2015年5月31日日曜日

「割安」を理解していない日経の記事

29日の日経朝刊総合2面に出ていた「東京は割安 香港の半額~新築マンション円建て比較」という記事によると、東京のマンションは香港などに比べて割安らしい。しかし、記事の分析は甘すぎて、割安かどうかは何とも言えない。実際の記事を見てみよう。


【日経の記事】
グラン・プラス(ブリュッセル)に建つ市庁舎
            ※写真と本文は無関係です

国際市場の中で日本のマンションやオフィスの割安感が強まっている。民間のまとめによると、4月1日時点の東京の新築高級マンションは、円建てに換算した香港の価格と比べ半額以下の水準だった。為替相場の円安が影響した。海外からみた割安感は強まっており、海外投資家の資金が日本へ流入している。国内不動産値上がりの一因になっている。

28日の日本不動産研究所(東京・港)の発表によると東京の新築高級マンション価格を100とする指数で、香港のマンション価格は4月1日時点で234.9だった。マンションの供給量が限られる香港は高値になりやすい。2014年10月1日と比べ、東京と香港の差が2割弱広がった。

また東京の高級マンションは上海、台北、シンガポールよりも割安だ。


記事には「東京のマンション価格の割安感は円安も背景に」というタイトルの棒グラフが付いていて、香港、台北、上海、シンガポール、東京、北京、ソウル、大阪、クアラルンプール、バンコク、ジャカルタ、ホーチミンの順でマンション価格が高いことを示している。そして記事では「東京の高級マンションは上海、台北、シンガポールよりも割安だ」などと記述している。

しかし、比較しているのはマンションの価格だけだ。記事作成に関わった記者・デスクは「割安」とは何か分かっていないのだろう。「割安」とは「品質や分量の割合から見て安価」という意味だ。株価で言えば、A社株が1000円でB社株が500円であっても、それだけで「B社株は割安」とは結論付けられない。1株当たりの利益などと比べて、初めて割安かどうかを判断できる。

不動産も同じだ。東京のマンション価格が香港の半額以下であっても、賃貸に回したと場合に期待できる賃料水準が香港の10分の1だとしたら「東京のマンション価格は香港より割安」と言えるだろうか。もちろん、様々な指標に照らしても東京のマンションは割安という可能性は残る。しかし、記事では、割安かどうかの情報を読者に提供していないまま「割安」と断定している。

付け加えると「国際市場の中で日本のマンションやオフィスの割安感が強まっている」という書き出しなのに、マンションに関してはアジアの主要都市との比較にとどまっているのが気になった(オフィスに関してはロンドンに触れている)。マンションのグラフは「アジアの主要都市のマンション価格を高い順に並べたもの」と推測できるが、これも記事で説明していない。日本不動産研究所のデータの対象がどうなっているのかは必須の情報だと思える。

※記事の評価はD。

2015年5月30日土曜日

非正規比率上昇でも「雇用の質が改善」?

29日付の日経夕刊1面トップ記事「失業率18年ぶり低水準」によると、「雇用の質も改善している」らしい。何を基準に雇用の質を計るかは意見の分かれるところだろうが、記事の説明では納得できなかった。中身を見てみよう。


【日経の記事】
アントワープ(ベルギー)市内の広告
          ※写真と本文は無関係です

総務省が29日発表した4月の失業率は3カ月連続で改善した。未就職の状態で仕事を探している完全失業者数(季節調整値)は219万人で、前月に比べ2万人減った。このうち勤め先の都合による離職は4万人減の40万人となり、2002年以降で最も少なくなった。

正社員と非正規社員の両方が増え、雇用の質も改善している正規社員は前年同月比6万人増の3294万人、非正規社員は30万人増の1939万人だった。15歳から64歳の就業率は72.9%で0.5ポイント上昇した。


正規社員は前年同月比6万人増の3294万人、非正規社員は30万人増の1939万人」だとすると、非正規比率は明らかに上昇している。これで「雇用の質も改善している」と言えるだろうか。「正規社員減で非正規社員増ならば質の低下だが、両方とも人数が増えているから改善だ」と考えたのだろう。しかし、非正規比率が高まる状況を「質の改善」と言われても同意できない。

さらに言えば「正規社員」「非正規社員」という表現も正確さに欠ける。雇用統計は「社員」のみを対象にしているわけではない。総務省の発表資料でも「正規職員・従業員」「非正規職員・従業員」と表記している。簡潔に表現したいのならば「正規雇用者」などの表現を用いれば済む。

ついでに細かい点で注文を付けておく。


(1)「見方もある」は必要?

【日経の記事】

失業率はリーマン・ショック後の09年7月に5.5%に上昇したが、景気の持ち直しを受けて低下傾向が続いている。現行の賃金水準で働きたい人がすべて雇用されている「完全雇用」に一段と近づいたとの見方もある

「見方もある」は要らないだろう。失業率が低下しているのだから、完全雇用から遠ざかっていないのは明白だ。それより、日本ではどの程度の失業率になると完全雇用なのかに言及してほしかった。すでに「ほぼ完全雇用」との見方もあるようだが…。


(2)「採用が活発になり離職者が減った」?

【日経の記事】

景気の緩やかな回復を映し、雇用や企業の生産活動の改善が続いている。4月の完全失業率は3.3%と前月に比べ0.1ポイント低下。1997年4月以来、18年ぶりの低水準となった。企業の採用が活発になり離職者が減った。IT(情報技術)関連などの生産が増え、鉱工業生産指数は前月比1%増となった。ただ、家計の消費支出はマイナスで、個人消費の本格回復には至っていない。


企業の採用が活発になり離職者が減った」という説明が引っかかった。「企業の採用が活発になるからには雇用環境がいいので、解雇などによる離職者が減った」と言いたいのかもしれない。しかし、「企業が積極採用を進めているのならば、今の仕事を辞めても新しい職が見つかるだろう」と考える人が多くなり、自発的な離職者が増える可能性もある。つまり「企業の採用が活発になった」としても、「だったら離職者は当然減るよね」とはならない。

今回の場合、「企業の採用が活発になり求職者が減った」と書いてあった方が、失業率が低下した要因としてはしっくり来る。


(3)「4月にずれ込んだ」と書くと…

【日経の記事】

住宅リフォームなどの支出が減り「住居」が実質で20.6%減り、全体を大きく押し下げた。総務省は「増税前の駆け込み需要で膨らんだリフォーム費の支払いが4月にずれ込んだことが影響した」と説明した。


4月にずれ込んだ」のは「昨年4月」の話だろう。しかし記事の書き方だと、形式的には「今年4月」となってしまう。この辺りは丁寧に書いてほしい。「支出が減り『住居』が実質で20.6%減り」と「減り」を繰り返しているのも拙い。例えば「住宅リフォームなどの支出が落ち込んだため『住居』が実質で20.6%減り、全体を大きく押し下げた」とすれば、違和感はない。


※1面トップ記事なのに、全体として完成度が低すぎる。記事の評価はD。

2015年5月29日金曜日

デフレ脱却は「日銀への信頼が高まってこそ」?

