2017年1月31日火曜日

日経の「大和ハウスがプレミアムフライデー」に残る疑問

31日の日本経済新聞朝刊企業総合面に載った「プレミアムフライデー 大和ハウス、午後有休に 偶数月、従業員1.9万人対象」という記事には疑問が残った。日経が提供する情報だけでは、大和ハウスの取り組みが評価に値するものかどうか判断できない。
草千里ヶ浜(熊本県阿蘇市)※写真と本文は無関係

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

大和ハウス工業は30日、偶数月の最終金曜日の午後を有給休暇にすると発表した。経済産業省が推奨する国民運動「プレミアムフライデー」に対応する。柔軟な働き方を導入することで、新入社員の採用などで円滑な人材確保を図る。

新施策は2月の最終金曜日である24日から採用する。パートなどを含む1万9千人の従業員が対象となる。通常の勤務時間は午前9時から午後6時まで(正午から午後1時までは休憩)。始業時間を8時にして午前を4時間とし午後1時から5時までの4時間は有休とする。


金曜日の午後が休暇になると、仕事と生活のバランスを整えることができる可能性がある。大和ハウスは事業拡大に伴い社員を増やしており、建設業界では人材不足が加速していることもあり「働きやすい会社」をアピールする。
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これを読んで「大和ハウスの取り組みは従業員にとって良いこと」と感じるだろうか。自分が社員だったらと考えた場合、「偶数月の最終金曜日の午後を有給休暇にする」分だけ、有給休暇の日数が増えるのならば歓迎だ。しかし、記事からは何とも判断できない。大和ハウスのニュースリリースでも同じだ。

取得可能な有給休暇の日数が変わらない前提で言えば、この制度は「改悪」の可能性が高い。これまで自由に配分できた有給休暇の一部が「偶数月の最終金曜日の午後」に固定されてしまう。大和ハウスが有給休暇もまともに取れない会社ならば、有給休暇の消化を促す効果はあるだろうが…。

筆者には、そういう問題意識を持って追加取材をしてほしかった。今回の取り組みを記事では「柔軟な働き方を導入」と言い切っているが、一部の有給休暇の取得時期を固定化させるのは「柔軟な働き方」とは逆を向いている気もする。

仮に有給休暇を取得できる日数が増えるとしても、「偶数月の最終金曜日の午後」を休みにするのは「柔軟な働き方を導入すること」ではないだろう。「柔軟」と呼ぶのであれば、「2カ月に1回は自由に半休が取れる」といった制度になるはずだ。

ついでに言うと、「金曜日の午後が休暇になると、仕事と生活のバランスを整えることができる可能性がある」という部分は、記事にする意味がない。金曜日の午後が仕事でも「仕事と生活のバランスを整えることができる可能性」はあるし、わざわざ言われなくても分かる。

短い記事でこういう情報を盛り込むと、実質的な情報量はさらに少なくなる。その辺りはもっと工夫してほしい。

もう1つ付け加えると、大和ハウスに関しては「建設業界」よりも「住宅業界」の一員と見る方が自然だ。


※記事の評価はC(平均的)。

2017年1月30日月曜日

「落とし穴」は浅い?日経「AIと世界~理想社会の落とし穴」

苦しい展開になりそうな連載が30日に日本経済新聞朝刊1面で始まった。「AIと世界~気がつけばそこに」という連載の第1回は「理想社会の落とし穴 公平とは何か」。色々とツッコミどころが多い記事になっている。「理想社会の落とし穴」と見出しに付けているが、記事を読む限り「落とし穴」は大したものではなさそうだ。

ブルージュ(ベルギー) ※写真と本文は無関係です
記事の前半を見た上で、問題点を指摘したい。

【日経の記事】

フィリピン・マニラ市のカジノ。「帰りの航空代金がなくなっちゃう」「泳いで帰るしかないわね」。ルーレットで負け続けた韓国人男性客と地元の女性ディーラーのやりとりが笑いを誘った。

ここで働くディーラーや顧客は、ある最新技術が導入されたことをまだ知らない。天井を見上げると50センチごとにぎっしりカメラが並ぶ。単なる監視カメラではない。不正を犯しそうな人を事前に見つけるシステムだ。

大麻中毒や、万引きをする人など約10万人の画像データを解析。顔や体の細かい揺れから怪しい人物を特定する。1日10人程度にシステムは反応している。本人には知らせないまま重点監視の対象とした女性もいる

同様のシステムは世界の空港やイベント会場でも採用が進むが、問題も浮上している。米国のあるシステムでは過去のデータなどから“公平”に分析すると、白人よりも黒人を怪しいと判断する比率が高いのだ

人工知能(AI)の法整備に詳しい慶応大学の新保史生教授は「犯罪者は生まれつき決まっているとの学説もある。そんな考えをもとにしたシステムは深刻な人権侵害を起こす」と言う。悪いことをしていないのにある日突然、AIに犯罪予備軍と認定され、周囲から白い目で見られる。犯罪が減ったとしても、それは理想の社会なのか。


◎知らせないのが当然では?

まず「本人には知らせないまま重点監視の対象とした女性もいる」との説明が引っかかった。この書き方だと「ほとんどの人には重点監視の対象になっていることを知らせている(例外となった女性もいる)」と受け取れる。だが、従業員はともかく、まだ問題を起こしていない顧客に「あなたは重点監視の対象ですよ」と警告するだろうか。知らせないのが当然だとすれば、「本人には知らせないまま重点監視の対象とした女性もいる」と強調されても困る。


◎何が「問題」?

過去のデータなどから“公平”に分析すると、白人よりも黒人を怪しいと判断する比率が高い」ことの何が問題なのか。「世界の空港やイベント会場」で「犯罪予備軍」を正しく検知できるシステムがあるとしよう。そのシステムを使って、黒人と白人の参加者が半々のイベントで「犯罪予備軍」を割り出したら90%は黒人だった場合、何か問題があるだろうか。

怪しい人を会場から追い出すといった措置を取るならば別だが、参加者には気付かれずに監視するのであれば、黒人比率が高くても大きな問題はないはずだ。「このイベントの参加者の中で怪しい人を選んだところ、90%は黒人でした」と発表するわけでもないだろう。

悪いことをしていないのにある日突然、AIに犯罪予備軍と認定され、周囲から白い目で見られる」のは困った話だが、「不正を犯しそうな人を事前に見つけるシステム」ができたからと言って、記事で言うような心配する必要はなさそうな気がする。

従来も、監視カメラを使って人の目で怪しそうな人の目星を付けることはできたし、やってきた。だからと言って、「ある日突然、犯罪予備軍と認定され、周囲から白い目で見られる」といった社会問題は起きていない。人の目がAIに代わると、なぜ急に問題になるのか謎だ。

記事の後半部分はさらに辛い。

【日経の記事】

企業も同様の問題に直面する。日立ソリューションズは2月、休職する可能性が高い社員をAIで割り出すシステムを発売する。業務の様子や残業時間から判断。管理者に警告を出し、業務を分散させるなどして休職の防止に生かす

プロジェクトを率いる山本重樹本部長が頭を悩ませたのが個人を特定するかどうか。休職の可能性がありと上司に知られれば人事評価に影響が出かねないからだ。「個人の不利にならないように使うこと」という項目を契約に盛り込み、休職しそうな人数だけを伝えることにした。休職を防ぐ効果は限られてしまうだけにジレンマも感じる。


◎ショボすぎる事例

この日立ソリューションズの話はかなりショボい。「AIはすごい力を持つがリスクもある諸刃の剣だ」とこの記事では伝えたいはずだ。しかし、「休職する可能性が高い社員をAIで割り出すシステム」は大した力を発揮しそうもない。

大分県立日田高校(日田市) ※写真と本文は無関係です
日経の別の記事によると、このシステムは「残業時間や有給休暇取得日数に加え、最近上司が変わったか、などの要素も加味した上で分析する」らしい。つまり、大したデータ分析はしてくれない。

会話、運動、食事、睡眠といった個人の様々なデータをAIが総合的に分析して休職する可能性を割り出すのならば、「休職の可能性が高い人」と認定された時にショックもある。しかし、「残業時間や有給休暇取得日数」「最近上司が変わったか」は一緒に働いている上司でも簡単に分かる。その上で本人の様子も職場で直に見ているのだから、AIより判断材料は豊富だ。日立ソリューションズのシステムが下す判断は、精度の低い参考情報の域を出そうもない。

記事の終盤には、どう理解したらいいのか分からない話も出てくる。

【日経の記事】


AIと人間の共存へ向け、あらゆる分野でAIをどう使うかのルール作りが必要になる。出遅れたのが将棋の世界だ。

昨年、三浦弘行九段が対局中にスマホでソフトを使ったと疑われた。その後の調査で「不正の証拠はない」と結論づけられた。辞任を決めた日本将棋連盟の谷川浩司会長は「ソフトが急速に力をつける中、規定を整えるのが遅れた」と悔やむ。

2020年の東京大会を控えるパラリンピック。「レギュレーションを作らないと」。日本パラ陸上競技連盟の三井利仁理事長は言う。義足や車いすに特段の規制はないが、AIを使った人だけ際限なく記録が伸びる可能性もある。

AI自体は公平でも人間の使い方次第では不公平になる。AIでどんな社会をつくるのか、問われているのは人間だ。


◎なぜ「パラリンピック」限定?

上記の「パラリンピック」の話がよく分からない。まず、AIを使って「義足や車いす」の性能を上げるとはどういうことか。AIと将棋の関係は分かるが、AIを使った「義足や車いす」のイメージが湧かない。しかも、それは「際限なく記録が伸びる可能性もある」ものらしい(眉唾な感じはするが…)。

用具の開発にAIを活用するという話ならば、規制は無理だろう。記事では、競技中に用具を通じてAIの助けを受ける状況を念頭に置いているのだと思うが、肝心の「どうやって助けてくれるのか」に触れていない。

さらに言うと、仮にAIを使った「義足や車いす」が問題ならば、規制が必要なのは「パラリンピック」に限らないはずだ。オリンピック競技のスキーやカヌーでも対策が求められる。スキーやカヌーは既にAIの使用に関する規制が既にあるのかもしれないが、これまた記事では何も教えてくれない。

連載の第1回でこの内容だ。第2回目以降、大したことのない事例を基に「AIで世界が変わる」とか「革命が起きる」といった大げさな話に仕立ててきそうで怖い。前途多難だ。


※記事の評価はD(問題あり)

2017年1月29日日曜日

問題目立つ日経 山口聡編集委員の「けいざい解読」

29日の日本経済新聞朝刊 総合・経済面に載った「けいざい解読~医薬分業ぼやける構想 患者に役立ってこそ」は問題の多い記事だった。「患者に役立ってこそ」という見出しの文言を借りるならば、筆者の山口聡編集委員には「記事は読者に役立ってこそ」と伝えたい。どこか問題なのか記事を見ながら解説してみよう。
大分駅(大分市) ※写真と本文は無関係です

まずは冒頭の問題を指摘しておく。

【日経の記事】

昨年、超高額な抗がん剤の登場が話題となった。高齢化に伴い増え続ける医療費の抑制はかねて大きな課題であることから、この薬の値段は半額に引き下げられることになった。薬価全体もより引き下げが進む方向で制度を見直すことが決まった。その一方で、薬をめぐって費用が減るのか増えるのか、どう役立っているのかなどがわかりにくい政策がある。「医薬分業」だ。

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断定はできないが、記事で言う「超高額な抗がん剤」とはオプジーボのことだろう。記事の書き方だと2016年に「登場」したと受け取れるが、オプジーボの発売は2014年だ。万が一「超高額な抗がん剤」がオプジーボでないのならば、その点は明示すべきだ。

今度は、記事の中で問題が多い部分を見ていこう。

【日経の記事】

医薬分業とは、病院や診療所では処方箋だけを発行し、それに基づいて実際に薬を受け取るのは病院などとは別の薬局にする仕組み。薬剤師が薬の有効性や安全性を確認し、医療の質を上げることが目的とされる。欧米では標準的な仕組みで、日本でも分業を進める政策がとられてきた。

最近では医薬分業をより進め、「かかりつけ薬局」を患者に身近な場所で決めてもらおうとの政策へ発展している。複数の医療機関を受診しても、それぞれで発行される処方箋をすべて1カ所のかかりつけ薬局に持ち込めば、重複している薬や飲み合わせの悪い薬をすぐに見つけることができ、効率的な医療が実現するとの触れ込みだ

ところが、この流れに逆行するかのような動きが出てきた。病院敷地内での薬局開設だ。今もすでに大病院の門前には複数の薬局が存在する例があるが、さらに「門内」にも薬局をつくろうというものだ。

昨年後半から、千葉大病院、滋賀医科大病院、公立能登総合病院など各地の公的な大病院で敷地内薬局の計画が相次いでいる。さらに広がれば、各病院の処方箋は各病院の門内薬局に持ち込むケースが増えるだろう。「かかりつけ薬局構想が形骸化する」(日本薬剤師会)と批判も出始めた。

相次ぐ計画の背景には、政府が規制改革推進会議などでの議論を踏まえて、薬局の立地規制を緩和したこともあるようだ。患者の利便性を重視すれば一律制限には問題もあるが、「政府は医薬分業を進めたいのか、そうではないのかがわからない」(薬局関係者)との声もあがる。

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上記の説明には色々と疑問が残る。列挙してみたい。

◎お薬手帳で十分では?

それぞれで発行される処方箋をすべて1カ所のかかりつけ薬局に持ち込めば、重複している薬や飲み合わせの悪い薬をすぐに見つけることができ、効率的な医療が実現するとの触れ込みだ」と山口編集委員は解説している。しかし、「かかりつけ薬局」がなくても、お薬手帳を薬局に見せれば「重複している薬や飲み合わせの悪い薬をすぐに見つけること」はできる。

お薬手帳を持たない人もいるだろうが、記事の解説だけでは「かかりつけ薬局」の意義が伝わってこない。


◎「門内」と「門前」でそんなに違う?

門内薬局について「さらに広がれば、各病院の処方箋は各病院の門内薬局に持ち込むケースが増えるだろう」と山口編集委員は書いている。その通りかもしれない。しかし、実質的な意味があるとは思えない。

今もすでに大病院の門前には複数の薬局が存在する例がある」と記事でも触れているように、病院のそばには門前薬局があるのが普通だ。門内薬局を認めなくても「病院の近くで薬を手に入れたい」と考える人は門前薬局を利用するだろう。「病院の近く」という意味では「門内」も「門前」も大差ない。

『政府は医薬分業を進めたいのか、そうではないのかがわからない』(薬局関係者)との声もあがる」とも山口編集委員は書いている。これは薬局に経営の独立性をどの程度求めるかの問題だ。門前薬局でも病院と経営が一体化していれば「分業」とは言い難いし、「門内」でも独立性が高ければ「分業」にはなる。

ただ、「門内薬局」の場合は独立性が緩くていいのかどうかを山口編集委員は教えてくれない。そこは読者に説明すべきだ。

さらに、「医薬分業やかかりつけ薬局」に関してどういう政策が必要なのかを提示してくれればいいのだが、山口編集委員は「そもそもは規制や制度で医薬分業やかかりつけ薬局を推進しようとの姿勢に無理があるともいえる」などと言って制度設計の問題から逃げてしまう。

記事の終盤は以下のようになっている。

【日経の記事】

ただ、そもそもは規制や制度で医薬分業やかかりつけ薬局を推進しようとの姿勢に無理があるともいえる。患者のために努力している薬局もあるが、今も「薬局は処方箋通りに薬を渡すだけ」との見方が残る。処方された薬の記録を管理していなかった薬局が問題になったこともあった。

こんなことでは病院の中や目の前で薬も受け取れる方が便利といわれても仕方ない。「医薬分業の費用対効果の検証が必要」(印南一路・慶応大教授)との指摘もある。

高齢者の薬の飲み残しは年間500億円分あるともいわれる。本当に必要なのかがわからない投薬があるとも指摘されている。薬局の薬剤師には、医師と連携してこのような無駄をなくし、患者の健康維持にも寄与するといった役割が期待されている。各地域での医療の質の向上、効率化に明確に役立ってこそ、医薬分業やかかりつけ薬局は真に定着していくのではないだろうか

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結局は「薬局や薬剤師が頑張って患者の役に立つことが大事」という、当たり前過ぎてわざわざ訴える意味のない話で記事を締めてしまう。医薬分業を「規制や制度」で「推進しようとの姿勢に無理がある」という考え方も理解に苦しむ。「規制や制度」の後押しなしに自然に「定着していく」とは思えないが…。


