2020年3月31日火曜日

コレステロール「下げるべき」に根拠欠く週刊ダイヤモンドの記事

週刊ダイヤモンド4月4日号の特集「健康診断のホント」は全体的には役に立つ内容だった。ただ「コレステロール~結局下げるべきか上げるべきか “ガチ対立見解”はこう読み解け」という記事は不満が残った。まず「下げるべきか上げるべきか」という問題設定が引っかかった。これだと「どちらかに動かすべき」との前提を感じる。個人的には「薬で下げるべきかどうか」が知りたい。
筑後川橋と菜の花(福岡県久留米市)
       ※写真と本文は無関係です

記事では「コレステロールに動脈硬化のリスクがあるかどうか。これについては、ある」と結論付けている。その上で記事では以下のように書いている。

【ダイヤモンドの記事】

一方、日本脂質栄養学会などをはじめ、「コレステロール値が高いほど長生きし、下げると危険」という主張もある。15年2月に米国の農務省と保健福祉省は「食事でのコレステロール摂取制限は必要ない」と発表した。また日本の厚生労働省も「日本人の食事摂取基準2015年版」でコレステロール摂取の上限値をなくしている。ただこれは、摂取したコレステロールが血液中のコレステロール値に与える影響は個人差が大きく、統一の基準が出せないという理由からだ。

桑島氏は、「コレステロール値が高い方が長生き説」を疑問視する。

同氏によると、日本脂質栄養学会が根拠としているのは「40~50歳以上やもっと高齢の一般集団では、総コレステロール値の高いグループで、がんでの死亡率や総死亡率が低い」というデータだ。「対象には80代、90代の人も含まれ、肝疾患やがんなど、さまざまな疾患の患者も含まれる。特に肝疾患やがん患者では栄養状態が悪くなり、コレステロール値は低くなります。相関関係を因果関係のように取って、死亡率が高いのはコレステロール値が低い人=コレステロール値が低ければ死亡率が高いと、間違った解釈をしている」(桑島氏)。コレステロール値が高い方が長生きできる、低いと危険とは、データからは一概には言えないということである

ではLDLはどのくらいが適当なのか。日本動脈硬化学会は、17年に動脈硬化性疾患予防ガイドラインを発表し、LDLの値が140mg/dL以上であれば受診基準と定めている。

しかし、これに関して桑島氏は、全ての人が140mg/dLを目標値にするべきではないとも主張する。「疾患や喫煙の有無、女性は更年期前なのか後なのか、年齢などの状況に応じて対処は変えるべきです」。桑島氏は、動脈硬化を引き起こすリスクファクターとして、LDL以外には、高血圧、糖尿病、喫煙、男性では45歳以上、女性では55歳以上、家族に狭心症か心筋梗塞の人がいる、そしてHDLコレステロール(いわゆる善玉コレステロール)が40mg/dL未満などを挙げる。これらリスクファクターの数が多いほど、リスクは高まるというわけだ。

男女で10歳の年齢差があるのは、女性はエストロゲンという女性ホルモンが血管壁を守る作用があり、閉経後は、エストロゲンの分泌量が減少して危険が増すからだ。

前述のリスクファクターが一つもない人は、特に数値が激変したり、体調変化を感じたりしていなければ、コレステロール値は少しくらい高くてもおおむね問題はない。リスクファクターが一つでもあれば受診し、リスクの高さに応じて下げた方がよい。

結論としては、高ければ下げた方がよいが、その人の状況に応じて、基準値は変わるということである。



結論としては、高ければ下げた方がよい」と言い切っているが、特に根拠は示していない。「血液中のLDLコレステロール(いわゆる悪玉コレステロール、以下LDL)の数値が高いと動脈硬化を引き起こす可能性が高くなる」としても、「コレステロール値」を薬で下げれば当然に副作用がある。それでも薬を飲むべきなのかが問題だ。

コレステロール値が高い方が長生きできる、低いと危険とは、データからは一概には言えない」とも書いているが、これもやはり「薬を使ってでも下げるべき」との根拠にはならない。

なのになぜ「結論としては、高ければ下げた方がよい」となるのか。

リスクファクターが一つでもあれば受診し、リスクの高さに応じて下げた方がよい」という助言にも根拠が見当たらない。「高血圧、糖尿病、喫煙、男性では45歳以上、女性では55歳以上、家族に狭心症か心筋梗塞の人がいる、そしてHDLコレステロール(いわゆる善玉コレステロール)が40mg/dL未満」が「リスクファクター」だとすると「55歳以上」の人は漏れなく「受診し、リスクの高さに応じて下げた方がよい」となってしまう。

リスクの高さに応じて下げた方がよい」と言い切るならば「下げた方」が長生きできる可能性が高まるとのエビデンスを示すべきだ。それがないままに安易な結論を読者に届けるのは、健康に関わる問題だけに罪深い。


※今回取り上げた記事「コレステロール~結局下げるべきか上げるべきか “ガチ対立見解”はこう読み解け
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/29052


※記事の評価はD(問題あり)

2020年3月28日土曜日

日経 河浪武史・後藤達也記者の「FRB資産 最高570兆円」に注文

28日の日本経済新聞朝刊総合5面に載った「FRB資産 最高570兆円~低格付け市場、なお不安定」という記事には引っかかる部分がいくつかあった。まず最初の段落だ。
筑後川橋と菜の花(福岡県久留米市)
       ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

米連邦準備理事会(FRB)が2008年の金融危機時を上回る資金供給を続けている。25日時点の総資産は5兆2542億ドル(約570兆円)と過去最高を更新した。2週間で9423億ドル(約103兆円)増え、ピーク時の日銀の年間増加額(約80兆円)を上回った。国債の大量購入や短期市場の資金供給に取り組むが、企業金融の一角はなお不安定だ。FRBはリスクのある社債などを購入する資金供給策も検討している。



◎「最高」より「最大」の方が…

25日時点の総資産は5兆2542億ドル(約570兆円)と過去最高を更新した」と書き、見出しも「FRB資産 最高570兆円」と「最高」を使っている。個人的には「最大」を推したい。「最高」だと「FRBの総資産が増えるのは良いこと」という印象を受けるからだ。「最大」の方が中立的な感じがする。

2008年の金融危機時を上回る資金供給を続けている」と記したのに「2008年の金融危機時」との比較がないのも感心しない。「ピーク時の日銀の年間増加額(約80兆円)を上回った」と書く前に「FRB」の「金融危機時」の動きがどうだったのかを伝えてほしい。

今回の記事で最も気になったのが最後の段落だ。そこでは以下のように解説している。

【日経の記事】

中央銀行が損失リスクを負えば、通貨そのものの信頼を損ねる可能性がある。そのため主要中銀の資金供給策は、対象を安全性の高い資産に限ってきた。ただその発想は08年の金融危機時、日銀がCP購入を渋って「中銀の独りよがり」と手厳しく批判された。経済の危機と中銀の健全性をどう両立するか。答えの出ない局面が再び訪れた。



◎日銀のETF購入は?

上記の説明だと「主要中銀の資金供給策」は今でも「対象を安全性の高い資産に限って」いると取れる。だが日銀はどうか。日経も18日の記事で「日銀が金融市場への資金供給を増やしている。(中略)上場投資信託(ETF)も1日分として過去最大の約1200億円を購入した」と書いている。

日銀が購入している「ETF」は「安全性の高い資産」とは言い難い。「主要中銀」の一角である日銀はリスクの高い資産の買い入れで既に大きな「損失リスク」を負っているのではないか。それとも日銀を「主要中銀」ではないと見ているのだろうか。

ついでに言うと「経済の危機と中銀の健全性をどう両立するか」という文は舌足らずだ。「危機」は維持すべきものではない。「経済危機の克服と中銀の健全性をどう両立するか」などとすべきだ。


※今回取り上げた記事「FRB資産 最高570兆円~低格付け市場、なお不安定
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200328&ng=DGKKZO57316780X20C20A3EA5000


※記事の評価はD(問題あり)。河浪武史記者と後藤達也記者への評価はDを据え置く。


※河浪記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「インフレはドル高招く」と日経 河浪武史記者は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/12/blog-post_14.html

「米利上げ 独走強まる」に無理がある日経 河浪武史記者
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_32.html

米ゼロ金利は「2008年の金融危機以来」? 日経 河浪武史記者に問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/03/2008.html


※後藤記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「先進国の金利急低下」をきちんと描けていない日経 後藤達也記者
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_87.html

2020年3月27日金曜日

梶原誠氏による最終回も問題あり 日経1面連載「コロナ危機との戦い」

日本経済新聞の朝刊1面で連載した「コロナ危機との戦い」が27日で終わった。社内で高く評価されている書き手に任せたのだろうが、完成度は総じて低い。梶原誠氏(肩書は本社コメンテーター)が書いた「(5)『島国化』は繁栄生まぬ」という記事も例外ではない。
菜の花(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

「何があってもとにかくグローバル化は大事」という毒にも薬にもならない訴えは良しとするとしても、もう少ししっかりした内容に仕上げてほしい。問題点を具体的に指摘してみる。


【日経の記事】

起点は2016年にある。英国が欧州連合からの離脱を決めた「ブレグジット」と、米国第一主義を掲げるトランプ氏が大統領選を制した年だ

◎何と何?

英国が欧州連合からの離脱を決めた『ブレグジット』と、米国第一主義を掲げるトランプ氏が大統領選を制した年だ」という文は、何と何を「」で結んでいるのかよく分からない。

ブレグジット」と「大統領選」だと考えると「ブレグジットを制した年」になってしまう。「ブレグジット」と「大統領選を制した年」でもしっくり来ない。この文では「16年は」という主語を省略しているので「16年は『ブレグジット』と『大統領選を制した年』だ」となる。やはり苦しい。

改善例を示してみる。

【改善例】

起点は2016年にある。英国が欧州連合からの離脱「ブレグジット」を決め、米国第一主義を掲げるトランプ氏が大統領選を制した年だ。


記事の問題点は他にもある。

【日経の記事】

覇権主義と結びついたグローバル化は反発を受けるだけだ。中国が「ワン・チャイナ」を押しつけたからこそ、香港人は大規模デモで逆襲した。


◎「グローバル化」と関係ある?

香港に対して「中国が『ワン・チャイナ』を押しつけた」として、それは「覇権主義と結びついたグローバル化」の一例なのか。基本的に中国の国内問題だ。普通は1国1制度であり、政治的な自由度に差がある地域を抱えている中国はかなり異例だ。それを「ワン・チャイナ」にするのが好ましいかどうかは別として「覇権主義と結びついたグローバル化」と結び付けるのは無理がある。

最後にもう1つ。

【日経の記事】

1929年10月24日の米株価大暴落「暗黒の木曜日」は、世界恐慌を招いた。保護主義が経済のブロック化を経て第2次世界大戦につながった。収まらない米中の緊張や、原油産出量の調整に背を向けたサウジアラビアやロシアの姿勢には、当時のきな臭さがある



◎逆では?

保護主義が経済のブロック化を経て第2次世界大戦につながった」歴史と「原油産出量の調整に背を向けたサウジアラビアやロシアの姿勢」を重ねて「当時のきな臭さがある」と梶原氏は言う。個人的には逆だと感じる。

OPECとロシアが協力して価格維持策を取る方が「ブロック化」に近い。カルテルを形成する動きとは逆に「原油産出量の調整に背を向けたサウジアラビアやロシア」は自由競争に近付いているように見える。自由競争を支持する立場から言えば好ましい展開だ。梶原氏は違うのだろうか。


※今回取り上げた記事「コロナ危機との戦い(5)『島国化』は繁栄生まぬ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200327&ng=DGKKZO57276300W0A320C2MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。梶原誠氏への評価はE(大いに問題あり)を据え置く。梶原氏については以下の投稿も参照してほしい。

日経 梶原誠編集委員に感じる限界
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_14.html

読む方も辛い 日経 梶原誠編集委員の「一目均衡」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post.html

日経 梶原誠編集委員の「一目均衡」に見えるご都合主義
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_17.html

ネタに困って自己複製に走る日経 梶原誠編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_18.html

似た中身で3回?日経 梶原誠編集委員に残る流用疑惑
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_19.html

勝者なのに「善戦」? 日経 梶原誠編集委員「内向く世界」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_26.html

国防費は「歳入」の一部? 日経 梶原誠編集委員の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_23.html

「時価総額のGDP比」巡る日経 梶原誠氏の勘違い
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/04/gdp.html

日経 梶原誠氏「グローバル・ファーストへ」の問題点
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/04/blog-post_64.html

「米国は中国を弱小国と見ていた」と日経 梶原誠氏は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_67.html

日経 梶原誠氏「ロス米商務長官の今と昔」に感じる無意味
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/blog-post.html

ツッコミどころ多い日経 梶原誠氏の「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/deep-insight.html

低い韓国債利回りを日経 梶原誠氏は「謎」と言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/blog-post_8.html

「地域独占」の銀行がある? 日経 梶原誠氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_18.html

日経 梶原誠氏「日本はジャンク債ゼロ」と訴える意味ある?
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_25.html

「バブル崩壊後の最高値27年ぶり更新」と誤った日経 梶原誠氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/27.html

地銀は「無理な投資」でまだ失敗してない? 日経 梶原誠氏の誤解
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/blog-post_56.html

「日産・ルノーの少数株主が納得」? 日経 梶原誠氏の奇妙な解説
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/blog-post_13.html

「霞が関とのしがらみ」は東京限定? 日経 梶原誠氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/deep-insight.html

「儒教資本主義のワナ」が強引すぎる日経 梶原誠氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/deep-insight_19.html

