2017年2月27日月曜日

「最悪の日銀総裁」を見事に描いた東洋経済「知将の誤算」

日銀の歴史に詳しい訳ではないが、今の黒田東彦総裁こそが「史上最悪の日銀総裁」だと断言できる。「緩やかなデフレ」という大して害もない状況から抜け出すために未曽有の金融緩和に乗り出し、自らが設定した目標さえ達成できなかった。
皇居周辺の菜の花(東京都千代田区)
     ※写真と本文は無関係です

黒田氏の最大の罪は、短期的には収拾が不可能なほど金融緩和を押し進めてしまったことだ。次の総裁が反リフレ派であっても、すぐに金融引き締めへ転じるのは難しいだろう。市場での日銀の存在感が大きくなりすぎたので、わずかな“引き締め”が巨大な衝撃を与えかねない。

なのに出口戦略について黒田氏は「時期尚早」とかわし、議論する姿勢さえ見せない。気持ちは分からなくもない。例えて言うならば、ミッドウェー海戦で惨敗した後の日本のようなものだ。戦果が華々しかったのは開戦当初だけで、今や劣勢は明らか。だが、戦線を広げ過ぎてしまって、自分のメンツが潰れない形で戦いを終わらせる術はもはやない。だから、終わらせ方の議論さえ拒んでしまい、さらに収拾が難しくなる。

前置きが長くなったが、そんな「史上最悪の日銀総裁」に関する「人物ルポ」を週刊東洋経済が3週にわたって連載していた。「日銀総裁 黒田東彦 知将の誤算」というタイトルで、筆者は西澤佑介記者。結論から言えば、素晴らしい出来だった。

前編では、姉、学生時代の同級生、大蔵省時代の先輩など様々な人物の証言を通して、優秀さが際立っていた若き日の黒田氏の様子を浮かび上がらせている。中編では「大蔵省(現財務省)国際金融局長だった榊原英資」氏との出会いが後のサプライズ重視の姿勢へとつながったと分析してみせる。そして後編では「誤算の連続だった」異次元緩和を論じ、それでも「“敗北”を認めない」黒田氏の今を描いている。

連載の最後(3月4日号)で西澤記者はこう締めている。

【東洋経済の記事】

知とともに歩んだ成功譚は、自分の頭脳、知の働きを強く信じさせるには十分だろう。だからこそ、本質的に認められないのではないか。これまで蓄積してきた知を結集した挑戦が、人生で最も際立った誤算となったことを。今の黒田を縛るものは、最大の強みだった「頭の書庫」なのではないか。

それを認めるのは黒田にとって、どれほどの葛藤なのだろう。心中は、あの笑顔に隠され、身近な人も知ることができない。

◇   ◇   ◇

この結論には説得力がある。要は、勝ち続けてきただけに、負けを受け入れられないのだろう。

黒田氏という卓越した頭脳の持ち主が主導した危険で壮大な実験は失敗に終わった。その後始末について議論さえしないまま黒田氏は表舞台から姿を消すはずだ。後始末を短期で終わらせようとすれば激しい痛みを伴い、痛みを避けようとすれば気の遠くなるような時間を要する。後に続く世代に巨大な負の遺産を残した「黒田東彦」とはどういう人物なのか、我々はよく知っておくべきだ。その意味で、黒田氏の実像に冷静かつ批判的な視点で迫った西澤記者を高く評価したい。


※記事の評価はA(非常に優れている)。西澤佑介記者への評価も暫定D(問題あり)から暫定Aに引き上げる。

2017年2月26日日曜日

具体策なしに非現実的な目標「日経働き方改革有識者提言」

25日の日本経済新聞朝刊に載った「日経働き方改革有識者提言」の中身について疑問を呈しておきたい。「1人当たりの労働生産性を、5年で世界トップクラスに引き上げる」という提言内容に関して、日経にメールを送ったので、その内容を紹介したい。
九州大学伊都キャンパス(福岡市西区)
       ※写真と本文は無関係です

【日経へのメール】

特集面の「(4)成長力強化へ人材集中」という記事で触れた「労働生産性」に関する提言が特に気になりました。そこでは以下のように書いています。

<記事の一部>

これからAIの普及が進めば、いまある仕事でもなくなるものが増えていくと予測されています。人とカネをかけるべき分野を厳選し、成長性の低い産業から成長の可能性の高い産業へ資源を集中していく。無駄な業務を捨てる決断も必要です。そして人材も成長分野に大胆に移す。技術革新を背景に、今後5年ほどで世界トップクラスの労働生産性を達成すべきです。

◆  ◆  ◆

問題は3つあります。

まず目標が非現実的です。提言では「1人当たりの労働生産性を、5年で世界トップクラスに引き上げる」と訴えています。これは現実的な目標でしょうか。

特集面に載せた労働生産性に関するグラフを見ると、日本はOECD加盟国でトップに位置するアイルランドの約半分の水準です。これを「世界トップクラスに引き上げる」ためには、就業者1人当たりのGDPを5年で2倍にしなければなりません。就業者数は5年間でそれほど大きく変化しないでしょうから、GDPの総額も5年で2倍近くになるはずです。潜在成長率がゼロに近いと言われる日本で、GDPを5年で2倍に増やそうとするのは、あまりに非現実的です。

「最初から諦める必要はない」と考え直して、達成に向けた手段に目を向けてみましょう。しかし、記事には「人とカネをかけるべき分野を厳選し、成長性の低い産業から成長の可能性の高い産業へ資源を集中していく」「人材も成長分野に大胆に移す」などと抽象的な話が出ているだけです。どれが「成長の可能性の高い産業」なのかさえ示していません。

目標達成のための具体策がないのに、非現実的な目標を掲げて何か意味があるのでしょうか。これだと何のために「日経働き方改革賢人会議」を立ち上げたのかという話になってしまいます。

さらに言えば「1人当たりの労働生産性を、5年で世界トップクラスに引き上げる」というのは「働き方改革」に関する提言なのでしょうか。記事に付けたグラフから判断して、数値目標となるのは「就業者1人当たりのGDP」でしょう。「労働時間当たりのGDP」ではありません。就業者1人当たりのGDPで見るのならば、労働者が生み出す成果の総量を維持したまま労働時間を減らしても「労働生産性」は上がりません。

「1日16時間労働で成果100」だった労働実態が「8時間労働で成果100」になれば「働き方改革」としては大きな前進です。しかし、提言で問題にしている「1人当たりの労働生産性」には影響を及ぼしません。仕事を効率化した後で「16時間労働で成果200」を選べば「1人当たりの労働生産性」はもちろん向上します。しかし、これだと長時間労働の是正ができません。「働き方改革」に関する提言ならば、「時間当たりの労働生産性」を引き上げるように考えるのが筋ではありませんか。

◇   ◇   ◇

日経は「人とカネをかけるべき分野を厳選」と言うが、誰が「厳選」するのか。政府だろうか。例えば政府が「バイオとITを成長分野に認定しました。ここに資源を集中させていきます」などと宣言するのだろうか。その上で「非成長分野」から強引に人を連れてきて「成長分野に大胆に移す」のか。
ブリュッセルの王立モネ劇場 ※写真と本文は無関係です

政府に「(今後有望な)成長分野」を正しく選別する能力があるとは思えない。「成長分野」の企業としても、人材の採用は自分たちの判断でやりたいだろう。「御社は成長企業に認定されました。政府が非成長分野から100人を御社の社員として連れてきます」などと言われても迷惑なだけではないか。

厳選」するのが個別企業の経営者ならば、「それは日常的にやってますよ」と言われるだろう。不十分な面があると言うのならば、提言の中で具体的に指摘してほしい。今回のような提言内容では、提言する側の「本気度」が疑われるだけだ。

※今回取り上げた記事「(4)成長力強化へ人材集中
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170225&ng=DGKKZO13365610U7A220C1M10900

※記事の評価はD(問題あり)。「日経働き方改革有識者提言」に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「働き方改革提言」主体は「日経」それとも「有識者」?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_25.html

日本の労働生産性は「世界の中位」? 「日経働き方改革有識者提言」の騙し
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_86.html

働き方改革有識者提言と事例に齟齬 日経1面「働く力再興」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_38.html

働き方改革有識者提言と事例に齟齬 日経1面「働く力再興」

日経働き方改革有識者提言」をさらに取り上げる。ここでは25日の朝刊1面に載った記事の問題点を指摘したい。簡単に言えば「提言と事例が合っていないので説得力がない」ということだ。
筑紫女学園大学(福岡県太宰府市)
        ※写真と本文は無関係です

日経に送ったメールの内容は以下の通り。

【日経へのメール】

「日経働き方改革有識者提言」を取り上げた記事について、追加で意見を述べさせていただきます。1面の「働く力再興~成長の条件(上)崖っぷちは好機」という記事でまず引っかかったのが以下の事例です。

<記事の一部>

組織に寄りかからない一人のプロとして腕を磨く(日経提言)

鹿島の1年目、箆津(のつ)杏奈(25)は現場監督としての経験を積む。工事は想定通り進まないこともあるが、「崖っぷちはチャンス。乗り越えたらプロとして成長できたということ」。

箆津は2011年夏、豪雨被害を受けた奈良県十津川村で山肌が崩れ落ちた「深層崩壊」の現場を目の当たりにした。「自然災害から命を守る土木の仕事を窮める」と決めた。成長が社会貢献につながる今、「学生時代より楽しい」と話す。

◆  ◆  ◆

上記の「現場監督」の話は「組織に寄りかからない」ことと、どう関連するのでしょうか。入社間もない女性社員が与えられた仕事を一生懸命にやっているだけのように見えます。例えば「フリーの現場監督」「1年契約の現場監督」ならば「組織に寄りかからない」存在かもしれません。しかし、普通の新入社員であれば、仕事を頑張っているからと言って「組織に寄りかからない」とは感じられません。もし普通の新入社員とは一線を画しているのであれば、その点を説明すべきです。
アントワープ市内(ベルギー)※写真と本文は無関係です


「プロ」に関しても納得できませんでした。記事に出てくる箆津さんが「現場監督一筋に生きる前提で採用された社員」ならば分かります。しかし、そんな記述はありません。営業や経理に回される可能性のある社員ならば、「組織に寄りかからない一人のプロとして腕を磨く」例として取り上げるのは適切ではないでしょう。

さらに言うと「崖っぷちはチャンス」とのコメントにも説得力がありません。「崖っぷち」の根拠としては「工事は想定通り進まないこともある」という話しか出てきません。「想定通りに進まないだけで『崖っぷち』と言われても…」とは思います。本当に「崖っぷち」に追い込まれていたのならば、それが伝わるように説明すべきです。「崖っぷちは好機」と大きな見出しにもなっているのですから、もう少し工夫すべきでしょう。

次の事例も、どう理解すればいいのか悩みました。

<記事の一部>

不安を感じずに職場を変わり、次の仕事に前向きに取り組めるようにする(日経提言)

初田真也(32)は昨年、J2などでの9年間のプロサッカー生活に終止符を打った。半年の就職活動を経て選んだのは、サッカー関連でなく、星野リゾート。ホテルのサービスを担当する。引退後、初めて違う仕事に挑み、自分の幅を広げた。選手時代にファンサービスで磨いた「おもてなし」のスキルも役立つ。夢のJ1からホテルへとステージを変え人を笑顔にする。

◆  ◆  ◆

これは「不安を感じずに職場を変わり、次の仕事に前向きに取り組めるように」なった事例なのでしょう。しかし、就職活動を「半年」もしていたのならば、「不安を感じずに」転職できたとは思えません。それに、これもサッカー選手が引退して畑違いの分野に飛び込んだというだけの話です。読者はここから何を汲み取ればいいのでしょうか。

例えば、転職支援の新たな取り組みに触れて「こういった取り組みがもっと広がれば、異業種への転職も不安を感じずにできそうだな」などと感じられる事例にすべきです。

付け加えると、「初田真也」さんがJ1でプレーしたことがあるのかどうかも分かりませんでした。「J2などでの9年間のプロサッカー生活」との記述は「J1ではプレーできなかった」と示唆しているように見えます。しかし「夢のJ1からホテルへとステージを変え人を笑顔にする」と書いてあると、「夢のJ1」のステージにかつては立っていたと解釈したくなります。

全体的に見ると、1面の囲み記事としては完成度がかなり低いと思えます。記事に説得力があるかどうかを十分に検討してから紙面化するよう心掛けてください。

◇   ◇   ◇

※今回取り上げた記事「働く力再興~成長の条件(上)崖っぷちは好機
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170225&ng=DGKKASDF23H1A_T20C17A2MM8000

※記事の評価はD(問題あり)。「日経働き方改革有識者提言」に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「働き方改革提言」主体は「日経」それとも「有識者」?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_25.html

日本の労働生産性は「世界の中位」? 「日経働き方改革有識者提言」の騙し
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_86.html

具体策なしに非現実的な目標「日経働き方改革有識者提言」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_66.html

2017年2月25日土曜日

日本の労働生産性は「世界の中位」? 「日経働き方改革有識者提言」の騙し

日経働き方改革有識者提言」に関連する記事を載せた25日の日本経済新聞朝刊特集面に「騙し」とも言えるグラフを見つけた。これに関しても、記事に出ていたアドレスへ意見を送ってみた。その内容は以下の通り。
九州国立博物館(福岡県太宰府市)
         ※写真と本文は無関係です

【日経へのメール】

取り上げたいのは特集面に載っている「日本の労働生産性は世界の中位に」というグラフです。グラフによると、日本は労働生産性でOECD加盟35カ国中22位となっています。これで「世界の中位」と言えるでしょうか。「世界」には「OECD加盟国」以外の国もたくさんあります。「世界で中位」と断定するならば、OECD加盟国ではなく世界全体で何位かを示すべきでしょう。

注記によると、今回のグラフは「日本生産性本部調査」となっています。日本生産性本部は「労働生産性の国際比較 2016年版」の中で「世界ランキング」も出しています。「世界銀行のデータを中心に、アジア開発銀行やILO、各国統計局などのデータも補完的に使用することで155カ国の労働生産性を計測」した結果、日本は32位になっています(データは2014年のものを使用)。155カ国中32位なので、どう考えても「世界の上位」です。

OECD加盟国内で比較したいのならば「OECD加盟国で中位」とすべきです。「世界」の中でどうなのか示したい場合、「世界ランキング」を用いるべきです。日本生産性本部が「世界ランキング」を出しているのに、それを避けてOECD加盟国内での比較を用いて「世界で中位」とタイトルを付けるのは極めて恣意的です。

記事の作り手に「日本の労働生産性が世界の中で見劣りすることをグラフで示したい」との意識があるのは分かります。自分たちの意図をアピールできるようにデータを用いるのも、ある程度は許されるでしょう。しかし、今回はやり過ぎです。「世界で中位」と断定するのは、厳しく言えば「間違い」です。自分たちの主張に自信があるのならば、こんな「ごまかし」に頼らず、正々堂々とタイトルを付けてください。

◇   ◇   ◇

今回の件を例えるならば、「部長以上の社員の中で収入が中位」の人を「社員の中で収入が中位」と紹介するようなものだろうか。しかも記事では、誤った印象を故意に与えようとした可能性が高い。だとしたら読者への背信行為であり、提言をまともに受け止める気にはなれない。

※今回取り上げた記事「働く力再興~成果と生活、両立探れ 日経働き方改革有識者提言
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170225&ng=DGKKZO13364910U7A220C1M10800

※「日経働き方改革有識者提言」に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「働き方改革提言」主体は「日経」それとも「有識者」?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_25.html

働き方改革有識者提言と事例に齟齬 日経1面「働く力再興」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_38.html

具体策なしに非現実的な目標「日経働き方改革有識者提言」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_66.html

「働き方改革提言」主体は「日経」それとも「有識者」?

