2022年11月25日金曜日

データの扱いが恣意的すぎる日経1面連載「人口と世界~わたしの選択」

日本経済新聞朝刊1面連載「人口と世界~わたしの選択」が終わった。相変わらずの「欧州を見習おう」的な話で説得力はない。取材班は「欧州を見習うべき」との主張の苦しさにたぶん気付いている。しかし、そこを認めてしまうと「少子化克服の手本は途上国」といった話になってしまうので受け入れがたいのだろう。代わりに選んだのがデータを恣意的に扱うことだ。これは罪深い。

宮島

第1回の連載では「出生率が高い国は婚外子割合も高い」との説明文を付けて「婚外子割合」と「合計特殊出生率」の関係をグラフにしている。そうすると、この2つに相関関係があるように見える。しかしグラフの作り方に問題がある。

対象を「OECD各国で出生率が2以下」に絞っているのはなぜか。本来は世界全体を見るべきだがOECD加盟国に絞るのはまだ許せる。しかし「出生率が2以下」はさすがに許容範囲外だ。「出生率が高い国は婚外子割合も高い」という傾向を示したいなら「出生率が高い国」の情報は重要。なのに2を超える「出生率が高い国」をわざわざ外してグラフを作っている。対象外とした「出生率が高い国」では「婚外子割合」が低いのだろう。

この手法は最終回となる第4回でも使っている。

日本や韓国は女性の労働参加と出生率向上を両立できていない」という説明文を付けたグラフも「合計特殊出生率」の目盛りの上限が1.8なので「OECD各国で出生率が2以下」の範囲でしか見ていないようだ。しかも、このグラフでは注記でその点に触れていない。

最終回では「先進国では1970年代まで働く女性が増えるほど、仕事の負担で出生率が下がる傾向が強かった。80~90年代にデンマークやノルウェーは女性の労働参加率と出生率が同時に上昇した。共働きによる世帯年収の増加で余裕が生まれ、子供を多く持ったが、韓国などは働く女性は増えたが、出生率は下がった」と欧州を成功事例のように取り上げる。

しかし、その根拠をなぜか「80~90年代」の「デンマークやノルウェー」に求める。例えば「ノルウェー」は2010年代に入って出生率が低下傾向にあり、その水準は日本と大差ない。こうした不都合な事実に取材班はあえて触れない。

様々なデータは「先進国的な社会構造になると少子化傾向が定着する」と示唆している。取材班が見習いたがる欧州の国で人口置換水準となる2強の出生率を安定的に維持している例はない。

どうしても先進国を見習いたいならイスラエルだが、高い出生率の背景に宗教的な要素のある同国を手本にはしたくないのだろう。なので結局は無理のある主張になってしまう。

「先進国的でありたいなら少子化を受け入れるしかない。少子化を克服したいなら先進国的な社会構造を崩す覚悟を持つ」

結局はこの二者択一だろう。


※今回取り上げた記事「人口と世界:わたしの選択(4)社員の生き方を重視、出生率左右~企業経営新たなあり方」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC190M60Z11C22A0000000/


※連載全体の評価はD(問題あり)

2022年11月19日土曜日

アクティブ型投信を選択肢に入れる合理性ある? 日経 阿部真也記者に問う

アクティブ型投信を前向きに紹介する記事は評価できない。19日の日本経済新聞マネーのまなび面に阿部真也記者が書いた「投信、長期の運用力で選ぶ~効率・規模・投資先から候補」という記事も例外ではない。中身を見ながら問題点を指摘していきたい。

錦帯橋

【日経の記事】

初心者が投信で長期運用を考える際に、最初の選択肢となるのが株価指数などに連動するよう運用するインデックス型と呼ばれる商品だ。日経平均株価や米S&P500種株価指数に連動する投信はニュースなどで情報を得やすく、運用中にかかる信託報酬といったコストが低いのが魅力だ。国内外の株式や債券などに分散して投資すれば、着実な運用成果につながるとされる。

一方で、指数を上回る運用成績を目指す投信もある。アクティブ(積極運用)型と呼ばれ、プロのファンドマネジャーが投資先を選ぶ。長期の運用ではより大きな投資リターンを狙って資産の一部を振り向ける位置付けといえる。ただ、アクティブ型は投資先を調べる手間がかかる分、インデックス型に比べコストが大きく、運用成績で不利になりやすい面がある。「良い投信」を選べるかどうかが重要になる

ではどのように投信を選んだらよいのだろう。楽天証券経済研究所の篠田尚子ファンドアナリストは「複数の条件から消去法的にスクリーニングすると選びやすくなる」と助言する。専門家が重視する代表的な条件を見ていこう。


◎なぜアクティブ型に誘導?