※記事の評価はD(問題あり)。山口聡編集委員への評価もDを据え置く。山口編集委員については以下の投稿も参照してほしい。

山口聡編集委員の個性どこに? 日経「けいざい解読」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_76.html

2017年1月28日土曜日

バランス型は「可変型が優位」? 日経 堀大介記者に問う

日本経済新聞がまた「バランス型投資信託」を前向きに取り上げていた。28日の朝刊マネー&インベストメント面の「解決!お金ゼミ~初心者の投信選び(4)バランス型、株・債券に分散 値動き安定 長期投資向き」という記事だ。ここでは詳しく説明しないが、コスト面でETFなどに劣るバランス型は投資対象として最初から除外していい。これは投資初心者にも当てはまる。なのに「初心者の投信選び」でバランス型を「値動き安定 長期投資向き」と持ち上げるとは…。
阿蘇山(熊本県阿蘇市) ※写真と本文は無関係です

記事を担当したと思われる堀大介記者は、投資に関する知識が不足しているか、業界の回し者かのどちらかだ。

今回の記事ではバランス型を「資産配分固定型」と「資産配分可変型」に分け、「可変型」に誘導するような構成になっていた。楽天証券経済研究所ファンドアナリストの篠田尚子氏には「配分可変型 優位目立つ」という関連コラムの中で「英国の欧州連合(EU)離脱や米トランプ大統領選出など1つの国で起きたことが即座に世界の市場に影響を及ぼすようになり、機動的な対応ができる可変型が優位に立つ例が目立ちます」と語らせている。

しかし、記事に付いているグラフを見ると、どうも怪しい。グラフでは日経平均の「下げ相場(2016年1~3月)」と「上げ相場(2016年10~12月)で「バランス型(資産配分可変型)」「バランス型(資産配分固定型)」「国内株式型」の基準価格の騰落率を比べている。

問題は可変型と固定型の差だ。可変型は「上げ相場4.63%、下げ相場マイナス1.96%」なので差し引き2.67%。一方、固定型は「上げ相場7.11%、下げ相場マイナス3.02%」で差し引き4.09%となる。このデータだけから判断すると、「配分可変型 優位目立つ」の逆で「固定型」が優位に見える。

「可変型の一部のファンドが成績を押し下げており、それらを除くと可変型が優位」といった反論はできるかもしれない。もしそうならば、そこは説明すべきだ。記事に出てくる材料からは固定型が有利に見える。しかも、「(資産内容を見直す手間がかかるので)可変型の信託報酬は固定型に比べ高い場合が多いようです」と記事では説明している。運用成績で優位性が見られずコストも高い「可変型」を「優位目立つ」と紹介するのは罪深い。

ついでに言うと、記事に付けた「バランス型(資産配分可変型)投信の上昇率上位」という表も気になる。この表には「楽天証券経済研究所のデータを基に作成。上昇率上位は同社独自評価を反映」という注記が付いている。これは怖い。「同社独自評価を反映」した「上昇率上位」をどう受け止めればいいのか。

例えば、純資産で一定額以下の投信を除外したりするのは問題ない。注記でその点を明示してくれればいい。だが「同社独自評価を反映」としか説明がない以上、この「上昇率上位」を投資の参考にするのは避けるべきだ。「楽天証券にとって都合のいい投信に絞ったランキング」か何かだと見ておくしかない。

今回は楽天証券経済研究所の篠田尚子氏に全面的に頼って記事を作っているようだが、篠田氏に頼るのが正しいのかも再検討すべきだろう。篠田氏に知識がないとは思わない。だが、楽天証券に有利になるように情報を流すインセンティブは持っているだろう。それが投資初心者の利益につながるかというと、多くの場合は逆だ。


※記事の評価はD(問題あり)。堀大介記者への評価も暫定でDとする。

2017年1月27日金曜日

「島国に資源なし」?週刊ダイヤモンド「新地政学」の誤り

週刊ダイヤモンド1月28日号の特集「劇変世界を解く 新地政学」の内容を鵜呑みにするのはまずい。そう思える記述はいくつもあるが、ここでは、特集の最後を飾った「Epilogue~地政学的文脈で読む 日本が劇変世界と付き合う術」という記事を取り上げたい。

ブルージュ(ベルギー)  ※写真と本文は無関係です
例えば記事ではこう書いている。

【ダイヤモンドの記事】

時代は変わった。世界では野心をむき出しにした中国やロシアの強権的独裁者が跋扈し、欧州はEU(欧州連合)瓦解のふちにある。頼みの米国は孤立主義の道を歩み始めた。

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欧州はEU(欧州連合)瓦解のふちにある」と言い切っている点でまず不安になる。主観の問題なので間違いとは言えないが、EUの現状を「瓦解のふち」と捉えるのは大げさすぎる。

「このくらいは目をつぶるか」と思って読み進めると、さらに珍妙な解説が出てくる。

【ダイヤモンドの記事】

歴史を振り返れば、英国はオフショアバランシングを駆使してナポレオンが率いるフランスと渡り合い、ナチス・ドイツが台頭してくると、19世紀の「グレートゲーム」で対立した宿敵ロシア(ソ連)と手を組んで対抗した。

島国には資源がない。となれば貿易で栄えるほかない。故に重要視されるのが自由な海、つまり自由貿易を担保するシーレーン(海上交通路)となる。大陸国家のパワーバランスに目配りしながらバランサーとして立ち回り、シーレーン、そして国益を確保してきたのが英国なのだ。

同じ島国である日本は、大陸から虎視眈々と覇権国の座をうかがう中国とどう向き合うべきなのか。

これまで重要な役割を果たしてきたのは、米国との島国同盟である「日米同盟」だった。米国を島国というと違和感があるかもしれないが、地政学では米国を巨大な島国と見立てる

この世界一の島国の海軍に守られていることで、日本は中東から石油を運ぶための安全な輸送路を確保することができたのだ。

ところが、同盟国の政権交代でそれが揺らいでいる。

「世界の多くの国が米国との関係を軸に自国の安全保障や自国の繁栄を考えてきたが、トランプ政権は第2次世界大戦後の米国で、最も予測困難な政権」と慶應義塾大学の細谷雄一教授は言う。

ただ、米国との関係だけを強化していれば他国との関係も付いてきて、中国の力による勢力拡大を抑止できた時代が終わりを告げたのは間違いない。今後は複層的な戦略が求められることになる。

そこで、元外交官でキヤノングローバル戦略研究所の宮家邦彦研究主幹が提案するのが、世界屈指の島国、オーストラリアとの同盟だ。アジア太平洋の制海権をめぐる中国の台頭に対して、アジア太平洋同盟で対抗すべしとの考えである。

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島国には資源がない」とあっさり言っているが、これは間違いだ。英国には北海油田があるし、島国であるインドネシアも有力な産油国だ。筆者は何を根拠に「島国には資源がない」と断定しているのか。

この記事では、米国やオーストラリアも「島国」と捉えている。だとすると「島国には資源がない」という説明はさらに苦しくなる。

米国との関係だけを強化していれば他国との関係も付いてきて、中国の力による勢力拡大を抑止できた時代が終わりを告げたのは間違いない」との解説も引っかかる。「そんな時代がありましたっけ?」と聞きたくなる。

例えば冷戦時代には、米国との関係を強化すると、ソ連との友好関係も一緒に付いてきただろうか。あるいは、戦後の東アジアでは、米国との関係を強化すれば、中国、韓国、北朝鮮との関係も自然に良くなったのか。

中国の「勢力拡大」について言うと、南シナ海では「1970年代に西沙諸島をベトナムとの戦いを経て実効支配下に置き、南沙諸島でも1980年代から複数の島々を実効支配している」(ハフィントンポスト)という歴史がある。そう考えると、日米同盟さえ強化していれば「中国の力による勢力拡大を抑止できた時代」とは、いつの話なのか。

記事の書き方からすると、「中国の力による勢力拡大を抑止できた時代」が終わったのは、それほど前の話ではなさそうだ。だが、そんな変化が近年あったとは思えない。

結局、今回の特集に関しては「書いてある内容をまともに信じてはダメだ」と言うほかない。


※特集全体の評価はD(問題あり)。担当者への評価は以下の通りとする。

片田江康男記者:E(大いに問題あり)を維持
鈴木崇久記者:F(根本的な欠陥あり)を維持  
原英次郎編集委員:暫定D
山口圭介副編集長:F(根本的な欠陥あり)を維持
大根田康介記者:Dを維持


※今回の特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「米中衝突」に無理あり 週刊ダイヤモンド特集「新地政学」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_26.html

2017年1月26日木曜日

「無理のある回答」何とか捻り出した週刊エコノミストを評価

週刊エコノミスト1月17日号の「2017年の経営者 編集長インタビュー~金融投資を民主化したい」という記事に関する編集部とのやり取りが、10日以上かけてようやく決着した。回答は遅いし、内容にも無理がある。ただ、逃げずに向き合ったことは評価したい。無理のある苦しい回答なのは、エコノミスト編集部も十分に分かっているはずだ。「間違い」を「間違いではない」と言い張るならば、その代償として「どう考えても無理のある回答」を捻り出す必要がある。今回、それはできている。
筑後川(福岡県朝倉市・うきは市)
         ※写真と本文は無関係です

間違い指摘があっても安易に無視で済ませる日経、日経ビジネス、週刊東洋経済、週刊ダイヤモンドなどにはぜひ見習ってほしい。

エコノミスト編集部とのやり取りは以下の通り。


【エコノミストへの問い合わせ(1月12日)】

週刊エコノミスト 編集長 金山隆一様  大堀達也様

御誌を定期購読している鹿毛と申します。

1月17日号の「2017年の経営者 編集長インタビュー~金融投資を民主化したい」という記事についてお尋ねします。この中で財産ネット社長の荻野調氏は「ターゲット層は」との問いに対し「資産が3000万円から1億円の人たちです。日本に1000万世帯あり、金融資産は合計500兆円という最大のボリュームゾーンになっています」と答えています。

これは野村総合研究所が昨年11月に発表した調査に基づいていると思えます。それによると、2015年時点での準富裕層(純金融資産5000万円以上1億円未満)とアッパーマス層(同3000万円以上5000万円未満)を合計すれば純金融資産が527兆円で世帯数が995万となり、荻野氏の発言とほぼ一致します。

ただ、マス層(同3000万円未満)は4,173万世帯に上り、純金融資産でも603兆円と「準富裕層+アッパーマス層」を上回っています。準富裕層とアッパーマス層を合計して他と比べるのにも問題を感じますが、それを認めて合計しても「最大のボリュームゾーン」になりません。記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。荻野氏の発言が野村総合研究所以外の調査に基づいている場合、その出所も教えていただけると助かります。

せっかくの機会なので、インタビュー記事を読んだ感想を述べさせていただきます。

結論から言うと、荻野氏や財産ネットに関して前向きに取り上げるべきではないと感じました。問題は色々とあるのですが、非常に長くなるので以下の発言に絞ってみます。

「富裕層は黙っていても金融機関が寄ってくるので資産ポートフォリオを組めるのに対し、ボリュームゾーンの人々は資産を増やすために株式やFX(外国為替証拠金取引)を始めるのが一般的です。ところが、知識がなく損失を出すケースが多いのです。富裕層との間に情報格差があります」

まず「富裕層は黙っていても金融機関が寄ってくるので資産ポートフォリオを組める」との説明が気になります。金融機関が寄ってこなくても「資産ポートフォリオ」は組めますし、金融機関に頼ってポートフォリオを組んでいては、金融機関にとって都合のいい「手数料の高い金融商品」ばかりになってしまう可能性大です。また、金融資産9000万円と1億円に決定的な差はありません。金融資産9000万円でも寄ってくる金融機関はあります。預かり資産が数千万円レベルでも、例えば銀行であれば担当者が付いて色々と商品を薦めてきます。もちろん、多くは金融機関にとって都合のいい商品です。

「富裕層との間に情報格差があります」と荻野氏は述べていますが、金融資産で1億円を超えたら金融機関が投資家に正しい助言をしてくれるとも思えません。編集後記に当たる「From Editors」の中で、金山編集長は今回のインタビューに絡めて「金融資産1億円以上あるとプライベートバンカーが丁寧に助言してくれ、高利回りで安定した金融商品の情報が入る」と言い切っています。

そもそも「高利回りで安定した金融商品(低リスクなのに期待リターンが高い商品という意味だと理解しました)」など基本的にないと思えます。金山編集長は具体的にどんな商品を想定しているのでしょうか。仮にそんな「おいしい金融商品」があったとしても、金融資産が1億円を超えるとプライベートバンカーがおいしい話を簡単に教えてくれるとは信じられません。本当にそんな夢のような「情報」が入るのですか。きちんと確認できていますか。

荻野氏には投資に関する十分な知識があるのでしょう。その上で、自社に有利になるように、投資家の誤解を招きかねない話をしているのだと思います。それを責めるつもりはありません。ただ、荻野氏の正確さに欠ける話を御誌がそのまま載せるのは感心しません。読者の中には荻野氏の発言を鵜呑みにする人もいるはずです。そうした危険性に十分な配慮をした上で誌面を作ってください。


【エコノミストへの回答の催促(1月16日)】

週刊エコノミスト 編集長 金山隆一様  大堀達也様

御誌を定期購読している鹿毛と申します。

1月17日号の「2017年の経営者 編集長インタビュー~金融投資を民主化したい」という記事の中で、「資産が3000万円から1億円の人」たちを「最大のボリュームゾーン」としたのは誤りではないかとの問い合わせを1月12日に送らせていただきました。それから既に4日が経過していますが、まだ回答を頂いていません。確認に時間を要する案件とも思えませんので、早めの回答をお願いします。

万が一、回答する意思がない場合は、その旨だけでも知らせてください。


【エコノミストからの回答(1月16日)】

お世話になっております。読者様よりお問い合わせメールの窓口を担当しております週刊エコノミスト編集部の池田と申します。

このたびは金山、大堀宛にお問い合わせいただき、大変ありがとうございます。ご返事が遅くなってしまい誠に申し訳ございません。

ご指摘の通り、荻野社長の発言は、野村総研の調査に基づいた発言です。ご指摘いただいた編集部の認識については真摯に受け止め、今後の編集方針に活かします。ありがとうございました。

今後ともご指導ご鞭撻のほど何卒よろしくお願いします。


【エコノミストへの確認(1月22日)】

回答ありがとうございます。

確認ですが「資産が3000万円から1億円の人たちです。日本に1000万世帯あり、金融資産は合計500兆円という最大のボリュームゾーンになっています」という荻野氏の発言のうち「最大のボリュームゾーン」との説明は誤りだと理解してよいのでしょうか。

この点に関しては、御誌としての見解を明確にしてください。よろしくお願いします。


【エコノミストからの回答(1月23日)】

お世話になっております。週刊エコノミスト編集部の池田です。

ご質問いただいた件ですが、荻野社長が、財産ネットの「ターゲット層」として最大のボリュームゾーンを、資産3000万円から1億円未満と考えているということです。

この層は、余裕資金(生活費を除き資産形成のために投資に回せるお金)という点では、3000万円未満の層よりもたくさん持っていると荻野社長は見ています。従いまして、ターゲット層として最大のボリュームゾーンと表現しました。

ご指摘いただき大変ありがとうございます。引き続きご指導のほど何卒よろしくお願いします。

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付け加えるならば、この苦しすぎる回答は、部下に任せるのではなく金山編集長自らが返してほしかった。


※この件に関しては以下の投稿も参照してほしい。

週刊エコノミスト金山隆一編集長への高評価が揺らぐ記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_12.html

週刊エコノミスト編集長が見過ごした財産ネットの怪しさ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_14.html


※金山隆一編集長については以下の投稿も参照してほしい。

FACTAに「声」を寄せた金山隆一エコノミスト編集長に期待
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/facta_25.html

「米中衝突」に無理あり 週刊ダイヤモンド特集「新地政学」

「危険!読むな」とでも言うべきだろうか。週刊ダイヤモンド1月28日号の特集「劇変世界を解く 新地政学」は危なっかしい内容だった。担当は片田江康男記者、鈴木崇久記者、原英次郎編集委員、山口圭介副編集長、大根田康介記者の5人で、顔ぶれも頼りない。この特集には根拠の乏しい決め付けが散見される。まずは、その1つを見ていこう。
夜明ダム(福岡県うきは市・大分県日田市)
             ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

時限爆弾が爆発すれば、米中戦争という最悪のケースに至る。ホワイトハウス入りするピーター・ナヴァロ氏の著書『米中もし戦わば』は、そんな可能性を示唆している。

中略)さらにナヴァロ氏は、歴史を振り返り、米中戦争が起きる確率が「非常に高い」と結論づけたが、現実を見れば、状況はさらに厳しいことが分かる。米国と中国という「非常に暴力的な、核武装した軍事超大国」が、アジア海域でにらみ合っているからだ。

