。桃井総局長は何を基にそう言っているのか。

中国での調査が根拠ならば、そのデータが欲しい。誰かの見解を紹介しているのならば、それが誰かは明らかにすべきだ。

政治的な自由が制限された中国で若者の「愛国度」を正しく測定できるのかとの疑問はある。何らかの調査で「愛国度が高い」と出たとしても、それが若者の本心を反映しているとは限らない。

なのに「上の世代のように米国への憧れは強くない」などと桃井総局長は断定していく。確かな根拠はあるのか。そもそも「海外の事情も少しは知っている」のは「上の世代」も同じだろう。1990年代生まれの中国人は「海外の事情」を全く知らないと桃井総局長は信じているのか。

さらに見ていこう。


【日経の記事】

中国のほうが銃撃事件も起きず差別もなく、なにより大事な面白いネットのツールもたくさんある――。

根幹にそうした感覚があるからこそ「共産党が国辱をそそぎ立派な国を建設した」との「物語」に違和感はない。高考まで駆使しながら陰に陽に「愛の表明」を求める党の要求も自然に受け入れやすいといえる。


◎これまた、どこで確認?

中国のほうが銃撃事件も起きず差別もなく、なにより大事な面白いネットのツールもたくさんある」という「感覚」が「『00后』世代」の「根幹」にあるらしい。これまたどこで確認したのか。「世代」に共通する「感覚」だと断定するには、かなりしっかりした調査が必要だろう。桃井総局長が自ら調べたのか。

続きを一気に見ていこう。ここから記事はようやく本題に入る。

【日経の記事】

折しも中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は5月末「世界で愛される中国をめざせ」と指示した。今後は従来以上に大量のプロパガンダを海外で展開し中国への感謝表明を強いたりする例も増えるだろう。

中国は理解していない。国内で愛国キャンペーンが成功するのは一党独裁に加え「中華民族の復興」という物語への共感もあるからだ。海外での唐突かつ自己に無批判な承認欲求は中国への反発を強めかねない。

それでも中国に迎合せざるを得ない弱い国もある。日本や西側諸国は決してこの動きを看過してはならない。力で押せば誰もが「中国はYYDS!」と叫び出す――。そんな誤った成功体験は世界のためにも中国自身のためにもならない


◎具体的な話は?

海外」に話が移り「そんな誤った成功体験は世界のためにも中国自身のためにもならない」という結論に導いているが、ここでは具体的な事例が見当たらない。

海外での唐突かつ自己に無批判な承認欲求」を見せた場面があるなら、それこそ詳しく紹介すべきだ。結論に説得力を持たせるためには「全国統一大学入試」の話よりもはるかに重要性が高い。

確かに「唐突かつ自己に無批判」だと読者が納得できる材料が欲しい。「世界で愛される中国をめざせ」と「習近平国家主席」が「指示した」からと言って「唐突かつ自己に無批判な承認欲求」があるとは感じられない。

この動きを看過してはならない」と考える理由も謎だ。「唐突」だからダメなのか。それとも「自己に無批判」なのが問題なのか。

例えば、A国で大地震が起きたとしよう。そこで中国が「唐突かつ自己に無批判な承認欲求」に基づいて無償で救援隊を派遣して救助活動に当たるとしよう。中国は「承認欲求」があるので「タダで助けてやったんだ。感謝コメントを出してくれ」とA国の政府に要求する。A国は仕方なく感謝コメントを出す。

こんな感じだろうか。「日本や西側諸国は決してこの動きを看過してはならない」のか。「そんな誤った成功体験は世界のためにも中国自身のためにもならない」のか。親切の押し売り的な面はあるが、それが「世界のため」になる場合もあるだろう。中国の「承認欲求」を上手く利用する手はある。

絶対に「看過してはならない」と桃井総局長が考えるのならば、それはそれでいい。なぜ「看過してはならない」のかを説得力のある形で読者に伝えてほしかった。しかし全くできていない。

無駄な行数稼ぎをしなければならないほどネタに困っているのならば、コラム執筆は中国総局の部下に任せてはどうか。桃井氏は管理職の仕事に専念する。やはり、それが一番の解決策だと思える。


※今回取り上げた記事「風見鶏~愛されたい中国と『00后』」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210620&ng=DGKKZO73074750Q1A620C2EA3000


※記事の評価はE(大いに問題あり)。桃井裕理中国総局長への評価もEを据え置く。桃井総局長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「米ロ関係が最悪」? 日経 桃井裕理記者「風見鶏」に異議ありhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_1.html

問題多い日経 桃井裕理政治部次長の「風見鶏~『東芝ココム』はまた起きる」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/07/blog-post_19.html

日経「風見鶏~『台湾有事』と経済安保」に見える桃井裕理記者の誤解https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/04/blog-post_18.html

台湾有事で「最悪の想定」が米中にらみあい? 日経 桃井裕理記者に感じる限界https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/04/blog-post_19.html

「新時代の日米(下)」を書いた日経の桃井裕理 中国総局長に引退勧告https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/04/blog-post_21.html

「G7背水の再起動(下)」でも粗が目立つ日経 桃井裕理中国総局長https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/06/g7.html

2021年6月18日金曜日

1面に持ってくるなら…日経「日立、医療・健康に3000億円」に欠けているもの

重要なニュース記事を1面に持っていく。新聞作りの基本だ。なので、1面を飾るニュース記事では「これは重要な話だ」と読者を納得させる必要がある。その意味で18日の日本経済新聞朝刊1面に載った「日立、医療・健康に3000億円~データ収集、がん予兆発見」という記事に及第点は与えられない。全文を見た上で具体的に指摘したい。

夕暮れ時の交差点

【日経の記事】

日立製作所は2021~23年度に、医療・健康分野で計3000億円を投資する。世界シェア首位の血液などの分析装置で精度の高いデータを収集し、人工知能(AI)で分析。微量の遺伝子からがんの予兆を見つけ出すサービスなどを実用化する。IT(情報技術)を軸とした事業構造改革が最終盤にあると位置づけており、新型コロナウイルス後を見据えた成長分野を探る。

医療・健康分野の売上高を24年度までに約3600億円と、21年度予想比で7割増やす。柱とするのは遺伝子診断など患者の個人データを生かした医療で、24年度までに売上高が2000億円弱の事業に育てる。

微量の血液に含まれる遺伝子から疾病の予兆を見つけるサービスなどを実用化する。20年に生化学分析装置でシェア首位の日立ハイテクを完全子会社化した。同社が持つ微細な細胞や遺伝子の解析技術を活用し、データを収集。電力などのインフラや工場の稼働状況分析など約1000件のデータビジネスで得た解析技術と掛け合わせる。

3月には米国とスイスに本社があり、1000以上の医療機関などがサービスを活用する遺伝子分析ソフト会社、ソフィア・ジェネティクスとの協業を発表。安全な遺伝子データの管理などに取り組む。将来的には遺伝子診断の結果を基に、AIが最適な治療法を選ぶ技術の開発も目指す。

再生医療の分野では、様々な細胞に育つiPS細胞の最適な培養条件をAIで算出するシステムの開発に取り組む。

投資枠のうち1500億円をM&A(合併・買収)や出資、1000億円は研究開発にあてる


◎「3000億円」は凄い?

日立製作所は2021~23年度に、医療・健康分野で計3000億円を投資する」というのが記事の柱だ。しかし、最後まで読んでも何が凄いのかよく分からない。

まず過去との比較がない。例えば2018~20年度の「医療・健康分野」の投資額が1000億円ならば「一気に3倍か。かなり思い切ったな」と思える。

同業他社との比較でもいい。社内の資金配分に触れる手もある。2018~20年度には「日立製作所」全体の投資額の2割に過ぎなかった「医療・健康分野」の比率が8割に高まるといった話ならばインパクトがある。しかし、そういう説明は見当たらない。

3年で「3000億円を投資する」ことが「日立製作所」にとってどの程度の意味を持つのか、日経の読者の多くは知らない。その前提に立って「3000億円」の凄さを伝えるのが記者の役割なのに、それができていない。

記事の最後の「投資枠のうち1500億円をM&A(合併・買収)や出資、1000億円は研究開発にあてる」という記述も引っかかった。合わせても2500億円にしかならない。残りの500億円は何に「投資」するのか。

ついでに追加で記事の書き方に注文を付けておく。

3月には米国とスイスに本社があり、1000以上の医療機関などがサービスを活用する遺伝子分析ソフト会社、ソフィア・ジェネティクスとの協業を発表」というくだりで「3月には」は「発表」にかかっている。しかし距離が空いていて分かりにくい。

どうしても「3月には」を文の最初に入れたいのならば「3月には」の直後に読点を打った方がいい。

自分が記者だったらどう書くか。この後の文も含めて改善例を示してみる。

【元の記事】

3月には米国とスイスに本社があり、1000以上の医療機関などがサービスを活用する遺伝子分析ソフト会社、ソフィア・ジェネティクスとの協業を発表安全な遺伝子データの管理などに取り組む。将来的には遺伝子診断の結果を基に、AIが最適な治療法を選ぶ技術の開発も目指す。


【改善例】

3月には、米国とスイスに本社がある遺伝子分析ソフト会社のソフィア・ジェネティクスとの協業を発表。1000以上の医療機関などがサービスを活用する同社と協力して、遺伝子データの安全な管理などに取り組む。遺伝子診断の結果を基に、AIが最適な治療法を選ぶ技術の開発も目指す。


◇   ◇   ◇


3月には」と「発表」が遠いという問題はほぼ解消している。

安全な遺伝子データの管理」と書くと「『安全な遺伝子データ』の管理」とも取れるので「遺伝子データの安全な管理」としてみた(この解釈が正しいとは限らないが…)。

将来的には」は基本的に使う必要のない言葉。単に「将来は」とすれば済む場合が多い。今回は「技術の開発も目指す」と書いてあるので「将来は」と言わなくても「将来」の話だと分かる。なので「将来的には」を丸ごと削っている。

元の記事と改善例のどちらが読みやすいだろうか。


※今回取り上げた記事「日立、医療・健康に3000億円~データ収集、がん予兆発見」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210618&ng=DGKKZO73009990Y1A610C2MM8000


※記事の評価はD(問題あり)

2021年6月17日木曜日

「G7背水の再起動(下)」でも粗が目立つ日経 桃井裕理中国総局長

 日本経済新聞の桃井裕理 中国総局長には書き手としての引退を勧告している。しかし聞き入れてもらえなかったようだ。17日の朝刊1面に「G7背水の再起動(下)日米欧の協調、重み増す 包囲網でも譲らぬ中国」という記事を書いている。これまでの記事に比べればまともだが、それでも問題は多い。一部を見ていこう。

西鉄大牟田線と筑後川

【日経の記事】

主要7カ国首脳会議(G7サミット)を間近に控えた9日、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は北京から約1800キロメートル離れた青海省にいた。同省は北京からみると中国最西部に広がる新疆ウイグル、チベット両自治区を塞ぐ関門のような位置にある。

習氏は、ウイグル人権問題へのG7の懸念に対抗するかのように、政務報告会で青海省幹部らを引き締めた。「青海は『穏疆固蔵(新疆とチベットを安定させる)』の戦略的要所にある。我が国の宗教の中国化を決して止めてはならない


◎「宗教の中国化」?

宗教の中国化」という聞き慣れない言葉が出てくる。「新疆ウイグル、チベット両自治区」と関係するのだろうが、具体的な説明はない。であれば「我が国の宗教の中国化を決して止めてはならない」というコメントは使わない方がいい。

続きを見ていこう。

【日経の記事】

中国共産党が建党100年を迎える2021年、世界は新たな岐路に立った。これまで中国とそれぞれ間合いを計ってきたG7は今回のサミットで足並みをそろえ、中国の人権問題や台湾問題を批判した。民主主義への新たな脅威とも位置付け、包囲網を構築した。


◎岐路に立ってる?

