2016年6月30日木曜日

東洋経済「健康格差」イチロー・カワチ氏の極端な言い切り

週刊東洋経済7月2日号の特集「健康格差」の中に「ハーバード大学教授が警告 命の格差を直視せよ」というインタビュー記事が載っている。この中でハーバード大学 公衆衛生大学院教授のイチロー・カワチ氏が極端な言い切りをしているのが気になった。カワチ氏を責めるつもりはない。編集サイドの責任だと思える。問題点を挙げていこう。
久留米百年公園(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係

◎「あらゆる店にドライブスルー」?

肥満の原因は、運動不足にもある。米国は車社会で、あらゆる店にドライブスルーが設けられている。マクドナルド、銀行のATM、ドラッグストアの処方箋受付もそう。車から出て歩くことが少ない」とカワチ氏は述べている。米国の事情に通じているわけではないが、「あらゆる店にドライブスルーが設けられている」とは考えにくい。「多くの店に」ぐらいにすべきだろう。

◎「高学歴の人にしか響かない」?

たとえば禁煙を促すために、喫煙のリスクを訴えるとする。喫煙がいろいろな病気を引き起こすことが論理的にわかれば、おのずとたばこをやめるだろう、という考え方だ。だがこれは『合理的な脳』にしか訴えておらず、現実には高学歴で生活にゆとりがある人にしか響かない」というくだりも同様だ。

大きく間違っているわけではない。だが「高学歴で生活にゆとりがある人にしか響かない」と言い切るのは問題だ。中卒でも高卒でも、合理的な判断に基づき禁煙する人はいるだろう。例えば、サッカー日本代表の多くは「高学歴」ではない。だからと言って「『合理的な脳』に訴えて彼らの生活を改善させようとしても無駄だ」と判断すべきだろうか。

記事の表現を「現実には高学歴で生活にゆとりがある人でないと響きにくい」とすれば問題は解消する。

ついでに、以下のくだりに関して注文を付けたい。

【東洋経済の記事】

--所得格差を縮めるうえで何が重要でしょうか。

幼児教育だ。この重要性は、1960~70年代の米国で行われた大規模実験によって証明されている。調査対象は、社会・経済的状況に恵まれない黒人の子ども。対象となった子どもたちを半分に分け、一方の幼児グループにはスパルタ教育を行い、もう一方には何もしない。そして彼らが大人になったときの健康状態がどうであるかを調べた

スパルタ教育を受けた子どもはその後、成績の悪い生徒に必要な学習支援を受ける率が半分だった。大学への進学率も倍以上になった。健康面では、喫煙率が20%程度低くなった。経済面でも、スパルタ教育を受けた人たちは一定水準の収入を保ち、持ち家率が高かった。

----------------------------------------

◎「スパルタ教育」を受けさせる?

まず「スパルタ教育を受けさせるの?」とは思う。「スパルタ教育」とは「現在では一般に、体罰を含む厳格な教育法の代名詞として使われる語」(世界大百科事典)だ。記事で使うならば、どんな「スパルタ教育」なのかは言及してほしい。いくら効果があっても、「テストの点数が悪かったらムチ打ち100回」といったスパルタ教育に前向きになれない。

カワチ氏の言う「1960~70年代の米国で行われた大規模実験」とは「ペリー就学前計画」と呼ばれるものではないかと推測できる。これは午前中は学校で教育を受けて、午後は先生が家庭で指導という内容だったようだ。これだと「スパルタ教育」的な要素は見当たらない。


◎「健康状態」はどうなった?

そして彼らが大人になったときの健康状態がどうであるかを調べた」とカワチ氏は述べているのに、結局は「彼ら」の「健康状態」に触れていない。「健康面では、喫煙率が20%程度低くなった」と言っているだけだ。喫煙していて健康な人もいれば、非喫煙者で重病を抱えている人もいる。「喫煙率が20%低い」というだけでは、スパルタ教育を受けた人の方が健康状態が良いのか悪いのか判断できない。肝心の部分が抜けている。


このインタビュー記事には他にも問題があるが、この辺りでやめておこう。ここからは、インタビューした相手が極端な言い切りをしてきた時に、編集部ではどう対応すべきかを説明したい。対応策はいくつかある。「健康に関する有用な情報を与えても、それを生かして生活を改善できるのは高学歴の人だけだ」と相手が発言した場合で考えてみたい。

対応その1~追加で質問する

「野球やサッカーの有名選手は高卒の人も多いですよね。そういう人もやはり理解できませんかね」などと聞けば、「『高学歴の人だけ』は言い過ぎたかもしれません」などと返ってくる可能性はある。そうやって修正してあげるのも、聞き手の役割の1つだ。

対応その2~記事にする段階で相談する

記事にする段階で「『高学歴の人だけ』を『高学歴でないと難しい』と言い換えてもいいですか。低学歴でも理解できる人がいないとは言い切れないので…」などと相談すれば、拒否する人は少ないだろう。

対応その3~記事で使わない

問題があると思える部分は文字にしなければいい。「その1」「その2」の対応をしても、極端な言い切りに相手が固執した場合は、その発言を使わないという形で対応したい。


※特集全体の評価はD(問題あり)。今回の特集の担当は杉本りうこ、中川雅博、印南志帆、高見和也、中原美絵子の各記者。評価は杉本記者をB(優れている)からC(平均的)に、中川記者、印南記者、中原記者を暫定Bから暫定Cに引き下げる。高見記者は暫定でDとする。間違い指摘を無視した件については、担当者の中に副編集長以上の者が見当たらないので、責任者不明と考えて今回は評価に反映させていない。

※今回の特集に関しては「『JTがたばこ増税で潤う』? 東洋経済『健康格差』に疑問」「東洋経済『健康格差』キャベツ1玉200円に驚く藤田和恵氏」も参照してほしい。

2016年6月28日火曜日

東洋経済「健康格差」キャベツ1玉200円に驚く藤田和恵氏

週刊東洋経済7月2日号の特集「健康格差」の中に「短い平均寿命、子どもの糖尿病… 足立区は健康を取り戻せるか」という記事がある。筆者はジャーナリストの藤田和恵氏。最終段落で藤田氏は「驚いたのは、350ミリリットルの缶チューハイが80円を切っていたのに、キャベツは1玉200円もしたことだ」と書いていた。個人的には、藤田氏がキャベツの値段に驚いているのが驚きだった。
秋月の桜(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

最終段落は以下のようになっている。

【東洋経済の記事】

ミナコさん宅を出た夕方、地域の激安スーパーの1つをのぞいてみた。驚いたのは、350ミリリットルの缶チューハイが80円を切っていたのに、キャベツは1玉200円もしたことだ。「野菜は高い」と具なし焼きそばを作っていた母親の言い分には確かに一理あった。懸命に働き、子どもを育てる若い家族がそんな二者択一を迫られる社会の仕組みがおかしいのではないか。単純明快な答えなどない。足立区の取り組みや、民間の人々の情熱は、理不尽な社会への挑戦でもある。

----------------------------------------

キャベツと缶チューハイの値段に触れたのは、記事中の以下の話と関連している。

【東洋経済の記事】

足立は坂の少ない街だ。週末の昼下がり、花畑地区の住宅街をひたすら歩いていると、20代と思われる数組の家族が自宅車庫でバーベキューを楽しんでいるのを見つけた。

父親らは車庫の奥で缶チューハイ片手につまみにはしを伸ばしている。手前では鼻ピアスを付けたり、髪を金色に染めたりした母親たちが、鉄板で作った焼きそばを子どもたちに食べさせている。視界に入った焼きそばが肉も野菜も入っていない「具なし」だったのに驚き、取材の趣旨を告げたうえで「野菜は食べないんですか」と尋ねると、母親の1人がばつが悪そうにこう答えた。「野菜、高いんですよ」。

----------------------------------------

◎キャベツの値段を初めて知った?

筆者の藤田氏はキャベツを買ったことがほとんどないのだろう。でなければ「キャベツ1玉200円」に驚くはずがない。ごく標準的な価格だ。キャベツの値段を知らないからと言って筆者を責めるつもりはない。しかし、記事中で驚いてみせると「読者のみなさん知ってましたか? キャベツって1玉200円もするんですよ」というニュアンスが出てしまう。そうなると「そのぐらい知ってるよ」と思わずにはいられない。


◎母親の言い分に一理ある?

「焼きそばには野菜を入れる方が望ましい」という前提があるとして(個人的にはこの前提に同意しない)、花畑地区の母親が「野菜、高いんですよ」という理由で焼きそばに野菜を入れていないことを「一理ある」と擁護できるだろうか。キャベツが1玉1万円ならば分かる。しかし、わずか200円だ。4分の1カットならば100円を切るはずだし、焼きそばに入れるだけならば十分な量がある。それほど高いとは思えない。

さらに言えば、母親たちには「鼻ピアスを付けたり、髪を金色に染めたり」する余裕があるようだ。なのに「200円のキャベツが高くて買えない」との弁明に納得できるだろうか。髪を染めるのを止めれば、キャベツが何十個と買えるのではないか。

藤田氏はバーベキューをしていた家族に関して「キャベツが80円で缶チューハイが200円ならば、缶チューハイではなくキャベツを買ったはずだ」と思っているのだろう。だから「二者択一を迫られる」と書いてしまう。しかし、「この家族にはキャベツと缶チューハイの両方を買う余裕があった」と考える方が自然だ。でなければ「ピアス」や「金髪」がうまく説明できない。

ゆえに「懸命に働き、子どもを育てる若い家族がそんな二者択一を迫られる社会の仕組みがおかしいのではないか」との主張に説得力はない。バーベキューをしていた家族には「金髪に染めたりする余裕があるのならば、それを我慢して子どもに野菜を食べさせてあげたら」とでも言ってあげればいいのではないか。少なくとも「母親の言い分には確かに一理あった」などと理解を示してあげる必要はない。


※記事の評価はD(問題あり)。藤田和恵氏への評価も暫定でDとする。特集「健康格差」に関しては「『JTがたばこ増税で潤う』? 東洋経済『健康格差』に疑問」も参照してほしい。今回の特集では、ハーバード大学 公衆衛生大学院教授のイチロー・カワチ氏へのインタビュー記事にも疑問を感じた。これについては「東洋経済『健康格差』イチロー・カワチ氏の極端な言い切り」で触れる。

2016年6月27日月曜日

事実に反する山田厚史デモクラTV代表の大手メディア批判

「ネットメディアの方が既存の大手メディアより自由だ」と強調するために、あえて事実を無視しているのか。それとも確認が不十分なだけなのか。朝日新聞の元編集委員でデモクラTV代表の山田厚史氏が、週刊エコノミスト7月5日号で事実誤認に基づくと思われる大手メディア批判を展開していた。
HAWKSベースボールパーク筑後(福岡県筑後市)
                  ※写真と本文は無関係です

ネットメディアの視点~アベノミクス見限った三菱銀 メディアは政策の自壊をなぜ書かぬ」という記事で、「三菱東京UFJ銀行が、財務省から与えられた国債市場特別参加者の資格を返上する、と言い出した」ことに関して、山田氏は以下のように書いている。

【エコノミストの記事】

難しい財政や金融のことはエライ人に任せておこう、とフツウの人は目をつぶってきた。ところがエライ人の間で内輪もめが始まったのが今回の一件だ。口を拭ってきた「危ないこと」を「危ない」と銀行が指摘したのである。

政府・日銀・金融界が支えるアベノミクス体制に強烈なボディー・ブローが放たれたのだ。しかも身内から。これは大事件だ。ネットでは「アベノミクスにダメ出し」など率直な分析が飛び交っている。既存のメディアは遠巻きにし、事実関係を書くだけ。本質に触れようとしない。銀行や日銀に張り付いている大手メディアは、誰に遠慮しているのだろうか。

----------------------------------------

山田氏の言う通りであれば、6月16日の日経夕刊に載った「日銀ウオッチ~三菱はなぜ怒るのか」(筆者は石川潤記者)という記事でも「既存のメディアは遠巻きにし、事実関係を書くだけ」のはずだ。しかし、そうはなっていない。

記事では「三菱UFJが資格返上を決めたのは、マイナス金利の国債は買えないという立場を明確にするためだ。マイナス金利政策の議論に一石を投じる狙いがあった」と書いており、石川記者は三菱UFJの動きに「アベノミクスにダメ出し」的な要素があると示唆している。

銀行や企業が動かないなら、政府・日銀が正しい方向に導いてしまえ――。マイナス金利政策への反発が強いのは、こんな官尊民卑の発想を銀行などが敏感に感じ取っているからではないか」と結んだこの記事に、政府・日銀への「遠慮」は感じられない。

『十分に事実確認をした上で思い込みを排して大手メディアの報道内容を検証してほしい』と編集部から山田氏に伝えていただけないでしょうか」とお願いしたところ、「担当者より、筆者に申し伝えます」との返事がエコノミスト編集部から届いた。山田氏には石川記者の記事をぜひ読んでほしい。「遠巻きにし、事実関係を書くだけ」の記事かどうか、すぐに分かるはずだ。

日経を含めた大手メディアには様々な問題がある。しり込みした報道が目立つ場面も珍しくない。それに対する批判は必要だ。しかし、事実を無視した批判に意味はない。その点を山田氏にはしっかり自覚してほしい。

※週刊エコノミストの記事はD(問題あり)。山田厚史氏への評価も暫定でDとする。

「JTがたばこ増税で潤う」? 東洋経済「健康格差」に疑問

週刊東洋経済7月2日号の特集「健康格差」は45ページにも及ぶ力作だ。担当者らの問題意識の強さも伝わってはくる。ただ、色々とツッコミどころが多いのも確かだ。まずは、たばこ税の増税でJTは潤うかという問題を考えてみたい。今回の特集では国立がん研究センターのたばこ政策支援部長が「10年のたばこ増税では財務省やJTの懐が潤った」と明言している。
KITTE博多(福岡市博多区) ※写真と本文は無関係です

これに関しては東洋経済編集部に以下の問い合わせを送った。

【東洋経済への問い合わせ】

週刊東洋経済7月2日号の特集「健康格差」についてお尋ねします。64ページの「まだまだできることがある 禁煙後進国ニッポンへの処方箋」という記事で、筆者の望月友美子 国立がん研究センターたばこ政策支援部長は「10年のたばこ増税では財務省やJTの懐が潤ったうえ、喫煙率も減少して一石三鳥だった」と説明しています。

しかし、増税で「JTの懐が潤う」でしょうか。たばこ税はあくまで税金ですから、増税によって税収が増えても、それはそのまま国や地方自治体に行ってしまうのではありませんか。JTにとって会計上の売上高を増やしてくれるかもしれませんが、利益には貢献しません。増税によって喫煙者が減少すれば、JTの経営にとってはむしろ打撃です。

「10年のたばこ増税」で「JTの懐が潤った」との記述は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

また、当該記事の「こうした政策に億円単位の予算を投じるよりも、24時間無料で禁煙相談可能な窓口の設置や、たばこメーカーの宣伝に対抗すべく広告枠を確保し、大規模なメディアキャンペーンを行う方が得策だ」という文は、並立助詞の「や」を使って何と何を並立関係にしようとしているのか非常に分かりづらくなっています。

「設置」や「メディアキャンペーン」を行う--と考えれば辻褄は合いますが、「たばこメーカーの宣伝に対抗すべく広告枠を確保し」といった説明が間に入っているため、「設置」と対になっている言葉を探すのはかなり困難です。

筆者の望月氏は文章を書くプロではないはずです。この手の分かりにくい文をそのまま載せてしまったのは、編集部の担当者に責任があると思えます。

以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。

----------------------------------------

「増税分を上回る値上げがあったから…」と筆者の望月氏は考えているのかもしれない。しかし、それで潤ったとすれば、増税ではなく「増税分を上回る値上げで潤った」だろう。だが、値上げは販売数量の減少を促すので、やはり「潤った」とは思えない。


※問い合わせに関しては、東洋経済からの回答が届けば紹介したい。今回の特集には、これ以外にも色々と問題を感じた。それらは「東洋経済『健康格差』キャベツ1玉200円に驚く藤田和恵氏」で論じる。


追記)結局、回答はなかった。

2016年6月26日日曜日

シーズン途中でも山田は「三冠」? 日経だけではないが…

ヤクルトの山田が打率、本塁打、打点でリーグトップに立った。これを受けて、26日の日本経済新聞朝刊スポーツ2面には「山田ついに三冠 3安打で打率も首位」という記事が出ている。しかし、シーズン途中で「三冠」とするのは引っかかる。まだ冠は1つも手にしていないはずだ。
福岡県うきは市の空き家 ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

ヤクルト・山田が4打数3安打で打率3割3分6厘とし、巨人・坂本を抜いた。目下リーグ三冠の打棒は一回からさく裂し、今季のなかでも「一番いい打球」という逆転3ランを左翼席上段へ運んだ。

パ・リーグの好投手を苦にしなかったスイングで、リーグ戦再開後の2試合で5安打と、当たり前のように打ち続けている。「いつ崩れるかわからない」と慎重だが、来た球に直感で対応しているという打撃に、当面不安要素はなさそう。

----------------------------------------

三冠王」とは「野球で、1シーズンに首位打者・打点王・本塁打王の三つのタイトルを獲得した選手」(デジタル大辞泉)だ。記事で「目下リーグ三冠」と書かれると、「目下リーグ優勝の広島(広島は現在、セリーグ首位)」と言われるのにも似た違和感を覚えてしまう。