中国は米軍を一掃すべく、下図のように、1990年代以降は「第一列島線」「第二列島線」という対米防衛ラインを設定して海洋進出を図る。特に第一列島線は、米中関係悪化の「引き金」(ナヴァロ氏)がそこかしこにある。

「引き金」とは主に、北朝鮮、尖閣諸島、台湾、南シナ海の問題を指す。切迫しているという点で、時限爆弾と表現してもいいだろう。特に核開発の手を緩めない北朝鮮は、ナヴァロ氏に言わせれば「問題児」だ。仮に金正恩体制が崩壊すれば、米国は核兵器を確保すべく北朝鮮に軍を派遣し、当然中国も同様に軍を出す。そこで衝突が起こるのは「火を見るより明らか」だからだ

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これは「米国視点~米中戦争が起きる確率は『非常に高い』 時限爆弾は四つある」という記事の一部だ。この中の「仮に金正恩体制が崩壊すれば、米国は核兵器を確保すべく北朝鮮に軍を派遣し、当然中国も同様に軍を出す」との説明が引っかかった。筆者は「金正恩体制の崩壊」→「米軍の北朝鮮派遣」という流れを確信しているようだが、同意できない。

軍がクーデターを起こして金正恩とその一族を国外追放する形で「体制が崩壊」する場合を考えてみよう。全権を掌握した軍は「3カ月以内に選挙を実施して民政に移行する」と宣言した上で暫定政府を樹立すると仮定する。

この状況で「米国は核兵器を確保すべく北朝鮮に軍を派遣」するだろうか。可能性はゼロではないが、実行に移せばあからさまな侵略行為だ。国際社会の支持は得られそうもない。北朝鮮軍は激しく抵抗するだろうし、核兵器の使用に踏み切る事態も想定される。常識的に考えれば、米国は軍の派遣などせず、北朝鮮の民主化プロセスを見守る可能性が高い。

金正恩体制の崩壊に乗じて米国が「核兵器を確保すべく北朝鮮に軍を派遣」した場合、米中衝突は十分に起こり得るが、記事の説明はそこに至る前提に無理がある。体制崩壊後の北朝鮮が無政府状態になれば話は別だ。ただ、そうなるとは限らないし、その可能性が極めて高いわけでもないだろう。

ついでに、もう1つ指摘したい。この記事のタイトルは「米中戦争が起きる確率は『非常に高い』 時限爆弾は四つある」だ。この4つの「時限爆弾」とは「北朝鮮、尖閣諸島、台湾、南シナ海の問題を指す」らしい。「切迫しているという点で、時限爆弾と表現してもいいだろう」と記事では書いている。

だが、次のページの記事を見ると、タイトルは「中国視点~尖閣諸島は眼中なし 中国共産党にとって最大の問題は台湾だ」となっている。中国から見て「尖閣諸島は眼中なし」ならば、「米中戦争」を起こす「時限爆弾」に「尖閣諸島」を含める必要はなさそうな気がするが…。


※この特集には他にも気になる点がある。それらについては別の投稿で述べる。

2017年1月24日火曜日

日経 中山淳史編集委員「トランプの米国(4)」に問題あり

24日の日本経済新聞朝刊1面に載った「トランプの米国 身構える世界(4) 自国優先『怠惰な4年』に」という記事は色々と問題があった。筆者が中山淳史編集委員なので、予想された話ではある。記事の書き方の初歩が身に付いていない編集委員に、日経は大切な1面の記事をなぜ任せるのだろうか。
ゲント(ベルギー)での事故で大破した自動車
            ※写真と本文は無関係です

まず、記事の最初の話が苦しい。

◎中山編集委員も「根拠」に問題が…

【日経の記事】

トランプ大統領のメキシコ投資への「つぶやき介入」。自動車産業ではすでに年間70万台分以上が標的になった。

「最も雇用を創る大統領に」はいい。だが、問題がある。まず雇用流出の根拠だ。米自動車3社が本国で最も車を生産した1999年と2015年を比べると、3社の生産規模は確かに18工場、362万台減った。

だが、同じ期間に日韓欧の企業は米国で生産も雇用も増やしている。米国勢の減少はメキシコ移転というより、海外勢に押された結果といえた

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1999年と2015年を比べると」米自動車3社の生産規模が「362万台減った」としよう。一方、「日韓欧の企業は米国で生産も雇用も増やしている」。これらの事実から「米国勢の減少はメキシコ移転というより、海外勢に押された結果」と言えるだろうか。

例えば、米自動車3社は米国での生産を362万台減らす一方で、メキシコでの生産を500万台増やしているとしよう。この場合、「米国勢の減少」はメキシコ移転の結果との見方もできそうだ。

海外勢に押された結果」との分析が当たっている可能性もあるが、中山編集委員が提示した材料ではまともな根拠になっていない。記事では「雇用流出の根拠」に「問題がある」と主張している。しかし、「根拠」に「問題がある」のは中山編集委員も同じだ。


◎「トランプの米国」を論じてる?

【日経の記事】

環境で言えば、オバマ政権の規制は確かに厳しく、企業には重荷だったとの声もある。だが、規制は技術革新の原動力にもなる。

注目すべきは、意外にも中国だ。世界最大の自動車市場、中国は18年から「NEV」と呼ばれる厳しい環境規制を導入。電気自動車の普及で先行してガソリン車で勝てない日欧の自動車大手を追い抜こうとする政策を始める最近は「中国のイーロン・マスク(米テスラモーターズの最高経営責任者)」を自称する起業家も多数出てきているという。

日本企業はどうすべきか。日本たばこ産業(JT)の小泉光臣社長は「企業買収を含め、あえてグローバルに、技術革新にもっと根を張るしかない」と話す。保護主義の先には縮小均衡しかない。であれば、政治が変わっても「グローバル」「革新」こそが不変の道標だ。日本企業にとってはまさに真価が問われる4年の始まりである。

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これは記事の最後の3段落だ。話が脱線しすぎて「トランプの米国」をもはや論じていない。しかも中国勢による電気自動車での攻勢を受けた日本企業の対応策を語っているのは、なぜかJTの社長だ。自動車産業の話は前の段落で終えて、JTのところでは日本企業全体に話を広がているつもりだろうが、ちょっと苦しい。

さらに言うと「電気自動車の普及で先行してガソリン車で勝てない日欧の自動車大手を追い抜こうとする政策を始める」という文は修飾の仕方が下手だ。分かりにくく誤解を招きやすい。

この書き方だと「日欧の自動車大手電気自動車の普及で先行してガソリン車で勝てない」と解釈するのが自然だ。しかし、文脈から判断すると「電気自動車の普及で先行」する主体は「中国(あるいは中国メーカー)」だろう。また「ガソリン車で勝てない日欧の自動車大手」とすると、「日欧の自動車大手」はガソリン車で負け組だとも取れる。これも違うはずだ。改善例を示してみる。

【改善例】

世界最大の自動車市場、中国は18年から「NEV」と呼ばれる厳しい環境規制を導入。電気自動車の普及で先行して国内メーカーを育てガソリン車で優位に立つ日欧の自動車大手を追い抜こうとする政策を始める。

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誤解の余地をかなり減らせたはずだ。記事の書き方の基礎的な技術が身に付いていれば、中山編集委員のような書き方はまずしない。朝刊1面の囲み記事にこの手の文が残ってしまうのは、筆者だけでなく担当局次長、担当デスク、記事審査部の担当者など、編集局の多くの人材に基礎的な技術が欠落しているからだ。改善は容易ではない。


※記事の評価はD(問題あり)。中山淳史編集委員への評価もDを据え置く。中山編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経「企業統治の意志問う」で中山淳史編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_39.html

日経 中山淳史編集委員は「賃加工」を理解してない?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_8.html

日経 中山淳史編集委員は「賃加工」を理解してない?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_87.html

三菱自動車を論じる日経 中山淳史編集委員の限界
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_24.html

「増税再延期を問う」でも問題多い日経 中山淳史編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_4.html

「内向く世界」をほぼ論じない日経 中山淳史編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_27.html

2017年1月23日月曜日

国防費は「歳入」の一部? 日経 梶原誠編集委員の誤り

日本経済新聞の梶原誠編集委員には以前から「経済記事の書き手としては苦しい」という評価を下している。23日の朝刊オピニオン面に載った「核心~米軍が債権者に敗れる日 成長策、覇権維持を左右」という記事でも、その評価を裏付けるような初歩的なミスが見られた。
筑後川(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

記事の中に「歳入に占める利払いと国防費の割合」という説明が出てくる。これだと「利払いと国防費」が「歳入」の一部になってしまう。しかし、「利払いと国防費」は「歳出」に分類されるべきものだ。

記事の当該部分と日経への問い合わせは以下の通り。

【日経の記事】

歳入に占める利払いと国防費の割合、つまり両者による予算の「奪い合い」をグラフ化すると、ウォール街の不安は真実味を増す。利払いが増える分、国防費への配分率が削られ、26年には肩を並べる。


【日経への問い合わせ】

23日の「核心~米軍が債権者に敗れる日」という記事についてお尋ねします。記事の中で筆者の梶原誠編集委員は「歳入に占める利払いと国防費の割合、つまり両者による予算の『奪い合い』をグラフ化すると、ウォール街の不安は真実味を増す」と述べています。しかし、「歳入に占める利払いと国防費の割合」という説明は不可解です。グラフでも「歳入に占める比率」として「国防費」と「利払い費」の推移を見せています。

「歳入」の内訳として「利払い」や「国防費」があるならば分かります。しかし、これらは「歳出」の項目です。「利払いや国防費を歳入総額と比べた比率だ」と言うのならば「歳入に対する利払いと国防費の割合」といった表現にすべきです。「占める」と書いているのですから、「利払い」や「国防費」は「歳入」の一部でなければ成立しません。

今回の記事に関しては、「歳出に占める利払いと国防費の割合」とすべきなのに誤ったのか、「歳入に対する利払いと国防費の割合」と表現すべきところで「占める」を使ってしまったのかのどちらかだと思えます。

記事の説明は誤りだと考えてよいのでしょうか。正しいとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

日経では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心がけてください。

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「(利払いと国防費の)両者による予算の『奪い合い』」と書いているのを見ると、「歳出」とすべきところを「歳入」にしてしまったような気がするが、日経からの回答が望めないこともあり断定はできない。ただ、記事に問題があるのは確実だ。

例えば、売上高と有利子負債を比べて率を出すのは問題ない。しかし「売上高に占める有利子負債の比率」と書けば誤りとなる。「有利子負債」は売上高の一部ではないからだ。「占める」を使うのであれば「売上高に占める海外販売の比率」といった使い方になる。これをベテランの記者である梶原編集委員に教えなければならないとすれば、かなり辛い。


※記事の評価はD(問題あり)。梶原誠編集委員への評価はDを維持する。梶原編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 梶原誠編集委員に感じる限界
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_14.html

読む方も辛い 日経 梶原誠編集委員の「一目均衡」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post.html

日経 梶原誠編集委員の「一目均衡」に見えるご都合主義
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_17.html

ネタに困って自己複製に走る日経 梶原誠編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_18.html

似た中身で3回?日経 梶原誠編集委員に残る流用疑惑
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_19.html

勝者なのに「善戦」? 日経 梶原誠編集委員「内向く世界」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_26.html


※結局、回答はなかった。

2017年1月22日日曜日

相変わらず辛い日経ビジネスNY支局 篠原匡記者の記事

日経ビジネスの篠原匡記者(ニューヨーク支局)の記事が相変わらず辛い。1月23日号の「FRONTLINE ニューヨーク~“予測不可能”が戦略か」というコラムで米国のトランプ大統領を論じているが、話がまともに成立していない。
ブルージュ(ベルギー)中心部 ※写真と本文は無関係です

記事の一部を見てみよう。

【日経ビジネスの記事】

同盟国への経費負担の増額や過激派組織「イスラム国」の打倒など、選挙期間中から一貫している主張もあるが、外交・安全保障政策では明確なメッセージが出ていない。国務長官や国防長官など、外交・安全保障に関わるメンバーの価値観が本質的に異なると思われる上に、トランプ氏自身にイデオロギーや主義主張がないため、新政権の方向性を見通すことが難しい

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同盟国への経費負担の増額や過激派組織『イスラム国』の打倒など、選挙期間中から一貫している主張もあるが、外交・安全保障政策では明確なメッセージが出ていない」との説明がまず苦しい。イスラム国打倒も、日本などへの負担増額要求も「外交・安全保障政策」での「明確なメッセージ」と言える。そこがブレていないのであれば、「外交・安全保障政策では明確なメッセージが出ていない」との解説に説得力はない。

明確なメッセージ」は「同盟国への経費負担の増額や過激派組織『イスラム国』の打倒」だけで、他には出ていないと篠原記者は言いたいのだろうか。しかし、これも苦しい。1月15日の「トランプ氏、『親ロ反中』鮮明に 外交にビジネス感覚」という日経の記事では以下のように伝えている。

トランプ次期米大統領の就任が約1週間後に迫るなか『親ロ反中』の外交姿勢が一段と鮮明になってきた。13日の米紙とのインタビューで対ロ制裁の解除の可能性に言及する一方、中国に対しては貿易赤字の解消へ強硬姿勢を貫いた

『親ロ反中』の外交姿勢が一段と鮮明になってきた」という日経の報道は「外交・安全保障政策では明確なメッセージが出ていない」との篠原記者の解説と矛盾する。そして、間違っているのは篠原記者の方だと思える。

トランプ氏自身にイデオロギーや主義主張がないため、新政権の方向性を見通すことが難しい」と篠原記者が感じる理由が分からない。トランプ氏は「イデオロギーや主義主張」がかなり分かりやすいので、「予測不可能」と言えるような意外性は今のところ見せていないはずだが…。


※記事の評価はD(問題あり)。篠原匡記者への評価もDを維持する。篠原記者については以下の投稿も参照してほしい。

日経ビジネス篠原匡記者の市場関連記事に要注意(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_93.html

日経ビジネス篠原匡記者の市場関連記事に要注意(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_67.html

2017年1月21日土曜日

運用の「腕」は判別可能?日経 田村正之編集委員に問う

21日の日本経済新聞朝刊マネー&インベストメント面に載った「解決!お金ゼミ~初心者の投信選び(3)アクティブ型ブレ大きく 5年以上の運用成績確認」という記事は、投資初心者にとって有害だ。過去の運用成績を見れば運用担当者の「」が分かるかのような幻想を振りまく罪は大きい。
筑後川(福岡県朝倉市・うきは市) ※写真と本文は無関係です

問題の部分を見てみよう。

【日経の記事】

宗羽 気になる投信がある場合、どう判断したらいいのですか。

屋久仁 まず運用会社のサイトで目論見書や運用報告書を見ることです。投資方針や組み入れ銘柄、過去の運用成績などがわかります。ただし最低5年は運用履歴があるものを選びたいですね。アクティブ型は成績を見ないと運用の腕が分からないからです

宗羽 成績を見るポイントを教えて下さい。

屋久仁 同種の投信同士で比べることが大切です。例えば中小型株指数は過去10年堅調だったので中小型株投信がTOPIXに勝っていても、運用担当者の腕とは言い切れません。

宗羽 なるほど。

屋久仁 対象期間全体の成績だけでなく、各年の成績もチェックします。特定の年だけ大きく勝ったため全体がよく見えることがあるからです。投資情報会社モーニングスターのサイトで「累積収益」という項目を見ると、SBIのジェイリバイブは同種の投信の中で上位の成績を維持した年が多かったことがわかります。成績が同じくらいなら、運用コスト(信託報酬)が低い方を優先します。

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これを読むと「過去の運用成績をチェックし、他の投信としっかり比較すれば運用担当者の腕が分かる」と思うのが自然だ。しかし、本当にそうだろうか。

学校では教えてくれないお金の授業」という本の中で、筆者の山崎元氏は以下のように記している。

【「学校では教えてくれないお金の授業」の一部】

「運用業界の不都合な真実、その2」は、「相対的に良いパフォーマンスのアクティブ・ファンドを『事前に』選ぶことはできない」ということです。

先のデータを見て、「それなら、TOPIXよりもよい成績だったアクティブ・ファンドを選べばいい」と思うかもしれません。実際に、2008年であっても、21%のアクティブ・ファンドは、TOPIXに優る成績を残していますから、その中から選べば、良い結果になったはずです。

