2015年7月31日金曜日

日経 田中陽編集委員「お寒いガバナンス露呈」の寒い内容

「なぜ田中陽編集委員が解説記事を書く必要があるのか」と思わせるお寒い内容だった。これならば、ロッテ創業者の長男である重光宏之氏にインタビューした宮住達朗記者が解説記事も書いた方がいいのではないか。同氏へのインタビュー記事に付いていた「解説~『お寒いガバナンス』露呈」という田中編集委員の解説記事は疑問だらけだ。

ルクセンブルク旧市街  ※写真と本文は無関係です
【日経の記事(全文)】

兄弟の争いのどちらに義があるのか。一方の当事者の話だけでは判断できない。いずれにせよロッテという巨大グループの経営が創業者である重光武雄氏の意向次第でどうにでも変わってしまうのなら、お寒いガバナンスとしか言いようがない

中核企業のロッテホールディングス(HD)は非上場企業だ。武雄氏の影響力は絶大で、主要な人事、投資などの重大な案件は武雄氏の意向で決まっていたという

裏返せば、武雄氏以外の経営陣は長男の宏之氏、次男の昭夫氏も含めて“思考停止”していたことになる。今回の騒動は息子2人が別々に武雄氏に擦り寄り、武雄氏を味方に付けようとしたからグループは混乱した。

兄弟間の争いは株主総会で決着を見るのが筋だが、株式の多くは重光一族が所有しているとされる。両陣営が密室で多数派工作を競えば、経営がさらに見えなくなる恐れもある。従業員はたまったものではない。

お家騒動は大塚家具が記憶に新しい。しかしロッテはグローバル企業だ。アジアを中心に世界展開し、売り上げ規模は6兆5000億円にもなる。混乱が長引けば影響は世界に波及しかねない。海外展開ではアサヒグループホールディングスやファーストリテイリングもロッテと関係がある

「お口の恋人」というキャッチフレーズのロッテはブランド価値が極めて高い。こんなことで毀損させてはいけない。


大株主でもある創業者の意向次第で非上場企業の経営方針が変わるのは「お寒いガバナンス」なのだろうか。大株主で代表取締役でもある創業者が経営方針を変えようとしてもなかなか変わらない会社の方が、よっぽどガバナンスに問題がありそうな気はする。そもそも、田中編集委員には今回のお家騒動を見た後でも「巨大グループの経営が創業者である重光武雄氏の意向次第でどうにでも変わってしまう」と映るのだろうか。

インタビュー記事を読む限り、従業員持ち株会がどちらに付くかで経営陣は大きく変わってきそうだ。つまり、武雄氏の意向が通らない可能性もかなりある。それに武雄氏の代表権が外れたのは武雄氏の意向ではない。次男側が「外した」はずだ。だとすると「武雄氏の意向次第でどうにでも変わってしまうのなら…」と論じる意味はあまりない。

両陣営が密室で多数派工作を競えば、経営がさらに見えなくなる恐れもある」という説明も解せない。「多数派工作をオープンにやれ」と言うのか。それとも「多数派工作をするな」と訴えたいのか。どちらも現実的ではないし、例えば多数派工作に関するニュースリリースがロッテから連日出てきたら、それこそブランド価値を毀損させてしまうだろう。経営の主導権を巡る争いはあっていいし、株主総会で決着を付けるのであれば、株式会社としてのガバナンスはしっかり機能していると言えるはずだ。

「ロッテはグローバル企業なので、混乱が長引けば影響は世界に波及しかねない」という解説も大げさだ。断定はできないが、ロッテグループの外にまで大きな影響が及ぶとは考えにくい。お家騒動が長引いた場合、ロッテの運営するショッピングセンターに出店しているファーストリテイリングの業績が大きく落ち込んだりするだろうか。

全体的な印象としては、書くべき材料の乏しい中で行数を埋めなければならない苦しさが伝わってくるような記事だった。


※解説記事の評価はD(問題あり)、田中陽編集委員の評価もDとする。


※宮住記者のインタビュー記事に関しては、宏之氏が「ロッテHDの議決権は父が代表の資産管理会社が33%持つ」と語っていたのが気になった。29日の記事の「ロッテHDには武雄氏が代表を務める資産管理会社が約27%出資」という記述と食い違っている。

2015年7月30日木曜日

日経 吉田忠則編集委員「耕作放棄地 歯止めへ劇薬」の謎

日経が大好きな「耕作放棄地への課税強化」に関する記事が、30日も朝刊総合1面に載っていた。いつも不思議に思うのだが、この問題になぜ執着するのだろうか。執着するという結論が先にあって、それから記事を書いているように感じられてならない。今回の「真相深層  耕作放棄地 歯止めへ劇薬~全国40万ヘクタール、課税強化を検討  『稼げる農業』手探り」(筆者は吉田忠則編集委員)もツッコミどころの多い記事だった。 疑問点を順に挙げていこう。


◎農地を維持する必要ある?
デュルブイ(ベルギー)のフォワール広場側から見たウルセル伯爵城
                   ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

横浜市の郊外にある農業の重点地域の一角に、その建物はあった。黒い鋼板の壁のなかから機械の重い作業音が聞こえてくる。農地に違法に建てられた産業廃棄物の処理施設だ。

横浜市が施設を見つけたのが2004年。地主や産廃業者に是正を求めたが、逆に09年には産廃施設が増設された。「転用は認められない」。市の職員が現地を訪ねて説得を重ねた結果、増設分だけは12年に撤去された。だがいまも跡地で農業が再開されることはなく、荒廃がひどい1号遊休農地に分類された。

隣の農地は人の背丈を超える雑草が生い茂り、13年に1号遊休農地になった。市の職員が「農地を借りたい人を紹介する制度に登録してほしい」と呼びかけたが、地主から返事はなかった。違法転用でスポーツ施設にした近くの別の地主は「農業では食べていけない」と市に訴えた

どうすれば農地を維持できるのか。政府は6月30日に閣議決定した規制改革実施計画で打開策として、耕作放棄地への課税強化を検討することを打ち出した。


上記の横浜市の例は謎だ。「農業では食べていけない」と訴えてスポーツ施設にした地主がいるのならば、転用を認めてあげれば済む。そうなれば、農地ではなくなるので当然に固定資産税の負担も増える。吉田忠則編集委員は「どうすれば農地を維持できるのか」と問うが、逆に「なぜ農地を維持する必要があるのか」と聞きたい。

「農業の重点地域に指定されているから」だろうか。しかし、「農業では採算が合わないが、スポーツ施設にすればやっていける」という状況で、無理に農業をやらせる意味はあるのか。転用を認めて税収を増やす方が好ましいと思える。「足並みが乱れると重点地域の意味がない」と言うのであれば、地主に対してスポーツ施設から得られる以上の収入を補償してあげればいいのではないか。それができないのに「採算の合わない農業をやれ。耕作放棄もダメ」では、あんまりだ。


◎制限されていても進む「転用」の謎

【日経の記事】

固定資産税はその土地の評価額で決まる。農地は収益性が低く、転用も制限されているため、雑種地と比べて評価額は一般に100分の1以下ですむ。だがいくら税負担が軽くても耕作は放棄され、様々な形で転用が進む。規制改革会議は6月16日の答申で「農地の低い保有コストと、転用期待が耕作放棄を助長している」と断じた。


上記の説明では転用が容易なのか難しいのか判断に迷う。転用が制限されているのになぜ「様々な形で転用が進む」のか、読者に分かるように書いてほしい。


◎役員構成が原因?

【日経の記事】

問題は、肝心の農地バンクがうまく機能していないことにある。初年度に担い手に新たに貸し出された面積は、目標の5%にとどまった。

なぜ期待通りにいかないのか。制度では、農地バンクの役員の半数以上を民間企業や農業法人の経営者から登用するはずだが、現実は1割で、トップのほぼ全員は県庁の関係者だ。農水省幹部は「民間のノウハウを活用できる状況ではまったくない」といらだつ。

そこで農水省は県への圧力を強め、制度を軌道に乗せようと狙う。「役員の構成を見直す」「農地を集められる人員配置にする」「最低でも2カ月に1回、担い手と意見交換する」。これらを実施させ、そのすべてを公表させる方針だ。だが農地を貸す先が見つかるかという課題は残る


農地バンクがうまく機能せず農地の貸し出しが目標を大幅に下回る理由を、吉田編集委員は「農地バンクの役員構成」に求めている。しかし、役員構成を見直したとしても「農地を貸す先が見つかるかという課題は残る」らしい。ならば、機能しない原因は役員構成とは限らないだろう。

そもそも、農地を借りたいという需要はそんなに旺盛なのか。「借りたい人はたくさんいるのに、耕作放棄地を抱え込む地主が多いから農業の担い手に農地が回らない」という話ならば分かる。しかし、借りたいという需要そのものが小さいのであれば、耕作放棄地への課税を強化してもあまり意味はない。その辺りは吉田編集委員も気付いているようで、最後の段落では以下のように書いている。


◎課税強化に意味はない?

【日経の記事】

宮城大の大泉一貫名誉教授は課税強化について「耕作放棄が無償ではないというメッセージにはなるが、即効性はない」と指摘する。横浜市の地主の言葉を裏返せば「農業で食べていける」例を増やすしかない。農業の収益性を高めるためには何をすべきで、何が妨げているのかを突き詰めることが、異例の策が実を結ぶための条件になる


結局、「耕作放棄地への課税を強化しても、放棄地の多くがすぐに耕作地へ生まれ変わるわけではない」と認めてしまっている。しかも、結びの「農業の収益性を高めるためには何をすべきで、何が妨げているのかを突き詰めることが、異例の策が実を結ぶための条件になる」というのは妙な話だ。耕作放棄地への課税強化とは別に、農業の収益性を高めるための政策が実施されて、結果として耕作放棄地が減った場合、「耕作放棄地への課税強化という異例の策」が実を結んだことになるのか。

例えば、経済成長に寄与しない成長戦略Aを実行に移した後、本当に効果のある成長戦略Bによって高成長を実現させたとき「意味のない成長戦略Aもようやく実を結んだ」と吉田編集委員は考えるのだろうか。あまり意味がない政策だと気付いているのなら、そう訴えた方が分かりやすい。

最後にもう1つ。吉田編集委員は耕作放棄地への課税強化を「劇薬」「異例の策」と捉えている。しかし、どちらも納得できない。「耕作放棄が無償ではないというメッセージにはなるが、即効性はない」という程度の策がなぜ「劇薬」なのか。「異例の策」も謎だ。記事を最初から最後まで読んでも、何が「異例」なのか読み取れなかった。「課税強化」はよくある策だろう。

劇薬」「異例の策」に関しては、「説明不足にも程がある」と注文を付けておこう。


※記事の評価はD(問題あり)、吉田忠則編集委員の評価もDとする。

市場関連記事を書く若手記者に薦めたい本

市場関連記事を書く若手記者に読んでほしい本を見つけた。ダイヤモンド社から出ている「投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について」がそれだ。筆者の田渕直也氏が為替市場に関して述べた以下のくだりは、記事の作り手に向けられた疑問とも言える。


リエージュ(ベルギー)の中心部に近いギユマン駅
                ※写真と本文は無関係です
【「安全通貨」という不思議な概念】

もう1つ、特に近年よくみられるようになった為替にまつわる誤解を取り上げよう。「円=安全通貨」説だ。為替相場の動きを解説する際に、このロジックは頻繁に使われている。「投資家にリスクオフの姿勢が強まったので、安全通貨である円が買われた」、あるいは「リスクオンで安全通貨である円からリスクの高い他の通貨に切り替える動きが広がった」という具合だ。

この「安全通貨」云々の説明ほど不思議なものはない。私は、正直こうした説明が何を言おうとしているのか理解することができない。こうした説明が広く通用していることも謎である。為替のプロといわれる人たちですらこうした言い方をすることがしばしばあることには、驚きすら感じる。

まず、ここで言う「安全通貨」とは何を意味するのか。そして、なぜ円が安全通貨なのか。一般に「安全」というのはリスクが小さいことを指すが、円は主要国通貨の中でも比較的値動きが大きい、つまりリスクが高い通貨である。

あるいは、先ほどの誤解の続きで、国力が安定していて、財政の健全性が高いことを安全と呼んでいるのだろうか。円は安全通貨、という言い方はリーマンショック後に欧米の財政事情が悪化したころから言われ始めたものであることからすると、どうもこの意味合いで使われていることが多いのではないかと推測される。だが、日本の国力は、急速に低下しているわけではないという点では確かに安定しているといえるかもしれないが、決して趨勢的に上向きというわけではない。また欧米諸国はたしかにリーマンショックで大きな打撃を受けて、財政状況も急速に悪化した。それでも、日本の財政もまた引き続き急速な悪化を続けており、相対的な財政状況では依然として先進国中で最悪の状況にあることに何ら変わりはない。

要するに、「安全通貨だから」円が買われるとか、売られるとかいう説明は意味が不明なのである。それにもかかわらず、株価が下落したり、欧州や新興国市場での不安が高まったりすると円高になるというのは事実である。「安全通貨だから」そうなるのではないとすれば、どういうメカニズムからそうなるのだろうか。


為替相場の記事を書いた経験のある記者ならば、考えさせられる指摘ではないだろうか。なぜ「安全通貨」と書くのかと記者に問えば、「市場関係者を取材すると、そう説明してくるから」といった答えが返ってきそうだ。記者は間接的に市場を見ているに過ぎない。取引に参加しているわけでも、売買注文をさばいているわけでもない。だから、値動きの理由をどう書くかは、市場関係者の見解に大きく依存している。

しかし、時には立ち止まってじっくり考えてほしい。例えば日経では「安全資産とされる金」と平気で書くが、そもそも安全資産とは何か。金は本当に「安全」なのか。金が安全資産ならば、銅やアルミも安全資産なのか。市場関連記事を書く記者は、こうした問いに自分なりの答えを持つべきだ。パターンに当てはめて記事を書けるようになるのは記者として重要ではあるが、そこで思考停止していてはダメだ。

「投資と金融にまつわる12の致命的な誤解について」には、為替に限らず市場関連記事を書く上で役立つ内容が多い。白か黒かを明確に分けないバランス感覚を持ちつつ、どの辺りがどのくらい黒かったり白かったりするのかは、しっかり説明してある。チャート分析について、「チャートは全てを語る」という完全肯定派も「チャートはオカルトである」という完全否定派も正しくないとする筆者の主張は一読の価値がある。どちらかと言えばチャート分析否定論なのだが、その効用についても実務経験者の立場から語っているところが秀逸だ。

効率的市場仮説に関する「市場は概ね効率的で、わずかに非効率性がある」との結論も納得できる。「良いパフォーマンスが期待できる投資信託を探すには、過去の実績のチェックが不可欠」と疑いも持たずに繰り返し訴えている日経の増野光俊記者のような書き手には、特にじっくり読んでほしい。


※本も筆者の田渕直也氏も評価はA(非常に優れている)とする。

※ちなみに、この本の39ページには「『期待』と『信用』という学術的用語に封じ込められ。いわばブラックボックス化されてきたのだ」という記述がある。「封じ込められ、」の間違いだろう。

2015年7月29日水曜日

奪われても「代表権返上」? 日経「ロッテ重光一族の乱」

29日の日経朝刊アジアBiz面に載った「ロッテ重光一族の乱~経営権巡り対立」で気になる表現があった。「(創業者の)武雄氏が代表権を返上」という部分だ。今回のお家騒動では、武雄氏と長男が組んで次男と対立し、次男側が武雄氏から代表権を取り上げて名誉会長に棚上げする展開となっている。なので「武雄氏が代表権を返上」とは考えにくい。「ロッテホールディングスを巡る今回の対立の構図」という図でも「取締役会で父の代表権返上、名誉会長への棚上げを決定」としている。この件では日経に問い合わせをした。記事の当該箇所と問い合わせの内容は以下の通り。

オランダのマーストリヒト ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

突然の解任宣告に、佃孝之社長(71)ら取締役は反撃にでる。翌28日午前に取締役会を招集。「法的手続きを踏んでいない」として、取締役解任の無効を確認。その上で、武雄氏が代表権を返上して、会長から名誉会長に退く人事を決めた。全7人の取締役のうち、武雄氏は欠席、昭夫氏は棄権し、5人の取締役が賛成した。


【日経への問い合わせ】

記事で「武雄氏が代表権を返上して、会長から名誉会長に退く人事を決めた」と書いていますが、この場合「返上」とするのは誤りではありませんか。この人事を決めた取締役会を武雄氏は欠席しており、代表権を剥奪された形です。「返上」とすると、武雄氏が自らの意思で返したことになってしまいます。前文では「武雄氏から代表権を外す人事を決めた」としており、これならば問題ありません。この問い合わせは、加藤宏一記者、宮住達朗記者、企業報道部担当デスク、記事審査部担当者・デスクに届けてください。


読売も「代表権返上」を使っており、「代表権を外される=代表権を返上する」と受け止める人も多いのだろう。しかし、例えばボクシングでチャンピオンが王座を「返上」した場合、本人の意思に反して王座を失うイメージはない。日経から回答が届く可能性はほとんどないので、記事の作り手がどう判断したのかは分からないままだろうが…。

ついでに言うと「ロッテ重光一族の乱」という見出しも引っかかった。これだと「ロッテの重光一族が何かの権力者に対し反乱を起こす」というイメージが湧く。「大塩平八郎の乱」と言えば、「大塩平八郎が起こした反乱」となるからだろう。今回のケースでは「ロッテ重光一族の内紛」などの方がしっくり来る。

また、株主総会で雌雄を決する場合、どちらが有利なのか全く分からないのも気になった。「株主総会、今後の焦点」という関連記事では以下のように書いている。


【日経の記事】

今後の焦点は株主総会だ。ロッテHDには武雄氏が代表を務める資産管理会社が約27%出資。さらに武雄氏や宏之氏、昭夫氏ら親族が直接出資しているほか、社員持ち株会なども株主として存在するとされる。宏之氏側とされる武雄氏の長女の英子氏も株主とみられ、波乱が予想される

株主総会の開催日程は決まっていないが、今回の取締役会の決定に反発した宏之氏側が反撃に出てくる可能性がある。「経営者として誰がふさわしいのか。これまでの実績を訴えれば、株主は理解してくれるはずだ」。昭夫氏に近いロッテの幹部はこう話す。


記事の説明では、どちらが優勢なのか判断のしようがない。株主構成が明確には分からないのならば、それを記事中で明示してほしかった。


※記事は基本的にしっかり書けていたので、記事の評価はC(平均的)としたい。加藤宏一、宮住達朗の両記者の評価も暫定でCとする。

広告と見紛うダイヤモンド「プロが選ぶベストホテル」(2)

週刊ダイヤモンド8月1日号の特集「仕事に、遊びに、使える! プロが選ぶベストホテル」に関して、気になる部分を見ていく。


アントワープ市街とスヘルデ川 ※写真と本文は無関係です
◎プロが選んでる?

