2016年2月29日月曜日

典型的な詰め込み過ぎ 日経1面企画「新産業創世記」(2)

28日の「新産業創世記~難題に挑む(1)シリア難民に無料の授業  ITで格差埋めろ」の後半部分について、気になる点を指摘していく。ここでも詰め込み過ぎが説明不足を招いていると思える。

◎その言葉でなぜ「塾」へ?
大分川と由布岳(大分県由布市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

日本も教育格差と無縁ではない。「子供の貧困率」は悪化し、平均的な世帯収入の半分に満たない環境で6人に1人の子供が暮らす。

「この子がやりたいことはなんでもかなえてあげたい」。石井貴基(31)が生命保険の飛び込み営業で訪れた北海道の公営住宅。手狭な食卓で向き合ったシングルマザーの一言に心を揺さぶられた。彼女の月収は12万円。4歳の娘に良い教育を受けさせたいが、塾に通わせる余裕はない。

12年に会社を辞めた石井は、中高生向けにネットで授業を配信するアオイゼミを設立した。受験対策などをうたう同業はあったが、石井が目指すのは教育格差の解消。だから授業料は原則、無料として門戸を開いた。大学などからの広告収入、希望者向けの有料授業で運営費をまかなう。登録会員は20万人を超えた。

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4歳の娘がいるシングルマザーから「この子がやりたいことはなんでもかなえてあげたい」という話を聞いて「よし。ネットで授業を無料配信する塾を作ろう」と思うのは、かなりの飛躍がある。4歳の娘が「塾に行きたい」とは言わないだろうし、母親の「なんでもかなえてあげたい」は受験関連とは限らないはずだ。もっと行数を割けば、納得できるストーリーになるのだろうが…。


◎「ITで格差埋めろ」はどこへ?

【日経の記事】

「みんなでこの英文を訳してみよう」。長村裕(34)が声をかけると、生徒が問題に向き合う。ここは福岡県のある公立中学校。長村は非営利団体のティーチフォージャパン(TFJ)に所属する講師として教壇に立つ。TFJは全国の公立学校の求めに応じて講師を送り込む。担い手は社会人経験者を中心に約40人を数えるまでになった

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最後の事例ではついに「IT」も「格差」も関係なくなってしまった。実際にはTFJがITを駆使して格差縮小に取り組んでいるのかもしれないが、記事からは単なる講師派遣業のように見える。


※詰め込み過ぎの感はあるが、目立った大きな問題はないので、記事の評価はC(平均的)とする。 

典型的な詰め込み過ぎ 日経1面企画「新産業創世記」(1)

日本経済新聞の1面企画記事では、多くの場合「事例の詰め込み過ぎ」が起きる。28日から連載が始まった「新産業創世記~難題に挑む」はその典型だ。第1回の「シリア難民に無料の授業  ITで格差埋めろ」では、約100行の中に4つの事例を押し込んでいる。これで説得力のある説明をするのは至難だ。

まず記事の前半部分を見ていこう。
美奈宜の杜(福岡県朝倉市)からの眺め ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

「最初は信じられなかった。でも現実に私は学べている」。目を輝かせるのはドイツ在住のシリア難民、ラシャ・アッバス(31)だ。無料オンライン大学「キロン大学」でジャーナリズムを学ぶ。「まだ祖国に戻れないが、将来はフリーの立場で活躍したい」

2015年だけで難民申請者が100万人を超えたドイツ。難民が経済的に自立し社会に定着するには教育が欠かせない。そこで20~30代の若者らがキロン大学を創設した。運営資金はインターネットで市民から募ったり、企業から提供を受けたりした。

学生はネット上で2年間基礎を学習する。独アーヘン工科大学、米エール大学など名門大学が講義を無料で提供。3年目から提携先の大学で学位を取得する道もある。

オンライン大学は世界に広がり、祖国を追われた難民も恩恵を受ける。15年の学生数は14年比2倍の3500万人。日本の大学生数の約12倍に相当する。関連産業は年率30%以上のペースで成長し、20年には1兆円規模となる見通しだ。

ITを用いて教育格差解消に挑む流れを作ったのは、セバスチャン・スラン(48)。米グーグル元幹部で自動運転車「グーグル・カーの父」だ

14年にグーグルを去ると、自ら立ち上げたオンライン教育「ユダシティ」の普及にまい進した。当初は無料講義を中心にしていたが、独自の学位も有料で発行。安定収入に道筋をつけた。その学位はいまやシリコンバレーのIT企業へのパスポートともいわれる。

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まず、無料オンライン大学で学ぶラシャ・アッバスさんの話があっさりしすぎている。彼女に関しては色々と疑問が浮かぶ。大学で学んでいるのだから言葉の問題はないのだろう。なのに31歳にもなって大学で学ぶのはなぜなのか。「経済的に貧しくて高等教育を受けられないでいる難民の子供たちのためにオンライン大学を」という話ならば分かるが、31歳女性の学び直しみたいな事例を詳しい背景説明なしに持ってこられても、説得力は感じない。

実は電子版の関連記事を読むとある程度の背景が分かる。そこには以下のような説明がある。

【電子版の記事】

ラシャ・アッバス(31)は14年9月、難民として3年間の滞在許可を得た。シリアの首都ダマスカスでジャーナリズムを学んでいたが、独裁政権下で女性がこの分野に関心を持つこと自体への嫌がらせもあり途中で断念していた。内戦が激化するなか欧州に渡り、自由な雰囲気のドイツで学ぼうと思った。だが、シリア政府発行の公式な書類が必要といわれた。難民には不可能だ。

そんな役所対応に失望しかけていた時、知人からキロン大学の構想を聞いた。ネットを使い最長2年間は自らが望む授業を選び、その後は提携先のリアルの大学で学び学位も取得できるという。

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上記の説明でかなり事情が分かるが、「難民が経済的に自立し社会に定着するには教育が欠かせない」と訴えるための事例としては弱い。難民対策の教育としては、英語もドイツ語も話せなくて仕事にありつけない人に語学力を身に付けさせるといったものがまず考えられる。ラシャ・アッバスさんの事例は、31歳にもなって大学でジャーナリズムを学んでいる時点でかなり「豊か」だ。

しかも、1面の記事を読み進めると「3年目から提携先の大学で学位を取得する道もある」と出てくる。ならば無料なのは2年間だけで、学位を得るためには結局かなりの金額が必要なのではないか。そうなると難民が大卒の資格を得る道は狭そうな気がする。そうした疑問にも記事は答えを与えてくれない。

2つ目の事例も気になる部分が多い。オンライン大学関連の市場規模に触れた後で「ITを用いて教育格差解消に挑む流れを作ったのは、セバスチャン・スラン(48)。米グーグル元幹部で自動運転車『グーグル・カーの父』だ」と続くと、セバスチャン・スラン氏が「オンライン大学の祖」みたいな存在かと思ってしまう。

そう解釈して読み進めると、自らオンライン教育を立ち上げたのは2014年とわずか2年前なのでどうも話が違う。セバスチャン・スラン氏はオンライン教育事業を興した起業家の1人ということのようだ。これは読者を迷わせる書き方だと思える。

セバスチャン・スラン氏が立ち上げた「ユダシティ」は「独自の学位も有料で発行」しているらしいが、正式な大学なのかどうか記事からは判断できない。また、学位の取得が有料だとすると、「教育格差解消」につながるかどうか疑わしい。もちろん「有料」の金額次第だが、やはり記事での言及はない。そもそも、有料で学位を与えるのであれば、日本にもよくある通信制の大学と本質的な差はないだろう。放送大学のような仕組みに、そんなに目新しさはなさそうだが…。

ついでに1つ細かい点を指摘したい。「米グーグル元幹部で自動運転車『グーグル・カーの父』だ」というくだりのカギカッコの使い方が気になった。「自動運転車『グーグル・カーの父』だ」とすると「グーグル・カーの父=自動運転車」に見えてしまう。「自動運転車『グーグル・カー』の父だ」とすれば問題はない。


※記事の後半部分については(2)で述べる。

2016年2月27日土曜日

「明らかな誤り」とも言える日経 川崎健次長の下手な説明

「説明下手」は日本経済新聞の多くの記者に共通する特徴だ。なぜそうなるかの説明はここでは省くが、27日の日経朝刊マーケット総合1面にも「下手な説明」が見られた。「スクランブル~荒れる株価は宿命か  マイナス金利下の『新常態』」という記事を書いた証券部の川崎健次長は日経平均ボラティリティー・インデックスの仕組みを誤解してはいないのだろう。ただ、説明がお粗末すぎて「明らかな誤り」と言える水準に達している。記者を指導すべきデスクがこれでは辛い。

JR久大本線 日田駅(大分県日田市) ※写真と本文は無関係です
記事の中身と日経への問い合わせを併せて紹介したい。メディアとしての体質を考慮すると、日経からの回答はないだろう。

【日経の記事】

市場参加者たちが相場波乱が収まったとは思っていないのは、日経平均ボラティリティー・インデックス(VI)がなお高水準であることからも読み取れる。

26日終値は34.09。12日につけた50.24からは下がったとはいえ、市場は日経平均が68%の確率で毎日2.1%(26日終値からは約340円)上下に振れると予想している計算になる


【日経への問い合わせ】

「スクランブル~荒れる株価は宿命か」という記事についてお尋ねします。記事では、日経平均ボラティリティー・インデックス(VI)の26日終値が34.09であることに関して「市場は日経平均が68%の確率で毎日2.1%(26日終値からは約340円)上下に振れると予想している計算になる」と解説しています。

しかし、この説明は奇妙です。まず、「毎日2.1%上下に振れる」可能性はほぼゼロです。記事を文字通りに受け取れば「日経平均に関して、2.1%上昇あるいは2.1%下落という値動きが毎日続く確率は68%」となります。2.0%でも2.2%でもなく「2.1%」が毎日続く確率を「68%」と考えるのが正しいかどうかは明らかです。

日本取引所グループのホームページにある用語解説を基に考えると、日経VIが34.09ということは、今後1か月間のボラティリティが年率で34%(日次換算で2.1%)と市場で予想されているのでしょう。この場合、日経平均の当日終値が前日終値に比べ±2.1%の幅に収まる確率は68%となります。これならあり得そうです。

記事の説明に従うと「毎日プラス2.1%かマイナス2.1%になる確率=68%」となります。「ちょうど2.1%が続くとの前提は非現実的過ぎる」と判断して解釈すると、人によっては「プラスでもマイナスでも変動率が毎日2.1%を超える確率=68%」と考えてしまうかもしれません。実際は「前日終値に比べた当日終値の変動率が±2.1%の幅に収まる確率=68%」ではありませんか。

「毎日2.1%上下に振れる」の「毎日」も正しくないはずです。「前日終値に比べた当日終値の変動率が±2.1%の幅に収まる確率」であれば「68%」は妥当ですが、それが「毎日」となれば68%はあり得ません。

記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠を教えてください。1週間経っても回答がない場合は誤りと判断させていただきます。

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※記事の評価はD(問題あり)。川崎健次長への評価もDを据え置く。川崎次長に関しては「なぜ下落のみ分析? 日経 川崎健次長『スクランブル』の欠陥」「川崎健次長の重き罪 日経『会計問題、身構える市場』」も参照してほしい。

追記)結局、回答はなかった。

2016年2月25日木曜日

数字はどこから? 日経夕刊「ライブチケット 10年で2割上昇」

25日の日本経済新聞夕刊1面に「ライブチケット、10年で2割上昇~規模拡大で運営コスト増 CD不振の穴埋め狙う」という怪しい囲み記事が出ていた。何が怪しいかと言えば「ライブチケット、10年で2割上昇」という記事の根幹となるデータだ。最後まで読んでも、この数字をどこから持ってきたのか謎だ。

記事の全文は以下の通り。
太宰府天満宮(福岡県太宰府市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

国内で開催されるコンサートやステージのチケット代が上昇している。今年は昨年までに比べて3~10%程度値上がりする興行が目立ち、10年前に比べると平均価格は2割以上高い。アーティストの招請費用や、会場代や人件費などの運営コストが上がっている。

国内では音楽CDの販売数が落ち込んでおり、「ライブで収益を伸ばそうとするアーティストが目立つ」(コンサートプロモーターズ協会=東京・渋谷)。同協会によると2015年1~6月のチケット代は平均で1枚6422円で前年同期に比べ1%高い。ぴあのまとめでも14年は13年比1割上昇し「今年も上昇傾向は続きそう」という。

4月に東京都内などで開催される米国人歌手、ボブ・ディランの2年ぶりの来日公演の場合、最も高い席はグッズ付きで1枚2万5千円。会場が違うため単純に比較はできないが、2年前の来日公演では1枚2万2千円だった。

日本国内では、14年ごろから改修などのため著名なイベント会場が相次ぎ閉鎖され、大人数が入る会場は確保しにくくなっている。一方、ライブ収入を確保するためにイベントの規模は拡大傾向にあり、会場代は高止まりしている。規模拡大でスタッフ数も増加し、運営コストを押し上げている。

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コンサートやステージのチケット代」に関して「10年前に比べると平均価格は2割以上高い」と言うのならば、誰かが平均価格を調べているはずだ。それは日経でもいい。どこの出した数字なのかは明示してほしかった。

最初は「コンサートプロモーターズ協会」が調べた数字なのかと考えた。しかし、この協会が出しているのは「2015年1~6月のチケット代」の平均だ。今年の数字が分かっていればそれを使うだろうから、今年と10年前を比べて「2割以上高い」と言っているのとは別物と考えるのが自然だ。

残る候補は「ぴあ」だが、これも出てくる最新の数字が「14年」なので違う気がする。だとすると候補がなくなってしまう。さらに言えば、10年前に比べて2割以上高くなった「今年の平均価格」の実数も分からずじまいだ。

何となくインチキ臭さが漂う今回の記事について、どう考えるべきか。「推理してみろ」と言われれば、「10年前に比べて2割以上高い平均価格とは、コンサートプロモーターズ協会が出している15年1~6月の6422円だろう」と回答したい。

昨年1~6月の数字しかないのに、そのデータを柱にして1面の囲み記事にするのは厳しい。なので、第1段落では今年の平均価格があるように装ったのだろう。「昨年1~6月の平均価格でも10年前より2割以上高い。昨年7月以降も上昇傾向は続いているようなので、今年の平均価格が10年前より2割高いと書いても間違いではない」と筆者は考えたのではないか。

もちろん推測の域は出ない。ただ、日経にありがちな話ではある。今年の平均価格を筆者が持っていれば使うはずだ。今年の数字を出さずに15年1~6月と14年のデータを用いているのは、やはり怪しい。

ついでに言うと、チケット代が上昇している理由も納得できなかった。「規模拡大でスタッフ数も増加し、運営コストを押し上げている」というが、規模を拡大しているのであれば収容人数も増えるのだから、観客1人当たりのコストが増えるとは限らない。会場代は「高止まり(高水準での横ばい)」のようなので、「アーティストの招請費用」の上昇以外に値上げの理由は見当たらない。

アーティストの招請費用」に関しても、「音楽CDの販売数が落ち込んでおり、『ライブで収益を伸ばそうとするアーティストが目立つ』」とすれば、基本的にはライブの供給が増えるはずだ。なのになぜ「アーティストの招請費用」が上がっていくのか。あり得ないとは言わないが、記事の説明では理解しづらい。

元々が雑な作りなので、その辺りにツッコミを入れる意味は乏しいのだろう。結局この記事も「日経の夕刊は歴史的使命を終えつつある」と教えてくれているのだろうが…。


※記事の評価はE(大いに問題あり)。

2016年2月24日水曜日

日経ビジネス特集「家の寿命は20年」の不思議な主張(2)

日経ビジネス2月22日号の特集「シリーズ日本が危ない 家の寿命は20年~消えた500兆円のワケ」について引き続き論評していく。「築20年で価値ゼロはおかしい」という主張がこの特集の柱だ。しかし、それを論じた「Part2 住宅が資産でない理由~築20年で価値ゼロ 三位一体の罪」という記事を読んでも、「20年で価値ゼロ」に大きな問題は感じなかった。
JR久大本線 由布院駅(大分県由布市) ※写真と本文は無関係です

記事では「木造戸建て住宅は20年で価値ゼロ」という業界の慣習が生まれた背景を以下のように解説している。かなり長くなるが引用してみる。

【日経ビジネスの記事】

日本の住宅の約6割を占める木造戸建て住宅は、最も資産価値の下落スピードが速い。一律で「20年で価値ゼロ」と見なす業界慣習があるためだ。普通ならメンテナンス状況や現状の品質が価格に反映されるのが当然に思えるが、現実はそうなっていない。