28日付の日経夕刊に出ていた「日銀ウオッチ~『弱気のタカ』なぜ生まれた?」(マーケット・投資2面)は基本的によく書けている。着眼点もいい。ただ、結論部分に以下のような気になる説明があった。

アントワープ中央駅(ベルギー) 
           ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

日銀の金融政策に対する信頼が高まってこそ、人々が予想する物価上昇率が上がり、デフレ脱却も確実になる。それなのに、政策を決める肝心の政策委員会自体が揺らいでいないか。


筆者の石川潤記者は「人々が予想する物価上昇率が上がり、デフレ脱却も確実になる」ためには「日銀の金融政策に対する信頼」が高まる必要があると考えているようだ。しかし、そう簡単に言い切れるとは思えない。「信頼が一定の場合」や「信頼が失われた場合」でも、予想物価上昇率(あるいは実際の物価上昇率)は上がり得る。

言うまでもなく、物価は日銀の金融政策に対する信頼のみに左右されるわけではない。例えば、原油価格が短期間に現在の2倍となれば、日銀への信頼に変化がなくても予想物価上昇率は上がるはずだ。もちろん日銀への信頼度も物価に影響する可能性はある。日銀の金融政策に対する信頼が決定的に失われた場合も、「デフレ脱却」への道筋を描ける。「日銀は通貨価値を守るつもりがない。無茶な金融緩和で円の価値をどこまでも毀損させるつもりだ」と多くの人々が確信すれば、円資産からの逃避などを通じて「悪いインフレ」が実現する公算大だ。

そもそも、人々の期待に働きかけて物価上昇率を高めるという日銀の考え方には懐疑的な見方が多い。「日銀の金融政策に対する信頼が高まらないと、デフレ脱却も不可能」と断定するような書き方には疑問を感じた。

ついでにもう一点指摘しておく。


【日経の記事】

奇妙なのは3人が昨年10月の追加緩和に慎重だった委員だということだ。白井委員は最終的に賛成に回ったが、木内、佐藤の両委員は反対を貫いた。木内委員は今年4月以降、資金供給量を減らす独自提案を続けており、事実上の引き締めを求めてさえいる。

一般的に景気や物価に慎重であれば、追加緩和に積極的になるはず。だが実際には、景気や物価の先行きに慎重で、追加緩和にはさらに慎重だという委員が増えているように映る。

「弱気のタカ」がなぜ生まれるのだろうか。委員の頭の中をのぞくことはできないが、委員が現在の異次元緩和の効果自体に懐疑的になっているからだと考えると、辻つまが合う。


引っかかったのは「委員の頭の中をのぞくことはできない」というくだりだ。筆者の石川潤記者は「物価見通しに慎重なのに、なぜ追加緩和には消極的なのか」と3人の日銀政策委員について論じている。厳密な意味で言えば「頭の中をのぞくことはできない」。しかし、どういう考えから3人の委員が意見形成しているかは、各委員が講演で述べた内容などから推論できるはずだ。講演の内容は記事にもなっている。そうした材料はなぜ無視したのか不思議だ。

※記事の評価はC。日経の平均的な編集委員が書くコラムよりは質が高いと思える。石川潤記者の評価もC(暫定)とする。

2015年5月28日木曜日

西友の宣伝を手伝うだけなら…

企業の情報発信は多くが「宣伝」だ。営利目的の組織なのだから、責められる話ではない。一方、メディアが企業の宣伝に乗っかる記事を提供するだけならば、わざわざメディアを介する意味はない。そうした視点で捉えると、28日付日経朝刊の「西友・上垣内CEO就任会見~価格据え置き400品目 安売り継続で倍増」(企業・消費面)は問題がある。


ネロとパトラッシュの像(ベルギーのホーボーケン)
            ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

世界最大の小売業、米ウォルマート・ストアーズ傘下の西友の最高経営責任者(CEO)に就任した上垣内猛氏=写真=が27日、都内で記者会見を開いた。6カ月間、販売価格を据え置く商品数を従来の倍の約400品目にすると表明。ウォルマート流の低価格戦略が効果を発揮しているとして「今後もEDLP(毎日安売り)を軸とする方針に変更はない」と強調した。

 5月29日に、雪印メグミルクの牛乳(1リットル入り、税別198円)や、アイスの「ハーゲンダッツ ミニカップ バニラ」(110ミリリットル入り、同188円)など、新たに207品目を価格据え置きの対象とする。昨年秋以降、大手食品メーカーによる値上げ方針の表明が相次いでおり、小売り側の価格据え置き戦略は集客効果が大きいとみている。3月から対象とした200品目はその後の売り上げが2割増と好調だ。上垣内CEOは「増税などで消費者の生活防衛意識は高まっている。当社の戦略に追い風」と話した。



「価格据え置き」という本来ならインパクトのない商品政策を宣伝の材料にしている西友は、上手いと言えば上手い。ただ、この内容をそのまま記事にして、宣伝の手伝いをするだけでは、メディアとしてあまりに力不足だ。

「価格据え置き」の場合でも、メーカーからの仕入れ価格が上がったのに、小売段階で転嫁しないのならば評価できる。しかし、西友が選んだ400品目がそうした商品なのか、記事中には説明がない。また、「倍増」をすごいことのように書いているが、全体のアイテム数に占める比率は不明だ。これは触れてほしかった。コンビニでも3000程度のアイテムを揃えているようなので、スーパーであれば、400品目とは全体の10分の1以下だろう。

現状のようなインフレ率1%以下の状況では、全体として見れば価格据え置きはそれほど負担の大きな商品政策ではない。据え置き率が50%を超えていても驚く必要はないだろう。今回のような400品目ぐらいでよいのならば、メーカーが値上げした商品は対象から外し、それ以外の商品の一部の価格を据え置けばいい。

実際に西友がそういうセコい手を使っているかどうかは分からない。。そこをチェックする役割をメディアが担うべきだ。「今後もEDLP(毎日安売り)を軸とする方針に変更はない」「増税などで消費者の生活防衛意識は高まっている。当社の戦略に追い風」などと西友の言い分を垂れ流すだけならば、メディアの存在意義はない。

※記事の評価はD。

2015年5月27日水曜日

スイスの徴兵制は60歳を超えてから?

