2018年11月30日金曜日

「鉄の三角形限界」が見えない日経「政と官 針路を探る(下)」

日本経済新聞朝刊1面で連載した「政と官 針路を探る」は最終回の「(下)鉄の三角形限界、若者・民に聞け」も苦しい内容だった。最後まで読んでも「鉄の三角形限界」が感じられないのが辛い。
伐株山園地(大分県玖珠町)
     ※写真と本文は無関係です

記事を最初から見ていこう。

【日経の記事】

経済産業省の西山圭太商務情報政策局長は今年の夏に「大企業の本社をみているだけでは経済の現状をつかめるはずがない。現場に行け」と部下に指示した。訪ね歩く相手は人工知能(AI)の専門家、漫画家や映画監督らだ。かつて「鉄のトライアングル」と呼ばれた政官財の共同体のメンバーではない。

経産次官の嶋田隆氏は「経産官僚の外部出向や、民間でもまれた人材こそ幹部に登用すべきだ」と話す。嶋田氏も西山氏も東京電力ホールディングスに出向した。最近ではスマートフォン決済事業を準備するメルカリの金融子会社「メルペイ」に若手の女性経産官僚が出向している。



◎「大企業の本社」は「現場」じゃない?

まず「大企業の本社をみているだけでは経済の現状をつかめるはずがない。現場に行け」という「経済産業省の西山圭太商務情報政策局長」のコメントが引っかかる。「大企業の本社」も「現場」ではないのか。

経産官僚の外部出向や、民間でもまれた人材こそ幹部に登用すべきだ」という「経産次官の嶋田隆氏」のコメントは、まず日本語として不自然だ。普通に読むと「幹部に登用すべき」なのは「経産官僚の外部出向」や「民間でもまれた人材」になる。しかし「外部出向を登用」では、おかしな言葉遣いになる。

嶋田隆氏」の発言が記事の通りだとしても、「外部出向などを通じて民間でもまれた人材こそ幹部に登用すべきだ」などと多少は修正して使うべきだ。

さらに言うと「嶋田氏も西山氏も東京電力ホールディングスに出向した」と前向きに書いているが、東電こそ「『鉄のトライアングル』と呼ばれた政官財の共同体のメンバー」ではないのか。そこへの出向経験を「民間でもまれた人材」と捉えるのならば「鉄の三角形限界」はどうなるのか。

記事の続きを見ていく。

【日経の記事】

経産省は平成に入って厳しい視線にさらされてきた。政府高官は「新しい政策が期待される『アイデア官庁』のはずなのに話がつまらない」と批判する。企業経営者からも「経産省は現実が分かっていない」との不満があった。一部の大企業と交流して政策をつくるようなやり方では打開できなくなっていた。



◎漠然と「限界」を語られても…

鉄の三角形限界」という割には、それを裏付ける話は見当たらない。強いて言えば、上記のくだりかと思うが、「話がつまらない」「現実が分かっていない」などと具体性の欠ける説明しか出てこない。これでは「鉄の三角形限界」と言われても納得できない。

さらに続きを見ていく。

【日経の記事】

重厚長大の歴史ある企業が集まる経団連さえ、政や官に変革を求める。

経団連は6月、日本商工会議所や経済同友会と共同で「デジタル・ガバメント」の実現を促す提言を出した。官が保有する膨大なデータを生かせず、日本企業が商機を逃している、と訴えた。11月には「GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)のプラットフォーマーだけが推進役ではない。ドイツや中国は国家プロジェクトで変化を促す」と記す文書もとりまとめた。

経団連が期待するのは1980年代までの役所主導の産業政策や、2000年代前半の自由競争重視ではない。GAFAのような巨大企業、中国の国家資本主義を相手の戦いで「もっと民間の声を取り入れて、政も官も一緒に戦ってほしい、という悲鳴だ」(経済官庁幹部)と語る。



◎「鉄の三角形」が必要?

上記の事例からは「経団連」が「政も官も一緒に戦ってほしい」と求めていることが分かる。だとすれば「鉄の三角形」の必要性を訴えているのではないか。「鉄の三角形限界」というより「鉄の三角形の強化を」となるはずだ。
都電荒川線 早稲田駅(東京都新宿区)
     ※写真と本文は無関係です

ついでに言うと、ここでも文が不自然だ。「経団連が期待するのは、役所主導の産業政策や自由競争重視ではなく悲鳴だ」という作りになってしまっている。「経団連」は「悲鳴」を期待している訳ではないだろう。

記事の後半部分にも注文を付けておきたい。

【日経の記事】

小泉進次郎氏ら自民党の若手は17年に「現役世代にもメリットがある社会保障に変える必要がある」と唱えて提言を発表した。子育て世代を支援する公的保険を創設する一方、高齢者向けが中心の医療や介護の支出は抑制を求める内容だ。

高齢者が恩恵を受ける医療や介護、年金の保険料は現役世代が払っている。毎月の給与の15%にも達する世代間の所得移転だ。小泉氏は「保険料の0.1%分でも子ども・子育て政策に使えれば保険料の使われ方に目が向く。社会保障改革に関心が得られる」と語る。

小泉氏は10月に自民党厚労部会長に就き、党の社会保障政策に携わることになった。「国民全員が利害関係者だ。何をしても批判はある。それでも避けて通れない」と周囲に語る。これからは実際に世代間の利害を調整して政策を実現できるかが迫られる。

いまは選挙でも高齢者の票が力を持つ時代だ。社会保障は他の政策分野に比べると政官財の三角形も強固といわれる。政も官も抜本的な改革を避け続けた結果、平成の間に日本は先進国最悪の人口減少と財政悪化に陥ってしまった

慶大教授の小林慶一郎氏は「選挙を意識すると視野が短期的になる。民主主義を少し補正する時期だ。内閣府や経済財政諮問会議は長期的問題への対処で機能していない」と話す。政も官も若者や民間の声をもっと聞き、生まれ変わらなければならない



◎高齢者は払ってない?

高齢者が恩恵を受ける医療や介護、年金の保険料は現役世代が払っている」という説明は、誤りではないとしても誤解を招く。「医療や介護、年金の保険料は現役世代」だけが「払っている」訳ではない。「医療や介護」については「高齢者」も「保険料」を「払っている」。

政も官も抜本的な改革を避け続けた結果、平成の間に日本は先進国最悪の人口減少と財政悪化に陥ってしまった」との説明も強引だ。「財政悪化」はともかく「人口減少」は「抜本的な改革」によって防げたとは思えない。ここまで明確に因果関係を示すだけの根拠を筆者は持っているのか。

例えば「平成の間」に「年金支給額は半減、支給開始年齢も80歳に」という「抜本的な改革」を断行したとしよう。そうすると「これで安心して子供を作れる」と若者が感じるだろうか。「年金は当てにならない。老後の不安が大きすぎて、子供を作るのも躊躇してしまう」となる方が自然だ。

政も官も若者や民間の声をもっと聞き、生まれ変わらなければならない」という結論も苦しい。「民間の声」には「経団連」の声も入るのだろう。だとすると「鉄の三角形限界」との整合性の問題が出てくる。

記事からは「若者」の「」をしっかり聞くと「社会保障」の「抜本的な改革」が進むはずだとの前提も感じる。しかし「若者」が「社会保障」の「抜本的な改革」を望んでいると言える根拠は示していない。

若者」とは将来の高齢者でもある。先に挙げたような「年金支給額は半減、支給開始年齢も80歳に」といった「抜本的な改革」を支持する人が多数を占めるか疑問だ。


※今回取り上げた記事「政と官 針路を探る」は最終回の「(下)鉄の三角形限界、若者・民に聞け
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181130&ng=DGKKZO38355140Z21C18A1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。連載の担当者らの評価は以下の通りとする(敬称略)。

地曳航也:暫定D
飛田臨太郎:暫定D
学頭貴子:暫定D
竹内康雄:Dを維持


※今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「官僚答弁 増やすべき」に説得力欠く日経「政と官 針路を探る(中)」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/blog-post_29.html


※竹内康雄記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「崩れ始めた中央集権」に無理がある日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_82.html

日経 竹内康雄記者はトランプ氏の主張を「ご都合主義」と言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/09/blog-post_61.html

2018年11月29日木曜日

「官僚答弁 増やすべき」に説得力欠く日経「政と官 針路を探る(中)」

29日の日本経済新聞朝刊1面に載った「政と官 針路を探る(中)現状維持の誘惑、危機を認識せよ」という記事は説得力に欠ける内容だった。「官僚答弁を増やすべきだ」と訴えたいようだが、説明には色々と疑問を感じた。
長崎港(長崎市)※写真と本文は無関係です

まず以下のくだりだ。

【日経の記事】

先月召集された臨時国会でも政と官の関係は相変わらずだ。

10月の内閣改造で厚生労働相に就いた根本匠氏の自宅には国会召集前、業務用の大型ファクスが搬入された。厚労省が国会答弁の当日朝に大量の想定問答などの資料を送るためだ。質問が1問あるだけで早朝に30枚近くの資料が届くという。

歴代厚労相は国会会期中、連日のように大量のファクスを受けてきた。根本氏は午前4~5時には起床し、届く資料に目を通す。午前6時に大臣室で官僚と答弁を練り直すことも珍しくない。



◎なぜ「ファクス」? なぜ「30枚」?

今の時代に「大量のファクス」を使う理由が謎だ。しかも、わざわざ「根本匠氏の自宅には国会召集前、業務用の大型ファクスが搬入された」という。メールでやり取りすれば済む話だ。「ファクス」が欠かせない理由があるのならば、記事中で説明すべきだ。

質問が1問あるだけで早朝に30枚近くの資料が届く」のも解せない。「老眼の影響で大きな字しか読めない。だから30枚近くになる」という話ならば、「30枚近くの資料」になるとしても「資料」を作るのに、そんなに手間はかからない。

細かい字で書いても「30枚近くの資料」になるという場合、なぜそんなに「資料」が必要なのか説明が欲しい。常識的に考えれば、1つの質問の「想定問答」に「30枚近くの資料」は必要ない。「こんなに負担なんだ」と訴えたいのだろうが「無駄な仕事が多いだけでは?」と疑いたくなる。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

大量に想定問答をつくる文化が広がったのは、01年の中央省庁再編に合わせて官僚が答弁する政府委員制度が原則、廃止されてからだ。国会ではあらゆる場面で閣僚が答弁するようになった。

正確な答弁をするため、綿密に準備をする。答弁前日までに官僚が与野党から質問を聞き取る。なかなか質問を教えてくれなければ、官僚も帰宅できない。前日夜から当日早朝まで膨大な作業だ。

「もう一度、官僚答弁を増やすべきだ」。01年より前の国会を知る議員は語る。特に厚労省は年金、医療、労働など幅広く重要政策を担う。政と官で役割を分担すれば、建設的な議論が増える可能性はある。国会改革を目指す超党派の会は野党各党に国会改革を打診しているが、閣僚を追及する場を確保したい野党側には慎重論もある。


◎「締め切り厳守」で済むような…

なかなか質問を教えてくれなければ、官僚も帰宅できない」のが問題ならば、きちんと締め切りを設定して厳守すれば済む話だ。「分かりません」「調べておきます」といった答弁では困るという質問者は締め切り前に「質問」を通告するという仕組みにして厳守させれば、問題はほぼ解決しそうだ。なのになぜか「もう一度、官僚答弁を増やすべきだ」となってしまう。
九重"夢"大吊橋(大分県九重町)
       ※写真と本文は無関係です

政と官で役割を分担すれば、建設的な議論が増える可能性はある」と筆者は言うが、「官僚が答弁する政府委員制度が原則、廃止され」る以前は「建設的な議論」がそんなに多かったのか。個人的には、そういう記憶はない。

さらに記事の続きを見ていく。

【日経の記事】

とはいえ事態は急を要する。現場は危険水域に突入しているからだ。通常国会では厚労省が裁量労働の調査で千件近いデータ異常を見過ごし、重要政策が先送りに追い込まれた。弁解の余地がない失態だが官僚の疲弊を指摘する声もあった。



◎「現場は危険水域」?

現場は危険水域に突入している」と断定しているものの、それを裏付ける根拠は見当たらない。強いて言えば「裁量労働の調査で千件近いデータ異常を見過ごし」たことか。これは「官僚の疲弊」が原因だと筆者は言いたいのだろう。しかし、因果関係があるとは言い切れない。記事でも「官僚の疲弊を指摘する声もあった」と書いているだけだ。しかも誰の「」かも分からない。こうした情報だけでは「現場は危険水域に突入している」かどうか判断できない。

記事の終盤に関しても疑問点を挙げておきたい。

【日経の記事】

中央省庁で政策の企画立案を担う総合職(旧1種)は約1万7千人。現在も約35倍の狭き門をくぐった精鋭だ。近年は「給料に見合わずやりがいが乏しい」と見られ、人気の下落が続く。国家公務員採用試験の総合職の申込者は96年度に約4万5千人だったが、18年度は2万人を割った。

官僚が擦り切れるようなやり方は持続可能性が乏しい。放置すれば意欲ある人材の参入も細り、行政は劣化する一方だ。与野党は国会のあり方を含め問題を直視しなければならない。現状維持に甘んじる時間はない。



◎「現在も約35倍」の数字はどこから?