プロが選ぶベストホテル」という見出しは正しくない。記事中に出てくるように「ホテル通たちが選ぶベストホテル」に過ぎない。選者33人の顔ぶれを見ると「エレクトーン奏者」「デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー統括パートナー」といった人もいる。こういう人を「ホテルに関するプロ」と呼ぶのは無理がある。


◎誰もがサプライズ大好き?

【ダイヤモンドの記事】

先月、ザ・ブセナテラスのレストランで、30代のカップルが食事をしていたときのことだった。

スタッフが二人をテラス席に誘導すると、そこにはキャンドルがともされ、ムードたっぷりの雰囲気が広がっていた。しばらくすると、今度は小さなウエディングケーキが運ばれてきたのだ
実はこのケーキ、二人が「結婚式は挙げられなかったけど、ハネムーンが挙式代わりだね」と話していたのを耳にした20代のスタッフが、周囲に呼び掛け急いで準備したものだった

「開業から18年が経過し、お客さまに喜んでもらおうという考えが徹底した。しかも現場レベルで判断、すぐさま実行に移せるまでにスタッフたちが成長。最高のサービスを提供できるようになったことが評価されているのではないか」と、ザ・ブセナテラスの新垣瞳副支配人は顔をほころばせる。


ザ・ブセナテラスのレストランでのサービスを賞賛しているのが納得できなかった。自分だったら「お願いだから、余計なことはやめてくれ」と思うだろう。万人がサプライズ好きだとの前提で押し付けてくるサービスは、そんなに素晴らしいのだろうか。「ハネムーンが挙式代わりだね」とカップルが話していたのをスタッフが耳にしてケーキを持ってきたらしいが、「こっそり聞いていたのか」思うとあまりいい気にはなれない。これを「最高のサービス」と考えるホテルならば、利用はしたくない。



◎読者は首都圏限定?

【ダイヤモンドの記事】

ランキング上位には、サンカラ ホテル&スパ屋久島(鹿児島県)やザ シギラ(沖縄県)、はいむるぶし(同)など、南国のホテルが顔をそろえるが少々距離が遠い近場でランクインしたのは、ハイアット リージェンシー 箱根 リゾート&スパ(神奈川県)だ。


鹿児島や沖縄は「距離が遠い」のに、神奈川ならば「近場」ということは、東京からの目線で記事を書いているのだろう。首都圏の読者しか想定していないのならば、それでもいい。しかし、実際には全国の書店で雑誌を売っているはずだ。九州の読者にとっては、箱根の方が屋久島よりも「近場」だとは言い難い。雑誌を作る上では「読者は全国にいる」ということを忘れないでほしい。


◎「私が温泉に目覚めたのは中学生」?

「自遊人」編集長の岩佐十良氏が書いた「覆面で泊まり歩いた男が薦める最強の宿」というコラムは冒頭で引っかかった。記事は「私が温泉に目覚めたのは中学生。全国を一人旅していたころから始まりました」との書き出しで始まる。しかし「私が温泉に目覚めたのは中学生」では変だ。「私が温泉に目覚めたのは中学生の時。全国を一人旅していたころだ」などとすべきだろう。


◎「オーベルジュ」は説明不要?

【ダイヤモンドの記事】

そんな中で、本当のオーベルジュとして2007年に誕生したのが、静岡・天城湯ヶ島温泉のアルカナイズでした。設計は極めて特殊で客室とレストランしかない。料理のクオリティは、ミシュランガイドがもし伊豆をカバーしていたならば確実に星が付くであろうという高いレベルです。

最後に1軒。今、最も注目しているのが山梨・小淵沢にこの夏オープンする紬山荘です。

料理を担当するのはシンガポールの高級レストラン「WAKU GHIN」でスーシェフ(副料理長)をしていた清水一彦さん。サービスは都心のホテルで経験を積んだ仲村卓さん。昼は手打ち蕎麦、夜はフレンチレストランとして営業していたのですが、宿泊部門がいよいよオープンします。まさしく、オーベルジュ新時代の到来です。


これも岩佐十良氏のコラム。説明なしに「オーベルジュ」が出てくるのが気になった。「オーベルジュ」とはダイヤモンドの読者ならば誰でも知っているような言葉だろうか。岩佐氏が編集長を務める「自遊人」の読者には自明の言葉なのだろうが…。


※広告っぽい作りは好みではないが、好き嫌いの問題とも言えるのでマイナス評価の材料にはしない。特集全体の評価はC(平均的)とする。臼井真粧美、須賀彩子、柳澤里佳、大根田康介の各記者の評価も暫定でCとし、田島靖久副編集長はF(致命的な欠陥あり)を維持する。田島副編集長の評価については「週刊ダイヤモンドを格下げ 櫻井よしこ氏 再訂正問題で」を参照してほしい。

2015年7月28日火曜日

広告と見紛うダイヤモンド「プロが選ぶベストホテル」(1)

タイアップ特集かと思ってページの隅に「PR」の文字を探してしまった。週刊ダイヤモンド8月1日号の特集「仕事に、遊びに、使える! プロが選ぶベストホテル」は広告と見紛うような記事が延々と続く。ホテル紹介のパンフレットに出てきそうな美しすぎる写真を並べた紙面は、洗練された感じではある。「日経おとなのOFF」や「男の隠れ家」といった雑誌ならば違和感はないが、ダイヤモンドがこれでいいのだろうか。
オランダのマーストリヒト中心部 ※写真と本文は無関係です

特集はPart1「プロが認めるベストホテル」、Part2「仕事に遊びに使えるホテル」、Part3「都会生活忘れ楽園でバカンス」、Part4「個性あふれる旅館の新時代」、Part5「地殻変動!ホテルバトル時代」、Part6「最先端はアジアにあり!」という構成になっている。広告っぽさがないのはPart5ぐらいだ。読者の多くがこうした作りを支持しているのならば正しい選択なのだろうが、個人的には50ページに及ぶ特集を最後まで読むのが辛かった。批判精神に欠ける記事という意味では、6月6日号の特集「流通最後のカリスマ 鈴木敏文の破壊と創造」に通じるものがある。


※(2)では、今回の特集で気になった具体的な記述を見ていく。6月6日号の特集については「ダイヤモンド『鈴木敏文』礼賛記事への忠告」を参照してほしい。

日経 村山恵一編集委員 「経営の視点」に見えた安心感

月曜の日経朝刊に載る「経営の視点」と言えば、編集委員がツッコミどころの多い記事を書いているイメージが強い。なので、ついつい先入観を持って読んでしまうのだが、27日の「経営の視点~アマゾンに学ぶデータ経営 日本に眠る事業の芽」は基本的にしっかり書けていた。コラムには、最初から最後まで途切れない一本の糸のような流れが欲しい。今回の記事ではそれができていたので、安心感があった。

ただ、記事の後半には、気になる点がいくつかある。

オランダのデンハーグ中央駅 ※写真と本文は無関係です

◎営業利益率11%だと「勢いがある」?

【日経の記事】

そもそも個人の趣味・嗜好はそうそう変わらず、定期購読と相性がいい。15年の売上高は前年比23%増の24億円、営業利益率は11%を見込む。出版不況を感じさせない勢いがある


富士山マガジンサービスの業績に触れて「出版不況を感じさせない勢いがある」と解説している。しかし、「営業利益率は11%を見込む」が引っかかる。なぜ単純に営業利益の額と伸び率で見せないのだろう。「減益見通しなのに、それをあえて伏せたのか」と勘繰りたくなる。


◎「日本も負けていない」?

【日経の記事】

アマゾンは今月、米国でのサービス開始から20年の節目を迎えた。一方、富士山マガジンも7日、東証マザーズに上場した。データ活用では米ネット大手が優位との評価が一般的だが、日本も負けていない。それどころか、日本企業こそ「濃いデータ」を豊富に持つという見方さえある。

「自動車や工作機械、空調など日本には世界トップ級のメーカーが多い。機器の稼働状況といったデータを集めれば、地球上で何が起きているかつかめるのではないか」。東証2部上場のIT(情報技術)会社、ぷらっとホームの鈴木友康社長は訴える。単なる機器販売の枠を超え、世の中に役立つ新種のサービスを創出していけるはず――。

夢物語とは思っていない。ぷらっとホームは厚さ1センチメートルあまり、手のひらサイズのコンピューターを開発した。狭い場所にも入り込み機器が発するデータを集めネットに送る役目を果たす。ITとは縁遠かったメーカーにも売り込む。米欧が先行するモノのインターネット(IoT)を手軽に実現し、日本の製造業の競争力を高める意気込みだ。


日本も負けていない」に説得力がない。負けていない根拠としては、「富士山マガジン」と「ぷらっとホーム」に見出すしかない。しかし、この2社の動きを記事で読んでも「確かに日本は米国に負けてないな」とは思えなかった。

ぷらっとホームが開発したという「厚さ1センチメートルあまり、手のひらサイズのコンピューター」も、何がすごいのか分からない。厚さ1ミリならともかく、1センチだとそれほど薄くもないし、手のひらサイズならばスマートフォンと大差なさそう。本当にすごい話ならば、ITに詳しくない人間にもすごさが実感できるように書いてほしい。


◎比較がないと…

【日経の記事】

米IDCによると、20年に生み出されるデータは世界で44兆ギガ(ギガは10億)バイト。容量64ギガのスマートフォンなら7千億台近くが満杯になる。あふれるデータにのまれるか、波に乗って自社の強みにするか。企業の浮沈は経営者のセンス、構想力にかかっている。


20年に生み出されるデータは世界で44兆ギガバイト」と書いているが、これは「デジタルデータ」のことだろう。世界で生み出されるデータ全てがデジタルデータとは限らないので、ここは正確に書いてほしい。また、「スマートフォンなら7千億台近くが満杯になる」と言われても、多いか少ないか判断が難しい。「スマホ何台分」と言われるより、「デジタルデータの量は2014年の何倍」といった説明の方が「データが爆発的に増えるんだな」と実感しやすい。


※今回の記事の評価はB(優れている)。村山恵一編集委員はツッコミどころ満載の1面企画の取材班に何度も名を連ねていた記憶があるので、書き手としての評価はC(平均的)に留める。

2015年7月27日月曜日

首相は飾り? 東洋経済「研究 安倍参謀の資質 菅義偉」

東洋経済8月1日号の巻頭特集「研究 安倍参謀の資質 菅義偉内閣官房長官」は読み応えがあった。菅の凄さを列挙していて「少し礼賛が過ぎるかな」とは思ったが、特集の最後で「課題は苦言を呈する力だろう。(中略)“安倍一強”に揺らぎが出た今こそ、菅の諫言力が問われてこよう」と締めてバランスを取っていた。
アムステルダムのアルベルト・カイプ通りと交差している通り
                  ※写真と本文は無関係です

ただ、よく分からなかったのが安倍晋三首相との力関係だ。記事を読む限り「首相はお飾り。内閣の方針は実質的に菅が決めている」と判断するしかない。実際、そうなのかもしれないが、一般的に言えば、首相がリーダーであり、官房長官は首相の指示に従って動くはずだ。記事でも菅について「安倍晋三政権のナンバー2」「首相の参謀役」と位置付けている。内閣の意思決定の実態が安倍主導なのか菅主導なのかは、きちんと解説してほしかった。

唯一そこに触れていたのが「大衆薬のネット販売解禁」に関するくだりで「調整役を安倍に託された菅」と書いてある。これ以外は、菅を実質的な国政の最高権力者として描いている。具体的に列挙してみよう。


(1)農協改革

農林水産副大臣だった吉川貴盛に菅が農協改革を任せる。


(2)アジア人観光客の観光ビザ発給要件緩和

法務相、国家公安委員長、国土交通相、外務相を菅が呼んで会議を開き、合意を得る。


(3)人事

日本郵政、日本政策投資銀行、海上保安庁のトップ人事を菅が決定。


記事を読む限り、上記の決定をしているのは安倍ではなく菅だ。安倍には事後報告で済むということだろうか。ならば、菅のすごさに驚くより、安倍の首相としての資質を問いたくなる。特にビザ発給要件緩和の件では、首相抜きの5閣僚で方針を決めているのが気になる。

ついでに、気になる言葉の使い方に触れておこう。「苦境挽回なるか」との表現はやや引っかかった。「汚名挽回」は誤用ではないとの見方があるのだし、「苦境挽回」を使うなとは言えない。ただ、「名誉挽回」が「名誉を取り戻す」という意味なので、「苦境挽回」と言われると「苦境を取り戻す」とのイメージが湧いてくる。違和感を抱く方が少数派かもしれないが…。


※記事はよく練られているし、多くの関係者に取材している点もプラス材料だ。記事の評価はB(優れている)、西澤祐介記者の評価も暫定でBとする。

2015年7月26日日曜日

山口聡編集委員の個性どこに? 日経「けいざい解読」

大きな問題なく記事をまとめているとも言えるが、編集委員の書くコラムがこれでいいのだろうか。26日の日経朝刊総合・経済面「けいざい解読~広がるか『社会的インパクト投資」』民間資金で福祉支える」で不満だったのは個性のなさだ。社会的インパクト投資を取り上げるのはいいとしても、これまでの流れを紹介しているだけで、筆者である山口聡編集委員の視点が見えてこない。

水面に浮かぶ中華料理店「シーパレス」(アムステルダム)
                    ※写真と本文は無関係です
「けいざい解読」というタイトルは、筆者が独自の視点で経済に関する解説をしてくれるとの期待を抱かせる。編集委員という何か持ってそうな肩書を付けて署名入りで記事を書いているのに、「社会的インパクト投資とはこういうものですよ。日本ではこんな取り組みも始まっています。休眠預金を活用しようという動きもあって、関係者の期待が高まっています」と書くだけなら、若手記者に任せた方がいい。「編集委員として自分が『けいざい解読』を書くのはなぜなのか」を山口編集委員はよく考えるべきだ。

他にも、記事の中には少し気になる部分があった。記事の中身と日経への問い合わせは以下の通り。


【日経の記事】

試行事業も始まっている。神奈川県横須賀市では4月から、何らかの事情で生みの親が育てられない子どもの特別養子縁組を進める事業にこの手法を活用している。

親が育てられない子どもの多くは児童養護施設に入る。施設を必要とする子どもは増え続けており、市の財政を圧迫する。「できるだけ多くの子どもを家庭的な環境で育てたい」(吉田雄人市長)との思いもある。そこで社会的インパクト投資の出番となった。

今回、事業資金約1900万円を出す民間は公益財団法人の日本財団。その資金で事業を実施するのは子どもの福祉事業に取り組んでいる一般社団法人ベアホープ。まず1年で4組の養子縁組成立を目指す。

子どもが生まれてすぐ施設に入り18歳まで施設で暮らしたとすると、そこにかかる行政の費用は4人分で約3500万円という。うまく4人の縁組が成立すれば、その費用が不要となる。市が日本財団に事業資金を返しても約1600万円の行政コストが浮く計算だ。この一部を出資へのリターンとして払えば、出資者の利益も確保できる。