ダイヤモンド5月30日号の「オピニオン縦横無尽」で、目を疑うような記述に出くわした。問題の部分を見てみよう。

グラン・プラスの「王の家」(ブリュッセル)
            ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

ただ一点を除いてここまでは大筋で正しいといえる。ギブニー氏が間違っているのは、中立を守り続けていたスイスと現行憲法を与えられた日本の相違である。スイスは男女を問わず、国民は徴兵の義務を負う。六〇歳を超えると、毎年、年代層に応じて数日間の軍事訓練を受ける義務も負う。有事の際には国民全員が武器を持って戦うとされている。それでも敗れた場合、スイス国民は国の主要な施設を焼き払い、敵に渡さないようにすることを求められている。日本は単なる非武装にされた。戦うことを禁じられた。この大きな差に、ギブニー氏は目を向けず、マッカーサーの与えた「武力保持を許されない日本」が最善だと言っているのである。


「60歳を超えると軍事訓練の義務? それまでは訓練しなくていいの? なぜ60歳? スイスって高齢者が徴兵制を担っているの? でも、まさか…」と疑問が一気に浮かんできた。それだけではない。調べてみると、2013年の国民投票の時点では、男性のみに徴兵の義務が課されていたようだ。その後に女性にも対象が広がったのかもしれないが、そうした情報は確認できなかった。なので、ダイヤモンドに疑問をぶつけてみた。


【ダイヤモンドに問い合わせた内容】

5月30日号「オピニオン縦横無尽」についてお尋ねします。筆者の櫻井よしこ氏は記事中で「スイスは男女を問わず、国民は徴兵の義務を負う。60歳を超えると、毎年、年代層に応じて数日間の軍事訓練を受ける義務も負う」と述べています。この説明に関して(1)徴兵の義務を負うのは男性のみではないか(2)軍事訓練の義務を負い始める年齢が「60歳(あるいは61歳)」では高齢すぎないか--との疑問を抱きました。徴兵に関する国民投票(2013年)の結果を報じた記事などの情報を総合すると「女性は志願制で、男性が軍事訓練の義務を負うのは19~20歳からではないか」との心証を得ました。記事の説明は2点とも誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

「60歳」に関しては、「50代までは数年ごとの軍事訓練だが、60歳を超えると毎年になる」といった趣旨である可能性なども考慮しました。しかし、素直に読めば「スイスでは、50代までは軍事訓練を受ける義務はない。徴兵制度を担っているのは60代以上だ」と解釈するのが自然です。

25日に問い合わせフォームから質問を送ったが、丸2日経った現在までに回答はない。返事が来ないとは思わないが…。


※その後にダイヤモンドから回答あり。「櫻井よしこ氏の悲しすぎる誤り」「櫻井よしこ氏への引退勧告」を参照。

2015年5月26日火曜日

「残業代ゼロ」見出し 東洋経済の回答

「残業代ゼロ」見出しに関する質問への回答が東洋経済の担当者から届いた。内容は以下の通り。


【東洋経済へ送った質問】

東洋経済5月30日号に掲載されている大内伸哉神戸大学教授のインタビューに関してお尋ねします。見出しは「ホワイトカラー・エグゼンプションを考える 『残業代ゼロ』と考えるのは間違っている」となっていますが、記事を最初から最後まで読んでも「残業代ゼロと考えるのは間違っている」との趣旨を大内教授が述べている部分が見当たりません。残業代ゼロに言及した箇所では「残業代ゼロが広がるのではないかと懸念する声も多い。しかしむしろ日本社会の真の問題はWE(ホワイトカラー・エグゼンプション)に適した労働者が少ないことにある」と述べているだけです。このくだりからは、「WEを適用すれば残業代がゼロになるのは、話を進める上での前提となっている」と解釈できます。つまり今回の記事では、大内氏が主張していないことを見出しに取っているのではありませんか。「そうではない」とのお考えであれば、どの部分から「『残業代ゼロ』と考えるのは間違っている」との見出しを導き出したのか教えてください。



【東洋経済の回答】

ご指摘のように、正確にいえば、タイトル(見出し)に直接呼応する表現はありません。

残業代ゼロを考えるのは間違っている→そもそもWEの少ないのが日本→WEへの発想を変えようというのが論旨でした。文章を一字一句対応させると、「残業代ゼロと考えるのは間違っている」とはなりませんが、 ご本人とのインタビュー中でそうしたお話しも出ていて、それにひっぱられましたうらみはございます。


「タイトル(見出し)に直接呼応する表現はありません」と率直に答えているし、回答に要したのも2日で遅くはない。回答の中の「残業代ゼロを考えるのは間違っている→」のくだりは若干引っかかったが、それよりもきちんと回答してくれたことを評価したい。

※記事の評価はC。

「残業代ゼロと考えるのは間違っている」は間違い?

東洋経済5月30日号の「特集/日本型雇用システム大解剖」で気になるインタビュー記事があった。「『残業代ゼロ』と考えるのは間違っている」という見出しに釣られて読んでみたのだが、どこにもそういった趣旨の発言がなかった。そこで、以下の質問を東洋経済に送ってみた。


【東洋経済へ送った質問】
ベルギーのブリュッセル市街    ※写真と本文は無関係です

東洋経済5月30日号に掲載されている大内伸哉神戸大学教授のインタビューに関してお尋ねします。見出しは「ホワイトカラー・エグゼンプションを考える 『残業代ゼロ』と考えるのは間違っている」となっていますが、記事を最初から最後まで読んでも「残業代ゼロと考えるのは間違っている」との趣旨を大内教授が述べている部分が見当たりません。残業代ゼロに言及した箇所では「残業代ゼロが広がるのではないかと懸念する声も多い。しかしむしろ日本社会の真の問題はWE(ホワイトカラー・エグゼンプション)に適した労働者が少ないことにある」と述べているだけです。このくだりからは、「WEを適用すれば残業代がゼロになるのは、話を進める上での前提となっている」と解釈できます。つまり今回の記事では、大内氏が主張していないことを見出しに取っているのではありませんか。「そうではない」とのお考えであれば、どの部分から「『残業代ゼロ』と考えるのは間違っている」との見出しを導き出したのか教えてください。