現在も約35倍の狭き門」という説明が引っかかった。これに関しては以下の内容で問い合わせを送っている。

【日経への問い合わせ】

29日の日本経済新聞朝刊1面に載った「政と官 針路を探る(中)現状維持の誘惑、危機を認識せよ」という記事についてお尋ねします。記事には「中央省庁で政策の企画立案を担う総合職(旧1種)は約1万7千人。現在も約35倍の狭き門をくぐった精鋭だ」との記述があります。「現在も約35倍」に関しては、やや解釈に迷う部分がありますが「直近の採用試験でも総合職の競争率は約35倍」との趣旨だとします。

この件については「女性キャリア、合格者27・2% 18年度、過去最高に」という6月29日の記事で御紙が以下のように報じています。

男女を合わせた合格者数は1797人で、前年度と比べ81人減った。各省庁の採用予定人数は計739人と前年度より17人多いが、全体の受験者数の減少などを踏まえ、合格者数も減った。女性の合格者数は488人と前年度から4人増えた。過去最多となった16年度の512人に次ぐ水準だった。競争率は全体で10.9倍だった

この記事によれば「キャリア官僚(幹部候補)となる国家公務員総合職」の「競争率は全体で10.9倍」です。「各省庁の採用予定人数は計739人」となっているので「合格者数」ではなく「採用予定人数」でも計算してみましたが、「競争率」は26倍にしかなりません。

現在も約35倍の狭き門をくぐった精鋭だ」との説明は誤りではありませんか。正しいとすれば、「現在も約35倍」は何を基に計算した数値なのか教えてください。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

現在も約35倍」を上手く説明する余地はありそうな気もするが、色々考えても有力な候補を思い付かなかった。


※今回取り上げた記事「政と官 針路を探る(中)現状維持の誘惑、危機を認識せよ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181129&ng=DGKKZO38298150Y8A121C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。連載の担当者らの評価は以下の通りとする(敬称略)。

地曳航也:暫定D
飛田臨太郎:暫定D
学頭貴子:暫定D
竹内康雄:Dを維持


※今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「鉄の三角形限界」が見えない日経「政と官 針路を探る(下)」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/blog-post_30.html

2018年11月28日水曜日

「議論求めるだけ」が辛い日経社説「効果的な日本の安全保障へ議論尽くせ」

28日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「効果的な日本の安全保障へ議論尽くせ」という社説は、日経が得意とする「しっかり議論してね」型だ。この手の社説は掲載に値しない。まずは前半を見てみよう。
平和公園(長崎市)※写真と本文は無関係です

【日経の社説】

国際環境が変化するなか、日本の「守り」をどう強めていくか。防衛政策の指針となる防衛計画の大綱と、向こう5年間の予算総額や装備品を記す中期防衛力整備計画の改定作業が本格化している。中長期的な安全保障のための大事な時期となる。

論点のひとつは、日本周辺の脅威への対応だ。米朝首脳会談が開かれ、日中関係も改善の兆しがみえる。一時の緊張は和らいだが、軍事力の近代化や脅威の多様化で「アジア太平洋地域の安保の課題や不安定要因はより深刻化」(防衛白書)している。

日本のほぼ全域を射程に収める中距離の弾道ミサイル数百発を含め、北朝鮮は既存の核・ミサイルを全く手放していない。中国は航空母艦や潜水艦、次世代戦闘機といった海・空戦力を急速に拡大している。潜在的な脅威への備えは常に怠ってはいけない。



◎北朝鮮や中国は「潜在的な脅威」?

まず「潜在的な脅威」が理解に苦しむ。「北朝鮮は既存の核・ミサイルを全く手放していない。中国は航空母艦や潜水艦、次世代戦闘機といった海・空戦力を急速に拡大している」という状況であれば、「脅威」は顕在化しているはずだ。

続きを見ていく。

【日経の社説】

宇宙、サイバー分野など新たな脅威への対処も課題となる。北朝鮮が昨年9月の核実験の際に、高空での核爆発でつくりだす強力な電磁波で通信や電子機器などのインフラを壊す電磁パルス(EMP)攻撃をちかつかせて威嚇したのは、記憶に新しい。

自民、公明両党の防衛大綱見直しに向けた作業部会の初会合で、防衛費が大幅に増えざるを得ないとの声が出た。脅威の対象や空間の広がりに応じて新規の予算措置がいるにしても、限られた財源の中で何を重視し何を削るのか、精査を徹底してほしい

歳出が増える要因のひとつは、米国から巨額の防衛装備品を調達するためだ。トランプ大統領は対日貿易赤字を問題視し、日本に購入を拡大するよう迫っている。日米同盟への配慮は必要だが、大きな買い物に見合う効果を吟味することも欠かせない。



◎「精査」は他者任せ?

限られた財源の中で何を重視し何を削るのか、精査を徹底してほしい」とお願いするだけで、あとはお任せなのか。「限られた財源の中で何を重視し何を削るのか」まず日経が具体案を出すべきだ。「精査を徹底してほしい」と求めるだけの論説委員に高い給料を払う意味はない。

日米同盟への配慮は必要だが、大きな買い物に見合う効果を吟味することも欠かせない」というくだりも同じだ。「大きな買い物に見合う効果」が見込めるのは何で、見込めないのは何なのか、日経の主張や分析を見せてほしい。

終盤に移ろう。

【日経の社説】

安倍晋三首相は自衛隊幹部らに「これまでの延長線上ではなく、大局観ある大胆な発想で考え抜いてほしい」と指示した。護衛艦の空母への改修の是非や次期戦闘機の開発のあり方、「専守防衛」の理念との整合性なども、この機会に議論を深めたい

宇宙・サイバー防衛などに陸海空の各自衛隊が横断的に対応する「クロス・ドメイン」について、与党会合で「日本語でわかりやすくすべきだ」との注文がついた。防衛は巨費がかかるわりに実態がみえにくい。国民にわかりやすく説明することも重要である。


◎結局「議論を深めたい」では…

せっかく社説を書く機会を得ているのだから「護衛艦の空母への改修の是非や次期戦闘機の開発のあり方、『専守防衛』の理念との整合性」などに関して、どのテーマでもいいので日経としての主張を展開してほしかった。社説とはそういうものだ。なのに自らの主張は明らかにせず「この機会に議論を深めたい」でまとめてしまう。

「しっかり議論してね」型の社説に触れるたびに「社説は廃止すべきだ」と思ってしまう。今回も例外ではなかった。


※今回取り上げた社説「効果的な日本の安全保障へ議論尽くせ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181128&ng=DGKKZO38261950X21C18A1EA1000


※社説の評価はD(問題あり)。

2018年11月27日火曜日

がん「早期発見→手術」がベスト? 週刊エコノミスト藤枝克治編集長の誤解

週刊エコノミストの藤枝克治編集長が12月4日号の「編集部から From Editors」でがんに関して「早期発見→手術に勝る治療法はない」と言い切っていた。「それより良い治療法がある」とは言わないが、「早期発見→手術」には問題も多い。それを分かってほしくて、以下の内容で問い合わせを送ってみた。
東京・渋谷のスクランブル交差点
       ※写真と本文は無関係です

【エコノミストへの問い合わせ】

週刊エコノミスト編集長 藤枝克治様

12月4日号の編集後記についてお尋ねします。気になったのは以下の記述です。

医療に詳しい同期入社の同僚は、毎年、胃カメラで検査しているのはもちろんのこと、最近、大腸の内視鏡検査を受けて、がんが見つかり、手術した。早期発見だったので事なきを得て、いまでは好きな物を食べ、お酒もがぶがぶ飲んでいる。歳は私より若いが、『あなたも気をつけなさい』と諭すように体験談を話してくれた。 11月13日号で『がんに勝つ薬』を特集した。分かったのは、治療や薬の進化は著しいが、まだ、早期発見→手術に勝る治療法はないということだ。心を入れ替えよう

まず気になったのが「早期発見だったので事なきを得て、いまでは好きな物を食べ、お酒もがぶがぶ飲んでいる」との説明です。「手術した」のが最近なのに「事なきを得て」と言い切ってよいのでしょうか。

がんの場合、問題は転移の有無です。「病院のやめどき」という本の中で医師の和田秀樹氏は以下のように記しています。

<本の引用>

検診が無意味だと私が考える理由は、がんが発見される仕組みにあります。「早期発見せよ」といいますが、目にも見えない極小のがんを発見できるわけではありません。PET-CTを利用した精密ながん検診なら5㎜程度で発見できることはありますが、検診費用はおよそ10万円以上と高く、受ける人は多くありません。一般的な検診では1cmぐらいまでがんが大きくならないと、見つけることはできません。これでも早期発見の部類なのです。

それでは1cm程度のがんというのは、どれくらいの時間をかけて育ったのでしょうか。例えば、乳がんの場合、専門機関では7~8年ほどの時間がかかるとしています。これをどう考えればいいでしょうか。私なら7年間転移せずに大きくなってきたがんが、8年目に転移する確率はかなり低いだろうと捉えます。転移していないのならば、それから数年間放置していても、悪さはしないでしょう。治療は、なにか症状が起きてからでも問題ありません。

反対に、1cmで発見されるまでの7~8年の間で、すでに見えない転移がどこかにあって、体を蝕んでいる可能性もあります。超早期でがんを発見できたにもかかわらず、何年後かに転移が見つかるというのは、主にこのケースです。この場合は進行の速い悪質ながんです。

--引用は以上です。

藤枝様は「同期入社の同僚」について、「がんが見つかり、手術した」ことで転移する前にがんを除去して「事なきを得た」と思い込んでいませんか。実際には既に見えない転移が起きていて、無駄な手術をしただけという可能性も十分にあります。
九重"夢"大吊橋(大分県九重町)※写真と本文は無関係です

早期発見→手術に勝る治療法はないということだ。心を入れ替えよう」というくだりも引っかかります。藤枝様が「心を入れ替え」るのを止めるつもりはありませんが、読者に誤解を与えるのではないかと心配になります。この書き方から判断すると「早期発見→手術」が万人にとって最善の選択だと藤枝様は確信しているのでしょう。本当にそうですか。

既に述べたように「見えない転移」の問題があります。この場合、がんの存在を知らずに過ごせる時間が長くなるという意味でも「早期発見」をしない方が好ましいでしょう。

さらに言えば「早期発見→手術」では過剰診療のリスクを避けられません。国立がん研究センターのサイトでは以下のように解説しています。

<サイトの引用>

(がん検診の)もう1つの重大な不利益に、「過剰診断」があります。がん検診で発見されるがんの中には、本来そのがんが進展して死亡に至るという経路をとらない、生命予後に関係のないものが発見される場合があります。こうした「がん」は消えてしまったり、そのままの状況にとどまったりするため、生命を脅かすことはありません。また、精度が高いとされる検査で発見される前がん病変も、すべてががんに進展するわけではなく、むしろがんになるのはほんの数%にすぎません。しかし、実際にがん検診を受けて「がん」として見つかったものについては、多くの場合は通常のがんと同様の診断検査や治療が行われます。診断検査や治療には、経済的だけでなく、身体的・心理的にも大きな負担を伴います。場合によっては、治療による合併症のために、その後の生活に支障をきたすこともあります。早期発見されたがんの中には、一定の過剰診断例が含まれていますが、がんの種類や検査法によりその割合は異なります。現在の医療では、どのようながんが進展し、生命予後に影響を及ぼすかはわかっていません。

--引用は以上です。

上記の説明が正しければ、「同期入社の同僚」の方は「生命予後に関係のないものが発見され」ただけなのに、余計なリスクを取って手術を受けた可能性があります。

それでも全体として見れば「早期発見→手術」はメリットが大きいと言えるでしょうか。週刊ポスト2017年3月17日号の記事では以下のように説明しています。

<週刊ポストの引用>

昨年1月、世界的に権威のある『BMJ(英国医師会雑誌)』という医学雑誌に、「なぜ、がん検診は『命を救う』ことを証明できなかったのか」という論文が掲載された。その中で、「命が延びることを証明できたがん検診は一つもない」という事実が指摘されたのだ。

たとえば、最も効果が確実とされている大腸がん検診(便潜血検査)では、4つの臨床試験を統合した研究で、大腸がんの死亡率が16%低下することが示されている。その一方で、がんだけでなく、あらゆる要因による死亡を含めた「総死亡率」が低下することは証明できていない。

--引用は以上です。

大腸がん検診」を受けると「総死亡率」が低下するという明確なエビデンス(ランダム化比較実験に基づくエビデンス)はないと思えます。だとすれば、大腸がんに関して「早期発見→手術に勝る治療法はないということだ。心を入れ替えよう」と言い切るのは危険です。読者には正確な情報を届けてほしいのです。がんに関する特集を組む雑誌の編集長ならば、なおさらです。


◇   ◇   ◇

※今回取り上げた記事「編集部から From Editors
http://mainichi.jp/economistdb/index.html?recno=Z20181204se1000000017000


※記事の評価はD(問題あり)。記事中の明らかな誤りに訂正を出さなかったり、間違い指摘を無視したりといった対応が目立つのを重く見て、藤枝克治編集長への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。

2018年11月26日月曜日

「日本では病院のデータ提供不可」と誤解した日経 太田泰彦編集委員

日本経済新聞の太田泰彦編集委員に問題が多いことは、これまでも繰り返し指摘してきた。26日の朝刊企業面に載った「経営の視点~中華イノベーションの源泉 『緩さ』が拓く 新・製造業」という記事でも、その傾向に変化はない。事実誤認と思える記述も見られたので、日経には以下の内容で問い合わせを送った。
いでゆ坂(大分県別府市)※写真と本文は無関係

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 編集委員 太田泰彦様

26日の朝刊企業面に載った「経営の視点~中華イノベーションの源泉 『緩さ』が拓く 新・製造業」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

<記事の当該部分>

AI開発の碼隆科技(マロン・テクノロジー)社は、博士号を持つ研究者が集まり14年に設立した。たとえば磁気共鳴画像装置(MRI)による脳疾患の診断システムが、深圳の病院で既に使われ始めている。

5~6人の医師が読影した診断結果と、AIが特定した腫瘍部位の画像は、ほぼ完全に一致。違うのは判定までにかかった時間だ。電気代だけで働くAIは1.725秒、高給の人間チームは6分だった。医療コストは劇的に下がった。

なぜ開発スピードがこれほど速いのか。同社の国際ビジネス担当に尋ねると、苦笑と答えが返ってきた。「だって、日本や米国では病院から患者のデータなどもらえないでしょう?」

--ここからが質問です。

記事からは「日本や米国では病院から患者のデータなどもらえない」と判断できます。本当にそうでしょうか。日経電子版に出ている「AIで冠動脈診断へ 小倉記念病院とGEヘルスケア」という記事(日経クロステック9月21日付)によると「同病院に蓄積された過去4年間、約2万件の心臓CT検査画像と冠動脈画像から、心臓の特徴を学習させることにより、冠動脈自動診断を実現していく」ようです。記事の説明が正しければ「GEヘルスケア・ジャパン」は「病院から患者のデータ」をもらえるはずです。

日本や米国では病院から患者のデータなどもらえない」と取れる説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。問題の部分は「碼隆科技」の「国際ビジネス担当」のコメントではありますが、太田様は「日本や米国では病院から患者のデータなどもらえないでしょう?」との問いかけに同意して記事を書いているはずです。

付け加えると「なぜ開発スピードがこれほど速いのか」との説明は腑に落ちませんでした。「碼隆科技」の設立は「14年」なので、現時点で4年が経過しています。開発した「診断システム」を商品化できているとしても、驚くほどのスピードとは思えません。