2020年3月26日木曜日

中国依存脱却が解決策? 日経 中山淳史氏「コロナ危機との戦い」

日本経済新聞朝刊1面の連載「コロナ危機との戦い」がやはり苦しい。26日の「(4)不測の時代、供給網柔軟に」という記事の筆者である中山淳史氏(肩書は本社コメンテーター)は中国依存の危険性を訴える。「コロナ危機との戦い」では、中国依存からの脱却は解決策にならないはずだが…。
菜の花(福岡県久留米市)
       ※写真と本文は無関係です

記事の一部を見ていこう。

【日経の記事】

背景にあるのはグローバル化の定着と中国の急激な巨大化だ。世界銀行によると、世界の貿易が国内総生産(GDP)に占める比率は、1980年代に4割を下回っていたが、08年以降は6割前後を保っている。

一方、01年の世界貿易機関(WTO)加盟を機に「世界の工場」に変貌を遂げた中国は世界から企業の投資を受け入れ、同国が最大の貿易相手国になった国・地域の数が60に達した。米国が最大の相手国である国・地域は35だ。

中国発着の航空旅客もこの間、約10倍に増えた。世界の伸びは2倍だ。ところが通関や検疫体制、各国・企業の事業継続計画(BCP)は変化に適応し切れなかった。コロナウイルス感染は20年前なら「風土病」にとどまった可能性があるが、世界は同国の急激な工業化、都市化の中で生じた衛生管理の不備を見落とし、拡散を許した。

IATAの予測では、24年には中国発着の航空旅客が米国を抜き世界一になる。まずは検疫体制の見直しや強化を各国で急ぐべきだ。

次に徹底したリスクの分散が必要だろう。今回のコロナ禍でも自動車産業や米アップルを中心にサプライチェーン(供給網)は止まった。

原因は中国への過度な依存だ。企業は12年の尖閣諸島問題を機に「チャイナ・ファースト」から中国以外の国・地域をかませる「チャイナ・プラス・ワン」にカジを切る動きを見せたが、不十分だったということだ。

う一歩踏み込むとしたら「チャイナ・アズ・ワン・オブ・メニー(多数の中の一つ)」だろう。東欧、インド、イスラエルなど中国を代替できる選択肢を2つ3つと育てたい。供給網は企業によっては地球と月を往復するほどの総延長距離がある。米中摩擦も念頭に置き、製品や部品がどこを通ればボトルネックを起こさないか、一つ一つ丁寧に点検する時だ。

政府や一部企業には「供給網を国内に戻せば」との声もある。だが、中国市場の重要性や投資の負担を考えれば「巣ごもり生産」は現実的ではない。企業は事件や災害の度に供給網の引き出しを増やし、質を高めてきた。今回もあり得べきグローバル体制を模索する重要な機会にすべきだ。



◎中国を代替できる?

コロナ危機」が地域限定の「危機」ならば、リスク回避の手段として「分散」は重要だ。しかし世界全体の「危機」だとすると「分散」に大した意味はない。

記事の冒頭で「『まるで世界中が戒厳令下のよう』と大手航空会社の幹部は話す」と中山氏も書いている。なのに「もう一歩踏み込むとしたら『チャイナ・アズ・ワン・オブ・メニー(多数の中の一つ)』だろう。東欧、インド、イスラエルなど中国を代替できる選択肢を2つ3つと育てたい」と訴える気が知れない。記事には「インドが25日に全土を封鎖し、タイも26日に非常事態宣言を出すなど、影響はさらに拡大する」との記述もある。少なくとも現状では「インド」は「中国を代替できる選択肢」にはならない。

ついでに言うと「世界銀行によると、世界の貿易が国内総生産(GDP)に占める比率は、1980年代に4割を下回っていたが、08年以降は6割前後を保っている」との記述は引っかかった。「占める比率」ではなく「対する比率」とした方がいい。

細かい説明は省くが、3月15日の記事では日経も「世界銀行などによると国内総生産(GDP)に対する貿易の比率は、世界全体として1990年ごろに30%台だったのが2010年代には60%前後に高まった」と書いている。


※今回取り上げた記事「コロナ危機との戦い(4)不測の時代、供給網柔軟に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200326&ng=DGKKZO57222400V20C20A3MM8000



※記事の評価はD(問題あり)。中山淳史氏への評価もDを据え置く。中山氏については以下の投稿も参照してほしい。

日経「企業統治の意志問う」で中山淳史編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_39.html

日経 中山淳史編集委員は「賃加工」を理解してない?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_8.html

日経 中山淳史編集委員は「賃加工」を理解してない?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_87.html

三菱自動車を論じる日経 中山淳史編集委員の限界
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_24.html

「増税再延期を問う」でも問題多い日経 中山淳史編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_4.html

「内向く世界」をほぼ論じない日経 中山淳史編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_27.html

日経 中山淳史編集委員「トランプの米国(4)」に問題あり
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_24.html

ファイザーの研究開発費は「1兆円」? 日経 中山淳史氏に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_16.html

「統治不全」が苦しい日経 中山淳史氏「東芝解体~迷走の果て」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post.html

シリコンバレーは「市」? 日経 中山淳史氏に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_5.html

欧州の歴史を誤解した日経 中山淳史氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/03/deep-insight.html

日経 中山淳史氏は「プラットフォーマー」を誤解?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/blog-post.html

ゴーン氏の「悪い噂」を日経 中山淳史氏はまさか放置?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/blog-post_21.html

GAFAへの誤解が見える日経 中山淳史氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/gafa-deep-insight.html

日産のガバナンス「機能不全」に根拠乏しい日経 中山淳史氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/blog-post_31.html

「自動車産業のアライアンス」に関する日経 中山淳史氏の誤解
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/blog-post_6.html

「日経自身」への言及があれば…日経 中山淳史氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/deep-insight.html

45歳も「バブル入社組」と誤解した日経 中山淳史氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/45-deep-insight.html

「ルノーとFCA」は「垂直統合型」と間違えた日経 中山淳史氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/fca.html

当たり障りのない結論が残念な日経 中山淳史氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/deep-insight.html

2020年3月23日月曜日

中国との協力はなぜ除外? 日経 秋田浩之氏「コロナ危機との戦い(1)」

23日の日本経済新聞朝刊1面で「コロナ危機との戦い」という連載が始まった。「(1) 分断より協調 今こそ」という記事の筆者は「本社コメンテーター」の秋田浩之氏。やはりと言うべきか完成度は高くない。
耳納連山と菜の花(福岡県久留米市)
      ※写真と本文は無関係です

記事を見ながら具体的に指摘したい。

【日経の記事】

新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るっている。ウイルスとの戦いを制し、経済・金融市場の動揺を防ぐ手立てが求められている。出口のみえない危機に世界はどう立ち向かうべきか。

主要7カ国(G7)首脳が今月16日、テレビ会議を開き、日中韓の外相も20日、テレビで対応を話し合った。日ごろ、関係がぎくしゃくしがちな米欧や日韓だが、いずれの会議も雰囲気は前向きだったという。

主要国の政治指導者に求められるのは、感染防止や医療の活動に一丸となって取り組む決意を、世界に強く発信し続けることだ。当たり前の話だが、いま、いちばん欠けていることである。

世界は疫病の脅威に震えている。政治指導者の連帯が病に苦しむ人々や医療の現場で葛藤する人々を勇気づける。そうしたエネルギーが戦いの克服に絶対欠かせない。

ところが、悲しいことに、目に付くのは国際政治の醜さだ。米国は中国の現場がウイルス発生を隠蔽し、世界の対応が約2カ月遅れたと怒る。中国はいち早く感染を抑え込んだ自分たちこそ世界の模範と宣伝する

中国の初動が遅れ、感染が広がったのは事実だ。だが、共産党政権は「中国は強力に感染を抑えた。民主主義モデルより共産党統治が優れている証拠だ」と体制論争をしかける兆しもある。

米中は危機対応で協力すべきなのに、これでは本格的な新冷戦のトンネルに入ってしまう。そんな争いに油を注ごうとする動きすらある。


◎なぜ一方だけに目を向ける?

悲しいことに、目に付くのは国際政治の醜さだ」と秋田氏は米中対立に目を向ける。しかし、その前に「日ごろ、関係がぎくしゃくしがちな米欧や日韓だが、いずれの会議も雰囲気は前向きだったという」とも書いている。「醜さ」があるとしても、一方で危機に際しての連帯の動きも見えているのではないか。なのになぜ「悲しいことに、目に付くのは国際政治の醜さだ」となってしまうのか。

しかも米中の話も苦しい。「中国の初動が遅れ、感染が広がったのは事実」との前提に立てば「中国の現場がウイルス発生を隠蔽し、世界の対応が約2カ月遅れた」との「米国」の「怒り」はもっともだ。「醜さ」は感じられない。

中国はいち早く感染を抑え込んだ自分たちこそ世界の模範と宣伝する」のも自慢の類ではあるが「醜さ」の例とするのは酷だ。

記事の終盤も引っかかった。

【日経の記事】

欧州連合(EU)の結束もむしばまれている。世界で最多の死者を数えるイタリアはEU本部を通じ、数週間も前から医療支援を仰いでいた。だが、各国の反応は鈍い。

代わりに中国が先週、第3弾となる医療チーム、数百人をイタリア入りさせた。現地では「EUはイタリアを見捨てた」との批判が聞かれる。EU加盟をめざすセルビアのブチッチ大統領もEUに強い失望を表明し、中国に助けを求めた。

主要国も危機の最中にあり、他国に手を差し伸べる余裕を欠く。だとしても、少なくとも、できることは2つある。

第1に、G7やEUなどを中心に首脳、閣僚のテレビ会議を定期的に開き、感染や対策をめぐる情報を密に共有し、次の措置に役立てる。入国制限などが行きすぎないよう、互いに調整する。

第2に、イタリアなど状況が深刻な国々や、感染が広がりかねないアフリカ、中東にどのような支援ができるか協議し、手分けして進める

危機はいずれ終わる。試練を経た世界は連帯を強めているのか、それとも分断が深まっているか。政治指導者の行動がその行方を決める。



◎なぜ中国は蚊帳の外?

中国が先週、第3弾となる医療チーム、数百人をイタリア入りさせた」などと書いた後で「主要国も危機の最中にあり、他国に手を差し伸べる余裕を欠く」と秋田氏は言い切る。記事から判断すると「中国」には「他国に手を差し伸べる余裕」がありそうだ。

中国嫌いの傾向がある秋田氏にとって「中国」は「主要国」ではないのかもしれないが、常識的に考えれば明らかな「主要国」だ。

できることは2つある」として「G7やEUなどを中心に首脳、閣僚のテレビ会議を定期的に開き、感染や対策をめぐる情報を密に共有し、次の措置に役立てる」と秋田氏は提案している。ここでもやはり「中国」は蚊帳の外だ。危機に際して、それでいいのか。

第2に、イタリアなど状況が深刻な国々や、感染が広がりかねないアフリカ、中東にどのような支援ができるか協議し、手分けして進める」との提案にも説得力に欠ける。秋田氏の見方では「主要国も危機の最中にあり、他国に手を差し伸べる余裕を欠く」はずだ。なのにどうやって「他国」を「支援」していくのか。

付け加えると「イタリアなど状況が深刻な国々や、感染が広がりかねないアフリカ、中東」という説明も引っかかる。「中東」では「感染」がまだ広がっていないとの前提を感じるからだ。秋田氏はイランの感染状況を知らないのか。それともイランは「中東」に入らないと思い込んでいるのか。


※今回取り上げた記事「コロナ危機との戦い(1) 分断より協調 今こそ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200323&ng=DGKKZO57086440T20C20A3MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。秋田浩之氏への評価はE(大いに問題あり)を維持する。秋田氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 秋田浩之編集委員 「違憲ではない」の苦しい説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_20.html

「トランプ氏に物申せるのは安倍氏だけ」? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_77.html

「国粋の枢軸」に問題多し 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/deep-insight.html

「政治家の資質」の分析が雑すぎる日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_11.html

話の繋がりに難あり 日経 秋田浩之氏「北朝鮮 封じ込めの盲点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_5.html

ネタに困って書いた? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/deep-insight.html

中印関係の説明に難あり 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/deep-insight.html

「万里の長城」は中国拡大主義の象徴? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_54.html

「誰も切望せぬ北朝鮮消滅」に根拠が乏しい日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_23.html

日経 秋田浩之氏「中ロの枢軸に急所あり」に問題あり
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_30.html

偵察衛星あっても米軍は「目隠し同然」と誤解した日経 秋田浩之氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_0.html

問題山積の日経 秋田浩之氏「Deep Insight~米豪分断に動く中国」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/deep-insight.html

「対症療法」の意味を理解してない? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/deep-insight.html

「イスラム教の元王朝」と言える?日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/deep-insight_28.html

「日系米国人」の説明が苦しい日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/12/deep-insight.html

米軍駐留経費の負担増は「物理的に無理」と日経 秋田浩之氏は言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/01/blog-post_30.html

2020年3月22日日曜日

見出しの「雇用危機防げるか」を論じていない日経「チャートは語る」

22日の日本経済新聞朝刊1面に載った「チャートは語る~雇用危機防げるか 宿泊・運輸・小売り、日米欧で1億人」という記事は期待外れの内容だった。「雇用危機防げるか」との見出しを見て「まだ『危機』ではないとの認識なのか。それに、どういう基準で『雇用危機』かどうかを判断するのだろう?」と疑問が湧いたので、記事を読んでみた。
筑後川沿いの菜の花(福岡県久留米市)
      ※写真と本文は無関係です

まず、本文には「雇用危機」という言葉は出てこない。「雇用危機防げるか」を論じてもいない。「万が一企業の破綻が広がっても、雇用喪失とその痛みを最小限に抑える政策をためらうことなく打ち出す必要がある」というのが記事の結論だ。1面トップなので見出しで盛り上げたのだろうが、中身が伴っていない。

他にもいくつか気になる点があった。記事を見ながら指摘したい。

【日経の記事】

世界で雇用不安が広がっている。新型コロナウイルスの流行で経済活動が停滞。旅行や外食需要が消失し、ホテル・レジャー、運輸、小売りは実質休業に近い状況が広がる。こうした3業種の雇用者数は日米欧の全雇用者の4分の1に相当する1億人に上る。感染拡大が止まらず、今の状況が長期化すれば、雇用や消費など実体経済への打撃は計り知れない。企業の破綻を防ぎ、雇用不安を緩和する政策が急務となっている。



◎なぜ「日米欧」限定?

