2021年10月30日土曜日

「原油高」が理由と言われても…日経「吉野家、牛丼7年ぶり値上げ」に足りないもの

発表物を記事にするのは、それほど難しくない。記事として必要な材料はニュースリリースの中にかなり盛り込まれている。だからと言って全てが揃っている訳ではない。そこに注意が要る。30日の日本経済新聞朝刊ビジネス面に載った「吉野家、牛丼7年ぶり値上げ 並426円に~肉・油高騰、モー限界」という記事を題材に、この問題を考えてみたい。

夕暮れ時の筑後川

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

牛丼チェーンの吉野家は29日、主力商品の「牛丼」を値上げしたと発表した。店内で提供する並盛で39円引き上げて426円になった。並盛の値上げは2014年以来、7年ぶり。輸入牛肉や原油の価格の高騰を受け、値上げに踏み切った。円安の進行も背景に輸入肉や油の価格が高値で推移しており、外食全体で価格を見直す動きが広がる可能性がある。

同日午後3時から値上げを実施した。主力の牛丼(並盛)の税抜きの本体価格は36円値上げし、388円とした。軽減税率の影響で店内飲食の場合は426円、持ち帰りの場合は419円への改定となる。

牛丼の並盛価格の値上げは、14年12月に税抜き278円から352円への値上げ以来となる。店内飲食の価格で特盛は72円増の778円に、超特盛は94円増の899円とした。

同社によると「昨今の急激な輸入牛肉の価格高騰や原油高の影響を受け、自助努力だけでは現在の価格を維持することが困難な状況となった」という。牛丼店が使用する米国産バラ肉(ショートプレート)の卸値(冷凍品、大口需要家渡し)は1キロ1075円前後と20年夏の安値から2倍近い水準で高止まりしている。

同業では松屋フーズも9月下旬に牛丼チェーン「松屋」で、関東以外で販売していた「牛めし(並盛)」を320円から380円に値上げしていた。ゼンショーホールディングスの「すき家」は現時点で値上げの予定はないという。


◎「油」はどう関係?

肉・油高騰、モー限界」という見出しを見た時は「油=食用油」だろうと考えた。しかし中身を見ると「原油」。牛丼チェーンの「吉野家」が「原油高の影響」で「値上げに踏み切った」というのは、よく分からない。ところが記事を最後まで読んでも「原油高」と「値上げ」がどう関係するのか不明のままだ。

ニュースリリースでも「昨今の急激な輸入牛肉の価格高騰や原油高の影響を受け、自社努力だけでは現在の価格を維持することが困難な状況となりました」と記しているだけだ。ならば「吉野家」に追加で取材してほしい。

ちなみに共同通信の記事では「原油高によって物流費がかさみ、包装材のコストが上昇しているのも響いたという」と解説している。「原油高」と言っても国内のガソリン価格はそれほど上がっていないし「包装材のコスト」が牛丼の原価に占める比率なんてわずかだろうとも思うが、このレベルの説明でもあれば助かる。

日経の記者は「なんで原油高が牛丼の値上げにつながるのか」を説明すべきだとは感じなかったのか。「きっと物流費と包装材コストの問題だろう。それは読者にも自明だし」とでも判断したのか。だとしたら不親切が過ぎる。

記事の書き方に技術的な問題も感じたので、2つ指摘したい。

(1)「実施」は要らない

実施」という言葉は「基本的に記事では使わない言葉」と覚えておいてほしい。多くの場合、使わない方がスッキリする。「同日午後3時から値上げを実施した」は「同日午後3時に値上げした」でいい。


(2)重複を避けよう

牛丼の並盛価格の値上げは、14年12月に税抜き278円から352円への値上げ以来となる」という文には2つの重複がある。

まず「価格の値上げ」だ。「価格」と「」がダブっている。「並盛価格の引き上げ」または「並盛の値上げ」としたい。

値上げは~値上げ以来となる」という「値上げ」の繰り返しにも拙さを感じる。「牛丼並盛の値上げは、14年12月に税抜き278円から352円へ引き上げて以来となる」とすれば問題はなくなる。


※今回取り上げた記事「吉野家、牛丼7年ぶり値上げ 並426円に~肉・油高騰、モー限界

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211030&ng=DGKKZO77135770Z21C21A0TB0000


※記事の評価はD(問題あり)

2021年10月28日木曜日

日経 秋田浩之氏「Deep Insight~TPP、中国は変われるか」に見える矛盾

 迷走と言うべきか。28日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に秋田浩之氏が書いた「Deep Insight~TPP、中国は変われるか」という記事は苦しい内容だった。中国のTPP加盟に関してどう主張を展開すればいいのか混乱しているのだろう。話の辻褄が合っていない。中身を見ながら具体的に指摘したい。

久留米リサーチパーク

【日経の記事】

9月に環太平洋経済連携協定(TPP)に加盟申請した中国に、日本などのメンバー国はどう対応すべきか。筆者は10月12日付本欄で、中国との協議は慎重に進めるべきだと書いた。根拠は主に次の2点だ。

■TPPメンバーは新規加盟を認めるかどうか、拒否権をもつ。中国が先に入れば、米国や台湾は恒久的に排除されかねない

■透明、公正なルールを定めるTPP基準を満たすのは難しいため、中国は様々な例外措置を求めるだろう。許したら、TPPは中国基準に変質してしまう。

この主張に対し、賛成、反対ともに多くの声をいただいた。そこで、反対論への取材も踏まえ、この問題を再考してみたい。

拙稿に寄せられた反対論は大きく分けて2つある。ひとつは、米国のTPP復帰は考えづらいのに、それを想定した議論を掲げるのはおかしいというものだ。

確かに米国が近い将来、復帰する望みは小さい。ただ「金輪際、あり得ない」と断定するのは早いように思う

今回、主に取り上げたいのはもう一つの反対論である。それは次のような内容だ。

■TPPの加入条件は極めて詳細、厳格であり、中国が例外扱いを求めても許される余地はない。

■そうした前提から、積極的に中国との加盟協議に応じるべきだ。中国に改革を迫り、より公正で透明なルールを整えさせる好機を逃してはならない。

この意見には必ずしも反対ではない。筆者も中国を門前払いし、協議を拒むべきだと主張しているわけではない。メンバー国側が一切、例外扱いを認めないという原則を貫き、中国が応じるなら、同国の経済をより自由化していくことにつながるだろう


◎米国はどうする?

筆者も中国を門前払いし、協議を拒むべきだと主張しているわけではない。メンバー国側が一切、例外扱いを認めないという原則を貫き、中国が応じるなら、同国の経済をより自由化していくことにつながるだろう」と秋田氏は言う。つまり「例外扱い」なしならば中国のTPP加入を認めるのが秋田氏の立場だ。

しかし問題が残る。「中国が先に入れば、米国や台湾は恒久的に排除されかねない」との理由で秋田氏は中国のTPP加盟に否定的だったはずだ。「台湾」に関しては記事の最後の方で「台湾加入に反対しないよう、(中国から)約束を取り付けるべきだ」と書いているが、米国への言及はない。

米国が「恒久的に排除されかねない」問題はどうなったのか。米国の復帰が「金輪際、あり得ない」と断定できるような状況は「恒久的に」訪れないだろう。だとすれば、秋田氏の場合は「米中関係の大幅な好転がない限り中国のTPP加盟には反対」となるのが自然だ。

10月12日付本欄」に対する批判が強かったのだろうか。主張がブレている気がする。

さらに言えば「例外扱いを認めないという原則」を貫くべきだと言っておきながら、中国を「例外扱い」しようとしている点にも矛盾を感じる。そのくだりを見ておこう。


【日経の記事】

しかし、ひとつ気がかりな点もある。TPP協定の第29章2条で、「安全保障のための例外」規定を設けていることだ。

安保上の重大な利益に反する場合、ルール適用の例外を認めるというもので事実上、その範囲は各国の判断にゆだねられる。乱用しないよう、事前に適用範囲を示すよう中国に求める必要がある


◎中国だけは「例外」?

TPP協定の第29章2条」に関して、中国にだけ「事前に適用範囲を示すよう」求めるのか。だとしたら「例外扱いを認めないという原則」が崩れてしまう。台湾加盟に関しても同様の問題がある。


【日経の記事】

TPPには中国の直後に台湾も加入を申請した。TPPは経済枠組みであり、台湾も入る資格がある。ヘリテージ財団の「経済自由度」指数では、台湾は6位だ。中国との協議ではこの問題も取り上げ、台湾加入に反対しないよう、約束を取り付けるべきだ


◎ここも「例外扱い」?

台湾加入に反対しないよう、約束を取り付けるべきだ」と秋田氏は言う。これも中国だけに「約束」を迫るのならば「例外扱いを認めないという原則」が崩れてしまう。

他の加盟国は「台湾加入に反対」できるのに中国だけには許さないとなると露骨な中国排除であり「TPP」の閉鎖性が顕著になってしまう。

秋田氏の場合「どんなに可能性が低くても米国復帰を待とう。その障害となりそうな中国加盟には絶対反対」と訴えた方が座りがいい。

「とにかく米国が好き。中国は嫌い」という個人的な好みが秋田氏の主張の原点となっている気がする。そこを否定するつもりもない。その原点に忠実に主張を組み立ててはどうか。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~TPP、中国は変われるか」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211028&ng=DGKKZO77028670X21C21A0TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。秋田浩之氏への評価はEを維持する。秋田氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。


日経 秋田浩之編集委員 「違憲ではない」の苦しい説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_20.html

「トランプ氏に物申せるのは安倍氏だけ」? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_77.html

「国粋の枢軸」に問題多し 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/deep-insight.html

「政治家の資質」の分析が雑すぎる日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_11.html

話の繋がりに難あり 日経 秋田浩之氏「北朝鮮 封じ込めの盲点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_5.html

ネタに困って書いた? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/deep-insight.html

中印関係の説明に難あり 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/deep-insight.html

「万里の長城」は中国拡大主義の象徴? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_54.html

「誰も切望せぬ北朝鮮消滅」に根拠が乏しい日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_23.html

日経 秋田浩之氏「中ロの枢軸に急所あり」に問題あり
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_30.html

偵察衛星あっても米軍は「目隠し同然」と誤解した日経 秋田浩之氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_0.html

問題山積の日経 秋田浩之氏「Deep Insight~米豪分断に動く中国」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/deep-insight.html

「対症療法」の意味を理解してない? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/deep-insight.html

「イスラム教の元王朝」と言える?日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/deep-insight_28.html

「日系米国人」の説明が苦しい日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/12/deep-insight.html

米軍駐留経費の負担増は「物理的に無理」と日経 秋田浩之氏は言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/01/blog-post_30.html

中国との協力はなぜ除外? 日経 秋田浩之氏「コロナ危機との戦い(1)」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/03/blog-post_23.html

「中国では群衆が路上を埋め尽くさない」? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/06/deep-insight.html

日経 秋田浩之氏が書いた朝刊1面「世界、迫る無秩序の影」の問題点
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/08/1_15.html

英仏は本当に休んでた? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight~準大国の休息は終わった」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/10/deep-insight_29.html

「中国は孤立」と言い切る日経の秋田浩之氏はロシアやイランとの関係を見よ
https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/07/blog-post.html

「日本は世界で最も危険な場所」に無理がある日経 秋田浩之氏https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/10/blog-post_11.html

2021年10月27日水曜日

具体的提案をなぜ避ける? 日経 井上亮編集委員「皇室は人間が担っている」

小室眞子さん」の結婚に触れて27日の日本経済新聞朝刊社会面に井上亮編集委員が書いた「皇室は人間が担っている」という記事は残念な内容だった。あれこれ現状を嘆くのはいい。しかし「では、どう制度を変えていくべきか」に関して何の提言もない。「他者の立場でこの世界を見て、考える」ことの大事さを説くなとは言わない。しかし、そう訴えるだけでは大きな改善が望めないのも分かるはずだ。

筑後川河口付近

記事の前半を見ていこう。

【日経の記事】

小室眞子さんは「心を守りながら生きる」という言葉を繰り返した。皇族としての義務と制約は定めとして受け入れてきた。しかし、自分の心だけは誰も踏み込めない領域であり、その心に忠実に生きていきたい。そう叫んでいるようだった。

「他者の靴を履く」という英語の慣用句がある。他者の立場でこの世界を見て、考える。そこに相互理解と共感が生まれる。それができない人間は独善と精神的貧困に陥る。

障害者やハンセン病患者、災害被災者、戦没者遺族などに寄り添い、その思いに耳を傾けてきた平成の皇室のあり方は、まさに他者の靴を履くことだった。

その活動を見て、日常では視野に入らなかった社会的弱者、いわれのない差別を受けた人々、困難な状況にあり、悲しみを抱えた存在に気がつき、粛然と襟を正した国民も多かったはずだ。

ひるがえって、国民の側で皇室の人々の身になって「靴を履く」ことを試みた人はどれほどいるだろう。

立場上、さまざまな権利、自由が制限される。会見で「誤った情報」という言葉が何度も出たが、それらに有効な反論もできない。ときに「伝統」のひと言で人間的なものが圧殺されることもある。その苦痛と無念


◎ならば制限を解くべきでは?

個人的には天皇制廃止を支持する。「皇室は人間が担っている」のに「皇室」の一員として生を受けたというだけで「さまざまな権利、自由が制限される」のは理不尽だと感じるからだ。制度を存続させる場合でも、皇室離脱の自由は認めるべきだ。

で、井上編集委員はどうなのか。「皇室の人々」は「さまざまな権利、自由が制限される」とは書いている。しかし「その苦痛と無念」をどう取り除くべきかには言及しない。「皇室の人々」の側からは「有効な反論」ができないのならば、それが可能な仕組みにすればいいではないか。井上編集委員はなぜ、そう訴えないのか。本当に「皇室の人々の身になって」考えているのか。

記事の後半を見ていく。


【日経の記事】

眞子さんが結婚の意思を貫いたのは、小室さんへの愛情は当然のことながら、「皇室から抜け出したい思いが強くあったから」と宮内庁関係者は言う。

皇室の人々は制約された立場ではあるが、それを上回る使命感、やりがいをもって活動を続けてきたと思う。しかし、いまやその境遇はプラスよりもマイナスの要素が上回ってしまったのか。そうしてしまったのは誰なのか。

小室家の金銭問題と秋篠宮家ほか皇室をめぐる報道は、一方の立場に偏したものや臆測に臆測を重ねた根拠不確かなものが多々見られた。それをすべて真に受ける人がいる。さらにその報道に乗る形で情報も知識も持たない"解説者"やタレントなどに無責任な論評をさせるメディアもあった。

そこでは眞子さんの結婚に反対することは「皇室を思うがゆえ」であり、国家のための正義であるかのような主張も見られた。眞子さんが結婚の意思を変えないことを「公より私事を優先させた」と批判し、税金で維持されている皇室の人間にそんな「わがまま」は許されないと言い放つ。

いちど眞子さん、小室さんの「靴」を履いてみてはどうか。自分は耐えられないと思うなら、石を投げることを控えるべきだろう。

眞子さんの結婚で、皇室は人間が担っている制度であることを改めて考えさせられた。常人に耐えがたい制度にしてしまっては、皇室は存続していけるわけがない


◎前から分かっていたことでは?