【日経への問い合わせ】

記事では横須賀市の社会的インパクト事業について「(浮いた行政コストの)一部を出資へのリターンとして払えば、出資者の利益も確保できる。縁組が成立しなかった場合のリスクは出資者が負う」と書かれています。しかし、事業の結果がどうなろうと、出資者(日本財団)にリターンは発生しません。発表資料でもそう明記しています。記事の説明は不適切ではありませんか。記事からは「縁組が成立すれば日本財団は出資を回収できる」と読み取れます。


「縁組が成立すれば事業資金を返済する」とは言い切っていないので、「記事の説明は間違いではない」と弁明する余地はある。ただ、普通に読むと「縁組が成立すれば、日本財団にはカネが入ってくる」と理解してしまう。出資金が戻ってくる可能性がないのであれば、記事中できちんと説明すべきだ。


※問い合わせ内容に事実誤認があるかもしれないが、日経からのまともな回答は期待できないので、とりあえず「記事に問題あり」と考えるしかない。日経が問い合わせを無視するとの前提で、記事と山口聡編集委員に対する評価をD(問題あり)とする。

山下茂行次長の雑な分析 日経「小売株『成長』に舞う」

日経証券部の川崎健次長について書いたことが、同部の山下茂行次長にも当てはまる。こんなレベルの記事を書いていて、現場の記者は「デスクの言うことに耳を傾けよう」と思えるのだろうか。25日の日経朝刊マーケット総合1面「スクランブル~小売株 『成長』に舞う 消去法的買い重なり過熱感」は分析が雑すぎる。完成度の低い記事しか書けないデスクだと自ら証明した山下次長の罪はやはり重い。


では、記事の問題点を列挙していこう。
アムステルダムのパン屋で食事中の鳩 ※写真と本文は無関係です


(1)グラフから相関が読み取れない

【日経の記事】

グラフは主な小売株の昨年末比の上昇率を横軸に、PER(株価収益率、予想ベース)を縦軸にとったものだ。読み取れるのは将来の成長期待を示すPERが高いほど株価上昇率も大きくなるという傾向。国内のデフレなどに苦しんできた小売株だが、物色のキーワードが「成長」へと転換しているのだ。


記事に付いている「主要小売株の上昇率とPER」というタイトルのグラフを見ても、相関関係があるとは思えない。仮にあっても、極めて小さいはずだ。グラフは実際の記事を見てもらうしかないが、「PERが高いほど株価上昇率も大きくなるという傾向」を山下次長がこのデータから読み取ったのならば、ご都合主義が過ぎる。


(2)「ビジネスモデルの変化」?

【日経の記事】

背景にはビジネスモデルの変化があるまずは海外事業の拡大。海外で積極出店を続けるファーストリテイリングの海外ユニクロ事業の売上高は全体の約35%を占める。こうなれば国内の人口動態などに左右されず海外で成長することが容易になってくる。「小売株は海外売上高比率が20%を超えると、『成長性のない内需株』から『海外で成長する株』へとイメージが変わる」と楽天証券経済研究所の窪田真之チーフ・ストラテジストは指摘する。

「製造小売り」の手法が広がってきたのも成長のドライバーだ。企画・開発も手掛けて商品の魅力を高めつつも、生産は外部に委託し、無駄なコストは負わない。米アップルに似た経営手法ともいえ、ファストリや良品計画、ニトリホールディングスなどが該当する。


海外事業の拡大」は「ビジネスモデルの変化」と言えるだろうか。ファーストリテイリングは国内事業と全く異なるビジネスモデルで海外展開を進めているわけではないだろう。海外比率が高まるだけならば「ビジネスモデルの変化」と評すのは、かなり大げさだ。

そもそも、海外売上高比率が20%を超える小売株はそんなに多いのか。記事にはファーストリテイリングしか出てこない。「小売り企業が海外比率を急速に高めている」と訴えたいのならば、それを証明できるデータを出してほしい。

製造小売りの手法が広がってきた」という説明も説得力に欠ける。記事では「今年に入ってからの小売株の値動き」を解説している。ならば、「製造小売りの手法が広がってきた」と言える最近の動きを読者に見せるべきだ。「ファストリや良品計画、ニトリホールディングス」は、ここ数年で製造小売りに転じたわけではない。

ついでに言うと「成長のドライバー」という表現も使う必要を感じない。例えば「成長の推進力」ではダメなのか。「無駄なコストは負わない」という言い回しも気になった。「リスクを負わない」なら分かるが、「コストを負わない」には違和感がある。この表現に関しては、気にならない人も一定数いるとは思うが…。個人的には「無駄なコストはかけない」と言い換えたい。


◎08年と15年は酷似?

【日経の記事】

とはいえ、一部の銘柄のPERは50~30倍と、東証1部銘柄の平均(17倍強)を大きく上回る水準にある。過熱感が高まる背景には機関投資家たちの「2008年の金融危機の苦い記憶」も関係しているようだ。

世界的な景気変調によって当時の主力株だった自動車や電機の業績悪化は、多くのファンドマネジャーの想像を絶するものだった。足元では中国景気の実態が不透明。米利上げも控えるなど投資環境にはきな臭さが再び漂い始めている。このため08年当時にさほど業績が悪化せず、「成長」という新たな買い材料も得た小売株は、消去法的に投資マネーが集まりがちという。


まず、なぜ「50~30倍」なのか。普通は「30~50倍」だろう。それに、小売株の一部銘柄のPERが市場平均を大きく上回るからと言って、小売株全体に「過熱感」があるとは限らない。一部銘柄のPERは高くても、小売株の平均は市場平均並みかもしれない。他の業種でも「一部の銘柄」は市場平均を大きく上回るPERになっているはずだ。

金融危機の苦い記憶」の話も説得力に欠ける。「今は08年の金融危機の直前に状況が酷似している」と言えるならば分かる。しかし、「中国景気の実態が不透明。米利上げも控える」ぐらいで「2008年の金融危機の苦い記憶も関係している」と説明されても困る。



デスクが一生懸命に書いてこの完成度なのに、日経の編集幹部は何も問題を感じないのだろうか。山下次長に記事の書き方を指導される若手記者がいると思うと気の毒でならない。川崎健次長の「スクランブル」も問題が多かったし、個人と言うより組織の問題だ。それはもちろん、証券部だけの問題ではない。


※記者の評価はD(問題あり)。山下茂行次長の評価もDとする。川崎健次長については「川崎健次長の重き罪 日経『会計問題、身構える市場』」参照。

2015年7月25日土曜日

基礎力不足の日経 土居倫之記者「アジアラウンドアップ」

新聞を開いたらすぐに「戻し基調」という見出しが目に入った。「えっ、『戻し基調』? 『戻り基調』じゃなくて…」。改めて見直しても、やはり「戻し基調」だ。24日の日経夕刊マーケット・投資2面の「アジアラウンドアップ 上海  株価対策が奏功、戻し基調」という記事は、見出し以外にも基礎的な問題点が多い。以下が日経に送った問い合わせの内容だ。


【日経への問い合わせ】
オランダのユトレヒト大学博物館(黄色の看板の建物)
                  ※写真と本文は無関係です

見出しが「株価対策が奏功、戻し基調」となっていますが、相場に関して「戻し基調」とはまず言いません。「戻り基調」の誤りではありませんか。また、記事中の「成長率は7%増」という表現も不自然です。「成長率は7%」「GDPは7%増」などとすべきでしょう。


筆者の土居倫之記者、国際部の担当デスク、整理部の担当者と担当デスク、記事審査部の担当者と担当デスクへこの問い合わせを届けてくれるように要請しておいた。これまでのパターンに倣えば、日経から回答はないはずだ。それでも、記事作成に関わった人たちへ指摘が届けば、紙面の質向上に役立つのだが…。

では、記事の問題点を列挙していこう。


◎公安当局による「悪意のある空売り」?

【日経の記事】

23日のアジア株式相場は下落が目立ったが、中国では上海株式相場が6日連続で上昇した。中国政府の一連の株価対策が奏功し、個人投資家のパニック売りは収束している。政府系証券金融会社による株式買い入れなどが下支えし、上海株式相場はじわじわと値を戻している。

上海総合指数の23日終値は前日比2.43%高の4123だった。上海株総合指数は8日に終値で3507まで急落した。その後は公安当局による「悪意のある空売り」の取り締まり政府系証券金融会社の中国証券金融による株式買い入れにより、弱気ムードに傾いた投資家心理が改善に向かっている。


まず「悪意のある空売り」を公安当局がしているとも取れる書き方は避けたい。この場合、「『悪意のある空売り』に対する公安当局の取り締まり」と直せば問題は解消する。

政府系証券金融会社による株式買い入れなどが下支えし~」「政府系証券金融会社の中国証券金融による株式買い入れにより~」と繰り返しているのも無駄だ。「上海株式相場が6日連続で上昇した」と「上海株式相場はじわじわと値を戻している」も似たような内容の繰り返しになっている。

最初の段落で「上海株式相場はじわじわと値を戻している」と書いて、最後の段落で「上海総合指数がじわじわと値を戻す」と似た表現を用いているのも感心しない。もう少し工夫が欲しい。


◎「成長率は7%増」?

【日経の記事】

国家統計局が発表した2015年4~6月期の実質国内総生産(GDP)成長率は7.0%増と市場予想(6.9%)を上回った。この結果、中国株高の一因となっていた金融緩和期待は後退している。

「10.0%」だった成長率が「10.7%」になったのならば、「成長率は7%増」でもいいだろう。しかし、上記の場合は「成長率は7%」とすべきだ。マイナス成長でないと強調したいならば、「成長率はプラス7%」とする手もある。


◎いきなり「上海・深圳46社」?

【日経の記事】

金融緩和を含む一連の株価対策が一巡するなかで、上海株式市場では、企業業績に対する注目度が改めて高まっている。15年1~6月期決算は8月末までに開示が必要となる。23日までに15年1~6月期決算を発表した上海・深圳46社の純利益は前年同期比35%増だった。

いきなり「上海・深圳46社」では、さすがに分かりづらい。例えば「上海・深圳の両取引所に上場する企業のうち、23日までに15年1~6月期決算を発表した46社の~」としてあげると、中国株に詳しくない読者でも理解しやすくなる。「上海・深圳46社」という表記には「自分が分かっていることは読者も分かっているはずだ」との誤った前提を感じてしまう。


◎無駄が多い

【日経の記事】

ただ中国政府の株価対策で相場を無理に押し上げた結果、上海株は再び割高感が強まっている。上海・深圳の中国本土株と香港株の重複上場銘柄の株価を比較するハンセン中国AHプレミアム指数は、3日の取引時間中に122まで一時低下する場面があった。ところが上海株式相場の回復で、足元では140前後まで再び上昇している


「場面があった」を入れるならば「一時」はなくてもいい。他にも上記のくだりは無駄な表現が多い。改善例を示してみる。


【改善例】

ただ、政府の株価対策で相場を無理に押し上げた結果、上海株は再び割高感が強まっている。中国本土と香港に重複上場する銘柄の株価を比較するハンセン中国AHプレミアム指数は、3日に一時122まで低下した。ところが上海株式相場の回復で、足元では140前後まで戻している。


情報量はほとんど変化させずに、文字数を減らしているはずだ。どちらが簡潔で読みやすいか、比べてほしい。


◎「PKO」は必要?

【日経の記事】

また上海株式市場では、上海総合指数がじわじわと値を戻すにつれて、中国政府が一連の株価対策をいつ取りやめるかが議論されている。投資家は中国政府の株価維持政策(PKO=プライス・キーピング・オペレーション)の担い手である中国証券金融の動向に神経質になっている。


これも無駄が多い。特に「PKO」は必要ない。改善例を示してみる。


【改善例】

また、相場がじわじわと値を戻すにつれて、上海株式市場では一連の株価対策を止める時期に関心が集まってきた。投資家は中国政府の株価対策の担い手である中国証券金融の動向に神経質になっている。


改善例が絶対に優れているとは言わない。ただ、「簡潔に書こう」という意思が記事からは伝わってこないのが残念だ。今からでも遅くはない。執筆の際には簡潔な表現を心がけてほしい。


※記事の評価はD(問題あり)、上海支局の土居倫之記者の評価も暫定でDとする。土居記者には記事の書き方の基礎的な技術が身に付いていないと思える。これは記事を担当したデスクにも言えることだ。

2015年7月24日金曜日

東芝批判の資格ある? 日経ビジネス 大西康之編集委員 

東芝の不適切会計問題を日経ビジネスで大西康之編集委員が取り上げていた。自分の書いた記事の明らかな誤りを握りつぶしてだんまりを決め込んだ大西編集委員に「不正を放置するな」などと紙面を使って語る資格はない。7月20日号の「時事深層 広がる東芝会計問題の『闇』 ~『不適切』が『粉飾』に変わるとき」という記事の結びは以下のようになっている。

オランダのアムステルダム  ※写真と本文は無関係です

【日経ビジネスの記事】

「もし東芝に不正があったのなら、メディアや専門家はその全容を明かし、日本の会計制度の改革につなげなくてはならない」

大国衰退の陰には常に不正会計があったことを明らかにした「帳簿の世界史」の著者、南カリフォルニア大学のジェイコブ・ソール教授はこう指摘する。不正を放置すれば、日本市場そのものの信頼が失墜し、日本の衰退につながりかねない


記事の明らかな誤りを握りつぶした本人が「不正を放置すれば、日本市場そのものの信頼が失墜し、日本の衰退につながりかねない」と訴えても、説得力はゼロだ。大西編集委員は「記事中の明らかな誤りを指摘されても誤りだと認めずに握りつぶしてしまえば、メディアへの信頼は失墜し、衰退につながってしまう」とは考えなかったのだろうか。

かつてシャープと鴻海精密工業(台湾)の提携について、「シャープが、日本の電機大手として初めて国際提携に踏み込んだ瞬間である」と堂々と間違えた上に適切な対応を怠った大西編集委員には、「自分に東芝の不適切会計を批判する資格があるのか」と改めて問うてほしい。答えは明らかなはずだ。

※記事の評価はC(平均的)。大西編集委員の評価はF(致命的な欠陥あり)を維持する。F評価については「日経ビジネス 大西康之編集委員 F評価の理由(1)~(3)」を参照してほしい。

世界主要メディア、日本は日経のみ?「日経、英FTを買収」

1段半の横見出しを使った日経の1面トップは久しぶりに見た気がする。「日経、英FTを買収~ピアソンから1600億円 経済メディア世界最大」という記事からは、「やったぞ!買収したぞ!」と興奮している日経の雰囲気が伝わってくる。買収金額が適正であれば、買収自体は悪くない。ただ、記事には気になる部分があった。自分たちを大きく見せたいという思いが強すぎるのかもしれない。

オランダのユトレヒト   ※写真と本文は無関係です
まず「世界の主要メディアの読者数」という表が引っかかる。「世界の主要メディア」に入れているのは日経、FT、ニューヨーク・タイムズ、ウォールストリート・ジャーナルの4つ。日本で主要メディアに入ったのは日経のみ。朝日も読売も毎日も蚊帳の外だ。日経が自分で「世界の主要メディア」を選んで、日本からは日経だけを入れ、部数で上回る他紙は外している。「主要」であれば主観的に選べるので間違いとは言わないが、日経が入るならば朝日や読売は少なくとも「紙」では当確だろう。

日経とFTの発行部数を足して「世界の主要メディアの読者数」でトップに立つと表で示しているのも疑問が残る。記事でも以下のように書いている。


【日経の記事】

日経とFTの組み合わせは、世界のビジネスメディアで大きな存在感を示すことにもなる。電子版の有料読者数(合計93万)は米ニューヨーク・タイムズ(NYT、91万)を抜いて世界トップになるほか、新聞発行部数はウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ、146万部)の2倍強になる。


日経とFTを合体させて「日経FT」という新聞(あるいは電子版)にするなら話は別だが、そうでないのに足して「世界トップになる」と言っても、あまり意味がない。合計するならば、会社別で見るべきだろう。そうなるとニューズコーポレーション(WSJはその傘下)の発行部数は146万部をはるかに上回るはずだ。

電子版の有料読者数についても、NYT91万、FT50万、日経43万ならば、日経がFTを買収した後でも「世界トップの電子版」はNYTだと思える。

紙についても「日経+FT」で295万部とするなら、なぜ日経産業新聞、日経MJ、日経ヴェリタスは足さないのか。日経+FTの全体でメディアの規模を見るという考え方に基づくと、専門媒体を排除する理由はない。

以下のくだりもやや引っかかった。


【日経の記事】

FTは世界有数の経済メディアとして影響力を誇り、ビジネス界におけるブランド力に定評がある。日経は英文媒体Nikkei Asian Review(NAR)を中核に、アジアを中心とするグローバル情報発信に力を入れている。両社は記者、編集者をはじめとする人的資源や報道機関としての伝統、知見を生かし、世界に例のない強力な経済メディアとして社会的な責任に応えていく。


