2019年2月28日木曜日

ネタ切れ? 日経「Neo economy 進化する経済(4)」の苦しい中身

書くことがなくなってきたのか。28日の日本経済新聞朝刊1面に載った「Neo economy進化する経済(4)役所仕事、1400年分削減 『可処分時間』の争奪戦」という記事は苦しい内容だった。特に最初の「エストニア」の話は問題が多い。そこを見ていこう。
旧出島神学校(長崎市)※写真と本文は無関係

【日経の記事】

北欧エストニアの首都タリンのスーパー。会社員のカトリンさん(40)は手に持つスキャナーでパンや飲料のバーコードを読み取りかばんに入れた。セルフレジでカード決済し、買い物はわずか2分で終了。「以前はレジで待たされた。今は買い物が気楽になった」

政府の電子化を急ぐ同国では税の申告から処方箋の発行まで公的手続きの99%がオンラインで済む。その結果、1人当たり年間で平均2週間分の時間の余裕が生まれた。不要になった役所仕事を試算すると、のべ1400年分だという



◎関係ある?

スーパー」の「セルフレジでカード決済」する話と「政府の電子化」は何の関係があるのか。「オンライン」化で共通すると言いたいのかもしれないが、「カード決済」を「オンラインで済む」取引と見るならば、それは「セルフレジ」導入前から実現しているのではないか。

数字の見せ方も雑だ。「1人当たり年間で平均2週間分の時間の余裕が生まれた」という「1人当たり」は「国民1人当たり」なのか、それとも「公務員1人当たり」なのか。特に断りがないので「国民1人当たり」かなと思うが、直後に「不要になった役所仕事を試算すると」と出てくるので「公務員1人当たり」の線も残る。これでは困る。

不要になった役所仕事を試算すると、のべ1400年分」という説明も謎だらけだ。例えば「2001年以降に不要になった役所仕事の合計は、公務員の総労働時間(2018年)の1400年分に当たる」と書いてあれば、状況を飲み込める。しかし、この例文に入れた情報の多くは自分が適当に差し込んだものだ。

経済記事はデータが重要だが、説明が不十分だと役に立たないし、読者を迷わせる。取材班のメンバーはその点をしっかり自覚してほしい。

記事の続きも見ておこう。

【日経の記事】

どんな人でも等しく、1日の時間は24時間。だがIT(情報技術)化は生産性を高め、17年までの半世紀で先進国の1人当たり労働時間は11%短くなった。「24時間の壁」を破れないか。世界では新たな価値を生む「可処分時間」を増やし、奪い合う動きが広がる。

みずほ銀行は18年8月、JR東日本のICカード乗車券「スイカ」に銀行口座から直接チャージできるサービスを始めた。利用した会社員の田中秀明さん(45)は「駅で30秒かかっていたチャージが一瞬ですむようになった」と喜ぶ。

東京都の映像クリエーターの瀬川三十七氏(30)は2台のパソコンに向かい、「1秒でも長くユーザーをつなぎ留めたい」という顧客の注文に応えるための作業を進める。作っているのは浮世絵の登場人物が奇妙な動きを繰り返す6秒の動画。英アパレル大手が18年にネット広告に採用した。

ちょうど中国発の動画投稿アプリ「TikTok」が15秒の再生時間で世界的な人気を集めていた。「企業がユーザーに入り込もうとする時間の隙間は分単位から秒単位に小さくなっている」(瀬川氏)。細切れのわずかな時間が経済活動を生み出す源泉になる。

シンガポールの銀行最大手、DBSグループ・ホールディングスは個人口座を90秒で開設できるサービスを16年にインドで始めた。2年で口座数は200万超に。「隙間時間の取引への適応が事業の未来をつくる」。最高経営責任者のピユシュ・グプタ氏は語る。



◎「24時間の壁」はどうなった?

「『24時間の壁』を破れないか」と書いてあるので、「」を破ろうとする動きを紹介するのかと期待してしまった。しかし、そんな話はいくら読み進めても出てこない。話を大きく見せたいのは分かるが、期待に応える気がないなら単なる騙しだ。
九重"夢"大吊橋(大分県九重町)※写真と本文は無関係

出てくるのは「『スイカ』に銀行口座から直接チャージできる」といった地味な話ばかり。「24時間の壁」を破るような動きではない。そもそも「チャージが一瞬ですむ」のか。「チャージ」する金額を入力するといった作業だけでも数十秒はかかりそうだ。少なくとも自分は「一瞬」ではできそうもない。

ここまで来たら最後まで見ておこう。

【日経の記事】

商品やサービスの普及までの時間軸は極端に短くなった。金融アドバイザーのブレット・キング氏によると、電話は5千万人の利用者を獲得するまで登場から50年かかったが、ツイッターは2年だったという。競争は加速し、株式市場では高速取引業者が瞬時に大量の売買をこなすため、ナノ(10億分の1)秒を削る競い合いを繰り広げる

18世紀、アダム・スミスは「国富論」で国民が消費できるモノの量を豊かさだととらえた。生活必需品にも事欠く、モノ不足の時代だったからだ。そして現在。豊かさの尺度はモノから時間へと移った

ドイツの作家ミヒャエル・エンデは「モモ」で、時間泥棒から時間を取り戻す少女の物語を描き、時間とは生きることそのものだと語りかけた。経済や技術の進歩で増える「可処分時間」をいかに自分らしく生き、豊かさに変えていくかを考えるときを迎えている。



◎脱線してない?

商品やサービスの普及までの時間軸は極端に短くなった」という話は「可処分時間」という今回のテーマからはズレている。「株式市場では高速取引業者が瞬時に大量の売買をこなすため、ナノ(10億分の1)秒を削る競い合いを繰り広げる」との説明に至っては「商品やサービスの普及までの時間軸」の話からも脱線している。

ついでに言うと「豊かさの尺度はモノから時間へと移った」との説明には同意できない。「豊かさの尺度」が「時間」ならば、資産をほとんど持たず月10万円の年金を頼りに六畳一間のアパートで暮らす老人は、豪邸に住んで高級自動車を乗り回す年俸10億円のスポーツ選手よりも「豊か」なはずだ。しかし、「どちらが豊かか」と問われれば、圧倒的多数が後者と答えるだろう。


※今回取り上げた記事「Neo economy進化する経済(4)役所仕事、1400年分削減 『可処分時間』の争奪戦
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190228&ng=DGKKZO41733960V20C19A2MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。

2019年2月27日水曜日

特集「統計の泥沼」で週刊エコノミスト黒崎亜弓記者に高評価

週刊エコノミスト3月5日号の特集「統計の泥沼」は読み応えがあった。ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎経済調査室長、大阪経済大学経済学部の小巻泰之教授、学習院大学経済学部の宮川努教授という外部ライター3人の記事も良かったが、ここでは特集を担当した黒崎亜弓記者を高く評価したい。
文明堂総本店 南山手店(長崎市)
       ※写真と本文は無関係です

渡辺努・東京大学大学院教授」へのインタビュー記事を含め、外部ライターの記事以外は黒崎記者が執筆していて、いずれも完成度が高かった。ためになったし、記者としての問題意識も伝わってきた。特集の中で統計不正の防止策について黒崎記者は以下のように述べている。

【エコノミストの記事】

例えば英国では、統計院は統計方針の策定、実際の統計作成、統計の品質検査という機能を併せ持ち、行政ではなく議会直属となっている。1980年代以降、コスト削減による精度低下で統計への不信感が高まり、制度の形態は試行錯誤の末に今に至る。 

日本では、統計委員会のあり方が一つのカギになるだろう。現在の役割は“司令塔”として各省庁が実施する統計調査の設計を審議する役割にとどまるが、人事や予算の面で中立性を高めると同時に権限と体制を強化し、チェック機能を担うような形が考えられる。

◇   ◇   ◇

「なるほど」と思わせる内容になっている。特集には、ツッコミを入れたくなるくだりも特になかった。黒崎記者の今後に期待したい。


※今回取り上げた特集「統計の泥沼
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20190305/se1/00m/020/044000c


※特集の評価はB(優れている)。黒崎亜弓記者への評価はBで確定とする。

2019年2月26日火曜日

「ムダ排除」に説得力欠く日経「Neo economy 進化する経済(2)」

日本経済新聞朝刊1面に載った「Neo economy 進化する経済(2)『ムダ』排除が生む低温経済 摩擦ゼロに備えはあるか」という記事は説得力に欠ける内容だった。「摩擦」を減らしそうもない話を「摩擦ゼロ」に向かう動きと捉えてしまっている。まずは最初の事例を見ていこう。
長崎大学(長崎市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

モノ、時間、カネ。経済の価値を生む源なのに、意図せぬ摩擦も生む。摩擦ゼロの滑らかな経済は夢か。

1月、バンコク。カフェを訪れた会社員、マニーラット・テプラビパードさんは店員から小包を受け取ると、コーヒーも飲まずに更衣室に入った。小包の中の衣類3点を試着し、1点を買った。アパレルのネット通販ポメロは2018年末、利用者が指定したカフェやヨガスタジオなどに衣類を送り、「試着室」に変えるサービスを始めた。

空いた空間を「試着室」に転じる発想を支えるのは、ドライバーの位置を把握し、返品された衣類を別の「試着室」に転送するデジタル技術だ。カフェの従業員らの更衣室が1日の間に使われる時間はわずか。自宅の空き部屋、週末しか乗らないマイカー。どんな邸宅や高級車も使わなければ新たな価値を生まない。

需要と供給の動きを見極めて流通の無駄を極力まで減らせれば、大型店舗で大量販売するよりも細かな需要にきめ細かく応じる方が収益につながる。米国の文明評論家、ジェレミー・リフキン氏は「ビッグデータを分析することで在庫を極限まで減らし、生産性を劇的に高められる」と語る。

企業はより効率的な在庫管理に動く。主要10カ国の経済成長率を在庫増が押し上げた度合いをみると、1970年代の1.6%から足元は0.4%まで低下した。40カ月周期の景気循環を指す「キチンの波」を起こすとされる在庫が意図せぬ形で増えるのを防げば、景気の波は穏やかになる。


◎あまり変化ないような…

取材班は「アパレルのネット通販ポメロ」の「サービス」を「摩擦ゼロ」かそれに近いものと判断したのだろう。「需要と供給の動きを見極めて流通の無駄を極力まで減ら」すことで「在庫を極限まで減ら」している事例と見ているようでもある。

しかし、大きな変化はなさそうだ。「空いた空間」は有効活用できるかもしれないが、そのためには「衣類」を移動させなければならない。「空いた空間を『試着室』に転じる発想を支えるのは、ドライバーの位置を把握し、返品された衣類を別の『試着室』に転送するデジタル技術だ」と言うが、「デジタル技術」だけでは「転送」できない。

ドライバー」を使って「衣類を別の『試着室』に転送する」のに「摩擦ゼロの滑らかな経済」に近付けるだろうか。この手のサービスが広がって「バンコク」の道路渋滞が悪化する可能性も十分にある。

需要と供給の動きを見極めて流通の無駄を極力まで減らせれば、大型店舗で大量販売するよりも細かな需要にきめ細かく応じる方が収益につながる」とも書いているが、「ポメロ」が従来のアパレルよりも「需要と供給の動きを見極めて」いると取れる材料は見当たらない。消費者が購入する候補を見つけて試着するという流れは「大型店舗で大量販売する」場合と同じだ。

付け加えると「極力まで減らせれば」は日本語として不自然だ。「極限まで減らせれば」と書きたかったのだろう。

在庫」に関しても「ポメロ」の事例が「摩擦ゼロ」に近付くものとは思えない。「試着室」が点在しているのであれば、「大型店舗で大量販売するよりも」在庫は多く抱える必要がありそうだ。売れ残りも当然に出てくる。

需要と供給」や「在庫」の話は一般論で「ポメロ」とは関係ないとの主張もできなくはない。ただ、そうなるとなぜ最初に長々と「ポメロ」の事例を紹介したのかとの疑問が残る。記事の構成を見ると、「需要と供給」や「在庫」の話は、2番目の事例とは明確に切り離されている。

その2番目の事例も見ておこう。

【日経の記事】

経済の潤滑油、貨幣も摩擦の種だ。欧州で無店舗の銀行事業を展開するN26のバレンティン・シュタルフ最高経営責任者は「ひどい銀行サービスと高い料金に苦しむ人が世界中にいる」という。同社ではマスターカード加盟のATMで手数料なく現金を引き出せ、運営コストは既存銀行の6分の1。創業6年で230万人が利用する。


◎これが「Neo economy」?

欧州」の事情は分からないが、これが「Neo economy」の事例なのかとは思う。ただのネット専業銀行ではないのか。「ATMで手数料なく現金を引き出せ」るのは、そんなに新しい動きではない。日本であれば、多くの銀行では自行のATMだけでなくコンビニでも「手数料なく現金を引き出せ」るようにしている(回数制限ありの場合が多いが…)。「N26」をわざわざ取り上げる意味があるのか。

さらに苦しいのが3番目の事例だ。

【日経の記事】

世界のキャッシュレス取引は今後5年、年2桁のペースで伸びる見通しだ。フィンテック企業のペイミー(東京・渋谷)は給与の即日払いサービスを手掛ける。月1回の給料支給という「摩擦」が減れば、給料日後に潤う居酒屋、ボーナス狙いの年末商戦といった風景が消えるかもしれない。



◎「摩擦」が増えるような…

ペイミー」の「給与の即日払いサービス」を使うと「摩擦」が減るだろうか。給与を受け取る回数で見れば「摩擦」は増える。しかも「ペイミー」への手数料の支払いも発生する。なのに「摩擦」が減ると見たのが不思議だ。
九重"夢"大吊橋(大分県九重町)
       ※写真と本文は無関係です

経済が「摩擦ゼロ」に近付いていくとすれば「ペイミー」は淘汰されるべき存在だ。

記事で取り上げた事例は以上の3つ。そして結論部分へ移っていく。そこも見ておこう。

【日経の記事】

あり余るモノをつくり続け、大量に資源を消費してきた結果、人類は地球環境の破壊という負の遺産を残し、産業革命前に比べて世界の気温は1度上昇した。経済から余計なモノをそぎ落とし、摩擦ゼロに近づけていけば、効率は高まり、社会の調和は増すだろう。

だがその半面、投資や生産は減り、物価が抑えられるデフレ圧力が強まる。見た目の成長が鈍る「低温経済」が続き、大量雇用という工業化社会の前提も崩れるかもしれない。仕事が人工知能(AI)やロボットに置き換わったとき、失業したと嘆くのか、それとも余暇や自由という新たな豊かさを手にしたと感じるのか。従来の延長線ではない、発想の転換への備えがあるのかが問われている。



◎「デフレ圧力が強まる」?

