2018年4月30日月曜日

「インドの日本人増やすべき」に根拠乏しい日経 小柳建彦編集委員

30日の日本経済新聞朝刊企業面に載った「経営の視点~インド進出、層薄い日本企業 『オールスター戦』の圏外」という記事は苦しい内容だった。「日本企業 『オールスター戦』の圏外」にも根拠が乏しい。記事の最後には「何だこの事例は?」と言いたくなるような話も出てくる。筆者は小柳建彦編集委員。全文を見た上で問題点を指摘したい。
宇佐神宮(大分県宇佐市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

インドが世界最大の人口大国になる日が近づいている。国連の推計では今年半ばの人口が約13億5400万人。14億1500万人強の中国をまだ下回るが、6年後の2024年半ばには14億3000万人台で中国を逆転する見込みだ。

17年の国内総生産(GDP)はフランスを上回る世界6位。近年定着した7%台の成長が続けば6年後には英国を抜きドイツと4位を競っている。米アップルのティム・クック最高経営責任者は「何年か前の中国に(消費市場の)傾向がよく似てきた」と表現する。

それだけに有力グローバル企業の勢力争いは激しい。特に欧米ウェブサイトへのアクセス制限がない民主主義国だけあって米ネット企業の存在が目立つ。米有力ネット企業が不在の中国とは対照的に、インドは米中の巨大企業と地元勢が入り乱れ、さながらオールスター戦の様相だ。

たとえば主要空港では配車世界最大手の米ウーバーテクノロジーズと配車国内企業最大手のオラが共通の乗り場で競う。動画配信ではネットフリックスとアマゾン・ドット・コムの米2社の直営サービスを21世紀フォックス傘下の地元企業ホットスターが迎え撃つ。

インド最大の電子商取引(EC)企業であるフリップカートの支配権獲得に世界最大の実店舗型小売企業のウォルマートとECの巨人アマゾンが競っている。フリップカートとオラの株主には中国のネットの巨人、騰訊控股(テンセント)が陣取る。モバイル決済最大手の地元スタートアップPaytmの運営会社には中国のもう一つの巨人アリババ集団が出資する。

日本企業はどうだろう。

同国自動車首位はマルチ・スズキ、エアコン首位はダイキン工業。液晶テレビではソニーが首位を争う。インド消費者の日本ブランドへの信頼も厚い。フリップカートの最大外部株主はソフトバンクグループ。同社がウォルマートとアマゾンに買収条件を競わせている。ソフトバンクはオラやPaytmの運営会社、国内EC企業2位のスナップディールにも出資する。

外務省によると日本企業のインド拠点数は16年秋、10年前の10倍、米国の半分強の4590カ所で世界3位の進出先になった。企業単位でみると日本からの進出は急拡大中だ。

しかしヒトに着目すると話は別だ

インドの商都ムンバイは中央銀行のインド準備銀行が本店を置き、米国でいえばニューヨーク、中国なら上海の位置づけだ。ところが永住者を除く在留邦人数は近年、500人超千人未満で推移している。

在留邦人の多い都市ランキングでは、小国カンボジアの首都プノンペンが2271人で50位にランクインしたのに遠く及ばない。国・地域別でもインド全体では8899人で17位。企業に比べ人間の進出が遅れている

つい最近でも大型スーツケースに飲料水を詰め込んできた日本からの出張者がいたと現地日本人社会で話題になった。こんな誤認識がまだはびこる背景には、日本企業によるインド進出の層の薄さがある。放置する企業は世界オールスター戦の圏外にとどまる

◇   ◇   ◇

疑問点を列挙してみる。

(1)なぜムンバイにこだわる?

インドに関して「企業単位でみると日本からの進出は急拡大中だ。しかしヒトに着目すると話は別だ」と小柳編集委員は述べている。ならば、「ヒト」をインド全体で見ればいい。なのに「ムンバイ」についてあれこれ書いている。
田主丸駅(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

ムンバイに人が少なくてニューデリーに集中していても、別にいいのではないか。ダメだと言うなら、その理由を説明してほしい。中央銀行の本店がどこにあるかは、ほとんどの企業には重要ではないはずだ。

さらに言えば、「国・地域別でもインド全体では8899人で17位」とは書いているが、増減には触れていない。この人数がしっかり増えているならば「企業単位」で見ても「ヒトに着目」しても「日本からの進出は急拡大中」となる。


(2)もっと「ヒト」を送るべき?

日本からはあまり人を送らず、現地の人を積極的に生かして経営するのも1つのやり方だ。小柳編集委員は「日本人をたくさん送り込んでいる方が好ましい」との前提で記事を書いているが、その根拠は示していない。


(3)「誤認識」と断定できる?

記事の最後の段落では「大型スーツケースに飲料水を詰め込んできた日本からの出張者がいたと現地日本人社会で話題になった。こんな誤認識がまだはびこる背景には、日本企業によるインド進出の層の薄さがある」と書いている。どうでもいい話だと思えるが、真面目に考えてみよう。

まず「誤認識」の具体的な内容が謎だ。「インドではミネラルウォーターが売られていない」「インドで売っているミネラルウォーターを飲むと腹を壊す」といった認識なのか。

例えばこの「出張者」が「海外でミネラルウォーターを買って飲むとよく体調を崩す」という経験則を持っている場合、「大型スーツケースに飲料水を詰め込んできた」としても「誤認識」とは言えない。

こんな誤認識がまだはびこる背景には、日本企業によるインド進出の層の薄さがある」との説明も苦しい。日本人がインドに関する情報のほとんどを現地の在留邦人から得ているのなら、この説明でいいかもしれない。だが、ネットで検索するだけでもかなりの情報が得られる時代だ。旅行者が伝える情報もあるだろう。あまり意味のない事例から、強引に結論を導き出している感は否めない。


(4)「オールスター戦の圏内」の基準は?

放置する企業は世界オールスター戦の圏外にとどまる」と小柳編集委員は言うが、どの程度の人を送り込めば「オールスター戦の圏内」なのかは教えてくれない。海外の「オールスター」との比較もない。既に述べたように、現地の人を積極的に活用して日本人はあまり送り込まない手法がなぜダメなのかも不明だ。

さらに言えば「マルチ・スズキ」「ダイキン工業」「ソニー」といった企業が「世界オールスター戦の圏外」なのかもよく分からない(記事の趣旨から言えば「圏外」だと思える)。今回のような雑な作りで「企業に比べ人間の進出が遅れている」と訴えても説得力はない。

こんな凡庸で空疎な記事を書くために記者としての経験を重ねてきたのか。小柳編集委員には、しっかりと自分を見つめ直してほしい。


※今回取り上げた記事「経営の視点~インド進出、層薄い日本企業 『オールスター戦』の圏外
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180430&ng=DGKKZO29939880X20C18A4TJC000


※記事の評価はD(問題あり)。小柳建彦編集委員への評価もDとする。

2018年4月29日日曜日

「小泉氏は農林族なのか」日経 吉田忠則編集委員の答えは?

29日の日本経済新聞朝刊総合3面に載った「風見鶏~小泉氏は農林族なのか」という記事は、見出しに釣られて読むと失望するだろう。「小泉氏は農林族なのか」と問うているのに、答えは示していない(農林族に含めているのだろうとは思うが…)。他にも記事には問題が多い。吉田忠則編集委員が書いた記事の全文を見た上で、具体的に指摘していく。
筑後川橋と桜と菜の花(福岡県久留米市)
            ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

「族議員」という言葉がある。批判的な人は政治の利益誘導を連想し、専門家を自負する当人は言葉の響きに反発する。実態はどうなっているのか。

4月13日朝、東京・永田町にある自民党本部で、農産物輸出に取り組む生産者や事業者を集めて会合が開かれた。「事業で日々感じていることをぜひ率直に話してほしい」。正面の「ひな壇」中央でそう話したのは小泉進次郎氏だ。

小泉氏が党農林部会長を退いて8カ月。引き続き農政の核にいるのは確認できたが、気がかりなこともあった。議員席に空きが目立ったのだ。2015年に部会長に就いたころは違った。環太平洋経済連携協定(TPP)対策の会合は大勢の出席者で室内は汗ばむほどで、小泉氏が促すと競い合うように発言した

輸出のような「攻め」に関心のある議員は少なく、市場開放におびえる農家を「守る」ことばかり考えているのか。それを小泉氏に聞くと、答えは「アンフェアだ」。「TPPのような国論を二分する問題」と輸出を同列に並べるべきではないというのがその理由。さらに農業と政治のリアルな関係を語った。

「輸出するような農家は独立独歩で数が少なく、政治の関与はまずない。一方で多くの農家はもうかっていなくて、輸出もしていない。政治がそちらをメインにするのは当然だ」

ここで昔の農林議員の声を紹介しよう。谷津義男元農相は1986年に初当選したとき、竹下登幹事長に「食べ物のことをT字型で勉強してほしい」と言われたという。他分野は浅くていいが、農業は深く掘り下げろという意味だ。

谷津氏は「昔は大議論があった」と懐かしむ。党の会議で意見が対立すると、ときに灰皿が飛んだ。思わず相手の胸ぐらをつかみ、逆に背負い投げでたたきつけられた議員もいた。今はTPP関連の会合でさえ、言うだけ言うと部屋を出る議員が少なくない。

何が変わったのか。谷津氏は「(96年の衆院選で始まった)小選挙区制で専門家が育ちにくくなった」と話す。一般論としては正しいかもしれないが、制度だけが原因だろうか。

票を投じる側と政治との関係に目を転じてみよう。全国農業協同組合中央会(JA全中)によると、かつては議員への「突き上げ」が中心だった。市場開放への反対集会で煮え切らない態度の議員がいると、激しいヤジが飛んだ。

今そうした迫力は影を潜めた。農家の数が大幅に減ったうえ、「いくら自由化に反対しても無駄」という諦めムードが広がっているからだ。以前は農林部会に出ない議員に対して農協の幹部たちは「出席してこう発言してほしい」と迫ったが、今は「農業に関心を持ってください」と懇願することが多くなった

選挙制度が変わって議員が1分野に特化するのが難しくなり、農家は政治を動かすことが難しくなるほど数が減った。小泉氏が応援する攻めの経営者もまだまだ少数派だ。だが農家が減って生産基盤が弱体化したことで、食料問題はむしろ切実になっている

福島大の生源寺真一教授は「国民全体が農業の生産する食と田園風景の受益者であることを、政治は訴えるべきだ」と指摘する。これに関連し小泉氏は「都会のコンクリートジャングルの真ん中で農業を語っても心に響く」と話す。

正論だろう。だがそう言える人がもっと増えなければ、ものごとは動かない。農業が国民全体に関わるテーマであるのなら、すべての議員が「農林族」であるべきなのだ。

◇   ◇   ◇

気になった点を挙げてみる。

(1)「族議員」の定義は?

小泉氏は農林族なのか」を論じるならば、「農林族」あるいは「族議員」を定義する必要がある。記事では「族議員」について「批判的な人は政治の利益誘導を連想し、専門家を自負する当人は言葉の響きに反発する」と書いているだけだ。これでは「小泉氏は農林族なのか」を考える上での基準が見当たらない。
宇佐神宮(大分県宇佐市)※写真と本文は無関係です

吉田編集委員としては最初から「小泉氏は農林族なのか」を論じるつもりがないのかもしれないが…。


(2)「背負い投げ」で「大議論」?

谷津氏は『昔は大議論があった』と懐かしむ。党の会議で意見が対立すると、ときに灰皿が飛んだ。思わず相手の胸ぐらをつかみ、逆に背負い投げでたたきつけられた議員もいた」という説明も苦しい。灰皿を投げたり、相手の胸ぐらをつかんだり、背負い投げで叩きつけたりするのは、そもそも「議論」とは言わない。

大議論」と言うならば、議論が激しかった様子を伝えてほしい。「背負い投げでたたきつけられた議員もいた」といった話を生かすならば、「谷津氏」のコメントは「昔は暴力に訴えることも珍しくなかった」などでないと苦しい。


(3)議員は農業に関心が乏しい?

以前は農林部会に出ない議員に対して農協の幹部たちは『出席してこう発言してほしい』と迫ったが、今は『農業に関心を持ってください』と懇願することが多くなった」と書いていあると、今の議員は農業に関心が薄いように思える。

一方、記事には「環太平洋経済連携協定(TPP)対策の会合は大勢の出席者で室内は汗ばむほどで、小泉氏が促すと競い合うように発言した」との記述もある。2015年の話なので、今と大きな違いはないはずだ。

議員たちは農業に関心があるのかないのか、結局よく分からない。「15年時点では関心があったが、その後に低下した」と吉田編集委員が考えているのならば、そう書くべきだ。


(4)どんな「食料問題」がある?

記事の終盤になると漠然とした話ばかりになってしまう。「農家が減って生産基盤が弱体化したことで、食料問題はむしろ切実になっている」と言うものの、どんな「問題」があるかは教えてくれない。

国民全体が農業の生産する食と田園風景の受益者であることを、政治は訴えるべきだ」という「福島大の生源寺真一教授」のコメントもあまり意味がない。「国民全体が農業の生産する食と田園風景の受益者である」との主張に異論はないが、それを国民が受け入れたからと言ってどうなるものでもない。もっと具体性のあるコメントを使ってほしかった。


(5)「すべての議員が『農林族』であるべき」?

