2017年7月31日月曜日

どこに「自己否定」? 日経 石鍋仁美編集委員「経営の視点」

看板に偽りありと言うべきだろう。31日の日本経済新聞朝刊企業面に載った「経営の視点~グリコ、おしゃれな『健康アイス』 自己否定からヒット商品」という記事は、肝心の「自己否定」が見当たらないし、「ヒット商品」かどうかも怪しい。石鍋仁美編集委員が書いた記事を見ながら、そうした点を検証したい。
九州北部豪雨で冠水した国道386号(福岡県朝倉市)
        ※写真と本文は無関係です。

【日経の記事】 

江崎グリコが今年発売したアイスクリーム「SUNAO(スナオ)」シリーズが売れている。特徴は低糖質と低カロリー。前身となる健康志向アイスに比べ売上高は倍増したそうだ

◎それで「ヒット」と言える?

江崎グリコが今年発売したアイスクリーム『SUNAO(スナオ)』」が「ヒット商品」かどうかを探る材料は「前身となる健康志向アイスに比べ売上高は倍増した」ことだけだ。この材料から「ヒット商品」だと結論付けられるだろうか。

まず、販売数量や販売金額には触れていない。「前身となる健康志向アイス」の販売が振るわなかった場合、リニューアルして売上高が「倍増」したとしても、「ヒット商品」と言えるような販売規模ではない可能性が十分にある。

また、リニューアルして広告宣伝などに力を入れれば、「前身となる」商品を上回る売り上げでスタートするのは当然だと思える。例えば、自動車でモデルチェンジした車種の発売直後の売り上げがモデルチェンジ直前の2倍になった時、それだけで「ヒット商品」誕生と断定できるのか。

結局、「スナオ=ヒット商品」と信じるべき根拠は見当たらない。

次に「自己否定」について検証しよう。

【日経の記事】

出発点は「アイスを食べる罪悪感、うしろめたさの払拭」だったと、開発を担当した健康事業・新規事業マーケティング部の原田祐輔氏は振り返る。

アイスクリームという商品の魅力のもとは砂糖の甘さとミルクのコクにある。新商品では、この2つを極力避けた。いわばアイスという商品の自己否定だ。砂糖は一切使わず、豆乳などを用いることで糖質は通常の半分、カロリーは3分の1に抑えた。

しかし、健康にいい食品でも、おいしく、おしゃれでなければ、広範な支持は得られない。脱脂濃縮乳など素材の工夫で後口のよい甘みとコクを確保。パッケージデザインも写真に撮り友人に自慢できる「インスタ映え」するものに一新。時には甘い物を素直に楽しもうという呼びかけに「スナオ」と名づけた。


◎これで「自己否定」?

スナオ」に関して「いわばアイスという商品の自己否定だ」と石鍋編集委員は述べている。だが、これは「前身となる健康志向アイス」と大差ない気がする。
九州北部豪雨後のJR日田彦山線の陸橋
(福岡県東峰村)※写真と本文は無関係です

否定したのは「砂糖の甘さとミルクのコク」で「砂糖は一切」使っていないという。ただ、砂糖不使用は前身の「カロリーコントロールアイス」も同じだ。「糖質は通常の半分」というのもほぼ同じ。カロリーも「80キロカロリー」で変わっていない。

ミルクのコク」についても「脱脂濃縮乳など素材の工夫で後口のよい甘みとコクを確保」しているのであれば、「アイスという商品の自己否定」とまでは言い切れない。「ミルク」は使っているし、「コク」も確保している。

ついでに言うと「パッケージデザインも写真に撮り友人に自慢できる『インスタ映え』するものに一新」という説明も引っかかった。個人的には、普通のカップ入りのアイスにしか見えない。これを多くの消費者が「『インスタ映え』する」と感じるのだろうか。

この記事には他にも引っかかる点があった。いくつか紹介しておこう。

【日経の記事】

第3に社内でのカニバリズム(共食い)をおそれなかったことも指摘できる。新商品を開発した新規事業部門は終始、既存のアイスクリーム部門に応援してもらったという。開発の中心となる原田氏が直前までアイス部門に在籍していたことがプラスに働いた。

既存部門と新規部門の関係がこじれると、うまくいくものもダメになる。実際には、スナオを置いた小売店ではアイス全体の売り上げが伸びた。共食いではなく市場が拡大したのだ。

◎「カニバリズム」心配の必要ある?

グリコのホームページで「カロリーコントロールアイス」を見ると「カロリーコントロールアイスは、SUNAOに生まれ変わりました」と出てくる。既存商品を新商品に置き換えるのだから「社内でのカニバリズム(共食い)をおそれなかったこと」は当然で、恐れる方が不思議だ。「カロリーコントロールアイス」と「スナオ」が同時に市場を奪い合うのならば話は別だが…。
九州北部豪雨で流されたJR久大本線の陸橋
    (大分県日田市)※写真と本文は無関係です

高齢化や人口減をただ嘆くのではなく、かといって安易に健康志向に乗るだけでもない。手のひらサイズのカップに、逆風下の経営への教訓が詰まっている」と石鍋編集委員は記事を締めている。だが、ヒットしているかどうか怪しい商品を乏しい根拠に基づいて持ち上げているようにしか見えなかった。


※今回取り上げた記事「経営の視点~グリコ、おしゃれな『健康アイス』 自己否定からヒット商品
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170731&ng=DGKKZO19439100Q7A730C1TJC000


※記事の評価はD(問題あり)。石鍋仁美編集委員への評価はC(平均的)からDへ引き下げる。石鍋編集委員については以下の投稿も参照してほしい。

「シェアリング」 日経 石鍋仁美編集委員の定義に抱いた疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_88.html

2017年7月30日日曜日

「脱時間給」で八代尚宏教授が愚か者に見える日経の記事

脱時間給」で日本経済新聞が頼りにしているのが「労働経済学が専門で、政府で規制改革推進会議委員を務める八代尚宏・昭和女子大学特命教授」。30日朝刊総合3面にも「休日確保義務は有効 八代尚宏・昭和女子大学特命教授に聞く」というインタビュー記事が出ている。
豪雨被害を受けたJR久大本線(大分県日田市)
          ※写真と本文は無関係です

ただ、八代教授の説明は辻褄が合っていない。記事が発言を正しく伝えているのならば、日経としては八代教授を使わない方がいい。「脱時間給」制度の必要性を認識してもらう妨げとなるだけだ。

問題のくだりを見ていこう。

【日経の記事】

――過重労働を助長するとの懸念がでています。

「労働時間短縮には残業時間に上限を設けるというやり方がある。だが、脱時間給の対象になる人たちは家に帰ってもアイデアを練り、仕事のための資料を点検する。こういった時間を労働とみるかどうかの境目は曖昧だ。残業上限を適用しても実効性が弱い

――連合が求めていた修正案をどう評価しますか。

「かなり筋が良い提案だった。現行案は365日働かせられる。労働の境目が曖昧だから連合案の『年104日以上』という休日確保の義務付けで過重労働を防げる。政府は連合の修正案を取り入れるべきだ」


◎休日にはアイデアを練らない?

脱時間給の対象になる人たちは家に帰ってもアイデアを練り、仕事のための資料を点検する」から「残業上限を適用しても実効性が弱い」という八代教授の主張を取りあえず受け入れてみよう。その場合、「『年104日以上』という休日確保の義務付けで過重労働を防げる」だろうか。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市
      ※写真と本文は無関係です

家に帰ってもアイデアを練り、仕事のための資料を点検する」人がいるとは思う。ただ、そういう人は休日も同様だと考える方が自然だ。「仕事がある日は帰ってからもアイデアを練るが休日には練らない」との前提は、あまりに不自然だ。

家に帰ってもアイデアを練り、仕事のための資料を点検する」から「残業上限を適用しても実効性が弱い」のならば、「過重労働」を防ぐ手立ては基本的にない。家の中で仕事のアイデアを考えている人を強制的に休ませる手段などない。それは休日でも同じだ。

八代教授は「残業上限の適用には反対だが、休日確保の義務付けは容認」という主張に合わせるために、ご都合主義的な主張を展開しているのだろう。だが、整合性の問題が大きすぎる。

今回のインタビュー記事だけ読むと、八代教授が愚か者に見える。仮にそうだとしても、せっかく取材に応じてくれているのだから、そこは日経の記者がカバーしてあげてほしい。「辻褄が合わなくないですか」などと取材時に質問すれば、八代教授もさすがにそれなりの弁明を加えてくれるのではないか。

ついでに言うと、インタビュー記事とセットになっている「働き方改革の道筋~『脱時間給』停滞を懸念 連合の容認撤回で 経済界、政権の本気度探る 」という記事は好感が持てた。

【日経の記事】

政府不信は根深い。昨秋始まった働き方改革実現会議も、経済界の思惑通り運ばなかったとの思いがある。検討が進むのは残業上限や同一労働同一賃金など労働者に優しい政策ばかり経済界が求めた脱時間給などの議論は不完全燃焼に終わった。あるメーカー幹部は「せめて脱時間給ぐらい入れてくれないと、改革にならない」とぼやく。



◎正直さに好感

上記の書き方からは「脱時間給は労働者に優しくない政策」だと明確に読み取れる。「脱時間給」で日経の記事に問題が多いのは、「労働者に優しくない政策」を「労働者に優しい政策」のように見せようとするからだ。今回の記事にはそれがない。

日経が「脱時間給」の導入を求めるのはいい。メディアの性格からして、その方が自然だ。だが、ムチをアメに見せかけるような姑息な真似は止めてほしい。


※今回取り上げた記事

休日確保義務は有効 八代尚宏・昭和女子大学特命教授に聞く
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170730&ng=DGKKZO19429400Z20C17A7EA3000

働き方改革の道筋~『脱時間給』停滞を懸念 連合の容認撤回で 経済界、政権の本気度探る 」
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170730&ng=DGKKZO19429340Z20C17A7EA3000


※記事の評価はいずれもC(平均的)。

2017年7月29日土曜日

「脱時間給」擁護の主張が苦しい日経 水野裕司編集委員

28日の日本経済新聞朝刊1面で水野裕司編集委員が「脱時間給」の導入を訴える解説記事を書いている。この件では、いつも同じような指摘になってしまうのだが、日経が相変わらずおかしな主張を展開するので仕方がない。まず「誰のための連合か」という記事の一部を見ていこう。
豪雨被害を受けた大分県日田市 ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

連合の新制度への反対姿勢に透けるのは、年功制や長期雇用慣行のもとでの旧来の働き方を守り抜こうとしていることだ。だが日本が成長力を伸ばすには、もっと生産性を上げられる働き方を取り入れることは欠かせない。

グローバル化が進み、企業の競争が一段と激しくなるなか、働く人の生産性向上を促す脱時間給はできるだけ早く導入しなければならない制度である。単純に時間に比例して賃金を払うよりも、成果や実績に応じた処遇制度が強い企業をつくることは明らかだ。企業の競争力が落ちれば従業員全体も不幸になる。連合が時代の変化をつかめていないことの影響は大きいといえよう。


◎「生産性を上げられる」?

脱時間給」を「もっと生産性を上げられる働き方」だと水野編集委員は言うが、根拠はあるのか。まともな根拠として考えられるのは「残業代を気にせずに従業員を働かせられるので、1人当たりの労働時間を増やす効果がある」ということぐらいだ。これだと、労働者としては残業代なしで負荷が増える結果になる。そんな制度を連合が支持する方がおかしい。

単純に時間に比例して賃金を払うよりも、成果や実績に応じた処遇制度が強い企業をつくることは明らかだ」という説明も誤解を招く。仮にその通りだとしても、現行制度の下で「成果や実績に応じた処遇制度」が禁止されているわけではない。歩合給の比率が高い仕事はたくさんあるし、給与水準を決める際に「成果や実績に応じた」ものにするのは珍しくない。例えばタクシー会社では運転手の給与を「単純に時間に比例して賃金を払う」仕組みにしているだろうか。

また、脱時間給制度が導入されても、「給与は入社年次に応じて自動的に決まる。成果部分はなし」という方式は採用できる。水野編集委員の解説だと、現状では「成果や実績に応じた処遇制度」を採用できず、「脱時間給」になると一気に成果重視になるような印象を受ける。だが、そう理解するのは誤りだ。

ついでに、28日の「政労使合意なくても労基法改正を確実に」という社説に奇妙な説明があったので紹介したい。

【日経の社説】

脱時間給は長時間労働を招きかねず、残業を規制する動きと矛盾する、とも指摘される。だが新制度では本人が工夫して効率的に働けば、仕事の時間を短縮できる。その利点に目を向けるべきだ。


◎「脱時間給」ゆえの利点?