世界で雇用不安が広がっている」と打ち出したものの、記事では「日米欧」への影響を描いているだけだ。「新型コロナウイルスの流行で経済活動が停滞」しているのは「日米欧」に限った話ではない。フィリピンやマレーシアも国内の移動制限に踏み切ったと報じられている。

そもそも、今回の問題の震源地で経済規模でも世界第2位の中国を除いて「世界」の「雇用不安」を論じるのが解せない。日経にとっては「世界=日米欧」なのかもしれないが…。

次は言葉の使い方について。

【日経の記事】

ホテルや航空会社にはひたひたと信用不安が迫る。ホテル最大手のマリオット・インターナショナルは北米や欧州の客室稼働率が足元で25%を割り込んだ。コマーシャルペーパー(CP)や社債の利回りは上昇が止まらない



◎「上昇が止まらない」のに「高止まり」?

コマーシャルペーパー(CP)や社債の利回りは上昇が止まらない」と書いているが、「(ボーイングなど3社の)CP」と「米国の低格付け社債利回り」に関するグラフでは「信用リスクは高止まりが続く」と説明している。

上昇が止まらない」のならば「高止まり」ではない。「高止まりが続く」のならば「上昇」は止まっているはずだ。

付け加えると、ここでも「北米や欧州」限定が気になった。例えば「香港を拠点にする大手のキャセイパシフィック航空は21日までに、新型コロナウイルスの世界的な蔓延(まんえん)で空の旅行需要が激減しほぼ全ての旅客便を2カ月間欠航するとの方針を示した」とCNNが報じている。「航空会社」に「信用不安が迫る」のは欧米だけではないはずだ。


※今回取り上げた記事「チャートは語る~雇用危機防げるか 宿泊・運輸・小売り、日米欧で1億人
https://r.nikkei.com/article/DGXMZO5707287021032020SHA000?disablepcview=&s=3


※記事の評価はD(問題あり)。担当記者への評価は以下の通りとする(敬称略)。

後藤達也(暫定D→D)
奥平和行(D据え置き)
佐竹実(暫定D→D)
真鍋和也(暫定D)


※後藤記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「先進国の金利急低下」をきちんと描けていない日経 後藤達也記者
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_87.html


※奥平記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「空飛ぶクルマ」の記事で日経 奥平和行編集委員に問う 
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_15.html

解読困難な日経 奥平和行編集委員「岐路に立つネット覇者」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_12.html


※佐竹記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「フィンランドを見習え」が苦しい日経 佐竹実記者「Disruption 断絶の先に」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/disruption.html

2020年3月21日土曜日

東洋経済「原油相場は長期低迷必至」の見出しに騙しあり

週刊東洋経済3月28日号に載った「ニュース最前線03 サウジがまさかの増産~原油相場は長期低迷必至」という記事は見出しに騙された。「長期低迷必至」とまでよく言い切れたな思って読んでみると「有力産油国のにらみ合いに新型コロナ問題が加わり、原油相場の低迷は当面続きそうだ」としか大塚隆史記者は書いていない。ここから「長期」「必至」と見出しに取るのは無理がある。この手の「騙し」は読者の信頼を損ねるのでお薦めしない。
筑後川橋と菜の花(福岡県久留米市)
       ※写真と本文は無関係です

付け加えると「原油相場の低迷は当面続きそうだ」との結論にも説得力がなかった。記事の一部を見てみよう。

【東洋経済の記事】

現在は1バレル=30ドル台で、原油安が長引けば、生産量を増やしてきた米国産原油にも影響が及ぶ。シェールオイル企業の採算ラインは1バレル=50ドル程度とされており、「仮に30ドル台が3カ月から半年ほど続けば、米シェールオイル企業の倒産も懸念される」(日本総合研究所の藤山光雄・主任研究員)。当然、米国経済も少なからぬ打撃を受けることになる。

次回のOPECプラスの総会は6月。財政に余裕のないサウジがいつまで増産を押し通せるかが1つの焦点になる。ロシアも、余裕があるとはいえ、採算悪化にさらされる1バレル=30ドル台という低水準が長引くことは望んでいないだろう


◎色々と上昇要因がありそうだが…

シェールオイル企業の採算ラインは1バレル=50ドル程度」だとすれば「30ドル台」が続く局面では「米国産原油」の減産を促す。「財政に余裕のないサウジ」が相場低迷に苦しみ、「増産を押し通せ」なくなる展開も十分にあり得る。しかも「ロシア」も「1バレル=30ドル台という低水準が長引くことは望んでいないだろう」と大塚記者は見ている。

さらに言えば「新型コロナ問題」に終息の兆しが見えてきてもおかしくない。もちろん「原油相場の低迷」が続く可能性はあるが「低迷は当面続きそうだ」と言われて「なるほど」とは思えなかった。「長期低迷必至」と言える根拠も当然に見当たらない。

多くの場合、相場見通しを突き詰めて考えると「何とも言えない」になってしまう。どうしても記事に組み込みたければ、条件を付けるのも手だ。例えば「有力産油国のにらみ合いが協調に転じたとしても、新型コロナ問題に終息の兆しが見えない限り、原油相場の上値は重そうだ」といったところか。結局は逃げなのだが…。


※今回取り上げた記事「ニュース最前線03 サウジがまさかの増産~原油相場は長期低迷必至
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/23256


※記事の評価はC(平均的)。大塚隆史記者への評価も暫定でCとする。

2020年3月20日金曜日

面白そうな材料を生かせていない日経「外食苦戦 長期化へ」

面白そうな材料があるのに生かせていない--。20日の日本経済新聞朝刊企業2面に載った「外食苦戦 長期化へ~都心やビジネス街 居酒屋、細る客足」という記事を読んで、そう感じた。
資さんうどん 博多千代店(福岡市)
           ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

外食チェーンが客離れに苦しんでいる。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、2月は都心部やビジネス街に多く立地する居酒屋チェーンの落ち込みが目立った。在宅勤務が広がり、ビジネス街でのランチや会食が減ったためだ。総菜や弁当を買うなど外食離れの動きが長引けば、比較的堅調なファストフードなどにも影響が出かねない。

都心部やビジネス街で大きな客席数を抱える居酒屋チェーンでは、在宅勤務や宴会自粛などから客足が細っている。「庄や」などを展開する大庄の2月の既存店売上高は前年同月比4%減、「はなの舞」などを運営するチムニーも8.9%の減収だった。消費税増税による需要減に追い打ちをかけられた格好だ

「ガスト」などを展開するすかいらーくホールディングスも2月の既存店売上高は前年同月を割りこんだ。29日には緊急事態宣言の出た北海道内の25店を休業。客数が4.7%減と落ち込んだ。

一方で「マクドナルド」を展開する日本マクドナルドの既存店売上高は2月、前年同月比14.7%増えた。新商品の販売が好調だったうえ、うるう年で営業日が1日多かったことなどが売り上げを押し上げた。「くら寿司」の既存店も同12.2%増と堅調。いずれも車で来店できる郊外店が多く、日常的な利用ニーズが底堅い。持ち帰りできることも強みとなった。

3月も苦戦が続いている。都内にある高級料理店では、3月第1週の売上高が前年同月の半分程度になった。大阪に本社がある外食企業では3月上旬、既存店の売上高が3割減った。ショッピングセンター内の店舗は4割減と落ち込みが大きい。「歓送迎会など大人数の利用が減り、復調の兆しは出ていない」(同社)

リクルートライフスタイル(東京・千代田)の推計では、19年3月の外食市場規模(三大都市圏、夕食のみ)は3668億円。歓送迎会が集中する3月は、12月に次ぐ規模だ。この時期に売上高を確保できなければ、資金繰りなどにも影響を及ぼしかねない。


◎「苦戦」は当然なので…

本題に入る前に、見出しに注文を付けておく。「外食苦戦 長期化へ」となっているが「長期化へ」と取れる記述が記事には見当たらない。

総菜や弁当を買うなど外食離れの動きが長引けば、比較的堅調なファストフードなどにも影響が出かねない」から取ったのかもしれないが、ここでは「長引けば」と仮定の話をしているだけだ。

本題に入ろう。

現状では「外食苦戦」は当たり前だ。ところが記事には「マクドナルド」など好調組の話も出てくる。自分が記者だったら、好調組を前面に押し出して記事を作りたい。居酒屋などが苦戦している話は最後に少し盛り込めばいいかなと感じる。見出しとしては、例えば「新型コロナが追い風? ファストフードが健闘」といったところか。

好調組と苦戦組で明暗が分かれているという、ありがちな作りでも悪くない。しかし今回は「外食チェーンが客離れに苦しんでいる」と冒頭で打ち出している。これだとニュースとしての価値があまり感じられない。

好調組がいないのなら仕方がない。しかし「マクドナルド」「くら寿司」といった好調組が存在する。この面白そうな材料を記事で十分に生かせていないのが惜しい。

ついでに追加で注文を付けておく。

(1)冗長な感じが…

消費税増税による需要減に追い打ちをかけられた格好だ」というくだりに冗長さを感じた。「格好だ」は不要だし「追い打ちをかけられた」という受身表現もなくていい。

消費税増税による需要減に追い打ちがかかった」としても問題はない。


(2)「すかいらーく」の数字はなぜ見せない?

すかいらーくホールディングスも2月の既存店売上高は前年同月を割りこんだ」と書いているが、どの程度の減収だったのかは触れていない。これは感心しない。


(3)せっかくデータを入れるのなら…

19年3月の外食市場規模(三大都市圏、夕食のみ)は3668億円」と言われても、どう受け止めたらいいのかよく分からない。何かと比較している訳でもない。

歓送迎会が集中する3月は、12月に次ぐ規模だ。この時期に売上高を確保できなければ、資金繰りなどにも影響を及ぼしかねない」という記述に説得力を持たせるためのデータだと言うのならば、例えば年間の「市場規模」に占める3月の比率がどの程度になるのかといった情報を入れるべきだ。


※今回取り上げた記事「外食苦戦 長期化へ~都心やビジネス街 居酒屋、細る客足
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200320&ng=DGKKZO57016090Z10C20A3TJ2000


※記事の評価はD(問題あり)

2020年3月18日水曜日

小幡績 慶大准教授の市場理解度に不安を感じる東洋経済オンラインの記事

小幡績 慶応大学大学院准教授は「市場を理解」していると自負しているようだ。16日付の東洋経済オンラインに載った「なぜ米緊急緩和や日銀のETF買いは最悪なのか~FEDも日銀も『愚かなこと』をやってしまった」という記事では「なぜ下がるのか。中央銀行関係者も市場関係者も呆然とし、理由がわからず、頭を抱えた。愚かだ。当然だ。市場を理解しないメディアのニュースキャスターなどは、『新型コロナウイルスの影響がさらに拡大』といったコメントで報じているが、まったく違う」と自信たっぷりに解説していた。
筑後川沿いの菜の花(福岡県久留米市)
       ※写真と本文は無関係です

しかし記事を読むと「この人は市場をきちんと理解していないのでは?」との疑問が湧いてくる。特に以下のくだりが引っかかった。

【東洋経済オンラインの記事】

しかし、今回の最大のミスは「サプライズを演出しようとして失敗したこと」である。

FOMC(米公開市場委員会)は、もともと今週17-18日に予定されていた。そこでは市場関係者全員が利下げを予想していたし、FEDもそのつもりだった。だから、織り込み済みの政策をそのまま打ち出すのでは効果がないから、敢えて、たった48時間だが、前倒しの、予期せぬ日曜日の夜発表することでサプライズを演出することを狙ったのだ。

これが、最悪だ。最悪中の最悪だ。

もし、あなたが暗闇で誰かに襲われないかびくびくして歩いていたときに、後ろからいきなり警官が現れたら、それが警官であろうが、強盗であろうが、あなたはびっくりして大声をあげて逃げ出すだろう

同じことだ。

市場のセンチメントは最悪である。恐怖指数は最大である。そのときに、サプライズが出てくれば、良いニュースか悪いニュースか、中身は関係ない。サプライズ自体がもっとも怖いのだから、ショックが起きる。ショックはセンチメントが最悪なのだから、マイナスの極みに振れる。そういうことだ。

例えば、誕生日を迎えたかなり高齢のひいおじいちゃんに、ドッキリカメラで「サプライズー!」といって驚かせたら、心臓発作で死んでしまうかもしれない。そんなことも分からない医者はいない。だが、金融緩和をする人や、ましてや金融政策と無関係な株の買い支えをする人々が、金融の中枢にいる。

最悪だ。

今度こそ、学んで欲しい。



◎例えが当てはまらないような…

実際の記事では「誰かに教われないがびくびくして」と書いているが、こちらの判断で「誰かに襲われないかびくびくして」に直していることをまず断っておく。

本題に入ろう。

誰かに襲われないかびくびくして歩いていたときに、後ろからいきなり警官が現れたら、それが警官であろうが、強盗であろうが、あなたはびっくりして大声をあげて逃げ出すだろう」と小幡准教授は言う。自分は「大声をあげて逃げ出す」タイプではないと思うが、一般的にはそうだと受け入れてみよう。ただ、今回の「FED」(筆者を尊重して、ここではFRBではなくFEDを用いる)には当てはまらない。