しかし、過去の運用が優れていたファンドを「事後的に」選ぶことは簡単にできますが、将来良い結果を出すファンドを「事前に」選ぶことはできません。そのような都合のいいことができるのなら、本当に儲かって仕方がないのですが、現実にそう上手くはいきません。

また、過去に優れたパフォーマンスを収めたファンドが、今後も優れていると保証できる事実もありません。2002年にTOPIXを上回ったアクティブ・ファンドは32本ありましたが、その後もTOPIXを上回り続けたファンドは、2008年にはゼロでした。

この2つの「真実」から導き出される論理的な答えは、「手数料に大きな差がある限り、アクティブ・ファンドを買うことに経済的合理性はない」です。

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今回の日経の記事を書いたのは田村正之編集委員だと推測できる(関連コラムに「聞き手」として登場している)。田村編集委員は上記の山崎氏の主張にどう答えるだろうか。

パッシブ・ファンドの方が手数料が明確に安いのならば「アクティブ・ファンドを買うことに経済的合理性はない」と山崎氏は言い切っているし、個人的にも賛成できる。だが、日経の記事では、過去の運用成績を調べれば「運用担当者の腕」が分かるかのような説明をした上で、アクティブ・ファンドを選択肢の1つとして投資初心者に提示している。

「過去の運用成績をしっかり調べれば、運用担当者の腕前は分かる」と言うのならば、その根拠を記事で示してほしい。「運用成績が良かったとしても、それは全て運だ」とは自分も思っていない。むしろ、運用に関して本当の実力を持った人がわずかにいる可能性は高いと見ている。

ただ、本当の実力者はその能力を自分や近親者のために使うだろうから、投信のファンドマネジャーをやっている例は稀だろう。仮にいたとしても、「目論見書や運用報告書を見ること」で運か実力かを判断するのは困難だ。そう考えると、「投資初心者が過去の運用成績などを調べて運用担当者の腕前を測ろうとするのは時間の無駄」と言うほかない。

ファイナンシャルプランナーや証券アナリストの資格を持っているのが自慢の田村編集委員ならば、それぐらいは分かっているはずだ。

投資初心者向けの記事作りに参画し、アクティブ・ファンドに触れるのであれば「パッシブ・ファンドを上回る手数料のアクティブ・ファンドを買うことに経済的合理性はあるのか」をしっかり論じてほしいかった。正しく論じれば、金融業界への配慮に欠けた記事にはなってしまうが…。


※記事の評価はD(問題あり)。田村正之編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。田村編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「購買力平価」に関する日経 田村正之編集委員への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/04/blog-post_20.html

リバランスは年1回? 日経 田村正之編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_1.html

無意味な結論 日経 田村正之編集委員「マネー底流潮流」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_26.html

なぜETFは無視? 日経 田村正之編集委員の「真相深層」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_24.html

功罪相半ば 日経 田村正之編集委員「投信のコスト革命」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_84.html

投資初心者にも薦められる日経 田村正之編集委員の記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/blog-post_64.html

「実質実効レート」の記事で日経 田村正之編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_10.html

ミスへの対応で問われる日経 田村正之編集委員の真価(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_58.html)

日経 田村正之編集委員が勧める「積み立て投資」に異議
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/07/blog-post_2.html

「投信おまかせ革命」を煽る日経 田村正之編集委員の罪(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_3.html)

2017年1月20日金曜日

「我々は皆リフレ派」?苦し紛れ日銀・原田泰氏の無理筋

リフレ派として知られる日銀政策委員会審議委員の原田泰氏は非常に賢い人なのだとは思う。だが、不利な状況に追い詰められると、賢い人でも愚かな主張をしてしまうということか。週刊エコノミスト1月24日号の「『我々は皆リフレ派である』 金融緩和の効果は絶大だ」という記事の中で、原田氏はかなり無理のある主張を展開している。
グラン・プラス(ブリュッセル)にそびえる市庁舎
            ※写真と本文は無関係です

まず「我々は皆リフレ派である」に無理がある。記事の最後で「リフレ政策とはデフレから脱却し、日本経済を活性化しようという政策である。あなたはデフレ派ですかと問われて、『はいそうです』と答える人はいないと思う。そういう意味では、いまやすべての人がリフレ派である」と原田氏は述べている。

あなたはインフレ派ですかデフレ派ですか」と聞かれたら、迷わず「デフレ派」と答える。正確に言えば「物価安定派(物価上昇率で-2~+2%)」だが、物価安定圏の中でプラスとマイナスのどちらが好ましいかと問われれば、個人的にはマイナス(つまりデフレ)を選ぶ。

預金金利がマイナスにならない前提で言えば、デフレが続いている限り預金金利ベースの実質金利はマイナスにならない。しかし、物価上昇率がプラスになると、実質金利はマイナスになり得る。言い換えれば、預金の実質的な価値が目減りしてしまう。これを歓迎しないのは、そんなに変わった考え方ではないはずだ。

物価上昇率が2%に近付いた段階でも今のような金融緩和が続くと考えると、預金ベースの実質金利はマイナス2%に近くなる。預金の価値が年間2%近く実質的に減価するような政策を圧倒的多数が支持するとは思えない。「リフレ派」の主張を正しく理解すれば、反対に回る人は少なくないはずだ。

原田氏の説明に「ズル」がある点も指摘したい。「リフレ政策とはデフレから脱却し、日本経済を活性化しようという政策である」と言われると、「だったら自分もリフレ派かな」と思ってしまう人は多いだろう。だが、「リフレ派」の定義に問題がある。

同じ記事の中で原田氏はこうも述べている。「リフレ派とは、大胆な金融緩和によって予想物価上昇率を引き上げ、実質金利を引き下げて、日本経済をデフレから脱却させ、新たな成長軌道に乗せようという考え方に賛同する人々である」。この定義だとかなり話が変わってくる。

デフレ脱却が望ましいとしても、市場の価格発見機能を喪失させるような規模の「大胆な金融緩和」をやってまで「脱却」させるべきなのか、そもそも「大胆な金融緩和」でデフレ脱却は可能なのか--との疑問が生じる。また、デフレ脱却ができれば「新たな成長軌道」に乗るかのような考え方に賛同できない人もいるだろう。

そうなると「我々は皆リフレ派である」との主張には説得力がなくなってくる。そんなことは原田氏自身が一番分かっているのだろう。それでも、こんな主張に走ってしまうのが哀れだ。

原田氏の主張には、他にも首を傾げたくなるものがあった。

【エコノミストの記事】

95年から現在まで、就職氷河期と言われなくなったのは小泉純一郎政権時代の量的金融緩和期と安倍政権時代の量的・質的金融緩和期だけである。失業率は生産年齢人口減少時代に上がり続け、02年8月には5.5%まで上昇したのに、QQEによって、今や3%を切る勢いである。

◎金融緩和で「就職氷河期」をなくせる?

2008年のリーマン・ショックの後に「就職氷河期の再来」と言われた時期があった。上記のくだりを読むと「量的金融緩和」や「量的・質的金融緩和」をこの時期にやっておけば、雇用情勢も悪化しなかったと思える。だが、常識的に考えれば、リーマン・ショックの影響の大部分を量的緩和で打ち消すのは難しい。この時期も「超」が付くほどの金融緩和を続けていたのに就職氷河期は再来した。雇用に限っても「金融緩和の効果は絶大」だとは思えない。

最後に以下の記述を見てほしい。

【エコノミストの記事】

確かに、1970年代にはほとんどの先進国で数十%のインフレが起きた。しかし、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの片岡剛士氏によると、そうなるまで、1年から1年半の時間がかかっている。金融を引き締める時間は十分にあったのにそうしなかったということだ。それに、そもそも2%インフレ目標とは、それを上にも下にも大きく違わないようにすることだから、ハイパーインフレになるはずがない。

◎金融を引き締める時間は十分にある?

数十%のインフレ」になるまでに「1年から1年半の時間がかかっている」から「金融を引き締める時間は十分にあった」と原田氏は書いている。だが、逆に「そんなに時間がないのか」と思ってしまった。

数%の物価上昇率が1年で「数十%」になるとしよう。1年様子を見て金融を引き締めても物価上昇率は既に「数十%」になっている。未然に防ごうと思えば、物価上昇が顕著になる前に手を打つ必要がある。その猶予期間は数カ月しかないはずだ。かなり短い。

そもそも2%インフレ目標とは、それを上にも下にも大きく違わないようにすることだから、ハイパーインフレになるはずがない」との説明もおかしい。日銀は「オーバーシュート型コミットメント」を採用している。これは「物価上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する」ものだ。物価上昇率が3%や4%になっても「あくまで一時的なものだ。安定的に2%を超える状況にはなっていない」と判断すれば金融緩和は継続となる。

ハイパーインフレになるかどうかはともかく、結果としてインフレへの対応が後手に回る可能性は高い。「あえて後手に回る」と現時点で日銀自身が宣言しているのだ。

2%インフレ目標とは、それを上にも下にも大きく違わないようにすること」との説明も苦しい。「安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する」のであれば、今の日銀による「2%インフレ目標」とは2%を下限としてそれより上の物価上昇率を目指していると言うべきだ。


※記事の評価はD(問題あり)。原田泰氏の書き手としての評価も暫定でDとする。

2017年1月19日木曜日

「アジア民主化」は始まって30年?日経「アジアひと未来」

日本経済新聞朝刊1面で連載している「アジアひと未来~次世代を導く」にまた間違いがあった。既に指摘したように、15日の「(2)最高峰レース参戦 目標はシューマッハ F1ドライバー リオ・ハリアント 寛容と融和、英雄に共鳴」という記事では、中国ではなくインドネシアを「アジア最大の多民族国家」にしてしまった。さらに、19日の「(5)『スー・チー・チルドレン』は元ラッパー ミャンマー国会議員 ゼヤー・トー 民主化足踏みを越えて」という記事では「アジアが民主化へ歩み始めて30年」と書いているが、「30年」は短すぎる。
ナミュール(ベルギー)市街 ※写真と本文は無関係です

記事の当該部分と、日経に送った問い合わせの内容は以下の通り。

【日経の記事】

アジアは1986年のフィリピンを皮切りに台湾、韓国、タイなどが次々と民主化の波に洗われた。ミャンマーも88年、スー・チーを指導者に大規模な民主化運動が起きたが、軍の鎮圧で数千人が命を落とし挫折した。

運動を主導した「88世代」は政治犯として獄中にいたため次世代の育成は滞った。「先輩から学ぶ機会がなかった。落差を埋めないと」とゼヤー・トー。スー・チー自身も少数派のイスラム教徒の人権問題などで批判に遭う。NLDナンバー2のウィン・テイン(75)は「民主化の定着に10年は必要だ」と話す。

タイで軍政が復活し、フィリピンは大統領が強権を振りかざすなど、先発国には揺り戻しもみえる。アジアが民主化へ歩み始めて30年。若い世代が増えるなか、その価値を社会全体でどう再確認するか。アジアの政治体制は新たな岐路に差し掛かっている。


【日経への問い合わせ】

19日の朝刊1面に載った「アジアひと未来~次世代を導く(5)」という記事についてお尋ねします。記事の中に「アジアが民主化へ歩み始めて30年」との記述がありますが、アジアの民主化の歴史はもっと長いのではありませんか。日本が民主化へ歩み始めた時期については意見が分かれるかもしれませんが、1925年には25歳以上の男性全員に選挙権を与える普通選挙法が成立しています。少なくとも「民主化へ歩み始めて30年」ではありません。

日本がアジアに属さないとは思えませんが、日本を除外した場合でも「アジアが民主化へ歩み始めて30年」とは言えません。インドでは1950年代以降、基本的に議会制民主主義を維持しています。トルコも1950年には選挙による政権交代を実現させました。「アジアが民主化へ歩み始めて30年」という説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

日経では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心がけてください。

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第2回と併せて考えると、「アジアひと未来」の担当デスクには基本知識が欠如しているのだろう。それを声高に責めるつもりはない。そういうこともある。問題なのは、日経の顔とも言える朝刊1面の連載で初歩的なミスが続いたという点だ。

朝刊1面の囲み記事であれば、局次長や複数の部長が目を通しているはずだ。もちろん取材班の記者・デスクも読んでいる。さらには整理部や記事審査部もチェック役を果たす。編集局の10人以上が「記事に問題はないか」との意識を持って字面を追っている。なのに、この程度の間違いを見逃してしまう。そこが怖い。

誰かが指摘したのに直さなかった可能性もあるが、仮にそうならばさらに末期的だ。救いようがない。

「インドネシアを『アジア最大の多民族国家』と呼んだのは誤りではないか」との問い合わせを日経は例によって無視。今回も回答が届く可能性はゼロに近い。基本知識の欠如が疑われるミスを繰り返し、読者から指摘を受けても黙殺してやり過ごす。そんな日経が追求するという「クオリティ・ジャーナリズム」に何の意味があるのだろうか。


※記事の評価はE(大いに問題あり)。今回の連載については以下の投稿も参照してほしい。

「アジア最大の多民族国家はインドネシア」と誤解した日経
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_15.html

リオ・ハリアントの苦境無視が悲しい日経「アジアひと未来」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_16.html


※結局、回答はなかった。

「巨大地震で円暴落」?東洋経済 西村豪太編集長のウブさ

読者からの間違い指摘を無視し続ける週刊東洋経済の西村豪太編集長に編集者としてのモラルが欠落しているのは間違いない。だが、問題はそれにとどまらない。1月21日号の「編集部から」を読むと「経済誌の編集長を務めるには市場への理解が乏しすぎるのでは?」との疑いも出てきた。記事の中で西村編集長は以下のように記している。
日田駅(大分県日田市) ※写真と本文は無関係です

【東洋経済の記事】

米国株への投資を勧める議論で私が最も説得力を感じたのは、塚崎公義・久留米大学教授の「30年以内に南海トラフ地震が70%の確率で発生すると予想されている以上、日本人は外貨建て、中でもドル資産を持っておくのが賢明だ」という意見です。確かに巨大地震が来れば日本株も円も暴落するでしょう。財政破綻よりも蓋然性の高いリスクに備えない手はないように思います。

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日本は2011年に「巨大地震」を経験している。西村編集長は忘れてしまったかもしれないが、東日本大震災直後の為替市場の反応は円高だった。これは1995年の阪神大震災でも同様だ。「だから南海トラフ地震が起きても円は暴落しない」とは言わない。違った展開になる可能性ももちろんある。

だが、東日本大震災直後の円高には全く触れずに「巨大地震が来れば日本株も円も暴落するでしょう」と書かれると、「この編集長は市場への理解が乏しい」と判断したくなる。

株に関しては東日本大震災の直後に急落する場面があったし、11年は軟調な展開だった。しかし、12年には回復軌道に乗っている。東日本大震災の経験から言えば「海外株などの外貨建て資産を持っていなくても、大きな問題はなかった」と言える。投資先分散の必要性は否定しないが、「財政破綻よりも蓋然性の高いリスクに備えない手はない」と言うほどではない。

西村編集長には、投資セミナーで講師の話を聞いてすっかり感化されてしまった投資初心者のようなウブさを感じる。そんな編集長が誌面作りの先頭に立っていて大丈夫なのか。


※西村豪太編集長への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。西村編集長については以下の投稿も参照してほしい。

道を踏み外した東洋経済 西村豪太編集長代理へ贈る言葉
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_4.html

「過ちて改めざる」東洋経済の西村豪太新編集長への手紙
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_4.html

訂正記事を訂正できるか 東洋経済 西村豪太編集長に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_25.html

2017年1月18日水曜日

正反対の説明が同居する週刊ダイヤモンド「脳神話のウソ」

週刊ダイヤモンド1月21日号の特集「天才・奇才のつくり方~お受験・英才教育の真実」の中に出てくる「迷信だらけで根拠薄弱 脳神話のウソ」という記事には、正反対とも言える説明が出てくる。まず「若い脳は一つの言語しか一度に処理できない(×)」という項目の記述を見てほしい。
学習院大学(東京都豊島区) ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

第二言語を学習する前に、まずは母国語を流ちょうに話さなくてはいけないのか。

研究結果によると、二つの言語を習得した子供は、それぞれの言語の構造をより理解し、二つの言語をより意識して使う。多言語の教育によって発達が遅れることはない。

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これを読む限り、幼少期から第二言語を学んでも問題ないし、むしろプラスが大きいと思える。それを踏まえて、誌面ではすぐ下にある別の記事を読むと、全く話が違ってくる。

