2019年8月30日金曜日

持ち合い解消求める日経も「トヨタとスズキ」の相互出資には好意的?

日本経済新聞は株式の持ち合いをどう評価しているのだろうか。30日の朝刊総合1面に載った「企業は政策保有株の説明責任を果たせ」という社説では「日本の上場企業が取引先の株式を持つ政策保有株の慣行に対し、投資家から疑問の声が強まっている。収益上のメリットが見えづらく、相手と互いに持ち合えば経営者の自己保身につながるからだ」と述べた上で以下のように訴えている。
瑞鳳殿(仙台市)※写真と本文は無関係です

足元では凸版印刷など13社が政策保有するリクルートホールディングス株の売却を決める一方、住友不動産のように株の持ち合いを増やす企業もある。機関投資家は政策保有株の削減姿勢で投資先を選別する傾向を強めている。企業は株式市場の声を真剣に受け止め、削減を加速させてほしい

社説を読む限り「持ち合いは好ましくない。解消すべきだ」というのが社論だと思える。それはそれでいい。引っかかるのは他の記事の扱いだ。

この社説が載った前の日(29日)の朝刊1面トップは「トヨタとスズキ、資本提携 自動車『大変革』に備え~相互出資、トヨタ5%」という記事だった。

トヨタが960億円を出資しスズキ株の約5%を持つ。スズキもトヨタに0.2%程度を出資する」という株式の持ち合いを「現在の業務提携から関係をさらに深める」「長期的な関係構築が必要との考えから相互出資に踏み込んだ」などと前向きに報じている。

1面の記事では「持ち合い」という言葉も使っていない。「相手と互いに持ち合えば経営者の自己保身につながる」から「削減を加速させてほしい」と社説で訴えているのに「相互出資」の動きを朝刊1面トップで肯定的に報じるのはどうなのか。

29日の企業2面の解説記事では「相互に緩やかな株式の持ち合いになる」「今回の資本提携は当初から相互の株式持ち合いでパートナーとしての関係を築く考えがあった」などと「持ち合い」という言葉を用いている。新たな「持ち合い」との認識は、この件を報じた記者の中にもあったことになる。

となると、1面に関しては「トヨタとスズキ」を持ち上げるためにマイナスイメージの強い「持ち合い」という表現をあえて避けたのではないかと勘繰りたくなる。

持ち合い」が好ましくないとの前提に立てば、「現在の業務提携」が既にあるのだから「相互出資」は余計な動きと評価するのが自然だ。

社説では「企業は保有する合理性を数字で説明するとともに、説明のつかない株は削減を急ぐべきだ」とも訴えている。裏返せば「説明のつく株は削減を急ぐ必要がない」とも言える。「トヨタとスズキ」は例外的な動きと捉えればいいのだろうか。

その可能性はゼロではないが低そうだ。社説では「主要企業の開示内容を調査したゴールドマン・サックス証券は『ほぼ全ての企業が定量的な保有効果を記載していない』と指摘した」とも書いている。トヨタはマツダなどとも株式を持ち合っている。トヨタが「ほぼ全ての企業」の中に入っているとすれば「定量的な保有効果を記載していない」はずだ。それで「合理性を数字で説明」できているとは考えにくい。

相手と互いに持ち合えば経営者の自己保身につながる」から「削減を加速させてほしい」と日経が訴えるのならば、「トヨタとスズキ、資本提携」という記事は企業面で十分だ。そこで持ち合いの問題点をしっかり指摘して、「相互出資」の早期解消を訴えてほしかった。


※今回取り上げた記事

企業は政策保有株の説明責任を果たせ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190830&ng=DGKKZO49167000Z20C19A8EA1000

トヨタとスズキ、資本提携 自動車『大変革』に備え~相互出資、トヨタ5%
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190829&ng=DGKKZO49132450Z20C19A8MM8000


※記事の評価は見送る。

2019年8月29日木曜日

早くも「東京大氾濫」を持ち出す日経「春秋」の東京目線

人は自分を起点に物事を見てしまう。これは本能的で当然ではある。だが全国紙に記事を書くのならば「全国の読者」を考える視点が欠かせない。しかし東京の本社で記事を書いていると、どうしても「東京目線」が前面に出てしまう。

8月28日の雨で道路などが冠水した福岡県久留米市内
例えば日本経済新聞の中村直文編集委員は6月13日付の記事で「ついに梅雨に突入」と地域を特定せずに書いてしまった。この時点で西日本の多くの地域では梅雨入りしていない。これが「東京目線」の悪い例だ。

8月29日の朝刊1面に載ったコラム「春秋」は中村編集委員の記事ほど単純ではないが、やはり「東京目線」に問題を感じた。

記事の全文を見た上でこの問題を考えたい。

【日経の記事】

1982年7月の長崎大水害では死者・行方不明者約300人を数えた。119番通報の生々しい交信記録が残る。夕刻から夜、豪雨による被害の不意打ちをくらった住民が救助を求め相次ぎ受話器を握った。しかし、消防隊員らはすでに現場に出払ってしまっている。

▼「手が回らんです」と謝る隊員らに「見殺しということか?」と怒り出す住民。殺到する要請に「おたくはいま、生きるか死ぬかしてますか?」と逆に問うケースもあった。被災者も消防もパニックに陥っていたことがわかる。80万人以上に避難指示が出た今回の九州北部の記録的大雨。冷静な行動や対処はできたろうか。

▼未明から土砂降りが続き、明け方に道路の冠水や川の増水に気付いた地域も多いようだ。積乱雲が次々通過したり停滞したりしたのが原因とされるが、大気や風の条件がそろえば所は選ばない。東日本大震災で「釜石の奇跡」を生む防災教育に携わった片田敏孝さんが本紙に「東京大氾濫」に備えよ、との寄稿をしている。

隅田川や荒川などに面する都内の5区は1カ所でも堤防が決壊すれば最大で10メートル浸水、250万人が被害を受けるという。行政だけで対応できる数ではなく、指示を待たず自ら逃げよ、と呼びかける。救助活動の限界を知り、早めの避難を心がける。37年前の大水害の尊い犠牲に報いるためにも物心両面で備えを進めよう


東京大氾濫」への備えを語る段階?

80万人以上に避難指示が出た今回の九州北部の記録的大雨」は被害が起きたばかりで、29日の天候次第ではさらに状況が悪化しかねない。なのに記事では早くも「東京大氾濫」に話を持っていき「物心両面で備えを進めよう」と呼びかけている。

日経が配達地域を関東に絞ったブロック紙ならば、この内容でいい。だが、日経は紛れもなく全国紙だ。被害を受けた「九州北部」にも新聞は届く。それで「東京大氾濫」の心配をされてもとは思う。

筆者から「九州北部」が遠いのは分かる。「東京大氾濫」に思いを馳せて初めて「物心両面で備えを進めよう」という気持ちになれるのだろう。個人としてはそれでいい。しかし「春秋」の筆者としては配慮が十分だとは言い難い。

ついでに言うと「1982年7月の長崎大水害」を持ち出すのもどうかと感じた。昨年の西日本豪雨や2年前の九州北部豪雨でも大きな被害が出ている。それらを飛ばして「37年前の大水害の尊い犠牲に報いるためにも~」と書くのはどうも引っかかる。


※今回取り上げた記事「春秋:1982年7月の長崎大水害では~」
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190829&ng=DGKKZO49133120Z20C19A8MM8000


※記事の評価はC(平均的)。

2019年8月28日水曜日

「個人がHFTと同じ土俵」が怪しい日経「隣のインベスター(2)」

今回も日本経済新聞の朝刊投資情報面で連載している「隣のインベスター第2部 アクティブ投資家の実像」を取り上げる。28日の「(2)デイトレ、数字見ず稼ぐ~アルゴリズム取引、個人にも 自ら作って成績上げる」という記事では「個人」が「HFT(高頻度取引業者)」と「土俵を同じに」できているのかが気になった。「小林克彦さん(46)」については「できている」と取材班は判断しているようだ。しかし、記事を読むとどうも怪しい。
松島の渡月橋(宮城県松島町)※写真と本文は無関係

【日経の記事】

個人がアルゴリズムを使い始めた背景には、日本の株式市場におけるHFT(高頻度取引業者)の猛威がある。HFTが駆使するアルゴリズム取引は5年ほど前まではミリ(1000分の1)秒単位だったが今はナノ(10億分の1)秒単位で、売り買いを繰り返す

新潟に住む桜木道夫さん(35、仮名)はデイトレを始めて3年。株価チャート分析が得意だったが、ある事象に気付きがくぜんとした。チャートに上昇・下落を示すサインがともった瞬間に機械的な売買注文が膨らんでいた。人の動体視力とボタンを押すスピードでは勝てない世界が広がる。

勝つには土俵を同じにする必要がある。小林克彦さん(46)は相場予測をしない。寄り付き前の注文を読みこむプログラミングで、一日に300前後の銘柄を売り、買いとも仕込む。例えば、東証1部の中で25日移動平均から下に離れているものを買い、上に離れているものを売る。午後3時の取引終了間際にすべての持ち高を解消する。

15年での稼ぎはざっと2億円。対面営業を原則しないインターネット証券が日々の取引手数料欲しさに営業をかけるほどだ。カブドットコム証券の斎藤正勝社長は「自前でヘッジファンドを開設できるような『プロ並み』のプログラマーが増えている」と指摘する。


◎「小林克彦さん」の取引速度は?

個人がアルゴリズムを使い始めた背景には、日本の株式市場におけるHFT(高頻度取引業者)の猛威がある。HFTが駆使するアルゴリズム取引は5年ほど前まではミリ(1000分の1)秒単位だったが今はナノ(10億分の1)秒単位で、売り買いを繰り返す」というのが、まず前提にある。

そして「勝つには土俵を同じにする必要がある」と切り出している。具体例として出てくるのが「小林克彦さん」だ。「小林克彦さん」が「ナノ(10億分の1)秒単位で、売り買いを繰り返す」仕組みを個人で構築しているのならば「土俵を同じに」していると言える。しかし「小林克彦さん」の「プログラミング」でどの程度の取引速度を実現できたのかは触れていない。これで「勝つには土俵を同じにする必要がある」と言われても納得できない。

しかもこの「プログラミング」がよく分からない。「寄り付き前の注文を読みこむプログラミング」なのに「例えば、東証1部の中で25日移動平均から下に離れているものを買い、上に離れているものを売る」という。

25日移動平均」からの乖離ならば「寄り付き前の注文」を読み込まなくても分かる。両者を組み合わせた取引手法かもしれないが、説明がないので何とも言えない。しかも、これでどうやって「ナノ(10億分の1)秒単位で、売り買いを繰り返す」という「HFT」に対抗できるのか謎だ。普通に考えると、まともに正面から「HFT」に立ち向かっている感じはない。

15年での稼ぎはざっと2億円」という説明も引っかかる。「小林克彦さん」は15年前から今の手法で利益を上げてきたということか。だとすると「コンピュータープログラムが自動で株式売買注文のタイミングや数量を決め注文を繰り返すアルゴリズム取引が機関投資家に普及したのは2000年代。遅れること10年、個人投資家でも浸透しつつある」という筋立てとあまり整合しない。

今回の記事は「想定したストーリー通りの事例が集まらず苦労して作ったのかな」と思わせる内容だった。


※今回取り上げた記事「隣のインベスター第2部 アクティブ投資家の実像(2)デイトレ、数字見ず稼ぐ~アルゴリズム取引、個人にも 自ら作って成績上げる
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190828&ng=DGKKZO49062630X20C19A8DTA000


※記事の評価はC(平均的)。

2019年8月27日火曜日

「人生100年時代を迎えた」に無理がある日経「隣のインベスター」

世界に先駆けて超高齢化社会に突入した日本は『人生100年時代』を迎えた」と言われたら「確かにそうだな」と思えるだろうか。定義次第ではあるが、常識的に考えれば「人生90年時代」にも届いていない。しかし、多くの経済記事では「人生100年時代」が到来してしまう。27日の日本経済新聞 朝刊投資情報面に載った「隣のインベスター第2部 アクティブ投資家の実像(1)足りないお金、運用で備え~人生100年時代の老後設計 リスクに向き合う高齢者」という記事もそうだ。
松島観光遊覧船の乗船券発売所(宮城県松島町)
        ※写真と本文は無関係です

人生100年時代」に関して記事では以下のように書いている。

【日経の記事】

世界に先駆けて超高齢化社会に突入した日本は「人生100年時代」を迎えた。東京五輪が前回開かれた半世紀前の人生70年時代と異なり、60歳からの人生はとても長い。預金に金利がつかない時代にもなり、足りないお金は運用で稼ごうと高齢者がリスクと向き合い始めた。隣の投資家(インベスター)第2部では積極的に投資に挑む個人投資家の姿を追う。

中略)教科書通りにいえば、若年層よりもリスクを減らすべきである高齢者マネーを投資へと駆り立てているのが、「人生100年時代」の到来だ。18年の日本人の平均寿命は男性約81歳、女性約87歳と過去最高を更新した。これはあくまで平均でもっと長生きする人も多い。三菱UFJ信託銀行の調査によると、退職後からまったく資産運用せずに90歳まで長生きした場合、介護が必要になると6割を超える世帯でお金が枯渇するという。


◎基準を変えて「人生100年時代」と言われても…

東京五輪が前回開かれた半世紀前の人生70年時代」から「人生100年時代」に移行したと筆者はみているのだろう。「東京五輪が前回開かれた半世紀前」の平均寿命はほぼ70歳なので「人生70年時代」に異論はない。

しかし「18年の日本人の平均寿命は男性約81歳、女性約87歳」に過ぎない。なのに「日本は『人生100年時代』を迎えた」のか。「これはあくまで平均でもっと長生きする人も多い」のは確かだ。しかし、それを言うならば「半世紀前」もそうだ。そんな適当な基準でいいのならば「半世紀前」を「人生90年時代」と捉えてもいい。

まともに論じるならば、最低でも基準は揃えるべきだ。「半世紀前」に関して平均寿命の水準に合わせて「人生70年時代」としたのならば、現状は「人生80年時代」か、長めに見ても「人生85年時代」だろう。

人生100年時代」という言葉を使いたくなる気持ちも分かるが、記事の説得力がなくなるリスクは十分に意識してほしい。

ついでに言うと「人生100年時代」を強調しているのに「三菱UFJ信託銀行の調査」が「90歳まで長生きした場合」に関するものなのも引っかかる。「三菱UFJ信託銀行」も「人生100年時代」が到来したとは判断していないのだろう。

キーナンバー『1643兆円』 2035年、60歳以上が持つお金」という関連記事にも注文を付けておきたい。

【日経の記事】

ここで問題になるのが、保有者の認知機能だ。認知症患者は30年に人口の7%に当たる830万人まで増えるとの推計がある。35年には最大で65歳以上の3人に1人が対象となり、有価証券の15%を認知症患者が持つ可能性がある。この巨額資産の何割かが塩漬けになるだけでも、日本経済には重荷となりそうだ



◎「重荷になりそう」?