日本経済新聞が「日経働き方改革有識者提言」をまとめたらしい。25日の朝刊1面と特集面を使って、提言の内容などを伝えている。しかし、提言をまとめた主体が分かりにくい。紙面に「ご意見は電子メールhatarakikata-kaikaku@nex.nikkei.co.jpへお寄せください」と出ていたので、意見を送ってみた。その内容は以下の通り。
桜井二見ヶ浦の夫婦岩と大鳥居(福岡県糸島市)
       ※写真と本文は無関係です

【日経へのメール】

「日経働き方改革有識者提言」について意見を述べさせていただきます。

まず気になったのが、この提言を考えた主体は「日本経済新聞社」なのか、それとも「有識者」なのかという点です。25日朝刊1面の記事には「日本経済新聞社は経営者やエコノミストの手を借り、改革の理想像を提言にまとめた」と書いてあります。その後も「日経提言」という表現を用いており、「経営者やエコノミストの意見はあくまで参考であり、日経が主導して考え方をまとめた」と理解したくなります。

しかし、特集面に移ると雲行きが変わってきます。まず見出しに「有識者提言」と出てきます。「日経働き方改革有識者提言」に関する説明は以下のようになっています。

「日本経済新聞社は2016年秋、働き方改革に関する情報発信を強化するため、社内に『日経働き方改革賢人会議』を設けた。武田薬品工業の長谷川閑史会長、産業革新機構の志賀俊之会長、ポピンズの中村紀子最高経営責任者(CEO)、ワークスアプリケーションズの牧野正幸CEO、経済産業研究所の中島厚志理事長、日本総合研究所の山田久調査部長の6人に参加してもらった」

「賢人会議」との名称から判断して社内の人間がいるとは考えにくいので、会議のメンバーは上記の6人だけなのでしょう。賢人会議で議論して提言をまとめたのならば、まさに「有識者提言」です。「有識者の提言と日経の考え方は完全に一致していた。だからこれは『日経提言』でもあり『有識者提言』でもある」という話かもしれません。

その場合、記事でその旨を説明すべきです。賢人会議のメンバーが「経営者とエコノミスト」に偏っているのは「日経の好み」の問題なので良しとしましょう。ただ、提言を考えた主体が「日経」なのか「有識者」なのかは明確にすべきです。

◇   ◇   ◇

日経に自分の考えがないとは思わない。自分たちに近い「有識者」の名前を前面に出して日経の主張に説得力を持たせるのが狙いだろう。だが、結果として誰の主張なのか分かりにくくなっている。記事で「日経提言」と「有識者提言」の両方を使っているのは、その最たるものだ。有識者などに頼らず、堂々と「日経提言」をしてほしかった。今回のやり方だと、自らの主張に自信がないので「有識者」の権威に頼っているように見える。


※今回取り上げた記事「働く力再興成長の条件(上)崖っぷちは好機」など

http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170225&ng=DGKKASDF23H1A_T20C17A2MM8000


※「日経働き方改革有識者提言」に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日本の労働生産性は「世界の中位」? 「日経働き方改革有識者提言」の騙し
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_86.html

働き方改革有識者提言と事例に齟齬 日経1面「働く力再興」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_38.html

具体策なしに非現実的な目標「日経働き方改革有識者提言」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_66.html

2017年2月24日金曜日

東芝は「総合重機」? 週刊エコノミスト金山隆一編集長に質問

「東芝は総合重機ではなく総合電ではないか」という些末な問い合わせを週刊エコノミスト編集部に送ってみた。同誌の編集後記に当たる「From Editors」というコラムで、金山隆一編集長が東芝を「日本を代表する総合重機」に入れていたからだ。東芝が「総合重機」なのか「総合電機」なのかは大きな問題ではないが、エコノミスト編集部の対応には注目したい。問い合わせから2日が経った現段階で反応はない。
日本経済大学(福岡県太宰府市) ※写真と本文は無関係です

金山編集長に宛てた問い合わせの内容は以下の通り。

【エコノミストへの問い合わせ】

2月28日号の「From Editors」についてお尋ねします。気になったのは以下の記述です。

「計算ミスだけでは到底ありえない巨額の損失が日本を代表する総合重機で頻発している。3件は、三菱重工業が米系企業から受注した大型客船、東芝の原子力米子会社ウェスチングハウスによる米S&Wの買収、三菱重工業と日立製作所の火力発電事業の統合会社が引き継いだ南アフリカの火力発電所の損失だ」

上記の3件のうち、2件目の「東芝の原子力米子会社ウェスチングハウスによる米S&Wの買収」に関しては「日本を代表する総合重機」による「巨額の損失」とは言えないのではありませんか。一般的に「日本を代表する総合重機」としては三菱重工業、IHI、川崎重工業などが挙がります。東芝は「日本を代表する総合電機」だとは思いますが、「総合重機」ではないでしょう。

記事の説明は誤りだと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

ついでで恐縮ですが、同じ「From Editors」で荒木宏香記者が書いていた以下のくだりが気になりました。

「友人は、『子どもを産み育てることを、経済の歯車の一部として社会が認識してほしい』と話す」

何だか怖い話です。「子どもを産み育てること」と「経済」にはもちろん関連があります。ですが「子どもを産み育てること」を「経済の歯車の一部」と捉えるのには抵抗があります。どちらが正しいという問題ではありませんが、個人的には「子どもを産み育てることを、経済の歯車の一部として認識するような社会にはしたくない」と考えています。

◇   ◇   ◇

※回答があれば紹介したい。金山隆一編集長については以下の投稿も参照してほしい。

FACTAに「声」を寄せた金山隆一エコノミスト編集長に期待
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/facta_25.html

週刊エコノミスト金山隆一編集長への高評価が揺らぐ記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_12.html

週刊エコノミスト編集長が見過ごした財産ネットの怪しさ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_14.html

「無理のある回答」何とか捻り出した週刊エコノミストを評価
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_94.html

2017年2月23日木曜日

ヤメ検は顔が利かない? 週刊ダイヤモンド「司法エリートの没落」

週刊ダイヤモンド2月25日号の特集「弁護士・裁判官・検察官~司法エリートの没落」について、さらに見ていく。ここではまず「Part 3 “巨悪と眠る”検察官~検察に顔が利くって本当? ヤメ検の本当の実力とは」という記事を取り上げる。取材班は「ヤメ検」が「現役の検察官に顔が利く」かどうかに関して「ノー」と結論付けているが、それを否定するような記述がある。
戒壇院(福岡県太宰府市) ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

ヤメ検によく持たれるイメージが、「現役の検察官に顔が利く」ということだろう。もし、あなたが事件の容疑者として逮捕された場合、取り調べや裁判の段階でヤメ検を介して何らかの「手心」を検察から引き出せるのだろうか

今回、複数の検察関係者に取材した限りでは、答えは「ノー」だ

「昔はともかく今は聞かない」「元上司なら庁舎で会うことも拒まないが、捜査がねじ曲がることはあり得ない」「ヤメ検とつながった上司から圧力をかけられたが、当然のように無視した」(いずれも元検事)。現役検事も「うっとうしいだけ」と切り捨てる。

◎「上司から圧力をかけられた」のならば…

気になるのは「ヤメ検とつながった上司から圧力をかけられたが、当然のように無視した」というコメントだ。上司を通じて圧力をかけられるのであれば、「何らかの『手心』を検察から引き出せる」可能性は十分にある。コメントの主は「当然のように無視した」ようだ。ただ、上司からの圧力を誰もが簡単に無視できるとは考えにくい。

ついでに言うと「昔はともかく今は聞かない」というコメントの「聞かない」は「利かない」の誤りだろう。

次に「Column~つぶしたくてもつぶせない 崩壊寸前の法科大学院の今」という記事で引っかかった点に触れておきたい。

【ダイヤモンドの記事】

そんな中、下図のように各方面からの圧力が日増しに強くなり、法科大学院が崩壊しかかっている。その影響をもろに受けているのが、中堅以下の私立大学だ。

この層の学生は、学費の安さやブランドを優先し、東京大学、京都大学などの有名国立大学、もしくは早稲田大学、慶應義塾大学などの上位私立大学と併願する傾向にある。そのため学生が集まりにくく、定員を削減するところもあれば、次頁の表のようにやむなく募集停止に追い込まれるところも続出した。「法科大学院は失敗だった」と多くの業界関係者が口をそろえるゆえんだ。

とはいえ、簡単に法科大学院をつぶせないお家事情もある。開校当初、少しでもブランド力を高めるべく、有名な弁護士や学者を専任教員として招聘した大学もある。彼らは職を守るため法科大学院廃止に反対し、強引に首を切れば悪評が立って大学のブランドが毀損してしまう。

そこで経営陣が「法学部に教員を移そう」と考えても、定数が決まっており、「学部教授会が反対するのは明らか」(前出の法科大学院関係者)である。

その上、母校を失うことになるOB・OGからの反発も容易に想像できる。こうして廃止に反対する圧力がかかり、「大赤字の経営を強いられているが、つぶすにつぶせない」(同)というジレンマに陥っているのだ。

◎「つぶしたくてもつぶせない」?

法科大学院に関して「つぶしたくてもつぶせない」と解説しているが、一方で「次頁の表のようにやむなく募集停止に追い込まれるところも続出した」とも書いている。その「」を見ると全71校中26校が2016年度に「募集停止」となっている。これだけの数の「募集停止」があるのに、「つぶしたくてもつぶせない」と言われても説得力はない。
ブリュッセルの小便小僧
     ※写真と本文は無関係です

もちろん実際に「つぶしたくてもつぶせない」法科大学院もあるのだろう。それらは募集停止校と何が違うのか。そこまで踏み込んで分析してほしかった。

記事に付けた「中堅以下は学生が集まらず赤信号も」という表も疑問が残った。この表では「法科大学院別の補助金配分率と司法試験合格率」を載せている。しかし、両者の関係はかなり弱い。

例えば筑波大学は司法試験合格率7.1%(合格者5人)で補助金配分率95%となり「存続の可能性は高い」グループに入っている。一方、明治大学は合格率12.1%(合格者36人)で配分率は0%。「存続が危ぶまれる」グループだ。注記を見ると配分率には「入学定員充足率」なども影響するらしい。ならば、それらの数字を含めて表を作ってほしかった。この表だけ見ると、合格率が低くても配分率が高い大学がいくつもあるので、どう理解すればいいのか分からなくなる。

タイトルの「中堅以下の大学は学生が集まらず赤信号も」に関しても「中堅以下」の意味が分かりにくい。「大学入試の偏差値で見た中堅以下」ということなのか。その前提で考えると、「難関大だから安泰、中堅以下だから苦しい」という単純な図式にはなっていない。「存続の可能性が高い」には愛知大学、関西大学、「存続を懸けて正念場」には「広島大学、東北大学、「存続が危ぶまれる」には青山学院大学、明治大学が入っている。

大まかには「難関大学ほど安泰」のようだが、そうではない例も目立つ。一般的に言えば、愛知大学や関西大学より青山学院大学や明治大学の方が格上だ。なのに法科大学院に関しては立場が逆転している。この辺りを「中堅以下の大学は学生が集まらず赤信号も」という単純な分析で終わらせているのが残念だ。

※今回取り上げた特集「弁護士・裁判官・検察官~司法エリートの没落
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/19394 

※特集全体の評価はC(平均的)。特集の担当者への評価は以下の通りとする。

片田江康男記者(E=大いに問題あり→D=問題あり)
重石岳史記者(暫定E→暫定D)
土本匡孝記者(暫定D→暫定C)
大根田康介記者(D→C)

※今回の特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

裁判官も「没落」? 週刊ダイヤモンド「司法エリートの没落」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_21.html

2017年2月22日水曜日

日経1面連載「砂上の安心網」取材班へのメッセージ

日本経済新聞朝刊1面で連載していた「砂上の安心網~ゆがむ分配」が第6回で終わった。第3回以降は悪くない出来で、良い意味で予想を裏切られた。ただ、22日の特集面に載った「医療費査定件数 5.4倍の格差 地域差是正で808億円カット」という記事は頂けない。第1回の記事と内容が重なり過ぎているし、問題点をそのまま引き継いでいる。
福岡県立精神医療センター太宰府病院(太宰府市)
           ※写真と本文は無関係です

