2015年10月30日金曜日

まともな主張がない日経社説「排ガス不正の代償が重いVW 」

辞書で調べると、「社説」とは「その社の責任ある意見および主張として載せる論説」と出てくる。しかし、30日の日経朝刊総合1面に載った社説「排ガス不正の代償が重いVW」には、主張らしい主張が見当たらない。強いて言えば、「日本勢は欧州最大の自動車メーカーの不祥事から無縁ではない。少なからぬ影響を受けると判断すれば、消費者や株主に迅速に情報を開示すべきだ」という結びが「主張」だろうか。しかし、VW問題の中心からかなり離れたところに関して、当たり前すぎる話をしているに過ぎない。

福岡タワー(福岡市早良区) ※写真と本文は無関係です
「おさらい」の域を出ない社説の全文は以下の通り。

【日経の社説】

排ガス試験の不正問題に揺れるドイツ自動車大手フォルクスワーゲン(VW)が、2015年7~9月期決算を発表した。不正があった車の回収と無償修理の費用を引き当てたため、最終損益は前年同期の29億ユーロ(3800億円)の黒字から17億ユーロ(2300億円)の赤字に転落した。

今後の最大の焦点は事態を収拾する費用がどこまで膨らむかだ。VWは回収・修理のほか、米当局の制裁や世界各地での損害賠償に備えなければならない。不正の代償といえる様々な費用は、最終的に自己資本の3分の1弱にあたる300億ユーロ(約4兆円)に膨らむとの指摘がある。

経営環境にも不透明感が強い。VWの1~9月の世界販売は前年同期の実績を下回った。成長を支えてきた中国など新興国の景気減速が影響している。10月以降は不正のためにブランド力が低下した影響も本格的に出てきそうだ。

乗用車部門の投資抑制を表明するなど、VWは世界景気の減速や業績悪化に手を打ちつつある。販売がさらに落ち込み、キャッシュフロー(現金収支)に影響が出るようなら、減産や人員削減に踏み込む必要も浮上するだろう。

一般にドイツの企業では、従業員の代表が経営に強い発言力を持つ。VWの場合も、従業員と協議しながら合理化を断行するという難しいかじ取りを、株主から求められる可能性がある。

もちろん、不正問題の真相解明と責任追及を徹底し再発防止に万全を尽くすことが、ブランド力と信頼の回復に欠かせない

開催中の東京モーターショーでは、問題が起きたディーゼル車の先行きを心配する声も聞かれた。車の技術に関する不正は業界の信頼に影を落としかねない。

VWと取引する日本の部品メーカーには業績の悪化懸念が浮上している。日本勢は欧州最大の自動車メーカーの不祥事から無縁ではない。少なからぬ影響を受けると判断すれば、消費者や株主に迅速に情報を開示すべきだ

----------------------------------------

決算の内容を紹介した後で「今後の最大の焦点は事態を収拾する費用がどこまで膨らむかだ」「経営環境にも不透明感が強い」などと新味のない話を続けている。最終的に日経としての主張をきちんと打ち出すのならば、まだ受け入れられる。しかし、社説を最後まで読んでも、この問題に関して日経が何を訴えたいのか見えてこない。

不正問題の真相解明と責任追及を徹底し再発防止に万全を尽くすことが、ブランド力と信頼の回復に欠かせない」のは誰でも分かる。そのためにVWはどういう策を打つべきなのか。そこを経済紙である日経として、独自の視点を提供する形で訴えてほしかった。

記事からは「社説なんて、どうせあんまり読まれてないんだから、無難に書いておけばいいだろ」という論説委員会の空気が伝わってくるようだ。しかし、「おさらい」でお茶を濁すような社説を読者が支持するとは思えない。惰性に流されていないか、論説委員会全体で考えるべきだ。今回のようなレベルの社説しか生み出せないのならば、わざわざ紙面を割いて社説を載せ続ける意味はない。


※記事の評価はD(問題あり)。

2015年10月29日木曜日

詰め込みすぎ? 最終回も苦しい日経1面「フィンテックの衝撃」

日経朝刊の苦しい1面企画「フィンテックの衝撃」がようやく最終回となった。第4回の「周回遅れの日本 巻き返し 官民連携で」もやはり苦しい。その原因は第一に詰め込みすぎだ。十分な説明をする前に次々と話題を変えていくので、どれも疑問が残ってしまう。「たくさん取材をしました」と社内にアピールするために事例を詰め込みたくなるのは痛いほど分かる。ただ、それが読者の利益にならないことも肝に銘じてほしい。

大濠公園(福岡市中央区) ※写真と本文は無関係です
では、気になった点を列挙していこう。

◎みずほは「店舗やATMだけ」?

【日経の記事】
 
「みずほは無知だと自覚している。みなさんと一緒にいいサービスを提供していく」。14日、みずほフィナンシャルグループが東京都内で開いたフィンテックイベントの会場で岡部俊胤副社長はベンチャー企業関係者に語りかけた。

 みずほの稼働口座は1600万。店舗やATMだけでは対応しきれない多様なニーズを持て余していた。切り札とみるのがフィンテック企業を巻き込んだオープンイノベーションだ。岡部副社長は「全てのサービスを自社で手掛ける時代ではない」と言い切る。背景には強い危機感がある。

----------------------------------------

これだけ読むと、現状のみずほは「店舗やATMだけ」で顧客のニーズに対応しているように思える。しかし、実際には自らネットバンキングサービスを提供しているはずだ。自らのネットバンキングを他社も巻き込んでさらに進化させようとしているのだろう。しかし、記事からはそうは読み取れないし、具体的に何をどう進化させようとしているのかも不明だ。


◎せっかくの「衝撃」なのに…

店舗費、人件費、貸倒率ともにゼロ――。みずほの佐藤康博社長は4月、中国・浙江省のアリババ集団本社を訪れ、常識を覆す金融モデルに言葉を失った。中国のネット決済市場で5割のシェアを握るアリババでは数億人の利用データが秒単位で蓄積されていた。アリババは決済で得た顧客データを駆使し、小口金融に乗り出している。「データ処理ではかなわない。テクノロジーを持つ企業と勇気を持って組めるかが問われている」(佐藤社長)

----------------------------------------

店舗費はともかく「人件費、貸倒率ともにゼロ」が本当ならこれこそ「フィンテックの衝撃」だろう。しかし、なぜ「人件費、貸倒率ともにゼロ」なのか謎だ。顧客データをどんなに細かく分析しても、小口金融で「貸倒率ゼロ」は不可能だろう。融資件数が非常に少ないなら話は別だが…。人件費に関しても、業務委託などで丸投げしない限り、ゼロは難しそうだ。なのに説明らしい説明は「決済で得た顧客データを駆使」ぐらいだ。そう考えると、「人件費、貸倒率ともにゼロ」は本当なのかと疑いたくなる。


◎米国の金融機関が1兆円投資?

【日経の記事】

「銀行に取って代わろうと、頭脳とカネに満ちた何百ものベンチャーが出てきている」。米銀最大手JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者が株主に出した手紙の一文だ。文面からにじむのはフィンテックへの警戒感。協業こそが最良の防衛策とばかりに、米国ではリーマン・ショック後からフィンテック企業への出資が始まり、2014年の投資額は1兆円規模に上る。片や日本は50億円強だ。

----------------------------------------

協業こそが最良の防衛策とばかりに」と書いてあるので、「米国では既存の金融機関がフィンテック企業への出資に積極的で、14年には金融機関による投資額が1兆円規模に達した」と解釈したくなる。しかし、「金融機関以外も含めた米国全体で1兆円規模の投資額」と言っているようでもある。調べてみると後者のようだ。上記の書き方では分かりにくいし、「1兆円規模」が金融機関の出資額ではないのならば「協業こそが最良の防衛策とばかりに」出資を進めているのかどうか微妙だ。


◎日本との比較は?

【日経の記事】

英国のキャメロン首相はこの夏、フィンテック企業を引き連れて訪れた東南アジア諸国で、「英国はフィンテックで世界をリードする」と力強く宣言した。英フィンテック業界の売上高は4兆円に迫る。英国は官民を挙げ有望市場での主導権を取りにきている。

フィンテックへの投資や事業化で周回遅れの日本。巻き返しは可能なのか。

----------------------------------------

「投資」はいいとしても、日本が「事業化で周回遅れ」かどうかは記事で描けていない。例えば「英フィンテック業界の売上高は4兆円に迫る」という数字は出てくるが、日本の売上高が分からないので「周回遅れ」だとは実感できない。本来なら「なぜ周回遅れになったのか」まで分析すべきだ。もちろん、そこを論じれば、他の部分は大胆に捨てなければならない。今回のように事例をたくさん詰め込んでいては、結局どれも中途半端になってしまう。


※連載全体の評価はD(問題あり)。取材班には、山腰克也、岐部秀光、高井宏章、羽田洋子、大和田尚孝、小高航、弟子丸幸子、川上穣、馬場燃、木原雄士、関口慶太、小滝麻理子、原島大介、名古屋和希、兼松雄一郎、松本裕子、塩崎健太郎の各氏が名を連ねているが、ここでは筆頭デスクだと思われる山腰克也氏の評価を暫定でDとする。

2015年10月28日水曜日

低コストで合理的? やはり苦しい日経1面「フィンテックの衝撃」

予想通り、日経朝刊の1面企画「フィンテックの衝撃」の内容が苦しい。第3回は「低コスト・合理性が武器  投資、指南役はロボ」との見出しが付いていて、記事も「低コストを武器に超合理的な投資手法が広がれば、資産運用ビジネスのあり方だけでなく、投資マネーの流れも大きく変わる」と結んでいる。しかし、記事で紹介した「ロボ・アドバイザー」を活用する投資方法は、「低コスト」とも「超合理的」とも思えなかった。

福岡城跡(福岡市中央区)から見た市街地 ※写真と本文は無関係です
まずは記事の最初の方を見てみよう。


【日経の記事】

「何歳で引退しますか」

「運用益は再投資にまわしますか」

自己資金の運用に迷った都内勤務の弁護士、平岩正さん(38、仮名)は昨年末、資産運用アドバイザーの助言を仰いだ。矢継ぎ早の質問に答え終わると、相手は「最適の資産配分は先進国株2割、新興国株1%、原油8%……」と即答。平岩さんは推薦された低手数料の上場投資信託(ETF)に3千万円を投じた

銀行や証券会社でよくある風景のように見えるが、大きな違いがある。指南役はヒトではなく、「ロボ・アドバイザー」と呼ばれる自動プログラムなのだ。

投資顧問会社「お金のデザイン」(東京・港)が独自開発したプログラムは、8つほどの質問に答えると、国内外の株式や債券、原油や金までを含む資産配分を提示。世界中の6千近くのETFから30~40の推奨ファンドを選び出す

----------------------------------------

取材班が意図したものかどうか微妙だが、上記の説明には「お金のデザイン」という投資顧問会社がどうやって顧客からカネを取るのかが抜けている。この会社は「ETFラップ」というサービスを提供しているようだ。ラップ口座の一種だとすると、常識的に考えてラップ口座に関する手数料を取られるはずだ。投資対象が「低手数料の上場投資信託(ETF)」だとしても、投資そのものが低コストかどうかはラップ口座の手数料も含めて見なければ判断できない。

個人的には「せっかく低コストのETFに投資するのに、それをラップ口座でやればコストの低さが台無しになる」と思ってしまう。「ロボ・アドバイザー」にコストに見合う能力があるのならば、あえてラップ口座を選ぶ余地もあるが、「低コスト」とは言い難い。記事での紹介の仕方は、読者に大きな誤解を与えるものだ。

同じことが以下のくだりにも言える。


【日経の記事】

日本にもこの波は及ぶ。そう信じて動く先駆者の一人が柴山和久さん(37)だ。9年間の財務省勤務を経て外資コンサルティング会社に転じ、今年4月に自ら「ウェルスナビ」を起業した。低コストのETFと自動運用を組み合わせたサービスを年明けに始める。コンサル時代、米国で資産運用ビジネスにかかわった柴山さんの目には、日本の現状は「手数料が高く、高リスクの商品に偏っている。適切なサービスがあれば、それは変えられる」と映る。

----------------------------------------

7月14日の日経の記事によると、上記のウェルスナビは「利用者が契約する資産残高の1%程度を手数料として受け取る」らしい。だとすると、これは明らかに「低コスト」ではない。投資家はETFの信託報酬に加えて、資産残高の1%程度をウェルスナビに持っていかれる。

1000万円を預けると年間10万円も取られる計算だ。「自動運用」がどの程度のものかは不明だが、リバランスぐらいなら10万円もかけてやってもらう意義は乏しい。断定はできないが、自動運用に市場平均を上回るリターンを継続して出す能力があるわけでもないだろう。それを「低コスト」で「超合理的な投資手法」であるかのように宣伝するのは好ましくない。


※記事の評価はD(問題あり)。

企業にデフレ心理? 日経 清水功哉編集委員への疑問

日経の清水功哉編集委員が書く記事は基本的にツッコミどころが少ない。独自の視点を提供してくれるわけではないが、穴が少ないという点では日経の編集委員の中でも高いレベルにある。ただ、27日の夕刊マーケット・投資2面に載った「マネー底流潮流~問題は企業のデフレ心理」は納得できない中身だった。 見出しにもあるように「問題は企業のデフレ心理」と清水編集委員は訴えるものの、「企業部門の根強いデフレ心理」があるのかどうか怪しいと思えた。

大濠公園(福岡市中央区)の亀 ※写真と本文は無関係です
問題のくだりは以下のようになっている。

【日経の記事】

賃上げが十分に進まない裏側には、原油安や中国経済減速を背景とした企業部門の根強いデフレ心理がありそうだ。9月の日銀全国企業短期経済観測調査(短観)で、企業の消費者物価上昇率見通し(全規模全産業、消費増税など制度変更の影響を除く)は1年後が1.2%。3カ月前と比べると0.2ポイント低下、1年前比では0.3ポイント下がった。3年後、5年後も低下した。

-----------------------------------------

1年後の物価上昇率見通しが「1.2%」だと「企業部門の根強いデフレ心理」があると言えるだろうか。「企業は緩やかな物価上昇を予想している」と解釈すべきだろう。デフレと言うよりはインフレだ。しかも1年前には1.5%予想だったのならば、「1年前の段階でも企業部門のデフレ心理はかなり払拭されていた」と考えられる。

企業部門の根強いデフレ心理」があるのならば、企業の物価予想はマイナスになるはずだし、かなり甘めに見てもゼロ近辺だろう。しかも記事では「円安などを背景に家計に身近な商品の値上げが増えている」とも書いている。企業部門を全体として見れば、デフレ心理よりインフレ心理が上回っているはずだ。記事では企業のデフレ心理を「岩盤」に例えているが、ちょっと大げさすぎる。