インデックス型に比べコストが大きく、運用成績で不利になりやすい面がある」と言いながら「なぜアクティブ型も選択肢にするのか」を論じないまま「ではどのように投信を選んだらよいのだろう」とアクティブ型も投資対象として検討する前提で話が進んでしまう。

これが解せない。「初心者が投信で長期運用を考える際」に「アクティブ型」は検討する必要がない。阿部記者は違う考えのようだが、そこに根拠はあるのか。今回の記事では「国内株式、シャープレシオ10年1.0以上、純資産10億円以上など」の「条件を設定して抽出した日本株投信の例」を出している。例に挙げた5つの投信の信託報酬(税込み)は0.92~2.00%。インデックス型なら0.1%未満も珍しくないのに0.92~2.00%もの費用を負担してアクティブ型に資金を投じる合理性はあるのか。

阿部記者は今回の記事でそこを正面からは論じていない。おそらく「シャープレシオなど過去の実績を見て優れたものであれば高コストが正当化できる場合もある」と言いたいのだろう。「投信選びや購入後の注意点」として「信託報酬などのコストにこだわりすぎない」と入れている辺りから阿部記者の考えが伝わってくる。

「過去のパフォーマンスが良かった投信に投資しても将来のリターンを高める効果はない」というのが投資の定説だ。それを阿部記者が否定するなら、その根拠は欲しい。定説を肯定するのならば「アクティブ型はコストが高い分インデックス型に劣る」と考えるほかない。なのでアクティブ型は最初から選択肢に入れなくていい。

高コストのアクティブ型を選ぶことを正当化できるとしたら「この投信の高いパフォーマンスはまぐれではなく実力だ。ファンドマネジャーに特別な力がある」と確信できる時だけだ。「そんなアクティブ型投信がある訳ない」とは言わない。しかし、あるとしても極めて少数だろうし、そこを「初心者」が正しく見抜ける可能性はほぼゼロ。だったら「投資初心者はとにかくコストを重視せよ。高コストのアクティブ型は検討しなくていい」と説くべきだ。

過去の成績を過信しない」などとも入れているので「アクティブ型の高コストを正当化するのは難しい」と阿部記者は理解しているのかもしれない。なのになぜ今回のような記事になってしまうのか。

金融業界の回し者だから?


※今回取り上げた記事「投信、長期の運用力で選ぶ~効率・規模・投資先から候補

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221119&ng=DGKKZO66096420Y2A111C2PPK000


※記事の評価はD(問題あり)。阿部真也記者への評価も暫定でDとする。

2022年11月9日水曜日

週刊ダイヤモンド岡田悟記者に記事の書き方で7つの助言

週刊ダイヤモンド11月12・19日号に岡田悟記者が書いた「9000人リストラでも株価急落~クレディ・スイス“脱落”の衝撃」という記事は問題が多かった。岡田記者に助言を送る形で具体的に指摘していきたい。まずは株価に関する説明から当該部分を見ていく。

錦帯橋

【ダイヤモンドの記事】

とりわけ減収幅の大きい投資銀行部門を切り離しつつ、従業員は5万2000人から4万3000人と9000人削減する大リストラも行う。増資も行ってCET1と呼ばれる自己資本比率(銀行の自己資本のうち普通株式と内部留保)は14%に手厚くできるとの見通しを示したが、株式市場は全く評価しなかった。なぜか。

米ブルームバーグは日本時間の10月28日に配信した記事で、25年の有形自己資本比率を6%に引き上げるとの目標について、「ドイツ銀行の今年の目標を下回る」と指摘した。

ドイツ銀行も投資部門のリスク管理の甘さで損失を出し、リストラを強いられたが、足元では商業銀行部門が好調で業績が回復している。


◎助言その1~株価急落の理由をしっかり説明しよう!

