2019年10月31日木曜日

「キャリアの終わりを意識する人」を誤解? 日経「働き方進化論」

キャリアの終わりを意識する人」とは「キャリアアップを意識」しない人と言えるだろうか。個人的には違うと思う。しかし31日の日本経済新聞朝刊1面に載った「働き方進化論 第4部~やる気の未来(2)社会人半ば、舞台新たに」という記事では、この2つを同一視している。
のこのしまアイランドパークのコスモス
        ※写真と本文は無関係です

まず「出世志向、40代転機」という見出しが付いた関連記事では以下のようにデータを紹介している。

【日経の記事】

パーソル総合研究所(東京・港)によると、42.5歳で出世したいと思わない人が思う人を上回り、45.5歳でキャリアの終わりを意識する人が意識しない人を抜く。

◇   ◇   ◇

本文には、このデータを根拠にしたと見られる以下の記述がある。

【日経の記事】

経済の変化が速くなると同時に社会人生活は長くなっていく。政府は企業に対し、25年度に65歳までの雇用を完全に義務化する。さらには70歳まで働けるようにする努力も義務付ける方針だが、働き手の意欲はそのかなり手前で転機を迎える。出世やキャリアアップを意識しながら働く人は40歳代で少数派になる



◎「少数派になる」?

キャリアの終わりを意識」している人は、その時点で既に「キャリアアップを意識」していないとの前提をこの記事には感じる。しかし別物ではないか。

例えば、30代後半になってメジャーリーグに挑戦する日本人投手がいるとしよう。野球選手としての「キャリアの終わりを意識」して当然の年齢になっている。しかし、この投手がメジャー入りやワールドシリーズ優勝を目指しているとすれば「キャリアアップを意識」してもいる。

キャリアの終わりを意識」しているからと言って「キャリアアップを意識しながら働く人」ではなくなったとは言えない。

会社勤めでも同じだ。「このままだと課長止まりか、頑張っても部長まで。取締役にはなれそうもないな。俺のキャリアも結局はそんなところか」と「キャリアの終わりを意識」している人がいたとしても、「部長になりたい」との意欲はある。つまり「キャリアアップを意識」している。

ついでに言うと「働き手の意欲」と「出世やキャリアアップ」を結び付ける書き方も引っかかった。無関係とは言わないが「働き手の意欲」に影響を与える要素の1つに過ぎない。

例えば、パートで働いている主婦の中には「出世やキャリアアップ」に関心がない人も少なからずいるだろう。だからと言って彼女らの「働き手」としての「意欲」が低いとは限らない。

出世やキャリアアップ」に関して「40歳代」で「転機を迎える」としても、「働き手の意欲」も同じように「転機を迎える」と判断するのは早計だ。



※今回取り上げた記事「「働き方進化論 第4部~やる気の未来(2)社会人半ば、舞台新たに」」
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20191031&ng=DGKKZO51594870Q9A031C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)

2019年10月30日水曜日

事業売却を求めても「物言う株主ではない」と書く日経の矛盾

30日の日本経済新聞朝刊 投資情報面に載った「キリンの多角化に異議~英運用会社が書簡 『ビールとの相乗効果なし』」という記事を読むと「物言う株主」とは何か分からなくなってくる。
瑞鳳殿の杉並木(仙台市)※写真と本文は無関係

記事の全文は以下の通り。


【日経の記事】

英投資運用会社のフランチャイズ・パートナーズ(FP)が、キリンホールディングス(HD)の進めるバイオや医薬品など多角化をやめて、中核事業のビールに専念するよう求める書簡を同社に送ったことが29日までに分かった。事業を巡る両社の議論が活発になりそうだ。

FPは2014年9月からキリンHDに出資。現在は発行済み株式の2%強を保有しているとみられる。キリンHDは2月にバイオ関連事業を手掛ける協和発酵バイオを子会社にすると発表。8月には化粧品や健康食品製造のファンケルと資本業務提携を結ぶなど非ビール事業強化を進める。

関係者によると、FPは当初、低迷していたブラジルのビール事業の売却などを支持していたようだ。だがバイオや医薬品などの強化を進めると反発に傾いた。「ビール事業と相乗効果はなく、ほかの事業への投資は非効率」とみているようだ。キリンHDの株価は2200円台で、18年4月に付けた高値(3199円)を3割程度下回る。

FPはビール事業以外の医薬・バイオ事業や国内飲料事業の売却なども求めている。ほかの株主とも問題意識を共有し、会社との対話を進めていく方針だという。

FPの運用資産は現在約1兆7000億円。投資先に積極的に経営改善を働きかける「物言う株主」ではなく、長期保有を前提としている。収益性が高く知的財産や特許などが資産の中心の世界企業20~30社に投資し、日本企業では任天堂や日本たばこ産業(JT)も保有する。キリンHDは「投資家との個別のやりとりについてコメントはできない」としている。


◎かなり「積極的」では?

投資先に積極的に経営改善を働きかける」株主が「物言う株主」だと筆者は認識しているようだ。異論はない。なのに「キリンホールディングス(HD)の進めるバイオや医薬品など多角化をやめて、中核事業のビールに専念するよう求める書簡を同社に送った」ことが判明した「英投資運用会社のフランチャイズ・パートナーズ(FP)」について「『物言う株主』ではなく~」と書いている。

普通に考えれば矛盾している。どう理解すればいいのだろうか。

まず考えたのが「FP」は「経営改善を働きかけ」てはいるが「積極的」ではないという可能性だ。しかし「バイオや医薬品などの強化を進めると反発に傾いた」「ほかの株主とも問題意識を共有し、会社との対話を進めていく方針」といった説明から判断すると、かなり「積極的」だ。「積極的」かどうかに明確な基準はないので「自分には消極的に見える」との弁明は不可能ではないが、かなり苦しい。

『物言う株主』ではなく、長期保有を前提としている」と書いているので「長期保有を前提」としていれば「物言う株主」ではないとの見方なのかもしれない。しかし「物言う株主」とは一般的に言っても「上場企業の経営に自らの考えを表明して積極的に関わる株主」(デジタル大辞泉)を指すので「長期保有」だから「物言う株主」ではないと見なすのは無理がある。

FP」自身が自分たちは「物言う株主」ではないと言っているのかもしれない。だが、記事を書く上でそこに縛られる必要はない。一般的な基準で「物言う株主」だと認識できるのならば「物言う株主」だ。

FP」は「キリンHD」に働きかけるまで「物言わぬ株主」だったのかもしれない。しかし、今回「積極的に経営改善を働きかけ」たのならば「物言う株主」に生まれ変わったはずだ。

色々と検討してみたが、「中核事業のビールに専念するよう求める書簡」を送ったことが事実ならば、やはり「FP」は「物言う株主」にしか見えない。


※今回取り上げた記事「キリンの多角化に異議~英運用会社が書簡 『ビールとの相乗効果なし』
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20191030&ng=DGKKZO51543440Z21C19A0DTA000


※記事の評価はD(問題あり)

2019年10月29日火曜日

日経記者に読んでほしい藤田勉・一橋大学特任教授の「親子上場肯定論」

企業経営や株式市場を取材する日本経済新聞の記者に読んでほしい記事が、週刊エコノミスト11月5日号に載っていた。「親子上場は会社の成長を促す 事業創造の支援に期待」というその記事では、一橋大学特任教授の藤田勉氏が「親子上場肯定論」を展開している。親子上場に否定的な記事が目立つ日経の論調を変えろとは言わない。ただ、藤田氏の「親子上場肯定論」に対して有効な反論ができるかどうかは、よく考えてほしい。
由布岳(大分県由布市)※写真と本文は無関係です

記事の一部を見ていこう。

【エコノミストの記事】

ZOZOがZホールディングス(旧ヤフー、以下、ZHD)に買収されることになった。これによって、ソフトバンクグループ(SBG)→ソフトバンク→ZHD→ZOZOと親子上場のチェーンが出来上がった。日本では、トヨタ自動車、NTT、SBG、ソニーなど時価総額上位企業の多くが親子上場しており、2019年9月末で東証上場企業のうち親会社を有する会社は367社、さらに上場親会社は305社ある。

何かと批判の多い親子上場だが、筆者は日本ではベンチャー企業が成長しにくいため、親子上場のインキュベーション(事業創業支援)機能を積極的に評価している。親子上場批判論は数多いので、以下、親子上場肯定論を中心に議論を進める。

日本ほど活発でないが、親子上場は大陸欧州や南米を中心に海外でも広く存在する。海外の証券取引所で、親子上場を禁止している例はない。


◎日経の社説との食い違い

日経は8月4日付の「看過できなくなってきた親子上場の弊害」という社説で「企業も日本特有の親子上場の数を減らす努力をすべきだ」と訴えた上で「欧米では親子上場は極めてまれだ。非中核事業の切り離しで親子上場になっても、数年後に完全売却し解消するのが一般的だ」と説明している。

日本ほど活発でないが、親子上場は大陸欧州や南米を中心に海外でも広く存在する」という藤田氏の解説とは整合しない。日経を信じれば「大陸欧州」でも「親子上場は極めてまれ」なはずだ。どちらが正しいのか判断できるデータは持ち合わせていないが、藤田氏の説明が正しいのならば、日経にとっては「親子上場」を否定する材料の1つが間違っていたことになる。

親子上場のデメリット」に関する藤田氏の見解を見ていこう。


【エコノミストの記事】

一方、親子上場のデメリットとして、(1)子会社が親会社にとって不要な人材の受け皿になる、(2)親会社の意向で不利な条件の商取引を子会社が強いられる、(3)少数株主を軽視した経営判断や資本取引が行われる、などが考えられる。親子上場はガバナンス上問題があるので、中には「禁止すべき」との声がある。

日本のコーポレートガバナンスの議論として、「社外取締役を増やすとガバナンスが良くなる」という見方がある。しかし、日本郵政や関西電力の例を見ても、立派な社外取締役が複数いるからといってガバナンスが良くなるとは限らない。

要は、社外取締役が効果を発揮する場合もあるし、効果を発揮しない場合もある、ということである。

親子上場も同様であり、良い親子上場と悪い親子上場がある。例えば、トヨタは、親子上場、株式持ち合いを駆使しているが、時価総額、利益とも日本最大であり、特段、ガバナンス上の問題があるようには見えない。

つまり、個々の企業次第なのである。基本的に、情報開示が十分であれば投資は自己責任である。親子上場が好ましくないと考える投資家はそれらの企業に投資しないという選択肢がある

結論として、規制を最小にして、市場原理で不適切な親子上場を淘汰(とうた)し、好ましい親子上場が続々と誕生するような制度設計が必要である。

また、親子上場の適切性を見抜くことこそ、プロの投資家に期待されることである。


◎「おっしゃる通り」と思えるが…

藤田氏の主張に基本的には賛成だ。藤田氏のように「親子上場」を前向きには評価しないが、「情報開示が十分であれば」これと言って問題は感じない。

以前から訴えていることだが、「親子上場」に「ガバナンス上の問題」があれば、それは株価のディスカウントという形で反映されるはずだ。それを過小評価だと判断する投資家がいれば買いが入る。

藤田氏が言うように「親子上場が好ましくないと考える投資家はそれらの企業に投資しないという選択肢がある」。「情報開示」をしっかりさせて、後は投資家の判断に任せれば済む。

日経の記者(論説委員を含む)が「親子上場」否定論を展開する時は「なぜ投資家の判断に任せてはダメなのか」への答えを出してほしい。


※今回取り上げた記事「親子上場は会社の成長を促す 事業創造の支援に期待
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20191105/se1/00m/020/010000c


※記事の評価はB(優れている)。藤田勉氏への評価も暫定でBとする。「親子上場」に関しては以下の投稿も参照してほしい。

親子上場ってそんなに問題? 日経「株式公開 緩むルール」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/03/blog-post_19.html

KNTの「親子上場」を批判するFACTAに異議あり
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/kntfacta.html

「親子上場」否定論に説得力欠く日経「大機小機」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/blog-post_77.html

ヤフーとアスクルの件で「親子上場の問題点浮き彫り」という日経に異議
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/blog-post_24.html

ヤフー・アスクルの件を「親子上場」の問題と捉える日経の無理筋
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post.html

「弊害」多いのに「親子上場の禁止」は求めない日経社説の謎
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_5.html

2019年10月28日月曜日

「羽田-伊丹便の人気が根強い理由」が苦しい東洋経済の橋村季真記者

週刊東洋経済11月2日号の特集「新幹線VS.エアライン」の中の「好立地なだけでなく豪華ラウンジも魅力に~羽田─伊丹便の人気が根強い理由」という記事は説得力に欠ける。「羽田─伊丹便の人気が根強い理由」について橋村季真記者は以下のように分析している。
成田空港のジェットスター機 ※写真と本文は無関係です


【東洋経済の記事】

阪急沿線に住んでいる人や、大きな荷物がある人は飛行機を選びますね」。伊丹での勤務経験がある航空関係者は、羽田─伊丹便の根強い人気の理由をこう説明する。

伊丹空港には大阪モノレールが乗り入れ、1駅隣の蛍池駅で阪急宝塚線と乗り換えができる。阪急は梅田や神戸・宝塚方面、モノレールは「転勤族」が多い北摂エリアへそれぞれつながる。出発地や目的地がこれら沿線の場合は飛行機の利用が便利だというのだ。

空港リムジンバスの路線が充実しているのも利点の1つ。JR大阪駅や難波、神戸の三宮など京阪神エリアの各地を発着する。関空や和歌山方面への玄関口であるJR天王寺駅からも、阪神高速経由で伊丹まで約30分。梅田からの所要時間と大差はない。

◇   ◇   ◇

気になった点を列挙してみる。

◎「羽田」の事情は関係ない?

伊丹」側の事情しか考慮していないのが、まず気になる。「羽田」側の事情は関係ないのか。ないならば、その理由に触れてほしかった。


◎「阪急」へのアクセスなら…

阪急」へのアクセスなら新幹線も負けていないと言うか、むしろ上回っていると感じる。新大阪から1駅で「JR大阪駅」(阪急の路線の中核である阪急梅田駅への乗換駅)だ。「1駅隣の蛍池駅で阪急宝塚線と乗り換えができる」という「伊丹空港」よりも新大阪の方が「阪急沿線」全体へのアクセスは良いと思える。

新大阪は地下鉄で1駅行けば南方駅でも阪急京都線に「乗り換えができる」。地下鉄を北に行くと、そのまま北大阪急行線に入り「北摂エリア」へとつながる。

阪急沿線に住んでいる人」全体で見て、新大阪駅より「伊丹空港」の方がアクセスが良いとは言い難い気がする。また「神戸・宝塚方面」のうち「神戸」に近い地域では、新神戸から新幹線に乗る方が「羽田─伊丹便」よりも東京方面へ向かう方法として一般的だろう。


◎やはり新幹線が有利では?