ちなみに日刊スポーツも「ヤクルト山田哲人内野手(23)が3安打4打点を挙げ、打率、打点、本塁打でリーグトップの3冠に立った」と書いていたので、この使い方は日経だけではない。野球関係者の中にいると違和感がなくなる表現なのかもしれない。

ただ、スポニチは問題のない書き方になっていた。日経の記者は参考にしてほしい。

【スポニチの記事】~山田 打撃3冠部門で全部1位は自身初 右打者三冠王なら史上5人目

山田(ヤ)が逆転の25号3ランを含む3安打4打点。打率を・336に上げ、坂本(巨=・326)を抜いてリーグトップに立った。本塁打、打点は既に1位を独走しているが、打撃3冠部門でシーズン途中に全て1位は自身初めてだ。

3冠王は04年松中(ダ)まで7人(11度)が記録。うち右打者では38年秋の中島(巨)、65年野村(南海)、82、85、86年落合(ロ)、84年ブーマー(阪急)の4人(6度)。セの右打者で獲得すれば初めてになる。山田は現在、打撃11部門で1位。歴代3冠王の中で73年王(巨)はこの11部門のうち盗塁、二塁打を除く最多の9部門で1位になったが山田はどうか。

----------------------------------------

スポニチの記事には「現時点で三冠」というニュアンスを感じない。しかも「三冠」が打率、本塁打、打点の主要3部門でのタイトルを指すことをきちんと説明している。

日経の記事にはそれがない。「野球の記事を読む人ならば『三冠』だけで分かる」と記者は反論するかもしれない。しかし、熱心な野球ファンが読むはずのスポーツ紙でもきっちり書いている。そこは見習った方がいい。


※日経の記事の評価はC(平均的)。

2016年6月25日土曜日

英国EU離脱なぜ「地域差」? 日経の解説に足りないもの

EU離脱を決めた国民投票の結果を細かく分析するには時間がなかったのは分かる。ただ、25日の日本経済新聞朝刊国際2面に岐部秀光記者が書いた「国民投票、分かれる判断 地域ごとに違い鮮明 イングランド、離脱の決め手」という記事の分析は物足りなかった。記事に付けた「英国の国民投票では地域によりEU『離脱』『残留』がはっきり分かれた」という地図を見ると、確かに地域ごとにかなり特徴がある。しかし、岐部記者は「イングランド」以外の分析をまともにしていない。
法務省旧本館(赤れんが棟)  ※写真と本文は無関係です

記事では以下のように解説している。

【日経の記事】

英国が欧州連合(EU)から離脱することを決めた国民投票では、地域ごとに有権者の判断が分かれる傾向が鮮明となった。離脱の決め手となったイングランドでは、離脱支持の票が53.4%を占めた。日産自動車の工場があるサンダーランドなど、北部や中部の工業都市を中心に離脱票が予想を上回る規模で積み上がった。

州別にみるとウエスト・ミッドランズ、イースト・ミッドランズなどでおよそ6割が離脱を支持した。一方、ロンドンは圧倒的に残留支持が多く、「イングランド対ロンドン」の様相となった

イングランドの地方は保守的な層が多い。これに対し、イングランドも含む英連合王国の首都であるロンドンは、世界中から多様な人材が集まり、他のイングランドの都市の住民とは価値観が異なる。5月のロンドン市長選挙でも、欧米の主要な首都のなかで初めてイスラム教徒の市長が誕生した。難民危機やテロを受けて欧州各国で反イスラムの機運が広がるなか、市民が「多様性」を重視する姿勢を示した。

拮抗が予想されていたウェールズも離脱が52.5%を獲得した。ウェールズは野党・労働党の支持者が多いとされ、残留を呼びかけてきた同党にとっての打撃となる。

ウェールズでも都市住民はEUにとどまることを望む声が多く、ウェールズの中心都市カーディフは残留が優勢だった。

英連合王国からの独立志向が強いスコットランドでは、残留が62%に達し、32の投票区すべてが残留を支持した。北アイルランドも残留支持が55.8%に達した。

----------------------------------------

地図で目を引くのは「32の投票区すべてが残留を支持」したスコットランドだ。地図からは「ロンドン+スコットランド+北アイルランド」対「ロンドン除くイングランド+ウェールズ」という図式に見える。しかし岐部記者の解説を読んでも、なぜそうなるのか判然としない。

北アイルランドに関しては、同じ面の別の記事で「現在、英国の北アイルランドと隣国アイルランドの国境はないも同然で、住民はお互いを自由に行き来する。英国のEU離脱で国境管理が強まれば、経済に直接の打撃が及ぶ」と書いているので、この辺りが理由かなとは思う。

世界中から多様な人材が集まり、他のイングランドの都市の住民とは価値観が異なる」から残留支持が多いという説明はロンドンには当てはまるだろうが、スコットランドは違うだろう。結局、スコットランドに関してまともな説明がない。「地域ごとに違い鮮明」との見出しを付けているのに、これでは寂しい。

ついでに1つ指摘したい。記事中の地図には「(出所)英BBC、枠内はジブラルタルなど英領」との注記が付いている。枠は2つあって、小さな逆三角形の土地はジブラルタルだろう。しかし、もう1つの枠は何を表しているのか謎だ。

調べてみるとスコットランドに属する北部諸島らしい(形から推測しただけなので断定はできない)。地図に入れるなら、分かるように表記してほしい。できないのならば、枠は外して「地図に表記していないジブラルタルと北部諸島(スコットランド)は残留派が過半」などと注記を入れた方が好ましい。枠で囲って島の形だけ見せられても困る。

※記事の評価はC(平均的)。岐部秀光記者への評価も暫定でCとする。

「英EU離脱」で日経 大林尚欧州総局長が見せた事実誤認

英国のEU離脱が決まった。当然、25日の日本経済新聞朝刊でも大々的に報じている。その中でも目立つのが「震える世界 英EU離脱(上) 『開国型』成長モデルに試練」という解説記事だ。筆者は大林尚欧州総局長。問題の多い書き手であり、重要な記事を大林欧州総局長に任せるのは誤りだとこれまでも指摘してきた。今回も事実誤認と思える記述がある。日経に問い合わせを送ったので、問題の部分と併せて見てほしい。なお、日経の対応は「無視」だと思われる。
皇居周辺の桜(東京都千代田区)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

来週、ロンドン郊外でテニスのウィンブルドン選手権が開幕する。英国人選手にとり優勝は高根の花。英経済を牛耳る金融やサービス業の大半を海外資本が占めるさまは、外国人選手によるセンターコートの席巻になぞらえられたが、グローバル化の先頭走者であったのは間違いない。

【日経への問い合わせ】

欧州総局長 大林尚様

「英EU離脱 震える世界(上)」という記事についてお尋ねします。大林様は記事の中で「来週、ロンドン郊外でテニスのウィンブルドン選手権が開幕する。英国人選手にとり優勝は高根の花」と述べています。しかし、2013年には英国人のアンディ・マレー選手がウィンブルドンで優勝していますし、今年の第2シードであるマレー選手は今回も有力な優勝候補です。かつては「英国人選手にとり優勝は高根の花」だったかもしれませんが、現状には当てはまりません。

記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

----------------------------------------

高嶺の花」とは「遠くから見るだけで、手に入れることのできないもの、あこがれるだけで、自分にはほど遠いもののたとえ」(デジタル大辞泉)だ。「英国人選手にとり優勝は高根の花」と言える状況が過去のものとなっているのは間違いない。

これは広く知られている話だ。大林総局長がそれを知らないのは仕方がない。だが、記事を任せるのは危険だ。日経の幹部はそこに早く気付いてほしい。

ちなみに最終版(14版)では「英国人選手にとり優勝は高根の花」となっているが、13版では「英国人選手にとり優勝は今年も高根の花」と「今年も」が付いている。「この説明はまずいのではないか」との議論が編集局内であり、若干の修正を加えたのかもしれない。だが、問題の解決には至っていない。大幅に直すと大林欧州総局長のご機嫌を損ねるとでも思ったのだろうか。


※記事の評価はD(問題あり)。大林尚欧州総局長への書き手としての評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。大林氏に関しては「日経 大林尚編集委員への疑問」「なぜ大林尚編集委員? 日経『試練のユーロ、もがく欧州』」「単なる出張報告? 日経 大林尚編集委員『核心』への失望」「日経 大林尚編集委員へ助言 『カルテル捨てたOPEC』」「まさに紙面の無駄遣い 日経 大林尚欧州総局長の『核心』」も参照してほしい。


追記)結局、回答はなかった。

2016年6月24日金曜日

イオン、USJ…日経のベタ記事はただの宣伝?

個人的には、日本経済新聞の企業関連面にベタ記事は要らないと思っている。しっかり書き込むか、掲載を見送るかでいい。ベタ記事は原則として20行前後。これでは伝えられる情報が少なすぎる。新聞が報道の主役だった時代ならば「説明が不十分でもいいから、なるべく多くの記事を詰め込む」という考えも理解できる。しかし、今や新聞から情報を得る人が少数派になりつつある。ならば、新聞にしかできない深みのある記事を提供するしかない。そう考えると、ベタ記事の存在意義はなくなりつつある。
キャナルシティ博多でのCharisma.comのサイン会
            ※写真と本文は無関係です

22・23日の朝刊企業・消費面に載った以下の2本のベタ記事は特に「要らない」と思える。イオンやUSJの宣伝の手助けにはなったかもしれないが、こんな記事を載せ続けて読者の支持が得られるとは思えない。それぞれの記事の全文は以下の通り。


【日経の記事(22日)】~お盆の帰省で「おせち」料理を イオンが販売

イオンリテールは21日、お盆時期の帰省需要に向けたオードブル「NATSU O SECHI(なつおせち)」を発売すると発表した。本州と四国の381店で24日から予約を受け付け、8月13~15日に店頭で受け渡す。予約専用商品14品目のほか、当日に店内調理するセット商品も用意し、合計で4万5千個の販売を目指す。価格は税別で2000~1万5800円。

-----------------

「なぜこの記事を載せたのか」がよく分からない。「夏におせち」というのが珍しいから載せたのか。だとすれば「他社で同様の商品はあるのか」「イオンが夏におせちを販売するのは初めてなのか」といった情報が不可欠だ。

「記事が足りない」と言われて適当に書いたのか、イオンのご機嫌を取るために紙面を利用しているのか。どちらにしろ、上記の内容ならば、わざわざ記事にする意義は乏しい。

次の記事も問題点は似ている。

【日経の記事(23日)】~USJの新コースター 3カ月で搭乗者100万人

ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ、大阪市)を運営するユー・エス・ジェイは22日、3月に新設したジェットコースター「ザ・フライング・ダイナソー」の搭乗者が3カ月で100万人に達したと発表した。

恐竜映画「ジュラシック・パーク」がテーマのアトラクションで、下向きに寝そべった状態でコースを疾走するスリル感で人気を集めている。

----------------------------------------

3カ月で100万人」と言われても多いのか少ないのかよく分からない。文脈から判断して「きっと多いんだろうな」とは思うが…。「3カ月で100万人はすごい」との判断で記事にしたのならば、それが分かるように書くべきだ。当初目標と比較してもいい。例えば「従来のアトラクションでの100万人突破は最短でも10カ月かかっていた」という説明があれば、ニュースの意義がかなり伝わってくる。

そうした意義付けなしに「恐竜映画『ジュラシック・パーク』がテーマのアトラクションで、下向きに寝そべった状態でコースを疾走するスリル感で人気を集めている」と言われると、「USJの手先にでもなって、宣伝の手助けのために記事を書いているのか」と問いたくなる。

日経の記者ならば「そうですよ。当たり前じゃないですか」とあっさり答えそうな気もする。ちょっと怖い。

※記事の評価はいずれもD(問題あり)。

2016年6月22日水曜日

まとめ物として不備目立つ日経「通販各社、倉庫拡張進む」

「まとめ物」と呼ばれるニュース記事がある。企業ニュースの場合、業界全体で同じような動きが広がっている時によく使う。こうした記事に多くのニーズがあるのか疑問だが、それはひとまず置いておく。ここでは22日の日本経済新聞朝刊企業・消費面に載った「通販各社、倉庫拡張進む ロコンドなど、注文増加に対応」という記事を題材に、まとめ物の書き方を解説したい。
佐田川の菜の花(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

この記事を選んだのは、もちろん問題が多いからだ。記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】 

通販各社が自社倉庫の拡張や新設を進める。衣料品や靴のネット通販を展開するロコンド(東京・渋谷)は来春、東京都江東区の倉庫を移転し現在の約2倍の面積に拡張する。テレビ通販大手のQVCジャパン(千葉市)も倉庫の拡張や新設を計画する。通販の利用者が急速に増えているため、注文の増加や配送スピードへのニーズの高まりに対応する。

ロコンドは2017年3月、千葉県八千代市の物流センターに倉庫を移転する。移転後の倉庫の延べ床面積は約3万6000平方メートルとなり、現在の倉庫の約2倍となる

同社の16年2月期の売上高は前年同期比35%増の100億円と、急速に事業を拡大している。主力の通販事業以外の事業も広げており、急速に増える顧客へのサービス強化につなげる。

QVCジャパン(千葉市)も倉庫の拡張や新設を計画している。千葉県佐倉市にある倉庫は18年までに収容できる能力が足りなくなる見込み。テレビに加え、インターネットを通じた商品の注文も増えているため、倉庫を広げて対応する。

----------------------------------------

誰が書いたのかは知らないが、上記の記事の筆者に助言する形で問題点を指摘してみたい。

◆記事を書いた記者への助言◆

◎最低3つは事例を用意しよう!

この記事はいわゆる「まとめ物」です。書き出しは「通販各社が自社倉庫の拡張や新設を進める」となっています。「多くの通販会社で自社倉庫の拡張・新設に向けた動きがある」と判断して、記事をまとめたのでしょう。しかし、記事には「ロコンド」と「QVCジャパン」しか出てきません。これでは「本当に通販各社は自社倉庫の拡張や新設を進めているのかな? 2社だけじゃないの?」と読者に思われても仕方ありません。

では何社あればよいでしょうか。明確な基準はありません。ただ、3社は最低でも用意したいところです。記事を見ると、「QVCジャパン」に関しては「倉庫の拡張や新設を計画している」という漠然とした話しか出てきません。

私が記事を書くならば、「通販各社が自社倉庫の拡張や新設を進める」事例を3つほど用意して、「QVCジャパン」はついでに付け加える形にするでしょう。まともな事例が3つ揃わないのならば、まとめ物にはしません。非常に紙面繰りが厳しい場合には「まともな事例2つ+QVCジャパン」で妥協するかもしれませんが、少し胸が痛みます。

「まとめ物にするなら最低でも3つの事例」と覚えておいてください。

◎繰り返しを避けよう!

今回の記事では無駄な繰り返しが目立ちます。「ロコンド」に関しては「東京都江東区の倉庫を移転し、現在の約2倍の面積に拡張する」と書いた後で「倉庫を移転する」「現在の倉庫の約2倍となる」と繰り返しています。

QVCジャパン」も同様です。最初の段落の「QVCジャパン(千葉市)も倉庫の拡張や新設を計画する」と、最終段落の「QVCジャパン(千葉市)も倉庫の拡張や新設を計画している」はほとんどダブっています。

40行程度の長くない記事で業界の動向をまとめるのです。簡潔に書かなければ、必要な情報を詰め込めません。無駄な重複は避けましょう。ちなみに、社名の後に付ける(千葉市)は初出時のみ付けるのが原則です。

日経では「アタマ記事以外、原則として全体の内容を要約した前文を付けない。前文は本文と重複しないように工夫する」と決まっているはずです。確認してください。

今回の記事は3段で、企業・消費面の中では3番手の扱いです。本来ならば「全体の内容を要約した前文を付けない」はずですが、付いています。前文と本文が重複しないように工夫したとも思えません。

他にも気になる点はありますが、まずは上記の2つを頭に叩き込んでください。記事を書く上では基礎に当たるところです。しかし、今の日経で企業報道部のデスクがきちんと指導してくれるとは思えませんし、きちんと記者教育ができていれば今回のような記事が世に出るはずもありません。

日経の中でも企業報道部は特に粗製乱造の癖が身に付きやすい部署です。周りにいる先輩の多くは、日経産業新聞や日経MJに向けて大量の記事を供給する過程で粗製乱造に慣れてしまい、問題に気付かないままキャップやデスク、あるいは編集委員になっているのです。そうならないためには、自分できちんと日経の構造的な弱点を自覚して、書き手としての技術の習得に努めるしかありません。

私からの助言がその一助になれば幸いです。

----------------------------------------

※記事の評価はD(問題あり)。

構成に難あり 日経 鈴木亮編集委員の「マネー底流潮流」

21日の日本経済新聞夕刊マーケット・投資2面に鈴木亮編集委員が書いた「マネー底流潮流~英投票 もう一つの読み方」という記事はツッコミどころの多い内容だった。記事の全文を見た上で、問題点を列挙したい。
加藤清正公像(熊本市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

世界のマーケットを揺さぶっている英国の欧州連合(EU)からの離脱騒動も終盤戦、いよいよ23日の投票日が迫ってきた。先週は離脱派が有利との世論調査が伝わり、円高・株安が進んだ。一方、英国のブックメーカー(賭け屋)の予想では、残留派の有利が続いている

ヒト(世論調査)とカネ(ブックメーカー)、どちらを信じるか。ロンドン駐在時代の取材先が面白い指摘をしてくれた。「盛り上がっているのはイングランドだけ。スコットランドもウェールズも無関心、北アイルランドでは何の話題にもなっていない

聞くとスコットランドは五大政党のすべてが残留支持で、同国の世論調査では75%が残留派だった例もあるという。北アイルランドに至ってはそれ以上が残留支持で、理由はEUを離脱すると、国境を接しているアイルランドとの交易に支障が出るからだ。北アイルランドの主力産業のひとつは農業で、輸出の34%がアイルランド向けだ。

イングランド以外の3国はEU離脱に反対か無関心が大半で、投票に行かないか、残留に1票を投じる住民が多くなりそうだ。世論調査とブックメーカーの賭け率に差があるのは、このあたりが要因の一つなのかもしれない

イングランドで離脱を支持しているのはシニア層が多い。彼らは東欧などからの移民が社会保障などの恩恵を受け、英国民の仕事を奪っていると不満を持つ。不満の根底にあるのはドイツへの嫌悪感だ。難民問題だけでなく、金融や貿易など様々なルールをEUが主導し、英国に押しつけていると感じている。

EUを牛耳っているのはドイツだから、英国のシニア層は反EUというより嫌ドイツだ。英国で18年金融業務に関わった投資ファンド社長の青木健太郎氏は「EU離脱はイングランドのシニアにとって、武器を使わない第3次世界大戦なのかもしれない」と語る。

世界を揺るがせた英国のEU離脱騒動だが、16日に悲しい事件が起きた。労働党の女性議員で残留支持だったジョー・コックスさんが、離脱派とみられる男性に襲撃され、死亡した。2児の母でもあり労働党のホープだった。「じょ

この痛ましい事件を受けて離脱派の勢いは消沈している。流れは変わった。ポンド相場は17日に急騰し、日本株市場でも先物の買い戻しが入った。国民投票の結果が判明するのは日本時間の24日午後だが、答えは出たと言ったら言い過ぎだろうか。

----------------------------------------

◎スコットランドは「国」?

