2017年8月31日木曜日

つみたてNISA対象投信「120本では不十分」と日経は示唆するが…

31日の日本経済新聞 朝刊金融経済面に載った「つみたてNISA対象投信 当初50本→120本に 運用業界、若年層開拓へ対応」という記事に引っかかる説明があった。記事は「積み立て型の少額投資非課税制度(つみたてNISA)の対象となる投資信託が120本になる見込み」と金融庁が発表したことを伝えるものだ。その後半に以下の記述がある。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

業界では当初「商売にならない」など強い不満があった。つみたてNISAは投資額が最大でも年40万円に限られているうえ、手数料率も低ければ、当面は利益が出ない可能性がある。

それでも対応を進めたのは、顧客の高齢化が進むなかで、若い世代を取り込んでいかなければ将来的に生き残りが難しくなるとの危機感があったからだ。新商品を38本投入し、既存投信16本は手数料を引き下げるなどした。ただ、対象となる投信が100本を超えたとはいえ、投信全体からみれば比率は2%と低い水準にとどまる。制度の普及には業界側の一段の対応が必要になる。


◎120本では足りない?

疑問に思ったのは「対象となる投信が100本を超えたとはいえ、投信全体からみれば比率は2%と低い水準にとどまる。制度の普及には業界側の一段の対応が必要になる」との解説だ。対象となる投信は120本では足りないのだろうか。例えば「120本のうち110本はTOPIX連動のインデックス投信」という場合、偏り過ぎかなとは思う。だが、ある程度の多様性があれば、120本で十分ではないか。

制度の普及」に向けては投資家にとって魅力的かどうかを考える必要がある。対象の投信が投信全体の何%に当たるかといった問題は「業界」にとっては重要かもしれないが、投資家からすればどうでもいいことだ。

投信全体から」見た比率が2%(120本)から20%(1200本)になったとしても、「これで制度の普及が進みそうだな」とは感じない。適正な本数を明確に決められるわけではないが、120本は悪くない気がする。

制度の普及には業界側の一段の対応が必要になる」と記者が信じるのであれば、別の機会で構わないので「なぜ投信全体の2%に当たる120本では制度普及のために不十分なのか」を論じてほしい。


※「つみたてNISA対象投信 当初50本→120本に 運用業界、若年層開拓へ対応
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170831&ng=DGKKASGC30H06_Q7A830C1EE9000

※記事の評価はC(平均的)。

2017年8月30日水曜日

週刊ダイヤモンド松本裕樹記者の三井物産特集に疑問あり

週刊ダイヤモンド9月2日号の特集「“三位物産”返上なるか 三井物産 安永改革の前途」は全体の出来としては平均的だ。ただ、「安永竜夫(三井物産社長)インタビュー~数字重視の攻めの組織へ 非資源強化は結果で示す」というインタビュー記事の中に引っかかる発言があった。安永社長が分かっていないのか、筆者である松本裕樹記者の書き方に問題があるのか--。以下のくだりを読んで、「毎週火曜朝に行っていた経営会議を月曜朝に変更したこと」が「攻めるための時間をつくる」かどうか考えてみたい。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 
       ※写真と本文は無関係です


【ダイヤモンドの記事】

──二つ目の「攻め」の強化についての取り組みは。

最も重視したのは攻めるための時間をつくること。そのために社内の無駄な報告や会議をどんどん減らしてきました。

例えば、従来、投資案件などの意思決定は、部長レベルの個別案件審議会から取締役会まで4段階あった。これを、会議の在り方を見直して3段階に減らしました。

また、毎週火曜朝に行っていた経営会議を月曜朝に変更したことで、社員が休日返上で月曜までに会議資料を作成することがなくなるとともに、役員も月曜午後からは外に出られるようになりました


◎「攻めるための時間」は増えないような…

投資案件などの意思決定」の簡素化は分かる。だが、「経営会議」の曜日変更は「攻めるための時間」を増やすとは思えない。例えば、経営会議のために10人の社員が毎週1人当たり10時間をかけているとしよう。会議が月曜であろうと火曜であろうと、これらの社員が経営会議のためにかける時間は変わらないはずだ。であれば「攻めるための時間」を増やす効果は期待できない。

月曜朝に変更」すると「社員が休日返上で月曜までに会議資料を作成することがなくなる」というのも素直には受け入れがたいが、仮にそうだとすると「攻めるための時間」は逆に減るのではないか。

社員は従来、平日に5時間、休日に5時間かけて「会議資料を作成」していたとする。経営会議が月曜になって平日10時間、休日0時間に変わると、平日の「攻めるための時間」は当然に減りやすくなる。休日出勤もなくなる前提であれば全体としての「攻めるための時間」も少なくなりそうだ。平日の残業で対応する手はあるが、「攻めるための時間」が増えそうな感じはない。

休日出勤が減るのは歓迎すべきだ。ただ、「経営会議を火曜から月曜に移すと社員にとって『攻めるための時間』が増える」と安永社長が本気で信じているのならば怖い。

筆者の松本記者が安永社長の発言を正確に伝えられていない可能性も残る。本当に安永社長が記事の通りの発言をしたのならば、松本記者には「『攻めるための時間』が増えると本気で思っているのですか?」とは聞いてほしかった。


※今回取り上げた特集「“三位物産”返上なるか 三井物産 安永改革の前途
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/21089

※特集の評価はC(平均的)。松本裕樹記者への評価は暫定D(問題あり)から暫定Cへ引き上げる。

2017年8月29日火曜日

毎日は加戸氏を「徹底的に無視」? 櫻井よしこ氏の誤解

久しぶりに櫻井よしこ氏を取り上げてみたい。書き手としての評価は既に定まっているし、経済記事の書き手とは言えないので、普段はほとんど注目していない。久しぶりに読んだ記事の中に「本当かな」と思える記述があったので、記事を載せた週刊ダイヤモンドと、櫻井氏個人のホームページに、ほぼ同じ内容の問い合わせを送っておいた。ここでは、ダイヤモンドへの問い合わせを紹介したい。
豪雨被害を受けた「あさくら堂」(福岡県朝倉市)
            ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

櫻井よしこ様 週刊ダイヤモンド編集部担当者様

櫻井様が9月2日号に寄稿された「オピニオン縦横無尽~反安倍政権の偏向報道続く大手メディア 注目される沖縄ローカル紙の本島進出」という記事についてお尋ねします。

記事では「知事を三期一二年務めた加戸氏は国家戦略特区制度の下で獣医学部新設を申請した加計学園の問題の、当事者である。氏は国会閉会中審査で三度、参考人として証言し、同問題に安倍晋三首相が介入していなかったこと、介入の余地は全くなかったことを、申請経過を辿りながら明快にした」と述べた上で、「地上波テレビ局のニュース番組やワイドショー番組、『産経』『読売』を除く大手新聞、とりわけ『朝日』『毎日』『東京』などは、氏を徹底的に無視した」と断定しています。

これを信じれば、前愛媛県知事の加戸守行氏が国会閉会中審査の場で加計学園の問題に関して「安倍晋三首相が介入していなかった」と訴えたことを毎日新聞は一度も報じていないはずです。

しかし「岡山・加計学園~獣医学部新設問題 閉会中審査 『記憶にない』20回 政府側、説得力欠く」(7月25日 大阪朝刊)という記事では「『首相にぬれぎぬ』 前愛媛知事、正当性訴え」という中見出しを立てて以下のように記しています。

<毎日の記事>

24日の衆院予算委には、愛媛県の加戸守行前知事も出席し、手続きの正当性を訴えた。加戸氏は「首相にあらぬぬれぎぬがかけられている」と切り出し、同県が長年、学園都市構想実現のために誘致に取り組み、手を挙げてくれたのが加計学園だったと力説した。

「東京から乗り込んで来た獣医師会の方々が学園の悪口をぼろくそ言うから、『あなたのところで(学部を)作っていただけるならいつでも喜んでお受けします』と言ったが、なしのつぶて」と皮肉った。

◇  ◇  ◇

これでも毎日に関して「加戸氏を徹底的に無視した」と言えるでしょうか。上記の記事を見る限り、「きちんと加戸氏の言い分を伝えている」と評価してもいい内容です。

報道量は読売や産経より少ないのかもしれません。しかし「徹底的に無視」しているとは思えません。少なくとも毎日に関して「氏を徹底的に無視した」との説明は誤りではありませんか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。


--問い合わせは以上。

こちらの事実関係の認識に誤りがない場合、ダイヤモンド・櫻井氏側としては「報道が極端に少なかったことを『徹底的に無視した』と表現しました」といった弁明が考えられる。だが、わずかでも報道していれば「徹底的に無視」には当たらない。回答が返ってくるかどうか微妙だが、あれば紹介したい。

追記)結局、回答はなかった。
豪雨で橋が流されたJR久大本線(大分県日田市)
          ※写真と本文は無関係です

ついでにもう1つ指摘しておきたい。櫻井氏は「大手メディア」の「偏向報道」を厳しく批判しているが、「そんな資格あるのかなぁ…」と思える記述が今回の記事の最初に出てくる。

【ダイヤモンドの記事】

前愛媛県知事の加戸守行氏の知名度はネットの世界では極めて高い。その風貌、佇まいに「上品なお爺さん」「正論を言う人」など多くのコメントが寄せられている。



◎これも「偏向」では?

嘘は書いていないのだろう。だが、毎日の報道が「偏向」に当たるのならば、櫻井氏の記事の書き方も「偏向」の誹りを免れない。

櫻井氏の記事を読むと「ネットの世界」では加戸氏への好意的な意見ばかりのような印象を受ける。だが、少し覗いただけでも、そんな一方的なものではないと分かる。「偏向」を厳しく批判するのならば、自らの「偏向」も極力排除してほしい。


※今回取り上げた記事「オピニオン縦横無尽~反安倍政権の偏向報道続く大手メディア 注目される沖縄ローカル紙の本島進出
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/21113

※記事の評価はD(問題あり)。櫻井よしこ氏への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。櫻井氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

スイスの徴兵制は60歳を超えてから?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/05/blog-post_27.html

櫻井よしこ氏の悲しすぎる誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_90.html

櫻井よしこ氏への引退勧告
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_6.html

櫻井よしこ氏のコラム 「訂正の訂正」は載るか?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_10.html

櫻井よしこ氏へ 「訂正の訂正」から逃げないで
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_16.html

櫻井よしこ氏 文章力でも「引退勧告」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_19.html

田中博ダイヤモンド編集長へ贈る言葉 ~訂正の訂正について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_22.html

手抜きが過ぎる櫻井よしこ氏  ダイヤモンド「縦横無尽」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_19.html

週刊ダイヤモンドの記事 誤り認めた櫻井よしこ氏を評価
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_11.html

週刊ダイヤモンド「縦横無尽」で櫻井よしこ氏にまた誤り?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_7.html

週刊ダイヤモンドで再びミス黙殺に転じた櫻井よしこ氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_17.html

2017年8月27日日曜日

日経「野菜卸値高値続く」は“東京目線”が強すぎる

東京で記事を書いていると、どうしても“東京目線”が強くなりがちだ。しかし、東京とは全く事情が異なる地域も当たり前に存在する。全国の読者に届ける記事ならば「全国的にはどうか」という視点が欠かせない。26日の日本経済新聞朝刊企業1面に載った「野菜卸値高値続く キュウリ・レタス…日照不足で」という記事には、その視点が感じられなかった。
九州北部豪雨後のJR日田彦山線(大分県日田市)
       ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

日照不足による野菜の高値が続いている。8月中旬時点の東京市場の平均卸価格は、キュウリやレタスなどが上旬に比べ軒並み上昇した。産地での病害や生育遅れで、市場の入荷量が減少している。

キュウリは1キロ310円と28%高かった。福島県などの産地で病害が発生し入荷量が減った。レタスは同114円と上旬に比べ13%上昇した。「日照不足で傷みが目立つ」(青果卸)

ピーマンは同386円と15%高い。主産地の岩手県で生育が遅れ、入荷量の減少が響いた。キャベツも同90円と50%高い。

今週に入っても主な野菜の卸価格は上昇している。東京・大田市場の25日の卸値はキュウリが1週間前に比べ5%上昇するなど、高値の品目が目立つ。

スーパーでは販売手法を見直す動きが目立つ。袋詰めの代わりに1個売りを増やすといった対応で単価を抑える工夫をしている。

9月ごろから学校給食が始まるため「店頭価格も一段と上昇する可能性がある」(都内スーパー)との見方が出ている。


◎首都圏経済面の記事なら…

これが首都圏経済面の記事ならば分かる。全国一律の企業面でこれはないだろう。価格情報は東京のみ、産地を含めても東日本の話だ。全国的に日照不足が続いている訳でもないのに「日照不足による野菜の高値が続いている」と冒頭から言い切ってしまうところに“東京目線”が出ている。