空港リムジンバスの路線が充実している」から新幹線よりも「羽田─伊丹便」を使うという利用者も限定的だと思える。「JR大阪駅や難波」からならば、鉄道で新大阪駅に向かう方が早い。「神戸」ならば前述のように新神戸から新幹線となりそうだ。

JR天王寺駅からも、阪神高速経由で伊丹まで約30分。梅田からの所要時間と大差はない」と橋村記者は言うが、問題は新大阪までの「所要時間」との比較だ。天王寺・新大阪間は電車で約20分。最終目的地が東京都心の場合、新幹線の方が目的地に早く着けそうだ。

※今回取り上げた記事「好立地なだけでなく豪華ラウンジも魅力に 羽田─伊丹便の人気が根強い理由
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/21948


※記事の評価はD(問題あり)。橋村季真記者への評価はDで確定とする。橋村記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「快適性向上への努力」調査方法に難あり 東洋経済「最強の通勤電車」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/02/blog-post_12.html

2019年10月27日日曜日

自衛隊の人手不足に関する分析が雑な日経 大石格編集委員

日本経済新聞の大石格編集委員の分析は基本的に雑だ。27日の朝刊総合3面に載った「風見鶏~『90万人割れ』時代の自衛隊」という記事でもその傾向に変化はない。
長崎港(長崎市)※写真と本文は無関係です

記事を見ながら問題点を指摘したい。

【日経の記事】

ふつうの公務員が楽をしているとはいわないが、自衛隊や警察、消防などが命懸けの任務に従事していることは論をまたない。

こうした厳しい仕事の担い手をどうやって確保するのか。少子高齢化の日本にとって、これは容易ならざる難題である。自衛隊員の実数は定員の9割だが、昔の兵隊に相当する「士」は7割しかいない。

折しも、2019年の出生数が90万人を割り込みそうだ、との報道が反響を呼んでいる。同年齢の100人にひとりが志願しても、20~30歳代の合計が18万人に満たなくなる日が遠からず来る。自衛隊の総定数は約25万人である。

企業などが人手不足に対処する方策は4つあるとされる。外国人、高齢者、女性、省力化である。コンビニに行くと、店員が着けている名札はカタカナの方が多いくらいだ。

米軍には外国人もいる。イラク戦争に従軍した米兵の18%は米国籍を持っていなかったそうだ。それに倣い、自衛隊も中国人を採用してはどうか……という日本人はいないだろう


◎そんな「日本人」いますけど…

自衛隊」が「中国人を採用」することに個人的には反対ではない。つまり「自衛隊も中国人を採用してはどうか……という日本人」はいる。

そもそもなぜ「中国人」限定で話を進めるのか。「米軍」の「外国人」が全て「中国人」とは考えにくい。「米軍」に倣うのならば、「米軍」と同じような運用方針で日本でもやれるかどうかを検討すべきだ。

百歩譲って「中国人を採用」するのが問題だとしても、それ以外の「外国人」もダメだとの根拠にはならない。「外国人」に頼れないとの大石編集委員の分析には、まともな理由が見当たらない。

記事の続きを見ていく。

【日経の記事】

自衛隊員の定年は階級ごとに違うが、早い人は53歳だ(22年以降は54歳)。これを高年齢者雇用安定法が企業に雇用を義務付ける65歳まで延ばせば、とりあえずの頭数はそろう

とはいえ、陸上自衛隊でいちばん人数が多い世代は実は50歳代だ。そのまま上にスライドするとどうなるか。隊員にグルコサミンを支給しなければならなくなるかもしれない



◎「65歳」以外の選択肢は?

ここでも、まともな分析はしていない。「65歳まで延ばせば、とりあえずの頭数はそろう」とは書いているが、この問題を考える上では2つの要素が必要だ。「自衛隊員」としての役割を果たす上で年齢的な限界は何歳辺りなのか。そして、限界まで「定年」を引き上げた時に「頭数」がどうなるかだ。

こうした分析をしないまま「隊員にグルコサミンを支給しなければならなくなるかもしれない」などと書いて、「定年」延長でも問題は解決しないとの結論を導く。これでは説得力がない。

女性」に関しても無理のある分析が続く。

【日経の記事】

女性はどうだろうか。隊員に占める比率は18年度末の時点で7%。政府は27年度までに9%に引き上げる方針だ。配置先の制限はほぼなくなり、間もなく潜水艦への乗務も始まる。

頼もしい限りだが、さらなる伸び代に期待しすぎない方がよい。女性が16%いる米軍も、実戦部隊の海兵隊だと9%どまりだ



◎「16%」に増やせるのなら…

今が「7%」で「米軍」並みに増やせば「16%」と2倍以上になる。それでどの程度の問題解決につながるのかを大石編集委員は教えてくれない。「米軍も、実戦部隊の海兵隊だと9%どまり」とのデータを根拠に「女性」にも頼れないという方向に導いていく。

そもそも「米軍」も「16%」が上限とは限らない。「米軍」がいずれは20%、30%と比率を高めていくかもしれない。仮に「米軍」は「16%」が限界だとしても、日本の限界が「米軍」と同じとは限らない。ここでも大石編集委員の分析は説得力に欠ける。

最後の「省力化」はさらに酷い。

【日経の記事】

省力化は、ドローンを活用した無人攻撃などが考えられるが、日本の研究は出遅れている



◎執筆が面倒になった?

記事を書くのが面倒になったのだろうか。「省力化」に関しては「ドローンを活用した無人攻撃などが考えられるが、日本の研究は出遅れている」で済ませている。

日本の研究は出遅れている」としても、これから挽回する可能性もある。それが無理ならば、外国から技術を導入する手もある。「省力化」は不可能と考える方が非現実的だ。どの程度の対応ができるのか予測は難しいだろう。だからと言って「日本の研究は出遅れている」で片づけてしまうのは強引すぎる。

そしてこの後、「となると、やはり若者をリクルートするしかないのか」とご都合主義的に結論を出してしまう。個人的には「外国人、高齢者(定年延長)、女性、省力化」のいずれもが「人手不足」への対応に有効だと感じる。

さらに言えば「自衛隊の総定数は約25万人」だからと言って、これを前提に人員確保の問題を考えるべきとも思えない。

外務省によると、日本よりもはるかに広い国土を持つオーストラリアは現役兵力が5万9800人(2019年2月時点)しかいない。国土面積が日本に近いニュージーランドに至っては1万人に満たない。

「北朝鮮問題などを抱える日本と事情が違う」という反論は成り立つが、だからと言って「25万人」を確保しないと防衛は無理とは言い切れない。自衛隊の人員確保の問題を考えるならば「そもそも自衛隊の適正人員はどの程度なのか」から検討したい。

それを大石編集委員に求めるのは高望みが過ぎるとは思うが…。


※今回取り上げた記事「風見鶏~『90万人割れ』時代の自衛隊
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20191027&ng=DGKKZO51453940W9A021C1EA3000


※記事の評価はD(問題あり)。大石格編集委員への評価もDを維持する。大石編集委員については以下の投稿も参照してほしい。

日経 大石格編集委員は東アジア情勢が分かってる?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_12.html

ミサイル数発で「おしまい」と日経 大石格編集委員は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_86.html

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_15.html

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_16.html

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_89.html

どこに「オバマの中国観」?日経 大石格編集委員「風見鶏」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_22.html

「日米同盟が大事」の根拠を示せず 日経 大石格編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_41.html

大石格編集委員の限界感じる日経「対決型政治に限界」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_70.html

「リベラルとは何か」をまともに論じない日経 大石格編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_30.html

具体策なしに「現実主義」を求める日経 大石格編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post_4.html

自慢話の前に日経 大石格編集委員が「風見鶏」で書くべきこと
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_40.html

米国出張はほぼ物見遊山? 日経 大石格編集委員「検証・中間選挙」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/blog-post_18.html

2019年10月26日土曜日

「EVバブル」に無理がある日経ビジネス大西綾記者「時事深層」

日経ビジネスの大西綾記者によると「この数年で一気に膨らんだ『EV(電気自動車)バブル』がはじけつつある」らしい。しかし何を以って「EVバブル」と呼んでいるのか不明だし、「はじけつつある」とも感じなかった。10月28日号の「時事深層 INDUSTRY~ダイソン撤退、中国で販売急減 EVバブル崩壊か」という記事で大西記者は以下のように説明している。
グラバー園(長崎市)※写真と本文は無関係です

【日経ビジネスの記事】

この数年で一気に膨らんだ「EV(電気自動車)バブル」がはじけつつある。英ダイソンはEVの開発を取りやめ、中国でも補助金削減により販売台数に急ブレーキがかかっている。長期的にはEVが次世代環境車の本命となる可能性は高いが、本格普及を前に淘汰の波が到来している。

「商業的に軌道に乗せることは不可能だった。自動車のプロジェクトは中止すると判断した」。ダイソンは10月10日、2020年までの投入を目指していたEVの開発プロジェクトを取りやめると発表した。創業者ジェームズ・ダイソン氏の声明が示す通り、開発費用がかさんだことに加え、買い手を見付けることができずに事業の継続が難しくなっていた。

自動車大手による本格参入が始まる19年はもともと、「EV元年」とも言われてきた。現実はその逆で、「EVバブル」がはじけつつある。要因の一つは補助金頼みの構図だ。世界最大の中国市場の失速がその事実を物語っている。

中国自動車工業協会が10月14日に発表した9月の新車販売統計。EVやPHV(プラグインハイブリッド車)など「NEV(新エネルギー車)」の販売は前年同月比34.2%減の約8万台となった。減少は3カ月連続で、その幅も8月の同15.8%減から拡大した



◎そもそも「バブル」なの?

バブル」とは「泡沫的な投機現象。株や土地などの資産価格が、経済の基礎条件から想定される適正価格を大幅に上回る状況をさす」(大辞林)とすると、「EVバブル」であれば「EV」の大幅な価格上昇が起きていてほしいところだが、大西記者は販売台数で「バブル」かどうかを判断しているようだ。

そこは取りあえず受け入れてみよう。ただ「EVバブル」と言うならば「経済の基礎条件から想定される」水準を大幅に上回っているという状況は要る。記事にはそもそも販売台数の急激な増加を示すデータが見当たらない。これで「EVバブル」と言われても説得力はない。

『EVバブル』がはじけつつある」とする根拠も弱い。「世界最大の中国市場の失速」を見せるのはいいが、「世界」全体の数字はない。「中国」に関しても「EVやPHV(プラグインハイブリッド車)など『NEV(新エネルギー車)』の販売」状況を説明しているだけだ。これだと「PHV」が大きく減れば「EV」が伸びていても「NEV」の販売台数は落ち込んでしまう。

記事では以下のような説明も出てくる。

【日経ビジネスの記事】

調査会社の富士経済(東京・中央)によると、35年のEVの世界販売台数は2202万台となりHV(ハイブリッド車)の同785万台を大幅に上回る見通し。次世代環境車の本命となることが確実視されている


◎だったら「バブル」じゃないような…

EV」は「次世代環境車の本命となることが確実視されている」のであれば、販売台数が急激に伸びても「バブル」とは考えにくいし、市場拡大に多少ブレーキがかかったとしても「バブルがはじけつつある」訳ではない。

記事に付けたグラフでは「EV」の販売が「35年」にかけて大幅に伸びるとの予測を示している。そして「EVの本格普及まで数年かかる見通し」というタイトルも付けている。だとしたら足元で勢いを失っているとしても「EVバブル崩壊か」と考える必要はない。単なる踊り場だ。

「違う。EVバブルは崩壊寸前だ」と大西記者が考えているのならば、「富士経済」の予測には懐疑的になるべきだ。「次世代環境車の本命となることが確実」なのかどうかも疑ってみるべきだろう。

バブル」という言葉を使いたくなる気持ちは分かる。記事にインパクトを持たせるには便利な言葉だ。しかし、安易に使うと記事の説得力がなくなってしまう。大西記者にはその怖さも理解してほしい。


※今回取り上げた記事「時事深層 INDUSTRY~ダイソン撤退、中国で販売急減 EVバブル崩壊か
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/depth/00379/?P=1


※記事の評価はD(問題あり)。大西綾記者への評価も暫定でDとする。「バブル」の使い方に関しては以下の投稿も参照してほしい。

大げさ過ぎる? 日経ビジネス特集「中国発 EVバブル崩壊」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/ev.html

マンションバブル崩壊を「最悪」と日経ビジネス奥平力記者は言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_5.html

「バブル再来! 不動産投資」に根拠欠く週刊ダイヤモンド大根田康介記者
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/10/blog-post_13.html

2019年10月25日金曜日

FACTA「トヨタ滅ぼす御曹司と守役」に見えた事実誤認

FACTA11月号に載った「トヨタ滅ぼす御曹司と守役」という記事に「トヨタ本体はこの販売店再編を一切発表せず、業界紙の日刊自動車新聞が報じるにとどまっている。腹の中を探られたくなかったからではないかと勘繰ってしまう」との記述がある。しかし「この販売店再編」を報じたのは「日刊自動車新聞」だけとは思えない。
グラバー園の旧リンガー住宅(長崎市)
          ※写真と本文は無関係です

FACTAには以下の内容で問い合わせを送った。


【FACTAへの問い合わせ】

FACTA 主筆 阿部重夫様  発行人 宮嶋巌様  編集長 宮﨑知己様

11月号の「トヨタ滅ぼす御曹司と守役」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下の記述です。

<記事の引用>

そして、多くのトヨタ社員が疑問視するのは、「2トップ」の好き嫌いで進む販売店改革だ。

トヨタは10月中に、愛知県内の直営販売会社、トヨタカローラ愛知とネッツトヨタ中部の2社を、トヨタカローラ名古屋などを経営するGホールディングスに売却する。トヨタはメーカー直営の販売会社を地場資本に売る方針を強めており、それに則ったものだ。メーカー直営では「売れなくても潰れることはない」といった甘えが出ることから、地場化するのだ。

これで、愛知県内は地場資本2強の「名古屋トヨペット」と「愛知トヨタ」の両グループと、第三極としてのGホールディングスによる地場資本3社の健全な競争が展開されるとの見方もできる。しかし、10月1日付で同じく直営の福岡トヨペットが地場資本の昭和グループに売却されたが、昭和グループは福岡県内でトヨタ店、カローラ店、ネッツ店など幅広く運営しており、福岡トヨペットを傘下に収めれば一気に寡占が進み、愛知とは真逆の状態となる。

トヨタの元役員は「Gホールディングスの後藤善午社長は小林副社長と親しい。昭和グループの金子直幹代表は同じ三代目で豊田社長と親しくオウンドメディア『トヨタイムズ』のインタビューにも出る関係。2トップの人間関係で決まった再編と見られても仕方ない」と指摘する。

トヨタ本体はこの販売店再編を一切発表せず、業界紙の日刊自動車新聞が報じるにとどまっている。腹の中を探られたくなかったからではないかと勘繰ってしまう。

--引用は以上です。

トヨタ本体はこの販売店再編を一切発表せず、業界紙の日刊自動車新聞が報じるにとどまっている」との説明を信じれば「この販売店再編」を報じたのは「日刊自動車新聞」だけのはずです。

しかし日本経済新聞は7月12日付の「トヨタ直営販社、愛知でゼロに 地元ディーラーが買収」という記事で「トヨタカローラ名古屋(名古屋市)を傘下に持つGホールディングス(同)は、トヨタ自動車の全額出資子会社で新車販売を手掛けるトヨタカローラ愛知(同)とネッツトヨタ中部(同)を傘下に収める。Gホールディングスが2社の全株式を10月初旬に取得する見通し」と報じています。

業界紙の日刊自動車新聞が報じるにとどまっている」との説明は誤りではありませんか。文脈的に判断して「この販売店再編」には「愛知県内」での再編を含むはずです。

せっかくの機会ですので、さらに2点を指摘しておきます。

共同通信も「愛知県内」での再編を報じていて、その記事には「トヨタカローラ名古屋など販売会社3社が12日、発表した」と出てきます。これが正しければ、トヨタの子会社2社も「販売店再編」を「発表」しています。「トヨタ本体」が「発表」していないとしても、子会社が「発表」しているのであれば「腹の中を探られたくなかったからではないか」とトヨタを勘繰るのはやや無理があります。

福岡トヨペットを傘下に収めれば一気に寡占が進み、愛知とは真逆の状態となる」との説明も理解に苦しみました。「愛知県内は地場資本2強の『名古屋トヨペット』と『愛知トヨタ』の両グループと、第三極としてのGホールディングスによる地場資本3社」で競争するのならば「地場資本3社」による「寡占」ではありませんか。「福岡」と「真逆の状態」とは思えません。

