2016年8月31日水曜日

「市場」を理解できない週刊ダイヤモンド片田江康男記者

週刊ダイヤモンドの片田江康男記者は「市場」をあまり理解していないようだ。2016年9月3日号に載った「Inside~(石油) ガソリン流通改革が大詰め 鍵握る指標会社は米社優勢」という記事を読む限り、そう判断するしかない。まずは記事の前半部分を見てみよう。
靖国神社(東京都千代田区)※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

市場が不透明だとして経済産業省が進めてきた、ガソリンや灯油といった石油製品の流通市場改革で、大きな動きがあった。

改革の最大の要は、石油元売り企業と中間業者である商社などが取引する際の卸価格に、市場原理を持ち込むことだった

というのも、これまでは卸価格を決める際、正規流通ルート外の余剰製品を取引するスポット市場の価格、いわゆる「業転玉」の価格を指標にすることが業界の慣行だった。業転玉は実勢価格よりも安い価格で取引されることが多い。そのため、元売りは実勢価格と懸け離れた安い卸価格で取引せざるを得ない事態が常態化していた。

さらに、こうした流通構造が、業界特有の「事後調整」の温床となっていた。事後調整とは、元売りが中間業者と一度決めた卸価格を、後で調整する取引だ。先述した市場価格よりも安い業転玉の価格を盾に、中間業者が元売りと交渉し、卸価格を安くさせるのだ

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◎「市場原理」が働いていない?

経済産業省が進めてきた、ガソリンや灯油といった石油製品の流通市場改革」に関して、「最大の要は、石油元売り企業と中間業者である商社などが取引する際の卸価格に、市場原理を持ち込むこと」と片田江記者は書いている。現状では「市場原理」に基づく価格形成になっていないとの判断だろう。

だが、本当に「市場原理」は働いていないのか。卸価格には「事後調整」の仕組みがあると記事では述べている。これは「業転玉の価格を盾に、中間業者が元売りと交渉し、卸価格を安くさせる」ものだ。そして業転玉の価格は「余剰製品を取引するスポット市場の価格」だ。

スポット市場で決まる価格に基づいて卸価格が動くのだから、卸価格の決定に「市場原理」が働いているのは明らかだ。卸価格の形成過程に「市場原理を持ち込むこと」が「改革の最大の要」だと経産省が本気で信じているのならば、「それは昔から実現していますよ」と教えてあげるべきだろう(本気で信じている可能性はほぼゼロだが…)。


◎「実勢価格」の意味は?

実勢価格」を辞書で調べると、「実際に市場で取り引きされる価格。企業の希望小売価格などに対していう」(デジタル大辞泉)と出てくる。「正規流通ルート外の余剰製品を取引するスポット市場の価格、いわゆる『業転玉』の価格」は、間違いなく「実勢価格」に入る。しかし片田江記者はそう考えていないようだ。

では、片田江記者は何を以て「実勢価格」と呼んでいるのか。「業転玉は実勢価格よりも安い価格で取引されることが多い。そのため、元売りは実勢価格と懸け離れた安い卸価格で取引せざるを得ない事態が常態化していた」と書いているのだから、卸価格でさえも「実勢価格」とは見ていない。推測が混じるが「元売りの希望卸価格」を「実勢価格」と捉えているのだろう。しかし、その価格で取引が成立していない場合、「実勢価格」ではない。

市場価格よりも安い業転玉の価格」という表現も同様に問題がある。これだと「業転玉の価格は市場価格ではない」との印象を与えるが、「業転玉の価格」は疑う余地なく「市場価格」だ。

記事の後半部分にも問題点は多い。

【ダイヤモンドの記事】

経産省は「不透明でゆがんだ市場構造」(経産省幹部)であり、元売りの超低収益体質の元凶であると問題視。この数年、改革を加速させていた。

改革には3ステップある。第1弾として、欧米で石油製品の価格指標会社として実績があり、国際的な基準を満たした英プラッツや米オーピスを日本に誘致。4月のプラッツを手始めに、両社は日本でサービスを開始した。

第2弾として、7月に石油製品仲介業者大手のギンガエナジージャパンと日本ユニコムの共同出資会社が、ガソリンなどの新たなスポット取引を開始。オーピスがこの取引価格を指標として採用しており、より透明性の高いスポット市場が生まれたところだ

そして第3弾として、早ければ今年度中に東京商品取引所でガソリン等の新たな先物市場が開設される見込みだ。「まだ何も決まっていない」と東京商品取引所はコメントするが、本誌の調べではオーピスの指標価格を採用することで最終調整している。

4月に海外の指標会社が国内市場に入ったことをきっかけに、「市場がドラスティックに変化した」(経産省幹部)格好だ。

ところが、この事態は元売り各社にとっては痛しかゆしだ。

市場の実勢価格に基づく取引環境になることは歓迎すべきことだだが、需給によって価格が決まるため、供給過剰になれば即、卸価格は下がる。卸価格を維持するには、元売りは厳格に石油製品の供給量を管理する必要があるのだ。

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◎「改革」になってる?

7月に「ギンガエナジージャパンと日本ユニコムの共同出資会社が、ガソリンなどの新たなスポット取引を開始」したことを「より透明性の高いスポット市場が生まれた」と片田江記者は評価している。「透明性が高い」のが事実だとしても、問題はスポット市場の価格に引きずられて卸価格が決まってしまうことだったはずだ。

だとすると、新たなスポット市場ができても問題は解決しない。もしも問題が「スポット市場の透明性」にあるのならば、記事の前半部分の説明を改める必要がある。


◎「市場の実勢価格に基づく取引環境になる」?

市場の実勢価格に基づく取引環境になることは歓迎すべきことだ」との記述は2つの意味で引っかかる。既に述べたように、新たなスポット市場を作っても、その価格に基づいて「事後調整」するのであれば、片田江記者の言う「実勢価格(元売りの希望卸価格)」に基づく取引が成立しにくい状況は変わらない。

元売りの超低収益体質の元凶」がなくなって、元売りの希望卸価格に基づく「取引環境」が整うとしよう。それは「歓迎すべきこと」だろうか。元売りにとっては「超低収益体質」から脱却できるのならば歓迎すべき事態だ。しかし、それが小売価格の上昇につながる場合、消費者にとっても「歓迎すべきこと」とは考えにくい。日本経済全体にとっても同様だ。片田江記者はどの立場で「歓迎すべきことだ」と言い切っているのだろうか。


◎今まで「需給」は無関係?

市場の実勢価格に基づく取引環境になることは歓迎すべきことだ。だが、需給によって価格が決まるため、供給過剰になれば即、卸価格は下がる」と書いてあると、従来は需給と無関係に価格が決まっていたような印象を受ける。しかし、そうではないはずだ。業転玉のスポット市場では需給に応じて価格が決まる。それに基づいて卸価格が動くのであれば、卸価格も「需給」によって変動する。

これは当たり前の話だ。市場に関するある程度の理解ができていれば、記事のような書き方は絶対にしないと思える。この記事からは「市場に関する理解が片田江記者は根本的にできていない」と結論付けるしかない。

今回の記事には「経産省幹部」の発言が2回出てくる。あとは「まだ何も決まっていない」という東京商品取引所のコメントがあるだけで、元売りや商社などに取材した形跡は見えない。元々、ガソリン市場への理解が乏しい片田江記者が経産省への取材に頼って記事を作ったのも、今回のような惨憺たる出来になった一因だろう。

「自分は市場への理解が乏しいから市場関連の記事を書くのは非常に危険だ」と片田江記者は肝に銘じてほしい。


※記事の評価はE(大いに問題あり)。片田江康男記者への評価も暫定C(平均的)からEへ引き下げる。

2016年8月30日火曜日

読むに値しない日経ビジネス藤村広平記者の「時事深層」

日経ビジネス8月29日号に藤村広平記者が書いている「時事深層~米クラウド企業、日本企業に働き方改革迫る 『添付ファイル』は死語になる」は、読むに値しない内容だった。記事の冒頭で「米クラウド企業が、日本のビジネスパーソンに働き方改革を迫っている。メールにファイルを添付するといったムダの多い作業をなくすサービスを相次ぎ売り込む」と藤村記者は訴えるが、その中身はかなり苦しい。まずは最初の事例を見ていこう。
皇居周辺の桜と首都高速(東京都千代田区)※写真と本文は無関係です

【日経ビジネスの記事】

(シリコンバレーに本社を置く)ボックスは法人向けのクラウドサービスを手掛ける。Word文書やExcel資料、PDFなど120種類を超える書類をクラウド上に保存できる。保存先のアドレスを共有すれば、居場所が離れていても社内外の関係者との同時編集が可能だ。

ボックスは徹底して使いやすさを追求する。例えばパソコンで作ったプレゼンテーション資料をクラウド上に保存したとする。他社の既存サービスの場合、ほかの社員が携帯端末で資料を見ようとするとレイアウトが崩れ、読みづらいときがある。ボックスは携帯向けのプレビュー版を自動作成するので効率が落ちない。強味は「こうした工夫を数百と重ねている」(レヴィCEO)点にある。

世界では6万2000社を超える採用実績がある。有力企業では世界で約6割が使う計算という。ただし日本での実績は1000社強にとどまっていた

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ボックスのサービスは「日本のビジネスパーソンに働き方改革を迫っている」だろうか。このサービスを使えば社内外の人にメールで添付ファイルを送る必要がなくなるとする。それは便利なことかもしれない。だが「働き方改革」と呼ぶほどの話とは思えない。

そもそも「他社の既存サービス」がある上に、ボックスのサービスも日本で「1000社強」が採用している。クラウドサービスが「働き方改革」をもたらすものならば、既にかなり実現しているのではないか。

有力企業では世界で約6割が使う計算という。ただし日本での実績は1000社強にとどまっていた」と書くと、日本での実績が少ないような印象を受ける。「有力企業」の定義を藤村記者は明らかにしていないが、個人的には日本に「有力企業(知名度が高い上に、業界内で上位の実力を持つ企業という意味だろうか)」は1000社もないと思える。日本でボックスのサービスを採用している企業のほとんどが「有力企業」だとすると、日本では有力企業に関して「約6割」をはるかに上回る使用実績があると思える。

2番目の事例として出てくる「エバーノート」の「文書保存サービス」も似たようなものだ。「今後はAI(人工知能)を応用し、ユーザーが作業中、文脈に合う過去メモを自動表示する機能を加える」らしい。便利な機能なのかもしれないが「働き方改革」を迫るようなサービスでないのは明らかだ。

3番目の事例になると、さらに苦しくなる。そのくだりは以下の通り。

【日経ビジネスの記事】

IT改革は安全性の確保が悩みの種。ここに商機を探るのがセキュリティー製品を手掛けるアブソリュート・ソフトウエア(カナダ)。「情報流出の脅威はサイバー攻撃よりも内部の社員にある」とジェフ・ヘイドンCEOは話す。年内にも日本の担当者を2倍に増やす。

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ここに至っては「働き方改革」と何の関係もない。しかも、この会社がどんな強みを持つのかも謎だ。「日本の担当者を2倍に増やす」らしいが、増やして何人になるのかも藤村記者は教えてくれない。1人を2人にするのと100人を200人にするのでは同じ「2倍」でも大違いなのだから、具体的な人数は入れてほしい。

記事に出てくる事例は以上の3つだ。これで「米クラウド企業、日本企業に働き方改革迫る 『添付ファイル』は死語になる」という見出しを付けるのは、良く言えば度胸があるし、悪く言えば読者を欺いている。

百歩譲って、企業がクラウドサービスを積極的に利用すると、法人で「添付ファイル」はなくなるとしよう。だが、それだけでは「添付ファイル」は「死語」にはならない。個人が積極的に使う可能性が残るからだ。「死語になる」と見出しで言い切るのであれば、「個人も含めて添付ファイルを使う人はいないなるかもな」と思わせる内容にしてほしい。今回の記事ではそれが全くできていない。


※記事の評価はD(問題あり)。藤村広平記者への評価も暫定でDとする。

2016年8月29日月曜日

日経1面トップ「4社に1社、公的マネーが筆頭株主」に注文

「なぜGPIFを加えて『公的マネー』にしたのか。日銀に絞ればいいのに…」というのが、29日の日本経済新聞朝刊1面のトップ記事「東証1部企業の4社に1社、公的マネーが筆頭株主 市場機能低下も」を読んで抱いた感想だ。そう思った理由はいくつかある。まずは記事の冒頭部分を見てほしい。
佐田川(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

「公的マネー」による日本株保有が急拡大している。日本経済新聞社が試算したところ、公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)と日銀を合わせた公的マネーが、東証1部上場企業の4社に1社の実質的な筆頭株主となっていることが分かった。株価を下支えする効果は大きい半面、業績など経営状況に応じて企業を選別する市場機能が低下する懸念がある。

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GPIFと日銀を合わせた主体を「筆頭株主」としているのが、まず引っかかる。GPIFと日銀はいずれも政府の支配下にはあるだろうが、一括りにしてよいほど一体とは思えない。複数の株主を合わせてよいのならば「公的マネー」は個別の株主ではなく「外国人」といった括りと比較する必要が出てくる。上場企業の株式の約3割は外国人が保有していると言われる。それでも「公的マネー」は「外国人」を抑えて「4社に1社」の筆頭株主になるのだろうか。

記事の続きをさらに見ていく。

【日経の記事】

GPIFは運用総額約130兆円の世界最大の年金基金。2014年に日本株の保有比率の目安を12%から25%へと大幅に引き上げた。日銀は金融緩和策の一環として上場投資信託(ETF)を買い入れている。7月29日に年間購入額を3.3兆円から6兆円へと倍増した。

GPIFと日銀は信託銀行などを通じて間接的に株式を保有し、株式名簿には記載されない。そこでGPIFによる保有銘柄の公表データや、日銀が購入するETFの銘柄構成比を組み合わせて独自に試算した。

GPIFと日銀を合わせた公的マネーは、東証1部の約1970社のうち4社に1社にあたる474社の筆頭株主となっており、日本株は「官製相場」の色彩が強まっている。TDK(17%)やアドバンテスト(16.5%)などで保有比率が特に高い。企業側からは「長期に保有してもらいたい」(横河電機)などの声が出ている。

東証1部全体でみると株式保有比率は7%強。国内の民間株主では最大の日本生命保険(約2%)を大きく上回る。政府の市場介入を嫌う風潮が強い米国では、公的部門の株式保有比率はほぼゼロ。国営だった企業が多く上場している欧州でも同比率は6%未満だ。

GPIFと日銀の株式保有額は3月末で約39兆円と5年前の11年3月末比で約25兆円増えた。この間に日経平均株価は約7割上昇し、株価の押し上げ効果は大きい。日銀がETFを年間6兆円買うと、「日経平均を2000円程度押し上げる効果がある」(野村証券の松浦寿雄チーフストラテジスト)という。

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記事の冒頭で「『公的マネー』による日本株保有が急拡大している」と宣言しているが、記事中のグラフを見ると、16年3月末の公的マネーによる株式保有金額は15年3月末に比べてわずかしか増えていない。GPIFは減っている。だからなのか記事では「GPIFと日銀の株式保有額は3月末で約39兆円と5年前の11年3月末比で約25兆円増えた」と5年前との変化を強調している。日銀に絞って数値を出せば、直近でも株式保有額が膨らんでいると示せたはずだ。

ついでなので、記事の終盤にも注文を付けておこう。

【日経の記事】

弊害も懸念されている。公的マネーは企業を選別せず、株価指数に沿って広く薄く投資するパッシブ運用(総合・経済面きょうのことば)が中心。その比率は日銀が9割超、GPIFも8割超にのぼる。

大量の資金を業績などに関係なく投じると、市場の「価格発見機能」が低下し、業績や経営に難のある企業の株価も下支えされて資金調達などを続けやすくなる恐れがある。市場からの退出圧力が働きにくくなれば、「経営の規律が弱まり、企業統治の面でも問題が大きい」と三菱UFJモルガン・スタンレー証券の芳賀沼千里チーフストラテジストは指摘する。

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この書き方だと、「公的マネーが企業を選別してアクティブ運用するのであれば問題はない」とも解釈できる。しかし、日銀のETF買い入れはあくまで金融緩和の手段のはずだ。なのにROEやPERを見ながら銘柄を選別して買い入れるようになったら、そっちの方が問題だと思うが…。

日銀のETF購入に関しては、週刊エコノミスト9月6日号にニッセイ基礎研究所チーフ株式ストラテジストの井出真吾氏が「市場を左右する“大株主”日銀」という記事を書いている。その一部を見てみよう。

【エコノミストの記事】

日銀は今年7月末時点で8.7兆円のETFを保有している。日本株のETFには主に、TOPIX連動型(7月末時点の時価総額5.7兆円)、日経平均株価連動型(同7.4兆円)、JPX日経400連動型(同0.6兆円)があり、それぞれに個別株の組み入れ比率が決まっている。この3つのタイプのETF時価総額に比例して日銀が買い入れ枠を配分していると仮定し、個別株の間接保有割合を試算。年間6兆円に拡大した場合、来年7月末時点でどのように変化するかも見た。

その結果、今年7月末時点でミツミ電機(11.2%)を筆頭に、5%超を保有する銘柄は27銘柄にのぼるが、1年後には87銘柄に増加。10%超は21銘柄となり、ミツミ電機に至っては20.6%と仮に直接保有なら持ち分法適用会社となる規模に相当する。

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エコノミストの記事は「日銀」に限定して保有比率を試算している。数字は7月末時点のもので、3月末の数字を用いた日経よりも新しい。日経もGPIFとの合算を選ばなければ、7月末の数字で記事を作れたはずだ。

エコノミストの記事は来年7月の保有比率を試算している点でも日経より優れている。「公的マネー」の株式保有の拡大に関して、最近の大きな動きは日銀のETF買い入れ枠拡大なのだから、これを反映させた数字があるのとないのとでは大違いだ。

1面のトップに据えるには「大きな数字」が必要だとの判断で、日経では日銀とGPIFの保有金額を合計したのだろう。だが、エコノミストの試算では「1年後には日銀が20銘柄以上で実質的に1割以上を保有」する。月曜朝刊の1面トップであれば、日経もGPIFを含めないこの数字で十分に記事を作れたのではないか。


※日経の記事に対する評価はC(平均的)。

2016年8月28日日曜日

実力不足が目立つ日経「花王、化粧品の海外販売強化」

日本経済新聞には「書き手としての基礎ができていない」と思える記事が頻繁に載る。若手記者がきちんと書けないのは、ある意味で当然だ。デスクさえしっかりしていれば、一定の水準を満たしていない記事が世に出る余地はない。実力不足のまま年数を重ねた記者がデスクになり、チェック機能を果たせていないのが日経の現状だろう。28日の朝刊企業面に載った「花王、化粧品の海外販売強化 高機能品を投入」は、そんな状況を反映した記事の1つと言える。
武道館(東京都千代田区) ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】 

花王は化粧品事業で海外展開を強化する。「ソフィーナ」ブランドの新シリーズを来年3月から香港などで発売、18年からは中国でも出す。現在年間約700億円の売上高のソフィーナ事業を早期に1000億円に引き上げるため、炭酸を使うなど高機能な化粧品を海外に投入する

来年以降発売するのは「iP」や「ボーテ」シリーズで、炭酸の泡を肌に浸透させる高機能な美容液などを展開する。海外ではまず百貨店などで発売、来店した人にカウンセリングしながら商品の販売増を見込む。香港の百貨店では現在の直営店でブースを設けるほか、台湾も店舗を改装して対応する。

花王は研究開発を背景にした商品設計を前面に出した販促活動を徹底する。中国戦略を見直しており、これまで店舗の縮小やブランドの絞り込みを進めてきた

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短い記事だが、問題点は山盛りだ。列挙してみたい。

◎香港は中国に属さない?