記事では「農業が国民全体に関わるテーマであるのなら、すべての議員が『農林族』であるべきなのだ」との結論を出している。吉田編集委員が「農林族」「族議員」の定義を示していないので、「族議員」は「特定分野の利益を代弁し、関係省庁に強い影響力を行使する国会議員」(大辞林)であり、「農林族」とは「農林」分野の「族議員」を指すとしよう。
有明海(佐賀県太良町)※写真と本文は無関係です

全ての国会議員が「農林分野の利益を代弁し、関係省庁に強い影響力を行使する」のは、そんなに好ましいことなのか。「全ての国会議員が農業に関心を持つべきだ」と訴えたいのならば、そう書けば済む。わざわざ「農林族」を使うと、説得力の乏しい結論になってしまう。「族議員とは特定業界の利益代弁者ではない」と考えるならば、「族議員とは何か」に関して吉田編集委員の見解を明らかにすべきだ。

自民党本部で、農産物輸出に取り組む生産者や事業者を集めて会合が開かれた」時に「小泉進次郎氏」から話が聞けたので「これで『風見鶏』を書けないかな」と吉田編集委員は考えたのかもしれない。それが出発点でも問題はないが、「記事で何を訴えるか」はもっとしっかり検討すべきだ。


※今回取り上げた記事「風見鶏~小泉氏は農林族なのか
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180429&ng=DGKKZO29937060X20C18A4EA3000


※記事の評価はD(問題あり)。吉田忠則編集委員への評価はDを据え置く。

2018年4月28日土曜日

随分前から「持久戦」では? 日経「日銀、物価2%持久戦に」

日銀の金融政策決定会合を受けて28日の日本経済新聞朝刊1面に「日銀、物価2%持久戦に 決定会合 達成時期を削除」という記事が載っている。総合4面の関連記事も含め、基本的にはしっかり書けている。ただ、見出しの「持久戦に」が引っかかった。「これまでは持久戦じゃなかったの?」という疑問は湧く。
旧佐世保鎮守府凱旋記念館(市民文化ホール)
              ※写真と本文は無関係です

記事では以下のように書いている。

【日経の記事】

日銀は27日開いた金融政策決定会合で、短期金利をマイナス0.1%、長期金利をゼロ%程度に誘導する金融緩和策の現状維持を決めた。2019年度の物価見通しは据え置いたものの、「19年度ごろ」としていた2%の物価目標の達成時期について文言を削除した。これは物価目標の達成が持久戦に入ったことを意味する

黒田東彦総裁は記者会見で達成時期の削除について「物価見通しと政策変更が機械的に結びついているわけではない」と強調。市場の一部に「誤解があった」と、市場との対話を改善させる狙いがあると説明している。

黒田総裁は13年に異次元緩和を始めた際、「2年程度を念頭に物価2%を達成することを明確に約束する」と述べた。だが想定通りに物価は上がらず、達成時期はこれまでに6回先送りされ、そのたびに市場では追加緩和観測が出ていた

物価目標について黒田総裁は「中長期的な目標に変更したわけではない」と説明。「できるだけ早期に達成する」という姿勢は変えないという。


◎今までは「短期戦」だった?

個人的には「2年程度を念頭に物価2%を達成」できなかった時点で「持久戦」に入ったと感じる。今回の「達成時期」の削除にもかかわらず「中長期的な目標に変更したわけではない」と黒田総裁が述べているので「中長期の目標に変更したから、持久戦入り」との説明も成り立たない。

ちなみに産経新聞は2017年7月20日の「日銀、2%物価上昇目標を1年先送り『31年度ごろ』」という記事で「日銀は景気回復を理由に追加の金融緩和を見送り、長期金利を0%程度に誘導する現行緩和策の継続を決定。“持久戦”の様相が色濃くなったといえそうだ」と書いている。

昨年7月には既に「持久戦」の状況にあり、その「様相が色濃くなった」と産経は解説している。こちらの方が常識的な見方だろう。

付け加えると「達成時期はこれまでに6回先送りされ、そのたびに市場では追加緩和観測が出ていた」との説明もやや苦しい。

日銀の追加緩和観測が後退している。10月31日~11月1日の次回会合で物価見通しを下方修正する方向だが、物価目標2%を時間をかけて達成する姿勢に転じたばかりの日銀が、積極的に動くとみる市場関係者は少ない」。2016年10月18日の「ポジション~黒田日銀は『死に体』? 追加緩和観測、大きく後退」という記事で日経の石川潤記者はこう書いている。

追加緩和観測」が完全になくなる状況は考えにくいので、「そのたびに市場では追加緩和観測が出ていた」との説明が誤りとは言えない。ただ、5回目以降は「追加緩和観測」が目立たなかった気がする。


※今回取り上げた日経1面の記事「日銀、物価2%持久戦に 決定会合 達成時期を削除
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180428&ng=DGKKZO29939420X20C18A4MM8000


※記事の評価はC(平均的)。

2018年4月27日金曜日

「崩れ始めた中央集権」に無理がある日経「パンゲアの扉」

日本経済新聞朝刊1面の「パンゲアの扉~つながる世界 覆る常識」という連載がようやく終わった。27日の「(5)情報の鎖がお墨付き 崩れ始めた中央集権」も苦しい内容だった。「崩れ始めた中央集権」という見出しが付いているものの、そうした変化が起きているようには見えない。
甘木公園の桜(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

まずは最初の事例を見ていこう。

【日経の記事】

「このワインはブロックチェーンで本物と証明されます」。イタリアの高級メーカー、キャンティーナ・ボルポネ。ラベルに刷られたQRコードをスマートフォン(スマホ)で読むと、こんなメッセージが表れる。

ブドウの栽培地や醸造履歴、温度管理……。製造から小売りまでの過程でボトル一本一本に関し真正品や品質の証しとなる情報を改ざんが困難な基盤の上でつなぎ合わせ、消費者に透明に示す。

世界に流通するワインは高級品から廉価品まで2割が偽造品といわれる。本物なのか、味は良いのか悪いのか。目利きを担ってきたのは有名販売店やソムリエといった知識と経験で信用を得た一握りのプロだけだったが、信頼に足る情報の鎖が「お墨付き」を与える。



◎むしろ「中央集権」への移行では?

これまでは「有名販売店やソムリエ」が「本物なのか、味は良いのか悪いのか」を判別していたのに、「QRコードをスマートフォン(スマホ)で読む」だけで判別が可能になるとしよう。そして「QRコード」を提供するのはワインの「メーカー」だ。

この場合、様々な人や企業が担っていた「お墨付き」の機能を「メーカー」が一手に引き受けることになる。それは「崩れ始めた中央集権」の事例として適切なのか。むしろ、逆ではないか。

次の事例に移ろう。

【日経の記事】

海外にいる出稼ぎ労働者から年280億ドル(約3兆円)が流れ込むフィリピン。平均6%だった国際送金コストが1~2%になる新サービスが広がる。ブロックチェーンを基盤とする仮想通貨を活用し、世界中とお金を瞬時にやりとりして手数料を抑える。規制や銀行を経由するといった法定通貨の権威を守る仕組みに支配されない自由なマネーの流通が、巨大市場に効率をもたらす



◎仮想通貨は規制なし?

仮想通貨」に関しては中央集権的ではないとは言える。ただ、「規制や銀行を経由するといった法定通貨の権威を守る仕組みに支配されない自由なマネーの流通が、巨大市場に効率をもたらす」という部分には問題を感じた。まず、文が拙い。
佐世保港(長崎県佐世保市)※写真と本文は無関係です

規制や銀行を経由するといった法定通貨の権威を守る仕組み」と書くと「『規制や銀行』を経由する」と読めてしまう。簡単に直すならば「規制や、銀行を経由する」と読点を入れればいい。

本題に戻る。

仮想通貨」に関して「規制」に「支配されない自由なマネー」と言い切っているのも引っかかった。日経でも2016年5月26日に「仮想通貨に規制の網、登録制で利用者保護 改正資金決済法成立 」という記事を載せている。国際的にも規制強化の方向だ。フィリピンは別かもしれないが、「崩れ始めた中央集権」の例としてと単純に捉えるのは感心しない。

規制強化があっても、仮想通貨はやはり「(規制に)支配されない自由なマネー」なのだと取材班が考えるのならば、その理由を述べてほしかった。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

ネットワーク参加者の間で、取引などの内容を暗号データで記録する「台帳」を分散して共有するブロックチェーン。活用対象を広げながら、価値に「太鼓判」を押すのは特定の誰かや権力者だけという20世紀までの当たり前を崩してゆく



◎そんな「20世紀までの当たり前」あった?

価値に『太鼓判』を押すのは特定の誰かや権力者だけという20世紀までの当たり前を崩してゆく」と言うが、そんな「当たり前」があったのか。例えばラーメン店が開業したとしよう。その店の「価値」に不特定多数の人が「太鼓判」を押すことは20世紀にもあった。いわゆる口コミだ。「新しくできた店、絶対旨いから一度食ってみろよ。俺が太鼓判を押すから」などと言って友人にラーメン屋を薦めることは20世紀にはなかったとでも取材班は考えているのか。

それに「20世紀までの当たり前」を崩しているだけならば、話が古すぎる。「覆る常識」と打ち出すからには、「2017年までの当たり前」が崩れる動きを伝えてほしい。最低でも「2010年代前半までの当たり前」は崩れていないと苦しい。

さらに見ていこう。

【日経の記事】

21世紀に押し寄せるのは、値打ちを担保する力の源が無数の個に分散する非・中央集権の奔流だ。お金を保証する中央銀行の意義を仮想通貨が問うように、世界を行き交うヒト・モノ・カネを統治してきた国家の機能も揺さぶっている。

アフリカ各地では昨年から、国連の後押しで身分証のない人に「電子ID」を発行するプロジェクトが始まった。指紋や虹彩の生体認証を用い、二重登録を防げるブロックチェーン上で一人ひとりの「戸籍」を作成。銀行口座開設や医療機関などで使えるようにする。

世界では11億もの人が法的な身分証を持たない。国家に属さないと存在の裏付けさえなく、生活に必要なサービスを受けられないが、行き届かぬ行政を肩代わりする。



◎これは「非・中央集権」?

記事の書き方に曖昧な部分があるが、「電子ID」を発行する主体が「国連」か、「国連の後押し」を受けた国家ならば、基本的には「中央集権」的だ。
眼鏡橋(長崎県諫早市)※写真と本文は無関係です

登録した情報は「ブロックチェーン上で」分散的に管理するとしても、「指紋や虹彩」と名前などを結び付けて登録する際には、個人が勝手にとはいかないはずだ。それを許せば「戸籍」としての信用は生まれない。

指紋や虹彩」を登録する際に、「これはAさんのものだ」と認定する主体が問題だ。記事で言う「電子ID」に関しては国連か国家だと思える。違うのならば、それが分かるように書くべきだ。

次は最後の事例を見ていく。

【日経の記事】

欧州ではもっと先の動きがある。デジタル空間での仮想国家「ビットネーション」の樹立だ。ブロックチェーンをもとに同性愛者の婚姻届を認めたり、難民に身分証明書を発行したりする。実社会での法的効力はまだないが、既存国家が受け付けないアイデンティティーを持つ人々の受け皿を目指す。中央政府は置かず、統治に国民が自主参加する分権を提唱する。

ビットネーションに共鳴し「市民権」を得た人は1万5000超。出生地や居住地といった制約に縛られず、自分の国は理想に合う国を自由に選ぶ。デジタル技術の進歩に伴い新たな価値観が広く浸透していくと、そんな時代が当たり前になっても不思議ではない


◎「仮想国家」取り上げる意味ある?

デジタル空間での仮想国家」に関しては取り上げる意味があるとは思えない。「実社会での法的効力はまだない」と言うが、いずれ効力を持つ見通しなのか。

デジタル空間での仮想国家」を「自由に選ぶ」のは簡単にできるだろう。しかし、そうした動きがいくら広がっても、本物の「」に関して「出生地や居住地といった制約に縛られず、自分の国は理想に合う国を自由に選ぶ」ことが簡単になる訳ではない。

そんな時代が当たり前になっても不思議ではない」と記事を結んでいるが、話が飛び過ぎだ。「自由に選ぶ」のが本物の「」ならば、「そんな時代が当たり前」になるのは遠い先の話だろう。どういうプロセスを経て国を「自由に」選べるようになるのか、記事には何の説明もない。これでは説得力に欠ける。

今回の記事の最後には「竹内康雄、植松正史、柴田奈々、遠藤淳、堤正治、黄田和宏が担当しました」と出ていた。今回の連載は明らかな失敗作だ。なぜそうなったのかを取材班の6人はしっかりと考えてほしい。


※今回取り上げた記事「パンゲアの扉~つながる世界 覆る常識(5)情報の鎖がお墨付き 崩れ始めた中央集権
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180427&ng=DGKKZO29914320X20C18A4MM8000

※記事の評価はD(問題あり)。連載の責任者を竹内康雄氏と推定し、同氏への評価を暫定でDとする。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「小が大を制す」が見当たらない日経1面「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/1_24.html

今度は「少数言語の逆襲」が苦しい日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/1_24.html

「覆る常識」を強引に描き出す日経1面「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/blog-post_95.html

華僑の始まりは19世紀? 日経1面「パンゲアの扉」の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/19.html

「覆る常識」というテーマを放棄? 日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/blog-post_27.html


※「パンゲアの扉~つながる世界」の以前の連載については以下の投稿も参照してほしい。

冒頭から不安を感じた日経 正月1面企画「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_2.html

アルガンオイルも1次産品では? 日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_4.html

スリランカは東南アジア? 日経「パンゲアの扉」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_28.html

根拠なしに結論を導く日経「パンゲアの扉」のキーワード解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_8.html

「覆る常識」というテーマを放棄? 日経「パンゲアの扉」

26日の日本経済新聞朝刊1面に載った「パンゲアの扉~つながる世界 覆る常識(4)民族・宗教を超えて 門戸を開き 最先端走る」という記事について、さらに問題点を指摘していく。第3回までは「覆る常識」を強引に描いてきたが、ネタが尽きたのか第4回では「覆る常識」を論じることを放棄したように見える。
佐世保港(長崎県佐世保市)※写真と本文は無関係です

まず冒頭の事例を見ていこう。

【日経の記事】

20年前に米シリコンバレーにベンチャーキャピタルを置いた住友商事。「コネがないとなかなか食い込めない」としてイスラエルにも活動の場を広げることを決めた。

人種のるつぼで進取の精神に富むシリコンバレー。しかし、スタンフォードなど地元の大学出身者からなる独自のコミュニティーの壁に阻まれ、成果を出せない企業も増えている。そこで脚光を浴びているのが“スタートアップ・ネーション”イスラエルだ。

同国では最大200万ドルの政府支援もあり、年間1千もの企業が生まれる。その象徴が自動運転のカギを握る画像認識システムのモービルアイだ。国内にこもりがちだった従来のユダヤ系企業とは一線を画し、世界の自動車大手と相次いで提携。その勢いに目をつけた米半導体大手のインテルの傘下に入り、さらなる成長を目指す。

アラブ諸国と対立してきたイスラエル。「異なる民族や文化との交流で国を開くことが安全保障にもつながる」(山田仁一郎・大阪市立大教授)。昨年は先端技術を持つ外国人の長期滞在を緩和する「イノベーション・ビザ」も打ち出し、新たなユダヤネットワーク作りを加速する。



◎「住友商事」の話は要る?