価値が維持されない商品は「資産」とは呼べない。つまり日本の住宅の正体は、資産のフリをした「消費財」なのだ。

しかも「20年で価値ゼロ」と見なす慣習の根拠が定かではない。「財務省令で、木造住宅の耐用年数を22年と定めている」ことが、きっかけという説が有力だが、市場価格と税制上の扱いは、本来何の関係もない。

それでは、なぜ根拠がないルールが業界慣習として、実際の市場に影響するようになったのか。それは国、不動産・建設業界、金融業界が一丸となって、慣習にしがみついてきたからだ。

国にとって、消費財であり固定資産である新築住宅は、非常に都合の良い存在だ。新築住宅であれば消費税と固定資産税が税収として入る。だが、中古住宅流通では基本的に消費税が発生しない。ちなみに土地の売買に、消費税はかからない。

大和ハウス工業の樋口武男会長・CEO(最高経営責任者)は「米国と英国では住宅に消費税はかからない。消費税と固定資産税の二重取りは顧客にも説明がつかないので、品質が高い住宅への消費税は適用除外にしてほしいと何度も陳情したが、ダメだった」と明かす。

一方、不動産会社としては中古住宅の価値を認めない方が、都合が良い。資産価値が認められて中古流通比率が高まることは新築着工の減少につながり、業績面ではマイナスに作用するからだ。

住宅投資がGDP(国内総生産)に占める比率は3%程度。しかし、その動向は建設業や金融業だけでなく、家電や住設機器などにも広く影響し、経済波及効果が大きい。生活に密着した存在ということもあり、毎年税制改正を巡る綱引きに注目が集まる。

中古住宅市場活性化が叫ばれる中、2015年9月に不動産協会が出した税制改正要望の第1項目は「新築住宅に係る固定資産税の軽減特例の延長」。長年、延長を認めさせてきたこの特例を、業界は今回も勝ち取ったわけだが、その陳情ぶりを見ても新築重視の姿勢がうかがい知れる。

家を売っても借金が残るため、住み替えられない。そんな状況を生み出す一翼を担う形になっているのは、金融機関だろう

「建物の建築主や状態を現地まで行って調べるのは面倒で時間もかかる。そんな審査なんてやってられない」とある地域金融機関のトップは率直に語る。「住まいを売っても借金が残ることが住み替えを阻んでいると認識している」とこの首脳は言うが、では結局のところ住宅ローンは何に価値を見いだして受け付けているのかといえば「人の返済能力だ」と明言する

ある地銀の中堅幹部は「まだ使い続けられる建物に価値があるという議論は分かる。だが、市場が認めない価格を銀行が認めて融資するわけにはいかない」と説明する。現在の住宅ローンはほとんど取りっぱぐれがないおいしい商品である。経営的な観点から見れば、自ら積極的に変える理由はない

税収減を恐れる国。新築着工戸数減少を少しでも先送りしたい不動産・建設業界。消費者に余分な負担を強いていることを認識しながら、その状況を放置する金融機関。それぞれが目先の利益を追求し、「20年で価値ゼロ」というルールはビジネスの前提条件としてガッチリと組み込まれ、日本は「中古不流通」状態へと陥った。その結果、500兆円という巨額が国民の手からこぼれ落ちてしまったのは前述の通りだ。

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上記の説明に関して、まず個別の疑問点を列挙してみたい。

◎国も「しがみついてきた」?

「20年で価値ゼロ」が市場に定着した理由を「国、不動産・建設業界、金融業界が一丸となって、慣習にしがみついてきたからだ」と記事では解説している。ならば国はどんな形で「しがみついてきた」のだろうか。この慣習を守っているのは不動産市場の参加者であり、国は基本的に関与していないはずだ。新築偏重の流れを守ろうと様々な対策を打って「20年で価値ゼロ」となるように仕向けてきたのならば「しがみついてきた」と言えるだろう。しかし記事中にそうした説明は見当たらない。


◎金融機関も「しがみついてきた」?

記事によれば、住宅ローンで金融機関が見ているのは「人の返済能力」であり、建物の状態などはいちいち審査していられないらしい。ならば建物の価値が20年でゼロになろうが、買い値の半分の価値が残っていようが、金融機関には関係ないことになる。融資基準を変えれば「20年で価値ゼロ」に何らかの影響を与えられるかもしれないが、金融機関が「20年で価値ゼロ」に「しがみついている」とは考えにくい。

次に「20年で価値ゼロ」に何の問題があるのか考えてみたい。


◎富が失われる?

「20年で価値ゼロ」という慣習のせいで「500兆円という巨額が国民の手からこぼれ落ちてしまった」と記事では主張している。本当にそうだろうか。具体的に考えてみよう。

Aさんは築20年で本来価値1000万円の住宅(建物部分)を保有している。しかし、20年ルールのせいで0円としか評価してもらえない。そのため土地代の2000万円だけで建物も一緒にBさんへ2000万円で売却したとしよう。この場合、建物部分の本来価値1000万円は無償でBさんのものになっている。Aさんは1000万円の損でBさんは1000万円の得だ。国民全体で見れば損得はない。外国人に売却すると話は変わってくるが、売買シェアとしては無視してよい水準だろう。


◎本当に「20年超」でも価値がある?

「不動産市場で価値ゼロと評価される20年超の住宅でも、本当はちゃんと価値がある」というのが記事の主張の根幹だ。しかし、不動産市場のような不特定多数の参加者が自由に売買しているところで、そんなに人為的に評価を下げられるのだろうかとの疑問は湧く。カルテルが成立しているなら話は別だ。しかし、そうした話は聞かないし、プレーヤーが多すぎるので現実的ではないだろう。

そもそも、価値があるものを無理にゼロ評価しているとすると、そこには大きな商機が生まれる。「本来は価値がある」というからには、その価値を理解してくれる人がどこかにはいるはずだ。ならば、その人を見つけて販売すれば多額の利益が得られる。なぜそういう人が現れないのだろうか。「本来の価値を計測するのが難しいし、価値を分かってれる人もなかなか見つからない。マッチングをしようとすると費用が掛かり過ぎて割に合わない」とすれば、「本来的価値はないに等しい」と考えた方が正解だ。



◎なぜ「10年で価値ゼロ」にはならない?

住宅の価値を早めにゼロにすることが国、不動産・建設業界、金融機関にとってそんなに都合がいいのなら、なぜ20年ではなく10年あるいは5年で「価値ゼロ」にしないのだろうか。本質的価値から乖離させて「20年で価値ゼロ」とするのが可能ならば、もっと期間を短くもできるはずだ。それができないとすれば、やはり「20年で価値ゼロ」には、それなりの合理性があるのではないか。

「高い価値のある住宅でも一律に20年で評価がゼロになる」というのが本当ならば、記事の主張とは逆に新築住宅を建てる人が減りそうな気がする。新築の価値は100で築20年は価値80(しかし評価はゼロ)だと仮定しよう。多少古くなっているが、住むのに不自由はないとする。新築の建物の価格が1000万円で築20年がタダならば、基本的には築20年の物件(価値は新築の80%)に住む方が経済的に有利だ。そうなると、わざわざ1000万円も払って家を建てるおめでたい人はなかなか出てこなくなる。

ならば、何かが間違っているはずだ。それは築20年の価値を新築の80%としていることだと思える。評価もゼロで実質的な価値もほぼゼロならば「中古を買うより新築」となるのも納得できるのだが…。


※記事の評価はD(問題あり)。広岡延隆記者、林英樹記者、島津翔記者への評価はDで確定とする。玉置亮太記者(日経コンピュータ)、松浦龍夫記者は暫定でDとしたい。

2016年2月23日火曜日

原油需要伸びるのに「需要減」 日経国際面 見出しに誤り?

新聞社の整理部は、言ってみれば裏方だ。記事を書くのではなく、見出しや紙面レイアウトを考えるのが仕事だ。ただ、少なくとも日本経済新聞社の編集局に限って言えば、「優れた紙面を作ろう」と最も純粋に考えている部署だと思える。経済部や企業報道部と違って、いずれ発表されるニュースを半日でもいいから早く書くといった些事に心を奪われずに済む面がプラスに作用しているのだろう。
両筑橋からの筑後川(福岡県久留米市・朝倉市)
           ※写真と本文は無関係です

ここからは23日の日経朝刊国際面のトップ記事「原油、今年も供給過剰~IEA見通し、経済減速で需要減 価格低迷、長期化へ」の見出しに注文を付けていく。ただ、「見出しに責任を負う整理部は、日経の紙面レベルの低さに関して責任の軽い部署ではある」と最初に強調しておきたい。

今回の記事では「経済減速で需要減」という見出しが間違いの公算大だ。記事によると、原油需要は2015年にかなり伸びているし、16年以降も増加が続く見通しだ。

価格低迷、長期化へ」も間違いとは言わないが、読者に誤解を与える見出しになっている。

この件では日経へ問い合わせをした。日経のいつものパターンであれば回答は届かないだろう。「国際面担当の整理部面担・デスクに届けてください」とは付け加えておいたが…。

【日経への問い合わせ】

23日の日経朝刊国際面に載った「原油、今年も供給過剰~IEA見通し、経済減速で需要減 価格低迷、長期化へ」という記事についてお尋ねします。

見出しでは「経済減速で需要減」となっていますが、記事に付いたグラフを見ると、2016年から21年まで需要増加が続く見通しとなっています。記事の中で原油需要に関して「21年までの伸びは年間平均120万バレルにとどまる。景気減速で需要が鈍るからだ」(※「需要が鈍る」は舌足らずな表現ですが、筆者は「需要の伸びが鈍る」と言いたいのでしょう)との説明はありますが、「需要減」と解釈できる記述は見当たりません。見出しの「需要減」は誤りと考えてよいのでしょうか。問題ないとすれば、その根拠を教えてください。

「価格低迷、長期化へ」という見出しも疑問が残ります。この見出しは「17年は需給がほぼ釣り合うが、積み上がった在庫が価格を押し下げ、価格低迷は長期にわたる可能性を示した」という記述から取ったのでしょう。関連記事でもビロルIEA事務局長は「中国経済は6%をやや上回る成長を続けると考えているが、一段と減速感が強まれば、原油価格の低迷が長期化する可能性がある」と述べてはいます。

しかし、価格低迷が長期化する可能性を示したからと言って「価格低迷、長期化へ」と見出しに取ると誤解を与えかねません。ビロル氏はインタビュー記事の中で「今後5年間は原油消費が拡大し20年までには世界の需要が初めて日量1億バレルに到達するとみている。価格も1バレル80ドルに向かって上昇すると予想される」と述べています。NHKの記事によると同氏は「ことしはまだ低迷が続くが来年には上昇し、2020年には1バレル=80ドルに達するだろう」と語っているようです。つまり「原油価格の低迷は長期化しない」というのがIEAのメーンシナリオなのです。

今回の記事で言えば、見出しは「価格低迷、長期化へ」というより「価格、長期的には上昇へ」なのです。「低迷」を打ち出したい場合でも「価格低迷、長期化も」ぐらいが限界でしょう。

見出しの「需要減」に関しては回答をお願いします。1週間が経過しても回答がない場合は、記事に誤りがあったと断定させていただきます。

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※記事の評価はD(問題あり)。ただ、見出しの問題が主なので、今回は書き手に対する評価を見送る。

追記)結局、回答はなかった。

2016年2月22日月曜日

日経 田中陽編集委員の日本マクドナルド決算に関する誤解

22日の日本経済新聞朝刊企業面に出ていた「経営の視点~マクドナルド、再生は可能か  『客離れ』に隠れた問題点」という記事には、筆者の誤解を感じた。原価率が100%を超えた日本マクドナルドホールディングスについて「優秀な人材を多く抱え、数字には明るいはず。同社は商売の基本を踏み外しているのではないだろうか」と田中陽編集委員は述べている。しかし、記事をよく読むと「基本を踏み外している」のはマクドナルドではなく田中編集委員ではないかと思えてしまう。
吉野ヶ里歴史公園(佐賀県吉野ヶ里町) ※写真と本文は無関係です

問題のくだりを見ていこう。

【日経の記事】
 
原価よりも安い値段で商品を売ったらどうなるか。赤字となるのは明白だ。それを実践しているグローバル企業がある。日本マクドナルドホールディングスだ。優秀な人材を多く抱え、数字には明るいはず。同社は商売の基本を踏み外しているのではないだろうか

「(日本進出以来)過去45年の歴史の中でもっとも厳しかった」。同社が発表した2015年12月期決算。サラ・カサノバ社長は決算を振り返った。言葉通り、最終損失は347億円で、01年の上場以来最大の赤字決算に沈んだ。使用期限切れ鶏肉事件や異物混入などによって客離れが進んだことだけが理由だろうか。

冒頭の話に戻るとこうなる。前期の直営店舗売上高は1425億円。一方、材料費や労務費などの原価は1431億円。原価率は100.4%になる。売るだけ赤字が膨らむ負け戦だ。創業者、藤田田氏が陣頭指揮を執り、低価格化に突き進んだ00年12月期でも原価率は79.3%。利益は出ていた。100%超は上場以来、今回が初めてだ。

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記事で言う原価は材料費、労務費、その他経費を含む。しかし、外食業界で「原価率」と言えば普通は「食材費率」だ。記事の「原価よりも安い値段で商品を売ったらどうなるか。赤字となるのは明白だ」という説明に最初は違和感がなかった。「原価率=食材費率」との前提を持っていたからだ。ただ、「マクドナルドがそんなバカなことをするのか」との疑問は残った。さらに読み進めると「材料費や労務費などの原価」との説明にぶつかる。ここで何となく謎が解けた。おそらく、分かっていないのは田中編集委員の方だ。

田中編集委員に教えてあげたい。「売れば売るだけ赤字が膨らむような、商売の基本を踏み外したやり方をマクドナルドはしてませんよ。安心してください」と。

日経にも問い合わせを送ったので、その内容を紹介したい。これまでのパターンで行けば回答はないだろう。


【日経への問い合わせ】

「経営の視点~マクドナルド、再生は可能か」という記事についてお尋ねします。記事の中で田中陽編集委員は日本マクドナルドホールディングスに関して「前期の直営店舗売上高は1425億円。一方、材料費や労務費などの原価は1431億円。原価率は100.4%になる。売るだけ赤字が膨らむ負け戦だ」と解説しています。2015年12月期が同社にとって「負け戦」だったのは否定しませんが、「売るだけ赤字が膨らむ」との説明には疑問を感じます。

例えば、食材費を下回る価格で販売すれば「売るだけ赤字が膨らむ」と言えます。しかし記事にもあるように同社の原価は食材費以外も含んでいます。決算短信によると「既存店の改装やメンテナンスに関わる支出」も直営売上原価の一部のようです。つまり原価の中に固定費が入っています。同社の場合、原価率は100%をわずかに超えているだけなので、限界利益(売上高-変動費)はマイナスになっていないはずです。この場合、売れば売るほど損益としてはプラス(利益が増える、あるいは赤字が減る)です。

外食業界で注釈なしに「原価率」と言う時は「売上高に対する食材費の比率」です。この場合、原価率100%超えは「売るだけ赤字が膨らむ」ことを意味します。しかし、マクドナルドは固定費も含めて原価率を出しています。この場合、話が変わってきます。田中編集委員が「原価率100.4%=食材費率100.4%」と誤解しているわけではないでしょう。しかし、記事で話を進める時には「原価率が100%を超えれば、売るだけ赤字が膨らむ」という業界の常識に引っ張られているように思えます。

「売るだけ赤字が膨らむ」という記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題ないとの判断であれば、その根拠を教えてください。1週間経過しても回答がない場合、記事の説明は誤りだと断定させていただきます。

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ついでに1つ注文を付けておこう。

【日経の記事】

直営店と同様の商品、サービスを提供するフランチャイズチェーン(FC)店での営業も厳しいに違いない。そのため同社はFC店に対して前期に135億円の財務施策を実施。だが本業で稼ぐためにFC店になった加盟店主にしたらたまったものではない。ミルク代よりも原価を上回って売れる価値のある商品を求めるのは当然だ。

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135億円の財務施策」が分かりにくい。決算短信にも「財務施策」と書いてはある。しかし、それをそのまま記事に使うようではダメだ。必要ならば取材して、もっと分かりやすい表現に変えてほしい。

記事の内容から「135億円の財務施策」は支援金の類だと推察できる。FC加盟店にとっては、ないよりあった方がいいだろう。なのに記事では「加盟店主にしたらたまったものではない」と続く。言いたいことは分かるが、構成が良くない。田中編集委員のために改善例を示しておこう。「財務施策」に関しては、推測で書き換えてみた。

【改善例】

直営店と同様の商品・サービスを提供するフランチャイズチェーン(FC)店での営業も厳しいに違いない。そのため同社はFC店に対して前期に経営支援金の名目で135億円を支払った。だが本業で稼ぐためにFC店になった加盟店主にとって、単純に喜べるものではない。目先の資金援助よりも、原価を上回って売れる価値のある商品を求めるのは当然だ。


※記事の評価はD(問題あり)。田中陽編集委員への評価もDを据え置く。

2016年2月21日日曜日

日経ビジネス特集「家の寿命は20年」の不思議な主張(1)

日経ビジネス2月22日号の特集「シリーズ日本が危ない 家の寿命は20年~消えた500兆円のワケ」には不思議な主張が続々と出てくる。筆者の広岡延隆記者、玉置亮太記者(日経コンピュータ)、松浦龍夫記者、林英樹記者、島津翔記者は自分たちの主張に自信を持っているのだろうか。特におかしな解説が目立ったのが「Part2 住宅が資産でない理由~築20年で価値ゼロ 三位一体の罪」という記事だ。

佐田川(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です
ここで繰り広げられている不思議な主張の数々を順に見ていこう。

◎「500兆円消失」は衝撃?

