2018年3月31日土曜日

「円高・株安=市場混乱」と日経 清水功哉編集委員は言うが…

日本経済新聞の清水功哉編集委員を安定感のある書き手と評してきた。斬新な切り口を提示する訳ではないが、毎回それなりのレベルにはまとめてくる印象がある。31日の朝刊マネー&インベストメント面に載った「黒田日銀2期目の試練 誤算の円高『出口』急げず 
多いリスク、妙策乏しく」という記事を読んでも、基本的な評価に変更はない。ただ、引っかかる説明もあった。まずは冒頭部分。
流川桜並木と人力車(福岡県うきは市)
       ※写真と本文は無関係です


【日経の記事】

黒田東彦日銀総裁が4月9日に再任され、黒田日銀の2期目が始まる。1期目と異なり、円高・株安という市場混乱のもとでのスタートになりそうだ。緩和策を終える出口政策の早期着手は難しく、当面、長短金利を低位安定させる現行政策を粘り強く続ける構えだ。仮にマーケットの混乱がさらに深刻化した場合、取り得る追加策は限られ、難しい対応を迫られそうだ。



◎「円高・株安」は「市場混乱」?

円高・株安という市場混乱」という書き方が問題だ。円相場も株式相場も上がったり下がったりするものだ。「円高・株安」というだけで「混乱」と称するのはおかしい。清水編集委員の頭の中では「円安・株高=混乱せず」「円高・株安=混乱」となっているのだろうが、客観性には欠ける。

続きを見ていこう。

【日経の記事】

円相場が振り出しに戻りかねない――。一時1ドル=104円台に突入した最近の円高は、日銀にとってそんな意味を持つ。

日銀が現行政策(長短金利操作付き量的・質的緩和)の導入を決めたのは2016年9月21日。その前日の東京市場の円相場は1ドル=102円程度だった。この水準に逆戻りする恐れも出てきた(グラフA)。


◎振り出しは「2016年9月21日」?

清水編集委員は「黒田日銀の2期目が始まる」という節目を捉えて今回の記事を書いたはずだ。「円相場が振り出しに戻りかねない」と言うのならば、その「振り出し」は1期目が始まった2013年4月であるべきだ。なのに、なぜか「日銀が現行政策(長短金利操作付き量的・質的緩和)の導入を決めた」日である「2016年9月21日」を「振り出し」にしている。だが、「黒田日銀」にとって「2016年9月21日」は「振り出し」ではないだろう。

「現行政策の振り出しだから…」といった弁明は可能だが、ご都合主義的に「振り出し」を設定している感は否めない。

さらに見ていこう。

【日経の記事】

米国が利上げを続けているのに円相場は日銀短観(17年12月)の想定レート(17年度下期、109円台後半)を上回る水準――。日銀には誤算だ。円高など市場環境悪化は、物価に下げ圧力を加える点で金融政策にとって問題になる。



◎「円高=市場環境悪化」

ここでは「円高など市場環境悪化」という表現が気になった。清水編集委員の「円高は悪いこと」という決め付けが記事に反映されている。物価上昇を目指す日銀にとって円高は「市場環境悪化」かもしれない。しかし、円高を歓迎する企業や個人もたくさんいる。単純に「円高など市場環境悪化」と言ってしまうのは感心しない。
ハンググライダー発進基地(福岡県久留米市)
        ※写真と本文は無関係です

上記のくだりに関して言えば「円高は物価に下げ圧力を加える点で金融政策にとって問題になる」で十分だ。どうしても「悪化」と入れたいのならば、日銀にとっての「悪化」だと明示してほしい。

以下のくだりも似たような問題を抱えている。

【日経の記事】

もちろん今の超低金利が長引けば様々な副作用の懸念が強まる。十分な金利収入を得られない銀行の経営が悪化すれば、世の中にお金を提供する機能が低下する。保険、年金などの資産運用にもマイナスに働く。だからこそ黒田日銀の次の5年間では出口の模索が課題になるが、そのためにもまずは物価情勢の改善が必要だ。出口政策をすぐに始められる状況ではない。



◎「物価上昇=改善」?

そのためにもまずは物価情勢の改善が必要だ」と書いてしまうのも、清水編集委員の中に「物価上昇は良いこと」との思い込みがあるためだ。しかし、物価上昇を歓迎しない人は多い。上記のケースでは「そのためにもまずは物価の上昇が必要だ」で事足りる。

最後に、記事の結論部分にもツッコミを入れておきたい。

【日経の記事】 

仮に市場がさらに混乱して、2%目標実現に向けた物価のモメンタム(勢い)が失われるようなら、追加緩和の検討を迫られる可能性もある。ただ副作用の懸念は強く、「金利をさらに引き下げられる余地は事実上ない」(門間一夫元日銀理事)との指摘もある。

株安圧力が強まれば、年間約6兆円のペースで実施している上場投資信託(ETF)購入を増やす手もある。ただ既に日銀のETF保有残高は東証1部時価総額の約3%に相当する。購入を増やすと株価が本来の企業価値を一段と反映しなくなるとの批判も根強い。

政府が財政支出を増やし、日銀が国債購入増額で側面支援する財政・金融の連携策も考えられる。ただ財政規律がさらに緩む印象を与えれば、海外投資家の日本を見る目が厳しくなるかもしれない。

追加対応の妙策が乏しい日銀の現実が、市場混乱時に事態をさらに悪化させる恐れも皆無ではない



◎「事態をさらに悪化させる恐れ」は「皆無」かも…

追加対応の妙策が乏しい日銀の現実が、市場混乱時に事態をさらに悪化させる恐れも皆無ではない」と清水編集委員は記事を締めている。これに関しては、「事態をさらに悪化させる恐れ」は「皆無」かも…と感じた。前提として「打つ手のない日銀は円高・株安が進行しても傍観しているしかない」としよう。ならば、「さらに悪化させる」とは考えにくい。

市場に任せておくと日経平均株価が1万円まで下落する状況で日銀が傍観すると、さらに9000円、8000円と下がるだろうか。市場の判断する適正水準が1万円なのだから、日銀が動かなくても1万円で下げ止まるはずだ。

何もしないのだから「さらに悪化させる」という可能性を考慮する方が不思議だ。例えば、インフルエンザにかかった患者を放置すれば40度まで高熱が出るとしよう。薬などの打つ手を持たない医師がそばにいて傍観すると、熱が41度、42度と上がるだろうか。間違った治療をすればそうなるかもしれないが、傍観している限りは医師が熱をさらに上げる要因にはなりそうもない。


※今回取り上げた記事「黒田日銀2期目の試練 誤算の円高『出口』急げず  多いリスク、妙策乏しく
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180331&ng=DGKKZO28789430Q8A330C1PPE000


※記事の評価はC(平均的)。清水功哉編集委員への評価もCを据え置く。清水編集委員については以下の投稿も参照してほしい。

企業にデフレ心理? 日経 清水功哉編集委員への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_28.html

危ないことをサラッと書く日経 清水功哉編集委員への期待
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_48.html

「強固なデフレ心理」がある? 日経 清水功哉編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_20.html

2018年3月30日金曜日

記事に欠陥あり 日経「スシロー、すし居酒屋100店体制へ」

30日の日本経済新聞朝刊企業2面に載った「スシロー、すし居酒屋100店体制へ」という記事は欠陥ありだ。盛り込むべき必須事項が抜けている。全文を見た上で具体的に指摘したい。
門司港駅(北九州市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

回転ずし「スシロー」を運営するスシローグローバルホールディングスは、すし居酒屋「杉玉」を早期に100店体制に引き上げる。郊外の大型店を中心に展開していた既存の戦略モデルは、他業態やコンビニなどとの立地獲得競争により出店余地が少なくなっている。スシローは次の成長の柱として、杉玉の多店舗展開に乗り出す。

29日に東京・神楽坂で開かれた杉玉の旗艦店発表会で明らかにした。杉玉は日本酒を売りにした大衆すし居酒屋。日本酒15種類のほか、299円均一のすしや天ぷらなどを楽しむことができる。客単価は2700円程度を想定し、住宅街のある駅周辺などに出店する。


◎今は何店舗?

記事の柱は「すし居酒屋『杉玉』を早期に100店体制に引き上げる」ことだ。しかし、現在の店舗数に触れていない。絶対に入れるべき情報を外している。触れずに記事にして気にならないとしたら、記事作りの基礎的な能力が欠けている。記事を書いた企業報道部の記者も、チェック役のデスクも「肝心な情報が抜けている」と感じなかったのだろう。そこが怖い。

100店体制に引き上げる」時期を「早期」としか示せていないのも辛い。記事の柱となる部分なので、頑張って具体的な時期を盛り込みたいところだ。

推測になるが、「杉玉の旗艦店発表会」では「早期に」としか言わなかったのだろう。だが、追加で取材すればある程度は時期が特定できそうだ。そう思って他社の報道を調べてみたら、「流通ニュース」というサイトで「スシロー/神楽坂に新業態・大衆寿司居酒屋『杉玉』、5年後100店目標」という記事を見つけた。

記事の長さも似たようなものなので、こちらも全文を見て日経の記事と比べてみよう。

【流通ニュースの記事】

スシローグローバルホールディングスの子会社で新業態の開発を担うスシロークリエイティブダイニングは3月30日、東京・神楽坂に「鮨・酒・肴 杉玉 神楽坂」をオープンする。

「鮨・酒・肴 杉玉」は、新業態の大衆寿司居酒屋で2017年8月30日、兵庫県西宮市に1号店「西宮北口店」を出店し、2018年1月11日に東京・神保町に「神保町店」を出店している。

これまでは、あまり目立たない立地で、スシローの名前をまったく出さずに業態としての競争力を検証していた。1号店、2号店の業績が好調であるため、3号店は人通りが多い立地へ出店し旗艦店と位置付けた。

2018年9月期中に、関東と関西に各1店を出店、来期には10店程度を出店する予定だ。20店までは直営店を展開する計画で、その後はフランチャイズによる出店も検討し、5年後に100店体制を目指す


◎際立つ日経の完成度の低さ

甘木公園の噴水と桜(福岡県朝倉市)
     ※写真と本文は無関係です
流通ニュースの記事は「100店」を柱に据えてはいないが、「5年後に100店体制を目指す」と「100店」に届く時期を具体的に書いている。他のメディアでも「5年後に100店」と書いているので、追加取材すれば教えてもらえる数字なのだろう。

流通ニュースの記事では、現状で何店あるか(2店舗)もきちんと書いている。この件を扱った記事を何本か読んでみたが、日経より完成度の低い記事は見つけられなかった。日本を代表する経済紙がこれでいいのか。よく考えてほしい。

ついでに2つ注文を付けておきたい。まず「29日に東京・神楽坂で開かれた杉玉の旗艦店発表会で明らかにした」というくだりの「開かれた」は受身にする必要がない。「開いた」で事足りる。受身はなるべく避けて書いた方が好ましい。

また、「天ぷらなどを楽しむことができる」という部分は「天ぷらなどを楽しめる」で十分だ。記事を簡潔に書く技術もしっかり身に付けてほしい。


※今回取り上げた記事「スシロー、すし居酒屋100店体制へ」
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180330&ng=DGKKZO28774010Z20C18A3TJ2000


※記事の評価はD(問題あり)。

2018年3月29日木曜日

色々引っかかる日経ビジネス寺岡篤志記者「AI活用最前線」

日経ビジネス3月26日号の「時事深層~AI活用最前線(最終回)日本マイクロソフト『義理で出ている会議』が丸分かり」という記事は色々と引っかかる記述が目立った。最も気になったのはAIが判別してくれるのは「義理で出ている会議」なのか、それとも「義理で招かれている会議」なのかという点だ。
東本川の桜と耳納連山(福岡県久留米市)
        ※写真と本文は無関係です

日経BP社への問い合わせと回答は以下の通り。

 
【日経BP社への問い合わせ】 

日経ビジネス編集部 寺岡 篤志様

3月26日号の「時事深層~AI活用最前線(最終回)日本マイクロソフト『義理で出ている会議』が丸分かり」という記事についてお尋ねします。

見出しで「『義理で出ている会議』が丸分かり」となっていて、最初の段落にも「AIが社員のスケジュールやメールの履歴から『義理で出ている会議』を判別」と書いてあります。しかし、以下の記述では話が変わってきます。

例えば、Aさん主催の会議中にメールを読んだり、送ったりしている時間が長いと、AIからこんな指摘を受ける。『義理で会議に招かれていませんか』。Aさんの会議に参加する必要があるか検討すべし、というわけだ

これだと、AIの指摘で分かるのは「義理で出ている会議」ではなく「義理で招かれている会議」です。指摘を受ける人を仮にBさんとすると、「義理で出ている会議」は「Bさんにとっては必要ないが仕方なく出ている会議」となります。一方、「義理で招かれている会議」だと「Bさんにとって必要ないかどうか」は関係ありません。「Aさんから見てBさんに出てもらう必要はないが仕方なく招いている会議」となります。

そもそも、Bさんが会議中にどのぐらいメールをしているかは「義理で招かれている」かどうかにあまり関係がありません。重要なのはAさん側の事情です。

こうした点を考慮すると、AIの指摘は「義理で会議に出ていませんか」でないと辻褄が合いません。この部分の記述は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

もう1つ質問があります。気になったのは以下のくだりです。

今、日本MSは人事評価とオフィス365のデータを組み合わせたAIの開発を進めている。『できる社員』の仕事のやり方を分析して、そのノウハウを社内で共有する試みだ。イノベーションを起こす社員は他の部署とのコミュニケーション量が多い。こんな因果関係も分かってきたという

イノベーションを起こす社員は他の部署とのコミュニケーション量が多い」というだけならば、「因果関係」ではなく「相関関係」の類ではありませんか。例えば「大金持ちは高級すし店に通う回数が多い」という関係が成り立つからと言って「高級すし店に通うと大金持ちになる」という因果関係があるとは限りません。

記事の場合、「因果関係」があるのならば、「イノベーションを起こすと他の部署とのコミュニケーション量が増える」あるいは「他の部署とのコミュニケーション量を増やすとイノベーションが起きる」という関係が必要です。しかし、そうは書いていません。

イノベーションとコミュニケーション量の「因果関係」は確認できていないのではありませんか。仮に確認できているとすれば、説明の仕方が違うと思えます。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。


【日経BP社からの回答】

日経ビジネスをご愛読頂き、ありがとうございます。ご質問に回答させて頂きます。

1)「義理で出ている会議」について。

今回の記事で、「AIが『義理で会議に招かれていませんか』と指摘する」と表現したのは、AIが社員に注意喚起する表現をそのまま引用したためです。実際の職場でも、義理で招かれた会議と分かっていても、その会議に出ることが多いことを踏まえ、AIが「義理で出ている会議を判別」と表現させて頂きました。

2)因果関係の表現について。

日本マイクロソフトを取材した際に、「イノベーションを起こす社員」と「他の部署との
コミュニケーション量が多い社員」には関係性があるという取材結果に基づき、表現しました。日本マイクロソフトとしては、因果関係を探る目的で研究を進めていますが、ご指摘の通り、現時点で原因と結果に当たるほどの関係性があるとは言い切れません。誤解を招く表現であったと反省し、今後の記事の参考にさせて頂きたく存じます。

以上です。引き続き、日経ビジネスをご愛読頂きますよう、お願い申し上げます。

◇   ◇   ◇

回答から推測すると、AIは「義理で出ている会議」を判別してくれるが、指摘する時には「義理で会議に招かれていませんか」と伝えてしまうのだろう。だとしたら、このAIは使い物にならない。AIの国語力に問題ありだ。自分が「義理で会議に招かれていませんか」との指摘を受ける立場だとしたら「義理で招かれているかどうかは私には分かりません」と返したくなる。
佐世保市総合医療センター(長崎県佐世保市)
        ※写真と本文は無関係です

ついでに、他に気になった点を指摘しておきたい。

【日経ビジネスの記事】

AIを活用した業務効率化を主導する輪島文・シニアプロダクトマネージャーは「自身の作業時間を確保するために会議の出席を断ることは、日本の企業風土ではハードルが高い。だが目に見える根拠を示したリポートがあれば、上司にも改善を提案しやすくなる」と強調する。



◎「改善を提案しやすくなる」?