眞子さんの結婚で、皇室は人間が担っている制度であることを改めて考えさせられた」と井上編集委員は言う。それまではあまり「考え」たことがなかったのだろう。残念な話ではあるが、今回は「改めて考えさせられた」はずだ。なのに改善策は思い付かなかったのか。

皇室の人々」の「境遇はプラスよりもマイナスの要素が上回ってしまった」との前提に立てば、より深刻な立場にあるのは男性皇族だ。「さまざまな権利、自由が制限される」環境から自由に逃げ出せる制度に変えようとなるのが自然ではないか。

常人に耐えがたい制度にしてしまっては、皇室は存続していけるわけがない」と感じているのならば、どういう「制度」が好ましいのかを論じてほしい。もちろん天皇制廃止を訴えてもいい。当たり障りのないことしか書けない編集委員に存在意義はない。

ついでに言うと「いちど眞子さん、小室さんの『靴』を履いてみてはどうか。自分は耐えられないと思うなら、石を投げることを控えるべきだろう」という呼びかけもどうかと思う。「『自分は耐えられ』ると感じるから『石を投げ』ているのだ」と言われたら終わりだ。

眞子さんが結婚の意思を変えないことを『公より私事を優先させた』と批判し、税金で維持されている皇室の人間にそんな『わがまま』は許されないと言い放つ」ことを「石を投げる」行為だと見なすのにも賛成しない。

結婚」は自由にすればいいと思うが、だからと言って「批判」自体を抑え込むべきなのか。井上編集委員は言論の自由をどう考えているのだろう。「公より私事を優先させた」とか「税金で維持されている皇室の人間にそんな『わがまま』は許されない」といったレベルの「批判」でも「石を投げる」行為としてタブー視される社会を望むのか。

そこも考えてほしい。


※記事の評価はD(問題あり)。 井上亮編集委員への評価はDを維持する。井上編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「近代以降の天皇制度で最大級の改革」は日経の「過言」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/07/blog-post_14.html

乏しい根拠で週刊誌の皇室報道を貶める日経 井上亮編集委員https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_61.html

男性皇族は「格子なき牢獄」で暮らすべき? 日経 井上亮編集委員に考えてほしいことhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2021/10/blog-post_2.html

2021年10月26日火曜日

「接種のメリットの方が大きい」と読者を誤解させる日経 落合修平記者の罪

25日の日本経済新聞朝刊ニュースな科学面に載った「接種後、心筋炎の症例~ワクチンで発症率に差、若い男性多く」という記事は罪深い。筆者の落合修平記者はデータの分析力が欠けているのか。あるいは、あえてワクチンのリスクを小さく見せようとしているのか。いずれにしてもワクチン関連の記事を書かせてよい書き手ではない。

夕暮れ時の筑後川河川敷

問題点を具体的に見ていこう。

【日経の記事】

新型コロナウイルスワクチンの接種後、心筋炎とみられる症状がごくまれに出ることへの対応が国内外で相次ぐ。米モデルナ製で報告が多く、接種を一部制限した国もある。接種と心筋炎の因果関係は不明だが、コロナに感染した方が発症頻度は高い。専門家はリスクよりも接種のメリットの方が大きいという


◎大事な点を無視してない?

コロナに感染した方が発症頻度は高い」としても「リスクよりも接種のメリットの方が大きい」とは言えない。これに関しては後で詳しく論じたい。

続きを見ていく。


【日経の記事】

心筋炎は一般に、細菌やウイルスの感染によって起きる。胸の痛みや心不全の兆候、息切れなどが生じるが、1~2週間程度で回復する場合が多い。

米ファイザー製やモデルナ製のメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンを接種した後、心筋炎や心臓の膜に炎症が起きる「心膜炎」とみられる症状がまれに出ることは以前から報告されていた。接種者が増え、より詳細な実態が見えてきた。

報告をみると、若い男性で心筋炎などの発症が比較的多い傾向がある。国内では10月3日までの報告によると、ファイザー製を2回接種した20代男性では100万回接種あたり10.7件、30代男性では同2.0件だった。一方、50代男性では同0.4件、60代男性では同1.0件にとどまる。男女差をみると、20代女性では同0.5件、30代女性では同0.8件といずれも同年代の男性の方が多く発症している。

モデルナ製の方がファイザー製よりも心筋炎の報告数は多い。モデルナ製の2回目接種後の報告は10代男性で100万回接種あたり43.2件、20代男性で同31.5件。それぞれファイザー製接種後の同2.9件、同10.7件を上回る。

海外でも心筋炎などの報告がある。米疾病対策センター(CDC)によると8月18日までの報告で、2回接種後から7日以内における発症頻度は、18~24歳男性ではモデルナ製で100万回接種あたり37.7件とファイザー製(同37.1件)と同程度だった。ただ25~29歳男性ではモデルナ製で同14.9件とファイザー製の同11.1件より多い。

北欧では心筋炎のリスクを踏まえ、モデルナ製の接種を制限する国がでている。スウェーデンは6日、30歳以下へのモデルナ製の使用を中断すると発表した。フィンランドも30歳未満の男性への接種の中断を表明している。

日本では15日、1回目にモデルナ製を接種した10~20代の男性が、2回目にファイザー製を選べるとの方針を厚生労働省が示した。同日に開かれた専門部会では、ファイザー製の接種を同年代の男性に推奨する案が諮られたが、合意には達しなかった。ワクチンに優劣があるとの誤った認識が広がる恐れを指摘する意見などが出たという


◎「誤った認識」?

ここでは「ワクチンに優劣があるとの誤った認識が広がる恐れを指摘する意見などが出たという」との記述が引っかかる。他の面で差がなく「心筋炎」のリスクに関して「モデルナ製」の方が「ファイザー製」より高いとすれば「ワクチンに優劣がある」と考えるのが自然だ。

専門部会」で出た「意見」を紹介しただけだと落合記者は言うかもしれないが、「ワクチンに優劣がある」と考えるのは「誤った認識」だと読者が誤解しかねない。

続きを見ていく。


【日経の記事】

mRNAワクチンの接種と心筋炎との因果関係や、モデルナ製の接種後の方が発症頻度が高い理由などはよく分かってないのが実態だ。専門家の間では免疫反応との関連などを指摘する声もあるが、今後の詳しい研究が待たれる。

ただ新型コロナに感染した場合、接種後よりも心筋炎などの症状がより多く報告されている。厚労省によると、感染して入院した国内の15~39歳男性では、100万人あたり834人と高い頻度で心筋炎などの疑いがある報告があった


◎なぜ「15~39歳男性」?

新型コロナに感染した場合」に関して「15~39歳男性」の数字だけを見せているのはなぜか。「モデルナ製の2回目接種後の報告は10代男性で100万回接種あたり43.2件」。これに対して「100万人あたり834人」という数字を見せれば「新型コロナに感染した場合」の方が圧倒的に人数が多いと読者は受け取るだろう。しかし比較対象が合っていないので、実のところは何とも言えない。

百歩譲って「10代男性」でも「100万人あたり834人」だとしよう。この場合「モデルナ製」であっても「心筋炎」になるリスクは相対的に小さいと評価して良いだろうか。

ここにも大きな落とし穴がある。ワクチンに関しては、接種すればその全員が接種に伴うリスクを負う。しかし接種を見送った人に関しては、全員が「新型コロナに感染」する訳ではない。ここが極めて重要だ。

しかも「100万人あたり834人」というのは「感染して入院した」人に限った話だ。仮に未接種の「10代男性」が「感染して入院」する可能性が1%だとしよう(かなり高めの数字だと思う)。この場合、未接種の「10代男性」の「心筋炎」リスクは「100万人あたり」で10人以下になる(感染しないで「心筋炎」になる可能性はほぼゼロと仮定)。

記事では「新型コロナに感染」したケースで「15~39歳男性」の数字を使っているので「10代男性」に限ったデータを使えば未接種の場合の「心筋炎」リスクはさらに小さくなるかもしれない。

そのデータと「モデルナ製の2回目接種後の報告は10代男性で100万回接種あたり43.2件」というデータを比較して「接種」の是非を判断すべきだ。しかし、そこを怠ったまま落合記者は以下のように書いてしまう。


【日経の記事】

接種後の心筋炎は多くが軽症だ。イスラエルで2020年12月~21年5月に約510万人を対象にした研究報告では、接種後に心筋炎または心筋炎と推定された136件のうち、129件は軽度の症状だった。佐賀大学医学部教授の野出孝一さんは「基本的には接種によって得られるメリットの方が大きい」と話す


◎メリットの方が小さそうだが…

まともなデータ比較ができていないのに「基本的には接種によって得られるメリットの方が大きい」という「佐賀大学医学部教授」のコメントを紹介してしまう。

接種後に心筋炎または心筋炎と推定された136件のうち、129件は軽度の症状だった」というデータも使っているが、これも未接種で「心筋炎」になった場合との比較がないので何とも言えない。

きちんとした検証をせずに「メリットの方が大きい」と読者に思わせてしまう書き方は、意図的にやっているのならば読者への背信行為だ。

若者が「接種後」に高熱が出たといった報告はごく当たり前にある。データを持っている訳ではないが、新型コロナウイルスに感染して高熱に苦しんだ若者より、ワクチンの影響で高熱を出した若者の方が圧倒的に多いだろう。

若者は感染してもほとんどが無症状か軽症で済む。そうした点も考慮すると「メリットの方が大きい」とは考えにくい。「心筋炎」に限って見ても「メリットの方が大きい」と判断できる材料を落合記者は提示できていない。

なのに若者をワクチン接種へと誘導していくのか。その罪はあまりに重い。


※今回取り上げた記事「接種後、心筋炎の症例~ワクチンで発症率に差、若い男性多く

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211025&ng=DGKKZO76888960S1A021C2TJN000


※記事の評価はE(大いに問題あり)。落合修平記者への評価は暫定でEとする。

2021年10月25日月曜日

「東大工学部は日本史ができないと入れない」? 日経1面連載「教育岩盤」取材班に問う

説得力のない連載が日本経済新聞朝刊1面で始まった。記事中の「東大工学部は日本史や漢文ができないと入れない」というコメントに関しては事実誤認があると思えたので以下の内容で問い合わせを送っている。

夕暮れ時の筑後川

【日経への問い合わせ】

25日の日本経済新聞朝刊1面に載った「教育岩盤 変化を嫌う①多様性求め異議相次ぐ~入試筆記なしの先端エンジニア大学 改善拒む旧弊打破」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

《記事の一部》

入試で筆記試験は行わず専門性・人間性・国際性を重視する1時間半の面接のみ。1学年300人で海外留学が必修、半数は大学院へ進学――。アスキー創業者で元マイクロソフト副社長の西和彦氏(須磨学園長)はエンジニア育成に特化した日本先端工科大学(仮称、神奈川県小田原市)の2024年開校を目指して奔走する。

東京大で教える西氏には長年の不満があった。「東大工学部は日本史や漢文ができないと入れない。でも本当にエンジニアに必要な資質なのか?」

東大入試は文系・理系の科目を満遍なく得点する必要がある。エンジニアの才能があっても文系科目が苦手だと積み残される。「そんな若者にチャンスを与えたい」

ーー以下が質問です。

東大工学部は日本史や漢文ができないと入れない」と「西和彦氏」は言い切っていますが本当でしょうか。東大のホームページで「令和 4 年度一般選抜」の「大学入学共通テストの受験を要する教科・科目」を見ると、理科各類は「世界史B」「日本史B」「地理B」「倫理、政治・経済」の4科目から1科目を選ぶ方式になっています。2次試験では「地理歴史」自体がありません。つまり「日本史ができないと入れない」仕組みにはなっていません。

東大工学部は日本史ができないと入れない」というコメントは事実誤認に基づくものと考えて良いのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。。「西和彦氏」の発言を正確に伝えているとしても、今回のような件では事実確認の責任が日経側にあると思えます。

せっかくなので問題部分に関する意見も添えておきます。

文系・理系の科目を満遍なく得点」できないと「エンジニアの才能があっても」その道が閉ざされるのが現状ならば「そんな若者にチャンスを与えたい」という「西和彦氏」を応援したくなります。

しかし、早慶を含め私立大学の理系学部では一般的に国語や社会が入試科目に入っていません。「日本史や漢文ができない」若者が理工系学部で学び「エンジニア」を目指す道はたくさんあります。その意味で「日本先端工科大学」を特別視する必要はなさそうです。

東大」に関して「エンジニアの才能があっても文系科目が苦手だと積み残される」のは事実でしょう。ただ、「日本先端工科大学」も入試で「国際性を重視」する上に、入学後は「海外留学が必修」となれば、「エンジニアの才能」があっても「海外」が苦手だと「積み残され」てしまいます。結局「東大」と似たような問題が「日本先端工科大学」にも存在するのではありませんか。

問い合わせは以上です。「東大工学部は日本史ができないと入れない」に関しては回答をお願いします。日経では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。間違い指摘の無視は日経にとっての悪しき「岩盤」です。日本を代表する経済メディアとして「変化を嫌う」ことなく責任ある対応を心掛けてください。


◇   ◇   ◇


追記)結局、回答はなかった


※今回取り上げた記事「教育岩盤 変化を嫌う①多様性求め異議相次ぐ~入試筆記なしの先端エンジニア大学 改善拒む旧弊打破

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211025&ng=DGKKZO76943880V21C21A0MM8000


※記事の評価はD(問題あり)

2021年10月24日日曜日

試合時間が長いと番狂わせが起きやすい? 小田嶋隆氏のサッカー論に見える誤解

コラムニストの小田嶋隆氏がやはり苦しい。日経ビジネス10月25日号に載った「小田嶋隆の『pie in the sky』 絵に描いた餅べーション~サムライたちに授ける秘策」では、かなり的外れサッカー論を展開している。中身を見ながら具体的に指摘したい。

コスモスパーク北野

【日経ビジネスの記事】

サッカーワールドカップ(W杯)アジア最終予選の日本対オーストラリア戦を見た。勝ったことはもちろんめでたいが、中継自体が扇情的な演出に終始しているのは残念だった。さらに悲しかったのは、「サムライブルー」という愛称がいまだに使われていたことだ。

問題は語感ではない。内容だ。

われら令和の世に生きる日本人にとって、「サムライ」という言葉のイメージとは、弁解をしない、自己犠牲の権化、所属する組織が犯した過ちであってもその責を甘んじて受け、上の人間から発せられた指示や命令が理不尽であっても粛々と服従し、組織が一丸となって戦う際には無言の部品として働き、自己都合や個人的な見解やプライベートな事情にとらわれることを退け、常に「お家」「公」「藩」のために尽くすことを最上の規範、プライドの基盤とする、挙げてみればそんなところだろうか


◎そんなイメージある?

自分も「令和の世に生きる日本人」の1人だが「サムライ=常に『お家』『公』『藩』のために尽くすことを最上の規範、プライドの基盤とする」というイメージはない。「日本人」が「サムライ」と聞いてイメージしやすい人物としては坂本龍馬や西郷隆盛あたりか。

坂本龍馬は脱藩しているし、西郷隆盛も島津家や薩摩藩に「尽くすことを最上の規範」としていたとは考えにくい。薩摩の国父と言われた島津久光とは対立関係にあったと伝えられている。

続きを見ていこう。


【日経ビジネスの記事】

集団の成員として望ましい点も多いようではある。ならば、日本代表がサムライを名乗ってもよさそうだ。

だが、サッカーは実は個人のスポーツである

11人の選手は、それぞれ信じるところに従って戦い、その結果として、たまたま「チームプレー」が生まれる。そんなものだと私は思っている。

このスポーツに興味がない方のために言葉を足せば、実力通りの結果に終わらない番狂わせ、いわゆる「ジャイアントキリング」がサッカーには多い。そこが野球と違う。試合時間が長く、フィールドが広く、選手も多いことで、まぐれの要素が大きく影響するためだろう。実際、豪州戦でも明らかに相手のほうが「いいゲーム」をしていた。だが、オウンゴールで勝利は日本のものとなった。


◎それを言い出せば…

サッカーは実は個人のスポーツである」と小田嶋氏は言うが、その根拠は記事を読んでもよく分からない。「選手」が「それぞれ信じるところに従って」戦うケースはどんなチームスポーツにもあるだろう。そこが根拠になるならば、全てのスポーツは「個人のスポーツである」。「サッカー」を特別視する理由はない。

『ジャイアントキリング』がサッカーには多い。そこが野球と違う。試合時間が長く、フィールドが広く、選手も多いことで、まぐれの要素が大きく影響するためだろう」という解説も解せない。

まず「試合時間」は明らかに「野球」の方が長い。「フィールド」も「野球」の方が広いようだ。

そもそも「試合時間」に関しては短い方が「ジャイアントキリング」を起こしやすいはずだ。対戦が長引くほど結果は実力通りになってくる。

例えば小田嶋氏がクイズ王とクイズ対決するとして、問題の数を1つに絞るのと100にするのでは、どちらが「ジャイアントキリング」を期待できるだろうか。少し考えれば分かるはずだ。

サッカーで「ジャイアントキリング」が起きやすいのは、得点がなかなか入らないからではないか。ついでに言えば「ジャイアントキリング」は「野球」の方が起きやすそうな気もする。プロ野球では最下位チームが首位のチームに勝つことは珍しくない。投手の出来が試合結果を大きく左右するからだ。統計的な裏付けを持っている訳ではないが…。

続きを見ていく。


【日経ビジネス】

偶然が支配しがちなゲームであるサッカーに、サムライが向かないと思うのは、「一つになろう」とするからだ。勝っているうちはまだいいが、相手に突き放されると、全員が「もうだめだ」と思ってしまう。そうなるとサムライたちは、最後まで自らの分を守り、負けるべくして負ける戦い方を続け、敗北の美しさに殉じて「一丸となって玉砕」しようとし始めるのだ。われら日本人が「サムライ」という言葉を口に出すとき、すでにして敗戦処理は始まっている。


◎話が違ってきてない?

