2018年8月31日金曜日

最終回も間違い目立つ日経「モネータ 女神の警告」

日本経済新聞朝刊1面で連載した「モネータ 女神の警告~それぞれのジレンマ」は散々な出来だった。最終回の(4)は特に厳しい。記事の最後には「川崎健、清水桂子、松崎雄典、嶋田有、須永太一朗、後藤達也、八木悠介、丸山大介、野毛洋子が担当しました」と出ていた。専門知識を持った書き手が9人もいて「この記事はおかしい」と誰も思わなかったのか。あるいは、思ったのに言わなかったのか。それとも、言ったのに相手にされなかったのか。いずれにしても、取材班が大きな問題を抱えていたのは間違いない。
大江天主堂(熊本県天草市)※写真と本文は無関係です

日経には以下の内容で問い合わせを送った。

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 川崎健様 清水桂子様 松崎雄典様 嶋田有様 須永太一朗様 後藤達也様 八木悠介様 丸山大介様 野毛洋子様

31日朝刊1面の「モネータ 女神の警告~それぞれのジレンマ(4)IT巨人に危機感 デジタルの富、どう配分」という記事についてお尋ねします。記事には「IT企業は従業員が少なく、一部のエリートに富が集中する。米フェイスブックの給与は平均2600万円、米グーグルは2200万円」との記述があります。

米フェイスブック」の従業員について同社のホームページは「2018年7月30日時点で30,275名」と記しています。グーグルもグループ全体で7万人を超える従業員がいるようです。従業員数が多いか少ないかに明確な基準はないとしても、従業員1万人以上の企業を指して「従業員が少なく」とは言わないはずです。記事の説明は誤りではありませんか。

付け加えると「給与は平均2600万円」だと「期間」が分かりません。注釈を付けずに「給与は○○円」と言えば、一般的には「月給」です。しかし、記事に出ている金額は「年収」だと思えます。

次の質問です。

記事では「重厚な設備を抱える製造業と違い、データという『見えない資産』を武器に莫大な富を稼ぐITの巨人たちは大きな投資を必要としない。今は一人勝ちゆえに社会の批判も集中するが、経済のデジタル化はあらゆる産業で進んでいく」とも書いています。

しかし、記事で「米IT4社(GAFA)」の一角とした「米アップル」は「過去5年」で「6兆円」の設備投資をしたことになっています。年間1兆2000億円はかなり「大きな投資」ではありませんか。

日経電子版の「IT大手 巨額投資に動き出す(The Economist)」(8月10日付)という記事では、以下のように説明しています。

アマゾンの17年の設備投資は250億ドルに達した(リースを含む)。この投資額は世界第4位に当たり、17万2000kmのパイプラインを抱えるロシアの巨大エネルギー企業、ガスプロムさえもやや上回る

米国の経済統計は企業会計よりも投資を幅広く捉え、研究開発費やコンテンツ制作費も投資と見なす。この定義に従えば、米国と中国のIT大手上位10社の総投資額は過去5年で3倍に増え、1600億ドル(約17兆8000億円)に達する

これでも「ITの巨人たちは大きな投資を必要としない」と断言できますか。今回の記事の説明は間違いではありませんか。
芥屋の大門(福岡県糸島市)※写真と本文は無関係です

さらに言えば、「ITの巨人たち」を「一人勝ち」と表現するのも誤りではありませんか。「一人勝ち」とは「他の人はみな負けて、ひとりだけ勝つこと」(大辞林)です。「ITの巨人たち」がいずれも勝っているのならば「一人勝ち」ではありません。

似たような問題は他にもあります。

記事ではフェイスブックに関して「データを独占しても、社会と折り合わなければ成長は続かない」と書いています。フェイスブックが「データを独占」していると取れる書き方ですが、あり得ません。「独占」に近いとも言えませんし「寡占」でもないでしょう。

もしフェイスブックが「データを独占」しているのならば「データという『見えない資産』を武器に莫大な富を稼ぐITの巨人たち」のうち、フェイスブック以外の「巨人」はデータを持っていないはずです。「データを独占」という説明は誤りではありませんか。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。今回の連載では(2)(3)についても記事中の誤りに関する問い合わせをしていますが、回答が届いていません。お問い合わせ番号は「333183」と「333482」です。

今回の連載はお世辞にも成功とは言えません。間違いと説明不足の連続です。それでもきちんと反省して次に進むのならば希望が持てます。「IT巨人に高まる責任論は、この社会の未来図でもある」と連載を締めた皆さんは、間違い指摘を握り潰し続ける日経への「責任論」をどう考えますか。「間違いをなかったことにしたいから、あくまで無視」で正解ですか。そして、自分たちが手掛けた連載への問い合わせにはどう対応しますか。

◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。

※今回取り上げた記事「モネータ 女神の警告~それぞれのジレンマ(4)IT巨人に危機感 デジタルの富、どう配分
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180831&ng=DGKKZO34806830Q8A830C1MM8000


※記事の評価はE(大いに問題あり)、連載全体の評価はD(問題あり)とする。川崎健氏を連載の責任者だと推定し、同氏への評価をDで据え置く。同氏に関しては以下の投稿を参照してほしい。

川崎健次長の重き罪 日経「会計問題、身構える市場」http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_62.html

なぜ下落のみ分析? 日経 川崎健次長「スクランブル」の欠陥http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_30.html

「明らかな誤り」とも言える日経 川崎健次長の下手な説明http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_27.html

信越化学株を「安全・確実」と日経 川崎健次長は言うが…http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/07/blog-post_86.html

「悩める空売り投資家」日経 川崎健次長の不可解な解説
http://kagehidehiko.blogspot.com/2016/10/blog-post_27.html


※今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

強引に「運用難」を描き出す日経「モネータ 女神の警告」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_72.html

製薬会社の従業員が「空港封鎖」? 日経「モネータ 女神の警告」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_81.html


※「モネータ 女神の警告」の過去の連載に関しては以下の投稿を参照してほしい。

色々と分かりにくい日経1面「モネータ 女神の警告」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_59.html

間違った説明が目立つ日経1面「モネータ 女神の警告」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_14.html

株主・銀行は「力失った」? 日経「モネータ 女神の警告」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_7.html

2018年8月30日木曜日

製薬会社の従業員が「空港封鎖」? 日経「モネータ 女神の警告」

リストラに反発する製薬会社の従業員が「ストライキを起こし、空港を封鎖」と聞いたらどう感じるだろうか。個人的には「航空会社の従業員ならともかく製薬会社の従業員がなぜ?」「ストというより犯罪では?」などと疑問が浮かぶ。
芥屋の大門(福岡県糸島市)※写真と本文は無関係です

30日の日本経済新聞朝刊1面に載った「モネータ 女神の警告~それぞれのジレンマ(3)ファンド化する企業 投資資金、成長生まず」という記事では、イスラエルでそういう事態になったと書いている。しかし、製薬会社のストが空港封鎖にまで発展した理由は教えてくれない。さらに言えば、製薬会社の従業員が「空港を封鎖」したというのが事実かどうか怪しい。

日経には以下の内容で問い合わせを送った。

【日経への問い合わせ】

30日朝刊1面に載った「モネータ 女神の警告~それぞれのジレンマ(3)ファンド化する企業 投資資金、成長生まず」という記事についてお尋ねします。記事では「後発薬世界大手、イスラエルのテバ・ファーマシューティカル・インダストリーズ」について以下のように記しています。

「(テバのCEOの)シュルツ氏は世界の従業員の4分の1にあたる1万4千人の削減方針を打ち出した。イスラエル国内で3割を減らす計画に反発した従業員は昨年末にストライキを起こし、空港や道路を封鎖

まず「イスラエル国内で3割を減らす」をどう解釈すべきか迷います。「1万4千人」のうちの「3割」とも取れますし、「イスラエル国内で現状より3割を減らす」との解釈も可能です。どう理解すればよいのでしょうか。

計画に反発した従業員は昨年末にストライキを起こし、空港や道路を封鎖」という説明にも疑問を感じました。製薬会社の従業員がストライキで「空港を封鎖」するとは常識的には考えられません。実際に「テバ」の従業員が「空港を封鎖」したのならば、なぜそうなったのか追加で説明が必要でしょう。

実際には、「テバ」の従業員は「空港を封鎖」していないと思えます。2017年12月17日付のロイターの記事では以下のように書いています。

Israel’s main public-sector labor union staged a half-day strike on Sunday, closing the airport, stock exchange, banks and all government ministries to protest at mass layoffs planned by Teva Pharmaceutical Industries.

空港の「閉鎖」はあったようですが、公共部門の労働組合がテバのリストラに抗議して半日ストに踏み切ったためだと読み取れます。他の報道を見ても「テバ」の従業員が「道路を封鎖」した話は出てくるものの、空港についてはロイターの報道と同様の内容になっています。

テバ」の従業員が「空港を封鎖」したとする今回の記事の説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

せっかくの機会なので、他の気になった点を記しておきます。まず以下のくだりです。

だがM&Aはいばらの道だ。成功率は『日本企業の海外買収で1~2割、海外企業で5割』(早稲田大学の服部暢達客員教授)。競争で価格が上がると成功のハードルはさらに上がる。米21世紀フォックスのコンテンツ資産買収を決めた米ウォルト・ディズニー。対抗馬コムキャストの登場で買収額は当初想定の6兆円から8兆円に膨らんだ

成功率」について「1~2割」「5割」と書いているものの、「成功」の基準を示していません。これでは情報としての価値があまりありません。仮に「服部暢達客員教授」の漠然とした印象ならば、そう書くべきです。
肥前山口駅にある「内側てお待ち下さい」の看板
(佐賀県江北町)※写真と本文は無関係です

また「海外企業で5割」については「海外企業の外国企業買収で5割」なのか「海外企業による買収全体(国内買収含む)のうち5割」なのか判断に迷いました。

今回の記事では「主要企業」という表現も引っかかりました。

世界の主要企業が抱える現預金は17年末で10.3兆ドル(1150兆円)。10年間で2.5倍に膨らんだ」と書いているのに「主要企業」の基準は示していません。社数も対象国も不明ですし、どこが算出した金額なのかも分かりません。これではデータとしての信頼性に欠けます。正しい数字かどうか検証もできません。

記事に付けた「設備投資からM&Aや株主還元にシフト(世界主要企業の資金使途)」というグラフでも、「主要企業」の範囲は分からないままです(算出主体は「QUICK・ファクトセット」となっています)。

最後に以下の結論部分です。

企業の設備投資は13年をピークに頭打ちだ。一方、M&Aと自社株買いは増え続け、設備投資と肩を並べた。M&Aや株主還元に投じたお金は株主に渡り、実体経済には直接回らない。カネ余りが招く『企業の総ファンド化』(みずほ総合研究所の高田創調査本部長)は経済の低成長を長引かせるリスクをはらむ

M&Aと自社株買いは増え続け、設備投資と肩を並べた」というくだりは「M&Aと株主還元は増え続け、設備投資と肩を並べた」とすべきではありませんか。グラフを見る限りでは「設備投資と肩を並べた」のは「M&A・株主還元」です。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

ロイターなどの報道を総合すると、“空港閉鎖”の事実関係は以下のようなものだと思える。

・イスラエルの空港はストで「閉鎖」されたが「封鎖」ではない。

・空港閉鎖は公共部門の労働組合のストによるもので、テバの従業員が実力行使に出たのではない。

・公共部門の労働組合のストはテバの従業員を支援するためのものだった。


この認識が正しければ、日経の記事は間違っているし、説明があまりに足りない。


追記)結局、回答はなかった。

※今回取り上げた記事「モネータ 女神の警告~それぞれのジレンマ(3)ファンド化する企業 投資資金、成長生まず
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180830&ng=DGKKZO34754280Z20C18A8MM8000

※記事の評価はD(問題あり)。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

強引に「運用難」を描き出す日経「モネータ 女神の警告」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_72.html

最終回も間違い目立つ日経「モネータ 女神の警告」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_31.html


※「モネータ 女神の警告」の過去の連載に関しては以下の投稿を参照してほしい。

色々と分かりにくい日経1面「モネータ 女神の警告」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_59.html

間違った説明が目立つ日経1面「モネータ 女神の警告」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_14.html

株主・銀行は「力失った」? 日経「モネータ 女神の警告」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_7.html

「予想外」でも「番狂わせ」ではない? 日経 北川和徳編集委員に問う

格下相手に予想外の敗北を喫したものの「番狂わせ」ではないという状況はあり得るだろうか。個人的には「ない」と思えるが、日本経済新聞の北川和徳編集委員は違うようだ。そこで、以下の内容で問い合わせを送ってみた。
伊都国歴史博物館(福岡県糸島市)※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 編集委員 北川和徳様

29日朝刊スポーツ1面の「Count Down東京2020 開幕まであと695日~子供が憧れるヒーローに」という記事についてお尋ねします。記事には以下の記述があります。

バドミントン男子の世界王者、桃田賢斗(NTT東日本)のアジア大会は、シングルス3回戦で敗れて幕を閉じた。地元の大声援を受けたインドネシア選手に屈した。無敵を思わせた世界選手権の戦いぶりからは予想外の結果だが、番狂わせとはいえない。相手は世界ランク12位。団体戦でも対戦して桃田が勝ったが2―1の辛勝だった

問題としたいのは「無敵を思わせた世界選手権の戦いぶりからは予想外の結果だが、番狂わせとはいえない」という説明です。「番狂わせ」とは「スポーツの試合などで、実力から予想される勝敗とは異なる結果になること」(デジタル大辞泉)を指します。

桃田選手のアジア大会3回戦敗退が「予想外の結果」だったのならば、それは「番狂わせ」です。北川様は言葉の使い方を間違えていませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

記事では「成績以上にうれしいのは、現在の彼(桃田選手)のプレーの質が他の選手より圧倒的に優れていることだ」とも書いています。だとすると、アジア大会で敗れた「インドネシア選手」よりも「プレーの質」は「圧倒的に優れて」いたはずです。なのに「番狂わせとはいえない」と判断するのは解せません。