清水編集委員によると「岩盤」を崩すためには「金融緩和だけでは不十分」で、「政府は法人減税や規制緩和などで企業が支出をしやすい環境を整える」必要があるらしい。しかし、この主張にも同意できない。記事の後半部分を見てみよう。



【日経の記事】

黒田東彦日銀総裁は語る。「企業は今や史上最高益を享受し、労働市場は完全雇用状態だ」「『これだけの収益水準の割に設備投資や賃金の伸びが鈍い』といわれることも事実だ。背景には、長く続いたデフレ下で企業や家計のマインドセットの転換に時間がかかっていることがある」

安倍晋三政権にも同様の問題意識があり、企業に積極的な設備投資などを促す「官民対話」を始めた。ただ、国内市場に関する成長期待をあまり持てない企業としてはおいそれとは支出を増やしにくい。この状況を打開するには、改めて政府、民間、日銀の協調を進めるしかない。

政府は法人減税や規制緩和などで企業が支出をしやすい環境を整える。民間企業はリスクをとって新しい成長分野を切り開く経営に努める。日銀はデフレ心理払拭を促すような機動的な金融政策運営に努める。こうした役割分担が家計部門に「真のデフレ脱却」をもたらすための課題だ。

----------------------------------------

清水編集委員が言うように、史上最高益でも成長期待が持てないから企業部門は支出を増やしにくい状況だとしよう。その場合、法人税率を引き下げると企業は支出を増やすだろうか。カネがあるのに成長期待が持てないから支出を増やさないとすれば、減税でさらにカネの面で余裕を持たせても支出が増えるとは思えない。効果はあってもわずかだろう。「法人税の負担を減らせ」という日経の方針に沿って記事を書いているのだろうが、説得力はない。


※記事の評価はC(平均的)。清水功哉編集委員への評価もCとする。今回は注文を付けたが、可もなく不可もない記事を書けるという意味で清水編集委員には安心感がある。

2015年10月27日火曜日

「TSUTAYA特集」に見えた東洋経済 杉本りうこ記者の迫力

週刊東洋経済10月31日号の巻頭特集「TSUTAYA 破壊と創造」(34~53ページ)は満足できる出来だった。特に増田宗昭カルチュア・コンビニエンスクラブ社長のインタビュー記事が秀逸だ。筆者の杉本りうこ記者に関しては、10月24日号の深層リポート「アシックス 知られざる改革」を「ヨイショが過ぎる」「批判精神が足りない」と批評したばかりだが、今回は一転して迫力と緊張感のあるインタビュー記事に仕上がっていた。

シーサイドももち海浜公園(福岡市早良区) ※写真と本文は無関係です
経済メディアの取材をほとんど受けないCCCの増田宗昭社長に、独占インタビューを行った」とのくだりに触れた時は「取材に応じてもらう代わりに、相手を持ち上げるような質問ばかりするのでは?」と心配になったが、杞憂に終わった。本来ならば省いてもいいような増田氏とのやり取りをあえて文字にすることで、インタビューの緊張感が伝わってきたし、それが増田氏という経営者の実像を浮き彫りにする効果も発揮している。

その一部を見てみよう。


【東洋経済の記事】

--そもそも図書館事業はどう収益化する方針ですか。

武雄の収益を聞いた? もう全然赤字だから。だけど喜んでくれている人がいるの。誰だと思う? 来館者です。そのコスト、僕らが負担してるのよ。

--それではまったくサステナブルではない。

それをどうするか考えるのが俺らの責任。継続性という観点では、公共工事も民間事業も一緒。それで知恵を使ってるわけ。だから、それはR&Dの視点で「こうやったらええんちゃうか?」と試行錯誤している。今は「赤字だからといって、コストダウンばかりしてはダメ。ブランドイメージもあるし」って言って赤字を容認してる。その代わり、4年目ぐらいには黒字出せよと。

--どういう方法で?

うーん。多少、市にお願いするかもしれない。俺は担当じゃないから細かいことは分からない。

--質問を変えますが…。

ちょっと、今の話わかってくれた? 大事な話よ、ここ。みんな俺らが経営してると勘違いしてるけど、図書館は市が経営しているの。それを委託されているんだから。ここの区分けがあなた、できていないんじゃないの? そして市民は議会を通して、場合によっては住民投票のような手段で議論する。だから小牧は健全なのよ。あの投票はすごくよかったと俺は思うよ。 

--では投票結果を受け、「CCCには依頼しない」となれば。

仕方ない。それは市民の決断だから。もちろん「図書館を作るなら、俺らと組んだほうがいいよ」というアピールはするけどね。

----------------------------------------

取材相手から「ちょっと、今の話わかってくれた?」といった反応が返ってくることは珍しくない。しかし、普通はインタビュー記事にまとめる過程で省いてしまうし、少ない行数しかない場合、「省くのが正解」とも言える。しかし、上記のやり取りでは、増田氏が記者に「わかってくれた?」「ここの区分けがあなた、できていないんじゃないの?」と問いかける部分があるおかげで、増田氏が何にこだわっているのかが伝わってくる。もちろん、記者が増田氏と緊張感を保って話を進めているのも実感できる。

増田氏に切り込んでいく記者の様子に好感が持てた部分をもう1つ紹介しておこう。


【東洋経済の記事】

--要するに、無用な疑念を招かないことが公的な事業をやるうえで重要なのでは。その意味で、なぜ前武雄市長の樋渡啓祐氏を系列会社のトップに迎え入れたのでしょうか。

やましいことは何もない。だから極端な話、疑われても全然構わない。俺は彼の戦力としての面、物事の考え方や市民に対する思いは日本に必要だと思っている。彼の力を借りようと俺が思ったの。だってCCCじゃあ、行政のことわからないもの。行政と民間は意思決定のプロセスが全然違うから。だから俺らがどんなにいい提案書を書いても刺さらない。そこで樋渡さんが「これじゃダメよ。こっちからまず説明しなさい」と教えてくれる。だったらうちの会社でやってよ、っていうだけ。

--やましくないからこそ、距離を置くべきだったのでは?

やましく思われるかどうかは俺らにとって重要じゃない。いい企画を作れるかどうかが軸。それを曲げてまで、世間体を気にするつもりは僕にはない。そうじゃなかったらイノベーションなんて生まれないんだよ。イノベーションって執念がいるの。俺、代官山(蔦屋書店)をやるときにも、役員全員に反対されたのをやり抜いたんだから。

組織や社会の意思決定においては大きな声を出す人がいる。株主総会でも1株しか持っていない人が発言できる。開かれている反面、本当にリスクを取っている株主の発言機会が奪われることもある。そういうのはどうなのかなって、総会の議長をしながらずっと思っていた。

図書館問題でも、いったい誰がどのぐらい損をしているの? それより俺が問題意識を持っているのは、図書館が箱モノ事業の典型になっているということよ。おカネをうんと使って、癒着業者もいる。そういう問題を誰も書かない。

--でも、このままではTSUTAYA図書館こそ箱モノになります。

なんで?

--確かに来館者数は大きく増えました。しかしそれが、カフェがあってくつろげる空間だからというだけでは…。

でもその部分の投資は、俺らがコストを負ってやってんのよ。

昨日、ある事業本部の連中を全部集めて図書館問題を総括したのよ。そこで言ったのは、ミスは誰にでもある、それは仕方がない、きちんと謝っていこうと。だけど地域創生の役に立っているし、市民の税金を本当に効率よく使うのは俺たちなんだという自信は失わずにやろうぜ、ということ。

今は超ローコストの図書館を設計しようとしている。みんな「図書館って、このぐらいおカネを使っていい」みたいな常識に乗っかっちゃってるから。そういう挑戦で、企画会社としての価値をもっと発揮していこうと。

海老名でも1日2000冊もの貸し出しがあって、スタッフみんながもう夜遅くまで、必死に書棚に戻してるわけ。そんな中でネガティブなことばっかり言われるんだよ?

----------------------------------------

読み応えがあるからか、ついつい引用が長くなってしまった。若手の経済記者にはぜひ読んでほしいし、自分がインタビュー記事を作る際の参考にしてほしい。記者にとって取材先との関係が大切なのは、もちろん分かる。しかし「とにかく相手に気に入られたい」「相手を怒らせるようなことは絶対に聞けない」と思った瞬間から、ヨイショ記者として生きていくしか道がなくなる。この手の記者の生み出す記事は一種の広告なので、カネを出して読む価値はない。価値のある記事を作れる書き手であるためには、多少のリスクを負ってでも、厳しい質問を投げかけていく必要がある。若手記者には、そのことを忘れないでほしい。


※記事の評価はA(非常に優れている)。「アシックス 知られざる改革」を受けて杉本りうこ記者の評価は暫定でD(問題あり)としていたが、これまでの記事に対する評価を総合して暫定でB(優れている)に引き上げる。次も批判精神あふれる記事を期待したい。

2015年10月26日月曜日

ボツにすべきベタ記事 日経「ボトル缶ワンダ アサヒ飲料増産」

26日の日経朝刊企業面のベタ記事「ボトル缶コーヒー『ワンダ』、来月分6割増産 アサヒ飲料」は紙面に載せる意味がない。「増産」というものの、その関連で出てくる数値は「年初計画比」のみ。これでは過去と比べて生産量がどのぐらい増えるのか全く分からない。明らかな欠陥記事だ。

記事の全文は以下の通り。
大濠公園(福岡市中央区) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

アサヒ飲料はボトル缶タイプの缶コーヒー「ワンダ」を増産する。11月の生産量を年初計画に比べ約6割増やす。ボトル缶タイプの「グランドワンダ」の2商品の販売実績が9月末時点で計画比約2割増と好調に推移しており増産を決めた。20日からホット専用の新商品も投入しており、秋冬に最盛期を迎える缶コーヒー需要を取り込む

増産するのは、今春から販売している「グランドワンダブラック」(希望小売価格140円)など2商品。全国の5工場で増産する計画。

ホット専用商品は従来の2商品と同じ製法でうまみを出したうえに、香りをさらに引き立てた

----------------------------------------

「増産」を記事にするならば、「生産をいつに比べてどの程度増やすのか」はゼヒで欲しい。記事から分かるのは「11月の生産量を年初計画に比べ約6割増やす」ことだけだ。これだと「生産量は10月と比べて横ばいで、前年同月比では5%減少」でもおかしくない。

年初計画の生産量が分かるならば、「計画比6割増」でも多少は意味があるだろう。しかし、記事には生産量も生産金額も全く出てこない。「ワンダ」には何種類の商品があるのか、「グランドワンダ」の増産によってワンダ全体の生産量はどのぐらい増えるのか、12月以降の生産はどうするのか、増産は新規投資を伴うものなのか--など記事には不明な点だらけだ。

「短いベタ記事にそんなに盛り込めない」と筆者は弁明するかもしれない。もちろん限界はある。ただ、「20日からホット専用の新商品も投入しており、秋冬に最盛期を迎える缶コーヒー需要を取り込む」とか「ホット専用商品は従来の2商品と同じ製法でうまみを出したうえに、香りをさらに引き立てた」などと宣伝臭い余計な話を入れる余裕があるならば、増産に関する情報をもっと盛り込むべきだ。

年初計画に比べ約6割増やす」ことぐらいしか生産量に関する具体的な情報がないのならば、記者は記事にするのは諦めた方がいい。デスクの判断としては、書き直しさせるかボツにすべきだ。こんな記事を世に送り出すのは「まともな記事を作る能力が自分たちにはありません」と紙面を使って公言しているのに等しい。

※記事の評価はE(大いに問題あり)。

間違いだらけ? 日経1面企画「フィンテックの衝撃」の衝撃(2)

25日の日経朝刊1面「フィンテックの衝撃(1)~人と企業、直接つなぐ 早い安い『100兆円銀行』」について、さらに疑問点を列挙していく。共通しているのは「説明不足」「説明下手」だ。まずは記事の最初に取り上げた「大連万達集団(ワンダ・グループ)の資金調達」について見ていこう。
福岡城跡(福岡市中央区) ※写真と本文は無関係です

◎大連万達集団は上海市場に上場?

【日経の記事】

低迷が続く上海株。急落した8月までの3カ月で中国不動産大手、大連万達集団(ワンダ・グループ)は個人投資家などから2000億円近い資金を集めた

ネットで不特定多数から資金を集める「クラウドファンディング」だ。スマートフォン(スマホ)で千元(1万9千円)から投資できる気軽さと、年率1割超の配当に投資家が飛びついた。6月には3日で50億元、8月にも1週間で2億元集めた。集めた資金は商業施設の建設にあてる。

----------------------------------------

「株価が急落しているタイミングで、上海市場の上場企業がなぜ増資なんかするのかなぁ…」と思って調べてみると、大連万達集団が上海市場に上場しているのかどうも怪しい。2月20日のThe Economistは「王氏が設立した万達集団は、今や中国最大の未上場不動産デベロッパー」と書いているらしい。傘下の企業を上場させているとは言え、親会社が上場してないとすれば、記事の書き方には問題がある。最近になって親会社も上場している可能性がゼロではないが、調べた範囲ではそうした情報は確認できなかった。


◎何が「ISAの対象」?

【日経の記事】

先進地の米欧では多様な貸し手と借り手をネットで直接結ぶ「ソーシャルレンディング」が銀行に代わる金融仲介として定着。昨年末に米最大手レンディングクラブが上場、時価総額1兆円をつけた英国では来春、個人貯蓄口座(ISA)の対象となる。少額投資非課税制度(NISA)の手本となった制度だ。10年後の世界市場は100兆~300兆円との見方がある。

----------------------------------------

最初に読んだ時は「米最大手レンディングクラブがISAの対象となるのは来春」と理解した。しかし「上場企業になったのに、なぜ来春まで待たないとISAを使っての投資ができないのだろう?」との疑問が浮かんだ。調べてみると、来春からISAの対象になるのは「レンディングクラブ」ではなく「ソーシャルレンディング」のようだ(断定はできないが…)。記事の説明は、お世辞にも上手いとは言えない。

時価総額1兆円をつけた」との表現も引っかかった。例えば、「株価は1000円と3年ぶりの高値を付けた」とは言うが「株価は1000円を付けた」だと違和感がある。


◎「ペルーの貧困層に投資」?