岐路に立つ」とは重大な選択を迫られている状況の時に使う言葉だ。中国を「脅威」と位置付けるのか仲間と見なすのか選択を迫られる状況ならば「世界は新たな岐路に立った」でいいだろう。

しかし記事では「足並みをそろえ」で「包囲網を構築した」と書いている。ならば進む方向は決まったと見るべきだ。

少し飛ばして記事の中身を見ていく。

【日経の記事】

台湾海峡ではすでに中国は米台の軍事力を圧倒しつつある。米軍などの分析によると中国の主力戦闘機は25年に1950機と700機増え、このままではアジア前方の米軍の8倍になる。台湾を射程に収める短距離弾道ミサイルも750~1500発保有し、米領グアムを射程に入れる中距離弾道ミサイル配備の拡充も進める。


◎どの範囲で見てる?

台湾海峡ではすでに中国は米台の軍事力を圧倒しつつある」と桃井総局長は言う。4月の記事では「インド太平洋地域では中国が米国の軍事力を物量的に圧倒し、米軍を寄せつけない防衛ラインを完成しつつある」と書いていた。

これは怪しいのではと指摘した効果があったのかどうか分からないが、今回は大きく絞って「台湾海峡」に限定している。しかし「台湾海峡」の範囲が広すぎる気がする。

中国の主力戦闘機は25年に1950機」というのは、断定はできないが中国全体の数字だろう。「アジア前方」に至っては全く分からない。「アジア」に「前方」と「後方」があるのか。「アジア前方の米軍の8倍になる」とも書いているが、これには「米領グアム」を含むのか。仮に入らないのならば、入れて考える必要はないのか。色々と分からないことが多い。

記事の終盤を見ていく。

【日経の記事】

中国のそうした行動は西側諸国に一層の不安を与える。これを受けた対中措置は中国をまた警戒させ、さらなる軍事増強や投資拡大へと走らせる。民主主義を守るために、西側諸国は高いコストをかけてでも抑止力を強化するしかない

中国共産党はなり振り構わず「自己の生存空間の確保」をめざす。香港の自由を力で抑え込み、台湾への圧力を急速に強めている。バイデン米大統領はG7会議終了後に「中国とは真っ正面から対応していく」と語った。問われているのは、民主主義の侵食を防ぐという覚悟だ。


◎色々と問題が…

気になった点を列挙してみる?

(1)「民主主義の侵食を防ぐ」?

問われているのは、民主主義の侵食を防ぐという覚悟だ」と桃井総局長は記事を締めている。これだと「民主主義」に「侵食」されないようにすべきだとの意味に取れる。「民主主義への侵食を防ぐ」とした方がいい。

個人的には「西側諸国」という表現も引っかかる。冷戦終結に伴い東側がなくなったからだ。桃井総局長は「西側諸国」の範囲をどう見ているのだろうか。例えばウクライナは「西側諸国」なのか。だとすれば地理的にはかなり東だ。逆に「西側」ではないとすれば、何側なのだろう。

民主主義を守るために、西側諸国は高いコストをかけてでも抑止力を強化するしかない」と桃井総局長は言う。台湾が中国の一部ならば、中国が台湾を武力で併合しても基本的には中国の国内問題だ。なのに「高いコストをかけてでも抑止力を強化」すべきなのか。

「台湾は民主主義陣営の一員であり西側諸国に属する仲間だ」と言うならば、まだ分かる。だったら台湾を国として承認した上で中国から守っていくべきだろう。

そこを曖昧にしたまま、憲法上の制約もある日本が台湾防衛の一翼を担うべきなのかは考えてほしい。


※今回取り上げた記事「G7背水の再起動(下)日米欧の協調、重み増す 包囲網でも譲らぬ中国

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210617&ng=DGKKZO72963700X10C21A6MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。桃井裕理 中国総局長への評価はE(大いに問題あり)を据え置く。桃井総局長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「米ロ関係が最悪」? 日経 桃井裕理記者「風見鶏」に異議ありhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_1.html

問題多い日経 桃井裕理政治部次長の「風見鶏~『東芝ココム』はまた起きる」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/07/blog-post_19.html

日経「風見鶏~『台湾有事』と経済安保」に見える桃井裕理記者の誤解https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/04/blog-post_18.html

台湾有事で「最悪の想定」が米中にらみあい? 日経 桃井裕理記者に感じる限界https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/04/blog-post_19.html

「新時代の日米(下)」を書いた日経の桃井裕理 中国総局長に引退勧告https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/04/blog-post_21.html

2021年6月16日水曜日

平成初期の時価総額上位は「金融や電力、鉄鋼が独占」? 日経コラム「大機小機」

平成初期」の「時価総額」ランキングでは「金融や電力、鉄鋼が上位を独占していた」だろうか。日本経済新聞のコラム「大機小機」ではそう言い切っている。違うと思えるので以下の内容で問い合わせを送った。

両筑橋架け替え工事現場

【日経への問い合わせ】

6月16日の日本経済新聞朝刊マーケット総合面に載った「大機小機~K字が示す経営のヒント」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは「個々の株価でもK字現象が鮮明だ。時価総額上位にはトヨタ自動車やソフトバンクグループ、ソニーグループなどが並ぶ。金融や電力、鉄鋼が上位を独占していた平成初期とは様変わりだ」との記述です。

この説明が正しければ「平成初期」の「時価総額上位」を「金融や電力、鉄鋼」が「独占」していたはずです。しかし楽天証券のサイトに出てくる「平成元(1989)年・東証1部時価総額ランキング」を見ると、トップはNTTで2位の2倍を上回る「時価総額」となっています。「平成初期」をどこで見るかでランキングに多少の違いは出るでしょうが、NTTを「時価総額上位」に入らないと見なすのは無理があります。そしてNTTは「金融や電力、鉄鋼」には属しません。

金融や電力、鉄鋼が(時価総額)上位を独占していた平成初期」との説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

せっかくの機会なので記事の中で引っかかった点を追加で指摘しておきます。以下のくだりについてです。

この2月に約30年ぶりに日経平均株価は3万円の大台をつけたものの、その後は欧米諸国に比べ伸び悩む。背景にはワクチン接種の遅れが指摘されているが、それだけではない。PBR(株価純資産倍率)が1倍を下回っている企業が圧倒的に多いことが理由の一つといっていい。PBRが1倍を下回る理由は、株主から預かった資本を有効に活用できていないこと、投資家が将来の企業価値の向上に確信を持てないことの2つだろう。生産性が低く将来に期待が持てない、と市場が警告しているわけだ

PBRが1倍を下回っている企業が圧倒的に多い」のは今に始まったことではありません。「この2月に約30年ぶりに日経平均株価」が「3万円の大台をつけ」るまで「欧米諸国に比べ伸び悩む」展開になっていなかったと取れる書き方を筆者の自律氏はしています。「PBRが1倍を下回る」企業が多いという状況は変わらないのに、なぜ「3万円の大台をつけた」後には相場の足を引っ張る要因になるのでしょうか。

そもそも「PBRが1倍を下回っている企業が圧倒的に多い」ことが「欧米諸国に比べ(株価が)伸び悩む」理由になるでしょうか。「投資家が将来の企業価値の向上に確信を持てない」ために、ある銘柄の「PBRが1倍を下回っている」としましょう。この時点で「企業価値の向上に確信を持てない」という要因は株価に織り込まれています。その後に「伸び悩む」かどうかは、その後の状況変化にかかっています。「PBRが1倍を下回っている」から株価が上昇しにくいとは言えません。

PBRが1倍を下回っている」のであれば割高感は乏しいでしょうから、上昇余地の大きい銘柄との評価もできます。「PBRが1倍を下回っている企業が圧倒的に多い」から相場上昇に勢いが出やすいとの解説はあり得ますが「伸び悩む」要因と見るのは苦しいでしょう。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。


◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事「大機小機~K字が示す経営のヒント

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210616&ng=DGKKZO72923430V10C21A6EN8000


※記事の評価はE(大いに問題あり)

2021年6月15日火曜日

「交流戦『パ優位』異変」自説を述べない日経 常広文太記者はラミレス氏を見習え

15日の日本経済新聞朝刊スポーツ面に常広文太記者が書いた「交流戦『パ優位』異変 セ健闘、4球団勝ち越し~阪神、野手で世代交代進む ソフトバンク、看板打線が沈黙」という記事には心底がっかりした。「交流戦『パ優位』異変」には自分も関心を持っていて、「パ優位」が消えてきたのか、それとも今年はたまたま「セ健闘」となったのか分析記事を待っていた。今回の記事がその疑問に答えを出してくれるかと期待したが、まともな分析はしていない。

夕暮れ時の美津留

記事の中身を見ていこう。

【日経の記事】

2年ぶりに開催されたプロ野球の日本生命セ・パ交流戦は、これまでとは勢力図が変わる様相となった。13日時点で対戦成績はセ・リーグの48勝46敗11分け。リーグ下位だったオリックスが優勝を決めた一方、交流戦得意のソフトバンクが大苦戦するなど明暗が分かれた結果は、ペナントレースの行方にも影響しそうだ

勝ち越しを決めた上位6球団のうち4球団を、阪神、DeNA、中日、ヤクルトのセ勢が占めた。チーム防御率は阪神が3.52で全体2位、中日が3.55で3位。パ・リーグにパワーで押され気味だった打撃でも、DeNAがトップのチーム打率2割9分7厘、24本塁打をマークするなど、例年になくセの勢いが目立った。


◎で、その要因は?

交流戦」の「結果」が「ペナントレースの行方にも影響」するのは必然だ。「交流戦」も含めて勝率を計算するのだから「影響」をゼロにすることは原理的にできない。「影響しそうだ」ではなく必ず「影響」する。わざわざ触れるような話ではない。

例年になくセの勢いが目立った」のはプロ野球に関心がある人なら分かっている話だ。問題は実力面での「パ優位」が消えたと言えるかどうかだ。

記事の続きを最後まで見ていこう。

【日経の記事】

18、19年と交流戦で大きく負け越していた阪神は11勝7敗と貯金を上乗せし、首位固めに成功した。ドラフト1位ルーキーの佐藤輝は打率2割9分6厘、楽天・田中将からの一発を含む6本塁打と気を吐き、遊撃手を任される同6位ルーキーの中野も打率3割4厘としぶとい打撃を見せた。

安定感のある先発投手陣だけでなく、若い野手が初対戦となるパの投手相手に奮闘。高い適応力を示し、世代交代を印象づけた。パ首位の楽天に3連勝するなど交流戦を6連勝で締めくくり、貯金は20に到達。18日から再開されるリーグ戦に向け、主力の近本が「しっかり休んで、またいいスタートを切れるように」と話すように、上昇気流に乗っている。

日本シリーズ4連覇中で交流戦でも8度の勝率1位を誇るソフトバンクは、まさかの大苦戦を強いられた。本拠地でヤクルトに3連敗を喫するなど、5勝9敗4分け。開幕戦で中日に完封負けしてから波に乗れず、勝率3割5分7厘は05年からの交流戦でチーム史上最低となった。

救援の柱である森、モイネロを欠きながらチーム防御率は12球団随一の3.04を残したが、看板の打線が沈黙した。18試合中12試合が3得点以下。2桁安打をマークしたのは3試合にとどまり、チーム打率は11位の2割3分3厘に沈んだ。

規定打席到達者の中でチームトップが43位の栗原で打率2割6分9厘。柳田が2割2分7厘、中村晃が2割2分4厘と、軒並み不振だった主力打者が崩れた打撃を早急に立て直せるか。「勝てなかったのは、最終的には監督が駄目だったから」と責任をしょい込んだ、百戦錬磨の工藤監督の手腕にも注目だ。