摩擦ゼロに近づけていけば、効率は高まり、社会の調和は増すだろう。だがその半面、投資や生産は減り、物価が抑えられるデフレ圧力が強まる」との見方には同意できない。「デフレ圧力」が弱まる可能性もある。「余計なモノをそぎ落とし」た「摩擦ゼロ」の世界で、在庫一掃のための安売りは起きるだろうか。「余計なモノ」を作るから需給バランスが崩れて「デフレ圧力が強まる」面もある。

やはり、この記事には説得力がない。


※今回取り上げた記事「Neo economy 進化する経済(2)『ムダ』排除が生む低温経済 摩擦ゼロに備えはあるか
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190226&ng=DGKKZO41741840W9A220C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。

2019年2月25日月曜日

今回も市場への理解不足が見える日経 滝田洋一編集委員「核心」

日本経済新聞の滝田洋一編集委員は市場に関する理解に欠ける面がある。25日の朝刊オピニオン面に載った「核心~統計『サプライズ』で動く」という記事でも変化は見えない。記事を見ながら問題点を指摘したい。
呼子大橋(佐賀県唐津市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

一つ一つの統計に金融市場が目を凝らし、経済の流れが変わるとみれば敏感に反応する。政策当局者、なかでも歴代の米連邦準備理事会(FRB)議長もしかり。「金融政策は統計の結果を重視する」と折に触れて強調する。統計を通じて市場と当局が生き生きと対話しているのだ

毎月勤労統計の不正処理をきっかけに、日本でも統計の問題ににわかに関心が集まった。国会でも統計不正が集中審議された。野党は「アベノミクス偽装」という標語に表れるように、政府批判の格好の材料としているようだ。経済運営に役立てるため、統計をどう改善するかの議論はあまり聞かれない

それにしても統計の取り扱いに、なぜ日米でかくも大きな差が生じるのか。米国の場合、キーワードは雇用だ。



◎うまく比較できてる?

上記のくだりは説明として苦しい。米国では「統計を通じて市場と当局が生き生きと対話している」のに日本は違うというならば分かる。日本では「経済運営に役立てるため、統計をどう改善するかの議論はあまり聞かれない」のに、米国では活発な議論があるという話でも成り立つ。

しかし、そういう比較にはなっていない。なのに「統計の取り扱いに、なぜ日米でかくも大きな差が生じるのか」と言われても困る。

「滝田編集委員は市場への理解が足りない」と確認できるのが以下のくだりだ。

【日経の記事】

そんななか市場参加者や政策当局者は、もどかしさを感じていた。たとえ経済統計が好調だったとしても、事前の予想ほどではなかったなら、市場にガックリ感が出てしまう。反対に統計が多少振るわなくとも、事前の予想がもっと悪ければ、市場はホッと一息つくことになる。

つまり市場の反応は、統計の実績と事前の予測の綱引きだ。そこで予測と実績を比べどちらが上回ったかを数値化した「サプライズ(びっくり)指数」がある。予測と実績の差、すなわちサプライズが大きければ、市場参加者が大急ぎで取引を巻き戻し、株価や為替相場が急変する。



◎当たり前の話では?

経済統計が好調だったとしても、事前の予想ほどではなかったなら、市場にガックリ感が出てしまう」のは当たり前だ。「政策当局者」はともかく「市場参加者」でそこに「もどかしさを感じ」る人などいるのか(いてもわずかだろう)。
旧出島神学校(長崎市)※写真と本文は無関係です

サプライズが大きければ、市場参加者が大急ぎで取引を巻き戻し」という説明も引っかかる。ここで言う「巻き戻し」とはポジションの解消を指すのだろう。「サプライズ」に相場を動かす力はあるが、それは「巻き戻し」に限らない。新規の売買につながる場合も当然ある。

次の説明も引っかかった。

【日経の記事】

サプライズ指数は為替のトレーディングの手段として米シティグループが開発した。FRBもリアルタイムの市場心理を測る物差しとして注目し、13年11月に調査報告をまとめている。ここでも統計をめぐって市場と当局が対話を重ねているのである。

シティは欧州や日本についてもこの指数を算出しているが、18年後半からユーロ圏の不振が目立つ。この流れに抗しきれず欧州中央銀行(ECB)は、19年中に目指す政策金利の引き上げを、見送らざるを得なくなりつつある。

日本のサプライズ指数は米国の波に沿うように動いている。そこで日本の株価や円相場も米国の後を追うことになりがちで、残念ながら日本の指標にはあまり反応しない



◎辻褄が合わないような…

引っかかるのは「日本のサプライズ指数は米国の波に沿うように動いている。そこで日本の株価や円相場も米国の後を追うことになりがちで、残念ながら日本の指標にはあまり反応しない」という説明だ。まず「米国の波に沿うように動いている」感じがあまりない。

記事に付けたグラフを見ると17年の後半に日本は80に迫る上昇を見せるが、この時の米国はゼロ近辺だ。その後に日本がゼロ近辺に低下すると、米国が80を超える水準に上昇する。

18年には日本がマイナス50近くまで下げているのに、その時の米国はプラスを維持している。その後に日本が20を超えるところまで上昇するのとは逆に、米国は低下を続けマイナス圏へ落ちていく。

動きはあまり似ていないし、似ているとしても日本の方が先に動いているようにも見える。「サプライズ指数」の動きを基に市場が「日本の指標にはあまり反応しない」根拠を見出すのは難しいだろう。

記事の終盤にも注文を付けたい。

【日経の記事】

日銀は大規模な金融緩和で年2%の物価上昇率を目指しているが、副作用として、とりわけ債券市場の感度は鈍っている。市場がほとんど関心を寄せないようでは、統計に基づいた経済政策の運営といっても切実感に乏しい



◎「切実感に乏しい」?

市場がほとんど関心を寄せないようでは、統計に基づいた経済政策の運営といっても切実感に乏しい」という解説は謎だ。「統計に基づいた経済政策の運営」の必要性と市場の「関心」は切り離して考えるべきだ。

雇用政策を考える上では雇用関係の統計が重要になる。正しく状況を把握できなければ、適切な「政策」は打ち出しにくい。これは、雇用関係の統計を市場関係者が重視するかどうかとは別問題だ。

最終段落にもツッコミを入れておきたい。

【日経の記事】

10月に予定される消費税の再増税について、判断の時期が迫る。なのに足元の景気指標ではなく、過去の統計ばかり話題になる。前でなくバックミラーを見て車を運転しているようで奇妙だ



◎どちらも「過去」では?

足元の景気指標ではなく、過去の統計ばかり話題になる」と滝田編集委員は言うが「足元の景気指標」も基本的には「過去の統計」だ。例えば「足元」の完全失業率は2.4%だが、これは18年12月という「過去」の数値だ。

滝田編集委員は「前でなくバックミラーを見て車を運転しているようで奇妙だ」と言うが、どうなれば「奇妙」でなくなるのか。「足元の景気指標」に注目しても「前でなくバックミラーを見て車を運転している」状況は変わらない気がするが…。


※今回取り上げた記事「核心~統計『サプライズ』で動く
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190225&ng=DGKKZO41632020S9A220C1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。滝田洋一編集委員への評価はE(大いに問題あり)を据え置く。滝田編集委員については以下の投稿も参照してほしい。


日経 滝田洋一編集委員 「核心」に見える問題点(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_4.html

日経 滝田洋一編集委員 「核心」に見える問題点(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_24.html

日経 滝田洋一編集委員 「核心」に見える問題点(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_5.html

引退考えるべき時期? 日経 滝田洋一編集委員 「核心」(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_32.html

引退考えるべき時期? 日経 滝田洋一編集委員 「核心」(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_40.html

市場をまともに見てない? 日経 滝田洋一編集委員「羅針盤」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_69.html

日経 滝田洋一編集委員「リーマンの教訓 今こそ」の問題点
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/blog-post_16.html

市場への理解が乏しい日経 滝田洋一編集委員「羅針盤」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_9.html

株式も「空前の低利回り」? 日経 滝田洋一編集委員の怪しい解説
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_19.html

2019年2月24日日曜日

「総総分離論」でも自説なしの日経 大場俊介政治部次長

日本経済新聞の大場俊介 政治部次長に関しては「訴えたいことのない書き手」と評してきた。24日の朝刊総合3面に載った「風見鶏~外交からの『総総分離』論」という記事でも、その傾向は変わっていない。記事の全文を見た上で問題点を指摘したい。
杵築城(大分県杵築市)※写真と本文は無関係

【日経の記事】

「総総分離という手がある」。自民党内で浮上している安倍晋三首相の党総裁4選論に、首相の外交ブレーンの一人はこう返す。

 「総総分離」は総理(首相)と総裁を別の人物が務める手法だ。自民党内でたびたび持ち上がったことがあるが、一度も実現したことはない。一歩手前までいったのは1982年10月に鈴木善幸首相が退陣表明したときの後継選びだ。

鈴木、田中、中曽根の主流派は話し合いで「中曽根康弘総理・総裁」の選出をめざしたが、非主流派の福田、河本、中川の各派は難色を示した。鈴木氏と田中派の二階堂進幹事長、福田赳夫元首相の3人に調整が委ねられたが難航し、告示日を迎えた総裁選には中曽根、河本敏夫、安倍晋太郎、中川一郎の4氏が立候補した。

選挙活動を凍結して調整を続けた最終段階で突如、浮上したのが「中曽根総理・福田総裁」の総総分離案だった。河本氏ら3候補は受け入れたが、田中角栄元首相が支援する中曽根氏は拒否し、総裁公選に突入し、中曽根氏が大勝した。

総総分離論が取り沙汰されたのは主流派と非主流派の抗争を収める一つの知恵だった。いまさら古色蒼然(そうぜん)たるこの手法が浮上するのはなぜか。

大きな理由は外交だ。

首相と距離のある議員ですら「安倍首相が会いたいと言えばどこの首脳も断らないだろう。長期政権の最大の強みだ」と語る。安倍首相は主要7カ国(G7)の首脳のなかでドイツのメルケル首相の次に在任期間が長い。

安倍首相が平和条約交渉を加速させるロシアのプーチン大統領は昨年3月に通算4選を決め、任期は24年5月までとなった。トランプ米大統領も来年の大統領選で再選すれば、任期は25年1月まで延びる。中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は2期10年までだった任期を撤廃した。

首脳間の個人的関係が影響する外交は長期政権が有利だ。プーチン氏との領土交渉では安倍首相のいまの総裁任期があと2年半余りで切れることから「足元をみられる」との指摘がある。仮に首相が総裁4選すれば任期は24年9月までと逆転する。

プーチン氏が北方四島に在日米軍が基地を建設するのではないかと懸念していることも領土交渉の障害になっている。これを払拭するためにも安倍首相とトランプ氏との蜜月関係に期待する向きは多い。

とはいえ現状では総裁4選の現実味は乏しい。自民党は連続2期までと定めていた総裁任期に関する党則を連続3期までに変えたばかりだ。いま60歳代の「ポスト安倍」の有力者らはあと5年たてば70歳をうかがう年齢になる。

そこで安倍氏が首相は続投し、総裁は別の誰かが務めればよいというのが、外交面からの総総分離論だ。

だが難点も多い。多数党の党首が首相になる議院内閣制の趣旨からも、総理と総裁はもともと密接不可分なものだ。

ほかにも安倍首相が日ロ交渉や北朝鮮の拉致問題などの「戦後外交の総決算」に引き続き取り組む手はある。安倍首相は第1次政権後、5年余りの歳月を経て首相の座に返り咲いた。プーチン氏もかつてメドベージェフ氏に大統領を譲り、4年後に再登板した。

「私とプーチン大統領で終止符を打つ」と領土問題で首相は意気込む。「安倍1強」を脅かす勢力は今のところ自民党内にも野党にも見あたらない。ならば外交は安倍氏に任せればよい――。これが外交ブレーンが語る、総総分離論の背景だ


◎結局、何を訴えたい?

首相の外交ブレーンの一人」が「外交」を理由に「総総分離論」を唱えてます--。この記事は簡単に言えば、それだけの話だ。署名入りでコラムを書くのならば「総総分離」に関して大場次長がどう見ているのかが肝だ。なのにそこをごっそり省いて、自らの主張はほぼ出していない。「鈴木善幸首相が退陣表明したときの後継選び」の細かい経緯はなくていい。代わりに以下の要素を入れてほしかった。
大分県立日田林工高校(日田市)※写真と本文は無関係

(1)「総総分離」の実現可能性は?

現状では総裁4選の現実味は乏しい」と大場次長は言う。ならば「総総分離」による首相続投の「現実味」はどうなのか。「いま60歳代の「ポスト安倍」の有力者ら」の中に「総総分離」を受け入れてくれそうな人物はいるのか。その辺りは気になるが、大場次長は何も教えてくれない。


(2)「総総分離」には賛成? 反対?

そもそも大場次長は「総総分離」に賛成なのか。「難点も多い」とは書いているが、賛成なのか反対なのか判然としない。そこは明確にしてほしい。


(3)領土問題は「2年半」では決着しない?

安倍首相」の「総裁任期」は「あと2年半余り」ある。この間に「領土問題」は解決しそうにないが、「総総分離」によってさらに長く首相を務められるようにすれば、解決の可能性が高まるとの前提を「外交ブレーン」の「総総分離論」には感じる。

この前提をどう見るのかを大場次長には論じてほしかった。個人的には、「2年半余り」の時間があっても解決しそうもないのに、さらに期間を延ばすと「いけるかも」と思うのは楽観的過ぎる気がする。

ついでに、記事で気になった点を2つ指摘したい。

◎「どこの首脳も断らない」?

まず「首相と距離のある議員ですら『安倍首相が会いたいと言えばどこの首脳も断らないだろう。長期政権の最大の強みだ』と語る」という説明が引っかかる。

安倍首相が会いたいと言えばどこの首脳も断らないだろう」との見方は妥当なのか。「首相『拉致解決する決意』 日朝会談に意欲」という2018年6月10日付の日経の記事では「安倍晋三首相は9日の主要国首脳会議(シャルルボワ・サミット)後の記者会見で、日朝首脳会談を実施して日本人拉致問題を解決することに改めて意欲を示した。『日本と北朝鮮の間で直接協議し解決する決意だ』と述べた」と報じている。

しかし、半年以上が経過しても「日朝首脳会談」は実現していない。そういう状況下で「安倍首相が会いたいと言えばどこの首脳も断らないだろう」というコメントを使うのは適切なのか。あるいは「日朝首脳会談」は実現間近で、それを「首相と距離のある議員」や大場次長は知っているということか。


◎そんな「趣旨」ある?

