2017年10月31日火曜日

山一破綻「本当に悪かったのは誰」の答えは?日経 小平龍四郎編集委員

31日の日本経済新聞朝刊 投資情報2面に小平龍四郎編集委員が「一目均衡~山一破綻、20年の教訓」という記事を書いている。山一破綻から20年で何か書きたい気持ちは分かるが、説得力はなかった。記事を順に見ながら注文を付けていきたい。
キリンビール福岡工場(朝倉市)のコスモス
       ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】  

11月がやってくる。ある程度以上の世代の証券市場関係者には、古傷がうずくような感覚にとらわれる季節ではないか。1997年11月24日、山一証券が営業休止を届け出た。

野村、大和、日興と並ぶ四大証券の一角が突然、自主廃業を宣言したことの衝撃は、「社員は悪くありません」の号泣記者会見の情景とともに、歴史に深く刻まれる。

本当に悪かったのは、だれなのか

日本取引所グループの前最高経営責任者である斉藤惇氏が「私の履歴書」のなかで、山一自主廃業にふれている。世間一般には予期せぬできごとだった破綻劇を、斉藤氏は「とうとう、この時が来てしまった」と受け止めた。

山一破綻の原因は、顧客企業の財テクで生じた損失を簿外ファンドなどに移す隠蔽工作が、行きづまったことにある。それは兜町で「飛ばし」と呼ばれ、山一が深くかかわっていると半ば公然と語られていた。山一破綻を知らされ「とうとう、この時が……」と覚悟を決めた人は、1人や2人ではなかった。

山一が簿外で抱えた債務は、自主廃業の記者会見で約2600億円とされた。経営陣が早く表に出して手を打っておけば、必ずしも処理しきれない金額ではなかった。特に96年末に系列ノンバンクの支援を優先し、簿外損失の対応を先送りした経営判断は、山一再建の最後の芽を摘んだ。


◎問題提起したならば…

本当に悪かったのは、だれなのか」と問題提起しておきながら、記事を最後まで読んでも答えらしきものは出ていない。「本当に悪かった」と言える人物の候補さえ出てこない。「経営陣」に責任があるのは当然だが、「顧客企業の財テクで生じた損失を簿外ファンドなどに移す隠蔽工作」に関わった「経営陣」は何人もいるはずだ。その中で「本当に悪かったのは、だれなのか」。あるいは社外に「本当に悪かった」人物がいたのか。改めて小平編集委員に問うておきたい。

ついでに言うと「日本取引所グループの前最高経営責任者である斉藤惇氏」の話は完全に無駄だ。この段落を記事から丸ごと抜いても何の問題もない。「山一破綻を知らされ『とうとう、この時が……』と覚悟を決めた人は、1人や2人ではなかった」のならば、なおさら「斉藤惇氏」を取り上げる意味は乏しい。

また、どうしても「斉藤惇氏」の話を入れたいならば、同氏が当時どういう立場にあったのか記事中で説明すべきだ。

記事には他にも疑問を感じた。続きを見ていこう。

【日経の記事】

ではなぜ、簿外に飛ばした損失の処理を先送りできたのか。

理由のひとつは、会計だ。当時の会計基準は単独主体で、金融商品の時価評価も不十分だった。今のように連結・時価主義の会計監査が徹底されていれば、「宇宙遊泳」と称された簿外取引にも情報開示の圧力がかかったはずだ


◎オリンパス事件をどう考える?

上記の解説を読むと、「連結・時価主義」の会計制度の下では「簿外に飛ばした損失の処理を先送り」するのは難しいと思える。山一が破綻した当時より難しくはなっているのだろう。だが、同様の問題は近年も起きている。例えばオリンパス事件を小平編集委員はどう見ているのか。
筑後川サイクリングロード(福岡県うきは市)
            ※写真と本文は無関係です

今年4月27日付の「オリンパス粉飾決算事件とは」という記事で、日経は「バブル期の運用失敗で抱えた約1千億円の含み損を隠すため、連結対象外の海外ファンドに移し替える『飛ばし』で損失を簿外処理し、企業買収を利用して捻出した資金で穴埋めするなどした」と事件を説明している。

オリンパスにも「情報開示の圧力がかかったはず」だが、問題が発覚したのは2011年になってからだ。今のような「連結・時価主義」の下でも「飛ばし」は起こり得ると訴える方が説得力はある。

社外取締役に関する解説も甘過ぎると思えた。

【日経の記事】

もうひとつの理由は、企業統治(コーポレートガバナンス)の弱さだ。90年代の山一の役員陣は、「飛ばし」の暗い秘密を共有する人物が取り立てられ、お友達クラブの様相を強めた。市場の声を代弁する社外取締役がそこにいたとしたら、どうか。少なくとも、ぎりぎりになってメインバンクに泣きつき、突き放されるという事態は避けられたのではないか。



◎社外取締役がいれば「お友達クラブ」にならない?

市場の声を代弁する社外取締役がそこにいた」ら、確かに違った展開になったかもしれない。だが、「社外取締役市場の声を代弁する」と言えるわけではない。事件発覚当時のオリンパスにも社外取締役がいたのに、有効には機能しなかった。記事の書き方からは「山一にも社外取締役がいれば…」というニュアンスを感じるが、社外取締役でも社内取締役でも「お友達クラブ」のメンバーにはなり得る。
「おとしよりが出ます注意」の看板(大分県日田市)
          ※写真と本文は無関係です

記事の終盤の解説にも気になる記述があった。

【日経の記事】

山一破綻を経験した日本では2000年から会計ビッグバンが加速し、現在はガバナンス改革が進む。今、山一のようなずさんな損失隠しが長続きするとは思えない。不正経理などの不祥事は後を絶たないが、それが日本企業全体の問題と見なされ、日本売りを招くといった事態も減った。会計・ガバナンス改革の成果と言えるだろう

惜しむらくは、改革の着手が遅かった。米国年金をはじめとする外国人投資家はバブル崩壊直後の90年代初めから、日本企業の経営や財務の不透明さを鋭く指摘していた。

現実を直視し改革は早く。山一破綻が20年を経て、日本の経済と市場に突きつける教訓だ。


◎「日本売り」が減ったのが「成果」?

オリンパスや東芝の問題は小平編集委員も当然知っているはずだ。だから「不正経理などの不祥事は後を絶たない」と書いているのだろう。ならば、「2000年から会計ビッグバンが加速し、現在はガバナンス改革が進む」ものの依然として問題が多いと評価する方が自然だ。しかし「日本売りを招くといった事態も減った。会計・ガバナンス改革の成果と言えるだろう」と前向きの評価を与えてしまう。かなり甘い。

最近では日産自動車や神戸製鋼所で不祥事が起きて日本の製造業への信頼も揺らいでいるが「日本売りを招くといった事態」にはなっていない。だからと言って問題を軽視すべきではない。「不正経理などの不祥事」も同じだ。「日本売りを招くといった事態」になっていなくても厳しく見ていくべきだ。

日本売りを招くといった事態も減った。会計・ガバナンス改革の成果と言えるだろう」と甘い評価をしていて「現実を直視し改革は早く」となるだろうか。小平編集委員にはその辺りをじっくり考えてほしかった。


※今回取り上げた記事「一目均衡~山一破綻、20年の教訓
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171031&ng=DGKKZO22883380Q7A031C1DTC000


※記事の評価はD(問題あり)。小平龍四郎編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。小平編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 小平龍四郎編集委員  「一目均衡」に見える苦しさ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_15.html

基礎知識が欠如? 日経 小平龍四郎編集委員への疑念(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_11.html

基礎知識が欠如? 日経 小平龍四郎編集委員への疑念(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_73.html

日経 小平龍四郎編集委員の奇妙な「英CEO報酬」解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/07/blog-post_19.html

工夫がなさすぎる日経 小平龍四郎編集委員の「羅針盤」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_3.html

やはり工夫に欠ける日経 小平龍四郎編集委員「一目均衡」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_11.html

ネタが枯れた?日経 小平龍四郎編集委員「けいざい解読」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_20.html

2017年10月30日月曜日

「リベラルとは何か」をまともに論じない日経 大石格編集委員

29日の日本経済新聞朝刊総合3面に載った「風見鶏~『リベラル』とは何か」という記事に「リベラルとは何か」の答えを求めて読むと落胆が避けられない。筆者の大石格編集委員は「リベラルとは何か」をまともに論じてはいないからだ。まず、書き出しからしばらくは「リベラル」と関係ない話が延々と続く。
天ケ瀬温泉(大分県日田市)
       ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

日本経済新聞の旧名とよく似た「中外商業」という名称の私立校がかつてあった。卒業生のひとりが、のちに首相になる三木武夫である。三木の出身地である徳島県阿波市の土成歴史館で教えてもらった。

東洋学園大学の櫻田淳教授によると、自民党の源流は(1)吉田茂らの反共・自由主義(2)岸信介らの民族主義(3)田中角栄らの地域振興――の3つである。

クリーン三木と金権田中は政敵だったが、ふるさとを豊かにしたい一心で国政に打って出たという意味では、三木も(3)に属する。生家を訪ねると、あきれるほどのぼろ家だった。

三木は戦後、保守の二大勢力である自由党にも進歩党にも加わらず、国民協同党という小党をつくった。掲げたのが「中道政治の確立」である。社会党首班の片山哲内閣で与党の一角を占め、保革両勢力の緩衝材的な役割を担った。

保守合同を経て、1974年に政権に就くと、独占禁止法の強化など弱者保護に軸足を置いた。三木が亡くなった前後から、自民党は競争重視の新自由主義的な色彩を強め、いま三木的な要素はほとんど見当たらなくなった。


◎「三木武夫」の話は要る?

上記のくだりは「リベラルとは何か」と基本的に関係ない。「掲げたのが『中道政治の確立』」だから三木は「リベラル」ではないようだし、ここまで「リベラル」という言葉も出てこない。

続きを見ていこう。

【日経の記事】

そうした動きにやや遅れて、冷戦の終結で存在意義を失った左翼陣営で新たな看板づくりが始まった。社会党の改革派が盛んに唱えたのが、「中道リベラル」である。今回の選挙で「リベラル勢力の結集」を訴えた立憲民主党の赤松広隆氏はそのひとりだった。



◎やはり要らない「三木武夫」の話

ようやく「リベラル」が出てきた。「リベラル」を論じるなら、「左翼陣営で新たな看板づくりが始まった」話から始めれば十分だ。やはり「三木武夫」の話は要らない。
キリンビール福岡工場(朝倉市)のコスモス
      ※写真と本文は無関係です

続いての記述は誤りだと思える。

【日経の記事】

自民党が右傾化したことで空白になった中道を取り込む。この戦略は、赤松氏が参加した民主党~民進党でも続けられたが、なかなか花開かなかった



◎民主党は「花開かなかった」?

民主党は2009年の衆院選で圧勝して政権を獲っている。「花開かなかった」とは言い難い。

ここまで「リベラルとは何か」を論じないまま記事の約半分を使ってしまった。それらしき話がやっと出てくるのが以下のくだりだ。


【日経の記事】

今回の衆院選で、立憲民主党は19.8%と自民党(33.2%)に次ぐ比例票を得た。「リベラルに軸足を置いて中道までを取り込んだ」。衆院選を無所属で戦った江田憲司氏はこう分析する。「枝野(幸男代表)は男に見える」と持ち上げた石原慎太郎氏のような異なる立場からの声援もブームを後押しした。

自民党内でリベラルとされてきた派閥「宏池会」を率いる岸田文雄政調会長に立民リベラルとの違いを聞いてみた

イデオロギーや主義主張に拘束されず、徹底した現実主義が宏池会の本質。経済重視・軽武装も最初からそれありきではなく、国民の豊かさや安全のためにどうあるべきかで政策がつくられてきた」

安保法に賛成が保守で、反対がリベラルなのではなく、ときどきにいちばんよい結論を出すのがリベラルという趣旨だろうか

枝野氏も自身の立ち位置について同じような説明をする。

われわれは右でも左でもない。伝統を守り、漸進的な改革を求めていく。困ったときはお互いさまというのが日本。安倍晋三首相のいう伝統は明治維新以来たかが150年の伝統。こちらは『和をもって貴しとなす』だ」


岸田氏にしても、枝野氏にしても、単純な「保守VSリベラル」の構図に持ち込まない方が得策との判断があるのだろう。


◎「立民リベラルとの違い」は?