会議中にメールばかりしていると、それをAIが把握して「会議には義理で出ていませんか」と指摘してくれるとしよう。その場合「会議の出席を断ること」を「提案しやすくなる」だろうか。

自分だったら「そういう指摘をAIから受けるのは、お前が会議にきちんと参加せずメールばかりしているからだろ。ちゃんと会議に加われ」と注意されそうで、出席取り止めを「提案」する気にはなれない。「AIを活用した業務効率化」と言えば聞こえはいいが、日本マイクロソフトで本当に有効に機能しているのか疑わしい気はする。


※今回取り上げた記事「時事深層~AI活用最前線(最終回)日本マイクロソフト『義理で出ている会議』が丸分かり
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/depth/031900967/?ST=pc


※記事の評価はD(問題あり)。寺岡篤志記者への評価はCからD(問題あり)に引き下げる。

2018年3月28日水曜日

興味深く読めた日経の「岩田・前日銀副総裁インタビュー記事」

前日銀副総裁の岩田規久男氏は「リフレ派」のダメさを象徴するような人物だ。28日の日本経済新聞朝刊経済面に載った「緩和推進『単純すぎた』 岩田・前日銀副総裁 物価2%目標実現できず」というインタビュー記事は、岩田氏らしい苦しい弁明にあふれた興味深い内容だった。「物価上昇目標が達成できなかった責任を政府の財政政策に負わせるような発言も目立った」と聞き手の中村結記者も書いている。
靖国神社の桜(東京都千代田区)※写真と本文は無関係です

記事の一部を見ていこう。

【日経の記事】

――5年前は国債買い入れ額の「量」だった金融政策の軸を2016年に「金利」へ変えました。

「長期国債を大量購入してマネーを供給すべきだとした副総裁就任前の主張は、その後の金融政策の理論と実証研究の進歩から判断すると単純すぎた。就任後に実証研究などが進化し、生まれたのが(16年に日銀が採用した考え方である)短期と長期の金利を固定する現行のイールドカーブ・コントロールだ。需給状況を踏まえて金利操作する現行政策は2%達成に最善の仕組みだ」

――就任時、2年後の物価上昇率が2%に達しなかったら「辞任する」と発言しました。

「最高の責任の取り方は辞任との考えは今も変わらない。ただそれは金融緩和策が不十分で説明責任も果たせない時の最終判断だ。今の金融政策は副作用の少ない最善策で、2%未達の理由も説明してきた。『辞任』の言葉が一人歩きして誤解されたことを思うと、発言しない方がよかった」

「2%未達の最大の理由は14年4月の消費増税だ。多くのリフレ派が反対したこの増税がなければ14年夏ごろに2%に到達したはず。19年10月の消費増税は、消費を冷やして物価を下押ししないと確信できない限り再延期が必要。増税は日程ありきではなく、経済情勢に応じて決断すべきだ」


◎「消費増税」についてもう少しツッコんでも…

インタビュー記事に付けた「記者の目」という関連記事で「マネー供給の量に着目した積極策を訴えて5年前に日銀入りした岩田規久男氏が、自らの過去の主張を『単純すぎた』と評した意味は重い。大規模な量的緩和に対するこだわりを明確に修正したことになるからだ」と中村記者は述べている。それはその通りだろう。
横浜赤レンガ倉庫(横浜市)※写真と本文は無関係です

辞任する」発言に関する弁明については、過去の会見での内容を踏襲していて目新しさはないが、岩田氏を語る上でこの問題は欠かせないので、記事に入れる必要はある。

若干、物足りなかったのが「消費増税」の部分だ。岩田氏が副総裁に就任した段階で「14年4月の消費増税」は決まっていた。「2%未達の最大の理由は14年4月の消費増税」との言い訳は岩田氏も以前から使っているので、ここはもう少し詰めてほしかった。

例えば、こんな具合だ。

就任時点で消費増税の日程は決まっていました。それでも2%の物価目標を2年以内に達成できると考えたのではないのですか。「達成できなかった時に、『自分達のせいではない。他の要因によるものだ』と、あまり言い訳をしないということです。そういう立場に立っていないと、市場が、その金融政策を信用しないということになってしまいます」と岩田さんは就任時に述べてましたよね。「予想もしない外的要因が生じたから、目標を達成できませんでした」というならば、また分かります。「予定通りに増税が実施されたから目標を達成できなかった」では、まさに「市場が、その金融政策を信用しないということになってしまいます」。岩田さんの弁明は、就任時に述べていた好ましくない「言い訳」そのものではありませんか。

このぐらいは聞いてもいい。実際に中村記者は聞いたのかもしれない。紙面の関係で泣く泣く割愛した可能性も十分にある。その場合は、他の記事を削ってでもこのインタビュー記事を大きくするのが正解だったと思う(この辺りは主にデスクの判断になるが…)。


※今回取り上げた記事「緩和推進『単純すぎた』 岩田・前日銀副総裁 物価2%目標実現できず
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180328&ng=DGKKZO28642670X20C18A3EE8000


※記事の評価はB(優れている)。中村結記者への評価はBで確定とする。中村記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

良い意味で日経らしくない中村結記者の「日銀ウオッチ」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_25.html

2018年3月27日火曜日

ダイバーシティー必要論に根拠乏しい日経 石鍋仁美編集委員

日本経済新聞の石鍋仁美編集委員は熱心なダイバーシティー推進論者のようだ。それはそれでいい。だが「なぜ推進すべきか」に根拠が乏しいのは頂けない。26日の朝刊企業面に載った「経営の視点~ダイバーシティーへの本音 不要論より個性取り込め」はかなり苦しい内容になっている。中身を見ていこう。
佐世保港(長崎県佐世保市市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】 

職場にダイバーシティーが必要か。プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン(P&Gジャパン)が昨年、さまざまな企業の管理職を対象に調査したところ、本部長クラスでは6割以上が必要と回答。しかし部長級だと5割台に減り、課長級では半分を切った。

現場に近い層ほど疑問視しているわけだ。「仕事が進まない」「成績向上に直結しない」「コミュニケーションの阻害になる」。不要派や態度保留派の回答には容赦ない本音が並ぶ。

経済産業省が昨年まとめたダイバーシティーの現状に関する報告書も「企業の立場からすると『女性活躍』を進めるべきとの政府や社会からの要請に対し、受動的に対応を迫られたという側面も否定できない」と指摘。短期的には企業価値を下げる点にも言及する

働く人の多様化は成長戦略の柱だったはず。ボタンの掛け違いは、異質な人材が混在し、のびのび振る舞ってこそイノベーションが生まれる点を忘れたことが原因ではないか。米グーグルは、自社内で生産性の高いチームは個性や異論、個人的事情を仲間にさらけ出せる「心理的安全性」を備えた集団だったとの研究結果を発表している



◎結局、推進すべき根拠はない?

「日本には経済成長が必要で、そのためにはダイバーシティーの推進が欠かせない」と石鍋編集委員は考えているのだろう。記事中で「働く人の多様化は成長戦略の柱だったはず」「異質な人材が混在し、のびのび振る舞ってこそイノベーションが生まれる」などと述べている。

だが「ダイバーシティーを推進→イノベーションが起きて経済成長につながる」という因果関係に根拠らしきものが見当たらない。

経済産業省が昨年まとめたダイバーシティーの現状に関する報告書」は「女性活躍」が「短期的には企業価値を下げる点にも言及する」らしい。ならば、長期的には企業価値を上げるという根拠はあるのか。あれば石鍋編集委員は喜んで飛び付きそうなので、ないと推測できる。

さらには「異質な人材が混在し、のびのび振る舞ってこそイノベーションが生まれる」とも言い切っている。もちろん何の根拠も示していない。

グーグルの「研究結果」の話はさらに厳しい。まず「生産性」の話なので「イノベーションが生まれる」かどうかと直接の関係はない。「個性や異論、個人的事情を仲間にさらけ出せる『心理的安全性』を備えた集団」の「生産性」が高くなるとしても、その「集団」が多様性を備えている必要があるとは言っていない。

常識的に考えれば、同質性が高い集団の方が「個人的事情を仲間にさらけ出せる『心理的安全性』」は高いだろう。同じ年齢で同性ばかり日本人だけのチームで作業する時と、年齢はバラバラで男女半々で全員の国籍が異なるチームで作業する時では、どちらがチーム内で「個人的事情」をさらけ出しやすいか、石鍋編集委員にも考えてみてほしい。

基本的に「多様性を高めればパフォーマンス面でプラスの効果が見込める」という話は怪しいと思う。せいぜい「プラスの効果が見込める場合もなくはない」といった程度だろう。

極端なケースを考えてみれば分かる。60歳定年制で従業員は全員が50代以下というIT企業がダイバーシティー推進のために社員の30%を60代以上にして、さらに社員の10%以上は80代以上にしたらどうなるだろうか。「働く人の多様化」でイノベーションが次々に起きて企業は大きく成長するだろうか。

異質な人材が混在し、のびのび振る舞ってこそイノベーションが生まれる」というのは、石鍋編集委員の信仰にも似た思い込みではないのか。「違う」と言うのならば、明確なエビデンスを示してほしい。


※今回取り上げた記事「経営の視点~ダイバーシティーへの本音 不要論より個性取り込め
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180326&ng=DGKKZO28500270T20C18A3TJC000


※記事の評価はD(問題あり)。石鍋仁美編集委員への評価はDを据え置く。石鍋編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「シェアリング」 日経 石鍋仁美編集委員の定義に抱いた疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_88.html

どこに「自己否定」? 日経 石鍋仁美編集委員「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_31.html

2018年3月26日月曜日

「中高一貫校」主要178校の選び方がおかしい週刊ダイヤモンド

週刊ダイヤモンド3月31日号の特集「大学新入試に勝つ! 中高一貫校」には「特別付録」として「中高一貫校 19年分の歴史を凝縮 延べ178校 偏差値」という表が付いている。この付録が謎だ。「178校」の選び方がおかしい。入るべき学校が外れ、入らなくてもいい学校を掲載しているように見える。
久留米百年公園の桜(福岡県久留米市)
       ※写真と本文は無関係です

偏差値は、四谷大塚『合不合判定テスト』(小6生)を基にした合格可能性80%ライン」といった説明はあるが、178校をどうやって選んだかには触れていない。偏差値は44~72と幅があるので、難易度の低い学校を無条件に切っているわけでもない。

地域別に「おかしな取捨選択」を見ていきたい。まず北海道。「Part 2~全国中学・高校・中高一貫校 最新“序列”マップ」という記事には「(札幌にある)これら地元の公立高校と大学合格実績で張り合える中高一貫校が数校ある。その筆頭格が、北嶺中学校だ」「北嶺に次ぐのが函館ラ・サール中学校」と書いてある。

この2校のうち1校だけ表に入れるならば北嶺だろう。だが、北嶺が外れて函館ラ・サールが2018年の偏差値56で入っている。

次に中部を見ていく。「中部地区は、医学部合格に圧倒的な強さを誇る東海中学校を頂点とした序列に変わりはない」という。しかし、偏差値の表に「東海」の文字はなく、なぜか同じ中部の「海陽」は入っている。東海が「圧倒的な強さ」ならば海陽はかなり下のランクになるはずだ。

続いて関西。「大阪で抜きんでた存在なのが男子校の大阪星光学院中学校。女子校でいえば、医志コースを擁する四天王寺中学校だ。そうした中、最近存在感を急速に高めているのが高槻中学校だ」と打ち出したものの、3校とも表には入れていない。

兵庫については「日本の最難関校である男子校の灘中学校、女子校でいえば神戸女学院中学部が筆頭格であることに変わりはない。注目は、09年に神戸大学系列の中学校2校が合併して誕生した後、12年に中高一貫校となった神戸大学附属中等教育学校だ」と書いてある。

さすがに灘は表に入っているが、神戸女学院と神戸大学附属は外れた。関西に関しては、北海道や中部のような「逆転現象」は見当たらないが、記事で「抜きんでた存在」などと書いている学校を表から外している点は引っかかった。

最後の九州は逆転現象が起きている。記事ではラ・サールの人気が落ちて、久留米大学附設が「人気も難度も逆転した」と解説している。しかし表にはラ・サールが入り久留米大学附設は漏れた。

今回の「特別付録」では首都圏の学校を中心に選んでいる印象がある。まず、首都圏の学校を偏差値の高くないところも含めて多めに入れて、余った枠に首都圏以外の学校を適当に加えた結果、こういう表になってしまったと推測できる。


※今回取り上げた特集「大学新入試に勝つ! 中高一貫校
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/23075


※特集全体の評価はC(平均的)。担当者らの評価は以下の通りとする。

藤田章夫副編集長:暫定E→暫定C
竹田孝洋副編集長:E→C
西田浩史記者:D→C
嶺竜一氏(ライター):暫定B→暫定C

2018年3月25日日曜日

「麻生氏ヨイショ」が苦しい日経 上杉素直編集委員「風見鶏」

ヨイショ記事は好きではないが、「ヨイショだからダメ」と決め付けるつもりはない。ヨイショするに足る十分な材料があれば問題ない。だが、25日の日本経済新聞朝刊総合3面に載った「風見鶏~麻生氏不在の存在感」という記事は、肝心の「材料」が弱すぎる。そうなると単なる「筋の悪いヨイショ記事」だ。
横浜銀行本店(横浜市)※写真と本文は無関係です

筆者の上杉素直編集委員は記事の後半で以下のように記している。

【日経の記事】

近年際立つ特徴は、G7とG20を通じて最も早い年初のG20財務相・中央銀行総裁会議がその1年の国際社会のテーマを方向付ける役割だ。市場の動揺を受けた2016年2月の上海での会合は「政策総動員」を打ち出し、金融政策だけでなく財政や経済構造の改革に取り組むと強調。「政策総動員」が16年を通じたキーワードになった。

ドイツ南西部のバーデンバーデンで開いた17年3月の会合は、米国第一を掲げる米トランプ政権を国際社会が迎える場でもあった。「保護主義に対抗」という定例表現を米国の主張で削除せざるを得なかった共同声明が衝撃的だった。議長国のドイツをはじめとする参加者に米国へのいら立ちが充満していた。

異様なムードの会議で米国に寄り添う姿勢が目立ったのが麻生氏。「『毎回同じこと言うな』って言って、次のとき言わなかったら『なんで言わないんだ』という程度のもの」。独特の言い回しで反保護主義の文言削除をめぐる騒ぎを一蹴した。G20会議に併せてムニューシン米財務長官と個別に会い、米国を迎え入れる窓口役を買って出ているようにも映った。

米国の鉄鋼輸入制限の発動が迫るタイミングに重なった18年最初のG20財務相会議は20日(日本時間21日)、アルゼンチンのブエノスアイレスで幕を閉じた。通商政策の担当ではない財務相が集まっても通商が最大のテーマになるよじれ。米国は自国中心の強気を崩さず、トランプ時代の国際協調は18年も山あり谷ありだと予感させた。