【日経の記事】

「利回りが高く魅力的」。神奈川県の会社員、沖田充史さん(43)が投資するのはペルーの貧困層そのお金はファンドを通じ同国の消費者金融会社に渡る

クラウドクレジット(東京・千代田)のサービスだ。投資先は年内に8カ国に増える。3月には伊藤忠商事が出資、「日本で余ったお金を新興国に運ぶ役割を担う」(杉山智行社長)。

----------------------------------------

自分のカネをファンドに出資し、そのファンドがペルーの消費者金融会社に融資(あるいは出資)する。消費者金融会社はペルーの貧困層にカネを貸す。この場合、「自分はペルーの貧困層に投資している」と言えるだろうか。例えば、日本のメガバンク株を買った投資家は、メガバンクの融資先企業に投資しているのだろうか。「間接的に投資している」という弁明さえ苦しいと思える。

そもそも記事で紹介したクラウドクレジットがやっていることは、単なるファンドの組成ではないのか。それをネット経由でやれば広義では「ソーシャルレンディング」に含めるのかもしれないが、新規性は乏しい。そもそも記事では「ソーシャルレンディング」を「多様な貸し手と借り手をネットで直接結ぶ」と定義し、「日本でも動き出した」としてクラウドクレジットの事業を取り上げている。しかし、記事を読む限りクラウドクレジットは「貸し手と借り手をネットで直接結ぶ」わけではなさそうだ。


この連載は4回以上は続くのだろう。この先にどんな問題が生じるかは何となく読める。大したことが起きていなくても、強引に「革命」や「パラダイムシフト」に仕立てていく。事例は無理にたくさん詰め込んで、その代償として説明不足が起きる。そして、連載全体に説得力が感じられなくなってしまう--。この予想が裏切られるように願っているが、そうなる可能性は低いはずだ。


※連載第1回の記事の評価はE(大いに問題あり)。「問い合わせた2件は記事の説明が間違っているのに、日経は指摘を握りつぶす」との前提で評価しているので、その前提が崩れれば評価も再考する。

2015年10月25日日曜日

間違いだらけ? 日経1面企画「フィンテックの衝撃」の衝撃(1)

また危なそうな日経の1面企画が始まった。「フィンテックの衝撃」は初回からおかしな説明が多くて“衝撃”を受けた。25日の「(1)人と企業、直接つなぐ 早い安い『100兆円銀行』」については、日経に2件の問い合わせをした。都市銀行がインターネットバンキングを始めたのは「1999年」ではなく「97年」ではないかというのが1つ。中国に関する「スマホ普及率は9割」との記述に関しても、間違った情報を基に書いている可能性が高いと指摘している。通常のパターンならば、日経は問い合わせを無視するはずだ。そうなると、この連載は「間違いだらけ」と言われても仕方がない。

ビューホテル平成(福岡県朝倉市)から見た福岡県うきは市 
                  ※写真と本文は無関係です
問い合わせの内容は以下の通り。

【問い合わせ(その1)】

記事には「ITが金融を侵食している」というタイトルの表が付いています。その中で「1999年」のところには「都市銀行がモバイルバンキングやインターネットバンキングを開始」と書かれていますが、都市銀行では当時の住友銀行が97年にインターネットバンキングを始めたようです。三井住友銀行の資料にも「1997年1月に国内初のインターネットバンキングサービスとしてスタート」と明記されています。

「都市銀行が99年にインターネットバンキングを開始」とする記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。


【問い合わせ(その2)】

記事では中国に関して「スマホ普及率は9割」と書かれていますが、これは根拠が乏しいのではありませんか。2015 年 5 月 11 日付のウォールストリートジャーナル日本版「中国のスマホ市場、1-3月期に減速」という記事には、末尾に以下の訂正が付いています。「訂正:原文の訂正により、第2段落の『中国のスマホ普及率は90%を超えている』を『中国で現在使用されている携帯電話の4分の3はスマホであり、昨年来、中国で販売された携帯電話の90%を占めている』に訂正します」。この訂正を基に考えると、中国でのスマホ普及率は90%には達していないのでしょう。各種の調査でも90%を大きく下回る普及率となっています(「中国都市部の成人に限ればスマホ普及率は90%を超える」との調査はあるようです)。

記事の「スマホ普及率9割」は訂正前の誤ったデータに基づいたものではありませんか。記事の説明で問題ないと判断されているのであれば、その根拠も併せて教えてください。

----------------------------------------

この記事には他にも問題点が多い。それらは(2)で指摘する。

※(2)へ続く。

2015年10月24日土曜日

なぜETFは無視? 日経 田村正之編集委員の「真相深層」

24日の日経朝刊総合1面に田村正之編集委員が書いた「真相深層~投信コスト二極化」という記事では「超低コストの投資信託の投入が相次いでいる」と最近の動きを紹介し、「投資家が自分の選択次第で、低コストでの長期資産形成ができる時代がようやく始まった」と結論付けている。しかし、記事ではETFを無視して、ETF以外のインデックス投信の“コスト革命”をかなり大げさに描いている。その点は評価できない。

ビューホテル平成(福岡県朝倉市)から見た筑後地方
        ※写真と本文は無関係です
ファイナンシャルプランナーと証券アナリストの資格を持っていることが誇りの田村編集委員は「超低コスト」のETFにも精通しているはずだ。ETFを含めて考えると記事中の「超低コストの投資信託」という説明が怪しくなるのは分かるが、投資初心者も読むであろう記事なのだから、そこは逃げずにETFも含めて論じてほしかった。

具体的に、記事の前半部分を見てから、いくつか追加で指摘をしておきたい。


【日経の記事】

20~40歳代の資産形成層に向けて超低コストの投資信託の投入が相次いでいる。一方で圧倒的な資金量を持つ高齢層には複雑で高コストの投信が売れ続け、投信販売は二極化している。

「まだ公表されていないが、ニッセイアセットマネジメントから、11月にネット販売向け投信のコストを大きく引き下げると連絡を受けた。投信は“コスト革命”といえる時代に突入した」。複数のネット証券会社幹部が口をそろえる。

戦いの契機は9月。三井住友アセットマネジメントが、これまで確定拠出年金(DC)向けだった超低コスト投信を、ネット証券向けに一般販売を始めたことだった。

投信は購入時に販売手数料がかかることがあるほか、持っている間、信託報酬(信報)というコストが毎日引かれる。長期の保有で特に影響が大きいのは信報だ。

三井住友の投信の信報は国内債券が年0.1%台、全海外株式が0.2%台。ともに指数に連動する低コストの「インデックス型」と呼ばれる投信だが、従来の同種の投信に比べても半分未満の超低コストだ。

インターネットは若い世代の書き込みですぐに「祭り」状態になった。「グッジョブ!」「最終兵器だ」。三井住友の横山邦男社長は「予想外の反響の大きさに驚いた。低コストで長期で資産形成したい若年層への手ごたえを感じた」と話す。

----------------------------------------

まず、「信託報酬」を「信報」と略すのはやめてほしい。非常に読みにくかった。それほど長い用語でもないので「信託報酬」でいいのではないか。また、三井住友の横山邦男社長に「低コストで長期で資産形成したい若年層への手ごたえを感じた」と語らせているのなら、若年層がどのぐらい「超低コスト投信」に飛び付いているのか、数字で見せてほしかった。

ネット上の「祭り」の盛り上がりは何とでも書ける。こうした情報だけ載せて、具体的な販売に関する数字が抜けていると「宣伝臭さ」が漂ってしまう。見出しでは「『超格安』の指数連動型、20~40代つかむ」となっているが、「20~40代に人気なんだな」と納得できるデータは記事のどこにもない。

結論部分にも改めて注文を付けておく。


【日経の記事】

ニッセイや三井住友の投信は米国の低コスト投信にひけをとらない。投資家が自分の選択次第で、低コストでの長期資産形成ができる時代がようやく始まった。

----------------------------------------

この書き方だと「ニッセイや三井住友が超低コストの投信を投入してきたので、日本でもようやく低コストでの長期資産形成ができる時代に入った」と解釈できる。冒頭で述べたように、ETFを考慮に入れると、こうした話は成り立たない。海外株式を投資対象とするものも含め、かなり低い信託報酬で投信を選べる環境は以前から整っている。

「日本の投資家は日本の投信にしか投資できない」との前提が感じられるのも気になった。海外ETFを取り扱う日本の証券会社はいくつもあるのだから、「ニッセイや三井住友の投信」に頼らなくても以前から「低コストでの長期資産形成ができる」はずだ。

それでも田村編集委員は「投資家が自分の選択次第で、低コストでの長期資産形成ができる時代がようやく始まった」と考えるのだろうか。


※記事の評価はC(平均的)。田村正之編集委員の評価はDを据え置く。 

2015年10月23日金曜日

どこが「新型債券」? 日経「三菱UFJ 高利回りで資本増強」

23日の日経朝刊経済面に載った「三菱UFJ、高利回り債で資本増強 初の公募、1500億円」という記事は、説明に不十分さを感じた。三菱UFJが発行する債券がなぜ「新型債券」なのか、記事中の説明ではなかなか伝わらないだろう。問題のくだりは以下のようになっている。

シーサイドももち海浜公園(福岡市早良区) ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

三菱UFJフィナンシャル・グループは新金融規制「バーゼル3」で自己資本に算入できる新型債券を公募で発行する。事業会社や学校法人も参加できる公募債での資本増強は大手金融機関で初めて。月内に1500億円を調達し、今後も年数千億円程度の発行を計画している。2%台半ばの高利回りになる見通しで運用難の投資家に強い需要があると判断した。

新型債券は「永久劣後債」と呼ばれる。普通株などで算出される自己資本比率が5.125%を下回ると元本が削減される仕組みだ。比率が戻って一定条件を満たせば元本は回復するが、リスクが高いため同じ格付けの一般社債と比べ利回りは2%程度上乗せされる。元本1億円で発行する。

----------------------------------------

『バーゼル3』で自己資本に算入できる新型債券を公募で発行する」「新型債券は『永久劣後債』と呼ばれる」という説明だと、知識の乏しい人は「永久劣後債ってこれまでにはなかった債券なんだ」と思ってしまうだろう。しかし、記事に付けた用語解説では「高い自己資本比率を求められる金融機関が発行するケースが多い」としているので「新型」とは考えにくい。併せて読むと、混乱してもおかしくない。

ではなぜ「新型」かと言うと、バーゼル3で資本として認められるための「特約」が付いているからだろう。記事で言えば「普通株などで算出される自己資本比率が5.125%を下回ると元本が削減される仕組み」が新型と称する根拠になるはずだ。とは言え、あくまで「永久劣後債」なので、個人的には「新型債券」だとは思わない。記者が「新型債券だ」と感じたのなら、それはそれでいい。しかし、「なぜ『新型』と呼べるのか」はしっかり説明してほしかった。

ROEの説明も不十分だと思えた。


【日経の記事】

バーゼル3は金融機関に高い自己資本比率を求める一方、新型債券を株式とほぼ同じ「中核的自己資本」(Tier1)に算入することを認めている自己資本利益率(ROE)を下げずに質の高い資本を増やせるため、金融機関による発行の増加が見込まれている。

----------------------------------------

新型債券は自己資本への算入が認められているとすると、新型債券の発行は自己資本の増加要因、つまりROEの低下要因になるはずだ。では、なぜ上記のような書き方になったのか。新型債券はバーゼル3では「自己資本」だが、会計上はあくまで「負債」となるので、「ROEを下げずに質の高い資本を増やせる」という話になるのだろう。そこに触れないと、まともな説明とは言えない。

最後の段落にも説明不足が見える。


【日経の記事】

三菱UFJは3月に生命保険会社など投資家を絞った私募債を発行し、三井住友とみずほの両フィナンシャルグループなどが追随した。この際の引き合いが想定以上に強かったため、公募で発行できると判断した。

----------------------------------------

3月に「新型債券」を私募形式で発行したのだろう。しかし、記事には「私募債」と出ているだけで、今回発行するのと同じタイプかどうかは明確ではない。例えば「三菱UFJは生命保険会社などに投資家を絞った私募形式で3月に新型債券を発行し~」とすれば、問題は解消する。


※記事の評価はD(問題あり)とする。

2015年10月22日木曜日

市場分析は? 日経 高橋里奈記者「ウォール街ラウンドアップ」

22日の日経夕刊マーケット・投資1面に載った「ウォール街ラウンドアップ~若き新宰相、試される経済手腕」は記者の怠慢が目立つ記事だった。「ウォール街ラウンドアップ」と言いながら、NY株ではなくカナダの話なのは良しとしよう。しかし、筆者の高橋里奈記者はカナダの株式市場に関しても、分析らしい分析はしていない。カナダの総選挙や次期首相についてあれこれ書いて、記事のほとんどを埋めている。これで「一丁上がり」ならば仕事としては楽だろうが、書き手としての資質には疑問符が付く。

大濠公園(福岡市中央区) ※写真と本文は無関係です
記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

北米で今週最大のニュースといえば、19日のカナダ総選挙だった。10年もの長期政権を担ってきた保守党が敗北し、野党第2党の自由党が圧勝。若くルックスの良いジャスティン・トルドー党首を担いだ「トルドーマニア」旋風が巻き起こった。投開票翌日の20日はカナダ・トロント証券取引所の株価指数が83.54ポイント高で終え、市場も政権交代を歓迎した

43歳、イケメン。リベラルな雰囲気をまとうトルドー氏は「真のチェンジ(変化)」を掲げ、かつてのオバマ米大統領をほうふつとさせた。女性や若者、移民まで幅広く支持されたことが勝利につながった。

「ほとんどの国民、政治の専門家ですらトルドー氏が過半数の議席を勝ち取るとは思ってもみなかった」(50代女性)

保守党、自由党、新民主党の三つどもえの闘いが予想されたが、終盤戦に入りトルドー人気に火が付いた。自由党は11年の前回選挙(下院定数308議席)で34議席にとどまったが、今回は定数338議席のうち184議席を獲得した。

父親の故ピエール・トルドー氏も1960~80年代に首相を務めた。若者を中心に根強いファンを生んだ「トルドーマニア」は父が元祖だ。「カナダにも米国のケネディ家やブッシュ家のような『王朝』が生まれた」と騒ぐ人もいる。こうした「政界のサラブレッド」というイメージの一方、スノーボードの指導員や高校教師という経歴も市民に親近感を与えた

マリフアナの合法化過激派組織「イスラム国」(IS)への米国主導の空爆への反対――。抜本的な政治変革を掲げて広大な北米の大地を駆け巡る若い党首の姿勢を歓迎する声は多い。

だが経済界では不安の声も根強い。「低所得層へのばらまきで財政は悪化するだろう」。あるビジネスマンは漏らす。自由党は投開票当日までテレビCMで低所得者層に対する所得向上を約束すると繰り返し訴えた。

環太平洋経済連携協定(TPP)を推進してきた保守党のハーパー前政権に対し、トルドー氏は「内容を検証する」として選挙中に賛否を明確にしなかった。20日にオバマ米大統領との電話協議で「TPPを前進させる」ことで一致したが、検証のために締結手続きが遅れる可能性もある。TPP参加国のうちカナダの国内総生産(GDP)は米日に次ぐ3位。カナダの批准が遅れれば悪影響を与えかねない。

原油先物の指標、WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)は21日、1バレル45.20ドルと08年7月に付けた最高値の3分の1以下で低迷が続く。エネルギー革命で潤ってきたカナダ経済も原油安で頭打ちだ。

20日には政権交代をひとまず歓迎したカナダの証券市場も、21日は資源関連株や製薬株などが売られ反落した。資源国の経済をどう成長路線に戻すか。若き新宰相の手腕が試される


