記事の前文(リード文)は「これから、こういうことを書きますよ」という読者に向けての宣言だ。前文で持たせた期待を裏切らないように記事を書くのが記者の務め。しかし日経ビジネス3月27日号に生田弦己記者が書いた「旭化成、最悪赤字転落も“勝算”~車載電池の絶縁材で1850億円減損」という記事では、その務めを果たせていない。まずは前文を見ていく。
宮島連絡船 |
【日経ビジネスの記事】
旭化成が2023年3月期、同社にとって史上最悪となる1050億円の連結最終赤字を計上する見通しになった。15年に買収した車載電池用セパレーター(絶縁材)事業の不振で、1850億円もの減損損失を計上するからだ。ところが旭化成の工藤幸四郎社長は成長への自信を語り、株価も崩れるどころか発表直後は急騰した。なぜか。
◇ ◇ ◇
「株価も崩れるどころか発表直後は急騰した。なぜか」と書いているのだから、第二段落以降で、そこを分析してくれると期待してしまう。しかし、そうはなっていない。「株価」については記事の終盤で以下のように説明している。
【日経ビジネスの記事】
「戦略は間違っていなかった」「成長が確信めいたものになった」「湿式なら勝てる」──。8日の記者会見で、工藤社長は業績予想の大幅な下方修正を発表した経営者とは思えないほどの前向きな言葉を次々と口にした。
株価もおおむね持ちこたえた。ハイポア事業の平均的な投下資本利益率(ROIC)は2桁台といい、22~24年度の中期経営計画で掲げるROICの全社目標(24年度に8%以上)を上回っている。旭化成の成長を支えるけん引役の一つとしてハイポアに期待できそうな点が、株価が崩れなかった要因となったようだ。
過去最悪の巨額赤字予想を示しながらも、成長への力強い自信を見せた旭化成。今後は投資家の期待に実績で応えることが求められる。今回の発表はしのいだとはいえ、株価は18年10月のピークに比べると約5割も安い。有言実行を果たせるかどうかが問われる。
◎「発表直後の株価」になぜ触れない?
「株価も崩れるどころか発表直後は急騰した。なぜか」と前文で打ち出したのに、本文に入ると「株価もおおむね持ちこたえた」「株価が崩れなかった」とトーンが変わってくる。少なくとも「発表直後」にどのぐらいの「急騰」を見せたのかは読者に見せるべきだ。
「株価も崩れるどころか発表直後は急騰した」件について、会社四季報オンラインの「旭化成が反発、今3月期の大幅赤字予想も織り込み済み」という3月9日付の記事では「当社の株価は22年に年間を通じて下落トレンドが続き1月中旬には923円の昨年来安値まで売られていた。この過程でポリポア社の不振は織り込んできていた」と伝えている。そして「アク抜け感が広がり、買い戻しや見直し買いが先行」したらしい。悪材料の発表直後に株価が上昇することは珍しくない。だいたいが「アク抜け感」が出るパターンだ。「旭化成」の場合も、その可能性が高い。
日経ビジネスの生田記者が違う見方をするなら、それはそれでいい。だったら「急騰」の要因をしっかり説明しないと。それが難しく「株価もおおむね持ちこたえた」で本文を作るなら、前文もそこに合わせるべきだ。
無理に前文で盛り上げようとしたのか。前文で書いたことを、記事を書き進めるうちに忘れてしまったのか。いずれにしても問題ありだ。
※今回取り上げた記事「旭化成、最悪赤字転落も“勝算”~車載電池の絶縁材で1850億円減損」
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/depth/01732/
※記事の評価はD(問題あり)。生田弦己記者への評価もDとする。