2021年2月28日日曜日

日経1面「アルツハイマー症状予測、AIで精度8割超」に感じた怪しさ

 28日の日本経済新聞朝刊1面に載った「アルツハイマー症状予測、AIで精度8割超~富士フイルム」という記事には疑問が残った。全文を見た上で具体的に指摘したい。

筑後川

【日経の記事】

富士フイルムは軽度認知障害(MCI)からアルツハイマー病へと症状が進行する患者を最大85%の精度で予測する技術を開発した。MCI患者の脳の画像や遺伝子情報などを人工知能(AI)で解析し2年後の症状を予測する。2024年にも使い始める。病気の診断支援に使われるAIが症状の進行も予測することにより、病気の予防にもつながりそうだ。

認知症の前段階であるMCIのうち、一部はアルツハイマー病に進行する一方、症状が継続したり改善したりする患者も多い。同病の薬の開発失敗が相次ぐ背景には、病気に移行しない患者が臨床試験(治験)に参加し薬の有効性を証明しにくい状況が影響している。

富士フイルムは製薬会社の治験で、アルツハイマー病に進行し、薬を投与する必要性が高い患者を選ぶのにAIを活用する。将来は厚生労働省の承認を得て同病の診断支援にAIを使うことも見据えている。

同社はアルツハイマー病に関する共同研究のデータベースを使ってAIを開発した。MCIの症状を持っていた患者239人のデータを20年夏にAIで解析した。2年後にアルツハイマー病に移行するか、MCIのままかを予測し、実際の病状と照合したところ85%の確率で合致したという。

世界保健機関(WHO)は、15年に約5000万人いるアルツハイマー病を中心とした認知症患者が、高齢化に伴い50年に1億5200万人に増えると予想している。そのため薬の開発を急ぐ動きが出ている。


◎本当に効く薬なら…

同病の薬の開発失敗が相次ぐ背景には、病気に移行しない患者が臨床試験(治験)に参加し薬の有効性を証明しにくい状況が影響している」との説明が引っかかる。ここで言う「」とは「軽度認知障害(MCI)からアルツハイマー病へと症状が進行する」ことを防ぐものだとしよう。

」を投与しないと30%が「アルツハイマー病へと症状が進行する」。「投薬なしだとアルツハイマー病へと進行してしまう人」の半分を救う力が「」にはある。「治験」は治療群と対照群がそれぞれ100人。この条件で考えてみよう。

この場合、治療群で「アルツハイマー病」へ進行するのは15人で、対照群は30人となる。

AI」を使って「投薬なしでも進行しない人」を排除してみよう。単純化のため100%の予測精度だとする。今度は治療群で「アルツハイマー病」へ進行するのは50人で、対照群は100人となる。どちらにしても「」はリスクを半減している。

」に効果があるならば「病気に移行しない患者が臨床試験(治験)に参加」していても基本的には問題ないはずだ。なのに「AI」を「治験」に使うという。

治療群と対照群に患者を振り分ける時に「AI」を使って対照群にハイリスクの患者を集中させれば、何の効果もない「」だとしても治療群には素晴らしい結果が出るはずだ。しかし、これは明らかなインチキだ。

色々と考えてみたが、インチキに使うのでない場合、「AI」を使った「富士フイルム」の「技術」が「治験」において、どう役に立つのか理解できなかった。記者には分かったのだろうか。

ついでに言うと「病気の診断支援に使われるAIが症状の進行も予測することにより、病気の予防にもつながりそうだ」という説明も引っかかった。

これをどう「予防」につなげるのか。「アルツハイマー病」に進行するリスクが高い人にも低い人にも「MCI」であれば同じように対策を講じる場合、「予測」を「予防」につなげる効果は期待できない。

リスクが高い人にだけ適用される効果的な「予防」策があるのならば話は別だが…。

ニュース性が乏しく怪しそうな話をなぜ朝刊1面に持ってきたのか。紙面作りに関わった人たちは誰も疑問に思わなかったのだろうか。


※今回取り上げた記事「アルツハイマー症状予測、AIで精度8割超~富士フイルム」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210228&ng=DGKKZO69511580Y1A220C2MM8000


※記事の評価はD(問題あり)

2021年2月27日土曜日

「女性側に原因がないこともない」を「失言」と見なす小田嶋隆氏に異議

高い地位にある高齢男性」が「企業で女性の役員登用が進んでいない理由を問われて、『女性側に原因がないこともない』とし、さらに『チャンスを積極的に取りにいこうとする女性がそれほど多くないのではないか』」と述べた場合、「失言」と言えるだろうか。日経ビジネス3月1日号に載った「小田嶋隆の『Pie in the sky』絵に描いた餅ベーション~分かっちゃいるけど失言しちゃう」という記事でコラムニストの小田嶋隆氏は「失言」と決め付けているが、同意できない。問題の部分を見てみよう。

夕暮れ時の筑後川

【日経ビジネスの記事】

中西会長の失言から約1週間後の16日、今度は経済同友会の桜田謙悟代表幹事が、企業で女性の役員登用が進んでいない理由を問われて、「女性側に原因がないこともない」とし、さらに「チャンスを積極的に取りにいこうとする女性がそれほど多くないのではないか」と、ダメを押したことで、めでたく炎上する次第となった。

この発言も精いっぱい気持ちを汲んで差し上げれば、特段に事実と異なった内容を述べているわけではない。実際に女性の側にも問題はあるだろうし、役員就任に消極的な女性も少なくないはずだからだ。

思うに、両者の発言がアウト判定をくらった理由は、地位にふさわしいポジショントークを求められている場所で、うっかり本音を漏らしたからだ

経営者は、リアリストでないといけない。彼らは「理想はともかく、現実はこんなもんだろ?」という冷徹な現実認識から戦略を組み立てる。一方、経済団体のリーダーは、リアルとは正反対の「建前」「理想」「高く掲げる目標」に立脚した展望を求められる。

たとえば女性登用について「すぐには無理だわな」という本音と「喫緊の課題として取り組まなければならない」という建前が併存している場合、企業の経営者なら前者を選んでもよい。しかし、経済団体のトップなら、断然、後者を告知しなければならない。というのも、トップ経済人は内外の企業や社会に向けて理想を掲げるのが仕事だからだ。いや、こんなことは私が言うまでもなく、偉い人たちは十分に承知している基本中の基本だ。

その当たり前の基本のABCを、経済人のトップが踏み外してしまうのは、結局、われわれの社会の中で、本音と建前(あるいは現実と理想)が、あまりにも乖離しているからなのだろう。

してみると、間違っているのはどっちなのだろう。社会の現実の方だろうか。それとも、掲げている理想が見当違いなのだろうか? 間違っているのは現実だ、と、答えておくところなのだろうね。社会派コラムニストのポジショントークとしては。


◎「炎上」したら「アウト」?

失言」とは「言うべきではないことを、うっかり言ってしまうこと。また、その言葉」(デジタル大辞泉)という意味だ。

経済同友会の桜田謙悟代表幹事」の発言が「特段に事実と異なった内容を述べているわけではない」と小田嶋氏も認めている。それでも「失言」に分類しているのは「地位にふさわしいポジショントークを求められている場所で、うっかり本音を漏らした」からだと言う。

まず「地位にふさわしいポジショントークを求められている」のか疑問だ。“失言”が飛び出したのは定例記者会見の場だ。出席する記者の立場としては、当たり障りのない発言よりも、見出しの立ちそうな発言を「求め」ていそうだ。「地位にふさわしいポジショントーク」が「喫緊の課題として取り組まなければならない」といった面白くも何ともない発言だとしたら、それを「求め」ているのは記者ではないだろう。「経済同友会」のスタッフ辺りか。だとして、その「求め」に応じるべきなのか。

仮に「地位にふさわしいポジショントーク」をすべきだったとしよう。その場合でも、今回の発言が該当しないとは言い切れない。「経済団体のトップ」として「告知しなければならない」のは「経営側ばかりに問題を求めるのは間違いだ」という点だとも考えられる。だとすると「経済同友会の桜田謙悟代表幹事」は事実誤認などの問題がない範囲で「地位にふさわしいポジショントーク」をしたとも言えそうだ。

発言が「炎上」したからと言って「アウト判定をくらった」と決め付ける必要もない。問題は中身だ。例えば、日米開戦前に経済界の要人が「米国と戦うなんて無謀なことは考えるべきではない。やっても勝てるはずがない」と発言して「炎上」したとしよう。この場合、「地位にふさわしいポジショントーク」はできていないかもしれない。だからと言って「失言」と評価すべきなのか。

裸の王様を見ても「立派な服ですね」と称賛することを「ポジショントーク」として求められていたら、それに従うのが「基本中の基本」なのか。だとしたら、その「基本中の基本」は捨てていい。

小田嶋氏の言う「本音と建前(あるいは現実と理想)」が何を指すのか明確ではないが、仮に「本音=女性側に原因がないこともない」「建前=女性側には全く原因がない」だとしたら、間違っているのは明らかに「建前」の方だ。間違った「建前」を基に議論を進めていいのか。

間違っているのは建前(理想)だ」と「社会派コラムニストのポジショントークとしては」答えておくべきだ。小田嶋氏には、そこに気付いてほしい。


※今回取り上げた記事「小田嶋隆の『Pie in the sky』絵に描いた餅ベーション~分かっちゃいるけど失言しちゃう

https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00106/00105/?P=1


※記事の評価はD(問題あり)。小田嶋隆氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

どうした小田嶋隆氏? 日経ビジネス「盛るのは土くらいに」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/09/blog-post_25.html

山口敬之氏の問題「テレビ各局がほぼ黙殺」は言い過ぎ
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/06/blog-post_10.html

小田嶋隆氏の「大手商業メディア」批判に感じる矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_12.html

杉田議員LGBT問題で「生産性」を誤解した小田嶋隆氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/lgbt.html

「ちょうどいいブスのススメ」は本ならOKに説得力欠く小田嶋隆氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/ok.html

リツイート訴訟「逃げ」が残念な日経ビジネス「小田嶋隆のpie in the sky」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/pie-in-sky.html

「退出」すべきは小田嶋隆氏の方では…と感じた日経ビジネスの記事https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/10/blog-post_16.html

「政治家にとってトリアージは禁句」と日経ビジネスで訴える小田嶋隆氏に異議ありhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2020/12/blog-post_10.html

「利他的」な人だけワクチンを接種? 小田嶋隆氏の衰えが気になる日経ビジネスのコラムhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2020/12/blog-post_15.html

根拠示さず小林よしのり氏を否定する小田嶋隆氏の「律義な対応」を検証https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/12/blog-post_28.html

小田嶋隆氏が日経ビジネスで展開した「コロナ楽観論批判」への「反論」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/12/blog-post_29.html

「女性限定の反撃」は「罪」? 小田嶋隆氏が日経ビジネスで展開した無理筋https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/01/blog-post_25.html

2021年2月26日金曜日

小渕、森の両首相が「見えるわけない」? Makiharalabo projects さんのツイートを考察

 東京大学教授の牧原出氏が週刊東洋経済2月27日号に書いた「フォーカス政治~破綻した官邸主導政治から転換を」という記事を少し前に取り上げた。これに関してツイートしたところ「Makiharalabo projects」というアカウントによる引用ツイートがあった。なので、もう少しこの問題を掘り下げてみたい。

筑後川

まずはツイートを順に紹介する。

【自分のツイート】

橋本龍太郎氏や小泉純一郎氏のような優れた「リーダー」が「連綿と続くこと」を「官邸機能強化論」の「担い手」は「安易に想定しすぎた」と東京大学教授の牧原出氏が #週刊東洋経済 に書いている。間の小渕恵三氏と森喜朗氏が「改革論の担い手」には見えなかったのか? 


【Makiharalabo projects さんの引用ツイート】

見えるわけないでしょう。語らないのは武士の情けというものです。


【自分の引用ツイート】

なぜ「見えるわけ」がないのか? 普通の日本人でも時の首相を視界から外して生きる方が難しいが…。小渕恵三氏も森喜朗氏も「見えるわけ」がないほど無知な「改革の担い手」とは誰なのだろう?


◇   ◇   ◇


ブログで記事の問題点を指摘した部分も再掲しておく。


【ブログでの指摘】

官邸機能強化論」には「橋本龍太郎=小泉純一郎バイアス」があり「こうしたリーダーがその後も連綿と続くことを、改革論の担い手は安易に想定しすぎたのである」と牧原氏は言う。「橋本龍太郎」氏から「小泉純一郎」氏へ首相のバトンが渡ったのならばまだ分かる。しかし両者の間に小渕恵三氏と森喜朗氏がいる。橋本氏と小泉氏が○で小渕氏と森氏が×ならば「リーダー」は○××○となる。なのになぜ○タイプの「リーダーがその後も連綿と続くことを、改革論の担い手は安易に想定しすぎた」のか。

直近4人の「リーダー」のうち○は2人。直近3人に絞れば○は1人だけだ。なのに○タイプが「その後も連綿と続く」と「想定」するのは不自然だ。今後は×タイプが「リーダー」になることはないと「想定」できる理由は考えにくいし、牧原氏も言及していない。

森氏や小渕氏が首相だったことを「改革論の担い手」は知らなかったとも考えにくい。「橋本龍太郎=小泉純一郎バイアス」があったという牧原氏の分析に問題がある気がする。

牧原氏が書く政治関連記事は要注意。そう見ておくべきだろう。


◇   ◇   ◇


以上を材料として問題を掘り下げていく。


◎なぜ「見えるわけない」?

官邸機能強化論」の「担い手」には小渕恵三氏と森喜朗氏という2人の首相が「見えるわけない」と「Makiharalabo projects」さんは言う。しかし、なぜ「見えるわけない」のかは教えてくれない。00年代初めに「官邸機能強化論」の「担い手」となった人には「橋本龍太郎」氏と「小泉純一郎」氏は見えて、小渕氏と森氏は見えなかったことになる。

官邸機能強化論」の「担い手」がどんな人か牧原氏は明示していないが、常識的に考えれば政治家や官僚か。広げてみても学者や経済人辺りだろう。こうした人たちに時の首相が見えなかったとは考えにくい。

百歩譲って、「官邸機能強化論」の「担い手」は愚かな人ばかりで小泉氏の前に森氏や小渕氏が首相を務めていたことを知らなかったとしよう。しかし、なぜか橋本氏と小泉氏の姿は見えている。さらに、そうした人たちが「官邸機能強化論」の「担い手」の中でそこそこ多数派でなければ「橋本龍太郎=小泉純一郎バイアス」は生まれない。やはり無理がある。

Makiharalabo projects」さんの言う「語らないのは武士の情けというものです」とのコメントについても考えてみよう。「(森氏と小渕氏について牧原氏が)語らないのは武士の情けというものです」との趣旨だとする。

自分としては「森氏と小渕氏について牧原氏が語るべきだった」とそもそも考えていない。求めているのは「○××○」という流れで首相が交代したのに、なぜ「改革論の担い手」は○タイプのリーダーが「その後も連綿と続く」と「想定」したのかだ。基本的には2つの理由が考えられる。


(1)「これまでもずっとそうだった」と「担い手」が誤解していた

(2)×タイプのリーダーが出てこられないような状況が作られた


(1)については非常に考えにくいと既に述べた。

(2)もなさそうな気がするし、牧原氏も言及していない。あるのならば、そこは記事中で「語って」ほしかった。小渕氏や森氏について語ってほしかった訳ではない。

Makiharalabo projects」さんのツイートでは、牧原氏の記事に関する疑問が何ら解消しない。これが結論だ。


※今回取り上げた記事「フォーカス政治~破綻した官邸主導政治から転換を

https://premium.toyokeizai.net/articles/-/26198


※今回の件に関して最初に取り上げた投稿

「橋本龍太郎=小泉純一郎バイアス」? 牧原出 東大教授が東洋経済で展開した謎の解説https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/02/blog-post_24.html


※牧原氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

東洋経済「フォーカス政治」に見える牧原出 東大教授の実力不足https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/02/blog-post_10.html

2021年2月25日木曜日

プレジデントオンラインでの「少子化」の解説に無理がある田中俊之 大正大准教授

2月24日付のプレジデントオンラインに載った「少子化も女性管理職不足も『女性のせい』と考える人に欠けている視点」という記事は説得力に欠けた。「日本では少子化が深刻な問題になっています。原因についてもさまざまな議論が行われていますが、その中には社会学の観点から見て正しくないと思われるものもあります。その代表例が『少子化の進行は女性の社会進出が進んだせいだ』というものでしょう」と筆者である大正大学心理社会学部人間科学科准教授の田中俊之氏は言う。しかし「正しくない」とは思えなかった。

電柱と烏

記事の一部を見てみよう。

【プレジデントオンラインの記事】

こうした変化は、時期的には女性の社会進出やパートの増加、フルタイム共働きの増加などと重なっているため、一見しただけでは「ベビーブーム時代に比べて働く女性が増えたせい」と思ってしまいがちです。

しかし、2019年の1.36という数字は、結婚する人が減った結果でもあります。男女問わず結婚する人が減れば出産も減りますから、女性のフルタイム勤務だけに原因を求めるのは正しい考え方とは言えません。