有価証券の15%を認知症患者が持つ可能性がある。この巨額資産の何割かが塩漬けになるだけでも、日本経済には重荷となりそうだ」との解説が解せない。

仮に「認知症患者」が個人向け国債を保有しているとしよう。そして「塩漬け」状態になる。しかし満期まで保有するのは一般的だし、悪いことでもない。保有によって国の資金繰りを支えているとも言える。「日本経済には重荷」となりそうな感じはない。

では「認知症患者」が株式を保有している場合はどうか。例えばトヨタ株を保有しているとして、「塩漬け」状態になるとトヨタの経営に悪影響が出るのか。長期保有の株主の存在はトヨタにとって、そんなに「重荷」なのか。

長期で持たずに次々と売買しないと「日本経済には重荷」なのか。証券会社にとっては長期保有の投資家が増えるのは困るかもしれないが、そこを除けば「日本経済には重荷となりそうだ」と心配する必要はないだろう。


※今回取り上げた記事

隣のインベスター第2部 アクティブ投資家の実像(1)足りないお金、運用で備え~人生100年時代の老後設計 リスクに向き合う高齢者
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190827&ng=DGKKZO48843410S9A820C1DTA000

キーナンバー『1643兆円』 2035年、60歳以上が持つお金
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190827&ng=DGKKZO48895150S9A820C1DTA000


※記事の評価はいずれもD(問題あり)。

2019年8月26日月曜日

「大阪梅田」への変更でJRと「駅名」統一? 日経1面「春秋」に疑問

26日の日本経済新聞朝刊1面に載ったコラム「春秋」で1つ気になった。「JR大阪駅と阪急、阪神の梅田駅は一体的に巨大ターミナルを形づくりながら駅名をたがえてきた。それがとうとう変わる」と筆者は言い切るが、本当なのか。

タマホーム スタジアム筑後(福岡県筑後市)
         ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

不思議な乗換駅が東京都足立区にある。京成本線の「関屋」と東武スカイツリーラインの「牛田」――。狭い道をはさんで小さな駅舎が向き合い、みんな行き来しているが別々の駅名だ。昭和の初めに相次ぎ開業して以来のことだというから、にらめっこの歴史は長い。

▼かつて京成と東武が競って路線を延ばすなかで、この光景が生まれた。戸惑う利用者も少なくないはずだが、鉄道会社のライバル意識というのはなかなか根が深いのである。さて関西に目をやれば、JR大阪駅と阪急、阪神の梅田駅は一体的に巨大ターミナルを形づくりながら駅名をたがえてきた。それがとうとう変わる

▼10月1日をもって、阪急と阪神が「梅田」を「大阪梅田」に改めるそうだ。つまり「大阪」を冠するだけだが、私鉄王国の関西では阪急や阪神のほうがもともと存在感が強い。なのにあえて「JR寄り」に名を変えるわけだから相当な転換だろう。外国人の訪日客が増え、わかりやすさが何より重要になったからだという

▼駅名も世につれ時代につれ。そういえばJR横須賀線に近年誕生した武蔵小杉駅は、南武線などの同名の駅とはかなり離れているのにこの名である。いま「ムサコ」は人気の街。そのブランド力ゆえの駅名か。ちなみに「関屋」「牛田」が統一する予定は当面ないらしい。頑固なたたずまいを見物に来る鉄道マニアもいる


◎「大阪」と「大阪梅田」は同じ?

阪急と阪神が『梅田』を『大阪梅田』に改める」と「JR大阪駅」と同じ駅名になるのか。明らかに違う。

わかりやすさが何より重要になったからだという」という説明も引っかかる。これだと「JR大阪駅」と「一体的」だと理解してもらうために「『大阪梅田』に改める」のだと感じてしまう。

しかし7月30日付の日経の記事では「阪急電鉄と阪神電気鉄道は10月1日、通勤・通学客や観光客が多く利用する梅田駅(大阪市)の名称をそれぞれ『大阪梅田』に変える。阪急は京都市中心部にある河原町駅も『京都河原町』に改称する。都市名を加えることで位置関係を分かりやすくする」と報じている。「大阪」の駅だと分かってもらうための変更で、「JR大阪駅」に寄せたとは考えにくい。

そもそも梅田の「巨大ターミナル」には地下鉄の駅もあり、こちらの駅名は「梅田」だ。「JR大阪駅」に名前を寄せれば「わかりやすさ」が増すという単純な問題ではない。

そもそも「ほぼ同じ場所にあるのに駅名が全く違う」という例は少なくない。「『関屋』『牛田』が統一する予定は当面ないらしい。頑固なたたずまいを見物に来る鉄道マニアもいる」という結びから判断すると、筆者は非常に珍しい事例だと認識しているのだろう。

大阪で言えば、JR・地下鉄の天王寺駅と近鉄の大阪阿部野橋駅がそうだ。東京では地下鉄の小川町駅・新御茶ノ水駅・淡路町駅はほぼ一体のはずだ。こちらは日経の本社から歩いて見に行けるので、今回の「春秋」を担当した筆者にはぜひ見学してほしい。


※今回取り上げた記事「春秋:不思議な乗換駅が~
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190826&ng=DGKKZO48986230W9A820C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。

2019年8月25日日曜日

どうなったら「世界分裂」? 日経 甲原潤之介記者に問う

25日の日本経済新聞 朝刊総合2面に載った「G7、世界分裂防げるか きょう開幕~保護主義・ポピュリズム台頭 結束確認へ正念場」という記事は悪い出来ではない。だが引っかかる部分もあった。筆者である甲原潤之介記者への期待も込めて、記事に注文を付けてみたい。
グラバー園の旧三菱第2ドックハウス(長崎市)
          ※写真と本文は無関係です

最も気になったのは、見出しにもなっている「世界分裂」についてだ。

【日経の記事】

主要7カ国首脳会議(G7サミット)が24日午後(日本時間25日未明)、フランスのビアリッツで開幕する。米欧は保護主義やポピュリズム(大衆迎合主義)が台頭し、閉塞感を強める。米中両国による報復関税合戦はグローバル経済の危機でもある。世界の分裂を阻止できるか。G7サミットはその試金石となる。



◎「世界の分裂」は実現してない?

記事を最後まで読んでも 「世界の分裂」の基準は不明だ。多くの独立国があって、日韓のような険悪な関係も珍しくない状況を考えると「世界の分裂」は現実になっているとも言える。

世界の分裂を阻止できるか。G7サミットはその試金石となる」と書いているのだから、甲原記者は「世界の分裂」がまだ起きていないとみているのだろう。それはそれでいい。だが、大きな見出しで「G7、世界分裂防げるか」と打ち出すのならば、何を以って「世界の分裂」とするのかの基準は示してほしい。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

G7サミット直前の23日、トランプ米大統領は2500億ドル(約26兆円)分の中国製品に課している制裁関税の引き上げを発表した。中国の報復関税への対抗措置で、トランプ氏はその余勢を駆ってG7に参加する。

2017年にトランプ氏が大統領になって以降、サミットの風景は一変した。自由貿易の旗振り役だった米国の大統領がその役割を放棄し、保護主義に傾いているためだ。

これまでG7サミットの核心だった保護主義への反対と自由貿易の推進を確認できないのは、G7サミットの存在理由を問われかねない事態ともいえる。

カナダ・シャルルボワで開いた昨年のG7サミットは貿易の立場で米国と他の6カ国は違った。首脳と事務方はサミット閉幕日の朝、狭い部屋に集まり首脳宣言の文言を協議した。

トランプ氏も一度は首脳宣言に同意したが、採択のわずか3時間後、議長国カナダの記者会見に反発し「承認しない」とツイッターで表明。議長国のメンツを潰した。

自国第一を掲げるトランプ氏の基準は明快だ。再選のかかる2020年11月の大統領選に得か損か。G7もその内向きの考え方で臨むため、協調できる分野は限定的になる。

今回もパリ協定など温暖化対策を巡るトランプ氏と欧州勢の対立は必至。米側が提唱する中東のホルムズ海峡を航行する民間船舶の安全を確保するための有志連合づくりも米欧が一致するかは微妙だ。

サミットは事務方が各国の意見を集約し、首脳宣言の文案をつくる。各国の意見が合わない分野は首脳会議の場で表現などを詰める。多くの分野は事務方が事前に作った台本通りに議論が進むが、トランプ氏の登場以降、それは難しくなった。今回は台本を作ることもできていない。

議長であるフランスのマクロン大統領は「G7のリニューアル(刷新)」を掲げ、首脳宣言を出さない考えを示していた。

ドイツなどから「宣言は出すべきだ」との要望が強まり、直前になっても首脳宣言を出すかどうかの方針が定まらない異例の展開だ。

安倍晋三首相はサミット開幕直前にG7最多参加のドイツのメルケル首相らと個別に会う。事前に議論の進め方を擦り合わせるためだ。

首相に同行している日本政府関係者は「今回のG7は何が出てくるか分からない『びっくり箱』だ」と話す。


◎「G7最多参加のドイツのメルケル首相」?

まず「G7最多参加のドイツのメルケル首相」という説明が引っかかる。歴代「最多参加」が「メルケル首相」ならばこの書き方でもいい。しかしドイツのコール元首相の在任期間は16年なので「参加」回数で「メルケル首相」を上回っているのではないか。
くにみ海浜公園(大分県国東市)※写真と本文は無関係

今回参加する首脳の中で「最多参加」との趣旨ならば、その点は明示すべきだ。

多くの分野は事務方が事前に作った台本通りに議論が進むが、トランプ氏の登場以降、それは難しくなった。今回は台本を作ることもできていない」といった記述から、甲原記者は「事務方が事前に作った台本通りに議論が進む」予定調和型の「首脳会議」が好ましいと考えているのだろう。

個人的には「何が出てくるか分からない『びっくり箱』」の「首脳会議」であってほしい。「事務方が事前に作った台本通りに議論が進む」のならば、多くの時間と費用をかける意味はあまりない。「何が出てくるか分からない」ガチンコの議論をしてこそ各国の首脳が顔を合わせる価値があると思える。

さらに記事を見ていく。

【日経の記事】

G7を含む各首脳会議は外相や財務相を集めた閣僚会合の枠組みもある。6月末の20カ国・地域首脳会議(G20大阪サミット)の前哨戦となった同月上旬の茨城県つくば市でのG20貿易相会合。共同声明で「反保護主義」の文言明記を見送った。

G7は今年、外相会合を4月に開き、サイバー攻撃対処での協力を宣言した。7月の財務相・中央銀行総裁会議はデジタル通貨「リブラ」の規制などを話し合い、議長総括を出した。今回、こうした積み上げが首脳会議の議論に反映されるかも分からない。

英国は欧州連合(EU)離脱強硬派のジョンソン首相が初めて出席する。昨年「G6+1」といわれたG7はさらに混迷の度合いが深まっている。

1975年、第1回のサミット(当時はカナダを除く6カ国)を発案したのはフランスのジスカールデスタン大統領だった。西ドイツのシュミット首相との「仏独コンビ」が第1次石油危機や変動相場制など西側諸国の経済問題で議論を先導した。



◎「変動相場制」で伝わる?

変動相場制」は「変動為替相場制」のことだろう。「変動相場制」だけで読者に伝わると甲原記者は判断したのか。だとしたら不親切が過ぎる。

最後に結論部分を見ていく。

【日経の記事】

その後の40年以上、首脳宣言は欠かさず出した。世界経済の安定や自由貿易の推進、北朝鮮の非核化など幅広いテーマで共通のメッセージを発信してきた。

米中貿易戦争の影響で世界経済の下振れリスクは高まる。G7の足並みの乱れは世界の不安を助長する。

自由貿易と民主主義をけん引してきたG7は戦後の世界の秩序づくりを主導した。サミットはG7の共通の価値を確認し、結束を示す場だった。

もし混乱がことさら注目されるのであれば、G7サミットの事実上の終焉(しゅうえん)と言わざるを得なくなる


◎「混乱がことさら注目」されたら「事実上の終焉」?

もし混乱がことさら注目されるのであれば、G7サミットの事実上の終焉(しゅうえん)と言わざるを得なくなる」という結論には同意できない。むしろ逆ではないか。「事務方が事前に作った台本通りに議論が進む」予定調和型の「G7サミット」が世界の注目を集めるだろうか。

何が出てくるか分からない『びっくり箱』」の「G7サミット」で「混乱」が起きて人々の関心を集めた方が、存在意義は高まりそうな気がする。少なくとも個人的には、予定調和型の「G7サミット」に興味はない。


※今回取り上げた記事「G7、世界分裂防げるか きょう開幕~保護主義・ポピュリズム台頭 結束確認へ正念場
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190825&ng=DGKKZO48973560U9A820C1EA2000


※記事の評価はC(平均的)。甲原潤之介記者への評価はCで確定とする。甲原記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 甲原潤之介記者は「非核化の歴史3勝3敗」と言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/33.html

2019年8月24日土曜日

「セブン日曜休業問題」で日経はオーナーのコメントをなぜ載せない?

セブンイレブンの「東大阪市の加盟店オーナーが日曜日を定休日にする方針を示した問題」に関する日本経済新聞の報道で気になる点が1つある。「東大阪市の加盟店オーナー」のコメントが全く出てこないことだ。
瑞鳳殿(仙台市)※写真と本文は無関係です

初報となる「大阪のセブン加盟店オーナー、日曜休業を通告」という22日付の記事では「コンビニエンスストア『セブン―イレブン』で2月から短縮営業している大阪府東大阪市のオーナーが、フランチャイズチェーン(FC)本部に対して9月から日曜日を休業すると通告したことがわかった。人手不足が理由としている」と書いているだけで、オーナー側のコメントはない。一方、本部側の「対応を検討する」というコメントはある。

さらに24日の朝刊企業面に「セブン、『日曜休業なら契約解除』 大阪で時短の加盟店に」という記事が載っている。これは全文を見てみよう。

【日経の記事】 

セブン―イレブン・ジャパンは23日、時短営業を実施している大阪府東大阪市の加盟店オーナーが日曜日を定休日にする方針を示した問題で、休業に踏み切った時点で加盟店契約を解除すると文書で伝えた。加盟店で定休日の実施は認められておらず、同社は「明確な契約違反に当たる」と説明している。

文書は永松文彦社長名で出した。セブンの加盟店契約では年中無休の営業が原則だが、オーナーは9月から日曜日に休業すると通告していた。同オーナーは2月から本部と合意の無いまま営業時間を短縮して店舗を運営し、コンビニの24時間営業問題が表面化した。

時短営業はセブン本部と加盟店で合意すれば認められており、セブン側は7月、オーナーに24時間営業をしない契約に切り替えるよう打診した経緯がある。今回の問題を巡ってはセブン側はオーナーに休業しないよう協議を続ける方針だ。



◎オーナーに取材してない?

記事の内容から言って「休業に踏み切った時点で加盟店契約を解除すると文書で伝えた」ことに対するオーナーの反応は欲しいところだ。しかし全く触れていない。

オーナーが取材に応じないのならば、その旨を明記すればいい。しかし、取材拒否とは考えにくい。他のメディアにはコメントが出ているからだ。時事通信の「大阪セブン店『日曜定休』=9月実施通告、本部と協議」という記事では以下のように書いている。

【時事通信の記事】

加盟店の松本実敏オーナーは取材に対し、日曜定休を決めたのは人手不足が理由と説明。協議は、東大阪市の店舗で行われ、セブン側は日曜定休を実施すれば契約解除の対象になるとし、営業継続のための人員派遣を提案した。

これに対し松本氏は「1~2日だけの派遣では意味がない」と主張。「オーナーの権限で営業時間の短縮や定休実施ができるようになれば、(オーナーや従業員の)命が救われる」と訴えた。

◇   ◇   ◇

これを読むと、かなりオーナー側の考え方が理解できる。東京新聞の「『日曜定休なら契約解除』 セブン、時短店に書面回答」という記事も見ておこう。

【東京新聞の記事】

このオーナーは人手不足から自主的に二十四時間営業を短縮したセブン-イレブン東大阪南上小阪店(大阪府東大阪市)の松本実敏(みとし)さん(57)。二十二日、日曜日を定休日にすると本部に通告した。本部は二十三日、永松文彦社長名の書面で「深夜時間帯以外の休業を行った時点をもって貴殿との加盟店契約を解除します」と回答した。契約を解除されれば松本さんはセブンオーナーとして営業できなくなる。

本部は年中無休が大前提で、定休日を設けるのは明確な契約違反だ」(広報担当者)としながらも、松本さんと協議を続ける意向を示した。松本さんは「セブン側からの歩み寄りがあれば九月からの定休日導入は考え直す」と話した。

◇   ◇   ◇

これもやはりオーナー側の考えをしっかり伝えている。なぜ日経だけがこうも素っ気ないのか。

今回、本部側は東大阪のオーナーに厳しく当たる方針を決めたのではないか。それを知った日経はオーナーを見限って本部寄りの報道をした方が、これからネタをもらう上で得策と考えた--。そんな判断が働いたのではと不安を感じる。

本部寄りの報道が絶対にダメだとは言わない。しかし問題を報じる上では、双方の主張をしっかりと伝えてほしい。そこを崩してまで本部寄りで行く場合、許容範囲の外に出てしまう。そうならないといいのだが…。


※今回取り上げた日経の記事「セブン、『日曜休業なら契約解除』 大阪で時短の加盟店に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190824&ng=DGKKZO48942280T20C19A8TJC000