サムライ」は「相手に突き放されると、全員が『もうだめだ』と思ってしまう」らしい。「組織が一丸となって戦う際には無言の部品として働き、自己都合や個人的な見解やプライベートな事情にとらわれることを退け、常に『お家』『公』『藩』のために尽くすことを最上の規範、プライドの基盤とする」のが「サムライ」ではないのか。

「日本代表として勝利をつかみ取れ」と指示を受ければ「個人的な見解」に「とらわれることを退け」て代表チームのために「尽くす」はずだ。なのに、なぜ「一丸となって玉砕」しようとするのか。

百歩譲ってそういう傾向があるとしても、対策は簡単だ。「『一丸となって玉砕』などと考えるな。最後まで勝利を信じて戦え」と監督が指示を出せばいい。「サムライ」は「上の人間から発せられた指示や命令が理不尽であっても粛々と服従」するのだから「諦めずに戦え」と言われて諦めるはずがない。

しかし小田嶋氏の対策はむしろ逆だ。


【日経ビジネスの記事】

サッカーに大事なのは不協和音であり、「オレはオレのやりたいことをやる」選手なのだ。彼らは戦況がどんなに絶望的だろうがおかまいなしに、一人でも相手ラインを突破しようと試み、監督から怒られようが嫌われようが気にしない。というか、監督の言うことを素直に聞くようでは、多分サッカーには向いていない。

森保監督は人格者だし、指導者としての能力も高いと本当に思う。だからこそ、選手たちが「この監督のために」とか考えて、余計にサムライになってしまう気がする。今必要なのは「言ってることがまったく理解できない」と、選手が開き直らざるを得ないくらい、高圧的で非論理的な監督ではないか。前から言っているのだが、イタリアのその辺のレストランから、頑固なシェフを引っこ抜いてチームを任せては、と、これも結構本気で思っている。


◎サッカーを理解してる?

彼らは戦況がどんなに絶望的だろうがおかまいなしに、一人でも相手ラインを突破しようと試み、監督から怒られようが嫌われようが気にしない」という説明が引っかかった。自分もサッカーに詳しい訳ではないが、小田嶋氏はそれ以上に分かっていないのではないか。

戦況」が「絶望的」な時。例えば5点差を付けられていて残り時間5分だとしよう。その時に「一人でも相手ラインを突破しようと試み」ても「監督から怒られ」る可能性は低いだろう。ごく当たり前のプレーだ。

1点差で勝っていて残り時間が少なく「ボールを保持して時間を稼げ」と指示が出ている時に「一人でも相手ラインを突破しようと試み」てボールを奪われれば「監督から怒られ」る恐れは十分にある。そんな選手がいれば、カウンターからの失点を許して勝利を逃してしまう可能性が高まるからだ。

サッカーに大事なのは不協和音であり、『オレはオレのやりたいことをやる』選手」だと小田嶋氏は言う。「『オレはオレのやりたいことをやる』選手」だけでチームを構成すると本当に勝利の確率を高められるのだろうか。

そんなに単純なものではない気がする。


※今回取り上げた記事「小田嶋隆の『pie in the sky』 絵に描いた餅べーション~サムライたちに授ける秘策

https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00106/00135/


※記事の評価はE(大いに問題あり)

2021年10月22日金曜日

「日本の『借金財政』が破綻しない最大の理由」を堂々と誤解した近藤駿介氏

22日付の現代ビジネスに経済評論家・コラムニストの近藤駿介氏が書いた「高市早苗も財務次官も『見落とし』た、日本の『借金財政』が破綻しない最大の理由」という記事は根幹部分に誤解がある。中身を見た上で、その理由を述べてみたい。

コスモスパーク北野

【現代ビジネスの記事】

しかし、そのことが高市政調会長の発言に代表されるような「自国通貨建てだからデフォルト(債務不履行)は起こらない」という人達の主張を正当化するわけではない。

それは、デフォルトが起きないのは「自国通貨建てだから」ではなく、「必要な資金のほとんどを自国内で調達出来ているから」である

仮に日本が必要な財政資金を国内の資金だけで調達出来ずに、海外からの調達を増やしていくような状況になれば、「ギリシャ化」に一歩近付くことになる。但し、海外投資家から見ても日本の国債投資には「為替リスク」が付きまとうので、ギリシャのように海外保有比率が50%を超えるような事態は考えにくいはずである。

心配なのは、財務省が「国債市場の安定を図る」という目的で「銀行や生命保険会社等の国内機関投資家や個人投資家のみならず、海外投資家の国債保有促進に向けた取組みを進めている」ことである(https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/201908/201908c.html)。

一見もっともらしく聞こえるかもしれないが、自国資金で必要な資金の9割以上を確保できている日本でのこうした財務省の取り組みは、「毎回奥さんからの借金に頼っているとご機嫌を損ねた時に困るから、消費者金融にも口座を作っておきましょう」という悪魔の誘惑で、日本をギリシャ化に向かわせるような危険な政策だといえる

もし財務省のこうした取り組みが奏功した場合には、高市政調会長の「(日本の国債に関しては)自国通貨建てだからデフォルト(債務不履行)は起こらない」という主張も崩れていくことになる。

日本のギリシャ化を防ぐ意味でも、国債発行は国内の資金で賄える範囲にとどめるべきである。ギリシャのように海外保有比率が極端に高くなるくらいなら、日銀による直接引受の方が他国に生殺与奪を握られないという点において、ずっとましだといえる。

海外投資家向けの活動の中で財務省は「財政健全化の進捗や今後の見通し」などを説明し、日本国債が安全資産であるとアピールしている。一方で国民向けには、「一人当たりの負債額は約987万円」「破綻しかねない借金」だと主張する財務省の姿はコウモリのようなものだ。

財務省がこのままコウモリのような役割を続けていけば、「自国通貨建てだからデフォルトしない」という高市神話は崩れ、矢野事務次官が指摘する国家財政が破綻するという最悪の事態を招くことになるかもしれない


◎正しいのは高市氏の方では?

日本国債に関して「デフォルトが起きないのは『自国通貨建てだから』ではなく、『必要な資金のほとんどを自国内で調達出来ているから』」だと近藤氏は言う。これは間違いだ。「デフォルトが起きないのは『自国通貨建てだから』」だ。高市氏の方が正しい。

政府・日銀は無から日本円を創出できる。金(ゴールド)などの裏付けも必要ないので、その能力は無限だ。だからと言って節操なく日本円をバラまいていけばハイパーインフレは起きるかもしれない。しかし「自国通貨建て」の国債が「デフォルト」に陥ることはない(政府がデフォルトを望まないという前提付きで)。

日本国債の「海外保有比率が極端に高くなる」事態を考えてみよう。そうなっても、利払いや償還に当たって海外の投資家に日本円を渡せばいいだけだ。米国人の投資家だからと言って米ドルで支払う必要はない。政府・日銀は無限に日本円を生み出せるのだから「デフォルト」の心配はない。

自国内で調達出来ている」場合でも「自国通貨建て」でなければ「デフォルト」は起きる。日本国民に大量の米ドル建て日本国債を保有してもらった場合、利払いや償還には米ドルを確保する必要がある。政府・日銀には米ドルを創出する力はない。

デフォルト」を避けるために重要なのは「自国通貨建て」かどうかだ。

自国資金で必要な資金の9割以上を確保できている日本でのこうした財務省の取り組みは、『毎回奥さんからの借金に頼っているとご機嫌を損ねた時に困るから、消費者金融にも口座を作っておきましょう』という悪魔の誘惑で、日本をギリシャ化に向かわせるような危険な政策だといえる」と近藤氏は言う。

この例えは、政府・日銀が日本円を無限に創出できるという点を無視している点で不適切だ。「毎回奥さんからの借金に頼っている」夫に政府・日銀と同じ力を与えたらどうなるか。「奥さんからの借金」だろうが「消費者金融」からの借金だろうが簡単に返済できる。「デフォルト」の心配は要らない。

さらに言うと「『自国通貨建てだからデフォルトしない』という高市神話は崩れ、矢野事務次官が指摘する国家財政が破綻するという最悪の事態を招くことになるかもしれない」という近藤氏の解説は二重に間違っている。

自国通貨建てだからデフォルトしない」というのは「高市神話」ではなく、現在の通貨制度から原理的に導き出される当たり前の結論だ。なので「矢野事務次官が指摘する国家財政が破綻するという最悪の事態を招くことになるかもしれない」と心配する必要もない。

繰り返すが、政府・日銀は日本円を無限に創出できる。そして日本国債は「自国通貨建て」だ。それが「日本の『借金財政』が破綻しない最大の理由」だ。

近藤氏の誤解が解けることを祈る。


※今回取り上げた記事「高市早苗も財務次官も『見落とし』た、日本の『借金財政』が破綻しない最大の理由

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/88512?imp=0


※記事の評価はE(大いに問題あり)

2021年10月21日木曜日

「属性で決めつけるのはNG」なのにクオータ制導入? 東洋経済「少数異見」の矛盾

多様性」の確保を訴える記事で説得力のあるものに触れた記憶がない。週刊東洋経済10月23日に載った「少数異見~女性取締役が活躍するための条件」という記事も、やはり苦しい。

コスモスパーク北野

多様性」の確保に関しては(1)メリットに関して根拠が乏しい(2)属性が同じでも「多様性」はある(3)「多様性」を追い求めるとキリがないーーという理由で「追求しても意味がない」と見ている。これを踏まえて記事の中身を見ていこう。

【東洋経済の記事】

「多様性」の重要性が叫ばれて久しい。多様性の中には性別、国籍、人種、年齢、ハンディキャップなどさまざまな属性(まさに多様)が含まれるが、目下、日本企業が対応を急いでいるのは女性の活用であろう

女性の管理職比率の目標を定めて公表することは珍しくなくなった。女性の取締役も増えてきた。今年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードで、取締役会にジェンダーや国際性など多様性の確保が入ったことで、出遅れていた企業も動き出している。

ただ、年功序列、かつ女性の登用が遅れていた大半の日本企業では、取締役となりうるプロパーの女性自体が少ない。必然的に社外に人材を求めることになる。よって、取締役候補となりそうな経歴の女性は引く手あまただ。


◎どんなメリットが?

『多様性』の重要性が叫ばれて久しい」と冒頭で宣言しているが、「多様性」を確保するとどんなメリットがあるのかには言及していない。「管理職」や「取締役」に「女性」を入れると業績が大幅に上向くのか。株価が飛躍的に上昇するのか。その辺りの話は欲しい。

続きを見ていこう。


【東洋経済の記事】

こうした状況に「女性というだけでポジションを与えられるのは悪平等」「女性という属性ではなく適材適所であるべき」といった反発の声を聞く。これらはポジションに女性枠を設けるクオータ制に対しても出てくる反論である。

だが、企業任せにしてきた結果、女性の活用が遅々として進まなかった以上、やはり一定の義務づけは有効だ。実際、予定調和となりがちな取締役会が、女性の取締役の「異議あり」という発言で活気づくという例も出てきている


◎苦しすぎる…

企業任せにしてきた結果、女性の活用が遅々として進まなかった以上、やはり一定の義務づけは有効だ」という主張が苦しすぎる。「企業」は経営に関する選択を誤れば破綻してしまう。なので人事に関する「義務づけ」には慎重であるべきだ。

なのに「義務づけ」のメリットが「実際、予定調和となりがちな取締役会が、女性の取締役の『異議あり』という発言で活気づくという例も出てきている」という話だとしたら漠然とし過ぎている。

会社名は不明。そうした「」がどの程度あるのかも分からない。これで「義務づけ」は「企業」にもプラスと見る方がおかしい。「女性の取締役」を加えたものの「取締役会」の活性化につながらなかったケースも当然あるだろう。マイナス面も含めて総合するとどうなるのか。そのデータがないと参考にならない。

企業」が本来適任だと判断した男性「取締役」を登用せず、その代わりに「企業」にとって本意ではない「女性の取締役」を選任せよというのが「クオータ制」だとしたら、明らかな性差別だ。絶対にダメとは言わない。企業価値を飛躍的に高めるといった大きな効果があるならば検討課題にしてもいい。そこを確認できないのならば、男女平等の原則を堅持すべきだ。

さらに記事を見ていこう。


【東洋経済の記事】

多様性の確保という意味ではまだ十分ではない。日本企業の場合、社内取締役はほぼその会社で出世した人だ。社外は親会社や取引先の出身者や弁護士、公認会計士、元官僚が目立つ。どちらも高齢の男性がほとんどだ。一方、女性取締役は弁護士、元官僚、大学教授が多いように思う。いずれにしろ、ずらりと並ぶ高齢男性の中、女性が1人でできることは限られる

取締役会に多様性を確保するのは、異なった視点や意見を経営の意思決定に取り入れるためだ。ならば、女性取締役は1人といわず、最低でも2人。来年設立される東京証券取引所のプライム市場(現在の東証1部に相当)の企業なら3人を義務づけるべきではないか。

女性、女性と書いてきたが、「女性」を「外国人」「障害者」などと置き換えても構わない。多様性を生かすには少数派が活躍できるような、孤立しないような配慮が必要ということだ。


◎「クオータ制」の際限なく導入?

女性、女性と書いてきたが、『女性』を『外国人』『障害者』などと置き換えても構わない」と筆者の相思葉氏は言う。そうなると色々と疑問が浮かぶ。なぜ「女性」の「クオータ制」を優先させるのか。なぜ「外国人」や「障害者」は後回しなのか。

では「外国人」や「障害者」にも「クオータ制」を導入すれば問題は解決するのか。「若者」「同性愛者」など属性は無数に存在する。「多様性を生かす」ために「クオータ制」を導入するという話に終わりはない。

様々な国の人をひとまとめに「外国人」として扱ってよいのかといった問題もある。「ずらりと並ぶ高齢男性の中、女性が1人でできることは限られる」という理由で女性に関しては「3人を義務づける」のならば、他の属性についても「3人」以上となるはずだ。

とりあえず「女性」「外国人」「障害者」のそれぞれに「3人を義務づける」としよう。「取締役会」を10人で構成する場合、これだけでもの凄い制約となる。中国人と米国人の「外国人」がいる場合、これまたそれぞれ「3人」とすると「外国人」で6人が必要だ。

しかし「多様性を生かす」のであれば、ここでは終わらない。様々な属性に関して次々に「クオータ制」の導入を迫られる。それで「取締役会」は機能するだろうか。相思葉氏も少し考えれば分かるはずだ。

相思葉氏は記事の最後を以下のように締めている。


【東洋経済の記事】

今どき、「男性だから」、「女性だから」、「高齢者だから」などと属性で決めつけるのはNGである。そのことは十分に承知したうえで、あえて問題提起をしたい。


◎「属性で決めつけるのはNG」ならば…

今どき、『男性だから』、『女性だから』、『高齢者だから』などと属性で決めつけるのはNGである」と思っているのならば、なぜ「クオータ制」導入を訴えるのか。同性だからと言って「視点や意見」が一致する訳ではない。「女性だから」男性とは「異なった視点や意見」を持っているとも限らない。

なのに、どうしても「属性で決めつける」罠にはまってしまう。「属性で決めつけるのはNGである」と自覚している相思葉氏でさえ、この罠から逃れられず性差別容認論に走っている。「多様性を生かす」という訴えはそんなに魅力的に見えるのか。自分にはよく分からないが…。


※今回取り上げた記事「少数異見~女性取締役が活躍するための条件」https://premium.toyokeizai.net/articles/-/28478


※記事の評価はD(問題あり)。女性への クオータ制に関しては以下の投稿も参照してほしい。

男女平等主義は韓国では危険思想? 週刊エコノミストの記事に思うことhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2021/10/blog-post.html

メリットがあれば差別じゃない? クオータ制導入を訴える河合薫氏の無理筋https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/08/blog-post_29.html

日経でのクオータ制導入論に説得力欠くウプサラ大学の奥山陽子助教授https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/08/blog-post_65.html

三浦まり上智大学教授が日経ビジネスで訴えたクオータ制導入論に異議ありhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2021/05/blog-post_15.html