また、他の先進国では、フルタイム共働きが増えても出生率はおおむね維持されています。一方、日本では待機児童の問題もあり、女性が「育児か仕事か」と二択を迫られるケースも少なくありません。働く女性が増えたのは海外も日本も同じなのに、なぜ日本だけここまで出生率が下がっているのでしょうか


◎色々と疑問点が…

少子化の進行は女性の社会進出が進んだせいだ」という見方について最初は「社会学の観点から見て正しくないと思われる」と言っていた田中氏だが、読み進めると「女性のフルタイム勤務だけに原因を求めるのは正しい考え方とは言えません」とトーンダウンしている。

個人的には「女性の社会進出」と「少子化の進行」には因果関係があると思っている。しかし「女性のフルタイム勤務だけに原因を求める」つもりはない。様々な要因が絡んでいるのは当然だ。

記事の最初の方では「少子化の進行は女性の社会進出が進んだせいだ」という見方を全否定していたのに、その後に「原因はそれだけではない」とすり替えている。ここが、まずズルい。

そして「他の先進国では、フルタイム共働きが増えても出生率はおおむね維持されています」「働く女性が増えたのは海外も日本も同じなのに、なぜ日本だけここまで出生率が下がっているのでしょうか」と続けている。

低い「出生率」は「先進国」共通の問題だ。人口置換水準と言われる2.1程度の「出生率」を「他の先進国」が揃って維持しているのに、日本だけが1.4程度の低い「出生率」ならば「なぜ日本だけ」となるのも分かる。しかし、そうではない。

先進国」の「出生率」は基本的に2未満。韓国のように1を下回っている国もある。「なぜ日本だけここまで出生率が下がっているのでしょうか」という問題提起がそもそも間違っている。「なぜ日本を含めて先進国では出生率が低くなってしまうのでしょうか」などと問うべきだ。

2019年の1.36という数字は、結婚する人が減った結果」でもあるので「女性のフルタイム勤務だけに原因を求めるのは正しい考え方とは言えません」という説明も問題がある。「女性のフルタイム勤務」が増えると「結婚する人」が減り、その結果として「少子化の進行」を招いたのだとしよう。この場合「女性のフルタイム勤務だけに原因を求めるのは正しい」と言える可能性がある。

記事の続きを見ていこう。


【プレジデントオンラインの記事】

そう考えていくと、日本の出生率低下は、働く女性が増えたことが原因なのではなく、その変化に対応しきれていない社会に原因があるということがわかってきます。そのひとつが、家事育児は女性がするものだという、昔ながらの「見えないルール」です。社会は変わったのにルールは変わっていない、ここに出生率低下の根本原因があるように思います。


◎またおかしなことを…

そう考えていくと、日本の出生率低下は、働く女性が増えたことが原因なのではなく、その変化に対応しきれていない社会に原因があるということがわかってきます」と田中氏は言う。しかし、考え方や状況認識が間違っているので、それに基づく結論は支持できない。

田中氏は最初から「日本の出生率低下は、働く女性が増えたことが原因なのではなく、その変化に対応しきれていない社会に原因がある」と信じているのだろう。「結論ありきだから無理のある主張になってしまう」と考えると腑に落ちる。

第2次ベビーブームの頃に今より「出生率」が大幅に高かったのは、男性が家事・育児に協力的だったからなのか。当時の方が「家事育児は女性がするもの」という意識は強かったはずだ。なのに「出生率」は今をはるかに上回る。その理由を分析しないと「少子化」の本当の原因には辿り着けないだろう。

これをきちんとやると、田中氏のような考え方の人たちには不都合な結論に達するはずだ。しかし「北欧などを見習って日本ももっと社会を進歩的な方向に変えていかないと…」といった結論でないと受け入れられない人は多い。それが「少子化」問題の理解を難しくしている。

「人口置換水準を安定的に上回る出生率を確保したいのならば、発展途上国に逆戻りするような政策もためらうな」というのが「少子化」対策の結論だと思える。

女性管理職」の件に関してもツッコミを入れておきたい。

【プレジデントオンラインの記事】

日本では、管理職になると会社にいる時間が長くなる傾向があります。だからといって「育児は女性がするもの」という社会的プレッシャーは変わりません。これでは「育児と両立できないからなりたくない」と考える女性が出るのも当然でしょう。

しかし、企業側はこの背景を無視して「女性がなりたがらなくて困っている」と結論づけてしまいがちです。本当に女性管理職を増やそうと思うなら、なぜなりたがらないのか、どうすれば解消できるのかを考えなければなりません。そうでなければ、女性のほうは管理職を避けたまま、企業のほうは「女性はなりたがらないものだ」と勘違いしたまま、延々と悪循環が続いていくことになります。


◎「勘違い」はないような…

企業のほうは『女性はなりたがらないものだ』と勘違いしたまま」と田中氏は言うが、「管理職」に「なりたくない」と考える女性が多い傾向があるのならば「企業のほう」に「勘違い」はない。

女性管理職を増やそうと思うなら、なぜなりたがらないのか、どうすれば解消できるのかを考えなければなりません」というのはその通りだ。しかしここでは「(女性は管理職に)なりたがらない」という前提を田中氏も置いている。なのに「女性はなりたがらないもの」がどうして「勘違い」なのか。

女性が「なりたがらない」のであれば、無理して「女性管理職を増やそう」とする必要はない気がする。こう言うと「ジェンダーギャップ指数で日本は…」といった声が聞こえてきそうだ。しかしジェンダーギャップ指数の順位を上げることに意味は感じない。それが国民の幸福につながるならば別だが、「なりたがらない」人を強引に管理職にして指数の順位を上げても、国民の幸福につながるとは思えない。



※今回取り上げた記事「少子化も女性管理職不足も『女性のせい』と考える人に欠けている視点
https://president.jp/articles/-/43400


※記事の評価はD(問題あり)

2021年2月24日水曜日

「橋本龍太郎=小泉純一郎バイアス」? 牧原出 東大教授が東洋経済で展開した謎の解説

東京大学教授の牧原出氏は賢い人なのだろうが、記事にはその賢さが出ていない。週刊東洋経済2月27日号の「フォーカス政治~破綻した官邸主導政治から転換を」という記事でも辻褄の合わないことを平然と書いている。

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当該部分を見ていこう。

【東洋経済の記事】

内閣機能強化論なかんずく官邸機能強化論は、2001年の省庁再編の大きなテーマであった。省庁間セクショナリズムを打破し、国家の基本方針を大胆に定めるには、首相と官邸に権力を集中すべきとする改革論が叫ばれた。

しかし、今にして思い返せば、そのときの改革論には大きなバイアスがあった。それは、「橋本龍太郎=小泉純一郎バイアス」とでも呼ぶべきものである

省庁再編を政治課題に掲げた橋本首相は、そのための諮問機関であった行政改革会議を自ら議長として取り仕切った。各省庁の状況を熟知していたうえに、財界人、言論人、法律専門家らが居並ぶ会議をまとめ上げるだけの識見も十分備えていたのである。

そして、再編された省庁を担ったのは、自民党総裁選挙で橋本氏を破り首相に就任した小泉氏であった。小泉内閣は確かに「官邸主導」を実質的に作り上げたが、小泉首相は経済財政諮問会議の議長として、閣僚たちに役所のペーパーの読み上げを許さず、自分も意のままに発言した。小泉首相は政策の細部にこだわらない姿勢を変えはしなかったが、おおむね全体の流れを直感的であったにせよ、把握していた。

こうしたリーダーがその後も連綿と続くことを、改革論の担い手は安易に想定しすぎたのである。新型コロナウイルス感染症という直面する果てない危機に際して、官僚のペーパーを読むことしかできない前首相・現首相を見ると、かつての想定がいかに甘いものであったかがわかる。2人とも、多数の意見が入り乱れる会議の中で、それぞれの発想を踏まえて合意点を見いだしつつ、リーダーシップを発揮するということができていない。官邸強化論は、現在のような、いわば平均的な自民党総裁には荷が重すぎるというべきである。


◎2人の首相は見えなかった?

官邸機能強化論」には「橋本龍太郎=小泉純一郎バイアス」があり「こうしたリーダーがその後も連綿と続くことを、改革論の担い手は安易に想定しすぎたのである」と牧原氏は言う。「橋本龍太郎」氏から「小泉純一郎」氏へ首相のバトンが渡ったのならばまだ分かる。しかし両者の間に小渕恵三氏と森喜朗氏がいる。橋本氏と小泉氏が○で小渕氏と森氏が×ならば「リーダー」は○××○となる。なのになぜ○タイプの「リーダーがその後も連綿と続くことを、改革論の担い手は安易に想定しすぎた」のか。

直近4人の「リーダー」のうち○は2人。直近3人に絞れば○は1人だけだ。なのに○タイプが「その後も連綿と続く」と「想定」するのは不自然だ。今後は×タイプが「リーダー」になることはないと「想定」できる理由は考えにくいし、牧原氏も言及していない。

森氏や小渕氏が首相だったことを「改革論の担い手」は知らなかったとも考えにくい。「橋本龍太郎=小泉純一郎バイアス」があったという牧原氏の分析に問題がある気がする。

牧原氏が書く政治関連記事は要注意。そう見ておくべきだろう。


※今回取り上げた記事「フォーカス政治~破綻した官邸主導政治から転換を

https://premium.toyokeizai.net/articles/-/26198


※記事の評価はE(大いに問題あり)。牧原氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

東洋経済「フォーカス政治」に見える牧原出 東大教授の実力不足https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/02/blog-post_10.html

2021年2月23日火曜日

「ナベプロ1社寡占に挑む」? 「1社」なら「独占」では? 日経に問い合わせ

1社寡占」という言葉には矛盾を感じる。「寡占」状態は「1社」では作れないからだ。しかし23日の日本経済新聞朝刊文化面には見出しで「1社寡占」と出ている。以下の内容で問い合わせを送っておいた。

岡城跡

【日経への問い合わせ】

ホリプロ  堀威夫様 日本経済新聞社 担当者様

23日の日本経済新聞朝刊文化面の「私の履歴書~堀威夫(22)『スター誕生!』 ナベプロ1社寡占に挑む 第1回優勝は幼さ残る森昌子」という記事についてお尋ねします。見出しで「ナベプロ1社寡占に挑む」と打ち出し、本文にも「けれど芸能ビジネスの発展を考えれば、1社寡占はよくない」との記述があります。

寡占」とは「複数のしかし少数の大企業がその産業のマーケット・シェアを占めている産業構造のこと」(世界大百科事典)です。「1社」では「寡占」になりません。「芸能ビジネス」の市場を「ナベプロ」だけで押さえているのならば「1社独占」のはずです。「1社寡占」という表現は誤用ではありませんか。

ナベプロ」による「独占」または「寡占」が成立していたかどうかも疑問が残ります。記事には「井原さんはナベプロ以外のプロダクションの社長を集め、助力を求めた」との記述があります。ここからは、なかりの数の「プロダクション」があったと推察できます。であれば「独占」ではありませんし「寡占」とするのも苦しいでしょう。

せっかくの機会なので、記事に関する感想も添えておきます。

今回の記事では「ナベプロ創業者の渡邊晋さん」と堀様の「けんか」を取り上げています。「けんか」に至るまでの経緯は詳しく説明していますが、結末に関してはほぼ触れていません。「晋さんは小癪(こしゃく)な奴めと思ったかもしれない。ただ私とは、けんかにならない感じのけんかだった」と書いてあるだけで、別の話題に移っています。

これでは読む側としてはすっきりしません。顛末をきちんと説明する気がないのならば「けんか」の話は省いた方が良いでしょう。

問い合わせは以上です。「1社寡占」に関しては回答をお願いします。日本経済新聞社では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。担当者様には日本を代表する経済メディアの一員として責任ある行動を期待します。


◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事「私の履歴書~堀威夫(22)『スター誕生!』 ナベプロ1社寡占に挑む 第1回優勝は幼さ残る森昌子

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210223&ng=DGKKZO69324150S1A220C2BC8000


※記事の評価はD(問題あり)

2021年2月22日月曜日

東洋経済 山田雄大氏の「日本製鉄が東京製綱に振り上げた『拳』の威力」に足りないもの

日本製鉄が東京製綱に敵対的TOBを仕掛けた件には関心がある。なぜ「19.9%への出資比率引き上げ」に留めるのか引っかかるからだ。東洋経済オンラインに山田雄大氏が書いた記事もこの疑問を解消してくれなかった。単純ミスを見つけたこともあり、以下の内容で問い合わせを送った。

筑後川と片の瀬橋

【東洋経済オンラインへの問い合わせ】

週刊東洋経済 解説部コラムニスト 山田雄大様 東洋経済オンライン 担当者様 

21日付の東洋経済オンラインに載った「日本製鉄が東京製綱に振り上げた『拳』の威力~株式を買い増して『会長は退け』と詰め寄る」という記事についてお尋ねします。この中に「TOBの期間は3月8日までだが、目標とする19.9%への出資比率引き上げは成立の確立が高い」との記述があります。「成立の確立」は「成立の確率」の誤りではありませんか。回答をお願いします。

問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。誤りであれば、問題部分の修正もお願いします。

せっかくの機会なので記事の感想も付け加えておきます。

今回の件で私が最も気になるのは、なぜ「19.9%への出資比率引き上げ」に留めるのかです。「TOBが成立しても19.9%しか出資しない以上、他の株主の利益相反となるような行動は取れない。かといって、東京製綱の再建支援を通して自社の利益を高められなければ、今度は日本製鉄の経営陣が株主から責任を問われるおそれがある」と山田様も書いています。

TOB」の本当の狙いが「海外材の調達拡大や脱鉄の動きに対する見せしめ」や「東京製綱の田中会長」の排除であれば、子会社化した方が話は簡単です。「日本製鉄」にとって資金負担が重いとも思えません。なのに「19.9%」止まり。その理由を知りたいのに、今回の記事には納得できる解説が見当たりません。今後に期待しています。

また東洋経済新報社では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。


◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事「日本製鉄が東京製綱に振り上げた『拳』の威力~株式を買い増して『会長は退け』と詰め寄る

https://toyokeizai.net/articles/-/412132


※記事の評価はC(平均的)。山田雄大氏への評価はB(優れている)からCへ引き下げる。山田氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

東洋経済 山田雄大記者の秀作「スズキ おやじの引き際」https://kagehidehiko.blogspot.com/2016/10/blog-post_5.html

東洋経済「ニュースの核心」結果論で語らない山田雄大氏の姿勢を評価https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/11/blog-post.html

2021年2月21日日曜日

「日本は間違いなく後進国」に根拠欠くFACTA「世界で躍進する『女性映画監督』」

 FACTA3月号に評論家の貴船かずま氏が書いた「世界で躍進する『女性映画監督』」という記事には多くの疑問を感じた。

筑後川昇開橋

まず「映画先進国は女性監督の台頭が著しい」という話が根拠に欠ける。この記事では韓国、米国しか海外の状況を説明していない。韓国が「映画先進国」なのか疑問も残るが、それを受け入れても「映画先進国」が2カ国だけでは苦しい。しかも「女性監督」の人数や作品数を男性監督と比較したデータは見当たらない。なのに「台頭が著しい」と言われても困る。

そして「日本は間違いなく後進国」らしい。記事に出てくる韓国の「女性監督」は「キム・ドヨン」「キム・ボラ」「チョン・ジュリ」「イ・ジョンオン」の4人。そして日本に関しては以下のように書いている。


【FACTAの記事】

日本は男女50/50にはほど遠い状況だ。知られている名は東京五輪で公式記録映画の監督をする河瀨直美、演劇界の巨星蜷川幸雄の娘、蜷川実花、是枝裕和の弟子筋の西川美和だろうか。だが小規模作品に目を向ければ、障害者の青春を描いた「37セカンズ」のHIKARI、中米の洞窟湖を撮った「セノーテ」の小田香ら世界が注目する気鋭の映画作家は出てきている。


◎韓国との差は?

知られている名」だけで3人。「小規模作品」も含めると5人の名前が見える。「韓国映画界」と大差ない。記事からは日韓の差がよく分からない。「日本」は本当に「後進国」なのか。

日本は男女50/50にはほど遠い状況だ」と貴船氏は言うが、「男女50/50」が「映画監督の人数が男女同数」という意味ならば、韓国と米国は達成しているのか。記事には何のデータもない。ただ「男女50/50」に関しては以下の記述がある。


【FACTAの記事】

韓国映画振興委員会が19年、韓国映画100周年を記念し100人の監督が各々100秒の作品を制作するプロジェクト「100×100」を主催した際には、男女比を50/50に設定した。業界を挙げて女性監督に機会を与えようとする意思が伝わってくる試みだった。


◎こっちの「男女50/50」?

韓国映画界」は「プロジェクト」で監督の「男女比を50/50に設定した」のに、日本にはそうした動きが見られないから「日本は男女50/50にはほど遠い状況」と貴船氏は書いたのだろうか。だとしたら「男女50/50」は必要ない。実力主義で選ぶべきだ。

実力で選ぶと男性90人、女性10人になるとしよう。それを「男女50/50」にすれば、実力で勝る男性40人がチャンスを逃し、実力で劣る女性40人が代わりにチャンスを得る。なぜ男性だけがこうした差別を受けるのか。賞賛すべき話ではない。

最後の段落で貴船氏は以下のように書いている。


【FACTAの記事】

女性監督が躍進を続ける間、男性は尻込みし続けるしかなくなるだろう。そして男女50/50が実現したとき、映像表現は次の次元を迎えることになる。


◎そんなに性別が重要?