◎事実を追うだけでは…

ざっくり言えば「阪神は『首位固めに成功』しましたね。一方、ソフトバンクは『まさかの大苦戦』でした」と振り返っているだけだ。そして「工藤監督の手腕にも注目だ」と成り行き注目型の結論を導いて記事を締めている。

こちらの期待に対してはゼロ回答だ。データを色々と並べるなとは言わない。問題は、そこからどんな結論を導くかだ。

常広記者は球場で試合も見ているはずだ。そこで感じたことも含めて「パ優位」が根本部分から変わりつつあるのかを考えてほしかった。

この記事の隣には「スポートピア~己知ること、成功のカギ」というコラムが載っていて、筆者のA・ラミレス氏(DeNA前監督)は以下のように述べている。

今年のセ・パ交流戦はセの健闘が光った。13日終了時点の成績は48勝46敗11分け。例年優勢のパに対し、互角に渡り合ったといえる。ただ、これで両リーグの差が縮まったとは思わない。明暗を分けた一因は外国人の動向だ。最たる例はソフトバンク。交流戦を8回制してきたが、今年は故障や五輪予選で主力のキューバ勢を欠き、苦戦を強いられた。戦力が整った状態なら、違う結果になったはずだ

ラミレス氏と常広記者。どちらがジャーナリストに向いているだろうか。どちらが魅力的な記事を書く適性があるだろうか。


※今回取り上げた記事

交流戦『パ優位』異変 セ健闘、4球団勝ち越し~阪神、野手で世代交代進む ソフトバンク、看板打線が沈黙

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210615&ng=DGKKZO72886220U1A610C2UU8000


スポートピア~己知ること、成功のカギ

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210615&ng=DGKKZO72886430U1A610C2UU8000


※常広文太記者の記事の評価はD(問題あり)。常広記者への評価も暫定でDとする。「スポートピア」の評価はB(優れている)。

2021年6月14日月曜日

東洋経済オンラインでのインフレに関する説明に矛盾がある小幡績 慶大准教授

慶應義塾大学大学院准教授の小幡績氏が相変わらず雑な記事を東洋経済オンラインに書いている。13日付の「日本でも今後『ひどいインフレ』がやって来るのか~そもそもインフレはどうやったら起きるのか?」という記事の中身を見ながらツッコミを入れていきたい。

夕暮れ時の筑後川

【東洋経済オンラインの記事】

今後はアメリカ以外も物価が急速に上昇し、インフレという世界が戻ってくるのだろうか? 

私には、よくわからない。しかし、誰にもわからない、ということだけは私にはわかっている。

なぜか?

それは、インフレがどうやって起きるのか、21世紀の時点では誰にもわかっていないからだ。

一般的には、物価の上昇要因は3つあると言われている。

まずは、需要が供給を上回って増加すること。これがいちばん普通のインフレで、経済が過熱してインフレになる、という場合にはこの現象を指している。


◎だったら分かっているのでは?

上記の説明は矛盾している。「インフレがどうやって起きるのか、21世紀の時点では誰にもわかっていない」と書いた直後に「物価の上昇要因は3つあると言われている。まずは、需要が供給を上回って増加すること。これがいちばん普通のインフレ」と説明している。

だったら「需要が供給を上回って増加する」から「いちばん普通のインフレ」が「起きる」と分かっているのではないか。「誰にもわからない」はずのに「いちばん普通のインフレ」が「どうやって起きるのか」を説明してしまっている。そのことを小幡氏は「わかっていない」のか。

続きを見ていこう。


【東洋経済オンラインの記事】

このインフレを抑えるためには、超過需要、多すぎる需要を減らすことが必要である。それが経済政策であり、財政支出縮小(あるいは増税)と、金融引き締めを行うこととなる。これが金融政策と債券市場、株式市場の焦点である。中央銀行は利上げを検討し、投資家は、株式も債券も下落するリスクに怯えることになる。投資家にとって恐ろしいのは、株式も債券も価格が両方下落することである


◎そうとは限らないような…

このインフレを抑えるためには、超過需要、多すぎる需要を減らすことが必要である」と小幡氏は言うが、そうとは限らない。供給を増やして「インフレを抑える」手もある。

ついでに言うと「投資家にとって恐ろしいのは、株式も債券も価格が両方下落することである」という説明も問題がある。ショートポジションの「投資家」にとっては「株式も債券も価格が両方下落する」局面は悪くない。

記事には「金融引き締めによる利子率の上昇では、すべての資産の利回りが上昇する必要があり、そのためには資産価格が下落しないと辻褄が合わないから、すべての投資資産の価格が下落することになる。だから、利上げをすべての投資家が恐れることになる」とも書いている。

すべての投資家」がロングポジションとの前提で小幡氏は考えているようだが、現実はそうではない。

少し飛ばして記事の続きを見ていく。


【東洋経済オンラインの記事】

さて、それでは第3のインフレとは何か。巷のエコノミストが大好きな、マネーの増加によるインフレである。貨幣数量説、マネタリズムという経済学の用語を振り回して、中央銀行がマネーを供給すれば、モノとマネーの比率が変わり、モノのマネーに対する相対価格は上昇する、そしてインフレになる、という主張である。

これは、なぜかインフレを起こしたい人たちが、とりわけ、日本経済の文脈で特に好んで使う主張である。だが世界的には、むしろ逆に、それがインフレを起こし、経済を壊滅させるという議論が主流である。ハイパーインフレーションである。

これは新興国、途上国では、毎年世界のどこかでは見られる現象であり、インフレを見かけなくなったのは、成熟国だけで、世界では、まだハイパーインフレ懸念のほうが普通である。為替レートが暴落し、一国の経済が成り立たなくなる。

しかし、ハイパーインフレはインフレとは異なる。別と考えたほうが良い。なぜなら、インフレとはモノの値段が上がることだが、ハイパーインフレはマネーあるいは貨幣の値段が暴落することだからである。貨幣とは本来は価値ゼロのバブルそのものであるから、いったん「価値がない」と思われればすぐに紙くず、あるいは仮想通貨(暗号資産)なら「ビットくず」になってしまう。


◎同じことでは?

ハイパーインフレはインフレとは異なる。別と考えたほうが良い。なぜなら、インフレとはモノの値段が上がることだが、ハイパーインフレはマネーあるいは貨幣の値段が暴落することだからである」という説明に無理がある。

ハイパーインフレ」でも「モノの値段が上がる」のは同じだ。裏返して言えば、普通の「インフレ」でも「貨幣の値段」が下がっている。両者を分けるのは、その度合いだろう。

そもそも「ハイパーインフレ」と普通の「インフレ」を分ける基準を示していない。物価上昇率が20%なのか50%なのか。そこは欲しい。「経済を壊滅させる」のが「ハイパーインフレ」だと見ているのかもしれない。だとしたら、定義が漠然としていてグレーゾーンが大きすぎる。

続きを見ていこう。


【東洋経済オンラインの記事】

第3のインフレ、正確にはハイパーインフレは、実は、経済学にとっては、むしろ普通のインフレよりはありがたいものである。なぜなら、もちろん経済社会に与えるダメージは深刻で、インフレのように「ほぼ無害」であるのとは大きく異なるわけだが、しかし、なぜ起こるのかについては、原因が解明されているからである。


◎再び矛盾が…

第3のインフレ」が「なぜ起こるのかについては、原因が解明されている」らしい。「インフレがどうやって起きるのか、21世紀の時点では誰にもわかっていない」と書いたことは忘れてしまったのか。

大目に見て「インフレがどうやって起きるのか、21世紀の時点では誰にもわかっていない」というのは「第3のインフレ」を除いた話だとしよう。それでも辻褄は合わない。

続きを見ていく。


【東洋経済オンラインの記事】

そう。われわれは、インフレはどうしたら起きるか、無知の世界にいる。それは経済学者もエコノミストも投資家たちも、人類すべてが、インフレがどうやったら起きるのか、知らずにいるのだ

しかし、おそらく世界で1人だけといってもいいくらい、これについて詳しい経済学者がいる。それは、日本の渡辺努・東京大学経済学部教授だ。彼は、一連の研究でこれを解明しようと努めてきた。物価インデックスの会社まで作ってしまった。恐るべき偉大な先輩だが、彼(とその共同研究者)以外で、物価の秘密を素人として理解しているのは、後は、私だけかもしれない

インフレはどうしたら起こるのか。物価はどうしたら上がるのか。その方法はただひとつ。値上げすることである。

製品・サービスの供給者が価格を上げること。これが物価を上げる方法であり、現実に物価が上がる唯一の理由である

オークションと一緒である。株価と一緒である。高い値段をつけて売りに出し、それが実際に売れること。これ以外ない。この話は、また次回以降に行いたいが、日本でインフレがおきにくい理由は、日本企業が値上げを嫌うこと、そして、その背景には、値上げを極端に毛嫌いする日本の消費者がいることである。つまり、日本人がケチだからなのである。


◎自分たちは特別?

経済学者もエコノミストも投資家たちも、人類すべてが、インフレがどうやったら起きるのか、知らずにいる」と言っていたのに例外がいるらしい。「渡辺努・東京大学経済学部教授」と「その共同研究者」に加えて小幡氏が該当するようだ。「インフレがどうやって起きるのか、21世紀の時点では誰にもわかっていない」という説明を自ら否定してしまった。

それに「製品・サービスの供給者が価格を上げること。これが物価を上げる方法であり、現実に物価が上がる唯一の理由である。オークションと一緒である。株価と一緒である」という説明は誤りだ。

株で考えてみよう。A社株を大量保有しているB氏が毎日少しずつ成り行きで売却していくとしよう(市場での売り手はB氏のみとする)。「供給者」であるB氏は「値上げ」をしていない。しかしA社株の人気が高まり「株価」がどんどん上がっていく可能性はある。この場合、買い手が「価格」を引き上げる役割を果たしている。

オークション」もそうだが、「供給者が価格を上げ」なくても買い手が勝手に価格を吊り上げる可能性は十分にある。小幡氏の説明は、まずここがおかしい。

さらに言えば「物価はどうしたら上がるのか。その方法はただひとつ。値上げすることである」という説明は、そもそもあまり意味がない。「ホームランはどうしたら打てるのか。その方法はただひとつ。フェンスより先のフェアゾーンにノーバウンドでボールを打ち込むことである」と言っているのに近い。間違ってはいないが「そんなことは分かってるよ」と返したくなる。

それを「物価の秘密」であるかのように語られても…。

付け加えると「日本でも今後『ひどいインフレ』がやって来るのか」との問いに対する答えが、記事には結局出てこない。「ひどいインフレ」とは「ハイパーインフレ」を指すのだろう。「その通貨を発行している中央銀行、あるいはそれを支えるその国家、その経済、それらいずれかの(あるいはすべての)信用が失われる(疑問を持たれる)こと」で「ハイパーインフレ」が起きると小幡氏は言う。しかし、これから日本がそういう状況になるかどうかは論じていない。

やはり小幡氏は問題が多い。

そう言えば、週刊ダイヤモンド3月27日号の座談会で「僕は今年、バブルが崩壊すると言っている。そんなすぐに結果が出て、外れが明確で、皆に非難される可能性のあることを断言する人間は僕ぐらいでしょうが、今年21年中にはじける」と小幡氏は語っていた。あと半年。どうなるか注目したい。


※今回取り上げた記事「日本でも今後『ひどいインフレ』がやって来るのか~そもそもインフレはどうやったら起きるのか?

https://toyokeizai.net/articles/-/433980


※記事の評価はD(問題あり)。小幡績氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

小幡績 慶大准教授の市場理解度に不安を感じる東洋経済オンラインの記事https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/03/blog-post_18.html

「確実に財政破綻は起きる」との主張に無理がある小幡績 慶大准教授の「アフターバブル」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/10/blog-post.html