----------------------------------------


カナダ株に関しては「投開票翌日の20日はカナダ・トロント証券取引所の株価指数が83.54ポイント高で終え、市場も政権交代を歓迎した」「20日には政権交代をひとまず歓迎したカナダの証券市場も、21日は資源関連株や製薬株などが売られ反落した」と書いてある程度だ。それで「資源国の経済をどう成長路線に戻すか。若き新宰相の手腕が試される」と締められても、記事の安易さが印象に残るだけだ。

市場はなぜ政権交代を歓迎したのか。新政権がどういう政策を打ち出すことを市場は求めているのか(あるいは恐れているのか)。その辺りさえ高橋記者は触れていない。他社の報道では「マリファナ合法化が進むと見て、関連株が買われた」とも伝えていた。一方、高橋記者は政権交代が市場に与える影響など最初から分析する気もなさそうだ。

カナダにも『王朝』が生まれたと騒ぐ人もいる」とか「スノーボードの指導員や高校教師という経歴も市民に親近感を与えた」といった話は、今回の記事には必要ない。そんな市場と関連の薄い話で行数を使う余裕があるのならば、市場に関する分析をもっと盛り込むべきだ。例えば「低所得者へのばらまき」は株価にプラスなのかマイナスなのかでもいい。TPPと株価を絡めることもできただろう。なのに、なぜ最初からやってみようともしないのか。それが残念だ。

ついでに言うと、株価指数が「83.54ポイント高」と書いても、多くの読者はどの程度の上昇なのかイメージしにくい。上昇率を入れてあげた方が親切だ。また、「『トルドーマニア』は父が元祖だ」と書くと、「父=最初のトルドーマニア」になってしまう。誤解する人は少ないだろうが、上手い書き方ではない。

マリフアナの合法化」と「過激派組織『イスラム国』(IS)への米国主導の空爆への反対」を「抜本的な政治変革」の例として挙げているのも理解に苦しんだ。これらを「抜本的な政治変革」と呼ぶのならば、もう少し説明が必要だろう。普通は「マリフアナの合法化」や「空爆反対」を「政治改革」とさえ考えないはずだ。


※記事の評価はD(問題あり)。ニューヨーク支局の高橋里奈記者の評価も暫定でDとする。

東洋経済「GMS撤退戦が始まる」に足りない分析

東洋経済10月24日号の深層リポート「GMS撤退戦が始まる」(42~47ページ)は悪くない出来だが、分析にやや物足りなさを感じた。「『GMSの時代は終わった』。流通業界の定説がいよいよ現実局面へ移ってきた」と冒頭で言い切っているが、記事を読む限りそうは思えなかった。それはメインの記事の最後に表れている。

福岡城跡(福岡市中央区) ※写真と本文は無関係です
【東洋経済の記事】

地方のGMSも強気だ。滋賀を地盤に好調な業績を続ける平和堂の夏原平和社長は、ユニーの大量閉鎖について「弊社には有利に働くだろう。10月にもユニーさんの滋賀で閉店する店があるが、うちの売り上げは上がると思う」とほおを緩める。

中国、四国と九州で「ゆめタウン」などを展開するGMSのイズミの山西泰明社長は「ドミナント(地域集中出店)で圧倒的な地域一番店を築いてきた」としたうえで、他社店舗閉鎖による居抜き物件にも興味を示す。店舗跡地の奪い合いは熾烈さを増していく。


記事では、イトーヨーカ堂とユニーグループ・ホールディングスが業績低迷を背景に閉店へと動いていることを受けて「撤退戦が始まる」と書いたのだろう。しかし、上記のくだりを読む限り、同じGMSでも平和堂やイズミは好調なはずだ。だとしたら「GMSの徹底戦が始まる」のは、負け組に限った話ではないか。業績に勢いのないイオンにしても、記事によれば「閉鎖は基本的に考えていない。改装を中心に、すべて作り変えてピカピカにしていく」とコメントしている。これまた「撤退戦」には当面なりそうもない。

そもそもGMSが全体として不振なのか微妙だ。「GMSは日本の流通業の中核を担ってきたが、コンビニエンスストアや専門店の台頭で、年々その影は薄くなっていた(44ページ図)」と記事では解説している。その44ページの図を見ると、90年代以降では確かに「ジリ貧」だが、近年は2010年を底に総販売額がやや上向いている。

イオン、ヨーカ堂、ユニーが不振で、平和堂、イズミが好調だとすれば、なぜ明暗が分かれているかを分析してほしい。そこに触れないで「『撤退戦』が始まる」と訴えてもあまり意味がない。あくまで「ダメなGMSの撤退戦」に過ぎないからだ。

記事中にヒントがないわけではない。イズミ、平和堂は出店地域を広げすぎていないことがプラスに働いているようだ。ユニーも地盤の中京地域では3~8月の地域別売上高が「3.3%増」と書いてある。ヨーカ堂にして「閉めるとすれば地方に集中する」ようなので、店舗の多い首都圏ではそこそこの業績だと推測できる。その辺りを掘り下げれば、もっと優れた分析記事になったはずだ。

最後に1つ付け加えておく。気になったのは以下のくだりだ。


【東洋経済の記事】

11月下旬には東京・板橋でGMS同業のイズミの閉鎖店舗に「イオンスタイル」を開業予定だ。くしくもイオンにとって手薄な都心部の店舗であり、首都圏に多いヨーカ堂の大量閉鎖もチャンスと映る。


「都心」とは「大都市の中心部」という意味だ。「東京都心」の範囲を明確に決められるわけではないが、「板橋」を「都心」と見なすのは無理がある。上記の場合、「手薄な都市部」「手薄な都市圏」などとすれば問題はない。

※総括すると決してダメな記事ではない。筆者らがもう少し工夫すれば、「さすが」と読者をうならせる記事にもできただろう。期待も込めて、記事の評価はC(平均的)とする。田野真由佳記者の評価は暫定でCとする。冨岡耕記者の評価は暫定Cを据え置き、堀川美行記者は暫定Bから暫定Cへ引き下げる。

2015年10月21日水曜日

「負のトリクルダウン」? 日経1面「春秋」の不可解な説明

17日の日経朝刊1面に載っていたコラム「春秋」に不可解な説明があった。最近の景気動向を「『負のトリクルダウン』だろうか」と描写しているが、「負のトリクルダウン」が起きているようには見えない。他にも記事には気になるところが多かった。1面のコラムなので、筆者は推敲に推敲を重ねているはずだが、それでこの出来では苦しい。

ビューホテル平成(福岡県朝倉市)から見た筑後平野
記事の全文は以下の通り。


【日経の記事】

日本で最も成功したゆるキャラは熊本県のマスコット「くまモン」だが、県内にはもちろん、九州にも実物のクマはすでに生存していない。3年前に環境省が「絶滅」と認定した。その常識が覆りそうな雲行きだ。福岡・佐賀の県境の脊振山系で目撃談が相次いでいる。

「走っていた。イノシシじゃない」「2本足で立っていた」など情報は克明である。しかしながら、専門家は「餌となるドングリの木が少ない」といった理由で懐疑的。「本州で飼われていたのが持ち込まれた」という説もあるらしい。相当に臆病な動物で、確認は難しい。当分は、熊鈴などで寄せ付けない工夫が必要だ。

クマは英語でベア。相場用語では「弱気」を指す。本社などが主催の19日の「景気討論会」は、先行きにベアな見方が目立った。消費に力がない、中小企業の設備投資が縮小、雇用の非正規化で賃金が伸びない、などなど。源をたどると、中国経済の減速が一因だ。7~9月の成長率6.9%には、眉に唾する向きも多い。

アベノミクス導入のころに使われ、最近では封印気味となってしまった言葉を持ち出せば、中国発「負のトリクルダウン」だろうか。しかも、つるべ落としの速さだ。李克強首相は「経済の動力源を転換する時期」と構造転換をうたうが、日が暮れてしまっては、自らの前進後退どころか、世界経済を道に迷わせてしまう



経済に関して「トリクルダウン」と言う場合、「富める者が富めば、貧しい者も自然に豊かになっていく」ことを指す。アベノミクスでは多くの場合、「大企業や富裕層が豊かになれば、中小企業や中間層・貧困層にも恩恵が及ぶ」との文脈で語られてきた。

記事では、最近の国内景気の弱さを「中国発『負のトリクルダウン』だろうか」と分析している。その通りならば、中国の影響を受けてまずは国内の大企業や富裕層が打撃を受け、それが全体に広がるといった動きが出ているはずだ。

しかし、記事からはそれが読み取れない。「消費に力がない、中小企業の設備投資が縮小、雇用の非正規化で賃金が伸びない、などなど」とは書いているものの「大企業や富裕層からまず悪化し、それが全体へ」という話になっていない。むしろ中小企業や中間層・貧困層が先行して悪くなっているようでもある。

記事によると「負のトリクルダウン」は「つるべ落としの速さ」らしい。これも疑問が残る。日経は12日の記事で「景気の足踏み状況が長引く恐れが出ている」と書いていた。しかし、急速に「負のトリクルダウン」が進行しているのならば、景気は「足踏み」と言える状況ではないだろう。「春秋」の説明に問題がある可能性の方が高いとは思うが…。

日が暮れてしまっては」のくだりも解釈に迷う。記事には「日暮れ」が何を表しているか手掛かりがないからだ。普通に考えれば「明るい状況から暗い状況になる。それは周期的なもので、自分たちの力では変えようがない」といった事態を「日暮れ」に見立てているのだろう。しかし、具体的に何なのかを断定できる材料はない。可能性としては「中国=太陽」で、「日暮れ=中国がいなくなる」という解釈も考えられる。これも、そうだと言い切るには材料不足だ。結局、何が言いたいのか判読できなかった。

ついでに文章の書き方で1つ注文を付けたい。最後の「日が暮れてしまっては、自らの前進後退どころか、世界経済を道に迷わせてしまう」は文として不自然だ。「AどころかBを~」の使い方に問題がある。記事の書き方だと「道に迷わせてしまう」対象は「自らの前進後退」と「世界経済」になってしまう。「自らの前進後退を道に迷わせてしまう」では苦しい。改善例を以下に記しておく。


【改善例~その2】

李克強首相は「経済の動力源を転換する時期」と構造転換をうたうが、日が暮れてしまっては、自らの前進後退の判断が難しくなるだけでなく、世界経済を道に迷わせてしまう。


※さらについでに言うと、「クマ」や「ベア=弱気」と引っかけずに記事を締めているのは上手くない。クマに引っかけないのならば、記事の半分近くをクマの話にする意味がない。そういう点も考慮し、記事の評価はD(問題あり)とする。

一読の価値あり鈴木裕氏 エコノミスト「短期投資は悪なのか」

世の中の大きな流れに対して「本当にそうなのか」と疑問を呈するのはメディアの主要な役割の1つだろう。そういう意味で週刊エコノミスト10月27日号に大和総研主任研究員の鈴木裕氏が書いた「短期投資は悪なのか “対話”強いられる企業と投資家」(77~79ページ)は一読の価値がある。何かと悪者にされがちな短期投資について「そもそも投資の短期化は認められるのか。仮に認められるとして、それの何が問題なのか」と鈴木氏は問うている。その部分を見てみよう。

シーサイドももち海浜公園(福岡市早良区) ※写真と本文は無関係です
【エコノミストの記事】

一方で、株式投資家の平均的な保有期間が短期化していることをとらえ、「短期志向が蔓延し、長期投資が損なわれている」という議論を聞くことは多い。平均的な保有期間とは時価総額÷年間取引高で計算され、近年確かに短縮傾向にある。ただ、コンピューターがプログラムに基づいて自動的に行う高頻度取引(HFT)が増えれば平均保有期間は短縮し、HFT以外の株主構成に変化がなくても短期志向が広がったことになってしまう。

HFTなどなしに保有期間の短縮化が確認されたとしても、それは流通市場の話であって、発行市場で企業の資金調達が難しくなるわけではない。平均保有期間が短くなって何か不都合を引き起こしているかどうかは疑わしい。企業と投資家の対話の成果が持続的に企業価値に対してポジティブな影響があれば、投資家の保有期間が短期であっても何も問題はないはずだ。しかし、短期志向の証拠として、平均保有期間の短期化を示すグラフが必ずといっていいほど用いられる。


確かに「長期投資=好ましい」「短期投資=好ましくない」との文脈で語られることは多い。そして、こうした価値判断にはあまり意味がない。もちろん、株式を発行する企業からすれば、長期投資家を歓迎するのは理解できる。一方、投資家側から見ても「短期売買は手数料負担が膨らみやすいので、長期投資に負けやすい」といった点から論じるのであれば意義はある。しかし、株式市場全体(あるいは社会全体)にとっての有益性という観点からは、短期投資を目の敵にする理由はないと思える。

市場参加者が長期投資家ばかりになれば、市場の流動性は大幅に損なわれるはずだ。短期であれ長期であれ、様々な投資家が多様な思惑を持って取引に参加するから市場は適正に機能してくれる。投資のスタンスが短期か長期かも、それぞれ投資家が自分で判断すべきことであり、全体を一定の方向に誘導しようとする考えには賛同できない。ゆえに、鈴木氏の主張には同意できる部分が多い。

「運用に関する報酬体系を長期化させるべきだ」とか、「四半期での情報開示が短期志向を促している」といった意見に対しても、鈴木氏は以下のように批判的に論じている。


【エコノミストの記事】

報酬体系については、長期的な成果に連動させることが容易に思いつく解決策だ。しかし、資産運用を例にとると、短期で見て振るわない運用業者との契約を維持したまま運用報酬を払い続けるのは面白くないだろう。「長い目で見る」というのは、時に問題の先送りにしかならない。短期の成果に無頓着であれば、想定される投資期間の中途で成果が上がっていない場合、吉と出れば運用実績が整うが、凶と出れば資産全体を脅かす、いわばばくちを打つような投資判断を誘発する危険さえある。

後者の情報開示については、この秋から金融庁主導で、企業の情報開示ルール見直しが始まる見通しだ。そこでは、重複のある開示制度の整理とともに、四半期開示の在り方などが検討の俎上に上るだろう。

四半期開示情報は短期志向を生んでいると批判されている。「短期情報を開示しなければ、長期投資が行われるようになる」となれば、縮小・任意化という方向もあり得よう。

しかし、企業の短期的な成果を見ることは、長期的経営のラップタイムを測ることにも似ている。現に利用者が数多くいる四半期開示をなくすことが投資家と企業の間の信頼を高めることになるとは思い難い。


上記の主張にも異論はない。例えば決算発表を3年に1度にして、それで短期志向の投資家が激減したとしても、望ましい方向に行っていると思う人はまれだろう。企業の負担との兼ね合いではあるが、開示情報は充実している方が基本的には好ましい。個人的には、長期のスタンスで投資するにしても、四半期決算はもちろん、もっと短い期間の財務情報も開示してほしい。