女性監督が躍進を続ける間、男性は尻込みし続けるしかなくなるだろう」という記述は何が言いたいのは分かりにくい。とりあえず「女性監督が躍進を続ける間、男性監督は映画製作に消極的になる」との趣旨だとしよう。だが「女性監督が躍進を続ける」となぜ「男性監督」が「消極的になる」のか謎だ。「女性監督」に刺激を受けて「自分も頑張ろう」と「男性監督」が奮起しても不思議ではない。

そもそも監督の性別にこだわるのが理解に苦しむ。「映画」を観る側の自分としては「監督」の性別はどうでもいい。良い作品を作ってくれれば、監督は全員女性でも全員男性でもいい。しかし「男女50/50が実現したとき、映像表現は次の次元を迎えることになる」と貴船氏は言う。

なぜ「50/50が実現したとき」に「次の次元を迎える」のかも記事からは読み取れない。そもそも現状が「男女50/50」からどのくらい離れているのかさえ貴船氏は教えてくれない。

繰り返すが、映画監督の性別はどうでもいい。なので「女性監督」に関して「後進国」でも先進国でも構わない。どうしても「後進国」では困るのならば、「女性」の奮起に期待するしかない。間違っても男性差別的なやり方で「女性」を優遇するのはやめてほしい。映画作りの場に男性差別が持ち込まれないことを祈る。


※今回取り上げた記事「世界で躍進する『女性映画監督』

https://facta.co.jp/article/202103031.html


※記事の評価はE(大いに問題あり)

2021年2月20日土曜日

生まれ変わった日経 田村正之編集委員の投資関連記事に高評価

日本経済新聞の田村正之編集委員が安定感を増してきている。以前の田村編集委員は「金融業界の回し者」とも言える存在だったが、最近は投資初心者が読んでためになる記事を世に送り出し続けている。20日の朝刊マネーのまなび面に載った「トップストーリー~株3万円 長期投資で果実 株主への利益配分大きく」という記事もそうだ。特に読んでほしいのが以下のくだりだ。

平戸城

【日経の記事】

日本株が上昇基調に戻ったとはいえ、もちろん日本株だけに投資する必要はない。例えば米国のROEは15~20%程度と高い時期が多い。効率的に稼ぐので、BPSの積み上がるピッチも日本より早い。10年以降のPBRの平均は2.8倍と日本を上回る。

それでも日本株が今後も長期で他の国より上昇率が劣るとは限らない。少子高齢化も背景に日本企業の長期の成長力は海外より低い可能性はあるが、世界の投資家の大部分が「日本の低成長」は予想に織り込み済み。株価の騰落はこうした予想と現実との差も反映する。日本企業の実際の業績が海外展開や経営効率化で予想を上回れば株価は上がる公算が大きい。

グラフCでバブルの清算を終えた10年以降でみると、少子高齢化は相変わらずだが日経平均の上昇率は世界株や新興国株を上回った。1990年以降の「大負け」が強調されがちだが成績は時期により異なる。分散投資の一部で日本株を持ち続けることは大切だ。


◎ここは参考にしたい

株価の騰落はこうした予想と現実との差も反映する。日本企業の実際の業績が海外展開や経営効率化で予想を上回れば株価は上がる公算が大きい」という指摘は当たり前だとも思えるが、忘れがちでもある。個別銘柄でも同じだ。成長性が高そうに見える銘柄に投資したくなるが、そういう銘柄は既に成長性を織り込んで高い株価となっている。「日本は人口も減るし成長力に欠ける。だから日本株への投資は避けよう」という助言は正しそうに聞こえるが、参考にすべき意見ではない。

最後の段落の「個別の国の株価の動向を当て続けるのは極めて困難。当てる自信のない人は、世界全体の株価指数に連動する低コストのインデックス型投信を時間を分散して買い、長期保有するのも手だ」というくだりは少し引っかかった。「時間を分散」させることが有効だと田村編集委員は考えているのだろう。

個人的には「時間を分散」させても特にいいことはないと見ている。「『株価は長期的に上昇する』というセオリー」という説明が記事には出てくる。この「セオリー」を前提にするならば、投資に充てられる資金が手元にある場合はすぐに投資するのが合理的だ。

この辺りに関して田村編集委員の考えを紙面で確認してみたい気もする。今後に期待しよう。


※今回取り上げた記事「トップストーリー~株3万円 長期投資で果実 株主への利益配分大きく

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210220&ng=DGKKZO69258020Z10C21A2PPK000


※記事の評価はB(優れている)。田村正之編集委員への評価は特例としてF(根本的な欠陥あり)からBへ引き上げる。田村編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「購買力平価」に関する日経 田村正之編集委員への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/04/blog-post_20.html

リバランスは年1回? 日経 田村正之編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_1.html

無意味な結論 日経 田村正之編集委員「マネー底流潮流」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_26.html

なぜETFは無視? 日経 田村正之編集委員の「真相深層」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_24.html

功罪相半ば 日経 田村正之編集委員「投信のコスト革命」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_84.html

投資初心者にも薦められる日経 田村正之編集委員の記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/blog-post_64.html

「実質実効レート」の記事で日経 田村正之編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_10.html

ミスへの対応で問われる日経 田村正之編集委員の真価(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_58.html)

日経 田村正之編集委員が勧める「積み立て投資」に異議
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/07/blog-post_2.html

「投信おまかせ革命」を煽る日経 田村正之編集委員の罪(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_3.html)

運用の「腕」は判別可能?日経 田村正之編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_21.html

「お金のデザイン」を持ち上げる日経 田村正之編集委員の罪
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/04/blog-post_61.html

「積み立て優位」に無理がある日経 田村正之編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_6.html

「金融業界の回し者」から変われるか 日経 田村正之編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_26.html

「金融業界の回し者」日経 田村正之編集委員に好ましい変化
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/12/blog-post_14.html

「リスク」と「債券」の説明に難あり 日経 田村正之編集委員https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_28.html

2021年2月18日木曜日

東洋経済オンライン 「『高学歴の真の価値』を知る人と知らない人の差」の問題点

17日付の東洋経済オンラインに載った 「『高学歴の真の価値』を知る人と知らない人の差~自分にとっての『最適』を探す旅こそが人生」という記事はツッコミどころが多かった。中身を見ながら具体的に指摘したい。記事は「高校生Kすけ」の相談に答える形を取っているが、まともな答えは示していない。まず相談を見ておこう。

大バエ灯台からの景色

【東洋経済オンラインの記事】

大学への進学のことで相談です。いい学歴を得て将来、楽をしたいと考えていますが、自分の今の偏差値や模擬テストの結果を見るとどうしてもトップのランクの大学には行けそうもありません。なお、数字や理科系は苦手なので文系を想定しています。

浪人をしていい大学に入るのが最適な選択肢なのか、それとも妥協した大学にとりあえず入り、なにか資格を取得して頑張るべきか、その2つの選択肢ならばどちらを選択するべきだと思いますか?

高校生 Kすけ

◇   ◇   ◇

2つの選択肢ならばどちらを選択するべきだと思いますか?」と「高校生Kすけ」は尋ねている。ここは押さえた上で筆者である安井元康氏の見解を見てほしい。

【東洋経済オンラインの記事】 

詳細は拙著『「学歴なんて関係ない」はやっぱり正しい』もご参照いただければと思いますが、いわゆるいい大学に入ったからといって将来、楽ができるわけではありません

受験の結果としての学歴というのは、暗記を中心とした特定のルールにおける優劣という側面もあり、そういった意味では学歴とは単なる受験歴のことであり、仕事においてまたは社会において必要とされるスキルを保証するものではありません。

むしろどの大学を出たかよりも、受験なりの経験を通じて、順序立てて物事を考えていけば正解にたどり着けるということを実感として蓄積したり、勉強や努力をするという癖をつけることにより、仕事において必要とされるスキルを獲得する基本的な姿勢を身に付けることのほうが重要だったりします。

就職やその後の仕事においても学歴が高いから万々歳とはいかず、就職時の選考書類が通りやすいというような、つまり入り口に立てる可能性が高まるという意味でのドアノック効果は期待できますが、その先は人間力や行動力、探求心やコミュニケーション能力などがより重要視されます

したがって、Kすけさんが期待するような「いい学歴=将来楽ができる」という構図はそもそも幻想でしかありません

ですから、いい学歴を得るためだけに浪人をしてご自身の貴重な時間やお金を費やす価値があるかは慎重に考える必要があります


◎「慎重に考える」が答え?

『いい学歴=将来楽ができる』という構図はそもそも幻想でしかありません」と安井氏は断言するが、根拠は示していない。「いい学歴=将来(必ず)楽ができる」が成り立たないのは分かる。問題は確率だ。「学歴」を高めても「将来楽ができる」可能性は高まらないというデータがあるなら示すべきだ。それなしに「幻想でしかありません」と言い切っても説得力はない。

『いい学歴=将来楽ができる』という構図」が「幻想」であれば、相談への答えとしては「いい学歴を得るためだけに浪人をしてご自身の貴重な時間やお金を費やす価値」はないとなるのが自然だ。あるいは「楽ができる可能性に差はない。だから、どちらを選んでもいい」か。なのに安井氏は「慎重に考える必要があります」で逃げている。

自分ならば、迷わず「浪人しろ」と答える。「入り口に立てる可能性が高まるという意味でのドアノック効果は期待できます」と安井氏も書いている。つまり「いい学歴」は就職という重要な局面で役に立つ可能性が高い。「もう受験勉強はうんざり」というのならば別だが、本人が迷っている場合は「浪人をしていい大学に入るのが最適な選択肢」だ。

何の「資格を取得」しようとしているのか分からないが、「浪人をしていい大学に入る」目標を達成できなかったとしても「資格を取得」する道が閉ざされる訳ではない。1年の浪人が大きなハンディになるとも思えない。浪人しても「いい大学に入る」ことはできなかったのだから諦めもつく。しかし「妥協した大学にとりあえず」入った場合には「『浪人をしていい大学』に行っていれば…」との思いを引きずって生きてくだろう。これは避けたい。

そして「ドアノック効果」だ。大手商社で働きたいという気持ちが大学に入って生じたとしよう。大手商社が実質的に「いい大学」にしか門戸を開いていない場合、「ドアノック効果」を得られなかったために道が閉ざされてしまう。

「将来の夢は自分のラーメン店を持つこと」などと決まっているのならば「いい大学」に行く意味はほぼない。決まっていない場合「ドアノック効果」を手に入れるためにも「いい大学」を目指すのは悪くない。浪人して英語力などが高まれば、それはそれで「将来」のためになる。受験に失敗しても「貴重な時間やお金」が全て無駄になる訳ではない。

記事の終盤を見ていこう。


【東洋経済オンラインの記事】

自分にとって正解と思える道を進んだほうがいい

自分にとっての「いい」を探す旅こそが人生ですから、さまざまなリサーチなりを通じて試行錯誤して自ら探すべきなのです。Kすけさんはまだ高校生ですから、幸いにして試行錯誤する時間も余裕もまだまだあるはずですし、挑戦して失敗しても何度でもやり返しがきく年齢です。

若いうちにいろいろと試行錯誤したほうが、自分なりの人生のさまざまな側面における判断基準が磨かれますから、長い人生においては若いうちの試行錯誤が必ず役に立つはずです。

反対に若いうちに試行錯誤せず、何となく世間の言う「いい」に流される人生を送ってしまっては、そういった自分なりの判断基準が磨かれませんから、挑戦しにくい歳になって壁にぶつかり苦労してしまうものです。

いろいろと経験し、勉強し、自分なりの価値観と軸を形成し、そのうえで自分にとって正解と思える道を進むのが大人の人生です

Kすけさんはその一歩手前ですから、まずは入り口における試行錯誤を開始してみてください。Kすけさんが世間の基準に惑わされず、ご自身の信じる道を見つけ、その道に邁進されるであろうことを応援しております


◎特に間違ったことは言っていないが…

上記のくだりに異論はない。だが相談の答えとして及第点は与えられない。「入り口における試行錯誤を開始してみてください」と安井氏は言うが「試行錯誤」のパターンは無数にある。「浪人をしていい大学に入る」のも「妥協した大学にとりあえず入り、なにか資格を取得して頑張る」のも「試行錯誤」の一部とも言える。そして、どちらの「試行錯誤」が好ましいかを「高校生Kすけ」は問うている。

自分にとって正解と思える道」が決められないから参考意見を求めているはずだ。しかし安井氏は自分が「高校生Kすけ」だったらどちらを選ぶかを教えてくれない。「自分にとって正解と思える道」を選べと諭すだけだ。

こんな答えに意味があるだろうか。自分が「高校生Kすけ」だったら「『自分にとって正解と思える道』を決めるための判断材料として『安井氏ならどちらを選ぶか』を聞きたかったのに…」と思うだろう。


※今回取り上げた記事 「『高学歴の真の価値』を知る人と知らない人の差~自分にとっての『最適』を探す旅こそが人生

https://toyokeizai.net/articles/-/410765


※記事の評価はD(問題あり)

2021年2月17日水曜日

「マイクロアグレッション」に関する荻上チキ氏の解説に疑問あり

マイクロアグレッション」ーー。面倒な用語がまた出てきた。「~ハラスメント」が氾濫しているのと似たものを感じる。週刊エコノミスト2月23日号に載った「読書日記~差別の実際解き明かす 詳細データと精緻な分析」という記事で評論家の荻上チキ氏がこの問題を取り上げている。当該部分を見てみよう。

夕暮れ時の佐田川

【エコノミストの記事】

優れた本を立て続けに読めた。一冊は『日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッション』(デラルド・ウィン・スー著、明石書店、3500円)。最近、さまざまな差別について議論する際、取り上げられることが増えた概念である「マイクロアグレッション」について整理された本だ。  

本書は「マイクロアグレッション」について、「ある人が集団に属していることを理由として、日常的な何気ないやりとりの一瞬の中で受ける中傷的メッセージ」と定義する。女性に対してだけ「ちゃん」付けで話す。タクシーが黒人の客をスルーする。女性の店長に対して「上の人を出して」と要求する。見た目が日本人ぽくないという理由で「日本語が上手ですね」と決めてかかった話しかけをされるといった具合に。しかしこうした言葉は、暗に相手を歓迎せず、格下のように位置付け、侮蔑的な評価を伝えるものだ。こうした言葉をぶつけられる側にとっては、紛れもなく差別体験だと言えるだろう。


◎「一瞬」で判断できる?

マイクロアグレッション」を「ある人が集団に属していることを理由として、日常的な何気ないやりとりの一瞬の中で受ける中傷的メッセージ」と定義した場合、まず該当するかどうかの判断がかなり難しい。

紛れもなく差別体験だと言える」事例として荻上氏は「タクシーが黒人の客をスルーする」ことを挙げている。走っている「タクシー」が手を上げている「黒人の客をスルー」した場合「黒人だからスルーした」とどうやって確認するのか。気付かなかったのかもしれないし「嫌いな知人に顔が似ていたから」といった理由かもしれない。

女性の店長に対して『上の人を出して』と要求する」のも同じだ。「女じゃ話にならん。上の人間を出せ」と言われたのなら「マイクロアグレッション」に該当するだろう。しかし「要求」の主が理由を明示していないのならば判断できない。

女性に対してだけ『ちゃん』付けで話す」に至っては「女性に対してだけ」かどうかを確認するのが容易ではない。例えば職場内でその傾向が確認できたとしても、職場外では男性にも「『ちゃん』付け」している可能性が残る。

それに「女性に対してだけ『ちゃん』付けで話す」としても、それが「中傷的メッセージ」と言い切れるか疑問だ。無人島に同年齢の男女5人が流れ着いた場合を考えてみよう。男性Aは残りの4人をB君、C君、Dちゃん、Eちゃんと読んでいる。敬称が異なる理由は「男は『君』、女は『ちゃん』がしっくり来るから」だとしよう。これは「マイクロアグレッション」と見なされそうだが、そんなに目くじらを立てる問題なのか。しかも一緒に流れ着いた4人全員に「マイクロアグレッション」を仕掛けていることになる。だが、自分の感覚からすると「差別」とは程遠い感じだ。

流れ着いてしばらくすると「C君」が「Cちゃん」に変わったとしよう。理由は「何となく雰囲気的に…」といったものだとする。これで女性に対する「マイクロアグレッション」は解消するのか。そんなものが「差別」なのか疑問だ。

しかし「こうした言葉をぶつけられる側にとっては、紛れもなく差別体験」と荻上氏は言う。無人島の例で言えば、男性は「君」付け、女性は「ちゃん」付けで、誰も「差別」されたと感じずに暮らしている可能性は十分にある。その場合でも性別で敬称が明確に分かれているのは「マイクロアグレッション」だから改善すべきとなるのか。

見た目が日本人ぽくないという理由で『日本語が上手ですね』と決めてかかった話しかけをされる」のも「マイクロアグレッション」らしい。例えば自分がオランダ語を流暢に話せるとして、オランダを訪ねた時に「あなた見た目はアジア系なのにオランダ語が上手ですね」と言われても「差別」は全く感じない。笑って「ありがとう」と返したい。

声をかけてきたオランダ人を「相手を歓迎せず、格下のように位置付け、侮蔑的な評価を伝え」てきた嫌な奴だとは全く思わないだろう。少なくとも相手の悪意を断定するには材料が少な過ぎる。

記事の続きを見ていこう。


【エコノミストの記事】

大袈裟(おおげさ)だと思うだろうか。例えば街を歩いて、誰かと肩がぶつかったとしよう。その一度切りの体験を「暴力だ」とは言い難いかもしれない。しかしそれが、「一日に数回は、誰かにぶつかられる」という経験をしたらどうだろう。しかも、同じような話が、その人と似た属性の人に偏って生じていたとしたら。外を歩くのが嫌になったとしてもおかしくない。そして、例えば女性であるというだけで、街で意図的に誰かにぶつかられたり、キャッチやナンパに捕まる体験は実際にある。


◎大袈裟だと認めているのでは?