今回、欧州や新興国が米国との窓口役を期待したであろう麻生氏の姿はブエノスアイレスになかった。G20会議がヤマ場を迎えた頃に麻生氏がいたのは日本の国会だ。学校法人「森友学園」に関する決裁文書を財務省が書き換えた問題にまつわる疑問は尽きず、麻生氏の責任と進退を問う声が次々と上がっている。

不在がむしろ存在感を示すことがある。ブエノスアイレスでそう感じたG20会議の出席者もいただろう。森友問題の収拾のため、麻生氏辞任の可能性を想像するときに政権関係者が感じるのと同じように。


◎「米国に寄り添った」だけなら…

今回の記事のテーマは「麻生氏不在の存在感」だ。「18年最初のG20財務相会議」を麻生氏が欠席したことを取り上げて「不在がむしろ存在感を示すことがある」と持ち上げている。

それまで麻生氏が「G20会議」で存在感を示していたのならば、上杉編集委員の解説に説得力が出てくる。しかし、記事を最後まで読んでも、そう納得できる「材料」は出てこない。

まず「16年」に関しては、麻生氏と関連付けていない。「17年3月の会合」でようやく麻生氏が登場するが、「異様なムードの会議で米国に寄り添う姿勢が目立ったのが麻生氏」だと言う。日本が「米国に寄り添う」のはお決まりのパターンで、特筆すべきものでもない。

例えば、米国と他国の意見が対立する中で、麻生氏が積極的に調整役を買って出て合意形成に大きな役割を果たしたといった話があれば、翌年の「G20会議」で「麻生氏不在の存在感」が出てくるとの解説もうなずける。だが、お決まりの米国追従の姿勢を見せた程度で、麻生氏個人の存在感が高まるとは考えにくい。

しかも、記事では「不在がむしろ存在感を示すことがある。ブエノスアイレスでそう感じたG20会議の出席者もいただろう」と書いている。「麻生氏不在の存在感」があったとは断定していない。「そう感じたG20会議の出席者もいただろう」と上杉編集委員が想像しているだけだ。これは苦しい。

18年最初のG20財務相会議は20日(日本時間21日)、アルゼンチンのブエノスアイレスで幕を閉じた」のだから、日本の関係者でもいいので取材して「麻生氏不在の存在感」があったかどうかを聞くべきだ。

例えば「海外メディアからも『ミスター麻生はなぜいないんだ。彼がいないと会議がまとまらない』といった質問をたくさん受けた」という政府関係者のコメントが記事に入っていれば、「麻生氏不在の存在感」をしっかり裏付けられる。

そうした取材を上杉編集委員は怠ったのか、やってみたものの期待通りの結果が得られず「ごまかし」に走ったのか。いずれにしても問題ありだ。


※今回取り上げた記事「風見鶏~麻生氏不在の存在感
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180325&ng=DGKKZO28482950T20C18A3EA3000


※記事の評価はD(問題あり)。上杉素直編集委員への評価はDで確定とする。

2018年3月24日土曜日

定員抑制は「MARCH狙い撃ち」に根拠がないFACTAの記事

FACTA4月号に載った「平成版『人返しの法』が私大MARCH狙い撃ち」という記事では見出しでも「MARCH狙い撃ち」と打ち出している。しかし、記事を最後まで読んでもなぜ「MARCH狙い撃ち」と言えるのか、まともな説明がない。「MARCH」に関しては、以下のように記している。
有明海(佐賀県太良町)※写真と本文は無関係です

【FACTAの記事】

東京都内の大学入試もほぼ終わり、試験業務から解放され安堵しているはずの大学職員たちの表情が冴えない。東京一極集中是正に向け23区にある大学の定員増を今後10年間禁じる「劇薬」新法案が今国会に提出されているからだ。とりわけ、地方学生の受け皿となっているMARCH(通称「マーチ」=明治、青山学院、立教、中央、法政の有名マンモス私大群)が「狙い撃ちにされる」(政府関係者)と物議を醸している

立法化を求めたのは東京への学生流出に憤る全国知事会だが、実質的に主導したのは内閣官房所管の有識者会議。座長に坂根正弘コマツ相談役、カギを握る座長代理には地方創生の旗振り役、増田寛也元総務相が就任。首相の側近、山本幸三地方創生担当相時代の2017年2月に「法制化ありき」で始まった。

2月上旬、都内で開かれた大学関係者らによるシンポジウムは、危機感がにじむ内容だった。

「稀に見る愚策。(大学の)中身の競争を自由にすべきで23区の大学が活性化できないと、国全体のレベルが落ちてしまう」。大学定員抑制策を槍玉に挙げたのは「オネエキャラ」で知られる尾木ママこと、教育評論家の尾木直樹。憤懣やるかたない様子で口角泡を飛ばした尾木は、長年にわたり法政大で教鞭をとり、テレビのワイドショーなどへの出演を通じて法政大の名を拡散した広告塔的な存在だ。

看板教授陣のメディア露出が学生募集の武器となり、特に潤沢な軍資金(授業料収入)を持つマーチの広報力は、他大学を圧倒する。教育学者でベストセラーを量産する齋藤孝・明大教授、法律問題のコメントで定評のある野村修也・中央大法科大学院教授、箱根駅伝4連覇を達成した青学の原晋監督らは、今もテレビに引っ張りだこだ。

あまたの看板教授を抱えるマーチが、23区内の大学定員抑制法案で狙い撃ちにされる理由は、いくつか考えられるが、まず学生の多さが標的だ。16年の23区内の大学などの学生数は46万7千人に上り、全国の学生数の約17%、実に6人に1人が集中している。ちなみに、マーチ5大学の在学生は計約12万人。大手予備校がまとめた18年度(3月1日時点)のマーチへの志願状況も計46万人超(前年比108%)と、「日東駒専」「関関同立」の私大群を大きく引き離す。少子化の逆風にもめげず、その人気は衰えない。地方学生を吸い寄せる「巨大なブラックホール」のような存在だ

私学助成を出す国からすれば、高校で理系科目をさっさと捨て、私学文系コースに走る学生の「駆け込み寺」となっていることも、気に入らないようだ。国立大学改革の一環として文部科学省が出した「文系学部廃止」通知が物議を醸したのは3年近く前。科学技術立国を支える人材育成への貢献度が低い私大文系が、大学行政の観点から「冷や飯」を食わされるのは必至。私大文系組が殺到するマーチへの風当たりが強まるのも当然だ。


◎「早慶上智」や「日東駒専」は狙われてない?

MARCHが「23区内の大学定員抑制法案で狙い撃ち」されているとの見方が正しいとすれば、「早慶上智」や「日東駒専」は「狙い撃ち」の対象外となる。しかし、なぜそう言えるのかは謎だ。「地方学生の受け皿となっている」のは「早慶上智」も同じだ。

高校で理系科目をさっさと捨て、私学文系コースに走る学生の『駆け込み寺』となっている」のは「日東駒専」にも当てはまるだろう。

例えば「早慶上智」や「日東駒専」は「23区内の大学定員」を増やす気がそもそもなく、増やしたがっているのはMARCHのみといった事情があれば「MARCH狙い撃ち」で納得できる。しかし、そうした話は出てこない。

MARCHを「地方学生を吸い寄せる『巨大なブラックホール』のような存在だ」と記事では書いているが、「地方学生を吸い寄せる」力ならば「早慶上智」の方が上だろう。「MARCHに入れるなら上京するが、早慶上智なら地元で進学する方がマシ」と考える学生はかなり少数派だと思える。


※今回取り上げた記事「平成版『人返しの法』が私大MARCH狙い撃ち
https://facta.co.jp/article/201804032.html


※記事の評価はD(問題あり)。

2018年3月23日金曜日

「フリーアドレス制でダイバーシティー効果」が怪しい日経の記事

22日の日本液剤新聞朝刊未来学面に載った「ポスト平成の未来学 第5部 少子社会の針路~林業ガール 相棒はIT 消える男女別職種」の中の「『オールド・ボーイズ・ネット』に風穴」という関連記事にも注文を付けておきたい。
佐世保駅(長崎県佐世保市)※写真と本文は無関係です

まず以下のくだりの説明に疑問を感じた。

【日経の記事】

米経営学者トーマス・アレン氏は同僚との物理的距離とコミュニケーション頻度を研究し、アレン曲線と呼ばれる相関関係を見いだした。距離が離れるほどコミュニケーションを取る確率が急激に減るという。1週間に1度以上会話する確率は同僚との距離が1メートルほどなら50%強あるが、30メートル以上離れると5%を割る。縦横無尽なコミュニケーションを促すフリーアドレス制オフィスのような仕組みは、ダイバーシティー効果を高める。たとえ女性比率がまだ低くとも、女性の同僚と情報を交換する機会が増え、その知恵と発想を組織で共有できるからだ



◎女性との「コミュニケーション頻度」が高まる?

縦横無尽なコミュニケーションを促すフリーアドレス制オフィスのような仕組み」を導入すると「女性の同僚と情報を交換する機会が増え、その知恵と発想を組織で共有できる」ようになるだろうか。

A社のオフィスでは、席を固定している時には1メートル以内に1人、30メートル以内に10人の女性がいたとしよう。これを「フリーアドレス制」にするとどうなるか。

基本的には「1メートル以内に1人、30メートル以内に10人の女性」がいる状況は変わらないはずだ。近くにいる女性はコロコロ変わるはずなので、多くの女性と接する可能性は高まるが、代わりに「ほとんどの女性とたまにしか会話しない」という状況になるだろう。

全体で見て「女性の同僚と情報を交換する機会が増え」るかどうかについては、単純に考えれば変化はない。ただ、実際には減る気がする。

まず、よく知らない女性が近くにいる場合、あまり積極的にコミュニケーションを取らずに済ませる場合が多くなりそうだ。明日は席が隣にならない可能性が高いので、忙しい時に気を使ってまで話す必要性も薄い。

また「空いている場所を使う」という仕組みならば、隣に誰もいない席を選ぶ人も多いはずだ。この場合は、席を固定していた時と比べて1メートル以内に女性がいる確率は下がってしまう。

次に移ろう。

【日経の記事】

厚生労働省によると、課長級以上の女性管理職比率は16年9.3%。先進国の中ではいまだ最低レベルだ。正規雇用者に占める女性比率は3割を超えているのに、なかなか女性管理職が増えない。国は20年30%の目標を掲げるが実現は厳しい状況だ。その一因に「オールド・ボーイズ・ネットワーク」がある。オフィスの喫煙室や終業後の居酒屋などで男性同士は親睦を深める。あくまで非公式なコミュニケーションだが、重要な人事異動や根回し、新プロジェクトがこうした場で決まることも多い。女性は蚊帳の外。仕事に有益な情報や機会を男性同士で分かち合うオールド・ボーイズ・ネットワークは日本に限らず、米国でも女性のキャリア形成を阻害する要因に挙げられている

同じ属性の者が群れたがるのは人の常。結びつきを強制的に断ち切るのは難しい。対抗策の一つは組織内コミュニケーションを活性化し、性別を超えた接点を意図的につくること。女性の同僚の考え方や経験、人となりを知る機会が増えれば彼女らに仕事上のチャンスを提供しようと男性も考えるようになる。オールド・ボーイズ・ネットワークに風穴が開けば女性は今よりずっとキャリアアップがしやすくなる。



◎本当に「オールド・ボーイズ・ネットワーク」が一因?

日本で女性管理職が増えない一因として「オールド・ボーイズ・ネットワーク」があると記事では解説している。これが成り立つためには「管理職になりたい女性はたくさんいるのに、なかなか登用されない」という状況が要る。日本はこういう状況にあるのだろうか。
基山町民会館(佐賀県基山町)※写真と本文は無関係です

例えば日経の17年5月19日の記事では以下のように記している。

【日経の記事】

十六銀行傘下の十六総合研究所(岐阜市)は、2017年度の新入社員の意識調査結果をまとめた。入社後の昇進について「経営者・役員」「部長クラス」「課長クラス」と答えた女性の割合は15年度の合計6.8%から17年度は13.4%に上昇。女性の管理職志向が強まっていることを示す結果となった。男性は48.8%でこれまでの傾向と変わらなかった。

◇   ◇   ◇

この記事を基に「女性は1割、男性は5割が管理職志向」と仮定してみる。「正規雇用者に占める女性比率は3割を超えている」ようなので、「正規雇用者」は女性3割、男性7割としよう。この場合、「正規雇用者」全体で管理職志向の女性が3%、管理職志向の男性が35%を占める。この中から男女の差がなくほぼ同じ確率で管理職に就くと考えると、管理職の中で女性の比率は8%となる。

課長級以上の女性管理職比率は16年9.3%」なので、現実の数字とほぼ同水準だ。「オールド・ボーイズ・ネットワーク」が原因で男性をひいきしているのならば、こうはならないはずだ。また、女性の管理職志向は「15年度」には「合計6.8%」に過ぎなかったことを考慮すると、今いる女性の「正規雇用者」の中で管理職志向は1割を大きく割っていたと推測できる。

そう考えると、男性優遇がないどころか女性優遇が起きている可能性も捨て切れない。「オールド・ボーイズ・ネットワーク」は本当に女性管理職が生まれるのを阻害しているのか。筆者(おそらく石塚由紀夫記者)は慎重に検討してほしい。

付け加えると、「オフィスの喫煙室や終業後の居酒屋などで男性同士は親睦を深める」と言うが、普通は「喫煙室」で女性を除外していない。男女間、女性同士でも「親睦」は深まるはずだ。

終業後の居酒屋」での付き合いで「女性は蚊帳の外」というのも考えにくい。オフィス街で「終業後の居酒屋」を覗いてみれば分かる。男女が交じった会社員のグループは珍しくない。そんなに強固な「オールド・ボーイズ・ネットワーク」が本当にあるのか疑問だ。



※今回取り上げた記事「『オールド・ボーイズ・ネット』に風穴
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180322&ng=DGKKZO28406320R20C18A3TCP000


※記事の評価はD(問題あり)。筆者と推定した石塚由紀夫への評価もDを維持する。石塚記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「女性活躍後進国」と日経 石塚由紀夫編集委員は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_2.html


※「ポスト平成の未来学 第5部 少子社会の針路~林業ガール 相棒はIT 消える男女別職種」という記事については以下の投稿を参照してほしい。

IT企業の社員は「林業ガール」? 日経 若狭美緒記者に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/03/blog-post_23.html

IT企業の社員は「林業ガール」? 日経 若狭美緒記者に問う

22日の日本液剤新聞朝刊未来学面に載った「ポスト平成の未来学 第5部 少子社会の針路~林業ガール 相棒はIT 消える男女別職種」という記事には、肝心の「林業ガール」が出てこない。他にも色々と問題を感じたので「ご意見や情報をmiraigaku@nex.nikkei.co.jpにお寄せください」という要望に沿って以下の内容で意見を送ってみた。
諫早公園の大クス(長崎県諫早市)
       ※写真と本文は無関係です

【日経へのメール】

日本経済新聞社 若狭美緒様 石塚由紀夫様

22日の朝刊未来学面に載った「ポスト平成の未来学 第5部 少子社会の針路~林業ガール 相棒はIT 消える男女別職種」という記事について意見を述べさせていただきます。

まず気になったのが、本文に「林業ガール」が見当たらないことです。記事では「第1次産業である林業は人手不足が深刻なうえ、力仕事が多く、急斜面での作業など厳しい労働環境で女性の従事者が少ない」「一部地域では女性の林業従事者が増えている。人工知能(AI)も組み合わせれば、1次産業でも少ない人手で高い生産性を実現することが可能になりそうだ」などと書いていますが、「女性の林業従事者」そのものは登場しません。