「4年でも驚異的な速度だ」との判断であれば、例えば「業界の常識では開発に最短でも10年を要する」といった情報を記事に入れるべきです。

せっかくの機会なので、記事の冒頭の説明にも疑問を呈しておきます。

<記事の冒頭部分>

目覚めた直後の寝ぼけ眼で、歯ブラシがうまく握れないことがある。指先の動きはぎこちないけれど、視覚と脳の働きが必死にそれを補い、やがて動作が追いついてくる。

同じ理屈が機械にも当てはまる。部品の精度をミクロン単位まで極めなくても賢い人工知能(AI)があれば、ロボットや工作機械を正確に制御できる。

--ここからが疑問点です。

上記の記述からは「人間の体は精度をミクロン単位まで極めなくても、脳(知能)が補ってうまく動いてくれる」との前提を感じます。しかし、そうは思えません。ここでは「視覚」について考えてみましょう。

生理学研究所の研究報告によると「網膜の中の神経細胞」は「神経の種類ごとに規則正しく網目上に連なり、数十~数百ミクロンの網目を作っている」だけでなく「細胞よりもさらに細かい単位で、神経と神経のつなぎ目であるシナプスも網膜内に網目状に広がっており、細胞よりもさらに細かい3ミクロンの網を作っている」そうです。

精度をミクロン単位まで極め」た「神経細胞」が「網膜の中」にあるから、「視覚」が得られて「歯ブラシ」を認識できるのではありませんか。仮に「部品の精度をミクロン単位まで極めなくても賢い人工知能(AI)があれば、ロボットや工作機械を正確に制御できる」としても、それを人体と「同じ理屈」だと考えるのは無理があります。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社の一員として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事「経営の視点~中華イノベーションの源泉 『緩さ』が拓く 新・製造業
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181126&ng=DGKKZO38122840S8A121C1TJC000


※記事の評価はD(問題あり)。太田泰彦編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。太田編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

問題多い日経 太田泰彦編集委員の記事「けいざい解読~ASEAN、TPPに冷めた目」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/05/blog-post_21.html

日経 太田泰彦編集委員 F評価の理由
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_94.html

説明不十分な 日経 太田泰彦編集委員のTPP解説記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_6.html

日経 太田泰彦編集委員の力不足が目立つ「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_18.html

日経 太田泰彦編集委員のTPP解説記事に見える矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_12.html

日経 太田泰彦編集委員の辻褄合わない「TPPルール」解説
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/03/tpp.html

2018年11月25日日曜日

「日産ゴーン会長逮捕」の記事に粗が目立つ週刊エコノミスト

週刊エコノミスト12月4日号の「日産ゴーン会長を逮捕 『世界2位』連合に瓦解の恐れ ブランド失墜で販売低迷も」という記事は問題が目立った。「逮捕」から締め切りまで時間がなかったのは分かるが、全体として説得力を欠く内容になっている。
龍門の滝(大分県九重町)※写真と本文は無関係です

筆者らには以下の内容で問い合わせを送った。

【エコノミストへの問い合わせ】

週刊エコノミスト編集部 岡田英様 大堀達也様  編集長 藤枝克治様

12月4日号の「日産ゴーン会長を逮捕 『世界2位』連合に瓦解の恐れ ブランド失墜で販売低迷も」という記事についてお尋ねします。質問は2つです。


(1)「小さくないはずはない」について

記事中の「ルノー・日産BVは両社の中長期の経営方針などを決定する事実上のグループの統括会社で、ゴーン氏の突然の退場は3社連合に及ぼす影響は小さくないはずはない」という記述で「小さくないはずはない」となっているのは誤りではありませんか。文脈上「小さいはずはない」「小さくない」などとしないと成立しません。誤りであれば、次号に訂正を掲載してください。

退場『は』3社連合に及ぼす影響は~」の部分については「退場『が』3社連合に及ぼす影響は」とした方が自然です。


(2)「50%以上に引き上げて完全子会社に」について

記事には「だが、遠藤功治・SBI証券企業調査部長は『ゴーン氏がいなくなれば、仏政府がルノーへの影響力を強め、ルノーから日産への出資比率を43%から50%以上に引き上げて完全子会社にする可能性もある』と指摘する」との記述があります。

完全子会社とは、ある株式会社において、その発行済株式総数のすべてを他の株式会社に所有されている場合である。有限会社、相互会社あるいは個人等に所有される場合は完全子会社とはいわない。また、所有する側の株式会社は必ず1社であると決められている」と会計用語キーワード辞典では説明しています。

だとすると「50%以上に引き上げて完全子会社にする」という説明は誤りではありませんか。「100%に引き上げて完全子会社にする」とすべきでしょう。「50%以上」には「100%」も含まれますが、その点を考慮しても「50%以上に引き上げて完全子会社にする」というコメントには問題があると思えます。

さらに言うと、「遠藤功治・SBI証券企業調査部長」の発言は、記事中の「次世代自動車産業の動向に詳しい立教大学ビジネススクールの田中道昭教授は『3社連合はゴーン氏の求心力だけでつながっていた』と指摘」という説明と整合しません。

3社連合はゴーン氏の求心力だけでつながっていた」のであれば、ゴーン氏が去った後に「仏政府がルノーへの影響力を強め、ルノーから日産への出資比率を43%から50%以上に引き上げて完全子会社にする可能性」は基本的にないはずです。

常識的に判断すると「立教大学ビジネススクールの田中道昭教授」のコメントに無理があります。「ルノーから日産への出資比率」は「43%」に達しているのですから「ゴーン氏の求心力だけでつながっていた」とは言えません。

ついでに、もう1つ指摘しておきます。デジタル版でこの記事を見ると「日産は22日に開く臨時取締役会でゴーン会長を解任する予定で、日産の5字回復を牽引(けんいん)してきたトップの衝撃的な退場は、世界2位の販売台数を誇る巨大自動車グループの瓦解(がかい)につながる恐れもある」と出てきます(11月25日午前8時時点)。「5字回復」を「V字回復」に修正してください。
別府公園(大分県別府市)※写真と本文は無関係です

問い合わせは以上です。回答をお願いします。

御誌では間違い指摘を無視する対応が常態化しています。珍しく回答があったかと思えば「人格攻撃はやめていただけますか」と身に覚えのない非難が返ってきます。これに対して「人格攻撃をしたと主張するのであれば、その根拠を示してください」と求めると、今度は無視です。こうした対応は読者から購読料を得ているメディアとして適切と言えるでしょうか。

今回の記事では日産について「組織として機能していなかったと言わざるを得ない」という「遠藤氏」のコメントを使っています。今の御誌に日産が「組織として機能」しているかどうかを論じる資格があるでしょうか。その点を編集部全体でしっかり考えてください。答えは明らかなはずです。

◇   ◇   ◇


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「日産ゴーン会長を逮捕 『世界2位』連合に瓦解の恐れ ブランド失墜で販売低迷も
http://mainichi.jp/economistdb/index.html?recno=Z20181204se1000000051000


※記事の評価はD(問題あり)。岡田英記者への評価は暫定でDとする。大堀達也記者への評価はDを据え置く。大堀記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

英国EU離脱特集 経済4誌では週刊エコノミストに軍配
https://kagehidehiko.blogspot.com/2016/07/blog-post_7.html

力作だが力み過ぎも… 週刊エコノミスト特集「電通」に注文
https://kagehidehiko.blogspot.com/2016/08/blog-post_17.html

週刊エコノミストの特集「家は中古が一番」に異議あり
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post.html

データ解釈に問題あり週刊エコノミスト特集「ブラック企業」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2016/12/blog-post_7.html

週刊エコノミスト金山隆一編集長への高評価が揺らぐ記事
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/01/blog-post_12.html

「無理のある回答」何とか捻り出した週刊エコノミストを評価
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/01/blog-post_94.html

ヨイショが過ぎる週刊エコノミスト「お金が増えるフィンテック」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_29.html

「おつり投資」に意味ある?週刊エコノミストのフィンテック特集
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/05/blog-post_31.html

2018年11月24日土曜日

社説で「日産の企業統治不全」を指摘する前に日経がすべきこと

カルロス・ゴーン容疑者」に絡む日本経済新聞の記事を読んでいると「自分たちのこれまでの報道姿勢を棚に上げていないか」と感じることが多い。24日の朝刊総合1面に載った「トップの暴走招いた日産の企業統治不全」という社説もそうだ。「残念なのは検察当局が動くまで、統治の不全にメスが入らなかったことだ」と書いているが、そう言う日経は日産に対して「統治の不全にメス」を入れよと紙面で訴え続けてきたのか。まずは、そこをしっかり総括してほしい。
長崎港(長崎市)※写真と本文は無関係です

社説の前半は以下のようになっている。

【日経の社説】

日産自動車がカルロス・ゴーン容疑者を会長職から解任した。有価証券報告書の虚偽記載容疑でゴーン元会長本人が逮捕された現状を踏まえれば、解任は当然だが、企業統治の不全という日産の抱える問題がこれで消えるわけではない。透明性の高い経営の仕組みを早急に整える必要がある。

世界中が驚いたゴーン容疑者の逮捕劇から5日がたち、改めて浮かび上がってきたのが日産の統治体制の異常さである。

ひとつは過度な権限の集中だ。ゴーン容疑者は日産の会長という執行の立場と、取締役会議長という執行部門を監督する立場、さらには日産の筆頭株主であるルノーの会長兼最高経営責任者(CEO)の3ポストを1人で占めた。

同じ人間が執行と監督の双方を兼ねる体制が機能するわけはなく、ガバナンスの不備がトップの暴走を許す土壌となった

ゴーン容疑者と同時に逮捕され、代表権を解かれたグレッグ・ケリー容疑者の存在にも注目したい。3人しかいなかった日産の代表取締役の1人でありながら、普段は米国に住み、会社にはあまり顔を出さず、一般の社員との接触も少なかったという。ゴーン側近というだけで、そんな人物が高い地位を占めたのは異様だ。


◎「改めて浮かび上がってきた」?


改めて浮かび上がってきたのが日産の統治体制の異常さである」と書いているが、「ゴーン容疑者」が「日産の会長という執行の立場と、取締役会議長という執行部門を監督する立場、さらには日産の筆頭株主であるルノーの会長兼最高経営責任者(CEO)の3ポストを1人で占め」ているのは、日経の担当記者も知っていたはずだ。

グレッグ・ケリー容疑者」についても「3人しかいなかった日産の代表取締役の1人でありながら、普段は米国に住み、会社にはあまり顔を出さず、一般の社員との接触も少なかった」といった程度の情報ならば、少し取材すれば分かる。なのに、日経が日産に対して「企業統治の不全」に陥っていると警鐘を鳴らし続けてきた形跡は見当たらない。

付け加えると「日産の会長という執行の立場」と「取締役会議長という執行部門を監督する立場」を兼任するのが決定的な問題だとは思わない。「取締役会」は「監督」だけが役割ではなく「執行」に関する決定もするはずだ。

同じ人間が執行と監督の双方を兼ねる体制が機能」しないとの立場であれば、執行に関わる取締役は「取締役会」から排除する必要がある。それで「取締役会」と言えるのか。「監督」に関しては、「取締役会」以外でしっかりやる手もある。

そもそも日本経済新聞社では「取締役会議長」を社外取締役に任せているのだろうか。取締役のメンバーを見る限り、日経には社外取締役がいないと思える。日経でも社長や会長が「取締役会議長」を務めているのならば、「同じ人間が執行と監督の双方を兼ねる体制が機能するわけはなく、ガバナンスの不備がトップの暴走を許す」との言葉は自分たちにも当てはまるはずだ。


※今回取り上げた社説「トップの暴走招いた日産の企業統治不全
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181124&ng=DGKKZO38137640U8A121C1EA1000


※社説の評価はC(平均的)。

2018年11月23日金曜日

「独裁者」「暴君」と知っていたなら…日経「ゴーン退場 20年目の危機」

「池に落ちた犬は叩けるが、落ちる前には叩けない」--。有力企業や著名経営者に関する日本経済新聞の報道姿勢には、こうした傾向が見られる。22日の朝刊1面に載った「ゴーン退場 20年目の危機(下)カリスマ変質 独善に」という記事もその1つだ。田中暁人記者と伊藤正泰記者は以下のように記している。
別府大学駅(大分県別府市)※写真と本文は無関係

【日経の記事】

05年、ルノーの最高経営責任者(CEO)にも就いたゴーン会長。日産とルノーのトップを兼務し始めたころから独裁者に変貌し始めた

ゴーン会長を日産に送り込んだ元ルノー会長のルイ・シュバイツァー氏が09年に退くと、日産とルノーの経営を掌握。自らを「アライアンスのファウンダー(創業者)」と呼ぶようになり、いつしか暴君と恐れられる存在に。あらがえない幹部や社員は日産を去った。

「誰かのように権力にしがみつくことはしたくない。後継者を見つけることはトップの責務だ」。ゴーン会長の「右腕」とされた元日産副社長のアンディ・パーマー氏は今月7日の来日時にこう話していた。今の肩書は英高級自動車、アストンマーティン社長。「ゴーンさんがいたら、いつまでもトップになれない」。4年前、日産を去る際にこう漏らした。

パーマー氏が移籍した同時期には、ルノーで「ポスト・ゴーン」が確実視されていたカルロス・タバレスCOOが仏グループPSAのトップに移籍。「日産の先行きを心配している」と話すパーマー氏の言葉は、2週間後に現実になった。


◎「独裁者」「暴君」だと知ってた?