やっと「リベラルとは何か」の話が少し立ち上がってきたが、内容は物足りない。まず宏池会と「立民リベラルとの違い」がよく分からない。
大宰府政庁跡(福岡県太宰府市)※写真と本文は無関係です

イデオロギーや主義主張に拘束されず、徹底した現実主義が宏池会の本質。経済重視・軽武装も最初からそれありきではなく、国民の豊かさや安全のためにどうあるべきかで政策がつくられてきた」というのは「宏池会」の説明にはなっているかもしれないが、「立民リベラルとの違い」を説明している訳ではない。

強引に読み取れば「イデオロギーや主義主張に拘束され」るのが「立民リベラル」なのか。しかし、立憲民主党の枝野代表は「われわれは右でも左でもない」と言っているらしい。この辺りを整理してくれると助かるのだが、大石編集委員は何の解説もしてくれないし、「リベラルとは何か」の手掛かりも見えてこない。

そもそも大石氏は記事の中で「自民党が右傾化したことで空白になった中道」と書いている。ならば、自民党には「リベラル」はもちろん「中道」も不在のはずだ。なのに自民党の「宏池会」をリベラルの一派として描いている。これは苦しい。

「(宏池会としては)安保法に賛成が保守で、反対がリベラルなのではなく、ときどきにいちばんよい結論を出すのがリベラルという趣旨だろうか」ぐらいの漠然とした感想を述べただけで、「リベラルとは何か」を深く掘り下げないまま、記事は終盤に向かっていく。

【日経の記事】

三木に話を戻すと、自身のことをニューライトと称した。自民党内で傍流に甘んじることが多かっただけに、リベラルが持つ左寄りの語感と距離を置き、あくまでも自民党の一翼と強調したかったのだろう。

政治の世界では、ありふれた単語が独自の意味を持つことがよくある。リベラルはその一例であり、一橋大の田中浩名誉教授は「特殊日本的な意味がさまざまに付加されている」と説明する。この読み解きは一筋縄ではいかない。



◎「一筋縄ではいかない」で終わり?

再び三木の話が出てくるが、やはり「リベラル」と関係がほぼない。「中道政治の確立」を掲げ「自身のことをニューライトと称した」政治家がリベラルと距離を置いていたとして、それが「リベラルとは何か」を探る材料になるのか。繰り返しになるが、この記事に三木の話は必要なかったと思える。

結局「リベラルとは何か」という問いに対する答えは「この読み解きは一筋縄ではいかない」だ。「一筋縄ではいかない」ことにどんな答えを大石編集委員が見出すのかを期待していたのに、期待外れに終わった。

リベラル」という言葉に「特殊日本的な意味がさまざまに付加されている」のならば、それを詳述してもいい。だが、そうした試みもない。「リベラルとは何か」との関係が乏しい三木の話で行数を稼いで、「この読み解きは一筋縄ではいかない」で終わらせる大石編集委員には、「リベラルとは何か」を論じる気など最初からなかったのだろう。


※今回取り上げた記事「風見鶏~『リベラル』とは何か
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171029&ng=DGKKZO22847030Y7A021C1EA3000

※※記事の評価はD(問題あり)。大石格編集委員への評価もDを維持する。大石編集委員については以下の投稿も参照してほしい。

日経 大石格編集委員は東アジア情勢が分かってる?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_12.html

ミサイル数発で「おしまい」と日経 大石格編集委員は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_86.html

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_15.html

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_16.html

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_89.html

どこに「オバマの中国観」?日経 大石格編集委員「風見鶏」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_22.html

「日米同盟が大事」の根拠を示せず 日経 大石格編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_41.html

大石格編集委員の限界感じる日経「対決型政治に限界」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_70.html

2017年10月29日日曜日

潜在成長率低下の分析が怪しい日経 川手伊織記者

29日の日本経済新聞朝刊1面に載った「世界低成長 短期か長期か 設備投資の波及効果弱く、デジタル化で経済構造変質も」という記事は疑問の残る内容だった。筆者の川手伊織記者は「17年のOECD加盟国平均の潜在成長率は1.5%。07年の2.1%からリーマン危機後に急低下し底ばいが続く」と述べ、その要因として「雇用も大きい」という。詳細を見てみよう。
三隈川(大分県日田市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

雇用も大きい。企業が採用を絞って若者失業者が急増したり雇用の非正規化が進んだりした。日米などは失業率が歴史的低水準とはいえ、世界全体でみれば直近16年の失業率は6.3%と危機前より高い。日本生産性本部によるとOECD加盟国平均の時間当たりのもうけ(労働生産性)の伸びは10~15年に年2.2%だった。比較可能な1970年以降では最低だ。

急激な景気後退や雇用調整が負の影響を及ぼし続けることを経済学で「履歴効果」と呼び、この後遺症で潜在成長率が恒久的に押し下げられたと分析する声が広がっている。



◎失業率は関係ある?

三井住友アセットマネジメントのサイトでは「潜在成長率」について「国内にあるモノやサービスを生産するために必要な『生産要素』を最大限に活用できた場合の国内総生産(GDP)の理論上の伸び率です」「国内にある様々な設備や労働者、そして技術力や知識などをフルに活用できれば、どれぐらいの成長が可能かという、いわば、その国の経済の実力を示すものです」と解説している。

だとすると「世界全体でみれば直近16年の失業率は6.3%と危機前より高い」ことは潜在成長率を押し下げる要因とはならないはずだ。失業率がどんなに高くても労働力人口が増加傾向にあれば潜在成長率を高める要因になるし、失業率を低く抑えても労働力人口が減っていけば潜在成長率を押し下げる力になる。

失業率が高いとなぜ潜在成長率を押し下げるのか川手記者は教えてはくれず、話を「労働生産性」に移してしまう。「労働生産性」は潜在成長率と関係があるだろうが、失業率と労働生産性の関係も記事からはよく分からない。

次に設備投資に関する記述を見ていく。

【日経の記事】

こうして短期に刻まれた危機の爪痕だけでなく、より長期間、潜在成長率を抑えそうな要因がある。急速なデジタル経済化だ。アップルやライドシェア(相乗り)最大手のウーバーテクノロジーズなどのようなIT(情報技術)企業はそもそも自前の工場をもたない旧来の製造業のように設備投資による資本蓄積を必要としないため、潜在成長率を押し上げる力が弱まる。

トヨタの17年3月期の設備投資はグループ連結で1.2兆円なのに対し、アマゾン・ドット・コムの17年はおよそ半分の50億ドル(約5500億円)。米グーグルの持ち株会社アルファベットの投資額も約1兆円だ。前出の宮崎氏が産業連関表を分析したところ、自動車など輸送用機械の設備投資は16年度に2.7兆円にのぼり、関連する裾野を含め5.6兆円の波及効果を生んだ。一方、ITを含む情報サービスの設備投資は0.8兆円にすぎない。自動車も電気自動車への移行で1台あたりの部品点数が減ると恩恵を受ける産業の裾野は狭まる。


◎「IT企業は自前の工場をもたない」?

まず「IT(情報技術)企業はそもそも自前の工場をもたない」という前提が誤りだ。スマートフォンで稼ぐアップルを「IT企業」に含めるならば、サムスン電子も「IT企業」でいいはずだ。そして同社は「自前の工場」を持っている。
キリンビール福岡工場(朝倉市)のコスモス
     ※写真と本文は無関係です

旧来の製造業のように設備投資による資本蓄積を必要としない」という認識も間違っている。記事でも触れているようにアマゾン・ドット・コムやアルファベットも巨額の設備投資を続けており、物流施設やデータセンターなどの形で「設備投資による資本蓄積」を進めている。

また、アップルが自社工場を持たないとしても、それは生産を委託しているだけの話だ。アップルが設備投資をしなくても、委託生産を請け負う企業は設備投資が必要なので、世界経済全体で見れば「潜在成長率を抑えそうな要因」とは考えにくい。

トヨタの17年3月期の設備投資はグループ連結で1.2兆円なのに対し、アマゾン・ドット・コムの17年はおよそ半分の50億ドル(約5500億円)。米グーグルの持ち株会社アルファベットの投資額も約1兆円だ」という説明も雑過ぎる。

「トヨタはたくさん設備投資しているのに、IT系のアマゾンやアルファベットは少ない」と川手記者は言いたいのだろう。だが、これだけでは「急速なデジタル経済化」が設備投資を抑えている根拠とはならない。まず過去との比較がない。IT企業は急速に設備投資を増やしているのに、自動車産業の伸びは鈍いかもしれない。そもそもトヨタ、アマゾン、アルファベットの設備投資額だけでは、ITがどうで自動車がどうと語る材料としては少なすぎる。

それを補うために「自動車など輸送用機械の設備投資は16年度に2.7兆円」「ITを含む情報サービスの設備投資は0.8兆円」といった話を持ってきたのかもしれない。しかし、これも過去との比較がない。しかも、この数字は日本のものだろう。今回は世界的に潜在成長率が低下している要因を分析しているはずだ。日本のデータで分析してどうする。

潜在成長率に関して「日本は最近5年間で女性や高齢者の就労が増えたため0.2ポイント上がった」と川手記者も書いていた。そんな例外的な国の動向から何が言えるのか。今回の記事の分析は総じて怪しい。


※今回取り上げた記事「世界低成長 短期か長期か 設備投資の波及効果弱く、デジタル化で経済構造変質も
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171029&ng=DGKKZO22850960Y7A021C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。川手伊織記者への評価は暫定C(平均的)から暫定Dに引き下げる。川手記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「転職しやすさが高成長を生む」? 日経の怪しい説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_75.html

現状は「川下デフレ」? 日経 川手伊織記者への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_22.html

2017年10月28日土曜日

瑣末な問題あるが日経ビジネス「コンビニ大試練」を高評価

日経ビジネスと言えば、以前はヨイショ特集ばかり目立っていたが、東昌樹編集長になってから変化を感じる。10月30号の特集「最強社会『インフラ』コンビニ大試練」も業界が抱える問題を批判精神を持って取り上げており、高く評価できる。大きな問題点は見当たらないが、気になる点がなくはない。日経ビジネス編集部に問い合わせを送ったので、その内容を紹介したい。
キリンビール福岡工場(朝倉市)のコスモス
          ※写真と本文は無関係です

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス編集部 藤村広平様

10月30号の特集「コンビニ大試練」に関して、いくつか指摘させていただきます。28ページに「いずれもクルマで数分という近場で開業したため、自店の売り上げはみるみるうちに減っっていった」との記述があります。「」が1つ余計です。

付け加えると、29ページの「問題はその一方で、オーナーの生活を左右する1店舗あたりの売上高の伸びが、20年前から伸び悩んでいる(28ページ右上のグラフ)という点だ」とのくだりの「伸びが伸び悩んでいる」という表現にはダブり感があります。「売上高が20年前から伸び悩んでいる」「売上高の伸びが20年前から鈍っている」などとした方が自然だと思えますが、いかがでしょうか。

さらに瑣末なことで1つ注文を付けておきます。28ページに出ている大手チェーン3社の「店舗当たり売上高の推移」を示したグラフでは、ローソンを青色、ファミリーマートを緑色で表していますが、この2つが判別しにくい気がします。今後は、もっと違いが明確に分かるような色を選んでもらえると助かります。

問題点を挙げてはみたものの、特集全体としては評価できる内容でした。さらにレベルの高い特集を作り上げていく上で、今回の指摘を参考にしていただければ幸いです。

◇   ◇   ◇

問い合わせの内容は以上だが、ついでにもう1つ気になる点を記しておきたい。ファミリーマートの深夜営業取り止めの話だ。藤村記者は「『24時間営業の掟』ついに破られた!!!~揺らぐ成功モデル」という記事の中で以下のように書いている。

【日経ビジネスの記事】

同店(=京都市のファミリーマート加盟店)が閉店するようになったのは今年7月。オープン当初から当たり前のように24時間営業を続けてきたが、ここ数年で人手不足が深刻になった。人件費も上昇し、来店客の少ない深夜まで営業する余裕がなくなった。6月末、同店はFC(フランチャイズチェーン)契約を結ぶファミマ本部と営業時間の変更について合意。午前6時から翌日午前1時の19時間営業に移行した。

24時間営業の縮小を探る動きは、ファミリーレストランなど他の業界にもある。だがコンビニ業界においては、それらと比べ物にならない重い意味を持つ。24時間営業はコンビニの象徴というだけでなく、FC加盟店と本部が「運命共同体」として事業を運営するという、ビジネスモデルの根幹にもふれる問題だからだ。

大手チェーンは1980年代以降、「24時間営業の掟」をかたくなに守ってきた。それが破られたことは、加盟店の苦境を象徴する。そしてその苦境がいま、加盟店と本部の関係をきしませている。


◎営業時間変更はどっち主導?