ちなみに23日のNHKの「天候不順で野菜の小売価格も上昇」という記事では冒頭で以下のように伝えている。

【NHKの記事】

北日本や関東で長雨や日照時間の短い状態が続いた影響で、スーパーなどでの野菜の小売価格が先週、値上がりし、きゅうりやトマトは平年より1割以上高くなっていることが農林水産省の調べでわかりました。

北日本の太平洋側や関東では、先月下旬ごろからぐずついた天気となる日が多く、日照時間が平年を大幅に下回ったり気温が低くなったりして、一部の野菜で生育や収穫作業に遅れが出ています。

◇   ◇   ◇

これならば「北日本や関東」以外に住んでいても全国配信のニュースとして素直に受け取れる。日経の記事だと「書いている記者は日本中どこも日照不足だと思っているんじゃないのか」と疑いたくなってしまう。

ついでに言うと「9月ごろから学校給食が始まるため『店頭価格も一段と上昇する可能性がある』(都内スーパー)との見方が出ている」という最終段落の説明はよく分からなかった。学校給食が始まるとスーパーの店頭価格が上がりやすくなるのか。学校給食用に野菜が取られるとしても、その分は家庭用の需要が減るので、全体の需要に大きな変化は起きない気がする。

何らかの理由で「学校給食が始まると野菜の需要が全体として増える」という関係が成り立つのかもしれないが、そこは仕組みを説明してくれないと困る。


※今回取り上げた日経の記事「野菜卸値高値続く キュウリ・レタス…日照不足で
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170826&ng=DGKKZO20422230V20C17A8TJ1000

※記事の評価はD(問題あり)。

2017年8月26日土曜日

「長期投資家が動かない理由」で日経 宮川克也記者に異議

26日の日本経済新聞朝刊マーケット総合2面に載った「ポジション~ファンド、REITを翻弄 投信決算の隙狙い短期売買 長期投資家は様子見姿勢」という記事に納得できない説明があった。見出しで言えば「長期投資家は様子見姿勢」 の部分だ。筆者の宮川克也記者によると、REIT相場は明らかに割安なのに「長期投資家たちは動こうとしない」らしい。そんなことがあり得るだろうか。
九州北部豪雨後の「菱野の三連水車」(福岡県朝倉市)
           ※写真と本文は無関係です

記事では以下のように説明している。

【日経の記事】

東証REIT指数の予想分配金利回り(加重平均)は4.1%と約4年ぶりの高い水準にある。「明らかに割安」(フィデリティ投信の村井晶彦ポートフォリオマネージャー)だが、需給主導の相場を嫌って長期投資家たちは動こうとしない


◎「需給主導の相場」を嫌う理由ある?

REITで運用する毎月分配型投信の人気低下が響き、『投信発の売り圧力』が強まる。そんな需給の弱さが表れやすい毎月分配型投信の決算日前後を狙って、ファンド勢が短期的な売買を仕掛けている」のが最近のREIT市場だと宮川記者は解説する。

REIT相場は「明らかに割安」な水準まで下げているとしよう。この時に「需給主導の相場を嫌って」長期投資家が買いに動かないのは、明らかに非合理的だ。

長期的な視点で投資するのだから、短期的に「不動産投資信託(REIT)相場をヘッジファンドが振り回している」としても気にする必要はない。「毎月分配型投信の人気低下」で投信からREITの売りが出やすくなるのは一時的現象なので、「明らかに割安」なところで買いを入れたら後はのんびり待てばいい。いずれは相場が適正水準へと回帰して利益を得られるはずだ。

長期投資家が基本的には合理的に行動すると仮定すれば、「動こうとしない」理由は「明らかに割安」とは判断していないからだろう。

宮川記者には自分が投資家になったつもりで考えてほしい。REITに長期投資しようと検討していて、適正価格1口100円と見ているREITが80円以下の水準で乱高下している。値動きが激しいのは一時的な要因によるものだ。乱高下が収まるのを待っていたら価格は100円に戻ってしまうかもしれない。この時、買いに「動こうとしない」選択を正当化できるだろうか。


※今回取り上げた記事「ポジション~ファン日本経済新聞朝刊マーケット総合2面に載った「ファンド、REITを翻弄 投信決算の隙狙い短期売買 長期投資家は様子見姿勢
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170826&ng=DGKKZO20413190V20C17A8EN2000

※記事の評価はC(平均的)。宮川克也記者への評価はCで確定とする。

2017年8月25日金曜日

良い意味で日経らしくない中村結記者の「日銀ウオッチ」

「日本経済新聞のコラムで最も評価しているのは?」と問われたら夕刊の「日銀ウオッチ」を挙げたい。筆者はかなりの人数になるが、誰が書いても外れの記事は少ない。批判精神も随所に感じられる。ほとんどが読む価値のある記事に仕上がっている。
九州北部豪雨後のJR日田彦山線の陸橋(福岡県東峰村)
            ※写真と本文は無関係です

24日のマーケット・投資2面に中村結記者が書いた「ETF大量買いの功罪」という記事も好感が持てた。日経のマーケット関連記事は株価に関して「上げ賛成」の内容が目立つ。そんな中で日銀のETF買いに批判的な視点から記事を書いているのは良い意味で意外だった。中村記者はおそらく経済部の記者で、株式市場を担当する証券部の記者とはポジションが異なるのだろうが、それでも評価に値する。

とは言え、若干の注文はある。まずは記事の前半を見ていこう。

【日経の記事】

「あんなに大量になってしまって、どうやって売るんだろうか」。為替ディーラー歴40年超の男性がこうつぶやいた。「大量」とは日銀の上場投資信託(ETF)買いだ。日銀が購入をやめるか売却に動けば円相場への影響も必至だ。円高、円安のどちらに動いても取引機会にはなるが、株式市場の「官製相場」には強い違和感を覚えるという。

日銀がETFの保有残高増加ペースを年間3兆3千億円から6兆円へと引き上げてから1年。表だった批判が目立ってきた。8月は北朝鮮リスクやトランプ政権のつまずきで米株に続いて日本株も下落する日が続いた。「午前に値下がりすると買う法則」と認識されている日銀の月間買い入れ額は今年最大だ。日銀の存在感は高まっている。

日銀のETF買いは「リスクプレミアムを下げるため」とされる。ニッセイ基礎研究所の井出真吾氏は「投資家を楽観的にさせて株価を上げ、消費などを促して物価上昇率を高める」と解きほぐす。確かに日経平均株価の上昇を促して市場の雰囲気を明るくし、2万円への道筋を作った。だが井出氏は「6兆円に増やしてから異論が増えた。やめるなら今」と主張する。

日本株ヘッジファンドの運用担当者も「百害あって一利なし」の立場。市場の価格決定機能は薄れ、上がりも下がりもしづらい相場が続く。日経平均株価の値幅は7月、31年ぶりの小ささだった。


◎ETF買い、やめた時の影響は?

まず細かい話から。「表だった」は「表立った」と表記した方が好ましい。「表だった」だと「(裏ではなく)表だった」とも取れるので、「表立った」の方が読者を迷わせる余地がない。
九州北部豪雨で被害を受けた「三連水車の里あさくら」
   (福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

本題に戻ると、「ニッセイ基礎研究所の井出真吾氏」の「やめるなら今」はもう少し詳しく解説してほしかった。「やめる」とは新たなETF買いを「やめる」との意味だと思うが、「ETFの保有をやめる(ETFを売却する)」とも解釈できる。この辺りは明確にしたい。

なぜ「」なのかの説明も欲しい。文脈から判断すれば「6兆円に増やしてから異論が増えた」からだろう。そして「6兆円に増やしてから」は1年だ。「異論が増えてから1年経つので、やめるならば今」だと、まともな説明にはなっていない。井出氏もこんな理由で「やめるなら今」と訴えている訳ではないだろう。

別の機会でも構わないので、中村記者には「日銀が今ETF買いをやめたらどうなるのか」を論じてほしい。個人的には「株価が暴落してもいいから、ETF買いはやめて、保有分も急いで売却すべきだ」と思っている。記事の内容から判断すると、中村記者も日銀のETF買いには懐疑的なはずだ。その立場から鋭い分析記事を書ける日経の記者は多くないはずだ。ぜひ中村記者に頑張ってほしい。


※今回取り上げた記事「日銀ウオッチETF大量買いの功罪
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170824&ng=DGKKASDF23H13_T20C17A8ENK000

※記事の評価はB(優れている)。中村結記者への評価も暫定でBとする。

2017年8月24日木曜日

「不祥事頻発」の分析が怪しい週刊ダイヤモンドの自衛隊特集

週刊ダイヤモンド8月26日号の特集「自衛隊 防衛ビジネス 本当の実力」は、全体として悪い出来ではない。ただ「Part 2~スキャンダル組織 自衛隊&防衛省の秘密」の最初の記事に関しては、内容を素直に信じる気になれなかった。
九州北部豪雨で橋が流されたJR久大本線(大分県日田市)
           ※写真と本文は無関係です

まず「スキャンダル組織」という前提が怪しい。「自衛隊・防衛省では、なぜ不祥事が繰り返されるのか」と問題提起しているが、個人的には「自衛隊&防衛省」に不祥事が多いとは感じていない。特集でも「日報問題」ぐらいしか触れていない。

20万人以上の組織だから、「不祥事」は数多くあるだろう。だが、「スキャンダル組織」とまで言うのならば、具体的な根拠を示してほしかった。せめて、最近の不祥事一覧ぐらいは載せてほしい。

不祥事を繰り返す理由について取材班は「異なる背景を持った『防衛七族』が常に権力闘争を繰り広げているからだ」と断定する。これも説得力に欠ける。記事の一部を見てみよう。

【ダイヤモンドの記事】

防衛七族──。防衛省・自衛隊は、(1)政治任用ポスト(大臣など)、「背広組」の(2)事務官・(3)技官・(4)教官、「制服組」の(5)陸・(6)海・(7)空の自衛官とそれぞれ異なる「族」で構成される。これだけ異なる背景を持った者同士が同じ組織にいればもめ事が起こらないわけがない


◎もめ事が起きると「不祥事」を繰り返す?

異なる背景を持った者同士が同じ組織にいれば」必ず「もめ事」が起きやすくなるとは思わないが、取りあえず受け入れてみよう。だが、「もめ事」は起きても問題ない。むしろ起きた方がいいとも言える。多様な考え方が存在し、異なる意見がぶつかり合うのは望ましいことだ。それを「不祥事」と単純に結び付けるのは短絡的ではないか。
九州北部豪雨後の朝倉光陽高校(福岡県朝倉市)
       ※写真と本文は無関係です

それに、自衛官が暴行容疑で逮捕されるといった類の「不祥事」に「防衛七族」の「権力闘争」は関係あるのか。記事で言う「スキャンダル」「不祥事」に暴行事件などは入らないのかもしれないが、だとすると何を以って「スキャンダル」「不祥事」と言うのか疑問が残る。

そもそも本当に取材班が言うような「権力闘争」が繰り広げられているのだろうか。記事の最後では以下のように書いている。

【ダイヤモンドの記事】

防衛省・自衛隊では、本省と統陸海空の4幕僚監部、防衛装備庁も含めた覇権争いが、日々繰り広げられている



◎防衛装備庁も覇権を目指す?

記事の説明を信じれば、「防衛装備庁」も「防衛省・自衛隊」の覇権を握ろうと権力闘争を続けているのだろう。「違う」と言える根拠を持っているわけではないが、「本当なのかなぁ」とは思う。例えば「防衛七族」の1つである「教官」が覇権を握って「政治任用ポスト(大臣など)」や陸海空の自衛隊を支配するといった事態も十分にあり得るのだろうか。そもそも、今は「防衛七族」と「統陸海空の4幕僚監部、防衛装備庁」の中で、どこが覇権を手にしているのか。色々と疑問が浮かぶ。

結局、「この記事はあまり信用しない方がいい」と結論付けるのが妥当だろう。


※今回取り上げた特集「自衛隊 防衛ビジネス 本当の実力
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/21047

※特集全体の評価はC(平均的)。担当者らの評価は以下の通りとする。

浅島亮子副編集長(暫定D→暫定C)
新井美江子記者(D→C)
千本木啓文記者(暫定D→暫定C)
秋山謙一郎記者(暫定C)
大西一史記者(暫定C)

2017年8月23日水曜日

「ルール無し」という前提が誤り 日経「イノベーションとルール」

日本経済新聞朝刊1面で連載している「イノベーションとルール」が予想通りに苦しい展開になっている。23日の第2回「未知との遭遇、その時 『お上が決めて』脱却を」では
ルールが無かった新たなサービスを始めたいとしよう。どうするか」と問題提起をしているが、具体例として取り上げている「ライドシェア」に関して「ルールが無かった」とする前提が間違っている。
九州北部豪雨後の大肥川(大分県日田市)
     ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

ルールが無かった新たなサービスを始めたいとしよう。どうするか

まずは試して、法整備はその後。米ウーバーテクノロジーズはこうして約80カ国・600都市以上にサービスを広げてきた。シンガポールは一般人がライドシェアの運転手になれる免許を7月に導入。マレーシアでも同月にライドシェアを合法化する法律が成立した。

日本は自家用車での有償運送を原則認めない。未知のビジネスと遭遇したら、まず法整備を議論する。根底には法律に対する考えの違いがある。日本は細かい規則を定める成文法の国。英米は細則は定めず、何かあれば裁判で判断する判例法を使う。「一般に英米型の方が、明確に合法と書かれていない事業にも企業は踏み出しやすい」と中町昭人弁護士は話す。


◎ライドシェアには「ルールが無かった」?