団体戦でも対戦して桃田が勝ったが2―1の辛勝だった」のならば「現在の彼のプレーの質が他の選手より圧倒的に優れている」かどうかが怪しい気もします。北川様は「勝ち続けることが簡単にできる競技ではないということだろう」とは書いています。しかし、「プレーの質が他の選手より圧倒的に優れている」桃田選手がなぜ団体戦でも圧勝できず「シングルス3回戦」で姿を消したのか、まともな説明が見当たりません。これでは困ります。

付け加えると「勝ち続けることが簡単にできる競技ではないということだろう」と書くと、同一文中で「こと」が続くために拙く冗長な印象を与えます。例えば「簡単に勝ち続けられる競技ではないのだろう」とすると、かなりスッキリします。今後の参考にしてください。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。

※今回取り上げた記事「Count Down東京2020 開幕まであと695日~子供が憧れるヒーローに
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180829&ng=DGKKZO34713970Y8A820C1UU1000


※記事の評価はD(問題あり)。北川和徳編集委員への評価も暫定でDとする。

2018年8月29日水曜日

強引に「運用難」を描き出す日経「モネータ 女神の警告」

「大変だ」と訴えたいからと言ってデータなどを恣意的に用いると、記事の信頼性をかえって失う結果になる。29日の日本経済新聞朝刊1面に載った「モネータ 女神の警告~それぞれのジレンマ(2)41兆ドル、年金の自縄自縛 運用難、逃げ水の利回り」 という記事もその一例と言える。記事では「運用難」を強調しようとして「(米国債の中でも)30年債の利回り低下(価格上昇)は顕著」と言い切っているが、そうだろうか。
常盤橋(北九州市)※写真と本文は無関係です

日経には以下の内容で問い合わせを送った。

【日経への問い合わせ】

29日朝刊1面に載った「モネータ 女神の警告~それぞれのジレンマ(2)41兆ドル、年金の自縄自縛 運用難、逃げ水の利回り」 という記事についてお尋ねします。まず問題としたいのは以下のくだりです。

『年金が米金利の上昇を抑えている』。みずほ証券の岩城裕子氏はいう。少しでも金利が上がれば年金がすかさず米国債に買いを入れるからだ。中でも30年債の利回り低下(価格上昇)は顕著だ。30年債と10年債の利回り差はわずか0.15%。年初の約半分に縮小した

この説明が正しければ、米国の「30年債の利回り」は「年初」に比べて「顕著」に低下しているはずです。しかし、そうはなっていません。年初に2.8%程度だった利回りは28日時点で3%を若干上回っています。「利回り低下」は「年初」と比べたものではないとの可能性も考慮しましたが、解釈として無理があると思えます。

30年債の利回り低下(価格上昇)は顕著だ」との説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

せっかくの機会なので、気になった点を追加で記しておきます。記事では、米国の公的年金について以下のように書いています。

全米50州の公的年金で積立率が健全とされる80%を超えるのはわずか10州。イリノイ州やケンタッキー州など7州は50%を切る。高金利時代に設計した制度の限界が露呈しており、運用利回りは年1%程度なのに長期の想定利回り(予定利率)をなお7~8%に設定したままの州年金もある

長期金利が3%近い米国で「運用利回りは年1%程度」というのは、かなり低い数字です。ちなみにカリフォルニア州職員退職年金基金(カルパース)の運用実績を見ると、2015年度は-0.2%ですが、16年度で10.1%、17年度で11.1%となっています。直近で見ても、何年間かの平均で見ても、「年1%程度」とは程遠い数字です。「運用利回りは年1%程度」の「州年金もある」としても、特殊なケースではありませんか。

ちなみに、今年6月5日の日経の記事でニューヨークの宮本岳則記者は以下のように説明しています。

「(米国50州の)公的年金の平均予定利率は7.5%程度とされる。一方、調査団体アメリカン・インベストメント・カウンシルによると直近10年間の年率リターン実績は、世界的な低金利環境などの影響で年5.3%にとどまっており、両者の差が積み立て不足を生む

直近10年間の年率リターン実績」が50州平均で「年5.3%」とすれば、「長期の想定利回り(予定利率)」を「7~8%に設定」するのは、それほど非現実的ではありません。

さらに言うと、記事では「運用利回りは年1%程度」と書いているだけで、どの期間の「運用利回り」か示していません。単年では運用成績が大きく落ち込む場合もあります。期間を示さずに「運用利回りは年1%程度なのに長期の想定利回り(予定利率)をなお7~8%に設定したまま」と書くのは感心しません。

次は以下のくだりについてです。

米ウイリス・タワーズワトソンの調査では、主要22カ国の年金マネーは17年末時点で41兆ドルと10年前の1.6倍に増えた。世界の債券市場の時価総額の24%に相当する規模に膨らんだ年金マネーはまるで『池の中の鯨』。自らの買いで金利を押し下げ、高利回りが逃げ水のように去っていく

まず「主要22カ国の年金マネー」と「世界の債券市場の時価総額」の比較に問題があります。「年金マネー」は「債券」だけを買っているわけではありません。株式などにも資金を振り分けています。それを「債券市場の時価総額」と対比させるのは不適切です。

年金マネーはまるで『池の中の鯨』」と訴えたいのならば、「債券市場の時価総額」に占める「年金マネー」の比率を出せば済みます。それでは比率が小さくなるので「年金マネー」の総額との対比を選んだのではありませんか。だとすれば一種の騙しです。

また、「年金マネー」の規模が大きくても、「池の中の鯨」とは言えません。バラバラに判断する主体が集まったものだからです。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)や日銀の存在が市場の中で大きければ「池の中の鯨」だと思えます。しかし、例えば個人投資家はどうでしょう。「日本株の20%近くを個人が保有している。まるで『池の中の鯨』だ」と言われて納得できますか。「年金マネー」も同じです。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。

※今回取り上げた記事「モネータ 女神の警告~それぞれのジレンマ(2)41兆ドル、年金の自縄自縛 運用難、逃げ水の利回り
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180829&ng=DGKKZO34703810Y8A820C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

製薬会社の従業員が「空港封鎖」? 日経「モネータ 女神の警告」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_81.html

最終回も間違い目立つ日経「モネータ 女神の警告」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_31.html


※「モネータ 女神の警告」の過去の連載に関しては以下の投稿を参照してほしい。

色々と分かりにくい日経1面「モネータ 女神の警告」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_59.html

間違った説明が目立つ日経1面「モネータ 女神の警告」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_14.html

株主・銀行は「力失った」? 日経「モネータ 女神の警告」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_7.html

2018年8月28日火曜日

「昔」との比較に難あり 日経「君たちはお金をどう生かすか」

日本経済新聞朝刊 金融経済面で連載していた「君たちはお金をどう生かすか」がようやく終わった。28日の「(5)はたらく~顧客本位、銀行と若手にズレ」という記事では金融業界寄りの姿勢は見られなかったが、気になる部分はかなりあった。
芥屋の大門(福岡県糸島市)※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

「売りたくない投資信託や信託商品がある。どうしても売らないといけないのか」。三菱UFJ銀行の支店で働く20代女性行員は不満を隠さない。担当は法人営業で、取引先の社長らに金融商品を勧める毎日だ。複雑で理解しにくい金融商品を売ることが「顧客本位」なのか。自分の中で整理がつかない。

記者は2010年以降にメガバンクに就職した20代行員に集まってもらい、座談会形式で話を聞いた。参加者に共通していたのは「顧客目線で働きたいのに上司に分かってもらえない」という不満だった。お金を貸しやすい優良企業はすでにお金を持っているし、お金に困っている企業には貸しにくい。これは銀行員の誰もが直面する古くて新しいテーマといえる。

だが、昔と今で銀行の若手行員を巡る環境は大きく異なっている。その一つは、就職ランキングだ。「マイナビ大学生就職企業人気ランキング」によると、19年卒の文系総合ランキングは三菱UFJ銀が11位。18年の4位から大きく順位を落とした。3メガ銀行がトップ10位に入れなかったのは13年ぶりのことだ。

マイナビの栗田卓也HRリサーチ部長は「これまで給料が高く安定しているイメージで銀行員を志望する学生が多かった。昨今の人員削減報道などを受け、こうした学生が他業界に流れた」と分析した。アマゾンジャパン(98位)が初めて100位に入り「IT(情報技術)関連企業の躍進が目立つ」。メガ銀行が大幅に順位を落とす一方、地方銀行は地元就職を希望する学生から根強い人気があり、大半が前年並みの順位だったという。

もう一つの新たな潮流は、転職の増加だ。リクルートキャリアなど大手転職支援会社に登録する銀行員の数はこの1年で2~3割増えた。転職先もベンチャー企業を含めて多様になり、若年層の大手企業志向が薄らいでいる現状を映す。

座談会に参加してくれた20代後半の男性は数年前に三井住友銀行をやめて外資系に転職した。「(自分と合わない)部長が異動になるまで2年我慢しろと言われたが、無理だった」と振り返る。外資系に移った理由は「徹底的にお客さんのために働けると感じたから」。いまは新たな職場に満足しているという。

メガ銀行の採用は伝統的に青田買いで優秀な学生を囲い込む傾向にある。裏返せば、何が自分に合った職業かを就職活動を通して熟考する時間が少なかったともいえる。昔は現場で様々な矛盾を感じながらも、我慢して昇進を重ねた。今どきの若手は、柔軟に第二の人生を模索している

「分かってもらえない」。やる気のある若手の不満を納得感のないまま放置すれば、せっかく育てた「金の卵」が流出するという銀行経営のリスクにつながりかねない。

キャッシュレス決済や人工知能(AI)を使った融資――。しなやかにお金と付き合う20代は金融機関にも変革を迫る。20代の社員としっかり向き合えているかは、生き残りの成否を分ける試金石なのかもしれない。

◇   ◇   ◇

引っかかった点を列挙してみる。

(1)何のための「座談会」?

記者は2010年以降にメガバンクに就職した20代行員に集まってもらい、座談会形式で話を聞いた」と書いてあるので、電子版かどこかで「座談会」の様子を記事にしたのかと思ったが、少なくとも今回の記事にはそうした告知がない。
福岡タワーから見た福岡市街 ※写真と本文は無関係です

せっかく「座談会」を開いたのに、コメントで使っているのは2人だけ。「座談会」と言うのだから4~5人は集めているはずだ。もったいない気がするし、今回のような使い方をするのならば、わざわざ「記者は2010年以降にメガバンクに就職した20代行員に集まってもらい、座談会形式で話を聞いた」と読者に知らせる必要性も乏しい。


(2)「昔」っていつ?

昔と今で銀行の若手行員を巡る環境は大きく異なっている」と言うが「」がいつ頃を指すのか不明だ。これでは困る。そろばんで行員が計算していた頃と比べれば「若手行員を巡る環境は大きく異なっている」のが当たり前だ。


(3)「大きく異なっている」?

昔と今で銀行の若手行員を巡る環境は大きく異なっている」と言える根拠として「就職ランキング」を挙げているが、これも苦しい。

まず「就職ランキング」に大した変化がない。「3メガ銀行がトップ10位に入れなかったのは13年ぶり」というものの、逆に言えばそれまでは「トップ10位」に入っていたわけだ。「2010年以降にメガバンクに就職した20代行員」の多くはメガバンクの就職人気が高い時期に入行している。「」を10年前と仮定すれば、大きな変化はない。

また、「トップ10位に入れなかった」と言っても、記事に付けた表によれば3行とも30位には入っている。基本的には上位を維持しているし、「就職ランキング」が4位から11位に下がったからと言って「若手行員を巡る環境」が大きく変わるとも思えない。

しかも「地方銀行は地元就職を希望する学生から根強い人気があり、大半が前年並みの順位だった」のならば、「若手行員を巡る環境」の変化はさらに小さく見える。


(4)転職は本当に「増加」?

転職の増加」も苦しい。「リクルートキャリアなど大手転職支援会社に登録する銀行員の数はこの1年で2~3割増えた」という漠然としたデータが出てくるだけだ。転職そのものが増えている根拠にはならない。

以前は「大手転職支援会社」を使わずに転職するのが一般的だっただけかもしれないし、今でも「登録」は増えても「転職」は増えていない可能性が残る。

しかも「この1年」の動きだ。「昔と今で銀行の若手行員を巡る環境は大きく異なっている」と訴えるのならば「」との比較が欲しい。例えば「1990年には入行3年以内に辞める銀行員は10%未満だったが、2017年には30%を超えた」などと書いてあれば「昔と今で銀行の若手行員を巡る環境は大きく異なっている」と言われて納得できる。


(5)「外資系」の何?

座談会に参加してくれた20代後半の男性は数年前に三井住友銀行をやめて外資系に転職した」というくだりの「外資系」とは「外資系の銀行」なのか。そうとも、そうでないとも解釈できる。この辺りは明確にしてほしい。

この「外資系」では「徹底的にお客さんのために働ける」らしい。「転職した」のが「外資系金融機関」だったら「徹底的にお客さんのために働けるって本当かな」とは思う。否定できる材料を持っているわけではないが…。


(6)再び「昔と今」に疑問

昔は現場で様々な矛盾を感じながらも、我慢して昇進を重ねた。今どきの若手は、柔軟に第二の人生を模索している」と再び「」との比較が出てくる。ここでは何の根拠も示さず、時期不明の「」と比べている。感心しない。
ベストアメニティスタジアム(佐賀県鳥栖市)
          ※写真と本文は無関係です

今どきの若手」の中にも「現場で様々な矛盾を感じながらも、我慢して昇進を重ね」ていく人は多数いるだろう。「」でも「柔軟に第二の人生を模索」した人がいたはずだ。その比率が昔と今では圧倒的に違うと言うならば、根拠となるデータが欲しい。

根拠もなしに「昔の人は我慢して昇進。今の人は柔軟に転職」と決め付けるのはやめた方がいい。


(7)「メガバンク」と「メガ銀行」

ここから細かい話を2つ。記事では最初に「メガバンク」と表記していたのに、2回目以降は「3メガ銀行がトップ10位に入れなかった」「メガ銀行が大幅に順位を落とす」「メガ銀行の採用は伝統的に青田買い」と「メガ銀行」を使っている。少なくとも同一記事内では統一すべきだ(新聞全体でも統一した方が好ましい)。


(8)「キャッシュレス決済を使った融資」?

