2016年11月30日水曜日

三越伊勢丹HDの分析が甘い日経「誤算の研究(1)」

30日の日本経済新聞朝刊 投資情報面に載った「誤算の研究(1) 三越伊勢丹ホールディングス
旗艦店、思わぬ不振 高コスト体質、減収で表面化」という記事の出来は、日経の中では悪い方ではない。だが、分析には甘さが目立つ。記事を見ながら、何が足りないのか探っていこう。

【日経の記事】
久留米市役所(福岡県久留米市)
        ※写真と本文は無関係です

上場企業の2016年4~9月期決算は4年ぶりの最終減益となった。円高や新興国景気の減速、消費低迷など逆風が吹いたが、戦略ミスも見逃せない。業績が急速に悪化した企業は何を誤ったのか検証する。

「他社より弱い決算になって申し訳ない」。8日、アナリスト向け決算説明会で三越伊勢丹ホールディングスの大西洋社長は力なく語った。16年4~9月期の連結営業利益は61億円と前年同期比58%減。減益率は高島屋(2~8月期で0.3%減)、J・フロントリテイリング(同12%減)に比べ突出して大きい。

要因の一つは売上高の落ち込みだ。三越伊勢丹の売上高は5821億円と5%減った。高島屋は1%減と小幅。Jフロントは6%減ったが、旗艦店を改装している影響が大きい。実質的には三越伊勢丹が最も苦戦した

免税売上高が前期で600億円と他社の2倍前後あり、訪日客消費が縮小した影響を受けやすかった面はある。加えて打撃だったのが婦人服などアパレルの不振だ。

----------------------------------------

◎「旗艦店の改装」ならば利益に響かない?

販売面を見ると、3社の中で「実質的には三越伊勢丹が最も苦戦した」のはその通りだろう。だが、記事では「三越伊勢丹の減益率が他社よりなぜ大きくなったか」を分析しているはずだ。「旗艦店を改装している」場合でも、売り上げが減れば基本的には減益要因だ。なのに、なぜ減収率が小さい三越伊勢丹の方がJフロントより減益率は大きいのか。そこの説明は欲しい。例えば「利益率の高い衣料品の落ち込みが他社より大きかったから」などと書いてあれば納得できる。

次は三越伊勢丹の戦略ミスについて考えてみる。


【日経の記事】

ファッションの伊勢丹――。グループの百貨店売上高の2割を占める伊勢丹新宿本店(東京・新宿)は、流行の先端を行く品ぞろえで業界をリードしてきた。同店の衣料品の売上高比率は約40%で、靴やアクセサリーなどを含めると60%近くになる。13年の店舗改装に合わせてさらにファッション性を追求し、高級ゾーンの品数を増やした

だが、昨年秋ごろから消費に減速感が強まると商品戦略は裏目に出る。同店の4~9月期の売上高(外商など除く)は5%減少。訪日客比率が高い三越銀座店も8%減収となり、屋台骨である東京都心の店舗のけん引力は弱まった。

----------------------------------------

◎これは「戦略ミス」?

筆者の湯浅兼輔記者は記事の冒頭で「戦略ミスも見逃せない」と言い切っていた。では何が「戦略ミス」だったのか。新宿本店の衣料品の売上高比率がもともと高く「13年の店舗改装に合わせてさらにファッション性を追求し、高級ゾーンの品数を増やした」ことを指して「商品戦略は裏目に出る」と評しているので、これが「戦略ミス」だと思える。

だが、どこが「ミス」なのか判然としない。新宿本店でも、しまむらやユニクロに対抗できるような価格帯の商品を中心に据えるべきなのか。それとも、衣料品の売上高を1割とか2割に抑えるのが正解なのか。湯浅記者は教えてくれない。

常識的に考えれば、新宿本店が衣料品の「高級ゾーン」に強みを持っているのならば、そこは保持すべきだ。安易に低価格戦略を進めたり、品ぞろえを減らしたりすれば、既存の顧客が離れてしまう。もちろん「これまでの戦略は行き詰まりが明白」と言える場合もあるだろう。だが、湯浅記者はそこまで踏み込んで分析していない。

続いては経費面について見ていく。記事の中ではここに最も大きな問題を感じた。

【日経の記事】

売上高の落ち込みに伴い、これまで覆い隠されてきた弱みもあぶり出された。人件費など販売費・一般管理費の重さだ。百貨店事業の売上高販管費比率は前期で26%とJフロント(20%)、高島屋(24%)を上回る。

Jフロントは売り場を大胆にテナントに貸し出し、自前の販売員を極力置かない戦略を徹底している高島屋はショッピングセンター開発など不動産事業を収益源に育てた三越伊勢丹は旧来型の百貨店ビジネスが主体なうえ、間接部門のコスト削減も進んでいない。

----------------------------------------

◎なぜ「不動産事業」が出てくる?

3社の「百貨店事業の売上高販管費比率」を比べるのは悪くない。「Jフロントは売り場を大胆にテナントに貸し出し、自前の販売員を極力置かない戦略を徹底している」から販管費比率が低いという説明も分かる。だが、高島屋は謎だ。「ショッピングセンター開発など不動産事業を収益源に育てた」としても、あくまで「不動産事業」の話だ。なぜ「百貨店事業の売上高販管費比率」が低くなるのか。基本的には関係しないはずだ。特殊な事情があって関連してくるのならば、その事情を説明してほしい。

ついでに言うと、Jフロントが「売り場を大胆にテナントに貸し出し、自前の販売員を極力置かない戦略を徹底している」のであれば、「旧来型の百貨店ビジネスが主体」の三越伊勢丹と比較してもあまり意味がない。

Jフロントの手法は言ってみれば「不動産会社化」だ。販管費は減らせるが粗利益率も低くなる。一方、「旧来型の百貨店ビジネス」であれば、販管費率は高くなるものの、高めの粗利益率が期待できる。三越伊勢丹が高い販管費率に見合った粗利益率を確保していれば、「弱み」とは言えない。

以下の話はさらに理解に苦しんだ。

【日経の記事】

「持ち株会社が機能、人員ともに大きくなりすぎた」。三越伊勢丹のある幹部は自嘲気味に話す。持ち株会社の従業員数は前期末で583人と、売上高が1割ほど少ないJフロントの5倍。各店を横断する販売施策を考える営業企画部門も持ち株会社にある。傘下の百貨店事業会社も同様の部門を抱えており、機能が重複している。

経営統合から8年。組織改革をなおざりにしたツケが回ってきた。追い込まれる形でようやく構造改革の検討を始めた。まず今期中に間接部門を中心に管理職を減らし、人件費を26億円圧縮するグループの管理職数は300超。「統合時は200~250を想定していた」(大西社長)といい、スリム化を急ぐ。
----------------------------------------

◎管理職ポストを減らすだけで「26億円圧縮」?

三越伊勢丹は「今期中に間接部門を中心に管理職を減らし、人件費を26億円圧縮する」らしい。過去の日経の記事には「人員削減はせず、売り場などの現場に配置転換する」と書いてあるので、人は減らないのだろう。それで「26億円」も人件費を減らせるだろうか。

グループの管理職数は300超。『統合時は200~250を想定していた』(大西社長)」との記述から判断して、管理職の数を100減らすと仮定してみる。この場合、1人当たり2600万円も人件費が減る計算だ。退職させてもここまでは減らないだろう。会社に残るとすれば、なおさらだ。

管理職を減らす効果はわずかで、他にも色々と手を付けて「人件費を26億円圧縮する」のではないか。それならば納得できる。だが、湯浅記者の説明では、管理職ポストを減らすだけで26億円の圧縮が可能と解釈するしかない。

最後に、記事の結論部分にも注文を付けたい。

【日経の記事】

低迷する地方店や郊外店の見直しも進める。来年3月に三越千葉店(千葉市)など2店を閉鎖するが、残った店も自主売り場の面積を縮小し、テナントへの賃貸に切り替える考えだ。

今期の営業利益は前期比28%減の240億円と期初予想を130億円下方修正した。修正後も下期の百貨店売上高は横ばいと甘めの想定で、株式市場では一段の下振れリスクがくすぶる。市場の信頼を獲得するには、改革案の早期の具体化が欠かせない

----------------------------------------

◎「改革案の具体化」とは?

市場の信頼を獲得するには、改革案の早期の具体化が欠かせない」と湯浅記者は締めている。ならば、「改革案」は「具体化」していないのだろう。だが、何を「具体化」させる必要があるのか分かりにくい。「どの管理職ポストを減らすのか」「どの店のどの売り場をテナントへの賃貸に切り替えるのか」といった点で「早期の具体化が欠かせない」と見ているのか。

そうした細かい話が具体化していないとしよう。だが、「市場の信頼を獲得」するための重要な要素なのか。「修正後も下期の百貨店売上高は横ばいと甘めの想定で、株式市場では一段の下振れリスクがくすぶる」のであれば、例えば「市場の信頼を獲得するには、さらに大胆な経費削減策が欠かせない」などと書いてあった方が収まりがいい。


※記事の評価はD(問題あり)。湯浅兼輔記者への評価はDで確定させる。

2016年11月29日火曜日

さらに苦しい日経 西條都夫編集委員の「内向く世界(4)」

第4回もやはり苦しい。日本経済新聞朝刊1面で連載している「内向く世界」は第3回に続いて、ほとんど「内向く世界」を論じていなかった。「『反大企業』の波 難題解決で『共益』導く」との見出しを付けた28日の記事の筆者は、何かと問題が多い西條都夫編集委員。「内向く世界」というテーマで見事に斬り込んでくれると期待する方が愚かではあるが…。
火事(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

記事を順に見ていこう。

【日経の記事】

ギリシャのレスボス島。太陽に輝く白壁の簡易住宅に暮らすのは、内戦と圧政、テロから逃れたシリア難民たちだ

スウェーデンの家具大手、IKEA(イケア)が建設を支援した。難民の生活改善へ簡単に組み立てられるシェルターを中東やアフリカに提供する。イケア基金のペール・ヘゲネス最高経営責任者(CEO)は「政府や援助機関だけではなく企業も難民問題に対応する義務がある」と話す。

世界で高まる「アンチ・ビジネス(反大企業)」の波。税テクを駆使して払うべき税金を払わず、ロビイストを使って政策決定プロセスをゆがめ、安い労働力目当てに海外展開し国内雇用を破壊する。こんな負のイメージを企業に貼りつける言説も目だつが、少し待ってほしい。

何があっても共に前進しよう」。米大統領選でドナルド・トランプ氏から中国生産を批判された米アップル。ティム・クックCEOはトランプ氏当選後、社員を鼓舞するメールを送った。内向きに傾く世界。グローバル企業の間で社会との接点を探る動きが広がる

----------------------------------------

『アンチ・ビジネス(反大企業)』の波」が世界で高まっているとしよう。しかし、それは「内向き」なのか。「大企業の課税逃れを見逃すな」と訴えるのは「内向き」とは言い切れない。「(大企業が)ロビイストを使って政策決定プロセスをゆがめ」る行為を批判するのもそうだろう。「反大企業=内向き」「親大企業=外向き」と単純に色分けしても意味はない。

そもそも「アンチ・ビジネス」に「反大企業」という訳語を当てはめるのは適切なのか。どこから「」は持ってきたのだろう。

イケアとアップルの話もよく分からない。イケアが「建設を支援した」「簡易住宅」があるのはギリシャ(つまり欧州)だ。しかし記事には「難民の生活改善へ簡単に組み立てられるシェルターを中東やアフリカに提供する」とも書いてある。これだけ読むとギリシャは提供地域外だと受け取れる。「中東やアフリカにも」となっていれば問題はない。だが、西條編集委員の説明だと解釈に迷う。

アップルの話は「グローバル企業の間で社会との接点を探る動きが広がる」一例のつもりだろう。だが、CEOが社員に「何があっても共に前進しよう」と呼びかけても、「社会との接点を探る動きが広がる」一環とは言い切れない。「大統領からの圧力が強まるかもしれないが、団結して今まで通りのやり方で進めていこう」との趣旨とも取れる。

付け加えると「目だつ」は「目立つ」と表記してほしかった。

以下のウーバーの話も苦しい。

【日経の記事】

北海道北部の中頓別町で今夏、社会実験が始まった。かつて同地を走った国鉄・天北線は30年近く前に廃線になり、公共の足は1日4往復の路線バスぐらい。高齢者が最寄りの総合病院に行くにはバスと鉄道を乗り継ぎ、丸1日かかる

同町が頼ったのは米ウーバーテクノロジーズの「ライドシェア」サービスだ。ネットで送迎を頼むと登録する15人の運転手の中から都合のつく人が自分の車を配車する。同町役場の笹原等氏は「ウーバーを高齢化や過疎に悩む町民の足として定着させたい」と話す。

ウーバーは未上場ながら10億ドル以上の企業価値を持つ「ユニコーン(一角獣)」企業の筆頭格だ。見方によっては「グローバル資本主義の先兵」的な存在だが、地域の課題と真摯に向き合う

ネットによる民泊仲介の米エアビーアンドビーも10月、ラグビーのワールドカップを控えて宿泊施設不足に直面する岩手県釜石市と提携した。

----------------------------------------

まず言葉の問題を2つ。「高齢者が最寄りの総合病院に行くにはバスと鉄道を乗り継ぎ、丸1日かかる」ならば、日帰りは無理だ。本当だろうか。断定はできないが、「最寄りの総合病院で診察を受けようとすると1日仕事になる」と伝えたかったのではないか。だとすれば、説明がかなり下手だ。

もう1つ。「車を配車」は重複表現なのでお薦めしない。「都合のつく人が自分の車で迎えに行く」などとすれば問題は解消する。

中頓別町での取り組みを「『グローバル資本主義の先兵』的な存在だが、地域の課題と真摯に向き合う」と評価するのは、かなり大げさだ。田舎の町で運転者として登録している人が15人ならば、ウーバーを使う必要は乏しい。15人の電話番号を一覧にした表を高齢者に配って、個別に電話して交渉させた方が話は早いだろう。

SankeiBizによると「町ではスマホを持っていない人のために配車受け付け専用の電話番号を設け、連絡を受けてアプリから配車依頼を代行する対応もしている」。結局、ウーバーは大した力にはなっていないようだ。

ウーバーを使っての実験自体を否定はしないが、ウーバーが難しい問題を解決してくれるわけではない。解決してくれるのは「15人の運転手」であり、後は注文をどうやって捌くかの問題だ。田舎の町で運転者が15人ならば、そこは大きな障害にはなりそうもない。

最後に記事の結論部分を見ていこう。

【日経の記事】

「社会問題の解決を政府任せにせず、企業自ら取り組むことで持続的な富の創造が可能になる」。米ハーバード大のマイケル・ポーター教授が唱えた「shared value(共益)」の考え方に共鳴する企業が増えているのは、反グローバルに傾く世界と無関係ではない。社会との共生と自社の成長を両立できるモデルだからだ。

「反企業」のうねりは20世紀初頭の米国で独占企業に対する反トラスト法制が強化されるなど、幾度か浮上しては企業と社会の新たな関係性を形づくってきた。各国の財政余力も限られる低成長時代。企業が新たな「公共」の担い手として政府の手に余る課題解決に尽力できれば、閉じがちな世界を前に進める原動力となる

----------------------------------------

結論も苦しい。課税逃れ、ロビー活動による利益誘導、海外への生産移転といった要因が「アンチ・ビジネス」の波を高めているのならば、それらを放置したままウーバーやエアビーアンドビーがライドシェアや民泊を普及させても「アンチ・ビジネス」を抑える効果は限られている。

大企業の課税逃れに怒っている人は、社会との共生を目指す企業がいくら増えても、課税逃れをやめない大企業への批判を続けるだろう。

それに、ウーバーやエアビーアンドビー自体が「反大企業」の機運を高める可能性も高い。両社が日本での事業を広げることで、中小のタクシー会社や旅館が次々と廃業に追い込まれた場合、「閉じがちな世界を前に進める原動力となる」だろうか。


※記事の評価はD(問題あり)。西條都夫編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。西條編集委員については以下の投稿を参照してほしい。

春秋航空日本は第三極にあらず?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/04/blog-post_25.html

7回出てくる接続助詞「が」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/04/blog-post_90.html

日経 西條都夫編集委員「日本企業の短期主義」の欠陥
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_82.html

何も言っていないに等しい日経 西條都夫編集委員の解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_26.html

日経 西條都夫編集委員が見習うべき志田富雄氏の記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_28.html

タクシー初の値下げ? 日経 西條都夫編集委員の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_17.html

日経「一目均衡」で 西條都夫編集委員が忘れていること
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_14.html

「まじめにコツコツだけ」?日経 西條都夫編集委員の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/07/blog-post_4.html

2016年11月27日日曜日

質・量ともに「訂正」が凄い週刊ダイヤモンド「最強の高校」

週刊ダイヤモンド12月3日号に載った「訂正とお詫び」は凄かった。質、量ともに圧倒的な内容だ。多少の間違いを咎める気はないが、今回はレベルが違う。加えて、編集部が認めていない誤りが他にも数多くある。メディアとしての土台は無残にも崩れかかっている。

今にも崩れ落ちそうな空き家(福岡県うきは市) 
訂正とお詫び」の全文は以下の通り。

【訂正とお詫び】●本誌11月19日号「最強の高校」特集で、76ページ表中の「伊奈北」を「伊那北」に、80ページ図中の「川崎・県立」を「川崎・市立」に訂正します。80ページ図中の光陵高校を学力向上進学重点校グループに含めます。56ページ図中の長野・県立に「2017年に併設型中高一貫校へ」、67ページ図中の鹿児島玉龍に「JAXAと連携で注目」、80ページ図中の青山高校に「医学部等に進学のための『チーム』結成」、89ページ図中の熊本学園大学について「旧制高等商業学校で」とあるのをそれぞれ削除します。2017年に併設型中高一貫校になるのは市立長野高校、JAXAと連携しているのは楠隼中・高校、医学部等に進学のための「チーム」を結成したのは戸山高校です。

----------------------------------------

この特集について編集後記に当たる「From Editors」で田中博編集長は以下のように述べていた。

【ダイヤモンドの記事】

他誌と特集テーマがかぶることは時々ありますが、昨日まで社内で話していた企画意図が丸かぶりするというのは記憶にありません。人脈を軸にした今号の高校特集はそんな一つになりました。

普通は先を越されて落胆してしまうところですが、今回は真逆。取材班の一人は今年7月に取材に着手、以来、地を這うような足取りをはた目で見ていただけに、私の中にもいつも以上にいいものをという思いがたぎっていました。

そんな4カ月超の苦節が結実した88ページの巨弾特集。取材班の顔には疲労感と満足感が漂っています。雑誌作りの醍醐味を限界まで引き出してくれたライバルの存在に感謝!