※記事の評価はC(平均的)。

2019年8月23日金曜日

渋野選手は全英女子まで「無名」? 日経 中村直文編集委員に異議あり

ゴルフの全英女子オープンを制した渋野日向子選手」は「全英女子の前に国内で2勝を挙げ、日本人では賞金トップだった」にもかかわらず「『無名』だった」と日本経済新聞の中村直文編集委員は断言するが、同意できない。23日の朝刊企業1面に載った「ヒットのクスリ~渋野選手『無名だった』ワケ 認知から関心への壁」という記事の中身を見ながら、この問題を考えてみたい。
金華山黄金山神社の鹿(宮城県石巻市)
         ※写真と本文は無関係です


【日経の記事】

今夏の大ヒットと言えば、ゴルフの全英女子オープンを制した渋野日向子選手だろう。8月4日の深夜、バーディーパットを決めた瞬間を目撃した人は興奮のあまり眠れなかったに違いない。

渋野選手は関係者や専門家以外には突然現れた新星のように見えた。多少ゴルフをたしなみ、たまに中継を見る筆者にとっても同じだ。だが全英女子の前に国内で2勝を挙げ、日本人では賞金トップだった。すでに実績も上げていたにもかかわらず、「無名」だったゆえに全英の勝利は大きなサプライズになった。


◎「突然現れた新星のように」は見えなかったが…

自分も中村編集委員と同じく「多少ゴルフをたしなみ、たまに中継を見る」程度で「関係者や専門家以外」ではあるが、「突然現れた新星のように」は見えなかった。国内で初勝利を上げるまではゴルフファンの間でも「無名」に近かったとは思う。しかし今年だけで「国内で2勝」もしてしまえば「無名」でいるのは難しい。

「ゴルフファンの間では全英女子の前から注目の新星だった」ぐらいの説明が妥当だろう。自分以外のゴルフファンに調査した訳ではないので「渋野選手は関係者や専門家以外には突然現れた新星のように見えた」との説明を否定する根拠はない。だが、常識的には考えにくい説明を前提に記事を展開するならば、ゴルフファンの間でどれだけ知名度が低かったのかある程度のデータは欲しい。

例えば「日経社内のゴルフ好き50人に聞いたら、全英女子の前に渋野選手を知っていたのはわずか1人だった」などと書いてあれば「自分が例外なんだな」と思える。

なぜ『無名』だったのか」という説明にも疑問が残る。そのくだりを見ていこう。


【日経の記事】

なぜ「無名」だったのか。近年女子プロは盛り上がり、毎年のようにスターが誕生する。だから単純に覚えられないという情報過多の問題だ。

それとカテゴリー別での認知度の差も大きい。1998~99年生まれの女子プロは3年ほど前から、「黄金世代」と呼ばれている。代表的なのが勝みなみ選手や畑岡奈紗選手、新垣比菜選手、小祝さくら選手などだ。

渋野選手もこの世代に属するし、全英前もこのくくりに入れられていた。だがシャンプー、即席麺、飲料もそうだが、1つのカテゴリーで頭に浮かぶのはせいぜい3つ程度。渋野選手が黄金世代という感覚は多くのゴルフファンにはなかった。

18年にプロになった渋野選手の露出が少ないのは当然のこと。そこで16年から全英女子オープン前まで、新聞記事(日経と全国4紙)の登場回数を日経テレコンで検索してみた。畑岡選手が2574回で勝選手は1098回、新垣選手608回、小祝選手556回と続く。渋野選手は165回で、黄金世代として認知されるわけもない。


◎「頭に浮かぶのはせいぜい3つ程度」?

1つのカテゴリーで頭に浮かぶのはせいぜい3つ程度」という説明が解せない。「サッカー日本代表」という「カテゴリー」ではどうだろう。サッカーファンに聞くと名前が挙がるのは「せいぜい3人程度」となるだろうか。

あまり関心がない分野では「1つのカテゴリーで頭に浮かぶのはせいぜい3つ程度」というのならばまだ分かる。しかし中村編集委員は「渋野選手が黄金世代という感覚は多くのゴルフファンにはなかった」と断定している(根拠は見当たらないが…)ので、関心のある分野でも「頭に浮かぶのはせいぜい3つ程度」のはずだ。これはあり得ない気がする。

さらに続きを見ていこう。


【日経の記事】

もちろん全英以降は渋野選手の記事数は急増した。逆にほっといてあげてほしいぐらいだ。人は一度くらい見たことがあっても、脳内に深く刻みつけるのは難しい。ブランドが認知され、興味・関心の対象になるには露出頻度に加え、一定の時間が欠かせない



◎「一定の時間が欠かせない」?

渋野選手」は「認知され、興味・関心の対象になる」までに「一定の時間」を要したのか。中村編集委員の見立てでは「全英女子オープン」まで「無名」だったはずだ。そして「全英女子オープン」の勝利で一気に「認知され、興味・関心の対象」となった。どうも話が噛み合っていない。

さらに記事の続きを見ていく。

【日経の記事】

この構図は新製品がなかなか売れない消費の世界と似ている。市場が縮んでいるのに情報と商品投入量が多すぎてなかなか定着しない点だ。全英女子で勝つというような奇跡でも起きない限り、多くの新星は埋没してしまう。ここに着目したマーケティング支援会社のアライドアーキテクツは自社のツイッター販促サービスを「脳内シェア向上ツール」として位置づけている。



◎「全英女子で勝つ」のは「奇跡」?

ここでは「全英女子で勝つというような奇跡でも起きない限り」という説明が引っかかった。「全英女子」の直前に渋野選手の世界ランクは46位だった。優勝は番狂わせかもしれないが「奇跡」と呼ぶほど世界ランクが低かった訳ではない。
筑後船小屋駅(福岡県筑後市)
      ※写真と本文は無関係です

ここから最後まで見ていく。

【日経の記事】

電通ですら、今は大量のマス広告を打っても効果は薄いと見ている。まずはターゲットを絞り、ネット広告で反応をうかがう。「今は情報が多く、なかなか刺さらない。しかも認知度を高めるには時間がかかる。手数とそこからの拡散力が勝負」(電通デジタル)

ちなみに渋野選手とスポンサー契約を結んだカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)。増田宗昭社長は立ち振る舞いに関心を持ち、全英前から打診していた。同じ対象を見ても先入観にとらわれない目利き力こそが原石を見つけるのだろう。反省を込めて。



◎「原石」ではないような…

まず「スポンサー契約を結んだ」のは「カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)」ではなく、CCC傘下のTポイント・ジャパンのようだ。この辺りは正確に書いてほしい。

そして、中村編集委員が得意とする「無駄なヨイショ」が記事の最後に出てくる。日経の別の記事によると「Tポイントは全英オープンが始まる前の5月ごろからスポンサーの依頼をしていたという」。渋野選手がプロ初勝利を果たしたのが「5月」だ。仮に初勝利を受けて「スポンサーの依頼をしていた」のならば「先入観にとらわれない目利き力こそが原石を見つける」といった話ではなくなる。

プロテスト合格直後にスポンサーの依頼をしていたのならば「原石」を見つける力があると言われてまだ納得できるが…。


※今回取り上げた記事「ヒットのクスリ~渋野選手『無名だった』ワケ 認知から関心への壁
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190823&ng=DGKKZO48786570Q9A820C1TJ1000


※記事の評価はD(問題あり)。中村直文編集委員への評価もDを維持する。中村直文編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

無理を重ねすぎ? 日経 中村直文編集委員「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2015/11/blog-post_93.html

「七顧の礼」と言える? 日経 中村直文編集委員に感じる不安
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_30.html

スタートトゥデイの分析が雑な日経 中村直文編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/blog-post_26.html

「吉野家カフェ」の分析が甘い日経 中村直文編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_27.html

日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」が苦しすぎる
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_3.html

「真央ちゃん企業」の括りが強引な日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_33.html

キリンの「破壊」が見えない日経 中村直文編集委員「経営の視点」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/12/blog-post_31.html

分析力の低さ感じる日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/blog-post_18.html

「逃げ」が残念な日経 中村直文編集委員「コンビニ、脱24時間の幸運」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/24.html

「ヒットのクスリ」単純ミスへの対応を日経 中村直文編集委員に問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/blog-post_27.html

日経 中村直文編集委員は「絶対破れない靴下」があると信じた?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_18.html

「絶対破れない靴下」と誤解した日経 中村直文編集委員を使うなら…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_21.html

「KPI」は説明不要?日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」の問題点
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/kpi.html

日経 中村直文編集委員「50代のアイコン」の説明が違うような…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/50.html

「セブンの鈴木名誉顧問」への肩入れが残念な日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/blog-post_15.html

「江別の蔦屋書店」ヨイショが強引な日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_2.html

2019年8月22日木曜日

藤井一明 経済部長は金融業界のカモ? 日経「Deep Insight」に感じる不安

日本経済新聞の藤井一明経済部長が優れた書き手でないことは以前に述べた。22日の朝刊オピニオン面に載った「Deep Insight~金融砂漠を潤す実験」という記事を読むと、金融業界の回し者だとも確認できる。回し者というより、藤井部長自身が金融業界にとってカモなのかもしれない。
金華山黄金山神社(宮城県石巻市)
       ※写真と本文は無関係です

記事の後半部分で藤井部長は以下のように書いている。

【日経の記事】 

6月末に開かれた20カ国・地域首脳会議(G20大阪サミット)の宣言は高齢化と金融を結びつけるための「G20福岡ポリシー・プライオリティ」を承認事項として盛り込んだ。G20と経済協力開発機構(OECD)などが検討してきた行動計画で、長生きがリスクにならないよう金融面で備えるべき8項目の提言からなる。

米中対立の影で大きく報じられなかった8項目は日本の未来にとって貴重な指針を含む。以下、特に重要と考える4つを挙げる。カッコ書きは筆者が付け加えた。

▼高齢者を(詐欺や不適切な金融取引から)守ろう

▼データとエビデンス(裏付けとなる証拠)を活用しよう

▼デジタルと金融リテラシー(知識)を強化しよう

▼カスタマイズしよう(個々人の多様なニーズに合わせた商品やサービスを開発しよう)

麻生氏の地元である「福岡」の名前をつけたのは、大阪での首脳会議の前に福岡で開かれた財務相・中央銀行総裁会議に向けて検討してきたからだ。データやエビデンスになりうる「老後2千万円」の報告の核心は、参院選を控えて公表した間の悪さではなく、高齢化の課題先進国である日本からの重要な問題提起のはずだった。

金融界は動き出している。三井住友信託銀行は優先8項目に沿った具体的な対策を公表した。個人営業を担う部長らに「老年学」と呼ばれる検定試験の合格を義務付けるとともに全店に「認知症の人にやさしい金融ガイド」を配り、研修を重ねる。「繰り返しやつじつまの合わないことを言われても否定しない」「沈黙を恐れない」「紛失物を先に発見しない」など実践的な内容が並ぶ。

三井住友フィナンシャルグループは資産運用や相続のような従来の「金融ニーズ」と社会貢献や生きがいなど「非金融ニーズ」を組み合わせ、個人ごとのマネープランにとどまらないライフプランを描く姿を展望する。問われるのはカスタマイズの巧拙だ。

利用者の目線から、フィデリティ退職・投資教育研究所長の野尻哲史氏は退職時に政府が無料で投資の相談に応じている英国が参考になると提案する。若いうちからの投資教育も大切だが、「お金に最も真剣に向き合うのは退職時」と指摘する。

そのうえで日本では政府よりも企業が開く「退職セミナー」などに金融機関が協力するのが現実的だとみる。年金や借入金、不動産の運用なども含めてワンストップで解決策を示せる体制を築ければ確かに便利だろう

「老後2千万円」の報告を検討した金融庁の部会には様々な業態の金融機関だけでなく、消費者庁や厚生労働省、日銀などもオブザーバーに名を連ねた。有識者の委員からたびたび出た意見は「目線を合わせましょう」だった。

行政や業界の縦割りを崩す千載一遇の機会を逃したと思えてくるが、今からでも遅くはない。放置すれば砂漠のような環境に置かれる高齢者と将来の高齢者を金融の知識やサービスで潤すべきだ。そこにイノベーションや規制改革、業界再編の芽も潜む。マイナス金利や現代貨幣理論(MMT)よりも有益な実験になるはずだ。


◎なぜ日本では「金融機関が協力するのが現実的」?

最も引っかかるのは「退職セミナー」のくだりだ。

フィデリティ退職・投資教育研究所長の野尻哲史氏は退職時に政府が無料で投資の相談に応じている英国が参考になると提案する」「そのうえで日本では政府よりも企業が開く『退職セミナー』などに金融機関が協力するのが現実的だとみる」と記している。

退職時に政府が無料で投資の相談に応じている英国が参考になる」との見方に異論はない。だが、なぜか「日本では政府よりも企業が開く『退職セミナー』などに金融機関が協力するのが現実的」となってしまう。「金融機関が協力するのが現実的」と言える根拠も示していない。

フィデリティ退職・投資教育研究所長の野尻哲史氏」は金融業界の人間だから、「金融機関が協力するのが現実的」と訴えて、業界にメリットの大きい方向に持っていこうとするのは理解できる。

問題は藤井部長だ。投資に関するある程度の知識があれば「金融機関が協力する」形では危険だと気付けるはずだ。なのに「年金や借入金、不動産の運用なども含めてワンストップで解決策を示せる体制を築ければ確かに便利だろう」と業界寄りの姿勢を鮮明にしてしまう。

特定の金融機関に頼って「年金や借入金、不動産の運用なども含めてワンストップで解決策」を示してもらうのは非常に危険だ。この「解決策」は利用者にとってベストなものになりやすいだろうか。それとも「金融機関」にとってベストなものになりやすいだろうか。

よほどの愚か者でない限り、少し考えれば分かるはずだ。しかも「不動産」も含めた資産・負債の状況を特定の「金融機関」に全て明かしてしまうのだろう。「金融機関」にとって旨みが大きいのは分かるが、利用者はまさにカモがネギを背負っている状態だ。

筋の悪い話だと分かっていて藤井部長が金融業界寄りの記事を書いているのならば読者への背信行為だ。素直に「確かに便利だろう」と感心したのならば、藤井部長自身が立派なカモだ。いずれにしても藤井部長の主張に耳を傾ける意味はない。

さらに言えば、記事のテーマである「金融砂漠を潤す実験」が何を指すのかよく分からなかった。

放置すれば砂漠のような環境に置かれる高齢者と将来の高齢者を金融の知識やサービスで潤すべきだ。そこにイノベーションや規制改革、業界再編の芽も潜む。マイナス金利や現代貨幣理論(MMT)よりも有益な実験になるはずだ」と言うものの、具体的な「実験」の内容は示していない。

まさかとは思うが、「企業が開く『退職セミナー』などに金融機関が協力する」のが「実験」なのか。だとしたら「有益な実験」にならないのは保証できる。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~金融砂漠を潤す実験
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190822&ng=DGKKZO48816990R20C19A8TCT000


※記事の評価はD(問題あり)。藤井一明部長への評価はDで確定とする。藤井部長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

冒頭から拙さ目立つ日経 藤井一明経済部長の「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/deep-insight.html

2019年8月21日水曜日

「敗者」になってる? FACTA「勝ったのに敗者『ヤフー川邊』」

FACTA9月号に載った「勝ったのに敗者『ヤフー川邊』」には色々と問題を感じた。まず記事を最後まで読んでも「ヤフー川邊」がなぜ「勝ったのに敗者」なのか不明だ。さらに言えば「アスクル社長解任劇の“真犯人”は、孫や宮内に尻を叩かれている川邊ともう一人いる」と打ち出しているのに「もう一人」が誰を指すのかも判然としない。
瑞鳳殿(仙台市)※写真と本文は無関係です

記事を順に見ながら他の問題点を指摘しつつ、最後に「勝ったのに敗者」「もう一人」について考えてみたい。

【FACTAの記事】

オフィス用品通販大手のアスクルが8月2日に株主総会を開き、社長だった岩田彰一郎と独立社外取締役3人の再任が否決された。アスクル株を45%保有する筆頭株主のヤフーと2位株主で11%を保有するプラスが反対したため。同日開かれた取締役会で、岩田の後任には吉岡晃が内部昇格した。

この騒動は7月17日、ヤフーが突如として岩田の再任に反対すると発表したことで表面化した。同日、アスクルはヤフーに資本・業務提携の解消を申し入れ、翌18日に岩田が記者会見でヤフーを「乗っ取り」などと批判したことで一気に世間の耳目を集めることになったが、蜜月だった両社がこじれた深層がはっきりしないため、株主総会が終わったにもかかわらず、なお喧しい。


◎「真相」では?

