2016年5月31日火曜日

不足のない特集 週刊エコノミスト「固定資産税を取り戻せ」

週刊エコノミスト6月7日号の特集「固定資産税を取り戻せ!」はカネを払って読むに値する良作だった。まず「複雑怪奇な固定資産税 納税者も気づかずミス長期化」という記事で、徴収ミスが相次ぐ背景を解説。「そうだったのか!? 意外と知らない固定資産税の基礎知識」で固定資産税を理解する上で必要な情報を提供している。さらに「最低限押さえておきたい 私の固定資産税 3つのチェックポイント」では、自治体から送られてくる「課税明細書」の見方を教えてくれる。
浅草寺の五重塔(東京都台東区)
          ※写真と本文は無関係です

特集のタイトルを見た時に「固定資産税を取り戻せ!」は大げさなのではと思ったが、種市房子記者の書いた「鉄筋量の誤り、土地使途間違い… こうして取り戻した6事例」を読むと、個人はともかく法人はかなり取り戻せる可能性が高そうだと思えた。

制度比較 海外とはこんなに違う ウェブで誰でも評価額を確認 米国、英国との情報開示に差」(筆者は篠原二三夫ニッセイ基礎研究所 土地・住宅政策室長)や「匿名座談会 現場関係者が内幕を語る ずさんな評価は数知れず 自治体にノウハウなし」では、日本の固定資産税が抱える問題に加え、改革の方向性も論じていた。特集として揃えるべきものは、きちんと揃っている。

固定資産税に関する知識が乏しいからかもしれないが、23ページにわたる特集を通して読んでもツッコミどころは特になかった。

個人的に期待している種市房子記者が手掛けた特集という意味でも今回は注目していた。この出来ならば申し分ない。全体として、期待を裏切らない特集に仕上がっている。

※特集の評価はB(優れている)。種市房子記者と一緒に特集を担当した桐山友一記者への評価はBで確定させる。種市記者への評価は暫定C(平均的)から暫定Bへ引き上げる。種市記者に関しては「事前報道に懐疑的な週刊エコノミスト種市房子記者に期待」を参照してほしい。

「経営の視点」日経 村山恵一編集委員に期待したが…

日本経済新聞の村山恵一編集委員には希望が持てると思っているのだが、30日朝刊企業面に載った「経営の視点~広がる会員制『使い放題』  『顧客と末永く』問われる」という記事は期待外れだった。「会員制の使い放題」に目新しさは乏しいし、記事の終盤で話が脱線してしまう。

記事の全文は以下の通り。
太宰府天満宮(福岡県太宰府市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

米カリフォルニア州にユニークな航空会社がある。2013年にサービスを始めたサーフエア。月に2千ドルほど払うと、州内の主要地域を結ぶ路線が乗り放題になる。小型機12機で1日約90便。企業の幹部職ら3千人以上が、仕事やレジャーに利用する。

使い方は簡単だ。予約はスマートフォン(スマホ)で30秒あれば済む。空港ではコンシェルジュが出迎え、機内へといざなう。搭乗手続きの行列に並ぶ必要はない。「利便性と時間の節約をもたらす」。ジェフ・ポッター最高経営責任者(CEO)が語る。他州への進出も考えている。

一定額を払い会員になって利用する「サブスクリプション」と呼ぶサービスが業種の壁を越えて広がる。最近は映画や音楽の配信が人気を集めるが、定期的にひげそりの替え刃を届けるベンチャーなど新顔の登場が相次ぐ。会員なら使い放題という例も多い

07年創業のZuora(ズオラ)は、この波に乗って成長をめざすシリコンバレーのIT(情報技術)会社だ。サブスクリプションサービスを手がける企業に、課金や会員分析などのシステムを提供する。

導入企業は800社。メディアや教育、ヘルスケアなど多岐にわたる。15年には日本法人をつくった。創業者のティエン・ツォCEOが話す。「これまで企業は製品の販売数を競ってきたが環境は変わった。問われるのは、どれくらい顧客を抱えられるかだ」

モノの所有からサービスの利用へ――。車を買わず、スマホアプリで車を呼ぶ人たちの急増が象徴するような、消費の新潮流が背景にある。モノを売るぶつ切りではなく、サービスで末永くつながる。そんな顧客との関係づくりが企業にとって大切になる。

米アマゾン・ドット・コムが05年に開始した会員制サービス「プライム」。米国の場合、年額99ドルで通販商品のスピード配達の利用や、娯楽コンテンツの視聴が好きなだけ可能になる。「しっかり者は会員になる」。ジェフ・ベゾスCEOの自信作だ。

ある調査によると、米国のプライム会員は、非会員よりアマゾンでの買い物金額が8割多い。顧客の懐に飛び込み、商機を膨らませる好循環が生まれている。会員は15年に前年比51%増え、高成長を支える。

翻って日本。燃費データの不正で窮地に陥った三菱自動車は生き残りのため日産自動車傘下に入る。顧客情報が流出し会員減少が続くベネッセホールディングスはトップが辞任する。「企業の目的は、顧客の創造である」。ピーター・ドラッカーの言葉を持ち出すまでもなく、経営の基本がなっていない。顧客の信頼なしに良い関係は築けない

先週、米マイクロソフトのサティア・ナデラCEOが日本で講演し、こう予想した。「ボットによって、あらゆる製品、サービスと人間が話せるようになる」。ボットとは会話型の人工知能。何でもネットにつながるIoT時代には「接客係はボット」といった風景が当たり前になる。どう顧客と向き合うか。技術の進化も企業に再考を迫る。

顧客争奪の新たな戦い。もう幕は上がっている。

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サブスクリプション」が「使い放題」なのかどうか村山編集委員は微妙な書き方をしているが、ここでは「使い放題」との前提で話を進める。

そもそも「会員制の使い放題」に、わざわざ記事で取り上げるほどの目新しさはあるのか。昔から世の中に溢れているのではないか。

遊園地の年間パスポート、野球場の年間予約席などは典型だ。記事では「月に2千ドルほど払うと、州内の主要地域を結ぶ路線が乗り放題になる」航空会社の話が出てくる。これは鉄道やバスの定期券と似たシステムだ。日経の電子版も「会員制の使い放題」だろう。有料会員になると電子版の記事が読み放題になる(記事検索は使い放題ではないが…)。

一定額を払い会員になって利用する『サブスクリプション』と呼ぶサービスが業種の壁を越えて広がる」と村山編集委員は言うが、元から幅広い業種で見られる仕組みではないか。「業種の壁を越えて広がる」具体例も「サーフエア」ぐらいだ。「定期的にひげそりの替え刃を届けるベンチャー」は「使い放題」ではないだろう。

モノの所有からサービスの利用へ」という話でもないだろう。記事の冒頭で紹介した「乗り放題」の航空会社もそうだ。航空サービスの利用法の変化に過ぎない。一部には「自家用ジェットを売却して」という人もいるかもしれないが、それだと記事で言うような「利便性と時間の節約」はもたらしそうもない。

翻って日本」から話が脱線気味になるのも気になった。せめて日本での「会員制の使い放題」には触れてほしかった。「IoT時代には『接客係はボット』といった風景が当たり前になる」という辺りになると、「会員制の使い放題」との関連はほとんどなくなってしまう。そして最後は「顧客争奪の新たな戦い。もう幕は上がっている」と締めてしまう。

顧客争奪の新たな戦い」というほどの話ではないし、「もう幕は上がっている」というより「幕はずっと前から上がったままだ」と言うべきだ。今回の記事は、全体に安易な作りだと思える。


※記事の評価はC(平均的)。村山恵一編集委員への評価はCを据え置くが、弱含みではある。

2016年5月30日月曜日

日経1面「シェアエコノミーとルール」に感じた問題(2)

29日の日本経済新聞朝刊1面に載った「シェアエコノミーとルール (上) 広がる新ビジネス 日本流規制が壁に」という記事の問題点をさらに指摘したい。記事の最初に出てくるのはカーシェアリングの話。ここは気になる点が多かった。記事では以下のように書いている。

筑後川と耳納連山と夕陽(福岡県久留米市) 
               ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

自動車・空き部屋の貸し借りや、小口の資金調達などをインターネットで仲介する「シェアリングエコノミー」が世界中で急拡大している。IT(情報技術)発達で可能になった新ビジネスに、日本の法や規制が壁として立ちはだかる。企業活動や市民生活の効率化には、新たなルールをつくる工夫と決断が必要だ。

 5月の週末、東京・丸の内で2人の男性が落ち合った。「キーを渡します」「長野までドライブします」。ディー・エヌ・エー(DeNA)のカーシェア仲介サービス「Anyca(エニカ)」に登録した車のオーナーと利用者。スマートフォン(スマホ)の専用アプリで直接交渉した。

2006年の道路運送法改正で自家用車の共同使用の許可制が撤廃、昨年9月に始まったただし法が認めるのは「非営利」。車の使用料が高すぎるとレンタカー事業とみられかねず、自由な値付けはできない。同社は「使用料を一定水準以下に設定するようオーナーにお願いしている」

車のシェアはシェアエコノミーのけん引役だ。トヨタ自動車が資本・業務提携を決めた米ウーバーテクノロジーズはスマホで配車するライドシェア(相乗り)サービスを70カ国・地域で展開する。しかし日本では自家用車の有償運送は原則禁止。過疎地の特例事業が26日、京都府京丹後市で始まったにすぎない。

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疑問点を列挙してみる。

◎レンタカー事業と見られてしまうのは誰?

車の使用料が高すぎるとレンタカー事業とみられかねず…」と書いている。だが、そう見られてしまうのが仲介サービスを手掛ける「DeNA」なのか「車のオーナー」なのかはっきりしない。ここでは「車のオーナー」が正解だと仮定して話を進めたい。

◎「非営利」でも貸す理由は?

車を貸すオーナーは「非営利」でなければならないと書いてある。ならば、貸している間に使われたガソリンの代金ぐらいしか請求できないのだろう。なのに見ず知らずの人に車を貸すオーナーの気が知れない。困っている人に慈善事業として貸すのなら、まだ分かるが…。一方、「使用料を一定水準以下に設定」してもそこそこ儲かるとすれば、それは「非営利」と言えるのかとの疑問が湧く。

◎規制は本当に厳しい?

日経トレンディネットの記事によると、「先代のダイハツ『コペン』を貸し出す29歳のオーナー」はエニカを使う際に「貸出価格は12時間で3200円、24時間でも4000円と割安にしている」らしい。ポルシェなどは12時間で1万円前後との情報もある。これだけの金額を受け取っても「非営利」としてお咎めなしならば、ビジネスを展開する上で実質的な影響はあまりない。オーナーがDeNAに10%の手数料を払ってでも車を貸し出そうとするのも納得できる。

日本流規制が壁に」という結論ありきで記事を作っているから、こうなるのだろう。思い込みを排し、「本当に規制のしすぎなのか」「規制緩和を求める業者の言い分を鵜呑みにしていないか」と自問しながら取材をしてほしい。

ついでに拙い言葉の使い方を指摘しておきたい。

【日経の記事】

2006年の道路運送法改正で自家用車の共同使用の許可制が撤廃昨年9月に始まった。ただし法が認めるのは「非営利」。

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許可制が撤廃」は「許可制が撤廃され」の「され」を略したものだろう。受け身の場合、こういう略し方はしない方がいい。例えば「警官が逮捕され」を略して「警官が逮捕」としてしまうと「警官が逮捕した」との誤解が生じやすい。

さらに言えば、上記の文では「昨年9月に始まった」のが何なのかよく分からない。形式的に判断すれば「自家用車の共同使用の許可制」が「昨年9月に始まった」のだろう。しかし、2006年に「撤廃」されたはずなので辻褄が合わない。

文脈から判断すれば何となく分かるが、お世辞にもきちんと書けているとは言えない。以下に改善例を示しておく。

【改善例】

仲介を始めたのは昨年9月だ。自家用車の共同使用の許可制は2006年の道路運送法改正で撤廃になった。ただし法が認めるのは「非営利」。


※記事の評価はD(問題あり)。連載の(下)については「自分たちの知恵は出さない日経『シェアエコノミーとルール』」を参照してほしい。

2016年5月29日日曜日

日経1面「シェアエコノミーとルール」に感じた問題(1)

日本経済新聞ではシェアリングエコノミーをよく取り上げる。29日には朝刊1面で「シェアエコノミーとルール」という連載が始まった。シェアリングエコノミーの素晴らしさを紹介した上で、規制緩和の必要性を訴えるのがいつものパターン。「(上) 広がる新ビジネス 日本流規制が壁に」も同じ流れだ。そして、いつも似たような問題が起こる。「何を以てシェアリングエコノミーと呼ぶのか」「何でも規制緩和すべきなのか」という問題だ。
鎮西身延山 本佛寺(福岡県うきは市)
    ※写真と本文は無関係です

まず記事の終わりの方を見ていこう。

【日経の記事】

ビジネスの魅力をそぐルールもある。ネットを通じて個人や中小企業が資金を融通し合うクラウドファンディング。ファンドで集めた資金を企業に融資するmaneo(東京・千代田)の滝本憲治代表取締役は「企業名を公表できないので関心を得にくい」と話す。

金融法に詳しい増島雅和弁護士は「投資家が資金回収に直接乗り出すなどトラブルを防ぎたい当局の意向が強い。企業名の明示を認めれば市場を拡大できる」と話す。

米プライスウォーターハウスクーパース(PwC)によると、シェアエコノミーの全世界の市場規模は13年に150億ドル(当時約1兆4千億円)。日本は14年度で約230億円(矢野経済研究所調べ)にとどまる

既存業界の保護に軸足を置いた規制は新ビジネスの芽を摘み取る。グーグル、ヤフーなどが加盟するアジアインターネット日本連盟の杉原佳尭幹事長は「安全性などに問題がある業者は規制で縛るのではなく、消費者の評価で自然淘汰させるべきだ」と是正を訴える。

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クラウドファンディングをシェアリングエコノミーの一部とする考え方はあるのだろう。その場合、シェアしているのは「カネ」となる。ただ、個人などから幅広く資金を集めて誰かに貸すのが「シェアリングエコノミー」に当たるのならば、金融機関がやっている融資もそうなる。特に信用金庫や信用組合は「シェアリング」色が強くなる。

「ネットを通じて資金調達しているかどうか」で分けて信金や信組を「シェアリング」から外すとなると、かなりご都合主義的な定義になる。結局、クラウドファンディングがシェアリングエコノミーに当たるのならば、シェアリングエコノミー市場とは既存の金融機関による融資も含む非常に大きなものと考えるほかない。

規制も他の金融機関と同様に考えるべきだ。融資先の公表を認めるかどうかも、金融業界全体の問題として捉えるしかない。そのぐらいの規制緩和ならば大きな問題はないのだろうが、記事の結びは「規制撤廃」を求めているかのようだ。

安全性などに問題がある業者は規制で縛るのではなく、消費者の評価で自然淘汰させるべきだ」というコメントを使っているのだから「シェアリングエコノミーに関する規制は何でも撤廃してしまえ」と取材班は判断しているはずだ。それが「誰でも自由に銀行業務をできるようにしよう」という主張も含んでしまうことは分かっているのだろうか。

ネットを通じて個人や中小企業が資金を融通し合うクラウドファンディング」に関して「ファンドで集めた資金を企業に融資する」業務が規制なしにできるようになれば、既存の金融機関と同じような融資業務を誰でもできるようになる。それが本当に望ましいのかどうか取材班はしっかり考えてほしい。

記事には他にも問題を感じた。それらについては(2)で述べる。

※(2)へ続く。

2016年5月28日土曜日

必須情報が抜けた日経「武田、アリナミン錠剤の生産倍増」

日本経済新聞の企業関連記事では記事を構成する上での必須要素が頻繁に抜ける。28日の朝刊企業・消費面に載った「武田、『アリナミン』錠剤の生産倍増 30億円投資」というベタ記事では、入れるべき情報が2つも抜けていた。
太宰府天満宮の参道(福岡県太宰府市)
             ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

武田薬品工業は27日、ビタミン剤「アリナミン」の錠剤の生産能力を倍増すると発表した。京都府福知山市の工場に30億円を投じ、錠剤を糖衣で覆う工程のラインを2つに増やす。縮小傾向にあった国内の大衆薬市場はインバウンド(訪日外国人)需要で盛り返しつつある。中国への輸出も計画しており、今後の販売増に備える。

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まず、生産能力をいつ倍増させるのか謎だ。さらに「アリナミン」の錠剤を生産する能力がどの程度になるのかも触れていない。武田がそうした情報を公表していないのかと思ったが、他紙の記事を見ると違うようだ。産経の「武田薬品、ビタミン錠などの生産能力を倍増、福知山工場に新ライン」という記事では以下のように書いている。

【産経の記事】

武田薬品工業は27日、一般医薬品の生産ラインを増設すると発表した。約30億円を投じ、ビタミン錠などを手がける福知山工場(京都府福知山市)の生産能力を現在の年産12億錠から、平成29年4月に24億錠へと引き上げる。訪日外国人向けの需要増加や、将来の輸出拡大に対応する。

福知山工場では 「アリナミン」などの錠剤を製造している。現在、国内ドラッグストアで訪日客向けの販売が増加しているほか、海外での販売も伸びている。現在の福知山工場は週末を含め24時間稼働のフル操業が続いており、今後も国内外の販売増加が見込めることから増産体制を整える。

武田薬品工業コンシューマーヘルスケアプレジデントの杉本雅史氏は、「日本製の一般用医薬品は高品質で、外国人からの人気が高い」と話した。

武田薬品工業の平成28年3月期の市販薬事業売上高は801億円。今後は増産効果などにより、数年以内に1千億円を目指す。

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この記事では「福知山工場(京都府福知山市)の生産能力を現在の年産12億錠から、平成29年4月に24億錠へと引き上げる」との情報が入っている。産経の記事を参考にして、日経のベタ記事を改善してみよう。