林業向けIT(情報技術)システム開発のベンチャー、ウッドインフォ(東京・練馬)が手掛ける作業で、計測に取り組む女性」は出てきます。ただ、この女性が「ウッドインフォ」の従業員であれば、「林業従事者」ではなく「情報サービス業従事者」とでも捉えるべきでしょう。

この事例から「消える男女別職種」(「男女別職種=どちらかの性別の人しかいない職種」と解釈しています)という見出しを導くのも厳しいと思えます。既に述べたように、記事に登場する「女性」は「林業従事者」ではないので、男性のみの職種に女性が進出してきた事例とは言えません。

記事には「(林業)従事者の9割は男性だ」との記述もあります。だとすれば1割は女性がいるので、そもそも林業は「男女別職種」に当てはまりません。

カルビーの事例にも引っかかる記述がありました。記事では「結局のところ女性が活躍できる職場とは多様な働き方を認める職場ということなのだろう。カルビーのようなフラットな組織はその一つの方法だ」と記していますが、カルビーの組織が「フラット」だと納得できる説明はありません。

カルビーのオフィスはフリーアドレス制」で「ワンフロアのオフィスは会議室にも役員室にも壁がない」のは分かりました。しかし、だから組織が「フラット」だとは限りません。ピラミッド型の組織と「フリーアドレス制」は両立します。

記事からは「フラットな組織」にすると「多様な働き方を認める職場」になるとの印象を受けます。これも、よく分かりません。ピラミッド型の組織でも多様な働き方を認めることはできますし、フラットな組織と均一的な働き方も両立します。フラットな組織の方が多様な働き方を認めやすいという感じもありません。

最後に、以下の記述に関して意見を述べます。

私は2人の子どもを育てるワーキングマザーだ。働く時間に制約を抱えながらニュースと向き合うジレンマに悩み続けてきた。ITなどを活用すれば効率よく働けるはずだが、男性記者と同じように働こうと思っても、子どもを寝かしつけてからの深夜の記事執筆は正直つらい

問題としたいのは「男性記者と同じように働こうと思っても」という部分です。男性記者の中にも子育てと仕事の両立に悩みながら仕事をしている人がいても不思議ではありません。また、女性記者の中には独身で仕事に没頭している人もいるでしょう。

なのに、記事では「男性記者と同じように働こうと思っても」と記しています。「男性記者は子育ての負担を全く負っていない。女性記者は全員がワーキングマザー」といった前提があるならば話は別ですが、あり得ないはずです。

子育ての負担がない記者と同じように働こうと思っても」などと記せば問題は解決します。「男性記者」と言い切ってしまうところに筆者の偏見を感じました。

意見は以上です。今後の記事作りに生かしていただければ幸いです。

◇   ◇   ◇

私は2人の子どもを育てるワーキングマザーだ」との記述から判断すると、「林業ガール 相棒はIT 消える男女別職種」という記事は若狭美緒記者が書いたのだろう。石塚由紀夫記者は「『オールド・ボーイズ・ネット』に風穴」という関連記事を担当したと思われる。この関連記事については別の投稿で触れる。


※今回取り上げた記事「ポスト平成の未来学 第5部 少子社会の針路~林業ガール 相棒はIT 消える男女別職種
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180322&ng=DGKKZO28406280R20C18A3TCP000


※記事の評価はD(問題あり)。若狭美緒記者への評価は暫定でDとする。

2018年3月22日木曜日

「森友文書書き換え問題」櫻井よしこ氏の辻褄合わない説明

櫻井よしこ氏に関しては厳しく評価してきた。書き手としての引退を考えるべきだと結論付けている。週刊ダイヤモンド3月24日号の「櫻井よしこ 新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽(Number 1224)政権非難溢れる森友文書書き換え問題 メディア側は確たる証拠を示すべきだ」という記事も、従来の評価を裏付ける内容となっている。
眼鏡橋(長崎県諫早市)※写真と本文は無関係です

ダイヤモンド編集部には以下の内容で19日に問い合わせを送った。櫻井氏のホームページにもほぼ同じ内容で問い合わせをしているが、いずれも21日までに回答がなかった。

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

櫻井よしこ様 週刊ダイヤモンド編集部 担当者様

3月24日号の「櫻井よしこ 新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽(Number 1224)政権非難溢れる森友文書書き換え問題 メディア側は確たる証拠を示すべきだ」という記事についてお尋ねします。「森友文書書き換え問題」について櫻井様は以下のように記しています。

小泉純一郎元首相や野党は、安倍首相が『私や妻が同問題に関わっていたのであれば総理大臣を辞める』と発言したから、書き換えが行われたと論難するが、安倍首相発言は二〇一七年二月だ。財務省の森友関連文書の削除、書き換えは、その二年前の一五年六月にすでに始まっていた。小泉氏らの論難は当たらないだろう

安倍首相発言があった17年2月より前の15年6月に書き換えは「すでに始まっていた」ので、「小泉氏らの論難は当たらないだろう」と櫻井様は結論付けています。

しかし、これは根拠にならないと思えます。「森友文書改ざん 新たに1件 財務省、3年前にも削除」という毎日新聞の記事では「森友学園への国有地貸し付けに関する文書に添付した資料を近畿財務局の職員が決裁後の2015年6月に抜き取り削除した。時期などが違うため、財務省は一連の改ざん問題と関連ないとみている」と報じています。一連の改ざん問題との関連については、NHKや日経も否定的です。

だとすると、「(安倍首相発言の)二年前の一五年六月にすでに始まっていた」ことは、書き換え問題と安倍首相発言が関連しない根拠にはならないのではありませんか。「なる」との判断であれば、その理由も併せて教えてください。

次の疑問に移ります。問題としたいのは以下のくだりです。

佐川氏は昨年三月一五日の国会で、『森友側との事前の価格交渉はしていない』と述べた。今回の文書から、佐川発言に反する文言や内容がすべて削除され書き換えられていたのが判明した。決裁文書書き換えは佐川氏を守るために財務省理財局と近畿財務局の連携で行われたと見てほぼ間違いないのではないか

決裁文書書き換えは佐川氏を守るために財務省理財局と近畿財務局の連携で行われたと見てほぼ間違いないのではないか」と櫻井様は述べていますが、記事によれば佐川氏の国会答弁は「昨年三月一五日」です。櫻井様の考え方に従えば、書き換えは「一五年六月にすでに始まっていた」ので、佐川氏の答弁と書き換えには関連がないとなるはずです。なのに「佐川氏を守るために財務省理財局と近畿財務局の連携で行われた」という正反対の見立てになっています。整合性に問題ありです。

櫻井様は記事の中で週刊文春の報道姿勢も批判しています。ここにも問題を感じました。
記事の冒頭で「今日(三月一五日)の新聞広告で『週刊文春』の激烈な見出しに驚いた。『総力取材『森友ゲート』これが真相だ!』『安倍夫妻の犯罪』と大書している」とまず書いて、「文春は何を根拠に『犯罪』と決めつけたのだろうか」と疑問を呈しています。

櫻井様は文春の記事を読んでいないのでしょうか。新聞広告が出ているのであれば、書店に文春が並んでいるはずです。その中身を見てから「根拠がない」とか「根拠に誤りがある」などと論じるべきでしょう。なのに「何を根拠に『犯罪』と決めつけたのだろうか」と見出しだけを材料に疑問を示しています。

櫻井様はダイヤモンドの記事の最終段落でも「文春はこのような事実関係を踏まえて『犯罪』と書いたのか」と疑問を呈するのみです。記事を読まずに批判するのは問題ですし、読んでいるという場合は「なぜ見出しだけを材料に批判したのか」との疑問が残ります。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。

◇   ◇   ◇

ダイヤモンドの体質を考えると回答はないだろう。

追記)結局、回答はなかった。

※今回取り上げた記事「櫻井よしこ 新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽(Number 1224)政権非難溢れる森友文書書き換え問題 メディア側は確たる証拠を示すべきだ


※記事の評価はD(問題あり)。櫻井よしこ氏への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。櫻井氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

スイスの徴兵制は60歳を超えてから?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/05/blog-post_27.html

櫻井よしこ氏の悲しすぎる誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_90.html

櫻井よしこ氏への引退勧告
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_6.html

櫻井よしこ氏のコラム 「訂正の訂正」は載るか?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_10.html

櫻井よしこ氏へ 「訂正の訂正」から逃げないで
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_16.html

櫻井よしこ氏 文章力でも「引退勧告」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_19.html

田中博ダイヤモンド編集長へ贈る言葉 ~訂正の訂正について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_22.html

手抜きが過ぎる櫻井よしこ氏  ダイヤモンド「縦横無尽」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_19.html

週刊ダイヤモンドの記事 誤り認めた櫻井よしこ氏を評価
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_11.html

週刊ダイヤモンド「縦横無尽」で櫻井よしこ氏にまた誤り?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_7.html

週刊ダイヤモンドで再びミス黙殺に転じた櫻井よしこ氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_17.html

毎日は加戸氏を「徹底的に無視」? 櫻井よしこ氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_29.html

2018年3月21日水曜日

日経「調査報道を強化」宣言に感じる期待と不安

21日の日本経済新聞朝刊1面の「限界都市~再開発が招く住宅供給過剰 タワマン併設5割に上昇 人口減、ゆがむ街の姿 」という記事の最後に、「調査報道」に関する気になるお知らせがあった。さらに言えば、記事の筆者も「調査報道班=鷺森弘、藤原隆人、斉藤雄太、学頭貴子」となっていた。
九州鉄道記念館(北九州市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

日本経済新聞は政府や自治体、企業が明らかにしない重要事実を、独自取材で掘り起こす調査報道を強化します。様々な公開情報や統計を新たな切り口で分析し、知られざる実態を浮かび上がらせるデータジャーナリズムの手法も駆使します。その一環として、人口減少でゆがみが生じてきた都市問題を追います。


◎調査報道の強化は歓迎したいが…

調査報道の強化は歓迎すべきことだ。待っていれば発表されるネタを発表前に報じる「早耳情報型の特ダネ」は経営的にも社会的にも意味がないのに、日経は早耳情報の入手に多くの労力を割いてきた。

しかし、日経が調査報道重視に大きく舵を切る可能性は1割もないと予想している。「調査報道班」を立ち上げたところからも、それが読み取れる。「基本的には早耳情報を取ってくるこれまで通りのやり方ですよ。でも、調査報道もやった方がいいので調査報道班を作りました」という話ならば、多くは期待できない。

本当に日経が調査報道を強化したいならば、まずは「早耳情報を記事にしても社長賞や編集局長賞は出さない」という方針を打ち出すべきだ。

日経の岡田直敏社長は年初の経営説明会で「デジタルファースト」を強調し、「電子版の価値を高めたスクープには編集局長賞や社長賞を出すようにするなど、目に見える形で記者やデスクを評価したい」と述べている。この「スクープ」には早耳情報型の特ダネも含むと思われるので、「調査報道班」以外の記者の多くは相変わらず早耳情報を狙って走り回るのだろう。

結果として、無駄に労働時間が増える。さらには、ネタ欲しさから取材先への気遣いが強まり、批判的な記事が書けなくなる。昔から、「早耳情報重視は百害あって一利あるかどうか」と訴えてきた。これから日経が変わっていけるのか。「調査報道班」の動向とともに注視していきたい。


※今回取り上げた記事「限界都市再開発が招く住宅供給過剰 タワマン併設5割に上昇 人口減、ゆがむ街の姿 
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180321&ng=DGKKZO28401600R20C18A3MM8000

※記事の評価は見送る。

「普通大なのに異才」の説明に難あり 日経ビジネス高校特集

日経ビジネス2018年3月19日号の特集「大事なのは高校~人手不足に克つ新・人材発掘術」は悪い出来ではないが、いくつか問題を感じた。まず、特集の冒頭で「人事部が長年悩まされてきた、『一流大でもダメ社員』と『普通大なのに異才』の境界を見極め、真の有能人材を獲得するための全く新しいメソッドを提案する」と宣言しているものの、最後まで読んでもそんな「メソッド」は出てこない。
小長井駅(長崎県諫早市)※写真と本文は無関係です

強いて挙げれば「PART2~新説 人は高校時代が9割 『一流大でもダメ社員』の理由」という記事に以下の記述がある。

【日経ビジネスの記事】

多くの企業が、入社志望の学生を出身大学で選別する「学歴フィルター」を採用しているのは周知の事実だ。が、一流大なのに会社に入って鳴かず飛ばずの人材や、逆に普通の大学なのに入社後華々しい活躍をする人材はたくさんいる。

学歴欄の大学だけを見て採用を続ければ、「一流大でもダメ社員」の流入は防げない。だが、出身高校で真の有能人材がある程度、推し測れるのであれば、話は変わる。優秀な人間を見抜きやすくなり、「普通大なのに異才」な人材の発掘にもつながる

高校を見れば優秀な人材が見抜けるという仮説は良い着眼点。結論から言えば、大学、社会で伸びる人材になれるか否かは、高校の教育環境に大きく左右される」

こう話すのは、京都大学高等教育研究開発推進センターの溝上慎一教授。溝上教授は、大学生のGPA(成績評価指標)を1年前期と3年前期で比較したデータなどから「大学に入る時点でワークキャリア、ライフキャリアを意識していない学生は、その後、コミュニケーション能力や行動計画性、リーダーシップなど多くの項目で人間的成長が見込めない」と結論付ける。


◎「高校重視」が「全く新しいメソッド」?

結局、「高校を見れば優秀な人材が見抜ける」と言っているだけだ。これだと、「メソッド」と言うほどの具体性がない。記事では「大学の画一化と高校の多様化で、『出身高校こそ人材を見抜く鍵』との声が高まっている」とも書いているので、高校重視のアプローチには新規性も乏しい。

記事では「①早い時期から自分の適性を把握する作業をさせる高校 ②早い時期から自分のライフプランを意識させる高校」を「有能な人材を輩出する可能性が高い高校の特徴」だとしている。百歩譲って、こうした条件に当てはまる高校の卒業生は「普通大」を出ていても「異才」である可能性が高いとしよう。

だが、「一流大でもダメ社員」はどうやって見分けるのか。記事では、上記の基準に当てはまらない「自由放任主義」の高校の例として県立千葉高校と桐朋高校を挙げている。だとすると、県立千葉高校から東大に行ったような人材は「一流大でもダメ社員」になる可能性が高いとして採用候補から除外するのが正解なのか。

その辺りには触れないまま、特集は終わってしまう。これでは「『一流大でもダメ社員』と『普通大なのに異才』の境界を見極め」ることはできない。

記事では「『普通大なのに異才』のメカニズム」を以下のように説明しているが、これも「なるほど」とは思えなかった。


【日経ビジネスの記事】

大学のレジャーランド化がささやかれて久しい。が、こうした高校出身の学生にとって大学は遊び場にはならない。自らの将来を考え、単位選択から休日の過ごし方まで「成長を考えた生き方」をしているからだ。

目標を定めた学生は設備や研究室で大学を選ぶため、能力がありながら2番手、3番手の大学へ進学するケースも多い。一方で、学力だけ高い学生は偏差値ランキングで大学を選ぶしかなく、おのずと目標なき一流大志向になる。これこそが「普通大なのに異才」と「一流大でもダメ社員」が生まれる真の理由。企業が獲得を目指すのは前者であるべきだ。


◎「2番手、3番手」は「普通大」?