記事内容から「残業代ゼロ」を使って見出しを付けるとすれば「『残業代ゼロ』が真の問題ではない」ぐらいが限界だろう。「残業代ゼロと考えるのは間違っている」との見出しが成立するためには、「実はWEでも残業代の付く余地がある」「残業代ゼロというより基本給以外ゼロと考えるべきだ」といった内容がないと苦しい。大げさな見出しを付けたくなる気持ちは分かるが、それをやってしまうと、結局は読者の信頼を失ってしまう。

前回、東洋経済に問い合わせした時には、回答までに1週間以上を要した。今回はきちんと回答してくれるだろうか。

2015年5月25日月曜日

日経1面「ROE10%超 3社に1社」のいい加減さ

新聞の顔とも言える1面のトップ記事がいい加減な作りならば、それ以外の記事に期待できるはずがない。25日の日経朝刊に載っている「ROE10%超 3社に1社」は、まさに「1面アタマを飾ったいい加減な記事」だ。

ドイツのデュッセルドルフ中心部  ※写真と本文は無関係です
記事は「日本企業の資本効率が高まっている」との書き出しから始まる。しかし、最後まで読んでも、日本企業の資本効率が高まっているかどうか判断できる数値が見当たらない。記事ではROEに焦点を当て、「日本経済新聞社が14年度決算を発表した東証1部上場1714社(金融など除く)を集計したところ、32%(549社)のROEが10%を超えた米国の主要企業の平均13%、欧州の平均9%と匹敵する水準を保つ企業が増えてきた」と書いている。しかし13年度などとの比較はない。

経済記事では数値の比較が重要だ。「日本企業の資本効率が高まっている」姿を見せるのが記事の狙いなのだから、14年度決算の数値を基にするのであれば、それ以前との比較は不可欠だ。記事には「14年度のROEが改善した主な企業」というタイトルの表は付いているものの、13年度以前にROE10%超の企業がどの程度あったのかには触れないまま「10%超の企業が増えた最大の要因は~」などと背景の分析に移っている。

では、平均ROEか何かのデータを用いて資本効率が改善している姿を示しているかと言えば、そうでもない。記事によると「14年度は大企業を中心に業績が上向き、平均ROEは8.2%と13年度(8.6%)とほぼ同じ水準に並んだ」そうだ。具体的な数値を見ると、平均ROEは低下している。これで本当に「日本企業の資本効率が高まっている」と言えるのだろうか。

この記事がいい加減な作りになってしまったのは、当初想定していたストーリーに縛られ過ぎているからだと推測できる。3月決算発表がほぼ出揃った段階で、ROE関連記事を作ろうと考えたのだろう。その際に「ROE重視の企業が増えてきたし、企業業績もいいので、ROE10%超の企業が増えているのではないか。それを軸に1面アタマ記事に仕立てよう」とでも考えたはずだ。しかし、データを揃えてみたら、想定とは違ったものになってしまった。そこで「ROE10%超は3社に1社」を強調して、13年度との比較には触れず、低下した平均ROEに関しては「ほぼ同じ水準」と書いてごまかすことにしたと考えれば、納得できる。

ある程度のストーリーを思い描いて準備を進めるのは悪くない。しかし想定外の内容になった時に、当初のストーリーに固執するのは百害あって一利なしだ。当初のストーリーに強引にはめ込もうとすると、どうしても無理が生じる。想定と違うデータしか集まらなかったならば、ストーリーも書き換えるしかない。

今回の記事で言えば、「企業の意識も高まってきた。業績もいい。なのに平均ROEはなぜ低下したのか」との観点で記事を書いた方が興味深かった。それができない社内の「慣性」や「空気」があるのは分かる。しかし、それを言い訳にするようでは、今回のようないい加減な記事が紙面から消える日は永遠に訪れない。

※記事の評価はD。

2015年5月24日日曜日

日経の「拡販」記事は読む必要なし

日経で主見出しに「拡販」が入ってたら、読む必要のない記事だと判断して間違いない。「拡販」は無理に記事を生み出す時に使いやすい言葉であり、記事の質も基本的に高くない。典型例として、23日朝刊企業面の3段記事「大塚製薬 香港で機能性食品拡販」の全文を見てみよう。
オランダのロッテルダム中央駅から見えるビル
            ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

大塚製薬は香港で機能性食品を拡販する。このほど栄養ドリンクの「オロナミンC」、飲料などに溶かして飲む食物繊維食品の「賢者の食卓」を発売した。既に販売しているスポーツ飲料「ポカリスエット」や栄養食品「ソイジョイ」などに加え、販売品目を増やす。健康志向の高まりに伴い、ビジネスマンなどの需要を見込む。

オロナミンCはこれまで韓国や中東諸国で展開している。日本を除き8カ国・地域目となる香港は、社会ストレスの増加などを背景にビタミン飲料やエナジードリンクの市場が拡大している。価格は1本12.9香港ドル(約200円)と、日本(105円)よりも高めに設定し、ブランド化を目指す。

賢者の食卓は初の海外展開。糖分や脂肪の吸収を抑える効果があるとされ、外食の多いビジネスマンや富裕層への拡販を目指す。

2014年4~12月期の大塚ホールディングスの機能性食品事業の売上高は2381億円。国内販売は伸び悩むが、海外売り上げは増加傾向にある。


「オロナミンC」は5月20日、「賢者の食卓」は4月23日に大塚製薬が香港での発売を発表している。「何日も前に発表したものを今頃書くな」と言う気はない。しかし、ニュースリリースの内容を抜粋して1つの記事に仕上げたとしか取れない内容ではダメだ。記事はニュースリリースと決算短信さえあれば、ほぼ取材なしで書ける。こんな付加価値のない記事を世に送り出して、筆者は平気でいられるのだろうか。