これだけ読むと、日経の中核メディアは「NAR」だと思える。しかし、言うまでもなく中核は「日本経済新聞」だ。しかも、NARは「ほとんど売れていない」(日経関係者)と言われる社内のお荷物的存在。まあ、宣伝みたいなものと大目に見るべきなのかもしれないが…。


最後に1つ気になった点を記しておく。


【日経の記事】
 
紙媒体を持つ世界のビジネスメディアは「日経・FT」とWSJを傘下に持つダウ・ジョーンズ(DJ)の2強体制に集約される。通信社では米ブルームバーグの存在も大きく、3つの勢力がグローバル市場でせめぎあう構図になる


業界事情に精通しているわけではないので、「3つの勢力がグローバル市場でせめぎあう構図になる」という認識で問題ないのかもしれない。ただ、「トムソン・ロイターはすでに問題外なのかな」とは思った。

※記事の評価はC(平均的)。FTの買収効果で日経の紙面の質が上がるよう期待したい。

日経「トレンドサーチ 70代こそ女子力消費」の無意味さ

載せる意味がない記事とは、この記事のことだろう。23日の日経朝刊企業・消費面に出ていた「トレンドサーチ~70代こそ『女子力』 消費 服・ネイル…流行にも敏感」は苦しい内容だった。70代以上の女性に焦点を当てるのは構わない。しかし、そこで「トレンドサーチ」をするならば、これまでの高齢女性にはなかったようなトレンドを紹介してほしい。「随時掲載」なのだから、新しいトレンドが見つからないのに、無理して記事を作り出す必要はないはずだ。

記事は以下のように構成されている。

(1)ネイルサロンに通う78歳の女性を紹介

(2)三越日本橋本店のシニア向け婦人服売り場で買い物を楽しむ70歳の女性を紹介

(3)横浜のフランス料理店で友人とランチを楽しむ79歳の女性を紹介

(4)70代以上はスカートもマグロも牛肉も高いものを買うというデータを紹介

(5)数年後には団塊の世代も70代に加わるので、「さらに輝く存在になりそうだ」と締める

北海のビーチリゾート、スヘフェニンヘン ※写真と本文は無関係です
正直言って、トレンド面で目新しい話がない。強いて挙げれば(1)だろうか。「ネイルサロンに通う70代以上の女性が増えている」という話に仕上げれば、「70代こそ『女子力』消費」で成立するかもしれない。

実際の記事はどうか。ネイルサロンに触れた部分を見てみよう。


【日経の記事】

東武百貨店池袋店(東京・豊島)のネイルサロン「ネイルズユニーク アルティミッド」。7月初旬、施術を受けた伊藤園子さん(78)は「爪だけハタチみたいでしょ」と笑う。この日は「夏」をイメージして水色や黄色にし、ラインストーンできらきら輝かせた。

同店に月に1度通う70代以上のリピーター客は約20人に上る。凝ったデザインを選び、客単価は1万2千円前後だ。


これでは、何とも言えない。ネイルサロンを利用する70代女性がいるのは不思議ではないし、1つのネイルサロンに70代以上のリピーターが約20人いるのは、多いのか少ないのか判断できない。記事で取り上げた「ネイルズユニーク アルティミッド」の話で押し切るにしても、「1年前は10%以下だった70代以上の比率が今では30%以上」といった「驚き」が欲しい。

たぶん、そういう新しい動きはないのだろう。ネイルサロンでこのレベルなので、(2)(3)はさらに辛い。


【日経の記事】

「このスパンコールの襟、かわいいわね」。7月初旬の平日午後、三越日本橋本店(東京・中央)の婦人服売り場「リ・スタイル レディ」で、白いパンツに鮮やかなブルーのトップスを着た橋本純子さん(70)は洋服を手に取った。

昨年9月にオープンした同売り場はシニア向けだが、流行を取り入れた服が目を引く。それもそのはず。30~40代の感度の高い女性たちに人気の伊勢丹新宿本店から商品が選ばれる。売上高は好調で、月によっては計画を10%以上上回る。

「たまにはフランス料理もいいかなと思って」。横浜ベイホテル東急(横浜市)のフランス料理店「クイーン・アリス」。友人4人でランチに訪れた埼玉県入間市の新谷弘子さん(79)は話す。

シニア向け旅行情報誌「ゆこゆこ」の同封クーポンを使った。同クーポンでランチの平均単価は2000円台後半と高額だが、「味や雰囲気など非日常感を求めている」(内海裕晃経営企画室室長)。


三越日本橋本店の話は、新しい売り場の宣伝にしか見えない。これで70代女性の消費トレンドを語るのは無理だ。「それもそのはず。30~40代の感度の高い女性たちに人気の伊勢丹新宿本店から商品が選ばれる」という書き方をためらいもなくできるのは、宣伝くさい記事を世に送り出すことに抵抗がないからだろう。そもそも、そんなに伊勢丹新宿店の商品が素晴らしいのならば、最初から日本橋ではなく新宿の伊勢丹で買い物をすればいいのではないか。

フランス料理のランチの話も意味がない。高いランチを楽しむ70代以上の女性は10年前も20年前もいた。「そういう人が増えている」と訴えたいのなら、それを裏付けるデータが欲しい。記事には「家計調査によると、70代以上が買う『スカート』は1枚あたり6749円。全世代平均より5割以上高い。食費でも世代別で一番高いマグロや牛肉を購入している」というデータは出てくる。しかし、過去との変化は見えない。「70代以上の女性の消費行動で高級志向が強まっている」と書きたいのならば、家計調査などでその変化を見せてほしい。

結局、記事を読んで分かるのは「70代でネイルサロンに通う人もいるし、服やランチに結構なお金を使う人もいる」といったところだ。しかし、そんなことは改めて言われなくても分かっている。

この記事のように「いくつになっても輝きたい――。70歳以上の女性がグルメやファッションを優雅に楽しんでいる。住宅ローンや子育てから解放され、豊富な人生経験もある。全人口の約1割を占める『なでしこ』たちは流行にも敏感で、女子力をいかんなく発揮している」と70代以上の女性の消費行動をバラ色に描くことは否定しない。しかし、「トレンドサーチ」であれば、トレンドの変化をデータで見せてほしいし、今までになかった新たな動きを紹介してもらいたい。


※記事の評価はD(問題あり)

2015年7月23日木曜日

川崎健次長の重き罪 日経「会計問題、身構える市場」

「デスクがこんな記事を書いていて大丈夫なのか。証券部の記者は川崎健次長の指示を真面目に聞く気にならないんじゃないか」と思わずにはいられなかった。23日の日経朝刊マーケット総合1面に載った「スクランブル ~会計問題、身構える市場  『利益の質』で投資先選別 」という記事には驚くようなことが書いてある。それは記事の後半に出てくる。

オランダのユトレヒト  ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

アクルーアルは「不透明な会計処理や粉飾会計を見抜くためにも利用される」(UBS証券の大川智宏氏)。東芝の会計問題の波紋が広がる中でアクルーアルが高い企業(利益の質が低い企業)の株価は6月以降、マイナスで推移する。投資家がそうした銘柄を避けている結果が、株価に表れているわけだ。

その逆もしかりだ。アクルーアルが低い企業は現金収入の裏付けのある健全な利益を上げている企業。りそな銀行株式運用室の南聖治氏は「投資先のクオリティーを測る際には必ず参照する」と話す。こうした投資家の資金が集中し、「低アクルーアル企業」の株価が高いパフォーマンスを上げているのが今の市場だ。

問題は、PER(株価収益率)やPBR(株価純資産倍率)と違って、このアクルーアルという指標には株価に関する情報が含まれていない点だ。今の株価が高いか安いかを全く判断できないため、質の高い銘柄がいつまでも上がり続け、逆の銘柄がずっと放置される事態を助長してしまう

きらりと光る割安銘柄を掘り起こし、いくら優良でも高すぎる銘柄は売却する――。そんな株式投資の基本原則が働きづらいマーケットを招いたとすれば、東芝問題の罪は重い


「アクルーアル」とは「会計上の利益とキャッシュフローの差額」で、これを取り上げたのは問題ない。しかし、アクルーアルが重視されると「今の株価が高いか安いかを全く判断できないため、質の高い銘柄がいつまでも上がり続け、逆の銘柄がずっと放置される事態を助長してしまう」というのは妄想の類だろう。

「アクルーアルが低い企業は際限なく買えるし、逆の場合はひたすら売りだ」と考える投資家はまずいない。しかし川崎次長は「株価水準を考慮せず、アクルーアルだけを見て判断する投資家が相場を動かしている」と判断しているようだ。ちょっと考えれば、そうではないと分かるのではないか。

記事には「『低アクルーアル企業』は株価がおおむね堅調に推移」というタイトルを付けた表が載っている。これを見る限り、アクルーアル比率が同じKDDIと日ガスの株価騰落率(4月3日以降)は10.5%と44.0%。大きく差が開いている。キヤノンに至っては騰落率マイナス9.4%で、アクルーアル比率で見劣りするテンプHD(プラス30.7%)に大負けしている。これだけ見てもアクルーアルだけで株価が動いていないのは明白だ。

株価に関する情報が含まれていない」指標が重視されると「株式投資の基本原則が働きづらいマーケット」になってしまうのならば、川崎次長も過去に記事で書いていた「ROE革命」は好ましくない動きだろう。ROEも算出に株価は必要ない。しかし、株式市場でROE重視の傾向が強まると、本当に「株式投資の基本原則が働きづらいマーケット」になるのか。

答えは言うまでもない。推測するに、東芝の不適切会計問題と関連付けた関係で「東芝問題の罪は重い」と結論付けたかったのだろう。そのため、後付けで理屈を考えてしまい、おかしな展開になってしまったのではないか。

とは言え、株式市場の取材経験は十分にあるのだから、川崎次長に弁解の余地はない。「デスクは現場の記者より経験や知識が豊富で、記事を書けばその高い完成度で記者たちをうならせてくれる。そんな現場の期待を壊してしまったとすれば、川崎健次長の罪は重い」--。今回の「スクランブル」を模して言えば、こんなところだろうか。

※記事の評価はD(問題あり)、川崎健次長の評価もDとする。

2015年7月22日水曜日

日経「企業統治の意志問う」で中山淳史編集委員に問う

「東芝の記者会見を受けて1面に解説記事を書くことになったけど、特に訴えたいこともない。でも何か書かなきゃいけないからなぁ…」などと思いながら執筆したのだろうか。22日の日経朝刊1面トップ「東芝、来月に新経営陣」に付いていた「企業統治の意志問う」という解説記事には、読む価値を感じなかった。その理由は後で述べるとして、まずは事実関係を正しく説明できているのか疑問に思えた部分を見てみよう。


【日経の記事】
アムステルダム(オランダ)の運河 ※写真と本文は無関係です

伊藤忠商事の丹羽宇一郎前会長は「日本のコーポレートガバナンスは制度だけつくり、魂を入れていない感じがする」と話す。例えば委員会制をこぞって導入した電機大手は業績が伸び悩む企業が目立ち、非導入の自動車大手は快走する。結果だけ見れば制度と業績が反比例の関係になっているのは統治がちゃんと機能していないからだ。


上記の内容に関して、日経に以下の問い合わせをした。


【日経への問い合わせ】

記事中で「委員会制をこぞって導入した電機大手は業績が伸び悩む企業が目立ち、非導入の自動車大手は快走する」と書かれていますが、事実誤認していませんか。東芝以外で委員会制の電機大手(日立、ソニー、三菱電機)を見ると、日立と三菱電機は2015年3月期に最高益を更新しました。一方、自動車大手でもホンダは減益です。「制度と業績が反比例」と言えるほど好対照とは思えません。記事の説明で問題ないとすれば、その根拠を教えてください。


伸び悩む企業が目立ち」「快走する」といった表現なので、間違いだと断定できるような話ではない。ただ、「筆者の中山淳史編集委員はちゃんと分かって記事を書いているのかな」とは思ってしまう。もちろん、こちらの問い合わせが的外れという可能性もある。しかし、日経はきちんと回答しない方針を貫いているので、記事に問題があったと推定していくしかない。

結果だけ見れば制度と業績が反比例の関係になっているのは統治がちゃんと機能していないからだ」という説明もおかしい。「統治がちゃんと機能していない」ことが「制度と業績が反比例の関係になっている」原因と言えるだろうか。この場合、きれいに因果関係を説明するならば「制度と業績が反比例の関係になっているのは、委員会制が従来の制度に比べ問題が多いからだ」といった流れにする必要がある。

「統治がちゃんと機能していないから、業績が悪化する」という理屈は成り立つかもしれない。しかし、それは「制度と業績が反比例の関係になっている」要因を説明していない。この辺りも、言いたいことが明確にならないまま書いているのが影響しているのかもしれない。

ついでにも2つほど細かい点を指摘しておこう。

記事では「いまや日本企業の株主の3割強は外国人だ」と書いているが、間違いだろう。「日本の上場企業」に関しては、株主の3割強が外国人で問題ないと思うが…。

東芝は株式上場企業で最も早く『委員会設置会社』に移行した企業統治の優等生だったが、内実は何も変わっていなかった」という記述も気になる。「委員会設置会社だから企業統治の優等生」といった前提は成り立たないどころか、むしろ逆だと筆者自身が述べていたはずだ。なのに、なぜ「優等生だった」と断定してしまうのか。「内実は何も変わっていなかった」とすれば、「ずっと企業統治の劣等生だった」と考えるべきだろう。

細かい点も気になるが、やはり問題は「誰でも思い付きそうな当たり障りのない話を日経の編集委員が新聞の1面に書いている」という点だ。記事の後半部分で、筆者は以下のように述べている。


【日経の記事】

制度や組織を整えるのは必要条件にすぎない。企業は監視機能として「危機感」や「怖い存在」を本当に埋め込んでいるのかどうかが問われている。トップの言葉と役割は大きい。企業不祥事に詳しい大分県立芸術文化短大の植村修一教授は「トップは企業のあり方を社員に語る存在。企業統治はその方向付けがあって動き出す」と話す。

企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)が策定され、今年は「企業統治元年」といわれている。トップが成長の目標を掲げ、社員にはっぱをかけるのは自然な行為だ。だが、行き過ぎれば組織の足元は揺らぐ。経営者には難しいかじ取りが求められる時代だ

重要なのは東芝の問題が日本国内の問題にとどまらない点である。いまや日本企業の株主の3割強は外国人だ。海外投資家が今回、日本企業に抱いたのは、企業統治の形を整えても本当に活用できるかとの疑問だ。制度や形だけつくって満足していては再び足をすくわれる。日本企業には重い宿題が残された格好だ。


制度や組織を整えるのは必要条件にすぎない」「トップの言葉と役割は大きい」。それはそうだろう。「経営者には難しいかじ取りが求められる時代だ」に関しても、今に限らないが、それもそうだろう。「制度や形だけつくって満足していては再び足をすくわれる。日本企業には重い宿題が残された格好だ」という説明にも異論はない。ただ、「そんなことは、改めて言われなくても分かってるよ」とは言いたくなる。

編集委員が1面に解説をするのなら、その編集委員だからこそ書ける何かが欲しい。「なぜこういう事態に陥ったのか」を独自の視点で解説してもいい。再発防止に向けて、思い切った案を出す手もある。そういう何かが、この記事には欠けている。何のために1面で紙幅を割いて中山淳史編集委員の署名入り記事を載せるのか。その意味をよく考えてほしい。

「急に書いてくれと言われたので…」と弁明したくなるかもしれない。それでも「自分になら書ける、自分にしか書けない話は何か」を絞り出して記事にすべきだ。無理な注文だと思うならば、編集委員の肩書は返上すべきだろう。


※記事の評価はD(問題あり)、中山淳史編集委員の評価もDとする。

「IT技術」? ダイヤモンド 野口悠紀雄氏の「超整理日記」

早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問の野口悠紀雄氏が週刊ダイヤモンドで連載している「超整理日記」はレベルの高いコラムとして高く評価している。7月25日号の「日本を『ソ連化』する安倍内閣の成長戦略」という記事も読むに値する内容だ。ただ、言葉の使い方で引っかかる部分があったので、ダイヤモンド編集部にメールを送った。内容は以下の通り。

【ダイヤモンドに送ったメールの内容】

野口悠紀雄様    週刊ダイヤモンド「超整理日記」担当者様  


アントワープ(ベルギー)の中心部 ※写真と本文は無関係です
7月25日号の「超整理日記」の中で、気になる言葉の使い方が散見されたのでお知らせします。

「最新のIT技術を活用」「IT技術の実践的な職業訓練」といった形で「IT技術」という表現を使っておられますが、「IT」とは「情報技術」という意味であり、「IT技術」とすると「技術」が重なってしまいます。「IT」または「情報技術」とするのが望ましいでしょう。「IT技術」を使っている記事は世の中にたくさんあるので、徐々に日本語として市民権を得つつあるのかもしれませんが、現時点では使わない方が賢明です。