自ら挙げた例がどれも「差別」とは言い切れないと荻上氏自身も感じているのだろう。だから「大袈裟だと思うだろうか」と切り出している。「誰かと肩がぶつかった」話によって「紛れもなく差別体験だと言えるだろう」という自らの主張を正当化しようとしている。しかし説明としては苦しい。

街を歩いて、誰かと肩がぶつかった」程度では「暴力」とは感じないのは、その通りだ。個人的には「一日に数回」でも同じだ。それが1週間続いても1カ月続いても「暴力」に変わる時は来ない。

外を歩くのが嫌」になるかもしれないが、自分の場合「同じような話が、その人と似た属性の人に偏って生じて」いるかどうかとは関係ない。「肩がぶつか」ることが、どのくらいの負担かによる。「頻繁にぶつかられる人は年齢性別問わず多いみたいですよ」と言われても「中高年男性に偏っているようです」と言われても「外を歩くのが嫌」になる程度に差はない。

女性であるというだけで、街で意図的に誰かにぶつかられたり」することはあるかもしれないが、それは「男性」にも起こり得る。「一日に数回」の肩の接触が毎日のように起こるのは「女性」が圧倒的に多いのか。あり得ないとは言わないが、都会に住んでいたとしても「一日に数回」も「誰かと肩がぶつか」るケースは男女を問わず極めて稀だと思える。

マイクロアグレッション」を「ある人が集団に属していることを理由として、日常的な何気ないやりとりの一瞬の中で受ける中傷的メッセージ」だとすれば、自分が思い付くのは高齢者に電車内で席を譲ることだ。これは「(高齢者という)集団に属していることを理由として」譲られたと高い確率で分かるし「格下のように位置付け、侮蔑的な評価を伝える」行為だとも解釈できる(受け止め方としてひねくれてはいるが…)。

だからと言って、善意で席を譲っている人たちに「マイクロアグレッション」だからやめろと訴えるべきなのか。また、それが浸透した時に「席を譲ってもらえなくて残念」と考える高齢者もたくさんいるだろう。どちらを優先すべきかという問題も残る。

マイクロアグレッション」ーー。やはり概念として普及しなくていいと思える。


※今回取り上げた記事「読書日記~差別の実際解き明かす 詳細データと精緻な分析」https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20210223/se1/00m/020/020000c


※記事の評価はD(問題あり)

具体策は「労使」丸投げで「雇用と賃金、二兎を追え」と求める日経 水野裕司上級論説委員

 17日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「中外時評」で水野裕司 上級論説委員が「雇用と賃金、二兎を追え」と訴えている。 「二兎」を捕える方策があるのだろうと思って読んでみたが、何の策もないようだ。記事の終盤を見てみよう。

岡城跡

【日経の記事】

こうした賃金が抑えこまれる構造も、いよいよ温存できなくなるとの指摘がある。日本総合研究所の山田久副理事長は次のように話す。「コロナ危機対応の各国の財政支出は巨額に上り、感染収束後も債務返済の財政緊縮で数年は成長率が落ちる。貿易量は伸び悩み、日本経済は外需に頼れず内需主導の成長ができるかが問われる。このため賃金の上昇は欠かせなくなる」

雇用維持のため賃金を下げる、という従来のやり方は自殺行為になりうるわけだ。賃金低迷の根にある日本型雇用は「期待」を軸に会社と個人が結びついたシステムだ。会社は勤続年数に応じた社員の技能向上を期待し、年功給を採用。社員も「長く勤めていれば報われるときが来る」といった期待を抱き、会社も順送り人事や年功賃金で応えてきた。

だが技術革新が速いデジタル社会になり、社員が蓄積する技能は通用しなくなるリスクが増している。日本型雇用の根幹である企業内での長期的な人材育成を堅持するのは今や難しい。会社と社員が漠然とした「期待」をかける仕組みは土台が崩れている。

企業が自律的に成長し、雇用と賃金の二兎(にと)を追うための制度づくりを労使は先送りしてきた。春の労使交渉で遅ればせながらその一歩を踏み出せるかが問われる


◎結局「自分たちで考えろ」?

やはり具体策は出てこない。「春の労使交渉で遅ればせながらその一歩を踏み出せるかが問われる」と「労使」に丸投げして記事を締めている。これで上級論説委員としての務めを果たしたことになるのならば楽な仕事だ。

「ホームランを増やすだけでなく同時に打率も上げて二兎を追うべきだ。そのための練習方法はコーチとよく話し合って決めてほしい」と野球評論家がプロ野球選手に求めるようなものだ。

水野上級論説委員は労働分野を担当しているのだろう。何のために取材を続けているのか。「労使」でしっかり話し合って「雇用と賃金」の二兎を追えと求めるだけならば、深い知識や経験がなくてもできる。この分野を長く取材してきたからこそ打ち出せる妙案が欲しい。

「そんなものがあれば書いてるよ」と言うのならば「雇用と賃金、二兎を追え」と他者に求めるのも避けてほしい。その場合は「二兎」を捕えるのは難しいとの前提に立ち、現実的な解を探るべきだ。


※今回取り上げた記事「中外時評雇用と賃金、二兎を追え」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210217&ng=DGKKZO69151880W1A210C2TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。水野裕司上級論説委員への評価もDを据え置く。水野上級論説委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

通年採用で疲弊回避? 日経 水野裕司編集委員に問う(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_28.html

通年採用で疲弊回避? 日経 水野裕司編集委員に問う(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_22.html

宣伝臭さ丸出し 日経 水野裕司編集委員「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_26.html

「脱時間給」擁護の主張が苦しい日経 水野裕司編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_29.html

「生産性向上」どこに? 日経 水野裕司編集委員「経営の視点」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_23.html

理屈が合わない日経 水野裕司編集委員の「今こそ学歴不問論」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/blog-post.html

日経 水野裕司上級論説委員の「中外時評」に欠けているものhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_9.html

2021年2月16日火曜日

「日本は『ワクチン後進国』脱せよ」と日経ビジネス 橋本宗明編集委員は言うが…

 日経ビジネス2月15日号に橋本宗明編集委員が書いた「国内メーカーの存在感薄く、日本は『ワクチン後進国』脱せよ」という記事は説得力に欠けた。(1)「ワクチン後進国」の基準は? (2)日本は「ワクチン後進国」なのか? (3)「ワクチン後進国」だとして脱する必要があるのか?ーーという視点で記事を見ていこう。

寺内ダム

見出しからは「国内メーカーの存在感」が薄いから「ワクチン後進国」との印象を受ける。しかし読み始めると話が変わってくる。


【日経ビジネスの記事】

米ファイザーの新型コロナウイルス向けワクチンが、日本でも行政手続きを経て実用化される時期が近づいた。ファイザーをはじめ話題に上るのは海外企業のワクチンばかりだ。国産ワクチンはなぜ出てこないのだろうか。日本企業の影が薄い理由を探ると、長年にわたって幾つもの課題を構造的に抱えていることが分かる。

「ワクチン後進国」。2005~06年ごろ、日本はこう呼ばれていた。1989年から2006年までに新しく日本で承認されたワクチンは、1995年の不活化A型肝炎ワクチンなど2製品しかない。この間、欧米では新しいワクチンが20種類前後登場し、海外との差は「ワクチンギャップ」といわれた

87年に米国で承認されたヘモフィルスインフルエンザ菌b型(Hib)ワクチンが日本で承認されたのは20年後の2007年だ。Hib感染症は主に5歳未満の乳幼児が発症し、重篤化して髄膜炎などを生じることもある。なぜ20年間も遅延したのか。


◎問題は「承認」?

日本が「ワクチン後進国」と呼ばれていたのは「2005~06年ごろ」だと橋本編集委員は言う。「1989年から2006年までに新しく日本で承認されたワクチン」が「2製品」にとどまった点を問題視している。ここから判断すると「ワクチン後進国」かどうかは「承認」の量とスピードだ。「国内メーカーの存在感」は基本的に関係ない。また、既に「ワクチン後進国」を脱しているとも取れる。

問題は「承認」なのだろうと考え直して記事を読み進めよう。


【日経ビジネスの記事】

最大の理由は国に明確な政策がなかったことだ。どの感染症を警戒すべきで、どういうワクチンを研究すべきだという羅針盤がなく、メーカーはリスクを取ることをためらった。

当時の製造者は小規模の財団法人などが中心で臨床試験への多額の投資も難しかった。日本のワクチンに関する基準が海外と異なり、海外ワクチンの導入が難しいといった問題もあった。

「日本人はワクチンへの警戒感が強い」との指摘もある。子宮頸(けい)がん予防用のヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンは13年4月に定期接種に組み込まれたが、副作用に世論が慎重になり、13年6月に積極的勧奨の差し控えが決定した。HPVワクチンは海外では安全性を問題視する声は少ないが、日本は今も接種率が低いままだ。

日本ではインフルエンザワクチンの集団接種の有効性を疑問視する開業医などの研究を受け、1994年の法改正で定期接種が任意になった。これに伴い製造量が大きく落ち込んだ経緯もある。

厚生労働省が出遅れを認識しワクチン産業ビジョンを策定したのは2007年。国内に輸入ワクチンを導入して競争を促し日本企業の研究開発・生産の支援や規制の見直しを進めた。これによりロタウイルスワクチンなどが日本に導入され、ギャップの解消は進んだ

だが、その後は下火になってしまう。少子高齢化という課題を前に政策の優先度が上がらず、官民の関心も薄れた。09年の新型インフルエンザを経験した後、ワクチン開発の支援に再び取り組んだが、国内分の量をカバーすることしか考慮されていなかった。


◎ずっと「後進国」?

ここはよく分からない。「ギャップの解消は進んだ」のだから「ワクチン後進国」を脱したとも取れるが「その後は下火になってしまう」との記述もある。「ワクチン後進国」に逆戻りした、あるいは実は脱していなかったのか。後者の可能性が高そうだが、だったらなぜ「ワクチン後進国」と呼ばれていたのを「2005~06年ごろ」と限定したのか疑問が残る。

続きを見ていこう。


【日経ビジネスの記事】

新型コロナウイルスの感染拡大で、日本のワクチン後進国としての現状が改めて浮き彫りになっている。国はまず、ワクチン接種のリスクとベネフィットを国民に説明し、自己決定を促す役割を果たすべきだろう。

ワクチンがグローバルビジネスであることも認識せねばならない。発症予防効果を証明するには流行地域で数万人の大規模臨床試験を行う必要があるが当該政府との交渉や国際機関の支援も必要だ。少ない供給量では国際社会は取り合ってくれない。

ファイザーと組んだドイツのビオンテックは08年、米モデルナは10年に設立した新興企業。米政府やメガファーマのバックアップで国際社会での役割を果たしつつある。日本にもアンジェスをはじめ、新型コロナのワクチン開発に挑戦している先端スタートアップはある。求められるのはグローバル化を後押しする支援体制ではないだろうか


◎「承認」の問題だったのでは?

新型コロナウイルスの感染拡大で、日本のワクチン後進国としての現状が改めて浮き彫りになっている」と書いてあるので、2020年時点では「ワクチン後進国」のはずだ。だとしたら「ワクチンギャップ」の問題が生じていないければならない。しかし「新型コロナウイルス」に関して「海外ワクチンの導入が難しい」といった話は出てこない。実際にファイザー製のワクチンが日本でも「承認」された。なのになぜ「ワクチン後進国」なのか。記事には明確な説明がない。

そして「ワクチンがグローバルビジネスであることも認識せねばならない」「求められるのはグローバル化を後押しする支援体制ではないだろうか」と「国内メーカー」育成の話へ移ってしまう。

国産ワクチンであろうと「海外ワクチン」であろうと、素早く「承認」して「ワクチンギャップ」を防げば「ワクチン後進国」から抜け出せるのではないのか。「国内メーカー」が世界で広く使われるワクチンを開発したとしても、日本で「承認」を得られなければ「ワクチンギャップ」は生じる。

話を元に戻して「ワクチン後進国」かどうかは「国内メーカーの存在感」で決まるとしよう。この場合、2つの疑問が湧く。

日本にもアンジェスをはじめ、新型コロナのワクチン開発に挑戦している先端スタートアップはある」と橋本編集委員も書いている。「国内メーカーの存在感」が世界的に見れば薄いとしても、そもそも「ワクチン開発に挑戦」している国が多くないはずだ。なのに「挑戦」している日本は「ワクチン後進国」なのか。だとしたら基準が厳しすぎないか。

それに「国内メーカーの存在感」が薄いからと言って「ワクチン後進国」から脱するべきなのか。海外ワクチンであっても必要な「ワクチン」をきちんと供給できれば、それでいいのではないのか。

国内メーカーの存在感」が大きくなるのは悪い話ではないが「支援体制」を築くとなれば税金を投じるはずだ。その費用対効果をどう見ているのかは欲しい。

結局、橋下編集委員が何を以って「ワクチン後進国」としているのか、よく分からなかった。なのに「日本は『ワクチン後進国』脱せよ」と言われても肯く気にはなれない。


※今回取り上げた記事「国内メーカーの存在感薄く、日本は『ワクチン後進国』脱せよ」https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/depth/00935/


※記事の評価はD(問題あり)。橋本宗明編集委員への評価はC(平均的)からDへ引き下げる。橋本編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「オプジーボ巡る対立」既に長期化では?  日経ビジネス橋本宗明編集委員に問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/blog-post_20.html

光免疫療法の記事で日経ビジネス橋本宗明編集委員に注文https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/blog-post_5.html

2021年2月14日日曜日

東洋経済「ビットコイン価格が急騰」で緒方欽一記者に抱いた不安

週刊東洋経済2月20日号に緒方欽一記者が書いた「ビットコイン価格が急騰~相場を支える機関投資家」という記事はツッコミどころが多かった。分析が難しいのは分かるが、だからと言って雑な内容が許される訳ではない。緒方記者は市場への理解が足りないのではないか。

夕暮れ時の耳納連山

価格が急騰」した理由を緒方記者は以下のように説明している。

【東洋経済の記事】

機関投資家は、中長期のスパンで資金を投じていると考えられるため、容易には売りに回らず相場を下支えする保有者とみられている。事業会社でも動きがある。2月8日には電気自動車メーカーの米テスラがビットコインを15億ドル購入していることが明らかになった。

機関投資家がビットコイン投資に動くのは、インフレ懸念の高まりが背景にある。新型コロナウイルス感染拡大を受けて米国でも景気対策として巨額の金融緩和と財政出動が行われた。その結果、ドル安が進み、金(ゴールド)などとともにインフレ対策に有効な資産としてビットコインに注目が集まった


◎辻褄が合わないような…

明言はしていないが「米国を中心とした金融界からの投資マネーが相場の主役になりつつある」ことを「ビットコイン価格が急騰」した要因と捉えているようだ。「相場を下支えする」としか書いていないと緒方記者は反論するかもしれない。その場合は「では価格急騰の理由は何?」との疑問が残る。そこの説明は必須だ。

チャートを見ると「ビットコイン価格」は昨年10月頃から騰勢を強めている。「新型コロナウイルス感染拡大を受けて米国でも景気対策として巨額の金融緩和と財政出動が行われた」ことで「インフレ懸念」が高まって「ビットコイン価格」が急騰したと考えるには時期が合わない。だったら、もう少し早く上昇局面を迎えていい。

実際「」は昨年前半の勢いを後半に入ると失っている。なぜ「」との連動性が乏しいのか緒方記者は説明していない。それで「インフレ対策に有効な資産としてビットコインに注目が集まった」と言われても困る。「インフレ懸念」と「ビットコイン価格」を関連付けているのは東洋経済に限らないが、ここにきての「急騰」の説明としては弱い。

以下のくだりにもツッコミを入れておきたい。


【東洋経済の記事】

一方、日本の個人の間は以前のような過熱感がない。暗号資産の国内交換業大手・コインチェック社長の蓮尾聡氏によると、「取引量は2倍、3倍と増えているが、そこまでの盛り上がりはない」という。仮想通貨バブル崩壊後、200万円を超えたビットコイン価格が30万円台まで下がったことで憂き目をみた人も多かったため、慎重姿勢のようだ。

今回は「かつてのバブル相場と違う」といえるのか。蓮尾氏は、「ビットコインは根源的価値がはっきりせず、主に市場での需給で価格が決まるため、(今がバブルかどうかは)わからない」と話す。


◎だったら以前はなぜ「バブル」?