さて、米大統領選挙は予想外の結末に。大波に備える必要がありそうです。(田中)

----------------------------------------

伊奈北」を「伊那北」に、「川崎・県立」を「川崎・市立」に訂正するぐらいならば、メディアとしての信頼性うんぬんという話にはならない。だが、今回はダイヤモンドが認めたものだけで7件に達する。

他にも「公立トップ校『東西南北』といわれ、この4校で北海道大学の合格者数の大半を占める」「(愛知公立6強が)名古屋大学合格者数のほとんどを占める」「(福岡の)公立6強が九州大合格者の大半を占める」といった誤った記述があるのは、以前に指摘した通りだ。「宮崎公立2強グループ」について、「公立トップ校でもトップ層は九州大がやっとの状況」という誤った情報も流していた。

ダイヤモンドが黙殺したこの手の誤りも含めれば、ミスの数はさらに膨れ上がる。「4カ月超の苦節が結実した88ページの巨弾特集」と田中編集長は胸を張るが、読者としては「4カ月も時間をかけて、どうしてこんなに間違いだらけなのか?」と問いたくなる。

訂正とお詫び」から読み取れるのは、まともな確認作業をしないで特集を作っている可能性が極めて高いということだ。そうでなければ「JAXAと連携で注目」や「医学部等に進学のための『チーム』結成」のようなミスがいくつも起きるとは考えにくい。

まともな確認もせずに雑誌を読者に届けているとすれば、「取材班の顔には疲労感と満足感が漂っています。雑誌作りの醍醐味を限界まで引き出してくれたライバルの存在に感謝!」という田中編集長の言葉には虚しさが漂うだけだ。

まずは自分たちのレベルの低さを認めてほしい。そこから「どう改善すべきか」を考えるしかない。今のままでは、ダイヤモンドを支える土台は脆く崩れやすくなるばかりだ。


※「最強の高校」という特集に関しては、以下の投稿も参照してほしい。

「学閥輩出校」って何? 週刊ダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_15.html

根拠なく宮崎公立2強を貶めるダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_74.html

日比谷は東大・慶應に特化? ダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_16.html

北海道は「1極化」が課題? ダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_2.html

間違いだらけ週刊ダイヤモンド「最強の高校」の高校マップ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_18.html

「内向く世界」をほぼ論じない日経 中山淳史編集委員

第3回でいよいよ厳しくなってきた。日本経済新聞朝刊1面で連載している「内向く世界」という記事では、もはや「内向く世界」を論じていない。「『短期主義』の限界 突破口は技術革新」と見出しを付けた今回のテーマは「短期主義」。しかし、「短期主義」と「内向く世界」がどう関連するのか記事を読んでもよく分からない。その関係について、記事の冒頭で筆者の中山淳史編集委員がどう説明しているのか、まず見てみよう。
成田山新勝寺 三重塔など(千葉県成田市)
              ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

「反グローバル、米国第一主義と気になる問題は多い」。トヨタ自動車の幹部は米大統領選後の世界をこう話す。

もう一つ注視するのは資本市場だ。資本主義はもうけ優先主義に陥り、格差を広げた。英EU(欧州連合)離脱や米国のポピュリズムにも影響したとされるそうした市場の短期主義は今後、別の国にも波及するのか

----------------------------------------

資本主義はもうけ優先主義に陥り、格差を広げた」とは書いているが、「短期主義」が格差を広げて内向き志向を強めたのかどうかは説明していない。そう示唆しているように解釈できなくもないが、「短期主義EU離脱やポピュリズム」という流れがなぜ起きるのかは教えてくれない。

短期主義もうけ優先主義」「長期主義非もうけ優先主義」とは言い切れない。長期主義は長期での利益を極大化しようとする「もうけ優先主義」かもしれない。「もうけ優先主義」が格差を広げるのならば、「長期主義であれば格差は広がらない」と考える根拠は乏しそうだ。

中山編集委員は「短期主義の国=英米のみ」と考えているようだ。これが正しいのか疑問だが、仮にそうだとすると内向き志向は英米のみに表れてもよさそうなものだ。だが、実際はそうなっていない。なのに「短期主義」にこだわる意味があるのだろうか。

この記事は他も苦しい。続きを見ていく。

【日経の記事】

幹部は「(ドナルド・トランプ氏の勝利は)反グローバルより本音を語ったことへの支持」とみる。節度のない物言いがマネーと結びつけば、短期主義に一段と拍車がかかる可能性はある

----------------------------------------

節度のない物言いがマネーと結びつけば、短期主義に一段と拍車がかかる可能性はある」という説明は理解に苦しんだ。「節度のない物言いがマネーと結びつけば」とは、どういう状況を想定しているのか。それで「短期主義に一段と拍車がかかる」流れとはどのようなものか。イメージするのも難しい。

「赤字企業は潰れてしまえ」とトランプ大統領が叫ぶと、赤字企業の株が一斉に売られて、企業の短期的な利益追求に拍車が掛かる--といった展開だろうか。可能性ゼロとは言わないが、現時点で心配すべき話とも思えない。

以下の説明も腑に落ちない。

【日経の記事】

だが、大きな流れとして資本主義が短期主義、長期主義のどちらに振れるかと言えば、「長期だ」と強調する。

根拠はここ4、5年の技術の進歩だ。コンピューターの情報処理能力が飛躍的に向上し、人工知能(AI)を載せた自動運転車やそれを使ったまだ見ぬ高付加価値なサービス産業が今後5~20年の間に多数出現する。

一方、AIが加速するのは「物理や化学分野の研究開発」とも言う。従来はできなかった解析がディープラーニング(深層学習)を使い、短時間で可能になりつつあり、両分野では「20世紀の発明、発見が陳腐化するような技術革新、新産業の誕生が相次ぐ。一番近くにいるのは自動車を含む日本企業だ」と言う。

トヨタは2014年以降、「年輪経営」の呼称で長期経営を前面に打ち出してきた。厳しくなる環境規制対応、20~30年代に花開くとみられるAIなどに年間1兆円の研究開発費を充てる。

----------------------------------------

記事では、これから長期主義に振れる理由を「ここ4、5年の技術の進歩」に求めている。「コンピューターの情報処理能力が飛躍的に向上」しているかららしい。では、5年ぐらい前までは「コンピューターの情報処理能力」の向上は停滞していたのか。そうではないだろう。

日経は1990年代から「IT革命で世界は大きく変わる」などと喧伝してきた。「まだ見ぬ高付加価値なサービス産業が今後5~20年の間に多数出現する」との期待は20年前にもあったはずだ。だとしたら英米ではなぜ「短期主義」が蔓延したのか。なぜ「AI」になると「長期主義」に振れるのか。記事の説明はあまりに雑だ。

20世紀の発明、発見が陳腐化するような技術革新、新産業の誕生が相次ぐ。一番近くにいるのは自動車を含む日本企業だ」という匿名のトヨタ幹部のコメントをそのまま載せているのも感心しない。

人工知能では日本より米国の方が先行している印象がある。「実は違う」と中山編集委員が考えているならば、それでもいい。ただ、なぜ「一番近くにいるのは自動車を含む日本企業だ」と言えるのかの説明は欲しい。「トヨタの幹部がそう言っているから」では話にならない。

今回の記事では匿名の「トヨタ自動車の幹部」のコメントが6回も出てくる。使い過ぎだ。これだけ使うならば、せめて実名にしてほしい。

以下のくだりも、トヨタに寄り添い過ぎだ。

【日経の記事】

一方で、同社の未来観と市場の理解には、ズレも生じている。例えば、「AA型種類株式」という新型株を昨年売り出した時だ。

新株は、5年間売却できない、などを条件に元本保証や有利な配当を約束した。「ディスラプティブ」と呼ばれる破壊的創造型技術の「今後20、30年を見据えた研究開発費に充てる資本に」と考えたが、短期売買の多い米欧投資家などからは「おとなしい日本人個人投資家を優遇し、選別している」と指摘が出た。

ただ、変化の兆しはある。AA株には約1千件の質問が寄せられた。一つ一つ丁寧に対話をした結果、約3分の2は「長期」に理解を示したとトヨタは言う。

----------------------------------------

今後20、30年を見据えた研究開発費に充てる資本に」と考えて「AA型種類株式」を選んだという説明を中山編集委員はすんなり受け入れたのだろうか。普通株での公募増資でも「今後20、30年を見据えた研究開発費」には充てられる。普通株で調達した資金は「短期」で、AA型種類株式は「長期」と決まっているわけではない。

「株式の短期売買を手掛ける投資家を排除したい」という意味での「長期主義」からAA型種類株式を選ぶのは分かる。だが「20、30年を見据えた研究開発費に充てる」のが目的ならば、AA型種類株式を選択する必要性は乏しい。中山編集委員はどうやって納得したのだろうか。

最後に記事の結論部分も見ておく。

【日経の記事】

米国では、年輪経営が始まった14年に米コンサルティング会社、マッキンゼー・アンド・カンパニーのトップ、ドミニク・バートン・マネジング・ディレクターが「長期に照準を」との論文を執筆。「情報革命で予想される雇用の喪失・流動化に備えるため、人の再教育に時間をかけよう」と企業の取締役会や機関投資家回りを始めた。

短期主義には経営にスピードを与え、産業の新陳代謝を促す効果もある。しかし、時間をかけて技術革新を生み出す長期の視点がなければ、資本主義は持続しない。そう確信する企業、個人が増えているのは確かだ

----------------------------------------

時間をかけて技術革新を生み出す長期の視点がなければ、資本主義は持続しない。そう確信する企業、個人が増えているのは確かだ」と結論付けている割に、「増えている」根拠は示していない。強いて挙げれば、トヨタ幹部の話とマッキンゼーの論文か。しかし、どちらも「長期の視点がなければ、資本主義は持続しない」とは言っていない。

仮に事例が2つあるとしても「増えているのは確か」かどうかは、読者には判断のしようがない。中山編集委員がそう信じるのは自由だが、記事で結論を導くならば、もう少し説得力を持たせてほしい。今回の締め方では「確かに中山編集委員の言う通りだな」とは思えない。

仮に長期主義の重要性に気付いた「企業、個人が増えている」としても、それが「内向く世界」にどう影響するかはやはり見えてこない。企業や個人が長期的視点で技術革新に取り組むと、「難民や移民を積極的に受け入れようよ」「貿易もどんどん自由化しようよ」となるのだろうか。

マッキンゼーの論文では「情報革命で予想される雇用の喪失・流動化に備えるため、人の再教育に時間をかけよう」と呼びかけているはずだ。だとしたら、長期主義が根付いて資本主義の発展が確かになればなるほど、内向き志向が強まる可能性も十分あるのではないか。


※記事の評価はD(問題あり)。中山淳史編集委員への評価もDを据え置く。この連載は第4回以降があるようだ。先が思いやられる。中山編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経「企業統治の意志問う」で中山淳史編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_39.html

日経 中山淳史編集委員は「賃加工」を理解してない?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_8.html

日経 中山淳史編集委員は「賃加工」を理解してない?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_87.html

三菱自動車を論じる日経 中山淳史編集委員の限界
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_24.html

「増税再延期を問う」でも問題多い日経 中山淳史編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_4.html

2016年11月26日土曜日

勝者なのに「善戦」? 日経 梶原誠編集委員「内向く世界」

善戦」を辞書で調べると「力を尽くしてよく戦い抜くこと。多く、力の弱いほう、負けたほうの戦いぶりにいう」(デジタル大辞泉)となっていた。「多く」となっているので「負けたほうの戦いぶりにいう」とは限らないのだろうが、勝者の戦いぶりを「善戦」と説明するのは違和感が拭えない。しかし、26日の日本経済新聞朝刊1面に載った「内向く世界(2) 保護主義の誘惑 企業と社会、共生探る」という記事では「(勝者である)トランプ氏が予想を覆して善戦」との記述が出てくる。
日本女子大学(東京都豊島区) ※写真と本文は無関係です

問題の部分は記事の最初の方に出てくる。

【日経の記事】

「北米自由貿易協定(NAFTA)が壊れる」。米政治コンサルタント、スコウクロフト・グループのトム・ギャラガー氏は、米大統領選の開票結果を見て恐れた。

トランプ氏が予想を覆して善戦し、次期大統領に導いた地域に根拠はある「ラストベルト(さびた工業地帯)」。自動車の街、デトロイトを擁するミシガン州など、オールドエコノミーを象徴する中西部だ

-----------------

まず「ラストベルト」の説明に疑問が残る。梶原編集委員は「ラストベルトミシガン州など、オールドエコノミーを象徴する中西部」としているが、「米国中西部から北東部に位置する、鉄鋼や石炭、自動車などの主要産業が衰退した工業地帯の称。ミシガン州・オハイオ州・ウィスコンシン州・ペンシルベニア州などが含まれる」(デジタル大辞泉)などと「北東部」を含める場合が多い。

それは脇に置くとしても、ラストベルトがトランプ氏を「次期大統領に導いた地域」ならば、この地域でトランプ氏は勝利を収めているはずだ。なのに「善戦」なのか。

この記事には、他にもきになる部分がある。続きを見ていこう。

【日経の記事】

この地域は、2つの不満を蓄積していた。一つは、NAFTAで低賃金のメキシコに雇用を奪われたという不満だ。

う一つが、世界的なハイテク企業が集まる西海岸との格差だ。サンフランシスコの世帯当たりの所得は2015年で9万2000ドルと、10年間で60%も増えたが、デトロイトは2万6000ドルと逆に7%減った。

グーグルなどの西海岸企業は、税率が低い海外に利益を移す問題も取り沙汰される。グローバル化の波に乗る西海岸を横目に不満を強めた中西部の人々は、「NAFTA見直し」という、反グローバル化を象徴するトランプ氏の公約に懸けた

トランプ氏は、環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱を表明した。発効から23年近くたち経済に組み込まれたNAFTAまで見直せば、内向きはより鮮明になる。

----------------------------------------

メキシコに雇用を奪われた」から「『NAFTA見直し』という、反グローバル化を象徴するトランプ氏の公約に懸けた」のは分かる。だが、「西海岸との格差」への不満が「NAFTA見直し」支持につながる構図はよく分からない。関係は薄そうに思える。梶原編集委員が「関係は深い」というなら否定しない。ただ、説明はしっかりしてほしかった。

そもそも「NAFTA見直し反グローバル化」だとは感じない。「反リージョナリズム」ぐらいが適切だろう。

さらにツッコミを入れていく。

【日経の記事】

景気の長引く低迷で人々の不満は世界にまん延し、保護主義の機運を静かに高めてきた。世界の貿易の伸びは今年、経済成長率を下回り、成長のけん引役でなくなる。今露呈しているのは、社会の不満を軽視して成長を追った資本主義の限界に違いない。

----------------------------------------

景気の長引く低迷」が引っかかる。米国では景気拡大が7年も続いている。力強さに欠けるとしても「長引く低迷」でないのは明らかだ。中国も統計への信頼性の問題はあるものの、7%近い経済成長率を維持している。世界全体で見てもマイナス成長が続いているわけではない。梶原編集委員はどういう根拠に基づいて「景気の長引く低迷」と言っているのだろうか。

記事の終盤にも疑問を感じた。

【日経の記事】

救いは、社会との共存への模索が始まっていることだ。「試練に直面して不満を抱いている人々の声を聞くべきだ」。米銀大手JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)は選挙後、世界中の社員に訴えた。