キャッシュレス決済や人工知能(AI)を使った融資」と書くと「キャッシュレス決済を使った融資」に見えてしまう。「キャッシュレス決済や、人工知能(AI)を使った融資」と読点を入れてほしい。


記事の最後には「水戸部友美、広瀬洋平、南毅郎、福井環、須賀恭平、高見浩輔、佐藤初姫が担当しました」と出ていた。担当した7人には「今回の連載は失敗だった」と認識した上で次に挑んでほしい。「君たちは記事をどう書くか」。それが今後も問われる。


※今回取り上げた記事「君たちはお金をどう生かすか(5)はたらく~顧客本位、銀行と若手にズレ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180828&ng=DGKKZO34541270U8A820C1EE9000


※連載全体の評価はD(問題あり)。水戸部友美記者、広瀬洋平記者、南毅郎記者、須賀恭平記者、高見浩輔記者、佐藤初姫記者への評価はDで確定させる。福井環記者は暫定でDとする。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「借金のススメ」が罪深い日経「君たちはお金をどう生かすか」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_22.html

業者寄りの日経「君たちはお金をどう生かすか」を信じるな!
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_23.html


※水戸部友美記者と広瀬洋平記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「マネー凍結懸念」ある? 日経「認知症患者、資産200兆円に」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/200.html


※南毅郎記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経「急成長 シェア経済」で藤川衛・南毅郎記者に助言
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/03/blog-post_25.html


※須賀恭平記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

疑問だらけの日経「本田圭佑選手、VBファンド設立」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_19.html


※高見浩輔記者については以下の投稿も参照してほしい。

「損保市場は長らく鎖国状態」? 日経「真相深層」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_13.html

説明不足が目立つ日経 高見浩輔記者の「真相深層」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_15.html

日経「上がらない物価 世界を覆う謎」の奇妙な解説
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/09/blog-post_25.html


※佐藤初姫記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

保険料抜きで就業不能保険の実力探る日経 佐藤初姫記者
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/12/blog-post_17.html

今回も問題あり 日経 大林尚論説委員「核心~高リターンは高リスク」

日本経済新聞の大林尚上級論説委員は書き手として問題が多い上に、専門分野である年金を語らせても苦しい。27日の朝刊オピニオン面に載った「核心~高リターンは高リスク」という記事もその一例だ。
地行中央公園の「大きな愛の鳥」(福岡市中央区)
         ※写真と本文は無関係です

記事を順に見ていこう。

【日経の記事】

強い政治権力をにぎる者にも弱みはある。年金問題をウオッチしていて思うのは、この制度に強く出られる指導者はまれだという事実だ。

2014年に武力でクリミア半島を奪い、ロシア国内での地歩を固め、ことし3月の大統領選で24年までの任期を手にしたプーチン大統領が、政権運営に火種を抱えた。

きっかけは6月、サッカーW杯開幕に合わせて政権が発表した年金の支給開始年齢引き上げ方針である。7月末、モスクワやサンクトペテルブルクでは反対デモが繰り広げられた。男60歳・女55歳の支給開始を65歳・63歳へと徐々に上げるのが政権の案だ。

欧州のなかで平均寿命が短いロシア人にも高齢化が押し寄せてきた。大統領の考えは間違っていないのだが、世の反発は強い。5月に79%を誇っていた大統領の支持率は7月、67%に落ち込んだ。

似た例は日本にもあった。03年、時の小泉純一郎首相は支給開始年齢を65歳からさらに上げるよう坂口力厚生労働相に指示した。だが身内の自公両党に反対論が渦巻き、断念せざるを得なくなった。


似た例」になってる?

年金問題をウオッチしていて思うのは、この制度に強く出られる指導者はまれだという事実だ」と書いてロシアの話に移っている。しかし、指導者が強く出られなかった話になっていない。「反対デモが繰り広げられた」「大統領の支持率は7月、67%に落ち込んだ」とは書いているが、計画の見直しなどには触れていない。

似た例は日本にもあった」と書いて、年金支給開始年齢の引き上げを「断念せざるを得なくなった」話を持ってきている。これを「似た例」にしたいのならば、ロシアについても反発を受けて「プーチン大統領」が弱気に出ている姿を描くべきだ。

この辺りに大林上級論説委員の書き手としての問題が早くも出ている。

さらに見ていこう。

【日経の記事】

年金は現役世代の賃金や消費者物価の変動率に連動させるのが基本。年金改定率を賃金・物価の変動率から一定の調整率を引いた値にとどめるのが、マクロスライドだ。

たとえば調整率1%なら、賃金2%上昇の場合は年金を1%増にとどめる。賃金0.5%上昇なら年金を0.5%減らすのが、あるべきやり方だ。ここで問題になるのが名目年金額を前年より減らさない名目下限ルールである。

厚労相の諮問機関、社会保障審議会の年金部会は14年の年金財政検証に際し、名目下限ルールの撤廃を議論していた。だが同省はまたもや政治の介入に日和(ひよ)り、一転して存続を決めた。賃金・物価が上がりにくい経済情勢のもとで、マクロスライドは持ち腐れになっている。


◎厚労省に決定権がある?

まず「同省はまたもや政治の介入に日和(ひよ)り、一転して存続を決めた」という説明が引っかかる。「名目下限ルールの撤廃」に踏み切るかどうかは最終的に厚労省が決めることなのか。

時の政権が「名目下限ルールの撤廃は好ましくない」と判断しても、厚労省が「政治の介入」を無視して「撤廃」を決めるべきなのか。そんな事態になれば、民主主義の原則に反する気がする。

記事は以下のように続く。

【日経の記事】

経済情勢が変わらなければどうなるか。社会保障・税改革を専門とする気鋭の学者が共同で推計した結果が映し出すのは、破局のシナリオだ。

代替率はなだらかにしか下がらない。そのぶん積立金の取り崩しが想定を上回り、底を突く時期が早まる。今から三十数年後だ。その時の現役世代が払う保険料を法外に高い水準にでもしないかぎり、代替率は30%台半ばまですとんと転落する。

65歳支給開始を変えないとすれば、この貧弱な年金をもらうのは現在30歳より若い世代だ。平均寿命を考えると、1960年代半ば以降に生まれた人も、多かれ少なかれ被害者になりうる。ひとごとではないのだ。

破局を回避するには名目下限ルールの撤廃が効く。見た目の年金が減るのを許容する名目下限の撤廃によって代替率の低下ピッチは急になる。しかし低下は2040年代半ばにぴたっと止まる。そこから先は46%強に安定する。


「破局」と言える?

代替率は30%台半ばまですとんと転落する」という展開を大林上級論説委員は「破局のシナリオ」と表現している。しかし、「破局」には見えない。「推計」では2090年度でも「代替率は30%台半ば」だ。

例えば、40歳の時に年収が500万円から300万円に一気に下がって定年までそのままだとしよう。それは「破局のシナリオ」なのか。勤務先の企業が倒産して収入がなくなるのならば、まだ分かるが…。

大林上級論説委員に言わせれば「名目下限を守るのは、給付は高くても制度の存続が危ぶまれるハイリターン・ハイリスク年金」となる。しかし、記事で紹介した「推計」では、2090年度でも年金制度がしっかり存続している。

さらに言えば、「社会保障・税改革を専門とする気鋭の学者が共同で推計した」という説明も引っかかる。記事に付けたグラフには「(注)研究グループ推計」とだけ出ている。組織名も個人名も明かさない「研究グループ」の「推計」を基に議論して意味があるのか。


※今回取り上げた記事「核心~高リターンは高リスク
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180827&ng=DGKKZO34564770U8A820C1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。大林尚上級論説委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。大林氏については以下の投稿も参照してほしい。

日経 大林尚編集委員への疑問(1) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_72.html

日経 大林尚編集委員への疑問(2) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_53.html

日経 大林尚編集委員への疑問(3) 「景気指標」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post.html

なぜ大林尚編集委員? 日経「試練のユーロ、もがく欧州」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_8.html

単なる出張報告? 日経 大林尚編集委員「核心」への失望
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_13.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_16.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_17.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_33.html

まさに紙面の無駄遣い 日経 大林尚欧州総局長の「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_18.html

「英EU離脱」で日経 大林尚欧州総局長が見せた事実誤認
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_25.html

「英米」に関する日経 大林尚欧州総局長の不可解な説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_60.html

過去は変更可能? 日経 大林尚上級論説委員の奇妙な解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_14.html

年金に関する誤解が見える日経 大林尚上級論説委員「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/blog-post_6.html

2018年8月27日月曜日

「真央ちゃん企業」の括りが強引な日経 中村直文編集委員

日本経済新聞社の中村直文編集委員を社内の誰も止められないのか。27日朝刊企業面の「経営の視点~『真央ちゃん企業』の技術点 身体深掘り 消費つかむ」という記事も苦しい内容だった。記事の全文を見た上で具体的に指摘したい。
崎津教会(熊本県天草市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

「真央ちゃん企業」が消費のリンクで舞っている。真央ちゃん企業とは勝手に名付けたものだが、フィギュアスケートの浅田真央さんとパートナー契約を結んでいるだけにとどまらない。華麗なイメージの裏でデータ蓄積などブランドを支える地道な土台づくりに余念がない企業のことだ

その一つが寝具のエアウィーヴ。高岡本州社長は「形あるものはまねされる。形にならないデータの蓄積やブランドはまねされない」と話す。スタンフォード大学などと睡眠と体調に関する研究を重ねてきた。

同社のマットレスやパッドはデータの塊というわけで、消費者が気づかない最適解を探る。近く売り出すマットレスはゾゾスーツのようにアプリで体形を採寸し、部位ごとに適した硬さの素材を組み合わせる。

「睡眠負債」が流行語になるように眠りへの関心は高い。だがこれまで寝具を買うときは触り心地、寝心地など感覚を重視していた。「売り場の感覚だけでは価格競争になる。身体への確かな効果を提供するには長期的かつ多様な実験の裏付けが必要」(高岡社長)

もう一つの真央ちゃん企業がサッカーのクリスティアノ・ロナルド選手のCMで有名なMTGだ。浅田真央さんは水ブランドのブランドパートナー。同社も「生体評価によるエビデンスのない商品は作らない」という。

例えばシックスパッド。松下剛社長が美顔器でロナルド選手とパートナー契約を結ぶと自宅に招かれた。そこで筋肉を電気刺激するEMSを活用したトレーニングの話で盛り上がり、共同開発に至る。松下社長はEMSの権威である京都大学の名誉教授を見つけ、2015年に商品化した。

新しい技にも挑戦。「首から下を鍛えるものはたくさんあるのに、なぜ顔を鍛える機器はないのか」(松下社長)。同じように権威を探すと東京大学に専門家がいた。4年半かけて開発したのが「PAO」だ。

MTGはパナソニックやトヨタ自動車、資生堂出身の専門家を招き、顧問会を組織。品質や設計面で常に助言を受ける。ちなみに「華(イメージやデザイン)と権威(データや知見)」も経営方針だ。

モノに消費生活の満足度を高める「コト」性がないと、デフレから抜け出せない。例えば低価格眼鏡で成長してきたジンズ。ユニクロをモデルとしてきたが、田中仁社長は「事業領域は眼鏡ではない。見ること」と脱・モノ戦略を進める。

スポーツジムのルネサンスと組み、眼鏡型端末「ジンズ・ミーム」で身体バランスを測ったり、日の丸交通とドライバーの眠気をチェックする実証実験を進めたり、目からのデータ分析にいそしむ。最近ではランニングをサポートするアプリを提供しているほか、大学教授と認知症の早期発見にも取り組む。

データの精度向上や消費者への認知度などもちろん課題は多い。だが過去の基準で考えた消費者像では新しいステップを踏めない。イマドキ消費は価格以上に人生の満足度を突き詰める「自分」探し。企業もまた、謎に満ちた人の心理や身体領域に入り込み、演技と技術を磨く段階に来た。



◎なぜ「真央ちゃん企業」で揃えない?

今回の記事で取り上げたのは「エアウィーヴ」「MTG」「ジンズ」の3社だ。「『真央ちゃん企業』が消費のリンクで舞っている」と打ち出したのに、「ジンズ」は「真央ちゃん企業」ではないようだ。これは辛い。

2017年4月21日の日刊スポーツの記事によると「浅田真央は、9社とCMやイメージキャラクターの契約を結んでいる」という。その中にはネピア、ロッテ、アルソア化粧品なども入っている。現時点で契約が切れた企業もあるかもしれないが、記事では「全社とも引退後も変わらぬ支援を続けるとした」と書いている。

「『真央ちゃん企業』が消費のリンクで舞っている」と宣言して3社を取り上げるのならば、その3社は「真央ちゃん企業」に絞るべきだ。

さらに言えば「MTG」に関しては「真央ちゃん」ではなく「サッカーのクリスティアノ・ロナルド選手」とのエピソードが前面に出ている。「真央ちゃん企業」というより「ロナルド企業」だ。

最初に持ってきた「エアウィーヴ」についても問題なしとしない。「データ蓄積などブランドを支える地道な土台づくりに余念がない企業」を「真央ちゃん企業」として括るのであれば、「浅田真央さんとパートナー契約を結んでいる」ことが「データ蓄積などブランドを支える地道な土台づくり」を促す要因になっていないと苦しい。

浅田真央さんとパートナー契約を結んでいる」企業が偶然にも「データ蓄積などブランドを支える地道な土台づくりに余念がない企業」である事例が7社も8社もあるならば、そこに因果関係がなくても「真央ちゃん企業」でまだ許せる。

しかし、記事を読む限り「真央ちゃん企業」は2社しかない。その2社にたまたま共通点があったからと言って「真央ちゃん企業」として括る意味があるだろうか。


※今回取り上げた記事「経営の視点~『真央ちゃん企業』の技術点 身体深掘り 消費つかむ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180827&ng=DGKKZO34537740U8A820C1TJC000


※記事の評価はD(問題あり)。中村直文編集委員への評価もDを維持する。中村編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

無理を重ねすぎ? 日経 中村直文編集委員「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2015/11/blog-post_93.html

「七顧の礼」と言える? 日経 中村直文編集委員に感じる不安
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_30.html

スタートトゥデイの分析が雑な日経 中村直文編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/blog-post_26.html

「吉野家カフェ」の分析が甘い日経 中村直文編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_27.html

日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」が苦しすぎる
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_3.html

「マネー凍結懸念」ある? 日経「認知症患者、資産200兆円に」

26日の日本経済新聞朝刊1面に載った「認知症患者、資産200兆円に 30年度 マネー凍結懸念、対策急務」という記事は、問題設定に無理がある。最後まで記事を読んでも、認知症患者に関して「マネー凍結懸念、対策急務」とは思えなかった。
マリゾン(福岡市早良区)※写真と本文は無関係です

最初の段落は以下のようになっている。

【日経の記事】

高齢化の進展で認知症患者が保有する金融資産が増え続けている。2030年度には今の1.5倍の215兆円に達し、家計金融資産全体の1割を突破しそうだ。認知症になると資産活用の意思表示が難しくなり、お金が社会に回りにくくなる。国内総生産(GDP)の4割に相当するマネーが凍結状態になれば、日本経済の重荷になりかねない。お金の凍結を防ぐ知恵を官民で結集する必要がある。


◎「認知症=マネー凍結」?