新制度では本人が工夫して効率的に働けば、仕事の時間を短縮できる」と言われると、「今の制度では無理なの?」と聞きたくなる。「本人が工夫して効率的に働けば、仕事の時間を短縮できる」のは、「脱時間給」を導入してもしなくても変わらない。それを「脱時間給」特有の「利点」のように書くのは感心しない。

しかも社説の筆者は「その利点に目を向けるべきだ」と説いている。結局、「働き過ぎなんか心配要らない。自分で工夫して仕事の時間を短縮すれば済む話だ」とでも言いたいのだろうか。


※今回取り上げた記事

誰のための連合か
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170728&ng=DGKKASDC27H2W_X20C17A7MM8000

政労使合意なくても労基法改正を確実に
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170728&ng=DGKKZO19361230Y7A720C1EA1000

※記事の評価はともにD(問題あり)。 水野裕司編集委員への評価もDを維持する。

2017年7月27日木曜日

早大付属校の説明に問題あり 東洋経済「これから伸びる中学・高校」

週刊東洋経済7月29日号の第1特集「これから伸びる中学・高校」で早稲田大学の付属校に関して不正確だと思える説明があった。23日(日)に問い合わせを送ったが、27日(木)の段階で回答はない。先日、間違い指摘に久々の回答をした東洋経済だが、読者の指摘に対して誠実に向き合う姿勢に転じたとまでは言えないようだ。
豪雨被害を受けた朝倉市 ※写真と本文は無関係です

問い合わせの内容は以下の通り。

【東洋経済への問い合わせ】

7月29日号の第1特集「これから伸びる中学・高校」の中の「入学後に後悔しない付属校の正しい選び方」という記事についてお尋ねします。この記事には以下の記述があります。

「大学付属校といえば、首都圏では早稲田大学、慶応義塾大学、明治大学、青山学院大学、立教大学、中央大学、法政大学、関西では関西大学、関西学院大学、同志社大学、立命館大学の系列が有名だ。これらの付属校は内部進学率が圧倒的に高い。左ページ表は中学受験における大学付属校各校の偏差値だ」

ここで気になるのが早稲田大学の系列です。早稲田高校のホームページには「近年の卒業生(現役)の進学状況をみると、約50%が早稲田大学へ推薦で進学しています」との説明があり、「内部進学率が圧倒的に高い」状況とはなっていません。

早稲田佐賀も同様で、同校のホームページによれば「早稲田大学への推薦入学制度」を利用しているのは「入学定員の50%程度」にとどまるようです。早稲田摂陵に至っては早稲田大学への推薦枠が「40名程度」(同校ホームページ)しかなく、内部進学率は10%強にとどまるはずです。

この指摘に対しては「3校は付属校ではなく系属校であり、しかも早稲田佐賀と早稲田摂陵は首都圏外だ」との反論が考えられます。しかし、記事で言う「左ページ表」では「早慶MARCHの付属校でもレベルはさまざま-2017年中学入試結果偏差値(首都圏)-」というタイトルになっていて、早稲田高校、早稲田佐賀、早稲田摂陵も「首都圏の付属校」として名を連ねています。

これを基にすると、早稲田大学に関して「付属校は内部進学率が圧倒的に高い」というのは一部しか当てはまらないのではありませんか。「記事で言う付属校とは系属校を除く」との前提があるのならば、表の説明に問題があると思えます。御誌の見解を教えてください。

◇   ◇   ◇

早稲田大学に関しても、付属校と系属校に分けて考えれば「付属校は内部進学率が圧倒的に高い」との説明で問題ない。だが、記事に付いた表を見る限り系属校も含めて「付属校」として扱っている。
九州北部豪雨後の福岡県立朝倉光陽高校(朝倉市)
            ※写真と本文は無関係です

早稲田佐賀、早稲田摂陵がなぜ「首都圏」なのかもよく分からないが、表で言う「首都圏」とは「首都圏の大学の付属校」という意味かもしれない。

今回の記事からは(1)早稲田大学の付属校(早稲田、早稲田佐賀、早稲田摂陵を含む)は内部進学率が圧倒的に高い(2)早稲田佐賀、早稲田摂陵に関しては偏差値が50以下--と読み取れる。そこから「早稲田佐賀、早稲田摂陵は難易度が高くないのに、ほぼ確実に早稲田大学へ進学できる」と誤解する読者がいてもおかしくない。

なのに、問い合わせに対してきちんと回答する姿勢を見せないとは…。


※記事の評価はD(問題あり)。ただ、上記の問題以外に気になる点はない。表の作成は編集部に任せている可能性が高いと思えるので、筆者である おおたとしまさ氏(育児・教育ジャーナリスト)への評価は見送る。

追記)結局、回答はなかった。

2017年7月26日水曜日

「男女の逆転」が見当たらない日経「AIと世界(3)」

日本経済新聞の朝刊1面で連載している「AIと世界~見えてきた現実」が相変わらず苦しい。26日の第3回「イラン発女性の時代 常識を覆せるか」では、「(イランの)AIの世界では男女の逆転が起きつつある」と書いているが、「逆転」と言えるような事実は見当たらない。
豪雨被害を受けた福岡県東峰村 ※写真と本文は無関係です

記事の前半部分を見ていこう。

【日経の記事】

経済制裁の影響? 半導体が高くなったことくらいかしら

イランの首都テヘラン。シャリフ工科大学で人工知能(AI)を研究するショホーレ・キャサイ教授は事もなげだ。2009年、2人の息子を育てながらコンピューター工学分野で同国初の女性教授となった。

厳格なイスラム国家のイランでは外出時の服装など女性には多くの制約がある。学会もこれまでは男性中心だったが、AIの世界では男女の逆転が起きつつある

イラン政府は16年、資源依存を脱し8%の経済成長をめざす計画を策定。柱の一つがAI産業だが、経済制裁の影響で国外の人材は集めにくい。光が当たったのが国内の女性だ。

理数系の国内最高峰、シャリフ工科大のコンピューター工学部で博士号を持つ学生の34%が女性。全学部平均より7ポイント高い。「最も優秀な女性がコンピューター工学部に集まるようになった」(キャサイ教授)ためだ。


◎「男女の逆転」はどこに?

学会もこれまでは男性中心だったが、AIの世界では男女の逆転が起きつつある」と言うのならば、「学会」での「逆転」を見せてほしい。例えば「3年前まで学会のメンバーの8割は男性だったが、今はやっと5割を超える程度」と書いてあれば「男女の逆転が起きつつある」と納得できる。だが、「学会」に関して具体的なデータが出てこない。
九州北部豪雨後の二連水車(福岡県朝倉市)
     ※写真と本文は無関係です

代わりの根拠のつもりなのか「シャリフ工科大のコンピューター工学部で博士号を持つ学生の34%が女性。全学部平均より7ポイント高い」という話が出てくる。しかし、これでは「男女の逆転が起きつつある」根拠にはなり得ない。まず「34%」では逆転に遠い。名称から判断すると「コンピューター工学部」はAIに特化した学部でもなさそうだ。それに「博士号を持つ学生の34%が女性」と書いているので「博士号を持っていない学生」に限れば、さらに数字は小さくなるのだろう。

ついでに言えば「博士号を持つ学生」というのも、よく分からなかった。「博士号」を取得した後もまだ学生を続けている人を指すのだろうが…。

さらに言うと、「経済制裁の影響? 半導体が高くなったことくらいかしら」とのコメントを使った後で「経済制裁の影響で国外の人材は集めにくい」と書くのも感心しない。「経済制裁の影響は半導体が高くなったことくらいじゃなかったの?」とツッコミを入れたくなる。

この記事は最後に出てくる事例も苦しい。

【日経の記事】

「AIでうちのサービスを改善できませんか」。都内のある大手企業の会議室で、青年が親ほどに年の離れた役員に囲まれていた。すがるような願いを聞き入れていたのは今林広樹氏。まだあどけなさの残る24歳だ。

今林氏は学生時代に独学で機械学習のスキルを身につけ、シリコンバレーで磨きをかけた。「海外ばかりがすごいわけじゃない」と設立した助言会社には大手企業からの依頼が舞い込む。

今林氏のようなフリーランスは「AIモンスター」と呼ばれる。多くは20代で受注額の相場は1カ月数百万円。月数件の案件を請け負うため、年間換算での受注額はざっと1億円にもなる

性別に国家、そして世代。AIの進化がこれまでの常識とは違う逆転現象をもたらしている



◎やはり見えない「逆転」

上記の事例では「これまでの常識とは違う逆転現象」が「世代」に関しても起きていると言いたいのだろう。だが、何の目新しさも感じない。AIのような分野では若い世代の方が有利だろうとは容易に想像できる。「24歳」が活躍するのは当然の流れだ。例えば「今林広樹氏」が80代で、そういう高齢の人材がどんどん出てきているのならば「これまでの常識とは違う逆転現象」と言えるだろう。

今林氏のようなフリーランス」という書き方も引っかかった。「助言会社」を設立したのだから「フリーランス」というより経営者だ。いわゆる「法人成り」ならば、その点を明示すべきだ。会社として考えた場合、社員数にもよるが「年間換算での受注額はざっと1億円」だと大した金額ではない。


※今回取り上げた記事「AIと世界~見えてきた現実(3)イラン発女性の時代 常識を覆せるか
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170726&ng=DGKKASDZ10I7W_R10C17A7MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。「AIと世界~見えてきた現実」については以下の投稿も参照してほしい。

「ロボにも法的責任」が感じられない日経「AIと世界」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_86.html

「年功序列」と関係ある? 日経「脱時間給で綱引き」への疑問

25日の日本経済新聞朝刊経済面に載った「『脱時間給』で綱引き 政労使、調整急ぐ 生産性向上に期待/長時間労働に懸念」という記事について、追加で問題点を指摘したい。まずは、最初の段落を見ていく。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

脱時間給制度(ホワイトカラー・エグゼンプション)の実現機運が高まってきた。連合が内部の調整に手間取っているが、政府は月内の政労使合意を模索している。働いた時間でなく成果で働き手を評価する仕組みなだけに、生産性向上や年功序列による不公平感の解消といった効果が期待される。長時間労働によって健康を損なう人が増えるという反対論とどう折り合いを付けるかが焦点になる。



◎「年功序列」とどう関係?

引っかかるのは「働いた時間でなく成果で働き手を評価する仕組みなだけに、生産性向上や年功序列による不公平感の解消といった効果が期待される」というくだりだ。「脱時間給制度」を導入すると「年功序列による不公平感の解消」が期待できるだろうか。

脱時間給制度」によって、従業員に残業代を支払わず働かせることはできる。だが、給与を決める際に「年功」を重視するかどうかとは別問題だ。かなり強引に経路を考えない限り、「脱時間給制度」と「年功序列による不公平感の解消」は結び付かないはずだ。

記事を最後まで読んでも、「年功序列による不公平感の解消」がなぜ期待できるのか説明はない。「働く人にとっても良い制度だ」と訴えたいのは分かるが、根拠が乏しすぎる。

ついでに文の拙さにも触れておこう。「生産性向上や年功序列による不公平感の解消といった効果」と書くと、「生産性向上や年功序列」によって「不公平感」が解消するとも解釈できる。と言うか、そう読む方が自然だ。

また「年功序列による不公平感の解消」と言われると、「年功序列」によって「不公平感」が「解消」するようにも感じる。「原油安による株価上昇の抑制」と書くと「原油安」が株価の上昇要因なのか下落要因なのか判断が難しくなるのと似ている。

改善例を示してみる。


【改善例】

働いた時間でなく成果で働き手を評価する仕組みだけに、生産性を向上させたり、年功序列による不公平感を解消したりする効果も期待できる。

◇   ◇   ◇

これで、指摘した問題点は解消しているはずだ。

次に「脱時間給制度」が「生産性向上」につながるかどうかを検討したい。以下は記事の最終段落だ。
豪雨で橋梁が流された久大本線(大分県日田市)
       ※写真と本文は無関係です


【日経の記事】

日本の労働生産性は先進国の中でも低い水準にあり、規制緩和を通じた底上げが重要課題になっている。5月に就任したフランスのマクロン大統領は労働市場の規制緩和を公約に掲げた。残業時間の上限規制などの「働き方改革」だけでは生産性向上の視点が乏しいという指摘も根強いだけに、脱時間給制度の成否がカギを握りそうだ。


◎「労働生産性」が高まるとしたら…

記事には「日本の生産性はOECD加盟国のうち22位に低迷」というグラフが付いている。ここで用いているのは「2015年の1人当たり労働生産性」だ。つまり記事で言う「労働生産性」とは「時間当たりの労働生産性」ではなく「1人当たり労働生産性」のことだ。