同社はデトロイトで不動産開発を指南するなど地域の再生を助けてきた。08年のリーマン危機でウォール街批判の矢面に立ったダイモン氏は、社会を敵に回す経営のもろさに気づいている。

米非営利組織が07年以降、社会に貢献して成長する企業をベネフィット(恩恵)などを表す「B企業」と呼んで認証している。環境保護を社訓とする米パタゴニアなど、2000社近くを認証した。だがその半分は欧州、アジア、アフリカなど米国以外の企業だ。

社会に寄り添う企業は不満の対象にはならない。新しい資本主義の芽は、反グローバルの嵐を突いて国境を越えている。

----------------------------------------

デトロイトで不動産開発を指南するなど地域の再生を助けてきた」ことが「社会との共存への模索」ならば、多くの企業は実行済みではないか。銀行であれば「危機に陥った中小企業に経営立て直しの助言をするなど地域経済の活性化を支援してきた」などと言えばいい。JPモルガン・チェースの事例をわざわざ取り上げる意義は感じられない。

そもそも、企業が「社会に寄り添う」と「反グローバルの嵐」を抑えられるのか。「デトロイトで不動産開発を指南するなど地域の再生を助けてきた」JPモルガン・チェースは「ウォール街批判」の矢面に立たずに済むかもしれない。だが「反グローバル」との関係は乏しそうだ。格差が「反グローバルの嵐」を生み出しているのならば、いくら企業が「社会に寄り添う」姿勢を見せても、格差拡大が続く限り嵐は収まりそうもない。

記事に載せたグラフによると「社会派『B企業』は急増している」らしい。なのに「反グローバル」が勢いを増しているのであれば、B企業を増やしても反グローバルの動きは止められないと考える方が自然だ。B企業がさらに増えれば反グローバル化を抑えられるとの主張は可能だが、その根拠が記事には見当たらない。


※記事の評価はD(問題あり)。梶原誠編集委員への評価はDを維持する。梶原編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 梶原誠編集委員に感じる限界
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_14.html

読む方も辛い 日経 梶原誠編集委員の「一目均衡」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post.html

日経 梶原誠編集委員の「一目均衡」に見えるご都合主義
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_17.html

ネタに困って自己複製に走る日経 梶原誠編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_18.html

似た中身で3回?日経 梶原誠編集委員に残る流用疑惑
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_19.html

2016年11月25日金曜日

出店加速には見えない日経「TASAKI、欧米出店を加速」

25日の日本経済新聞朝刊企業・消費面に載った「TASAKI、欧米出店を加速 NYに初の直営店、来年中に」という記事は、最後まで読んでも「欧米出店を加速」しているようには見えない。これを企業・消費面の2番手に持ってくるしかないところに、日経の企業関連ニュースの厳しさがある。
成田山表参道(千葉県成田市) ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

宝飾品販売のTASAKIは欧米の大都市に相次いで直営店を出店する今月に入り、英ロンドンの百貨店内に出店したほか、2017年中には米ニューヨークに路面店を設ける。1店当たりの投資額は数千万円を見込む。従来、海外出店はほぼすべて韓国や中国を中心とするアジアだったが、世界的なブランド力の向上を目指し、欧米の主要都市にも広げる。

同社は海外では直営店を中心に、約60店舗を展開する。直営店のほぼすべてがアジア地域への出店だった。世界的な知名度を高めるためには、欧米の主要都市への出店が不可欠と判断した

直営店を出店しているパリに続き、ロンドンにも直営店を構え、ブランド力を高める。来年中には米国にも進出し、ニューヨークで初の直営店を出す計画だ。出店場所などは調整している。

2016年10月期の海外売上高は連結売上高の1割程度に当たる約27億円だったもよう。積極出店を通じ中長期的に100億円以上に伸ばす。

----------------------------------------

例えば「昨年は5店、今年は10店を出し、来年は20店」であれば確かに「出店を加速」だ。TASAKIの場合はどうか。もともとパリには直営店があり、ロンドンにも出店したらしい。そして来年はニューヨークにも出る。つまり現状は2店で、出店計画があるのは1店のみだ。これで「欧米出店を加速」と言われても困る。「欧米の大都市に相次いで直営店を出店する」ようにも見えない。「出店する」と書くためには、これから「相次いで直営店を出店する」必要がある。

ちなみに、パリの出店は今年6月のようだ。欧米出店が仮に「今年2店、来年1店」であれば、来年の「欧米出店」は「加速」というより「減速」だろう。

この記事には他にも問題がある。「従来、海外出店はほぼすべて韓国や中国を中心とするアジアだった」と説明しているが怪しい。TASAKIのホームページを見ると、欧米に10店ある。直営店はパリとロンドンの1店ずつかもしれないが、それ以外も含めて10店に達するのであれば「海外出店はほぼすべてアジア」とは考えにくい。

さらに言えば「欧米の大都市に相次いで直営店を出店する」と書く場合、なぜ「非直営店」ではなく「直営店」を出す必要があるのかも触れるべきだ。記事では、直営店と非直営店の違いにも触れていない。

仮に「非直営店=フランチャイズ店」としよう。その場合「世界的な知名度を高めるためには、欧米の主要都市への出店が不可欠と判断した」としても、直営店かどうかは重要ではないだろう。「直営店でなければブランド力は高められない」と記者が判断しているのならば、その理由は説明すべきだ。

この記事は結局、「TASAKIが来年、ニューヨークに初の直営店を出す」というだけの話だと思える。なのに付加価値を強引に付けようとしたため、無理のある中身になってしまった。こういう記事を世に送り出していては、読者の信頼は得にくい。


※記事の評価はD(問題あり)。

2016年11月23日水曜日

ゾンビ投信は敵? 日経「市場の力学」の方が「ヘンでしょ」

23日の日本経済新聞朝刊1面に載った「市場の力学~ヘンでしょ!日本式(中)長期投資の『敵』ゾンビ投信 新商品優先 統合二の足」という記事は「ヘン」だった。「ゾンビ投信は長期投資『』だから統合を進める必要がある」と訴えているが、「」とは思えないし、統合を進める意味もあまり感じられない。
成田山公園(千葉県成田市) ※写真と本文は無関係です

記事の中身を見ていく。

【日経の記事】

10月、みずほフィナンシャルグループと第一生命ホールディングス系の資産運用会社が統合してアセットマネジメントOneが発足した。経営は一つになったが、統合しきれないものがある。投資信託の商品だ。

日経平均株価に連動する投信だけで7本を擁するなど重複商品は多い。だが「投信の統合は現実的には難しい」。1本1本、複数の金融機関をまたぐ調整が必要で、かえって時間やコストがかかってしまうという。

日本には、誰でも購入できる公募投信が約6千本。米国の約8千本と遜色なく、日本は「投信のデパート」だ。だが投信の資産残高は米国の20分の1。1本当たりの残高は米国の10分の1以下にとどまる。米国のファイナンシャルプランナーは「日本のファンドは種類が多すぎるね」と驚く。

市場規模に比べ投信の数が多いのは、国内金融機関が既存の投信より新商品の販売に力を入れてきたからだ。これが小規模で放置される「ゾンビ投信」の乱立をもたらした。三菱アセット・ブレインズによると残高10億円未満の国内投信は2000本強。1億円未満が700本、1000万円未満も180本弱ある。

有り余る商品に投資家も振り向かない。11月初旬、三菱UFJ国際投信は「ベストマネジャーズ」という投信の運用を始める予定だったが、急きょ取りやめた。理由は「お金が集まらなかったから」(同社幹部)

----------------------------------------

投信の回転売買が「長期投資の敵」というならば、まだ分かる。しかし、ゾンビ投信を「」と考えて「統合」を求めるのは理解に苦しむ。

11月初旬、三菱UFJ国際投信は『ベストマネジャーズ』という投信の運用を始める予定だったが、急きょ取りやめた。理由は「お金が集まらなかったから」(同社幹部)」という話をゾンビ投信と絡めているのが、そもそも謎だ。投信の総数が少なければ「ベストマネジャーズ」にはカネが集まったのか。それを判断できる材料は記事中には見当たらない。

普通に考えれば、選択肢は多い方がいい。そもそも日本の「約6千本」に対し米国は「約8千本」と、日本以上に商品が「有り余る」状況だ。なのになぜ、米国では「有り余る商品に投資家も振り向かない」とはならないのか。「投信の数が多過ぎるから資金が集まらない」という説明は非常に苦しい。

「投信の数が多くても、優れた商品を提供すれば投資家は付いてくる」と考えると、新たな投資家を呼び込む上で、ゾンビ投信の存在は大きな障害にはならない。例えば、世の中には長年売れないお笑い芸人がたくさんいるが、そうした「ソンビ芸人」は、お笑い人気を阻害する要因になっているだろうか。お笑いのファンにとっては「ゾンビ芸人」の多寡は問題ではないはずだ。自分にとって好みの芸人がいるかどうかが重要だろう。

記事が言うように「投信の規模が小さいほど監査など管理費の負担は重くなり、投資家が支払う手数料が増えるもとになる」面はあるかもしれない。だが、ETFなど手数料の安い投信は既にある。ゾンビ投信を抱える運用会社が高い手数料の投信しか提供できないのならば、投資家はそうした投信には見向きもせず、ETFなどを選べばいい。

「長期投資に適した投信がないから長期投資が根付かない」と主張するのならば分かる。だが、今回の記事では「(長期投資に適した投信があったとしても)ゾンビ投信の数を減らさないとを長期投資が根付かない」と訴えている。これは解せない。長期投資に対する十分な需要があって、それに応える投信が揃っていれば、ゾンビ投信が山のようにあっても長期投資は根付くだろう。

投資家の立場で考えれば、取材班のメンバーにも分かるはずだ。例えば「2000本強あるゾンビ投信の統合を進め、年内に100本に統合します」というニュースを聞いた時、自分が投資家だったら反応するだろうか。「ゾンビ投信が多すぎるから長期投資を見送ってきたが、一気に統合が進むなら新たに長期投資を考えてみるか」などと思うだろうか。仮にそういう人がいたら「えっ!なぜそうなるの?」と聞いてみたくなる。

記事の後半部分にも気になる説明があった。

【日経の記事】

投信の規模が小さいほど監査など管理費の負担は重くなり、投資家が支払う手数料が増えるもとになる。運用先を分散してリスクを薄める手法もままならず、長期投資も根付かない。投信の数はもっと整理できないか

制度面では投信の統合を後押しする仕組みはできている。2014年に改正投資信託法が施行され、手続きが簡素化された。ところが公募投信の本数は13年末から直近までに2割増えている。

なぜか。投信購入者と直接対峙する販売会社の協力が得にくいことが、最大のハードルだ。税金算出のため専用のシステム投資が必要なうえ、顧客への説明の手間もかかる。複数の販社が同じ投信を扱うことになればライバルに顧客も取られかねない。大手証券の営業担当者は「頼まれてもやりたくない」と漏らす。

同じ問題を抱えてきた韓国は改革に乗り出している。約5年前から小規模投信の整理に着手。当時1千本を超えていた残高500万ドル(約5億円)以下の投信は200本まで減った。韓国金融投資協会の黄永基(ファン・ヨンギ)会長は「小さい投信では分散投資もままならない」と強調する

日本でも変化の芽はある。QUICK資産運用研究所によると10月の投信の新規設定額は前年同月に比べ8割減り、既存商品の割合が高まった。販売慣行は徐々に改まりつつある。だが投信の統合を通じた市場の新陳代謝はこれからだ。

----------------------------------------

投信の数はもっと整理できないか」との取材班の思いをとりあえず受け入れてみる。その場合、なぜ「統合」にこだわるのか。繰り上げ償還でいいではないか。「税金算出のため専用のシステム投資が必要なうえ、顧客への説明の手間もかかる」といった問題もかなり回避できる。

統合」にそれほど障害が多いならば、繰り上げ償還を勧めてもよさそうなものだが、記事では全く触れていない。「繰り上げ償還は素晴らしい」と言うつもりは毛頭ない。ただ、投信の数を減らすには「統合」よりも現実的ではないか。

さらに言えば、せっかく韓国の改革を取り上げたのだから、「約5年前から小規模投信の整理に着手」したことが長期投資の呼び水になったかどうかは触れてほしかった。「小さい投信では分散投資もままならない」のは「韓国金融投資協会の黄永基(ファン・ヨンギ)会長」に語ってもらわなくても分かる。重要なのは「小規模投信の整理」が「長期投資」の拡大にどのぐらい寄与したかだ。そこを検証すれば、ゾンビ投信が長期投資の「」かどうかも多少は見えてきそうなのに…。


※記事の評価はD(問題あり)。

生存者バイアス無視の日経「定説覆す?アクティブ投信」

「読者を誤解させるようなことをまた書いてるな」。23日の日本経済新聞朝刊マネー&インベストメント面に北沢千秋QUICK資産運用研究所長が執筆した「定説覆す?アクティブ投信 日本株で指数型しのぐ」という記事を読んで、すぐにそう思った。日本株投信に関して「アクティブ型投信が継続的に指数を上回る成績を上げる」と北沢所長は言い切っている。しかし、データの用い方に問題があるので、こうした結論を導くのは無理がある。
早稲田大学(東京都新宿区) ※写真と本文は無関係です

問題のくだりは以下のようになっている。

【日経の記事】

そこで運用実績が10年超の日本株投信を対象に、アクティブ型とインデックス型の運用成績を比べ、「インデックス型優位」の定説を検証してみた

グラフBは、アクティブ型の中で年間リターンがTOPIX連動型投信の平均を上回ったファンドの比率だ。今年は9月までの実績で240本中、138本がTOPIX型の平均リターンを上回った。過去11年でアクティブ型の勝率が5割を超えた年は6回と、そこそこ健闘していた。

ただし、これは1年間ごとの成績で、長期的に相場全体に勝ち続けているファンドがあるかはわからない。そこで240本のアクティブ型について、それぞれが過去11年に何回TOPIX型の平均リターンに勝ったかを調べた(B)。

結果はTOPIX型を上回った年が8回以上という、高勝率のファンドが43本(全体の18%)あった。半面、勝ち星が4回(45本)や3回以下(22本)という、高い信託報酬を払う価値がなさそうなファンドも多かった。アクティブ型はまさに玉石混交だ。

それでもアクティブ型全体で10年リターン(年率)はプラスを維持していたのに対し、TOPIX型はマイナス(表C)。「長期的にアクティブ型はインデックス型に負ける」という定説は、単純には日本株投信に当てはまらない。

----------------------------------------

運用実績が10年超の日本株投信を対象に」して「検証してみた」ところに問題がある。これでは生存者バイアスを排除できない。「10年超」に限ると、運用期間10年以下で淘汰された投信などを排除できる。その影響で「10年超」のアクティブ投信の運用成績が高く出ているだけかもしれない。

これは投資の世界では「常識」なので、北沢所長が知らないとは考えにくい。例えば、ヘッジファンド全体の運用成績が高くなりやすいのも、生存者バイアスの影響だと言われる。

なのに記事では、生存者バイアスが働く比較手法をわざわざ選んでいる。これでは「インデックス型優位を強引にでも否定したかったのでは?」と勘繰られても仕方がない。一方、「生存者バイアスの問題は全く気付かなかった」とすると、北沢所長に今回の記事を書く資格はない。

生存者バイアスが生じない比較をするか、生存者バイアスが働いていない根拠を示すか。どちらかができていないと「アクティブ型」「インデックス型」のどちらが優位か結論は導き出せない。

以下の説明にも疑問を感じた。

【日経の記事】

世界の主要市場を対象にアクティブ型と主要指数のリターンを比較しているS&Pダウ・ジョーンズ・インデックスによると、アクティブ型投信が継続的に指数を上回る成績を上げる市場は「日本以外に見当たらない」という

なぜ日本市場だけなのか。定かではないが、いくつかの仮説はある。

一つは市場の効率性の問題だ。株価を動かす情報が瞬時に広がる効率的市場では、銘柄発掘などでファンドマネジャーの手腕は発揮しにくい。一方、非効率的な市場では、「皆が知らないいい会社」が市場に埋もれている可能性が高まる

同じアクティブ型でも、知名度の高い大型株を買う投信より中小型株ファンドが常にリターンが高いのは、その傍証かもしれない。

もう一つの仮説は指数の問題。東証1部上場の全社を対象とするTOPIXには資本生産性の低い銘柄が多く、しかも新陳代謝が乏しいために投資リターンも低くなる、という見方だ。世界の主要なベンチマーク(運用目標とする指数)の中で、全上場企業を組み入れた指数はまれだ。

----------------------------------------

まず「アクティブ型投信が継続的に指数を上回る成績を上げる市場は『日本以外に見当たらない』」という時点で「比較手法がおかしくないか」と疑ってほしい。「S&Pダウ・ジョーンズ・インデックス」は北沢所長から「日本株ではアクティブ投信が優位なんですよ」と問いかけられて、そんな市場は他には「見当たらない」と答えただけではないのか。「日本ではアクティブ型が優位」と「S&Pダウ・ジョーンズ・インデックス」も判断しているのであれば、それが明確に伝わる書き方をしてほしかった。