多数党の党首が首相になる議院内閣制の趣旨からも、総理と総裁はもともと密接不可分なものだ」と大場次長は書いている。これに関しては「そんな『趣旨』ある?」と感じた。

議院内閣制」とは「政府(内閣)の存立が議会の信任を必須要件としている制度」(大辞林)だ。「議会の信任」が得られれば「党首が首相」である必要はないし、「制度」の「趣旨」にも反していないと思える。

今回の記事にも出てくる「ドイツのメルケル首相」は「党首」を辞任した後も首相を続けているが、これは「議院内閣制の趣旨」に反するのか。


※今回取り上げた記事「風見鶏~外交からの『総総分離』論
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190224&ng=DGKKZO41625150S9A220C1EA3000


※記事の評価はD(問題あり)。大場俊介政治部次長への評価はDを維持する。大場次長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

行数埋めただけの 日経 大場俊介次長「風見鶏~清和会がつなぐ人口問題」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_13.html

「訴えたいことがない」のが辛い日経 大場俊介政治部次長
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/09/blog-post_9.html

2019年2月23日土曜日

FACTAと大西康之氏に問う「 JIC問題、過去の記事と辻褄合う?」

ジャーナリストの大西康之氏は過去に自分が書いたこととの整合性を気にせずに新たな気持ちで記事を作る“特技”を持っているのだろうか。FACTA3月号に載った「JIC社長に『GPIFの水野』浮上」という記事は、2018年10月号で書いているた内容を否定するような中身になっている。
白池地獄(大分県別府市)※写真と本文は無関係です

過去に書いた内容が間違っていたのならば、そこはしっかりと総括してほしい。そこを省いて、整合性に問題のある記事を読者に届けてしまうのがFACTAと大西氏の悪い癖だ。FACTAには以下の内容で問い合わせを送った。

【FACTAへの問い合わせ】

大西康之様  FACTA 主筆 阿部重夫様  発行人 宮嶋巌様  編集長 宮﨑知己様

2019年3月号の「JIC社長に『GPIFの水野』浮上」という記事についてお尋ねします。記事の最初の方に「2兆円の投資枠を持つJIC」と書いていますが、最後の段落では「2兆円の融資枠を持つJICの周辺で暗躍する『セコ(世耕)友』は、森友・加計問題で一躍有名になった『アベ友』より、はるかに上手かも知れない」と「融資枠」になっています。

投資枠」も「融資枠」もともに「2兆円」という可能性も考慮しましたが、「JIC」に関する報道などから判断すると違うと思えます。「2兆円の融資枠」としたのは「2兆円の投資枠」の誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

次に問題としたいのは、2018年10月号の「盗人に追い銭『産業革新機構』」という記事との整合性です。筆者はやはり大西様です。

今号で大西様は以下のように記しています。

昨年12月、11人の取締役のうち民間出身の9人が所轄の経済産業省と衝突して辞任を表明した産業革新投資機構(JIC)で、『ケンカ正(まさ)』こと田中正明社長(元三菱UFJフィナンシャル.グループ副社長)の後任に、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の水野弘道最高投資責任者(CIO、67)が浮上している。水野は世耕弘成経済産業大臣の『お友達』で、GPIF入りの時にも物議を醸した人物。田中、坂根正弘(元コマツ会長)、冨山和彦(経営共創基盤CEO)といった『うるさ型』を外してお友達を送り込み、2兆円の投資枠を持つJICをコントロールしようという野望が透けて見える

ここからは「田中正明」氏と「坂根正弘」氏は「うるさ型」であり、彼らが「取締役」にいると「JICをコントロール」しづらいと読み取れます。

一方、18年10月号では「とはいえ、志賀や勝又と同じく、田中や坂根も所詮は『雇われマダム』。4兆円を動かすのは彼らではなく、アベノミクスで我が世の春を謳歌する経産官僚だ」と解説しています。この記事では「ケンカ正(まさ)」や「うるさ型」といった話は出てきません。

今号では「辞任した9人は『日本でソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)をやるとしたら、これ以上は望めないメンバー』(金融関係者)だった」とも解説しています。「所詮は『雇われマダム』」の「田中」氏らを集めたところで、資金を動かすのは「アベノミクスで我が世の春を謳歌する経産官僚」のはずです。誰を取締役にしても同じではありませんか。

18年10月号では「田中のワントップでは税金を食い物にする魂胆が見え見え」とも書いていました。しかし、今号では「うるさ型」で「日本でソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)をやるとしたら、これ以上は望めないメンバー」の一員になっています。

2つの記事の食い違う説明はどう理解すれば良いのでしょうか。回答をお願いします。

推測ですが、18年10月号の記事では色々と見方が甘かったのでしょう。それを責めるつもりはありません。しかし、過去の記事と整合性に問題がある記事を何もなかったかのように載せるのは感心しません。

御誌では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。大西様に関しても同様です。記事の作り手としての良心に照らして適切な行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

3月号の記事では以下のくだりにも問題を感じた。

【FACTAの記事】

発足時のJICが目指したSWFは運用益を最大化して国富を増やすことを目的としたはずだった。そのためにはクローズドな超一流の投資ファンドの世界にアクセスできる一流のファンドマネージャーが必要であり、グローバル水準の報酬体系を用意しないと一流のチームは組めないのは明白だ。



◎そんなもの要る?

クローズドな超一流の投資ファンドの世界にアクセスできる一流のファンドマネージャーが必要」という話は誰から聞いたのか。想像だが、「田中」氏あるいはその周辺の人に上手く丸め込まれたのではないのか。少し考えれば、おかしな話だと気付けるはずだ。
小石川後楽園(東京都文京区)※写真と本文は無関係です

記事の説明が正しければ「クローズドな超一流の投資ファンドの世界」では、市場平均を大幅に上回るリターンを継続的に確保できているはずだ。でなければ、そこに「アクセス」するために「一流のファンドマネージャー」に「グローバル水準の報酬」を支払う意味はない。

投資に関して高コストのアクティブファンドが不利なのは投資の世界の常識だ。「実力」で高リターンを実現しているアクティブファンドはほとんどないと見た方がいい。「一流のファンドマネージャー」ならば「実力」を見抜けるという可能性を完全には否定できないが、原則として高い報酬を払う意義は見出せない。

運用益を最大化して国富を増やすこと」が「目的」ならば、「ファンドマネージャー」に支払うコストは極力低くする方が合理的だ。「超一流の投資ファンドの世界にアクセスできないと成功は望めない」といった話に大西氏は怪しさを感じなかったのだろうか。


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「JIC社長に『GPIFの水野』浮上
https://facta.co.jp/article/201903033.html

※記事の評価はD(問題あり)。大西康之氏への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。大西氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経ビジネス 大西康之編集委員 F評価の理由
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_49.html

大西康之編集委員が誤解する「ホンダの英語公用化」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_71.html

東芝批判の資格ある? 日経ビジネス 大西康之編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_74.html

日経ビジネス大西康之編集委員「ニュースを突く」に見える矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/blog-post_31.html

 FACTAに問う「ミス放置」元日経編集委員 大西康之氏起用
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/facta_28.html

文藝春秋「東芝前会長のイメルダ夫人」が空疎すぎる大西康之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_10.html

文藝春秋「東芝前会長のイメルダ夫人」 大西康之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_12.html

文藝春秋「東芝 倒産までのシナリオ」に見える大西康之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_74.html

大西康之氏の分析力に難あり FACTA「時間切れ 東芝倒産」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/facta.html

文藝春秋「深層レポート」に見える大西康之氏の理解不足
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_8.html

文藝春秋「産業革新機構がJDIを壊滅させた」 大西康之氏への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_10.html

「東芝に庇護なし」はどうなった? 大西康之氏 FACTA記事に矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/facta.html

「最後の砦はパナとソニー」の説明が苦しい大西康之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post_11.html

経団連会長は時価総額で決めるべき? 大西康之氏の奇妙な主張
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/01/blog-post_22.html

大西康之氏 FACTAのソフトバンク関連記事にも問題山積
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/facta.html

「経団連」への誤解を基にFACTAで記事を書く大西康之氏
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/facta.html

「東芝問題」で自らの不明を総括しない大西康之氏
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_24.html

大西康之氏の問題目立つFACTA「盗人に追い銭 産業革新機構」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/09/facta.html

FACTA「デサント牛耳る番頭4人組」でも問題目立つ大西康之氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/12/facta4.html

大西康之氏に「JIC騒動の真相」を書かせるFACTAの無謀
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/jicfacta.html

2019年2月21日木曜日

「知的障害者は家庭では必要とされない?」に日経ビジネスが回答

日経ビジネス2月18日号の特集「どこにある? ベストな人生」に関する問い合わせに回答があったので、その内容を紹介したい。「知的障害者」は家庭で「褒められること」「役立つこと」「必要とされること」はないのかとの問いに正面から答えてはいない。しかし、よく考えられた回答だとも感じた。
小石川後楽園(東京都文京区)※写真と本文は無関係です

問い合わせと回答は以下の通り。

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス編集部 北西厚一様 佐伯真也様 武田健太郎様 広田望様 古川湧様

2月18日号の特集「どこにある? ベストな人生」の中の「PART3~『感動チョーク工場』に学ぶ仕事の幸福感を増やす方法」という記事についてお尋ねします。記事では「日本理化学工業」の「大山泰弘会長」が「住職」から聞いた話を以下のように紹介しています。

人間の究極の幸せは、『(1)愛されること、(2)褒められること、(3)役立つこと、(4)必要とされること』。施設や家庭でできるのは(1)だけで、(2)や(3)や(4)は働くことでしか得られない

これが全ての人に当てはまる話なのか、「日本理化学工業」で働く「知的障害者」に限定した話なのか微妙ですが、狭く考えて「知的障害者」に関するものだとしましょう。

だとしても「施設や家庭でできるのは(1)だけで、(2)や(3)や(4)は働くことでしか得られない」とは思えません。「知的障害者」は家庭で家事を手伝ったりしても「褒められること」も「役立つこと」もないのでしょうか。「愛される」存在であれば、それだけで「必要とされ」そうです。なのに「家庭」では決して「必要とされること」がないのでしょうか。答えは明らかです。しかし記事では「大山泰弘会長」だけでなく筆者も「住職」の話をありがたく受け入れてしまっています。

施設や家庭でできるのは(1)だけで、(2)や(3)や(4)は働くことでしか得られない」という説明は誤りではありませんか。また、今回のような偏見に満ちた誤った考え方を無批判に紹介するのは、「知的障害者」とその家族、さらには「知的障害者」を支える施設の関係者に対して配慮に欠けると思えますが、いかがでしょうか。

ついでで恐縮ですが、特集の中の「PROLOGUE~同窓会行かない症候群 原因は『昭和の働き方』の破綻」という記事にも注文を付けさせていただきます。記事ではまず「全国の同窓会で中高年参加者が伸び悩む現象が起きている」と記しています。これを信じれば「参加者の増加は続いているが、増加率は鈍化傾向」となっているはずです。しかし、記事にはこれを裏付けるデータが出てきません。また「伸び悩む(増加の勢いが衰える)」だけならば「同窓会行かない症候群」という話自体が怪しくなってきます。

記事には以下の記述もあります。

同窓会幹事代行サービスを手掛ける笑屋(東京・千代田、真田幸次代表取締役)によると、日本では現在、『同窓会の小規模化』が進行しているという。同社が20~50代の男女1107人を対象にしたアンケート調査によると、2010年の時点で既に89%の人が『50人以上の同窓会に参加した経験がない』と回答

笑屋」は「『同窓会の小規模化』が進行している」と分析しているだけです。これだと「全国の同窓会で中高年参加者が伸び悩む現象が起きている」かどうかの手掛かりにはなりません。さらに言えば「アンケート調査」は「同窓会の小規模化」の裏付けにもなっていません。「同窓会の大規模化」が起きていても調査結果と矛盾はないからです。

そもそも「調査」自体が9年前のものです。「既に89%の人が~」と書いていますが、その後にこの比率が高まったというデータは示していません。また、「中高年」に限った数字でもありません。「中高年」に関しては、記事の中で上記の話に続いて以下のように説明しています。

特に参加率が低いのが50代で、温泉旅行の予約サービスを運営するゆこゆこホールディングス(東京・中央、池照直樹社長)の調査によると、この世代の参加率は24.8%にとどまるという

記事を素直に読めば「50人以上の同窓会」への「50代」の「参加率は24.8%」と理解したくなります。しかし「20~50代」で「参加した経験」ありは11%しかいないので「24.8%」であれば「特に参加率が低い」とは言えません。

別々の調査を一体であるかのように紹介したため、こうした問題が生じたのでしょう。「ゆこゆこホールディングス」のデータは2016年の「シニアの同窓会に関する調査」から持ってきたと思われます。

この「調査」によると「この1年間の同窓会参加状況」は「50代24.8%、60代42.5%、70代以上62.2%と、高年齢者ほど参加している」ようです。

御誌の記事では調査時期が不明な上に「この1年間」だと示していません。「特に参加率が低いのが50代」と書くと、全世代の中で「50代」が特に低いと理解したくなりますが、この調査では「シニア」のみが対象です。様々な意味で、データの見せ方に問題があります。

なぜこうなったのかは想像できます。「中高年」に「同窓会行かない症候群」が広がっているとの仮説を立てて、それを裏付けるデータを探したのでしょう。しかし適当なデータは見つけられなかった。だから、いくつかのデータを強引に並べて、それらしく書いてしまった。そんなところではありませんか。気持ちは分かりますが、お薦めしません。

「きちんとした説得力のある記事を読者に届けたい」との気持ちを持っているならば、この手のごまかしからは距離を置くべきです。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。


【日経BP社の回答】

「日経ビジネス」をご愛読いただき、誠にありがとうございます。

先日いただいたお問い合わせに回答させていただきます。

①日本理化学工業編 住職の話の引用について

当事者に取材をする中で、「ダイレクトに読者にお伝えすべき内容である」と判断し、そのまま引用いたしました。しかしながら、「偏見に満ちた誤った考え方を無批判に紹介している」「『知的障害者』を支える施設の関係者に対して配慮に欠ける」と受け取ら
れた読者の方が現実にいる以上、引用方法や記事化までのプロセス、表現方法などにおいて一段の工夫の余地があった可能性は否めません。今後は、全ての読者の方の気持ちに配慮した記事を実現すべく研鑽して参ります。

②同窓会のデータについて

同窓会事情に詳しい関係者への取材で得られた材料に、関連データを合わせ、構成した記事でした。しかしながら①同様、「いくつかのデータを強引に並べて、それらしく書いた」と受け取られた読者の方がいる以上、データの選択や探し方、記事の構成方法に努力すべき余地があった可能性は否めません。ご指摘を真摯に受け止め、今後は、きちんとした説得力のある記事を読者に届けるべく、記事の作り方や取材方法をより工夫し、最大限の努力を図って参ります。

今後とも日経ビジネスをよろしくお願いいたします。

◇   ◇   ◇

※今回取り上げた記事

PART3~『感動チョーク工場』に学ぶ仕事の幸福感を増やす方法
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/special/00037/

PROLOGUE~同窓会行かない症候群 原因は『昭和の働き方』の破綻
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/special/00034/


※記事の評価はいずれもD(問題あり)。担当者らの評価は以下の通りとする(敬称略)。

北西厚一(暫定D→D)
佐伯真也(暫定D→D)
武田健太郎(Dを維持)
広田望(暫定D→D)
古川湧(暫定C→暫定D)

2019年2月20日水曜日

必須情報が抜けた日経「独決済ワイヤーカードに空売り規制」

20日の日本経済新聞朝刊国際1面に載った「独決済ワイヤーカードに空売り規制 会計不正疑惑で株価急落」という記事では、肝心の「空売り規制」の内容に触れていない。ニュース記事としては致命的な欠陥だ。
別府海浜砂湯(大分県別府市)
   ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