今回の「サプライズ」を発した主体が「FED」なのか、それとも得体の知れない組織だったのか、投資家は当初分からなかったのならば、「後ろからいきなり警官が現れた」という例えが当てはまる。

しかし今回の件では、「FED」が「サプライズ」を演出した主体であることを投資家は発表時に認識している。なので「びっくり」したとしても「大声をあげて逃げ出す」必要はない。

日曜日の夜発表」ならば、この材料をどう評価すべきか考える時間も与えられている。なのに「良いニュースか悪いニュースか、中身は関係ない。サプライズ自体がもっとも怖いのだから、ショックが起きる」となるのが不思議だ。

誕生日を迎えたかなり高齢のひいおじいちゃんに、ドッキリカメラで『サプライズー!』といって驚かせたら、心臓発作で死んでしまうかもしれない」という例えも苦しい。「心臓発作で死んでしまう」可能性はゼロではないが、例えば朝起きて「ひいおじいちゃん」がリビングに行くと孫たちがこっそり全員集合していて「サプライズー!」と声を合わせたとしても、ほとんどの場合は健康面に問題ないだろう。

特殊なケースを除けば、医師も「そんなサプライズは絶対にやめてください」とは言わない気がする。

とは言え、取りあえず一般的にはそういうものだと受け入れてみよう。

この例えがはまるとしたら「サプライズ」によって投資家(あるいは市場)が「死んでしまう」必要がある。しかし、今回の「サプライズ」に投資家が売りで応じているのならば投資家に「死んで」いる感じはない。しっかり「サプライズ」を受け止めて行動している。市場も機能している。

良いニュースか悪いニュースか、中身は関係ない。サプライズ自体がもっとも怖いのだから、ショックが起きる。ショックはセンチメントが最悪なのだから、マイナスの極みに振れる」との見方にも同意できない。

例えば、WHOが緊急会見をして「簡単かつ確実にウイルス感染を防ぐ方法が分かった」と発表したら明らかに「サプライズ」だが、これに株式市場は「マイナスの極みに振れる」形で反応するだろうか。

市場を理解」している小幡准教授の見解が正しければ、これまた株価暴落だ。本当に「理解」しているのならばだが…。



なお、先に触れた記事中のミスについては以下の内容で問い合わせを送っている。

【東洋経済新報社への問い合わせ】

慶応大学大学院准教授 小幡績様  東洋経済オンライン 担当者様

なぜ米緊急緩和や日銀のETF買いは最悪なのか~FEDも日銀も『愚かなこと』をやってしまった」という記事についてお尋ねします。記事には「もし、あなたが暗闇で誰かに教われないがびくびくして歩いていたときに、後ろからいきなり警官が現れたら、それが警官であろうが、強盗であろうが、あなたはびっくりして大声をあげて逃げ出すだろう」との記述があります。

誰かに『教』われない『が』」となっているのは「誰かに『襲』われない『か』」の誤りではありませんか。回答をお願いします。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

東洋経済では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。


◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事「なぜ米緊急緩和や日銀のETF買いは最悪なのか~FEDも日銀も『愚かなこと』をやってしまった
https://toyokeizai.net/articles/-/337719


※記事の評価はD(問題あり)。小幡績 慶大准教授への評価も暫定でDとする。

2020年3月17日火曜日

米ゼロ金利は「2008年の金融危機以来」? 日経 河浪武史記者に問う

日本経済新聞の河浪武史記者によると「FRB」の「ゼロ金利政策」は「2008年の金融危機以来」らしい。「2015年以来」が正しいのではないかと感じたので以下の内容で問い合わせを送った。
川の中の菜の花(福岡県久留米市)
     ※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 河浪武史様

16日の夕刊1面に載った「米、ゼロ金利復活 1%緊急利下げ~FRB、量的緩和再開 資産7000億ドル購入」という記事についてお尋ねします。冒頭に「米連邦準備理事会(FRB)は15日、緊急の米連邦公開市場委員会(FOMC)を開いて1.0%の大幅利下げに踏み切った。政策金利は0~0.25%となり、2008年の金融危機以来のゼロ金利政策を敷く」との記述があります。

FRB」による「ゼロ金利政策」は「2008年の金融危機以来」ではなく「2015年以来」ではありませんか。「15年末にはゼロ金利も解除」と記事中でも説明しています。

他のメディアでは「2008年のリーマン・ショック後に導入した実質ゼロ金利が約4年ぶりに復活する」(時事通信)、「リーマン・ショック後の2008年12月~15年12月以来となる『ゼロ金利』まで切り下げることを決めた」(朝日新聞)と説明しています。いずれも「2015年以来」と見ているのが分かります。

2008年の金融危機以来のゼロ金利政策」という記述は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

付け加えると「ダウ工業株30種平均が1日で2000ドル超の大幅な下落を記録するなど、金融市場は不安定さを増しており、迅速な政策決定で相場に『サプライズ』を与えて投資家心理を改善する狙いがある」とのくだりの「相場に『サプライズ』」という表現が気になりました。「相場」は「サプライズ」を受け取る主体ではありません。「市場に『サプライズ』」などとした方が適切でしょう。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界最強のビジネスメディア」であろうとする新聞社の一員として責任ある行動を心掛けてください。



追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「米、ゼロ金利復活 1%緊急利下げ~FRB、量的緩和再開 資産7000億ドル購入
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200316&ng=DGKKZO56817950W0A310C2MM0000


※記事の評価はD(問題あり)。河浪武史記者への評価はDを据え置く。河浪記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「インフレはドル高招く」と日経 河浪武史記者は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/12/blog-post_14.html

「米利上げ 独走強まる」に無理がある日経 河浪武史記者
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_32.html

2020年3月16日月曜日

「『王より飛車』で進むコロナ検査」に無理がある東洋経済「少数異見」

週刊東洋経済3月21日号に載った「少数異見~『王より飛車』で進むコロナ検査の是非」という記事は論理展開に無理があった。問題のくだりを見ていこう。
耳納連山と菜の花(福岡県久留米市)
      ※写真と本文は無関係です

【東洋経済の記事】

へぼ将棋、王より飛車をかわいがり

将棋とは無縁な方でも、大意はお察しいただけよう。飛車は攻撃の要となる強い駒だが、将棋は王将を取り合うゲーム。手段と目的を勘違いしてはならない。

ところが、この格言を地で行くように見えるのが厚生労働省だ。彼らは王将(患者)ではなく、飛車(医療機関)を大切にしているのではないのか──新型コロナウイルスの問題では、そんなふうに思えて仕方がない。

チャーター機で武漢から帰国された方々への不手際や、ダイヤモンド・プリンセス号における対応の是非はここではさておく。気になったのは、新型コロナ感染を判定するPCR検査の実施について、当初から厚労省が積極的ではなかったことだ。

中略)しかし、最近少し考えが変わってきた。というのも、韓国の悲惨な状況を知ったからである。

本稿執筆時点で、彼の国の感染者数は6000人を突破。発症者が大邱(テグ)市などの狭い地域に集中したこともあり、周辺の医療体制の崩壊が起きている。新型コロナの感染者というだけで軽症者まで入院しているために、ほかの病気やケガでの重症者を病院が受け入れられない事態に陥っている。

なるほど、今回のような有事では患者数が膨れ上がるため、医療機関のリソースが足りなくなるリスクのほうが高い。そのように考えると、厚労省の「王より飛車」姿勢は極めて合理的といえる

もっとも、厚労省にとっては医療機関や製薬会社こそが王将であり、今回も彼ら自身は戦略的に「飛車をかわいがっている」とはつゆほども思っていない可能性はあるのだが。



◎前提が崩れているのでは?

新型コロナ感染を判定するPCR検査の実施について、当初から厚労省が積極的ではなかったこと」を「へぼ将棋、王より飛車をかわいがり」に当てはまると考えるのは分かる。問題はその後だ。

筆者のシメオン氏は「最近少し考えが変わってきた」と述べた後で「今回のような有事では患者数が膨れ上がるため、医療機関のリソースが足りなくなるリスクのほうが高い」として、「厚労省」の「姿勢」を「合理的」だと結論付けている。

だとしたら「王より飛車」の例えは当てはまらないくなる。「医療体制の崩壊」を防ぎ「王将(患者)」を守るために「飛車(医療機関)」への過大な負担を避けるようにしているとも言えるからだ。

しかし、それでも「厚労省にとっては医療機関や製薬会社こそが王将」だとシメオン氏は言い切る。もちろんその可能性は残るが、今回の「コロナ検査」は根拠にならない。むしろ「厚労省にとっては国民(患者)こそが王将」を裏付ける材料になっている。

今回も彼ら自身は戦略的に『飛車をかわいがっている』とはつゆほども思っていない可能性はあるのだが」と最後に書いているので、シメオン氏自身も「厚労省は国民第一という意識で働いている可能性がある」と感じているのだろう。

そして「コロナ検査」の件では実際に「王将(患者)」も「飛車(医療機関)」も同時に守る「合理的」な対策を実行したとシメオン氏も評している。なのになぜ「『王より飛車』で進むコロナ検査」となってしまうのか。



※今回取り上げた記事「少数異見~『王より飛車』で進むコロナ検査の是非
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/23177


※記事の評価はD(問題あり)

2020年3月15日日曜日

「最悪の事態」が起きない前提で「最悪シナリオ」を描く東洋経済 野村明弘氏

最悪シナリオ」は「最悪の事態」を想定して考えるものだと思っていたが、週刊東洋経済の野村明弘氏(本誌コラムニスト)は違うようだ。3月21日号の緊急特集「コロナ恐慌 最悪のシナリオ」からはそう読み取れる。
筑後川橋と菜の花(福岡県久留米市)
     ※写真と本文は無関係です

2020年のGDP」が「マイナス3.4%成長」という大和総研の「リスクシナリオ」に「五輪中止」の影響を加えたのが東洋経済による「最悪シナリオ」で、「マイナス3.6%成長」となっている。

五輪中止」が「GDPを0.2%程度押し下げる」から「リスクシナリオ」よりマイナス幅を0.2ポイント大きくしたというだけだ。リスクシナリオの差はとわずかで「最悪シナリオとしては甘いのでは?」とは感じたが、それが東洋経済の想定する「最悪の事態」の下での「シナリオ」ならば仕方がない。

だが記事を読むとどうもおかしい。気になった部分を見てみよう。

【東洋経済の記事】

米国では低格付け社債に投資するETFからの資金流出が始まっている。投信などの解約が加速すれば、原資産である低格付け社債やレバレッジドローンの換金投げ売りで、投信やETFと連鎖した価格下落が起きかねない。パニック的な取り付けが起きれば、行き着く先は、企業の資金繰り危機や運用会社の破綻だ。それが、さらに金融機関の決済システム不全へ波及してシステミックな危機を引き起こす、というのが想定される最悪の事態だ。

中略)金融危機が起こらなければ、実体経済の悪化はどの程度になるのか

大和総研の試算によると、20年の日本の実質GDP成長率はメインシナリオで前期比1.1%減。東日本大震災のあった11年(0.1%減)以来のマイナス成長となる(右ページ上図)。

メインシナリオの前提は、ウイルスの流行が4月ごろまで続くというものだ。これに対し、21年1月ごろまで長引くと仮定したリスクシナリオでは、3.4%減までマイナス幅が広がると予想される

大和総研の小林俊介シニアエコノミストは「春闘や新卒採用活動が停滞しており、今後の所得環境の悪化も懸念材料だ」と語る。

国民の関心を集める東京五輪の行方だが、本誌の試算では、仮に中止になると、7947億円のGDP減少となるとはじき出された。東京都が昨年4月に公表した「東京2020大会開催に伴う経済波及効果」を基に直接的な今年の需要見込額を絞り込んだ結果だ。これはGDPを0.2%程度押し下げるもので、さほど大きくないが、不動産業やスポーツ産業などでは大きな問題を引き起こす。社会的なインパクトも巨大だ。

日本政府は3月10日、緊急対応策の第2弾を決定した。中小企業や個人事業主への無利子無担保融資制度の導入などが柱だ。金融危機が起きれば、先の成長見通しが一段と低下するのは必至。世界の中央銀行や財務省が連携して金融危機を抑え込めるか、闘いは待ったなしだ。


◎「最悪シナリオ」と呼ぶなら…

金融機関の決済システム不全へ波及してシステミックな危機を引き起こす、というのが想定される最悪の事態」なのに「金融危機」が起きない前提の「リスクシナリオ」に「五輪中止」の影響を加えて「最悪シナリオ」を描いている。

金融危機が起きれば、先の成長見通しが一段と低下するのは必至」とも書いている。つまり東洋経済は「最悪シナリオ」を「最悪の事態」にはならない前提で描いている。矛盾していないか。

最悪シナリオ」と打ち出すのならば「想定される最悪の事態」でどの程度のマイナス成長になるかを予測すべきだ。それが難しいのならば、今回の「最悪シナリオ」は「五輪中止シナリオ」とでも名前を変えるべきだ。

最悪シナリオ」が「マイナス3.6%成長」といった甘いものではないことは野村氏も分かっているはずだが…。


※今回取り上げた記事「コロナ恐慌 最悪のシナリオ
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/23183


※記事の評価はD(問題あり)。野村明弘氏への評価もDを据え置く。野村氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

アジア通貨危機は「98年」? 東洋経済 野村明弘記者に問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/09/98.html

「プライマリーケア」巡る東洋経済 野村明弘氏の信用できない「甘言」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/blog-post_28.html