ライドシェアは「ルールが無かった新たなサービス」と言えるだろうか。サービスの基本は「自家用車での有償運送」だ。そして記事では「日本は自家用車での有償運送を原則認めない」と書いている。「ルールが無かった新たなサービス」というより「既存のルールに抵触する新たなサービス」と考える方が自然だ。

なので「『お上が決めて』脱却を」と訴える事例にはなり得ない。事業者が「まずは試して」と考えても、法律で禁じられていれば、法改正を「お上が決めて」くれるのを待つしかない。取材班では「法律を無視して、まずは試してみろ」とでも言いたいのだろうか。


※今回取り上げた記事「イノベーションとルール(2)未知との遭遇、その時 『お上が決めて』脱却を
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170823&ng=DGKKZO20274000T20C17A8MM8000

※記事の評価はD(問題あり)。

東洋経済に載った木内登英氏のインタビュー記事が興味深い

週刊東洋経済8月26日号に載った「ニュース最前線02~2%物価目標が間違い 日銀は出口戦略示すべき」というインタビュー記事は興味深い内容だった。「民間エコノミスト出身の審議委員」として「日本銀行の金融政策決定で反対意見を述べてきた」木内登英氏(現・野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト)に大崎明子記者が話を聞いている。木内氏の話は納得できるものばかりだった。
九州国際重粒子線がん治療センター(佐賀県鳥栖市)
            ※写真と本文は無関係です

日銀の金融政策の「問題点はどこにあるのか」との問いに対し、木内氏は以下のように答えている。

【東洋経済の記事】

目標設定の仕方自体が間違っていた。

金融政策の役割とは、日本銀行法のとおり、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」こと。つまり、最終目標は日本経済を安定成長させ、国民の生活をよくすることだ。この点が忘れられ、「物価目標至上主義」に陥ったことが問題だった。

◇   ◇   ◇

その通りだ。「物価の安定」が重要だとしても、物価上昇率が2%である必要はない。0%や1%の方が「物価の安定」という意味では好ましいとの見方もできる。

なのに、国債市場の価格決定機能を失わせた上に、金融政策の正常化を難しくするリスクを取ってまで、2%にこだわる意味はない。木内氏が言うように「『2%』に固執すると、達成のために政策が長期化する、あるいは政策を拡大させることになる」。

2%という数字に市場は懐疑的だ」との大崎記者の問いには木内氏はこう返している。

【東洋経済の記事】

(中略)国によって差があるが、日本では成長期待が物価を左右する度合いが強い。1980年代から潜在成長率が下がるにつれインフレ率も低下。日本のインフレ率は現在ゼロ〜1%で安定している。日本の潜在成長率は年1%未満なので、今のインフレ率とは整合性がある。「デフレがしみ付いている」というのは間違い。「デフレ脱却」とは、安倍晋三政権が仮想敵を作って求心力を高めるための政治的スローガンにすぎない。

◇   ◇   ◇

これもその通りだ。個人的な生活実感としても物価は下がっていないし、消費者物価指数を見てもそうだ。一般の生活者にデフレ心理は染み付いていない。日銀の「生活意識に関するアンケート調査(2017年6月)」を見ると、「1年後の物価」に関して上昇予想が75.4%で、下落予想はわずか2.4%だ。「インフレ心理が染み付いている」と言った方がいい。消費者物価指数と生活者意識の両面から見ても、「脱却」すべき「デフレ」は見当たらない。
九州北部豪雨後の朝倉光陽高校周辺(福岡県朝倉市)
             ※写真と本文は無関係です

「日銀の審議委員にもちゃんとした人がいたのだな」とは思う。ただ、「黒田東彦総裁就任後、しばしば総裁の提案に反対票を投じた」木内登英氏と佐藤健裕氏が「7月に任期満了で退任した」して反対派がいなくなったとも言われており、おかしな金融政策はさらに続くのだろう。そう考えると気が重くなる。

木内氏に関しては野村総合研究所に戻ってエコノミストを続けるらしいので、東洋経済でも重用してほしい。この人の分析には耳を傾けたい。


※今回取り上げた記事「ニュース最前線02~2%物価目標が間違い 日銀は出口戦略示すべき

※記事の評価はB(優れている)。大崎明子記者への評価も暫定でBとする。

2017年8月22日火曜日

日経1面「イノベーションとルール」の不安な出だし

日本経済新聞朝刊1面で「イノベーションとルール」という連載が始まった。22日の第1回「新技術は草刈り場 法と現実の乖離『商機』」の中身はかなり苦しい。材料が乏しいのに強引に連載に踏み切ったのではないかとの疑念が浮かぶ。
新鳥栖駅(佐賀県鳥栖市) ※写真と本文は無関係です

最初の事例からも、ある種のごまかしが見え隠れする。

【日経の記事】

「当社の新たな象徴になる」。7月、独自動車大手アウディのルペルト・シュタートラー社長は胸を張った。新型車「A8」は世界初の高度な自動運転機能を搭載。時速60キロメートル以下などの条件で人工知能(AI)を含むシステムが運転を担う。

日本でも先行車の自動追従や衝突回避の自動ブレーキなどは実用化済みだが、運転責任はあくまで人だドイツは5月に道路交通法を改正。「運転者が遅滞なく運転を引き受けられる場合」はシステムによる走行を可能にした。ドイツ車は実用技術を蓄積できる。


◎ドイツは運転者に責任なし?

日本について「運転責任はあくまで人だ」と書いた後に「ドイツは5月に道路交通法を改正」と出てくると「ドイツでは自動運転車に関して人が運転責任を問われないように法改正したのか」と思ってしまう。しかし、その後には「『運転者が遅滞なく運転を引き受けられる場合』はシステムによる走行を可能にした」と述べているだけだ。これだと「遅滞なく運転を引き受け」るべき「運転者」が「運転責任」を負っていると思える。

ドイツでも「運転責任はあくまで人だ」とすると、日独で大きな違いはなくなる。記事によれば日本でも「先行車の自動追従」は「実用化済み」らしい。だとすると5月に「システムによる走行を可能にした」ドイツは言うほど先進的ではない。

初回の記事で最初に出てくる事例がこれほど苦しいと、連載の第2回以降が心配になってくる。テーマ自体これまで何度も紙面で取り上げてきたものなので、事例と切り口の両方で苦労しそうだ。


※今回取り上げた記事「イノベーションとルール(1)新技術は草刈り場 法と現実の乖離『商機』
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170822&ng=DGKKZO20224710S7A820C1MM8000

※記事の評価はD(問題あり)。

2017年8月21日月曜日

「回転ドアで政治家の質向上」? 日経 芹川洋一論説主幹に問う

21日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に芹川洋一論説主幹が書いている「核心~なぜ政治家は劣化したか 『回転ドア』で質の向上を」という記事には「本当に劣化しているのか」「『回転ドア』は質の向上につながるのか」との疑問が残った。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

まず「本当に劣化しているのか」について考えてみたい。本来ならば、例えば刑事事件で摘発された議員数といった客観的なデータに基づいて論じたいところだ。しかし、記事で語られるのはかなり漠然とした話だ。

【日経の記事】

政治の世界をみていると、出てくるのはお粗末な話ばかりである。

自民党内では2012年の衆院選で初当選した「魔の2回生」といわれる議員をはじめとして、ワイドショーをにぎわす不祥事が次から次へと発覚。離党、釈明会見……と目をおおわんばかりだ。

抜てきされた女性の防衛相もむざんな辞め方を余儀なくされた。改造内閣でも初入閣の閣僚が「役所の原稿を朗読する」と口走り説明を迫られるなど情けないありさまだ。


◎単純に「劣化」で片づけられる?

離党、釈明会見」や「(閣僚の)むざんな辞め方」は昔から当たり前にあった。「そんなことはない。最近はすごく増えている」と芹川論説主幹が信じるのならば、その根拠を示してほしかった。
九州北部豪雨後の九州横断自動車道(福岡県朝倉市)
       ※写真と本文は無関係です

いつと比べての「劣化」なのか明示していないのも気になったが、「激しい権力闘争を繰りひろげていた昭和の政治家には良しあしは別に貫く棒のようなものがあった」と述べているので、芹川論説主幹としては「昭和の政治家」を比較対象にしているのだろう。

だが、「昭和の政治家」の方が立派だったとは言い切れない。時代の変化が「劣化」しているように見せている面もあるからだ。秘書に対する女性議員の暴言が問題となったが、この件を受けて「昔の政治家で秘書に暴言を吐く者は少なかったのに、最近は目立って増えてきた」と考えるべきだろうか。暴言に対する社会の姿勢が厳しくなり、さらにはICレコーダーという「昭和」にはなかった機器が使えるようになったから大きな問題になったのではないか。

昭和」の頃は「経済一流、政治は三流」とよく言われた。「経済一流」が怪しくなってきたので最近はほとんど耳にしない。この「政治は三流」の時代を芹川論説主幹が必要以上に「昔は良かった」と振り返っている印象は受けた。事情はもう少し複雑な気がする。

さて、政治家の「劣化」を受けて、芹川論説主幹が提案するのが「回転ドア」だ。記事では以下のように書いている。

【日経の記事】

戦争の経験がなく、貧しさも知らず、イデオロギー対立とも無縁の中で育ってきた純粋培養の政治家に過去を押しつけても仕方がない。肝心なのは政治家の劣化を食いとめるにはどうするかの方法論である。

ひとつの方法は外部の血をいれることだ。公務員から国会議員になり、また公務員に戻るのを認める休職制度を設けている国がある。

国立国会図書館の調べによると、ドイツやフランスは法律で定めており、オーストリアは憲法で明文化している。

外から政治の世界に入り、また元に戻る「回転ドア」の制度化は考えていい。


◎「劣化の理由」と整合しないような…

政治家の「劣化の理由」として芹川論説主幹は「議員の属性」「選挙制度」「議員の教育」の3つを挙げ、「選挙制度」のところで「1993年の衆院選が最後の中選挙区を知る議員は異口同音に、小選挙区でどんどん交代する議員のあり方に疑問を投げかける」と書いている。
国立病院機構大分医療センター(大分市)
          ※写真と本文は無関係です

小選挙区でどんどん交代する」のが好ましくないのに「回転ドア」を制度化して「劣化」を防げるのか。「回転ドア」制度が広く利用された場合、「どんどん交代する」をさらに加速させるだけだろう。

議員の属性」の説明ともあまり整合しない。

【日経の記事】

自民党は候補者の選定で公募を原則にしている。政治のアマチュアにも門戸を開き、広く人材を求めるやり方は間違っていない。

一般公募の場合「高学歴・留学経験・専門職」が選ばれるケースが目立つという。選抜する都道府県連の幹部は、コンプレックスもあってどこかスマートな印象で選んでしまうらしい。ところが当選すると「地方議員に会おうとしない。あいさつしない。地元を回ろうとしない」と、ある政府高官は手厳しい。


◎「公務員」なら大丈夫?