【ベルリン=石川潤、ロンドン=篠崎健太】欧州のフィンテックを代表する独決済サービス、ワイヤーカードの株価が急落し、ドイツ連邦金融監督庁が18日、空売り規制に踏み切った。2月に入ってから海外の投機筋を中心にワイヤーカードに対する売り持ち高が膨れあがり、金融市場全体を不安定にしかねない状態になっていたという。

ワイヤーカードはモバイル端末を通じたオンライン決済などのサービスを世界の3万超の企業に提供している。時価総額が一時は240億ユーロ(約3兆円)強まで膨らみ、独銀最大手のドイツ銀行を上回っていた。

そんなワイヤーカードの株価が下がり始めたのは、英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)が1月、会計不正疑惑を報じたのがきっかけだ。記事は内部告発者がもたらした社内資料をもとに、偽造契約書で不正な取引が行われていた形跡があるなどと伝えた。

アジア太平洋地域の会計を統括するシンガポール法人の幹部が不正を主導したとされる。ワイヤーカード側は不正行為を強く否定している。

問題を複雑にしそうなのが、独南部ミュンヘンの検察当局が市場操作の可能性がないか、捜査を始めたことだ。検察当局によると「投資家の告発をもとに、FT記者の捜査手続きに入った」という。FTは「根拠がなく偽り」と反発している。


◎ブルームバーグと比べると…

ドイツ連邦金融監督庁が18日、空売り規制に踏み切った」とは書いているが、「規制」の中身は教えてくれない。関連情報をあれこれ書く前に、どこまで「空売り」を「規制」したのか説明すべきだ。

ブルームバーグの記事によると「ワイヤーカード株のネットショート・ポジション(売り持ち)の新規構築と既存の同ポジションの上積みは即時禁止となった。4月18日まで適用される」らしい。この情報は日経の記者も当然に知っているはずだ。なのに、なぜ抜いて記事を書いたのか。

独決済ワイヤーカードに空売り規制」という見出しの記事で「規制」の中身に触れないのは、普通の記者ならば強い抵抗があるはずだ。石川潤記者も篠崎健太記者も国際アジア部のデスクも、気にならなかったのか。

ついでに言うと「フィンテック」企業の「株価が急落」した程度で「金融市場全体を不安定にしかねない状態」になるのが、よく分からない。仮に「ワイヤーカード」が破綻すると金融システム不安が広がる可能性が高いのだとしたら、「空売り規制」で株価を下支えしてもあまり意味がなさそうに思える。

色々な意味で疑問ばかりが残る記事だった。


※今回取り上げた記事「独決済ワイヤーカードに空売り規制 会計不正疑惑で株価急落
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190220&ng=DGKKZO41458200Z10C19A2FF1000


※記事の評価はD(問題あり)。石川潤記者への評価はCからDへ引き下げる。篠崎健太記者への評価はDで確定とする。両記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日銀担当 石川潤記者への信頼が揺らぐ日経「真相深層」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2016/09/blog-post_29.html

肝心の情報がない日経 篠崎健太記者「仏メディア、3社関係改善を期待」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/3.html

2019年2月19日火曜日

「カラー取引」の説明不足に見える日経 藤田和明編集委員の限界

良いコラムを書くためには、批判精神に溢れていて「訴えたいこと」が明確でなければならない。さらには、自らの主張に説得力を持たせるための材料を集めて記事を組み立てる技術が要る。「その両方で日本経済新聞の藤田和明編集委員は厳しいのかな」と19日朝刊の記事を読んで感じた。
勘定場の坂(大分県杵築市)※写真と本文は無関係

記事中の「カラー取引」の説明にも問題ありと思えたので、日経には以下の内容で問い合わせを送っている。

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 編集委員 藤田和明様

19日の朝刊投資情報面に載った「一目均衡~孫氏がかけた『保険』の意味」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下の説明です。

『市場に供給のあるプット(売る権利)をほぼ全数、半年かけて黙って静かに買い集めた』。2月6日、ソフトバンクグループ(SBG)の決算発表で孫正義会長兼社長は保有する米半導体大手、エヌビディア株の急落に備え、いかに『保険』をかけていたかを披露した。半年前といえば『エヌビディアの株価が絶好調のとき』になる。この手法は『カラー取引』と呼ばれる。金融派生商品を使い一定以上の値上がり益を放棄する分、値下がりしても損が膨らまない構えをつくりあげる。これが株評価損の穴を埋める役目を果たした

藤田様の説明だと「カラー取引」とは株価下落に備えた「プット(売る権利)」の買いになります。しかし、これでは「一定以上の値上がり益を放棄する」ことになりません。「エヌビディア株」が急騰した場合、「プット」を買うために支払ったプレミアム分は損失となりますが、「エヌビディア株」の「値上がり益」は株価が上がれば上がるほど膨らみます。

SBG」のケースでの「カラー取引」とは「プット(売る権利)」の買いとコールの売りの組み合わせではありませんか。そうであれば「一定以上の値上がり益を放棄する」と言えます。

ちなみに「孫正義会長兼社長」の決算説明会での発言は「市場に供給のあるプットをほぼ全数、半年かけて黙って静かに買い集めた」ではなく「市場に供給のあるコールとプットをほぼ全数、半年以上かけて黙って静かに買い集めた」とした方が正確です。「コールの売り」とは言っていませんが、「コールとプット」の両方が「カラー取引」に絡むことは「孫正義会長兼社長」も認識しているのでしょう。

カラー取引」に関する記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。控えめに言っても不正確だと思えます。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

せっかくの機会なので、他にも気になった点を記しておきます。まずは以下のくだりです。

アレン氏の取引は2000年だ。IT(情報技術)バブルがはじけ、マイクロソフトは株価急落に直面していた。大株主だったアレン氏は資産の目減りを防ぐのにカラー取引を使ったとされる。当時はマイクロソフトの経営から離れ、自身のファンドを設立。『結ばれた世界』を掲げてケーブルテレビなどの買収に傾注していた頃だ。かたや今の孫氏は人工知能(AI)が世界を変えるとして投資の軸足を移している。不思議なほどに相似形だ

本当に「不思議なほどに相似形」ですか。「孫氏」が「SBG」の「経営から離れ、自身のファンドを設立」しているのならば、まだ分かります。しかし「孫氏」は会長兼社長」という絶対的な権力者のままです。「ケーブルテレビなどの買収」と「人工知能(AI)」分野への投資もそれほど似ていません。両者を関連付けるために強引に「相似形」にしてしまったのではありませんか。

最後の段落にも注文を付けておきます。

投資家が保有株にかけた保険は、これ以上の株高は容易でないとのメッセージを含む。アレン氏の保険は結果的にITブームが終わるなかで使われバフェット氏の手堅さはその後、再評価された。孫氏の保険は成長株の天井を意識させ、割安株が優位になるサインとなるか。注目だ

残念なのが「成り行き注目」型の結論になっていることです。「孫氏がかけた『保険』の意味」と見出しでも打ち出しているのですから「孫氏の保険」が何の「サイン」なのか、藤田様なりの答えを出すべきです。「注目だ」で逃げられると、見出しに釣られて読んだ身としては騙された気になります。

さらに言えば「孫氏」が「保険」をかけ始めたのは半年以上も前の話です。「保険」が何らかの「サイン」になるとしても、時間が経ち過ぎている感は否めません。実際に「エヌビディア株」は「サイン」が出始めてから半年の間に「急落」しています。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社の一員として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「一目均衡~孫氏がかけた『保険』の意味
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190219&ng=DGKKZO41398950Y9A210C1DTA000


※記事の評価はD(問題あり)。藤田和明編集委員への評価はDで確定とする。藤田編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「FANG」は3社? 日経 藤田和明編集委員「一目均衡」の説明不足
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/fang.html

改善は見られるが…日経 藤田和明編集委員の「一目均衡」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_2.html

「中国株は日本の01年」に無理がある日経 藤田和明編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/01.html

「トランプ大統領の横柄さは問題にならない」と誤解した岡本純子氏

トランプ大統領」はここ数年、世界で最も多くの批判を集めている人物かもしれない。にもかかわらず、コミュニケーション・ストラテジストの岡本純子氏は「トランプ大統領がどんなに人をバカにしたような横柄なコミュニケーションをしようが問題にならない」と信じているようだ。東洋経済オンラインの記事でそう言い切っている。
伐株山園地(大分県玖珠町)※写真と本文は無関係です

そこで、以下の内容で問い合わせを送った。

【東洋経済新報社への問い合わせ】

東洋経済オンライン担当者様 コミュニケーション・ストラテジスト 岡本純子様

2月19日付の「日本に『女性のリーダー』が生まれない深刻理由~『女性に意欲がない』というのは本当なのか」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

トランプ大統領がどんなに人をバカにしたような横柄なコミュニケーションをしようが問題にならないが、ヒラリー・クリントンが声を上げて叫べば、『ヒステリックだ』とバッシングにあう

2018年5月6日付の記事でAFP通信は以下のように報じています。

<記事の引用>

ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領が全米ライフル協会(NRA)の年次総会で述べた2015年の仏パリ同時襲撃事件をちゃかした発言に、フランス国内で怒りが広まっている。

トランプ氏は4日、米テキサス州ダラス(Dallas)で開かれたNRAの年次総会で自由奔放に演説。フランスの銃規制法にも触れ、パリ市民に銃の購入が許されていたら事件は防げたと述べて「パリでは銃を持った人が誰もいない。130人もの犠牲者と、とてつもない数の人たちが恐ろしいけがを負ったことをみな覚えている。だが、これまで誰も彼らについて話していないじゃないか」などと語り、さらには「彼らは銃で武装したごく少人数のテロリスト集団によって残忍に殺害された。犯人たちは時間をかけて一人ずつ、銃で撃ち殺していったのだ」と述べると、「バーン。こっちへ来い。バーン。次はお前だ。バーン」などと銃を発砲する襲撃犯のまねをした。

これらトランプ氏の発言を受けてフランス外務省は5日、第2次世界大戦(World War II)以降のフランスで最も多くの犠牲者を出した2015年11月13日のパリ同時襲撃事件に対する「トランプ米大統領の発言に強い不快感を表明するとともに、事件の犠牲者に敬意を払うよう求める」とする声明を発表。事件当時の仏大統領、フランソワ・オランド(Francois Hollande)氏ら仏政治家たちもこうした批判に加わり、ツイッター(Twitter)にはトランプ氏への怒りを表明する事件の生存者らの投稿が殺到した。


--引用は以上です。トランプ氏の「人をバカにしたような横柄なコミュニケーション」が「問題」になった例は他にも多数あります。「トランプ大統領がどんなに人をバカにしたような横柄なコミュニケーションをしようが問題にならない」との説明は明らかな誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

付け加えると、見出しで「『女性に意欲がない』というのは本当なのか」と打ち出しているのに、この問題への答えらしきものが見当たりません。これは読者を欺くやり方だと思えますが、いかがでしょうか。以上の2点について回答をお願いします。

東洋経済新報社では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

男性の場合、『有能』であれば、『温かみや好感度』についてはさほどなくても許されてしまうところがある」のに「女性リーダーにとって『温かみや好感度』の欠落は致命的だ」との主張に説得力を持たせようとして、岡本氏は「トランプ大統領」と「ヒラリー・クリントン」を例に出している。ただ、事実関係を無視しすぎだ。

普通の知識と判断力を持っていれば、「トランプ大統領がどんなに人をバカにしたような横柄なコミュニケーションをしようが問題にならない」と言えるかどうかは分かるはずだ。岡本氏には書き手としての基礎的な能力に疑問を感じた。


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「日本に『女性のリーダー』が生まれない深刻理由~『女性に意欲がない』というのは本当なのか
https://toyokeizai.net/articles/-/266169


※記事の評価はD(問題あり)。岡本純子氏への評価も暫定でDとする。

2019年2月18日月曜日

「日の丸半導体」の敗因分析が雑な日経 西條都夫編集委員

18日の日本経済新聞朝刊企業面に載った「経営の視点~平成日本 失速の研究 日の丸半導体 4つの敗因」という記事で西條都夫編集委員が雑な分析を披露している。「日の丸半導体」の「敗因」として「総合電機の一部門」だったことが「足かせ」になったと西條編集委員は言う。この分析に説得力はあるだろうか。記事の前半部分を見てみよう。
八坂川(大分県杵築市)※写真と本文は無関係

【日経の記事】

「逃がした魚は大きい」というが、平成の日本にとって逃した魚の代表は半導体だろう。米ICインサイツによると、1990年(平成2年)に日本勢の世界シェアは49%に達したが、2017年には7%まで落ち込んだ。米ガートナーが毎年発表する世界の半導体上位10社からも18年には日本企業が姿を消した。

半導体の重要性は言うまでもない。平成の初めに世界市場は約500億ドルだったが、18年は10倍近い4779億ドル(世界半導体市場統計)に伸びた。英エコノミスト誌は「データが21世紀の石油なら、それを有効活用するための半導体は内燃機関に相当する」とデジタル社会の中核技術に位置づけた。民生だけでなく国防でも戦略性は高く、米国が半導体技術の中国への流出に神経質になるのも故ないことではない。

なぜこれほど重要な領域で日本は敗戦を喫したのか。識者に取材し、4つの敗因をまとめてみた。

一つは「組織と戦略の不適合」だ。日本の有力半導体企業のほとんどは総合電機の一部門として出発した。当初はそれが一種の事業ふ化装置としてうまく機能したが、ビジネスが大きくなり、迅速で思い切った決断が必要になると、とたんに足かせに転じた

ベテランアナリストで、今は日立製作所の社外取締役を務める山本高稔氏は「雑多な事業を寄せ集めたコングロマリットの経営速度では通用しなかった。投資決断が常に何歩か遅れ、規模も小さく、競争からはじき飛ばされた」。



◎だったらサムスンは?