今回の記事では「株価急落」の理由をきちんと説明できていない。記事からは「クレディ・スイス」の「25年の有形自己資本比率」目標が「ドイツ銀行の今年の目標」を上回るかどうかが注目されていて、それを下回ったから「株価急落」が起きたと読み取れる。ただ、常識的には考えにくい。

そこで「ブルームバーグ」の当該記事を見ると以下のように説明していた。

今後の増資に伴う株式の希薄化と2025年までの配当が『名目』にとどまる見通しを背景に、クレディSの株価は27日に19%急落して引けた。1日当たりの下落率として過去最大だった。アナリストらはクレディSが掲げた25年に有形自己資本利益率を6%に引き上げる目標についても失望を示し、シティグループのアンドルー・クームス氏はこの目標を『低い』と批判した。この数字はドイツ銀行の今年の目標を下回る

ここからは「今後の増資に伴う株式の希薄化と2025年までの配当が『名目』にとどまる見通しを背景に、クレディSの株価」は急落したと取れる。しかし岡田記者はそこに触れていない。

25年に有形自己資本利益率を6%に引き上げる目標」についても「アナリストら」が「失望」を示しているようなので下げ材料とはなったのだろうが「ドイツ銀行の今年の目標」との比較は「シティグループのアンドルー・クームス氏」が出したもので「株価急落」の主な要因とは考えにくい。

増資に伴う株式の希薄化」という容易に推測できる「株価急落」の理由を岡田記者はなぜ無視したのか。


◎助言その2~できれば同じ指標を使おう!

CET1と呼ばれる自己資本比率(銀行の自己資本のうち普通株式と内部留保)は14%に手厚くできるとの見通しを示した」と書いた後で「有形自己資本比率を6%に引き上げるとの目標」という話が出てくる。「CET1と呼ばれる自己資本比率」と「有形自己資本比率」がどう違うのかの説明もない。

25年の有形自己資本比率を6%に引き上げる」らしいので「CET1と呼ばれる自己資本比率」より数字が低くなりやすいのだろうが、その理由をきちんと説明できる人は週刊ダイヤモンドの読者でも稀だろう。

できれば同じ指標で話を進めるべきだし、「有形自己資本比率」を使う場合は一般的な「自己資本比率」とどう違うのか説明を入れてほしい。


◎助言その3~用語の説明は正確に!

CET1と呼ばれる自己資本比率(銀行の自己資本のうち普通株式と内部留保)」という説明は問題が多い。「銀行の自己資本のうち普通株式と内部留保」というのは「CET1と呼ばれる自己資本比率」の説明と取るしかないが、これだと「比率」の説明になっていない。分母が何かは入れたい(たぶんリスク資産)。

また「CET1と呼ばれる自己資本比率」と表記すると「CET1」は「比率」を指すと思ってしまうが実際は「自己資本」の構成項目。「CET1と呼ばれる自己資本(普通株式と内部留保)比率」ならまだ分かる。


◎助言その4~記事は簡潔に書こう!

従業員は5万2000人から4万3000人と9000人削減する大リストラも行う」という文は無駄が多い。「5万2000人から4万3000人」と書くなら「9000人」は要らない。また「行う」はできるだけ使わずに記事を書いてほしい。この直後にも「増資も行って」と記しているので諸々併せて改善例を示してみる。

【改善例】

とりわけ減収幅の大きい投資銀行部門を切り離しつつ、従業員は9000人減の4万3000人へと大幅削減する。増資もして、CET1と呼ばれる自己資本(普通株式と内部留保)のリスク資産に対する比率を14%にできる見通しを示したが、株式市場は全く評価しなかった


◎助言その5~具体的な数字を見せよう!

今回の記事では「クレディ・スイス」に関して「デフォルト懸念が高まると上昇するクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の保証料率(スプレッド)が10月に入って、他の欧州系に比べて大きく上昇した」「もともと強固な財務基盤を有するのに反して、CDSのスプレッドが拡大し、株価は下落を続けた」と繰り返し「CDS」に触れている。なのに「CDSのスプレッド」の具体的な数値はない。グラフもない。これは辛い。


◎助言その5~「衝撃」を描こう!

見出しに「クレディ・スイス“脱落”の衝撃」を選んだのだから、どんな凄い「衝撃」があったかしっかり描くべきだ。なのに「衝撃」自体を描いていない。「投資銀行“冬の時代”にあって、クレディ・スイスがとうとう脱落したと言える。同じスイスのUBSが上半期で26億ドルの税引き前利益を稼ぎ出しているのと比べても厳しい」などと記しているだけだ。

脱落」に驚く関係者のコメントや「脱落」を受けて慌てる同業他社の動向など何か欲しい。


◎助言その6~独自性を出そう!