北沢氏の最初の仮説が成り立つならば、日本の株式市場は世界の中で頭ひとつ抜けた「非効率な市場」でなければならない。その可能性を否定できる材料を持ってはいないが、現実的には考えにくい気がする。こんな仮説を検討するぐらいなら、まず生存者バイアスの問題を考慮すべきだ。

最後にもう1つ指摘したい。

【日経の記事】

もっとも、単純にアクティブ型とインデックス型のどちらが優れているかを論じるのは不毛だ。独立系ファンドコンサルタントの吉井崇裕氏は「投資する資産の特性を考えて選ぶのが望ましい」という。

例えば日本の中小型株や海外の低格付け債(ハイイールド債)に投資するなら、ファンドマネジャーの目利きが生きるアクティブ型が効率はよさそうだ

----------------------------------------

世界の主要市場を対象にアクティブ型と主要指数のリターンを比較しているS&Pダウ・ジョーンズ・インデックスによると、アクティブ型投信が継続的に指数を上回る成績を上げる市場は『日本以外に見当たらない』という」と書いていたのは何だったのか。

日本株投信に関しては「アクティブ投信優位」という結論を導いているので、「日本の中小型株」の場合、「アクティブ型が効率はよさそうだ」と解説するのも分かる。だが「海外の低格付け債(ハイイールド債)」ならば、「アクティブ型投信が継続的に指数を上回る成績を上げる」のは難しいのではないのか。例外は「日本」だけだったはずだ。

「アクティブ型かインデックス型か」について自分が投資初心者に助言するならば、「コストが低いインデックス型を選ぶのが原則」と伝えたい。「全体として見れば、コストが高いゆえにアクティブ型がインデックス型の運用成績を長期的に上回るのは難しい」と言っていいだろう。「市場平均を継続的に上回る運用ができる投信を事前に選ぶ能力が自らにはある」と信じるならば、アクティブ型も選択肢に入れていい。ただ、そういう目を持った人はほとんどいないと考えるべきだ。

そして、北沢所長が書いた投資関連記事は信用すべきではない。これは保証できる。

※記事の評価はD(問題あり)。北沢千秋QUICK資産運用研究所長への評価はDを維持する。北沢所長に関しては以下の投稿を参照してほしい。

日経 北沢千秋編集委員への助言(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_30.html

日経 北沢千秋編集委員への助言(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_11.html

日経 北沢千秋編集委員への助言(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_38.html

説明下手が過ぎる 日経 北沢千秋編集委員の記事(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_62.html

説明下手が過ぎる 日経 北沢千秋編集委員の記事(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_15.html

説明下手が過ぎる 日経 北沢千秋編集委員の記事(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_1.html

日経 北沢千秋編集委員「一目均衡」での奇妙な解説(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_81.html

日経 北沢千秋編集委員「一目均衡」での奇妙な解説(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_17.html

日経 北沢千秋編集委員「一目均衡」での奇妙な解説(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_18.html

2016年11月22日火曜日

危ないことをサラッと書く日経 清水功哉編集委員への期待

「記事を手堅くまとめる能力は持っているが、それ以外に見るべきところがない書き手」と日本経済新聞の清水功哉編集委員を評してきた。しかし22日の日経夕刊マーケット・投資2面に載った「マネー底流潮流~日米財政+黒田緩和の威力」という記事を読んで、少し見方が変わった。かなり危ないことをサラッと書いていたのが驚きだった。
旧下関英国領事館(山口県下関市) ※写真と本文は無関係です

記事の全文を見た上で、清水編集委員に「お願い」をしてみる。

【日経の記事】

「金利が上に跳ねる状況では必要に応じて使う」。黒田東彦日銀総裁は18日こう語り、前日に初めて実施した指定価格での国債無制限購入(指し値オペ)を今後も機動的に手掛ける考えを示した。当然だろう。日米の財政政策と日銀の金利安定策がうまくかみ合えば、経済刺激が期待できそうだからだ。このコラボの実現に向けて日銀は長期金利上昇の抑制に努めるだろう。

「これまでにも増して構造改革はむろんとして金融政策に財政政策をうまく組み合わせることに留意する必要がある」。安倍晋三首相は8日の経済財政諮問会議でこう強調した。金融政策に限界が指摘されるなか、財政政策と金融緩和の連携が重要になるとの認識の表明である。

黒田日銀総裁も14日、呼応するかのように語った。「政府は先般の補正予算の成立を受け事業規模28兆円の大規模経済対策を着実に推進していくとしている。中央銀行が物価安定目標の実現に向けて緩和的な金融環境を整えるもとで、政府が積極的な財政支出を行う場合には、両者が相乗的な効果を発揮し、景気刺激効果がより強力になる」

だからこそ日銀が9月に導入した長期金利誘導策が重みを持つ。日銀が長期金利をゼロ%程度に安定させ、政府は国債発行で低コスト資金を調達。財政支出を実施するという協調が可能になるのだ

財政政策への関心がより強まっているのが米国だ。大統領選挙で減税やインフラ投資を重視するトランプ氏が勝利したからだ。米景気が上向けば日本の対米輸出が増える可能性があるが、それだけではない。米国の財政支出拡大の方向性が見えてきたことで同国の長期金利が上昇、円売り圧力が強まっている。日本経済にとって追い風だ。

問題は米長期金利上昇が日本の長期金利に強い上げ圧力をかけ始めた点。日米金利差が再び縮小に転じれば、為替相場が円高方向に戻りかねない。そんな事情を背景に日銀が17日に手掛けたのが指し値オペだった。日銀が9月に長期金利誘導策の開始を決めたときに導入した「武器」だ。

安倍財政と黒田緩和の連携が財政支出拡大を通じて内需を刺激し、トランプ財政と黒田緩和のコラボが円安を通じて外需を刺激する――。そんな構図になれば景気押し上げ効果が期待できる。黒田日銀の長期金利コントロールの手腕に注目が集まる。

----------------------------------------

目に付いたのは「日銀が長期金利をゼロ%程度に安定させ、政府は国債発行で低コスト資金を調達。財政支出を実施するという協調が可能になるのだ」というくだりだ。「日銀が長期金利を強引にでもゼロ%程度に抑え込んで政府の国債発行を支援し、政府は日銀の後押しを受けて財政支出を拡大すべきだ」と清水編集委員は考えているようだ。つまり「財政規律なんて基本的にどうでもいい」というスタンスだ。

清水編集委員の主張に賛成はしないが、当たり障りのない話を書くよりずっといい。ただ、上記の記事には、「景気押し上げ」がなぜ必要なのかという視点が欠けている。

景気は悪いより良い方がいい。だが、先進国で最悪と言われる財政状況の中で、日銀の助けを借りてまで国債発行を増やして景気を押し上げるべきなのか。日本が恐慌に陥る寸前ならばまだ分かる。だが、雇用情勢はかなり良く、経済危機にも見舞われていない現状で、「財政支出拡大を通じて内需を刺激」したがる理由がよく分からない。

「景気が良くなれば税収が増えて財政問題も解決する」と清水編集委員は考えているのかもしれない。過去の経緯を見る限り厳しそうな気はするが、それが理由ならそれでもいい。「かなり無茶なことをしてでも景気を良くしなければならない理由」は記事に入れてほしかった。

清水編集委員には「財政規律なんて基本的にどうでもいい派」の論客として記事を書き続けてもらいたい。自分と考えが違うからと言って、書き手としての清水編集委員を否定するつもりはない。「危なそうに聞こえる話だけど、清水編集委員の解説を読むと『これもアリかな』ってなっちゃうんだよなぁ…」と思わせてくれる記事を世に送り出してほしい。


※記事の評価はC(平均的)。清水功哉編集委員への評価もCを据え置く。清水編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

企業にデフレ心理? 日経 清水功哉編集委員への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_28.html

2016年11月21日月曜日

格差“遺伝”は米英伊がトップ3? 日経 森本学記者の誤解

21日の日本経済新聞朝刊景気指標面にブリュッセル支局の森本学記者が書いた「景気指標~ギャッツビーが示す伊リスク」という記事は問題が多かった。まずは、記事の全文と日経への問い合わせ内容を見てほしい。

【日経の記事】
筑後川(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

「グレート・ギャッツビー曲線」というグラフがある。名前の由来はもちろんスコット・フィッツジェラルドの古典的名作だ。大富豪ギャッツビーが実は出自が貧しかったストーリーにあやかって、貧富の格差がどの程度まで「遺伝」に縛られるかを分析するのに使われる。大統領選でトランプ氏が勝利した衝撃の余韻が残る米国と、欧州連合(EU)からの離脱を決めた英国。世界を騒がせた両国は同曲線でみると似た者同士だ。もうひとつ、そっくりな国がある。市場が次の世界を揺るがす“震源地”と身構えるイタリアだ。

ギャッツビー曲線は横軸に所得格差の大きさを示すジニ係数、縦軸には「親の所得が1%高いと子どもの所得が何パーセント高くなるか」という世代間所得の弾性値をとる。そこに各国を並べると、右肩上がりのグラフが描ける。右上にいくほど、親から子どもへと所得格差が「遺伝」しやすい環境にある。その最も右上に位置するのが、米英とイタリアだ

米大統領選と英国のEU離脱で浮かび上がったのが、グローバル化に取り残された人々のエスタブリッシュメント(既存体制)への「怒り」だった。ブリュッセルを拠点とするシンクタンクのブリューゲルは、今必要なのは「すべての階層の人々に機会を生み出して公平に分配する」ような「インクルーシブ(包摂的)な成長」だと訴えるリポートを発行。高い所得格差が「国民投票や選挙で反対票を押し上げる」と分析した。ギャッツビー曲線も取り上げ、社会の階層間の流動性を高めて格差の“遺伝”を防ぐようにイタリアなど南欧に要求。教育改革や再分配政策の見直し加速を唱えた。

イタリアは12月4日、憲法改正を問う国民投票を実施する。否決でレンツィ政権が揺らげば、金融不安が再燃して市場にショックを与えかねない。ユーロ圏で3番目の経済規模を誇るイタリアが火を噴けば、一時4カ月ぶりの円安水準をつけた対ユーロ相場が急反転するリスクもある。ギャッツビー曲線はイタリア国民の「怒り」のマグマの蓄積を物語っている。


【日経への問い合わせ】

11月21日の朝刊景気指標面に掲載された「景気指標~ギャッツビーが示す伊リスク」という記事についてお尋ねします。記事では「ギャッツビー曲線は横軸に所得格差の大きさを示すジニ係数、縦軸には『親の所得が1%高いと子どもの所得が何パーセント高くなるか』という世代間所得の弾性値をとる。そこに各国を並べると、右肩上がりのグラフが描ける。右上にいくほど、親から子どもへと所得格差が『遺伝』しやすい環境にある。その最も右上に位置するのが、米英とイタリアだ」と説明しています。

これを信じれば、ギャッツビー曲線で米英伊よりも右上に位置する国はないはずです。しかし、調べてみると、ペルー、ブラジル、チリなどはジニ係数でも世代間所得の弾性値でも米英伊を上回っているようです。「最も右上に位置するのが、米英とイタリア」と言えるのは、対象を先進国か何かに絞った場合ではありませんか。しかし、記事中にそうした説明はありません。

記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

ついでに言うと「高い所得格差が『国民投票や選挙で反対票を押し上げる』と分析した」との説明にも問題があります。この場合、高い所得格差がある国で死刑制度に関する国民投票を実施したらどうなるでしょうか。「死刑制度を廃止するか」と問うと「廃止反対」の票を押し上げて、「死刑制度を存続するか」と問うと「存続反対」の票を押し上げると解釈するしかありません。しかし、これはあまりに奇妙です。

「選挙で反対票を押し上げる」との説明でも同様の問題が生じます。例えば与党が「死刑廃止」、野党が「死刑存続」を訴えて選挙を戦った場合、「高い所得格差がある国」では、どちらの主張に対する「反対票を押し上げる」のでしょうか。

日本経済新聞社では読者からの間違い指摘を黙殺する対応が日常化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心がけてください。

----------------------------------------

ペルー、ブラジル、チリ」のデータはウィキペディアから得ており、正確さにやや不安はある。ただ、日経からの回答は期待できないので、記事の説明は誤りと推定するしかない。

付け加えると、最終段落の説明不足も気になった。「イタリアは12月4日、憲法改正を問う国民投票を実施する」と書いているだけで、どう憲法を改正するのかに触れていない。これだと国民投票の持つ意味が読者に伝わらない。「イタリアの憲法改正の内容を日経の読者は当然に知っている」との前提で執筆しているとすれば、森本記者は読者への不親切が過ぎる。

否決でレンツィ政権が揺らげば、金融不安が再燃して市場にショックを与えかねない」というくだりも、これだけだと流れが理解しにくい。なぜそうなるのか簡単でいいので説明すべきだ。例えば「否決の場合、レンツィ政権が退陣に追い込まれ、銀行救済に消極的な政権が生まれるのは確実。そうなると、金融不安が再燃して市場にショックを与えかねない」(実際にそうなのかは分からないが…)と書いてあれば「なるほど」と思える。


※記事の評価はD(問題あり)。森本学記者への評価も暫定でDとする。

2016年11月20日日曜日

ネタが枯れた?日経 小平龍四郎編集委員「けいざい解読」

20日の日本経済新聞朝刊の総合・経済面に載った「けいざい解読~アジアの企業統治 市場安定へ改革競う」という記事は苦しい内容だった。筆者は小平龍四郎編集委員。ネタに困って無理に話を捻り出しているのが行間から伝わってくるようで、何か痛々しい。

佐嘉神社(佐賀市) ※写真と本文は無関係です
まず記事の前半を見ていく。

【日経の記事】

アジアの資本市場で企業統治(コーポレートガバナンス)への関心が高まっている。新興国の経済成長が鈍り、世界の政治情勢に不透明感が強まるなか、ガバナンス改革が市場の安定につながると考えられるからだ。日本も改革競争から無縁ではいられない。

国際通貨基金(IMF)は10月に発表した金融安定性報告書のなかで、新興国でガバナンス改革を進めることの重要性を指摘した。株主が企業をしっかり監視する体制を整えておけば「外的なショックの株価への影響を抑え、暴落の可能性を低める」からだ。

IMFが企業統治の問題を持ち出した背景には、世界経済の先行きに不透明感が強まり、アジアなど新興国市場で危機の芽が育ちかねないとの懸念が横たわるのだろう。

「混乱に備え企業はシートベルト(=企業統治)をしっかり締めておけという警告だ」。国際金融の専門家はIMFの意図をこう解釈する。

----------------------------------------

アジアの資本市場で企業統治(コーポレートガバナンス)への関心が高まっている」と冒頭で言い切っているが、記事を最後まで読んでも「関心が高まっている」様子はうかがえない。IMFの報告書は新興国全般に言及したものだし、そもそもIMFは「アジアの資本市場」の参加者ではない。

関心が高まっている」かどうかは、実は小平編集委員にも分からないのかもしれない。しかし、「アジア各国での企業統治」をテーマにすれば何とか記事を書けると思い付いた小平編集委員は「関心が高まっている」と書くしかなかった。そう考えると納得できる。ただ、小平編集委員の意に沿って関心の高まりを認めてくれる機関投資家ぐらい、いそうなものだ。関心の高まりを裏付けるコメントがあれば記事に説得力も出てくるのに、それを探す努力さえ怠ったのだろうか。

IMFの意図を解釈する人が「国際金融の専門家」という、よく分からない書き方になっているのも気になる。コメントの内容を見る限り、匿名にする必要は乏しそうだ。匿名にするとしても、所属先などもう少し具体性が欲しい。

続いては記事の後半に注文を付ける。

【日経の記事】

過去をふり返ると、アジアのガバナンス改革は危機対応の側面が強かった。通貨危機をきっかけに、1999年にはインド、韓国、タイの3カ国で取締役会の機能強化などをうたう企業統治コードが導入された。参考になったのは98年に同コードが作られた英国だ。

その後、2000年代を通じてアジア主要国ではコードが普及。タイでは3度の改定も実施された。英国発のガバナンス改革のうねりはアジア諸国で広がり大陸欧州を経て、15年になって日本に伝わった

幹部のインサイダー取引問題が起きたタイのCPオールや、財閥支配への批判が強まる韓国のサムスン電子やロッテグループ。会長解任劇に揺れるインドのタタ・グループ。様々な問題や矛盾が一気に噴出しているように見えるアジア企業だが「ガバナンス改革の成果として、昔のように不祥事や問題を隠せなくなっているということを示してもいる」(米国の独立系大手運用会社)

----------------------------------------

何でもかんでも「ガバナンス改革の成果」として捉えようとするのが気になる。小平編集委員の説明を信じるならば「幹部のインサイダー取引問題」や「会長解任劇」が表沙汰になったのも「ガバナンス改革の成果」なのだろう。だが、常識的に考えれば上場企業の「会長解任劇」は「ガバナンス改革」以前でも隠せないはずだ。