根源的価値がはっきり」しないという特徴は「ビットコイン」の誕生時から変わらないはずだ。なのに、なぜ2017年に「仮想通貨バブル崩壊」が起きたと断定しているのか。「根源的価値がはっきり」しない場合は「バブル」だったかどうかは「わからない」はずだが…。

相場急伸の後に急落すれば「バブル崩壊」と見ているのかもしれない。その場合は「根源的価値がはっきり」しないから「バブル」がどうか「わからない」というコメントに無理が生じる。

今回の記事で最も問題だと感じたのが以下のくだりだ。


【東洋経済の記事】

国内交換業大手・ビットバンク社長の廣末紀之氏はさらなる価格上昇を見込む。着目するのがビットコインの「半減期」だ。

これはビットコイン特有の仕組みで、一定期間(半減期)ごとにネット上で新規に供給されるビットコインの量が減っていくことを意味する。半減期を経るたびに希少性が高まり、市場価格は上がるという理屈が成り立つ


◎織り込み済みでは?

ビットコイン」で「一定期間(半減期)ごとにネット上で新規に供給されるビットコインの量が減っていくこと」が広く知られているのならば「半減期を経るたびに希少性が高まり、市場価格は上がるという理屈」は成り立たない。「半減期」に関する情報は既に市場価格に織り込まれているはずだ。

ビットコイン」の発行枚数は上限が210万枚と決まっているのではないか。だとしたら「希少性」については市場参加者の多くが共通認識として持っているはずだ。「半減期」に関する細かい情報が材料視されることはあるだろうが「半減期を経るたびに希少性が高まり、市場価格は上がるという理屈が成り立つ」という説明はさすがに無理がある。

さらに続きを見ておこう。


【東洋経済の記事】

ただ、金融当局は警鐘を鳴らす。英国の金融規制当局は「暗号資産の価格の大幅な変動は、その価値を評価する難しさと相まって、消費者を高いリスクにさらす」と指摘している。暗号資産はネット上でやり取りできる「財産価値」であり、その価値を信じる人たちの取引から価格が成立している。そのため、需給によって価格が上下に大きく動く

いずれにしてもビットコインの投資主体がかつてとは変わっていることは確か。ドルベースの取引の拡大が今後も続くのかが、大きなカギとなりそうだ。


◎因果関係ある?

ビットコイン」は「その価値を信じる人たちの取引から価格が成立している。そのため、需給によって価格が上下に大きく動く」と緒方記者は言う。そうだろうか。「ビットコイン」は空売りできるようなので「ビットコインにはそもそも価値がない」と考える人が「取引」に参加している可能性は十分にある。

また「需給によって価格が上下に大きく動く」理由として「その価値を信じる人たちの取引から価格が成立している」ことを挙げているのがよく分からない。需要と供給の変化量が大きければ「価格が上下に大きく」動くのは当たり前だ。取引する商品の「価値」を参加者が信じている必要はない。

価値」を信じていない人ばかりが「取引」している方がむしろ「需給によって価格が上下に大きく動く」のではないか。「上がると見たから買ってただけ。ビットコイン自体に価値があるとは思えない」という参加者は逃げ足も速いだろう。


※今回取り上げた記事「ビットコイン価格が急騰~相場を支える機関投資家

https://premium.toyokeizai.net/articles/-/26175


※記事の評価はD(問題あり)。緒方欽一記者への評価はB(優れている)からC(平均的)に引き下げる。

2021年2月13日土曜日

先進国での人口増加は米国のみ? 東洋経済オンラインで見せた岩崎博充氏の誤解

日本だけじゃない『人口減少』が映す心配な未来~確実に予測できる事態への備えはできているか」という東洋経済オンラインの記事は読むに値しない。「人口減少」にはプラスとマイナスの両面がある。「心配な未来」かどうかを判断するためには、その両面を見なければならない。しかし筆者の岩崎博充氏はマイナス面にしか光を当てていない。

岡城跡

さらには事実誤認と思える記述もあった。これに関しては以下の内容で問い合わせを送っている。

【東洋経済オンラインへの問い合わせ】

経済ジャーナリスト 岩崎博充様  東洋経済オンライン 担当者様

2月11日付の「日本だけじゃない『人口減少』が映す心配な未来~確実に予測できる事態への備えはできているか」という記事についてお尋ねします。この中に「アメリカは世界の先進国では唯一、人口が増加している国だが、近年その傾向に変化がみられる」との記述があります。オーストラリアやカナダなど米国以外の先進国でも「人口が増加している国」 は珍しくないのではありませんか。移民の影響はきちんと考慮していますか。

ちなみに、昨年11月2日付で日本経済新聞は「豪の人口増加率100年ぶり低水準へ~20年度は0・2%」と報じています。オーストラリアを「先進国ではない」と見なすのも無理があります。「アメリカは世界の先進国では唯一、人口が増加している国」との説明は、やはり誤りと考えてよいのでしょうか。

せっかくの機会なので、もう1つ指摘しておきます。記事の中に「景気が低迷すれば、食料や原油価格は下落する。人口減少→景気低迷→デフレ→食料不足、エネルギー不足の『負の連鎖』がたびたび起こる社会になる」との説明があります。これは解せません。

まず「景気低迷→デフレ」であれば基本的には需要不足のはずです。なのに「食料不足、エネルギー不足」となってしまいます。仮に「食料不足、エネルギー不足」が起きるとすれば、それは価格上昇要因です。なので「デフレ」に歯止めがかかってしまいます。それどころか大幅なインフレになってもおかしくありません。説明の辻褄が合っていないと思いませんか。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。記事の説明に問題があれば当該箇所を修正してください。問題なしとの判断であれば、その理由も併せて教えてください。

東洋経済新報社では読者からの間違い指摘を無視して記事中のミスを放置する対応が常態化しています。責任ある行動を期待します。


◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事「日本だけじゃない『人口減少』が映す心配な未来~確実に予測できる事態への備えはできているか

https://toyokeizai.net/articles/-/409930


※記事の評価はE(大いに問題あり)

2021年2月12日金曜日

なぜ「アムステルダム」が一気に首位へ? 肝心の情報が抜けた日経 篠崎健太記者の記事

肝心のことが書いてないと記事を読んだ後にモヤモヤした気持ちになる。12日の日本経済新聞夕刊総合面に載った「欧州の株式売買代金、アムステルダム首位~1月、ロンドンの地位低下」という記事はその典型だ。

吉丸一昌先生歌碑

篠崎健太記者が書いた記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

欧州の株式売買代金で1月、オランダのアムステルダムが英ロンドンを抜き、都市別で首位に立った。英国の欧州連合(EU)離脱の「移行期間」が2020年末で終わり、ユーロ建て株式の取引の大半が年明けからEU側に移ったためだ。欧州金融センターとしてのロンドンの地位低下が浮き彫りになった。

取引所大手のCBOEヨーロッパが11日までにまとめたデータによると、1月の株式の1日平均売買代金でアムステルダムは92億ユーロ(約1兆1700億円)となり、ロンドンの86億ユーロを上回った。20年12月は21億ユーロでロンドン、独フランクフルト、仏パリに次ぐ欧州4位だったが、4倍強に膨らみ首位へ急浮上した。ロンドンは20年12月の145億ユーロから41%減り、2位に陥落した。

英国はEU離脱によって単一の金融免許制度から外れた。移行期間が終わるまでにEUから規制水準が「同等」との認定を得られず、EUの投資家は在英の取引所やシステムでEU株の取引ができなくなった。このため電子取引システムを通じた売買がアムステルダムやパリなどへ移った。


◎他にも大事な情報が…

20年12月は21億ユーロでロンドン、独フランクフルト、仏パリに次ぐ欧州4位だった」のであれば「ユーロ建て株式の取引の大半が年明けからEU側に移った」後で「ロンドン」に代わってトップに立つのは、本命が「フランクフルト」で対抗が「パリ」だろう。しかし「アムステルダム」が「4位」から「首位へ急浮上」している。

なぜ「アムステルダム」という疑問は当然に湧くが、篠崎記者は何も教えてくれない。「アムステルダム」には「ロンドン」から取引が移ってきやすい要因があったのではないか。「そこは分からない」という話ならば記事中でそう明示してほしい。

他にも入れるべき情報が抜けている。「アムステルダム」が「首位」となるのはいつ以来なのか(あるいは初なのか)。「ロンドン」が「首位」を明け渡すのはいつ以来なのか。それほど行数を要する訳でもない。他のところを削ってでも触れてほしかった。


※今回取り上げた記事「欧州の株式売買代金、アムステルダム首位~1月、ロンドンの地位低下

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210212&ng=DGKKZO69043850S1A210C2EAF000


※記事の評価はD(問題あり)。篠崎健太記者への評価はCを維持するが弱含みとする。篠崎記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。


肝心の情報がない日経 篠崎健太記者「仏メディア、3社関係改善を期待」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/3.html

必須情報が抜けた日経「独決済ワイヤーカードに空売り規制」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/02/blog-post_20.html

利回り0.1%の変動で「乱高下」と日経 篠崎健太記者は言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/01.html

2021年2月11日木曜日

日経 芹川洋一論説フェローが森喜朗氏に甘いのは過去の「貸し借り」ゆえ?

11日の日本経済新聞朝刊総合1面に論説フェローの芹川洋一氏が書いた「森氏発言、国内外から批判~ムラ型政治は通用しない」という記事は歯切れが悪かった。見出しだけ見ると「森氏」に厳しそうに見えるが、直接的な批判は控えている。「東京五輪・パラリンピック組織委員会」の会長辞任も求めていない。

耳納連山と夕焼け空

権力闘争をなりわいとし、政治的な貸し借りで成り立っている政治家の間では、この手のタイプのリーダーに正面きって異議をとなえるのは、かなり勇気のいることだ」と芹川氏は書いている。政治記者として芹川氏も「森氏」と「貸し借り」があるのかもしれない。そう推測したくなる内容だった。

記事の後半を見ておこう。

【日経の記事】

古くは派閥のことを「ムラ」とよんだ。5つや6つの小さなムラが集まったのが自民党という大きなムラだった。森氏は今なお自民党のムラ長(おさ)だ。ムラビトからはおのずと「村長さんは失言したが、謝ったのだから大目に見よう」という話になる。それは仲間内の論理だ。

日本が外に向かって閉じていた時代、封建制をひきずる古いジャパニーズ・スタンダードの世ならば通用したのかもしれない。

しかし世の中はすでに2回転ぐらいしている。男女共同参画に異論を唱える人はいない。国際オリンピック委員会(IOC)は手じまいの態度を一変させ「一体性、多様性、男女平等は活動に不可欠な要素」と言い切った。森氏はどうするつもりだろうか。

ましてSNS(交流サイト)の時代である。個人がメディアになり、情報は世界を駆けまわる。在日ドイツ大使館や在日欧州連合(EU)代表部などが、発言を求める片手をあげた写真にハッシュタグをつけてツイッターで投稿。それぞれ2万近くリツイートされ、拡散をつづけている。

森問題は旧世代の男性社会の感覚をはしなくも露呈した面があるのは否定できない。あわせて、そのうえに成り立っている日本政治の姿もあぶりだした。

時代に乗り遅れた人のおこす悲劇が本人だけにとどまっていれば喜劇ですむ。しかし国ということになると劇の舞台そのものが危うくなるおそれすらある。火消しは今からでも遅くないから早いに越したことはない。

ムラ長(おさ)はムラビトから敬意をはらわれてこそムラ長だ。


◎なぜ辞任を求めない?

国ということになると劇の舞台そのものが危うくなるおそれすらある。火消しは今からでも遅くないから早いに越したことはない」と考えるのならば早期辞任を求めるのが当然だ。しかし、そうはならない。「森氏はどうするつもりだろうか」と傍観の構えだ。

結論の「ムラ長(おさ)はムラビトから敬意をはらわれてこそムラ長だ」も苦しい。ここで言う「ムラビト」は自民党所属の国会議員だ。「仲間内の論理」に縛られていてはダメだと訴えていたのかと思っていたが、やはり大事なのは「ムラビト」からの「敬意」なのか。

そもそも「ムラビトから敬意をはらわれてこそムラ長」という条件を「森氏」は満たしているのではないか。「村長さんは失言したが、謝ったのだから大目に見よう」と「ムラビト」がなっているのは「敬意」の表れとも取れる。

ついでに言うと「日本が外に向かって閉じていた時代、封建制をひきずる古いジャパニーズ・スタンダードの世ならば通用したのかもしれない。しかし世の中はすでに2回転ぐらいしている」という説明は理解に苦しんだ。

日本が外に向かって閉じていた時代、封建制をひきずる古いジャパニーズ・スタンダードの世」とはいつを指すのか。「日本が外に向かって閉じていた時代」と言うと江戸時代が思い浮かぶが「森氏」は生まれていない。「封建制をひきずる古いジャパニーズ・スタンダードの世」に至っては全く分からない。今もそうだと言えば、言えなくもない。

しかも「世の中はすでに2回転ぐらいしている」らしい。芹川氏の言う時代が具体的にいつ頃で「2回転」が何を指すのか見当が付かない。もう少しまともに説明できないものか。


※今回取り上げた記事「森氏発言、国内外から批判~ムラ型政治は通用しない」https://www.nikkei.com/article/DGXZQODE107AP0Q1A210C2000000/

※記事の評価はD(問題あり)。芹川洋一氏への評価はDを据え置く。芹川氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 芹川洋一論説委員長 「言論の自由」を尊重?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_50.html

日経 芹川洋一論説委員長 「言論の自由」を尊重?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_98.html

日経 芹川洋一論説委員長 「言論の自由」を尊重?(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_51.html

日経の芹川洋一論説委員長は「裸の王様」? (1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_15.html

日経の芹川洋一論説委員長は「裸の王様」? (2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_16.html

「株価連動政権」? 日経 芹川洋一論説委員長の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_31.html

日経 芹川洋一論説委員長 「災後」記事の苦しい中身(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_12.html

日経 芹川洋一論説委員長 「災後」記事の苦しい中身(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_13.html

日経 芹川洋一論説主幹 「新聞礼讃」に見える驕り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_33.html

「若者ほど保守志向」と日経 芹川洋一論説主幹は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_39.html

ソ連参戦は「8月15日」? 日経 芹川洋一論説主幹に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/815.html

日経1面の解説記事をいつまで芹川洋一論説主幹に…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_29.html

「回転ドアで政治家の質向上」? 日経 芹川洋一論説主幹に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_21.html

「改憲は急がば回れ」に根拠が乏しい日経 芹川洋一論説主幹
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_29.html

論説フェローになっても苦しい日経 芹川洋一氏の「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_24.html

データ分析が苦手過ぎる日経 芹川洋一論説フェロー
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/blog-post_77.html

「政権の求心力維持」が最重要? 日経 芹川洋一論説フェローに問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_79.html

「野党侮れず」が強引な日経 芹川洋一 論説フェローの「核心」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/blog-post_18.html

「スペイン風邪」の話が生きてない日経 芹川洋一論説フェロー「核心」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/04/blog-post_27.html

2021年2月10日水曜日

野田聖子氏の男性蔑視は気にならない? 日経ビジネス 大西綾記者に問う

衆院議員の野田聖子氏が日経ビジネスで問題発言を連発していた。同誌の大西綾記者が野田氏の発言を正確に伝えている前提で言えば、野田氏に国政を任せる気にはなれない。特に男性に対する偏見が引っかかる。「子宮脱を予防する医療機器」に関する事実誤認もあったので以下の内容で問い合わせを送った。

福岡市内を流れる室見川

【日経ビジネスへの問い合わせ】

日経ビジネス編集部 大西綾様

2月8日号の「生理や妊活、更年期障害……女性の悩みが生むフェムテック新市場」という記事の中のコラム「INTERVIEW 野田聖子・自民党フェムテック振興議員連盟会長に聞く~フェムテックを日本経済を変えるきっかけに」についてお尋ねします。問題としたいのは野田氏の以下の発言です。

諸外国の女性たちには子宮脱を予防する医療機器など様々な製品の選択肢があって、自分なりに生産性を上げている。日本の女性だけが知らされずに損をしている

この発言が正しければ「子宮脱を予防する医療機器」に関しては「日本の女性だけ」が利用できない(日本以外の全ての国では利用できる)状況にあるはずです。

女性医療研究所のホームページを見ると、この会社の「フェミクッション」という製品を宣伝しています。ここでは「フェミクッションは、子宮脱・膀胱瘤・直腸瘤・小腸瘤・尿道脱など、全ての骨盤臓器脱(性器脱)の治療と予防を目的とした新しい医療機器」と説明しています。クラス分類は「一般医療機器」となっています。

こちらを信じれば「子宮脱を予防する医療機器」は日本でも利用できるはずです。ネット検索で簡単に情報を入手できるのですから「日本の女性だけが知らされずに損をしている」とも言えません。

野田氏の発言は事実誤認ではありませんか。問題なしとの判断であれば、その理由も教えてください。大西様は野田氏の発言をそのまま文字にしたのだと思いますが、基礎的な事実関係の確認については日経ビジネスに責任があると思えます。

そもそも「日本の女性だけ」が世界の中で例外なのでしょうか。野田氏は北朝鮮なども含めて「諸外国」の状況を確認した上で「日本の女性だけ」と述べているのでしょうか。「諸外国」の事情は私も調べていないのですが、「日本の女性だけ」という話は怪しいと感じました。

