2021年9月30日木曜日

「カルテルを容認」してでも物価を上げるべき? 日経「解読 経財白書(3)」

「物価は安定しているより、しっかり上昇した方がいい」という前提の記事を最近よく目にする。30日の日本経済新聞朝刊 経済・政策面に載った「解読 経財白書(3)デフレ体質 根強いまま~値上げに動けぬ企業多く」という記事もそうだ。しかし、どうも納得できない。記事の全文を見た上で理由を述べたい。

夕暮れ時の筑後川

【日経の記事】

デフレ脱却を掲げたアベノミクスが始まって8年以上が経過し、物価上昇率は恒常的なマイナス圏からは脱した。だが米欧に比べれば伸びは鈍い。2021年度の経済財政白書は、日本のデフレ体質が根強く残る理由として値上げを強く回避する企業の姿勢があると分析した。

白書は価格の「上がりにくさ」を調べるため、価格の変動率が前年比マイナス0.5~プラス0.5%とゼロ近傍にある品目が消費者物価指数(CPI、総合)を構成する品目でどれほどの割合になっているのか計算した。1990年代後半まではおおむね10~20%の割合で推移していた。だが物価上昇率がマイナスとなった99年には50%程度まで増加した。

政府・日銀が13年に2%の物価上昇率を目標に据えた後も、価格が据え置かれた品目の割合は高止まりしている。白書は「いまだに企業の価格決定には粘着性が高く、ゼロ近傍期待形成には変化は見られていない」と指摘した。

東大の渡辺努教授は「政策当局者も研究者も、日本の企業が値上げをこれほど避けているとは思っていなかった」と漏らす。

その上で「価格形成の粘着性が問題なら、その行動を変えるにはどうすればよいかをさらに分析し、直接効果がある政策を立案する必要がある」と述べる。

渡辺教授が提案するのは名目賃金上昇率の目標設定だ。仮に物価上昇率2%、生産性上昇率2%を目指すなら、4%の賃上げ目標を政府・日銀で共有する。「時限的に業界内で値下げを回避するカルテルを容認するのも一案だ」という。

企業が価格を決める手法や過程は複雑で、POS(販売時点情報管理)など様々なデータを使った分析も進んでいる。渡辺教授は「白書全体にいえるが、政府統計だけでなく、民間の非伝統的データをもっと活用した分析に取り組んでほしい」と注文する。

政府の経済分析も従来の枠組みにとらわれない試みが重要になる。


◎「価格形成の粘着性が問題」?

物価上昇率は恒常的なマイナス圏からは脱した。だが米欧に比べれば伸びは鈍い」と聞くと「物価上昇率」は高い方がいいと感じる。しかし同意できない。日経自身が28日の記事で「インフレ懸念再燃、米金利1年半ぶり、原油3年ぶり高値」と伝えている。物価が「ゼロ近傍」で安定していて「インフレ懸念」も強くない日本の状況は悪くない。

なのに「デフレ体質 根強いまま」と問題視してしまう。しかも、本当に「デフレ体質」が「根強いまま」ならば、物価の「下がりやすさ」を伝えればいいのに「上がりにくさ」に着目してしまう。そして「価格の変動率が前年比マイナス0.5~プラス0.5%とゼロ近傍にある品目が消費者物価指数(CPI、総合)を構成する品目でどれほどの割合になっているのか」で「デフレ体質」を見てしまう。

上がりにくさ」が強固ならば「インフレ回避体質」とでも呼んだ方がいい。「いまだに企業の価格決定には粘着性が高く、ゼロ近傍期待形成には変化は見られていない」とすると、物価の持続的安定が見込めて良いのではないか。

ところが「時限的に業界内で値下げを回避するカルテルを容認するのも一案だ」という自由競争を制限するようなコメントまで出てくる。「東大の渡辺努教授」は「価格形成の粘着性が問題なら~」とも発言しているが、なぜ「価格形成の粘着性が問題」なのかは教えてくれない。個人的には、そこに「問題」は感じない。「カルテルを容認」してまで物価を上げる必要はない。

渡辺教授が提案するのは名目賃金上昇率の目標設定だ」という話から推測すると「賃金を上げるためには物価が上がらなければ」との問題意識があるのだろう。

だが物価と賃金がともに2%上がっても、ともに横ばいでも、実質的な差はない。物価が2%上がれば賃金はそれ以上に上がる訳でもない。

次の首相となる岸田文雄氏も「デフレ脱却が最優先」などと述べているらしい。日本の物価はずっと「ゼロ近傍」で安定していて問題はない。

なぜ、そんなに物価を上げたがるのか。謎だ。


※今回取り上げた記事「解読 経財白書(3)デフレ体質 根強いまま~値上げに動けぬ企業多く

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210930&ng=DGKKZO76180940Q1A930C2EP0000


※記事の評価はC(平均的)

2021年9月29日水曜日

週刊エコノミストでの「ハイパーインフレ」予測に無理がある藤巻健史氏

フジマキ・ジャパン代表取締役の藤巻健史氏はまともな書き手だった記憶がある。しかし週刊エコノミスト10月5日号に載った「異次元緩和の帰結 絵空事ではない『日銀破綻』~預金通帳の『紙くず』リスク」という記事を読むと強引な煽りが目に付く。中身を見ながら具体的に指摘したい。

西鉄大牟田線と夕陽

【エコノミストの記事】

現在1ドル=110円前後で推移するドル・円相場について、筆者は「円安」だと認識していない。国力に比べて、かなりの「円高」だと捉えている。日本はこの40年来、「世界の主要国で断トツの低成長」であり、その原因は円が日本の実力に比べて強すぎたことにある。

だが、「国力に比べて強すぎる円」は近い将来、暴落し、制御不能なインフーションに陥る「ハイパーインフレ」を招くと考えている。現在の日本円は無価値となり紙幣や預金通帳は、ただの紙くずになってしまうだろう


◎政府もなくなる?

百歩譲って「ハイパーインフレ」が「近い将来」起きるとしよう。しかし、なぜ「現在の日本円は無価値」となるのか。実質的な価値が大幅に下がったとしても「無価値」となるのは解せない。政府や自治体が「日本円」での納税を認めなくなるということか。米ドルなどでの納税を求められるのか。それとも政府が消えてなくなるのか。どちらも考えにくいが…。

続きを見ていく。


【エコノミストの記事】

通常の「インフレ/デフレ」は、商品やサービスの需給関係によって起きるが、ハイパーインフレ発生のメカニズムは通常の需給では説明できない。それは、中央銀行の信用が失墜し、通貨の信認が失われる事態により発生する。中銀の信用失墜は、中銀が債務超過に陥るといった、財務内容の健全性が失われることによって起きるのだ

そのような事態を避けるため、「通貨の番人」たる矜持(きょうじ)を忘れなかったかつての中銀は、価格が大きく下落する可能性のある金融資産を決して保有しなかった。

ところが、今の日銀は上場投資信託(ETF)に買い入れを通じて日本株の「最大の株主」になっている。また、保有国債の大部分は償還期限10年の長期債(21年7月末で534兆円中、504兆円保有)だ。世界の主要な中銀で、金融政策目的で株式を保有しているのは日銀だけであり、バランスシート(貸借対照表、総資産約723兆円)に対して長期国債をこれほどまでに保有しているのも日銀だけである(図)。中短期の国債に比べても同じ幅の金利上昇、例えば1%であっても長期債のほうが値段の下落幅が大きくリスクが高い。

中には「中銀が債務超過になったら、政府が資本補てんすればいい」という識者がいるが、とんでもない暴論だ。もしそのようなニュースが世界に流れたら、その途端に円の売り浴びせが起こり、日銀には対抗手段がない。日本政府は毎年、歳出が税収を大幅に上回る財政赤字が続いており、国民から徴収した税金で、失われた日銀の信認が回復できるような資本注入ができないからだ


◎色々と違うような…

中銀が債務超過に陥るといった、財務内容の健全性が失われること」によって「通貨の信認が失われる事態」が生じて「ハイパーインフレ」に陥り「現在の日本円は無価値」になると藤巻氏は見ている。

無価値」になるとの説明に無理があることは既に述べた。ここでは、それ以外の部分の問題点を見ていこう。

まず日銀が「近い将来」に「債務超過に陥る」と言えるだけの材料が乏しい。日本株の暴落が起きるのならば「上場投資信託(ETF)」を大量に保有する日銀の財務内容は悪化するが、暴落が「近い将来」に起きる理由は示していない。

保有国債」については、「金利上昇」が価格下落につながるのはその通りだが、そもそも日銀が「金利」をコントロールしている。日銀には長期金利を抑え込む力があるし、その力をこれまでに証明している。なのになぜ国債の「価格が大きく下落する」リスクを心配する必要があるのか。

百歩譲って「近い将来」に日銀が「債務超過に陥る」としよう。しかし「債務超過に陥る」と「ハイパーインフレ」になるとの見立ても説得力がない。1997~2000年にチリ中央銀行は債務超過に陥ったが、物価上昇率に大きな変化は起きなかったらしい。中央銀行の債務超過はそれほど珍しくない。

中央銀行が「債務超過」になっても「ハイパーインフレ」に至らないケースが多いとすれば、それでも日本が「ハイパーインフレ」になると信じる理由は何なのか。今回の記事からは見えてこない。

中銀が債務超過になったら、政府が資本補てんすればいい」という意見を「とんでもない暴論」と見るのも苦しい。

そのようなニュースが世界に流れたら、その途端に円の売り浴びせが起こ」ると藤巻氏は言うが、その根拠は示していない。仮に「売り浴びせ」が起きるとしよう。それでかなり円安になったとしても「通貨の信認が失われる事態」の原因となっていた「中銀」の「債務超過」は解消する。そこで円が下げ止まって「ハイパーインフレ」は回避できると見る方が自然だ。

日本政府は毎年、歳出が税収を大幅に上回る財政赤字が続いており、国民から徴収した税金で、失われた日銀の信認が回復できるような資本注入ができない」との理屈も謎だ。仮に「国民から徴収した税金」で「資本補てん」しなければ「ハイパーインフレ」が回避できないとしよう。

財政赤字が続いて」いるからと言って政府が徴税能力を失っている訳ではない。「ハイパーインフレ」回避が国民の大きな関心事になれば増税への理解も得られやすい。「失われた日銀の信認が回復できるような資本注入ができない」と決め付けるには材料不足だ。

記事の続きを見ていこう。


【エコノミストの記事】

そもそも日本の財政状況は、公的債務残高が国内総生産(GDP)比で237%(2020年)と、ワースト2位のイタリア(同133%)と比べてもG7(先進7カ国)の中で突出して悪い。この状況を13年3月に就任した黒田東彦総裁と日銀執行部が、「異次元緩和」という名のもと、実質的な「財政ファイナンス」を開始し、財政破綻の危機を先延ばしにした。

財政ファイナンスとは、「中央銀行が通貨を発行して国債を引き受けること」で、財政法5条で禁止されている。現在の日銀は市中から国債を買い入れており、直接引き受けではないとしている。黒田総裁は記者会見などで異次元緩和が「財政ファイナンスではない」と繰り返し説明している。とはいえ、発行中の国債の53%も日銀が保有する現状は、実質的な引き受けであり、財政ファイナンスと言わざるを得ない。


◎「財政破綻の危機」?

現状を「実質的な『財政ファイナンス』」と見ることに異論はない。しかし「財政破綻の危機を先延ばしにした」とは思えない。政府・日銀には日本円を無限に生み出せる力がある。なのに円建ての政府債務に関して「財政破綻の危機」などあるのか。

さらに続きを見ていく。


【エコノミストの記事】

異次元緩和の結果、日銀は資産に計上する国債と、負債側の日銀当座預金残高を急増させた。巨額に保有する国債の保有利回りは、20年度下半期で0・199%と0・2%を割っている。米国債では一晩で動くような幅で上昇すれば、評価損が発生してしまうし、評価損もまた巨額となりうる。日銀は、国債は満期まで持つ目的で保有し、時価評価する必要がない「償却原価法」で評価しており、「評価損は発生しない」と説明している。だが、肝心なのは日銀の自己認識ではなく、外部からの評価だ。外資系金融機関の審査部は、取引先の財務内容を常に時価会計で評価する。

日銀法で「物価の安定」を義務づけられている日銀は、国内でインフレが進行すれば、短期政策金利を引き上げねばならないが、現状では日銀当座預金への付利金利の引き上げしか方法はない。539兆円もの巨額の日銀当座預金残高に付利すれば、1%ごとに5・39兆円もの金利支払い増となる。20年度の日銀の純利益が約1兆4500億円で、損失に備えるための引当金勘定等が10・8兆円しかないのだから、政策金利を引き上げれば赤字決算となり、債務超過に陥りかねない。

日銀が債務超過になれば外資は撤退するだろう。日銀口座に資金残高を置くことが本部から禁止される。これは致命的だ。日本は国内で保有しているドル以外に、新たにドルを獲得する手段がなくなることになるからだ。ドルに交換できない通貨など世界中の誰もが受け取らなくなる。


◎「日銀が債務超過になれば外資は撤退」?

日銀が債務超過になれば外資は撤退するだろう。日銀口座に資金残高を置くことが本部から禁止される」と藤巻氏は言う。これに関して「あり得ない」と言える根拠を持っている訳ではない。しかし怪しい感じはする。中央銀行が債務超過に陥った国で必ず「外資は撤退」してきたのか。その辺りの材料が欲しい。

外資」が「撤退」すると「日本は国内で保有しているドル以外に、新たにドルを獲得する手段がなくなる」という話も信じがたい。米国に何かを輸出して、その代金を「ドル」で受け取るのは不可能になるのか。それとも輸出自体ができなくなるのか。

何らかの理由で輸出が不可能になるとしても、訪日外国人に土産物店などが「ドル」での支払いをお願いすることはできそうだ。そうやって「ドル」を得たとしても「日本」が「新たにドルを獲得」したとは言えないのか。

さらに記事見ていこう。


【エコノミストの記事】

筆者が今、注視しているのは、米長期金利の動向だ。米国が資産価格の上昇継続による資産効果で、日本のバブル期のような狂乱経済(1985~90年)を迎えれば、米国の消費者物価指数はかなりの上昇をするだろう。バブル当時の日本には、強烈な円高進行(84年末1ドル=251・58円、87年末は同122円)というすさまじいデフレ要因が存在したが、今の米国にはそうした歯止めとなる要素がない。

米長期金利が上昇すれば、日米長期金利差拡大でドル高・円安が進行する。エネルギーや食料価格などの輸入物価が上がり、長年デフレが続いてきた日本も、いよいよインフレが避けられなくなる。それでも、日銀は利上げという政策手段を「開封」することができない。債務超過になってしまうからだ。


◎単純に考えすぎでは?

まず「米長期金利が上昇すれば、日米長期金利差拡大でドル高・円安が進行する」という見方が単純すぎる。高金利通貨はインフレ率も高い傾向があるので、基本的には通貨安となりやすい。米国に関しても「消費者物価指数はかなりの上昇をする」から「長期金利が上昇」と見ているのならば、短期的にはともかく中長期的な「ドル高・円安」の心配はあまり要らない。

ここでも百歩譲って「ドル高・円安」になるとしよう。だからと言って「日本も、いよいよインフレが避けられなくなる」と見るのも早計だ。異次元緩和の開始後なども「ドル高・円安」となったが、日本の「インフレ」率に大きな動きはなかった。今回だけは「日本も、いよいよインフレが避けられなくなる」と見るべき理由があるのか。

記事の終盤も見ておく。


【エコノミストの記事】

必死に長期金利上昇を抑えようとするだろうが、その場合、物価はとどまることなく上昇してしまう。悪性インフレの進行だ。もし日銀が長期金利を抑えきれなければ債務超過となり、円が大暴落すると同時に、ハイパーインフレが現実味を帯びる。今まで日本、日銀に本格的な通貨危機が起きなかったのは、ひとえに景気低迷が続き、金利を上げる必要がなかったからに過ぎない。


◎債務超過回避でもハイパーインフレ

悪性インフレ」=「ハイパーインフレ」との前提で言うと、日銀は「長期金利上昇を抑え」て「債務超過」を回避するのに、なぜ「ハイパーインフレ」になってしまうのか。「ハイパーインフレ」は「中銀が債務超過に陥るといった、財務内容の健全性が失われること」で引き起こされるのではないか。

インフレが進行する中で日銀が「必死に長期金利上昇を抑え」れば実質金利はマイナスになる。個人的には歓迎しない事態だが、実質金利がマイナスになるだけで「物価はとどまることなく上昇してしまう」という理屈がよく分からない。そういう事例があるなら教えてほしい。

いよいよ結論部分だ。


【エコノミストの記事】

インフレを抑える能力のない日銀は、すでに中銀の体をなしていない。悪性インフレ鎮静化の過程で日銀は廃止され、新しい中銀を創設せざるを得ないだろう。第二次世界大戦後のドイツで、ハイパーインフレ収束のために、かつての中銀ライヒスバンクが廃止され、健全な債務内容の新中銀ブンデスバンクが作られたのと同じ道である


◎誤解してない?