やはり市場理解度に問題あり 小幡績 慶大准教授「アフターバブル」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/10/blog-post_4.html

週刊ダイヤモンド「激突座談会」での小幡績 慶大准教授のおかしな発言https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/03/blog-post_25.html

2021年6月13日日曜日

Newsweek「世界があきれる東京五輪」のあきれた論理展開

自分は東京五輪の開催賛成派だ。だからと言って中止派の考えが間違っているとは思わない。結局は好みの問題だ。しかしNewsweek6月15日号の「世界があきれる東京五輪」という特集は納得できる内容ではなかった。グレン・カール氏(本誌コラムニスト、元CIA工作員)が書いた「人名喪失コストに目を向ける時~GAMES OVER LIVES?」という記事の一部を見ていこう。

夕暮れ時の筑後川

【Newsweekの記事】

五輪が日本の新型コロナ感染状況にどのような影響を及ぼすかについて、正確な推計は不可能だ。そこで控えめな計算をして、五輪閉幕後の1カ月間、(感染が爆発的に広がることは避けられて)5月前半とほぼ同水準の1日7000人程度の新規感染者が発生すると仮定しよう。

この場合、1カ月間の新規感染者の合計は21万人。日本の医療体制は極度に逼迫するだろうが、「崩壊」までは行かないかもしれない。しかし、新型コロナの致死率は約2%と言われているので、1カ月で4200人が死亡する計算だ。

米政府は、さまざまな分野で安全性に関する規制を設ける際の基準にするために、複雑な計算式に基づいて人命の価値を約1000万ドルと算出している。これに従えば、1カ月で4200人が死亡した場合、約420億ドルの損失という計算になる。

五輪閉幕から2カ月目、1カ月の死者数が2100人に半減するとしよう。その場合には五輪閉幕後の人命喪失による損害は、わずか2カ月で合計630億ドル相当ということになる。

このように命の価値を金額に換算するという不愉快な計算をするまでもなく、五輪開催のコストが社会的・経済的な利益を大きく上回ることは明らかだろう。


◇   ◇   ◇


問題点を列挙してみたい。


(1)前提が間違ってない?

カール氏の主張で最も問題なのは「五輪がなければ新型コロナによる感染者・死者はゼロ」との前提で考えていることだ。「五輪閉幕から2カ月」で新型コロナによって6300人が死亡したとしても、全て五輪の影響とは言えない。なのにカール氏は、6300人の死亡で生じる「合計630億ドル相当」の「損害」を「五輪開催のコスト」と見なしている。

論外だ。出発点から間違っている。


(2)どこが「控えめ」?

五輪が日本の新型コロナ感染状況にどのような影響を及ぼすかについて、正確な推計は不可能」というのはその通りだ。しかし「そこで控えめな計算をして」「1日7000人程度の新規感染者が発生すると仮定」するのは納得できない。どこが「控えめ」なのか(開催による上乗せ分の新規感染者として、ここでは考える)。

産経新聞の記事によると「東京大大学院経済学研究科の仲田泰祐准教授と藤井大輔特任講師」の試算では「海外の選手や関係者ら入国者数は10万5千人でワクチン接種率が50%として試算した結果、都内における1週間平均の新規感染者数で約15人、重症患者数で約1人、上昇させる程度にとどま」るらしい。

この場合「五輪」開催によって生じる追加の重症者は「五輪閉幕から2カ月」で10人前後。死者はさらに少なくなる。「控えめ」と言うなら、せめてこのレベルで「五輪開催のコスト」を見るべきだ。


(3)コストが利益を上回ってる?

五輪閉幕後の人命喪失による損害は、わずか2カ月で合計630億ドル相当」というカール氏の計算を取りあえず受け入れてみよう。だからと言って「五輪開催のコストが社会的・経済的な利益を大きく上回ることは明らか」とは言えない。

記事の中で「(五輪の)長期的効果は27兆円」という「日本の試算」に触れている。これは「恐ろしいほど楽観的」かもしれないが「五輪開催のコストが社会的・経済的な利益を大きく上回ることは明らかだろう」と言うならば「27兆円」を大きく上回る「コスト」が見込めるはずだ。

しかし「630億ドル」(約7兆円)では「27兆円」に全く届かない。これだと「五輪開催のコストが社会的・経済的な利益を大きく」下回る可能性が十分にある。


(4)死者の内訳は見なくていい?

人命の価値を約1000万ドル」と見ていることについても考えたい。カール氏は「複雑な計算式」としか書いていないので、野村総合研究所の「新型コロナウイルス対策緊急提言」を参考にしたい。そこでは以下のように説明している。

人的資源の価値は『Value of Statistical Life:VSL(統計的生命価値)』を用いている。これはある一定期間の死亡率を下げるためにどの程度の金銭を支払う意思(Willingness-to-pay)を持っているかを測定した上で、その金額を平均余命に当てはめた上で『命』の経済的価値を金銭価値で表したものである。アメリカのVSLは平均的に一人あたり1,000万ドル(約11億円)となっている(このVSL値は政府などで広く用いられている)

ここからは「余命」が長いほど「『命』の経済的価値」は高くなると取れる。一般的な考え方とも合致する。

では新型コロナによる死者の年齢層はどうなっているか。言うまでもなく、圧倒的に高齢者に偏っている。であれば、百歩譲って「1カ月で4200人が死亡した」としても「約420億ドルの損失」と見なすのは無理がある。

今回の記事をカール氏は以下のように締めている。

何千人もの死者を出してまで陸上短距離やレスリングの試合を行う価値はない。東京五輪は中止すべきだ

既に述べたように五輪開催によって追加的に「何千人もの死者」が出るとは考えにくい。感染拡大につながる可能性はもちろんあるが、これまでの傾向から推測すると「死者」は高齢者に偏るだろう。その多くは、元々わずかしか「余命」がなかった人々だ。

そうした人を守るために、多くの若者の夢を犠牲にしてまで、なぜ「東京五輪は中止すべき」なのか。

若者が「何千人も」追加で死亡する可能性が高いのならば「東京五輪は中止すべき」だ。しかし、現状でその可能性はゼロに近い。ならば開催でいい。


※今回取り上げた記事「人名喪失コストに目を向ける時


※記事の評価はE(大いに問題あり)

2021年6月11日金曜日

「女性にすべてのシワ寄せが来る」と東洋経済で訴えた上野千鶴子氏の誤解

週刊東洋経済6月12日号の特集「会社とジェンダー」の中の「INTERVIEW 社会学者 上野千鶴子 『女性を無駄遣いする国は、ゆっくり二流に墜ちていく』」という記事について、さらに問題点を指摘したい。まずは以下のくだりを見てほしい。

夕焼け空

【東洋経済の記事】

──育児と仕事を両立させる、「ワーキングマザー」が一般化しましたが、彼女らの毎日は過酷です。

その理由はハッキリしている。91年に育児休業法が成立すると、出産後も就労を継続する女性が増えた。今や該当者の女性の9割が育休を取得している。フルタイムで働く子持ち女性が、何を犠牲にしているかというと、自分の時間資源だ。結果、家事労働を含めた女性の総労働時間は、どんどん増えている。ネオリベラリズム改革において、女性の労働力化は必須。「産め、育てろ、働け」の要請に応える女性を、研究者の三浦まりさんは「ネオリベラリズム的母性」と呼んでいる。

諸外国でも女性の労働力化は進んでいるが、女性だけが負担を一身に受けてはいない。育児というケア労働をアウトソーシングする仕組みをつくったからだ。その1つが公共化、2つ目が市場化だ。


◎日本では「女性だけが負担を一身に」?

まず「彼女らの毎日は過酷です」という印南志帆記者の問いが引っかかる。「過酷」な人もいるだろうが、そうでない人も当然にいる。何を根拠に「過酷」と言っているのか。それに、働く男性の日々も「過酷」と言えば「過酷」だ。

2020年版の『過労死等防止対策白書』」を取り上げた日本経済新聞の記事によると、「15~16年度に労災認定された精神障害の事案のうち自殺した167件」に関して「男女別では男性97.0%、女性3.0%」となるらしい。子供がいない人の「事案」もあるだろうが、「ワーキングマザー」よりワーキングファーザーの方が「過酷」な「毎日」を送っている可能性は十分にある。

上野氏の発言にも、もちろん問題がある。

フルタイムで働く子持ち女性が、何を犠牲にしているかというと、自分の時間資源だ」という説明が引っかかる。「フルタイムで働く子持ち女性」は「自分の時間資源」を「犠牲」にして育児をやっているのか。

出産や育児を強制されたのならば「犠牲」と表現するのも分かる。しかし政府や勤務先が女性に出産を強制はできない。自分の意思で出産したのに、育児は「自分の時間資源」を「犠牲」にしていることになるのか。

犬が好きだからという理由で犬を飼っている人が、散歩などに時間を取られるからと言って「自分の時間資源」を「犠牲」にしていると見るべきなのか。

諸外国でも女性の労働力化は進んでいるが、女性だけが負担を一身に受けてはいない」という発言も問題ありだ。男性が「負担」を全く「受けて」いないならば、この説明でいいだろう。しかし、当然にそうではない。家事も育児も介護も担い手となっている男性は当たり前にいる。

保育園での送迎の様子を見て回るだけでも「女性だけが負担を一身に受けて」いる訳ではないと分かるはずだ。上野氏は社会の現状を知らなさすぎる。

上野氏の発言の続きを見ていこう。


【東洋経済の記事】

ケアの公共化によって、子どもは待機児童にならずに全員が保育園に入ることができる。その引き換えに、所得税や消費税など、非常に高い国民負担率を引き受ける必要がある。いわゆる、北欧の福祉先進国モデルだ。

ケアの市場化とは、ベビーシッターや家事使用人として安価な労働者を雇用すること。供給源は移民労働者だ。米国やシンガポールはこの市場化が進んでいる。

対して日本では、2つのオプションのどちらも使えない。日本社会は消費増税に否定的であり、外国人労働者に依存せざるをえない実態がありながら、長期的な移民政策すらない。そこで女性にすべてのシワ寄せが来る。

外国でスピーチをするとき、私がこう言うと、皆さんが非常に納得してくれる。「日本の女性の地位はなぜ低いか。それはあなた方の社会にある選択肢が日本の女性にはないからだ。労働市場において、ジェンダーが人種と階級の機能的代替物になっているのだ」と。


◎2つとも使えるが…

日本では、2つのオプションのどちらも使えない」と上野氏は言うが、実際はどちらも使える。まず「ケアの公共化」はかなり進んでいる。「待機児童」がいるからと言って「保育園」が全く利用できない訳ではない。「保育園」自体は存在している。当然に、それを利用している人もいる。

それに「待機児童」を抱える親には認可外の「保育園」という選択肢もある。認可外であっても公的支援による無償化の対象になるので「ケアの公共化」と言える。

ケアの市場化」も当然にある。「ベビーシッターや家事使用人」は日本にもいる。「外国人労働者」を派遣してくれる家事代行会社もある。なのに、なぜ「日本では、2つのオプションのどちらも使えない」となってしまうのか。

ベビーシッターや家事使用人として安価な労働者を雇用する」ことに上野氏がこだわっているのも気になった。最低賃金を下回る激安賃金で雇えるような「外国人労働者」が必要と言いたいのだろうか。これには賛成できない。「外国人労働者」も日本人も同じ人間だ。賃金で差別すべきではない。最低賃金の例外扱いするのならば、さらに差別が過ぎる。

百歩譲って「日本では、2つのオプションのどちらも使えない」としよう。だからと言って「女性にすべてのシワ寄せが来る」となぜ言えるのか。家事や育児の負担を分け合って乗り切ろうとする夫婦は皆無なのか。孫の面倒を祖父母が見る場合、負担は常に祖母100%なのか。少し考えれば上野氏にも分かるはずだ。