筆者ら(広瀬洋平記者と水戸部友美記者)によると「認知症になると資産活用の意思表示が難しくなり、お金が社会に回りにくくなる」らしい。そして「国内総生産(GDP)の4割に相当するマネーが凍結状態になれば、日本経済の重荷になりかねない」とも訴えている。本当にそうだろうか。

まず「認知症になると資産活用の意思表示が難しくなり」という認識が雑だ。多くの場合、重度でなければ「資産活用の意思表示」はできる。もちろん「合理的な判断ができる」とは言わない。ただ、金融機関などに勧められるまま投資商品に手を出してくれるという意味で、軽度の認知症患者の「マネー」はむしろ活発に動くとも考えられる。

もう少し記事を見てみよう。

【日経の記事】

 日本の家計金融資産は30年度時点で2070兆円と推計される。認知症高齢者の保有割合は17年度の7.8%から10.4%に高まる。政府や金融機関はこうした資産が使われなくなることに危機感を強めている

高齢者の消費が減るだけではない。株式などの運用が凍結されれば、ただでさえ欧米より少ない日本のリスクマネーは目減りし、成長のための投資原資がますます少なくなりかねない。不動産取引の停滞も予想される。「投資で得た収益が消費に回るといった循環がたちきられ、GDPの下押し圧力になる可能性がある」(第一生命経済研の星野卓也氏)


◎「運用凍結=リスクマネー目減り」?

百歩譲って、認知症になるとその人の「マネーが凍結状態」になってしまうとしよう。だからと言って「日本のリスクマネーは目減り」するだろうか。

高齢者Aさんが銀行預金2000万円、TOPIX連動型ETF8000万円の金融資産を持っていたとする。そのAさんが認知症になってしまったので、資金は「凍結状態」に陥る(金利はゼロ、ETFの値動きもないとする)。

ここで「日本のリスクマネーは目減り」すると考える理由が謎だ。ETFの8000万円を「リスクマネー」とするならば、Aさんが認知症になった後も8000万円の残高を維持している。「成長のための投資原資がますます少なくなりかねない」と心配する必要はない。

Aさんは趣味が海外旅行で、ETFを徐々に売却して旅行代金に充てるつもりだったとしよう。その場合「認知症になって海外旅行が難しくなったおかげでリスクマネーの残高が維持できる」ともいえる。

政府や金融機関はこうした資産が使われなくなることに危機感を強めている」という話も理解に苦しむ。Aさんの場合、ETFはもちろん預金の2000万円も「使われなく」なっているわけではない。預金は銀行が企業などに融資する原資となっている。それはAさんが認知症であろうとなかろうと同じだ。

認知症になると消費が活発でなくなる面はあるだろう。だが、それは他の病気でも同じだ。高齢者になれば足腰も弱るし、心肺機能も低下する。認知症だけを取り出して論じるのが適当だとは思えない。

認知症になって消費を控えるようになっても、介護などの費用は増える可能性が高い。それに対応して資産を取り崩す必要も出てくる。単純に「マネーが凍結状態」になると考えるのは、やはり違う気がする。


※今回取り上げた記事
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180826&ng=DGKKZO34605990V20C18A8MM8000


記事の評価はD(問題あり)。広瀬洋平記者と水戸部友美記者への評価は暫定でDとする。

2018年8月26日日曜日

「佐倉高校(千葉市)」を訂正しても残る東洋経済の問題

週刊東洋経済が「佐倉高校」の所在地を「千葉市」と誤って記した件で、9月1日号に訂正が出ていた。8月5日に送った問い合わせの内容と、それに関する訂正記事は以下の通り。
天草灘(熊本県天草市)※写真と本文は無関係です


【東洋経済への問い合わせ】

週刊東洋経済編集部 長谷川隆様 福田恵介様 林哲矢様

8月11~18日号の特集「ザ・名門高校」の中の「地域の誇り 名門校の横顔 列島縦断 有力校勢力図 関東」という記事についてお尋ねします。記事には「東大合格者数22の県立千葉と同14の県立船橋に加え、東葛飾(柏市)、千葉東、佐倉、稲毛、市立千葉(ともに千葉市)、長生(茂原市)と公立校は依然強い」との記述があります。

記事の説明が正しければ「佐倉」は「千葉市」の高校のはずです。しかし、言うまでもなく「佐倉」高校の所在地は佐倉市です。「稲毛、市立千葉」について「ともに千葉市」と表記したつもりかもしれませんが、そう解釈するのは困難です。3つ以上を指しては「ともに」と言わないという決まりもありません。

千葉東、佐倉、稲毛、市立千葉(ともに千葉市)」という記述は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。御誌では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。


【東洋経済の訂正記事】

8月11-18日合併号 訂正情報

41ページで、佐倉高校が「千葉市」とあるのは正しくは「佐倉市」です。

72ページで、香蘭女学校高等科の進学実績から「東工大(1)」を削除、中央大学附属高校の進学実績から「一橋大(1)」を削除、「東工大(2)」とあるのは「東工大(1)」です。

85ページで、出雲高校、松江北高校が「鳥取県」の欄にありましたが、正しくは「島根県」です。


◎出すのが遅いし、回答もない…

間違いがあったのならば、訂正は出さないより出した方が好ましい。ただ、東洋経済の対応には問題が残る。

まず遅すぎる。「佐倉高校」に関しては、発売日前日の8月5日に間違いを指摘している。次の8月25日号(20日発売)で訂正を出せたはずだ。

5日の間違い指摘は無視で済ませようとしたものの、その後に無視しにくい相手(例えば佐倉高校)から訂正を求められて9月1日号での掲載に至ったのだろう。

そして結局、間違い指摘への回答はなかった。自ら誤りを認めて訂正を出しているのに、間違いを指摘してきた読者に何の回答もしないところに東洋経済のメディアとしての体質が表れている。

残念だが、少なくとも西村豪太編集長が指揮を執る間は、こうした対応が続きそうだ。


※8月11~18日号の特集「ザ・名門高校」については以下の投稿を参照してほしい。

佐倉高校は千葉市にある? 東洋経済「ザ・名門高校」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_19.html

表紙の「沖縄外し」が気になる東洋経済「ザ・名門高校」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_80.html

愛知は本当に「2トップ」?東洋経済「ザ・名門高校」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_9.html

「北野」「天王寺」の説明が苦しい東洋経済「ザ・名門高校」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_8.html

四国では「高松」が断トツ? 東洋経済「ザ・名門高校」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_55.html

「福岡知らず」が過ぎる東洋経済の特集「ザ・名門高校」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_1.html

「熊本高校同窓会」の説明に難あり 東洋経済「ザ・名門高校」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_11.html

内部進学85%でも「ほぼ全員」? 東洋経済「ザ・名門高校」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/85.html

早大「内部進学人気」に疑義あり 東洋経済「ザ・名門高校」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_16.html

2018年8月25日土曜日

日経 梶原誠氏「日本はジャンク債ゼロ」と訴える意味ある?

24日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「Deep Insight~『くず債』避ける日本の弱さ」という記事は、あまり意味のない中身だった。「日本ではジャンク債が出ていない」ことを問題にしているが、実質的に「ジャンク債」は出ているのではないか。
旧高田回漕店(熊本県宇土市)※写真と本文は無関係です

記事の一部を見ていこう。

【日経の記事】

日本は米国よりベンチャーキャピタルの資金力が見劣りする上、銀行は取引実績のない企業への融資に慎重だ。「日本株式会社」で若い会社の存在感が薄いのは、信用力の乏しい企業へのマネーの出し手がいないからでもある。

日本にも市場の芽はある。孫正義氏率いるソフトバンクグループは昨年以来、海外でジャンク債を何度も発行した。海外のジャンク債を投資対象とする国内投信の残高は3兆円を超す。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は今年4月、国内ジャンク債に投資できるよう運用基準を見直した。企業も投資家も抵抗感は薄れ、ないのは今や国内市場だけだ


◎海外のソフトバンク債が「ジャンク債」ならば…

ソフトバンクグループ(SBG)は国内外で社債を発行している。5月26日付の日経の記事によると「SBGの長期債格付けは、日本格付研究所が投資適格のシングルAマイナス。S&Pグローバルとムーディーズの米系2社は投機的水準のダブルB格となっている」。

国内発行では、日系から格付けを得ているのでジャンク債にならないだけだ。米系の格付けに基づいて考えれば、国内発行のソフトバンク債も「ジャンク債」と言える。なのに「ないのは今や国内市場だけだ」と訴えて意味があるのか。日系と米系の格付けの差を問題にするのならまだ分かるが…。

ついでに言うと「『日本株式会社』で若い会社の存在感が薄いのは、信用力の乏しい企業へのマネーの出し手がいないからでもある」という説明も引っかかる。

この記事で筆者の梶原誠氏(肩書は本社コメンテーター)は「持て余すほどの預金を受け入れた銀行は低利で融資を競う。信用度が不十分な企業も銀行から安くお金を借りられ、高コストの社債を出さずに済む」とも書いていた。「信用力の乏しい企業へのマネーの出し手がいない」という話と矛盾している。

信用度が不十分」と「信用力の乏しい」は違うといった弁明はできるかもしれないが、かなり苦しい。

さらに記事にツッコミを入れたい。

【日経の記事】

今年3月時点で家計の金融資産のうち現預金の比率は53%と過半を占める。持て余すほどの預金を受け入れた銀行は低利で融資を競う。信用度が不十分な企業も銀行から安くお金を借りられ、高コストの社債を出さずに済む。

借り入れも社債も同じ負債だが、内訳は日米で大きく異なる。日本企業は借入金の残高が社債の5倍と融資に依存する。対照的に、米企業は社債が借入金の4倍強を占め、市場調達が柱をなす。これこそ「貯蓄の国」である日本と「投資の国」の米国との違いだ。企業が投資家向けにリスクのある社債を発行しないため、投資家の資産が一段と預金に滞留する悪循環の構図さえちらつく



◎「リスクのある社債を発行しない」?

日本ではジャンク債が出ていない」としよう。その場合、「企業が投資家向けにリスクのある社債を発行しない」と言えるだろうか。格付けが高くても「リスク」はある。筆が滑ったのだとは思うが、「投資適格級の社債にはリスクがない」と梶原氏が認識しているのであれば、社債に関する記事を書く資格はない。
福岡タワーから見た福岡市街 ※写真と本文は無関係です

また「悪循環の構図」がよく分からない。「企業が投資家向けにリスクのある社債を発行しない」のであれば、そこで「循環」が止まってしまう気がする。例えば「社債発行が減る→それが預金増を招く→預金増が社債発行のさらなる減少につながる」という関係ならば「悪循環」と書くのも分かる。

だが「企業が投資家向けにリスクのある社債を発行しない」のならば、預金がどれだけ増えても社債発行額に跳ね返ってこない。

さらに言えば「資産が一段と預金に滞留する=悪いこと」との前提も引っかかる。これは考え方や状況次第だ。例えば「金融資産のうち現預金の比率は53%」だったのが10%へ一気に低下して、43%分はジャンク債に向かうとしよう。その後に景気が悪化してジャンク債の債務不履行が相次いだ場合、「預金からジャンク債への資金シフト」は日本国民にとっての「良いこと」として語られるだろうか。

最後にもう1つ。

【日経の記事】

ジャンク債の市場が日本にできて社債市場全体が厚みを増せば、投資家は株式と並ぶ投資先として注目するだろう。家計資産の預金への滞留は減り、銀行の甘い融資条件も是正され、企業が社債の発行を検討する好循環が生まれる



◎そんな「好循環」あり得る?