記事の書き方からすると、「深夜まで営業する余裕がなくなった」加盟店が本部に掛け合って24時間営業をやめたと受け取れる。つまり加盟店主導だ。
原鶴温泉(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

しかし、「INTERVIEW『コンビニの今後』3社でこんなに違う!」という記事で、ファミリーマートの沢田貴司社長は「すでに一部店舗では、24時間営業をやめた場合どれだけ人件費を削れるのか、その一方で売り上げはどれほど落ちるのかを検証する実験を始めた」と述べている。

この発言からは「24時間営業をやめた」のは影響を検証する実験のためで、あくまで本部主導の動きだと感じる。実際のところはどうなのか、特集の中で触れてほしかった。また、「24時間営業をやめた」店舗が何店ぐらいあるのかも情報としては入れたいところだ。


※今回取り上げた特集「最強社会『インフラ』コンビニ大試練
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/special/102400800/?ST=pc


※特集の評価はB(優れている)。藤村広平記者への評価は暫定D(問題あり)から暫定Bへ引き上げる。藤村記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

読むに値しない日経ビジネス藤村広平記者の「時事深層」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_30.html

2017年10月26日木曜日

上昇局面での利食いは「逆張り」? 日経 嶋田有記者に疑問

26日の日本経済新聞朝刊マーケット総合1面に載った「スクランブル~すくむ個人、株高誘発 逆張り不発、マインド変更も」 という記事では、「順張り」「逆張り」の使い方が引っかかった。上昇局面での利食い売りは「逆張り」と言えるのか。個人的には違うと思う。
ヒガンバナ(福岡県久留米市)
      ※写真と本文は無関係です

まずは記事の最初の段落を見てみよう。

【日経の記事】

10月2日から続いた日経平均株価の連続上昇記録は「16」で終了。だが市場では慨嘆よりもスピード調整を歓迎する声が多い。例えば、海外勢主導の急速な上げに乗り遅れた個人投資家。「逆張り」の形容詞で語られる個人は、伝統的に上げ相場で売りを増やしがち。特に売買代金の多くを占める信用取引では、売りを仕掛けて損失を被ったデイトレーダーも多い。個人も従来型の「上がれば売り」のマインドセット変更を迫られている。



◎「マインドセット」は要る?

まず「マインドセット」という横文字が余計だ。「個人も従来型の『上がれば売り』のという考え方の変更を迫られている」などで事足りる。

次が問題のくだりだ。

 【日経の記事】

デイトレーダーは一般に上昇相場では逆張りスタイルをとる。実際、今年5月の株高局面では信用買いの手じまい売りが膨らみ、株価の上値を抑えた。だが、今回の上昇期間中は違う。「買い残高が減らない」(カブドットコム証券の斎藤正勝社長)という。



◎これは「逆張り」?

筆者の嶋田有記者は「今年5月の株高局面では信用買いの手じまい売りが膨らみ、株価の上値を抑えた」ことを「上昇相場」での「逆張りスタイル」と捉えている。だが、これは「順張りスタイル」であってもおかしくない。「投資の教科書」というサイトでは「順張り投資は上昇していく株の途中を買って、さらに値が上がったところで売って利益を出す投資手法です」と解説している。
キリンビール福岡工場(朝倉市)のコスモス
           ※写真と本文は無関係です

信用買い」の場合、「順張り」か「逆張り」を決めるのは、買いを入れた時の相場動向だ。上昇局面であれば「順張り」、下落局面であれば「逆張り」となる。「手じまい売り」を入れる時の相場動向は関係ない。だから「株高局面」で「信用買いの手じまい売り」が膨らんだとしても、「デイトレーダーは一般に上昇相場では逆張りスタイルをとる」根拠とはならない。

この記事には他にも気になる点が多かった。順に指摘していく。

【日経の記事】

東京証券取引所による、20日申し込み時点の買い残高(東京・名古屋市場の制度・一般信用の合計)は約2兆5700億円。9月末(約2兆5900億円)からほぼ横ばい。益の出た取引を手じまい、次の銘柄を仕込む回転が滞っている様子がうかがえる


◎「回転が滞っている様子がうかがえる」?

買い残高」が「ほぼ横ばい」だと「益の出た取引を手じまい、次の銘柄を仕込む回転が滞っている様子がうかがえる」だろうか。大量の「手じまい」と大量の新規買いがほぼ同水準だったために残高が「ほぼ横ばい」という可能性もある。記事の情報だけでは「回転が滞っている」かどうか判断できない。
天ケ瀬温泉(大分県日田市)※写真と本文は無関係です

記事の続きをさらに見ていく。

【日経の記事】

一方、信用売りも増えている。松井証券の信用売り残は24日、アベノミクス相場で初めて600億円を超えた。特に目立つのが日経平均の2倍の値動きをする上場投資信託(ETF)、「NEXT FUNDS 日経平均レバレッジ・インデックス連動型ETF」を使った取引。果敢に信用売りで挑んだ投資家が「踏み上げられ買い戻しを迫られている」(大手ネット証券)。同ETFの逆日歩は24日に100円超に跳ね上がった。「細る利益確定売り」と「売り方の買い戻し」が株を押し上げる。


信用売りも増えている」と言われると…

信用売りも増えている」と書いてあると「信用買いだけでなく信用売りも増えている」と理解したくなる。しかし、記事では「買い残高」は「ほぼ横ばい」と説明していた。

信用売りも増えている」と書いた直後に、「信用売りで挑んだ投資家」が「買い戻しを迫られている」と説明しているのも引っかかる。「買い戻し」は「信用売り」の残高が減る要因なので、「信用売りも増えている」話とうまく繋がっていない。



※今回取り上げた記事「スクランブル~すくむ個人、株高誘発 逆張り不発、マインド変更も
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171026&ng=DGKKZO22710150V21C17A0EN1000


※記事の評価はD(問題あり)。嶋田有記者への評価も暫定でDとする。

「金融業界の回し者」から変われるか 日経 田村正之編集委員

日本経済新聞の田村正之編集委員が24日夕刊マーケット・投資2面に書いた「マネー底流潮流~新NISA、職場で普及も」という記事について、「現行NISAは商品に制限はない」との説明が誤りであることは既に述べた。ここでは、それ以外の気になる点を述べてみたい。
キリンビール福岡工場(朝倉市)のコスモス
       ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

2018年から始まる積み立て方式の少額投資非課税制度(つみたてNISA)。投資額年40万円まで、運用益が20年間非課税になる。金融庁が毎月個人投資家数十人と開いている意見交換会の10月20日のテーマは職場を通じて加入申し込みなどをする「職場つみたてNISA」だった。


パネリストの一人、野村証券の森田克巳氏は日本経済新聞社の個別取材に対し、「現行NISAでも職場を通じた積み立てを推進してきたが、今後はつみたてNISAを職場NISAの中心的な普及対象としたい」と話した。


◎「意見交換会」の内容になぜ触れない?

金融庁が毎月個人投資家数十人と開いている意見交換会の10月20日のテーマは職場を通じて加入申し込みなどをする『職場つみたてNISA』だった」と切り出しているのに、「意見交換会」で「個人投資家数十人」からどんな意見が出たのかには全く触れていない。これは解せない。

代わりに「パネリストの一人、野村証券の森田克巳氏」の発言を紹介している。「意見交換会」の内容が全く分からないのであれば、その点は読者に明示すべきだ。記事に付けた写真には「金融庁と個人との対話集会。登壇者はハロウィンの衣装で参加」という説明も付けている。「ハロウィンの衣装で参加」したかどうかは、どうでもいい。そんな情報を盛り込む余裕があるのならば、「対話集会」の中身に言及してほしかった。

野村証券の森田克巳氏」が「パネリスト」として参加しているのも引っかかる。「金融庁が毎月個人投資家数十人と開いている意見交換会」であれば、参加者は「金融庁」の担当者と「個人投資家数十人」だと考えるのが自然だ。一方、「パネリスト」がいるのであれば、「意見交換会」ではなく「パネルディスカッション」の場だったと見るべきだ。両方あったのかもしれないが、記事の説明ではよく分からない。

さらに記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

現行NISAは商品に制限はないが、つみたてNISAは金融庁が長期の資産形成に適すると判断した投信に絞り込まれている。例えば販売手数料は原則なしで、信託報酬も割高なものは排除された。

野村の職場つみたてNISAの対象商品は4つ。信託報酬が年0.18%台から0.23%台の超低コストのインデックス投信だ。野村がこれまで推進していた現行NISAでの職場NISAの対象商品の手数料はつみたてNISAよりやや高い。つまり採算を考えるなら現行NISAの方がいい。「しかしつみたてNISAは非課税期間も20年でコストも低く、利用者にとって職場で推進するメリットは大きい」(森田氏)


◎「職場で推進するメリットは大きい」?

田村編集委員には「金融業界の回し者」というイメージが強い。上記のくだりには、そうした面が出ている。
須賀神社(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

金融業界に属する「野村証券の森田克巳氏」が「つみたてNISAは非課税期間も20年でコストも低く、利用者にとって職場で推進するメリットは大きい」と訴えるのは分かる。だが、それを正しい見方であるかのように使うのは感心しない。

田村編集委員には考えてほしい。「つみたてNISA」を「職場で推進するメリット」が「利用者」にあるだろうか。「職場つみたてNISA」だからと言って「非課税期間」が長くなるわけでもない。自分で金融機関を選べば、100を超える投信の中から商品を選べるが、野村の「職場つみたてNISA」であれば「対象商品は4つ」しかない。これは明らかなデメリットだ。

職場と関係なく「つみたてNISA」を利用する場合と比べて「職場で推進するメリットは大きい」と判断する理由はない。投資に関心がなかった層を呼び込めるという意味で金融業界にとっては「職場で推進するメリットは大きい」かもしれないが…。

ついでに言うと「信託報酬が年0.18%台から0.23%台の超低コストのインデックス投信」という表現にも、田村編集委員の業界寄りの姿勢が見える。単に「低コスト」で十分だ。インデックス投資をする場合、ETFであれば信託報酬0.1%未満のものもある。「0.18%台から0.23%台」程度で「低コスト」に「」を付けてしまうところに、田村編集委員の本性が透けて見える。

とは言え、記事の終盤には希望も感じた。

【日経の記事】

金融機関の取り組みはまちまちだが、証券会社や一部の地銀なども職場つみたてNISAへの取り組みを始めた。ある銀行の担当者は「非課税期間が長く商品にも安心感があるので、福利厚生の一環として現行NISAより企業に受け入れられやすい」と話す。多人数に一挙に働きかけられる効率性も職場つみたてNISAに取り組む背景だ。

日本証券業協会は職場つみたてNISAの普及に向け、9月末にガイドラインを作成。金融庁自身も職員向けの職場つみたてNISA導入を決め、取扱金融機関の公募を始めた。今後他省庁や自治体に広がることを期待する。

経済評論家の山崎元氏は、現行NISAを使った職場NISAには批判的だった。「金融機関が企業との取引関係を使って従業員に高コスト・高リスクの商品をまとめて売りかねない」と懸念したからだ。しかし「つみたてNISAでは、金融庁が適切ではない商品の大半を除去しているので、そうした弊害が起きにくい。従業員が長期・分散投資を実感していく契機にもなるだろう」と期待している。


◎山崎元氏の話を参考にすれば…

経済評論家の山崎元氏」に話を聞いている点は高く評価できる。山崎氏は投資の専門家の中で「金融業界の回し者」から遠い位置にいる人物だ。投資に関する知識ももちろん十分すぎるほど持っている。田村編集委員が山崎氏の話をきちんと参考にしてくれれば、「金融業界の回し者」から変われそうな気もする。今後に期待したい。


※今回取り上げた記事「マネー底流潮流~新NISA、職場で普及も
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171024&ng=DGKKZO22624570U7A021C1ENK000


※記事の評価はD(問題あり)。 田村正之編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。今回の記事に関しては以下の投稿も参照してほしい。

現行NISAは商品制限なし? 日経 田村正之編集委員の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_74.html


※田村編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「購買力平価」に関する日経 田村正之編集委員への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/04/blog-post_20.html

リバランスは年1回? 日経 田村正之編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_1.html

無意味な結論 日経 田村正之編集委員「マネー底流潮流」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_26.html

なぜETFは無視? 日経 田村正之編集委員の「真相深層」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_24.html

功罪相半ば 日経 田村正之編集委員「投信のコスト革命」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_84.html

投資初心者にも薦められる日経 田村正之編集委員の記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/blog-post_64.html

「実質実効レート」の記事で日経 田村正之編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_10.html

ミスへの対応で問われる日経 田村正之編集委員の真価(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_58.html)

日経 田村正之編集委員が勧める「積み立て投資」に異議
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/07/blog-post_2.html

「投信おまかせ革命」を煽る日経 田村正之編集委員の罪(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_3.html)

運用の「腕」は判別可能?日経 田村正之編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_21.html

「お金のデザイン」を持ち上げる日経 田村正之編集委員の罪
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/04/blog-post_61.html

「積み立て優位」に無理がある日経 田村正之編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_6.html