【日経ビジネスの記事】

累計500兆円という巨額の資産が、煙のように消えうせた--。こんな衝撃的なデータがある。国土交通省が統計のある1969年以降を対象に、国内住宅累計投資額と住宅資産額の差を調べたものだ。

消失した500兆円はどこにいったのか。ツケは国民にひっそりと回されている。ほとんどの人は、実際に住宅を売却しようとする時になって初めてその事実に気が付く。だが、もはや手の打ちようはない。

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まず、なぜ「500兆円」の消失が「衝撃的」なのか記事には説明がない。「500兆円ですよ。すごい金額でしょ」と言いたいのだとは思うが…。記事中のグラフを見ると、累計投資額が約800兆円で住宅資産額が約300兆円だ。個人的には、この差額の500兆円の何が衝撃的なのか分からない。「そんなもんでしょうね」と思うだけだ。

筆者らは「800兆円投資したら、資産額も800兆円残っているのが当然だ」と思っているのかもしれない。しかし住宅は経年劣化するものだ。建て替えもある。インフレ率次第では累計投資額を住宅資産額が超える場合もあり得るが、基本的には「消失」するものだ。

例えば土地を持っている人が1970年に1000万円で住宅を建て、2010年に2000万円で建て替えたとしよう。この場合、住宅資産額は3000万円になるのが当たり前だろうか。累計投資額は3000万円だが、資産額はその半分ぐらいだろう。

この場合「消失した1500万円はどこに消えたのか」と驚く必要はない。少なくとも70年に建てた1000万円分は「煙のように消えうせた」のではなく、音を立てて建物が壊されたはずだ。

今回の記事で最も気になったのは以下の説明だ。

【日経ビジネスの記事】

価格が維持されない商品は「資産」とは呼べない。つまり日本の住宅の正体は、資産のフリをした「消費財」なのだ。

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価格が維持されない商品は『資産』とは呼べない」のだろうか。「価格が維持されない商品=価格低下の可能性がある商品」という意味ならば、株式や貴金属も「資産」とは呼べない。もちろん土地もだ。しかし、これは常識との乖離が大きすぎる。

「価格が維持されない商品=価格が時間経過とともにゼロへ向かっていく商品」と考えるとどうだろう。この定義では、どんなに優秀な競走馬であっても「資産」とは見なせなくなる。数十年で必ず死んでしまうからだ。しかし、1億円以上で取引されることもあり多額の賞金を獲得してくれる競走馬を「資産ではない」と言い切るのは難しい。

木造戸建てでは「一律で『20年で価値ゼロ』と見なす業界慣習がある」という理由で、「日本の住宅は資産ではない」と筆者らは断定している。しかし、「20年で価値ゼロ」は資産であることを否定しない。それは競走馬の例からも明らかだ。

(2)では、「20年で価値ゼロ」を問題視する主張の不思議さを取り上げたい。

※(2)へ続く。

2016年2月20日土曜日

日経ビジネス「チャイルショック」4人組 低い完成度の記事再び

チャイルショック」の出来の悪さ再び--と言うべきだろうか。日経ビジネス2月22日号の「時事深層~激震、世界市場に3つのシナリオ すくむ米欧中、長期景気停滞へ」という記事は問題が多かった。筆者は上海支局の小平和良記者、ニューヨーク支局の篠原匡記者、ロンドン支局の蛯谷敏記者、それに田村賢司主任編集委員だ。完成度の低さが目立った2月8日号の特集「チャイルショック」でも、この4人は筆者に名を連ねていた。
大分川(大分県由布市) ※写真と本文は無関係です

今回の記事では何が問題なのか。日経BP社へ問い合わせを送ったので、その中身を見てほしい。

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス2月22日号の「時事深層~激震、世界市場に3つのシナリオ すくむ米欧中、長期景気停滞へ」という記事についてお尋ねします。記事では、2月15日の日経平均株価の大幅高に関して「その原因になったと見られるのが、中国人民銀行が昨年8月の為替レート切り下げ以後、続けてきた人民元安誘導を一転させて、大幅な元高に誘導したこと」と解説されています。

しかし、昨年8月から今年2月の途中まで人民元安誘導を続けてきたという説明には疑問が湧きます。2月7日の日経の記事によれば、中国人民銀行は「1月末の外貨準備高が3兆2309億ドルで、前月に比べ995億ドル減った」と発表したそうです。その原因は「人民元への下落圧力が強まり、人民銀がドルを売って元を買う為替介入を繰り返していること」にあると記事では説明しています。元買い介入を繰り返しているのであれば「人民元安誘導」とは方向としては正反対です。

御誌の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

この記事には他にも不可解な記述が見られます。「原油安の影響は当然、産油国だけではない。既に米国のシェールオイル業者の一部は経営が悪化。破綻に追い込まれており、米情報会社などの分析では、原油安の継続で資源企業、約140社の3分の1が1年以内に手元資金が枯渇する可能性すらあるという」という部分です。

記事の説明だと「米国=非産油国」と解釈するしかありません。しかし、米国は世界有数の産油国です。2015年6月には日経でも「米が世界最大の産油国に 39年ぶり、14年英BP調べ」という記事を載せています。「原油安の影響は当然、産油国だけではない」と書いた後に、原油安が米国に与える影響を解説したことはどう理解すればよいのでしょうか。

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ついでに、記事の書き方でいくつか細かい助言をしておこう。

◎どこに読点を打つべきか?

【日経ビジネスの記事】

2月に入って、円はドルに対して10日余りで約7.4%も急騰、一時1ドル=110円前半を付ける場面もあった。市場の混乱で流動性が高く、安全資産とされる円に一気に買いが入ったためだ

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読点を打つと、意図しなくても文がグループ分けされてしまう。記事の書き手はその点に注意を払ってほしい。「市場の混乱で流動性が高く、安全資産とされる円に一気に買いが入ったためだ」と書くと、「市場の混乱で流動性が高く」と「安全資産とされる円に一気に買いが入ったためだ」に分かれてしまう。

そこから素直に解釈すると「市場の混乱によって流動性が高くなった」と理解したくなる。しかし、筆者は「流動性が高く、安全資産とされる円」と言いたかったのだろう。しかし読点で分離してしまったために「流動性が高く」は「市場の混乱で」との結び付きの方が強くなってしまった。改善例を示しておこう。

ついでに言っておくと「約7.4%」に「」を付ける必要はない。

【改善例】

市場の混乱を受けて、流動性が高く安全資産とされる円に一気に買いが入ったためだ。

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◎ダブり表現に注意

【日経ビジネスの記事】

デフォルトで弁済に行き詰まることがあれば、中国経済への悪影響も及ぼしかねないはずだ。

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デフォルトとは「債務不履行」を意味する。「弁済に行き詰まること」と言い換えてもいいぐらいだ。だとしたら「デフォルトで弁済に行き詰まる」という説明は「リフォームで改築する」とか「イノベーションで技術を革新する」にも似た重複表現だと思える。

記事の別のところで「デフォルトすれば、原油市場の混乱は避けられない」と書いていたのも引っかかった。意見が分かれるかもしれないが、「デフォルトする」には違和感がある。「債務不履行する」とは普通は言わない。自分だったら「デフォルトとなれば、原油市場の混乱は避けられない」などと書くだろう。


※記事の評価はD(問題あり)。上海支局の小平和良記者、ニューヨーク支局の篠原匡記者、ロンドン支局の蛯谷敏記者の3人は暫定Dとしていた評価をDで確定させる。田村賢司主任編集委員はDで据え置きとする。

2016年2月19日金曜日

必須情報が抜けた日経「住宅ローン金利、みずほ引き下げ」

記事には絶対に入れるべき要素がある。例えば、「東京ディズニーランドの入園料引き上げ」という記事で値上げ幅や入園料に触れない選択肢はない。情報が確定していない場合でも、「値上げ幅は未定」などと伝える必要がある。そんな基本中の基本を守れていないベタ記事が、19日の日本経済新聞朝刊経済面に出ていた。「住宅ローン金利、みずほ引き下げ 普通預金も」という記事の全文は以下のようになっている。

筑後川沿いの風景(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

みずほ銀行は18日、普通預金と住宅ローンの金利を引き下げると発表した。外貨定期預金の金利は上げる。いずれも22日から適用する。日銀のマイナス金利政策の導入を受けて、国債利回りが低下しているため。三井住友銀行やりそな銀行も住宅ローンなどの金利を下げており、マイナス金利の影響が一段と広がってきた。

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この記事では、金利をどれだけ引き下げて、結果として何%になるのかは絶対に入れるべきだ。「普通預金と住宅ローン」のどちらかを省く選択はあり得るが、両方とも省略するのは問題外だ。みずほ銀行は引き下げを発表しているのだから、引き下げ幅や新たな金利水準が分からないとは考えられない。

ちなみにテレビ朝日では以下のように書いていた。

【テレビ朝日の記事】

みずほ銀行は22日から住宅ローンと普通預金の金利を引き下げると発表しました。

このうち、住宅ローン金利は固定金利型を対象に引き下げます。主力の固定期間10年の最優遇金利は、今月はすでに年1.05%の過去最低水準の金利を提示していましたが、さらに0.15%引き下げて年0.90%にします。一方で、普通預金の金利は年0.020%から過去最低(2002年8月から2006年7月まで)と並ぶ0.001%に引き下げます。見直しは2010年9月以来、5年5カ月ぶりとなります。大手行では三井住友銀行やりそな銀行が今月、住宅ローンと普通預金の金利を引き下げています。また、グループのみずほ信託銀行も26日から年0.020%を過去最低と並ぶ0.001%に引き下げます。日銀が「マイナス金利」の導入を発表後、市場金利が低下したことなどを踏まえた対応としています。

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普通はこう書くだろう。この記事は必須の要素をちゃんと盛り込んでいる。日経の記事と比べると、きちんと書いている感じが出ている。今回のベタ記事を書いた日経経済部の記者・デスクに言わせれば「テレビ朝日の記事とは行数が違う。スペースが十分にあれば、自分たちだってちゃんと書いていた」と反論したくなるかもしれない。しかし、日経の行数でも必須の要素は十分に入れられる。試しに、テレビ朝日の記事を参考にして改善例を示してみよう。

【改善例】

みずほ銀行は18日、普通預金と住宅ローンの金利を引き下げると発表した。日銀のマイナス金利政策の導入を受けた国債利回りの低下を反映させる。住宅ローンは主力の固定期間10年の最優遇金利を0.15%引き下げて年0.90%にする。普通預金の金利は年0.02%が0.001%になる。外貨定期預金の金利は上げる。いずれも22日から適用する。

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これで日経の記事とほぼ同じ長さで、必須の情報を盛り込めているはずだ。1行オーバーするならば「外貨定期預金の金利は上げる」を削ればいい。このぐらいの当たり前のことが、なぜできないのか。

今回の件から読み取れるのは、経済部の記者だけでなくデスクも記事の書き方の基礎的な技術が身に付いていないということだ。本来ならば、デスクが記者に「こういう書き方じゃダメだろ」と指導しなければならない。しかし、そういう教育を社内でできる土壌は既に消失している。

今回の記事を書いた記者は、基礎的な技術を身に付けないままデスクになる可能性が非常に高い。デスクになった時に記者が今回のような記事を書いてきても、注意してあげることはもちろんできない。そうやってレベルの低い記事が量産されていく。そんな流れを何とか食い止めたいと願っているのだが…。


※記事の評価はE(大いに問題あり)

2016年2月18日木曜日

「個人向け国債」を誤解? 日経ビジネス杉原淳一記者(2)

日経ビジネス2月15日号の「時事深層~金利消滅、さまよう個人マネー」という記事で、筆者の杉原淳一記者は「財務省は2月3日、10年固定金利の個人向け国債の募集を初めて中止した」と書いていた。これは個人でも買える「新型窓口販売」のことで、「個人向け国債」とは違うのではないかとの問い合わせを日経BP社にした。4日経っても回答がないので、答えは「無視」だと思われる。

湯の坪街道(大分県由布市) ※写真と本文は無関係です
それはひとまず置いて、ここでは杉原記者がなぜこういう書き方をしたのか考えたい。個人的に有力だと思うのが「日経の記事を参考にしてビジネスの記事を書いたから」だ。日経では、自社媒体の過去の記事に出ていた情報を確認せずにそのまま使って間違いを繰り返すことがよくある。今回は2月4日の「マイナス金利、国債に影響 窓口販売停止」という日経の記事が気になる。この記事では以下のように書いている。

【日経の記事】

3日に財務省が募集をやめたのは個人が地銀などの窓口で購入できる「新型窓口販売」と呼ぶ国債。利回りがマイナスになる見通しで需要が見込めなくなった。満期までの期間が2年と5年のものはすでに販売をやめており、窓口販売そのものが停止する。

金利の下限を0.05%に設定している変動金利型の10年債の販売は続ける

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この記事自体に間違いは見当たらない。ただ、「金利の下限を0.05%に設定している変動金利型の10年債の販売は続ける」という説明は引っかかる。これは本物の「個人向け国債」の話だろう。ただ、記事の流れからは新窓販国債に「変動10年」があると取るのが自然だ。新窓販国債について「個人が地銀などの窓口で購入できる」と「個人向け」を匂わせる書き方をしたこともあり、これを見た杉原記者が「今回募集を止めたのは『10年固定金利の個人向け国債』」と誤解した可能性も捨て切れない。

ちなみに朝日は「新型窓販国債募集、10年物を中止 マイナス金利影響」という記事で「個人や地方自治体など向けに販売を予定していた10年物の『新型窓口販売国債』の募集を中止する」と書いている。これを見ていれば「個人だけに売るわけではない」と杉原記者も判断できただろう。日経の言う「変動金利型の10年債」についても、「金利に下限を設けている『個人向け国債』は、販売を続ける」と朝日では新窓販国債とは区別して書いていた。この辺りに両紙の力量の差が出ている。

上記の話はあくまで想像だが、「日経の記事の書き方が上手くないので、それを読んだ日経グループ内の記者が誤解をして…」という展開はありがちなので注意が必要だ。

ついでに、4日の日経の記事について1つ指摘しておくと、「『新型窓口販売』と呼ぶ国債」という表現はかなり不自然だ。「新型窓口販売」は販売方式の名前であり、国債そのものではない。今回の場合、「『新型窓口販売国債』と呼ぶ国債」「『新型窓口販売』と呼ぶ方式で売る国債」などとした方が良い。


※今回の記事への評価はD(問題あり)。「回答例」でも触れたように、「新窓販国債」を「個人向け国債」と呼んだ件は、「広義では新窓販国債も個人向け国債だ」との弁明が可能なので、杉原淳一記者への評価は最低ランクとせずD確定に留める。ただ、間違い指摘に回答しないのは、メディアにとっても書き手にとっても大きなマイナス評価になると強調しておきたい。

説明に欠陥あり 週刊ダイヤモンドの特集「逃げ切り世代」(2)

週刊ダイヤモンド2月20日号の特集「逃げ切り世代」の拙い説明について追加で指摘していく。今度は「50代から40代まで低下 低年齢化進む退職勧奨」という記事を取り上げる。以下のくだりを読んで「早期退職の対象年齢が年々低下してきている」と納得できるだろうか。

吉野ヶ里歴史公園(佐賀県吉野ヶ里町) ※写真と本文は無関係です
【ダイヤモンドの記事】

さらに深刻なのは、早期退職の対象年齢が年々低下してきていることだ。本誌の集計によると、11年から15年までの5年間で、希望・早期退職を実施した主な上場企業のうち、38%で最も多かったのは40歳以上だった。