この「好循環」も謎だ。例えば、ダブルB格の企業が社債ならば金利3%、銀行融資ならば2%で資金を調達できる状況だとすると、わざわざ社債を発行する意味がない。そこで「ジャンク債の市場が日本にできて社債市場全体が厚み」を増すために、社債ならば1%で資金を得られると仮定しよう。

その場合、企業が相次いで社債発行に踏み切るかもしれない。連れて銀行融資の金利も1%に近付いていくはずだ。でないと競争できない。ただ、梶原氏の見立てとは逆に「社債市場全体が厚み」を増したことで銀行の貸出金利が下がってしまった。

家計資産」が社債に流れれば「預金への滞留」が減って、銀行融資の元手が減ると梶原氏は言いたいのかもしれない。だが、同時に社債発行の増加によって銀行融資への需要も減る。このルートで「銀行の甘い融資条件も是正」されるとは考えにくい。

梶原氏に関しては「書きたいことがないのに無理して捻り出している書き手」と見ている。今回の記事も「無理して捻り出したのでツッコミどころが多くなった」と考えれば腑に落ちる。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~『くず債』避ける日本の弱さ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180824&ng=DGKKZO34513850T20C18A8TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。梶原誠氏への評価はDを維持する。梶原氏については以下の投稿も参照してほしい。

日経 梶原誠編集委員に感じる限界
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_14.html

読む方も辛い 日経 梶原誠編集委員の「一目均衡」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post.html

日経 梶原誠編集委員の「一目均衡」に見えるご都合主義
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_17.html

ネタに困って自己複製に走る日経 梶原誠編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_18.html

似た中身で3回?日経 梶原誠編集委員に残る流用疑惑
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_19.html

勝者なのに「善戦」? 日経 梶原誠編集委員「内向く世界」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_26.html

国防費は「歳入」の一部? 日経 梶原誠編集委員の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_23.html

「時価総額のGDP比」巡る日経 梶原誠氏の勘違い
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/04/gdp.html

日経 梶原誠氏「グローバル・ファーストへ」の問題点
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/04/blog-post_64.html

「米国は中国を弱小国と見ていた」と日経 梶原誠氏は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_67.html

日経 梶原誠氏「ロス米商務長官の今と昔」に感じる無意味
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/blog-post.html

ツッコミどころ多い日経 梶原誠氏の「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/deep-insight.html

低い韓国債利回りを日経 梶原誠氏は「謎」と言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/blog-post_8.html

「地域独占」の銀行がある? 日経 梶原誠氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_18.html

2018年8月24日金曜日

業者寄りの日経「君たちはお金をどう生かすか」を信じるな!

23日の日本経済新聞朝刊金融面に載った「君たちはお金をどう生かすか(3)ふやす アプリで手軽、こつこつと」という記事は、前回に続いて問題が多かった。今回も金融業界の利益代弁者が書いているとしか思えない内容になっている。
天草灘(熊本県天草市)※写真と本文は無関係です

まず記事の最初の段落に注文を付けたい。

【日経の記事】

6月、霞が関の合同庁舎。「皆さん、どのような投資に興味がありますか」。大学生で構成する学生投資連合と金融庁が意見交換会を開いた。投資と資産形成をテーマに、東大や一橋大、慶応大など駆けつけた学生は50人ほど。「バブルの頃は高収益を狙う個別株投資が主流。今はリスク分散を意識した指数連動型の運用が多い」。金融庁幹部は、学生の堅実ぶりに驚く


◎問いと答えが合ってる?

皆さん、どのような投資に興味がありますか」という問いに対し、学生側は「バブル期と今の運用の違い」を説明している。これでは問いと答えが噛み合っていない。

指数連動型の運用」に「興味」があるとの趣旨だと解釈して読み進めると「金融庁幹部は、学生の堅実ぶりに驚く」と出てくる。「株式でのパッシブ運用に興味がある大学生」に対して「堅実ぶりに驚く」のも解せない。むしろ「積極的にリスクを取りに行く大学生」と評していいのではないか。圧倒的多数の大学生は株式での運用自体を考えていない気がする。

問題が大きいくだりに入ろう。

【日経の記事】 

損をするのが怖い、資金が足りない、どうやって始めればいいか分からない――。そんな若者が投資のハードルを越えるのに、スマートフォン(スマホ)の少額投資や自動貯蓄アプリなどの手軽さが一役買っている

猶本恵利香さん(31)は将来の目的ごとに貯蓄と投資を分け、アプリで管理している。貯蓄に使うのはネストエッグ(東京・千代田)の自動預金アプリ「フィンビー」。毎日100円の積立預金に加え、3歳の息子の教育資金のために、毎週子供の体重に相当する金額を充てる。12.3キロなら123円、といった具合だ。「子供の成長を感じながら蓄えられる。18歳になるまでに300万円ためたい」という。


◎この「アプリ」に意味ある?

まず「自動預金アプリ『フィンビー』」は「若者が投資のハードルを越えるのに」「一役買っている」のか。「自動預金アプリ」をいくら使っても「投資のハードル」は超えられそうもない(ここでは、預金は投資ではないと考える)。

さらに言えば、「フィンビー」を使う人の気が知れない。これは「貯金元口座」から「貯金先口座」に資金を移す仕組みだ。管理が煩雑になるだけだ。

「フィンビー」のサイトには「みずほ銀行と連携されている場合、finbeeでの貯金は、一旦『仮貯金』という形でfinbee上にバーチャルに積立がなされます。貯金元口座から貯金先口座への実際の資金移動は、finbeeの『振替する』*より、手動で振替いただく必要があります」と書いてある。

つまり「自動預金アプリ」とは言い難い。「あなたが決めたルールで預金すべき額は計算してあげますよ。その金額をあなたが『手動』で『振替』してくださいね」との趣旨だろう。そんな手間がかかるのならば、アプリに頼る意味がない。

記事では「海外への旅費や子供の教育費、そして老後の資金。使い道によって封筒を分けるように、スマートにお金を管理する若者が増えている」とも書いていた。だが、「使い道によって」口座を分けて管理するのが得策とは思えない。

まず、管理が大変だ。「海外への旅費」「子供の教育費」「老後の資金」とこれだけで3つの口座が要る。しかも厳密に守ろうとすると不都合が生じる。本来ならば、「子供の教育費」が足りないときは「海外への旅費」用の口座から持ってくれば事足りる。しかし、厳密に分けて管理する場合、口座間の資金移動ができないので高い金利を払って借金をしたりする必要が出てくる。

「そんな時は他の口座のカネを使うよ」という話であれば、「使い道」ごとに「お金を管理」しているのか怪しくなってくる。

最後に「おつり投資」を取り上げたくだりを見ていこう。

【日経の記事】

子供のための安定的な貯蓄とは別に猶本さんが資産形成に使うのが「おつり投資」のアプリ、「マメタス」だ。クレジットカードや電子マネーで買い物をする際、あらかじめ設定した金額から購入金額を差し引いた数十~数百円を、おつりとみなして積み立てる。

マメタスはウェルスナビ(東京・渋谷)が運用する。6つの質問から利用者の投資性向を割り出し、その人に合った投資法を自動で指南する。投資先は国内外のETFだ。


◎「おつり投資」は費用が高すぎる

ウェルスナビのサイトによると、預かり資産額に対して年間1.0%(税別)の手数料がかかる(資産額3000万円まで)。投資に際しては「経費率が年率0.10%~0.14%(2017年8月現在)のETFを対象としている」ので、この費用も間接的に負担する。

有明海(佐賀県太良町)※写真と本文は無関係です
「おつりと見なす額」を計算してもらうことに大した意味はない。それに1%超の手数料を払って運用する。明らかに愚かな選択だ。ETFに自分で投資すれば1%分の経費を払わずに済む。

「おつり見なし額の計算」「ETFの組み合わせ提案」「リバランス」。これに毎年1%の手数料を払う価値があるだろうか。資産額1000万円ならば10万円だ。せっかくETFという低コストの投資対象を選んでいるのに、それを台無しにしてしまう。

ウェルスナビを前向きに紹介している記事は、信用するに値しない。この記事もその1つだ。


※今回取り上げた記事「君たちはお金をどう生かすか(3)ふやす アプリで手軽、こつこつと
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180823&ng=DGKKZO34385250R20C18A8EE9000


※連載全体の評価はD(問題あり)。水戸部友美記者、広瀬洋平記者、南毅郎記者、須賀恭平記者、高見浩輔記者、佐藤初姫記者への評価はDで確定させる。福井環記者は暫定でDとする。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「借金のススメ」が罪深い日経「君たちはお金をどう生かすか」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_22.html

「昔」との比較に難あり 日経「君たちはお金をどう生かすか」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_78.html


※水戸部友美記者と広瀬洋平記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「マネー凍結懸念」ある? 日経「認知症患者、資産200兆円に」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/200.html


※南毅郎記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経「急成長 シェア経済」で藤川衛・南毅郎記者に助言
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/03/blog-post_25.html


※須賀恭平記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

疑問だらけの日経「本田圭佑選手、VBファンド設立」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_19.html


※高見浩輔記者については以下の投稿も参照してほしい。

「損保市場は長らく鎖国状態」? 日経「真相深層」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_13.html

説明不足が目立つ日経 高見浩輔記者の「真相深層」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_15.html

日経「上がらない物価 世界を覆う謎」の奇妙な解説
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/09/blog-post_25.html


※佐藤初姫記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

保険料抜きで就業不能保険の実力探る日経 佐藤初姫記者
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/12/blog-post_17.html

2018年8月23日木曜日

日経に問う「シンガポールはマレー半島の先端にある自由貿易の島」?

日本経済新聞の岩本健太郎記者によると、シンガポールは「マレー半島の先端にある」「自由貿易の島」らしい。個人的には「マレー半島の先端」はマレーシア領だと思える。シンガポールは「マレー半島」の一部ではなく島国だ。さらに言えば「自由貿易」の島でもない。
ハンググライダーの着陸地点(福岡県久留米市)
           ※写真と本文は無関係です

日経には以下の内容で問い合わせを送った。

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 岩本健太郎様

22日の夕刊ニュースぷらす面に載った「グローバルウオッチ~自由貿易の島 200年の重み シンガポール」という記事について2点お尋ねします。

(1)シンガポールは「自由貿易の島」ですか?

折しも、今年は米中貿易戦争にみられるように自由貿易が脅かされている。シンガポールにとっては死活問題だけに、閣僚らは国際会議の場などで繰り返し保護主義に警鐘を鳴らし、自由貿易体制の維持を主張している」と記事では解説しています。これを信じれば今のシンガポールは「自由貿易体制」のはずです。

自由貿易」とは「国家が輸出入品の禁止・制限、関税賦課・為替管理・輸出奨励金などの規制、および保護・奨励を加えない貿易」(デジタル大辞泉)という意味です。

日本貿易振興機構(ジェトロ)のサイトでシンガポールの「輸入品目規制」を調べると「輸入禁止品目は、チューインガム、爆竹など。輸入管理品目は、化学品などがあり、事前登録および輸入ライセンスの取得が義務付けられている」と出てきます。シンガポールでは「国家が輸出入品の禁止・制限」をしており、「自由貿易体制」は実現していないのではありませんか。

(2)シンガポールは「マレー半島の先端」ですか?

ラッフルズは英国の東インド会社で東南アジアの植民地貿易に携わった人物だ。1819年1月、マレー半島の先端にあるシンガポールに上陸した」と記事では書いています。この記述からは「シンガポールはマレー半島の一部」と判断するしかありません。

一方、見出しではシンガポールを「自由貿易の島」と表現しています。「」であれば「半島の先端」にはなり得ません。例えば、シチリア島を「イタリア半島の先端にある」とは言わないはずです。

シンガポールは島であり、「マレー半島の先端」ではないと思えます。仮に「マレー半島の先端」であれば「自由貿易の島」という見出しに問題が生じます。記事の説明は誤りではありませんか。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

マレー半島の先端」に関しては「間違いだ」と厳しく言うほどの話ではないかもしれない。シンガポールの位置を「マレー半島南端」としている資料もそこそこある。ただ、正確さには欠ける。

自由貿易」も同様だ。「貿易の自由度が高い=自由貿易」とは言えない。経済記事を書くのであれば、その辺りはしっかりと自覚してほしい。


追記)結局、回答はなかった。

※今回取り上げた記事「グローバルウオッチ~自由貿易の島 200年の重み シンガポール
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180822&ng=DGKKZO34335420Q8A820C1EAC000

※記事の評価はD(問題あり)。岩本健太郎記者への評価も暫定でDとする。

編集長が参加しても問題多い週刊ダイヤモンド「平成経済全史30」

週刊ダイヤモンド8月25日号の特集「平成経済全史30 さらばレガシー、その先へ」では深澤献編集長自ら担当者の1人として名を連ねているが、それでも問題が多かった。ダイヤモンドへは以下の内容で問い合わせを送っている。
マリゾン(福岡市早良区)※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

週刊ダイヤモンド 編集長 深澤献様  池冨仁様 片田江康男様

8月25日号の特集「平成経済全史30 さらばレガシー、その先へ」についてお尋ねします。質問は以下の7つです。

<質問1>

47ページのグラフに「株価急落に反比例するように自殺率が上昇」という説明文が付いています。これは「株価急落に比例するように自殺率が上昇」の誤りではありませんか。「反比例」を使いたいならば「株価に反比例するように自殺率が上昇」でしょうか。グラフからは、「株価急落」が進行するにつれて「自殺率が上昇」する傾向が読み取れます。


<質問2>

60ページに「平成時代に入って以降、経済指標はよくて横ばいで、賃金はむしろ下がっている」との記述があります。しかし48ページのグラフには「労働者の犠牲と努力の結果 企業業績は過去最高レベルに」「平成前半のリストラで企業業績は回復」との説明文が付いています。

企業業績は過去最高レベル」なのに「平成時代に入って以降、経済指標はよくて横ばい」と言えるでしょうか。「平成時代に入って以降、経済指標はよくて横ばい」との説明は誤りではありませんか。


<質問3>

70ページの写真に「平成時代に発生した災害の中でも、阪神淡路大震災(写真左)と東日本大震災(写真中・右)は、被害規模と範囲は戦後最大規模だった」との説明文が付いています。

阪神淡路大震災」に関しては「戦後最大規模」とは言えないのではありませんか。同ページのグラフでも示しているように、死者・行方不明者で見ると「東日本大震災」の2万2010人に対し、「阪神淡路大震災」は6437人と3分の1にもなりません。被害の「範囲」も「東日本大震災」の方が圧倒的に広域です。福島で深刻な原発事故が起きたことも併せて考えると、「戦後最大規模」と言えるのは「東日本大震災」のみだと思えます。


<質問4>

32ページの「野口悠紀雄(早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問)インタビュー 」という記事の冒頭で「1989年、バブルの到来とともに幕を開けた平成」と書いていますが、誤りではありませんか。

記事の説明が正しければ「バブルの到来」は「1989年」となります。しかしインタビューの中で野口氏は「89年にピークを迎えたバブル」と述べています。だとすると、89年に「到来とともに」「ピークを迎えた」のでしょうか。