深層がはっきりしない」という部分はこれでも成立するので変換ミスとは断定できない。ただ「真相がはっきりしない」の方が自然ではある。

続きを見ていく。

【FACTAの記事】

きっかけは今年1月11日、ヤフーがアスクルのロハコ事業譲渡の検討を要求し、アスクルが拒否したことにある。それははっきりしているのだが、岩田が「(ヤフーの親会社である)宮内謙ソフトバンク社長の意思を感じた」と語るかと思えば、「ソフトバンクグループ(SBG)の孫正義会長兼社長が背後にいると感じた」などと言ったため、“真犯人”探しが続いている。



◎「“真犯人”」と言うなら…

“真犯人”探しが続いている」と言うのだから、筆者は「アスクル社長解任劇」を「“犯罪”」と見ているのだろう。同意はできないが、筆者がそう判断したのならばそれはそれでいい。ただ、記事では「“犯罪”」と見なす根拠を提示できていない。一般的に「解任=悪いこと」ではないのだから「“真犯人”」と呼ぶのならば、なぜ「アスクル社長解任=悪いこと」なのかの説明は欲しい。

さらに記事を見ていく。

【FACTAの記事】

このうち孫は8月2日、「ヤフー執行部の判断は尊重するが、一連のヤフーの手段には反対する」といった趣旨のコメントを出した。

孫は投資するにあたり、保有株比率にさしてこだわらない。「志が一緒であれば、いわゆる資本の論理を振りかざす必要はない」というのが持論だからだ。

しかしヤフーは強権を発動した。わざわざ「俺の軸はぶれていない」と表明したのは、「孫は変節した」という見立てを否定するためだけではない。1月11日に開かれた岩田とヤフー社長の川邊健太郎の会談録が表沙汰になったからだ。

「ヤフーとしてはですね。あのう…まあ、ロハコの成長の鈍化に非常に強い憂慮を持っている。いま取扱高が500億円くらいのところの中で、ヤフーショッピングの成長を下回りつつある」。会談で川邊は岩田にそう切り出した。

岩田が「何が言いたいのかはっきりしてくれ」といった趣旨の発言をすると、川邊に同伴したヤフー取締役で、アスクルの社外取締役も務める小澤隆生がこう言った。

「言い方が難しいんですけれど、ロハコ事業をヤフーの方に何らかの形で移管する可能性がありやなしやっていうのを、ご検討していただきたいということになりますね」

しばらくして川邊は岩田にその理由を語る。

「ま、僕は別にそんなに孫さんと毎月やらなくてもいいと思ってるんですけど、宮内(謙)さんたち以下、孫さんが大好きなので、毎月食事をするんですね。そうすると必ず孫さんがする質問は、『いつ楽天を抜くんだ』、『いつアマゾンを抜くんだ』と、この2問しかないんですよ。『ロハコとヤフーの方でやります』って回答するんですけれども、要するに『今のロハコのままで大丈夫なのか?』というものに、いま変容しつつある」

岩田が「孫さんが背後にいると感じた」と語ったのはこのセリフがあったからだろうが、孫周辺はこう語る。「デジタル時代は同業トップしか生き残れないと孫さんは思っている。だからヤフーに成長を求めたが、具体策は川邊さんに任せている。だいたい10兆円ファンドで頭がいっぱいの人に、500億円の商売にあれこれ言う暇はない」

孫に一層の成長を求められた川邊はロハコ事業の吸収を思いつく。そこで岩田を説得するのに、孫の名前を出しただけという解説である。

岩田がもう一人の真犯人として挙げた宮内は、5日に開かれたソフトバンクの決算発表会見で「ヤフーを肯定したい。事業を大きく伸ばすための大義があったと判断している」と語った。

宮内の発言は一見、「ヤフーの手段に反対する」とした孫とは食い違っているように見えるが、真意は恐らく一緒だ。

ヤフーは今年6月、「Yahoo!スコア」サービスで失態を演じた。昨年12月には傘下のスマホ決済会社ペイペイ(東京・千代田区)が実施した大規模なポイントキャンペーンで不正利用が発覚した。(本誌2019年8月号「孫正義がポイ捨てする『ヤフー』」参照)

こうしたエラーが続くヤフーをソフトバンクは子会社化した。孫が言うところの同志的結合のままではヤフーの成長は心もとないということだろう。「しかし川邊なりに前足をかいてロハコ事業の吸収を考えた。ヤフーを必死に成長させようとしていることは認めてやろうというのが宮内さんの心境のはず」(ソフトバンク幹部)


◎ヤフーとは「同志的結合」だった?

こうしたエラーが続くヤフーをソフトバンクは子会社化した。孫が言うところの同志的結合のままではヤフーの成長は心もとないということだろう」という解説が解せない。
松島(宮城県松島町)※写真と本文は無関係です

ヤフーをソフトバンクは子会社化した」から「同志的結合」の時代は終わったと筆者は見ているようだ。しかし、それ以前の「ヤフー」は「ソフトバンクグループ(SBG)」の子会社だった。「子会社化」されると「同志的結合」ではなくなるのならば、以前から「同志的結合」ではないはずだ。

ここから最後まで一気に見ていく。

【FACTAの記事】

こうなると真相は、孫や宮内に尻を引っ叩かれている川邊の拙速な経営判断ということになるが、一方の岩田は本当に悲劇のヒーローなのか。宮内は5日の記者会見で気になる発言をしている。「ロハコは前期92億円の赤字でした。他社のことなので詳しく述べるわけにはいかないが、マスコミの皆さん、アスクルの実態をもっと調べられたらいかがですか」

さかのぼる12年4月、ヤフーとアスクルは資本・業務提携を発表した。その約3週間前、ヤフーCEO(最高経営責任者)に就任したばかりの宮坂学(当時)は岩田と面会、すっかり意気投合して330億円の出資は決まったという。

が、このディールは綺麗事ばかりではない。当時、岩田は親会社だったプラスから解任されかかっていた。「そこで発行済み株式の74%にものぼる新株をヤフーに割り当て、プラスが保有する株式の希薄化に成功した」と関係者は言う。

プラスが岩田を解任しようとした理由は定かではない。アスクルはプラスから生まれた会社。岩田はロハコ事業でプラスのライバルであるコクヨ製品も取り扱うなど、異能ぶりを発揮した。「しかし、ともかく在任期間が長く、私物化が目立っていた。岩田さんはバツ2。再々婚した相手は元アスクル社員だ」(関係者)という指摘もある。

ヤフーやソフトバンクの横暴という筋立てを語り、それを鵜呑みにした記事が相次いだため、「ジャーナリストの正義感に感謝する」と語った岩田は「結構な狸」(岩田を知る関係者)でもある。そのあたりも検証しなければ、騒動の真相が何なのかはわからない。(敬称略)


◎なぜ自分で「検証」しない?

最初の話に戻ろう。

記事を読んで「勝ったのに敗者『ヤフー川邊』」と思えただろうか。「川邊」氏に関して「敗者」と取れるくだりがまずない。なのになぜこの見出しなのか。編集部内の誰も気にならなかったとしたら怖い。

アスクル社長解任劇の“真犯人”は、孫や宮内に尻を叩かれている川邊ともう一人いる」に関しては多少の材料がある。「真相は、孫や宮内に尻を引っ叩かれている川邊の拙速な経営判断ということになる」のならば「“真犯人”」は「川邊」氏だけだ。

ではなぜ「もう一人いる」と書いたのか。「岩田がもう一人の真犯人として挙げた宮内」という記述から「宮内」氏かとも考えたが「真相は、孫や宮内に尻を引っ叩かれている川邊の拙速な経営判断」という説明と整合しない。

他に考えられるのは「岩田」氏だ。しかし、解任された側が「“真犯人”」というのも無理がある。どうしても「もう一人」を選べと言われれば「岩田」氏だが、強引すぎる。結局「もう一人」は謎と見なすべきだろう。

ついでに上記のくだりに2つ注文を付けたい。

まず「岩田さんはバツ2。再々婚した相手は元アスクル社員だ」という「関係者」のコメントは何のために入れたのか。経営者としての資質とは基本的に関係ない話だ。「私物化」の具体例のつもりかもしれないが、「元アスクル社員」との「再々婚」を「私物化」と関連付けるのもやはり強引だ。

岩田は『結構な狸』(岩田を知る関係者)でもある。そのあたりも検証しなければ、騒動の真相が何なのかはわからない」という結びも引っかかった。この問題が起きてかなりの時間が経っている。「そのあたりも検証しなければ、騒動の真相が何なのかはわからない」のならば、FACTAが自ら「検証」すればいいではないか。

それを避けているのは、自分たちに「検証」能力がないと認めているからなのか。


※今回取り上げた記事「勝ったのに敗者『ヤフー川邊』
https://facta.co.jp/article/201909006.html


※記事の評価はD(問題あり)。

2019年8月20日火曜日

「鳥貴族」の出店は「大都市」限定だったと日経は言うが…

茨城県取手市や三重県桑名市は「関東、関西、東海地区の大都市」に入るだろうか。「大都市ではない」と考えるのが常識的な判断だと思える。しかし「鳥貴族、今期にも出店再開へ~大都市以外に初進出」という記事を書いた日本経済新聞の記者は別の基準を持っているのかもしれない。
開盛堂本店(宮城県石巻市)
      ※写真と本文は無関係です

記事には他にも問題を感じた。日経には以下の内容で問い合わせを送っている。


【日経への問い合わせ】

20日の日本経済新聞朝刊企業2面に載った「鳥貴族、今期にも出店再開へ~大都市以外に初進出」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは「大都市以外に初進出」が本当かどうかです。

記事では「これまで関東、関西、東海地区の大都市に出店してきたが、大倉社長は『(一定の客数が見込める)地方に出店する』と語る」と説明しています。

しかし「鳥貴族」の店舗一覧を見ると取手店(茨城県取手市)、桑名店(三重県桑名市)など明らかに「大都市」ではない地域に多く出店しています。

拡大解釈して「関東、関西、東海地区の大都市」を「三大都市圏」と見なした場合はどうでしょうか。茨城県、和歌山県、静岡県などが一般的には「三大都市圏」に入らないので、これらの地域の店が「関東、関西、東海地区の大都市」に収まりません。

これまで関東、関西、東海地区の大都市に出店してきた」との説明は誤りではありませんか。その場合、当然に「大都市以外に初進出」も間違いです。記事の説明に問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

付け加えると「足元で売り上げが回復してきたことを受けて、地方に初進出するなど再び成長拡大にかじをきる」との説明にも問題があります。茨城県、和歌山県、静岡県などに「進出」済みなのですから「地方に初進出」と見なすのは難しいでしょう。

見出しの「今期にも出店再開へ」も引っかかります。本文では「前期は直営店の出店を初めて凍結した」と書いています。「鳥貴族」の決算短信によると「既に出店予定である店舗を除き、新たな出店を取りやめること」にはしたようですが、完全に出店を凍結した訳ではありません。

前期の出店は「フランチャイズ店」だけかもしれません。ただ、「今期にも出店再開へ」と見出しにすると「フランチャイズ店も含めて完全に出店を凍結していた」と理解したくなります。読者に誤解を与えない記事作りを心掛けてください。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社として責任ある行動を心掛けてください。


◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事「鳥貴族、今期にも出店再開へ~大都市以外に初進出
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190820&ng=DGKKZO48736610Z10C19A8TJ2000


※記事の評価はD(問題あり)。

2019年8月19日月曜日

夏枯れ? 基礎的な情報が欠けた日経1面「企業格下げ、米中で増加」

19日の日本経済新聞朝刊1面に載った「企業格下げ、米中で増加~膨張債務、市場に不安」という記事は、基礎的な情報が欠けた強引な作りになっていた。夏枯れでネタがないとは思うが、それでもこの出来では苦しい。
宮城県慶長使節船ミュージアム
(サン・ファン館)※写真と本文は無関係です

記事の全文を見た上で具体的に指摘したい。

【日経の記事】

企業の格下げが米国と中国で増えている。年初からの信用格付け(総合・経済面きょうのことば)の変更は世界で格下げが格上げを上回る。なかでもその差は、米国が3年ぶり、中国が2年ぶりの悪化を示す水準だ。長引く金融緩和を背景に企業の借金が膨らんだうえに、貿易摩擦などで業績が落ち込んで財務が悪くなる企業が多い。企業の信用力の低下は金融市場の不安要素のひとつだ。

米格付け会社S&Pグローバル・レーティングによる、世界の社債発行企業の信用格付け変更を集計した。事業会社と金融機関を対象とした年初からの格下げは487件(8月13日時点)。格上げを60件上回った。通年で格下げが格上げを数で上回れば2016年以来となる。

QUICK・ファクトセットによると、世界の企業全体の4~6月期純利益は前年同期比4%の減益で悪化が鮮明になっている。日本やアジアが減益。全体では増益を確保する北米も、アマゾン・ドット・コムなどの「GAFA」と呼ばれるIT(情報技術)大手を除くと15日時点で0.41%の減益となっている。

業種別ではエネルギー関連に加えて、自動車部品やアパレルといった米中摩擦の影響を受ける業種の格下げが目立つ。

「関税や貿易摩擦が収益に悪影響を及ぼすと、資金繰りが厳しくなる可能性がある」。S&Pは自動車のホイールなどを製造する米アキュライドの格付けを3月に「シングルB」から1段階引き下げた。さらなる引き下げの可能性も示唆した。

米中の関税引き上げ合戦が企業の収益を直撃したケースもある。工具を扱う米エイペックス・ツール・グループは中国から調達していた製品に制裁関税がかかり、利幅が縮小。4月に格下げとなった。

金融危機後の世界的な金融緩和で企業の有利子負債は膨らんでいた。QUICK・ファクトセットによると、世界全体の上場企業の有利子負債(除く金融)は08年度末の12.5兆ドルから18年度末には22.1兆ドルに8割増えた。特に目立つのが中国で、18年度末は2兆8千億ドル。10年前の5倍近くとなった。

中国の青海省政府傘下の青海省投資集団は、ドル建て社債の利払いを2月に遅延した。債務不履行(デフォルト)はぎりぎりで回避したが、S&Pは「資金繰りがかなり悪化しており、リスクがある」と指摘。格付けを「シングルBプラス」から「トリプルCプラス」へと一気に3段階引き下げた。

日本では格付投資情報センター(R&I)が今年、6月までに事業会社と金融機関について16件を格上げした。格下げは7件にとどまる。ただ「米中摩擦が長引いた場合、個社の信用力にどのように影響するかを注視していく」(石渡明・格付企画調査室長)という。

米連邦準備理事会(FRB)が7月末、約10年半ぶりの利下げを実施するなど、世界の中央銀行は再び金融緩和へとカジを切り始めた。だが金融緩和の陰で潜在的なリスクは膨らんでいる。

◇   ◇   ◇

問題点を列挙してみる。

(1)「米中の格下げ」件数は?

企業格下げ、米中で増加」と見出しで打ち出し、記事の冒頭でも「企業の格下げが米国と中国で増えている」と書いている。これが記事の柱だ。しかし、最後まで読んでも「米国と中国」での「企業格下げ」の件数は出てこない。

米国は3年ぶり、中国は2年ぶりの悪化水準(格上げ数-格下げ数)」というタイトルが付いたグラフから「格上げ数-格下げ数」のおよその水準は分かる。だが、ここから「企業格下げ」の件数は読み取れない。


(2)「格下げが増えている」?

記事では「格上げ数-格下げ数」を基に「企業の格下げが米国と中国で増えている」と書いている。しかし「格上げ数-格下げ数」の数字だけでは何とも言えない。「格下げ」が減っていても、それ以上に「格上げ」が減れば「その差は、米国が3年ぶり、中国が2年ぶりの悪化を示す水準」になり得る。

企業の格下げが米国と中国で増えている」と伝えたいのならば、どの程度の増加なのかを数字で見せてあげれば済む。なのに記事では頑なにそれを避けている。どうも怪しい。少なくとも、記事に必要な情報をきちんと盛り込んでいるとは言えない。


(3)「米国と中国」が特に目立つ?