【改善例】

武田薬品工業は27日、ビタミン剤「アリナミン」の錠剤の生産能力を倍増させると発表した。京都府福知山市の工場に30億円を投じ、2017年4月から年産能力を24億錠に増やす。縮小傾向にあった国内の大衆薬市場はインバウンド(訪日外国人)需要で盛り返しつつある。中国への輸出も計画しており、今後の販売増に備える。

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※日経の記事の評価はD(問題あり)。日経の企業関連記事から必須情報が抜けてしまう背景については「『無印』小型店 今後の出店数抜きに『出店加速』と書く日経」を参照してほしい。

2016年5月27日金曜日

日経 奈良部光則記者「体・験・学」の「正直な告白」を評価

日本経済新聞夕刊くらし面で奈良部光則記者が連載している「体・験・学~パット上手になりたい」は、なかなか読み応えがある。中でも27日の第5回「練習成果、いざ難コースで そして今宵もパターを握る」は良かった。自分をさらけ出した奈良部記者の「正直な告白」が記事に深みを与えている。

桜満開の靖国通り(東京都千代田区) ※写真と本文は無関係です
ゴルフでレッスンを受けた成果を体験談として書く場合、自分だったら「スコアは126。これが精いっぱいだった」と読者に報告できるだろうか。事情が許せば、もう一度コースに出てしまうだろう。

私はゴルフ担当記者だが、この際、正直に告白する。ゴルフが心から楽しいと思えたことがない」と言い切ったのも素晴らしい。「だったらゴルフ以外を担当したら…」と言われかねないことを、あえて記事の中で言葉にしている。なかなかできるものではない。

経済記事を批評するという本来の趣旨とは外れるが、今回は記事の中身を見ながら、奈良部記者にゴルフ絡みの助言をしてみたい。

◆ゴルフ上達を目指す奈良部記者への助言◆

◎練習グリーンは「確認の場」

【日経の記事】

通勤時に聞くのはパットのリズムを刻む音楽。夜ごとの練習にも体が慣れた。力試しにと、茨城県宍戸ヒルズカントリークラブに挑戦した。来月2日に開幕する日本ツアー選手権森ビル杯の舞台。この難所で目標36パットはおこがましい? でも40なら……。いや、学んだことを出せればいい。

練習グリーンで上り10ヤード(約9メートル)のラインを見つけ30分ほどパターを振る。他のコースなら距離感が何となくつかめるが、球の転がるスピードが速すぎて全くダメだ。普通に打ったはずが2メートルもカップを通り越している。プロが戦う状況に芝を近づけている最中とはいえ、何なんだ、これは

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練習グリーンは距離感を確かめる場です。9メートルを打って2メートルオーバーでも驚く必要はありません。「速いなぁ」と思って調整すればいいだけです。調節していけば、9メートルはどのぐらいの強さでピッタリかが分かってくるはずです。それを頭に入れてコースに出ましょう。もちろん「今日はグリーンが難しいのでパット数が増えそうだな」と覚悟する必要はあります。

◎パー3でも「3打でカップイン」する必要なし

【日経の記事】

乱れた心で迎えた1番のショートホール。ティーショットがいきなり右へ出た。3打でカップに入れないといけないのに、グリーンに乗ったのが5打目。同伴者が見かねて、残り50センチ近くの距離を入ったとみなしてOKをくれ、なんとか「9打」で収まった。

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パー3は「3打で上がればパー」というだけです。「3打でカップに入れないといけない」わけではありません。18ホール全てダブルボギーならば108で、奈良部記者のスコアは126。普段のスコアは分かりませんが、「ダボが普通、ボギーなら上出来」という考え方でプレーしてはどうでしょう。パー3では「5」をパーと考えて、パープレーを目指すのです。実力に応じた目標設定でないと、辛くなるだけです。

◎パット数に大きな意味なし

上りと下り、右曲がりと左曲がり。複雑な傾斜のグリーンに前半は戸惑うばかり。ただ後半は1パットが2回、2パットが4回。計45パットでスコアは126。これが精いっぱいだった。「ひつそり咲いて散ります」。種田山頭火の句が浮かんだ。

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45パットは確かに多いですが、パット数はあまり気にする必要がないと思います。上級者でもない限り、10メートル以上は3パットが当たり前です。一方、1メートル未満ならば、初心者でも1パットで行きたいところです。結局、どの程度の距離を残したかに左右されます。上級者になると、ショットの調子が悪くなってパーオンが減ると、寄せワン狙いのパットが増えてパット数が減ったりもします。しかし、これはパットの技量とはあまり関連がありません。「パット数はあくまで参考」と考えてください。

◎まずはショットの練習を

【日経の記事】

今回、パットに絞って取り組んだのは、今まできちんと教わった経験がなかったからだ。取材でプロに聞いても「強めに打って2メートルオーバーはしょっちゅう」(一昨年大会覇者の竹谷佳孝選手)、「ちょうど届くぐらいで打つ」(ツアー5勝の松村道央選手)。それぞれで難しい。そして奥が深い。

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パットも大事ですが、100を切るまでは何といってもショットです。「パットに絞って取り組んだのは、今まできちんと教わった経験がなかったからだ」ということは、ショットはきちんと教わったのでしょうか。ドライバーショット、バンカーショット、アプローチショットがそこそこ打てるようになれば、100切りは見えてきます。90を切るまでは「3パットが当たり前」でも気にする必要はありません。


※記事の評価はB(優れている)。奈良部光則記者への評価も暫定でBとする。

2016年5月26日木曜日

「無印」小型店 今後の出店数抜きに「出店加速」と書く日経

日本経済新聞で企業関連記事の完成度が低いのは、今に始まった話ではない。ただ、26日の朝刊企業・消費面に載った「良品計画、『無印』小型店の出店加速 数年で売上高3倍」という記事には若干の目新しさを感じた。見出しに「小型店の出店加速」と付け、記事では「小型店の出店を増やす」と書いているのに、小型店の今後の出店数には全く触れていないからだ。このパターンは見た記憶がない。

鎮西身延山 本佛寺(福岡県うきは市)
    ※写真と本文は無関係です
記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

「無印良品」を展開する良品計画は小型店の出店を増やす。日常的に使う衣料や雑貨などに品ぞろえを絞った「MUJI com(ムジコム)」を今後の出店の中心に据え、数年内にムジコムを含む小型店の売上高を現在の約3倍の100億円に引き上げる駅ビルを中心に店舗網を広げ、通勤・通学による駅の利用者を固定客に取り込む

店舗面積を500平方メートル未満とする小型店は標準的な「無印良品」よりも3割以上小さい。ムジコムのほか、空港に出店する「MUJI to GO」、主に駅構内に展開する「無印良品comKIOSK」がある。3タイプ合計の店舗数は30店弱、年間売上高は約35億円となっている。

店舗展開の中心となるムジコムはこれまでJR大森駅(東京・大田)に直結する商業ビル「アトレ大森」などに20店弱を出店。今後は駅ビルに加え、駅と接する地下街の商業施設など駅の利用者が日常的に行き来する場所を確保していく。

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良品計画は小型店の出店を増やす」という話を柱にニュース記事を書く場合、必ず入れるべき要素とは何だろうか。(1)小型店の定義(2)現在の小型店の数(3)過去の小型店の出店ペース(4)今後の小型店の出店ペース(5)小型店に力を入れる理由--といった辺りがすぐに思い付く。

このうち、今回の記事で触れているのは(1)と(2)だけだ。「駅ビルを中心に店舗網を広げ、通勤・通学による駅の利用者を固定客に取り込む」というのが(5)に当たるか微妙だが、少なくとも(3)と(4)はない。これで「小型店の出店を増やす」と堂々と書けるのは、ある意味ですごい。

記者が若手で技量不足なのかもしれないし、それを責められない面もある。ただ、企業報道部のデスクも「これで問題なし」と判断していることになる。その責任は免れない。今回の場合、書き直しかボツを選ぶべきだ。

出店を増やす」話なのだから、例えば「年間5店以下の出店だった小型店を今後3年間で30店出す」といった情報は不可欠だ。記事で今後の出店数を探る手掛かりは「数年内にムジコムを含む小型店の売上高を現在の約3倍の100億円に引き上げる」という部分だけだ。見出しを付ける整理部の担当者も、「今後の出店数」が見当たらないので困って「数年で売上高3倍」を見出しに持ってきたのだろう。同情を禁じ得ない。

今後の出店数は不明で、売上高の計画も「数年内」という曖昧な言い方しかできないのであれば、記事にする必要はない。本来ならば、「小型店以外の出店はどうするのか」という情報も入れたいところだが、まずは必須情報を抜かないことだ。

なぜ日経の企業関連記事の完成度は低くなるのか。最大の原因は日経産業新聞と日経MJの存在だ。企業報道部の記者はこの2つの新聞を「埋める」作業に追われながら、日経本紙にも記事を書いている。すると、どうしても質より量が問われるようになる。そして、粗製乱造が当たり前の状況で経験を重ねていく。

そうやって育った記者がデスクになり、今度は記事をチェックする立場になる。その時には「粗製乱造が当たり前」になっているので、今回のような記事を記者が出してきても、問題を感じなくなってしまう。結果として、完成度の低い記事が世に送り出されてしまうというわけだ。

今回の記事を書いた記者は、自らの技量不足を反省することもなく仕事を続けていくのだろう。その記者がやがてデスクになって…。日経の抱える構造的な問題を解決するのは、かなり困難だ。


※記事の評価はD(問題あり)。

2016年5月25日水曜日

特損回避で最高益? 東洋経済「セブン再出発」に残る疑問

嫌な予感がする。週刊東洋経済5月28日号の特集「セブン再出発~教祖はもういない」に関する問い合わせを東洋経済新報社に送ってから3日が経過したが、回答はない。この特集には、間違い指摘の握りつぶしで実績を持つ西村豪太編集長代理が参加している。役職から見て、特集の責任者だろう。だとすると過ちを繰り返しても不思議ではない。「毒を食らわば皿まで」か。

【東洋経済への問い合わせ(5月22日)】
筑後川橋(片の瀬橋)沿いの桜(福岡県久留米市)
                 ※写真と本文は無関係です

5月28日号の特集「セブン再出発」についてお尋ねします。58ページの記事では、イトーヨーカ堂の不採算店舗の閉鎖が進まない理由として「これまでは鈴木会長がリストラを抑えてきたという見方もある。鈴木会長はヨーカ堂幹部に対し、『HDが増益できる範囲でないと特損を出してはいけない』と指示してきたようだ。店舗を一気に閉鎖すれば、数百億円の巨額特損が発生する」と説明されています。

セブン&アイHDが増益を続けてきたのならば分かりますが、純利益で見ると2016年2月期まで2期連続の減益です。特損計上の回避によって増益を維持してきたとは考えられません。

49ページで「鈴木会長は退任会見で『この数年、連続最高益でやってきた』と実績を誇ったが、それを維持するためにリストラへの踏み込みが不十分だった懸念がある」と書いているのも、ヨーカ堂の不採算店舗閉鎖に関連したものです。ただ、ここで言うHDの「連続最高益」は営業利益ベースではありませんか。だとすると、リストラで巨額の特損を計上しても最高益は維持できます。

記事の説明には問題があると考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その理由も併せて教えてください。

付け加えると「増益できる範囲」との表現には違和感があります。「増益する」「減益できない」といった言い方はあまりしません。「増益になる範囲」などした方が自然ではないでしょうか。

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東洋経済に関しては、20日に送った以下の問い合わせにも回答が届いていない。これらの問い合わせについて東洋経済編集部が「無視」を選択するのであれば、メディア全体への評価も考え直す必要が出てくる。

東洋経済オンラインに20日付で載った「復活『すき家』、業績急改善が止まらないワケ~ゼンショー、絵に描いたようなV字回復を達成」という記事に関する問い合わせの内容は以下の通り。

【東洋経済への問い合わせ(5月20日)】

「『復活すき家』、業績急改善が止まらないワケ」という記事についてお尋ねします。記事では「深夜営業を休止していた期間は、一定の時間で店舗を開店・閉店することによる食材廃棄ロスが大きくなった。深夜営業の再開に伴い、ロスは改善傾向にある。2015年4月に牛丼価格を291円から350円に値上げ(牛肉、玉ねぎを20%増量)した効果と合わせて、原価が20億円改善したという」と説明しています。

「原価が20億円改善」とは「原価が前の期に比べて20億円減った」という意味でしょう。しかし「牛丼価格を291円から350円に値上げ」しても原価は減りません(原価率を下げる効果はあります)。「牛肉、玉ねぎを20%増量」に関しては原価を増やす要因です。食材廃棄ロスの減少も利益を押し上げる効果はあるでしょうが、原価を減らすものではありません。深夜営業の再開によって使う食材の量自体が増えているのであれば、むしろ原価は膨らみます(価格変動は考慮していません)。「値上げや増量で原価が20億円改善する」という説明は正しいのでしょうか。

ゼンショーの決算資料によると、2016年3月期の原価は前の期より78億円増えており、原価率も43.0%から43.4%に悪化しています。記事から「ゼンショー全体で16年3月期に原価が前の期と比べて20億円減少した」と理解しましたが、どうも違うようです。これは「牛丼事業では原価が前の期より20億円減った」「食材ロス抑制、値上げ、増量による原価削減効果が20億円だった」という趣旨かもしれません。ただ、説明が十分だとは思えません。

上記の点に関して、どう理解すればよいのか教えていただければ幸いです。お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いします。

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※上記の2つの問い合わせに関しては「道を踏み外した東洋経済 西村豪太編集長代理へ贈る言葉」「週刊ダイヤモンドが見習うべき東洋経済『セブン再出発』」「今度はゼンショー? 東洋経済 常盤有未記者の問題点」を参照してほしい。

追記)結局、いずれの問い合わせにも回答はなかった。

2016年5月24日火曜日

マイナス金利は株式に逆風? 日経 土居倫之記者に問う

日本経済新聞 証券部の土居倫之記者によると、株式市場の関係者は「マイナス金利の拡大を警戒」しているようだ。しかし、土居記者が書いた朝刊投資情報面の「一目均衡~マイナス金利と『ゼロ金利の壁』」 という記事を読むと、マイナス金利の拡大は株式市場にとってむしろ追い風のように思える。
「虹の松原」の前に広がる砂浜(佐賀県唐津市)
              ※写真と本文は無関係です

記事の内容は以下の通り。

【日経の記事】

日銀がマイナス金利を導入してから26日で100日となる。マイナス金利でデフレを脱却したい日銀と、日銀に対する不満を募らせながらプラスの利回り確保に奔走する金融機関。両者の思惑がすれ違う陰には「ゼロ金利の壁」がある。

三井住友アセットマネジメントは今年度に入り、ある機関投資家向け株式ファンドの募集を停止した。資産が500億円近くに達し、運用体制が追いつかなくなったためだ

地銀や年金マネーが殺到した秘密は安定的な高い利回りだ。同じ業種内で買いと売りを組み合わせる「ロング・ショート」と呼ぶ投資戦略をとり、設定来の年換算利回りは10%を超す。運用する坂井早苗シニアファンドマネージャーは「運用利回りがこれまで四半期ベースでマイナスになったことがない」と明かす。

日本より利回りが高い海外の金融商品にもマネーは向かう。米ゴールドマン・サックスが日本の保険会社に紹介しているのが「プライベート・クレジット」と呼ぶ商品だ。ゴールドマンが信用リスク評価に必要な手はずを整え、欧米の買収ファンドなどに同社と共同で資金を貸し付ける。格付けはシングルB格級だ。

来日した同社のオマー・チョードリー氏は「流動性がない分、高い利回りが期待できる」と語る。時価評価が必要ないことも市場の変動を敬遠する投資家を引き付けるという。

「みなさんが家を建てようとしたり、会社が工場やお店を建てたりするときは有利になります」。日銀はホームページに掲載した解説「5分で読めるマイナス金利」にこう記す。

だが日銀の思惑とは裏腹に企業の新規設備投資は盛り上がりを欠く。10年物国債の利回りはマイナス0.1%前後まで低下。マネーは高い利回りを求めてさまよう。海外のインフラファンドに400億円投資する日本生命保険の佐藤和夫財務企画部長は「国債は流動性確保に必要な最低限分しか買わない」と断言する。

保険会社や年金基金は加入者に、銀行は預金者に、それぞれプラスの利回りを約束している。企業会計基準委員会(ASBJ)は、退職給付債務の計算に使う割引率にマイナス金利の適用を容認する一方で、ゼロも選べるようにした。

保険会社や銀行もマイナス金利の適用には及び腰。顧客である世論の反発を免れないからだ。お金を預かる側には、収益悪化を覚悟で顧客に約束する利回りをプラスに維持せざるを得ない「ゼロ金利の壁」がある。マイナス金利の深化は「収益悪化がどこまで続くかわからない怖さがある」(欧州証券の株式営業責任者)

決算発表が一巡し、株式市場の関心は6月中旬の米連邦公開市場委員会(FOMC)とそれを受けた日銀の金融政策決定会合に集中している。マイナス金利の拡大を警戒する株式市場関係者は、上場株式投資信託(ETF)の買い入れ増額など即効性の高い金融政策への期待を強めている

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原則として、金利低下は株式相場の上昇要因だ。「マイナス金利の拡大」も金利低下には違いない。「マネーは高い利回りを求めてさまよう」と土居記者も書いている。

記事によると「三井住友アセットマネジメントは今年度に入り、ある機関投資家向け株式ファンドの募集を停止した」という。「地銀や年金マネーが殺到した秘密は安定的な高い利回り」のようだ。つまり、マイナス金利が株式市場への追い風になっている。

ゴールドマンが信用リスク評価に必要な手はずを整え、欧米の買収ファンドなどに同社と共同で資金を貸し付ける」金融商品も人気らしい。これも「欧米の買収ファンド」への資金流入によって世界の株価を引き上げる効果がある。

10年物国債の利回りはマイナス0.1%前後まで低下」したため日本生命では「国債は流動性確保に必要な最低限分しか買わない」方針だという。その分、「海外のインフラファンド」などリスクの高い投資対象に資金が流れるので、これも株式市場にとってはプラス材料だ。