脱時間給制度」を導入しても労働時間は増えないし、効率的な働き方が広がってむしろ減るとの前提で考えてみよう。制度導入は「生産性向上」につながるだろうか。

これまでAさんが年間の労働時間100で成果100を生み出していたとしよう。「脱時間給制度」の導入によって労働時間80で成果100を達成できるようになっても、「1人当たり」の生産性に変化はない。労働時間100のままで成果が110になるのならば「生産性向上」は実現するが、「脱時間給制度」の導入だけでそんな夢のような話が実現するとは考えにくい。

脱時間給制度」が「1人当たり労働生産性」を高めるとしたら、この制度が労働時間を増やす効果がある場合だ。Aさんの労働時間を200にして成果も200に増やせば「1人当たり労働生産性」は2倍になる。

今回の記事では「生産性向上に期待」と見出しでも打ち出している。だとしたら、「脱時間給制度」とは、残業代がなくなり労働時間が増える制度だと思える。日経は「脱時間給制度」の導入で「生産性向上が期待される」と主張するのならば、なぜそういう「期待」が持てるのかきちんと説明すべきだ。「労働時間が増えない」との前提で話を進める場合、かなり無理が出てくるだろう。


※今回取り上げた記事「『脱時間給』で綱引き 政労使、調整急ぐ 生産性向上に期待/長時間労働に懸念
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170725&ng=DGKKZO19200150U7A720C1EE8000


※記事の評価はD(問題あり)。今回の記事に関しては、以下の投稿も参照してほしい。

「脱時間給」必要性の説明に無理あり 日経 山口聡記者
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_25.html

2017年7月25日火曜日

「脱時間給」必要性の説明に無理あり 日経 山口聡記者

毎度のことではあるが、「脱時間給」に関する日本経済新聞の記事は論理展開に無理がある。経営側に都合がいいこの制度を、労働者にとっても好ましいように書こうとして辻褄が合わなくなるのが、いつものパターンだ。25日朝刊経済面の「『脱時間給』で綱引き 政労使、調整急ぐ 生産性向上に期待/長時間労働に懸念」という記事と、「働き方、成果に応じ効率的に」という解説記事(筆者は山口聡記者)も内容に矛盾がある。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市
       ※写真と本文は無関係です

まず、解説記事から見ていこう。

【日経の記事(解説)】

長時間会社にはいるものの、目立った成果をあげていないAさんと、夕方になるとさっと引き揚げるが、いつも成果を出すBさん。この2人のうちAさんの方が給料が多いと言われると多くの人が違和感持つのではないだろうか。働いた時間ではなく、成果に着目して給料を支払う「脱時間給制度」が実現すれば、この違和感は払拭されるかもしれない

日本企業ではいまだに長く会社にいることを評価する向きがある。有給休暇の取得もなかなか進まない。こんな状態を続けていては時間当たりの生産性も上がるはずがない。労働人口が減る中で労働者をいつまでも会社に長く縛り付けておけるはずもない。脱時間給制度を契機に日本人の働き方を今こそ効率的に変えなければならない

◇   ◇   ◇

これだけ読むと、「脱時間給制度がないから日本人は効率的な働き方ができないのかな?」と感じる人がいるかもしれない。だが、「『脱時間給』で綱引き」という記事では以下のようにも書いている。

【日経の記事】

脱時間給の概念をいち早く取り入れている企業もある。ネスレ日本は昨年7月からマーケティングなど企画業務型の社員を対象に導入した。今年4月から工場のシフト勤務などを除き、全社員に広げている。

会社の都合で発生した時間外労働には残業代を支払うなどの例外措置はあるが、労働時間で評価する仕組みを原則撤廃した。16年12月の1人当たり売上高は13年同月比で2割弱増加し、生産性も向上した。「社員に短い時間で最大の効果を上げようとする意欲が高まった」(同社)という。


◎制度新設の必要ある?

山口記者は「脱時間給制度を契機に日本人の働き方を今こそ効率的に変えなければならない」と訴える。だが、「ネスレ日本」の事例は、現行制度の下でも「脱時間給の概念」を採り入れられると示している。同社で「労働時間で評価する仕組みを原則撤廃した」ところ、「16年12月の1人当たり売上高は13年同月比で2割弱増加し、生産性も向上した」と日経自身が書いている。
豪雨被害を受けた福岡県東峰村 ※写真と本文は無関係です

つまり、新たに「脱時間給制度」など導入しなくても「労働時間で評価する仕組み」は「原則撤廃」できる。なのに、なぜ新たな制度を作る必要があるのか。今の法制度の下で「ネスレ日本」と同様の改革を進めて効率性を上げればいいではないか。

脱時間給制度」を幅広く適用できるようになれば、「ネスレ日本」は「会社の都合で発生した時間外労働には残業代を支払うなどの例外措置」を撤廃できるだろう。そこは変わるかもしれない。そう考えると、「脱時間給制度(ホワイトカラー・エグゼンプション)」という日経の言葉の使い方に問題を感じる。これはやはり「残業代ゼロ制度」と呼ぶ方が適切だ。

山口記者が例に挙げた「長時間会社にはいるものの、目立った成果をあげていないAさんと、夕方になるとさっと引き揚げるが、いつも成果を出すBさん」に関しても、「違和感」は現行制度の下でも簡単に払拭できる。両者の給与に最初から差を付ければいいだけだ。例えば、年俸制でAさんは年収500万円、Bさんは2000万円をベースにすれば、別途支払う残業代でかなりの差が出ても「Aさんの方が給料が多い」とはならないはずだ。残業を原則禁止し許可制にすれば、さらに問題はなくなる。

山口記者は「AさんとBさんの基本給は同じ」という前提を置いているように思えるが、それは会社の方針で何とでもなる。「成果に着目して給料を支払う」ことは「脱時間給制度」がなくても十分に可能だ。それを強引に結び付けてしまうから、おかしな主張になってしまう。


※今回取り上げた記事

『脱時間給』で綱引き 政労使、調整急ぐ 生産性向上に期待/長時間労働に懸念
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170725&ng=DGKKZO19200150U7A720C1EE8000

働き方、成果に応じ効率的に
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170725&ng=DGKKZO19200200U7A720C1EE8000


※記事の評価はD(問題あり)。山口聡記者への評価はDを維持する。山口記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

山口聡編集委員の個性どこに? 日経「けいざい解読」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_76.html

問題目立つ日経 山口聡編集委員の「けいざい解読」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_29.html

日経「地方の医師不足 解消進まず」 山口聡記者の不正確な説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_10.html

2017年7月24日月曜日

「ロボにも法的責任」が感じられない日経「AIと世界」

24日の日本経済新聞朝刊1面に載った「AIと世界~見えてきた現実(1)ロボにも法的責任 倫理観 育めるか」という記事は理解に苦しむ内容だった。「ロボにも法的責任」に関する記述が分かりにくい。「見えてきた現実」というタイトルに反して、なかなか「現実」が見えてこなかった。記事を読む限りは、法的責任を負うのは「ロボではなくやはり人間」のように見える。
豪雨被害を受けたJR日田彦山線の筑前岩屋駅
(福岡県東峰村)※写真と本文は無関係です

問題のくだりでは以下のように説明している。

【日経の記事】

人類の生命観をも揺さぶり始めたAIをどう社会に受け入れるべきか。制度や法律の面でも議論が始まっている。

「AIにも人類と同じような責任を負わせるべきだ」。2月16日、欧州議会でそうした決議案が成立した。ロボットや自動運転車に法的な「電子人間(electronic person)」の地位を与え、損害を起こした場合などの責任を明確にするという考え方だ。

欧州ではロボットの所有者に「ロボット税」を課したり、緊急時にはロボットの機能を停止させるスイッチを備えさせたりするなどの具体案も議論されている

提唱者の一人がルクセンブルク出身のマディ・デルボー議員だ。採決前の討論会で、デルボー議員は「自律性を高めるAIとどう向き合うのか。科学者やエンジニアだけに任せられるテーマではない」と訴えた。


◎結局、これまでと何が違う?

まず「電子人間」の話が理解できなかった。「AIにも人類と同じような責任を負わせるべきだ」と言うのだから、例えば自動運転車で事故を起こした場合、責任はAIにあり所有者、自動車メーカー、運転ソフト開発者などは免責になるという話なのかと感じた。
豪雨被害を受けた国道386号線(福岡県朝倉市)
         ※写真と本文は無関係です

ただ、それで納得する人はまれだろう。自分の子供が自動運転車の暴走によって死亡した場合、自動運転車に対して「解体」という“死刑判決”が出たとしても、遺族の処罰感情が満たされるとは思えない。

そんなことを考えながら読み進めると、話は意外な方向へ逸れていく。「欧州ではロボットの所有者に『ロボット税』を課したり、緊急時にはロボットの機能を停止させるスイッチを備えさせたりするなどの具体案も議論されている

これだと「電子人間」の地位を与えるかどうかとは、ほとんど関係がない。現状でも日本では自動車の所有者に自動車重量税を課しているが、だからと言って自動車に「人間」と同じような地位を与えているわけではない。

緊急時にはロボットの機能を停止させるスイッチを備えさせたりする」という話も同様だ。多くの電車には既に非常停止ボタンが付いている。こうした機能を付けるかどうかは、「AIにも人類と同じような責任を負わせる」かどうかとは別で、ただの安全対策だ。

AIにも人類と同じような責任を負わせるべき」かどうかを論じるのかと思わせて、なぜか課税や安全対策の話になってしまう。これでは辛い。欧州議会で採択された「決議案」が本当に「AIにも人類と同じような責任を負わせるべきだ」という考えに基づくものなのかも怪しい気がする。


※今回取り上げた記事「AIと世界~見えてきた現実(1)ロボにも法的責任 倫理観 育めるか
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170724&ng=DGKKASDZ11HFW_R10C17A7MM8000

※記事の評価はD(問題あり)。

2017年7月23日日曜日

なぜ発表の2カ月後に? 日経「宝くじ販売 先細り」

23日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「宝くじ販売 先細り 堅実重視で客離れ、10年で2割減」という記事は「なぜ今なのか」がよく分からなかった。 記事に出てくる最新の数字は2016年度。年度が終わって4カ月近く経っている。そんなに発表が遅いのかなと思って調べてみると、5月には16年度の売上額が明らかになっているようだ。
豪雨被害を受けたJR日田彦山線の宝珠山駅付近
(福岡県東峰村)※写真と本文は無関係です

ちなみに産経新聞は5月29日付で「年末ジャンボふるわず 宝くじ売上額、2年ぶり減」という記事を出している。日経も同時期に何か書いていないか調べてみたが、見当たらなかった。「必ず発表直後に書け」とは言わないが、2カ月近くも間を空けた意味がよく分からない。今回のような内容ならば、発表から10日以内ぐらいには紙面化してほしかった。

記事には他にも気になる点がある。まずは記事の中身を見ていこう。

【日経の記事】

宝くじの売れ行きが振るわない。総務省によると、2016年度の売り上げは18年ぶりの8千億円台となり、ピークの05年度から23%減った。最高賞金引き上げやインターネット販売の導入といったてこ入れも不発気味。自治体財政を助ける打ち出の小づちは存在感が薄くなっている。

発売初日は天候不良でお客さんは少なかったけど、いまはボチボチ」。20日、東京都心の宝くじ販売店。全国で一斉発売した「サマージャンボ宝くじ」の客足を販売員に聞いた。


◎「初日」はいつ?

発売初日は天候不良でお客さんは少なかったけど、いまはボチボチ」というコメントを使っているが、「初日」がいつか書いていない。「サマージャンボ宝くじ」の「発売初日」がいつか読者は知っているとの前提で記事を書くのは、かなり不親切だ。「発売初日(18日)」と入れれば済む話だ。

打ち出の小づち」も引っかかる。宝くじが本当に「自治体財政を助ける打ち出の小づち」ならば、「宝くじの売れ行き」は際限なく自由に増やせるはずだ。

さらに続きを見ていこう。

【日経の記事】

16年度の売上額は8452億円。賞金は上がったのに売り上げは伸びない。販売網も縮小し、06年に4744軒あった専業販売店は3560軒。販売員の高齢化や再開発に伴う駅前立地の閉店が響く。店舗減を補うネット販売も力不足だ。口座引き落としのみでクレジットカード決済に対応できていない。

最近の投資家は一獲千金より堅実さを重んじる。少額投資非課税制度(NISA)など長期投資の利点が意識され、宝くじも賞金は低めでも当たりやすい方がいいと思う人が多い


◎宝くじ購入者は「投資家」?