東洋経済でのクオータ制導入論にも無理がある三浦まり上智大教授https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/06/blog-post_36.html

エビデンスが足りない日経社説「政治でも経済でも女性の活躍をもっと」https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/04/blog-post_11.html

男女半々ならば「能力のある人」も半々? 出口治明氏が東洋経済オンラインで発信した誤解https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/01/blog-post.html

日経女性面での女性管理職クオータ制導入論が苦しい出口治明氏https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/04/blog-post_20.html

女性「クオータ制」は素晴らしい? 日経女性面記事への疑問https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/04/blog-post_18.html

日経ビジネスで「罰則付きクオータ制」の導入を求める上野千鶴子氏に考えてほしいことhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2020/11/blog-post_22.html

日経女性面でのクオータ制導入論が「非論理的」な上野千鶴子氏https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/01/blog-post_27.html

「クオータ制」は差別ではない? 日経ビジネスで田中知美氏が展開する無理筋https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/11/blog-post_13.html

2021年10月20日水曜日

「財源はあいまいな政党ばかり」と誤解した日経 藤井彰夫論説委員長に問う

日本経済新聞の藤井彰夫論説委員長は18日の党首討論会の中身をチェックせずに20日朝刊1面の記事を書いたのだろうか。各党の「分配政策」について「そのお金をどう賄うかという議論がほとんどされていない」「財源はあいまいな政党ばかり」と解説しているが、実態と乖離している。日経には以下の内容で問い合わせを送った。

夕暮れ時の筑後川河川敷

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社  論説委員長 藤井彰夫様

20日の朝刊1面に載った「責任ある分配議論を」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

各党の選挙公約には現金を国民に配る給付金など『分配政策』が並ぶ。コロナ禍で困窮する個人や企業への安全網を整える支出は必要だが、問題はそのお金をどう賄うかという議論がほとんどされていないことだ。かつては与野党が政策の数値目標や財源を明示した政権公約(マニフェスト)を競った時期があったが、今は給付金や減税は掲げても財源はあいまいな政党ばかりだ

本当に「そのお金をどう賄うかという議論がほとんどされていない」「財源はあいまいな政党ばかり」と言えるでしょうか。産経新聞によると18日の党首討論会では以下のようなやり取りがあったようです。

山本氏「国難を救うために年間最大いくらの国債(発行)が必要か」

岸田氏「非常時において人の命や暮らしがかかっている政策の財源は国債を思い切って使うべきだ」

(中略)

--公約は給付と減税のオンパレード。バラマキ合戦という批判もある

志位氏「富裕層に対する優遇税制を改める。所得税、住民税を65%まで上げる。法人税は28%に戻す」

玉木氏「正常の軌道に戻すための50兆円は全額国債でやったらいい」

山口氏「スピード感という点で現金給付は優れている」

枝野氏「財政規律は重要だが、百年に一度の危機から乗り切るための臨時措置は国債でやるしかない」

引用は以上です。

党首討論会でこれだけ「財源」に関する「議論」があったのに「そのお金をどう賄うかという議論がほとんどされていない」と言えますか。

財源はあいまいな政党ばかり」とも感じられません。共産党は「所得税、住民税を65%まで上げる。法人税は28%に戻す」と明言しており「あいまい」ではありません。「正常の軌道に戻すための50兆円は全額国債でやったらいい」という国民民主党も歯切れの悪さはありません。自民党や立憲民主党も「国債」に頼る方針を明らかにしています。

そのお金をどう賄うかという議論がほとんどされていない」「財源はあいまいな政党ばかり」との説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

せっかくの機会なので、今回の記事に関する感想も加えておきます。

記事の最後で「各党は、初めて投票する若者たちや、まだ投票権を持たない将来世代にも恥ずかしくない責任のある議論を深めてほしい」と藤井様は訴えています。しかし日経の論説委員長として「議論」を引っ張る気概は見えません。

コロナ禍で困窮する個人や企業への安全網を整える支出は必要だが、問題はそのお金をどう賄うかという議論がほとんどされていない」と嘆くならば、藤井様が率先して案を出してはどうでしょう。「安全網を整える支出」をした上で「そのお金をどう賄う」べきか提案すればよいのではありませんか。

議論を深めてほしい」と訴えた今回の記事もそうですが、日経は社説でもやたらと「議論」を求めるものの、具体策を出すのは苦手です。「責任ある分配議論を」と訴えるのならば、まずは自分たちの主張を明確にしてはどうでしょうか。

そこから逃げるのならば、何のための「論説委員長」なのでしょうか。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。日経では読者からの間違い指摘を無視してミスを放置する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアの一員として責任ある行動を心掛けてください。


◇   ◇   ◇


追記)結局、回答はなかった


※今回取り上げた記事「責任ある分配議論を

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211020&ng=DGKKZO76798210Q1A021C2MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。藤井彰夫論説委員長への評価はDを据え置く。藤井論説委員長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

現状は「自由貿易体制」? 日経 藤井彰夫編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/07/blog-post_9.html

北欧訪問の意味がない日経 藤井彰夫論説委員「中外時評」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_12.html

農産物の「自由貿易」は望まない日経 藤井彰夫編集委員の矛盾
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/09/blog-post_28.html

自らは「民間の知恵」を出さない日経 藤井彰夫論説委員長に「望むこと」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/09/blog-post_27.html

2021年10月19日火曜日

「プロセスエコノミー」の事例に無理がある日経 中村直文編集委員「Deep Insight」

「大きな変化が起きている」と記事で伝えたくなるのは分かる。しかし、そんなに簡単に大きく世の中が変わる訳ではないので、どうしても無理が生じやすい。19日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に中村直文編集委員が書いた 「Deep Insight~たそがれの結果至上経済」という記事にも、それが当てはまる。

コスモスパーク北野

付加価値がプロセスで発生する『新消費主義』は着実に社会に浸透していくだろう。実際に、そんな現象はたくさん生まれている」と中村編集委員は説く。その解説に説得力はあるだろうか。中身を見ていこう。

【日経の記事】

売ることより、コミュニティーとしての役割を前面に出すカナダのルルレモンがファストファッションをしのぐ成長力を示す

丸井や大丸松坂屋百貨店が「売らない」を掲げた店づくりを進める

▼購入型クラウドファンディング市場が500億円規模に成長

▼若い世代を中心に著名人が主宰するオンラインサロンが活況

戦略の方向性が一致していない企業や消費者の行動にみえるが、実は目的を達成するまでのプロセスを楽しむ経済行為という共通点がある。売らない店というのは、店舗が購入先ではなく、企業や商品の世界観や社会的な使命を伝える場になることを意味する

例えば、スポーツ衣料品ブランドのルルレモンは、カナダで「ヨガの愛好家が集う場所をつくろう」と創業したのがきっかけ。今でも世界の店内でヨガ教室などを定期的に開催している。服はあくまで"ついで買い"という姿勢だ。クラウドファンディングは、まさに目的が達成するまでの過程を楽しむことで、売りっぱなしが中心だった消費ビジネスの変質ぶりがうかがえる。

一体なぜ、このような変化が起きたのか。こうした現象を「プロセスエコノミー」という著書にまとめたシンガポール在住のIT評論家、尾原和啓氏に聞いてみた。「日本に戻ると、コンビニエンスストアの300円スイーツのおいしさに驚く。こうなるとケーキ職人は厳しい。これは家電など様々な分野の完成品市場に共通している。もはや、いいモノだけでは稼げない」と指摘する。

完成品あるいはアウトプット(成果物)で稼ぐ経済に対して、完成に至る道のりで顧客を集めるのがプロセスエコノミーだ。尾原氏によると、プロセスエコノミーという言葉は、ライブ配信企業を立ち上げた「けんすうさん」という人物が作ったという。


◎「完成品」で稼いでいるのでは?

完成品あるいはアウトプット(成果物)で稼ぐ経済に対して、完成に至る道のりで顧客を集めるのがプロセスエコノミーだ」だと中村編集委員は言う。そして冒頭で挙げた4つの事例は「目的を達成するまでのプロセスを楽しむ経済行為という共通点がある」と言う。

本当にそうだろうか。「プロセスエコノミー」に当てはまるか最も怪しいのが「『売らない』を掲げた店づくり」の話だ。「店舗が購入先ではなく、企業や商品の世界観や社会的な使命を伝える場になる」のは分かるが、最終的には「完成品」をネット経由で販売する。「(商品の)完成に至る道のりで顧客を集める」訳ではない。

カナダのルルレモン」も「プロセスエコノミー」には見えない。「服はあくまで"ついで買い"という姿勢」だとしても「(服が)完成に至る道のりで顧客を集める」と取れる記述はない。

オンラインサロン」も苦しい気がする。何を「完成品」とするかやや微妙だが、「オンラインサロン」が提供する場そのものを「完成品」とすれば、これまた「完成に至る道のりで顧客を集める」ものとは言えない。

そもそも「プロセスエコノミー」を「新消費主義」と見なすのが適切なのかという問題もある。中村編集委員自身が「プロセスエコノミー」は既に「消費に根付いている」と書いている。そのくだりも見ておこう。


【日経の記事】

振り返ると、コモディティー化は今に始まったわけではなく、広義のプロセスエコノミーは消費に根付いている。人気の女性ユニット「NiziU(ニジュー)」を生んだオーディション番組は、視聴者が誕生までの姿に感動し、ファンになっていく

名車モデルや往年の人気ドラマなどを分割して販売し、時間をかけて完成していくデアゴスティーニのようなコンテンツビジネスもプロセス重視型だ。サステナブル型の衣料やシューズブランドも商品の価値以上に、環境を重視したものづくりに消費者は共感し、出費を惜しまない。

劇作家で評論家の故山崎正和氏は著書「柔らかい個人主義の誕生」で、消費が生産物を処理するためではなく、自己実現する行為と位置づけていた。1980年代に看破した見通しが、ようやく到来したように映る。今後の消費は「これがいい」というこだわり型と、「これでいい」という量販型を使い分ける姿がより顕著になる。


◎それこそ昔からあるのでは?

広義のプロセスエコノミーは消費に根付いている。人気の女性ユニット『NiziU(ニジュー)』を生んだオーディション番組は、視聴者が誕生までの姿に感動し、ファンになっていく」と中村編集委員は言う。その手の話で良ければ昭和にも「スター誕生」という「オーディション番組」があった。何も目新しさはない。

なのに「1980年代に看破した見通しが、ようやく到来したように映る」と新たな時代が幕を開けたかのように書いてしまう。

突き詰めていくと「消費スタイルに大きな変化は起きていない」という結論になってしまい、記事の根幹が崩れてしまう。それで必死に「新消費主義」などと訴えてみるが、苦しさは否めない。

結論部分も説得力がない。そこも見ておこう。


【日経の記事】

「これでいい」分野は一段と競争が激化し、コモディティー商品を扱うスーパーやドラッグストアは業界再編に拍車がかかる。「これがいい」モデルは「答え」より、なぜやるのかといった「問いかけ」が起点になる。学校では優先順位が低かった倫理、哲学が価値になるわけで、一夜漬けでは追いつけない。結果より過程が収益を生む新消費主義が根付くには、教育プロセスの見直しも必要だろう。


◎色々とツッコミどころが…

まず「スーパーやドラッグストア」を「コモディティー商品を扱う」店と見なすのが無理がある。「コモディティー商品」ももちろんあるが、そうではない商品も当たり前にある。例えばカップ麺でも、量が同じなら価格もほぼ同じという訳ではない。ブランドによって、かなり価格差がある。

『これがいい』モデルは『答え』より、なぜやるのかといった『問いかけ』が起点になる」という見方も単純すぎる。自分は物を買うときに「これがいい」とこだわる場合もあるが「なぜやるのかといった『問いかけ』」は重視しない。

「おいしい」「性能がいい」「見た目が好み」といった理由で選ぶ場合が多く、そのメーカーが商品開発を「なぜやるのか」にあまり興味はない。自分の好みに合う「答え」をきちんと出してくれれば、それでいい。

仮に「なぜやるのかといった『問いかけ』が起点になる」としても「学校では優先順位が低かった倫理、哲学が価値になるわけで、一夜漬けでは追いつけない」とも思えない。

倫理、哲学」を学生時代にしっかり勉強しないと、人は「なぜやるのかといった『問いかけ』」ができないのか。物事を単純に捉えすぎている気がする。そして「新消費主義が根付くには、教育プロセスの見直しも必要だろう」という結論に至ってしまう。

だとすると「『新消費主義』は着実に社会に浸透していくだろう。実際に、そんな現象はたくさん生まれている」という話はどうなるのか。「社会に浸透していく」ためには「教育プロセスの見直し」が「必要」なはずだが…。

結局、中村編集委員の解説をまともに受け取る「必要」はないのだろう。


※今回取り上げた記事 「Deep Insight~たそがれの結果至上経済」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211019&ng=DGKKZO76736090Y1A011C2TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。中村直文編集委員への評価はDを維持する。中村編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。


無理を重ねすぎ? 日経 中村直文編集委員「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2015/11/blog-post_93.html

「七顧の礼」と言える? 日経 中村直文編集委員に感じる不安
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_30.html

スタートトゥデイの分析が雑な日経 中村直文編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/blog-post_26.html

「吉野家カフェ」の分析が甘い日経 中村直文編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_27.html

日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」が苦しすぎる
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_3.html

「真央ちゃん企業」の括りが強引な日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_33.html

キリンの「破壊」が見えない日経 中村直文編集委員「経営の視点」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/12/blog-post_31.html

分析力の低さ感じる日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/blog-post_18.html

「逃げ」が残念な日経 中村直文編集委員「コンビニ、脱24時間の幸運」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/24.html

「ヒットのクスリ」単純ミスへの対応を日経 中村直文編集委員に問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/blog-post_27.html

日経 中村直文編集委員は「絶対破れない靴下」があると信じた?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_18.html

「絶対破れない靴下」と誤解した日経 中村直文編集委員を使うなら…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_21.html

「KPI」は説明不要?日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」の問題点
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/kpi.html

日経 中村直文編集委員「50代のアイコン」の説明が違うような…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/50.html

「セブンの鈴木名誉顧問」への肩入れが残念な日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/blog-post_15.html

「江別の蔦屋書店」ヨイショが強引な日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_2.html

渋野選手は全英女子まで「無名」? 日経 中村直文編集委員に異議あり
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_23.html

早くも「東京大氾濫」を持ち出す日経「春秋」の東京目線
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_29.html

日経 中村直文編集委員「業界なんていらない」ならば新聞業界は?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/blog-post_5.html

「高島屋は地方店を閉める」と誤解した日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/10/blog-post_23.html

野球の例えが上手くない日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/blog-post_15.html

「コンビニ 飽和にあらず」に説得力欠く日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/01/blog-post_23.html

平成は「三十数年」続いた? 日経 中村直文編集委員「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/02/deep-insight.html

拙さ目立つ日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ~アネロ、原宿進出のなぜ」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/02/blog-post_28.html

「コロナ不況」勝ち組は「外資系企業ばかり」と日経 中村直文編集委員は言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/06/blog-post.html

データでの裏付けを放棄した日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/07/blog-post_17.html

「バンクシー作品は描いた場所でしか鑑賞できない」と誤解した日経 中村直文編集委員https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/09/blog-post_11.html

「新型・胃袋争奪戦が勃発」に無理がある日経 中村直文編集委員「経営の視点」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/10/blog-post_26.html

「悩み解決法」の説明が意味不明な日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/12/blog-post_19.html

問題多い日経 中村直文編集委員「サントリー会長、異例の『檄』」https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/01/blog-post_89.html

「ジャケットとパンツ」でも「スーツ」? 日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/01/blog-post_30.html

「微アルコール」は「新たなカテゴリー」? 日経 中村直文編集委員の誤解https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/03/blog-post_12.html

「ながら族が増えた」に根拠欠く日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/05/blog-post_14.html

2021年10月18日月曜日

地図から「日米豪印『枠組み』の真意」を強引に読み解く日経 太田泰彦編集委員

コラムの書き手には「自分にしか書けないことは何か」を考えてほしい。その点で18日の日本経済新聞朝刊ビジネス面に「経営の視点~変わるアジアの通商秩序 日米豪印『枠組み』の真意は」という記事には、独自性を出そうとする太田泰彦編集委員の意欲を感じた。しかし説得力がないのが辛い。

コスモスパーク北野

日米豪印『枠組み』の真意」に関する記述を見ていこう。

【日経の記事】

米国、日本、オーストラリア、インドが組んだ新しい枠組み「Quad(クアッド)」が囲い込もうとしている場所はどこか。中国ではない。東南アジア、そして台湾である。

地図の上で4カ国を線で結んでみよう。ゆがんだひし形の中に、東南アジア諸国連合(ASEAN)と台湾がすっぽりと収まる

9月にワシントンで開いた首脳会議の共同声明が単刀直入に語っている。新型コロナウイルス禍や気候変動より先にASEANに4回も言及し、インド太平洋の「中心」とまで呼んだ。

中国を刺激しすぎない配慮から台湾の文字は見えないが、ここだけは中国に渡さないという決意表明と読むべきだろう。


◎従来の理解でいいのでは?