まず住友商事とシリコンバレーの話が無駄だ。「(住友商事が)イスラエルにも活動の場を広げることを決めた」と書いているので、ここから同社のイスラエルでの活動を紹介していくのかと思ったら何もない。だったら取り上げる意味がない。行数に余裕があるならともかく、大して長くない記事だ。「“スタートアップ・ネーション”イスラエル」を最初から論じた方がいい。

ただ、イスラエルの話には新味も驚きもない。「“スタートアップ・ネーション”イスラエル」というイメージはかなり古くからある。ここ数年の話ではない。「年間1千もの企業が生まれる」のも大した数字ではない。日本では合同会社も含めると会社設立数が10万社を超えるはずだ。イスラエルの「1千」はいわゆるスタートアップに限定した数字かもしれない。しかし、そうは書いていないし、比較がないと「1千」が多いか少ないかも判断できない。

さらに言えば、わざわざ取り上げたのは、よく知られた「自動運転のカギを握る画像認識システムのモービルアイ」。しかも「世界の自動車大手と相次いで提携。その勢いに目をつけた米半導体大手のインテルの傘下に入り、さらなる成長を目指す」という何の目新しさもない話だ。「モービルアイ」を取材した形跡も窺えない。

国内にこもりがちだった従来のユダヤ系企業とは一線を画し」との説明も怪しい。例えば2016月1月27日付で日経は「ソニー、イスラエル半導体メーカーを買収 250億円」と報じている。他にもイスラエル企業が海外企業に買収された話はある。従来のユダヤ系企業とは一線を画し」ていることが「覆る常識」のつもりかもしれないが、無理がある。

また「ユダヤ系企業」と言う場合「米国のユダヤ系企業」もあるはずだ。これも含めると「国内にこもりがち」との説明はさらに苦しくなる。

今回の記事では「地縁や同じ民族で頼る共同体を開放し、新たなネットワークを築けば、多様な価値観を包含する世界に一歩近づく」と結んでいる。外国企業の出資を受け入れたりすることを「共同体の開放」と捉えるのならば、それは多くの国で当たり前になっている。「覆る常識」というテーマは忘れてしまったのだろうか。


※今回取り上げた記事「パンゲアの扉~つながる世界 覆る常識(4)民族・宗教を超えて 門戸を開き 最先端走る
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180426&ng=DGKKZO29831310V20C18A4MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「小が大を制す」が見当たらない日経1面「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/1_24.html

今度は「少数言語の逆襲」が苦しい日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/1_24.html

「覆る常識」を強引に描き出す日経1面「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/blog-post_95.html

華僑の始まりは19世紀? 日経1面「パンゲアの扉」の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/19.html


※「パンゲアの扉~つながる世界」の以前の連載については以下の投稿も参照してほしい。

冒頭から不安を感じた日経 正月1面企画「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_2.html

アルガンオイルも1次産品では? 日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_4.html

スリランカは東南アジア? 日経「パンゲアの扉」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_28.html

根拠なしに結論を導く日経「パンゲアの扉」のキーワード解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_8.html

2018年4月26日木曜日

華僑の始まりは19世紀? 日経1面「パンゲアの扉」の誤解

色々と問題の多い日本経済新聞朝刊1面の連載「パンゲアの扉~つながる世界 覆る常識」に間違いと思える記述があった。26日の「(4)民族・宗教を超えて 門戸を開き 最先端走る」という記事では「19世紀、現在の国民国家の原型が作られたが、一方で国家の枠にとらわれることなく新天地を求め海外に移住したのが華僑・印僑だ」と書いている。「華僑」に関しては説明が怪しい。日経には以下の内容で問い合わせを送った。
身延桜(妙法寺のしだれ桜、福岡県うきは市)
           ※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

26日朝刊1面の「パンゲアの扉~つながる世界 覆る常識(4)民族・宗教を超えて 門戸を開き 最先端走る」という記事についてお尋ねします。記事には「19世紀、現在の国民国家の原型が作られたが、一方で国家の枠にとらわれることなく新天地を求め海外に移住したのが華僑・印僑だ」との記述があります。これを信じれば「華僑」の移住は19世紀に始まるはずです。しかし、一般的な歴史認識とは異なります。

例えば、ブリタニカ国際大百科事典では「華僑の起源は中国人の海外進出の歴史とともに、古くは漢代にまでさかのぼる。宋・元代の海外貿易の発展により、南洋方面に移住する中国人が現れて唐人と呼ばれた。明・清代には海禁政策がとられて中国人の海外出航は厳禁されたが、沿海地住民の生活難や貿易の利潤を求めての密航者があとを絶たず、帰国すれば法禁に触れるのでそのまま現地にとどまるか、あるいは海寇として活動の拠点を現地におく者が多くなった。明末清初の動乱はこれに拍車をかけた」と解説しています。

咸豊 10 (1860) 年に中国開国に伴って正式に中国人の海外渡航が認められてから、自由移民の進出が一層著しくなった」(ブリタニカ国際大百科事典)面はあるとしても、19世紀の海外移住から華僑が始まったとは言えません。

日本大百科全書(ニッポニカ)でも「中国人の集団的、そして真正の意味における海外移住は明末をもって始まる。とくに倭寇対策で勘合貿易を民間にも開放した明の穆宗(ぼくそう)(在位1567~72)以降、中国人の南洋との交易は一段と盛んになり、生活のための移住と定着、すなわち華僑社会の形成が徐々に始まる」と記しています。

19世紀、新天地を求め海外に移住したのが華僑」との記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。「19世紀」は「現在の国民国家の原型が作られた」時期を述べているだけとの可能性も考慮しましたが、文の構成から考えると無理があると思えます。

御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。クオリティージャーナリズムを標榜する新聞社として掲げた旗に恥じぬ行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

「19世紀になるまで華僑が全くいなかったとは書いていない」といった弁明はできそうな気がする。ただ、普通に読めば「19世紀に華僑が生まれた」と理解するはずだ。控え目に言っても、読者の誤解を招く書き方だ。


※今回取り上げた記事「パンゲアの扉~つながる世界 覆る常識(4)民族・宗教を超えて 門戸を開き 最先端走る
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180426&ng=DGKKZO29831310V20C18A4MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「小が大を制す」が見当たらない日経1面「パンゲアの扉」
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今度は「少数言語の逆襲」が苦しい日経「パンゲアの扉」
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「覆る常識」を強引に描き出す日経1面「パンゲアの扉」
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※「パンゲアの扉~つながる世界」の以前の連載については以下の投稿も参照してほしい。

冒頭から不安を感じた日経 正月1面企画「パンゲアの扉」
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アルガンオイルも1次産品では? 日経「パンゲアの扉」
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スリランカは東南アジア? 日経「パンゲアの扉」の誤り
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根拠なしに結論を導く日経「パンゲアの扉」のキーワード解説
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2018年4月25日水曜日

「覆る常識」を強引に描き出す日経1面「パンゲアの扉」

25日の日本経済新聞朝刊1面に載った「パンゲアの扉~つながる世界 覆る常識(3)少数言語の逆襲  画一より 多様性に磁力」という記事の問題点について、さらに指摘していく。やはり事例が苦しい。「覆る常識」に当てはまる事例がないのに、大きな変化が起きているように描いているのが痛々しい。
流川桜並木と菜の花(福岡県うきは市)
            ※写真と本文は無関係です

記事の後半部分を見ていこう。

【日経の記事】

19~20世紀、植民地政策を進めた欧米列強は支配の象徴として言語とともに自国の文化を染み渡らせた。コカ・コーラ、ハンバーガー、ジーンズ。米国はハリウッド映画に乗せて大衆文化を売り込んだ。だが、もはや世界がつながる手段も文化も大国主導のトップダウンによる一方通行ではない

「音や文字とは違う新しい言語手段としてパラダイムシフトを起こした」。上智大学の木村護郎クリストフ教授がこう指摘するのは万国共通語になった絵文字だ。日本発祥ながら「Emoji」として世界に広まり無数に生み出されている

 「Chief Emoji Officer」。仏石油大手トタルのプヤンネ最高経営責任者(CEO)の別称だ。ツイッターで発信する経営情報を絵文字をちりばめて説明する。スイスのプロテニスプレーヤー、フェデラー選手のある日のつぶやきは40以上の絵文字だけだった。


◎「絵文字」でいいのなら…

世界がつながる手段も文化も大国主導のトップダウンによる一方通行ではない」ことを示す事例として「日本発祥」の「Emoji」を持ち出しているのだろう。だが「なぜ今頃そんな話を」と思わずにはいられない。

世界がつながる手段も文化も大国主導のトップダウンによる一方通行」だった時代があったかどうか微妙だが、それが終わったとすれば最近ではないはずだ。「日本発祥」で世界に広がった文化としてはカラオケもあり、普及したのは20世紀の話だ。今、「絵文字」を持ち出して「大国主導のトップダウンによる一方通行」ではないと訴える意義があるのか。

次の事例も同じ問題を抱えている。

【日経の記事】

中東の伝統食が欧米の食卓を変えている。ひよこ豆をすり潰した「フムス」と呼ばれるペースト状の食品で英国の家庭の4割が冷蔵庫に常備。米国では消費増でひよこ豆の作付けが急激に伸びている。野菜に付けて食べるディップとして「持たざる国」の食文化が「持てる国」の健康志向の消費者をつかんでいる



◎新しい動きではないような…

持たざる国』の食文化が『持てる国』」で受け入れられるのが従来にはない動きならば「フムス」を取り上げるのも分かる。だが、よくある話ではないか。

プレミアホテル門司港(北九州市)※写真と本文は無関係です
日本は「持てる国」に入るはずだが、以前から先進国以外の食文化をたくさん受け入れてきた。タコスはメキシコ料理だし、ケバブは中東の料理だ。挙げればキリがない。取材班としては、「世界がつながる手段も文化も大国主導のトップダウンによる一方通行」の時代が最近になって終わりを迎え、それを象徴する事例が「絵文字」や「フムス」と言いたいのかもしれない。だが、どう考えても無理がある。

記事の結論部分に移ろう。

【日経の記事】

米国のジャーナリスト、トーマス・フリードマン氏は1999年の著書「レクサスとオリーブの木」で、強者主導で均一化が進むグローバル化は地域に根付く独自のアイデンティティーとのバランスが必要と指摘した

だがグローバリゼーションの舞台にあがる国や人々の幅がどんどん広がっていく21世紀では、どこからでも世界に影響を与える力が生まれ、広く深く溶け込んでいく。画一を超えて多様に彩られる世界にこそ、一つにつながる強い磁力が宿る。



◎何が言いたいのか分かりにくいが…

何が言いたいのか、かなり分かりにくい。「強者主導で均一化が進むグローバル化は地域に根付く独自のアイデンティティーとのバランスが必要と指摘した」の後を「だが」でつないでいるが、逆接になっている感じがしない。例えば「バランスが必要と指摘した。だが、バランスは崩れたままだ」といった流れならば分かりやすい。しかし、今回の記事では「独自のアイデンティティーとのバランス」とは関係が薄い方向へ話が移っている。

どこからでも世界に影響を与える力が生まれ、広く深く溶け込んでいく」のだとしたら、「強者主導で均一化が進むグローバル化」ではなくて「全員参加で均一化を進めるグローバル化」といったところか。これだと結局は「均一化」が進む。

なのに記事では「画一を超えて多様に彩られる世界にこそ、一つにつながる強い磁力が宿る」と結んでいる。「広く深く溶け込んでいく」としても、それぞれの地域で個性が生まれるといったことを言いたいのかもしれないが、何とも判断しにくい。

「強引に話をまとめために漠然とした分かりにくい結論になってしまった」と理解するのが正解だと思える。


※今回取り上げた記事「パンゲアの扉~つながる世界 覆る常識(3)少数言語の逆襲  画一より 多様性に磁力
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180425&ng=DGKKZO29809490V20C18A4MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「小が大を制す」が見当たらない日経1面「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/1_24.html

今度は「少数言語の逆襲」が苦しい日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/1_24.html


※「パンゲアの扉~つながる世界」の以前の連載については以下の投稿も参照してほしい。

冒頭から不安を感じた日経 正月1面企画「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_2.html

アルガンオイルも1次産品では? 日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_4.html

スリランカは東南アジア? 日経「パンゲアの扉」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_28.html

根拠なしに結論を導く日経「パンゲアの扉」のキーワード解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_8.html

今度は「少数言語の逆襲」が苦しい日経「パンゲアの扉」

日本経済新聞朝刊1面で連載している「パンゲアの扉~つながる世界 覆る常識」がさらに苦しくなってきた。25日の「(3)少数言語の逆襲  画一より 多様性に磁力」では、「少数言語」もその「逆襲」も見当たらない。
ミニ眼鏡橋(長崎県諫早市)
        ※写真と本文は無関係です

当該部分は以下のようになっている。

【日経の記事】

旧ソ連の人口1780万人の国、カザフスタン。2月、ラテン文字をもとに新たに開発した32文字を母国語に採用した。ロシア語と同じキリル文字を捨て去る。考案に携わったシャヤフメトフ言語開発研究所のトレショフ所長は「カザフ語を生き残らせながら世界とコミュニケーションしやすくする」と語る。

カザフ語の文字は歴史に翻弄されてきた。19世紀以降、アラビア文字やラテン文字を経て、旧ソ連編入後の1940年からキリル文字になった。カザフは91年に独立国家となったが、街中にはいまだロシアを象徴するキリル文字の看板があふれ人口の2~3割はカザフ語を理解しない。

新しい文字の導入で帝政復活を夢見るロシアの影響力を遮断し42もあるキリル文字では「スマートフォンでの入力が煩雑」(ナザルバエフ大学のオラザリエワ准教授)との不便を解消。デジタルの波に乗せてカザフ語を再生させる

パクス・ブリタニカ、パクス・アメリカーナを経て、20世紀に最大の国際共通語になった英語。だが人工知能(AI)を駆使して進化する自動翻訳機能によって「英語は絶頂期を過ぎた」との論も台頭。消えゆく運命とされてきた少数言語にはデジタルの世紀で逆襲の機会が生まれている



◎カザフ語は「少数言語」?