まず、記事で言う「普通大」がどの辺りの大学を指すのか明確ではない。仮に「偏差値50前後の大学」だとしよう。「普通大なのに異才」が生まれる理由は「能力がありながら2番手、3番手の大学へ進学するケースも多い」かららしい。だとすれば「2番手、3番手の大学」は「普通大」になるはずだ。
横浜赤レンガ倉庫(横浜市)※写真と本文は無関係です

入試の難易度では1番手が東大、2番手が京大、3番手が東工大だとする。この場合、例えばAIを学びたいと「目標を定めた学生」が「AIでは東大より難易度3番手の東工大の方が研究が進んでいる」と判断して、あえて東工大に進むとしよう。だとしても、この学生は「普通大なのに異才」にはなれない。東工大が「普通大」ではないからだ。

非常に特殊な研究分野でもない限り、「2番手、3番手の大学」は世間で言う「一流大」に属するだろう。偏差値50前後の「普通大」が入試の難易度で見て「2番手、3番手」になる研究分野が自分には思い浮かばない。

記事の筆者は「普通大なのに異才」を「一流大学に合格する実力がありながら、あえて一流大学を選ばない人」と捉えている。個人的には「普通大なのに異才」はいると思うが、「高い学力がありながらあえて普通大」という人はいてもわずかだと見ている。

一流大でもダメ社員」「普通大なのに異才」が生まれるのは、受験で問われる能力と、社会で求められる能力が異なるからだろう。

少し考えてみれば分かる。飛び込みの営業をさせた場合、偏差値の高い大学の学生ほど成績が良いとは限らない。こうした仕事ではコミュニケーション能力やある種の厚かましさが必要だ。一流大学出身者が営業成績で最下位となり、普通大学出身者がトップでも驚きはない。

これは、ゲームソフトの開発などでも言える。知的能力を求められる分野ではあるが、受験能力との関係は薄そうだ。だとすれば、「普通大なのに異才」がそこそこの確率で現れるだろう。しかし、そうした「異才」を「一流大学に行ける学力があったのにあえて普通大学を選んだ人」と捉えるのは違う気がする。

スポーツで言えば、水泳や陸上は得意ではないのに射撃が天才的に上手い人がいるようなものだ。この手の天才が水泳や陸上の試験を受けても、高い得点は得られない。


※今回取り上げた特集「大事なのは高校~人手不足に克つ新・人材発掘術
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/special/031300936/?ST=pc


※特集全体の評価はC(平均的)。担当者らの評価は以下の通りとする。

吉岡陽記者:暫定C→C
寺岡篤志記者:Cを維持
広田望記者:暫定C

2018年3月20日火曜日

松本晃カルビー会長の見識を疑いたくなる日経「あすへの話題」

カルビー会長兼CEOの松本晃氏について詳しく知っている訳ではない。だが、同氏が19日の日本経済新聞夕刊1面に書いた「あすへの話題~100+30=100」という記事を読むと「この人は大丈夫なのかな? こんな経営者の下で働く従業員は大変なのでは…」とは思ってしまう。まず「100+30=100」というタイトルに関する説明がおかしい。
小倉城(北九州市)※写真と本文は無関係です

記事の前半部分は以下のようになっている。

【日経の記事】

小学校のテストでこの答えはもちろん×(バツ)だ。しかし、ダイバーシティの世界では○(マル)だ。例えば、ある会社で今、管理職の女性はゼロ。それではダメだと管理職に占める女性の比率を30%にしたい。だが、会社が成長しないなら管理職の数だけを増やすわけにはいかない。総数の100人を維持したまま、女性の比率を30%にするということは、男性管理職を30人減らして70人にしないと計算が合わない

こんな計算なら小学生でもわかる。しかし、現実の社会ではわかっていてもやらない。故に、女性の登用は特に日本では進まない。少しは進んでいるが「遅々として進んでいる」。これではグローバル競争に勝ちようがない。日本を除く世界各国のスピードは速い。相撲のような何百年の歴史がある国技でも横綱が10人に増えたことはないし、いくらかの増減はあっても幕内力士の数は基本的には定員制だ。野球のスターティング・メンバーが15人になったという話も聞いたことがないし、サッカーは11人がフィールドでの定員だ。



◎「ダイバーシティの世界では○」?

100+30=100」という答えは「小学校のテスト」では「×」で「ダイバーシティの世界」では「」だと松本氏は言う。×は分かる。問題は〇の方だ。

総数の100人を維持したまま、女性の比率を30%にするということは、男性管理職を30人減らして70人にしないと計算が合わない」と言うのだから、現在の管理職100人のうち30人を外して新たに女性管理職30人を加えることになる。この場合の計算式は「100-30+30=100」だ。「100+30=100」は「ダイバーシティの世界」でも×だと思えるが…。

相撲、野球、サッカーの話もあまり意味がない。「野球のスターティング・メンバー」の人数が決まっているからと言って、企業の管理職の数が固定されるわけではない。野球で言えば「スターティング・メンバー」は9人で変わらなくても、管理職に当たる監督・コーチの人数は決まっていない。記事の例えの使い方は不適切だ。

せっかくのなので、記事を最後まで見ていこう。

【日経の記事】

一方、日本企業の多くはこんな当たり前のことをなかなか実行しない。従って、女性の登用は進まない。抵抗勢力は金・地位・権力の既得権を、上司にゴマをするなどして何が何でも死守する。結果、企業も組織も男性社会の心地よさを守り変革しない。

私は過去18年間多くの管理職の男性から嫌われることを覚悟して力づくでムキになって特に女性を登用してきた。ダイバーシティはトップマネジメントがコミットして力づくでやらないと強い抵抗勢力に負けてしまう。日本は遅々として進んでいる。遅いことは牛でもやりますヨ!


◎女性管理職を増やすと競争力が増す?

記事では「女性管理職を増やすのは好ましい」との前提に立って話が進む。「これではグローバル競争に勝ちようがない」と松本氏は訴えているので「女性登用で企業の競争力が増す」と信じているのだろう。だが、怪しい気がする。
高島(大分市)※写真と本文は無関係です

ここでは「原因と結果の経済学~データから真実を見抜く思考法」(ダイヤモンド社)という書籍の一部を紹介したい。

【「原因と結果の経済学」の引用】

ノルウェーでは、女性取締役比率が2008年までに40%に満たない企業を解散させるという衝撃的な法律が議会を通過した。南カリフォルニア大学のケネス・アハーンらは、この状況を利用して、女性取締役比率と企業価値のあいだに因果関係があるかを検証しようとした。

(中略)アハーンらが示した結果は驚くべきものだ。女性取締役比率の上昇は企業価値を低下させることが示唆されたのだ。具体的には、女性取締役を10%増加させた場合、企業価値は12.4%低下することが明らかになった。

◇   ◇   ◇

ノルウェーの話だし、女性管理職ではなく「女性取締役」についての研究なので「日本で女性管理職を増やしても競争力は高まらない」と結論付けるつもりはない。ただ、松本氏のように「女性管理職を増やせば競争力が高まる」と単純に信じ込むのは危険だとは分かる。

松本氏は明確なエビデンスに基づいて、女性管理職を増やしてきたのだろうか。「私は過去18年間多くの管理職の男性から嫌われることを覚悟して力づくでムキになって特に女性を登用してきた」と松本氏は書いている。仮に、競争力向上との因果関係が明確になっていないのに「ムキになって」男性社員を管理職から外してきたとすれば、その犠牲となった男性社員には同情を禁じ得ない。


※今回取り上げた記事「あすへの話題~100+30=100
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180319&ng=DGKKZO27997170S8A310C1MM0000


※記事の評価はD(問題あり)。筆者への書き手としての評価は見送る。

2018年3月19日月曜日

「保育所整備で女性活躍」は「自明の理」? 日経「春秋」の誤解

「(保育サービスの)受け皿が増えれば女性の活躍が進み、社会全体に大きなプラス効果をもたらすのは自明の理」という説明に違和感を抱く人は少ないかもしれない。だが、実は「自明の理」とは言えない。「受け皿を増やしても女性の活躍は進まない」可能性も十分にある。新聞の1面にコラムを書くのならば、その辺りもしっかり認識していてほしいので、以下の問い合わせを日経に送ってみた。
桜滝(大分県日田市)※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

19日朝刊1面の「春秋」についてお尋ねします。筆者は「最近では保育園だって子どもの声が騒音扱いされ、あちこちで疎まれている。受け皿が増えれば女性の活躍が進み、社会全体に大きなプラス効果をもたらすのは自明の理」と書いていますが、本当に「自明の理」と言えるでしょうか。

原因と結果の経済学~データから真実を見抜く思考法」(ダイヤモンド社)という書籍では、「認可保育所を増加させることが、母親の就業を増加させるかどうかは慎重に検討する必要がある。なぜなら、ノルウェー、フランス、アメリカなどでは、認可保育所の整備にもかかわらず、母親の就業は増加しなかったと報告されているからだ」と記した上で、日本に関する研究(東京大学の朝井友紀子氏、一橋大学の神林龍氏、マクマスター大学の山口慎太郎氏よる研究)について以下のように説明しています。

朝井らの分析結果は、『保育所定員率と母親の就業率のあいだには因果関係を見出すことができない』という驚くべきものだった。この理由として、認可保育所が、私的な保育サービス(祖父母やベビーシッター、あるいは認可外保育所など)を代替するだけになってしまった可能性が指摘されている。もともと就業意欲の高かった女性は、こうした私的な保育サービスを利用しながら就業を継続していた。そのため、認可保育所の定員の増加は、彼女たちに私的な保育サービスから公的な保育サービスへの乗り換えを促しただけで、これまで就業していなかった女性の就業を促したわけではなかった

この研究結果が絶対的に正しいとは言いません。しかし、こうした研究結果が報告されているのは事実でしょう。「春秋」での「受け皿が増えれば女性の活躍が進み、社会全体に大きなプラス効果をもたらすのは自明の理」との説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。クオリティージャーナリズムを標榜する新聞社として、掲げた旗に恥じない行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

春秋」では「認可保育所」とは言っていないが、想定しているのは「認可保育所」だろう。「もともと就業意欲の高かった女性は、こうした私的な保育サービスを利用しながら就業を継続していた」とすれば、「認可外保育所」を増やしても「女性の活躍」が進むとは限らないはずだ。やはり「受け皿が増えれば女性の活躍が進み、社会全体に大きなプラス効果をもたらす」ことは「自明の理」とは言い難い。

追記)結局、回答はなかった。

※今回取り上げた記事「春秋」(2018年3月19日)
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180319&ng=DGKKZO28293770Z10C18A3MM8000

※記事の評価はC(平均的)。

親子上場ってそんなに問題? 日経「株式公開 緩むルール」

19日の日本経済新聞朝刊1面のトップを飾った「株式公開 緩むルール 世界の取引所 誘致競う 親子上場に例外」という記事は、筆者らの問題意識が明確に伝わってくる内容で、完成度も低くない。 ただ、親子上場を否定的に捉える理由がよく分からない。
竹崎城址展望台公園(佐賀県太良町)
       ※写真と本文は無関係です

記事の一部を見てみよう。

【日経の記事】

世界で企業の新規株式公開(IPO、総合・経済面きょうのことば)のルールが骨抜きになるリスクが高まっている。企業が自身に有利な条件をのむ市場を選別し、上場の条件交渉で主導権を握るようになったからだ。巨大IT(情報技術)企業が上場前の有望企業を次々と買収する中、取引所も企業誘致のためルール緩和に突き進む。IPOの規律の緩みは上場企業のガバナンス(統治)をゆがませ、市場そのものの魅力を落としかねない

 「大義のない親子上場を認めていいのか」。東京証券取引所を傘下に持つ日本取引所グループの幹部は自問する。ソフトバンクグループ(SBG)の孫正義会長兼社長が携帯子会社ソフトバンクの上場方針を表明して約1カ月。東証とロンドン証券取引所の同時上場を狙うが、東証内部は調達2兆円規模の大型案件の歓迎ムードからは遠い。

親会社と子会社が共に上場する親子上場は、株式持ち合いと並び欧米ではほぼみられない日本独特の資本政策だ。親会社が自らの利益を優先し、子会社の一般株主の利益を損なう恐れがある。海外投資家からの批判も強く、2016年度末は270社と10年前のピークから3割減っていた。

東証はジレンマに陥っている。07年、ソフトバンクのような収益の大半を稼ぐ中核子会社の上場に否定的見解を示した。認めれば、従来方針の否定につながりかねない。

半面、IPOを逃す恐怖もちらつく。ロンドン単独上場を選ばれてしまうと「自国の大企業に見切りをつけられたとして、世界からの評価が下がってしまう」(東証幹部)。東証の苦しい胸の内を見透かすように、SBGは条件緩和を迫る。

東証には上場企業の子会社が1部に上場する場合、親会社は持ち株比率を65%未満に下げるルールがある。経営の重要事項を単独で決められる「3分の2以上」に達しないようにするためだ。


◎承知の上での投資ならば…

親会社と子会社が共に上場する親子上場は、株式持ち合いと並び欧米ではほぼみられない日本独特の資本政策だ」としても、それだけでは親子上場を否定する理由にはならない。記事で言えば「親会社が自らの利益を優先し、子会社の一般株主の利益を損なう恐れがある」からダメとなるのだろう。

だが、例えば記事で取り上げている「携帯子会社ソフトバンク」が上場する場合、投資家はこの会社が「ソフトバンクグループ(SBG)」の子会社だと知っているはずだ。「親会社が自らの利益を優先し、子会社の一般株主の利益を損なう恐れがある」ことを承知の上で、それでも投資したいのならば、何の問題もない気がする。

親子上場する子会社の株式を保有することに大きなマイナス面があるのならば、それは市場価格に反映されるはずだ。なので「子会社の一般株主の利益を損なう恐れがある」分は割り引いた価格が市場で付く。

子会社だという事実を隠して上場するならともかく、上場後の出資比率を明確にして上場するのならば、特に問題は感じない。「上場企業のガバナンス(統治)をゆがませ、市場そのものの魅力を落としかねない」と心配する必要があるのか。

大義のない親子上場を認めていいのか」とのコメントも引っかかった。上場で「2兆円規模」の資金調達を目指しているのならば、それは「大義」に当たるのではないか。「資金調達を目的に上場したい」という場合は「大義なき上場」になってしまうのか。

筆者らには、その辺りも考えて、今後の記事につなげてほしい。

※今回取り上げた記事「株式公開 緩むルール 世界の取引所 誘致競う 親子上場に例外
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180319&ng=DGKKZO28287880Y8A310C1MM8000


※記事の評価はC(平均的)。須永太一朗記者の評価は暫定でCとする。宮本岳則記者への評価はD(問題あり)からCへ引き上げる。宮本記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 宮本岳則記者「野村株、強気の勝算」の看板に偽り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/07/blog-post.html

日経 宮本岳則記者「スクランブル」での不可解な解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_3.html

2018年3月17日土曜日

地下鉄サリン事件当日の説明が雑過ぎる日経「春秋」

日本経済新聞の朝刊1面に載る「春秋」というコラムを任されるのは限られたベテラン記者だけだ。社内で筆力を認められた書き手と言ってもいい。その割には、問題のある記事も目立つ。17日の「春秋」では「23年前」の地下鉄サリン事件を振り返っている。しかし、何度読んでも、話の流れが理解できなかった。以下の記事に出てくる「まだ、まだ!」が何を意味するのか考えてみてほしい。
させぼシーサイドパーク(長崎県佐世保市)
        ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