上野氏は事実を曲げた発言が多過ぎる。「女性だけが負担を一身に受けて」いるとか「女性にすべてのシワ寄せが来る」と訴えたいのならば、その根拠をしっかり集めるべきだ。客観的に見ていけば、そうした主張が現実からかけ離れていると気付くはずだ。

聞き手の印南記者にも問題がある。信者が教祖にインタビューするような内容になってしまっている。上野氏の発言におかしなところがないか疑ってみる姿勢が見えない。そこが記者として非常に重要な要素なのだが…。


※今回取り上げた記事「INTERVIEW 社会学者 上野千鶴子 『女性を無駄遣いする国は、ゆっくり二流に墜ちていく』

https://premium.toyokeizai.net/articles/-/27153


※記事の評価はD(問題あり)。印南志帆記者への評価は暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げた。今回の記事に関しては以下の投稿も参照してほしい。

東洋経済「会社とジェンダー」で事実誤認発言を連発した上野千鶴子氏https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/06/blog-post_10.html

2021年6月10日木曜日

東洋経済「会社とジェンダー」で事実誤認発言を連発した上野千鶴子氏

社会学者の上野千鶴子氏は事実を重視しない学者のようだ。週刊東洋経済のインタビュー記事に出てくる上野氏の発言からは、そう判断せざるを得ない。あえて事実を曲げて伝えているのか、事実を認識する能力が低いのかは分からない。前者ならばモラルに欠けるし、後者ならば社会学者としては能力不足だ。

夕暮れ時の筑後川

今回の記事では3件の問い合わせを週刊東洋経済の編集部に送った。順に紹介したい。


【東洋経済への問い合わせ~その1】

上野千鶴子様 週刊東洋経済 編集長 西村豪太様  印南志帆様

6月12日号の特集「会社とジェンダー」の中の「INTERVIEW 社会学者 上野千鶴子 『女性を無駄遣いする国は、ゆっくり二流に墜ちていく』」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは上野氏の以下の発言です。

問題は、現状維持のままだと日本全体がジリ貧になっていく、ということ。変わらなくては現状維持さえ難しいのに、それを当事者たちがわかっていない。すでに海外企業と日本企業とで利益率は1桁違う。労働者の生産性はあれよあれよという間に下がって、OECD(経済協力開発機構)諸国の中でほぼ最下位だ

日本生産性本部の資料によると「OECDデータに基づく2019年の日本の時間当たり労働生産性」は「OECD加盟37カ国中21位」です。「1人当たり労働生産性」で見ても「37カ国中26位」です。「ほぼ最下位」ではありません。何位までなら「ほぼ最下位」と言えるかは微妙ですが「37カ国中21位」や「26位」を「ほぼ最下位」と見なすのは無理があります。

付け加えると「労働者の生産性はあれよあれよという間に下がって」という説明にも問題があります。どの期間を見るかにもよりますが、日本の「労働者の生産性」は概ね横ばい傾向です。

労働者の生産性」が「OECD諸国の中でほぼ最下位」との説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

週刊東洋経済では、読者からの間違い指摘を無視してミスを放置する対応が常態化しています。西村様にはジャーナリストとしての良心に基づく適切な対応を改めて求めます。


【東洋経済への問い合わせ~その2】

上野千鶴子様 週刊東洋経済 編集長 西村豪太様  印南志帆様

6月12日号の特集「会社とジェンダー」の中の「INTERVIEW 社会学者 上野千鶴子 『女性を無駄遣いする国は、ゆっくり二流に墜ちていく』」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは上野氏の以下の発言です。

均等法の施行後、企業は雇用における女性差別を、総合職と一般職という、コース別人事管理制度を導入する“雇用区分差別”に置き換えることで切り抜けた。つまり、前者は100%近く男性プラスわずかな数の女性、後者は100%女性が就職するように仕向け、実態をほとんど変えることなく『機会均等』を実現した

この説明が正しければ「総合職」は「100%近く男性」で「一般職」は「100%女性」となっているはずです。ところが、2014年の厚生労働省の調査で「採用者の男女比率」を見ると「総合職」で女性が22.2%を占めています。「一般職」でも男性比率が17.9%に達しています。上野氏の発言とは大きく食い違います。

前者は100%近く男性プラスわずかな数の女性、後者は100%女性が就職するように仕向け、実態をほとんど変えることなく『機会均等』を実現した」との説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

週刊東洋経済では、読者からの間違い指摘を無視してミスを放置する対応が常態化しています。西村様にはジャーナリストとしての良心に基づく適切な対応を改めて求めます。


【東洋経済への問い合わせ~その3】

上野千鶴子様 週刊東洋経済 編集長 西村豪太様  印南志帆様

6月12日号の特集「会社とジェンダー」の中の「INTERVIEW 社会学者 上野千鶴子 『女性を無駄遣いする国は、ゆっくり二流に墜ちていく』」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは上野氏の以下の発言です。

ネオリベラリズム政策を掲げる安倍晋三政権の下で、労働力減少対策として女性の雇用がぐんと拡大し、生産年齢人口の女性の就労率はEUや米国を抜き7割まで高まった。しかし内訳を見てみると、働く女性の約6割は非正規。均等法はできたけれど、増えたのはその対象にならない女性ばかりだった、というわけだ

これを信じれば「安倍晋三政権の下で」女性の正規雇用は増えていないはずです(第2次安倍政権との前提で話を進めます)。総務省の労働力調査で、女性に関して「正規の職員・従業員」の推移を見ると、2020年は1193万人と12年に比べて51万人も増えています。「増えたのはその対象にならない(非正規の)女性ばかりだった」との説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

週刊東洋経済では、読者からの間違い指摘を無視してミスを放置する対応が常態化しています。西村様にはジャーナリストとしての良心に基づく適切な対応を改めて求めます。

 

◇   ◇   ◇


結局、回答はなかった。インタビュー記事の内容が上野氏の発言をほぼ忠実に再現しているとの前提で言えば、上野氏を学者失格と見なして良いだろう。そうした人物をインタビュー記事に登場させた上に、上野氏の発言に出てくるデータが正しいかどうかの確認を怠ったと見られる印南志帆記者の責任も重い。


※今回取り上げた記事「INTERVIEW 社会学者 上野千鶴子 『女性を無駄遣いする国は、ゆっくり二流に墜ちていく』

https://premium.toyokeizai.net/articles/-/27153


※記事の評価はD(問題あり)。印南志帆記者への評価は暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げる。


※今回の記事に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「女性にすべてのシワ寄せが来る」と東洋経済で訴えた上野千鶴子氏の誤解https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/06/blog-post_11.html

2021年6月9日水曜日

労働者の味方を装うのはやめた方が…日経 水野裕司上級論説委員「中外時評」

労働者を保護するより経営側の自由を尊重する方が世の中は上手くいくとの考えを否定はしない。そう信じるならば堂々と訴えればいい。なのに、なぜか労働者の味方でもあるかのように振る舞ってしまう。 

グラバー園にある「三浦環の像」

9日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に水野裕司上級論説委員が書いた「中外時評~『無期転換』より正社員改革を」という記事には、そんな印象を受けた。まず引っかかったのが以下のくだりだ。

【日経の記事】

労働基準法は残業の制限や時間外労働への割増賃金などの規定を設ける。最低賃金法はこの額は下回れないという賃金の基準を定める。働き手が健康を維持し、生活していけるだけの収入を得られるよう、労働条件決定に程度の差はあれ干渉する側面が労働法にはある。

そのなかで介入の度合いの強さが際立つのが、2013年4月施行の改正労働契約法で新設された「無期転換ルール」だ。パート、派遣などの有期労働契約が5年を超えて繰り返し更新された場合、本人が希望すれば期間の定めのない無期雇用契約に切り替えられるようになった。

有期から無期へという労働契約の枠組み自体を変更する権利を、一定の条件のもとで有期契約労働者に与えた点が特徴だ。契約の内容は当事者の自由な意思で決まり、国家は干渉しないという「契約自由の原則」を、正面から修正したものといえる。


◎「契約自由の原則を正面から修正」?

無期転換ルール」について「『契約自由の原則』を、正面から修正したもの」と水野上級論説委員は解説している。「契約自由の原則」から初めて外れたのが「無期転換ルール」ならば、この説明でいいだろう。

しかし実際は違う。ブリタニカ国際大百科事典では「資本主義社会が独占的段階に入って、社会的・経済的弱者保護のため自由競争が制限され、国家が経済関係に介入するようになると、契約自由の原則も制限されることになった (たとえば、労働基準法、独占禁止法など) 」と説明している。つまり、かなり例外の多い「原則」だ。水野上級論説委員が触れた「最低賃金法」も「契約自由の原則」からは外れている。

なのになぜ「無期転換ルール」が「『契約自由の原則』を、正面から修正したもの」になるのか。「無期転換ルール」を「介入の度合いの強さが際立つ」ものとして描きたいのは分かるが、無理がある。

次に本題の「労働者の味方を装う」問題について見ていこう。

【日経の記事】

有期労働者の不安定な状況を改善するには、その根本原因に目を向ける必要がある。長期の雇用保障や年功賃金で正社員が手厚く保護され、コスト抑制策として非正規雇用が活用されている構造だ。

企業は正社員に転勤や職種転換などを命令できる半面、採用後は解雇が厳しく制限される。正社員の雇用や賃金を雇われて働く人全体の4割近い非正規従業員が支えている。正規・非正規の格差是正には世界でも特殊な正社員システムの改革が不可欠だ。

現実には長期雇用は縮小する方向にある。デジタル化の進展で企業はイノベーション力のある人材を外部からも集めなければならない。人材の新陳代謝が求められる。金銭補償とセットにした解雇規制の緩和や転職支援などの政策で、雇用の流動化を推し進めるときに来ている

無期転換ルールも特権的な正社員のあり方も、行き過ぎた労働者保護という点が共通する。日本の労働法制の問題点を象徴している。


◎正社員の不安定化で「有期労働者の不安定な状況」を改善?

有期労働者の不安定な状況を改善するには、その根本原因に目を向ける必要がある」と書いてあると「不安定な状況を改善」するための提言をしてくれるのかと期待してしまう。しかし、続きを読むと「味方のフリ」だと分かる。

水野上級論説委員の主張を実際に採用したらどうなるか。「金銭補償とセットにした解雇規制の緩和」によって「正規・非正規の格差是正」は進むだろう。しかし、それは「正規」雇用が実質的には「非正規」と変わらなくなることを意味する。

正社員」の第一の利点は「安定」だ。「解雇規制の緩和」によって「正規・非正規」のどちらも「不安定な状況」に置かれるのに、それで「有期労働者の不安定な状況を改善」できるのか。

現状では「有期労働者」にも「正社員」になって「不安定な状況」から抜け出す道がある。しかし「解雇規制の緩和」が進めば、この道さえ閉ざされる。

「自分は経営側の利益を代弁する書き手だ」と開き直って記事を書いていくことを水野上級論説委員には勧めたい。


※今回取り上げた記事「中外時評~『無期転換』より正社員改革を」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210609&ng=DGKKZO72695450Y1A600C2TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。水野裕司上級論説委員への評価もDを据え置く。水野上級論説委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。


通年採用で疲弊回避? 日経 水野裕司編集委員に問う(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_28.html

通年採用で疲弊回避? 日経 水野裕司編集委員に問う(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_22.html

宣伝臭さ丸出し 日経 水野裕司編集委員「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_26.html

「脱時間給」擁護の主張が苦しい日経 水野裕司編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_29.html

「生産性向上」どこに? 日経 水野裕司編集委員「経営の視点」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_23.html

理屈が合わない日経 水野裕司編集委員の「今こそ学歴不問論」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/blog-post.html

日経 水野裕司上級論説委員の「中外時評」に欠けているものhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_9.html

具体策は「労使」丸投げで「雇用と賃金、二兎を追え」と求める日経 水野裕司上級論説委員https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/02/blog-post_17.html

最低賃金で「3つの問題」を指摘した日経 水野裕司編集委員への疑問https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/05/3_30.html

2021年6月7日月曜日

東洋経済でのクオータ制導入論にも無理がある三浦まり上智大教授

上智大学法学部教授の三浦まり氏は女性への「クオータ制」を熱心に推しているが説得力はない。週刊東洋経済6月12日号の特集「会社とジェンダー」の中の「女性登用 アフリカ・南米でも導入~世界で成果出すクオータ制」という記事もそうだ。

三隈川(筑後川)

見出しで「世界で成果出すクオータ制」と打ち出し、記事でも「その効果を導入している諸外国の例から見ていこう」と書いているが、具体的な「効果」をほとんど教えてくれない。以下の記述が唯一のそれらしきものだ。

【東洋経済の記事】

フランスも2000年に「パリテ法」が成立。選挙の際、男女半々で候補者を立てる仕組みを法制化し、現在は下院の4割が女性議員である。結果、生理用品が大幅に減税されるなど、女性や子どもに関する政策の優先度が上がった


◎それだけ?