まず、カザフ語は「少数言語」なのかとの疑問が浮かぶ。「人口1780万人の国」で母国語にもなっている。「人口の2~3割はカザフ語を理解しない」ということは、裏返せば7~8割がカザフ語を理解できる。

ヨーロッパ地方言語・少数言語憲章によると地方言語・少数言語とはその国の人口の残りよりも人口が少ないグループによってその国の特定の場所で伝統的に用いられており、
その国の公用語と異なるもの」(ウィキペディア)だという。これに従えば、カザフ語は「少数言語」には当たらない。

キリル文字を捨て」て「ラテン文字をもとに新たに開発した32文字を母国語に採用した」ことで「カザフ語を再生」できるという考え方も謎だ。「カザフ語」は瀕死の状況にあったわけではないのに「再生」なのか。元々のカザフ語の文字を復活させたのならば「再生」とするのも分かるが、「アラビア文字やラテン文字を経て」「キリル文字になった」のであれば、どれが本来の文字とは言いにくい。「新たに開発した」部分はあるにせよ「ラテン文字」の時代に戻っただけの話ではないか。

どこが「逆襲」なのかも謎だ。元々はロシア語の話者の方が多かったのに「キリル文字を捨て」たことで逆転しつつあるといった話があれば「逆襲」かもしれない。しかし、そうした記述は見当たらない。

この後、記事に「少数言語」の話は出てこない。結局、記事には「少数言語の逆襲」に当たる事例が出てこない。

ついでに修飾・被修飾の関係について1つ指摘しておきたい。

新しい文字の導入で帝政復活を夢見るロシアの影響力を遮断」と書くと、ロシアが「新しい文字の導入で帝政復活を夢見」ているように見えてしまう。「帝政復活を夢見るロシアの影響力を新しい文字の導入で遮断」とすれば問題は解消する。


※今回取り上げた記事「パンゲアの扉~つながる世界 覆る常識(3)少数言語の逆襲  画一より 多様性に磁力
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180425&ng=DGKKZO29809490V20C18A4MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「小が大を制す」が見当たらない日経1面「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/1_24.html


※「パンゲアの扉~つながる世界」の以前の連載については以下の投稿も参照してほしい。

冒頭から不安を感じた日経 正月1面企画「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_2.html

アルガンオイルも1次産品では? 日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_4.html

スリランカは東南アジア? 日経「パンゲアの扉」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_28.html

根拠なしに結論を導く日経「パンゲアの扉」のキーワード解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_8.html

週刊ダイヤモンド保険特集で鬼塚眞子氏が選ぶ怪しい「お宝」

週刊ダイヤモンド4月28日号の特集「11年ぶり大改定 保険を見直せ!」の中に「知っている人だけが得をする プロならではのお得商品」という問題の多い記事が載っている。筆者は保険・介護・医療ジャーナリストの鬼塚眞子氏。保険に関する知識が十分にあるとの前提で考えれば、明らかに保険業界の側に立って記事を書いている。
流川桜並木(福岡県うきは市)
      ※写真と本文は無関係です

記事の冒頭で「日本銀行によるマイナス金利政策の影響で、貯蓄性が著しく悪化している保険商品。だが、お宝はそこかしこに埋まっている。保険のプロの目で、そのお宝を発掘してもらった」と取材班は記している。この記事を読んで鬼塚氏の選んだ保険が「お宝」に見えたのなら、今回の特集を担当する資格はない。

鬼塚氏の選んだ3つの商品はいずれも「お宝」とは言い難い。特に問題ありと思えた「明治安田生命  米ドル建・一時払い養老保険~かんたん・シンプルで魅力的な満期受取率を実現」に絞って見ていこう。

【ダイヤモンドの記事】

相対的に利回りが高い外貨建て保険に関心はあるけれど、知識も経験もないという初心者にも「かんたん・シンプル」で分かりやすいのが、この保険だ。

一時払保険料は円で支払い、明治安田生命保険が受領した日の所定の為替レートで米ドルに換算した金額が、基本保険金額となる。

保険期間中の死亡保険金額・解約返戻金額を抑える(基本保険金額を上限とする)ことで、10年後に魅力的な満期保険金(米ドル建て)を受け取れる。

満期保険金額等は加入時の年齢・性別・予定利率によって契約日に確定する。予定利率は毎月1日に設定されるが、満期まで見直しがないため、金利リスクがなく初心者にも分かりやすい。一時払保険料は100万円から10万円単位で最高1億円まで。

2018年4月の予定利率は2.95%。仮に50歳男性が100万円を預け、1ドル=110円と仮定した場合、基本保険金額は9091ドルとなり、満期保険金額は1万1463.75ドル、満期受取率は126.1%となる。

◇   ◇   ◇

問題点を挙げていく。

(1)「お宝」の根拠は?

鬼塚氏が紹介した3つの商品に共通するのが、どういう基準で「お宝」と言っているのか分からないことだ。「お宝」と言える条件は2つ考えられる。(1)保険会社にとって採算の良くない商品(2)他社と比べて有利な設計になっている商品--。例えば「この保険料でこの保障ならば保険会社は間違いなく赤字」などと書いてあれば「お宝かも」と少しは思う。しかし、そうした説明は見当たらない。

明治安田生命  米ドル建・一時払い養老保険」に関しては「かんたん・シンプルで魅力的な満期受取率を実現」しているから「お宝」と言いたいのだろう。だが、「満期受取率は126.1%となる」と書いているだけで、なぜ「126.1%」が「魅力的」と言えるのか根拠を示していない。

かんたん・シンプル」も、それだけでは「お宝」と呼ぶに値しない。しかも、仕組みを見ると、それほど「かんたん・シンプル」ではない。為替リスクを取ってでも高い利回りを得たいのならば、米国債などを買った方が「かんたん・シンプル」だ。


(2)「満期受取率126.1%」は魅力的?

10年物の米国債の利回りは2.9%程度なので、「明治安田生命  米ドル建・一時払い養老保険」が10年後に満期を迎えた時に「126.1%」になっていたとしても、米国債の利回りに及ばない。ならば米国債を扱う日本の証券会社で米国債を買った方が有利だ。
下村脩博士之像(長崎県諫早市)※写真と本文は無関係です

記事に示した「ご契約例」に沿って考えてみよう。一時払い保険金500万円をドルに換えた4万5455ドルが「基本保険金額」であり「死亡保険金」となる。「解約返戻金」は「死亡保険金額」が上限となっているため、ドルベースで考えると満期前の解約ではプラスのリターンは期待できない。

米国債そのものを買う場合、こうしたマイナス面はない。しかも、この保険は利回りの面でも米国債に比べた優位性がない。なのに、わざわざこの保険を選ぶ理由があるだろうか。

「生命保険の役割もあるから」と鬼塚氏は反論するかもしれない。だが、死亡保険金は基本保険金額と同じだ。これでは保険としての役割は期待できない。災害死亡保険金は5万7318ドルとなるが、高が知れている。

百歩譲って「保険としての役割が期待できる」としても、「お宝」と考えるべき要素は見当たらない。鬼塚氏は、これまで書いてきたようなことは十分に理解しているはずだ。価値の乏しい保険を「お宝」に見せるのが、鬼塚氏の「プロ」としての腕の見せ所なのだと思う。

週刊ダイヤモンドの保険特集の担当者には「お宝」だと分かってもらえたようなので、鬼塚氏は「プロ」と呼ぶべき力量があるのだろう。だが、それは保険の契約を検討している人が信頼すべき「プロ」ではない。


※今回取り上げた記事「知っている人だけが得をする プロならではのお得商品
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/23343


※記事の評価はD(問題あり)。鬼塚眞子氏への評価もDとする。鬼塚氏を筆者に選んだ担当者ら(中村正毅記者、藤田章夫副編集長、宮原啓彰記者、田上貴大記者)には猛省を促したい。

2018年4月24日火曜日

「小が大を制す」が見当たらない日経1面「パンゲアの扉」

日本経済新聞朝刊1面で連載している「パンゲアの扉~つながる世界 覆る常識」は初回に続いて24日の2回目も苦しい内容だった。「独占崩す革新の波 知の力、『小』が『大』を制す」という見出しが付いているのに「独占崩す革新の波」は見当たらないし「『小』が『大』を制す」事例も出てこない。
南蔵院の釈迦涅槃像(福岡県篠栗町)
        ※写真と本文は無関係です

まずは最初の事例を見ていこう。

【日経の記事】

1月21日、ニュージーランド北島のマヒア半島で宇宙ロケットの打ち上げに成功し、搭載していた人工衛星が軌道に乗った。打ち上げたのは同国に拠点を持つロケットラボというスタートアップ企業だ。人口476万人の小国ながら、ニュージーランドは人工衛星を打ち上げる能力を持つ国家群「宇宙クラブ」への仲間入りを果たした

ロケットラボは創業者のピーター・ベック氏が2006年に出身であるニュージーランドで設立したのが始まり。米航空宇宙局(NASA)との契約や資金調達に有利であるなどの理由で、本社は米国に移している。それでもロケットの製造や打ち上げ拠点は現在もニュージーランドにある

1957年に当時のソ連が人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功した後、米国が人類をはじめて月面着陸させた。宇宙クラブに名を連ねる限られた国が技術や資金を結集し、国の威信をかけて競う舞台が宇宙だった。しかし、最近ではルワンダが人工衛星の実用化を視野に入れるなど小国が躍進する。

カギを握るのは技術革新だ。ロケットラボはエンジンの燃焼室や燃料噴射装置の作製に3Dプリンターを活用。チタンなどの硬い金属でも複雑な形状を低コストで作ることを可能にした。新技術の活用と分業を世界規模に広げることで資本集約というものづくりの「かせ」を解き放ち、人工衛星では製造コストを最大100分の1に下げた

「半導体などの部品やソフトの性能は上がり、コストも安い。新技術を活用する『知』さえあれば、宇宙産業に参入するハードルは低くなった」と東大航空宇宙工学専攻の中須賀真一教授は話す。

日本の倍となる官民合わせ年間50兆円もの研究開発投資を続ける米国と、猛進する中国。21世紀の経済の覇権を競う両国が人工知能(AI)や生命工学などでも多額の資金を注いでしのぎを削る。だが、一握りの大国が世界をリードする時代は過去のものになるかもしれない

◇   ◇   ◇

疑問点を列挙してみる。

(1)ニュージーランドが打ち上げた?

ニュージーランドは人工衛星を打ち上げる能力を持つ国家群『宇宙クラブ』への仲間入りを果たした」と書いているが、打ち上げた「ロケットラボ」は「本社は米国に移している」という。それに「米航空宇宙局(NASA)との契約」もあるようだ。「ロケットの製造や打ち上げ拠点は現在もニュージーランドにある」としても、ニュージーランドが「人工衛星を打ち上げる能力を持つ国家群」に入るか微妙だ。どちらかと言うと入らない気がする。
宇佐神宮(大分県宇佐市)※写真と本文は無関係です


(2)小国の打ち上げは初めて?

ニュージーランドが「小国」として初めて人工衛星の打ち上げに成功したのならば「一握りの大国が世界をリードする時代は過去のものになるかもしれない」と書くのも分かる。だが、記事で言う「宇宙クラブ」は「一握りの大国」だけで構成されている訳ではない。

日経ビジネスは2013年2月6日付の「韓国が人工衛星打ち上げに成功」という記事で以下のように伝えている。

【日経ビジネスの記事】

今回の成功によって韓国は、旧ソ連、米国、フランス、日本、中国、イギリス、インド、イスラエル、イランに続いて(北朝鮮は自力で打ち上げに成功したが、打ち上げたのが人工衛星かどうか定かでないので除外)10番目の衛星打ち上げ成功国になった。

◇   ◇   ◇

イスラエルや韓国は「小国」に含めてもよいだろう。そうした国が2013年には打ち上げに成功していたのに、2018年にニュージーランドがそこに仲間入りしたからと言って特別視するのは無理がある。

ちなみに日経ビジネスの記事では「韓国航空宇宙研究院が1月30日午後4時、全羅南道高興の羅老(ナロ)宇宙センターで、人工衛星搭載ロケットの打ち上げに韓国で初めて成功した」と書いている。これならば、米国企業が打ち上げに成功しただけのニュージーランドとは違い「人工衛星を打ち上げる能力を持つ国家」だと言い切れる。


(3)「最大100分の1」は何との比較?

ロケットラボ」に関して「人工衛星では製造コストを最大100分の1に下げた」と書いているが、何と比べて「100分の1」なのか謎だ。ここは明確にしてほしかった。「最大」を付けている意味も分かりにくい。人工衛星のある部品は「100分の1」だが、それ以外の部品はそこまでコストが下がっていないという意味なのか。だとしたら、全体ではどの程度「製造コスト」が下がったのかが知りたくなる。

漠然とした話で「ものすごくコストが下がった」と見せているのではないか。だとしたら一種の騙しだ。

2番目の事例に移ろう。


【日経の記事】

開発に10年、1千億円以上の費用がかかり、巨大メーカーしか取り組めないといわれた創薬でも変化が起きている。ALS(筋萎縮性側索硬化症)は平均余命5年以内の難病で治療法を見つけるのは特に難しいとされる。それに挑戦したのが13年設立のスタートアップで社員数約150人の英ベネボレントAIだ。

ALSの専門知識がないIT(情報技術)技術者たちがAIを使い、脳内の血流や化合物の効果などを機械学習しながら予測した。すると1週間後に可能性のある5つの治療法を見つけ出すことに成功した。


◎創薬ベンチャーを知らない?

巨大メーカーしか取り組めないといわれた創薬でも変化が起きている」と書いているが、取材班は創薬ベンチャーの存在を知らないのか。それほど珍しくもない。「英ベネボレントAI」を大きく見せるために無理な説明をしていると考えるべきだろう。

1週間後に可能性のある5つの治療法を見つけ出すことに成功した」としか書いていないのも引っかかる。これによって「ALS」は全治への道が開けてきたのかどうか見解を示してほしい。「ひょっとしたら、わずかに生存期間を伸ばせるかもしれない治療法を見つけた」といった程度ならば大した話ではない。

次に結論部分を見よう。

【日経の記事】

20世紀はヒト、モノ、カネを集約し、規模がものをいった経済だった。自動車産業などがその代表例だ。だが、21世紀はITを活用した分散型の経済が発達したことで、「巨大企業の存在感は低下し、個人や小規模の事業体の役割が増すだろう」と文明評論家のジェレミー・リフキン氏はいう。

重要なのは機動力で規模はかえって邪魔になる。知の力で「小」が「大」を制す時代が始まった



◎「小」が「大」を制す具体例は?