23年前の3月19日から翌朝にかけ、東京・桜田門の警視庁で宿直勤務をしていた。事故や事件に備えて、記者室に交代で泊まり警戒する。19日は日曜日。静かなはずの首都は、宗教学者宅の爆破やオウム真理教本部への火炎瓶投げ込みといった騒ぎの中、ふけていった。

▼明けて20日は月曜日。緊急車両のサイレンの重奏に驚き消防に電話すると「日経さん、すぐ現場!」と怒鳴られた。地下鉄築地駅で煙が漂っているという。「了解です」と切ろうとするが「まだ、まだ!」。経験のない同時多発の事態だ。やがて、捜査1課長が会見で「サリン」と告げた。未曽有のテロが起きたのである。

▼教団による事件の裁判が今年1月に全て終わった。これを受け、死刑が確定した13人中7人が東京から各地の拘置所に移送されたという。死刑囚らはもはや証人として法廷に出ることもない。親族との面会や刑務官の負担も考慮したらしい。戦後史に深く刻印された事件である。報道に接し往時の震えや時の流れを思った。

▼むろん遺族の気持ちに区切りはつかない。死刑囚に会うことを望み、事件の風化を防ぐ手立ても求めている。加えて社会全体で何度も問い返さねばならぬ課題も残る。なぜ前途ある若者が教祖や教団に心酔し、重大な犯罪に走ったのか。ネットという見えないつながりが万能の昨今、新手のカルトの芽が出ぬとも限るまい。


◎色々と検討してみたが…

流れを整理してみよう。まず、筆者は「緊急車両のサイレンの重奏に驚き消防に電話する」。すると消防に「日経さん、すぐ現場!」と怒鳴られたらしい。その後に筆者が「了解です」と電話を切ろうとすると「まだ、まだ!」と消防から返ってくる。消防とのやり取りはここで終わりだ。

まず「日経さん、すぐ現場!」に2つの解釈が可能だ。

(1)「日経さん、大変なことが起きてるから、あなたもすぐに現場に向かった方がいいよ」

(2)「日経さん、大変なことが起きてて我々はすぐに現場に向かわなくちゃいけないから、あなたの相手をしている暇はないよ」

了解です」はいずれの解釈とも問題なくつながる。分からないのはその後だ。筆者が電話を切ろうとしているのに、消防は「まだ、まだ!」と止めに入っている。

(1)の解釈で行くと「現場は危険な状況だから、もう少し様子を見ろ」という意味で「まだ、まだ!」と伝えたようにも思える。だが、それでは「すぐ現場!」と一刻も早い現場行きを促したことと整合しない。

(2)の解釈で行くと、消防としては記者の相手をしている暇がないので、電話を切ろうとする筆者を引き留めて「まだ、まだ!」と伝える意味がない。

「築地駅以外にも『まだ、まだ』多くの駅で何かが起きてる」という意味の「まだ、まだ!」かなとも考えたが、日本語としては自然さに欠ける。それに、消防として電話で伝えたい情報が「まだ、まだ」ある時に「日経さん、すぐ現場!」と現場行きを急かすとも思えない。

あれこれ考えても、答えは出なかった。今回の「春秋」は説明が雑過ぎるのではないか。事件に関して「社会全体で何度も問い返さねばならぬ課題も残る」との考えに異論はない。ただ、その前に「日経の顔とも言える『春秋』の完成度がこの程度でいいのか」という課題もじっくり考えてほしい。


※今回取り上げた記事「春秋」(2018年3月17日)
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180317&ng=DGKKZO28267340X10C18A3MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。

解読に苦労した日経 永井央紀記者「中国記者 白眼で侮蔑」

解読に苦労する記事が17日の日本経済新聞朝刊国際面に出ていた。「中国記者『白眼』で侮蔑 全人代会見で 『全米テレビ』の当局寄り質問に」という記事だ。全文は以下の通り。
北九州市の関門海峡ミュージアム(海峡ドラマシップ)
             ※写真と本文は無関係です

日経の記事】

【北京=永井央紀】中国で開催中の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で、中国経済誌の女性記者が大きな話題となっている。中国政府高官の13日の記者会見で中国当局寄りの質問が出た際、白眼をむいて不快感を示す様子がテレビで生中継されたためだ

 質問したのは「全米テレビ」の記者。習近平(シー・ジンピン)国家主席の旗振りで拡大した国有企業の海外資産をどう守るかを中国語で尋ね、中国を「我が国」と表現した。横にいた経済誌記者が驚いた様子で質問者の記者証をのぞきこみ、侮蔑の表情を浮かべた

「全米テレビ」はホームページによると米国で主に中国語の放送を手掛けるメディアで、過去に共産党系メディアとの協力案件がある。「海外メディアを装い中国に都合の良い質問をさせる宣伝工作機関ではないか」との臆測が広がり、党機関紙の海外ニュースサイトは15日に声明を出して「無関係」を主張するなど火消しに追われている。

◇   ◇   ◇

解釈に迷うのは「中国経済誌の女性記者」がどんな形で「話題となっている」のか分からないからだ。方向としては大きく2つ考えられる。

まずは「中国経済誌の女性記者」への批判だ。「記者会見で」「白眼をむいて不快感を示す」行為は不謹慎で失礼だと言えなくもない。相手の「『全米テレビ』の記者」についても、「国有企業の海外資産をどう守るかを中国語で尋ね、中国を『我が国』と表現した」といった程度ならば、それほど問題があるとも思えない。

一方で「中国経済誌の女性記者」を称賛する方向で「話題となっている」可能性も十分にある。「共産党系メディアとの協力案件がある」ようなメディアが「中国当局寄りの質問」をすることを快く思わない人たちからすれば、「中国経済誌の女性記者」の反応は痛快だっただろう。

日経の記事を何度読んでも疑問は解消しないので、他の報道を調べてみた。すると謎が解けた。14日付のCNNの記事によると「第一財経(YICAI)の梁相宜(リャンシアンイー)記者が、隣で政府当局者に質問する記者の方を向いて視線を上下に走らせ、不愉快そうに顔をそむける様子が映っている。記者の形式的な質問は40秒以上も続き、その一部始終が生中継された」という。

ネット上では中国各地から、梁記者の率直な態度に共感を示すコメントが寄せられた」とも書いているので、CNNの記事ならば迷う余地はない。

日経の記事は17日付で問題の記者会見から3日ほど経過した時点で書いている。CNNを含め他のメディアの報道も参考にできたはずだ。なのに、今回のような分かりにくい記事に仕上げてしまうのでは、記事の作り手としての能力を疑われても仕方がない。

日経は写真の説明にも問題がある。写真には「中国経済誌の女性記者」(左)と、質問をする「記者」(右)が映っている。日経はこの写真に「質問の内容に不快感を示す記者(左)(中国国営中央テレビの映像から)」との説明文を付けている。

マイクを持っている右の女性記者は「『全米テレビ』の記者」のようだ。だとしたら、その点も説明する必要がある。

記事を書いた永井央紀記者にも責任はあるが、国際部デスクや整理部の責任も重い。「自分たちは説明不足で分かりにくい記事を読者に届けている」との自覚をしっかり持って改善に努めてほしい。


※今回取り上げた記事「中国記者『白眼』で侮蔑 全人代会見で 『全米テレビ』の当局寄り質問に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180317&ng=DGKKZO28230580W8A310C1FF8000


※記事の評価はD(問題あり)。永井央紀記者への評価は暫定でDとする。

欧州の歴史を誤解した日経 中山淳史氏「Deep Insight」

16日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「Deep Insight~車のAI化が生む非対称」という記事で、筆者である「本社コメンテーター」の中山淳史氏が気になる歴史認識を披露していた。中山氏によると「欧州は経済発展で先行したが、それが可能になったのは、15世紀に活版印刷による情報革命が起き『誰でも参加できる均質な商業空間』ができたから」だという。しかし、本当に「活版印刷による情報革命」は「誰でも参加できる均質な商業空間」を生み出したのだろうか。日経には以下の内容で問い合わせを送っている。
佐世保港(長崎県佐世保市)※写真と本文は無関係です


【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 中山淳史様

Deep Insight~車のAI化が生む非対称」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

例えば、欧州は経済発展で先行したが、それが可能になったのは、15世紀に活版印刷による情報革命が起き『誰でも参加できる均質な商業空間』ができたから。各地で成功した商人がこぞって成功体験やモノの取引価格などのビジネス情報を印刷し始め、一部有力者の貿易独占を突き崩した

これを信じれば、遅くとも16世紀には欧州で「誰でも参加できる均質な商業空間」ができていたはずです。しかし、一般的な歴史認識とは食い違います。ブリタニカ国際大百科事典の「特許会社」に関する解説を見てみましょう。

絶対主義時代に、王室から独占特許状を与えられて、貿易や生産の独占を許された会社。イギリスでは、16世紀後半のエリザベス1世時代に多数の特許会社が出現した。すなわち、イギリス東インド会社、レバント会社、ロシア会社をはじめ、ガラス、デンプン、塩、紙、鉄、火薬などの生産と販売を独占する企業の出現である。特許会社の濫造は窮乏した王室財政の救済が目的であったが、広く国内に成長しつつあった産業資本家層の不満を呼び、女王治世の末期からジェームズ1世時代にかけて、反独占運動が起り、独占条令で一応廃止されたが、主要なものはなお存続した。 17~18世紀のフランス絶対王政下でも、この種の特権会社 (コルポラシオン) がつくりだされた

15世紀に活版印刷による情報革命が起き『誰でも参加できる均質な商業空間』ができ」ているはずの欧州に属する英国で「16世紀後半のエリザベス1世時代に多数の特許会社が出現した」そうです。これらは「生産と販売を独占する企業」なので「誰でも参加できる均質な商業空間」とは共存できません。さらにフランスでも「17~18世紀」に「この種の特権会社 (コルポラシオン) がつくりだされた」とすれば、「活版印刷による情報革命」から数百年を経ても欧州では「誰でも参加できる均質な商業空間」が出来上がっていません。

ちなみに閉鎖的な同業者の集まりとされるギルドは欧州で「自由主義経済思想の普及に伴い、営業の自由の原理に基づいて、18~19世紀には廃止されていく」(ブリタニカ国際大百科事典)わけですが、こちらも「活版印刷による情報革命」が起きた後に長く存続しています。

欧州は経済発展で先行したが、それが可能になったのは、15世紀に活版印刷による情報革命が起き『誰でも参加できる均質な商業空間』ができたから」との説明は誤りではありませんか。欧州では「活版印刷による情報革命」が起きた後に「貿易や生産の独占を許された会社」が多数生まれているはずです。記事の説明に問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。クオリティージャーナリズムを標榜する新聞社として、掲げた旗に恥じぬ行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

回答が期待しにくいので、中山氏の立場から少し考えてみよう。

「『活版印刷による情報革命』が15世紀に起きたとは書いたが、『誰でも参加できる均質な商業空間』が15世紀にできたとは断定していない」との弁明は可能だ。では、「『誰でも参加できる均質な商業空間』は『活版印刷による情報革命』が起きた後に数百年の時間をかけて出来上がった」との趣旨だと言えば、「問題なし」となるだろうか。

まず期間が長すぎる。15世紀末にはスペインとポルトガルが「世界分割協定」とも言えるトルデシリャス条約を結んでおり、この段階で欧州の「経済発展」での先行は明らかだった。仮に「誰でも参加できる均質な商業空間」ができたのが19世紀だとすると、その後に経済発展での欧州の先行が生じたことになる。さすがに苦しい。

ブリタニカ国際大百科事典の解説に誤りがないとの前提に立てば、中山氏の解説は間違っていると言うほかない。


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~車のAI化が生む非対称
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180316&ng=DGKKZO28173830V10C18A3TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。中山淳史氏への評価もDを据え置く。中山氏については以下の投稿も参照してほしい。

日経「企業統治の意志問う」で中山淳史編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_39.html

日経 中山淳史編集委員は「賃加工」を理解してない?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_8.html

日経 中山淳史編集委員は「賃加工」を理解してない?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_87.html

三菱自動車を論じる日経 中山淳史編集委員の限界
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_24.html

「増税再延期を問う」でも問題多い日経 中山淳史編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_4.html

「内向く世界」をほぼ論じない日経 中山淳史編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_27.html

日経 中山淳史編集委員「トランプの米国(4)」に問題あり
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_24.html

ファイザーの研究開発費は「1兆円」? 日経 中山淳史氏に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_16.html

「統治不全」が苦しい日経 中山淳史氏「東芝解体~迷走の果て」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post.html

シリコンバレーは「市」? 日経 中山淳史氏に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_5.html

2018年3月16日金曜日

可処分所得の説明に問題あり 日経ビジネス「給料はもっと上がる」

日経ビジネス3月12日号の特集「給料はもっと上がる」の中で可処分所得に関する説明に誤りだと思える記述があった。問い合わせに対して編集部から回答があったので、その内容を紹介したい。
カトリック三浦町教会(長崎県佐世保市)
        ※写真と本文は無関係です

【日経BP社への問い合わせ】

日経ビジネス 広岡延隆様 武田安恵様 庄司容子様 飯山辰之介様

3月12日号の特集「給料はもっと上がる」の中の「PART2~賃金低迷のカラクリ データから浮かぶ3つの理由」という記事についてお尋ねします。まず問題としたいのは以下のくだりです。

2017年平均の有効求人倍率は前年に比べ0.14ポイント増の1.50倍となり、44年ぶりの高水準を記録。8年連続の上昇となった。人手不足は賃金改善をもたらすはずだが、その間の可処分所得は下がり続けている

これを信じれば2010年以降は可処分所得が減り続けているはずです。しかし、記事に付けた「家計の『手取り』は減り続けている」というグラフを見ると、2010年以降に「実収入」も「可処分所得」も「減り続けている」ようには見えません。ほぼ横ばいです。

細かく数字を拾ってみると、可処分所得は前年比微増が10、12、14年で、微減が11、13、15、16年となっているようです。有効求人倍率が上がり続けた8年間について「可処分所得は下がり続けている」との説明は誤りではありませんか。

付け加えると、グラフの「家計の『手取り』は減り続けている」とのタイトルも不正確です。グラフで示した2000年以降の「実収入」を見ても、「00~03年」を除くと「減り続けている」期間が見当たりません。「家計の『手取り』はなかなか増えない」ぐらいが適切でしょう。

2つ目の質問は、可処分所得が下がり続けている理由についてです。記事では以下のように説明しています。

少子高齢化に対応する社会保障費の増加や原油など輸入物価の上昇なども影響しているが、根本的な原因は賃金上昇率が上向かないことだ

可処分所得は「家計の現金収入である実収入から、税金や社会保険料などの非消費支出を差し引いた額になる」(日経)はずです。「実収入」が変わらなくても「非消費支出」が増えれば可処分所得は落ち込みます。なので可処分所得減少の理由を「社会保障費の増加」に求めるのは分かります。

問題は「輸入物価の上昇」です。輸入価格が上昇しても「非消費支出」は基本的に増えません。記事で取り上げている可処分所得が「実質可処分所得」である場合は話が変わってきますが、記事中に「実質」だと明示している記述はありません。

可処分所得の減少に関して「原油など輸入物価の上昇なども影響している」と説明しているのは誤りではありませんか。

質問は以上の2点です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。


【日経BP社の回答】

平素は弊誌「日経ビジネス」をご愛読いただき、誠にありがとうございます。お問い合わせいただきました3月12日の特集「給料はもっと上がる~500社調査 賃上げ余力ランキング」に問い合わせいただいた件につきまして回答いたします。