結局「クオータ制」の「効果」として具体的に出てくるのは「フランス」で「生理用品が大幅に減税され」たことだけだ。「生理用品」の「減税」が好ましいかどうかは見方が分かれるだろう。「女性議員」を増やすと女性に有利な税制になるのならば、露骨な利益誘導とも言える。

世界で成果出すクオータ制」と打ち出すのならば、「クオータ制」が社会全体にプラスの影響を及ぼしていると言えるデータが欲しい。

記事では、この後「ノルウェーは07年、上場企業の取締役におけるクオータ制を初めて法制化し、女性が4割と定めた」とも書いている。

この件については「原因と結果の経済学」(著者は中室牧子氏と津川友介氏)という本の内容を以前も紹介した。改めて引用したい。

【「原因と結果の経済学」から】

ノルウェーでは、女性取締役比率が2008年までに40%に満たない企業を解散させるという衝撃的な法律が議会を通過した。南カリフォルニア大学のケネス・アハーンらは、この状況を利用して、女性取締役比率と企業価値のあいだに因果関係があるかを検証しようとした。

(中略)アハーンらが示した結果は驚くべきものだ。女性取締役比率の上昇は企業価値を低下させることが示唆されたのだ。具体的には、女性取締役を10%増加させた場合、企業価値は12.4%低下することが明らかになった。


◎「逆効果」という研究もあるが…

ノルウェー」での「上場企業の取締役におけるクオータ制」の「効果」に三浦氏は言及していない。逆「効果」とする研究結果もあるので、掘り下げたくなかったのだろうか。

世界で成果出すクオータ制」とまで言うのならば「効果」ありと言えるだけの根拠はしっかり書き込んでほしい。

さらに問題を感じたのが以下の記述だ。

【東洋経済の記事】

クオータ制には否定的な意見もある。多いのが「男性への逆差別ではないか」という指摘だが、それは誤解に基づくものだ。女性が一定の職位以上に就けないことを“ガラスの天井”というが、男性の場合は“ガラスの下駄”を履いている。家事や育児、介護などケア労働の負担を抱える女性にはいくつものハードルを乗り越える必要があり、こうしたハードルなく直進してきた男性とギャップがあるのは当然。それをクオータ制で可視化することに意義がある。


◎当然に「逆差別」では?

逆差別」とは「社会的弱者などの優遇措置をとることにより、それ以外の人々への処遇が相対的に悪化すること」(デジタル大辞泉)だ。「男性への逆差別」という「指摘」が「誤解に基づくもの」と言い切るならば「クオータ制」を導入しても男性への「処遇が相対的に悪化」しないと示す必要がある。しかし、そんな説明はしていない。「クオータ制」によって男性の「処遇が相対的に悪化」するのは基本的に不可避だ。

クオータ制」を「逆差別」ではないと訴えようとすると無理が生じる。「逆差別」で何がダメなのかと開き直った方が理屈は通りやすい。

差別」の質と量が明確に測定できる場合、「差別」に「差別」で対抗するのもありだ。例えば女性専用車両という男性差別がある場合、同じ数の男性専用車両を設けて女性を「差別」すればバランスは取れる。

では、三浦氏の持ち出す「ガラスの天井」と「ガラスの下駄」を女性差別と考え、それを打ち消すために男性への「逆差別」となる「クオータ制」を導入するのはどうだろう。

百歩譲って「ガラスの天井」と「ガラスの下駄」があるとしても、どの程度の「逆差別」によってバランスが取れるのか明確な答えは出ない。そもそも「ガラスの天井」も「ガラスの下駄」も存在の証明さえ難しい。三浦氏も「ガラスの天井」と「ガラスの下駄」があると言える根拠は示していない。

強いて言えば「家事や育児、介護などケア労働の負担を抱える女性にはいくつものハードルを乗り越える必要があり、こうしたハードルなく直進してきた男性とギャップがあるのは当然」という部分か。この説明が正しいとしても、ゆえに「ガラスの天井」と「ガラスの下駄」が存在するとは言えない。

しかも、この説明にも問題がある。「家事や育児、介護などケア労働の負担を抱える」のは「女性」だけではない。「男性」にも「家事や育児、介護などケア労働の負担」はある。「こうしたハードルなく直進してきた男性」もいるかもしれないが、これまた「女性」も同じだ。実家住まいで独身を貫き「家事や育児、介護などケア労働の負担」なしに「直進してきた」という「女性」がいても不思議ではない。

三浦氏は「男性=ケア労働の負担なし」「女性=ケア労働の負担あり」と単純に二分して考えている。しかし現実はもっと複雑だ。

付け加えると「ハードルなく直進してきた男性とギャップがある」ことが「クオータ制で可視化」できるという説明は理解に苦しんだ。「クオータ制」を導入するとどうして「ギャップ」が「可視化」できるのか。どういう形で見えるのだろう。

結局、「クオータ制」に社会を劇的に改善する効果などないと思える。「大きな効果あり」とするエビデンスがいくつも報告されていれば、三浦氏も喜んで紹介したはずだ。しかし、そうはなっていない。であれば、男女平等の原則堅持でいい。


※記事の評価はE(大いに問題あり)。三浦まり上智大教授に関しては以下の投稿も参照してほしい。

三浦まり上智大学教授が日経ビジネスで訴えたクオータ制導入論に異議ありhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2021/05/blog-post_15.html

医学部に内部進学できるのは慶応だけ?おおたとしまさ氏の記事で東洋経済に問う

医学部進学希望者も、慶応以外の大学付属校は候補から外れることになる(慶応であっても医学部への内部進学は狭き門)」と教育ジャーナリストの おおたとしまさ氏が週刊東洋経済5月29日号に書いていた。「慶応」以外にも「大学付属校」と「医学部」の両方を持つ私立大学はたくさんあるし、その多くでは「内部進学」もできるようだ。

室見川

教育ジャーナリストがそれを知らないとは考えにくいので、記事の説明で正しい可能性を探ってみたが見つからなかった。東洋経済には以下の内容で問い合わせを送っているが2週間近く経っても回答はない。

【東洋経済への問い合わせ】

教育ジャーナリスト おおたとしまさ様  週刊東洋経済 編集長 西村豪太様

5月29日号の特集「中高一貫VS.大学付属」の中の「進学校、付属校選びの結論~学校は“空気”で選べ」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは「医学部進学希望者も、慶応以外の大学付属校は候補から外れることになる(慶応であっても医学部への内部進学は狭き門)」という記述です。

この説明が正しいのならば、「慶応」を除くと「大学付属校」から「内部進学」で「医学部」には入れないはずです。しかし他大学でも「大学付属校」から「医学部」へ「内部進学」できるのではありませんか。

例えば、獨協埼玉中学高等学校のホームページを見ると、2021年の合格実績として医学部医学科で獨協医科大学が3人となっていて「含推薦2名」との注記があります。

東海大学付属相模高等学校・中等部のホームページでは「(東海)大学・短大への進学は、高校3年間の学習成績、学園統一の学力試験、部活動、生徒会活動など、総合的な評価をもとに学校長が推薦します」と説明した後に、2020年度実績として「東海大学医学部医学科7名進学(2名中等部出身)」と記しており、医学部への内部進学の道があると示しています。

日本大学、帝京大学などでも「大学付属校」から「医学部」へ内部進学できるようです。

医学部進学希望者も、慶応以外の大学付属校は候補から外れることになる」との説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

誤りであれば、西村様には次号での訂正掲載をお願いします。御誌では読者からの間違い指摘を無視してミスを放置する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。


◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事「進学校、付属校選びの結論~学校は“空気”で選べ

https://premium.toyokeizai.net/articles/-/27037


※記事の評価はD(問題あり)



2021年6月6日日曜日

女性差別がゼロにならない限り男性「逆差別」はOK? 浜田敬子氏に問う

週刊東洋経済6月12日号にジャーナリストの浜田敬子氏が書いた「女性登用 突破口はトップの決断が開く~女性リーダー『3割』は必須」という記事の問題点をさらに指摘したい。「女性を積極的に採用・登用する際に必ず挙がるのが、『女性優遇』『逆差別だ』『能力で選ぶべき』という批判である」と述べた上で「逆差別」について以下のように書いている。

坂の上の雲

【東洋経済の記事】

「逆差別」という反論に対しては、そもそも採用や登用に当たって、女性の能力が正当に公正に評価されているのか、と言いたい。18年に発覚した、東京医科大学など複数の医学部入試で女子受験生や浪人生が不当に減点されていた事件を、思い出してほしい。

女性が結婚・出産というライフイベントで長時間働けない、離職する可能性があるという理由で、“入り口”で差別されていた医学部の事件。企業の採用や登用でここまであからさまでないにしても、「女性は出産するから」「彼女は子どもがいるから」と候補から外すケースは、本当にゼロといえるか。目に見えない無意識の差別が根強くある限り、意識的に女性の採用や登用を進めることは、逆差別でなく「不平等の是正」なのだ、という認識が必要だろう


◎答えになっていないのでは?