特集面の記事には「渡辺康仁、武類祥子、銀木晃、前村聡、佐藤賢、清水崇史、高佐知宏、中島裕介、上杉素直、高田倫志、高畑公彦、辻征弥、小嶋誠治、井上孝之、川瀬智浄、菊地貴之、大酒丈典、岸田幸子、奥田宏二、大島有美子、寺井浩介、渡部加奈子が担当しました」と出ていた。彼ら、彼女らに以下のようなメッセージを送っている。

【取材班に送ったメール】

「砂上の安心網」取材班の皆さんへ

2月22日の朝刊特集面「砂上の安心網特集」の「医療費査定件数 5.4倍の格差 地域差是正で808億円カット」という記事に関して、意見を述べさせていただきます。

まず、この記事は2月16日付の朝刊1面に載った「医療費格差是正に背く『番人』 審査ルール乱立」という記事の焼き直しではありませんか。この記事でも「全ての都道府県で大阪府並みの査定をすれば、808億円の医療費が削減できる可能性があることが分かった」などと書いています。何のために、同じような内容を1週間の間に2回も載せているのでしょうか。

22日の1面の記事では「この連載の取材は昨年夏に始まった」と記しています。だとすれば、記事に書き切れなかった話がたくさんあるはずです。なのに、同じような話を繰り返すのは解せません。せっかく紙面を確保できたのですから、もっと意義のある使い方をしてはどうでしょうか。

また、22日の特集記事の主張にも疑問が残ります。記事の最後の段落で皆さんは以下のように書いています。
ブリュッセルのグラン・プラスに建つ市庁舎
      ※写真と本文は無関係です


「支払基金は15年度で計367億円の医療費を査定している。チェックの甘い支部への請求分を、厳しい支部がチェックすると査定額は増える。最も厳しい大阪府並みに引き上げたとして試算すると3.2倍の1175億円に跳ね上がり、なお808億円を削減できる可能性がある。支部間の審査ルールやチェック体制の見直しが急務だ」

そもそも「チェックが最も厳しいのが大阪府」との前提は正しいのでしょうか。「最も厳しいのが大阪府」となっているのは「差し戻し率」「不適切な請求と判断した金額の割合」で大阪府がトップだからでしょう。しかし、これだけだと何とも言えません。

例えば、大阪府には「真の不適切請求」が5%あるとしましょう。そして2.7%を差し戻しています。一方、秋田県には「真の不適切請求」が0.5%しかないとします。そのすべてを差し戻しているので差し戻し率は0.5%になると仮定します。この場合、「チェックが厳しい」のは大阪府ですか、秋田県ですか。

上記の前提では、「チェックが厳しい」のは秋田県の方です。あくまで仮定の話なので、現実には「チェックが最も厳しいのは大阪府」となる可能性も残ります。ただ、記事で示したデータだけでは何とも言えません。常識的に考えれば、「真の不適切請求」がどの程度あるのかを把握するのは困難でしょう。故に「最もチェックが厳しいのはどの都道府県か」を断定するのは非常に難しいと思えます。

「最も厳しい大阪府並みに引き上げたとして試算すると3.2倍の1175億円に跳ね上がり、なお808億円を削減できる可能性がある」と皆さんは示していますが、そもそもどの都道府県にも2.7%以上の「真の不適切請求」はあるのですか。そこが分からないのに「808億円を削減できる可能性がある」と訴えても、あまり意味はありません。

例えば「真の不適切請求」が0.5%しかない県で2.7%を差し戻すのは、好ましい状況ですか。「どの都道府県にも2.7%以上の『真の不適切請求』はある」と確信しているのであれば、その根拠を示すべきです。

あれこれ注文ばかり付けてきましたが、今回の1面連載は3回目以降に関して言えば完成度が高かったと思います。皆さんの問題意識が紙面を通じて伝わってきましたし、記事の構成にも大きな問題は感じませんでした。日経の1面企画と言えば、中堅以下の記者は事例集めに奔走し、後は担当デスクが事例を強引につないで説得力の欠ける記事に仕上げるのが定番でした。皆さんはそういう悪しき伝統から距離を置いて連載を作り上げてきたはずです。それは評価に値すると思います。

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※今回取り上げた記事「砂上の安心網特集~医療費査定件数 5.4倍の格差 地域差是正で808億円カット
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170222&ng=DGKKZO13183680R20C17A2M10800

※上記の記事への評価はD(問題あり)、特集全体への評価はC(平均的)とする。渡辺康仁氏が筆頭デスクだと推定し、同氏の評価を暫定でCとする。

※今回の連載に関しては、以下の投稿も参照してほしい。

「格差是正が必要」に無理あり 日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_16.html

医療費で「番人」責めて意味ある? 日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_17.html


※昨年12月連載の「砂上の安心網」については以下の投稿も参照してほしい。

「2030年に限界」の根拠乏しい日経1面「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030.html

第2回で早くも「2030年」を放棄した日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030_20.html

「介護保険には頼れない」? 日経「砂上の安心網」の騙し
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_21.html

日経朝刊1面連載「砂上の安心網(4)」に見えた固定観念
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_62.html

どこが「北欧流と重なる」? 日経1面「砂上の安心網(5)」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_42.html

2017年2月21日火曜日

裁判官も「没落」? 週刊ダイヤモンド「司法エリートの没落」

週刊ダイヤモンド2月25日号の特集「弁護士・裁判官・検察官~司法エリートの没落」はためになる内容にはなっているし、38ページにわたる長さにもかかわらず飽きずに読めた。だが、いくつか気になる点もあった。
九州大学伊都キャンパス(福岡市西区)
          ※写真と本文は無関係です

まず、「それぞれ固有の事情から没落の憂き目に遭う三者の姿があった」との取材班の見立てに反して「司法エリートの没落」は「裁判官」では起きていないように見えた。「Part 2 裁判官の黒い秘密~中央の司法官僚に支配される裁判官たちの知られざる孤独」という記事では、以下のように記している。

【ダイヤモンドの記事】

1月16日、今年裁判官になる78人に最高裁人事が発令され、北は札幌から南は熊本まで全国各地の地方裁判所に配属された。

年齢22~37歳の78人は、難関の司法試験に合格し、司法研修所(埼玉県和光市)で1年間の司法修習を終えた1762人の中でも、成績上位層のエリートたちだ。中堅弁護士事務所に就職する司法修習生は「裁判官志望者は五大法律事務所の内定も当然のように取っていた。引く手あまたでうらやましい」と嘆息する。

◎「20年目で年収2000万円」でも「没落」?

記事によると、裁判官とは「五大法律事務所の内定」を蹴ってでもなる価値があるようだ。記事に付けたグラフによると、裁判官になって「20年前後」で「年収2000万円台へ」乗せるらしい。
シタデル(城塞)から見たナミュール(ベルギー)市街
            ※写真と本文は無関係です

これで「没落」と言えるのかと取材班に聞けば、「司法の独立が危うくなっているという意味で『没落』なんだ」と答えそうな気がする。「安倍政権が判事人事に介入か 最高裁の癒えないトラウマ」という記事では「最高裁がうたう司法の独立。その大義は今、巨大な政治権力を前に有名無実化している」と訴えている。記事の最後には「最高裁は司法のとりでではなく、このまま“権力のとりで”に成り下がってしまうのだろうか」とも書いている。

だが、「最高裁」が「“権力のとりで”に成り下がって」いるのは最近の話ではない。それは取材班が記事の中でも触れている。一部を引用してみる。

【ダイヤモンドの記事】

元裁判官として最高裁と裁判所の内幕を暴いた『絶望の裁判所』著者の瀬木比呂志氏(明治大学法科大学院教授)は「石田人事の後遺症は今も強く尾を引いている。最高裁は石田人事以降、内部統制を強め権力に弱腰になっている。そういう意味で日本の最高裁は、基本的に権力補完機構にすぎない」と指摘する。

◎昔から“権力のとりで”では?

このくだりを信じれば「石田人事以降」50年近くも最高裁は「権力補完機構にすぎない」存在だったはずだ。だとすれば、「このまま“権力のとりで”に成り下がってしまうのだろうか」との問題提起はおかしい。既に「成り下がった」長い歴史を持っている。それを裁判官の「没落」と捉えるのであれば、「没落」したのはずっと前の話だ。

※今回取り上げた特集「弁護士・裁判官・検察官~司法エリートの没落」
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/19394 

※この特集に関しては他にも気になる点があった。それらは別の投稿で触れる。

2017年2月20日月曜日

ダイキンに何か恩でも? 日経 竹田忍編集委員「経営の視点」

日本経済新聞の竹田忍編集委員はダイキン工業に何か特別な恩でもあるのだろうか。20日の朝刊企業面に載った「経営の視点」では、「ダイキンオーキッドレディスゴルフトーナメント」のスポンサーになった同社を「企業の社会的責任(CSR)」を果たした典型例のように取り上げている。だが、社名を冠したトーナメントの開催は、基本的に広告宣伝の一環だ。地域貢献などの面ももちろんあるだろうが、CSRに絡めて長々と大会の歴史を振り返り賞賛する意味があるとは思えない。
大宰府政庁跡(福岡県太宰府市) ※写真と本文は無関係です

具体的に記事を見ていこう。

【日経の記事】

「メセナ」の言葉が日本で広まったのは企業による芸術文化支援の啓発団体「企業メセナ協議会」が発足した1990年以降。古代ローマの初代皇帝アウグストゥスに仕えた高官マエケナスが文芸作家を手厚く擁護したのに由来するフランス語で、芸術文化支援を意味する。企業の社会的責任(CSR)が重視されると普及に拍車がかかった。

スポーツの支援はメセナの対象外ではあるが、CSRにつながる。女子プロゴルフトーナメントの「ダイキンオーキッドレディスゴルフトーナメント」はメセナ協議会発足より早い88年に始まった。その第30回大会が今月27日開幕する。

◎「メセナ」の説明が長すぎる

長々と「メセナ」について説明したのに、今回取り上げる「ダイキンオーキッドレディスゴルフトーナメント」は「スポーツの支援」なので「メセナの対象外」らしい。だったら、「メセナ」の説明はもっと短くていい。

続きを見ていこう。

【日経の記事】

琉球放送の小禄邦男社長(現最高顧問)が「沖縄から明るい情報を発信したい」と女子プロ大会誘致を発案したのがきっかけになった。指南役を任ずる日本興業銀行(現みずほ銀行)の中山素平元頭取は、スポンサー候補に三菱電機や資生堂が挙がるなか「ダイキン工業がいい」と助言し、山田稔ダイキン社長(当時)に電話をかけた。

同社の井上礼之常務(現会長)が担当になったが、実は全役員が協賛に反対だった。現地を視察した井上氏は在日米軍基地の集中ぶりや観光振興策の遅れにショックを受け「何としても実現する」と誓った。

◎「全役員が反対だった」?

上記のくだりは謎だ。「全役員が協賛に反対だった」のならば、当然に「山田稔ダイキン社長」も反対のはずだ。だとしたら、どうして「井上礼之常務(現会長)が担当」になるのか。山田社長の判断で断れるのならば、他の役員に話を持っていく必要はない。他の役員の意見を聞いたとしても、「全員反対」ならば検討の余地はない。なのに「井上礼之常務(現会長)が担当」になっている。謎だ。
ディナン(ベルギー)近郊のヴェーヴ城
          ※写真と本文は無関係です

協賛」も腑に落ちない。今年の大会ではダイキン工業は琉球放送とともに「主催」となっている。当初は「協賛」だった可能性もあるが、「スポンサー候補に三菱電機や資生堂が挙がるなか『ダイキン工業がいい』と助言」というくだりから判断すると、最初からメインスポンサーとしての話だったと思える。竹田編集委員が何か勘違いしているのか、それとも説明が足りないのか…。

ついでに言うと、「実は全役員が協賛に反対だった」時に井上常務は推進派だったのならば「実は井上常務を除く全役員が協賛に反対だった」と書いた方がいい。その方が正確だ。

井上常務は最初反対していたが、沖縄視察で賛成に転じたという場合も「実は井上常務を含む全役員が協賛に反対だった」とした方が親切だろう。

記事のこの後は、あまり意味のない昔話が延々と続く。長くなるので一部だけ紹介しよう。

【日経の記事】

大会の柱は女子ゴルフツアー開幕戦だが、「本土と沖縄の経済界を結ぶパイプ作り」の要素を付け加えた。中山氏が東京、山田氏が関西、そして小禄氏が地元の有力経済人を誘い、女子プロ選手とのプロアマ大会を企画した。

今でこそダイキンの空調は沖縄で過半数のシェアを誇るが、当時は皆無に近く、代理店任せ。現地要員が足りず、本社から沖縄へ社員多数を送り込んだ。初期に参加したソニー創業者の井深大氏は秘書も連れずポロシャツ姿で那覇空港に降り立った。写真で顔を覚えていた女性社員がさっと駆け寄って世話をした。

この手づくり感がうけ、いま前夜祭には東阪の有力経済人と沖縄の著名人ら約500人が一堂に会する。連続参加者も多く、本土とのパイプは年々太くなっている。

◎これが「CSR」?