記事によると「ゴーン会長」は「05年」頃から「独裁者に変貌し始めた」らしい。そして「いつしか暴君と恐れられる存在に」なったそうだ。田中記者と伊藤記者はそのことを逮捕前から知っていたような書き方をしている。

日経の過去の記事を全てチェックした訳ではないが、長く日経を読んできて「ゴーン氏は独裁者であり暴君だ」と逮捕前に指摘した記事に触れた記憶はない。田中記者と伊藤記者は「ゴーン会長」が「独裁者」であり「暴君」だと、逮捕前から読者に伝えようとしてくれたのだろうか。それとも「池に落ちる前」は「ゴーン会長」に気兼ねしていたのか。

05年」頃には「独裁者に変貌し始めた」のならば、「独裁者」になって10年以上が経つ。この間に日経は「ゴーン会長」が「独裁者に変貌」したと読者に伝えてきたのか。「ゴーン氏に睨まれて日産の取材がしにくくなったら困る。気付いていても、そんなの書ける訳ないだろ」といった弁明が聞こえてきそうな気がするが…。

ついでに言うと「独裁者」かどうかにも疑問が残る。記事の終盤には「(ゴーン氏が)日本に来る回数は減り、世界中の政官財の要人や親族らと豪華なディナーを囲むことが増え『現場からだんだん離れていった』(日産の西川広人社長)」との記述がある。

これを信じれば「日産の経営にはあまり関与せず、細かいことは他の人に任せている」とも取れる。そうであれば「独裁者」のイメージとは合わない。

ついでに「ある日産幹部は『来年春までに統合を正式決定するつもりだったのでは』と話す。19日の逮捕はゴーン会長の野望を阻むぎりぎりのタイミングだった」との説明にも疑問を呈しておきたい。

来年春までに統合を正式決定するつもり」ならば、例えば「逮捕」が年明け直後でも「ゴーン会長の野望を阻む」ことはできそうだ。「19日の逮捕」が「ぎりぎりのタイミング」だったと言える根拠を記事では示せていない。


※今回取り上げた記事「ゴーン退場 20年目の危機(下)カリスマ変質 独善に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181122&ng=DGKKZO38026130R21C18A1MM8000


※連載の評価はC(平均的)。田中暁人記者と伊藤正泰記者への評価も暫定でCとする。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「唯一の伝家の宝刀」が引っかかる日経「ゴーン退場 20年目の危機」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/20.html

2018年11月22日木曜日

「唯一の伝家の宝刀」が引っかかる日経「ゴーン退場 20年目の危機」

日本経済新聞朝刊1面で2回連載した「ゴーン退場 20年目の危機」は悪い出来ではないが、気になる点はいくつかあった。まずは21日の「(上) 日仏連合、主導権は誰に」を見ていく。この記事に関しては、以下の内容で日経に問い合わせを送った。
小石川後楽園(東京都文京区)
       ※写真と本文は無関係です


【日経への問い合わせ】

21日の日本経済新聞朝刊1面に載った「ゴーン退場 20年目の危機(上) 日仏連合、主導権は誰に」という記事についてお尋ねします。気になったのは以下のくだりです。

15年12月、仏政府は日産への経営に関与しないことで合意。これを主導したのがゴーン会長だった。『日産の経営判断に不当な干渉を受けた場合、ルノーへの出資を引き上げる権利を持つ』と確認した。仮に日産がルノー株を25%以上まで買い増せば、日本の会社法によりルノーが持つ日産株の議決権が消滅する。いわば日産にとって仏側に対抗する唯一の『伝家の宝刀』を得た。ゴーン会長にとってこの宝刀は、時に同氏に圧力をかける仏政府への抑止力ともなっていた

記事の説明を信じれば「ルノー株」の買い増し以外に、日産には「仏側に対抗する」手段がないはずです。しかし、日産は増資によっても「仏側」に対抗できるのではありませんか。増資でルノーの出資比率を下げれば「仏側」の影響力は弱まります。

記事には「現在はルノーが日産に43.4%、日産が15%をルノーにそれぞれ出資する。両社は『対等の精神』をうたうものの、フランスの法律の制限で日産が持つルノー株には議決権がない」との説明もあります。

ロイターによると「フランスの法律上、ルノーの日産に対する持ち株比率を40%未満に引き下げれば、日産が議決権を持てる可能性はある」ようです。だとすれば「ルノーの日産に対する持ち株比率」を増資によって引き下げることは、二重の意味で対抗策になります。

増資で得る資金の使途を成長投資などとすれば、増資はできると思えます。ルノーとの契約で増資に縛りがあるのかとも考えました。しかし、調べた範囲ではそうした情報は得られませんでした。今回の記事でも触れていません。

ルノー株の買い増しが「日産にとって仏側に対抗する唯一の『伝家の宝刀』」との説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

付け加えると「伝家の宝刀」の使い方にも違和感があります。「伝家の宝刀」とは「家に代々伝わる大切な刀。転じて、いよいよという場合にのみ使用するもの」(デジタル大辞泉)という意味です。立派な「」を手に入れたとしても、その瞬間から「伝家の宝刀」にはならないでしょう。現時点で考えても、手に入れてまだ3年の「」を「伝家の宝刀」と呼ぶのは苦しい気がします。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

記事でもう1つ引っかかったのが以下のくだりだ。

【日経の記事】

そのゴーン会長が突然、権力を失ったことで、これまでの関係は揺らぎかねない。とはいえ14年に部品などの購買や研究・開発、生産など4つの機能を統合しており、日仏連合は逆戻りできない関係でもある。


◎「逆戻り」できるような…

連載を担当した田中暁人記者と伊藤正泰記者は「購買や研究・開発、生産など4つの機能を統合しており、日仏連合は逆戻りできない関係でもある」と見ているようだ。しかし「逆戻り」できるのではないか。「機能」を分離すれば済む話だ。経営統合したダイムラークライスラーでも統合を解消できたのに「購買や研究・開発、生産など4つの機能を統合」した程度で「逆戻りできない」と考えるのは理解に苦しむ。

記事には「いずれゴーン会長がトップの座をおりても協力関係が壊れないような枠組み作りが仏政府が出した再任の条件だったとされる」との記述もある。「逆戻りできない関係」であれば「ゴーン会長がトップの座をおりても協力関係が壊れないような枠組み」は既にできているはずだ。田中記者と伊藤記者は「仏政府」の認識に誤りがあるとでも考えているのか。


※今回取り上げた記事「ゴーン退場 20年目の危機(上) 日仏連合、主導権は誰に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181121&ng=DGKKZO37991380Q8A121C1MM8000


※記事の評価はC(平均的)。連載の「」については別の投稿で取り上げる。田中暁人記者と伊藤正泰記者への評価もそこで決めたい。


追記)「」については以下の投稿を参照してほしい。

「独裁者」「暴君」と知っていたなら…日経「ゴーン退場 20年目の危機」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/20_23.html

プリマハムの植物工場なのに「セブンが野菜生産」と書く日経の騙し

記事を1面に持っていくために話を大きく見せることを完全に否定するつもりはない。だが限界はある。21日の日本経済新聞朝刊1面に載った「セブンが植物工場~サラダ7万食分のレタス生産」という記事は、その限界を超えた例だ。
平和祈念像(長崎市)※写真と本文は無関係です

プリマハムが植物工場」や「セブン向けに植物工場」が見出しでは1面には苦しいと判断したのだろう。「セブンが植物工場」との見出しになるように、記事の冒頭では「(セブンが)大規模な植物工場を設ける」と書き、後で「実は植物工場を設けるのはプリマハムのグループ企業なんです」と前言を翻す作りになっている。

そうしようと決めたのが記者なのかデスクなのか、その辺りは分からない。いずれにせよ、誤解や混乱を招く書き方だ。日経には以下の内容で問い合わせを送った。

【日経への問い合わせ】

21日の日本経済新聞朝刊1面に載った「セブンが植物工場~サラダ7万食分のレタス生産」という記事についてお尋ねします。

記事には「セブン―イレブン・ジャパンは東京都と神奈川県の店舗で販売するサラダやサンドイッチ向けに、大規模な植物工場を設ける」 「セブンは野菜の生産から商品の販売までを一貫して手掛け、規模の効果や価格などが安定するメリットを確保する」との記述があります。ここからは「セブン―イレブン・ジャパン」が自ら「大規模な植物工場を設け」て「野菜の生産」を手掛けると判断するしかありません。

しかし記事では「セブン専用の植物工場は同社向けに弁当などを製造するプリマハム傘下のプライムデリカ(相模原市)が、敷地内に約60億円をかけ建設。2019年1月の稼働を見込む」とも書いています。こちらを信じれば「植物工場を設ける」のは「プリマハム」のグループ企業であり「セブン」ではありません。

セブン―イレブン・ジャパンは大規模な植物工場を設ける」 「セブンは野菜の生産から商品の販売までを一貫して手掛け」といった説明は誤りではありませんか。筆者は「セブンが野菜の生産を手掛けるわけではない」と知りながら、話を大きく見せるために「セブンは大規模な植物工場を設ける」と書いたと推測できます。

記事の説明に問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

※今回取り上げた記事「セブンが植物工場~サラダ7万食分のレタス生産
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181121&ng=DGKKZO38015610R21C18A1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。

2018年11月21日水曜日

ゴーン氏の「悪い噂」を日経 中山淳史氏はまさか放置?

日産自動車会長、カルロス・ゴーン容疑者の逮捕」に関して、日本経済新聞の中山淳史氏(肩書は本社コメンテーター)が21日の朝刊オピニオン面に気になることを書いている。「Deep Insight~暗転した『ゴーン・ショック』」 という記事には以下の記述がある。
旧グラバー住宅(長崎市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

しかし、ゴーン氏の報酬、住居費を巡る噂は、日産の社員と交わす会話の中でもたびたび登場するくらい公然のものだった。であれば、なぜもっと早く内部通報は起きなかったのか。なぜ取締役会でも追及できなかったのか。恐らくは人事面での報復を恐れた、あるいは「ゴーンさんだから仕方がない」との忖度(そんたく)や機能不全が取締役会を含め、根づいていたのではないか。

西川広人社長は「特定の実力者に依存してきた弊害がガバナンスや事業に表れた」と記者会見で語り、今後は「目に見える形でガバナンスを変えていく」と強調した。長く根づいた温床は簡単に取り除けるだろうか。



◎中山氏はどう動いた?

ゴーン氏の報酬、住居費を巡る噂は、日産の社員と交わす会話の中でもたびたび登場するくらい公然のものだった」という書き方から判断すると、中山氏は「ゴーン氏の報酬、住居費を巡る噂」を知っていたはずだ(「日産の社員」と「会話」を交わしたのは中山氏ではないとの可能性も考慮したが、文脈的に考えづらい)。だとしたら「なぜもっと早く内部通報は起きなかったのか。なぜ取締役会でも追及できなかったのか」などと他者の対応を問題視する前に、自分がどう行動したのかを記すべきだ。

ゴーン氏」のような著名経営者の不正に関する「」を耳にしたら、真偽を確かめようと動くのが記者の基本だ。なのに今回の記事には、そこに関する説明がない。仮に「」を聞いて放置していたのならば、「ゴーン氏」の件で中山氏の話に耳を傾ける気にはなれない。

ゴーン氏の報酬、住居費を巡る噂」が「日産の社員と交わす会話の中でもたびたび登場」したのは、「日産の社員」が真相究明を中山氏に託した面もあったのではないか。日産のガバナンスを論じる前に「であれば、なぜもっと早くこの問題を記事にできなかったのか。なぜ自分はゴーン氏を追及できなかったのか」と自らを責めてほしい。

2017年2月14日付の「東芝に必要なのは『第2のゴーン氏』だ」という記事で中山淳史氏はゴーン氏を前向きに評価している。今年に入ってからも5月11日付の「Deep Insight~日産を欲しがるフランス」という記事でゴーン氏に触れているが、経営者としての資質に問題を感じている様子は窺えない。

中山氏が「」を耳にした時期は不明だが、「」を知った後も「東芝に必要なのは『第2のゴーン氏』だ」などと書いていたのならば、さらに問題だ。「『ゴーンさんだから仕方がない』との忖度」があったのは中山氏の方ではないかと疑いたくなる。

「自分は記者としてできることはやった」と中山氏が主張するのならば、「」を知った後にどう動いたのかを今後の紙面で明らかにしてほしい。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~暗転した『ゴーン・ショック』
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181121&ng=DGKKZO37991620Q8A121C1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。中山淳史氏への評価もDを据え置く。中山氏については以下の投稿も参照してほしい。

日経「企業統治の意志問う」で中山淳史編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_39.html

日経 中山淳史編集委員は「賃加工」を理解してない?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_8.html

日経 中山淳史編集委員は「賃加工」を理解してない?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_87.html

三菱自動車を論じる日経 中山淳史編集委員の限界
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_24.html

「増税再延期を問う」でも問題多い日経 中山淳史編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_4.html

「内向く世界」をほぼ論じない日経 中山淳史編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_27.html

日経 中山淳史編集委員「トランプの米国(4)」に問題あり
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_24.html

ファイザーの研究開発費は「1兆円」? 日経 中山淳史氏に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_16.html

「統治不全」が苦しい日経 中山淳史氏「東芝解体~迷走の果て」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post.html

シリコンバレーは「市」? 日経 中山淳史氏に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_5.html

欧州の歴史を誤解した日経 中山淳史氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/03/deep-insight.html

日経 中山淳史氏は「プラットフォーマー」を誤解?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/blog-post.html

2018年11月20日火曜日

さすが山田雄一郎記者 読むに値する東洋経済の特集「保険の罠」

週刊東洋経済11月24日号の特集「保険の罠」は高く評価できる。保険加入を検討している人にはお薦めだ。1月20日号の特集「保険に騙されるな」と方向性は同じで、掲載の間隔が短いかなとは思うが、ためになる内容なのは間違いない。
長崎港(長崎市)※写真と本文は無関係です

保険トラブル実例集1 銀行窓販編 『元本保証』を信じ外貨建て保険に加入」という記事では「三井住友銀行」、「保険トラブル実例集2 郵便局編 高齢者へ不当な営業 本人に無断で保険に加入」という記事では「日本郵便とかんぽ生命」と、具体的な会社名を入れているのも感心した。リスクを負う覚悟を持ち、入念に取材しないとできないことだ。

保険トラブル実例集3 大手生保編 重要書類が2通の怪 告知めぐり主張が対立」という記事だけは「大手生保」の名を伏せているが、これは「大手生保側」に問題があるのか微妙なためだと思えるので理解できる。

外部ライターによる記事も総じて優れている。例えば「日本の社会保障は充実 生命保険は最小限に」という記事で、生活設計塾クルー取締役の清水香氏は「主に入院に備える医療保険は家計の危機管理策というよりも、むしろ『ゆとり消費』に近い」と言い切っている。まさにその通りだ。

今回の特集を読んで「医療保険」への加入を思いとどまれれば、それだけでも読者にとってメリットは大きい。金融業界に気遣いを見せずに記事を書き続ける山田雄一郎記者には、引き続き注目していきたい。

◇   ◇   ◇

この特集に関しては12月1日号に以下の訂正が出ていた。リスクを負って会社名を出したのが今回は裏目に出たのだろう。だが、だからと言って「今後は匿名で」とはならないでほしい。