記事の中では「IT技術」で統一しているかというとそうでもなく、「情報技術の利用体制」「情報技術は、これまで市場の欠陥と考えられてきたさまざまな問題を解決しつつある」などと「情報技術」を使っているところもあれば、「ITの活用」という表現もあります。「IT技術」「IT」「情報技術」については「IT」あるいは「情報技術」に統一すべきでしょう。それぞれを別の意味で用いているのであれば、どう使い分けているのか読者に明示する必要があります。

ついでに、もう1点指摘させていただきます。「最近の有効求人倍率や名目賃金上昇のかなりの部分は~」としているところは「名目賃金の上昇」と直した方がよいでしょう(そうすると助詞の「の」が3回続くという問題は生じますが…)。記事のような書き方だと「有効求人倍率」と「名目賃金上昇」が並立関係になってしまいます。例えば「ロシアやウクライナ東部」と表記した場合、「ロシア東部やウクライナ東部」とは解釈しないはずです。


野口氏はライターが本職ではないので、上記のような問題は基本的に編集担当者が面倒を見るべきだろう。野口氏の文章はやや冗長な面がある。今回の記事で言えば、「今年いっぱい程度は消費者物価上昇率が大きく上昇することはないだろう」というくだりは「年内は消費者物価上昇率の大きな上昇はないだろう」とすれば、かなり簡潔になる。

他にも「だから、2%という目標は、もともと無意味な目標であった」という記述は、「目標」を繰り返しているのがやや拙い印象を与える。「2%という目標は、もともと無意味だった」などとした方がスッキリして読みやすい。こうした提案をしても、野口氏が拒否しているのかもしれない。それでも、より良い記事にするために編集担当者は改善への努力を続けてほしい。

注文ばかり付けてきたが、今回の記事も興味深く読めたし、野口氏の主張にツッコミを入れる余地はない。「自分より頭のいい人が書いた経済記事を読みたい」というニーズに応えてくれるという意味でも、野口氏の存在は貴重だ。

※今回の記事の評価はB(優れている)、野口氏の書き手としての評価はA(非常に優れている)としたい。

2015年7月21日火曜日

週刊ダイヤモンド 「ギリシャ危機」訂正記事に見出す希望

週刊ダイヤモンド7月25日号に出ている「訂正とお詫び」には希望を見出せた。ギリシャ危機の記事に関する間違い指摘を、完全には握りつぶさなかったからだ。「2009年1月」を「2009年10月」にきちんと訂正している。ダイヤモンドも日経と同じレベルに堕ちていくのかと危惧していたが、微妙なところで踏みとどまっているようだ。

ダイヤモンドに指摘した間違いは以下のようなものだ。


オランダのアムステルダム  ※写真と本文は無関係です
【ダイヤモンドに送ったメールの一部】


週刊ダイヤモンド7月11日号「瀬戸際戦術続けるギリシャ~想定外のユーロ離脱はあるか」という記事について6日に2つの間違い指摘をしました。「ギリシャ危機の発端は、2009年1月に巨額の財政赤字が発覚したことだ」との記述で「2009年1月」は「2009年10月」ではないかというのが1つ。もう1つは「08年、リーマンショックがギリシャと南欧諸国に飛び火する」との説明のうち「08年」は「09年以降」の誤りではないかというものです。問い合わせから1週間が経過しても何の回答もありませんし、7月18日号に訂正も出ていませんでした。


7月6日(月)に間違いを指摘したのに完全無視が続いていたので、もうダメだろうと思っていた。今でも無視は続いているし、間違いを指摘した2つのうち、1つには何の対応もない。とはいえ、片方だけでも訂正を出したのは評価できる。

もちろん、他の人からの間違い指摘があって、それが影響したのかもしれない。「訂正とお詫び」では同時に「16ページ表中の11月6日の短期国債償還『16億ユーロ』を『14億ユーロ』に訂正します」と出ていることも、そうした可能性を想起させる。それでも、訂正は出ないより出た方が望ましい。

記事に関わった記者の評価については、山口圭介副編集長の格付けをF(根本的な欠陥あり)からD(問題あり)に変更する。大坪雅子、鈴木崇久様 竹田孝洋の各記者もE(大いに問題あり)からDに格上げする。今後に期待したい。


※この件では「週刊ダイヤモンドが犯し続ける悲しい過ち」「ダイヤモンド『瀬戸際戦術続けるギリシャ』 2つの誤り」を参照。

焦点定まらぬ東洋経済「ヤマダ電機 落日の流通王」

東洋経済7月25日号の「家電量販サバイバル ヤマダ電機 落日の流通王」という特集は悪くなかった。ただ、「ヤマダ電機特集」になっているのか疑問が残る。「特集/ヤマダ電機」という帯が付いた計38ページのうち、本当に「ヤマダ特集」と言えるのは15ページほど。実質的には「家電量販店特集」だ。

オランダのユトレヒト中央駅  ※写真と本文は無関係です
ヤマダに関する記事が続いた後、「家電量販店を振り回す価格.comの正体」といった記事が出てきて「ヤマダから完全に離れたな」と思ったら、次には「ワンマン経営の急所 後継者は息子?」とヤマダの話に戻ってくる。そこで、やっぱりヤマダを掘り下げるのかと思わせてから、「業界2位でも経営破綻 米国は日本の未来図か」という記事で再びヤマダから離れていく。

ヤマダ特集でも家電量販店特集でもいいが、どちらなのかは明確にしてほしい。「ヤマダ電機 落日の流通王」という見出しからは、「ヤマダを徹底的に分析するのか」と期待してしまうが、今回のように焦点がボケると読者の満足度も高まりにくい。最初は「ヤマダ特集」で途中から「家電量販店特集」にするというのも1つの手だろう。その場合、「特集/ヤマダ電機」の帯は途中から「特集/家電量販店サバイバル」といったタイトルにしてほしい。

ヤマダについての特集だと思って読み始めたので、脱線していく特集を最後まで読むのはやや辛かった。出来は悪くないだけに惜しい。細かい点で気になったのは以下のくだりを含め、数えるほどだった。


【東洋経済の記事】

ビックは08年にベスト電器店舗のコラボ店化で同県に進出したが、提携の解消によって11年に撤退した。それ以降、全国の大都市で唯一、広島だけ空白だった。


東洋経済には以下の内容で問い合わせのメールを送った。


【東洋経済への問い合わせ】

7月25日号92ページのヤマダ電機特集の記事についてお尋ねします。ビックカメラについて「全国の大都市で唯一、広島だけは空白だった」との記述があります。しかし、同社のホームページを見る限り、神戸にも仙台にも店がありません。記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も教えてください。神戸、仙台を大都市から除外するのは無理があると思われます。神戸は人口でも広島を上回っています。記事の説明で問題がないとすれば、神戸、仙台にも出店している場合でしょう。「ホームページ上で出店情報が更新されていない」といった可能性は残ります。


※東洋経済からは「ご指摘の通り 間違いでございました。訂正し、深くお詫び申し上げます」との回答があった。


もう1つ、特集の中で気になったところがある。ヤマダの閉鎖店舗に比較的新しい店が多い点に触れたくだりだ。


【東洋経済の記事(64ページ)】

完全閉鎖店のうち、開業が11年以降の店は7割に上る。流通の専門家が解説する。「どの小売りもいい場所から順に店を出すので、大抵は店歴の浅い店ほど立地がよくない。それでも需要が伸びている間はいいが、市場自体が縮小すると、立地に難のある店はたちまち赤字になる。ヤマダは全国の至る所に出店したので、そんな店が大量に出てきてどうにもならなくなったのだろう」


この解説は納得できなかった。ヤマダ電機については当てはまるのかもしれないが、一般化できるとは思えない。まず「立地の良さ」とは移り変わっていくものだ。駅前の繁華街が栄えていた時は駅に近い店舗に優位性があるかもしれない。しかし、しばらくして郊外に大型ショッピングセンターができた時、そこに入るライバル店の立地が駅の近くに劣るとは限らない。

百貨店など一部の業態を別にすると、どちらかと言えば新しい店舗の方が立地は良いと思える。もちろん、そう断定できるだけの確固たるデータはないが…。

※記事の評価はC(平均的)。富田頌子、前田佳子、渡辺拓未、山田泰弘、富岡耕、筑紫祐二、中島順一郎、渡辺清治の各記者の評価も暫定でCとする。

2015年7月20日月曜日

連休ゆえ? 日経ベタ「日本調剤、大型店を開業」の不出来

連休中だから大目に見るべきなのだろうか。20日の日経朝刊企業面に載った「無菌調剤室付き大型店を開業 日本調剤、千葉・旭市に」という短いベタ記事は苦しい内容だった。休日の紙面に載る記事のレベルが低いことに多少の理解はあるつもりだが、それにも限度があるような…。

リエージュ(ベルギー)の中心部に近いギユマン駅 
                  ※写真と本文は無関係です

【日経の記事(全文)】

日本調剤は7月中に千葉県旭市に大型店を開業する。無菌調剤室などの最新鋭設備を備えるほか、緊急の患者に対応できるよう営業時間は24時間とする。店舗には1日あたり数百人ほどの患者が訪れる想定で、専門性を高めることで患者のニーズに対応する。総合病院国保旭中央病院(千葉県旭市)に隣接する。


まず、この記事を載せる理由が分からない。例えば「初の大型店舗」とか「これまでで最大規模の店舗」ならば違和感はない。しかし、「単なる大型店」ならば、「無菌調剤室などの最新鋭設備を備える」としても、記事にする意味はない。「日本調剤が大型店を出す時には、28店目だろうと137店目だろうと、必ず載せてほしいという要望が非常に多い」という話ならば分かる。しかし、医療関係の業界紙でもないのに、そんな需要はないだろう。

しかも、「大型店」とは言うものの、店舗の大きさも大型店の定義も不明。単に「新しい店を出します」という告知のような記事だ。「専門性を高める」の具体的な内容も判然としない。幅広い分野の薬を取り揃えるのではなく特定分野の薬に絞ることで「専門性を高める」のであれば、患者のニーズに応えられるのか疑問だ。「専門性を高める」は「無菌調剤室」と関係があるような気もするが、推測の域を出ない。

「そもそも休日の穴埋め用のベタ記事なんだから、こんなものでしょ」と記事の作り手は弁明するかもしれない。「行数も少ないし、そんなにきちんと説明できない」との言い訳も考えられる。それに対しては、「だったら、しっかりした企画記事でも用意して、それを載せてくれ」と言いたくなる。

※記事の評価はE(大いに問題あり)

2015年7月19日日曜日

米利上げ遅れを「懸念」? 日経「景気回復 足取り鈍く」

19日の日経朝刊「景気回復 足取り鈍く ~中国の減速、輸出に影 内需には前向きな動き」 の中によく分からない説明があった。「中国の株安で懸念される影響」という図では「中国株安・景気減速中国国内(消費・住宅が低迷 自動車生産・販売減)米国(利上げ遅れ)」という流れになっている。つまり、米国の利上げが遅れるのは、景気の面で「懸念」材料というわけだ。「一般的には利上げが遅れた方が景気の面ではプラスのような気もするが…」と思いつつ記事を読み進めると、図の説明とは矛盾する記述に出くわした。


【日経の記事】
アムステルダム(オランダ)のヴァン・ゴッホ美術館
                   ※写真と本文は無関係です

米連邦準備理事会(FRB)のイエレン議長は米経済の回復を受け、年内の利上げを視野に入れている。ただ、自動車などの耐久消費財の販売は歴史的な低金利に支えられている面も大きく、金利上昇のペース次第で販売にブレーキがかかる恐れがある


取材班は「利上げのペースが速いと景気にマイナス」と判断しているのだろう。ならば「中国の株安で懸念される影響」に「米国の利上げ遅れ」を入れたのは何だったのだろう。

ついでに言うと「中国株安・景気減速→中国国内(消費・住宅が低迷 自動車生産・販売減)」という流れもおかしい。「消費・住宅が低迷 自動車生産・販売減」は景気減速が原因で起きるというより、景気減速の中身そのものだろう。

他にも気になる点があるので列挙してみる。



◎説明が雑すぎる

【日経の記事】

米経済は1~3月期のマイナス成長を乗り越え復調し始めている。「どこに行っても1時間待ちと言われる」。6月半ば、ニューヨークのマンハッタンで勤務するフィリップ・ラパポートさんはうんざりした様子だった。ニューヨークではレストランが次々と開店するが、それでも外食需要を賄いきれないほどだ。


上記のニューヨークの事例は苦しい。フィリップ・ラパポートさんの話は昼食時なのか夕食時なのかさえ分からない。「朝から晩までニューヨークのあらゆる外食店では1時間待ちが当たり前」ならばこの説明でいいかもしれないが、あり得ないだろう。せっかく事例を盛り込んでいるのに、これではかえって説得力がなくなってしまう。



◎「プレミアムカー」 使う必要ある?

【日経の記事】

最近になって減速感を強める中国経済。影響は日本にも及ぶ。富士重工業は5月の中国向け輸出が前年比で半減した。販売は大きく落ち込んでいないが、在庫調整のあおりを受けた。日産自動車の西川広人チーフ・コンペティティブ・オフィサー(CCO)は中国株急落の余波で「プレミアムカーの伸びが鈍化する可能性がある」と話す。



「プレミアムカー」という言葉を使う必要があるのだろうか。同じ意味かどうか分からないが、「高級車」などに置き換えてもいいのではないか。カッコ書きで訳語を入れる手もある。コメントであっても、工夫はできるはずだ。



◎「増税後以降」?

【日経の記事】

消費増税後以降、低迷していた個人消費も底入れを探り始めている。


「増税後以降」が引っかかった。ダブり感がある。「消費増税後に低迷していた~」などとした方がよい。


◎反動は考慮せず?

【日経の記事】

生活に身近な食品では円安を受けた値上げの動きが広がる。日清オイリオグループのオリーブオイルは1本800円前後と、1月から5割上昇。チョコレートなどの加工食品の価格も上がっている。それでも5月のスーパーマーケットの販売額は前年比5%増えた。値上げをしても売り上げは落ちず、消費の耐久力は次第に高まってきた


昨年5月は消費税率引き上げの影響で売り上げが落ち込んだはずだ。今年5月の増加にはその反動もあるはずだ。そこを考慮せずに「値上げをしても売り上げは落ちず、消費の耐久力は次第に高まってきた」と断定してよいのだろうか。


◎「脱デフレの動きを途切れさせないことが肝心」?