この記事では、社外取締役に関する解説も興味深かった。米国企業にとっては「経営者を訴訟リスクから守る“防弾チョッキ”」だが、日本企業にとっては「世界標準の会社組織であることを示すために身だしなみを整えるネクタイのようなもの」という説明は示唆に富んでいたし、例えとしてもピッタリはまっている。


※記事の評価はB(優れている)。鈴木裕氏の評価も暫定でBとする。今後も批判精神にあふれた分析記事を期待したい。

2015年10月20日火曜日

市場をまともに見てない? 日経 滝田洋一編集委員「羅針盤」

日経の滝田洋一編集委員が市場に関する知識不足を露呈させる記事を書いていた。市場の動きをそこそこでも見ていれば「株式だけでなく、あらゆる市場が一方通行になっている」といった的外れなことは書かないはずだが…。19日の朝刊予定面に載った「羅針盤~枯渇する流動性の泉」という記事の一部を見てみよう。

福岡県朝倉市の三連水車 ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

ニューヨーク・ダウ工業株30種平均が、1日で1000ドル余り変動したりするのは尋常ではない。本来なら相場が安くなり過ぎれば買いに回るはずの市場参加者が出てこない。株式だけでなく、あらゆる市場が一方通行になっている


「NYダウが1日で1000ドル余り変動」というのは8月24日の話だろう。この日は本当に「相場が安くなり過ぎれば買いに回るはずの市場参加者が出てこない」展開だったのだろうか。現状では「あらゆる市場が一方通行になっている」との滝田編集委員の認識は妥当なのだろうか。

8月24日のNYダウの終値は前週末比588ドル安。当日の動きを日経の記事で確認してみる。


【日経の記事(8月25日)】

24日は8%強下げた中国・上海株を筆頭に日欧でも主な株価指数が5%前後の下落となった。米国外の投資家から売り注文が出ると、取引開始直後にダウ平均は急落し下げ幅を1089ドルまで広げた

その後は押し目買いの好機とみた米国の投資家が主力株に買いを入れると下げ幅を縮小。一時は13%安まで下げたアップル株も上げに転じる場面があった。ダウ平均は下げ幅を100ドル程度まで縮めた

だが、景気指標など新規の買い材料には乏しく買いが一巡すると午後には再び売りが優勢となった


この記事が正しければ下げ幅が1000ドルを超えた辺りで「押し目買いの好機とみた米国の投資家が主力株に買いを入れる」展開となっている。滝田編集委員の見方とは異なり、買いが優勢になる場面もあったようだ。さらに「再び売りが優勢となった」のだから、1営業日の間に「売り優勢」→「買い優勢」→「売り優勢」と状況は変化している。これだけでも「あらゆる市場が一方通行になっている」との見方が誤りだと分かる。

しかも、NYダウの直近までの動向を見ると、8月24日以降はおおむね戻り歩調だ。滝田編集委員がせめてNYダウの過去3カ月分のチャートだけでもチェックしていれば「あらゆる市場が一方通行になっている」と書くことはなかっただろう。

別にNYダウでなくてもいい。日経平均株価でもNY原油でも、相場がそれほど「一方通行」になっていないのはすぐに気付ける。様々な相場の動きを見た上で「あらゆる市場が一方通行になっている」と滝田編集委員が感じたのならば、二度と市場関連記事を書くべきではない。間違いなく適性が欠けている。


※記事の評価はD(問題あり)。滝田洋一編集委員の評価はE(大いに問題あり)を維持する。

2015年10月19日月曜日

ヨイショが過ぎる東洋経済「アシックス 知られざる改革」(3)

東洋経済10月24日号に載った深層リポート「アシックス 知られざる改革」(86~91ページ)に関して、いくつか気になった点を述べておく。まずは尾山基社長のインタビュー記事から。

福岡タワー(福岡市早良区) ※写真と本文は無関係です

◎直近との比較がないと…

【東洋経済の記事】

--今年は五輪のゴールドパートナー契約も結びましたが、今後、広告宣伝費比率は、どれぐらいまで上げていくのですか。

ナイキ、独アディダスの広告宣伝費は00年の初頭からずっと10%を超えている。アシックスも12%以上使ったときがあったので、10%にもう1回戻したい


これだけの短い行数に問題が山積している。まず、直近の広告宣伝費比率に触れていないのは良くない。ほとんどの読者はアシックスの広告宣伝費比率を知らないはずだ。直近が5%なのか9%なのか、読者に示すべきだ。さらに言えば、初出から「広告宣伝費比率」とするのは避けてほしい。最初は「売上高に対する広告宣伝費の比率」などと表記した方が親切だ。

注釈なしに「ゴールドパートナー契約」を用いているのも好ましくない。どういう契約なのか簡単な説明は記事中に入れてほしい。また、「00年初頭から」は常識的に考えると「00年代初頭から」の誤りだろう。

そもそも、広告宣伝費に関するやり取りを入れる必要があったのか疑問だ。尾山社長が何かの戦略と絡めて広告宣伝費に関する考えを述べているのならともかく、「アシックスも12%以上使ったときがあったので、10%にもう1回戻したい」といった話ならば、ほとんど意味はない。「あまり論理的に考える社長ではない」と伝えたかったのなら多少は理解できるが、記事全体のヨイショ姿勢からすると、その可能性は低い。

最後にメインの記事から1つ指摘しておく。


◎アフリカは「世界最後の消費市場」?

【東洋経済の記事】

欧米・アジアでの販売拡大に成功し、就任から時価総額を3倍にしたトップの視野には、アフリカという世界最後の消費市場も入っている。


何となく言いたいことは分かるが、アフリカを「世界最後の消費市場」と呼ぶのはおかしい。人が住んでいる地域には必ず「消費市場」がある。10年前も20年前も、アフリカの人々は食料品や衣料品を「消費」していたはずだ。消費の規模やレベルには欧米やアジアと差があるだろう。しかし、「ある時点までアフリカには消費市場がなかった。消費が生まれた順番で言えば最後だ」と言えるわけではない。記事のような表現に接すると、ある種の偏見を感じてしまう。


※特集の評価はD(問題あり)。杉本りうこ記者への評価は暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げる。常盤有未記者も暫定でDとする。2人にはもう少し批判精神を持って記事を書いてほしい。記事作りの技術も改善の余地が大きい。

ヨイショが過ぎる東洋経済「アシックス 知られざる改革」(2)

東洋経済10月24日号に載った深層リポート「アシックス 知られざる改革」(86~91ページ)では、アシックスへのヨイショのためか、あえて国内事業の不振に触れていないのではと思える記述があった。

福岡城跡(福岡市中央区) ※写真と本文は無関係です

【東洋経済の記事】

絶好調のただ中にある今期、アシックスは意外にも19年ぶりの人員リストラに着手している。対象となったのは国内事業担当の従業員で、この部門の従業員の2割弱に相当する350人分の希望退職を9月に募ったのだ。「こんなに業績がいいのに、なぜ人を切るのか」。従業員から不満の声が漏れるのは事実だ。

このリストラには、スポーツ用品のトップブランドを追おうという尾山社長の決意が透けて見える。国内首位、世界3位レベルといっても、売上高約3兆8000億円のナイキ、同約2兆円のアディダスとの差は極めて大きい。

(中略)上位企業にキャッチアップし、新興勢力の猛追もかわすためには、製品や店舗に継続的に投資できる収益力が不可欠だ。前述のリストラによる費用節減効果は年25億円と見込まれている。


記事だけ読むと「国内事業が不振だから、国内で人を減らす」という印象は受けない。しかし、報道によると、アシックスの国内事業は赤字のようだ。そうならば、赤字に触れた上で「海外は好調なのに、なぜ国内はダメなのか」を分析すべきだろう。

国内が赤字なのは、筆者である常盤有未記者と杉本りうこ記者も知っていたはずだ。「アシックスと尾山社長をヨイショしたい」という気持ちが強すぎて、上記のような書き方になってしまったのではないか。記事の冒頭では、同社の「オニツカタイガー表参道店」の絶好調ぶりを描写し、国内事業も問題がないかのように見せている。さらには、国内の赤字に触れず「前向きのリストラ」を強調してしまった。「実際にマイナス要素がないから記事がヨイショ一色になった」と言うならまだ分かるが、今回のような持ち上げ方は感心しない。

記事には、他にも細かい点でいくつか注文がある。それらについては(3)で述べる。

※(3)へ続く。

ヨイショが過ぎる東洋経済「アシックス 知られざる改革」(1)

東洋経済10月24日号に載った深層リポート「アシックス 知られざる改革」(86~91ページ)に対する評価は、一言で言えばヨイショしすぎ。これでは広告と大差ない。アシックスの関係者は「無料で会社の宣伝ができた」と喜んでいるだろう。常盤有未、杉本りうこ の両記者には、経済記事の書き手としてこれでいいのかよく考えてほしい。

シーサイドももち海浜公園(福岡市早良区) ※写真と本文は無関係です
記事はアシックスのオニツカタイガー表参道店が外国人でにぎわう様子を描写するところから始まる。その後、同社が業績低迷からいかにして復活したかの説明が延々と続く。その中には、「オニツカ」ブランドを復活させたり欧州法人を黒字化したりと“大活躍”した尾山基社長がたびたび登場する。同社長へのインタビュー記事での質問も「今期も業績は好調です」「特に中国は好調です」などと尾山社長に取り入るかのような甘い内容が目立つ。「アシックスはここまでやる! 履き心地を分析し尽くす研究所」というコラムも併せて読むと、宣伝臭さに圧倒される。

加えて、昔話が多すぎる。メインの記事の半分以上を00年代までの話で費やしている。アシックスの復活の過程を描くのは構わないが、中心は最近の話にしてほしい。しかも、昔話には明らかな説明不足と思える部分があった。以下のくだりだ。


【東洋経済の記事】

体育用品は基本的に、卸商社を通じて全国のスポーツ用品店に届けられる。学校や指導者に一度指定されれば、安定的にまとまった数量をさばくことができる強力な販路だ。アシックスを含むすべてのメーカーが、代理店ルートにどっぷりと依存してきた。

一方で80~90年代、ナイキのエアジョーダンやアディダスのスタンスミスといった海外ブランドのストリート系ギアが日本でも大ヒット。若者は学校や試合でこそアシックスを着用しても、プライベートでは海外ブランドを愛用するようになった。それでもアシックスは従来どおり、体育や競技のためのシューズばかりを愚直に売っていた。

「当時のわが社にとって一番のお客さんは代理店。代理店の倉庫に段ボールで商品を送りつければ売り上げが立つから。それだけに代理店の顔色をつねにうかがい、百貨店など新しい販路との取引はNGという雰囲気も濃厚にあった」。かつて国内販売に携わっていたOB社員はそう振り返る。

人員削減、ゴルフ用品撤退などで赤字体質は改善したが、年商1300億~1400億円をさまよう時代は結局、00年代前半まで10年近く続いた。


記事ではアシックスが「90~00年代前半に長い業績低迷に陥った」理由の1つに「学校向け体育用品の衰退」を挙げているが、この件に対してどういう対策を立てたのか全く触れていない。学校向けからは撤退したのか、大幅に縮小したのか、今も頼っているのか。推測さえ困難だ。他を削ってでも、ここは言及すべきだろう。

うがった見方をすれば、アシックスへのヨイショが行き過ぎて「国内事業は改善が進んでいない」という実態をあえて伏せたのではないかとも思える。それについては(2)で述べたい。

※(2)へ続く。

2015年10月18日日曜日

徹底して「時期」に触れない日経企業面「アスクル」の記事

日経の企業ニュースは当たり前のように「時期」が抜ける。18日の朝刊企業面に載った「ユニ・チャームや花王が通販商品のパッケージ開発 アスクルと共同で」はその典型だが、ここまで徹底して時期に触れない姿勢を示されると、妙な潔ささえ感じる。
香山昇龍大観音(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

ユニ・チャームや花王グループなどはアスクルと組んで、新しいパッケージデザインの商品を開発する。インターネット通販サイトで集めたデータを分析することで、小売店の店頭で目立つだけでなく、消費者の好みをきめ細かく反映したデザインにする。ネット通販で販売する

ユニ・チャームは定番の生理用品「センターイン」に活用する。中身は通常の商品と大きく変わらないが、外観を白い木箱をイメージしたデザインにすることなどで、外から見ても生理用品だと分からないようにした。アスクルとヤフーが運営する通販サイト「ロハコ」で販売する

花王は主力の消臭スプレー「リセッシュ」のパッケージデザインに生かした。天然石のような色にすることで、インテリアになじむようにしたという。

アスクルは昨年、ネット通販で集めたビッグデータを活用して日用品メーカーなどと商品開発を進める社内組織を設立。日用品や食品を中心に約50社が参加している。このうち花王やユニ・チャームなど約20社はデザインをテーマにしたイベントに共同出展する


ユニ・チャームや花王グループなどはアスクルと組んで、新しいパッケージデザインの商品を開発する」というのが記事の柱だが、開発の時期には全く触れていない。「アスクルとヤフーが運営する通販サイト『ロハコ』で販売する」のが、いつになるかも不明。結びの「花王やユニ・チャームなど約20社はデザインをテーマにしたイベントに共同出展する」という情報に関しても、イベントの開催時期は教えてくれない。

あくまで推測だが、これは「確信犯」の手口だ。冒頭で「開発する」と書いてはみたものの、実際には開発済みの可能性が高い。記事では「外から見ても生理用品だと分からないようにした」「パッケージデザインに生かした」「インテリアになじむようにした」などと「開発」に関して過去形をいくつも使っている。しかし、「開発した」だと記事にしにくいので、最初だけ「開発する」と表記したのではないか。

いずれにせよ、これだけ時期に関する情報が抜けては、まともな記事とは言えない。記事の評価はE(大いに問題あり)とする。


※日経の企業ニュースの多くで「When」が抜ける問題については「『When』に触れない日経企業ニュースの強固な“伝統”」を参照してほしい。

「12月から3月」大学は休み? 日経「ナカバヤシが農業拡大」

18日の日経朝刊企業面に載っていた「ナカバヤシが農業拡大~製本業務の閑散期を活用」という記事で気になる説明があった。「大学が休みとなる12月から3月」という記述だ。2月と3月は分かるとしても、12月と1月は年末年始を除き休みではないはずだ。この記事には色々と問題を感じたので、それも併せて日経へ問い合わせを送った。回答は届かない可能性が高い。

記事の全文と問い合わせの内容は以下の通り。
ビューホテル平成(福岡県朝倉市)から見た筑後平野
            ※写真と本文は無関係です


【日経の記事】

アルバム大手のナカバヤシは農業事業を拡大する。ヤンマーの子会社、ヤンマーアグリイノベーション(YAI、大阪市)と連携し、兵庫県養父市でニンニクを生産する。同市内のナカバヤシの製本工場の従業員が閑散期を利用して栽培する。収益源の多様化と雇用の維持につなげる。