知の力で『小』が『大』を制す時代が始まった」と書いているが、記事で示した事例ではいずれも「」は「」を制していない。ニュージーランドが宇宙開発で米国を打ち負かしたわけでも、「英ベネボレントAI」が「巨大メーカー」を圧倒しているわけでもない。つまり記事には説得力がない。
有明海(佐賀県太良町)※写真と本文は無関係です

見出しでは「独占崩す革新の波」とも打ち出しているが、記事には「独占」自体が出てこない。人工衛星打ち上げも創薬も、どこかの国や企業が「独占」しているわけではない。

「ものすごく大きな変化が起きてますよ」と訴えるこの手の連載は同じような罠にはまりやすい。実際にはそんなに大きな変化はなかなか起きない。なので、大したことのない話を大きく見せる作業を強いられ、結果として無理のある内容に仕上がってしまう。この連載も例外ではない。

大げさな感じは初回から出ていた。冒頭部分を見てみよう。

【日経の記事(23日)】

天気から人々の感情までコントロールし、病気や犯罪、悩みなどすべてを取り払ってしまう超安定社会の実現――。1990年代にベストセラーとなった米児童小説「ザ・ギバー」が描く未来の姿だ。世界中でおきるあらゆる事象がデータ化される現実の社会でも、それほど荒唐無稽な話ではなくなった



◎「荒唐無稽な話」でしょ

天気から人々の感情までコントロールし、病気や犯罪、悩みなどすべてを取り払ってしまう超安定社会の実現」が「荒唐無稽な話ではなくなった」と宣言している。

どう考えても「荒唐無稽な話」だ。例えば、巨大台風が発生しても進路を動かしたり規模を小さくしたりといった技術が実用化できそうなら「天気」を「コントロール」する「未来の姿」が浮かび上がってくる。だが、そんな話は今でも夢物語だ。

人々の感情までコントロールし、病気や犯罪、悩みなどすべてを取り払ってしまう」に至っては1000年後、1万年後でも難しそうだ。しかし「荒唐無稽な話ではなくなった」と取材班は言い切ってしまう。この前提で連載を続けていくとすれば、無理に無理を重ねて強引なストーリーを描くしかない。そして、それは現実になっている。



※今回取り上げた記事「パンゲアの扉~つながる世界 覆る常識(2)独占崩す革新の波 知の力、『小』が『大』を制す
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180424&ng=DGKKZO29753750U8A420C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。「パンゲアの扉~つながる世界」の以前の連載については以下の投稿も参照してほしい。

冒頭から不安を感じた日経 正月1面企画「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_2.html

アルガンオイルも1次産品では? 日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_4.html

スリランカは東南アジア? 日経「パンゲアの扉」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_28.html

根拠なしに結論を導く日経「パンゲアの扉」のキーワード解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_8.html

2018年4月23日月曜日

論説フェローになっても苦しい日経 芹川洋一氏の「核心」

論説委員長から論説主幹に肩書が変わったと思ったら、今度は「論説フェロー」になっている日本経済新聞の芹川洋一氏。ただ、記事に問題が多いという傾向は変わらない。23日の朝刊オピニオン面に載った「核心~『官僚たちの夏』の終わり 幹部人事の傾向と対策」という記事に関して問題点を指摘してみる。
甘木公園の噴水と桜(福岡県朝倉市)
       ※写真と本文は無関係です

まず記事の前半部分を見ていこう。

【日経の記事】

内閣人事局が2014年にできて首相官邸が府省幹部の人事権をにぎり、忖度(そんたく)がうまれて政策がゆがむようになった――。世の中ではそんなイメージができつつある。本当なのだろうか

実は、官邸が幹部人事に関与する仕組みができたのはもっと前で1997年。官房長官を中心とする人事検討会議がそうだ。橋本龍太郎内閣の行政改革会議の提言を受けたものだった。内閣人事局で600人の評価をするようになったが、安倍1強の長期政権で各省へのグリップがきいているとみた方がよさそうだ。

ではどこまで官邸で人事を差配しているのか。具体例をあげながら点検してみよう。「官僚たちの夏」の終わりに浮かびあがってくるのは、安倍官邸の人事の4原則とその運用の問題である。

17年夏の霞が関。関係者が息をひそめて見守っていた人事があった。経済産業省の事務次官だ。嶋田隆氏(昭和57年入省)が昇格するかどうかだった。東日本大震災のあと東京電力の取締役につき、官房長で経産省にもどり通商政策局長をつとめていた。

同期入省組のひとりは「嶋田を次官にしなかったら省内はおさまりがつかない」と言い切っていたが、ある経産次官経験者は「東電改革のすすめ方で官邸とぎくしゃくしていたからなぁ」と心配顔だった。嶋田次官は誕生、杞憂(きゆう)におわった。

なぜ彼らがピリピリしていたのか。その理由は、安倍官邸の人事の第1原則が「各省の既定路線による順送りはしない」だからである。

同期の順位がきちっと決まっていた旧海軍の「ハンモックナンバー」ほどではないにしろ、各省では幹部の序列はあらあら定まっていき、この期なら誰が事務次官かという暗黙の了解ができあがっていくものだ。

各省の秘書課長―官房長―事務次官のラインで決めていく官の人事構想。政は大方認めてきた。しかし官僚主導の根っこはそこにあるとみた。幹部人事を官邸で一元的にチェックし、内閣主導をはっきり示そうとしたのが人事検討会議であり、その拡大版である内閣人事局だった。

霞が関を驚かせた人事はいくつもある。ひとつの例が総務省の事務次官人事だ。13年、本命視され“次官待ち”の総務審議官だった大石利雄氏(昭和51年入省)が消防庁長官に回った。別の同期が総務次官になった。官邸の意向が働いたとみられた。さらに人事権をみせつけたのは1年後の14年。大石氏は次官ポストについた。同期のトップをはずさなかった。官僚秩序を守るかたちをとった。

財務省で昭和54年入省組から3人の次官が出たのも異例だった。ある大蔵次官経験者は「昭和28年、49年など同期で2人次官が出たことはあるけど、3人というのは安倍内閣でなかったら誕生しなかっただろうね」と語る。

各省の「簿価評価」ではなく、政権にとっての「時価評価」で人事を行っているとみていい。

◇   ◇   ◇

問題点を列挙してみる。

(1)「第1原則」は成り立ってる?

各省の既定路線による順送りはしない」という「第1原則」が成り立っているようには見えない。「経済産業省の事務次官」人事で「嶋田隆氏(昭和57年入省)が昇格するかどうか」に関しては、「嶋田次官」が誕生して経産省の「既定路線」通りになったのではないか。
門司港(北九州市)※写真と本文は無関係です

「これは例外で、ほとんどの場合は原則通りだ」と芹川氏は言うかもしれない。だが、記事には「官邸筋は『人事はすべて官邸で決めているように言われるがそんなことはない。8割方は各省からあがってきた案のままだ』と漏らす」との説明もある。これを信じれば、「8割方」は「各省の既定路線による順送り」の人事になりそうだ。


(2)「官僚たちの夏」の説明はなし?

『官僚たちの夏』の終わり」と見出しでも使っているが、「官僚たちの夏」に関する説明が全くない。「『官僚たちの夏』の終わりに浮かびあがってくるのは~」と、読者も現状が「『官僚たちの夏』の終わり」だと了解しているとの前提で話が進む。不親切にも程がある。

「官僚が元気だった時代の終わり」とでも言いたいのだとは思うが、「官僚たちの夏」という小説は昭和30年代の通商産業省が舞台なので、「終わり」は既に訪れている。今は春なのに「夏の終わり」になってしまう点も含めて、例えとしてもしっくり来ない。


(3)相変わらずの平仮名好きだが…

芹川氏はなぜか大の平仮名好きだ。それが読みにくさを感じさせるレベルに達しているが、改善の兆しはない。それでも一応、「漢字で書けばいいのに…」と感じる部分を抜き出してみた。

具体例をあげながら」→「具体例を挙げながら

浮かびあがってくるのは」→「浮かび上がってくるのは

東京電力の取締役につき、官房長で経産省にもどり通商政策局長をつとめていた」→「東京電力の取締役に就き、官房長で経産省に戻り通商政策局長を務めていた

同期のトップをはずさなかった」→「同期のトップを外さなかった

感触をさぐっていく」→「感触を探っていく

各省からあがってきた案のままだ」→「各省から上がってきた案のままだ

政治の運びをかえていくうえで」→「政治の運びを変えていくうえで


このぐらいにして、記事の後半に話を移そう。ここで気になったのは第4の原則だ。

【日経の記事】

第4の原則も忘れてはならない。「事前に人事情報が漏れたら差し替える」というものだ。16年の外務省人事にそうした痕跡が残った。

中略)官僚主導から内閣主導へと政治の運びをかえていくうえで、4原則は決しておかしなことではない



◎「第4の原則」はおかしいのでは?

第4の原則も忘れてはならない」と芹川氏は言うが、詳しい解説はない。そして「4原則は決しておかしなことではない」と結論付けている。しかし「第4の原則」は本当ならば問題ありだ。

人事案Aが採用されそうな時に、それを潰したい側はその案をメディアなどに流せばいい。そうすれば、人事はなしになる。人事案Aが最も適材適所であっても「事前に人事情報が漏れたら差し替える」というやり方に何のメリットがあるのか。「官僚主導から内閣主導へと政治の運びをかえていく」効果があるとも考えにくい。

次は記事の結論部分を見ていこう。

【日経の記事】
 
問題は運用にある。主要ポストを歴任し半世紀以上にわたって霞が関をみてきた官僚OBは次のように指摘した。

「人事には権力者の自制心がなにより大事だ」

事務次官や官房長ににらまれても1、2年たてば代わる。それが官僚組織の風通しの良さにつながっていた

「もし事務次官がおかしな人事だと思えば任命権者は大臣なのだから大臣と組んで官邸に対抗していくしかない」

竹下―村山7代の内閣で官房副長官をつとめた石原信雄氏が、学士会会報(18年3月)に寄せた随想の一節にこんなくだりがあった。

「政権及び与党の幹部に望みたいのは(略)当面(略)採用し難いもの(政策)であっても、発案した職員を差別しない雅量を持って欲しい」

制度は運用次第。運用は人次第。最後は人の問題ということなのだろう。


◎色々と引っかかる点が…

まず「事務次官や官房長ににらまれても1、2年たてば代わる。それが官僚組織の風通しの良さにつながっていた」とのコメントが引っかかった。「官僚組織って、そんなに風通しがいいの?」との疑問も浮かんだが、実態を知っているわけではないの良しとしよう。ただ、だとすれば別に大きな問題はない気がする。政権が誰を「事務次官や官房長」に選ぼうと、「官僚組織の風通し」は良いままではないのか。
基山町役場(佐賀県基山町)※写真と本文は無関係です

そして、最後は「制度は運用次第。運用は人次第。最後は人の問題ということなのだろう」という当たり前の結論に辿り着く。これが間違っているとは言わない。だが、「内閣人事局が2014年にできて首相官邸が府省幹部の人事権をにぎり、忖度(そんたく)がうまれて政策がゆがむようになった――。世の中ではそんなイメージができつつある。本当なのだろうか」という記事の冒頭での問題提起には、結局答えを出していない。

これでは紙幅を費やしてあれこれ論じてきた意味がない。「きっと芹川氏なりの答えを出してくれるはず」と期待して読む方が間違っているのかもしれないが…。


※今回取り上げた記事「核心~『官僚たちの夏』の終わり 幹部人事の傾向と対策
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180423&ng=DGKKZO29654420Q8A420C1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。芹川洋一論説フェローへの評価はE(大いに問題あり)を据え置く。芹川論説フェローについては以下の投稿も参照してほしい。

日経 芹川洋一論説委員長 「言論の自由」を尊重?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_50.html

日経 芹川洋一論説委員長 「言論の自由」を尊重?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_98.html

日経 芹川洋一論説委員長 「言論の自由」を尊重?(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_51.html

日経の芹川洋一論説委員長は「裸の王様」? (1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_15.html

日経の芹川洋一論説委員長は「裸の王様」? (2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_16.html

「株価連動政権」? 日経 芹川洋一論説委員長の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_31.html

日経 芹川洋一論説委員長 「災後」記事の苦しい中身(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_12.html

日経 芹川洋一論説委員長 「災後」記事の苦しい中身(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_13.html

日経 芹川洋一論説主幹 「新聞礼讃」に見える驕り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_33.html

「若者ほど保守志向」と日経 芹川洋一論説主幹は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_39.html

ソ連参戦は「8月15日」? 日経 芹川洋一論説主幹に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/815.html

日経1面の解説記事をいつまで芹川洋一論説主幹に…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_29.html

「回転ドアで政治家の質向上」? 日経 芹川洋一論説主幹に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_21.html

「改憲は急がば回れ」に根拠が乏しい日経 芹川洋一論説主幹
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_29.html

「生産性向上」どこに? 日経 水野裕司編集委員「経営の視点」

23日の日本経済新聞朝刊企業面に載った「経営の視点~生産性向上 竹内製作所の流儀 正社員転換で現場に活力」という記事は肝心の情報が欠けている。「竹内製作所」の「生産性向上」を裏付けるデータが最後まで出てこない。これでは「正社員転換」が「生産性向上」につながっているのか判断できない。
筑紫神社(福岡県筑紫野市)※写真と本文は無関係です

水野裕司編集委員が書いた記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

1989年のベルリンの壁崩壊を側面支援した日本企業がある。長野県内に本社と工場を置く東証1部上場の建機メーカー、竹内製作所だ。壁の撤去に同社のミニショベルが活躍した。小回りが利いて狭い場所でも使えるミニショベルは71年、竹内製作所が世界に先駆けて開発した製品だ。

欧米向けの輸出を中心とした連結売上高は2018年2月期に943億円。堅調な米景気やインフラ投資の拡大を背景に、この5年で2.3倍になった。

事業規模の拡大とともにより重要になっているのが生産性の向上だ。米トランプ政権の「米国第一主義」が世界の景気に悪影響を及ぼす懸念もある。環境変化に対応するには、絶えず工程を改善するなど強い現場づくりが求められる。

15年から始めた非正規従業員の正社員登用制度は、人の技能向上への意欲を高め、ものづくりの力を底上げするための仕組みだ。

全社で約450人の正社員に対し、非正規従業員はざっと半分の200~250人。だが工場では正規、非正規がほぼ同数だ。非正規の人のモチベーションを上げることは欠かせない

書類選考を経て一般常識などの筆記試験や小論文、面接の結果を踏まえ、正社員登用の可否を決める。一定水準以上の部品加工や組み立ての技能は必須だ。「(職場のメンバーと良好な関係を築く)ヒューマンスキルや挑戦心があるか、将来の夢を具体的に描いているかなどもみる」と、登用制度を発案した山本覚・人事課長は話す。