愛知県内」には「地場資本3社」以外にトヨタ車の「販売会社」が多数あるのかもしれませんが、記事からはそうは読み取れません。

問い合わせは以上です。御誌では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。読者から購読料を得ているメディアとして責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「トヨタ滅ぼす御曹司と守役
https://facta.co.jp/article/201911005.html


※記事の評価はD(問題あり)

2019年10月24日木曜日

FACTA「中国に買われたパソコン3社の幸せ」に見える大西康之氏の問題

大西康之氏の書く記事は相変わらず問題が多い。今回はFACTA11月号の「中国に買われたパソコン3社の幸せ」という記事を取り上げたい。FACTAには以下の内容で問い合わせを送った。
震災復興メモリアルパーク(宮城県東松島市)
        ※写真と本文は無関係です

【FACTAへの問い合わせ】


大西康之様 FACTA 主筆 阿部重夫様  発行人 宮嶋巌様  編集長 宮﨑知己様

11月号の「中国に買われたパソコン3社の幸せ」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

<記事の引用>

JDIの生殺しは凄まじい。資金ショートを免れるため今年4月に「台中3社の連合から800億円の出資を受ける」と発表したが、6月には台湾・宸鴻光電科技(TPK)が撤退すると、台湾のもう1社も追随した。今回、嘉実の離脱により、残るは香港ファンドのオアシス・マネジメントと米アップルのみとなった。菊岡稔新社長は「11月中に4.3億ドルの調達にメドをつけたい」と言うが、これだけ失態を繰り返せば、物言えば唇寒し、で説得力はない。

4.3億ドルの内訳はアップルが2億ドル、オアシスが1.8億ドル、「現在交渉中の別の顧客」が0.5億ドルだが、アップルが2億ドルを出すのは「2019年12月までに(アップルの2億ドルを含め)4.5億ドルの資金調達ができた場合」という条件がついている。「別の顧客」の説得に失敗するか、オアシスが逃げるかすれば、アップルも自動的に降りるわけだ。

--引用は以上です。

引っかかったのは「アップルが2億ドルを出すのは『2019年12月までに(アップルの2億ドルを含め)4.5億ドルの資金調達ができた場合』という条件がついている」との説明です。記事によれば「JDI」の「菊岡稔新社長は『11月中に4.3億ドルの調達にメドをつけたい』」と述べていますが「4.5億ドル」には届きません。

資金の出し手が「アップル」「オアシス」「現在交渉中の別の顧客」だけで、この3者から調達できる金額の上限が「4.3億ドル」だとしましょう。この場合、「アップル」が付けた「条件」を満たす可能性がありません。となれば「『別の顧客』の説得に失敗するか、オアシスが逃げるかすれば、アップルも自動的に降りるわけだ」との説明は成立しません。

資金の出し手が前述の3者以外にも考えられる、あるいは「4.3億ドル」を超えて3者から「資金調達」できる可能性があるという場合はどうでしょう。

この前提でも「『別の顧客』の説得に失敗するか、オアシスが逃げるかすれば、アップルも自動的に降りるわけだ」とはなりません。「『別の顧客』の説得に失敗」しても「オアシス」が「0.5億ドル」を肩代わりした上でさらに金額を上積みしてくれるかもしれません。3者以外の支援者が現れる事態も考えられます。いずれにしても「アップルも自動的に降りる」とは言えません。

いずれにしても、記事の説明は辻褄が合っていないのではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

せっかくの機会ですので「同社」の使い方にも注文を付けておきます。

記事には「富士通がパソコン部門を分離した同社に51%を出資するとき、レノボは『富士通の独自性を尊重する』と言った」との記述があります。この書き方だと「同社」はどの会社を指していることになりますか。

形式的には「富士通」です。しかし文脈的には「中国・レノボの傘下に入った富士通クライアントコンピューティング」でしょう。また、記事のような書き方だと「51%を出資」したのが「富士通」とも解釈できます。これも実際に「51%を出資」したのは「レノボ」でしょう。

問い合わせは以上です。御誌では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。読者から購読料を得ているメディアとして責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「中国に買われたパソコン3社の幸せ
https://facta.co.jp/article/201911039.html


※記事の評価はD(問題あり)。大西康之氏への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。大西氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経ビジネス 大西康之編集委員 F評価の理由
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_49.html

大西康之編集委員が誤解する「ホンダの英語公用化」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_71.html

東芝批判の資格ある? 日経ビジネス 大西康之編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_74.html

日経ビジネス大西康之編集委員「ニュースを突く」に見える矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/blog-post_31.html

 FACTAに問う「ミス放置」元日経編集委員 大西康之氏起用
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/facta_28.html

文藝春秋「東芝前会長のイメルダ夫人」が空疎すぎる大西康之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_10.html

文藝春秋「東芝前会長のイメルダ夫人」 大西康之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_12.html

文藝春秋「東芝 倒産までのシナリオ」に見える大西康之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_74.html

大西康之氏の分析力に難あり FACTA「時間切れ 東芝倒産」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/facta.html

文藝春秋「深層レポート」に見える大西康之氏の理解不足
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_8.html

文藝春秋「産業革新機構がJDIを壊滅させた」 大西康之氏への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_10.html

「東芝に庇護なし」はどうなった? 大西康之氏 FACTA記事に矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/facta.html

「最後の砦はパナとソニー」の説明が苦しい大西康之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post_11.html

経団連会長は時価総額で決めるべき? 大西康之氏の奇妙な主張
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/01/blog-post_22.html

大西康之氏 FACTAのソフトバンク関連記事にも問題山積
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/facta.html

「経団連」への誤解を基にFACTAで記事を書く大西康之氏
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/facta.html

「東芝問題」で自らの不明を総括しない大西康之氏
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_24.html

大西康之氏の問題目立つFACTA「盗人に追い銭 産業革新機構」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/09/facta.html

FACTA「デサント牛耳る番頭4人組」でも問題目立つ大西康之氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/12/facta4.html

大西康之氏に「JIC騒動の真相」を書かせるFACTAの無謀
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/jicfacta.html

FACTAと大西康之氏に問う「 JIC問題、過去の記事と辻褄合う?」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/02/facta-jic.html

「JDIに注がれた血税が消える」?FACTAで大西康之氏が奇妙な解説
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/jdifacta.html

FACTA「アップルがJDIにお香典」で大西康之氏の説明に矛盾
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/factajdi.html

2019年10月23日水曜日

「高島屋は地方店を閉める」と誤解した日経 中村直文編集委員

日本経済新聞の中村直文編集委員によると「高島屋」は「地方店を閉め」るらしい。本当だろうか。日経には以下の内容で問い合わせを送ってみた。
金華山黄金山神社(宮城県石巻市)※写真と本文は無関係


【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 編集委員 中村直文様

22日の朝刊企業1面に載った「百貨店など相次ぐ閉鎖~増税、大再編の号砲か」という記事についてお尋ねします。まず問題としたいのは「百貨店業界でなかなか店を閉じないことで有名な高島屋と、セブン&アイ・ホールディングス傘下のそごう・西武は地方店を閉め、イトーヨーカ堂も30店以上閉店する」というくだりです。

これを信じれば「高島屋」は「地方店を閉め」るはずです。同社の発表資料によると、今回「閉鎖」を決めたのは港南台店(横浜市)とタカシマヤスタイルメゾン(神奈川県海老名市)で、いずれも首都圏の店舗です。「地方店」に関しては、米子髙島屋の株式譲渡を発表していますが「米子髙島屋は屋号をJU米子髙島屋(仮称)として営業継続する予定」なので、店を「閉め」る訳ではありません。「髙島屋」の名前も残りそうです。

高島屋」が「地方店を閉め」るという記事の説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

次に問題としたいのが「バブル崩壊から数年は人口も増え、消費はそれなりに旺盛だった」との記述です。この書き方だと「バブル崩壊から数年」後に「人口」は増えなくなったと理解したくなります。日本の「人口」のピークは2008年と言われているので「バブル崩壊(90年代初頭)」から15年以上も「人口」は「増え」続けているはずです。

記事では「バブル崩壊から数年」後に「人口」は増えなくなったと断定はしていませんが、誤解を与える説明になっていませんか。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社として責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

「東京以外は地方」と見なせば港南台店(横浜市)は「地方店」になるが、ちょっと無理がある。あるいは米子髙島屋の株式譲渡を「閉店」と見たのだろうか。これも苦しい。

中村編集委員に書き手として問題が多いのは疑いようがないので、周囲にいる社内の人間がしっかり支えてあげるべきだ。今回はそれができていない。


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「百貨店など相次ぐ閉鎖~増税、大再編の号砲か
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20191022&ng=DGKKZO51266730R21C19A0TJ1000


※記事の評価はD(問題あり)。中村直文編集委員への評価はDを維持する。中村編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

無理を重ねすぎ? 日経 中村直文編集委員「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2015/11/blog-post_93.html

「七顧の礼」と言える? 日経 中村直文編集委員に感じる不安
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_30.html

スタートトゥデイの分析が雑な日経 中村直文編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/blog-post_26.html

「吉野家カフェ」の分析が甘い日経 中村直文編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_27.html

日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」が苦しすぎる
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_3.html

「真央ちゃん企業」の括りが強引な日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_33.html

キリンの「破壊」が見えない日経 中村直文編集委員「経営の視点」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/12/blog-post_31.html

分析力の低さ感じる日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/blog-post_18.html

「逃げ」が残念な日経 中村直文編集委員「コンビニ、脱24時間の幸運」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/24.html

「ヒットのクスリ」単純ミスへの対応を日経 中村直文編集委員に問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/blog-post_27.html

日経 中村直文編集委員は「絶対破れない靴下」があると信じた?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_18.html

「絶対破れない靴下」と誤解した日経 中村直文編集委員を使うなら…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_21.html

「KPI」は説明不要?日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」の問題点
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/kpi.html

日経 中村直文編集委員「50代のアイコン」の説明が違うような…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/50.html

「セブンの鈴木名誉顧問」への肩入れが残念な日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/blog-post_15.html

「江別の蔦屋書店」ヨイショが強引な日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_2.html

渋野選手は全英女子まで「無名」? 日経 中村直文編集委員に異議あり
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_23.html

早くも「東京大氾濫」を持ち出す日経「春秋」の東京目線
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_29.html

日経 中村直文編集委員「業界なんていらない」ならば新聞業界は?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/blog-post_5.html

2019年10月21日月曜日

ダイナミックプライシングの始まりは「80年代」と日経は言うが…

需給や繁閑をみて価格を変動させる『ダイナミックプライシング』が小売業に広がってきた」と日本経済新聞が21日の朝刊1面トップで伝えている。これまで「小売業」に「ダイナミックプライシング」は広がっていなかったと日経は見ているのだろう。しかし、そうは思えない。
金華山への定期船(宮城県石巻市)※写真と本文は無関係

ダイナミックプライシング 小売店 瞬時に価格変更 需給反映し上げ下げ~ノジマ・ビックが導入」という記事の中身を見ながら問題点を指摘したい。

【日経の記事】

需給や繁閑をみて価格を変動させる「ダイナミックプライシング」が小売業に広がってきた。家電量販大手のノジマはこのほど全184店で商品表示をデジタル化した「電子棚札(総合・経済面きょうのことば)」を導入。ビックカメラも2020年度中に全店で対応する。企業は精緻なデータ分析をもとに柔軟に値段を上げ下げし、需要を取り込む狙いだ。消費者にとっては価格面で選択の幅が広がるが、価格が高い時に買う可能性もあり見極めが必要になる。

ダイナミックプライシングは米航空大手が1980年代から本格導入を始めた。ホテルや航空券のように供給量に制限のあるサービス業で売れ残りを防ぐ手段として浸透し、近年では小売業でも米アマゾン・ドット・コムなどネット通販企業が活用している。

デジタル技術の進展に伴い、商品を外部から仕入れて販売する従来型の小売業でも、きめ細かく価格設定できる段階に入ってきた。


◎昔から当たり前にあるような…

この記事には用語解説が付いている。そこでは「ダイナミックプライシング」を「販売状況や季節要因によって変わる需給に合わせ、同じ商品・サービスの値付けを柔軟に上下させること」と定義している。これに従って話を進めていこう。

ダイナミックプライシングは米航空大手が1980年代から本格導入を始めた」と書いてあるので、それ以前にはほとんどなかったと筆者は認識しているようだ。しかし「販売状況や季節要因によって変わる需給に合わせ、同じ商品・サービスの値付けを柔軟に上下させること」は昔から当たり前にあったはずだ。

昭和の八百屋や魚屋でも「販売状況や季節要因」に応じて「値付けを柔軟に上下させ」ていた。今のスーパーで見られる閉店前の値引き販売も一種の「ダイナミックプライシング」だ。衣料品などでも時間を限ったタイムセールは珍しくない。「デジタル技術の進展」を待つまでもなく、「従来型の小売業」でも「値付けを柔軟に上下させ」るやり方は普及している。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

ノジマは18日、プリペイドカードなど一部を除くほぼ全ての商品の値付けを本部からの遠隔操作で変更できるようにした。大型店であれば1万種類を超える商品の値札を電子化。商品の売れ筋や在庫状況、競合店やネット通販の価格などを総合的に分析し、料金に反映させる。

ビックカメラは一部店舗で先行して、ネット通販の商品評価を電子棚札で表示し始めた。購入者の評価を5段階で毎日更新するほか、スマートフォンをかざすと購入者の具体的な口コミも見られるなど、デジタルと店舗の融合を図る。


◎無関係ではないが…

「『電子棚札』の導入=『ダイナミックプライシング』の導入」との前提で記事を書いているが、既に見てきたように直接の関係はない。「電子棚札」がなくても「同じ商品・サービスの値付けを柔軟に上下させること」はできる。「ノジマ・ビックが導入」と言うならば、従来は両社の「値付け」が硬直的だったと示す必要がある。

電子棚札」を導入すれば「ダイナミックプライシング」をやりやすくなるかもしれないが、1つのツールに過ぎない。

さらに続きを見ていく。

【日経の記事】

ダイナミックプライシングでは、価格は様々な要因で変動することになる。例えば家電量販店では、1日に10個売れていた商品が2個に減ったり、在庫が積み上がったりすると販売テコ入れへ瞬時に値段を下げることが想定される。逆に気温などのデータを基に地域ごとに売れ筋を予測し、消費者離れが起きない範囲で値上げする可能性もある。



◎大差ないような…

ダイナミックプライシングでは、価格は様々な要因で変動することになる」と書いてあると「ダイナミックプライシングでなければ、価格は様々な要因では変動しない」ような気がするが、大きな違いはない。「柔軟に上下」させる場合でも、たまに「上下」させる場合でも「価格は様々な要因で変動する」。「ダイナミックプライシング」を特別視する理由はない。

デジタル技術の進展」に伴い「従来型の小売業」でも「ダイナミックプライシング」が広がっていると記事で打ち出すならば「ダイナミックプライシング」の定義を変えないと苦しいだろう。

例えば「ダイナミックプライシング需給に合わせ、同じ商品・サービスの値付けを1日に10回以上の頻度で上下させること」と定義すれば「従来型の小売業」にはほとんど見られなかった動きと言えるかもしれない。


※今回取り上げた記事「ダイナミックプライシング 小売店 瞬時に価格変更 受給反映し上げ下げ~ノジマ・ビックが導入
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20191021&ng=DGKKZO51211800Q9A021C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)

校條浩氏の「WeWork」解説が奇妙な週刊ダイヤモンド「シリコンバレーの流儀」

校條浩氏について詳しい訳ではないが、週刊ダイヤモンド10月26日号の「シリコンバレーの流儀~WeWorkの失敗を笑うな」という記事を読む限り、信用すべき書き手とは思えない。「『WeWork』(運営会社名はThe We Company)の米ナスダック市場への上場延期」に関する記述で引っかかった部分を見ていこう。
瑞鳳殿(仙台市)※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

実はWeWorkの570億ドルという破格の企業価値は、SBGが設定したものだった。この「高過ぎる評価額」での資本注入が上場や、他の投資家には株式売却などの「エグジット戦略」を難しくし、結果的にWeWorkのような失態を演出してしまうことがあるのだ。

米国のベンチャーキャピタル(VC)業界ではSVFの評判はすこぶる悪い。WeWorkに投資していたSVF以外の投資家にとっては、SVFの「高過ぎる評価額」によって持ち株が割高になってしまい、他の投資家などへの売却が難しくなり、上場を待つしかなくなる。

かといって放っておくこともできない。WeWorkは赤字が続くため、投資や融資で支援し続けなければ大損してしまうのだ。そのため、さらに資本注入を強いられることになる。WeWorkの場合は、JPモルガンが追加出資や融資をさせられる状況になった


◎安値で売る自由はあるのでは?