お金を預かる側には、収益悪化を覚悟で顧客に約束する利回りをプラスに維持せざるを得ない『ゼロ金利の壁』がある」から、銀行などではマイナス金利の拡大によって収益が圧迫される。こちらは株価へのマイナス要因でいいだろう。

こうやって見ると、記事を読む限り「マイナス金利は株式市場への資金流入を促すプラス効果が大きい。銀行などの収益悪化をもたらすマイナス面もあるが、全体で見れば株式市場にとってはプラス」と判断したくなる。

実際はマイナス面の方が大きいのかもしれない。ただ、土居記者の「一目均衡」では、プラス面が勝って見える。なのに、「マイナス金利の拡大を警戒する株式市場関係者は、上場株式投資信託(ETF)の買い入れ増額など即効性の高い金融政策への期待を強めている」と結んでも説得力はない。

こういう形で話を終わらせたいのならば、「マイナス金利は株式市場にとってマイナス面の方が大きい」という展開にする必要がある。しかし、それができているとは思えない。


※記事の評価はD(問題あり)。暫定でDとしていた土居倫之記者への評価はDで確定させる。土居記者に関しては「基礎力不足の日経 土居倫之記者『アジアラウンドアップ』」も参照してほしい。

2016年5月23日月曜日

週刊ダイヤモンドが見習うべき東洋経済「セブン再出発」

これ程の大差が付くとは…。週刊東洋経済5月28日号の特集「セブン再出発~教祖はもういない」を読み進めながら、ライバル誌の週刊ダイヤモンドに思いを馳せずにはいられなかった。同じセブン&アイ関連特集でも、ダイヤモンド5月14日号の「カリスマ退場~流通帝国はどこへ向かうのか」に比べると今回の東洋経済の特集は読み応えがあったし、内容にも満足できた。特にダイヤモンドとの差が目立ったのが、イトーヨーカ堂をダメにした鈴木敏文会長の責任への言及だ。
菜の花畑(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

ダイヤモンドは特集のPart3「カリスマが築いた帝国の軌跡」で6ページも使って鈴木氏の実績を振り返っているのに、ヨーカ堂での失敗に全く触れなかった(「ヨーカ堂の失敗触れず鈴木敏文氏称える週刊ダイヤモンド」参照)。しかし、東洋経済はこの問題をしっかり掘り下げている。その一部を見ていこう。

【東洋経済の記事】

商法違反事件で社長を退いた伊藤氏に代わり、鈴木氏がヨーカ堂の社長に就任したのは92年。03年に会長になってからもヨーカ堂のCEOとして君臨してきた。

ヨーカ堂の元幹部は「鈴木さんがヨーカ堂を壊してしまった」と語る。鈴木会長はセブン-イレブン・ジャパン(セブン)の成功手法をヨーカ堂に取り入れようとした。鈴木会長の持論は「業態の違いは関係ない」。しかし食品中心のセブンに対し、ヨーカ堂は衣料や住関連まで幅広く扱う。現場は混乱した。「お客様の立場で考えろという鈴木会長の考えはまったく正しい。しかし業態が違うのに、それを実行するのは容易ではない。取り組みが始まっても、鈴木さんの目が届かなくなるといつも間にか終わり」(元幹部)。その中で、成果を出せない担当者は次々と責任を問われた。

セブンは小売業とは無縁の社員を集まって始まった。その原体験を持つ鈴木会長のもう一つの持論は、「素人のほうが新しい発想ができる」。セブンのほかグループのそごう・西武、ヨークベニマルなどから、社員が次々とヨーカ堂に派遣された。その結果「ヨーカ堂プロパーの人間が次々と辞めていった」(同)。

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セブン、そごう・西武、ヨークベニマルの人間は小売業の「素人」とは言えないので、上記の説明にも多少の問題はある。特にヨークベニマルは食品スーパーなので、ヨーカ堂と非常に似た業態だ。ただ、ヨーカ堂の業績悪化を食い止められなかった鈴木氏の負の部分を素通りで済ませたダイヤモンドに比べれば、東洋経済の記事は評価に値する。

ダイヤモンドは「カリスマ退場」という特集で「これは長きにわたって用意周到に仕組まれた事実上のクーデターだった」「鈴木を追い込んだのは、『獅子身中の虫』たちが周到に準備していた、事実上の『クーデター』だった」と断定していた。しかし、記事を読み進めると「一連のクーデターには首謀者がいなかった」「彼らが偶然にも集まり、行動を起こし始めた途端、歯車がうまくかみ合い、大きなうねりとなって鈴木を追い込んでいったというわけだ」などと、辻褄の合わない説明が出てくる(「セブン&アイ 反鈴木敏文派を『虫』と呼ぶ週刊ダイヤモンド」参照)。

この説明には東洋経済の記者も疑問を感じたのだろう。以下のようにダイヤモンドの記事を“否定”している。

【東洋経済の記事】

ここに至るまでのプロセスには不確定要素が多く、今回の退任劇のすべてが周到に仕組まれたクーデターだと見るのは無理がある。社内に情報を漏らす「獅子身中の虫」がいたとしても、全体のシナリオを描けていたわけではあるまい。

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実際にどうだったのかは分からないが、ダイヤモンドのおかしな説明と併せて考えると、東洋経済の指摘は的を射ている可能性が高そうだ。この点でも、特集の出来としては東洋経済に軍配が上がる。


※特集の評価はB(優れている)。暫定でBとしていた又吉龍吾記者と秦卓弥記者への評価はBで確定とする。冨岡耕記者は暫定Cから暫定Bに引き上げる。並木厚憲副編集長、井上健吾記者も暫定でBと格付けする。西村豪太編集長代理への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。西村編集長代理に関しては「道を踏み外した東洋経済 西村豪太編集長代理へ贈る言葉」を参照してほしい。

※今回の特集に関して、説明で1つ気になる点があった。それに関して東洋経済編集部に問い合わせを送っている。詳細は「特損回避で最高益? 東洋経済『セブン再出発』に残る疑問」で触れる。

2016年5月22日日曜日

その規制緩和 要る? 日経1面「新産業創世記」への疑問

運転者なしでの自動運転車の走行実験を公道でできるような規制緩和が今、必要だろうか。22日の日本経済新聞朝刊1面に載った「新産業創世記~『土俵』が変わる(5)無人運転車 発進できず 特区、革新には窮屈」という記事が訴える規制緩和の必要性には、いくつも疑問が残る。まず記事の中身を見ていこう。
福岡空港(福岡市博多区)に着陸しようとする全日空機
               ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

東日本大震災後の津波で大きな被害を受けた仙台市荒浜地区。3月27日、ブーンと音をたてて浮かぶ物体があった。測量ベンチャーのテラドローン(東京・渋谷)の小型無人機(ドローン)。ざっと100メートル四方の区域内の上空50メートル付近から慎重に位置を変えながら廃校舎を撮影、立体的な地図を作った

2月末から3月中旬にかけては神奈川県藤沢市で2.4キロメートルの一般道を使った自動運転タクシーの実証実験があった。取り組んだのはベンチャーのロボットタクシー(東京・江東)。近隣住民10組が運転手が乗った自動運転タクシーでスーパーまでの買い物に利用し、乗り心地を確かめた。

国内各地でドローンや自動運転車の実験が相次ぐ。その舞台として使われるのが規制緩和の実験場「国家戦略特区」だ。

日本で特区活用が本格化したのは小泉純一郎政権時代だ。2002年に創設した「構造改革特区」は1200カ所以上。うち7割の規制緩和策が全国に広がったというが、実態は「官民共同の職業紹介窓口の設置」など地方自治体が提案した小粒な内容ばかり。その反省から13年に国家戦略特区法を成立させた安倍晋三政権は「産業の国際競争力の強化に役立つ事業」など規制緩和の内容や区域を内閣主導で選ぶようにした。

これまで指定した地域は10カ所。政府の国家戦略特区諮問会議メンバーの八田達夫氏(73)はその役割を「規制の問題点を洗い出し、適切なルールを作り、全国へ広げること」と説く。松村敏弘・東大教授(51)は「利害調整が難しい野心的な課題に取り組む実験場」と位置づける。

ロボットタクシーの中島宏社長(37)は満足しない。同社が目指すのは運転手のいない自動運転タクシーの実現だ。今回、運転手を乗せたのは「人が車を運転する」と定めた国際条約があるためだが、条約を独自に解釈して運転手なしでも公道実験できるフィンランドのような国もある。「世界のプレーヤーはどんどん先に進んでいる」。中島社長は訴える

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日本で「運転手なしでも公道実験できる」ようにすべきだと取材班では考えているようだ。個人的には、現時点で必要なしと思える。理由を列挙してみる。

◎「運転者あり」で何が困る?

記事によると藤沢市で「一般道を使った自動運転タクシーの実証実験があった」らしい。ならば、公道での実験は許されているのだろう。さらに「運転者なし」にすると何かメリットがあるのか。走行中に問題が起きなければ「運転者」は傍観していればいい。それで十分なデータは取れるはずだ。
無人にした場合に自動運転車がどの程度の頻度で重大事故を起こすか調べたいというなら「無人」にする必要があるが、そういう実験が許されるはずもない。

◎安全性の問題は既にクリア?

公道での実験であれば、安全への配慮が欠かせない。運転者なしでも自動運転車に安全性の問題はないと確認できているのだろうか。グーグルの自動運転車が実験中に公道で接触事故を起こしたとも伝えられているのに、「運転者なしの公道実験に安全性の問題なし」と取材班は言い切れるのか。

◎世界では「運転者なしでの公道実験」が主流?

記事では「今回、運転手を乗せたのは『人が車を運転する』と定めた国際条約があるためだが、条約を独自に解釈して運転手なしでも公道実験できるフィンランドのような国もある」と解説している。逆に言うと、フィンランドなど一部の国を除けば「公道での実験は必ず運転者付き」が国際標準なのだろう。米国もその一員らしい。「世界のプレーヤーはどんどん先に進んでいる」とのコメントからは、日本だけが取り残されているような印象を受けるが、実際は違うのではないか。

◎解釈捻じ曲げを推奨?

条約を独自に解釈して運転手なしでも公道実験できるフィンランドのような国もある」と書いているので、取材班では「日本も独自解釈して運転者なしを認めればいいのに…」と考えているのだろう。しかし「『人が車を運転する』と定めた国際条約」に参加しているのであれば、それは遵守すべきだ。運転者なしでの公道実験に乗り出す前に、条約改正を訴えたり条約から脱退したりするのが筋だ。解釈を捻じ曲げて「運転者なしでもOK」とするのは、まともな国のやることではない。取材班は「ズル推奨」の立場なのか。

記事の結論部分にも疑問を感じた。最終段落は以下のようになっている。

【日経の記事】

安倍政権は21年度までに国内総生産(GDP)を600兆円に増やす目標を掲げ、ドローンや自動運転車、人工知能(AI)など新技術の産業化を後押しする姿勢を見せる。鳥かごの中でドローンを飛ばし、囲われた塀の中で自動運転車を走らせても革新は生まれない。新産業の土俵をつくり出す国の覚悟が問われる。

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鳥かごの中でドローンを飛ばし、囲われた塀の中で自動運転車を走らせても革新は生まれない」と取材班は訴えている。現状がそうなっているなら分かる。ただ、記事で取り上げた「仙台市荒浜地区」でのドローンの実験は「鳥かごの中」に限定されている様子がない。「自動運転車」に関しても、一般道での実証実験に乗り出したのであれば「囲われた塀の中」にはとどまっていない。強引に規制緩和の必要性を訴えようとしたために、現実から遊離した結論になってしまったのだろう。

さらに言えばドローンの実験については、特区で何が「窮屈」なのか触れていない。なのに「鳥かごの中でドローンを飛ばし」と書いてみても説得力は乏しい。


※今回の記事の評価はD(問題あり)とする。ただ、第5部の連載全体で見ると問題点は少なく、第4部までと比べて完成度は高まっている。担当デスクと思われる菅原透氏への評価はD(問題あり)で確定させるが、強含みではある。

2016年5月21日土曜日

今度はゼンショー? 東洋経済 常盤有未記者の問題点(2)

東洋経済オンラインに常盤 有未記者が書いた「復活『すき家』、業績急改善が止まらないワケ~ゼンショー、絵に描いたようなV字回復を達成」という記事では、「業績急改善のワケ」ではなく「業績急改善が止まらないワケ」を解説しているはずだ。今期以降も持続的かつ構造的に業績が良くなる「ワケ」とは何か。期待して読んだものの、納得できる説明は結局なかった。今期以降について触れたくだりは以下のようになっている。
東京スカイツリー(東京都墨田区)
         ※写真と本文は無関係です

【東洋経済オンラインの記事】

2017年3月期は、売上高5588億円(前期比6.3%増)、営業利益177億円(同46.2%増)、当期純利益70億円(同74.6%増)と、会社側は続伸を予想している。純利益は過去最高だった2007年3月期の61億円を上回る見通しだ。配当は5円増配の16円を見込む。

主力のすき家は、牛丼と汁物、おしんこなどのセットメニュー割引や期間限定商品投入などにより客数を増やし、既存店売上高102.4%(前期実績101.1%、営業休止や改装中の店舗を除く実績)を計画する。原価については、牛肉価格の下落により、30億円(グループのなか卯を含む)の改善を見込む。

深夜営業休止中の232店については、深夜営業を再開できる体制を整えることを優先し、再開を急がない方針だ。「既に約9割の店舗で深夜営業を再開していることから、残る店舗の深夜営業再開のインパクトは非常に小さい」(丹羽清彦・グループ財経本部長)。

今期の新規出店予定数は231店。うち、国内のすき家の出店は10出店にとどまる。既に約2000店を有するすき家の出店余地は多くない。今後の成長のドライバーとなりそうなのが、海外のすき家事業と、回転ずしチェーン「はま寿司」だ

海外のすき家店舗は2016年3月末現在で174店。うち134店が中国で、既存店売上高は120%を記録した。今期も中国を中心に海外すき家を126店出す計画だ。国内出店予定数105を上回り、初めて海外出店数が過半を占める。

国内では回転ずしチェーン「はま寿司」の出店が加速している。はま寿司は平日1皿90円、土日祝日100円の低価格と、ラーメンなどサイドメニューの充実を武器に支持を集めている。ゼンショーHDが持つ食材加工・配送網や物件情報が出店の後押しになっている。前期は59店を出店し、2016年4月末現在の店舗数は436店と、「スシロー」の430店(2016年5月現在)を抜き、店舗数では業界1位となった。今期も50店の出店を予定する。

本決算と同時に発表した、2019年3月期までの中期経営計画では3年間で550店舗以上の出店を掲げ、大半が海外すき家とはま寿司になる計画だ。中計はオーガニックグロースを前提とした数字だが、同社は「なか卯」、「華屋与兵衛」の取得など、M&Aにより業容を拡大してきた会社でもある。5月17日には機動的な資本政策を可能にするため、20億円、160万株を上限に自己株取得することを発表した。M&Aは引き続き積極的に検討していく考えだ。

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今後の成長のドライバーとなりそうなのが、海外のすき家事業と、回転ずしチェーン『はま寿司』だ」と常盤記者は書いている。これらの出店で業績がさらに上向く可能性はあるだろう。ただ、「業績急改善が止まらないワケ」としては弱い。繰り返しになるが、「持続的かつ構造的」に収益が上向く理由を述べてほしかった。

例えば「『すき屋』も『はま寿司』も出店1年目から利益を生み始める上に、同業他社と比べた圧倒的な価格競争力がある。今期並みの出店を続けても、10年間は出店場所に困らないほど空白地域も広い」などと書いてあれば「業績急改善は止まらなさそうだな」と納得できる。それほど凄い何かを持っていそうでもないのに「業績急改善が止まらないワケ」と書かれても困る。

今回の記事は会社の見立てに沿って増収増益見通しの理由を書いているだけだ。そこに常盤記者独自の分析が見当たらないのも残念だ。

ついでに言うと、安易に外来語を使っているのも感心しない。「成長のドライバー」「オーガニックグロースを前提」などは、読者に馴染みのある言い回しとは言い難い。改善例を示しておこう。

【改善例】

・今後の成長の原動力となりそうなのが、海外のすき家事業と、回転ずしチェーン「はま寿司」だ。

・中計はM&A(合併・買収)に頼らない前提の数字だが、同社は「なか卯」「華屋与兵衛」などを買収して業容を拡大してきた会社でもある。

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さらについでに、記事の書き方について細かい点を指摘しておく。

◎業績が「続伸」?