YAIから農業指導を受ける。初年度の作付面積は0.7ヘクタールを予定。近隣の農家などから土地を借りて、2019年度までに20ヘクタールに広げ、生産量を年200トンにする。ニンニクはYAIを通じて国産志向を強める食品メーカーや外食企業に販売する。

ナカバヤシの工場は製本や古文書の修復などを手掛ける。専門技能を持つ従業員が多いが、製本の受託数が減っており、従業員数も約150人とピークの6割に落ち込んだ。製本の受託先は大学の図書館が中心で、大学が休みとなる12月から3月は仕事が多い。それ以外の期間にニンニクを生産することで従業員の仕事を確保する狙いがある。


【問い合わせの内容】

「ナカバヤシが農業拡大」という記事の中に「大学が休みとなる12月から3月」との記述がありますが、12月と1月について「大学が休みとなる」と書くのは不正確です。多くの大学でこの時期に授業や試験があります。もちろん大学でも年末年始は休みですが「12月と1月も大学は休み」と言えるほど長くはありません。記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

ついでに記事の問題点をいくつか指摘しておきます。(1)「農業事業を拡大する」と書いているのだから、現時点でも農業事業を手掛けていると思われるが、その内容が不明。農業をやるのはニンニクが初めてで、「拡大」というのは「2019年度までに拡大」という意味ならば、「農業事業に参入」にした方が適切 (2)ニンニクの生産を始める時期に触れていない (3)なぜ「ニンニク」を選んだのか説明がない。閑散期対策がなぜ「農業」なのかも触れた方がよい (4)仕事が多いのがなぜ「12~3月」だけなのか。「大学が休み=仕事が多い」とすれば、大学の夏季休業期間も仕事が多いはず--といったところでしょうか。

お忙しいところ恐縮ですが、早めの回答をお願いします。


※記事の評価はD(問題あり)。日曜の企業面とはいえ、この完成度では辛い。

2015年10月17日土曜日

日経女性面なら許される? 水無田気流氏の成立しない説明

日経の女性面と言えば、女性を応援している限りいい加減な記事を書いていても大丈夫というイメージが強い。詩人・社会学者の水無田気流氏が書いた17日の「女・男 ギャップを斬る~『おじさん』中心雇用社会 擬態可能な寿命は短い」という記事もその典型だろう。話がまともに成立していない。 冒頭で「この国の企業には、どうやら性別年齢を問わず、働く人々を『おじさん』にしてしまう魔物が潜んでいるらしい」と言ってはみたものの、実際に読んでみると「魔物」はいないようだ。

大濠公園(福岡市中央区) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

この国の企業には、どうやら性別年齢を問わず、働く人々を「おじさん」にしてしまう魔物が潜んでいるらしい。「ケアワークを妻に丸投げして仕事だけしていればいいおじさん」が労働者の標準型であるため、それ以外の人々は周辺労働へと追いやられていく。女性だけではなく、介護などを抱え込んだ男性もまた「おじさん」の座から滑り落ちてしまう。たとえば、民間研究所の調査によれば、正社員から介護のために転職した人のうち、転職先でも正社員として働いている人は、男性は3人に1人、女性は5人に1人となり、平均年収は男性で4割、女性で5割減少する。

女性がゆるく長く働き続けられるのは、いわゆる一般職的な雇用形態である。最初から結婚後の家庭責任負担の重さを見越して、こちらのコースを目指す女性も多い。またスタート地点で同じ正社員から始めても、女性は育児負担を抱え込むと途端に「おじさん」の働き方が難しくなってしまう。日本の企業では産休育休の取得後時短勤務で復帰した女性は、比較的責任が軽く低待遇の職にコース替え(マミートラック)が慣行となっている。日本は先進国の中で「子どもがいるフルタイムワーカーの男女(25~44歳)の賃金格差」がもっとも大きい国だ。子どもがいない男女の賃金格差は24%だが、子どもがいる男女の賃金格差は61%。


冒頭の主張通りならば、この国の企業で働く人は、若者も女性もあっと言う間に「ケアワークを妻に丸投げして仕事だけしていればいいおじさん」になってしまうはずだ。しかし、水無田気流氏によると「女性だけではなく、介護などを抱え込んだ男性もまた『おじさん』の座から滑り落ちてしまう」らしい。みんなを「おじさん」に変えてしまう「魔物」は死んでしまったのか。

記事では「女性は育児負担を抱え込むと途端に『おじさん』の働き方が難しくなってしまう」とも書いている。ここでも「魔物」が女性を「おじさん」に変えてしまう様子はない。「比較的責任が軽く低待遇の職にコース替え」になった女性は「魔物」から逃れる術を知っているようだ。

そもそも「ケアワークを妻に丸投げして仕事だけしていればいいおじさん」だけを「おじさん」と呼んでいるのも気になる。「介護などを抱え込んだ男性もまた『おじさん』の座から滑り落ちてしまう」と筆者は言うが、例えば介護のために転職した50代男性を「おじさんではない」と考えるのは不自然だ。「おじさん=ケアワークを妻に丸投げして仕事だけしていればいい男性」との印象を与える書き方は適切とは思えない。当たり前の話だが、「ケアワークを妻に丸投げして仕事だけしているおじさん」もいれば、そうではない「おじさん」もいる。

『おじさん』の座から滑り落ちてしまう」という表現も引っかかった。水無田気流氏の考えでは「おじさん」は「周辺労働へと追いやられていく」人よりも一段高いところにいるのだろう。この考えには賛成できない。むしろ逆との考えも成り立つ。「女性がゆるく長く働き続けられるのは、いわゆる一般職的な雇用形態である」と水無田気流氏も書いている。そして、一般的には「おじさん」にこうしたコースは用意されていない。

仕事ばかりの人生しか選べない「おじさん」になりたいか、それとも一般職として緩く長く働く「女性」になりたいかと問われれば、個人的には迷わず後者だ。「おじさん」の座にいたとしても、喜んで「緩く長く」へと滑り落ちたい。


※記事の評価はD(問題あり)。水無田気流氏の評価も暫定でDとする。

2015年10月16日金曜日

ロボットはレンジ相場に強い? 日経 酒井隆介記者への疑問

16日の日経朝刊マーケット総合面に出ていた「スクランブル~負けぬロボ『投資家』  レンジ相場、冷静に売買」は納得できない内容だった。「ロボットの運用する投資信託がレンジ相場で結果を出している」という趣旨の記事だが、その前提がまず怪しい。ロボット運用に関する説明もツッコミどころが多い。筆者の酒井隆介記者がきちんと理解して書いているのか疑わしい感じもある。まずは記事の内容を見てみよう。


シーサイドももち海浜公園内に建つマリゾン(福岡市早良区)
                 ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

海外勢は「日銀の追加金融緩和に備え保険のためにオプションを買う程度」(欧州証券)で、買い上がる動きはない。一方で世界の主要株式市場と比べた割安さを指摘する声は根強く「レンジ相場やむなし」の雰囲気が広がりつつある。

攻めあぐねるプロを横目に、淡々と押し目買いし、利食い売りを続ける「投資家」がいる。T&Dアセットマネジメントの「日本株ロボット運用投信(愛称カブロボ)」だ。

金融工学を駆使した4体のロボットが、過去5~10年程度の個別銘柄の値動きの特性や財務内容などをみて、売買サインを出す。とはいえ安く買って高く売るなど手法は極めてシンプルだ。人の判断が介する運用と大きく違うのは「恐れず、冷静に売買を実行できること」。ファンドの投資助言をするトレード・サイエンスの飯島美徳・事業開発部長は話す。冷徹に買い時、売り時を見極める運用で、7月末比でみた運用成績は東証株価指数(TOPIX)を上回る

あらゆる状況下で収益を目指すロング・ショートファンド。その中でも代表的な公募投信の1つ「Bayview日本株式ロングショート」(ベイビュー・アセット・マネジメント)もTOPIXを上回る好成績だが、ロボットはその上を行く。日興リサーチセンターによると、純粋にファンドマネジャーの腕だけで勝負する日本株ファンドは500本強ある。それらと比べてカブロボは、8月以降で最も成績が良かった。


◎疑問その1~ レンジ相場で結果を出している?

記事によれば日経平均が1万8000円を中心とするレンジ相場になったのは「8月中旬以降」。7月末を100として指数化した記事中のグラフを見ると、確かに8月以降、カブロボはTOPIXを大きく上回る成績となっている。

しかし、レンジ相場となった8月中旬以降で見ると、ほぼ差はない。レンジ相場になる前のTOPIXの急落場面でカブロボの下げが小さかったことが両者の大差につながっている。だとすると、「カブロボのしぶとさは、レンジ相場と上手に付き合うヒントになる」と結論付けるのは無理がある。


◎疑問その2~ 株での運用比率が低いだけでは?

では、なぜTOPIXの急落場面でもカブロボの下げは緩やかだったのか。調べてみると、カブロボの株式での運用比率は3割程度という情報もある。これならば、下げが緩やかなのは当然だろう。記事に付いたグラフを見ても、カブロボの変動はTOPIXに比べてかなり小さい。株式の比率が低いとすれば、これも納得できる。この見方が正しいとすると「冷徹に買い時、売り時を見極める運用で、7月末比でみた運用成績は東証株価指数(TOPIX)を上回る」などと記事で持ち上げる意義は乏しい。


◎疑問その3~ カブロボはロング・ショートファンドなの?

はっきりしない書き方だが、記事の説明だと「カブロボ=ロング・ショートファンド」だと思える。ならば空売りも仕掛けるはずだが「淡々と押し目買いし、利食い売りを続ける」「安く買って高く売るなど手法」などと書いてあると、売りから入ることはないような気もする。読者を迷わせない書き方をしてほしい。


◎疑問その4~ カブロボはレンジ相場以外ではどうなの?

酒井隆介記者はカブロボについて「金融工学を駆使した4体のロボットが、過去5~10年程度の個別銘柄の値動きの特性や財務内容などをみて、売買サインを出す。とはいえ安く買って高く売るなど手法は極めてシンプルだ」と書いている。この説明には疑問もあるが、ともかくカブロボは「安く買って高く売る」力があるとしよう。ならば、レンジ相場でなくても力を発揮できるのではないか。なぜレンジ相場に限定するような形でカブロボの強みを紹介しているのだろうか。


※今回の記事に関しては、大したことのない投信を強引に「すごい投信」として描いているとしか思えなかった。記事の評価はD(問題あり)。暫定でDとしていた酒井隆介記者への評価もDで確定させる。酒井記者については「日経『真相深層~緩和マネーが経験則覆す』への疑問」も参照してほしい。

2015年10月15日木曜日

説明下手が過ぎる 日経 北沢千秋編集委員の記事(3)

14日の日経朝刊マネー&インベストメント面に掲載された「波乱相場で健闘の投信  ヘッジファンド型で運用」で疑問だったのが「なぜ今ヘッジファンドなのか」だ。筆者の北沢千秋編集委員も一応の答えは用意している。

三連水車(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

米国の利上げ観測と中国景気の変調を背景に、世界の株価が急落した8月。多くの投信の運用成績が悪化するなかで、基準価格が逆行高するファンドがあった。ヘッジファンドに分類される投信だ

(中略)多様な運用戦略があり、ファンドマネジャーの腕前や活用する計量モデルの精度で運用成績が低迷するものもあるが、国内でもそれなりの実績を上げてきたヘッジファンド型投信が少しずつ増えている(表B)


株価が世界的に急落した8月でも運用成績が相対的に良かった上に、国内でも実績のあるヘッジファンド型投信が少しずつ増えているから、このタイミングでヘッジファンドを取り上げたのだろう。しかし、この前提がどうも怪しい。

表Bには「波乱相場の中で健闘した主なヘッジファンド型投信」というタイトルが付いていて、5本の投信を紹介している。5本とも「健闘」はしているが、「8月の基準価格騰落率」を見ると、プラスなのは3本のみ。「多くの投信の運用成績が悪化するなかで、基準価格が逆行高するファンドがあった。ヘッジファンドに分類される投信だ」と強調するほどではない。実は「逆行高」となったのは3本だけではないかと疑いたくなる。

紹介した5本の投信の「純資産残高」も引っかかる。一般的には、純資産残高として30億円以上は欲しいとされる。この辺りは北沢編集委員もよく分かっているはずだ。今回紹介した投信の純資産残高を見ると「45億円」「26億円」「9億円」「2億円」「1億円」。騰落率がマイナスで純資産残高が10億円未満の投信まで取り上げないと、表を埋められなかったのだろう。

純資産残高30億円以上で8月の騰落率がプラスの投信は、5本の中で「野村アセットマネジメントのノムラ・グローバルトレンド(円コース・年2回決算型)」しかない。この投信も信託報酬は「3.3%」。個人的には、問題外の高コストだと思える。北沢編集委員も「信託報酬(運用管理費用)が年3%を超えるファンドも少なくない。運用成績の悪いファンドを選ぶとコスト倒れになってしまう」と書いている。

つまり、現時点で国内に推薦できるヘッジファンド型投信は見当たらないのではないか。それを「もしも安定的な運用を望むなら、ヘッジファンドの活用も資産防衛の手段として一つの選択肢になるだろう」と結論付けてしまうのは、かなり無理がある。「株式や債券などとは価格変動のパターンが異なるヘッジファンドを加えると、資産全体の相場下落に対する抵抗力が増す」のは否定しないが、分散効果を出すためなら、他の選択肢がいくらもある。

記事から得られる情報を基に判断すると「個人投資家がヘッジファンド型投信を選択肢として考える必要はほとんどない」と思える。なのに、北沢編集委員はなぜこんな記事を書いてしまったのだろうか。

※記事の評価はD(問題あり)。北沢千秋編集委員の評価もDを維持する。

説明下手が過ぎる 日経 北沢千秋編集委員の記事(2)

14日の日経朝刊マネー&インベストメント面に掲載された「波乱相場で健闘の投信  ヘッジファンド型で運用」について、引き続き指摘していく。まずは脱字に関して日経に送った問い合わせから。対応としては無視だろう。
シーサイドももち海浜公園(福岡市早良区) ※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

記事中の表Bで「サイエンティフィック・エクイティ・ファンド(ブラックロック)」の説明が「割安銘柄を買い割高銘柄を売る戦略。対象は主に米国の別銘柄」となっています。しかし、「対象は米国の別銘柄」では意味不明です。「対象は米国の個別銘柄」の誤りではありませんか。表中の表記が正しいとすれば、その根拠も教えてください。誤りの場合、訂正記事の掲載をお願いします。


あと2つ細かい指摘をする。まず問題としたいのは以下の説明だ。


【日経の記事】

一方、ロング・ショート戦略は株価が大きく上昇するときには相場全体に割り負ける傾向がある。一種の逆張り投資なので、得意とするのは大底から株価が回復するような局面だ。