例えば、三越で社長解任劇が起きたのは1982年だ。「英国発のガバナンス改革のうねりはアジア諸国で広がり大陸欧州を経て、15年になって日本に伝わった」のだから、三越の解任劇は日本にガバナンス改革が伝わるずっと前の話だ。

幹部のインサイダー取引問題」も同様だ。ガバナンス改革が伝わる前から、日本でも多くの摘発例がある。ガバナンス改革をしようがしまいが、インサイダー取引が違法とされていれば、「幹部のインサイダー取引問題」は起きてくる。「ガバナンス改革の成果として、昔のように不祥事や問題を隠せなくなっている」例として「会長解任劇」や「幹部のインサイダー取引問題」が適切かどうかは、少し考えれば分かるはずだ。

記事の終盤にも少し触れておこう。

【日経の記事】

「一部で改革が足踏みする兆しも見え始めた。グローバル投資家の国・地域の選別がいっそう強まるのではないか」。アジア全域の主要投資家などから成るアジア企業統治協会(ACGA、本部・香港)のジェイミー・アレン事務総長は、こう指摘する。

例えば韓国。株主の行動規範を示すスチュワードシップ・コードの導入がすでに発表されているものの、経済界の反対で実現していない。ACGAと証券会社CLSAが発表しているアジア全域の企業統治ランキング(16年版)で、韓国は11カ国・地域中8位にとどまっている。

安倍政権下でガバナンス改革が離陸しランキング3位の日本も、社外取締役の質の向上など課題は多い。アジアの中でグローバル投資家に選ばれる市場となるために、ここで改革の手綱を緩めるわけにはいかない。

----------------------------------------

韓国の話が分かりにくい。「スチュワードシップ・コードの導入がすでに発表されているものの、経済界の反対で実現していない」とはどういうことか。政府が導入を発表したのに、経済界の反対を受けて導入を撤回したのか。それとも導入時期を巡って調整が続いているのか。

普通に考えれば「導入がすでに発表されている」のならば、「経済界の反対」があっても、決められた時期に導入となるはずだ。色々調べてみても、どういうことか分からなかった。記事中でもう少しきちんと説明してほしい。


※記事の評価はD(問題あり)。小平龍四郎編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。小平編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 小平龍四郎編集委員  「一目均衡」に見える苦しさ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_15.html

基礎知識が欠如? 日経 小平龍四郎編集委員への疑念(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_11.html

基礎知識が欠如? 日経 小平龍四郎編集委員への疑念(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_73.html

日経 小平龍四郎編集委員の奇妙な「英CEO報酬」解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/07/blog-post_19.html

工夫がなさすぎる日経 小平龍四郎編集委員の「羅針盤」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_3.html

やはり工夫に欠ける日経 小平龍四郎編集委員「一目均衡」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_11.html

2016年11月19日土曜日

長谷川氏批判に意味なし 日経ビジネス庄子育子編集委員

日経ビジネス11月21日号の「ニュースを突く~『健康は自己責任』ととがめる前に」というコラムで、筆者の庄子育子編集委員は「元フジテレビアナウンサーの長谷川豊氏」のブログの内容について「浅はかな『健康=自己責任論』だった」と批判している。これは、あまりに的外れだ。長谷川氏の主張を「健康=自己責任論」と捉えるのは間違っている。相手がしていない主張を批判しても意味がない。
震災後の熊本城(熊本市) ※写真と本文は無関係です

記事の最初の方を見ていこう。

【日経ビジネスの記事】

先頃、人工透析にまつわる某アナウンサーのブログが炎上した。そこで展開されていたのは、浅はかな「健康=自己責任論」だった。以前から根強い主張だが、問題の本質は別にある。

今年9月、元フジテレビアナウンサーの長谷川豊氏が、自身のブログで人工透析患者に対する痛烈な批判を繰り広げた。その論旨はこうだ。

年間500万円かかる人工透析を受けている腎臓病患者の大半は、暴飲暴食など「自堕落」な生活を送り続けた結果糖尿病になり、それでも節制せず透析が必要になった。そんな人に自分たちの払っている保険料が食いつぶされるのは我慢ならない--。ブログのタイトルには、「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ! 無理だと泣くならそのまま殺せ! 今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!」と付けた。

----------------------------------------

ブログの「論旨」が記事に書いてある通りだとすれば、長谷川氏の主張を「健康=自己責任論」と見なす庄子編集委員の考えは理解できない。「自業自得の人工透析=自己責任」と解釈するのは分かる。病気全般に広げるとしても「自業自得の生活習慣病=自己責任」ぐらいが限界だ。それと「健康=自己責任論」には大きな隔たりがある。

「飲酒運転で事故を起こした人間を救済する必要はない。自己責任だ」と主張したからと言って「交通事故=自己責任」論と受け取るのは誤りだ。それと同じぐらい庄子編集委員の解釈には飛躍がある。「長谷川氏の主張の根幹をなすのは、健康は自己責任に帰するというものだ」と言い切る庄子編集委員の読解力の方に不安を感じる。

庄子編集委員は自らの「浅はか」さを棚に上げて他者を批判しているのではないか。「『健康は自己責任』ととがめる前に」などと他者の主張に注文を付ける前に、自らの能力不足をしっかりと自覚してほしい。

ついでに細かい点を2つ。

記事で「長谷川豊氏」の名前を出すのならば、最初に「某アナウンサー」と名前を伏せるのは意味がない。また「結果糖尿病になり」は漢字が続いて読みにくい。後者は改善例を示しておく。

【改善例】

年間500万円かかる人工透析を受けている腎臓病患者の大半は、暴飲暴食など「自堕落」な生活を送り続けたため糖尿病になり、それでも節制せず透析が必要になった。

----------------------------------------

※記事の評価はD(問題あり)。暫定でDとしていた庄子育子編集委員への評価はDで確定とする。庄子編集委員については以下の投稿も参照してほしい。


医療分野の知識が怪しい日経ビジネス庄子育子編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_14.html

2016年11月18日金曜日

間違いだらけ週刊ダイヤモンド「最強の高校」の高校マップ

週刊ダイヤモンド11月19日号の「中高一貫vs地方名門 最強の高校」という特集は、やたらと間違いが多かった。ここでは似たような誤りを3つ取り上げる。いずれも「高校マップ」という地図での解説に関するものだ。「公立トップ校『東西南北』といわれ、この4校で北海道大学の合格者数の大半を占める」「(愛知公立6強が)名古屋大学合格者数のほとんどを占める」「(福岡の)公立6強が九州大合格者の大半を占める」という記述は、いずれも正しくない。
さがレトロ館(佐賀市) ※写真と本文は無関係です

たった6校で名古屋大学の合格者の「ほとんど」を占めるかどうかは、常識で考えても分かりそうなものだ。取材班は「大半」「ほとんど」の意味を理解していないのだろう。そうでなければ、まともな事実確認もせずに誌面を作っていることになる。

ダイヤモンド編集部に送った問い合わせは以下の通り。

【ダイヤモンドへの問い合わせ(北海道大学関連)

11月19日号の「中高一貫vs地方名門 最強の高校」という特集についてお尋ねします。50ページの「北海道の高校マップ」には「公立トップ校『東西南北』といわれ、この4校で北海道大学の合格者数の大半を占める」との説明が付いています。

北海道大学のホームページによると、2016年度の一般入試での合格者数は2629人です。一方、今回の特集で29ページの表に載った北海道大学の高校別合格者数を見ると、「東西南北」の4校を合計しても382人にしかなりません。

「大半」とは「全体の半数を超えていること。半分以上。過半。大部分」(デジタル大辞泉)という意味です。少なくとも「半分」の合格者が4校から出ていないと「この4校で北海道大学の合格者数の大半を占める」とは言えません。しかし、実際には2割にも満たないのではありませんか。

地図中の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。御誌では、読者からの間違い指摘を握りつぶす対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心がけてください。


【ダイヤモンドへの問い合わせ(名古屋大学関連)

11月19日号の「中高一貫vs地方名門 最強の高校」という特集についてお尋ねします。56ページの「中部の高校マップ」では「愛知公立6強グループ」に関して「名古屋大学合格者数のほとんどを占める」との説明が付いています。

名古屋大学のホームページによると、2016年度の合格者数は前期日程だけでも1839人に達します。一方、今回の特集で29ページの表に載った名古屋大学の高校別合格者数を見ると、「公立6強」を合計しても448人にしかなりません(表になかった時習館は50人で計算しました)。

「ほとんど」とは「全部とはいえないが、それに近い程度に。おおかた。大部分」(デジタル大辞泉)という意味です。半数を大きく上回る合格者が「公立6強」から出ていないと「(愛知公立6強が)名古屋大学合格者数のほとんどを占める」とは言えません。しかし、実際には半数にも遠く及ばない水準ではありませんか。

地図中の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。御誌では、読者からの間違い指摘を握りつぶす対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心がけてください。


【ダイヤモンドへの問い合わせ(九州大学関連)

11月19日号の「中高一貫vs地方名門 最強の高校」という特集についてお尋ねします。66ページの「福岡・佐賀・大分の高校マップ」には「公立6強が九州大合格者の大半を占める」との説明が付いています。

九州大学のホームページによると、2016年度の合格者数は2812人です。一方、今回の特集で29ページの表に載った九州大学の高校別合格者数を見ると、修猷館、福岡、筑紫丘、小倉、東筑、明善の「公立6強」を合計しても571人にしかなりません。

「大半」とは「全体の半数を超えていること。半分以上。過半。大部分」(デジタル大辞泉)という意味です。少なくとも「半分」の合格者が「公立6強」から出ていないと「公立6強が九州大合格者の大半を占める」とは言えません。しかし、実際には2割程度ではありませんか。

九州大学のホームページには「出身校県別入学状況」というグラフが出ていて、それによると福岡県全体でも37.4%を占めるに過ぎません。合格者も似たようなものでしょう。「公立6強」はもちろん「福岡県の高校全体」でも「九州大合格者の大半を占める」状況には至っていないと思えます。

地図中の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。御誌では、読者からの間違い指摘を握りつぶす対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心がけてください。

----------------------------------------

ダイヤモンドからの回答は期待できないので、上記の件は全て誤りと推定するしかない。「鹿児島・熊本・長崎・宮崎の高校マップ」という地図の中にも「宮崎公立2強グループ」に関して「公立トップ校でもトップ層は九州大がやっとの状況」という誤った説明をしていた。これだけ間違いだらけだと、特集全体への信頼も大きく揺らぐ。


※特集全体の評価はE(大いに問題あり)。特集の担当者への評価は以下の通りとする。

臼井真粧美副編集長(暫定D→暫定E)
片田江康男記者(Eを維持)
重石岳史記者(暫定D→暫定E)
鈴木崇久記者(Fを維持)
山本輝記者(暫定D→暫定E)
西田浩史記者(暫定D→暫定E)
小島健志記者(B→C)

鈴木記者のF評価については以下の投稿を参照してほしい。

「頭取ランキング」間違い指摘を無視 ダイヤモンドの残念な対応
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_29.html


※今回の特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「学閥輩出校」って何? 週刊ダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_15.html

根拠なく宮崎公立2強を貶めるダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_74.html

日比谷は東大・慶應に特化? ダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_16.html

北海道は「1極化」が課題? ダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_2.html

質・量ともに「訂正」が凄い週刊ダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_76.html


追記)結局、ダイヤモンドからの回答はなかった。

2016年11月17日木曜日

北海道は「1極化」が課題? ダイヤモンド「最強の高校」

週刊ダイヤモンド11月19日号の「中高一貫vs地方名門 最強の高校」という特集では、北海道の高校に関する説明も色々と気になった。列挙してみる。
九州学院中学・高校(熊本市) ※写真と本文は無関係です

◎「王道」はどっち?

Part 2~地方を牛耳る名門校」の「北海道」編には「いずれにしても、北海道では『札南、札北から北海道大学を出て、地元有力企業に就職したり、医学部へ進学し医者として地元医療を担うのが王道』(渡部正博)といわれる」(注:渡部氏は札北同窓会幹事長)との記述がある。

ところが「Part 1~高校の魂が日本を動かす」の中の「東京もんに負けとれん! 中央で闘う地方組の矜持」という記事では、札幌南に関して「昔から札南生は卒業後に道外へ進学する本州志向が強く、優秀な生徒たちの多くは東大や京大など道外の難関国公立大学を目指す」と書いてある。

これを信じるならば、少なくとも札幌南に関しては「北海道大学を出て、地元有力企業に就職」するのが「王道」とは考えにくい。「北海道の高校マップ」にも札幌南に関して「本州志向が強く中央政官財界へ人材を輩出」との説明がある。札幌南ではどちらが「王道」なのだろうか。


◎「1極化」なのに札幌北が台頭?

北海道の高校マップ」に付いている「課題 少子化で進む進学校1極化」という吹き出しにも疑問を感じた。これは北海道全体の課題だろうが、記事を読むと「1極化」が進んでいるようには見えない。

Part 2の北海道編には以下の記述がある。

【ダイヤモンドの記事】

もともと泥炭地で開発が遅れていた、札北のある札幌駅北エリアは、90年代以降に開発が進んだ。そこへ移り住んだ人の中で、優秀な中学生が、札幌駅を越えて札南へ通うのではなく、近い札北へ入学するケースが増えたこともあり、札北の学力は次第に札南を凌駕するほどになった。

中略)この東西南北に食い込もうとしているのが北嶺高校だ。札南の校長を務め、北海道教育委員会教育委員長であった山口末一が、85年に創立した新興の私立中高一貫校である。校内の一角にある寮で同級生や先輩、後輩たちと寝食を共にする「青雲寮コース」を創設するなど、札南ではできないエリート教育を実践している。

校長の谷地田穣は「東西南北と違って歴史が浅いので、まずは大学合格実績を残さなければと、この数年は必死だった」と話す。

生徒の間でも校長の熱血ぶりは有名。校内には“やちられる”という隠語があり、これは谷地田に進路指導室に連れていかれ、1対1で東大進学へ向けた指導と助言、鼓舞を受けることを意味している。16年の東大合格者数は9人。累計で176人となり、南北に伍する実績になってきた

北海道政財界へ人材を輩出するのは「東西南北+北嶺」という認識が当たり前になる日もそう遠くはないだろう

----------------------------------------

札幌北が伸びてきて、北嶺も「南北に伍する実績になってきた」。なのに「少子化で進む進学校1極化」を北海道の高校の課題に挙げられても納得できない。

ちなみに函館の高校については「函館ラ・サール」を「大学進学実績が近年低下傾向」、「函館中部」を「今は、函館ラ・サールより進学実績が良い」と説明している。ここでも「進学校1極化」は見えてこない。


◎凄すぎる決め付け

札幌の公立4校(札幌南、札幌北、札幌東、札幌西)に関する取材班の決め付けが凄い。地図には、この公立4校から本州に向けた矢印が出ていて「北海道大が駄目な場合、横浜国立大か埼玉大を狙う」と断定している。さすがに決め付け過ぎだろう。

札幌南で見ると、両大学への合格者数は過去3年とも年間5人前後だ。これだけでダイヤモンドの説明が誤りとは断定できない。だが、北大を諦めた生徒の全員が本当に横浜国大か埼玉大を狙うのであれば、合格者数はもっと多くなりそうだ。「北海道大が駄目な場合、横浜国立大か埼玉大を狙う生徒が多い」といった表現ならまだ分かるが…。


◎「函館ラ・サール」だけなぜ?