2017年10月25日水曜日

現行NISAは商品制限なし? 日経 田村正之編集委員の誤り

日本経済新聞の田村正之編集委員が24日の夕刊マーケット・投資2面に載った「マネー底流潮流~新NISA、職場で普及も」という記事で誤った解説をしていた。「現行NISAは商品に制限はない」と田村編集委員は言い切るが、「制限」はある。日経への問い合わせの内容は以下の通り。
桜滝(大分県日田市)※写真と本文は無関係です


【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 編集委員 田村正之様

24日夕刊マーケット・投資2面の「マネー底流潮流~新NISA、職場で普及も」という記事についてお尋ねします。記事では「現行NISAは商品に制限はないが、つみたてNISAは金融庁が長期の資産形成に適すると判断した投信に絞り込まれている」と解説しています。しかし「現行NISA」にも「商品に制限」があるようです。

金融庁のホームページを見ると、NISAの「対象とならない金融商品」として、非上場株式、預貯金、債券、公社債投資信託、MMF・MRF、eワラント、上場株価指数先物、FX、金・プラチナなどを挙げています。投信に限っても「制限はない」とは言えません。

現行NISAは商品に制限はない」という記事の説明は誤りだと考えてよいのでしょうか。問題ないとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が当たり前になっています。クオリティージャーナリズムを標榜する新聞社として、掲げた旗に恥じぬ行動を心掛けてください。


◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事「マネー底流潮流~新NISA、職場で普及も
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171024&ng=DGKKZO22624570U7A021C1ENK000


※記事の評価はD(問題あり)。 田村正之編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。今回の記事に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「金融業界の回し者」から変われるか 日経 田村正之編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_74.html


※田村編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「購買力平価」に関する日経 田村正之編集委員への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/04/blog-post_20.html

リバランスは年1回? 日経 田村正之編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_1.html

無意味な結論 日経 田村正之編集委員「マネー底流潮流」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_26.html

なぜETFは無視? 日経 田村正之編集委員の「真相深層」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_24.html

功罪相半ば 日経 田村正之編集委員「投信のコスト革命」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_84.html

投資初心者にも薦められる日経 田村正之編集委員の記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/blog-post_64.html

「実質実効レート」の記事で日経 田村正之編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_10.html

ミスへの対応で問われる日経 田村正之編集委員の真価(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_58.html)

日経 田村正之編集委員が勧める「積み立て投資」に異議
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/07/blog-post_2.html

「投信おまかせ革命」を煽る日経 田村正之編集委員の罪(http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_3.html)

運用の「腕」は判別可能?日経 田村正之編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_21.html

「お金のデザイン」を持ち上げる日経 田村正之編集委員の罪
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/04/blog-post_61.html

「積み立て優位」に無理がある日経 田村正之編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_6.html

日経「大機小機~ユリノミクス批判」への批判

24日の日本経済新聞朝刊マーケット総合2面に「大機小機ユリノミクス批判」という記事が出ていて、「内部留保課税」を「あり得ないようなトンデモ政策」として批判している。個人的に「内部留保課税」には反対だが、「あり得ない」とまでは思えない。記事の筆者である「隅田川」氏の「ユリノミクス批判」を批判してみたい。
筑後川に架かる恵蘇宿橋(福岡県朝倉市・うきは市)
          ※写真と本文は無関係です

まず「内部留保課税」に関わる記述を見ていこう。

【日経の記事】

与野党間での建設的な政策論議が深まるためには、与党だけでなく、野党が掲げる政策も、専門的な見地からの評価を受ける必要がある。そうした観点から、今回の衆院選挙で希望の党が打ち出した「ユリノミクス」と称する経済政策を評価してみよう。

結論から言うと、ユリノミクスは、とてもアベノミクスに取って代わり得るようなものではなかった。

第1に、あり得ないようなトンデモ政策が含まれている。代表例が内部留保課税だ。多くの専門家が指摘するように、内部留保(利益剰余金)は、企業内に取り崩せる塊として存在するわけでなく、投資に回しても、現預金で保有しても内部留保の額は同じである。「産業界が反対」「課税技術的に困難」というレベルの話ではなく、ほとんどあり得ない政策である


◎「ほとんどあり得ない政策」?

内部留保課税が「ほとんどあり得ない政策」ならば、海外での導入例はほぼゼロのはずだ。しかし、ダイヤモンドオンラインの「希望の党『内部留保課税』に安心の希望が見出せない理由」という記事(10月17日付)では、中央大学法科大学院教授で東京財団上席研究員の森信茂樹氏が以下のように書いている。


【ダイヤモンドオンラインの記事】

内部留保金に課税する税制は、日本や米国、そして韓国でにも導入されている
天ケ瀬温泉(大分県日田市)※写真と本文は無関係です

日本では、特定同族会社(一人で5割超の株式を保有する会社など)について、毎年度の課税所得のうち配当や法人税の支払いを差し引いた額が、一定の控除額を超える場合には、10%から20%までの累進税率で課税される(法人税法67条1項)。

米国でも、「株主に対する所得税を逃れるために不当に利益を留保した場合」には留保収益税が課せられる。

中略) 韓国は2015年に、設備投資や賃上げを行わず内部留保を積み上げる企業への懲罰的な課税として、「企業所得還流税制」を導入した。

3年間の時限措置で、一定規模以上の企業に限定したもので、課税方法は、「投資と賃金増加額と配当の合計額が税引き後利益の80%に達しない部分について、10%の追加課税をする」という内容だ。

対象となる企業は3000社程度で、そのうち3分の1程度が課税されたという。税収規模は600億円程度といわれている。

◇   ◇   ◇

これが正しければ、好ましい政策かどうかは別にして「ほとんどあり得ない政策」とは言えない。導入例はそこそこある。
福岡銀行本店(福岡市中央区)
      ※写真と本文は無関係です

隅田川」氏の「内部留保(利益剰余金)は、企業内に取り崩せる塊として存在するわけでなく、投資に回しても、現預金で保有しても内部留保の額は同じである」という説明は合っている。ただ、これが「ほとんどあり得ない政策」と言える根拠にはならない。

隅田川」氏は「内部留保=現預金」ではないから課税はおかしいと言いたいのだろう。だが、課税対象は現預金の形で存在するとは限らない。例えば不動産には固定資産税が課される。内部留保に関しても、その規模に応じて課税額を決めることは不合理とは言えない(二重課税の問題は「大機小機」で触れていないので、ここでは考慮しない)。

今回の「大機小機」では「真に政権交代可能な政党が現政権に取って代われるような政策を打ち出すようになるためには、提案する側も論評する側も『どうせ野党の提案なのだから現実には採用されないだろう』という甘えを捨て、真剣勝負の政策論議を行っていく必要がある」と記事を締めている。それはその通りだ。だからこそ、「隅田川」氏の「ユリノミクス批判」でも、内部留保課税に関して説得力のある批判を展開してほしかった。


※今回取り上げた記事「大機小機ユリノミクス批判
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171024&ng=DGKKZO22607300T21C17A0EN2000

※日経の記事の評価はC(平均的)。

2017年10月24日火曜日

結局は業界寄りの週刊エコノミスト「減らさない投資」

週刊エコノミスト10月31日号の特集「減らさない投資」は不満の残る内容だった。まず、タイトルを「減らさない投資」にする必然性が乏しい。特集の最初に出てくる「人生100年時代に突入 将来の自分と家族を守る」という記事を読んでも、なぜ「資産を増やすというより、守ることを真剣に考えなければいけない」のか見えてこない。
つづら棚田(福岡県うきは市)
      ※写真と本文は無関係です

筆者の酒井雅浩記者はまず以下のように書いている。

【エコノミストの記事】

「物価上昇で、お金の価値は目減りします」「退職後、ゆとりある生活を送るためには、公的年金だけでは足りません」──。ATM(現金自動受払機)のついでに、ふと手に取ったパンフレットに、不安をあおるセリフが並ぶ銀行や証券会社のセールストークだろうと高をくくり、メガバンクに勤める友人を笑い飛ばすと、真顔で返された。「人生100年時代の今、将来を見据えると、資産を増やすというより、守ることを真剣に考えなければいけない」。

◇   ◇   ◇

ここまでは特に問題は感じない。気になるのはその後だ。

【エコノミストの記事】

1990年代後半以降、日本は物価が継続的に下落するデフレ状態にある。デフレは物価下落であると同時に、貨幣価値の上昇を意味する。つまり、現金をそのまま保有しているだけで価値が上がる。それなら、リスクをとって運用する必要はない。運用について、深く考える必要がなかった理由はここにある。

ところが、2012年末の安倍晋三政権発足後、物価はおおむねプラス圏で推移するようになった。日銀が目指す2%の物価目標には達していないものの、物価が上昇すると、現金と預金で持っている資産は実質的に目減りする。同じ値段で買えるモノの価値が下がるからだ。

仮に年2%のインフレが続くと、1000万円の価値は5年後に約1割減の905万円に、20年後には672万円まで下がる計算になる

人口減少がすでに始まり、同時に急激な高齢化が進む日本では、社会保障は危機的な状況にある。将来の生活を年金だけに頼れない。人生100年時代を生きる日本人は、不安を拭い去るためにも、投資に目を向けなければならないのである

生命保険文化センターが全国18~69歳の男女約4000人を調査したところ、老後を夫婦2人でゆとりを持って暮らすために必要な生活費は月34万9000円(16年度)だった。
 一方、年金支給額をみると、17年度の厚生年金は夫婦2人のモデル世帯で月22万1277円だ。その差額の12万8000円を毎月、貯蓄から取り崩すとすると、20年後に3000万円、30年後に4600万円を超える。人生100年時代には、どれだけ貯蓄があっても十分とはいえない


◎「どれだけ貯蓄があっても十分とはいえない」ならば…

人生100年時代には、どれだけ貯蓄があっても十分とはいえない」から、投資を通じて積極的に資産を増やしましょうと言うのならば分かる。だが、「資産を増やすというより、守ることを真剣に考えなければいけない」という話とは結び付かない。保有資産が十分にあるのならば「資産を増やすというより、守ることを真剣に考え」るべきだろうが…。
セブン-イレブン日田高瀬店(大分県日田市)
            ※写真と本文は無関係です

酒井記者が訴えているのは「インフレで現預金の実質価値が目減りしますよ」「年金だけでは不安ですよ」「投資に目を向けなくちゃダメですよ」という話だ。これは「銀行や証券会社のセールストーク」と同変わらない。「減らさない投資」といったタイトルで投資家の味方を装ってはいるが、実際は「銀行や証券会社」の回し者ではないかと思えてくる。

酒井記者の「投資に目を向けなければならない」という主張にはいくつか問題点がある。まず、「2012年末の安倍晋三政権発足後、物価はおおむねプラス圏で推移するようになった」と言うが、物価上昇の水準は非常に低く、直近でも1%未満だ。現状では現預金の実質価値の減少を気にする必要はない。

なのに、日銀があれだけ頑張っても実現しない2%の物価上昇を前提に「1000万円の価値は5年後に約1割減の905万円に、20年後には672万円まで下がる計算になる」と試算してみせる。「銀行や証券会社のセールストーク」か、とツッコミを入れたくなる。

実質価値の目減りについても説明が単純すぎる。預金については2%の物価上昇が続く場合、金利も2%前後に上がってくると考えるのが自然だ。日本の場合、「物価上昇2%でもほぼゼロ金利」という状態を日銀が維持する可能性が高いとは言える。ただ、金利上昇を全く考慮せず預金の実質価値の目減りを論じるのは感心しない。

人生100年時代には、どれだけ貯蓄があっても十分とはいえない」との説明も大げさすぎる。「年金支給額」と「老後を夫婦2人でゆとりを持って暮らすために必要な生活費」の差額が「30年後に4600万円を超える」としよう。だとすれば、貯蓄が1億円程度あれば「十分」ではないか。「どれだけ貯蓄があっても十分とはいえない」と言われると、2億円でも3億円でも足りないと受け取れる。不安を煽り過ぎだ。これも「銀行や証券会社のセールストーク」の同類と言える。

記事の後半部分も話の辻褄があまり合っていない。

【エコノミストの記事】

政府は、税制メリットを設けて投資の普及を進めようとしている。証券業界が語呂合わせで「投(とう=10)資(し=4)の日」と定めた10月4日、証券会社は各地でセミナーを開いた。「貯蓄から投資へ」をかけ声に、官民挙げて個人投資家の育成に取り組んでいるが、道半ばだ。

14年1月に始まった少額投資非課税制度の「NISA(ニーサ)」は、株式や投資信託の売却や配当金など、利益にかかる税率軽減が13年末で終わり、20%へと倍増することを機に導入した。対応策をとらないと株式投資が冷え込み、アベノミクスで堅調な動きを続ける株式相場が下落しかねないとの懸念からだ。子どもや孫の進学や就職に必要なお金を準備する「ジュニアNISA」(16年1月開始)は、金融資産の6割を持つ60歳以上の高齢者から、現役世代に資産を移す狙いがあった。