来年3月から香港などで発売、18年からは中国でも出す」と書くと、「香港は中国の一部ではない」と解釈できる。だが、言うまでもなく香港は中国の一部だ。「18年からは中国本土でも出す」などとすべきだろう。


◎「炭酸を使う」と「高機能」?

炭酸を使うなど高機能な化粧品」「炭酸の泡を肌に浸透させる高機能な美容液」と言われても、どこが「高機能」なのかよく分からない。例えば「炭酸は肌荒れを防ぐ効果があるものの、肌に浸透させるのが従来は難しかった」といった説明があれば「高機能」だと納得できるのだが…。

企業面の記事は女性だけに向けてはいないはずだ。化粧品を使わない男性にも違和感なく読めるように仕上げてほしい。


◎「海外展開を強化」と書くなら…

記事の冒頭で「花王は化粧品事業で海外展開を強化する」と書いているのに、中国と台湾の話しか出てこない。花王は欧米でも事業を展開しているはずだ。ならば、簡単でもいいので欧米を含む海外での化粧品事業全体の動きに触れるべきだ。欧米の話を抜きに書きたいのならば「アジアでの展開」「中国での展開」などとしてほしい。


◎「海外」の数字を入れよう

記事では、花王の化粧品事業に関して「現在年間約700億円の売上高のソフィーナ事業を早期に1000億円に引き上げる」とは書いている。これは国内も含めた数字だろう。記事には海外の状況を表す数値が見当たらない。「化粧品事業で海外展開を強化する」と訴えているのだから、化粧品事業の海外での売上高がどの程度で、それをいつまでにどこまで伸ばそうとしているのかといった情報は入れたい。

それが無理なら、中国での売上高でもいい。中国での「iP」や「ボーテ」シリーズの販売目標を入れる手もある。しかし、実際には「海外展開を強化する」と言えるだけの具体的な数値が皆無だ。これは苦しい。


◎縮小路線を転換?

記事の最後に「中国戦略を見直しており、これまで店舗の縮小やブランドの絞り込みを進めてきた」と出てくるのも引っかかる。これまでは縮小路線だったのに、今後は拡大へ転じるという話なのだろうか。だとしたら記事では「中国での縮小路線を転換」と明確に打ち出した方がいい。

縮小路線を続ける中で、例外的に「『ソフィーナ』ブランドの新シリーズ」だけ強化するという可能性もある。だとしたら、そこも記事中できちんと説明すべきだ。


※記事の評価はD(問題あり)。

2016年8月27日土曜日

「構造改革がカギ」?日経1面「消費は語る」の説得力不足

27日の日本経済新聞朝刊1面に載った「消費は語る 現場からの警告(下)希望や安心つくれるか 消費再点火、改革カギ」は説得力の乏しい中身だった。記事では「希望や安心をつくる構造改革こそが消費再点火のカギとなる。現場はそう語っているように見える」と締めくくっている。しかし、記事を読んでも「構造改革」を進めれば消費に火が付くと思える「現場」の話は出てこない。
熊本大学五高記念館(熊本市) ※写真と本文は無関係です

今回の連載は早川麗、藤川衛、江口良輔、三島大地の4人の記者が担当だ。彼らへの助言という形で、記事の問題点を指摘してみたい。

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

アベノミクスの3年間で大きく変わった風景がある。育児期の女性の4人に3人が働き、共働きが当たり前になりつつあることだ。2015年の25~34歳の女性に占める働く人の割合は75%を超えて3年間で2.4ポイント上昇した。

働く女性の増加は新たなビジネスチャンスを生む。紳士服の青山商事は女性向け専門店の出店を始めた。「女性管理職の増加などでスーツの需要も伸びる」と見たからだ。

女性も働くことで世帯としての懐は温かくなってもおかしくない。家計調査では15年の世帯主の配偶者の収入は前年より7.1%増えた。女性の社会進出で新たな消費が生まれ、関連産業が潤うはずだが、ここにも節約志向が影を落とす。

青山商事のスーツの平均単価は3万8千円程度。百貨店などのブランド品に比べれば安い。10分間1千円で成長したヘアカット専門店のキュービーネット(東京・渋谷)は若い女性らを狙った新型店を展開するが、料金はスタイリングを含めても2千円だ

8日の政府の経済財政諮問会議では民間議員の伊藤元重・学習院大教授が「日本経済は五右衛門風呂だ」と指摘した。風呂釜にあたる労働市場は熱くなっているのに、水である個人消費は少しぬるいと例えた。

時計の針を日銀の異次元緩和が始まった3年前に戻す。今も続く金融政策は「期待」に働きかける政策だ。みんながインフレになると思えば眠っていたマネーが動き出し、最終的には消費が増えるとの理屈だ。

日銀によると13年6月調査で「1年後に物価が上がる」と答えた人は全体の80.2%もいた。株価も上がり高額消費は好調。円安が進んだ割には海外旅行も堅調だった。期待で消費が動き始めたのは事実だ。ところが、今年6月調査では物価上昇を予測する割合は72.4%に低下した。

「デフレからの脱出速度を最大限まで引き上げる」。安倍晋三首相は28兆円超の経済対策をまとめ、日銀も追加金融緩和で呼応した。財政政策と金融政策の協調でしぼんだ期待の復活を探るが消費に響くか。

都内のメーカーで働く田中昂義さん(25)は「賃上げは続くのか、年金はもらえるのか、銀行の金利は低くて利子は付かないし、先行き不安はつきない」と話す。スーパーのチラシで丹念に安いモノを探し、コツコツと節約する。

経済学者のなかには構造改革はデフレ圧力になるとの考え方がある。だが、雇用や社会保障の改革を先送りすれば、将来不安が残りデフレ圧力がくすぶる。それを示したのがアベノミクスの3年間だった。やはり、希望や安心をつくる構造改革こそが消費再点火のカギとなる。現場はそう語っているように見える


◆担当記者らへの助言◆

今回のような囲み記事を書くときには「説得力」が重要です。記事を通じて何を訴えたいのか、そのためにはどういう材料を用意すればよいのかを十分に検討して記事の構成を決めるべきです。

今回の結論は「構造改革こそが消費再点火のカギ」です。「現場はそう語っているように見える」との説明が説得力を持つためには「構造改革を進めれば消費は盛り上がる」「構造改革が進まないから消費が振るわない」と読者に感じさせる「現場」の事例が不可欠です。

記事には以下のような事例が出てきます。

・紳士服の青山商事は女性向け専門店の出店を始めた。

・青山商事のスーツの平均単価は3万8千円程度。百貨店などのブランド品に比べれば安い。

・10分間1千円で成長したヘアカット専門店のキュービーネット(東京・渋谷)は若い女性らを狙った新型店を展開するが、料金はスタイリングを含めても2千円だ。


これらの事例は「構造改革こそが消費再点火のカギ」だと語っていますか。記事を繰り返し読んでみましたが、消費の「現場」と構造改革の関連は伝わってきませんでした。

記事では「雇用や社会保障の改革を先送りすれば、将来不安が残りデフレ圧力がくすぶる。それを示したのがアベノミクスの3年間だった」と書いています。しかし、その根拠は見当たりません。例えば、消費税率を20%に引き上げ、公的年金の支給水準を現行の半分に引き下げるとしましょう。これは思い切った「社会保障の改革」になるはずです。その場合、消費に火が付くでしょうか。

記事に出てくる田中さんは「年金はもらえるのか」と不安を感じています。給付水準の大幅削減という「構造改革」によって、田中さんの消費意欲が高まるでしょうか。常識的には「年金には頼れない。今のうちに蓄えを増やさなければ…」と消費を抑えてしまいそうです。

24日の(上)に付けたグラフには「増税後の消費は低迷」というタイトルが付いています。取材班のみなさんの考えが正しければ、増税で消費に火が付いてもいいはずです。しかし、現実にはそうなっていません。むしろ逆です。なのに、なぜ「構造改革こそが消費再点火のカギ」になるのですか。

おそらく「構造改革こそが消費再点火のカギ」だとは取材班のみなさんも思っていないのでしょう。記事をまとめるために何らかの結論が必要だったので「取って付けた」のではありませんか。だとすれば、記事の作り方の出発点から間違っています。

「取って付けた結論ではない。構造改革こそが消費再点火のカギだと訴えたくて記事を作ったんだ」という場合、明らかな実力不足です。どうすれば説得力のある記事になるのか、根本から見直す必要があります。


※連載の評価はD(問題あり)。暫定でDとしていた藤川衛記者への評価はDで確定させる。早川麗、、江口良輔、三島大地の各記者はいずれも暫定でDとする。

投資初心者の誤解を誘う日経「ロボット運用 日本で起動」

ロボット・アドバイザー」を前向きに紹介する記事が日本経済新聞にまた出ていた。26日朝刊総合2面の「ロボット運用 日本で起動 世界最大手など20社が参入へ」という記事だ。2日の夕刊マーケット・投資2面に田村正之編集委員が書いた「マネー底流潮流~広がる『投信おまかせ革命』」ほどではないが、やはり問題は感じる。
柳川の川下り(福岡県柳川市) ※写真と本文は無関係です

この手の記事が目立つのは、ロボアド関係者の日経に対するプロモーションが上手いからだろう。「フィンテック」「AI」といった流行り言葉と絡めて書けるのも、記者からすれば魅力だ。しかし、投資に関する多少の知識があれば、検討する価値のないサービスだと判断できるはずだ。日経の記者であれば、知識の乏しい投資家に対し「ロボアドに近づくな」とのメッセージを発してほしい。

まずは記事の前半部分を見ていこう。

【日経の記事】

コンピューターのプログラムが個人投資家に資産運用を助言する「ロボット・アドバイザー」が日本で普及期に入ろうとしている。世界最大の運用会社、米ブラックロックが近くサービスを始めるほか、大和証券や松井証券など証券会社も参入する。ベンチャー企業を合わせれば来春までに20社弱がサービスを提供する。個人金融資産1700兆円を巡り、競争が激しくなりそうだ。

ロボット・アドバイザーはコンピュータープログラムが個々の投資家の志向に応じ、最適な運用資産の配分を提案するサービス。先行する米国では大手だけで資産残高が4兆円に達する。「何歳か」「投資経験はあるか」など簡単な質問に答えれば「先進国株」「新興国債券」「金」などを組み合わせた運用メニューを数分ではじき出す。スマートフォン(スマホ)やパソコンを通じ、気軽に利用できる。

最大の強みは金融とIT(情報技術)を組み合わせたフィンテックが可能にしたコストの低さだ。手数料は運用額の0.2~1%にとどまり、富裕層が利用するプライベートバンキングや、金融機関に運用を任せる既存のラップ口座(2~3%程度)を下回る。ロボアドの資産配分は個々人で異なり、単純比較は難しいが、手数料が安い分だけ運用成績の面でも有利になる可能性が高い

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ロボアドについて「手数料は運用額の0.2~1%」と書いているが、不正確だ。記事に付けた表を見ると、松井証券の年間手数料は「0.2~0.7%(信託報酬)」となっている。これは投資家が保有する投信の信託報酬であり、ロボアド自体の手数料ではないのだろう。ロボアドの手数料がゼロならば、その点は明示してほしい。

信託報酬も含めて考える場合、例えば、お金のデザインでは「運用額の1%」の他にETFの信託報酬も投資家が負担するはずだ。結局、この表では手数料の比較の基準が揃っていない。

また、「手数料は運用額の0.2~1%」とすると「1.1%以上」はないような印象を受ける。しかし表では大和証券の手数料が「1%台前半」となっている。だとすると表記は「~1.5%」とでもした方が適切だ。

そして、最も問題なのが、ロボアドの「コストの低さ」を強調している点だ。手数料1%のロボアドであればコストは「ラップ口座(2~3%程度)を下回る」し、「手数料が安い分だけ運用成績の面でも有利になる可能性が高い」のも確かだ。しかし、これは「ものすごくダメなものよりはマシ」というだけの話だ。

投資家を100人ずつ3つのグループに分けるとしよう。投資対象は100本のETFから自由に選ぶとする。第1グループは手数料2%のラップ口座、第2グループは手数料1%のロボアドを使い、第3グループは投資初心者が自分で考えてETFを組み合わせる。この場合、手数料を含めた運用成績はどのグループが最も優れているだろうか。長期的に見れば、第3のグループが勝つと見て間違いない。記事で言うように「手数料が安い分だけ運用成績の面でも有利になる」からだ。

ロボアドに頼っても手数料分を超えて利回りが良くなるわけではない。手数料分だけ利回りが低下すると理解すべきだ。「ロボアドならば、年齢やリスク許容度に応じて適切な資産配分を提案できる」といった反論はあるだろう。だが、1%もの手数料を払ってわざわざ運用成績の面で不利な側に回りたいと思えるだろうか。十分な投資知識があるのに手数料1%のロボアドを選ぶ人はほとんどいないはずだ。

表で紹介している三菱UFJ国際投信はロボアドには手数料がかからないが、これは自社の投信の中から“最適”なものを選んでくれるだけなので、「アドバイザー」としては問題外だ。

年内に公募投信を組み合わせたサービスを開始」する松井証券の場合、ロボアドに手数料が不要で、さらに「信託報酬0.2~0.7%」の投信の品ぞろえが豊富であれば、検討に値するかもしれない。ただ、今回の記事では情報が少なすぎて何とも言えない。

ちなみに記事では、ロボアドの注意点を以下のように説明している。

【日経の記事】

ただ08年の金融危機以降に広がった新しいサービスのため、世界の金融市場に大きなショックが加わった場合の運用成績への影響は未知数だ。世界の金融商品に分散投資するため、為替リスクも負うことが多い。

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「金融危機以前からロボアドが存在していれば、世界の金融市場に大きなショックが加わった場合の運用成績への影響も分かる」というニュアンスを感じる。しかし、「世界の金融市場に大きなショックが加わった場合の運用成績への影響」は常に「未知数」だ。しかも、それはロボアドに限った話ではない。ロボアドに関しては「コストの高さ」に最大の問題があると見るべきだ。

ついでにもう1つ指摘したい。

【日経の記事】

大手金融機関も次々と参入を表明している。大和証券は来年1月にロボアド技術を使うサービスを提供。松井証券も年内に公募投信を組み合わせるサービスを始める。

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松井証券は「大手金融機関」なのか。ブルームバーグの2014年の記事では、「大手証券5社」として、みずほ証券、三菱UFJモルガン・ スタンレー証券、SMBC日興証券、野村ホールデ ィングス、大和証券グループ本社を挙げていた。大手証券にも入らないのならば、「大手金融機関」と呼ぶのはちょっと苦しい気がする。


※記事の評価はD(問題あり)。田村正之編集委員による「マネー底流潮流~広がる『投信おまかせ革命』」については「『投信おまかせ革命』を煽る日経 田村正之編集委員の罪」を参照してほしい。

2016年8月25日木曜日

1面ワキに値しない 日経「コンビニ、欠品ゼロへ セブン」

朝刊1面のワキ(その面で2番手のニュース記事)を飾るには、あまりに苦しい内容だった。25日の日本経済新聞 朝刊1面に載った「コンビニ、欠品ゼロへ セブン、10年ぶり新システム 520億円投資」という記事は、企業面のトップに据えるのが限界と思える。それを強引に1面ワキに持ってきたために「コンビニ、欠品ゼロへ」という無理のある見出しが付いてしまった。これは整理部の責任というより、ニュース性の乏しい記事を1面に送り込んだ企業報道部と、それを認めてしまった編集局幹部の問題だろう。
筑後川沿いの菜の花(福岡県久留米市)
           ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

セブン―イレブン・ジャパンは全国約1万9000店のコンビニエンスストアと本部を結ぶ情報システムを10年ぶりに刷新する。投資額は過去最高の520億円。店舗に配る新型の発注端末に売り切れ間近の商品を従業員に知らせる機能を持たせる。欠品による販売機会の逸失を防ぎ、店舗の稼ぐ力を底上げする。