冠スポンサーになっているトーナメントのプロアマ戦で「本土と沖縄の経済界を結ぶパイプ作り」をすると「CSR」に積極的という話になるのか。単に、企業として活動していく上でのネットワーク作りのようにも思える。

冠スポンサーになれば知名度が上がり、プロアマ戦では取引先の接待もできる。そうした効果を大会に掛ける費用と比べた上で、効果の方が上回ると判断しただけではないのか。

例えば「毎回1億円以上の赤字となるが、民間にできる沖縄振興策として続けてきた」という事情があるならば、CSRと絡めるのも分かる。だが、記事の中にその種の話は出てこない。

こんな記事を書いて、痛くもない腹を探られるのは、竹田編集委員にとっても好ましいとは思えないが…。

※今回取り上げた記事「経営の視点~成果見せてこそCSR 国にはできない役割を
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170220&ng=DGKKZO13104130Z10C17A2TJC000

※記事の評価はD(問題あり)。竹田忍編集委員への評価もDを維持する。竹田編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

デジタル腕時計はニッチ? 日経 竹田忍編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_7.html

2017年2月19日日曜日

やや看板倒れ 日経ビジネス特集「行きたい大学がない」

日経ビジネス2月20日号の特集「行きたい大学がない~授業も入試も受験産業に丸投げ」は、悪い出来ではない。ただ、タイトルに釣られて読むと、期待外れに終わるかもしれない。学生から見て大学の魅力が落ちているという話かなと思っていたが、それに関しては少ししか出てこない。しかも「行きたい大学がない」と言える実態があるのか、やや怪しい。
筑後川昇開橋(佐賀市・福岡県大川市)
        ※写真と本文は無関係です

それらしき話が出てくるのが「Part2 世界で負け続ける理由~学産官とも『ビジョン欠落』」という記事だ。ここでは東大に行かず開成高校からハーバード大学に進んだ学生の事例に続いて、以下のように書いている。

【日経ビジネスの記事】

日本の大学は眼中になく、海外の大学を目指す。それは、今や一部の優秀な学生の話ではない。ベネッセグループのお茶の水ゼミナールが中・高校生向けに提供している海外大学併願コースは、TOEFL TestやSATなど海外大進学に必要な英語力や学力を付けるプログラムを提供し、受講者数を増やしている。ベネッセコーポレーション英語・グローバル事業開発部の藤井雅徳部長は、「世界ランキングトップ10まではいかなくとも、トップ100の大学へ進学を希望する高校生の合格実績が増え始めている」という。

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この後は、アジアからの留学生に関する話に移る。つまり、日本の学生に関しては、ハーバード大に行った男性の事例と、上記のくだりぐらいだ。これで「行きたい大学がない」とタイトルに付けるのは、ちょっと苦しい。

日本の大学は眼中になく、海外の大学を目指す。それは、今や一部の優秀な学生の話ではない」と言ってはみたものの、「受講者数を増やしている」「合格実績が増え始めている」などと出てくるだけで、どのぐらい増えているのかは教えてくれない。データがないのか、数字がショボいからあえて出さないのか。いずれにしても、日本の学生にとって「行きたい大学がない」という事態には陥っていない可能性が高そうだ。

大学が危ない」とか「大学崩壊」といったタイトルではダメだったのだろうか。その場合、期待を裏切られずに読めたのだが…。

ついでに言うと「Part4 『大学無償化』は実現するのか 教育なくして成長なし」という記事に付けたグラフがこれまた苦しい。

日本の大学への投資はOECDで最低水準 ●高等教育機関への公的支出と時間当たり労働生産性」というグラフでは、縦軸に「時間当たり労働生産性」、横軸に「高等教育機関への公的支出」を取り、OECD加盟国に関して相関関係を見ている。

ただ、分布を見ると相関関係はほとんど感じられない。なのに記事では「左のグラフが示すように、高等教育への公共支出が低いことが、労働生産性の低さにつながっている可能性がある」と解説している。

確かに日本は「高等教育機関への公的支出」のGDP比では加盟国最低のようだが、グラフで見ると「時間当たり労働生産性」では中位だ。「このグラフを基に何かを語られても…」とは感じた。
 
※特集全体の評価はC(平均的)。特集の担当者への評価は以下の通りとする。

広岡延隆記者(D=問題あり→C)

松浦龍夫記者(暫定D→暫定C)

河野祥平記者(暫定D→暫定C)

2017年2月17日金曜日

阪急「東の端=高槻」問題 エイチ・ツー・オーの回答

日経ビジネス2月13日号の「編集長インタビュー~百貨店一本足から脱却 エイチ・ツー・オーリテイリング社長 鈴木篤」という記事で、阪急電車が走っている「東の端」を「高槻」と鈴木社長が語った件で、エイチ・ツー・オーから回答があった。日経ビジネスは例によって無視を貫いている。
桜井二見ヶ浦の夫婦岩と大鳥居(福岡県糸島市)
           ※写真と本文は無関係です

日経ビジネスへの問い合わせ、エイチ・ツー・オーへの問い合わせ、エイチ・ツー・オーからの回答の順で見てほしい。

【日経ビジネスへの問い合わせ】

日経ビジネス編集長 飯田展久様

2月13日号の「編集長インタビュー~百貨店一本足から脱却 エイチ・ツー・オーリテイリング社長 鈴木篤」という記事についてお尋ねします。この中で鈴木社長は以下のように述べています。

我々は、阪急電車が走っていて、阪神や阪急の名前を知らない人はいない、というエリアに重点投資します。電車の沿線で考えると、西の端と東の端に抜けがあった。それぞれ神戸と高槻です。そごう・西武から店舗を取得することで、その地を押さえることができるのですが、その業種がたまたま百貨店だったということです

この発言が正しいとすると、阪急電鉄の路線の「東の端」は「高槻」のはずです。しかし、阪急京都本線は高槻からさらに東へ延びており、「東の端」は「京都(駅で言えば河原町)」です。鈴木社長の発言内容は誤りではありませんか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

神戸と高槻に関して「抜けがあった」かどうかも疑問が残ります。「その業種がたまたま百貨店だった」との発言から判断すると、百貨店ではなくスーパーであっても「その地を押さえることができる」のでしょう。

エイチ・ツー・オーリテイリングの傘下には阪急オアシス、イズミヤというスーパーがあり、これらも含めると神戸も高槻も「抜け」はありません。「抜け」は百貨店でしか埋まらないとすると「その業種がたまたま百貨店だった」との説明と整合しません。

仮に、当該部分で論じているのは百貨店の話だとしましょう。その場合、「東の端」は「そごう・西武から店舗を取得」しても「抜け」たままです。既に指摘したように「東の端」は京都です。そして2010年に四条河原町阪急を閉めたエイチ・ツー・オーリテイリングは現在、京都に百貨店を出していません。こうした点はどう理解すればよいのでしょうか。


【エイチ・ツー・オーリテイリングへの問い合わせ】

日経ビジネス2月13日号の「編集長インタビュー~百貨店一本足から脱却 エイチ・ツー・オーリテイリング社長 鈴木篤」という記事での鈴木社長の発言に関して、気になる点がありました。以下のくだりです。
グラン・プラス(ブリュッセル)※写真と本文は無関係です

我々は、阪急電車が走っていて、阪神や阪急の名前を知らない人はいない、というエリアに重点投資します。電車の沿線で考えると、西の端と東の端に抜けがあった。それぞれ神戸と高槻です。そごう・西武から店舗を取得することで、その地を押さえることができるのですが、その業種がたまたま百貨店だったということです

この発言を信じれば、阪急電鉄の路線の「東の端」は「高槻」となります。しかし、阪急京都本線は高槻からさらに東へ延びており、「東の端」は「京都(駅で言えば河原町)」です。

鈴木社長は本当に「電車の沿線で考えると、西の端と東の端に抜けがあった。それぞれ神戸と高槻です」と発言したのでしょうか。発言内容がこの通りだとすれば「東の端」は「高槻」で正しいのでしょうか。

日経ビジネス編集部にも同様の問い合わせをしていますが、回答は見込みにくい状況です。記事が鈴木社長の発言の趣旨を正確に伝えているかどうかだけでも教えていただければ幸いです。

お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いします。


【エイチ・ツー・オーリテイリングの回答】

メールで頂戴いたしましたご質問にご回答申しあげます。このたびは、セブン&アイHD様から百貨店の店舗の承継のお話しをいただき、西武高槻店、そごう神戸店、そごう西神店の3店舗が承継の候補として、約1年をかけて検討しているところでございます。
福岡県うきは市 ※写真と本文は無関係です

確かに、鹿毛様のご指摘のとおり、阪急沿線の東の端を正確に申しあげますと、京都になるかとは存じますが、関西ドミナントエリアへの集中投資を行っていくという当社グループの戦略からすれば、現存する当社の百貨店の店舗は、関東エリアと博多にはあるものの、阪急阪神沿線の主要店舗は、梅田を中心に、西宮と北摂エリアにしか展開しておりません。そのような中で、東西に拠点店舗展開を拡大していくことによって、関西ドミナントエリアの基盤を強化するという意味では今回の百貨店の承継は重要であると考えております。

今回の取材の中で、東の拠点としての西武高槻店を”東の端”という大まかなエリア表現としてお伝えしたことがそのまま掲載されたというのが経緯であり、本来の主旨は、東西に拠点を広げるといった思いで語ったことでございまして、そのような主旨をご理解いただいた上での表現で掲載していただければ、鹿毛様からご指摘を頂戴することもなかったかのではないかと考えております。

何卒ご理解の程、よろしくお願い申しあげます。

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エイチ・ツー・オーの回答から判断すると、実際に鈴木社長は阪急沿線の「東の端」を「高槻」と言っているようだ。だとすると「この社長、大丈夫かな?」という感じはするが、問題はそこではない。

エイチ・ツー・オーの担当者としても「社長は確かに高槻を『東の端』って言ったけど、そこは趣旨を理解して上手く書いてよ」と思ったのだろう。回答の文面にもその気持ちが表れている。やはり、問題があるのは飯田展久編集長の方だ。

鈴木社長の発言内容に関する事実確認を怠り、誤った情報を読者に届け、それを読者から指摘されても黙殺する。どこにも前向きに評価すべき要素はない。

日経ビジネス2月20日号の「編集長の視点」では、東芝の経営問題に触れて「まるで自滅の道を歩んでいるかのようです」と結んでいる。その言葉が自らにも当てはまることに飯田編集長は気付いているだろうか。

※今回の件については以下の投稿を参照してほしい。

阪急「東の端」は高槻? 日経ビジネス飯田展久編集長に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_10.html


※飯田編集長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「逃げ切り」選んだ日経ビジネス 飯田展久編集長へ贈る言葉
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_9.html

まず「汝自身を知れ」日経ビジネス飯田展久編集長に助言
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/09/blog-post_10.html

医療費で「番人」責めて意味ある? 日経「砂上の安心網」

ここでは、16日の日本経済新聞朝刊1面に載った「砂上の安心網~ゆがむ分配(1)医療費審査ルール『乱立』 格差是正に背く『番人』」という記事の後半部分の問題点を指摘したい。「病院などが請求した医療費が不適切だとして差し戻された割合」に関して生じる都道府県の「格差の大元」には「社会保険診療報酬支払基金」の存在があると取材班は主張する。しかし、説得力はない。記事の中身を見た上で、その理由を述べてみる。
筑後川昇開橋(佐賀市・福岡県大川市)
        ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

格差の大元には、ある組織の存在がある。社会保険診療報酬支払基金。なじみが薄いこの組織は医療費の「番人」ともいえる。

健康保険組合などに代わって医療費の請求が適正か調べ、病院などに報酬を払う。総医療費の4分の1に当たる約11兆円を審査する。1カ月に8千万件をチェックするというから、その作業量は膨大だ。

取材を進めると妙な事実が浮かんできた。国民皆保険制度が始まって半世紀以上たつにもかかわらず、都道府県ごとに医療保険からの支払いが認められる投薬や検査が異なる可能性があるのだ。支払基金に聞くと、全国共通の審査ルールは約14万9千件あり、都道府県の独自ルールは約42万6千件に上ることを認めた。

住んでいる場所によって審査を通る明細が異なる。たとえ隣り合う都道府県でも不思議な事態が起こりうる。首都圏の大病院の担当者は「東京と千葉で疾病や習慣の違いがあるとは思えない」と首をひねる。

独自ルールの裏には47の基金支部があり、組織を維持するために相応のお金が投じられている。約3千万人の加入者を抱える健康保険組合連合会(健保連)は2014年度に審査料を166億円支払ったが、審査で減額できたのは110億円。56億円の持ち出しとなり、担当者は「『赤字』が大きすぎる」と憤る


支払基金はどう考えるのか。審査担当幹部は「疾病などの地域差を考慮して審査している。コスト削減の視点では医療全体がゆがむ」と反論する。支部での審査を担うのは地元の医師。同業者が審判役を務める。既得権の影もちらつくが、日本医師会の松原謙二副会長は「制度維持のためのボランティアだ」と語る。

医療費の明細は電子化が進み、多数の拠点に頼らずとも審査は可能ではないのか。負担が膨らむなか、番人もそれにふさわしい姿を示すときが来ている。

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医療費の請求が適正か」調べる「社会保険診療報酬支払基金」の中に「47の基金支部があり」、「都道府県の独自ルールは約42万6千件に上る」らしい。取材班ではこれを問題視しているが、「独自ルールがあるから差し戻し率に差が生じる」との分析には疑問が残る。
ゲント(ベルギー)のフランドル伯爵城 ※写真と本文は無関係です

病院はルールに精通しており、全ての過大請求は病院が不正に利得を得ようとしたものと仮定してみよう。そしてモラル最低のA県とモラル最高のB県があるとする。A県の不適切請求率は10%で、B県は1%だ。両県では請求を認めるかどうかのルールが若干異なる。

ここからルールを統一したらどうなるか。極端なルール変更でない限り、両県の「格差」に大きな変化は生じないだろう。格差が生じるのはモラルの差であり、ルール変更でモラルが大きく変わるとは期待できない。

では、全ての過大請求が故意ではなく、うっかりミスだった場合はどうか。これも同じだ。うっかり率が高い県はルールを統一しても、やはりミスが多いはずだ。

「独自ルールは必要ない」との主張は理解できる面もある。だが、そこに「格差」の原因を求めるのは無理がある。都道府県によってモラルやうっかり度に差があるならば、過大請求の割合に差が生じるのは当然だ。どうしても格差をなくしたいならば、モラルやうっかり度をならすように働きかけた方がいい。

ただ、それに意味があるとは思えない。過大請求率に都道府県で差があるとしても、それをチェックしてきちんと差し戻しているのならば、無駄な支出は生じない。差し戻し率は「高ければいい、低ければダメ」という類の数字ではない。真の過大請求が10%あるのに2%しか差し戻していない場合と、真の過大請求が1%で差し戻し率も1%の場合、どちらが適正にチェックできているだろうか。

ついでに、他にも気になった点があるので指摘しておく。

◎「56億円の持ち出し」?