スコットランドや北アイルランドを「」と呼ぶのが間違いだとは言わないが、英国の中に4つの国があると見なすとかなり分かりにくい。きちんと英国の構成について説明した上で「」という表現を使うか、「」扱いを避けるのが賢明だと思える。例えば「同国の世論調査同地域の世論調査」「イングランド以外の3国イングランド以外の3地域」と言い換えても、問題は生じないはずだ。

◎交易に支障が出るのに「話題にもなっていない」?

盛り上がっているのはイングランドだけ。スコットランドもウェールズも無関心、北アイルランドでは何の話題にもなっていない」とのコメントを紹介した後で「北アイルランドに至ってはそれ以上が残留支持で、理由はEUを離脱すると、国境を接しているアイルランドとの交易に支障が出るからだ」と鈴木編集委員は書いている。北アイルランドでは本当にEU離脱が「何の話題にもなっていない」のだろうか。

◎なぜ「差」が生まれる?

イングランド以外の3国はEU離脱に反対か無関心が大半で、投票に行かないか、残留に1票を投じる住民が多くなりそうだ。世論調査とブックメーカーの賭け率に差があるのは、このあたりが要因の一つなのかもしれない」という説明が、この記事で最も引っかかった部分だ。

例えば「世論調査はイングランドの住民しか調べない」という事情があるのならば、「ブックメーカーの賭け率」と「世論調査」が食い違うのも分かる。ただ、常識的に考えれば、英国全体の住民を対象に調査しそうなものだ。仮にイングランド以外の住民の動向は世論調査に反映されにくい仕組みになっているのならば、そこは説明が要る。

あるいは「イングランドを除くと、世論調査で離脱賛成と答える人の多くが投票に行かない」と言いたいのかもしれない。ただ、「スコットランドもウェールズも無関心。北アイルランドでは何の話題にもなっていない」のであれば、離脱反対派も同じように投票に行かないのではないか。色々考えたが、鈴木編集委員が何を言いたいのか解読できなかった。

◎記事の前半は何のため?

そもそも「ブックメーカーと世論調査」とか「イングランドとそれ以外」を記事の前半で論じたのは何のためなのか。その後は「イングランドで離脱を支持しているのはシニア層が多い」「イングランドのシニアにとって、武器を使わない第3次世界大戦なのかもしれない」といった話に移り、さらには女性議員襲撃事件へと展開していく。

この構成だと、記事の前半と後半につながりが乏しい。断絶があると言ってもいい。結局、「英国のEU離脱問題について、思い付くままにあれこれ書いてみました」とでも言うべき内容になっている。次からは「何を自分は訴えたいのか」をしっかり考えた上で、記事の結論に説得力を持たせるようなストーリーを生み出してほしい。

今回の記事で言えば、「国民投票の結果が判明するのは日本時間の24日午後だが、答えは出たと言ったら言い過ぎだろうか」という結論自体は問題ない。ただ、その根拠は女性議員襲撃事件しか見当たらない。だとしたら、「不満の根底にあるのはドイツへの嫌悪感だ」といった関連性の低い話は省いて、襲撃事件を記事の中心に据えるべきだろう。

◎見出しの「もう一つの読み方」とは?

今回の記事に付いた「英投票 もう一つの読み方」という見出しもよく分からない。まず世間で広く知られた「読み方A」があって、それとは異なる「読み方B」を記事で紹介したと言いたいのだろう。しかし、何がAかBか謎だ。

「世論調査から読む」がAで「ブックメーカーから読む」がBなのか。それとも「イングランド目線で読む」がAで「イングランド以外の目線で読む」がBなのか。あれこれ考えてみたが、どれもしっくり来ない。

ただ、見出しを付けた整理部の担当者を責めるのは酷だ。焦点が絞れていない構成ゆえに、分かりにくい見出しで逃げるしか手がなかったのだろう。


※記事の評価はD(問題あり)。鈴木亮編集委員への評価はC(平均的)からDへ引き下げる。

2016年6月21日火曜日

渋谷高弘編集委員「経営の視点」は遠回しの日経批判?

「これは日本経済新聞の編集委員による日経トップへの遠回しな批判ではないか」と思える記事が20日の朝刊企業面に出ていた。「経営の視点~サラリーマン共同体の限界 トップ指名にも『社内事情』」という記事で、筆者の渋谷高弘編集委員は「サラリーマン共同体」の日本企業に関して以下のように書いている。
美奈宜神社(福岡県朝倉市寺内) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

彼我の経営者の力量が違いすぎる。このままではダメだ」。長く日本の大企業の株主総会を仕切り、企業法務の重鎮とされる大物弁護士は嘆く。

比較の対象は、燃費データの不正で危機に陥った三菱自動車を電撃的に傘下に収めた日産自動車のカルロル・ゴーン社長と、それまで大株主として三菱自を支えてきた三菱グループ御三家(三菱重工業、三菱商事、三菱東京UFJ銀行)だ。

実は大物弁護士の元には御三家の一つから「三菱自が設けた第三者委員会の調査をどう進めるべきか、相談に乗ってほしい」と内々に打診があった。不祥事発覚から約一週間後だ。

ところがさらに一週間経たないうちに、ゴーン社長が三菱自の支援を表明。大物弁護士が御三家の相談に乗る暇もなく、局面は三菱自や企業城下町の危機という「負」から、業界再編という「正」へと劇的に変わった。経営者の力量が経済や社会を大きく動かすことを示す好例といえよう。

冷静に考えれば、日産は仏ルノー傘下の外資系企業だ。ゴーン社長は、ルノーがかつて破綻寸前だった日産に送り込んできた外部のプロ経営者だったことを忘れてはならない。

三菱自、東芝、シャープ、東洋ゴム工業……。大企業の経営危機や深刻な不祥事が繰り返されるのはなぜだろうか。

企業統治改革の要とされるトップの選び方に着目してみよう。上場会社であっても大多数の日本企業は現社長が内部から次期社長を選ぶ。「そこにサラリーマン共同体の論理が働きやすいことが問題だ」。多くの経営者を知るコンサルタントの冨山和彦氏は断じる。

彼のいう「サラリーマン共同体の論理」とは、部下は上司に尽くし、上司は尽くしてくれた部下を引き上げる相互依存関係が基本だ。そうである以上、後継者選びでも、経営能力だけでなく、現トップとの距離感や価値観の重なりといった要素が、判断材料に加わることは避けられない。

トップのみによる後継者指名の偏向を修正できる仕組みの一つが、社外取締役が参加する指名委員会だ。社内事情とは無縁の社外取と現トップが後継者について率直に議論することで、会社全体、あるいは社会にとって有益な後継者選びができる可能性が増す

冨山氏は複数の大企業経営者から聞かされたことがある。「(サラリーマン共同体の論理で選ばれた)社長なんて、大した能力はない。だからこそ次の社長を指名する権限が必要だ。その権限を失ってしまったら、求心力もなくなってしまう」

この“激白”は日本企業でも指名委員会を設けてトップ選びに外部の声を反映させる動きが出ていることへのけん制だ。後継者指名権こそが日本の経営者の力の源泉であり、それが変わることを恐れるのだろう

もちろん社外取締役が選ぶトップも万能ではない。サラリーマン共同体にはチームワークを促すなど美点もある。ただトップ選びに、その論理を貫徹し続けることは企業の存在や競争力を危機にさらしかねない。日本企業はサラリーマン共同体の賞味期限を考え直すべき時期に来ている

----------------------------------------

日経は日本企業の中でも「サラリーマン共同体」の性格が特に強い。創業家は存在しないし、口うるさいファンドが株を保有しているわけでもない。上場もしていない。新卒で会社に入り出世を重ねた者が社長になっていく。社外取締役も見当たらない。

日経のサイトで「ガバナンス」について見てみると「経営アドバイザリー・ボード」という「社長の諮問機関」はあるようだ。ただ、「社外の識者が日経や日経グループをどうみているか、どのような意見を持っているか、社会全般にどう映っているのかを聞く」程度で、トップ人事への影響力はなさそうだ。

記事中で「賞味期限を考え直すべき時期に来ている」と言われている「サラリーマン共同体」を見事に体現しているのが日経だ。それは筆者自身が痛いほど分かっているはずだ。渋谷編集委員が本当に訴えたかった内容を、こちらで勝手に推測して記事を書き換えると以下のようになる。

後継者指名権こそが日経の経営者にとって力の源泉であり、それが変わることを恐れるのだろう。もちろん社外取締役が選ぶトップも万能ではない。サラリーマン共同体にはチームワークを促すなど美点もある。ただトップ選びにその論理を貫徹し続ければ、日経の存在や競争力を危機にさらしかねない。日経は自らのサラリーマン共同体としての賞味期限を考え直すべき時期に来ている

日経の喜多恒雄会長と岡田直敏社長にきちんと伝わっているとよいのだが…。

ついでに今回の「経営の視点」について気になった点を1つ述べておこう。

彼我の経営者の力量が違いすぎる。このままではダメだ」という大物弁護士のコメントを使って、「日産自動車のカルロル・ゴーン社長」と「三菱グループ御三家」の経営者に大きな差があると渋谷編集委員は述べている。しかし、「確かに力量が違うな」と思える材料は見当たらない。

ゴーン社長が三菱自の支援を表明」したことで「局面は三菱自や企業城下町の危機という『負』から、業界再編という『正』へと劇的に変わった」かもしれない。しかし「彼我の経営者の力量が違いすぎる」かどうかは別問題だ。

経営不振に陥った同業他社の支援に乗り出す例などいくらもある。資金力があれば、カネを出すのはそれほど難しくない。現状で「ゴーンはすごい。三菱御三家の経営者はダメ」と結論を出すのはあまりに短絡的だ。三菱自動車の再建に失敗して日産の資金負担が膨らむ事態も十分にあり得る。

渋谷編集委員としては「サラリーマン社長よりもプロ経営者の方が有能」という事例が欲しかったのだろうが、少し無理がある。


※記事の評価はC(平均的)。渋谷高弘編集委員への評価もCとする。

2016年6月20日月曜日

「若者ほど保守志向」と日経 芹川洋一論説主幹は言うが…

20日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に 芹川洋一論説主幹が「核心~若者は自民党がお好き? 『弱い支持』どこまで続く」という記事を書いていた。「若者ほど保守志向が目立っている」と言える根拠として、芹川論説主幹は「日本経済新聞社とテレビ東京の世論調査」の数字を挙げている。しかし、「若者の保守志向が目立っている」かは微妙だ。まずは記事の最初の方を見ていこう。
皇居周辺の桜(東京都千代田区)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

参院選の公示があさって22日に迫った。こんどから選挙権の年齢が18歳に引き下げられる。新たに240万人の有権者が誕生する。全体の2%程度だが、彼らの投票行動に関心が集まっている。

若者といえば昨年夏の国会デモですっかり有名になった学生グループの「SEALDs(シールズ)」。昭和のころの「若者の反乱」を思いおこさせた。

当時、若いときは革新支持で、就職し所帯をもって社会的な地位につくと保守的になり自民党支持になるケースがけっこう多かった。ところが最近はどうも違う。むしろ若者ほど保守志向が目立っている

それは日本経済新聞社とテレビ東京の世論調査から、はっきりとみてとれる

まず安倍晋三内閣の支持率。2016年に入ってからだけでも、全体の平均より20代の方が高い。

     全体 (20代)

 ▼1月=47%(55%)

 ▼2月=47%(66%)

 ▼3月=46%(69%

 ▼4月=53%(56%)

 ▼5月=56%(56%)

 参院選でどこの政党に投票するかをみても20代で自民党をあげる向きが多い。

 ▼1月=36%(33%

 ▼2月=33%(56%

 ▼3月=36%(42%

 ▼4月=44%(52%)

 ▼5月=44%(45%)

----------------------------------------

気になる点が2つある。

まず、最新の結果である5月の数字を見ると、20代の内閣支持率は全体と同じ56%で、参院選で自民党に投票する人の割合も全体を1ポイント上回るに過ぎない。データを信じるならば「若者の保守化傾向は消えつつある」とでも評価すべきだろうか。

ただ、データ自体を信頼すべきかという問題は残る。例えば、20代の「参院選で自民に投票」は1月の33%から2月には一気に56%へ跳ね上がり、3月には42%へ落ち込むといった具合で振幅が非常に大きい。

しかも「参院選で自民に投票」が大きく減った3月には、「安倍内閣支持率」が69%と今年の最高を記録していて整合的ではない。調査結果を鵜呑みにするのは危険な気がしてくる。

これらは20代のサンプル数が非常に少ないためではないかと思える。4月調査に関する記事では、調査方法に関して以下のように説明している。

【日経の記事(5月1日)】

日本経済新聞社とテレビ東京の世論調査は、今回から対象年齢を18歳以上にするとともに、これまでの固定電話に加え携帯電話にかける方式を始めた。夏の参院選で選挙権年齢が「18歳以上」に下がるのを踏まえ、若い世代を中心に固定電話を持たない人が増えていることに対応する。

電話は無作為に抽出した番号にかけ回答を依頼しているが、3月の前回調査までは対象が固定電話のみだった。今回は乱数番号(RDD)方式で固定電話と携帯電話あわせて2210件を対象とし、991件の回答を得た。固定電話と携帯電話を合わせた全体の回答率は44.8%。集計では固定電話と携帯電話の使用状況にあわせて比率を補正している。

----------------------------------------

若い世代の回答を確保するために「携帯電話にかける方式を始めた」のだから、20代の回答者が非常に少ないのは間違いないだろう。「991件の回答」でも全体としては統計学的に問題のないサンプル数なのだろうが、20代に関しては不十分ではないのか。芹川論説主幹がその辺りをきちんと検討したのかが引っかかる。

ついでに言うと「マイルドヤンキー」に関する芹川論説主幹の説明も引っかかった。

【日経の記事】

保守化した今の若者を原田氏は「マイルドヤンキー」と呼ぶ。地元に残って親にパラサイト(寄生)しケータイで地元の友だちとつながっている若者たちだ。

----------------------------------------

マイルドヤンキーに「親にパラサイト」という特徴はあるのだろうか。「原田氏」(博報堂ブランドデザイン若者研究所の原田曜平氏)は2014年5月21日の日経夕刊で以下のように説明している。

【日経の記事(2014年5月21日)】

私は近著「ヤンキー経済」(幻冬舎)の中で「マイルドヤンキー」という若者像を描き出した。「不良」「ツッパリ」といった従来のヤンキーと比べると、地元仲間とつるむといった行動は通じるが、見た目も中身も実に温和な若者たちだ。

中学時代に携帯電話でつながった生まれ故郷の「いつメン」(いつものメンバー)と、結婚後も強くつながり続け、自宅から半径5キロメートル以内のエリアからあまり出ない「地元族」だ。

(中略)私が実地調査の結果などから若年層を4分類した右表で、マイルドヤンキーは「(就職や結婚などを経ても)友達を新規開拓しない(内向的)」「IT(情報技術)への関心やスキルが低い」という位置づけだ。

これに博報堂が実施した「生活定点調査 2012」の結果を合わせて推計すると、およそ3人に1人がマイルドヤンキーということになる。

----------------------------------------

ここには「パラサイト」の話は見当たらない。少なくとも原田氏は「親にパラサイト」しているかどうかを「マイルドヤンキー」の条件としていないのではないか。マイルドヤンキーは「結婚」もするようなので、これも「パラサイト」とあまり合わない。結婚したら、基本的に夫婦どちらかは親と離れて暮らすはずだ。

芹川論説主幹は記事で以下のようにも書いている。

【日経の記事】

ちょっと前、原田氏は政府・自民党の広報対策の責任者から呼ばれた。

「マイルドヤンキーのような、地方創生の担い手となりこれから自民党を支えてくれる若者たちが増えているのは大変喜ばしい」

「いや、地元密着型で保守的な価値観は持っていますが、旧来の政治的な保守ではありません。あくまでもケータイで同級生や親とつながっている存在です

----------------------------------------

ケータイで親とつながっている存在」と言われると、さらに「パラサイト」のイメージから外れてくる。もちろん、言葉の意味は普及する過程で広がっていくこともある。ただ、現時点で「パラサイト」を「マイルドヤンキー」の特徴とするのは少し無理がある。