2020年3月14日土曜日

「近藤医師の罪に関しては『前提』」とのコメントに反論してみた

2018年5月21日に投稿した「東洋経済『近藤誠理論の功罪』に感じる鳥集徹氏の罪」に関して、今頃になってコメントがあった。これに反論してみたい。
菜の花(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

◆匿名さんのコメント◆

この記事は近藤医師の罪に関しては「前提」としているのでしょ?「これまで語られてきた近藤批判は正しい。だがしかし、、、」というのがこの記事なんだから近藤医師の罪が書かれてないと言われても


◆コメントへの反論◆

東洋経済の記事は「近藤医師の罪」に関して「前提」としているとは思えない。記事の一部を改めて見てみよう。

【東洋経済の記事】

岩田医師は近藤医師が1990年代に展開した主張の例として、1.がんは手術すればよいとは限らない2.抗がん剤を使うとデフォルトで決めるのは間違っている3.がん検診をすれば患者に利益があると決め付けるのは間違っている4.ロジックとデータが大事、統計も大事、という4点を挙げ、「まったく『当たり前』の主張である。現在の日本では『常識』だし、当時だって世界的には普通の考え方だった」と評価する。

そして近藤医師の言説が多くの人の健康と人命をリスクにさらしているという批判は正しいが、「同じことは90年代の日本がん診療界にもあったのではないか。多くの患者が間違ったがん診療のフィロソフィーに苦しめられ、近藤氏がいなかったらもっとたくさんの人たちが不当に苦しんでいたかもしれない」と書く。筆者はこれまで複数のがん専門医や医師から同様の意見を聞いている。

◇   ◇   ◇

記事の筆者の鳥集徹氏は「岩田医師」のブログを紹介する形で、激しい批判にさらされてきた「近藤医師が1990年代に展開した主張」が「まったく『当たり前』の主張」であり「当時だって世界的には普通の考え方だった」と読者に伝えている。

これまで語られてきた近藤批判は正しい」という「前提」があるどころか「これまで語られてきた近藤批判の多くは的外れ」だと示唆している。なのになぜ「この記事は近藤医師の罪に関しては『前提』としているのでしょ?」となってしまうのか。

百歩譲って「この記事は近藤医師の罪に関しては『前提』としている」としよう。だからと言って「」を具体的に説明しなくてもよいとは思えない。個人の名誉に関わるからだ。例えば有罪判決が確定したような事案ならば「罪に関しては『前提』」とするのも理解できる。しかし近藤氏は違う。記事でも「主張の多くに正当性あり」と認めている。

そもそも記事のタイトルが「近藤誠理論の功罪」だ。このタイトルから「」は前提で「」だけ論じると理解する方が無理がある。「どんな『』があり、一方でどんな『』があるのか論じてくれるのだろう」と期待するのが当然だ。

なのに「」に関しては具体的な説明が見当たらない。それが「鳥集徹氏の罪」だと投稿で訴えた。やはり罪深い。結論は同じだ。



※今回の件に関しては以下の投稿を参照してほしい。


東洋経済「近藤誠理論の功罪」に感じる鳥集徹氏の罪
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_21.html

2020年3月13日金曜日

「これぞ日銀ウオッチ」と称賛すべき日経 安西明秀記者の記事

13日の日本経済新聞朝刊経済面に載った「日銀ウオッチ『ちゅうちょなく緩和』封印」という記事は「日銀ウオッチ」というタイトルを体現した興味深い内容だった。筆者の安西明秀記者には今後も日銀ウォッチャーとして力を発揮してほしい。
福岡県庁(福岡市)※写真と本文は無関係です

記事の前半部分を見てみよう。

【日経の記事】

必要に応じて適切な対応をちゅうちょなくとっていく」。連日、国会に呼ばれている日銀の黒田東彦総裁は新型コロナウイルスの感染拡大に伴う対応を問われ、繰り返しこう答弁している。いつもの光景にみえるが、実は微妙な言い回しの変化が潜んでいる

米中貿易戦争が激化し、同じく対応に苦慮していた2019年の言いぶりは「ちゅうちょなく追加的な金融緩和措置を講じる」だった。

当時は米連邦準備理事会(FRB)が10年半ぶりの利下げを決め、欧州中央銀行(ECB)が量的緩和政策を再開していた。政策金利の引き下げ(マイナス金利の深掘り)を含め追加緩和に前向きな姿勢を強調し、円高圧力をはね返す狙いだった。なぜいま黒田総裁の発言から「追加緩和」の文字が消えたのか。


◎「微妙な言い回しの変化」こそ重要

必要に応じて適切な対応をちゅうちょなくとっていく」と「ちゅうちょなく追加的な金融緩和措置を講じる」。日銀の金融政策に関心がない人にとっては「何が違うの?」と思えるだろう。担当記者として「黒田東彦総裁」の発言を追ってきたからこそ気付ける変化だ。

大きな変化であれば誰でも気付く。「微妙な変化」に反応してこそ担当記者だ。そこを掘り下げるのが「日銀ウオッチ」であってほしい。

記事の後半で安西記者は以下のように分析している。

【日経の記事】

背景に浮かぶのが反面教師の存在だ。「完全なネガティブサプライズ。パウエルの判断は裏目に出た」。ある日銀幹部はこう話す。FRBは3日、臨時の米連邦公開市場委員会(FOMC)を開き0.5%の利下げを決めた。ただ同日の米ダウ工業株30種平均は下落し、米長期金利は初めて1%を割り込んだ。

値動きをつぶさにみると、決定直後は株価は上昇した。ただパウエル議長が記者会見で「新型コロナの感染拡大は新たな困難とリスクをもたらす」と悪影響への懸念を隠さなかったことで株価は急落。「FRBが何か隠れた悪材料を持っているとの市場の疑心暗鬼を招いた。そんな情報なんて持っているはずがないのに」(日銀幹部)

日銀が持つ緩和の選択肢は変わらないが、株価が乱高下するなかでは「市場が想定通りに反応してくれるかはわからない」(別の日銀幹部)。副作用の大きいマイナス金利の深掘りを想起させる「追加緩和」という表現が、日経平均株価のウエートが大きい銀行株のさらなる下落を招きかねないとの懸念が去来してもおかしくない。

国会でも記者会見でも切り口を変えた問いに対し、同じ言葉を繰り返してきた黒田総裁。言いぶりの変化に込められた意図は18~19日の金融政策決定会合の結果で分かる。



◎ついに訪れた「その時」

適切な対応」はしていくが「マイナス金利の深掘り」はやらないというのが「黒田総裁」の意図だと安西記者は見ているのだろう。この分析には賛成だ。

新型コロナウイルスの問題が起きる前には「追加緩和」の必要性が低かったので「ちゅうちょなく追加的な金融緩和措置を講じる」とハッタリをかませられた。しかし、実際に「追加緩和」が求められる局面になるとハッタリを引っ込めざるを得なくなったのだろう。

やらないくてもいい時期に無茶な金融緩和を進めると、経済を下支えすべき時に有効な武器がなくなってしまう。異次元緩和が始まった頃から懸念されていた事態だ。その時がついに訪れた。

黒田総裁」の苦しすぎる言い訳が楽しみだ。

話が逸れたが、安西記者には注目していきたい。



※今回取り上げた記事「日銀ウオッチ『ちゅうちょなく緩和』封印
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200313&ng=DGKKZO56652900R10C20A3EE8000


※記事の評価はB(問題あり)。安西明秀記者への評価は暫定D(問題あり)から暫定Bへ引き上げる。安西記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「本格参入」に無理がある日経「伊藤忠、日中越境通販に本格参入」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/blog-post_22.html

2020年3月11日水曜日

東洋経済で「いよいよ開幕です」と呑気に宣言した小林浩美LPGA会長

週刊東洋経済3月14日号に載った「ゴルフざんまい(661)日本女子ゴルフをアジアへ、世界へ」という記事は、筆者で日本女子プロゴルフ協会(LPGA)会長を務める小林浩美氏の見識を疑いたくなる内容だった。
筑後川の旧神代橋(福岡県久留米市)
        ※写真と本文は無関係です

最初の段落を見てみよう。

【東洋経済の記事】

いよいよ、女子プロゴルフツアーの開幕です。昨年度は、68万人ものゴルフファンの皆様が会場にお越しになり、選手たちに大きな声援を送ってくださいました。また、JLPGAホームページは過去最多の9億5000万PVとなりました。とくに、大会スコア速報配信が注目の的です。



◎随分と呑気な…

いよいよ、女子プロゴルフツアーの開幕です」とは、この時期に随分と呑気だなとまず感じた。3月5~8日に予定していた開幕戦を無観客にすると決めたのが2月19日。同月28日には中止が決定。3月2日には第2戦の開催中止も発表している。なのに「いよいよ、女子プロゴルフツアーの開幕です」と言われても困る。

週刊東洋経済3月14日号には、3月3日時点の情報を基に書いている記事がある。つまり、3日ならば記事内容は変更できる。定型コラムの締め切りはそれより前だとしても、2月28日に開催中止が決まった段階で、記事内容を修正できたはずだ。なのに記事では全く触れていない。

百歩譲って2月28日の段階では修正が不可能だったとしよう。それでも開幕戦を無観客にすると決めた2月19日の直後ならば、まだ記事を加筆修正できたはずだ。なのに、なぜこの内容になってしまったのか。東洋経済の担当者の責任も重いが、やはり小林氏の問題意識の低さを感じてしまう。

記事の残りも一応見ておこう。

【東洋経済の記事】

テレビの平均視聴率は6.4%(前年は5.1%)。最高視聴率はツアー最終戦「LPGAツアーチャンピオンシップリコーカップ」の13.6%。鈴木愛プロ、渋野日向子プロ、申ジエプロによる賞金女王争いで、例年以上の注目でした。

ところで、女子ゴルフの最終日はほとんどが録画放送です。JLPGAではホームページのスコア速報を途中から停止して、臨場感や視聴率を高めるようテレビ局様に協力しています(実際にはほかのメディアで速報されていますが)。

しかし今回、最終戦ではスコア速報を停止しませんでした。放映が始まったときには大会結果はわかっていましたが、上記のとおり13.6%。本当にありがたい限りです。一方これがもし生中継だったらさらに高い数字が出たかもしれません。

渋野プロが優勝した全英女子オープンは日本の深夜の生中継。最終日、12番ホールのドライバーでのワンオン狙いから18番のバーディー決着まで、毎ホール手に汗握る展開に興奮し、寝付かれなかった方も多かったでしょう。ゴルフファンの皆様からは、そんな生中継を日本でももっと楽しみたい、との声をたくさんお聞きします。野球やサッカー、相撲ではすでに生中継が主流です。

多くの選手が活躍し、さらに渋野プロの全英女子オープン優勝とその天真爛漫な人柄が多くの人を魅了し、女子ゴルフが大きくブレークしました。それを受けてテレビ局様は、放送予定のない日に渋野プロが出場する大会を急きょ放送してくださったり、最終日も急に生放送に切り替えてくださったりと、ご協力いただいています。

世界で勝つため、女子ゴルフ界全体のエンターテインメント性を高めるため、JLPGAとしてもスポンサー様のご協力を得て、試合数(とくに4日間大会の増加)、多様なコース設定、リランキング、ステップ・アップ・ツアーの大幅増と生放送など努力を続けておりますが、より一層エンターテインメント性を高め、日本とアジア、世界でも楽しんでいただければと思っております。

そのためには、大会出場選手、すなわち女子プロゴルファーの肖像の価値をご理解いただき、ツアーの統括団体であるJLPGAにおいて、欧米や韓国、中国と同様に、放映権を管理させていただいて、より多くの生中継の実現ができれば幸せです。加えて、何も将来を保証されていない選手たちへの、選手の肖像の価値に見合った対価、すなわち放映権料収入による選手の年金制度づくりやフィットネスカー導入など、さらなるJLPGAツアーの成長と発展を目指したいです。



◎避けたいテレビ局様」「スポンサー様

開幕のメドが立たない状況下では、何とも締まらない内容になっている。

ついでに担当者へ追加で注文を付けておきたい。

テレビ局様」「スポンサー様」などと小林氏が書いてくるのは仕方がない。しかし、記事にする段階では「テレビ局」「スポンサー」などと修正してほしい。それを筆者が拒むならば、コラムを任せるのはやめるべきだ。

今回の記事では敬語も多過ぎる。「それを受けてテレビ局様は、放送予定のない日に渋野プロが出場する大会を急きょ放送してくださったり、最終日も急に生放送に切り替えてくださったりと、ご協力いただいています」というくだりを直してみよう。

【改善例】

それを受けてテレビ局は、放送予定のない日に渋野プロが出場する大会を急きょ放送したり、最終日も急に生放送に切り替えたりと、協力してくれています。

◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事「ゴルフざんまい(661)日本女子ゴルフをアジアへ、世界へ
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/23107


※記事の評価はD(問題あり)。小林浩美LPGA会長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

東洋経済のコラムで「単年登録者」への配慮欠いた小林浩美LPGA会長
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/lpga.html

2020年3月10日火曜日

石鍋仁美編集委員の限界感じる日経「新型コロナ、消費意識変える」

日本経済新聞の石鍋仁美編集委員に分析記事を書かせるのは今回を最後とすべきではないか。10日の朝刊総合1面に載った「真相深層~新型コロナ、消費意識変える 自粛後は少人数型へ 便利さより信頼を重視」という記事からは、そう判断せざるを得ない。
JR久留米駅前のタイヤ※写真と本文は無関係

まず、文の作り方に注文を付けたい。

【日経の記事】

「社会の先行きが不透明になるなか、今の消費者は自分に寄り添い、支えてくれる企業やブランドを支持する」と米広告大手、ヤング&ルビカムの消費者調査の担当者は語る。先進国共通の現象だという。


◎読点の位置が…

この書き方だと「今の消費者」が「自分に寄り添」っているように見える。「寄り添い、」と読点を打っているのもマズい。「自分に寄り添い支えてくれる企業やブランドを今の消費者は支持する」と語順を変えれば問題は解消する。

編集委員」という肩書を付けたベテランなのに、この辺りで技術不足を露呈しているのにも書き手としての限界を感じる。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

国全体を巻き込む自粛や災害は消費者の物差しを変える。昭和天皇の健康状態が悪化した1988年秋からの約4カ月。「自粛」という言葉が広まるきっかけになった当時、バブル景気による浮かれ気分を見直す空気が生まれ、「物」から「体験」へという価値観の転換の引き金となった



◎「自粛」は80年代に広まった言葉?