「拡販」を柱に据えるのならば、売上高をどの時期にどの程度拡大しようとしているのかは必須の情報だ。上記の記事の場合、大塚製薬が香港で機能性食品を年間いくらぐらい販売していて、それをどこまで伸ばそうとしているかは外せない。大塚製薬がその情報を教えてくれないとしたら、「オロナミンC」「賢者の食卓」に関して、香港での販売目標を入れ、そこからどの程度「拡販」するのかを読者に見せるといった工夫がいる。そうした情報さえ得られないのならば、「拡販」を柱に据えて記事を書くのは諦めるべきだ。

記事で「大塚ホールディングスの機能性食品事業の売上高」には触れていても、香港の売上高に関する情報はない。海外全体の売上高でさえ具体的な数値はなく、言ってみれば「読者をなめた記事」だ。

今回の記事には「なぜ他の地域ではなく香港なのか」も入れたい。香港に関して「健康志向の高まり」「社会ストレスの増加」といった文言が記事中に出てくるものの、なぜ他地域ではなく香港なのかは分からない。さらに言えば、もし自分が筆者ならば、中国全土に販路を広げる考えがあるかどうかにも言及しただろう。

付け加えると、記事の最後の方で注釈なしに「大塚ホールディングス」が出てくるのは感心しない。冒頭では「大塚製薬は~」と書いているのだから、最終段落で大塚ホールディングスを出すのであれば「大塚製薬の親会社である大塚ホールディングス」などと表記すべきだ。

※工夫のかけらも感じられない安直な記事であり、評価はEとする。

2015年5月23日土曜日

スカイツリー 「平日底上げ」はどこへ?

23日付の日経朝刊に「開業3年 スカイツリー客足鈍る」(企業・消費面)という記事が出ている。この中で、来場者減少を食い止めるカギは「平日の入場者数の底上げ」と書いているが、最後まで読んでも「土日祝日ではなく平日の入場者数を底上げするための策」が見当たらない。記事は以下のような展開になっている。
オランダのロッテルダム市庁舎   ※写真と本文は無関係です


【日経の記事】

低迷打開のカギを握るのは平日の入場者数の底上げだ。634メートルと日本一の高さを誇るツリーの泣きどころは風。強風で揺れると自動的にエレベーターが停止するため、14年度に営業の一時休止や完全な中止に追い込まれた日数は28日に上った。

日時指定のチケットを予約しても昇れないケースが頻発するため、特に修学旅行などの団体に敬遠されがち。近くの浅草エリアは訪日外国人に人気のスポットだが、海外からの旅行ツアーにもツリーは組み込みにくいとの声が上がる。

こうした事態を打開するため、15年度は稼働停止による入場者減を覚悟のうえで、4基あるエレベーターのうち2基を改修する。エレベーターをつるすロープの強度を高めて、強風でも揺れにくくする。1基目は既に3月に工事を始めており、9月に完成予定。2基目は秋に工事を始める。

現在の大人・日時指定のチケット代は2570円で、値下げはしない方針。エレベーター改修による観光スポットとしての復権にこだわり、なかでも訪日外国人の需要の取り込みに力を入れる。



平日の入場者数を底上げするための打開策は、エレベーターを改修して営業休止を減らすことなのだろう。しかし、これは平日だけでなく土日祝日の底上げ策にもなるはずだ。「団体客や外国人は平日に集中するので、エレベーターの改修は特に平日の底上げ策になる」という話ならば、そう明示してほしい。

なぜ土日祝日ではなく平日の底上げが低迷打開のカギなのかも説明がないので、「平日の落ち込みが激しいのかな」などと想像するしかない。本来なら、その辺りにも触れた上で、エレベーター改修が特に平日に効く理由を述べてほしかった。

ついでに記事中で気になった表現をいくつか指摘しておく。


(1)「旅行ツアー」にダブり感

「ツアー」には「旅行」という意味があるので「海外からの旅行ツアー」にはダブり感がある。「海外からのツアー」でいいのではないか。


(2)「既に」は必要?

記事はできるだけ簡潔に書いてほしい。「1基目は既に3月に工事を始めており」の「既に」は必要ないと思える。


(3)スカイツリーは一度落ちぶれた?

観光スポットとしての復権」という表現も引っかかった。現在のスカイツリーが観光スポットとして落ちぶれた存在ならば「復権」でもいいだろう。しかし、今も東京を代表する人気観光スポットのはずだ。2年連続で入場者数が減りそうだとはいえ、「復権」という言葉を使うのは大げさに過ぎる。

※記事の評価はD。

日経の地域経済面…短いベタ記事に問題山積

日経の地域経済面を久しぶりに読んでみた。相変わらず完成度が低い。九州経済面の22日付のベタ記事「一蘭 全従業員対象に接客マナー検定」を例に取ろう。


【日経の記事(全文)】
アントワープ(ベルギー)の裁判所 
               ※写真と本文は無関係です

豚骨ラーメン店を手掛ける一蘭(福岡市、吉冨学社長)は全従業員を対象にユニバーサルマナー検定を実施する。自分以外のことを思いやれるようにすることで、すべての来店客が心地よく過ごせるようにする。福岡のほか、東京や大阪で実施する。


障害者や高齢者の定義、ユニバーサルデザインの基礎知識、心構えなどを学ぶ。200人以上の全社員が対象になる。


わずか16行の記事の中によくもこれだけ問題点を詰め込めたと感心してしまう。気になる点を列挙してみる。


(1)Whenがない

この記事も、日経のお家芸とも言える「Whenがない記事」だ。これからの話を記事にしているのだから「When」は必ず入れてほしい。


(2)いきなり「ユニバーサルマナー検定」はちょっと…

「ユニバーサルマナー検定」とは日経(あるいは九州経済面)の読者なら当然知っているものなのだろうか。とてもそうは思えない。枕詞を付けて読者の理解を助けるといった配慮が欲しい。


(3)余計な言葉が多い

思いやりとは基本的に自分以外が対象となるものなので、「自分以外のことを思いやれる」と書く必要があるのか疑問だ。「すべての来店客が心地よく」というくだりも「すべて」はなくていい。ついでに言うと「こと」「実施する」を繰り返しているのも上手くない。


(4)何の「心構え」を学ぶか不明

「障害者や高齢者の定義、ユニバーサルデザインの基礎知識、心構えなどを学ぶ」と書いてあると、何を学ぶのだと読者は受け取るだろうか。読点を頼りに考えれば「障害者や高齢者の定義」「ユニバーサルデザインの基礎知識」「心構え」だろう。しかし、単に「心構え」と言われても何を学ぶのか分からない。「ユニバーサルデザインの心構え」と解釈したくなるが、「デザインの心構え」もイメージしにくい。それに「ユニバーサルデザイン」も注釈なしに使うのは問題がある。「ユニバーサルマナー」との関係も分かりづらい。