最後に記事の結びにも注文を付けておこう。

【日経の記事】

地元に根づく若者たちもパラサイトできる親がいる間はいいが、そのつっかい棒がなくなったときどうなるか。「ゆとり世代」の保守志向は強くなく、移ろいやすいのは間違いない。

世界をみると、米国でのバーニー・サンダース現象や英国労働党のジェレミー・コービン党首にみられるように社会主義的な言説が不満を持つ若者を引きつけている。日本の若者の自民支持はまさか春の夜の夢のごときものではないと思うが果たしてどうだろうか

----------------------------------------

論説主幹」という肩書を入れておいて、記事の結論が「果たしてどうだろうか」では寂しい。これはいわゆる「成り行きが注目される」型のダメな終わり方だ。しかも冗長さも目立つ。「(若者の)保守志向は強くなく、移ろいやすい」との前提で、改善例を考えてみたい。

【改善例】

世界を見ると、米国で民主党の大統領候補を目指したバーニー・サンダース氏や、英国労働党のジェレミー・コービン党首のような、社会主義的な政策を掲げる政治家が不満を持つ若者を引き付けている。そうした動きが日本に波及する可能性は十分にある。若者の自民支持は春の夜の夢のごときものかもしれない。



※記事の評価はD(問題あり)。芹川論説主幹への評価はE(大いに問題あり)を据え置く。芹川論説主幹については「日経 芹川洋一論説委員長 『言論の自由』を尊重?」「日経の芹川洋一論説委員長は『裸の王様』?」「『株価連動政権』? 日経 芹川洋一論説委員長の誤解」「日経 芹川洋一論説委員長 『災後』記事の苦しい中身」「日経 芹川洋一論説主幹 『新聞礼讃』に見える驕り」も参照してほしい。

ヤフー関連の訂正記事に見える週刊ダイヤモンドの不誠実

週刊ダイヤモンド6月18日号に載った「Inside~ソフトバンクが株売却で1兆円 市場が注目する巨額資金の使途」という記事に関する「訂正とお詫び」が6月25日号の130ページに出ている。記事の内容を訂正した点は評価したい。しかし、訂正の仕方にはダイヤモンドのメディアとしての不誠実さが表れている。まずは以前にダイヤモンド編集部へ送った問い合わせの内容を見てほしい。
火事(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

6月18日号の「Inside~ソフトバンクが株売却で1兆円 市場が注目する巨額資金の使途」という記事についてお尋ねします。筆者の北濱信哉記者はソフトバンクが日本ヤフーの株式を取得するとの観測に触れた上で以下のように書いています。

「そこで米ヤフーの保有する日本ヤフー株を買い取り、同社を連結対象化するため1兆円のキャッシュが用いられるのではないかとみる向きがあるわけだ」

「また、ややペースは鈍化しているものの成長を続ける日本ヤフーを連結対象に加えれば、ソフトバンクの企業価値を高めることにつながる」

これを見る限り、現在の日本ヤフーはソフトバンクの連結対象ではないはずです。しかし、6月9日にソフトバンクグループが出したニュースリリースのタイトルは「当社子会社(ヤフー株式会社)による公開買付けの開始に関するお知らせ」です。また、ソフトバンクグループの事業別の概要を見ると、ヤフー事業の「主要子会社及び関連会社」の中に「ヤフー株式会社」が入っています。

記事で言う「日本ヤフー」は「ヤフー株式会社」と同一の会社ではありませんか。その場合、日本ヤフーがソフトバンクグループの連結対象なのは明らかです。「米ヤフーの保有する35%分を買い取ることで初めて連結対象に入ってくる」と受け取れる記事中の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

----------------------------------------

これに関して「訂正とお詫び」は以下のようになっている。

【訂正とお詫び】

本誌6月18日号14ページ上から3段目の9~10行目「り、同社を連結対象化す」の部分と、同15~31行目全てを削除いたします。

----------------------------------------

訂正記事だけ読むと何のことかほとんど分からない。

まず、「そこで米ヤフーの保有する日本ヤフー株を買い取り、同社を連結対象化するため1兆円のキャッシュが用いられるのではないかとみる向きがあるわけだ」との記述を「そこで米ヤフーの保有する日本ヤフー株を買い取るため1兆円のキャッシュが用いられるのではないかとみる向きがあるわけだ」に訂正。「また、ややペースは鈍化しているものの成長を続ける日本ヤフーを連結対象に加えれば、ソフトバンクの企業価値を高めることにつながる」といった説明を削除している。

つまり「現時点で日本ヤフーがソフトバンクの連結対象ではない」との認識は間違っていたとダイヤモンド編集部が認めている。ならば、なぜきちんと読者に説明しないのか。「訂正とお詫び」が目立たない場所にひっそり載っているのは良しとしよう。しかし、何をどう間違えたかはきちんと提示すべきだ。今回のような訂正では、前週号でソフトバンクの記事を読んだ人でさえ、何を間違えたのかを理解するのは困難だ。

さらに言えば、定期購読している読者から間違い指摘を受けて、実際に誤りだったのに問い合わせを無視する姿勢も不誠実との誹りを免れない。

今回の間違いはかなり豪快であり、内容からしてソフトバンクグループやヤフーなど当事者からも抗議を受けている可能性が高い。一読者からの指摘であれば、いつも通りの無視で済ませたのだろうが、今回は渋々ながら訂正に応じたと推測できる。そのためか「どんな間違いだったかはできるだけ分かりにくくしたい」との思いが、「訂正とお詫び」の文面に透けて見える。

記事中の間違い自体を強く非難するつもりはない。こちらもミスの多い人間だ。偉そうに言える資格はない。しかし、ダイヤモンドは間違えた後の対応にも問題がある。プライドが高すぎるのか、間違いをなかなか認めたがらない。だから読者からの指摘は無視するし、やむを得ず訂正を出す場合も「恥」の最小限化を優先させてしまう。

「間違えた時にどう対応すれば最も読者のためになるのか」をまず考えるべきだ。それがメディアとしての信頼性を高め、結果として自分たちを支えてくれる。そのことになぜ気付かないのか。必死に守るべきは自らの下らないプライドではない。メディアとしての信用だ。それを肝に銘じてほしい。

ちなみに、ダイヤモンドのサイトで当該記事の修正を確認してみると、本文は直っていたが「ヤフーを連結対象へ」という小見出しはそのままだった。この辺りもダイヤモンドらしいと言うべきだろうか…。


※今回の件に関しては「ヤフーはソフトバンク連結対象外?週刊ダイヤモンドに問う」も参照してほしい。当該記事を執筆した北濱信哉記者の評価はF(根本的な欠陥あり)への引き下げを検討していたが、訂正を出した点を評価してE(大いに問題あり)にとどめる(従来は暫定C)。

2016年6月19日日曜日

疑問多い日経「日米同時上場 LINE、三度目の正直」(2)

18日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「真相深層~LINE、三度目の正直 時価総額6000億円、来月に日米同時上場 東証との対立乗り越え」の問題点をさらに指摘していきたい。
鎮西身延山 本佛寺(福岡県うきは市)
        ※写真と本文は無関係です

◎種類株の問題はどうなった?

【日経の記事】

子会社の上場はただでさえ議論を呼びやすい。さらに種類株まで認めれば、LINE株を購入する株主の権利がないがしろにされる懸念がある。東証は種類株を頑として受け入れなかった。

LINEが最初に東証に上場申請したのは2014年7月に遡る。この時から種類株を巡る東証との対立が始まっていた。そこへもう一つの誤算が重なる。親会社からの横やりだ。

「今、上場するのは適切ではない」。ネイバー創業者の李海珍(イ・ヘジン)氏は、上場計画が具体化すると周囲にこう漏らすようになった。日本で圧倒的な利用者を誇るLINEも、海外では類似アプリとの競合が激しい。海外展開は思うように進まず、李氏は経営方針を見直すべきだと主張した。

LINE側は最高財務責任者らが計画通りに上場し成長資金を調達すべきだと訴え、上場時期を巡りグループ内の意見対立が目立つようになる。東証との社長面談まで進んでいた14年の上場計画は9月に見送られた。

----------------------------------------

この記事では、種類株の問題が上場への「最大の障壁」だったと書いている。「LINEが最初に東証に上場申請したのは2014年7月に遡る。この時から種類株を巡る東証との対立が始まっていた」ようだ。なのに「東証との社長面談まで進んでいた14年の上場計画」は「親会社からの横やり」で頓挫したらしい。親会社さえ反対しなければ、14年の上場は実現していたかのような書き方になっている。「この時から種類株を巡る東証との対立が始まっていた」のならば、親会社の横やりがあろうとなかろうか、上場は無理だったのではないか。

親会社の話も腑に落ちない。上場申請した時点では親会社も賛成していたのに、その後に反対へ回ったという話だろうか。しかし「海外では類似アプリとの競合が激しい。海外展開は思うように進まず」といった状況は上場申請した後で急に生まれたわけでもないだろう。この辺りの経緯も謎だ。

◎この時も種類株の問題は?

【日経の記事】

翌年4月、LINEは改めて上場を申請する。秋の上場を目指したが誤算は続いた。LINEは15年春に米マイクロソフトから海外の音楽配信事業を買収した。しかし、この分野には国内外のネット大手が競うように参入してきた。このサービスで減損損失が発生し、15年12月期は79億円の最終赤字になる。2度目の上場計画は10月に凍結を余儀なくされた

----------------------------------------

2回目の上場計画が「凍結を余儀なくされた」のは15年12月期に「79億円の最終赤字」になったからだと書いている。しかし、この時点でも種類株の問題は解決に至っていないはずだ。だったら、業績がどうだろうと上場できないのではないか。

◎NY上場だけでよいのでは?

【日経の記事】

事態が動いたのは今年3月だ。LINEが「種類株を取り下げます」と東証に申し入れた。

なぜ撤回したのか。その理由は日米同時上場にある。「世界に挑戦しツイッターやフェイスブックと同じ基準で評価してもらいたい」との思いから始めた米国上場は、順調に準備が進んでいた。同時上場に向けた最後で最大のハードルが東証だ。かたくなな姿勢を崩さない東証に対して「上場できないのなら種類株を取り下げよう」(LINE幹部)との声が社内で高まった。

ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の競争環境も変わった。14年はSNSバブルといわれ、LINEの時価総額は1兆円超と算定された。しかしバブルは去った。上場で知名度を高めるとともに成長資金を手にすることが最優先の課題になった。

種類株撤回で「最大の障害が取り払われた」(自主規制法人幹部)。LINEは昨年10月に社外取締役を導入し、東証が重視する企業統治に配慮する姿勢も見せた。今年5月31日の理事会で自主規制法人はLINE上場にゴーサインを出した。

上場によってLINEは1000億円の資金を手にする見通しだ。ある幹部は「持続可能な成長を目指す意味で、いいタイミングだ」と語る。ようやく実現する日米同時上場でLINEは成長を加速できるか。その成否は今年の新規公開市場の行方も左右する。

----------------------------------------

世界に挑戦しツイッターやフェイスブックと同じ基準で評価してもらいたい」との思いがあり、しかも種類株の発行を望むのならば、米国上場だけでいいのではないか。「上場で知名度を高める」効果は海外ではあるかもしれないが、日本では上場しなくても十分すぎる知名度を既に得ている。「成長資金を手にすること」も米国上場で可能になる。

記事を読む限りでは「種類株発行を取り下げてまで日本での上場になぜこだわるのか」が見えてこない。実際には日本での上場が必要な事情があって、だからこそ種類株を諦めたのだろう。記事を担当した川上穣、堤正治、井川遼の各記者は事情が分からないのか、知っているのにきちんと説明できないのか。もう少し「真相深層」というタイトルにふさわしい中身にしてほしかった。


※記事の評価はD(問題あり)。川上穣記者と堤正治記者への評価はDを据え置く。井川遼記者は暫定でDとする。川上記者に関しては「読む価値を感じない日経 川上穣記者の『スクランブル』」も参照してほしい。

2016年6月18日土曜日

疑問多い日経「日米同時上場 LINE、三度目の正直」(1)

18日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「真相深層~LINE、三度目の正直 時価総額6000億円、来月に日米同時上場 東証との対立乗り越え」は色々と疑問の残る内容だった。執筆を担当した川上穣、堤正治、井川遼の各記者はきちんと状況を理解しているのだろうか。記事の内容に沿って、気になる点を列挙してみたい。
震災後の熊本城(熊本市)※写真と本文は無関係です

◎親会社が買収されても大丈夫な「資本構成」?

【日経の記事】

無料対話アプリ大手のLINEが7月15日、東京証券取引所に株式を上場する。時価総額は約6000億円と今年最大の新規上場になる見通しで、国内初のニューヨーク証券取引所(NYSE)との同時上場と話題は豊富だ。しかし、東証との対立やM&A(合併・買収)の失敗など誤算が続き上場計画は迷走した。3年越しで実現する上場はLINEにとって「三度目の正直」になる。

 「向こうが考えを改めないなら、こちらも一歩も前に進めない」。東証の上場審査を担当する日本取引所グループの自主規制法人。昨年から今年にかけて、毎月の理事会はLINEの上場計画を巡り紛糾した。

東証も大型上場は喉から手が出るほど欲しい。それでもLINEが繰り出した「禁じ手」を看過できず、首を縦に振らなかった。

LINEは親会社の韓国ネイバーに対し通常の10倍の議決権を与える特別な株式(種類株)を発行する計画を提出した。LINEの取締役も種類株を保有できる仕組みにし、仮に親会社が買収された場合でもLINEの経営権を手にできない資本構成にしようとした。つまり買収防衛策だ

----------------------------------------

LINEは種類株の発行によって「仮に親会社が買収された場合でもLINEの経営権を手にできない資本構成にしようとした」らしい。そのために「LINEの取締役も種類株を保有できる仕組み」にするのは納得できる。しかし「親会社の韓国ネイバーに対し通常の10倍の議決権を与える特別な株式(種類株)を発行する」のがよく分からない。

種類株の発行によってネイバーがLINEの上場後も議決権の過半を持ってしまうと、ネイバーが買収された場合、LINEの経営権も持っていかれてしまうはずだ。それを防ぐためにLINEの取締役が種類株保有によって議決権の過半を持てば、ネイバーが買収されても経営権は手放さずに済む。しかし、そこまでやるのなら買収防衛策はそれで十分だ。ネイバーに種類株を持たせる必要はない。

例えば、種類株の発行によってLINEの議決権比率がネイバーが30%、LINE取締役30%となる場合はどうだろう。ネイバーを買収した企業が市場でLINE株を買い付けて20%強の議決権を追加で得れば、やはりLINEの「経営権」を手にできる。結局、「親会社が買収された場合でもLINEの経営権を手にできない資本構成」とはどんなものかイメージできなかった。何か重要な点を見逃しているのかもしれないが…。

記事には他にも理解に苦しむ説明が出てくる。それらについては(2)で述べる。

※(2)へ続く。

2016年6月17日金曜日

週刊ダイヤモンドで再びミス黙殺に転じた櫻井よしこ氏

櫻井よしこ氏が週刊ダイヤモンド6月18日号「新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 ~ 孤立主義・排外主義が渦巻く米国 どちらが勝っても必要な日本の自助努力」という記事で、また説明を間違えたようだ。櫻井氏は現在の米国で人口の過半数がアングロサクソン系の白人だと考えているらしいが、調べてみるとどうも怪しい。櫻井氏のホームページへ送った問い合わせの内容を見てほしい。送信から既に4日が経過している。櫻井氏は指摘を無視する方針のようだ。
太宰府天満宮 文書館(福岡県太宰府市)※写真と本文は無関係です

【櫻井氏への問い合わせ】

週刊ダイヤモンド6月18日号の「オピニオン縦横無尽」についてお尋ねします。記事の中で櫻井様は「米国社会の中心軸だった白人アングロサクソン系の人々がいまや少数派になろうとしている。統計上、彼らは2042年には米国総人口の半分以下に減り、ヒスパニック系、アフリカ系、アジア系の人々が過半数を占める」と書かれています。ここからは「白人アングロサクソン系の人々が現在の米国では人口の過半を占めている」と読み取れます。

しかし2000年の米国勢調査によると、アングロサクソン系と推定できる人(イギリス人を祖先に持つ、あるいは生粋のアメリカ人だと認識している人の合計を近似値として用います)は16%にとどまります。櫻井様が「2042年には米国総人口の半分以下に」と述べているのは「白人アングロサクソン系」ではなく「白人(ヒスパニック系除く)」ではありませんか。

記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

ついでに申し上げますと「白人アングロサクソン系の人々がいまや少数派になろうとしている」との記述は「白人がいまや少数派になろうとしている」と解釈しても、なお疑問が残ります。まず半分以下になるのが20年以上先だという点です。これで「いまや」と言われても困ります。

それに半分以下になっても白人は「多数派」だと思えます。櫻井様のように「白人」と「ヒスパニック系+アフリカ系+アジア系」を比べれば確かに「少数派」でしょう。しかし、この比較は恣意的です。「白人」「ヒスパニック系」「アフリカ系」「アジア系」と分けて考えれば、白人は多数派であり続けます。