筆者の北沢千秋編集委員によると、ロング・ショート戦略は「株価が大きく上昇するときには相場全体に割り負ける傾向がある」らしい。そして「得意とするのは大底から株価が回復するような局面」とも書いている。ならば、「大底から株価が大きく上昇する局面」では、どうなるのか。記事の説明通りならば、「負けやすい」かつ「得意」という奇妙な状況になってしまうはずだ。

次に、以下の記述を見てほしい。


【日経の記事】

ここ数年、国内年金の間では、ヘッジファンドやプライベートエクイティ(非公開企業投資)保険関連商品などに投資する動きが広がっている。


まず「プライベートエクイティ(非公開企業投資)」が気になる。「プライベートエクイティ」に「投資」という意味はないはずだ。それに「非公開企業投資」だとすると「非公開企業投資などに投資する」ことになってしまい、重複感がある。普通に「プライベートエクイティ(未公開株)」とした方がよいだろう。

国内年金が「保険関連商品」に投資するというのも疑問が残った。こちらの知識が足りないだけかもしれないが、これは何を指しているのか理解に苦しむ。保険そのものではないのだろうし…。もう少し説明してくれないとイメージが湧かない。本筋とは関係が薄いので、これは省いてもよかったのではないか。

細かい指摘がようやく終わった。(3)では、記事全体への感想を述べてみたい。

※(3)へ続く。

追記)結局、回答はなかった。

2015年10月14日水曜日

説明下手が過ぎる 日経 北沢千秋編集委員の記事(1)

説明下手の典型と言える記事が14日の日経朝刊マネー&インベストメント面に出ていた。「波乱相場で健闘の投信  ヘッジファンド型で運用」という記事の筆者は北沢千秋編集委員。本来なら若手に手本を示すべき立場なのだが、悪い見本となってしまっている。まずは問題の部分を見てみよう。

広田弘毅像(福岡市中央区) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

同ファンドはCTA(商品投資顧問)と呼ばれるヘッジファンドで、CTA大手の英マン・グループが運用する。世界の株価指数や国債、通貨、金や原油、大豆などコモディティーの先物が投資対象で、上げ相場では買い、下げ相場では売りで利益を追求する。


投資対象の列挙の仕方がまずい。知識に乏しい読者ならば、何が何か分からなくなってしまうだろう。「世界の株価指数や国債、通貨、金や原油、大豆などコモディティーの先物が投資対象」という場合、投資対象は具体的にどうなるだろうか。

形式的に解釈すれば「世界の株価指数」「世界の国債」「通貨」「金」「原油」「大豆などコモディティーの先物」だろうか。金、原油、大豆に関して「これらはコモディティーだ」との知識があれば、投資対象を「世界の株価指数」「世界の国債」「通貨」「コモディティー(金、原油、大豆など)の先物」と理解するかもしれない。

しかし、北沢編集委員の意図は全く異なるはずだ。おそらく投資対象は「先物」で、何の先物かと言えば「世界の株価指数」「世界の国債」「世界の通貨」「コモディティー(金、原油、大豆など)」だろう。並立助詞「や」を2回、読点を3回使って「株価指数」「国債」「通貨」「金」「原油」「大豆」「コモディティー」「先物」を並べているので、非常に分かりにくくなっている。

では、どう書けばよかったのか。推測に基づき、改善例を示してみる。


【改善例】

同ファンドはCTA(商品投資顧問)と呼ばれるヘッジファンドで、CTA大手の英マン・グループが先物市場で運用する。対象は世界の株価指数、国債、通貨にとどまらず、金、原油、大豆などのコモディティーにも及ぶ。上げ相場では買い、下げ相場では売りで利益を追求する。


列挙しているものをアルファベットで表記してみると記事の問題点がよく分かる。「世界のAやB、C、DやE、Fなどコモディティーの先物が投資対象」と書いてあった場合、A~Fの関係をすぐに理解できるだろうか。

記事の問題点はこれだけではない。それらは(2)で指摘する。

※(2)へ続く。

期待を込めて永井洋一NQN編集委員へ注文

永井洋一NQN編集委員には期待している。マーケット関連記事を日経に書いている編集委員の中では、最も才能があると感じる。13日の夕刊マーケット・投資2面に載った「マネー底流潮流~産油国資金に目配りを」も大筋では期待に応えてくれている。独自の視点で市場の動向を解説しようという意図は読み取れるし、構成もしっかりしている。

さらに優れた書き手に育ってほしいという願いを込めて、細かい部分でいくつか注文を付けておきたい。


◎「同日」はいつ?
福岡市総合図書館と福岡タワー(福岡市早良区)
                  ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

10月に入り、世界の株式市場は「小春日和」を迎えたように落ち着きを取り戻している。だが、これまで世界の株価を支えてきた産油国資金(オイルマネー)の変調への目配りは必要だ。

市場予想を大きく下回った9月の米雇用統計の発表を境に世界の株式・商品相場は回復基調に入った。「悪い経済指標の結果、米利上げが遠のいたため」と解説されるが、それは一面にすぎない。同日に米大手石油サービス会社ベーカー・ヒューズが発表した米国の原油掘削設備(リグ)の週間稼働数が前週比で大幅減となり、原油の供給過剰懸念が後退。原油相場が反発し、資源関連株を中心に世界の株式市場で買い安心感が広がった面が大きい。


9月の米雇用統計の発表を境に世界の株式・商品相場は回復基調に入った」というなら、それが何日なのかは明示してあげた方が親切だ。冒頭で「10月に入り」と書いているので、10月の何日かだろうとは分かるが…。「米国の原油掘削設備(リグ)の週間稼働数」の発表が雇用統計の発表と「同日」となっているので、余計に日付を特定させたい。


◎文が成立してない

【日経の記事】

株式市場が原油相場の騰落に一喜一憂するのは、世界の株式や債券、不動産に巨額資金を投じてきた産油国の財政が悪化。投資資金の回収に動いていると見られるからだ。東京市場でも日経平均が700円強下落した先月29日、サウジアラビア通貨庁(SAMA)が大株主とみられる情報通信株などの下げが目立ち、市場で話題となった。

オイルマネーの手口は「英国の運用会社経由の売買に含まれている」との見方が一般的だ。そこで財務省の対外・対内証券投資で国・地域別データを確認すると、8月に日本株を売り越した筆頭は英国で、その額は7644億円。ウクライナ情勢の緊迫などで市場が揺れた14年3月(1兆2939億円)以来の大きさだ。「SAMAが海外で運用する資金のうち、数百億ドルを引き揚げた」という9月下旬の英紙フィナンシャル・タイムズの報道に符合する。


株式市場が原油相場の騰落に一喜一憂するのは、世界の株式や債券、不動産に巨額資金を投じてきた産油国の財政が悪化」だと、文として成立していない。その後の「投資資金の回収に動いていると見られるからだ」と一体化して文を作る必要がある。改善例を示しておこう。


【改善例】

株式市場が原油相場の騰落に一喜一憂するのは、世界の株式や債券、不動産に巨額資金を投じてきた産油国の財政が悪化し、投資資金の回収に動いていると見られるからだ。


上記のくだりの関連で記事には「米国・英国・香港による日本株の累積売買差額」というグラフが付いている。英国は分かるが、米国と香港を入れている理由は謎だ。記事を最後まで読んでも手掛かりさえない。これは明らかな説明不足だ。


◎オイルマネーは積み上がる一方?

【日経の記事】

T&Dアセットマネジメントの神谷尚志チーフ・エコノミストは「出入りするお金ではなく、オイルマネーのように積み上がる一方だったお金が、一転して売りに回ることの影響は軽視できない」と指摘。原油安による収入減などに伴う産油国の財政悪化を考えると、英国経由の売りは続く可能性があるとみる。

市場では「中国経済や米国の金融政策など不透明要因は未解決のままで、足元の株高は早晩、終わるだろう」(UBS証券の大川智宏エクイティ・ストラテジスト)との見方が多い。合理化努力で「稼ぐ力」を高めた日本企業の優位性は揺らがないとみられるが、今は長期マネーの変化がもたらす影響についてじっくり分析する機会かもしれない。


コメントにある「オイルマネーのように積み上がる一方だったお金」という説明が気になった。記事によると、オイルマネーは「英国経由」が多いようだ。しかし、記事中のグラフで「英国による日本株の累積売買差額」を見ると、09年頃に大幅に落ち込んでいる。ならば、「積み上がる一方」とは考えにくい。

もちろん「英国による日本株の累積売買差額」にはオイルマネー以外も含まれるのだろう。「だから、オイルマネーが積み上がる中でも、累積売買差額が大きなマイナスになることもある」というのならば、この数値を用いてオイルマネーの動向を読み取るのは問題がある。


※注文が長くなってしまったが、全体として出来は悪くない。記事の評価はC(平均的)。永井洋一編集委員の評価はB(優れている)を据え置く。

2015年10月13日火曜日

単なる出張報告? 日経 大林尚編集委員「核心」への失望

日経の大林尚編集委員が12日の朝刊オピニオン面に「核心~いくつになっても『将来不安』  生きる張り合い どう醸成」という苦しい内容の記事を書いていた。「このパターンの記事、確か前にも大林編集委員は書いていたような…」と思って調べてみたら、やはりあった。6月29日の同面に載った「核心~人らしく逝くという選択  多死社会への備えあるか」と問題点が共通している。

大濠公園(福岡市中央区) ※写真と本文は無関係です
今回はフィンランドの高齢者施設、6月はスイスのNGOを取材した時の話が柱だ。しかし、その前に本題と関連の薄い話が延々と続く。今回は後期高齢者医療制度の話から入るが、基本的にその後の展開には必要ない。具体的に記事の構成を見てみよう。


【日経の記事】

あの騒ぎは何だったのかと思う。2008年に始まった後期高齢者医療制度のすったもんだである。

その名前を「うば捨て山のようだ」とあげつらったのは、民主党など野党勢力だった。年金からの保険料の天引きも反発を招いた。渦巻く批判は、09年の総選挙で民主党が政権奪取する原動力にもなった。

一般に、高齢者の定義は65歳以上の人。後期高齢者はそのうち75歳以上を指す専門語だ。74歳までの前期高齢者に比べ食習慣などに起因する疾病リスクが高まる。けがもしやすくなる。リスク増大を補おうと、75歳で区切り、必要になる医療財源を手当てするのが制度創設のねらいだった。

確かに、制度名に専門語をそのまま冠した厚労官僚の感度の鈍さは褒められたものではない。開始直前になって福田政権は長寿医療制度と言い換えたが後の祭り。自民、公明両党がこの制度の根拠法を成立させたときの首相、小泉純一郎氏はのちに「末期高齢者医療制度とでも名づけたならいざ知らず、批判されるいわれはない」と憤っていた。

案の定、野田政権は制度の廃止という民主党の政権公約を棚上げした。健康保険で補いきれないリスクに税を主財源として対応する仕組みへの理解は深まり、批判は影を潜めた。

介護保険と合わせ、日本は長寿時代を見据えた制度を整えたはずだった。だが高齢者が抱く不安は簡単には和らがない。かつて国民的な人気を博した長寿の双子姉妹、きんさん、ぎんさんが百歳をすぎてCM出演料の使い道を聞かれ、そろって「老後の蓄えに」と答えた逸話がある。多くの高齢者が同じ心境ではないか。

そんなことを考えたのはヘルシンキ郊外の高齢者施設で聞いたひと言に、はっとさせられたからだ。「将来の心配? ありません」。断言したのはピルッコ・ケンパイネンさん、85歳。

施設は認知症の人のためのグループホームが16床、それ以外の高齢者が入るサービスつき住宅が38戸。ケンパイネンさんがこの住宅で暮らすようになって10年になる。間取りは居間と寝室の2部屋。階下には厨房と食堂、レクリエーション室が備わる。施設という語感が抱かせるイメージは、いい意味で裏切られた。

年金だけで入居費を賄えない人はフィンランド政府の住宅手当を足しにする。介護や生活介助の必要度に応じて受けるサービスには市が支給するバウチャー(利用券)を使う。年金の多少にかかわらず、お金の不安は小さそうだ。


この記事は、きんさん、ぎんさんの話から始めても何の問題もなく成立する。さらに言えば、上記のくだりの後に続く、以下の記述も引っかかった。


【日経の記事】

ひと昔前、日本の特別養護老人ホームで耳にしたのは、亡くなった入居者の身辺を片づけていたら振り込まれた年金が手つかずのままの預金通帳が出てきた――という話だった。金銭観の彼我の差は大きい。


「フィンランドではお金の心配をしなくて済むのに、日本の高齢者はそうではない」と訴えたいのだろう。しかし、年金に全く手を付けず貯め込んでいる高齢者がそれほど一般的だとは思えない。というより、かなり特殊な事例だろう。

そもそも、この施設を記事で紹介する意味もあまり感じられない。施設の特徴を大林編集委員は以下のように記している。


【日経の記事】

ケンパイネンさんの施設は保育園と隣り合っており同じ財団が運営している。朝10時、保育園の大部屋に子供が30人ほど集まってきた。始まったのは車、飛行機、船など乗り物の役割を知るためのゲームだ。隣からやってきた高齢者が何人か、ゲームに興じる子供を笑顔で眺めていた。世代を越えた交流である。


高齢者施設での「世代を越えた交流」は日本でも珍しくない。日本ではあり得ない光景ならば、記事で紹介する意味もあるだろうが…。「ヘルシンキに出張して高齢者施設を取材したので、何か書かないければ」との思いがあるのかもしれないが、無駄な前置きに出張報告を付け加えたような記事を読まされる読者のことも考えてほしい。

最後に、記事中のグラフについて指摘しておく。記事では「日本人の健康寿命は平均寿命ほど延びていない」とのタイトルを付けて4本の折れ線グラフを並べている。平均寿命と健康寿命を男女別に見たものだ。しかし、いずれもわずかな上向き傾向を示しているだけで、視覚的には健康寿命と平均寿命の延びに差が感じられない。これでは、わざわざグラフにする意味がない。

この辺りにも、記事作りに関する大林編集委員のセンスのなさが表れている。フィンランドの話が記事の柱なのだから、例えば、健康寿命と平均寿命の差自体を「日本」と「フィンランド」に分けてグラフにして、「日本は差が開いているのに、フィンランドは正反対」と読者に見せてあげれば、グラフを使う意味が出てくる。


※記事の評価はD(問題あり)、大林尚編集委員の評価はE(大いに問題あり)を維持する。

2015年10月12日月曜日

東洋経済「絶望の非正規」で感心できない2本の記事(2)

東洋経済10月17日号の第1特集「絶望の非正規」の中の「女性活躍推進法は機能する? 妊娠後に6割が退職 マタハラ横行の悲劇」(74、75ページ)という記事について問題点を論じていく。全体的には、筆者である小林美希氏(労働経済ジャーナリスト)のマタハラに対する強い憤りが先行して、冷静な分析ができていない印象を受けた。まず気になったのが以下の説明だ。
福岡タワー(福岡市早良区) ※写真と本文は無関係です