バブル経済崩壊以後の「失われた20年」では、早期退職者は主に50歳以上で失業者の3割近くに上っていた。近年はそれが大きく低下していることになる

40歳といえば、バブル経済の恩恵を知らず、就職氷河期に企業に入り、伸び悩む賃金にも耐えながら、仕事に汗を流してきた世代だ。

そうして働き盛りを迎えた世代にも、早期退職の波が容赦なく襲う厳しい現状を見ると、「逃げ切り世代」のシニア層はどこまでもついているといえる。

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上記の説明では、まず2011~15年のデータを示している。しかし、それ以前の比較可能な数値はない。「バブル経済崩壊以後の『失われた20年』では、早期退職者は主に50歳以上で失業者の3割近くに上っていた」とは書いてある。しかし、これでは記事で示した11~15年のデータとの比較ができない。ゆえに「近年はそれが大きく低下している」との解説には裏付けが乏しい。

そもそも「早期退職者は主に50歳以上で失業者の3割近くに上っていた」との説明が謎だ。「失業者の3割近くに上っていた」のは「早期退職者」なのか「50歳以上の早期退職者」なのか微妙だが、いずれにしても失業者全体の3割近いというのは常識的に考えて多すぎる。記事で言う「失業者」は「早期退職した失業者」のつもりかもしれないが、そうは書いていない。

さらに言えば「50代から40代まで低下 低年齢化進む退職勧奨」という見出しも引っかかる。上記の早期退職者の話を基に「低年齢化進む退職勧奨」としているのだろう。しかし「希望・早期退職退職勧奨」とは言えない。好条件で希望退職を募集して、特に退職勧奨はせずに募集を締め切る場合も珍しくないはずだ。

最後の「『逃げ切り世代』のシニア層はどこまでもついている」という説明も苦しい。記事では「『失われた20年』では、早期退職者は主に50歳以上」と書いていた。そして、90年代に早期退職で仕事を失った50歳代は今やシニア層だ。この層を「逃げ切り世代」に分類すると、整合性の問題が生じる。

続いては「2000年から5年間の購入者は数少ない逃げ切り」という住宅関連の記事を見ていく。この記事の説明も結局、解読できなかった。

【ダイヤモンドの記事】

逃げ切れなかった人たちがこれから住宅を買う際にはどうすればよいのか。

まずは築年数が古く、好立地の中古マンションを探してみよう。実は築20年に比べて築40年の方が、価格が高いケースがある。当時の物件は都心の高級住宅地にあることが多く、資産価値がこれ以上下がりにくいためだ

逃げ切れない世代の間では最近、中古マンションの人気が高まっている。建設時期を選んで買えば、「ミニ逃げ切り」となれるかもしれない。

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実は築20年に比べて築40年の方が、価格が高いケースがある。当時の物件は都心の高級住宅地にあることが多く、資産価値がこれ以上下がりにくいためだ」という説明が分かりにくい。例えば同じ高級住宅地に同じような条件で築年数が20年と40年のマンションがあるとしよう。ダイヤモンドによると、「築40年の方が、価格が高いケースがある」らしい。理由は「当時の物件は都心の高級住宅地にあることが多く、資産価値がこれ以上下がりにくいためだ」という。

しかし、都心の高級住宅地にあるという条件は築20年の物件も同じだ。それが理由で「資産価値がこれ以上下がりにくい」のだとすると、築20年も価格は下がりにくくなるはずだ。なのに、なぜ築40年の価格の方が高くなるのか。築20年より築40年の方が価格が高くなるなら、築年数以外で両者に何か差があるはずだ。それを明示してくれないと、情報としての意味がない。

この記事でもう1つ指摘しておく。

【ダイヤモンドの記事】

最も資産価値が高まったバブル期の1989年は、79年の新築坪単価160.5万円に対し、中古は817.2万円まで伸びた。仮に70平方メートルなら、3370万円だったものが1億7332万円まで値上がりしたことになる。

高度経済成長で不動産価格は右肩上がりの時代。物件価格もまだ安く、相対的に10年後の価値が上がる時期が続いた。

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一般的に、1979~89年は高度経済成長期ではない。高度成長は70年代前半で終わっている。上記のような書き方をすると「筆者はちゃんと分かって書いているのかな?」との疑念を読者に生じさせてしまう。

今回の特集には他にもツッコミどころが多いが、さらに長くなるのでこの辺りで終わりとしたい。特集の完成度としては日経の1面企画レベルまで下がってきている印象がある。ダイヤモンド編集部のメンバーには強い危機感を持ってほしい。一昔前のダイヤモンドであれば、こんなことはなかった。


※特集の評価はD(問題あり)。竹田孝洋副編集長への評価はDを維持し、中村正毅記者、宮原啓彰記者、大根田康介記者については暫定Cから暫定Dへ引き下げる。田島靖久副編集長への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。田島副編集長への評価に関しては「ダイヤモンド編集長へ贈る言葉 ~訂正の訂正について」を参照してほしい。

日経 北沢千秋編集委員「一目均衡」での奇妙な解説(3)

16日の日本経済新聞朝刊の投資情報面に載った「一目均衡~パッシブ運用者の責任」という記事の問題点についてもう少し続ける。以下は記事の終盤の4段落だ。筆者の北沢千秋編集委員は「運用会社は今、株価下落を通じて厳しい選別の目にさらされているのを自覚すべきだ」という結論を導き出している。これに説得力を感じるだろうか。

須佐能袁神社(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

パッシブファンドが企業との対話や議決権行使に本腰を入れれば、企業への圧力は格段と強まる。リターンの悪化に歯止めをかけるためにも、もはや「対話などの手間はアクティブ運用者任せ」というただ乗りに甘んじるべきではない。

一方、年金基金など運用委託者はパッシブ運用者が責任を果たしているか、監視を強化すべきだ。さらに、運用の委託手数料を値切るのももうやめて、リターン向上のための手間やコストには相応の対価を払うようにした方がいい。

それが非現実的なら、企業との対話に熱心なパッシブファンドなどに資金を傾斜配分するという手もある。日本の運用業界が未成熟な責任の一端は、バイイングパワーを背景に運用手数料を買いたたいてきた資金の出し手にもある。

野村総合研究所の堀江貞之・上席研究員は「暴落相場は運用会社の運用能力・姿勢を見極める絶好の機会」と指摘する。運用会社は今、株価下落を通じて厳しい選別の目にさらされているのを自覚すべきだ

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パッシブファンドは企業との対話や議決権行使に本腰を入れるべきだ」という北沢編集委員の主張に個人的には賛成しないが、取りあえず受け入れてみよう。その場合、「運用会社は今、株価下落を通じて厳しい選別の目にさらされている」との結論ではうまく着地しない。北沢編集委員の説明を素直に信じれば、パッシブファンドも企業に圧力をかけるべきであり、運用会社はそれができるかどうかで厳しい選別を受けているのだろう。

だとしたら「パッシブ運用者が責任を果たしているか、監視を強化すべきだ」と訴えていることと辻褄が合いにくい。パッシブかアクティブかを問わず既に「株価下落を通じて厳しい選別の目にさらされている」のだから、成り行きに任せればいいのではないか。

北沢編集委員の主張に沿った結論にするならば、最終段落は以下のようにしてはどうだろう。

【改善例】

野村総合研究所の堀江貞之・上席研究員は「暴落相場は運用会社の運用能力・姿勢を見極める絶好の機会」と指摘する。その対象に自分たちも含まれる時代が訪れつつあることを、パッシブファンドの運用者は自覚すべきだ

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せっかくなので「パッシブファンドの運用担当者がコストをかけて企業に圧力をかけるべきかどうか」を少し考えてみよう。前提として「圧力をかけると、企業業績の改善を通じて株価上昇率を高められる(あるいは下落率を縮小できる)」「圧力をかけるコストがかかるので、委託手数料はその分高くなる」と仮定する。

この場合、「委託手数料が多少高くても、その分は株価上昇率の上乗せでカバーできるから、圧力をかけるファンドを選ぶ」という行動は合理的だろうか。日経平均型のファンドで言えば、圧力をかけた分だけ日経平均の上昇率が高まる恩恵は日経平均型ファンドの全てに及ぶ。だとしたら、圧力をかけない(つまり委託手数料の安い)ファンドを選ぶ方が合理的だ。

委託する側が合理的に判断し、パッシブファンドが「厳しい選別の目にさらされている」とすると、委託手数料を高くして投資企業に圧力をかけるパッシブファンドは淘汰されていくはずだ。そもそも、圧力をかけることで追加的な株価上昇をもたらす能力があるのならば、パッシブファンドなんか運用しないで「圧力をかけた銘柄だけで構成するアクティブファンド」を立ち上げてほしい。その能力が本物ならばだが…。


※記事の評価はD(問題あり)。「保有株数を考えれば、企業への影響力はアクティブファンドより大きい」という記事中の説明が正しいのかとの問い合わせに対し、日経からの回答は届いていない。ただ、この件では「記事の説明は明らかに問題あり」とは断定する材料が少し足りないので、北沢千秋編集委員への評価はDで据え置く。

2016年2月17日水曜日

日経 北沢千秋編集委員「一目均衡」での奇妙な解説(2)

16日の日経朝刊投資情報面に載った「一目均衡~パッシブ運用者の責任」という記事の問題点をさらに指摘していく。まずは以下のくだりから。ここは説明としてきちんと成り立っていないし、事実誤認の可能性もかなりある。

久留米百年公園(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

低迷相場が長引くと当然ながら株価指数との連動を目指すパッシブファンドのパフォーマンスは上がらない。だが、パッシブ運用者が成績悪化を指数のせいにして、漫然と下げ相場を眺めているとしたら怠慢だ。

機関投資家に対して、企業に持続的成長を促す働きかけを求めたスチュワードシップ・コードは、当初、アクティブ運用者が当事者と考えられていた。しかし今では「パッシブ運用者こそ責任を果たすべきだ」(大手運用会社社長)と見方は変わりつつある。保有株数を考えれば、企業への影響力はアクティブファンドより大きいからだ

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上記の説明では「なぜここにきて見方が変わりつつある」のか理解に苦しむ。筆者の北沢千秋編集委員は「保有株数を考えれば、企業への影響力はアクティブファンドより大きいからだ」と解説している。しかし、これは不可解だ。最近になって保有株数が逆転したわけでもないだろう(もしそうなら、その点に言及すべきだ)。スチュワードシップ・コードの議論が始まった頃からパッシブファンドの方が保有株数が多かったとすれば、なぜ最初から「パッシブ運用者こそ責任を果たすべきだ」とならなかったのだろう。

さらに言えば、「保有株数を考えれば、企業への影響力はアクティブファンドより大きい」かどうかも疑問が残る。これに関しては日経に問い合わせをしてみた。こちら側が何か重要な点を見落としているような気もするが…。内容は以下の通り。

【日経への問い合わせ】

「一目均衡~パッシブ運用者の責任」という記事についてお尋ねします。筆者の北沢千秋編集委員はスチュワードシップ・コードに触れた後で「今では『パッシブ運用者こそ責任を果たすべきだ』(大手運用会社社長)と見方は変わりつつある。保有株数を考えれば、企業への影響力はアクティブファンドより大きいからだ」と述べておられます。これを信じれば、日本国内ではアクティブファンドよりもパッシブファンドの方が多くの日本株を保有していることになります。

しかし、モーニングスターの調べによると、2015年11月時点での国内籍ファンドのパッシブ比率(純資産額全体に占めるパッシブファンドの比率)は29.7%にとどまっています。裏返せばアクティブ比率が70%に達しているのです。これで「保有株数を考えれば、企業への影響力はアクティブファンドより大きい」と言えるのでしょうか。国内ファンドの純資産の全てが日本株で構成されているわけではないので、日本株の保有数でも同じシェアになるとは言えませんが、パッシブファンドの方がアクティブファンドより保有株数が大きい可能性は極めて低いと思えます。

記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、どのデータから「保有株数でパッシブファンドがアクティブファンドを上回る」と結論付けたのか教えてください。1週間以内に回答がない場合、記事の説明は誤りと判断させていただきます。

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長くなってしまったので、この記事の残りの問題点は(3)で述べる。

※(3)へ続く。

追記)結局、回答はなかった。

2016年2月16日火曜日

日経 北沢千秋編集委員「一目均衡」での奇妙な解説(1)

アクティブファンドが市場平均に勝ちやすいのは上昇相場だろうか、それとも下落相場だろうか。常識的に考えれば「どちらもも同じ」だろう。しかし、日本経済新聞の北沢千秋編集委員によると下落相場の方らしい。この見方は正しいのだろうか。16日の日経朝刊投資情報面に載った「一目均衡~パッシブ運用者の責任」という記事の中身を見てみよう。

【日経の記事】
福岡県久留米市の風景 ※写真と本文は無関係です


これからがアクティブ(積極運用型)ファンドの運用者は腕の見せどころ」。年初からの暴落相場をみながら、ひふみ投信を運用するレオス・キャピタルワークスの藤野英人社長は腕をぶしている。

2012年末からのアベノミクス相場のような市場全体を底上げする上昇相場では、アクティブファンドが株価指数に勝つのは容易ではない。銘柄選別の効果が薄れるからで、真のアクティブ運用者は下げ相場やボックス相場でこそ実力を発揮しやすいという

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市場全体を底上げする上昇相場では、アクティブファンドが株価指数に勝つのは容易ではない」のは確かだ。例えば、全ての銘柄が年間で10%上昇する市場では、どの銘柄をどう組み合わせてもファンドの運用成績は市場平均並みになってしまう(信託報酬などのコストは考慮していない)。しかし、それは全ての銘柄が年間10%下落する市場でも、全ての銘柄の株価が全く動かない市場でも同じだ。「下げ相場やボックス相場」では上げ相場に比べて銘柄ごとの動きが異なりやすいというなら話は別だが、そういう説明は記事中に出てこない。

百歩譲って「真のアクティブ運用者は下げ相場やボックス相場でこそ実力を発揮しやすい」としよう。しかし、だからと言って「これからがアクティブファンドの運用者は腕の見せどころ」と考えるのは早計だ。年初からここまでは「暴落相場」だったかもしれないが、「これから」が「下げ相場やボックス相場」になるかどうかは分からない。ひょっとすると、レオス・キャピタルワークスの藤野英人社長や北沢編集委員には未来が見えているのかもしれない。だとしたら、その点に触れるべきだ。

この記事には他にも指摘すべき点がある。それらは(2)で述べる。また、以前に投資信託の信託報酬について不正確な記事を書いていた藤野氏のコメントを使っているのも気になる。藤野氏については「誤りも確信犯? 日経『なるほど投資講座』の藤野英人氏」を参照してほしい。


※(2)へ続く。

2016年2月15日月曜日

説明に欠陥あり 週刊ダイヤモンドの特集「逃げ切り世代」(1)

週刊ダイヤモンド2月20日号の特集「逃げ切り世代」は完成度が低かった。まともな説明ができていない記事も散見され、最近のダイヤモンドの低調さがそのまま出たような内容だった。特集の担当者には竹田孝洋副編集長、田島靖久副編集長、中村正毅記者、宮原啓彰記者、大根田康介記者らが名を連ねている。2人の副編集長の名前からも、記事の中身に不安が募る。まずは「学費のために風俗“落ち”も 『下流大学生』の悲惨な現実」という記事を題材に、問題点を指摘したい。

大分県日田市の三隈川(筑後川) ※写真と本文は無関係です
【ダイヤモンドの記事】

海外旅行やサークル活動、そして合コン──。そんな青春を謳歌する大学生像は一部のドラ息子・娘を除き、今や昔の話。奨学金という名の借金を背負い、生活苦にあえぐ学生が急増中だ

「このバイトをやっていて良かったことなんて一つもないですね……」

毒々しいネオンサインが溢れる都内の繁華街。デリバリーヘルス店で働く美央さん(仮名・21歳)は、そうつぶやいた。同店の売り文句は「女子大生専門」だ。

美央さんは都内の私立大学に通うため、実家を離れ1人暮らし。デリヘルのシフトは週2日。1回2万円ほどの“サービス料”のうち、手にするのは半分強にすぎない。客数は1日平均2~3人だ。

親からの仕送りは学費と家賃に消えるため、稼いだ金の大半が生活費に消えていく

「親や彼氏にも言えるわけがないですよね。でも、女友達もキャバクラ勤めは普通。言わないだけでデリヘル嬢も少なくないかも」

仕事を始めて驚いたのは、70~80代の年金暮らしの男性客が想像以上に多いことだった。

「下着をはき替えさせられたり、体をなで回されるだけだったり。私は稼げるからいいけど、年金がこんな形で使われるのは……」

美央さんのように風俗店で働かなくても、「長時間の深夜バイトで、学費や生活費を稼がざるを得ない学生が増えている。金銭的に下宿できず、茨城県の自宅から毎日、八王子のキャンパスに通う学生もいる」と東京私大教連書記長の中川功・拓殖大学教授。

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まず「美央さん」が「デリバリーヘルス店で働く」理由が謎だ。「親からの仕送りは学費と家賃に消える」ということは、逆に言えば学費と家賃に充てられる仕送りがあるのだろう。残りの生活費は月10万円もあれば足りる。普通のアルバイトでも稼げる金額だ。なのに、なぜキャバクラも飛び越えて「デリバリーヘルス店で働く」のか。記事には何の説明もない。