選考基準が厳格なため合格は簡単ではない。これまでに実施した5回の登用試験では延べ142人が受験し、合格は2割の29人だ。

だが正社員になれば年収が100万円は増え、雇用も安定する。4回続けて不合格だったが自己研さんを積み、5回目で合格した人もいる。今年2月の第5回試験では33人が受験して13人が通り、合格率は4割。非正規の人の力は確実に高まっている。

離職率も下がった。非正規従業員が働き始めて1~3カ月以内に辞める割合は23%から6%に、3~12カ月以内に離職する割合は39%から21%に減った。技能を習得し始めた人が辞めるのは損失だ。離職率低下も生産性向上を後押しする

労働契約法改正で有期雇用契約を5年を超えて更新された人は、希望すれば期間の定めのない無期雇用に移れることになった。施行から5年になる今月から無期転換が始まっている。

ただ企業の競争力向上を考えれば、処遇改善のやり方を工夫する必要がある。竹内製作所は参考例だ。

創業者である竹内明雄社長は中学卒業後に長野県の自動車部品メーカーに就職し、63年、29歳で竹内製作所を設立した。

84歳の今も、県北部の坂城町にある本社工場の現場を午前・午後と回る。気になった点はその場で助言。15年には私財を投じ、県内の理工系学生らに返済不要の奨学金を給付する育英奨学会を発足させた。

「人材育成に熱心なトップなら、理解してくれるはず」。そう思って山本氏が提案したのが正社員登用制度だ。経営者の姿勢は人づくりでもカギになる。


◎色々と問題が…

生産性向上 竹内製作所の流儀 正社員転換で現場に活力」という見出しを付けるならば竹内製作所について(1)生産性はどの程度向上したのか(2)生産性向上と正社員転換に因果関係はあるのか--に触れる必要がある。
宇佐神宮(大分県宇佐市)※写真と本文は無関係です

まず(1)について考えよう。「連結売上高は2018年2月期に943億円。堅調な米景気やインフラ投資の拡大を背景に、この5年で2.3倍になった」という話は出てくる。しかし、生産性が向上しているとは限らない。

ここでは生産性を従業員1人当たりの売上高で見るとする。売上高が2倍になっても従業員が3倍に増えれば生産性は落ちる。記事では従業員数の変化には触れていない。これでは竹内製作所の生産性を判断する術がない。

付け加えると、連結で見るか単独で見るかという問題もある。調べてみると「全社で約450人の正社員」というのは単独ベースのようだ。だったら「連結売上高」ではなく、単独の売上高を見せるべきだ。

連結売上高」を5年前と比べているのも引っかかる。「非正規従業員の正社員登用制度」を始めたのが「15年」ならば、その直前に当たる決算期と比較して生産性を見るべきだ。売上高の伸びが大きく見える時期を選んで「この5年で2.3倍」と書いているのならば、ご都合主義的だ。

次に(2)だ。「正社員転換で現場に活力」→「生産性向上」という因果関係を水野編集委員は想定しているのだろう。ここに因果関係が成り立たなければ、記事は根幹が揺らぐ。

生産性向上のために「非正規の人のモチベーションを上げることは欠かせない」かもしれない。「離職率低下」が「生産性向上を後押しする」効果も期待できる。ただ、何のデータも示していない。因果関係が無理でも、相関関係を示す数値ぐらいは欲しい。

竹内製作所は参考例だ」と水野編集委員は言うが、生産性が向上しているのかも、正社員登用制度が生産性向上に寄与しているのかも不明なままでは「参考」にならない。


※今回取り上げた記事「経営の視点~生産性向上 竹内製作所の流儀 正社員転換で現場に活力
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180423&ng=DGKKZO29680950Q8A420C1TJC000

※記事の評価はD(問題あり)。水野裕司編集委員への評価もDを据え置く。水野編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

通年採用で疲弊回避? 日経 水野裕司編集委員に問う(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_28.html

通年採用で疲弊回避? 日経 水野裕司編集委員に問う(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_22.html

宣伝臭さ丸出し 日経 水野裕司編集委員「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_26.html

「脱時間給」擁護の主張が苦しい日経 水野裕司編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_29.html

「コマツはセブンに変身」に無理あり 日経 水野裕司編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post.html

「裁量労働制で生産性向上」に根拠乏しい日経  水野裕司編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/03/blog-post_2.html

2018年4月22日日曜日

既に解禁済みでは? 日経「連結トラック解禁 年度内にも 」

1面に持っていくために無理な書き方をしたのだろう。22日の日本経済新聞朝刊1面に載った「連結トラック解禁 年度内にも 運転手不足に対応」という記事では、既に解禁されている「連結トラック」を「2018年度にも解禁する」と打ち出してしまった。記者は解禁済みだと分かっていて、あえてこの書き方を選んだのだと思える。
ミニ眼鏡橋(長崎県諫早市)※写真と本文は無関係です

日経には以下の内容で問い合わせを送った。

【日経への問い合わせ】

22日の朝刊1面に載った「連結トラック解禁 年度内にも 運転手不足に対応」という記事についてお尋ねします。記事には「国土交通省は深刻化する運転手不足に対応するため、荷台を2つつないだ連結トラックの走行を2018年度にも解禁する」との記述があります。これを信じれば、現状では「連結トラックの走行」は禁止されているはずです。しかし今年2月3日の「西濃、ダブル連結トラック導入 人手不足に対応 」という御紙の記事では以下のように記しています。

セイノーホールディングス傘下の西濃運輸は大型トラック2台分の荷物を一度に運べる全長約19メートルの『ダブル連結トラック』(フルトレーラー)を導入する。長さ約12メートルのトラック(最大積載量約13トン)の後ろに約6メートルの荷台(同約14トン)をつなぐ

「(2月)26日から2編成が愛知県小牧市と静岡市の支店間を結ぶルートを走る」との説明もあり、実証実験ではない形でダブル連結トラックを導入すると読み取れます。こちらの記事が正しければ、連結トラックは既に解禁されています。

22日の1面の記事では「連結トラックが該当する特殊車両の長さは現在、最大21メートルまでしか認めていないが、これを緩める通達を出す」とも書いています。そして西濃運輸のダブル連結トラックは「全長約19メートル」です。ここがポイントのようです。

連結トラックは全長21メートルまでならば解禁済みなのではありませんか。今回の措置は「連結トラックの長さの規制を緩める」という話だと思えます。「連結トラックの走行を2018年度にも解禁する」との説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題ないとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。クオリティージャーナリズムを標榜する新聞社として、掲げた旗に恥じぬ行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

1面に持っていくために大げさに書く気持ちが分からなくはない。だが、こちらの指摘が正しければ、今回の記事は読者を欺くレベルに達している。そこに抵抗を感じなくなってしまったら、記事の書き手としては終わりだ。

※今回取り上げた記事「連結トラック解禁 年度内にも 運転手不足に対応
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180422&ng=DGKKZO29692260R20C18A4MM8000

※記事の評価はD(問題あり)。

「アイコス販売鈍化」を工夫なく続けて記事にする日経

「夕刊で書いたのと同じ話を翌日の朝刊で続けて取り上げるな」とは言わない。しかし、続けて取り上げるに足る内容にはすべきだ。重複が多い上に付け加えた情報が乏しい場合は、紙面の無駄遣いになる。21日の日本経済新聞朝刊企業面に載った「PMIアイコス、一人勝ち崩れる 加熱式たばこ」という記事はその典型だ。

宇佐神宮(大分県宇佐市)※写真と本文は無関係です
記事の全文は以下の通り。

【日経の記事(21日朝刊)】

米フィリップ・モリス・インターナショナル(PMI)が手掛ける加熱式たばこ「アイコス」=写真=の一人勝ちが崩れてきた。日本たばこ産業(JT)などとの競争が激しくなり、足元で販売が鈍っている。加熱式たばこの先駆者が思わぬ荒波を受けている。

 PMIの株価は19日、前日比16%安と暴落した。引き金になったのは同日発表した2018年1~3月期の決算で明らかになったアイコスの日本での販売状況だ。販売量は想定に届かず、特に喫煙者の4割を占める主要ターゲットの50歳以上に響かなかったようだ

PMIは16年4月、先駆けてアイコスを全国発売した。英ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)の「グロー」や、JTの「プルーム・テック」など競合が販売を一部地域にとどめるのに対し、PMIは全国でシェアを独占。市場では「加熱式=アイコス」とのイメージが定着した。

だが状況は一変した。BATは17年10月に全国販売へ踏み出し、JTも東京や大阪など大都市へ地域を拡大し始めた。

◇   ◇   ◇

20日の夕刊総合面に載った「日本でアイコス販売鈍化 米フィリップ・モリス株16%下落 」という記事も全文を見ていく。


【日経の記事(20日夕刊)】

【ニューヨーク=平野麻理子】米たばこ大手フィリップ・モリス・インターナショナルの株価が19日、前日比16%安と暴落した。同日発表した2018年1~3月期決算で売上高が前年同期比14%増えたが、事前の市場予想を下回った。加熱式たばこ「アイコス」の日本での販売が鈍化したのが主因。紙巻きたばこからのシフト戦略の難航が確認され、投資家に嫌気された。

1~3月期の売上高は前年同期比14%増の68億9600万ドル(約7400億円)、純利益は2%減の15億5600万ドルだった。19日の株価の下落幅は過去10年で最大。時価総額にして、約250億ドルを1日で失った。

紙巻きと加熱式をあわせたたばこの出荷量は前年同期比2.3%減の1738億本だった。健康志向の高まりで世界的に紙巻きたばこ離れが広がり、有害物質が軽減できるという加熱式にかかる期待は大きい。1~3月期はその加熱式の伸びが有力市場の日本などで鈍化し、紙巻きの落ち込みを補えなかった。

マーティン・キング最高財務責任者(CFO)は19日のアナリスト向け決算説明会で、「日本での加熱式たばこ機器の売り上げは我々の野望的な予想に届かなかった」と述べた。

特に日本の喫煙者の4割を占める50歳以上の保守的な世代に、加熱式の受け入れが広がっていないという


◎夕刊の記事で十分では?

朝刊の記事の見出しは「PMIアイコス、一人勝ち崩れる 加熱式たばこ」となっているので、話のメインはやはり「米フィリップ・モリス・インターナショナル(PMI)が手掛ける加熱式たばこ『アイコス』」だ。しかし、「アイコス」に関しては、基本的に夕刊の情報を繰り返しているに過ぎない。
原田駅(福岡県筑紫野市)※写真と本文は無関係です

PMIの株価は19日、前日比16%安と暴落した。引き金になったのは同日発表した2018年1~3月期の決算で明らかになったアイコスの日本での販売状況だ。販売量は想定に届かず、特に喫煙者の4割を占める主要ターゲットの50歳以上に響かなかったようだ」と朝刊では書いている。

一方、夕刊にも「米たばこ大手フィリップ・モリス・インターナショナルの株価が19日、前日比16%安と暴落した。同日発表した2018年1~3月期決算で売上高が前年同期比14%増えたが、事前の市場予想を下回った」「特に日本の喫煙者の4割を占める50歳以上の保守的な世代に、加熱式の受け入れが広がっていないという」と説明がある。

前日比16%安と暴落した」「特に喫煙者の4割を占める主要ターゲットの50歳以上」などは表現もかなり重なっている。これは辛い。朝刊の記事では、ダブり感が出ないように工夫するつもりがないと感じられる。

朝刊ではどんな情報を追加しているかと言うと「加熱式たばこ」の日本での状況を加えている程度だ。しかも「一人勝ちが崩れてきた」ことを裏付けるデータさえない。「BATは17年10月に全国販売へ踏み出し、JTも東京や大阪など大都市へ地域を拡大し始めた」といった話に触れた程度で記事は終わる。

例えば「PMIは昨年まで加熱式たばこの日本でのシェアが99%を超えていたのに、今年に入って9割を割ってきている」といった話があれば、まだ救いがある。わざわざ付け加えるに値する情報もないのに、重複だらけの記事を改めて朝刊に載せようとなぜ考えたのか。作り手の良心を疑いたくなる。

さらに言えば、夕刊でも朝刊でも、アイコスの「日本での販売」について具体的な数字が出ていない。夕刊の記事を読んだ時にはPMIが明らかにしていないのかと思ったが、朝刊の記事では「2018年1~3月期の決算で明らかになったアイコスの日本での販売状況」と書いている。「明らかになった」と言えるのならば、記事中でしっかりデータを示してほしい。

PMIがまともなデータを開示していないのならば、夕刊も含めてその点を明示してくれた方がありがたい。「日本での販売が鈍化したのが主因」と書いてあるのに、どの程度の「鈍化」なのか分からないままだと、引っ掛かりが残る。


※今回取り上げた記事

PMIアイコス、一人勝ち崩れる 加熱式たばこ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180421&ng=DGKKZO29631080Q8A420C1TJC000

日本でアイコス販売鈍化 米フィリップ・モリス株16%下落 
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180420&ng=DGKKZO29628460Q8A420C1EAF000


※記事の評価は「PMIアイコス、一人勝ち崩れる 加熱式たばこ」がD(問題あり)、「日本でアイコス販売鈍化 米フィリップ・モリス株16%下落 」がC(平均的)。平野麻理子記者への評価はCで確定とする。平野記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

スタバの対応どこが「黒人差別」? 日経 平野麻理子記者に注文
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/blog-post_66.html

2018年4月21日土曜日

分析が甘い日経ビジネス「好調ユニクロ、“一本足打法”の壁」

日経ビジネス4月23日号に載った「時事深層 COMPANY~好調ユニクロ、“一本足打法”の壁」という記事は分析の甘さが目立った。話の柱となる「“一本足打法”の壁」に説得力が乏しい。
筑後川橋と桜と菜の花(福岡県久留米市)
           ※写真と本文は無関係です

記事を順に見ていく。

【日経ビジネスの記事】

アジアを中心に海外事業が成長し、業績が拡大するファーストリテイリング。だが、衣料品チェーン世界最大手のインディテックスには、収益力で引き離されている。利益のほとんどをユニクロ事業に依存する体質の転換が「世界一」奪取のカギを握る

4月12日、ファーストリテイリングの決算会見で、柳井正会長兼社長は自信に満ちた表情でこう語った。2017年9月~18年2月期の同社の営業利益は前年同期比で31%増の1704億円。中間期として過去最高になった。

とりわけ好調だったのは海外ユニクロ事業。売上高は29%増で、営業利益は66%増の807億円に達した。積極出店で、中国や東南アジアを中心に売上高が拡大、苦戦していた米国も効率化を進めて赤字幅が大幅に縮小した。

「売上高3兆円の目標は数年で確実に実現できる」。柳井社長はこう言い切る。「ZARA(ザラ)」を展開する、インディテックス(スペイン)は18年1月期の売上高が253億ユーロ(約3兆3500億円)。ファストリの18年8月期予想は2兆1100億円で、世界トップの背中は近づきつつあるように見える



◎ファストリは世界2位?