よく分からないのは「SVF(ソフトバンク・ビジョン・ファンド)の『高過ぎる評価額』によって持ち株が割高になってしまい、他の投資家などへの売却が難しくなり、上場を待つしかなくなる」という説明だ。

高過ぎる評価額」と同じか、それを上回る株価での「売却」しか事実上できないとの前提を感じるが、常識的に考えればいくらで売ろうが株主の自由だ。

仮にA社が1株100ドルで「WeWork」に出資し、現在の適正評価額が200ドルだとしよう。「SVF」が1000ドルと無茶な評価をして出資したとしても、A社はそこに縛られる必要はない。200ドルで売却すれば利益を得て「WeWork」との縁を切れる。早く逃げたいと思えば、100ドルを下回る株価で損切りする手もある。

そこで「SVF」の「高過ぎる評価額」が障害になるとは思えない。むしろ「SVFが1000ドルと評価している株を安く買えますよ」とアピールできるのではないか。

別の何らかの理由で「他の投資家などへの売却が難しくなり、上場を待つしかなくなる」可能性はあるが、記事では「SVFの『高過ぎる評価額』によって持ち株が割高」になったこと以外に「上場を待つしかなくなる」理由は見当たらない。

さらに続きを見ていこう。

【ダイヤモンドの記事】

これは「ストックホルム症候群」の心理だといえる。ストックホルム症候群とは、誘拐事件や監禁事件などの犯罪被害者が生存戦略として犯人との間に心理的なつながりを築くことをいう。事件に巻き込まれて人質となり死ぬかもしれないと覚悟すると、被害者は犯人の小さな親切に対して感謝の念が生じ、犯人に対して協力的になるという。これは、自己防衛本能からくる精神状態と理解されている。

WeWorkの場合、SVFが高値で大型の出資をしてきたことにより、今までの投資家が「監禁」状態になったのだ。既存株主は「自己防衛」のために「誘拐」した人物(=大株主であるSVF)に協力(=追加資金注入)して、監禁状態から抜け出る(=上場)しかない。



◎ソフトバンクに「感謝」してる?

これは『ストックホルム症候群』の心理だといえる」と校條氏は言うが、同意できない。「事件に巻き込まれて人質となり死ぬかもしれないと覚悟すると、被害者は犯人の小さな親切に対して感謝の念が生じ、犯人に対して協力的になる」状況と「WeWork」の件はそんなに似ているのか。

WeWork」が破綻しても「JPモルガン」がその影響で潰れる可能性は小さそうな気もするが、これに関しては「死ぬかもしれない」状況だと受け入れよう。問題は「犯人の小さな親切に対して感謝の念が生じ、犯人に対して協力的」になっているかどうかだ。

記事を読む限り「JPモルガン」が「SVF」に「感謝の念」を抱いていると取れる記述はない。「SVF」による「小さな親切」も見当たらない。

「SVFのせいでとんでもないことになった。ふざけるなと言いたいが、今は仲間割れするより協力して『WeWork』を助けた方が得策かな」と考えて「JPモルガン」は「追加出資や融資」に応じたのかもしれない。であれば「ストックホルム症候群」とは言えない。

やはりこの記事は問題ありだ。校條氏は信頼に値する書き手ではない--。とりあえず、そう思っておいてよいだろう。


※今回取り上げた記事「シリコンバレーの流儀~WeWorkの失敗を笑うな
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/27842


※記事の評価はD(問題あり)。校條浩氏への評価も暫定でDとする。

2019年10月20日日曜日

並立助詞「や」の使い方が上手くない日経ビジネス奥貴史記者

並立助詞「」をうまく使えない書き手は意外と多い。日経ビジネスの奥貴史記者もその1人のようだ。10月21日号の「時事深層 INDUSTRY~物言う株主『仕込みの秋』 来年狙われる企業は今決まる」という記事を材料にこの問題を考えてみたい。
伊達政宗騎馬像(仙台市)※写真と本文は無関係

奥記者は以下のように書いている。

【日経ビジネスの記事】

企業側にとりやっかいなのは、個々の株主の動きをすぐに把握できない点だ。3月末の株主判明調査や、実際にアクティビストに訪問され「おたくの株を持ってます」と言われて初めてその事実を把握することの方が多い。

◎「株主判明調査」と何が並立?

上記のくだりでは「株主判明調査」と何を並立関係にしているのだろうか。候補はいくつかある。

「『株主判明調査』や『アクティビストに訪問され~」「『株主判明調査』や『その事実を把握することの~」「『株主判明調査』や『その事実を把握することの方が多い」--といったところか。いずれも文脈的に考えにくい。

まず単純に直してみよう。

【改善例】

3月末の株主判明調査や、実際にアクティビストに訪問され「おたくの株を持ってます」と言われることで初めてその事実を把握することの方が多い。

◇   ◇   ◇

株主判明調査」や「実際にアクティビストに訪問され『おたくの株を持ってます』と言われること」で「初めてその事実を把握することの方が多い」--という構成になり、並立関係ははっきりした。ただ「こと」が続くし、並立関係も分かりやすくはない。

ではどうするか。その場合「」を使わないパターンも検討してほしい。自分ならば以下のようにしたい。

【改善例】

訪ねてきたアクティビストに「おたくの株を持ってます」と告げられたり、3月末の株主判明調査の結果を見たりして、初めてその事実を把握することの方が多い。

◇   ◇   ◇

今回の日経ビジネスの記事と比べてどちらが読みやすいか奥記者にはじっくり考えてほしい。「読者に誤解なく伝われば、それでいいでしょ」と言いたくなるかもしれない。しかし、優れた書き手を目指すならば今のレベルで妥協していてはダメだ。


※今回取り上げた記事「時事深層 INDUSTRY~物言う株主『仕込みの秋』 来年狙われる企業は今決まる
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/depth/00370/


※記事の評価はC(平均的)。奥貴史記者への評価もCを維持する。奥記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。


「修会長」には「資本提携がゴール」と日経ビジネス奥貴史記者は言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/blog-post_7.html

2019年10月19日土曜日

手抜きが過ぎる日経ビジネス池松由香ニューヨーク支局長の記事

日経ビジネス10月21日号に池松由香ニューヨーク支局長が書いた「FRONTLINE ニューヨーク~NYで国際デビュー 進次郎氏、“肉離れ”の空気読めず」という記事は手抜きが過ぎる。中身を見ながら具体的に指摘していく。
八坂川(大分県杵築市)※写真と本文は無関係です

【日経ビジネスの記事】

小泉進次郎環境相の国際デビューとなった、9月下旬に米ニューヨークで開かれた気候行動サミット。日本では「セクシー発言」などで話題となったが、現地ではほとんど報じられず“進次郎”旋風は吹かなかった。「毎日でもステーキを食べたい」との発言も、米国内で広がる「肉離れ」の空気とかけ離れたものとなった。



◎話が古すぎる

小泉進次郎環境相の国際デビューとなった、9月下旬に米ニューヨークで開かれた気候行動サミット」をなぜ今頃になって取り上げるのかが、まず引っかかる。2週前の10月7日号には載せられたはずだ。週刊誌とはいえ話が古すぎる。

記事の続きを見ていこう。

【日経ビジネスの記事】

米ニューヨークで開かれた「気候行動サミット」への小泉進次郎環境相の参加。38歳の若き閣僚の国際デビューに“進次郎旋風”は吹いたのか?

答えは「ノー」。米国では報道がごくわずかだったうえ、「セクシー発言」「ステーキ発言」など日本で注目された切り口も見当たらなかった。それよりもこの地で取り上げられていたのはより本質的な内容だ。気候変動問題に興味がないといわれるドナルド・トランプ大統領の発言や、10代の若い環境活動家たちによる主張、はたまた企業や畜産農家の活動が実際に気候変動にどのような影響を及ぼしているかを示した統計データなどだ。


◎みんな分かっているのでは?

気候行動サミット」で「“進次郎旋風”」が吹かなかったのは「小泉進次郎環境相」に関心がある人ならば誰もが分かっている話ではないか。しかも先月の段階で分かっている。それを「国際デビューに“進次郎旋風”は吹いたのか?」「答えは『ノー』」と今頃言われてもとは思う。

「日本にいると『“進次郎旋風”』が吹いたかどうか分からないでしょ。ニューヨークにいる私が教えてあげるわ。答えは『ノー』よ」とでも池松支局長は思っているのか。

さらに続きを見ていく。

【日経ビジネスの記事】

もちろん、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんのスピーチも話題になっていた。日本の政治家が「毎日でもステーキを食べたい」と話したことなど、ほとんどの米国人が知らないだろう

理由は日本という国が日本人が考えているほど米国で注目されていないことにありそうだ。米国のテレビや新聞などで日本の話題が出てくることはほとんどない。1カ月に1回くらいの頻度で安倍晋三首相の名前が聞ければいい方、といった状況だ



◎ちゃんとしたデータが欲しい…

米国のテレビや新聞などで日本の話題が出てくることはほとんどない。1カ月に1回くらいの頻度で安倍晋三首相の名前が聞ければいい方、といった状況だ」と言われても「ほとんどない」に説得力は感じない。

1カ月に1回くらいの頻度で安倍晋三首相の名前が聞ければいい方」というのは池松支局長の個人的な経験を語っているのだろう。池松支局長がどのくらい「テレビや新聞」に接しているのか、どのくらい注意深く「安倍晋三首相」関連のニュースを見ているのかが分からないので、データとしての意味はほぼない。「米国のテレビや新聞」で「日本の話題が出てくる」が出てくる頻度はもっと明確なデータで裏付けてほしい。

例えば「ニューヨークタイムズの過去5年間の記事で『安倍晋三首相』に触れたものは1本しかない」などと書いてあれば「ほとんどない」と言われて納得できる。どうしてちゃんとしたデータで裏付けないのか。

記事の続きをさらに見ていこう。

【日経ビジネスの記事】

今回の件で浮かび上がったのが、「米国内でどんな話題がどう受け止められているかを進次郎氏が知らなかった」という点だ。

米国全体とは言えないものの、ニューヨーク中心部では、「肉を食べること=クールではない」という認識が一般的になりつつある。小学生の子を持つある日本人女性は「学校の給食では月曜日は『ノー・ミート・デー』。ニューヨーカーは環境配慮に敏感で健康志向だから肉が好きなんて周りには言えない」と話す。こうした状況下で、進次郎氏の発言が現地で「環境大臣なのに何を言ってるんだ?」という感覚で受け止められても仕方ない

日本の政治家にこうした「場の空気」を読むことまで求めるのも酷な話かもしれない。ただ世界の政治家が集まるサミットは、文化の違う人同士がコミュニケーションを図る場。場の空気を読む力も政治家には必要だ。


◎「知らなかった」と言える?

上記のくだりには2つの問題がある。まず「米国内でどんな話題がどう受け止められているかを進次郎氏が知らなかった」と断言していることだ。「知らなかった」と判断できる根拠が記事には見当たらない。
金華山への定期船(宮城県石巻市の鮎川港)
      ※写真と本文は無関係です

毎日でもステーキを食べたい」という発言が米国では「『環境大臣なのに何を言ってるんだ?』という感覚で受け止められ」るものだったと仮定しよう。だとしても「米国内でどんな話題がどう受け止められているかを進次郎氏が知らなかった」と断定する根拠にはならない。「何を言ってるんだ?」との批判を覚悟の上で発言した可能性があるからだ。

池松支局長には「反発覚悟で発言する」という選択はあり得ないとの前提があるのかもしれない。しかし、その選択はあり得る。例えば「財政再建のため消費税率を20%に引き上げるべきだ」と発言して猛反発を受けた政治家は「大幅な増税を日本国民がどう受け止めるか空気が読めなかった」と言い切れるのか。

もう1つの問題は「こうした状況下で、進次郎氏の発言が現地で『環境大臣なのに何を言ってるんだ?』という感覚で受け止められても仕方ない」という部分だ。「『セクシー発言』『ステーキ発言』など日本で注目された切り口も見当たらなかった」との説明と整合しない。ほとんど注目されていないのならば、「『環境大臣なのに何を言ってるんだ?』という感覚で受け止められ」る恐れはないと見るべきだ。

ここから記事を最後まで見ていく。

【日経ビジネスの記事】

それは投資家や経営者、ビジネスパーソンにとっても同じだろう。「肉を食べること=クールではない」という構図が分かれば、代替肉メーカーのビヨンド・ミートがなぜ米国市場でもてはやされているかにも合点がいく。

同社の株価は今年5月の上場時の公募価格から10月までに約6倍に上昇。同社は創業当初からマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏や俳優のレオナルド・ディカプリオ氏ら、米国のトレンドを先導する著名人も出資している。

ビヨンド・ミートはここ数カ月でマクドナルドなど複数の大手ファストフード・チェーンと製品提供の提携を結んでおり、快進撃を続ける。進次郎氏の今回の「騒動」は、ビジネスにも役立つ学びを与えてくれたと感じる


◎誰に「ビジネスにも役立つ学びを与えてくれた」?