記事では「稼いだ金の大半が生活費に消えていく」と「美央さん」の苦境を訴える。しかし、計算してみると彼女のデリヘルでの月収は20万円に達する。学費と家賃を仕送りで賄っていると考えると、かなり優雅な学生生活だ。これを「生活苦にあえぐ学生」の代表のように取り上げても説得力はない。

説明に欠陥があるのはこの記事にとどまらない。残りは(2)で紹介したい。

※(2)へ続く。

日経1面「中国と世界」 無戸籍者問題の説明は「騙し」?(2)

14日の日本経済新聞朝刊1面に載った「中国と世界~わなへの恐怖(3)格差が生んだ格差」についてさらに問題点を指摘していく。この記事では、あれこれ盛り込み過ぎて説明が不十分になってしまう日経1面企画お決まりのパターンがいくつも見られた。順に見ていこう。

◎退去通告は「農村戸籍」狙い撃ち?
石橋文化センター(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

この地域を再開発する。3月末までに退去せよ」。上海市西北部にある紅旗村。今年1月11日、農村からの出稼ぎ者が多く暮らす村のあちこちに突然、退去通告が張り出された。期限まで3カ月足らず。「応じなければ強制執行し、その費用も請求する」――。

上海市は年初から市内の各地で立ち退き通告を始めた南部の永聯村で2月23日までの立ち退きを迫られた四川省出身の鄧さん(43)は「急に言われてもどうすればいいのか」と途方に暮れる。

上海に23年、住み続けた鄧さんは一度も上海市民として認められたことがない。農村と都市を明確に分ける戸籍制度があったからだ。

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記事の冒頭から説明が足りない。上記のくだりを読んでも、上海市が年初から始めた各地での退去通告の目的がはっきりしない。「この地域を再開発する。3月末までに退去せよ」という退去通告を素直に信じれば、目的は再開発であり、農村戸籍を持つ者を狙ったものではない。ならば退去通告を受けて「途方に暮れる」のは戸籍問題と無関係だ。「農村戸籍だと上海ではこんなに大変だ」と記事では訴えているようだが、話の前提が崩れてくる。

南部の永聯村」も含めて、退去通告を受けた地域は「農村からの出稼ぎ者が多く暮らす村」ばかりだと言うならば、それは明記してほしい。退去請求は農村戸籍への狙い撃ちだという場合、なぜ年初から上海市が強硬姿勢を打ち出したのかも入れたいところだ。しかし、そうした謎を残したまま、記事は別の話題へと移っていく。

記事の続きは以下のようになっている。


◎なぜ「公立学校」に入れない?

【日経の記事】

都市への過度の人口流入を防ぎ、食料を確保することなどを狙った中国の厳格な戸籍制度は、1950年代に確立した。

学校や病院などの公共サービスは地元出身者が優先。上海市は地方出身者の住宅購入を認めず、大学入試でも上海市民が有利になる鄧さんは息子を上海の公立学校に入れられず、四川省の両親を頼って故郷に送らざるを得なかった

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鄧さんは息子を上海の公立学校に入れられず、四川省の両親を頼って故郷に送らざるを得なかった
という説明が引っかかった。まず、なぜ「公立学校」という曖昧な情報を入れたのか。流れから言えば「公立大学」とするのが自然だ。「ここで言う『公立学校』は大学ではないが、それだと話に合わないのでわざと幅を持たせたのでは?」と勘繰りたくなる書き方だ。

公立学校に入れなかった理由にも記事では触れていない。農村戸籍しかないから受験さえさせてもらえなかったのか、そもそも学力が全く足りなかったのか。そこが分からないと「鄧さん」に同情すべきかどうかも判断できない。


◎制度導入から3年近く経ってるのに…

【日経の記事】

戸籍制度の改革を進めてきた中国政府は今年1月、ようやく制度を大幅に緩和する条例を施行した。地方の小都市では定住していれば都市戸籍を取得できるようになったが、都市の人口規模が大きくなるにつれて条件が厳しくなる。

上海社会科学院の楊雄社会学研究所長は「必要なのは高い専門技術を持った人材だけだ」と言い切る。同市は2013年、学歴の高さ、年齢などで一定のポイントを得られなければ定住を許さない制度を導入した。学歴の低い地方出身者は、出稼ぎもできなくなる可能性が高まっている

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上海市は「2013年、学歴の高さ、年齢などで一定のポイントを得られなければ定住を許さない制度を導入した」らしい。導入から約3年が経過しているのに「学歴の低い地方出身者は、出稼ぎもできなくなる可能性が高まっている」と、今後の心配事のような書き方をしているのが気になる。

制度がきちんと機能しているならば「学歴の低い地方出身者は、出稼ぎもできなくなってしまった」などと書くはずだ。制度は導入したものの今は有名無実化している状況ならば、それを説明してほしい。


◎「捨て子=無戸籍」?

【日経の記事】

中国南部、広東省掲陽市でライチ畑の中にたたずむ紫峰寺。門前に掲げられた「子供を捨てる者は因果応報を受ける」という警告文とは裏腹に、赤子を置き去りにする親が後を絶たない。今も20人の子供が暮らす。

昨年まで続いた一人っ子政策の下、地方では低所得層の親が2人目の子供や障害児を手放すことも多かった。戸籍を持てない孤児は学校にも行けず、鉄道などの利用のほか、宿に泊まることさえできない。こうした無戸籍者は全人口の1%、1300万人に達する。

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何となく「孤児=無戸籍」との前提で話が進んでいるが、そこは説明が欲しい。日本では孤児にも戸籍があるのが当然だ。ロイターの記事によると、中国では「自身の出生が『一人っ子政策』に違反する人や孤児などは戸籍制度から除外されている」らしい。記事を書いている記者にとっては「中国の孤児=無戸籍」は自明なのだろう。しかし、大多数の読者も同じかどうかは、少し考えれば分かるはずだ。


※記事の評価はD(問題あり)。

2016年2月14日日曜日

日経1面「中国と世界」 無戸籍者問題の説明は「騙し」?(1)

14日の日本経済新聞朝刊1面に載った「中国と世界~わなへの恐怖(3)格差が生んだ格差」は色々と問題のある記事だった。まずは中国の無戸籍者問題を考えたい。日経はこの問題について「(中国政府の)具体策はこれからだ」と断言している。しかし、無戸籍者に戸籍を与えるという方針を中国政府が既に打ち出していた場合、「具体策はこれから」と言えるだろうか。

まずは日経の記事から見ていこう。
鹿毛家住宅(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

昨年まで続いた一人っ子政策の下、地方では低所得層の親が2人目の子供や障害児を手放すことも多かった。戸籍を持てない孤児は学校にも行けず、鉄道などの利用のほか、宿に泊まることさえできない。こうした無戸籍者は全人口の1%、1300万人に達する

(中略)中国政府によると、年間収入が2300元(約3万9千円)を下回る貧困層は全国に7000万人。習近平指導部は昨年11月、20年までに貧困層を救うと宣言しており、無戸籍者問題にも取り組んでいるが、具体策はこれからだ

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例えばロイターは昨年12月に「中国政府は9日、戸籍(戸口)登録がない国民に対して戸籍を付与すると発表した」と報じている。他社の報道でも同じ内容を確認できる。こうした情報が正しい場合、日経の記事は「騙し」にも見えてしまう。戸籍付与の方針を知らなかった可能性も、もちろんあるが…。

日経には問い合わせを送っておいた。回答はないだろう。

【日経への問い合わせ】

14日朝刊1面の「中国と世界~わなへの恐怖(3)」という記事についてお尋ねします。記事では「戸籍を持てない孤児は学校にも行けず、鉄道などの利用のほか、宿に泊まることさえできない。こうした無戸籍者は全人口の1%、1300万人に達する」と中国の現状に触れた上で「(中国政府は)無戸籍者問題にも取り組んでいるが、具体策はこれからだ」と説明しています。

しかし、ロイターなどの報道によると、中国政府は戸籍登録がない国民に対して戸籍を付与すると昨年12月に発表したようです。「具体策はこれからだ」というより、抜本的な解決策を既に提示したと考えるべきでしょう。14日朝刊の記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいと言う場合、その根拠も併せて教えてください。なお、1週間以内に回答がない時は、記事中の誤りを認めたものと判断させていただきます。

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今回の記事は他にも問題が多い。それらについては(2)で触れる。

※(2)へ続く。

「個人向け国債」を誤解? 日経ビジネス杉原淳一記者(1)

財務省は2月3日、10年固定金利の個人向け国債の募集を初めて中止した」--。日経ビジネス2月15日号の「時事深層~金利消滅、さまよう個人マネー」という記事を読んでいて一瞬驚いた。「マイナス金利の導入を受けて、ついに個人向け国債も募集停止になってしまったのか」と思ったからだ。しかし、「10年固定金利」が引っかかった。「『10年変動』なら分かるけど、『10年固定』なんてあったかなぁ…」との疑問が浮かんだ。そして「これは以前に報道されてた新窓販国債の募集中止の話だな」と目星が付いた。

石橋文化センター内の坂本繁二郎旧アトリエ(福岡県久留米市)
                 ※写真と本文は無関係です
筆者の杉原淳一記者が今回のような書き方をしたのは、同情できる面もある。ただ、読者に誤解を与える説明になっているのは間違いない。日経BP社には以下の問い合わせを送っておいた。

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス2月15日号の「時事深層~金利消滅、さまよう個人マネー」という記事についてお尋ねします。記事の中に「財務省は2月3日、10年固定金利の個人向け国債の募集を初めて中止した」との説明があります。しかし、個人向け国債は募集中止になっていませんし、そもそも「10年固定金利の個人向け国債」が存在しません。個人向け国債は変動10年、固定5年、固定3年の3種類となっています。

個人でも買える新窓販国債については、財務省のホームページでも募集停止を確認できます。記事で言う「10年固定金利の個人向け国債」は「10年固定金利の新窓販国債」の誤りではありませんか。新窓販国債は法人でも買えます。個人しか買えない「個人向け国債」が別にあるのですから、新窓販国債を「個人向け国債」と表記するのは明らかな間違いです。

記事が正しいとすれば、新窓販国債ではなく「10年固定金利の個人向け国債」が実際に存在し、それが募集停止になっていなければなりません。そういう事実は本当にあるのでしょうか。間違いであれば速やかに訂正記事の掲載をお願いします。

御誌ではこのところ、記事中の明らかな誤りを握りつぶす事例が多く見られます。今回はそうした対応を取られないように祈っています。

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回答が届く可能性は低いので、ここでは日経ビジネス編集部の立場で回答例を考えてみよう。

【回答例】

ご指摘の通り、財務省が募集を停止したのは「10年固定金利の新窓販国債」です。個人しか買えない個人向け国債が別にあることは承知しておりましたが、「新窓販国債」だと読者にとって分かりにくい面があります。また「10年固定金利の新窓販国債」が個人でも買える国債なのも事実です。そうした点を勘案して「10年固定金利の新窓販国債」を「10年固定金利の個人向け国債」と表記しました。

とは言え、「10年固定金利の個人向け国債」とすると、狭義での「個人向け国債」に10年固定型があるとの誤解を与える恐れがあります。そうした点への配慮が十分ではなかった面もあると反省しています。分かりやすさを重視しつつも読者に誤解を与えずに済む書き方を、今後さらに模索していきたいと考えております。

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こんなところでどうだろうか。もちろん別の回答でも構わない。日経ビジネス編集部の適切な対応を期待したい。逃げてばかりでは、メディアとして悲しすぎる。

(2)では、「杉原記者がなぜ今回のような書き方をしたのか」を分析する。日経BP社から回答が届けば、それも紹介したい。

※(2)へ続く。

2016年2月13日土曜日

日経ビジネス あの宮崎謙介氏に今イクメンを語らせた事情は?

これほどタイミングが悪い記事も珍しい。日経ビジネス2月15日号に載った「敗軍の将、兵を語る~『イクメンNG』、まさか!」の筆者は自民党衆院議員の宮崎謙介氏。女性問題を受けて議員辞職を表明し、「イクメン」問題を語る資格を完全に失ってしまった。しかし、日経ビジネスの記事では臆することなく「私がやろうとしていることは働き方の改革なんです」などと述べている。

JR久大本線 日田駅(大分県日田市) ※写真と本文は無関係です
「日経ビジネスはなぜこんなに間抜けなんだ」と言いたいわけではない。女性問題が報じられた段階では掲載を取り止められない状況だったのならば、むしろ同情したい。ただ、女性問題の第一報が伝えられたのが9日(火)なので、素早く対応していれば今回の事態は防げたように思える。2月15日号の記事には「9日の長期金利」に言及しているものがあるからだ。そこで、日経BP社に問い合わせをしてみた。

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス2月15日号の「敗軍の将、兵を語る」についてお尋ねします。「『イクメンNG』、まさか!」との見出しが付いたこの記事では、自民党衆院議員の宮崎謙介氏が「あれこれ言われていますが、私は育休を取得する意思に変わりはありません」などと述べて、国会議員の育児休暇取得の重要性を訴えています。

ご存知のように、宮崎議員は不倫疑惑を認めて今月12日に議員辞職を表明しており、「敗軍の将、兵を語る」の内容は現状に即したものになっていません。

宮崎議員の疑惑について9日朝にはスポーツ紙が報じていました。時間的には2月15日号での「敗軍の将」の掲載取り止めも可能だったのではありませんか。疑惑があるのを知りながらそのまま掲載したのであれば、その理由を教えてください。

完全に陳腐化した内容の記事を載せてしまったこと自体を責めるつもりはありません。読者に対してきちんと説明していただければ納得できます。しかし、掲載の意味を失くした記事を堂々と世に出しておいて読者への説明を怠るのであれば、メディアとしての責務を果たしているとは言えません。

説明責任から逃げず、しっかりとこの問題に取り組んでください。よろしくお願いします。

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※日経ビジネス編集部はきちんと説明責任を果たせるだろうか。結果が出たら報告したい。

2016年2月12日金曜日

鈴木敏文セブン&アイ会長に相変わらず甘い週刊ダイヤモンド

週刊ダイヤモンドは鈴木敏文セブン&アイ・ホールディングス会長兼CEOにいつも甘い。これまでは“鈴木教信者”とも言える田島靖久副編集長が中心となって、これでもかと鈴木氏を持ち上げる記事を書いてきた。今回(2月13日号)の筆者は大矢博之記者。田島副編集長ほどではないが、やはり甘さが目立った。

大分川と由布岳(大分県由布市)※写真と本文は無関係です
今回の記事のタイトルは「ヨーカ堂社長交代の真相と改革の行方~鈴木セブン&アイ会長 初激白!」。ヨーカ堂問題で鈴木氏にインタビューするならば、「鈴木氏本人の責任はどうなんだ」と迫るべきだ。最も上の立場で長くヨーカ堂に関わっているのに、まともに責任を取らず人のせいにばかりにしているのが鈴木氏だ。ここに斬り込まないメディアに存在意義などない(御用メディアとしては別だが…)。

まずは、大矢記者が書いた「2年持たずしてエースが辞任 ヨーカ堂トップ交代の舞台裏」という分析記事の問題点を指摘したい。

【ダイヤモンドの記事】

ヨーカ堂は、期初こそ100億円の黒字計画を立てていたが、上半期だけで90億円の赤字を計上。それでもセブン&アイHDの村田紀敏社長は、昨年10月の決算発表の場で、「構造改革の手応えを感じている」と強調し、下半期で100億円の営業利益を出すことで、通期で黒字を確保できると強気の姿勢を崩さなかった。

しかし、ふたを開けてみれば第3四半期の3カ月間だけで赤字は54億円も拡大。これには鈴木会長も「落ち込みが急激過ぎた」と落胆、「結果が数字となって出てしまっている」と戸井氏の辞任を了承せざるを得なかったと説明する。

(中略)果たしてヨーカ堂は再生できるのか。一筋の光明は、店長に商品の仕入れから人事の権限まで委譲する「独立運営店舗」の取り組みが効果を発揮しつつあることだ。

本部主導の品ぞろえではなく、立地に合った商材の強化で売り上げを伸ばしたアリオ上尾店の成功を受け、昨年5月には取り組みを全185店へと拡大。「方針は間違っていない。全体として良い方向に進んでいる」と鈴木会長は自信を見せる。

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記事によると「『独立運営店舗』の取り組みが効果を発揮しつつある」らしい。そして「アリオ上尾店の成功を受け、昨年5月には取り組みを全185店へと拡大」している。ならば、5月以降は業績が上向いているのが自然だ。少なくとも悪化には歯止めがかかってほしい。ところが「ふたを開けてみれば第3四半期の3カ月間だけで赤字は54億円も拡大」している。