第二次世界大戦後のドイツで、ハイパーインフレ収束のために、かつての中銀ライヒスバンクが廃止され、健全な債務内容の新中銀ブンデスバンクが作られた」という説明を信じれば「ドイツ」は「第二次世界大戦後」にも「ハイパーインフレ」を経験しているはずだ。

しかし「ドイツ」の「ハイパーインフレ」は1920代前半の話だ。そして「かつての中銀ライヒスバンク」の下で収束を見ている。藤巻氏の認識は違うのではないか。

最後に、自分も予言しておこう。藤巻氏の言う「近い将来」がどの程度か分からないが、仮に5年以内だとしよう。

「日本で5年以内にハイパーインフレが起きることはない」

これが自分の予言だ。どちらが正しいか、5年以内に分かるはずだ。


※今回取り上げた記事「異次元緩和の帰結 絵空事ではない『日銀破綻』~預金通帳の『紙くず』リスク

https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20211005/se1/00m/020/025000c


※記事の評価はE(大いに問題あり)

2021年9月28日火曜日

「女性の理工系人材」育成のためには男性差別もありと日経は訴えるが…

 28日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「育てたい女性の理工系人材」という社説では「女性の理工系人材」の少なさを「日本の大きな損失ではないだろうか」と問うている。そんな疑問を持つ必要はない。中身を見ながら、その理由を述べてみたい。

夕暮れ時の筑後川

【日経の社説】

これは日本の大きな損失ではないだろうか。経済協力開発機構(OECD)は、2019年に大学などの高等教育機関に入学した学生のうち、STEM(科学・技術・工学・数学)分野に占める女性の割合を公表した。

工学系では日本は16%(加盟国平均26%)、自然科学系では27%(同52%)だった。比較可能な36カ国のなかで、日本が最も低い。女性の理工系人材の育成が遅れていることは明らかだ。性別ゆえに個人の可能性が制約され、進学をためらわせる壁があるなら、なくさねばならない


◎適正な女性比率がある?

この手の話で引っかかるのは、すぐに海外と比較したがることだ。「工学系では日本は16%」で「加盟国平均26%」だとしても「だから日本は低すぎる」と問題視すべきなのか。それぞれの国の個性が出ているだけだろう。

性別ゆえに個人の可能性が制約され、進学をためらわせる壁があるなら、なくさねばならない」という考えには基本的に同意できる。ただ、社説を最後まで読んでも「進学をためらわせる壁」があるとは思えない。

続きを見ていこう。


【日経の社説】

まずは、「理工系は男性」という根強いステレオタイプだろう。本人が興味を持っていても、親や教師が後ろ向きで、諦めてしまう女子生徒は少なくない

現状の数の少なさゆえに、目標となるロールモデルがおらず、将来のイメージを持ちにくい面もあろう。小中高のうちから広く理工系の人と出会えるイベントなどを増やし、魅力を伝えていく工夫が大学や企業には求められる。


◎そんな教師いる?

理工系は男性」という「根強いステレオタイプ」がそんなに残っているのか疑問だ。「」はともかく「教師が後ろ向き」で「女性が理系なんてやめとけ。文系に変更しろ」などと言うのだろうか。ゼロとは言わないが、そういう「教師」が今も珍しくないと筆者はどうやって確認したのだろう。調査結果などの根拠を示してほしかった。

そもそも「工学系では日本は16%、自然科学系では27%」も女性がいるのならば「理工系は男性」という「ステレオタイプ」を維持する方が難しい。

現状の数の少なさゆえに、目標となるロールモデルがおらず、将来のイメージを持ちにくい面もあろう」という説明も納得できない。そもそも「目標となるロールモデル」が必要なのかとの疑問もあるが、仮に要るとしよう。だからと言って同性でなければならないのか。例えば、ピカソの絵を見て衝撃を受けて画家を目指せるのは男性だけなのか。

百歩譲って同性の「ロールモデル」が不可欠だとしよう。しかし身近にいなくてもいいはずだ。お笑い芸人を目指す上で身近にお笑い芸人がいる必要はない。メディアを通じて関心を持ったお笑い芸人を「ロールモデル」にできるはずだ。

インターネットを含め、これだけ情報が簡単に得られる時代なのだから「理工系」に関心を持った女性は少しネット検索するだけで「ロールモデル」の候補を見つけられるはずだ。

続きを見ていこう。


【日経の社説】

とりわけ大学の役割は大きい。まだ一部だが、女性を対象にした推薦入試枠を設けたり、入学の支援金制度を設けたりする大学もある。男性への逆差別という声もあるが、あまりに女性が少ない現状を考えれば妥当だ。


◎性差別を容認するほどの話?

男性への逆差別」になってもいいから「女性」を優遇すべきだと筆者は考えているようだ。「あまりに女性が少ない現状を考えれば妥当」なのか。「自然科学系では27%」という女性比率が低すぎると言える根拠は何なのか。OECD加盟国の平均を下回っていると男性を差別してでも引き上げなければならないのか。

高等教育機関」における「自然科学系」の入学定員が100人だとしよう。成績だけで選んだら男性が73人で女性が「27」人になったとする。しかし「女性が少なすぎる」との判断で男性23人を不合格とし、成績が上位100人に入れなかった女性の中の23人を合格とする。

これで男女の比率は同じになる。ただ、成績では上位100人に入っていたのに男性であることを理由に不合格になった23人は哀れだ。そうした性差別を制度として導入するのが「妥当」なのか。筆者には改めて考えてほしい。

社説を最後まで見ていこう。


【日経の社説】

研究を続けられる環境整備も欠かせない。3月に閣議決定された「科学技術・イノベーション基本計画」は、大学などに女性研究者の新規採用や登用について数値目標の設定や公表を促した。研究者として力をつける時期と子育て期は重なりやすい。両立のためのサポート体制や、研究資金の公募などで配慮した仕組みづくりも急務だ。もちろんセクハラなどを根絶することは大前提だ。

多様性があってこそ、新たなイノベーションが生まれ、技術の発展にもつながる。デジタル分野を中心に、優れた人材は企業で奪い合いになっている。産官学あげて、理工系に進む女性を後押ししたい


◎「多様性」は必要条件?

多様性があってこそ、新たなイノベーションが生まれ、技術の発展にもつながる」と筆者は言う。性別に関して「多様性」がないと「新たなイノベーション」は生まれないのか。

常識的に考えれば「新たなイノベーション」は個人でも生み出せる。「多様性」は必要条件ではない。男性数人でスタートアップを立ち上げた時に、性別の「多様性」がないから「新たなイノベーション」は生まれないと断言できるのか。

産官学あげて、理工系に進む女性を後押ししたい」と筆者は社説を結んでいる。性別や文系理系の別なく子供たちが自分にあった進路を選べるように「後押ししたい」と考える自分とは相容れないのかもしれない。


※今回取り上げた社説「育てたい女性の理工系人材

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210928&ng=DGKKZO76106430X20C21A9EA1000


※社説の評価はD(問題あり)

2021年9月27日月曜日

自らは「民間の知恵」を出さない日経 藤井彰夫論説委員長に「望むこと」

27日の日本経済新聞朝刊オピニオン2面に藤井彰夫論説委員長が書いた「核心~『第100代首相』に望むこと」という記事に絡めて「日経の論説委員長に望むこと」を記してみたい。記事の終盤を見ていこう。

耳納連山と夕陽

【日経の記事】

(新首相への)3つ目の要望が「新政策ビジョン」の策定だ。平成時代はバブル崩壊後の混乱からの再生にもがき苦しんだ30年だった。戦後の高度成長を支えた昭和モデルは賞味期限をすぎたのに新たな成功モデルはつくれなかった。

暗い未来予測だけでなく日本を元気にする将来ビジョンがあったほうがよい。絵空事ではなくデータや根拠に裏付けられた実効性が伴うものだ。策定には霞が関だけでなく民間の知恵も結集したい。政府内に政策会議が乱立しているが、思い切って再編し将来ビジョンをつくる会議を設けてはどうだろうか。


◎日経が「将来ビジョン」を打ち出そう!

日経の論説委員の多くは社説であっても明確な社論を打ち出したがらない。判断が難しい問題になると「しっかり議論を」で逃げてしまう。これでは意味がない。藤井論説委員長も例外ではないようだ。

今回の記事でも「暗い未来予測だけでなく日本を元気にする将来ビジョンがあったほうがよい」とは言うものの、具体策は示していない。

策定には霞が関だけでなく民間の知恵も結集したい」と思うのならば、まずは「民間の知恵」の1つとして日経が「日本を元気にする将来ビジョン」を打ち出してほしい。その上で新首相に「将来ビジョン」の策定と実行を迫るべきだ。

日本を元気にする」という抽象的な表現も引っかかる。これが「日本の経済成長力を高める」という意味ならば、有効な「ビジョン」を打ち出すのは困難だし、打ち出す必要もないと個人的には思う。

しかし藤井論説委員長は「あったほうがよい」との立場だ。日経には多くの記者もいて「知恵」も出せるはずだ。論説委員長という役職にありながら「将来ビジョンをつくる会議を設けてはどうだろうか」などと政府頼みでいいのか。

追加で注文を付けておきたい。記事は以下のように続いて終わる。


【日経の記事】

東京五輪・パラリンピックは時代の分水嶺になるのではないか」と冨山和彦・経営共創基盤グループ会長は言う。昭和への郷愁を残した五輪と、若いアーティストらの活躍が目立ったパラリンピックの開会・閉会式を比べ、ネット上では後者に新時代の息吹を感じたという意見が目立った。オリパラを通じ若い日本人アスリートの活躍に勇気づけられた人も多い。大谷翔平選手や藤井聡太三冠の活躍には目を見張るものがある。

必要なのは若者たちがいきいきと活躍できる昭和から令和への経済社会のバージョンアップだ。自民党総裁選から総選挙までの2カ月間は日本の将来にとって極めて重要な時期だ。与野党とも大きな将来ビジョンを示し、骨太な政策論争を繰り広げてほしい。


◎色々と分からないことが…

上記のくだりは説明が足りなさ過ぎて何が言いたいのかよく分からない。

東京五輪・パラリンピックは時代の分水嶺になるのではないか」とのコメントを使っているが「オリパラ」を境にどう「時代」が変わるのか謎だ。

強引に解釈すれば「オリパラ」前は「若者たちがいきいきと活躍でき」ない時代で、これからは違うということか。しかし「大谷翔平選手や藤井聡太三冠の活躍」は「オリパラ」前に起きている。

しかも「五輪」は「昭和への郷愁を残し」ていたらしい。「新時代の息吹を感じ」られたのが「パラリンピックの開会・閉会式」限定ならば、「時代」の変化も限定的となりそうなものだ。なのに「オリパラ」が「時代の分水嶺になる」のか。

必要なのは若者たちがいきいきと活躍できる昭和から令和への経済社会のバージョンアップだ」という書き方も上手くない。これだと「若者たちがいきいきと活躍できる」が「昭和」を修飾しているように見える。

必要なのは、若者たちがいきいきと活躍できる令和へと、昭和モデルを脱却して経済社会をバージョンアップさせることだ」などと直せば問題は解消する。

さらに疑問は残る。「大谷翔平選手や藤井聡太三冠の活躍」にも見られるように「令和」では「若者たちがいきいきと活躍できる」状況が既に実現している。なのになぜ「令和への経済社会のバージョンアップ」が「必要」なのか。

実は「若者たちがいきいきと活躍できる」環境は整っていないとの認識なのか。しかし、そう取れる記述は見当たらない。

色々と疑問が残る中で「与野党とも大きな将来ビジョンを示し、骨太な政策論争を繰り広げてほしい」と「しっかり議論を」型の結論に至ってしまう。

まずは日経の論説委員長として日本の将来に関する「大きな将来ビジョンを示し」てほしい。それが一読者として藤井論説委員長に「望むこと」だ。


※今回取り上げた記事「核心~『第100代首相』に望むこと

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210927&ng=DGKKZO76028760U1A920C2TCT000


※記事の評価はD(問題あり)。藤井彰夫論説委員長への評価はC(平均的)からDへ引き下げる。藤井論説委員長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

現状は「自由貿易体制」? 日経 藤井彰夫編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/07/blog-post_9.html

北欧訪問の意味がない日経 藤井彰夫論説委員「中外時評」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_12.html

農産物の「自由貿易」は望まない日経 藤井彰夫編集委員の矛盾
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/09/blog-post_28.html

2021年9月26日日曜日

日刊ゲンダイDigitalで財政破綻の危険性を論じた松島修氏の誤解

投資助言会社社長の松島修氏がどんな人物なのか分からないが、財政問題に関して誤った認識を持っているのは確実だ。25日付の日刊ゲンダイDigitalに載った「富を拡大するインテリジェンス2.0~日本の国債は国民の貸し付けだから安心なのか 麻生大臣かつて『ギリシャとは違う』と発言」という記事を見ながら問題点を指摘したい。

夕暮れ時の筑後川

【日刊ゲンダイDigitalの記事】

興味深いことに、世の中で大事なところに混乱があります。

財政問題も何が正しく、何が間違っているのか分からない状態が長年続いています。

2014年に麻生太郎氏(当時、副総理兼財務大臣・金融担当大臣)が、日本の国債が1000兆円の大台が近づいてきたことから「日本が破綻する」という報道に反対し、「日本国債のほとんどは日本人が買っており、国債は国民の借金ではなく国民の貸し付け。ギリシャとは違う。などから、破綻の心配はない」と発言しました。

多くの人がそれを信じ、今でも信じている人は多いですが、この発言には正しい部分と間違った部分があります

正しい部分は「日本はギリシャと違い、ギリシャ国債を買っている多くはギリシャ国民以外の外国人、日本国債を買っているのはほとんど日本人」だということです。

従って国が破綻すると、ギリシャは外国人への返済ができず、日本は国民への返済ができなくなります。

国をひとつの家族として考えると分かりやすいです。

家族の中で父親が放蕩し、銀行負債を1億円抱え、破産したとします。

父親が破産しても家族が連帯保証していなければ家族全体の資産は減りません。

しかし、父親の借金が銀行からではなく母親からだった場合、父親が破産すると母親の1億円の貸付金はなくなり、家族全体の資産は1億円減ります

困るのは家族です

前者がギリシャで、後者が日本です。

国債は国民の貸し付けなので、破綻したら一番困るのは貸付者である国民です。


◎「家族として考えると分かりやすい」?