【東洋経済オンラインの記事】

2017年3月期は、売上高5588億円(前期比6.3%増)、営業利益177億円(同46.2%増)、当期純利益70億円(同74.6%増)と、会社側は続伸を予想している。

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続伸」とは「相場が引き続いて上がること」(デジタル大辞泉)だ。業績拡大が続くことを「続伸」と表現されると違和感が拭えない。


◎「同」の使い方

【東洋経済オンラインの記事】

営業利益は前期の5倍――。牛丼チェーン「すき家」を運営するゼンショーホールディングスの2016年3月期決算は大幅な増益となった。売上高は5257億円(2015年3月期比2.7%増)、営業利益は121億円(384.9%増)、当期純利益は40億円(111億円の損失)だった。

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上記の「」は「2015年3月期比」を略したものだ。なので「同384.9%増2015年3月期比384.9%増」となる。これは問題ない。ただ、「同111億円の損失」は「2015年3月期比111億円の損失」となってしまい意味が通じなくなる。


◎漢字の続け過ぎ

【東洋経済オンラインの記事】

2016年3月期は期初の時点で深夜営業を休止していた店舗が616店あったが、期末には232店にまで減少した。深夜営業再開店舗の増加は連結売上高で71億円の増収、営業利益で27億円増益の要因となったとしている。深夜の複数勤務体制構築により人件費は上昇したが、売り上げ増により吸収できた。

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深夜営業再開店舗」「複数勤務体制構築」などと漢字を並べると読みにくくなる。「売上高で増収、営業利益で増益」にはややダブり感がある。「構築により売り上げ増により」と「より」が続くのも拙い印象を与えやすい。改善例を示してみる。どちらが読みやすいか比べてほしい。

【改善例】

2016年3月期は深夜営業を休止していた店舗が期初に616店あったが、期末には232店にまで減った。深夜営業を再開した店舗の増加は連結売上高で71億円、営業利益で27億円の押し上げ要因になったという。深夜の複数勤務体制を構築したため人件費は増えたが、売り上げ増により吸収できた。

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※記事の評価はD(問題あり)。暫定でDとしていた常盤有未記者への評価はDで確定とする。常盤記者に関しては「ヨイショが過ぎる東洋経済『アシックス 知られざる改革』」「『孤高のココイチ』書いた東洋経済 常盤有未記者に助言」も参照してほしい。

2016年5月20日金曜日

今度はゼンショー? 東洋経済 常盤有未記者の問題点(1)

東洋経済の常盤有未記者が問題のある記事をまた書いていた。東洋経済オンラインに20日付で載った「復活『すき家』、業績急改善が止まらないワケ~ゼンショー、絵に描いたようなV字回復を達成」という記事がそれだ。最も引っかかるのは、ゼンショーの「原価改善」に関する説明だ。記事の当該部分と、東洋経済への問い合わせを併せて見てほしい。

暁星中学・高校(東京都千代田区)
           ※写真と本文は無関係です
【東洋経済オンラインの記事】

2016年3月期は期初の時点で深夜営業を休止していた店舗が616店あったが、期末には232店にまで減少した。深夜営業再開店舗の増加は連結売上高で71億円の増収、営業利益で27億円増益の要因となったとしている。深夜の複数勤務体制構築により人件費は上昇したが、売り上げ増により吸収できた。

また、深夜営業を休止していた期間は、一定の時間で店舗を開店・閉店することによる食材廃棄ロスが大きくなった。深夜営業の再開に伴い、ロスは改善傾向にある。2015年4月に牛丼価格を291円から350円に値上げ(牛肉、玉ねぎを20%増量)した効果と合わせて、原価が20億円改善したという

【東洋経済への問い合わせ】

「『復活すき家』、業績急改善が止まらないワケ」という記事についてお尋ねします。記事では「深夜営業を休止していた期間は、一定の時間で店舗を開店・閉店することによる食材廃棄ロスが大きくなった。深夜営業の再開に伴い、ロスは改善傾向にある。2015年4月に牛丼価格を291円から350円に値上げ(牛肉、玉ねぎを20%増量)した効果と合わせて、原価が20億円改善したという」と説明しています。

「原価が20億円改善」とは「原価が前の期に比べて20億円減った」という意味でしょう。しかし「牛丼価格を291円から350円に値上げ」しても原価は減りません(原価率を下げる効果はあります)。「牛肉、玉ねぎを20%増量」に関しては原価を増やす要因です。食材廃棄ロスの減少も利益を押し上げる効果はあるでしょうが、原価を減らすものではありません。深夜営業の再開によって使う食材の量自体が増えているのであれば、むしろ原価は膨らみます(価格変動は考慮していません)。「値上げや増量で原価が20億円改善する」という説明は正しいのでしょうか。

ゼンショーの決算資料によると、2016年3月期の原価は前の期より78億円増えており、原価率も43.0%から43.4%に悪化しています。記事から「ゼンショー全体で16年3月期に原価が前の期と比べて20億円減少した」と理解しましたが、どうも違うようです。これは「牛丼事業では原価が前の期より20億円減った」「食材ロス抑制、値上げ、増量による原価削減効果が20億円だった」という趣旨かもしれません。ただ、説明が十分だとは思えません。

上記の点に関して、どう理解すればよいのか教えていただければ幸いです。お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いします。

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食材廃棄ロスの減少については、場合によっては原価が減る要因となる。例えば、従来は50億円の食材を使って年間100億円の売り上げを達成していたとしよう。さらに、食材の1割を廃棄していたと仮定する。他の数字は変えずに、食材の廃棄だけをゼロにできれば原価は5億円少なくて済む。

しかし、ゼンショーの場合は余った食材を深夜営業で使うのだから、使用する食材の量が減るわけではない。むしろ増える可能性が高い。仕入れ価格が一定だと仮定すると、食材費は横ばいか増加だ。

値上げや増量に関しては、なぜ原価を減らす「効果」があるのか全く理解できなかった。回答が届いたら紹介したい。この記事には、他にも気になる点がある。それらには(2)で言及する。常盤記者に関しては「ミズノへの分析の甘さ目立つ東洋経済 常盤有未記者」も参照してほしい。

※(2)へ続く。

追記)結局、回答はなかった。

2016年5月19日木曜日

似た中身で3回?日経 梶原誠編集委員に残る流用疑惑

日本経済新聞の梶原誠編集委員が17日朝刊 投資情報面に書いた「一目均衡~一角獣が生まれた年」という記事は過去の記事内容の使い回しであることを「ネタに困って自己複製に走る日経 梶原誠編集委員」で取り上げた。梶原編集委員には他にも流用疑惑がある。2012~14年にかけて日経には非常に似た内容の記事が3回載っている。それらを並べてみよう。

【一目均衡~シフの日記は訴える(2012年6月26日朝刊)】 ※筆者は梶原誠編集委員

合所ダム かわせみ広場(福岡県うきは市)
           ※写真と本文は無関係です
米ハーバード大の図書館が、貴重な文書を保管している。「ジョン・シフの日本旅行メモ」。1960年5月、当時の米大手投資銀行、クーン・ローブの経営者が残した日記だ。

シフは他のウォール街のトップらとともに、日本の財界に招かれた。日立製作所、東京電力、八幡製鉄(現新日本製鉄)、三菱造船(現三菱重工業)……。11日間をかけ、当時の基幹産業を訪問している。

財界の狙いは資本の調達だ。「東京近郊の産業地域に、有料道路をつくりたい。500万ドルを米株式市場で調達できないか」。東京急行電鉄を率いる五島昇は、シフに迫った。

戦後15年。日本はインフラ整備の資金にも事欠いていた。シフに同行した夫人は、狭くて穴だらけの道に驚いている。日露戦争の費用を提供したジェイコブ・シフの孫でもあるシフに、日本の人々は期待した。

シフが、日記の最後で下した結論はこうだ。「日本を助けるべきだ」

弱点も指摘した。多くの企業が債務過多。研究開発も初期段階で、事務処理もそろばんが主流だ。それでも日本の復活を信じた理由は、次の一言に集約される。「日本は生活水準を高めるために、世界の市場で競争すると決断した」

株式市場も呼応した。伝説の米投資家、ジョン・テンプルトンが日本株の大量買いに動いたのは60年代。外国人の保有比率は、60年の1.3%を底に長期的な上昇軌道に乗った。

シフの日記とその後の市場が訴えるのは、マネーが競争から逃げない企業を信用するという事実だ。

だからこそ先月、米国での講演でウォール街の大物が語った一言は意味を持つ。「日本企業は外国勢との競争に目覚めた」。52年前のシフと重なる発言の主は、米大手投資会社、コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)を率いるヘンリー・クラビス氏だ。

「企業トップが、海外に活路を求めて積極的に行動している。決断も以前よりはるかに速い」。同氏は発言の真意を今明かす。

トムソン・ロイターによれば、今年の世界のM&A(合併・買収)のうち、日本企業が絡んだ比率は7.2%。3.6%だった2007年の2倍に増えた。欧州危機で世界の経営者心理は凍りついたが、日本企業は外国企業の買収を軸に攻めの経営を続けている。

そんな成長の芽に、株式市場がまだ疑心暗鬼なのは株価のもたつきが示す通りだ。クラビス氏もまた、死角に気づいている。「政府が民間の妨げになるかもしれない」と。

震災後にスピード復興を遂げた企業と原発政策の迷走。「民高政低」は世界に知れ渡った。今も、政治の混迷が政策の停滞を招く恐れはくすぶったままだ。

シフはこうも書き残している。「あえて言えば、政府は慎重。ビジネスマンがもっとも有能だ」。官民が力を合わせたその後の高度成長で、シフの見立ては外れた。今回はどうか。



【十字路~ウォール街が見た1960年の日本(2013年9月20日夕刊)】

道は狭く、穴だらけだ。人々は洋服を着ていたが、げたを履いていた――。1960年、東京を訪れた米投資銀行家、ジョン・シフ(04~87)は日記に書き残している。日露戦争の戦費を調達して日本を勝利に導いたジェイコブ・シフの孫。資本不足に悩む日本の経済界が期待を込めて招いたウォール街からの視察団の一員だった。電力会社や鉄鋼メーカーといった視察先ではもちろん、ホテルの部屋にも企業のトップが続々と訪れて、事業の拡張計画を訴えた。東急グループを率いる当時43歳の五島昇も、そんな経済人の一人だ。「東京の近郊に有料道路を造りたい。500万ドルを米株式市場で調達できないか」と迫った。

10日間の視察を終えた後、シフは総括している。「戦争に敗れた日本は、国民の生活水準を高めるために、今度は世界の市場で戦い、勝とうと決意した」。同時に、資本調達に協力する姿勢も固めている。「資本を得れば日本企業は強力になり、我々は墓穴を掘ることになるかもしれない。だが我々が出さなくても誰かが資本を出し、日本企業は世界でのし上がるだろう」と。
 
当時1%台にすぎなかった外国人投資家の持ち株比率も、約1000円だった日経平均株価も、その後長期的に上昇していく。ウォール街は、日本企業が競争から逃げずに戦う姿勢を買った。戦後わずか15年後の日本と今の日本とを単純には比較できない。だが、ファイティングポーズを取るか取らないかで企業を選別する投資家の姿勢は、昔も今も変わるまい。

株高をけん引してきた外国人の買いが勢いを落としている。企業は株高や円安に安心して競争を避けていないか、政府は規制緩和に尻込みして企業の競争を阻んでいないか――。点検すべき課題のキーワードは「競争」に違いない。シフが訪日した60年は、64年の東京五輪の開催を決めた翌年。元気だった日本から学ぶことは多い。(尼)


【十字路~経済で戦うと決めた日(2014年8月6日夕刊)】

1945年8月6日、広島に原爆が投下された。壊滅的な被害をもたらし、日本の敗戦は確定的になった。日本が経済で戦うと決めた原点ともいえるだろう。少なくとも米ウォール街の大物バンカーは、そうとらえていた。ジョン・シフ(1904~87年)。名門投資銀行、クーン・ローブを率いた人物だ。

シフは戦後15年にあたる60年、10日間かけて日本の主要企業を視察。旅行記をこう締めくくった。「日本は戦争に負け、9000万人の国民を養う土地が得られなかった。だから人々は、生活水準を高めるために、世界の市場で競争して勝つ決心をした」。祖父のジェイコブ・シフは、日露戦争で日本に資金を提供して戦勝に導いた金融家。そんな祖父を持つだけに「軍事から経済へ」という変化が印象深かったのだろう。日本は経済で戦うとシフに思わせたのは、「政府が保守的なのに対し、ビジネスマンの競争意識が高い」と感じたほどの、企業の攻めの姿勢だった。「そろばんが依然事務の主流だが、企業の競争意識は自動化を促すだろう」とも予想している。

60年といえば、64年の東京五輪開催を決めた翌年。五輪に向けた高揚感は、2020年の東京五輪を昨年決めた今の日本にも通じる。だからこそ、54年前と今の違いも目に付く。「攻め」の主体が政府である点だ。アベノミクスにしても、安倍晋三首相が海外に日本製品を売り込むトップセールスにしても、主役は政府。肝心の企業が戦う姿勢を見せないと、シフのような海外マネーは日本の変化を信じないだろう。シフが東京に滞在中、ホテルの部屋に東京急行電鉄を率いていた五島昇が訪れた。東京近郊に有料道路を造るので、資金の手当てに協力してほしいと頼み込んだ。資金不足の当時と違い、今の日本企業には空前の現金が眠っている。戦うための条件に不足はないはずだ。(尼)

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夕刊の「十字路」に関しては、筆者が梶原編集委員だという証拠はない。別人の可能性も残る。ただ、状況証拠から判断すると、3つの記事の筆者が同一人物である可能性は高い。まず、梶原編集委員は「自分の記事の使い回し」を今年に入ってもしている。それに「十字路」の筆者が別人の場合、同じ日経から“盗用”を試みるのは危険すぎる。内容が偶然に重なったとの可能性も低いし、“盗用”の場合、それを「十字路」で再利用するのも不自然だ。

この件では、2014年の記事が出た時点で担当の日経証券部デスクにメールで問い合わせた。このメールは梶原編集委員にも同時に送っている。以下はその一部だ。

【証券部デスクに送ったメール】

「シフが訪日した時の話を紹介して、最後に現在の日本と絡めて記事を締める」というパターンは2つの記事に共通している。掲載の間隔は1年にも満たないのだから、筆者は確信犯的にシフの話を使い回したのだろう。同じコラムということを考慮すると、「尼」氏が書き手としてのモラル(あるいは基礎的能力)をかなり失っているのは間違いない。ちなみに上記の「十字路」は2012年6月26日の「一目均衡:シフの日記は訴える(筆者は梶原誠編集委員)」ともかなりの部分が重なっている(注:「尼」氏と梶原編集委員の関係はこちらでは分からない)。今回の件を問題なしとして見過ごした場合、その事実を読者が知ったらどう思うだろうか? そういう視点で自分が何をなすべきか考えてほしい。

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この問い合わせに対しては「シフの資料を読者に伝えていくのは重要だと判断しています」といった趣旨の返信が証券部デスクからあっただけだ。梶原編集委員は無反応だった。つまり、担当デスクも梶原編集委員も「『十字路』と『一目均衡』の筆者は別人」とは訴えていない。これも状況証拠の1つに加えられる。

実際どうなのかは、社内で調べればすぐ分かる。いずれにせよ、梶原編集委員に自分の記事を使い回す傾向があるのは間違いない。だとすれば日経の編集局の幹部が何をなすべきかは自明なはずだが…。


※梶原編集委員については「日経 梶原誠編集委員に感じる限界」「読む方も辛い 日経 梶原誠編集委員の『一目均衡』」「日経 梶原誠編集委員の『一目均衡』に見えるご都合主義」「ネタに困って自己複製に走る日経 梶原誠編集委員」も参照してほしい。

2016年5月18日水曜日

ネタに困って自己複製に走る日経 梶原誠編集委員

書きたいことが見つからないのだろう。日本経済新聞の梶原誠編集委員は記事の「自己複製」によって何とか紙幅を埋めている。17日の日本経済新聞朝刊 投資情報面に載せた「一目均衡~一角獣が生まれた年」という記事はその好例だ。昨年末に自らが書いた記事と内容が非常に似ている。両方の記事を比べてみてほしい。


【一角獣が生まれた年(2016年5月17日)】
菜の花が咲くJR久大本線(福岡県久留米市)
             ※写真と本文は無関係です

インドの起業家の街、バンガロールで、糖尿病の治療や予防に的を絞った事業コンペが開かれたのは今春のことだ。広くアイデアを募り、「これは」というものには医師ら専門家が助言し、投資家がお金を出し、会社設立の道を開く。

主催者で、起業支援会社アクシロールの創業者であるガナパシー・ベヌゴパル氏(40)は、糖尿病にこだわった理由を説明する。「放置すれば、インド経済に深刻な負荷がかかる」

インドには成人の糖尿病患者が推定7000万人近くもいるが、半数以上は診断も受けていない。健康保険が普及しておらず、患者が治療をためらっているからだ。放置すれば壊疽(えそ)や脳梗塞など合併症の危険性は増していく。

コンペでは、微量な血液に触れるだけで血糖値に応じて変色する粒子の開発を提案した大学院生が事業化の機会をつかんだ。安く販売できれば患者は通院しなくても血糖値を管理し、生活習慣を改善できる。

この事例は、ピンチはチャンスであることを告げている。患者が気軽に通院できないからこそ、学生は自宅で病気と向き合える方法を考えたのだ。

経済危機というピンチもイノベーションを生んできた。自動車の大衆化を進めたT型フォードは、世界的な金融危機の翌1908年の発売だ。百年に一度とされた2008年のリーマン危機も例外ではなかった。

株式未公開ながら新手の発想で企業価値を10億ドル以上に拡大した「ユニコーン(一角獣)」。米配車アプリのウーバーテクノロジーズを筆頭に、イノベーションの象徴でもある。世界133社を対象に設立の年を集計したところ、平均設立年は07年だった。信用度の低いサブプライムローンの大量焦げ付きが露呈し、危機が始まった年に当たる。

その後リーマン危機、欧州債務危機と混乱は拡大したが、会社の設立は続いた。ユニコーンの54%が「暗黒の5年間」といえる07~11年に生まれている。

危機がイノベーションを生む理由は、消費者の考え方が変わり、企業に変化を迫るからだ。民泊の概念を定着させた米エアビーアンドビーは08年に創業した。「人々がお金を稼ぐあらゆる手段を検討し始めた」。共同創業者は昨年、本紙にこう振り返った。

企業にも条件がある。「ピンチだからこそイノベーティブでないと生き残れない」という強い姿勢だ。米デュポンが1930年代にナイロンを開発できたのは、大恐慌のさなかも研究開発を続けたからだ。

日本も、ピンチをチャンスとする歴史を刻んできた。関東大震災が起きたのは1923年。前年に3004件だった特許の登録は、震災2年後の25年に5086件に急増した。単なる復旧を越えて復興を目指した空気が伝わる。