『自粛』という言葉が広まるきっかけになった当時」と書いているので、それ以前には「自粛」という言葉がなかったか、あってもほとんど知られていなかったと石鍋編集委員は思っているのだろう。

昭和天皇の健康状態が悪化した」時に「自粛」ムードが広がったのは確かだが、その前から「自粛」という言葉は当たり前に使われていた気がする。

『物』から『体験』へという価値観の転換の引き金となった」との説明も謎だ。なぜ「自粛」ムードが広がると「『物』から『体験』へ」と「価値観」が変わるのか。当時、そうした変化が世の中に起きたとも思えない。

この辺りは「自分にはそう見えた」と言われればそれまでだ。しかし、この後の解説はそうはいかない。

【日経の記事】

今回の外出、イベント、集会や宴会の自粛は何をもたらすか。

地方移住の促進に携わる人は「人の少ないことの良さに目を向ける人がいるのでは」と期待する。大型クルーズ船の代わりに小型船の貸し切りが人気になるかもしれない。音楽や演劇の公演も屋内が難しいなら青空の下でとなるだろう。人々が求めているものを、安全・安心を保ちつつ提供し、喜んでもらい、信頼を得る。それが「自粛後」につながる。



◎「大型クルーズ船の代わりに小型船」?

今回の記事で最も驚いたのが「大型クルーズ船の代わりに小型船の貸し切りが人気になるかもしれない」との記述だ。屋形船での宴会に出席した人から感染が広がった件を石鍋編集委員は知らないのか。

音楽や演劇の公演も屋内が難しいなら青空の下でとなるだろう」というくだりにも同様の問題を感じる。Jリーグが試合の延期に踏み切ったり、女子ゴルフで試合が中止になったりしていることを石鍋編集委員は知らないのか。あるいはサッカーやゴルフを「屋内」競技だと思っているのか。いずれにしても石鍋編集委員に記事を書かせるのは危険だ。


※今回取り上げた記事「真相深層~新型コロナ、消費意識変える 自粛後は少人数型へ 便利さより信頼を重視
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200310&ng=DGKKZO56594310Z00C20A3EA1000


※記事の評価はD(問題あり)。石鍋仁美編集委員への評価はDを据え置く。石鍋編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「シェアリング」 日経 石鍋仁美編集委員の定義に抱いた疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_88.html

どこに「自己否定」? 日経 石鍋仁美編集委員「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_31.html

ダイバーシティー必要論に根拠乏しい日経 石鍋仁美編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/03/blog-post_27.html

具体的「ゴール」見えぬ日経 石鍋仁美編集委員の「経営の視点」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/blog-post.html

2020年3月9日月曜日

MARCH・関関同立に本当に「憧れ」? 慶大卒の週刊ダイヤモンド清水理裕編集委員

週刊ダイヤモンド3月14日号の特集「入学者の5割! 大推薦時代到来!MARCH 関関同立」を担当した清水理裕編集委員は「MARCH、関関同立」に「憧れて」いるそうだ。嘘とは言い切れない。ただ、ちょっと嫌味な感じはある。
久留米大学医学部(福岡県久留米市)
        ※写真と本文は無関係です

MARCH、関関同立」への「憧れ」を表明した編集後記の全文は以下の通り。


【ダイヤモンドの記事】

MARCH、関関同立、はっきり言って憧れています! うちの上の子は小学校高学年。9校のどこかにもし入ってくれたら、天にも昇る心地になると思います。現実は厳しそうですが……。

そんな中、今回の企画に参加して驚きました。私立大学の入学者の5割がAO・推薦入試だって? 25年前になりますが、私の高校時代には考えられなかった事態です。

私は地方の進学校出身。母校では一般入試以外、あり得ませんでした。「推薦を使うやつは逃げている」という空気が教師にも生徒にも強く、考えたことすらなかったのです。

今は、こんなに良いルートが充実しているのですね。データ集は、わが子のためにもがんばって作りました。ぜひご活用ください。


◎慶応卒でMARCH、関関同立に「憧れ」?

ダイヤモンドオンラインに出てくる略歴によると清水編集委員は「慶應義塾大学法学部政治学科卒業」らしい。だとしたら「MARCH、関関同立、はっきり言って憧れています!」と言われても素直には受け取れない。

「『うちの上の子』は出来が良くないので…」と清水編集委員は言うかもしれないが、だとしても苦しい。それが分かっていて出身大学を記事で明かさなかったのだろう。

付け加えると「母校では一般入試以外、あり得ませんでした」という話にも疑いの目を向けたくなる。「25年前」の「地方の進学校」ならば、学校推薦の枠がかなりあったのではないか。

さらに付け加えると「私立大学の入学者の5割がAO・推薦入試だって?」のくだりだけ「ですます調」になっていない。「私立大学の入学者の5割がAO・推薦入試だそうです」などと「ですます調」で統一した方がよい。「『私立大学の入学者の5割がAO・推薦入試だって?』と唸りました」などとカギカッコの中に入れる手もある。


※今回は記事・筆者への評価を見送る

2020年3月7日土曜日

日経「楽天、通販一律の『送料込み』延期」に感じる好ましい変化

日本経済新聞が良い方向に変わり始めているのではないか。7日の朝刊総合1面に載った「楽天、通販一律の『送料込み』延期~強制色薄める」という記事の以下のくだりを読んでそう感じた。
亀山上皇銅像(福岡市)※写真と本文は無関係

【日経の記事】

軌道修正は新型コロナの影響としたが、導入を見送る店舗の延期期間は「現時点では無期限」だ。6日の会見では報道陣から「いつ一律に導入するのか」「一律導入の撤回ではないのか」と質問が相次いだが、楽天は「未定」を繰り返した



◎楽天に寄り添わない姿勢を評価

普通ならば「導入を見送る店舗の延期期間は未定としている」ぐらいで通り過ぎるところだ。それをわざわざ「報道陣から『いつ一律に導入するのか』『一律導入の撤回ではないのか』と質問が相次いだが、楽天は『未定』を繰り返した」と書いたのは「会見」での「楽天」の対応に記者が不誠実さを感じたからだろう。

それでも「楽天」のような有力企業のご機嫌を損ねるような書き方をしないのが日経の基本姿勢だった(不祥事を起こしたり経営危機に陥ったりした場合は別)。今回のような書き方をすれば「楽天」からネタをもらうのは難しくなるだろう。「それならそれでいい」と担当記者が腹を括っているのならば一読者として歓迎したい。

待っていれば発表されるネタを抜くとか抜かれるとかはどうでもいい。伝えるべきだと感じたことを読者に伝える--。それを最優先してほしい。

話はそれるが、楽天の三木谷浩史会長兼社長には失望した。送料無料化に関して「たとえ政府や公取委と対峙しようとも必ず遂行する」との発言が伝えられた時には、当然に何手先も読んで勝算ありと確信しているのだと思っていた。

それが、あっという間にどんどん後退してしまった。深い考えなしに感情的になって「政府や公取委と対峙しようとも必ず遂行する」と言ってしまったのだとしたら、あまりに未熟だ。そして三木谷氏は未熟さが許容される年齢ではない。


※今回取り上げた記事「楽天、通販一律の『送料込み』延期~強制色薄める
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200307&ng=DGKKZO56513040W0A300C2EA1000


※記事の評価はB(優れている)

2020年3月6日金曜日

岩村充 早大教授が東洋経済オンラインで展開した「MMT」否定論に疑問

6日付の東洋経済オンラインに早稲田大学大学院経営管理研究科の岩村充教授が「はたして『MMT』は画期的な新理論なのか暴論か~経済学主流派の欺瞞を暴いた新理論の正体」という記事を書いている。岩村教授は「MMT」を頭から否定している訳ではないが、結局は問題ありの理論だと結論付けている。その論理展開に納得はできなかった。
メディアモール天神(福岡市)※写真と本文は無関係です

問題点を指摘している部分を見てみよう。

【東洋経済オンラインの記事】

経済学主流派の面々がケルトンに最もてこずっている点は、彼女がこうした「安全装置」を付けて、「安全装置が付いているから財政を拡張してもいいでしょう」という議論を展開しているところにあるようですが、私からすればこれが最も危険な主張に思えます。

それはインフレに増税で対処することを自動化すれば、財政を拡張しても問題ないという発想自体が危ういからです。

育児支援や教育無償化などと言うと論点が錯綜するので、この際、少なくとも簡単には将来の富を生まない財政活動を思い浮かべてください。

ケインズ経済学の有名なたとえ話である「道路に穴を掘って埋め戻すという工事でも、失業を解消し総需要を拡大するから、経済にプラスになる」というのでもいいのですが、ややたとえが古臭いので、「毎年百万人の高校生を修学旅行として宇宙ステーションに招待し、そこで青い地球をながめることで環境問題の重要さを感じてもらう」というあたりでどうでしょうか。

こんなプロジェクトを国が始めたら。まあ、普通はインフレが起こるでしょう。それが費用に見合うほどの将来税収を生まないことはまず間違いないからです。

そこでケルトンの議論に従えば増税することになります。そうして増税すれば物価決定式が示すとおりでインフレは抑え込めそうです。でもインフレが抑え込まれれば、宇宙修学旅行計画は合理的であるとされ、次には月世界旅行や火星旅行に計画は拡大するということになるかもしれません。それでインフレが起こればまた増税、というサイクルになります。

この辺りで私たちはケルトンの議論の問題点に気づくことになるでしょう。「インフレ率が限度を超えたら増税」というMMT派のルールは、インフレが起こるような財政活動自体を制約するものではないので、そんな単純なルールを作って安心していると、経済学的には効率が悪い政策の自己拡大サイクルに財政運営が引きずり込まれかねないのです

そして、それは「インフレ率が限度を超えるまでは緩和」という単純なルールで株価を不自然なまでに釣り上げる一方で、貧富の格差拡大に目を背け続けてきた主流派経済学者や中央銀行たちの姿に重なります。

単純なルールによる副作用の自己拡大というリスクを見逃しているのはケルトンの幼さですが、自分たちが主張するルールに潜む同じ問題に気がつかない主流派経済学者たちや中央銀行たちの問題は、幼さではなく傲慢さが背景にあるだけに、実はケルトンより厄介かもしれません。


「安全装置」は機能しているような…

岩村教授の主張には2つ疑問がある。

まず「MTT」を信じて「宇宙修学旅行計画」を実行しても大きな問題が起きていない。「増税すれば物価決定式が示すとおりでインフレは抑え込めそうです」という見立てが正しければ「インフレは抑え込め」る。「増税」するので財政破綻にもつながらない。大不況に陥る訳でもなさそうだ。一体、何が問題なのか。

経済学的には効率が悪い政策の自己拡大サイクルに財政運営が引きずり込まれかねない」と岩村教授は言うが、経済的に大きな問題が起きないのならば、それでいいのではないか。

宇宙修学旅行計画」で「火星」に行ける国にしたいと国民の多くが望んでいる場合、それが「経済学的には効率が悪い」としても、財政破綻やハイパーインフレといった大きな代償を払わずに実現できるのならば、願ったり叶ったりだ。

もう1つ気になるのは「インフレが抑え込まれれば、宇宙修学旅行計画は合理的であるとされ」るとの前提だ。「宇宙修学旅行計画」のせいで「インフレ」になったから「増税」になると聞いて、国民はどう感じるだろうか。「インフレが抑え込まれ」たとしても、それで「宇宙修学旅行計画は合理的」だと判断して「火星旅行」などに「計画」が「拡大する」とは限らない。

宇宙修学旅行計画」のせいで「増税」になるのは許せないから、「計画」を廃止して減税しろと主張する人もいるだろう。そうした声が多数派になれば「インフレが抑え込まれ」たとしても「計画は拡大」しない。「経済学的には効率が悪い政策の自己拡大サイクルに財政運営が引きずり込まれ」ずに済む。

結局、税金で「宇宙修学旅行計画」の費用を賄うことを国民が許容するかどうかの問題に収斂していく。岩村教授が挙げた事例に関して言えば、「MTT」の「安全装置」はきちんと機能しているのではないか。

MTT」を個人的に支持している訳ではない。ただ、否定が難しい理論だとは感じる。多くの記事で否定論を目にしてきたが、その主張に納得できたことはない。今回の岩村教授の説明も例外ではなかった。



※今回取り上げた記事「はたして『MMT』は画期的な新理論なのか暴論か~経済学主流派の欺瞞を暴いた新理論の正体
https://toyokeizai.net/articles/-/333243


※記事の評価はC(平均的)。岩村充教授への評価も暫定でCとする。「MTT」に関しては以下の投稿も参照してほしい。


MMTの否定に無理あり 日経 菅野幹雄氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/mmt-deep-insight.html

「MMTは呪文の類」が根拠欠く日経 上杉素直氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/mmt-deep-insight.html