せっかくの機会なので野田氏の偏見にも言及しておきます。

フェムテックで新しい需要が増え、女性も自ら健康管理できるようになってほしい。女性が抱える多くの生きづらさ、面倒くささを、男性と同じ気楽さにするのが私の第二の人生かなと思っている

この発言からは「男性は女性より気楽」と野田氏が決め付けていることが分かります。同じ自民党所属の国会議員として野田氏の仲間でもあった森喜朗氏の問題発言に通じるものを感じます。

なぜ男性の方が「気楽」と断定したのでしょうか。例えば自殺者数で見ると、男性が女性を圧倒しています。男性が「気楽」ならば自殺者数で女性を下回っても良さそうなものです。

女性の方が「気楽」と言いたいわけではありません。自殺者数だけで判断できる問題でもないでしょう。基本的には、どちらが「気楽」とも言い難いはずです。仮に決めるのならば、「気楽」の定義などかなり細かい前提が必要になります。

なのに野田氏は「男性は女性より気楽」を当然の前提として発言しています。男性の中にも「多くの生きづらさ、面倒くささ」を抱えて日々を過ごしている人はたくさんいるでしょう。政治家ならば国民の「生きづらさ、面倒くささ」は多種多様であり、容易に男女差を確認できるものではないと思っていてほしいものです。

野田氏のような男性蔑視の発言に対しては「男性が気楽と決め付けていいのでしょうか。何か根拠はあるのですか」などと取材時に聞いてみてもいいでしょう。それが難しくても、記事にする際に男性蔑視の発言を省くことはできたはずです。

なのに、そのまま記事になってしまいました。男性蔑視は女性蔑視に比べて問題化しにくいとは言えます。だからと言って男性蔑視の発言を許容する気にはなれません。大西様はどう思いますか。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。


【日経ビジネスの回答】

いつも弊誌をご購読頂き、ありがとうございます。またご意見を頂戴し、お礼を申し上げます。

ご指摘いただいたように、子宮脱の治療につきましては国内でも医療機器として利用できるものがございます。

ただ欧州ではスマートフォンアプリと機器が連動し、骨盤底筋をトレーニングするものが医療機器として認められています。

野田氏の発言は、新しい技術でさらに使いやすくなっているこうした製品の存在が、日本ではあまり知られていないとの意味でした。

今後はより分かりやすい表現を心がけたいと思います。


◇   ◇   ◇


国内でも医療機器として利用できる」のであれば「諸外国の女性たちには子宮脱を予防する医療機器など様々な製品の選択肢があって、自分なりに生産性を上げている。日本の女性だけが知らされずに損をしている」という野田氏の発言は明らかに間違いだ。

野田氏の発言は、新しい技術でさらに使いやすくなっているこうした製品の存在が、日本ではあまり知られていないとの意味でした」と大西記者は弁明しているが無理がある。

そもそも「新しい技術でさらに使いやすくなっている」といった話を野田氏は記事中でしていない。大西記者も自らの言い訳の苦しさは分かっているだろう。今後に生かしてほしい。

回答で野田氏の偏見にコメントしなかったのは残念だった。

男性蔑視に関しては女性同士で話していると気付きにくい面があるのではないか。「女は大変。男は気楽で羨ましい」といった話は、女性同士だと問題になりにくそうな気がする。しかし、それを「女は大変。男は気楽で羨ましい」と記事にすればインタビュー相手が持っている偏見を世間に晒すことになる。

野田氏が男性に関して偏見を持っていると知らせる目的があるのならば、発言をそのまま載せてもいい。ただ、今回はそうではないはずだ。だったら偏見に満ちた発言は記事では省くべきだ。取材を通じて野田氏に「自分は男性に対する偏見があるかも。注意しないと」と気付かせてあげられたら、さらに好ましい。


※今回取り上げた記事「INTERVIEW 野田聖子・自民党フェムテック振興議員連盟会長に聞く~フェムテックを日本経済を変えるきっかけに」https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00117/00137/


※記事の評価はD(問題あり)。大西綾記者への評価はDで確定とする。大西記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「EVバブル」に無理がある日経ビジネス大西綾記者「時事深層」https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/10/ev.html

2021年2月9日火曜日

「中間選挙が大事」は自明では?日経 菅野幹雄氏「Deep Insight」に足りないもの

「自分の知っていることをとりあえず並べてみました」といったところか。9日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「Deep Insight~バイデン氏、勝負は1年半」という記事は物足りない内容だった。筆者の菅野幹雄氏(肩書は本社コメンテーター)には「自分になら書ける、自分にしか書けないことは何か」をもっとしっかり考えてほしい。でなければ顔写真まで付けて記事を読者に届ける意味はない。

夕暮れ時の筑後川

まず見出しに取った「勝負は1年半」。「バイデン氏の勝負は実質的に、あと1年半あまりといえる。2022年11月の中間選挙では民主党が薄氷の差で確保した議会両院の多数勢力の維持が課題になる。コロナの封じ込めや経済再建で目に見える実績を残すことができるか、まだ見通せない」と菅野氏は本文で書いている。

米国の新大統領にとって「中間選挙」が重要なのは毎度のことだ。改めて指摘する話ではない。「バイデン氏」にとって「中間選挙」の持つ意味が歴代大統領と大きく異なるのならば分かるが「中間選挙で負けたらヤバいよね」レベルのことしか菅野氏は書いていない。

この記事の意味のなさを象徴しているのが最後の段落だ。

【日経の記事】

米アトランティック・カウンシルのマシュー・バロー氏らはバイデン政権の将来について(1)政策を実現できずに窒息する(2)経済を復活させ米国の再生を主導する(3)内外の出来事に振り回され、中間選挙で上下両院の支配を奪われて頓挫する――という3つのシナリオがあると予測した。トランプ色を一掃するバイデン氏の早仕掛けは失速リスクと隣り合わせだ。


◎シナリオが重なってない?

上記の「3つのシナリオ」はかなり重なっている。特に(1)と(2)は違いに乏しい。

内外の出来事に振り回され、中間選挙で上下両院の支配を奪われて頓挫する」ことは「政策を実現できずに窒息する」状況を違う言葉で言い換えただけとも取れる。

さらに言えば「3つのシナリオ」があることは「失速リスクと隣り合わせ」の根拠にはならない。確率次第だ。

シナリオ」を「加速(60%)」「現状維持(35%)」「失速(5%)」の「3つ」だとしよう。この場合「失速リスクと隣り合わせ」と言うほど危うくはない。

3つのシナリオ」を紹介するのならば、実現可能性を「アトランティック・カウンシル」がどう見ているのかは欲しい。それなしに「失速リスクと隣り合わせ」と言われても困る。

最後に1つ説明不足を指摘しておきたい。

【日経の記事】

「9時から5時の大統領」。米紙はバイデン氏をこう呼んだ。混乱もなく勤務をこなす指導者の「予想外」といえば、週末の教会礼拝の帰りにベーグルを買いに車列を止めさせたことくらいだ。


◎どんな状況?

まず状況が分からない。「車列」とは「バイデン氏」やその関係者の「車列」なのか。あるいは一般の人たちの「車列」なのか。それを「止めさせたこと」がなぜ「予想外」なのかも分かりにくい。

自分も含めた日経読者の多くは米国大統領が「教会礼拝の帰りにベーグルを買いに車列を止めさせ」ることが異例なのかどうか知らないはずだ。この事例を取り上げるのならば、もう少し丁寧な説明が要る。

重要な話ではないので全部削るのが適切だとは思うが…。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~バイデン氏、勝負は1年半」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210209&ng=DGKKZO68928500Y1A200C2TCR000



※記事の評価はD(問題あり)。菅野幹雄氏への評価もDを据え置く。菅野氏については以下の投稿も参照してほしい。

「追加緩和ためらうな」?日経 菅野幹雄編集委員への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_20.html

「消費増税の再延期」日経 菅野幹雄編集委員の賛否は?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_2.html

日経 菅野幹雄編集委員に欠けていて加藤出氏にあるもの
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_8.html

日経「トランプショック」 菅野幹雄編集委員の分析に異議
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_11.html

英EU離脱は「孤立の選択」? 日経 菅野幹雄氏に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_30.html

「金融緩和やめられない」はずだが…日経 菅野幹雄氏の矛盾
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_16.html

トランプ大統領に「論理矛盾」があると日経 菅野幹雄氏は言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_24.html

日経 菅野幹雄氏「トランプ再選 直視のとき」の奇妙な解説
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/blog-post_2.html

MMTの否定に無理あり 日経 菅野幹雄氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/mmt-deep-insight.html

「トランプ流の通商政策」最初の成果は日米?米韓? 日経 菅野幹雄氏の矛盾https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/blog-post_27.html

新型コロナウイルスは「約100年ぶりのパンデミック」? 日経 菅野幹雄氏に問うhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2021/01/100.html

2021年2月8日月曜日

お金出す側の「ありがとう」は新しい?日経 田中陽編集委員「経営の視点」の問題点

 ネタに困った結果だとは思うが、8日の日本経済新聞朝刊企業面に田中陽編集委員が書いた「経営の視点~既存商品が持つ潜在力 『ありがとう』から見抜く」という記事はツッコミどころが多かった。

大阪城

 最初から順に見ていこう。

【日経の記事】

「暮らしの変化に 変わらない便利を」。セブンイレブンが年明けから店舗出入り口に掲げた横断幕が業界で話題になっている。この時期は恵方巻き、バレンタインの季節商品や一押し商品の販促告知が一般的。これを見た食品スーパー首脳は「業界の方向を示す上位概念に読める。セブンはどんな新施策を打ち出すのか」と真意を推し量る。

セブン&アイ・ホールディングスの井阪隆一社長は年頭の挨拶で「大きく変容する社会やお客様の生活の中で、社会における存在意義を見直す」と強調。健康、働き方、家族の形、消費嗜好などが、コロナ禍と並行して進むデジタル化で変わる中、これまでのコンビニエンス(便利さ)の観点では新たなニーズを発掘できない危機感とも読める


◎「変わらない便利」なのに?

暮らしの変化に 変わらない便利を」と聞くと、「変容する社会」でも「コンビニエンス(便利さ)」の価値は変わらないと「セブン」が考えているのだと理解したくなる。しかし「これまでのコンビニエンス(便利さ)の観点では新たなニーズを発掘できない危機感とも読める」と田中編集委員は書いている。

それはそれでいい。裏読みしたのならば、その読み筋が正しそうだと思える根拠が欲しい。しかし「セブン」の話はこれで全部だ。

続きを見ていこう。

【日経の記事】

ではニーズはどこにあるのか。そのヒントとなるのが「ありがとう」。ありふれた言葉だが、この言葉を発する対象がこれまでと大きく異なる

「『ありがとう』と言ってもらえるなんて。こっちがお金を頂いているのに」。東京郊外で宅配弁当の配達員をしている30歳手前の男性は配達先で料理を手渡しするときにお礼やねぎらいの言葉をかけられることに驚いた。「これまでの職場ではこんな経験はありません。人様のお役に立っていることがうれしい。飲食店からも『助かる』と」

巣ごもりで料理を負担に思う人は多い。飲食店は今、営業の制約を受けている。食事の宅配サービスは両者の困りごとの橋渡し。「ありがとう」はその果実だ。


◎「対象」もありふれているような…

ありがとう」という「言葉を発する対象がこれまでと大きく異なる」と田中編集委員は言う。「お金を頂いている」側に「ありがとう」というのは「これまでと大きく異なる」と見ているのだろう。

これには同意できない。個人的には、何かを修理してもらった時などに「お金を頂いている」側に「ありがとう」と言った経験が何度もある。飲食店などでおしぼりを受け取る時などに「ありがとう」と言葉を掛ける人も珍しくない。田中編集委員にとっては驚きかもしれないが「お金」を払う側が受け取る側に「ありがとう」と言うことは、それほど珍しくない。

さらに見ていく。


【日経の記事】

不便、不快、負担。こうした解消が新たなビジネスを生むのは日常の風景だが、新たな視点から日常を見るとまだ発見がある。

例えば紙おむつ。赤ちゃんの不快感と保護者の子育て負担の軽減が商品開発の目的だがユニ・チャームは他にも存在することに気が付いた。その場所は保育園だった。

保育士は保護者が持参するメーカーやブランドの異なる紙おむつの扱いに手を焼いていた。脱着の手順や方法がそれぞれ異なるからだ。各園児の紙おむつの残数にも注意を払い、不足しそうになると保護者に伝えなければならない。保護者も足りているかが気になっていた。心理的な負担だ。

これを解決したのが定額制の紙おむつ使い放題のサービス。保育士の人材サービスなどを手掛けるBABY JOBと組み1年半前から始めた。保護者はかさばる紙おむつを保育園に頻繁に持参する手間から解放された。料金を払う保護者から「ありがたい。助かります」の言葉が寄せられる。保育士からも「作業が楽になった」と評判がいい。すでに700の保育園で利用されている。


◎簡単にできる話では?

これを解決したのが定額制の紙おむつ使い放題のサービス」と田中編集委員は言うが、そんなものを使わなくても簡単に問題を「解決」できる。

保育園」が「紙おむつ」を用意して、使用量に応じて「保護者」が「料金を払う」ようにすれば済む。

メーカーやブランドの異なる紙おむつの扱いに手を焼いていた」問題も「各園児の紙おむつの残数にも注意を払い、不足しそうになると保護者に伝えなければならない」という問題も、なくせるはずだ。「保育園」が全体の在庫量を管理するだけでいい。

それができない事情が何かあるのかもしれないが、記事では説明していない。田中編集委員は「ユニ・チャーム」に上手く丸め込まれたのではないか。

そして記事は結論に達する。

【日経の記事】

食事の宅配や紙おむつなど既存のサービスや商品でも使用シーンに思いを巡らせると新たな世界が見えてくる。お金を頂戴する利用者からの「ありがとう。助かる」といった切実な言葉もその一つ。それを見つける嗅覚や聞く耳を持てるかどうか。社会問題の解決の糸口にもなる。

変わるのは社会背景で変貌する困りごと。変わらないのはよりよい生活への渇望だ。


◎「分かり切ったこと」では?

利用者からの『ありがとう。助かる』といった切実な言葉」が新たなビジネスのヒントになるのは否定しない。ただ当たり前の話だ。「ユーザーのニーズをしっかり把握することが大事」と言っているに等しい。

ネタに困っていたとしても、編集委員ならばもう少ししっかりした記事に仕上げてほしい。それが難しいのならば、書き手としての引退を考える時期に入っている。


※今回取り上げた記事「経営の視点~既存商品が持つ潜在力 『ありがとう』から見抜く」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210208&ng=DGKKZO68909530X00C21A2TJC000


※記事の評価はD(問題あり)。田中陽編集委員への評価はDを据え置く。田中編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。


「小売りの輪」の説明が苦しい日経 田中陽編集委員「経営の視点」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html

「セブン24時間営業」の解説が残念な日経 田中陽編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/24_11.html

日経 田中陽編集委員の「経営の視点」に見えた明るい兆し
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_12.html

セブンイレブン「旧経営陣」の責任問わぬ日経 田中陽編集委員の罪
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/12/blog-post_11.html

世間の空気に合わせて変節? 日経 田中陽編集委員「真相深層~コンビニ 崩れた方程式」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/09/blog-post_9.html

2021年2月7日日曜日

高コストの「ロボアド」を前向きに取り上げた日経 川本和佳英記者の罪

6日の日本経済新聞朝刊マネーのまなび面に「増やす&得する~ロボアド、手軽に分散投資 初心者向け/運用成績に幅」という記事が載っている。「ロボアド」を前向きに取り上げているこの手の記事に投資初心者は近付かないでほしい。筆者の川本和佳英記者に反省を促すためにも問題点を具体的に指摘してみる。

夕暮れ時の筑後川

【日経の記事】

ロボアドを使うと大きく2つの点で投資を「省力化」できる。1つが運用する商品や資産の配分を考える手間だ。ロボアドでは利用者が最初にいくつかの質問に答えると、最適とされる資産の組み合わせを判別。国内外の株や債券、不動産などに振り向ける比率を提案してくれる。

投資初心者には購入する金融商品を選ぶのもハードルが高い。例えば海外株と一口にいっても、投資信託やETF(上場投資信託)の種類は多い。似た名前で投資対象や手数料が異なることもある。ロボアドは運用方針を決めれば、それに合わせて投資信託やETFを売買する。

資産の比率のパターンや投資する商品数はサービスにより異なる。ウェルスナビの運用パターンはリスク許容度に応じて5種類あり、米国ETF6~7銘柄を組み合わせる。お金のデザイン(東京・港)の「THEO(テオ)」は最大30銘柄の海外ETFを組み合わせた231通りの運用パターンを持つ。楽天証券の「楽ラップ」は基本の資産配分は5種類で、国内外の株や債券などに投資する16本の投資信託を組み合わせる。一般に年齢や年収などから高いリスクがとれると判断すれば株式の比率が高く、リスクを抑える場合は債券の比率が高くなる。


◎「投資信託やETF」?