櫻井様の分け方が許されるのならば、例えば血液型で日本人に最も多いA型を「日本では少数派」とも見なせます。しかし「日本ではA型は少数派で、B型、O型、AB型の人が過半を占める」との説明に納得できるでしょうか。

お忙しいところ恐縮ですが、「白人アングロサクソン系」に関しては回答をお願いします。

----------------------------------------

米国でアングロサクソン系の白人が人口の何%を占めるのか正確な数字は分からなかった。ただ、現時点でも過半数に届かないのは確実だろう。反論してこないのだから、櫻井氏もミスを認識していると推測できる。ちなみにダイヤモンド編集部にも上記の問い合わせとほぼ同じ内容で質問を送っている。例によって回答はない。

今回の記事の末尾で櫻井氏は「先週の記事で『戦後歴代のどの大統領に比べても、オバマ氏の核弾頭削減数は少なかった』は、正しくは『冷戦後……』でした。訂正致します」と間違いを認めている(※「週刊ダイヤモンドの記事 誤り認めた櫻井よしこ氏を評価」を参照)。せっかくいい方向に動いたのに、再び「ミス握りつぶし」に戻ってしまった。残念だ。

ついでに櫻井氏の記事について、気になった点を追加で指摘しておこう。

【ダイヤモンドの記事】

トランプ氏は四月二七日に外交政策を発表、冒頭で「アメリカ第一」を掲げ、米国の同盟諸国の自主防衛努力の不足を厳しく批判した。

NATO(北大西洋条約機構)加盟二八カ国中、GDP(国内総生産)の二%を軍事費に充てるという合意を守っているのはたった四カ国にすぎないというわけだ。

氏は、NATO加盟国も日本も韓国も自助努力が足りない、各自もっと負担せよ、さもなければ時代に合わない(obsolete)同盟は見直しだと声を高める。こうした主張も他国のせいで米国が犠牲を強いられていると考える人々の強い共感を呼ぶ要素だ。

著名な政治評論家、クラウトハマー氏はトランプ氏の考えを「孤立主義」だと喝破したが、米国の孤立主義を喜ぶのは中国、ロシア、イスラム国(IS)らである。とりわけ中国はそれを好機として力による膨張を拡大していくだろう。米国の孤立主義は間違いなく、米国の同盟諸国に混乱を引き起こす。誰も幸せにしない

だが、「アメリカ第一」を標榜する人々は、孤立主義・排外主義的だとの批判や恨み言は各国の問題で、米国の問題ではないと考える。

そんな米国人が恐らく幾千万人も存在する。だからこそ、クリントン大統領が誕生しても、米国の同盟諸国、とりわけ日本は従来以上の自助努力をしなければ、日本に必須の日米同盟もうまくいかなくなると思う。

----------------------------------------

米国の孤立主義は間違いなく、米国の同盟諸国に混乱を引き起こす。誰も幸せにしない」というのは間違いだろう。櫻井氏自身が「米国の孤立主義を喜ぶのは中国、ロシア、イスラム国(IS)らである」と書いている。「尖閣諸島なんて興味ないよ。中国が奪いたいなら奪っていいんじゃないの」と米国が言ってくれれば、中国人にとって悪い話ではない。「ウクライナからどれだけ領土を奪っても、米国は問題視しないよ」と公言すれば、米国の姿勢を熱烈に歓迎するロシア国民も少なくないはずだ。「誰も幸せにしない」可能性は極めて低い。

トランプ氏が大統領になった場合、「孤立主義」は悪くない話だと思える。「ロシアにはクリミア半島をウクライナに返還させるし、中国には南沙諸島から出ていってもらう。米国の言うことに従わないならすぐに戦争だ」とトランプ氏が言い出した方が「孤立主義」よりはるかに怖い。櫻井氏は違う考えだとは思うが…。


※記事の評価はD(問題あり)。このまま回答がない場合、E(大いに問題あり)としていた櫻井よしこ氏への評価はF(根本的な欠陥あり)へ引き下げる。

※櫻井氏に関しては「櫻井よしこ氏への引退勧告」「櫻井よしこ氏のコラム 『訂正の訂正』は載るか?」「櫻井よしこ氏へ 『訂正の訂正』から逃げないで」「櫻井よしこ氏 文章力でも『引退勧告』」「櫻井よしこ氏『憲法9条は70年前に死んでいる』の問題点」「手抜きが過ぎる櫻井よしこ氏  ダイヤモンド『縦横無尽』」「週刊ダイヤモンド『縦横無尽』で櫻井よしこ氏にまた誤り?」も参照してほしい。

2016年6月16日木曜日

日経 篠山正幸編集委員「レジェンドと張り合え」の無策

プロ野球の投手は年間40勝や通算400勝を最初から無理と諦めずに、過去の名投手と張り合ってみてはどうか--。16日の日本経済新聞朝刊スポーツ面のコラム「逆風順風~レジェンドと張り合え」で筆者の篠山正幸編集委員がそんなことを書いている。「勝利記録など、今の野球では無理。しかし、あえて『時代が違う』といわず、レジェンドたちと張り合う手はないか。そこから何かが生まれはしないか」と篠山編集委員は訴える。しかし具体策はなし。自分は何も提案せずに「レジェンドたちと張り合う手はないか」と綴っても説得力はない。
柳川の川下り(福岡県柳川市) ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

「スタルヒンが天から舞い降りてきて、剛速球を投げさせてくれないかしらと思ったけれど無理でした。もうちょっと格好よく、びしっと投げたかった」。ワンバウンドになった始球式をナターシャさんは本気で悔しがった。

ビクトル・スタルヒンさんの娘さん。その気骨に、大投手の在りし日がしのばれた。6月7日、旭川での日本ハム―広島戦は地元で育ったスタルヒン投手の生誕100周年記念試合とされ、球場前の像のそばで植樹式も行われた。

1955年、プロ野球初の300勝投手となった投手は戦中に「須田博」を名乗った歴史の証人でもあり、まさにレジェンド。

打ち立てた記録の一つに39年の年間42勝がある。22年後の61年、この記録に並んだのが稲尾和久さん(西鉄)。

戦前の勝ち投手の基準があいまいで、39年の記録について42勝説もあれば40勝説もあった。40勝の時点で「タイ記録」と書いた新聞もあったが、稲尾さんは念のため2勝を重ねた。のちにスタルヒンさんの記録は42勝だったと認定される。「いやあ、あと2つ勝っておいてよかった」と、稲尾さんはその話になるたびに胸をなで下ろしていた。

金田正一さん(国鉄、巨人)は69年に400勝を達成し、こう話した。「スタルヒンが300勝を挙げたとき、おれはまだ100勝足らずだったかな。300勝なんて無理だと思ったのを覚えているよ

事故で早世したこともあり、スタルヒンさんは稲尾さんにとっても金田さんにとっても、半ば伝説の人だったはず。にもかかわらず、彼らは敬して遠ざけることなく、じかに張り合っていたようだ。そこに新たなレジェンドが生まれた

記念試合の際、163キロという日本最高球速を出したばかりの日本ハム・大谷翔平と顔を合わせたナターシャさんは「いろんな記録を充実させてほしい」と夢を託した。

勝利記録など、今の野球では無理。しかし、あえて「時代が違う」といわず、レジェンドたちと張り合う手はないか。そこから何かが生まれはしないか

----------------------------------------

勝利記録など、今の野球では無理」と書いているので「勝利記録以外で張り合えと篠山正幸編集委員は言いたいのかな」とも考えてみた。だが、例えば球速では大谷の方が金田や稲尾より上だろう。金田や稲尾の正確な最高球速は分からないし、張り合う相手とは思えない。だとすると、張り合うのはやはり勝利数か。とりあえず年間42勝について考えてみたい。

年間42勝を実現するには以下の3つのパターンがあると思える。

(1)先発数の大幅増加

現在は年間30弱の先発数を45ぐらいに増やせば、42勝も不可能ではない。中3日ぐらいで先発を続けるイメージか。負担は非常に重い。

(2)先発と中継ぎの兼任

年間で30回前後の先発と15回前後の中継ぎができれば42勝も見えてくる。これも負担は非常に重い。

(3)勝ち星が付きそうな場面限定の中継ぎに専念

これが一番可能性がありそうだ。序盤でリードしていたら、先発を5回投げさせずに交代させ、42勝を目指す投手にスイッチする。あるいは終盤の同点の場面でだけ投げさせる。そうやって1人の投手に勝ち星が集中するように仕向ける。ただ、シーズンを通してチームより個人の記録を優先させることになる。


レジェンドたちと張り合う手はないか。そこから何かが生まれはしないか」と訴えるのであれば、篠山編集委員には何か方策を考えてほしかった。個人的には「上記の3つともデメリットの方が圧倒的に上回るので、年間42勝なんて考えるのはやめよう」となる。しかし、違う意見があってもいい。篠山編集委員には「レジェンドたちと張り合う手」を具体的に語ってほしかった。

ついでにいくつか気になった点を指摘しておく。

◎スタルヒンは「歴史の証人」?

1955年、プロ野球初の300勝投手となった投手は戦中に『須田博』を名乗った歴史の証人でもあり、まさにレジェンド」というくだりの「歴史の証人」の使い方が引っかかる。人に関して「歴史の証人」と言う場合、「生き証人」を指すのが普通だろう。しかし、篠山編集委員の書き方だと、亡くなって久しいスタルヒンが今も「歴史の証人」ということになってしまう。

◎金田はスタルヒンと「張り合った」?

スタルヒンが300勝を挙げたとき、おれはまだ100勝足らずだったかな。300勝なんて無理だと思ったのを覚えているよ」という金田のコメントを使った後に、「彼らは敬して遠ざけることなく、じかに張り合っていたようだ」と書くと、整合性の問題が生じる。「100勝ぐらいの時には張り合っていなかったが、その後は張り合っていたんだ」といった反論は可能だろうが、だったら「張り合ってたんだな」と読者が納得できるコメントを使うべきだ。


※記事の評価はC(平均的)。篠山正幸編集委員への評価も暫定でCとする。

仕組み預金は「比較的安全」? 日経 藤井良憲記者に問う

「投資初心者には読ませたくない」と思える記事が日本経済新聞朝刊マネー&インベストメント面には時々載る。15日の「少しでも金利高い商品  ネット定期や社債一案」はまさにそれだ。 問題の多そうな「仕組み預金」を「元本の安全性が比較的高く、金利も残っている金融商品」の1つとして取り上げている。まずは記事の冒頭を見てみる。
黒川温泉(熊本県南小国町)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

そろそろ夏のボーナス支給を控えてお金の預け先を考える時期。マイナス金利政策の導入で金利引き下げが相次ぐ預金では物足りないが、不安定な値動きが続く株式などリスク資産も手が出にくいという人は多いかもしれない。それでも目をこらせば元本の安全性が比較的高く、金利も残っている金融商品がある。商品選びのコツと注意点をまとめた。

------------------

筆者の藤井良憲記者はこの後、「個人向け国債」「地方銀行のインターネット支店の専用定期預金」「個人向け社債」「自治体が発行する市場公募地方債(ミニ公募債)」を紹介した上で「仕組み預金」の話に移る。流れとしては「仕組み預金元本の安全性が比較的高く、金利も残っている金融商品」と捉えるしかない。

仕組み預金に関しては以下のように説明している。

【日経の記事】

個人の運用資金の受け皿として取り扱う金融機関が増えているのが「仕組み預金」だ。預金にデリバティブ(金融派生商品)を組み合わせることで、通常の円定期預金に比べ金利が高くなるのが特徴。「二重通貨型」と「満期特約付」の2種類がある。

具体的には二重通貨型は為替オプション、満期特約付は金利オプションの取引をして、その対価分を金利に上乗せする。預金者は金利が高い代わりに原則として中途解約できず、元本割れしたりする可能性がある

二重通貨型は円で預けた元本が為替動向によって外貨で戻る仕組み。満期日やその数日前の時点(判定日)で、預入時に設定した為替レート(特約レート)より円高なら外貨で、円安なら円で戻る。例えば元本100万円を特約レート1ドル=109円で預け、判定日の実勢レートが105円なら、109円で換算した約9174ドルが戻る。これをすぐに実勢レートで円に戻すと約96万円で元本を下回る。「外貨での運用を考えている人向き」(SMBC信託銀行の小田川正知執行役員)といえそうだ。

----------------------------------------

元本割れしたりする可能性がある」と書いてはいる。記事に付けた「金融商品の金利と元本の安全性のイメージ」では、定期預金や個人向け社債よりも仕組み預金の方が「元本割れの可能性」が高いと示してもいる。しかし「元本の安全性が比較的高く、金利も残っている金融商品」の1つに数えているのは間違いない。

しかし、商品の性質を考えれば、かなり高い確率で元本割れするはずだ。「株式などリスク資産も手が出にくいという人」に薦める商品ではない。

仕組み預金(二重通貨型)は簡単に言えば「円高になった時は損失額がどんどん膨らむが、円安時に得られる利益は放棄。その代わりに高めの金利をもらえる金融商品」と言えそうだ。金利が十分に高ければ、特約レート次第では魅力のある商品になる可能性もある。ただ、それを判断するのは容易ではないし、金融機関もバカではないので、預金者にとって有利な条件になるとは考えにくい。

記事に付いている表を見ると「パワード定期 円投資型 米ドルタイプ(新生銀行)」の金利は期間1年で1.11~2.84%となっている。個人的には、この程度のリターンのために円安時の為替差益を放棄して円高のリスクだけ被る人の気が知れない。

藤井記者は仕組み預金(二重通貨型)について「『外貨での運用を考えている人向き』(SMBC信託銀行の小田川正知執行役員)といえそうだ」と結論付けている。だったら、最初から外貨で運用すればいいのではないか。「外貨で運用するより、仕組み預金の方がリスクやリターンの点で優れている」と思うのならば、その根拠を示すべきだ。

「仕組み預金には近付くな」。マネー&インベストメント面を読んでいる投資初心者には、声を大にしてそう訴えたい。


※仕組み預金を「元本の安全性が比較的高く、金利も残っている金融商品」として取り上げている点を除けば、記事に大きな問題はない。今後への期待も込めて、記事の評価はC(平均的)、藤井良憲記者への評価も暫定でCとする。

2016年6月15日水曜日

「学閥」に疑問残る 週刊ダイヤモンド特集「医学部&医者」

週刊ダイヤモンド6月18日号の特集「最新 医学部&医者」は悪くない出来だ。しかし、よく分からない部分もあった。特に理解が難しかったのが、37ページに出てくる「偏差値だけでは分からない 医学部の格&学閥支配マップ」だ。記事中には「大学閥で見ると、宮崎大と佐賀大が九州大閥で、大分大が長崎大閥と分かれている」といった記述もあるので、この特集で言う「学閥」とは「特定の大学を中心に形成される大学のグループ」のようだ。例えば地図で「東北大閥」を見ると、秋田大学、山形大学、東北医科薬科大学を同じ「学閥」に色分けしている。
水前寺成趣園(熊本市)※写真と本文は無関係です

ただ地図上では「熊大閥」と「千葉大閥」に支配下の大学がない。これでなぜ「学閥」なのか。「九大閥」にも「長大閥」にも入っていないので熊本大学単独でも「学閥」に当たるとの判断なのだろうか。しかし、同じ九州でも鹿児島大学はどこの学閥にも入っていないし、地図を見る限り自ら学閥を形成してもいない。熊大と鹿児島大の差がなぜ生じるのか謎だ。

さらに分からないのが四国の徳島大学だ。地図に入ったコメントには「徳島大が四国で最大学閥」と書いてあるが、熊大や千葉大のように網掛けした上で「○○大閥」とはなっていない。コメントからは「徳島大学も学閥を形成している」と解釈するしかないが、地図上のデザインでは学閥の1つになっていない。

山梨大学も不可解だ。地図では完全に「東大閥」に入っている。しかし記事には以下の記述がある。

【ダイヤモンドの記事】

そこからやや偏差値が下がるが、県内で「がっちり」と学閥を形成しているのが、中部・北陸甲信越地区の国立2番手グループだ。偏差値では山梨大学と信州大学が拮抗しており、次に三重大学、そして岐阜大学といった序列になる。だが、医学部の格という面では比較的新参者の山梨大が一段下がるだろう。

----------------------------------------

これを読む限りでは、山梨大学、信州大学、三重大学、岐阜大学は単独で「学閥」を形成しているはずだ。しかし徳島大や鹿児島大と同様に地図では「○○大閥」とはなっていない。そして山梨大は完全に「東大閥」の一部を成しているので、記事の説明と矛盾している。ちなみに地図上で三重大はどこの「学閥」にも属していないが、岐阜大は「京大閥」に多少引っかかっているし、信州大学も「東大閥」にわずかに触れている。薄い関係があると示唆しているのか何なのか判断に迷う。全体としてこの地図は整合性に問題がある。ダイヤモンド編集部には以下の問い合わせを送っておいた。

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

6月18日号の特集「最新 医学部&医者」についてお尋ねします。36ページの「医学部の格&学閥支配マップ」では山梨大学は「東大閥」に組み込まれています。しかし、44ページの「意外に格が低い神戸大」という図では山梨大は信州大、三重大、岐阜大とともに「県内でがっちり学閥形成グループ」に入っています。山梨大学は「東大閥」なのでしょうか。それとも「県内でがっちり学閥形成」なのでしょうか。あるいは、この2つは両立するのでしょうか。両立する場合、「学閥」をそれぞれ違った意味で使っているのでしょう。しかし、その点に関する説明は見当たりません。