この発言(麻生氏の発言)には正しい部分と間違った部分があります」と言いながら「間違った部分」には言及していない。「正しい部分」以外が「間違った部分」だとすると「破綻の心配はない」という発言を「間違った部分」と捉えているのだろう。しかし、間違いと言える根拠は示さずに「破綻の心配」がある前提で話が進んでいく。

政府は「破綻」を望まないとの前提で言えば、「破綻の心配」は要らない。「日本国債を買っているのはほとんど日本人」だからではない。政府・日銀は日本円を無限に創出できるからだ。松島氏はこの点を理解していないのか。あるいは、あえて無視しているのか。いずれにしても問題がある。

国をひとつの家族として考える」のも好ましくない。「父親の借金が銀行からではなく母親からだった場合、父親が破産すると母親の1億円の貸付金はなくなり、家族全体の資産は1億円減ります」と松島氏は例を挙げている。

この場合「父親」が政府で「母親」が国民なのだろう。しかし「父親」は日本円を創出する力を持っていない。この点で政府とは決定的に異なる。仮に「父親」が無限の通貨発行権を持っていたとしよう。「放蕩」が「破産」に結び付くだろうか。「父親」は簡単に「1億円」を生み出して「母親」に返済できるはずだ。

ちなみに、普通の「家族として考え」た場合も松島氏の解説には「間違った部分」がある。

困るのは家族です」という結論だ。「家族」の財政状況で負債を無視して資産だけで「考え」たために誤った説明になっている。

父親の借金が銀行からではなく母親からだった場合、父親が破産すると母親の1億円の貸付金はなくなり、家族全体の資産は1億円減ります」という説明に問題はない。ただ、「父親」の負債も「1億円」減る。純資産ベースで変化はない。

他に資産・負債がないと仮定すると、この「家族」の純資産は最初からゼロだ。「家族」の中で考えると「母親」は「困る」かもしれないが、「父親」は借金から解放される。全体として見て「困るのは家族」という認識は明らかに間違っている。

松島氏の言うことは信じるな。とりあえず、この結論でいいだろう。


※今回取り上げた記事「富を拡大するインテリジェンス2.0~日本の国債は国民の貸し付けだから安心なのか 麻生大臣かつて『ギリシャとは違う』と発言

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/295142


※記事の評価はE(大いに問題あり)

2021年9月25日土曜日

ルルを「風邪のひきはじめに、すかさず飲めばこじれる心配なし」と日経「春秋」は言うが…

薬を必要以上にありがたがる人は多い。個人の自由ではあるが、記事の書き手ならば科学的根拠に基づいてストーリーを作ってほしい。その点で25日の日本経済新聞朝刊1面に載ったコラム「春秋」に及第点は与えられない。中身を見ながら具体的に指摘したい。

夕暮れ時の筑後川

【日経の記事】

「クシャミ3回ルル3錠」。有名なこのキャッチコピーが登場したのは1956年にさかのぼるという。風邪のひきはじめに、すかさず飲めばこじれる心配なし。そんなセールスポイントをたくみに表現した「古典」だ。どこででも買える大衆薬ならではの広告だろう。

薬を体の中に入れる方法は3つある。口から飲みこんだ成分が小腸で吸収されて効果を発揮するのが、こうした風邪薬など内用薬。かたや目薬、点鼻剤、さまざまな塗り薬や座薬は外用薬だ。これらに比べると、体に針を刺して血管や筋肉に薬剤を入れる注射薬はいささか面倒をともなう。点滴となるとさらに厄介である。


◎誤解があるような…

大衆薬」の「ルル」について「風邪のひきはじめに、すかさず飲めばこじれる心配なし」と筆者は信じているようだ。しかし「ルル」を含め風邪薬に「風邪」を治す力はないとされている。「ルル」も効能としては「かぜの諸症状の緩和」をうたっているだけだ。

2020年11月22日付の時事通信の記事によると「市販のかぜ薬について、使用者の65%が『ウイルスを倒す効果がある』と誤解していることが武田コンシューマーヘルスケア(東京)の調査で分かった」らしい。「春秋」の筆者も誤解している1人かもしれない。

後半を見ていく。


【日経の記事】

新型コロナウイルスの軽症者を治療する手立てとして、いま注目の「抗体カクテル療法」は残念ながら点滴だ。病院以外でも対応できるようになってきたが限界はあろう。そんななかで待望久しい内用薬が、年内にも登場しそうだという。日本でいつ承認されるのか、効き目はどうなのか、これほど関心の高い話題はない。

「クシャミ3回――」なみに手軽に服用できて、軽症のうちにコロナ退散となれば画期的である。このウイルスが地上に現れてまもなく2年がたつ。飲み薬の実用化は、延々と続く戦いのゲームチェンジャーになるかもしれない。楽観は禁物だが、マスクで覆った顔を少しばかりほころばせている人がたくさんおられよう。


◎ワクチンは期待外れだったのに…

風邪は「ひきはじめ」に「ルル」を「退散」してくれるから怖くない。「新型コロナウイルスの軽症者」向けにも「ルル」のような「飲み薬」があれば「軽症のうちにコロナ退散」となり問題解決ーー。そんな認識を上記の説明からは感じる。

飲み薬の実用化」に至ったとしても「ルル」レベルの効き目しかないならば「ゲームチェンジャー」にはなり得ない。

飲み薬」に期待するなとは言わないが、「ゲームチェンジャー」を待望しているのならば、なぜワクチンが「ゲームチェンジャー」になれなかったのかを考えてほしい。

昨年12月9日の記事では「新型コロナワクチンの接種が8日、英国で始まり、『集団免疫』をもたらすとの期待が高まっている。人口の3分の2以上が免疫を獲得すれば、パンデミックが終息するとの予測もある」と日経は伝えていた。

治療薬で言えば、今回の「春秋」でも触れているように「抗体カクテル療法」を含めいくつかの承認済みだ。それでも社会全体としての「コロナ退散」には至っていない。なのに「飲み薬」ならば「ゲームチェンジャー」になるのではと見ているのか。

楽観は禁物」と言いながら「楽観」が溢れ過ぎているような…。


※今回取り上げた記事「春秋」

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210925&ng=DGKKZO76055230V20C21A9MM8000


※記事の評価はD(問題あり)

2021年9月23日木曜日

乏しい根拠でCEOを強引に批判するFACTA「ブリヂストンの『醜悪10年闘争』」

FACTAによる経営者批判は総じて品性と説得力に欠ける。10月号に載った「ブリヂストンの『醜悪10年闘争』」という記事もそうだ。冒頭で「前任と現任CEOの『自己チュー』で経営はガタガタ。創業100周年を迎えられるのか」と打ち出している。最後まで読んでも「前任と現任CEOの『自己チュー』」と「営はガタガタ」について「なるほど」と思える材料が出てこない。

夕暮れ時の筑後川

中身を見ながら具体的に指摘したい。


【FACTAの記事】

今年で創立90周年を迎えたブリヂストンの迷走が止まらない。経営トップの悪政が2代続き、人心が離れているからだ。

「やはりトヨタ自動車系だったか」。昨年までブリヂストン常務執行役員として経営戦略を担っていた井出慶太が7月1日付でダイハツ工業へ転職した人事を見て、ブリヂストンの社内ではそんな声が広がった。

「うちでは豊田章男から最も信頼されている人物」。井出について、ブリヂストン社内ではそんな評価があった。国内のタイヤ販売を担っていた時にトヨタを担当して実績を上げ、モータースポーツを通じて章男と仲良くなった。広報部長時代にはマスコミともうまく付き合い、次世代の有力候補とも言われた。

そんな井出がブリヂストンを辞めることになったのは、2020年3月に最高経営責任者(CEO)に就任した石橋秀一が原因である。石橋の社内評は「冷徹でパワハラ気質」。これに嫌気がさして、有能な幹部や社員が続々と社を去っているが、井出はその象徴ともいわれる


◎それだけ?

石橋の社内評は『冷徹でパワハラ気質』」らしい。「冷徹」は悪いことではないし「パワハラ気質」も単純にダメとは言えない。「パワハラ」の扱いは難しい。「部下に対して厳しい言葉でダメ出しをする上司」は「パワハラ気質」かもしれないが、ひたすら優しければいい訳でもない。

上記のくだりに「石橋」氏が「パワハラ」をしたと言える根拠は見当たらない。「そんな井出がブリヂストンを辞めることになったのは、2020年3月に最高経営責任者(CEO)に就任した石橋秀一が原因である」と断定しているが、「石橋」氏と「井出」氏の間で具体的に何があったのかも不明。これでは苦しい。

有能な幹部や社員が続々と社を去っている」という話についても、人数には触れていないし、「石橋」氏の「パワハラ」が原因だと断定できる根拠も示していない。まともな材料がないのに「石橋」氏を「パワハラ」社長のように描いてメディアとしての良心が痛まないのか。

続きを見ていこう。


【FACTAの記事】

「雰囲気が悪くなったのは石橋の前任の津谷正明がCEOとなってからだ」とベテラン社員は指摘する。以来、約10年にわたるブリヂストンの醜悪な権力闘争を時系列に従ってみていこう

荒川詔四が社長から会長となり、後任として津谷がCEOになったのは12年。交代にあたって津谷は「会長の荒川、COO(最高執行責任者)になる西海和久と共に三頭体制で経営に臨む」と宣言したが、翌年、荒川をあっさりと相談役に退かせた。当時、荒川が相談役に退いたのは健康上の理由とされたが、「本人は健康そのものだった。その証拠にその後、キリンホールディングスの社外取締役や日本経済新聞社の監査役になっている」と同社OBは言う。

津谷は16年にブリヂストンを指名委員会等設置会社に移行させた。指名委員会と報酬委員会のメンバーは全て外部、監査委員会も過半数を社外取締役にしたため、「先進的なガバナンス体制を築いた」と評価されたが内実は違う。「津谷は権力志向がことのほか強かったが、それゆえ社内に人望がなかった。3つの委員会ポストを何も知らない社外取締役に任せる方が楽だったに過ぎない」(同)


◎どこが「醜悪」?

約10年にわたるブリヂストンの醜悪な権力闘争を時系列に従ってみていこう」と言う割に最初から「醜悪」さが伝わってこない。「荒川をあっさりと相談役に退かせた」というだけでは「醜悪」かどうか判断できない。そもそも「権力闘争」があったのかも疑問だ。「健康上の理由」で退いた可能性も残る。退いたときは「健康上」の問題を抱えていて、その後に回復したのかもしれない。

本人は健康そのものだった」という「同社OB」のコメントも使っているが、「健康」状態は外から見ているだけでは判断できない。

そして以下のように続いていく。


【FACTAの記事】

津谷の評判を貶めたのは妻で、慶応大学の教授を務めた典子の存在もあった。「典子は夫の海外出張にしばしば同伴した。しかし世話役に就いた社員が気にくわないと、すぐに告げ口した。社長夫人をいいことに典子は出しゃばり過ぎた」(同社幹部)


◎関係ある?

醜悪な権力闘争」を見ていくのではなかったのか。話が脱線している。「社長夫人をいいことに典子は出しゃばり過ぎた」と言うのならば「夫人」が「醜悪な権力闘争」で果たした役割を描くべきだ。

さらに見ていく。


【FACTAの記事】

津谷は18年12月にCOOの西海を退任させ、後任に財務や経営企画で評価を上げた江藤彰洋を起用した。当初は津谷の「子飼い」とみられた江藤だが「今でも社内で評価が高い荒川の薫陶を受け、そもそも津谷とはそりが合わない」(ベテラン社員)。江藤も1年半後にCOOの座を追われた


◎「醜悪な権力闘争」はまだ?

なかなか「醜悪な権力闘争」の話にならない。「江藤も1年半後にCOOの座を追われた」らしいが、それだけでは「権力闘争」があった根拠にならないし「醜悪」さも見えてこない。

長くなるが、続きを最後まで一気に見ていく。


【FACTAの記事】

その津谷よりも酷いという評判の現CEOはどのようにして上り詰めたのか。

ブリヂストンは創業者の石橋正二郎が1906年に父親から引き継いだ仕立物業が前身で、31年、福岡県久留米市に本社を置いた時が創業とされる。現CEOの石橋は創業家と同姓で、孫正義や堀江貴文などを輩出した福岡の名門、久留米大学付設高校を卒業している。だから創業家出身者と思われがちだが縁もゆかりもない。

静岡大学人文学部を卒業した石橋がブリヂストンに入社したのは77年。頭角を現したのは米国事業に携わってからだ。

ブリヂストンは88年に米ファイアストンを買収した。当時世界のタイヤ業界は米グッドイヤーと仏ミシュランが2強として君臨、ブリヂストンは3位につけていたが、上位2社には大きく差をつけられていた。

その穴を埋めるべく、3300億円という当時では巨額の資金を投じてファイアストンを手に入れたが、同社の経営は赤字の垂れ流し。そんなところへ89年に送り込まれたのが石橋だった。断行したのが人員整理などのリストラ。「かなり強引な手口だったようだが、それでファイアストンは持ち直した。これが石橋の成功体験となってしまい、現在の強権的な経営につながっている」と先のOBとは別のOBは振り返る。

石橋は03年に帰国、国内のタイヤ事業に従事した。しかし本人を中心とした「石橋軍団」によるパワハラで退職者が続出。これを見ていた当事社長の荒川が「石橋は許せない」と激怒、冷遇されるようになった。

これで前途は断たれたかにみえたが、前CEOの津谷が実権を握ったことで息を吹き返した。決め手になったのは、津谷がこだわった東京五輪の最高位スポンサー獲得に尽力したことだ

ブリヂストンは10年にF1のスポンサーから撤退しており、これで年間100億円近い費用が浮くことになった。津谷は代わりに10年契約で数百億円に及ぶといわれた五輪最高位スポンサーに色気を見せるようになった。社内ではF1よりも費用対効果が悪いとさんざんな評判だったが、石橋の奮闘で願いが叶い、その見返りとばかりに石橋CEOは誕生した

実権を握った石橋がまず直面したのが業績悪化だ。20年12月期の最終損益は不振事業の減損損失が響き233億円の赤字。赤字転落は実に69年ぶりだ

もっともファイアストンで強烈なリストラを断行した石橋にとって赤字転落はむしろ追い風。ブリヂストンで同じことをやればいいだけのことだからだ。実際、世界約160カ所にある生産拠点を4割減らすとぶち上げ、さっそくフランスや南アフリカの工場を閉鎖した。

石橋の追い風はもう一つある。赤字転落の責任を、自身を引き上げた津谷ら旧経営陣に押し付けられたことだ。実際、石橋は「コスト構造が問題。経費も膨らみ、企業体質が甘い」と言い放ち、今年3月には津谷を追い出した。「荒川さんと違って津谷さんは経済界での付き合いがほとんどなく、人脈も乏しい。社内ではあれだけやりたい放題だったのに、早くも過去の人になってしまった」と関係者は言う。

「石橋さんの愛読書が、稲盛和夫さんが利他の心や謙虚さの重要性を説いている『心。』というのはブラックジョーク以外のなにものでもない」

幹部はそう笑うが、自社の内情を他人事のように言うのは、石橋の最側近である現COOの東正浩が、「独善的な人物」とこれまた散々な評判で、諦観するしかないからだ。果たして創業100年にブリヂストンは存続しているのか。タイヤの名門がもぬけの殻になろうとしている。(敬称略)


◎どこが「自己チュー」?

やはり「醜悪な権力闘争」の話になっていない。「東京五輪の最高位スポンサー獲得に尽力したこと」が「決め手」になって「石橋CEOは誕生した」のならば「醜悪な権力闘争」とは程遠い。

今年3月には津谷を追い出した」とも書いているが、ここでも「権力闘争」があった根拠を示していない。当然に「醜悪な権力闘争」にも見えない。

冒頭で打ち出した「自己チュー」に関しても具体的な材料が見当たらない。「本人を中心とした『石橋軍団』によるパワハラで退職者が続出」と言うだけで、「自己チュー」かどうか判断のしようがない。しかも「本人」の「パワハラ」ではなく「本人を中心とした『石橋軍団』によるパワハラ」だ。さらに苦しい。

結局「前任と現任CEOの『自己チュー』」が記事からは浮かび上がってこない。

では「営はガタガタ」なのか。8月10日付の日本経済新聞は以下のように伝えている。

ブリヂストンは10日、2021年12月期の連結最終損益(国際会計基準)が3250億円の黒字(前期は233億円の赤字)になりそうだと発表した。2610億円の黒字を見込んでいた従来予想を640億円上回り、7年ぶりに過去最高を更新する

20年12月期の最終損益は不振事業の減損損失が響き233億円の赤字。赤字転落は実に69年ぶりだ」とFACTAは言うが、今期は「7年ぶりに過去最高」の純利益となる見通しだ。「営はガタガタ」な感じはない。

8月10日の発表なので10月号の記事で「2610億円の黒字を見込んでいた従来予想を640億円上回り、7年ぶりに過去最高を更新する」という話をFACTAが盛り込むことは余裕でできたはずだ。

しかし、あえてそこには触れず「20年12月期」の「赤字」を強調している。都合の悪い事実は無視するご都合主義と批判されても仕方がない。

こんな雑な記事で「自己チュー」などと書かれた「前任と現任CEO」には心から同情する。



※今回取り上げた記事「ブリヂストンの『醜悪10年闘争』

https://facta.co.jp/article/202110003.html


※記事の評価はE(大いに問題あり)

2021年9月22日水曜日

自らの「ダンマリ」は棚に上げて朝日新聞を批判するFACTAの罪

どの口が言うーー。FACTA10月号に載った「『子宮頸がんワクチン』を妨害!万死に値す『朝日新聞』」という記事を読んでの感想だ。「日本では空白の8年間に2万人以上が命を失ったが、朝日はいまだに反省も謝罪もせず、ダンマリを決め込んでいる」とFACTAは訴える。読者からの間違い指摘を無視して「ダンマリを決め込んでいる」FACTAに他のメディアの「ダンマリ」を批判する資格があるのか。

夕焼け

さらに言えば「朝日」が「反省」や「謝罪」をすべきとの根拠が乏しい。「朝日」の報道に誤りがあったのならば分かる。しかし、そういう説明は出てこない。当該部分を見ていこう。


【FACTAの記事】

HPVワクチンの接種率(2018年)は英国が82%、米国は55%、カナダは83%に達する。17年時点で接種率が80%というオーストラリアでは、28年ごろには子宮頸がんの「根絶」に相当する10万人あたり患者数を4人に減らせると予測している。これに対して日本は0.8%と極端に接種率が低い。

接種したのとは反対側の腕や肩、つま先、膝、背中などで頻繁にひどい痛みに襲われ、強い頭痛や激しい痙攣で日常生活に支障をきたすなどの副作用が報告されたからだ。これを受けて13年3月25日に発足した「全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会」は「サーバリックス」「ガーダシル」という2種類のHPVワクチンを槍玉に挙げ、大々的な反対運動を展開した。事務局長を務める東京都日野市議会の池田利恵議員は「これは間違いなく、戦後最大の薬害事件」と週刊朝日(13年7月26日号)誌上で煽った。同被害者連絡会をメディア側から全面バックアップしたのが朝日新聞の斎藤智子記者だ。国の積極的勧奨再開の動きに対し、14年4月9日付の「記者有論」というコラムで「私は納得できない。(中略)健康な少女たちに、治療方法のわからない副作用のリスクを負わせ続けるより、検診をより受けやすくする工夫を凝らす方が賢い選択ではないか。検診では副作用は起きないのだから」と論陣を張った。

だが、検診だけでは発症していても一定の割合で「異常なし」と判定されてしまう。その先に待っているのは子宮や卵巣、リンパ節を摘出する根治手術、強い副作用を伴う化学療法や放射線療法だ。幸い救命できても妊娠・分娩ができなくなり、排尿障害やリンパ浮腫、ホルモン欠落症状などの重い後遺症が残る。

斎藤記者と歩調を合わせたのが信州大学医学部の池田修一教授(当時)だ。13年12月15日付の記事では「痛みのある部位で、分子レベルで何が起きているのか原因を明らかにしたい」「痛みの発生に自律神経系の障害が関わっている可能性がある」と述べ、斎藤記者の原稿を補強した。盟友となった池田教授は子宮頸がんワクチンの影響などを調べる厚生労働省研究班の代表となり、16年3月16日の研究成果発表会で「子宮頸がんワクチンを打ったマウスだけに異常な抗体が見られた」などとぶち上げ、テレビでも同様の論旨を展開した。


◎どこが間違い?