<東洋経済が出した訂正>

49ページのかんぽ生命の記事で、「その後、弟が保険料の支払いを何度も求めてくるので、同年6月、佐藤さんはかんぽ生命の本社コンプライアンス統括部に不正行為を報告。調査を依頼した。」は、正しくは、「その際には、弟は保険料を郵便窓口で入金するように強く求めた。窓口で本人が支払った事実が欲しかったとみられる。2015年6月、佐藤さんはかんぽ生命の本社コンプライアンス統括部に不正行為を報告。調査を依頼した。」です。また、「佐藤さん夫妻は、弟に対する一層厳しい処分を求める書類をかんぽ生命に提出した。だが、『本人が休職中で調査できない』として、現在に至るまで処分は出ていない。」は、正しくは「佐藤さんは、弟がほかにも難病の親戚について不告知教唆(健康状態を誠実に申告しないよう促すこと)をして、本人に面談せずに保険に加入させたことについて、かんぽ生命に録音記録などの資料を提出した。だが、『本人が休職中で調査できない』として、現在に至るまで処分は出ていない。」です。(注)処分を求めているのは佐藤さん1人で、夫は関与しておりません。



※今回取り上げた特集「保険の罠
https://dcl.toyokeizai.net/ap/registinfo/init/toyo/2018112400


※特集全体への評価はB(優れている)。山田雄一郎記者への評価はBを据え置く。山田記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

東洋経済の特集「東芝が消える日」山田雄一郎デスクに疑問
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/04/blog-post_19.html

東洋経済「保険に騙されるな」業界への批判的姿勢を評価
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/01/blog-post_15.html

東洋経済 山田雄一郎記者「社外取締役のお寒い実態」に高評価
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/blog-post_18.html

2018年11月19日月曜日

日経 大林尚論説委員の説明下手が目立つ「核心~大戦100年、欧州の復元力は」

19日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「核心~大戦100年、欧州の復元力は 反EUの波、東西南北に」という記事は苦しい内容だった。筆者が大林尚上級論説委員なので当然なのかもしれないが、説明下手が目立つ。記事を見ながら問題点を指摘したい。
勘定場の坂(大分県杵築市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】  

同義反復は承知のうえだ。地球規模のグローバル国家への成長痛に、英国がうめく。

 2016年6月の国民投票で、英有権者は欧州連合(EU)から出て行く道を選択した。離脱51.9%、残留48.1%。離脱派は移民問題、残留派は経済問題を重くみた。

だが離脱キャンペーンを先導した保守党強硬派の究極の目標は、主権の回復にあった。国が進む方向を決める過程をブリュッセル(EU本部)の高級官僚から奪還する。反エリート主義の訴えに共感したふつうの市民が、ブレグジットを現実のものにした。

欧州大陸と米国を両にらみしてきた英国は、もともとEUに半身の姿勢だった。共通通貨ユーロではなくポンドを使い、国境を行き交う人が旅券審査を受けないシェンゲン圏にも入っていない。

EU側との離脱交渉で、しこりにしこったのがアイルランド問題だ。国境線をアイルランド島内と海峡のどちらに引くか。メイ首相にしてみれば、かつて苛烈な北アイルランド紛争で犠牲になった3200人の亡霊に、行く手を阻まれた思いだったろう。

結局、当面はどちらにも厳格な国境を設けないことで暫定合意がなった。地球規模のグローバル路線を突き進む環境を、英国は整えつつある。


◎「地球規模のグローバル国家」とは?

まず「地球規模のグローバル国家」がどういうものなのか謎だ。「同義反復は承知のうえ」で、わざわざ「地球規模のグローバル国家」と表現したのだから「グローバル国家」とは異なるものなのだろう。だが、具体的にどう違うのかは教えてくれない。
震動の滝(大分県九重町)
    ※写真と本文は無関係です

現在の英国は「地球規模のグローバル国家」ではないのだろう。そして「地球規模のグローバル路線を突き進む環境を、英国は整えつつある」らしい。その根拠を大林上級論説委員は「当面はどちらにも厳格な国境を設けないことで暫定合意がなった」点に求めている。「暫定合意」ができると「地球規模のグローバル路線を突き進む環境」に近づくようだが、「地球規模のグローバル国家」が何か分からないので何とも言えない。

ついでに言うと「厳格な国境を設けないことで暫定合意がなった」という説明には問題がある。「厳格な国境管理をしないことで暫定合意がなった」のではないか。「国境」は「アイルランド島内」に厳然とあるはずだ。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

ロンドン・ヒースロー空港の乗降客は年間7800万。国際線ターミナルの入国審査はEU域外の人に長蛇の列を強いることで悪名高い。7月6日には2時間38分待たされた人がいた。ヴァージン・アトランティック航空のクリーガー最高経営責任者は「世界に開かれた英国の姿を示さねばならぬ今、来訪者に最高の第一印象を抱いてもらおう」と、政府に行動を促した。

10月の予算演説でハモンド財務相は米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの4カ国に加えて日本の旅券を持つ18歳以上の人は、来夏までに自動ゲートを通って入国できるようにすると明らかにした。ガトウィックなどほかの主要空港や大陸と結ぶ高速鉄道ユーロスターの国境審査もしかり。顔認証技術で本人確認している英国人やEU市民らと同じ扱いにする。

英語を公用語とする米国と英連邦の3カ国は、英国と情報機関の相互協定を結ぶ特別な間柄。4カ国に交じって英政権が日本を入れた理由の一つは、経済面のつながりの強さだ。英国に進出した日本企業は銀行・証券・保険、製造業の欧州統括拠点、商社、海運など1千社強。16万の雇用を生み出している。もう一つは、日英を準同盟関係に押し上げた安倍外交の成果だ。

英外務省筋は「日本企業に迷惑をかけない。首相はそれを反すうしているはずだ」と語る。万が一の交渉破綻リスクには備えつつも、企業は世界を向く新しい英国への期待をもってよかろう。欧州統合は、西から崩れだした。



◎何のために入れた?

上記のくだりは何のために入れたのか、よく分からなかった。「地球規模のグローバル路線を突き進む環境を、英国は整えつつある」ことを示す事例なのか。「入国審査」の時間を短くすると「地球規模のグローバル路線」が整うのか。

対象は「米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの4カ国に加えて日本の旅券を持つ18歳以上の人」だという。これでは「地球規模」になっていない。特定の国を優遇するのだから「地球規模のグローバル路線」に反すると捉える方が自然だ。

記事はこの後、ロシアの話になる。

【日経の記事】

統合を崩そうと、東から奇手妙手を繰り出すのは、ロシアのプーチン大統領だ。

欧州の真ん中に位置するオーストリア。難民の流入に歯止めをかけると訴えて下院選に勝利したクルツ国民党党首がナショナリスト政党の自由党と連立政権を発足させたのは、17年暮れだ。この夏、自由党の女性外相クナイスル氏は小さな村のワイナリーで開いた自らの結婚式にプーチン氏を招いた。大統領は伝統の民族ドレスをまとった外相とダンスに興じてみせた。

チェコのゼマン大統領、ハンガリーのオルバン首相らもプーチン氏と懇意だ。04年のEU加盟後、インフラの建設資金などをブリュッセル官僚が差配する財政支援に頼ってきたにもかかわらずだ。



◎どこが「奇手妙手」?

統合を崩そうと、東から奇手妙手を繰り出すのは、ロシアのプーチン大統領だ」と打ち出したものの「奇手妙手」は見当たらない。「伝統の民族ドレスをまとった外相とダンスに興じてみせた」ことが「奇手妙手」なのか。まともな説明になっていない。

記事は次にイタリアの話に移る。

【日経の記事】

南のイタリアがひどい。右翼ナショナリストの同盟と左翼ポピュリストの五つ星運動は6月、政治経験がない学者コンテ氏を首班に祭り上げ、連立を組んだ。早速、出てきたのは低所得層への所得保障や付加価値税率の引き上げ停止を盛り込んだ予算案だ。EUの共通財政ルールに抵触すると、欧州委員会は再編成を求めたが、突っぱねられた。

政治信条が相いれない左右両翼のかすがいは、反EUという一点に尽きる



◎「反EUという一点に尽きる」?

政治信条が相いれない左右両翼のかすがいは、反EUという一点に尽きる」という解説も怪しい。「低所得層への所得保障や付加価値税率の引き上げ停止を盛り込んだ予算案」が出てきたのであれば、積極財政主義という点でも一致していると取れる。
長崎水辺の森公園(長崎市)※写真と本文は無関係です

ここからは記事の最後まで一気に見ていこう。

【日経の記事】

第2次大戦後、統合一辺倒でやってきたEUに潮目の変化をもたらしたのは、15年夏の難民危機だった。シリア、イラクなどからバルカンやイタリアの半島づたいにドイツに押し寄せた難民は、100万を超えた。さらに北をめざした16万がスウェーデンにたどり着いた。人口比でドイツをしのぐ流入は、グローバリズムと外国人に寛容なスウェーデン人を心変わりさせた。

それから3年。独首相の座に就いて13年になるメルケル氏は、10月の州議会選で与党が次々に議席を減らした責任をとり、連立与党を構成するキリスト教民主同盟の党首を退く。9月の議会選で躍進したナショナリスト政党のスウェーデン民主党は、同国の二大政党をゆさぶり続ける。

自由な往来を保証してきた崇高さが裏目に出た。最後のとりでを守ろうとするのはフランスのマクロン大統領だ。11月11日、第1次大戦終結100年の式典に臨み、訴えた。「ナショナリズムは愛国心への裏切りだ」。小雨のパリに集った72人の指導者らに難解なレトリックは通じたか。

英なきEU27カ国に復元力を期待するのは難しかろう。かといって七転八倒する英国をみるにつけ、どの反EU政権も離脱カードは切れまい

大戦終結100年。欧州大陸を金輪際、戦禍にさらさない。その一点においてEUの心は健在だと思いたい。


◎「金輪際、戦禍にさらさない」?

記事の説明だと、EUは「シリア、イラクなど」とも「自由な往来を保証してきた」ような印象を受けるが、そうではないはずだ。

結論部分の「大戦終結100年。欧州大陸を金輪際、戦禍にさらさない」という書き方も誤解を与える。これだと「第1次大戦終結」後に「欧州大陸」は「戦禍」にさらされずに済んだように感じる。

七転八倒する英国をみるにつけ」という説明も整合性の問題がある。大林上級論説委員は「地球規模のグローバル路線を突き進む環境を、英国は整えつつある」「企業は世界を向く新しい英国への期待をもってよかろう」と解説していた。なのに英国は「七転八倒」しているのか。矛盾しているとは言わないが、理解には苦しむ。


※今回取り上げた記事「核心~大戦100年、欧州の復元力は 反EUの波、東西南北に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181119&ng=DGKKZO37858140W8A111C1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。大林尚上級論説委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。大林氏については以下の投稿も参照してほしい。

日経 大林尚編集委員への疑問(1) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_72.html

日経 大林尚編集委員への疑問(2) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_53.html

日経 大林尚編集委員への疑問(3) 「景気指標」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post.html

なぜ大林尚編集委員? 日経「試練のユーロ、もがく欧州」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_8.html

単なる出張報告? 日経 大林尚編集委員「核心」への失望
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_13.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_16.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_17.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_33.html

まさに紙面の無駄遣い 日経 大林尚欧州総局長の「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_18.html

「英EU離脱」で日経 大林尚欧州総局長が見せた事実誤認
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_25.html

「英米」に関する日経 大林尚欧州総局長の不可解な説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_60.html

過去は変更可能? 日経 大林尚上級論説委員の奇妙な解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_14.html

年金に関する誤解が見える日経 大林尚上級論説委員「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/blog-post_6.html

今回も問題あり 日経 大林尚論説委員「核心~高リターンは高リスク」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_28.html

2018年11月18日日曜日

米国出張はほぼ物見遊山? 日経 大石格編集委員「検証・中間選挙」

良く言えば、編集委員を遊ばせる余裕があるということか。17日の日本経済新聞夕刊総合面に載った「検証・中間選挙~テキサスが映す米の岐路  移民急増、民主に勢い」という記事によると、筆者の大石格編集委員は「米中間選挙の投票日をテキサス州で迎えた」らしい。しかし、テキサスでの取材がほとんど記事に生きていない。
平和祈念像(長崎市)※写真と本文は無関係です

ツッコミどころが多い分析も相変わらずだ。まずは記事の最初の方を見ていこう。

【日経の記事】

米中間選挙の投票日をテキサス州で迎えた。全米有数の激戦州だったからだが、それだけが理由ではない。

 2016年の大統領選で番狂わせが起きたのは、世論調査で浮かび上がらなかった「隠れトランプ支持者」がいたからだ。

いまやトランプ支持者を見つけるのは難しくない。トランプTシャツの男性に「ためらいはないのか」と聞くと、「国家元首を応援して何が悪い」と聞き返された。

米国民が誰を支持するのかを堂々と口にするようになったということは、世論調査を再び信用して大丈夫ということだ。事実、中間選挙はほぼ下馬評通りに決着した。


◎現地取材はそれだけ?

そこそこ長い記事だが、現地での取材を反映しているのは上記のくだりだけだ。「トランプTシャツの男性」から「国家元首を応援して何が悪い」というコメントを得ただけならば「何のためにわざわざテキサスまで行ったの?」と聞きたくなる。

しかも「テキサス州」で「トランプ支持者を見つけるのは難しくない」と感じただけで「米国民が誰を支持するのかを堂々と口にするようになったということは、世論調査を再び信用して大丈夫ということだ」と安易に結論付けている。

テキサス州」で大石編集委員が見たことが全米で同じように起きていると判断するのは短絡的だ。それに「トランプ支持者を見つけるのは難しくない」からと言って「隠れトランプ支持者」がいなくなったとは限らない。

そもそも、大石編集委員が出会った「トランプTシャツの男性」は「2016年の大統領選」では「隠れトランプ支持者」だったのだろうか。「2016年の大統領選」でも、熱狂的にトランプ候補を応援する人の映像をテレビでたくさん見た記憶があるが…。

さらに言えば「隠れトランプ支持者」がいなくなっても「世論調査を再び信用して大丈夫」かどうかは断定できない。他の要因で「世論調査」と選挙結果が食い違う可能性はある。総じて大石編集委員は物事を単純に考え過ぎだ。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

16年大統領選の結果と、今回の中間選挙の結果を比べると、共和党優位から民主党優位に変わったのは、ミシガンなど6州だ。注目は上院選、知事選とも民主党が勝ったペンシルベニアとウィスコンシンである。

鉄鋼業が衰退したペンシルベニアは、典型的なラストベルト(さび付いた工業地帯)の一角だ。酪農州のウィスコンシンは白人比率が全米で最も高く、白人票の動向の先行指標となってきた。

トランプ再選があるかないかは、トランプ陣営がこの2州を再び獲得できるかどうか次第だ。



◎なぜ「先行指標」になる?