今秋までに店舗の発注端末やパソコンなど機器の更新を完了し、2017年度から順次、新システムの運用を始める。

新型の発注端末は飲料や菓子などの加工食品、雑貨について、各店の発注個数や販売個数、売れ行きから見た適正在庫などの情報をもとに、追加すべき商品を液晶画面に表示する。警告音でも注意し、欠品をゼロに近づけることをめざす

コンビニはスーパーに比べて各店の倉庫スペースが小さく、欠品が発生しやすい。同社は商品の販売状況を即時に把握する情報システムなどで流通各社に先行してきた。それでも加工食品や雑貨では売り切れへの注意を促す仕組みはなく、従業員が気付かないまま欠品になっていることも少なくない。

欠品で失った売上高や利益の推計は難しいが、各社の間では業績を押し下げる主要な要因の一つになっているとの見方が多い。また、前回の来店時に買えた商品がなくなっていることへの失望から、客離れが起きることへの危機感もある。

新型の端末では弁当や総菜についても、いつ売り切れになったかを従来より簡単な操作で確認できるようにする。システムの刷新により、約2900品目に上る店頭商品の大半で欠品状況の「見える化」が実現する。

流通業界では人手不足が一段と厳しくなっている。セブンイレブンは新システムの導入により、経験の少ない従業員でも欠品の確認ができるようにする。

17年夏からはクレジットカード決済端末を組み込んだ新型レジも導入。来店客の利便性を高める

セブンイレブンは1店舗の1日当たりの平均売上高(日販)が65万円を超え、競合するローソンやファミリーマートを10万円以上引き離す。新システムで販売機会の逸失を減らし、品ぞろえに対する満足度を高めることもできれば、さらに差が開く可能性がある。

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セブンイレブンに関して「コンビニ、欠品ゼロへ、10年ぶり新システム」という大きな見出しを1面に見つけたら、日経の読者はどう理解するだろうか。「欠品ゼロとは言わないまでも、限りなくゼロに近付けられるシステムを採用するのかな」と思うのは自然な反応だ。しかし、そう理解して本文を読むと失望は避けられない。記事には「欠品をゼロに近づけることをめざす」と書いてあるだけだ。欠品がどういう頻度で起きているのかも、新システムで欠品をどの程度減らせるのかも、記事は教えてくれない。

欠品をゼロに近づけることをめざす」のは、言ってみれば当たり前の話だ。見出しで「欠品ゼロへ」と打ち出すのであれば、例えば「従来は1店当たり月100回程度の欠品が起きていたが、新システムが稼働すれば月10回以下に抑えられる」ぐらいの情報は欲しい。

今回の記事では、13版と14版(最終版)を読み比べると、作り手の事情が何となく推測できる。

まず13版の見出しは「コンビニ、欠品ゼロ」ではなく「コンビニ、欠品ゼロ」だ。「ゼロに」とすると、「新システムの導入で欠品をゼロにできる」とのニュアンスが強く出過ぎると判断して、14版で微調整したのだろう。

さらに言えば、13版の「コンビニ、欠品ゼロに」はカラ見出し(本文の内容と合致しない見出し)になっている。14版で「警告音でも注意し、欠品をゼロに近づけることをめざす」となっている部分は、13版では「警告音でも従業員に注意を促す」と書いてあるだけだ。

つまり「欠品ゼロ」はまず見出しに表れ、それに合わせる形で本文に手を入れている。なぜそうなったのかは想像がつく。1面ワキに持ってくるには辛い内容の記事を前にして、整理部では「1面ワキにふさわしい見出し」を一生懸命に考えたのだろう。そして捻り出したのが「欠品ゼロに」ではないか。

しかし頑張り過ぎてカラ見出しになってしまった。とは言え、1面ワキに値する見出しを維持するためには「欠品ゼロ」を使いたい。そこで、本文に手を加えてもらいカラ見出しを解消した。そう考えると納得できる。

今回の記事を読む限り、新システムにニュース性は乏しい。「追加すべき商品を液晶画面に表示する。警告音でも注意」というのが、新システムの主な変更点だ。これを1面の記事にしようと思えるのは、ある意味で凄い。

そもそも欠品への注意を促すことが目新しいのかどうかも疑問だ。記事には「それでも加工食品や雑貨では売り切れへの注意を促す仕組みはなく」との記述がある。だとすると「加工食品や雑貨」以外では「売り切れへの注意を促す仕組み」が既にあるのではないか。対象品目を広げるだけならば、ニュース性はさらに低くなる。

ついでに言うと「17年夏からはクレジットカード決済端末を組み込んだ新型レジも導入。来店客の利便性を高める」という説明も引っかかった。セブンイレブンの店舗は今でもクレジットカードでの支払いができるはずだ。「クレジットカード決済端末を組み込んだ新型レジ」の導入は「来店客の利便性を高める」効果があるのだろうか。

今は「レジ」と「クレジットカード決済端末」が別々になっているのだろう。それを一体化すると、従業員は楽になるかもしれない。だが「来店客の利便性」が高まるかどうかは別問題だ。新型レジだとクレジットカード支払いの処理時間を短くできるといった「来店客の利便性」につながる話があるのならば、それを明示すべきだ。


※記事の評価はD(問題あり)。

2016年8月24日水曜日

現状維持バイアスを「独自に解釈」 週刊エコノミストの回答

現状維持バイアス」という言葉に聞き覚えはあるだろうか。「大きな状況変化ではない限り、現状維持を望むバイアス。未知なもの、未体験のものを受け入れず、現状は現状のままでいたいとする心理作用のこと」(はてなキーワード)というのが一般的な解釈だろう。ところが、週刊エコノミスト8月30日号で経済コラムニストの大江英樹オフィス・リベルタス代表は奇妙な解説をしていた。大江氏によると、現状維持バイアスが働くために慌てて「現状を変更」してしまう場合もあるらしい。
立花氏庭園 西洋館(福岡県柳川市)
          ※写真と本文は無関係です

週刊エコノミストへの問い合わせと、その回答を続けて紹介したい。

【エコノミストへの問い合わせ】

8月30日号の「Economist Report 老後資金は大丈夫? 人間は感情に支配されやすい 自分を過信せず、“仕組み”作れ」という記事についてお尋ねします。記事では「現状維持バイアス」に関して以下のように説明しています。

「一方で、今と同じ状態がこの先もずっと続くと思う『現状維持バイアス』もある。企業の本質的な価値の低下ではなく、外部要因で一時的に株価が下がっていたとしても慌てて売ってしまう」

これを読んで「現状維持バイアスが働いているのであれば、株式保有という現状を維持するはずではないか」との疑問が湧きました。「行動経済学入門」という本の中で、著者のリチャード・セイラー氏は「現状維持バイアス」について、こう書いています。「人は現状のままでいたいという強い願望を持っている。それは現状を変えることの不利益のほうが利益よりも大きいと思えるからである。サミュエルソン=ゼックハウザーは、損失回避の一例として、彼らが『現状維持バイアス』と名付けたこのような効果を実証した」。

株価が下がったA社の株主について言えば、明らかに将来性がなくなっていると思えるような状況でも、なぜかA社株を手放そうとしないのが「現状維持バイアス」に相当するはずです。市場環境の変化に応じて「慌てて売る」という行動に出た場合、「現状維持」ではなく「現状変更」になってしまいます。

この記事を担当した大江英樹オフィス・リベルタス代表は「現在の状況が将来も続くと見通すこと」を「現状維持バイアス」と捉えているのでしょう。しかし、行動経済学で言う「現状維持バイアス」とは、「合理性を欠いていても、とにかく今の状態を維持したい」という傾向を指していると思えます。

記事の記述は「現状維持バイアス」を正しく説明できていないと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。


【エコノミストからの回答】

お問い合わせくださり、ありがとうございます。

大江氏からの以下の回答にあるように、独自の解釈としての「現状維持バイアス」であり、記事の記述に問題はないと判断します。

ただ、疑問が生じたことについては、より言葉を尽くした方がよかったかと受け止めております。今後の編集に生かさせていただきます。

***

現状維持バイアスの一般的な解釈はおっしゃる通りです。

変えた方がいいか、それとも変えない方がいいかという意思決定にあたって、変えることによって不利益が生じることを恐れるあまり厳密に考えることなく現状維持を望みがちになるというバイアスが本来の「現状維持バイアス」です。

この理由はカーネマン氏のプロスペクト理論の基本である「損失回避」傾向がもたらすバイアスだと考えられます。

私はそれに加えて市場変化における現象面から独自の解釈を持っています。

つまり自分がどうするかという意思決定ではなくて、市場や環境がどうなるかという予測においても現状維持バイアスが存在しているのではないかということです。

過去40年以上に亘って市場を見ていると、上がり始めるとそのスピードが速ければ速いほど、上昇しているという現状の状態がこのままずっと続くと思いがちになる。これもバイアスの一つだと思いますし、そればバブルを生み出す原因にもなっていると考えています。

同じように何らかのショックで株価が大きく下落すると、ずっと下がり続けるのではないかという恐怖心がもたらす心理的なバイアスによって本源的な株式価値とは関係なく焦って売却してしまうという行動も起こりやすくなります。

いわゆる市場における「セリング・クライマックス」と呼ばれる現象ですね。

こういう心理的バイアスについては特に株式市場においては頻繁に起こることであり、かつそれが必ずしも合理的な判断をもたらさないことが多いことから私なりの解釈でこれもまた別な意味での「現状維持バイアス」と考えている次第です。

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大江氏の説明に説得力があるかどうかは、読んでもらえればすぐに分かるので、ここで論評はしない。ただ、説明責任を果たしている点は評価したい。問い合わせを送ったのは、週刊エコノミストや大江氏を責めるためではない。より良い雑誌を作ってもらうためだ。「疑問が生じたことについては、より言葉を尽くした方がよかったかと受け止めております。今後の編集に生かさせていただきます」との言葉に希望を見出したい。

※記事の評価はD(問題あり)。大江英樹氏への評価も暫定でDとする。

2016年8月23日火曜日

こっそり「正しい説明」に転じた週刊ダイヤモンド岡田悟記者

自らの不手際を棚に上げたまま、あれこれと他社を論評して心は痛まないのだろうか。週刊ダイヤモンド8月27日号「DIAMOND REPORT~日本版[『不動産テック』の隔靴掻痒 ヤフー・ソニー不動産連合がはまった隘路」という記事を読んで、そう思わずにはいられなかった。
水前寺成趣園(熊本市) ※写真と本文は無関係です

筆者の岡田悟記者は2015年11月21日号の「Close Up~マンション仲介手数料“中抜き” ヤフー・ソニーが目論む“流通革命”」という記事の中で「ヤフーとソニー不動産がスタートさせたウェブ仲介サービス『おうちダイレクト』」に関して誤った説明をしてしまった。さらには、読者からの間違い指摘を無視。そして今回の記事では、何もなかったかのように「正しい説明」に転じている。

まずは2015年11月21日号の記事に関する週刊ダイヤモンド編集部への問い合わせ内容を見てほしい。

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

週刊ダイヤモンド11月21日号の「マンション仲介手数料“中抜き” ヤフー・ソニーが目論む“流通革命”」という記事についてお尋ねします。記事では「おうちダイレクト」というサービスに関して「売り手と買い手の接触から価格交渉まではサイト上でできてしまう」と書かれています。しかし、このサービスに関するニュースリリースを見ると、「(ウェブサイト上で)購入検討者は『ダイレクト物件』についての詳細を把握できるようになり、また所有者はその物件のアピールポイントを、購入検討者に直接伝えることが可能となります」との記述があるものの、注記事項として「価格等の売買条件に関するやりとり・交渉等を行うことはできません」と明記されています。つまり、記事中の説明と矛盾します。「価格交渉まではサイト上でできてしまう」という記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題ないとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

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サイト上での売り手と買い手の価格交渉は認められていないのに、岡田記者は「価格交渉まではサイト上でできてしまう」と書いてしまった。ニュースリリースには「価格等の売買条件に関するやりとり・交渉等を行うことはできません」と明記してあるのだから、誤った説明をした責任はダイヤモンド側にある。なのに、ミスを指摘されてもダイヤモンドは完全無視の姿勢を貫いた。

そして8月27日号の「DIAMOND REPORT」では以下のように説明している。

【ダイヤモンドの記事】

既存の不動産流通に風穴を開けると宣言し、昨年11月にヤフーとソニー不動産がスタートさせたウェブ仲介サービス「おうちダイレクト」の伸び悩みが指摘される。日本では「不動産テック」は浸透しないのだろうか。

中略)おうちダイレクトは、ソニー不動産が仲介するとはいえ、あくまで決済などの手続きを「サポートする」にとどまり、売り手の希望額を成約可能なものに近づける機能が不十分。そのため「売り手の願望がひたすら並んでいるだけのサイトになってしまった」(業界関係者)。

それならば、初めからユーザー同士がサイト内で価格交渉し、個人間売買ができるシステムとして設計すれば、実に革新的な不動産マッチングサイトとなっていた可能性が高い

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2015年11月21日号の記事で、「売り手と買い手の接触から価格交渉まではサイト上でできてしまう」と「革新的な不動産マッチングサイト」であるかのような持ち上げ方をしていたのに、今頃になって「初めからユーザー同士がサイト内で価格交渉し、個人間売買ができるシステムとして設計すれば、実に革新的な不動産マッチングサイトとなっていた可能性が高い」などと書ける神経が凄い。

そもそも「おうちダイレクト」に大した革新性がないのは、ニュースリリースを読めばすぐに分かる。「既存の不動産流通に風穴を開けると宣言」した「ヤフーとソニー不動産」に岡田記者が乗せられてしまっただけの話だ。そして記事中での説明を誤り、間違い指摘を無視した上で、今回の記事では何もなかったかのように「正しい説明」に転じてしまった。

岡田記者には、読者に対して自らの不明をまず恥じてほしい。全てはそこからだ。


※8月27日号の記事に限れば評価はC(平均的)。岡田悟記者への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。今回の件については「週刊ダイヤモンドも誤解? ヤフー・ソニーの『おうちダイレクト』」を参照してほしい。

アマゾン独り勝ち?日経ビジネス鈴木哲也副編集長に問う

日経ビジネスの鈴木哲也副編集長が8月22日号に「ニュースを突く~アマゾン、世界で独り勝ちの代償」という記事を書いている。この見出しに違和感はないだろうか。アマゾンは本当に「世界で独り勝ち」しているのだろうか。日経ビジネスを出版している日経BP社が運営するITproというサイトに「アマゾンが中国で阿里巴巴のショッピングモールに出店」(2015年3月9日付)という記事が出ている。そこには以下のような説明がある。
震災後の熊本城(熊本市) ※写真と本文は無関係です

【ITproの記事】 

Amazonは中国で自社サイト「Amazon.cn(亞馬遜)」を運営している。だが、フィナンシャル・タイムズによると、同社の中国におけるシェアはわずか1.4%で、同国の電子商取引サイトとしては5番目の規模。これに対しAlibaba Groupには、BtoCのTmall、CtoCの「Taobao(淘宝)」、BtoBの「Alibaba.com」があり、そのシェアは70%以上に達する。

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中国におけるシェアはわずか1.4%で、同国の電子商取引サイトとしては5番目の規模」でもアマゾンは「世界で独り勝ち」と言えるのだろうか。アリババの中国での「シェアは70%以上に達する」とすれば、少なくとも中国では「独り勝ち」と呼ぶにふさわしいのはアリババの方だ。

「中国は例外的に苦戦しているが、世界全体で見ればアマゾンの1人勝ち」と鈴木副編集長は考えたのかもしれない。しかし、これも怪しい。朝日新聞は2016年5月6日付の「アリババ、流通額51兆円 ウォルマート超え世界最大に」という記事の中身を見ておこう。

【朝日新聞の記事】

中国のネット通販最大手、アリババ・グループが5日発表した2016年3月期の決算によると、傘下のサイトで売り買いされた流通総額は前年比27%増の4850億ドル(約51・9兆円)だった。米小売り最大手ウォルマート・ストアーズの16年1月期の売上高4821億ドルを上回り、初めて「世界最大の流通企業」となった

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流通総額で比べるのが適当かどうかは議論があるだろうが、アマゾンが「世界で独り勝ち」していて、「世界最大の流通企業」であるアリババは足元にも及ばないと見なすのは無理がある。日経ビジネスの記事は出発点から問題を抱えているのではないか。

この記事では、急成長したアマゾンの「強大なパワーに対し、世界各地で警戒感が高まっている」として、「ドイツではストライキが発生。日本でも外部の労働組合の支援で、昨秋、労組が結成されている」といった動きを紹介している。

そこから鈴木副編集長が導き出したのは「GMのような大企業が手放しで尊敬された時代は去り、社会の目は厳しくなるばかり。(アマゾンも)綻びを放置すれば、思わぬ落とし穴にはまる」という何の捻りもない結論だ。

簡単に言えば「急成長してきたアマゾンも世界各地で色々と摩擦を起こしてるんで、気を付けないと…」という話だ。異論はないが、副編集長という立場で「ニュースを突く」というコラムを執筆するのであれば、もう少し独自の視点が欲しい。

記事中の説明には、納得できないものもあった。例えばアマゾンについて鈴木副編集長は「買い物のスタイルを根底から変え」たと解説している。ネット通販が登場する以前にもカタログ通販などはあった。ネット通販が買い物のスタイルに変革をもたらしたのは確かだろうが、「根底から」は大げさではないか。

GMのような大企業が手放しで尊敬された時代は去り」との説明も気になる。ここでGMが出てくるのは、記事の中で「ゼネラル・モーターズ(GM)にとってよいことは、米国にとってもよいことだ」という1950年代の同社トップの有名な発言を用いているからだ。