進次郎氏の今回の『騒動』は、ビジネスにも役立つ学びを与えてくれた」と池松支局長は感じたらしい。「学びを与えて」もらったのは誰だろう。第一候補は池松支局長だ。しかし「場の空気を読む力」の必要性も、「『肉を食べること=クールではない』という構図」も池松支局長は「騒動」の前から理解していたように取れる。

となると次の候補は日本の「投資家や経営者、ビジネスパーソン」だ。「日本の政治家が『毎日でもステーキを食べたい』と話したことなど、ほとんどの米国人が知らないだろう」と書いているので「米国人」は候補から外していいだろう。

だが日本の「ビジネスパーソン」が「ビジネスにも役立つ学び」を得たとも考えにくい。「毎日でもステーキを食べたい」という発言が米国で問題視され、それをきっかけに多くの「ビジネスパーソン」が「『肉を食べること=クールではない』という構図」を学んだのなら分かる。

しかし発言は「ほとんどの米国人が知らない」はずだ。「『肉を食べること=クールではない』という構図」は池松支局長が記事で教えてくれているだけだ。今回の「騒動」から池松支局長が言うような「ビジネスにも役立つ学び」を得た日本の「投資家や経営者、ビジネスパーソン」はほとんどいないと思えるが…。

見てきたように今回の記事は色々と問題が多い。しかも話は古く、取材した形跡も窺えない。出来の悪い手抜き記事と評するしかない。


※今回取り上げた記事「FRONTLINE ニューヨーク~NYで国際デビュー 進次郎氏、“肉離れ”の空気読めず
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/depth/00375/?P=1


※記事の評価はD(問題あり)。池松由香支局長への評価もDを据え置く。池松支局長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

 日経ビジネス池松由香記者の理解不能な「トヨタ人事」解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post_9.html

大げさ過ぎる? 日経ビジネス特集「中国発 EVバブル崩壊」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/ev.html

2019年10月17日木曜日

「妙案」浮かばぬ日経 篠山正幸編集委員に代わってCS改革案を考えてみた

「ずっと野球界を取材しているのに、そんなに案が浮かばないものか…」と思えたのが、17日の日本経済新聞朝刊スポーツ面に載った「逆風順風~CS改革に妙案は…」という記事だ。筆者の篠山正幸編集委員に結局「妙案」はないらしい。あれこれ過去を振り返って「全く議論の余地無しかというと、どうだろう」で終わるのならば、このテーマでコラムを書くのはお薦めしない。
第十六利丸(宮城県石巻市)※写真と本文は無関係です

素人の自分でさえ改革案は出せる。記事の全文を見た上で私案を披露してみたい。

【日経の記事】

パ・リーグを連覇した西武だが、クライマックスシリーズ(CS)でソフトバンクに敗れ、また日本シリーズ進出を逃した。

ふと、連覇に敬意を表する意味で、連続優勝した場合はCS免除としていたならば、と考えた。いわば連覇ボーナス。これだと今年の西武や一昨年の広島、2014年の巨人なども、リーグ連覇を果たしていたために"予選無し"で、日本一を争う舞台に出られていたことになる。

いや、待てよ。2回優勝で、もれなく1回日本シリーズ、ではお菓子のおまけみたいで、ますますシリーズの重みがなくなりかねない。

また、CSを免除されても、片方のリーグでCSが行われている間、待たざるをえないとなると、試合勘が鈍る。現実的にも難点が出てきそうで、改革の妙案はなかなかない

CSの原型となったパ・リーグのプレーオフが始まったのが2004年。リーグ優勝をかけていたため、劇的な下克上も起こり、04、05年とレギュラーシーズン勝率1位となったソフトバンク(04年はダイエー)は西武、ロッテに敗れ、涙をのんだ。

一方、短期決戦ならではの名勝負も生まれている。06年には肩の不調を顧みず、選手生命をかけて登板し、最後はマウンドに崩れ落ちたソフトバンク・斉藤和巳投手のドラマがあった。

08年、タイロン・ウッズ(中日)が、藤川球児(阪神)との真っ向勝負を制し、決勝本塁打を放った一戦も忘れがたい。

こうした名場面も重なり、プレーオフ、CSは10月の風物詩となったが、その盛り上がりは勝者がメダルを剥奪されるような、制度の持つ酷な一面と表裏をなしていることを忘れてはいけないだろう。

04、05年当時のホークスの王貞治監督からも、今回悲劇の主となった辻発彦監督からも、恨み言は聞かれなかった。「決められたルールに従うのみ」というスポーツマンシップのゆえ、現場から声は出ない。だからといって、全く議論の余地無しかというと、どうだろう


◎「リーグ優勝をかけていた」から「劇的な下克上」?

まず「リーグ優勝をかけていたため、劇的な下克上も起こり」という説明が引っかかった。例えば2017年のセ・リーグは3位のDeNAが日本シリーズに進出し「劇的な下克上」を起こしているが、「リーグ優勝」はかかっていない。篠山編集委員の解説では、「リーグ優勝」がかかっていない現状だと「劇的な下克上」は起きないと理解したくなる。

本題に戻ろう。

篠山編集委員は「連続優勝した場合はCS免除としていたならば、と考えた」らしいが、「現実的にも難点が出てきそうで、改革の妙案はなかなかない」と自らの案を引っ込めてしまう。別の案もないようだ。随分とあきらめが早い。

個人的には3リーグ制が好ましいと感じる。1リーグ制にして3つのグループに分けてもいい。とにかく12チームを3つに分ける。とりあえず3リーグにしよう。

そして日本シリーズを4チームで戦う。リーグ優勝の3チームと、2位の中の最高勝率のチームだ。優勝チームの中で最高勝率のチームが、2位でシリーズに進出したチームと戦う。あとは残りの優勝チームが対戦。これが準決勝で、勝ち上がった2チームで日本一を争う。

準決勝も決勝も4勝した方が勝ちとなる今の日本シリーズの方式でいいだろう。もちろんCSは廃止となる。

これならば「優勝チームが日本シリーズに出場できないのは酷」「リーグ3位のチームが日本一になるのはどうか」といった問題は解消できるし、CS的なポストシーズンの楽しみも残る。4チームの中の2位でも日本シリーズ進出の可能性があるので、消化試合も少ないはずだ。

レギュラーシーズンに同じ組み合わせが増えて面白くないと言うならば交流戦を増やせばいい。

この方式にも反対意見はあるだろう。だが、問題はそこではない。素人でもこのぐらいの案を出せるのだから、野球担当の記者を長年やってきた篠山編集委員ならば「妙案」をいくつも思い付けるのではないかという話だ。

「全然思い付かない」と言うならば仕方がない。だったら、この問題を論じるのは他の人に任せた方がいい。「妙案はないけど、CSってこのままでいいのかね」程度の話しかできないのならば、よくいる野球好きのおじさんと変わりない。


※「逆風順風~CS改革に妙案は…
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20191017&ng=DGKKZO51061690W9A011C1UU8000


※記事の評価はD(問題あり)。篠山正幸編集委員への評価はDを維持する。篠山編集委員については以下の投稿も参照してほしい。

日経 篠山正幸編集委員「レジェンドと張り合え」の無策
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_10.html

「入団拒否」の表現 日経はどう対応? 篠山正幸編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post.html

大谷を「かぐや姫」に例える日経 篠山正幸編集委員の拙さ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_11.html

下手投げは「道なき道」? 日経 篠山正幸編集委員の誤解
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/01/blog-post_50.html

「誰が投げても勝てる野球」の実現を信じた日経 篠山正幸編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/blog-post_18.html

2019年10月16日水曜日

「退出」すべきは小田嶋隆氏の方では…と感じた日経ビジネスの記事

残念だが、小田嶋隆氏の書き手としての力の衰えがはっきりしてきた。今回は「『NHKから国民を守る党』の立花孝志党首」を取り上げた記事に問題を感じたので、以下の内容で問い合わせを送ってみた。回答と併せて見てほしい。
グラバー園(長崎市)※写真と本文は無関係です


【日経BP社への問い合わせ】

小田嶋隆様 日経ビジネス編集部 担当者様

10月14日号の「小田嶋隆の『pie in the sky』絵に描いた餅べーション~まとめてご退出願いたいが」という記事についてお尋ねします。気になったのは以下のくだりです。

脅迫動画の問題が報じられた際に、立花党首は記者会見を開き『今ただちに辞めることはしない。僕としては全く問題がない案件と考えている』と主張する一方で、『有罪になったら辞めなければいけない』と明言していた。あえて個人的な観測を述べるに、ネット動画という『公の場』で、『おまえの人生を徹底的につぶす』『お母さんも彼女も知っていますよ』などという明らかな脅迫の言葉を使ってトラブルの相手方を恫喝した以上、立花党首の『有罪』は免れ難いはずだ。とすると、『N国』は、党首が議席を失うことになる

朝日新聞は4日付の記事で「脅迫容疑で書類送検されたNHKから国民を守る党(N国)党首の立花孝志参院議員は4日の記者会見で、『実刑にならない限り議員を辞めない』と述べ、有罪になったら議員を辞めるとしていた従来の発言を撤回した」と伝えています。

これが事実ならば「『有罪』は免れ難い」という見方が正しいとしても「『N国』は、党首が議席を失うことになる」とは言い切れません。執行猶予付きの有罪判決があり得るからです。

4日の記者会見」なので、10月14日号の記事では「従来の発言を撤回した」ことを反映できたのではありませんか。となると「『有罪』は免れ難い」から「『N国』は、党首が議席を失うことになる」との説明は誤りだと思えますが、いかがでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。発言の撤回を伝えた朝日新聞など複数のメディアの報道が揃って間違っているという可能性もわずかにあるでしょう。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いします。


【日経BP社の回答】

いつも弊誌をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。

本稿は、著者が「あえて個人的な観測を述べるに」とお断りしております通り、現状を鑑みての可能性の一つとして、「党首が議席を失うことになる」と書かれております。ご指摘のとおり、執行猶予などによって、著者の推論とは異なる結果に至る可能性も、もちろんございます。

このたびは誠に貴重な視点からのご意見をいただき、感謝いたします。勉強になりました。こちらの件は著者にお伝えさせていただきます。今後とも弊誌をご愛顧くださいませ。

◇   ◇   ◇

この回答は日経ビジネス編集部の担当者が書いたものだろう。意図的にはぐらかしたのだとは思うが、質問の答えにはなっていない。

有罪になったら辞めなければいけない」と立花党首は明言している→「立花党首の『有罪』は免れ難い」と個人的には見ている→故に「『N国』は、党首が議席を失うことになる」--というのが小田嶋氏の見立てだ。

しかし、複数のメディアの報道によれば「有罪になったら辞めなければいけない」という発言は既に撤回されている。だとすれば「『N国』は、党首が議席を失うことになる」という見立ては成立しないのではないかというのが問い合わせの趣旨だ。

この場合、「有罪』は免れ難い」という見方が正しいかどうかは関係ない。なのに「執行猶予などによって、著者の推論とは異なる結果に至る可能性も、もちろんございます」などと回答している。

『N国』は、党首が議席を失うことになる」という予測が外れる場合もあるのではないかと聞いているのではない。「『N国』は、党首が議席を失うことになる」という予測の前提が崩れているのではないかと質問している。そこはしっかり答えてほしかった。

今回の記事ではもう1つ気になる点があった。長くなるが、記事を引用してみる。

【日経ビジネスの記事】

この政党は、ただでさえ複数の爆弾をかかえている。立花党首は、これもYouTubeに公開した対談番組の中で、世界の人口増加への対応について「ばかな国ほど子どもを産む。ばかな民族というか。そういう人たちを甘やかすとどんどん子どもを産む。ものすごく大ざっぱに言えば、あほみたいに子どもを産む民族は、とりあえず虐殺しよう、みたいな」などと発言している。

さらに、日本からの途上国への教育支援にも疑問を呈し、「犬に教えるのは無理。犬に近い。世界の人間にはそれに近い人が圧倒的に多いんだ」と述べている。人にも犬にも失礼だ。

売れっ子YouTuberの本能として、より強い言葉での断言を選択した、ということなのだろうが、国会議員のバッジを着けている以上、「YouTuberの勇み足」では済まされない。実際、朝日新聞は10月2日付の社説で、立花党首の発言を詳しく紹介しつつ「N国党首暴言 国会は厳しく対処せよ」と、強い見出しを掲げて、立花党首を批判している。外堀は埋まりつつある。

同党所属のほかの議員がどうなのかと言えば、7月に同党に合流した丸山穂高衆議院議員は、8月31日にツイッター上に「竹島も本当に交渉で返ってくるんですかね? 戦争で取り返すしかないんじゃないですか?」と投稿している。さらに、10月1日にはこれもYou Tubeの動画の中で、立花党首が、ホリエモンこと堀江貴文氏と対談して、その動画の中でN国の公認候補者に決定した旨を発表している。堀江氏自身は立候補を明言しているわけではない。が、否定もしていない。どうやら同党の炎上手法に加担する決意を固めた、ように見える。

さらには2016年の都知事選に出馬(落選)している上杉隆氏も、8月にN国の幹事長兼選対委員長に就任し、来年夏の都知事選に出馬をにおわせている。立花氏、丸山氏、堀江氏、上杉氏と、続々とN国に馳せ参じたメンバーの名前をあらためて見回してみると、強い「磁力」を感じざるを得ない。

似たものが集まるのは悪いことばかりではない。例えば、落ち葉は時期を見て一カ所に掃き集めて燃やすのが効率が良い。しかし、夏のような天気続きで憂鬱だ。


◎「似たもの」と言うならば…

ばかな国ほど子どもを産む。ばかな民族というか。そういう人たちを甘やかすとどんどん子どもを産む。ものすごく大ざっぱに言えば、あほみたいに子どもを産む民族は、とりあえず虐殺しよう、みたいな」という発言が事実ならば確かに問題だ。こういう発言をした人物と「立花氏、丸山氏、堀江氏、上杉氏」は「似たもの」だと小田嶋氏は言う。
松島(宮城県松島町)※写真と本文は無関係です

だったら「似たもの」だとの根拠が記事中に欲しい。「丸山穂高衆議院議員」については少し材料がある。「竹島も本当に交渉で返ってくるんですかね? 戦争で取り返すしかないんじゃないですか?」と「ツイッター」に投稿したらしい。これと「虐殺しよう」発言が似ているのか。個人的には「丸山氏」の発言に何の問題も感じない。

百歩譲って「丸山氏」に関しては「似たもの」と言える根拠が示せているとしよう。「堀江氏、上杉氏」に関しては材料ゼロだ。

なのに「虐殺しよう」発言をする人と「似たもの」だと書かれ、「例えば、落ち葉は時期を見て一カ所に掃き集めて燃やすのが効率が良い」と「消し去るべき人物」だと示唆されてしまう。まともな根拠も示さず「堀江氏、上杉氏」の名誉を傷付ける小田嶋氏の方が非難されてしかるべきではないか。「退出」すべきは誰なのか、小田嶋氏に改めて考えてほしい。


※今回取り上げた記事「小田嶋隆の『pie in the sky』絵に描いた餅べーション~まとめてご退出願いたいが
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00106/00038/?P=1


※記事の評価はD(問題あり)。小田嶋隆氏の評価はC(平均的)からDへ引き下げる。小田嶋氏については以下の投稿も参照してほしい。

どうした小田嶋隆氏? 日経ビジネス「盛るのは土くらいに」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/09/blog-post_25.html

山口敬之氏の問題「テレビ各局がほぼ黙殺」は言い過ぎ
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/06/blog-post_10.html

小田嶋隆氏の「大手商業メディア」批判に感じる矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_12.html

杉田議員LGBT問題で「生産性」を誤解した小田嶋隆氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/lgbt.html

「ちょうどいいブスのススメ」は本ならOKに説得力欠く小田嶋隆氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/ok.html

リツイート訴訟「逃げ」が残念な日経ビジネス「小田嶋隆のpie in the sky」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/pie-in-sky.html

2019年10月14日月曜日

水無田気流氏の「女性議員巡る容姿偏向報道」批判は前提に誤り?