公募で選んだ「高学歴・留学経験・専門職」の人が「政治家の劣化」を招いていると取れる書き方だ。これを「回転ドア」制度の導入で「公務員」と入れ替えて「外部の血」を入れていけば「劣化」に歯止めがかかるのだろうか。「公務員」の場合、キャリア官僚が中心となるはずだ。「高学歴・留学経験・専門職」の人と似たり寄ったりではないか。「外部の血」としての質に大きな差は感じられない。

芹川論説主幹の分析が正しいとの前提で考えれば、「劣化」を食い止めるもっと簡単な方法がある。それは「議員の教育」だ。

【日経の記事】

自民党の教育訓練機関は派閥だった。派閥によって政治家としての立ち居振る舞い、政治資金の集め方、陳情の処理、官僚との付き合い方など教えこんだものだ。

ところが派閥が壊れ、単なる議員の集まりになってそうした機能がなくなった


◎だったら党が教育すれば…

派閥」に教育機能がなくなっているのならば、党本部が教育機能を担えばいい。若手議員に「政治家としての立ち居振る舞い、政治資金の集め方、陳情の処理、官僚との付き合い方」などを教え込む仕組みを作れば済む話だ。「回転ドア」よりも効果が高そうな気がするし、党で決めればいいだけなので制度導入も容易だ。


※今回取り上げた記事「核心~なぜ政治家は劣化したか 『回転ドア』で質の向上を
https://www.blogger.com/blogger.g?blogID=6389495891574633352#editor/target=post;postID=1230229780608537142


※記事の評価はC(平均的)。芹川洋一論説主幹への評価はE(大いに問題あり)を据え置く。芹川論説主幹については以下の投稿も参照してほしい。

日経 芹川洋一論説委員長 「言論の自由」を尊重?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_50.html

日経 芹川洋一論説委員長 「言論の自由」を尊重?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_98.html

日経 芹川洋一論説委員長 「言論の自由」を尊重?(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_51.html

日経の芹川洋一論説委員長は「裸の王様」? (1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_15.html

日経の芹川洋一論説委員長は「裸の王様」? (2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_16.html

「株価連動政権」? 日経 芹川洋一論説委員長の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_31.html

日経 芹川洋一論説委員長 「災後」記事の苦しい中身(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_12.html

日経 芹川洋一論説委員長 「災後」記事の苦しい中身(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_13.html

日経 芹川洋一論説主幹 「新聞礼讃」に見える驕り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_33.html

「若者ほど保守志向」と日経 芹川洋一論説主幹は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_39.html

ソ連参戦は「8月15日」? 日経 芹川洋一論説主幹に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/815.html

日経1面の解説記事をいつまで芹川洋一論説主幹に…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_29.html

2017年8月20日日曜日

「大統領と話すつもりない」は批判? 日経の記事に疑問

19日の日本経済新聞夕刊を読んでいたら「これって批判に当たるの?」と疑問に思う記述が2つあった。まずは総合面の「『大統領と話すつもりない』 米デモ衝突の犠牲者母が批判」というベタ記事だ。全文は以下の通り。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

【ワシントン=芦塚智子】米南部バージニア州シャーロッツビルで白人至上主義者の男の車にはねられ死亡したヘザー・ハイヤーさんの母スーザン・ブローさんが18日、ABCテレビのインタビューに答えた。ブローさんは、白人至上主義団体と反対派の衝突は「双方に非がある」などと発言したトランプ大統領について「大統領と話すつもりはない」と批判した



◎「話すつもりはない」だけでは…

大統領と話すつもりはない」だけでは「スーザン・ブローさん」がトランプ大統領を批判したのかどうか判然としない。「会って文句を言うつもりはない」とも解釈できる。この件で産経は以下のように書いている。


【産経の記事】

【ニューヨーク=上塚真由】米南部バージニア州シャーロッツビルで白人至上主義者と反対派が衝突した事件で、白人至上主義とされる男の車にはねられ死亡した弁護士助手、ヘザー・ハイヤーさん(32)の母、スーザン・ブローさんは18日、トランプ米大統領が会見で「両方の側に責任がある」と述べたことに、「娘のような抗議する人たちと、白人至上主義者を同一視した。許せない」と批判した

ABCテレビのインタビューで語った。ヘザーさんの告別式が行われた16日にホワイトハウスから何度か電話があったというが、ブローさんは、「私と握手して『ごめんなさい』ということで(発言を)水に流すことはできない」と批判し、トランプ氏と今後も話したくないとした。

また、トランプ氏に対して「(意見を)口にする前に、よく考えてほしい」と訴えた。

◇   ◇   ◇

これだと確かにトランプ大統領を批判している。日経も「娘のような抗議する人たちと、白人至上主義者を同一視した。許せない」というコメントを使えば済んだ話だ。なぜ「大統領と話すつもりはない」の方を選んだのだろう。
九州北部豪雨後の宝珠山駅(福岡県東峰村)
           ※写真と本文は無関係です

もう1つ気になったのが、同じ日経夕刊総合面の「米政権、混乱収束みえず バノン氏解任 野党・支持層とも批判」というトップ記事だ。そこでニューヨーク支局の関根沙羅記者は「野党」の「批判」について、以下のように書いている。

【日経の記事】

民主党の下院トップ、ペロシ院内総務はバノン氏解任についてツイッターに「トランプ氏がこれまで人種差別的な考え方や政策を促進してきた事実を消すものではない」と投稿し、大統領を批判した。


◎「積極的には評価しない」ぐらいの意味では?

トランプ米大統領の最側近で排外的な思想で知られたバノン首席戦略官・上級顧問が18日解任された」ことに関して、解任を歓迎するはずの「野党」も批判に回るものなのかなと思って読んでみると微妙な感じだ。

トランプ氏がこれまで人種差別的な考え方や政策を促進してきた事実を消すものではない」という投稿からは「解任を積極的には評価しない」というニュアンスは伝わってくるが「批判」とはちょっと違う気がする。

トランプ氏に関して安易に「批判」という言葉を使っていないか、日経の国際部はよく検討してほしい。


※今回取り上げた記事

『大統領と話すつもりない』 米デモ衝突の犠牲者母が批判
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170819&ng=DGKKASGT19H0K_Z10C17A8NNE000

米政権、混乱収束みえず バノン氏解任 野党・支持層とも批判
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170819&ng=DGKKASGT19H15_Z10C17A8NNE000


※日経の記事の評価はいずれもC(平均的)。芦塚智子記者と関根沙羅記者への評価も暫定でCとする。

2017年8月18日金曜日

セゾン投信の解約しにくさを「顧客本位」と日経は言うが…

契約は簡単にできても解約手続きはやたらに面倒という企業は珍しくない。利益を出すのが企業の目的なので仕方ない面もあるが、少なくとも「顧客本位」ではない。しかし18日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「迫真~動かぬ個人資産1800兆円(5)草食投資家、増殖中」という記事では、そんなやり方を採用しているセゾン投信を「顧客本位」の代表例のように紹介している。
大分マリーンパレス水族館「うみたまご」(大分市)
           ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

セゾン投信社長の中野晴啓(53)の異名は「積み立て王子」。コツコツ投資の意義を年150回超開くセミナーで訴え続けてきた。同社は長期投資をやめさせないように手続きを面倒な書類申請にしている。顧客から苦情もきたほどだが、中野は「短期の売買を好んだり元本を分配する投信を買ったり。顧客のニーズは往々にして間違っている」と顧客本位を強調する

成功体験を積んだ人が増えれば貯蓄から資産形成に進む人が増えると中野は信じている。米国では40年近くかけて成功体験を蓄積した。日本はまだ動き始めたばかりだ。


◎「顧客本位」を本気で信じてる?

セゾン投信の中野晴啓社長が「顧客本位を強調する」のは分かる。解約を面倒にする方が自社にとっては好ましいし、そうしたやり方が「顧客本位」だと思ってもらえる方が好都合だ。だが、取材する側が相手の言い分をそのまま受け入れるのは問題だ。
九州北部豪雨後の朝倉光陽高校(福岡県朝倉市)
         ※写真と本文は無関係です

短期の売買を好んだり元本を分配する投信を買ったり。顧客のニーズは往々にして間違っている」という中野社長の主張が間違っているとは言わない。だが、それは顧客にきちんと訴えればいいだけの話だ。「長期投資をやめさせないように」しっかり情報提供しても、それでも解約したいと顧客が望めば、受け入れるのが「顧客本位」だ。

それを「手続きを面倒な書類申請にして」解約を阻止しようとするセゾン投信のどこが「顧客本位」なのか。そもそも、解約を望む人は「短期の売買」や「元本を分配する投信」に切り替えるとは限らない。手数料が低い別の会社で長期投資をするのかもしれないし、マイホームの購入資金に充てるのかもしれない。なのに一律で「手続きを面倒な書類申請にしている」のならば、「顧客本位」とは程遠い。

記事の最後には「川上穣、堀大介、嶋田有、野村優子、宮川克也が担当しました」と出ている。取材班で筆頭の川上穣記者は金融業界寄りの記事を以前にも書いている。今回もそうした流れに沿っており、ブレてはいないが…。

ついでに言うと「貯蓄から資産形成」という言い方は引っかかる。金融庁が唱えているのに倣ったのだろうが、これだと「貯蓄は資産形成に当たらない」とのニュアンスが出てしまう。しかし、「貯蓄」でも「資産形成」できるのは自明だ。安易に使うのは避けてほしい。


※今回取り上げた記事「迫真~動かぬ個人資産1800兆円(5)草食投資家、増殖中
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170818&ng=DGKKZO20109830Y7A810C1EA1000

※記事の評価はD(問題あり)。川上穣記者への評価はDに引き下げ、他の担当者への評価は見送る。川上記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

読む価値を感じない日経 川上穣記者の「スクランブル」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_8.html

積み立て型NISAで業界側に立つ日経 川上穣記者
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/04/blog-post_26.html

相変わらず金融業界に優しすぎる日経 川上穣記者
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_13.html

2017年8月17日木曜日

「刷新した」話を「刷新する」と書く日経 企業総合面の記事

「過去の話よりも今後の話の方がニュースとしての価値がある」という考え方が日本経済新聞社の編集局には根強くある。そうした価値観が間違っているとは思わないが、だからと言って過去のことをあたかも今後の話のように書くのはご法度だ。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

17日の朝刊企業総合面に載った「ヤマトHD、新事業提案の応募簡単に 契約社員も対象」という記事を題材に、この問題を考えてみたい。

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

ヤマトホールディングス(HD)は新規事業の社内提案制度を刷新する。宅配便のトラック運転手や物流施設の担当者など現場で働く社員から広くアイデアを募り、事業開発の専門家が助言する仕組みを導入する。現場の知恵を生かして継続的に新サービスを生み出す体制づくりを目指す。

1日から「ニューバリューチャレンジ」と題して、新規事業提案の募集を始めた。グループ各社の正社員とフルタイムで働く契約社員が対象で、9月末まで応募を受け付ける。事業開発のノウハウがない社員でも提案できるように、簡単な応募フォームで申し込めるようにした。

有望な提案は事業開発の担当者がメンターとなり、改善点などを助言する。来年1月ごろまでに候補を数件に絞る。その後、新サービスの実証実験につなげ、事業化の可否を判断する。

ヤマトHDには以前から新規事業の提案制度があるが、詳細な事業計画の提出が必要だった。宅配便でスキー用具を送る「スキー宅急便」は現場の発案から生まれた経緯がある。現場の意見を生かして顧客志向のサービスをつくる企業文化を維持するために、新規事業の提案制度を改める


◎既に「刷新」済みでは?

1日から『ニューバリューチャレンジ』と題して、新規事業提案の募集を始めた」のだから、「新規事業の社内提案制度を刷新する」ではなく「刷新した」と過去形にすべきだ。
九州北部豪雨後のJR日田彦山線の陸橋(福岡県東峰村)
          ※写真と本文は無関係です

事業開発の専門家が助言する仕組みを導入する」についても「導入した」と直した方がいい。最後の「新規事業の提案制度を改める」も「改めた」が適切だ。

「新たな制度に基づく募集が今月1日から始まった」と正直に書いているのだから、それを貫けばいいだけだ。なのに妙なごまかしに走ってしまうのは、悪しき伝統の力だろう。

とは言え、過去の話を今後の話のように書いているのは、ある程度の読解力があれば誰でも分かる。そこを考慮せずにこの手の記事を読者に届けても、日経への信頼が落ちるだけだと思える。


※今回取り上げた記事「ヤマトHD、新事業提案の応募簡単に 契約社員も対象
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170817&ng=DGKKZO20058060W7A810C1TI1000

※記事の評価はD(問題あり)。

2017年8月16日水曜日

ファイザーの研究開発費は「1兆円」? 日経 中山淳史氏に問う

16日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「Deep Insight~物理と化学 融合の先に」という記事(筆者は本社コメンテーターの中山淳史氏)は大きなテーマに取り組んだ意欲作ではある。だが、上手く書けているとは言えない。まずは、不正確と思える記述から見ていきたい。この件では日経に問い合わせを送ったので、その内容を見てほしい。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

「Deep Insight~物理と化学 融合の先に」という記事についてお尋ねします。記事には「興味深いのは、IT(情報技術)産業を代表する米国のグーグルやアップル、アマゾン・ドット・コムが研究開発に毎年1兆円を投じる一方で、医薬品の米ファイザーや、中外が経営統合したスイスのロシュ・ホールディングも同額を研究に充てている点だ」との記述があります。これを信じればグーグル、アップル、アマゾン・ドット・コム、ファイザー、ロシュ・ホールディングの研究開発費はいずれも約1兆円のはずです。

2016年の研究開発費(AnswersNews調べ)を見ると、ロシュは117億6300万ドル(1兆2685億円)ですが、ファイザーは78億7200万ドル(8502億円)に過ぎません。これではファイザーは研究開発費に1兆円を充てているとは言えません。また、記事の書き方からは5社の研究開発費がほぼ同水準に収まっている印象を受けますが、117億ドルと78億ドルでは大差があります。