この当時は「大企業が手放しで尊敬された時代」だったのだろうか。ちなみに日本では、50年代に新日本窒素肥料(現在のチッソ)という大企業が水俣病問題を引き起こしている。全ての時代の雰囲気を知っているわけではないが、50年代以降に限っても、世界的に「大企業が手放しで尊敬された時代」はなかったと思える。


※日経ビジネスの記事への評価はD(問題あり)、鈴木哲也副編集長への評価も暫定でDとする。

2016年8月22日月曜日

どこに「オバマの中国観」?日経 大石格編集委員「風見鶏」

ネタがなくて苦し紛れに生み出した記事なのだろう。21日の日本経済新聞朝刊総合・政治面に
大石格編集委員が書いた「風見鶏~オバマ氏の中国観の原点」は非常に苦しい内容だった。この記事を読んでも「オバマ氏の中国観」がどういうもので、その「原点」がどこにあるのかよく分からない。大石編集委員は自らがハワイで訪ねたオバマ氏の母校の話で記事を作って紙幅を埋めようと考えたのだろう。ハワイの学校の話が延々と続くが、あまり意味はない。まずは記事の中身を見ていこう。
朝倉市立秋月中学校(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

観光客でにぎわうハワイのワイキキビーチから少し内陸に入った静かな住宅地にその学校はある。同州で最も優秀な生徒が通う幼小中高一貫の名門プナホウ校は今年、創立175年を迎えた。校門に記念の飾り付けがなされていた。

キャンパスの真ん中に建つのが、1852年から使われているオールド・スクール・ホールだ。小5で編入学したバラク・オバマ少年はこの部屋でENGLISH、つまり国語の授業を毎日受けていたそうだ。

自分のほかに黒人の生徒がひとりしかいなかった学校に「なじめないという感覚がどんどん膨らんだ」とオバマ氏は自伝『マイ・ドリーム』に書いている。心の救いを求め、白人支配に立ち向かったアジアの指導者たちに傾倒した。

「チェンジ」。8年前の米大統領選で掲げたこのスローガンは、インドのガンジーの「世界に変化をもたらしたければ、自らがその変化になれ」との呼びかけからの引用だ。なぜアジアなのか。幼いころインドネシアで育ったからか。ヒントになる碑をホールの入り口で見つけた。

「西洋に学び、永遠の真理を追い求めたい」

刻まれていたのは、この学校で学んだもうひとりの著名人、孫文の言葉だ。碑はオバマ氏の在学中すでにあり、革命の父としての偉業は生徒たちに代々、語り継がれてきた。

日本で亡命生活を送ったこともある孫文だが、それは後半生の話。広東省の農村で育った孫文が“文明”に初めて出会ったのは13歳から17歳までをすごしたハワイにおいてだ。オバマ氏と似ていなくもない。

今年は孫文の生誕150年にあたる。間もなく訪中をするオバマ氏が滞在中に何らかの形で先輩に言及すれば、学校にとってこのうえない名誉になる。OB会は期待しているそうだ。

『マイ・ドリーム』に孫文は登場しないが、オバマ氏が親近感を抱いている証拠ならばある。孫文の最初の妻である盧慕貞の孫モナ・リーさんの夫を政権で2人目の中国大使に任命したのだ(孫文とリーさんに血のつながりはない)。

オバマ氏は習近平国家主席の強硬姿勢に手を焼きつつ、大筋では米中が足並みをそろえる協調路線を採ってきた。次女には小学校から中国語を習わせた。プナホウ校での日々がこうした中国観を育んだのだろう

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オバマ氏の中国観の原点」に関するヒントは上記の部分にしかない。まず「オバマ氏の中国観」がどういうものか分かっただろうか。大石編集委員は「オバマ氏は習近平国家主席の強硬姿勢に手を焼きつつ、大筋では米中が足並みをそろえる協調路線を採ってきた。次女には小学校から中国語を習わせた」と書いた後で「こうした中国観」と述べている。しかし、どういう「中国観」なのか明確ではない。

例えば(1)中国は困った国だ。表面的には仲良くすべきだが、決して信用してはダメだ(2)中国は時に強い態度に出るが、基本的には話せば分かる国だ。信用してもよい--という2つの中国観があるとしよう。この2つは大きく異なる。だが、大石編集委員が与えてくれたヒントからは、オバマ氏に関して(1)(2)の両方があり得る。これでは話にならない。そもそもヒントはあっても、「オバマ氏の中国観」そのものには全く触れていない。大石編集委員もよく分からないのだろう。

次は「原点」だ。オバマ氏の中国観の原点は孫文にあるというのが大石編集委員の主張のようだ。しかし、単なる想像に過ぎない。孫文と同じ学校で学んだのは確かなのだろうが「(オバマ氏の著書である)『マイ・ドリーム』に孫文は登場しない」らしい。「オバマ氏が(孫文に)親近感を抱いている証拠ならばある」と大石編集委員は言うものの、とても証拠として採用できる代物ではない。

その「証拠」とは「孫文の最初の妻である盧慕貞の孫モナ・リーさんの夫を政権で2人目の中国大使に任命した」ことだ。「2人目の中国大使」と孫文の関係はかなり薄い。それに、関係があるからと言って「孫文に親近感を抱いていたから任命した」と決め付けるのは無理がある。「親近感を抱いていた可能性も否定できない」といった程度の話だ。

ついでに言うと「広東省の農村で育った孫文が“文明”に初めて出会ったのは13歳から17歳までをすごしたハワイにおいてだ」という説明には大石編集委員の偏見を感じた。“”を付けているとはいえ、当時の中国を未開社会のように扱うのは頂けない。中国文明の歴史は数千年に及ぶ。「当時の広東省の農村は中国文明の外側にいた」と大石編集委員は思っているのだろうが…。

記事のその後もあまり意味がない。参考までに中身を載せておこう。

【日経の記事】

そのせいか、嫌中派が多い安倍政権はオバマ氏と馬が合わない。

「出ばなでガツンとやっておかなかったから、なめられた」「ツー・リトル、ツー・レイト」。こんな悪口をよく聞く。中国が南シナ海に軍事拠点を構築中という報告を受けながら、なかなか軍艦を派遣しなかった。先手必勝のパワーポリティクスがわからない外交下手ということらしい。

何となくもっともらしいが、早い段階で米軍が出張っていれば中国はあきらめておとなしくしたのか。2001年には中国の戦闘機が米偵察機と空中衝突する海南島事件があった。この手の小競り合いが起きていたに違いない。

そんな危うい選択肢をオバマ氏が選ぶわけがない。自著『合衆国再生』で外交政策について「孤立主義に回帰する」と書き、就任後は「米国は世界の警察ではない」と断言したのだ。

「オバマ氏が臆病で優柔不断だから」。日米のずれを人柄のせいにできる間はまだましである。「米国は日本の島の面倒まで見切れない」。軍略家エドワード・ルトワック氏はこう予言する。次の大統領もオバマ路線だったとき、日米同盟の動揺は避けがたい。安倍政権はどう対応するだろうか

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次の大統領もオバマ路線だったとき、日米同盟の動揺は避けがたい。安倍政権はどう対応するだろうか」という締め方は、いわゆる「成り行きが注目される」的な結論で、基本的に好ましくない。それに「次もオバマ氏と似た考えの大統領だったら、安倍政権はどうするのかな」と大石編集委員が訴えたかったのならば、長々とハワイの学校の話をして、オバマ氏と孫文を結び付ける必要などない。

次の政権がオバマ政権と似た中国政策を採る可能性を探った上で、日本としての対応策を論じた方が意味がある。しかし、そういう構成を選んではいない。記事を通して読むと「書くことがないから、ハワイで見たオバマの母校の話でもして行数を稼いで、その後は適当に日米同盟の話でもすれば記事が作れるだろう」との大石編集委員の考えが透けて見える。

日経での大石編集委員の立場を考えれば、この手の雑な記事を書いても社内のどこからも文句は来ないだろう。だが、そこに安住して完成度の低い記事を垂れ流すのは、自分のためにも読者のためにもならないと早く気付いてほしい。

※記事の評価はD(問題あり)。大石格編集委員への評価もDを据え置く。

2016年8月21日日曜日

日経「独身アラフォー、4割が非正規」の不適切な数値比較

日本経済新聞朝刊の女性面をこれまで「緩い紙面」と評してきた。「いい加減なことを書いても女性に寄り添った記事であれば基本的に許される紙面」と言い換えてもいい。今回は20日の「独身アラフォー、4割が非正規 氷河期世代、影響いまだに 少ない貯金・介護 募る不安」という記事を取り上げたい。ここでの問題はデータの扱い方だ。統計の取り方が大きく変わった場合、変更前と後を単純に比較するのは非常に危険だ。今回の記事を書いた福山絵里子記者は、その辺りの配慮ができていない。
久留米大学医学部(福岡県久留米市) 写真と本文は無関係です

まず、女性面編集長への問い合わせ内容を見てほしい。ほぼ同じ内容のものを日経の問い合わせフォームからも送っている。いつも通りならば、回答はないはずだ。

【女性面編集長への問い合わせ】

女性面編集長 佐藤珠希様

20日朝刊女性面の「独身アラフォー、4割が非正規」という記事についてお尋ねします。記事中で筆者の福山絵里子記者は以下のように書いています。

「『独身の非正規アラフォー』はここにきて増加傾向にある。総務省の労働力調査によると、35~44歳の独身女性で、雇用されて働く労働者は2015年に190万人。そのうち非正規で働く人は79万人で、41%が非正規で働いていることになる。05年時点では27%だった」

記事では、05年の27%と15年の41%を比べて「ここにきて増加傾向にある」と説明しています。これは、比較してはいけないものを比べているのではありませんか。記事に付いたグラフには「総務省の労働力調査を基に作成。2011年はデータなし。2012年までは『未婚女性』、2013年以降は『無配偶女性』。在学中の人は除く」との注記があります。

つまり、グラフに出てくる「35~44歳の独身女性雇用労働者に占める非正規の割合」の分母は05年が「35~44歳の未婚女性雇用労働者」で15年が「35~44歳の無配偶女性雇用労働者」です。「無配偶女性」には夫と離別・死別した女性が入ってきます。こうした女性は非正規の比率が高く、そのために「35~44歳の独身女性雇用労働者に占める非正規の割合」が15年は高く出たのではありませんか。

グラフを見ると、安定的に推移していた「非正規の割合」が12年から13年にかけて一気に7ポイント程度の上昇を見せており、その後は概ね横ばいです。ここからも分かるように、「非正規の割合」の上昇は、分母の対象を変えた影響が大きいと思われます。

記事における数値の比較は不適切だったと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

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実際には10年単位で見れば「35~44歳の独身女性雇用労働者に占める非正規の割合」は緩やかな上昇傾向なのだろう。しかし、使用するデータで分母が大きく変わってしまったのであれば、05年と15年を比べて「ここにきて増加傾向にある」と書くのは不適切だ。

ついでに言うと、この記事に付けた小さなコラムも引っかかった。以下はその全文だ。

【日経の記事】

■気になる! 非正規の女性は結婚を望んでいるのだろうか。年齢がアラフォーより少し下がるが、25~39歳の未婚男女1万人に内閣府経済社会総合研究所が実施した意識調査(2015年)によると、正社員よりも非正規社員のほうが結婚意欲が低かった。

職場にいる独身男性が少ないうえ、周りに正社員男性も少ないことが結婚意欲の低下に影響しているという。交際相手がいる人も正社員より非正規社員のほうが少なかった。

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気になった点を列挙してみる。

◎「男女」それとも「女性限定」?

記事に出てくる「内閣府経済社会総合研究所が実施した意識調査」の調査対象は「25~39歳の未婚男女1万人」らしい。その調査では「正社員よりも非正規社員のほうが結婚意欲が低かった」と書いているが、これは男女合わせての話なのか、それとも女性限定の話なのか。記事からは断定できない。こういう書き方は感心しない。

◎非正規社員の職場に「独身男性が少ない」?

非正規の女性に関して「職場にいる独身男性が少ないうえ、周りに正社員男性も少ない」と当たり前のように言い切っているが、本当なのか。少なくとも個人的にはそういうイメージがない。なのに「皆さんご存知のように…」というニュアンスで書いているのが気になった。「実は~なんです」的な書き方ならば違和感はないのだが…。

◎独身男性が少ないと結婚意欲が低下?

職場にいる独身男性が少ないうえ、周りに正社員男性も少ない」というのが事実だとしても、だから結婚への意欲が低いとの説明は納得できない。例えば「プロ野球選手やプロサッカー選手は仕事場に独身女性が少ないから結婚への意欲が低い」と言われて「なるほど」と思えるだろうか。実際に記事で言うような傾向があるのかもしれないが、もう少しきちんと説明してくれないと説得力はない。


※記事の評価はD(問題あり)。福山絵里子記者への評価も暫定でDとする。日経女性面の全体的なレベルの低さを重く見て、佐藤珠希女性面編集長への評価はE(大いに問題あり)とする。女性面については「日経女性面『34歳までに2人出産を政府が推奨』は事実?」「日経女性面に自由過ぎるコラムを書く水無田気流氏」などを参照してほしい。

追記)結局、回答はなかった。

2016年8月20日土曜日

最後まで「個人が主役」にならない日経「新産業創世記」

日本経済新聞の朝刊1面で連載している「新産業創世記~そう、個人が主役」がようやく終わった。20日の第5回の見出しは「スマホ『箱』から『相棒』へ ニーズ、AIがくむ」。この最終回は「個人が主役」とほぼ無関係な話に終始してしまった。企画の段階での失敗を連載の最後まで引きずってきた印象が強い。
三柱神社(福岡県柳川市) ※写真と本文は無関係です。

第5回には初歩的なミスも出てくる。記事には「Jiboの事業化を担うスティーブ・チェンバース最高経営責任者(CEO)」が出てくるが、この人物がどこの会社のCEOなのか謎だ。

記事の全文は以下のようになっている。

【日経の記事】

米東海岸ボストン。ここに愛嬌(あいきょう)たっぷりに振る舞う小型ロボットがいる。名前は「Jibo(ジーボ)」。30センチメートルほどの身長で手足はないが、上部に備わる丸い平面ディスプレーは顔のようにも見える。地元の名門校マサチューセッツ工科大(MIT)の研究者が開発した。

試しに語りかけてみた。「今の英国の首相は誰だっけ」。上部の「顔」をひねるように傾けて2秒。「顔」がキュッと上に向いて答えた。「7月13日に就任したテリーザ・メイ」。どうだと言わんばかりだ。

Jiboの事業化を担うスティーブ・チェンバース最高経営責任者(CEO)は確信する。「ロボットがテクノロジーの新たな波になる」。音声認識や人工知能(AI)の技術革新でロボットの知能水準は格段に上がったがエンジニアは満足しない。今の焦点は人らしい振る舞いの実現だ。

シャープが5月に税別19万8千円で発売した「ロボホン」。スマートフォン(スマホ)として使えるこのロボットも首をかしげたり、うなずいたりして対話をする。「スマホを進化させて愛着を持てるパートナーにしたかった」。開発を担当した景井美帆さん(37)は話す。

それにしても、なぜ、私たちは人のように振る舞うロボットを欲しがるのか。「ただの『箱』に話しかけ続けるには限界があるでしょう」。ロボホンの共同開発者でロボットクリエーターの高橋智隆氏(41)はちょっとしたしぐさにこだわった理由を説明する。

より自然に、より親しみやすく――。こうなれば、人はもっとロボットに感情移入でき、冗舌になれる。AI機能を持つロボットなら、そのうち細かく指示を出さなくても利用者の意をくみ取って広大なネット空間から必要な情報を探し出すようになるはずだ。「今後は仮想空間の情報と実世界の場所やモノを結びつける技術が普及する」と神戸大の塚本昌彦教授(51)は見る。

確かな予兆がある。今夏、世界で大ブームを巻き起こしたスマホ用ゲーム「ポケモンGO」。同ゲームではスマホのカメラが捉えた実世界の映像に、スマホの位置情報と連動して仮想の生き物であるポケモンが現れる。

社会にインパクトを放つ技術が次々に生まれている。そのひとつひとつの技術をどう新産業としてまとめ上げるか。世界を変えたスマホ「iPhone」も要素技術の多くは日本企業が持っていた。なのに作り出せなかった。時代を先取りする構想力が欠けていたからではないか。

「未来は自分でつくるもの」。経営学者のピーター・ドラッカー氏はそう説いた。そして彼はこうも言っている。「自ら未来をつくらない方がリスクは大きい」

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この記事を読んで「そう、個人が主役」と納得できただろうか。「えっ! そんなテーマでしたっけ?」といった感想を抱くのが普通だ。ジーボは「地元の名門校マサチューセッツ工科大(MIT)の研究者が開発した」のだから、「個人が主役」と関連付けていると取材班では考えたのかもしれない。

ただ、大学での研究の一環であれば「個人が主役」とは言いにくい。事業化を目指しているのは企業のようなので「企業が主役」とも言える。大学も企業も個人の集合体だから、広い意味で「個人が主役」なのは確かだ。しかし、その意味での「個人が主役」ならば、わざわざ企画のテーマにする必要はない。「社会の主役は人間」と言っているのと大差ない。

そう、個人が主役」とのテーマに説得力を持たせるためには、政府でも自治体でも大学でも企業でもNPOでもない、組織には属さない個人が新産業を生み出そうとしている姿を描き出す必要がある。個人的には「いかにも挫折しそうなテーマだな」とは思う。しかし、取材班では「行ける」と判断したのだろう。だったら、最後まで「個人が主役」を追求してほしかった。