熊本でも同じことが起こるだろうし、起こらなくてはなるまい。熊本をイノベーション史の例外にしてはならない。


【イノベーションの大競争(2015年12月29日)】

米国在住の著名エコノミスト、モハメド・エラリアン氏が興味深い主張をしている。「ニューノーマルはもう終わる」と。

同氏はニューノーマルという言葉の生みの親だ。2008年のリーマン危機以来、世界経済は様変わりすると説いてきた。

底割れ寸前の世界経済を、中央銀行がカネ余りを演出して支えてきた。そんな危うい均衡こそがニューノーマルの核心だ。ところが成長力はなかなか回復せず、富の偏在で社会不安は高まり、米国はついに利上げに転じた。「2年以内に、世界は成長か混乱かのT字路に突き当たる」という。

どうすれば成長に向かえるのか。同氏の処方箋は「イノベーション」、つまり成長の新たなエンジンを企業が作ることだという。好例として挙げるのが、空き部屋を貸したい人を、借りたい人にインターネットでつなぐ米エアビーアンドビーだ。その成長は伝統的なホテルを脅かしている。

見逃せないのは08年、つまりリーマン危機と同時期に創業した点だ。生活への不安で、人々は別の収入源を探した。それが空き部屋を貸し出す発想を生み、同社は成長の波に乗った。

製造業に革命を起こした「T型フォード」の誕生は米金融危機の翌1908年だった。米デュポンがナイロンを開発したのも大恐慌の30年代だった。逆境がイノベーションを生んだ歴史は、繰り返しつつある。

今回は、過去と異なる奔流も生じるだろう。新興国発のイノベーションだ。まさに、逆境をバネにかえる機運が膨らんでいる。

「制約が多いからこそ、イノベーティブでないと勝てない」。インドのバンガロールで起業の支援会社を率いるクリス・ゴパラクリシュナン氏は、起業家にこんな信念を説く。IT(情報技術)サービス大手のインフォシスを創業し、最高経営責任者(CEO)も務めた重鎮でもある。

制約とは例えば貧困だ。インドの1人当たり所得は日本の5%に満たない。同氏が評価する企業がナラヤナ・ヘルス病院グループだ。業務の効率化で、心臓移植を米国の5%以下の価格で提供して成長する同社は、1月にも株を上場する。

リーマン危機で経済という公器を傷つけた米金融機関は人々の反感を買い、その結果としての規制強化に今も苦しんでいる。企業は社会に役立って初めて成長できるのは明白だ。社会に問題を抱える新興国には、問題を解決するというイノベーションの動機がある。

中国も躍起だ。特許出願は昨年90万件を超える世界の首位で、60万件に届かない米国を引き離す。大量に作るだけの「世界の工場」だと賃金上昇で競争力を失うことに気づいている。

今起きているのは、これまでにない地球規模のイノベーションの大競争だ。若い企業、伝統企業、そして企業を支えるべき政府も避けて通れない。成長か混乱か――T字路をどちらに曲がるのかを、市場は冷徹に映し出すだろう。

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どちらの記事もテーマは「イノベーション」だ。「危機がイノベーションを生む」という点も共通している。エアビーアンドビーがリーマンショックの起きた年に創業されたことも両方の記事で触れている。フォードとデュポンの話もそっくりそのままの流用だ。「ピンチだからこそイノベーティブでないと生き残れない」「制約が多いからこそ、イノベーティブでないと勝てない」などは表現も似通っている。

さらには、インドの医療関連事業の話が両方の記事に出てくる。中身は多少違うが、場所はどちらも「バンガロール」で、両方の記事に「起業支援会社」が登場する。ここまで似ているのだから、梶原編集委員には「昨年12月の記事内容を大胆に流用する形で今回の記事を仕上げたい」との意思が明確にあったはずだ。

「そんなことをしなくても、別のテーマで書けばいいじゃないか」と多くの人は思うだろう。それでも過去の記事の流用に走ってしまうのは、それだけ訴えたいことが枯渇していると見るべきだ。梶原編集委員の記事を読んでいると、文字を追うこちら側が苦しくなる時がある。書きたいことがないのに書き続けなければならない者の苦悩が伝わってくるからだ。

梶原編集委員も今になって「訴えたいことがありません」とは言えないはずだ。だが、書き手としての寿命が尽きているのは間違いない。誰か止めてあげられないものか…。


※梶原編集委員については「日経 梶原誠編集委員に感じる限界」「読む方も辛い 日経 梶原誠編集委員の『一目均衡』」「日経 梶原誠編集委員の『一目均衡』に見えるご都合主義」も参照してほしい。

2016年5月17日火曜日

日経 梶原誠編集委員の「一目均衡」に見えるご都合主義

随分と恣意的にデータを扱っていると思える記事が、17日の日本経済新聞朝刊 投資情報面に出ていた。「一目均衡~一角獣が生まれた年」という記事で、筆者の梶原誠編集委員は「危機がイノベーションを生む」と訴えている。そういう面が皆無とは言わない。しかし、記事で示した数値からそうした傾向を読み取るのは無理がある。
筑後川橋(片の瀬橋)と菜の花(福岡県久留米市)
          ※写真と本文は無関係です

記事の後半部分を見てから、筆者の主張のどこに無理があるのか検討したい。

【日経の記事】

経済危機というピンチもイノベーションを生んできた。自動車の大衆化を進めたT型フォードは、世界的な金融危機の翌1908年の発売だ。百年に一度とされた2008年のリーマン危機も例外ではなかった。

株式未公開ながら新手の発想で企業価値を10億ドル以上に拡大した「ユニコーン(一角獣)」。米配車アプリのウーバーテクノロジーズを筆頭に、イノベーションの象徴でもある。世界133社を対象に設立の年を集計したところ、平均設立年は07年だった。信用度の低いサブプライムローンの大量焦げ付きが露呈し、危機が始まった年に当たる。

その後リーマン危機、欧州債務危機と混乱は拡大したが、会社の設立は続いた。ユニコーンの54%が「暗黒の5年間」といえる07~11年に生まれている。

危機がイノベーションを生む理由は、消費者の考え方が変わり、企業に変化を迫るからだ。民泊の概念を定着させた米エアビーアンドビーは08年に創業した。「人々がお金を稼ぐあらゆる手段を検討し始めた」。共同創業者は昨年、本紙にこう振り返った。

企業にも条件がある。「ピンチだからこそイノベーティブでないと生き残れない」という強い姿勢だ。米デュポンが1930年代にナイロンを開発できたのは、大恐慌のさなかも研究開発を続けたからだ。

日本も、ピンチをチャンスとする歴史を刻んできた。関東大震災が起きたのは1923年。前年に3004件だった特許の登録は、震災2年後の25年に5086件に急増した。単なる復旧を越えて復興を目指した空気が伝わる。

熊本でも同じことが起こるだろうし、起こらなくてはなるまい。熊本をイノベーション史の例外にしてはならない

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上記の説明がなぜおかしいか列挙してみる。

◎「2005年」に危機があった?

『ユニコーン』は危機が生んだ」というグラフによると、ユニコーンの「年別設立社数」は04年5社→05年4社→06年12社→07年15社→08年14社→09年18社→10年11社となっているように見える(グラフから判断しているので多少の違いはあり得る)。ここで最も大きな変化が生じているのは06年だ。前年の4社から一気に3倍の12社に増えている。梶原編集委員の言うように「危機がイノベーションを生む」のであれば、05年には「リーマン危機、欧州債務危機」を上回るぐらいの大きな危機があったもよさそうだ。しかし、そうした話は記憶にない。


◎なぜ「ユニコーン」で見る?

梶原編集委員はイノベーションが起きた件数を「ユニコーンの設立」で代替させているようだ。全く的外れとは言わないが適切でもない。「ユニコーン」が企業価値10億ドル以上の未公開企業ならば、上場するとユニコーンではなくなってしまう。しかし、上場しても過去に起こしたイノベーションが消えてしまうわけではない。

ユニコーンに関して「世界133社を対象に設立の年を集計したところ、平均設立年は07年だった」と梶原編集委員は書いている。これは何となく理由が想像できる。創業から数年で「企業価値10億ドル」はハードルが高すぎるし、設立から10年以上が経てば、急成長した会社の多くは上場してしまうのだろう。だから、記事に付けたグラフも09年を中心とした正規分布に近い形になっている。

もちろんこれは推測で、危機がイノベーションを生む可能性も否定しない。しかし、そこに因果関係を見出すには根拠が乏しいと思える。基本的にイノベーションとは毎年生まれているものだ。なので「危機の後に生まれてくるのでは」との先入観を持って見れば、おそらくそう見えてしまう。

自動車の大衆化を進めたT型フォードは、世界的な金融危機の翌1908年の発売だ」といった説明からは、その傾向が見て取れる。Aの後にBが起きると、Aが原因でBが起きたと人は思い込みやすい。そこは慎重に判断すべきだ。


◎「阪神大震災」「東日本大震災」はなぜ無視?

熊本でも同じことが起こるだろうし、起こらなくてはなるまい。熊本をイノベーション史の例外にしてはならない」と梶原編集委員は結んでいる。しかし、なぜ海外や関東大震災の例を取り上げているのに、東日本大震災は無視なのか。梶原編集委員の分析が正しければ、東日本大震災の直後から日本ではイノベーションが急増しているはずだ。ユニコーンも多数誕生しているだろう。

『ユニコーン』は危機が生んだ」と信じているのならば、外国や遠い過去ではなく、国内の近い時期の事例の方が説得力がある。しかも同じ震災だ。「東日本大震災は発生から時間があまり経っていないのでデータが揃わない」と言うならば、阪神大震災でもいい。これならば、直後にイノベーションが急増したと示すデータがあるはずだ。震災でなければ1997~98年の金融危機でもいい。

熊本をイノベーション史の例外にしてはならない」と言っている以上、阪神大震災も90年代の金融危機も東日本大震災も、その後に大きなイノベーションのうねりを生み出してきたはずだ。なのに、梶原編集委員はそれらに触れない。となると、やはり疑念が湧く。記事の流れに合うデータをご都合主義的に並べているだけではないのか--。

結局、書きたいことがないのに記事を書いているから、無理のある展開になってしまう。今回の記事の内容は、実は昨年12月に梶原編集委員が書いた「イノベーションの大競争」という記事と非常に似ている。これに関しては「ネタに困って自己複製に走る日経 梶原誠編集委員」で取り上げる。

※記事の評価はD(問題あり)。梶原誠編集委員への評価もDを据え置く。

2016年5月16日月曜日

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(3)

15日の日本経済新聞朝刊 総合・政治面に掲載された「風見鶏~広島訪問はパンドラの箱」という記事の中に、「オバマ大統領が広島を訪問することが自分には分かっていた」と筆者の大石格編集委員が誇っているくだりがある。誇るのがダメだとは言わないが、記事中の説明には色々と疑問が残る。問題の部分は以下のようになっている。
皇居周辺の桜(東京地千代田区) ※写真と本文は無関係です

◎オバマ氏の広島訪問をなぜ確信?

【日経の記事】

昨年の今ごろ、「オバマ氏が広島に来る日」と題する拙稿を本欄に書いた。米大統領の被爆地訪問を実現しやすくするため、主要国首脳会議(サミット)の開催地を広島にしてはどうかという趣旨だった。

程なくして自分が外交サークルで笑いものになっていることを知った。政府関係者が教えてくれた。

「オバマは広島開催だけはノーだった。日本政府に来いと言われたから行くのだと、頭を下げに行くように米国民には見える

そんな外交の機微もわからない鈍感記者というわけだ。笑われたことで確信したことがふたつあった。オバマ氏は広島に必ず行くつもりだ。そして、日米の底流では「謝罪」が強く意識されている――。

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サミット開催地を広島にしたらどうか」という趣旨の記事を書いたら「広島開催はない」と笑われたらしい。実際にサミットの開催地は広島ではなく伊勢志摩になった。笑った方の見立てが正しかったわけだが、笑われたことで大石編集委員は「オバマ氏は広島に必ず行くつもりだ。そして、日米の底流では『謝罪』が強く意識されている」となぜか確信する。

『謝罪』が強く意識されている」のは記事に出てくる「政府関係者」のコメントからも判断できるのでいいだろう。しかし、「オバマ氏は広島に必ず行くつもりだ」と確信した理由が判然としない。風が吹けば桶屋がもうかる的な関係が成り立っているのかもしれないが、何の説明もない。まるで大石編集委員が天才的な分析能力を発揮したかのように描いている(本当に天才なのかもしれないが…)。

以下の説明はさらに問題が目立つ。

◎なぜ「日本で死亡した米兵捕虜」限定?

【日経の記事】

先の大戦でいわゆる「バターン死の行進」を経験した退役軍人の団体は先月、オバマ氏に書簡を送った。「日本で死亡した米兵捕虜への心からの追悼をするまで、広島行きは控えられたい」。日本に謝罪させろ、とは書いていないが、「行進」の記憶がなお鮮明なのはうかがえる

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バターン死の行進」とは「太平洋戦争中、バターン会戦で降伏したアメリカ=フィリピン軍将兵に対し、旧日本軍が行なった残虐な取扱い事件」(ブリタニカ国際大百科事典)を指す。ならば、行進を経験した退役軍人の団体にとっては、フィリピンで死亡した米兵捕虜の追悼がまず重要だろう。なのに、フィリピンは抜きに「日本で死亡した米兵捕虜への心からの追悼」を団体は求めたという。これは不可解だ。

5月11日付で時事通信は以下のように伝えている。

【時事通信の記事】

フィリピンで旧日本軍の捕虜が多数死亡した「バターン死の行進」を生き延びたレスター・テニー氏(95)は4月19日、オバマ大統領に宛てて手紙を送った。「私は(大統領に)広島行きを促すが、太平洋で自由のために犠牲になった米軍と連合国軍へ最初に謝意を示さない、どのような訪問にも反対だ」。

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大石編集委員の言う「書簡」と、時事通信の取り上げた「手紙」が同一のものかどうかは分からない。ただ、同一の可能性は高そうだ。時事通信の記事では「太平洋で自由のために犠牲になった米軍と連合国軍へ最初に謝意を示さない、どのような訪問にも反対だ」となっているので、「なぜ日本で死亡した捕虜限定なのか」という疑問は湧かない。大石編集委員は「書簡」の内容を正しく伝えているのだろうか。

『バターン死の行進』を経験した退役軍人の団体」であれば、「『行進』の記憶がなお鮮明」なのは当然だ。ただ、「日本で死亡した米兵捕虜への心からの追悼をするまで、広島行きは控えられたい」という書簡の内容からは「『行進』の記憶がなお鮮明」だとは伝わってこない。むしろ「『バターン死の行進』で死んでいった仲間の追悼はいいのか」と聞きたくなる。

ここまで長々と大石編集委員の記事を論評してきた。過去に書いた記事も含めて大石編集委員には書き手としての問題が多すぎる。早めの引退を勧めたい。


※記事の評価はD(問題あり)。大石格編集委員への評価もDを維持する。大石編集委員については「日経 大石格編集委員は東アジア情勢が分かってる?」「ミサイル数発で『おしまい』と日経 大石格編集委員は言うが…」も参照してほしい。

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(2)

日本経済新聞の大石格編集委員が15日の朝刊総合・政治面に書いていた「風見鶏~広島訪問はパンドラの箱」という記事について、引き続き見ていく。まずは冒頭部分から。内容に大きな問題はないのだが、大石編集委員が日経社内で持つ力の大きさを感じられるので、取り上げてみたい。
地蔵(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

澄んだ空、青い海。先週末にハワイの真珠湾を訪れた。かつて日米がここで戦火を交えたとは思えない穏やかな南国風景だった。

日本軍に撃沈された戦艦アリゾナが未収容の遺体とともに海底にいまなお横たわる。米軍は引き揚げを断念し、海上に追悼施設を設けた。連絡船で行く。

同乗したのは、退役軍人らしき白人男性とその家族が多い。隣に座ったジェームズさんは艦名と同じアリゾナ州から来た。妻の父がここで戦死したそうだが、「日本への恨みはない」と話してくれた。船着き場近くにあった「我々は忘れない」と記したプレートを思い出し、少しほっとした。

追悼施設を訪れた日本の現職首相はまだいない。説明係のクリスさんに「謝罪しに来てほしいか」と聞いたら、「日本からは元軍人がたびたび献花しに来た。当時を知らない政治家が来ても、あまり意味はない」との答えだった。

こんな取材に行ったのはオバマ米大統領が広島を訪問することになると思ったからだ(10日に発表)。

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わざわざハワイまで「こんな取材に行ったのはオバマ米大統領が広島を訪問することになると思ったから」だそうだ。訪ねたのは広島ではなく、日本から遠く離れたハワイだ。「取材」と書いているので会社のカネで行ったのだろう。追悼施設に行き、連絡船で隣に座った人や説明係に話を聞いたらしい。

記事の終りの方には「船着き場の近くの売店では『75周年』と記したTシャツがよく売れていた」との報告もあるが、その程度だ。結構な金額をかけてまで取材に出かけていく意味があるだろうか。

日経は業績が絶好調で、海外出張もかなり自由に行けるというのなら問題ない。実際には、現場の記者が海外出張へ行くのはかなり難しいはずだ。大石編集委員にこんな必要性の乏しい海外出張をさせる余裕があるのか。日経では様々な意味でベテランの編集委員に自由を与えすぎる傾向がある。今回のハワイ出張はその一例だと思えた。

(3)では記事に関する残りの問題点を指摘していく。


※(3)へ続く。

2016年5月15日日曜日

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(1)

日本経済新聞の大石格編集委員は「パンドラの箱」の意味を理解していないのではないか--。そう思わせる記事が15日の朝刊総合・政治面に出ていた。「風見鶏~広島訪問はパンドラの箱」という記事で、大石編集委員は「パンドラの箱」の例えを以下のように使っている。前後も含め見ていこう。

太宰府天満宮(福岡県太宰府市) ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

にもかかわらず、日本政府が謝罪問題に神経質なのはなぜか。広島でオバマ氏に謝罪を求めるデモが起きたらどうしようではない。


「日本は本当に戦争責任を反省したのか」。安倍晋三首相が昨年夏の戦後70年談話でケリをつけたはずの難題が蒸し返されるのを懸念しているのだ。オバマ氏が広島で発表する声明にわずかでも謝罪をにじませる表現があるのかどうか。首相官邸は米世論以上に気をもんでいるらしい。