【日経の記事】

外需と内需が綱引きを続けているが、日本経済の脱デフレの動きを途切れさせないことが肝心だ。企業などに前向きの動きが出始めた今だからこそ、政府は成長力を高めるための手立てを打ち続けることが重要になる。


脱デフレの動きを途切れさせないことが肝心」と唐突に結論付けているのが気になった。記事では、「円安に伴う食品値上げが相次いでいる」とも書いている。こういう動きを途切れさせないようにするのが、そんなに「肝心」なのか。むしろ、原油安などによって脱デフレの動きが途切れた方が、個人消費などに良い影響を与えそうだ。

ここは議論の分かれるところだろうが、まともな説明もなしに「脱デフレの動きを途切れさせないことが肝心」と言い切ってしまうのは感心しない。


※記事の評価はC(平均的)。

2015年7月18日土曜日

吉祥寺は東京23区内か? 日経ビジネスの回答

日経ビジネス7月13日号の特集「ニトリ、銀座へ~始まった都心争奪戦」に関する問い合わせをしたところ、素早く回答が届いた。問い合わせと回答は以下の通り。


【問い合わせた内容】
ヴェンツェルの環状城壁(ルクセンブルク) ※写真と本文は無関係です 

7月13日号の28ページの地図についてお尋ねします。「2014年以降に東京23区内に出店もしくは計画中の店舗以外は●で表示した」との注記があり、デコホームヨドバシ吉祥寺店を★で表示しています。しかし、この店は武蔵野市にあります。表記ミスと考えてよいのでしょうか。正しいとすればその根拠も教えてください。また、吉祥寺の店もそうですが、江戸川区や足立区の店を「都心の店舗」に含めるのは不適切でしょう。「都心」とは「大都市の中心部」という意味です。


【日経ビジネスの回答】

従来、ニトリが出店していた「郊外」と対比させる意味で、今回の特集では「都心」をある程度広い範囲でとらえ、吉祥寺もその中に取り入れました。ご指摘は今後の誌面づくりの参考にさせていただきます。ありがとうございました。


注記を信じれば、23区外の店は「●」になっているはずなのに、武蔵野市の吉祥寺店は「★」(つまり23区内の店)と表示してある。そこで、間違いかどうか問い合わせをした。結論としては、質問に答えていない。「吉祥寺が都心かどうか」を問題にしているのではなく、「23区内かどうか」を聞いているのだから、そこは逃げないでほしかった。

吉祥寺を都心に含めたのも、やはり不適切だ。「郊外」と対比させたいなら「都市部」「市街地」など、いくつか候補が浮かぶ。「郊外」と対比させる言葉として「都心」しか思い付かなかったとすれば、語彙が貧弱すぎるのではないか。

とは言え、すぐに回答を届けた点は高く評価したい。日経グループの中でも日本経済新聞社とは大違いだ。グループ内の媒体の中で日経ビジネスを最も高く格付けしている意味があった。ちなみに現時点の格付けは、日経ビジネスがBB+で日経本紙はBB。

※この件に関しては「日経ビジネス『始まった都心争奪戦』の都心とは?」を参照してほしい。

日経1面「Jフロント旗艦店刷新 大丸心斎橋店」への不満

18日の朝刊1面に載った「Jフロント旗艦店刷新~3年超で建て替え/訪日客シフト 大丸心斎橋店」という記事には不満が残った。まず記事の書き方がうまくない。



リエージュ(ベルギー)を流れるミューズ川 ※写真と本文は無関係です
◎無駄な繰り返し

【日経の記事】

J・フロントリテイリングは傘下の大丸松坂屋百貨店の旗艦店、大丸心斎橋店(大阪市)の大規模再開発に乗り出す。完成から80年以上経過した本館は年内をメドに営業を取りやめ、来年から3年超をかけて建て替える。南館はインバウンド(訪日外国人)に対応した売り場に改装する。総投資額は300億円規模になるとみられる。国内外からの顧客に対応した店づくりで集客力を高める。

1933年に完成した本館は完成から80年以上が経過し、老朽化が進んでいたことから、Jフロントは対応策を検討していた。今年末に本館をいったん閉店し、年明けから建て替え工事に着手する見通し。工事期間は3年半程度とみられ、再開業は2019年になる。


3年超をかけて建て替える」「工事期間は3年半程度とみられ」と繰り返す意味が分からない。最初の段落で「3年半程度をかけて建て替える」と書けば、次の段落の「工事期間は3年半程度とみられ」を削れる。

完成から80年以上経過した本館」「本館は完成から80年以上が経過」も、やはり無駄な繰り返しだ。2回目の「完成から80年以上が経過」に関しては「1933年に完成」とも重なる部分がある。「1933年に完成」と書けば「完成から80年以上」だと読者に伝わるので、その意味でも無駄だ。

1面の大事なスペースを余計な繰り返しで使っている点は大いに反省してほしい。記事を簡潔に書こうという意識が欠けていると、こうなってしまう。



◎百貨店は「商業施設」ではない?

以下の企業総合面の解説記事「Jフロント旗艦店刷新 立地にあわせ店づくり 」にも拙さを感じた。

【日経の記事】

2013年6月に閉店した松坂屋銀座店(東京・中央)の跡地には、百貨店を出店しない。近隣百貨店との競合状況などを勘案して、商業施設として再出発したほうが収益性が高まると判断国内外の高級ブランドショップのほか全国の老舗ブランドが集積する新たな商業施設として生まれ変わる


松坂屋銀座店の跡地には百貨店を出さずに「商業施設として再出発」するらしい。しかし、百貨店も商業施設なので、この書き方ではダメだ。「百貨店以外の商業施設として~」などとすべきだろう。読者に誤解を与える可能性は低いが、記事の作り手のレベルを疑われてしまう。

付け加えると「(百貨店にはせず)国内外の高級ブランドショップのほか全国の老舗ブランドが集積する新たな商業施設として生まれ変わる」という説明もちょっと苦しい。これだと従来の百貨店との違いが分かりにくい。百貨店とは違ったものになるとイメージできる説明にしてほしい。


◎本館はどう生まれ変わる?

今回の記事で最も気になったのは、「本館」に関する説明の不十分さだ。記事を読んでも、建て替える本館がどう生まれ変わるのか見えてこない。「本館の設計は近代建築史に名を残す建築家、ウィリアム・ヴォーリズが手掛けており、建築関係者からは保存を求める声が出ていた。Jフロントはこうした声を受けて、現状の外観を生かした形で本館を建て替える」とは書いてある。しかし、中身が不明だ。

南館をインバウンドに対応した作りに改装するなら、本館はどうするのか。企業総合面の解説記事で松坂屋銀座店の跡地についてあれこれ書く余裕があるならば、本館についてもっと詳しく触れてほしい。従来通りの品揃えになる見込みだとしても、一言は欲しい。建て替え後の商品政策が未定であれば、その点を明示すべきだ。


※記事の評価はD(問題あり)。

記事の誤りを握りつぶす理由 日経の場合(3)

日経が明らかな誤りの多くを握りつぶす理由として(1)間違いかどうかの判断を記事の作り手側に委ねている (2)作り手のプライドが高い (3)訂正を出す「コスト」が高い--という3つを挙げた。対策としては、これらの要因を消すものとなる。

ユトレヒト(オランダ)の中心部 ※写真と本文は無関係です
まずは「被告人が判決文を書く」問題だ。これは喜多氏へのメールでも触れたように、中立性の高い組織を設けて、そこに間違い指摘を集約し、「記事に問題があったのか」「訂正を出すべきか」といった判断をさせればいい。

立場の弱い人間だと公正な判断を下しにくいので、できれば社外の人で構成したい。それが無理でも、社内に遠慮せず判断できる独立性は確保したい。その組織が出した答申を編集局長がチェックして最終判断をすれば、「被告人が判決を書く」事態は避けられる。

訂正を出す「社内的コスト」が高い点も改善したい。現状では、訂正を出す場合、責任者の負担が重過ぎる。「始末書と顛末書を書いて、さらにそれを社内の何カ所にも手渡しで配って、上司にも叱られて」といった状況を考えれば、強引にでも「記事に問題はない」と主張したくなる気持ちも分かる。

まず、「訂正は毎日出るものだ。訂正が多いからダメとか少ないから良いとかいう性格のものではない」という認識を社内で共有したい。その上で「訂正を出しても、確認作業をきちんとした上での誤りであれば社内での評価には影響しない。しかし、誤りとの疑いが生じたのに、それを放置した場合は厳しく処罰する」との方針を徹底すべきだ。

訂正に関しては、特定のページに「訂正コーナー」を常設するのが望ましい。そうすれば「紙面に訂正が毎日出るのが当然」との空気が生まれ、訂正を出すことへの抵抗も薄れる。さらに言えば、始末書や顛末書はなくていいし、社内のいくつもの部署に顛末書を配るといった見せしめ的な行為も必要ない。データベース上でミスの内容などを確認できるようにすれば十分だ。どうしても特定の部署に連絡が必要ならば、メールを使えば済む。

最も難しいのがプライドの問題だ。実力に見合ってプライドが高いのならば問題はない。日経の場合、実力がないのにプライドが高いから厄介だ。そもそも、ある程度の実力があれば、「日経のレベルは決して高くない。このままではまずい。質を高めるための対策が必要だ」と気付くので、余計なプライドは持ちようがない。プライドの高さは、実力のなさの裏返しでもある。

そうは言っても、無駄なプライドを打ち砕く特効薬はない。編集局内の多くの人間が余計なプライドを抱えている現状では、訂正コーナーに毎日2ケタの訂正が載るといった事態に耐えられないだろう。会社のトップが決断すれば別だが、「間違いを握りつぶすのはやめて、訂正コーナーに毎日10件でも20件でも訂正を出そう」という提案が受け入れられる可能性はほぼゼロだ。

「日経はレベルの高い新聞で、ミスはあくまで例外的な出来事」との共同幻想に基づいてプライドを形成している人たちにとって、ミスを握りつぶすのは大事なものを守るための「正しい行為」だ。ゆえに、握りつぶしを防ぐ対策には全力で反対してくる。つまり、無駄なプライドを破壊しない限り、明白な誤りが黙殺され続ける現実は変わらない。

無駄なプライドを壊していくには、結局は外部からの風当たりを強くするしかない。音楽、映画、小説などは、その出来について厳しく論評する人も多く、作り手はなかなか「天狗」になれない。しかし、経済記事は批評するのに専門知識も必要だし、そもそも小説のように一生懸命に読んでいる人が少ない。

日経の記事がこれまで以上に外部からの厳しい評価にさらされ、それが記者やデスクに対する評価ともっと直接的に結び付いていけば、無駄なプライドも徐々にそぎ落とされていくはずだ。日経が間違いの握りつぶしをやめる日はすぐには来ないだろう。しかし、無理だと諦めてしまうほど難しい話とも思えない。


※日経の間違い握りつぶし問題に関しては「日経ビジネス 大西康之編集委員 F評価の理由」「日経 太田泰彦編集委員 F評価の理由」「日経の商品担当記者が垂れ流し続ける『間違い』」なども参照してほしい。

2015年7月17日金曜日

記事の誤りを握りつぶす理由 日経の場合(2)

日経が明らかな誤りを握りつぶすのは「組織ぐるみ」と言える面が強く、経営トップも黙認している。それがよく分かる事例を見てみよう。2013年2月15日の朝刊投資・財務面に載った「株式投資 データ活用術⑦:信用取引」には以下の記述がある。

オランダのアムステルダム ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

東京証券取引所は毎週火曜日(第2営業日)に、東証など3市場の信用取引の残高を公表している。残高は市場全体のほか、個別銘柄ごとにも開示される。個別銘柄で重視されるのが信用買い残に対する売り残の割合である信用倍率だ。1倍以上なら将来の売り圧力が強く、1倍以下なら買い圧力が強いことを示す。


間違っているのは「信用買い残に対する売り残の割合である信用倍率」という説明で、正しくは「売り残に対する買い残の割合」だ。今も日経のデータベースで上記の記述を見つけられるので、2年以上も誤りを放置しているのだろう。

この件では当時の喜多恒雄社長(現会長)にメールで対応を求めた。その上で、記事の関係者にも喜多社長にメールを送った旨を伝えた。喜多社長に送ったメールの主な内容は以下の通り。


【喜多社長(当時)に送ったメール】

「株式投資 データ活用術⑦:信用取引」(2月15日朝刊投資・財務面)という囲み記事に関して、報告させていただきます。記事中に明白な誤りがあったにもかかわらず、担当の証券部では「間違いではない」との主張を崩さず、訂正記事も掲載されていません。証券部への適切な指導をお願いします。

当該記事で問題となったのは「個別銘柄で重視されるのが信用買い残に対する売り残の割合である信用倍率だ」との記述です。「信用倍率=信用買い残÷信用売り残」となるので、記事の「売り残の割合である」との説明は明らかな誤りです。しかし、照会に対して証券部は「買い残と売り残の比率という意味で書いた。誤りではない」と15日に伝えてきました。「明らかな誤りであり、見解を見直した方がよい」との助言もしましたが、記事掲載から半月を経た現在も訂正記事の掲載に至っていません。「記事の説明は誤りではない」と読者に伝えてしまう事態は避けられたものの、一歩間違えば、証券部の見解をそのまま社外に発信してしまうところでした。

今回の証券部の対応は、読者に対する背信行為との誹りを免れません。最強のコンテンツ企業集団を目指す日経グループとしては恥ずべき事態です。また、編集局内の今の制度も問題なしとしません。現状では、記事の担当部署に訂正を出すかどうかの判断を概ね任せています。言ってみれば被告人に判決文を書かせているようなものです。この仕組みが機能するには、編集局内の社員が報道に関する高いモラルを共有している必要があります。しかし、今回の証券部の例からも分かるように、そうした前提はもはや成り立ちません。

高いモラルを有している者は記事に誤りがあれば訂正を出して顛末書を書くのに、モラルが欠如している者はお咎めなしで済む。まさに「正直者が馬鹿を見る」のが今のやり方です。編集局内に中立的な組織を設けて「記事に問題があったのかどうか」「訂正記事を載せるのかどうか」といった判断を委ねるべきです。そうでなければ、今回のような不適切な対応を繰り返し、報道機関としてさらに信頼を失っていくでしょう。


喜多氏からは「投稿ありがとうございます。編集局内で必要な対応を検討するよう指示しました」との返信があった。反応はないと思っていたので意外だった。とはいえ、直後に訂正が出たわけでも、訂正を出すかどうかを判断する中立的な組織ができたわけでもない。機会があれば喜多氏に「必要な対応はまだ検討中ですか」と聞いてみたい。

社長がその気になれば、「明らかな誤りを握りつぶすのが珍しくない」という日経の企業体質をかなり改められたはずだ。その必要性を認識するための情報も喜多氏には与えた。しかし、状況を抜本的に改善するような対策は打たれなかった。そして今も、日経は当たり前のように誤りを握りつぶし続けている。

喜多氏に送ったメールでも触れてはいるが、日経のミス握りつぶし体質を改めるためにどういう方策が必要かを述べていこう。

※(3)に続く。

記事の誤りを握りつぶす理由 日経の場合(1)

記事の誤りを握りつぶし続ける週刊ダイヤモンドについて色々と書く機会が多いが、握りつぶしで言うと日経の方が圧倒的に悪質だ。日経が正直にミスを認めていれば、訂正件数は軽く今の10倍以上になるだろう。ここでは、日経が記事の誤りをなぜ黙殺し続けるのかを分析し、何をどう変えるべきか提言する。

「説明としては明らかにおかしいが、日経が誤りを認めたり訂正を出したりは絶対にしないはずだ」と思える例をまず挙げよう。1年以上前の「私の履歴書~トム・ワトソン①」(2014年5月1日朝刊文化面)という記事に以下のような記述がある。


【日経の記事】
ブリュッセル(ベルギー)のアイスクリーム店 ※写真と本文は無関係です

(パットの)バックスイングでは左肩を下げ、打つ段階で右肩を上げる。すると、どうだろう。何もかもがうまくいくではないか。


右打ちの場合、「打つ段階で右肩を上げる」ではおかしい。「右肩が下がる」とすべきところを誤訳したのだろう。しかし、担当の編集委員は「誤訳ではない。バックスイングで上がった右肩を残す感じ、あるいは左の壁を作る感じを表現している」と弁明したらしい。これを無理のある説明だと思う者は社内にもたくさんいた。しかし、この弁明は社内で当然のように受け入れられ、日経は決して「説明に問題があった」とは認めない。もちろん訂正も出ない。

4月28日の日経朝刊消費Biz面の記事「外食売上高、3月4.6%減」では、販売が振るわなかった理由として「前年同月に比べ土曜日が2日少なかった」と堂々と書いている。土曜日が前年同月より2日減ることはあり得ない。しかし、これも「日経ならば記事の説明に問題ありとは認めないし、訂正も出さないだろう」と容易に予想できる。そして、実際にその通りになった。

「強引にでも弁明できる案件では、原則として強引な弁明で乗り切り、誤りは認めない」というのが日経の体質だ。そうなる理由としては(1)間違いかどうかの判断を記事の作り手側に委ねている (2)作り手のプライドが高い (3)訂正を出す「コスト」が高い--といったところだろう。 

これが行くところまでいくとどうなるか。2014年12月19日の夕刊文化面「シネマ万華鏡~ベイマックス」という記事では、強引に弁明しようとしても弁明できない案件まで握りつぶそうとした。映画「ベイマックス」を紹介するこの記事では、「大好きな兄が天才少年の弟タケシに遺したのは、兄の仇討ちには不向きな心優しい癒しロボットのベイマックスだった」と外部ライターが書いてしまった。正解は「天才少年の弟ヒロ」なので弁明の余地はない。しかし、文化部の担当デスクは黙殺を選んだ。

結局、その後に色々とあって1カ月ぐらい経ってから訂正記事を掲載した。しかし、小学生の女の子から間違い指摘を受けてもきちんと対応せず、だんまりを決め込もうとした時期があったのは事実だ。ここまで明確な固有名詞の誤りを握りつぶすのは、日経でも少数派だろう。しかし、中にはこのレベルの誤りまでうやむやにしようとする「猛者」がいる。それが日経だ。

こうした状況を知りながら、社長も含め日経の幹部はきちんとした対策を取ろうとはしない。そのことがよく分かる事例がある。

※(2)へ続く。

日経ビジネス「始まった都心争奪戦」の都心とは?(2)

日経ビジネス7月13日号の特集「ニトリ、銀座へ~始まった都心争奪戦」の中の「データで見る~都心を攻める6つの理由」という解説はかなり苦しい。(1)都心への人口流入が増えている (2)「脱デフレ」の兆しが見え始めた (3)訪日外国人の数が急増している (4)地方と比べて所得水準が高い (5)人口密度が圧倒的に高い (6)クルマの保有率が低い--というのが「6つの理由」だ。この中で納得できるのは「訪日外国人の数が急増している」ぐらいか。これは確かに都心への恩恵が大きいだろう。他の5つは疑問が残る。

オランダのデンハーグにあるマウリッツハイス美術館の所蔵品
                    ※写真と本文は無関係です

◎「都心への人口流入」が分かる?