村田紀敏社長は、昨年10月の決算発表の場で、『構造改革の手応えを感じている』と強調し、下半期で100億円の営業利益を出すことで、通期で黒字を確保できると強気の姿勢を崩さなかった」はずだ。それが赤字拡大に終わったのならば「独立運営店舗の取り組みなど構造改革が機能していない」と評価するのが当然だ。しかし大矢記者は「『方針は間違っていない。全体として良い方向に進んでいる』と鈴木会長は自信を見せる」と書き、何の疑問も持たずに鈴木氏の言い分を受け入れている。「だったら、なぜ赤字は拡大しているのですか」となぜ質問しないのか。

インタビュー記事でも鈴木氏は聞かれてもいないのに「自分は悪くない。他の人間が悪いんだ」との弁明を繰り返している。いくらでもツッコミを入れられる稚拙な言い逃れなのに、大矢記者はなぜか鈴木氏の責任問題に迫ろうとはしない。その一部を見てみよう。

【ダイヤモンドのインタビュー記事】

──実際にリーダーとして問題があったのですか。

リーダーの役割は、業績が悪かったら改革や方向転換を行い、業績が良かったら、その方針を突き進めることです。

私はCEO(最高経営責任者)として「こういう方針で進めなさい」と各社に言います。だけど、それを実行するのはCOO(最高執行責任者)である社長です。そこまで私が入り込んでしまうと、私の役割がCEOなのかCOOなのか分からなくなります。

リーダーとしての資質の問題というよりは、取り組みを実行した結果が数字に表れてこなかった。本人もそのことを悩み、限界だと感じたのではないでしょうか。

──後任に亀井淳社長を選んだ理由は何ですか。

私自身、出している方針には自信があります。日米両国のセブン-イレブン、セブン銀行などの業績を見てもらえば分かるように、グループの大半は成功を収めています。だから、今までの方針を変える必要はないわけです

一方、ヨーカ堂改革においても具体案が出ています。それを、何も知らない新しい人に「すぐ実行してくれ」と言うのは難しい。亀井社長であれば、例えば閉店をどうするかについても、前に社長を務めていたときから考えていて方針を理解しています。だから、経緯や事情が分かっている彼に、再登板してくれと言ったのです。改革は今までの延長です。そのことをグループ内で最も分かっているのが彼だったからです。

──ヨーカ堂が回復しないのは、以前、社長を務めていた亀井社長にも責任があるのではないかとの指摘があります。

世間に「前任者を再び登用するのはおかしい」という声があるのは知っていますよ。ただ、それは社外の意見であって、われわれグループとしての考えは別です。

グループの方針が間違っていて、変えなくてはいけないのかといえばそうではない。方針が間違っていたら、グループ全体が減益になるはずですよ。そうでしょう。出版社だって雑誌を出し、うまくいかなければ編集長が責任を問われるでしょう。経営トップが責任を問われるわけではない

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鈴木氏の言う「CEOとして各社に言います」とは、持ち株会社であるセブン&アイのCEOとしての話だろう。これは分かる。しかし、鈴木氏はヨーカ堂のCEOでもある。セブン&アイの打ち出す方針に基づきヨーカ堂を経営する最高責任者は鈴木氏だ。

鈴木氏が持ち出す出版社の例えで言えば、鈴木氏は出版社の社長兼編集長だ。雑誌(ヨーカ堂)がうまくいっていないのに、編集長(ヨーカ堂CEO)が責任を取らないのはどういう理由なのか。大矢記者はそこを問うべきだ。

私自身、出している方針には自信があります。日米両国のセブン-イレブン、セブン銀行などの業績を見てもらえば分かるように、グループの大半は成功を収めています。だから、今までの方針を変える必要はないわけです」という鈴木氏の説明もおかしい。セブン-イレブン、セブン銀行は成功しているのにヨーカ堂は失敗しているのならば、「セブン-イレブンやセブン銀行の経営方針は間違っていないが、ヨーカ堂は間違っていた」と総括するのが当然だ。しかし、大矢記者はここでも鈴木氏の言い分を受け入れてしまう。

雑誌の例で言えば「A誌、B誌、C誌は売れ行き好調。なのにD誌だけ全く売れない。でも3誌でうまくいってるんだから、D誌の編集方針も間違っていない」と言う人がいたら、どう思うだろうか。「現状分析がお粗末過ぎる」と言われても仕方がない。

鈴木氏は長年にわたってヨーカ堂に関する様々な改革を打ち出してきたのに、特に近年はほとんど成果を上げられず、今日の事態を招いた。なのに「他のグループ企業がうまくいっているから、ヨーカ堂に関する方針も間違っていない」と強弁しているわけだ。今回の「独立運営店舗」も現状では明らかに期待外れだ。しかし、大矢記者は当たり障りのない質問を続けてインタビュー記事を終わらせている。

「厳しい質問なんかしたら、次からインタビューを受けてもらえなくなる」と大矢記者は言うかもしれない。それに対しては「だったら受けてもらう必要はない。厳しい質問をしない前提のインタビュー記事に価値などない」と答えたい。鈴木氏の中には「ダイヤモンドならば安心。こっちの意図を汲み取って書いてくれるから、取材にも積極的に応じよう」という気持ちがあるのだろう。裏を返せば、「ダイヤモンドは与しやすい」と見られている公算大だ。それを恥だと思う気概が欲しい。


※記事の評価はD(問題あり)。大矢博之記者への評価はDで確定させる。大矢記者は2015年6月6日号の特集「流通最後のカリスマ 鈴木敏文の破壊と創造」にも参加していた。この特集に関しては、「ダイヤモンド『鈴木敏文』礼賛記事への忠告」を参照してほしい。

2016年2月11日木曜日

ツッコミどころが多い日経ビジネスの特集「チャイルショック」(2)

やや間が空いてしまったが、日経ビジネス2月8日号の特集「チャイルショック」について、さらに問題点を指摘する。と言っても記事の書き方に関する初歩的な内容が中心となる。まずは「Part2 踊った新興国、宴の後の苦しみ」という記事から3つ取り上げてみたい。
本佛寺(福岡県うきは市) ※写真と本文は無関係です

【日経ビジネスの記事】

(1)鉄鉱石の埋蔵量は世界2位で、沖合には深海油田が豊富に眠る

(2)ケニアのナイロビで日本食チェーンを展開するトリドールも、昨年2店舗を開いたが、「夏以降、売り上げが鈍化してきた」と池光正弘ゼネラルマネージャーは警戒する。

(3)輸入品価格の高騰はガーナの通貨、セディが下落した影響だ。対ドルレートは2013年に比べて105%下落し、価値は半分になった

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(1)「油田」とは「原油が採れる地域」を指すので、「眠る」との相性が良くない。例えば「鉄鉱石の埋蔵量は世界2位で、沖合には豊富な埋蔵量を誇る深海油田がある」とすれば違和感はない。

(2)「売り上げが鈍化」だと、売り上げの伸びが鈍っているのか、売り上げが落ち込んでいるのか分かりにくい。迷わずに済む書き方を選ぶべきだ。

(3)「105%下落」だと価値は「半分」ではなくマイナスではないかと感じる。円相場で言えば、1ドル100円が200円に下落するような事態を「下落率100%」と表現しているのだろう。しかし、この場合どちらかと言えば「ドルの上昇率が100%」だと思える。今回のケースに関しては「105%下落」を省くことを勧める。セディの正確な下落率を読者に知らせる必要も感じられないので「対ドルで見ると2013年に比べて価値は約半分になった」ぐらいで十分だ。


続いて、今回の特集での納得できない説明を見ていこう。

◎「中間層が崩壊」?

【日経ビジネスの記事】

米ピュー・リサーチ・センターによれば、家計収入から見た米国の中間層の割合は1970年の62%から43%に大きく減少した。成人人口に占める比率も71年の61%から50%に落ちており、米国の強みだった分厚い中間層が崩壊しつつある

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中間層の比率が43%とか50%と聞いて「中間層が崩壊しつつある」と感じるだろうか。仮に「10%未満」を「崩壊」とすると、それには程遠い。「40%未満」で崩壊ならば、崩壊しつつあるかもしれないが、常識的な理解とかけ離れ過ぎている。

ピュー・リサーチ・センターでは、家計所得の中央値に対し3分の2から2倍までの世帯を「中間層」と定義しているようだ。この定義でいけば、米国で中間層が「崩壊」するリスクはほぼゼロだ。中央値の周辺が極端に薄い二極分化が起きない限り、中間層がそこそこの比率を占める状況は続くだろう。


◎他国通貨の方が安くなる人民元安?

【日経ビジネスの記事】

足元で進む人民元安は中国の輸出企業にとっては競争力の強化につながるが、そのほかの国の企業にとっては中国製品との競争が激しくなることを意味する。しかも「人民元安になっても以前ほど輸出が伸びない。人民元が下がると他国の通貨はそれ以上下落し、人民元安の効果がなくなることもあり得る」(中国の経済評論家、葉壇氏)。

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「人民元安の効果がなくなるほどの他国通貨の下落」があり得るらしいが、この説明はかなり意味不明だ。あらゆる通貨との関係を総合的に見て人民元安が進んでいるのであれば、人民元安の効果をなくすほど他国の通貨が値下がりすることはあり得ない。全体で見れば人民元安なのだから。

解読すると「対ドルでは人民元安でも他の通貨との関係では人民元高となる場合もあるので、全体としては人民元高になり得る」といった趣旨なのだろう。だとしても説明が下手すぎる。

また、今回の特集では田村賢司主任編集委員が「アベノミクスに新たな不安~日本直撃するチャイルショック 企業に激震、邦銀に損失懸念」というコラムを書いている。これもやはり問題ありだ。


◎説明として成立してる?

【日経ビジネスの記事】

イランはイスラム教内の宗派対立などでサウジアラビアと断交した。仮に戦争に至れば、両国が減産する可能性もいったんは指摘された。しかし、両国とも原油価格下落による石油収入減に苦しんでおり、断交も減産には結びついていない。

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「戦争になったら減産するかも」→「しかし、戦争になっても減産しなかった」という流れならば分かる。「国交断絶すれば減産するかも」→「しかし、断絶後も減産しなかった」でもいい。しかし「戦争になったら減産する
かも」→「しかし国交断絶後も減産しなかった」では、話の展開として成り立っていない。

例えば「殴り合いの喧嘩なんかしたら退学になるかもって、みんな心配してたんだよ。でも、いくら罵り合っても退学にならなかったんだよね」という話を聞いたらどう思うだろうか。「そりゃそうだろ。暴力事件を起こしたら退学になると心配してたのに、暴力を振るう事態には発展しなかったんだから…」と感じるのが自然だ。

ついでに言うと「イランはイスラム教内の宗派対立などでサウジアラビアと断交した」という書き方は感心しない。これだとイランが国交断絶を仕掛けたとの印象を持たれてしまう。「サウジはイランと断交」「イランとサウジが断交」などとしてほしい。


◎「3つの過剰」にダブり感あり

【日経ビジネスの記事】

人件費の上昇に加え、国有企業を中心として積み上がる債務、投資、設備の3つの過剰による不良債権の増大などで、中国企業の競争力に陰りが出ている。

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田村編集委員は「3つの過剰」として「債務、投資、設備」を挙げている。ただ、「設備」は投資の対象でもあるので、「3つの過剰」に入れると「投資」とのダブり感が出てくる。バブル崩壊後の日本に関して言われた「3つの過剰」は雇用、設備、債務。これだと重複は感じないが…。

今回の特集に執筆者として名を連ねているのは上海支局の小平和良記者、ニューヨーク支局の篠原匡記者、ロンドン支局の蛯谷敏記者、香港支局の白壁達久記者、それに田村賢司主任編集委員だ。

記事のレベルが低いのはある程度仕方がない。急に実力を付けろと言っても難しいだろう。しかし、間違い指摘を無視するのは看過できない。今回の特集で「前年同月比で伸び続けていた生産量も、2015年9月にシェール革命が始まって以来、初めて減少に転じている」と書いてしまったのは、書き手としての未熟さゆえだろう。しかし「シャール革命が始まったのは15年9月」と読めるのも間違いない。拙い説明を認めて反省すれば済む話なのに、それさえできないのは残念と言うほかない。


※特集の評価はE(大いに問題あり)。筆者に関しては、田村編集委員をD(問題あり)で据え置き、残りの4人を暫定でDとする。

2016年2月10日水曜日

ジャンク債は値下がり? 産経 松浦肇編集委員の記事を解読

米国で年明け後にジャンク債が値下がりしているのか、それとも横ばい圏で推移しているのか、判断に迷う記事が週刊東洋経済2月13日号に出ていた。特集「世界経済危機」の「PartⅡ 牽引役・米国に死角あり」に出てくる「現地リポート米国 原油安とジャンク債危機で急下降」という記事で、産経新聞の松浦肇ニューヨーク駐在編集委員はまず以下のように書いている。
筑後川(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

【東洋経済の記事】

ところが年初に入ると、低格付けのジャンク債(ハイイールド債)を中心に、発行体の信用力を示す社債のスプレッド(国債との利回り差)が拡大。KBWが推奨していた大手銀株の急落が牽引する格好で、代表的な株価指数であるS&P500も昨年末比11%安の水準まで下がる場面があった。

直接の引き金を引いたのが原油安だ。「原油安によるエネルギー業界の信用不安→ノンバンクの資金調達難やジャンク債の売り→金融機関株の売り→米国株全体への波及」という負の連鎖が生まれた。

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まず一言。「年初に入ると」とはあまり言わない気がする。「年が明けると」とした方が自然だ。

ここからが本題。上記の説明をあまり疑わずに読むと「年明け後にジャンク債価格はかなり下がったんだろうな」と思ってしまう。少なくとも自分はそうだった。ところが記事の最後のところで「えっ! ジャンク債は値下がりしてなかったの?」と思わせる説明が出てくる。それが以下のくだりだ。

【東洋経済の記事】

1月末時点でジャンク債(シングルB格、10年物)の利回りは約10%。エネルギー業界の発行体を除いても8.5%あり、「(低インフレ・低成長なのに資金調達コストが高止まりする)この状況があと3カ月も続けば景気後退期に入る」(米投資会社のアドラーヒルのエリック・イプ氏)との見方も出てきた。「ネット・ネット」だったはずの原油安が、景気循環ペースを加速させつつある。

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今度は、「ジャンク債の利回りが高止まり(価格は低水準で横ばい)」と思えてしまう。「この状況」とは「ジャンク債利回りの高止まり」なのだから、やはり年明け後のジャンク債利回りは「1月末までほぼ横ばい」と解釈するのが妥当だ。だとすると「ジャンク債の売り→金融機関株の売り→米国株全体への波及」といった説明はどう理解すればいいのだろうか。ここからは推測を交えて筆者の意図を探ってみたい。

年明け後にジャンク債価格はわずかしか下がっておらず、ほぼ横ばいと言える状況だった。しかし「ジャンク債危機で急低下」と見出しを付けて記事を書く以上、それでは話になりにくい。だから「社債のスプレッド(国債との利回り差)」を持ち出した--。これが最も可能性の高いシナリオだ。

記事には「エネルギー株とジャンク債が下落を主導」というタイトルで「ジャンク債」「S&P500」「エネルギー株」の2015年1月からの推移が分かるグラフが付いている。これを見ると、ジャンク債価格は昨年中ごろからじり安基調ではあるが、16年に入って目立った動きはない。ほぼ横ばいだし、下げていると言っても数パーセントのレベルだ。これで「S&P500も昨年末比11%安の水準まで下がる場面があった」ことに触れて、「ジャンク債の売り→金融機関株の売り→米国株全体への波及」と解説するのは、かなり苦しい。

本当にそうした動きがあるのならば、ジャンク債の価格や利回りをそのまま読者に見せればいいはずだ。なのに記事の最初の方では「社債のスプレッド(国債との利回り差)」を持ち出し、具体的な数字は見せずに「拡大」とだけ書いている。社債スプレッドならば社債利回りが上がらなくても国債利回りが低下すれば「拡大」する。ジャンク債利回りがほぼ横ばい圏でも使える数字なのだ。

なぜこうした書き方になるかと言えば、最初に描いたストーリーに縛られすぎたのだろう。昨年末のファンド清算など「ジャンク債危機」的な動きがあるのは確かだ。しかし、年明け後は思ったほどジャンク債価格が下がっていない。そこに松浦編集委員の“誤算”があったと思える。

記事に付けたグラフの始点を昨年末にしてみると「エネルギー株とジャンク債が下落を主導」とならないのは明白だ。S&P500もエネルギー株も大きく下げる中で、ジャンク債価格は下げ渋っていると見える。市場関連記事を書くときに自分なりのストーリーを描くのは悪くない、と言うより大切だ。しかし、ストーリーが崩れてきたら方向転換をためらわないことも、また重要だと覚えておいてほしい。