また、17年1月スタートの個人型確定拠出年金「iDeCo(イデコ)」は、少子高齢化により、公的年金の支給水準低下が見込まれたことから、自助努力で補う必要性が高まったためだ。

いずれも政府の都合による制度で、国民のことを真剣に考えた結果といえるだろうか。だからこそ、「今が投資のチャンス」と乗せられてはいけない。自分の身を守るためには、有利な制度を駆使しなければ生き残れないのだ

減らさない投資で、賢く将来の自分と家族を守ろう。



◎「乗せられてはいけない」のならば…

NISA」「ジュニアNISA」「iDeCo」が「政府の都合による制度」であり、「『今が投資のチャンス』と乗せられてはいけない」のであれば、こうした制度からは距離を置くべきだろう。だが、なぜか「自分の身を守るためには、有利な制度を駆使しなければ生き残れない」となってしまう。「有利な制度を駆使」して預貯金を投資に回した場合、「『今が投資のチャンス』と乗せられ」ているようにも見える。
耳納連山と夕陽(福岡県うきは市)※写真と本文は無関係です

そもそも「減らさない投資」は簡単にできる。リスクの低い投資対象を選べばいいだけの話だ。個人的には「変動10年」の個人向け国債を薦めたい。これならば減るリスクは極めて低いし、金利上昇時には連動して利回りが向上するので、インフレ対策にもなる。だが、今回の特集では全く取り上げていなかった。

特集の最後には「本誌記者のビットコイン投資体験記 右肩上がりから短期間で4割の急落も」と言う記事(筆者は谷口健記者)も載っていた。「減らさない投資」を本気で読者に薦めたいのならば、この手の記事は必要ないはずだ。


※今回取り上げた記事「人生100年時代に突入 将来の自分と家族を守る


※記事の評価はD(問題あり)。酒井雅浩記者への評価はDで確定とする。酒井記者については以下の投稿も参照してほしい。

週刊エコノミストの特集「家は中古が一番」に異議あり
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post.html

データ解釈に問題あり週刊エコノミスト特集「ブラック企業」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_7.html

2017年10月23日月曜日

ベーシックインカムだと「所得把握」が必要? FACTAの誤解

FACTA11月号の「『勝ち馬総選挙』財政破綻へ一直線」という記事で、「ベーシックインカム」を誤解していると思える記述があった。「既存の生活保障制度をやめてベーシックインカムに統合する際には、相当な摩擦が予想される。一人ひとりの所得把握も必要となる」と記事では説くが「一人ひとりの所得把握」ができなくても「ベーシックインカム」制度は導入できるはずだ。
だんごあん(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

FACTAへの問い合わせ内容は以下の通り。

【FACTA への問い合わせ】

FACTA  主筆 阿部重夫様  発行人 宮嶋巌様  編集人 宮崎知己様

『勝ち馬総選挙』財政破綻へ一直線」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

「(希望の党は)さらに驚くことに、公約ではベーシックインカム(最低所得保障=BI)の導入検討をうたった。この制度はどこを最低保障とするかの線引きで必要となる財源は全く異なる。既存の生活保障制度をやめてベーシックインカムに統合する際には、相当な摩擦が予想される。一人ひとりの所得把握も必要となるから、個々人の抵抗も並大抵ではあるまい

疑問に思ったのは「ベーシックインカムに統合する際には、相当な摩擦が予想される。一人ひとりの所得把握も必要となる」という説明です。ベーシックインカムとは「就労や資産の有無にかかわらず、すべての個人に対して生活に最低限必要な所得を無条件に給付するという社会政策の構想」(知恵蔵)です。「すべての個人に対して生活に最低限必要な所得を無条件に給付する」のですから「一人ひとりの所得把握」は必要ありません。

人事労務用語辞典でもベーシックインカムに関して「年齢、所得、資産、勤労の意志などに関係なく、国民なら誰でも毎月一律の給付金を受けられるのが特徴です」と解説しています。記事では「低所得者に対して、最低所得の基準に達しない場合はその差額を給付する」といった制度を想定しているのかもしれません。しかし、それは「ベーシックインカム」とは言えません。希望の党の公約にも「ベーシックインカム導入により低所得層の可処分所得を増やす」といった程度の記述しかないので、本来の姿とは異なる「ベーシックインカム」を想定すべき理由も見当たりません。

ベーシックインカム」に関する「一人ひとりの所得把握も必要」との説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

御誌では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。読者から購読料を取っているメディアとして、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

※今回取り上げた記事「『勝ち馬総選挙』財政破綻へ一直線
https://facta.co.jp/article/201711008.html

※記事の評価はD(問題あり)。

2017年10月21日土曜日

我が振り直さず「32歳の仲暁子社長」を批判するFACTA

「人の振り見て我が振り直せ」とでも言えばいいのだろうか。FACTA11月号に載った「『ウォンテッドリー』が上場 日経が担ぐ『未熟な女社長』」という記事では、「ウォンテッドリーを率いる32歳の仲暁子社長」を「未熟な女社長」と呼び、「株主、主幹事証券、東証といった周りの大人たちも、32歳の仲暁子社長を持ち上げるだけでなく、しっかりとアドバイスすべきだ」と教えてくれている。だが、FACTAにそんなことを言う資格があるのか。
夜明大橋(大分県日田市) ※写真と本文は無関係です

記事では「同社」の使い方に問題があったので、それと絡めて問い合わせを送っておいた。


【FACTAへの問い合わせ】

FACTA  主筆 阿部重夫様  発行人 宮嶋巌様  編集人 宮崎知己様

御誌を定期購読している鹿毛と申します。

11月号の「『ウォンテッドリー』が上場 日経が担ぐ『未熟な女社長』」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

この時、日経以外のメディアの露出が少なかったのには訳がある。取材が決まっていた複数のメディアによれば『DMCA問題について質問するのであれば取材は受けない』との通達が同社からあったそうである。実は日経新聞は同社の株主(1.17%)であり15年6月に資本業務提携を行っている

記事によれば「取材は受けない」との通達をしたのは「同社=日経」となっています。しかし、文脈から考えて、通達をしたのは「ウォンテッドリー」のはずです。また、日経新聞が「同社=日経新聞」の株主であり、日経が「同社=日経新聞」と「資本業務提携を行っている」との説明は意味不明です。ここも日経新聞が株主となっているのは「同社=日経新聞」ではなく「ウォンテッドリー」ではありませんか。ウォンテッドリーへの日経の出資比率は実際に1.17%のようです。

記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。少なくとも「同社」の使い方に拙さがあると思えます。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。
有朋の里 泗水・孔子公園(熊本県菊池市)
            ※写真と本文は無関係です

今回の件は大きな問題ではないかもしれません。それでも敢えて問い合わせしたのは、記事でウォンテッドリーの仲暁子社長を批判的に取り上げた上で、以下のように記していたからです。

著名な株主との交流を誇るのもいいが、上場して社会の公器となった今、市場の規律への配慮、従業員、ユーザへの目線などがより一層必要となろう。仲は証券会社出身でもあり上場の重みも理解すべきだ。ちなみに仲は本誌の文書による質問(なぜ、上場記者会見をキャンセルしたのか)にも一切答えなかった

御誌では読者からの間違い指摘を当たり前のように無視しています。なので「仲は本誌の文書による質問にも一切答えなかった」などと仲社長の対応を批判的に描く資格はありません。定期購読している読者からの間違い指摘を平気で無視する雑誌が「ユーザへの目線などがより一層必要となろう」と説いて説得力がありますか。

記事では「株主、主幹事証券、東証といった周りの大人たちも、仲を持ち上げるだけでなく、しっかりとアドバイスすべきだ」とも記しています。しかし、アドバイスをしっかり受け止めて改善を図るべきなのは御誌の方です。改めて次の言葉を阿部様、宮嶋様、宮崎様に贈ります。

「狭き門より入れ。滅びに至る門は大きくその路は広い」

間違い指摘の無視は、長い目で見ればメディアとしての自殺行為です。それでも阿部様、宮嶋様、宮崎様は「滅びに至る門」を選びますか。

最後に、9月24日に送った問い合わせの内容を記しておきます。10月1日に回答を求めるメールを改めて送らせていただきましたが、最初の問い合わせから1カ月近くが経過しても何の音沙汰もありません。

【問い合わせの内容(9月24日送信分)】

大西康之様 FACTA編集部 担当者様

御誌を定期購読している鹿毛と申します。

10月号の「東芝『日米韓連合』逆転の真相」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは、7月5日の経産省人事に関する記述です。10月号では以下のように記しています。
八女学院(福岡県八女市) ※写真と本文は無関係です

7月5日、経産省で大きな人事異動があった。東芝再建の窓口である商務情報政策局の局長には、安藤久佳に代わり貿易経済協力局長だった寺澤達也が就任した。同時に東芝問題を担当していた情報通信機器課は情報産業課に改組され、課長も三浦章豪から成田達治に代えられた。通常、中央官庁の人事では、仕事の継続性を考え、重要案件を担う部署の局長と課長が同時に代わることはない。局長、課長セットでの交代には東芝問題に対する世耕弘成経産相の苛立ちが透けて見える。『とにかくメモリ事業を早く売らせて東芝本体を守れ』とのお達しである

これを信じれば、7月5日の人事は経産省が東芝本体を守る姿勢を鮮明にしたものと言えます。ところが8月号の「東芝弄んだ『経産の大ワル』」では全く異なる解説になっています。記事の最後で大西様は以下のように記事を締めています。

しかし経産省による東芝救済はついにデッドロックに乗り上げた。7月の経産省人事を見れば一目瞭然。安藤は外局の中小企業庁長官、ターゲティング派の頭目とされた経産政策局長の柳瀬唯夫は経産審議官に棚上げされ、次官の目はほぼ消えた。ターゲティング派に黄昏が迫る。庇護を受けられなくなった東芝には、応分の沙汰が下ることだろう

ここでは7月5日の人事を「ターゲティング派に黄昏が迫る」動きと捉え、「庇護を受けられなくなった東芝」の救済の道が絶たれつつあると結論付けています。同じ日付の人事を同じ筆者が解説しているのに、正反対とも言える分析です。

10月号では「『もう時間切れ。政府は東芝メモリの売却を諦め、別の方法で東芝本体に金を入れる方法を考え始めた』(金融関係者)」「そうまでして政府が東芝本体の救済にこだわるのは『原発推進』という国策を堅持する上で東芝が必要不可欠な『手駒』であり、『防衛産業』という裏の顔を持つからだ」との記述もあります。これも「庇護を受けられなくなった東芝には、応分の沙汰が下ることだろう」という8月号の解説と整合しません。

8月号と10月号の説明は矛盾していると考えてよいのでしょうか。問題ないとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。8月号の分析が間違っていたので10月号で修正を図ったと見るのが自然だとは思います。その場合、8月号の解説に問題があったことを10月号の記事で読者に伝えるべきです。

お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。


◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事「『ウォンテッドリー』が上場 日経が担ぐ『未熟な女社長』

※記事の評価はD(問題あり)。FACTAが間違い指摘にきちんと回答しない問題については以下の投稿を参照してほしい。

記事の誤りに「説明なし」 宮嶋巌FACTA編集長へ贈る言葉
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/facta.html

2017年10月20日金曜日

ネタに困って書いた? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」

20日の日本経済新聞朝刊1面に載った「Deep Insight アジア安定へ『海猿』の貢献」という記事は苦しい内容だった。筆者である秋田浩之氏(肩書は本社コメンテーター)は書くことがなくて苦し紛れに話をまとめているように見えた。説明に矛盾も感じる。記事の中身を見ながら問題点を指摘したい。
桜滝(大分県日田市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

中国は8月、南シナ海の紛争を防ぐための「行動規範」について、東南アジア諸国連合(ASEAN)と大筋合意を交わした。しかし、習氏が演説で号令をかけた以上、人工島を武装する動きが止まることはないだろう

米国防総省によると、中国は3つの人工島に、戦闘機24機を収められる格納庫をつくっているという。ミサイル倉庫も10カ所以上で確認された。

こうした施設が完成し、中国が戦闘機や軍艦船を配備すれば、南シナ海の秩序は大きく変わる。「中国軍がいつも全海域をパトロールし、他国を監視したり、動きを阻んだりできるようになってしまう」(日本の安全保障当局者)

そうなったときの影響は計り知れない。南シナ海は、世界でやり取りされる原油の約3分の1、日本に運ばれる原油の大半が通る。この海はいわば世界貿易にとっての大動脈なのだ。中国軍の影響下に入り、いざというとき、船の航行が妨げられる危険が生じれば、アジアの成長にも影を落とす



◎今は「影響下」にない?