水無田気流氏の書く記事が相変わらず苦しい。日本経済新聞朝刊女性面に載った記事では、核となる部分の事実認識が間違っていると思えたので以下の内容で問い合わせを送った。
長崎港(長崎市)※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

水無田気流様  日本経済新聞社 女性面編集長 中村奈都子様

14日の朝刊女性面に載った「ダイバーシティ進化論~女性議員巡る容姿偏向報道 政策や政治的態度伝えて」という記事についてお尋ねします。冒頭で水無田気流様は以下のように記しています。

9月に発足した第4次安倍再改造内閣で、政務官に抜てきされた今井絵理子参院議員をめぐる一部報道には嘆息させられた。たとえば今井議員が台風15号で被害にあった地域を視察した際の様子を報道したネットジャーナルの記事では、短時間・形ばかりの視察ではないかと報じた。むろんこの点は批判されてしかるべきだが、問題は『金髪に近い茶髪』『化粧はバッチリ』『ギャル』等、容姿に関する揶揄(やゆ)的な記述が視察行動の内実を大幅に上回っていた点だ

偏向報道」を批判するのならば、どのメディアのどの記事か具体的に指摘すべきです。そうしないと「偏向報道」だったかどうかの検証が難しくなります。なぜ「ネットジャーナルの記事」とボカしているのですか。

金髪に近い茶髪」「化粧はバッチリ」「ギャル」を手掛かりに探してみると1つだけ見つかりました。ここでは「今井絵理子政務官、『何しにきた!』被災地視察に”ギャル風メーク”で現れて大ブーイング」という日刊サイゾーの記事が水無田気流様の言う「ネットジャーナルの記事」だと仮定して話を進めさせていただきます。

まず「容姿に関する揶揄(やゆ)的な記述」に当たると思われる部分は以下の通りです。

「服装もひどかった。この日初めて着たと1発でわかる新品の作業着に加え、髪の毛は金髪に近い茶色、化粧はバッチリ。ギャルが無理やり作業着を着せられたようにしか見えず、被災者からは『何しにきたんだ』『やっつけ感がアリアリ』と大不評でした」(全国紙社会面記者)

一方、「視察行動の内実」に関する記述は以下の通りです。

今月19日、ようやく千葉の被災地を視察したが、地元住民やボランティア職員からは『遅すぎる!』と批判の声が相次いだ

停電と断水が長期化する君津市と富津市を視察した今井氏は『停電や断水で多くの方が不自由されていることと思う。課題があれば何なりと教えてもらいたい』とコメント。千葉県庁では岡本和貴・県防災危機管理部長と面会し、女性や障害のある人への支援に課題を感じたと振り返り『被災者の声を聞かせていただき、政府一丸となって(復旧に)取り組む』と表明したが……。『結局、被災者と直接会話をする場面はほとんどありませんでした。分刻みのスケジュールで、複数の被災地を一気に回る、文字通り〝SPEED視察”でした」(前出・記者)』

視察行動の内実」に関する記述が「容姿に関する揶揄(やゆ)的な記述」の2倍以上はあります。「『金髪に近い茶髪』『化粧はバッチリ』『ギャル』等、容姿に関する揶揄(やゆ)的な記述が視察行動の内実を大幅に上回っていた」という水無田気流様の認識とは逆になっています。

水無田気流様の事実認識は間違いではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。日経では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社として責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

問題は『金髪に近い茶髪』『化粧はバッチリ』『ギャル』等、容姿に関する揶揄(やゆ)的な記述が視察行動の内実を大幅に上回っていた点だ」と書いているのだから「視察行動の内実」に関する記述の方が量的に多かった場合、主張の前提が崩れてしまう。

日刊サイゾーの記事については議論の余地はないだろう。これ以外にも似たような記事がいくつもあり、それらを総合すると「容姿に関する揶揄(やゆ)的な記述が視察行動の内実を大幅に上回っていた」という可能性は残る。

ただ、「金髪に近い茶髪」「化粧はバッチリ」「ギャル」が出てくる記事は日刊サイゾー以外では見つけられなかった(日刊サイゾーでは「金髪に近い茶色」としている)。水無田気流氏が日刊サイゾーの記事を念頭に「偏向報道」と書いた可能性は極めて高い。

偏向報道」を批判するのは構わない。だが事実確認はしっかりしてほしい。その上で名指しして批判すべきだ。それが難しいのならば、批判は控えるほかない。


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「ダイバーシティ進化論~女性議員巡る容姿偏向報道 政策や政治的態度伝えて
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20191014&ng=DGKKZO50890000R11C19A0TY5000


※記事の評価はE(大いに問題あり)。水無田気流氏への評価もD(問題あり)からEに引き下げる。同氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経女性面「34歳までに2人出産を政府が推奨」は事実?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/34.html

日経女性面に自由過ぎるコラムを書く水無田気流氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_5.html

日経女性面で誤った認識を垂れ流す水無田気流氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_30.html

「男女の二項対立」を散々煽ってきた水無田気流氏が変節?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_58.html

水無田気流氏のマネーポスト批判に無理がある日経「ダイバーシティ進化論」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/blog-post.html

2019年10月13日日曜日

「バブル再来! 不動産投資」に根拠欠く週刊ダイヤモンド大根田康介記者

バブル」は経済記事の中で安易に使われやすい言葉だ。週刊ダイヤモンド10月19日号の特集2「バブル再来!不動産投資」もその例に漏れない。「リーマンショックによってバブルが崩壊した不動産投資市場。それからおよそ10年、市場は再びバブル化の様相を呈している」と大根田康介記者は特集の冒頭で煽っている。ここから問題がある。
グラバー園の旧リンガー住宅(長崎市)
          ※写真と本文は無関係です

リーマンショック」の前にも「ミニバブル」と言われた時期はあった。なので「ミニバブル」と呼ぶのは構わない。しかし大根田記者は「バブル」としている。そこがまず引っかかる。

さらに「不動産投資市場」が「再びバブル化の様相を呈している」と言う。これだと「不動産投資市場」全体が「バブル化の様相」だと感じてしまう。しかし、記事を読み進めると「投資用マンション」に限った話のようだ。「アパート投資は軒並み厳しい状況にある」のならば、最初から「投資用マンション市場」に限って「バブル化の様相を呈している」と書くべきだ。

投資用マンション市場」限定ならば「バブル再来!不動産投資」というタイトルはかなり大げさだ。

では「投資用マンション市場」は「バブル」なのかと言えば、これも苦しい。記事の一部を見てみよう。


【ダイヤモンドの記事】

こうした中、最近では投資用マンションを扱う企業の成長が目覚ましい。金融緩和が始まった頃の12年度から18年度に至るまでの売上高上昇率を見てみると、軒並み数倍になっている(右下表参照)。まさにバブルの様相を呈している

この期間で売上高の上昇額が1182億円と最も大きいのは、投資用ワンルームマンションと分譲マンションの両方を扱うプレサンスコーポレーションだ。

同社は13年に東証1部に上場し、ワンルーム販売戸数が12年度の712戸から18年度には2363戸と3.3倍になった。さらに上昇率で見ると、最も高かったのはビーロットで、売上高が何と15倍以上になっている。

他にも売上高の急増でジャスダックやマザーズ、東証2部から東証1部へ市場を“格上げ”した企業は枚挙にいとまがない。

13年にFJネクスト、15年にサムティ、エー・ディー・ワークス、ディア・ライフ、16年にムゲンエステート、17年にコーセーアールイー、18年にグローバル・リンク・マネジメント、プロパティエージェント、ビーロット、グッドコムアセットが、それぞれ東証1部に“格上げ”した。

バブル化する投資用マンション市場の勢いはどこまで続くのか。



◎「売上高上昇率」でバブルと判断?

投資用マンションを扱う企業」の「12年度から18年度に至るまでの売上高上昇率を見てみると、軒並み数倍になっている」ことを根拠に「まさにバブルの様相」と大根田記者は言い切っている。

バブル」とは「泡沫的な投機現象。株や土地などの資産価格が、経済の基礎条件から想定される適正価格を大幅に上回る状況をさす」(大辞林)はずだ。ならば「株や土地などの資産価格」を見る必要がある。

今回の特集で言えば「投資用マンション」だ。その価格が「経済の基礎条件から想定される適正価格を大幅に上回る」と判断できるならば「バブル」と表現してもいい。

なのに、なぜか「売上高上昇率を見て」判断してしまう。しかも「投資用マンション」全体の売上高ではない。「12年度から18年度」にかけて売上高が大きく伸びた企業がいくつもあるというだけの話だ。市場規模が大きく膨らんでいても、それだけで「バブル」とは言えない。一部の企業の「売上高上昇率」だけを見ても、さらに参考にならない。

資産価格が、経済の基礎条件から想定される適正価格を大幅に上回る状況」があれば、大根田記者もそこに触れたのだろう。「バブル」という言葉を使いたいが、価格面でそれを裏付ける事実が見当たらない。なので仕方なく「売上高上昇率」を使ったのではないか。だとしたら一種の騙しだ。(ついでに言うと「売上高上昇率」よりも「売上高増加率」の方が日本語として自然だと思える)。

百歩譲って「投資用マンション」市場が「まさにバブルの様相」だとしよう。だとすれば投資を考えている人にとっての判断は簡単だ。「見送り」でいい。「バブル」がさらに膨らむ過程で利益を得るチャンスはあるが、「バブル」ならば「適正価格を大幅に上回る状況」にあるはずだ。手を出すのが得策ではないのは誰でも分かる。投資するならば「バブル」が崩壊した後にしたい。

しかし大根田記者は違う考えのようだ。「今回のバブル的に過熱した状況は、リーマンショックの二の舞いを演じて崩壊してしまうのか」と読者に問いかけてくる。「まさにバブルの様相」ならば、当然に「崩壊」する。問いかけるまでもない。

ずっと「崩壊」しないのならば「バブルの様相」という見立てが間違いだろう。「バブル」とは「泡沫的な投機現象」だ。

そう考えると特集に「500棟を調べたプロによる投資用マンション選び7カ条」という記事を入れたのは感心しない。「バブルの様相」だと大根田記者が確信しているのならば「投資用マンション」には手を出すなと助言すべきだ。なのに「投資用マンション」に誘い込むような記事を載せている。

記事の中で「市場が過熱する中、素早い決断をしなければ販売会社から相手にされず、投資機会を逃す恐れは確かにある」と大根田記者は書いている。「販売会社から相手にされず、投資機会を逃す」のは投資家にとって喜ぶべき状況ではないか。

投資用マンション」は「まさにバブルの様相」という話が本当ならばだが…。


※今回取り上げた特集「バブル再来!不動産投資
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/27779


※特集の評価はD(問題あり)。大根田康介記者への評価はDを維持する。

2019年10月12日土曜日

高島屋の発表内容を端折り過ぎた日経「ネット・人口減 小売り苦境」

12日の日本経済新聞朝刊総合2面に載った「ネット・人口減 小売り苦境 3~8月期 2半期連続減益~高島屋も店舗閉鎖」という記事には、かなり不満を感じた。話の柱は「消費関連企業」の「3~8月期」業績まとめだ。その中に「高島屋も店舗閉鎖」というニュースを吸収しているので「高島屋」の発表内容を不十分にしか伝えていない。
グラバー園(長崎市)※写真と本文は無関係

「吸収するな」とは言わない。吸収するなら、「高島屋」に関する情報をしっかり盛り込むべきだ。小売り全体の動向をあれこれ論じるのは、それができてからだ。

記事の前半を見てみよう。

【日経の記事】

小売りなど消費関連企業の収益力が低下している。2019年3~8月期決算は最終的なもうけを示す純利益が前年同期比ベースで2半期連続で減った。インターネット通販の普及など消費形態の変化に加えて、人口減や人手不足という構造要因が稼ぐ力の低下につながっている。百貨店など人員3千人の削減を発表したセブン&アイ・ホールディングスに続き、高島屋は11日、港南台店(横浜市)などの閉鎖を発表した。生き残りに向けて構造改革が本格化している。

「地方店、郊外店の状況は厳しい」。11日の決算会見で高島屋の村田善郎社長は率直に認めた。

同社は港南台店などの閉鎖のほか、鳥取県米子市にある子会社の米子高島屋の全株式の地元企業への譲渡を決めた。百貨店はネット通販との競合が激しく、特に地方店は人口減と高齢化が直撃する。高島屋は3~8月期決算の発表にあわせて2020年2月期の業績予想を下方修正した。今期の連結純利益は期初予想から30億円低い170億円となる見通しだ

小売業界では10日にセブン&アイが大規模な閉店や人員削減などのリストラに乗り出すことを決めたばかり。国内外のコンビニエンスストアが伸び、3~8月期の純利益は過去最高だったが、将来に向けた危機感は強い。「選択と集中をより推進する」(井阪隆一社長)と大規模なリストラを決めた。

日本経済新聞社が11日までに決算を発表した小売り・外食、衣料品など主な消費関連企業65社の業績を集計したところ、純利益は前年同期に比べ3%減の4057億円だった。18年9月~19年2月期に続き2半期連続で前年同期に比べて利益を減らした。



◎色々と足りない点が…

高島屋」に関する記述は紙面上では20行程度。ベタ記事並みの短さだ。その中で「港南台店(横浜市)などの閉鎖」と「業績予想」を伝えているのだから、情報が不十分になるのは当然だ。

まず「港南台店などの閉鎖」と書いているだけで「タカシマヤスタイルメゾン」に触れていない。「閉鎖」は2カ所だけなのだから、両方の店舗名は入れたい。

閉鎖」がいつか分からないのも致命的だ。発表資料によると「港南台店」が2020年8月16日、「タカシマヤスタイルメゾン」が同年2月16 日。これを抜いて記事を作れるのが悪い意味で凄い。「閉鎖」が業績に与える影響や、当該店舗の従業員の処遇などもできれば欲しい。

米子高島屋」に関する説明も物足りない。「高島屋」の名前を使って営業を続けるのかどうかは入れたいところだ。発表資料によると「(来年)3月以降、米子髙島屋は屋号をJU米子髙島屋(仮称)として営業継続する予定」だという。

業績予想」に関しても「今期の連結純利益は期初予想から30億円低い170億円となる見通しだ」と書いているだけで、その要因は教えてくれない。

色々と足りない情報があるのに、記事は「小売業界では~」と「高島屋」の話から離れてしまう。これは辛い。書いた記者の責任と言うより、デスク(あるいはもっと上の人間)の紙面設計に問題があると見るべきだ。


※今回取り上げた記事「ネット・人口減 小売り苦境 3~8月期 2半期連続減益~高島屋も店舗閉鎖
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20191012&ng=DGKKZO50897790R11C19A0EA2000


※記事の評価はD(問題あり)

2019年10月11日金曜日

日経でも雑な「最低賃金引上げ論」を披露するアトキンソン氏

小西美術工芸社社長のデービッド・アトキンソン氏にはメディア関係者を引き付ける魅力があるのだろう。同氏の「最低賃金引上げ論」を最近やたらと目にする。11日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「エコノミスト360°視点~人口減対策に根拠と論理を」という記事もその1つだ。しかし、まともに取り上げるべき主張とは思えない。
金華山黄金山神社(宮城県石巻市)※写真と本文は無関係

記事を見ながら問題点を指摘したい。

【日経の記事】

日本の人口減少は間違いなく経済に強烈な悪影響を及ぼす。消費者が減ると経済はどうなるかを知りたければ、発展途上国のように見える疲弊した日本の地方の町を見に行けばよい。この危機には働き方改革、外国人労働者の受け入れ、少子化対策、現代貨幣理論(MMT)、日銀の金融緩和といった程度の政策では対処できない。



◎そんな「町」ある?

日本の地方の町」はそこそこ見に行ったつもりだが、「発展途上国のように見える疲弊した日本の地方の町」の記憶はない。どこにそんな「」があるのか教えてほしい。

商店街がシャッター通りになった「地方の町」はたくさんあるだろうが、それらは「発展途上国のように」は見えない。雑然としたスラム街、物乞いする子供たちなどを「地方の町」で目にすれば「発展途上国のよう」だとの印象を持ったとは思うが…。

記事の続きを見ていく。

【日経の記事】

国内総生産(GDP)は人口かける生産性なので、人口が減ると生産性を上げないといけない。しかし日本の産業構造はあまりにも非効率だ。従業員30人未満の企業で働く労働人口の比率が高すぎる。労働力が集約されていないので、大幅な生産性向上はほぼ不可能だ



◎GDPの規模を維持すべき?

アトキンソン氏は日本のGDPの水準を維持する(あるいは増やす)必要があるとの考えなのだろう。個人的には賛成できない。人口が減るのだから、全体のGDPが多少減っても1人当たりのGDPは保てる。

「人口が少なくなっても全体のGDPを減らしては絶対にダメ」と言える根拠があるのならば触れてほしかった。

さらに続きを見ていこう。

【日経の記事】

この問題を解決するには包括的な経済政策が必要だ。中小企業を合併させて数を減らし、労働者を中堅企業と大企業に集約させる。それには企業に合併するメリットを提供すると同時に、最低賃金を引き上げて生産性の低い企業を刺激する必要がある



◎なぜ「最低賃金」に頼る?