朝日」の記事の何が間違いなのか。「私は納得できない。(中略)健康な少女たちに、治療方法のわからない副作用のリスクを負わせ続けるより、検診をより受けやすくする工夫を凝らす方が賢い選択ではないか。検診では副作用は起きないのだから」と「斎藤智子記者」が訴えたらしいが、何が間違いなのかをFACTAは明らかにしていない。「検診だけ」ではダメだと指摘しているだけだ。見解の相違にしか見えない。

そして話は「斎藤記者と歩調を合わせた」という「信州大学医学部の池田修一教授」の話に移っていく。記事では「痛みのある部位で、分子レベルで何が起きているのか原因を明らかにしたい」「痛みの発生に自律神経系の障害が関わっている可能性がある」という「池田教授」のコメントを使ったという。

発言の趣旨を曲げずにコメントとして使っているのならば、「池田教授」の主張が正しくなかったとしても「朝日」の責任はそれほど重くない。医学の分野で専門家の見方が正しいかどうかの検証を記者に求めるのは酷だ。

それでも「池田教授」の主張が間違っていたのならば、まだ分かる。しかし「痛みのある部位で、分子レベルで何が起きているのか原因を明らかにしたい」に関しては、意欲を語っているだけだ。「痛みの発生に自律神経系の障害が関わっている可能性がある」というコメントにしても「可能性がある」と断っており、何かを断定している訳ではない。

なのになぜ「朝日」が「反省」や「謝罪」をしなければならないのか。話が強引過ぎる。

記事の終盤でFACTAは以下のように記している。


【FACTAの記事】

朝日新聞はなぜ軌道修正できなかったのか。村中氏の「ジョン・マドックス賞」受賞は絶好のタイミングのはずなのに、小さな記事で受賞を報じただけ。国際政治学者の三浦瑠麗氏は村中氏の受賞を毎日新聞の「メディア時評」(17年12月28日付)で取り上げて「ジャーナリズムは間違えた時の対応こそ真価が問われる」と説いた。


◎人の振り見て我が振り直せ

ジャーナリズムは間違えた時の対応こそ真価が問われる」という「三浦瑠麗氏」の見方に異論はない。それをFACTAに当てはめるとどうなるか。

2017年1月号に関して間違い指摘をして、回答がなかったので催促したところ、宮嶋巌編集長(現在の編集人兼発行人)から「お問い合わせをいただいた諸点について申し上げることはございません」との返事が届いた。事実上のゼロ回答だ。そして、これを最後にFACTAは問い合わせに対して一貫して「ダンマリを決め込んでいる」。もう5年近くが経過している。

朝日」に対して「いまだに反省も謝罪もせず、ダンマリを決め込んでいる」と批判する前に、やるべきことがFACTAにはあるはずだ。

人の振り見て我が振り直せ

宮嶋氏にはこの言葉を贈りたい。


※今回取り上げた記事「『子宮頸がんワクチン』を妨害!万死に値す『朝日新聞』」https://facta.co.jp/article/202110018.html


※記事の評価はE(大いに問題あり)。宮嶋巌 編集人兼発行人については以下の投稿を参照してほしい。

記事の誤りに「説明なし」 宮嶋巌FACTA編集長へ贈る言葉https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/01/facta.html

2021年9月20日月曜日

日本の首相に任期あり? 菅首相は安倍政権ナンバー2? 日経 芹川洋一論説フェローに問う

「日本の首相に任期はある」「菅首相は官房長官時代に政権のナンバー2だった」と日本経済新聞の芹川洋一論説フェローは認識しているようだ。どちらも違うと思えるので、以下の内容で日経に問い合わせを送っている。

生月大橋

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 論説フェロー 芹川洋一様

20日の朝刊オピニオン2面に載った「核心~菅政権はなぜ終わるのか」という記事について2点お尋ねします。まずは「政権の終わり方はむずかしいものである。戦後政治を考えても首相としての任期を全うし『円満退社』したのは佐藤栄作、中曽根康弘、小泉純一郎の3つの政権しかない」との記述に関してです。

議員内閣制の日本に「首相としての任期」はありません。制度上は10年でも20年でも「首相」を続けられます。「佐藤栄作、中曽根康弘、小泉純一郎」の各氏も「首相としての任期」が来て退任した訳ではありません。記事中の「首相としての任期」との説明は「自民党総裁としての任期」の誤りではありませんか。

次の質問は以下の記述についてです。

第2は、官房長官だから首相になって、官房長官のままだったから終わった政権という点だ。内閣の大番頭として7年8カ月にわたって政権を支え、手腕を発揮していたため、突然の退陣となった前任者の後継者として党内外でもすんなり受け入れられた。しかし残念ながら、御厨貴東大名誉教授のことばをかりれば、官房長官から首相に化けきれなかった。『菅内閣には菅首相がいなかった』。ナンバー1と2ではおのずと立ち居振る舞いも発言も違ってくる。分を越えると悲劇が待っている

官房長官」時代の「菅首相」は政権の「ナンバー2」だったと芹川様は見ているのでしょう。しかし2014年9月3日付の「首相臨時代理、1位は麻生副総理・財務相」という日経の記事では「政府は3日夜、第2次安倍改造内閣の発足に伴う初閣議で、安倍晋三首相が不在時の臨時代理の順位を決めた。1位は麻生太郎副総理・財務相。2位は菅義偉官房長官」と伝えています。

日経は2017年7月13日付の「シンゾウとの距離(2)麻生太郎 絶対的な『ナンバー2』」という記事でも「副総理という地位に加え『数』も手に入れ、政権の『絶対的なナンバー2』の立ち位置を得た」と記しています。

副総理」という肩書が形式的には「ナンバー2」を表すものです。「安倍晋三首相が不在時の臨時代理の順位」でも「麻生太郎副総理・財務相」が「菅義偉官房長官」より上に来ていて、実質的にも麻生氏が「ナンバー2」だと裏付けています。何より日経自身が「絶対的なナンバー2」と見ていたのです。そして安倍政権の最後まで「麻生太郎副総理・財務相」は地位と影響力を保っていました。

官房長官」時代の「菅首相」を政権の「ナンバー2」とする説明は誤りではありませんか。過去の日経の報道内容とも矛盾します。

以上の2点について回答をお願いします。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアの一員として責任ある行動を心掛けてください。


◇   ◇   ◇


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「核心~菅政権はなぜ終わるのか」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210920&ng=DGKKZO75865350X10C21A9TCT000

※記事の評価はE(大いに問題あり)。芹川洋一氏への評価はD(問題あり)からEへ引き下げる。芹川氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 芹川洋一論説委員長 「言論の自由」を尊重?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_50.html

日経 芹川洋一論説委員長 「言論の自由」を尊重?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_98.html

日経 芹川洋一論説委員長 「言論の自由」を尊重?(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_51.html

日経の芹川洋一論説委員長は「裸の王様」? (1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_15.html

日経の芹川洋一論説委員長は「裸の王様」? (2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_16.html

「株価連動政権」? 日経 芹川洋一論説委員長の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_31.html

日経 芹川洋一論説委員長 「災後」記事の苦しい中身(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_12.html

日経 芹川洋一論説委員長 「災後」記事の苦しい中身(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_13.html

日経 芹川洋一論説主幹 「新聞礼讃」に見える驕り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_33.html

「若者ほど保守志向」と日経 芹川洋一論説主幹は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_39.html

ソ連参戦は「8月15日」? 日経 芹川洋一論説主幹に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/815.html

日経1面の解説記事をいつまで芹川洋一論説主幹に…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_29.html

「回転ドアで政治家の質向上」? 日経 芹川洋一論説主幹に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_21.html

「改憲は急がば回れ」に根拠が乏しい日経 芹川洋一論説主幹
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_29.html

論説フェローになっても苦しい日経 芹川洋一氏の「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_24.html

データ分析が苦手過ぎる日経 芹川洋一論説フェロー
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/blog-post_77.html

「政権の求心力維持」が最重要? 日経 芹川洋一論説フェローに問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_79.html

「野党侮れず」が強引な日経 芹川洋一 論説フェローの「核心」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/blog-post_18.html

「スペイン風邪」の話が生きてない日経 芹川洋一論説フェロー「核心」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/04/blog-post_27.html

日経 芹川洋一論説フェローが森喜朗氏に甘いのは過去の「貸し借り」ゆえ?https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/02/blog-post_11.html

2021年9月18日土曜日

金を「安全資産」とする日経 北川開記者に問う

金を「安全資産」に分類する書き手を信じるな。投資関連の記事で、この原則は覚えておいていい。その意味で18日の日本経済新聞朝刊マネーのまなび面に「増やす&得する貴金属投資、リスク抑える~金や白金、まずは積み立て」という記事を書いた北川開記者は信頼に値しない。「金など貴金属は安全資産とされる」と言い切っている。その理由に触れている部分を見ていこう。

大バエ灯台から見た海

【日経の記事】

金が安全資産といわれるのは、企業や国の破綻で無価値になる場合がある株や債券とは違い、金は価値がゼロにならないと考えられているためだ。希少性から金自体が価値を持ち、経済不安が意識されると買われやすい。


◎国債は「安全資産」じゃない?

上記の説明を踏まえて「金が安全資産」かどうか考えてみよう。

auカブコム証券の用語集では「安全資産」を「預金、国債、元本保証付きの保険商品や年金など、相場変動などによる元本割れのリスクが無く、基本的には元本が保証されている資産のこと」だと解説している。ちなみに同じ用語集で「無リスク資産」とは「元本が保証された安全資産のこと」という記述もある。

この定義に照らせば「金が安全資産」でないのは明らかだ。一方「国債」は「安全資産」に入る。

北川記者はどう反論するだろうか。「国が滅びても無価値にならない資産が安全資産だと自分は定義している」と主張してきたとしよう。だとしたら「貴金属」だけでなく、原油、鉄鉱石、ゴムなど多くの商品(コモディティ)が「安全資産」となるはずだ。

「国債は安全資産ではないが、原油は安全資産」となってしまい、一般的な認識とはかなりズレる。北川記者はそういう認識なのか。

仮にそうだとしよう。この認識に従って「安全」な投資をするとどうなるのか。「今までは余裕資金を個人向け国債に振り向けてきたのですが、安全性を重視して安全資産である金で運用することにしました。この方が安全ですよね」と投資初心者が聞いてきたら北川記者はどう返すのか。

「確かにその方が安全だね」と自信を持って言えるのか。


※今回取り上げた記事「増やす&得する貴金属投資、リスク抑える~金や白金、まずは積み立て

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210918&ng=DGKKZO75850020X10C21A9PPM000


※記事の評価はD(問題あり)。北川開記者への評価はDで確定させる。北川記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「コメの需要」に関する分析が一面的な日経 北川開記者https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/07/blog-post_2.html

2021年9月17日金曜日

自社は規制で守られたい? 日経「記事の適正対価に一歩~グーグル、日本で新サービス」

17日の日本経済新聞朝刊ビジネス2面に載った「記事の適正対価に一歩 グーグル、日本で新サービス~料金算定なお不透明」という記事は色々と引っかかるところがあった。中身を見ながら指摘したい。

夕暮れ時の大刀洗町

【日経の記事】

米グーグルは16日、報道機関のニュース記事を集めて配信する新サービスを、同日付で日本で始めたと発表した。新聞社や通信社など40社以上の記事を配信し、使用料を支払う。グーグルなど「プラットフォーマー」が報道各社のコンテンツに対価を支払う一歩となるが、料金算定の不透明さなどに課題も残る。


◎「対価を支払う」初の「プラットフォーマー」?

グーグルなど『プラットフォーマー』が報道各社のコンテンツに対価を支払う一歩となる」と書いてあると、「プラットフォーマー」として日本で初めて「コンテンツに対価を支払う」のが「グーグル」だと理解したくなる。

2020年7月6日付の東京新聞の記事によるとヤフーニュースは対価を支払っており「媒体によって異なるが、地方紙の相場は1PV当たり0.025円」らしい。「『プラットフォーマー』が報道各社のコンテンツに対価を支払う一歩」はかなり前に日本でも踏み出されているのではないか。

続きを見ていこう。


【日経の記事】

グーグルが始めたのは「グーグル・ニュース・ショーケース」と名付けた配信サービスだ。グーグルのサイト、スマートフォンのアプリ上で、報道各社の記事を一覧できる。サイト、アプリに表示される「パネル」内の見出しを選ぶと、各社のサイトで記事を読める。日本経済新聞のほか、朝日新聞、読売新聞、中日新聞、共同通信など国内40社以上の報道機関が参加する。

グーグルは報道各社とそれぞれ記事使用について契約を結び、使用料を支払う。新サービスに配信する記事は報道各社が選ぶ。


◎日経としての見解は?

日本経済新聞のほか、朝日新聞、読売新聞、中日新聞、共同通信など国内40社以上の報道機関が参加」と書いているのだから、今回の件では日経も当事者だ。

自社が当事者となる記事を書く難しさは理解できる。しかし、やはり日経の当事者としてのコメントは欲しい。会社として「料金算定の不透明さなど」をどう考えているのか。担当役員クラスのコメントは入れてほしかった。

記事の終盤に飛ぼう。


【日経の記事】

グーグルは記事の対価となる使用料を報道機関の視聴者数、有料記事の配信数、ブランド力などを考慮し決めているとみられるが、具体的な算定基準は明らかになっていない。明確な算定基準がないと「読者が限られる地方紙は(記事の価値に見合った)適正な対価を受け取れないリスクがある」。上智大学の音好宏教授は明確な算定基準がないことについての懸念を指摘する。


◎地方紙限定の「リスク」?

読者が限られる地方紙は(記事の価値に見合った)適正な対価を受け取れないリスクがある」という「上智大学の音好宏教授」のコメントが引っかかる。「日本経済新聞のほか、朝日新聞、読売新聞」など大手新聞社は「適正な対価を受け取れないリスク」とは無縁とも取れるが、なぜそう言えるのか。

適正な対価」を仮にメディアが決めるとしよう。この場合「適正な対価を受け取れないリスク」を回避するのは容易だ。「使用料」が「適正な対価」を上回るのは難しいと判断すれば「配信サービス」から抜ければいい。

契約期間などの問題で「適正な対価を受け取れない」時期が多少はあるだろうが「嫌ならやめる」という選択肢はあるはずだ。

結論部分も見ておこう。


【日経の記事】

公正取引委員会は2月に「メディアのニュースの配信料の算定は、根拠について明確にされることが望ましい」との意見を出している。仏政府は算定基準の明確化を求め、これを立法化した。同国の当局は今夏、グーグルが記事の使用料について、仏メディアとの誠意ある協議を求めた命令に従わなかったとして、5億ユーロ(約640億円)の罰金を科した。

国内外で、なおコンテンツの「ただ乗り」批判を受けかねないケースもある。各国の足並みをそろえた法整備も必要となりそうだ


◎やっぱり日経はお上頼み?