南シナ海は中国本土とも接している。「人工島」にどんな施設を造るかとは関係なく、最初から「中国軍の影響下」にあるはずだ。秋田氏は「現状では南シナ海で中国軍の影響はゼロ」と見ているのだろうか。「いざというとき、船の航行が妨げられる危険」も「人工島」の施設と関係なく昔からある。例えば米国が中国に戦争を仕掛け、日本も米国とともに戦う場合、「中国の人工島に施設を造らせなかったおかげで、中国軍に邪魔されず自由に南シナ海を航行できる」という事態になるだろうか。

その点をひとまず忘れて「3つの人工島」に「戦闘機24機を収められる格納庫」や「ミサイル倉庫」を完成させると「中国軍がいつも全海域をパトロールし、他国を監視したり、動きを阻んだりできるようになってしまう」としよう。そうした事態を防ぐために秋田氏が有効だと訴えるのが見出しにもなっている「海猿」の支援だ。記事では以下のように説明している。

【日経の記事】

中国に自制を求めていくことが必要なのは言うまでもない。そのうえで大切なのは、南シナ海に面した東南アジア諸国への支援をふやし、彼らが海上警備力を強めるのを助けることだ

東南アジアの国々が日本の海上保安庁にあたる海上警備機関を立ち上げ、本格的に活動するようになったのは2000年以降だ。中国に比べると、装備はかなり貧弱で、人材も十分ではない。この状況が少しずつ改善し、各国がきちんと近海を警備できるようになれば、南シナ海の中国化を防ぐ一助になるはずだ



◎辻褄が合わないような…

人工島の施設が完成すると「中国軍がいつも全海域をパトロールし、他国を監視したり、動きを阻んだりできるようになってしまう」のならば、「南シナ海の中国化を防ぐ」ためには施設の建設阻止しかないと思える。
原鶴温泉(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

秋田氏自身がそういう書き方をしたのに、なぜか「各国がきちんと近海を警備できるようになれば、南シナ海の中国化を防ぐ一助になる」という主張になってしまう。ならば人工島に施設が完成すると「中国軍がいつも全海域をパトロールし、他国を監視したり、動きを阻んだりできるようになってしまう」と決め付ける必要はない。「各国がきちんと近海を警備できるように」対応すれば中国軍の動きを抑えられるはずだ。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

実は、日本はこの分野の支援で、多くの実績を積んでいる。07年以降、政府開発援助(ODA)を使い、ベトナムやフィリピンなどに巡視船を供与してきた。日本から贈られた巡視船が、全体で大きな比率を占める国々もある。

日本が優れているのは、きめ細かい指導だ。船を引き渡した後、海上保安庁の隊員が一定期間、その国に張り付き、領海に侵入してきた外国船への対処法や、国際法上の手続きなどを手ほどきする。要望があれば、いつでも指導に当たれるようにするため、10月から7人の専従支援チームを発足させたという。

支援は少しずつ成果を見せ始めている。フィリピンが中国と領有権を争う南シナ海の要衝、スカボロー礁(中国名・黄岩島)。これまでパトロールもままならなかったフィリピンが最近、巡視船で警戒に当たるようになった。外交筋によると、使われているのは日本が供与した船だという。



◎これが「成果」?

日本の「支援」によって「スカボロー礁(中国名・黄岩島)」では「これまでパトロールもままならなかったフィリピンが最近、巡視船で警戒に当たるようになった」という。これを秋田氏は「成果」と呼ぶが、そうだろうか。
紅葉(大分市)※写真と本文は無関係です

日経の別の記事によると「スカボロー礁」は「中国が2012年から実効支配」しているという。だとすると、既に「中国化」している。「巡視船で警戒に当たるようになった」ことが「中国化」を防いでくれるのか。「警戒に当たる」だけで実効支配が崩れるとは思えない。

もちろん、その辺りのことは秋田氏も分かっているのだろう。記事の終盤では以下のように綴っている。

【日経の記事】

軍事力をもつ自衛隊とは異なり、海上保安庁はあくまでも海の警察組織だ。自衛隊が前面に出るのに比べ、中国の反発を抑えつつ、支援を広げやすい利点もある。

もっとも、中国は巡視船数を約130隻にふやしており、南シナ海にも頻繁に送っている。日本だけがいくら援助を広げても、状況を大きく改めるのは難しい

米国は主に中南米で日本と同じような支援をしているほか、オーストラリアも一定の実績がある。日本はこうした国々とも組み、多国間で東南アジアの海上警備力を底上げしていくときだ。地道なようで、それがアジアの安定への有効な貢献になる


◎結局、あまり意味ないような…

海猿」を持ち上げておいて、最後には「状況を大きく改めるのは難しい」となってしまう。これでは辛いと思ったのか「多国間で東南アジアの海上警備力を底上げ」すれば「アジアの安定への有効な貢献になる」と解説してしまう。

貢献」にはなるかもしれないが、対中国で「状況を大きく改める」とは期待しにくい。「中国は巡視船数を約130隻にふやしており、南シナ海にも頻繁に送っている」と秋田氏は書くが、南シナ海情勢は「巡視船数」で決まるわけではないだろう。

東南アジアの「巡視船数」の合計が200隻となれば「状況を大きく改める」ことができるのか。中国は人工島での施設建設を断念してくれるのか。そんな簡単な話ではないはずだ。

あれこれ書いてはいるものの、秋田氏の記事には結局あまり意味がない。ネタに困って「海猿」のアジア支援の話で記事を作れないかと考えて、苦労して捻り出したのが今回の記事だと個人的には推測している。


※今回取り上げた記事「Deep Insight アジア安定へ『海猿』の貢献
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171020&ng=DGKKZO22461490Z11C17A0TCR000

※記事の評価はD(問題あり)。秋田浩之氏への評価もDを据え置く。秋田氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 秋田浩之編集委員 「違憲ではない」の苦しい説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_20.html

「トランプ氏に物申せるのは安倍氏だけ」? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_77.html

「国粋の枢軸」に問題多し 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/deep-insight.html

「政治家の資質」の分析が雑すぎる日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_11.html

話の繋がりに難あり 日経 秋田浩之氏「北朝鮮 封じ込めの盲点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_5.html

2017年10月19日木曜日

1面に値する? 日経「ホンダ、電動バイクを東南ア投入 」

19日の日本経済新聞朝刊1面に「ホンダ、電動バイクを東南ア投入 着脱式電池、家庭電源に」という記事が載っている。1面に持ってきているのだから、日経として「これは大きなニュースだ」と判断しているはずだ。しかし、全体的に情報が漠然としている上に、何がニュースのポイントなのか判然としない。記事の全文を見た上で、気になった点を指摘したい。
筑後川(佐賀市・福岡県大川市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】 

二輪車世界最大手のホンダは2019年をメドに小型電動バイクを東南アジアに投入する。着脱式の電池で走行し、外した電池で家屋の照明用の電源にも使える。電力インフラが未整備な新興国での需要を開拓する。まず東南アジアなどの新興国で投入し、日本での発売も視野に入れる。世界的に環境規制が強まる中、二輪車でも電動化の動きが広がりそうだ。

独自開発した着脱式リチウムイオン電池を搭載したスクーターモデルの専用バイクを発売する。フル充電した電池で50~60キロメートル走行できる。電池は家庭の照明の電源やスマートフォンの充電などにも使える。

電動バイクの投入にあわせ、現地企業と組んで街中に着脱式電池の交換スタンドを設ける。スタンドに立ち寄るバイクの利用者は充電済みの電池と交換できる。

電力需要のピーク時にはスタンドから送電網への電力供給も想定する。太陽光など再生エネルギーを活用すれば、電力インフラが未整備な国でも大規模な発電所や送電網の整備が不要になる。

二輪の主要市場であるアジアでは環境規制が強まっており、電動化が加速する可能性がある。

世界最大の二輪市場のインドは20年から欧州と同水準の排出ガス規制を導入する予定だ。ベトナムでもハノイ市で中心部へのバイクの乗り入れを20年から段階的に禁止する方針だ

ホンダは自ら充電インフラを整備することで、アジアの二輪車電動化の需要取り込みを目指す。


◎何がニュースの肝?

「ホンダが電動バイクを市場に投入する。これは世界の二輪メーカーで初」という話ならば、1面に持ってくるのに何の問題もない。だが、記事からは「世界初」かどうかはもちろん「ホンダとして初」なのかも不明だ。ちなみに、ヤマハ発動機は電動バイクを既に市販している。
亀山公園と三隈川(大分県日田市)
           ※写真と本文は無関係です

「電動バイクを東南アジア市場に投入するのは世界の二輪メーカーでホンダが初」ならば、少しニュース性は弱いが1面に載せるのも理解できる。だが、東南アジア市場での他社の動向には全く触れていない。


◎東南アジアのどの国?

東南アジアに投入する」とだけ書いて、具体的にどの国に投入するのかは教えてくれないのも気になった。「東南アジア全域」ならばそう書けばいいし、どの国か決まっていないのならば、そこに触れてほしい。

MONOist」という情報サイトの12日付の記事には以下の記述がある。


【MONOistの記事】

ホンダは、「CEATEC JAPAN 2017」(2017年10月3~6日、幕張メッセ)において、着脱可能な可搬式バッテリーと充放電器でマイクログリッドを構築する「Honda Mobile Power Pack(モバイルパワーパック)」を展示した。

容量1kWhのモバイルパワーパックと、使用後の充電や充電済みモバイルパワーパックとの交換を行うエクスチェンジャーで構成されている。小規模な太陽光発電や風力発電、水力発電と組み合わせることにより、エネルギーの地産地消を実現する。

2018年にはフィリピンやインドネシアでモバイルパワーパックを使った実証実験を予定しているほか、日本郵便との協業でも使用する計画だ。また、これらの実証実験に合わせて2018年中に交換式バッテリーで走行する電動バイクを投入する計画だ。

◇   ◇   ◇

これを見ると「東南アジア」の中でも「フィリピンやインドネシア」で先行して販売するのではないかと思える(断定はできない)。


◎なぜ「東南アジア」?

ホンダがなぜ「東南アジア」を選んだのかも日経の記事ではよく分からない。「世界最大の二輪市場のインドは20年から欧州と同水準の排出ガス規制を導入する予定だ。ベトナムでもハノイ市で中心部へのバイクの乗り入れを20年から段階的に禁止する方針だ」とは書いている。だとしたら、「世界最大の二輪市場のインド」はなぜ後回しなのか。

大分市美術館(大分市) ※写真と本文は無関係です
さらに言えば、「日本での発売も視野に入れる」のだから、「電力インフラが未整備な新興国」以外で売ってもおかしくないはずだ。その意味では「排出ガス規制」の厳しい欧州で売ってもいい。

記事の書き方からは、インドや欧州では既に投入済みとの可能性も残る。その場合は「なぜそのことに触れないのか」「だとしたら『東南アジア投入』を1面で扱う必要があるのか」との疑問が生じる。


※今回取り上げた記事「ホンダ、電動バイクを東南ア投入 着脱式電池、家庭電源に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171019&ng=DGKKZO22403250Y7A011C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。

2017年10月18日水曜日

運用業界への思いやりが過ぎる日経 山下茂行次長「一目均衡」

運用業界の言い分に説得力が乏しくても、何とか業界に寄り添ってあげたい--。17日の日本経済新聞朝刊投資情報面に載った「一目均衡~つみたてNISAの違和感」という記事からは、筆者である山下茂行証券部次長のそんな思いが伝わってくる。
天ヶ瀬温泉(大分県日田市)
       ※写真と本文は無関係です

記事は「つみたてNISA」に批判的だが、「問題がある」「制度を見直すべきだ」といった言い方はしない。「違和感」という微妙な表現を用いている。業界の言い分に汲むべき点が少ないと山下次長も自覚しているのかもしれない。本当に問題があるのならば「違和感」などと言わずに、見直すべき点をはっきり指摘すれば済む。

さらに気になるのが「懐疑派」のコメントが全て匿名になっていることだ。これでは苦しい。実名でコメントしづらいのは分かる。だが、全て匿名では「懐疑派」を支持する気になれない。記事には「懐疑派」として「大手運用会社OB」も登場するが、やはり匿名だ。OBならば、金融庁に睨まれる心配なしに発言できそうなものだが…。

記事の全文を見た上で、さらに問題点を指摘したい。

【日経の記事】

積み立て型の少額投資非課税制度、いわゆる「つみたてNISA」の口座開設手続きが今月、始まった。「貯蓄から投資」の推進役と期待されるが、この新制度に対して「違和感」を訴える声が運用業界から出ている。

NISAは、株式や投資信託から得た利益が一定期間は非課税になる制度だ。つみたてNISAは、税制優遇の対象を金融庁が選んだ投信だけに絞り、非課税の期間がさらに長い。

「長期の積み立て投資」の後押しを狙いとし、販売手数料がゼロ、かつ運用コストである信託報酬の低い投信が対象になる。長期投資では、運用コストが成果に与える影響が大きいとされるからだ。