ファイザーに関して「同額(1兆円)を研究に充てている」との記述は誤りと判断してよいのでしょうか。正しいとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。


◎説明が雑すぎる

上記の件で日経からの回答はないだろう。2017年にファイザーが1兆円規模の研究開発を計画しているかもしれないので、記事の説明を誤りと断定するつもりはない。だが、問題のくだりの説明が不正確なのは間違いない。
豪雨被害を受けた筑前岩屋駅(福岡県東峰村)
       ※写真と本文は無関係です

まず「グーグルやアップル、アマゾン・ドット・コムが研究開発に毎年1兆円を投じる」との記述が怪しい。3社の研究開発費が何年にもわたって「1兆円」にきちんと収まるとは考えにくい。「毎年」というのも正確さに欠ける可能性が高い。創業当初から3社とも「研究開発に毎年1兆円を投じ」ているなら分かるが…。

こういう数字は丁寧に書いてほしい。例えば「2016年までの10年間は研究開発に年間1兆円以上を投じてきた」などとなっていれば、きちんと説明している印象を受ける。

他にも気になった点があったので指摘しておく。中山氏は量子コンピューターに関して以下のように書いている。

【日経の記事】

(計算速度が)仮に、1億倍が可能になれば、1千日以上かかった演算処理が1秒ですむことになり、たいへんな進歩だ。半分の5千万倍でも一変するのはケミカル探索の世界だけではなかろう。例えば、本来の「化学」領域では、これまで何年もかかった化合物開発のための実験が短期間の計算やシミュレーションで済ませられるようになる。「内燃機関が生まれた19世紀末、インターネットが登場した1980年代に匹敵する変化が、物理学由来の技術革新によって2020年代に起こる」と化学大手JSRの小柴満信社長はみる。

◇   ◇   ◇

上記の説明はその後の記述と辻褄が合わない。

【日経の記事】

富士通研究所(川崎市)の佐々木繁社長は「今ほど(両分野が)お互いを必要とし合っている時期はない。物理側は情報(データ)の格納、伝送、処理のあらゆる段階で近い将来、技術的な限界に突き当たる。突破口を見つけるには化学と物理が融合したマテリアルズサイエンス(材料工学)の知見が不可欠になる」と話す。


◎量子コンピューターでも「限界」に?

最初の量子コンピューターの話では、これまでの常識を超えた新たな時代が来そうな感じだ。しかし、「富士通研究所(川崎市)の佐々木繁社長」によると「物理側は情報(データ)の格納、伝送、処理のあらゆる段階で近い将来、技術的な限界に突き当たる」らしい。だとしたら、量子コンピューターの話はどう理解すればいいのか。「1千日以上かかった演算処理が1秒ですむ」ような技術革新が起きつつあるのではないのか。

技術的な限界に突き当たる」から「突破口を見つけるには化学と物理が融合したマテリアルズサイエンス(材料工学)の知見が不可欠になる」と訴えたいのであれば、量子コンピューターなどによって大きな技術革新が起きつつある現状を描くのではなく、「物理側」で「技術的な限界」に直面している姿を描く必要がある。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~物理と化学 融合の先に
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170816&ng=DGKKZO20021680V10C17A8TCR000

※記事の評価はD(問題あり)。中山淳史氏への評価もDを据え置く。

追記)結局、回答はなかった。

2017年8月15日火曜日

肝心の情報が欠けた日経「エーザイ 新薬候補、数時間で選出」

15日の日本経済新聞朝刊企業2面のトップに据えた「新薬候補、数時間で選出~エーザイ、AIを活用 開発費膨張に歯止め」という記事は、肝心の情報が漠然とし過ぎている。「新薬候補、数時間で選出」に関連しては以下の説明しかないし、これがどの程度の凄さなのかを判断できる材料も乏しい。
豪雨被害を受けた大行司駅(福岡県東峰村)
     ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

エーザイの取り組みでは、実験室内で候補物質を細胞と反応させ、細胞の画像から望ましい変化をしたものをAIが数時間で選ぶ。従来の研究者が目視で探していた方法よりも効率は数十倍以上に高まる見込み。AIの導入で有望な候補を漏れなく見つけ出せる。


◎分からないことが多すぎる

まず「数時間」「数十倍以上」という情報が漠然としている。取材先が「数時間」と言った場合でも「2~3時間という理解でいいですか?」ぐらいのことは聞いてほしい。そういう擦り合わせをきちんとすれば、「数時間」「数十倍以上」という表現が続く可能性はかなり低くなるはずだ。

さらに問題なのが、AIはどの程度の量の画像から「望ましい変化をしたもの」を選ぶのか不明という点だ。「数時間で選ぶ」としても、その対象が1000万枚と1000枚では全く話が違ってくる。

従来の研究者が目視で探していた方法よりも効率は数十倍以上に高まる見込み」という説明も、「従来」は人手をどのくらいかけていたのを示さなければ何とも言えない。「1人の研究者が10日(1日8時間)かけていた作業をAIは3時間でできる」という程度ならば大した話ではない。これが「1000人の研究者を投入しても10日かかっていた作業をAIは3時間で終える」となってくると、かなり画期的だ。

人数に言及がないので、「1人の研究者」と比べた場合に「効率は数十倍以上」と理解するのが自然だろう。だとすると「開発費膨張に歯止め」をかける効果は限定的だ。だからなのか、どの程度の費用削減効果があるのかも記事には書いていない。

今回の記事に関しては、書き方にももちろん問題があるが、詰めた取材ができていない印象を強く受けた。


※今回取り上げた記事「新薬候補、数時間で選出~エーザイ、AIを活用 開発費膨張に歯止め
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170815&ng=DGKKZO19985430U7A810C1TJ2000

※記事の評価はD(問題あり)。

2017年8月14日月曜日

過去は変更可能? 日経 大林尚上級論説委員の奇妙な解説

日本経済新聞の大林尚上級論説委員については、経済記事の書き手としての基礎的な資質が欠けていると評価している。14日の朝刊オピニオン面に載った「核心~アベノミクス進化するか 足りないのは科学の手法」という記事でも、「これはまずいだろう」と思える記述があった。日経に問い合わせを送ったので、その内容を紹介したい。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

「核心~アベノミクス進化するか 足りないのは科学の手法」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下の説明です。

「電力会社が電気料金を単位あたり5円上げたとき、電力の平均使用量が5単位減ったとする。このとき導かれがちな『電力切迫時に値上げは需要を減らすのに有効だ』という推論は、一見もっともだ。これを『ビフォー―アフター方式』と呼ぶことにする。ここで推論への反論が生まれる。主なものは2つ。第一は、使用量が減ったから料金を上げたのではないか。第二は、天候不順などほかの要因が使用量と料金に影響を及ぼしたのではないか。値上げで使用量が減ったという因果関係は、2つの反論の可能性を取り除かねば成り立たない」

この場合、「使用量が減ったから料金を上げたのではないか」との「反論が生まれる」でしょうか。「ビフォー―アフター方式」と呼ぶくらいですから、値上げの後で「使用量が減った」はずです。筆者の大林尚上級論説委員が言うような「反論」が成り立つならば、電力使用量を動かすことで過去の出来事を変えられるはずです。しかし、当然ですが不可能です。

付け加えると「値上げで使用量が減ったという因果関係は、2つの反論の可能性を取り除かねば成り立たない」とも言えません。「使用量を減らすと電気料金が上がる」という因果関係は「電気料金を上げると使用量が減る」という因果関係と両立します。

例えば「勉強時間を増やすと成績が伸びる」という因果関係は「成績が伸びると勉強時間が増える」という因果関係と両立します。電気料金の話も同様です。「値上げで使用量が減る→使用量が減るので値上げになる→値上げになるのでさらに使用量が減る」となっていく可能性は考えられます。

「電力料金と電力使用量に負の相関関係があるとしても、料金を上げれば使用量が減るという因果関係が成り立つとは限らない」とは言えます。ただ、大林氏の説明はあくまで「ビフォー―アフター方式」に関するものです。

「使用量が減ったから料金を上げたのではないか」との「反論が生まれる」という説明は誤りと判断してよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。クオリティージャーナリズムを標榜する新聞社として、掲げた旗に恥じない行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

ついでにもう1つ指摘しておこう。

【日経の記事】

EBPMを働かせるのに大切なのは、ひとえにエビデンスの質だ。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの家子直幸氏らによると、質が最も高いのは無作為の社会実験、それも複数の実験を系統立てて組み合わせるやり方だ。

最低は、なんと専門家や実務家の意見。霞が関が常用する審議会、有識者からの聞き取り、パブリックコメントである。現に日本の政策立案のほとんどがビフォー―アフター方式だ。もちろん安全保障のように無作為の社会実験がなじまない政策分野はある

今月3日、改造内閣を発足させた安倍晋三首相はこう力を込めた。「4年間のアベノミクスで雇用は200万人近く増え、正社員の有効求人倍率は1倍を超えた。やっとここまで来た」。そして「しかし、まだまだすべきことがある」とアベノミクス加速を訴えた。だが繰り出した政策と成果との関係は判然としない。

3本の矢、新3本の矢、一億総活躍、働き方改革、そして人づくり革命――。どの策がいつ、何に、どう効いたのか。山本行革相は閣外へ去ったが、EBPMをいっときの流行語に終わらせるのは、まことにもったいない


◎どうやってエビデンスを見出す?

今回の記事には「アベノミクス進化するか 足りないのは科学の手法」という見出しが付いている。「エビデンスに基づいて政策を決定すべきだ」との考え方には賛同できる。ただ、「3本の矢、新3本の矢、一億総活躍、働き方改革、そして人づくり革命――。どの策がいつ、何に、どう効いたのか」と言うならば、どうやって「繰り出した政策と成果との関係」を見出すのか説明してほしかった。
橋が流されたJR久大本線(大分県日田市)
            ※写真と本文は無関係です

質が最も高いのは無作為の社会実験」と大林論説委員は書いている。だとして、例えば「3本の矢」の1つである異次元緩和について「無作為の社会実験」ができるだろうか。やろうとすれば、異なる金融政策をランダム化した別々の集団に試して、雇用などへの影響を見る必要がある。これは、ほぼ不可能だと思える。「いやできる」と大林氏が考えるのならば、その道筋を示してほしかった。

金融政策なども「安全保障のように無作為の社会実験がなじまない政策分野」だとすれば、「アベノミクスに足りないのは科学の手法」と訴えても意味がない。

さらについでに言うと「山本行革相は閣外へ去ったが、EBPMをいっときの流行語に終わらせるのは、まことにもったいない」という結びも引っかかった。大林論説委員によると「エビデンスベースト・ポリシーメーキング(EBPM)」という言葉は「霞が関官僚の間でひそかな流行語になっている」らしく、「はやらせたのは山本幸三前行革相だった」そうだ。

だとしたら「山本幸三前行革相」の下で「EBPM」をどう実行したのかは触れてほしい。記事には英米の話は出てきても、日本の事例は見当たらない。言葉を流行らせただけで何もしなかったのなら、そう書いてほしい。その場合は「なぜ何もしなかったのか」の分析も要る。

こうやって見てみると、やはり大林論説委員に記事を任せるのは苦しい。出世させたいのならば専務にでも副社長にでもすればいい。そこに文句を付ける気はない。ただ、記事を書かせるのはやめてほしい。大林論説委員よりはるかにきちんと記事を書ける人は日経にも多数いる。このまま「上級論説委員」などと言う大げさな肩書を付けて執筆させるのは、日経にとっても読者にとってもマイナスだ。


※今回取り上げた記事「核心~アベノミクス進化するか 足りないのは科学の手法
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170814&ng=DGKKZO19910930R10C17A8TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。大林尚上級論説委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。大林氏については以下の投稿も参照してほしい。

日経 大林尚編集委員への疑問(1) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_72.html

日経 大林尚編集委員への疑問(2) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_53.html

日経 大林尚編集委員への疑問(3) 「景気指標」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post.html

なぜ大林尚編集委員? 日経「試練のユーロ、もがく欧州」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_8.html

単なる出張報告? 日経 大林尚編集委員「核心」への失望
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_13.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_16.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_17.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_33.html

まさに紙面の無駄遣い 日経 大林尚欧州総局長の「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_18.html

「英EU離脱」で日経 大林尚欧州総局長が見せた事実誤認
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_25.html

「英米」に関する日経 大林尚欧州総局長の不可解な説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_60.html


追記)結局、回答はなかった。

2017年8月13日日曜日

「グアム島にミサイル打ち込む」と誤解を与える日経の記事

日本経済新聞によると「人気観光地グアムに北朝鮮が弾道ミサイルを発射する計画を表明した」そうだ。13日の朝刊総合5面に載った「旅行各社、グアムツアーの動向注視 中止はせず 北朝鮮がミサイル発射計画」という記事では、「グアム沖」とか「グアム周辺」ではなく「グアムに」と言い切っている。
豪雨被害を受けたJR日田彦山線(大分県日田市)
      ※写真と本文は無関係です