最後に唐突に「各国の足並みをそろえた法整備も必要となりそうだ」と締めている。「国内外で、なおコンテンツの『ただ乗り』批判を受けかねないケースもある」というだけで、なぜ「足並みをそろえた法整備」という話になるのか。

そもそもメディアが同意しているのならば「ただ乗り」を「批判」する方がおかしい。同意なく著作権を侵害しているのならば既存の法律で対応できるはずだ。

力関係で「プラットフォーマー」優位だからと言って規制で守ってもらおうという考え方が残念。「具体的な算定基準」を「明らかに」すべきだと「日本経済新聞」が考えるならば、それを「グーグル」に要求すればいい。要求が通らないなら「配信サービス」には参加しないという選択もあったはずだ。

そこを貫徹できずに「具体的な算定基準」が不明なまま「配信サービス」への参加を決めたのならば自己責任だ。再販制度や軽減税率に関してもそうだが、日経は自分のこととなると規制で守ってもらいたがる。メディアとしての矜持は、どこに捨ててきたのだろうか。


※今回取り上げた記事「記事の適正対価に一歩 グーグル、日本で新サービス~料金算定なお不透明

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210917&ng=DGKKZO75833020W1A910C2TB2000


※記事の評価はD(問題あり)

2021年9月16日木曜日

「外国人投資家は日本株をほぼ売り尽くした」と日経 梶原誠氏は言うが…

日本経済新聞の梶原誠氏(肩書は本社コメンテーター)を「訴えたいことが枯渇した書き手」と見ている。それでも何とか話を捻り出している感じはあるが、やはり苦しい。16日朝刊オピニオン面に載った「Deep Insight~今こそ市場に政策を問え」という記事でも、その傾向は変わらない。

三池港灯台(四ツ山灯台)

冒頭部分から見ていこう。

【日経の記事】

東京株式市場では、自民党総裁選を控えた政局相場の水面下で、政治家と市場がかみ合わない対話を続けている

著書などによると、出馬する岸田文雄氏、高市早苗氏、河野太郎氏がそろって金融所得への課税強化を志向する。投資家にとってはリターンが下がる嫌な政策だ。

それなのに日経平均株価はあっさり3万円を超え、今週は31年ぶりの高値を回復した。支持率が低迷する菅義偉首相の退陣で、自民党が衆院選を有利に戦って政治が安定するとの期待に投資家の不満はかき消された。株高は、持論が支持されたというメッセージすら候補者に送りかねない。


◎「対話を続けている」?

政局相場の水面下で、政治家と市場がかみ合わない対話を続けている」と梶原氏は言うが、そういう話になっていない。

政治家」に関しては「著書などによると、出馬する岸田文雄氏、高市早苗氏、河野太郎氏がそろって金融所得への課税強化を志向する」と書いているだけで「水面下」でどんなメッセージを「市場」に送っているのか分からない。送られてきた「水面下」のメッセージに「市場」がどう返答したのかも分からない。

水面下」と言っているのだから、世間の目に触れないところで「対話を続けている」のだろう。梶原氏がその内容をつかんでいるのならば、具体的な「対話」の内容を明らかにすべきだ。そうしないと「政局相場の水面下で、政治家と市場がかみ合わない対話を続けている」と言われても納得できない。

政治家と市場がかみ合わない対話を続けている」というのは、梶原氏の作り話ではないか。だから具体的な「対話」には踏み込めないと考えれば腑に落ちる。

記事の終盤も見ておく。


【日経の記事】

次の首相は恵まれている。コロナで止まった経済の再開が近づき、企業業績は回復中だ。外国人投資家は日本株をほぼ売り尽くし、10倍台半ばの予想PER(株価収益率)は20倍台の米国より割安だ。きっかけ次第で買われやすいのは、首相が誰かも分からないのに株高が続く現象が物語る

ハネムーンには終わりがある。今から市場の本音に耳を傾けて政策を鍛えないと、首相になった後にマネーが豹変(ひょうへん)し、在任期間を縮めるだろう。


◎半年足らずで外国人は撤退?

最も気になるのが「外国人投資家は日本株をほぼ売り尽くし」という説明だ。本当なのか。

2020年度の株式分布状況調査によると日本株に関して「外国法人等の株式保有比率」は今年3月末で3割を超えている。梶原氏の説明が正しければ、今はほぼゼロになっているはずだ。誤りとは断定できないが、半年足らずで「外国人投資家」が「日本株をほぼ売り尽くし」たとすれば驚くべき事態だ。梶原氏の勘違いを疑いたくなる。

ついでに言うと「ハネムーン」の使い方も引っかかる。「きっかけ次第で買われやすいのは、首相が誰かも分からないのに株高が続く現象が物語る。ハネムーンには終わりがある」との記述から判断すると「最近の株高はハネムーン期間中だから」と梶原氏は認識しているのだろう。

SMBC日興証券の用語集では「ハネムーン期間とは、政権交代後、新政権発足からの最初の100日間を指します。発足直後の新政権は概ね高い支持率を示す傾向が強いため、国民やマスコミとの関係を甘い新婚期(ハネムーン)に見立ててこう呼びます」と解説している。

つまり「新政権発足」前は「ハネムーン期間」には当たらない。株式市場との関係で言えば、今回「ハネムーン」の始まりがあるかどうかも、まだ分からないのだが…。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~今こそ市場に政策を問え」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210916&ng=DGKKZO75779000V10C21A9TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。梶原誠氏への評価はE(大いに問題あり)を据え置く。梶原氏については以下の投稿も参照してほしい。

日経 梶原誠編集委員に感じる限界
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_14.html

読む方も辛い 日経 梶原誠編集委員の「一目均衡」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post.html

日経 梶原誠編集委員の「一目均衡」に見えるご都合主義
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_17.html

ネタに困って自己複製に走る日経 梶原誠編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_18.html

似た中身で3回?日経 梶原誠編集委員に残る流用疑惑
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_19.html

勝者なのに「善戦」? 日経 梶原誠編集委員「内向く世界」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_26.html

国防費は「歳入」の一部? 日経 梶原誠編集委員の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_23.html

「時価総額のGDP比」巡る日経 梶原誠氏の勘違い
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/04/gdp.html

日経 梶原誠氏「グローバル・ファーストへ」の問題点
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/04/blog-post_64.html

「米国は中国を弱小国と見ていた」と日経 梶原誠氏は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_67.html

日経 梶原誠氏「ロス米商務長官の今と昔」に感じる無意味
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/blog-post.html

ツッコミどころ多い日経 梶原誠氏の「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/deep-insight.html

低い韓国債利回りを日経 梶原誠氏は「謎」と言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/blog-post_8.html

「地域独占」の銀行がある? 日経 梶原誠氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_18.html

日経 梶原誠氏「日本はジャンク債ゼロ」と訴える意味ある?
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_25.html

「バブル崩壊後の最高値27年ぶり更新」と誤った日経 梶原誠氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/27.html

地銀は「無理な投資」でまだ失敗してない? 日経 梶原誠氏の誤解
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/blog-post_56.html

「日産・ルノーの少数株主が納得」? 日経 梶原誠氏の奇妙な解説
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/blog-post_13.html

「霞が関とのしがらみ」は東京限定? 日経 梶原誠氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/deep-insight.html

「儒教資本主義のワナ」が強引すぎる日経 梶原誠氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/deep-insight_19.html

梶原誠氏による最終回も問題あり 日経1面連載「コロナ危機との戦い」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/03/1.html

色々と気になる日経 梶原誠氏「Deep Insight~起業家・北里柴三郎に学ぶ」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/04/deep-insight.html

「投資の常識」が分かってない? 日経 梶原誠氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/04/deep-insight_16.html

「気象予測の力」で「投資家として大暴れできる」と日経 梶原誠氏は言うが…https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/07/blog-post_16.html

「世界がスルーした東京市場のマヒ」に無理がある日経 梶原誠氏「Deep Insight」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/10/deep-insight.html

「世界との差を埋める最後のチャンス」に根拠欠く日経 梶原誠氏「Deep Insight」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/11/deep-insight.html

「日経平均3万円の条件」に具体性欠く日経 梶原誠氏「コメンテーターが読む2021」https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/01/3-2021.html

2021年9月15日水曜日

「兎にも角にも大事なのは『早期発見・早期治療』」に根拠欠く東洋経済オンラインの記事

東京がん免疫治療センター長の明星智洋氏は「信用してはいけない医師」と言えそうだ。11日付で東洋経済オンラインに載った「がんを疑うべき人が抱える『9つの症状』と治療法~兎にも角にも大事なのは『早期発見・早期治療』」という記事には問題を感じた。

熊本県長洲町の砂浜

見出しにもなっている「兎にも角にも大事なのは『早期発見・早期治療』」に関するくだり見てみよう。

【東洋経済オンラインの記事】

がんに関してとにかく重要なのは「早期発見・早期治療」です。早く見つけ、適切な時期に治療できれば身体への負担は最小限で済ませられるのですが、病院嫌いによって気づいたときには手遅れ、ということも少なくありません

ここではまず検診の仕方について紹介していきましょう。必要な検診と、そうでない検診について紹介します。まずは、推奨したい検査についてです。


◎それだけ?

早期発見・早期治療」が「とにかく重要」と言えるエビデンスは何も示していない。「適切な時期に治療できれば身体への負担は最小限で済ませられるのですが、病院嫌いによって気づいたときには手遅れ、ということも少なくありません」としか書いていない。

これではダメだ。「早期発見・早期治療」には過剰診断・過剰治療の問題がある。明星氏も当然に知っているはずだ(記事でも少し触れている)。そのリスクを上回るメリットが「早期発見・早期治療」にはあると示せなければ「兎にも角にも大事なのは『早期発見・早期治療』」とは言えない。

ここでは医師の和田秀樹氏が書いた「病院のやめどき」という本の一部を引用したい。

【「病院のやめどき」の引用】

検診が無意味だと私が考える理由は、がんが発見される仕組みにあります。「早期発見せよ」といいますが、目にも見えない極小のがんを発見できるわけではありません。PET-CTを利用した精密ながん検診なら5㎜程度で発見できることはありますが、検診費用はおよそ10万円以上と高く、受ける人は多くありません。一般的な検診では1cmぐらいまでがんが大きくならないと、見つけることはできません。これでも早期発見の部類なのです。

それでは1cm程度のがんというのは、どれくらいの時間をかけて育ったのでしょうか。例えば、乳がんの場合、専門機関では7~8年ほどの時間がかかるとしています。これをどう考えればいいでしょうか。私なら7年間転移せずに大きくなってきたがんが、8年目に転移する確率はかなり低いだろうと捉えます。転移していないのならば、それから数年間放置していても、悪さはしないでしょう。治療は、なにか症状が起きてからでも問題ありません。

反対に、1cmで発見されるまでの7~8年の間で、すでに見えない転移がどこかにあって、体を蝕んでいる可能性もあります。超早期でがんを発見できたにもかかわらず、何年後かに転移が見つかるというのは、主にこのケースです。この場合は進行の速い悪質ながんです。

◇   ◇   ◇


和田氏の説明が絶対に正しいとは限らない。しかし「早期発見」の段階で「すでに見えない転移」がある可能性は明星氏も否定しないだろう。「転移している場合、手術しても無駄」との前提で考えれば「早期発見・早期治療」には意味がないケースも出てくる。「早期発見」の段階では自覚症状がないとすると、余計な「検診」を受けなければ、がんを気にせず楽しく暮らせていてかもしれない。

さらに言うと「早期治療」として手術を受けても「がん」を完全に取り除けたかどうかは誰にも分からない。和田氏も書いているように「目にも見えない極小のがん」が残っている可能性は十分にある。つまり「早期治療」で治せたかどうかは確認できない。

兎にも角にも大事なのは『早期発見・早期治療』」と言えるほど単純な話ではないのに明星氏は早々に検診へと話を移してしまう。そこに医師としての不誠実さを感じる。

そもそも「検診」に「総死亡率」を下げる効果はないとの研究結果もあるようだ。週刊ポスト2017年3月17日号の記事では、がん検診に関して以下のように記している。


【週刊ポストの記事】

昨年1月、世界的に権威のある『BMJ(英国医師会雑誌)』という医学雑誌に、「なぜ、がん検診は『命を救う』ことを証明できなかったのか」という論文が掲載された。その中で、「命が延びることを証明できたがん検診は一つもない」という事実が指摘されたのだ。

たとえば、最も効果が確実とされている大腸がん検診(便潜血検査)では、4つの臨床試験を統合した研究で、大腸がんの死亡率が16%低下することが示されている。その一方で、がんだけでなく、あらゆる要因による死亡を含めた「総死亡率」が低下することは証明できていない。


◇   ◇   ◇


命が延びることを証明できたがん検診は一つもない」としても、積極的に「検診」を受けて「早期発見・早期治療」へと進むのが本当に好ましいのか。明星氏がそう信じているのならば、「早期発見・早期治療」によって「総死亡率」を低下させられるというエビデンスを示してほしい。

それができないのならば「がんに関してとにかく重要なのは『早期発見・早期治療』です」などと言わないことだ。今回の記事のような説明を続ければ、知識に欠ける人を「早期発見・早期治療」へと引き込めるかもしれない。しかし、明星氏の医師としての適性には疑問符が付いてしまう。そのことを忘れないでほしい。


※今回取り上げた記事「がんを疑うべき人が抱える『9つの症状』と治療法~兎にも角にも大事なのは『早期発見・早期治療』

https://toyokeizai.net/articles/-/448863


※記事の評価はD(問題あり)

2021年9月14日火曜日

日経社説「接種証明と医療充実で暮らしの回復を」に感じる矛盾

14日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「接種証明と医療充実で暮らしの回復を」という社説は肝心の問題を論じていない。全文を見た上で具体的に指摘したい。

福岡県小郡市

【日経の社説】

新型コロナウイルスのワクチンを2回接種した人が国民の5割を超えた。今の接種ペースが続けば11月ごろまでにほとんどの希望者に行き渡る。ワクチンの効果を生かし、社会経済活動の範囲を広げていく方策も考えるときだ。

菅義偉政権は接種証明や検査による陰性証明を活用した行動制限の緩和の基本的な考え方をまとめた。周囲にコロナを感染させるリスクが低いことが接種証明や陰性証明で確認できる人を対象に、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の対象地域でも行動制限を緩めるものだ。

11月ごろから感染対策の第三者認証を受けた飲食店で営業時間などの制限を緩めたり、県境をまたぐ旅行を自粛要請の対象外としたりすることを想定している。

自民党総裁選や衆院選では従来の対策とのバランスなどの議論を深め、コロナとの共生を前提に社会経済活動を広げる工夫を着実に進めるべきだ

いまコロナに感染しているのはワクチンを接種していない人が中心だ。接種を終えた人から活動範囲を広げていくのは、感染防止と経済活動を両立させる観点からも理にかなう。欧米でも接種率が5割を超えた段階で接種証明の活用を始めた国が目立つ。

行動制限の緩和は、ワクチンを打つインセンティブにもなるはずだ。営業制限に協力する外食店などの我慢も限界に近い。政府は接種・検査証明のデジタル化など、円滑に活用できるようにする準備を急いでほしい。

接種証明の活用が未接種者に対する差別的な取り扱いにつながることはあってはならない。就職や入学、選挙の投票で未接種者を排除するといった使い方は不当だ。政府は差別的な取り扱いを避けるために、業種ごとの具体的な指針をつくるべきではないか

デルタ型の強い感染力への警戒も欠かせない。今年春に行動制限を緩めたイスラエルでは、12歳以上のワクチン接種率が8割弱に達しているのに感染者や死亡者が急増した。日本は海外事例や最新の知見を踏まえ、緩和対象や運用ルールを考える必要がある。

行動制限の緩和は医療の充実が前提になる。感染者が増えても医療へのアクセスが確保され、重症化を極力抑えることができる体制が要る。治療薬の開発・承認や、病床を機動的に増やすための臨時医療施設の整備を急ぐべきだ。


◎「差別的な取り扱い」がダメなら…

接種証明の活用が未接種者に対する差別的な取り扱いにつながることはあってはならない」と社説では訴えている。これを徹底する場合「接種証明の活用」による「行動制限の緩和」は基本的にできない。「接種証明がないと対面授業が受けられない」「接種証明がないとスタジアムでのスポーツ観戦ができない」といった状況を「差別的な取り扱い」ではないと見なすのは無理がある。

就職や入学、選挙の投票で未接種者を排除するといった使い方は不当だ」とも書いているので、筆者は「重要な問題での差別はダメだが、そうではない場合は差別もあり」とイメージしているのではないか。

そこを完全に否定するつもりはない。だとしたら「差別的な取り扱いにつながることはあってはならない」と書くのではなく「差別は最小限にとどめるべきだ」などと訴えるべきだろう。