【ダイヤモンドの記事】

0歳から英語を学ばせようと急ぎたくなるのが親心ではある。しかし、小泉は「乳幼児は聴覚だけでなく、視覚、触覚、味覚、嗅覚の五感の神経回路を作っており、とにかく忙しい。英語にこだわり過ぎると、本来優先すべき発達が犠牲になりかねない」と指摘する。

英会話でLとRが聞き分けられないことで実害が生じることはまずないが、母国語が中途半端になると自己のアイデンティティーが欠如したり、精神の脆弱性が出てくるリスクもあるという。

極端な話だが、韓国では母国語である韓国語が身に付かないという深刻な事態も出て、小泉は相談を受けたことがある。

「いずれ韓国語は覚えるのだから、最初は英語から入った方がいいという考えがはやった時期に、生まれた子供に親が韓国語で話し掛けず、英語のテープだけを流し続けた結果、韓国語も分からない子になってしまった。言語の獲得には、耳に入ってくるだけの一方通行では駄目で、相手との相互作用が必須だからだ」

外国人力士を見ると、必要に迫られる中で日本語を身に付けている。やる気さえあれば、母国語をしっかり学んでから英語を学んでも遅いということはない。

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多言語の教育によって発達が遅れることはない」はずなのに「英語にこだわり過ぎると、本来優先すべき発達が犠牲になりかねない」らしい。一体どっちなのかと聞きたくなる。

母国語が中途半端になると自己のアイデンティティーが欠如したり、精神の脆弱性が出てくるリスクもある」のであれば、「第二言語を学習する前に、まずは母国語を流ちょうに話さなくてはいけない」はずだ。しかし、「若い脳は一つの言語しか一度に処理できない(×)」という項目では、「まず母国語」という考え方を否定している。

今回の記事には「迷信だらけで根拠薄弱 脳神話のウソ」というタイトルが付いているが、疑ってかかるべきはダイヤモンドの記事の方だ。


※記事の評価はE(大いに問題あり)。この記事に関しては以下の投稿も参照してほしい。

説明が矛盾だらけ 週刊ダイヤモンド「脳神話のウソ」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_17.html

2017年1月17日火曜日

説明が矛盾だらけ 週刊ダイヤモンド「脳神話のウソ」

週刊ダイヤモンド1月21日号の特集「天才・奇才のつくり方~お受験・英才教育の真実」の中に出てくる「迷信だらけで根拠薄弱 脳神話のウソ」という記事は矛盾だらけだ。記事には「『脳からみた学習 新しい学習科学の誕生』(OECD教育研究革新センター編著、明石書店)を基に本誌編集部作成」という注記が付いている。本の内容は合っていても、編集部がきちんと解釈できていないのだろう。
アントワープ中央駅(ベルギー)
          ※写真と本文は無関係です

特に問題を感じたのは「逃すと取り返せない学習時期がある」「記憶力は改善できる」「男性の脳と女性の脳は違う」の3項目だ。これらについて記事ではいずれも「×」を付け、誤りだと断定している。しかし、解説を読むと「」に見える。順に検証してみよう。


◎「逃すと取り返せない学習時期がある」は×?

特定の種類の学習がより効率的になる時期については、あるのかどうかも含めてまだよく分かっていない。ただ、言語学習についてはこのような時期がある。生まれてすぐは両親の母国語と異なる音でも区別できるが、1歳になるころには自分の環境で使われない音の違いを習得できなくなる」と記事では説明している。

これが正しいのならば「逃すと取り返せない学習時期がある」は「」だ。「1歳になるころには自分の環境で使われない音の違いを習得できなくなる」のに、成長してからどうやって取り返せばいいのか。

言語学習以外についても「学習がより効率的になる時期については、あるのかどうかも含めてまだよく分かっていない」のならば、「逃すと取り返せない学習時期がある」かどうかの答えは「分からない」(記号で言えば△か)だろう。「よく分かっていない」のに「逃すと取り返せない学習時期がある」を「×」とするのはかなり強引だ。


◎「記憶力は改善できる」は×?

記事では「記憶術や概念マップの作成といった記憶力を高める技術は、特定のタイプの記憶のみに効く傾向にある」と述べている。ならば、「特定のタイプの記憶」に関しては「記憶力は改善できる」はずだ。部分的にでも改善が可能ならば「記憶力は改善できる」と言うほかない。

数に限りのある神経回路に情報が保存されるので、記憶は無限のものではない」のは分かる。だが、「記憶力は改善できない」と断定する根拠にはなり得ない。


◎「男性の脳と女性の脳は違う」は×?

記事では「男性と女性の脳は、機能と形態に大きな違いがある」と言い切っている。「形態」はともかく「機能」に「大きな違いがある」のならば「男性の脳と女性の脳は違う」としか考えられない。記事では「言語に関する脳部位は女性の方がより活動している」とも書いている。これをどう解釈すれば「男性の脳と女性の脳に違いはない」となるのか。

男と女の考え方の違いが異なる脳発達によるものなのかを見極めることは非常に難しい」のだとしても、「言語に関する脳部位」の活動に明確な男女差が見られるならば「男性の脳と女性の脳は違う」と結論付けてよい。

脳に関して99%が男女で同じだとしても1%が違っていれば「男性の脳と女性の脳は違う」はずだ。例えば、人間とチンパンジーの遺伝子が99%一致していた場合「人間の遺伝子とチンパンジーの遺伝子は違う」に関して「×」だとダイヤモンド編集部は考えるのだろうか。


※この記事に関しては以下の投稿も参照してほしい。

正反対の説明が同居する週刊ダイヤモンド「脳神話のウソ」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_18.html

2017年1月16日月曜日

リオ・ハリアントの苦境無視が悲しい日経「アジアひと未来」

日本経済新聞朝刊1面で連載している「アジアひと未来~次世代を導く」の第2回目に当たる「最高峰レース参戦 目標はシューマッハ F1ドライバー リオ・ハリアント 寛容と融和、英雄に共鳴」という記事は、読者を欺く内容だ。記事では「インドネシア人初のF1ドライバー」である「リオ・ハリアント(23)」に焦点を当て、あたかも順風満帆なF1ドライバーのように紹介しているが、どうも怪しい。
大分県日田市豆田町 ※写真と本文は無関係です

記事の最初の方は以下のようになっている。

【日経の記事】

ジャカルタ郊外のサーキット場で5時間。レーシングカートを操り70周を疾走した。「来シーズンに向けた調整です」。年の瀬の日程をやり繰りし、急な練習に充てた。

2016年、リオ・ハリアント(23)はインドネシア人初のF1ドライバーとして英マノー・レーシングから参戦した。

国営石油プルタミナがスポンサーについた。「ママがいつも一緒のレーサー」。欧州メディアはひ弱なアジア人が政府系の金でシートを買ったと皮肉った。が、出場12戦のうち9戦で完走し、潜在能力の高さを示した

新たなヒーローの出現に祖国は沸いた。ハンサムで、地震で被災した子供たちに文房具を贈るなど社会貢献にも熱心だ。ツイッターのフォロワー数は100万人に迫る。

1993年にジャワ島中部ソロで生まれた。父が文具会社を営む裕福な一家で、6歳でカートに乗った。「ミハエル・シューマッハが僕のヒーローだった」。アジアや欧州のレースで頭角を現し最高峰へ駆け上がった。

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これだけ読むと「リオ・ハリアントは潜在能力の高いF1ドライバーで、2017年シーズンのF1での活躍が期待されている」と思ってしまうはずだ。しかし今年1月4日付の2本の記事を読むと、かなり違った状況が窺える。

【F1-Gate.comの記事】

リオ・ハリアントは、スポンサーであるインドネシアの国営石油企業プルタミナがスポンサーから撤退することを決定したことで、2017年のマノーのF1シート獲得が暗礁に乗り上げた。

リオ・ハリアントは、今年マノーでF1デビューを果たして12戦に出走したが、資金不足によってスパでエステバン・オコンと交代し、リザーブドライバーに降格した。

【TopNewsの記事】

リオ・ハリアントは、マノーかザウバーのどちらかでF1復帰を目指して活動していたが、2017年に復帰するための活動を中止したようだ

インドネシア人初のF1ドライバーとしてデビューしたハリアントだったが、昨シーズン途中にスポンサー問題でシートを失っていた。その後もF1復帰に向けて活動をしていたが、主要スポンサーのインドネシア国営石油会社プルタミナ(Pertamina)が撤退したことで状況はさらに難しくなったようだ。

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リオ・ハリアントが「出場12戦のうち9戦で完走」したのは事実でも、その後に「リザーブドライバーに降格」していたのではないか。昨年に「国営石油プルタミナがスポンサーについた」のかもしれないが、既に「撤退」が決まっているのではないか。そして、現在は「F1ドライバー」というより「元F1ドライバー」と呼ぶの方が適切ではないか。

上記の2本の記事の内容が大筋で合っているとすると、日経の記事は非常に大きな問題を抱えていることになる。

ジャカルタ郊外のサーキット場」でリオ・ハリアントを取材した昨年末の段階では、昨シーズンの途中から「リザーブドライバーに降格」したのは分かっていたはずだ。なのにそこには触れず、出走した12戦の順位にも言及しないで「潜在能力の高さを示した」と書くのは感心しない。

リオ・ハリアントがF1ドライバーとして厳しい状況に陥っていることは取材班も分かっているはずだ。なのに、都合の悪い情報は排除して、「世界へ羽ばたく英雄」に仕立て上げている。

そうしなければ記事が成立しないのならば、まだ理解できる。しかし、今回はそうではない。リオ・ハリアントのドライバーとしての苦境を伝えた上で、それでも前向きに生きる「英雄」として描けば済む話だ。

都合のいい事実だけをつまみ出して、実態から乖離した「英雄」としてリオ・ハリアントを描くのは、、読者への明らかな裏切り行為だ。作り手の志の低さが感じられて悲しくなる。「こんな、読者を欺くような記事を書くために記者になったのか」と取材班のメンバーには問いたい。


※記事の評価はE(大いに問題あり)。今回の記事にはインドネシアを「アジア最大の多民族国家」と言い切ってしまう誤りもあった。これについては以下の投稿を参照してほしい。

「アジア最大の多民族国家はインドネシア」と誤解した日経
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_15.html

2017年1月15日日曜日

「アジア最大の多民族国家はインドネシア」と誤解した日経

アジア最大の多民族国家」と聞くと、すぐに中国が頭に浮かぶ。しかし、日本経済新聞は違うようだ。15日の朝刊1面に載った「アジアひと未来~次世代を導く(2)最高峰レース参戦 目標はシューマッハ F1ドライバー リオ・ハリアント 寛容と融和、英雄に共鳴」という記事では、インドネシアを「アジア最大の多民族国家」と呼んでいた。
福岡県朝倉市側から見た筑後川 ※写真と本文は無関係です

記事の当該部分と日経への問い合わせは以下の通り。

【日経の記事】

それでも平均年齢が28歳の同国はすでに国民の5人に2人が「スハルト以後」に育った。「肌の色や出自で人をみるのはおかしい」。きっぱりと言うリオに、同世代のプリブミからも「彼が華人だなんて気にしない」(ジャカルタ在住の会社員、リスマワティ=25)と呼応する声が上がる。

世界へ羽ばたく英雄に若者は「自分世代の代弁者」と共鳴する。未来への希望が過去の確執を乗り越える姿は、新興国の雄として主要20カ国・地域(G20)に名を連ね、国際社会で存在感を増す国自身に重なる。ただ経済成長が鈍って内向き志向が強まれば、芽吹いた寛容がまた憎悪に上塗りされる危うさもはらむ。アジア最大の多民族国家の国内融和はこれからが正念場だ


【日経への問い合わせ】

15日の朝刊に載った「アジアひと未来~次世代を導く(2)」という記事についてお尋ねします。記事の結びでインドネシアについて「アジア最大の多民族国家の国内融和はこれからが正念場だ」と説明していますが、「アジア最大の多民族国家」は中国ではありませんか。

2010年7月23日の日本経済新聞電子版の「イチからわかる~ここがポイント 『伸びゆく中国』 おしえて!!先生スペシャル」という記事の中で森上教育研究所客員研究員の早川明夫氏は以下のように語っています。

「2008年に開いた北京オリンピックの開会式。カラフルな衣装を着た子どもたちの演出で話題になったように、中国は多民族国家です。9割を占める漢民族をはじめ、56の民族が暮らしています。チベット族やウイグル族など人口の多い民族には自治区があります」

ここでは明確に「中国は多民族国家です」と言い切っています。また、中国が「チベット族やウイグル族など」の少数民族を抱えた国家であることは広く知られています。人口、国土面積、経済規模などで中国はインドネシアを上回っているのですから「アジア最大の多民族国家」は中国だと思えます。

アジアにはインドという「インドネシアより大きな多民族国家」も存在します。中国とインドを上回ってインドネシアが「アジア最大の多民族国家」だと判断する材料は見当たりません。記事の説明は誤りだと考えてよいのでしょうか。正しいとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

「アジアひと未来」での説明が正しい場合、2010年の電子版の記事で「中国は多民族国家です」と解説したのは誤りとなるのでしょうか。その点も回答をお願いします。

日経では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を期待しています。

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※日経からの回答はないだろう。今回の記事に関しては、以下の投稿も参照してほしい。

リオ・ハリアントの苦境無視が悲しい日経「アジアひと未来」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_16.html


追記)結局、回答はなかった。

2017年1月14日土曜日

週刊エコノミスト編集長が見過ごした財産ネットの怪しさ

週刊エコノミスト1月17日号の「2017年の経営者 編集長インタビュー~金融投資を民主化したい」という記事で取り上げていた「財産ネット」について論じてみたい。この記事に出てくる同社の荻野調社長の話からは、どうしても胡散臭さが拭えない。
恵蘇八幡宮(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

荻野氏は「資産3000万円から1億円の人たち」をターゲットにして「資産を増やすための方法や有用な情報を提供し、匿名でも簡単に金融商品を比較検討できるサービスを作ることで、金融商品の敷居を低くしたいのです」と語っている。

これを受けてエコノミストの金山隆一編集長が「具体的なサービスは」と問うと、荻野氏は「株価・為替予報サイトの『兜予報』です」と答えている。これは「経済ニュースの相場への影響を可視化」するもので「株価の予測精度はおよそ80%」らしい。

ニュースの99%は株価に影響がありませんが、残り1%未満に株価を動かす情報があります。これはデイトレーダーが欲しがる情報と言えます」「仮に1万人のデイトレーダーが兜予報ユーザーになれば、中堅証券会社並みの400億円市場で課金ビジネスができることになります」とも荻野氏は述べているので、「兜予報」がデイトレーダー向けのサービスなのは間違いない。

デイトレーダー向けのサービスが駄目だとは言わない。しかし、「資産3000万円から1億円の人たち」にとっての「金融商品の敷居を低くしたい」と本気で考えているのならば、デイトレーダーへは誘導しないはずだ。この話が出た時点で金山編集長には「財産ネット(あるいは荻野氏)の話を記事で取り上げて大丈夫かな?」と思ってほしかった。

株価の予測精度はおよそ80%」というと「凄いな」と思う人がいるかもしれない。しかし、この数字は驚くには値しない。ある程度の知識があれば90%以上の数字を出せるはずだ。例えば、「A社が会社更生法の適用を申請」というニュースであれば、発表を受けて株価が下がる可能性はほぼ100%だ。こうした予測が容易なニュースに絞り込んでいけば、発表後に株価が上がるか下がるかを高い確率で当てられる。

当社専属と外部の約20人の経験豊富なアナリストが集まると、80%以上の確率で株価の方向性を予想できるようになります」と荻野氏は誇るが、どういうニュースを選んでいるのか見てみないと何とも言えない。

株価の予測精度はおよそ80%」なので、兜予報の予測を信じて投資すれば勝率は80%になると感じる人もいるだろう。これも、誤解しやすい点だ。

取引終了後にA社が業績に関する発表をして、兜予報では「上げ」との予測が出たとしよう。そして翌日の始値が前日終値を上回る確率が80%だとする。この場合、一般的な株式取引よりも高い勝率が期待できるだろうか。もちろん、そうはならない。

A社株の前日終値が100円で、ニュースを受けて翌日の始値が110円となる場合、好材料はこの時点でほぼ織り込み済みだ。そこから上に行くか、下に行くかは基本的に五分五分となる。前日終値でA社株を仕込めて、翌日の寄り付きで売りに出せるのならば勝率は8割かもしれないが、それは難しい(単純化のため市場外取引は考慮しない)。

色々と書いてきたが、要は「資産3000万円から1億円の人たち」にとって、財産ネットは相手にする必要の乏しい会社だ。デイトレーダーが参考程度に「兜予報」を使うのならば分かるが「金融投資を民主化」と言うのはいかにも大げさだ。そんな有意義なものではない。

財産ネットがデイトレーダーの一角に食い込んで、そこから収益を上げようとするのは問題ないし、邪魔するつもりもない。だが、「資産3000万円から1億円の人たち」を「富裕層との間に情報格差があります」などと言って、デイトレーダー向けのサービスに呼び込もうとするのは、さすがに胡散臭い。

荻野氏はその辺りを百も承知で怪しい話をエコノミストの編集長にしているだろう。その怪しさを見抜く眼力を金山編集長には持っていてほしかった。


※今回の記事の評価はE(大いに問題あり)。金山隆一編集長への評価はB(優れている)を維持するが、弱含みとする。今回の記事に関しては、間違いと思われる記述があるので週刊エコノミストに問い合わせをしている。これに関しては以下の投稿を参照してほしい。

週刊エコノミスト金山隆一編集長への高評価が揺らぐ記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_12.html

「無理のある回答」何とか捻り出した週刊エコノミストを評価
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_94.html

2017年1月13日金曜日

日経に「トランプ氏は疑問に答えよ」と訴える資格ある?