山梨大学に関する説明は矛盾していると考えてよいのでしょうか。矛盾がないとすれば、その根拠も併せて教えてください。

----------------------------------------

ダイヤモンドの体質からすると回答はないだろう。

今回の地図に関してはもう1つ注文を付けておきたい。地図の中では、琉球大学が「新潟大閥」に入っているのが気になった。地域的なつながりが全くなさそうなのに学閥を形成しているのはこれだけだ(他は離れていても京大と島根大、阪大と愛媛大ぐらいの距離)。簡単でもいいので、なぜ琉球大が新潟大閥に入ったのか解説が欲しかった。

今回の特集で、地図以外で引っかかったのが「Part 3すべり止めなしの超難関 医学部『合格』への道」の中の「一科目も落とせない超難関 医学部を突破する “必勝勉強法”」という記事だ。これは誰に向けて書いているのだろうか。最初の方を見ていこう。

【ダイヤモンドの記事】

東京大学の理科1類、2類よりも難しい大学がめじろ押しの医学部入試。突破するにはどんな勉強法が有効なのか。面接・小論文も含めた主要科目別の対策をまとめた。

大学入試センター試験では、9割近い得点を挙げないと医学部合格はおぼつかない
 医学部受験を突破するには、最高水準の点数を取らねばならない。例えば、全ての国公立大と一部の私立大が利用している大学入試センター試験では、「85~90%超の得点が必要になる」(竹内昇・駿台予備学校市谷校舎長)というほどだ。

2次試験や私立大の試験でも7割前後の得点が必須となる。加えて、私立大の試験では出題量が多いため、短時間で大量の問題を解かなければならない。

限られた時間の中で問題を解き、高得点を挙げるために各教科に共通していえることは、ミスをしないこと。そのためには、典型的な問題を実際に書いて解くことを習慣づけることだ。手で書き出すことなく、解答を見て考え方や方向性が合っているからといって満足してはいけない

英語、数学、理科については、高校の授業の進度に関係なく、受験に必要な内容を高校2年生までに一通り終えることが望ましい。3年生では、2次試験対策や私立大の入試対策に充てたい。例えば、数学なら数3、数Cの範囲を高校2年生までに終えておこう

----------------------------------------

解答を見て考え方や方向性が合っているからといって満足してはいけない」「数学なら数3、数Cの範囲を高校2年生までに終えておこう」というのは、完全に受験生へ向けた書き方だ。医師になろうとする人が読んでも役に立つ内容にするのはいい。しかし、自らが想定する読者層を置き去りにするのは感心しない。

ダイヤモンドは自らについて「企業やビジネスパーソンの情報ニーズに応えてまいりました」「経営者・役員クラスを中心に、企業の意思決定層が購読」と明言している。ビジネスパーソンに向けて「数学なら数3、数Cの範囲を高校2年生までに終えておこう」と訴えて意味があるのか。家庭に医学部志望の受験生を抱えるビジネスパーソン向けと言うならば、もっと書き方を工夫すべきだ。

この記事には「武田塾メディカルが選ぶ 医学部に合格する参考書20」という表も付いている。これは明らかにビジネス誌の役割を放棄して、受験対策書になっている。「医学部&医者」を特集するならば、ビジネスパーソンが知っておくべき「医学部&医者」という内容にすべきだ。「医学部に合格する参考書」の情報は受験に関わりのない人にとって必要がない。

ここまでやると、「本来の読者を脇に置いて、医学部を目指す学生やその親の方へ顔が向いている」と言われても仕方がない。


※特集全体の評価はC(平均的)。岡田 悟記者への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。D(問題あり)としていた竹田孝洋記者は暫定でCに引き上げる。藤田章夫、西田浩史、野村聖子の各記者についても暫定でCとする。岡田記者の評価については「週刊ダイヤモンドも誤解? ヤフー・ソニーの『おうちダイレクト』」を参照してほしい。

追記)結局、ダイヤモンドからの回答はなかった。

2016年6月14日火曜日

日経「一目均衡」で 西條都夫編集委員が忘れていること

14日の日本経済新聞朝刊 投資情報面の「一目均衡~スリーダイヤの割り切り」というコラムで西條都夫編集委員が三菱グループについて書いている。気になったのは三菱自動車に関するくだりだ。これを読むと、三菱グループの企業が「外資の傘下に入る」のは初めてのような印象を受ける。しかし、似たような事例は過去にもある。しかも自動車関連だ。西條編集委員はそのことを忘れている(あるいは最初から知らない)のではないか。
熊本県立済々黌高校(熊本市) ※写真と本文は無関係です

問題の部分は以下のようになっている。

【日経の記事】

日本企業と日本という国の距離が少し離れ始めたのかもしれない。そんなことをふと感じたのは、三菱グループをめぐる2つのニュースがきっかけだ。

一つは燃費不正に揺れる三菱自動車の再建問題だ。当初は三菱グループが救いの手を差し伸べるかと思われたが、ふたを開けると、日産自動車が救済役として名乗りを上げ、三菱自の筆頭株主に座ることになった。日産自動車の筆頭株主は仏ルノーであり、三菱自は間接的に外資の傘下に入ることになる

そんな事態を三菱グループとして容認できるのか、旧知のグループ元首脳を訪ねると、意外にさばさばした表情で「落ち着くところに落ち着いた」という。三菱自はかつてのリコール隠しの痛手から立ち直り、1000億円を超える営業利益を安定して出せる体制ができつつあった。

だが、次の成長戦略をどう描くのか、年産100万台規模の中堅企業として自助努力の範囲でできることには限界がある。「日産が外資かどうかは関係ない。今回の件がきっかけで、しっかりしたパートナーができたのはかえってよかった」と元首脳はいう。

2004~05年の三菱自の経営危機の際は、三菱商事などグループ主要3社が優先株の出資などで支えた。今から振り返れば、あの時の支援劇は、日産という本当のパートナーを見つけるまでの「時間稼ぎ」だったようにも見える。

----------------------------------------

三菱ふそうトラック・バスは10年以上前に独ダイムラーの子会社になっている。三菱ブランドの企業が外資の傘下に入るのは、三菱自動車が初めてではない。「三菱自は間接的に外資の傘下に入ることになる。そんな事態を三菱グループとして容認できるのか」と西條編集委員は思ったようだが、以前にも実績があるのだから驚くような新しい動きではない。

三菱自動車の外資傘下入りを見て、「日本企業と日本という国の距離が少し離れ始めたのかもしれない」と西條編集委員は受け止めたようだ。10年以上前に同じような動きが既にあったことは忘れてしまったのだろうか。

「三菱ふそうと三菱自動車では重みが違う」などと色々弁明はできるだろう。だとしたら、その点に触れるべきだ。記事を読むと「西條編集委員は三菱ふそうのことを知らないのか」との疑念が湧く。ゆえに筆者を信頼して記事を読み進めるのが難しくなってしまう。

西條編集委員に関しては、元から信頼はしていないが…。

ついでに言うと、株式市場などと関連させて書いていないのも気になる。「企業面」ではなく「投資情報面」のコラムだという点を西條編集委員はもう少し意識した方がいい。さらについでに言うと、記事で使っている「際だった」に関しては「際立った」としてほしい。「だった」を平仮名表記すべき理由はない。「際だった」とすると「際であった」とも取れるので、かえって読みづらくなる。


※記事の評価はD(問題あり)。西條都夫編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。同編集委員の評価については「タクシー初の値下げ? 日経 西條都夫編集委員の誤り」を参照してほしい。

2016年6月13日月曜日

ヤフーはソフトバンク連結対象外?週刊ダイヤモンドに問う

「これはかなり初歩的な間違いだな」と思える記事が週刊ダイヤモンド6月18日号に出ていた。こちらの勘違いという可能性もゼロではないので断定的に「誤り」とは言いたくない。だが、ダイヤモンド編集部が間違い指摘に対して完全無視を貫いている以上、回答を待っても意味がない。なので「記事の説明は誤り」との前提で話を進める。まずは「Inside~ソフトバンクが株売却で1兆円 市場が注目する巨額資金の使途」という記事に関して、ダイヤモンド編集部へ送った問い合わせを見てほしい。
筑後平野に沈む夕陽(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

6月18日号の「Inside~ソフトバンクが株売却で1兆円 市場が注目する巨額資金の使途」という記事についてお尋ねします。筆者の北濱信哉記者はソフトバンクが日本ヤフーの株式を取得するとの観測に触れた上で以下のように書いています。

「そこで米ヤフーの保有する日本ヤフー株を買い取り、同社を連結対象化するため1兆円のキャッシュが用いられるのではないかとみる向きがあるわけだ」

「また、ややペースは鈍化しているものの成長を続ける日本ヤフーを連結対象に加えれば、ソフトバンクの企業価値を高めることにつながる」

これを見る限り、現在の日本ヤフーはソフトバンクの連結対象ではないはずです。しかし、6月9日にソフトバンクグループが出したニュースリリースのタイトルは「当社子会社(ヤフー株式会社)による公開買付けの開始に関するお知らせ」です。また、ソフトバンクグループの事業別の概要を見ると、ヤフー事業の「主要子会社及び関連会社」の中に「ヤフー株式会社」が入っています。

記事で言う「日本ヤフー」は「ヤフー株式会社」と同一の会社ではありませんか。その場合、日本ヤフーがソフトバンクグループの連結対象なのは明らかです。「米ヤフーの保有する35%分を買い取ることで初めて連結対象に入ってくる」と受け取れる記事中の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

付け加えると、この記事では「同社」の使い方に問題があります。

「ベライゾンは米国内においてソフトバンク傘下のスプリントの競合であり、日本ヤフー株が同社の手に渡るとソフトバンクの事業展開に支障を来す可能性が高まる」というくだりでは「同社=ベライゾン」と言いたいのでしょう。しかし、「同社」と「ベライゾン」の間には「日本ヤフー」「スプリント」「ソフトバンク」と3つも社名が出てきます。

「売却で手にした資金は、同社の説明通りなら財務体質の強化に充てられるところだが~」の部分も「同社=ソフトバンク」のつもりでしょうが、形式的に見れば「同社=スーパーセル」です。「同社」がどの会社を指すのか、迷う余地のない書き方をしてください。

----------------------------------------

ヤフー(=日本ヤフー)に対するソフトバンクの出資比率は50%未満なので、「ヤフーは連結対象の子会社ではなく関連会社」と北濱記者が思い込むのは、まだ分かる。しかし、北濱記者は「現在、日本ヤフーの時価総額は約2兆9000億円。その株の43%をソフトバンクが保有し、35%を米ヤフーが保有する」と記事中で説明している。この場合、ヤフーがソフトバンクにとって「子会社または関連会社」なのは自明だ。子会社はもちろん関連会社でも「連結対象」になる(小規模な会社を除く場合はある)。それが分かっていたら「日本ヤフーを連結対象に加えれば」とは書かないはずだ。

「出資比率が43%もあるのに関連会社にもならずに連結対象外」という説明に担当デスクは疑問を抱かなかったのか。おまけに小見出しにも「ヤフーを連結対象へ」と入れている。最近のダイヤモンドの劣化を象徴する記事と言えるだろう。


※記事の評価はE(大いに問題あり)。問い合わせに対する回答がなかった場合、明らかな誤りを放置したと判断して、暫定でC(平均的)としていた北濱信哉記者への評価はF(根本的な欠陥あり)へ引き下げる。

2016年6月12日日曜日

日経ビジネス田村賢司主任編集委員 相変わらずの苦しさ

日経ビジネスの田村賢司主任編集委員が書く記事は相変わらず苦しい。問題がありすぎて、何から指摘すべきか迷うほどだ。なぜ「主任編集委員」という「編集委員」よりも一段上に見えるような肩書を与えてコラムを書かせているのか、編集部の意図が理解できない。今回は6月13日号の「時事深層~1バレル50ドル、強気相場のわけ」という記事を取り上げる。
柳川の川下り(福岡県柳川市)※写真と本文は無関係です

【日経ビジネスの記事】

ところがそれでも、上昇トレンドは崩れなかった。需給引き締めにつながる材料には反応し、緩む材料にはあまり反応しないのはなぜか。

背景にあるのは、一段と短期化する市場の見方。5月初めに発生したカナダ・アルバータ州の大規模な山火事の終息や、核開発疑惑による経済制裁を1月に解除されたイランの今後の増産。夏の発電需要期に例年生産量を増やすサウジの動向…。一見、近い将来の原油増産をもたらして価格を急落させそうに思えるこれらの出来事も市場は、今すぐ材料視しようとはしない

「イランは長い制裁で、原油生産設備が古くなっており、短い間に大量の増産をするのは難しい。サウジもこれまでの増産で、さらに増やす余地は小さくなっている。カナダの生産はすぐに元に戻るわけではない」(あるヘッジファンド)。短期的に巨大な売り圧力が増えるわけではないというわけだ。

もっとも1バレル50ドルを超えてさらに上昇が続くかどうかは不透明だ。米シェールオイルは、「1バレル50ドルを超えると、採算の合う業者が増え始め、増産しやすくなる」(三菱UFJリサーチ&コンサルティングの芥田知至・主任研究員)と言われる。

2月頃から先物買いを増やしていた投機筋の買い越しは「6億バレル相当になった」(商品市場に詳しい住商グローバルリサーチの高井裕之社長)。しかし期先物の値段が上がりづらくなっており、気迷い感もうかがえる。

「一寸先は闇」。そんな声が市場に広がっている。

----------------------------------------

田村編集委員は「需給引き締めにつながる材料には反応し、緩む材料にはあまり反応しないのはなぜか」と問いかけ、「背景にあるのは、一段と短期化する市場の見方」と続ける。他に理由はないので「強材料に偏って反応するのは、市場の見方が短期化しているからだ」との前提で考えてみる。これにはいくつかの疑問が湧く。

本当かどうか知らないが、市場の見方はどんどん短期化していると仮定しよう。それが強材料に偏って反応する傾向を強めるのであれば、今年2月までの相場下落はなぜ起きたのか。まさか短期化は今年2月以降の話とは言わないだろう。

そもそも「市場の見方が短期化している」のであれば、強材料にも弱材料にも同じように影響しそうだが、なぜか「需給引き締めにつながる材料には反応し、緩む材料にはあまり反応しない」らしい。「最近の市場では強材料は短期のものが多く、弱材料は中長期的なものが目立つ」と田村編集委員は言いたいのかもしれない。だとしたら、市場が強材料に敏感に反応するのは自然だ。一般的にNY原油相場として語られるのは期近物だから、短期的な材料により敏感に反応しない方がおかしい。

核開発疑惑による経済制裁を1月に解除されたイランの今後の増産」に関して「一見、近い将来の原油増産をもたらして価格を急落させそうに思えるこれらの出来事も市場は、今すぐ材料視しようとはしない」と書いているのも引っかかる。イランに対する制裁解除は原油相場が年明け後に下げ足を速める過程で材料視されたはずだ。1月18日の日経の記事では以下のように書いている。

【日経の記事】

【ニューヨーク=山下晃】17日のニューヨーク市場で原油先物相場が続落した。指標のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート、期近物)は時間外取引で一時1バレル28.36ドルをつけ、およそ12年ぶりの安値を更新した。イランの核開発問題を巡る最終合意の履行が正式に宣言され、石油輸出国機構(OPEC)の協調減産が見込みにくいなかで、改めてイラン産原油の増加が需給の緩みにつながると懸念されている。

----------------------------------------

この記事からも分かるように、「イランの増産」についてはNY原油市場で十分に材料視されてきたと考えるべきだ。ここに来て「短い間に大量の増産をするのは難しい」との見方が主流になってきているのかもしれないが、「今すぐ材料視しようとはしない」と解釈するのは違うだろう。

今回の田村編集委員の記事に関しては素人臭さも目に付く。市場関連記事を書き慣れた記者ならば「期先物の値段が上がりづらくなっており」との表現は使わない気がする。プロっぽく書くならば「期先の上値が重くなっており」だろうか。「値段」でも間違いではないが…。

2月頃から先物買いを増やしていた投機筋の買い越しは『6億バレル相当になった』(商品市場に詳しい住商グローバルリサーチの高井裕之社長)」との記述にも、田村編集委員の不慣れな感じが出ている。投機筋のポジションは米商品先物取引委員会(CFTC)が発表しているので、わざわざ市場関係者に買い越し幅だけを語らせる必要はない。しかも「6億バレル相当になった」と発言させておきながら、「6億ドル」にどんな意味があるのかは教えてくれない。

そして記事の最後を「『一寸先は闇』。そんな声が市場に広がっている」と締めており、安易さが際立つ。市場価格の先行きが読めないのは原油に限らず当たり前だ。こんな結論を導くために紙幅を費やしてきたのかと思うと情けなくなる。これが「主任編集委員」の肩書を付けて、わざわざ読者に伝えるべきことなのか。

※記事の評価はD(問題あり)。田村賢司主任編集委員への評価もDを据え置く。同編集委員については「間違い続出? 日経ビジネス 田村賢司編集委員の記事」「日経ビジネス『村上氏、強制調査』田村賢司編集委員の浅さ」「日経ビジネス田村賢司編集委員『地政学リスク』を誤解?」も参照してほしい。

2016年6月11日土曜日

日経1面トップ「長期金利、世界で低下」に足りないもの

11日の日本経済新聞朝刊1面のトップは「長期金利、世界で低下 成長期待しぼむ  日本、マイナス0.155% 独も最低」という記事だ。1面と総合2面を使って大々的に解説しているが、内容には不満が残る。1面の記事に絞って問題点を挙げてみよう。
夫婦滝(熊本県南小国町) ※写真と本文は無関係です

◎長期金利は新興国でも「低下」?