労働力が集約されていないので、大幅な生産性向上はほぼ不可能」との説明に納得はできないが、とりあえず受け入れてみる。「従業員30人未満の企業で働く労働人口の比率が高すぎる」のが問題だとアトキンソン氏は言う。その是正のために「最低賃金を引き上げて生産性の低い企業を刺激する必要がある」らしい。

だったら話はもっと簡単ではないか。「従業員30人未満の企業」に重税を課せばいい。もっと極端にするなら、全ての「企業」に「従業員30人」以上の雇用を義務付ける。それで問題は解決ではないか。「最低賃金」の引き上げに頼る必要はない。

続きを見ていく。

【日経の記事】

政府が徹底的な対策を断行しない場合、最悪のシナリオを想定しないといけない。国家破綻すら十分想定できる。

日本は巨大な自然災害がいつ起きてもおかしくない。南海トラフ地震と首都圏直下型地震が同時に起きた場合、2100兆円余りの直接的、間接的な影響があると東京大学生産技術研究所の目黒公郎教授が指摘している。かつてのように財政が健全なら対応できるが、産業構造の非効率性がもたらす世界最悪の財政の下では、致命的な打撃を受けることが予想される。

この問題の深さ、規模、恐ろしさを理解するには、日本経済の仕組みを理解し、データに基づいて計算し、シナリオ分析をする必要がある。この問題は国家としての運命を決めるものなので真剣に、高度な議論が求められる。きちんとした分析、高度な統計学に基づいた検証も不可欠だ。



◎「生産性の向上」で対応できる?

人口減少」に「生産性向上」で対応するのはまだ分かる。しかし話は「南海トラフ地震と首都圏直下型地震が同時に起きた場合」に移っていく。そうなれば確かに「致命的な打撃を受ける」だろう。だが、「中小企業を合併させて数を減らし、労働者を中堅企業と大企業に集約させる」といったレベルで対応できる問題とは思えない。それともアトキンソン氏の主張に沿って準備を進めれば「2100兆円余りの直接的、間接的な影響」をしっかり吸収できるのか。

ここから話がまた戻っていく。

【日経の記事】

データを押さえていない人は感覚的に考えて「イノベーションで対応できる」「人工知能(AI)、ロボット、日本の技術力で対応できる」という。また「最低賃金を毎年5%引き上げたら中小企業は大変だ」と反論するだろう。日本国内でも最低賃金の議論があるが、世界の論文を読んでいれば、専門知識に乏しい、根拠のない初歩的な反論が多いことがわかる。

私は最低賃金を議論するにあたって英国の例を使うことが多い。英国には低賃金委員会(Low Pay Commission)という政府の諮問機関がある。専門性が極めて高いメンバーで構成され、データを集めて統計の専門家が検証し、根拠に基づいた論理的な検討を徹底している。毎年、200ページ以上の報告書も発表している。

英国が最低賃金を上げながら雇用への影響が出ていないのは偶然ではない。低賃金委員会が多面的な科学的分析に基づいて最低賃金の引き上げ幅を提言しているからだ。

日本の生産性向上の議論は根拠に基づいていないし、大学などの検証もレベルが低い。英国より日本のほうが生産性向上が急務なので専門組織をつくって、科学的な検証を充実させるべきだ。



◎「最低賃金を毎年5%引き上げ」が結論?

アトキンソン氏の「最低賃金引き上げ論」でいつも気になるのが、「どのくらいの期間でどの程度まで最低賃金を引き上げるのか」が明確でないことだ。今回もそれは変わらない。ただ、ヒントらしきものがある。

データを押さえていない人」は「『最低賃金を毎年5%引き上げたら中小企業は大変だ』と反論するだろう」という記述から推測すると「最低賃金を毎年5%引き上げ」るべきだとアトキンソン氏は考えているのかもしれない。

だとすると上げ方が機械的過ぎる。「英国が最低賃金を上げながら雇用への影響が出ていないのは偶然ではない。低賃金委員会が多面的な科学的分析に基づいて最低賃金の引き上げ幅を提言しているからだ」と書いているので「最低賃金の引き上げ幅」を決めるためには「多面的な科学的分析」が要るのだろう。

当然に経済情勢に応じて「引き上げ幅」は変わってくるはずだ。例えばインフレ率10%の時に「5%引き上げ」に留めたら実質的には引き下げになってしまう。

なのに「最低賃金を毎年5%引き上げ」といった単純なやり方をアトキンソン氏は支持しているのだろうか。そこに「根拠に基づいた論理的な検討」があるとは思えないが…。


※今回取り上げた記事「エコノミスト360°視点~人口減対策に根拠と論理を
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20191011&ng=DGKKZO50849300Q9A011C1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。デービッド・アトキンソン氏への評価もDとする。

2019年10月10日木曜日

改めて感じたアトキンソン氏「最低賃金引き上げ論」の苦しさ

小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソン氏が主張する「最低賃金引き上げ」論はやはり問題が多い。9日付で東洋経済オンラインに載った「最低賃金引き上げ『よくある誤解』をぶった斬る~アトキンソン氏『徹底的にエビデンスを見よ』」という記事を読んで改めてそう感じた。

記事の一部を見ていこう。
瑞鳳寺(仙台市)※写真と本文は無関係です

【東洋経済オンラインの記事】

疑問1:最低賃金を上げると、失業が増えるのではないですか?

この件に関しては、ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン教授が、以下のようにコメントしています。

There's just no evidence that raising the minimum wage costs jobs, at least when the starting point is as low as it is in modern America.(少なくとも現代のアメリカのように最低賃金が低い場合、それを上げることが雇用に悪影響を及ぼすという証拠は存在しない)

また、今年の7月8日には、以下のようなコメントも残しています。

There is a diehard faction of economists who refuse to accept the overwhelming empirical evidence for very small employment effects of minimum wages.(最低賃金が雇用に及ぼす影響が極めて小さいという圧倒的な証拠を受け入れることを拒否する、経済学者の頑固な一派が存在する)
つまり、最低賃金が低ければ低いほど、引き上げによる雇用への影響は少なく、この件を立証する圧倒的な量のデータが存在するとおっしゃっているのです。

最低賃金引き上げの影響を否定的に捉える論文もあるにはあります。しかし、各国で行われた約20年間の検証の結果、データがそろってきたこともあり、雇用への影響はあっても、その影響は以前考えられていたより、だいぶ小さいと考えられるようになってきています。170カ国以上が実施している最低賃金引き上げに関する分析は、ドイツ、フランス、アメリカ、中国、韓国などのほか、途上国も含むさまざまな国で行われています。

また、最低賃金引き上げは現在雇用されている人には影響はなく、将来の雇用にのみ影響を及ぼすなど、次第に論調が変化する傾向も認められます。

日本はアメリカ同様に、最低賃金が極めて低く設定されていますので、クルーグマン教授のコメントを真摯に受け止めるべきでしょう。

また、人口が増加している国にとっては、将来の雇用への影響を懸念することも重要ですが、日本では今後人口が減少するので、事情が違うことも忘れるべきではありません。


◎きちんと質問に答えてる?

最低賃金を上げると、失業が増えるのではないですか?」という疑問にきちんと答えていないのが気になる。「雇用への影響はあっても、その影響は以前考えられていたより、だいぶ小さいと考えられるようになってきています」という記述から判断すると「失業が増える可能性は十分にあります」といった答えになりそうだ。

だとすると「最低賃金を上げると、失業が増えるのではないか」と懸念するのは当然だ。これでは「『よくある誤解』をぶった斬る」ことになっていない。

イギリスで最低賃金引き上げが成功したというデータは、各国の最新の研究で否定されているのでは?」という「疑問2」に答えた部分も見ておこう。


【東洋経済オンラインの記事】

イギリスはLow Pay Commission(低賃金委員会)が徹底的な分析に基づいて、政府に対して提言する仕組みを設けています。この低賃金委員会が2019年4月2日に発表した286ページにも及ぶ報告書には、以下のように記載されています。

Rather than destroy jobs, as was originally predicted, we now have record employment rates.(当初は雇用破壊が危惧されていたが、就業率は過去最高を記録している)

The overwhelming weight of evidence tells us that the minimum wage has achieved its aims of raising pay for the lowest paid without harming their job prospects.(最低賃金は、低所得者の雇用を破壊することなく彼らの賃金を高めるという目的を達成した。これには圧倒的な証拠が存在する)

直近のデータでは、イギリスの労働参加率は76.1%という記録を更新して、失業率も3.9%と、1974年以降の最低水準にあります。

最低賃金を引き上げても失業率が上がらないことは、このデータで証明されています。ですから失業率が上がると主張するならば、このイギリスの事実を否定することになりますが、厳然たる事実を否定することなど可能なのでしょうか。


◎「証明されて」いるのなら…

最低賃金を引き上げても失業率が上がらないことは、このデータで証明されています。ですから失業率が上がると主張するならば、このイギリスの事実を否定することになります」とアトキンソン氏は述べている。だったら「最低賃金を上げると、失業が増えるのではないですか?」との疑問には「最低賃金を引き上げても失業率が上がらないことは、英国のデータで証明されています」と答えれば済むはずだが…。

疑問3」も見ておく。

【東洋経済オンラインの記事】

疑問3:イギリスのデータは特殊ではないのですか?

この指摘には一理あります。というのも、科学的な根拠に基づいて最低賃金の引き上げを実施していることが、イギリスの特徴の1つと言われているからです。

イギリス政府は低賃金委員会に対して、雇用への影響のない、ぎりぎりの線で最低賃金の引き上げを提言する使命を与えています。雇用への影響が出ないのは、偶然ではないのです。それに比べて、日本の最低賃金を決める中央最低賃金審議会の委員の専門性は相対的に低いと、日本総研が報告しています。

ここでの教訓は、「ぎりぎりの線」を狙えば、雇用に影響を与えることなく賃金を高められるということです。イギリスでできたことが日本でできないとは思えません。


◎だったら最初の疑問には…

ここでの教訓は、『ぎりぎりの線』を狙えば、雇用に影響を与えることなく賃金を高められるということです」とアトキンソン氏は言う。ならば「最低賃金を上げると、失業が増えるのではないですか?」という疑問には、さらに明確に答えられる。「『ぎりぎりの線』を狙えば失業率は上がりません。しかし『ぎりぎりの線』を超えると上がるかもしれません」でいいのではないか。

ついでに言うと「『ぎりぎりの線』を狙えば、雇用に影響を与えることなく賃金を高められるということです」という説明には矛盾がある。最低賃金を「ぎりぎりの線」まで引き上げると「賃金を高められる」のならば、「雇用に(プラスの)影響を与え」てしまっている。細かい話ではあるが…

アトキンソン氏の説明にはもっと大きな矛盾がある。

疑問8:最低賃金を引き上げると、地方の企業は倒産するかリストラを進めるのでは?」に答える形で「海外では、最低賃金の水準や労働分配率が日本より高いにもかかわらず、最低賃金を引き上げて倒産、廃業、解雇が増加したというような事実は確認されていません。なぜ他の国でできていることが、日本ではできないのか、科学的な根拠をベースにして説明をしてほしいといつも思います」と述べている。

ところが「疑問10:韓国は最低賃金を上げて経済が崩壊しています。日本も、韓国のようになってしまうのではないですか?」への回答では以下のように説明している。

【東洋経済オンラインの記事】

韓国は、最低賃金を2年間で30%も引き上げてきました。アメリカのある分析によると、最低賃金を1年間で12%以上引き上げると、短期的に失業率が上がるおそれがあるとしています。日本ではもっと緩やかな引き上げが議論されていますので、比較すること自体に意味がないと感じます。

最低賃金の引き上げの効果を測るには、収入増加と失業率のバランスを天秤にかけるべきです。残業の調整なども含めて、最低賃金が上がることによるネットの所得増加によるプラスと、失業率が高まることによるマイナスを両方見るべきです。失業率だけに注目する議論は視野が狭いと言わざるをえません。

韓国の失業率は、過去20年間の平均で3.7%でした。確かに2019年の1月には4.4%まで大きく上がりましたが、そのあとは落ち着き、直近の8月は2002年に更新された最低記録の3%に近い3.1%まで下がっています。倒産件数も落ち着いています。

若い人の失業率が高く、長期的な影響はまだ見えず、失業率が低下しているデータポイントが少ないため、韓国の最低賃金の直近の引き上げがどのくらいの失業につながったかは、専門家として判断するには時期尚早です。トレンドを冷静に見守る必要があります。

韓国は2年間で最低賃金を30%も引き上げているにもかかわらず、まだ言われるほどの崩壊は現実になっていません。一方、日本では5%引き上げたら大変なことになるとあおられている。韓国に比べて、日本経済が極めて貧弱であるという指摘には、とうてい賛同できません。


◎韓国では「確認」されているような…

海外では、最低賃金の水準や労働分配率が日本より高いにもかかわらず、最低賃金を引き上げて倒産、廃業、解雇が増加したというような事実は確認されていません」と言い切っていた割に、「海外」の一部である韓国に関しては歯切れが悪い。

最低賃金の引き上げ」を受けて「韓国の失業率」は「2019年の1月には4.4%まで大きく上がりました」と言うのならば、「倒産、廃業、解雇が増加したというような事実」があると考える方が自然だ。実際、「企業倒産件数、過去最悪に~製造業を中心に18年度実績」と統一日報は報じている。

長期的な影響はまだ見えず~」などとアトキンソン氏は逃げているが、「最低賃金を引き上げて倒産、廃業、解雇が増加したというような事実は確認されていません」と言える状況なのか、かなり疑問だ。

以前にも指摘したが、アトキンソン氏の「最低賃金引き上げ」論で最大の問題は「いつどの程度の引き上げをすべきなのか」を教えてくれないことだ。

英国の事例から「『ぎりぎりの線』を狙えば、雇用に影響を与えることなく賃金を高められる」との「教訓」を得たのならば、日本にとっての「ぎりぎりの線」はどこにあるのか「科学的な根拠に基づいて」示してほしい。

最低賃金を1年間で12%以上引き上げると、短期的に失業率が上がるおそれがある」のだから、どの程度の時間をかけて「ぎりぎりの線」まで持っていくべきなのかも知りたい。

「それは分からない」と言うのならば、アトキンソン氏の「最低賃金引き上げ」論に耳を傾ける意義は感じない。


※今回取り上げた記事「最低賃金引き上げ『よくある誤解』をぶった斬る~アトキンソン氏『徹底的にエビデンスを見よ』
https://toyokeizai.net/articles/-/307134


※記事の評価は見送る。アトキンソン氏の最低賃金引き上げ論に関しては以下の投稿も参照してほしい。

D・アトキンソン氏の「最低賃金引き上げ論」に欠けている要素
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/d.html

2019年10月9日水曜日

土地が自然に返ると「国土縮小」? 日経 斉藤徹弥論説委員の「中外時評」

「自分とは正反対の解釈をする人もいるんだなぁ…」と思えたのが、9日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「中外時評~『国土縮小計画』への覚悟を」という記事だ。筆者の斉藤徹弥論説委員は、「人口減少」に伴い日本が「国土縮小」へ向かうと訴える。しかし、個人的には「相対的な国土拡大」だと感じた。
金華山黄金山神社(宮城県石巻市)
      ※写真と本文は無関係です

記事の冒頭を見ていこう。

【日経の記事】 

兵庫県の淡路島から船で10分ほど。ハモ漁で知られる沼島(ぬしま)に渡ると、船着き場に戦後間もない島を空撮した写真がある。小高い山の頂近くまで段々畑が広がっているのが印象的だ。周囲10キロの島に当時、3000人が住み、食糧増産のため開墾が進んでいた。

山は今、かつて畑だったとは想像できないほど青々としている。島の人口は400人あまりになった。不動産問題に詳しいオラガ総研の牧野知弘代表は「人口減少で使われなくなった土地が自然に返る象徴的な光景だ」と話す。

沼島で観光案内をする小野山豪さんは「数年前にイノシシが島に渡ってきて耕作放棄に拍車をかけた」と言う。いったん畑が荒らされると高齢農家の耕作放棄が一気に進むため、鳥獣との緩衝地帯になる里山の管理が重要になる。牧野氏は「管理すべき土地と自然に返す土地を色分けした国土のグランドデザインが必要だ」と指摘する。

国土交通省の国土審議会は月内にも、2050年までの国土の姿を描き直す作業を始める。50年の推計人口は1億192万人。1キロ四方に区切ると、50年には住む人がいなくなる地域が全国の2割近くになる。これを前提に2年かけて長期展望をつくり、次の国土計画に反映させる


◎人が住まなきゃ「国土」じゃない?