スティーブ・チェンバース最高経営責任者(CEO)」がどこの会社のCEOか分からない問題に関しては、調べてみると「Jibo, Inc」のCEOのようだ。しかし、記事から読み取るのは不可能だ。今回の連載の取材班だけでも18人もいる。他にも、記事審査部の担当者や編集局次長らが記事に目を通しているはずだ。なのに誰も気付かなかったのか。そうだとしたら、記事作りに関してプロ集団とは言い難い。

取材班のメンバーには今回の連載の失敗を次に生かしてもらいたい。今のやり方を続けていては質的向上は望みにくい。連載の作り方を抜本的に見直す必要がある。「未来は自分でつくるもの」であり、今こそ変革の時だ。「自ら未来をつくらない方がリスクは大きい」と各人が肝に銘じてほしい。


※連載全体の評価はD(問題あり)。担当デスクの筆頭と思われる菅原透氏への評価はDを維持する。

2016年8月19日金曜日

根拠なき「知名度向上」で記事を作る日経 太真理子記者

ニュース記事には何らかの「材料」が必要だ。例えば「A社の新製品が販売好調」というテーマで記事を書くならば、A社の新製品の売り上げが大幅に伸びていると言える根拠が欠かせない。19日の日本経済新聞朝刊アジアBiz面に載った「リオ五輪採用で知名度向上 中国スポーツ衣料大手の361度国際」という記事の場合、「361度国際の知名度がどのぐらい上がっているのか」「それは何から読み取れるのか」との情報が不可欠だ。しかし、そうはなっていない。記事の全文を見てほしい。
熊本城(熊本市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

【北京=太真理子】中国のスポーツ衣料・用品大手、361度国際(361ディグリーズ・インターナショナル)の知名度が向上している。リオデジャネイロ五輪で公式ウエアサプライヤーになり、大会スタッフらが同社のウエアを着用しているためだ。五輪をテコにブランドイメージを高め、国内外での販売拡大につなげようとしている。

361度国際は2003年設立の新興メーカー。世界的な知名度は低く、同社の丁伍号総裁は「(今回の五輪を機に)ブラジルや世界のスポーツファンに商品とブランドを知らしめる」と意気込む。

格付け会社フィッチ・レーティングスによれば、中国国内のスポーツ衣料市場のシェアは独アディダスと米ナイキで計37%に対し、361度国際を含む国内勢は上位5社の合計でも28%。世界的に有名な欧米勢が優位に立っている。

香港市場に上場する361度国際の株価は、知名度上昇による販売拡大期待などから五輪前に比べ小高く推移している。もっとも一部のアナリストの間ではサプライヤー契約の費用対効果に疑問の声もある。

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筆者の太真理子記者は「361度国際(361ディグリーズ・インターナショナル)の知名度が向上している」と言い切っているが、どの程度の向上なのかは教えてくれない。知名度向上をどうやって確認したかも不明だ。これではニュース記事の体をなしていない。「一部のアナリストの間ではサプライヤー契約の費用対効果に疑問の声もある」との部分を除けば、ほぼ記事型広告だ。

香港市場に上場する361度国際の株価は、知名度上昇による販売拡大期待などから五輪前に比べ小高く推移している」との説明もほぼ意味がない。五輪が始まってかなり経つのに「小高く推移」ならば、株価への影響はほとんどないと見るべきだろう。そもそも「公式ウエアサプライヤー」に決まったのは五輪が始まるかなり前で、それが公表された直後に知名度向上への期待は株価に織り込まれるような気もするが…。

これだけ何の材料もないのに太真理子記者はなぜ「リオ五輪採用で知名度向上」を柱に据えて記事を書こうとしたのか理解に苦しむ。知名度に関しては記者自身にも「公式ウエアサプライヤーに選ばれたんだから上がっているはずだ」ぐらいの認識しかないだろう。

こういう記事が紙面を飾るのは記者だけの問題ではない。国際アジア部の担当デスクの責任も重い。まともなデスクであれば、一読しただけで「これはニュース記事の体をなしていない」と判断できるはずだ。この内容で問題なしとデスクも感じたのだとすれば、日経の病巣を取り除くのは至難と言える。

※記事の評価はD(問題あり)。太真理子記者への評価も暫定でDとする。

2016年8月17日水曜日

迷走止まらぬ日経1面「新産業創世記~そう、個人が主役」

日本経済新聞の朝刊1面で連載している「新産業創世記~そう、個人が主役」が予想通りに苦しい展開となっている。17日の第3回には「ファンによるファンのための… 挑戦的ものづくり」との見出しが付いている。記事の最初に出てくる「レゴブロック」の話はまだ分かるのだが、その後に迷走してしまう。全文を見た上で、記事の問題点を探ってみたい。
熊本県立済々黌高校(熊本市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事(レゴ関連)】

東京都世田谷区のビルの一室。100平方メートル超の空間は色とりどりのレゴブロックであふれる。部屋の主の三井淳平氏(29)はデンマークの玩具メーカー、レゴグループの「認定プロビルダー」だ。ブロックで実物と見まがう精巧なオブジェを制作できる世界の愛好家13人がこの称号を持つ。

三井氏は企業からブロックを使う展示物の制作を引き受けるなど、大好きなレゴで生計を立てる。ブロックの組み方を指南するアプリも作った。

レゴにとってプロビルダーはただの広告塔ではない。「プロ」の看板で稼ぐのを認める代わりに、どんな仕事を引き受けたか報告してもらい、次の開発につなげる。

ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルなど世界の名建築を再現する「アーキテクチャー」シリーズ。主力商品に育った同シリーズは、プロビルダーが生みの親だ。

「自社開発では実験的なアイデアは生み出しにくい」。ヨアン・ヴィー・クヌッドストープ最高経営責任者(CEO、47)はこう言い切る。

2015年12月期までの5年間で売上高が約2倍となったレゴ。多角化の失敗で10年前は経営危機にあった同社を復活させたのは全世界で組織化した460万人の個人だ。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」など往年の人気映画をテーマにしたヒット商品もレゴのファンがインターネット上に提案したものだ。

仕組みを整えたのは日本のCUUSOO SYSTEM。クリエーターの経験もある西山浩平氏(46)が1997年に起業した。投票で個人のアイデアを製品化するサービスを提供する。これにレゴが目を付けた。

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ここまでは大きな問題を感じない。苦しくなるのはこの後だ。レゴの話との関連はほぼないし、「そう、個人が主役」と思わせてくれる内容でもない。「ファンによるファンのための… 挑戦的ものづくり」とも違う。結局、何が言いたいのかよく分からないまま終わってしまう。

【日経の記事(レゴ関連の後)】

大量生産・大量消費が転換点を迎え、「従来のものづくりでは変化に追いつけない」とデロイトトーマツコンサルティングの岩渕匡敦執行役員(44)は指摘する。

少量多品種生産に挑む企業は元気だ。衣料品を生産するシタテル(熊本市)は通常300着程度が受注の最低単位とされる衣料品をわずか30着から引き受ける。134社の縫製工場と提携、工場の繁閑や技術力から依頼に合う発注先を自動で選ぶシステムを構築した。

「挑戦的で面白い商品を作れれば、新たな需要を創出できる」。河野秀和社長(41)は商品の個性を追求できる少量生産で、低迷するアパレル業界をもり立てようと意気込む。顧客は別注品を求めるセレクトショップなど300社に広がった。

2000年代以降、一足早く水平分業が進んだ電機業界も新たなメーカーのかたちを模索する。

パソコンや家電の生産を引き受けて成長してきた電子機器の受託製造「EMS」。世界大手のフレクストロニクス(シンガポール)は将来の顧客を米シリコンバレーに求める。現地に研究所を開き、製造業ベンチャーに資金やオフィスを貸し出すばかりか、研究開発も手伝う。もはや開拓する顧客は大手ではない

マイク・マクナマラCEOは米フォード・モーターの出身。大量生産の代名詞「T型フォード」を生んだ同社出身のマクナマラ氏が言う。「未来はここに眠っている

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上記のくだりに関して、レゴの話との関連が薄いこと以外の問題点を列挙してみたい。

◎「大量生産・大量消費が転換点」?

レゴの話との「つなぎ」で出てくるのが「大量生産・大量消費が転換点を迎え、『従来のものづくりでは変化に追いつけない』とデロイトトーマツコンサルティングの岩渕匡敦執行役員(44)は指摘する」との説明だ。今は「大量生産・大量消費が転換点を迎え」ている段階なのか。30年前ならまだ分かる。2016年になって、大量生産・大量消費がようやく転換点を迎えてきたと思っているならば、かなりマズい。

実際に取材班でそうと認識している人はいないはずだ。ならば、なぜこうした記述が出てくるのか。それはレゴの話とその後の事例の関連が非常に薄いからだろう。「シタテル」や「フレクストロニクス」の事例につなげるためには、レゴの話とどう関連するのか説明が必要になる。そこで出てきたのが「大量生産・大量消費が転換点を迎え」ているという話だ。

元々関連が乏しいものを強引に結び付けるのだから、当然に無理が生じる。「従来のものづくりでは変化に追いつけない」との漠然としたコメントも、バラバラの事例を結び付けるのが目的なので、記事に説得力を与える役割は果たしていないと思える。

◎「30着から引き受け」の何が新しい?

記事によると「衣料品を生産するシタテル(熊本市)は通常300着程度が受注の最低単位とされる衣料品をわずか30着から引き受ける」らしい。これは何が新しいのだろうか。そもそもオーダーメイドならば1着単位での生産だ。わざわざ「30着から引き受ける」企業を紹介して意味があるのか。「個人が主役」の趣旨に合うのも、個人経営の店が多いオーダーメイドの方だろう(「新産業」ではないが…)。

◎フレクストロニクスの「顧客」とは?

EMS世界大手のフレクストロニクスの話も分かりにくい。記事では「もはや開拓する顧客は大手ではない」と書いているが、代わりにどんな顧客を開拓するのかは曖昧だ。記事に出てくる「製造業ベンチャー」が新たな顧客なのだろうか。

記事では「現地に研究所を開き、製造業ベンチャーに資金やオフィスを貸し出すばかりか、研究開発も手伝う」と書いているので、フレクストロニクスはベンチャー支援事業でも始めたのだろう。ただ、それだけでは「新たなメーカーのかたち」にはなり得ないし、その程度のことで「未来はここに眠っている」と言われても説得力はない。

フレクストロニクスは支援するベンチャーを傘下に置いての新たな事業展開を考えているのかもしれない。だが、記事にはその辺りの説明がなく、ぼんやりした話で終わっている。そして毎度のことではあるが「個人が主役」にもなっていない。

事例をいくつか集めて強引につなげるという今のやり方を改めない限り、この連載の迷走は止まりそうもない。現実的な対応としては「新産業創世記」の連載自体をなるべく早く打ち切るべきだ。


※記事の評価はD(問題あり)。

力作だが力み過ぎも… 週刊エコノミスト特集「電通」に注文

週刊エコノミスト8月23日号の電通特集は第1部「利権と圧力編」が19ページ、第2部「企業編」が12ページとかなりの力作だ。「東京五輪招致の汚職疑惑で名前が取りざたされた電通。『闇の力』を畏怖される同社の虚実を追う」と特集の冒頭で宣言した割に、神宮外苑再開発に関しては「電通が今回の件にどう関わったか、現時点では不明」で終わっている。電通の暗部に斬り込もうとの意欲は買うが、特に第1部は力み過ぎている印象も受けた。
震災後の熊本大神宮(熊本市) ※写真と本文は無関係です

ただ、編集部の持つ批判精神や問題意識は高く評価したい。特集の中では「インタビュー生き証人 電通と私2 藤沢涼(元電通社員/Lamir社長)~記事もみ消し、キックバック要求の悲劇 電通には抜本的改革を期待したい」という記事が興味深かった。

入社して数カ月後のことだが、会社でデスクワークに没頭し、先輩の方を見ずに返事をしたら、突然殴られ、頚椎を損傷した。先輩に蹴られてあばら骨を折られた同期もいる。本当に恐ろしい風土があった。今はなくなっていると信じたい」と藤沢氏は電通時代を振り返っている。元社員が顔と名前を出した上でこうした話を明らかにしているのは貴重だ。

前置きが長くなったが、今回の電通特集に出てくる「電通一強時代 基礎から学ぶ広告業界」(筆者はマッキャンエリクソン・シニアプランニングディレクターの松浦良高氏)という記事に関して、週刊エコノミスト編集部へ問い合わせをした。その内容と回答を併せて紹介したい。

【エコノミストへの問い合わせ】

8月23日号の電通特集に出てくる「電通一強時代 基礎から学ぶ広告業界」という記事についてお尋ねします。この中で筆者の松浦良高氏は「運用型広告」に関して「これは、アドテクノロジー(IT<情報技術>を生かした広告技術)広告枠や広告内容などを、自動的に変動させ広告の効果を高めるネットならではの出稿方式だ」と書いています。しかし、「アドテクノロジー広告枠や広告内容など」では意味が通じにくいと思えます(強引な説明は可能でしょうが…)。

例えば「アドテクノロジー(IT<情報技術>を生かした広告技術)を活用して広告枠や広告内容などを自動的に変動させ、広告の効果を高めるネットならではの出稿方式だ」とすれば、違和感はありません。記事には脱字などの問題はないのでしょうか。

さらに言うと、電通について「このように1社が寡占する状況は、海外ではあまり見られない」と述べた部分は、言葉の使い方としても状況説明としても誤りだと思えます。「寡占」とは、少数の供給者が市場を支配している状態を指します。ゆえに「1社が寡占」という状況はあり得ません。1社で市場を支配していれば「独占」です。

日本の広告市場に関しては、記事中の「図4 日本の広告会社ランキング(売上高上位10社)」を見ても分かるように、「数社で寡占」でもありません。多数のプレーヤーで市場を分け合っていると見るべきでしょう。

【エコノミストの回答】

この度は、弊紙「電通特集」について貴重なご意見をお寄せいただきありがとうございました。
ご質問の2点について回答させていただきます。

まず、1点目の「アドテクノロジー広告枠」ですが、意味が通じにくいところがございました。
この部分は、ご指摘のとおり、「アドテクノロジーを活用し」、または「アドテクノロジーを駆使し」とすべきでした。

2点目の「1社による寡占」ですが、この部分は、電通をはじめとする大手数社による寡占、とすべきでした。

意図としては、電通、博報堂、ADKの3社で市場シェアの4割を占めるという寡占状態は世界でも珍しく、また、その中でも電通1社が突出している、ということを説明したかったのですが、ご指摘のとおり、「1社で寡占」という説明は適切でなく、説明も不足しておりました。

文章をチェックすべき編集部に至らない点があり、ご迷惑をおかけいたしました。

今後ともご指導のほど、よろしくお願いいたします。

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3社で市場シェアの4割を占め、残り6割を多くの企業で分け合っているのであれば、その市場は「大手3社による寡占」ではないと思う。だが、それはいい。きちんと回答したことを高く評価したい。週刊ダイヤモンド、週刊東洋経済、日経ビジネスなどのライバル誌は、読者に問題点を指摘されても無視で済ませている。それに比べれば雲泥の差だ。

ちなみに今回の電通特集の中の「経営分析~変革期迎える電通 市場開拓で新たな競合も」という記事ではJPモルガン証券メディアセクターアナリストの田中優美氏が以下のように書いている。

日本の広告業界では、電通及び博報堂DYホールディングスが4割強のシェアを有し、テレビ広告のみでは両社で約6割を占め絶大な影響力を誇る

広告市場のシェアに関してエコノミストの回答では「電通、博報堂、ADKの3社で市場シェアの4割」だったので、記事の説明とはやや食い違う。どちらが正しいのかは分からないが…。


※特集全体の評価はC(平均的)。問い合わせで指摘した問題はあったが、特集における果敢な挑戦を考慮してCとした。暫定でB(優れている)としていた大堀達也記者の評価は暫定でCへ引き下げる。後藤逸郎、池田正史、荒木宏香の各記者は暫定でCとする。

2016年8月15日月曜日

「中銀や役所 さらば」には程遠い日経1面「新産業創世記」

日本経済新聞のダメな朝刊1面企画の典型と言える「新産業創世記」の連載がまた始まった。今回のテーマは「そう、個人が主役」。15日の第1回には「ブロックチェーンがお墨付き 中銀や役所 さらば」との見出しも付いている。「解き放たれる『個』の力が新産業を創り出す。その波頭を追う」というのが今回の連載の狙いらしい。しかし、目論見は初回から外れてしまったようだ。
筑後川と亀(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

以下の記述から「解き放たれる『個』の力が新産業を創り出す」と思えるだろうか。あるいは「役所 さらば」と感じるだろうか。

【日経の記事】

北欧バルト海に面するエストニア。日本の9分の1の国土で人口130万人の小国でIT(情報技術)を活用した行政の効率化が進む。納税から出生証明、事業所の開設……。この国ではあらゆる行政サービスが国民一人ひとりに割り当てられたIDを埋め込んだICカード1枚で済む。

同国に拠点を置くIT企業ガードタイムが開発した認証システムが行政サービスを支える。同社は07年の創業以来、ITインフラ作りを進める政府に協力。ブロックチェーン技術を取り入れたことで、膨大な処理を瞬時でこなし、サイバー攻撃にも耐えるシステムを作り上げた。

米国でも事業を拡大、医療や交通の分野でも顧客を増やす。ディレクターのマーティン・ルーベル氏(40)は「もともとエストニアは国が小さい。世界市場をめざして開発してきた」と語る。

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上記のくだりはエストニアで「IT企業ガードタイムが開発した認証システムが行政サービスを支える」という話だ。このシステムを使えば役所は不要になるのだろうか。ガードタイムが、あるいはブロックチェーン技術が、役所の代わりになってくれるだろうか。

この国ではあらゆる行政サービスが国民一人ひとりに割り当てられたIDを埋め込んだICカード1枚で済む」のが事実だとしても、それは役所なしには成り立たないはずだ。上記の話はIT企業が新たな技術を使った情報管理システムを開発し、それを国が採用しただけだと思える。