2020年3月5日木曜日

自らは知恵を絞らない日経社説「柔軟な政策で世界経済の失速を避けよ」

5日の日本経済新聞朝刊総合面に載った「柔軟な政策で世界経済の失速を避けよ」という社説では「各国が効果的な金融緩和や財政出動などの知恵を絞り、世界経済の下支えに万全を期してほしい」と訴えている。日経が得意とする「とにかく何とか上手くやってね」的な社説だ。「世界経済の下支えに万全を期してほしい」と願うならば、まずは自らが「知恵」を絞るべきだ。

資さんうどん 博多千代店(福岡市)
          ※写真と本文は無関係です
社説の中身を見ていこう。

【日経の社説】

新型コロナウイルスの感染拡大による世界経済の失速を避けるため、主要7カ国(G7)が必要な政策手段を総動員すると宣言した。その先陣を切る形で、米連邦準備理事会(FRB)が0.5%の緊急利下げに踏み切った。

景気悪化のリスクを封じ込めたいという当局の意図は理解できるが、政策対応の限界を市場に見透かされているのは否めない。各国が効果的な金融緩和や財政出動などの知恵を絞り、世界経済の下支えに万全を期してほしい

G7の財務相と中央銀行総裁が、新型コロナのまん延に警戒感を強めるのは当然だ。リーマン・ショックのような経済・金融危機とは様相が異なるが、実体経済や金融市場に与える悪影響はもはや看過できない状況にある。

FRBが17~18日の定例会合を待たずに先手を打ったのも、やむを得ない決断だろう。G7以外ではオーストラリアやマレーシアなどの中銀が利下げに動いた。

だが一連の行動で世界の不安が払拭されたとはいえない。G7が共同声明で「あらゆる適切な政策手段を用いる」と訴えても、リーマン危機の直後と同じ結束力を期待するのは難しい。もはや金融緩和の余地は乏しく、財政出動の規模にもおのずと限界がある

G7による政策協調やFRBによる利下げの効果に、市場もいったん懐疑的な反応を示した。株価や金利は不安定な状態が続く。



◎効き目が乏しく弾も残り少ないのに…

米連邦準備理事会(FRB)が0.5%の緊急利下げに踏み切った」上に「オーストラリアやマレーシアなどの中銀が利下げに動いた」のに「一連の行動で世界の不安が払拭されたとはいえない」。さらに「もはや金融緩和の余地は乏しく、財政出動の規模にもおのずと限界がある」という。

ミサイルを打ち込んでも効き目が乏しい上に、ミサイルの残りも少なくなってきている状況で、他の武器も頼りにならないといったところか。そこで「各国が効果的な金融緩和や財政出動などの知恵を絞り、世界経済の下支えに万全を期してほしい」と言われてもとは思う。

残りわずかな頼りない武器でどうやって効果的に戦うのか。そんな方法があるのならば教えてほしいところだ。しかし社説では自らの策は披露せず、各国の政府や中央銀行に「知恵」を求めるのみ。「自分たちに知恵はない」と感じているのならば、今回のような社説はなくていい。

社説の続きを見ていこう。

【日経の社説】

G7を中心とする各国の政策当局は、世界経済と金融市場の安定にそろって協力すべきだ。日銀や欧州中央銀行(ECB)の金融緩和がFRBよりも難しいのは確かだが、追加措置が必要ならば機動的に対応してほしい。



◎「追加措置が必要」かどうかを示さないと…

副作用を上回る効果の見込める追加の金融緩和は日本で難しいとの見方が多い。個人的にもそう思うが、日経が「追加措置が必要」と感じるならば、それはそれでいい。その理由を明確に読者に示してもらえば納得できるかもしれない。

しかし今回の社説では「追加措置が必要ならば機動的に対応してほしい」とお願いしているだけだ。現状で「追加措置が必要」なのか。さらに感染が拡大すれば「追加措置が必要」になるのか。日経自身の判断が社説には欲しい。しかし「追加措置が必要ならば~」で逃げている。

それが日経の「限界」ならば、やはり社説は廃止でいい。


※今回取り上げた社説「柔軟な政策で世界経済の失速を避けよ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200305&ng=DGKKZO56383250U0A300C2EA1000


※社説の評価はD(問題あり)

2020年3月4日水曜日

近鉄百貨店は「業界2番手」? 日経「銘柄診断」の問題点

百貨店の大手と言えば高島屋、大丸松坂屋百貨店、三越伊勢丹といった名前が思い浮かぶ。しかし4日の日本経済新聞朝刊マーケット総合1面に載った「銘柄診断~近鉄百、一時7%安 回復の遅れ懸念」の記事には「百貨店業界で2番手というイメージ」があるのは「近鉄百貨店」という市場関係者のコメントが出てくる。
筥崎宮(福岡市)※写真と本文は無関係です

記事を最初から見ていこう。

【日経の記事】

3日の東京株式市場で近鉄百貨店株が急落した。一時、前日比179円(7%)安の2436円を付けた。前日の取引終了後に発表した2月の売上高(速報値)が新型コロナウイルスの感染拡大で訪日中国人客を中心に落ち込み、ろうばい売りを誘った。終値は7%安の2445円だった。

近鉄百は訪日客を取り込んで売上高を伸ばしてきた。しかし、1月末に中国政府が海外団体旅行を禁止したことを受け、主力店の「あべのハルカス近鉄本店」(大阪市)は免税売上高が7割減少。店全体の売上高も15%減少した。

2月の売上高は百貨店各社が前日にそろって発表した。近鉄百の減少幅は競合と大差はなかったが、この日の株価は、同じく関西地盤の阪急阪神百貨店を傘下に持つエイチ・ツー・オーリテイリング(1%下落)や三越伊勢丹ホールディングス(2%下落)に比べて下げがきつかった。

市場では「百貨店業界で2番手というイメージがあり、回復が遅れるとみなされた」(auカブコム証券の河合達憲チーフストラテジスト)との声があった。


◎「百貨店業界で6番手」辺りでは?

百貨店業界で2番手というイメージがあり、回復が遅れるとみなされた」と「auカブコム証券の河合達憲チーフストラテジスト」が本当に発言したとしよう。だからと言って記者は免罪とはならない。「近鉄百貨店」が「百貨店業界で2番手」なのかどうかは確認すべきだ。

百貨店業界で2番手というイメージ」とコメントしているので、本当の順位が「3番手」ならばギリギリ許容範囲内かもしれない。しかし「百貨店業界」にいる人で「近鉄百貨店」に「2番手というイメージ」を持っている人は皆無に近いだろうし、「3番手」に広げても結果は同じだと思える。実際は「6番手」辺りのようだ。

推測だが、「河合達憲チーフストラテジスト」は「大手とは差がある第2グループ」といった趣旨で「百貨店業界で2番手」と言ったのではないか。

付け加えると「同じく関西地盤の阪急阪神百貨店を傘下に持つエイチ・ツー・オーリテイリング(1%下落)や三越伊勢丹ホールディングス(2%下落)」と書くと「三越伊勢丹ホールディングス」も「関西地盤」に見える。「同じく関西地盤の阪急阪神百貨店を傘下に持つエイチ・ツー・オーリテイリング(1%下落)や、三越伊勢丹ホールディングス(2%下落)」と読点を打った方が良い。

最後の段落にも問題を感じた。

【日経の記事】

今後も厳しい経営環境が続く。近鉄百は2日から新型コロナ対策で営業時間を短縮した。国内外で外出を控える動きも広がり、3月の売上高はさらに落ちこむ可能性がある。株価は当面、下値を探る展開が続く可能性がある



◎「可能性がある」を使うなら…

まず「3月の売上高はさらに落ちこむ可能性がある」「株価は当面、下値を探る展開が続く可能性がある」と「可能性がある」を繰り返すのが上手くない。

記事全般に言えることだが、市場関連記事では特に「可能性がある」を避けてほしい。「3月の売上高はさらに落ちこむ可能性がある」のも「株価は当面、下値を探る展開が続く可能性がある」のも当たり前の話だ。

例えば「現在2万1000円台の日経平均株価は3月中に1万円を割り込む可能性がある」と書くならば、まだ許せる。市場関係者のほとんどが「1カ月以内に日経平均が半値以下に落ち込む」とは思っていないだろう。そこでは「可能性がある」も意味を持つ。

しかし「2万円を割り込む可能性もある」だと「それはそうでしょうね」となってしまう。この場合は「2万円を割り込む可能性が高い」などとしないと、わざわざ記事に入れる意味がない。

今回の記事ならば「3月の売上高はさらに落ちこむ可能性が高い。株価は当面、下値を探る展開が続きそうだ」ぐらいは書いていい。「3月の売上高」や「株価」について決め付けにはなっていないはずだ。


※今回取り上げた記事「銘柄診断~近鉄百、一時7%安 回復の遅れ懸念
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200304&ng=DGKKZO56334320T00C20A3EN1000


※記事の評価はD(問題あり)

2020年3月3日火曜日

「同日」の使い方に難あり 日経 堤健太郎記者「前田建設、不毛なTOB」

2月27日には前田建設がこの配当策を理由にTOBの期限を従来の3月4日から12日に延長したが、同日に前田道路はNIPPOとの資本業務提携の検討入りを打ち出した」と書いてあった場合、「同日」は何月何日を指すか。これが国語の試験ならば「3月12日」と答えるしかない。しかし筆者は「同日2月27日」のつもりで書いているはずだ。
那珂川(福岡市)※写真と本文は無関係です

記事を書いた日本経済新聞の堤健太郎記者には以下の内容で問い合わせを送った。

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 堤健太郎様

3日の朝刊 投資情報面に載った「前田建設、不毛なTOB~利益押し上げ小さく 前田道路は対抗増配 強行してもシナジー疑問」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

前田道路が特別配当で『買収のうまみ』を損なわせるカードを切り、2月27日には前田建設がこの配当策を理由にTOBの期限を従来の3月4日から12日に延長したが、同日に前田道路はNIPPOとの資本業務提携の検討入りを打ち出した

これを信じれば「前田道路」が「NIPPOとの資本業務提携の検討入りを打ち出した」のは「(3月の)12日」です。「打ち出した」と過去形になっていますが、まだ「12日」にはなっていません。「資本業務提携の検討入りを打ち出した」のは「2月27日」のはずです。しかし、記事からは「同日3月12日」と読み取るしかありません。

記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

堤様には先月に以下の内容で問い合わせを送っていますが、まだ回答を頂いていません。こちらも併せて回答をお願いします。

日本経済新聞社 堤健太郎様 桜井豪様

21日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「真相深層~前田道路、資産削減の奇策 配当6倍 前田建設TOBに対抗」という記事についてお尋ねします。「前田道路」が決めた今回の対抗策を「価値ある資産を流出させる『クラウンジュエル』に似ている」とした上で12版の記事では以下のように解説しています。

07年には韓国サムスン電子が米半導体大手サンディスクへの買収を画策した際に使われた。サンディスクが東芝へ生産設備の一部を売却。結果、サムスン側は買収を断念した。前田道路は配当だが、現金流出による資産縮小という点は同じだ

サンディスクが東芝へ生産設備の一部を売却」したのならば「サンディスク」にとっては「現金流出による資産縮小」とはなりません。逆に「売却」によって「現金」が入ってきます。「現金流出による資産縮小という点は同じだ」との説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

ちなみに、最終版では「現金流出による」との文言がなくなっています。誰かが誤りに気付いたのでしょう。

ただ「現金流出による」を削れば済むとは思えません。「生産設備の一部」を売却すれば「生産設備」の「資産」は「縮小」しますが、一方で現金が入ってきます。現金ももちろん「資産」です。なので単純に「資産縮小という点は同じだ」とは言えません。「前田道路は配当だが、資産縮小という点は同じだ」との説明も「問題あり」と見るべきではありませんか。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界最強のビジネスメディア」であろうとする新聞社の一員として責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「前田建設、不毛なTOB~利益押し上げ小さく 前田道路は対抗増配 強行してもシナジー疑問
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200303&ng=DGKKZO56293360S0A300C2DTA000


※記事の評価はD(問題あり)。堤健太郎記者への評価はDで確定させる。堤記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

前田道路と前田建設を「親子」としていた日経がやっと軌道修正
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/01/blog-post_25.html

「現金流出による」を削った理由は? 日経 堤健太郎・桜井豪記者に問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/02/blog-post_21.html

2020年3月2日月曜日

「長々」と続く昔話は行数稼ぎ? 日経 原田亮介論説委員長「核心」

特に訴えたいことはないが、順番が回ってきたので頑張って紙面を埋めてみた--。2日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「核心~疫病が試す政治の強度」という記事を書いた原田亮介論説委員長はそんな気持ちだったのではないか。「1918~19年にパンデミック(感染爆発)を起こしたスペイン・インフルエンザ」について「長々と紹介した」ものの、その後に生きていないのは、このくだりが行数稼ぎだからだろう。
旧福岡県公会堂貴賓館(福岡市)※写真と本文は無関係

記事の流れを中心に全文を見ていこう。まずは最初の段落。

【日経の記事】

新型コロナウイルスの感染が拡大を続けている。震源地の中国は全国人民代表大会を延期し、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の感染対応を批判された日本政府は学校休止にかじを切った。疫病が政治を揺さぶるのは歴史の常だが、微温的だった日本と強権的な中国の対応はあまりに対照的だ



◎「対照的」な日中の対応を描く?