ここまで読むと今の「ファーストリテイリング」は世界2位で、「世界トップ」の「インディテックス」を追いかけているとの印象を受ける。しかし、ファーストリテイリングのホームページによると、「アパレル製造小売業」の中で世界2位はH&Mだ。間に1社入っている。

「3位なんだから1位と比べるな」とは言わない。しかし、3位であることは記事中で示さないと読者に誤解を与えてしまう。

ついでに言うと「世界トップの背中は近づきつつあるように見える」と書いているのに、「ファーストリテイリングとインディテックスの主な経営指標」というグラフには「世界トップの背中はまだ遠い」と説明文を付けている。矛盾はないが、「どっちなの?」とは思ってしまう。

話が逸れた。記事の続きを一気に最後まで見ていこう。

【日経ビジネスの記事】

だが、そこには死角もある。収益力が大きく見劣りすることだ。インディテックスが18年1月期に営業利益として開示するEBIT(利払い前・税引き前利益)は43億ユーロ(約5700億円)。ファストリの今期の営業利益予想(2250億円)の2.5倍に当たる。

“ユニクロ一本足打法”といえる構造で、ほかに利益の柱がないことが課題だ。ファストリの中間期における各事業の営業利益は、国内と海外を合わせたユニクロ事業が1694億円。次の柱と期待される低価格ブランドの「ジーユー」は91億円にすぎない。買収などで手中にしたコントワー・デ・コトニエ、Jブランドなどの「グローバルブランド事業」は56億円の営業赤字だ。

一方のインディテックスは主力のザラ以外のブランドも稼いでいる。18年1月期は、若者向けブランドの「ベルシュカ」、高級ブランドの「マッシモ・ドゥッティ」など7つのブランドが全て黒字で、全社の利益の3割を占める。大半のブランドの利益率は15%を上回り、ザラブランドの18%に迫る。

グローバル化でもファストリは遅れている。進出する国・地域の数は、ファストリの19に対して、インディテックスは96と5倍強だ。同社はインド、東欧、中南米、中東など、ファストリが手つかずの市場を開拓している。

「世界一のアパレル小売り」を目指すファストリ。急成長するアジアで躍進するが、「ファッションの本場」の欧州や北米での存在感はまだ小さい。スペインの巨人を追い抜くには、出店地域の拡大に加え、収益源の多様化が求められる。好業績の勢いに乗って、収益力を高められれば、世界一の座は見えてくる


◎「一本足」ではなぜダメ?

上記の説明で、なぜ「一本足」ではダメか理解できただろうか。有力候補は「インデックスが一本足打法ではないから」だろう。だが、インデックスと同じやり方でなければ利益を増やせないとは限らない。
久留米城跡の桜(福岡県久留米市)
        ※写真と本文は無関係です

グローバル化でもファストリは遅れている」と記事では書いている。「出店地域の拡大」をユニクロでやって売り上げや利益を伸ばす選択もある。「それではインデックスには追い付けない」と考えるのならば、その根拠を示すべきだ。

買収などで手中にしたコントワー・デ・コトニエ、Jブランドなどの『グローバルブランド事業』は56億円の営業赤字だ」とすれば、こうしたブランドからは撤退して、ユニクロ事情に経営資源を集中すべきとの考え方もできる。「そうではない。ユニクロ以外で利益を増やすべきなんだ」と筆者である山崎良兵副編集長と津久井悠太記者が確信しているのならば、なぜそう言えるのかきちんと解説してほしかった。

繰り返しになるが「インデックスがそうしているから」では、まともな分析とは言えない。

最後に、記事の結論部分に注文を付けておこう。

好業績の勢いに乗って、収益力を高められれば、世界一の座は見えてくる」。これでは何も言っていないに等しい。読者としては「まぁ、それはそうでしょうね」と返すしかない。こんな意味のない結論を導くために紙幅を費やしてきたのか。

問題は「どうやれば収益力を高められるか」「それを実現させる力はあるか」といった点だ。課題が「一本足打法」からの脱却ならば、具体的にどうすべきか、実現可能性はどうかを論じて結論に持っていくべきだ。でなければ記事に説得力は生まれない。山崎副編集長と津久井記者は、そのことを肝に銘じてほしい。


※今回取り上げた記事「時事深層 COMPANY~好調ユニクロ、“一本足打法”の壁
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/depth/041601004/?ST=pc


※記事の評価はD(問題あり)。山崎良兵副編集長への評価はC(平均的)からDに引き下げる。津久井悠太記者への評価は暫定でDとする。

2018年4月20日金曜日

東芝新会長「おしゃべり車谷」への個人攻撃が苦しいFACTA

最近のFACTAは品のない個人攻撃が目立つ。それでも説得力があればまだいい。5月号に載った「『おしゃべり車谷』東芝新会長に異名」という記事では、東芝の会長兼CEOに就いた車谷暢昭氏に関して「策士策に溺れる『黒歴史』があることを忘れてはならない」と訴えているが、中身を見てみるとかなり無理がある。
南蔵院の釈迦涅槃像(福岡県篠栗町)※写真と本文は無関係

記事の最初の方を見てみよう。

【FACTAの記事】

経営再建中の東芝は、またしても外部の人材に自らの命運を委ねることになった。経団連会長を務めた石坂泰三、土光敏夫らに続いて、メーンバンクである三井住友銀行出身の車谷暢昭(60)を招いたのである。

車谷が東芝の会長兼CEOに内定した2月14日の記者会見は、そのセリフが笑わせた。いわく「大仕事を拝命することは一つの天命」、いわく「まさに男子の本懐」。口だけは達者な彼らしいが、人間としての器量は、とても石坂や土光に及ばない。車谷には、策士策に溺れる「黒歴史」があることを忘れてはならない

「おしゃべり車谷」――。彼は三井住友銀行内で、そう呼ばれてきた。MOF担など霞が関の省庁ロビイングを長くつかさどり、口は達者だが、銀行マンとしての実務経験は乏しい。そんな現場を知らない御殿女中が、東芝の最高経営責任者になったのである。



◎男性の車谷氏が「御殿女中」?

まず引っかかったのが、車谷氏を「現場を知らない御殿女中」としている点だ。「御殿女中」の意味を調べると「1 江戸時代、宮中・将軍家・大名などの奥向きに仕えた女中。奥女中。2 陰険な策謀を巡らして人を陥れようとする女、底意地の悪い女のたとえ」(デジタル大辞泉)と出てくる。

記事の筆者は「車谷氏=陰険な策謀を巡らして人を陥れようとする女、底意地の悪い女」と捉えているのだろう。だが、車谷氏は男性だ。例えとして適切ではないし、「女性」として扱うのは事実に反する上に失礼だ。

記事では車谷氏に関して「人間としての器量は、とても石坂や土光に及ばない」とも書いている。「人間としての器量」を断じるなとは言わないが、主観的要素が強い問題なので慎重ではあるべきだ。今回の場合で言えば「石坂や土光」の「器量」を具体的に説明した上で、車谷氏の「器量」と比較すべきだ。

だが、記事に「石坂や土光」の「器量」に関する具体的な記述はない。それで「人間としての器量は、とても石坂や土光に及ばない」と断定するのは感心しない。

車谷氏が「人間としての器量は、とても石坂や土光に及ばない」と言われる理由は「策士策に溺れる『黒歴史』がある」からだと解釈できる。次はその「黒歴史」を検証してみよう。

【FACTAの記事】

現場業務を知らない社内官僚の彼の綻びは、意外に早く訪れた。経営企画部門に復命して手掛けた大技が、傘下の証券業務の強化だったが、それで大失敗を犯したのである。旧住銀の親密証券会社であった大和証券と袂を分かったのだ。

山一証券が破綻し、証券界が危機にさらされた1997年、西川善文は住銀の親密先だった大和証券の救済に乗り出し、大和の法人部門を分社化させて住銀との合弁会社にすることに成功した。「大和SMBC」となった同社は、三井住友の別動隊といわれるほど強い絆で結ばれた

車谷がこんな「銀証提携」をさらに強化できる好機と思ったのが、リーマン・ショックである。欧米の金融コングロマリットが、軒並み破綻の危機に瀕するなか、米シティグループは系列化していた日興コーディアル証券と日興シティグループ証券を売りに出した。これを取り込もうと動いたのが、奥、國部毅、車谷のラインだった

だが、大和の原良也や鈴木茂晴にとって、兜町で覇を競い合ってきた日興と経営統合することは、まったく寝耳に水。「日興コーディアルを売るというので入札に参加したら、日興シティも売ると言われました。そこで守秘義務契約を結んだため、大和に教えることができませんでした」。大和との離縁を発表した記者会見で、奥はそう釈明した。大和と日興を統合して野村証券を追うのが、奥や國部、車谷の描いた構想だったが、小(日興)を取ったところ、反発した大(大和)を失う最悪の事態に陥ったのである。「國部も車谷も傲慢そのもの。俺たちのことを『どうせ、ついてくる』と見下していた」。大和の当時の幹部は、そんな不満を吐露していた。

経営企画担当時代にそんな大失敗をしでかした車谷だったが、大和喪失の一件には奥も國部も共犯関係にあったため、さしたるおとがめはなかった。


◎これで「策士策に溺れる」?

この「銀証提携」の件が「策士策に溺れる」例だと思われる。だが、いくつも疑問が浮かぶ。まず、車谷氏が「」を考えたのだろうか。記事には「米シティグループは系列化していた日興コーディアル証券と日興シティグループ証券を売りに出した。これを取り込もうと動いたのが、奥、國部毅、車谷のラインだった」とは書いてあるが、車谷氏が「」を考えたとは言っていない。
宇佐神宮(大分県宇佐市)※写真と本文は無関係です

仮に「奥、國部毅」から買収の話を聞いて「好機と思った」だけならば、車谷氏を「策士」と呼ぶのは無理がある。

小(日興)を取ったところ、反発した大(大和)を失う最悪の事態に陥った」との解説も話を単純化しすぎている。「大和SMBC」への三井住友の出資比率は40%だったはずだ。出資比率で言えば「大和」に主導権があった。

主導権を握れない「大(大和)」よりも、自分たちの思い通りに動かせる「小(日興)」の方が好ましいとの考え方は成り立つ。

さらに言えば、「『大和SMBC』となった同社は、三井住友の別動隊といわれるほど強い絆で結ばれた」との説明も鵜呑みにはできない。2009年9月15日付の日経ビジネスは以下のように書いている。

【日経ビジネスの記事】

提携関係については温度差があり、これまでも度々揺れ動いてきた。2006年の追加分も含め約2000億円を出資した三井住友FGは、法人部門の主導権だけでなく、いずれは大和グループ全体との経営統合を視野に入れていた。これに対し、大和側の認識は「確かにあの時は助けられた。しかし今はそれ以上でもそれ以下でもない」(幹部)という程度だった。

◇   ◇   ◇

FACTAの説明だと「強い絆で結ばれた」大和との関係を「策士」である車谷氏が壊してしまったように見える。日経ビジネスの見方が正しいと言える材料を持っている訳ではないが、FACTAの話を全面的に信じる気にもなれない。総合的に判断すると、「大和喪失の一件」を「大失敗をしでかした」あるいは「策士策に溺れる」と評するのは、かなり大げさに思える。

もう1つの事例も見てみよう。

【FACTAの記事】

この後、車谷の名前を決定的に高めたのは福島第一原発事故が起きた11年である。震災直後に当時全銀協会長で三井住友頭取だった奥は、松永和夫経産事務次官と密談。東京電力を破綻させない言質を取った上で、東電救済のための巨額融資を実行した。このあと三井住友の車谷が立案したという触れ込みで、後の原子力損害賠償支援機構創設を見込んだ「東電救済スキーム」がマスコミに出回るが、それは役所が立案中のプランを先んじて換骨奪胎し、あたかも自分が考え出したようにカンニングしたものだった。

いまをときめく森信親金融庁長官は周囲にこう漏らしていたという。「車谷がしきりに相談に来るので、産業再生機構設立準備室で一緒だった経産省の山下隆一君が資源エネルギー庁で担当していると伝えたところ、彼が山下君のところに日参して立案中のプランをパクった」と。


◎「策」がはまっているような…

この件が「車谷の名前を決定的に高めた」のであれば、「策士策に溺れる」の逆で見事に策が機能したのではないか。記事が言うように「あたかも自分が考え出したようにカンニングした」のだとしても「策士」の面目躍如だ。

結局、車谷氏に関して「策士策に溺れる」感じはあまりない。それを「『黒歴史』がある」などと言って人間性に問題があるような書き方をして恥ずかしくないのか。車谷氏の「人間としての器量」を問うほど、自分たちにメディアとしての「器量」があるのか、改めてよく考えてほしい。


※今回取り上げた記事「『おしゃべり車谷』東芝新会長に異名
https://facta.co.jp/article/201805010.html


※記事の評価はD(問題あり)。

2018年4月19日木曜日

「セクハラ問題で辞任は当然」の理由が見えない日経社説

19日の日本経済新聞朝刊総合1面に「セクハラ問題で辞任は当然だ」という社説が載っている。主張自体は良いとしても、「辞任は当然だ」と考える根拠を示していない。これでは困る。
門司港(北九州市)※写真と本文は無関係です

社説の全文は以下の通り。

【日経の社説】

福田淳一財務次官がセクハラ発言で辞任する。当然である。疑惑を全面否定する反論を公表、世論の反発を招いた結果で、遅きに失した感は否めない。事務方のトップにある次官の退出劇としては前代未聞だ。

きっかけは週刊新潮の報道である。女性記者に「胸触っていい?」とか「手縛っていい?」などとセクハラ発言を繰り返したという。麻生太郎財務相は13日の記者会見で「事実ならセクハラという意味ではアウト」と述べていた。

週刊新潮のニュースサイトで音声データが公開されたものの、財務省は福田次官を聴取したうえで疑惑を否定、名誉毀損の訴訟準備を進めていると発表した。女性記者に調査への協力も要請した。

これに対し世論は反発。野党だけでなく政府・与党内からも批判の声が出ており、追い込まれての辞任表明となった。

財務省をめぐっては、森友問題の文書改ざんだけでなく、ごみ撤去の口裏合わせや撤去費用の過大見積もりの疑いも浮上するなど底が抜けたような状態だ。省としてのあり方が厳しく問われている中で、緊張感を欠いているというしかない。