上記の書き方だと、宝くじの購入者を「投資家」に含めている印象がある。宝くじ購入を投資と称するのが明らかな誤りだとは言わないが、違和感はある。一般的に言えばギャンブルだ。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

次のくだりは、さらに問題が多い。

【日経の記事】

当たってもうまみは乏しい。1枚300円のくじで戻りは平均150円。リターンはマイナス50%だ。東証1部全銘柄の配当利回り(加重平均)は約2%。上場投資信託(ETF)には分配金利回りが10%を超えるものもある。


◎「当たってもうまみは乏しい」?

サマージャンボ宝くじ」に関して、日経は別の記事で「1等(5億円)の当せん本数は20本、1等の前後賞(1億円)が40本、2等(1千万円)が60本」と書いている。これで「当たってもうまみは乏しい」と言われても説得力はない。

参加者全体で見て宝くじが「うまみ」の乏しいギャンブルであるのは確かだ。だが、1等や2等が当たれば「うまみ」は非常に大きい。今回の記事に関して言えば「当たってもうまみは乏しい」を「ギャンブルとしてのうまみは乏しい」などと直せば、問題は解消する。

付け加えると、宝くじの「マイナス50%」というリターンを「東証1部全銘柄の配当利回り」やETFの「分配金利回り」と比べても意味がない。株やETFはそれ自体の価格が変動するので、そこも含めてリターンを見る必要がある。

そもそも、宝くじの購入者の中で「宝くじと株式では期待リターンから判断してどちらが得か」といった比較をしている人はまれだろう。宝くじとの比較対象にするならば、スポーツくじ、競馬、パチンコなどの方がしっくり来る。

さて、記事の最後も見ておこう。

【日経の記事】

高い公益性という看板もかすみがちだ。宝くじの収益金は発売元自治体の財源となり、公共工事や福祉事業などに回る。「震災復興」などと銘打つくじの売れ行きはよいが、最近ではふるさと納税が急伸。16年度納税額は2844億円と存在感を高める。

高市早苗総務相は「消費者目線でくじの魅力を高める」と話す。だが、カジノもライバルになりそうで、宝くじ再興の切り札はみえない


◎「宝くじ再興の切り札はみえない」?

筆者は「宝くじ再興の切り札はみえない」と記事を締めている。だが、記事の説明が正しいのであれば、「再興の切り札」は見えるのではないか。

ヒントとなるのが「少額投資非課税制度(NISA)など長期投資の利点が意識され、宝くじも賞金は低めでも当たりやすい方がいいと思う人が多い」との記述だ。だったら、「賞金は低め」でも当たりやすくすればいい。「1等(5億円)の当せん本数は20本」もあるのだから、これらを見直すのも手だ。もちろん、記事の分析が正しければの話ではあるが…。


※今回取り上げた記事「宝くじ販売 先細り 堅実重視で客離れ、10年で2割減
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO19150360S7A720C1EA1000/

※記事の評価はD(問題あり)。

2017年7月22日土曜日

掲載に値しない日経「りそなファンドラップ 4割は投信未経験」

21日の日本経済新聞朝刊 金融経済面に載った「りそなのファンドラップ、契約4割は投信未経験 退職金などの受け皿に」という記事は掲載する価値が見当たらない。ニュース記事としての基本的な要件が欠けている上に、実質的には広告と言える「りそな」寄りの内容で、読者に誤解を与えかねない。
豪雨被害を受けた「あさくら堂」(福岡県朝倉市)
           ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】 

りそなグループが2月に発売した「ファンドラップ」は、6月中旬までの個人契約者数約1万4千人のうち、4割は投信未経験者が占めた。60~70代の退職金のほか、30~50代では相続で得たお金の受け皿にもなっているという。

ファンドラップは個人顧客から一定額を預かり複数の投資信託で運用するもの。りそなのファンドラップは主力商品の手数料が年率で残高の0.9396%で、1%台が多い証券会社などと比べ抑えたのが特徴だ。グループ内で運用などを内製化することで低コストを実現した。初心者向けに円建て債券を多めにして資産の上下動の幅も小さくしている

6月中旬までの傘下のりそな銀行、埼玉りそな銀行、近畿大阪銀行の合計残高は、時価評価で1007億円となった。個人契約者のうち、30~50代は3割を占めるという。


◎何がニュース?

記事を書いた記者に「これは何がニュースなの?」と聞けば、「『4割は投信未経験者が占めた』ということです」と答えるだろう。それがニュースにならないとは言わないが、「4割」だけでは苦しい。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市
       ※写真と本文は無関係です

記者は「4割」を高い数値だと認識しているのだろう。だったら、そこを意義付けしてあげるべきだ。例えば「国内のファンドラップで投信未経験者の比率が4割に達したのは初めて」といった説明が入っていれば、世に出す価値が出てくる。

どのファンドラップでも「投信未経験者」との契約はあるはずだ。例えば、その比率が1~7割に幅広く分布している場合、「4割は投信未経験者が占めた」ことはニュースになるだろうか。

ほとんどの読者はファンドラップの契約者のうち、初めて投信を買う人がどの程度いるのか知らない。「4割は驚くほど高い数字だ」と記者が感じたのならば、それを裏付ける情報を盛り込むべきだ。


◎筆者はりそなの応援団員?

記事では、りそなのファンドラップが低コストで初心者向きの優れた商品であるかのような書き方をしている。嘘は書いていないのだろうが、不都合な事実を伏せているのは感心しない。ニュース性もないのに、こんな商品を記事でわざわざ取り上げる気持ちが分からない。記者はりそなの応援団にでも入っているつもりなのか。

まず「りそなのファンドラップは主力商品の手数料が年率で残高の0.9396%で、1%台が多い証券会社などと比べ抑えたのが特徴だ」という説明が引っかかる。ファンドラップ自体が高コストな投資商品なので、その中で少しぐらい手数料が低くてもあまり意味はない。
豪雨被害を受けたJR日田彦山線の踏切(大分県日田市)
           ※写真と本文は無関係です

さらに言えば、ファンドラップには投資対象とする投資信託の信託報酬もコストとして必要になる。りそなのホームページを見ると、「スタンダードコースについては、りそなファンドラップ専用投資信託について年率0.27%~0.648%の信託報酬が当該投資信託の信託財産の中から差し引かれます」と出てくる。手数料水準を考えるならば、こうしたコストも含めて検討する必要があるのに、記事では全く触れていない。記事を読んだ「投信未経験者」の多くは「0.9396%」以外に間接的な費用がかかるとは知らないだろう。

初心者向けに円建て債券を多めにして資産の上下動の幅も小さくしている」というのも、何か好ましいことのように書いているが、これならばわざわざファンドラップを買う必要はない。「円建て債券」の利回りが極めて低い状況下で、それを組み込んだ投信に信託報酬を払い、さらにファンドラップに1%近い手数料を献上するのはあまりに愚かだ。

手持ちの資金を運用に回す場合、リスクを取りたくない分は個人向け国債でも買って、残りで何か低コストのリスク資産に投資すればいい。

投資に関するある程度の知識があれば、りそなのファンドラップは全ての投資家にとって検討する必要のない商品だと分かるはずだ。今回の記事を書いた記者は基礎的な知識がないのか、りそなの応援団員なのかのどちらか(あるいは両方)だと言える。


※今回取り上げた記事「りそなのファンドラップ、契約4割は投信未経験 退職金などの受け皿に
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170721&ng=DGKKZO19079110Q7A720C1EE9000

※記事の評価はD(問題あり)。

2017年7月21日金曜日

「米国抜きの世界が本当にやってきた」が怪しい日経の社説

20日の日本経済新聞朝刊総合1面に「『米国抜き』の世界が本当にやってきた」という社説が載っている。何を以って「『米国抜き』の世界」と言っているのかと思い読んでみると、特に基準はないようだ。故に説得力もない。日経の最近の記事からも「『米国抜き』の世界が本当にやってきた」とは考えられない。自分たちの報道内容との整合性をもう少し考慮して社説を作るべきだ。
豪雨被害を受けた橋(福岡県朝倉市)
      ※写真と本文は無関係です

社説の当該部分は以下のようになっている。

【日経の社説】

米国が超大国になって1世紀になる。「米国第一」はいまに始まったことではない。国益にしがみついて無謀な戦争を始めたり、金融市場を混乱させたり、と世界を振り回してきた。だが、いまほど自国に引きこもり、存在感を失った米国は記憶にない

「米国抜きの世界」が本当にやって来たともいえる。私たちはこの新しい秩序、いや、無秩序にどう向き合えばよいのだろうか。


◎最近の日経の記事と食い違いが…

『米国抜き』の世界が本当にやってきた」と判断したのは、「いまほど自国に引きこもり、存在感を失った米国は記憶にない」と筆者が感じたからのようだ。個人的感想の類のようなので「間違い」とは言わない。ただ、日経の最近の記事を見る限り、米国は「自国に引きこも」っているようには見えない。

いくつか記事を見ていこう。まずは7月12日の「ISとの戦いはモスル解放で終わらない」という社説だ。

【日経の社説】

イラク軍と米軍主導の有志連合が、過激派組織「イスラム国」(IS)が最大の拠点としてきたイラク北部の都市モスルを解放した。ISが首都と位置付けるシリア北部のラッカでも、米軍の支援を受けたクルド人主体の部隊が攻勢をかけている。


◎米国は自国に引きこもってる?

自国に引きこもっているはずの米国がIS相手に「モスルを解放」したり、ラッカに攻勢をかける「クルド人主体の部隊」を支援したりと、派手に動き回っているようだ。これで「『米国抜き』の世界が本当にやってきた」と言えるのか。
豪雨被害を受けた日田彦山線の大行司駅(福岡県東峰村)
          ※写真と本文は無関係です

11日付の「トランプ氏、モスル奪還を称賛 『過激派壊滅を追求』」という記事ではワシントン支局の川合智之記者が以下のように書いている。

【日経の記事】

トランプ米大統領は10日、イラクが北部モスルの奪還を宣言したことについて「すべての文明人の敵であるテロリストへの勝利を称賛する」と祝意を表した。「過激派組織『イスラム国』(IS)の完全な壊滅を追求し続ける」と決意を示した。ホワイトハウスが発表した。



◎かなりのやる気が…

米国は「自国に引きこもり、存在感を失った」はずだが、トランプ大統領は「ISの完全な壊滅を追求し続ける」そうだ。こうした動きを知った上で、今回の社説の筆者は米国を「自国に引きこもり、存在感を失った」と結論付けたのだろうか。

九州北部豪雨後の福岡県立朝倉光陽高校(朝倉市)
           ※写真と本文は無関係です
ではIS以外ではどうか。ここでは12日の「日米韓首席代表、対北朝鮮で連携」という記事を紹介したい。

【日経の記事】

日本と米国、韓国の3カ国は11日、北朝鮮の核問題を巡る6カ国協議の首席代表会合をシンガポールで開いた。北朝鮮への圧力強化へ連携していくことや、中国やロシアに建設的な役割を果たすよう働きかけることで一致した


◎「米国抜き」なのに「対北朝鮮で連携」?

『米国抜き』の世界がやってきた」のに、日米韓は「北朝鮮への圧力強化へ連携していく」そうだ。米国も含めた連携が可能ならば、「『米国抜き』の世界」はまだ実現していない気がする。

トランプ米大統領が就任して半年を迎えた」タイミングで社説を書いてくれと言われて強引に仕上げたのだとは思う。だが、この程度のいい加減な分析しかできないのならば、論説委員会で判断して掲載を見送るべきだ。でないと、「日経の論説委員ってこんなレベルの記事しか書けないの?」と多くの読者に思わせてしまう。


※今回取り上げた社説「『米国抜き』の世界が本当にやってきた
http://www.nikkei.com/article/DGXKZO19025380Z10C17A7EA1000/

※社説の評価はD(問題あり)。

2017年7月20日木曜日

「スタートアップス業界」と平気で書く日経 藤田満美子記者

スタートアップス業界」「テック業界」と聞いて、どんな業界かすぐにイメージが湧くだろうか。個人的には初耳だった。どんな業界か推測できなくはないが、自信は持てない。しかし、日本経済新聞の藤田満美子記者(シリコンバレー支局)は記事中で躊躇なくこうした用語を使っている。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

まずは19日の夕刊総合面に載った「シリコンバレー、セクハラで波紋 ベンチャー投資家辞任相次ぐ 男性優位の風潮なお」という記事の全文を見ていこう。

【日経の記事】

米シリコンバレーで女性起業家が投資家からのセクハラ被害を訴え出ている。有力ベンチャーキャピタル(VC)の幹部らが相次ぎ辞任する事態に発展している。スタートアップス業界では男性優位の風潮が強く、シリコンバレー全体を揺るがす問題になっている。

米紙ニューヨーク・タイムズは6月末、シリコンバレーで横行するセクハラ問題の記事を掲載した。VCなど複数の投資家のセクハラ行為が明らかになった。

その一人が有力VCである「500スタートアップス」の共同創業者デーブ・マクルーア氏だった。同VCは同氏を降格処分にすると発表。「テック業界の女性と不適切な交流をした」と説明した。同氏も複数の女性に言い寄ったことを認めて謝罪したが、その後も別の女性起業家が被害を告発するなどしたため辞任に追い込まれた。

VC業界は男性偏重の文化が強いとされ、女性の起業家は不快な扱いを受けても我慢するか、資金調達をあきらめるしかなく、セクハラ被害を言い出しにくいという。
豪雨被害を受けたJR日田彦山線(大分県日田市)
       ※写真と本文は無関係です

配車アプリの米ウーバーテクノロジーズでもセクハラ問題がトラビス・カラニック最高経営責任者(CEO)辞任のきっかけの一つになった。「ウーバーの元女性社員による告発をきっかけに多くの女性が勇気を持って話せるようになったが、まだ氷山の一角にすぎない」。女性起業家の支援団体であるWFFコネクトを運営するカリーン・シュナイダー氏はこう話している。



◎読者にきちんと伝わるか考えよう!