ここでは「酪農州のウィスコンシンは白人比率が全米で最も高く、白人票の動向の先行指標となってきた」との説明が謎だ。「先行指標」ならば「ウィスコンシンの白人の投票行動と同じ傾向が少し遅れて全国に広がる」と言えるはずだ。しかし、なぜそうなるのかを大石編集委員は教えてくれない。「酪農州」や「白人比率」は「先行指標」になるかどうかと関係ない気がする。
東京ドーム(東京都文京区)※写真と本文は無関係です

記事では「トランプ再選があるかないかは、トランプ陣営がこの2州を再び獲得できるかどうか次第だ」と書いているので、「この2州」を深掘りするするのかと思ったが、話は別の州に移っていく。

【日経の記事】

米国では政党のシンボルカラーを踏まえ、民主党優位の州を青、共和党優位の州を赤で示す。移民が多い海沿いが青、白人主体の大陸中央部が赤である。

その境目のオハイオが最大の戦場とされてきた。第2次世界大戦後、同州で負けて大統領になったのは1960年のケネディ氏の一例しかない。



◎どっちが大事なの?

この2州」が最重要なのかと思ったが、今度は「オハイオが最大の戦場」という展開になっている。この辺りを上手くまとめてほしいところだが、またしても話は別の州へ移る。

【日経の記事】

近年、新しい傾向が生まれつつある。メキシコとの国境沿いの州で民主党が党勢を伸ばしているのだ。ニューメキシコは68年から6回連続で赤だったが、92年以降は2004年を除き青である。



◎「近年」の傾向と言える?

今度は「ニューメキシコ」だ。「近年、新しい傾向が生まれつつある」と大石編集委員は言うが、この「傾向」は「ニューメキシコ」で言えば「92年以降」のものではないのか。だとしたら「近年」は苦しい。「近年」とは「最近の数年間。ここ数年」(デジタル大辞泉)という意味だ。

記事の続きを見ていく。

【日経の記事】

理由はヒスパニック(中南米系)の移民の急増だ。16年の大統領選の出口調査によれば、ヒスパニックの66%が民主党に投票した。黒人の89%には及ばないものの、ヒスパニック人口が増えるほど、民主党に有利になることは間違いない。

西隣のアリゾナは1952年以降の17回の大統領選で、共和党が16勝1敗と圧倒的な勝率を誇る。ただ、差は徐々に縮まっており、今回の上院選での民主党勝利は逆転の前触れかもしれない。

この2州は小さく、影響は限定的だが、テキサスに配分された選挙人は全米2位の38人もいる。ここが青くなれば、共和党はこの先ずっと大統領選に勝てなくなる。

テキサスでヒスパニック人口が白人を抜くのは22年ごろの見込み。上記出口調査で白人の共和党支持率は57%だった。ここから推計すると、テキサスは20年大統領選ではまだでも、24年に青州になる可能性がある



◎「20年大統領選ではまだ」と言える?

ようやく本題らしき話になってきた。「ペンシルベニア」「ウィスコンシン」「オハイオ」は結局、行数稼ぎに入れた話なのだろう。
大分県立別府鶴見丘高校(別府市)
     ※写真と本文は無関係です

本題の分析も苦しい。「16年の大統領選の出口調査」を基に「テキサスは20年大統領選ではまだでも、24年に青州になる可能性がある」と大石編集委員は分析している。しかし「20年大統領選ではまだ」と考えるのは無理がある。

テキサスでヒスパニック人口が白人を抜くのは22年ごろの見込み」かもしれないが、記事に付けたグラフを見ると「20年」の時点でほぼ同数になる。

投票率に差がない前提で考えると「白人の共和党支持率は57%」で「ヒスパニックの66%が民主党に投票」するのだから、民主党有利だ。黒人票を考慮しても「黒人の89%」が民主党支持なので民主党有利は変わらない。なのに「20年大統領選ではまだ」と言えるのか。

記事からは「ヒスパニック人口が白人を抜く」ことが「青州になる」条件だとの前提を感じる。だが、そんな単純な話ではないはずだ。

記事の終盤に話を移そう。

【日経の記事】

米国の国境警備隊が今年10月に逮捕したメキシコからの家族連れの不法入国者は2万3121人。前月より38%多く、過去最多だった。トランプ政権の必死さがうかがえるが、入りを妨げるだけでトレンドを反転させることはできない。

トランプ大統領が「米国生まれならば米国籍を取得できる仕組みを廃止する」と言い始めたのには、それだけの理由があるのだ。テキサスがブルーになる日。米政治の歴史的分岐点はすぐそこまで来ている。



◎取材費の無駄遣いでは?

テキサスがブルーになる日。米政治の歴史的分岐点はすぐそこまで来ている」という問題意識があったから「米中間選挙の投票日をテキサス州で迎えた」のではないのか。なのに「トランプTシャツの男性」とのやり取り以外に取材の形跡は見当たらない。

結局、何を取材しに多額の費用をかけて「テキサス」まで行ったのか。今回のような雑な分析記事しか書けない大石編集委員に物見遊山的な米国出張をさせるのは取材費の無駄遣いだ。そのカネを若手記者の海外出張費に充てた方が、日経のためにもなるだろう。


※今回取り上げた記事「検証・中間選挙~テキサスが映す米の岐路  移民急増、民主に勢い
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181117&ng=DGKKZO37894640X11C18A1NNE000


※記事の評価はD(問題あり)。大石格編集委員への評価もDを維持する。大石編集委員については以下の投稿も参照してほしい。

日経 大石格編集委員は東アジア情勢が分かってる?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_12.html

ミサイル数発で「おしまい」と日経 大石格編集委員は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_86.html

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_15.html

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_16.html

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_89.html

どこに「オバマの中国観」?日経 大石格編集委員「風見鶏」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_22.html

「日米同盟が大事」の根拠を示せず 日経 大石格編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_41.html

大石格編集委員の限界感じる日経「対決型政治に限界」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_70.html

「リベラルとは何か」をまともに論じない日経 大石格編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_30.html

具体策なしに「現実主義」を求める日経 大石格編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post_4.html

自慢話の前に日経 大石格編集委員が「風見鶏」で書くべきこと
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_40.html

2018年11月17日土曜日

問題山積の日経 秋田浩之氏「Deep Insight~米豪分断に動く中国」

日本経済新聞の秋田浩之氏に記事を書かせるのは、やはり苦しい。「本社コメンテーター」といった肩書を付けて顔写真まで入れたコラムを任せるのは、特にやめた方がいい。16日の朝刊オピニオン面に載った「Deep Insight~米豪分断に動く中国」という記事を読めば、あまりこの分野に詳しくない人でもその理由が分かるはずだ。基礎的な知識の欠如がうかがえる記述も目立つ。
国東半島サイクリングコース(大分県国東市)
           ※写真と本文は無関係です

日経に送った問い合わせで問題点を指摘しているので、その内容を見てほしい。

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 秋田浩之様

16日の朝刊オピニオン面に載った「Deep Insight~米豪分断に動く中国」という記事についてお尋ねします。まず問題としたいのは以下のくだりです。

<記事の内容>

米豪の軍略家らによると、中国は米豪を地政学的に切り離し、いざという事態になっても、連携できないようにする意図がうかがえるという。彼らが警戒するのは、次のようなシナリオだ。

中国は豪州を取り囲むようにパプア、バヌアツ、フィジー、トンガに軍事拠点を設ける。台湾と国交を結んでいるソロモン諸島もそこに取り込み、豪州を包囲する「群島の長城」を築き上げる。

こうなると、米軍はいざというとき、豪州の基地を当てにできなくなる。南シナ海やインド洋で米中がぶつかっても、遠方の在日基地しか頼りにできず、不利な体勢を強いられてしまう……。

--ここからが質問です。

豪州の基地を当てにできなくなる」と「南シナ海やインド洋で米中がぶつかっても、遠方の在日基地しか頼りにできず、不利な体勢を強いられてしまう」と秋田様は解説しています。本当にそうですか。「南シナ海」では距離的に近いグアムの米軍基地も「頼り」にできるはずです。

インド洋」では、ディエゴガルシア島に米軍基地があります。なのに「遠方の在日基地しか頼りにでき」ないと考えるのは無理があります。グアムの基地も「在日基地」に比べれば「インド洋」に近い場所にあります。

在日基地しか頼りにできず」という記事の説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

せっかくの機会なので、他にもいくつか指摘しておきます。

(1)「豪州を包囲」になりますか?

まず「群島の長城」についてです。
九重"夢"大吊橋(大分県九重町)
       ※写真と本文は無関係です

パプア、バヌアツ、フィジー、トンガ」に「ソロモン諸島」を加えても「豪州を包囲する『群島の長城』」はできません。記事に付けた地図を見てください。「群島の長城」は「豪州」の北東に連なっているだけで、他の方角は空いています。「包囲」には程遠いのに「豪州の基地を当てにできなくなる」と言えますか。

秋田様は以下のようにも書いています。

米軍はいま、インド洋や南シナ海をにらみ、豪州北端のダーウィン基地に海兵隊員1600人を駐留させている。ところが、この近くに中国の『群島の長城』が出現したら、『米軍の行動は制約されてしまう』(米安保専門家)

当てにできなくなる豪州の基地」とは、具体的には「ダーウィン基地」を指すのでしょう。この「基地」と「群島の長城」はかなり離れています。「基地」のすぐ北にあるのはインドネシアです。「群島の長城」にインドネシアが入っていないのに「豪州の基地を当てにできなくなる」と断言できるのが不思議です。記事に出てくる「米安保専門家」も「米軍の行動は制約されてしまう」としか述べていません。


(2)「関ケ原」と言えますか?

記事では「南太平洋」について「この海洋は、米中覇権争いの勝敗を分ける『関ケ原』」だとも書いています。「その理由は後にふれる」としていますが、結局「その理由」は不明なままです。

関ケ原」と言うからには「米中」が戦争に突入した時に雌雄を決する場が「南太平洋」になるはずです。しかし「南シナ海やインド洋で米中がぶつかっても」などと書いているだけで、「南太平洋」が米中決戦の場となる理由には触れていません。「関ケ原」という例えは不適切でしょう。


(3)「アジアの地中海」に入りますか?

記事の最後の段落は以下のようになっています。

地政学の大家である米国のニコラス・スパイクマン(1893~1943年)は、南太平洋から南シナ海に広がる一帯を『アジアの地中海』と呼んだ。古来、地中海の争いが大国の興亡を左右したように、ここをおさえた大国がアジア太平洋を支配する、という意味である。彼の警鐘は古びるどころか、現実味を増している

スパイクマン」の言う「アジアの地中海」とはシンガポール、台湾、オーストラリア・ヨーク岬を結ぶ三角形を指すのではありませんか。この場合、秋田様の言う「群島の長城」のほとんどは「アジアの地中海」の外に位置しています。

付け加えると、秋田様は記事の中で「豪州北端のダーウィン基地」と書いていましたが、地図上ではヨーク岬の方が北に位置しています。「ダーウィン基地」が本当に「豪州北端」かどうか確認してみてください。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社の一員として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~米豪分断に動く中国
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181116&ng=DGKKZO37804870V11C18A1TCR000


※記事の評価はE(大いに問題あり)。秋田浩之氏への評価もDからEへ引き下げる。秋田氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 秋田浩之編集委員 「違憲ではない」の苦しい説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_20.html

「トランプ氏に物申せるのは安倍氏だけ」? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_77.html

「国粋の枢軸」に問題多し 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/deep-insight.html

「政治家の資質」の分析が雑すぎる日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_11.html

話の繋がりに難あり 日経 秋田浩之氏「北朝鮮 封じ込めの盲点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_5.html

ネタに困って書いた? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/deep-insight.html

中印関係の説明に難あり 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/deep-insight.html

「万里の長城」は中国拡大主義の象徴? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_54.html

「誰も切望せぬ北朝鮮消滅」に根拠が乏しい日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_23.html

日経 秋田浩之氏「中ロの枢軸に急所あり」に問題あり
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_30.html

偵察衛星あっても米軍は「目隠し同然」と誤解した日経 秋田浩之氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_0.html

2018年11月16日金曜日

「減り続けるATM」に無理がある日経ビジネス藤村広平記者

企画を立てて記事を書く時にはストーリーを想定する必要がある。行き当たりばったりの取材では、まともな記事にはなりにくい。だからと言って想定にこだわり過ぎてもダメだ。
渋谷モディ(東京都渋谷区)
      ※写真と本文は無関係です

日経ビジネス11月12日号に載った「SPECIAL REPORT 『現金難民』に救いの手~減り続けるATM、『お金が下ろせない』に対応」という記事は「減り続けるATM」「現金難民」という想定への固執が垣間見える。結果として「減り続けるATM」も「現金難民」も無理のある説明になってしまった。

この件での日経ビジネス編集部への問い合わせと、それに対する回答は以下の通り。

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス編集部 藤村広平様

11月12日号に載った「SPECIAL REPORT 『現金難民』に救いの手~減り続けるATM、『お金が下ろせない』に対応」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは、見出しの「減り続けるATM」にも関連する以下のくだりです。

<記事の当該部分>

国内のATMの設置台数は減少している。メガバンクを含む都市銀行が設置しているのは17年時点で2万6034台。13年と比べると1000台減っている。三菱UFJ銀行や三井住友銀行は今年春、ATMの共同利用を検討すると明らかにしており、削減は今後本格化しそうだ。

地方銀行も事情は同じ。地銀のATMも17年に4万6186台と、過去10年で3000台近く減っている。この傾向は変わっていない。京都銀行は今後、全体の15%にあたる150台、西日本シティ銀行も同20%にあたる約300台を1年半で削減する方針を今夏以降、相次ぎ表明した。

従来はコンビニがATMを増やし、銀行のATMや店舗の統廃合を補ってきた。確かにセブン銀行など主要4社の設置台数は18年春の時点で約5万6000台と、10年前より2倍に増えている。