年初からの信用格付けの変更は世界で格下げが格上げを上回る」らしい。その中でも「米国と中国」が特に目立つと筆者は訴えたいのだろう。だが「米国と中国」以外との比較が乏しいので「米中で目立って格下げが増えているんだな」とは納得できない。

日本では格付投資情報センター(R&I)が今年、6月までに事業会社と金融機関について16件を格上げした。格下げは7件にとどまる」といった記述があるにはある。

だが「米格付け会社S&Pグローバル・レーティングによる、世界の社債発行企業の信用格付け変更」を用いずに「日本では格付投資情報センター(R&I)」の数字を使っている。記事では基本的に「S&Pグローバル・レーティング」の数字を使っているのだから、統一した方が望ましい。「R&I」の数字を持ちだしたのには恣意性を感じる。

そう思って「S&Pグローバル・レーティング」のデータで作った記事中のグラフを見ると「格上げ数-格下げ数」の2019年の落ち込み幅は日本が中国を上回る。

「貿易戦争の影響で米中での格下げが増えているのではないか」との仮説を立てて夏枯れ対策用の記事を作ろうとしたのだろう。それ自体は悪くない。だが仮説通りのデータは得られなかったのではないか。なのに強引に1面向けの記事に仕立て上げてしまった--。

そう考えると腑に落ちる。


※今回取り上げた記事「企業格下げ、米中で増加~膨張債務、市場に不安
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190819&ng=DGKKZO48700070Z10C19A8MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。

2019年8月12日月曜日

日経 田中陽編集委員の「経営の視点」に見えた明るい兆し

日本経済新聞の田中陽編集委員に良い印象はない。流通関連でツッコミどころの多いヨイショ記事を書いている編集委員と見なしてきた。しかし12日の朝刊企業面に載った「経営の視点~コンビニ『加盟店と共存共栄』 地域独占、見失った本質」という記事は、これまでの印象を少し変えるものだった。
瑞鳳殿(仙台市)※写真と本文は無関係です

記事の全文を見た上で、多少の注文を付けておきたい。

【日経の記事】

野球などプロスポーツ界でよく使われる「フランチャイズ」という言葉。その意味は共倒れを防ぐための地域独占だ。ビジネスの世界ならこの言葉は独占販売権となるが、その意味を見失った業界がある。コンビニエンスストアだ。

独立した加盟店を束ねたのがフランチャイズチェーン(FC)。直営店は赤字店があっても全体で黒字ならビジネスとして成り立つが、FCは赤字店が1店でもあればその加盟店主は生活ができなくなる。そうならないような商圏を前提としたFC契約が結ばれる。

コンビニのビジネスモデルの一つ、ドミナント(地域集中出店)戦略。同一地域に同じ看板のチェーンが数多くあることで消費者への認知度が高まり、売り上げ増にもつながる。

本部と加盟店の共存共栄を支えるのが粗利分配方式だ。売上高から原価を引いた粗利益を両者で山分けするもので、粗利益の最大化が共通の目標となる。同じ看板でも店同士の距離がある程度は保たれていたから共倒れも少なく、1チェーンで2万前後の店の統制が取れた。

新市場の創造が続いている間はドミナント戦略と粗利分配方式の両輪が機能し、本部も加盟店も栄えてこられた。しかし人口減やドラッグストアなどが市場を侵食し、経営環境は変わった。大手3社がそれぞれ47都道府県に店を構え、空白地は無くなりつつある。

コンビニ飽和論と一線を画す最大手のセブン―イレブン・ジャパン。井阪隆一氏が持ち株会社の社長になった2016年以降、シェアについての言及が増えている。「シェア50%に向けて突き進む」。明らかに市場の限られたパイの存在を意識したもので、年間で1000店規模の大量出店でライバルを突き放す作戦だ。新店は1件あたり数百万円の契約料を伴い、本部は潤う。出店は欠かせない。

だが店舗密度が増せば地域シェアは高まっても同じチェーンで同質化競争を招き、一店の粗利は伸び悩む。足の引っ張り合いだ。弁当など売れ残りの大半が契約上は加盟店の負担で処分される。不満の種だった。地域全体の粗利の最大化は見込めるが、各店舗の粗利の最大化は望めない。いつしか独占と最大化の手法が本部の都合に変質した。

セブンイレブンは魅力的な商品やサービスを出し続けるがそれでも1店舗あたり売上高は1日60万円台半ば、粗利益率は31%前後でほぼフラット。本部が前期まで過去最高の営業利益を更新し続ける一方で、加盟店の粗利額は増えない。強い絆で結ばれた共存共栄に綻びが出ても不思議ではない。24時間営業への不満が噴出したのは当然だ。

競合他社でも同じこと。むしろ、さらに厳しい環境に置かれ問題化していたが、セブンより早く対策に乗り出していた。ローソンは10年に複数店経営の制度を導入。単店経営のリスクを軽減し、複数店で粗利額の積み上げを狙う。「理想は同一地域での複数店経営」(竹増貞信社長)

コンビニ業界は社会・経済環境が激変する中で、経営の根幹とすべきフランチャイズの真の意味と向き合い、FC契約の抜本的な作り直しを迫られている。

◇   ◇   ◇

基本的には悪くない。ただ、気になる点もある。3つ挙げたい。

(1)「赤字店が1店でもあれば生活できない」?

FCは赤字店が1店でもあればその加盟店主は生活ができなくなる」と田中編集委員は言う。しかし記事の終盤では「ローソンは10年に複数店経営の制度を導入。単店経営のリスクを軽減し、複数店で粗利額の積み上げを狙う」とも書いている。「複数店経営」は他のチェーンでもやっている。この場合、「赤字店が1店」あっても、他の店で補って「生活」する余地はある。


(2)「1店の粗利」伸びてはいる?

伸び悩む」とは「伸びが鈍化する」という意味だ。「店舗密度が増せば地域シェアは高まっても同じチェーンで同質化競争を招き、一店の粗利は伸び悩む」と書いているので、「店舗密度」が増しても「一店の粗利」の増加傾向は続くと田中編集委員は見ているのだろう。

しかし「セブンイレブン」について「本部が前期まで過去最高の営業利益を更新し続ける一方で、加盟店の粗利額は増えない」とも書いている。だとすれば、もはや「伸び」はない。「店舗密度」が高まると、地域によっては「一店の粗利」が減る場合もあるだろう。

一店の粗利は伸び悩む」との表現には、コンビニ本部への配慮を感じなくもない。「店舗密度が増せば地域シェアは高まっても同じチェーンで同質化競争を招き、店によっては粗利が大きく落ち込む場合もある」ぐらいは書いても良かったのではないか。


(3)どう「抜本的に作り直す」?

コンビニ業界は社会・経済環境が激変する中で、経営の根幹とすべきフランチャイズの真の意味と向き合い、FC契約の抜本的な作り直しを迫られている」と田中編集委員は記事を結んでいる。しかし「FC契約」を具体的にどう見直すべきかは記していない。

編集委員の肩書を付けてコラムを書いているのだから、ここは逃げずに自らの案を示してほしかった。どう「作り直し」をすべきか田中編集委員にも見えていないのだろう。そこまで考えて記事を書くのが編集委員としての役割だと肝に銘じてほしい。

抜本的な作り直しを迫られている」と書いて終わらせるだけならば、経験の浅い若手記者でもできる。


※今回取り上げた記事「経営の視点~コンビニ『加盟店と共存共栄』 地域独占、見失った本質
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190812&ng=DGKKZO48481780R10C19A8TJC000


※記事の評価はC(平均的)。田中陽編集委員への評価はDを据え置くが強含みとする。田中編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「小売りの輪」の説明が苦しい日経 田中陽編集委員「経営の視点」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html

「セブン24時間営業」の解説が残念な日経 田中陽編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/24_11.html

2019年8月11日日曜日

色々気になる日経「サムスン、ベルギーから半導体材料調達」

色々と引っかかる記事が11日の日本経済新聞朝刊1面に載っている。ソウル発で金再源記者が書いた「サムスン、ベルギーから半導体材料調達 代替ルートに」という記事の全文を見た上で気になる点を列挙したい。
「酢屋の坂」と「塩屋の坂」(大分県杵築市)
        ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】 

韓国のサムスン電子が、ベルギーから半導体チップを製造するための化学材料を調達していることが分かった。サムスンの元幹部が、Nikkei Asian Reviewに答えた日本の韓国向けの輸出管理の厳格化を受けた措置とみられる。

同社は7月から日本からの輸出管理を厳しくする対象となったフォトレジスト(感光材)、フッ化水素(エッチングガス)、フッ化ポリイミドの3品目について供給確保を急いでいる。

サムスン元幹部で、漢陽大学で半導体工学を専攻するパク・ジェグン教授が、サムスンがベルギーに本拠を置く会社からフォトレジストを調達していると語った。社名は明言しなかったものの、2016年に日本の化学大手JSRとベルギーの研究センター、IMECが設立した合弁会社を指すとみられる。

教授によると、サムスンは6~10カ月分の化学材料を購入し、最先端の半導体チップを製造する工程で使用しているという。日本に代わる供給元を確保したことで「輸出規制の影響は限定的になる」とも述べた。

サムスンはベルギーからの材料調達については回答しなかったものの「日本の輸出規制に対処するためにサプライヤーを多様化している」と明らかにした。7月にはサムスンの関係筋が日本経済新聞の取材に、韓国メーカーへのチップ材料供給が遮断されるリスクがあるため、日本以外の企業からフッ化水素の調達を探っていると語った。

詳報をNikkei Asian Reviewに

◇   ◇   ◇


(1)「Nikkei Asian Review」が聞いた?

金再源記者は日経に属しているのではないか。だとしたら「Nikkei Asian Reviewに答えた」ではなく「日本経済新聞の取材に答えた」などでいい。日本経済新聞社所属の記者ではないのならば、その点を明示すべきだ。

詳報をNikkei Asian Reviewに」と末尾にあるので、「Nikkei Asian Review」の宣伝も兼ねているのだろうが、記事の作り方としては感心しない。


(2)「元幹部」が「語った」だけでは?

サムスン元幹部で、漢陽大学で半導体工学を専攻するパク・ジェグン教授が、サムスンがベルギーに本拠を置く会社からフォトレジストを調達していると語った」ものの、「サムスンはベルギーからの材料調達については回答しなかった」という。なのに「韓国のサムスン電子が、ベルギーから半導体チップを製造するための化学材料を調達していることが分かった」と断定してよいのか。

情報源の「パク・ジェグン教授」は「サムスン元幹部」であって今の「幹部」ではない。確かな情報筋なのだと判断しているのだろうが、「分かった」と断定するのは常識的に考えれば難しい。なのに朝刊1面に持ってきたのが解せない。


(3)いつから「調達」を始めた?

記事では「日本の韓国向けの輸出管理の厳格化を受けた措置とみられる」と書いているものの、いつから「調達」を始めたのかは教えてくれない。過去の話ではあるが、この件では時期が重要だ。

日本の韓国向けの輸出管理の厳格化を受けた措置」かどうかは、「調達」を始めた時期が分からないと何とも言えない。「パク・ジェグン教授」が時期を明らかにしないのならば、そう書いてほしい。


※今回取り上げた記事「サムスン、ベルギーから半導体材料調達 代替ルートに
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190811&ng=DGKKZO48475570Q9A810C1MM8000


※記事の評価はC(平均的)。金再源記者への評価も暫定でCとする。

2019年8月10日土曜日

「対症療法」の意味を理解してない? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」

日本経済新聞の秋田浩之氏(肩書は本社コメンテーター)の書く記事が相変わらず苦しい。10日の朝刊オピニオン面に載った「Deep Insight~日韓、対立で失うもの」という記事を読むと、秋田氏は「」とか「対症療法」の意味を理解していないのではと心配になる。
東日本大震災復興祈念公園(宮城県東松島市)
         ※写真と本文は無関係です

記事を見ながら問題点を指摘してみる。


【日経の記事】

中国には「不打不相識」という成句がある。「けんかをしないと、分かり合えない」との意味だ。1972年9月、国交を正常化させた日中がそうだった。訪中した田中角栄首相は、周恩来首相と決裂しかねないほど激しく応酬した末に仲直りにこぎつけた。

交渉がヤマ場を越えようとしていたころ、毛沢東氏は田中氏を中南海に招き、「けんかは済みましたか」と語りかけた。互いに腹蔵なくやりあって初めて和解できると、毛氏は知っていたのだ。

日本と韓国にも、この成句はあてはまるのだろうか。今のところ、悲観的にならざるを得ない。韓国の元徴用工判決に端を発した対立は泥沼になっている。



◎中国の話は要る?

互いに腹蔵なくやりあって初めて和解できる」という教訓が「日本と韓国」にも当てはまるのならば、「1972年」当時の中国の話を冒頭に持ってくるのも分かる。しかし「今のところ、悲観的にならざるを得ない」らしい。だったら何のために紙幅を割いて昔の話を引っ張り出したのか。単なる行数稼ぎにしか見えない。

韓国の元徴用工判決に端を発した対立」という説明も引っかかる。「元徴用工判決」の前から慰安婦問題に関する日韓合意を巡って「対立」が始まっていたのではないか。

記事の続きを見ていこう。ここでは「現実は逆」になっているかどうかを考えてほしい。


【日経の記事】

日本は今月2日、韓国への輸出管理を厳しくした。韓国は猛反発し、日本製品の不買運動が広がっている。日本が韓国に言うことを聞かせるため、強硬に転じた――。国際社会ではこう受け止められているが、現実は逆だと思う

舞台裏をのぞくと、日本はむしろ追い込まれ、本来、避けたかった「劇薬」を使わざるを得なくなったというのが、実態に近い。

第2次世界大戦中の強制労働をめぐり、日本企業に賠償を命じる韓国大法院(最高裁)の判決が出たのが、2018年10月。請求権問題の最終解決をうたった日韓請求権協定が覆されかねないとして、日本は再三、協議を求めたが、韓国はなしのつぶてだった。

日本政府関係者らによると、それでも首相官邸は当初、報復とみられる強硬措置はできれば避けたいのが本音だったという。来年の東京五輪を控え、韓国からの訪日ブームに水を差したくないうえ、消費増税後の景気への影響も心配したからだ。

だが、このままでは韓国で差し押さえられた日本企業の資産が売却されかねず、最後の手段として「報復措置」に踏み切った



◎現実は「その通り」では?