ネットでの使用例を調べてみると「テック業界」「スタートアップ業界」はゼロではない。だが「スタートアップス業界」は確認できなかった。こうした用語が日経の読者に広く知られているとは考えにくい。なのになぜ安易に使ってしまうのか。担当デスクの責任も重い。

文脈から判断すると「スタートアップス業界」とは「VC業界」を指すのだろう。記事には「VC業界は男性偏重の文化が強い」との記述もある。同じ意味ならば、「スタートアップス業界」などと書かずに「VC業界」で統一すれば済む。違う業界ならば、どう違うか読者に説明すべきだ。「テック業界」についても、もっと読者に伝わる表現を考えてほしい。

ついでに他にもいくつか注文を付けておこう。

◎「デーブ・マクルーア氏」の役職は?

『500スタートアップス』の共同創業者デーブ・マクルーア氏」について「降格処分」になったと書いているが、どの役職からどの役職に「降格」になったのか説明がない。これは苦しい。


◎「ベンチャー投資家辞任相次ぐ」?

見出しでは「ベンチャー投資家辞任相次ぐ」となっているが、辞任した「ベンチャー投資家」は「デーブ・マクルーア氏」しか出てこない。これも苦しい。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

今回の記事は「米紙ニューヨーク・タイムズ」が6月末に掲載した記事の内容をなぞった後で「女性起業家の支援団体であるWFFコネクトを運営するカリーン・シュナイダー氏」のコメントを加えただけの安易な作りだ。NYタイムズの記事掲載から半月以上が経っているのだから、本来ならばもう少し独自取材の内容を盛り込みたいところだ。

それができていないだけでなく、用語の使い方には工夫がなく、説明不足も目立つ。「この完成度で読者からカネを取るのは申し訳ない」と藤田記者には反省してほしい。


※今回取り上げた記事「シリコンバレー、セクハラで波紋 ベンチャー投資家辞任相次ぐ 男性優位の風潮なお
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170719&ng=DGKKASGM19H09_Z10C17A7EAF000

※記事の評価はD(問題あり)。 藤田満美子記者への評価も暫定でDとする。

2017年7月19日水曜日

ソニーの例えが下手な週刊ダイヤモンド鈴木洋子記者

記事中の「例え」は正しく使えば効果的だが、上手くないと書き手の実力を疑わせてしまう。週刊ダイヤモンド7月22日号の「財務で会社を読む~ソニー 営業利益5000億円達成へ 復活の裏で否めぬ“小粒化”」という記事では、例えの下手さが目に付いた。
豪雨被害を受けたJR日田彦山線の筑前岩屋駅
  (福岡県東峰村)※写真と本文は無関係です

問題のくだりを見ていこう。

【ダイヤモンドの記事】

「営業利益5000億円」。これはソニーにとって因縁の数字だ。今まで達成したことは一度きり。ITバブル前の1997年度、出井伸之社長の時代に、平面ブラウン管テレビ・ベガのヒットで連結営業利益5202億円を達成したときのみだ。

リーマンショック前年の2007年度には4752億円と、目前まで近づいた。ノートPCのバイオ、家庭用ビデオカメラのハンディカム、デジタルカメラのサイバーショットなどが貢献し、エレクトロニクス事業のセグメント利益が過去最高を記録した。

その後10年たった17年度。再び5000億円が見えてきた。ソニーは今年度の営業利益を5000億円と予想している。17年度末を最終年度とした、中期経営計画を達成できる、と宣言したのだ。

2000年代以前と比べると、ソニーの中身は大きく変わった。それまでは、いわば「満塁場外ホームランを打った後は全ての打席で三振する」会社だった。つまり、ヒット商品の有無で毎年利益水準が大きくぶれる。07年度に最高益を達成した後、エレキ事業(携帯電話、デジタルカメラ、テレビなどの合計)は08年度から5年連続の赤字に沈んだ。

それに比べると「ホームランは打たないが、毎回出塁はする」のが、現在のソニーだ。


◎「ホームランを打った後は全ての打席で三振」?

筆者の鈴木洋子記者はソニーを「それまでは、いわば『満塁場外ホームランを打った後は全ての打席で三振する』会社だった」と評している。この例えが苦しい。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市
      ※写真と本文は無関係です

この場合、ソニーが「ホームラン」を打つのは1度だけで、残りの打席は全部「三振」のはずだ。さらに「ホームラン」は「満塁場外」(個人的には「場外満塁ホームラン」の方がしっくり来る)でなければならない。

だが、記事で言及した時期だけでも2回は「三振」を免れている。「ITバブル前の1997年度、出井伸之社長の時代に、平面ブラウン管テレビ・ベガのヒットで連結営業利益5202億円を達成したとき」と「エレクトロニクス事業のセグメント利益が過去最高を記録した」2007年度だ。

鈴木記者は2007年度に関して「三振」だとは思っていないはずだ。なのになぜ「満塁場外ホームランを打った後は全ての打席で三振」と表現してしまったのか。「全ての打席」とは1試合の「全ての打席」という意味なのかとも考えてみた。1試合には4回ぐらい打席が回ってくる。だが、会社の経営で4年をひとまとめにして「1試合」と認識するのは一般的とは思えない。

記事で取り上げたもの以外にも、ソニーはこれまでウォークマンやプレイステーションなどの大ヒット商品を生み出している。これらを「満塁場外ホームラン」に含める場合、「満塁場外ホームランを打った後は全ての打席で三振」という例えは、さらに的外れとなる。

記事からは2007年度に「満塁場外ホームランを打った」と判断できるが、「満塁場外」と表現するのも苦しい。「ノートPCのバイオ、家庭用ビデオカメラのハンディカム、デジタルカメラのサイバーショットなどが貢献」したのであれば、コツコツとヒットを重ねた結果として「エレクトロニクス事業のセグメント利益が過去最高を記録した」と考える方が自然だ。

鈴木記者は「『ホームランは打たないが、毎回出塁はする』のが、現在のソニーだ」と解説しているが、2007年度にも「ホームラン」は出ていないのではないか。

ついでに、鈴木記者が唱える「小粒化」についても異議を唱えておきたい。

【ダイヤモンドの記事】

16年度に2887億円だった連結営業利益が17年度に5000億円に伸びるとした理由は、16年度に熊本地震による減損等が響いて赤字となった、カメラ用CMOSセンサーを手掛ける半導体事業が回復し、1200億円の営業利益を稼ぐと想定したことが大きい。半導体に加えゲーム事業の1700億円、金融事業の1700億円などが5000億円達成の3本柱だ。皆、もとはソニーにとって「傍流」だった事業である。

エレキ事業は売上高では2兆5800億円のボリュームがあるが、営業利益は1230億円にとどまる予想だ。復活ではあるが最盛期のソニーの「再興」ではない。

“小粒化”が否めないソニーは次の10年でどこに向かうのか。5000億円達成の“次”の青写真は、いまだぼやけている。
九州北部豪雨後の二連水車(福岡県朝倉市)
        ※写真と本文は無関係です



◎結構な「大粒」では?

鈴木記者は「“小粒化”が否めない」と言うが、ソニーの事業はかなり「大粒」に見える。「5000億円達成の3本柱」を見ると、「カメラ用CMOSセンサーを手掛ける半導体事業」が「1200億円の営業利益を稼ぐ」。「ゲーム事業の1700億円、金融事業の1700億円」もかなりの利益水準だ。これのどこが「小粒」なのか。記事には、きちんとした説明が見当たらない。

付け加えると、なぜ「5000億円達成の3本柱」としたのか謎だ。「エレキ事業」の「営業利益は1230億円」で半導体事業とほぼ同額なので「4本柱」と捉える方が素直だ。


※今回取り上げた記事「財務で会社を読む~ソニー 営業利益5000億円達成へ 復活の裏で否めぬ“小粒化”
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/20737


※記事への評価はD(問題あり)。鈴木洋子記者への評価は暫定でDとする。

2017年7月18日火曜日

日経 太田泰彦編集委員の力不足が目立つ「経営の視点」

何かと問題の多い日本経済新聞の太田泰彦編集委員が17日の朝刊企業面に「経営の視点~深圳へ飛ぶクリエーターたち デジタル聖地に磁力と壁」という記事を書いているが、やはり問題ありだ。事例の説明が不十分な上に、結論部分に説得力を持たせるような作りにできていない。記事を順に見ていきながら、具体的に指摘してみたい。
豪雨被害を受けたJR日田彦山線の大行司駅
(福岡県東峰村)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

騰籠換鳥――。中国には、「鳥かご(地域)を空にして新しい鳥(産業)に入れ替える」という意味の造語がある。その真意は産業構造の新陳代謝だ。

中国広東省が「新しい鳥」を呼び込むための政策を決定したのは9年前。構造改革とデジタル企業の興隆の相乗効果で、技術革新を巡るアジアの勢力図が塗り替わりつつある



◎「アジアの勢力図」が見えない

技術革新を巡るアジアの勢力図が塗り替わりつつある」と太田編集委員は言うが、記事を最後まで読んでも、どう「塗り替わりつつある」のか見えてこない。「中国(深圳)が勢力を伸ばしていて、日本は勢いがないんだろうな」とは思えるが、その程度しか分からない。

従来はどういう「勢力図」で、それがどう「塗り替わりつつある」のかは具体的に説明すべきだ。できれば、それを裏付けるデータも欲しい。そうしないと説得力は出てこない。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

広東省深圳にある中国ネット大手、騰訊控股(テンセント)の本社。仮想現実(VR)のソフト開発で著名な近藤義仁氏は、同社幹部と固い握手を交わした。おそらく近藤氏は「新しい鳥」の群れの一人となる

テンセントは近く新型のVR端末を発売する。対話アプリ「ウィーチャット」の登録者数は11億人。これを土台にネット決済でも同規模の利用者を囲い込む。眼鏡にスマートフォン(スマホ)をつなぐだけの端末が普及すれば、VR市場の覇者に躍り出るだろう

課題は実際に何を売るかだ。ゲームや娯楽番組のほか実体験型の小説、癒やし空間、仮想店舗などが視野にある。いま同社が喉から手が出るほど欲しいのが、日本人クリエーターによる良質なコンテンツなのだ。

ここで深圳の都市としての磁力が生きてくる。通信機器の華為技術(ファーウェイ)や中興通訊(ZTE)、ドローン世界最大手DJIなどデジタルの巨人が集中する人口1200万の大都会。才能を発揮する舞台を求め、渡り鳥が大挙して深圳を目指している


◎こんな漠然とした説明では…

近藤義仁氏」に関する説明が漠然とし過ぎている。近藤氏は「仮想現実(VR)のソフト開発で著名」とは分かるが、どこかの企業に属しているのか、あるいは経営しているのか、それともフリーなのか、何の説明もない。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

テンセントの本社で「同社幹部と固い握手を交わした」との描写からは、企業同士の提携交渉がまとまったような印象を受ける。だが、「おそらく近藤氏は『新しい鳥』の群れの一人となる」という説明だと、近藤氏がテンセントに入社して深圳で働くようでもある。

ついでに言えば「固い握手を交わした」時期も不明だ。「渡り鳥が大挙して深圳を目指している」例として近藤氏を取り上げるならば、もっと明確に状況を説明した上で、近藤氏のコメントぐらいは入れてほしい。

さらについでに、もう1つ。テンセントは「近く新型のVR端末を発売する」らしい。この「端末が普及すれば、VR市場の覇者に躍り出る」のならば、「新型のVR端末」を一生懸命に売ればいいではないか。なのに「課題は実際に何を売るかだ」となってしまう。

端末の普及には魅力あるソフトが必要だと言いたいのは分かるが、ソフトは必ずしも自分で開発しなくてもいい。ソフトは他社に開発してもらい、自分たちは端末を一生懸命に売って儲けるのではダメなのか。そこも疑問として残った。

説明不足はさらに続く。

【日経の記事】

ドイツ人の発明家ミシェル・ヘイセ氏はスマホ用の折り畳みパネルを考案し、5月に発売した。拠点は市内の電気街「華強北」にある貸工房。スタートアップが交流する工房は200カ所近くあるとされる。

欧州各地やシリコンバレーを流浪し、なぜ深圳に居付いたのか。同氏は「この街こそデジタルの聖地だと直感した」と語る。あらゆる電子部品が手に入り、試作品を一日で作れる街のスピードに魅せられた。

業務ソフトのベテラン開発者、茂田克格氏は昨年夏以来6回も深圳を訪れた。「何か新しいものを作ろうと気分が盛り上がった時、どこに自然に足が向くかといえば秋葉原ではなく華強北だ」。最先端を走る人材の心を躍らせる自由な空気が、確かにここにある


◎ソフト開発のために「電気街」へ?