まず1つ目のお問い合わせである、特集28ページの本文中「2017年平均の有効求人倍率は前年に比べ0.14ポイント増の1.50倍となり、44年ぶりの高水準を記録。8年連続の上昇となった。人手不足は賃金改善をもたらすはずだが、その間の可処分所得は下がり続けている」の「可処分所得は下がり続けている」との表現について回答いたします。

弊誌として、直近統計のある2016年までの十数年にわたって可処分所得が徐々に減少する傾向が続いていたことから、このように表現いたしました。ただ、ご指摘の通り、単年で見ますと前の年に比べ微増となった年もございますので、表現としては誤解の余地があったかもしれません。今後はより正確さを期すよう努めて参りたいと考えております。

次に、2つ目のお問い合わせ、28ページから29ページにかけての本文中、「少子高齢化に対応する社会保障費の増加や原油など輸入物価の上昇なども影響しているが」のくだりに関し、可処分所得の減少要因はあくまで非消費支出の動向に左右されるのであって、輸入物価の上昇に関しては要因とは言えないのではないかというご指摘に関して回答いたします。

弊誌といたしましては、実質的な可処分所得の減少につながっているということを意図したものでしたが、ご指摘のように誤解を生む余地がありました。今後、より正確さを期すよう努めて参りたいと考えております。

回答は以上です。引き続きご愛読よろしくお願いいたします。

◇   ◇   ◇

回答の内容はこれで良いと思える。丁寧な回答に感謝を表したい。


※今回取り上げた特集「給料はもっと上がる
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/223796/030700145/?ST=pc


※特集全体の評価はD(問題あり)。今回の特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「給料革命」に無理あり 日経ビジネス「給料はもっと上がる」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/03/blog-post_11.html

2018年3月14日水曜日

「M字解消で景気底上げ」に根拠がない日経「消費変貌」

日本経済新聞朝刊1面で連載している「消費変貌」は初回から苦しい中身ではあった。14日の「(3)働く女性、支出惜しまず 『M字』解消で景気底上げ」という記事は、苦しさに拍車が掛かっている。今回の連載が辛いのは「消費変貌」というタイトルなのに、それほど大きな変化が感じられないところにある。それは3回目で顕著になっている。その上に「『M字』解消で景気底上げ」にも根拠が見当たらない。
佐世保港(長崎県佐世保市)※写真と本文は無関係です

記事を見ながら説明したい。まず前半部分。

【日経の記事】

松屋銀座店(東京・中央)の7階、週末に20~30代の女性が集まる売り場がある。生活家電メーカー、バルミューダ(東京都武蔵野市)の常設店舗。お目当てはスチーム加熱でトーストがふわっと焼ける「感動のトースター」だ。

 価格はおよそ2万5千円。「少し高いけれど、毎朝の食卓が幸せになりそう」。焼きたてを試食した独身女性(30)は購入を即決した。

8万円以上する炊飯器を指名買いするのも独身女性だ。愛知県の鋳物メーカー、愛知ドビーの「バーミキュラ」は家電量販店で品薄が続く。16日には単身女性から要望が多かった6万円台の3合炊きを追加発売する。初回出荷分の4千台は予約で完売した。

独身女性の消費が元気だ。単身勤労者の可処分所得のうち消費に回した割合を示す「平均消費性向」(14年)をみても男性の65.8%に対し、女性は88.8%。単身勤労者の年収別では100万円から600万円以上の全ての区分で女性の支出が男性を上回る。

なぜ独身男性より消費に意欲的なのか。ニッセイ基礎研究所の久我尚子主任研究員は「一家を支えるなど将来に向けた責任感は男性の方が強く、女性は収入が増えればとどめておかずに消費に回すという傾向もある」と指摘する。


◎独身女性の消費はどう「変貌」?

独身女性の消費が元気だ」と言うものの、彼女たちの消費がどう「変貌」したのかは教えてくれない。例えば、「平均消費性向」は独身女性より独身男性の方が高いのが当たり前だったのに、最近になって逆転したのならば「変貌」したと納得できる。

あるいは、10年前には独身女性が高価格のトースターや炊飯器を買うことなど極めて稀だったとか、何か変化を見せてほしい。記事にはそうした情報が見当たらない。

それとも、ここまでは序章で、これから「変貌」を描くのだろうか。続きを見ていこう。

【日経の記事】

結婚後も働く女性が増えたことも消費を底上げしている。働きやすい環境が整い、出産などを理由に長期で休職する女性も減った。30代女性を中心に就業者が減る「M字カーブ現象」は解消しつつある。

総人口に占める生産年齢人口(15~64歳)は1996年から減少に転じ、2017年に7600万人とこの20年で12%減った。男性の就業者が17年に3672万人と10年前に比べ2%減に対し、女性は2859万人と7.3%増えた。

人手不足を受けパートで働く中高年の女性も増え、15~64歳女性の就業比率は67.4%と過去最高だ。共働き夫婦が増えたことで、世帯主が30代男性の配偶者の月収(17年、2人以上の勤労世帯)は10年前に比べ47%増の6万1127円になった。


◎データはなし?

ここでは「結婚後も働く女性が増えたことも消費を底上げしている」とは書いている。しかし、消費底上げの程度を示すデータはないし、「結婚後も働く女性が増えたこと」が「消費を底上げしている」との因果関係が成立する根拠も示していない。
ハンググライダー発進基地(福岡県久留米市)
            ※写真と本文は無関係です

見出しでは「『M字』解消で景気底上げ」とまで言っている。だったらせめて、「M字カーブ解消」と「消費」に相関関係があるかぐらいは見せてはどうか(相関関係もあまりなさそうな気はするが…)。

そしてここでも「消費変貌」と言えるほどの話は出てこない。

続きに移ろう。

【日経の記事】

300秒マジック――。大丸松坂屋百貨店の化粧品体験販売イベントには1週あたり4千~5千人の女性が来店する。17年3月から主要10店舗で季節ごとに開き、美容部員が5分間でできるアイメークのコツなどを実演する。

ライブ感は今の消費の姿を映すキーワードだ。カープ女子にプロレス女子、本格仕様のキャンプ用品が売れる。独身、既婚を問わず体験づくりに女性はカネを費やす。

首都圏のライブ・エンターテインメントの参加率は男性が29%に対し、女性が46%。ぴあ総研が17年にまとめた調査では、全年代で女性が男性を上回った。

国内ライブ市場は16年に約3千億円と10年前の3倍以上になり、16年は2千億円と縮み続ける音楽ソフト市場に大きく差をつけた。ライブ消費の取り込みをにらみ、ぴあは100億円を投じて音楽ライブ専用施設を横浜市で建設中だ。

働く女性が増えれば家事代行や育児のサービスといった働くための消費も増える。政府も在宅勤務などの柔軟な働き方や女性登用を後押しする。これが最大の景気対策かもしれない



◎結局、大した「変貌」はなし?

記事は上記のくだりで終わりだ。結局「働く女性」あるいは「独身女性」に関する「消費変貌」は描かれないままだ。「国内ライブ市場」が伸びているといった変化は当然あるだろうが、「働く女性」や「独身女性」が突出して引っ張っているようでもない。「独身、既婚を問わず体験づくりに女性はカネを費やす」とも書いている。

結局、最後まで「消費変貌」と言うほどの話は出てこないし、「働く女性が増える→消費が増える」との因果関係にも説得力はない。なのに働く女性を増やすことが「最大の景気対策かもしれない」と結論付けられても困る。

働く女性が増えれば家事代行や育児のサービスといった働くための消費も増える」と言うが、働き始めると従来のように旅行や習い事に割ける時間がなくなるといった影響も出る。そうしたことを総合してもなお、「働く女性が増えれば消費が拡大する」と言えるのかが知りたいところだ。

30代女性を中心に就業者が減る『M字カーブ現象』は解消しつつある」と記事でも書いている。まずは、現在までにM字カーブが解消する過程で面白いように消費が伸びてきたか検証してみてはどうか。「『M字』解消で景気底上げ」と訴えるのは、その後でいい。


※今回取り上げた記事「消費変貌~(3)働く女性、支出惜しまず 『M字』解消で景気底上げ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180314&ng=DGKKZO28059630T10C18A3MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。

2018年3月13日火曜日

トランプ大統領「最初の審判」を誤解した日経 吉野直也次長

11日の日本経済新聞朝刊総合3面に載った「風見鶏~トランプ氏のカレンダー」という記事の中で、筆者の吉野直也 政治部次長が「トランプ米大統領の最初の審判となる11月の中間選挙の予備選が始まった」と解説していた。「既に上院補欠選挙で『審判』を受けていたような…」と思ったので、日経に以下の内容で問い合わせをしてみた。
門司港から見た関門橋 ※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 政治部次長 吉野直也様

11日朝刊総合3面の「風見鶏~トランプ氏のカレンダー」という記事についてお尋ねします。記事の最初に「実現すれば歴史上初めてとなる米朝首脳会談が注目されるなか、トランプ米大統領の最初の審判となる11月の中間選挙の予備選が始まった」との記述があります。しかし、同大統領は2017年12月にアラバマ州での上院補欠選挙で「審判」を受けているのではありませんか。

この補選での共和党候補の敗北を受けて、日経でも「保守地盤での敗北は、トランプ政権にとって大きな打撃となる」と報じています。日経ビジネスでも「(補選は)政権発足から1年が経過したトランプ政権に対する信任投票という側面はもちろんある」と解説しています。

トランプ米大統領の最初の審判となる11月の中間選挙」との説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、「上院補欠選挙は審判に当たらないが中間選挙は審判に当たる」と言える根拠も併せて教えてください。

◇   ◇   ◇

間違い指摘の無視を続けてきた日経から、3月に入って約2年ぶりに回答が届いた。不十分な内容ではあったが、日経が良い方向に動き始めている可能性も感じたので、今回は問い合わせから2日間待ってみたが13日午後5時までに回答はない。断定はできないが「ほぼ変化なし」と思っておいた方が良さそうだ。

追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「風見鶏~トランプ氏のカレンダー
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180311&ng=DGKKZO27919350Z00C18A3EA3000


※記事の評価はD(問題あり)。吉野直也 政治部次長への評価はDで確定とする。吉野次長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

トランプ氏の発言を不正確に伝える日経 吉野直也記者
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_7.html

2018年3月12日月曜日

大谷選手はFAでの移籍? 日経 馬場到記者に問う

11日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「大リーグ FA苦戦 上原・青木が日本復帰/イチローは滑り込み ベテラン『コスパ』で不利」という記事に引っかかる説明があった。「停滞するFA市場でも、23歳と将来性十分で二刀流が注目される大谷選手は引く手あまただった」と筆者の馬場到記者は書いているが、大谷選手はFAでの移籍ではないはずだ。日経に以下の内容で問い合わせを送ってみた。
片の瀬公園の桜(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 運動部 馬場到様

11日朝刊総合1面の「大リーグ FA苦戦 上原・青木が日本復帰/イチローは滑り込み ベテラン『コスパ』で不利」という記事についてお尋ねします。この中に「停滞するFA市場でも、23歳と将来性十分で二刀流が注目される大谷選手は引く手あまただった」との記述があります。記事の説明からは「大谷選手=FA選手」と解釈できますが、大谷選手はFAではなく、ポスティングシステムを利用してのメジャーリーグ挑戦となっているはずです。

「メジャーリーグで大谷選手は実質的なFA選手だと見られている」といった事情はあるでしょうが、記事ではそうした注釈もなしに大谷選手を「FA選手」として扱っています。記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。少なくとも、読者に誤解を与える書き方にはなっているのではありませんか。

せっかくの機会なので、もう1つ注文を付けさせていただきます。記事では「史上まれに見るFA市場の停滞」とまで言っているのに、例年との違いがよく分かりません。記事で言えば以下のくだりです。

通常、大リーグのFA市場は、球団関係者や代理人が一堂に集う12月のウインターミーティングから本格化する。まずはチーム編成の根幹をなす大物選手との交渉が優先され、契約がまとまればその他の選手との交渉に進んでいく。ところが、今オフはダルビッシュ有投手をはじめ、目玉と目された選手が1月になっても契約に至らなかった

例年はFA市場が「12月のウインターミーティングから本格化する」のは分かりました。しかし、後はどの時期にどの程度のことが決まるのが普通なのか、全く不明です。なのに「今オフ」に関して「目玉と目された選手が1月になっても契約に至らなかった」と言われても、例年との差を判断できません。例えば「例年であれば、12月中には目玉選手も含めFA選手ほぼ全員の所属先が決まる」などと書いてあれば、「史上まれに見るFA市場の停滞」だと実感できます。

こうした点にも留意して、今後は丁寧な記事作りを心掛けてください。

◇   ◇   ◇

間違い指摘の無視を続けてきた日経から、今月に入って約2カ月ぶりに問い合わせへの回答があった。なので、今回は11日に問い合わせをした後に少し待ってみたが、12日には回答はなかった。もしあれば、改めて内容を紹介したい。

追記)結局、回答はなかった。

※今回取り上げた記事「大リーグ FA苦戦 上原・青木が日本復帰/イチローは滑り込み ベテラン『コスパ』で不利
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180311&ng=DGKKZO27971820Q8A310C1EA1000


※記事の評価はD(問題あり)。馬場到記者への評価は暫定でDとする。

日経 太田泰彦編集委員の辻褄合わない「TPPルール」解説

日本経済新聞の太田泰彦編集委員による記事が相変わらず苦しい。12日の朝刊企業面に載った「経営の視点~『TPPルール』の誤算 データ争奪 周回遅れに」という記事も辻褄の合わない説明が目に付く。記事の全文を見た上で問題点を指摘したい。
ハンググライダー発進基地(福岡県久留米市)
        ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】 

米国を除く環太平洋経済連携協定(TPP)の11カ国が8日、チリで新協定に署名した。「21世紀型」と呼ぶ通商ルールを多国間協定に織り込んだTPP11の誕生である。経済成長のカギを握るデジタル分野の新ルールは、ネット空間の自由貿易に役立つだろうか。

答えはノーだ。元のTPPの中身が完成したのは2015年の10月。2年半が過ぎ、デジタルの技術とビジネスは加速度的に進化した。オリジナル版を踏襲しただけのTPP11のルールは、すでに技術面で陳腐化している

それだけでなく、TPPをモデルにした東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の交渉で、合意を阻む障壁にもなっている。

RCEPの16カ国は3日、シンガポールで閣僚会合を開いた。だが結果は合意への意思を確認しただけ。自由化の理念重視でTPPと同じルール導入を目指す日本に、アジア各国が反発しているためだ。

たとえばベトナムでの越境EC(電子商取引)を考えてみよう。利用者一人ひとりの関心や消費、取引記録などの情報は企業のサーバーに蓄積される。

米アマゾンがベトナム国内にサーバーを置く場合、共産党の一党独裁国家の政府から、情報を差し出すよう要求されたり、サーバーを差し押さえられたりするのでは困る。集めたビッグデータは、人工知能(AI)や機械学習による明日のビジネスを生みだす貴重な“原材料”だからだ。

このため元のTPP交渉では、データの扱いに国家を介入させないルールづくりに精力を注いだ。(1)サーバーをどの国に置いてもよい(2)国境を越えてデータを移転してよい(3)ソースコードを開示しなくてよい――という自由3原則だ。

日米が恐れていたのは、中国発のデジタル保護主義の拡大だった。中国はネット空間に万里の長城を築き国内市場を守っている。その一方で、アリババ集団、騰訊控股(テンセント)などの巨大企業は国外に手を広げる。ルールで囲い込み中国を開城させるのが、TPPの狙いだった

ところが囲い込む側のTPPから米国が抜けた。一方、米国が加わらないRCEPでは、中国が中核メンバーだ。TPPの3原則をそのままRCEPに移植すると何が起きるか……。

中国企業の一人勝ちとなるはずだ。ベトナムではアリババやテンセントが躍進し、あらゆる情報を収集する。一方通行の壁の向こう側にデータが吸い上げられるだろう。データ移転やサーバー設置の自由が協定で定められれば、ベトナムは誰にも文句を言えない。

ベトナムなど新興国は、自由3原則を含む協定を受け入れ難い。RCEP交渉難航の最大の要因は、中国企業が圧倒的に強い現実を直視できない日本にある。保護主義を封じるために放ったブーメランで、自分が苦しんでいるのだ。

ブロックチェーン技術の発達で「守るべき本丸はサーバー」という前提も崩れ始めた。国境を問わず、不特定多数による分散と共有がデータの信用を支える時代に入るからだ。21世紀型とされる国家間のルールだが、現実の21世紀の経済から周回遅れとなっている。

◇   ◇   ◇


気になる点を列挙してみる。


◎疑問その1~「陳腐化している」のに気にする?