審査料を166億円支払ったが、審査で減額できたのは110億円。56億円の持ち出し」だから、担当者は「『赤字』が大きすぎる」と憤っているらしい。しかし、これは憤る方がおかしい。理由は2つある。
大分県日田市豆田町 ※写真と本文は無関係です

まず「真の過大請求」が110億円だと仮定しよう。この場合、憤って意味があるだろうか。真の過大請求が110億円ならば、ベストの対応は審査による110億円の減額だ。審査料を所与のものとした場合、憤られても困る。

さらに言えば、審査料の「166億円」が高いかどうかは、審査がなかった場合と比較すべきだ。審査があると過大請求が110億円にとどまり、審査を無くすとやりたい放題になって1000億円に達するとしよう。この場合、審査の価値は890億円だ。「審査料を166億円」払う価値はある。


◎誰に「審判役」を務めさせたい?

支部での審査を担うのは地元の医師。同業者が審判役を務める。既得権の影もちらつく」と述べている。だとして、取材班では誰に「審判役」を務めさせたいのか。

社会保険診療報酬支払基金のホームページには「個々の診療行為が保険診療ルールに適合しているか否かを確認する審査は、これら機械的に判断できないものも多いことから、個々の症例において医師等の専門家の目による医学的判断が必要となる」と記している。そういう判断の場から医師を除外して、どう人材を確保するのか。そこを詰めずに「同業者が審判役を務める」ことを問題視しても説得力は乏しい。

付け加えると、基金のホームページには「審査委員会は、医師、歯科医師及び薬剤師の専門集団」と出ていた。記事の書き方だと、審査を担うのは「地元の医師」のみに見える。実際には薬剤師も入っているのではないか。

※記事の評価はD(問題あり)。今回の連載については以下の投稿も参照してほしい。

「格差是正が必要」に無理あり 日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_16.html


※昨年12月連載の「砂上の安心網」については以下の投稿も参照してほしい。

「2030年に限界」の根拠乏しい日経1面「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030.html

第2回で早くも「2030年」を放棄した日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030_20.html

「介護保険には頼れない」? 日経「砂上の安心網」の騙し
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_21.html

日経朝刊1面連載「砂上の安心網(4)」に見えた固定観念
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_62.html

どこが「北欧流と重なる」? 日経1面「砂上の安心網(5)」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_42.html

2017年2月16日木曜日

「格差是正が必要」に無理あり 日経「砂上の安心網」

またしても苦しそうな1面連載が日本経済新聞の朝刊で始まった。16日の「砂上の安心網~ゆがむ分配(1)医療費審査ルール『乱立』 格差是正に背く『番人』」という記事では、「病院などが請求した医療費が不適切だとして差し戻された割合」の都道府県別の格差を解消すべきだと訴えている。しかし、この主張には無理がある。
日本経済大学(福岡県太宰府市) ※写真と本文は無関係です

記事の前半部分を見てみよう。

【日経の記事】

「この格差はおかしくないか」。厚生労働省の検討会の委員から取材班に情報が寄せられた。指定された場所を訪ねると、机の上に都道府県別の数値が並んだ紙が用意されていた。秋田県などの0.5%から大阪府の2.7%まで。企業で働く数千万人にかかわるデータがそこにあった。

データが告げているのは、病院などが請求した医療費が不適切だとして差し戻された割合。過剰な検査や投薬があぶり出され、その多くで医療保険から支払われる金額が減らされる。

数%だからとこの地域格差を過小評価するわけにはいかない。データをもとにした取材班の試算で、全ての都道府県で大阪府並みの査定をすれば、808億円の医療費が削減できる可能性があることが分かった

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全ての都道府県で大阪府並みの査定をすれば、808億円の医療費が削減できる可能性があることが分かった」と言うが、全ての都道府県で「大阪府並みの査定」をして格差を無くすのは望ましいのか。
ゲント(ベルギー)のフランドル王立劇場
     ※写真と本文は無関係です

仮に、「本当に差し戻されるべき不適切な医療費請求」の比率が秋田県には0.5%しかなく、大阪府には2.7%あるとしよう。その場合、正しく審査すると差し戻しの割合はどうなるか。秋田県でも2.7%を差し戻すべきなのか。そうなると、適切な医療費請求まで差し戻すしかない。

真に不適切な医療費の請求がどの都道府県でも2.7%以上あるのならば「全ての都道府県で大阪府並みの査定をすれば、808億円の医療費が削減できる可能性がある」という試算にも意味がある。だが、真に不適切な請求の比率に都道府県で差があるのならば、差し戻しの比率にも差が生じるのは当然だ。

記事の後半では、地域によって審査ルールにばらつきがあることを問題視している。だが、ルールを統一したからと言って、真に不適切な医療費の請求比率が全都道府県で2.7%以上になるとは限らない。

取材班に情報を寄せてくれた「厚生労働省の検討会の委員」がどんな人物か知らないが、「この格差はおかしくないか」と言われると、あまり疑わずに受け入れて記事にしてしまうようだ。ちょっと頼りないし、怖い気もする。


※この記事には後半部分にも気になる点があった。それについては別の投稿で触れる。昨年12月にも「砂上の安心網」というタイトルで連載をしていた。これについては以下の投稿を参照してほしい。

「2030年に限界」の根拠乏しい日経1面「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030.html

第2回で早くも「2030年」を放棄した日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030_20.html

「介護保険には頼れない」? 日経「砂上の安心網」の騙し
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_21.html

日経朝刊1面連載「砂上の安心網(4)」に見えた固定観念
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_62.html

どこが「北欧流と重なる」? 日経1面「砂上の安心網(5)」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_42.html

2017年2月15日水曜日

データとの齟齬が惜しい日経「社員寮 じわり復権」

14日の日本経済新聞夕刊総合面に載った「社員寮 じわり復権 福利充実で人材確保 人脈や企画力も育成」という記事の目の付け所は悪くない。「社員寮 じわり復権」という見出しには意外性もある。ただ、グラフが苦しい。「独身寮の保有率は回復してきた」とのタイトルが付いているが、2015年と16年は保有率が前年を下回っている。

成田山新勝寺 光明堂(千葉県成田市)
        ※写真と本文は無関係です

記事では以下のように書いている。

【日経の記事】

バブル崩壊後、社員寮を抱える企業は資産圧縮をねらい、売却する動きが強まった。資産からどれだけ収益があがるかを厳密にみる流れも定着し社員寮の新設に積極的な企業は多くなかった。

労務研究所(東京・港)によると、調査対象の企業のうち16年に独身寮を保有しているのは15.5%。東日本大震災による景気低迷により保有率が一段と低下した12年を底に上昇してきた

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グラフでは確かに「12年を底に上昇」しているが、15年からは再び低下している。グラフで示した06年からの推移を見ると、一進一退とでも呼ぶべき流れだ。これだと「社員寮 じわり復権」と言われても説得力に欠ける。

ついでに言うと「バブル崩壊後、社員寮を抱える企業は資産圧縮をねらい、売却する動きが強まった」と書くのならば、バブル崩壊前には「保有率」がどの程度だったのかに触れた方がいい。

さらについでに、いくつか指摘しておきたい。

【日経の記事】

消防車両国内最大手のモリタホールディングスは4月、兵庫県三田市に社員寮を新設する。

◎漢字が続き過ぎ

消防車両国内最大手」は漢字が続き過ぎだ。最初は「消防車」「両国」と読みそうになった。「消防車両で国内最大手のモリタホールディングス」とすれば、簡単に問題は解消する。

【日経の記事】

みずほ証券の石沢卓志上級研究員は「リストラが一巡したうえ働き方改革が始まり、福利厚生の充実にカジをきる企業が目立ち始めた」と指摘する。

安定収益が見込める用途として社員寮にする動きも出ている」(みずほ証券の石沢氏)。共立メンテナンスの16年4~11月の社員寮事業の売上高は前年同期比8%増えた。

◎社員寮にして安定収益?

みずほ証券の石沢卓志上級研究員」の「安定収益が見込める用途として社員寮にする動きも出ている」というコメントは理解しにくい。企業が社員寮を新設すると「安定収益が見込める」のか。常識的には考えにくい。社員から取る家賃はかなり低く抑えているはずなので、社員寮だけ見れば赤字だろう。

ビルのオーナーなどの立場から見れば、他社に貸し出す形で「安定収益が見込める用途として社員寮にする動き」が出ても不思議ではないが、記事では誰から見た「安定収益」なのか明示していない。その場合、文脈から判断して「自社の社員向けに寮を新設する企業」から見た「安定収益」になるはずだ。

※記事の評価はC(平均的)。

2017年2月14日火曜日

「トランプ氏に物申せるのは安倍氏だけ」? 日経 秋田浩之氏の誤解

最近の日本経済新聞では「コメンテーター」という肩書をよく見かける。編集委員の一部にこの肩書を与えているようだ(どういう違いがあるのかは分からない)。秋田浩之氏もそんなコメンテーターの1人だ。その秋田氏が14日の朝刊1面に書いた「日米首脳会談の宿題 『価値』も語れる同盟に」という記事に引っかかる記述があった。
大分城址公園(大分市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

外国人の入国制限策などをかかげるトランプ政権は、世界から「人権軽視」との批判を浴びる。この点を記者会見で聞かれた安倍氏は「ノーコメント」で通した

(中略)むろん、自由や人権をトランプ氏に説いても、聞き入れられず、逆効果になる恐れもある。それでも英国が欧州連合(EU)離脱を決め、フランスやドイツが選挙を控えるいま、彼に率直に助言できる首脳は安倍氏のほかに見当たらない

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秋田氏によると、世界中でトランプ氏に「率直に助言できる首脳は安倍氏のほかに見当たらない」らしい。しかし、この見立ては苦しすぎる。日経は4日の「EU首脳、トランプ批判相次ぐ 仏大統領『受け入れられない圧力』」という記事で以下のように報じている。

【日経の記事】

【バレッタ=森本学】欧州連合(EU)が3日、マルタの首都バレッタで開いた非公式首脳会合に参加した首脳から、トランプ米大統領への批判の声が相次いだ。オランド仏大統領は開幕に先立って記者団に、EUや欧州を軽視する発言を繰り返すトランプ氏の言動を「受け入れられない圧力」だと語った。

オーストリアのケルン首相は「トランプ氏は彼のレトリックではなく、行動で判断されなければならない。しかし今、彼は心配するに十分な行動をとっている」と指摘。イスラム圏7カ国からの入国禁止などの政策を非難した

EUのトゥスク大統領は首脳会合を前に加盟国首脳に送った書簡で、米新政権を中国やロシア、イスラム原理主義と並ぶ「外的脅威」だと名指しして批判。会議終了後の記者会見では「大西洋間(欧米)の協力はEUの最優先事項であることに変わりないが、EUの強さについて、我々が自信を取り戻す必要もある」と述べた。

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トランプ政権の人権問題を聞かれて「ノーコメント」で通す日本の首相より、「欧州首脳」の方が「率直に助言できる」可能性ははるかに高いのではないか。森本学記者の記事によれば、「オーストリアのケルン首相」は「イスラム圏7カ国からの入国禁止などの政策を非難した」実績がある。トランプ氏に率直な助言ができる首脳は誰かと考えた時、秋田氏がなぜケルン首相などを外して「安倍氏」を唯一の候補として挙げたのか謎だ。

秋田氏の記事から理由を探せば「英国が欧州連合(EU)離脱を決め、フランスやドイツが選挙を控える」からとなるのだろう。だが、EU離脱を決めるとなぜ「率直な助言」ができなくなるのかは教えてくれない。「フランスやドイツが選挙を控える」と秋田氏は言うが、オランド大統領は大統領選に出ないので、選挙をあまり意識せずに「助言」できる気もする。そもそも、英仏独以外の首脳については「率直な助言」ができない理由を何も語っていない。

こんな完成度の記事を朝刊1面に載せるのが「コメンテーター」の仕事なのだろうか。もう一度よく考えてほしい。

※記事の評価はD(問題あり)。秋田浩之コメンテーターへの評価もC(平均的)からDに引き下げる。秋田氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 秋田浩之編集委員 「違憲ではない」の苦しい説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_20.html

「ビッグ3の日本嫌い再び」と 産経 松浦肇編集委員は言うが…

松浦肇 産経新聞ニューヨーク駐在編集委員が週刊東洋経済2月18日号に書いた「ニュース最前線02~“日本たたき”が再燃か 米自動車ビッグ3の思惑」という記事は、かなり問題がある。記事では「トランプ氏は、日本嫌いというビッグ3の『遺伝子』を呼び起こしたのである」と言い切っているが、どうも怪しい。記事を読む限り、日本嫌いの「遺伝子」をトランプ氏によって呼び起された「ビッグ3」は皆無に見える。
成田山新勝寺 平和大塔(千葉県成田市)
         ※写真と本文は無関係です

記事の後半部分は以下のようになっている。

【東洋経済の記事】

フォードは金融危機前に大掛かりなリストラを断行し、収益体質を改善。GMや旧クライスラーとは対照的に、政府支援なしで持ち直した。

今や「業界の盟主」はGMではなく、フォードである。その立場を生かし、「米国が日本に1台輸出するごとに、日本は米国に200台輸出する」「世界で最も保護主義的な日本がTPP(環太平洋経済連携協定)に参加するのは反対だ」と政治家に触れ回った。

フォード氏はTPP反対主義者で、日本撤退を決めた昨年からその姿勢を一層強硬にした。トランプ氏がTPP離脱を決めた要因の一つに、フォード氏の具申があったことは想像にかたくない。フィールズ氏も1月24日の会談後、「貿易障壁の最大の問題は為替操作で、TPPでは対応できない」と暗に日本を批判する発言をしている。

そして厄介なことに、日本たたきの裏側にいるのはフォードだけではない。目下の焦点は、旧クライスラーのある元大株主だ。現在トランプ氏の経済指南役を務めており、ホワイトハウス入りがささやかれている。関係者によると、この投資家は「トランプ氏との会合で、クライスラーが破綻したのは日本の貿易障壁も一要因だったという趣旨の発言をしている」という。

GMも破綻前は経営トップが株主総会で、「為替を操作してけしからん」と日本批判を繰り返していた

欧州危機による市場の混乱が一服した12年以降、ビッグ3の株価はマーケットの中で出遅れている。経営者としても責任をなすりつけられる「仮想敵」の登場は好都合だ。

トランプ氏は、日本嫌いというビッグ3の「遺伝子」を呼び起こしたのである

◎トランプ氏がビッグ3の日本嫌い「遺伝子」を呼び起こした?