 「『経済の体温計』とも呼ばれる長期金利が世界で低下している」と書くのであれば、新興国の長期金利低下にも触れてほしかった。国別の国債利回りに触れた部分は以下のようになっている。

【日経の記事】

英バークレイズ・インデックスの集計では世界の国債の平均利回りは0.73%と史上最低を更新した。日本では国債残高の8割近くがマイナス金利で、ドイツでも10年債は0.0%台前半と過去最低の水準だ。償還までの期間の短い国債ならフランスイタリアなどの欧州でもマイナス金利が相次ぐ。利上げ局面の米国も年明け以降、下がる傾向にあり、10年債は1.6%台と4カ月ぶりの低さだ。

----------------------------------------

日本以外で言及しているのは欧米のみ。新興国について調べてみると、インド、インドネシア、マレーシアなどの国債利回りは4月初旬辺りから上昇基調になっている。記事のストーリーに合わないから省いたのだろうが、だったら「世界で低下している」ではなく、「先進国で低下している」にしてほしかった。

記事には「生産性(生産活動の効率)が高まらず、人口も頭打ち。先進国は総じて経済成長のイメージを持ちにくくなっている」との解説が出てくる。「だったら、人口が増えている新興国の長期金利はどうなっているのか」と思ってしまう。しかし、その後には「新興国景気にも不安が根強い。みずほ総合研究所の高田創氏は『世界的に金利が上昇しづらい状況は当面続くだろう』と指摘する」と書いてあるだけで、新興国の長期金利の動向を教えてはくれない。

◎「構造改革が急務」の中身は?

1面の解説記事の見出しは「緩和頼み、回らぬ歯車 構造改革が急務」となっているが、最後まで読んでも構造改革の具体的な中身は謎だ。

【日経の記事】

だが、金利を抑えても、企業が投資に動き出さなければ、成長力底上げは難しい。FRBのイエレン議長がいう「労働生産性の伸びが近年、異常に弱い」状況を打破していけるかがカギになる。

欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁は6月初旬、「すべての国で構造改革が必要だ」と話した。20カ国・地域(G20)は成長力押し上げへ「政策の総動員」で合意したが、具体策はこれから。異例の金融政策で確保した時間を政府や企業が有効に使えなければ、都市部の不動産価格の高騰などといった緩和の副作用を抑えきれなくなる

----------------------------------------

構造改革」の具体的な内容を強いて挙げれば「労働生産性の引き上げ」だろうか。しかし、これは「構造改革」の中身というより、それによって実現する果実だろう。「構造改革が急務」と見出しに付けて解説するのであれば、もう少し具体的に書いてほしい。

さらに言うと「異例の金融政策で確保した時間を政府や企業が有効に使えなければ、都市部の不動産価格の高騰などといった緩和の副作用を抑えきれなくなる」との説明も納得できなかった。その通りならば「時間を政府や企業が有効に使えば、都市部の不動産価格の高騰などといった緩和の副作用を抑えられる」はずだ。しかし、改革が功を奏して企業が投資などに動き出せば、不動産バブルを抑えるよりは膨らます方に作用するだろう。言いたいことは何となく分かるが、うまく説明できているとは言い難い。

◎超新星は「これから爆発」?

マイナス金利国債10兆ドル 全体の半分、日本は8割」という関連記事の中での「超新星」の使い方も気になった。科学技術に関する記事ではないので大目に見てもいいのかもしれないが…。

【日経の記事】

いつか爆発する超新星だ」。債券王の異名を持つビル・グロス氏は9日、ツイッター上でこうつぶやいた。マイナス金利はお金を借りる側が利息をもらえる異常事態。中銀が人為的にもたらした面も強く、グロス氏は警鐘を鳴らした。

----------------------------------------

ブリタニカ国際大百科事典によると「星の明るさが数日のうちに急激に増大する現象を新星と呼び、その増光の度合いが著しく大きいものを超新星と呼ぶ」らしい。「超新星」は「いつか爆発する」というより、既に大爆発を起こしたものだ。なので「いつか爆発する超新星」とのコメントは引っかかる。

グロス氏のツイッターの引用ではあるが、これを使わない選択は可能だし、補って書くこともできる。記事の作り手としてプロと呼べる水準に達していれば、この辺りは改めて説明されなくても分かっているはずだ。


※記事の評価はC(平均的)。

日経「ウォール街ラウンドアップ」 中西豊紀記者の安易さ

日本経済新聞ニューヨーク支局の中西豊紀記者は夕刊マーケット・投資1面の「ウォール街ラウンドアップ」をまともに書き気がないのだろう。コラムのタイトルからも分かるように、NY市場の動向を分析するのが筋だ。10日の「ウォール街ラウンドアップ~馬なし馬車とグーグル」では、最初に申し訳程度にNY原油市場の動きを述べてはいる。しかし、その後の展開とはほぼ無関係だ。NY市場の分析をする意思がないのならば、執筆陣からは外れるべきだろう。

10日の「ウォール街ラウンドアップ」の全文は以下の通り。

震災後の熊本城(熊本市) ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

9日の米株式市場でダウ工業株30種平均は反落した。原油先物相場の指標も4営業日ぶりに反落し、1バレル51ドル台を割り込んだ。足元で原油価格に神経をとがらせているのが自動車メーカーだ。5月の米新車販売は前年同月比マイナス。6年続いた成長に鈍化の懸念が出始めるなか、自動運転など新たな収益のネタ探しが活発になっている。

 ミシガン州デトロイトにある歴史博物館。フロアの片隅に古ぼけた馬車がぽつんと置いてある。正式には「Horseless Carriage(馬なし馬車)」。1896年に初めてデトロイト市を走ったエンジンを積んだ馬車だ。今の自動車の原型といえる。

この時代、車はまだ「Automobile(自動車)」と呼ばれていなかった。フォード・モーターが低価格の量産車「T型フォード」を発売したのが1908年。人々が馬車と車を別物として扱うまでにはもう少し時間が必要だった。

似たようなことが今の自動車業界でも起きている。グーグルが開発を進めている「自動運転車」にはハンドルもブレーキもアクセルもない。ゼネラル・モーターズ(GM)やフォードが開発中の自動運転車とはまったくの別物だが、どれも「Self Driving Car」と呼ばれる。

グーグルの車が他社と違うのは「人工知能(AI)が運転手」という立場を貫く点だ。その場合、運転席にある機能は意味をなさないばかりか、コストになるだけ。おのずと車のデザインもそれに応じたものになる。

自動車メーカーはそうはならない。GMのメアリー・バーラ最高経営責任者(CEO)は「自動運転車は安全も大事だ」として、ハンドルやブレーキは必要と強調する。そもそも世界の交通法規の「憲法」ともいえるジュネーブ条約が運転手前提だ。だがルールの先を行くのが民間でもある。

トヨタ自動車はこのほど配車サービスの米ウーバーテクノロジーズへの出資を決めた。欧米自動車大手フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)もウーバーと交渉中とされる。ウーバーの狙いは人が運転しないタクシー事業だ。配車サービス最大のネックは人件費。自動運転はこの問題を解決する。

技術提供を強く求めるグーグルと比べてウーバーは手を組みやすい。だがウーバーを媒介に自動車メーカーは知らずしてジュネーブ条約の枠を超えた「無人化」に踏み出している。各社がウーバーとの提携を急ぐのは「やがて人が車を保有しなくなる」との危機感からだが、あわせて業界秩序も崩れ始めている。

グーグルが火をつけた自動運転の開発競争はまだ研究室レベル。だがウーバーなど消費者に近い企業の登場により今後は急速に一般社会に溶け込んでいくだろう。「かつて自動運転車と呼ばれた装置」が新たな名称の下で走る日は、遠い未来の話でもなさそうだ。

----------------------------------------

これは「自動運転車」の話だ。自動運転車が株式市場にどう影響してくるかといった分析は一切ない。この内容で自動運転車について論じたいのならば、別のコラムを選ぶべきだ。中西記者は「最初にちょっとだけNY原油の話を書いたから問題ないよね。後は好きなように書いていいよね」といった意識なのだろう。紙面の性格を考えれば、それが許されないのは明らかだ。

自動運転車の話が秀逸ならばまだ救いがあるが、そうでもない。いくつかツッコミを入れておこう。

◎「配車サービス最大のネックは人件費」?

ウーバーの配車サービスで「配車サービス最大のネックは人件費」だろうか。そもそもウーバーは運転者の人件費を負担していないのではないか。タクシー会社は会社が運転手の人件費を負担する。ウーバーは車のオーナーが空いた時間を活用して輸送サービスを手掛けるので低価格を実現できるのではないか。関連記事を読むと、ウーバーは料金の2割を仲介料として得ているという。タクシー会社もウーバーも全て自動運転車になってしまえば、ウーバーの優位性は消失しそうな気がする。


◎「自動運転の開発競争はまだ研究室レベル」?

グーグルも含め自動運転車の公道での実験はかなり進んでいる。「自動運転の開発競争はまだ研究室レベル」ではないだろう。グーグルは公道での実験で事故も起こしている。中西記者は本当に「自動運転の開発競争はまだ研究室レベル」と信じているのだろうか。

結論として、NY市場の分析を早々に捨て去ってまで書くような話ではない。安易な記事作りは中西記者のためにも読者のためにもならない。猛省を促したい。


※記事の評価はD(問題あり)。中西豊紀記者への評価もDを据え置く。同記者に関しては「苦しすぎる日経 中西豊紀記者『ウォール街ラウンドアップ』」「日経 中西豊紀記者『ウォール街ラウンドアップ』の低い完成度」も参照してほしい。

2016年6月9日木曜日

ミス黙殺に走った東洋経済の高橋由里編集長へ贈る言葉

東洋経済オンラインの「『復活すき家』、業績急改善が止まらないワケ」(5月20日)と週刊東洋経済5月28日号の特集「セブン再出発」に関して、問い合わせを送ってから約3週間が経過した。これらの問い合わせについて改めて回答を求めてからも10日が経っている。記事に誤りがあったにもかかわらず東洋経済新報社としては指摘を無視する方針だと推定するしかない。この前提に基づき、東洋経済の高橋由里編集長に言葉を贈りたい。

佐田川に咲く菜の花(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

◆高橋由里編集長へ贈る言葉◆

東洋経済の記事に関する2件の問い合わせを送ってから、約3週間が経過しました。改めて回答を求めてからも10日が過ぎていますし、「黙殺」と判断したようですね。東洋経済オンラインの記事に関しては、高橋様がどの程度の責任を持っているのかよく分からないので、ここでは5月28日号の特集「セブン再出発」に関する問題を取り上げます。

この特集では、セブン&アイホールディングス傘下のイトーヨーカ堂で不採算店舗の閉鎖が進まない理由として「これまでは鈴木会長がリストラを抑えてきたという見方もある。鈴木会長はヨーカ堂幹部に対し、『HDが増益できる範囲でないと特損を出してはいけない』と指示してきたようだ。店舗を一気に閉鎖すれば、数百億円の巨額特損が発生する」と書いていました。

しかし、セブン&アイの純利益は2016年2月期まで2期連続で減っています。御誌の説明が正しいのであれば、あり得ない話です。特集では以下のような記述もあります。「鈴木会長は退任会見で『この数年、連続最高益でやってきた』と実績を誇ったが、それを維持するためにリストラへの踏み込みが不十分だった懸念がある」。

鈴木氏が言う「連続最高益」とは、純利益ではなく営業利益に関してです。特集を担当した西村豪太編集長代理らは、この点を理解していなかったのでしょう。厳しく言えば、記事の説明は根底から間違っており、経済誌としてはかなり恥ずかしいミスです。だからと言って、指摘を無視してよいのでしょうか。2015年11月14日号の特集「緊迫 南シナ海!」に関してミスを握りつぶした西村編集長代理に、私は以下のような言葉を贈りました。

「西村様は今回の件で雑誌の編集者として越えてはならない一線を越えてしまいました。本当はそこから引き戻してあげたいのですが、そんな力は私にもありません。そこで最後にお願いです。一線を越えたその場所には1人でそっと居続けてください。それこそが、西村様にできる週刊東洋経済への最大の貢献となるはずです」

西村編集長代理はやはり「1人」ではありませんでした。ミス黙殺を認めてくれる力強い味方がいたのです。それが高橋様です。編集長も編集長代理も間違い指摘の無視を躊躇しないのであれば、今後も自分たちの誤りを迷うことなく闇へ葬り去っていくはずです。それは目先の痛みから逃れる手段としては極めて有効です。そして同時に、メディアとしての自殺行為です。

記事の作り手として足を踏み入れてはならない向こう側の世界へ堕ちてしまった人を私はこれまで数多く見てきました。残念ながら、きちんと反省を示してこちら側へ戻ってきた例は皆無です。高橋様も例外ではないでしょう。しかし、「次の世代には、誤りがあればきちんと認めて正せるメディアを作り上げてほしい」とは思いませんか。東洋経済の編集部にも「こちら側」に踏みとどまっている記者がいるはずです。今は彼ら彼女らに期待するしかありません。だから、高橋様の汚れた手で彼ら彼女らを向こう側に引きずり込むことだけはやめてください。

高橋様には「東洋経済で記事中のミスを握りつぶした最後の編集長」になってほしいのです。それが一読者としての私のささやかで切実な願いです。


※高橋由里編集長への評価はF(根本的な欠陥あり)とする。日本の経済メディアの最上位に格付けしている東洋経済への評価も引き下げの方向で検討する。東洋経済が無視した間違い指摘に関しては「特損回避で最高益? 東洋経済『セブン再出発』に残る疑問」も参照してほしい。

2016年6月8日水曜日

「SMAP騒動」もヒット商品? 「日経MJヒット商品番付」

「今年上半期のヒット商品の横綱は?」との問いに対する答えが「マイナス金利特需」と「安値ミクス(消費者・企業の低価格シフト)」だったら「なるほど」と思えるだろうか。8日の日本経済新聞朝刊1面には「2016年上期(1~6月)の日経MJヒット商品番付」が出ていて、上記の2つを「横綱」に選んでいる。率直に言って、かなり苦しい。まず、この番付はもはや「ヒット商品番付」とは言えなくなりつつある。例えば、前頭には「SMAP騒動」も入っている。これを「ヒット商品」と捉える人はまれだろう。
原鶴温泉 ビューホテル平成(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係

番付の対象は基本的に商品・サービスに限定すべきだ。はみ出すにしても、今回の番付で言えば「藤田菜七子JRAの新人女性騎士)」ぐらいにしてほしい。そうしないと、番付が「旬なヒット商品の一覧」としての役割を果たせなくなる。原点に戻って考え直すべきだ。

今回の横綱「安値ミクス」「マイナス金利特需」に関しては「横綱」と言えるほどの勢いもない。8日の日経MJ1面「安値ミクス 価値つくる」という記事の一部を見てみよう。

【日経MJの記事】

東の横綱は「安値ミクス」。アベノミクスで盛り上がった「ちょい高消費」はどこへやら、消費者が再び安値を求める様子を命名した。ユニクロの値上げはしくじり、しまむらやディスカウントストアなど安さが強みの店の客足が伸び、外食は割安メニューが広がる。

吉野屋ホールディングスは4月、豚丼を4年ぶりに復活させた。牛丼より50円安い値段が人気を呼び、2カ月で年間計画の50%にあたる1000万食が売れた。バーガーキング・ジャパン(東京・渋谷)が5月に発売した490円のセットメニューも、想定の5割増しの出足だ

4月には電力小売りが自由化。新電力への契約切り替えは5月末時点でまだ100万件(全体の1.7%)だが、各社がサービスを競い「家計の固定費を減らせるかも」との期待が膨らむ

----------------------------------------

電力小売りの自由化については日経自身が4日の記事で「大手電力からの契約切り替えは103万件強と全契約の1.7%にとどまり、出足は鈍い」と書いている。MJの筆者もその辺りの事情は分かっているようで、今後に「期待」しているだけだ。これでは「安値ミクス横綱」の根拠にはなり得ない。

となると残りは「豚丼」と「バーガーキング490円のセットメニュー)」ぐらいしか「ヒット商品」の具体例がなく、かなり寂しい。「豚丼」で「2カ月で年間計画の50%にあたる1000万食が売れた」と言われても「凄い」と驚くほどではない。バーガーキングに至っては「5月に発売」したばかりで「想定の5割増しの出足」。「490円」がなぜ「割安」なのかもわからない。結局、「横綱」に位置付けるほどの「ヒット」がどこにもない。

西の横綱の「マイナス金利特需」も正直言って辛い。MJでは以下のように書いている。

【日経MJの記事】

西の横綱は「マイナス金利特需」。未体験の金融政策の中にも、消費者は「お得」を見つけた。住宅ローン金利が下がり、主要8銀行の2~4月の新規申し込みは約12万7000件と前年同期比15%増。借り換えは約7万3000件と2.6倍だ

----------------------------------------

マイナス金利で借り換えは活発になっているが、新規の融資には目立った効果がないと言われている。実際、日経も5月30日の「1~3月住宅ローン3.5%減 マイナス金利効果見えず?」という記事で、それを認めるような解説をしている。

【日経の記事】

日銀が四半期に一度公表する統計を見る限り、住宅市場の刺激効果は乏しい。1~3月の住宅ローンの新規貸出額は4兆1853億円と、前年より1500億円強少なかった。減少は2四半期連続だ。3月末の住宅ローン残高も約118兆円で前年同月比1.9%増えたが、伸び率は6年ぶりの低水準だった。

一般的に、住宅の購入者は銀行で住宅ローンを申し込んでから実際に融資を受けるまで1カ月以上かかることが多い。三菱東京UFJ銀など主要8行に住宅ローンの申し込み状況を聞いたところ、マイナス金利発表後の2~4月(速報)の新規申込件数は合計で前年同期比15%増えた。統計上は新規貸出額が増えていないが、時間差を伴って増えてくる可能性もある。

一方、マイナス金利が住宅需要を底上げする効果について、銀行側から懐疑的な声が出ている点も見逃せない。みずほフィナンシャルグループの佐藤康博社長は、「借り換え需要は非常に大きいが、新規は増えていない」と話す。実際、2~4月の新規申込件数をみると、みずほ銀行やりそな銀行、イオン銀行では前年を下回っている。

----------------------------------------

MJの記事に間違いは見当たらない。ただ、「横綱」に見せるために都合のいい数字だけを選んで紹介した面は否めない。「1~3月の住宅ローンの新規貸出額」はマイナスだ。新規の住宅ローンに関して「特需」と言えるほどの盛り上がりはない。「借り換え」を「ヒット商品」と捉えるのも無理がある。

MJの記事には「家庭用金庫」や「百貨店の『友の会』」の話も出てくるが、「特需」の中心は「住宅ローン」のはずだ。そう考えると、やはり「マイナス金利特需」に「横綱」を張る資格はない。

大相撲では「横綱」がいなくなる場合もある。大きなヒット商品がない時は、「横綱」を空位にしてもいいのではないか。その方が番付に対する信頼度は高まると思える。


※MJ1面の記事の評価はC(平均的)。

2016年6月7日火曜日

週刊ダイヤモンド「縦横無尽」で櫻井よしこ氏にまた誤り?