--ここからが質問です。

記事では「国内のATMの設置台数は減少している」と書いていますが、辻褄が合いません。単純に増減を見ると「都市銀行」が「1000台減って」いて、「地方銀行」も「3000台近く減って」います。一方で「コンビニ」は「2倍に増えている」ので約2万8000台の増加です。合算すると2万4000台の増加となります。

記事では「都市銀行」だけ「13年と比べ」ているので、10年前との比較で揃えてみましょう。記事に付けたグラフから判断すると17年は07年比で1000台弱の増加のようです。つまり、10年前と比べると「都市銀行」「地方銀行」「コンビニ」の合計で約2万6000台の増加となります。

国内のATMの設置台数は減少している」との説明は誤りではありませんか。記事のデータを信じれば、10年前に比べて「国内のATMの設置台数」は「増加」しています(信金・信組などは、ここでは考慮しません)。

付け加えると「都市銀行」だけ「13年と比べる」のは感心しません。「本来ならば比較する時期を揃えるべきだ」と藤村様も分かっているはずです。しかし、10年前との比較では「都市銀行」のATM設置台数が増えてしまうので「13年と比べ」てしまったのではありませんか。この手のご都合主義的なデータの見せ方を続けていると、結局は記事や書き手への信頼性を損なってしまいます。

せっかくの機会なので、記事の冒頭に出てくる八丈島の事例にも注文を付けておきます。「『現金難民』が地方の課題になりつつある」例として「八丈島」の話を取り上げたのでしょうが、中身は説得力に欠けます。記事は以下のようになっています。

<記事の当該部分>

午後5時45分に会社の終業時刻を迎えるや否や、猛ダッシュでバイクに飛び乗る。向かう先は勤務先近くにある銀行のATM。口座から当面の生活費を下ろせたら、ほっと胸をなで下ろす……。東京・八丈島に暮らす長田麻耶さん(20)にとって、これが今年夏までの当たり前の日常だった。

最盛期に1万2000人を超えた島民は7500人まで減り、一部の金融機関は営業体制を縮小。島内のATMは地元信用組合やゆうちょ銀行、出張所を置くみずほ銀行などの8台まで減った。平日でも全て午後6時には稼働を終え、都会なら当たり前のコンビニエンスストアもない。

島にはクレジットカードや電子マネーを受け付けない商店も多く、現金がなければ買い物はできなくなる。ATMの終了時刻に間に合わなければ、その日の夕飯すら危うくなりかねない。だから「仕事を終えた夕方は、いつもバタバタでした」と、長田さんは話す。

--ここから疑問点を挙げていきます。

(1)なぜ昼休みに利用しない?

長田麻耶さん(20)」はなぜ昼休みにATMを利用しないのでしょうか。「勤務先近くにある銀行のATM」ならば、時間的にも問題はないと思えます。


(2)なぜ頻繁にATMを使う?

仕事を終えた夕方は、いつもバタバタ」というコメントから判断すると「長田さん」は平日にはほぼ欠かさずATMを利用していたのでしょう。「会社の終業時刻」から「ATMの終了時刻」まで15分しかないのに、そこまでこまめに現金を引き出すのは、かなり不自然です。


(3)なぜ土日に利用しない?

調べてみると、島内の七島信用組合や三根郵便局では土日もATMが使えるようです。土日に1週間分の生活費を引き出しておけば「仕事を終えた夕方」に「いつもバタバタ」する必要はなさそうです。なぜそうしないのか謎です。
長崎鼻(大分県豊後高田市)
       ※写真と本文は無関係です

島民は7500人」のそれほど大きくない島に「8台」のATMがあって、一部は土日にも使えるとなれば「現金難民」と呼ぶほどの状況にはなりそうもありません。

付け加えると「ATMの終了時刻に間に合わなければ、その日の夕飯すら危うくなりかねない」との説明も大げさではありませんか。

八丈島観光協会のホームページによると、「スーパーあさぬま」「八丈ストア」といった島内のスーパーではクレジットカードが使えるようです。「長田さん」も「ATMの終了時刻に間に合わな」い時には、カード払いで食材を買えます。

『現金難民』が地方の課題になりつつある」と決めてしまったために、話に無理が生じていませんか。「現金難民は、四方を海に囲まれた八丈島だけに限った問題ではない」と藤村様は書いていますが、「八丈島」でも大した「問題」ではない気がします。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。


【日経BP社の回答】

弊誌「日経ビジネス」をご愛読いただき、誠にありがとうございます。

11月12日号のスペシャルリポート「『現金難民』に救いの手」にお問い合わせいただいた件につきまして、回答いたします。

記事中、「国内のATMの設置台数は減少している」との記述についてご指摘をいただきました。当該部分の前段より銀行の事情について触れてきた流れを受け、銀行のATMを念頭に「減少している」といたしました。しかしながら、コンビニエンスストア設置のATMなどを含めると増加しているのはご指摘の通りです。今後はより厳密な表現をするよう注意して参ります。

また、八丈島の事例についての疑問もいただきました。取材対象者の生活スタイルなどを踏まえた実感を基に記述いたしましたが、誌幅の都合やプライバシーに関わる部分もあるため、伝わりにくい部分があったかもしれません。ご指摘を参考に今後、意図が伝わるよう配慮して参りたいと思います。

ご意見をありがとうございました。

よろしくお願い申し上げます。

◇   ◇   ◇

※今回取り上げた記事「SPECIAL REPORT 『現金難民』に救いの手~減り続けるATM、『お金が下ろせない』に対応
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/262664/110500267/?ST=pc


※記事の評価はD(問題あり)。藤村広平記者への評価は暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げる。藤村記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

読むに値しない日経ビジネス藤村広平記者の「時事深層」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_30.html

瑣末な問題あるが日経ビジネス「コンビニ大試練」を高評価
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_28.html

Jフロントは保育事業に参入済み? 日経ビジネスの見解
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/blog-post_12.html

2018年11月15日木曜日

大腸がん検診「受けなければ大損」が罪深い中川恵一東大病院准教授

14日の日本経済新聞夕刊くらしナビ面に「がん社会を診る~大腸がん検診、未受診は割高に」という罪深い記事が載っている。筆者は東京大学病院准教授の中川恵一氏。「大腸がん検診は受けなければ大損」などと問題の多い解説をしている。専門家だから十分な知識があるとの前提に立てば、意図的に読者を騙しているのだろう。なぜそう判断できるのか記事を見ながら述べてみたい。
グラバー園内の旧長崎地方裁判所長官舎(レトロ写真館)
             ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

厚生労働省が推奨するがん検診は胃がん、大腸がん、肺がん、子宮頸(けい)がん、乳がんに対するものです。特に大腸がん検診は便を2日採取するだけの簡単なものですが、死亡率を4割以下まで下げる効果が認められています。



◎「死亡率を4割以下」とは?

死亡率を4割以下まで下げる効果が認められています」との説明がまず分かりにくい。「大腸がんによる死亡率を60%以上下げる効果が認められています」と言いたいのだろう。ただ、普通に読むと「4割以下」は低下の幅ではなく「死亡率」の水準に見える(この解釈が正解かもしれない)。後で触れるが「死亡率」が「がん以外による死亡」も含むのかも不明だ。これでは情報として参考にできない。

ちなみに、週刊ポスト2017年3月17日号の記事では「大腸がん検診」を含むがん検診に関して以下のように記している。

【週刊ポストの記事】

昨年1月、世界的に権威のある『BMJ(英国医師会雑誌)』という医学雑誌に、「なぜ、がん検診は『命を救う』ことを証明できなかったのか」という論文が掲載された。その中で、「命が延びることを証明できたがん検診は一つもない」という事実が指摘されたのだ。

たとえば、最も効果が確実とされている大腸がん検診(便潜血検査)では、4つの臨床試験を統合した研究で、大腸がんの死亡率が16%低下することが示されている。その一方で、がんだけでなく、あらゆる要因による死亡を含めた「総死亡率」が低下することは証明できていない。

◇   ◇   ◇

BMJ」に載った論文は他のメディアも取り上げており、中川氏も知っているはずだ。「この論文は誤りだ。総死亡率の低下を示す確かなエビデンスはある」と中川氏が考えるのならば、それを日経の記事で示すべきだ。なのに今回の記事では「大腸がん検診を受けると総死亡率が明らかに低下する」という話は出てこない。

あるいは「死亡率を4割以下まで下げる」というくだりの「死亡率」は「総死亡率」を指すのか。だったらそう書くべきだ(違うとは思うが…)。

代わりに出てくるのが以下の説明だ。これまた問題が多い。

【日経の記事】

今回、私たちは富士通健康保険組合と共同で大腸がんに関するレセプト(診療報酬明細書)と検診データを分析する大規模調査を行いました。

2014年度に大腸がん検診を受けた富士通健保加入者は約8万6千人、受診しなかったのは約3万4千人でした。受診した人でその後に大腸がんと診断されたのは約140人で、そのうち診断時に別の臓器などへの遠隔転移があったのは2.9%でした。未受診の人でその後に大腸がんと診断されたのは約60人。診断時に遠隔転移があったのはそのうち約23%でした。

大腸がんと診断された後、17年度までの4年間に必要となった患者1人あたりの総医療費は受診群が約200万円、未受診群は約460万円と2倍以上の差が出ました。

このように大腸がん検診を受けるメリットは明らかですが、これを集団の医療コストという視点で見てみます。



◎「検診を受けるメリットは明らか」?

大腸がん検診を受けるメリットは明らか」と中川氏は言い切るが、全くそう思えない。まず「富士通健康保険組合」との「大規模調査」はランダム化比較実験になっていないと推測できる。なので、そもそもエビデンスとしての信頼性に欠ける。それを踏まえた上で中川氏の言う「大腸がん検診を受けるメリット」を見ていこう。
藤蔭高校(大分県日田市)※写真と本文は無関係です

受診群」で「大腸がんと診断された」人のうち「診断時に別の臓器などへの遠隔転移があったのは2.9%」。一方で「未受診群」では「その後に大腸がんと診断された」人のうち「遠隔転移」ありが「約23%」だという。

未受診群」では自覚症状が出てから検査を受ける人が多いはずなので、「遠隔転移」の率も高くなるだろう。それは分かる。だからと言って「検診を受けるメリット」があると判断するのは早計だ。

結局、「受診群」は長生きする確率が有意に高くなるのかが問題だ。その肝心な情報を中川氏は教えてくれない。「遠隔転移」していないがんを多く発見しても、それが長生きする可能性を高めてくれなければ意味はない。

患者1人あたりの総医療費は受診群が約200万円、未受診群は約460万円」という話にも受診のメリットは感じない。「受診群」では大して深刻ではないがんが多く見つかるはずなので「患者1人あたりの総医療費」が低くなるのは当然だ。

未受診群」の中には「隠れ大腸がん患者」がいると思われる。こうした人も含めて「患者1人あたりの総医療費」を見れば、「未受診群」の金額はかなり下がるだろう。

結局、「富士通健康保険組合」の話からは「大腸がん検診を受けるメリット」が全く感じられない。

記事の続きを見ていく。

【日経の記事】

検診費用がかかるものの早く見つかったため医療費が安く済む集団と、検診費用はかからないが進行したがんが多く、医療費が高くなる集団ではトータルの費用にどのような差が生じるでしょうか。

前述のデータを用い、未受診群で大腸がんになった人には治療費を、受診群では治療費に検診費を加え、1人あたりのコストを計算しました。がん患者ではない人のデータも含めたものです。その結果、受診群は未受診群に比べて4年間のコストが3千円以上安くなりました。検診費用を加えても受診した方が安く済むという結果は、保険組合や政府にとっても示唆的ではないでしょうか。



◎本当に「受診した方が安く済む」?

がん患者ではない人のデータも含めたものです」の解釈に迷ったが、ここでは「がん患者ではない人にかかった医療費も含めて計算したものです」との意味だとして話を進める。
都電荒川線 早稲田駅(東京都新宿区)
        ※写真と本文は無関係です

受診群は未受診群に比べて4年間のコストが3千円以上安く」なったからと言って「検診費用を加えても受診した方が安く済む」と判断するのは、やはり気が早い。まずランダム化比較実験ではなさそうという問題がある。

例えば「受診群は未受診群に比べて」健康に気を配る人が多いとすると、この要因が「コスト」に影響している可能性がある。だとすると「未受診群」が「受診」に切り替えても「安く済む」とは限らない。

最後に記事の結論部分を見ていこう。

【日経の記事】

今後、進行した大腸がんに「オプジーボ」などを用いた超高額ながん免疫療法が行われるでしょうから、この差はますます大きくなると思います。がん検診を受けて早期にがんを見つけることは患者個人の身体的、経済的負担を軽くするだけではありません。医療費の抑制につながり、社会全体にもプラスになります。大腸がん検診は受けなければ大損といえるでしょう



◎「大腸がん検診は受けなければ大損」?