総合電機の一部門」だったために「迅速で思い切った決断が必要になると、とたんに足かせに転じた」と西條編集委員は解説する。しかし「米ガートナーが毎年発表する世界の半導体上位10社」でトップのサムスン電子も半導体は「総合電機の一部門」だ。

東芝メモリを売却した影響で「上位10社」からは外れたようだが、東芝も「総合電機の一部門」で半導体を手掛けて稼ぎ頭に育てた。「雑多な事業を寄せ集めたコングロマリットの経営速度では通用しなかった」のであれば、サムスンも東芝も敗れ去っているはずだ。

サムスンが「総合電機」として半導体事業を成功させていることを西條編集委員は知らないのか。だとすれば「日の丸半導体」の「敗因」を分析する資格はない。知っているのにあえて無視したのならば手抜きが過ぎる。

ついでに記事の書き方で西條編集委員に2つ助言したい。

(1)二重否定は避けよう

日経は社内で「二重否定は使わない」と定めているはずだ。絶対に使うなとは言わないが「米国が半導体技術の中国への流出に神経質になるのも故ないことではない」というくだりで二重否定を使う必要性は感じられない。「米国が半導体技術の中国への流出に神経質になるのも当然だ」などとしても問題は生じない。大したことを書いているわけでもないので、説明は簡潔にしてほしい。


(2)主語と述語を考えよう

ベテランアナリストで、今は日立製作所の社外取締役を務める山本高稔氏は『雑多な事業を寄せ集めたコングロマリットの経営速度では通用しなかった。投資決断が常に何歩か遅れ、規模も小さく、競争からはじき飛ばされた』」と西條編集委員は書いている。

この場合、主語の「山本高稔氏」を受ける述語が見当たらない。「山本高稔氏は競争からはじき飛ばされた」では意味が通じない。「山本高稔氏は『……』とみている」などとしないと成立しない。

例えば「イチローは『開幕戦で結果を残せなかったら引退する』」といった書き方ならば、コメントで文が終わっていても主語と述語の関係に問題は生じない。しかし、「山本高稔氏」のくだりはそうではない。

この手の助言をベテランの編集委員にしなければならないのが日経の辛いところだ。記者教育が不十分な上に、「きちんとした記事を書ける人だけが編集委員になれる」という仕組みにもなっていない。 西條編集委員だけの問題ではない。


※今回取り上げた記事「経営の視点~平成日本 失速の研究 日の丸半導体 4つの敗因
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190218&ng=DGKKZO41242510T10C19A2TJC000


※記事の評価はD(問題あり)。西條都夫編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。西條編集委員については以下の投稿も参照してほしい。

春秋航空日本は第三極にあらず?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/04/blog-post_25.html

7回出てくる接続助詞「が」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/04/blog-post_90.html

日経 西條都夫編集委員「日本企業の短期主義」の欠陥
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_82.html

何も言っていないに等しい日経 西條都夫編集委員の解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_26.html

日経 西條都夫編集委員が見習うべき志田富雄氏の記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_28.html

タクシー初の値下げ? 日経 西條都夫編集委員の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_17.html

日経「一目均衡」で 西條都夫編集委員が忘れていること
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_14.html

「まじめにコツコツだけ」?日経 西條都夫編集委員の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/07/blog-post_4.html

さらに苦しい日経 西條都夫編集委員の「内向く世界(4)」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2016/11/blog-post_29.html

「根拠なき『民』への不信」に根拠欠く日経 西條都夫編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/12/blog-post_73.html

2019年2月17日日曜日

日経ビジネスに問う「知的障害者は家庭では必要とされない?」

日経ビジネス2月18日号の特集「どこにある? ベストな人生」は問題が多かった。企画の方向性自体は悪くないが、これだけ粗が目立つと高い評価は与えられない。
山地獄(大分県別府市)※写真と本文は無関係です

筆者らには以下の内容で問い合わせを送った。

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス編集部 北西厚一様 佐伯真也様 武田健太郎様 広田望様 古川湧様

2月18日号の特集「どこにある? ベストな人生」の中の「PART3~『感動チョーク工場』に学ぶ仕事の幸福感を増やす方法」という記事についてお尋ねします。記事では「日本理化学工業」の「大山泰弘会長」が「住職」から聞いた話を以下のように紹介しています。

人間の究極の幸せは、『(1)愛されること、(2)褒められること、(3)役立つこと、(4)必要とされること』。施設や家庭でできるのは(1)だけで、(2)や(3)や(4)は働くことでしか得られない

これが全ての人に当てはまる話なのか、「日本理化学工業」で働く「知的障害者」に限定した話なのか微妙ですが、狭く考えて「知的障害者」に関するものだとしましょう。

だとしても「施設や家庭でできるのは(1)だけで、(2)や(3)や(4)は働くことでしか得られない」とは思えません。「知的障害者」は家庭で家事を手伝ったりしても「褒められること」も「役立つこと」もないのでしょうか。「愛される」存在であれば、それだけで「必要とされ」そうです。なのに「家庭」では決して「必要とされること」がないのでしょうか。答えは明らかです。しかし記事では「大山泰弘会長」だけでなく筆者も「住職」の話をありがたく受け入れてしまっています。

施設や家庭でできるのは(1)だけで、(2)や(3)や(4)は働くことでしか得られない」という説明は誤りではありませんか。また、今回のような偏見に満ちた誤った考え方を無批判に紹介するのは、「知的障害者」とその家族、さらには「知的障害者」を支える施設の関係者に対して配慮に欠けると思えますが、いかがでしょうか。

ついでで恐縮ですが、特集の中の「PROLOGUE~同窓会行かない症候群 原因は『昭和の働き方』の破綻」という記事にも注文を付けさせていただきます。記事ではまず「全国の同窓会で中高年参加者が伸び悩む現象が起きている」と記しています。これを信じれば「参加者の増加は続いているが、増加率は鈍化傾向」となっているはずです。しかし、記事にはこれを裏付けるデータが出てきません。また「伸び悩む(増加の勢いが衰える)」だけならば「同窓会行かない症候群」という話自体が怪しくなってきます。

記事には以下の記述もあります。

同窓会幹事代行サービスを手掛ける笑屋(東京・千代田、真田幸次代表取締役)によると、日本では現在、『同窓会の小規模化』が進行しているという。同社が20~50代の男女1107人を対象にしたアンケート調査によると、2010年の時点で既に89%の人が『50人以上の同窓会に参加した経験がない』と回答

笑屋」は「『同窓会の小規模化』が進行している」と分析しているだけです。これだと「全国の同窓会で中高年参加者が伸び悩む現象が起きている」かどうかの手掛かりにはなりません。さらに言えば「アンケート調査」は「同窓会の小規模化」の裏付けにもなっていません。「同窓会の大規模化」が起きていても調査結果と矛盾はないからです。

そもそも「調査」自体が9年前のものです。「既に89%の人が~」と書いていますが、その後にこの比率が高まったというデータは示していません。また、「中高年」に限った数字でもありません。「中高年」に関しては、記事の中で上記の話に続いて以下のように説明しています。

特に参加率が低いのが50代で、温泉旅行の予約サービスを運営するゆこゆこホールディングス(東京・中央、池照直樹社長)の調査によると、この世代の参加率は24.8%にとどまるという

記事を素直に読めば「50人以上の同窓会」への「50代」の「参加率は24.8%」と理解したくなります。しかし「20~50代」で「参加した経験」ありは11%しかいないので「24.8%」であれば「特に参加率が低い」とは言えません。

別々の調査を一体であるかのように紹介したため、こうした問題が生じたのでしょう。「ゆこゆこホールディングス」のデータは2016年の「シニアの同窓会に関する調査」から持ってきたと思われます。

この「調査」によると「この1年間の同窓会参加状況」は「50代24.8%、60代42.5%、70代以上62.2%と、高年齢者ほど参加している」ようです。

御誌の記事では調査時期が不明な上に「この1年間」だと示していません。「特に参加率が低いのが50代」と書くと、全世代の中で「50代」が特に低いと理解したくなりますが、この調査では「シニア」のみが対象です。様々な意味で、データの見せ方に問題があります。

なぜこうなったのかは想像できます。「中高年」に「同窓会行かない症候群」が広がっているとの仮説を立てて、それを裏付けるデータを探したのでしょう。しかし適当なデータは見つけられなかった。だから、いくつかのデータを強引に並べて、それらしく書いてしまった。そんなところではありませんか。気持ちは分かりますが、お薦めしません。

「きちんとした説得力のある記事を読者に届けたい」との気持ちを持っているならば、この手のごまかしからは距離を置くべきです。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。

◇   ◇   ◇

回答に関しては以下の投稿を参照してほしい。

「知的障害者は家庭では必要とされない?」に日経ビジネスが回答
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/02/blog-post_21.html

※今回取り上げた記事

PART3~『感動チョーク工場』に学ぶ仕事の幸福感を増やす方法
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/special/00037/

PROLOGUE~同窓会行かない症候群 原因は『昭和の働き方』の破綻
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/special/00034/


※記事の評価はいずれもD(問題あり)。担当者らの評価は以下の通りとする(敬称略)。

北西厚一(暫定D→D)
佐伯真也(暫定D→D)
武田健太郎(Dを維持)
広田望(暫定D→D)
古川湧(暫定C→暫定D)

2019年2月16日土曜日

「人事は原則、発表を待て!」 日経の高島屋 社長人事報道に思うこと

「まだ、こんなことやってるのか。社長人事は原則として発表を待つべきなのに…」--。高島屋の社長人事に関する日本経済新聞の報道を見てそう感じた。
日本橋高島屋S.C.(東京都中央区)

日経は15日夕刊4版総合面に「高島屋社長に村田常務が昇格 内外の重点事業にメド」という記事を突っ込んでいる(つまり1版と3版には入れていない)。そして16日の朝刊企業面には「高島屋、グループと連携強化 社長に村田常務」という記事を載せた。

朝刊の記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

高島屋は15日、村田善郎常務(57)が3月1日付で社長に昇格する人事を正式発表した。木本茂社長(62)は子会社で不動産開発を手掛ける東神開発(東京・世田谷)の会長に転じ、鈴木弘治会長(73)は留任する。同日都内で開いた記者会見で村田氏は、「(新たな)ビジネスモデルを作るのが大きな課題」と決意を述べた。

高島屋は2016年にベトナム、18年にタイに出店し、日本橋店(東京・中央)の新館を完成させた。このタイミングでの交代について木本氏は「在任5年で刺激のあるプロジェクトを立ち上げられたことで区切りがついた」と説明。村田氏を選んだことについては「経営企画などを経験しておりリーダーシップを発揮してくれる」とした。

村田氏は労働組合の委員長を務め、海外店舗立ち上げにもかかわった。国内百貨店を取り巻く環境は厳しいが、「(行政などと進める)まちづくり戦略を推進するため東神開発との相乗効果を高める」と強調。グループ会社との連携を強化して、新たなビジネスモデルを作り上げる考えだ。

14年まで11年社長を務めた鈴木氏は、会長として経営を監督する立場を継続する。木本氏は東神開発の会長を鈴木氏から引き継ぎ、高島屋がグループ戦略上重視する商業施設開発や街づくりを担う。



◎「鈴木氏の長期政権」をなぜ論じない

そこそこ行数がある記事なのに「鈴木弘治会長(73)は留任する」「14年まで11年社長を務めた鈴木氏は、会長として経営を監督する立場を継続する」と会長留任に関してはサラッと触れているだけだ。

鈴木弘治会長」が高島屋の最高権力者なのは衆目の一致するところだろう。今回の人事で最も重要なのは「鈴木弘治会長」が「留任する」点だと思える。長期政権を築いた末に逮捕されたゴーン被告に関して日経は「独裁者に変貌」「いつしか暴君と恐れられる存在に」などと事件発覚後に解説し、長期政権の危険性を訴えていた。なのに、なぜ「鈴木弘治会長」の問題を論じないのか。

夕刊4版に記事を入れられたのが「鈴木氏」からの情報提供のおかげかどうかは分からない。だが、その可能性は十分にある。人事取材でお世話になってしまえば、仮に「鈴木氏は暴君だ」と記者が感じていても、それを記事に反映させるのは難しくなる。

そもそも夕刊4版に記事を入れる意味が乏しい。まず4版読者は日経読者の一部に過ぎない。自分は夕刊3版地域に住んでいるので、4版に記事を入れてもらっても関係ない。それに、高島屋は今回の人事を15日の午後には発表している。4版読者も夕刊が自宅に届くころには、人事をネットでも確認できる。

関係者に取材して夕刊4版に入れるために担当記者はかなりの労力を使ったはずだ。なのに読者に及ぶプラスはわずかだ。一方で、取材で協力してくれた人に恩ができるために報道内容の制約を受けるというマイナスが生じてしまう。

結局、メリットよりもデメリットがはるかに上回る。上記の記事に関しても、一読者の立場で言えば「実質ナンバー2の交代を夕刊に入れるなんてどうでもいい。それより鈴木氏が長くトップに立つことのマイナス面はどうなのか。これを機にしっかり検証してほしかった」と思う。

なので改めて訴えたい。不祥事関連など特殊な場合を除いて社長人事は発表待ちでいい。そんな取材に時間を割く暇があるならば、読書でもして書き手としての実力を高めてほしい。

記者にしてみれば「そんなこと言われても会社の方針だから…」となるだろう。それは分かる。問題は編集局の幹部だ。「自分たちの記者時代は朝夕刊の最終版に特ダネを入れることに全力を注いできた。それを無駄だと言うのか」との思いはあるだろう。だが、社長人事を発表前に報じることに社会的意義はほぼない。読者ニーズも極めて小さいだろう。一方で報道内容が縛られるリスクは大きい。そして記者は無駄に疲弊する。

合理的に判断すれば、どの道を選ぶのが正しいのか。過去を断ち切って考えてほしい。


※今回取り上げた記事「高島屋社長に村田常務が昇格 内外の重点事業にメド
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190216&ng=DGKKZO41329010V10C19A2TJC000


※記事の評価はC(平均的)。

2019年2月15日金曜日

「金融先物の父」は複数いる? 日経1面連載「データの世紀」

15日の朝刊1面に載った「データの世紀~支配の実像(4)個人情報 タダでない 『市場価値』が独走止める」という記事は全体として強引な説明が目立った。故に説得力を欠く内容になっている。日経には以下の内容で問い合わせを送った。問題点があまりに多過ぎて、かなり長くなった。それでも指摘し切れなかった。取材班のメンバーは「なぜこうなってしまったのか」をしっかり考えてほしい。
 酢屋の坂(大分県杵築市)※写真と本文は無関係

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 阿部哲也様 植松正史様 西岡貴司様 川合智之様 兼松雄一郎様 栗原健太様 平本信敬様 伴正春様 寺井浩介様 野毛洋子様 多部田俊輔様 渡辺絵理様

15日の朝刊1面に載った「データの世紀~支配の実像(4)個人情報 タダでない 『市場価値』が独走止める」という記事についてお尋ねします。記事では「米国金融取引所(AFX)のリチャード・サンダー最高経営責任者(CEO)」を「2000年代に温暖化ガス排出量の取引市場を作ったことで知られる『金融先物の父』」と紹介しています。

米シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)グループの「沿革」を見ると「業界初の金融先物である、外国通貨先物取引を7通貨で開始」したのが1972年です。また「金融先物の父」としてはレオ・メラメド氏が知られています。「サンダー」氏が「2000年代に温暖化ガス排出量の取引市場を作ったことで知られる」のだとしたら、「金融先物の父」である可能性はかなり低そうです。本当に「金融先物の父」ならば、1970年代に「通貨先物取引」を始めたことで知られている方が自然です。

また、2018年9月13日付の「投資道場~異文化体験が投資眼養う 『若者よ、世界を旅しよう』 金融先物の父、メラメド氏がメッセージ」という日経の記事では「米シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)グループ名誉会長のレオ・メラメド氏(86)」を「金融先物の父」と呼んでいます。

金融先物の父」が2人いるのも奇妙な話です。そして、「メラメド氏」の方が「金融先物の父」と呼ばれる条件を満たしていると思えます。「サンダー」氏を「金融先物の父」と紹介したのは誤りではありませんか。記事の説明に問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

せっかくの機会なので、他にもいくつか疑問点を挙げておきます。

(1)「指標化」できますか?