日本が韓国に言うことを聞かせるため、強硬に転じた――。国際社会ではこう受け止められているが、現実は逆だと思う」と秋田氏は言う。例えば「実は日本は強硬路線から柔軟路線に転じていた」といった話ならば「現実は逆」と感じたのも理解できる。

しかし「このままでは韓国で差し押さえられた日本企業の資産が売却されかねず、最後の手段として『報復措置』に踏み切った」のならば「日本が韓国に言うことを聞かせるため、強硬に転じた」との見方は大筋で合っている。「現実は逆」と判断する根拠は記事中には見当たらない。

次に「対症療法」の問題を考えてみたい。当該部分は以下のようになっている。


【日経の記事】

歴史問題が両国の土台を弱めているというよりも、こうした構造変化によって土台が弱まったから、歴史問題にも火が付きやすくなっているのだ。

では、どうするか。即効薬はないと言わざるを得ない。これ以上、事態を悪くしないため、対症療法に努めるしかないだろう

そのひとつは韓国の国民に直接、発信する体制を強めることだ。韓国内には行きすぎた反日と距離を置く世論もある。韓国ギャラップが7月12日に発表した世論調査では、日本への好感度は10%台に下がったが、日本人は「好感が持てる」が41%で「好感が持てない」(43%)と並んだ。

韓国政府が日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄をにおわせていることには予備役将官らの団体が8月7日、破棄に反対する声明を発表した。このほかソウル市中区が今週、日本製品不買を呼びかける旗を掲げたところ、国民から批判が殺到し、撤去を強いられる騒ぎもあった。


◎「根本的な対策」になるような…

記事の中で秋田氏は「3つの構造変化が(韓国から見た)日本の価値の低下を招いている」と述べた上で「世代交代と民主化が進むにつれ、軍事政権が1965年に結んだ日韓請求権協定は不平等、と考える世論が広がっている」と解説している。
豊後森機関庫駅(大分県玖珠町)※写真と本文は無関係

だとすれば「韓国の国民に直接、発信する体制を強め」て「反日と距離を置く世論」を広げていくのは、実現可能性はともかくとして「土台」を変えていく働きかけと言える。

対症療法」とは「根本的な対策とは離れて、表面に表れた状況に対応して物事を処理すること」(デジタル大辞泉)を指す。韓国の「世論」から変えていくのであれば「対症療法」ではなく「根本的な対策」と見なすのが妥当だ。

しかし、なぜか秋田氏は「対症療法」に含めてしまう。「即効薬はないと言わざるを得ない。これ以上、事態を悪くしないため、対症療法に努めるしかないだろう」との記述から推測すると、秋田氏は「対症療法即効性の乏しい治療法」と誤解しているのではないか。

そう考えると辻褄は合うが、だとすると記事の書き手としての基礎的な資質には疑問符が付く。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~日韓、対立で失うもの
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190810&ng=DGKKZO48425910Z00C19A8TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。秋田浩之氏への評価はE(大いに問題あり)を維持する。秋田氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 秋田浩之編集委員 「違憲ではない」の苦しい説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_20.html

「トランプ氏に物申せるのは安倍氏だけ」? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_77.html

「国粋の枢軸」に問題多し 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/deep-insight.html

「政治家の資質」の分析が雑すぎる日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_11.html

話の繋がりに難あり 日経 秋田浩之氏「北朝鮮 封じ込めの盲点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_5.html

ネタに困って書いた? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/deep-insight.html

中印関係の説明に難あり 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/deep-insight.html

「万里の長城」は中国拡大主義の象徴? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_54.html

「誰も切望せぬ北朝鮮消滅」に根拠が乏しい日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_23.html

日経 秋田浩之氏「中ロの枢軸に急所あり」に問題あり
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_30.html

偵察衛星あっても米軍は「目隠し同然」と誤解した日経 秋田浩之氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_0.html

問題山積の日経 秋田浩之氏「Deep Insight~米豪分断に動く中国」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/deep-insight.html

2019年8月9日金曜日

「先進国の金利急低下」をきちんと描けていない日経 後藤達也記者

記事の書き方の基本が分かっていないと言うべきか。日本経済新聞の後藤達也記者がニューヨーク発で9日の朝刊総合2面に書いた「先進国の金利 急低下~米中対立泥沼化に警戒」という記事は、肝心の「先進国の金利 急低下」をきちんと描けていない。
支倉常長像(宮城県石巻市)
      ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

先進国で長期金利が急低下している。米中対立が泥沼化するとの懸念を背景に、マネーが株式から国債へとシフトしているためだ。米国を起点に利下げの波が広がっていることも低下に拍車をかけている。

7日のニューヨーク市場で米10年物国債の利回りは一時、前日より0.11%低い1.59%に低下(価格は上昇)した。1日にトランプ大統領が対中制裁関税第4弾の発動を表明する直前は2%強だったが、1週間で異例の急低下となった。2016年に記録した史上最低水準(1.32%)の更新が視野に入り、「米国債がマイナス金利になるのもばかげた話ではなくなってきた」(米債券運用ピムコのヨアヒム・フェルズ氏)。

欧州でもドイツの10年債がマイナス0.6%台と史上最低を付けた。財政不安のくすぶるスペインでも0.1%台だ

トムソン・ロイターの集計によると、19年の世界の債券ファンドへの資金流入は5600億ドル(約60兆円)に達し、暦年で過去最高を更新するペースとなっている。一方、株式ファンドからは1270億ドルが流出し、08年以来の規模だ。

米景気の拡大は過去最長の10年を超えたが、米中対立の先鋭化で後退局面に陥るとの警戒も出ている。リスクに備える投資家は株式から債券へ資金をシフトさせている。

中国が保有する米国債の行方にも注目が集まる。5月末時点の保有額は1兆1100億ドルと外国では最大で、発行残高に占めるシェアは7%に上る。市場の一部では中国が報復の一環として米国債を売り、金利上昇で米経済に打撃を与えるとの思惑がある。

ただ、世界景気の不安から米国債への需要は強く、中国が国債を売っても米金利が上がるかは不透明だ。市場では「中国が報復措置として米国債を売る可能性は低いが、仮に大幅に売れば両国の関係は一段と悪化する」との見方が多い。



◎米国以外の「急低下」は?

この記事を読んで「先進国で長期金利が急低下している」と納得できただろうか。「米国」については「1週間で異例の急低下」でいいだろう。問題はそれ以外だ。

欧州でもドイツの10年債がマイナス0.6%台と史上最低を付けた。財政不安のくすぶるスペインでも0.1%台だ」としか書いていない。低下幅を見せないで「急低下している」と言われても困る。

調べてみると8月に入ってドイツはマイナス0.4%台から「マイナス0.6%台」へ、スペインは0.2%台から「0.1%台」へと「低下」したようだ。

個人的には「急低下」だとは感じないが、後藤記者が「急低下」だと確信したのならば、どの程度の「急低下」なのかしっかり伝えるべきだ。

今回の記事では最後の2段落を使って「中国が保有する米国債の行方」にも触れている。大した話ではないので、ここはバッサリ削っていい。代わりに「先進国で長期金利が急低下している」様子を詳しく書けば、記事はかなりまともになる。

中国が保有する米国債の行方」といった関連情報を書き足すのは、肝心なところをしっかり伝えた後でいい。記事を書く上での基礎的な技術が身に付いていれば、この手の助言は要らないはずだ。

後藤記者だけでなく担当デスクもしっかり反省してほしい。


※今回取り上げた記事「先進国の金利 急低下 米中対立泥沼化に警戒
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190809&ng=DGKKZO48386010Y9A800C1EA2000


※記事の評価はD(問題あり)。後藤達也記者への評価は暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げる。

2019年8月8日木曜日

幸田真音氏の「女性あっぱれ」に無理がある日経「あすへの話題」

作家の幸田真音氏が7日の日本経済新聞夕刊1面に書いた「あすへの話題~2000万円不足へのリアクション」という記事は、事実認識と論理展開に無理がある。全文を見た上で具体的に指摘したい。
東松島市震災復興伝承館 ※写真と本文は無関係

【日経の記事】 

「老後2000万円問題」で思いがけない騒ぎになっている。

そもそも、年金制度が考えられた頃からは大幅な少子化と高齢化が進み、年金資金は入金よりも支給のほうが増える一方になってきた。おまけに、世界で発行されている債券の4分の1までがマイナス利回りという超低金利時代に突入し、厳しい運用難というダブルパンチを受けている。

年金だけで気楽な老後が過ごせるとはもう誰も思ってはいないし、昔のように、多少の貯金があれば利息収入でそれなりの暮らしができた時代でもなくなって久しい。

だから今回の試算は、一度きちんと姿勢を正して、高齢社会の現実と今後を考えるための良い機会となるはずだった。

だが、どこでどう間違ったのか、問題から目を逸(そ)らそうとするばかりで、本来必要なはずの議論がなかなか進まない。そんなもどかしさを覚え、金融界の友人たちと話をしていたら、こんなことを耳にした。

つみたてNISA(少額投資非課税制度)を利用した積立投資信託のお客は、これまで約7割が男性でした。それが、くだんの報告書が出たあとは女性客が増え、男女比が一気に5対5になってきましてね」

つまり、2000万円問題では、口角泡を飛ばして政府批判ばかりに熱中する男性たちと対照的に、賢明な女性たちはせっせと自助努力を始めた、というのである。

もちろん批判も結構。制度改正も不可欠である。だが、自分たちの生活も将来も、それに必要な資金も、他人任せではなく「自助」の精神で、したたかに生き抜く女性たちにこそ「あっぱれ」を!


◎男性の方が「賢明」では?

口角泡を飛ばして政府批判ばかりに熱中する男性たちと対照的に、賢明な女性たちはせっせと自助努力を始めた」ことを受けて「したたかに生き抜く女性たちにこそ『あっぱれ』を!」と幸田氏は訴えている。

まず「口角泡を飛ばして政府批判ばかりに熱中する男性たちと対照的に、賢明な女性たちは~」という説明が引っかかる。「政府批判」をしているのが「男性たち」限定で「女性たち」は距離を置いているのならば分かる。

ところが毎日新聞の6月11日付の記事によると「立憲民主党の辻元清美国対委員長は11日、夫婦の老後資金として『30年間で約2000万円が必要』とした金融庁の試算について『100年安心詐欺だ』と批判した」らしい。「辻元清美国対委員長」は女性だ。当たり前の話だが、「政府批判」の主は「男性たち」だけではない。

政府批判ばかりに熱中する男性たち」と、そことは一線を画して「したたかに生き抜く女性たち」という対比を描きたいのは分かるが、それをやると現実から乖離してしまう。

女性たち」を「賢明な」存在と位置付けるのも苦しい。「つみたてNISA(少額投資非課税制度)を利用」するのは「賢明な」行動だとの前提は取りあえず受け入れてみよう。

ならば「これまで約7割が男性」だったのだから、従来は男性の方が「賢明」だったはずだ。ここに来て「男女比が一気に5対5」になったとしても「賢明」さで互角に近付いたに過ぎない。

金融界の友人たち」の話からは「これまで男性の賢明さが目立っていたが、女性もかなり追い付いてきた」といったレベルの推測しかできない。

なのに「したたかに生き抜く女性たちにこそ『あっぱれ』を!」と呼びかけるのは「女性たち」に甘すぎる。



※今回取り上げた記事「あすへの話題~2000万円不足へのリアクション
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190807&ng=DGKKZO48172030T00C19A8MM0000


※記事の評価はD(問題あり)。幸田真音氏への評価も暫定でDとする。

2019年8月7日水曜日

「岩石理論」の岩は「デフレ期待」と黒崎亜弓氏は解説するが…

週刊エコノミスト8月13・20日合併号の「にわかに高まる財政拡大論~MMTのケルトン教授が来日 保守・左派・リフレ派相乗り」という記事は興味深く読めた。MMTを取り上げた最近の記事の中ではトップクラスの出来ではないか。筆者であるジャーナリストの黒崎亜弓氏にも能力の高さを感じる。
善応殿(仙台市)※写真と本文は無関係です

ただ、関連のインタビュー記事に出てくる「岩石理論」に関する説明は引っかかった。エコノミストには以下の内容で問い合わせを送っている。

【エコノミストへの問い合わせ】

黒崎亜弓様  週刊エコノミスト編集長 藤枝克治様

8月13・20日合併号「インタビュー 浜田宏一・内閣官房参与 『MMTは極端だが、財政拡大の議論に貢献した』」という記事についてお尋ねします。記事では「岩石理論」について以下のように説明しています。

リフレ派は、金融緩和が物価の急騰を招くという批判を、『坂にある大きな岩=デフレ期待は動かそうとしてもなかなか動かないが、一度転がり出したら止まらない。だから動かさない方が良いのだ』という意味で岩石理論と呼ぶ

坂にある大きな岩=デフレ期待」だとすると「一度転がり出したら」急速に「デフレ」が進行するはずです。しかし「岩石理論」は「金融緩和が物価の急騰を招くという批判」だとも書いています。だとすると「一度転がり出したら止まらない」のは「インフレ」でなければ成立しません。

坂にある大きな岩=デフレ期待」との説明は「坂にある大きな岩=インフレ期待」の誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。御誌では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。読者から購読料を得ているメディアとして責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「にわかに高まる財政拡大論~MMTのケルトン教授が来日 保守・左派・リフレ派相乗り
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20190820/se1/00m/020/047000c


※記事の評価はD(問題あり)だが、「岩石理論」に関する部分を除けばB(優れている)に当たる。黒崎亜弓氏への評価は取りあえずBを維持する。黒崎氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

特集「統計の泥沼」で週刊エコノミスト黒崎亜弓記者に高評価
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/02/blog-post_27.html

2019年8月6日火曜日

合格点には遠い日経 藤田和明編集委員の「スクランブル」

日本経済新聞の藤田和明編集委員が6日の朝刊マーケット総合面に「スクランブル~市場『通貨冷戦』を懸念 米に余力、日本株には不利か」という記事を書いている。独自性を出そうとする姿勢は見えるが、藤田編集委員の記事にはやはり問題が多い。
石ノ森萬画館(宮城県石巻市)※写真と本文は無関係です

具体的に指摘していく。

【日経の記事】

米中の貿易戦争と10年半ぶりの米利下げは、市場の風景をどう変えるのか。世界的に景気の減速感が強まり、主要中銀が再び金融緩和に傾いてきた。各国が通貨安を望む姿勢も強く、5日には人民元が1ドル=7元台と11年ぶりの元安水準に下落した。「どの株式市場が選ばれるか」という競争では、日本株は不利な戦いを強いられそうだ



◎最後に答えを出せる?

日本株には不利か」と見出しにも立てている。「日本株は不利な戦いを強いられそうだ」という見立てに説得力を持たせられるかが、この記事のポイントだ。そこに注目していこう。

【日経の記事】

「通貨冷戦」の第3ラウンドだ――。米資産運用大手ピムコは今回の米連邦準備理事会(FRB)の利下げをこう呼んだ。踏み込んだ金融緩和策は自国通貨を弱める効果を生む。そこにあるのは他国との需要の取り合いを優位に進める争いといっていい。

米中貿易摩擦と並び、市場でささやかれるもう一つの"戦争"だ。しかも為替への直接介入で激しくぶつかるのではなく、「長短金利操作や量的緩和のほか、大統領らの要人がツイートや発言を強めていく」(同社のグローバル経済アドバイザー、ヨアヒム・フェルズ氏)。

ピムコによれば、その通貨冷戦の第1ラウンドで、まず攻勢をかけたのは日銀だ。2013年、黒田東彦総裁の「異次元緩和」で一気に円安が進み、輸出企業に追い風になった。世界的にみても、日経平均株価の上昇ぶりは当時突出した。

追って14年には、欧州中央銀行(ECB)がマイナス金利政策に踏み出す。中国も人民元を徐々に切り下げた。第1ラウンドは日欧中の攻勢という構図だ



◎「冷戦」と言える?

記事では「通貨冷戦」がキーワードになっている。なぜ「冷戦」かと言えば「為替への直接介入」を伴わないかららしい。しかし「14年」には「中国も人民元を徐々に切り下げた。第1ラウンドは日欧中の攻勢という構図だ」と書いている。

日経は14年12月31日付の「人民元、5年ぶり下落 14年対ドルで2.42%」という記事で「人民元は14年1月14日に過去最高値を更新した後、中国人民銀行(中央銀行)の自国通貨売り介入で下落に転じた」と報じている。だとすれば「冷戦」とは言えないはずだ。

続きを見ていく。

【日経の記事】

この間に通貨高を受け入れてきた米国だが、トランプ氏が新大統領になると「ドル安」をにおわす口先介入が始まる。17年の第2ラウンドだ。ただFRBはこの間も利上げを進め、出口政策を先に目指してきた。

18年こそ休戦状態だったが、ここにきてFRBが利下げカードを切ったことで第3ラウンドの号砲がなった。トランプ氏は引き続き執拗な緩和要求を繰り返す。対外的にも、ECBのドラギ総裁による追加刺激策の示唆でユーロ安が進んだ6月にはすかさず、「米国との競争を不当に簡単にしている」と攻撃した



◎「号砲」が鳴る前なのに…

藤田編集委員に言わせれば「ここにきてFRBが利下げカードを切ったことで第3ラウンドの号砲がなった」はずだ。だとすれば「休戦状態」が終わったのは今年8月になる。
伊達政宗騎馬像(仙台市)※写真と本文は無関係

しかし「ECBのドラギ総裁による追加刺激策の示唆でユーロ安が進んだ6月にはすかさず、『米国との競争を不当に簡単にしている』と攻撃した」とトランプ氏の「発言」に触れている。

こちらを重視すると「休戦状態」は今年6月には終わっていたと取れる。「第3ラウンドの号砲」はいつ鳴ったのか。「FRBが利下げカードを切った」瞬間だとすれば「6月」の「攻撃」はどう理解すればいいのか。

少し本筋からそれた。ここから本題に入ろう。

【日経の記事】

米国は先に強い通貨を受け入れた分、いよいよ景気が厳しくなったときの緩和余地を持っている。政策余力の乏しいECBや日銀との決定的な違いだろう。

つまり景気が悪くなるときに、自国通貨高を避けるゲームで考えれば、米国側に多くのカードがある。08年の金融危機や11~12年の円高で日本は他国以上に厳しい戦いを強いられた。

先読みするように、今年は日本株の出遅れが顕著だ。先週末までの日経平均は5%高にとどまり、米ダウ工業株30種平均(14%高)の後じんを拝する。

さらに5日には人民元が11年ぶり安値となった。呼応して日経平均が一時500円超安となったのも、通貨冷戦の戦線が広がる気配をかぎ取ったからだろう。

もちろん日本株の苦戦は自国経済の地力を映す。日米相対株価の動きは、日本の消費者心理の下向き具合と重なるし、日米の企業業績の勢いの差でもある


◎米国限定での比較?