記事では「東京都の転入超過数の推移」を基に「都心への人口流入が増えている」と説明している。「都心」の定義の問題とも絡むが、「東京都の転入超過」で見てしまうと、八王子市や日野市への転入も「都心への人口流入」になってしまう。「23区は転出超過だが、それ以外が補って東京都全体では転入超過」となった場合「都心の転入超過」と言えるだろうか。本当の「都心」に限定しても人口流入が増えているのならば、そのデータを使ってほしい。


◎脱デフレなら「都心」?

物価、賃金が上がると高価格帯の商品が売れるようになるので、出店コストの高い都心でも利益の出る環境が整う」と平気で書いているのには驚いた。奇妙なのは、インフレ率が高まっても出店コストは上がらないとの前提を置いている点だ。物価が上がれば従来より商品の価格帯は高くなるだろう。しかし、賃料や労働コストも上昇すると考えるのが自然だ。販売価格も賃料も労働コストも同じように上がっていけば、利益の出しやすさに基本的な変化はない。

「販売価格は上がるが賃料は横ばい」となる場合もあるだろうが、それはかなり変則的だ。今回の「脱デフレ」でそうなる確証があるのならば、その点を説明すべきだ。


◎昔からそうでは?

都心に関して「所得水準が高い」「人口密度が高い」「クルマの保有率が低い」というのは、以前からある傾向のはずだ。「郊外中心に出店していた企業が都心に注目するようになった理由」として挙げるのは苦しい。「郊外との所得格差が開いている」といった変化を見せるなら分かるが…。

さらに言えば「クルマの保有率が低い」のは、どうでもいい話ではないか。「(都心は)クルマを持たない消費者が多く、日常の買い物は近場で済ませる人が多い」と書いているが、「だから都心部に出店したい」となるだろうか。仮に都心では近場で買い物を済ませる傾向が強いとしても、消費者が外に逃げて行きにくい分、外から入ってきにくいので「行って来い」だと思える。

それに、この「6つの理由」は「ニトリが都心を攻めるワケ」という記事の一部だ。ニトリが扱う「家具」となれば「日常の買い物」とは言い難い。そもそも銀座に出店するのに「車がないから買い物は自宅の近所で」という人を当てにしているとは考えにくい。


※全体に無理のある特集だった。記事の評価はD(問題あり)。河野紀子、須永太一朗、武田安恵、杉原淳一、大竹剛の各記者の評価も暫定でDとする。

※この件では編集部から回答があった。「吉祥寺は東京23区内か? 日経ビジネスの回答」を参照してほしい。

2015年7月16日木曜日

日経ビジネス「始まった都心争奪戦」の都心とは?(1)

日経ビジネス7月13日号の特集「ニトリ、銀座へ~始まった都心争奪戦」は苦しい内容だった。まず「都心」の使い方がおかしい。「(小売業にとって)都心は、企業の成長をけん引する『ラストリゾート』なのか。日本経済の底力を試す、壮大な実験が始まった」と書いているので、「都心なんて成長をけん引するにはエリアとして狭すぎるだろう」と思った。結論から言うと、日経ビジネスが言う「都心」とは「都市部」のことらしい。

それが表れているのが「東京23区を攻める ニトリホールディングスの主な都心の店舗」という地図だ。都心店舗として江戸川区、足立区、板橋区、世田谷区などの店に★印が付いている。その中にはデコホームヨドバシ吉祥寺店も含まれる。これは「★印は東京23区内の店」という注記と食い違うので、日経ビジネスに問い合わせをした。内容は以下の通り。

【日経ビジネスに問い合わせた内容】
デンハーグ(オランダ)のマウリッツハイス美術館に展示してある絵画
                    ※写真と本文は無関係です

7月13日号の28ページの地図についてお尋ねします。「2014年以降に東京23区内に出店もしくは計画中の店舗以外は●で表示した」との注記があり、デコホームヨドバシ吉祥寺店を★で表示しています。しかし、この店は武蔵野市にあります。表記ミスと考えてよいのでしょうか。正しいとすればその根拠も教えてください。また、吉祥寺の店もそうですが、江戸川区や足立区の店を「都心の店舗」に含めるのは不適切でしょう。「都心」とは「大都市の中心部」という意味です。


東京の「都心」に明確な定義はない。常識的には千代田区、中央区、港区あたりか。広く捉えても山手線の内側にかかる区までだろう。江戸川区に住んでいる人が「都心に住んでるから…」と言ったら「どこが都心だよ」とツッコミたくなる。今回の特集で「都心=東京23区」「都心=東京都全体」などと定義したのならば、それを読者に明示してほしい。

「都心」の範囲をどう捉えているのかと疑問が湧く部分は他にもある。「都心駅周辺での出店は地下1階~地上2階が中心だったが、最近では上層階で居酒屋などの撤退後に入るケースが目立っている」との説明を付けた表では、ガストの「大宮ラクーン店」「姫路駅前店」「川崎駅前本町店」などが「すかいらーくが展開する『空中階』店」に入っている。日経ビジネスの判断では、これらも「都心駅周辺での出店」なのだろうか。「都市部の駅周辺での出店」ならば違和感はないのだが…。


※他にも特集には気になる点があった。(2)で指摘を続ける。

日経「スクランブル~プロ投資家、復権の兆し」に疑問

16日の日経朝刊マーケット総合1面「スクランブル~プロ投資家、復権の兆し」は、どこに「復活の兆し」が見えているのか謎だ。最初の段落は以下のようになっている。

ライッツェ広場に面したアムステルダム市立劇場 
                    ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

市場全体の値動きを上回る成績を目指すアクティブ運用の投資家に、復権の兆しが見えてきた。企業分析と株価水準から有望銘柄を選ぶ「投資のプロ」だが、資金力を背景に幅広い銘柄をまとめ買いする公的マネーに翻弄されてきた。しかし、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の買い入れペースは鈍化してきた。ギリシャ危機がひとまず収束し日本株は上向いている。上昇相場を持続させるためにもプロの復権は欠かせない。


記事では、「アクティブ運用の投資家の復権」が「プロ投資家の復権」のようだ。「復権」の意味するところが「インデックス運用に対するシェア拡大」なのか「インデックス運用と比べた運用成績の向上」なのかは分からないが、とにかく「復権の兆し」は見えているはずだ。しかし、記事を最後まで読んでも、確認できなかった。

「復権の兆し」が探せそうな部分を強いて挙げれば、以下の記述だろう。


【日経の記事】

GPIFはアクティブ運用も手掛けるが、国内株に占めるパッシブ運用の比率は87%と大半を占めている。ある運用担当者は「GPIFがローラーをかけるように指数の対象銘柄を買っていく。有望銘柄を選ぶアクティブ運用は仕事がしにくくなった」と嘆く。

しかし、パッシブ旋風にも収束の兆しが見え始めた。GPIFは日本株の保有比率が3月末で22%まで上昇した。目標とする25%に近づいている。野村証券の村上昭博氏は「運用方針の見直しは仕上げの段階で、市場への影響は軽減される」と指摘する。

今年3月から日本株を厳選した投資信託を運用するアリアンツ・グローバル・インベスターズ・ジャパン。インデックス運用の余波で当初こそ成績は振るわなかったが、徐々に回復した。現在の運用成績は目安とするJPX日経インデックス400を上回る。同社の寺尾和之氏は「業績の改善が見込める銘柄を丹念に探す手法が効果をあげてきた」と胸をなで下ろす。


GPIFのパッシブ旋風に収束の兆しが出ているのは、「プロ投資家の復権」を後押ししてくれる要因かもしれないが、「復権の兆し」とまでは言えない。「復権の兆し」の候補になるのは、アリアンツ・グローバル・インベスターズ・ジャパンの運用成績がJPX日経インデックス400を上回ってきたことぐらいだ。

しかし、市場平均を上回るファンドがゼロになることは基本的にない。特定のアクティブファンドの運用成績が市場平均を上回っているのが事実だとしても、それを「プロ投資家が復権してきた兆し」と捉えていては、「株式市場に対する理解が決定的に欠けているのではないか」と疑われてしまう。

「復権の兆し」と書くならば、「アクティブファンドの人気が高まってきている」「市場平均を上回るファンドの比率が高まっている」といった情報が欠かせない。しかし、記事にはそうした記述が見当たらない。

記事の結びで筆者の田口良成記者は「パッシブばかりだと実態に見合わない株価になりかねない。アクティブ投資家の復権は、適正な株価形成という市場本来の機能を取り戻す契機となる」と書いている。これに異論はない。しかし、記事の最初の方で「上昇相場を持続させるためにもプロの復権は欠かせない」と訴えた部分は納得できなかった。アクティブ運用のシェアが低下していく中で日本株の上昇基調が続く可能性は十分にある。もちろんアクティブファンドへの資金流入が増えれば株価の上昇要因になるが、それが持続的な相場上昇の必要条件とは言えないはずだ。


※記事の評価はD(問題あり)。田口良成記者の評価も暫定でDとする。

櫻井よしこ氏「憲法9条は70年前に死んでいる」の問題点

週刊ダイヤモンドの連載で度重なる誤りがあり「訂正の訂正」を出さずに黙殺した櫻井よしこ氏には「引退勧告」を出した。この人はやはり書き手として問題がある。経済記事批評からは外れてしまうが、文芸春秋8月号「憲法9条は70年前に死んでいる」を題材にして、問題点を分析してみたい。

◎日米安保があったから戦争が起きなかった?

【文芸春秋の記事】
朝のアントワープ(ベルギー) ※写真と本文は無関係です

戦後日本で戦争が起こらなかったのは、9条のおかげではありません。

その答えは、身も蓋もないことですが、日米安保条約があったからに他なりません。その日米安保を自衛隊が一生懸命支えるという構図で、日本の安全が守られてきたのです。(中略)冷戦時代、ソ連が、そして中国が日本に手を出すことができなかったのは、アメリカを相手にすることを恐れたからでしょう。


櫻井氏は「日米安保条約がなければ、ソ連か中国が冷戦時代に日本へ攻め込んできていた」と考えているのだろう。この考えを完全には否定できないが、かなり無理がある。例えば、台湾は米国と安保条約を結んでいるわけではない。また武力行使で中国が占領しても、日本を占領するのに比べれば国際社会の反発もはるかに小さいはずだ。なのに、中国はすぐにでも台湾に侵攻しないのだろうか。

もちろん中国にすれば「米国の反発が怖い」という面はあるだろう。しかし、台湾には米国との安保条約もなければ、米軍基地もない。「日本には日米安保条約があったから戦争が起きなかった」というのは、あまりに浅い考えだ。櫻井氏の主張が正しければ、中国とソ連に挟まれ、米国の同盟国ではなかったモンゴルは今頃どちらかの国に攻め滅ぼされているはずだ。しかし、なぜか独立を保っているし、どこかの国の属国というイメージもない。

日本の場合、安保条約が戦後の平和に寄与した可能性は否定しない。しかし「安保条約があったから戦争が起きなかった」とは断定できない。「安保条約がなくても戦争が起きなかった可能性はかなり高い」と考えるのが自然だ。


◎アメリカは日本の隣国?

【文芸春秋の記事】

地図を広げれば、東隣がアメリカ、西隣が中国です。世界の2大国に挟まれています。北にはロシアもある。世界の軸となっている大国が隣同士でひしめいている。日本も含めて、それぞれが誇りのある民族で、我が道を行こうという気概を持っている。摩擦が起きないはずがないのです。

間違いとは言えないが「東隣がアメリカ」がまず気になる。「アメリカは日本の隣国」と考える人は少数派だろう。日本、中国、ロシアはともかく、米国も含めて「ひしめいている」感じもしない。それに大国がひしめいているという意味では、ドイツ、フランス、イギリス、イタリア辺りの方がはるかに「ひしめいている」。21世紀に入ってこれらの国で大きな摩擦が起きているだろうか。大国が隣同士でひしめいているからといって「摩擦が起きないはずがない」とは思えない。


◎そんなに「異形」?

【文芸春秋の記事】

特に、中国は価値観の共有できない「異形の大国」となってしまった。現在進行形の懸念事項だけでも、南シナ海では埋め立てを進めて自国の基地を整備しようとする。宇宙開発を積極的かつ大規模に進め宇宙での軍拡で優位に立とうとしている。金融面でも人民元の国際化を狙い、AIIBを立ち上げる。ヨーロッパやアフリカなど遠方の地域へ金融・経済面で“餌”を投げて、支持を求めている。


南シナ海での埋め立てはともかく、他はそんなに「異形」なのか。「宇宙開発を積極的かつ大規模に進め宇宙での軍拡で優位に立とうとしている」ような国は「異形」であり「価値観を共有できない」とするなら、アメリカと同盟関係を結ぶのは明らかな誤りだろう。「人民元の国際化を狙い、AIIBを立ち上げる」のも、国を発展させるための戦略として責められる筋合いのものとは思えない。他国へ「餌」を投げて支持を求めるのがダメならば、やはり「親米の独裁国家を支援したりしてきたアメリカとは、なぜ価値観を共有できるのか」という話になる。

中国は「価値観の共有できない異形の大国」かもしれない。しかし、上記の説明ではあまりに説得力に欠ける。


◎だったら集団的自衛権は不要では?

【文芸春秋の記事】

一方、頼りだったアメリカは、2013年9月、オバマ大統領が「アメリカは世界の警察官ではない」と宣言して以来、明確に内向きになっていると言わざるを得ません。

もし、アメリカ不在の隙を突いて、中国やロシアが日本に矛先を向けてきたら、5年後、10年後、日本はどうなるのでしょうか。私たちは次の世代に国を引き継ぐとき、しっかりした独立国としてバトンタッチできるのか。このままでは、中国の顔色をうかがいながら、なんとか生き延びなければならない国に成り果てるやもしれません。

この現状を責任ある立場で考えれば、いま国会で憲法改正が議論され、安保法制が制定されようとしているのは当然です


10年後、アメリカ不在で中国と対峙しなければならないとしよう。それに備えるために、なぜ集団的自衛権が必要なのか。日本の同盟国はアメリカのみと仮定すれば、そのアメリカが不在となるのだから単独で戦うしかない。その時に集団的自衛権は明らかに必要ない。そんな暇があるなら、単独でどうやって国を守るかを議論すべきだろう。

5年後、10年後にアメリカ不在となる事態を想定しなければならないほどアメリカが頼りにならないのならば、安保条約はさっさと破棄して米軍基地の一部は自衛隊の基地に転換した方がいい。そもそも、米国の顔色をうかがいながら何とか生き延びている現状は、「中国の顔色をうかがいながら何とか生き延びる」のと、そんなに違いがあるのだろうか。個人的にはどちらも「しっかりした独立国」とは思えないが…。


※週刊ダイヤモンドでミスを連発した記事ほどひどくはないが、今回もやはり出来は良くない。記事の評価はD(問題あり)。櫻井氏への評価はF(致命的な欠陥あり)を維持する。櫻井氏の評価に関しては「櫻井よしこ氏へ 『訂正の訂正』から逃げないで」などを参照してほしい。

2015年7月15日水曜日

大西康之編集委員が誤解する「ホンダの英語公用化」

日経ビジネス7月13日号に大西康之編集委員が書いた「時事深層~ホンダ『も』導入した英語公用化 『オフィスは英語』が日常の風景になるのか」という記事が出ていた。やはりと言うべきか、読むに値しない内容だった。ホンダが社内公用語を英語にするという話を取り上げているが、「公用語化」の中身を考慮していないので、おかしな展開になっている。まずは記事を見てみよう。


【日経ビジネスの記事】
アムステルダム(オランダ)のサルファティ公園  ※写真と本文は無関係

楽天やユニクロなどが「社内公用語を英語にする」と宣言した2010年当時、「バカな話」と取り合わなかったホンダが英語を公用語にする方針を世界に発信した。社長交代を機にした変心なのか。「オフィスは英語」が日常の風景になるかもしれない。
 
「日本人が集まる日本で英語を使うなんて、そんなバカな話はない」

今から5年前の2010年7月、「グローバル企業のホンダも社内公用語を英語にすべきでは」と記者会見で問われた伊東孝紳社長(当時)は、一笑に付した。

当時、楽天やユニクロを展開するファーストリテイリングが英語を公用語化する方針を打ち出し社会的な関心を集めていた。この頃はまだ、ほとんどの日本人経営者やビジネスパーソンが、伊東氏と同じ考えだっただろう。

古くは1992年に当時、三菱商事社長だった槇原稔氏が英語公用語化を唱えたが、槇原氏は「宇宙人」と呼ばれ、全く浸透しなかった。日本企業の英語アレルギーは根強いが、ホンダの決断はそんな日本企業の「英語嫌い」を変えるきっかけになるかもしれない。

ホンダは6月29日に開示した「サステナビリティー(持続可能性)リポート」の中で英語公用語化を打ち出した。企業が持続可能性を重視した経営を行っていることを開示するこのリポートは、ここ数年、世界の大企業が一斉に出し始めた。