(5)誰が対象か分かりづらい

最初は「全従業員が対象」と書いているのに、最後の方では「全社員が対象」となっている。ラーメン店チェーンならば、常識的には従業員の中にアルバイトもいるはずだ。アルバイトは検定の対象なのか違うのか、よく分からない。


(6)学ぶ内容が「思いやり」につながっていない

自分以外のことを思いやれるようにすることで、すべての来店客が心地よく過ごせるようにする」ための検定のはずだ。しかし「障害者や高齢者の定義」「ユニバーサルデザインの基礎知識」を学ぶと思いやりの心を持てるようになるのだろうか。「心構え」は思いやりと関連がありそうな感じだが、何の「心構え」なのか不明なので何とも言い難い。


「検定」を受けるだけで「学べる」のかどうかよく分からない。こうした点も含めて(1)~(6)の問題点を解消した改善例を示しておく。情報が足りない部分は適当に補っているので、事実とは必ずしも合致しない。



【改善例】 ※事実と異なる内容を含む可能性あり

豚骨ラーメン店を手掛ける一蘭(福岡市、吉冨学社長)は、高齢者や障害者への理解度を測れるユニバーサルマナー検定を6月から全社員に受けさせる。検定時に受ける講習などを通じ、社会的弱者への思いやりを身に付けさせ、接客に生かしてもらう。

講習では、障害者や高齢者に接する時の心構えなどを学ぶ。200人以上いる社員には、福岡、東京、大阪のいずれかの試験会場で、来年3月までの受験を義務付ける。


※全体を通して決定的な問題点はないものの、短いベタ記事でこれだけ問題点があるのは致命的。典型的な粗製乱造型の記事であり、デスクなどのチェックもまともに働いていない点を重く見て、記事の評価はEする。



「会社研究 ホンダ(下)」への疑問

「会社研究 ホンダ」には疑問が多く残った。特に22日付の(下)は理解に苦しむ説明が目立つ。その中でも気になったのが、ホンダの現地生産への評価だ。具体的に見てみよう。

【日経の記事】
グラン・プラス(ブリュッセル)で売られていた絵画
                          ※写真と本文は無関係です

だが、減産は4~9月期でほぼ一巡。北米での新型「シビック」投入を機に下期から反転攻勢に入る。その前にホンダは積年の課題にめどを付ける覚悟を決めた。

1980年代以降の北米展開で、ずばぬけた強さをホンダが示したのは徹底的な現地生産シフトで為替変動のリスクを抑えたことが大きい。北米の現地生産比率は99%と車7社で断トツだ。とくに金融危機後の円高局面ではその強さが際立ち、11年3月期に上場企業で最多の純利益を稼ぎ出す原動力となった。

だが構造的な円高対応が前期は裏目に出た。輸出比率が富士重工業で8割弱、トヨタ自動車も約5割に上るのに対し、ホンダはわずか3%。このため円安の追い風を生かせず、前期の円安効果は790億円と、販売台数で約5分の1の富士重(約1000億円)を下回る結果となった。


上記の説明からは「現地生産比率の高さがホンダの積年の課題」と受け取れる。しかし、そうだろうか。「積年の課題」と言うからには、現地生産比率の高さはずっと経営上の問題点とされてきたのだろう。ならば、なぜ積極的に現地生産シフトを進めたのかとの疑問が湧く。現地生産比率の高さが円高局面で強さを発揮したのならば、なおさら「積年の課題」だったのか疑わしい。こうした点に留意しながら記事を読み進めると、さらに疑問が浮かび上がってくる。


【日経の記事】

需要が伸びる海外への生産シフト自体は正しい戦略だが、国内で安定的に稼ぐことが前提だ。世界の研究開発の中枢を担う単独収益の悪化は、グローバル商品競争力の低下につながりかねない。岩村哲夫副社長は「リスクへの備えが不十分だった」と反省する。

ホンダは反攻に向けて始動した。一つは生産の国内回帰だ。今夏以降、「フィット」の英国での生産をとりやめ、メキシコからの移管分と合わせ約5万台分の生産を寄居工場に移す方向だ。これで稼働率低迷に直面する寄居工場の稼働率はほぼ100%になり、採算が上向く。今期の輸出比率は1割近くまで上昇する公算で、円安効果も享受しやすくなる。


筆者である奥貴史記者は「海外への生産シフト自体は正しい戦略」とも書いている。ならば「なぜ海外生産比率の高さが積年の課題なのか」との疑問はさらに膨らむ。「海外シフトは正しい戦略だが、国内で安定的に稼ぐことが前提だ」との主張をとりあえず受け入れるとしても、その解決策が海外から国内への生産移管というのは理解に苦しむ。

ホンダの場合、国内の工場の稼働率が高まるのは、海外生産を国内に戻して輸出するからのようだ。輸出は海外で稼いでいる分と考えるのが一般的。ならば、いくら稼働率が上がっても「国内で稼いでいる」とは言い難い。

世界の研究開発の中枢を担う単独収益の悪化は、グローバル商品競争力の低下につながりかねない」との説明も苦しい。単独での収益が厳しくても、海外子会社の業績が良いのならば、子会社から資金を吸い上げれば済む話。生産拠点を国内に移せる支配力を持っているのだから、資金を本体に動かすのも容易なはずだ。連結業績が良くても単独業績が悪化すると必要な研究開発資金を捻出できないような体制ならば、単独業績を改善させる前にやるべきことがある。

記事では、「円安メリットを享受できる体制が望ましい」と示唆している。しかし、一般的に言えば為替相場の変動で業績が大きく変わるよりも、影響を受けにくい方が望ましいはずだ。円安メリットがある企業は裏返せば円高デメリットもある。ホンダは望ましい方向から望ましくない方向へ動こうとしているようだが、それがなぜ必要なのか伝わってこなかった。

グループ全体の生産能力を削減しないまま国内生産にシフトすれば、国内の稼働率は上がっても海外の稼働率低下で相殺される。海外の生産能力を削って、その分を国内に回すのならば、国内で能力を減らしてはダメなのかとの話になる。