今回の記事には岡田記者が取材をした痕跡が見当たらない。他社の記事をかき集めれば書けるような内容だ。「株価急落」の背景説明も「ブルームバーグ」の記事に頼っている。

絶対に取材が必要とは言わないが、それができないなら新たな切り口はほしい。今回の記事には、そこも見当たらない。「ブルームバーグ」の記事が出た10日後に岡田記者の記事は読者に届く。だったら、それなりの付加価値を加えないと。

大した取材もせず独自性の乏しい解説を並べて「ここ数年のハイリスクな取引と経営陣の混乱が続くまま、年明けの大荒れの市場に突入し、大リストラを強いられたスイスの名門の難路は続きそうだ」という当り障りのない結論を導く。

それでいいのか。


◎助言その7~「同社」の使い方に注意!

最後に細かい話を1つ。「証券化ビジネスの売却先には日本のみずほフィナンシャルグループの名前も挙がったが、結局、アポロ・グローバル・マネジメントとパシフィック・インベストメント・マネジメントとなった。そして残りの投資銀行部門はかつて同社が~」と書くと「同社=パシフィック・インベストメント・マネジメント」に見える。ここは「かつてクレディ・スイスが」とすべきだ。


※今回取り上げた記事「9000人リストラでも株価急落~クレディ・スイス“脱落”の衝撃


※記事の評価はD(問題あり)。岡田悟記者への評価はC(平均的)からDへ引き下げる。岡田記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

週刊ダイヤモンドの特集「コンビニ地獄」は基本的に評価できるが…https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_29.html

週刊ダイヤモンドも誤解? ヤフー・ソニーの「おうちダイレクト」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_4.html

こっそり「正しい説明」に転じた週刊ダイヤモンド岡田悟記者
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_96.html

肝心のJフロントに取材なし? 週刊ダイヤモンド岡田悟記者の怠慢
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post.html

「人件費が粗利を圧迫」? 週刊ダイヤモンド岡田悟記者に問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_25.html


2022年11月5日土曜日

「金融緩和10年の功罪」をきちんと論じていない日経ビジネス三田敬大記者

日経ビジネス11月7日号に三田敬大記者が書いた「日銀、急激な円安が問う金融緩和10年の功罪~漂流する中銀の『独立』」という記事は期待外れだった。「急激な円安が問う金融緩和10年の功罪」をきちんと論じているとは思えない。記事の終盤を見てみよう。

宮島

【日経ビジネスの記事】

異次元の金融緩和10年。この間の日銀をいかに総括すればよいか。金融政策の評価は難しい。自然科学と異なり「別の選択肢を実施していたらどうなっていたか」という再現性検証が事実上不可能だからだ。緩和継続を優先する人は「もうすぐ効果が出る」と言い続け、修正派は「実験期間は十分過ぎた。副作用に配慮して自由度を高めるべきだ」と主張する。専門家も間違える。「高いインフレを目指して緩和を継続すべし」と90年代に唱えた米経済学者のポール・クルーグマン氏は、2015年には「一定の条件下では緩和は効かない」と宗旨変えした。

一つ確実に言えるのは、金融政策の効果は非常に大きいものの、過剰な期待はできない、という当然のことが改めて示されたこと。個人が消費意欲を高め、企業がもうかるビジネスを生み出し、政府が効率的な支出を行うには、各主体の創意工夫・努力が必要ということは間違いない。

日銀法改正から四半世紀がたった。米中冷戦やグローバルなインフレなど、世界経済の状況が激変する中で、日銀は独立した金融政策の専門家集団として、日本のためにどう力を発揮すべきなのか。その意義が今ほど問われている時はない


◎肝心なところが…

まず、この記事には「」が見当たらない。「」はなかったと三田記者が見るのならば、そう書いてほしい。「金融政策の効果は非常に大きい」とは言い切ってしまうが、その根拠は示さない。「非常に大きい」と確信できるのならば、どの程度の大きさなのかは読者に見せるべきだ。

金融政策」に「過剰な期待はできない」のは当たり前。どの程度の「期待」ができるのか三田記者の考えが知りたかった。

」に関しても物足りない。全体を見渡しても「長期にわたる低金利は金融機関の収益低下や資産運用環境の悪化、国債市場の機能低下などの副作用を招いた。間接的に政府の拡張財政を支えているとの批判もある」と書いている程度。

マイナス金利、国債や上場投資信託(ETF)の大量購入、イールドカーブ・コントロール──。非伝統的な金融政策を果敢に繰り出す日銀」をどう評価するのか。そこは論じてほしかった。