これを読んで「北朝鮮は海ではなくグアム島に弾道ミサイルを打ち込むつもりなのか」と誤解する人はまれだとは思う。だが、雑な表現は避けてほしい。

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

人気観光地グアムに北朝鮮が弾道ミサイルを発射する計画を表明したことで、日本の旅行会社は影響を懸念している。大手でツアー中止や目立ったキャンセルは出ていないが、お盆休みで海外旅行にでかける人も多く、動向を注視している。

近畿日本ツーリスト、エイチ・アイ・エス(HIS)ではツアーが予定通り実施され、問い合わせが殺到している状況でもないという。旅行の安全に関する各種情報が出ていないかをきめ細かくチェックし、動きがあれば顧客に伝える。ある大手旅行会社の担当者は「国際情勢が緊迫すると不安に思う顧客は多い。かき入れ時だけに痛い」と話していた。

◇   ◇   ◇

ちなみに同じ日の朝刊総合2面の記事では「米領グアムへのミサイル発射計画を公表した北朝鮮」「北朝鮮による米領グアム周辺への弾道ミサイル発射予告」といった書き方をしており、こちらは問題がない。総合5面の記事に関しては「企業担当の記者が書いたものだから」との弁明が聞こえてきそうだが、読者には関係ない話だ。

付け加えると、「日本の旅行会社」に関する情報も具体性に欠ける。「大手でツアー中止や目立ったキャンセルは出ていない」と言うが、「大手」の範囲は不明だ。例えば大手5社に取材したのであれば「大手5社(A社、B社、C社、D社、E社)でツアー中止や目立ったキャンセルは出ていない」といった書き方をしてほしい。

問い合わせが殺到している状況でもない」という情報も漠然としすぎている。普段の2~3倍の問い合わせが来ていても「問い合わせが殺到している状況でもない」と言える場合はある。こんな説明では情報としての意味がほとんどない。問い合わせ件数は「普段と同程度」かもしれないし「普段よりはるかに多い」かもしれないのだから。

また「ツアー中止や目立ったキャンセルは出ていない」「問い合わせが殺到している状況でもない」といった話を出した後で「かき入れ時だけに痛い」というコメントを使っても説得力は出ない気がする。


※今回取り上げた記事「旅行各社、グアムツアーの動向注視 中止はせず 北朝鮮がミサイル発射計画
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170813&ng=DGKKZO19942100S7A810C1EA5000

※記事の評価はD(問題あり)。

2017年8月11日金曜日

「政治家の資質」の分析が雑すぎる日経 秋田浩之氏

11日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「Deep Insight~指導者を生み続ける力」という記事は雑な分析が目立った。筆者の秋田浩之氏(肩書は本社コメンテーター)は日本の政治状況について以下のように解説している。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市内の店舗 ※写真と本文は無関係

【日経の記事】 

ひるがえって、日本はどうか。政治家の資質を疑うような失言や不祥事が相次いでいる。2012年末に第2次安倍内閣が発足して以来、問題発言などで辞任した閣僚はすでに6人を数える

なにがいけないのか。自民党のベテラン議員らに聞くと、いちばん多いのが、1996年に初めて実施された衆院の小選挙区制度で政治家の質が下がったという指摘だ。要約すると、こうなる。

同じ選挙区から複数が当選する中選挙区制と違い、小選挙区制は勝ちか負けしかない。このため、賛否が分かれる独自の政策ではなく、誰にでも聞こえがいい抽象的な公約を掲げがちになる――。

衆院では平均すると2年半に1回ほど選挙がある。そんな守りの選挙を重ねるうちに、国会議員は個性を失い、金太郎アメのようになってしまう、というわけだ。


◎「金太郎アメ」だから「失言や不祥事」?

小選挙区制」の下では「守りの選挙を重ねるうちに、国会議員は個性を失い、金太郎アメのようになってしまう」とも思えないが、取りあえず受け入れてみよう。だとしたら、個性は乏しくても「守り」だけはしっかりした政治家ばかりになりそうなものだ。しかし「2012年末に第2次安倍内閣が発足して以来、問題発言などで辞任した閣僚はすでに6人を数える」という。辻褄が合っていない。
九州北部豪雨後のJR日田彦山線の陸橋(福岡県東峰村)
           ※写真と本文は無関係です

問題発言などで辞任した閣僚」は「金太郎アメ」というより、悪い意味で個性が強いのではないか。「政治家の資質を疑うような失言や不祥事」があれば「守りの選挙」を勝ち抜きにくいはずだ。

ついでに言うと「同じ選挙区から複数が当選する中選挙区制と違い、小選挙区制は勝ちか負けしかない」という説明も引っかかった。「当選=勝ち」「落選=負け」だとすれば、「中選挙区制」でも「勝ちか負けしかない」。それに、現行制度では「比例復活当選」という微妙な「勝ち」もある。

ともかく「政治家の質が下がったのは小選挙区制度に原因あり」というのが秋田氏の見立てだったはずだ。なのに記事では「日本では資質を欠いた政治家は選挙で淘汰される」とも書いている。「小選挙区制度の下で守りの選挙を続けるから資質を欠いた政治家が出てきてしまう」という分析はどうなったのか。自分で書いたことを忘れてしまったのか。

結論部分も説得力に欠ける。

【日経の記事】

では、日本が優れた指導者を生み出していくには、どうすればよいのか。自身も元官僚である作家の堺屋太一氏は語る。

「戦後、吉田や佐藤のような官僚OBが首相を担い、官僚を抑えて戦後政治を引っ張った。その後、田中や竹下のような派閥領袖に引き継がれたが、底流では官僚が政策を主導し、首相がそれに乗っかる政治が続いてきた。まず、この状態から脱却しなければ、新しいリーダーは生まれてこない」

堺屋氏は明治にしろ、戦後にせよ、日本は「変革期には政治主導で伸び、安定すると官僚主導で停滞してきた」とみる。今日の政治の混迷が、新たな変革への過渡期の苦しみだとすれば、むなしさも少しは和らぐ。


◎「金太郎アメ」問題はどうなった?

小選挙区制」の下では「守りの選挙を重ねるうちに、国会議員は個性を失い、金太郎アメのようになってしまう」という話はどこに行ってしまったのか。「政治家の質が下がった」原因がそこにあるのならば、「日本が優れた指導者を生み出していくには、どうすればよいのか」という問いへの答えは明らかだ。「小選挙区制度の廃止」しかない。なのに結論部分で全く触れていない。書き進めるうちに本当に忘れてしまったのだろう。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~指導者を生み続ける力
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170811&ng=DGKKZO19888950Q7A810C1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。秋田浩之氏への評価もDを維持する。秋田氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 秋田浩之編集委員 「違憲ではない」の苦しい説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_20.html

「トランプ氏に物申せるのは安倍氏だけ」? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_77.html

「国粋の枢軸」に問題多し 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/deep-insight.html

前年度との比較がない日経「食料自給率、38%に低下」

10日の日本経済新聞朝刊経済面に載った「食料自給率、38%に低下 昨年度、23年ぶり水準 小麦の生産減」という記事は基礎的な情報が抜けている。見出しでは「38%に低下」となっているが、本文では前年度との比較が見当たらないし、低下したと明示してもいない。
平成筑豊鉄道 田川伊田駅(福岡県田川市)
           ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

農林水産省は9日、2016年度の食料自給率(カロリーベース)が38%だったと発表した。コメが不作だった1993年度の37%に次ぐ低水準。北海道を襲った台風などの影響で、小麦やテンサイの生産量が落ち込んだ。政府は2025年度までに自給率を45%に高めるという目標を掲げている。しかし09年度を最後に40%台には届いておらず、目標達成の道筋は見えない。

カロリーベースの自給率は、コメや小麦といった穀物の供給量に左右されやすい。政府は輸入品が多い畜産飼料を国産に置き換えようと、飼料用米の増産に力を注ぐ。しかし草を食べる牛の飼料にコメを配合してもその割合には限界があり、自給率の押し上げ効果は乏しい。

単価の高い野菜や畜産物などの動向が影響する生産額ベースの自給率は15年度に比べて2ポイント増の68%だった。野菜や果実で輸入が減り、国内生産が増えた。生産額ベースは2年連続で上昇した。

◇   ◇   ◇

16年度の「38%」は「1993年度の37%に次ぐ低水準」らしいので、15年度に比べて低下したのだろうと推測はできる。だとしても低下したかどうかは記事に入れるべきだ。前年度との比較も欠かせない。

ちなみに産経は以下のように書いている。

【産経の記事】

農林水産省は9日、平成28年度のカロリーベースの食料自給率が27年度に比べて1ポイント低下の38%だったと発表した。過去2番目の低さで、記録的冷夏によるコメの不作で37%だった5年度以来、23年ぶりの低水準。小麦や砂糖原料のテンサイの生産が北海道の台風被害など天候不順で減少したことが響いた。前年度を下回ったのは6年ぶり


◇   ◇   ◇

これならば問題ない。「前年度を下回ったのは6年ぶり」は日経の記事にも盛り込みたいところだ。

この手の記事を書くときに前年度との比較を省いても気にならないとすれば怖い。日経の記事を書いた記者は経験不足なのかもしれない。しかし、そのまま紙面化したのだから、デスクも「前年度との比較なし」に問題を感じなかったことになる。「38%に低下」という見出しを付けた整理部の担当者・デスクも何とも思わなかったのか。それとも指摘したのに無視されたのか。いずれにしても、記事の作り手としての基礎的な能力を疑われても仕方がない。


※今回取り上げた日経の記事「食料自給率、38%に低下 昨年度、23年ぶり水準 小麦の生産減
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170810&ng=DGKKASFS09H3O_Z00C17A8EE8000

※日経の記事の評価はD(問題あり)。

2017年8月10日木曜日

「下げ一服」の用法に注文あり 日経「国内線運賃 1割下落」

10日の日本経済新聞朝刊企業総合面に載った「国内線運賃 1割下落 LCC就航から5年 大手とすみ分け、下げ一服感」という記事は、言葉の使い方が気になった。具体的には「下げ一服」と「日系LCC」だ。まず「下げ一服」から見ていこう。
九州北部豪雨後の宝珠山駅(福岡県東峰村)
          ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

日本の格安航空会社(LCC)が2012年度に本格就航して5年。国内線運賃は1割下がったが、下げ率は一服感が出ている。ANAホールディングス(HD)や日本航空が出資先のLCC3社との路線のすみ分けが進んだことが一因だ。競争を再活性化する方策が問われそうだ。

国土交通省によると、国内線を運航する主要11社が1人が1キロメートル進んだことによって得た平均旅客収入は16年度で15.3円と日系LCCが本格運航する前の11年度と比べると12.6%下がった。旅客収入は消費者からみれば運賃となる。

だが、下げ率は落ち着きつつある。12年度や13年度は前の年度に比べ下げ率は4%台だったが、16年度は2.5%減にとどまった。「以前のように料金が下がり続けるとは考えにくい」(大手旅行会社)との声は多い。

LCCの参入でANAやJALの大手2社の運賃もこの5年間で6%下がった。LCCに対抗するため大手も早期購入による割引運賃制度を充実してきた。だが、大手の運賃の下げ率も13年度は前の年度に比べ2.8%だったが、16年度は1.7%まで縮小した。


◎「下げ一服」と言うならば…

上記の説明で16年度について「下げ一服」と感じただろうか。問題は2つある。
佐賀県立香楠中学・鳥栖高校(鳥栖市)
          ※写真と本文は無関係です

記事に付けたグラフを見ると、15年度はほぼ横ばいで16年度に「2.5%」の低下となっている。「下げ一服」は15年度になら当てはまる。16年度については「下げ一服を経て再び低下局面に」と言われた方がしっくり来る。

2つ目の問題は「下げ一服」に「下落基調は変わっていないが小休止している」というニュアンスがあることだ。なのに記事では「以前のように料金が下がり続けるとは考えにくい」とのコメントを使っている。基調が変わりつつあるとの判断が入るのならば「下げ一服」というより「下げ止まり」だ。

冒頭の「下げ率は一服感が出ている」という部分は「下止まり感も出ている」とした方がよいだろう。


◎「春秋航空日本」は「日系LCC」?

次に「日系LCC」について考えたい。記事には「日系LCCの株主」という表が付いていて、4社が載っている。そのうちの1社が「春秋航空日本」で、その株主が「中国・春秋航空など」となっている。つまり「春秋航空日本」は「中国・春秋航空」のグループ会社だ。これは「日系LCC」なのか。個人的には「中国系LCC」だと思える。例えばイケア・ジャパンは「日系家具量販店チェーン」だろうか。やはり「スウェーデン系」だろう。

他にも言葉の使い方でいくつか指摘したい。

【日経の記事】

大手とLCCの路線すみ分けが一部で始まっていることなどが一因だ。ANAHDがLCCのピーチ・アビエーションへの出資比率を高め、連結対象にするなど大手の影響力が強まっている。


◎前から「連結対象」では?

