30日の日本経済新聞朝刊1面に菅野幹雄ワシントン支局長が書いた「米、民主主義を守れるか」という記事では「民主主義の再建の成否は向こう数十年を左右する世界秩序の命綱だ」と訴えている。しかし話が漠然としていて説得力は感じなかった。
夕暮れ時の佐田川 |
記事の終盤を見てみよう。
【日経の記事】
1930年代も世界秩序に暗雲が垂れこめた。ルーズベルト氏が大統領になる約1カ月前、ナチス党を率いるヒトラーがドイツ首相に就いた。民主主義の隙を突いた専制主義の台頭を米国も止められず、世界は2度目の大戦に向かった。
いまの世界が直面するのも中国やロシアなど専制体制とのせめぎ合いだ。「米国民の多くは民主主義への信頼を失っている」。楊潔篪(ヤン・ジエチー)共産党政治局員は3月、米側代表団の面前で言い放った。米ジョンズ・ホプキンス大学のヤシャ・モンク准教授は「民主国家は苦しい立場に置かれている」と指摘する。
分断の修復には粘り強い取り組みが欠かせない。「いまは安定と落ち着きを取り戻す時だ」。米世論調査の第一人者、ジョン・ゾグビー氏は若い世代や多様性の重視を通じて結束の糸口をつかむよう提案する。
民主主義の再建の成否は向こう数十年を左右する世界秩序の命綱だ。100日を超えたこれからの行動こそが、78歳の老練な大統領に問われる。
◎分断してたら民主主義じゃない?
まず記事の書き方で2つ指摘したい。
「ルーズベルト氏が大統領になる約1カ月前、ナチス党を率いるヒトラーがドイツ首相に就いた」と菅野支局長は書いている。なぜ「ルーズベルト氏」にだけ敬称を付けたのか。
歴史上の人物に敬称は要らないと思うが「ルーズベルト氏」とするならば「ヒトラー」にも敬称を付けるのが筋だろう。
「楊潔篪(ヤン・ジエチー)共産党政治局員」がどこの国の人か分からないのも引っかかる。中国だろうと推測はできるが、明示すべきだ。菅野支局長には後輩の手本となる丁寧な書き方を心掛けてほしい。
本題に入ろう。
「民主主義の再建の成否」と書いているので「米国では民主主義が壊れている」と菅野支局長は認識しているのだろう。しかし、その根拠がよく分からない。記事からは2つの候補が浮かぶ。
まずは「1月6日、選挙結果を覆そうと暴徒化したトランプ前大統領の支持者がこの連邦議会議事堂に乱入した」件だ。これで壊れたとの判断ならば「再建」は難しくない。警備を厳しくすればいい。
もう1つは「分断」だ。
「分断の修復には粘り強い取り組みが欠かせない」などと菅野支局長は書いており「分断の修復」と「民主主義の再建」を関連付けている印象を受ける。
しかし「分断」と「民主主義」は両立する。米国でも多少のゴタゴタはあったが大統領選挙を受けて平和的に政権交代を実現している。個人的には「民主主義の再建」が必要だとは感じない。「民主主義」がきちんと機能しているように見える。
例えば、トランプ氏が憲法停止を宣言して強引に政権を維持するような状況であれば「民主主義の再建」が必要だと感じるが、そうはなっていない。
どういう基準で壊れたと見なすのか。何を実現できれば「民主主義の再建」と言えるのか。そこを明確にしないまま「民主主義の再建の成否は向こう数十年を左右する世界秩序の命綱だ」と言われても困る。
ついでに言えば、なぜ「数年」や「数百年」ではなく「数十年」なのかも、なぜ「世界秩序の命綱」なのかも菅野支局長は教えてくれない。
「いまの世界が直面するのも中国やロシアなど専制体制とのせめぎ合いだ」と菅野支局長は書いている。ならば米国が「専制体制」に近付いた方が米中対立が和らぎ「世界秩序」は安定するとの見方もできる。
米国で「民主主義の再建」が進んだ結果として「中国やロシアなど専制体制とのせめぎ合い」が強まり、新たな「大戦」に繋がる可能性も当然にある。「民主主義の再建」が「世界秩序」を守る方向に作用するとは限らない。
菅野支局長は深く考えずに何となく結論を絞り出したのだろう。だが、それでは記事に説得力は生まれない。もっと突き詰めて考えてから記事を書いてほしい。
※今回取り上げた記事「米、民主主義を守れるか」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210430&ng=DGKKZO71490550Q1A430C2MM8000
※記事の評価はD(問題あり)。菅野幹雄氏への評価もDを据え置く。菅野氏については以下の投稿も参照してほしい。
「追加緩和ためらうな」?日経 菅野幹雄編集委員への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_20.html
「消費増税の再延期」日経 菅野幹雄編集委員の賛否は?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_2.html
日経 菅野幹雄編集委員に欠けていて加藤出氏にあるもの
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_8.html
日経「トランプショック」 菅野幹雄編集委員の分析に異議
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_11.html
英EU離脱は「孤立の選択」? 日経 菅野幹雄氏に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_30.html
「金融緩和やめられない」はずだが…日経 菅野幹雄氏の矛盾
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_16.html
トランプ大統領に「論理矛盾」があると日経 菅野幹雄氏は言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_24.html
日経 菅野幹雄氏「トランプ再選 直視のとき」の奇妙な解説
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/blog-post_2.html
MMTの否定に無理あり 日経 菅野幹雄氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/mmt-deep-insight.html
「トランプ流の通商政策」最初の成果は日米?米韓? 日経 菅野幹雄氏の矛盾https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/blog-post_27.html
新型コロナウイルスは「約100年ぶりのパンデミック」? 日経 菅野幹雄氏に問うhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2021/01/100.html
「中間選挙が大事」は自明では?日経 菅野幹雄氏「Deep Insight」に足りないものhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2021/02/deep-insight.html
「『マルチの蘇生』最後の好機」に根拠欠く日経 菅野幹雄氏「Deep Insight」https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/03/deep-insight.html