役所 さらば」と見出しに付けるならば「このシステムがあれば役所なんか要らないな」と感じられる事例が欲しい。

以下の話はさらに辛い。

【日経の記事】

企業向け管理システムを販売するサテライトオフィス(東京・江東)は7月半ばからブロックチェーン技術を活用した社内管理システムを使い始めた。提供したのはベンチャー企業のシビラ(大阪市)。記録が残るというブロックチェーンの長所に目を付け、社内外からの不正アクセスの動作記録から犯人を割り出せるようにした。

シビラの藤井隆嗣社長(31)は確信する。「ブロックチェーンを生かせば我々の生活はもっと便利になる」

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この話は「中銀や役所 さらば」と全く関係がない。「ブロックチェーン技術を活用した社内管理システム」について述べただけだ。しかも「提供したのはベンチャー企業のシビラ」。エストニアのIT企業の話も含めて、今回の記事には「解き放たれる『個』の力が新産業を創り出す」事例が皆無だ。シビラの取り組みも、ベンチャー企業が新しい社内管理システムを作ったに過ぎない。

なのに記事では以下のように結んでしまう。

【日経の記事】

中央銀行や政府が担ってきた「お墨付き」という行為。強大な権力を持つ機関が手掛けるから、認証を受けたモノの価値も高まった。だが、ブロックチェーンでは世界に散らばる無名の個人や小さな企業であっても認証作業ができる。デジタル技術が、世界を長く支配してきた中央集権の構造を突き崩す

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ブロックチェーンはシステムの維持に個人の力を活用しているのだろう。しかし、それは「解き放たれる『個』の力が新産業を創り出す」のとは別の話だ。記事に出てくる「ガードタイム」や「シビラ」といった企業も情報システムの革新には取り組んでいるかもしれないが、「新産業」を生み出しているようには見えない。

強いて言えば、今回の記事では冒頭で触れた「ビットコイン」が「新産業」に近い。しかし「仮想通貨」を「新産業」と呼ぶのはやや無理がある。例えば、電子マネーが登場した時に「新産業」だと感じただろうか。そして現在、電子マネーは1つの「産業」として認識されているだろうか。

ブロックチェーン技術を使ったビットコインに「中央銀行不要」「個人のつながりがシステムを支える」という特徴があることにヒントを得て、取材班では今回の記事を企画したのではないか。それで「ブロックチェーンを使って個人が新たな動きを生み出している話」を集めようとしたものの、上手くいかなかったのだろう。なのに強引に話をまとめたのが第1回だと思える。

初回からこれだけ苦しいのだから、2回目以降は推して知るべしだ。

※記事の評価はD(問題あり)。

2016年8月14日日曜日

医療分野の知識が怪しい日経ビジネス庄子育子編集委員

日経ビジネスの庄子育子編集委員が8月8・15日号に「ニュースを突く~薬という“お土産”を欲しがる患者たち」という記事を書いている。この中に出てくる「しかも医師は薬を処方すればするほど、もうかる仕組みにとなっている」との説明が引っかかった。あれこれ調べてみると、やはり記事に問題ありと思えたので、日経BP社に問い合わせをしてみた。その内容は以下の通り。
福岡タワーなど(福岡市早良区) ※写真と本文は無関係です

【日経BP社への問い合わせ】

8月8・15日号の「ニュースを突く~薬という“お土産”を欲しがる患者たち」という記事についてお尋ねします。記事で庄子様は「しかも医師は薬を処方すればするほど、もうかる仕組みにとなっている」と断定しています。しかし、処方料・処方箋料は7種類以上の多剤投与になると6種類以下より診療報酬点数が低くなる仕組みになっています。患者が欲しがるからといってどんどん処方すると、病院の収入が減る場合もあるのです。処方箋は出さないより出した方が病院の収入にプラスにはなりますが「処方すればするほどもうかる仕組み」とは思えません。

記事には「医師は薬を処方すればするほど、もうかる仕組みとなっている」と書いてあるので、病院ではなく医師の収入について言及している可能性も考慮しました。薬を出す量や金額に応じて医師の収入が増える病院が絶対に存在しないとは言いません。ただ、常識的には考えにくい話です。

記事中の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

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問い合わせをしたのが7日なので、日経ビジネス編集部ではいつものようにミスの指摘を握りつぶしたのだろう。ただ、庄子編集委員は「『日経ヘルスケア』など医療系雑誌の記者を経て現職。医療局編集委員も兼務」となっているので、この分野の専門知識は十分にあるはずだ。なのに、こんな初歩的な説明で問題を起こすだろうかとの疑問は残る。

この記事には他にも問題を感じた記述があった。

【日経ビジネスの記事】

ジェネリック薬が出ても、長く使われてきた先発薬からの切り替えが進むのに時間がかかる。新薬が登場すれば、医師も当たり前のようにそれを処方する。そして使い始めたら半永久的になる。そんな日本独特の薬の使用がまかり通ってしまっているのが実態なのだ。

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新薬が登場すれば、医師も当たり前のようにそれを処方する。そして使い始めたら半永久的になる」は言い過ぎだろう。個人的な話ではあるが、先発薬を使っていると自治体から「あなたの使っている医薬品にはジェネリック薬品があります。ジェネリックを使うと、これだけ自己負担が減りますよ」という通知が来たので、それに従ってジェネリックへ切り替えた経験がある。

これは自分の住んでいる自治体だけではないようで、「質を下げずに医療費を削減した広島県呉市」(2016年6月27日付 日経ビジネスオンライン)という記事で河野紀子記者は以下のように書いている。

【日経ビジネスオンラインの記事】

呉市がまず力を入れたのが、ジェネリック医薬品の積極的な普及だ。がんや精神疾患など重篤な疾患以外について、ジェネリック薬に変えたら本人が支払う金額が200円以上少なくなる場合に、差額を通知するようにした。今でこそ、薬局などでこうした差額を教えてくれるのは珍しくなくなっているが、呉市では2008年度から始めていた。これまでに85%以上の患者が差額通知後にジェネリック薬を使うようになり、10億5000万円以上の削減効果が出ているという。

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こうした差額通知制度は多くの自治体にあるようだ。新薬は「使い始めたら半永久的になる」かどうか、庄子編集委員にはじっくりと考えてほしい。せっかく同じ日経ビジネスの編集部に属しているのだから河野記者に意見を求めてみるのも手だ。


※庄子編集委員の記事の評価はD(問題あり)。庄子編集委員への書き手としての評価も暫定でDとする。日経BP社への問い合わせについては「回答なし」がほぼ確定しており、説明が間違っている可能性が極めて高い。ただ、自分がこの分野に詳しくないこともあり、最終的な結論は留保したい。よって庄子編集委員への評価もF(根本的な欠陥あり)とせず、暫定でのDに留めた。

2016年8月13日土曜日

日経 黄田和宏記者「英国債利回り、一部マイナス」の矛盾

13日の日本経済新聞朝刊国際2面に載った「英国債利回り急低下 量的緩和再開、一部はマイナスに」という記事では、本文の説明とグラフに矛盾がある。これをどう解釈すべきか色々と考えたが答えは出なかった。まずは、記事の当該部分と日経への問い合わせ内容を見てほしい。
浅草寺(東京都台東区) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

【ロンドン=黄田和宏】英中央銀行イングランド銀行が8日から量的緩和策による国債の大量買い入れを再開したことを受けて、英国債の利回りが急低下している。国債の一部は史上初めてマイナス金利で取引が成立し、金融市場は一段の金融緩和を織り込み始めた。英景気が一段と悪化すれば、追加緩和に加えて、財政出動が必要になるとの見方も出ている。

英中銀は今後6カ月間で600億ポンド(約7兆9千億円)の英国債を買い入れる方針。8日に開始した買い入れ入札で11億7千万ポンド分を購入したのを皮切りに10日までに3回の入札を実施した。

金融市場ではすでに量的緩和策の影響が広がる。そのひとつが残存期間が3~4年の国債利回りがマイナスに転じたことだ。英保険大手プルーデンシャル傘下のM&Gインベストメンツによると「英国債の利回りがマイナスに転じるのは初めて」という。長期金利の指標となる10年物国債利回りも過去最低の0.5%台に低下した。

【日経への問い合わせ】

13日朝刊国際2面の「英国債利回り急低下 量的緩和再開、一部はマイナスに」という記事についてお尋ねします。記事では英国債について「金融市場ではすでに量的緩和策の影響が広がる。そのひとつが残存期間が3~4年の国債利回りがマイナスに転じたことだ」と説明しています。しかし、記事に付けた利回り曲線を見ると、グラフのタイトルにもあるように「英国債利回りは幅広い年限で低下」しているものの、低下後の8月11日の利回り曲線は残存期間1年から50年まで全てプラスとなっています。

「残存期間が3~4年の国債利回りがマイナスに転じた」との説明と利回り曲線は矛盾しています。どう理解すればよいのか教えてください。(1)残存期間3~4年の国債利回りは基本的にプラスを維持しているが、11日にごく一部でマイナスの取引があった(2)利回り曲線は11日で、利回りがマイナスに転じたのは12日--といった可能性は考えられます。ただ、記事では利回りがマイナスに転じた時期を明示していませんし、「残存期間が3~4年の国債利回り」について「マイナスなのは一部」とも書いていません。

回答がない場合、記事の説明に致命的な問題があると判断させていただきます。クオリティー・ジャーナリズムを追求していくと宣言したメディアとして、逃げない適切な対応をお願いします。

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英保険大手プルーデンシャル傘下のM&Gインベストメンツによると『英国債の利回りがマイナスに転じるのは初めて』という」と書いているのだから「残存期間が3~4年の国債利回りがマイナスに転じた」のは確かなのだろうとの前提で問い合わせは作成した。

ただ、調べた範囲では「英国債の利回りがマイナスに」と報道しているのは日経のみだった。一方、利回り曲線のグラフは日経以外から得られる情報と基本的に一致する。こちらの調査が不十分なのかもしれないが、どうも「残存期間が3~4年の国債利回りがマイナスに転じた」との記述の方が怪しい気がする。間違いでないとしても、説明に大きな問題があるのは確実だ。

ついでに追加で2点を指摘したい。

◎英国債利回りは「急低下」?

見出しは「急低下」となっているし、記事の書き出しでも「英国債の利回りが急低下している」と言い切っている。しかし、最後まで読んでも「いつと比べてどの程度の低下なのか」は不明だ。これは頂けない。

「それはグラフを見てくれ」と黄田記者は言うかもしれない。確かにグラフでは低下の状況が分かる。しかし、「急低下」しているようには見えない。残存期間10年で見ると、8月11日は3日に比べて0.2%程度の低下だ。8日前と比べてどの程度が「急低下」なのか明確な決まりはないが、誰が見ても「急低下」と思えるほどの動きではない。

◎なぜ「8月3日」と比較?

グラフでは8月11日と8月3日の利回り曲線を使っている。だが、なぜ「8月3日」が出てくるのか謎だ。「英中央銀行イングランド銀行が8日から量的緩和策による国債の大量買い入れを再開したことを受けて、英国債の利回りが急低下している」のならば、大量買入れ再開前の5日(6、7日は土日なので)と比べるのが自然ではないか。

記事からは「なぜ3日と比べるのか」を読み取るのは困難だ。「3日と比べるのが適切」と言える理由があるのならば、グラフの注記で示すべきだ。あればの話だが…。


※記事の評価はD(問題あり)。暫定でC(平均的)としていた黄田和宏記者への評価は暫定でDに引き下げる。日経の体質を考慮すると記事への問い合わせは無視される可能性が極めて高いが、回答があれば紹介したい。

2016年8月12日金曜日

パルコの「おさらい」だけ? 日経 田中陽編集委員の怠慢

「楽して記事を書いてる」と言うほかない。10日付で日本経済新聞電子版に出ていた「ニュースこう読む~『渋谷パルコ』は本当に戻ってくるのか」は安易な作りが際立っていた。建て替え作業が始まった「渋谷パルコ」を取り上げているのだが、話のほとんどはパルコの歴史の「おさらい」だ。「2019年秋の開業」で渋谷パルコがどう生まれ変わるのかさえ筆者の田中陽編集委員は教えてくれない。
キャナルシティ博多(福岡市博多区) ※写真と本文は無関係です

 「『渋谷パルコ』は本当に戻ってくるのか」という見出しを掲げるのであれば、建て替え後の渋谷パルコが成功するかどうか、田中編集委員ならではの視点で分析してほしかった。しかし、そう期待して読むと完全に裏切られる。記事を読む限り、開業後の戦略について田中編集委員はパルコに取材していないようだ。そして記事ではパルコの歴史を延々と振り返って、申し訳程度に「『渋谷パルコ』は相当生まれ変わらないと、埋もれた存在になってしまうのではないだろうか」と書いて記事を結んでいる。

自由を与えられた編集委員がそれに甘えて怠慢に走るとどうなるのか。今回の記事はその危険性を教えてくれている。

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

「あれ。もう看板がなくなってる。早いなぁ」。20歳前後とみられる若者の一群が渋谷公園通りで話をしていた。8月8日午前9時前、その前日に43年の歴史の幕をいったん閉じたばかりの渋谷パルコ。早くも建て替えに向けた作業が始まっていて、正面出入り口にあった著名なデザイナー五十嵐威暢氏による「PARCO」の看板は取り外され、もの悲しげだった。ただ、PARCOのRだけはまだ壁の別の場所に掲げられ、ゴジラの手に収まっていた。

7日午後9時すぎから始まった閉店セレモニーで柏本高志店長は「ビルは建て替わるが、パルコの魂は変わらない」と語り、これまでの感謝と2019年秋の開業への意気込みを語った。

だが、本当に「パルコの魂は変わらず」にいられるだろうか。というか、1973年に渋谷パルコが誕生してから90年代半ばまでの「パルコ文化」とも呼ばれた発信力が戻るかどうか。心配だからだ。

ここで少しおさらいをしよう。パルコはもともと京都が発祥の百貨店、丸物が源流にある。各地に店を構えたものの、戦後の高度成長の波にうまく乗れずに地方の名士らによって店の経営は分散していった。その中の一つがパルコとなる池袋の東京丸物。この店はロッキード事件などで注目を集め、「昭和の政商」といわれた小佐野賢治氏を通じてセゾングループ創業者、堤清二氏に売却話が持ち込まれた。60年代後半のことだ。

池袋の西武百貨店に隣接していた東京丸物は当初、ディスカウントストアにする案があったが、若者指向の店として再生を目指した。リスク回避の目的で自らが小売業を運営するのではなく、テナントビルとして生き残ろうとした。テナントからの保証金、家賃で経営するファッションビルと生まれ変わり、成長する。

その拠点が池袋よりも洗練された街だった渋谷。73年に渋谷パルコが生まれた。ちなみにパルコという名前はイタリア語で公園の意味がある。

こうしてみるとパルコはセゾン創業者の堤氏の発案で生まれたものでなく本家筋どころではない。中興の祖、増田通二氏は同社誕生について自書「開幕ベルは鳴った」でこう記している。「面白がること」。その視点が堤氏に受けた。

それまで西武百貨店や西友で大衆消費社会、一億総中流の受け皿としてセゾングループを拡大してきた堤氏にとって新たな顧客層への浸透が図れると読んだのだ。堤氏はオーラルヒストリー「わが記憶、わが記録」の中でパルコについて問われ、「パルコ文化はセゾン文化の中でライトな部分です(中略)サブカルチャー的な部分がパルコ、そういう意識でした」と答えている。そんなパルコが輝いていたのは90年代前半までだと記者は思っている。当初、パルコのテナントオーナー向けに情報提供していた定点観測情報誌「アクロス」は若者の流行を知るためのバイブル的な存在だったが90年代後半に休刊になった。

無謀な不動産投資などで経営危機を迎えたセゾングループは解体へと進み、パルコの筆頭株主は01年に森トラストになる。しかし、パルコ色を残したい経営陣と森トラスト側が対立し、その森トラストは約10年後にイオンと手を組み、パルコの改革に乗り出そうとすると、すでに経済界から身を引いていた堤清二氏が「倫理、良識を欠いている」と激怒。一時期、自らが調整に乗り出そうとした。

しかし、そのころには初期のパルコを知る幹部もほとんど去り、尖(とんが)ったDNAは相当、薄まってしまった。そして今、パルコの大株主は百貨店のJ・フロントリテイリングだ。同社は効率経営で定評があり、やはり、パルコの原点をどこまで引き出せるかは未知数だ。同時に消費者も大きく変わり、パルコへの期待も変質している。43年の歴史の幕をいったん閉じるとなるとどうしてもノスタルジーが頭をもたげてくるからやっかいだ。

小売業が変化対応業といわれることがある。その言葉に従えば、「渋谷パルコ」は相当生まれ変わらないと、埋もれた存在になってしまうのではないだろうか

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日経以外の報道を見ると、パルコの幹部は建て替え後の渋谷パルコの戦略について、あれこれ語っているようだ。まず、そこを記事で紹介しないと「本当に戻ってくるのか」どうかは論じられない。パルコ側が情報を一切出さないとしても、関係者の話などから推測して戦略の是非を論じるのが田中編集委員の仕事だろう。今回、パルコは求めれば取材に応じてくれそうなのに、田中編集委員は労を惜しんで記事を仕上げている。

結局、記事の最初の方で渋谷パルコの建て替え作業と閉店セレモニーに触れ、後は自分の知っている昔話で紙幅を埋めるだけだ。「ここで少しおさらいをしよう」と田中編集委員は書いているが、この大量の「おさらい」を「少し」と言えるのか。後輩記者の手本となるべき編集委員がこれでは困る。猛省を促したい。