高校マップ」では北海道の高校を「学閥輩出校」と「その他主要校」に分けているが、なぜか函館ラ・サールだけどちらにも属していない。「学閥輩出校」にするつもりだったのに、色を塗り忘れたのだろう。それとも何か別の理由があるのだろうか。


※今回の特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「学閥輩出校」って何? 週刊ダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_15.html

根拠なく宮崎公立2強を貶めるダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_74.html

日比谷は東大・慶應に特化? ダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_16.html

間違いだらけ週刊ダイヤモンド「最強の高校」の高校マップ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_18.html

質・量ともに「訂正」が凄い週刊ダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_76.html

シン・ゴジラの「主役」はゴジラ? 日経「春秋」への疑問

17日の日本経済新聞朝刊1面に載ったコラム「春秋」で、「大ヒットした映画『シン・ゴジラ』の主役が踏み抜いたのでは、と思うほど激しく陥没したJR博多駅前の大通りが埋め戻された」との冒頭の記述が気になった。長谷川博己氏が演じた内閣官房副長官の矢口蘭堂が「主役」だと勝手に思い込んでいたからだ。
つづら棚田(福岡県うきは市) ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

大ヒットした映画「シン・ゴジラ」の主役が踏み抜いたのでは、と思うほど激しく陥没したJR博多駅前の大通りが埋め戻された。原因の究明や近隣への補償などなお難問は残るが、事故から1週間での復旧に各方面から「早い」「素晴らしい」と称賛の声が聞かれる。

決め手は流動化処理土だった。巨大な穴にたまった水の中でも固まる特殊な土のことで、地元の会社が急ピッチで生産し、現場へピストン輸送した。復旧には日ごろのライバル関係を超え、市内・県内の土木、建設業者らが自分たちの仕事を後回しにして駆けつけたという。トラックや重機は昼夜を分かたずに働き続けた。

ネタバレにならぬよう気をつけて記せば、復旧に向けたこうした情景も、政府と民間の企業が一致団結してゴジラを「処理」した冒頭の映画のシーンと重なり、興味深い。突貫工事を終えた福岡市の高島宗一郎市長は「官民一体のオール福岡。この心意気なしに復旧はなし得なかった。日本の底力だと思う」と胸を張った。

起きたことを後悔しても仕方ない。重要なのはどうリカバリーし、ダメージを最小化するかだ。福岡の埋め戻し作戦は、企業や組織の不祥事対応の原則を思い起こさせる。もっともこの街で地下鉄工事にともなう陥没事故が起きるのは3回目だ。いくら復旧が見事でも、同じ過ちが続けば「リカバリー以前の問題」となる。

----------------------------------------

ちなみに9月4日の「春秋」では以下のように書いている。

【日経の記事】

この夏公開されヒット中のゴジラ映画最新作「シン・ゴジラ」。大人の足を映画館に運ばせた裏に、怪獣映画にしては珍しい設定がある。ふつう巨大生物を迎え撃つ役回りは軍人か天才科学者。しかし今作では、若手の政治家や官僚ら背広姿の集団が主役を務めるのだ。

----------------------------------------

こちらの説明にはあまり違和感がない。17日の「春秋」と筆者は異なるのだろうが、矛盾は感じる。「若手の政治家や官僚ら背広姿の集団」がいくら頑張って「踏み抜いて」も博多駅前の陥没は起きそうもない。

ついでに指摘すると「政府と民間の企業が一致団結してゴジラを『処理』した冒頭の映画のシーンと重なり、興味深い」との記述はやや分かりにくい。「冒頭の映画のシーン」とは「この記事の冒頭で紹介した映画に出てくるシーン」という意味だろう。だが、「政府と民間の企業が一致団結してゴジラを『処理』したシーンが映画の冒頭に出てくる」とも解釈できる。

さらに言うと「政府と民間の企業が一致団結してゴジラを『処理』した」と書くのは、十分「ネタバレ」になっている気がする。

最後にもう1つ。「いくら復旧が見事でも、同じ過ちが続けば『リカバリー以前の問題』となる」などと断じる資格は日経にはない。日経では読者からの間違い指摘の多くを無視して握りつぶしてきた。これには長い歴史がある。記事中の間違いのうち「訂正」を出して「リカバリー」しているのは、ごく一部だ。自分たちは「リカバリー」さえ怠って「同じ過ち」を続ける新聞なのだ。「春秋」執筆に当たる論説委員もその自覚をしっかり持ってほしい。


※記事の評価はD(問題あり)。

2016年11月16日水曜日

期待外れの東洋経済「日経&FTは世界で戦えるか」

週刊東洋経済11月19日号の特集「そのメディアにおカネを払いますか?」の中で最も期待して読んだのが「デジタルで先行する新聞同士が統合~日経&FTは世界で戦えるか」という記事だ。そして、期待は裏切られた。「日経曰く『読者数で世界最大の経済メディア』は、激変する世界のメディアビジネスを勝ち抜けるだろうか」と冒頭で問題提起しておきながら、筆者であるジャーナリストの小林恭子氏は、勝ち抜けるかどうかをほとんど論じない。

競秀峰(大分県中津市) ※写真と本文は無関係です
英国在住だからなのか、記事の前半はFTがどう編集作業を進めているのかという紹介に終始している。終盤でいよいよ本題に入るかと思いきや、完全に肩透かしに終わる。その辺りを見てみよう。

【東洋経済の記事】

FTのアジア・太平洋地域マネジング・ディレクター、アンジェラ・マッカイ氏は、日経傘下に入った利点として「尊敬する、価値観を共有する企業が所有者兼ビジネス上のパートナーになったこと」を挙げる。「FTは英国、欧州、米国に展開したが、日経は主にアジア・太平洋地域にリーチする。共同イベントの拡大など、この地域で収益を上げる方策を一緒に考えている。日本で購読者を増やすための対策も17年に実現させたい」(マッカイ氏)。

「競合相手はすべてのメディア。『デジタルの爆発』が起きている」とマッカイ氏。FTの競合がニューヨーク・タイムズやウォールストリート・ジャーナルだけだと考える時代は終わっているという認識だ。

近い将来、新聞メディアは「次第に縮小してゆくだろう」とマッケイブ氏(注:英メディア調査会社エンダースのCEO)は予想する。「経費カットでしのぐやり方は通用しなくなってきた。複数の新聞が印刷機、経理部、営業部などを共有するのも手だ。既存のビジネスを維持するのではなく、ゼロベースでニュースのコンテンツ作りを考えるべき」(マッケイブ氏)。生き残りのためのバトルが来年も続きそうだ。

----------------------------------------

上記の説明で「日経&FTは世界で戦えるか」の答えは出ただろうか。「戦えるか戦えないのか明確にしろ」とは言わない。だが、「生き残りのためのバトルが来年も続きそうだ」が結論では困る。何の答えもないに等しい。

FTのアジア・太平洋地域マネジング・ディレクター」の当たり障りのないコメントを紹介した後で、メディア調査会社に新聞業界の将来を語らせて「生き残りのためのバトルが来年も続きそうだ」と締める。これでどうやって「日経&FTは世界で戦えるか」を判断すればいいのか。

記事を読む限りでは、「日経&FTは世界で戦えるのか」を小林氏がきちんと論じるのは難しそうに思える。ダラダラとFTの編集作業の流れを説明したり、「FTのアジア・太平洋地域マネジング・ディレクター」のコメントを長々と使ったりしているのは、そうしないと誌面を埋められないからではないか。だとすると、東洋経済編集部の人選ミスとも言える。

ついでに、いくつか細かい指摘をしておく。

◎英国は欧州外?

FTは英国、欧州、米国に展開」と書くと「英国は欧州ではない」とのニュアンスが出てしまう。コメントとは言え、これは避けたい。今回の場合、「FTは欧米に展開」で十分ではないか。


◎日経では実施済みだが…

複数の新聞が印刷機、経理部、営業部などを共有するのも手だ」というコメントを小林氏は使っているが、日経では何十年も前からやっている。日経本紙に加えて、日経産業新聞、日経MJ、日経ヴェリタスは「印刷機、経理部、営業部」だけでなく、記者も共有している。

日経の現状をきちんと理解した上で小林氏が記事を書いていれば、この手のコメントを注釈なく使うとは考えにくい。やはり今回は人選を誤ったのだろう。


※記事の評価はD(問題あり)。小林恭子氏への評価も暫定でDとする。今回の特集「そのメディアにおカネを払いますか?」に関しては、以下の投稿も参照してほしい。

雑誌の苦境は伝えたくない? 東洋経済のメディア特集
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_14.html

日比谷は東大・慶應に特化? ダイヤモンド「最強の高校」

週刊ダイヤモンド11月19日号の「中高一貫vs地方名門 最強の高校」という特集に出てくる地域別の「高校マップ」のうち、ここでは「南関東の高校マップ」で気になった点を指摘していく。

浮羽島(福岡県うきは市) ※写真と本文は無関係です

◎なぜ千葉県を冷遇?

まず千葉の冷遇が気になった。地図に出てくるのは神奈川40校に対し千葉はわずかに13校。「北関東の高校マップ」では、埼玉が32校で、やはり千葉を大きく上回る。人口などで考えても、神奈川の3分の1はやりすぎだ。そのため東邦大付属東邦高校といった千葉県内トップクラスの進学校が地図には出ていない。


◎日比谷は「東大、慶應大に特化」?

南関東の高校マップ」には「日比谷」に関する説明がいくつも出てくる。その中の2つがかなり怪しい。まず「都立には進路に特徴がある。日比谷は東大、慶應大に特化、西、戸山は京大など旧帝大に実績」という吹き出しが目に付いた。「東大、慶應大に特化」しているのならば、日比谷から大学に進学する人のほとんどは東大か慶應大でないと苦しい。

日比谷の2016年度の合格実績を見ると、東工大7人、一橋大18人、京大9人、東大以外の国公立医学部35人となっている。こうした生徒が「東大か慶應大」に進んだとは考えにくい(国公立を蹴って慶應医学部を選ぶ可能性はあるだろうが…)。「日比谷は東大、慶應大に特化」は誤りだと思える。甘めに見ても、大げさな表現だ。


◎日比谷は「本当は中高一貫校化したい」?

優秀な教員を集中。本当は中高一貫校化したい!(そうしたら開成に勝てる!)」という日比谷に関する説明もどう理解すべきか悩んだ。地図では「本当は中高一貫校化したい!(そうしたら開成に勝てる!)」と誰が考えているのか明示していない。とりあえず日比谷高校の関係者が主語だと仮定してみる。そうすると、特集の中の「武内 彰(東京都立日比谷高校校長)インタビュー ~日比谷高校はなぜ復活したのか」と話が違ってくる。

インタビューの一部を見てみよう。


【ダイヤモンドの記事】

──例えば日比谷が中高一貫校になるとか?

今のまま3年間でやろうと思っていますし、東京都の政策からもそういう話にはならないでしょう。やったところで私立の中高一貫校みたいになって、高校の多様性が失われるんじゃないかな

高い学費を払って、その上に立派な塾まで通って東大に入る。そういう人たちばかりになっていいんでしょうか。ここに公立の進学校の存在意義があります。

----------------------------------------

これを見る限り日比谷の校長は中高一貫校になる意欲を示していない。本音を隠しているのかもしれないし、「中高一貫校化したい」のは校長以外かもしれない。だが、インタビューと食い違うような内容を地図に入れるのであれば、読者が混乱しないような配慮は欲しい。誰が言っているのか分からないような形で「そうしたら開成に勝てる!」などと入れるのも感心しない。特集の担当者らの願望のようにも見える。


※今回の特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「学閥輩出校」って何? 週刊ダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_15.html

根拠なく宮崎公立2強を貶めるダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_74.html

北海道は「1極化」が課題? ダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_2.html

間違いだらけ週刊ダイヤモンド「最強の高校」の高校マップ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_18.html

質・量ともに「訂正」が凄い週刊ダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_76.html

2016年11月15日火曜日

根拠なく宮崎公立2強を貶めるダイヤモンド「最強の高校」

週刊ダイヤモンド11月19日号の「中高一貫vs地方名門 最強の高校」という特集が抱える問題点をさらに取り上げたい。ここでは、地域別の「高校マップ」のうち「鹿児島・熊本・長崎・宮崎の高校マップ」に注文を付けていく。ダイヤモンドに問い合わせを送ったので、まずその内容を見てほしい。ダイヤモンドの体質を考えると対応は「無視」だろう。
専念寺(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

11月19日号の「中高一貫vs地方名門 最強の高校」という特集についてお尋ねします。67ページの「鹿児島・熊本・長崎・宮崎の高校マップ」という地図の中で、「宮崎公立2強グループ」として「宮崎西」「宮崎大宮」の2校をグループ化した上で「公立トップ校でもトップ層は九州大がやっとの状況」と注釈を入れています。

今春の進学実績を2校のホームページで確認すると、宮崎西が東大7人、京大2人、阪大1人、東工大1人、一橋大1人で、宮崎大宮が東大5人、京大4人、阪大10人、一橋大1人となっていました。この2校のトップ層は本当に「九州大がやっとの状況」なのでしょうか。東大や京大に合格した卒業生は「九州大がやっとの状況」ではなかったはずです。

記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

----------------------------------------

高校マップ」は「取材を基に本誌編集部作成」となっている。「宮崎公立2強グループ」については、取材に協力してくれた学習塾の関係者か誰かに「(宮崎は)公立トップ校でもトップ層は九州大がやっとの状況」と教えてもらったのだろう。そして、両校の実績を確認しないまま記事にしてしまった。これはもちろん推測だが、当たっている可能性は高い。

この地図でもう1つ引っかかったのが長崎県だ。「長崎西」を「県内で1強」とする一方で、「青雲」を久留米大附設、ラ・サールとともに「九州最難関私立」に位置付け「別格」としている。だとすると、「県内1強」は「青雲」ではないのか。自分より上に「別格」の存在がいる「1強」には矛盾を感じる。


※今回の特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「学閥輩出校」って何? 週刊ダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_15.html

日比谷は東大・慶應に特化? ダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_16.html

北海道は「1極化」が課題? ダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_2.html

間違いだらけ週刊ダイヤモンド「最強の高校」の高校マップ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_18.html

質・量ともに「訂正」が凄い週刊ダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_76.html

「日米同盟が大事」の根拠を示せず 日経 大石格編集委員

「とにかく何が何でも日米同盟が大事」と念仏のように唱え続けるのが、安全保障に関する日本経済新聞の基本姿勢だ。15日の朝刊1面に載った「トランプショック(5)日米の絆進化か退化か」でも その流れは変わらない。だが、結論ありきで理屈を付けているので、どうしても無理のある展開になってしまう。しかも、筆者は何かと問題の多い大石格編集委員。これで説得力のある記事になる方が不思議だ。
火事(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

「思いやり予算」(在日米軍で働く日本人従業員の人件費など)に触れた後で、大石編集委員は以下のように綴っている。

【日経の記事】

クラウゼヴィッツの『戦争論』は同盟関係をこう評する。「ある国が他国の危機を救うために立ち上がるにしても、あたかも自国の危急を見るがごとくというほどの熱意は見られない」。カネで買った同盟で、日本の安全は保てるだろうか

「自由主義と市場経済という価値観を共有する同盟国」。米国と日本、韓国、オーストラリアなどを束ねてきた“美辞麗句”にトランプ氏は関心を示さない。仏ルモンド紙は「同盟国のために米国を犠牲にしないだろう」と分析する。

その結果、世界中で自主防衛論が勢いづいている。稲田朋美防衛相も(1)日米同盟の強化(2)関係諸国との連携――に加え、「自分の国は自分で守る」を検討課題に挙げた。安倍晋三首相の周辺には自主防衛論者が多いだけに「どうせカネを使うならば、思いやり予算よりも自衛隊増強」との声が増す可能性は十分ある。

だが、てんでに自主防衛した群雄割拠の世界が長続きするだろうか。おそらくトランプ氏に通用する唯一の理屈は「戦争は結局、高くつく」というものだろう。果たして、それが日米の絆の進化なのか、退化なのか。トランプ・ショックは新たな黒船である。

----------------------------------------

大石編集委員は「自主防衛はダメ。やっぱり日米同盟が一番」と訴えようとしているが、結局はまともな根拠を示せていない。まず、大石編集委員が持ち出してきた「ある国が他国の危機を救うために立ち上がるにしても、あたかも自国の危急を見るがごとくというほどの熱意は見られない」との見方を正しいものとして受け入れてみよう。

その場合「カネで買った同盟で、日本の安全は保てるだろうか」への答えは「保てない可能性が高い」になる。そして結果は「カネで買わない同盟」でも同じだ。どんな同盟であれ「他国の危機」は基本的に他人事というのが「クラウゼヴィッツ」の見解だと記事からは読み取れる。ならば、日本が進む道は「自主防衛」しかない。

てんでに自主防衛した群雄割拠の世界が長続きするだろうか」という説明も苦しい。「世界が長続きする」とはどういうことなのか曖昧だが、「長続きする」と言ってもいいだろう。世界の歴史は長く「てんでに自主防衛した群雄割拠の世界」だったと思える。それで世界が終わってしまったわけではない。

長続きする=同じ体制が続く」との意味だと考えると、同盟を組めば長続きするとも言い難い。東西冷戦で東側陣営はソ連を中心に同盟関係にあったが、脆くも崩れ去った。一方、永世中立国のスイスは19世紀から自主防衛で独立を維持している。「同盟を組んだ方が体制を維持しやすい」とは言い切れない。

そもそも大石編集委員は「てんでに自主防衛した群雄割拠の世界が長続きするだろうか」と疑問を投げかけているだけで、「長続きしない」と言える根拠は何ら示していない。

おそらくトランプ氏に通用する唯一の理屈は『戦争は結局、高くつく』というものだろう」との説明に関しても、大石編集委員の見識を疑いたくなる。「確かに戦争は高くつく。だから中東に出かけて戦争するようなバカな真似は二度としない。日本が他国から攻撃されても、一緒に戦ったりしたら『結局は高くつく』のもよく分かっている。だから、米国は自国の防衛に専念して、徹底的に孤立主義で行くよ」とトランプ氏に言われたらどうするのか。

「日米同盟が大事」と決め付けて、なぜ大事なのかは後付けで考えているから、おかしな説明になってしまう。トランプ氏が「戦争は結局、高くつく」という理屈を本当に受け入れたら、米国の同盟国は「てんでに自主防衛」するしかないのではないか。


※記事の評価はD(問題あり)。大石格編集委員への評価はDを据え置く。大石編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 大石格編集委員は東アジア情勢が分かってる?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_12.html

ミサイル数発で「おしまい」と日経 大石格編集委員は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_86.html

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_15.html

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_16.html

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_89.html

どこに「オバマの中国観」?日経 大石格編集委員「風見鶏」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_22.html

「学閥輩出校」って何? 週刊ダイヤモンド「最強の高校」

週刊ダイヤモンド11月19日号の特集は「中高一貫vs地方名門 最強の高校」。週刊東洋経済も1カ月ほど前に高校特集を組んでいた。今回の後追いについて、ダイヤモンドの田中博編集長は「From Editors」という後書きの中でやや苦しい弁明をしている。しかし、それを責めるつもりはない。問題は中身だ。そして、肝心の中身はかなり苦しい。
水前寺成趣園(熊本市) ※写真と本文は無関係です

◎「学閥輩出校」って何?