がん検診を受けて早期にがんを見つけることは患者個人の身体的、経済的負担を軽くする」と中川氏は断定している。だが、がん検診にはデメリットもある。特に問題なのが「過剰診断」だ。国立がん研究センターのサイトでは以下のように解説している。

【国立がん研究センターの解説】

(がん検診の)もう1つの重大な不利益に、「過剰診断」があります。がん検診で発見されるがんの中には、本来そのがんが進展して死亡に至るという経路をとらない、生命予後に関係のないものが発見される場合があります。こうした「がん」は消えてしまったり、そのままの状況にとどまったりするため、生命を脅かすことはありません。また、精度が高いとされる検査で発見される前がん病変も、すべてががんに進展するわけではなく、むしろがんになるのはほんの数%にすぎません。しかし、実際にがん検診を受けて「がん」として見つかったものについては、多くの場合は通常のがんと同様の診断検査や治療が行われます。診断検査や治療には、経済的だけでなく、身体的・心理的にも大きな負担を伴います。場合によっては、治療による合併症のために、その後の生活に支障をきたすこともあります。早期発見されたがんの中には、一定の過剰診断例が含まれていますが、がんの種類や検査法によりその割合は異なります。現在の医療では、どのようながんが進展し、生命予後に影響を及ぼすかはわかっていません。

◇   ◇   ◇

過剰診断」の問題を中川氏が知らないはずはない。なのに完全に無視して「がん検診を受けて早期にがんを見つけることは患者個人の身体的、経済的負担を軽くする」と言い切るのは、あまりに無責任だ。

大腸がん検診は受けなければ大損」という中川氏の言葉を信じて検診を受ける人がいるかもしれない。結果として、「生命予後に関係のないものが発見され」ただけなのに「通常のがんと同様の診断検査や治療」を受けて「身体的・心理的にも大きな負担」が生じる場合もある。そうしたリスクを読者に伝えずに「大腸がん検診は受けなければ大損」と結論付けて、医療関係者としての良心は痛まないのか。


※今回取り上げた記事「がん社会を診る~大腸がん検診、未受診は割高に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181114&ng=DGKKZO37734190U8A111C1KNTP00


※記事の評価はE(大いに問題あり)。中川恵一氏への評価も暫定でEとする。

2018年11月14日水曜日

ATMの管理に「月700万円」もかかる? 日経「曲がり角のATM(上)」

ATM1台を動かすのに必要な管理費は、月に約700万円」と14日の日本経済新聞朝刊に出ていた。「管理費」だけで年間8000万円を超えるとは常識的には考えにくい。日経には以下の内容で問い合わせを送った。
切株山園地(大分県玖珠町)※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 渡辺淳様 大島有美子様

14日の朝刊金融経済面に載った「曲がり角のATM(上) 自前主義から協調へ 重いコスト負担 低減探る」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

銀行は取引先でもあるメーカーと二人三脚で利便性を高め、ATMの機能を拡張してきた。紙幣のシワをのばすアイロンまで内蔵された。高度化したATM1台を動かすのに必要な管理費は、月に約700万円ともいう。三菱UFJ銀は店舗外ATMの大半が赤字だとみられる

ATM1台を動かすのに必要な管理費は、月に約700万円」というのは本当でしょうか。2017年12月24日の日経の記事では「ある銀行関係者は『ATM1台の価格は300万円ほど。それに警備費や監視システムだけで1台に毎月約30万円の費用がかかる』と明かす」と記しています。

日経ビジネス11月12日号でも「標準的な機能を備えたATMを1台設置する場合、初期費用が約200万~300万円。運用開始後も機器のメンテナンスや現金輸送、警備といった維持費が1台当たり月30万~40万円かかるとされる」と書いており、この2つの記事の内容はほぼ一致します。「紙幣のシワをのばすアイロンまで内蔵された」機種は多少コストがかさむかもしれませんが、「管理費」が20倍になるでしょうか。

渡辺様と大島様は「(ATMを)相互に開放することで立地の重なる計500カ所ほどの拠点を減らせれば、数十億円の経費削減につながる」とも説明しています。「500カ所ほどの拠点」にそれぞれ1台しかATMがないと仮定しても「管理費」を年間で400億円以上も減らせる計算になります。「数十億円の経費削減」と「月に約700万円の維持費」は整合しません。

ATM1台を動かすのに必要な管理費は、月に約700万円」との説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

ちなみに、毎日新聞は11月7日付の「三菱UFJと三井住友 ATM共通化 店舗外、来年前半に」という記事で「ATMでの引き出しは近年減少傾向の上、管理などの維持費用は1台で年間約700万~1000万円程度かかるとされる」と記しています。渡辺様と大島様は「年に約700万円」を「月に約700万円」と間違えたのだとすれば辻褄が合います。

付け加えると「三菱UFJ銀行と三井住友銀行が2019年前半にもATMの相互開放に乗り出す」ことを受けて「人口減や長引く低金利で経営環境が厳しさを増すなか、分野によっては競い合いをやめて手を握る新たな競争時代に突入した」と書くのは無理があると感じました。

三菱UFJ銀行」に関して言えば、既にJAバンク、イオン銀行などとATMの相互利用に乗り出しており、平日の昼間であれば手数料なしで現金を引き出せます。提携先コンビニATM(セブン銀行ATM、ローソンATM、E-net ATM)でも条件付きで手数料なしの引き出しが可能です。

渡辺様と大島様は「自前主義にこだわり続けた銀行界が協調にかじを切ろうとしている」と解説していますが、「三菱UFJ銀行」のATMに限っても、「自前主義」へのこだわりはかなり前になくなっているはずです。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社の一員として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

追記)15日の朝刊に「14日付『曲がり角のATM(上)』の記事中で『月に約700万円』とあったのは『年に約700万円』の誤りでした」と出ていたが、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「曲がり角のATM(上) 自前主義から協調へ 重いコスト負担 低減探る
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181114&ng=DGKKZO37648610S8A111C1EE9000


※記事の評価はD(問題あり)。渡辺淳記者への評価はDを据え置く。大島有美子記者に関しては暫定でDとする。渡辺記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

肝心なことが抜けた日経「保険販売、手数料が高騰」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2016/09/blog-post_76.html

ぐるなび会長の寄付で「変わる相続」語れる? 日経「ポスト平成の未来学」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/blog-post.html

2018年11月13日火曜日

森井裕一東大教授の記事の拙さを直せない週刊エコノミストの罪

簡潔に分かりやすく記事を書くことを学者に求めるのは酷だ。説明下手な書き手も多い。学者に記事を書いてもらう場合、その辺りは執筆を依頼したメディアが気を配るべきだ。週刊エコノミスト11月20日号に載った「メルケル首相が党首辞任を表明 流動化するドイツ政治」という記事は、そこが足りない。

東京・渋谷のスクランブル交差点
    ※写真と本文は無関係です
筆者の森井裕一東大教授は事実関係の認識を誤ってはいないと思う。書き方が拙いだけだ。週刊エコノミストの担当者がしっかりしていれば、問題のない記事に仕上げられたはずだ。

編集部には以下の内容で問い合わせを送った。

【エコノミストへの問い合わせ】

東京大学大学院 総合文化研究科教授 森井裕一様  週刊エコノミスト編集長 藤枝克治様

11月20日号の「メルケル首相が党首辞任を表明 流動化するドイツ政治」という記事についてお尋ねします。記事では「ヘッセン州で10月28日に実施された州議会選挙」に触れて「CDUが得票率27・2%と前回13年の選挙時に比べ11・1%も得票を減らし、その票が緑の党や反移民・難民の右翼ポピュリスト政党『ドイツのための選択肢(AfD)』に流れた」と解説しています。

これを信じれば「CDU」が得た票は「前回13年の選挙時に比べ11・1%」減っているはずです。しかし「11・1」とは「得票」ではなく「得票率」に関する数字ではありませんか。ロイターでは「CDUは第1党の座は維持するものの、得票率は27.2%と前回2013年に勝利した際の38.3%から大幅に落ち込む」(つまり得票率11.1ポイントの低下)と伝えています。

投票総数が前回と同じだと仮定すると「CDU」は30%近くも「得票を減らし」ているはずです。「前回13年の選挙時に比べ11・1%も得票を減らし」との説明は誤りではありませんか。「CDUの得票率は27・2%と前回13年の選挙時に比べ11・1ポイントも低下し~」などと書くべきだったと思えます。

せっかくの機会なので、語順の問題にも触れておきます。記事には「これを受けてメルケル首相は選挙翌日に12月に予定されているCDU党大会で党首再選を目指して立候補しないと表明した」との記述があります。

選挙翌日に12月に」と時期に関する情報が続く部分に読みにくさを感じました。「選挙翌日に~表明した」の間に「12月に予定されている」を挟んでいるのが原因です。

これを受けてメルケル首相は12月に予定されているCDU党大会で党首再選を目指して立候補しないと選挙翌日に表明した」と語順を変えるだけで、かなり読みやすくなります。「これを受けてメルケル首相は選挙翌日に、12月に予定されているCDU党大会で党首再選を目指して立候補しないと表明した」と読点を入れる手もありますが、前者をお薦めします。

森井様は記事を書くプロではないので、この辺りは編集部の責任で手直しすべきでしょう。問い合わせは以上です。回答をお願いします。

週刊エコノミストでは読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。11月6日号の「バルト海と西バルカンで火花 EUvsロシアの軍事的緊張」という記事では、国際政治アナリストの岩川柊子氏が「モンテネグロ」を「NATOには未加盟」と書いていました。これは間違いではないかと指摘しましたが、回答は届いていません。11月13日号と11月20日号でも訂正の掲載が確認できませんでした。読者から購読料を徴収しているメディアとして責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。

※今回取り上げた記事「メルケル首相が党首辞任を表明 流動化するドイツ政治
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20181120/se1/00m/020/027000c


※記事の評価はD(問題あり)。森井裕一氏への評価も暫定でDとする。

2018年11月12日月曜日

週刊ダイヤモンド「行動遺伝学」特集に見える矛盾

週刊ダイヤモンド11月17日号の特集2「努力で決まるか 生まれながらなのか?~行動遺伝学が教える 学力、性格と『遺伝』のホント」は基本的にはよく書けている。タブー視されがちな問題を取り上げた姿勢も評価できる。ただ、理解に苦しむ部分もあった。筆者の小栗正嗣編集委員には以下の内容で問い合わせを送っている。
山地獄(大分県別府市)※写真と本文は無関係

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

週刊ダイヤモンド編集部 小栗正嗣様

11月17日号の特集2「努力で決まるか 生まれながらなのか?~行動遺伝学が教える 学力、性格と『遺伝』のホント」を興味深く読みました。ただ、矛盾を感じる部分もありました。

まず記事では「行動遺伝学」について「いかなる行動の個人差も、遺伝だけからでも環境だけからでもなく、遺伝と環境の両方の影響によってつくられているという、ごく当たり前の前提に立つ」と説明しています。

しかし「日本の行動遺伝学の第一人者、安藤寿康・慶應義塾大学文学部教授」が取りまとめたという119ページのグラフを見ると「遺伝の影響」がゼロの項目がかなりあります。

家出(15歳未満)」「人に対する虐待(15歳未満)」「器物損壊(15歳未満)」「窃盗(15歳未満)」「結婚(60歳時)」では「共有環境の影響」と「非共有環境の影響」はあっても「遺伝の影響」はゼロです。だとすると「いかなる行動の個人差も、遺伝だけからでも環境だけからでもなく、遺伝と環境の両方の影響によってつくられている」という「前提」が崩れます。

記事の説明かグラフのデータのいずれかが間違っているのではありませんか。どちらにも問題ないとの判断であれば、上記の矛盾についてどう理解すればよいのか教えてください。

御誌では、読者からの問い合わせを無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。

※今回取り上げた特集「努力で決まるか 生まれながらなのか?~行動遺伝学が教える 学力、性格と『遺伝』のホント
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/25046


※特集の評価はB(優れている)。小栗正嗣編集委員への評価は暫定C(平均的)から暫定Bに引き上げる。

2018年11月11日日曜日

東洋経済で「那覇から台北わずか30分」と書いた牧野知弘氏に問う

週刊東洋経済11月17日号に載った「人が集まる街、逃げる街 第51回 那覇市[沖縄県]人とカネを引き付ける新国際都市」という記事は、誤りだと思える記述が目立った。東洋経済新報社には以下の内容で問い合わせを送っている。
成田国際空港(千葉県成田市)※写真と本文は無関係です

【東洋経済への問い合わせ】

不動産事業プロデューサー 牧野知弘様  週刊東洋経済編集長 西村豪太様

11月17日号の「人が集まる街、逃げる街 第51回 那覇市[沖縄県]人とカネを引き付ける新国際都市」という記事について3点お尋ねします。

(1)「日本最南端」は沖縄県ですか?

冒頭で「日本最南端に位置する沖縄県」と書いていますが、日本最南端は「沖ノ鳥島(東京都)」ではありませんか。

(2)「アジアの都市に最も近い」のは那覇市ですか?

記事には「首都東京をアジアの国際金融センターにしようという計画が叫ばれているが、国内では那覇市がアジアの都市に最も近く、実は国際金融センターの隠れた候補ともいえるのである」との記述があります。都道府県庁所在地に限っても、福岡市の方が「アジアの都市」に近いのではありませんか。福岡から釜山(韓国)までの距離は那覇から台北の約3分の1です。

(3)「那覇空港から台北まで30分」で行けますか?

記事では「那覇空港から台北までわずか30分」と説明しています。しかし、実際には1時間30分前後かかるのではありませんか。那覇発だと出発時刻と到着時刻の差は40分程度ですが、これは1時間の時差があるためです。

以上の3点は誤りだと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。御誌では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。

質問(3)に関して補足しておきます。問題のくだりを長く引用すると「那覇空港から台北までわずか30分、上海まで1時間25分、香港まで2時間、シンガポールまで4時間強でアクセスできる。羽田空港から香港まで4時間、シンガポールまで7時間半であることを考えると、経済発展著しいアジアの諸都市へのアクセスは抜群といえる」となります。

「時差を考慮しないで所要時間を考えたのではないか」と思えたので、他の所要時間もネットで調べてみました。その数字をカッコ内に入れて問題のくだりを再現してみます。

「那覇空港から台北までわずか30分(1時間20分)、上海まで1時間25分(2時間5分)、香港まで2時間(2時間50分)、シンガポールまで4時間強(5時間25分)でアクセスできる。羽田空港から香港まで4時間(5時間)、シンガポールまで7時間半(7時間25分)」

羽田・シンガポールは許容範囲ですが、他は1時間前後のズレがあります。カッコ内の時間が絶対に正しいとは言いませんが、羽田・シンガポール間以外は誤りの公算大です。確認した上で、誤りであれば次号で訂正してください。

さらに言葉の使い方で1つだけ指摘しておきます。気になったのは以下の記述です。

市内の公示地価(18年1月)は国際通りで坪当たり約136万円と対前年同月比12.8%増。おもろまちは約94万円で同15.1%増となり、地価高騰が話題になっている

地価」に関して「2.8%増」「15.1%増」と表記していますが「地価が増える」とは言わない気がします。「対前年同月比」の「」も不要です。改善例を示してみます。

<改善例>

市内の公示地価(18年1月)は国際通りで坪当たり約136万円と前年同月比12.8%の上昇。おもろまちは約94万円で同15.1%高くなり、地価高騰が話題になっている

問い合わせは以上です。回答をお願いします。

◇   ◇   ◇
 
※今回取り上げた記事「人が集まる街、逃げる街 第51回 那覇市[沖縄県]人とカネを引き付ける新国際都市
https://dcl.toyokeizai.net/ap/registinfo/init/toyo/2018111700


※記事の評価はE(大いに問題あり)。この件に関しては、牧野知弘氏が関わっているオラガ総研を通じても問い合わせをしている。同氏への評価は間違い指摘への対応を見てから決めたい。


追記)結局、回答はなく、訂正も出なかった。これを受けて牧野知弘氏への評価はF(根本的な欠陥あり)とする。