TPP11のルールは、すでに技術面で陳腐化している」と太田編集委員は断定している。「陳腐化」の具体的な内容は不明だが、とりあえず「あってもなくても変わらないルールになった」と考えよう。だとしたら「TPPの3原則をそのままRCEPに移植」しても、大きな変化は起きないはずだ。「すでに技術面で陳腐化している」のだから。
門司港から見た関門海峡 ※写真と本文は無関係です

だが、「移植すると何が起きるか」というと、ベトナムでは「中国企業の一人勝ちとなる」らしい。「アリババやテンセントが躍進し、あらゆる情報を収集する。一方通行の壁の向こう側にデータが吸い上げられるだろう」と太田編集委員は予想する。

TPP11のルールは、すでに技術面で陳腐化している」のではなかったのか。「ベトナムなど新興国は、自由3原則を含む協定を受け入れ難い」と太田編集委員は言うが、これは解せない。「ベトナムなど新興国」は最新の技術を用いてルールを「陳腐化」させれば済む。

すぐには対応が難しいと言うのならば、「すでに技術面で陳腐化している」との説明が怪しくなってくる。


◎疑問その2~なぜ「一方通行」になる?

TPPの3原則をそのままRCEPに移植する」場合、ベトナムは中国によって「一方通行の壁の向こう側にデータが吸い上げられるだろう」とも太田編集委員は言う。これも奇妙だ。

中国も「RCEP」に参加しているのだから、他国からデータを「吸い上げ」る一方で「吸い上げられる」側にもなるはずだ。記事の説明だと、中国は一方的にデータを得る立場のように見える。

そもそも、そんなに中国にとってメリットのある話ならば、「自由化の理念重視でTPPと同じルール導入を目指す日本に、アジア各国が反発している」のも解せない。中国は日本と一緒に「ルール導入」を推進しようとするのが自然だ。


◎疑問その3~目的は「中国の開城」では?

中国はネット空間に万里の長城を築き国内市場を守っている」ので「ルールで囲い込み中国を開城させるのが、TPPの狙いだった」と太田編集委員は解説する。そして、「TPPの3原則をそのままRCEPに移植する」と、規制の強いベトナムでも中国企業などによって「データが吸い上げられるだろう」と予測する。

ならば、同時に「中国を開城させる」という目標も実現する。だったら、日本がそこに執着するのは当然だ。「ルール導入」の狙いは「中国企業の一人勝ち」の阻止ではなく、「中国を開城させる」ことだったのだから。

「いや、ルールが陳腐化してるんだから…」と太田編集委員は言うかもしれない。その場合は「陳腐化しているのならばなぜ、ベトナムでは『壁の向こう側にデータが吸い上げられる』ような変化が起きるの?」という疑問に戻ってしまう。

結局、「太田編集委員が書いている記事でもあり、参考にすべき中身ではない」と考えるのが適切だろう。


※今回取り上げた記事「経営の視点『TPPルール』の誤算 データ争奪 周回遅れに
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180312&ng=DGKKZO27980240R10C18A3TJC000


※記事の評価はD(問題あり)。太田泰彦編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。太田編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

問題多い日経 太田泰彦編集委員の記事「けいざい解読~ASEAN、TPPに冷めた目」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/05/blog-post_21.html

日経 太田泰彦編集委員 F評価の理由
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_94.html

説明不十分な 日経 太田泰彦編集委員のTPP解説記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_6.html

日経 太田泰彦編集委員の力不足が目立つ「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_18.html

日経 太田泰彦編集委員のTPP解説記事に見える矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_12.html

2018年3月11日日曜日

「給料革命」に無理あり 日経ビジネス「給料はもっと上がる」

日経ビジネス3月12日号の特集「給料はもっと上がる」は苦しい中身だった。中でも特に厳しいのが「PART4~給料革命で人材確保 横並びでは成長できない」という記事だ。これまでも「記事の中に『革命』の文字を見つけたら要注意」と繰り返し注意喚起してきた。この記事も例外ではない。「給料革命」と呼ぶほどでもないレベルの話が続く。
門司港駅(北九州市)※写真と本文は無関係です

最初の事例を見てみよう。

【日経ビジネスの記事】

一人ひとり違う初任給、転職市場での価値で決まる給料……。独自の取り組みが広がる。硬直的な賃金体系では競争に勝てない。それに気づいた企業は給料革命を始めている。

平均年間給与は1861万円──。FA用センサーなどを手掛けるキーエンスは、日本屈指の高給企業として知られる。それを実現しているのは、高い生産性だ。多くの企業では売上高が重要な指標だが、キーエンスが見ているのは付加価値と時間だ。

「今年の『時間チャージ』は〇〇円です」。新年度が始まる4月、キーエンス全社で共有される数字がある。前の年度に生み出した付加価値を全社員の労働時間で割った数だ。付加価値はほぼ粗利に近い数字。つまり、1時間あたりいくらの粗利を生んだか、実数で可視化しているのだ。

「『時間チャージ』という概念が一人ひとりの社員の行動の根底にある」(木村圭一取締役)。等級に応じて額は変わるが、社員は「この1時間で生み出せたはずの付加価値」を知っているからこそ、利益に結び付く行動を優先するようになる。例えば単純なデータの入力作業などは、自分の時間チャージよりも外部に委託したほうが安ければ、外注する。営業ならば、空き時間を作らず、付加価値につながる行動をしようとするというわけだ。あらゆる経費を使う際に費用対効果を常に意識して行動するようになる。

もっとも、効率を高めるのは会社のためだけではない。透明性の高い給与の決め方があるからそれが機能する。同社では基本給に加え、毎月の営業利益の一定割合を「業績賞与」として支給するのがルール。毎月、前月の業績賞与の3分の1を月給と合わせて支給。残りの3分の2は年4回の賞与に上乗せする。「自分たちが生み出した付加価値と給与が直結している仕組み」(伊藤成司人事部長)を取り入れていることが、好待遇を支えている。

そこには、春闘でベアを勝ち取って賃金を上げるという発想はない。自社独自の仕組みを導入することで働く者に報い、それを会社の成長につなげようという試行錯誤は様々な企業で始まっている。


◎これが「給与革命」?

色々と書いているが、結局は「賞与を業績連動で決めている」という話だ。ごく普通だろう。これが「給与革命」なのか。
久留米百年公園(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

記事では「それに気づいた企業は給料革命を始めている」と書いて、代表例としてキーエンスを持ってきている。だが、いつから「給料革命」に乗り出したのかは触れていない。記事の書き方からは、キーエンスがずっと続けてきた手法のように見える。

「絶対に業績連動にはしない」という方針を最近になって転換したのならば、少しは「革命的」な感じもするが、そうした説明もない。「時間チャージ」の話に至っては給与の決め方とほぼ関連がない。なのに、この話が最初に延々と続く。

1時間あたりいくらの粗利を生んだか、実数で可視化」したところで、大した効果はないだろう。そもそも、人事や経理は「粗利」を生んだことになっているのか。生んでいる場合、どうやって計算するのか。生んでいないと見なす場合「人事部A君の時間チャージは0円」と割り当てられるのか。

また、人事部のA君が採用のためにエントリーシートを1時間審査して、好ましい応募者がゼロと判断した場合、どんな付加価値が生まれるのか。常識的に考えれば、付加価値は生んでいない。しかし、だからと言って無駄な仕事と切り捨ててよいのか。また、優秀な学生の採用に成功した場合、付加価値はどう計算するのか。考えれば考えるほど、よく分からない。

想像だが、キーエンスでも間接部門の人たちは「時間チャージ」に囚われずに仕事をしているのではないか。


※今回取り上げた特集「給料はもっと上がる
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/special/030600934/?ST=pc

※特集の評価はD(問題あり)。担当者らの評価は以下の通りとする。

広岡延隆記者:C→D
武田安恵記者:D据え置き
庄司容子記者:暫定D→D
飯山辰之介バンコク支局長:暫定C→暫定D

2018年3月10日土曜日

北沢千秋QUICK資産運用研究所長を疑え(2)資産の分散

10日の日本経済新聞朝刊マネー&インベストメント面に載った「相場変調、守りの運用探る 為替ヘッジ米国債に分散」という記事について、筆者の北沢千秋QUICK資産運用研究所長の言うことを信じるべきでない理由をさらに述べていく。
小長井駅(長崎県諫早市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

すでに特定の資産を十分に保有している人は、資産を分散するのが王道だ。値動きの傾向が異なる資産を組み合わせると、資産全体では価格変動率を小さくできる。

日本株と相性がいいのは債券だ。00年からのITバブル崩壊や、08年以降のリーマン危機時の日本株と債券の値動きは逆方向(マイナスの相関)で、債券価格の上昇が株価下落のクッションになった。

ところが国内債券は日銀のマイナス金利導入以後、リターンがほとんど期待できない状態。日銀は国債の大量購入により力ずくで金利を低位に張り付けており、何らかのショックでタガが外れたときの価格下落(金利上昇)リスクも怖い。

代替候補は米国債をはじめとする先進国債券で運用し、為替変動リスクをヘッジ(回避)した投信だ。値動きはITバブル崩壊やリーマン危機時にも日本株とはマイナスの相関だった。為替ヘッジ付きだから円高抵抗力もある。

ただ、米長期金利は足元で約3%で、為替ヘッジには内外金利差を反映して約2%のコストがかかる。米長期金利が今後大きく上昇(価格が下落)すれば、利益は吹き飛んでしまう

これに対して竹中氏は「米国の賃金上昇率などはリーマン危機前に比べて低く、米長期金利の上限はせいぜい4%。海外債券は金利のピーク(価格の底)に向けて少しずつ買い、持ち高を増やしていけばよい」とアドバイスする。

図Bは日本株とヘッジ付き外債を併せて保有した場合の07年初からの値動きだ。日経平均は09年2月まで56%下落したが、ヘッジ付き外債を3割組み入れたケースでは下落率が38%にとどまった。


◎個人向け国債で十分では?

これは「金融業界の回し者」の臭いが強く漂う解説だ。「分散」の重要性は否定しない。「日本株と相性がいいのは債券」との解説もいいだろう。だが国内債券は「リターンがほとんど期待できない」から「米国債をはじめとする先進国債券で運用し、為替変動リスクをヘッジ(回避)した投信」で代替すべきとの主張は無視した方がいい。

記事で論じているのは「守りの運用」だ。債券と株式の組み合わせで「守り」に比重を置くならば「債券」の比率を高めれば済む。「為替変動リスクをヘッジ」するぐらいならば、個人向け国債で十分だ。

北沢所長にそう問えば「個人向け国債では利回りがゼロに近い」と反論されそうだ。だが、それは北沢所長が勧める投信も似たようなものだ。「米長期金利は足元で約3%で、為替ヘッジには内外金利差を反映して約2%のコストがかかる」と記事でも書いている。

さらに投信の信託報酬もかかる。北沢所長がお薦めする投信の場合、実質信託報酬が0.22%となっている。しかも「米長期金利が今後大きく上昇(価格が下落)すれば、利益は吹き飛んでしまう」という。だったら、利回りが低くても個人向け国債の方が安心だ。どうしても利回りが欲しいならば、株式などリスク資産を増やして対応するのが筋だ。「守り」を担う債券投資で、余計な信託報酬を支払ってまでリスクを取る必要はない。

付け加えると、バランス型投信を選択肢の1つとして紹介しているところにも北沢所長の業界寄りの姿勢を感じる。

【日経の記事】

想定する運用期間が10年に満たない人などは、資産分散や為替ヘッジをお任せできる低リスクのバランス型投信も選択肢になる。その場合には、個々のファンドの資産配分や為替ヘッジの比率はチェックしておきたい。最後に、資産防衛の手段となりそうな投信の候補を表Cに挙げたので参考にしてほしい。


◎なぜ高コストの投信を薦める?

想定する運用期間が10年に満たない人などは、資産分散や為替ヘッジをお任せできる低リスクのバランス型投信も選択肢になる」と北沢所長は言うが、なぜ「10年」なのか謎だ。記事には説明がない。運用期間5年を想定する人にとって「バランス型投信」が好ましい選択肢ならば、運用期間15年の人にも好ましいような気がするが…。
福島八幡宮(福岡県八女市)※写真と本文は無関係です

さらに問題なのが北沢所長が「参考にしてほしい」として挙げた2つの「バランス型投信」だ。いずれも実質信託報酬は1.2%程度。投資対象は6~7割が債券のようだ。先進国債券では高い利回りが期待できないのに、信託報酬で1.2%も使ってしまうのは無駄だ。「お任せ」のコストとしては高すぎる。

繰り返しになるが「米長期金利は足元で約3%で、為替ヘッジには内外金利差を反映して約2%のコストがかかる」と北沢所長自身が書いている。そこに1%を超える信託報酬を払ったらどうなるのか。

カネを捨てるのが好きだという人以外は、北沢所長が「参考にしてほしい」として挙げた「バランス型投信」に近付くべきではない。

資産分散については「自分の金融資産のどの程度をリスク資産に振り向けるか」を自分で考えるべきだ。「リスク資産7割」と決めたら、残り3割は個人向け国債か預貯金でいい。


※今回取り上げた記事「相場変調、守りの運用探る 為替ヘッジ米国債に分散
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180310&ng=DGKKZO27913280Z00C18A3PPE000


※記事の評価はD(問題あり)。北沢千秋QUICK資産運用研究所長への評価もDを据え置く。今回の記事に関しては、以下の投稿も参照してほしい。

北沢千秋QUICK資産運用研究所長を疑え(1)積み立て投資
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/03/quick.html


※北沢所長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 北沢千秋編集委員への助言(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_30.html

日経 北沢千秋編集委員への助言(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_11.html

日経 北沢千秋編集委員への助言(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_38.html

説明下手が過ぎる 日経 北沢千秋編集委員の記事(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_62.html

説明下手が過ぎる 日経 北沢千秋編集委員の記事(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_15.html

説明下手が過ぎる 日経 北沢千秋編集委員の記事(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_1.html

日経 北沢千秋編集委員「一目均衡」での奇妙な解説(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_81.html

日経 北沢千秋編集委員「一目均衡」での奇妙な解説(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_17.html

日経 北沢千秋編集委員「一目均衡」での奇妙な解説(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_18.html

生存者バイアス無視の日経「定説覆す?アクティブ投信」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_23.html

参考にするな! 北沢千秋QUICK資産運用研究所長の記事
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_46.html