上記のくだりからは「新型コロナウイルス」に関して「微温的だった日本と強権的な中国の対応」の違いをメインテーマに据えたと読み取れる。それはそれでいい。そして「スペイン・インフルエンザ」に話が移っていく。


【日経の記事】

疫病が世界の歴史を変えた事例は1918~19年にパンデミック(感染爆発)を起こしたスペイン・インフルエンザがわかりやすい。諸説あるが当時の世界人口20億人弱のうち5億人が感染、4000万人が死亡したという。日本でも38万人が死亡した。詳細な記録をまとめる「史上最悪のインフルエンザ」(みすず書房刊)から一部を引こう。

まず名称だ。第1次世界大戦で多くの国が情報統制を敷くなか、スペインは中立国で感染拡大を公表したために、不名誉な名前を付けられた。

同書は「実際には18年3月に米国で出現した」という。膠着していた欧州戦線を打開するため、多くの感染者を含む米兵が大西洋を渡り、感染は一挙に欧州で拡大した。

輸送船は「外洋に出る前、すでに医務室のベッドはすべて埋まっていた。病人数は9月30日には700人だったが、航海を終える頃には2000人に膨れ上がっていた」。病のまん延は大戦の終結を早めたとも言われている。

もう一つ特記すべきは、ウィルソン米大統領がパリ講和会議のさなかに感染・発病したことである。大統領の精神的、体力的な衰えが、英仏などが主張する敗戦国ドイツへの懲罰的な賠償請求容認につながったと同書は紹介する。

100年前のことを長々と紹介した。それから感染症研究や公衆衛生学はめざましく進歩した。だが目に見えない新手のウイルスが感染を拡大したとき、まずやるべきは昔とそう変わらない。感染者を隔離し、拡大を防ぐことだ



◎何のために「長々と紹介」?

100年前のことを長々と紹介」するのがダメだとは言わない。それが記事に必須だと納得できれば問題ない。ただ、「まずやるべきは昔とそう変わらない。感染者を隔離し、拡大を防ぐことだ」といっ当たり前の話をするためならば、明らかに長すぎる。そもそも「100年前のことを長々と紹介」した中に「感染者を隔離」することの大切さを直接的に訴える事例も出てこない。

もう一つ特記すべきは、ウィルソン米大統領がパリ講和会議のさなかに感染・発病したことである」とも書いているので、これがその後の展開で生きてくるのかとも思わせる。

さらに続きを見ていこう。

【日経の記事】

今回、中国は最初に大きな失敗を犯した。2019年12月初めに武漢で患者が発生した後、勇気ある医師が告発したのに当局は隠蔽した。公に人から人への感染を認めたのは今年1月20日。この間、感染者の国境を越える移動を止めなかったためウイルスは世界に広がった。

日本政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議のメンバーの尾身茂氏(地域医療機能推進機構理事長)は「原因不明でも感染症が疑われる事例があれば、国際保健規則は速やかに世界保健機関(WHO)に届け出ることを定めている。湖北省の幹部が知らないはずがない」という。

ただその後の対応は強権国家らしい大胆さである。人口1100万人の武漢市だけでなく湖北省も封鎖、団体の海外旅行禁止や工場の操業停止などを次々に打ち出した。マスクなしの外出をドローンで監視し「墨俣の一夜城」のように病院を次々に建てた。交通遮断の動きは浙江省温州市などにも広がり、個人の人権や企業活動の自由より感染拡大を力で押さえ込むのを優先する姿勢を鮮明にしている。

日本の対応はどうだったか。まず武漢在住の邦人帰国のため中国にチャーター便を送ることに力を注ぎ、韓国など他国に先駆けて実現した。

とはいえ習近平国家主席の訪日という政治日程を控え、日本政府には遠慮があったようにもみえる。湖北省と浙江省に滞在した外国人は入国禁止にしているが、中国の他地域からの訪日客受け入れは拒否していない。

クルーズ船への対応には海外を中心に批判が相次いでいる。乗員乗客3700人といえば感染症が広がる1つの街を封鎖するような話だが、そこまでの覚悟があっての横浜港への入港だったかどうか。

後講釈になるが、(1)全員の感染の有無を速やかに判定する検査の供給力(2)着岸後に船内の衛生環境を改善する態勢(3)外国人に正確な情報を提供し、出身国政府に帰国支援を求める努力――。どれもすぐには整わなかったのである。

もともと船は英国船籍で日本政府に国際法上の義務はない。ただ人道的に考えると、今回の対応以外の選択肢も考えにくい。多数の日本人乗客がいる船の着岸を拒否し、窓のない客室で精神的に追い詰められた乗客の下船もさせないというのは、中国ならできたかもしれない。



◎「スペイン・インフルエンザ」との関連は?

メインテーマと思われる「微温的だった日本と強権的な中国の対応」に上記のくだりで触れている。しかし「スペイン・インフルエンザ」の話とは絡めていない。「100年前のことを長々と紹介」したのは何のためなのか、この段階では不明だ。

さらに見ていこう。

【日経の記事】

英調査会社キャピタル・エコノミクスのニール・シアリング氏は「中国の第1四半期の成長率は年率で2桁のマイナスになる」と予想する。習近平体制にとって景気悪化は大きな痛手だ。

それでも早期に感染を終息させ「ウイルスとの戦いの勝利」を宣言できれば、政治基盤が揺らぐことはないだろう。むしろ専制国家の方が人権を重視する民主主義国より感染症には強いという評価が下されるかもしれない。

イベント自粛や小中高への休校要請という厳戒モードに転換した安倍政権はどうか。景気の腰折れを防ぎ、習主席の訪日と東京五輪・パラリンピックを予定通り行う――。パンデミックが迫ってみると、いずれの目標もかなり難しい。五輪は、日本国内が終息しても世界で感染が続けば参加国が制限され競技が成り立たない事態も予想される

感染はいつピークアウトするのか。「史上最悪のインフルエンザ」を訳した西村秀一氏(国立病院機構仙台医療センターのウイルスセンター長)はこう話す。「まだ誰にもわからない」。疫病を完全に制御するのは難しい。政治の強度を試すゆえんである


◎やはり行数稼ぎにしか…

これで記事は終わり。「『史上最悪のインフルエンザ』を訳した西村秀一氏」のコメントを使ってはいるが、「スペイン・インフルエンザ」の話は結局絡んでこない。やはり行数稼ぎのために「100年前のことを長々と紹介した」と見るしかない。

書いている内容も独自性に欠ける。「日本」が「微温的」で「中国」が「強権的」なのは原田論説委員長に教えてもらわなくても、ほとんどの読者が知っているだろう。そこでどんな独自の視点を提供するかが腕の見せ所だが、腕を見せる気があるのかどうかも疑わしい内容だ。

習近平体制にとって景気悪化は大きな痛手だ。それでも早期に感染を終息させ『ウイルスとの戦いの勝利』を宣言できれば、政治基盤が揺らぐことはないだろう」--。この辺りも「それはそうでしょうね」と言うしかない当たり前の予測だ。

日本」に関してはさらに酷い。「安倍政権はどうか」と問いかけて「五輪は、日本国内が終息しても世界で感染が続けば参加国が制限され競技が成り立たない事態も予想される」とまで書いているのに、それがどう政治に影響するのか自らの見方は示していない。何のための論説委員長なのか。

そして「疫病を完全に制御するのは難しい。政治の強度を試すゆえんである」と成り行き注目型の結論で締めてしまう。紙面は埋めたかもしれないが、論説委員長という肩書に値する内容とは言い難い。


※今回取り上げた記事「核心~疫病が試す政治の強度
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200302&ng=DGKKZO56194480Y0A220C2TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。原田亮介論説委員長への評価はDを維持する。原田論説委員長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「2%達成前に緩和見直すべき?」自論見えぬ日経 原田亮介論説委員長
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_77.html

財政再建へ具体論語らぬ日経 原田亮介論説委員長「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_33.html

日経 原田亮介論説委員長「核心~復活する呪術的経済」の問題点
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_20.html

日経 原田亮介論説委員長「核心~メガは哺乳類になれるか」の説明下手
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post.html

中国「中進国の罠」への「処方箋」が苦しい日経 原田亮介論説委員長
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/blog-post_57.html

「中台のハイテク分断に現実味」が苦しい日経 原田亮介論説委員長
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/blog-post_29.html

2020年3月1日日曜日

東洋経済の特集「資産運用マニュアル」の「心得7カ条」に異議あり

週刊東洋経済3月7日号の特集「資産運用マニュアル」の中に、経済評論家の加谷珪一氏が書いた「長期投資のメリットをすべて享受する~資産運用の心得7カ条」という記事が載っている。この「心得」にいくつか異議を唱えたい。
博多リバレインモール(福岡市)※写真と本文は無関係

まず「(1)とにかく継続する」について見ていく。

【東洋経済の記事】

長期積み立て投資の最大のメリットは、長期的な経済成長の恩恵をそのまま享受できることである。過去60年における日本の名目GDP(国内総生産)成長率は平均7%程度だが、日本の株式市場の平均利回りも6%を超えており、経済成長とほぼ等しくなっている。つまりコツコツと投資を続けていれば、経済成長分の利益をかなりの確率で享受できる。6%のリターンというのは、高度成長、バブル経済とその崩壊、リーマンショックなどあらゆる相場を平均したものであり、投資期間が長ければ長いほど、平均的なリターンに近づいてくる。途中で投資をやめないことが重要である。



◎なぜ「積み立て」?

加谷氏によれば「長期的な資産形成を目指す場合には、コツコツと投資残高を積み上げていくやり方がベストだ」そうだ。しかし、記事を読んでも「積み立て」にこだわる理由はよく分からない。

長期的な経済成長の恩恵をそのまま享受」したいのなら、なるべく早めに投資金額を膨らませておくのが得策だ。平均すれば株式投資で「6%のリターン」を得られるとしよう。相続か何かで急に1000万円の資金を得たとする。これを全額すぐに株式投資に充てるのと、毎年100万円ずつ「コツコツと投資残高を積み上げていく」のと、どちらが「長期的な経済成長の恩恵」を「享受」しやすいだろうか。

もちろん前者だ。後者では最後の100万円を9年間も預金か何かで寝かせておくことになる。株式投資に充てるべきだと判断している金額が決まり、手元にその資金があるのなら「積み立て」にこだわる必要はない。

次は「(3)自身の価値観をしっかり持つ」を取り上げる。

【東洋経済の記事】

毎年100万円を積み立て、これに6%の利回りを当てはめてみると、30年後にはなんと8300万円を超える。富裕層入りが見えてくる数字だが、実際はどうだろうか。左ページ図は1985年から毎年100万円ずつ投資した場合の資産額推移だが、30年経過した2015年時点で8300万円とまさに理論値とぴったり一致している。これはバブル崩壊やリーマンショックといった大暴落を含んだ結果であり、少なくとも過去については理論どおりに推移したことを示している。



◎ご都合主義の臭いが…


なぜ「過去」を振り返る時に「1985年」を起点にしたのか。「30年」単位で考える場合、今なら「1990~2019年」にするのが自然だ。しかし、これだと「バブル崩壊」の影響はもろに受けるが「バブル」の恩恵は得られない。そこで「1985年から」にしたのではないか。だとしたらご都合主義の誹りは免れない。

最後に「(4)優良銘柄への投資を徹底する」にも注文を付けたい。

【東洋経済の記事】

具体的な投資対象だが、長期投資を試みる以上、10年で消滅してしまうような企業には投資できないので、必然的に著名な大企業が対象となる。こうした銘柄は高配当であることが多く、配当を再投資に回せば累積のリターンはさらに大きくなる。配当は使ってしまわず、再投資に回すのが原則である。近年、配当ではなく株主優待で還元する企業が増えているが、これは小売店に例えれば、お店で売っている商品を店主が消費してしまうことと同義であり、本当の意味での株主還元にはなっていない。株主優待を過度に重視する企業には注意したほうがよい



◎配当も大差ないのでは?

株主優待」に関して「小売店に例えれば、お店で売っている商品を店主が消費してしまうことと同義であり、本当の意味での株主還元にはなっていない」と加谷氏は言う。だったら「配当」も大差ない。「小売店に例えれば、お店のレジに入っているカネを店主が自分の財布に移す」ようなものだ。なのに「配当」だと「本当の意味での株主還元」になるのか。

個人的には、「配当」に着目するのはほぼ意味がないが「株主優待」は内容次第だと感じる。問題は身を削っているかどうかだ。

配当は企業が手持ちの資金を株主に配るので、必ず身を削る。配当を受け取ると、企業の価値が目減りして株価が下がるので、株主にとって基本的にプラスはない。しかし「株主優待」はそうとは限らない。

株主優待」で生活する著名投資家の桐谷広人氏の行動をテレビ番組で見ていると、株主優待券があるから頑張って映画を観ているのだと思える。映画館の運営会社が株主に優待券を配る場合、会社が負担する直接的なコストはほぼゼロだ。

ただ、本来ならば自腹で映画を観る人が株主だった場合、映画館の運営会社は得られるはずだった利益を優待券の配布で失う。この場合は身を削っていると言える。

ただ、桐谷氏のような株主の場合、運営会社は身を削らなくて済む。空いている席を無料で提供しただけだ(満席の場合は話が変わってくるが、ここでは無視する)。本来得られるべき利益は存在しない。

桐谷氏が映画を観ることに価値を感じている場合、そこで得られた価値は株式投資で得られたものだ。しかも投資対象の企業は身を削っていない(優待券の発送費用などはあるだろうが…)。

優待券をもらっても使わない株主も多いだろう。そう考えると「株主優待」を必ず使う人にとって、企業が身を削らない「株主優待」は魅力的だ。「株主優待」を「本当の意味での株主還元にはなっていない」などと否定的に捉える必要はない。


※今回取り上げた記事「長期投資のメリットをすべて享受する~資産運用の心得7カ条
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/23062


※記事の評価はD(問題あり)。加谷珪一氏への評価も暫定でDとする。