「読者の皆さん、クアッドは中国を囲い込むものだと思っていませんか。実は違うんです。ASEANと台湾を囲い込もうとしてるんです」と太田編集委員は伝えたいのだろう。

囲い込もうとしている場所」が「勢力圏として守ろうとしている場所」という意味ならば「囲い込もうとしている場所」が「中国ではない」のは自明だ。日経も9月19日付の「きょうのことば」で「Quadとは 日米豪印の4カ国で中国対抗」と説明している。この理解を変える必要性は感じられない。

地図の上で4カ国を線で結んでみよう。ゆがんだひし形の中に、東南アジア諸国連合(ASEAN)と台湾がすっぽりと収まる」という太田編集委員の説明も問題なしとしない。

アラスカも含める形で「4カ国」の領土が中に入るように世界地図(日本が中心にあるもの)を「線で結んで」みると中国の大半が入ってしまう。「地図」から「真意」を読み取るのならば「囲い込もうとしている場所」に「中国」も入るとの解釈もできる。

他の考え方も可能だ。欧州・アフリカが中心にある世界地図だとアフリカ・中東を「囲い込もうとしている」とも取れる。「地図」を見て「囲い込もうとしている場所」を「東南アジア、そして台湾である」と断定するのは、かなり恣意的だ。

台湾」に関しては「首脳会議の共同声明」でも言及がなかったらしい。だとしたら「地図」だけが頼りだ。「ここだけは中国に渡さない」という意思が「米国、日本、オーストラリア、インド」にあるかもしれないが、それを「地図」から単純に読み取れる訳ではない。

独自性を出そうと腐心した点は評価したい。しかし無理がある。そこに太田編集委員の限界も見える。


※今回取り上げた記事「経営の視点~変わるアジアの通商秩序 日米豪印『枠組み』の真意は

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211018&ng=DGKKZO76720400X11C21A0TB0000


※記事の評価はD(問題あり)。太田泰彦編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。太田編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

問題多い日経 太田泰彦編集委員の記事「けいざい解読~ASEAN、TPPに冷めた目」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/05/blog-post_21.html

日経 太田泰彦編集委員 F評価の理由
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_94.html

説明不十分な 日経 太田泰彦編集委員のTPP解説記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_6.html

日経 太田泰彦編集委員の力不足が目立つ「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_18.html

日経 太田泰彦編集委員のTPP解説記事に見える矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_12.html

日経 太田泰彦編集委員の辻褄合わない「TPPルール」解説
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/03/tpp.html

「日本では病院のデータ提供不可」と誤解した日経 太田泰彦編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/blog-post_26.html

「イノベーションが止まる」に無理がある日経 太田泰彦編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/blog-post_25.html

「鎖国への誘惑」あり得る? 日経 太田泰彦編集委員「経営の視点」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/04/blog-post.html

2021年10月15日金曜日

ファストリ「在宅需要で88%増益」と日経 古川慶一記者は言うが…

15日の日本経済新聞朝刊ビジネス1面に古川慶一記者が書いた「ファストリ、前期最終2期ぶり最高益~在宅需要で88%増益 中国、成長鈍化懸念も」という記事には不満が残った。見出しで「在宅需要で88%増益」と打ち出し、最初の段落でも「国内外の根強い巣ごもり需要を取り込んで、2期ぶりに過去最高益となった」と記しているが、最後まで読んでも「巣ごもり需要」に関する具体的な記述がない。「前期最終2期ぶり最高益」が記事の柱なのだから、その要因はしっかり説明してほしかった。

夕暮れ時の筑後川河川敷

当該部分を見ていこう。

【日経の記事】

売上高に相当する売上収益は前の期比6%増の2兆1329億円で、本業のもうけを示す営業利益は同67%増の2490億円。事業別でけん引したのは、海外ユニクロ事業だ。営業利益は2.2倍の1112億円に達し、国内ユニクロ(18%増の1232億円)に比べて勢いの差は歴然。為替差益が膨らんだことや、米ジーンズ子会社の清算益を計上した効果も押し上げた。21年8月期の配当は当初計画通りの年480円を予定する。

コロナ流行で世界各国で店舗を休業した前の期から一転、21年8月期はワクチン接種が進み経済活動が徐々に再開。接種で先行した欧州事業は黒字化し、課題の北米事業も「黒字体質に転換できる所にきた」(岡崎健最高財務責任者、CFO)。

もっとも懸念材料も見え始めた。現地シェア1位の中国事業だ。21年8月期の台湾や香港を含めた中華圏ユニクロの売上収益は前の期比17%増の5322億円。営業利益も53%増の1002億円だが、岡崎CFOは「中華圏は計画を若干下回った」と話す。


◎「巣ごもり需要」はどこへ?

欧州事業」「北米事業」「中国事業」のいずれでも「巣ごもり需要」には触れていない。日本に関しても、記事の終りの方で「もう1つの懸念材料が国内事業だ。ファストリは21年3月に消費税の総額表示への切り替えに合わせて、実質的に約9%の値下げを実施したが、期待ほど客数が伸びていない」と書いているだけで、やはり「巣ごもり需要」が見当たらない。

前期」は2020年9月~21年8月。この時期には、20年上半期に比べれば国内外で外出制限が緩んでいたはずだ。そもそも「ファストリ」が「巣ごもり需要」の恩恵を受けられる企業なのかという疑問もある。「巣ごもり」が広がれば外出のための衣料品を買う必要は薄れてくる。

国内外の根強い巣ごもり需要を取り込んで、2期ぶりに過去最高益となった」という説明が間違いとは言わない。しかし、それを裏付ける材料は欲しい。「ファストリ」がそう言っているからという以外に理由がないのならば、「ファストリ」関係者のコメントを使う手もある。

懸念材料」を掘り下げるなとは言わないが、それは「最高益」の分析をしっかりしてからだ。「21年8月期はワクチン接種が進み経済活動が徐々に再開。接種で先行した欧州事業は黒字化」といった記述を見ると、むしろ「巣ごもり」解消が「最高益」に寄与したとも取れる。

ついでに言うと「為替差益が膨らんだことや、米ジーンズ子会社の清算益を計上した効果も押し上げた」というくだりは舌足らずな印象を受けた。何を「押し上げた」かは入れた方がいい。「為替差益が膨らんだことや、米ジーンズ子会社の清算益を計上した効果も利益を押し上げた」とすれば問題はほぼ解消する。それでも冗長さは残る。

例えば「為替差益の増加や、米ジーンズ子会社の清算益計上も利益を押し上げた」としたらどうか。情報量を減らさずに文を簡潔にできているはずだ。


※今回取り上げた記事「ファストリ、前期最終2期ぶり最高益~在宅需要で88%増益 中国、成長鈍化懸念も

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211015&ng=DGKKZO76649200U1A011C2TB1000


※記事の評価はD(問題あり)。古川慶一記者への評価はDを据え置く。古川記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

悪い意味で無邪気な日経 未来学面「考えるクルマ 街へ空へ」http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/01/blog-post_26.html

「富裕層の2%がビジネスジェット保有」に見える日経の説明不足https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_68.html

2021年10月14日木曜日

「日本『ユニコーン待望論』の盲点」を週刊ダイヤモンドで論じた松岡真宏氏に同意

「ユニコーン(企業価値10億ドル以上の非上場企業)の少なさを嘆くのは意味がない」と訴えてきた。優れた企業が育たないのは好ましくないが、優れた「非上場」企業である必要はないからだ。しかし、日本におけるユニコーンの少なさを問題視する記事は後を絶たない。そんな中で週刊ダイヤモンド10月16日号にフロンティア・マネジメント代表取締役の松岡真宏氏が書いた「日本『ユニコーン待望論』の盲点、個人投資家が支持してはいけない理由」という記事は異色だった。

コスモスパーク北野

一部を見ていこう。

【ダイヤモンドの記事】

日本でユニコーンが生まれない理由の1つは、世界で最も上場しやすいといわれてきたマザーズ市場の存在だ。マザーズ市場には時価総額が100億円に満たない企業も少なくない。ユニコーンと呼ばれる時価総額10億ドル(約1100億円)と大きな乖離がある。

マザーズに上場すると、個人投資家も含め多くの投資家が売買に参加できる。マザーズに上場した会社が時価総額を大きくしていく過程で、個人を含めた幅広い投資家が応援し、時には激しく叱咤する。経営者は四半期ごとに評価され、琢磨される。

マザーズ市場に100億円で上場した企業が、ユニコーンと同様の1100億円に時価総額が増加する過程で、投資家がその果実を享受する。創業者やベンチャーキャピタルだけでなく、個人も含めて広く投資家に果実が行き渡るのが、日本におけるマザーズ市場の仕組みだ。

中略)マザーズ上場企業は玉石混交だ。いったん上場したことで創業メンバーの事業欲がそがれ、成長が緩慢になる企業もある。それでもなお、筆者は、企業の成長から得られる果実を幅広く分配するという観点から、ユニコーン待望論よりも、マザーズへの上場に一理あると考える。

マザーズ上場企業の質の向上が必要ならば、質の向上をさせればよい。上場コストが重いのであれば、優遇策を国が考えればよい。マザーズが問題を抱えているから上場を厳しくし、ユニコーンになるまで太らせよう、という考え方は、筋が違っているように思える。


◎ユニコーン待望論者に読んでほしい記事

松岡氏の主張に基本的には賛成だ。「ユニコーンになるまで太らせよう、という考え方は、筋が違っている」と自分も感じる。「ユニコーンになるまで太らせ」た方が上手く育つケースも当然にあるだろう。それは「創業メンバー」の選択に任せればいい。

松岡氏も指摘するように、早期上場という選択には「個人も含めて広く投資家に果実が行き渡る」「経営者は四半期ごとに評価され、琢磨される」というメリットがある。

ユニコーン」という言葉の魔力なのか「多い方がいい。少ないのは問題」と短絡的に考えてしまう向きが多い。「日本でも官民挙げてユニコーンが生まれるエコシステムをつくるべきだという掛け声が強い」と松岡氏も記事で記している。

繰り返すが、大事なのは「優れた企業の育成」だ。「優れた非上場企業の育成」ではない。「日本にはユニコーンが少ない」と嘆く人たちには、松岡氏の記事をぜひ読んでほしい。


※今回取り上げた記事「日本『ユニコーン待望論』の盲点、個人投資家が支持してはいけない理由


※記事の評価はB(優れている)。ユニコーンに関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 村山恵一氏「Deep Insight~小粒上場の国でいいのか」への答えhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2021/06/deep-insight.html

金融市場での「満点」とは? 日経 武類雅典編集局次長への注文https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_5.html

2021年10月13日水曜日

政府頼みで「女性活躍をやり直そう」と訴える日経 武類祥子氏への異論

13日の日本経済新聞朝刊1面に生活情報グループ長の武類祥子氏が書いた「新政権に問う(6) 女性活躍をやり直そう」という記事に異論を述べてみたい。個人的には「女性活躍は十分にできている。やり直す必要はないのでは」と見ている。

コスモスパーク北野

記事を順に見ていこう。

【日経の記事】

女性活躍は忘れられたのか。

10月8日、岸田文雄首相の所信表明演説。安倍晋三・菅義偉両政権で繰り返された「女性が輝く社会」というキャッチフレーズが消えた。岸田首相の言葉を拾う限り、このテーマへの熱量に乏しい。担当相の野田聖子氏に丸投げするつもりなら、リーダーとしての自覚を疑う。


◎既に輝いているのでは?

『女性が輝く社会』というキャッチフレーズが消えた」と武類氏は嘆くが「女性が輝く社会」が実現しているからと捉えてはどうか。日本の女性は十分に輝いている。日経の1面で堂々と主張を展開し「生活情報グループ長」という肩書を持つ武類氏もその1人だ。武類氏には周りを見回してほしい。日経の「女性」社員は「輝く」機会を与えられず無為に日々を過ごしているのか。

続きを見ていく。


【日経の記事】

新型コロナウイルス禍は出生数を下押しした。第一生命経済研究所の星野卓也氏は2021年の合計特殊出生率を2020年より0.05ポイント低い1.29、出生数を同4万人減の80万人前後と試算する。ダウントレンドが続けば、2047年に総人口1億人割れという最も悲観的な人口推計の現実味が増す。

人口の51%を占める女性の力をどう生かすか。これからの日本の根底に関わる課題だ。にもかかわらず、安倍政権から進めてきた女性活躍推進は看板倒れだったことが新型コロナ禍で露呈した。


◎少子化と「女性活躍」の関係は?

女性活躍推進」と「出生数」の減少にどういう関係があるのか、上記の説明ではよく分からない。「子供を産むこと=女性活躍」との認識なのか。「子供を産んでいない女性は活躍できていない」とは思えないが…。

続きを見ていく。


【日経の記事】

シーセッション。彼女(she)と景気後退(recession)を掛け合わせて、女性の雇用悪化を表す造語だ。飲食や宿泊などで女性が多く働いていた分、新型コロナ禍の営業縮小で打撃を受けた。100万人の女性が実質的な失業状態に陥り、保育所の登園自粛要請や小学校の一斉休校で多くの女性が育児か仕事かの二者択一を迫られた。

新型コロナ禍からの日本再建に、傷んだ女性雇用の立て直しの視点がなければ、女性の社会進出が台無しになる


◎女性の雇用はそんなに大変?

昨年春には確かに「女性の雇用悪化」が見られたが、今はそんなに大変でもないだろう。1日付で日経電子版に載った「8月の完全失業率、前月比横ばい 緊急事態宣言下でも底堅く推移」という記事では「完全失業率を男女別にみると、男性が前月から横ばいの3.1%、女性は0.1ポイント上昇の2.5%」と伝えている。男女とも水準は低いし、女性の失業率は男性を下回っている。なのに「傷んだ女性雇用の立て直しの視点がなければ、女性の社会進出が台無しになる」と危機感を持つべきなのか。

さらに見ていこう。


【日経の記事】

世界に目を転じれば、女性を社会や経済の中枢に据える動きが加速する。多様性がイノベーションの源泉になるからだ。メルケル、イエレン、ラガルド……政治や経済のリーダー各氏が女性であるのは普通の光景だ。


◎エビデンスはある?