業務ソフトのベテラン開発者、茂田克格氏」の話もよく分からない。茂田氏に関しても、会社員なのか経営者なのかフリーの開発者なのか説明がない。
九州北部豪雨後の福岡県立朝倉光陽高校(朝倉市)
        ※写真と本文は無関係です

何か新しいものを作ろうと気分が盛り上がった時、どこに自然に足が向くかといえば秋葉原ではなく華強北だ」というコメントも謎だ。「秋葉原」と対比させているので、茂田氏は「華強北」に「電気街」としての魅力を感じているのだろう。

だが、「業務ソフト」を開発するのに、わざわざ日本から出向いて中国の「電気街」を訪れる必要はなさそうに思える。今は「業務ソフト」以外の何かに取り組んでいるのかもしれないが、そうした説明もない。

最先端を走る人材の心を躍らせる自由な空気が、確かにここにある」との記述にも不満が残る。太田編集委員は現地を訪れて「自由な空気」を感じたのだろう。だったら、それを読者に分かるように具体的に伝えるべきだ。「秋葉原」が「華強北」と比べてどう不自由なのかを説明してもいい。それを茂田氏に語らせる手もある。そうした説明なしに「自由な空気が、確かにここにある」と言われても納得はできない。

さらに記事の終盤を見ていこう。

【日経の記事】

だが、自由には対価もある。経済開放特区とはいえ、深圳は中国政府がネット空間に築いた「万里の長城」の内側にあるからだ。

6月1日に施行した中国の「ネットワーク安全法」37条と75条は、重要データの国外持ち出し禁止、違反による損失責任を明記した。対話アプリの会話やネット決済の記録、ドローンの飛行情報は、中国内のサーバーに蓄積され、次のイノベーションを生む知的資源となる。戦略資源は中国政府の管理下に置かれると考えるべきだろう。


◎深圳は本当に「自由」?

自由には対価もある」との説明もおかしい。「自由だけど競争は厳しい」といった話ならば「対価もある」と言える。だが、太田編集委員の言う「対価」とは「深圳は中国政府がネット空間に築いた『万里の長城』の内側」にあるが故の不自由さだ。「重要データの国外持ち出し禁止」のどこに「自由」があるのか。
豪雨被害を受けた比良松中学(福岡県朝倉市)
          ※写真と本文は無関係です

そもそも深圳はクリエーターにとって本当に「自由な空気」が感じられる場所なのか。「日本人クリエーター」が深圳に拠点を移して、共産党政権を揶揄するようなソフトを作ったらどうなるだろうか。国家政権転覆扇動罪で逮捕されてそうな気がする。

日本では、時の政権を批判するソフトを開発しても投獄される心配はない。その辺り踏まえた上で、太田編集委員は「自由な空気が、確かにここ(深圳)にある」と感じたのか。

さて、最後に記事の結論部分を見ていく。

【日経の記事】

自由を尊重するはずの民主主義国は技術の先駆者であり続けられるだろうか。トランプ米政権は外国人材の入国を厳格化し、自由なデータ移転を保証した環太平洋経済連携協定(TPP)も放棄した。個人の力を引き出す舞台づくりで国の競争力が決まる。規制だらけの日本の景色はアジアの中で色あせて見える


◎結論に説得力がなさすぎる

囲み記事を書くときは、結論部分に説得力が出るように筋書きを考えよう--。太田編集委員には、そう助言したい。今回の「規制だらけの日本の景色はアジアの中で色あせて見える」という結論には説得力がなさすぎる。

この結論を導こうとするのならば、日本以外のアジアではいかに規制が緩いか、日本はいかに規制が厳しいかを記事中で見せるべきだ。中国に関しては「重要データの国外持ち出し禁止」といった規制の厳しさには触れているが、緩さには言及がない。

日本の規制の厳しさには全く触れず、アジアで日中以外の国も出てこない。あとは米国の話があるぐらいだ。これで「規制だらけの日本の景色はアジアの中で色あせて見える」と言われても困る。まさに、取って付けたような結びだ。

「色々と注文を付けられても、行数に制限があるので、そんなに色々と盛り込めない」と太田編集委員は反論するかもしれない。実際、行数がそのままならば、注文通りにきちんと説明するのは無理だ。だが、それは言い訳にはならない。事例を絞り込めば済む話だ。今回は3つの事例を紹介しているが、1つか2つで十分に行ける。その辺りの取捨選択にも書き手としての腕が問われていると肝に銘じてほしい。


※今回取り上げた記事「経営の視点~深圳へ飛ぶクリエーターたち デジタル聖地に磁力と壁
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170717&ng=DGKKASDZ12HS5_W7A710C1TJC000

※記事の評価はD(問題あり)。太田泰彦編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。太田編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

問題多い日経 太田泰彦編集委員の記事「けいざい解読~ASEAN、TPPに冷めた目」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/05/blog-post_21.html

日経 太田泰彦編集委員 F評価の理由
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_94.html

説明不十分な 日経 太田泰彦編集委員のTPP解説記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_6.html

展開が強引な日経 太田泰彦編集委員「けいざい解読」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_12.html

2017年7月17日月曜日

森信親長官への批判が強引な週刊ダイヤモンド「金融庁vs銀行」

批判する材料は見つけられないが、なぜか注文を付けたくなる--。森信親・金融庁長官はメディアにとってそんな存在かもしれない。週刊ダイヤモンド7月22日号の特集「あなたのお金の味方はどっち!? 金融庁vs銀行」は金融業界に強く肩入れしているわけではない。だが、「Part 1<臨戦編> 史上最強長官を知れば何が起こるか分かる」の中の「世界変えるカリスマと裸の王様は紙一重 最強“過ぎる”長官の死角」という森長官を批判的に描いた記事は、筋立てがかなり強引だ。
豪雨被害を受けたJR日田彦山線(大分県日田市)
       ※写真と本文は無関係です

まず記事の最初の方を見てみよう。

【ダイヤモンドの記事】

異例の任期3年目に突入し、金融業界でいよいよ権力を完全掌握したかに見える森信親・金融庁長官。しかし、その裏では悪い話が耳に入らないという裸の王様リスクも頭をもたげている

まずいことになった──。金融庁のある担当者は、想定外の事態に直面し、知人に泣き言を漏らした

その理由は、32~33ページで述べた360度評価を金融庁内で実施したところ、森信親・金融庁長官に対する不満が無視できないほど寄せられたことだったという。

人間は誰しも完璧ではなく、360度評価の過程で批判が出ることはむしろ当然だ。普通と違ったのは、森長官は360度評価の対象ではなかったということ。「自分には“上”がいないという理由で受けなかった」(森長官と親しい関係者)。つまり、森長官のことは直接聞くつもりがなかったのに、気付けば庁内の不満の声が集まっていたということだ。

それよりも気掛かりなのは、その声はなかったことにされたということだ。そもそも評価対象ではない森長官に対して、フィードバックを行う必要はないかもしれない。ただ、この一事が示唆するように、森長官には下から悪い話が上がってこない状況に陥っている。


◎なぜ森長官に伝わらない?

32~33ページ」の記事によると、この「360度評価」は「森長官が外部のコンサルティング会社に依頼して行った」らしい。そして「森長官の手元には、自らの後継者候補に関する詳細な資料があったという」。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市
       ※写真と本文は無関係です

360度評価」をまとめたコンサルティング会社が、依頼主の森長官にも知らせていない内容を「金融庁のある担当者」か誰かに伝えたということか。コンサルティング会社も「調査の過程で長官への不満がたくさん出ました」と本人には伝えないかもしれない。だが、その内容を金融庁の別の人物に報告するだろうか。常識的には考えにくい。

仮に何らかの手段でその調査結果を「金融庁のある担当者」が手に入れたとしよう。それで「まずいことになった」と「知人に泣き言を漏らした」のが、また謎だ。非正規のルートで情報を手に入れたのならば、この「担当者」は調査結果を森長官に伝える義務はない。「へ~そうなんだ」と面白半分に見ておけばいい。もちろん、伝えたかったら森長官に伝えてもいい。「泣き言」を漏らす気持ちが理解できない。

記事では「この一事が示唆するように、森長官には下から悪い話が上がってこない状況に陥っている」と分析しているが、逆ではないか。コンサルティング会社の調査に応じた金融庁職員の多くが、外部の人間(しかも森長官に調査結果を報告する人)に対して長官への不満をぶつけている。これは凄い。

「物言えば唇寒し」の組織であれば、こんなことは起きない。「自分が不満を持っていると長官に伝わっても人事などでの不利益はない」と多くの職員が考えているからこそ、外部の人間に「不満」を教えたのではないか。

記事には「この一事」以外に「森長官には下から悪い話が上がってこない」ことを示す根拠が見当たらない。だとすると「悪い話が耳に入らないという裸の王様リスクも頭をもたげている」との分析には、ほぼ根拠がない。

取材班による無理のある主張はさらに続く。

【ダイヤモンドの記事】

同じことが金融庁外でも起きている。森長官は金融機関に対して、「金融庁におかしいと思うことがあれば、批判してほしい」と公言するが、金融機関側は冷めたものだ。ある大手地方銀行の幹部は、「上司の『今日は無礼講』と同じ。真に受けたらとんでもない目に遭う」と、にべもない。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です


金融庁と銀行の埋めようのない距離感は、今に始まった話ではないが、豪腕で鳴らす森長官時代にその傾向は強まっているようだ。

ここで思い起こされるのは、米アップルの創業者である故スティーブ・ジョブズ氏だ。激烈な性格で知られ、直轄プロジェクトの社員を追い込み、気に入らない社員は即クビ。絶対に意見を曲げなかったといった逸話に事欠かない。それでも、iPhoneなどの優れた製品を世に送り出して世界を変えたカリスマである。

一方、森長官も、現在の日本の金融業界に対して強い問題意識を持ち、変革への構想力と実行力を兼ね備え、世の中を動かしている。

極論を言えば、部下の不満も森改革の妨げになる雑音かもしれない。ただ、悪い話が上がってこないというのは裸の王様になるリスクと隣り合わせ。結果を出せば「名君」、出せなければ「暴君」だ


◎「暴君」の根拠は?