ついでにもう1つ疑問点を記しておく。

【東洋経済の記事】

「差し引き合算」を意味する「ネット・ネット」とはウォール街で1年前に流行していた言葉である。当時は原油安が本格化したばかりで、資源国経済に対する懸念も高まったが、「原油安が消費を押し上げ、総合的には米国経済にはプラス」という見方が大勢だった。



【産経の記事】

当時流行していた言葉が、「差し引き合算」という意味の「ネット」である。先進国経済は原油に関しては輸入超過なので、「エネルギー業界が苦しんだとしても、消費や設備投資が恩恵を受けるので、経済全体にとってはプラス」という趣旨だ。

「ネット」理論は米国でも根強く、金融筋も多用していた。S&P500種とニューヨーク・マーカンタイル取引所で取引されている原油先物価格の相関係数(基準日までの6カ月間の日足変化率ベース)を計算しても、原油安が始まった14年半ばから15年半ばまでは、あまり相関性の見られない「マイナス0・05~0・25」で推移した。

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東洋経済では「ネット・ネット」なのに、松浦編集委員が産経に書いた記事では「ネット」になっていた。どちらも「正味」という意味のようだが、使い分けている理由が分からなかった。流行していたのは「ネット」なのだろうか。それとも「ネット・ネット」なのだろうか。両方なのかもしれないが…。

また、東洋経済の記事の結びで「『ネット・ネット』だったはずの原油安が、景気循環ペースを加速させつつある」と松浦編集委員は書いている。「ネット・ネット=差し引き合算」ならば、この書き方ではダメだ。「『差し引き合算』だったはずの原油安が、景気循環ペースを加速させつつある」では意味不明な説明になってしまう。この場合「『ネット・ネット』理論ではプラス要因だったはずの原油安が、景気循環ペースを加速させつつある」などとすべきだ。


※やや苦しい説明はあるが、記事の評価はC(平均的)とする。松浦肇編集委員への評価はD(問題あり)を据え置くが、引き上げの方向で注視していきたい。

2016年2月9日火曜日

「マイナス金利」関連記事 不出来が際立つ日経ビジネス

今週の経済誌で注目したのは、やはりマイナス金利関連記事だ。週刊東洋経済の「日銀 再びルビコン川を渡った中央銀行 『史上初』金融政策の衝撃」、週刊エコノミストの「マイナス金利」、週刊ダイヤモンドの「マイナス金利導入! 日銀の危険な賭け」、日経ビジネスの「時事深層~マイナス金利、企業は踊らず」を読み比べてみた。質と量の両面で読み応えがあったのが東洋経済とエコノミスト。ダイヤモンドは間違いと思える説明があったので、その分で及第点に届いていない(※「経済学でマイナス金利は『想定外』? 週刊ダイヤモンドに質問」参照)。
小椎尾神社(福岡県うきは市) ※写真と本文は無関係です

他を引き離して出来が悪かったのが日経ビジネスだ。他誌が緊急特集を組む中でわずか2ページの記事だけというのも、質が高ければ良しとしたい。しかし、中身を見ると今回のマイナス金利政策に関する基礎的な部分を理解していないと思える記述が見られた。問い合わせをしてみたものの、丸1日以上経っても回答はない。

今回の記事の筆者は明示されず「景気動向取材班」となっている。ならば、デスクも含めてかなり数の人間が記事に目を通しているはずだ。なのに誰も何も気付かなかったのか。だとしたら症状としては末期的だ。

間違いと思える部分については、問い合わせの内容を見てほしい。

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス2月8日号の時事深層「マイナス金利、企業は踊らず」という記事についてお尋ねします。記事ではマイナス金利政策について「日銀は2月16日から、当座預金についての対応を変える。2015年の平均残高に相当する分には従来と同じ利子を付けるが、それを上回る部分には逆に0.1%の利子(手数料)を取る」と説明しています。しかし、日銀の公表した資料に照らしてみると、上記の説明は誤りだと思えます。

日銀は日銀当座預金について「3つの階層毎に、プラス・ゼロ・マイナス金利とする」としています。しかし、御誌の説明ではゼロ金利になる部分がありません。「2015年の平均残高に相当する分」がプラスで、「それを上回る部分」がマイナスです。「ゼロ」はどこへ行ったのでしょうか。

日銀の公表資料によれば当初はプラス金利が約210兆円、ゼロ金利が約40兆円(マクロ加算残高)となり、それを上回る部分にマイナス金利を適用するようです。御誌の説明ではマクロ加算残高にもマイナス金利が適用されることになってしまいます。

記事の説明が正しいとすれば、その根拠を教えてください。誤りであれば訂正記事の掲載をお願いします。

さらに言えば、「お金の流れが細れば、過剰流動性をよりどころに続く株高も崩れかねない」との説明には疑問を感じました。年明け以降の動向で言えば基本的に「株安」です。今の段階で「株高が続いている」と書くならば、どの時点と比べているのか明示すべきでしょう。

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記事の問題は他にもある。「マイナス金利、企業は踊らず」と見出しにあるのだから、企業への貸し出しは増えない可能性が高いのだろうと思ってしまう。記事でも「マイナス金利の導入で貸し出しが増えるという流れには懐疑的な向きが多い」と書いている。しかし、最後に様子がおかしくなる。

【日経ビジネスの記事】

この副作用は日本企業にも起き得る。マイナス金利の導入が伝わった1月29日、収益圧迫を懸念して軒並み売られた銀行株と対照的に、不動産関連株が一斉に高値を付けた。貸出先を必死に探している銀行が、1件当たりの額の大きい不動産融資に傾斜するとの見方が広がったためだ。緩和マネーの副作用が不動産バブルの形で出現する可能性がある。それが何をもたらすかを知らぬ人はいない。

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自分たちが書いたことを最後の方では忘れてしまったのか。不動産バブルを心配する必要があるならば、見出しは「マイナス金利 企業は踊らず」ではなく「マイナス金利で不動産バブルも」とかの方がいい。

今回の記事に関わった景気動向取材班のメンバーは、週刊東洋経済と週刊エコノミストでマイナス金利特集を読んでみてほしい。自分たちのレベルの低さがよく分かるはずだ。その上で、今後どうすべきかを考えてもらいたい。

※記事の評価はE(大いに問題あり)。

2016年2月8日月曜日

「シェアリング」 日経 石鍋仁美編集委員の定義に抱いた疑問

シェアリングエコノミー」は旬の言葉なのだろう。適用範囲が広がって、何が何だか分からなくなりつつある。8日の日本経済新聞朝刊企業面に載った「経営の視点~官製シェア経済の忘れ物 『主役は個人』の規制緩和を」というコラムの中で、筆者の石鍋仁美編集委員はシェアリングエコノミーを「街の人々が持っている資産や技能を生かし小ガネを稼ぎ、他人とつながる」ことと定義し、通訳ガイドをシェアリングエコノミーの一部と捉えている。
東京都庁(東京都新宿区)からの眺め ※写真と本文は無関係です

記事の前半部分を見てみよう。

【日経の記事】 

「ブラックジャック」。漫画家、手塚治虫の作品に登場する無免許医師だ。名人技で難病を治療し高額の報酬を取る。税金も払っていないだろう。訪日外国人の増加に沸く観光業界にもブラックジャック問題があるという。ただし医師ではない。通訳ガイドの話だ。

昨年、観光庁の検討会で気まずい空気が流れる場面があった。テーマは国家資格である通訳案内士の今後。招かれたNPOが、有償ボランティアで外国人を案内し好評との体験を語った。これが適法かただす声が通訳案内士から出た。事務方は「違法か合法かと聞かれれば違法」。海外親善に務めてきたNPOの人たちは混乱しただろう。

現行法では有資格者以外の有償通訳ガイドを認めていない。だから東京五輪に向け無償ボランティアが必要になる。現実には、悪質業者から外国語に堪能な一般人まで「違法」ガイドは多い。実力や評判は玉石混交だが、一律での取り締まり強化を通訳案内士の団体などは訴えている。

街の人々が持っている資産や技能を生かし小ガネを稼ぎ、他人とつながる。これが今、世界で広がるシェアリングエコノミー(共有型経済)だ。有償ガイドもその一種といえる

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定義に「小ガネを稼ぎ」と入れているので、「通訳ガイドを本業としている人がガイドを務める=非シェアリングエコノミー」「有償ボランティアとしてガイドを務める=シェアリングエコノミー」と石鍋編集委員は考えているのだろう。「違う」とは言わないが、それだと「シェアリング」と付ける意味はかなり希薄になる。

個人経営のピアノ教室を例に取ると、本業としてやっていれば「シェアリング」には入らず、会社員が休みの日に教室を開くと「シェアリング」になるはずだ。だとすると「シェアリングエコノミー」と名付けるより「副業エコノミー」とでも呼んだ方がしっくり来る。


※シェアリングエコノミーの定義は引っかかったが、記事全体の出来は悪くない。この記事と石鍋仁美編集委員に対する評価はC(平均的)とする。

経済学でマイナス金利は「想定外」? 週刊ダイヤモンドに質問

週刊ダイヤモンド2月13日号の緊急特集「マイナス金利導入!」は無難にまとまっていた。ただ、「劇薬投与で銀行界は大混乱 預金者負担に業界再編加速も」という記事の最後の段落に出てくる「マイナス金利導入は経済学も既存の法律も想定してこなかった、日本にとって未曽有の世界だ」との解説が引っかかった。ダイヤモンド編集部に問い合わせを送ったので、記事の当該部分と併せて紹介する。

石橋文化センター(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です
【ダイヤモンドの記事】

銀行にとって預金には金利だけでなく、銀行破綻時に預金を保護するための預金保険料というコストも掛かっている。その保険料率である「0.042%分だけでも手数料で補填するのか、機関投資家だけを対象にするのかなど、落としどころを検討する」という。

マイナス金利導入は経済学も既存の法律も想定してこなかった、日本にとって未曽有の世界だ。これまでの常識がひっくり返る事態が起きたとしても、何ら不思議はない。

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

週刊ダイヤモンド編集部 大坪雅子様 鈴木崇久様

2月13日号の緊急特集「マイナス金利導入!」に関してお尋ねします。10ページの記事に「マイナス金利導入は経済学も既存の法律も想定してこなかった、日本にとって未曽有の世界だ」との記述があります。しかし、実際には20世紀前半にドイツの経済学者シルビオ・ゲゼルがマイナス金利の仕組みを提唱したことが広く知られています。記事の説明は誤りではありませんか。正しいとすれば、ゲゼルについてどう理解すべきか教えてください。御誌の同じ号では「金融市場 異論百出」というコラムで筆者の加藤出氏が、個人へのマイナス金利適用に関する経済学者のアイデアを紹介しています。加藤氏に「経済学はマイナス金利導入を想定してこなかったのか」と聞いてみるのも手でしょう。なお、問い合わせから1週間が経過しても回答がない場合、記事の説明は誤りと断定させていただきます。よろしくお願いします。

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ちなみに週刊東洋経済2月13日号のマイナス金利に関する記事では、個人へのマイナス金利適用の可能性に触れたくだりで「まるで、一定期間ごとにスタンプを押して紙幣を強制的に減価する、“ゲゼル貨幣”の理論だ」とシルビオ・ゲゼルを持ち出している。この記事を書いた東洋経済の記者ならば「マイナス金利導入は経済学も想定してこなかった」とは解説しないだろう。


※ダイヤモンドの記事の評価はC(平均的)。鈴木崇久記者への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。大坪雅子記者に関しても、1月30日号の緊急特集「株・原油・為替…相場総崩れの真相」の間違い指摘に回答していないこともあり、上記の問い合わせを無視した場合はFに格下げしたい。

※大坪記者に関しては「『ドル円の名目実効為替レート』? 週刊ダイヤモンドの誤りか」、鈴木記者に関しては「『頭取ランキング』間違い指摘を無視 ダイヤモンドの残念な対応」を参照してほしい。

追記) 結局、ダイヤモンドからの回答はなかった。

2016年2月7日日曜日

日経「刺し身のツマは不要?」に見える土曜夕刊の苦しい中身

新聞の夕刊は歴史的な使命を終えたと思っている。特に土曜の夕刊は要らない。夕刊を続けるかどうかはもちろん新聞社の自由だ。しかし、恐ろしいほど中身のない記事で埋めるぐらいならば、発行は止めた方がいい。

高良山の久留米森林つつじ公園(福岡県久留米市)
                 ※写真と本文は無関係です
6日の日本経済新聞夕刊総合面に載った「刺し身のツマは不要? スーパー、底上げ容器増加 盛り付け省略、経費も節減」という囲み記事は、世に出していいレベルに達していない。見出しを見ると、スーパーの刺身売り場の変化を紹介しているのかな思わせる。しかし、スーパーの具体名は出てこないし、業界全体で見てどうなっているのかも不明だ。

短い記事なので全文を見てみよう。

【日経の記事】

刺し身を彩る大根やニンジンといった付け合わせのツマ――。スーパーの食品売り場ではツマがなかったり、使用量を減らしたりした刺し身容器が増えている。底上げして段差をつけ、ツマがなくてもパック詰め商品のボリューム感が出る。大手スーパーなどが盛り付け作業の手間を省け、経費も節減できるとして扱いを増やしている。

食品容器最大手のエフピコが製造するツマを使わない刺し身容器シリーズの出荷量が毎年倍増のペースだ。刺し身を置く部分を大きく持ち上げるとともに水分が外に流れ出さないよう溝を付け、見栄えと鮮度を維持できる。大手スーパーからの注文が増え、現在は同社の刺し身容器の2割を占める。

ツマの使用量はゼロから自在にスーパー側で調整できる。使用量を半分にし、1店舗当たり年間20万円ほど経費を節減できたスーパーもある。積水技研(兵庫県伊丹市)もツマを3割減らせる容器を販売している。

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結局、この記事で「スーパーの食品売り場ではツマがなかったり、使用量を減らしたりした刺し身容器が増えている」としている根拠は「エフピコが製造するツマを使わない刺し身容器シリーズの出荷量が毎年倍増のペース」ということだけだ。しかし、エフピコの出荷量が増えているのは他社のシェアを奪っているだけかもしれない。つまり根拠は乏しい。

スーパーの食品売り場ではツマがなかったり、使用量を減らしたりした刺し身容器が増えている」と訴えたいならば、なぜ固有名詞を出してスーパーの動きを伝えないのか。その手間を惜しんでいるのが残念だ。

しかも、エフピコに関する情報が漠然とし過ぎている。「出荷量が毎年倍増のペース」というだけで、具体的な出荷量には触れていない。倍増ペースがどの程度続いているのかも不明だ。最後に少しだけ出てくる積水技研に至っては、販売を伸ばしているかどうかさえ分からない。

これだけダメな要素が揃っているのに、わざわざ囲み記事にして目立つ扱いにしているのだから救いようがない。「他に記事がないから」と言うならば、「土曜だけでも夕刊は止めたらどうか」と返すしかない。

※記事の評価はE(大いに問題あり)。

2016年2月6日土曜日

ツッコミどころが多い日経ビジネスの特集「チャイルショック」(1)

日経ビジネス2月8日号の特集「チャイルショック」はツッコミどころが多かった。「中国(チャイナ)」と「原油(オイル)」を掛け合わせて「チャイルショック」と名付けたことにケチを付ける気はない。ただ、記事の中身はもう少ししっかりさせてほしかった。「記事を作る上での基礎的な技術が身に付いていない」と思える部分が多く、それが気になった記事を読み込むことに没頭できなかった。
恵蘇八幡宮(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

日経BP社に問い合わせを送ったので、まずはその内容を紹介しよう。

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス2月8日号の特集「チャイルショック」について2点お尋ねします。

28ページの記事に「前年同月比で伸び続けていた生産量も、2015年9月にシェール革命が始まって以来、初めて減少に転じている」との記述があります。一般的に「シェール革命は2006年頃に始まった」とされているようです。しかし記事では、シェール革命の始まりを「2015年9月」と明言しています。この説明は正しいのでしょうか。「2015年9月に初めて減少に転じた」との趣旨かとも思いましたが、そうであれば「前年同月比で伸び続けていた生産量も2015年9月には、シェール革命が始まって以来初めての減少に転じている」などと書くはずです。

また、30ページの「欧州主要国の経常収支の推移」というグラフでは、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、ギリシャの5カ国の経常収支を見せています。この中でギリシャは「欧州主要国」とは言えないのではありませんか。GDPの規模では欧州で10位にも入りません。「主要国」はかなり曖昧な区分です。それでもギリシャを「欧州主要国」に入れるのは、常識とかけ離れています。「ギリシャは立派な欧州主要国だ」とのお考えであれば、どういう基準で「欧州主要国」としたのか教えてください。

最後にお願いです。29ページの記事には「中国や新興国」という表現が3回出てきます。27ページには「中国を中心とした新興国」との表記もあるので、編集部内に「中国=新興国」との認識はあるのでしょう。であれば「中国や新興国」と書くのは止めませんか。例えば「ドイツや欧州」「野球やスポーツ」と聞くと違和感があるはずです。「中国などの新興国」といった表現に変えれば、容易に問題を解決できます。

お忙しいところ恐縮ですが、回答をよろしくお願いします。

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他にもツッコミどころは多く残っている。それらは(2)で触れる。

※(2)へ続く。

追記)結局、日経BP社からの回答はなかった。

2016年2月5日金曜日

「骨太の育成策」を求める日経 武智幸徳編集委員の策は?