選別の基準は厳しい。日本株投信なら、信託報酬は株価指数に連動するインデックス型で0.5%以下、指数を超える運用成績をめざすアクティブ型で1.0%以下を求める。企業調査の手間がかかるアクティブ型が、この基準を達成するのは難しい

13日時点で適格となっている114本の投信のうち、インデックス型が100本と9割弱を占める。アクティブ型は14本(12%)にとどまり、日本株で運用するタイプは6本しかない。

ここが議論の分かれるポイントだ。コモンズ投信の伊井哲朗社長は「つみたてNISAは投資未経験層の呼び込みを狙った特別な制度。仕組みが簡単で信託報酬も低いインデックス型の投信を軸にして、長期の分散投資を促す意味は大きい」とみる。賛成派の言い分には一定の説得力がある。

それでも、と懐疑派は指摘する。「信託報酬は運用成績を左右する一要素にすぎない。そればかりにとらわれると、結果として優良な投信を排除してしまう」(大手運用会社OB
耳納連山(福岡県うきは市) ※写真と本文は無関係です

投信分析のデータベース、モーニングスター・ダイレクトを使い、公募投信の過去20年の運用成績(分配金を含む)を調べた。

インベスコ・アセット・マネジメントの「インベスコ店頭・成長株オープン」、三菱UFJ国際投信の「JASDAQオープン」、ベアリングス・ジャパンの「アジア製造業ファンド」などが上位に入った。

いずれも年率のリターンが10%を超える優良な成績を続けている。それなのに販売手数料や信託報酬が引っかかり、つみたてNISAの対象になっていない

インデックス投信の長期積み立てが、唯一絶対の投資手法だと誤解されないか」「高齢者に長期投資はそぐわないし、投資家のニーズはそれぞれ違うはず」。運用業界には、こんな声が少なからずある。

銘柄を選別しないインデックス投信ばかりになれば、上場企業に対する市場の規律付けの機能は弱まる。そもそも投資の大原則は自己責任なのに、行政が商品選びにまで細かく立ち入っていいのかという疑問もある。違和感の根は深いようにみえる。



◎誤解される?

まず「インデックス投信の長期積み立てが、唯一絶対の投資手法だと誤解されないか」という匿名のコメントが引っかかった。「違和感」に説得力を持たせようとしたのだろうが、説明に無理がある。

つみたてNISA」で適格となっているのは「インデックス型が100本と9割弱」で「アクティブ型は14本(12%)」だ。これで「インデックス投信」しか選択肢がないと思う方がどうかしている。「誤解されないか」と心配すべき状況ではない。

ついでに言うと「高齢者に長期投資はそぐわないし、投資家のニーズはそれぞれ違うはず」というコメントも決め付けが過ぎる。「投資家のニーズはそれぞれ違う」のはその通りだと思うが「高齢者に長期投資はそぐわない」とは考えにくい。70歳でそこそこ健康な人は90歳を過ぎても生きている可能性がかなりある。こういう人が「長期投資」を始めた時に、山下次長は「高齢者に長期投資はそぐわない」と感じるのか。感じないのであれば、このコメントを使うべきではない。


◎「1.0%以下」は難しい?

「アクティブ型で『1.0%以下』の信託報酬を実現するのは難しい。コストが高くても『年率のリターンが10%を超える優良な成績を続けている』アクティブ型の投信はあるのだから、それらも『つみたてNISA』の適格商品にしてあげればいいのに…」と山下次長は思っているのだろう。だが、問題点が2つある。

そもそも「1.0%以下」はそんなに難しいのか。「アクティブ型は14本」が適格となっているのであれば、少なくとも実現不可能な信託報酬ではない。日経でも昨年11月に「1%未満も続々 アクティブ投信でも手数料下げ」という記事を載せている。簡単ではないにしても、条件が厳しすぎるとは考えにくい。

また「年率のリターンが10%を超える優良な成績を続けている」高コストのアクティブ投信を排除したとしても「結果として優良な投信を排除してしまう」とは思えない。過去のリターンが高い投信を選んで投資しても、運用成績を高める効果はないとされる。つまり現時点で判断すれば「高コストな投信=優良でない投信」と見なしてよい。
大宰府政庁跡(福岡県太宰府市) ※写真と本文は無関係です

もちろん、例えば10年後に振り返って「高コストだけど良い運用成績を収めた投信」を見つけることはできる。だが、現時点ではどの投信がそうなるのか分からないし、過去の運用成績に基づいて選べば、そうした投信に当たる確率が明確に高まるわけでもない。

この辺りの事情は山下次長も分かっているはずだ。なのに「販売手数料や信託報酬が引っかかり、つみたてNISAの対象になっていない」と高コストのアクティブ型投信を擁護してしまうのは、業界寄りの姿勢の表れだろう。

「つみたてNISAの対象にはアクティブ型の商品が少ないので、条件に合致する商品をどんどん投入してほしい。信託報酬1%以下は簡単ではないが、今回適格とされた14本は実現できている。不可能ではないはずだ」などと訴えてくれれば「業界よりも投資家の方を向いて記事を書いているのだな」と思えるのだが、今回の記事は運用業界への不必要な思いやりが過ぎる。


※今回取り上げた記事「一目均衡~つみたてNISAの違和感
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171017&ng=DGKKZO22303490W7A011C1DTA000


※記事の評価はD(問題あり)。山下茂行次長への評価はDを据え置く。

山下茂行次長の雑な分析 日経「小売株『成長』に舞う」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_89.html

2017年10月17日火曜日

東洋経済 小長洋子記者「異常気象の真因を探る」の問題点

週刊東洋経済10月21日号に小長洋子記者が書いた「ニュース最前線05 集中豪雨や巨大台風 異常気象の真因を探る」という記事の問題点をさらに指摘していく。
耳納連山とヒガンバナ(福岡県久留米市)
    ※写真と本文は無関係です

【東洋経済の記事】

本格シーズンを迎える台風。発生頻度が高まり、大型化している印象があるが、実はそうでもない。「台風に関しては、上陸時の勢力はむしろ昔のほうが強い」と気象庁予報部アジア太平洋気象防災センターの石原洋予報官は言う。

8月4日に日本に上陸した台風5号は、7月21日に太平洋で発生してから秋田県沖で温帯低気圧に変わるまで18.75日と史上3番目の長寿命台風だった。が、最長寿は1986年の14号、2位は72年の7号と、30年以上も前だ。



◎話のつながりが…

台風について「発生頻度が高まり、大型化している印象があるが、実はそうでもない」と書いた後で「上陸時の勢力はむしろ昔のほうが強い」とのコメントを入れている。しかし、このコメントは「発生頻度が高まり、大型化している印象」を否定している訳ではない。台風の「勢力」は大きさと強さで表せるが、「強い」との言い方から判断して「強さは昔の方が上」と言っているのだろう。これは「発生頻度」や「大型化」とは別の話だ。

上陸時の勢力はむしろ昔のほうが強い」とのコメントを受けて、次はこの件を論じるのかなと思っていると「長寿命台風」の話に移ってしまう。「発生頻度」「大型化」「強さ」とはこれも別物だ。やたらと話のつながりが悪い。

さらに見ていこう。

【東洋経済の記事】

次に集中豪雨はどうか。7月5〜6日の九州北部豪雨では、熊本県朝倉市でほぼ12時間のうちに500ミリを超える、観測史上最大の大雨となった。

集中豪雨を引き起こすのは「線状降水帯」だ。

通常、水蒸気を含んだ暖かい気流は上昇して上空の冷たい空気とぶつかり積乱雲を形成、水蒸気が水滴となり雨を降らせる。線状降水帯では、降った雨が地上近くの空気を冷やし、そこに暖かい気流が流入し、連続して積乱雲を作り出す(図上)。積乱雲は山などの斜面で押し上げられて起こると考えられがちだが、「大気の状態によるためどこででも起こりうる。台風を除く集中豪雨の7割程度が線状降水帯の形成によるもので、温暖化の影響とはいえない」(津口裕茂・気象研究所研究官)という。

「長期的に見れば温暖化は確実に起きているといえるが、個々の気象現象にどれだけ影響しているか、はっきりとはわからない」と気象庁地球環境・海洋部異常気象情報センターの新保明彦予報官は説明する。洋上の水蒸気量など観測の難しいものも多く、メカニズムの解明には時間がかかりそうだ。


◎「集中豪雨」は増えてる?

まず、最近になって「集中豪雨」が増えているのかどうかが分からない。「九州北部豪雨」の話だけでは何とも言えない。「温暖化の影響とはいえない」というコメントは「(集中豪雨が増えているのは)温暖化の影響とはいえない」と解釈したくなるが、それでいいのかどうか微妙だ。
須賀神社(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

とりあえずここでは「(集中豪雨が増えているのは)温暖化の影響とはいえない」という意味だとしよう。そうすると、次の「長期的に見れば温暖化は確実に起きているといえるが、個々の気象現象にどれだけ影響しているか、はっきりとはわからない」というコメントと矛盾する。

集中豪雨に関して「津口裕茂・気象研究所研究官」は「温暖化の影響とはいえない」と言い切っているのに、「気象庁地球環境・海洋部異常気象情報センターの新保明彦予報官」は「個々の気象現象にどれだけ影響しているか、はっきりとはわからない」と述べている。どちらを信じればいいのか。集中豪雨に関してだけは「温暖化の影響とはいえない」とはっきり分かっているのか。

内容の脱線も目に余る。記事の終盤で小長記者は以下のように書いている。

【東洋経済の記事】

それでも近年の気象予測の精度向上はめざましい。

理化学研究所の三好建正チームリーダーを中心としたグループは、ゲリラ豪雨に関する予測システムを開発、7月から実証試験を始めた。3次元の観測技術を活用し、10分後までの降雨を80%以上の確度で予測する(図下)。60キロメートル手前までの雲の中にどれだけの雨粒があるか、雨粒の成長過程まで観測し、予測の確度向上につなげた。

台風進路予測、予報円(中心が70%の確率で進む方向)は、80年代には24時間後で直径200キロメートルだったが、15年には72キロメートルまで精緻化された。中心気圧や最大風速など台風の強度についても気象庁は、15年7月に運用開始となった気象衛星ひまわり8号・9号などにより、18年度末までに5日先(現在は3日先)まで予報できるようにする。

気象庁は線状降水帯予測も強化する。九州北部豪雨では気流の発生が洋上だったこともあり、あれほどの集中豪雨を予測できなかった。現在、観測装置や数値モデルを開発中で「精度の高いものを2年以内に完成させる」(津口研究官)。

今年は河川流域での雨量観測を精緻化した。対象も全国4000河川から2万河川に拡大。土砂災害の防止や洪水対策につなげる。

17年度の気象庁予算のうち、33億円(前期5億円)が台風・集中豪雨などの防災情報強化に計上された。気象災害は春から秋に集中する傾向があるが、豪雪や竜巻など冬季災害もある。気象情報への関心を高めることが備えの一歩になる


◎「異常気象の真因を探る」のは諦めた?