先の大戦でいわゆる「バターン死の行進」を経験した退役軍人の団体は先月、オバマ氏に書簡を送った。「日本で死亡した米兵捕虜への心からの追悼をするまで、広島行きは控えられたい」。日本に謝罪させろ、とは書いていないが、「行進」の記憶がなお鮮明なのはうかがえる。

似たような動きは中国や韓国にもある。オバマ氏の広島訪問は新たなパンドラの箱を開けかねない

日本が真珠湾を奇襲したのは1941年のことだ。船着き場の近くの売店では「75周年」と記したTシャツがよく売れていた。12月に向け、米国では「日本の侵略」に再びスポットライトが当たり始めている。早く手を打った方がよい。

野田佳彦前首相はハワイに行ったが、国立墓地での献花にとどまった。安倍首相には早期の真珠湾行きをお薦めしたい。「いま発表すると『謝罪』と結びつけられる」との声が政権内にあるらしい。素直に謝罪すればよいではないか

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パンドラの箱」とは「ゼウスがパンドラに持たせた、あらゆる災いの詰まった箱(本来は壺)」(デジタル大辞泉)だ。オバマ氏の広島訪問によって開くかもしれない「パンドラの箱」から飛び出す「あらゆる災い」とは、海外から日本への戦争に関する謝罪要求なのだろう。しかし、大石編集委員は記事の最後を「素直に謝罪すればよいではないか」と締めている。

謝罪」が絶対に避けるべき行為であれば、謝罪を求める動きの広まりを「災い」と捉えるのも分かる。しかし、「素直に謝罪すればよいではないか」と思えるのであれば、「災い」というよりむしろ好機だ。「オバマ氏の広島訪問を先の大戦に関して改めて謝罪するきっかけにできないか」などと書く方がまだ自然だ。

「ここで言っているのは、首相官邸にとっての『パンドラの箱』なんだ」と大石編集委員は反論するかもしれない。しかし、記事からは「『新たなパンドラの箱を開けかねない』との危機感を大石編集委員自身が持っている」と受け取れる。

「米国には謝罪してもいいが、中国や韓国にはしたくない」と大石編集委員が考えているのであれば、整合性の問題はあまり生じない。ただ、その場合は「なぜ米国だけには謝るべきなのか」との疑問が湧いてくる。この疑問にきちんと答えるのは至難だ。

この記事には他にも問題を感じた。それらについては(2)で触れる。


※(2)へ続く。

2016年5月14日土曜日

「まず日経ビジネスより始めよ」秋場大輔副編集長へ助言

日経ビジネス5月16日号に秋場大輔副編集長が「ニュースを突く~変わらないのは三菱自だけか」という記事を書いていた。見出しから分かるように、燃費データの不正が発覚した三菱自動車を批判的に取り上げている。「開発部門の方が検査部門よりも力を持つという身内の論理が優先され、結果的に消費者を欺く」と秋場氏は三菱自動車の問題点を指摘する。しかし、消費者への背信行為を続けているという点では、秋場副編集長の古巣である日本経済新聞も今の日経ビジネスも似たようなものだ。「変わらないのは三菱自だけか」の問いかけには「変わるべきなのに変われないのは日経や日経ビジネスも同じだ」と返すしかない。
石垣山観音寺(福岡県久留米市)
         ※写真と本文は無関係です

ここでは秋場副編集長へ助言を送り、日経ビジネス編集部に変革を促したい。

◆秋場大輔副編集長への助言◆

変わらないのは三菱自だけか」という記事を読みました。秋場様の主張に特段の異論はありません。「様々な不祥事を見てきたが、大概は身内の論理優先が背景にある。組織の自浄作用が働きにくいことは今回の事件で改めて明らかになったが、それを防ぐ監督機能もさび付いている。この際、制度疲労も直した方が良い」というのは、その通りです。

せっかくなので、日経ビジネス編集部でも「身内の論理優先」をやめて「組織の自浄作用」を働かせてみませんか。日経ビジネスでは読者からの間違い指摘の多くを握りつぶし、訂正も出さずに済ませています。私は今年に入り御誌に関して7件の問い合わせしていますが、何の回答もありません。参考までに、問い合わせの内容を1つ紹介します。

【日経ビジネスへの問い合わせ】

日経ビジネス2月8日号の「時事深層~マイナス金利、企業は踊らず」という記事についてお尋ねします。記事ではマイナス金利政策について「日銀は2月16日から、当座預金についての対応を変える。2015年の平均残高に相当する分には従来と同じ利子を付けるが、それを上回る部分には逆に0.1%の利子(手数料)を取る」と説明しています。しかし、日銀の公表した資料に照らしてみると、上記の説明は誤りだと思えます。

日銀は日銀当座預金について「3つの階層毎に、プラス・ゼロ・マイナス金利とする」としています。しかし、御誌の説明ではゼロ金利になる部分がありません。「2015年の平均残高に相当する分」がプラスで、「それを上回る部分」がマイナスです。「ゼロ」はどこへ行ったのでしょうか。

日銀の公表資料によれば当初はプラス金利が約210兆円、ゼロ金利が約40兆円(マクロ加算残高)となり、それを上回る部分にマイナス金利を適用するようです。御誌の説明ではマクロ加算残高にもマイナス金利が適用されることになってしまいます。

記事の説明が正しいとすれば、その根拠を教えてください。誤りであれば訂正記事の掲載をお願いします。

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私は日経ビジネスを定期購読しています。きちんとカネを払って雑誌を読んでいる人から「記事に欠陥があるのではないか」との指摘が届いたとします。「身内の論理優先」ではない優れた組織ならば、どんな対応を取ると思いますか。

上記の問い合わせには何か勘違いがあるかもしれません。ただ、罵詈雑言を投げ付けるような内容でないのは確かです。記事の説明がなぜ誤りなのか、理由も述べています。しかし、日経ビジネス編集部の対応は「無視」でした。

第三者から見れば、不適切な対応をしているのは明らかです。なのに、日経ビジネス編集部は「無視」を選び続けています。理由は2つ考えられます。

まず、プライドが高すぎるのでしょう。これは秋場様が以前に働いていた日経の編集局も同じです。私の問い合わせに事実誤認がなければ、日経ビジネスはマイナス金利政策に関して初歩的なところで間違えたことになります。この件で訂正記事が載った場合、それを読んだ多くの人は「日経ビジネスの記者って基礎知識なしに記事を書いているんだな」と悟るでしょう。そんな事態は、高すぎるプライドを抱えている人には耐えられません。だから「無視」に走りたくなるのです。

もう1つは監督体制の欠陥です。第三者的な立場で「これはミスか」「訂正を出すべきか」などと判断する仕組みがあれば、編集部が無視を決め込んでも通るとは限りません。推測ですが、日経ビジネスにはそうした仕組みがないのでしょう。

組織の自浄作用が働きにくいことは今回の事件で改めて明らかになったが、それを防ぐ監督機能もさび付いている。この際、制度疲労も直した方が良い」と秋場様は訴えていました。そもそも日経ビジネスにはミスの黙殺を防ぐ「監督機能」がないのではありませんか。仮にあっても間違いなく「さび付いている」はずです。

「これはミスか」「訂正を出すべきか」を編集部内で決めるのは、被告人に判決文を書かせているようなものです。本来ならば社外の組織に判断を任せるべきでしょうが、それが難しいのならば独立性の高い組織を社内に作って、そこに委ねるべきです。

三菱自動車の問題点が見えているのならば、実際に在籍した日経や日経ビジネスについては、より鮮明に分かっているでしょう。日経ビジネスの副編集長という責任ある立場にいる今こそ、改革の時です。

「まず日経ビジネスより始めよ」。最大限の期待を込めて、この言葉を贈ります。秋場様ならば、きっとできるはずです。


※記事の評価はC(平均的)。秋場大輔副編集長の書き手としての評価も暫定でCとする。

2016年5月13日金曜日

三菱自動車を論じる日経 中山淳史編集委員の限界

時間がなかったから…といった事情はあるかもしれない。それにしても完成度が低い。13日の日本経済新聞朝刊総合2面に「ゴーン流、新境地開けるか」という解説記事を書いた中山淳史編集委員には、書き手としての限界を感じる。中身が乏しい上に、説明は不十分で、言葉の使い方も拙い。中山編集委員に今後も解説記事を書かせる意味があるのか、日経編集局の幹部はしっかり検討すべきだ。
「虹の松原」の前に広がる砂浜(佐賀県唐津市) 
               ※写真と本文は無関係です

それほど長い記事ではないので、全文を見てほしい。その上で問題点を指摘したい。

【日経の記事】

「開発部門は人事異動が少ない組織で、10年間も同じ部署、担当のままという人も少なくなかった」。三菱自動車の関係者は社内の様子をそう話す。

燃費不正のあった「性能実験部」がそうだったという。開発部門には部署の序列が昔から存在し、性能実験部は下位の方の位置づけだった。部署ごとの縦割り意識も強く、「一緒に車をつくり上げようという雰囲気に欠けていた」ともその関係者は証言する。

日産自動車が救済する三菱自はそんな経営体質を抱える。2度目のリコール隠しが発覚した2004年には投資ファンドが筆頭株主になり、外部の目で企業風土を変えようとしたときもあったが、三菱グループがその後主要株主に落ち着き、改革は忘れられた。

この20年で4度目の不祥事となった燃費不正は許されざる行為だ。だが三菱自にも数万人の雇用、数百万人のユーザーが世界中におり、益子修会長は「開発部門を外部の目、日産のやり方で変えて何とか再生したい」と語った。日産とりわけカルロス・ゴーン社長はその難題にどう臨むのか。

「三菱自が再生したら日産にも恩恵がある」。ゴーン社長は出資比率が34%にとどまる点を聞かれ、そう答えている。リスクを最小限に抑えたい思惑はあっただろう。だが、ゴーン氏が手掛けたM&A(合併・買収)は100%買収から数%出資まで様々だ。要は「コントロール(支配)するかどうかは問題ではなく、シナジー(相乗効果)をどこまで引き出せるか」が重要なのだと話す。

再生が必要な企業には「部門横断チーム」を若手管理職でつくり、全社を方向付けする。人事や処遇には公平さと明瞭さ、競争原理で臨む。そうした基礎を固めた上で、部品調達や生産、開発投資を分け合う関係を築ければ規模の利益は計り知れない、との考え方だ。仏ルノーが日産でしてきたことの繰り返しである。

「ゴーン流」は新境地を開けるか三菱自を再生すれば日産ルノーグループはトヨタ自動車と肩を並べる規模の経済圏を築ける。トヨタとは別の手法で世界一を目指す一手には世界中の企業から注目が集まることだろう。

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大筋としては、過去を振り返った後に「ゴーン流は新境地を開けるのか。今後に注目」と言っているだけだ。三菱自動車の未来を正確に予測しろとは言わない。ただ、「『ゴーン流』は新境地を開けるか」と見出しまで使って問いかけるのであれば、ある程度の答えが欲しい。

「ゴーン流と三菱自動車は相性が良さそう」でもいいし、「ゴーン氏の神通力に陰りが出ているので、三菱自動車へ大ナタを振るうのは難しい」でもいい。中山編集委員というベテラン記者が今後をどう見通しているのか、リスクを負って書くべきだ。「これまで色々ありました。今後のゴーン氏と三菱自動車に注目です」というレベルの解説ならば、若手記者でも書ける。

ここから細かい点に注文を付けていこう。

◎答えになってる?

『三菱自が再生したら日産にも恩恵がある』。ゴーン社長は出資比率が34%にとどまる点を聞かれ、そう答えている」という説明は謎だ。「なぜ出資比率を34%にとどめたのですか」との質問に対し「三菱自動車が再生したら日産にも恩恵があるからです」でまともな答えと言えるだろうか。質問が「なぜ三菱自動車を支援するのですか」ならば分かるが…。例えば100%出資にすれば、三菱自動車が再生した時に日産が得られる恩恵は、3分の1出資の場合より大きくなるはずだ。

ここで引っかかっていると、次の「リスクを最小限に抑えたい思惑はあっただろう」との解説でさらに謎が深まる。素直に受け取ると、出資比率34%の時に日産のリスクが最小限になるはずだ。だが、なぜそうなるのか説明はないし、常識にも反する。日産の再建に手を貸すにしても、出資は見送った方がリスクをより小さくできる。2370億円もの資金をつぎ込む方式で「リスクを最小限に」できるとは思えない。

その後に続く「ゴーン氏が手掛けたM&A(合併・買収)は100%買収から数%出資まで様々だ」にもツッコミどころがある。出資比率が「数%」ではM&Aとは言えない。週刊ダイヤモンドによると、米投資ファンドのサード・ポイントはセブン&アイホールディングスへの出資比率が8%程度に達しているらしい。この場合、サード・ポイントはセブン&アイを買収(あるいは合併)したと言えるだろうか。


◎「雇用がおり」?

三菱自にも数万人の雇用、数百万人のユーザーが世界中におり~」というのは不自然な日本語の使い方だ。「三菱自動車には数万人の雇用がいる」とは普通は言わない。「三菱自にも数万人の従業員、数百万人のユーザーが世界中におり~」などとすべきだ。


◎日産ルノーが「経済圏を築ける」?

三菱自を再生すれば日産ルノーグループはトヨタ自動車と肩を並べる規模の経済圏を築ける」というくだりの「経済圏」の使い方も気になった。辞書によると、「経済圏」とは「経済活動が一定の独立性をもって営まれる地理的範囲」(大辞林)を指す。三菱自動車が日産ルノーグループに入ったとしても、3社で1つの「経済圏」を築くわけではない。

「比喩的に使ったんだ」と中山編集委員は弁明するかもしれない。その場合、“経済圏”などと表記してほしい。ただ、比喩的に「経済圏」を使う意味は感じられない。「トヨタ自動車と肩を並べる規模の企業集団を築ける」などの方が適切だろう。


※記事の評価はD(問題あり)。中山淳史編集委員への評価もDを据え置く。手を抜かずに一生懸命書いても今のレベルが精一杯ならば、後進に道を譲るべき時が来たと観念してほしい。

※中山編集委員に関しては「日経 中山淳史編集委員は『賃加工』を理解してない?」「日経『企業統治の意志問う』で中山淳史編集委員に問う」も参照してほしい。

「同日」の用法が拙い日経「富士重、新社名SUBARUに」

日本経済新聞には「同社」「同国」「同氏」「同日」などをきちんと使えない記者が多い。記者教育が不十分なので、基本を身に付けないままデスクになってしまう。結果として、デスクも見過ごしてお粗末な記事を世に送り出していく。その典型例が13日の朝刊企業面にあった。

富士重、新社名『SUBARU』に ブランドに磨き」という記事の全文は以下の通り。

久留米百年公園(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係
【日経の記事】

富士重工業は12日、2017年4月1日付で社名を「SUBARU(スバル)」に変更すると発表した。知名度が高い自動車ブランドの「スバル」を社名とすることで、航空事業も含めた企業イメージを統一。世界各地でブランド力を高めたい考え。12日に記者会見した吉永泰之社長は「魅力的なブランドを築き、未来を切り開きたい」と語った=写真。6月28日の株主総会で承認を得る。

富士重は同日、現行の中期経営計画を改定して公表した。20年度の世界販売台数を120万台超として従来計画から10万台上積みしたほか、米国での投入を検討していた電気自動車について発売時期を21年と明記した。

富士重は同日、17年3月期の連結業績は、純利益が前期比33%減の2930億円になりそうだと発表した。5期ぶりの減益となる。

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6月28日の株主総会で承認を得る」と書いた直後に「富士重は同日、現行の中期経営計画を改定して公表した」と出てくる。これでは「同日=6月28日」になってしまう。しかし、実際には「同日=5月12日」のはずだ。記事中に2回出てくる「同日」を「6月28日」と誤解する人はいないかもしれない。だが「日経ってきちんと記事が書けない人の集まりなのかな」との印象を抱く人がいても不思議ではない。

10日の朝刊1面に載った「中国と世界~夢追う国の限界(1)『L字』停滞の恐怖」という記事でも似たような使い方をしていた。「それでも中国は同国のSOSに応えられずにいる」と書いた場合、「同国=中国」と解釈する読者を責められない。しかし、ここでの「同国」は文脈から考えると「ベネズエラ」だ。

1面の囲み記事は編集局の幹部を含め、多くの社員が目を通した上で読者の元に届く。それでもこうした表記が当たり前のように残ってしまうところに日経の抱える病巣の深さがある。


※富士重工業の記事に関しては、「同日」以外に目立った問題がないのでC(平均的)と評価する。

2016年5月12日木曜日

「追加緩和ためらうな」?日経 菅野幹雄編集委員への疑問

12日の日本経済新聞朝刊 視点・焦点面「ニュース解剖~黒田日銀 試練の時」は疑問の残る内容だった。マイナス金利の問題点に関する解説は、大筋で納得できる。ただ、「景気や物価に漂うモヤモヤ感がさらに強まれば追加緩和をためらうべきでない」と筆者の菅野幹雄編集委員が主張していたのには驚いた。記事が日銀による金融緩和の限界を示唆する内容だったからだ。

久留米城跡の桜(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係
今後の追加緩和に「景気や物価に漂うモヤモヤ感」を取り払う力があるだろうか。菅野編集委員は以下のように書いている。

【日経の記事】

4番目の誤算はより根深い。実体経済を動かす消費者や企業に、マイナス金利への戸惑いが隠せないからだ。

日銀が3月に実施した生活意識に関するアンケート調査で、現在の金利が「低すぎる」と答えた人の割合は65%と3カ月前の調査から13ポイント余り増えた。マイナスにならなくとも預金金利は下がる。年金や保険の利回り低下が意識される流れだ。

「日本は高齢者の割合が高い。借入金利の低下を喜ぶ人よりも不安を感じる人の方が多い」と東短リサーチの加藤出氏は言う。マイナス金利は心理に働きかけ「いずれ物価が上がる」と思ってもらう政策。ところがそれが長引きそうだと思われると、将来を気にして逆に消費心理を冷やしかねない

市場の動きを映す予想物価上昇率はマイナス金利の導入前より0.5ポイントほど低下した。名目長期金利も0.2ポイント程度下げたが実質金利の引き下げは日銀の思い通りには実現していない。

日本経済の実力である潜在成長率がゼロ近くに低迷するなかで、日銀が孤軍奮闘してもなかなか物価や景気を上向かせるのは難しい。実体経済に効果が及ぶまで「半年も1年もかからない」と断言する黒田総裁だが、言うほど視界は開けていないだろう。

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マイナス金利政策の導入による追加緩和は効き目が乏しいどころか、むしろ逆効果だ。なのに今後も「追加緩和をためらうべきでない」とは、どういうことか。薬の効き目が乏しいので何度も量を増やしたが、それでも目立った効果はない。むしろ副作用が大きくなってきた。そんな時に病状が悪化したら、また似たような薬の量を増やせと言うのか。正直言って気が知れない。

黒田日銀が人々や市場のココロを再びつかめるかどうか、6月は正念場だ。景気や物価に漂うモヤモヤ感がさらに強まれば追加緩和をためらうべきでない」と書いた後、菅野編集委員は以下のように述べている。「市場や銀行とのほころんだ対話の修復も不可欠だ。政府も日本経済の足腰を強くする改革に真剣に取り組み、日銀の孤立を防がなければならない。試練の克服には総力戦がいる」。

政府による「日本経済の足腰を強くする改革」と併せて実行すれば追加緩和も効果があると菅野編集委員は言いたいのだろう。併せて実行すれば効果が期待できるとの根拠は乏しそうだが、とりあえず受け入れてみる。その場合も「政府が日本経済の足腰を強くする改革に真剣に取り組み、日銀の孤立を防ぐと保証しない限り、日銀は追加緩和に踏み切るべきではない」などと訴えるのが自然な流れだ。「日銀が孤軍奮闘してもなかなか物価や景気を上向かせるのは難しい」と菅野編集委員自身が感じているのだから。

今回の記事に関して、追加で2つ指摘しておきたい。

◎これは「ヘリコプター・マネーの考え方」?