ホンダが国内に生産を戻すのには、それなりの合理的な根拠があるはずだ。記事に出ていた「地域間で車を融通し、需要が強い地域に柔軟に供給する」という話なら、まだ分かる。しかし「現地生産比率の高さがホンダの積年の課題で、円安メリットを得られるように国内回帰を進める」と言われると、首を傾げざるを得ない。

※記事の評価はD、奥貴史記者の評価もD(暫定)とする。

2015年5月22日金曜日

土方細秩子氏が辛すぎる東洋経済「マクドナルド絶体絶命」

こんな外部ライターをなぜ使うのかと首を傾げたくなる記事が東洋経済5月23日号に出ていた。「マクドナルド絶体絶命」という特集の中の「米国でも危機は深刻! 新興勢力の追撃もきつい」(筆者は米国在住ジャーナリストの土方細秩子氏)という記事は、冒頭部分からいきなり厳しい。

【東洋経済の記事】
アントワープ(ベルギー)市内を走るトラム ※写真と本文は無関係です

米マクドナルドの2015年1~3月期決算は悲惨なものだった。販売総額は59億ドルと昨年同期比11%減、収益も8億1150万ドルと、過去6年で最低となった。この結果を受け、スタンダード&プアーズ同社の格付けをAからAマイナスに下げ、国内外に衝撃が走った。マクドナルドは起死回生の策として3月1日、長年同社のチーフ・ブランド・オフィサーだったスティーブ・イースターブルック氏をCEOに昇格させたが、4月に入っても売り上げはマイナス2.3%と低迷から抜け出せていない。

「収益」とは微妙な言葉で、「利益」とも「収入」とも解釈できる曖昧さがある。他社の報道によると、「8億1150万ドル」は「純利益」のようだが、それを「収益」と呼んでも誤りではない。とは言え、まず分かりにくい。読み始めてすぐに引っかかってしまった。加えて、「純利益」を「収益」と書いてしまうと素人っぽさを感じてしまう。それは「販売総額」でも同じだ。なぜ「売上高」と表記しないのだろうか。仮に、FCの売上高も含めたチェーン全体の売上高を「販売総額」と称しているのならば、その点を明示するのがプロレベルの書き手だ。

「同社」の使い方も問題がある。「スタンダード&プアーズは同社の格付けをAからAマイナスに下げ」と書くと、S&Pが自社に対する格付けを自ら引き下げたことになってしまう。さらに言えば、AからAマイナスに格下げになったぐらいで「国内外に衝撃」と表現するのは、いかにも大げさだ。「実際に衝撃が走ったんだ」と言われればそれまでだが、シングルAから1ノッチの格下げぐらいで衝撃が走るとは常識的には考えにくい。

大げさな表現としては「起死回生」もそうだ。絶望的な状況から復活するのが「起死回生」だろう。赤字にも転落していないし、格付けもAマイナスと投資適格級を維持している状況からの「起死回生の策」と言われると、「そもそも死にかけてないだろ」とツッコミを入れたくなる。

第1段落だけでこれだけ注文を付けられる記事も珍しい。後は推して知るべしだ。東洋経済のホームページで調べると、土方氏の専門は自動車となっていた。自動車関連できちんとした記事を書いているかどうかは確認していない。だが、東洋経済の編集部にこれだけは言いたい。「土方氏に専門外の記事を依頼しない方がいい。どうしても他に書き手がいないならば、編集部を挙げて補助するしかない」。この助言に納得できない場合は、今回の記事を読み直してほしい。土方氏に依頼したのが誤りだったとすぐに分かるはずだ。

※記事の評価はD。土方細秩子氏の評価もDとする。

2015年5月21日木曜日

週刊エコノミスト「ROE=株主資本を純利益で割る」の誤り

週刊エコノミスト5月26日号の中で、ROEに関する説明にミスを見つけた。問題のくだりは以下のようになっている。
アントワープ(ベルイー)のグルン広場  ※写真と本文は無関係です

【エコノミストの記事】

ROEは内部留保を含めた株主資本を当期純利益で割ることにより算出する投資指標である。そのため、ROEの向上には分子である当期純利益を増加させるだけではなく、内部留保を配当することで分母である株主資本を減少させる必要性が生じる。



株主資本を当期純利益で割る」は誤りで、「当期純利益を株主資本で割る」が正しい。単純なミスであり、筆者やメディアの実力が疑われるような間違いではない。誤りを認めて訂正すれば済む話だ。

しかし、週刊エコノミストの場合、対応がまずい。丸2日経っても連絡がないので電話で催促してみたら、担当者から折り返し電話があった。返事が遅れたのは「メールを見てなかったから」らしく、「次号には間に合わないので、次々号に訂正記事を載せる」と話していた。

悪い記事ではないものの、対応の遅さを重くみて記事の評価はDとする。

2015年5月19日火曜日

問題多い日経 太田泰彦編集委員の記事「けいざい解読~ASEAN、TPPに冷めた目」

日経の太田泰彦編集委員は問題の多い記者だ。過去の出来事を含めた詳細な説明は別の機会に譲るとして、17日付日経朝刊総合・経済面の「けいざい解読~ASEAN、TPPに冷めた目」に関して、問題点を見ていこう。

ロッテルダム(オランダ)のキューブハウス
                           ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

通商政策をめぐる米オバマ政権と米議会の攻防が、なかなか袋小路から抜け出せない。大統領が交渉権限を議会から取りつけなければ、環太平洋経済連携協定(TPP)構想は完成を目前に水泡に帰すかもしれない。

狭いワシントンの内側で調整にもたつく米国の姿は小さく見える。超大国の迷走に鼻白むのは、巨大な経済圏の中心にある東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国だ。空気は微妙に変わった。

「日本は孤立して困るでしょうな……」。1990年代に貿易自由化を推し進めたシンガポール政界の重鎮は、意外にも涼しい顔をしていた。

貿易と投資に未来を託す同国だが、米国や欧州連合(EU)、中国、日本など主な市場国とは、個別に自由化協定を締結済み。先手必勝の戦略が奏功し、経常黒字額は13年に日本を抜き14年には588億ドルに達した。


以上の記述から問題点を抜き出してみる。


(1)ASEANは巨大経済圏の中心?