森長官に関してスティーブ・ジョブズ氏になぞらえて「結果を出せば『名君』、出せなければ『暴君』だ」と書いているのが引っかかる。ジョブズ氏については「直轄プロジェクトの社員を追い込み、気に入らない社員は即クビ」という「暴君」エピソードが出てくる。しかし、森長官には「暴君」の要素が見当たらない。
豪雨被害を受けた福岡県東峰村
     ※写真と本文は無関係です

長官に対する不満が無視できないほど寄せられた」だけでは根拠にならない。例えば「あんなに業界にきつく当たると天下り先がなくなる」という不満が職員から噴出している場合、森長官を「暴君」と見るのは適切だろうか。「(結果を)出せなければ『暴君』だ」とまで言い切るならば、「暴君」と言える根拠ははっきりと示すべきだ。こんな書き方では根拠の乏しい悪口にしか見えない。

記事では「森長官には下から悪い話が上がってこない状況に陥っている」と断定した上で「同じことが金融庁外でも起きている」というが、これも無理がある。記事で言うように、森長官に直接文句を言う金融機関はないかもしれない。だが、今回の特集も含め、森長官の手法に金融業界が不満をため込んでいることはメディアが繰り返し報じている。こうした情報に森長官は接していないと取材班では判断したのだろうか。

メディアなどを通じて金融機関の不満に関する情報も得ていると考えれば、森長官が「裸の王様になるリスク」はかなり小さい。そんなことは、取材班でも分かりそうなものだ。

最後に特集の「Prologue」に付いた「あなたのお金に大事なことは全て森長官が決めている」という見出しに一言。個人的には、黒田東彦日銀総裁の方が森長官よりも「大事なこと」を色々と決めている気がする。黒田総裁の場合、良い方向に動かしている感じはほとんどないが…。


※今回取り上げた特集「あなたのお金の味方はどっち!? 金融庁vs銀行
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/20710

※「世界変えるカリスマと裸の王様は紙一重 最強“過ぎる”長官の死角」という記事の評価はD(問題あり)、特集全体の評価はC(平均的)とする。特集の担当者への評価は以下の通り。

鈴木崇久記者=F(根本的な欠陥あり)を維持
田上貴大記者=暫定C
中村正毅記者=暫定B(優れている)→暫定C
藤田章夫副編集長=暫定D(問題あり)→暫定C

2017年7月16日日曜日

読者を惑わせる日経 奥田宏二記者の「農業マネー投信へ」

読者を惑わせる記事と言うべきだろうか。16日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「農業マネー投信へ 農中が新組織 資産運用を強化」という記事は、解読に時間がかかった。そして、解読してみると中身が非常に薄かった。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市内の流木
        ※写真と本文は無関係です

今回の記事は見出しにも問題がある。 「農業マネー投信へ 農中が新組織 資産運用を強化」と言われると「これまで運用対象にしていなかった投信にも農中は投資資金を入れてく」と理解したくなる。しかし、そう思って本文に入っていくと混乱してしまう。

【日経の記事】

農林中央金庫が今夏、投資信託などを通じた個人向けの資産運用ビジネスをテコ入れする。JAグループ全体の貯金は100兆円の大台を突破し「日本最大のヘッジファンド」の異名も取るが、世界的な金利低下で従来型の運用に限界があり、投信を通じた資産運用で手数料を稼ぐ。農協改革を迫られる中、農業金融の肥大化と受け止められれば批判される可能性もある。



◎どう理解すれば…

農中の資産運用見直しの話だと思って記事を読み始めると、「投資信託などを通じた個人向けの資産運用ビジネスをテコ入れする」という書き出しになっていて「あれ? 何か話が違う」と感じた。しかし、その直後に「世界的な金利低下で従来型の運用に限界があり、投信を通じた資産運用で手数料を稼ぐ」と出てくるので「やはり、農中自身の資産運用の話でいいのか」と思い直してしまった。

ついでに言うと「『日本最大のヘッジファンド』の異名も取る」という説明も引っかかる。そう呼んでいる人がいないとは言わない。だが、常識的に考えれば農中は「ヘッジファンド」ではない。「ヘッジファンド」は「不特定多数ではなく特定少数に販売する私募形態をとる」(ブリタニカ国際大百科事典)のが普通だ。この点だけでも農中とは異なる。きちんと説明せずに「『日本最大のヘッジファンド』の異名も取る」などと紹介すれば、誤解を招く。

さらに記事の中身を見ていこう。

【日経の記事】 

農中はこのほど30人規模の「JAバンク資産形成推進部」を立ち上げた。グループの農林中金全共連アセットマネジメントや農中信託銀行などと連携し、長期運用を目的とした新商品の早期投入を目指す
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です


JAグループは全国各地の農協や都道府県ごとの信用農業協同組合連合会(信連)、全国組織である農中の3層構造でJAバンクを運営する。約650ある地域農協と32の信連のうち投信を取り扱うのは230ほどにとどまる。新商品投入に合わせ、取り扱うJAバンクの拡大も目指す

これだけ巨体の割にJAバンクの投信残高は2017年3月末時点で約220億円にとどまる。ゆうちょ銀行は1兆円を超す規模で、貯金や住宅ローンを優先してきたJAグループにとってほぼ手つかずだった分野だ。

目標に掲げてきた貯金100兆円を達成したJAにとって、5%の資金が投信に振り替わるだけでも5兆円のマネーが動く。公募投信全体の残高は100兆円で、農業マネーのインパクトに期待する声もある。

農中の運用は国内外の債券や株式が中心だ。JAバンクから吸い上げた潤沢な貯金が運用の元手だが、日銀のマイナス金利政策で運用環境は厳しい。メガバンクをはじめ、どの金融機関も手数料収入を得ることができる投信など資産運用ビジネスの強化に動いており、農中が最後発として重い腰を上げるかたちだ。


◎話はこれだけ?

農業マネー投信へ」という4段の大きな見出しを付けている割に、中身は乏しい。「農中が新たな部署を立ち上げました。投信販売の拠点を増やしていくそうです。新商品もなるべく早く投入するようです」と言っているだけだ。
九州北部豪雨後のJR日田彦山線の陸橋
(福岡県東峰村)※写真と本文は無関係です

取り扱うJAバンクの拡大も目指す」と言うものの、いつごろまでにどの程度の数にするのか具体的な計画は出てこない。「長期運用を目的とした新商品の早期投入を目指す」も同じだ。時期や商品数ははっきりしない。「長期運用を目的とした新商品」に関しても中身が見えてこない。これまでに出した商品は「長期運用を目的とした」ものではなかったのかとの疑問も残る。

記事の中身が乏しい中で、筆者の奥田宏二記者は何とか大きな話に見せようとしている。その工夫が痛々しい。投信に関して「JAグループにとってほぼ手つかずだった分野だ」と解説してみせるが、「230ほど」の販売拠点を持ち、預かり残高が「220億円」もあるのに「ほぼ手つかず」というのは無理がある。

記事には「農中が最後発として重い腰を上げるかたちだ」との記述もある。既に農中はグループで投信販売を手掛けているのだから「最後発」という説明はおかしい。間違っていると言ってもいいぐらいだ。

記事の最後の段落での解説にも哀愁が漂う。

【日経の記事】

悩ましいのは政府が進めようとする農協改革との関係だ。農業金融の見直しは農協改革の本丸で、政府・与党はJAがマイナス金利などで収益が先細る金融部門を切り離し、農業振興に専念することを求めている。JAの利益の稼ぎ頭は金融で農業部門の赤字を補っているのも事実だが、資産運用部門の強化は金融部門の肥大化ともとらえられかねない。農中が進めようとする「貯金から資産運用」への動きは農協改革の議論に波紋を広げる可能性もある



◎「波紋を広げる」可能性ある?

農中が進めようとする『貯金から資産運用』への動きは農協改革の議論に波紋を広げる可能性もある」と記事を締めている。記事の中身から判断すると、「波紋を広げる可能性ゼロ」とは言わないまでも「ほぼゼロ」と見ていい。投信の販売はこれまでもやっていて、それを「もっと頑張りましょう」というだけの話だ。

この辺りは奥田記者も分かっている気がする。ただ、4段見出しの大きな記事にするには強引な意義付けが必要だったのだろう。日曜の紙面に無理してニュース仕立てで記事を盛り込むのは、もう止めた方がいい。今回のようなレベルの低い記事を世に送り出していては、日経が目指すクオリティージャーナリズムから遠ざかるばかりだ。


※今回取り上げた記事「農業マネー投信へ 農中が新組織 資産運用を強化

http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170716&ng=DGKKZO18921560V10C17A7EA1000

※記事の評価はD(問題あり)。奥田宏二記者への評価も暫定でDとする。

2017年7月15日土曜日

現状は「川下デフレ」? 日経 川手伊織記者への疑問

一生懸命に書いているのは伝わってくるし、問題意識も感じる。それでも、15日の日本経済新聞朝刊総合4面に載った「『川下デフレ』崩せるか 消費財、節約志向で値下げ圧力 生産性向上、賃上げ欠かせず」という記事には色々と注文を付けざるを得ない。

豪雨で流された夜明橋(大分県日田市の大肥川)
            ※写真と本文は無関係です
記事を見ながら、具体的に指摘していく。

【日経の記事】

人手不足に伴う賃上げや景気回復を背景に、外食産業などを中心に真剣に値上げを検討する企業が増えてきた。ところが家計は節約志向が染みついており、小売りなど消費者に近い「川下」ほど価格転嫁しにくい構図はさらに強まっている。日本の物価上昇を阻んできた「川下デフレ」のぶ厚い壁を崩すことができるだろうか


労働市場の逼迫で企業の人件費はかさんでおり、リクルートジョブズ(東京・中央)がまとめた5月のアルバイト・パート時給は前年同月より2.3%高い1006円だ。昨年12月につけた過去最高額に並んだ。

原材料価格も上昇が止まらない。中国の景気回復期待から銅や亜鉛など非鉄金属の国内価格が上昇。スマートフォン(スマホ)市場の拡大などで、半導体メモリーの価格も上がっている。
豪雨で流された夜明橋(大分県日田市の大肥川)
      ※写真と本文は無関係です

この結果、日銀が企業間で取引するモノの価格を調べた6月の企業物価指数をみると、素原材料は22.9%も上昇した。ただ部品など中間財の上昇率は4.4%、消費財となるとわずか0.5%どまり。流通段階の川下に行くほど物価の伸びは鈍い構図だ。家計が直接触れる価格をまとめた5月の生鮮食品を除く消費者物価指数(CPI)もプラス0.4%だ。

末端の消費者に近くなるほど価格転嫁が難しく、値下げ圧力が強まる「川下デフレ」現象は、過去の物価上昇局面と比べても際立っている。例えば原油バブルがピークに達した2008年8月のCPIは2.4%上がった。日銀の異次元金融緩和による円安で輸入コストが膨らんだ13年12月も1.3%上昇した。


◎「川下デフレ」の壁は崩すべき?

小売りなど消費者に近い『川下』ほど価格転嫁しにくい」状況を筆者の川手伊織記者は「川下デフレ」と呼んでいる。まず気になるのが、この状況を打破すべきとの前提に立っている点だ。記事の最後でも「長年の『川下デフレ』を崩せるかどうかは時間との勝負といえそうだ」と書いている。

素原材料は22.9%も上昇した」一方で、消費者物価指数は「プラス0.4%」。物価安定を良しとするならば、悪くない状況だ。日銀の物価目標が2%だとしても、川手記者がそれに縛られる必要はない。「企業は自社の利益を食いつぶしてコストを吸収」しているとしても、一方で消費者はコストを負担せずに済む。「日本経済にとっては消費者がコストを負担するのが好ましい」と言えるわけでもない。

川下デフレ」は「明らかに解消すべき状況」とは思えない。なのになぜ「『川下デフレ』のぶ厚い壁を崩すことができるだろうか」という問題提起になるのか。


◎そもそも今は「川下デフレ」?

そもそも「川下デフレ」と呼べる状況なのかどうかも疑問だ。企業物価も消費者物価もマイナスにはなっていない。これでは苦しい。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

川手記者は「末端の消費者に近くなるほど価格転嫁が難しく、値下げ圧力が強まる」状況を指して「『川下デフレ』現象」と呼んでいるが、こうした傾向が読み取れるとも言い切れない。

素原材料は22.9%も上昇した。ただ部品など中間財の上昇率は4.4%、消費財となるとわずか0.5%どまり。流通段階の川下に行くほど物価の伸びは鈍い構図だ」という説明は分かる。だが、「5月の生鮮食品を除く消費者物価指数(CPI)」は「プラス0.4%」で企業物価の「消費財」と大差ない。

つまり大まかに言えば、企業間取引での消費財の値上がり分は小売価格に転嫁できている。「小売りなど消費者に近い『川下』ほど価格転嫁しにくい」とは考えにくい。

川手記者は「第一生命経済研究所の星野卓也副主任エコノミストの試算によると、製造業のコスト吸収額は今年1~5月だけの累計で4兆円に達する」とも書いている。これが正しいとすると、メーカー(製造業)から卸や小売りに販売する段階での価格転嫁が難しいと理解する方が自然だ。しかし、なぜか小売価格(消費者への販売価格)への転嫁が難しいとの前提に立って話が進んでしまう。そこが惜しい。


※今回取り上げた記事「『川下デフレ』崩せるか 消費財、節約志向で値下げ圧力 生産性向上、賃上げ欠かせず
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170715&ng=DGKKASFS08H0Y_T10C17A7EA4000

※記事の評価はC(平均的)。川手伊織記者への評価は暫定D(問題あり)から暫定Cに引き上げる。川手記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「転職しやすさが高成長を生む」? 日経の怪しい説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_75.html

2017年7月14日金曜日

日経 武智幸徳編集委員は「フィジカルトレーニング」を誤解?