【日経の記事】

追加緩和が必要な場合の手法についての意見は分かれる。日本経済研究センターの岩田一政理事長は「中銀に赤字が生じ財政コストがかかる量的緩和はもう難しい」と、政府の財政出動とマイナス金利拡大の組み合わせを主張する。若田部昌澄早大教授は財政出動で増発した国債を日銀が買い増す「ヘリコプター・マネー」の考え方。「6月に追加緩和と補正予算編成、来春の消費増税の見送りを決める可能性は高い」と指摘する。

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「えっ! 次の追加緩和ではついにヘリコプターマネーもあり得るの?」と驚いてしまった。さらっと怖いことを書いている。しかし、「財政出動で増発した国債を日銀が買い増す」のであれば、これまでもやってきたのではないか。定義にもよるが、これまで日本はヘリコプターマネー政策を実行していないはずだが…。


◎これは「弱含み」?

【日経の記事】

円高が海外展開企業の収益を悪化させる懸念から、1万8000円に迫った日経平均株価も1万6000円台に弱含んだ

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弱含み」とは「相場が下降しそうな気配を見せている状態」を指す。1万8000円に迫るところまで行って、1万6000円台(一時は1万6000円を割り込んでいる)まで下げたのならば、「弱含んだ」ではなく「反落した」「押し戻された」などとした方が適切だろう。


※記事の評価はC(平均的)。菅野幹雄編集委員の評価も暫定でCとする。

ヨーカ堂の失敗触れず鈴木敏文氏称える週刊ダイヤモンド

週刊ダイヤモンド5月14日号の特集「カリスマ退場~流通帝国はどこへ向かうのか」のPart3「カリスマが築いた帝国の軌跡」には、セブン&アイホールディングスの鈴木敏文会長に甘い週刊ダイヤモンドの問題点がしっかり出ている。「カリスマが築いた帝国の軌跡」を6ページも使って振り返っているのに、総合スーパーのイトーヨーカ堂などでの失敗については全く触れていない。

福岡県うきは市の流川桜並木※写真と本文は無関係です
鈴木氏は功罪相半ばする経営者だ。「功の方が多い」との見方はできるかもしれないが、結果を出せなかった事業に言及せず「これまでの功績を否定する人はいない」などと書いても説得力はない。“鈴木教の信者”とも言える田島靖久副編集長が特集に参加している影響がこの辺りに出ているのかもしれない。

『顧客目線』と『変化対応』 鈴木会長が貫いた二つの哲学」という記事では、冒頭で以下のように書いている。

【ダイヤモンドの記事】

セブン-イレブンの1号店をオープンさせてから42年間、鈴木敏文会長は二つの考えを訴え続けた。それは顧客目線と変化対応。いつしか組織全体に浸透し、今日の成功の礎となった

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鈴木氏は経営者としてコンビニだけに関わってきたのではない。ヨーカ堂も長年にわたって指揮している。「顧客目線と変化対応」の考え方が「いつしか組織全体に浸透し、今日の成功の礎となった」のならば、なぜヨーカ堂はダメになってしまったのか。そこを論じないと「帝国の軌跡」をきちんと振り返ったとは言えない。

経営方針を徹底させるための時間も権限も鈴木氏にはあった。なのにヨーカ堂には浸透しなかったとすれば、経営者としての能力に疑問符が付く。「組織(グループ)全体に浸透」したのに、ヨーカ堂を立て直せなかったとすれば、鈴木氏の訴えた「顧客目線と変化対応」がコンビニ事業の成長を支えたのか疑わしい。

鈴木氏が出した方針をヨーカ堂の従業員が守らなかったとは考えにくい。ダイヤモンドも「社内外を一枚岩にして動かす 鈴木イズムが生んだ鋼の組織」という記事で以下のように説明している。

【ダイヤモンドの記事】

鈴木敏文会長が生み出したのは、コンビニエンスストアだけではない。社内のみならず、社外まで巻き込んで一枚岩のようにして動かす“鋼の組織”もその一つだ。

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ダイヤモンドの記事の通りだとすれば、ヨーカ堂にも鈴木氏の考え方は浸透していたはずだ。なのに業績は低迷を続けた。だとすれば、経営者の考え方自体が間違っていたと判断すべきだ。鈴木氏に関しては「コンビニとその関連事業を除くと、的確な経営方針を示せなかった」と評するのが適当だと思える。なのにダイヤモンドは、うまく行った部分にだけ光を当てて論じてしまった。そんな書き方しかできないのであれば、Part3は省いた方が良かった。


※特集全体の評価はD(問題あり)。田島靖久副編集長への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。新井美江子記者、泉 秀一記者、大矢博之記者への評価はDを維持する。田島副編集長への評価については「週刊ダイヤモンドを格下げ 櫻井よしこ氏 再訂正問題で」を参照してほしい。また、今回の特集に関しては「セブン&アイ 反鈴木敏文派を『虫』と呼ぶ週刊ダイヤモンド」「『セブンイレブンが先駆者』? 誤り重ねる週刊ダイヤモンド」でも取り上げている。

2016年5月11日水曜日

「セブンイレブンが先駆者」? 誤り重ねる週刊ダイヤモンド

週刊ダイヤモンド5月14日号の特集「カリスマ退場~流通帝国はどこへ向かうのか」のPart3「カリスマが築いた帝国の軌跡」は問題が多い。まずは「『顧客目線』と『変化対応』 鈴木会長が貫いた二つの哲学」という記事に付けた表を取り上げたい。

亀山公園(大分県日田市) ※写真と本文は無関係です
ゼロからつくり上げてきた セブン-イレブンが初めて取り組んだ主なもの」とのタイトルが付いたこの表は、基本的に昨年6月6日号の特集「流通最後のカリスマ 鈴木敏文の破壊と創造」からの流用だ。1年も経たないうちに同じような表を載せる意味は乏しいし、手抜きとも言える。その上、この表には誤りが目立つ。まず、年表の一番上に出ている「1974年 世界初 既存小売店を組織化しチェーン展開開始」は間違いだ。昨年の特集に関するダイヤモンドへの問い合わせと回答を改めて紹介しておく。


【ダイヤモンドへの問い合わせ(2015年6月)】

6月6日号の「世界初がめじろ押し!恐るべしセブンの開発力」に関してお尋ねします。表中で「1974年 既存小売店を組織化しチェーン展開開始」が「世界初」となっています。しかし、資生堂のホームページによると、同社は1923年に日本初のボランタリーチェーンシステム「チェインストア制度」を導入したようです。ボランタリーチェーンなので当然に「既存小売店の組織化」です。記事では「コンビニ業界で世界初」と言っているのかとも思いましたが、「世界初」「日本初」「業界初」の3つに分けられているので、それもなさそうです。記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も教えてください。

【ダイヤモンドの回答(2015年6月)】

資生堂はあくまで自社商品のみを扱う「ボランタリーチェーン」です。しかしここの趣旨は、あらゆる商品を扱う小売店舗の「チェーンストア」に関して論じており、まったく性格が違います。従いましてセブン‐イレブンが最初になります。

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表には「既存小売店を組織化しチェーン展開開始」としか書いていない。そして資生堂がセブンイレブンよりも前に「既存小売店を組織化しチェーン展開」を始めていたとすれば…。後は説明するまでもないだろう。

この表には他にも間違いだと思える説明が複数ある。新たにダイヤモンド編集部へ問い合わせを送ってみた。内容は以下の通り。

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

5月14日号45ページの「セブン-イレブンが初めて取り組んだ主なもの」という表についてお尋ねします。この中に「84年 業界初 おでんの全国展開開始」と出てきます。しかし、当時のセブンは未出店地域が多く「全国展開」できる状況にはありませんでした。例えば四国に初出店したのは2013年になってからです。

「2001年 日本初 保存料、合成着色料なしのファストフード販売開始」もセブンが日本初ではないでしょう。例えば「くら寿司」を展開するくらコーポレーションの社長はホームページで「創業以来のコンセプトとして『四大添加物(化学調味料・人工甘味料・合成着色料・人工保存料)』を完全に排除した商品を開発・提供してまいりました」と述べています。これが本当ならば、2001年よりずっと前から「保存料、合成着色料なしのファストフード」は国内で販売されていたことになります。

上記の2点について、記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。御誌では読者からの間違い指摘を無視して記事中の誤りを握りつぶす対応が常態化しています。メディアとして責任ある行動を心がけてください。

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ダイヤモンド編集部が間違い指摘を完全に無視するようになってから10カ月以上が経過した。今回の問い合わせにも回答はないだろう。なので、上記の件も「記事の説明は誤り」と推定するしかない。


※今回の特集については「セブン&アイ 反鈴木敏文派を『虫』と呼ぶ週刊ダイヤモンド」も参照してほしい。昨年の特集は「ダイヤモンド『鈴木敏文』礼賛記事への忠告」で論じている。

追記)結局、回答はなかった。

2016年5月10日火曜日

日経が「日米同盟至上主義」に固執するのは自由だが…

安全保障政策に関する日本経済新聞の姿勢は一貫している。日米同盟至上主義だ。他の選択肢は一切考慮せず、ひたすら「同盟強化」「同盟の重要性」を念仏のように唱え続ける。そういう点では、もはや信仰に近い。結論が先に決まっているので、なぜその選択肢なのかという理由は時に無理が生じる。9日の朝刊総合・政治面に載った「Q&A トランプ氏発言、安保に波紋 在日米軍、日米に利益 米に『ただ乗り』批判も/日本の駐留費負担、突出という記事におかしな説明が目立つのも、結論ありきで理屈を付けているからだろう。
早稲田佐賀中学・高校(佐賀県唐津市) ※写真と本文は無関係です

具体的に見ていく。

【日経の記事】

Q 在日米軍の存在が日本への他国からの攻撃を思いとどまらせる「抑止力」になるか。

A 抑止力になるのは間違いない。朝鮮半島有事になれば沖縄の海兵隊が展開する。横須賀基地は西太平洋・インド洋で展開する米海軍第7艦隊を支援する機能を持っている。最近では横須賀基地配備のイージス艦が南シナ海で「航行の自由作戦」に参加した。

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抑止力になるのは間違いない」かもしれないが、その後の説明は「抑止力になる」と言える根拠になっていない。「朝鮮半島有事になれば沖縄の海兵隊が展開する」のであれば、日本が攻撃対象になる可能性は高まる。韓国と北朝鮮が本格的に戦火を交え、米国が韓国とともに戦う場合、北朝鮮が在日米軍基地を叩こうとするのは自然の成り行きだ。

「抑止力になる面もあるが、逆に戦争に巻き込まれるリスクを高める場合もある」といった説明が妥当だと思える。「在日米軍は日本にメリット」という点を強調したい“信仰心”が強すぎて、バランスの取れた解説ができなくなっているようだ。

この記事には他にも“信仰心”に起因すると思える問題がある。

【日経の記事】

Q 在日米軍が撤退すれば、日本の防衛費は一気に膨らむのでは。

A 大幅増は避けられない。現在の年間約5兆円から何倍にも増えるとの見方もある。これまでの専守防衛の枠を超えた空母や攻撃型の巡航ミサイルなどが必要になる。日米同盟を前提とした外交戦略の見直しも迫られ、仮に日米同盟の解消にまで至れば、米国の「核の傘」を離れることになる。日本の核武装論がくすぶる可能性もある。

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こういう「根拠なき不安煽り型」の書き方は感心しない。在日米軍が撤退したら「専守防衛の枠を超えた空母や攻撃型の巡航ミサイルなどが必要になる」と断定する根拠は、少なくとも記事中にはない。在日米軍が撤退しても、日米同盟を破棄するかどうかは別問題だ。基地なしで同盟維持の場合、防衛費を大幅に増やす必要が本当にあるのか。米国と同盟関係にある日本を、そんなに気軽に攻撃できるものなのか。

「基地なし同盟などあり得ない。在日米軍が撤退すれば、日米同盟は瓦解する」と考える人もいるだろう。その場合でも、憲法の制約があるので「専守防衛の枠を超えた空母や攻撃型の巡航ミサイル」を持つのは難しいはずだ。同盟は瓦解するとの前提なので、集団的安全保障の可能性を考慮する必要もない。「専守防衛」の範囲でやるしかないのではないか。新たな同盟国を見つけるか、憲法を改正するならば話は別だが…。

今回の記事によると在日米軍関連として「15年度に7250億円程度を日本側が支出」したらしい。在日米軍が撤退すれば、この予算の大部分は浮く。今の米軍基地を自衛隊基地に転用すれば、低コストで拠点を拡充できる。「在日米軍基地を置き続けるしかない」との“信仰”を持つのは日経の自由だが、他の選択を最初から排除した形でしか思考回路が働かないのは如何なものか。

記事に付けている「専門家の見方~地域の不安定化、撤退で加速」という識者コメントもかなり無理のある内容だ。全文は以下の通り。

【日経の記事】

伊藤俊幸・元海上自衛隊呉地方総監  在日米軍の駐留経費をめぐるトランプ氏の発言は、米軍人の人件費や作戦そのものに関わる費用まで負担を求めていると受け取れる。日本国民が受け入れられないだけでなく、在日米軍が事実上の日本の「雇われ兵」になり、米軍人のプライドも傷つく可能性がある。

米軍が日本駐留をやめてグアムやハワイまで撤退すれば、中国が沖縄県の尖閣諸島や台湾にすぐにでも展開するだろう。冷戦後にフィリピンから米軍が撤収した過去の事例を見れば分かる。地域の不安定化につながる。

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駐留経費を全額負担してあげると「在日米軍が事実上の日本の『雇われ兵』」になってくれるらしい。つまり、実質的には在日米軍が日本の指揮下に入るというわけだ。これはまともに論じるべき話だろうか。あまりに常識外れだと思える。

米軍が日本駐留をやめてグアムやハワイまで撤退すれば、中国が沖縄県の尖閣諸島や台湾にすぐにでも展開するだろう」という話も同様だ。伊藤氏は「冷戦後にフィリピンから米軍が撤収した過去の事例を見れば分かる」と訴えるが、フィリピンからの米軍撤退後に中国が台湾に戦争を仕掛けただろうか。

さらに言えば、「沖縄に米軍がいれば抑止力になるが、ハワイやグアムに米軍がいても中国は気にせず軍事力を行使する」という考え方は理解に苦しむ。「沖縄に基地を持たない米国が相手ならば、アジアでは軍事的に圧倒できる」と中国は判断するだろうか。

識者コメントで伊藤氏を使うなとは言わない。しかし、今回のような極端な主張を載せるのであれば、せめてもう1人加えて両論併記にしてほしい。社説や署名入りコラムで日米同盟至上主義の正しさを訴えるのはいいが、今回はQ&A方式の解説記事だ。あまりに偏りのある作り方をすると、かえって読者の信頼を失ってしまう。

「日米同盟至上主義ではない考え方もありますよ」と読者に紹介するぐらいの余裕を見せた方が、かえって日経の主張に説得力が出るはずだ。“信仰”を少し脇に置いて、記事を書いてみてはどうだろうか。


※記事の評価はD(問題あり)。

2016年5月9日月曜日

セブン&アイ 反鈴木敏文派を「虫」と呼ぶ週刊ダイヤモンド

週刊ダイヤモンドは5月14日号の特集「カリスマ退場 流通帝国はどこへ向かうのか」でセブン&アイホールディングスの鈴木敏文会長を巡る問題を取り上げている。鈴木氏ヨイショの急先鋒とも言える田島靖久副編集長が担当者として名を連ねていることもあり、興味深く読んだ(残りの担当は新井美江子記者、泉 秀一記者、大矢博之記者)。Part3「カリスマが築いた帝国の軌跡」を中心に、相変わらずのヨイショ路線も残ってはいる。一方でPart2「カリスマの躓き」では鈴木氏を「絶大な権力を持ち続けた末に“裸の王様”になった」と評するなど、バランスを取ろうとする意図も感じる。
筑後平野に沈む夕陽(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

世襲問題に触れずじまいだった4月23日号の「DIAMOND REPORT~セブン 鈴木会長引退 後継人事 まさかの否決 カリスマ経営者の誤算」という記事とは異なり、今回はきちんとこの問題を論じていた。そうは言っても、特集全体を見渡すと指摘すべき点は多い。まずはPart1「クーデターの全貌」から見ていこう。

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PART1で最も問題があるのは「鈴木を退任に追い込んだ『獅子身中の虫』たち」という最初の記事だ。説明に矛盾がある。この記事では今回の騒動について「これは長きにわたって用意周到に仕組まれた事実上のクーデターだった」「鈴木を追い込んだのは、『獅子身中の虫』たちが周到に準備していた、事実上の『クーデター』だった」と断言している。しかし、読み進めると話が変わってくる。記事の最後の2段落は以下のようになっている。

◎偶然起きた「用意周到なクーデター」?