逆差別」とは「社会的弱者などの優遇措置をとることにより、それ以外の人々への処遇が相対的に悪化すること」(デジタル大辞泉)を指す。「女性を積極的に採用・登用する」ことに関して言えば、それによって男性の「処遇が相対的に悪化する」ならば「逆差別」だ。「採用や登用に当たって、女性の能力が正当に公正に評価されているのか」どうかは関係ない。

なのに浜田氏は「逆差別でなく『不平等の是正』なのだ、という認識が必要だろう」と結論付けている。であれば「逆差別」には当たらないとの根拠を示すべきだ。それがないのになぜ「逆差別」ではないと「認識」すべきなのか。

「『逆差別』ではあるが、女性に対する『不平等』が残る限り『逆差別』は正当化される」と訴えた方が辻褄は合う。つまり「差別」に対して「差別」で対抗する訳だ。それが「不平等の是正」につながるとの考え方を完全には否定しない。ただ、そうなると「差別」を是認するしかない。なので、あまりお薦めしない。

目に見えない無意識の差別が根強くある限り」は男性への「逆差別」が許されるとしよう。この考え方だと男性差別が無限に許容される。「目に見えない無意識の差別」がゼロになったとの証明は誰にもできないからだ。結果として男性差別を拡大していけば、当然に「差別で大きな不利益を被っているのは男性の方だ」との不満は大きくなる。

しかし浜田氏の考えを政府が採用する場合、男性差別の拡大に限界はない。女性には悪くない話かもしれないが、男性には救いがない。

それを避けるためには「差別」そのものをなくす方向に動くのが好ましい。女性に対する「目に見えない無意識の差別」があるとすれば、その対抗として男性への「差別」を新たに生み出すのではなく、「目に見えない無意識の差別」の方を消そうと注力していく。その方が健全な男女平等社会につながると思える。

差別」には「差別」で対抗して「不平等の是正」を目指すべきなのか。それとも「差別」そのものを無くしていくべきなのか。浜田氏には改めて考えてほしい。


※今回取り上げた記事「女性登用 突破口はトップの決断が開く~女性リーダー『3割』は必須

https://premium.toyokeizai.net/articles/-/27128


※記事の評価はD(問題あり)。今回の記事に関しては以下の投稿も参照してほしい。

東洋経済で「女性リーダー『3割』は必須」と訴えた浜田敬子氏に異議ありhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2021/06/blog-post_5.html

2021年6月5日土曜日

東洋経済で「女性リーダー『3割』は必須」と訴えた浜田敬子氏に異議あり

週刊東洋経済6月12日号にジャーナリストの浜田敬子氏が書いた「女性登用 突破口はトップの決断が開く~女性リーダー『3割』は必須」という記事は問題が多かった。まずは「『3割』は必須」の根拠が苦しい。当該部分を見ていこう。

大阪城

【東洋経済の記事】

集団の中で、存在を無視できないグループとなるには一定の数が必要であり、その分岐点を超えたグループは、クリティカルマスと呼ばれる。米ハーバード大学のロザベス・モス・カンター教授の研究では、特定のグループの比率が「15%以下」だと、その人たちは“お飾り、象徴”になり、目立つが孤立する苦しみを味わうとされている。「25%」でもまだ“マイノリティー”、「35%」を超えて初めて組織の中で公平な機会が得られるようになるという

つまり役員会など意思決定の場で、過度な心理的プレッシャーを感じずに女性が自分の意見を表明するには、少なくとも3割を占める必要がある。女性登用で組織を活性化させたいなら、女性たちが“わきまえて”発言しないのでは意味がない。さまざまな組織でまずは3割とするのにはこうした根拠がある。欧州のグローバル企業では3割すら甘くて、極力、50%に近づけるように目標を設定している企業もある。


◎全てのグループを3割以上にすると…

まず、「役員会」などで男女別に「グループ」を形成すべきなのかが疑問だ。仮に女性だけで「グループ」を作るとして、その「グループ」を尊重すべきなのか。女性だけで「グループ」を作らないように導くのが第一ではないのか。

ある会社の「役員会」では東日本出身者が8割、西日本出身者が2割だとしよう。だからと言って西日本出身者の比率を「少なくとも3割を占める」まで高める必要があるだろうか。「バカバカしい。東日本出身とか西日本出身とか意識したことないよ」と普通はなりそうな気がする。

性別に関しても同じように考えられないのか。別に男性と女性で経営に関する考えがきれいに分かれる訳でもない。なのに性別で「グループ」を形成してしまうのか。そういう意識をなくす方法をまず考えるべきだ。

百歩譲って、必ず「グループ」を形成してしまうものだとしよう。しかし「グループ」は他にもあるはずだ。例えばA社の「役員会」の構成メンバー20人に以下の「グループ」があるとしよう。

(1)性別グループ

男性18人、女性2人

(2)大学別グループ

東大10人、京大3人、一橋3人、慶応2人、早稲田2人

(3)部門別グループ

製造部門10人、開発部門5人、販売部門3人、管理部門2人


過度な心理的プレッシャーを感じずに女性が自分の意見を表明するには、少なくとも3割を占める必要がある」と浜田氏は言うが、上記の「役員会」では東大以外の大学出身者も「3割」未満の「グループ」に属するので「過度な心理的プレッシャー」を感じるはずだ。開発部門、販売部門、管理部門にもそれが言える。

東大出身で管理部門の女性役員、あるいは早稲田出身で販売部門の男性役員などがいた場合、多数派に属してもいるので「過度な心理的プレッシャー」がかかるのかよく分からない面はある。ここでは暫定的に、東大出身で製造部門の男性役員だけが「過度な心理的プレッシャー」から解放されるとしよう。

それではまずいとの判断で「役員会」の構成を改善するにはどうしたらいいだろうか。全ての「グループ」が「少なくとも3割を占める必要がある」ので、大学別グループと部門別グループでは「グループ」の数を3つ以下に絞らなければならない。

そうすると「役員会」のメンバーになれるのは3大学の出身者のみとなる。「組織における多様性の重要性は、さすがに多くの企業で認識されつつある」と浜田氏は記事で書いていたが、「役員会」のメンバーを「過度な心理的プレッシャー」から解放しようとすると、結果として「多様性」は失われてしまう。

なのに「役員会」の「グループ」には「少なくとも3割」を割り当てるべきなのか。あるいは性別グループだけを特別扱いする理由があるのか。

この記事には他にも問題を感じた。長くなったので別の投稿で言及したい。


※今回取り上げた記事「女性登用 突破口はトップの決断が開く~女性リーダー『3割』は必須

https://premium.toyokeizai.net/articles/-/27128


※記事の評価はD(問題あり)

2021年6月4日金曜日

「国債は将来世代の負担なのか」と日経で問うた門間一夫氏に同意

4日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「エコノミスト360°視点~国債は将来世代の負担なのか」という記事は評価できる。筆者の門間一夫氏(みずほリサーチ&テクノロジーズ エグゼクティブエコノミスト)の主張を見ていこう。

河口付近の筑後川

【日経の記事】

以前から気になっていることがある。国債残高が積み上がっていることへの批判として、「将来世代に負担を先送りするな」と言われる点についてである。筆者がなぜこの言い方に違和感を覚えるのか、理由を3つ述べたい。

第1に、この言い方には「今の国債残高は必ず減らさなければならない」という大前提がある。「今増税する」か「後で増税する」かしかないので、今増税しなければ将来の増税が重くなるという話である。しかし、今の国債残高を減らさなければならないかどうかはそれほど自明ではない

日本の国債残高が過去最大で他の国よりも大きいのは事実だが、その裏には民間では満たすことが難しい国民のニーズ、大規模な資金偏在、民間需要の弱さなど様々な要因がある。景気の過熱、金利の上昇、民間企業の資金調達の圧迫など、「国の借り入れが過大である」ことを示す現象も起きていない

第2に、日本の国債残高は確かに膨大だが、民間金融資産の残高はそれ以上に膨大である。将来世代には多額の国債が引き継がれていくであろうが、同時に多額の民間金融資産も引き継がれていく。差し引きで見れば、将来世代の手元へ渡るのは債務ではなく財産である

第3に、それでもやはり国債残高は減らすべきだ、という判断があってもよいとは思うが、それをあたかも「世代間」の負担の押し付け合いのように捉えてしまうと、「世代内」の公平性という重要な論点が見えにくくなる。

財政や社会保障の議論は、高齢世代が勝ち組で若年世代が負け組というざっくりした前提で語られることが多い。しかし高齢世代ほど資産、所得、健康の格差は大きく、将来不安は多くの中高年が直面している問題でもある。逆に、若年世代でも裕福な親を持てば生まれながらにして勝ち組である。世代内の格差や、それが次世代に引き継がれる傾向を是正することこそ、財政に課された重要な使命の一つである。


◎両面を見れば…

国債残高が積み上がっていることへの批判として、『将来世代に負担を先送りするな』と言われる点」については自分も疑問を感じていた。特に同意できるのは「第2」の「理由」だ。

将来世代には多額の国債が引き継がれていくであろうが、同時に多額の民間金融資産も引き継がれていく」ことを忘れたかのような主張は確かに多い。「将来世代」に「負担を先送り」しないようにと大幅な増税に踏み切ったりすると「民間金融資産」の減少を招く。それが「将来世代」のためになるとは言い切れない。国債は政府から見れば債務だが、それを保有する主体から見れば債権だ。その両面を見れば「将来世代に負担を先送りするな」という単純な主張にはならないはずだ。

今の国債残高を減らさなければならないかどうかはそれほど自明ではない」との指摘も肯ける。大幅なインフレにでもならない限り「国債残高」を減らす必要性は感じない。

日経は昨年9月21日の「財政再建の道筋を示す責任がある」という社説で「『国民』のために働くというのが菅内閣の看板だ。いまの国民に報いるだけでなく、次世代にツケを残さぬ政権でもあってほしい」と訴えていた。だから「財政再建の目標と処方箋を示し、国民的な合意を形成しなければならない」という訳だ。

財政再建の道筋を示す」必要があるのかどうかを日経の論説委員には改めて考えてほしい。「財政再建」を進めないと本当に「次世代にツケ」を残すのか。それを判断する上で門間氏の指摘が参考になるはずだ。


※今回取り上げた記事「エコノミスト360°視点~国債は将来世代の負担なのか

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210604&ng=DGKKZO72552650T00C21A6TCR000


※記事の評価はB(優れている)

2021年6月3日木曜日

基礎ができていない日経 岸本まりみ記者に記事の書き方を助言

日本経済新聞の岸本まりみ記者は記事を書く上での基礎ができていないと思える。社内できちんとした指導を受ける機会もなかったのだろう。3日の朝刊国際・アジアBiz面に載った「ツナ缶最大手タイ・ユニオン、日本でペットフード参入」という記事を材料に岸本記者へ助言をしてみたい。

夕暮れ時の筑後川

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

ツナ缶世界最大手のタイ・ユニオン・グループは日本のペットフード市場に参入するこのほど東京都内に販売会社を設立し、自社で生産する高品質の製品を輸出する。外出自粛が続くなか、日本でペット関連商品への支出が伸びていることに対応する。

社名は「ジャパンペットニュートリション」(東京・中央)。資本金は500万円。タイ・ユニオンの子会社であるソンクラー・キャニングが90%を出資する。

タイ・ユニオンはツナ缶や冷凍シーフードを手掛ける水産加工大手。魚肉などを使ったペットフードも生産し、2020年12月期は「ペットフード・高付加価値品」部門が売上高の15%を占めた。この部門の売上高は約200億バーツ(約700億円)と前の期比8%増加した。タイ・ユニオンは「人々はよりペットにお金を使うようになった」と説明している。

矢野経済研究所(東京・中野)によると、21年度の日本のペット関連市場規模は前年度比1.9%増の1兆6543億円になる見通しだ。22年度は前の年度比2%増の1兆6873億円になると予測。より良質なペットフードを与えたい飼い主の需要が高まっている。


◇   ◇   ◇


(1)whenを入れよう

ニュース記事に「when」が抜けやすいのは日経の悪しき伝統だ。岸本記者もそれを受け継いだのだろう。「タイ・ユニオン・グループは日本のペットフード市場に参入する」と書いているものの「参入」時期に触れていない。

このほど東京都内に販売会社を設立」との記述からは「既に参入しているのに、ニュースらしくするため、あえて時期に触れなかったのでは?」との疑問も浮かんでくる。だとしたら明らかな騙しだ。絶対にやめてほしい。


(2)ニュースの意義を考えよう

ニュース記事を書く時には「このニュースにはどんな意義があるのか」を考えてほしい。今回の場合、それは何なのか。記事を最後まで読んでも、よく分からない。

例えば、今の日本にはない「高品質」の「ペットフード」が入ってくることがポイントだとしよう。その場合、どういう意味で「高品質」なのかといった情報をしっかり書き込む必要がある。

今回の記事は新聞紙面で45行とそれほど長くない。しっかりニュースの意義を意識できればポイントを絞った記事になりやすい。しかし「とりあえず知ってる情報を並べてみました」的な作りになってしまっている。


(3)まず本筋の情報を詳しく伝えよう

ニュース記事では、まず本筋の話をしっかり書き込んでほしい。背景説明は「余裕があれば入れる」という認識でいい。今回の記事では4段落のうち後半の2段落を背景説明に費やしている。「参入」がニュースならば、まずはそこの情報を詳しく伝えたい。