斉藤論説委員が取り上げた「沼島」で考えてみよう。かつては「3000人」が住んでいたのに「島の人口は400人あまりになった」。「沼島」が1つの国だとしたら「国土」は「縮小」したと感じるだろうか。

実際の広さは変わらないと仮定しよう。自分が「沼島」の住人だったら「相対的に国土が広くなった」と考える。住民1人当たりの「国土」が増えたからだ。

しかし斉藤論説委員は「国土縮小」の事例と捉えている。「住む人がいなくなる地域」は「国土」ではないとの認識があるようだ。

斉藤論説委員の考え方が間違いとは言わない。例えば砂漠化が進んだ結果として「住む人がいなくなる地域」が増えてくれば、自分も「国土縮小」と考えるだろう。しかし日本はそうではない。「居住可能なのに住む人がいなくなる地域」が増えるだけだ。

記事の最後で「近く着手する戦後8度目の国土計画は、いわば『国土縮小計画』にならざるをえない。新たな国造りに覚悟を決めるときである」と斉藤論説委員は訴える。そこに「『国土拡大計画』とも言えるかも…」という視点を加えてみたら、それほど「覚悟」を決めなくても良いと思えるのではないか。

沼島」で言えば、人が増え続けているのに「開墾」する土地もないという状況は憂慮すべきだ。一方、人が減って「400人あまり」になった島には大きな問題が起きているのだろうか。「人口減少で使われなくなった土地が自然に返る」のは、そんなに困った話でもない気がする。


※今回取り上げた記事「中外時評~『国土縮小計画』への覚悟を
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20191009&ng=DGKKZO50751160Y9A001C1TCR000


※記事の評価はC(平均的)。斉藤徹弥論説委員への評価も暫定でCとする。

2019年10月8日火曜日

人材は「名門高校」頼み? 国立情報学研究所 新井紀子教授の気になる主張

週刊東洋経済10月12日号の特集「AIに負けない読解力を鍛える」の中の「Interview 国立情報学研究所 教授 新井紀子~読解力のない経営者や社員は会社を潰すリスクがある」という記事に引っかかる部分があった。そのやり取りは以下の通り。
大川小学校跡地(宮城県石巻市)※写真と本文は無関係

【東洋経済の記事】

──地方の名門高校の復権が必要ともおっしゃっていますね。

バランスのよい日本の成長を考えると、東京一極集中ではダメだと思う。国会議員を含めて地方からちゃんとした人が出たり、地方議会がきちんと成り立って意思決定をしたりしていかないと、地方創生にならない。

ではその人材はどこから生まれるのか。地方の名門高校だ。そこから東京大学や京都大学に入って、最先端のことを勉強してUターンしてほしい。そういう人が地方の魅力を売る。福岡で作った商品をタイやシンガポールのお金持ちに売る、といったビジネスをつくれる人間が各地方に出てくると、所得が増えていくと思う。

そのためには1〜2番手校の東大進学率を絶対に上げないといけないが、ずっと低落している。実際、地方のかつての1番手校におけるRSTの成績は低い。読む力がないのだろう。

◇   ◇   ◇

気になった点を列挙してみる。

(1)「人材」は「名門高校」頼み?

ではその人材はどこから生まれるのか。地方の名門高校だ」と言い切っているのが引っかかる。「名門高校」からも「地方創生」を担う「人材」は生まれるだろうが、「名門高校」に限定する必要があるのか。「地方議会」の議員であれば「名門高校」以外の出身者も多数いるはずだ。それに「福岡で作った商品をタイやシンガポールのお金持ちに売る、といったビジネスをつくれる人間」は「名門高校」出身者とは限らない気がする。


(2)東大、京大だけが「最先端」?

そこから東京大学や京都大学に入って、最先端のことを勉強してUターンしてほしい」といった発言から判断すると、「最先端のことを勉強」するためには「東京大学や京都大学」に行く必要があると「新井紀子」氏は考えているのだろう。

九州大学や北海道大学では「最先端のことを勉強」できなくて「東京大学や京都大学」ではできるのかとの疑問は湧くが、そういうものだとしよう。だったら九大や北大で「最先端のことを勉強」できるように改革する方が効果的ではないか。

最先端のことを勉強してUターンしてほしい」と「新井紀子」氏は言うが、九州や北海道の学生が「東京大学や京都大学」に出て「最先端のことを勉強」した場合、就職時に「Uターン」を選ぶ可能性はかなり低くなるだろう。

「『東京大学や京都大学』以外では『最先端のことを勉強』できないとは言っていない」と「新井紀子」氏は反論するかもしれない。この場合、ならばなぜ「東京大学や京都大学」にこだわるのかとの疑問が残る。


(3)「1〜2番手校」限定で「東大」限定?

1〜2番手校の東大進学率を絶対に上げないといけない」と断言しているのも引っかかる。「名門高校」から「1〜2番手校」に絞り込まれてしまった。

1〜2番手校」は「(県内)1〜2番手校」だとの前提で考えてみたい。例えば、「福岡」県では久留米大附設と修猷館が「1〜2番手校」だろう。筑紫丘、福岡、小倉、東筑などの「名門高校」もあるが、この辺りは「新井紀子」氏の眼中にないのか。福岡、筑紫丘などの学生のレベルが「1〜2番手校」に大きく劣るとは思えない。なぜ「1〜2番手校」限定なのか理解に苦しむ。

そこから東京大学や京都大学に入って、最先端のことを勉強してUターンしてほしい」と訴えていたのに、「1〜2番手校の東大進学率を絶対に上げないといけない」と「東大」に絞り込むのも解せない。「最先端のことを勉強」できる環境は「京都大学」にもあるはずなので「東大・京大進学率を絶対に上げないといけない」となるのが自然だ。

今回のインタビュー記事での「新井紀子」氏の発言には、偏見に近い思い込みを感じた。


※今回取り上げた記事「Interview 国立情報学研究所 教授 新井紀子~読解力のない経営者や社員は会社を潰すリスクがある
https://premium.toyokeizai.net/articles/-/21791


※記事への評価は見送る。

2019年10月7日月曜日

どうなったら「勧告に向き合う総務省」と言える? 日経社説への疑問

7日の日本経済新聞朝刊総合・政治面に「勧告に向き合わない総務省」という社説が載っている。見出しから判断すると「総務省」に「勧告」と向き合うよう求める内容だと思ってしまう。しかし社説を読んでみると、具体的にどうすれば「勧告」と向き合うことになるのかよく分からない。
金華山黄金山神社(宮城県石巻市)※写真と本文は無関係

社説の全文を見た上で、この問題を考えてみたい。

【日経の社説】

地方自治に則した対応を求める勧告に誠実に向き合ったとは言えない。ふるさと納税をめぐり、総務省は国地方係争処理委員会が不適切とした指摘を受け入れず、法廷闘争も辞さない判断を下した。

自治体の駆け込み寺とされる第三者機関をないがしろにするかのような姿勢である。自治の理念より、国の役所としてのメンツを優先したと言わざるをえない。

ふるさと納税制度から外された大阪府泉佐野市の訴えを受け、係争委は除外の根拠が不適切だとして再検討するよう勧告していた。総務省は再検討の結果、除外を維持するとの結論を出した

よその自治体への影響を顧みない泉佐野市の手法は是正が必要だとは係争委も認めていた。その意味で改めて除外としたのはやむを得ない面がある問題は係争委が不適切だとした除外の根拠に関する見解が食い違っていることだ

係争委は、過去に返礼品ルールに違反した事実を、将来にわたって除外の要件とするのは、裁量の範囲を超える恐れがあるとした。総務省は法律で裁量は幅広く認められており、妥当だとした。裁判になれば一つの争点になろう。

法改正前の返礼品ルールは自治体が従う義務のない技術的助言で、地方自治法は助言に従わないのを理由に国が自治体に不利益な扱いをするのを禁じている。係争委は、返礼品ルールに従わないから除外するというのは、この規定に触れかねないとしていた。

総務省は今回、法律の根拠があれば助言に従わない自治体の不利益になってもよいとの見解を示した。国と自治体を対等な関係とする基本原則にかかわる部分で、国に強い権限を認めた印象だ。

係争委を軽んじる姿勢も、不利益な扱いを容認する解釈も、地方分権が形骸化していることを総務省が自ら示したようなものだ。司法の場で決着するまでは変えられないということかもしれないが、これでは他の省庁が自治体への統制を強めても、自治体側に立つべき総務省は文句を言えまい。



◎「除外を維持」との両立が…

係争委は除外の根拠が不適切だとして再検討するよう勧告していた」。そして「総務省は再検討の結果、除外を維持するとの結論を出した」。「勧告」通りに「再検討」したのだから「向き合った」とも言えるが、社説では「勧告に誠実に向き合ったとは言えない」と言い切っている。これはこれでいい。

除外」を見直さないと「勧告に誠実に向き合ったとは言えない」との見方も成り立つ。しかし「よその自治体への影響を顧みない泉佐野市の手法は是正が必要だとは係争委も認めていた。その意味で改めて除外としたのはやむを得ない面がある」と社説では「除外」に理解を示している。

となると「除外を維持」したまま「勧告に誠実に向き合」う道があるのだろう。しかし、社説を最後まで読んでも、どう対応すれば「勧告に誠実に向き合った」と言えるようになるのか不明だ。

問題は係争委が不適切だとした除外の根拠に関する見解が食い違っていることだ」と書いているので、ここがポイントになりそうな気はする。しかし「係争委は、過去に返礼品ルールに違反した事実を、将来にわたって除外の要件とするのは、裁量の範囲を超える恐れがあるとした」のだから、「勧告」と「誠実に向き合」うために「係争委」の見解を採り入れると「除外を維持」する根拠が危うくなる。

今回の社説で主張の大枠を維持したまま整合性の問題を解消するには「『除外』の決定を見直せ」と訴えるしかないような…。


※今回取り上げた社説「勧告に向き合わない総務省
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20191007&ng=DGKKZO50658020V01C19A0PE8000


※社説の評価はD(問題あり)

2019年10月6日日曜日

「未公開市場の膨張」はそんなに問題? 日経1面「チャートは語る」

6日の日本経済新聞朝刊1面トップの「チャートは語る~『上場で成長』今は昔 未公開株にマネー 揺らぐ市場機能」という記事は悪い出来ではない。ただ「揺らぐ市場機能」に関する説明は説得力に欠けた。その部分を見ていく。
渡月橋(宮城県松島町)※写真と本文は無関係

【日経の記事】

特定のプロしかいない未公開市場の膨張は、資源配分をゆがめかねない。一人ひとりの目利き力は優れても「株主が少なく過剰評価になりやすい」(Hijojoパートナーズ)。カネ余りのなかで資金の出し手よりも創業者の立場が強まり、経営は野放図になりがちだ。企業が生む富も特定の人間に集中しかねず、「個人が良い投資機会を得られない」(米証券取引委員会=SECのクレイトン委員長)と問題視する声がある。

音楽配信スポティファイ・テクノロジーのように上場時に新株を発行せず、株主に売却機会を与えるために上場する例も出てきた。公開市場が一部投資家の利益確定の場に成り下がれば、資本主義は揺らぎかねない


◎「過剰評価」になり得る?

まず「一人ひとりの目利き力は優れても『株主が少なく過剰評価になりやすい』(Hijojoパートナーズ)」という説明が謎だ。完璧な「目利き力」を持つ少数の投資家が上場前のA社の株主になるとしよう。この場合「過剰評価になりやすい」だろうか。

十分な「目利き力」を持つ投資家は適正価格を正確に把握できるので「過剰評価」は起きようがない。「株主が少なく過剰評価になりやすい」のならば「一人ひとりの目利き」は大したことがないと見るべきだ。

カネ余りのなかで資金の出し手よりも創業者の立場が強まり、経営は野放図になりがちだ」との解説にも同意できない。ここでは上場する場合と比べて「経営は野放図になりがち」かどうかを考えてみたい。

未公開市場」での資金調達で「創業者」の出資比率は20%に下がり、残りを4社の大株主が20%分ずつ保有するとしよう。上場した場合、大株主4社の出資比率はそろって1%に減り、残りは個人投資家などが幅広く持つとしよう。「創業者」の出資比率はやはり20%だ。

この場合、「未公開市場」での資金調達を選んだ方が株主からの圧力は強くなる可能性が高い。3社が合意すれば「創業者」を解任できる。同じことを上場後にやろうとすれば、多くの株主の同意が必要になる。

創業者の立場」が強いままで「経営」が「野放図」になる状況もあり得るが、「未公開市場」での資金調達だと「経営は野放図になりがち」だと言い切れるのかは疑問だ。

音楽配信スポティファイ・テクノロジーのように上場時に新株を発行せず、株主に売却機会を与えるために上場する例も出てきた。公開市場が一部投資家の利益確定の場に成り下がれば、資本主義は揺らぎかねない」との結論部分も納得できない。

公開市場」で資金調達するのが本来の姿だと筆者の山下晃記者は考えているのだろう。だが、増資は「未公開市場」で済ませて「公開市場」では発行済みの株式を売買するだけになったとしても、それで企業の増資のニーズに対応できるのならば問題はないはずだ。

資本主義は揺らぎかねない」とまで心配しているが、そもそも「公開市場が一部投資家の利益確定の場に成り下が」るとの懸念が理解できない。「一部投資家の利益確定の場」になるのは悪いことではない。

上場時に「まだまだ割安だ」と思う投資家は買いを入れてくるし、そうでなければ株価が下がり「一部投資家の利益確定」も難しくなる。それだけの話だ。

過剰評価」が誰の目にも明らかになれば「公開市場」での上場自体が難しくなる。そうした事態は既に起きている。今回の記事でも「シェアオフィス『ウィーワーク』を運営する米ウィーカンパニーは9月末、上場申請を撤回した。年初に470億ドル(約5兆円)と評価された企業価値は、初期の資金調達時の485倍だった。これ以上の伸びは見込めないと、ウィー株の需要は乏しかった」と書いていたではないか。

資本主義」がきちんと機能しているから「ウィーカンパニー」は「上場申請を撤回した」のではないか。「資本主義は揺らぎかねない」と心配すべき状況にあるとは思えないが…。


※今回取り上げた記事「チャートは語る~『上場で成長』今は昔 未公開株にマネー 揺らぐ市場機能
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20191006&ng=DGKKZO50575800T01C19A0MM8000


※記事の評価はC(平均的)。山下晃記者への評価はD(問題あり)からCへ引き上げる。山下記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

説明が不可解 日経「米ファンド、サムスンに会社分割提案」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2016/10/blog-post_7.html

ご都合主義的な説明目立つ日経1面「ヘッジファンドの黄昏」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/02/blog-post.html