ケルン(ドイツ)の大聖堂 ※写真と本文は無関係です |
【東洋経済の記事】
公務員天国の放漫財政や脱税、汚職を繰り返し、挙句の果てには粉飾財政の発覚で債務危機を招いたギリシャ。この自業自得に関して世界の人々はまったく同情していない。
一方、ベルギー、フランスへの侵攻から戦争を拡大させた当時のドイツも立場は同様。こうした国の債務に対しては、債権団は抵抗なく強硬な要求を突き付けやすくなる。
しかし、そうした憎悪や恐怖に支配されたときにこそ、災いの種がまかれることを歴史は証明している。フランス主導の連合国軍側から巨額の賠償金を科されたドイツは経済組織を破壊され、次なる戦争へと向かった。
では、EUから緊縮政策を強制され、経済組織の破壊が進むギリシャの危機は今後、どんな未来につながっていくのだろうか。
上記の記述からは「ギリシャをユーロ離脱へと追い詰めれば、結局は戦争と言う形でEUが苦しむことになる」と野村記者は言いたいのだろうと予想した。しかし、違っていた。違っていてはダメと言うわけではないが…。
【東洋経済の記事】
ギリシャのGDPがEU全体の1.3%しかないことから、ギリシャが困窮化しても世界経済に与える影響は軽微だ。ギリシャ経済が破綻したとしても世界はさほど変わらないだろう。この点に関しては、ドイツ経済の破綻が第2次世界大戦に直接的に結び付いていった歴史と同一視はできない。
しかし小国ゆえの軽視は大きな災いの種をまく。
第1次世界大戦後のドイツと違って、ギリシャの場合は世界経済への影響が軽微らしい。ならば、両国の比較から見えてくるのは「ギリシャ問題は恐れるに足らず」なのかというと、そうでもないらしく「小国ゆえの軽視は大きな災いの種をまく」と続く。
ユーロ圏の財政政策が統一されていないので「『次なるギリシャ』の生まれてくる可能性がある」らしく「万が一にもフランスが債務危機に見舞われれば、ユーロやEUは文字通り瓦解する」と訴えている。
ならば、ギリシャへの支援を続けてユーロ圏にとどめても、見放してユーロ圏から追い出しても、大きな問題は変わらず残るということだ。だとすると「小国ゆえの軽視」でよいのではないか。軽視してもしなくても、当面はあまり影響がないし、将来に向けての大きな問題は残ってしまうのだから。
「第1次世界大戦後のドイツと比較すると本質が分かるという話からかなり離れてきたな」と感じていると、最後に野村記者はこう結ぶ。「ギリシャ危機がかつてのドイツ経済破綻と同じ道を歩むなら、EU統合は逆回転を始めかねない」
「あれ?」と思わないだろうか。何を以って「同じ道」とするのか明確ではないが、ギリシャ危機がかつてのドイツ破綻と同じ道を歩むかどうかは、EU統合の逆回転に影響を与えるらしい。しかし、ギリシャがどうなろうが、EU瓦解の潜在的リスクは残るとも言っていたような…。
そもそも「第1次世界大戦後の敗戦国・ドイツと類比することで、その本質を読み解いていくことができる」という話はどうなったのか。「第一次世界大戦後のドイツと似ているから、このままでは問題だ。大きな戦争が起きかねない」と理解すればいいのか。それとも「あの時のドイツと同一視するのは誤り。ギリシャ経済が破滅的な状況になっても、世界的に大きな影響はない」と考えてよいのだろうか。あるいはその中間なのか。
さらに言えば、野村記者が「読み解いていくことができる」と宣言した「本質」とは一体何だったのだろう。自分の理解力の欠如が原因かもしれないが、結局は読み解くことができなかった。
※記事の評価はC(平均的)。野村明弘記者の評価も暫定でCとする。
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