世界に目を転じれば、女性を社会や経済の中枢に据える動きが加速する」と武類氏は言うが具体的なデータは見当たらない。何を根拠に「加速」と判断したのか。

多様性がイノベーションの源泉になる」という話は「女性活躍」絡みの記事でよく出てくるが、これも具体的な根拠は見当たらない。「イノベーション」の範囲を明確化するのがまず困難だし、できたとしても「多様性」との因果関係を証明するのはさらに難しいだろう。

仮に「多様性がイノベーションの源泉になる」としても、それが性別の「多様性」にも当てはまるのかという問題もある。例えば「メルケル」氏は長年ドイツの首相を務めてきたが、その間のドイツが「イノベーション」の創出力で米国などを圧倒していた印象はない。

続きを見ていく。

【日経の記事】

日本の状況は厳しい。上場企業の女性役員比率は7.4%にとどまり女性役員がゼロの企業は43%もある。政治の世界はさらに遅れが目立ち、岸田政権の女性閣僚比率もG7で最低だ。

女性活躍の通知表ともいえるジェンダーギャップ指数で日本は先進国で最も低い120位にいる。どうしたら女性を働かせやすいかではなく、どうしたら女性が働きやすいかを考えるべきだ。企業目線から働き手目線に制度や仕組みを180度ひっくり返し、利益を出していく。そんな発想の大転換が必要だ。


◎勝手に「通知表」にされても…

まず「ジェンダーギャップ指数」を「女性活躍の通知表」と見るのがおかしい。国会議員や管理職の女性比率を上げると「ジェンダーギャップ指数」は上向く。しかし国会議員や管理職として働く女性だけが「活躍」している訳ではない。

子育てに追われる専業主婦も、非正規職員や平社員として働く女性も、社会の中で立派に「活躍」している。武類氏も同じ考えならば「ジェンダーギャップ指数」を「女性活躍の通知表」と見なすのが間違いだと分かるはずだ。

「いや。立派な通知表になる」と見るのならば、武類氏は「活躍」をどう定義しているのか。「専業主婦や女性平社員は活躍できていない」との認識なのか。

ついでに言うと「企業目線から働き手目線に制度や仕組みを180度ひっくり返し、利益を出していく。そんな発想の大転換が必要だ」という話は抽象的でよく分からない。

どうしたら女性を働かせやすいか」という「企業目線」で企業内託児所の整備を進めた企業があるとしよう。この企業が「働き手目線に制度や仕組みを180度ひっくり返し」たいと考えた場合、企業内託児所はどうすべきなのか。

180度ひっくり返し」ていくなら廃止だろうか。それが「どうしたら女性が働きやすいか」につながるのか。「企業目線」と「働き手目線」を完全に対立する「目線」と武類氏は捉えているようだが、違うのではないか。

記事の終盤を見ていく。


【日経の記事】

一度職を離れても、機会が整えばまた戻れる。女性に偏った家事・育児負担を改善するため、男性の家庭参画を進める。低賃金、不安定な待遇に偏った女性の雇用を成長産業へ移行させる策を練る。望むライフプランにあわせた社会の居場所をつくる。どれも古い社会・企業慣行の抜本見直しが必要で、政府の強力な後押しと首相のコミットメントが欠かせない。

女性活躍を一からやり直す。新政権に覚悟がなければ何も変わらない


◎「政府の強力な後押し」に頼るな!

一度職を離れても、機会が整えばまた戻れる」環境は既にあるのではないか。

女性に偏った家事・育児負担を改善するため、男性の家庭参画を進める」のに「政府の強力な後押し」が必要なのか。各家庭でやれば済む話だ。そんなことにまで「政府の強力な後押し」を求めるのか。

そもそも「女性活躍」が大事ならば「女性に偏った家事・育児負担を改善する」必要はない。「家事・育児」分野での「女性活躍」が後退してしまう。

低賃金、不安定な待遇に偏った女性の雇用を成長産業へ移行させる策を練る」という話もピンと来ない。まず「成長産業」がそんなにあるのか。あるとして、そこは「低賃金、不安定な待遇」とは無縁なのか。

また「女性」が「成長産業へ移行」した後の「低賃金、不安定な待遇」の仕事は誰が引き受けるのか。男性なのか。その場合、男性は「成長産業へ移行」しなくていいのか。

望むライフプランにあわせた社会の居場所をつくる」という話も、これまた抽象的だ。「社会の居場所」は、あると言えば既にある。

こうした課題について「どれも古い社会・企業慣行の抜本見直しが必要」と武類氏は言うが、そんなに難しい話なのか。例えば「成長産業」に属する企業が好待遇で社員を募集すれば「低賃金、不安定な待遇」に不満を持つ女性はどんどん転職していくだろう。「低賃金、不安定な待遇」の職場に縛り付けておく方が困難だ。

政府の強力な後押し」も「古い社会・企業慣行の抜本見直し」も必要ない。市場原理に任せておけば自然と「成長産業へ移行」していく。

女性活躍を一からやり直す」必要はない。さらに「女性活躍」を進めるにしても「政府の強力な後押し」に頼るのは感心しない。「活躍」への意欲と能力が女性にあるのならば、勝手に「活躍」してしまうはずだ。

既に立派に「活躍」してきた実績もある。武類氏には「もっと日本女性を信頼しては」と助言したい。


※今回取り上げた記事「新政権に問う(6) 女性活躍をやり直そう」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211013&ng=DGKKZO76577970T11C21A0MM8000


※記事の評価はC(平均的)。武類祥子氏への評価はCを維持する。武類氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「日経 武類祥子次長『女性活躍はウソですか』への疑問」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_79.html

おばあさん以外は「脇役」? 日経 武類祥子生活情報部長に異議https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_8.html

2021年10月12日火曜日

「『銀行にお金を預けるのが損』だとわかる納得理由」が見当たらない東洋経済オンラインの記事

11日付の東洋経済オンラインにファイナンシャル・プランナーの渡邊一慶氏が書いた 「『銀行にお金を預けるのが損』だとわかる納得理由~今の金利はバブル期の『4000分の1』しかない」という記事は色々と問題が多い。中身を見ながら具体的に指摘したい。

夕暮れ時の筑後川

【東洋経済オンラインの記事】

――いきなりなんですが、渡邊さん、本当に渡邊さんのお話をお聞きしただけで、お金持ちになる知識が得られるんですか? 言っておきますが、僕は高校も大学も受験せず、適当な推薦で入っちゃったので、本当に頭悪いですよ!


◎「受験」しているのでは?

聞き手である「編集者の丑久保氏」は、最初の質問で「僕は高校も大学も受験せず、適当な推薦で入っちゃったので、本当に頭悪いですよ!」と述べている。「推薦で入っちゃった」のならば「受験」しているはずだ。

次に渡邊氏の発言を見ていく。


【東洋経済オンラインの記事】

もしも、お金自体に価値があるのなら、1万円で買えるモノやサービスは、つねに同じでなければおかしいですよね。お金の価値がつねに一定であれば、「今日は安い」とか「今日は高い」と感じることはないはずなんです。


◎おかしくないのでは?

もしも、お金自体に価値があるのなら、1万円で買えるモノやサービスは、つねに同じでなければおかしいですよね」と渡邊氏は言うが、おかしいとは感じない。

じつは、お金自体には何の価値もありません」「紙幣はただの紙切れで、硬貨はただの金属です。事実、1万円の原価はたったの25円です」と渡邊氏は言う。ならば「価値がある」ものを「お金」にしたらどうなるか。例えばコメならば食料にもできる。しかしコメ1キロの「お金」で買えるガソリンの量は日々変化するだろう。ガソリンが足りない時は変える量が減るし、逆にコメが不足している時はガソリンを買える量が多くなる。

価値がある」からと言って、他の「モノやサービス」と交換できる量が「つねに同じ」とは限らない。変動する方が自然だ。「価値がある」と「価値がつねに一定」は別の話だ。そこを渡邊氏は理解していない気がする。

結論部分に話を移そう。


【東洋経済オンラインの記事】

渡邊:そうです。もし今現在1000万円の資産があるとして、預金だけで2000万円を準備しようとした場合、8%の金利と0.002%の金利で、どのくらい差が出るのかわかりますか?

――えーっと……。どのくらいかはわかりませんが、けっこうな差が出ます!

渡邊:(い、潔い!)金利が8%の場合は9年で2000万円を準備できるのに対して、金利が0.002%の場合は3万6000年もかかってしまうのです。

――3万6000年!? それって、僕たちが生きている間には、絶対に実現不可能じゃないですか!

渡邊:そうです。預金と投資の違いを簡単に説明すると、今現在の金利水準が続いている間に資産が2倍になることはないのが預金、資産が2倍になる可能性があるのが投資なのです


◎ 「『銀行にお金を預けるのが損』だとわかる納得理由」はどこに?

記事を最後まで読んでも「『銀行にお金を預けるのが損』だとわかる納得理由」が見当たらない。強いて言えば「預金」の金利がほぼゼロだからか。だからと言って「銀行にお金を預けるのが損」とは限らない。低リスクというメリットを考慮する必要がある。

1000万円以下の「預金」であれば、元本割れのリスクはほぼゼロ。低リスク低リターンで辻褄は合っている。それを踏まえた上で「銀行にお金を預けるのが損」かどうかを判断すべきだ。

投資」を宝くじに当てはめてみると分かりやすい。

今現在の金利水準が続いている間に資産が2倍になることはないのが預金、資産が2倍になる可能性があるのが宝くじ」とは言える。だからと言って「預金は損。だったら宝くじを買った方が得」とはならないはずだ。宝くじの期待リターンの低さとリスクの高さを考えると「銀行にお金を預け」たままにしておく方が賢明だ。

渡邊氏は「スイスのプライベートバンクで働いて」いたらしいが、そこで磨いたのは顧客を投資に引き込むテクニックなのかもしれない。信じてはいけない書き手だと感じた。


※今回取り上げた記事 「『銀行にお金を預けるのが損』だとわかる納得理由~今の金利はバブル期の『4000分の1』しかない

https://toyokeizai.net/articles/-/457739


※記事の評価はD(問題あり)

2021年10月11日月曜日

「日本は世界で最も危険な場所」に無理がある日経 秋田浩之氏

 10日の日本経済新聞に秋田浩之氏(肩書は本社コメンテーター)が書いた「新政権に問う(4)アジア安定へ新戦略を」という記事は説得力に欠けた。中身を見ながら具体的に指摘したい。

コスモスパーク北野

【日経の記事】

アジアの安全保障情勢は、緊張が高まっている。中国の軍拡で台湾海峡と南シナ海は緊張し、北朝鮮は核ミサイルを増産し続ける。極東ではロシア軍もうごめく。

これら核保有国に囲まれた日本は、世界で最も危険な場所にある。岸田政権はこの現実を踏まえ、外交・防衛政策の基本方針にあたる「国家安全保障戦略」を改定する方針だ。


◎韓国より危険?

これら核保有国に囲まれた日本は、世界で最も危険な場所にある」と秋田氏は危機感を煽る。しかし「中国」「北朝鮮」「ロシア」に囲まれているのは韓国も同じだ。しかも「北朝鮮」とは地続き。なのに日本の方が韓国よりも「危険な場所」なのか。

さらに言えば台湾はどうか。台湾有事の問題で大きな注目を集めている。近い将来に中国が軍事力を使って併合するのではと見られているからだ。日本が「世界で最も危険な場所」ならば、「台湾有事」以上に「日本有事」が話題になっても良さそうだが…。

続きを見ていく。


【日経の記事】

いまの戦略が定められたのは約8年前である。その後の変化を反映し、新たな戦略づくりを急ぐときだ。

何が必要なのか。米国や他の友好国と連携し、中国優位に傾く軍事バランスの流れに歯止めをかけるのが急務だ。

中国軍の主力戦闘機と戦艦、潜水艦はインド太平洋の米軍の約5倍になった。差はさらに開きつつある。中国にとって、米軍に遠慮せず行動できる状況が生まれている。この構図を改め、中国に自粛を促すことが地域の安定に欠かせない。


◎なぜ、そこ限定?

軍事バランス」を見るならば「中国側」と「反中国側(ここでは米国側とする)」のトータルで見るべきだ。中国は単独で米国側と対峙するとしよう。米国側には台湾、韓国、日本、オーストラリア、インド辺りが入ると仮定する。

その「軍事バランス」がどうなのかが重要だ。付け加えると、中国との全面戦争となれば「米軍」は「インド太平洋」外の兵力も投入してくるだろう。戦闘は「主力戦闘機と戦艦、潜水艦」だけでやるものでもない。

秋田氏は「中国優位に傾く軍事バランス」を見せたいがために、ご都合主義的に比較をしているのではないか。「軍事バランス」は総合的に見るべきだ。

さらに見ていく。


【日経の記事】

岸田政権がやれることは多い。まず日本の防衛力の強化だ。緊張が高まる南西諸島の守りは手薄で、ハイテク兵器やサイバー、宇宙への投資も遅れている。

防衛予算の増額は避けられない。国内総生産(GDP)に占める日本の防衛予算は約1%で、世界125位。実額は中国の約4分の1、韓国にもまもなく抜かれる

日本の財政事情は極めて厳しいとはいえ、あまりにも少ない。防衛への投資を増やすことは日本だけでなく、アジア全体の軍事バランスの改善につながる。

自民党総裁選で議論になった敵基地への反撃力の保有も、検討する局面にきている。米国はアジアで地上配備の中距離ミサイルを持たないが、中国は大量に配備済みだ。北朝鮮も変則的な飛び方をする核ミサイルを開発する。

日本は現在のミサイル防衛網だけでは対応しきれない。一定の反撃力の保有は防衛上、理にかなううえ、中朝への抑止力になる。


◎防衛予算は「あまりにも少ない」?

防衛予算の増額は避けられない」とする根拠が苦しい。「国内総生産(GDP)に占める日本の防衛予算は約1%で、世界125位。実額は中国の約4分の1、韓国にもまもなく抜かれる」と言うが「防衛予算」はGDPの何%が適切とかあるのか。秋田氏もその基準は示していない。

日本の「防衛予算」が国際的に見て低水準だとしても、それは当然だと感じる。「防衛予算」を少なくできるメリットがないのならば、なぜ米軍基地を置かせているのか。「米国が頼りにならなくなっているから」と言うのならば、日米安保条約に基づく属国体制も見直すべきだ。

中国は人口も多く国土も広い。日本の「防衛予算」が「中国の約4分の1」だとしても驚くに値しない。北朝鮮と陸続きで対峙する「韓国」とも、単純な比較は適切とは思えない。

続きを見ていく。


【日経の記事】

そのうえで、朝鮮半島や台湾海峡で危機が起きたとき、どう共同で対応するのか。米国や韓国、オーストラリアと行動計画を詰めて連携することも、岸田政権が引き継ぐ優先課題だ

アジア太平洋の安定を保つうえで、外交の役割も大きい。この地域では日米豪印4カ国(クアッド)に加え、米英豪の「AUKUS(オーカス)」の枠組みも生まれた。これらを土台に東南アジア諸国にも海洋の治安維持や警備、テロ対策といった協力を広げることが重要だ。


◎「戦略的曖昧さ」の問題はどうする?

台湾海峡で危機が起きたとき、どう共同で対応するのか。米国や韓国、オーストラリアと行動計画を詰めて連携することも、岸田政権が引き継ぐ優先課題だ」と秋田氏は言うが、台湾に関する米国の戦略的曖昧さをどう考えているのか。

台湾有事の際にどう行動するのか米国はあえて曖昧にしている。曖昧さの放棄を「岸田政権」が迫るべきと秋田氏は考えているのか。あるいは同盟国には内々に方針が示されているとの前提なのか。その辺りの「曖昧さ」が引っかかった。

いよいよ記事の結論部分だ。「真剣に言ってるの?」と問いたくなるような中身になっている。


【日経の記事】

こうした努力の目標はあくまでも域内の「力のバランス」を取り戻し、中国と安定した共存関係を築くことにある。敵対したり、封じ込めたりすることが目的ではない。意図の読み違いから緊張が高まらないよう、中国との対話を深める努力がより大切になる


◎軍拡競争の覚悟なし

敵対したり、封じ込めたりすることが目的ではない。意図の読み違いから緊張が高まらないよう、中国との対話を深める努力がより大切になる」と記事を締めている。本気か。

秋田氏の望み通りに「防衛予算」が大幅増額となり、「中国優位に傾く軍事バランス」の修正に日本が乗り出したとしよう。「敵基地への反撃力の保有」も実現する。

その時に「目標は中国との安定した共存関係を築くことなんです。敵対したり封じ込めたりなんて全く考えていません」と訴えれば「中国」との「緊張が高まらない」と秋田氏は信じているのか。「中国」指導部は恐ろしく愚かでお人好しとの認識なのか。

日本の軍事力増強で「中国優位に傾く軍事バランス」の修正を図るのであれば、軍拡競争に足を踏み入れる覚悟が要る。「優位」を守ろうとして中国がさらに軍事力を強化する可能性は高い。

「それは困るから中国の愚かさに期待しよう」と秋田氏は考えているのかもしれないが甘すぎる。


※今回取り上げた記事「新政権に問う(4)アジア安定へ新戦略を

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211010&ng=DGKKZO76501970Q1A011C2MM8000


※記事の評価はE(大いに問題あり)。秋田浩之氏への評価はEを維持する。秋田氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。


日経 秋田浩之編集委員 「違憲ではない」の苦しい説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_20.html

「トランプ氏に物申せるのは安倍氏だけ」? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_77.html

「国粋の枢軸」に問題多し 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/deep-insight.html

「政治家の資質」の分析が雑すぎる日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_11.html

話の繋がりに難あり 日経 秋田浩之氏「北朝鮮 封じ込めの盲点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_5.html

ネタに困って書いた? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/deep-insight.html

中印関係の説明に難あり 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/deep-insight.html