【東洋経済の記事】

リーダー役の多田さんは妊娠中も不規則な生活を余儀なくされており、ある日、出血を伴う激しい腹痛に襲われた。「流産の危険がある」と上司に報告すると「だから女は当てにならない。何かあっても会社は責任を持てない」と退職勧奨を受け、辞めた。


上記のコメントでは「退職勧奨」とは言い切れない。流産に関して「会社は責任を持てない」と述べているだけだ。退職勧奨を受けたと断言するのならば、その根拠となるコメントを出すべきだ。この書き方だと「退職勧奨を受けたと主張できる根拠が実際にはないのでは?」と疑いたくなる。

データの扱いも雑だ。以下のくだりは解釈に迷った。


【東洋経済の記事】

医学的な妊娠適齢期といえる25~34歳の女性の非正規比率は約4割を占めており、育休取得の要件のハードルは高い。厚生労働省によると、非正規で育児休業給付金を受給した人は2014年度で9231人(全体の3.4%)しかいない。


全体の3.4%」というが、「全体」の範囲がはっきりしない。最初に読んだ時は「非正規で働く25~34歳の女性」「非正規で働く女性全体」のどちらかなと思った。しかし、それだと「3.4%」はそこそこ高い数字だ。なので「非正規で働く女性で14年度に出産した人」かもしれないと考え直した。「育休給付金を受給した人」が「全体」の対象の可能性もある。正解は分からないが、こうやって読者を迷わせている時点で、記事の書き方としては問題ありだ。

「3.4%」が少ないかどうかも微妙だ。女性の非正規雇用には主婦のパート・アルバイトも含まれるはずだ。そういった女性が妊娠した時に、育休を希望しているのかという問題がある。そこを考慮しないと、「3.4%」の持つ意味は判断できない。

ついでに言うと「非正規比率は約4割を占めており」という表現は不自然だ。「非正規比率は約4割に達しており」「25~34歳の女性の雇用形態は非正規が約4割を占めており」などとした方が良い。「育休取得の要件のハードルは高い」に関しても「要件のハードル」が引っかかる。「育休取得のハードルは高い」で十分ではないか。

記事には「言っていることが矛盾しているのでは」と思える記述もあった。


【東洋経済の記事】

初職が非正社員であれば転職にも不利に働き、ましてや妊娠・出産・育児期を迎えると、就業継続が困難になりやすい

こうした状況は少数精鋭の正社員でも同様だ。



正社員でも同様」ならば、非正規雇用に関して「妊娠・出産・育児期を迎えると、就業継続が困難になりやすい」と強調するのはおかしい。筆者の主張に従う場合、「非正規雇用だからといって、正規雇用に比べ妊娠・出産・育児期の就業継続が困難とは言えない」と考えるべきだろう。


※記事の評価はD(問題あり)。小林美希氏の評価も暫定でDとする。

東洋経済「絶望の非正規」で感心できない2本の記事(1)

東洋経済10月17日号の第1特集「絶望の非正規」は全体としては悪くなかったが、感心しない記事が2つあった。1つが「パートより待遇はいいが… 『週休3日制』『転勤なし』 限定正社員の内実」(80~82ページ)。もう1つが「女性活躍推進法は機能する? 妊娠後に6割が退職 マタハラ横行の悲劇」(74、75ページ)だ。まずは「限定正社員の内実」から疑問点を挙げていく。

ビューホテル平成(福岡県朝倉市)から見た筑後平野 
                 ※写真と本文は無関係です

◎これで地元に残れる?

【東洋経済の記事】

たとえば、地域運営会社の九州すき屋に所属すると、福岡県内のみか、九州全体で働くかのどちらかを選べる。地域正社員に2つの形態があるのは、働き手の希望が多岐にわたるからだ。

前者の場合は転勤範囲が狭いため、シングルマザーや子育てに従事する主婦層が多い。後者は都市圏で働きたくはなく地元に残りたいという新卒が目立つ


上記の説明は理解に苦しんだ。「都市圏で働きたくはなく地元に残りたいという新卒」がなぜ「九州全体で働く」を選ぶのだろうか。鹿児島出身の人が福岡にも熊本にも転勤するわけだから「地元に残りたい」との希望は叶いにくいだろう。「都市圏」がどこを指すかは不明だが、九州全体で働くのだから九州内の「都市圏」に勤務する可能性は十分ある。ひょっとすると「都市圏」は「三大都市圏」を指すのかもしれないが、記事からは何とも言えない。

すき屋に関しては、以下のくだりも納得できなかった。


◎「待遇面に大きな差がない」?

【東洋経済】

地域正社員は本部に勤める正社員と待遇面に大きな差がない給与はおおむね本部正社員の8割程度だが、役職手当や福利厚生は原則同一の内容となっている。


本部正社員より2割も給与が少ないのに「待遇面に大きな差がない」と言えるのだろうか。個人的には「大きな差がある」気がする。

気になったのは「すき屋」だけではない。


◎「限定正社員」はどうなった?

【東洋経済の記事】

一方、“全員正社員”を創業以来20年以上続けてきた同業アパレルがある。カジュアルファッション「アース ミュージック&エコロジー」を展開するクロスカンパニーだ。

同社の石川康晴社長は、全員正社員にした理由について「そもそもアパレル業界は非正規が多く、人材の流出が激しくて社内にノウハウがたまらなかった。将来を見ても人が集まりにくくなるのでは、というのがあった」と話す。

ただ、今年2月に方針を転換し、今後はパート・アルバイトを3割ぐらいの比率にしていくという。「専門学校生や短大生を中心にリサーチをかけると、正社員が怖いという声が多い。負担が重たいと。今の若い人たちの中には、1回会社を見てみたいというニーズがある」(石川社長)。来年には株式上場を予定しており、今後の積極出店を見据えた動きとの見方もある。

非正規か正社員か。雇う側も雇われる側も揺れている。


ユニクロに続いて出てくるのがクロスカンパニー。しかし、記事のテーマである「限定正社員」の話は出てこない。なのに、かなりの行数を割いている。これは苦しい。

この記事は全体として取材不足を感じた。


◎なぜ「限定正社員」の声がない?

限定正社員の内実」との見出しから、当然に「限定正社員がこの制度をどう受け止めているか」を取材しているのだろうと思って読んだ。しかし、それらしい話は出てこない。強いて言えば「これまでも、すき屋で働く契約社員からは『正社員になって安定した生活を送りたい』との声が上がっていた」というところか。しかし、これも契約社員に取材した感じではない。

1ページを丸々使っている「ユニクロ」のくだりぐらいは、地域正社員の声を入れてほしかった。会社に取材して制度の説明をするだけなら、仕事としては楽だろうが…。


※記事の評価はD(問題あり)。(2)では「マタハラ横行の悲劇」について論評する。

2015年10月11日日曜日

基礎知識が欠如? 日経 小平龍四郎編集委員への疑念(2)

11日の日経朝刊総合・経済面の記事「けいざい解読~銀行の個性奪う金融規制強化 市場不安定化の要因に」について、引き続き問題点を指摘していく。

香山昇龍大観音(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

こうした金融規制の強化は銀行のリスク回避の動きを強めさせ、結果として資本効率などの面から見た経営の特徴が消えつつある。

みずほ総合研究所の佐原雄次郎主任研究員の集計によれば、日米欧の大手金融機関の自己資本利益率(ROE)は格差が縮小しつある。特に日米は8%前後とほぼ同じだ。


記事には「日米の金融機関のROEは同水準になってきた」とのタイトルが付いたグラフを載せている。これを見ても「金融規制の強化で日米欧のROE格差が縮小してきたな」とは思えなかった。グラフを見ると2010年には日米欧の数値がほぼ重なっている。それが11年、12年と差が開き、13年、14年は再び接近している。

記事では「リーマン・ショックから7年余り経過した今も、国際的な規制強化の流れが止まらない」と解説している。ならば、ROE格差も縮小の一途となっているはずだ。しかし、現実にはそうなっていない。

そもそも、日米欧の比較からは「資本効率などの面から見た経営の特徴が消えつつある」かどうかは読み解けない。地域別での動向を見るだけでは、個別の金融機関に関するROEのバラツキは判断できないはずだ。


※「TLAC」に関する説明は誤りと推定し、記事の評価をE(大いに問題あり)とする。「金融規制強化」の解説記事なのに、規制に関する用語説明さえまともにできなかった点を小平編集委員は重く受け止めてほしい。問い合わせに回答がない場合、明らかな誤りを握りつぶしたと判断し、小平龍四郎編集委員の評価はD(問題あり)からF(根本的な欠陥あり)へ引き下げる。

追記)結局、回答はなかった。

基礎知識が欠如? 日経 小平龍四郎編集委員への疑念(1)

日経の小平龍四郎編集委員は基礎的な知識が欠如した状態で記事を書いているのではないか。そう思わせる記事が11日の日経朝刊総合・経済面に出ていた。「けいざい解読~銀行の個性奪う金融規制強化 市場不安定化の要因に」という記事の中で、小平編集委員は「TLAC」を「経営破綻時に債券から株式にふり替わり損失を吸収する特殊債務」と説明している。しかし、これは誤りの可能性が極めて高い。
福岡城跡(福岡市中央区) ※写真と本文は無関係です

問題のくだりは以下の通り。

【日経の記事】

11月にトルコのアンタルヤで開催予定の20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)に向け、世界の金融当局で構成する金融安定理事会(FSB)が新しい自己資本比率規制の最終案を固めた。経営破綻時に債券から株式にふり替わり損失を吸収する「TLAC」と呼ばれる特殊債務の導入を、巨大金融グループに義務づける内容だ。


日経には以下の内容で問い合わせを送った。回答はないだろう。


【小平編集委員への問い合わせ】

小平龍四郎編集委員は記事中で「経営破綻時に債券から株式にふり替わり損失を吸収する『TLAC』と呼ばれる特殊債務の導入を、巨大金融グループに義務づける内容だ」と書かれています。TLACに関するこの説明は誤りではありませんか。TLACは「総損失吸収能力=total loss-absorption capacity」のことであり、「特殊債務」の名称ではありません。破綻時に株式へ変換できる債券もTLACに含められますが、普通株などの自己資本もTLACとして算入されるようです。TLACと認められるのが「経営破綻時に債券から株式にふり替わり損失を吸収する特殊債務」だけならば、記事のような表記でも大きな問題はないかもしれません。しかし、記事の説明だと「TLACとして認められるのは特殊債務のみ」との誤った印象を読者に与えてしまいます。

記事の説明に問題ないと判断されているのであれば、その根拠も併せて教えてください。お忙しいところ恐縮ですが、早めの対応をお願いします。


記事の問題点は他にもある。それらについては(2)で取り上げる。

※(2)へ続く。

追記)結局、回答はなかった。

2015年10月10日土曜日

「When」に触れない日経企業ニュースの強固な“伝統”

企業ニュースで将来のことを書いているのに「いつから」に触れない記事が、日経では当たり前のように出てくる。組織に染み付いた強固な“伝統”であり、改善は非常に難しい。若手のうちに、記事の書き方の基礎として身に付けていくしかないのだが、「When」が抜けていても気にならない記者・デスクが数多くいるだけに、きちんとした教育を受ける機会が少ない。ゆえに「悪しき伝統」が引き継がれてしまう。
大濠公園(福岡市中央区) ※写真と本文は無関係です

10日の日経朝刊企業面にも「When」の抜けた記事が複数あった。そこからも日経にとっての「当たり前」だと感じられる。

まずは「出光が有機EL材料増産  韓国で能力2.5倍 LG新工場に対応」という記事の全文を見てみよう。「有機ELパネルの材料の生産能力を韓国で従来の2.5倍に引き上げる」という内容だが、最後まで読んでも「生産能力を引き上げる時期」は分からないはずだ。


【日経の記事】

出光興産は有機ELパネルの材料の生産能力を韓国で従来の2.5倍に引き上げる。提携先の韓国LGディスプレーが1月に新工場を稼働させるなど生産を拡大していることから、需要増に対応する。

出光は韓国で有機ELパネルを青や赤、緑色に光らせるための発光材料を生産している。数億円を投じ、原材料に含まれる不純物を取り除く設備などを導入する。

生産能力を韓国で年間5トンに引き上げ、静岡県にある日本国内の工場と合わせて合計7トンに増やす。

有機EL関連部門の売上高は2014年度に約120億円と前年度比5割増に拡大した。大型の有機ELパネルの量産は難しいとされてきたが、LGが70型を超える大型テレビの販売を始めるなど製品群が徐々に増えている。

出光は韓国で技術者を数人採用し、有機EL材料の品質評価なども現地でできるようにする。これまでは日本で実施してきたが、韓国で手掛けることで顧客のニーズに合わせた有機EL材料の開発や量産化までの期間の短縮を目指す。


できれば、韓国のどこ(市町村)にある何という名称の工場かも記事に入れたい。「有機EL材料の品質評価なども現地でできるようにする」時期も入れた方がいい。「大型の有機ELパネルの量産は難しいとされてきたが、LGが70型を超える大型テレビの販売を始めるなど製品群が徐々に増えている」といった背景説明をするのは、その後だろう。

では、「When」が抜けたもう1つの記事「日本特殊陶業 水素漏れセンサー量産 燃料電池車向け」も全文を見てみよう。


【日経の記事】

日本特殊陶業は燃料電池自動車(FCV)向けの水素漏れ検知センサーを製品化する。小牧工場(愛知県小牧市)に量産ラインを設けた。FCVの燃料の水素は臭いや色がないため、同社のセンサーは漏れた際のわずかな温度変化を検知して引火を防ぐ。トヨタ自動車に続いてホンダもFCVの発売を予定しており、関連部品の市場拡大が見込めると判断した。

同社のセンサーは触媒を使わず、セ氏100度からマイナス30度で稼働するのが特徴。FCV向けは寒冷地から酷暑まで環境に対応する必要があるためで、0.2~2%の低濃度の水素を微小な誤差内で検知する。


FCV向けの水素漏れ検知センサーを製品化する」と書いてはみたものの、製品化の時期には触れていない。「量産ラインを設けた」とも書いているが、いつから量産するのかはやはり謎だ。

日経の「Whenが抜ける記事」には2種類ある。圧倒的に多いのが「無意識型」で、何も考えていないタイプだ。一方で「確信犯型」もいる。過去の話では記事として弱いとの判断で、あえて「過去形」を避けるものだ。すでに参入済みなのに「参入する」などと書くのだから、「いつ」が抜けるのは当然だと言える。

上記の日本特殊陶業の場合、「確信犯型」の可能性も感じる。「量産ラインを設けた」のにいつまでも遊ばせておくとは思えないので、既に量産に入っている(=既に製品化できている)のかもしれない。

「確信犯型」でも「無意識型」でも、記事に問題があるのは当然だ。さらに言えば、「製品化する」と書いたのなら、販売目標ぐらいは入れたい。センサーの特徴についても、他社製品と比べて何が強みなのかは言及してほしい。

※2つの記事の評価はD(問題あり)。