残りは2段落しかない。ここまで読んで、「『どの株式市場が選ばれるか』という競争では、日本株は不利な戦いを強いられそうだ」という見立てに納得できただろうか。

自国通貨高を避けるゲームで考えれば、米国側に多くのカードがある」から米国に比べて「不利」との材料は提示しているかもしれない。だが、藤田編集委員は「米国との比較をする」とは宣言していない。最初の段落からは「世界の株式市場の中で『日本株は不利』」と取れる。しかし、なぜ欧州株に比べて「日本株は不利」なのかは教えてくれない。

日米相対株価の動きは、日本の消費者心理の下向き具合と重なるし、日米の企業業績の勢いの差でもある」という材料も示してはいる。これも「日米」の比較だ。しかも過去の動向の分析なので、これから「不利な戦いを強いられそう」かどうかを判断する材料にはなりにくい。

できれば世界の株式市場の中で、最低でも日米中欧の中で「日本株は不利な戦いを強いられそうだ」と読者に納得させなければ、この記事は失敗だ。そして結果は言うまでもない。

最後に結論部分も見ておこう。

【日経の記事】

通貨冷戦は第3ラウンドでは終わらないかもしれない。緩和策の陰で、米国でも信用力の低い企業や商業用不動産などに貸し込み過ぎている懸念がある。

調整色を強める世界の株価と裏腹に、ニューヨーク金相場は6年ぶりの高値水準だ。金は不確定な時代への「保険」だが、徐々にその必要性を感じる投資家が増えているシグナルに見える



◎最後は脱線気味に…

最後は「世界の株価」全体に不安感が広がっているという話になってしまった。「日本株は不利な戦いを強いられそう」かどうかをしっかり論じた上ならば、まだ許せる。しかし、そうはなっていない。これでは記事に合格点は与えられない。


※今回取り上げた記事「スクランブル~市場『通貨冷戦』を懸念 米に余力、日本株には不利か
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190806&ng=DGKKZO48239040V00C19A8EN1000


※記事の評価はD(問題あり)。藤田和明編集委員への評価はDを維持する。藤田編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「FANG」は3社? 日経 藤田和明編集委員「一目均衡」の説明不足
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/fang.html

改善は見られるが…日経 藤田和明編集委員の「一目均衡」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_2.html

「中国株は日本の01年」に無理がある日経 藤田和明編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/01.html

「カラー取引」の説明不足に見える日経 藤田和明編集委員の限界
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/02/blog-post_37.html

東証は「4市場」のみ? 日経 藤田和明編集委員「ニッキィの大疑問」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_28.html

2019年8月5日月曜日

日経で「少子化の原因は男女差別」と断定した出口治明APU学長の誤解

立命館アジア太平洋大学学長の出口治明氏に記事を任せるのはやめた方がいい。5日の日本経済新聞朝刊女性面に載った「ダイバーシティ進化論~少子化の根源に男女差別 クオーター制、意識変える」という記事を読んで、そう確信した。
石巻市役所(宮城県石巻市)※写真と本文は無関係

出口氏の主張は問題だらけだ。記事の冒頭部分から見ていこう。

【日経の記事】 

2018年に生まれた子どもの数は92万人を割り込み、過去最少を更新した。少子化の根本原因は何か。それは男女差別にある

最近では職場に赤ちゃんを連れて行っていいという企業が増えている。最近の仕事はアイデア勝負で脳を酷使するケースが多い。集中できるのは2時間程度で、3~4回繰り返すのがせいぜいだ。これは授乳サイクルと合っている。赤ちゃんにミルクを飲ませ、寝ている間に仕事をすれば約2~4時間。安心して働けるから生産性も上がる。

そんな記事を読んだ若いカップルの話だ。夫が「本当にうちの赤ちゃんを会社に連れて行ける?」と聞いたところ、妻は答えた。「何言ってるの。連れて行くのはあなたでしょ」。夫は一度も考えたことがなかったようで驚愕(きょうがく)したそうだ。

考えてみてほしい。家事・育児・介護は本来女性がやるべき仕事であり、男性は手伝えばいいという社会で、女性が赤ちゃんを産もうと思うだろうか。自分を苦しめるだけではないか。どんな施策をとっても、男女差別をなくさなければ赤ちゃんは永遠に増えない。



◎昔の方が「男女平等」だった?

少子化の根本原因は何か。それは男女差別にある」と出口氏は言い切る。戦後間もない第1次ベビーブーム期に合計特殊出生率は4.3を超えていた。「男女差別」が「少子化の根本原因」だとしたら、日本では戦後に急速に「男女差別」が進んだのか。昔は今とは比べ物にならないぐらい「男女差別」のない社会だったのか。

海外を考えてみても分かる。世界経済フォーラムが発表した「男女平等度ランキング2018」で最下位はイエメンだが、17年の出生率は3.8もあるらしい。平等度ランキング1位のアイスランドの1.7を圧倒している。こうしたデータを見ると、「『育児』は『本来女性がやるべき仕事』という認識を共有している社会の方が出生率は高くなりやすい」と言われた方がまだ納得できる。

考えてみてほしい。家事・育児・介護は本来女性がやるべき仕事であり、男性は手伝えばいいという社会で、女性が赤ちゃんを産もうと思うだろうか」という問題提起も苦しい。日本は「家事・育児・介護は本来女性がやるべき仕事であり、男性は手伝えばいいという社会」なのか。例えば90%以上の人がそうした考えを持っているのならば分かる。

しかし、今どき「家事・育児・介護は本来女性がやるべき仕事」と信じている人は稀だろう。また「家事・育児・介護」を男性が担っている事例も当たり前にある。

今の日本は「妻が認知症になっても夫は介護の中心的役割を果たさないのが当然の社会」なのか。出口氏も少し考えれば分かるはずだ。

ついでに言うと、出口氏が出した事例には別の意味で「男女差別」を感じる。「何言ってるの。連れて行くのはあなたでしょ」と妻は発言しているが、「赤ちゃんを会社に連れて」行くのは男性の役割と決まっているのか。その前提で妻が「何言ってるの」と夫に言っているのならば、かなり差別的だ。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

「出生率を上げても追いつかないから移民に頼るしかない」という人もいる。短期的には正しいが、長期的にはどうだろう。外国から来た女性だって、男女差別を温存したままの社会で赤ちゃんを産むはずがない。男女差別をなくすには、企業の役員や議員の一定割合を女性にするといったクオーター制が有効だ



◎どんな「男女差別」がある?

外国から来た女性だって、男女差別を温存したままの社会で赤ちゃんを産むはずがない」と出口氏は言う。「家事・育児・介護は本来女性がやるべき仕事であり、男性は手伝えばいいという社会」が「男女差別」的だと言いたいのだろう。だが、既に述べたように、日本がそうした「社会」だとは考えにくい。

仮に日本は「家事・育児・介護は本来女性がやるべき仕事であり、男性は手伝えばいいという社会」だとしよう。それを変えるために「企業の役員や議員の一定割合を女性にするといったクオーター制が有効」と言えるだろうか。

企業の役員や議員の一定割合を女性にする」だけで、社会の意識が変わって「家事・育児・介護」を男性が引き受けるようになるのか。どういう経路でそうなるのか謎だ。

そもそも「男女差別をなくす」のに「クオーター制が有効」とは思えない。実力で選ぶと役員の9割が男性になるとしよう。しかし「クオーター制」で役員の5割を女性に割り当てる。この場合、明らかに女性優遇策だ。「男女差別をなくす」と言うより「男女差別を生み出す」結果になる。

記事を最後まで見ていこう。出口氏はここでも無理のある主張を展開している。

【日経の記事】

「パパは脳研究者」(クレヨンハウス、池谷裕二著)に書かれているが、女性は出産時にオキシトシンが出るから家族愛が自然に生まれる。オキシトシンが母性愛の正体だ。一方で男性は赤ちゃんの面倒を見ることによってオキシトシンが出る。かわいいから面倒を見るのではなく、面倒を見るからかわいいという気持ちが生まれ、いいカップル、いい家族になる。

だから男性に育児休業をとらせることは正しい。だが2~3カ月面倒を見ないとオキシトシンは出ない。

「代替要員がいないから難しい」というなら、発想が根本から間違っている。社員の育児休業をラッキーと考え、部署の仕事を棚卸ししてみよう。無駄な仕事をなくせば、代替要員なんていらない。復帰したときには新しい仕事を始めるか、みんなでもっと早く帰ればいい。それこそがイノベーションなのだ。



◎人員ゼロでも回せる?

『代替要員がいないから難しい』というなら、発想が根本から間違っている。社員の育児休業をラッキーと考え、部署の仕事を棚卸ししてみよう。無駄な仕事をなくせば、代替要員なんていらない」という主張には驚いた。これが成り立つには、究極的には人員ゼロで仕事ができないければならない。

社員100人の会社で10人が同時に「育児休業」を取得したとしよう。出口氏の考えでは「無駄な仕事をなくせば、代替要員なんていらない」はずだ。では20人ならばどうか。90人ならばどうか。99人ならばどうか。本当に「無駄な仕事をなくせば、代替要員なんていらない」と言えるのか。

出口氏には、自身が学長を務める立命館アジア太平洋大学に当てはめて考えてほしい。自分の主張がいかに現実離れしたものか分かるはずだ。


※今回取り上げた記事「ダイバーシティ進化論~少子化の根源に男女差別 クオーター制、意識変える
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190805&ng=DGKKZO48121420S9A800C1TY5000


※記事の評価はD(問題あり)。出口治明氏への評価はDで確定させる。出口氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

女性「クオータ制」は素晴らしい? 日経女性面記事への疑問
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/04/blog-post_18.html

「ベンチがアホ」を江本氏は「監督に言った」? 出口治明氏の誤解
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/blog-post_2.html

「他者の説明責任に厳しく自分に甘く」が残念な出口治明APU学長
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/apu.html

「弊害」多いのに「親子上場の禁止」は求めない日経社説の謎

5日の日本経済新聞朝刊総合・政治面に「看過できなくなってきた親子上場の弊害」という社説が載っている。この社説の最大の問題はなぜ「親子上場」の禁止を求めないのかという点だ。社説の全文は以下の通り。
瑞鳳寺(仙台市)※写真と本文は無関係です

【日経の社説】

上場企業が子会社も上場させる「親子上場」の弊害が看過できなくなってきた。弱い立場に置かれている上場子会社の一般株主の利益を守る仕組みをつくるとともに、企業も日本特有の親子上場の数を減らす努力をすべきだ。

親子上場の弊害を印象づけたのが、オフィス用品通販大手のアスクルとその約45%の株を持つヤフーの対立だ。ヤフーが消費者向けネット通販サイト「LOHACO(ロハコ)」の事業譲渡を申し入れ、両社の関係が悪化した。

2日のアスクルの株主総会ではヤフーと約11%を持つ第2位株主のプラスが岩田彰一郎社長の再任に反対し、岩田氏は解任された。

アスクルは業績と株価が低迷している。ヤフーが社長在任が20年を超える岩田氏の責任を問うたのは株主の権利として理解できる

解せないのが、ヤフーが松下電器産業(現パナソニック)元副社長の戸田一雄氏や日本取引所グループ前最高経営責任者(CEO)の斉藤惇氏ら3人の独立社外取締役も同時に解任したことだ。

独立社外取締役は、中立の立場から一般株主の利益を守る役割を負っている。仮にヤフーが自分の方に有利な条件でロハコ事業を取得しようとしても、他の一般株主は対抗手段がなくなってしまう。

日本の親子上場は300社を超える。NTTグループ3社や日本郵政グループ3社など民営化企業に加え、ソフトバンクグループは昨年、携帯電話子会社のソフトバンクを子会社のまま上場した。

アスクルと同じ問題は他の親子上場でも起きうる。日本取引所グループは上場子会社の審査を厳しくして、親会社が上場子会社を意のままに操れない企業統治を求めてほしい。上場子会社には独立社外取締役の数を取締役会の最低3分の1以上、できれば過半数に増やすよう義務づけるべきだ。

ヤフーとアスクルの親子上場は2012年にアスクルがヤフーに第三者割当増資を実施したことに端を発する。M&A(合併・買収)で形成された親子上場にも取引所は審査の網を広げてほしい。

欧米では親子上場は極めてまれだ。非中核事業の切り離しで親子上場になっても、数年後に完全売却し解消するのが一般的だ。

日本でも日立製作所のように20社以上の上場子会社を4社まで減らし、投資家の評価を高めた企業もある。他の企業にも親子上場を解消する決断を期待したい


◎禁止すれば済む話では?

個人的には「親子上場」に大きな問題はないと感じる。だからと言って「親子上場」の禁止にも反対しない。どちらにしろ問題はないからだ。

日経が「『親子上場』の弊害が看過できなくなってきた」と確信しているのならば、「親子上場」の禁止を求めるべきだ。現存する上場子会社については一定期間後に上場廃止か親子関係の解消を選んでもらえばいい。

なのに、社説では「日本取引所グループは上場子会社の審査を厳しくして、親会社が上場子会社を意のままに操れない企業統治を求めてほしい」と言うだけだ。その上で「他の企業にも親子上場を解消する決断を期待したい」と当該企業の判断での「解消」を求めている。

他の企業にも親子上場を解消する決断を期待したい」のであれば、日本から親子上場がなくなった方が好ましいと日経は判断しているはずだ。なのに親子上場の禁止は求めない。そこが解せない。

親会社が上場子会社を意のままに操れない企業統治」などと言う奇怪な仕組みを作ってまで、なぜ「親子上場」を存続させる必要があるのか。親会社が子会社を支配するのは当然だ。子会社のまま上場すると「弊害が看過」できないのならば禁止すれば済む。簡単な話だ。

ついでに言うと「解せないのが、ヤフーが松下電器産業(現パナソニック)元副社長の戸田一雄氏や日本取引所グループ前最高経営責任者(CEO)の斉藤惇氏ら3人の独立社外取締役も同時に解任したことだ」という解説が「解せない」。社説では「独立社外取締役は、中立の立場から一般株主の利益を守る役割を負っている」とも書いている。

3人の独立社外取締役」は「ヤフー」にも「アスクル」にも付かない「中立の立場」を守っていたのか。

アスクルは業績と株価が低迷している。ヤフーが社長在任が20年を超える岩田氏の責任を問うたのは株主の権利として理解できる」と社説でも書いている。ならば「岩田氏の責任を問うた」のは「一般株主の利益」にも反しないはずだ。

なのに「独立社外取締役」である「戸田一雄氏」は「実質的な決定権を持つ1、2位株主が岩田社長の再任に反対することは『上場会社のガバナンス(企業統治)を無視している』」(7月23日付の日経の記事)と主張した。他の2人の「独立社外取締役」も同じ考えだとすれば「中立の立場」は完全に崩れている。

今回は「11%を持つ第2位株主のプラス」もヤフー側に付いており、「3人の独立社外取締役」は少なくとも「第2位株主」の利益も代弁していない。その他の「一般株主」にもヤフーへの支持があるようなので、「3人の独立社外取締役」を「中立の立場から一般株主の利益を守る」存在と位置付けるのは無理がある。

結局、今回も「『親子上場』の弊害が看過できなくなってきた」といった状況には至っていないと感じる。「そんなことはない。親子上場は問題が多過ぎる」と日経が言うならば、それはそれでいい。だったら「親子上場」の禁止を求めるべきだ。


※今回取り上げた社説「看過できなくなってきた親子上場の弊害
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190805&ng=DGKKZO48186640T00C19A8PE8000


※社説の評価はC(平均的)。

2019年8月3日土曜日

「敗戦」の基準見えぬ日経ビジネス特集「医薬品はなぜ高い?」

日経ビジネス8月5日号の特集「1回の投与で2億円も 医薬品はなぜ高い?」は悪い出来ではない。しかしPART2の「2度目の『敗戦危機』取り残される日本」という記事は引っかかった。何を以って「敗戦」とするか明確になっていない。
大浦天主堂(長崎市)※写真と本文は無関係です

当該部分を見ていこう。

【日経ビジネスの記事】

現在、世界で最も売上高の大きい医薬品は、米製薬大手アッヴィが販売する「ヒュミラ」という関節リウマチの薬だ。欧州で特許が切れ始めたため増収のペースは落ちたが、それでも米国での値上げが功を奏し、2018年は前年比8.2%増の199億ドル(約2兆1500億円)を売り上げた。これだけで、日本の製薬最大手、武田薬品工業の18年度の売上高(約1兆7880億円。アイルランドのシャイアー買収の影響は除く)を上回る。

この薬は、免疫反応の主役である「抗体」という物質を利用したバイオ医薬品だ。実は世界で売上高トップ10の製品の約半分はバイオ医薬品が占めている。遺伝子組み換え技術を利用して製造するバイオ医薬品は、1980年代後半から医薬品市場に姿を現し、2000年代半ばごろからは抗体を利用した製品が市場で頭角を現していった。それまでの化学合成に基づく製剤の技術が大きく変わったことを意味する。

ところが日本の製薬企業の多くは、このバイオ医薬品の台頭に乗り遅れた。米国のベンチャーなどから日本市場での権利を獲得して販売している例はあるものの、早い時期に自社でバイオ医薬品を製造する技術を手に入れられたのは、協和キリンとロシュグループ傘下の中外製薬だけ。日本の高額医薬品の先駆けは、当初、1人あたり年3000万円以上かかった小野薬品工業のがん治療薬「オプジーボ」だが、小野薬品はバイオ医薬品の生産ノウハウを持たなかったので、米メダレックス(その後米ブリストル・マイヤーズスクイブが買収)と提携した経緯がある。


◎そこそこ頑張っても「敗戦」?