「万里の長城」は中国拡大主義の象徴? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_54.html

「誰も切望せぬ北朝鮮消滅」に根拠が乏しい日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_23.html

日経 秋田浩之氏「中ロの枢軸に急所あり」に問題あり
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_30.html

偵察衛星あっても米軍は「目隠し同然」と誤解した日経 秋田浩之氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_0.html

問題山積の日経 秋田浩之氏「Deep Insight~米豪分断に動く中国」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/deep-insight.html

「対症療法」の意味を理解してない? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/deep-insight.html

「イスラム教の元王朝」と言える?日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/deep-insight_28.html

「日系米国人」の説明が苦しい日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/12/deep-insight.html

米軍駐留経費の負担増は「物理的に無理」と日経 秋田浩之氏は言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/01/blog-post_30.html

中国との協力はなぜ除外? 日経 秋田浩之氏「コロナ危機との戦い(1)」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/03/blog-post_23.html

「中国では群衆が路上を埋め尽くさない」? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/06/deep-insight.html

日経 秋田浩之氏が書いた朝刊1面「世界、迫る無秩序の影」の問題点
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/08/1_15.html

英仏は本当に休んでた? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight~準大国の休息は終わった」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/10/deep-insight_29.html

「中国は孤立」と言い切る日経の秋田浩之氏はロシアやイランとの関係を見よ
https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/07/blog-post.html

2021年10月8日金曜日

「算術」で対応可能では? 医療供給に「強制力」を求める日経 柳瀬和央編集委員に問う

「訴えたいことが明確で、その主張に説得力を持たせる文章構成力があるか」ーー。コラムの書き手を見る上では、そこをメインに見ている。その点で日本経済新聞の柳瀬和央編集委員には期待できそうだ。8日の朝刊1面に載った 「新政権に問う(3)しがらみ排し医療再建」という記事は悪くない。主張も構成もしっかりしている。ただ、その主張に同意できる訳ではない。中身を見ながら、異論を述べてみたい。

夕陽

【日経の記事】

医は仁術ではなく算術だった。日本に新型コロナウイルスが上陸してからの医療界の動きを振り返ると、残念ながらこんな言葉が思い浮かぶ。

多くの医療機関でコロナへの対応よりも経営が優先された。政府が病床確保、オンライン診療の導入といった対策を実施しようとするたびに、経営上の損得という算術が大きな壁になった。

ワクチン接種など医療機関の算術を満たす報酬を政府が示した場合、対策は大きく進んだ。そうでない政策は空回りした。病床確保を前提に補助金をもらいながら、実際にはコロナ患者を受け入れずに収益を上げるという、仁術を全く感じられない病院も現れた


◎だったら「算術を満た」せばいいのでは?

医は仁術ではなく算術だった」と嘆いているが「ワクチン接種など医療機関の算術を満たす報酬を政府が示した場合、対策は大きく進んだ」のならば話は簡単だ。「医療界」の意識を変える必要はない。「医療機関の算術を満たす」方策を考えれば済む。

病床確保を前提に補助金をもらいながら、実際にはコロナ患者を受け入れずに収益を上げる」ような「病院も現れた」のならば、「実際」に「コロナ患者を受け入れ」た「医療機関」だけが経済的利益を享受できる仕組みに改めればいいはずだ。

しかし柳瀬編集委員は「強制力」を強めるべきだと考えているらしい。

続きを見ていこう。


【日経の記事】

強い使命感でコロナと闘っている医療機関には感謝の言葉しかなく、その経営を政府が全面支援するのは当然だ。

だが全体でみるとコロナ禍で医療機関の公益性には疑問符がついた。岸田文雄首相が掲げる「医療難民ゼロ」を実現するには、医療機関の役割や責務を問い直す作業が要るのではないか。

自己責任で経営する飲食店がわずかな補償で営業を制限されたのに、公的な報酬で支えられた医療機関が診療協力も病床確保もせず、コロナから距離を置くことが許される。このアンバランスを放置すべきではない


◎「自由が基本」でいいような…

自己責任で経営する飲食店がわずかな補償で営業を制限されたのに、公的な報酬で支えられた医療機関が診療協力も病床確保もせず、コロナから距離を置くことが許される。このアンバランスを放置すべきではない」と柳瀬編集委員は言う。

アンバランスを放置すべきではない」とは思うが、個人的には「飲食店」への「制限」をなくす方向で「アンバランス」を解消したい。「自由が基本」と考えるからだ。

さらに見ていこう。


【日経の記事】

コロナと共生して経済社会活動を拡大するには医療の耐久力を高めることが欠かせない。それには医療界に染みついた既得権や政官とのしがらみを排除する必要がある。改革を避けるなら、首相が描く「健康危機管理庁」は既存省庁の屋上屋で終わりかねない。

既得権の第一は医療機関の経営の自由だ。民間経営を理由に行政の指揮権が及ばない病院が8割もある。法改正で病床確保の要請を拒んだ医療機関を公表できるようになったが強制力は弱い。行政にはお金で誘導するしか手がない。

医師や看護師が限られる中で多くの入院患者に対応するには、大規模な施設で効率的に治療するのが有効だ。強制力のある指揮権を厚生労働相や知事に与え、感染拡大時に臨時の医療施設に人材を集約できる体制を整える必要がある

◎治療に嫌々当たられても…

既得権の第一は医療機関の経営の自由」と柳瀬編集委員は言う。そして「強制力のある指揮権を厚生労働相や知事に与え、感染拡大時に臨時の医療施設に人材を集約できる体制を整える必要がある」と訴える。

気持ちは分かるが「自由」の制限を訴える姿勢に危うさも感じる。「医療機関の算術を満たす報酬を政府が示した場合、対策は大きく進んだ」のに、なぜ「強制力のある指揮権」が必要なのか。

どうしても「感染拡大時に臨時の医療施設に人材を集約できる体制を整える必要がある」のならば、やはり「算術を満た」してあげればいいのではないか。「感染拡大時」には政府や自治体の求めに応じて医師・看護師を派遣すると約束した医療機関に補助金を与え、約束を反故にした場合は補助金の返還を命じる仕組みにしてもいい。

強制」にした場合、嫌々ながら治療に当たる医師・看護師が数多く出てくるだろう。何とか抜け道がないかと探る医療機関もあるはずだ。それらを防ごうとすれば、監視に多くのエネルギーを割くことになる。

できるだけ自由を守りながら、うまく「算術」を使うのが賢いやり方ではないか。

その辺りを柳瀬編集委員には考えてほしい。


※今回取り上げた記事 「新政権に問う(3)しがらみ排し医療再建」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211008&ng=DGKKZO76451720Y1A001C2MM8000


※記事の評価はC(平均的)。

2021年10月7日木曜日

「田舎暮らしより地方都市」と野尻哲史フィンウェル研究所代表が日経に書いているが…

6日の日本経済新聞夕刊マーケット・投資面にフィンウェル研究所代表の野尻哲史氏が書いた「十字路~地方移住 超高齢社会での効用」という記事はツッコミどころが多い。中身を見ながら具体的に指摘したい。

耳納連山と自転車と夕陽

【日経の記事】

新型コロナウイルス禍のテレワークで現役層の地方移住が注目されているが、主役は高齢者だ。東京23区はそれ以外の都道府県との人口移動で「60歳未満は純流入、60歳以上は純流出」が長く続いている。2020年、60歳以上の23区からの転出は2.8万人強、転入1.5万人弱、差し引き1.4万人弱で純転出だ。18年もそれぞれ2.8万人弱、1.7万人弱で、1.1万人強の純転出。コロナ禍の影響は大きくない。

高齢者の地方移住は生活コスト引き下げが主眼だが、生活水準を下げずにコストだけ下げるには田舎暮らしより地方都市が望ましい。東京23区と都道府県庁所在地を比べると消費者物価で4~5%低く、家賃指数で50%以上低い都市がほとんど。移住者は生活費減を評価し、それを余暇に回し生活を楽しんでいる。


◎「地方都市」は「田舎」じゃない?

まず「田舎」と「地方都市」の範囲がよく分からない。「地方都市道府県庁所在地」と筆者は言いたいのかもしれないが、それだと浜松市や北九州市が「地方都市」から外れてしまうので無理がある。

「地方都市=三大都市圏以外の県庁所在地」といった可能性も考えたが、記事の内容からそう解釈するのは困難だ。

田舎暮らしより地方都市が望ましい」という記述からは「地方都市は田舎ではない」との前提を感じるが、これも怪しい。平成の大合併の影響もあって県庁所在地でも山間部にかかっているところも珍しくない。「地方都市」に住んでも「田舎暮らし」となる可能性は十分にある。

さらに言えば「生活水準を下げずにコストだけ下げるには田舎暮らしより地方都市が望ましい」との説明も納得できない。「田舎暮らし」でも大きな家に住んだり高いクルマに乗ったり高級料理を楽しんだりといったことはできる。「田舎暮らし」だと必然的に「生活水準」が下がると見ているようだが、何か根拠があるのか。

続きを見ていく。

【日経の記事】

地方都市移住には個人目線のメリットだけでなく、超高齢社会特有の課題解決にも効果がある。国税庁によると年間相続市場は16兆円前後。非課税枠を考慮すれば実際の相続市場はその数倍と推計されるが、長寿で老々相続なら、それは「老後のための資産」として代々「死蔵」されかねない。贈与促進の背景はそこにあるが、相続でも贈与でも解決できないのが地方に住む高齢者のお金が相続・贈与を経て都会に流れ出すことだ。


◎「相続市場」?

年間で「16兆円前後」の遺産相続があるとして、それを「年間相続市場は16兆円前後」と言っていいのか。「16兆円前後」の売買があるなら「市場」と呼ぶのも分かるが、相続は遺産の売買ではない。

さらに見ていく。


【日経の記事】

退職金と相続資産を持つ60代が地方都市に移住すれば、資金を逆流できる。今後50年で高齢化率は現在の3割弱から4割弱に上昇し「高齢層は横ばい、現役層は3千万人以上減少」が予想される。高齢者が内需を支えるチカラにならざるを得ない中、高齢者の地方都市移住は地方経済にとって意義がある。相続資産の1割でも消費に漏れ出せば、国内総生産(GDP)1%ほどの押し上げ効果になる。地方都市移住をマクロ目線でも考える時期ではないか


◎で、どうする?

相続資産の1割でも消費に漏れ出せば、国内総生産(GDP)1%ほどの押し上げ効果になる」と言うが、それは日本全体の話で「地方都市移住」と直接の関係はない。

仮に「高齢者の地方都市移住は地方経済にとって意義がある」としても、どうやって「地方都市移住」を増やしていくのか。「地方都市移住をマクロ目線でも考える時期ではないか」と言うだけで、具体策は見当たらない。

地方都市移住をマクロ目線でも考え」た結果、どういう方策を取るべきだと野尻氏は結論付けたのか。そこが知りたかった。


※今回取り上げた記事「十字路~地方移住 超高齢社会での効用」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211006&ng=DGKKZO76378070W1A001C2ENI000


※記事の評価はD(問題あり)

2021年10月6日水曜日

ネタの使い回し? 日経 辻本浩子論説委員の「中外時評~女性のSTEMが開く未来」

記事を書く上で、ネタの使い回しは感心しない。書き手としての能力の低さを自ら認めているようなものだ。10月6日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に辻本浩子論説委員が書いた「中外時評~女性のSTEMが開く未来」という記事は、9月28日の朝刊に載った「育てたい女性の理工系人材」という社説の焼き直しだろう。

夕暮れ時の筑後川

社説に署名はないので断定はできないが、同じ媒体で期間も10日以内。社説を担当するのが論説委員といった条件を考えると、辻本論説委員がネタの使い回しに走った可能性は極めて高い。

2つの記事の類似点を見ていく。


(1)国際比較

【中外時評】

 日本のこれからを左右してしまうかもしれない。

経済協力開発機構(OECD)は9月、STEM(科学、技術、工学、数学)分野で学ぶ大学生らの女性割合のデータを公表した。日本では工学系で16%、自然科学系では27%にとどまった。

加盟国平均はそれぞれ、26%と52%だ。比較可能な36カ国のなかでいずれも最下位だ。日本の理工系が、飛び抜けて男社会であることを示している。

【社説】

これは日本の大きな損失ではないだろうか。経済協力開発機構(OECD)は、2019年に大学などの高等教育機関に入学した学生のうち、STEM(科学・技術・工学・数学)分野に占める女性の割合を公表した。

工学系では日本は16%(加盟国平均26%)、自然科学系では27%(同52%)だった。比較可能な36カ国のなかで、日本が最も低い。女性の理工系人材の育成が遅れていることは明らかだ。性別ゆえに個人の可能性が制約され、進学をためらわせる壁があるなら、なくさねばならない。


(2)親や教師の責任

【中外時評】

進路選択で影響を与えるのは、両親や学校の教師だ。PISAの過去の調査では、数学の成績が同等でも、STEMの職業への親の期待感は娘より息子に対して強かった。

【社説】

まずは、「理工系は男性」という根強いステレオタイプだろう。本人が興味を持っていても、親や教師が後ろ向きで、諦めてしまう女子生徒は少なくない。


(3)ロールモデル

【中外時評】

政府は6月の骨太の方針で「理工系学部における女子学生の割合向上を促す」と明記した。内閣府の会議も、2021年度内に改善策をまとめる予定だ。教育現場の意識とカリキュラムの改革、身近に理工系のロールモデルを示す。やるべきことは多い。

【社説】

現状の数の少なさゆえに、目標となるロールモデルがおらず、将来のイメージを持ちにくい面もあろう。小中高のうちから広く理工系の人と出会えるイベントなどを増やし、魅力を伝えていく工夫が大学や企業には求められる。


(4)イノベーション

【中外時評】

STEM分野でいかに女性の力を引き出すかは、世界的な課題だ。多様な視点があってこそ、イノベーションが生まれる。大学や企業の研究開発力、国際競争力にも直結するからだ。

【社説】

多様性があってこそ、新たなイノベーションが生まれ、技術の発展にもつながる。デジタル分野を中心に、優れた人材は企業で奪い合いになっている。産官学あげて、理工系に進む女性を後押ししたい。


◇   ◇   ◇


社説で書いたことをベースに少し話を加えて表現を変えたのが今回の「中外時評」と言える。焼き直しを選んだとすれば、辻本論説委員は「中外時評」を書くに当たって新たに取り上げたいテーマがなかったことになる。肩書から推測すると、既にベテランの域に達しているはずだ。後輩に模範を示すべき論説委員として残念と言わざるを得ない。


※今回取り上げた記事「中外時評~女性のSTEMが開く未来

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211006&ng=DGKKZO76365170V01C21A0TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。「育てたい女性の理工系人材」という社説に関しては以下の投稿を参照してほしい。

「女性の理工系人材」育成のためには男性差別もありと日経は訴えるが…https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/09/blog-post_28.html


※辻本浩子論説委員への評価はDを据え置く。辻本論説委員については以下の投稿も参照してほしい。


日経 辻本浩子論説委員「育休延長、ちょっと待った」に注文
https://kagehidehiko.blogspot.com/2016/10/blog-post_16.html

「人生100年時代すぐそこ」と日経 辻本浩子論説委員は言うが…https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/100.html

少子化克服を「諦めるわけにはいかない」日経 辻本浩子論説委員に気付いてほしいことhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2020/11/blog-post_11.html

2021年10月5日火曜日

記事にする価値ある? 日経 岸本まりみ記者の「ドンキ、タイで3号店」

「記事にする価値があるかどうか、きちんと考えているのかな」と思える記事が日本経済新聞にはよく載る。今回は5日の朝刊から2例を挙げたい。まずはアジアBiz面に岸本まりみ記者が書いた「ドンキ、タイで3号店 郊外に初、客層拡大図る」という記事を見ていく。

夕暮れ時の風景

全文は以下の通り。

日経の記事】

ディスカウントストア「ドン・キホーテ」を展開するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)は、タイで3号店を開業した。首都バンコク郊外の商業施設「シーコンスクエア」内にアジア業態の「ドンドンドンキ」を出店した。これまで都心部に出店してきたが、郊外への展開で客層の拡大を図る

売り場面積は2147平方メートルで、取扱商品数は約3万点。

新型コロナウイルスの感染拡大でタイでも巣ごもり消費が膨らんでいることを受け、新店舗では手巻き寿司セットや高級食パンの専門店など自宅で食べられる日本食の品ぞろえを強化した。日本の屋台風料理を楽しめるライブキッチンを設け、渡航制限が続く中でも旅行気分を楽しんでもらう工夫を施す。

化粧品やスキンケア用品に特化したコーナー「コスメティックドンキ」も新設。専門知識のある店員に相談したり、商品を試したりできるようにする。オンライン販売にも注力する。配車大手グラブや東南アジアで広く使われるネット通販「ショッピー」から注文を受け付け、商品を配送する。


◎宣伝係のつもり?