松浦編集委員によると「トランプ氏は、日本嫌いというビッグ3の『遺伝子』を呼び起こした」らしい。しかし、これに関して記事に具体的な根拠は見当たらない。

ゲント(ベルギー)を流れるリーヴァ川
        ※写真と本文は無関係です
まずフォード。これは「元からの日本嫌い」として描かれている。トランプ氏の影響で「日本嫌い」が復活したとの説明はない。

次にクライスラー(現フィアット・クライスラー・オートモービルズ)。「日本嫌い」関連で記事に登場してこない。出てくるのはあくまで「旧クライスラーのある元大株主」だ。「大株主」なので、現状では「大株主」でさえない。

最後にGM。「GMも破綻前は経営トップが株主総会で、『為替を操作してけしからん』と日本批判を繰り返していた」という過去の話は出てくるが、トランプ氏によって「日本嫌い」の遺伝子が呼び起された様子は見えない。

記事には他にも辻褄が合わない説明がある。

【東洋経済の記事】

大統領選挙期間中のトランプ氏は、メキシコに新工場を建設しようとしていたフォードを「恥知らず」と批判。フォードは抵抗したが、トランプ氏が大統領に選ばれた途端に計画を撤回した。

【東洋経済の記事】

ここで気になるのが、ビッグ3の中でトランプ氏にいちばん近いとされるフォードの存在だ。同社のビル・フォード会長は大統領選期間中もトランプ氏のもとに通い、今も「メル友」として意見交換している

◎「メル友」の会社を「恥知らず」と批判?

記事の説明を素直に信じれば、トランプ氏はビル・フォード会長と「メル友」なのに、「メキシコに新工場を建設しようとしていたフォードを『恥知らず』と批判」したらしい。両者が良好な関係ならば、トランプ氏が「恥知らず」とフォードを批判するのは解せない。そんなきつい言葉を使う必要はないし、何か問題があっても両者で個人的にやり取りすれば済む。

恥知らず」と批判した時には一時的に両者の関係が悪化していたのかもしれないが、そうならば記事で説明すべきだ。

※記事の評価はD(問題あり)。松浦肇編集委員への評価もC(平均的)からDに引き下げる。松浦編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「金融危機から6年」? 産経の松浦肇編集委員へ質問(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_80.html

「金融危機から6年」? 産経の松浦肇編集委員へ質問(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_8.html

何のためのパリ取材? 産経 松浦肇編集委員への注文(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_30.html

何のためのパリ取材? 産経 松浦肇編集委員への注文(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_96.html

「再収監率40ポイント低下」? 産経 松浦肇編集委員の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/40.html

ジャンク債は値下がり? 産経 松浦肇編集委員の記事を解読
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_25.html

産経 松浦肇編集委員だから書ける「World Scope」を評価
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/world-scope.html

「トランプ初会見」記事で産経 松浦肇編集委員に助言
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_9.html

2017年2月12日日曜日

展開が強引な日経 太田泰彦編集委員「けいざい解読」

12日の日本経済新聞朝刊総合・経済面に載った「けいざい解読~トランプ氏の移民制限が転機 『起業の聖地』アジアへ」は強引な展開が目立つツッコミどころの多い記事だった。筆者は何かと問題の多い太田泰彦編集委員。完成度が低くなるのは当然とも言える。
阿蘇山(熊本県阿蘇市) ※写真と本文は無関係です

記事の冒頭部分から問題点を指摘したい。

【日経の記事】

米国には「H1B」という秘密兵器がある――。日系人の米物理学者ミチオ・カク氏は、こう喝破して、壇上に居並ぶ論客を黙らせた6年前の公開討論会の席である

H1Bとは、高度な専門技能を身につけた外国人が取得できる入国査証(ビザ)のこと。科学者や技術者などが対象となる。発給枠の8万5千人に対し、2016年は23万3千人が応募した。

◎どこが「秘密兵器」?

まず、最初の「公開討論会」の話が謎だ。「H1B」が「秘密兵器」という主張がまず分からない。「6年前」に「H1B」は既にあったし、存在も広く知られていたはずだ。それがなぜ「秘密兵器」になるのか。

米国には『H1B』という秘密兵器がある」と述べて「壇上に居並ぶ論客を黙らせた」という話も流れが見えない。少なくとも、どういう主張に対して「米国には『H1B』という秘密兵器がある」と返したのかは入れるべきだ。

付け加えると「6年前の公開討論会の席である」はやや舌足らずだ。「6年前の公開討論会の席での出来事である」などとした方が自然に流れる。

この続きにも問題がある。

【日経の記事】

「H1Bの制度がなければ、グーグルもシリコンバレーも存在しなかった」。カク氏の両親は第2次大戦期に日系人収容所で暮らしたという。移民こそが米国の競争力を支えているという主張には説得力がある。

トランプ政権の移民制限が、米国のハイテク業界を揺るがせている。世界から頭脳を吸い寄せる力で、米国ひとり勝ちの時代が終わる予兆かもしれない。だとすれば、人材はシリコンバレーからどこへ向かうのか

米国への技術者の移住が多い隣国のカナダ西海岸は有力な候補だろう。だが、そもそもH1Bの取得者は、インドと中国をはじめアジア出身者が8割を占める。米国が門戸を閉ざせば、地元に回帰する流れが自然に生まれるはずだ。21世紀の起業の聖地は、アジアに誕生するのではないか。

◎話が飛躍しすぎ

この記事ではまず「米国には『H1B』という秘密兵器がある」と打ち出したはずだ。H1Bが撤廃されそうというのならば「世界から頭脳を吸い寄せる力で、米国ひとり勝ちの時代が終わる予兆かもしれない」と解説するのも分かる。だが、トランプ政権下でH1B
がどうなるのかを論じてはいない。なのに「だとすれば、人材はシリコンバレーからどこへ向かうのか」と展開するのは飛躍が過ぎる。

次は「アジア太平洋」の問題を取り上げたい。

【日経の記事】

アジア太平洋の小売業の業績グラフをみると、その可能性がより現実味を帯びてくる。2030年までに推定24億人に膨らむ中間層を擁し、アジアは北米や欧州連合(EU)をしのぐ巨大な消費市場に変貌しつつある。

◎「アジア太平洋」の数字でアジアを論じる?

アジア太平洋」の数字を基に「アジア」を論じるのがまず苦しい。「アジアは北米や欧州連合(EU)をしのぐ巨大な消費市場に変貌しつつある」と訴えるのならばアジアの数字を見せてほしい。
ディナン(ベルギー)周辺のミューズ川※写真と本文は無関係

しかも「アジア太平洋」はどの国を含めるのかが曖昧だ。米国を入れても除外しても誤りではない。「アジア太平洋」のデータを持ち出すのならば、その地理的な範囲は明示すべきだ。

記事の後半部分も見ておこう。

【日経の記事】

ところが、旺盛に伸びる販売とは裏腹に、流通在庫も増え、業界全体で収益は低下の一途。企業の側の生産性が追いつかず、爆発的に増える商品流通を上手にさばけないでいるからだ。

デジタル技術と小売業が融合し、業態進化が劇的に進んでいる」。コンサルタント大手IDCのマイク・ガーセミ調査部長によれば、消費革命で、アジア域内のIT(情報技術)の人材需要が急騰しているという。

たとえばシンガポールでは、百貨店の老舗が次々と看板を下ろす光景を目にする。あらゆる商品の調達から販売までを、自ら手がける業態は滅びつつある。

生き残りをかけ経営者は知恵を絞る。テナント出店する業者の配送、経理、販促を請け負い、舞台裏からネット上でサービスを提供する黒子の物流業へ。あるいは買い物客の電子決済を基に、ビッグデータを握る金融会社へと姿を変えていく。

◎「消費革命」の中身は?

日経で「革命」の二文字を見つけたら要注意だ。この記事でも「消費革命」が出てくるが、中身はよく分からない。「デジタル技術と小売業が融合」して業態が進化し、「(百貨店のような)あらゆる商品の調達から販売までを、自ら手がける業態は滅びつつある」といった説明は出てくる。だが、「消費革命」がどんなものか具体的なイメージはつかみにくい。「確かに消費には『革命』が起きてるな」と読者が納得できるように書いてほしい。「革命」と呼ぶに値する変化は、実際には起きてはいないのだろうが…。

ついでに言うと「人材需要が急騰」という使い方には違和感がある。「人材需要が急増」などとすべきだ。「急騰」は「物価や相場などが急激に上がること」(デジタル大辞泉)という意味だ。「需要」と組み合わせて使う人は稀だろう。


※記事の評価はD(問題あり)。太田泰彦編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。太田編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

問題多い日経 太田泰彦編集委員の記事「けいざい解読~ASEAN、TPPに冷めた目」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/05/blog-post_21.html

日経 太田泰彦編集委員 F評価の理由
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_94.html

説明不十分な 日経 太田泰彦編集委員のTPP解説記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_6.html

2017年2月11日土曜日

内容無視してご都合主義の見出し 日経女性面の罪

11日の日本経済新聞朝刊女性面に載った「男・女 ギャップを斬る」という記事(筆者は労働政策研究・研修機構主任研究員の池田心豪氏)の見出しはひどい。「仕事か家庭かの二者択一 均等法前も今も変わらず」と付けた見出しに合致する話は記事に出てこない。それどころか、この見出しは記事内容と正反対に近い。
筑後川(福岡県朝倉市・うきは市) ※写真と本文は無関係です

記事で見出しに関連しそうな部分と、女性面のアドレスに送ったメールの内容を見てほしい。

【日経の記事】

保育園といえば普段は父と登園していたが、ある日母と登園したときのこと、開園前の園庭に私を放り込んで母は出勤したという思い出もある。男女雇用機会均等法制定のずっと前、ワークライフバランスという言葉も当然なかった1970年代の話である。結局、母は3人の子育てと仕事を両立して管理職になり、定年まで勤めた

女性活躍の歴史はしばしば85年の均等法制定を起点に語られる。だが、実は前史がある。均等法は勤労婦人福祉法という法律を改正してつくられた。72年制定の同法に努力義務として「育児休業」という言葉がすでに載っている。公務員の教師・看護師・保育士については、75年に育児休業法が制定されている。先進企業の育休制度導入はさらに前、高度成長期の60年代にさかのぼる。多くの女性が結婚や出産を機に家庭に入ることが当たり前だった時代から、長く働き続けてほしいと使用者が思う女性労働者にはその道が用意されていたのである。だが、母と同じような逸話を持つ当時の女性の話から察するに、その道は平たんでなかったようだ。

均等法は総合職と一般職、正社員とパートといった形で女性に分断をもたらし、結果として男女格差解消に役立っていないとの批判がある。だが、その前から仕事と家庭のはざまで女性の意欲と能力を試して振り分けることは行われていたようだ。線引きの基準は時代とともに変化しているが、基本的な図式は今も変わっていないように見える。これを是認せず、誰もが仕事で活躍できる政策を推進することが重要である。

【日経へのメール】

11日の「男・女 ギャップを斬る」というコラムの見出しについてお尋ねします。この記事には「仕事か家庭かの二者択一 均等法前も今も変わらず」との見出しが付いています。しかし、最後まで読んでもそうした内容の話は出てきません。
ゲント(ベルギー)※写真と本文は無関係です

前半部分で筆者の池田心豪氏は、働きながら自分を育ててくれた母親について述べています。「母は3人の子育てと仕事を両立して管理職になり、定年まで勤めた」そうです。そして「(均等法前にも)長く働き続けてほしいと使用者が思う女性労働者にはその道が用意されていた」と結論付けています。

つまり、均等法の制定前にも家庭と仕事を両立させた女性がいたことを池田氏は読者に示しています。見出しとしては「仕事か家庭かの二者択一 均等法前も今も変わらず」ではなく、「仕事と家庭 両立の歴史 均等法前から」とでもすべきです。今回の記事では、内容と正反対に近い誤った見出しになっていませんか。正しいとすれば、その根拠も教えてください。

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均等法前も今も変わらず」続いていることについて、池田氏は「仕事と家庭のはざまで女性の意欲と能力を試して振り分けることは行われていたようだ」とは述べている。しかし、ここから「仕事か家庭かの二者択一」と見出しに取るのは無理がある。

推測するに、今回の見出しの“ミス”は意図したものではないか。「仕事と家庭 両立の歴史 均等法前から」といった見出しであれば、記事内容に忠実ではある。だが、日経で女性面を担当する記者らにとって都合が悪い見出しなのだろう。だから強引に「仕事か家庭かの二者択一 均等法前も今も変わらず」と付けてしまった。そう考えれば腑に落ちる。

編集方針に方向性があるのは構わない。だが、事実を無視してまで強引に自分たちの価値観を押し付けようとすれば、紙面への信頼を損ない、結果として女性のためにもならない。「私たちは偏った考えに囚われたまま紙面を作っています」と宣言するような見出しを付けていては、自分たちの首を絞めるだけだ。

※見出しの問題なので、記事・筆者への評価は見送る。

2017年2月10日金曜日

阪急「東の端」は高槻? 日経ビジネス飯田展久編集長に問う

「阪急電車が走っている東の端は高槻か?」と関西の人に聞いたらどう返ってくるだろうか。「違う」との答えが圧倒的だと思える。ところが、日経ビジネス2月13日号の「編集長インタビュー」では、関西を代表する会社であるエイチ・ツー・オーリテイリングの社長が「東の端=高槻」と断言していた。

浮羽大橋(福岡県うきは市) ※写真と本文は無関係です
日経ビジネス編集部に以下の内容で問い合わせを送ってみた。

【日経ビジネスへの問い合わせ】

日経ビジネス編集長 飯田展久様

2月13日号の「編集長インタビュー~百貨店一本足から脱却 エイチ・ツー・オーリテイリング社長 鈴木篤」という記事についてお尋ねします。この中で鈴木社長は以下のように述べています。