結局は「米中冷戦やグローバルなインフレなど、世界経済の状況が激変する中で、日銀は独立した金融政策の専門家集団として、日本のためにどう力を発揮すべきなのか。その意義が今ほど問われている時はない」と日経の社説のような締め方をしてしまう。

急激な円安が問う金融緩和10年の功罪」をきちんと検証しようとする姿勢は最後まで見えなかった。



※今回取り上げた記事「日銀、急激な円安が問う金融緩和10年の功罪~漂流する中銀の『独立』

https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00117/00231/


※記事の評価はD(問題あり)。三田敬大記者への評価も暫定でDとする。

2022年11月2日水曜日

雑な分析が残念な週刊ダイヤモンド「日本で技術革新起こすには政府がリスクを取れ」

週刊ダイヤモンド11月5日号に載った「日本で技術革新起こすには政府がリスクを取れ」という記事は残念な内容だった。筆者は日興リサーチセンター研究顧問・東京大学名誉教授の吉川洋氏、日興リサーチセンター理事長の山口廣秀氏、日興リサーチセンター理事長室前室長の井筒知也氏。勉強が得意な人たちなのだろうが、だからと言って説得力のある提言ができる訳ではないようだ。

錦帯橋

筆者らは「1人当たりのGDPの動きは人口減少とは関係ない。それを決めるのはイノベーションである」と言う。しかし、そう断言できる根拠は示していない。

IMF(国際通貨基金)の統計による1人当たりのGDPの推移を見ると、2000年には『失われた10年』を経た後であるにもかかわらず、日本はルクセンブルクに次いで世界第2位だった。しかし10年後には18位、さらにアベノミクス8年の後の21年には28位まで落ち込んだ。21世紀に入ってから過去20年、日本経済低迷の原因は、イノベーションの停滞に求められなければならない

ということは2000年までは世界トップレベルの「イノベーション」大国だったのに21世紀にはいると突然「イノベーション」を生み出せなくなったはずだ。しかし、そうした話は見当たらない。記事は以下のように続く。

この事実はスイスのIMD(国際経営開発研究所)の国際ランキングでも確認できる。企業の効率性では、1位デンマーク、6位台湾、7位香港、9位シンガポール、12位米国、21位ドイツなどと続くが、日本は、46位ギリシャ、50位ルーマニアの後塵を拝して、なんと51位である。日本企業の国際的評価は今や地に落ちたといっても過言ではない

イノベーション」創出力ランキングが21世紀に入って急低下したのならまだ分かる。しかしなぜか「企業の効率性」ランキング。しかも2000年との比較もない。これでは「日本経済低迷の原因は、イノベーションの停滞に求められなければならない」と言われても納得できない。

今回の記事の柱である「日本で技術革新起こすには政府がリスクを取れ」という主張にも説得力はない。「民間企業などのリスクテーキング能力が委縮している今日、日本では『最後のリスクテーカー』としての政府の役割が大きい。日本経済全体の『アーキテクト』である政府のリーダーシップが求められる」と筆者らは訴える。

2000年までは「イノベーション」が湧き出ていたのに21世紀に入ると突然枯渇したとの認識なら、なぜそうした急激な変化が起きたのかを分析する必要がある。しかし筆者らはそうは考えないようだ。

スタートアップ企業へのベンチャーキャピタル投資額だけ見ると、米国の1%にも満たない規模にとどまっている。中国と比べても5%程度である。『エコスシステム』の重要な一環を担うリスクマネーが、こんな状態ではイノベーションが進むはずもない

筆者らの言う通りだとしたら、2000年の段階では米国を上回る「スタートアップ企業へのベンチャーキャピタル投資額」が日本にあったはずだ。しかし、そうした話も出てこない。日本における「ベンチャーキャピタル」の存在感は元々小さい。それが「イノベーション」を生み出せない原因ならば、20世紀にも「イノベーション」は生まれなかったはずだ。

百歩譲って「スタートアップ企業へのベンチャーキャピタル投資額」を増やせば「イノベーション」も生まれてくるとしよう。だが、その役割を政府が「リスクテーカー」として果たすべきなのか。

海外の成功例などを示していれば多少は検討の余地も生まれる。しかし、これまた記事にそうした話はない。「日本では『最後のリスクテーカー』としての政府の役割が大きい」とは言うものの具体的にどう動くべきかも示していない。

分析が雑な上に主張にも説得力がない。今回の記事に関してはそう評価したい。


※今回取り上げた記事「日本で技術革新起こすには政府がリスクを取れ


※記事の評価はD(問題あり)