最初の「敗戦」は「バイオ医薬品」市場で起きたようだ。「協和キリンとロシュグループ傘下の中外製薬」は「早い時期に自社でバイオ医薬品を製造する技術を手に入れられた」。そして「小野薬品工業」も「米メダレックス」と提携して「オプジーボ」を生み出した。そこそこ健闘している気もするが、結果は「敗戦」だ。どうなれば「勝利」だったのかは分からない。

記事の説明では、勝者となった国がどこかも不明だ。「世界で売上高トップ10」に入る「バイオ医薬品」を生み出した企業の母国が勝者なのか。だとしたら米国は入るのだろう。後ははっきりしないが「世界トップ5」の製薬企業を抱えるスイス、英国辺りが候補か。

勝敗の基準を明確にしてもらわないと「2度目の『敗戦危機』」と言われても説得力を感じない。例えば世界で3カ国だけが勝者で残りが敗者だとしたら、「敗戦」はそんなに「危機」的なことなのか。

また、最初の「敗戦」が「バイオ医薬品」市場で起きたのならば、日本の製薬企業は「化学合成に基づく製剤」の分野では勝者だったのだろう。しかし、そういう印象はないし、記事でも「日本はかつて勝者だった」と言える材料を提示していない。

ついでに言うと「協和キリンとロシュグループ傘下の中外製薬」という書き方は好ましくない。「『協和キリンとロシュグループ』傘下の中外製薬」とも読めるからだ。「協和キリンと、ロシュグループ傘下の中外製薬」と読点を入れれば問題は解消する。

次に「2度目の『敗戦危機』」の舞台となる「遺伝子治療」について見ていこう。

【日経ビジネスの記事】

バイオ医薬品に続いて、押し寄せるのがPART1で見た遺伝子治療の技術革新の波だ。日本でもバイオベンチャーのアンジェス、タカラバイオ、桃太郎源、IDファーマと、ベンチャーまで視野に入れれば、遺伝子治療の治験(承認申請を目的に実施する臨床試験)を進める企業はある。大塚製薬はタカラバイオと、杏林製薬は桃太郎源と契約して共同開発しているし、武田薬品はシャイアーが開発中の品目を手に入れた。ただ、米国に比べると、層の厚さが全く違う。

下の世界地図を見てほしい。これは米国立衛生研究所(NIH)が運営するデータベースを基に作成したものだ。7月10日時点で、遺伝子治療の臨床試験を実施している場所を示す。

国・地域別では358件の米国が最多だ。米国で食品医薬品局(FDA)に医薬品を申請する企業はこのデータベースへの登録が義務付けられるため、当然かもしれないが、それにしても日本は少ない。わずか8件。中国(31件)、韓国(19件)にも及ばない。

日本にはiPS細胞があるので、細胞医薬や再生医療が強いのではという声もある。確かに、京都大学が特許を持つiPS細胞の研究では日本がリードしているが、いわゆる万能細胞はiPS細胞だけではない。受精卵から作るES細胞の研究は米国でも盛ん。血液などから採取した幹細胞と呼ばれる万能細胞を使った細胞医薬や再生医療の開発も活発だ。何より、世界的に見れば細胞医薬、再生医療より、遺伝子治療が実用化で先んじている。

バイオ医薬品に続き、遺伝子治療でも世界に後れを取れば、日本は「2度目の敗戦」を迎えることになる


◎臨床試験の数で勝敗が決まる?

遺伝子治療の臨床試験」の多寡で勝敗が占えると筆者ら(橋本宗明編集委員と古川湧記者)は考えているようだ。全く無関係とは言わないが、かなり無理がある。そもそも「日本での臨床試験=日本企業による臨床試験」「米国での臨床試験=米国企業による臨床試験」となっている訳ではない。

例えるならば「米国での自動車の生産台数が多い=米国の自動車メーカーは強い」と判断しているようなものだ。しかし米国で日本の自動車メーカーが生産している場合もある。

「(臨床試験が)それにしても日本は少ない。わずか8件」と記事では書いている。記事に付けた地図を見るとスイスはさらに少ない6件。だからと言って「世界1位のロシュと3位のノバルティスを擁するスイスも遺伝子治療では敗戦危機に」と捉えてよいのだろうか。

バイオ医薬品に続き、遺伝子治療でも世界に後れを取れば、日本は『2度目の敗戦』を迎えることになる」という見方を否定はしない。しかし「かつては勝者だった日本の製薬企業がバイオ医薬品で負け、遺伝子治療でも敗戦の危機に」と納得できる材料がこの記事には見当たらなかった。

付け加えると「日本でもバイオベンチャーのアンジェス、タカラバイオ、桃太郎源、IDファーマと、ベンチャーまで視野に入れれば、遺伝子治療の治験(承認申請を目的に実施する臨床試験)を進める企業はある」という説明も気になる。この書き方だと「タカラバイオ」は明らかに「ベンチャー」だ。

しかし記事には「宝ホールディングス子会社のタカラバイオ」という説明もある。一般的には、上場している大企業の子会社を「ベンチャー」とは呼ばない気がする。


※今回取り上げた特集「1回の投与で2億円も 医薬品はなぜ高い?
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/special/00176/


※特集全体の評価はC(平均的)。橋本宗明編集委員への評価はCで確定とする。古川湧記者への評価は暫定D(問題あり)から暫定Cへ引き上げる。


※橋本編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「オプジーボ巡る対立」既に長期化では?  日経ビジネス橋本宗明編集委員に問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/blog-post_20.html

光免疫療法の記事で日経ビジネス橋本宗明編集委員に注文
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/blog-post_5.html

2019年8月2日金曜日

「江別の蔦屋書店」ヨイショが強引な日経 中村直文編集委員

今に始まった話ではないが、日本経済新聞の中村直文編集委員が書く記事は問題が多い。2日の朝刊企業1面に載った「ヒットのクスリ~蔦屋、『令和のイオン』になる 地域性・体験型 生命線に」という記事もその1つ。どこが問題なのか指摘してみたい。
鮎川港(宮城県石巻市)のカモメ ※写真と本文は無関係

【日経の記事】

北海道江別市に蔦屋書店の新型店が2018年11月に開業し、今も平日からにぎわう。3年間札幌に勤務していたが、隣の江別市に対する印象は薄い。実際に運営するCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)の事前調査では住民も「何もないところ」と控えめ。なぜ江別なのか


◎持ち上げるなら…

今回の記事では「江別市」にある「蔦屋書店の新型店」を持ち上げている。この店が非常に好調ならば「ヒットのクスリ」というテーマに合致するかもしれない。だが「2018年11月に開業」した後の販売状況については「今も平日からにぎわう」と書いているだけだ。

これなら、ほとんどの店を成功例として取り上げられる。今回の記事のように全面肯定で取り上げる場合、「確かに凄いヒットだな」と思える数字が欲しい。例えば「新型店の1平方メートル当たりの売上高は蔦屋書店の平均的な店舗の3倍」となっていれば納得できる。

そうしたデータなしにヨイショに走られると「中村編集委員の悪い癖がまた出ているのでは…」と勘繰りたくなる。

次は「なぜ江別なのか」を考えながら記事を読んでいこう。

【日経の記事】

約4万4500平方メートルという広大な敷地があったことも大きいが、CCC側は潜在価値を見つけた。近年の札幌は地価が上昇し、マンション価格も80平方メートルで4000万円台と首都圏並みに上昇。このため江別はそのベッドタウンとしての価値が上がっている

そして市の中心部にも緑が生い茂った自然が残る。「江別なら田園都市でのスローライフの提案ができる」と判断し、新たな店づくりに乗りだした。



◎「スローライフ」と関係ある?

まず、どんな「潜在価値を見つけた」のか謎だ。「ベッドタウンとしての価値が上がっている」「市の中心部にも緑が生い茂った自然が残る」というのは誰でも分かる話だろう。そうした事実から、どんな「潜在価値を見つけた」のか説明がない。

また「ベッドタウンとしての価値が上がっている」「市の中心部にも緑が生い茂った自然が残る」という事実から「江別なら田園都市でのスローライフの提案ができる」と判断するのも謎だ。

ベッドタウンとしての価値が上がっている」ことと「スローライフ」は無関係だと思える。「市の中心部にも緑が生い茂った自然が残る」のは、少し関連があるかもしれないが、そんな場所はいくらもある。例えば、東京都心でも皇居には「緑が生い茂った自然」が残っている。結局「なぜ江別なのか」に説得力のある答えは見当たらない。

さらに続きを見ていこう。

【日経の記事】

昭和は駅前中心の再開発、平成は郊外型ショッピングセンターの建設ラッシュが目立った。

令和はどうか。少子高齢化・人口減が進み、モノは余る。買い物は米アマゾンを中心としたネットやコンビニエンスストア、ドラッグストアが中心になる。リアル店舗の役割は食、地域コミュニティー、知的な刺激など体験型が生命線だ。

江別の蔦屋書店は東京・代官山、銀座以上に一段と脱・本屋が進んでいる。いうならばコトを重視したミニSCで、令和型「イオン」か。江別の蔦屋は3棟建てで食、知、暮らしのゾーンに区分けされる。コアは書籍が中心の約1500平方メートルの知だが、食のゾーンでは同じ規模でフードコートを展開している。

フードコートは地元や北海道で知る人ぞ知る名店だけを集めた。カレー、イタリアン、おはぎなどなど。函館で人気の回転ずしが運営する「おにぎり」店、薫製専門店など全国チェーンのSCでは味わえない店舗を誘致した。

暮らしのゾーンではカフェ併設のグリーンショップ、家具のセレクトショップやアウトドア用品などで構成。子供の遊びフロアも備え、ガラス張りの壁からは実物の電車が見える。

地域密着型を掲げる江別・蔦屋の売り場以外の特徴はイベントだ。これも著名なタレントなどを呼ぶのではなく、料理や手芸など地元の住民が主催する内容が多く、月に100回以上開催しているという。



◎大して「コトを重視」してないような…

江別の蔦屋書店」は「コトを重視したミニSC」らしいが、「コトを重視」している感じがあまりない。「コアは書籍が中心の約1500平方メートルの知」に関しては「コトを重視」とは言い難い。「暮らしのゾーンではカフェ併設のグリーンショップ、家具のセレクトショップやアウトドア用品などで構成」しているので、これまた「コトを重視」していない。
長崎新地中華街(長崎市)※写真と本文は無関係です

結局、「コトを重視」したエリアとしては「フードコート」があるくらいだ。しかし、大抵の「SC」には「フードコート」がある。「子供の遊びフロア」や「イベント」も珍しくない。結局、「江別の蔦屋書店」を「コトを重視したミニSC」と見なす理由は見当たらない。

さらに言えば、どんな「スローライフの提案」をしているのかも分からない。「全国チェーンのSCでは味わえない店舗」で食事をして、「料理や手芸など地元の住民が主催する」イベントに参加すると「スローライフ」が実現できるのか。その辺りは説明が欲しい。

記事を最後まで見ていく。

【日経の記事】

これまでSCと言えば、全国ブランドの専門チェーンを柱で構成していた。それでは飽きられるし、他地域から人を呼ぶこともできない。地域性の強いテナント構成にすることで"外貨"も集められる。外食企業のバルニバービの佐藤裕久社長も「そこにしかないものをつくらないと町の再生はできない」と指摘している。

CCCは今後、こうした地域型蔦屋書店を積極的に出店していく方針。北海道プロジェクトを推進してきた蔦屋書店の梅谷知宏社長は「アマゾンとは逆のベクトルの空間を創造したい」と話す。何もない制約条件こそ他にないものをつくるチャンスかもしれない


◎「そこにしかないもの」と言うなら…

コトを重視」して「スローライフ」を提案したことが成功につながったのかと思ったら、結局は「地域性の強いテナント構成」が強味という話になってしまった。だったら「蔦屋書店」にしない方がいいだろう。

東京・代官山、銀座」などにもある「蔦屋書店」が「江別」にできても、個人的には「そこにしかないもの」ができたとは感じない。

何もない制約条件」という説明も引っかかった。「制約条件が何もない」とも取れるが、おそらく「『江別=何もない』という制約条件」との趣旨だろう。冒頭に「何もないところ」という住民のコメントもある。

しかし「約4万4500平方メートルという広大な敷地」があり、「市の中心部にも緑が生い茂った自然が残る」上に「ベッドタウンとしての価値が上がっている」のならば、「江別=何もない」とは言い難い。

最後に記事の書き方で注文を1つ。記事の最初の方で「(江別の蔦屋書店を)実際に運営するCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)」という説明があった。そして最後の段落に「CCCは今後、こうした地域型蔦屋書店を積極的に出店していく方針。北海道プロジェクトを推進してきた蔦屋書店の梅谷知宏社長は~」と出てくる。この場合「CCC」と「蔦屋書店」の関係を記事中で説明すべきだ。親子関係だとは思うが…

店舗の「運営」は「CCC」で、「蔦屋書店」が「北海道プロジェクトを推進してきた」のか。役割分担も分かりにくい。

中村編集委員は「江別の蔦屋書店」を「令和はどうか」が垣間見える「他にない」商業施設の成功例として紹介したかったのだろう。だが、成功していると言える根拠は見当たらないし、新規性もそれほど感じられなかった。


※今回取り上げた記事「ヒットのクスリ~蔦屋、『令和のイオン』になる 地域性・体験型 生命線に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190802&ng=DGKKZO48002320R30C19A7TJ1000


※記事の評価はD(問題あり)。中村直文編集委員への評価もDを維持する。中村直文編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

無理を重ねすぎ? 日経 中村直文編集委員「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2015/11/blog-post_93.html

「七顧の礼」と言える? 日経 中村直文編集委員に感じる不安
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_30.html

スタートトゥデイの分析が雑な日経 中村直文編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/blog-post_26.html

「吉野家カフェ」の分析が甘い日経 中村直文編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_27.html

日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」が苦しすぎる
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_3.html

「真央ちゃん企業」の括りが強引な日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_33.html

キリンの「破壊」が見えない日経 中村直文編集委員「経営の視点」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/12/blog-post_31.html

分析力の低さ感じる日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/blog-post_18.html

「逃げ」が残念な日経 中村直文編集委員「コンビニ、脱24時間の幸運」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/24.html

「ヒットのクスリ」単純ミスへの対応を日経 中村直文編集委員に問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/blog-post_27.html

日経 中村直文編集委員は「絶対破れない靴下」があると信じた?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_18.html

「絶対破れない靴下」と誤解した日経 中村直文編集委員を使うなら…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_21.html

「KPI」は説明不要?日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」の問題点
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/kpi.html

日経 中村直文編集委員「50代のアイコン」の説明が違うような…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/50.html

「セブンの鈴木名誉顧問」への肩入れが残念な日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/blog-post_15.html