13日の日本経済新聞朝刊総合1面に「トランプ氏は疑問にきちんと答えよ」という社説が載っていた。日経がメディアとしての説明責任をきちんと果たしているのならば、トランプ氏を批判するのも分かる。だが、現実はそうなっていない。読者からの間違い指摘を当たり前のように無視する姿勢を貫く今の日経には、他者に説明責任を求める資格などない。
杖立川(熊本県小国町) ※写真と本文は無関係です

社説の全文は以下の通り。

【日経の社説】

言いたいことをまくし立てるだけならば、ツイッターと同じだ。トランプ次期米大統領が当選後初の記者会見を開いたが、世界の人々の疑問はほとんど解消されなかった。相手を疑心暗鬼にさせ、心理戦で優位に立つのは権力者の常とう手段だが、振り回される側はたまったものではない。

米国の歴代大統領は初当選後ただちに記者会見を開き、所信や政策を明らかにしてきた。現職のオバマ氏は3日後。その前のブッシュ氏は当選確定に時間がかかったこともあり2日後だった。

ところが、トランプ氏は2カ月以上も記者会見に応じなかった。ツイッターによる一方的な情報発信は世論操作には好都合かもしれないが、不愉快な質問にもきちんと答えるのが、超大国の指導者の責務である

会見の中身もお粗末だった。事業を続けつつ、公職に就くと公私混同、利益相反が起きるのではないか。その疑問に答えるはずが、経営を長男らに任せると述べたにとどまった

補足した弁護士は株式の売却などは否定した。だとすれば、事業は引き続き最大株主であるトランプ氏の影響下にある。外国企業との取引を有利に進める観点から外交政策を判断するのではないか、などの懸念は払拭されない

大統領選で敗れたヒラリー・クリントン氏の陣営へのサイバー攻撃をしたのは「ロシアだと思う」と明言した。他方で米ロの関係改善に意欲を示した。トランプ陣営がメールのハッキングに関与していなかったとしても、「敵の敵は味方」的なもの言いは米国内の分断を一段と深めよう。

残りは日ごろのツイッター発言の繰り返しだった。トランプ氏の口先介入に屈して外国移転をやめた企業を称賛する一方、「好き放題やっている企業には高い国境税をかける」と脅しをかけた。これで本当に「最も多くの雇用をつくり出す大統領」になれるのか。統制経済は成長を阻害する。

日本は相変わらず米国に貿易赤字をもたらす国として、中国やメキシコと同列に扱われた。これでは、安倍晋三首相がいの一番に会った意味がない。日米同盟の価値をどうやって理解させるのか。月末に見込まれる日米首脳会談は極めて重要になる。

トランプ氏の本質は当選後も変わらない。初会見でそれはわかった。激動への備えが必要だ。

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不愉快な質問にもきちんと答えるのが、超大国の指導者の責務である」と言うならば、読者からの間違い指摘にもきちんと対応するのがメディアの責務ではないか。

日経はメディアからの取材にもきちんと対応しているのか疑問だ。FACTA11月号の「日経が中間決算で480億円の為替差損!」という記事に関して、FACTAでは「日経新聞に対して、文書により取材を申し込み、諸々の説明を求めましたが、『開示事実の通りである』と、事実上(一切)の取材拒否を受けました」と述べていた。

これが事実ならば、トランプ氏にきちんとした説明を求める資格は、日経にはさらになくなる。まずは他者から求められた説明に「きちんと答える」のが先だ。

ついでに言うと「トランプ次期米大統領が当選後初の記者会見を開いたが、世界の人々の疑問はほとんど解消されなかった」との説明も引っかかった。社説では「利益相反」の問題について「経営を長男らに任せると述べたにとどまった」「外国企業との取引を有利に進める観点から外交政策を判断するのではないか、などの懸念は払拭されない」などと書いている。

ならば、答えはかなり出たのではないか。「利益相反の問題はないのか」というのが疑問だとすれば、答えは「ある」でいいと思える。

サイバー攻撃」についても「『ロシアだと思う』と明言した」のであれば、疑問にかなり明確に答えている。社説では「トランプ氏の本質は当選後も変わらない。初会見でそれはわかった」とも書いている。だったら「当選後はトランプ氏も変わるのではないか」との疑問も消えたはずだ。

世界の人々の疑問はほとんど解消されなかった」と言うより「かなり解消された」と評価する方が適切だろう。少なくとも、読者からの間違い指摘を平気で黙殺する日経に比べれば、トランプ氏の方が説明責任を果たしている。

トランプ氏は疑問にきちんと答えよ」などと社説で訴える前に、日経は我が身を省みるべきだ。


※社説への評価はD(問題あり)。

2017年1月12日木曜日

週刊エコノミスト金山隆一編集長への高評価が揺らぐ記事

週刊エコノミストの金山隆一編集長を高く評価しているし期待もしている。ただ、1月17日号の「2017年の経営者 編集長インタビュー~金融投資を民主化したい」という記事は頂けない。一般の投資家が相手にする必要はなさそうに思える財産ネットのサービスについて、同社社長の荻野調氏に好きなように語らせている。
成田山公園(千葉県成田市) ※写真と本文は無関係です

編集後記に当たる「From Editors」でも金山編集長は「こんな情報格差に挑んだのが、今週号の巻頭で取材した財産ネットの荻野調社長」「継続して動向を取材していきたい」などと述べており、すっかり惚れ込んだ様子。荻野氏の話術が凄いのか、金山編集長の脇が甘いのか。ちょっと心配になる。

荻野氏の発言には誤りではないかと思えるものもあった。金山編集長だけでなく、記事の構成を担当した大堀達也記者にも以下の問い合わせを送ってみた。


【エコノミストへの問い合わせ】

1月17日号の「2017年の経営者 編集長インタビュー~金融投資を民主化したい」という記事についてお尋ねします。この中で財産ネット社長の荻野調氏は「ターゲット層は」との問いに対し「資産が3000万円から1億円の人たちです。日本に1000万世帯あり、金融資産は合計500兆円という最大のボリュームゾーンになっています」と答えています。

これは野村総合研究所が昨年11月に発表した調査に基づいていると思えます。それによると、2015年時点での準富裕層(純金融資産5000万円以上1億円未満)とアッパーマス層(同3000万円以上5000万円未満)を合計すれば純金融資産が527兆円で世帯数が995万となり、荻野氏の発言とほぼ一致します。

ただ、マス層(同3000万円未満)は4,173万世帯に上り、純金融資産でも603兆円と「準富裕層+アッパーマス層」を上回っています。準富裕層とアッパーマス層を合計して他と比べるのにも問題を感じますが、それを認めて合計しても「最大のボリュームゾーン」になりません。記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。荻野氏の発言が野村総合研究所以外の調査に基づいている場合、その出所も教えていただけると助かります。

せっかくの機会なので、インタビュー記事を読んだ感想を述べさせていただきます。

結論から言うと、荻野氏や財産ネットに関して前向きに取り上げるべきではないと感じました。問題は色々とあるのですが、非常に長くなるので以下の発言に絞ってみます。

「富裕層は黙っていても金融機関が寄ってくるので資産ポートフォリオを組めるのに対し、ボリュームゾーンの人々は資産を増やすために株式やFX(外国為替証拠金取引)を始めるのが一般的です。ところが、知識がなく損失を出すケースが多いのです。富裕層との間に情報格差があります」

まず「富裕層は黙っていても金融機関が寄ってくるので資産ポートフォリオを組める」との説明が気になります。金融機関が寄ってこなくても「資産ポートフォリオ」は組めますし、金融機関に頼ってポートフォリオを組んでいては、金融機関にとって都合のいい「手数料の高い金融商品」ばかりになってしまう可能性大です。また、金融資産9000万円と1億円に決定的な差はありません。金融資産9000万円でも寄ってくる金融機関はあります。預かり資産が数千万円レベルでも、例えば銀行であれば担当者が付いて色々と商品を薦めてきます。もちろん、多くは金融機関にとって都合のいい商品です。

「富裕層との間に情報格差があります」と荻野氏は述べていますが、金融資産で1億円を超えたら金融機関が投資家に正しい助言をしてくれるとも思えません。編集後記に当たる「From Editors」の中で、金山編集長は今回のインタビューに絡めて「金融資産1億円以上あるとプライベートバンカーが丁寧に助言してくれ、高利回りで安定した金融商品の情報が入る」と言い切っています。

そもそも「高利回りで安定した金融商品(低リスクなのに期待リターンが高い商品という意味だと理解しました)」など基本的にないと思えます。金山編集長は具体的にどんな商品を想定しているのでしょうか。仮にそんな「おいしい金融商品」があったとしても、金融資産が1億円を超えるとプライベートバンカーがおいしい話を簡単に教えてくれるとは信じられません。本当にそんな夢のような「情報」が入るのですか。きちんと確認できていますか。

荻野氏には投資に関する十分な知識があるのでしょう。その上で、自社に有利になるように、投資家の誤解を招きかねない話をしているのだと思います。それを責めるつもりはありません。ただ、荻野氏の正確さに欠ける話を御誌がそのまま載せるのは感心しません。読者の中には荻野氏の発言を鵜呑みにする人もいるはずです。そうした危険性に十分な配慮をした上で誌面を作ってください。

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野村以外の調査があって、そこでは「資産が3000万円から1億円の人たち」が「最大のボリュームゾーン」になっている可能性はある。それ以外には、荻野氏の発言を正しいと言える理由が思い付かない。


※今回のインタビュー記事については以下の投稿も参照してほしい。

週刊エコノミスト編集長が見過ごした財産ネットの怪しさ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_14.html

「無理のある回答」何とか捻り出した週刊エコノミストを評価
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_94.html


※金山隆一編集長については以下の投稿も参照してほしい。

FACTAに「声」を寄せた金山隆一エコノミスト編集長に期待
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/facta_25.html

2017年1月11日水曜日

「3割」になってる? 日経「ファナック、産業ロボ3割増産」

11日の日本経済新聞朝刊企業面に載った「ファナック、産業ロボ3割増産 工場の自動化需要に対応」という記事は、悪い意味で考えさせられる内容だった。以下の記述から、どう計算すると「3割増産」になるか、すぐに分かるだろうか。
大分城址公園(大分市) ※写真と本文は無関係です

全文は以下の通り。

【日経の記事】

ファナックは産業用ロボットを3割増産する。好調な自動車向けに加え、多分野での工場の自動化を追い風にグローバルで需要が急増しているのに対応する。同社は今春から増産することを明らかにしていたが、生産が追いつかない状況が見込まれるため一段の増産に踏み切る。

ファナックは山梨県の本社工場で月間5千台のロボットを生産している4月から小型の切削加工機を製造する筑波工場(茨城県筑西市)でも同1千台の生産を始める方針だ。

2工場の生産効率を高めたり、筑波工場で切削加工機の生産スペースをさらにロボット向けに転用したりして、2017年中に月間7千台、18年には8千台にまで増やす。投資額などは今後詰める。

ファナックは現在、筑波工場の隣接地にロボット工場を新設して月産1万台体制を目ざしているが、新工場の稼働まで2年程度かかるとみられる。足元では自動車や電子機器に加え、食品などの分野でも自動化が進み、需要が急増している。

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現状では「月間5千台のロボットを生産している」。4月から「筑波工場でも同1千台の生産を始める」ので、これで2割増産だ。さらに「2017年中に月間7千台」となるので増産は4割に達する。「18年には8千台にまで増やす」と6割増産だ。ただ、どの時点で切っても「3割増産」にはならない。

あくまで推測だが、4月から月産6000台となるところまでを既定路線と捉えて、これと18年の8000台を比べているのではないか。これだとほぼ「3割増産」になる。しかし、常識的には「3割増産」と書いてあれば「現状と比べて3割増産」だと理解したくなる。

この辺りが日経の弱点だ。「自分の意図はきちんと読者に伝わるだろうか」との配慮に欠ける記事があまりに多い。

ついでに言うと「ファナックは現在、筑波工場の隣接地にロボット工場を新設して月産1万台体制を目ざしている」という説明が引っかかる。これが前から決まっているのならば、そもそも生産倍増計画があるのではないか。だとすると、「3割増産」を記事にする意味はほぼない。

一方、「2工場の生産効率を高めたり、筑波工場で切削加工機の生産スペースをさらにロボット向けに転用したり」するのが新たに加わった要素だとすると、「月産1万台体制」との関係が分かりにくい。従来は月産8000台体制を目指していたのに、それが「1万台」へと上積みされたのか。それとも「2工場」の要素を加えると月産1万2000台になるのか。そこは明示してほしい。

さらに付け加えると、内容の重複は避けてほしい。短い記事の中で同じような話を繰り返すと情報量はさらに乏しくなる。

最初の段落の「好調な自動車向けに加え、多分野での工場の自動化を追い風にグローバルで需要が急増しているのに対応する」と、最後の「足元では自動車や電子機器に加え、食品などの分野でも自動化が進み、需要が急増している」というくだりは似たような話だ。しかも具体的なデータはない。

例えば、最初の段落では「どの分野で需要が増えているのか」を説明して、最後では「どの程度の需要増加なのか」を見せるといった工夫が要る。

質をあまり問われない代わりに多くの記事を長めの行数で日経産業新聞などに書くよう求められる企業報道部の記者にとって、読者への配慮が行き届いた記事に仕上げるのは難しいとは思うが…。


※記事の評価はD(問題あり)。

2017年1月10日火曜日

記事の誤りに「説明なし」 宮嶋巌FACTA編集長へ贈る言葉

残念ながら、FACTAも「向こう側」へ堕ちてしまったようだ。1月号に関する間違い指摘に対しなかなか回答がないので年が明けてから催促したところ、同誌の宮嶋巌編集長から「お問い合わせをいただいた諸点について申し上げることはございません」との事実上のゼロ回答が届いた。間違い指摘に対して完全無視を貫く日経、日経ビジネス、週刊東洋経済、週刊ダイヤモンドよりは良心的かもしれないが、FACTAも、間違い指摘にまともに答えないメディアの列に並んだと見てよいだろう。
成田山新勝寺(千葉県成田市) ※写真と本文は無関係です

FACTAの発行人兼編集主幹である阿部重夫氏には、その程度の雑誌にしか育てられなかったことを恥じてほしい。

宮嶋編集長とのやり取りは以下の通り。


◇宮嶋編集長へのメール◇

月刊FACTA 編集長 宮嶋巌様

御誌を定期購読している鹿毛と申します。昨年12月22日と同月25日にFACTAカスタマーサポートへ問い合わせをお送りしましたが、年が明けて1週間が経過してもまだ回答を頂いていません。事実確認にそれほどの労力を要する案件とも思えませんので、そろそろ回答をお願いできないでしょうか。

1月5日にFACTAカスタマーサポートへ早めの回答を要請したところ「このたび頂戴したメールは、早速に担当(編集部)に転送するとともに口頭でも連絡済みでございますこと、取り急ぎご報告いたします」との連絡を頂きました。カスタマーサポートではきちんと対応してくれていると感じます。

念のために2件の問い合わせを改めて送っておきます。御誌が読者からの間違い指摘を無視したりすることはないと信じていますが、万が一にもそういう考えをお持ちでしたら、その旨だけでも伝えてください。よろしくお願い致します。

【問い合わせ~その1】

御誌を定期購読している鹿毛と申します。

1月号に関して、いくつか質問させていただきます。まずは「首相『第2の愛人』と化す維新」という記事です。

記事には「自由党、保守党、みんなの党……。与野党が1議席を争う小選挙区制が96年に導入された後、政権批判票の大半は野党第1党に流れ、全国組織を持つ公明党と共産党を除き、第三極の政党は次々に消滅した。唯一の例外は民主党だ」との記述があります。