記事では「原油や金と異なり、データの価値は量や重さで測れない。だがサンダー氏は確信を持つ。『データの動きをインデックス(指標)化して見えるようにすれば、取引できるはずだ』」と書いていますが、どうやって「インデックス(指標)化して見えるように」するのか謎です。個人的には無理だと感じます。

サンダー氏」を取材して皆さんが「インデックス(指標)化」は十分に可能だと判断したのならば、そこは読者に説明した方が良いでしょう。


(2)「見える化」できてますか?

記事では「意識するのは中国だ。15年創設の貴陽ビッグデータ交易所は2千社が金融や医療、物流など4千種類ものデータを相対で売買する。米中の有力取引所がデータの『見える化』を競う」と書いていますが、これのどこが「見える化」なのか謎です。「4千種類ものデータを相対で売買」するだけならば、「見える化」にはなりません。

どんな「データ」がいくらで取引されたか誰でも分かる仕組みになっているのならば「見える化」と言ってもいいでしょう。しかし記事中にそうした説明はありません。

付け加えると「米中の有力取引所」との説明も引っかかりました。記事で取り上げた「米国金融取引所(AFX)」を日経電子版で検索してみても今回の記事しか出てきません。本物の「有力取引所」であれば考えにくい話です。話を盛り上げるために「米国金融取引所(AFX)有力取引所」「サンダー氏金融先物の父」として描いたのではとの疑いが残りました。


(3)「判断が甘かったのは明白」ですか?

以下の説明にも問題を感じました。

米フェイスブックがインスタグラムを買収した7年前、各国の競争当局は容易にこれを承認した。『従業員13人。売り上げもない。広告の競争を大きく阻害しない』。当時の英当局の審査資料には記されている。判断が甘かったのは明白だ。インスタグラムは写真共有サイトとして世界の標準を握り、利用者と広告出稿が急増した。18年の企業評価額は1千億ドル(11兆円)。買収時の100倍だ

判断が甘かったのは明白」でしょうか。「英当局」は「広告の競争を大きく阻害しない」と「判断」しただけです。「広告出稿が急増」したり「企業評価額」が「買収時の100倍」になったりしても「判断が甘かった」根拠とはなりません。

判断が甘かったのは明白」と断定するのならば、「広告の競争を大きく阻害」している実態を描くべきです。それが難しいから「企業評価額」などを並べてごまかしたのではありませんか。


(4)4社で走っても「独走」ですか?

記事には「00年以降、米グーグルなど『GAFA』が買収に投じた額は10兆円規模。対象の大半は将来競合しそうな新興企業だった。データを測る力で独走してきた巨人だが、競争関係がゆがめば不利益を被るのは個人だ」との記述があります。

GAFA」は連携して活動する1つの企業グループではありません。4社が先頭集団を形成して走っていたとしても「独走」とは言えません。「並走してきた巨人たち」などとした方が好ましいでしょう。


(5)「データの対価」と言えますか?

記事には「GAFAのお膝元、米カリフォルニア州で『消費者プライバシー法』が20年に施行する。企業が悪質な情報漏洩を起こせば、ユーザーは『100~750ドルを賠償請求できる』。欧州や日本も導入していない『データの対価』を認める」との記述もあります。

浜離宮恩賜庭園(東京都中央区)※写真と本文は無関係
消費者プライバシー法」が「情報漏洩」に関して「賠償請求」を認めているとしても「『データの対価』を認める」と見なすのは無理があります。記事の説明から推測すると「100~750ドル」は「データの対価」ではなく、「情報漏洩」に伴う損失への「賠償」でしょう。

また、日本には個人情報保護法があり「悪質な情報漏洩」で損害を受けた場合、「ユーザー」は企業に「賠償請求」できます。「消費者プライバシー法」が「『データの対価』を認める」ものならば、日本も同じような制度を「導入」していると思えます。


(6)誰にとっての「実行不能」ですか?

記事では「住民立法として発案された当初は『最大3千ドルを請求できる』内容だった。『実行不能。世界から孤立してしまう』。焦ったGAFAが強力なロビー活動で押し返した。だが無料で膨大な個人データを集められる状況は、いつまで続くか分からなくなりつつある」とも書いています。

まず「最大3千ドル」でも「100~750ドル」でも決定的な差はありません。「最大3千ドル」だと「実行不能。世界から孤立してしまう」のであれば、「100~750ドル」でも同じではありませんか。

実行不能。世界から孤立してしまう」という部分も解釈に迷いました。これは「GAFA」にとって「実行不能。世界から孤立してしまう」なのでしょうか。それとも「米カリフォルニア州」にとってでしょうか。どちらにしても「実行不能」で「世界から孤立してしまう」とは思えません。

GAFA」は「悪質な情報漏洩」を発生させた時に、「最大3千ドル」の支払いもできない程の貧乏企業ですか。かなりの人数に「3千ドル」を払っても余裕で存続できそうです。


(7)「新独占に風穴」が開きますか?

記事の最後を「スマートフォンの普及などとともに生まれた新独占。その恩恵を享受してきた巨人も盤石ではない。データの価値を見定める力は新独占に風穴を開け、次の秩序への一歩になる」と皆さんは締めています。

これも謎です。「米カリフォルニア州」の住民が「悪質な情報漏洩」に関して「自分の場合は750ドルの損害に相当する」などと「見定める」ようになると「GAFA」の「新独占に風穴」が空きますか。ほとんど関係なさそうです。しかし記事からは「消費者プライバシー法」の事例以外に「データの価値を見定める力は新独占に風穴」に関する手掛かりは見当たりません。

「何を訴えたいか」が明確になっていないのに紙幅を埋めてしまったのではありませんか。「だから説得力に欠ける取って付けたような結びになった」と考えると腑に落ちます。

記事には「『市場価値』が独走止める」との見出しも付いています。しかし記事を最後まで読んでも「『市場価値』が独走止める」と納得できる話は出てきません。「結論部分に説得力を持たせるためには、どんな構成にすればよいのか」を十分に考えて企画記事を書く習慣を付けてください。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「データの世紀~支配の実像(4)個人情報 タダでない 『市場価値』が独走止める
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190215&ng=DGKKZO41294930U9A210C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。連載の責任者を阿部哲也氏だと推定し、同氏への評価を暫定でDとする。

2019年2月14日木曜日

「鉄道会社の淘汰の時代」に説得力なし 東洋経済 大坂直樹記者

週刊東洋経済2月16日号の特集「最強の通勤電車」の中の「じわり広がる鉄道各社間の格差 鉄道会社の淘汰の時代はすでに始まりつつある」という記事は看板に偽りありだ。記事を最後まで読んでも「鉄道会社の淘汰の時代はすでに始まりつつある」とは感じられない。
田島神社(佐賀県唐津市)※写真と本文は無関係

冒頭で「大手鉄道会社間の格差がじわじわと広がっている」と打ち出し、「大手私鉄16社とJR東日本の関東圏在来線、JR西日本の近畿圏在来線について2009年度の輸送人キロを100とした場合の17年度までの状況」を分析しているので、記事で言う「鉄道会社の淘汰」とは「大手鉄道会社」に関するものだろう(大手以外に言及したくだりは記事中にない)。「淘汰」に関しては、記事の終盤に唐突に出てくる。そこを見ていこう。

【東洋経済の記事】

一方で、鉄道各社は設備投資額を年々増やしている(図3の上)。車両の更新・改良、運転保安設備整備、踏切の改良といった安全面の投資に加え、エレベーター、エスカレーター、ホームドアの設置といったサービス面の投資に力を入れている。

06年施行のバリアフリー新法は、20年度までに全国の主要3575駅にエレベーター、エスカレーターなどを設置し、段差を解消することを求めている。18年3月末時点で約9割の駅に設置され、目標達成が見えてきた。

ホームドアの設置駅数も増え、800駅の設置目標に対して18年3月末時点で725駅が設置済みだ(図4の左)。しかし、設置済みの駅には利用者が少ない駅も多く、国が求める利用者10万人以上の駅では約6割がホームドア未設置だ(図4の右)。
 そんな中でホームドア設置に力を注ぐのが東京メトロだ。25年度までに全路線全駅への設置を目指す。丸ノ内線、日比谷線などでの新型車両の導入にも積極的で、他社と比較すると設備投資の大きさが際立つ(図3の下)。

設備投資額が東京メトロに次いで大きいのが東急電鉄だ。沿線には、自由が丘や二子玉川といった人気のエリアが多く、高橋和夫社長は「想定以上に沿線人口が増えている」と語る。それゆえ鉄道の混雑率が高いという悩みを抱えるが、それ以外のサービス改善でカバーしようと投資を惜しまない。ホームドアも東横線と田園都市線の全駅に19年度中に設置予定だ。

沿線の魅力が高まれば、ほかの地域から人口が流入し、鉄道利用者を増やし続けることができる。そのためには、鉄道の安全性やサービス改善は欠かせない。

長期にわたる設備投資額が将来生き残る路線を決めるといっても過言ではない。鉄道会社淘汰の時代は始まりつつある


◎説得力ゼロでは?

鉄道各社」の「設備投資」についてあれこれ書いた後で「長期にわたる設備投資額が将来生き残る路線を決めるといっても過言ではない」と導いているのは分かる。問題は最後の「鉄道会社淘汰の時代は始まりつつある」だ。これに説得力を持たせる材料はほとんどない。

鉄道会社淘汰の時代は始まりつつある」との結論に説得力を持たせるためには、「大手鉄道会社」の一部で単独での生き残りが難しくなっている状況を描く必要がある。しかし、記事にはそうした記述は見当たらない。「大手鉄道会社間の格差がじわじわと広がっている」としても、「鉄道会社淘汰の時代」が「始まりつつある」と言える訳ではない。

鉄道会社の淘汰の時代はすでに始まりつつある」と見出しでも打ち出しているのだから「近い将来、淘汰される大手鉄道会社が出てきてもおかしくないな」と読者に思わせる内容にすべきだ。

この記事に関しては前半にも問題を感じた。そこも見ておく。

【東洋経済の記事】

大手鉄道会社間の格差がじわじわと広がっている。図1「輸送人キロ」(乗客数に各人の利用距離を乗じたもの)で比較してみよう。大手私鉄16社とJR東日本の関東圏在来線、JR西日本の近畿圏在来線について2009年度の輸送人キロを100とした場合の17年度までの状況だ。

最も伸びたのは東京メトロ。堅調な景気を背景にビジネス利用が増えており、インバウンドなどの観光利用者が上乗せされた。

2位は阪神電鉄。09年の阪神なんば線開業で沿線の利便性が向上し、利用者が増えた。3位京成、4位名鉄はどちらも空港アクセス鉄道が絶好調だ。

一方で、17位の西鉄、18位の近鉄は09年度よりも利用状況が悪化した。西鉄は福岡が地盤。近鉄は路線距離が私鉄最大で、2府3県にまたがる。東京、大阪という大都市を外れると、大手鉄道会社といえども安泰ではない


◎話が違うような…

引っかかるのは「東京、大阪という大都市を外れると、大手鉄道会社といえども安泰ではない」という解説だ。「4位名鉄」は「空港アクセス鉄道が絶好調」らしい。しかし「東京、大阪という大都市を外れ」ている。

一方、「18位の近鉄は09年度よりも利用状況が悪化した」ものの「大阪」からは「外れ」ていない。どうも話が違う。

結局、この記事ではまともな分析ができていない。筆者の大坂直樹記者に猛省を促したい。


※今回取り上げた特集「最強の通勤電車
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/19932


※特集全体も当該記事も評価はD(問題あり)。大坂直樹記者への評価も暫定でDとする。

2019年2月13日水曜日

大腸内視鏡検査を「有用」と断言する井手ゆきえ氏の誤解

医学ライターの井手ゆきえ氏は「信じてはいけない書き手」と言えそうだ。週刊ダイヤモンド2月16日号に載った「カラダご医見番 ライフスタイル編 Number 434~陰性だったら次は10年後 大腸内視鏡検査の間隔」という記事には様々な問題を感じた。記事の全文を見た上で具体的に指摘したい。
平和公園(長崎市)※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

受けたくない検査の一つに大腸内視鏡検査がある。

事前の食事制限や下剤の服用のほか、検査時に鎮静剤を使うので、検査後の自動車運転が禁じられるなどわずらわしい。

さらに、頻度はまれだが検査に伴う“偶発症”として、出血や腸管穿孔(腸に穴が開くこと)、激しい腹痛などのリスクのほか、検査時の投薬による死亡例も報告されている。早期発見のためとはいえ、偶発症リスクに何度も曝されるのは勘弁してほしいものだ。どの程度の間隔で大腸内視鏡検査を受けるべきなのだろう。

先日、米国の保健維持組織の一つ「KPNC」から、この疑問に答える調査の結果が報告された。

同調査は、1998~2015年の利用者のうち、平均的大腸がんリスクを有する50~75歳の125万1318人(男女比は1対1、平均年齢55.6歳)が対象。大腸内視鏡検査で陰性とされた1万7253人(陰性群)と、非検査群25万9373人とで、大腸がんの発症と関連死を追跡した。

ちなみに、平均的な大腸がんリスクとは、50歳以上、腸管の良性腫瘍やポリープ、炎症性腸疾患の既往なし、大腸がんの家族歴がない、である。

追跡1年後、大腸がんの発症率は陰性群で、10万人・年当たり16.6、10年後は同133.2だった。一方、非検査群の追跡1年後の発症率は同62.9、12年以上で同224.8だった。

米国の診療ガイドラインでは、大腸内視鏡検査の結果が陰性だった場合、検査間隔を10年としている。その10年で区切って解析した結果、陰性群の大腸がん発症リスクは非検査群に対し46%、関連死リスクは88%低下していた

つまり、大腸内視鏡検査は死亡リスクを下げるという意味で有用であり、検査結果が陰性だった場合は、少なくとも10年間は非検査群より安心できるわけだ。

がん化リスクが低い腺腫が1、2個ある、という場合もきちんと切除すれば陰性とほぼ同じ。

平均的な大腸がんリスクの持ち主の大腸内視鏡検査は、がん化が疑われる病変が見つからない限り、10年に1回で十分である。

◇   ◇   ◇

(1)エビデンスとしての有効性は?

記事の書き方から推測すると「KPNC」による調査はランダム化比較試験ではなさそうだ。だとすれば、エビデンスとしての有効性は低い。調査結果を記事に使うなとは言わないが、ランダム化比較試験でないならば、その点を明示すべきだ。
九重"夢"大吊橋(大分県九重町)
     ※写真と本文は無関係です

なのに「この疑問に答える調査の結果が報告された」と、決定的なエビデンスが見つかったような書き方をしている。これは感心しない。ランダム化比較試験ではない場合、健康に自信がない人、健康管理が面倒な人が「非検査群」に偏ってしまい、「検査」の影響以外の要因で「発症率」などに差が出てしまいやすい。


(2)「陰性群」と比べて意味ある?