※記事の評価はD(問題あり)。田中陽編集委員への評価もDを据え置く。

2016年8月11日木曜日

デサントは「巨大市場に挑まない」? 日経ビジネスの騙し

巨大市場に挑まない」というタイトルに釣られて読んでみたら「看板に偽りあり」だった。日経ビジネス8月8・15日合併号の「企業研究~デサント スポーツ用品 巨大市場に挑まない」を書いた武田健太郎記者は本当にデサントは「巨大市場に挑まない」企業だと思ったのだろうか。だとすると記者としての理解力に疑問符が付く。
熊本城(熊本市) ※写真と本文は無関係です

記事の冒頭は以下のようになっている。

【日経ビジネスの記事】

世界中のスポーツ店にはナイキなど巨大ブランドの製品が並ぶ。何もしないと、埋もれてしまう。小兵・デサントの危機感は強い。ニッチな競技、小さな市場。徹底した戦略が好業績を支えている。

リオデジャネイロオリンピックが開幕した。陸上のウサイン・ボルト、テニスの錦織圭…。注目する選手は人それぞれだろうが、社員が「トライアスロンのスイス代表、ニコラ・スピリグでしょ」と言う。それがデサントだ。

今回のオリンピックで同社はトライアスロンスイス代表の他、日本代表ゴルフチームや韓国体操代表チームと公式ウエアサプライヤー契約を結んだ。さらにカヌーや馬術、フェンシングなどにはトレーニングウエアを提供している。メジャーとは言い難い競技が多いが、「競技人口が多い種目で戦っても米ナイキや独アディダスなどには勝てない。得意とする分野に絞り勝負するのがデサント流だ」と石本雅敏社長はニッチトップ戦略を標榜する。

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まず「日本代表ゴルフチーム」と「公式ウエアサプライヤー契約を結んだ」のが気になる。ゴルフは明らかに「競技人口が多い種目」であり、ゴルフウエア市場では「米ナイキや独アディダスなど」と戦うしかない。記事によると、デサントは「マンシングウェア」のブランドで「アジア主要5カ国でゴルフウエア販売1位」という目標を掲げているらしい。これで「巨大市場に挑まない」と言うのは無理がある。

さらに言えば「水着のアリーナ」も「競技人口が多い種目」で「米ナイキや独アディダスなど」に挑んでいる例だろう。デサントの「アリーナ」ブランドでの目標は「オリンピックでの着用選手のメダル獲得数1位」。「デサントの営業員は、他のスポーツ用品メーカーならあまり興味を示さない百貨店の売り場拡大に力を入れる」といった独自性はあるのだろうが、メジャーな競技で世界の大手企業と勝負しているのは間違いない。

記事を最後まで読んでも「見出しに騙された」としか思えなかった。この内容で「巨大市場に挑まない」という大きな見出しを付けるのが適切だったかどうか、武田記者にはじっくりと考えてほしい。


※記事の評価はD(問題あり)。暫定でDとしていた武田健太郎記者への評価はDで確定させる。

2016年8月10日水曜日

東洋経済の「不適切な見出し」と高橋由里編集長の誤解

不適切な見出しは読者を誤解させる--。それを実感できる記事が東洋経済8月13-20日号に載っていた。「Books&Trends~『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』を書いたフォトジャーナリスト八木澤高明氏に聞く」という記事に出てくる「壊れた社会の中では売春がシステム化する」との見出しは、本文の内容と合致しない。それだけでも問題だが、さらに同誌の高橋由里編集長がこの不適切な見出しを引用して編集後記を書いている。
坂井聖人選手の五輪出場などを祝う柳川高校(福岡県柳川市)の看板
            ※写真と本文は無関係です

まずは東洋経済に送った問い合わせの内容を見てほしい。問い合わせから2日が経過したが、回答はない。

【東洋経済への問い合わせ】

週刊東洋経済8月13-20日号の「Books&Trends~『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』を書いたフォトジャーナリスト八木澤高明氏に聞く」という記事についてお尋ねします。この記事には「壊れた社会の中では売春がシステム化する」との見出しが付いています。しかし、記事中には見出しと一致する話が出てきません。

「取材した当時は、サダム・フセイン政権が崩壊した2004年ごろだった。離婚したり夫に先立たれたり、訳ありの女性にとって生きるすべは売春になる。壊れた社会の中で、一つのシステムにさえなっている」との八木澤氏のコメントはあります。ただ、これは「壊れた社会の中で売春がシステムになっている」という状態を説明しただけで「壊れた社会の中では売春がシステム化する」といった因果関係に言及したものではありません。

記事中で八木澤氏はこうも述べています。「国家ができて男が社会をまとめだすと、家や財産を守るためにシステムを作りたがる。国家や軍隊、階級を男が操る過程で、売春が職業として成立してしまう。それが娼婦を生み出す土壌となっている」。これに照らすと「壊れた社会の中では売春がシステム化する」というのは、八木澤氏の考えとかけ離れているのではありませんか。

「壊れた社会の中では売春がシステム化する」との見出しは不適切と考えてよいのでしょうか。問題ないとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

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聞き手である東洋経済の前田佳子記者は「イスラム教徒が大半を占めるイラクでは、住宅地のビルの中で娼婦たちが隠れるように共同生活をしていました」と質問。これに対し「取材した当時は、サダム・フセイン政権が崩壊した2004年ごろだった。離婚したり夫に先立たれたり、訳ありの女性にとって生きるすべは売春になる。壊れた社会の中で、一つのシステムにさえなっている」と八木澤氏が答えている。ここから「壊れた社会の中では売春がシステム化する」と読み取ったのであれば、拡大解釈が過ぎる。

最大の責任は整理部の担当者にあるのだろうが、見出しに注文を付けなかったとすれば前田記者にも責任なしとしない。この記事に関して編集後記に当たる「編集部から」で高橋編集長は以下のように書いている。

【東洋経済の記事(編集部から)】

さて、ブックス&トレンズでは紛争地域における娼婦を描いた八木澤高明さんに迫りました。「壊れた社会の中では売春がシステム化する」。日本でも、おカネに困って性を売らざるをえない学生やシングルマザーがいます。この社会もそうとう、壊れかかっているのでしょう。

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本文を読まなかったのか、読んでも見出しに問題ありと気付けなかったのか。「壊れた社会の中では売春がシステム化する」という見出しを引用して高橋編集長は話を進めてしまっている。その雑誌の編集長でも簡単に誤解するのだ。いい加減に見出しを付けると読者に大きな誤解を与えてしまうことを記事の作り手は肝に銘じてほしい。

ついでに言うと「日本でも、おカネに困って性を売らざるをえない学生やシングルマザーがいます。この社会もそうとう、壊れかかっているのでしょう」という高橋編集長の見方はあまりに浅すぎる。例えば、オランダでは売春は合法であり、「システム化」されている。だが、オランダを「壊れた社会」と考える人は稀だろう。「おカネに困って性を売らざるをえない学生やシングルマザー」がいるからと言って、社会が「壊れかかっている」わけではない。そもそも売春で生計を立てざるを得ない女性がいることを根拠に社会を「壊れかかっている」と見なすのならば、いつの時代も社会は「壊れかかっている」はずだ。


※今回は見出しの問題なので、記事全体への評価は見送る。高橋由里編集長についてはF(根本的な欠陥あり)としている評価を維持する。この格付けについては「ミス黙殺に走った東洋経済の高橋由里編集長へ贈る言葉」を参照してほしい。

追記)結局、回答はなかった。

7世紀に「政党争い」? 東洋経済は記事の誤りを正せるか

記事中のミスを責めるのは好きではない。自分自身も失敗の多い人間だからだ。特に単純ミスに関しては「あまり気にせず切り替えていこう」ぐらいの認識でいいと思っている。だが、それはミスを認めていればの話だ。週刊東洋経済8月13-20日号に変換ミスと思われる記述を見つけた。記事中の誤りをなかったことにする傾向が顕著な東洋経済は今回、間違いを認められるだろうか(もちろん「記事に問題なし」と反論してもいい)。
黒川温泉(熊本県南小国町)※写真と本文は無関係です

東洋経済に送った問い合わせの内容は以下の通り。丸1日経ったが、回答はない。

【東洋経済への問い合わせ】

週刊東洋経済8月13-20日号の特集「ビジネスマンのための世界史」についてお尋ねします。86ページの「イスラム教入門」という記事の中に以下の記述があります。

「ムハンマドの死後、彼の後継者として4人の『正統カリフ』がいた。4代目のアリーの時代に、ウマイヤ家のムアーウィアが彼を後継者として認めないと反発。アリーの姿勢が消極的だとする別の一派に暗殺された。これをウマイヤ家が継ぎ、カリフは同家の世襲となった。このときの政党争いから生まれたのがシーア派で、ウマイヤ家を支持した多数派がスンニ派となる」

文脈から判断して、上記の「政党争い」は「正統争い」の誤りではありませんか。誤りであれば、訂正記事の掲載もお願いします。正しい場合、その根拠も併せて教えてください。お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いします。

御誌では最近、読者からの間違い指摘を握りつぶす対応が常態化しています。記事中の欠陥を放置するのはメディアとして読者への裏切り行為です。そのことにもう一度思いを巡らせてください。

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歴史に詳しいわけではないが、7世紀のイスラム世界で「政党争い」はないだろう。大したミスではないので、誤りを認めて次号で訂正すれば済む話だ。しかし、必要以上に高いプライドを守るためにミス黙殺に手を染めてしまうと、どうしても歯止めが効かなくなってしまう。

誤りを認めるのが嫌ならば「ウマイヤ家支持派とアリー支持派をそれぞれ政党に見立てた上で『政党争い』と表現しました」などと無理のある弁明をする手もある。ただ、東洋経済の高橋由里編集長はミス握りつぶしに関して既に吹っ切れている可能性が高いので、単純に無視で済ませるだろう。


※東洋経済のミス握りつぶしに関しては「ミス黙殺に走った東洋経済の高橋由里編集長へ贈る言葉」を参照してほしい。

追記)結局、回答はなかった。

2016年8月9日火曜日

あるべき「象徴天皇制の姿」を自らは考えない日経の社説

この内容なら社説は要らないと思えた。9日の日本経済新聞 朝刊総合1面に載った「高齢化社会の象徴天皇制の姿を考えよう」は、日経としての主張をほとんど打ち出さず逃げ回っているだけの記事だ。「82歳の天皇陛下が『お気持ち』を国民に語られた」ことを「高齢化社会の象徴天皇制の姿を改めて考える機会としたい」と本気で考えるならば、まずは社論を明確にすべきだ。この問題に関して論説委員会としての意見を擦り合わせる時間はたっぷりあったのに、それができなかったのならば社説は廃止した方がいい。
二重橋(東京都千代田区) ※写真と本文は無関係です

社説の内容は以下の通り。

【日経の社説】

先月中旬に「生前退位」のご意向に関し報道がされてから初めて、82歳の天皇陛下が「お気持ち」を国民に語られた。

「退位」の表現こそなかったが「象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのでは」などと案じられている。高齢化社会の象徴天皇制の姿を改めて考える機会としたい

10分ほどのビデオで陛下は、ご自身が象徴として各地を訪れ、人々への信頼と敬愛を持った、などと述べられている。その上で、象徴天皇制下の天皇の立場として、高齢に伴い国事行為や公務を縮小することは無理があろう、との趣旨の考えを示された。

摂政を置く場合では「天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続ける」などと懸念を持たれている。

象徴天皇が姿を示して活動し続けてこそ、皇室と国民の関係はいっそう深まる。お気持ちにはそんなご意向がにじみ出ている。重く受け止めたい

現在の皇室典範には生前退位に関する規定が備えられていない。改正には国会での手続きが必要となる。国民の間にはその手法などをめぐって多様な意見があり、取りまとめには時間がかかるかもしれない。

一方で、マスコミ各社の世論調査では「生前退位を認めるべきだ」「制度を改正すべきだ」とする答えが軒並み半数を大きく超えている。「生前退位」は広く容認されているといっていい。

安倍晋三首相は、お気持ちの表明を受けて「どのようなことができるか、しっかり考える」などとコメントした。欧州での生前退位のケースも参考に、政府は速やかかつ慎重な検討を求められる。

今回、陛下はお気持ちの中で、発言内容に関し憲法上の制約があることを述べられた。いうまでもなく憲法は「天皇は国政に関する権能を有しない」と定める。

お気持ちが法改正を求めたと受け止められぬよう、宮内庁も配慮を重ねた結果だろう。学界などからは異論が出る可能性もある。特別な日時を設定しビデオメッセージの形で表明する手法も、適切だったか検証が必要だ

2度の外科手術を経た陛下が高齢になり自らお気持ちを表明するに至るまで、象徴天皇制のあり方について議論を怠った政治の責任は重い。反省を促したい

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象徴天皇が姿を示して活動し続けてこそ、皇室と国民の関係はいっそう深まる。お気持ちにはそんなご意向がにじみ出ている。重く受け止めたい」と言うのは易しい。問題は具体策だ。なのに社説では、姿勢を鮮明にしない当たり障りのない書き方に終始している。

そこで「象徴天皇制のあり方について議論を怠った政治の責任は重い。反省を促したい」と日経が言っても説得力はない。日経自身が現状でも「象徴天皇制のあり方」に関する具体的な主張を打ち出せていない。「反省を促したい」との言葉は自らに向けるべきだ。

特別な日時を設定しビデオメッセージの形で表明する手法も、適切だったか検証が必要だ」というくだりにも日経の「逃げ」を感じる。「手法に問題がある」と示唆しているようでもあるが、「手法」が適切だったかどうか、まずは自らの考えを明確に示すべきだ。それができないのならば、やはり「社説はもう要らない」との結論に辿り着いてしまう。

※社説の評価はD(問題あり)。

2016年8月8日月曜日

日経 菅野幹雄編集委員に欠けていて加藤出氏にあるもの

いわゆる囲み記事を書く上で第一に考えるべきは、この記事で何を訴えたいかだ。ゆえに、まず結論を決め、その結論が説得力を持つように記事を構成する必要がある。これは筆者が誰であっても当てはまるが、ご利益のありそうな肩書を付けて署名入りの記事を世に送り出すのであれば、なおさらだ。
和田倉噴水公園(東京都千代田区) ※写真と本文は無関係です

その意味で8日の日本経済新聞 朝刊景気指標面に載った「黒田総裁の謎かけ戦術」というコラムは残念だった。筆者の菅野幹雄編集委員は以下のように書いている。

【日経の記事(全文)】

9月には何が出るのだろうか。黒田東彦日銀総裁が7月29日に示唆した金融緩和策の「総括的な検証」が市場関係者やエコノミストの想像をたくましくしている。

異次元緩和の導入と拡大、さらにマイナス金利の導入と、黒田氏は市場の裏をかいて大砲を放つ「びっくり戦術」を展開してきた。市場、企業と家計に対して日銀の気合を伝え、物価が上がる感覚を思い出させようとするショック療法だが、壁に突き当たっている。

7月緩和は質が違う。上場投資信託(ETF)の購入を年6兆円に倍増する措置を日銀は「金融緩和の強化」と名づける。2013年までの白川方明前総裁の時代に続いた小刻みな緩和と同じ言葉だ。戦力の逐次投入はしないと豪語した黒田氏が、就任3年余りで初めて小刻みな緩和を選んだ。

9月20、21日に開く次の金融政策決定会合で「総括的な検証」の公表を明言したのも、黒田流の「市場との対話」の変化を映す。

世界に目を転じればユーロ圏を託された欧州中央銀行(ECB)の総裁が、政策変更の前の会合で次の一手を示唆する手法をとっている。米連邦準備理事会(FRB)も政策金利の引き上げの方向をはっきりさせ、その時期に市場の関心を集中させている。

日銀も予告型に転じたのか。そう問うと、黒田総裁は「特定の政策を前提にしていない」と切り返す。それでも「何かがある」と思わせるには十分だ。マイナス金利の「びっくり緩和」が市場や金融機関を混乱させた教訓があろう。

いわば黒田流の謎かけ戦術だが、答えは黒田氏自身の頭の中にもまだ出ていないはずだ。

6月の生鮮食品を除く消費者物価指数は3年3カ月ぶりの落ち込み幅になった。これからは原油価格の持ち直しや賃金上昇の圧力が効いてくる。その力は十分か、世界経済の混乱が水を差さないかなど、チェックポイントは多い。

政策を判断する指標はいまのままでいいのか。いまの金融緩和策の利点と欠点をみたうえで、新たな政策をどう展開するか。黒田氏と市場の腹の探り合いが続く

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日銀の金融政策に関してあれこれ話を並べた上での結論が「いまの金融緩和策の利点と欠点をみたうえで、新たな政策をどう展開するか。黒田氏と市場の腹の探り合いが続く」だ。これでは何も言っていないに等しい。金融政策の行方を探る市場の動きはこれまでもあったし、今後もなくなることはない。「腹の探り合いが続く」のは、菅野編集委員に教えてもらわなくても、初歩的な知識があれば誰でも分かる。

菅野編集委員は「9月に出る日銀の『総括的な検証』に絡めて記事を書くか」ぐらいの方針しか決めずに執筆したのだろう。これまでの流れをあれこれと綴ってそろそろ行数が埋まってきたところで「黒田氏と市場の腹の探り合いが続く」と適当に結んで記事を仕上げたのではないか。これでは編集委員という肩書を付けてコラムを書く意味がない。

日銀の「総括的な検証」という同じテーマでコラムを執筆しているのに、週刊ダイヤモンド8月13・20日号に載った「金融市場 異論百出~『大株主は日銀』の異常が多発 異次元緩和の検証は虚心坦懐に」は何を訴えたいかが明確になっていた。筆者は東短リサーチ代表取締役社長の加藤出氏だ。