この記事は何がニュースなのか。強いて挙げれば「郊外に初」か。しかし「これまで都心部に出店してきたが、郊外への展開で客層の拡大を図る」と書いているだけで、「郊外への展開」を掘り下げてはいない。

3号店」ならば基本的に記事にする必要はない。4号店や5号店も岸本記者は記事にしていくつもりか。

今回の記事には「ドン・キホーテ」のキャラクターと従業員らしき4人が入った写真まで載せている。岸本記者は「ドン・キホーテ」の宣伝係を買って出ているのか。

そう思って記事を読むと確かに宣伝臭い。岸本記者にも問題があるが、これをそのまま記事にして問題なしと感じるデスクがいるのも怖い。

要らないと感じた記事をもう1つ。


【日経の記事】

日本自動車工業会の豊田章男会長(トヨタ自動車社長)は4日、岸田文雄内閣が発足したことを受けて談話を発表した。「カーボンニュートラルの実現など多くの重要課題に直面していると認識している」と指摘。そのうえで「岸田首相のリーダーシップのもと『今日より明日はきっとよくなる』と信じられる日本へ導いていただくことを期待する」とコメントした。


◎当たり障りのない話なら…

ビジネス面に載った「自工会の豊田会長、岸田内閣発足『指導力に期待』」というベタ記事の全文だ。自動車産業の存在感が日本では大きいのは分かる。だが、業界団体のトップが内閣発足に際して当たり障りのない「コメント」を発表したから言って記事にする必要があるのか。「岸田首相には期待しない」と「豊田章男会長」が発言したのならば大きく報じていいと思うが…。


※今回取り上げた記事

ドンキ、タイで3号店 郊外に初、客層拡大図る」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211005&ng=DGKKZO76329420U1A001C2FFE000


自工会の豊田会長、岸田内閣発足『指導力に期待』https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211005&ng=DGKKZO76331320U1A001C2TB0000


※記事の評価はいずれもD(問題あり)。岸本まりみ記者への評価はDを維持する。岸本記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

業界紙なら分かるが…日経「プリンスホテル、タイで訪日客誘致」https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/blog-post_0.html

基礎ができていない日経 岸本まりみ記者に記事の書き方を助言https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/06/blog-post_3.html

2021年10月4日月曜日

「接種で不妊になる」を「誤情報」と決め付ける日経社説の誤り

「新型コロナウイルスのワクチンを接種することで不妊になるという科学的な根拠はない」と言えるとしても、「接種で不妊になる」を「誤情報」と断定するのは無理がある。しかし日本経済新聞は社説で「誤情報」と決め付けていた。「有害な誤情報の拡散を民主導で防ごう」と訴えながら、自ら正確さに欠ける情報を読者に提供するのは頂けない。

夕暮れ時の筑後川

日経には以下の内容で問い合わせを送った。

【日経への問い合わせ】

4日の日本経済新聞朝刊 総合・政治面に載った「有害な誤情報の拡散を民主導で防ごう」という社説についてお尋ねします。問題としたいのは「米国のワクチン接種は開始こそ早かったものの、ここにきて伸び悩んでいる。大きな要因となっているのが『接種で不妊になる』といった誤情報の流布だ」との記述です。

接種で不妊になる」を「誤情報」と決め付けていますが、そう言い切れる明確なエビデンスはあるのですか。厚生労働省のホームページでは、新型コロナウイルスQ&Aのコーナーで「ワクチンを接種することで不妊になるというのは本当ですか」との問いに対し「ワクチンが原因で不妊になるという科学的な根拠はありません」と述べているだけです。

これでは「接種で不妊になる」が「誤情報」とは断定できません。接種した人の「不妊」傾向が中長期的に強まるのかどうか結論を出すのは現時点では不可能です。今後の研究が「科学的な根拠」を提示する可能性はあります。

「ワクチンが原因で不妊になるという科学的な根拠はない=ワクチンが原因で不妊になることはない」と社説の筆者は誤解しているのでしょう。「『接種で不妊になる』といった誤情報」と断定することは、それ自体が「誤情報」ではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

そもそも「誤情報の拡散」を「防ごう」と訴える資格が日経にあるのでしょうか。

9月20日の朝刊オピニオン2面に載った「核心~菅政権はなぜ終わるのか」という記事に関して問い合わせを送ってから2週間が経ちましたが回答を得ていません(インシデント番号:210920-000057)。

この記事で「政権の終わり方はむずかしいものである。戦後政治を考えても首相としての任期を全うし『円満退社』したのは佐藤栄作、中曽根康弘、小泉純一郎の3つの政権しかない」と筆者の芹川洋一論説フェローは書いていました。日本の首相に「任期」はありません。「自民党総裁としての任期」の誤りでしょう。

こうした「誤情報」に関する問い合わせを無視している日経が「誤情報の拡散」を「防ごう」と訴えて説得力があるでしょうか。「核心」に関する間違い指摘も含めて、改めて回答を求めます。


◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事「有害な誤情報の拡散を民主導で防ごう

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211004&ng=DGKKZO76300920U1A001C2PE8000


※記事の評価はE(大いに問題あり)

2021年10月3日日曜日

「育児男女差→出生率低下に影響」が苦しい日経1面「チャートは語る」

3日の日本経済新聞朝刊1面に載った「チャートは語る~育児男女差が際立つ日本 男性、参加時間2割 出生率低下に影響」という記事は説得力がなかった。「チャートは語る」というタイトルに反して、「育児男女差」が「出生率低下に影響」していると語ってくれる「チャート」は見当たらない。天野由輝子記者(女性活躍エディター)と北爪匡記者はデータを強引に解釈して自分たち好みのストーリーを組み立てたのだろう。少子化問題では、この手の記事が目立つ。

岡城跡

記事中のグラフには「家事・育児時間の男女差は少子化に影響する」というタイトルが付いている。「合計特殊出生率」と「家事・育児時間の男女差」を16カ国分(日本、韓国、イタリア、スペイン、英国、豪州、ニュージーランド、フランス、米国、フィンランド、カナダ、ドイツ、オランダ、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン)見せている。

グラフから相関関係は感じられない。「合計特殊出生率」の差が小さいためだ。韓国の0.92が目立つ程度で、残りの国は1.24~1.87の狭い範囲に集まっている。「『家事・育児時間の男女差』にあまり関係なく先進国の出生率はドングリの背比べ」と感じた。

家事・育児時間の男女差」が16カ国中最大の日本は出生率1.36。「家事・育児時間の男女差」が日本を大きく下回るイタリアとスペインは出生率がそれぞれ1.27と1.24。筆者らの見立てとは逆になっている。

家事・育児時間の男女差」が2番目に小さいノルウェーの出生率は1.53。6番目のカナダは1.47。7番目のフィンランドに至っては1.35で日本と同レベル。相関関係さえ怪しいのに、このデータから「育児男女差」が「出生率低下に影響」していると結論を出すのは無理がある。

記事の中ではきちんと因果関係を示せているのだろうか。当該部分を見てみよう。


【日経の記事】

経済協力開発機構(OECD)のデータ(19年)で日本と韓国の男女差が際立つ。日本の女性が家事や育児に割く時間は男性の4.76倍、韓国は4.43倍にのぼる。ともに男性の参加時間は女性の2割ほどの計算だ。両国とも急速な人口減少につながる出生率1.5を下回り、韓国は20年の出生率が0.84まで低下した。男女差が2倍以内の国ではおおむね出生率1.5以上を維持している

東京都の女性会社員(39)は6月、念願の第2子を出産した。残業もある管理職として働くが、仕事と子育ては両立できるとの予測が立っていた。第1子(9)の誕生以来、会社員の夫(45)が家事育児に主体的に取り組んできた。出産への決め手は、自分だけが負担を背負い込まないですむ安心感だったという。

米ノースウェスタン大のマティアス・ドゥプケ教授らは欧州19カ国のデータを分析し、育児の大半を担うことで女性が出産に消極的になり、出生率が低下することを経済学的に裏付けた。ドゥプケ教授は「欧州以上に日本や韓国の男女の分担が不平等なことは、両国の低出生率と密接に関係している」と指摘する


◎そう来たか…

男女差が2倍以内の国ではおおむね出生率1.5以上を維持している」ーー。「そう来たか」とは思う。まず「2倍以内」という基準でイタリアとスペインを消す。そして「おおむね」と付けてカナダとファンランドは例外扱いにする。間違ってはいないが強引だ。

16カ国は筆者らの好みで選んだはずだ。なのに相関関係すら見えてこない。その辺りは筆者らも分かっているのだろう。「マティアス・ドゥプケ教授」の話を持ち出してくる。

しかし、これまた苦しい。「欧州19カ国のデータを分析し、育児の大半を担うことで女性が出産に消極的になり、出生率が低下することを経済学的に裏付けた」と書いているだけで具体的なデータはない。しかも「欧州19カ国」の話で日本は入っていない。

この辺りにも筆者らは一応配慮している。「欧州以上に日本や韓国の男女の分担が不平等なことは、両国の低出生率と密接に関係している」と「ドゥプケ教授」に語らせているが、やはりデータはない。

結局、「育児男女差」が「出生率低下に影響」していると言える明確なエビデンスは記事中に見当たらない。「ドゥプケ教授」の「分析」は多少の「裏付け」になるかもしれないが、データを示していないので何とも言えない。これで「チャートは語る」になっているのか。

この手の記事の書き手が陥りやすい傾向に触れておこう。以下のような流れで記事ができていると推測している。

・男女格差を小さくしたいという願望がまず存在する

・その願望を実現するために「少子化克服」をエサにしたいと考える

・男女格差の縮小が少子化対策になるという話を組み立てようとする

・途上国や新興国を含めると話が成立しないので無視する

・先進国の中で何とか話を作ろうとするがエビデンスに乏しく論理展開が強引になる


今回の記事には「OECDのデータ(17年)では、児童手当や育休給付、保育サービスといった日本の家族関係の公的支出は国内総生産(GDP)比1.79%。比率ではフランスやスウェーデンの約半分の水準にとどまる。支出が多い国は出生率も比較的高い」との記述もある。

そして記事に付けた「日本は家族向け政策への支出が少ない」というグラフを見ても、やはり出生率との明確な相関関係を見て取れない。

なのに結論は「男性が家事育児に参加しやすい環境づくり、そして子育て関連予算の充実と効率的な配分――。日本の出生率向上にはこの両輪が欠かせない」となってしまう。

日本もかつては「出生率」が高かった。当時は「男性が家事育児に参加しやすい環境」が整っていて「子育て関連予算の充実と効率的な配分」がなされていたのか。

海外と比べるならば、人口置換水準(出生率で2を少し上回る水準)を安定的に上回る国を見てほしい。それらの国は「男性が家事育児に参加しやすい環境」で日本を大きく上回るのか。「子育て関連予算の充実と効率的な配分」が素晴らしいのか。

そこにヒントがあるはずだ。



※今回取り上げた記事「チャートは語る~育児男女差が際立つ日本 男性、参加時間2割 出生率低下に影響

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211003&ng=DGKKZO76291710T01C21A0MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。天野由輝子記者への評価はDを据え置く。北爪匡記者への評価は暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げる。

2021年10月2日土曜日

男性皇族は「格子なき牢獄」で暮らすべき? 日経 井上亮編集委員に考えてほしいこと

平等を重視する観点から「天皇制はなくていい」と思っている。存続させるならば、少なくとも皇室離脱の自由は認めるべきだ。その立場から言うと、2日の日本経済新聞朝刊社会面に井上亮編集委員が書いた「皇室が負った深手と救い」という記事には矛盾を感じた。中身を見ながら具体的に指摘したい。

三隈川

【日経の記事】

祝福の儀式も結婚式もなく、複雑性PTSDという心の傷を負った末の寂しい結婚だが、眞子さまが意思を貫いたことは、ご自身と皇室にとって救いである。もし、「誹謗(ひぼう)中傷と感じられるできごと」で思いを曲げていたらどうなっていたか。

誤解している人もいるが、婚姻に際して皇室会議の議を経ることが必要な男性皇族と違い、女性皇族には一般国民と同様に憲法で保障されている婚姻の自由がある。眞子さまが結婚をあきらめていたら、皇室が基本的人権も認められない「格子なき牢獄(ろうごく)」だと示すことになっていただろう


◎「男性皇族」の人権は?

眞子さまが結婚をあきらめていたら、皇室が基本的人権も認められない『格子なき牢獄』だと示すことになっていただろう」という説明がおかしい。

婚姻の自由」が「基本的人権」に含まれると井上編集委員は見ているはずだ。そして「婚姻に際して皇室会議の議を経ることが必要な男性皇族と違い、女性皇族には一般国民と同様に憲法で保障されている婚姻の自由がある」と書いている。裏返せば「男性皇族」には「婚姻の自由」がない。

眞子さまが結婚をあきらめ」るかどうかに関係なく「男性皇族」にとって「皇室」は「基本的人権も認められない『格子なき牢獄』」だ。「男性皇族」だけがこの「牢獄」からなぜ抜け出せないのか。性差別とも言える。

眞子さまが意思を貫いたことは、ご自身と皇室にとって救いである」と井上編集委員は言う。だとしたら「好きな女性がいる。皇室を抜けて、その人と海外で暮らしたい」と「男性皇族」が訴えたらどうするのか。

男性皇族」という理由で「基本的人権」を認めず「格子なき牢獄」に縛り付けたままでいいのか。井上編集委員は記事を以下のように結んでいる。

婚姻の自由は民主主義社会の証明である。『皇室は基本的人権の枠外』などと言う前近代の感覚の論者もいるが、そのような非人間的仕組みを民主国家の象徴と呼べるだろうか

そう言いながら「男性皇族」にも「婚姻の自由」を認めるべきだと訴えないのはなぜか。天皇制の存続が危うくなるからなのか。だとしたら「『皇室は基本的人権の枠外』などと言う前近代の感覚の論者」と井上編集委員は大差ない。


※今回取り上げた記事「皇室が負った深手と救い」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211002&ng=DGKKZO76274600R01C21A0CM0000


※記事の評価はD(問題あり)。 井上亮編集委員への評価はDを維持する。井上編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「近代以降の天皇制度で最大級の改革」は日経の「過言」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/07/blog-post_14.html

乏しい根拠で週刊誌の皇室報道を貶める日経 井上亮編集委員https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_61.html

2021年10月1日金曜日

男女平等主義は韓国では危険思想? 週刊エコノミストの記事に思うこと

週刊エコノミスト10月5日号にニューススタンス編集長の徐台教氏が書いた「韓国の保守に“再生の旗手”~『不遜』すぎる36歳・新代表の素顔」という記事に引っかかる記述があった。韓国の最大野党である国民の力代表の李俊錫(イジュンソク)氏に関して、記事では以下のように解説している。

朝倉市の三連水車

【エコノミストの記事】

その政治的主張の極端さも危うい。女性の登用を定める「クオータ制」の廃止を主張するなど反フェミニズムを前面に押し出す李俊錫氏は、女性からの人気が低い。


◎「極端」で「危うい」?

韓国では「『クオータ制』の廃止を主張する」と「政治的主張」が「極端」で「危うい」と言われてしまうのか。筆者がそう感じたと言われればそれまでだが、男女平等主義者の立場からは解せない。

女性の登用を定める『クオータ制』」は性差別に当たる。「フェミニズム」が性差別を容認するものならば「李俊錫氏」の主張は「反フェミニズム」かもしれないが、そこに「極端さ」は感じない。

韓国には男性限定の徴兵制という強力な性差別制度があるので、性差別を当然視する傾向が強いのかもしれない。それにしても男女平等の原則を貫こうとする「政治的主張」が「極端」で「危うい」とされてしまうとは…。

日本もいずれそうなってしまうのか。それでも男女平等の原則を捨てたくはない。


※今回取り上げた記事「韓国の保守に“再生の旗手”~『不遜』すぎる36歳・新代表の素顔」https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20211005/se1/00m/020/044000c


※記事の評価はC(平均的)