連結対象にする」という説明が引っかかる。上記のくだりは出資比率を39%から67%に高めたことに言及したのだろう。ただ、39%出資の時から持ち分法適用会社なので「連結対象」ではある。「連結対象にする」を「連結子会社にする」と直せば問題は解消する。
三池炭鉱宮原坑(福岡県大牟田市)※写真と本文は無関係です

次は「半面」の使い方だ。

【日経の記事】

LCCにとって大手による出資は燃料の共同調達などでコストを削減できる半面、路線のすみ分けなどで競争が和らぐ面もある。


◎「半面」の使い方が…

上記のくだりは違和感が拭えない。「良いこともある半面、悪い要素もある」ならば分かる。だが、「コストを削減できる半面、競争が和らぐ」のであれば「LCCにとって」は願ったり叶ったりだ。例えば「収入が増える半面、健康状態が改善していく」と言われたら変な感じがしないだろうか。

最後に「LCC機」について一言。

【日経の記事】

成田空港内を移動するジェットスター(手前)とバニラ・エアのLCC機


◎「格安航空会社機」?

記事に付けた写真のエトキにあった「LCC機」も妙な感じがした。日経は「格安航空会社(LCC)」と書いているので「LCC機格安航空会社機」となる。やはり不自然だ。この言葉を使っている人もいるとは思うが、個人的には避けてほしい。


※今回取り上げた記事「国内線運賃 1割下落 LCC就航から5年 大手とすみ分け、下げ一服感
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170810&ng=DGKKZO19850870Z00C17A8TI1000

※記事の評価はD(問題あり)。

2017年8月9日水曜日

地方国立大出身の官僚は「極めて異例」と週刊エコノミストは言うが…

地方国立大出身者は、官僚では極めて異例」と言えるだろうか。「地方国立大」をどう捉えるかにもよるが、旧帝大を除いて考えても「極めて異例」とは考えにくい。しかし、週刊エコノミスト8月15・22日合併号の「関西検察立て直したエース 地方大出身の星となるか」という記事では「極めて異例」と言い切っている。そこで同誌編集部に問い合わせを送ってみた。内容は以下の通り。
豪雨で被害を受けたJR日田彦山線(大分県日田市)
         ※写真と本文は無関係です

【エコノミストへの問い合わせ】

週刊エコノミスト編集部 担当者様

御誌を定期購読している鹿毛と申します。8月15・22日合併号の「関西検察立て直したエース 地方大出身の星となるか」という記事についてお尋ねします。

記事では最高検監察指導部長の北川健太郎検事を取り上げ「北川氏は金沢大卒業。地方国立大出身者は、官僚では極めて異例だ」と説明しています。本当にそうでしょうか。「官僚=キャリア官僚」と捉えた場合でも、地方国立大出身者は珍しくないと思えます。まず「地方国立大=首都圏以外の国立大」と定義した場合、京都大学や大阪大学が入ってくるので「極めて異例」でないのは自明です。「地方国立大=三大都市圏以外の国立大」としても、北海道大、東北大、九州大の出身者が数多くいるので「極めて異例」とは言えません。

定義としては無理がありますが「地方国立大=三大都市圏以外の国立大で旧帝大を除く」とした場合どうでしょうか。国家公務員総合職の2017年度採用試験の合格者を見ると、岡山大34人、広島大24人と20位以内に2校が入っています。官僚の中では少数派かもしれませんが「極めて異例」と言うほどではありません。「地方国立大出身者は、官僚では極めて異例だ」との説明は誤りと判断してよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

ついでに言うと57歳で最高検監察指導部長となった北川氏を「検察だけでなく、地方国立大の『星』としても期待が高まる」と紹介しているのにも違和感があります。地方国立大出身者で官僚組織のトップに近いところまで出世したのは北川氏が初めてならば分かります。しかし、高知大出身の村木厚子氏は厚生労働省の事務次官を務めました。地方国立大の出身者でも官僚組織のトップに立てることは既に実証されています。

以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。

8月15・22日合併号の「From Editors」で金山隆一編集長は「取材でなくとも時にお世辞やウソを言い、相手をやり込めようとしたり、私はどこで狂ってしまったのか」と反省の弁を述べておられます。御誌で読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しているのも、メディアとしての重要な部分が「狂ってしまった」結果でしょう。そこを修正した上で、日本を代表する経済メディアとして責任ある対応をしてください。期待しています。

◇   ◇   ◇

週刊エコノミスト編集部からの回答はないだろう。

※記事の評価はD(問題あり)。

追記)結局、回答はなかった。

2017年8月8日火曜日

「ガソリン車並み」が苦しい日経1面「EV電池、走行距離2倍」

8日の日本経済新聞朝刊1面の「EV電池、走行距離2倍 GSユアサ、ガソリン車並みに」という記事は、1面に4段見出しで載せる価値があるとは思えなかった。まず「ガソリン車並みに」という見出しが一種の騙しだ。この見出しからは「1回の充電・給油で走れる距離ではガソリン車に遠く及ばなかったEVで、ガソリン車並みの走行距離が実現する」と感じられる。しかし、記事を読むと話が違ってくる。
豪雨で被害を受けたJR日田彦山線
(大分県日田市)※写真と本文は無関係です

まず最初の段落を見ていこう。

【日経の記事】

GSユアサは電気自動車(EV)が1回の充電で走れる距離を2倍に伸ばす新型電池の量産を2020年にも始める。現行の一部EVはフル充電でもガソリン車の半分程度の距離しか走れなかった。新型電池で走行距離をガソリン車に近づける。EVは充電設備の少なさが普及の課題とされている。技術革新によりEVの実用性が高まり、普及が加速する可能性がある。


◎「一部EV」限定の話?

フル充電でもガソリン車の半分程度の距離しか走れなかった」のは「一部EV」に限った話のようだ。裏返せば、フル充電でガソリン車並みの距離を走れるEVも既に存在しているのだろう。

記事の続きは以下のようになっている。

【日経の記事】

三菱商事などと共同出資する電池製造会社、リチウムエナジージャパン(LEJ)が開発する。20年にも滋賀県のLEJの工場で量産し国内や欧州の自動車メーカーに供給を始める。価格は現行製品並みにしたい考え。

LEJ製リチウムイオン電池を搭載する三菱自動車の小型EV「アイ・ミーブ」の走行距離は約170キロメートル。容量が2倍となる同サイズの新型電池を載せた場合約340キロメートルに伸びる。電池の搭載スペースが限られる小型EVでも現行の大型EV並みの走行距離を実現する


◎14版で書き換えた理由は…

上記の内容は最終版(14版)のものだ。13版で「ガソリン車が1回の給油で走る距離に近くなる」となっていた部分を「電池の搭載スペースが限られる小型EVでも現行の大型EV並みの走行距離を実現する」と書き換えている。
豪雨で被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

13版の記述でも「小型EV『アイ・ミーブ』」に関しては合っているのだろう。だが、「EVの現行モデルでガソリン車並みの走行距離を実現しているものはない」との誤解を与えると判断して書き換えたのではないか。だとしたら良心的ではある。ただ、今回の「ガソリン車並み」との説明に問題があることを日経自身が認めているようにも見える。

この記事にはもう1つ問題を感じた。記事の終盤を見た上で、その問題を指摘したい。

【日経の記事】

リチウムイオン電池は正極と負極の間をリチウムイオンが行き来することで電気を取り出したり充電したりする。新型電池では正極材と負極材の素材の配合を変えて多くのリチウムイオンをためられるようにした

GSユアサは車載リチウムイオン電池で世界4位。世界首位のパナソニックを含め日本の車載電池メーカーは品質や性能で先行する。ただ追い上げる中韓勢との価格競争に巻き込まれないためにも電池の性能向上が欠かせない。

英国やフランスが40年までにガソリン車などの販売を禁止する方針を表明するなど、EVの需要拡大が予想されている。GSユアサも新型電池で供給先の拡大を図る。


◎「新型電池」は開発済み?

記事の冒頭では「1回の充電で走れる距離を2倍に伸ばす新型電池の量産を2020年にも始める」と書いている。では、「新型電池」の開発には成功しているのだろうか。
豪雨で被害を受けた比良松中学(福岡県朝倉市)
         ※写真と本文は無関係です

三菱商事などと共同出資する電池製造会社、リチウムエナジージャパン(LEJ)が開発する」との記述からは「開発はこれから」と解釈できる。しかし、読み進めると「新型電池では正極材と負極材の素材の配合を変えて多くのリチウムイオンをためられるようにした」と開発を終えているかのような説明も出てくる。開発済みかどうかは明確にしてほしかった。

量産の時期は「2020年にも」とかなり先だ。開発自体がこれからならば、量産の開始時期がかなり先なのも納得できる。それ以外の理由で量産が「2020年」以降になるのならば、その理由にも触れてほしいところだ。

今回の記事は「アイ・ミーブの走行距離を2倍に伸ばせるようにLEJが頑張って新型電池を開発します。早ければ2020年に新型電池の量産を始めます」といった程度の話に見える。

それを「技術革新によりEVの実用性が高まり、普及が加速する可能性がある」などと大げさに意義付けして1面に持ってきたのが間違いだ。記者が自分で1面に売り込んだのか、デスクに求められて大げさに書いたのかは分からない。だが、この手の「騙し」は結局、日経への信頼を損なうだけだ。そのことを関係者はよく考えてほしい。


※今回取り上げた記事「EV電池、走行距離2倍 GSユアサ、ガソリン車並みに
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170808&ng=DGKKASDZ07IIF_X00C17A8MM8000

※記事の評価はD(問題あり)。

2017年8月7日月曜日

二兎を追って迷走した日経 松尾博文編集委員「経営の視点」

7日の日本経済新聞朝刊企業面に載った「経営の視点~EV革命と石油の終わり 事業の寿命、自問続けよ」という記事は迷走気味の内容だった。話の焦点が絞り切れていないと言うべきだろうか。筆者の松尾博文編集委員はまず以下のように書いている。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

英仏政府が2040年までにガソリン車の国内販売を禁じる方針を決めた。トヨタ自動車とマツダは電気自動車(EV)の共同開発を視野に資本提携で合意した。EVの台頭や、再生可能エネルギーの急速なコスト低減が、石油の大量消費を前提とする20世紀型の社会・産業構造を変えようとしている

液化天然ガス(LNG)はいつまで必要か

「ずっと続くと信じてやっている」

三菱商事の垣内威彦社長の問いに、エネルギー部門の幹部は気色ばんだ。同社の16年3月期決算は資源安の影響を受け、初の連結最終赤字に沈んでいた。

同年4月に就任した垣内社長がまず手をつけたのは150に及ぶ事業単位の「仕分け」だった。それぞれの事業を5段階に分類し、ピークアウトしたと判断した事業は撤退も考える

三菱商事はLNGビジネスのパイオニアだ。1969年に投資を決めたブルネイLNGプロジェクトは「失敗すれば三菱商事が3つつぶれる」と言われた。この決断が花開き、原料炭などとともに三菱商事を支える主力事業に育った。

だが、「どんな事業、どんなビジネスモデルにも寿命がある」と、垣内社長は言う。過去に安住して未来はない。ピークアウトに向き合い、どう乗り越えるのか。問われているのは変化への対応力だ。中核事業だからこそ自問を迫った


◎なぜ「LNG」?

EVの台頭や、再生可能エネルギーの急速なコスト低減が、石油の大量消費を前提とする20世紀型の社会・産業構造を変えようとしている」と問題提起した後に出てくるのが、なぜか三菱商事の「LNG」の話だ。どうしても記事のような展開にしたいのならば「石油や天然ガスの大量消費を前提とする20世紀型の社会・産業構造を変えようとしている」とでもすべきだ。
九州北部豪雨後の朝倉光陽高校(福岡県朝倉市)
         ※写真と本文は無関係です

さらに言えば「中核事業だからこそ自問を迫った」結果、どうなったのかは触れてほしい。「それぞれの事業を5段階に分類し、ピークアウトしたと判断した事業は撤退も考える」のならば、「LNG」についても「ピークアウトしたと判断した」のかどうか答えが出ているのではないか。「5段階」のどこに分類したのかも入れてほしい。

仮に「LNGに関しては縮小路線に転じない」と判断したのであれば「石油の大量消費を前提とする20世紀型の社会・産業構造を変えようとしている」事例としては不適切だ。

続きを見ると、さらに分かりにくくなる。

【日経の記事】

燃料転換にとどまらず、人工知能(AI)やIoT、シェアエコノミーなど、自動車を起点とする革命は全産業に広がる可能性がある。誰が主導権を握るのか。垣内社長は「見極めるためにも自動車ビジネスに関与し続ける」と話す。



◎「自動車ビジネスへの関与」とは?