政府は差別的な取り扱いを避けるために、業種ごとの具体的な指針をつくるべきではないか」と「政府」に丸投げして「許される差別」の基準を自ら考えないのも感心しない。

個人的には、政府・自治体など公的機関による差別は全て禁止、民間ではそれぞれの判断に任せるとするのが一番スッキリする(ただ民間での差別は既契約者に関しては認めない。既に入学している私大の学生に対し、大学が対面授業の条件として接種証明を求めるのはアウトとしたい)。

さらに気になるのが「接種証明の活用」にそもそも意味があるのかという問題だ。

社説でも「今年春に行動制限を緩めたイスラエルでは、12歳以上のワクチン接種率が8割弱に達しているのに感染者や死亡者が急増した」と書いている。「接種証明」を「活用」すれば「社会経済活動を広げ」ても「感染者や死亡者が急増」する事態は避けられるとの前提は、そもそも正しいのか。

その辺りが気になるのだろうか。「行動制限の緩和は医療の充実が前提になる。感染者が増えても医療へのアクセスが確保され、重症化を極力抑えることができる体制が要る」と書いている。

接種証明の活用」を進めても「行動制限の緩和」が感染拡大につながると見ているのだろう。だとしたら、「接種証明の活用」なしでの「行動制限の緩和」の方が分かりやすい。それだと「感染者や死亡者が急増」する度合いが大きくなると言うならば、「医療の充実」をその分上積みすればいい。

そんなに難しい話ではない。よく言われるように感染症法上の扱いを5類に落とせば、かなりの問題は解決する。それこそが「コロナとの共生を前提に社会経済活動を広げる工夫」ではないのか。


※今回取り上げた社説「接種証明と医療充実で暮らしの回復を」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210914&ng=DGKKZO75713270T10C21A9EA1000


※社説の評価はD(問題あり)

2021年9月12日日曜日

冷戦期に「地域紛争の火種は表面化」せず? 石破茂氏が示した驚きの歴史認識

 週刊東洋経済9月18日号に載った「スペシャルリポート 総裁選のキーマンを直撃 石破茂 自民党元幹事長~コロナ、アフガン、中国── 新時代の『有事』を語る」という記事で、石破氏が驚くような歴史認識を披露していた。その部分を見ていこう。

夕陽と自転車

【東洋経済の記事】

──長く日本の安全保障政策に関与してきました。アフガニスタンからの米軍撤退をどうみていますか。

関わった一人としてはアフガニスタンの現状にむなしさを感じるが、政治家として、得られた教訓をどう今後に生かすかを考えねばならない。

テロとの戦いは同時多発テロから始まったが、私は1990年のイラクによるクウェート侵攻、いわゆる湾岸危機まで戻って考えるべきだと思う。そもそもは、米ソ冷戦構造の終焉が引き起こしたことだからだ。

冷戦期は米ソの勢力が拮抗し、地域紛争の火種は表面化しなかった。冷戦構造が崩壊し、一気に顕在化した最初の紛争が湾岸戦争だ。


◎多くの「地域紛争」があったような…

冷戦期は米ソの勢力が拮抗し、地域紛争の火種は表面化しなかった」と石破氏は言う。

冷戦期」を1945~89年としよう。この間に中国での国共内戦(第2次)、朝鮮戦争、ベトナム戦争、カンボジア内戦、中東戦争、レバノン内戦、イラン・イラク戦争など多くの「地域紛争の火種」が「表面化」したのではないか。

石破氏をまともな政治家だと見てきたが、誤解があったのかもしれない。「冷戦期」をリアルタイムで見てきた世代に属するのに「冷戦構造が崩壊」するまで「地域紛争の火種は表面化しなかった」と記憶しているのか。だとしたら認識がズレ過ぎている。


※今回取り上げた記事「スペシャルリポート 総裁選のキーマンを直撃 石破茂 自民党元幹事長~コロナ、アフガン、中国── 新時代の『有事』を語る」https://premium.toyokeizai.net/articles/-/28137


※記事の評価は見送る

2021年9月11日土曜日

「規制の壁打開」? 日経「ファミマ『無人店』1000店」に感じた疑問

11日の日本経済新聞朝刊1面トップを飾った「ファミマ『無人店』1000店~規制の壁打開、全国展開」という記事は興味深い話ではある。しかし色々と疑問も残った。中身を見ながら具体的に指摘したい。

夕暮れ時の桂川

【日経の記事】

ファミリーマートは無人のコンビニエンスストア店舗を2024年度末までに約1000店出す。通常店舗と同様に約3000品目の扱いが可能だ。本格的な無人店の大規模展開は日本で初めて。これまでは店舗に人の常駐を求める規制が足かせになっていたが20年にルールが緩和された。人口減少で日本の人手不足は今後深刻さを増す。デジタル技術で事業運営を効率化する動きが広がる。

日本の労働生産性は主要7カ国(G7)中最低で、経済協力開発機構(OECD)に加盟する37カ国でも21位にとどまる。なかでも改善が遅れている小売業は自動化が不可欠だが、食品を取り扱う小売店に対し食品衛生法が衛生責任者の常駐を求めるなど制約があった。小売業界団体などの強い要望を受け、20年6月に厚生労働省が規制を緩和。無人店の衛生管理は担当者による商品補充時の巡回で代替可能との見解を示した。


◎「規制の壁打開」と言える?

見出しで「規制の壁打開」と打ち出しているが、ちょっと苦しい。「規制の壁」を「ファミマ」の創意工夫で「打開」したのならば分かる。しかし「20年にルールが緩和され」て「無人店」を出せるようになったのならば「規制の壁」自体が消えたと見るべきだ。

続きを見ていこう。


【日経の記事】

利用者は専用ゲートを通じて無人店に入る。手に取った商品は天井などに設置したAI(人工知能)カメラや棚の重量センサーで店側のシステムが把握。専用の決済端末の前に立つと商品名と金額がモニターに表示され、電子マネーや現金で支払う仕組みだ。支払いが確認できなければゲートが開かず退店できない


◎一緒に出たらどうなる?

支払いが確認できなければゲートが開かず退店できない」と言うが、「支払いが確認」できた人と一緒に出ればどうなるのか。2人で入店し、1人は「支払い」をして、もう1人は未決済のまま一緒に店を出るといった盗難方法をどうやって防ぐのか気になる。「無人」の場合、犯罪者のかなり大胆なやり方にも対応する必要があるはずだ。

さらに続きを見ていく。


【日経の記事】

商品のバーコードを読み取る手間がかからないのが特徴で、事前にスマートフォンのアプリを用意したり入店時に生体認証などをしたりする必要もない。プライバシーに配慮し個人の特定につながる可能性のある顔などの画像データは取得しない


◎「顔などの画像データは取得しない」?

顔などの画像データは取得しない」というのは本当か。店で犯罪が起きても犯人の姿は「画像データ」として残っていないのか。それで犯罪を防げるのか。防犯目的での「取得」はするというのならば「顔などの画像データは取得しない」との説明は正確さに欠ける。

さらに見ていく。


【日経の記事】

通常のコンビニで取り扱う約3000品目ほぼ全ての販売が可能だという。7月には都内に売り場面積が50平方メートルと通常店の3割程度の小さい店舗を開いた。50台程度のカメラを設置し約750品目を用意。酒類を売る場合は決済端末のモニターを通じて成人かどうかを確認する。同時に入店する利用客が10人程度であれば問題なく運営できることが確認できたため大規模展開に踏み出す。


◎10人超だとどうなる?

同時に入店する利用客が10人程度であれば問題なく運営できることが確認できたため大規模展開に踏み出す」と書いているが、「10人」を超えたらどうなるのか。「店側のシステム」が対応できなくなるのならば、そこに犯罪者が付け入る隙はありそうだ。

最後に出店計画の説明について注文を付けておきたい。


【日経の記事】

ファミマは国内に約1万6千店を持ち、年間出店数は200~500程度だ。従来型の店舗の出店も続けるが、新店は無人店が軸になる。細見研介社長は日本経済新聞の取材に「採算が取れなかった地域への出店が可能になる。買い物難民など社会的課題の解消にも貢献したい」と話した。

コンビニの国内店舗数は5万店を超え、19年には初めて店舗数が減少に転じた。従来の事業モデルでは出店できる場所が限られており、新たな店舗形態の開発が急務になっている。最低賃金の上昇や働き手の減少という課題にも向き合う必要がある。


◎もう少し詳しく書けないものか

無人のコンビニエンスストア店舗を2024年度末までに約1000店出す」と冒頭で打ち出したものの、詳細はほとんど分からない。例えば今年度はどの程度の出店になるのか。

採算が取れなかった地域への出店が可能になる」という社長コメントと「新店は無人店が軸になる」という説明はあるが、どういう地域から出店していくのかも明確ではない。「200~500程度」だった「年間出店数」の上積みにつながるのかも不明。

分からないことが多いのだとは思うが、もう少し詳細な情報が欲しい。未定ならば、その点は明示してほしかった。


※今回取り上げた記事「ファミマ『無人店』1000店~規制の壁打開、全国展開」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC257OL0V20C21A8000000/


※記事の評価はC(平均的)

2021年9月10日金曜日

緊急事態宣言延長への賛否表明を避けた日経社説はやはり廃止でいい

日本経済新聞の社説はなくていいと繰り返し訴えてきた。10日の朝刊総合1面に載った「『緊急事態』見直しを経済再開の一歩に」という社説もその典型だ。中身を見た上で具体的に指摘したい。

夕暮れ時の筑後川

【日経の社説】

政府は新型コロナウイルス対策で、緊急事態宣言の解除基準を見直した。宣言期間中の行動制限も緩和する。ワクチンの接種率向上などを踏まえた妥当な判断だ。感染対策と経済活動を両立させる重要な一歩としたい。

全国に広がったインド型(デルタ型)ウイルスは感染力が強い。ある程度、感染者が出るのは避けられない。症状が悪化した時に、医療機関でしっかり治療を受けられるかどうかこそ大切だ。

このため、緊急事態の解除基準は新規感染者数よりも、医療の逼迫度合いを重視するよう改めた。中等症や重症の患者が「継続して減少傾向にある」ことなどを含めた。東京、大阪など19都道府県は、新基準の下でも緊急事態の延長が妥当と判断された

「継続して減少傾向」というあいまいな基準では、客観的な判断がしづらいとの指摘もある。具体的な数値を示せないか、工夫してほしい。まず、入院中の患者の症状の程度に関する正確な情報を迅速に収集する必要がある。

政府はまん延防止等重点措置の対象地域で、一定の条件を満たした飲食店は午後7時半まで酒類を提供できるようにすることなども決めた。感染対策を徹底させている店舗には、早期の制限緩和で報いたい

国内のワクチン接種率は1回目が6割を超え、2回完了も5割近い。接種後の感染例はあるが重症化は少ない。また、抗体治療薬の点滴も普及し始め、重症化の防止に役立っている。

過去の流行時に比べウイルスに向き合う手段はかなりそろった。政府はワクチン接種の進み具合を見ながら、緊急事態宣言の下でも移動制限や飲食店の時短営業、酒類の提供禁止などの措置を緩和する方針だ。

度重なる緊急事態宣言により飲食業や観光業、小売業は大きな打撃を受けた。産業界の意向にも耳を傾け、立て直しにつながる緩和策の内容や方法を詰めてほしい。

緊急事態宣言下での行動制限は、感染の広がりを抑え医療負荷を減らすのが狙いだ。政府と自治体はそもそも宣言を出さずに済むよう、医療体制の整備に全力をあげるべきだ。

多くの地域で新規感染者数は減少傾向にある。原因は何か、また行動変容がどう寄与したのかを明らかにすることも、対策に説得力をもたせるうえで必要である。


◎なぜ自分たちで考えない?

東京、大阪など19都道府県は、新基準の下でも緊急事態の延長が妥当と判断された」ことへの賛否を明らかにしていないのが、この社説の最大の問題だ。

過去の流行時に比べウイルスに向き合う手段はかなりそろった」「感染対策を徹底させている店舗には、早期の制限緩和で報いたい」と思うのならば「緊急事態の延長」は好ましくないと訴えても良さそうなものだ。しかし、そうは書いていない。

だからと言って「緊急事態の延長」を支持している訳でもない。この曖昧さは何なのか。「難しい問題なので、延長がいいとも悪いとも言いにくい」という気持ちが分からなくはない。だったら社説は要らない。廃止しないにしても、明確な社論を打ち出せるときにだけ掲載すればいい。

今回の社説で日経は「宣言期間中の行動制限も緩和する」ことを「妥当な判断」としている。ならばなぜ「緊急事態」の解除を求めないのか。そこの説明から逃げているのが残念だ。

新型コロナウイルス対策」として好ましい具体策は何か。日経の論説委員がまず結論を出すべきだ。しかし「具体的な数値を示せないか、工夫してほしい」「産業界の意向にも耳を傾け、立て直しにつながる緩和策の内容や方法を詰めてほしい」と政府の頑張りを求めるだけだ。

緊急事態の解除基準」で日経が「具体的な数値」を提案してもいい。「立て直しにつながる緩和策の内容や方法」を日経が考え出す手もある。

その辺りの労を惜しんで「しっかり対策立ててね」的なことしか言えないままでいいのか。この問題に関わる論説委員には改めて自問してほしい。


※今回取り上げた社説「『緊急事態』見直しを経済再開の一歩に

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210910&ng=DGKKZO75629000Q1A910C2EA1000


※社説の評価はD(問題あり)

2021年9月9日木曜日

明らかな減少でも「高止まり」と書いてしまう日本経済新聞の拙さ

日本経済新聞は「高止まり」の使い方が上手くない。「高止まり」とは「相場や価格などが高値のままで下がらない状態をいう」(デジタル大辞泉)のだから「高値」と「下がらない」の2つが必要条件となる。しかし多くの記者は「下がったけれど高水準」という意味で使っている気がする。

夕暮れ時の筑後川

具体例を2つ挙げる。まずは7日の朝刊国際面に載った「タイ、観光再開を拡大~ 感染高止まり 経済と両立図る」という記事。「ワクチン接種が遅れるなか新規感染者数は高止まりしており」と書いているが、その後で「タイの1日当たりの新規感染者数は足元で1万4000人前後となり、連日2万人を超えていた8月中旬に比べて減少傾向にある」とも説明している。

減少傾向」ならば「下がらない状態」には当てはまらない。「新規感染者数は高い水準を維持しており」などとすれば問題は解消する。

次は9日朝刊総合2面に載った「総裁選が揺らす派閥政治 政策の求心力問う~資金など恩恵薄れ、縛りきかず」という記事を見ていく。そこでは以下のように記している。

派閥に入らない議員は89年には3%しかいなかった。2009年からの野党暮らしで36%まで増えた。12年末に政権復帰して派閥が盛り返したとはいえ、無派閥の割合は今も高止まりする

ちなみにこれは最終版(14版)。13版では「21年も無派閥の割合は17%程度と高止まりする」となっている。「無派閥の割合」が半減しているのに「高止まり」はどう見ても苦しいと思ったのか最終版では直近の数字を外している。

記事に付けた「自民党内の無派閥議員の割合」というグラフを見ても、明らかに「高止まり」ではない。「高値」と「下がらない」の2つが必要条件だと最初に書いたが、「無派閥の割合」に関しては条件を2つとも満たしていない。

この場合は「21年も無派閥の割合は17%程度と無視できない存在だ」などとすれば良いのではないか。

高止まり」を使うときには2つの必要条件を満たしているか必ず考えるべきだ。記者だけでなくデスクも肝に銘じてほしい。


※今回取り上げた記事

タイ、観光再開を拡大~ 感染高止まり 経済と両立図る」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210907&ng=DGKKZO75505670W1A900C2FF8000

総裁選が揺らす派閥政治 政策の求心力問う~資金など恩恵薄れ、縛りきかず」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210909&ng=DGKKZO75587880Z00C21A9EA2000


※記事の評価はいずれもD(問題あり)

2021年9月8日水曜日

「米『お節介外交』は終わるのか」に答えを出さない日経 大石格上級論説委員

日本経済新聞の大石格上級論説委員が書く記事はやはり出来が良くない。今回は、8日の朝刊オピニオン面に載った「中外時評~米『お節介外交』は終わるのか」という記事を材料に問題点を見ていこう。

夕暮れ時の筑後川

【日経の記事】  

かつては孤立外交を標榜していた米国だが、20世紀に入ると2回の世界大戦やベトナム戦争などの局面で、常に介入を選択してきた。よくいえば世界の警察官であり、悪くいえばお節介外交である。


◎20世紀は「常に介入」?