バブルの起点を明確に定めるのは困難ですが、バブル景気の始まりが86年末なので、この前後だと考えるのが妥当でしょう。


<質問5>

44ページに「不良債権の処理を先送りにしていった結果、北海道拓殖銀行や山一證券など、つぶれることはないといわれていた名門企業の破綻を経験」との記述があります。「山一證券」は1965年に破綻寸前まで追い込まれた後に救済されています。90年代に「つぶれることはない」と言っていた人が存在したかもしれませんが、「つぶれることはないといわれていた名門企業」として取り上げるのは不適切ではありませんか。


<質問6>

56ページの「業界別再編史 小売り編」では「小売業界の2大巨頭であるイオンとセブン&アイ・ホールディングスは対照的な平成30年間を歩んだ」「セブン&アイ・HDは、業界内の拡張路線と一線を画し、自力での成長を追求」と解説しています。

しかし図を見ると、「平成30年間」に「セブン&アイ・HD」は西武百貨店、そごう、ニッセンホールディングス、バーニーズジャパン、赤ちゃん本舗などを傘下に収めています。「自力での成長を追求」という説明は誤りではありませんか。


<質問7>

60ページの「デジタル革命 新たに生まれた経済構造にどう対応するか」という記事で「スマートフォンのアプリやメディアサービスで、あらゆる娯楽や便利な機能を無料あるいは格安で手に入れることができる」と書いていますが、誤りではありませんか。

例えば「プライベートジェットで北欧にオーロラを見に行きたい」という「娯楽」を望む場合、「スマートフォンのアプリやメディアサービス」を使うと「無料あるいは格安で」実現できるのですか。本当ならば夢のような話ですが、違うでしょう。

質問は以上です。

今回の特集には「変わろう、変わらねばならないと考えながら、惰性で昭和の価値観を引きずり、停滞どころか後退した平成年間だった」との記述があります。読者からの間違い指摘を握り潰して無視する対応を続ける御誌にも当てはまる言葉です。

メディアとしての説明責任を果たせない今の週刊ダイヤモンドについて、編集長の深澤様は「変わろう、変わらねばならない」と考えていますか。深澤様は「平成元年入社」だそうですね。30年前の深澤様ならば、正しい判断ができたはずです。

次の時代にも「負の遺産」を引きずっていくのか。決めるのは、入社から30年の時を経て編集長を務める今の深澤様自身です。

◇   ◇   ◇

※今回取り上げた特集「平成経済全史30 さらばレガシー、その先へ
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/24269


※特集全体の評価はD(問題あり)。池冨仁記者と片田江康男記者への評価はDを据え置く。深澤献編集長への評価はE(大いに問題あり)を維持する。深澤編集長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

AIに関する週刊ダイヤモンド深澤献編集長の珍説を検証
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_6.html

西船橋は「都心」? 週刊ダイヤモンド特集「勝つ街負ける街」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/01/blog-post_79.html

「昔の人は早熟」? 週刊ダイヤモンド深澤献編集長の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_11.html

2018年8月22日水曜日

「借金のススメ」が罪深い日経「君たちはお金をどう生かすか」

22日の日本経済新聞朝刊 金融経済面の記事にとんでもない「若者への借金のススメ」が出ていた。新聞を読む若者は少ないので大して影響ないとは思うが、それでも「この記事を信じるな。筆者は金融機関の回し者だ」と声を大にして言いたい。
福岡タワーから見た福岡市街 ※写真と本文は無関係です

君たちはお金をどう生かすか(2)かりる 自分磨き、借金いとわず」という記事の前半部分を見ていこう。

【日経の記事】

「もっと専門的な英語を勉強しないと、とても仕事に生かせない」。都内のIT(情報技術)企業に勤める白井秀和さん(仮名、29)は、英会話学校に通うことを決めた。今の職場は法務部門。外資系企業との取引に絡んで英文契約書の点検や外国法を参照することも多い。英会話はマンツーマンで50万円程度。安い額ではない

 独身の白井さんは毎月10万円超の貯金をしている。1冊で数万円する専門書もためらわずに買う。お金には困らないが、英語の通学費はあえて借りたい

きっかけは、みずほ銀行とソフトバンクが共同出資した「Jスコア」。個人の信用情報を人工知能(AI)で点数化し、融資するサービスだ。白井さんは試しに職歴や年収、金融資産などをスマートフォン(スマホ)で入力してみた。結果は5.4%の利息で200万円を借りられると出た。上限利息が14%程の銀行カードローンと比べると条件は良さそうだ。「貯金を取り崩さずに無理なく返済できる」。白井さんは人生初となる借り入れへ気持ちを固めつつある

2017年9月にサービスを始めたJスコアの利用者は、半分が20~30代で、年収(中央値)は500万~600万円。使い道は自己啓発資金と教育費用が上位だ。大森隆一郎社長は「最新技術に敏感な若者は自己実現を求めている」といい、累計の利用件数は足元で3月末の2倍を超えた。

働く力を高める借金は悪ではない。そんな若者をデジタル金融が支えている。新生銀行は今夏、グループの顧客1千万人のデータを分析し、個人の信用スコアをはじけるAI基盤をつくった。消費者ローンは20~30代を照準に、それぞれに合った条件を示すことで融資を増やす狙い。


◎借金の必要ある?

まず記事の書き方について指摘しておきたい。「英会話はマンツーマンで50万円程度」では説明不足だ。月50万円と年50万円では話が全く変わってくる。1回50万円と100回50万円でもやはり大きく異なる。記事の情報だけだと「安い額ではない」かどうか判断できない。

英語の通学費はあえて借りたい」という説明もおかしい。ここで言う「通学費」とは額面通りに解釈すれば「英会話学校に通う」ための交通費だ。しかし「あえて借りたい」と考えているのは「英会話学校」に支払う「50万円」のことだろう。だとしたら「英会話学校の料金はあえて借りたい」などとすべきだ。

ここから本題に入る。記事中の説明が十分でないので「白井秀和さん」について以下のように仮定する。

・「英会話学校」に1年間通おうと考えていて必要な資金は50万円。

・現在の貯蓄額は100万円。利息はほぼゼロ。

ここで「5.4%の利息」を支払って50万円を借りるのは合理的と言えるだろうか。英会話学校に月払いできるのならば、支払額は月4万円強だ。「独身の白井さんは毎月10万円超の貯金をしている」のだから、貯蓄を取り崩さなくても支払える。

一括で支払う必要がある場合でも、貯蓄を取り崩せば問題ない。「毎月10万円超の貯金をしている」ので5カ月で元に戻るし、「5.4%の利息」を払わずに済む。

「もしもの時のために現金を持っておきたい人もいる」と筆者は反論するかもしれない。だが、貯蓄を取り崩しても50万円は残る。しかも「5.4%の利息で200万円を借りられると出た」のだから、緊急の場合は借金も可能だ。貯蓄が100万円あるのに「5.4%の利息」を払って借金するのは、あまりに非合理的だ。

「貯蓄が20万円しかなく、どうしてもすぐに英会話教室に通いたい」といった状況を想定すれば、借金という選択も無視できなくなる。ただ「毎月10万円超の貯金をしている」人が50万円の貯蓄さえないとは考えにくい。

自分を磨くために、積極的に借金をする――。そんな若者のスマートな借金像が浮かんでくるようだ」と筆者は記事を締めている。しかし、金融機関にうまく丸め込まれた筆者の言葉を信じてはいけない。「白井さんは人生初となる借り入れへ気持ちを固めつつある」そうだ。そこに合理性はないと早く気付いてほしい。


※今回取り上げた記事「君たちはお金をどう生かすか(2)かりる 自分磨き、借金いとわず
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180822&ng=DGKKZO34268300X10C18A8EE9000


※記事の評価はE(大いに問題あり)。連載全体の評価はD(問題あり)。水戸部友美記者、広瀬洋平記者、南毅郎記者、須賀恭平記者、高見浩輔記者、佐藤初姫記者への評価はDで確定させる。福井環記者は暫定でDとする。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

業者寄りの日経「君たちはお金をどう生かすか」を信じるな!
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_23.html

「昔」との比較に難あり 日経「君たちはお金をどう生かすか」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_78.html


※水戸部友美記者と広瀬洋平記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「マネー凍結懸念」ある? 日経「認知症患者、資産200兆円に」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/200.html


※南毅郎記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経「急成長 シェア経済」で藤川衛・南毅郎記者に助言
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/03/blog-post_25.html


※須賀恭平記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

疑問だらけの日経「本田圭佑選手、VBファンド設立」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_19.html


※高見浩輔記者については以下の投稿も参照してほしい。

「損保市場は長らく鎖国状態」? 日経「真相深層」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_13.html

説明不足が目立つ日経 高見浩輔記者の「真相深層」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_15.html

日経「上がらない物価 世界を覆う謎」の奇妙な解説
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/09/blog-post_25.html


※佐藤初姫記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

保険料抜きで就業不能保険の実力探る日経 佐藤初姫記者
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/12/blog-post_17.html

「断トツ」が3施設? 14位でも「三大SC」? 東洋経済に問う

週刊東洋経済の梅咲恵司記者と真城愛弓記者は記事の書き手として基礎的な技術を身に付けていないようだ。8月25号の「産業リポート~3大ショッピングセンター ネット販売に負けずに好調 客を呼び込む大胆仕掛け」という記事を読む限り、そう判断するしかない。言葉の使い方に問題があるし、業界の動向をきちんと分析する力も不十分だ。
崎津教会(熊本県天草市)※写真と本文は無関係です

今回の記事の完成度は読者に届けてよい水準を大きく下回っている。2人を指導すべき副編集長らの責任も重い。筆者らには以下の内容で問い合わせを送った。

【東洋経済への問い合わせ】

週刊東洋経済 編集部 梅咲恵司様 真城愛弓様

8月25号の「産業リポート~3大ショッピングセンター ネット販売に負けずに好調 客を呼び込む大胆仕掛け」という記事についてお尋ねします。まず問題としたいのは以下のくだりです。

この逆境下でも、『断トツの勢い』と関係者が舌を巻く好調なSCがある。ラゾーナ川崎プラザ(神奈川県川崎市)、阪急西宮ガーデンズ(兵庫県西宮市)、そしてテラスモール湘南(神奈川県藤沢市)だ


断トツ」とは「2位以下とは大きな差をつけて首位にある状態をいう俗語」です。ラゾーナ川崎プラザ、阪急西宮ガーデンズ、テラスモール湘南がいずれも「断トツの勢い」とはなり得ません。記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

見出しの「3大ショッピングセンター」も問題ありです。記事では以下のように書いています。

全国のSCで売り上げ首位(繊研新聞調査を基に本誌推計)のラゾーナ川崎プラザは、開業時に比べて今年度の売上高が1.52倍、同3位の阪急西宮ガーデンズは1.27倍、同14位のテラスモール湘南も1.08倍に拡大する見込みだ

記事で取り上げた「3施設」は売上高で見ると1位、3位、14位です。「14位のテラスモール湘南」を「3大ショッピングセンター」に入れるのは誤りではありませんか。仮に、売り場面積や来店客数など別の指標で3位以内に入っているのであれば、記事中で示すべきです。

3大ショッピングセンター」が「断トツの勢い」かどうかも怪しいと思えます。

テラスモール湘南」は「開業時に比べて今年度の売上高」が「1.08倍」になるだけです。「11年11月に開業した」とすれば今年で丸7年になります。大した伸びではありません。

しかも、記事に付けたグラフを見ると16年度と17年度は前年割れで、今年度に10%以上の伸びを見込んでの「1.08倍」です。17年度で見れば「開業時」を下回る売上高のはずです。これで「断トツの勢い」と言うのは無理があります。

グラフから判断すると、「阪急西宮ガーデンズ」の今年度の見通しはほぼ横ばいで、「ラゾーナ川崎プラザ」も2%前後の伸びにとどまります。この2つのSCも、今年度に関しては「断トツの勢い」が感じられません。

記事には「テスラのような新テナントや広場など全館改装の効果もあり、ラゾーナの今年度売上高は前年度実績を超えそうだ」との記述があります。具体的な数字を入れなかったのは、「断トツの勢い」になっていないとの認識が梅咲様や真城様にもあったからではありませんか。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御誌では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事「産業リポート~3大ショッピングセンター ネット販売に負けずに好調 客を呼び込む大胆仕掛け
https://dcl.toyokeizai.net/ap/registinfo/init/toyo/2018082500


※記事の評価はD(問題あり)。梅咲恵司記者と真城愛弓記者への評価はともに暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げる。


※梅咲記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

ミナミはキタより「1カ所集中」と東洋経済 梅咲恵司記者は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/12/blog-post_13.html


※真城記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「瀬戸際に立つアパレル店舗」を描けていない東洋経済の記事
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/01/blog-post_9.html

2018年8月21日火曜日

日経ビジネス「リニア新幹線 夢か、悪夢か」は評価できるが…

日経ビジネス8月20日号の特集「リニア新幹線 夢か、悪夢か」は読み応えのある内容だった。問題意識が明確で、取材もしっかりしている。
天草灘(熊本県天草市)

住民と自然をなぎ倒して進む、超巨大プロジェクトの真実。真夏の夜、見えるものは夢か、それとも悪夢か」と問題提起しているが、筆者ら(金田信一郎編集委員、藤中潤記者)が「悪夢」と見ているのは明らかだ。

それはそれでいい。ただ、既に動き出している「超巨大プロジェクト」を「陸のコンコルド」と言い切るには根拠が弱い気はした。記事の一部を見ていこう。

【日経ビジネスの記事】

13年、記者会見で社長(当時)の山田佳臣が、リニア計画は『絶対ペイしない』と答えた。だが、JRの経営陣は『本人の意図と違う」と主張する。「(リニア)単独のプロジェクトとして見たときには、5兆円のプロジェクトを回収するわけにはいかないですよと。やっぱり東海道新幹線と組み合わせて実現ができる」。副社長の宇野護はそう解説する。しかし、巨費を投じた超高速のサービスが赤字で、本当に全体の黒字化が達成できるのか。