ジャーナリストの櫻井よしこ氏が週刊ダイヤモンド6月11日号の「新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽~オバマ大統領の広島訪問で考えた 指導者の『言葉』と『行動』のギャップ」というコラムで、「冷戦後」とすべきところを「戦後」と誤ったことは既に触れた(※「週刊ダイヤモンドの記事 誤り認めた櫻井よしこ氏を評価」を参照)。ここでは、それ以外の問題を取り上げたい。
皇居の桜(東京都千代田区) ※写真と本文は無関係です

櫻井氏は「イランとの核合意」について「今後10年間はイランの核開発を止めることはできても、その後の保証はなきに等しい」と説明している。しかし、合意の有効期間は本当に「10年」なのか。まずは当該部分を見ていこう。

【ダイヤモンドの記事】

昨年七月に達成したイランとの核合意も問題含みだ。同合意は、今後10年間はイランの核開発を止めることはできても、その後の保証はなきに等しい。10年など歴史においては瞬時に過ぎる。その後、イランは必ず核開発の道に進む、そのための抜け道だらけなのがオバマ合意だというのが、少なからぬ専門家の分析である。

イランの核保有はサウジアラビアや他のアラブ諸国を核保有へと走らせるだろう。テロリスト勢力のIS(過激派組織「イスラム国」)などの手に核が渡る危険性も高い。近未来に中東さらに北アフリカに核が拡散すると考えなければならない。オバマ大統領の合意で、世界はそのような危険な局面に立たされている。

----------------------------------------

この問題に関して、櫻井よしこ氏のホームページを通じ以下の問い合わせをした。

【櫻井よしこ氏への問い合わせ】

週刊ダイヤモンド6月11日号の「オピニオン縦横無尽」に関する私からの質問に丁寧な回答を頂き、ありがとうございます。これで終わりにしたいところですが、もう1点だけ誤りではないかとの記述があったので、改めて問い合わせさせていただきます。

問題となるのは「昨年7月に達成したイランとの核合意も問題含みだ。同合意は、今後10年間はイランの核開発を止めることはできても、その後の保証はなきに等しい」というくだりです。ここからは合意の有効期間は「10年」と解釈できます。しかし、実際にはもっと長いのではありませんか。

イランとの最終合意を報じた2015年7月14日付の日経の記事では「イランは15年以上にわたり、核兵器向けの高濃縮ウランやプルトニウムを製造・取得しないと約束した」と説明しています。

同日付のロイターの記事では、最終合意の内容について「具体的には、1)遠心分離器を3分の1に縮小、2)ウラン濃縮度は15年間で3.67%以下に制限、3)濃縮ウラン保有量は15年間で300キログラム以下に制限、4)ウラニウム研究開発は15年間ナタンツ施設に限定、5)兵器級プルトニウムの生産禁止──など」と書いています。

これらの報道から考えると、合意が順守された場合に「イランの核開発を止めること」ができる期間を「10年」と断定するのは無理があります。あえて期間を明示するならば「15年」でしょう。

記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いします。

----------------------------------------

ほぼ同じ内容の問い合わせを週刊ダイヤモンドにもしている。丸1日が経過したが、いずれも回答はない。記事には他にも疑問が残った。2つ挙げておこう。

◎「イランは必ず核開発の道に進む」の根拠は?

10年など歴史においては瞬時に過ぎる。その後、イランは必ず核開発の道に進む」と櫻井氏は言い切っている。しかし、なぜそう言い切れるのかは不明だ。10年後(あるいは15年後)に「核兵器を開発して経済制裁を受けるよりも、今のまま核兵器なしで行く方が得策だな」とイランが判断する可能性はゼロではない。「いや違う。イランは必ず核開発の道に進む」と櫻井氏が考えているのであれば、その理由を示してほしい。


◎イランが核を持てばサウジも持つ?

イスラエルが核兵器を保有しているのは確実視されている。しかし、サウジアラビアなどアラブ諸国は核兵器を保有していないし、核兵器不拡散条約(NPT)の締約国にも名を連ねている。なのにイランが核兵器を保有すればアラブ諸国が雪崩を打って核兵器保有に走るとは考えにくい。サウジはイランと敵対しているかもしれないが、「敵」としての度合いはイスラエルの方が大きいはずだ。

「アラブ諸国はイスラエルの核兵器保有ならば容認できる。でも、イランが保有するなら対抗上、自分たちも持とうとするんだ」と考えているのならば、その理由を示すべきだ。

結局、「昨年七月に達成したイランとの核合意も問題含みだ」と訴えたいがために、展開がかなり強引になっている。「10年など歴史においては瞬時に過ぎる」との説明もそうだ。50年でも100年でも「瞬時」と言えば言える。そして「瞬時」の後は「イランは必ず核開発の道に進む」と決め付け、「近未来に中東さらに北アフリカに核が拡散すると考えなければならない」と断定する。「近未来に中東さらに北アフリカに核が拡散する」リスクは当然ある(イスラエルを核保有国と見なせば、既に現実になっている)が、拡散が起きない可能性も十分にあると考えるべきだろう。


※イランとの合意の有効期間が「10年」ではないと仮定すると、1つの記事で2つの初歩的なミスがあったことになる。記事への評価はE(大いに問題あり)とすべきだろう。週刊ダイヤモンド2015年5月30日号の「オピニオン縦横無尽」でも、スイスの徴兵制に関する基本情報で誤りが2つあり、さらに訂正記事でも正しく訂正できなかった。そうした点を考慮すると、櫻井よしこ氏に出した引退勧告を撤回する必要は感じない。ただ、今回は「戦後」の誤りを認めて問い合わせに回答してきた。その点を重く見て、櫻井氏への評価はF(根本的な欠陥あり)からE(大いに問題あり)へ引き上げる。

※櫻井氏の過去の誤りについては「櫻井よしこ氏への引退勧告」「櫻井よしこ氏のコラム 『訂正の訂正』は載るか?」「櫻井よしこ氏へ 『訂正の訂正』から逃げないで」を参照してほしい。

追記)「10年」に関して、櫻井氏からもダイヤモンド編集部からも回答は結局なかった。

2016年6月6日月曜日

週刊ダイヤモンドの記事 誤り認めた櫻井よしこ氏を評価

ジャーナリストの櫻井よしこ氏が週刊ダイヤモンド6月11日号の「新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽~オバマ大統領の広島訪問で考えた 指導者の『言葉』と『行動』のギャップ」という記事で、「冷戦後」と書くべきところを「戦後」としてしまっている。櫻井よしこ氏のホームページに以下の問い合わせを送ったところ、回答が届いた。それぞれの内容は以下の通り。

靖国神社(東京都千代田区)※写真と本文は無関係です
【櫻井よしこ氏への問い合わせ】

週刊ダイヤモンド6月11日号の「オピニオン縦横無尽」についてお尋ねします。このコラムの中で筆者の櫻井様は次のように書いていおられます。「五月二八日付の米『ニューヨーク・タイムズ』紙は大統領の核なき世界に向けての理念と、理念実現に向けての実績に、『驚くべきギャップ』があると指摘した。『国防総省の最新の統計に基づけば、戦後歴代のどの大統領に比べても、オバマ氏の核弾頭削減数は少なかった』のだ」。

注釈なしに「戦後」と書いた場合、一般的には「第二次大戦後」と理解すべきでしょう。しかしニューヨーク・タイムズの「Reduction of Nuclear Arsenal Has Slowed Under Obama, Report Finds」という記事(ただし、同紙サイトでの日付は5月26日です)の説明とは食い違います。

この記事では「The new figures, released by the Pentagon, also highlight a trend that the current administration has reduced the nuclear stockpile less than any other post-Cold War presidency.」と記述しています。つまり「戦後(第二次世界大戦後)」ではなく「冷戦後」の大統領を比べているのです。

そもそも1945年8月の段階では米国の核弾頭保有数はわずかだったはずです。それがピーク時には3万を超えたと言われています。櫻井様が書くようにオバマ氏を含め戦後全ての大統領が核弾頭削減を実現させているならば、核弾頭の保有数が「戦後」に劇的に増えたことと整合しません。「冷戦後」の意味で「戦後」という言葉を使ったとの可能性も考慮しましたが、この弁明には無理があります。

「戦後歴代のどの大統領に比べても、オバマ氏の核弾頭削減数は少なかった」との説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いします。

【櫻井氏の回答】

メールありがとうございました。まず、NYTの記事の日付ですが、私の購読するInternational NYTには、5月28日(正確には28-29日の合併号)付で掲載されておりましたので、その日付を報じました。ご指摘の5月26日はこの調査報告書が発表された日で、鹿毛さんは即日、それをサイトで御覧になったのですね。次に、Cold-Warの件は、ご指摘のとおりで、次号にて訂正いたします。貴重なご指摘をありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

----------------------------------------

櫻井氏には以前に同じコラムに関して「訂正の訂正」を求めて黙殺された経験がある。なので今回、回答が届いたのは意外だった。逃げずに誤りを認めた点は前向きに評価したい。上記の問い合わせとほぼ同じ内容をダイヤモンドの編集部にも送ってある。筆者が間違いを認めているのに、ダイヤモンドは読者の問い合わせに回答しない姿勢を貫くのだろうか。注目したい。

今回のコラムには誤りと思える記述が他にもある。これは「週刊ダイヤモンド『縦横無尽』で櫻井よしこ氏にまた誤り?」で触れる。

※櫻井氏の過去の誤りについては「櫻井よしこ氏への引退勧告」「櫻井よしこ氏のコラム 『訂正の訂正』は載るか?」「櫻井よしこ氏へ 『訂正の訂正』から逃げないで」を参照してほしい。

2016年6月5日日曜日

日経女性面に自由過ぎるコラムを書く水無田気流氏

4日の日本経済新聞朝刊女性面に詩人・社会学者の水無田気流氏が書いた「女・男 ギャップを斬る『女性活躍』掲げれど 音速の人生設計、まるでF1」というコラムは問題が多かった。女性面は日経の中でも「緩い」面ではある。それにしても自由に書かせすぎではないかと思えた。
警固公園と福岡三越(福岡市中央区) ※写真と本文は無関係です

34歳までに子どもを2人以上産み育てつつ就労継続すべし」と政府が推奨しているという説明に誤りの可能性が高いことは既に触れた(※「日経女性面『34歳までに2人出産を政府が推奨』は事実?」を参照)。ここでは、それ以外の問題点を列挙していく。

◎男性にも「出産」してほしい?

【日経の記事】

「平成28年版男女共同参画社会白書」では、依然として変わらぬ女性の無償労働負担、低水準の女性管理職者割合、そして今なお第1子出産を機に6割の女性が離職するなどの現状が浮き彫りになった。生産年齢人口の急速な減少を受け、「女性活躍」が喧伝(けんでん)されているが、肝心の女性を活躍させ得る環境は未整備なまま。この状況を打開せず、女性「だけ」に就労も出産も高水準な育児も家事も介護も…という活躍を求めても達成は極めて難しい

----------------------------------------

女性『だけ』に就労も出産も高水準な育児も家事も介護も…という活躍を求めても達成は極めて難しい」と水無田気流氏は訴える。ならば男性にも「就労も出産も高水準な育児も家事も介護も」と求めるべきだろうか。少なくとも「出産」は難しいだろう。

出産」を除けば男性も事情はあまり変わらない。男性には「高水準な就労も育児も家事も介護も」求められている。

水無田気流氏は日本では「女性活躍」が実現していないと判断しているようだ。これは主観的な問題でもあるので「違う」とは言わない。ただ、個人的には「日本の女性は十分に活躍している」と感じる。働いている女性はもちろん活躍しているが、出産を機に離職した女性も子育てなどできちんと「活躍」していると評価すべきだろう。水無田気流氏は「子育て中の専業主婦なんて活躍度ゼロ」と考えているのかもしれないが…。


◎本当に「F1レース」?

【日経の記事】

たとえば34歳までに子どもを2人以上産み育てつつ就労継続すべしという、政府推奨の理想的ライフコースを再現すると、次のようになる。

まず、22歳で大学を卒業するまでにファミリーフレンドリーな会社に内定をもらう。そこから3年間血眼で婚活し25歳までに伴侶候補をつかまえる。結婚相手との平均交際年数は4年、結婚準備に半年から1年かかることから逆算した年数である。そして交際3年以内にプロポーズにもちこみ、28歳で婚約、29歳で結婚。直後に妊活し30歳までに妊娠。排卵は1年間12回だが、最短で職場復帰するためにベストな出産時期は自治体が来年度の保育所募集を締め切る前の8~10月であり、排卵3回分しかチャンスがない。このように31歳までに第1子を出産、妊娠中から保活して託児先確保、32歳で職場復帰。さらに第1子は1年以内に卒乳し排卵を回復して33歳で第2子妊娠、34歳で第2子出産。これらをこなしつつ、妊娠予定の30歳までにマタハラにあわず大手を振って産休・育休を取得し得る程度のキャリアを確立せねばならない。

いったいこれは何のF1レースだろうか。いや、F1レーサーならばチームのサポートがあるが、女性は孤軍奮闘だ。弱小チームでも超人的能力で成果を出せるのは、トールマン時代のアイルトン・セナくらいではないか。

----------------------------------------

女性には「F1レース」に参加しているような目まぐるしさがあると水無田気流氏は訴えたいのだろう。しかし、この例示でさえかなり余裕がある。「22歳で就職して3年間は伴侶候補をつかまえない」「交際開始から結婚までに4年」というのは、そんなに大忙しだろうか。学生時代に結婚相手を見つけている人も珍しくない。「いったいこれは何のF1レースだろうか」と言うのなら、「学生時代に結婚相手を見つけて、就職後すぐにゴールインした人でもこんなに時間的な余裕がない」といった形で例を作らないと説得力はない。

「(大学卒業後)3年間血眼で婚活」とか「直後に妊活し30歳までに妊娠」といった例示もかなり特殊だ。今の女性は就職直後から「血眼で婚活」するのが当たり前だろうか。29歳で結婚した場合、すぐに「妊活」を始めるものだろうか。いたとしても例外的な存在だろう。「女性は大変」と訴えたい気持ちが強すぎて、例示に説得力がなくなっている。

F1レーサーならばチームのサポートがあるが、女性は孤軍奮闘だ」との説明にも無理がある。働きながら出産・子育てをする女性を助けてくれる親や夫は珍しいのか。国や自治体は子育て支援には全く無関心なのか。社内保育所を整備したりして子育て中の女性社員を支援する企業は皆無なのか。少し考えれば分かるはずだ。

◎「走ってない奴は黙ってろ!」と言い出すと…

【日経の記事】

2013年には女性が35歳を過ぎると妊娠・出産しにくくなるとの啓発目的で検討された「女性手帳」が、当の女性たちからは「余計なお世話」と立ち消えとなった。往年の名レーサー、ナイジェル・マンセルではないが、女性たちの内心は「走ってない奴は黙ってろ!」だったに違いない。

----------------------------------------

走ってない奴は黙ってろ」との強い言葉を用いて、「啓発目的」での情報提供も水無田気流氏は否定している。その考えに沿うと、困った事態になるのではないか。例えば厚生労働省は「妊娠中のジカウイルス感染と胎児の小頭症との関連が示唆されていることから、妊婦及び妊娠の可能性がある方は、可能な限り流行地域への渡航を控えてください」と呼びかけている。しかし、水無田気流氏の主張に従うと、こういうのも「余計なお世話」「走ってない奴は黙ってろ!」となるのだろう。

「情報を知らなかったために我が子が小頭症になる女性がいても仕方がない」と水無田気流氏は言い切れるのか。ジカウイルスに関する情報提供が正当化されるとすれば、妊娠・出産と年齢の関係について医学的な見地から得られた情報を提供するのも似たようなものだ。一方だけを「余計なお世話」に分類するのは難しい。


※暫定でD(問題あり)としていた水無田気流氏への評価はDで確定とする。水無田気流氏については「日経女性面なら許される? 水無田気流氏の成立しない説明」も参照してほしい。