これを読むと「20世紀」の米国は「常に(軍事)介入を選択してきた」と理解したくなる。例えば中越戦争(1979年)やチェチェン紛争(1994年~)に米国は「介入」したのか。

見出しにもなっている「お節介外交」の定義は明らかにはなっていないが、文脈から判断して「軍事介入」を指すとの前提で話を進めていきたい。

さらに記事を見ていこう。

【日経の記事】

アフガンとイラクで手いっぱいになった米国は以降、国際紛争への介入に消極的になった。新たな戦争を起こさないと公約して当選したオバマ大統領は、14年にロシアがクリミアを併合したときでも言葉で非難しただけだった。


◎「国際紛争への介入に消極的」?

米国が「国際紛争への介入に消極的になった」時期についても書き方が微妙だが、イラク戦争が始まった2003年以降と解釈しよう。大石上級論説委員の説明だと「オバマ大統領」の時代には「国際紛争への介入」をしていないような印象を受ける。実際には2011年以降のリビア内戦やシリア内戦に「介入」しているはずだ。なのに「国際紛争への介入に消極的」なのか。

大石上級論説委員が「自分には消極的に見える」というなら、それはそれでいい。だが見出しにもある「米『お節介外交』は終わるのか」との問いにはきちんと答えを出してほしかった。それができているのか。記事の終盤を見ていこう。


【日経の記事】

お節介外交はこのまま終わるのか。マッカーサー氏と同時代に活躍した米陸軍のジョージ・パットン氏が「闘争を愛し、痛みやぶつかり合いを愛し、勝者を愛し、敗者を認めない」と評した米国人気質まで変わるのだろうか。

答えの代わりに、もうひとつ映画を紹介したい。ベトナム戦争のさなかにつくられた歴史劇「ローマ帝国の滅亡」である。超大国になったローマだが、徐々に周辺国との戦いに疲れ始める。主人公のひとりがこう演説する。「蛮族の族長を処刑すれば、彼らの憎しみは永遠に消えない。憎しみは戦いを生む。戦いをやめよ」と。

脚本の背後にあるのは、1962年のキューバ危機後にケネディ大統領が提唱した米ソの共存共栄である。当時の演説でケネディ氏はこう訴えている。「私たちの求める平和はどんなものか。軍事力によって世界に強制的にもたらされるパクス・アメリカーナではない」

米中の対立が深まる現在、話し合い外交は弱腰と批判されがちだ。相手に侮られることなく、過剰な介入にもならない。ケネディ氏の言う平和を見いだすことができるだろうか


◎結局、答えは出したくない?

お節介外交はこのまま終わるのか」との問いに答えは出さず「答えの代わりに、もうひとつ映画を紹介したい」で逃げている。「お節介外交」が終わるかどうか大石上級論説委員の見方をなぜ明確に打ち出せないのか。後で「予想が外れた」と言われるのを恐れているのか。だとしたら「お節介外交はこのまま終わるのか」と問わないでほしい。

最後には「ケネディ氏の言う平和を見いだすことができるだろうか」と、さらに問いを発する形で終わっている。成り行き注目型の締めとも言える。

今回の記事を読む限り、大石格上級論説委員が新たに取材した形跡は窺えない。事実認識も怪しい。そして、自ら持ち出した問いに答えを出すことからも逃げている。

そろそろ後進に道を譲る時期が来ているのではないか。


※今回取り上げた記事「中外時評~米『お節介外交』は終わるのか」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210908&ng=DGKKZO75532380X00C21A9TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。大石格上級論説委員への評価もDを維持する。大石上級論説委員については以下の投稿も参照してほしい。


日経 大石格編集委員は東アジア情勢が分かってる?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_12.html

ミサイル数発で「おしまい」と日経 大石格編集委員は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_86.html

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_15.html

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_16.html

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_89.html

どこに「オバマの中国観」?日経 大石格編集委員「風見鶏」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_22.html

「日米同盟が大事」の根拠を示せず 日経 大石格編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_41.html

大石格編集委員の限界感じる日経「対決型政治に限界」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_70.html

「リベラルとは何か」をまともに論じない日経 大石格編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_30.html

具体策なしに「現実主義」を求める日経 大石格編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post_4.html

自慢話の前に日経 大石格編集委員が「風見鶏」で書くべきこと
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_40.html

米国出張はほぼ物見遊山? 日経 大石格編集委員「検証・中間選挙」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/blog-post_18.html

自衛隊の人手不足に関する分析が雑な日経 大石格編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/10/blog-post_27.html

「給付金申請しない」宣言の底意が透ける日経 大石格編集委員「風見鶏」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/05/blog-post_74.html

「イタリア改憲の真の狙い」が結局は謎な日経 大石格上級論説委員の「中外時評」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/10/blog-post_7.html

菅政権との対比が苦しい日経 大石格編集委員「風見鶏~中曽根戦略ふたたび?」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/10/blog-post_18.html

「別人格」を疑う余地ある? 日経 大石格上級論説委員「中外時評~政治家は身内にこそ厳しく」

https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/03/blog-post_17.html

日経「風見鶏~基本法花盛りの功罪」に感じる大石格編集委員の罪https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/07/blog-post_11.html

2021年9月7日火曜日

「誰も上昇できない」に無理がある週刊ダイヤモンドの特集「新階級社会」

週刊ダイヤモンド9月11日号の特集「新階級社会~上級国民と中流貧民」は問題が多かった。筆者ら(山本輝記者、濱口翔太郎記者、山口圭介編集長、浅島亮子副編集長)は社会が大きく変化していると訴えたいようだが無理がある。ここでは「Part1 日本版『カースト』の恐怖」という記事にツッコミを入れてみたい。

大山ダムの銅像

筆者らが考える「新階級社会」は以下の4段階からなる5つの階級で構成されている。

(1)資本家階級(従業員5人以上の企業の経営者・役員)

(2)新中間階級(被雇用の管理職・専門職・上級事務職)

(3)旧中間階級(自営業者・家族経営従事者)、正規労働者(被雇用の単純事務職・販売職・サービス職・マニュアル労働者)

(4)アンダークラス(パート主婦以外の非正規労働者)


そして記事の冒頭で以下のように記している。

【ダイヤモンドの記事】

日本社会は、格差社会よりもシビアな『階級社会』へ変貌を遂げていた。一握りの上級国民を除き、誰も上昇することができない理不尽な世界だ。その残酷な実態を明らかにする。


◎逆では?

今の日本は「一握りの上級国民を除き、誰も上昇することができない理不尽な世界だ」と断言している。「資本家階級」には「由緒正しき上級国民」という説明も付いているので「資本家階級」を除くと上の階級には「誰も上昇することができない」と筆者らは見ているのだろう。逆ではないか。

資本家階級」の上はないのだから原理的に「資本家階級」は「誰も上昇することができない」。上の階級に「上昇」する可能性があるのは(2)から(4)の人々だけだ。

記事に付けたピラミッド型の図には「今いる階級から転落するリスク大」という説明も付いている。図の作り方から判断すると「(全ての階級で)今いる階級から転落するリスク大」と言いたいのだろう。これもあり得ない。「アンダークラス」の人たちは「転落する」階級がもうない。

では(2)から(4)の人々が階級を上げるのは本当に不可能なのか。定義から判断すると、かなりの頻度で「上昇」は起きそうだ。

まず「アンダークラス」。3月の日本経済新聞の記事では「明治安田生命保険は1900人の女性契約社員を4月に正社員へ登用する」と伝えている。事実ならば、一気に「1900人」が「上昇」できている。こうした事例は他にもある。本当に「誰も上昇することができない」のか。

そもそも「アンダークラス」では「パート主婦以外」という条件が付いているので、パートで働いている女性が結婚してそのまま仕事を続けた場合は「アンダークラス」から上の階級に移るはずだ。

正規労働者」から「新中間階級」への移動も日常的に起きている。例えば百貨店で販売を担当している正社員は「正規労働者」だ。この正社員が管理職に昇格すると「被雇用の管理職」になるので晴れて「新中間階級」へと「上昇」する。それほど珍しい話ではない。

資本家階級」に上り詰めるのも難しくない。「従業員5人以上の企業の経営者・役員」になればいいだけだ。「新中間階級」に属している場合、「役員」に登用されればめでたく「資本家階級」の仲間入りだ。

起業して「従業員5人以上」の状況を作ってもいい。コンビニでも1店に「5人以上」のアルバイトはいるだろうから、脱サラしてコンビニのオーナーになり法人化すれば「資本家階級」に入れる。

そこで疑問が浮かんでくる。コンビニのオーナーになるだけで「由緒正しき上級国民」と言えるのか。記事によると「資本家階級」の貧困率は7.5%に達するという。貧困率の算出方法は示していないが、この7.5%の人たちは本当に「上級国民」なのか。

他にも疑問は浮かぶ。自営業者をひとまとめにして「旧中間階級」とするのも無理がある。例えば芸能人は基本的に自営業者だと思われるが、本職の仕事はほぼなくアルバイトで生計を立てている人もいれば、年収が億単位になる人もいるだろう。なのに全員を「旧中間階級」に入れるべきなのか。

最後に以下のくだりにもツッコミを入れておこう。


【ダイヤモンドの記事】

また、旧中間階級には、装飾品や衣服、家具など不要不急のものを扱う自営業者も多く、やはり経営難に陥っているケースも多い。


◎衣服や家具は「不要」

衣服、家具」は「不要不急のもの」なのか。少なくとも「不要」とは思えない。「しばらく購入を見合わせても大丈夫なもの」と言いたいのだろうが、説明が上手くない。


※今回取り上げた記事「Part1 日本版『カースト』の恐怖


※記事の評価はD(問題あり)。山本輝記者への評価はC(平均的)からDへ引き下げる。濱口翔太郎記者への評価は暫定でDとする。山口圭介編集長への評価はB(優れている)からCへ引き下げる、浅島亮子副編集長への評価はDを据え置く。

2021年9月4日土曜日

コロナ楽観論者が医療システムに「テロ行為」? 小田嶋隆氏の衰えが辛い

コラムニストの小田嶋隆氏はやはり衰えが目立つ。日経ビジネス9月6日号に載った「小田嶋隆の『pie in the sky』絵に描いた餅ベーション~『火事場泥棒は断言する』」という記事の問題点を指摘してみたい。今回の記事で最も気になるのは批判対象が特定できないことだ。記事の後半部分を見てみよう。

熊本港

【日経ビジネスの記事】

怖いのは、その一方で専門的知見を持たない素人が当てずっぽうで垂れ流す断言が、バカにならない影響力を発揮しつつあることだ。

あまたある断言の中には、たまたま「ある特定の状況下」での「特定の問題」をうまく説明している事例が転がっていたりする。と、その断言をカマした人物は、突然「すべてを見通している人間」に格上げになる。

「要するに」「つまるところ」「端的に言えば」「誰もあえて言わないことだが」てな調子の接頭辞とともに供給されるこれらの断言の中には、コロナ疲れで、予測や不安そのものを面倒に感じている人々の心を確実に捉える、ある種の痛快さが含まれている。しかも、非常によろしくないことに、これらの非専門家の口の端から漏れ出す無責任な断言は、多くの場合、立場上の、あるいは政治的な意図をはらんでいる。


◎具体例がないと…

上記のような書き方は感心しない。「怖いのは、その一方で専門的知見を持たない素人が当てずっぽうで垂れ流す断言が、バカにならない影響力を発揮しつつあることだ」という割に具体例は出てこない。ゆえに「断言をカマした人物」が「突然『すべてを見通している人間』に格上げになる」ような状況が本当に起きているのか検証しようがない。反論されるのが怖いのかもしれないが、これでは困る。

続きを見ていこう。


【日経ビジネスの記事】

私が懸念しているのは、昨年のいまごろ(つまり第1波から第2波に対応した緊急事態宣言が出されていた2020年の春から夏にかけて)しきりに対コロナ楽観論(「コロナはただの風邪」だとかの、慌てるヤツらが愚かなのだと達観した風の言い方)を半笑いで振りまいていた人々が、現今の医療逼迫を捕まえて、異口同音に「医療従事者の怠慢」「コロナを拒否する医療機関がいけない」「医療ムラを解体しなければこの問題は解決しない」といった、政治の無策の責任を現場(つまり、医療関係者)に押しつける立論を供給しはじめたことだ


◎コロナ楽観論者とは戦わないんじゃ?

2020年12月25日付の日経ビジネス電子版に載った「小田嶋隆の『ア・ピース・オブ・警句』 ~世間に転がる意味不明~来年が凡庸で退屈な一年でありますように」という記事で「コロナ楽観論」に関して小田嶋氏は以下のように書いていた。

論争から逃げているように見えてしまうのもシャクなので、あまりにもあたりまえで凡庸なお話ではあるが、以下、『コロナ楽観論』への反論をひととおり書き並べておくことにする。なお、この反論への反論にはお答えしない。理由はさきほども述べた通り、論争は、もっぱら異端の論を拡散せんとしている崖っぷちの人々の利益にしかならないからだ

コロナ楽観論」の批判だけして「反論への反論にはお答えしない」と逃げた小田嶋氏がまた「コロナ楽観論」者を批判するのはなぜか。「論争は、もっぱら異端の論を拡散せんとしている崖っぷちの人々の利益にしかならない」のではないのか。

前に書いたことを忘れているのだとは思うが…。

そして、やはり具体例は出てこない。「対コロナ楽観論を半笑いで振りまいていた人々」とは何人ぐらいいるのだろう。少なめに1000人としよう。その1000人が「異口同音」に「政治の無策の責任を現場に押しつける立論を供給しはじめ」るとは考えにくい。そんなに見事に主張が揃うものか。それに小田嶋氏は1000人の「立論」をきちんと確認したのか。

「新型コロナウイルスは大きなリスクではないのに騒ぎすぎ」と訴えてきた自分は「コロナ楽観論」者に入れてもいいだろう。しかし「政治の無策の責任を現場に押しつける立論を供給」したりはしていない。なのに「異口同音」なのか。

自分も含め「コロナ楽観論」的な主張の持ち主の多くは「感染症法上の扱いを5類に落とせ」と訴えている。「政治の無策の責任を現場に押しつける立論を供給」している人がゼロとは言わないが、小田嶋氏の説明は違う気がする。

しかし、小田嶋氏の言う「対コロナ楽観論を半笑いで振りまいていた人々」が誰を指すのか不明なので検証は難しい。ここがズルいところだ。批判するならば、対象を具体的に挙げてほしい。

結論部分を見ていこう。


【日経ビジネスの記事】

さらに彼らは「医療従事者に政治家が命令できる法律づくり」「政治によるトリアージの立法化」てなことを言い出している。防火への備えを軽視し、怠ったのみならず、放火に類する所業を為しておいての言い草は、わが国の医療システム、ひいては国民皆保険制度への公然たるテロ行為だと申し上げてよい。ていうか、よりによって今、医療関係者の足を引っ張ってどうする。“要するに”こういうことを言う人って「火事場泥棒」、もしくは「焼け太り」狙いなんじゃないのか?


◎強引すぎない?