いつ「参入」するのかはもちろん要る。「輸出する」数量・金額の目標もあった方がいい。「タイ・ユニオン・グループ」が「ペットフード」でどの程度の世界展開をしているのかも欲しい。例えば「外国での販売は日本が初めて」といった話ならばニュースの重要性も高まる。

タイ・ユニオン・グループ」は「ペットフード」では世界で何番手なのか。「高品質」とは具体的にどういうことなのか。その辺りの情報があれば、さらに好ましい。そこまで盛り込んでも45行に達しない時に「21年度の日本のペット関連市場規模は~」といった話を足せばいい。

とりあえず岸本記者には「自分は記事を書く上での基礎的な力がないのでは?」と疑ってみてほしい。そうすれば足りないものが少しずつ見えてくるはずだ。


※今回取り上げた記事「ツナ缶最大手タイ・ユニオン、日本でペットフード参入

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210603&ng=DGKKZO72529400S1A600C2FFJ000


※記事の評価はD(問題あり)。岸本まりみ記者への評価はDで確定とする。岸本記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

業界紙なら分かるが…日経「プリンスホテル、タイで訪日客誘致」https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/blog-post_0.html

2021年6月2日水曜日

「『大きな中央銀行』でいいのか」と問うた日経 小竹洋之上級論説委員に注文

2日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に小竹洋之上級論説委員が書いた「中外時評~『大きな中央銀行』でいいのか」という記事には不満が残った。「大きな中央銀行」は好ましくないと小竹上級論説委員は考えているようだ。しかし、きちんと根拠を示せていない。

筑後川と夕陽

記事の後半を見ていこう。

【日経の記事】

トランプ氏はパウエル氏を突き上げ、公然と金融緩和を迫った。バイデン氏に一線を越える気はなくても、似たような空気は残る。政権が「大きな政府」を目指すように、FRBも規模と役割の両面で「大きな中央銀行」を志向してほしい。そんな期待がにじむのは隠せない。

コロナ下で大規模な量的緩和を続けるFRBの保有資産は、いまや8兆ドル(約880兆円)。この1年半で2倍近くに膨らみ、国内総生産(GDP)の4割に迫る。バイデン政権が巨額の財政出動に走り、実質的なマネタイゼーション(中銀による政府債務の穴埋め)は進む一方だ。

それだけではない。パウエル氏は格差の是正を意識し、広範で包摂的な雇用の拡大を政策目標に掲げた。気候変動の委員会を立ち上げ、温暖化防止への貢献も探る。まだ足りないといわれようが、FRBは大きくなりつつある。

歴史をひもとけば、中銀の規模や役割も一様ではなかった。いまは法的な独立性を担保されているとはいえ、政治と無縁ではいられず、時代の変化に応じて任務が多様化するのも避けられない

しかし、バイデン政権とFRBの「一体化」が行き過ぎるのは危うい。サマーズ元米財務長官が景気過熱やインフレの足音を感じようと、米経済学者のノリエル・ルービニ氏が市場の一部に「根拠なき熱狂」の匂いを嗅ぎ取ろうと、苦痛を伴う金融緩和の修正には容易に動けそうにない。

巨大IT(情報技術)企業や銀行・証券大手、富裕層を律し、少数派や貧困層を救え。環境への負荷が高い「ブラウン企業」を罰し、その対極をなす「グリーン企業」を支えよ――。左派のポピュリズム(大衆迎合主義)に押され、所得分配や産業政策の領域にむやみに踏み入るのも、あるべき姿とはいえまい

米経済学者のキャローラ・バインダー氏は、世界の主要中銀118行の2010~18年の動向を分析した。年平均で1割の中銀が何らかの政治介入を受けていたという。

今後は金融緩和に限らず、格差や温暖化絡みの介入が増える恐れもある。グリーン化への対応で先行する英イングランド銀行や欧州中央銀行、そこから学ぼうとする日銀も決してひとごとではない。

本当の危険は物価上昇をこちらから促したり、不注意にも容認したりした時にやってくる。同じことは、インフレと近縁の存在である過剰な投機やリスクテイクを放置した場合にもあてはまる

19年に死去したボルカー元FRB議長は回顧録にこう記した。パウエル氏に心当たりはないのか。肝心なものを置き去りにしてほしくはない。


◎「大きさ」の問題ではないような…

規模と役割の両面で『大きな中央銀行』を志向」する動きに問題があるだろうか。まず「役割」の面から考えてみよう。

所得分配や産業政策の領域にむやみに踏み入るのも、あるべき姿とはいえまい」と小竹上級論説委員は書いているが、なぜそう言えるのかは不明だ。「所得分配や産業政策の領域」で「中央銀行」が積極的に動くと社会が良くなるなら「むやみに踏み入るのも」悪くない。

時代の変化に応じて任務が多様化するのも避けられない」と小竹上級論説委員も解説している。そうは言っても「所得分配や産業政策の領域」には足を踏み入れるべきではないと考えるのならば、その理由は明らかにしてほしい。

本筋の「規模」の問題に話を移そう。

規模」に関して「『大きな中央銀行』でいいのか」と問われたら、自分ならば「大きさで良し悪しは決まらない」と答えたい。

記事の結論部分から推察するに「中央銀行」の最重要の役割は「インフレ」の抑え込みだと小竹上級論説委員は考えているようだ。異論はない。

であれば大幅な「インフレ」にならないように金融政策を打ち出してくれる「中央銀行」が良い「中央銀行」だ。それが「大きな中央銀行」であっても何の問題もない。

バイデン政権とFRBの『一体化』が行き過ぎるのは危うい」と小竹上級論説委員は言う。「一体化」すると「インフレ」抑制が難しくなるのならば「『一体化』が行き過ぎるのは危うい」とは言える。しかし、これも「大きな中央銀行」かどうかと直接の関係はない。

小さな「中央銀行」でも、大幅な「インフレ」を防げないのならば悪い「中央銀行」だ。「大きな中央銀行」で政権と「一体化」していても、きちんと「インフレ」を防げているのならば悪くない。

結局、「中央銀行」の大きさの是非を論じてもあまり意味がない。「違う。大きさが重要なんだ」と小竹上級論説委員が思うのならば、それを納得させる記事を書いてほしい。


※今回取り上げた記事「中外時評~『大きな中央銀行』でいいのか

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210602&ng=DGKKZO72479160R00C21A6TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。小竹洋之上級論説委員への評価はDで確定とする。小竹上級論説委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

色々と問題目立つ日経 小竹洋之論説委員の「中外時評」https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/12/blog-post_14.html

2021年6月1日火曜日

日経 村山恵一氏「Deep Insight~小粒上場の国でいいのか」への答え

「日本にはユニコーン(価値10億ドル以上の未上場企業)が少ない」と嘆く記事をよく目にする。1日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に村山恵一氏(肩書は本社コメンテーター)が書いた「Deep Insight~小粒上場の国でいいのか」という記事もそうだ。しかし「ユニコーン」を増やしたい理由がよく分からない。「小粒上場の国でいいのか」という問いには「別に悪くないのでは?」と答えたい。

夕暮れ時の筑後川

米調査会社によれば世界のユニコーンは約650社。産業構造を変革する原動力だが、日本は5社にとどまる。流れを変えるヒントを(今春ユニコーンの仲間入りを果たした)ペイディから得られないか」と村山氏は言う。

ユニコーン」の中には「産業構造を変革する原動力」になる企業もあるだろう。だが、それが「未上場企業」である必要があるのか。日本に「5社」しかない「ユニコーン」が今月一気に上場すれば日本の「ユニコーン」はゼロになるだろう。だからと言って「産業構造を変革する原動力」が損なわれるだろうか。「5社」は上場企業として活動を続けるはずだ。「評価額の高い『未上場企業』が多い方がいい」という考え方は理解に苦しむ。

記事の一部を見ていこう。

【日経の記事】

なぜ日本はユニコーンが増えないか。ベンチャーキャピタル(VC)などからよく聞く答えは「東証マザーズ市場に新規株式公開(IPO)するから」。だがユニコーンと並べて語るには小粒だ。

10年以降、今年5月初めまでにマザーズに上場した315社の上場日の時価総額を調べた。平均で199億円。ユニコーン基準の5分の1だ。同じ期間に米ナスダックに上場した1705社の平均935億円とも差がある。

日本は投資回収(エグジット)の手段がほぼIPOに限られ、未成熟な上場会社が量産されている」。京都が本拠地のVC、フューチャーベンチャーキャピタルの松本直人社長は話す。人工知能やロボットなど流行する要素を絡めた事業を即席でつくり、IPOで早めに売り抜ける。関係者はそんな思考に陥りがちとみる。


◎結局、何が問題?

日本は投資回収(エグジット)の手段がほぼIPOに限られ、未成熟な上場会社が量産されている」としよう。それの何が問題なのか。「ベンチャーキャピタル」にとって好ましくないのか。一般の投資家が困るのか。あるいは「スタートアップ」にとってマイナスなのか。

ヒントは米英で広がる『エグジット・トゥー・コミュニティー(E2C)』の潮流にある。投資家がIPOやM&A(合併・買収)を選ばず、株を従業員や顧客などのコミュニティーに売却。長期的にスタートアップを支え、社会課題の解決などに生かす発想だ」とも村山氏は書いている。日本で「E2C」が盛んになれば「ユニコーン」は増えるかもしれない。しかし上場企業として株式が取引されているより「従業員や顧客などのコミュニティー」内で取引されている方が好ましい訳ではない。

E2C」に「拙速なIPOを防ぐ効果」はあるだろう。だが、それが「スタートアップ」の成長を促すとは限らない。早い段階で「スタートアップ」に投資したいと願う一般の投資家にとっては「機会損失」にもなる。

上場にはメリットもデメリットもある。非上場も同じだ。それぞれの企業が自社に最適だと思う方を選べばいい。結果として「小粒上場の国」になったからと言って見直す必要はない。

個人的には早い段階で「上場」して様々な投資家の目にさらされる方が成長できる気がする。「ペイディ、ユニファのようなスタートアップは日本では例外的だ。日本のベンチャー資金に占める海外投資家の比率は2~3%とされる。日本だけの内輪の論理に縛られやすい構造といえる」と村山氏も記事に書いている。上場すれば外国人投資家の投資対象にもなりやすい。やはり「小粒上場」でいいのではないか。

プロ野球に例えて考えてみよう。海外では、社会人野球で活躍し「プロ入りすれば即戦力」と言われる選手が多いとしよう。一方、日本にはそういう選手はわずかしかおらず、ほとんどが高卒後にプロ入りする。結果としてプロで活躍できない「小粒選手」も目立つ。

だからと言って、高卒後のプロ入りを制限して大学野球や社会人野球の「大物」を増やすべきだろうか。一流のプロ野球選手を多く育てることが目的ならば、どちらがいいとも言い切れない。大量の「小粒選手」を生む代わりに一流選手も多く生み出す効果が今のやり方にあるのならば、そのままでいいはずだ。

ユニコーン」も同じだ。問題は優れた企業が生まれてくるかどうかだ。「優れた未上場企業」が生まれてくるかどうかではない。「ユニコーン」の数を問題にする時には、このことを忘れないでほしい。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~小粒上場の国でいいのか」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210601&ng=DGKKZO72437420R30C21A5TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。村山恵一氏への評価もDを維持する。村山氏については以下の投稿も参照してほしい。


「日本の部長、データを学べ」に説得力欠く日経 村山恵一氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/blog-post_16.html

日経 村山恵一氏の限界見える「Deep Insight~注目 シェア人類の突破力」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/deep-insight_6.html

「ネットと民主主義 深まる相克」に説得力欠く日経 村山恵一氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/05/blog-post_30.html

根拠なしに「多様性」の大切さを説いても…日経 村山恵一氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/10/deep-insight_27.html