まず用語の問題を1つ。「投資信託やETF」と書くと「ETFは投資信託ではない」と理解したくなる。しかし「ETF(上場投資信託)」と川本記者も記しているように「ETF」は「投資信託」の一種だ。「ETF(上場投資信託)も含めて投資信託の種類は多い」などとすれば問題はない。

本題に入ろう。

ロボアド」に「商品や資産の配分を考える手間」を「省力化」する効果はあまり期待できない。少なくとも「ロボアド」を利用するかどうか、利用する場合はどの「ロボアド」にするかを自分で決めなければならない。これをきちんとやれる人は、そこそこの知識があるはずだ。ならば「投資信託」を自分で選ぶのも難しくないだろう。

楽天証券」の場合は「国内外の株や債券などに投資する16本の投資信託を組み合わせる」らしい。期待リターンが非常に低い「債券」を「投資信託」として持つのは、現状ではコスト面で割が合わない。その意味でも「ロボアド」の利用に合理性はない。

2つ目の「省力化」も見てみよう。

【日経の記事】

もう一つの省力化は資産の管理だ。株式などの価値は時間がたつと変化する。長期の分散投資では価値が上がった資産を売る一方、下がった資産を買い、全体の比率を維持することが重要。ロボアドはこの作業を自動的にする


◎リバランスも中途半端では?

リバランスを「ロボアド」が「自動的」にしてくれるのは嘘ではないだろう。だが、本当にリバランスをするならば、「ロボアド」に預けていない資産も考える必要がある。

ロボアド」には1000万円を投じ、株式と債券の比率を同じと決める。一方で1000万円の預金を持つ。このケースで考えてみよう。「全体の比率を維持することが重要」ならば「預金50%、株式25%、債券25%」を「維持」しなければならない。

例えば結婚費用として預金を500万円使った場合、「ロボアド」は株と債券を合計250万円売却して「自動的」にバランスを戻してくれるだろうか。「ロボアド」内での「比率を維持」するだけではリバランスとしての意味はあまりない。

本当にリバランスが大事ならば「ロボアド」の利用では不十分だ。

個人的には「投資初心者」がリバランスを考える必要はないと思うが、長くなるので理由の説明は省く。

さらに続きを見ていく。

【日経の記事】

もっとも、ロボアドが万能とは言い切れない。例えば運用中のコスト。主要なロボアドは運用資産に対して年1%程度の管理・運用の手数料と、間接的に保有するファンドの費用がかかる。対面相談型で運用をすべて任せる「ラップ口座」の手数料は年2~3%。ロボアドはラップ口座より安いが、ネット証券などを使い自分で売買すれば、費用はより抑えられる。

最近はインデックス型の投資信託で、販売手数料が無料で信託報酬が1%を下回るものが珍しくない。米国のETFを自分で買えば経費(購入時の為替手数料を除く)は年0.1%を下回るものもある。米カリフォルニア州在住のファイナンシャルプランナー(FP)、岩崎淳子氏は「投資信託の投資先に注目して選べば、ETF数本でも十分に資産の分散を図ることは可能」と話す。


◎分かっているなら…

年1%程度の管理・運用の手数料」は論外の高さだ。「ネット証券などを使い自分で売買すれば、費用はより抑えられる」と分かっているなら、なぜ前向きに紹介するのか。「間接的に保有するファンドの費用」に加えて「年1%程度の管理・運用の手数料」を払う場合、それを補って余りあるリターンの上乗せが欲しい。しかし、そんな力は「ロボアド」にはないだろう。

ロボアド」での「運用資産」に限定したリバランスに高い価値を置く奇特な人を除けば「ロボアド」を選ぶ合理性はない。余計な「手数料」を取られるだけだ。

日経朝刊を1ページ丸々使って「ロボアド」がダメな商品だと伝えるのならば分かる。しかし川本記者は逆だ。「まずはロボアドで値動きなどに慣れ、その後は自分の判断で別途運用するといった使い方も一案だろう」と記事を締めている。「投資初心者」を「ロボアド」へと誘導した罪は重い。高コストだと分かってこの内容にしたのだから確信犯と言うほかない。


※今回取り上げた記事「増やす&得する~ロボアド、手軽に分散投資 初心者向け/運用成績に幅

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210206&ng=DGKKZO68861560V00C21A2PPM000


※記事の評価はD(問題あり)。川本和佳英記者への評価もDとする。

2021年2月6日土曜日

金投資の「買うタイミング」と「価格変動リスク」について追加で説明

エモリファンドマネジメント代表取締役の江守哲氏が週刊エコノミスト2月9日号に書いた「金~米インフレ率上昇を想定 金投資の『ラストチャンス』」という記事を取り上げた投稿で問い合わせがあった。今回はその件で追加の解説をしたい。「『金投資』に関する江守哲氏の週刊エコノミストでの解説に問題あり」という投稿では以下のように説明した。

夕暮れ時の筑後川

【投稿の内容】

まず「買うタイミングを分散し、購入資金を小分けにすれば、価格変動のリスクは分散できる」という考えは間違っている。「」に投資対象を絞る限り「価格変動のリスクは分散でき」ない。

仮に「」が現在1グラム1000円だとしよう。100円、500円、800円の時にそれぞれ1グラムずつ買ったAさんは3グラムの「」を持っている。時価で3000円だ。

一方、Bさんは「金投資」を始めたばかりで買値は1グラム1000円。やはり3グラム持っていて時価はAさんと同じく3000円だ。

ここからの「価格変動のリスク」を考えよう。1年後に「」が半値になったとする。AさんもBさんも「」の時価は1500円になってしまう。「購入資金を小分け」にしたAさんは「価格変動のリスク」をBさんよりも「分散」できただろうか。

同じ量の「」を持っていれば、同じように将来の「価格変動のリスク」にさらされる。過去の買値は関係ない。そう認識しておくべきだ。


【ウエノさんの問い合わせ】

Aさんの金の購入価格の合計は1400円なのだから、結果的に100円の利益が出ているのでは?(一方Bさんは1500円の損が出でいる。)


【追加の解説】

ウエノさんの損益の計算は合っている。だが、そのことは「同じ量の『金』を持っていれば、同じように将来の『価格変動のリスク』にさらされる。過去の買値は関係ない」という説明と矛盾しない。

AさんとBさんが「同じように将来の『価格変動のリスク』にさらされる」のは「同じ量」の「」を持ってからだ。事例で言えば3グラムで2人の保有量が揃ってからになる。

損益に差が出たのはAさんが先に投資を始めているためだ。その時にBさんは金投資をやっていないので、ここで生じた差に関して比較しても意味がない。問題は条件が揃ってからだ。

同じ量の「」を持っていても「購入資金を小分け」にした方が将来の「価格変動のリスク」を減らせるのならば確かにありがたい。しかし、そうはならない。将来の値動きは含み益を抱えている人にとっても含み損を抱えている人にとっても同じように影響する。損益に差が出ているのは「価格変動のリスク」に差があるからではなく、過去の投資で差が生じているからだ。

例えば、ほぼ同じ条件の中古マンションであれば、相続によって取得コストゼロ(税金などは考慮しない)で手に入れても、時価で手に入れてもその後の「価格変動のリスク」は同じだ。

将来の売却によって利益を得やすいのは当然に取得コストゼロの方だが、そのことは「価格変動のリスク」とは関係がない。入手時の条件が違うだけだ。入手後の「価格変動のリスク」は同じように負う。

投資に関する記事では「積み立て投資(ドルコスト平均法)でリスクを減らせる」と解説しているものもある。そうした記事を信じてはダメだ。

「同量の資産を同じ期間に持てばリスクに差はない。ある時点での含み損益は、これから負う価格変動リスクに影響しない」

そう覚えておいてほしい。よく考えると当たり前の話ではあるが…。


※この問題に関しては以下の投稿も参照してほしい。

『金投資』に関する江守哲氏の週刊エコノミストでの解説に問題あり」https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/02/blog-post_4.html

2021年2月5日金曜日

コロナ禍での「女性に集中した対策」を訴える白波瀬佐和子 東大教授に異議

女性記者が女性問題について女性識者にインタビューすると問題が起きやすい気がする。5日の日本経済新聞夕刊くらしナビ面に載った「コロナ禍 女性の雇用直撃~DV相談も増 対策優先的に」という記事もそうだ。関優子記者が東京大学教授の白波瀬佐和子氏に語らせた内容の一部を見ていこう。

錦帯橋

【日経の記事】

コロナは飲食業など対面型のサービス業を直撃した。誰が働いているかといえば女性だ。非正規雇用の約7割を女性が占め、低賃金で不安定な立場にある。看護や介護、保育などの分野にも女性の働き手が多く、過酷な労働環境にさらされている。


◎働いてるのは女性だけ?

対面型のサービス業」で働く男性も当然にたくさんいる。なのに白波瀬氏は「誰が働いているかといえば女性だ」と言い切っている。

「女性だけが大変だ」的な発言は他にもある。

【日経の記事】

日本は家庭内の性別役割分業が固定的だ。学校が休校になった際、誰が子の面倒を見たか。大抵は女性だ。実態調査で、コロナ禍で『生活に変化があった』と答えたのは男性よりも女性の方が多かった。非常時では、子や親の世話、食事作りなど細かいことまで想定して備えなければならない。多くは女性が担っており、ストレスが増している


◎その間、男性は遊んでる?

学校が休校になった際、誰が子の面倒を見たか。大抵は女性だ」と言うが根拠は示していない。「実態調査で、コロナ禍で『生活に変化があった』と答えたのは男性よりも女性の方が多かった」としても、だから「大抵は女性」が「面倒を見た」とは言えない。在宅勤務が増えたことを考えると「子の面倒」を見る比重で男女差が縮小した可能性も十分にある。

仮に「子の面倒」を見たのが「大抵は女性」だったとしても、男性が遊んでばかりいる訳でもないだろう。「コロナ禍」のように社会全体に負荷がかかる問題で「多くは女性が担っており、ストレスが増している」などと女性の負担ばかりを強調するのは適切なのか。

白波瀬氏の発言で最も問題を感じたのが以下の部分だ。

【日経の記事】

男性を無視していいと言っているわけではない。ただこれまでの構造的な男女のジェンダー格差が、緊急時に問題として表れた。女性に対して優先的に対策を講じ、コロナ禍とジェンダー格差の二重苦を同時に解決しなければならない。


◎これまでの「構造的」な「格差」を言うのなら…

白波瀬氏は「女性の自殺も増え、事態は深刻だ。一連の状況を見ると、女性に集中した対策がとられてしかるべきだ」とも訴えている。

自殺」に関しては確かに「構造的な男女のジェンダー格差」がある。男性の自殺率は女性の約2倍だ。つまり男性の方が自殺しやすい。「自殺」での「ジェンダー格差」の解消を目指すならば「女性」ではなく「男性に集中した対策」を取るべきだ。

しかし「ジェンダー格差」の解消を目的とするのも間違っていると思える。男性の方が自殺しやすいとはいえ、女性で自殺する人もいる。ならば「性別で区切らず自殺リスクの高そうな人に向けて対策を講じる」のが好ましい。

他の問題でも同じだ。「休校」で「子の面倒」を見るのが大変な人が多いから支援しようとなった時に「大抵は女性」が面倒を見ているからと言う理由で女性への支援を優先すべきなのか。

男女を問わず「子の面倒」を見るのが大変な人を支援すべきだろう。「男性を無視していいと言っているわけではない」と言い訳しながら、実際には「男性を無視」しているのに等しい主張を白波瀬氏は展開している。

なぜこうも「ジェンダー」にこだわるのか。「非正規雇用」の人が困っているなら、その対象全体を見て対策を打てばいい。「看護や介護、保育」でも同じだ。なのになぜか「女性に対して優先的に対策を講じ」「女性に集中した対策がとられてしかるべき」ーーとなってしまう。


※今回取り上げた記事「コロナ禍 女性の雇用直撃~DV相談も増 対策優先的に

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210205&ng=DGKKZO68819250U1A200C2KNTP00


※記事への評価は見送る

2021年2月4日木曜日

「金投資」に関する江守哲氏の週刊エコノミストでの解説に問題あり

 エモリファンドマネジメント代表取締役の江守哲氏を詳しく知っている訳ではないが、投資関連記事の書き手としては信用しない方がいい。週刊エコノミスト2月9日号の特集「今から始める投資信託」の中の「金~米インフレ率上昇を想定 金投資の『ラストチャンス』」という記事で、かなりいい加減なことを書いている。

宮島の連絡船乗り場

【エコノミストの記事】

金を保有する個人投資家は、基本的には10〜20年単位で保有するだろう。長期保有のメリットは、目先の調整局面などを気にせず、買い増すことができる点にある。株式投資でもそうだが、相場が下がったときに買わないと資産は増えづらい。定期的、積み立ての購入に加え、相場の下落局面でスポット購入を行えば、保有資産のコストを引き下げることができ、その後の相場の反転局面で資産を増やすことができる。急落局面での購入の判断は難しいので、「直近の高値から5%刻みに下がったときに定額で買い増す」などあらかじめ設定しておけば、迷うことなく買い増しができる。長期的には相場はいずれ戻ってくるため、この手法は効果的だ。


◎「相場はいずれ戻ってくる」?

ここで気になるのは「長期的には相場はいずれ戻ってくる」と断定している点だ。「金を保有する個人投資家は、基本的には10〜20年単位で保有する」かどうかも疑問だが「10〜20年単位」で見た時に「相場」が今の水準を下回っている可能性は十分あると考えるべきだろう。

続きを見ていく。

【エコノミストの記事】

金投資に関して、「今は高いので買わないほうがいいのでは?」という質問を受けることが多い。しかし、それ自体が相場をみながら投資していることに他ならない。高値で一気に買うとリスクがあるが、買うタイミングを分散し、購入資金を小分けにすれば、価格変動のリスクは分散できる。金は投資対象の主役ではなく、あくまで株式投資のリスクヘッジ先であり、インフレヘッジのツールと考え、資産のポートフォリオにおける割合は1割から最大で3割程度とすればよい。インフレが強まれば価値はむしろ現金に対して高まる。将来的なインフレが想定されるため、今のうちに金に少しでも投資しておくのも選択肢の一つだろう。


◎「株式投資のリスクヘッジ先」?

まず「買うタイミングを分散し、購入資金を小分けにすれば、価格変動のリスクは分散できる」という考えは間違っている。「」に投資対象を絞る限り「価格変動のリスクは分散でき」ない。

仮に「」が現在1グラム1000円だとしよう。100円、500円、800円の時にそれぞれ1グラムずつ買ったAさんは3グラムの「」を持っている。時価で3000円だ。

一方、Bさんは「金投資」を始めたばかりで買値は1グラム1000円。やはり3グラム持っていて時価はAさんと同じく3000円だ。

ここからの「価格変動のリスク」を考えよう。1年後に「」が半値になったとする。AさんもBさんも「」の時価は1500円になってしまう。「購入資金を小分け」にしたAさんは「価格変動のリスク」をBさんよりも「分散」できただろうか。

同じ量の「」を持っていれば、同じように将来の「価格変動のリスク」にさらされる。過去の買値は関係ない。そう認識しておくべきだ。

金は投資対象の主役ではなく、あくまで株式投資のリスクヘッジ先であり、インフレヘッジのツール」という解説も理解に苦しむ。「株式」が「インフレ」時に値下がりしやすいならば分かる。しかし「インフレ」は基本的には「株式」の値上がり要因だ(例外的な局面はある)。「株式投資」に関して「インフレヘッジ」はしなくていい。

記事の終盤も見ておく。


【エコノミストの記事】

金の投資タイミングについては、米国の消費者物価指数(CPI)の前年比が1・5%以下のときに金に投資すると、過去は2年後に約20%のリターンを得られたというデータがある。インフレ率が低いときに投資をしておくと、その後にインフレ率が上昇した際に金価格が上昇し、金投資でリターンを得ることができる。昨年12月の米CPIは1・4%。今後、米国のインフレ率が上昇する可能性が高いことを考えれば、筆者の基準では、今が今後数年における金投資のラストチャンスである可能性が高い。過去2回の金相場の上昇局面では、上昇期間が12年間に及んでいる。今回の金相場の上昇の起点は2015年12月となっている。27年ごろまでの上昇が見込めるのであれば、あと6年間は上昇相場が続く可能性があるといえる。


◎どこが「ラストチャンス」?