批判の対象をぼかして反論から逃げているがゆえの安心感があるのだろうか。言いたい放題だ。しかし、なるほどとは思えない。

まず、なぜ「わが国の医療システム、ひいては国民皆保険制度への公然たるテロ行為だと申し上げてよい」のか。

『医療従事者に政治家が命令できる法律づくり』『政治によるトリアージの立法化」てなことを言い出し」ているからなのか。これらが実現したら「国民皆保険制度」が崩れると仮定しよう。だからと言ってなぜ「テロ行為」なのか。もっと直接的に「国民皆保険制度は廃止せよ」と訴えても「テロ行為」とは感じない。暴力も暴言もないのに「テロ行為」なのか。

防火への備えを軽視し、怠ったのみならず、放火に類する所業を為しておいて」とも言い切っているが、これもどうやって確認したのか。「コロナ楽観論」者全員の行動を小田嶋氏はチェックしているのか。

放火に類する所業」が何を指すのか明確ではないが、とりあえず「新型コロナウイルスを他者に感染させる可能性のある行動」としよう。この場合、小田嶋氏を含むほとんどの人が「放火に類する所業」に手を染めているはずだ。小田嶋氏はこの1年半ずっと自宅に籠って一歩も外に出ずに暮らしているのか。他人との直接対面を一切やめているのか。

書き手としての衰えが目立つ小田嶋氏は、人物や組織を名指ししての批判では反論に耐えられなくなっているのかもしれない。だとしたら、コラムニストから足を洗うことも検討すべきだ。誰でもいつかは引退するのだから。


※今回取り上げた記事「小田嶋隆の『pie in the sky』絵に描いた餅ベーション~『火事場泥棒は断言する』

https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00106/00128/


※記事の評価はE(大いに問題あり)。小田嶋隆氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

どうした小田嶋隆氏? 日経ビジネス「盛るのは土くらいに」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/09/blog-post_25.html

山口敬之氏の問題「テレビ各局がほぼ黙殺」は言い過ぎ
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/06/blog-post_10.html

小田嶋隆氏の「大手商業メディア」批判に感じる矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_12.html

杉田議員LGBT問題で「生産性」を誤解した小田嶋隆氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/lgbt.html

「ちょうどいいブスのススメ」は本ならOKに説得力欠く小田嶋隆氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/ok.html

リツイート訴訟「逃げ」が残念な日経ビジネス「小田嶋隆のpie in the sky」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/pie-in-sky.html

「退出」すべきは小田嶋隆氏の方では…と感じた日経ビジネスの記事https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/10/blog-post_16.html

「政治家にとってトリアージは禁句」と日経ビジネスで訴える小田嶋隆氏に異議ありhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2020/12/blog-post_10.html

「利他的」な人だけワクチンを接種? 小田嶋隆氏の衰えが気になる日経ビジネスのコラムhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2020/12/blog-post_15.html

根拠示さず小林よしのり氏を否定する小田嶋隆氏の「律義な対応」を検証https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/12/blog-post_28.html

小田嶋隆氏が日経ビジネスで展開した「コロナ楽観論批判」への「反論」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/12/blog-post_29.html

「女性限定の反撃」は「罪」? 小田嶋隆氏が日経ビジネスで展開した無理筋https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/01/blog-post_25.html

「女性側に原因がないこともない」を「失言」と見なす小田嶋隆氏に異議https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/02/blog-post_27.html

「彼女が中止のホイッスルを吹く日」に期待する小田嶋隆氏の矛盾https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/04/blog-post_16.html

日経ビジネスでの橋下徹氏批判に見える小田嶋隆氏の「あまりにも粗雑な詭弁」https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/08/blog-post.html

2021年9月3日金曜日

日経「米ETF、選別型が主流に」で後藤達也・北松円香記者に注文

3日の日本経済新聞朝刊グローバル市場面に載った「米ETF、選別型が主流に~指数型上回り個別銘柄にマネー 実態伴わない値動きも」という記事は興味深い内容だった。ただ、引っかかる説明もあった。記事を見ながら指摘したい。

熊本市の繁華街

【日経の記事】

米国で「アクティブ」と呼ばれる銘柄選別型の上場投資信託(ETF)が急拡大している。2021年はアクティブETFの新規上場が株価指数に連動する「パッシブ」を大きく上回る。開示義務が緩和されたほか、少数の銘柄に集中投資する手法が人気を集めているためだ。ただ、アクティブに資金が集中しすぎれば、企業の実態よりもマネーの動きで株価が左右されやすくなる


◎「資金が集中しすぎ」はどう判断?

アクティブに資金が集中しすぎれば」と書いているが、「資金が集中しすぎ」ているかどうかの判断基準は最後まで示していない。「パッシブ」への「集中」が問題なのは分かるが、「アクティブに資金が集中しすぎ」ることはないとも個人的には感じる。この問題は後で触れたい。

続きを見ていこう。


【日経の記事】

米調査会社モーニングスターの集計によると、21年に上場したアクティブETFは9月1日時点で179本に対し、パッシブETFは98本にとどまる。既存のETFは「S&P500種株価指数」や「ナスダック100」などの株価指数に連動したパッシブが中心だったが、20年にはアクティブの上場数がパッシブを上回り、今年はさらにアクティブが勢いを増している。


◎金額ベースは?

今回の記事ではメインの見出しが「米ETF、選別型が主流に」となっている。「既存のETF」でも「20年にはアクティブの上場数がパッシブを上回り、今年はさらにアクティブが勢いを増している」のならば「主流」との見方を否定はできない。ただ、まずは金額ベースで見るべきだと感じる。しかし、金額でも「主流」かどうかには言及していない。そこは残念。

さらに見ていく。


【日経の記事】

アクティブETFの人気をけん引するのは米新興資産運用会社アーク・インベストメント・マネジメントのETFだ。「ハイテク株の女王」とも呼ばれるキャシー・ウッド氏が運営する旗艦ファンドの「アーク・イノベーション・ETF」は電気自動車(EV)のテスラを筆頭に50銘柄ほどの「破壊的革新」銘柄に集中投資する。


◎50銘柄に「集中投資」?

50銘柄ほどの『破壊的革新』銘柄に集中投資する」と書いているが、個人的には「50銘柄」だとあまり「集中」していない感じがする。「50銘柄」が「アクティブETF」としては「集中投資」だと言えるのならば、その裏付けとなるデータは欲しい。

少し飛ばして続きを見ていく。


【日経の記事】

ETFは取引がしやすく、手数料も安いため、個人投資家だけでなく、年金などからの投資も増えるため、運用会社も顧客の取り込みに力を入れている。


◎「ため」の繰り返しは避けよう!

1つの文の中で「手数料も安いため」「年金などからの投資も増えるため」と「ため」を繰り返しているので拙い印象を受ける。例えば「ETFは取引がしやすく、手数料も安いため、個人投資家だけでなく、年金などからの投資も増えており、運用会社も顧客の取り込みに力を入れている」とすれば問題は解消する。

今回の記事では「アクティブETF」の信託報酬に触れていないのも引っかかった。「ETFは取引がしやすく、手数料も安い」のはその通りだが「アクティブ」でも「パッシブ」並みの低コストなのか。だとしたら「パッシブ」にこだわる意味はなくなる。なので、そこも触れてほしかった。

話を「資金が集中しすぎ」問題に戻そう。


【日経の記事】

たとえばアークは資産規模が膨らんでも投資先を少数に絞っているため、個別銘柄への影響力が強くなりすぎる面もある。さらに、ユーチューブなどを通じて日々積極的に情報を公開しているため、個人投資家はアークの動向に追随しやすい。その分、アークのETFから資金が動けば、個別企業の実態と関係なく、株価が大きく上下してしまうことが既に何度もおきている


◎「個別企業の実態」に連動させたい?

記事を書いた後藤達也記者と北松円香記者には「個別企業の実態と関係なく、株価が大きく上下してしまう」のは好ましくないとの前提があるのだろう。賛成はできない。

株式市場の価格発見機能は様々な参加者が様々な思惑で売買することで働く。ゆえに「個別企業の実態と関係なく、株価が大きく上下」する場合もある。それでも自由な売買を認めた方が“正しい価格”にたどり着けると見ている(インサイダー取引などの例外はある)。

なので「個別企業の実態と関係なく、株価が大きく上下」する事態に際しては、傍観で良いのではないか。中長期には、ほぼ“正しい価格”に収斂していくはずだ。

アーク」の件は「アクティブETF」の問題ではないとも感じる。同じようなことは「ユーチューブなどを通じて日々積極的に情報を公開」するカリスマ投資家でも起きうる。このカリスマ投資家が「投資先を少数に絞って」個別株を買っている場合、その「動向に追随」する投資家が出てきても不思議ではない。

昔で言えば仕手筋に提灯が付くようなものだ。そこを否定すると株式市場は機能しにくくなる。今回の記事では「アクティブETFへの資金集中は、株式市場全体を不安定にさせるおそれもある」と最後に書いている。「株式市場」は基本的に「不安定」だ。そして「安定」が常に好ましい訳でもない。

後藤記者と北松記者は同意してくれないだろうが…


※今回取り上げた記事「米ETF、選別型が主流に~指数型上回り個別銘柄にマネー 実態伴わない値動きも

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210903&ng=DGKKZO75399350S1A900C2ENG000


※記事の評価はC(平均的)。後藤達也記者への評価はD(問題あり)からCへ引き上げる。北松円香記者への評価は暫定でCとする。後藤記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「先進国の金利急低下」をきちんと描けていない日経 後藤達也記者
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_87.html

日経 河浪武史・後藤達也記者の「FRB資産 最高570兆円」に注文
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/03/frb-570.html

IT大手にマネーが「一極集中」と日経 藤田和明編集委員・後藤達也記者は言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/11/it_26.html

日経 後藤達也・高見浩輔記者が書いた「先進国の債務、戦後最大」への注文
https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/01/blog-post_63.html

2021年9月2日木曜日

女性は起業できると思ってない? キャシー・松井氏が日経で語った奇妙な分析

2日の日本経済新聞朝刊ビジネス1面に載った「そこが知りたい~女性起業家どう増やす? キャシー・松井氏 『リーダーの道』学校教育で」という記事で「ESG(環境・社会・企業統治)を重視するベンチャーキャピタル(VC)ファンドを5月に立ち上げたキャシー・松井氏」が語っていた内容は引っかかるところが多かった。具体的に指摘してみたい。

夕暮れ時の筑後川

【松井氏の発言】

「VCファンドの投資先を探すミーティングをしているが、女性が創業した会社は10社に1社以下。経営陣に女性が入っていても、ビデオ会議の画面に映るのはほとんどが男性だ」

日本の女性は結婚して出産するという従来型の人生設計に縛られがちだ。国内トップ大学をみても学部生の女性比率は2割前後で、半数を占める欧米と比べて低い。起業ができると思っておらず、本人の適性と異なる進路を選んでいるのではないか


◎「トップ大学」は関係ある?

国内トップ大学」の「女性比率」が低いとしても、そこから「起業ができると思っておらず」となってしまうのが謎だ。「起業」するのは「国内トップ大学」出身者という思い込みでもあるのか。

日本の女性は結婚して出産するという従来型の人生設計に縛られがち」「本人の適性と異なる進路を選んでいるのではないか」という説明でも特に根拠は示していない。仮にその通りだとしても、自由意思で選んでいるのならば問題はない。

結婚して出産するという従来型の人生設計」が好みなら、それでいい。女性起業家を増やすために「『女性がリーダーになれる』と伝え続ける学校教育が重要だろう」と松井氏は言うが、特定の方向に子供を誘導するのは感心しない。「リーダー」を目指す方が「結婚して出産する」よりも好ましいと教育の場で洗脳するのは避けたい。

女性起業家が増えると社会にどのような変化を与えますか」という質問に松井氏が答えたところも見ておこう。


【松井氏の発言】

「女性がトップの企業は『多様性』に富んだ経営チームを構築する傾向があるが、これはイノベーションに不可欠な要素だ。加えて、消費の多くを意思決定する女性の視点で新たなサービスや製品を生み出せば、従来はなかった市場を開拓できるかもしれない」


◎自分たちの「多様性」は?

女性がトップの企業は『多様性』に富んだ経営チームを構築する傾向がある」というが根拠は示していない。松井氏が立ち上げた「VCファンド」のホームページで「Core Investment Team」の項目を見ると5人全員が女性。これが「経営チーム」に近いものだとすれば、性別の「多様性」はなさそうだ。本当に「女性がトップの企業は『多様性』に富んだ経営チームを構築する傾向がある」のか。仮にそうなら、なぜ自分たちは例外なのか。

多様性」が「イノベーションに不可欠な要素」という見方は明らかにおかしい。そもそも「イノベーション」は個人でも起こせる。「チーム」でも性別などの「多様性」は「不可欠」ではない。世界初の有人動力飛行を成功させたライト兄弟は同質性が高そうだが、それでも大きな「イノベーション」を実現している。

個人的には属性で「多様性」を見ても意味がないと感じる。どんな人を集めても必ず「多様性」は生まれる。同じ大学・学部で同学年の男性5人がAI関連で起業すると決意した時に「多様性」に欠ける5人には「イノベーション」など生み出せる訳がないと松井氏は決め付けるのか。自分ならば「どんな5人が集まっても人はそれぞれかなり違う。多様性がないからとダメと決め付けてくる人の声など気にするな」と助言したい。

消費の多くを意思決定する女性の視点で新たなサービスや製品を生み出せば、従来はなかった市場を開拓できるかもしれない」という見方もどうかと感じた。既存の企業がこれまで「女性の視点」で「新たなサービスや製品」を生み出してこなかったのなら分かる。

しかし市場調査で女性の声を聞いたり商品開発のスタッフに女性を充てたりといったことは当たり前にある。なのに「女性起業家」に今さら「女性の視点」での「サービスや製品」を期待するのか。

もちろん新たな「女性起業家」が新規性の高い「サービスや製品」を生み出す可能性はある。しかし、それは商品開発に「女性の視点」を取り入れたからというより、その「女性起業家」個人の特性が生み出したものと見る方が当たっているだろう。

結局、性別にこだわる意味はあまりない。せっかく「VCファンド」を立ち上げたのならば「女性」に限らず優れた「起業家」を支援してほしい。


※今回取り上げた記事「そこが知りたい~女性起業家どう増やす? キャシー・松井氏 『リーダーの道』学校教育で

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210902&ng=DGKKZO75356920R00C21A9TB1000


※記事の評価は見送る

2021年9月1日水曜日

日経 下川真理恵記者に性差別制度としての「女子大」を論じてほしかったが…

韓国の徴兵制ほどではないが、日本の女子大学(特に国立女子大)は露骨な性差別制度と言える。この問題について日本経済新聞の下川真理恵記者がわずかに触れたものの、結局は「女子大の役割が改めて問われている」で逃げている。それが残念だったので、記事についていた「ご意見・情報」を求めるメールアドレスに意見を送ってみた。内容は以下の通り。

うきは市役所

【日経へのメール】

日本経済新聞社 下川真理恵様

1日付の日本経済新聞 朝刊大学面に載った「戸籍上は男性の性的少数者 女子大が門戸」という記事について意見を述べさせていただきます。今回の記事には「なぜ『女性限定』 問われる役割」という関連記事が付いています。「女子大」に関してまず「問われる」べきは「性的少数者」に「門戸」を開くかどうかはなく、関連記事で触れた「女子大」が「なぜ『女性限定』」なのかではありませんか。しかし下川様は「女子大の役割が改めて問われている」と述べただけで、この問題を掘り下げていません。

関連記事によると「女子大は現在、75校」あり、お茶の水女子大と奈良女子大は国立大学です。一方で男子大学は存在しません。つまり日本では、性別が男性というだけで大学の選択肢が女性より「75校」も少なくなります。しかも、ここには国立大学が含まれています。明らかな性差別です。

記事には「日本学術会議が『(TG学生が)女子校・女子大に進学できないのは学ぶ権利の侵害』とする提言を公表し、各大学で検討が進んだ」との記述があります。「TG(トランスジェンダー)学生」が「女子大に進学できないのは学ぶ権利の侵害」ならば、男子学生が「女子大に進学できない」のも「学ぶ権利の侵害」に当たるはずです。

男女平等の原則に基づけば、少なくとも国立の女子大は共学化すべきです。どうしても女子大として残したいのならば、共学の国立大学2校を男子校化する手もあります。

公的な教育において、あからさまな性差別が制度として残っていることを下川様はどう考えますか。この問題を改めて検討し、紙面で取り上げてはどうでしょうか。

せっかくの機会なので、記事に関して気になった点を2つ記しておきます。

日本女子大による「TG学生」の受け入れについて下川様は以下のように記しています。

検討を始めたのは15年、性同一性障害の子どもを持つ母親からの『付属中学を受験したい』との相談が契機だった。議論の末に受け入れは断念したが、母親の『審議してくれてありがとう』という言葉が背中を押し、対象を大学に限定して検討を継続した

『付属中学を受験したい』との相談が契機だった」のに、なぜ「対象を大学に限定して検討を継続した」のか記事では説明していません。「母親」の「言葉が背中を押し」たのならば「付属中学」を「対象」から外したのは解せません。何か理由があるのなら、説明が欲しいところです。

この後の記述も引っかかりました。

壁になったのは学内の理解だ。20年に実施した学生や教職員の意向調査では半数以上が受け入れに好意的だった一方、25%程度は『分からない』と答えた。『トイレや更衣室などが不安』『女性と偽って入学するのではないか』など不安の声も上がった。そこで啓発活動を強化。20年度からは『ダイバーシティーウイーク』期間を設けて専門家による講義を始めた。21年4月には学生主体の支援団体も発足した

女性と偽って入学するのではないか」といった「不安」は「啓発活動を強化」することで解消できるのですか。「女性と偽って入学」しようとする人を見分けられる仕組みになっており、そのことを「啓発」していくとの趣旨でしょうか。

戸籍上は男性でも性自認は女性」の人を「トランスジェンダー」とするのであれば「女性と偽って入学する(戸籍上も性自認も実は男性という人が入学する)」ことを防ぐのは困難です。「啓発活動」によって「不安」を解消できると下川様が確信したのならば、どんな「啓発活動」なのか触れた方が良かったでしょう。

私の意見は以上です。今後の参考にしていただければ幸いです。


◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事

なぜ『女性限定』 問われる役割

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210901&ng=DGKKZO75314990R30C21A8TCN000


戸籍上は男性の性的少数者 女子大が門戸

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210901&ng=DGKKZO75314940R30C21A8TCN000


※記事の評価はいずれもC(平均的)。下川真理恵記者への評価も暫定でCとする。