【ダイヤモンドの記事】

一連のクーデターには首謀者がいなかった。ただ、次男の康弘を取締役に据えたことを「次男を優遇し、世襲させようとしている」と捉え、それをもって「鈴木を許せない」と感じた「獅子身中の虫」たちが多くいたのだ。

彼らが偶然にも集まり、行動を起こし始めた途端、歯車がうまくかみ合い、大きなうねりとなって鈴木を追い込んでいったというわけだ

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最後の説明が正しいのならば、反鈴木派の動きは統率の取れたものではない。「用意周到に仕組まれた事実上のクーデター」との説明は誤りだろう。

この記事には他にも気になる点がある。「用意周到に仕組まれた」ものでないとしても「事実上のクーデター」とは言えるだろうか。「クーデター」とは「既存の政治体制を構成する一部の勢力が、権力の全面的掌握または権力の拡大のために、非合法的に武力を行使すること」(大辞林)だ。

つまり「事実上のクーデター」と呼ぶためには、単なる権力闘争ではなく「非合法的」な要素が必要となる。しかし、取締役会で鈴木氏の出した人事案が否決され、それを受けて同氏が自らの意思で退任したのであれば、クーデター的要素は取りあえず見当たらない。見えない所で何かあった可能性は残るが、記事では「」たちの「非合法的」な動きには触れていない。これを「事実上のクーデター」と書くのは正確さに欠ける。

さらに引っかかるのが、セブン&アイ内の反鈴木派の人々を筆者らが「」と呼んでいる点だ。これは鈴木氏が記者会見で述べた「獅子身中の虫」から来ている。「獅子身中の虫」とは「組織などの内部にいながら害をなす者や、恩をあだで返す者」(デジタル大辞泉)を指す。つまり、「鈴木氏の提案する人事案を否決に持ち込もうと行動を起こしたのは、セブン&アイという組織に害を与えたりする問題ある人物」と筆者らは判断したのだろう。

実際にそうならば問題はない。ただ、記事からはそうは読み取れない。記事では「」について以下のように書いている。

◎反鈴木派は害をなす「虫」?

【ダイヤモンドの記事】

関係者の話を総合すると、それは、伊藤が講師を務めるセミナーや研究会などで以前から伊藤を知る人、そして鈴木に恨みを抱く人たちだ。

「鈴木が次男の康弘を取締役に引き上げた際などに、大きな失策などなかったにもかかわらず、退任させられた幹部が複数いる。彼らは至る所で不満を漏らしていた」(セブン&アイ関係者)

社内には、"天皇"と呼ばれていた鈴木敏文に不満を持っていた社員が少なくなかった。こうした人たちは、伊藤に社内の状況、とりわけ「次男を重用するなど、ガバナンスが効いていないことを伝えていた」(同)といわれている

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これならば、「鈴木氏の暴走に待ったをかけようと動いた有志の者」と捉える方がしっくり来る。記事の内容からすると、筆者らは「」に会ったわけではなく、鈴木氏に近い人から「」の動向を聞いただけだと思える。その動向にも明確に組織へ害を与えた形跡は見当たらないようだ。だとしたら「」呼ばわりするのは問題がある。

社内では、『虫』たちの言葉を聞いた長女が、鈴木にノーを突き付けたとみられている」「そんなサード・ポイントの登場に、チャンスとばかりに目を付けた『虫』が「複数いた」(関係者)」といった書き方からは、「」に対する筆者らの敵意すら感じる。もっと中立的な呼称にすべきだ。

筆者らは「」に会っていないのではないかと指摘したが、記事には「鈴木を退任させるという目的を達成できたにもかかわらず、彼らの表情は浮かない」との「」に関する記述があることを付け加えておく。記事からは「」が誰か特定できていないと解釈できるものの、なぜか「表情」は観察できたようだ。「彼らの表情は浮かない」などと見てきたような書き方をするだけの材料があるのか疑問が残った。

創業家である伊藤家に関する説明も腑に落ちない。

◎名誉会長は鈴木氏の人事案に反対せず?

【ダイヤモンドの記事】

クーデターの中で、まず重要な位置付けとなったのが、創業家である「伊藤家」だった。創業者でセブン&アイ名誉会長の伊藤雅俊は、人情味溢れる人格者として有名。「資本と経営の分離」を明確にし、鈴木の経営には一切口を挟まなかった。

そんな伊藤家に、昨年あたりから頻繁に出入りし、社内の実態について吹き込んでいた社員たちがいる。“天皇”のように振る舞う鈴木に対し、普段から不信感を募らせていた「虫」たちだ。

とはいえ、伊藤は人格者。たしなめることはあっても、行動はしなかったはずだ。ところが伊藤家にも変化が起きていた。セブン&アイの幹部は、「伊藤も92歳と高齢。実際には伊藤の長女が権力を握っていた」と明かす。

これは、鈴木が会見で述べていた「これまで良好な関係にあった。けれどここにきて、急に変わった。世代が変わった。抽象的な言い方だが、それで判断してもらいたい」との言葉と符合する。

詳細は後述するが、社外取締役の助言に従い、会社側が人事案についての承諾を求めに行ったもののはんこをついてもらえなかった。社内では、「虫」たちの言葉を聞いた長女が、鈴木にノーを突き付けたとみられている。

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上記の説明だけ読むと「伊藤雅俊名誉会長は鈴木氏の経営方針に異を唱えないが、その長女は違う」と受け取れる。しかし、セブン&アイの村田紀敏社長が鈴木氏の提案した人事案への承認を求めたところ、伊藤名誉会長は拒否したと言われている。どうも話が合わない。

そもそも記事の「会社側が人事案についての承諾を求めに行ったもののはんこをついてもらえなかった」という部分は誰の承認を求めに行ったのか明示していない。名誉会長の承認をもらいに行ったら代理の長女に拒否されたのか。伊藤家の承認を求めに行ったら代表として長女が出てきて拒否したのか。長女に説得された名誉会長が拒否したのか。きちんと説明すべきだ。

詳細は後述する」と書いているが、記事を最後まで読んでもそこは分からない、というより詳述している部分が見当たらない。

最後に以下のくだりに注文を付けておく。

◎鈴木氏は「流通最後のカリスマ」?

【ダイヤモンドの記事】

4月7日。セブン&アイ・ホールディングス会長の鈴木敏文は、どこかをにらみ付けるような厳しい表情を浮かべながらこう語った。

この日、鈴木は、決算会見に急きょ参加、「全ての役職から身を引く」と、退任の意思を明らかにした。セブン&アイの“天皇”と呼ばれた「流通最後のカリスマ」の退任に、業界は騒然となった。

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ここでの問題点は週刊ダイヤモンド2015年6月6日号の特集「流通最後のカリスマ 鈴木敏文の破壊と創造」と共通する。鈴木氏が「最後のカリスマ」ならば、ファーストリテイリングの柳井正氏はどうなるのか。ダイヤモンド編集部では「柳井氏は流通業界のカリスマとは言えない」と判断しているのだろうが、常識との乖離が甚だしい。

今回の特集には「絶大な権力を持ち続けたことで、いつしか裸の王様になってしまった鈴木会長。それに気付けなかったことが、大きなつまずきの要因だったのかもしれない」との記述がある。昨年の特集を含め徹底的に鈴木氏を持ち上げて、「裸の王様」に「王様は裸だ」と忠告しなかったのはダイヤモンド自身だ。

「王様は裸だ」と気付けなかったのか。気付いていたのにヨイショ記事を垂れ流し続けたのか。いずれにしても、しっかり反省してほしい。


※今回の特集に関しては、さらに指摘を続ける。昨年の特集に関しては「ダイヤモンド『鈴木敏文』礼賛記事への忠告」を参照してほしい。

2016年5月8日日曜日

冒頭から苦しい日経ビジネス「強い会社は会議がない」

19ページに及ぶ特集の冒頭部分でいきなり不安になった。日経ビジネス5月9日号の特集「強い会社は会議がない~即断即決の極意」では、「マイナス金利の導入」「ISの大規模テロ」「パナマ文書の漏洩」を2016年に起きた「予測不能な出来事」に挙げている。しかし、これらを以て現状を「入念にリスクを予測しても、想定を超える事態が出現する環境」と断定されても、全く納得できない。まずは特集の前文を見てみよう。
靖国神社(東京都千代田区)※写真と本文は無関係です

【日経ビジネスの記事】

マイナス金利の導入、ISの大規模テロ、パナマ文書の漏洩…。2016年も、予測不能な出来事が起こり続けている。入念にリスクを予測しても、想定を超える事態が出現する環境では、従来型の合議的意思決定はほぼ意味をなさない。アイデアがあれば実行し見込みがあれば突き進み、なければ朝令暮改で撤退する--。不確実な時代に生き残れるのは、そんなスピード経営を極めた企業だけだ。先進企業の即断即決を取材した。強い会社はもう、会議なんてしない

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マイナス金利については欧州で導入済みであり、16年になって日銀が追随したからといって「予測不能な出来事」とは言えない。実際に導入前から追加緩和策の候補として挙がっていた。日銀の黒田東彦総裁が1月に「現時点でマイナス金利を具体的に考えているということはない」とコメントしたために、導入公表時にはサプライズとなったが、基本的には想定されていた政策だ。

ISの大規模テロ」に関しては、昨年11月のパリでの同時テロを受けて特に欧州で警戒感が強かったはずだ。16年に入ってベルギーで大規模なテロが起きた時に、筆者らは「まさかISがベルギーでテロを起こすとは…」と驚愕したのだろうか。だとしたら時事問題に疎すぎる。

パナマ文書の漏洩」も十分にあり得ることだ。企業から個人情報が流出したりといった事例が過去にも多数あったのに「パナマの法律事務所だけは安全」とでも筆者らは信じていたのだろうか。

特集のPART1からPART3まで色々とツッコミどころはあるのだが、長くなるので割愛する。ただ、「強い会社はもう、会議なんてしない」について1つだけ注文を付けたい。筆者らは自分たちの取り組みをなぜ語らないのか。

強い会社は会議がない」という特集を組んだのだから、日経BP社全体ではともかく日経ビジネス編集部では基本的に会議がないはずだ。雑誌の編集部で会議がほとんどないとすれば、非常に興味深い。それでどうやって雑誌を作っているのか、以前は会議が多かったとすれば会議が減ってどんな効果を実感したのか--。

そんな実体験に基づいて特集を作れば、説得力が増したはずだ。しかし、特集を最後まで読んでもそうした記述は見当たらない。となると、「会議をなくせとか言っているのに、自分たちは会議だらけなんじゃないの」と疑いたくなってしまう。


※特集の評価はD(問題あり)。書き手については、宗像誠之記者と西雄大記者を暫定でDとし、齊藤美保記者への評価をDで確定させる。

2016年5月7日土曜日

トランプ氏の発言を曲げて伝える日経の社説

なぜかよく分からないが、日本経済新聞はトランプ氏の発言を正しく伝えようとする意思が乏しいようだ。7日朝刊の社説「『トランプ指名』が示す米孤立主義の加速」もそんな記事の1つだ。気になったのは「トランプ氏が薦めるからといって、核武装が日本の進むべき道ではあるまい」という一節だ。ここからは「トランプ氏が日本に核武装を薦めている」と解釈するしかない。それで正しいのかどうか考えてみよう。

浅草寺(東京都台東区) ※写真と本文は無関係です
社説と同じ面に載った「トランプ氏 日本に波紋」という記事には、トランプ氏の発言を並べた表が付いている。ここでは「米国が国力衰退の道を進めば、日韓の核兵器の保有はあり得る」(3月26日、ニューヨーク・タイムズで)との発言を紹介している。これは日本に核武装を薦めている発言と言えるだろうか。この問題に関しては、5月4日のCNNとのインタビューでもトランプ氏が言及したようだ。毎日新聞は以下のように書いている。

【毎日の記事】

日本の核兵器保有を容認する考えを示した発言については、「私は日本に(核)武装してほしいのではなく、少なくともその(駐留)経費を弁済してほしいのだ」と説明。目的は駐留経費の負担を求めることであり、払わない場合には駐留米軍が撤退し、日本が北朝鮮の脅威を前に自衛するために何が起きるかを語ったとする持論を展開した。

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トランプ氏の発言はもともとが「日本の核兵器保有を容認する考えを示した」もので、核武装を薦めてはいないと思える。CNNとのインタビューで「私は日本に(核)武装してほしいのではなく、少なくともその(駐留)経費を弁済してほしいのだ」と説明しているのであれば、なおさらだ。なのにCNNのインタビューの内容を日経も含む各紙が記事にした翌日の社説で「トランプ氏が薦めるからといって、核武装が日本の進むべき道ではあるまい」と書いてしまうとは…。日経の論説委員の見識を疑うほかない。


※社説の評価はD(問題あり)。トランプ氏に関する日経の記事については「あれこれ気になる日経 伊奈久喜特別編集委員の『風見鶏』」「トランプ氏の発言を不正確に伝える日経 吉野直也記者」も参照してほしい。

トランプ氏の発言を不正確に伝える日経 吉野直也記者

6日の日本経済新聞夕刊1面に載った「トランプ氏『米軍駐留費、全額負担を』」という記事は正確さに欠ける。記事が伝えるトランプ氏の発言はCNNテレビのインタビューを引用したものだ。決定的な誤解を与える内容ではないが、要人の発言を伝える際にはニュアンスも含めて正確に報じてほしい。夕刊の記事でワシントン支局の吉野直也記者は以下のように書いている。

佐田川と菜の花(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です
【日経の記事(夕刊)】

トランプ氏はインタビューで、駐留経費の分担について「なぜ100%でないのか」と指摘。質問者が「米軍受け入れ国に、全ての費用を払わせたいのか」とただすと「全額支払うべきだ」と主張した。さらに「経済大国になった日本に補助金を払い続けるようなことはできない」と訴えた。

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上記は最終版(4版)のものだが、3版では「日本などによる駐留経費の分担について『なぜ100%でないのか』と指摘」となっていて、「100%」発言が「日本など」と対応する形になっていた。実際には「100%」発言は在韓米軍に関する質問に絡んで出てきたものだ。3版の説明ではまずいと思って最終版で手直ししたのだろう。ただ、日経の記事からは「なぜ100%でないのか」という発言が在韓米軍に関するものだとは知る由がない。

手直しする際に「駐留経費の分担について」の部分を「在韓米軍の駐留経費分担について」とすれば済む話だ。その後で日本も含む米軍受入国に関して「全額支払うべきだ」と述べているのだから、記事の骨子に影響はない。吉野記者がなぜ正確に伝えようとしないのか疑問だ。

ちなみに、毎日新聞は6日の「トランプ氏『米軍駐留費、全額負担を』…共和指名確定」という記事で以下のように説明している。

【毎日の記事】

トランプ氏はこれまでも、駐留米軍を撤退させる可能性に触れながら、同盟国に負担増を求める考えを示してきたが、今回は「全額負担」を要求する姿勢を明確にした。米国に財政的な余裕がないことを強調し、米国が防衛しているドイツや日本、韓国は「米国を大切にしなくてはならない」と主張した。インタビューの聞き手が「韓国は在韓米軍の人件費の50%を払っている」と指摘すると、「50? なぜ100%ではないのか」と反論。「駐留米軍の受け入れ国にそのすべての経費を支払わせたいのか」と聞かれると、「もちろん彼らがすべての経費を支払うべきだ。なぜ米国が払うんだ」と強調した。

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日経と毎日のどちらが読者により正確な情報を伝えようとしてくれているだろうか。自分はたまたまCNNの映像を見た後に日経を読んだので「吉野記者の記事は正確さに欠ける」と気付けた。しかし、日経だけ読んでいたら、微妙に誤解したままになっていたはずだ。

吉野記者は「日本にも100%の負担をトランプ氏は求めている。だから、誤解には当たらない」と反論するかもしれない。しかし、やはり問題ありと考えるべきだ。夕刊の記事を参考に書いたとみられる日経朝刊総合1面の「トランプ氏 日本に波紋 『軍駐留費、全負担を』『TPPは再交渉』」という記事(7日付、筆者は日本国内にいる記者だと思われる)では、以下のように述べている。

【日経の記事(朝刊)】

「なぜ100%ではないのか」。トランプ氏は4日の米CNNのインタビューで、在日米軍の駐留経費について日本に全額負担を求める考えを表明した。

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この書き方だと、日経だけを読んだほとんどの人が「在日米軍の駐留経費についてトランプ氏は『なぜ100%ではないのか』と発言した」と思うだろう。吉野記者の書き方が曖昧だから、それに基づいて書かれたと思われる記事では、誤解が少し大きくなっているように見える。もちろん決定的な問題はないが、吉野記者が毎日新聞と同じレベルの正確さで記事を書けていたら、こうした事態は防げたはずだ。


※日経夕刊の記事に対する評価はD(問題あり)。吉野直也記者への評価も暫定でDとする。