これを信じれば、社会民主党は「消滅」しているはずですが、今も国会に議席を有したまま生き残っています。消滅した政党の例示には2009年結成の「みんなの党」も入っているので、「96年時点で存在していた党」に限定して説明しているわけでもなさそうです。そう考えると「日本維新の会」や「自由党(旧生活の党と山本太郎となかまたち)」も第三極として存在しています。

「(消滅しなかった)唯一の例外は民主党」という説明は誤りではありませんか。正しいとすれば、その根拠を教えてください。

次に「菅の本領『公明に煮え湯』」という記事についてお尋ねします。この記事では以下のくだりが気になりました。

「英国のEU(欧州連合)離脱といい、米大統領選といい、イタリアの憲法改正といい、全国民の直接投票の怖さを立て続けに見てきた今、日本初の国民投票で失敗は許されない」

米国の大統領選挙は「直接選挙」ではなく、選挙人を選ぶ「間接選挙」です。得票数はクリントン氏がトランプ氏を上回っていたのですから、直接選挙であれば「怖さ」を見ることもなかったはずです。「直接投票」と「直接選挙」は別との可能性も考慮しましたが、無理があると思えます。

最後に公明党は「本妻」なのか「愛人」なのかについて教えてください。

「首相『第2の愛人』と化す維新」という記事では本文に「愛人」が出てきません。ただ、常識的に考えて、見出しが想定する「第1の愛人」は公明党でしょう。ところが「菅の本領『公明に煮え湯』」という記事では以下のように書いています。

「衆院採決で公明党に煮え湯を飲ませたのは『本妻でも甘い顔ばかりしてられない。これからは愛人の存在にも慣れてもらわなくちゃ』という無言の通告とみえる」。

ここからは「公明党=本妻」と受け取れます。別の筆者による記事かもしれませんが、同じ1月号の中で「本妻」になったり「愛人」になったりするのは問題だと思えます。FACTA編集部としては公明党を「本妻」「愛人」のどちらと判断しているのでしょうか。「首相にとっては愛人だが、自民党や菅官房長官にとっては本妻」というのも考えにくいところです。

質問は以上です。お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いします。

【問い合わせ~その2】

御誌を定期購読している鹿毛と申します。

「あなたの車も『エアバッグが危ない』」という記事を書いている、ジャーナリストで元日本経済新聞編集委員の大西康之氏を筆者として起用していることに関してお尋ねします。

まず、以下の事実はご存じでしょうか。

2012年5月21日付の日経朝刊総合・政治面に掲載された「迫真 危機の電子立国~シャープの決断(1)」という記事の中で、大西編集委員はシャープと鴻海精密工業(台湾)の提携に触れて「今年、創業100年を迎えるシャープが、日本の電機大手として初めて国際提携に踏み込んだ瞬間である」と描写しています。

これは明らかな誤りです。2012年より前にソニーとサムスンは液晶パネル事業で提携していました。この提携に関して「日本の電機大手による国際提携とは言えない」と主張するのは難しいでしょう。

22日付の(2)でも大西編集委員はシャープと鴻海の提携について「日本の電機産業として初めてとなる国際資本提携」と説明しています。ここでは「大手」とも限定していません。大手以外も含めれば、日本の電機メーカーが出資を受け入れた事例は珍しくありません。

しかし、担当デスクだった藤賀三雄氏は「これまでの電機メーカーの個別の事業分野に限定した提携や合弁事業とは一線を画す提携という意味で、初の国際提携と書いたものです」と日経社内で主張し、誤りを認めませんでした。大西氏は私が知る限りでは沈黙していたので、藤賀氏と同じ立場なのでしょう。

電機産業を担当する編集委員が「日本の電機大手として初めて国際提携に踏み込んだ瞬間」と誤解していただけでもお粗末な話ですが、間違いは誰にもあるので、そこを責めるつもりはありません。ただ、大西氏は誤りを認めず、周囲から反省を求められても読者軽視の姿勢を貫きました。記事の作り手としての資質を決定的に欠いていると評するしかありません。

御誌では、こうした事実を踏まえた上でも「大西氏はFACTAの執筆者に相応しい」と判断しているのでしょうか。だとしたら、御誌への評価も見直さざるをえません。

FACTA1月号の記事で大西氏は以下のように記事を締めています。

「エアバッグにまつわる真実が明らかになった今、『危険なエアバッグ』を野放しにしてきたことで起きた事故の責任に、どう答えるのか。自動車メーカーはタカタを人身御供にして、やり過ごす算段だろうが、一度開きかけたパンドラの箱が閉まるとは思えない」

大西氏の過去を知った上で記事を読むと、説得力はゼロです。記事中の明らかな誤りを放置してきた「責任に、どう答えるのか」と逆に大西氏に聞きたくなります。知らぬ顔をしたまま時の流れに身を任せて「やり過ごす算段」でしょうが、我々はそれを許してよいのでしょうか。


◇宮嶋編集長からのメール◇

鹿毛さま

明けましておめでとうございます。ご愛読、真に有難うございます。皆さまからのご意見、ご叱声は、常に重く受け止め、今後の雑誌づくりの参考にしてまいります。お問い合わせをいただいた諸点について申し上げることはございません。

大分県立大分上野丘高校(大分市) ※写真と本文は無関係です
宮嶋拝 


◇宮嶋編集長へのメール◇

月刊FACTA 編集長 宮嶋巌様

返信ありがとうございます。ただ、納得できる内容ではありませんでした。思うところを述べてみます。

まず、「お問い合わせをいただいた諸点について申し上げることはございません」というだけならば、すぐに返信できたはずです。なぜこんなに長い時間がかかったのでしょうか。私が回答を催促しなければ、今回の返信もなかったのでしょう。こうした読者軽視の対応に問題は感じませんか。今回のような対応では、読者からの指摘を重く受け止めていることにはならないはずです。

また、間違い指摘に関して「申し上げることはございません」で済ます姿勢は、メディアとしての説明責任の放棄です。「(消滅しなかった)唯一の例外は民主党」という記事中の説明は誤りではないかと私は問うています。誤りであれば、宮嶋様は欠陥のある雑誌を読者に届けたことになります。

私自身も間違いの多い人間ですので、誤り自体を責めるつもりはありません。ただ、記事中に誤りがあれば、それを認めて次号に訂正記事を載せるべきです。誤りではないのであれば、その理由を回答の中で説明すれば済む話です。しかし、宮嶋様は「お問い合わせをいただいた諸点について申し上げることはございません」と述べているだけです。

「記事の説明は誤りではない」と主張できないのならば、誤りを認めて訂正を出すのが雑誌の編集者として当然の選択だと思いませんか。なのに宮嶋様は、問題から目を背けてやり過ごそうとしています。そこには元日本経済新聞編集委員の大西康之氏と通じるところがあります。

間違いを認めて訂正を出すのは楽しいことではありません。しかし、そこから逃げてしまえば、記事で他者を批判しても説得力がなくなってしまうのです。大西氏の事例はそれを教えてくれています。

「狭き門より入れ。滅びに至る門は大きくその路は広い」

宮嶋様にこの言葉を贈ります。どの選択が「狭き門」なのかは自明なはずです。

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この後に宮嶋編集長からの反応はない。間違い指摘に対して、編集長が説明を放棄しているのだから、「(消滅しなかった)唯一の例外は民主党」という説明は誤りだと推定するしかない。

英国のEU(欧州連合)離脱といい、米大統領選といい、イタリアの憲法改正といい、全国民の直接投票の怖さを立て続けに見てきた今、日本初の国民投票で失敗は許されない」という記述についても、「米大統領選」を「全国民の直接投票」と書いたのは間違いなのだろう。

FACTAとしては、反論はできないが誤りを認めるのも嫌だから指摘を黙殺しようとしたものの、それでも回答を催促されるので「申し上げることはございません」とだけ返したといったところか。

大西氏の件についても、「起用に問題なし」との主張はできないが、本人に事実関係を確認したり、その結果によっては執筆者から外したりといった「面倒」は避けたかったのだろう。

1人の読者の指摘さえ無視してしまえば、間違いを認めて訂正を出したり、執筆者との面倒なやり取りをしたりといった嫌なことから逃れられる。宮嶋編集長がその安易な道を選びたくなるのも分からなくもない。だが、その道の先に明るい未来はない。

一読者として贈った言葉は、宮嶋編集長の編集者としての良心に届いただろうか。


※宮嶋巌編集長への評価はF(根本的な欠陥あり)とする。BBBとしていたFACTAへの格付けもBBへ引き下げる。現時点での経済メディア格付けは以下の通り。

◆経済メディア格付け(2017年1月10日時点)

週刊エコノミスト(A) 
週刊東洋経済(BBB+) 
週刊ダイヤモンド(BBB)
FACTA(BB)
日経ビジネス(BB)
日本経済新聞(BB)
日経ヴェリタス(BB)
日経MJ(BB-)
日経産業新聞(BB-)


※FACTAとの今回のやり取りに関しては以下の投稿も参照してほしい。

 FACTAに問う「ミス放置」元日経編集委員 大西康之氏起用
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/facta_28.html

公明党は「本妻」?「愛人」? なかなか届かぬFACTAの回答
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/facta.html

2017年1月9日月曜日

市場への理解が乏しい日経 滝田洋一編集委員「羅針盤」

経済記事の書き手として日本経済新聞の滝田洋一編集委員は問題が多いと判断している。理由は色々とあるのだが、市場への理解度が低いのもその1つだ。9日の朝刊予定面に載った「羅針盤~これが円の変動要因だ」という記事からも、滝田編集委員の問題点が浮かび上がる。
徴古館(佐賀市) ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

円相場が動くたびに、政府も企業もオロオロする。菅義偉官房長官は昨年末、日本経済新聞のインタビューに「為替を注視する」と語った。

ならば円相場を決めるのはどんな要因だろうか。内閣府がリポート「今週の指標」のなかで、円相場の決定要因を分析してみせた。

結論はこうだ。円相場に対し、日米金利差の拡大は円安方向に影響を及ぼす。一方、投資家のリスク回避姿勢は円高方向に影響を及ぼす。

そんな可能性が示唆される。またボラティリティー(予想変動率)の変化に対し、投資家のリスク回避の強まりはボラティリティーの上昇に影響を及ぼすのである。

為替取引の経験者ならこうした分析に膝を打つはずだ。2016年を例にとると、リスクオフを促した要因は英国の欧州連合(EU)離脱決定と米大統領選のモヤモヤだった。

ところが16年11月の大統領選でトランプ候補が当選し、市場参加者はリスクオンの雰囲気になった。しかも日米金利差の拡大も手伝い、円安に向けた金融市場の環境が整った。かくして昨年末に向けて円安が加速した。

ならば、17年の円相場はどうなるか。米連邦準備理事会(FRB)が追加利上げを模索する一方、日銀は金融緩和解除など思いもよらない。日米金利差は拡大が見込まれるので、これは円安要因

読みにくいのは投資家がリスクオンの姿勢を堅持するかどうか。日本株が上昇する局面が続けば、為替市場の参加者もリスクを許容できる。

反対に、通商面で米中の貿易摩擦が一段と強まるようだと、金融市場はリスクオフになり、円高圧力が募る。トヨタ自動車のメキシコ新工場に対するトランプ氏のツイートでの批判は、日本企業もトランプ氏の強硬発言の例外でないことを思い知らせた。

かくして17年の円相場は、日米金利差(円安要因)と政治リスク(円高要因)の綱引きになる。日米金利差が開くなかで、円の行方を決めるのは政治リスクだろう。


◎「日米金利差は拡大」は「円安要因」?

17年の円相場」について「日米金利差は拡大が見込まれるので、これは円安要因」と単純に書いているのが引っかかった。「日米金利差拡大円安要因」というのは大筋では間違っていない。ただ、「17年の円相場」について言えば「円安要因」になるかどうかは微妙だ。

市場が「17年の米国は0.25%の利上げが3回」と見ているとしよう。この場合、ドル円相場には現時点で3回の利上げが織り込まれている。この材料で相場が動くとすれば、市場コンセンサスに変化が生じる場合だ。

0.25%が3回と見込んでいたのに、1回にとどまれば、日米金利差が拡大するとしても「円高要因」と見るべきだ。「日本は金利据え置きで米国は利上げがありそう。だから日米金利差に関しては円安要因として働く」というのは、市場への理解が足りない素人臭い解説だ。


◎「米大統領選のモヤモヤ」が「リスクオフを促した」?

滝田編集委員の解説を信じるならば、トランプ氏なのかクリントン氏なのか米国の次期大統領がはっきりしないことがリスクオフの要因になっていたが、トランプ氏の勝利が決まったのでリスクオンに転じたと言える。これは一般的な認識とはかなり食い違う。大統領選前は「トランプ氏の勝利=リスクオフ要因」と捉えられていたのに、トランプ氏が勝った後(直後を除く)には予想に反してリスクオンの展開となったはずだ。

英国の欧州連合(EU)離脱決定」が「リスクオフを促した」との説明にも問題がある。これも決定直後こそリスクオフの動きが出たものの、結局はすぐ元に戻った。つまり、英国EU離脱やトランプ氏勝利といった「政治リスク」が現実になってもリスクオフを促す展開にはならなかったと言える。


◎17年は「政治リスク」でリスクオフ?

既に述べたように、2016年はリスクオフ要因になると見られていた政治リスクが顕在化しても、実際はリスクオフにならなかった。なのに滝田編集委員は17年について「通商面で米中の貿易摩擦が一段と強まるようだと、金融市場はリスクオフになり、円高圧力が募る」と解説している。

ここは説明が欲しい。16年は政治リスクが顕在化してもリスクオフにはならなかったのに、17年は違うと滝田編集委員は見ているのだろう。それはそれでいい。だが、なぜそう分析したのかを述べずに「政治リスク(円高要因)」と言われると「では、なぜ16年は政治リスクが現実になっても円高にならなかったのか?」と聞きたくなる。


◎官房長官は「オロオロ」してる?

ついでにもう1つ。「円相場が動くたびに、政府も企業もオロオロする。菅義偉官房長官は昨年末、日本経済新聞のインタビューに『為替を注視する』と語った」と滝田編集委員は冒頭で書いている。この場合、「菅義偉官房長官」は「オロオロ」しているのだろうか。日経のインタビューに応じて「為替を注視する」と語っただけならば、「オロオロ」しているようには見えない。

官房長官の話は何のために持ってきたのか理解に苦しんだ。滝田編集委員らしいと言えばそれまでだが…。


※記事の評価はD(問題あり)。滝田洋一編集委員への評価はE(大いに問題あり)を据え置く。滝田編集委員については以下の投稿も参照してほしい。


日経 滝田洋一編集委員 「核心」に見える問題点(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_4.html

日経 滝田洋一編集委員 「核心」に見える問題点(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_24.html

日経 滝田洋一編集委員 「核心」に見える問題点(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_5.html

引退考えるべき時期? 日経 滝田洋一編集委員 「核心」(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_32.html

引退考えるべき時期? 日経 滝田洋一編集委員 「核心」(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_40.html

市場をまともに見てない? 日経 滝田洋一編集委員「羅針盤」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_69.html

日経 滝田洋一編集委員「リーマンの教訓 今こそ」の問題点
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/blog-post_16.html

2017年1月8日日曜日

最後まで「断絶」に無理がある日経連載「断絶を超えて」

日本経済新聞朝刊1面の連載「Disruption 断絶を超えて」が8日にようやく最終回を迎えた。初回を読んで「失敗が約束された正月企画」と評したのは、残念ながら正しかった。最終回となる第7回の「『内向き』それがどうした グローバル化深く太く」という記事でも「断絶」に関する説明がやはり苦しい。初回で取材班は「昨日までの延長線上にない『断絶(Disruption)』の時代が私たちに迫っている」と訴えたが、結局は「断絶の時代」を感じさせる材料を提示できなかった。
福岡県うきは市の棚田  ※写真と本文は無関係です

連載に出てくる「断絶」のほとんどは単なる「変化」とでも呼ぶべきものだ。それはそうだろう。世の中に「断絶」と呼べるような激変は滅多にない。大きな変化が起きる場合も、ほとんどは連続した変化の蓄積だ。

最終回で出てくる「断絶」についても見てみよう。

【日経の記事】

自国第一。高まる保護貿易主義はグローバリゼーションを逆転させる力に見えるが、企業はしたたかに動く。そもそも、世界の隅々までネットでつながる時代を、「グローバル化=モノの貿易」という図式で語ろうとしても無理がある。