「我々は、阪急電車が走っていて、阪神や阪急の名前を知らない人はいない、というエリアに重点投資します。電車の沿線で考えると、西の端と東の端に抜けがあった。それぞれ神戸と高槻です。そごう・西武から店舗を取得することで、その地を押さえることができるのですが、その業種がたまたま百貨店だったということです」

この発言が正しいとすると、阪急電鉄の路線の「東の端」は「高槻」のはずです。しかし、阪急京都本線は高槻からさらに東へ延びており、「東の端」は「京都(駅で言えば河原町)」です。鈴木社長の発言内容は誤りではありませんか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

神戸と高槻に関して「抜けがあった」かどうかも疑問が残ります。「その業種がたまたま百貨店だった」との発言から判断すると、百貨店ではなくスーパーであっても「その地を押さえることができる」のでしょう。

エイチ・ツー・オーリテイリングの傘下には阪急オアシス、イズミヤというスーパーがあり、これらも含めると神戸も高槻も「抜け」はありません。「抜け」は百貨店でしか埋まらないとすると「その業種がたまたま百貨店だった」との説明と整合しません。

仮に、当該部分で論じているのは百貨店の話だとしましょう。その場合、「東の端」は「そごう・西武から店舗を取得」しても「抜け」たままです。既に指摘したように「東の端」は京都です。そして2010年に四条河原町阪急を閉めたエイチ・ツー・オーリテイリングは現在、京都に百貨店を出していません。こうした点はどう理解すればよいのでしょうか。

日経ビジネスでは、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。それが正しい判断かどうかは、飯田様も十分に分かっているはずです。編集者としての良心に照らして、適切な対応を心がけてください。

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日経ビジネスからの回答は期待できないので「阪急電車の東の端=高槻」は誤りだと推定して話を進める。

石垣神社(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です
今回のミスでエイチ・ツー・オーリテイリングの鈴木社長を責めるつもりはない。日経ビジネスが鈴木社長の発言を正しく再現できていない可能性も残るからだ。発言自体はきちんと再現できている場合、鈴木社長に経営を任せて大丈夫かなと不安にはなるが、記事中の誤りに関して問題があるのは、やはり日経ビジネス側(特に飯田編集長)だ。

阪急電車の路線の東端が高槻かどうかは編集部で簡単に確認できる。それを怠ったとすれば、初歩的ミスと言うほかない。しかも、既に指摘したように鈴木社長の発言には色々と疑問が湧く。流通関連は飯田編集長の得意分野のはずだ。なのに、記事にする過程で何も感じなかったのか。だとすれば「驚き」だ。

今号の「編集長の視点」というコラムで「私たちも驚きを提供し続けないと飽きられると自戒しながら編集していきます」と飯田編集長は誓っていた。だが、今回のような悪い意味での「驚き」は勘弁してほしい。


※「編集長インタビュー」の評価はD(問題あり)。飯田展久編集長への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。今回の件に関しては以下の投稿も参照してほしい。

阪急「東の端=高槻」問題 エイチ・ツー・オーの回答
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_34.html


※飯田編集長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「逃げ切り」選んだ日経ビジネス 飯田展久編集長へ贈る言葉
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_9.html

まず「汝自身を知れ」日経ビジネス飯田展久編集長に助言
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/09/blog-post_10.html

2017年2月9日木曜日

「トランプ初会見」記事で産経 松浦肇編集委員に助言

産経新聞の松浦肇編集委員が週刊ダイヤモンド2月11日号に書いた「ワールドスコープ from 米国~用意周到な『ショー』 トランプ初会見の舞台裏 対決姿勢強めるメディア」という記事は、見出しの通り「トランプ初会見の舞台裏」が垣間見える興味深い内容になっている。ただ、分かりにくい説明なども散見された。気になった点を以下に記しておきたい。
大分城址公園(大分市) ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

会見ではトランプ氏が自ら質問者を指名した。政治とメディアの癒着ぶりを批判していただけに、透明性を印象付けようとしたのである

実は、トランプ氏はテレビ画面の外で手を挙げていた記者を一切無視しており、前方に座っていた「番記者」しか指名していない。

しかも、前方席は予約制。座席にはメディア名が書いてあり、どの席に誰が座るか最初から分かっている。

◎透明性を印象付けられる?

トランプ氏が自ら質問者を指名」すると「透明性を印象付け」られるだろうか。記事でも触れているように、「自ら質問者を指名」する場合は嫌な質問者を排除できる。「自ら指名するのは不透明さの表れだ」とは思わないが、透明性を印象付ける効果はほとんどなさそうだ。

この記事では説明に整合性の問題も感じた。

【ダイヤモンドの記事(写真に付けた説明)】

トランプ大統領にとって、メディアは宣伝広告の手段にすぎない

【ダイヤモンドの記事(本文)】

「恥と屈辱を味わうべき」。最近、スティーブン・バノン首席戦略官が米メディアをこう批判した。新政権はホワイトハウスの会見室撤去を検討したこともある。会見の演出術やトランプ氏による一方的なツイッター発信などを見る限り、新政権はマスコミを「不要」とみているようだ

◎メディアは「不要」? それとも「使える」?

写真に付けた説明を見ると、メディアは「宣伝広告の手段」として利用価値がありそうだ。しかし、本文には「新政権はマスコミを『不要』とみているようだ」と書いてある。「宣伝広告の手段」として使えるのならば「不要」とは考えにくい。強引な弁明はできそうな気もするが…。
ディナン(ベルギー)の周辺 ※写真と本文は無関係です

記事の結論部分も引っかかった。

【ダイヤモンドの記事】

1月下旬、コロンビア大学ジャーナリズムスクールでは、租税回避地データの「パナマ文書」を暴露したことで知られる国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)幹部ら調査報道の専門家が集まり、新政権に対する報道強化をぶち上げていた。

米大手紙「ニューヨーク・タイムズ」も担当チームを増強するという。トランプ新政権とメディアの対立は開戦前夜である

◎「トランプ新政権とメディア」はまだ戦ってない?

松浦編集委員は「トランプ新政権とメディアの対立は開戦前夜である」と記事を締めている。つまり「トランプ新政権とメディアはまだ戦っていない」との判断だ。個人的には、既に戦っているように見える。もちろん、何を以って「開戦」とするかは主観的な問題ではある。ただ、「開戦前夜」とするならば「何を以って開戦とするか」が読者に伝わるように書いてほしかった。

ついでに、無駄な外来語使用について触れておきたい。松浦編集委員の記事から事例を2つ出す。

【ダイヤモンドの記事】

1月11日、昨年11月の米大統領選挙後初となったドナルド・トランプ大統領の記者会見に出席した。日本でも生放送された注目の会見だったが、前日まで案内状が届かず、狭い会場には会見2時間前から定員オーバーの数百人が押しかけた。

準備不足だな──。広報のロジスティックスの拙さに首をかしげたが、筆者の懸念は全くの杞憂だった。


【ダイヤモンドの記事】

自身の納税申告書を開示していないことを聞かれると、「私は選挙に勝った。誰が気にしているのか」と一蹴。ビジネスと大統領業務の「利益相反」という複雑な事案は、弁護士に代理答弁させた。見事なディフェンス術である。

◎無駄な横文字

上記のくだりで「ロジスティックス」「ディフェンス」を使う意義は乏しい。分かりやすくなるわけでもないし、文字数は増える。

ディフェンス術」は例えば「防衛術」としても何の問題もない。「ロジスティックス」もわざわざ使う必要性はない。例えば「準備不足だな──。広報のロジスティックスの拙さに首をかしげたが、筆者の懸念は全くの杞憂だった」という部分を「広報の準備不足だと最初は感じたが、全くの杞憂だった」と直しても、伝わる情報はほぼ同じだ。「懸念は杞憂」には若干の重複感があったが、それも解消している。

記事は文学作品ではない。無駄な言葉(特に外来語)は省いて、簡潔に文章を仕上げてほしい。

※記事の評価はD(問題あり)。松浦肇編集委員への評価はC(平均的)を据え置くが、弱含みとする。松浦編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「金融危機から6年」? 産経の松浦肇編集委員へ質問(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_80.html

「金融危機から6年」? 産経の松浦肇編集委員へ質問(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_8.html

何のためのパリ取材? 産経 松浦肇編集委員への注文(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_30.html

何のためのパリ取材? 産経 松浦肇編集委員への注文(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_96.html

「再収監率40ポイント低下」? 産経 松浦肇編集委員の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/40.html

ジャンク債は値下がり? 産経 松浦肇編集委員の記事を解読
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_25.html

産経 松浦肇編集委員だから書ける「World Scope」を評価
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/world-scope.html

2017年2月8日水曜日

「お金のデザイン」が好きすぎる日経「市場の力学」

日本経済新聞はなぜか「お金のデザイン」という会社が大好きだ。記事で繰り返し好意的に取り上げている。8日の朝刊1面に載った「市場の力学~個人投資家のナゼ(下) 『もうからない』のトラウマ バブルの傷 拭う新世代」という記事もそうだ。
阿蘇山(熊本県阿蘇市) ※写真と本文は無関係です

改めて断言しよう。「お金のデザインを好意的に取り上げるメディアを信頼するな」。なぜそう言えるのか。記事の後半部分を見た上で説明したい。

【日経の記事】

一方で、新たな世代の投資家も増えつつある。2000年以降に成人になり、ネットを駆使する「ミレニアル投資家」。

「資産運用の経験は」「投資した資産が値下がりしたらどうしますか」――。5つの質問に答えれば、人工知能(AI)が最適の分散投資手法を提供する。「ロボアドバイザー」と呼ぶ資産運用の助言サービスだ。

昨年このサービスを始めた独立系運用会社、お金のデザイン(東京・港)では利用者の8割強が20~40歳代。東京都の会社員、伊藤周作さん(34)は「簡単な操作で世界中の株式や債券などに分散投資できる」と投資へのハードルは低い様子だ。

今は投資と無関係という人も、投資と向かい合う日が来ることはありうる。貯蓄だけでは老後もままならないうえ、高齢化で若年層への資産移転も増える。野村資本市場研究所は「控えめに見積もっても年50兆円の資産が相続されていく」と試算する。新たな層が多様な手法で成功体験をつかめれば、個人の行動原理も変わるかもしれない。
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お金のデザイン」を通じて資産運用すると、年1%(投資額3000万円以上は0.5%)の手数料を取られる。ETFを組み合わせるだけの投資に1%もの手数料を払う投資家は基本的に「カモ」だ。1%の中にETFの売買手数料は含まれるが、2年目以降は多少リバランスする程度で大した売買はない。
アントワープ(ベルギー)近郊のショッピングセンター
        ※写真と本文は無関係です

一方、投資家はETFの信託報酬を差し引かれたところから、さらにお金のデザインに1%を差し出すことになる。少し投資の知識があれば、手を出す気にはならないはずだ。

人工知能(AI)が最適の分散投資手法を提供する」ところに価値があるのではと思う人もいるだろう。「最適」と言い切っている記事の書き方に問題があるが、これはあくまで「最適」と向こうが提示してくれるだけだ。本当に「最適」なのかは分からない。そもそも、何を以って「最適」とするかが難しい。1つの最適解があって、それを賢いAIが教えてくれるわけではない。「1つの意見」を与えてくれるだけだ。

1000万円を投じれば手数料は年10万円にもなる。正しいかどうかも分からない意見を1つくれて、多少のリバランスをしてくれるだけの会社に年10万円を差し出す価値があるだろうか。

記事の最後には「関口慶太、押切智義、野口和弘、井川遼、森田淳嗣が担当しました」と出てくる。彼らは、投資に関する知識が足りないか業界の回し者かのどちらか(あるいは両方)だ。でなければ「お金のデザイン」をこれだけ持ち上げられないはずだ。

ついでに他の問題点もいくつか指摘しておこう。

◎なぜ「20~40歳代」?

2000年以降に成人になり、ネットを駆使する『ミレニアル投資家』」について書いているのに、「お金のデザイン(東京・港)では利用者の8割強が20~40歳代」と「40歳代」まで含めて数字を出している。ここは「ミレニアル投資家」に相当する「20~30歳代」で数字を見せるべきだ。

◎「貯蓄だけでは老後もままならない」?