この記事のテーマは「集中豪雨や巨大台風 異常気象の真因を探る」だったはずだ。なのに「(温暖化が)個々の気象現象にどれだけ影響しているか、はっきりとはわからない」というコメントを使い、「メカニズムの解明には時間がかかりそうだ」などと書いているだけで「真因」にはほとんど迫っていない。「真因」に辿り着けなくても構わないが、仮説ぐらいは示してほしかった。しかし、小長記者は「真因」探しを早々に諦めて話を脱線してしまう。
日本経済大学など(福岡県太宰府市)※写真と本文は無関係です

脱線後は「気象予測の精度向上」の話が延々と続き「気象情報への関心を高めることが備えの一歩になる」と締めてしまう。ここまで脱線させるならば、「真因」探しをきっちりやってからにしてほしい。「真因」探しを「よく分からない」といった程度で済ませるのならば、最後まで「真因」に迫る姿勢を見せるべきだ。


※今回取り上げた記事「ニュース最前線05 集中豪雨や巨大台風 異常気象の真因を探る


※記事の評価はE(大いに問題あり)。「熊本県朝倉市」に関して東洋経済編集部に間違い指摘をしており、回答がなく訂正記事も出ない場合は小長洋子記者への評価をF(根本的な欠陥あり)とする。間違い指摘の詳細については以下の投稿を参照してほしい。


東洋経済は「熊本県朝倉市」の誤りを訂正できるか
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_16.html

2017年10月16日月曜日

東洋経済は「熊本県朝倉市」の誤りを訂正できるか

かなり出来の悪い記事が週刊東洋経済10月21日号に出ていた。小長洋子記者が書いた「ニュース最前線05 集中豪雨や巨大台風 異常気象の真因を探る」という記事だ。まず、間違いと思える記述が2カ所ある。東洋経済編集部への問い合わせは以下の通り。
だんごあん(福岡県朝倉市)
   ※写真と本文は無関係です

【東洋経済への問い合わせ】

週刊東洋経済 編集長 西村豪太様   小長洋子様

10月21日号の「ニュース最前線05 集中豪雨や巨大台風 異常気象の真因を探る」という記事についてお尋ねします。まず、「7月5〜6日の九州北部豪雨では、熊本県朝倉市でほぼ12時間のうちに500ミリを超える、観測史上最大の大雨となった」というくだりに出てくる「熊本県朝倉市」は「福岡県朝倉市」の誤りではありませんか。

次に問題としたいのが「過去最大の台風は、上陸時の中心気圧が925ヘクト パスカルだった第2室戸台風(61年)。2番目は59年の伊勢湾台風で、上位10件のうち90年代以降は2件のみだ」という記述です。1位が第2室戸台風、2位が伊勢湾台風というのは「中心気圧の低さ」に基づく順位ではありませんか。

しかし記事では「過去最大の台風」について書いています。この場合、大きさ(風速15m/s以上の強風域の広さ)に基づく順位となるはずです。気象庁のホームページには「台風の強風域、最大風速が解析されている1977年以降の統計を見てみますと、最も大きかった台風は1997(平成9)年の台風第13号です」との解説があります。

過去最大の台風」は「第2室戸台風」ではなく「1997年の台風第13号」ではありませんか。大きさで「2位が伊勢湾台風」というのも誤りである可能性大です。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

御誌では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

熊本県朝倉市」は明らかな誤りだ。西村豪太編集長率いる東洋経済の編集部がきちんと回答してくるのか、訂正記事を出すのかを注視したい。適切な対応を怠った場合、小長洋子記者への評価も西村編集長と同様にF(根本的な欠陥あり)とするほかない。

今回の記事には上記の2点以外にも様々な問題を感じた。それらについては別の投稿で述べる。

追記)結局、回答はなかった。「熊本県朝倉市」については次号に訂正記事が出た。これを受けて、小長洋子記者への評価は暫定でE(大いに問題あり)とする。


※今回取り上げた記事「ニュース最前線05 集中豪雨や巨大台風 異常気象の真因を探る


※記事の評価はE(大いに問題あり)。西村豪太編集長へのF評価に関しては以下の投稿を参照してほしい。

道を踏み外した東洋経済 西村豪太編集長代理へ贈る言葉
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_4.html

「過ちて改めざる」東洋経済の西村豪太新編集長への手紙
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_4.html

訂正記事を訂正できるか 東洋経済 西村豪太編集長に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_25.html

2017年10月15日日曜日

年金は物価下落時に名目額が減らない? 日経社説の誤解

14日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「17衆院選~全世代よりメリハリの社会保障に」という社説に誤りと思える記述があった。「現在、年金は消費者物価の下落時に名目額を減らさないようにしている」と社説では断定しているが、今年度の公的年金は物価下落を反映させる形で減額となっている。
グランドパレス小倉香春口(北九州市)
      ※写真と本文は無関係です

社説の当該部分と日経への問い合わせは以下の通り。

【日経の社説】

現在、年金は消費者物価の下落時に名目額を減らさないようにしているが、物価連動の原則に照らせばこれはおかしい。政治による積年の人気取り策が年金財政をむしばんでいる。


【日経への問い合わせ】

14日の「17衆院選~全世代よりメリハリの社会保障に」という社説についてお尋ねします。社説では「現在、年金は消費者物価の下落時に名目額を減らさないようにしているが、物価連動の原則に照らせばこれはおかしい」と述べています。しかし、物価下落時に名目額は減るはずです。

今年1月28日の御紙の記事では「厚生労働省は27日、2017年度の公的年金の支給額を0.1%引き下げると発表した。16年平均の消費者物価指数が低下したためで、6月に支払う4月分から変更する」と書いています。「年金額は賃金や物価の変動に合わせて増やしたり減らしたりしている。国民年金を満額で受け取っている人は16年度と比べ月あたり67円減の6万4941円となる。厚生年金を受け取る標準世帯(夫が平均的な給与で40年働き、妻が専業主婦)では227円減の22万1277円となる」との記述もあります。

1月28日の記事には「マクロ経済スライドは今回も発動しない。物価下落時には発動しない仕組みのためで、今まで発動されたのは15年度だけだ」との説明が出てきます。推測ですが、社説の筆者は「マクロ経済スライド」と「物価スライド」を混同したのではありませんか。物価スライドは「消費者物価の下落時」にも適用され「名目額」を減らす仕組みになっています。

社説の説明は誤りだと考えてよいのでしょうか。問題ないとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が当たり前になっています。クオリティージャーナリズムを標榜する新聞社として、掲げた旗に恥じぬ行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

こちらの指摘が正しければ、社説の筆者は基礎的な知識を欠いたまま社会保障制度を論じていることになる。その上で間違い指摘を無視するとなれば、社説はもちろん記事を書く資格はない。


※今回取り上げた社説「17衆院選~全世代よりメリハリの社会保障に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171014&ng=DGKKZO22263580T11C17A0EA1000


※社説の評価はE(大いに問題あり)。

2017年10月14日土曜日

最後まで苦しい日経「砂上の安心網~未来との摩擦(3)」

日本経済新聞朝刊1面で連載している「砂上の安心網~未来との摩擦」は、14日の第3回「わずかな年金、頼らぬ覚悟 生涯現役が究極の自助」も最初から最後まで苦しい内容だった。言いたいことがないのに無理して話を作り上げている印象も受ける。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

まずは記事の前半を見ていこう。

【日経の記事】

年金には期待していません」。企業に所属しないフリーランスのIT(情報技術)エンジニアとして働く斉藤真二郎さん(40、仮名)。「老後に不安はありませんか」。取材班の問いかけにきっぱりと答えた。

国民年金のみを納付する斉藤さんが老後に受け取る年金は月7万円程度。生活に十分な額とはいえないが、気にしない。ITエンジニアとしての技術を磨きながら生涯働き続けるライフプランを描く。

何歳になっても学び、働くことを続けていく社会に――。英ロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授が提唱した「人生100年時代」。約20年後には、日本人の3人に1人を65歳以上が占める。生涯現役で働けるフリーランスは究極の自助であり、人生100年時代を生き抜く答えのひとつだ。

フリーランスとして働く人の数は推定1100万人を超え、いずれ労働人口の半分を占めるとの見方もある。遠くない未来。斉藤さんが思い描く「生涯現役」の生き方を多くの人がするようになるはずだ。



◎問いと答えが…

いきなり問いと答えが合っていない。「老後に不安はありませんか」との問いに「年金には期待していません」と答えられても、不安があるかどうか判断できない。記事の書き方だと「不安なし」に近い気もする。ただ、常識的に考えれば80代や90代で「IT(情報技術)エンジニア」として働くのは体力・知力の両面から難しいだろう。
九州北部豪雨後の朝倉光陽高校(福岡県朝倉市)
           ※写真と本文は無関係です

あくまで想像だが、取材では「不安がある」と答えたのではないか。それだと話の趣旨に合わないので「年金には期待していません」という部分だけ切り出したのではないか。だとすれば腑に落ちる。

ついでに言うと「生涯現役で働けるフリーランスは究極の自助であり、人生100年時代を生き抜く答えのひとつだ」との解説には同意できない。フリーランスには仕事が全くもらえず収入ゼロが続くリスクがある。高齢になればスキルも体力も落ちる。様々な病気のリスクも高まる。取材班では、「人生100年時代」になると健康寿命も100歳近くにまで伸びるとでも思っているのだろうか。だとしたら、あまりに非現実的だ。

記事の後半部分も引っかかるところが多い。

【日経の記事】

上場企業で役員を務めた経験を持つ有賀貞一さん(70)は10社近い企業の経営に携わり、経営相談で収入も得る。同僚の多くが年金生活に入ったというが、「90歳になっても働き続けたい」。稼いだお金は健康維持などの自己投資に回す。

シニアだけでなく、主婦などの現役世代も私生活と両立しながらフリーランスとして働くことで人材の流動性が高まり、日本経済を力強くする


◎この人は「フリーランス」?

有賀貞一さん(70)」は「フリーランス」なのかどうか判然としない。「10社近い企業の経営に携わり」と聞くと会社役員のようでもあるが、「経営相談で収入も得る」のであれば経営コンサルタントのようでもある。こんな漠然とした事例では困る。取り上げるならば、しっかり描いた方がいい。紙幅が足りないのならば、思い切って省くべきだ。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

シニアだけでなく、主婦などの現役世代も私生活と両立しながらフリーランスとして働くことで人材の流動性が高まり、日本経済を力強くする」という説明も納得できなかった。例えば専業主婦が「フリーランスとして働く」と「人材の流動性」が高まるだろうか。基本的に「流動性」に変化は生じない。「流動性」を高めるためには、属する組織を変えたり、組織を抜けてフリーになったりする必要がある。

人材の流動性」が高まると「日本経済を力強くする」かどうかも微妙だ。大卒の3年以内離職率は約3割と言われる。これを例えば9割にすれば「人材の流動性」は高まるだろう。だが、そのことが「日本経済を力強くする」という期待は持ちにくい。

記事では、フリーランスの増加に対応した年金制度についても触れている。しかし、取材班が何を訴えたいのかは判然としない。

【日経の記事】

平均寿命が男性で60歳代半ばだった1960年代に確立された現行の年金制度。念頭にした働き方は会社員と自営業者のふたつだけだった。平均寿命が80歳を超え、働き方も多様化していく日本の姿に年金は向き合えているだろうか

ヤフーに勤めながら、週末は副業のウェブデザイナーとして働く岡直哉さん(28)。年収は専業の時よりも3割増えた。厚生年金と確定拠出年金で老後に備え、一生涯働き続けるつもりだが「老後は不安」と漏らす

政府も2年前に多様な働き方に対応した総合的な個人・企業年金の議論を始めたが、現在、検討が進んだ形跡はない。「権益を守りたいという各省庁の防衛本能が制度改革を進めづらくしている」(政府関係者)

高齢化社会のリスクを個人だけが負う」。ニッセイ基礎研究所の金明中氏は警鐘を鳴らす。



◎自分たちはどうしたい?

取材班は「働き方も多様化していく日本の姿」を見て、年金制度をどう変えていくべきだと考えているのか。せっかく1面の記事でそれを訴える機会を得ているのに「自分たちの考え」が見えてこない。「多様な働き方に対応した総合的な個人・企業年金の議論を始めたが、現在、検討が進んだ形跡はない」などと書いているだけだ。
九州北部豪雨後の朝倉光陽高校(福岡県朝倉市)
         ※写真と本文は無関係です

岡直哉さん」の事例を見ても、今の年金制度が「多様な働き方に対応」できていないとは思えない。「厚生年金と確定拠出年金で老後に備え、一生涯働き続ける」のならば、特に大きな問題は感じられない。「不安」はあるだろうが、制度的な欠陥には記事では何も触れていない。

政府内の「議論」は進んでいないのかもしれないが、記事からは「働き方も多様化していく日本の姿に年金は向き合えて」いないとは感じられなかった。取材班が制度のどこに問題を感じているのかも不明だ。なのに「『高齢化社会のリスクを個人だけが負う』。ニッセイ基礎研究所の金明中氏は警鐘を鳴らす」と話をまとめてしまう。

このコメントも、上手くはまっているとは思えない。企業は「高齢化社会のリスク」と無縁だとも考えにくいし、このコメントを使うならば、「個人vs個人以外(企業など)」という図式を描き出すべきだ。しかし、そういう図式にはなっていない。

記事の終盤はさらに漠然とした話になる。

【日経の記事】

支え手である現役世代は減り、長くなる老後を年金が支えることは難しくなる。10日公示された衆院選で、社会保障政策が十分に議論されるか不安も残る。

多様な働き方を選ぶ個人が増えていく中、年金は頼れる制度として残るのか。議論を先送りしてはいけない。


◎こんな一般論で済ますのならば…

結論部分に至っては、フリーランスの問題との関連がかなり薄れている。「社会保障政策の問題はちゃんと議論しなきゃダメだよね」といった類の、当たり前で誰でも分かっているような結論に導くために連載を重ねてきたのか。せっかく朝刊1面を大きく使えるのだから「自分たちが本当に訴えたいことは何なのか」をもっと真剣に考えてほしい。


※今回取り上げた記事「砂上の安心網~未来との摩擦(3)わずかな年金、頼らぬ覚悟 生涯現役が究極の自助
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171014&ng=DGKKZO22246070T11C17A0MM8000

※記事の評価はD(問題あり)。今回の連載については以下の投稿も参照してほしい。

センサーで排尿回数が減る? 日経「砂上の安心網」の問題点
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_13.html