骨格が定まっていない子供にフィジカルトレーニングを課すのは愚の骨頂」と言われたら納得できるだろうか。「『具の骨頂』と断定する方が無理がある」と個人的には思える。14日の日本経済新聞朝刊スポーツ面に武智幸徳編集委員が書いた「アナザービュー~まず『脳力』を鍛えよ」という記事の当該部分を見た上で、この問題を論じてみたい。
豪雨で橋梁が流された久大本線(大分県日田市)
       ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

中学生が大人のトップアスリートを負かす競技に卓球がある。「なぜそんなことが。だらしない」と不思議でならなかったが、ひょんなことから卓球を習い始め、理由が分かる気がしてきた。

一つは卓球台のサイズだ。ある程度の身長になると台上のほとんどに手は届く。広いコートを走り回ってカバーするテニスなどに比べたら、走力も走る量も要求される値はずっと小さい。

肉弾戦の接触プレーはなく、打球を遠くに飛ばす腕力もいらない。圧倒的な差を感じる勝負を「大人と子供のよう」と評するが、大人と対戦した時にパワーの差が必ずしも卓球は致命的にならない。力より、神経回路の信号伝達の速さや駆け引きなど“脳力”の勝負に持ち込めるというか。

今、世間は将棋の藤井聡太四段の話題で持ちきりだ。将棋はスポーツよりもっと純粋に知力の戦いだから、AI(人工知能)相手に棋力に磨きをかけ、大人を負かす14歳が現れることは不思議ではない気もする。

骨格が定まっていない子供にフィジカルトレーニングを課すのは愚の骨頂だが、脳は鍛えれば鍛えるほど開発される。そう考えると、畑違いに思える藤井四段と卓球の張本智和(14)、平野美宇(17)、伊藤美誠(16)らの活躍には「脳トレに早過ぎるということはない」という共通のメッセージが含まれているのかもしれない。


◎「フィジカルトレーニング」をどう理解?

フィジカルトレーニング」をWikipediaでは「肉体能力の維持・強化や健康保持などを目的とした肉体的な運動の総称」と定義し、ストレッチ、ウォーキング、水泳などを含むとしている。自分の理解ともズレはない。この定義に従えば、子供に「フィジカルトレーニング」をさせても問題ないはずだ。

武智編集委員もさすがに「子供にストレッチや水泳をさせてはダメ」とは言わないだろう。そう考えると、武智編集委員は「フィジカルトレーニング」の意味を取り違えている可能性が高い。では、どう取り違えたのか。
豪雨被害を受けた日田彦山線の筑前岩屋駅(福岡県東峰村)
            ※写真と本文は無関係です

あくまで推測だが「ウェートトレーニング」と混同したのではないか。では「骨格が定まっていない子供にウェートレーニングを課すのは愚の骨頂」と直せば問題ないのか。これも疑問だ。武智編集委員がせっかく卓球を取り上げているので、スポーツ報知の6月16日付の「12歳・木原が21歳以下の部で準V…卓球界にまた天才現る」という記事を基に考えてみよう。

【スポーツ報知の記事】

◆卓球ワールドツアージャパン・オープン萩村杯▽21歳以下女子シングルス決勝 梅村3-1木原(15日・東京体育館)

21歳以下の部女子決勝で、12歳の木原美悠(エリートアカデミー)は梅村優香(17)=大阪・四天王寺高=に1―3で敗戦。史上最年少優勝は逃したが、堂々の準優勝に輝いた。

中略)エリートアカデミーでは食事の指導やウェートトレーニングで52キロだった体重は3~4キロ増え、力強さが増した。163センチと体格にも恵まれ、所属の渡辺隆司監督も「パワーがある。反応も良くて、大人のボールも難なくブロックできる」と太鼓判を押す。


◎まず自らの「脳力」を鍛えよ!

12歳の木原美悠」は既に「ウェートトレーニング」に取り組んでいるという。12歳だから、まだ「骨格が定まっていない」と考えるのが自然だ。それに我流で「ウェートトレーニング」に取り組んでいるわけではない。「エリートアカデミー」での指導の下での「ウェートトレーニング」だ。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

こうしたことを考えると、「子供にウェートレーニングを課すのは愚の骨頂」と直してみても問題はありそうだ。「子供にフィジカルトレーニングを課すのは愚の骨頂」に至っては、厳しく言えば間違いだ。

読者は意外と新聞を信じているものだ。「日経の編集委員が言うんだから、子供にフィジカルトレーニングなんかさせちゃいけないんだな」などと勘違いする読者がいそうで怖い。

そして、武智編集委員にはこう言っておこう。「まず自らの『脳力』を鍛えよ」。これは自分にも当てはまる言葉ではあるが…。


※今回取り上げた記事「アナザービュー~まず『脳力』を鍛えよ

http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170714&ng=DGKKZO18861700U7A710C1UU8000


※記事の評価はD(問題あり)。武智幸徳編集委員への評価はDを維持する。武智編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 武智幸徳編集委員はスポーツが分かってない?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_21.html

日経 武智幸徳編集委員はスポーツが分かってない?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_43.html

日経 武智幸徳編集委員は日米のプレーオフを理解してない?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_76.html

「骨太の育成策」を求める日経 武智幸徳編集委員の策は?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_87.html

「絶望には早過ぎる」は誰を想定? 日経 武智幸徳編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_4.html

日経 武智幸徳編集委員はサッカーと他競技の違いに驚くが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_2.html

2017年7月13日木曜日

相変わらず金融業界に優しすぎる日経 川上穣記者

12日の日本経済新聞朝刊金融経済面に載った「森金融庁 3期目の風景(2)投信業界、『説教』に嘆き ボーナス商戦、自粛ムード 顧客本位と収益確保、両立探る」という記事は、かなり強引に「投信業界」に寄り添っていた。「似たような記事をどこかで読んだような…」と思っていたら、筆者の1人は川上穣記者。4月26日の同じ面で「Behind the Curtain~積み立て型NISAの舞台裏 金融庁と業界にすきま風 『担い手不在』の恐れ」という業界寄りの記事を書いていた記者だ。
豪雨被害を受けた日田彦山線の宝珠山駅
(福岡県東峰村)※写真と本文は無関係です

業界寄りでも「なるほど」と思わせる論理展開があれば問題はない。だが、今回の記事もかなり苦しい。順に見ていこう。

※記事は川上穣記者と野村優子記者の2人で書いているが、この内容に主導したのは川上記者と推定して話を進める。


【日経の記事】

金融庁が地方銀行改革と並んで力を入れるのが投資信託のテコ入れだ。森信親長官は証券・運用会社は目先の手数料に依存してきたと指摘、顧客本位への転換を迫る。金融機関側は「正論」と受け止めつつも、相次ぐ物言いに息切れしている



◎「正論」ならば…

正論」ならば金融庁の姿勢に問題はなさそうだ。「金融機関側」が「相次ぐ物言いに息切れしている」場合、日経としては「金融機関よ、息切れなんかしてないでしっかりしろ」と叱咤激励すれば済む。ところがそうはならない。

記事は以下のように続く。

【日経の記事】

今夏、投信市場が異変に見舞われている。「ボーナス資金ねらいの新商品など、とても作れない」。大手運用会社の商品担当者はこぼす。

夏の賞与に合わせ投信の新規設定が活発になるのが普通だが、今年は自粛ムードが漂う。6~7月の設定本数は70本弱と、昨年から3割強減る見通しだ。金融庁が、この時期に顧客に新しい投信に乗り換えさせて手数料でもうける証券会社をけん制しているからだ。

売れ筋だった毎月分配投信は「(長期投資に適した)複利の効果が得られない」(森長官)と問題視され、減配ラッシュから退潮が著しい。昨年はAI(人工知能)関連投信が人気を博したが、「今度はAIのようなテーマ型が標的になるらしい。そうなったらますます稼げなくなる」(大手運用幹部)。こんな臆測まで飛び交う始末で「これじゃあ金融“説教”庁」との嘆き節も漏れる



◎「憶測」に基づいて語られても…

上記のくだりは、ズルい書き方だ。説教に次ぐ説教で「『これじゃあ金融“説教”庁』との嘆き節も漏れる」のならば分かる。しかし「今度はAIのようなテーマ型が標的になるらしい」というのは、あくまで「憶測」だ。「憶測」まで材料にして「これじゃあ金融“説教”庁」と語らせるのは感心しない。

記事によると「金融庁が求める取り組み」は以下の5つだ。
豪雨被害を受けた日田彦山線の瀬部踏切付近
    (大分県日田市)※写真と本文は無関係です

〇顧客の利益を第一にした業務運営

〇初心者を対象にした金融教育の充実

〇長期の積み立て分散投資の促進

〇低コストの金融商品の提供

〇証券と運用会社間の系列依存の脱却


これを見る限り「これじゃあ金融“説教”庁」と嘆く必要はなさそうな気がする。「初心者を対象にした金融教育の充実」「長期の積み立て分散投資の促進」などは業界と方向性が合致していそうだ。金融庁も「低コストの金融商品の提供」を求めているのだから「ボーナス資金ねらいの新商品」を出したいのならば「低コストの金融商品」を出せばいいのではないか。それなら金融庁も文句は言わないはずだ。

投資家の利益を損なう高コストの商品しか出したくない運用会社が「ボーナス資金ねらいの新商品など、とても作れない」と嘆いているのだとしたら、素晴らしいことだ。金融庁に拍手喝采を送りたくなる。ところが川上記者は違う。

【日経の記事】

2018年1月から始まる積み立て型の少額投資非課税制度(つみたてNISA)は長期の資産形成を重視する森長官肝煎りの制度だ。年40万円の投資額を上限に、運用で得られる配当や売却益が20年間非課税になる。

金融庁はここでも株価指数に連動したインデックス型のように、コストが特に低い一部の投信だけを「適格」とする異例の対応に出た。「これでは赤字確定」(大手証券)と不満の声が上がる。



◎「これでは赤字確定」?

これでは赤字確定」というコメントの使い方にもズルさが見える。まず、どこの「大手証券」が赤字になるのか明らかにしていない。何の「赤字」なのかも不明だ。会社全体なのか、投信販売なのか、「つみたてNISA」関連の販売なのか、記事は教えてくれない。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市※写真と本文は無関係です

川上記者は4月の記事でも「『積み立てNISAは黒字がほとんど出ない』。制度のスタート前から業界には早くも冷めたムードが漂う」と書いていたので、「つみたてNISA」では「赤字」だとしよう。だったら「つみたてNISA」関連の販売になるべく手を出さなけばいい。積極的な営業活動をしなければ、「赤字」は出てもわずかだろう。

そして、記事の最後は以下のようになっている。

【日経の記事】

ただ投信は「長期の資産形成」には欠かせない。「笛吹けど踊らず」では意味がない。野村証券が20年ぶりに営業改革に踏み切るなどの動きもあるが、全体では「ビジネスが成り立たなくなる」との危機感は募る。顧客本位とビジネスを両立させる着地点は見えない


◎「投信は『長期の資産形成』には欠かせない」?

投信は『長期の資産形成』には欠かせない」との前提がまず間違っている。投信なしに「長期の資産形成」に成功した人など山のようにいる。投信が「長期の資産形成」の役に立たないとは言わない。信託報酬が低いETFなどは検討に値する。だが、業界を潤すだけの高コスト商品は「長期の資産形成」の敵だ。この手の商品に手を出すぐらいならば、預貯金として運用する方が好ましい。

おいしい商品をエサに業界を「躍らせる」よりも「笛吹けど踊らず」の方がマシだ。「野村証券が20年ぶりに営業改革に踏み切るなどの動きもある」のならば、それでいいではないか。金融リテラシーの低い人から高い手数料をむしり取る余地を残さなければ「顧客本位とビジネスを両立させる着地点は見えない」のであれば、「着地点は見えない」ままでいい。


※今回取り上げた記事「森金融庁 3期目の風景(2)投信業界、『説教』に嘆き ボーナス商戦、自粛ムード 顧客本位と収益確保、両立探る
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170712&ng=DGKKZO18735240R10C17A7EE9000


※記事の評価はC(平均的)。 川上穣記者への評価もCを維持する。野村優子記者への評価は見送る。川上記者が4月26日付で書いた「Behind the Curtain~積み立て型NISAの舞台裏 金融庁と業界にすきま風 『担い手不在』の恐れ」という記事に関しては、以下の投稿を参照してほしい。

積み立て型NISAで業界側に立つ日経 川上穣記者
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/04/blog-post_26.html