「東海道新幹線だって客のほとんどが(リニアに)奪われるから収益が下がる。リニアがペイしなければ、両方沈没するんじゃないの」。立憲民主党の初鹿明博はそう指摘する。


陸のコンコルド」ならば…

コンコルドは開発段階で「ペイしない」との認識があったにもかかわらず、事業をやめられなかったことで知られる。「サンクコスト」の説明でよく出てくる。

日経ビジネスの記事を読む限り、リニアは「危険な挑戦」かもしれないが「絶対ペイしない」とは言い切れないようだ。だとしたら、既にかなりの投資をしている以上、「挑戦」を止めるのが正しいとは言えない。

筆者らがリニアは「陸のコンコルド」と確信しているのならば、「ペイしない」根拠を示すべきだ。リニアに限らず、事業への投資は「危険な挑戦」になるのが当たり前だ。リニアが「陸のコンコルド」ならば今からでも撤退すべきだが、そう判断すべき材料を特集では提示できていなかった。

とは言え、特集全体への高い評価が揺らぐものではない。その点は強調しておきたい。


※今回取り上げた特集「リニア新幹線 夢か、悪夢か
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/special/081401047/?ST=pc


※特集の評価はB(優れている)。金田信一郎編集委員への評価はC(平均的)からBに引き上げる。藤中潤記者は暫定でBとする。金田編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

悪くないが気になる点も…日経ビジネス特集「石油再編の果て」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_17.html

日経ビジネス「石油再編の果て」の回答が映す本物の変化
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_21.html

日経ビジネス金田信一郎編集委員の記事に感じる説明不足
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_3.html

説得力欠く日経ビジネス「四半期決算が会社をダメにする」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_27.html

2018年8月20日月曜日

日経 原田亮介論説委員長「核心~復活する呪術的経済」の問題点

日本経済新聞の原田亮介論説委員長については「ツッコミどころの多い書き手」と言い切ってよさそうだ。20日の朝刊オピニオン面に載った「核心~復活する呪術的経済」という記事にも、書き切れないぐらいの問題点があった。具体的な内容は、日経に送った問い合わせを見てほしい。
地行中央公園の「大きな愛の鳥」(福岡市中央区)
            ※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 論説委員長 原田亮介様

20日朝刊オピニオン面の「核心~復活する呪術的経済」という記事についてお尋ねします。まず問題としたいのは以下のくだりです。

18年5月に亡くなった元日本経済研究センター理事長の香西泰氏は、リーマン・ショックの10年前にこうつづっていた。『来るかもしれない嵐を避けるためになすべきことを急がなければならない』。当時、ニューエコノミーといわれた米国の状況を『どこかで見た風景』と述べ、好況に沸いた1920年代に例えた。『物価が安定していればこそFRBは引き締めの機をつかむことができなかった』。結果は世界同時デフレだ

原田様の説明を信じれば、「リーマン・ショック」の前に「FRBは引き締めの機をつかむことができなかった」ために「世界同時デフレ」に陥ったはずです。しかし、違うのではありませんか。

米国の政策金利は2004年5月に1%でしたが、06年6月には5.25%まで引き上げられています。サブプライムローン問題を受けて07年9月に利下げへ転じましたが、それまでは「引き締めの機」を何度も作っています。

引き締めの機をつかむことができなかった」のは「リーマン・ショックの10年前」(1998年)の話だという可能性も考えました。確かに98年には利上げがありませんが、99年から2000年にかけては段階的な利上げがありました。つまり、「リーマン・ショック」に至る10年間に2度の利上げ局面があったのです。

なのに原田様はFRBが「引き締めの機をつかむことができなかった」ために「世界同時デフレ」に陥ったと説明しています。これは誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

次は以下のくだりに関する質問です。

2国間貿易の収支の責任を相手国に押しつけるのは、付加価値の低い製品の生産は労賃の安い国へ移る『比較優位』を否定するものだ。減税規模が大きいほど増収になるという主張も現実的でない。トランプ政権にも共通する政策は、まさに呪術的といえる

まず「2国間貿易の収支の責任を相手国に押しつけるのは『比較優位』を否定するものだ」という説明が違うと思います。例えば、米国が貿易障壁ゼロで中国が輸入禁止だとしましょう。ここで「中国が輸入禁止措置を取っているから対中貿易赤字が膨れ上がる」と米国が主張した場合、「『比較優位』を否定する」ことになりますか。

記事にあるように、実際に米国が「貿易赤字の原因を相手国の輸入障壁に求める」のであれば、「比較優位」の考え方(輸入障壁をなくして自由に貿易した方が双方にメリットがある)を肯定しているとも取れます。

付け加えると、「減税規模が大きいほど増収になるという主張も現実的でない」という説明も引っかかりました。「トランプ政権」(あるいはレーガン元大統領)は本当にそんな「主張」をしたのでしょうか。調べた範囲では見当たりませんでした。「減税規模」を最大化すると税率はゼロになるので「増収になる」可能性はありません。さすがに、記事で言うような「主張」はしない気がします。
久光製薬鳥栖工場(佐賀県鳥栖市)※写真と本文は無関係です

質問を続けます。次は以下の記述を取り上げます。

経済が低迷から抜け出せないと呪術的経済はよみがえりやすい。ニクソン、レーガン、トランプ、それ以外の大統領も含め『自分なら経済を再建できる』と言わずして当選したリーダーはいないだろう

『自分なら経済を再建できる』と言わずして当選したリーダー」はいるでしょう。米国大統領で言えばトルーマンです。彼は前任のフランクリン・ルーズベルトの死去を受けて副大統領から昇格したので、1948年に「当選」した段階では既に大統領でした。なので「自分なら経済を再建できる」と訴えると、自らの経済政策の失敗を認めることになります。

実際の選挙戦でも、ルーズベルトの「ニューディール政策」の継続を掲げたようです。記事の中で原田様も「エコノミストで歴史家のマルク・レヴィンソン氏の書で17年11月に翻訳された『例外時代』(みすず書房)は、戦後から70年代初めまでの四半世紀を『例外的な好景気、繁栄の時代』と表現した」と書いています。であれば、なおさらトルーマンが「自分なら経済を再建できる」と訴えて「当選した」可能性は低くなります。

さらに言えば「経済が低迷から抜け出せないと呪術的経済はよみがえりやすい」という説明にも疑問が残ります。御紙では7月28日の記事で「米経済は主要国で『一人勝ち』に近い状態だ」と書いていました。だとすれば「呪術的経済」はよみがえりにくい状況です。「復活する呪術的経済」という記事の趣旨と合っていない感じはあります。

他にも気になる点があるのですが、長くなったので終わります。上記の質問に関しては回答をお願いします。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社の論説委員長として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。

※今回取り上げた記事「核心~復活する呪術的経済
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180820&ng=DGKKZO34278060X10C18A8TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。原田亮介論説委員長への評価はDを維持する。原田論説委員長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「2%達成前に緩和見直すべき?」自論見えぬ日経 原田亮介論説委員長
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_77.html

財政再建へ具体論語らぬ日経 原田亮介論説委員長「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_33.html

2018年8月19日日曜日

「中間価格帯は捨てる」で日経ビジネス東昌樹編集長に注文

日経ビジネス2018年8月20日号の「編集長インタビュー~中間価格帯は捨てる 杉江俊彦氏 三越伊勢丹ホールディングス社長」という記事を「中間価格帯は捨てる」という見出しに釣られて読んだ。しかし、「中間価格帯」がどの辺りを指すのかという肝心の情報は漠然としている。当該部分のやり取りは以下の通り。
大江天主堂(熊本県天草市)※写真と本文は無関係です

【日経ビジネスの記事】

問 高額品の販売は、株高や訪日外国人の増加で好調なようですね。消費はどのように変化しているのでしょうか。

答 二極化した購買行動が、世界的に出てきています。何か買うならいいモノを買う。いいものでなければできるだけ安くと考える人が増えています。

中間価格帯で勝負をしても、もうダメです。昔、売れていたものが本当に売れなくなっている。例えばかつて若い女性が買うハンドバッグは5万~6万円ぐらいでした。だけど今の若い方は、もうそんなのは全然、見向きもしません。1000円でもいいから安いものを買う一方、おしゃれをしたいときは高いものを買います。

高いものを買えない人は、『メルカリ』や『ヤフオク!』で中古のブランド品でいいものを買う。そういう消費構造になってきました。ここはどんどん加速していくので、中間価格帯にしがみついていると、我々もどんどんシュリンクする。だから上の価格帯をきちんとやろうとしています。

問 徹底的にやる、中間はもう捨てるという感じですね。

答 中間はダメですね、そこは捨てていかないといけません



◎で、「中間価格帯」とは?

中間はもう捨てる」のは分かった。問題は「中間価格帯」が具体的にどの「価格帯」なのかだ。そこははっきりしない。「かつて若い女性が買うハンドバッグは5万~6万円ぐらいでした。だけど今の若い方は、もうそんなのは全然、見向きもしません」というコメントから、ハンドバッグで「5万~6万円ぐらい」は「中間価格帯」に入るのは分かる。

だが4万円や7万円が「中間価格帯」と言えるのかは不明だ。ハンドバッグ以外に関しては何の手掛かりもない。見出しにも使っているのだから、しっかり書いてほしかった。

ちなみに、伊勢丹オンラインストアでハンドバッグを見ると、約6万円の商品は460品目31位になる。「上の価格帯をきちんとやろうとしています」「中間はダメですね、そこは捨てていかないといけません」という杉江社長の言葉を額面通りに受け取れば、今売っている460品目のうち430品目は外す必要がある。

中間価格帯」が6万円より上を含む可能性もあるので、外すべき商品はさらに多くなるかもしれない。「中間価格帯は捨てる」というのは本気なのかなとは思う。

それに、そこまで方針が決まっているのに、1万円以下の商品も含めて中低価格帯を今でもしっかりやっているのが解せない。「中間価格帯にしがみついていると、我々もどんどんシュリンクする」のならば、さっさと外せばいいのに、なぜ不必要な430品目を売り続けているのか。

その辺りまで斬り込むのは難しいかもしれないが「中間価格帯をどう定義しているのですか」「中間価格帯は今すぐに捨てると考えていいのですか。すぐではないとしたら、時間がかかる理由は何ですか」ぐらいは聞いてほしかった。

聞き手の東昌樹編集長は「傍白」という解説記事の中で「柱となるのは『超高級路線』の徹底」とも書いている。しかし、三越伊勢丹が捨てる「中間価格帯」も、力を入れる「上の価格帯」も具体性に欠けるので、「超高級路線」をイメージしにくい。

東編集長は記事の書き方に関して記者や副編集長を指導する立場だ。まずは自らきちんと手本を示してほしい。


※今回取り上げた記事「編集長インタビュー~中間価格帯は捨てる 杉江俊彦氏 三越伊勢丹ホールディングス社長
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/257971/081300155/?ST=pc


※記事の評価はC(平均的)。東昌樹編集長への評価はB(優れている)を維持する。東編集長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

コメントの主は誰? 日経ビジネス 東昌樹編集長に注文
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/12/blog-post_16.html

2018年8月18日土曜日

「デジタルで熟議の海」が苦しい日経「パンゲアの扉」

17日の日本経済新聞朝刊1面に載った「パンゲアの扉 つながる世界~混沌を超えて(下)デジタルで『熟議』の海 民主主義の自己修正」も(上)(中)と同様に問題を抱えている。最初の段落を見ていこう。
マリゾン(福岡市早良区)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

9月に議会総選挙を控えるスウェーデン。争点の移民問題で流入規制を掲げる極右政党が第1党に躍進する勢いをみせる。ナショナリズムに訴えて支持を取り付けるポピュリズム(大衆迎合)の波が中東欧から北欧にも押し寄せている



◎「西欧」はポピュリズムの波が来てない?

ポピュリズム(大衆迎合)の波が中東欧から北欧にも押し寄せている」と書いてあると、西欧には「押し寄せて」いない感じがする。しかし、フランスやイタリアでも「ポピュリズム(大衆迎合)の波」は起きている。

日経も6月5日の「イタリア新首相『我々はポピュリズム政権』上院で所信表明」という記事で「(新首相の)コンテ氏を支えるポピュリズム政党『五つ星運動』と極右『同盟』」と書いている。「ポピュリズム(大衆迎合)の波」は本当に「中東欧から北欧」に向かっているのか。

記事では、さらにおかしな説明が出てくる。

【日経の記事】

ポピュリズムの克服には「情報の真偽を見分ける有権者の力が重要だ」。こう指摘する政治学者の曽根泰教慶大名誉教授は、不人気政策の世論は専門家らも交えた討議を重ねると容認が増える研究成果を得たことがある。情報の偏りをなくし「熟議」の海を築けるか。デジタル技術の活用が胎動している

オーストラリアの非営利団体「MiVote」は、政治献金規制などの重要政策をネット上で国民投票するプラットフォームを開発した。安直な二者択一の人気投票を避けるために、専門家の見解や賛否双方の主張や意見といった判断材料を提供する。投票結果は民意として議会に示す。

◎「熟議」と関係ないような…

情報の偏りをなくし『熟議』の海を築けるか。デジタル技術の活用が胎動している」と書いた後で「ネット上で国民投票するプラットフォーム」を紹介している。しかし「『熟議』の海を築けるか」どうかと基本的に関係がない。

この「プラットフォーム」は「専門家の見解や賛否双方の主張や意見といった判断材料を提供する」だけで「討議を重ねる」ことにはならない。「デジタル技術の活用が胎動している」と訴えるのなら「デジタル技術」によって「熟議」を増やす仕組みを取り上げるべきだ。

ついでに言うと「専門家の見解や賛否双方の主張や意見といった判断材料」という部分が分かりにくい。「専門家の見解」や「賛否双方の主張」や「意見」と区切りたくなるが、筆者は「専門家の見解」や「賛否双方の主張や意見」で分けているつもりなのだろう。

この場合、「意見」が不要だと思える。「専門家の見解や賛否双方の主張といった判断材料」とすれば、拙さも解消できるのではないか。

次に移ろう。

【日経の記事】

もっと先の未来にあるのは、米マサチューセッツ工科大(MIT)のセザール・イダルゴ准教授が研究する「人工知能(AI)直接民主主義」だ。有権者一人ひとりの日常生活などから生まれるビッグデータを解析。これらをもとに有権者の代わりに政策の最適な賛否を判断する「デジタルエージェント」だ。

誰でも自分に痛みを伴うような政策は避けたい。直接民主制は衆愚政治になるリスクが大きいとされる理由だが、イダルゴ氏は「有権者はAIで学習力と判断力を高められる可能性があり、世の中に責任感を持つ“政治家”になれるはずだ」との仮説を立てている。



◎有権者の判断力が高まる?