最も気になったのが「学閥輩出校」という言葉だ。特集の中には地域別の高校の関係図が載っていて、各高校を「国立校」「公立校」「私立校」に分けた上で、さらにそれぞれを「学閥輩出校」と「その他主要校」に色分けしている。だが「学閥輩出校」は耳慣れない用語で、あり、意味もよく分からない。特集の中で「学閥輩出校」の定義を探してみたものの、見つけられなかった。

素直に考えると「学閥を輩出する学校」が「学閥輩出校」だろう。だが「輩出」とは「すぐれた人物が続いて世に出ること。また、人材を多く送り出すこと」(デジタル大辞泉)だ。「学閥を輩出」では意味不明になってしまう。「独自に学閥を形成している学校」という意味ならば分かるが、それを何の解説もなく「学閥輩出校」と呼ばれても困る。

そもそも「学閥輩出校」と、そうではない学校とは明確に分けられるものなのか。例えば「東京都立進学指導重点校」の枠で見ると、日比谷、西、戸山が「学閥輩出校」で、青山、国立、立川、八王子東が「その他主要校」となっている。こうした高校の出身者が見れば「確かにその通りだ」と納得できる区分なのだろうか。

ちなみに神奈川県の高校を見ると、「その他主要校」に入っている「小田原」のところに「小田原市役所に高校閥あり」と吹き出しが付いている。「だったら、なぜ小田原は『学閥輩出校』にならないのか?」という疑問は湧いた。

ダイヤモンドは「学閥」の使い方がどうもおかしい。特集の一部を見ていく。

【ダイヤモンドの記事】

ただ、東海や旭丘を含め、地元志向、中央志向の境界は、最近あいまいになっていると関係者は口をそろえる。「名古屋に根付く企業も、多くは今やグローバル化している。名古屋とそれ以外という区分けは古い」(トヨタ関係者)という。であれば、こうした愛知高校閥が、世界に羽ばたく日もまた近いということかもしれない。

----------------------------------------

愛知高校閥が、世界に羽ばたく」という表現には、かなりの違和感がある。学閥とは「世界に羽ばたく」ようなものなのか。「海外にも広がる」とか「世界中で根を張る」ならば、まだ分かるが…。


◎「中高一貫vs地方名門」はどこへ?

次いで問題にしたいのが「中高一貫vs地方名門 最強の高校」というタイトルだ。田中編集長が「4カ月超の苦節が結実した88㌻の巨弾特集」と誇る今回の特集を最後まで読んでも「中高一貫vs地方名門」という対決の構図を描いた記事は見当たらない。

考えてみると「中高一貫vs地方名門」という構図に無理がある。例えば九州の久留米大附設や鹿児島ラ・サールは「中高一貫」であると同時に「地方名門」だ。これは地方の中高一貫校の多くに当てはまる。なのになぜ「中高一貫vs地方名門」なのか。企画を立てた段階では「中高一貫vs地方名門」を柱に据えようとしたが、途中で挫折してタイトルだけが残ってしまったのか。それにしても看板に偽りがあり過ぎる。


※今回の特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

根拠なく宮崎公立2強を貶めるダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_74.html

日比谷は東大・慶應に特化? ダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_16.html

北海道は「1極化」が課題? ダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_2.html

間違いだらけ週刊ダイヤモンド「最強の高校」の高校マップ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_18.html

質・量ともに「訂正」が凄い週刊ダイヤモンド「最強の高校」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_76.html

2016年11月14日月曜日

雑誌の苦境は伝えたくない? 東洋経済のメディア特集

これでは「自分たちのことは棚に上げて…」と批判されても仕方がない。週刊東洋経済11月19日号の特集「そのメディアにおカネを払いますか?」では、42ページも費やしてメディアの現状を分析している。だが、なぜだが「雑誌」にはほとんど触れていない。
佐賀城公園(佐賀市) ※写真と本文は無関係です

ニュースは基本的に無料でしか読まれない “デジタル難民”となる新聞」「系列を超えた再編・淘汰が近づく 読売、朝日に迫る販売ハルマゲドン」「テレビは『暇潰し』ではなくなった サザエさん視聴率 急落の深刻な事情」といった記事で新聞・テレビの苦境を伝えるのは構わない。だが、雑誌も安泰ではないはずだ。なのになぜ、そこに斬り込まないのか。

今回の特集で雑誌関連は「ドコモの雑誌読み放題『dマガジン』成功の秘訣」という記事ぐらいだ。これも、あくまで「ドコモ」を取り上げた記事であり、メディアとしての雑誌の実力を論じてはいない。

特集の冒頭では「テレビと新聞の地位低下が止まらない。個人は無料メディアに流れ、企業は広告をネットにシフトさせている。生存競争の勝者は誰だ」と早々に「雑誌抜き」を示唆している。特集の担当記者らには、雑誌を論じる意思が最初からなかった可能性が高い。

だったら、メディア全般を論じると誤解させるようなタイトルは避けるべきだ。表紙の写真には、朝日、読売、毎日という全国紙の上に、東洋経済、週刊文春、週刊新潮の3誌が見える。表紙では雑誌を大きく前に出し、「そのメディアにおカネを払いますか?」と問いかけているのだ。なのに、雑誌メディアの実力をほとんど分析せずに特集を作る。その志の低さには落胆を禁じ得ない。


※特集全体の評価はC(平均的)。特集の担当者への評価は以下の通りとする。

中原美絵子記者(Cを維持)
田邊佳介記者(暫定C→C)
山田雄一郎デスク(暫定A→暫定B)
長瀧菜摘記者(暫定C)
許斐健太記者(暫定C→C)
二階堂龍馬記者(暫定D→暫定C)
松崎泰弘記者(暫定C)
中山一馬記者(暫定C)
前田佳子記者(暫定B→暫定C)
山川清弘副編集長(暫定C)


※今回の特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

期待外れの東洋経済「日経&FTは世界で戦えるのか」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_99.html

2016年11月13日日曜日

日経「中外時評」 玉利伸吾論説委員の奇妙な歴史認識

13日の日本経済新聞朝刊 日曜に考える面に載った「中外時評~トランプ現象の連鎖止めよ 20世紀、独裁者の歴史が警鐘」という記事で、筆者の玉利伸吾論説委員は「歴史からの警告」に耳を傾けることの大切さを説いている。だが、玉利氏の歴史認識が正しいのか疑問を感じる記述もあった。第二次世界大戦に関する「共産主義陣営とファシズム陣営が激しく対立し、ついに戦争が始まる」との説明がそれだ。当該部分は以下のようになっている。
JR久留米駅(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

保護主義、反グローバル化の広がりは世界経済を危うくする。大恐慌後の30年代、危機を脱しようと、保護主義がはびこり、閉鎖的な経済圏が分立した。共産主義陣営とファシズム陣営が激しく対立し、ついに戦争が始まる。歴史の教訓に学ばず、トランプ現象の連鎖を止められないようでは、世界はいよいよ激動の20世紀前半に似てくる。

-----------------

日本・ドイツ・イタリアなどの枢軸国とアメリカ・イギリス・フランス・ソ連などの連合国との間で行われた世界的規模の戦争。1939年のドイツのポーランド侵入によって始まり、イギリス・フランスの対独戦争、独ソ戦争、太平洋戦争と拡大した」(デジタル大辞泉)。これが第2次世界大戦だ。

玉利論説委員の記事では、まず「共産主義陣営」がよく分からない。30年代の「共産主義陣営」にはソ連の他にどこがいたのだろうか。ソ連単独で「陣営」なのだろうか。

共産主義陣営とファシズム陣営が激しく対立し、ついに戦争が始まる」との説明も奇妙だ。「ファシズム陣営」に属するドイツによるポーランドへの侵攻を受けて「イギリス・フランスの対独戦争」が始まるが、英仏は「共産主義陣営」ではない。しかも、英仏との戦争が始まった時点で、ドイツはまだソ連と戦っていない。「共産主義陣営」を“単独”で担うソ連との不可侵条約が機能していたのに、「共産主義陣営とファシズム陣営が激しく対立し、ついに戦争が始まる」と言えるだろうか。

ついでに言うと「大恐慌後の30年代、危機を脱しようと、保護主義がはびこり、閉鎖的な経済圏が分立した」との説明にも問題がある。玉利論説委員には「大恐慌=1929年」との思い込みがあるのだろう。だが、一般的には29~33年にわたるとされる。「大恐慌後」に「保護主義」がはびこったのではなく、大恐慌の最中に保護主義の動きが出ていたはずだ。例えば「29~33年の大恐慌時には、危機を脱しようと保護主義がはびこり、閉鎖的な経済圏が分立した」とすれば問題は解消する。

ついでに他の記述にもツッコミを入れておこう。

【日経の記事】

選挙戦は「史上最も醜い」といわれ、中傷合戦に終始した。「米国第一主義」による変革を掲げたトランプ氏は、強烈な個性で暴言王とも呼ばれる。環太平洋経済連携協定(TPP)の離脱を掲げて自由貿易に反対し、移民制限のための壁建設を約束した。内向きで保護主義的な主張に、米国民は軍配を上げた

民主主義の伝統が根付く米国では考えられない。まさかの事態に思えるが、振り返ると「トランプ現象」と似た動きは過去にも起きている。

----------------------------------------

内向きで保護主義的な主張に、米国民は軍配を上げた」ことを受けて「民主主義の伝統が根付く米国では考えられない」と玉利論説委員は驚いている。民主主義の伝統が根付くと、外向きで自由貿易志向になるのだろうか。民主主義的な手続きを経て内向きの政策を選ぶ国があっても不思議ではない。日本も移民や難民の受け入れに積極的ではない「内向き」の国だ。それは日本に「民主主義の伝統」が根付いていないからだろうか。

最後に、玉利論説委員の書き手としての拙さに触れたい。

【日経の記事】

戦後も排外的、孤立主義が大統領を生むことはなかった。過激な内向きの指導者がトップに就くのは初めてだろう。もちろん新大統領が独裁者になる可能性はほとんどない。暴走すれば議会や司法制度が歯止めをかけるはずだ。

----------------------------------------

戦後も排外的、孤立主義が大統領を生むことはなかった」というくだりは、厳しく言えば意味不明だ。「排外的が大統領を生む」では日本語として成立しない。玉利論説委員の意図を汲んで直すと「戦後も排外主義、孤立主義が大統領を生むことはなかった」だろうか。


※記事の評価はD(問題あり)。玉利伸吾論説委員への評価も暫定でDとする。

2016年11月12日土曜日

原油高を歓迎する日経ビジネス田村賢司編集委員の誤解

日経ビジネスの田村賢司主任編集委員に経済記事を書かせるのは、やはり無理がある--。11月14日号の「スペシャルリポート~株式・為替・原油…悪化懸念遠のく 成長戦略、動かす好機」という記事を読んで、改めて確信した。中国景気の落ち着きや円安を見て「日本経済を取り巻く環境が急速に良くなってきた」と判断するのは分かる。だが原油高をその列に加えるのは奇妙だ。田村編集委員には大きな誤解があるのだろう。
成田山新勝寺(千葉県成田市) ※写真と本文は無関係です

記事の当該部分は以下の通り。

【日経ビジネスの記事】

今年2月11日、WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)で、1バレル26ドル台に下落した原油は、9月末の石油輸出国機構(OPEC)総会で減産に合意。50ドル台を回復した。今後、具体的な減産方策が決められなければ、合意は宙に浮きかねないが、大幅下落の恐れは遠のいた。

外国人投資家の日本株買いがどこまで続くかは不透明だが、日本の外部環境は暖かさを取り戻してきたようだ。

----------------------------------------

「風が吹けば桶屋が儲かる」的な話を強引に作れば、「原油高は日本にプラス」と主張できるかもしれない。しかし、田村編集委員はそれすら試みていない。記事から判断すると、田村編集委員は「原油高が日本にマイナスになる可能性なんてあるの?」ぐらいに考えていそうだ。

原油を輸入に頼っている日本にとって、原油高は交易条件の悪化につながる。海外への富の流出が増えると言い換えてもいい。部分的にはプラスの影響もあるが、日本経済全体で見れば明らかにマイナスだ。

今回の記事で田村編集委員は「医療費をはじめとする社会保障費が増え続けるままでは、懸案の消費低迷から抜け出せないだろう」とも書いている。消費低迷から抜け出したいのに、原油高を受けて「日本の外部環境は暖かさを取り戻してきたようだ」と書く気持ちが理解できない。「ガソリン価格が高くなったから、今度の休みは思い切ってクルマで遠出しよう」という人が多いとでも田村編集委員は考えているのだろうか。

田村編集委員は経済記事の書き手としての適性を決定的に欠いている。疑う余地はほとんどない。早期の引退を勧告したい。


※記事の評価はD(問題あり)。田村賢司主任編集委員への評価はDを維持する。田村編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

間違い続出? 日経ビジネス 田村賢司編集委員の記事(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_8.html

間違い続出? 日経ビジネス 田村賢司編集委員の記事(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_11.html

間違い続出? 日経ビジネス 田村賢司編集委員の記事(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_12.html

日経ビジネス「村上氏、強制調査」田村賢司編集委員の浅さ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_6.html

日経ビジネス田村賢司編集委員「地政学リスク」を誤解?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post.html

日経ビジネス田村賢司主任編集委員 相変わらずの苦しさ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_12.html

「購入」と「売却」を間違えた?日経ビジネス「時事深層」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/09/blog-post_30.html

「日銀の新緩和策」分析に難あり日経ビジネス「時事深層」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post.html

2016年11月11日金曜日

日経「トランプショック」 菅野幹雄編集委員の分析に異議

11日の日本経済新聞朝刊1面に載った「トランプショック(2)反グローバル 解なき拡散」という記事は、分析の甘さが目立った。「写し絵のような米英の展開は、アングロサクソンの両国が導くグローバル化やエリート(支配層)主義に庶民が募らせる不満の表れだ」と筆者の菅野幹雄編集委員は言い切っているが、そもそも「欧州連合(EU)離脱」を「反グローバル」と位置付けてよいのだろうか。
学習院大学(東京都豊島区) ※写真と本文は無関係です

記事を順に見ていきながら、菅野編集委員の解説にツッコミを入れてみる。

【日経の記事】

米国と英国という、世界を代表する2つの民主主義国が、半年で次々と既存秩序をぶち壊した。

「再び偉大な米国を」(Make America great again)。トランプ米次期大統領の合言葉は6月の英国民投票で欧州連合(EU)離脱派が使った「再び偉大な英国を」とうり二つ。どちらも世論調査機関や市場は有権者の変革への意思を全く読み誤っていた。

写し絵のような米英の展開は、アングロサクソンの両国が導くグローバル化やエリート(支配層)主義に庶民が募らせる不満の表れだ

----------------------------------------

◎EU離脱は「反グローバル」?

EU離脱反グローバル」との見方は奇妙だ。一般的に言えば、EUはリージョナリズム(地域主義)に基づいたもので、グローバリズムと直接の関係はない。「EU加盟=親グローバル」「EU非加盟=反グローバル」と単純に色分けするのは無理がある。例えば、EU非加盟のスイスは反グローバル国家と言えるのか。

さらに記事を見ていこう。

【日経の記事】

国家や市場を分ける壁を取り、貿易や人の流れを自由にしても繁栄の果実は届いていない。むしろ激しい競争で職や生活に不安が増し、米国人の8割は所得水準が金融危機前を下回るとされる。

活発な競争を通じた新自由主義や多国間で自由貿易の枠組みを築く従来の路線を否定することが有権者の心をつかむ。トランプ氏のもと日本を含む環太平洋経済連携協定(TPP)や米・EUの環大西洋貿易投資協定(TTIP)の実現は極めて難しくなった。

----------------------------------------

◎「国家や市場を分ける壁」は既にない?