貯蓄だけでは老後もままならないうえ、高齢化で若年層への資産移転も増える」という説明は、厳しく言えば間違っている。

まず「貯蓄だけでは老後もままならない」とは言い切れない。貯蓄だけで十分な場合もある。例えば、年収2000万円の人が年間1000万円を貯蓄に回して投資はしない生活を30年続けた場合、「貯蓄だけでは老後もままならない」と言えるだろうか。平均的な年収の人でも、「貯蓄だけでは老後もままならない」かどうかは生活スタイルなどに左右される。やはり一括りにはできない。

高齢化で若年層への資産移転も増える」との説明も怪しい。親世代の資産額は同じだとして、親が平均して50歳で死ぬ社会と、80歳で死ぬ社会では、どちらが「若年層への資産移転(この場合、相続のみを考える)」が多くなるだろうか。普通に考えれば前者だ。

親が50歳で死ねば、子供は「若年層」のうちに相続する可能性が高い。だが、80歳まで生きられると、相続するときにほとんどの子供は「若年層」ではなくなってしまう。つまり記事の説明とは逆に「高齢化で若年層への資産移転は減る」。

※連載全体の評価はD(問題あり)。担当者の評価は以下の通りとする。

関口慶太(暫定D→D)
押切智義(暫定D)
野口和弘(Dを維持)
井川遼(暫定D→D)
森田淳嗣(暫定D)

※今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

なぜか「投資商品を売る側」から論じる日経「市場の力学」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_24.html

なぜか「投資商品を売る側」から論じる日経「市場の力学」

7日の日本経済新聞朝刊1面に載った「市場の力学~個人投資家のナゼ(中)読めぬ株より住宅ローン リスク嫌い 殻破れるか」という記事は、メディアの立ち位置を知る上で興味深かった。この記事で日経は「個人投資家」の側に立っているだろうか。それとも「投資商品を売る側」と同じ目線で、「どうやったら個人にもっと投資商品を買ってもらえるか」と考えているのだろうか。
阿蘇駅(熊本県阿蘇市) ※写真と本文は無関係です

まずは記事の前半を見ていこう。

【日経の記事】

1月下旬、サラリーマンで混み合う東京・新橋駅前で聞いてみた。「投資をしていますか?」

多かった答えは「家計の余裕がないから今は考えられない。住宅ローンの返済もあるし」。

家計金融資産に占める株式や投資信託の割合は米国では半分近いのに対し、日本では1割程度で多くは現預金。日本人はリスク投資に消極的ということを示すデータだ。

だが見方を変えれば景色も変わる。持ち家をリスク資産に含めて家計資産全体を計算し直すと、リスク資産は4割強。米国の5割強と大差ない

戦後、日本では経済成長とともに持ち家の保有比率が高まり、今や米国に並ぶ。半面、中古住宅市場が小さく、資金化は米国ほど容易ではない。「個人は不動産でリスクを取り、金融資産では流動性を重視し現預金を多く抱えてきた」(三菱UFJモルガン・スタンレー証券の芳賀沼千里氏)

住宅ローンは家計を圧迫する。貯蓄から負債を引いた純貯蓄は20~30代はマイナスで、40代でトントン。株式などに回す余裕に乏しいのが「投資意欲が低い」日本の個人の実像だ。60代では2千万円近い純貯蓄を持つがリスク志向は低くなる。

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不動産を含めた資産全体でリスク資産の比率を考える姿勢はいい。「持ち家をリスク資産に含めて家計資産全体を計算し直すと、リスク資産は4割強。米国の5割強と大差ない」とすれば、日本人は「リスク嫌い」とは言い切れない。「家計金融資産に占める株式や投資信託の割合は米国では半分近いのに対し、日本では1割程度」としても、不動産と合わせて考えれば、リスク資産を増やす必要性は乏しそうだ。

しかし、そういう話にはならない。記事は以下のように続く。

【日経の記事】

考え方が変わり始める兆しもある。

フィデリティ退職・投資教育研究所がサラリーマン1万人に実施した調査では、投資しない理由の首位は2016年時点で37%が挙げた「資金が減るのが嫌だから」。10年時点では「まとまった資金がないから」が48%で首位だったが、直近では29%に減った。「少額投資非課税制度(NISA)などの登場で、少ない資金でも投資できることが浸透している」と野尻哲史所長は分析する。

一橋大学の調査では、株式を保有する世帯に限れば、総資産に対する居住用不動産の比率が高いほど、金融資産に占める株式の比率も大きくなった。「投資経験があれば不動産とのリスク分散効果を考える傾向があるようだ」(祝迫得夫教授)

ここで問題。大和総研によると、株式を保有する世帯の割合が最も高い都道府県は東京都。では2位は?

答えは奈良県。16年に金融広報中央委員会が初めて実施した金融リテラシー調査で同県は金融知識が全国トップだった。「金融に関する知識の高さが、保有世帯割合の高さにつながっている」と森駿介研究員は見る。

「高校卒業までかかる学費は」――。最下位だった山梨県の高校では「金融出張教室」が開かれ、生活設計の立て方などを説明している。投資経験者の増加には金融知識の向上も欠かせない。

金融庁は昨年9月の「金融レポート」で「貯蓄から投資」としてきた表記を「貯蓄から資産形成」に変えた。「投資は怖いものというイメージがまだある」(関係者)との声があったからという。だが言葉を変えれば個人の意識が変わるというものでもないだろう。

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「個人にもっと株式を保有させるにはどうすればいいのか」との問題意識が前提としてあるようで、「投資経験者の増加には金融知識の向上も欠かせない」などと対策を訴えている。しかし、前提に疑問が湧く。
ゲント(ベルギー) ※写真と本文は無関係です

記事には「リスク嫌い 殻破れるか」との見出しが付いている。しかし、記事でも言及しているように、不動産を含めて考えれば日本人は「リスク嫌い」ではない可能性が高い。不動産購入では多くの場合、住宅ローンを組んでいる。言い換えれば、レバレッジを効かせて不動産に投資している。それを考慮すると、米国よりもリスク選好的と言えるかもしれない。

そんな状況でなぜ、「」を破ってさらに株式などのリスク資産に手を出す必要があるのか、記事では教えてくれない。「住宅ローンを抱えて投資余力が乏しい個人に、株式などをもっと買わせるにはどうしたらいいか」を証券会社などの立場で考えるような記事内容になっている。

証券会社や銀行に勤める人も読者の一部ではあるだろう。しかし、日経は業界紙ではないはずだ。朝刊1面で「個人投資家」を論じるならば、基本的には個人投資家の目線で話を進めるべきだ。「売る側」から見るなとは言わない。その場合は「売る側から見れば」などと断ってほしい。

今回のような記事の書き方だと、作り手の「潜在意識」のようなものが浮かび上がってしまう。金融機関などを取材するうちに、いつの間にか仲間意識が生まれてしまうのは理解できる。だからと言って「誰に向けて記事を書くのか」を忘れてよいわけではない。


※記事の評価はC(平均的)。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「お金のデザイン」が好きすぎる日経「市場の力学」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_53.html

2017年2月7日火曜日

これで「バブル」? 週刊エコノミスト「電池バブルがキター」

週刊エコノミスト2月14日号の特集「電池バブルがキター!」は悪くない出来だ。ツッコミどころは多くない。特集を担当した種市房子記者の能力は基本的に高いのだろう。ただ、満足できる内容だったかと言うと、物足りなさが残る。気になった点をいくつか挙げてみたい。
成田山公園(千葉県成田市) ※写真と本文は無関係です

まず「バブル」に見えない。特集の最初の記事に付いている「リチウム電池が急拡大 世界の車が電動化する」という見出しが示すように、「これから電池の需要が大きく伸びますよ」とは訴えている。ただ、経済記事で「バブル」と言うのであれば、「本来あるべき水準からかけ離れて需要が上向いている危険な状態」を描いてほしい。特集を読む限り、電池の需要拡大は「世界の車が電動化する」流れに沿ったもので、「バブル」としての危険な要素は感じられなかった。

さらに言えば、「バブル」と呼ぶには勢いがやや弱い。種市記者が書いた「リチウム電池が急拡大 世界の車が電動化する」という記事では、「電池バブル」を印象付けるために冒頭で日立化成を取り上げている。その書き出しを見てみたい。

【エコノミストの記事】

電池関連企業の業績が好調だ。日立化成は1月25日、2017年3月期連結の最終利益予想を395億円(前年同期比2.6%増)に上方修正した。従来予想は前年比9.1%減の350億円だったが、足元の好業績を反映して一転、増益となった。売り上げ増の中で目を引くのが、同社が世界トップシェアを誇るリチウムイオン電池用の負極材の伸びだ。足元の売上高は、前年同期比27%増だった。上方修正を好感して同社の株価は続伸し、発表から2日後の1月27日の終値は、1年前の1.9倍の3275円を付けた。

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電池バブルがキター!」と威勢よく走り出してみたものの、最初の事例は盛り上がりに欠ける。上方修正は「350億円」から「395億円」で大した金額ではない。しかも、上方修正しても前の期と比べるとわずか2.6%の増益。それまでは減益予想だったらしい。「この会社は本当に電池バブルの恩恵を十分に受けてるの?」と首をひねりたくなる。「リチウムイオン電池用の負極材」は「前年同期比27%増」とまずまずだが、全体の業績からは「バブル」を感じられない。

株価も同様だ。バブルであれば「業績予想の上方修正を受けて2日間で株価が50%も上がった」ぐらいの話が欲しい。しかし、「上方修正を好感して同社の株価は続伸」と書いているのに、なぜか上げ幅には触れていない。代わりに「1年前の1.9倍」となっている。これは怪しい。

調べてみると、業績修正後の2日間での上昇率は5%ほど。「これではインパクトに欠ける」と考えて「1年前」との比較で上昇率を大きく見せたのだろう。

業績に関しても、調べてみた。記事で言う「27%増」は、2016年10~12月期の売上高のようだ。ただし、「リチウムイオン電池用の負極材」を含む「無機材料」が日立化成の売上高に占める比率は5%に満たない。これでは、負極材の売り上げがかなり伸びても、全体の業績に与える影響は限定的だ。

結局、小さな話を大きく見せないと記事を作れなかったのだろう。だとしたら、「電池バブルがキター!」を素直に受け入れる気にはなれない。

ついでに細かい指摘をすると、「2017年3月期連結の最終利益」について、最初は「前年同期比」で説明し、次は「前年比」になっている。どちらも間違いではないが、統一した方が良い。

足元の売上高は、前年同期比27%増」という書き方も感心しない。「27%増」というかなり具体的な数字を出しているのに、その時期をなぜ隠すのか。16年10~12月期の数字ならば、そう書いた方がいい。文字数が大きく増えるわけでもない。


※特集全体の評価はC(平均的)。種市房子記者への評価はB(優れている)を据え置くが、弱含みではある。種市記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

事前報道に懐疑的な週刊エコノミスト種市房子記者に期待
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_12.html

不足のない特集 週刊エコノミスト「固定資産税を取り戻せ」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_6.html

一読の価値あり 週刊エコノミスト「ヤバイ投信 保険 外債」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/07/blog-post_20.html

2017年2月6日月曜日

週刊ダイヤモンド特集「子会社族のリアル」に感じる矛盾

週刊ダイヤモンド2月11日号の特集「誰も触れなかった絶対格差 子会社『族』のリアル」には、矛盾を感じさせる記事が載っている。大企業の子会社への就職は「安定」しているのか。それとも、いつ「転職市場に投げ出される」か分からない不安定なものなのか。
ブルージュ(ベルギー) ※写真と本文は無関係です

子どもの幸せを願う“親心”が後の悲劇の元凶となる!?」という記事では以下のように書いている。

【ダイヤモンドの記事】

基本的に、子会社の経営陣が親会社から降ってくるのは周知の通り。プロパー社員は最高でも部長止まりがほとんどで、“親”のブランドと安定した雇用と収入さえあればそれで満足だ、というなら、子会社は絶好の就職先だといえよう。

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これを読むと「子会社族=出世は望み薄だが雇用は安定している」と理解したくなる。しかし、次のページの「若手は飼い殺しを脱し 中高年もレールを外れろ」という記事では、全く異なる説明が出てくる。

【ダイヤモンドの記事】

昨今、子会社の整理・縮小や売却は日常茶飯事。「大企業の名前が付いた会社でそこそこ働ければいい」などと、安穏としていたら、ある日突然、転職市場に投げ出されることもあるのだ

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“親”のブランドと安定した雇用と収入さえあればそれで満足だ、というなら、子会社は絶好の就職先」いう話はどこへ行ったのか。「整理・縮小や売却は日常茶飯事」で、「ある日突然、転職市場に投げ出されることもある」就職先は、「安定」していると言えるのか。

子会社への就職をどう捉えるか、よく詰め切れないまま特集を作ってしまったようだ。さらに問題を感じたのが「モテないと嘆く子会社男子に合コン&婚活のプロが喝!」という記事だ。ここでは「結婚相手としての子会社男子の価値はいかほどだろうか」と問題提起しているものの、まともに答えを出さないまま話が脱線していく。

【ダイヤモンドの記事】
大分オアシスタワーホテル(大分市)※写真と本文は無関係です

さて、結婚相手としての子会社男子の価値はいかほどだろうか。婚活アドバイザーの植草美幸さんは、「女性が結婚を決めるとき、最終的に最も重視するのは、男性の“人間力”」と断言。「医者などの高スペックな男性でも、結婚に至らない例を山ほど見てきた」といい、「自分がモテないのは、人としての魅力がないから。それを勤務先のせいにしている間は、絶対結婚できない」と手厳しい。

さらに植草さんは「子会社だからモテないと愚痴る男性は、卑屈な上にプライドが高く、女性にとって一番イライラするタイプです」とバッサリ。モテない理由を他のものにすり替え、魅力的になる努力を一切していないのではないか。こういう男性を私は『他力本願男子』と呼んでいます」と、問題点を指摘する。

子会社男子が幸せな結婚をするための条件、それは「先ほども述べた、男性の“人間力”を磨くことです」と植草さん。人間力とは(1)包容力、(2)男らしさ、(3)情熱、の三つだと言い、特に(3)については「近年男性の草食化が著しい。とはいえ、女性は男性からのアプローチを望んでいます。このご時世、情熱や積極性をアピールするだけでも、他の男性をリードすることが可能です」と助言する。

女性はスペックだけで交際や結婚を決めるほど単純ではないし、高スペックな男性をうらやんでいるだけでは何も変わらない。まずはそれを踏まえ、スペック以外の要素を磨く努力をするのが、モテる男への第一歩だといえる。

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結婚相手としての子会社男子の価値はいかほどだろうか」と切り出しているのだから、それに対して何らかの答えを出してほしい。しかし「勤務先のせいにしている間は、絶対結婚できない」「子会社だからモテないと愚痴る男性は、卑屈な上にプライドが高く、女性にとって一番イライラするタイプ」などと、問いとは関係ない話が次々に出てくる。

女性が結婚を決めるとき、最終的に最も重視するのは、男性の“人間力”」「女性はスペックだけで交際や結婚を決めるほど単純ではない」といった見方が正しいとしても「結婚相手としての子会社男子の価値はいかほどだろうか」との問いに対する答えにはなっていない。「人間力」を最も重視しているからと言って、他の要素を無視するとは限らない。

特集では「子会社族」を論じているはずだ。なのに、その問題から逸れて「結婚相手を射止める上での心得」を説かれても、読む方としては納得できない。しかも、記事で列挙している「子会社男子が幸せな結婚をするための条件」は、全ての男性に当てはまりそうなものばかりだ。


※特集全体の評価はD(問題あり)。担当者への評価は以下の通りとする。

新井美江子(Dを維持)
清水量介(暫定C→暫定D)
竹田幸平(暫定D)
竹田孝洋(暫定C→暫定D)
野村聖子(暫定C→暫定D)


※今回の特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

最初は期待したが…週刊ダイヤモンド「子会社族のリアル」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_5.html