見極めるためにも自動車ビジネスに関与し続ける」という「垣内社長」のコメントが唐突だ。「自動車ビジネスに関与し続ける」とは「LNG」事業を続けるという意味なのだろうか。それとも全く別の事業を通じて「関与し続ける」のか。記事からは判断できない。

記事の後半では「事業の寿命、自問続けよ」という話から離れて、石油消費そのものがテーマになっていく。続きを見ていこう。

【日経の記事】

石油のピークはいつか。ここ数年、関心を集めるテーマだ。「地球上には経済成長を支えるだけの石油がない」とするかつての議論ではない。温暖化対策や、自動車・発電の燃料転換によって石油消費は遠からず減少に転じ、石油が余る時代が来るとの見方だ。

「石油の終わり」と決めつけるのは早計だ。英メジャー(国際石油資本)、BPのチーフエコノミスト、スペンサー・デール氏は「現在、200万台のEVが35年に1億台に増えても、失われる石油需要は日量300万~400万バレル。1億バレル前後の需要全体でみれば小さい」と指摘する。EVの実力を見極めるにはもう少し時間が必要だろう。

ただし、国家運営を石油収入に頼る産油国は小さな可能性も見過ごせない。国際エネルギー機関(IEA)の事務局長を務めた田中伸男・笹川平和財団会長は、「国営石油会社の新規株式公開(IPO)など、サウジアラビアが大胆な改革を進める背景には石油の需要ピークへの備えがあるのではないか」と見る。

仏トタルの生産量は10年前、石油が7割、天然ガスが3割だったが、今は5対5。パトリック・プヤンネ最高経営責任者(CEO)は「35~40年にはガス比率がさらに上がり、再生可能エネルギーが全体の2割を占めるだろう」と語る。

メジャーとはもはや、巨大石油企業の代名詞ではない。エネルギー大転換のうねりは速度を上げ、国家と企業に変身を迫る。


◎結局、松尾編集委員はどう見てる?

上記のくだりからは、石油消費のピークアウトについて松尾編集委員がどう見ているのかも分かりにくい。「『石油の終わり』と決めつけるのは早計だ」「EVの実力を見極めるにはもう少し時間が必要」というのならば、「石油の大量消費を前提とする20世紀型の社会・産業構造」が大きく変わると考えるのも「早計」ではないのか。
豪雨で橋梁が流されたJR久大本線(大分県日田市)
           ※写真と本文は無関係です

なのに記事の最後では「エネルギー大転換のうねりは速度を上げ、国家と企業に変身を迫る」と結論付けている。これでは説得力がない。それに記事の後半では「事業の寿命、自問続けよ」という話とほとんど関連がなくなっている。サウジアラビアの「国営石油会社」も「仏トタル」も事業環境の変化に対応しようとはしているのだろうが、「事業の寿命」を「自問」しているようには見えない。

「石油消費のピークアウトが迫っており、関連企業は大きな変革を迫られそうだ」と訴えたかったのか。それとも「企業は中核事業であってもその寿命を常に自問し、時には躊躇なく撤退すべきだ」と伝えたかったのか。焦点が絞り切れずに記事を展開させているので、全体として説得力がなくなっている。「二兎を追う者は一兎をも得ず」。松尾編集委員にはこの言葉を贈りたい。


※今回取り上げた記事「経営の視点~EV革命と石油の終わり 事業の寿命、自問続けよ
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170807&ng=DGKKZO19712870W7A800C1TJC000


※記事の評価はD(問題あり)。松尾博文編集委員への評価はDを据え置く。

2017年8月6日日曜日

満島ひかりは「若手女優」? 日経 古賀重樹編集委員に問う

日曜の日本経済新聞には最近「NIKKEI THE STYLE」という別刷りに近い紙面ができた。今回はそこに載った「challenger Interview 満島ひかりさん 女優~役者は嘘のない詐欺師。島ではそれができた」という記事を取り上げたい。筆者は文化部の古賀重樹編集委員。記事の冒頭から「この人は書き手として信頼して大丈夫なのかな」と思わせる記述が出てくる。
九州北部豪雨で被害を受けた「三連水車の里あさくら」
    (福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

「奄美に来るとすごくよく眠れる。子供のころから」。日本映画を背負う若手女優の1人はそう言って笑う。


◎31歳で「若手女優」?

満島ひかりは「1985年生まれ」で31歳。「2009年『愛のむきだし』で注目」されたとすると、そこからでも8年が経っている。なのに「若手女優」なのか。明確な境界線がないのは分かるが、一般的に言えば20代前半までではないか。

古賀編集委員は社内でもポジションを確立していて、かなり自由に記事が書けるのだろう。それが災いしているのか、説明が不十分な記述も散見された。ついでに、いくつか指摘しておこう。

【日経の記事】

その後、結婚を経て「芝居との距離がよくわからなくなった。自分の芝居が形にされている気がして。わからないことがしたくてやってたのに」。「海辺の生と死」を読み「もうそんなこと言ってられない映画が来た。自分で自分を暴くぞ、と思った」。再び限界に挑んだ満島。いつか「死の棘」にも挑んでほしい。


◎唐突に「死の棘」では…

上記の書き方だと満島ひかりには夫がいる印象を受ける。実際は昨年に離婚しているようだ。結婚に触れるのならば、その後の離婚も読者に伝えておくべきだろう。
九州北部豪雨後の筑後川(福岡県朝倉市)
          ※写真と本文は無関係です

唐突に「いつか『死の棘』にも挑んでほしい」と出てくるのも頂けない。自由自在に書き過ぎだ。今回の記事は「海辺の生と死」という映画が主題になっていて、その原作者が島尾ミホ。記事中に「夫・島尾敏雄の小説の要素も加え」という記述はあるが、他では「島尾敏雄」に言及していない。

死の棘」とは「島尾敏雄」の代表作らしい。古賀編集委員にとっては自明の話なのだろう。だが、読者にとってもそうだと考えるのは無理がある。こういう書き方からは「自分が分かっていることは読者も分かっているはずだ」との前提を感じる。そうした不親切さが残る限り、古賀編集委員が優れた書き手になることはないはずだ。


※今回取り上げた記事「challenger Interview 満島ひかりさん 女優~役者は嘘のない詐欺師。島ではそれができた


※記事の評価はD(問題あり)。古賀重樹編集委員への評価も暫定でDとする。

2017年8月5日土曜日

二重に誤解を招く日経「ヤマト運輸の荷物数 伸び率最小」

5日の日本経済新聞朝刊企業1面に載った「ヤマト運輸、荷物数3.2%増 7月、伸び率は最小」という記事は「伸び率」に関して二重に誤解を招く恐れがある。まず「7月、伸び率は最小」という見出しだ。これを目にした読者はどう理解するだろう。「最小」が「7月としては」なのか「全ての月で」なのかは微妙ではある。だが、「ヤマトが荷物数の公表を始めてから最小の伸び率になった」とは思うはずだ。ところがそうではない。
宝満川(福岡県久留米市・佐賀県鳥栖市)
      ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

宅配最大手のヤマト運輸は4日、7月に取り扱った宅配便の荷物数が前年同月比3.2%増の1億8570万個だったと発表した。従業員の働き方改革で荷物の引き受けを減らす方針を打ち出しているが、インターネット通販の荷物の増加が続いている。ただ、当日配送を縮小した効果などがあり、伸び率は4月以降で最も小さくなった

ヤマトは2017年度の1年間に取り扱う荷物数を16年度比8200万個減らす計画を立てていたが、4月以降も増加が続いているため、同3600万個減に修正した。荷物が本格的に減り始めるのは、大口顧客との交渉が妥結する10月以降になる見通しだ。


◎色々と誤解が…

最初に見出しを見た時は「3.2%増で伸び率が最小ってすごいな。伸び率がマイナスになったことがないだけでも凄いのに、3%さえ下回らずに来たのか」と感じた。そこで本文も読んでみると「伸び率は4月以降で最も小さくなった」と書いてある。今年4月から7月までの4カ月で「最小」というわけだ。これで見出しに「7月、伸び率は最小」と持ってこられても困る。

伸び率は4月以降で最も小さくなった」ということは今年3月以来の低水準なのかと思って調べてみると、それも違っていた。ヤマトの発表資料によると「3.2%増」は2015年5月(0.9%増)以来の低い伸びだったようだ。

だとしたら、「伸び率、2年2カ月ぶり低水準」には触れてほしかった。荷物数を減らす計画の17年度に入ってからも「増加が続いている」ので「4月以降」で見たのだとは思う。その情報を入れるなとは言わないが、「2年2カ月ぶり低水準」の方が重要だ。

その情報が記事に入っていれば整理部の担当者も「7月、伸び率は最小」と見出しを付けずにも済んだし、読者に誤解を与えるリスクも大きく軽減できたのだが…。


※今回取り上げた記事「ヤマト運輸、荷物数3.2%増 7月、伸び率は最小
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170805&ng=DGKKASDZ04I2U_U7A800C1TJ1000

※記事の評価はD(問題あり)。

2017年8月3日木曜日

日経の悪癖「When抜き」が出た「カンロ、グミの生産能力2倍」

日本経済新聞の企業ニュース記事では、将来のことを書いているのに「When」が抜けてしまう事例が珍しくない。3日の朝刊企業1面に載った「カンロ、グミの生産能力2倍 27億円で新ライン」という記事でも悪癖が出ている。
豪雨被害を受けた比良松中学と近くの橋(福岡県朝倉市)
          ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】 

カンロはグミを増産する。長野県松本市にある松本工場に約27億円を投じて生産ラインを新設。生産能力を2倍に高める。同社はグミを成長事業として位置づけており、市場で現在約1割のシェアを2021年までに2割に引き上げる目標を掲げている

松本工場で生産ラインを1本新設する。10~30代の女性に人気がある主力の「ピュレグミ」や新製品を中心に増産。グミをつくる朝日工場(長野県朝日村)とあわせ生産能力は現状に比べて2倍になる。同社は果実などを加えたヘルシーなイメージがあるグミは今後も需要が高まるとみている


◎「増産する」のはいつ?


この記事の柱は「グミを増産する」ことだ。増産が始まる時期は記事を構成する必須の要素と言える。「増産」と時期が完全に一致するわけではないが「生産能力を2倍に高める」時期で代替する手はある。だが、記事ではいずれにも言及していない。
豪雨被害を受けたJR日田彦山線(大分県日田市)
     ※写真と本文は無関係です

市場で現在約1割のシェアを2021年までに2割に引き上げる目標を掲げている」との記述から増産が「2021年まで」のどこかの時点で始まるのは分かる。だが、これだけでは増産時期に言及したことにはならない。

生産規模に触れていないのも頂けない。「生産能力は現状に比べて2倍になる」ようだが、どの程度の「生産能力」になるのか不明だ。「カンロが生産規模を公表していない」と記者は弁明するかもしれない。だが、「市場で現在約1割のシェア」と書いているのだから、グミの市場規模から現状の生産規模を推測できる。その程度の情報は盛り込む努力をしてほしい。

ちなみに、SankeiBizの記事(2017年3月26日付)に「グミの国内の市場規模(明治調べ)」というグラフが出ていて、それによると2016年の市場規模は「635億円」らしい。

さらについでに言うと、生産能力とシェア目標に整合性の問題もある。ここでは「生産能力は現状に比べて2倍になる」結果、生産量も販売金額も2倍になると仮定する。

グミは今後も需要が高まるとみている」のだから、全体の市場も拡大すると考えよう。全体の市場規模が不変との条件下で、カンロが生産を2倍にして他社のシェアを食えば「市場で現在約1割のシェアを2021年までに2割に引き上げる」ことになる。だが、市場規模は拡大するのだから、自社の生産規模を2倍にしても1割のシェアを2割に高める結果にはならないはずだ。

もう1つ追加で指摘したい。同じ情報の繰り返しについてだ。この記事では「生産能力を2倍に高める」と最初の段落で書き、次の段落でも「生産能力は現状に比べて2倍になる」とダブらせている。これは避けてほしい。短い記事で同じ話を繰り返すと、盛り込める情報量はどんどん少なくなっていく。

ニュース記事を書く記者には、重複を避けて書く技術を身に付けてほしい。記事の粗製乱造に慣れている企業報道部のデスク・キャップがそうした技術を教えてくれる可能性はかなり低い。それが若手の記者にとっては辛いところだが…。


※今回取り上げた記事「カンロ、グミの生産能力2倍 27億円で新ライン
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170803&ng=DGKKASDZ02HJF_S7A800C1TJ1000

※記事の評価はD(問題あり)。