「ノブレス・オブリージュ」という言葉がある。フランス語で「高貴なるものの義務」と訳されている。社会的に高い地位の人間は社会の模範とならなければならないといった意味で使われる。

大蔵・財務官僚は「官庁の中の官庁」の一員としてとりわけその自覚を強く持った集団だったはずだ。もはやそうした意識はみじんもないのかもしれない。

今回の次官のセクハラ問題でいちばんつらい思いをしているのは、寝食を忘れて国のための意識を失わず仕事に励んでいる若い官僚たちであり、自殺者まで出した近畿財務局のような額に汗して働いている現場の職員たちだろう。

魚は頭から腐るといわれる。しばしば組織もそうだとされる。財務省がそうなってもらって困るのはいうまでもない。


◎社説であれば…

最初だけは「福田淳一財務次官がセクハラ発言で辞任する。当然である」と歯切れがいいが、社説を最後まで読んでも「当然である」とする根拠は見えてこない。

財務省は福田次官を聴取したうえで疑惑を否定、名誉毀損の訴訟準備を進めていると発表した」と社説でも触れている。それでも辞任が「当然」なのは、日経としてセクハラが事実だと確信しているからなのか。そこは明確に述べるべきだ。

日経としては「疑われただけでも辞任すべき」との考えなのかもしれない。だとすれば、やはりそう明言すべきだ。この立場を取る場合、濡れ衣を着せられた人に不利益を求めることを正当化できるかとの問題が生じる。

世論の反発を招いた」から辞任すべきだと考える場合も同様だ。そう思うなら、そう書くべきだし、濡れ衣だった場合はどうするのかという問題がやはり生じる。

新聞社の社説で「セクハラ問題で辞任は当然だ」と見出しを立てて主張を展開するならば、「辞任は当然」と考える理由を明示するのはこれまた「当然」だ。それができずに、ぼんやりした話をするだけならば、社説の存在意義はない。


※今回取り上げた社説「セクハラ問題で辞任は当然だ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180419&ng=DGKKZO29558380Y8A410C1EA1000


※記事の評価はD(問題あり)。

2018年4月18日水曜日

スタバの対応どこが「黒人差別」? 日経 平野麻理子記者に注文

18日の日本経済新聞夕刊総合面のトップを飾った「米スタバ、全店半日休業 人種問題研修で 黒人客とトラブル、不買運動に」という記事は分かりにくかった。筆者の平野麻理子記者(ニューヨーク支局)の説明通りならば、黒人差別に当たる感じはしない。現地では大きな問題になっているようなので、多くの米国人にとってスタバの対応は「人種差別的」に見えるのだろう。平野記者はせっかくニューヨークにいるのだから、「なぜこれが米国では人種差別的と取られるのか」を米国事情に疎い日本の読者にも分かるように解説してほしかった。
片の瀬公園の桜と筑後川橋(福岡県久留米市)
           ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

米スターバックスは17日、5月29日の午後に全米8000店舗以上を休業し、人種問題についての店員研修を実施すると発表した。スタバでは、今月12日に東部ペンシルベニア州フィラデルフィアの店舗で待ち合わせをしていた黒人男性2人が警察に通報され、逮捕された。スタバの対応に「人種差別的だ」との批判が高まっていた。

 逮捕された2人の黒人男性は商品を購入せずに、店内で待ち合わせをしていた。警察によると、店員がトイレの利用を断ったところ、男性客が拒否したため、店員が「不法侵入」だとして警察に通報したという。2人は警察署に連行された後、解放された。

ネット上には居合わせた客が撮影したと思われる映像が拡散し、消費者の間には反発が広がった。若者を中心に「ボイコット・スターバックス」のハッシュタグでネット上の不買活動が始まったほか、一部の実店舗でもデモ活動が起きた。

研修は17万5000人の従業員が対象で、全米の全直営店を午後の半日閉めて実施する。スタバによると、店舗が全ての人にとって居心地の良い場所とするため、研修は暗黙の偏見や人種差別を防ぐ内容となるという。

ケビン・ジョンソン最高経営責任者(CEO)は「人種偏見の研修のため店を閉めることは、我々の会社の全員が地元社会に対して貢献する道の第一歩にすぎない」と再発防止を約束した。

米国のカフェや飲食店では、商品を購入していない人のトイレ利用は禁止されていることが多い。トイレに外からカギがかかっている場合は、店員から暗証番号を聞く必要がある。


◎「不法侵入」を通報したら「差別」?

記事を読む限り、今回の件で批判されているのは「黒人男性2人」を逮捕した警察ではなく、「通報した」スタバだと取れる。警察が「不法侵入」で逮捕して、その判断が誤りでなかったのならば、スタバの対応にも問題はなさそうに思える。

福岡県立久留米高校(久留米市)※写真と本文は無関係です
同じような行動をしていた白人を許したのに黒人の時だけ警察に通報したのならば「人種差別的」だが、そうした説明はない。

記事によると「米国のカフェや飲食店では、商品を購入していない人のトイレ利用は禁止されていることが多い」という。ならば、スタバが「トイレの利用を断った」ことに問題はなさそうだ。「トイレの利用を断ったところ、男性客が拒否した」(日本語としてやや不自然だが、あくまでトイレを利用すると言い張ったか、強引にトイレを利用したと取れる)のならば、非難されるべきは「男性客」だ。

米国で「消費者の間には反発が広がった」上に、スタバのCEOが「再発防止を約束した」のならば、上記のような考え方は「米国の事情に疎い日本人の浅い物の見方」なのだとは思う。だからこそ、平野記者にはしっかり「米国の事情」を説明してほしかった。

ついでに言うと、記事に付けた写真も分かりにくい。「ペンシルベニア州のスタバの前にはプラカードを抱えて抗議活動する人が集まった(16日)=ロイター」という説明文が付いているものの、集まった人はほとんど映っておらず「BLACK LIVES MATTER」と書かれた「プラカード」が目立つだけ。この写真を使うのならば、せめて「BLACK LIVES MATTER」の訳は付けてほしい。


※今回取り上げた記事「米スタバ、全店半日休業 人種問題研修で 黒人客とトラブル、不買運動に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180418&ng=DGKKZO29518680Y8A410C1EAF000


※記事の評価はC(平均的)。平野麻理子記者への評価も暫定でCとする。

武田健太郎記者のロボアド記事に関する日経ビジネスの回答

日経ビジネス4月16日号の「テクノトレンド~ロボアドバイザー プロの投資手法を初心者に」という記事には色々と問題を感じた。ここでは日経BP社に送った問い合わせの内容と、それに対する回答を紹介したい。
旧門司三井倶楽部(北九州市)※写真と本文は無関係です


【日経BPへの問い合わせ】 

日経ビジネス編集部 武田健太郎様

4月16日号の「テクノトレンド~ロボアドバイザー プロの投資手法を初心者に」という記事についてお尋ねします。まず以下のくだりです。

5営業日後の為替動向を予想する際は、過去に同じようなチャート形状が無いかを、10年以上前まで遡って探し出す。そして、似た形のチャート形状が、その後どのように変動したかを調べて将来予想に役立てる。例えば、似た形のチャートが過去に3回あり、そのうち2回で相場が上昇していたら、予想上昇率は66.6%となる

引っかかるのは「予想上昇率は66.6%」という説明です。例えば、米ドルで「予想上昇率は66.6%」と書いてあれば、予想される今後の米ドルの「上昇率」が「66.6%」となるはずです。しかし、ここで言っているのは「上昇」になる可能性が「66.6%」という意味ではありませんか。記事に付けたチャートの横には「上昇可能性66.6%」と表記しています。

予想上昇率は66.6%」という説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であればその根拠も併せて教えてください。

次に問題としたいのは以下の記述です。

ただし、個人が自らの資産を運用する場合、プロとは別の課題に直面する。『心理の罠』と呼ばれる問題があるからだ。例えば、多くの個人投資家は株価が下落すると不安にさいなまれ、安い値段でも保有する株式を売るケースが多い。安値で買って高値で売るという投資の基本原則を、恐怖心のあまり忘れてしまうためだ

これは一般的に言われていることと異なるのではありませんか。2017年8月26日付の日本経済新聞朝刊に載った「投資のワナを避ける知恵 損切り素早く、利食い急ぐな」という記事では「買った株式が値下がりして損失が膨らんでいるのに、いつまでも売れずに持ち続けてしまう――。投資で陥りがちなワナの典型が損切り(損失限定の売り)の先送りです」と記しており、なぜそうなるのかを行動経済学に基づいて解説しています。武田様の解説とは正反対です。日経の解説の方が常識的だと思えますが、いかがでしょうか。

最後にもう1つ。記事では「じぶん銀行が昨年6月に提供開始した『AI外貨予測』」を「お金のデザイン」や「ウェルスナビ」とともに紹介しています。しかし、「じぶん銀行」のサービスはロボアドではないと思えます。

『ロボアド』残高1000億円突破 ITで運用指南 若者取り込み」という3月24日付の日経の記事では「ロボアドは年齢や投資目的、株価急落時の対応などの質問に答えると、投資期間やリスク許容度を見極めて運用戦略を提案するサービス」と説明しています。この定義に従えば、為替相場の動向に関してAIによる予測を提供するだけの「AI外貨予測」はロボアドには当たりません。
流川桜並木と人力車(福岡県うきは市)※写真と本文は無関係です

武田様も記事の冒頭で「年齢や目標金額などを入力すれば、自動的に株式などを運用する『ロボアドバイザー』」と述べています。「AI外貨予測」をロボアドの1つとして紹介するのは間違っていませんか。

今回の記事のテーマは「ロボアドバイザー プロの投資手法を初心者に」です。「AI外貨予測」はロボアドではない上に「プロの投資手法を初心者に」とも言えません。このサービスが提供する予測の根拠は「チャート」のみです。しかし、プロの為替ディーラーはチャートだけに頼って売買している訳ではありません。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。


【日経BP社の回答】

日経ビジネスをご購読頂きまして誠にありがとうございます。
メールでご指摘頂いた3点について、以下の通り順番にお答えさせて頂きます。

① 「予想上昇率」との表記について

記事において、為替市場の参加者もしくはAIが「どれぐらいの確率で上昇を予想するか」を示すため、「予想上昇率」との表現を用いました。ただしご指摘の通り、為替相場の「値上がり率」についての予想値と混合されかねない表現でありました。

別の場所で使用した「上昇可能性」という表現で統一した方が、誤解を受ける可能性は
少なかったのではと考えております。ご指摘を真摯に受け止め、今後はより正確な表現になるよう心がけたいと思います。

②行動経済学 相場が下落すると安い値段でも保有株式を売るケースが多い点について

記事内で紹介した、相場下落時にパニックとなり金融商品を売り急ぐ行動は、行動経済学で「近視眼的損失回避」と呼ばれ、ノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学大学院のリチャード・セイラー教授などが指摘している内容です。ただし、行動経済学は比較的新しい学問で、相反する様々な理論が存在するケースも現時点では多くみられます。

ご指摘の通り、日経新聞の解説記事内にあった理論も存在します。雑誌記事である以上、文字数に限界はありますが、ご意見を参考にして、様々な視点を読者に提示していきたいと考えます。

③AI外貨予測について

ロボアドは金融業界における新しいサービスで、明確な定義がまだ出来ていない分野です。

広義の定義では、テクノロジーを活用した助言・運用などで、利用者の利便性を高める
金融サービスのことを指すと考えております。

一方で、記事中で「自動的に株式などを運用する」と説明した部分は、狭義のロボアドの
定義にあたると解釈しております。ご指摘のAI外貨予想は、広義のロボアド定義には当てはまる一方で、狭義の定義には当てはまらないサービスでした。

ロボアドの定義について丁寧な説明をしていれば避けられる誤解だったと理解しております。

ご指摘ありがとうございました。

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基本的にこれで良いと思えるが、1つだけ説明を追加したい。

◎「近視眼的損失回避」はちょっと違うような…

「『株価が下落すると不安にさいなまれ、安い値段でも保有する株式を売るケースが多い』という『心理の罠』は一般に言われていることと逆では?」との問いに対しては、ハーディング現象で説明するのかと思っていた。ところが回答は「近視眼的損失回避」だった。

産経の2014年10月18日の記事でニッセイ基礎研究所の北村智紀氏は以下のように説明している。

実は投資の成果を頻繁に確認する人ほど、リスクをとることが嫌いになる現象が確認されています。国内外でこれに関連した多くの研究があり、『近視眼的損失回避』と呼ばれています。短期的な視点で損を回避する行動をするという意味です

この説明が正しければ、「安い値段でも保有株式を売る」というより「投資に消極的になる」との側面が強い。産経の記事をもう少し見てみよう。

例えば、株式投信に投資したところ、運悪く値下がりし、毎月1万円ずつの損失があったとしましょう。1年間の累積で12万円の損失です。ある人は、自分が買った投信がどのようになったのか見るのが好きで、毎月損したことを知ったとします。別の人は値動きにはあまり関心がなく、1年分まとめて損失を知ったとします。結局、どちらの人も損失額は同じですが、毎月見るたびに損失を被ったと感じる人の方が、リスクのある投資をいやになってしまいます。極端な話、株式投信を買うことはその後なくなるというものです

武田記者は回答の中で行動経済学について「相反する様々な理論が存在するケースも現時点では多くみられます」と述べている。だが、損切りを回避して塩漬けにしやすい傾向と「近視眼的損失回避」は両立する。

産経の記事の例で言えば「持っている投信の損は確定させず塩漬けにするが、新規投資はしない」となれば矛盾はない。

注文が長くなってしまった。全体として見れば、回答に大きな問題はない。きちんと回答してくれたことには感謝と敬意を表したい。


※今回取り上げた記事「テクノトレンド~ロボアドバイザー プロの投資手法を初心者に
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/122600029/040600016/?ST=pc


※記事の評価はD(問題あり)。武田健太郎記者への評価はDを維持する。今回の記事に関しては以下の投稿も参照してほしい。


※武田記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

デサントは「巨大市場に挑まない」? 日経ビジネスの騙し
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_11.html

「人生100年」に無理がある日経ビジネス「幸せ100歳達成法」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/100100.html

年金支給開始85歳でも「幸せ」? 日経ビジネス「幸せ100歳達成法」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/85-100.html

今世紀中は高齢者が急増? 日経ビジネス「幸せ100歳達成法」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/100_7.html

「高齢者人口が急増」に関する日経ビジネスの回答に注文
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_8.html