加藤氏の記事の内容は以下の通り。菅野編集委員は自分のコラムと読み比べて今後に生かしてほしい。

【ダイヤモンドの記事(全文)】

日本銀行は、「マイナス金利付き量的質的金融緩和策」の効果を9月の金融政策決定会合で「総括的に検証」すると発表した。どのような結論となるのか、市場の観測は二分している。「新たなバズーカ緩和策の導入か」という期待の一方で、「マイナス金利を撤廃するのではないか」との見方もある。

実際に出てくるのはどちらでもないと考えられる。今回の「検証」における日銀の最大の狙いは、インフレ目標達成に向けた闘いを、短期決戦から持久戦に事実上シフトすることにあるだろう

7月に日銀が公表した「経済・物価情勢の展望(展望レポート)」にも記載があったが、日本は実際に物価が上昇しなければ、人々のインフレ予想は高まらない傾向が強い。しかし、消費者物価指数でウェイトを占めるのは、公共料金や家賃関連など日銀の緩和策に短期的には反応しない品目で、インフレ率は上がりにくい。

一方、インフレ率のプラス幅は目標の2%から当面遠ざかっていくことが予想される。このままでは市場からたびたび追加緩和策を催促されてしまうが、その手段は実際のところ枯渇してきている。

「できるだけ早期に2%のインフレを目指す」という文言は、2013年1月に出した政府との共同声明にも記載されているため、公式には変えられない。せめて、海外の大半の中央銀行に倣って、運営上のスタンスとしてインフレ目標達成期間を微妙に「中期化」する印象を発し、市場の追加緩和要求の高まりを鎮めたいのだろう。

欧州中央銀行(ECB)や英国、スイスなどの中央銀行も2%近辺のインフレ目標を採用しているが、実際のインフレ率は大幅に低い状態が続いている。しかし、彼らは「中期的には目標に届くように頑張っています」と、おうような態度を取っている。現実的には、インフレ率を短期間に目標値へ誘導することは不可能だからだ。市場もそれを理解しているので、あまり攻撃を仕掛けない。

ところが、日銀だけが「短期的に達成してみせる。そのためにはちゅうちょなく、あらゆる手段を取る」と宣言しており、市場に攻められる構図に自ら陥っている。

7月の決定会合で日銀は、市場の期待に無回答ではまずいと思ったらしく、株価指数連動型上場投資信託(ETF)の購入額をほぼ倍増の年間6兆円にした。この決定を“小粒”と評する報道もあったが、これはすごい金額だ。外国人投資家全体でも、日本株を年間6兆円買い越すことは滅多にない。

また、米通信社ブルームバーグによると、4月時点ですでに日銀がETFの購入を通じて、かなりの数の企業で大株主になっていた。日経平均株価の構成銘柄である225社のうち、日銀が大株主の上位10位に入っている企業は9割弱もあり、テルモやヤマハなど上位3位のケースも6社あったという。

今回の増額により、来年には日銀が事実上の筆頭株主となる企業が増加しそうだ。ファーストリテイリング(ユニクロ)もいずれそうなるだろう。日銀が将来ETFを売却すると言ったら、それらの株は暴落する可能性があるため、出口政策は極めて難しい。

浮動株比率が小さい株の場合、価格は日銀によって大幅にゆがめられる。日銀は日本の市場における価格発見機能を次々と壊している。日本経済を社会主義化するかのようなこうした政策は本当に正しいのか、黒田東彦・日銀総裁の言葉通り、日銀政策委員会は「虚心坦懐」に検証する必要がある

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「ETFの大量購入で市場を歪める日銀のやり方に問題がないのか、自分たちでしっかり検証しろ」と加藤氏は訴えている。主張は明確だし、結論に説得力を持たせるための材料提供も十分にできている。

総括的な検証」の中身についても、「市場の観測は二分している」と紹介した上で「実際に出てくるのはどちらでもないと考えられる。今回の『検証』における日銀の最大の狙いは、インフレ目標達成に向けた闘いを、短期決戦から持久戦に事実上シフトすることにあるだろう」と予想している。

この予想は外れるかもしれない。だが、重要なのは、加藤氏がリスクを負って自らの見方を公表し、記事を構成している点だ。安全地帯に留まったままの菅野編集委員とは大きく違う。書き手としての覚悟の差が出ているのだろう。

日銀の金融政策の動向を理解する上で、読者がどちらの筆者に頼るべきかは明らかだ。菅野編集委員には、編集委員というもっともらしい肩書を付けて記事を書く意味をじっくり問い直してほしい。


※日経の記事の評価はC(平均的)。菅野幹雄編集委員への評価もCを維持する。ダイヤモンドの記事の評価はB(優れている)。加藤出氏への評価はA(非常に優れている)を据え置く。

2016年8月7日日曜日

50代が「ゆでガエル世代」に見えない日経ビジネスの特集

日経ビジネス8月8・15日合併号の特集「どうした50代! 君たちは、ゆでガエルだ」は苦しい内容だった。このタイトルであれば「なるほど。50代は確かにゆでガエルだな」と思わせてほしい。しかし、この特集を最後まで読んでも「ゆでガエル」らしき事例さえ出てこない。特集では「命名」の理由を以下のように説明している。
熊本城(熊本市) ※写真と本文は無関係です

【日経ビジネスの記事】

ゆでガエル世代」--。

日経ビジネスは、今の50代をこう命名する。50代の読者にとっては、不愉快な話だろう。しかし、現状を冷静に分析すれば、そう指摘せざるを得ない。

カエルは熱湯に放り込むと驚いて飛び出すが、常温の水に入れ徐々に熱すると水温変化に気が付かず、ゆで上がって死んでしまう。この寓話はまさに、今の50代、とりわけ多くの男性の会社人生にそっくりだ。

彼らの会社人生はバブル経済到来とともに幕を開けた。数年後に30歳前後でバブルが崩壊。その後もITバブル崩壊やリーマンショックなど幾度となく危機が訪れた。ところが、「このまま安泰に会社員生活を終えられる」と、厳しい現実から目を背けてきた。そして50代になった今、過酷な現実を突きつけられ、ぼう然自失となっている。

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記事の分析が正しければ、今の50代は「水温変化に気が付かず、ゆで上がって死んでしまう(あるいは既に死んでいる)」はずだ。しかし、記事の説明とどうも合わない。

【日経ビジネスの記事】

「こんなはずじゃなかったのに」

今、多くの50代男性が、そんな思いにさいなまれている。原因の1つが、55歳前後の管理職から強制的にポストを剥奪する「役職定年制度」だ。バブル崩壊後の1990年代から大手企業の間で広がり始め、中央労働委員会が2009年に大企業218社を対象に調査したところ、約半数が既に役職定年制度を導入していたという。

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記事では何を以て「会社人生の死」としているのか不明なので、「出世競争からの脱落=会社人生の死」と仮定してみる。その場合、今の50代は「水温変化に気が付かず、ゆで上がって死んでしまう」人たちだろうか。

記事によると09年の段階で「(大企業の)約半数が既に役職定年制度を導入していた」らしい。だとしたら、よほどぼんやりしている人を除けば「水温変化」に気付いてしまう。そもそも、50代にもなれば出世競争で勝敗が明確になっているのは、就職した時点で分かるはずだ。役職定年制度があるのならば、いずれ役職を解かれて定年を迎えることも容易に予想できる。なのになぜ「水温変化に気が付かず、ゆで上がって死んでしまう」と表現したのか謎だ。

50代を「ゆでガエル世代」と名付けるならば、「自分の会社が10年前に役職定年制度を導入したのに気付かず働き続け、今年に入って制度適用の対象になって茫然とする50代男性」などの事例が欲しい。ただ、そうした事例はあっても特殊なので、それを50代全体に当てはめるのは無理があるが…。

こうした世代物の特集はどうしても無理のある内容になってしまう。理由は2つある。

まず、10年単位の世代ごとに明確な段差などない。今の49歳と50歳に大きな世代間格差があるならば、話は分かる。しかし、そうした例は極めてまれだ。ほぼないと言ってもいい。差と言う点では49歳と50歳よりも50歳と59歳の方が大きいだろう。しかし「50代は40代とは違う」と言い出すと、50歳は59歳と一緒にされて、49歳とは離されてしまう。

例えば80代と20代の比較ならばギャップは明確にあるだろう。だが、60代と50代を比べたり、50代と40代を比べると、差を明確にして論じるのは非常に難しくなる。

もう1つは個人差の問題だ。今回の特集で日経ビジネスは50代について「『このまま安泰に会社員生活を終えられる』と、厳しい現実から目を背けてきた」と言い切っている。しかし、現時点で既にリストラなどで職を失って困窮し、「安泰に会社員生活を終えられ」なかった人も多数いるだろう。会社員に見切りを付けて起業した人もいるはずだ。つまり個人差が非常に大きい。

なのに、こうした特集を組めば、一括りにして「今の50代はこうだ」と型にはめざるを得ない。「色々な人がいて一言では言えません」では話にならないからだ。だから、この手の特集を読んで「なるほど」と思えた試しがない。今回の特集もその例外ではなかった。


※特集の評価はD(問題あり)。担当者については、大竹剛記者、齊藤美保記者、小平和良記者への評価をDで据え置く。上木貴博記者と河野祥平記者は暫定でDとする。

2016年8月6日土曜日

素人レベルの知識で「原油市場」を語る日経 飛田雅則記者

6日の日本経済新聞朝刊マーケット総合2面に「ポジション~原油安 警戒感薄れる 注目指数『スキュー』で見通し 40~50ドルのレンジ相場に」という記事を書いた飛田雅則記者は市場関連の記事の書き手としては素人レベルのようだ。基本知識の欠如をうかがわせる記述があったので、まずはそこから見ていこう。
北原白秋生家(福岡県柳川市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

7月半ば以降、米国のガソリン在庫の増加がはっきりしてくると原油価格は下落。反対にスキューは上昇した。40ドル割れ目前に迫った7月下旬にはさらに上昇。原油安への警戒感は薄れ「市場は40ドル前後を下限とみている可能性がある」(ニッセイ基礎研究所の佐久間誠研究員)。「中国やインドの需要は強く、需給は均衡に向かっている」(丸紅の栃本恵一・石油貿易課長)との見方が根強いためだ。

米商品先物取引委員会(CFTC)によると7月26日時点で売り建玉(未決済残高)は約1割増えているが、「生産調整が進む中では売り建玉を長く維持しづらく買い戻しが入る」(マーケット・リスク・アドバイザリーの新村直弘代表)。

買い建玉は2月以降、50万枚台が続き変動は小さい。「買い建玉が崩れないことから、相場の持ち直しは早い」(エレメンツキャピタルの林田貴士社長)。中国や欧州で景気後退リスクが台頭し、市場心理が悪化しない限り、近く持ち直すとの見方が多い。原油オプション市場から40~50ドルのレンジ相場が読み取れそうだ。

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まず建玉に関する説明に問題がある。記事では注釈も付けずに「売り建玉(未決済残高)は約1割増え」「買い建玉は2月以降、50万枚台が続き変動は小さい」と書いている。普通に考えれば、NY原油全体の建玉について述べていると解釈したくなる。ただ、そうだとしたら売り建玉も買い建玉も同じ動向になるはずだ。NY原油先物全体では買い建玉と売り建玉は常に同数となるのだから。

しかし、記事によると「売り建玉は約1割増えて」いるのに「買い建玉は2月以降、50万枚台が続き変動は小さい」らしい。ここで言う建玉は「投機筋の建玉」ではないのか。その説明を省いているとすれば、市場関連記事の書き手としては未熟と言うほかない。

しかも、売り建玉の「1割増」はどの時点と比べているのか不明だ。飛田記者は「7月半ば」と比べているつもりかもしれないが…。

今回、飛田記者は「スキュー指数」を使って原油相場を論じている。これにも疑問がいくつも湧く。

【日経の記事】

米原油先物が値下がりし、今週3カ月ぶりに1バレル40ドルを割り込んだ。米国のガソリン消費の伸び悩みや、シェールオイルの復活も意識された。一度は収束したかにみえた大幅な価格下落が再びおこるのか。想定外の事態「ブラックスワン(黒い白鳥)」の発生を示唆するといわれる指数の動きから相場の見通しを探った

米国のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油先物は3日に一時、39.19ドルまで下落。その後やや持ち直し5日は41ドル前後で推移している。WTIは年初に30ドルを割り込んだ後、6月には50ドル前後まで上昇。再び崩れ始めた相場はどこまで行くのか。

シグナルの一つがスキュー(ゆがみ)指数だ。売買する権利をやりとりするオプション取引価格のボラティリティー(変動率)を使って算出する。原油安への警戒感が強ければ低下する産油国の過剰なシェア争いや投資マネーの急速な収縮など、原油市場の「ブラックスワン」の発生を織り込んで動くといわれる

6月に原油価格が上昇するとスキューは低下し始めた。投資家が高値警戒感を抱いたことを映した。「シェールオイルは損益分岐点の50ドル付近で生産が立ち上がる」(英調査会社ウッドマッケンジーのアンドリュー・ウッズ氏)との分析が背景にある。


◎疑問その1~「過剰なシェア争い」は「ブラックスワン」?

飛田記者は「産油国の過剰なシェア争いや投資マネーの急速な収縮」を「ブラックスワン」の例として挙げている。しかし、激しいシェア争いはよくあることだ。「投資マネーの急速な収縮」を伴う経済危機も過去に起きている。誰も起きるとは思っていなかったような出来事であれば「ブラックスワン」と呼ぶのも分かる。ただ、「過剰なシェア争い」程度の話ならば、驚きはゼロに近い。

◎疑問その2~原油の「スキュー指数」とは?

シカゴ・オプション取引所がS&P500を対象とするオプションの価格から算出している「スキュー指数」は「突発的に発生する大幅な下落リスクを示す指標」で「指数値100を平常状態とし、これを超えてくると、下落の場合のテール・リスクが通常以上に大きくなってきていることを意味する」(投資用語集)ようだ。

これなら分かるが、飛田記者が紹介している原油の「スキュー指数」は逆で「原油安への警戒感が強ければ低下する」。つまり指数の下落がテール・リスクの増大を示す。おかしいとは言わないが、分かりにくい指数だ。

しかも、グラフを見ると指数の単位は「」。「前年同月比」といった注記もないし、指数ならば単位は付かないのが普通だろう。さらに言うと、色々調べても原油の「スキュー指数」はどこが算出しているのか分からなかった(もちろん記事でも触れていない)。この指数はどこか怪しい。

◎疑問その3~「40~50ドルのレンジ相場」が読み取れる?

記事ではNY原油相場について「原油オプション市場から40~50ドルのレンジ相場が読み取れそうだ」と結論付けている。これには納得できなかった。「スキュー指数」が「突発的に発生する大幅な下落リスクを示す指標」であるならば、スキュー指数の動きからは「突発的でない緩慢な相場下落」のリスクは読み取れないはずだ。

例えば、40ドルだった原油相場が1カ月かけて30ドルまで下がるのであれば「突発的に発生する大幅な下落」とは言えないだろう。飛田記者はスキュー指数では読み取れないものまで読み取っているのではないか。


※記事の評価はD(問題あり)。飛田雅則記者の評価も暫定でDとする。

2016年8月4日木曜日

18年卒の就活は「長期化」? 日経「ビジネスTODAY」に疑問

4日の日本経済新聞 朝刊企業総合面に「ビジネスTODAY~大学3年生、就活はや号砲 『短期化』…実は長期戦に 夏のインターン4割増」という記事が出ている。記事では「2018年卒業予定の大学3年生」について「実質的な『就活』は長期化する」と書いているが、どうも怪しい。
三柱神社(福岡県柳川市) ※写真と本文は無関係です

記事の最初の部分を見ていこう。

【日経の記事】

2018年卒業予定の大学3年生の「就活」がはや始まっている。来年の就職活動に備え、業界研究や社会勉強のためインターンシップ(就業体験)に参加する学生を受け入れる企業は今夏、前年比で約4割増える。3日までに来春卒の大学生(大学院生含む)の約7割が内々定を取るなど売り手市場が続く中、企業が早めに動き出している。経団連の指針見直しで今年、就活期間は短縮されたが、実質的な「就活」は長期化する

主要な就職サイトに掲載された今夏実施のインターンは延べ8600社。文部科学省などはインターンを採用活動に結びつけないよう求めており、経団連も「採用につなげない」としている。ただ、現実は学生の資質を把握できるインターンを採用に生かす企業も増えている。

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上記のくだりの後は個別企業の取り組みなどが続く。記事を最後まで読んでも、18年春卒について就活の長期化を示すデータは見当たらない。強いて言えば見出しにもなっている「インターンシップ(就業体験)に参加する学生を受け入れる企業は今夏、前年比で約4割増える」という数字ぐらいだ。しかし、インターン実施企業の増加は就活の長期化を意味するわけではない。

記事には「売り手市場の中、企業は早めに動き出している」とのタイトルが付いた図がある。そこでは「2016年春卒」と「2017年春卒」の就活スケジュールを比べていて、17年春卒では大学3年の7月にインターンが始まっている。18年春卒のインターンが現時点で始まっていたとしても「企業が早めに動き出している」という話ではなさそうに見える。

この図には他にも気になる点がある。図を単純に信じると「16年春卒」ではインターンはなかったことになる。しかし、常識的にはあり得ない。

日経も2014年8月11日付で「インターン延々と  2016年卒 長い就活変わるはずが…」という記事を載せている。この記事ではインターンの時期について「8月が最多」と書いており、問題の図と矛盾する。

今回の記事を読む限りでは、17年春卒と18年春卒で就活に関して大きな変化は見当たらない。そこで記者らが強引に話を作ったのではないか。「これだ」と思える中身を見つけられなかったのならば、企画の段階で紙面化を断念すべきだ。


※記事の評価はD(問題あり)。流合研士郎記者と遠藤邦生記者への評価も暫定でDとする。