陰性群」と「非検査群」を比べ意味があるのか。「非検査群」には「検査をすれば陽性になる人」が最初から含まれている。これでは、その後の「発症率」が高く出るのは当然だ。ランダム化比較試験にした上で「非検査群」と「検査群」を比べるべきだ。

仮に「非検査群」も「検査群」も10年間で100人中10人が「大腸がん」になるとしよう。最初の検査で陽性(単純化のために「陽性=がん確認」と考える)となるのは5人とする。これを「陰性群」と「非検査群」で比べてしまうと、「陰性群」は95人中5人(約5%)が発症する。一方の「非検査群」は100人中10人(10%)だ。

陰性群」の発症率は「非検査群」の約半分だ。だからと言って「大腸がん」になるリスクを検査が下げてくれているとは言い難い。

ついでに言うと「陰性群の大腸がん発症リスクは非検査群に対し46%、関連死リスクは88%低下していた」というくだりの「低下していた」が引っかかる。「低かった」とすべきだろう。


(3)「死亡リスクを下げる」?

つまり、大腸内視鏡検査は死亡リスクを下げるという意味で有用」と井手氏は断定している。この説明に問題があるのは既に述べてきた通りだ。

付け加えると、「大腸内視鏡検査」に「(大腸がんの)関連死リスク」を下げる効果があるとしても「死亡リスクを下げるという意味で有用」とは言い切れない。「関連死」以外の「死亡リスク」を考慮する必要があるからだ。ここは正確に書いてほしい。

「大腸がん関連で死ぬリスク」を減らせても「大腸がん関連以外で死ぬリスク」で相殺されれば意味がない。そして、がん検診には「がん以外での死亡も含めた総死亡率を下げる効果は確認できない」との研究報告がある。なのに「大腸内視鏡検査は死亡リスクを下げるという意味で有用」と言い切ってしまうのは罪深い。


(4)「10年に1回で十分」?

百歩譲って「大腸内視鏡検査は死亡リスクを下げるという意味で有用」だとしよう。その場合、「10年に1回で十分」と言えるだろうか。井手氏は「非検査群」との比較を基に「10年に1回で十分」と判断したようだ。これは解せない。

「1年に1回」の群は「10年に1回」の群に比べて大幅に「死亡リスク」が低いとしよう。この場合「10年に1回で十分」と考えるべきか。常識的には「1年に1回」を推奨すべきだろう。しかし記事には、こうした比較がない。それで「10年に1回で十分である」と言われても納得できない。


※今回取り上げた記事「カラダご医見番 ライフスタイル編 Number 434~陰性だったら次は10年後 大腸内視鏡検査の間隔
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/25790


※記事の評価はD(問題あり)。井手ゆきえ氏への評価はDで確定とする。井手氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「最大18時間は絶食」で意味通じる?  週刊ダイヤモンドに疑問
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/09/18.html

2019年2月12日火曜日

「快適性向上への努力」調査方法に難あり 東洋経済「最強の通勤電車」

週刊東洋経済2月16日号の特集「最強の通勤電車」の中に出てくる「通勤客1945人のアンケート回答 山手線と小田急線が高評価 ワーストは東急田園都市線」という記事はあまり意味がない。「通勤客1945人のアンケート回答」を基に「快適性向上に『努力している路線』」と「快適性向上に『努力が足りない路線』」を順位付けしているが、どちらも似たような結果だ。「そうなるだろうな」とは思う。
浜離宮恩賜庭園(東京都中央区)※写真と本文は無関係

まずは記事の全文を見てみよう。

【東洋経済の記事】

通勤電車の利用者は鉄道各社が都心エリアで進めるサービス改善策をどう受け止めているのか。1都6県在住の東洋経済メールマガジン会員を対象に、アンケートを実施した。快適性向上に「努力している路線」と「努力が足りない路線」など、日々の通勤電車利用者ならではの率直な声を集めた。調査は1月下旬に行い、1945人から回答を得た。

快適性向上に努力している路線として最も評価が高かったのは、JR山手線。理由のコメントで多かったのは、「車両が新しい」「ホームドアの設置を進めている」など。JR東日本は2017年から山手線への新型車両「E235系」導入を本格化。車内に多数配置した液晶ディスプレーも利用者に評判がいいようだ。

2位は小田急小田原線。「複々線化」の効果で遅延の解消や列車本数増による混雑緩和が図られたことが評価された。3位にランクインしたのは京王線。昨年2月にデビューした有料座席指定列車「京王ライナー」が好評だ。

上位路線の顔ぶれを見ると「新型車両」「ホームドアの設置」が高評価を得るキーワードになっている。

調査の選択肢には入れなかったが、「その他」路線の回答として相模鉄道が21票を獲得した。神奈川県の鉄道だが、東京都心につながる直通プロジェクトを進めており、それに先行する新型車両の導入が好感を持たれている。

一方「努力が足りない路線」の筆頭は東急田園都市線だ。「混雑が解消されない」「よく遅れる」といった負のイメージが強い。「宅地開発と輸送人員の限界がマッチしていない」との厳しい意見も複数あった。

2位のJR中央線快速は、「人身事故が多い割に、ホームドアなどの対策が進んでいない」ことが不満の主な原因。3位のJR京浜東北線に対しては、遅延の多さやホームドア設置の進捗状況に対する不満の声が多かった。

これまでは評判が芳しくなかったが、「汚名返上」の施策を講じたことで評価された路線も。東急田園都市線の新型車両「2020系」導入、JR総武線快速の「新小岩駅のホームドアの設置」は、快適性・安全性向上へ努力している証しとして挙げられた。

アンケートの回答からは、各路線の小さな努力に通勤客が気づいていることがうかがえた。今回評価が低かった路線も、細かなサービス向上を続けることで価値を高められるはずだ。


◎京成押上線がどちらも最下位…

調査対象となった「東京圏の主要32路線」のうち「努力している路線」でも「努力が足りない路線」でも、最下位は「京成押上線(押上-青砥)」だ。回答者の中でこの路線を利用している人が少ないから、こういう結果になったと推測できる。
九重"夢"大吊橋(大分県九重町)
    ※写真と本文は無関係です

このランキングを材料に「京成押上線(押上-青砥)」に関して「よく頑張っている」とか「もっと努力すべきだ」とか論じてもほとんど意味がない。

上位に関しても同様だ。「快適性向上に努力している路線として最も評価が高かったのは、JR山手線」だが、「JR山手線」は「努力が足りない路線」でも5位に入っている。

『努力が足りない路線』の筆頭は東急田園都市線」とも書いている。これも「努力している路線」でも5位だ。両方のランキングの差から路線別の「努力」を読み取る手もあるが、ちょっと苦しい。「好きな路線・嫌いな路線」といった調査ならば、今回のような調査方法で良かったかもしれない。しかし「快適性向上」に「努力している」かどうかを見るには向かない。

ついでに言うと、この「アンケート」で「中央線」「総武線」「常磐線」などを「快速」と「各駅停車」に分けているのも気になった。一緒にした方がいい。ちなみに、一緒にしていれば「努力が足りない路線」のトップは「中央線」の「177」で、「東急田園都市線」の「155」を大きく上回る。

「(努力が足りない路線で)2位のJR中央線快速は、『人身事故が多い割に、ホームドアなどの対策が進んでいない』ことが不満の主な原因」と筆者の橋村季真記者は書いている。これは「快速」だけの問題ではないだろう。


※今回取り上げた特集「最強の通勤電車
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/19932


※特集全体も当該記事も評価はD(問題あり)。橋村季真記者への評価も暫定でDとする。

2019年2月11日月曜日

東洋経済「最強の通勤電車」 なぜランキングは「東京圏」限定?

週刊東洋経済2月16日号の特集「最強の通勤電車」には問題を感じた。まず、なぜ「東京圏」限定でしか「『最強の通勤電車』総合ランキング」を出さないのか。「東京圏」の読者に向けて雑誌を作っているのならば分かる。しかし東洋経済は全国で販売しているはずだ。
特急 ゆふいんの森(大分県玖珠町)※写真と本文は無関係

ランキングの基になる「混雑率」などのデータは国土交通省のものだ。これを使う前提で考えても「大阪圏」「名古屋圏」を含めたランキングは出せるはずだ。まとめて順位を付けてもいいし、地域別でもいい。「東京圏」の「総合ランキング」しか出さずに「最強の通勤電車」を論じられても困る。

さらに言えば「総合ランキング」を算出する上で「混雑率改善度」はなくていい。「混雑率」だけで十分だ。「混雑率改善度」に関しては元々の「混雑率」が高い路線が有利になる。「最強の通勤電車」を選ぶのであれば必要のないデータだ。直近の実力を他の路線と比べれば済む。


※今回取り上げた特集「最強の通勤電車
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/19932

※特集全体の評価はD(問題あり)。

2019年2月10日日曜日

テーマの「痴漢 治療で撲滅できるか」を論じない安部敏樹リディラバ代表

週刊東洋経済2月16日号に載った「リディラバ 安部敏樹の『社会問題』入門 第3回 〈痴漢問題〉治療で撲滅できるか」という記事を見出しに釣られて読んだら騙された。3ページに及ぶこの記事では結局「治療で撲滅できるか」について何の答えも出していない。
大分県別府市 ※写真と本文は無関係です

治療」に言及した終盤を見ていこう。

【東洋経済の記事】

痴漢はスリルやリスクと隣り合わせだからこそゲーム性が高く、行為そのものに達成感を覚えていく。少しずつ手口が巧妙になり、逮捕される危険も回避できる。そうした実態は痴漢に「依存症」という側面があることを示している。

斉藤氏は「あらゆる依存症には、不安や苦痛といったストレスを一時的に和らげる効果があります。ほんの一時でも不安や苦痛から逃れようと、痴漢という行為に耽溺していくのです」とも話している。

斉藤氏は痴漢の治療プログラムを行っており、「受講者に『逮捕されなければずっと続けていましたか』と聞くと、ほぼ100%の確率で『はい』という返事が返ってきます。加害者に話を聞くと、逮捕されたときに『ホッとした』『捕まって安心した』と話します。自らの力で痴漢行為をやめられなくなっているんです」と話す。

痴漢が依存症という病気である以上、治療は欠かせない。痴漢をはじめとする性犯罪は高い再犯率が問題となっているように、痴漢と逮捕を繰り返す加害者は多い。しかし現状では、「逮捕されれば治療」という認識は広まっていない。新たな痴漢被害を生まないためには、逮捕から治療に結び付ける仕組みが求められている

「日本に痴漢が蔓延している」という事実は、多くの人が知るところだ。しかし、これまで痴漢は性犯罪の中でも、“軽犯罪”と認識され、深刻な社会問題として捉えられていなかったのではないだろうか。フランスで『Tchikan』を出版した佐々木くみ氏は、「痴漢被害に遭う日々に絶望し、何度も自殺を考えていた」と話す。

痴漢を減らすためのさらなる対策が必要とされている。


◎せめて「治療の効果」は論じないと…

記事のテーマは「〈痴漢問題〉治療で撲滅できるか」だ。できるかできないか明確な答えを出せとは言わない。ただ、この問題をしっかり論じるべきだ。その結果として「撲滅できるか」どうか全く分からないという結論になるのなら納得できる。

しかし、今回の記事では「治療で撲滅できるか」をまともに論じていない。「痴漢が依存症という病気である以上、治療は欠かせない」「逮捕から治療に結び付ける仕組みが求められている」などとは書いているが、「治療で撲滅できるか」に関しては手掛かりすらない。

逮捕から治療に結び付ける仕組みが求められている」と書いているので筆者の安部氏は「治療に効果あり」との立場なのだろう。ところが、どの程度の効果があるのかも教えてくれない。これでなぜ「〈痴漢問題〉治療で撲滅できるか」というテーマを掲げたのか。

ついでに言うと「痴漢が依存症という病気である以上、治療は欠かせない」と断定しているのも引っかかる。「痴漢に『依存症』という側面がある」かもしれないが、「痴漢に手を染める人=依存症」とは言い切れないはずだ。

痴漢で有罪判決を受けた人のうちどの程度が「依存症という病気」なのかが知りたい。その上で治療効果を見極めたい。「全員が依存症で治療によって100%治る」のならば、「痴漢と逮捕を繰り返す加害者」はゼロにできるだろう。仮に痴漢被害の99%が「痴漢と逮捕を繰り返す加害者」によるものならば、ほぼ「撲滅」と言える。

しかし「依存症」とは言えない人が多かったり、治療しても効果が上がらない人がかなりいたりする場合は「治療で撲滅」はできない。この辺りは「2000人以上の性犯罪加害者の臨床に携わった精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳氏」に質問してもいいはずだ。記事にはそうした形跡が見当たらない。

なのに安部氏は「逮捕から治療に結び付ける仕組みが求められている」と結論付けている。治療効果が小さい場合、「逮捕から治療に結び付ける仕組み」を作ってもあまり意味がない。「逮捕から治療に結び付ける仕組みが求められている」と訴えたいのならば、その主張に説得力を持たせるための材料をしっかりと読者に提供すべきだ。

今回の記事ではそれができていない。東洋経済編集部の担当者も責任を感じてほしい。


※今回取り上げた記事「リディラバ 安部敏樹の『社会問題』入門 第3回 〈痴漢問題〉治療で撲滅できるか
https://dcl.toyokeizai.net/ap/textView/init/toyo/2019021600/DCL0101000201902160020190216TKW038/20190216TKW038/backContentsTop


※記事の評価はD(問題あり)。安部敏樹リディラバ代表への評価も暫定でDとする。

2019年2月9日土曜日

「昔の株主は株主還元だけで満足」と日経ビジネスは言うが…

「何かそれらしく記事を締めたかったんで、適当なことを書いてしまいました」といったところか。日経ビジネス2月11日号に載った「時事深層 COMPANY~株主から物言い相次ぐ LIXIL、不可解人事の波紋」という記事は、最後の段落が引っかかった。
長崎鼻(大分県豊後高田市)※写真と本文は無関係

【日経ビジネスの記事】

折しも、日本でもガバナンスに対する投資家の関心はここ数年高まってきている。日産自動車元会長のカルロス・ゴーン被告を巡る問題を見るまでもなく、ガバナンスの機能不全が企業価値を毀損させる例が相次いでいるのだから当然のことだろう。

配当や自社株買いなど株主還元策を施していれば、株主は満足する。そんな時代はもはや終わりを迎えていることを企業経営者は肝に銘じる必要があるだろう。


◎「そんな時代」あった?