筆者の基準では、今が今後数年における金投資のラストチャンスである可能性が高い」と書いた直後に「あと6年間は上昇相場が続く可能性があるといえる」と記事を締めている。

6年間は上昇相場が続く」場合、「」でなくても「金投資」で利益が得られる。明らかに「ラストチャンス」ではない。

それに「相場をみながら投資」することを戒めていた江守氏が「相場をみながら投資」機会を考えているように見えるのも引っかかる。

結論としては「『金投資』に関して江守氏の意見を参考にするな」でいいだろう。


※今回取り上げた記事「金~米インフレ率上昇を想定 金投資の『ラストチャンス』

https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20210209/se1/00m/020/029000c


※記事の評価はD(問題あり)

2021年2月3日水曜日

説明不足が目立つ日経1面「ヤマダ、郊外に大量出店」

朝刊1面ワキという重要な場所に掲載しているのに、3日の日本経済新聞の「ヤマダ、郊外に大量出店~5年で150店、1000億円投資 巣ごもりに対応」という記事は完成度が低かった。全文を見た上で問題点を指摘したい。

下関駅前

【日経の記事】

家電量販店最大手のヤマダホールディングス(HD)が1000億円投じて郊外や地方で家電や家具を扱う大型店を大量出店する。2022年3月期から5年間で150店程度増やす。新型コロナ感染拡大に伴い家で過ごす人々の「巣ごもり消費」に対応する。他の小売業の出店も都市から郊外にシフトする可能性がある。

ヤマダは16年3月期に約60店舗の大量閉店に踏み切って以降、過当競争を避けるため直営店の店舗数は横ばいで推移していた。しかし、新型コロナで家電量販店を巡る事業環境が一変。攻めの出店戦略に転換する。

ヤマダは年間200億円超を投じ、年30店ペースで直営の大型店を開く。店舗の立地は郊外や地方に集中させる。郊外店舗はネット通販で注文した商品の受取場所や配送拠点としても活用する。

新規出店のうち年5~10店程度は店舗面積が約1万3000平方メートルと、都市部の主力店舗と同規模にする。新規郊外店はスペースを広く取り、買い物客が「3密」状態になるのを防ぐ。家電に加え大塚家具の家具や住宅設備機器、日用品なども展開する総合店とする。

20年の白物家電の国内出荷額は前年比1%増の2兆5362億円と24年ぶりの高水準となった。巣ごもり特需を受けヤマダHDの21年3月期連結純利益は前期比30%増の320億円を見込む。都心より郊外店舗が収益をけん引している。


◇   ◇   ◇


気になった点を列挙してみる。


(1)「大型店」の定義は?

記事では「大型店」の定義を示していない。これは必ず入れてほしい。

新規出店のうち年5~10店程度は店舗面積が約1万3000平方メートルと、都市部の主力店舗と同規模にする」とは書いている。なので「店舗面積が約1万3000平方メートル」あれば「大型店」だとは分かる。しかし、例えば1万平方メートルの店が「大型店」かどうかは判断できない。

また「年5~10店程度」以外の店が「約1万3000平方メートル」より広いのか狭いのかも不明だ(狭いのだろうとは思うが…)。


(2)「大型店」は今何店舗?

大型店」の出店ペースは今までどうだったのか。これまでも出店は「大型店」中心だったのか。これらも記事からは読み取れない。「直営店の店舗数は横ばいで推移していた」とは書いているが、だから「大型店」の出店がなかったとは言い切れない。

現状では「大型店」が何店舗あるのかも欲しい。できれば全体の店舗数に占める「大型店」の比率も入れたい。


(3)「大量出店」?

日経は過去の記事でヤマダについて「かつては年間40~50店出した時期もある」と書いている。「家電量販店最大手」というポジションからすれば「年30店ペース」だと「大量出店」とは感じない。「大量出店」だと日経が言い切るのならば、なぜそう言えるのか根拠を示してほしかった。


(4)「都市から郊外」?

最後に言葉の使い方に注文を付けたい。

他の小売業の出店も都市から郊外にシフトする可能性がある」と書いていると「郊外」と「都市」が重ならないような印象を受ける。しかし、そうではない。例えば東京都の立川市は「郊外」かつ「都市」だろう。

記事では「郊外や地方で家電や家具を扱う大型店を大量出店する」とも説明している。筆者は「地方」を「都市」と見なしていないのかもしれない。当然だが「地方」にも「都市」はある。


※今回取り上げた記事「ヤマダ、郊外に大量出店~5年で150店、1000億円投資 巣ごもりに対応

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210203&ng=DGKKZO68771980T00C21A2MM8000


※記事の評価はD(問題あり)

2021年2月2日火曜日

「毎年決まった日」にリバランスすべき?篠田尚子氏の週刊エコノミストでの解説に異議

楽天証券経済研究所ファンドアナリストの篠田尚子氏を書き手として信頼するなと以前から訴えてきた。金融業界に属する人なので、業界の利益代弁者であることを責めるつもりはない。だが篠田氏に記事を任せるメディアは責められるべきだ。

錦帯橋

週刊エコノミスト2月9日号の特集「今から始める投資信託」の中の「いまさら聞けない! Q&Aで分かる投資信託」という記事の問題点を指摘してみたい。まずは「リバランス」について考えよう。

【エコノミストの記事】

個人の資産形成の場合は、自身の誕生日など、毎年決まった日にリバランスを実施することをおすすめする。例えば、誕生日に保有する投資信託を確認し、20%程度の利益が出ているファンドがあれば、その利益相当分を解約(売却)して比率の低下したファンドを買い増す、というのがよいだろう。


◎やはり「ファンド」を買う?

個人の資産形成」で「リバランス」は必要ないと見ている。1000万円の金融資産があり、300万円は安全資産で持っておきたいと考えたならば、300万円の安全資産さえ確保しておけば良い。緊急の支出で安全資産が200万円に減ったならば、リスク資産を売って安全資産を300万円に戻す。そういう意味での「リバランス」は分かるが、リスク資産の値上がりで安全資産の比率が低下しただけならば放置でいい。

700万円のリスク資産が値上がりしたからと言って、なぜ「リバランス」するのか。最低限必要な安全資産は確保しているのだから、リスク資産の比率が高まっても問題はない。

百歩譲って「リスク資産70%、安全資産30%と決めたのならば、それを維持すべき」という話ならばまだ分かる。だが篠田氏は「20%程度の利益が出ているファンドがあれば、その利益相当分を解約(売却)して比率の低下したファンドを買い増す」ことを提案している。いずれにしても「ファンド」は持ち続けるらしい。投資対象が似たような「ファンド」の場合、この「リバランス」にほとんど意味はない。

さらには「自身の誕生日など、毎年決まった日にリバランスを実施することをおすすめ」している。「リバランス」は必要に応じて行うべきだ。先述した例で言えば、緊急支出で安全資産の金額が目減りした時になる。そうしたイベントは「自身の誕生日など、毎年決まった日」に起きる訳ではない。

次は「インデックス型とアクティブ型どちらが良い?」という問いへの答えを見ていく。


【エコノミストの記事】

マニュアルに沿った運用を行うインデックス型は、コスト(信託報酬)を低く抑えられる点に最大の特徴がある。他方、アクティブ型は、原則として指数を上回る運用成績を目指すため、運用担当者であるファンドマネジャーには相応の努力が求められ、同時にコストもかかる。

コストだけ見ると、インデックス型の方が優れているように思えるが、どちらかが優れているということはない。インデックス型には、株式市場が大きく乱高下する局面でも、その値動きを受容するほかないという商品性の限界がある。その点、アクティブ型には、市場環境が不安定な中でもリターンを獲得できたり、リスクを抑えた運用ができたりする利点がある。重要なのは、状況やニーズに応じて両者を使い分けることだ。

これから資産形成を始めるなら、まずは高度に分散された「全世界株式」などのインデックス型ファンドでポートフォリオの土台を作り、資金面で余裕が出てからサテライト的にアクティブ型を取り入れるのがよいだろう


◎コストで負けているなら…

アクティブ運用とパッシブ運用(インデックス型)の「どちらかが優れているということはない」とは思う。これは「コスト」を考えない場合だ。「インデックス型は、コスト(信託報酬)を低く抑えられる」のであれば、その分だけ「インデックス型の方が優れている」。

コスト」で負ける分、リターンでは「アクティブ型」が上回るなら話は別だが、篠田氏もそうは訴えていない。また「インデックス型」でも「リスクを抑えた運用」はできる。「状況やニーズに応じて」安全資産の比率を変えればいい。

先の例で言えば、まずは300万円の個人向け国債と700万円の「インデックス型ファンド」を持ち、「リスクを抑えた運用」にしたくなった時は国債比率を半分にするといった具合だ。「コスト」で負ける「アクティブ型」を保有する合理性はない。

しかし「資金面で余裕が出てからサテライト的にアクティブ型を取り入れるのがよいだろう」と篠田氏は「アクティブ型」に読者を誘導してしまう。そして、なぜ「アクティブ型を取り入れるのがよい」のかは教えてくれない。本音としては「そうでないと業界的に困るから」だろう。

コスト」を考慮しない場合、同じ投資対象(例えば日本株)であれば「アクティブ型」でも「インデックス型」でも期待リターンはほぼ同じだ。なのに「コスト」で負ける「アクティブ型」を選ぶ意味はない。「資金面で余裕」が出たとしても、それは変わらない。

「篠田尚子氏の言うことを信じるな」。投資初心者には改めてそう伝えたい。


※今回取り上げた記事「いまさら聞けない! Q&Aで分かる投資信託

https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20210209/se1/00m/020/024000c


※記事の評価はD(問題あり)。篠田尚子氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「アクティブ投信」を薦める楽天証券経済研究所の篠田尚子氏を信じるな!https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/05/blog-post_15.html

2021年2月1日月曜日

「絶望を希望に変える雇用改革」はどこに? 日経 西條都夫上級論説委員「核心」

もの凄い球を投げると言うので見てみたら、ストライクにもならないレベルの低い球だったーー。1日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に西條都夫上級論説委員が書いた「核心~絶望を希望に変える雇用改革」という記事は、例えて言うとそんな内容だ。

巨瀬川のカモ

まず記事の中に「絶望を希望に変える」と取れる記述はない。「絶望を希望に変える雇用改革」の内容を教えてもらえると信じて読むと裏切られる。ただ「『何をすべきか』の処方箋を導きたい」とは書いている。なので、その中身を検証していこう。

コロナ禍という大変動を前にしても、労働力の需給逼迫感が基調としては今も継続している」というのが西條上級論説委員の基本認識だ。そして「陰の部分も大きい。その最たるものはパートやアルバイトなど非正規の女性労働者だ」と続けている。

パートなどのシフトが半分以下に減り、生活に重大な支障が出ているにもかかわらず、各種の支援策の網の目からこぼれ落ちている『女性の実質失業者』」が強いて言えば見出しの「絶望」に当たる部分だ。であれば「シフトが半分以下」になって困っている「非正規の女性労働者」が「希望」を持てる「処方箋」を西條上級論説委員は出せるはずだ。

そこを押さえた上で記事を見ていく。

【日経の記事】

対策の一つは支援措置の周知徹底だ。野村総研によると、追い詰められている多くの女性が休業手当や休業支援金について知らなかった。こうした制度を行政や企業が周知し、利用を促せば、困窮をかなりの程度緩和できよう。


◎異論はないが…

「使える制度はしっかり使いましょう」という話だ。異論はないが「雇用改革」ではない。

さらに見ていこう。


【日経の記事】

さらに複数のパートなどを兼業する「掛け持ち型」の雇用シェアを普及させたい。求人の絶対数は減っているが、食品スーパーなどの雇用意欲はなお旺盛で、パート求人は20年12月段階で160万件以上ある。こうした仕事を複数掛け持ちすれば、家計防衛に威力を発揮するだろう。

採用支援のHRソリューションズ(東京・中央)の武井繁代表は「労働時間管理など各種規制の柔軟な運用で、企業が掛け持ちパートを雇いやすくする工夫を政府は講じてほしい」という。


◎仕事はある?

パート」の「掛け持ち」は今も当たり前にある。「食品スーパーなどの雇用意欲はなお旺盛」で「掛け持ち」によって問題を解決できるのならば「生活に重大な支障が出ている」のは、きちんと仕事探しをしていないからという話になる。

そうかもしれないが、だとすると問題は「非正規の女性労働者」の無知あるいは怠慢というところに行き着く。だとしたら「雇用改革」の必要はない。「仕事はちゃんとありますよ」と教えてあげるだけでいい。

労働時間管理など各種規制の柔軟な運用」という筋の悪そうな話も盛り込んでいるが、具体的な内容に触れていないので、ここでは論じない。

さらに続きを見ていく。

【日経の記事】

雇用流動化の促進も重要だ。人員の過不足は業種ごとにまだら模様なので、余剰部門から不足部門へ労働力を円滑にシフトできれば、ショックを吸収しやすい。そこで注目したいのが在籍出向だ

航空産業はじめコロナ禍で業績の悪化した企業は量販店や通信会社などへの出向を増やしている。コロナ収束時に出向者が元に戻るのか、新職場に定着するのかは本人の選択だが、未知の仕事を経験するのは職業の選択肢を広げる点でも意義は大きい。


◎ついに脱線…

在籍出向」は「非正規の女性労働者」の問題から離れている。「雇用改革」の話でもない。既に広がっている動きだ。「これいいね!」と思うのは勝手だが、何の「処方箋」にもなっていない。

西條上級論説委員が出してきた最後(最初?)の「処方箋」を見ていこう。

【日経の記事】

最後に八田達夫・大阪大学名誉教授の提唱する雇用拡大のアイデアを紹介したい。雇用の年限を区切り、その間は正社員として雇用する「定期就業型」雇用契約の導入だ。年限も短期ではなく10年程度の長期を可能にすれば、スキルの蓄積もはかれる。

雇用主が予期せぬ事態で立ちゆかなくなる場合を想定し、企業の外側に解雇手当の積立金制度も設けてもよい。働き手は仮に契約の期限内に仕事がなくなっても、それに相応する解雇手当を受け取れる制度だ。「この仕組みが定着すれば、企業は終身雇用の縛りから解放され、新たな雇用を積極的につくるようになるだろう」と八田氏はいう。

気掛かりなのは日本の雇用政策が流動化ではなく今いる職場での雇用維持に軸足を置いていることだ。これではデジタル化はじめ経済環境の激変に対応できない。いま流行のジョブ型雇用も流動化の促進に寄与するはず。コロナ禍を奇貨として、雇用のモデルチェンジに踏み切るときだ。


◎「名ばかり正社員」が切り札?

おかしな話を最後に持ち出してきた。まず「非正規の女性労働者」の話は完全に消えてしまった。

ここで言う「雇用の年限を区切り、その間は正社員として雇用する『定期就業型』雇用契約」に何の意味があるのか。例えば「3年限定の正社員」ならば非正規雇用と大差ない。「10年程度の長期」であれば多少は意味があるかもしれないが「仮に契約の期限内に仕事がなくなっても、それに相応する解雇手当を受け取れる制度」とセットにするのならば「10年」の雇用が保証される訳でもない。実質的には非正規雇用だ。

この仕組みが定着すれば、企業は終身雇用の縛りから解放され」ると「八田達夫・大阪大学名誉教授」は考えているらしいが、現状でも「企業は終身雇用の縛り」から自らを「解放」できる。雇用を非正規に限ればいいだけだ。

定期就業型」は雇う側にとってはメリットがある。「連続5年働いた非正規労働者から申し出があれば無期雇用に転換しなければならない」というルールに縛られないからだ。

言ってみれば、いつでも解雇できる「名ばかり正社員」制度だ。これがあれば「ずっと非正規のまま正社員と同じ仕事を長期間やらせる」という手法が実質的に可能になる。

これによって「新たな雇用」が生まれないとは言わないが、今も非正規雇用を活用すれば「終身雇用の縛り」はないのだから、効果は限定的だろう。無期雇用の正社員を目指す人にとっては歓迎すべき話ではない。ましてや「絶望を希望に変える雇用改革」とは言い難い。

非正規の女性労働者」など困っている側に立っているように見せかけて、経営側にとっておいしい話を「絶望を希望に変える雇用改革」だと思い込ませようとする。そんな悪意を今回の記事には感じた。


※今回取り上げた記事「核心~絶望を希望に変える雇用改革」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210201&ng=DGKKZO68659030Z20C21A1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。西條都夫上級論説委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。西條上級論説委員については以下の投稿も参照してほしい。


春秋航空日本は第三極にあらず?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/04/blog-post_25.html

7回出てくる接続助詞「が」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/04/blog-post_90.html

日経 西條都夫編集委員「日本企業の短期主義」の欠陥
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_82.html

何も言っていないに等しい日経 西條都夫編集委員の解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_26.html

日経 西條都夫編集委員が見習うべき志田富雄氏の記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_28.html

タクシー初の値下げ? 日経 西條都夫編集委員の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_17.html

日経「一目均衡」で 西條都夫編集委員が忘れていること
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_14.html

「まじめにコツコツだけ」?日経 西條都夫編集委員の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/07/blog-post_4.html

さらに苦しい日経 西條都夫編集委員の「内向く世界(4)」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2016/11/blog-post_29.html

「根拠なき『民』への不信」に根拠欠く日経 西條都夫編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/12/blog-post_73.html

「日の丸半導体」の敗因分析が雑な日経 西條都夫編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/02/blog-post_18.html

「平成の敗北なぜ起きた」の分析が残念な日経 西條都夫論説委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/blog-post_22.html

「トヨタに数値目標なし」と誤った日経 西條都夫論説委員に引退勧告
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_27.html

「寿命逆転」が成立してない日経 西條都夫編集委員の「経営の視点」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/blog-post_17.html

「平井一夫氏がソニーを引退」? 日経 西條都夫編集委員の奇妙な解説
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/blog-post_19.html

「真価が問われる」で逃げた日経 西條都夫論説委員の真価を問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/blog-post_16.html

周知の「顔」では?日経 西條都夫上級論説委員「核心~GAFA、もう一つの顔」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/08/gafa.html

「強引」な比較をあえて選ぶ日経 西條都夫上級論説委員「核心」のご都合主義https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/12/blog-post_21.html