2016年1月16日土曜日

日経 滝田洋一編集委員「リーマンの教訓 今こそ」の問題点

15日の日本経済新聞朝刊1面に滝田洋一編集委員が「『リーマン』の教訓 今こそ」という解説記事を書いていた。色々と気になる部分があるので、問題点を記事の構成に沿って指摘してみたい。

高良大社(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です
◎例えに加えたい一言

【日経の記事】

映画館で観客が出口に殺到するような光景だ。リスクにおびえたマネーが株式や商品から離れ、安全資産と信じる先進国の国債へと走る。中国の失速と原油安が混沌の渦を引き起こしている。

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映画館の例えは「なぜ殺到するのか」を入れた方がいい。「火事が起きた映画館で観客が出口に殺到するような光景だ」などとすれば、かなり良くなる。


◎誤解を招く「サーキットブレーカー・ショック」

【日経の記事】

昨年8月の人民元ショックが第1波とすれば、先週の上海株の「サーキットブレーカー(取引停止)・ショック」が引き起こしたのは、混乱の第2波である。経済規模が米国の3分の2に迫る中国経済の先行きが読めない。金融市場の中身も透明性に欠ける。そんな危惧が根っこにある。

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サーキットブレーカー(取引停止)・ショック」という言い方は誤解を招く。サーキットブレーカーは株価下落に拍車を掛けたかもしれないが、根本的な原因ではないはずだ。


◎金は「主な国際商品」ではない?

【日経の記事】

原油など主な国際商品の底割れは、中国をはじめ新興国の需要冷え込みを織り込んだものだ。中国の輸出入は共に落ち込んでいる。モノの動きは鈍り、代表的な海運市況のバルチック指数は初めて400を割った。

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原油など主な国際商品の底割れ」と書いているのに、記事に付いているグラフでは米利上げ後に金が値上がりしている。滝田編集委員は「主な国際商品」に金を含めていないのだろうか。

代表的な海運市況のバルチック指数」という表現も引っかかる。「バルチック海運指数」は「海運市況」ではない。例えばロイターの記事では「ばら積み船運賃の国際市況を示すバルチック海運指数」としていた。これならば問題はない。


◎「皮肉にも」?

【日経の記事】

折しも米連邦準備理事会(FRB)がゼロ金利を解除したのを機に、新興国からの投資資金の引き揚げが際立つ。ドル相場が押し上げられることで、皮肉にも米企業の輸出採算が圧迫され、米国株の重圧となっている。

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「利上げによってドル安に誘導しようとしていたのに、結果的にはドル高になってしまった」という展開ならば「皮肉にも米企業の輸出採算が圧迫され~」と書いてもいいだろう。しかし、ドル高要因になることは百も承知の上で利上げに踏み切っているはずだ。「皮肉」でも何でもないだろう。


◎「パーフェクトストーム」使う必要ある?

グローバルな「パーフェクトストーム(暴風雨)」。日本も圏外にはいられない。国際投資で損失の広がった外国人投資家は、含み益が残る日本株の換金売りに走っている。「日本株買い・円売り」の取引が解消される過程で、いきおい円には上昇圧力がかかる。

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グローバルな『パーフェクトストーム(暴風雨)』」と横文字を並べる必要があるだろうか。「世界的な市場の混乱から日本も逃れられない」ぐらいで十分だ。


◎「リーマン・ショックの再来」?

【日経の記事】

リーマン・ショックの再来か」。著名投資家のジョージ・ソロス氏は一連の連鎖の先に、2008年型の危機の再来を危ぶむ。当時に比べ日米欧の金融機関は外部負債を抑え、自己資本も格段に拡充されている。

その代わり、中国など新興国の企業や金融機関が外部負債を膨らませ、行き詰まっている。商品相場上昇の「スーパーサイクル」に幕が引かれ、ブラジルやロシアはマイナス成長が続き、サウジアラビアなど中東産油国は累卵の危うきにある。

年初来の市場はこうしたリスクを一気に織り込んでいる。資源輸出国を中心とした新興国の一角がデフォルト(債務不履行)に陥り、国際金融不安を引き起こすような事態をどう食い止めるか。万一の際にドル資金を供給する国際的な仕組みを用意する必要がある。

中国には人民元安を引き金としたアジア通貨危機を防ぐ責務を、認識してもらわねばなるまい。「中国からの資金逃避に歯止めがかからなければ、資本流出規制を容認せざるを得ないだろう」。そんな指摘さえ、金融当局者の間では出始めた。

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リーマン・ショックの再来か」というジョージ・ソロス氏のコメントを使っているものの、その後に先進国の金融機関への懸念は少ないと述べている。なのになぜ「リーマン・ショックの再来」になるのか。「新興国の一角がデフォルト(債務不履行)に陥り、国際金融不安を引き起こすような事態」を心配しているのならば「アジア通貨危機の再来か」の方がしっくり来る。そう思っていたら、滝田編集委員も「中国には人民元安を引き金としたアジア通貨危機を防ぐ責務を、認識してもらわねばなるまい」と書いていた。そして「リーマン・ショックの再来もあり得るな」と思えるような話は、最後まで出てこなかった。

中国からの資金逃避に歯止めがかからなければ、資本流出規制を容認せざるを得ないだろう」との説明も引っかかる。素直に読むと「現状では中国に資本流出規制はないが、資金逃避に歯止めがかからない場合は規制導入もやむを得ない」と解釈したくなる。しかし、中国に厳しい資本取引規制が今もあるのは周知の事実だ。「今ある規制に関して解除を求めない」との趣旨かもしれないが、結局はよく分からない。記事の書き方だと「資本流出規制を容認」する主体が明確ではないし、「金融当局者」も日中どちらの「当局者」なのか判然としない。もう少し分かりやすく書いてほしかった。


◎「金融、財政政策」の具体案は?

【日経の記事】

「蜂に刺されたようなもの」。日本の当局はリーマン破綻直後にそんな診断を下し、事態の展開に翻弄された。歴史は単純に繰り返さないにしても、傍観は禁物だ。金融、財政政策を含め、リスクに対処できる体制を整えることが、必要な局面である

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金融、財政政策を含め、リスクに対処できる体制を整えることが、必要な局面である」と書くのは簡単だ。問題は具体策だろう。日本の財政状態は非常に厳しく、日銀の金融政策にも手詰まり感があるのは滝田編集委員も分かっているはずだ。そんな中で「リスクに対処できる体制を整える」のはかなり難しいと思える。

「具体策は賢い誰かに考えてもらって…」という話ならば、あまりに無責任だ。「政府・日銀はしっかり準備をしておいてほしい」ぐらいの考えしかないのならば、編集委員という肩書を付けて署名入りで1面に解説記事を書く資格はない。

最後に1つ。「リーマン破綻直後」と滝田編集委員は書いているが、初出では「米証券大手リーマン・ブラザーズの破綻直後」などと表記してほしい。このレベルの助言を必要とするところにも、書き手としての滝田編集委員の限界が見える。

※記事の評価はD(問題あり)。滝田洋一編集委員の評価はE(大いに問題あり)を維持する。

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