国連が公認するグローバル・リポーティング・イニシアティブ(GRI)が発行するガイドラインが「世界基準」とされており、開示項目の中には、環境、人権、地域貢献とならび「人材の多様性」や「コミュニケーション力」がある。

今回、ホンダはここに「2020年を目標に地域間の会議で使う文書や、情報共有のためのやり取りを英語とする『英語公式言語化』に取り組んでいる」と記した。このリポートは「環境リポート」や「CSR(企業の社会的責任)リポート」と同じように、投資家が投資企業を選ぶ際に参考となる。

つまりホンダは「持続可能な会社」であることをアピールする上で「英語公用語化が必要」と判断したことになる。もはや「バカな話」とは言っていられなくなってきたのだ。6月17日の株主総会とその後の取締役会を経て八郷隆弘氏が社長に就任した。その直後の公表である点も意義深い。


断定はできないが、2010年の伊東氏の発言は「日本人同士が日本で話をするのに、なぜ英語を使う必要があるんだ。そんなバカな話はないだろう」との趣旨だと思われる。楽天などが打ち出していた英語公用語化は日本人だけの会議も英語でやると伝えられていたので、それに対して「バカな話」と反応したのではないか。

だとすると、今回の件は「あのホンダまでも方向転換」といった話ではないはずだ。読売新聞は「外国人社員が出席しない会議や、現地の従業員だけが共有する文書は、これまで通り日本語や現地の言葉を使うなど柔軟に対応する」とホンダの方針を伝えている。つまり、2010年の「そんなバカな話はないだろう」との考えを引き継いでいるのだ。

「グローバルに共有する資料や文書を英語にする」「日本語を母国語にしない社員がいれば英語で会議をする」といった程度の話を、大西編集委員は大げさに取り上げてしまったのだろう。書くべきネタがなかったのかもしれないが、こういう記事を読まされても困る。

さらに結論部分が奇妙だ。


【日経ビジネスの記事】

内外の投資家がサステナビリティリポートを重視するようになれば、日本企業でも「会議と資料は英語」の時代が来るかもしれない。


ホンダはサステナビリティーリポートで社内での英語使用に触れたかもしれないが、名前からして「社内公用語をどうするか」を宣言するためのリポートではないはずだ。「投資家がサステナビリティリポートを重視するようになると、日本企業の英語公用化が進むかもしれない」と考えるのは的外れが過ぎるだろう。

百歩譲ってサステナビリティリポートでは英語公用化に触れるのが通例になるとしても、英語公用化を打ち出した企業が投資家に評価されるかどうかは別問題だ。筆者の見立てが当たる可能性はゼロではないが、直接結び付く話とは言い難い。今回の結論に持っていくならば、「サステナビリティリポートで英語公用化を打ち出す企業があれば高く評価したい」といった投資家の声ぐらいは入れたいところだ。


※記事の評価はD(問題あり)。大西康之編集委員の評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。大西編集委員の評価については「日経ビジネス 大西康之編集委員 F評価の理由」を参照してほしい。

酷すぎる日経 九州経済面「九州農業観光に力」

日経の地域経済面は非常にレベルが低い。日経産業新聞や日経MJもそうだが、社内では「埋める」という意識が強く、粗製乱造の場となりやすい。15日の九州経済面の2番手記事「九州農業観光に力~市町村など 訪日客にツアー紹介」という記事はその中でも酷さが目立つ。


【日経の記事(全文)】
マウリッツハイス美術館で「真珠の耳飾りの少女」を鑑賞する人々
                      ※写真と本文は無関係です


九州の市町村など自治体は九州農政局と連携し、農業観光(グリーン・ツーリズム)の普及に力を入れている。アジアを中心に増える訪日外国人向けに、観光と農業体験や農村・漁村での滞在を組み合わせて紹介する。九州の1次産品のPRや地域活性化を目指す。市町村はグリーン・ツーリズムを推進する協議会や団体を組織して受け入れ体制を強化している。

長崎県南島原市で組織した「南島原ひまわり観光協会」は2008年から農村・漁村と連携し、台湾観光客を対象に農作業が体験できるツアーを企画している。外国人を受け入れる家庭(民泊)は09年の6件から13年には150件に増加。農業観光の訪日外国人は13年度で6133人に上った。

大分県豊後高田市では、立命館アジア太平洋大学と同市の推進協議会が協定を結び、13年度に韓国や台湾から約500人を招いて農業研修を実施した。熊本県阿蘇地方では、農業での外国人受け入れ組織「阿蘇グリーンストック」が中国や韓国、ブラジルから林業や農業に役立つ野焼きボランティアの団体を招く。14年は約60人の中国人が阿蘇の農村に滞在した。


記事では、九州の自治体が農業観光に力を入れている事例として3つを紹介している。しかし、話が古い。南島原市は最新の数字が13年と13年度。豊後高田市も13年度で、阿蘇地方は14年と、いずれも今年(15年)の動向には全く触れていない。なぜ今、この記事を載せるのか不明だ。

記事にするならば、15年のデータを入れてほしい。最新でも14年度の数字しかない場合もあるだろう。その時は15年度の状況をコメントでもいいから読者に示す必要がある。それも無理ならば、掲載自体を見送るしかない。

この記事は他にもツッコミどころが多い。思いつくまま列挙してみる。


◎自治体は九州農政局とどう連携?

自治体は九州農政局と連携」と冒頭で書いているが、最後まで読んでも具体的にどう連携しているのか全く説明がない。


◎「農村・漁村と連携」?

長崎県南島原市で組織した『南島原ひまわり観光協会』は2008年から農村・漁村と連携」と書いてあるので、最初は南島原市が他の自治体と連携するのかと思った。しかし、南島原市内で完結している話のようにも見える。市内で完結する話ならば、「農業・漁業関係者と連携」などとした方がよいだろう。


◎家庭は「件」?

外国人を受け入れる家庭(民泊)は09年の6件から13年には150件に増加」と表記しているが、「家庭」の場合、「6軒」「150軒」の方が適切だと思える。


◎いつから始まった?

豊後高田市の話は「13年度に韓国や台湾から約500人を招いて農業研修を実施した」と述べているだけで比較がない。13年度から始まったのならば、その点を明示すべきだ。以前から実施しているのならば、増減を見せてほしい。何となく「13年度のみ実施」のような気もするが…。

阿蘇地方の話も同じ問題がある。「14年は約60人の中国人が阿蘇の農村に滞在した」と書いているが、比較はないし、14年から始まったのかどうかも不明だ。


◎編集部長へのお願い

今回のような記事を垂れ流し続けていては、日経に明るい未来はない。きちんと記事を書き上げる技量を記者が備えていないのは明白だが、問題は「この記事をこのまま載せてはまずい」とデスクも判断できていないことだ。粗製乱造の伝統の中で育ったデスクは、劣悪な記事を読んでもレベルの低さをもはや見抜けないのだろう。そして、デスクの甘いチェックを潜り抜けて記事を載せた記者は「自分はきちんと書けている」と勘違いしてしまう。

その結果が「酷すぎる」と評するしかない今回の記事だ。西部支社の成瀬紀之編集部長はこの記事を読んで何も問題を感じなかったのだろうか。もしそうなら手の施しようがないが、それでもお願いしておこう。

「記事のレベルの危機的な低さを認識した上で、きちんと対策を立ててください。お願いします。こんな出来の記事を読まされる読者がかわいそうです」


※記事の評価はE(大いに問題あり)

エコノミスト「東芝の闇」 読み応えあったが…

週刊エコノミスト7月21日号の特集「東芝の闇」は読み応えがあった。東芝の利益かさ上げ問題が発覚してから様々な記事に目を通してきた中で、最も出来が良かった。巨額の赤字を計上したリーマンショック直後まで遡って、東芝が今回の事態に至る要因を丁寧に分析していた。

ただ、サークルクロスコーポレーション主席アナリストの若林秀樹氏が書いた「アナリストの視点~リストラ事業の空白が生んだ電力と半導体事業の深淵」は残念だった。具体的には以下の記述だ。

デュルブイ(ベルギー)の断崖絶壁 ※写真と本文は無関係です
【エコノミストの記事】

事件の関心はその影響額から、不適切会計の原因、責任問題と処分の有無、さらにトップ人事も含めた新体制がどうなるかに移っている。オリンパスの損失隠し事件のような組織ぐるみの粉飾はなさそうだが、一定のケジメが必要かもしれない。


「東芝の田中久雄社長と前社長の佐々木則夫副会長が社員に対して利益の水増しなどを促す指示をしていた」との報道が出たのが7月10日前後なので、その時点で記事の修正は不可能だったのだろう。とは言え「組織ぐるみの粉飾はなさそう」と結論付けたのは、やはり問題だ。

組織ぐるみの粉飾があったとも断定できる状況ではないが、その疑いは否定できない。「組織ぐるみの粉飾はなさそう」とリスクを取って書くのは少し早かったか。現時点で読むと「筆者も今頃、分析が甘かったと思ってるんだろうな」と推測してしまう。

※特集全体の評価はB(優れている)。若林秀樹氏の評価はC(平均的)とする。

2015年7月14日火曜日

「売る理由」を説明しない日経「ファンド、原油・金売る」

14日の日経朝刊マーケット総合2面に「ファンド、原油・金売る ~WTI買い越し残 低水準」という記事が出ている。これは相当ひどい。「投資ファンドが原油や金など国際商品の売り姿勢を強めている」と書き出してはみたものの、最後まで読んでも「売り姿勢を強めている理由」が分からない。強いて言えば「国際商品の先高観が後退」しているからだろうが、なぜ先高観が後退しているか説明はない。「原油価格には下値余地が大きい」という市場関係者のコメントを紹介しても、下値余地が大きいと判断している理由には触れないといった具合だ。明らかな欠陥記事と言える。

記事では以下のように書いている。


【日経の記事(全文)】
リエージュ(ベルギー)中心部に近いギユマン駅 ※写真と本文は無関係です

投資ファンドが原油や金など国際商品の売り姿勢を強めている。ニューヨーク市場のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)の買い越し残高は、約3カ月ぶりの低水準となった。国際商品の先高観が薄れる中、個人投資家も商品価格に連動する上場投資信託(ETF)から資金を逃避している。

米商品先物取引委員会(CFTC)によると、7日時点で投機筋によるWTIの買い越し残高は節目の30万枚(1枚1千バレル)を下回った。ピークだった5月下旬に比べ、15%少ない。金の買い越し残高も約1年半ぶりの低水準にある。

エモリキャピタルマネジメントの江守哲・代表取締役は「原油価格には下値余地が大きく、原油先物の売り持ち高を増やしている」と語る。

英バークレイズによると5月、原油価格に連動する主要なETFから3億8千ドルが流出した。

金のETFも残高の減少に歯止めがかかっていない。国際商品の先高観が後退し、個人投資家は株式などに資金をシフトしていると見られる。

価格が商品相場に連動するミディアム・ターム・ノート(MTN)と呼ばれる社債の需要も低調だ。バークレイズ調査では5月の発行額は1億ドルとなり、過去最低の水準となった。


読んでみて、「投資ファンドが原油や金など国際商品の売り姿勢を強めている理由」がきちんと理解できただろうか。利益を追求している以上、先高だと見ているから買うのであり、先高観が後退すれば売りに傾くのは当然だ。その背景を解説しないのであれば、記事にする意味がない。

ただ、日経の商品先物関連記事では市場全体が買い越しや売り越しになっているかのような書き方をするのが通例なのに、今回は「投機筋によるWTIの買い越し残高」と表記していたのは評価できる。「初歩的な課題を1つ克服したに過ぎない」と言われれば、その通りではあるが…。

※記事の評価はE(大いに問題あり)。

松崎雄典記者に注文 日経「一目均衡 ROE革命の第2幕」

14日の日経朝刊投資情報面に載った「一目均衡~ROE革命の第2幕」(筆者は証券部の松崎雄典記者)は色々と気になる部分があった。列挙してみる。


ユトレヒト(オランダ)の運河  ※写真と本文は無関係です
◎説明が足りない

【日経の記事】

ROEの目標値に8%が浸透している。企業と投資家の望ましい関係について一橋大学大学院の伊藤邦雄特任教授が2014年にとりまとめた報告書(伊藤レポート)が求めているためだ。株式の「資本コスト」を上回る水準とされる。


この書き方だと「一橋大学の教授がレポートを出しただけで、なぜ企業に『ROE8%目標』が浸透するのか」という疑問が湧いてしまう。経済産業省のプロジェクトで座長を務めたのが伊藤教授で、そこでまとめたのが伊藤リポートらしい。その点を省くのは問題がある。


◎値動きが荒いと資本コストが上がる?

株式を買うなら値上がりや配当でこの程度は欲しいと投資家が考える利回りを「資本コスト」という。一般に長期金利に株式のリスクプレミアムを上乗せして算出され、株価の動きが荒いと高くなる

上記の説明は苦しい。株主資本コストは「株価の動きが荒いと高くなる」という部分が引っかかった。市場感応度を示すβ値が株主資本コストの計算では必要とされる。「株価の動きが荒いと資本コストが高くなる」のくだりは、β値と株主資本コストの関係に言及しているのだろう。市場全体と同じ方向に大きく動くとβ値は高くなるが、逆の方向に動けば株主資本コストを下げるはずだ。つまり「値動きは荒いが、株主資本コストは平均より低い」という状況は理論的にあり得る。「株価の動きが荒いと資本コストが高くなりやすい」ぐらいならば許容範囲だとは思うが…。


◎資本コストを下げたいのなら…

【日経の記事】

フルキャストは自社の資本コストを13%とはじき、ROE20%を目標に置く。日雇い派遣からの撤退などを経て2年前に復配したばかり。創業者など大株主が株式の過半を持ち流動性も低い。株価の動きが荒く、資本コストが高くなっており、ROE8%では企業価値を毀損してしまうのだ。

そこで資本コストの引き下げと成長の両方を目指す方策を打ち出した。総還元性向は50%にして資本の増加を抑える。銀行借り入れで資金調達しながら業績を拡大し、時価総額を増やして値動きを安定させる


フルキャストは資本コストの引き下げを目指しているらしい。「資本コストが高いのは流動性が低くて値動きが荒いから」とも書いている。ならば、単純に流動性を高めればいいのではないか。株式を売り出せば流動性はすぐ高まる。創業者の出資比率を下げるのが嫌ならば、株式分割という手もある。その方が確実で簡単なのに、なぜやらないのか。説明が欲しい。

時価総額を増やして値動きを安定させる」という説明も腑に落ちない。いくら時価総額を増やしても、浮動株の数が不変で流動性が低いままならば、わずかな売買で株価は大きく変動してしまう。一般的に時価総額の大きな銘柄の値動きがそうではない銘柄より小さいのは、大型株の方が浮動株が多いからだ。時価総額を増やすだけでは、株価の値動きの激しさは解消しないだろう。


◎地方スーパーへの偏見?

【日経の記事】

ROEを目標とする企業は一気に広がった。今、静かなうねりになってきたのが資本コストへの意識だ。

野村証券の金融工学研究センターは、事業特性や株価の動きから顧客企業の資本コストを算出している。太田洋子センター長は、「地方のスーパーマーケットを運営する企業からも依頼が来る」と変化に驚く


上記のコメント部分が引っかかる。「地方のスーパーなんて資本コストの意識が低いはずでしょ。なのに、そんな会社からも依頼が来るようになったのよ」と言いたいのだろう。行間から偏見が垣間見える。「詳細な調査の結果、地方のスーパーは平均的な上場企業に比べて資本コストへの意識が明らかに低いと証明されている」というのならば問題はないが、ちょっと考えにくい。

そもそも、株主資本コストをわざわざ金融機関に依頼して計算してもらう必要があるのだろうか。上場企業それぞれのβ値は公表されているようなので、それを使って計算できるのではないかとの疑問は残った。もちろん厳密さには欠けるかもしれない。ただ、上記のくだりが「今は野村なんかに頼んで計算してもらう流れになっているんですよ」と誘導しているように思えたので。


◎費用が分からないと「目指す売上高」が見えない?

【日経の記事】

日本のROE重視の流れが一過性ではと疑う海外投資家も多い。最大の理由は、資本コストへの意識が不十分なためだ。費用がわかってようやく目指すべき売上高が見えてくるように、資本コストの議論が高まれば、地に足の着いたROE経営に発展していく。


松崎記者は「費用がわかってようやく目指すべき売上高が見えてくる」と断定している。これには同意できない。まず多くの場合、費用は事前に確定していない。つまり、費用は分かっていない。ならば、目指すべき売上高は見えてこないだろうか。

来期のガソリンの価格が分からないからと言って、運送会社が「目指すべき売上高が見えない」と訴えても「なるほど」とは思わない。売上高は景気動向や競争状況を考慮して決めれば済む。筆者の言いたいことは何となく分かるが、うまく表現できていない。今回の場合、「費用をきちんと見積もれば経営計画の精度が向上するように~」などと直せば、問題は解消しそうだ。

※記事の評価はC(平均的)。松崎雄典記者の評価もCとする。