タイのバンコク近郊。社長室も間仕切りもない小さなオフィスは、ネット決済ベンチャーのOmise(オミセ)が構えた「世界本社」だ。

「そのアイデア、最高だ。すぐ動こう」。長谷川潤社長に届く報告や相談は、東南アジアなど14カ国の社員80人から。技術開発も営業も、ネットでつながった仲間との国際協業だ。

創業から2年ほどで3000社の顧客を獲得。有力ベンチャーキャピタルからの出資も相次ぐ。「一国に閉じこもらず、新しい経済圏をつくりたい。今年は世界120カ国で使えるようにする」。長谷川社長は真剣だ。

ネット時代は企業のあり方、私たちの働き方を国の枠から解き放つ。20世紀のようなモノのやりとりより、世界中の知恵をつなぐことが成長のエンジンになる。それこそ、21世紀のグローバル化が直面する断絶だ

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20世紀のようなモノのやりとりより、世界中の知恵をつなぐことが成長のエンジンになる。それこそ、21世紀のグローバル化が直面する断絶だ」と言われて「確かにそうだな」と納得できただろうか。こちらの読解力不足もあるのだろうが、この部分はすぐには理解できなかった。

取材班としては「20世紀のグローバル化は『モノのやりとり』だったけど、『21世紀のグローバル化』は『世界中の知恵をつなぐことが成長のエンジンになる』んだよ。その変化が突然に起きるから『断絶』なんだ」とでも言いたいのだろう。

だが、そんな「断絶」が起きているとも今後に起きるとも思えない。多国籍企業は20世紀からある。そうした企業の多くは「世界中の知恵をつなぐことが成長のエンジンになる」と考えて行動してきたはずだ。「世界中の知恵をつなぐことが成長のエンジンになる」のは、21世紀の専売特許ではない。その重要性が21世紀には高まるかもしれないが、だとしても「断絶」とは言い難い。

強引に「断絶」を作り出す作業が、この連載の価値を大きく損ねている。これは誰か優秀な人間が記事を書けば解決できる問題ではない。企画立案の時点で生じた解決不可能な欠陥だ。

今回の連載は明らかな失敗だ。その原因は企画の出発点にある。「断絶を超えて」というテーマでやるのは難しいという判断ができなかった点は悔やんでも悔やみきれない。

付け加えると、「ネット決済ベンチャーのOmise」の話も苦しい。これは、規模が小さいながらも複数の国で事業展開しているというだけの話だ。「ネット時代は企業のあり方、私たちの働き方を国の枠から解き放つ」などと言えるだけの根拠にはなり得ない。

複数の国にまたがってサービスを展開する企業など「ネット時代」の前からある。海外で働くことが「私たちの働き方を国の枠から解き放つ」のであれば、これもかなり昔から可能だ。「Omise」の事例から新たな時代の到来を感じ取るのは無理がある。


※連載全体の評価はD(問題あり)。取材班の最初に名前が出ていた松尾博文氏をデスクの筆頭格だと推定し、同氏の評価をDとする。なお、今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

失敗覚悟? 「断絶」見えぬ日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post.html

第2回も予想通りの苦しさ 日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_3.html

肝心の「どう戦う」が見当たらない日経連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_5.html

「メガヨット」の事例が無駄な日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_25.html

そもそもファストリは「渡り鳥生産」? 日経「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_7.html

2017年1月7日土曜日

「ソニーがフル生産しない理由」が謎の日経「会社研究」

7日の日本経済新聞朝刊 投資情報面に載った「会社研究~経営者が選んだ注目銘柄(3)ソニー スマホカメラ部品、第3の柱に 20年ぶり最高益の成否占う」という記事には色々と疑問が残った。特に分からなかったのが「需要増に生産が追いついておらず、機会損失が発生しているとみられる」画像センサーの話だ。そこまで言うのならば、工場はフル生産が当然だ。しかし、なぜかそうはなっていない。
佐賀県立美術館(佐賀市) ※写真と本文は無関係です

記事では以下のように説明している。

【日経の記事】

「“バブル”というと言い過ぎかもしれないが、我々の想定よりかなり強い」。スマートフォン(スマホ)メーカーからの画像センサーの引き合いの多さに、ソニーのある幹部は目を丸くする。成熟産業と揶揄(やゆ)されるスマホ業界だが、カメラなどに使う画像センサーで世界シェアの半分近くを握るソニーは事情が異なる。スマホ1台あたりに搭載するカメラの数が増え、画像センサーの一段の成長が見込めるからだ。

 ソニー全体の画像センサーの生産規模は昨秋時点で月7.3万枚(300ミリメートルウエハー換算)。長崎県の工場では、1個でも多く作ろうと作業時間を秒単位で削っている。2017年3月期中には生産規模が能力いっぱいの8.5万枚に達する可能性もある

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1個でも多く作ろうと作業時間を秒単位で削っている」のに、「ソニー全体の画像センサーの生産規模は昨秋時点で月7.3万枚」止まりらしい。「2017年3月期中には生産規模が能力いっぱいの8.5万枚に達する可能性もある」というが、なぜさっさと「能力いっぱいの8.5万枚」を生産しないのか。

人手などの問題で頑張ってもフル生産できない場合はある。だが、記事にその辺りの説明はない。8.5万枚の能力に対して7.3万枚しか造っていないのに「需要増に生産が追いついておらず、機会損失が発生している」と言われても困る。

ついでに他の問題もいくつか指摘しておこう。

◎過去との比較を見せよう

画像センサーの引き合いの多さ」に触れた後で「ソニー全体の画像センサーの生産規模は昨秋時点で月7.3万枚」と書いているが、これだと引き合いが増えている様子が伝わらない。例えば「昨秋時点で月7.3万枚と前年同期に比べて倍増した」などとなっていれば、読者も「確かにちょっとしたバブルかも…」と納得できる。

記事では生産能力が「8.5万枚」とは書いているので、この数字との比較はできる。ただ、それでは生産余力が分かるだけで、引き合いの増加は読み取れない。


◎「スマホ業界」ってあるの?

成熟産業と揶揄(やゆ)されるスマホ業界」という説明は2つの意味で引っかかる。まず「スマホ業界」という業界はあるのか。「業界」の括りに明確な決まりはないので「ある」との主張を否定はできないし、他のメディアでも使用例はありそうだ。ただ、あまり聞き慣れない「業界」ではある。「スマホ業界」があるのならば「ガラケー業界」もあるのだろうか。

一方、「成熟産業と揶揄(やゆ)される」との表現には整合性の問題を感じた。記事に付けたグラフを見ると、「世界のスマホ出荷台数」は2016年から2020年まで順調に伸びる見通しとなっている(テクノ・システム・リサーチ調べ)。「伸びが小さいから成熟でいいんだ」などと弁明はできるかもしれないが、記事の説明とグラフが食い違っている感じはする。


※記事の評価はD(問題あり)。筆者である浜岳彦記者への評価も暫定でDとする。ただ、きちんとした記事を書ける資質はありそうだ。説明の仕方などをもう少し丁寧にすれば、「可もなく不可もなく」のレベルにはすぐに達するだろう。

そもそもファストリは「渡り鳥生産」? 日経「断絶を超えて」

日本経済新聞朝刊1面で連載している「Disruption 断絶を超えて」も6日で第5回を迎えた。今回の「なくなる『世界の工場』 渡り鳥生産からの卒業」という記事も、相変わらずの苦しい中身になっている。具体的に見ていこう。
角島大橋(山口県下関市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

あるはずの縫い目のないセーターやワンピースが、淡路島を望む和歌山市内のニット工場で次々に編み込まれている。

ファーストリテイリングがニット編み機世界最大手の島精機製作所と共同で昨秋設けたイノベーションファクトリー。

「世界最高の技術」。柳井正会長兼社長がほれ込む島精機と取り組むのは、これまで手つかずだった生産技術の革新だ。柳井氏は「(今自分たちが)変わらなければ産業がなくなる」という強い焦りを感じている。

背景にあるのはファストリの成長を支えてきた低賃金の国に生産地を移す渡り鳥生産の断絶だ。

米ボストンコンサルティンググループによると、2015年時点で中国の製造コストは人件費の高騰などで米国を100とすると95に達した。先行きの厳しさからファストリは昨秋、20年度に5兆円をめざす売り上げ目標を撤回。島精機との協業には生産技術に磨きをかけることで商品価値を高め、人件費の増加を吸収する狙いがある。


◎疑問その1~「渡り鳥生産の断絶」?

まず、ファストリは「低賃金の国に生産地を移す渡り鳥生産」をこれまで続けてきたのかが疑問だ。ベトナムやバングラディシュでも生産しているようだが、ファストリがメジャーになった1990年代から中国生産のイメージが強い。主な生産国が何十年も中国ならば「渡り鳥生産」とは言い難い。

また、中国の「人件費の高騰」で「渡り鳥生産の断絶」が起きるとの説明も不可解だ。中国がダメならば、ベトナムやミャンマーへ、アジアがダメならアフリカへというのが「渡り鳥生産」ではないのか。世界中を探しても生産地を移せる「低賃金の国」がないのならば「渡り鳥生産の断絶」と呼ぶのも分かる。しかし、記事では米国との比較で中国の競争力の低下を説明しているだけだ。


◎疑問その2~ファストリは国内回帰?

記事を素直に解釈すると、ファストリは「渡り鳥生産の断絶」を受けて中国生産から撤退し、国内で「商品価値を高め」て生き残りを図るのだろう。だが、常識的には考えにくい。「渡り鳥生産」で生産国を色々と移してきたが、今後は人件費が高くても中国に腰を据えると解釈できなくもないが、記事中に決め手となる記述はない。

ファストリの事例の後に「渡り鳥をやめ本国に戻ろうとする会社もある」と書いているので、ファストリは「本国に戻ろうと」はしていないのだろうが、何とも分かりにくい。

その「本国に戻ろうとする会社」の話にも問題がある。

【日経の記事】

渡り鳥をやめ本国に戻ろうとする会社もある

スポーツ用品の世界大手、独アディダスが見据えるのは人件費に左右されない生産体制だ。

ドイツ南部アンスバッハ。アディダスは本社近くに設けたスピードファクトリーで24年ぶりに靴の国内生産を再開する。

人手頼みだった工程の見直しを可能にしたのは、産業用ロボットや、あらゆるモノがネットにつながるIoTをフル活用する第4次産業革命だ

「アジアから6週間かけて欧州に運んでいたのでは間に合わない」。新興国頼みの生産に異議を唱えたのは前社長のヘルベルト・ハイナー氏。「消費者ニーズは多様化し、流行の移り変わりも速まっている」と説得、体制刷新にカジを切った。

アディダスがめざすのは、ロボットによる多品種少量生産だ。顧客が求める製品をいち早く提供。IoTで販売店と工場を直結し、店の在庫に応じて生産をきめ細かく調整し、ムダを極力なくす。米国でも近くロボット工場を稼働、日本でも新設する構想がある


◎疑問その3~「IoT」が要る?

店の在庫に応じて生産をきめ細かく調整し、ムダを極力なくす」のに「産業用ロボットや、あらゆるモノがネットにつながるIoT」が必要だろうか。店ごとの販売や在庫の状況を把握した上で生産品目や生産数量を指示できる情報システムがあれば十分ではないか。「IoTで販売店と工場を直結」と記事では書いているが、販売店と工場が情報を共有できるシステムを構築するだけではダメなのか。だとしたら、なぜ「IoT」が要るのかの説明が欲しい。


◎疑問その4~「本国に戻ろうと」してる?

渡り鳥をやめ本国に戻ろうとする会社もある」との記述の後に「独アディダス」が出てきたので、同社では生産をドイツに集約しようとしているのだと思ってしまった。記事を読み進めると「米国でも近くロボット工場を稼働、日本でも新設する構想がある」と出てくる。だとすると「本国に戻ろうとする」という説明は、間違いではないにしても誤解を招く表現だ。

連載もそろそろ終わりに近付いてきた。ツッコミを入れずにすんなり読める記事はまだ出ていない。このまま低位安定で終わってしまうのだろうか。


※記事の評価はD(問題あり)。

※今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

失敗覚悟? 「断絶」見えぬ日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post.html

第2回も予想通りの苦しさ 日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_3.html

肝心の「どう戦う」が見当たらない日経連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_5.html

「メガヨット」の事例が無駄な日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_25.html

最後まで「断絶」に無理がある日経連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_8.html

2017年1月6日金曜日

ネットやスマホは「ここ数年」で普及? 日経「春秋」のお粗末

毎日目を通しているわけではないので断定的には言えないが、日本経済新聞朝刊1面のコラム「春秋」は、執筆者の入れ替えなど何らかの対策が必要な時期に来ているのではないか。そんなことを思ったのは、5日の記事がかなりお粗末だったからだ。説明の辻褄が合っていない部分が複数ある。筆者はそれに気付いていないのだろう。だとすれば、1面のコラムを任せるのは無理がある。
阿蘇山(熊本県阿蘇市) ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

夜の街から子どもが消えた――。年末年始、繁華街の見回りをしていた知人の防犯ボランティアにこんな話を聞いた。以前は盛り場をうろつき、飲食店やゲームセンターにたむろする中・高生の姿をよく目にした。それがここ数年で、すっかり見かけなくなったという

少子化だけでは説明がつかない変わり様らしい。実際、警察による補導の件数なども大きく減っている。背景にはやはり、インターネットやスマートフォンの普及があるようだ。交流サイト(SNS)や通話アプリで連絡を取り合えばすむのだから、わざわざ深夜の街に繰り出して会う必要もない、ということなのだろう

落ち合う場所は、親が外出している仲間の家が多いと聞く。飲酒や喫煙に及ぶこともあるようだ。「出会い」を求めて客を探す少女たちもまた、街頭ではなくネット上で誘いをかけている。外から見えにくくなった非行に危機感を強める警察は、一般人のフリをして彼女らに接触を試みるサイバー補導に力を入れはじめた

だがなにしろネットの世界では、子どもたちの方が一枚上手なのだ。サイバーポリスの存在は先刻承知。不自然な受け答えがあれば、「こいつ、サイポリじゃね?」と即、拒絶されてしまう。IT(情報技術)の進展を追いかけるのは疲れるけれど、子どもたちを見守るため、大人社会にはスキルを磨き続ける責任がある。

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盛り場をうろつき、飲食店やゲームセンターにたむろする中・高生の姿」を「ここ数年で、すっかり見かけなくなった」理由について、「背景にはやはり、インターネットやスマートフォンの普及があるようだ」と筆者は分析している。ネットやスマホの普及が「ここ数年」の話ならば、この分析を受け入れてもいい。しかし、スマホに限ってみても、普及は「ここ数年」の出来事とは言い難い。

その後の話の流れも奇妙だ。まず「交流サイト(SNS)や通話アプリで連絡を取り合えばすむのだから、わざわざ深夜の街に繰り出して会う必要もない、ということなのだろう」と説明してみせる。

だが、すぐに「落ち合う場所は、親が外出している仲間の家が多いと聞く。飲酒や喫煙に及ぶこともあるようだ」と辻褄の合わない話が出てくる。「交流サイト(SNS)や通話アプリで連絡を取り合えばすむ」のに、わざわざ「親が外出している仲間の家」で「落ち合う」必要があるのか。

単に子供たちのたむろする場所が「盛り場」から「」に変わっただけではないのか。「インターネットやスマートフォンの普及」といった、もっともらしい理由をよく考えずに付けたりするから問題が生じてしまう。

さらに言うと、「外から見えにくくなった非行に危機感を強める警察は、一般人のフリをして彼女らに接触を試みるサイバー補導に力を入れはじめた」という説明にも時期の問題がありそうだ。

2014年2月27日の日経の記事に以下の記述がある。

【日経の記事】

サイバー補導は、警察官が身分を明かさずにやりとりし、実際に会って注意や指導をする。静岡県警が2009年から実施。昨年4月に10都道府県警が加わり、10月からは警察庁の指示により全国で導入された

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この記事が正しければ、遅くとも2013年10月には警察が「サイバー補導に力を入れはじめた」と考えてよさそうだ。「力を入れはじめた」時期については、いくらでも弁明できるし、目くじらを立てる問題とも思わない。ただ、記事全体の出来が悪かったので、この辺りにも注文を付けたくなってしまう。

日経の場合、「春秋」の筆者だからといって、書き手としてのレベルが高いとは限らない。今回の記事からもそれが分かるはずだ。このまま手を打たずに完成度の低い記事を世に送り出してよいのかどうか、日経編集局の上層部はよく考えてほしい。


※記事の評価はD(問題あり)。