「筆者自身が考える策はないのか」と問いたくなるコラムが5日の日本経済新聞朝刊スポーツ面に出ていた。「アナザービュー~骨太の育成策実行を」という記事の中で、筆者の武智幸徳編集委員は日本サッカー協会に対し「多種多様な英知を集約し、日本サッカーを継続的に強くする、骨太なプランを策定し実行してもらいたい」と求めている。「ならば、長年サッカー記者として経験を積んだ武智編集委員も、その英知の一端を紙面で披露してくれればいいのに」とは思う。

記事の全文は以下の通り。
大分県日田市の三隈川(筑後川) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

1月31日の日本サッカー協会会長選挙で次期会長に内定した田嶋幸三副会長は、当選後の記者会見で「育成日本の復活」を優先課題の一つに挙げた。裏返せば、同副会長は、この何年かの育成の現状に強い危機感を持っていたことになる。

持って当然ではある。U―16(16歳以下)、U―19(19歳以下)の大会でアジアで負け続けた雪崩は、リオデジャネイロ五輪予選を兼ねた先のU―23(23歳以下)選手権の優勝で何とか食い止めた。しかし、全勝優勝の中身はボタンを一つ掛け違えば結果は逆だったと思える苦闘の連続

接戦の理由を他国のレベルも上がったからやむを得ないとか、十代で負けても五輪世代で取り返せるから大丈夫と考えるのはあまりにものんきに過ぎよう。現実はもっと厳しい。そう認めた上での新会長になる人の、未来に向けた「宣誓」だったと理解している。

もっとも、2年に一度の会長選の度に「育成」が争点になるのだとしたら、それはそれで由々しき事態だろう。

過ちはただちに改めるべきだし、指導の中身を常にアップデートするのも当然。しかし、5年、10年の長期的なスパンでとらえるべき育成が、2年ごとの会長選の結果次第でぶれるようでは、選手を実際に預かり育てる現場のコーチたちが困るのは目に見えている。そんなことが続けば、誰も何も信じなくなってしまうだろう。

日本の選手育成は、学校スポーツと民間のクラブの混然一体の中からハイブリッドな選手が生み出されるところに特長がある。代表チームはそのエキスを抽出するようにしてつくられてきた。育てる線路の複線化と相互乗り入れは日本の強みなのだから、育成の方針も小中高大学、Jクラブ、町のクラブ、あらゆるセクターの共感を呼ぶものでなければならない

アジアや世界での敗北の責を現場に押しつけ、検証は甘く、その場しのぎの接ぎ木のような強化策を並べる組織であっては先行きは暗い。

田嶋副会長は「ピラミッド型の頂点にあるのではなく、都道府県協会を下から支える日本協会にしたい」という。育成もまた日本サッカーの土台である。多種多様な英知を集約し、日本サッカーを継続的に強くする、骨太なプランを策定し実行してもらいたい

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育成に関して「現実はもっと厳しい」と武智編集委員は言うが、なぜ厳しい状況に追い込まれたのかは教えてくれない。強いて原因を探せば「育成が、2年ごとの会長選の結果次第でぶれる」ことだろう。しかし、実際にブレてきたのか、どうブレたのかは明確ではない。

「なぜ育成がうまくいかないのか」「どうすれば改善できるのか」は武智編集委員にも分からないのだろう。それはそれでいい。しかし、長年サッカーを取材してきた自分にさえ分析が難しいのであれば「日本サッカーを継続的に強くする、骨太なプランを策定し実行してもらいたい」と求め、さらに「小中高大学、Jクラブ、町のクラブ、あらゆるセクターの共感を呼ぶものでなければならない」と条件を付けるのは、かなりの「ないものねだり」だ。「改善は難しくない。育成の現実が厳しい理由は明らかだ」と考えているのならば、記事で言及してほしかった。

ついでに他の気になった点を指摘しておきたい。

◎「苦闘の連続」だった?

全勝優勝の中身はボタンを一つ掛け違えば結果は逆だったと思える苦闘の連続」と武智編集委員は書いている。これはやや大げさだ。1次リーグ第2戦で日本はタイに4-0と圧勝した。第3戦のサウジアラビア戦はスコアこそ2-1だが、首位通過を決めた状態でメンバーも大幅に入れ替え、2点先制してからの1失点なので、「苦闘」とは言い難い。他の試合は「苦闘」でいいと思うが…。


◎「ハイブリッドな選手」とは?

学校スポーツと民間のクラブの混然一体の中からハイブリッドな選手が生み出される」という説明も気になった。まず、「学校スポーツと民間クラブの混然一体が生み出すハイブリッドな選手」と言われても、どんな選手かイメージが湧かない。ここは説明が必要だろう。「自分の持っているイメージは読者も共有しているはずだ」との前提を感じる。


※記事の評価はD(問題あり)。武智幸徳編集委員への評価はDを維持する。

日経1面「食と農」では「見えた食品輸出1兆円」と言うが…

4日の日本経済新聞朝刊1面の「食と農~平成の開国(2)」には「見えた食品輸出1兆円  芽吹け日本ブランド」という見出しが付いている。しかし、最後まで読んでも「食品輸出1兆円」は見えてこなかった。そもそも具体的な数値が乏しすぎる。「食品輸出1兆円」に関しては最終段落に以下の記述があるだけだ。
合所ダム(福岡県うきは市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

TPPやEPAが広がるメガFTA時代。「日本産には安心・安全のイメージがある」(日本貿易振興機構理事長の石毛博行、65)。徹底的な品質管理と顧客層の絞り込みによって2020年に農林水産物・食品を1兆円輸出する政府目標は前倒しが視野に入る

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記事の最後にいきなり「2020年に農林水産物・食品を1兆円輸出する政府目標は前倒しが視野に入る」と言われても戸惑う。そもそも、多くの読者は現状がどの程度の輸出額かも知らないはずだ(調べてみると2014年で6114億円らしい)。まず直近の数字は見せてほしかった。

その上で、例えば「15年は前年より3割以上増えて9000億円を超えたもよう」などと書いてあれば「確かに1兆円輸出の前倒し達成が視野に入ってきたな」と納得できる。しかし、記事中にそうした情報はない。これで「1兆円輸出する政府目標は前倒しが視野に入る」と結論付けて「見えた食品輸出1兆円」と見出しを付けるのは問題ありだろう。

前倒しが視野に入る」のはあくまで「徹底的な品質管理と顧客層の絞り込み」の実現が条件という解釈も成り立つ。しかし、「見えた食品輸出1兆円」という見出しと併せて考えると「徹底的な品質管理と顧客層の絞り込みが実現しつつあるので、政府目標の前倒しが視野に入ってきた」と理解する方が自然だ。

この記事には他にも問題がある。

【日経の記事】

ロイヤルブルーティージャパン(神奈川県藤沢市)はシンガポールでワイン風ボトルに入れた1本2万5千円の茶飲料を売る。社長の吉本桂子(44)は「お酒が飲めない人にも楽しめ、世界中で売れる」と付加価値を高めた日本茶に新しい可能性を感じている。

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シンガポールでワイン風ボトルに入れた1本2万5千円の茶飲料を売る」と書くと、「ボトルに入れる作業をシンガポールでやった」とも解釈できる。文脈からすれば「シンガポールで売る」と言いたいのだろう。ならば「ワイン風ボトルに入れた1本2万5千円の茶飲料をシンガポールで売る」と書いた方がいい。

さらに言えば「付加価値を高めた日本茶」と書くならば、どう付加価値を高めたのか触れた方がいい。記事にあるのは「ワイン風ボトルに入れた」ということだけだ。普通のお茶をワイン風ボトルに入れて1本2万5千円で売っているのならば、まともな商売とは言い難い。


※記事の評価はC(平均的)。

2016年2月4日木曜日

ロイヤル社長を愚か者に見せる週刊ダイヤモンド須賀彩子記者

インタビュー記事を書くために取材している時に、取材相手が事実誤認とも思える発言をしたとしよう。記者としてはどう対応すべきだろうか。「相手がそう言ってるんだから」とそのまま記事にするのは論外だ。取材時にさらに質問したり、取材後に事実関係を確認したりすべきなのは言うまでもない。
大圓寺五重塔(福岡市中央区) ※写真と本文は無関係です

そんなことを思ったのは、週刊ダイヤモンド2月6日号の「短答直入~菊地唯夫(ロイヤルホールディングス社長) 単一業態での成長は難しい ポートフォリオ経営で対応」というインタビュー記事を読んだからだ。筆者は須賀彩子記者。これまで「素人くささが目立つ」と評してきた。最近の記事では改善の兆しも出ていたが、今回の記事を見る限り「素人くささ」は健在だ。

記事を読むと、取材に応じた菊地唯夫ロイヤルホールディングス社長が愚か者に見えてしまう。万が一愚か者だとしても、インタビュー記事に使わなければ済む話だ。使う以上は「きちんとした話ができる人」に見えるように記事を仕上げてほしい。

前置きが長くなったが、なぜ菊地社長が「愚か者」に見えるか具体的に検討してみる。

【ダイヤモンドの記事】

日本ではデフレが長く続き、消費が抑えられてきました。ところが団塊世代のサラリーマンが65歳を超えると、年金が安定して入ってくるし、使う金に制約がなくなる。そこにアベノミクスが重なり、株価が回復して金融資産も増えた。そのため、団塊世代が消費を増やし、この3年間は外食市場に追い風となってきました。

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菊地社長は「使う金に制約がなくなる」と実際に言っているのだろう。これを記事に使いたいと思うのならば、須賀記者には「『使う金に制約がなくなる』ってどういう意味ですか。全くの制約なしに自由に出費できる人がそれほど多いとは思えませんが…」ぐらいの質問はしてほしい。そうすれば、「『制約がない』は言い過ぎかな。子供の教育費などを考えず、自分たちのために思い切って金を使えるという意味だよ」といった答えが返ってくるかもしれない。そうなれば、菊池社長を「愚か者」にしない形でインタビュー記事を構成できる。

菊地社長は記事の中で事実誤認と思われる発言もしている。

【ダイヤモンドの記事】

団塊の下の世代は、サラリーマンになってからずっとデフレが続き、金をためる時期がなかった。将来への不安もあって、若干給料が増えたところで、消費よりも貯蓄にという志向が強い。その後は、続かないと考えています。

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団塊の下の世代は、サラリーマンになってからずっとデフレが続き~」というくだりは明らかな誤りだ。この件では以下の内容で週刊ダイヤモンドに問い合わせを送った。回答はないだろう。

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

2月6日号の「短答直入」というインタビュー記事についてお尋ねします。この中で、菊地唯夫ロイヤルホールディングス社長が「団塊の下の世代は、サラリーマンになってからずっとデフレが続き、金をためる時期がなかった」と述べておられます。日本がデフレに陥ったのは1999年頃です。この前提では「サラリーマンになってからずっとデフレ」と言えそうなのは30代以下の世代です。例えば今の50代の多くは社会人として80年代末のバブルを経験しているので「サラリーマンになってからずっとデフレ」には明らかに当てはまりません。記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠を教えてください。

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菊地氏が「団塊の下の世代は、サラリーマンになってからずっとデフレ」と言ったとしても、それをそのまま載せるようでは素人レベルだ。

最後に、もう1つ問題点を指摘しておこう。インタビュー記事を書くときには、原則として質問にきちんと答える形にすべきだ(相手を追及するようなインタビュー記事ならば話は別だが…)。しかし、今回の記事はそうなっていない。

【ダイヤモンドの記事】

──ロイヤルホストは拡大路線を採らないのですか

2000年代、「もうファミレスの時代は終わった」と、新業態に資金を投入していました。既存店売上高が下がり続けていたため、新店で補おうとしたのです。

それを、09年からは既存店に投資し、メニューの質を充実させて単価を上げました。結果、既存店売上高は前年実績を超え、業績も増収増益のサイクルに入りました。

今、外食で唯一価値が認められるのは「国産」です。だから当社も国産メニューを強化していきます。今期も業績は好調で、4期連続で増収増益を達成できそうです。

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これだと「拡大路線を採らないのですか」という質問に答えないまま終わっている。読者としてはスッキリしない。記事の他のところで「ロイヤルホストは質を追求していく方針です」と出てくるので「拡大路線を採らない」のだとは思う。それでも、質問にきちんと答える形にしてほしかった。

この問題は、ちょっとした工夫で解消できる。質問を「ロイヤルホストはどういう方針で展開していくのですか」に変えれば済む。取材の場で「拡大路線を採らないのですか」と聞いても明確に答えなかったのならば「拡大路線は採らないと理解していいんですね」といった確認をした方がいい。それは当然だ。記事の中でだけ質問を微妙に修正するのは小手先のやり方であり、ベストの選択ではない。ただ、覚えておいて損はないだろう。


※記事の評価はE(大いに問題あり)。須賀彩子記者への評価もEを据え置く。須賀記者に関しては「素人くささ漂う ダイヤモンド『回転寿司 止まらぬ進化』」「週刊ダイヤモンド 素人くささ漂う須賀彩子記者への助言」を参照してほしい。


追記)結局、ダイヤモンドからの回答はなかった。

2016年2月3日水曜日

驚異的な完成度の低さ 日経「ドバイ原油、3週ぶり高値」(2)

2日の日本経済新聞マーケット商品面に出ていた「ドバイ原油、3週ぶり高値~1月下旬比、3割上昇 減産観測、投機筋買い戻し」という記事の問題点をさらに指摘していく。

【日経の記事】
福岡市総合図書館(福岡市早良区) ※写真と本文は無関係です

ドバイ原油は1日午後にサウジアラビアやロシアなど産油国の減産観測や内外の株高などを受け、4月渡しが前週末の3月渡しに比べ0.20ドル高い30.90ドルに上昇した。米国産標準油種のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)も1月下旬に35ドルに迫る場面もあった。ただいずれも年初に比べるとまだ安い水準にある。

コンピューターで自動取引する商品投資顧問(CTA)など投機マネーの動きに変化の兆しが出ている。ニューヨーク市場では1月26日時点で投機筋によるWTIの買い持ち高が50万枚(1枚千バレル)を超え、2015年5月以来の高い水準となった。買い戻しの背景にあるのは産油国の減産と、米国の追加利上げ先送りという2つの思惑だ。

ロシアのノワク・エネルギー相が1月末、石油輸出国機構(OPEC)との協調について「協議する可能性がある」と述べた。ラブロフ外相も中東産油国を訪問すると伝わり、産油国が減産に向けた協議に乗り出すとの観測が広がった。

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◎「変化の兆しが出ている」?

投機マネーの動きに変化の兆しが出ている」「1月26日時点で投機筋によるWTIの買い持ち高が50万枚(1枚千バレル)を超え、2015年5月以来の高い水準となった」と書いてあると、1月末になって投機筋の買い建玉が増加に転じたのかと思ってしまう。調べてみると、昨年末以降、投機筋の買い建玉は基本的に増加傾向だ。これで「変化の兆しが出ている」と解説するのは無理がある。


◎時期が合わない

記事の説明に従うと「ロシアのノワク・エネルギー相が1月末にOPECとの協議に言及→投機筋の買いが入る→1月26日時点での投機筋の買い建玉が15年5月以来の高水準に」という流れで理解したくなる。しかしノワク・エネルギー相が「協議する可能性がある」と述べたのは1月28日のようだ。だとすると26日までの買い建玉増加とは関係ない。


最後に、舌足らずな言葉の使い方にも注文を付けておこう。

【日経の記事】

・米国では15年10~12月の国内総生産(GDP)が減速

・米国でシェールオイルの生産調整は遅れ、OPECがシェールを苦境に追い込むというこれまでの基本戦略を転換する可能性は低い。

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どちらも言いたいことは分かる。しかし、引っかかる書き方ではある。気にならない読者もいるだろうが「GDPの伸びが減速」とした方が自然だろう。「シェール」についても「OPECがシェール関連企業を苦境に追い込む」などとした方が良いと思える。


※記事の評価はE(大いに問題あり)とする。これほど完成度の低い記事をなぜ世に送り出してしまったのか、担当の記者・デスクはよく考えてほしい。