巨大な経済圏の中心にある東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国」と太田泰彦編集委員はあっさり言い切っているが、そもそも「巨大な経済圏」が何を指すのか分かりにくい。推測すれば「アジア経済圏」「アジア太平洋経済圏」「TPP経済圏」あたりだろうか。なぜASEANが「中心」なのかも判然としない。地理的な中心なのか、存在感で見た中心なのかも不明だ。疑問ばかりが残る記述と言える。


(2)なぜ「日本は孤立して困る」?

日本は孤立して困るでしょうな」というシンガポール政界の重鎮のコメントも理解に苦しむ。あまりに説明が不十分だ。まず、どうなると孤立するのかがはっきりしない。TPP構想が水泡に帰すと孤立するのだろうか。それとも、交渉妥結に向けた動きの中で孤立すると見ているのだろうか。

「TPP構想が水泡に帰すと日本は孤立する」という前提で考えてみよう。これも、なぜ孤立するのか説明がない。それどころかシンガポールに関して「日本とは自由化協定を締結済み」と書いている。ならば、TPP構想が水泡に帰しても、シンガポールとの自由化協定があるので、孤立は免れるのではないか。それに、日本が自由貿易協定を結んでいるのはシンガポールだけではないはずだ。「孤立して困る」というコメントを紹介するなら、その根拠も読者に提示すべきだろう。


(3)自由化協定を結ぶと経常黒字が増える?

記事を読むと「シンガポールは先手を打って個別に自由化協定を結んだから経常黒字が増えた」との印象を受ける。しかし、この説明はよく分からない。自由化協定が貿易の自由化に近づくものならば、輸入も輸出も促進する方向に働くはずだ。輸出余力が大きくて輸入に対する需要が少なければ、経常黒字が増える要因にもなるだろう。しかし、この記事の書き方だと「自由化を推進すれば、基本的には経常黒字を増やせる」との誤解を読者に与えかねない。

さらに指摘を続ける。

【日経の記事】

もしTPP交渉が流れても、来年の米大統領選の後には次の機会が巡ってくるだろう。自由貿易の旗手を自任する小国シンガポールに、焦りの色はない。大物政治家の表情は、むしろ米国に翻弄される日本を案じているようにも見えた。
ブリュッセルのグラン・プラス  ※写真と本文は無関係です

他のASEAN諸国はどうか。日本の2倍の人口を擁する大国インドネシアには高水準の自由化は荷が重い。景気不振で政権発足から半年のジョコ政権は早くも人気が陰り始めている。内向きになる政権に、国有企業や労働市場の改革に挑む腕力は期待できない。

マレーシアはマレー系を優遇する「ブミプトラ(土地の子)政策」を守るのに必死。TPPの理念とは逆に国営企業のテコ入れを図る。こうしたナジブ政権の路線を、政界の実力者マハティール元首相が露骨に批判するなど、国内政治は不安定になっている。

アジアの新興国が経済成長を続けるためには、国内の構造改革が欠かせない。国内の抵抗を乗り切る上で、政権を担う指導者が大国の外圧を改革のテコに使う政治戦術もありうる。だが、その手法の大前提は、大国が高い理念を唱え続け、ぶれない姿勢を貫くことだ。


(4)インドネシアも参加国?

「TPP交渉が流れてもシンガポールは余裕。他のASEAN諸国はどうか」との流れでインドネシアとマレーシアを持ってくると、両国ともTPP交渉に参加しているような印象を受ける。しかし、インドネシアは参加国ではないようだ。交渉に参加しているシンガポールなどとインドネシアを同列に論じる意義があるだろうか。ASEAN各国の現状を見ているだけだとするならば、TPPはどこに行ってしまったのかという話になる。記事では「大国の外圧を改革のテコに」とのくだりも出てくるが、交渉に参加していないインドネシアでTPP絡みの外圧によって改革を進める余地は基本的にないだろう。

ついでに言えば、TPPの記事を書く場合、どの国が交渉参加国なのか読者は詳しく知らないという前提で説明すべきだ。「読者は参加国が全て頭に入っているはず」と考えて執筆したのであれば、不親切との謗りは免れない。

最後の3段落にも問題を感じた。


【日経の記事】

学級委員長(米国)は態度がでかい。しかも背後の教師(議会)の意向で言うことが変わる。副委員長(日本)はなんだか頼りない。そんなクラスはまとまらない――。アジアの目に今のTPPはこんな風に映る。

一時は関心を示したフィリピンやタイから、TPPに前向きな声は聞こえなくなった。中国と関係が深いカンボジアのフン・セン首相は「ASEANを2つに分断するのがTPPの本当の狙いだろう」と公言する。

フン・セン首相は間違っている。日米両国は、地域の結束を邪魔しようとなどしていない。自分の国の中の政治調整に精いっぱいで、アジアの大きなキャンバスに絵を描けないだけである。


(5)下手な例え

上記のくだりでは、まず例えが下手だ。米国を学級委員長、米国議会を教師としているが、米国議会も米国の一部なので設定自体に無理がある。記事の例えに従うと、TPPとは米国議会という教師の指導下で、米国や日本などが生徒として交渉をしていることになる。しかし、日本を含めた参加国は米国議会の授業を受けたりしているだろうか。太田泰彦編集委員には「例えを使うならば、ピッタリはまるものを使うように」と助言したい。


(6)TPPは日米主導のASEAN分断策?

カンボジアのフン・セン首相の「ASEANを2つに分断するのがTPPの本当の狙いだろう」というコメントに対して「フン・セン首相は間違っている。日米両国は、地域の結束を邪魔しようとなどしていない」と太田泰彦編集委員が主張しているのも奇妙だ。フン・セン首相の発言がどういう文脈で出たものか、他社の報道などから探ることはできなかった。なので、コメントの使い方がおかしいとは言わない。ただ、少なくともコメントに「日米」の文字はない。日本は遅れて最後の方で交渉に参加したのであり、その時点でASEANは参加国と不参加国に分かれていた。ゆえに、TPPにASEANを分断する狙いがあるとしても、それが「日米」主導だと考える余地は乏しい。

だとすると、「日米両国は絵を描けないだけである」と訴えるのがそもそもピント外れなのだろう。「日米がTPPを使ってASEANを分断しようとしている」という文脈でフン・セン首相が発言しているのであれば、その点を記事中で明示すべきだ。

※記事の評価はD。太田泰彦編集委員の評価はFとする。太田氏の評価をFとする理由については、別の機会に詳しく解説する。