2015年7月30日木曜日

市場関連記事を書く若手記者に薦めたい本

市場関連記事を書く若手記者に読んでほしい本を見つけた。ダイヤモンド社から出ている「投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について」がそれだ。筆者の田渕直也氏が為替市場に関して述べた以下のくだりは、記事の作り手に向けられた疑問とも言える。


リエージュ(ベルギー)の中心部に近いギユマン駅
                ※写真と本文は無関係です
【「安全通貨」という不思議な概念】

もう1つ、特に近年よくみられるようになった為替にまつわる誤解を取り上げよう。「円=安全通貨」説だ。為替相場の動きを解説する際に、このロジックは頻繁に使われている。「投資家にリスクオフの姿勢が強まったので、安全通貨である円が買われた」、あるいは「リスクオンで安全通貨である円からリスクの高い他の通貨に切り替える動きが広がった」という具合だ。

この「安全通貨」云々の説明ほど不思議なものはない。私は、正直こうした説明が何を言おうとしているのか理解することができない。こうした説明が広く通用していることも謎である。為替のプロといわれる人たちですらこうした言い方をすることがしばしばあることには、驚きすら感じる。

まず、ここで言う「安全通貨」とは何を意味するのか。そして、なぜ円が安全通貨なのか。一般に「安全」というのはリスクが小さいことを指すが、円は主要国通貨の中でも比較的値動きが大きい、つまりリスクが高い通貨である。

あるいは、先ほどの誤解の続きで、国力が安定していて、財政の健全性が高いことを安全と呼んでいるのだろうか。円は安全通貨、という言い方はリーマンショック後に欧米の財政事情が悪化したころから言われ始めたものであることからすると、どうもこの意味合いで使われていることが多いのではないかと推測される。だが、日本の国力は、急速に低下しているわけではないという点では確かに安定しているといえるかもしれないが、決して趨勢的に上向きというわけではない。また欧米諸国はたしかにリーマンショックで大きな打撃を受けて、財政状況も急速に悪化した。それでも、日本の財政もまた引き続き急速な悪化を続けており、相対的な財政状況では依然として先進国中で最悪の状況にあることに何ら変わりはない。

要するに、「安全通貨だから」円が買われるとか、売られるとかいう説明は意味が不明なのである。それにもかかわらず、株価が下落したり、欧州や新興国市場での不安が高まったりすると円高になるというのは事実である。「安全通貨だから」そうなるのではないとすれば、どういうメカニズムからそうなるのだろうか。


為替相場の記事を書いた経験のある記者ならば、考えさせられる指摘ではないだろうか。なぜ「安全通貨」と書くのかと記者に問えば、「市場関係者を取材すると、そう説明してくるから」といった答えが返ってきそうだ。記者は間接的に市場を見ているに過ぎない。取引に参加しているわけでも、売買注文をさばいているわけでもない。だから、値動きの理由をどう書くかは、市場関係者の見解に大きく依存している。

しかし、時には立ち止まってじっくり考えてほしい。例えば日経では「安全資産とされる金」と平気で書くが、そもそも安全資産とは何か。金は本当に「安全」なのか。金が安全資産ならば、銅やアルミも安全資産なのか。市場関連記事を書く記者は、こうした問いに自分なりの答えを持つべきだ。パターンに当てはめて記事を書けるようになるのは記者として重要ではあるが、そこで思考停止していてはダメだ。

「投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について」には、為替に限らず市場関連記事を書く上で役立つ内容が多い。白か黒かを明確に分けないバランス感覚を持ちつつ、どの辺りがどのくらい黒かったり白かったりするのかは、しっかり説明してある。チャート分析について、「チャートは全てを語る」という完全肯定派も「チャートはオカルトである」という完全否定派も正しくないとする筆者の主張は一読の価値がある。どちらかと言えばチャート分析否定論なのだが、その効用についても実務経験者の立場から語っているところが秀逸だ。

効率的市場仮説に関する「市場は概ね効率的で、わずかに非効率性がある」との結論も納得できる。「良いパフォーマンスが期待できる投資信託を探すには、過去の実績のチェックが不可欠」と疑いも持たずに繰り返し訴えている日経の増野光俊記者のような書き手には、特にじっくり読んでほしい。


※本も筆者の田渕直也氏も評価はA(非常に優れている)とする。

※ちなみに、この本の39ページには「『期待』と『信用』という学術的用語に封じ込められ。いわばブラックボックス化されてきたのだ」という記述がある。「封じ込められ、」の間違いだろう。

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