配当や自社株買いなど株主還元策を施していれば、株主は満足する」時代があっただろうか。「そんな時代はもはや終わりを迎えている」と「日経ビジネス編集部」は言うが「そんな時代」は元々なかったと思える。

例えば、「株を買った後もズルズルと値を下げて買値の半分を下回る状態が3年以上も続いている。でも無配にはなってないから満足」と考える株主が昔は当たり前にいたのか。今も昔もほとんどいないはずだ。

米ファンド、ソニーに事業分離提案 映画・音楽など、上場求める」という2013年5月15日付の日経の記事によると「米有力ヘッジファンドのサード・ポイントは14日、ソニーに映画や音楽などの事業を分離し、米国で上場するよう提案した」らしい。

サード・ポイントによると、同社は実質的にソニーの株式の約6%を保有するという」のだから、株主と考えてよいだろう。そしてソニーは13年の時点では無配になったこともない。つまり「配当や自社株買いなど株主還元策を施して」いたのに、「株主は満足」していなかったと判断できる。

となると、少なくとも13年時点で「そんな時代」は終わっていたはずだ。「そんな時代」とはいつの話なのか。なかったと考える方が自然ではないか。

ついでに言うと「日産自動車元会長のカルロス・ゴーン被告を巡る問題」を「ガバナンスの機能不全が企業価値を毀損させる例」と断定するのは早計だろう。不正があったのか、不正の存在を知りながら他の役員らがそれを黙認していたのかといった点について「日経ビジネス編集部」は確たる根拠を持っているのか。


※今回取り上げた記事「時事深層 COMPANY~株主から物言い相次ぐ LIXIL、不可解人事の波紋


※記事の評価はD(問題あり)。

2019年2月7日木曜日

「英国の地続き国境」問題 朝日と日経どっちが正しい?

アイルランド島にある英領北アイルランドとアイルランドの国境は、島国の英国にとって唯一の地続きの国境だ」という説明は正しいか。こんな問題があったら、どう答えるだろうか。自分ならば「誤り」を選ぶ。英領ジブラルタルがあるからだ。しかし、日本経済新聞の中島裕介記者は違う考えのようだ。中島記者だけではない。日経の多くの記事で似たような記述がある。
白池地獄(大分県別府市)※写真と本文は無関係です

一方、朝日新聞はジブラルタルを「スペインと地続き」の「英国の領土」とみているようだ。日経の説明で問題ないのか。それとも自分や朝日が正しいのか。以下の内容で日経に問い合わせを送っている。

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 中島裕介様 国際アジア部 担当デスク様

7日の朝刊総合1面に載った「真相深層~英国境問題、再燃の危機 EU離脱で開いたパンドラの箱」という記事についてお尋ねします。記事には「アイルランド島にある英領北アイルランドとアイルランドの国境は、島国の英国にとって唯一の地続きの国境だ」との記述があります。しかし英領ジブラルタルにも「地続きの国境」があります。

スペイン、英離脱協定案に不満」という2018年11月25日付の日経の記事では「スペインのサンチェス首相は23日、英国と欧州連合(EU)が大筋合意した離脱協定案について、隣接する英領ジブラルタルの扱いを理由に不満を示した」と報じています。この記事を信じれば、「英領ジブラルタル」は「スペイン」と「隣接」しています。地図で見る限り、川や湖が「スペイン」と「英領ジブラルタル」を隔てているとも思えません。

ちなみに「スペインと地続き、英国の領土って? EU離脱を考える」(2018年9月14日付)という朝日新聞の記事では「英国が欧州連合(EU)加盟国と地続きなのは、英領北アイルランドとここ(=ジブラルタル)だけである」と記しています。

真相深層」での「英領北アイルランドとアイルランドの国境は、島国の英国にとって唯一の地続きの国境だ」との説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社として、責任ある行動を心掛けてください。

2018年11月15日付の「北アイルランド、陸続きの国境 関税同盟の扱い、火種に」という日経の記事でも「島国の英国にとって、アイルランドは唯一の地続きのEU加盟国」と書いており、御紙はこれまでも似たような説明を繰り返しています。朝日と日経、この件で正しい説明をしているのはどちらなのか。じっくり検討してください。

せっかくの機会なので、もう1つ記事の問題点を指摘しておきます。

70年代以降、アイルランド統一をめざすカトリック系とプロテスタント系が武力衝突を繰り返した」と中島様は説明しています。この書き方だと「カトリック系とプロテスタント系」の両方が「アイルランド統一をめざす」とも取れます。

また朝日を出して恐縮ですが、朝日は「北アイルランド紛争」に関して「英国に残った北アイルランドでは、英国からの分離とアイルランドへの併合を求める少数派のカトリック系住民と、英国の統治を望む多数派のプロテスタント系住民が対立した」と記しています。「真相深層」でも「アイルランド統一をめざすカトリック系と、英国統治を望むプロテスタント系が~」などと書いた方が良いでしょう。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。

◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。

※「真相深層~英国境問題、再燃の危機 EU離脱で開いたパンドラの箱
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190207&ng=DGKKZO40973060W9A200C1EA1000


※記事の評価はD(問題あり)。中島裕介記者への評価も暫定でDとする。

「オリオン買収」に関する日経ビジネス長江優子記者の誤解

日経ビジネス2月4日号の「時事深層 INDUSTRY~野村とカーライルがTOBで傘下に オリオン買収、アサヒは乗らず」という記事で、「オリオン買収」に絡めて「今回のTOBはファンドが日本の中小の経営に手を出す先駆けとみることもできる」と筆者の長江優子記者は結論付けている。しかし「先駆けとみること」はできない気がする。

鏡山(大分県玖珠町)※写真と本文は無関係
この件に関する問い合わせと回答は以下の通り。

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス編集部 長江優子様

2月4日号の「時事深層 INDUSTRY~野村とカーライルがTOBで傘下に オリオン買収、アサヒは乗らず」という記事についてお尋ねします。記事では「国内ビール5位のオリオンビールが野村ホールディングスと米カーライル・グループに買収されることが決まった」ことを受けて「今回のTOBはファンドが日本の中小の経営に手を出す先駆けとみることもできる」と解説しています。

オリオンの2018年3月期の売上高は283億円」なので「中小」に分類するのは厳しい気もしますが、長江様の見解に従って「中小」だとしましょう。この場合「カーライル」自身が既に「日本の中小の経営」に手を出した実績があります。2003年のキトー買収です。03年3月期のキトーの売上高が200億円をやや超える程度なので、「オリオン」が「中小」ならばキトーも「中小」に入るはずです。03年の時点で「カーライル」自ら「日本の中小の経営」に手を出していたのに「今回のTOB」を「ファンドが日本の中小の経営に手を出す先駆けとみる」のは無理がありませんか。

他にも「ファンドが日本の中小の経営に手を出す」動きは珍しくありません。日本大百科全書(ニッポニカ)では「中小企業再生ファンド」に関して「2012年から2013年初頭にかけ、全国で中小企業再生ファンドの設立ラッシュとなり、新規ファンド額は2012年度だけで1000億円を超えている」と説明しています。

これらを考え合わせると「(オリオンに対する)今回のTOBはファンドが日本の中小の経営に手を出す先駆けとみることもできる」との説明は誤りではありませんか。

他にも疑問に感じた点を挙げておきます。

(1)「オリオンは経営の立て直しが必要」ですか?

オリオン」に関して「規模は小さいが、沖縄県内で高シェアを保つ。営業利益率は10.75%と高く、国内大手メーカーが買収してもよさそうだ」と長江様は説明しています。ここからは「経営面で大きな問題はない」と読み取れます。

しかし、その後に「アサヒの幹部は『オリオンは経営の立て直しが必要』と終始、距離を置いていた」と出てきます。こちらを信じれば、「オリオンは経営の立て直しが必要」な追い詰められた状況です。「営業利益率は10.75%」ならば安泰とは言いません。ただ、「立て直しが必要」なほど経営状況が悪いのならば、それが分かるような材料を読者に提示すべきでしょう。

(2)「協力」には出資が必須ですか?

記事には「2002年の提携以降、アサヒはオリオンに社員を出向させ、販売支援だけでなく製造開発で技術を供与。今回、アサヒが株式を持ち続けるのも『アサヒが抜けたらオリオンは商品を作れなくなる』(アサヒ幹部)からだという」との記述があります。ここには2つの疑問を感じます。

アサヒが抜けたらオリオンは商品を作れなくなる」から「アサヒが株式を持ち続ける」のだとしたら「アサヒには何のメリットもないのに、オリオンが商品を作り続けられるように株式保有を続ける」とも考えられます。上場企業として褒められたやり方ではありません。アサヒは本当に慈善事業のような感覚でオリオンの株式を保有しているのでしょうか。記事からはそう判断できますが、常識的にはあり得ない気がします。

さらに言えば「アサヒが抜けたらオリオンは商品を作れなくなる」としても「アサヒが株式を持ち続ける」必要はないはずです。「オリオンに社員を出向させ、販売支援だけでなく製造開発で技術を供与」するのに出資は必須ではありません。業務提携で十分です。

百歩譲って株式保有が欠かせないとしても、出資比率は10%でなくてもいいはずです。アサヒにとって必要のない株式保有ならば出資比率ははるべく低く抑えたいはずです。10%でないとダメな理由があるのでしょうか。あるならば記事中で説明が欲しいところです。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いします。


【日経BP社の回答】

日経ビジネスをご愛読頂き、ありがとうございます。ご質問に回答させていただきます。

今回のスキームに参加している野村ホールディングスは、高齢化社会の進展を受け、事業承継に伴う悩みが増えているとみて、出資を通じたソリューションビジネスを提供する意向を示し、カーライルと手を組みました。このため、ファンドが中小の経営に関与するビジネスが今後本格化する先駆けという意味で記事化しましたが、初めてのことと受け止められ、誤解を生む余地があったかもしれません。真摯に受け止め、その他のご意見も含め、今後の記事の参考にさせて頂きたいと思います。

以上です。引き続き、日経ビジネスをご愛読頂きますよう、お願い申し上げます。

◇   ◇   ◇

回答の内容自体は苦しい。ただ、これでいいと思う。全体を通して、あまり深く考えずに記事を作った印象が強い。「それではダメだ」と長江記者が気付いてくれることを期待したい。


※今回取り上げた記事「時事深層 INDUSTRY~野村とカーライルがTOBで傘下に オリオン買収、アサヒは乗らず
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/depth/00024/


※記事の評価はD(問題あり)。長江優子記者への評価はDで確定させる。長江記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「日本ワインも需要増に追いつかず」が怪しい日経ビジネス
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_26.html

2019年2月6日水曜日

「牛丼大手の収益明暗」に感じる日経 亀井亜莉紗記者の未熟さ

6日の日本経済新聞朝刊企業1面に載った「牛丼大手の収益明暗~ゼンショー、季節商品好評 吉野家、セルフ化で遅れ」という記事は、厳しく言えば「まともな説明」ができていない。記事の全文を見た上で具体的に指摘したい。
別府海浜砂湯(大分県別府市)
       ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

牛丼大手3社の収益の明暗が分かれている。「すき家」を展開するゼンショーホールディングスは5日、2018年4~12月期が営業増益になったと発表した。一方、松屋フーズホールディングスは同営業減益、吉野家ホールディングスの18年3~11月期営業損益は9年ぶりの赤字だった。人件費や原材料費が高騰する中、顧客満足度や値上げ力、業務の効率性という3要素を満たしているかどうかで収益力に差が付いた。

 ゼンショーHDの18年4~12月期の連結営業利益は、前年同期比7%増の146億円だった。

同社はすき家でほぼ毎月、「お好み牛玉丼」など季節限定の商品を投入する。値段は500円と定番の並盛り(350円)より4割以上高いが、目新しいメニューが好評で昨年8月以降は既存店客数が増え続けており、顧客満足度が高い。

一方、吉野家HDは季節商品の展開時期を見誤った。人気の大型メニューである「牛すき鍋膳」の投入が11月1日からと例年より遅くなった。

値上げの巧拙でも明暗が分かれた。松屋フーズとゼンショーHDの2社は18年4月までに定番メニューで値上げしており、今期の材料高や人件費の負担増を補っている。吉野家HDは、14年の値上げで客離れを招いた苦い経験から、足元のコスト高にもかかわらず価格改定を見送った。

業務の効率性でも差がある。松屋フーズはセルフサービス店を増やし、売上高に占める人件費の割合を引き下げた。ゼンショーHDは需要予測の精度を高めたことで食材ロスが減少している。吉野家HDはセルフ店への改装が20店程度にとどまり、現時点では業績への貢献は低いとみられる。

外食業界は消費者の節約志向にも左右されやすい。ゼンショーHD、松屋フーズも足元は好調でも事業環境が急変するリスクはつきまとう。高い顧客満足度に裏付けられた値上げ力や業務効率化に終わりはない。


◎松屋フーズは好調組?

牛丼大手3社の収益の明暗が分かれている」と冒頭で打ち出し、「ゼンショーホールディングスは5日、2018年4~12月期が営業増益になったと発表」「一方、松屋フーズホールディングスは同営業減益、吉野家ホールディングスの18年3~11月期営業損益は9年ぶりの赤字」と書いている。ならば「」が「ゼンショーHD」で、「」が「松屋フーズ」と「吉野家HD」のはずだ。しかし、この後の分析で筆者の亀井亜莉紗記者は「松屋フーズ」を「」に入れている。

値上げの巧拙でも明暗が分かれた。松屋フーズとゼンショーHDの2社は18年4月までに定番メニューで値上げしており、今期の材料高や人件費の負担増を補っている」との記述からは「松屋フーズ」がうまく「値上げ」をしてきたと読み取れる。「松屋フーズはセルフサービス店を増やし、売上高に占める人件費の割合を引き下げた」「松屋フーズも足元は好調」といった説明も、「松屋フーズ」が「」に入ると示している。

どうしても「松屋フーズ」を「」として描きたいのならば、営業利益を用いてはダメだ。仮に経常利益で「ゼンショーHD」と「松屋フーズ」が増益、「吉野家HD」が減益ならば、経常利益を前面に出せばいい。適当なものがない場合、「松屋フーズ」を「」に入れるのは諦めるべきだ。

ついでに言うと、外食や小売りの業績関連記事を書く時には、既存店売上高の増減率をなるべく入れた方がいい。店舗の競争力を示す重要な指標だからだ。今回の記事では「ゼンショーHD」に関して「昨年8月以降は既存店客数が増え続けており」とは書いているが、既存店売上高は全く出てこない。

牛丼大手3社の収益の明暗が分かれている」のであれば、既存店売上高の増減でどの程度「明暗が分かれている」のかは知りたくなる。

最後の段落の「外食業界は消費者の節約志向にも左右されやすい。ゼンショーHD、松屋フーズも足元は好調でも事業環境が急変するリスクはつきまとう。高い顧客満足度に裏付けられた値上げ力や業務効率化に終わりはない」という説明はなくてもいい。当たり前のことを書いているだけだ。ここを削って、より重要な情報を盛り込んでほしかった。

記事から判断すると、亀井記者は業績関連記事を書くための十分な実力をまだ身に付けていないのだろう。若手記者ならば仕方のない面もある。問題は担当デスクだ。今回の記事を読んで「まともな分析記事になってないな」と気付かなかったのならば、記者時代もきちんとした分析記事は書けていないと思える。


※今回取り上げた記事「牛丼大手の収益明暗~ゼンショー、季節商品好評 吉野家、セルフ化で遅れ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190206&ng=DGKKZO40943810V00C19A2TJ1000


※記事の評価はD(問題あり)。亀井亜莉紗記者への評価も暫定でDとする。