国家や市場を分ける壁を取り、貿易や人の流れを自由にしても繁栄の果実は届いていない」という書き方から判断すると、「国家や市場を分ける壁」は既になく、「貿易や人の流れを自由」にする作業は終わっているのだろう。菅野編集委員はEU域内に限定して語っているわけでもない。だとしたら、なぜTPPの発効が必要なのか。世界に自由な貿易を妨げる「」は現時点でもないはずだ。

ついでに、記事の書き方に関して菅野編集委員に助言したい。「活発な競争を通じた新自由主義や多国間で自由貿易の枠組みを築く従来の路線を否定することが有権者の心をつかむ」というくだりは非常に読みづらい。「」を使って何と何を並立関係にしているのか分かりづらいからだ。

活発な競争を通じた新自由主義」や「多国間で自由貿易の枠組みを築く従来の路線」を否定することが有権者の心をつかむ--と菅野編集委員は伝えたいのだろう。だが「活発な競争を通じた新自由主義」や「多国間で自由貿易の枠組みを築く従来の路線を否定すること」が有権者の心をつかむ--といった読み方もできる。改善例を示してみる。

【改善例】

活発な競争を通じた新自由主義や、多国間で自由貿易の枠組みを築く従来の路線を否定し、有権者の心をつかむ。

----------------------------------------

記事の続きを見ていく。

【日経の記事】

反グローバルを唱えて票を稼ぐという模範例ができ、大衆迎合主義(ポピュリズム)を武器とする政党が勢いづく。

フランスの極右、国民戦線のルペン党首は「米大統領選は自由の勝利。我々も自由を阻むシステムを打ち壊そう」と2017年春の仏大統領選に向けて既存政党との対抗姿勢をむき出しにした。

英国に続く離反を避けたい欧州の周辺国は気が気でない。「人々を扇動するポピュリズムは、米国だけでなく西側の至る所で憂慮すべき事態になった」とドイツのショイブレ財務相は指摘する。

----------------------------------------

◎国民戦線は非「既成政党」?

菅野編集委員は「国民戦線既存政党」と考えているようだ。近年新たに結成されたのならば分かるが、そこそこ長い歴史を持つ国民戦線を非「既存政党」と見なすのは解せない。

西側」も気になった。今も「東側」があるのか。例えばバルト3国は、どっち側なのだろう。

記事の後半部分にも注文を付けたい。

【日経の記事】

来年の欧州は仏大統領選とオランダ、ドイツの総選挙が重なる選挙の当たり年だ。トランプ氏が大統領として剛腕を発揮するほど、反EUの機運は高まりかねない。世界経済を支える貿易の停滞に国際通貨基金(IMF)などの危機感も強い。

反グローバル化を叫ぶ勢力の伸長は止まりそうにないが、それを唱え、保護主義を強引に進めていくだけでは、経済の繁栄や生活の充実への解になり得ないのは明らかだ。「偏狭なナショナリズム(国家主義)の乱立になりかねない」。中前国際経済研究所の中前忠代表は危惧する。

グローバル化や市場主義に背を向けるのでなく生じたひずみをどう直していくのか。「グローバル化に代わる選択肢はない。もっと人間的な形に変えていく努力こそが必要だ」。仏モンテーニュ研究所のドミニク・モイジ首席顧問は過剰な不平等の解消など具体的な政策の明示を呼びかける。

有権者の怒りを踏み台にのし上がったトランプ氏も、これから彼らを納得させる答えを示さねばならない。日本、欧州も新興国の首脳にも、反グローバル化のうねりを抑える賢明で繊細な政策選択が問われる。トランプ・ショックを生んだ背景を正視すべき時だ。

----------------------------------------

◎「彼ら」とは誰?

有権者の怒りを踏み台にのし上がったトランプ氏も、これから彼らを納得させる答えを示さねばならない」という部分が分かりにくい。まず、素直に「彼ら=トランプ支持の有権者」の線で考えてみる。

トランプ氏が「反グローバル」を訴えて有権者の支持を得たのであれば、「彼らを納得させる答え」は「反グローバル」に沿ったものになる。だが、菅野編集委員は「反グローバル」の広がりに危機感を持っているようなので、辻褄が合わなくなる。

そこで「彼ら中前忠代表ドミニク・モイジ首席顧問」と仮定してみる。そうすると話は合う。ただ、なぜトランプ氏が海外の研究所に所属する人を「納得させる」必要があるのかとの問題は残る。

今回の記事は「反グローバルのうねりを止めなくては…」という独自色の乏しい解説なのに、説明には色々と問題が多い。編集委員が書いてこのレベルでは辛い。


※記事の評価はD(問題あり)。菅野幹雄編集委員への評価はC(平均的)からDに引き下げる。菅野編集委員については以下の投稿も参照してほしい。

「追加緩和ためらうな」?日経 菅野幹雄編集委員への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_20.html

「消費増税の再延期」日経 菅野幹雄編集委員の賛否は?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_2.html

日経 菅野幹雄編集委員に欠けていて加藤出氏にあるもの
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_8.html

2016年11月10日木曜日

自主防衛は無理? 東洋経済「日米関係の大不安」の浅さ

週刊東洋経済11月12日号の特集「日米関係の大不安~同盟のコストとリターン」は全体として見れば悪くない出来だ。ただ、「PART2 日米同盟の明日~同盟解体でかかるおカネ 自主防衛ならば費用倍増」という記事は納得できなかった。取材班(秦卓弥記者、福田恵介編集委員、野村明弘記者、山田徹也記者、平松さわみ記者、中川雅博記者、リチャード・カッツ記者、井下健悟副編集長)では、「結局、自主防衛による完全な代替は難しいだけに、日米同盟の維持を前提に現実的な対応をしていくしかない」と結論付けている。しかし、記事を読む限り、この主張に根拠は乏しい。思考停止的な短絡さも感じた。記事の中身を見た上で、その理由を述べたい。
早稲田大学での早稲田祭(東京都新宿区)
     ※写真と本文は無関係です

【東洋経済の記事】

あくまで極論だが日米同盟を解消し、自主防衛に切り替えた場合、どれくらいのコストがかかるのか。それを試算したのが右ページ下の図だ。

空母や戦闘機の購入、情報収集能力の独自開発などのコストが高く、合計金額は4兆円を超す。自主防衛によって在日米軍関係費をなくす代わりに、約4兆円のコストが新たに発生するわけだ。単年度でこれを行うと防衛費は倍近くに膨らむ。維持費を考えると、その後も従来の防衛費の水準に戻るとは考えにくい。忘れてはならないのは、同盟解消に伴って「核の傘」がなくなること。NPT(核兵器不拡散条約)体制に入っている中、日本が独自に核開発に動こうものなら、外交や貿易面で多大な負担と批判にさらされるだろう。

結局、自主防衛による完全な代替は難しいだけに、日米同盟の維持を前提に現実的な対応をしていくしかない

----------------------------------------

取材班が検討していない要素を挙げてみる。

(1)本当に「4兆円」も必要?

記事に載せた「自主防衛に必要なコストの内訳」では、コスト総額が「4兆2069億円」となっている。「出所」については「武田康裕・武藤功『コストを試算! 日米同盟解体』を基に本誌作成」と記している。

記事では、この試算を無条件に受け入れている。だが、内訳を見ると「民間防衛2200億円▶簡易シェルター保有など」という、よく分からない項目もある。「簡易シェルター」とは日米同盟があれば不要で、自主防衛ならば必要なものなのか。

試算では「空母機動部隊1兆7676億円」という項目もある。しかし、自主防衛で空母が必要かどうかは見方が分かれるだろう。空母なしで試算すれば必要金額は「4兆円」を大きく下回るはずだ。自主防衛に必要な軍事力がどの程度かの答えは1つに決まるものではない。前提を変えれば、金額も大きく変わってくる。


(2)「4兆円」はそんなに大きい?

4兆円」という金額をとりあえず受け入れて考えてみよう。取材班は「単年度でこれを行うと防衛費は倍近くに膨らむ」と訴える。それは間違っていないが、在日米軍関係費が年間5000億円浮くと考えると、これの8年分だ。10年単位で考えると、4兆円の支出増加に対して5兆円の支出減少となる。「維持費を考えると、その後も従来の防衛費の水準に戻るとは考えにくい」のは分かるので、維持費増加を年間1000億円とすると、10年間では1兆円の支出が加わる。これで合計の収支が見合う。

維持費」の増加がどの程度になるかは分からないという問題はあるが、記事から読み取れる情報を基に考えると、「自主防衛」のコスト負担は不可能ではない。


(3)「完全代替」できないと現状維持?

自主防衛による完全な代替は難しいだけに、日米同盟の維持を前提に現実的な対応をしていくしかない」と記事では結論付けているが、そもそも「完全な代替」が必要なのか。「『核の傘』がなくなる」と国を守れなくなるわけではない。

例えばベトナムは中国と国境を接し、領土問題も抱えている。「核の傘」はなく、空母も保有していないようだ。だからと言って「ベトナムに自主防衛は無理」と考えるべきだろうか。もしベトナムが自主防衛を機能させているとすれば、日本ではなぜ実行できないのか。その辺りを取材班には検討してほしかった。

米国と同盟を組めば、米軍に守ってもらえるかもしれない。だが、米国を敵視する国から同じように敵視されるリスクも引き受けなければならない。逆に言えば、自主防衛にはそうしたリスクからの解放という利点もある。同盟を解消した後に米軍の「完全な代替」ができないからと言って「日米同盟の維持を前提に現実的な対応をしていくしかない」と決め付けるのは、あまりに考えが浅い。

「日米同盟の維持がベスト」という結論はあり得る。だが、それは他に選択肢がないからではないはずだ。


※この記事の評価はD(問題あり)、特集全体の評価はC(平均的)。特集の担当者の評価は以下の通りとする。

秦卓弥記者(暫定B→暫定C)
福田恵介編集委員(暫定B→暫定C)
野村明弘記者(暫定C→C)
山田徹也記者(B→C)
平松さわみ記者(暫定C)
中川雅博記者(暫定C→C)
リチャード・カッツ記者(暫定C)
井下健悟副編集長(暫定C)

2016年11月9日水曜日

ソ連参戦は「8月15日」? 日経 芹川洋一論説主幹に問う

少し古くなるが、7日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に芹川洋一論説主幹が書いた「核心~北方領土は『2+α≒4島』 歴史の重み忘れずに」という記事を取り上げたい。最も気になったのは「8月15日以降、ソ連軍により命をおとした人々」という記述だ。なぜ「8月15日以降」限定なのかが気になったのだが、これは最後に述べる。まずは記事の冒頭部分を見ていく。
亀山八幡宮(山口県下関市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

すっかり忘れ去ってしまっている歴史上のできごとがあるものだ。昨年が戦後70年だったのは、だれもが知っている。ところが今年が海外からの引き揚げ70周年というのは、恥ずかしながら知らなかった。国文学研究資料館の加藤聖文・准教授に教えてもらった。

---------------

◎戦後の引き揚げ者を「すっかり忘れ去った」?

芹川論説主幹は、戦後に海外からの引き揚げ者がいたことを「すっかり忘れ去ってしまって」いたのだろうか。だとしたら、太平洋戦争に絡めて記事を書くのはやめた方がいい。「海外からの引き揚げ」を「すっかり忘れ去ってしまっている歴史上のできごと」にしてしまったのは、ついつい出てしまった大げさな表現だとは思うが、本当だったら怖い。

引き揚げに関しては、他にも疑問を感じた。

【日経の記事】

戦時中、海外にいた兵士・民間人は630万人にのぼる。その大多数が1946年の1年間で日本国内に引き揚げてきた。それこそ命からがら、着の身着のまま、日本に向かった民族大移動だった。祖国の土を踏む目前で無念にも亡くなった方もいたに違いない。

(中略)「(舞鶴発)ソ連からの最後の帰国集団1025名を乗せた興安丸は、ダモイ(帰国)の喜びを船腹一杯にふくらませながら、予定通り26日朝8時粉雪のちらつく舞鶴に入港」――56年12月26日付の本紙夕刊はこんなふうに伝えている。11年間のシベリア抑留からやっと帰国した人たちだ。

(中略)「最後の集団帰国」といわれたのは、これによって旧満州、北朝鮮、千島列島、ソ連からの帰国がおおむねおわったからだ。同年10月19日、鳩山一郎首相とブルガーニン首相が日ソ共同宣言に署名、国交が正常化したのを受けたものだった。

----------------------------------------

◎大多数が「1946年に引き揚げてきた」?

大多数が1946年の1年間で日本国内に引き揚げてきた」と芹川論説主幹は言っているのに、1956年の「最後の集団帰国」では「1025名」が帰国したとも書いている。46年に帰国したのは「630万人」のうち500万人程度とされているようだ。これが事実ならば「大多数が1946年の1年間で日本国内に引き揚げてきた」と言い切るのは誤解を招く。

次は記事の結論部分を見ていく。

【日経の記事】

12月15日の山口での日ロ首脳会談に期待が高まっている。ここで進展がなければ4島の帰属はこのまま固定してしまうとみる向きが多い。関係者は異口同音に「最後のチャンス」という。ただすんなりいくとは、とても思えない。

外交筋の話を総合すると、インフラ整備が進んだ択捉島や、軍事的に大きな意味を持つ国後島をロシアが手放す可能性は極めて小さい。ロシアの国内事情について「クリミア問題でナショナリズムが高揚しており、歯舞・色丹で手を打つことさえむずかしくなっている」とも解説する

4とゼロの間で、どこに解をさぐるのか。本紙の世論調査でも4島一括ではなく一部返還でも可とみる人が54%と過半をしめるなど国民意識の変化も見える。4島にはロシア人が居住、旧島民も帰還希望者はほとんどおらず、むしろ求めるのは自由な往来だという。

安倍首相とプーチン大統領の首脳会談は14回を数え、本音で話のできる関係になっているらしい。北東アジア情勢を考えた場合も、日ロ関係の改善は強大化する中国への抑止効果が期待できるのはたしかだ。

ここは平和条約で2島プラスα。αをいかに大きくして限りなく2に近づけるかの勝負ということか

8月15日以降、ソ連軍により命をおとした人々。極寒の「異国の丘」で亡くなった人々。そうした歴史の重みは忘れずに、米欧諸国との関係も頭に入れつつ、リアリズムで何が全体的な利益かを考えて答えを求めていくしかないのだろう。

----------------------------------------

◎「α」の中身になぜ触れない?

北方領土は『2+α≒4島』」という思わせぶりな見出しを付けているのに、記事を読んでも何が「α」になるのか不明だ。これは辛い。どういう「α」が考えられて、それがどの程度のものになれば「≒4島」になるのかは必ず触れてほしい。できないのならば「論説主幹」の肩書は返上すべきだ。


◎いきなり「異国の丘」?

極寒の『異国の丘』で亡くなった人々」と言われても「異国の丘」という歌を知らない読者にとっては「なぜここで『異国の丘』が出てくるのか」を理解できないだろう。「異国の丘」を日経の読者ならば誰でも知っているはずだと考えるのは無理がある。芹川論説主幹にありがちな説明不足だ。


◎誰が「解説」?

ロシアの国内事情について『クリミア問題でナショナリズムが高揚しており、歯舞・色丹で手を打つことさえむずかしくなっている』とも解説する」と言うものの。誰が解説するのはは謎だ。これは感心しない。「外交筋」による解説なのかもしれないが、断定できる材料はない。この辺りは明確にしてほしい。

ついでに言うと「むずかしく」ぐらいは漢字表記してほしい。やたらと平仮名が多いのは芹川論説主幹の悪癖だ。平仮名が続くとかえって読みづらい。


◎なぜ「8月15日以降」限定?

8月15日以降、ソ連軍により命をおとした人々」がいたという「歴史の重みは忘れずに」と芹川論説主幹は訴えている。「歴史の重みは忘れずに」は見出しにもなっている。だが、なぜ「8月15日以降」限定なのか。ソ連は1945年8月8日に日本へ宣戦布告し、9日に参戦したとされている。だとすると8月9~14日にも「ソ連軍により命をおとした人々」がいたはずだ。

8月14日までに命を落とした人を「歴史の重みは忘れずに」の対象に入れないのは解せない。それとも「ソ連参戦で日本側に初の死者が出たのは8月15日」と芹川論説主幹は認識しているのだろうか。だとしたら、芹川論説主幹に「歴史の重みは忘れずに」と訴える資格はあるのか。

※記事の評価はD(問題あり)。芹川洋一論説主幹への評価はE(大いに問題あり)を維持する。芹川論説主幹に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 芹川洋一論説委員長 「言論の自由」を尊重?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_50.html

日経 芹川洋一論説委員長 「言論の自由」を尊重?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_98.html

日経 芹川洋一論説委員長 「言論の自由」を尊重?(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_51.html

日経の芹川洋一論説委員長は「裸の王様」? (1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_15.html

日経の芹川洋一論説委員長は「裸の王様」? (2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_16.html

「株価連動政権」? 日経 芹川洋一論説委員長の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_31.html

日経 芹川洋一論説委員長 「災後」記事の苦しい中身(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_12.html

日経 芹川洋一論説委員長 「災後」記事の苦しい中身(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_13.html

日経 芹川洋一論説主幹 「新聞礼讃」に見える驕り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_33.html

「若者ほど保守志向」と日経 芹川洋一論説主幹は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_39.html