このくだりは解釈に迷う。「デジタルエージェント」は「有権者の代わりに政策の最適な賛否を判断する」存在のはずだ。A氏が増税に反対でも、「日常生活などから生まれるビッグデータを解析」して「デジタルエージェント」が「A氏にとっては増税の方がメリットが大きい」と判断すれば、A氏の意思に反して「デジタルエージェント」が「増税賛成」と投票するはずだ。
小長井駅(長崎県諫早市)※写真と本文は無関係です

ところが「有権者はAIで学習力と判断力を高められる可能性があり~」となると話が変わってくる。A氏の例で言えば「増税はダメだと思ってたけど、AIに教えられて増税賛成に変わったよ」などとA氏が考えるようになるのだろう。だとしたら「デジタルエージェント」は必要なさそうだ。「デジタルティーチャー」がきちんとA氏を教育してくれるのだから。

電子版に出ている「セザール・イダルゴ准教授」のインタビュー記事を読むと、「デジタルエージェント」は有権者に提案するだけで、最終的な決定は有権者自身がするようだ。だとしたら、「有権者の代わりに政策の最適な賛否を判断する」という説明は誤解を招く。

色々な人の意見を聞いて有権者自身が賛否を決めるというやり方は今でもできる。「デジタルエージェント」に投票行動を丸投げするのならば、かなり新しい動きだ。しかし「AIで学習力と判断力を高められる」といった程度ならば、大した話ではない。今でも人々は新聞や雑誌を読んだりテレビを見たりして「学習力と判断力を高められる可能性」を持っているし、「世の中に責任感を持つ“政治家”」にもなれる。

ここでも「世界は変わる」と強引に訴えている感が否めない。それが失敗の元だ。


※ 今回取り上げた記事「パンゲアの扉 つながる世界~混沌を超えて(下)デジタルで『熟議』の海 民主主義の自己修正
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180817&ng=DGKKZO34231470W8A810C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

悪い意味で日経らしい1面連載「パンゲアの扉~混沌を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_63.html

企業が「土地やマネーを独占」できる? 日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_38.html


※「パンゲアの扉 つながる世界」の以前の連載については以下の投稿も参照してほしい。

冒頭から不安を感じた日経 正月1面企画「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_2.html

アルガンオイルも1次産品では? 日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_4.html

スリランカは東南アジア? 日経「パンゲアの扉」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_28.html

根拠なしに結論を導く日経「パンゲアの扉」のキーワード解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_8.html

「小が大を制す」が見当たらない日経1面「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/1_24.html

今度は「少数言語の逆襲」が苦しい日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/1_24.html

「覆る常識」を強引に描き出す日経1面「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/blog-post_95.html

華僑の始まりは19世紀? 日経1面「パンゲアの扉」の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/19.html

「覆る常識」というテーマを放棄? 日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/blog-post_27.html

「崩れ始めた中央集権」に無理がある日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_82.html

2018年8月17日金曜日

企業が「土地やマネーを独占」できる? 日経「パンゲアの扉」

16日の日本経済新聞朝刊1面に載った「パンゲアの扉 つながる世界~混沌を超えて(中)資本主義の常識壊す 機会平等の窓ひらく」という記事の問題点を指摘したい。

まず最初の段落から。
中神島(熊本県三角町)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

馬車から車へと人々の移動手段が代わってから130年余り。そのガソリン車の生みの親である独ダイムラーは7月、会社を3分割すると発表した。乗用車、トラック、そしてカーシェアだ。



◎本当に「130年余り」経ってる?

馬車から車へと人々の移動手段が代わってから130年余り」というのは本当なのか。ガソリン自動車の販売が始まったのが1886年と言われているので、そこを起点に「130年余り」と書いたのだろう。しかし、自動車の販売が始まるのと同時に「人々の移動手段」が一気に「馬車から車へと」代わったわけではない。記事の説明は不正確だと思える。

不正確と言う点では「独ダイムラーは7月、会社を3分割すると発表した。乗用車、トラック、そしてカーシェアだ」という説明も同じだ。記事からは「カーシェア」が「乗用車、トラック」と並ぶ三本柱になるとの印象を受ける。

しかし、7月27日付の日経の記事では以下のように報じている。

【日経の記事】

ダイムラーは同じ名称のまま持ち株会社になる。乗用車とバンを担当する新会社は「メルセデス・ベンツ」、トラックとバスは「ダイムラー・トラック」、カーシェアリングなどのサービスと金融は「ダイムラー・モビリティ」の名称のもとで再編され、持ち株会社の傘下に入る。

◇   ◇   ◇

三本柱の1つが「カーシェアリングなどのサービスと金融」と聞くと、話が違って見えてくる。「大きな変化が起きている」と訴えたい気持ちは分かるが、こういうやり方は感心しない。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

カーシェアの普及で2040年までに世界の新車販売が4割減るとの予測もある。乗り捨て放題の手軽さから昨年のダイムラーのカーシェアの利用者は300万人に達した。所有から利用へユーザーをいざなうシェアエコノミーのうねりは抜群のブランド力を誇るダイムラーでさえもあらがえなくなっている。

私有財産制のもと、土地やマネーを独占することが資本主義世界での勝利の方程式だった。企業は人々の所有欲をくすぐり、様々なモノやサービスを売り、そこで得た資金を拡大再生産に振り向け巨大化してきた。



◎そんな「勝利の方程式」ある?

私有財産制のもと、土地やマネーを独占することが資本主義世界での勝利の方程式だった」と書いているが、そんな「方程式」が成り立つのか。そもそも「土地やマネーを独占することが資本主義世界で」可能なのか。実現した企業があれば教えてほしい。

記事で取り上げた「ダイムラー」はもちろん、どんな大企業でも「土地やマネーを独占すること」は基本的に不可能だ。例えばトヨタ自動車が日本の「土地やマネーを独占」できるだろうか。トヨタが「マネーを独占」する社会では、車を買う客がいなくなってしまう。客は「マネー」を1円も持っていないのだから。

今回も「論理展開が強引すぎて記事に説得力がなくなる」という日経1面企画にありがちなパターンにはまっている。



※今回取り上げた記事「パンゲアの扉 つながる世界~混沌を超えて(中)資本主義の常識壊す 機会平等の窓ひらく
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180816&ng=DGKKZO34186710V10C18A8MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。


※「パンゲアの扉 つながる世界」の以前の連載については以下の投稿も参照してほしい。

冒頭から不安を感じた日経 正月1面企画「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_2.html

アルガンオイルも1次産品では? 日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_4.html

スリランカは東南アジア? 日経「パンゲアの扉」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_28.html

根拠なしに結論を導く日経「パンゲアの扉」のキーワード解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_8.html

「小が大を制す」が見当たらない日経1面「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/1_24.html

今度は「少数言語の逆襲」が苦しい日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/1_24.html

「覆る常識」を強引に描き出す日経1面「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/blog-post_95.html

華僑の始まりは19世紀? 日経1面「パンゲアの扉」の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/19.html

「覆る常識」というテーマを放棄? 日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/blog-post_27.html

「崩れ始めた中央集権」に無理がある日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_82.html

悪い意味で日経らしい1面連載「パンゲアの扉~混沌を超えて」

17日に連載を終えた日本経済新聞朝刊1面の「パンゲアの扉 つながる世界~混沌を超えて」は、悪い意味で伝統的な日経の1面企画だ。15日の「(上)無の強み 最先端へ 発展モデルに新風、ドローンで血液輸送」では冒頭で以下のように記している。
大分医療センター(大分市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

デジタルで結び付きを強めて進むグローバリゼーションが21世紀の新たな枠組みを探り始めている。発展モデルのパラダイムは変わり、私たちの基本的な価値観である資本主義や民主主義は直面する試練の克服に動く。一つにつながる世界は混沌を乗りこえた先に過去とは違う姿を現す


パラダイムは変わり」「世界は混沌を乗りこえた先に過去とは違う姿を現す」と宣言して連載を始めている。素直に信じれば、世界はここに来て大きく変わり始めたのだろう。しかし、日経の1面連載の中では昔からパラダイムシフトの連続だ。

そもそも世の中の「パラダイム」はそんなに頻繁に変わるものではない。なので、どうしても「世界が変わる」系の日経1面連載は話が苦しくなってしまう。今回もそうだ。

最初の事例を見てみよう。

【日経の記事】

「血液が必要な患者がいる」。アフリカ、ルワンダの中西部ムハンガ。草原の中から輸血袋を積んだドローン(小型無人機)が勢いよく飛び立った。時速100キロメートル近いスピードで最長80キロ離れた病院へ向かい、敷地内に投下する。近く2カ所目の輸送拠点が東部にも設けられる。

2018年1月、ルワンダは世界に先駆けてドローンに特化した商業飛行の規制を整備した。「ゲームチェンジャーになる技術を採用する国のモデル」(世界経済フォーラムのムラート第4次産業革命センター長)と注目を浴びる。

「情報通信技術が経済の国際競争力を高める」。デジタル立国の旗を振るカガメ大統領は貧困脱出を狙う。1人当たり国内総生産(GDP)は770ドルとアフリカ内でも下位。内陸の高地という不利な物流環境で製造業が育たず、20世紀の発展の波に取り残された。

18世紀半ばの産業革命以降、グローバリゼーションは先進国による工業化社会の世界展開とともに進んだ。多くの途上国は安い労働力で工場を誘致。蓄えた富で軽工業を重工業に変え、産業構造の高度化で成長を目指すのが基本モデルだった。

21世紀はパラダイムが様変わりする。瞬く間に世界に広まるデジタルの斬新な製品やサービスをテコに一足飛びの成長の道が開ける。ヒト・モノ・カネを集約し、規模がものをいった20世紀モデルは輝きを失う。


◎ドローンで物を運んで「貧困脱出」?

ルワンダで「ドローン(小型無人機)」を使って血液などを運べるようにしたのは分かった。医療面では良い話だろう。だが、「デジタル立国の旗を振るカガメ大統領は貧困脱出を狙う」という話とどう結び付くのか謎だ。

瞬く間に世界に広まるデジタルの斬新な製品やサービスをテコに一足飛びの成長の道が開ける」というが、ルワンダのドローンの事例から「確かに成長の道が開けるな」と納得できるだろうか。「開ける」と取材班が確信しているのならば、そう納得できる材料を記事に盛り込んでほしかった。ドローンで物を運べるようにするだけで、他国を差し置いて「成長の道が開ける」とは考えにくい。

次の事例にもツッコミを入れたい。

【日経の記事】

「世界の工場」をテコに米国に次ぐ第2位の経済大国に駆けあがった中国は、デジタルの世紀でもなお国家資本主義で覇権をめざす。「開発独裁」モデルは民主主義の西側先進国より高い成長を実現。今後の発展持続には新鮮なアイデアや斬新なイノベーションが必要になるが、ゆりかごになる市民社会の多様な価値観や常識に挑む風土は共産党一党独裁のもとで抑え込まれたままだ。

グローバルに開かれたネットワークで一つにつながる「パンゲア」の世界が対抗軸になる。企業や個人の自由な競い合いで鍛えられたアイデアとイノベーションが新市場を開き、成長の礎になる。


◎中国は「パンゲア」に含まない?

記事には「▼Pangea かつて地球上の主な大陸は一つにつながっていたとする学説の超大陸の名称で『すべての陸地』の意味」という説明が付いている。普通に考えれば、中国も連載で言う「パンゲア」の一部だ。

しかし「グローバルに開かれたネットワークで一つにつながる『パンゲア』の世界」は中国への「対抗軸になる」らしい。だとすると「パンゲア」は少なくとも中国を除く「陸地」となる。中国抜きの世界は「パンゲア」と呼ぶべきものなのか。

苦しい展開は(中)(下)でも続く。それらは別の投稿で触れたい。


※今回取り上げた記事「パンゲアの扉 つながる世界~混沌を超えて(上)無の強み 最先端へ 発展モデルに新風、ドローンで血液輸送
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180815&ng=DGKKZO34145420U8A810C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。


※「パンゲアの扉 つながる世界」の以前の連載については以下の投稿も参照してほしい。

冒頭から不安を感じた日経 正月1面企画「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_2.html

アルガンオイルも1次産品では? 日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_4.html

スリランカは東南アジア? 日経「パンゲアの扉」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_28.html

根拠なしに結論を導く日経「パンゲアの扉」のキーワード解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_8.html

「小が大を制す」が見当たらない日経1面「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/1_24.html

今度は「少数言語の逆襲」が苦しい日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/1_24.html

「覆る常識」を強引に描き出す日経1面「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/blog-post_95.html

華僑の始まりは19世紀? 日経1面「パンゲアの扉」の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/19.html

「覆る常識」というテーマを放棄? 日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/blog-post_27.html

「崩れ始めた中央集権」に無理がある日経「パンゲアの扉」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_82.html

2018年8月16日木曜日

早大「内部進学人気」に疑義あり 東洋経済「ザ・名門高校」

週刊東洋経済の特集「ザ・名門高校」の問題点を指摘してきたが、ようやくこれで最後となる。今回は早稲田大学の内部進学に関するものだ。東洋経済に送った問い合わせの内容は以下の通り。
エリソン・オニヅカ橋(福岡県うきは市)
           ※写真と本文は無関係です

【東洋経済への問い合わせ】

週刊東洋経済編集部 長谷川隆様 福田恵介様 林哲矢様

8月11~18日号の特集「ザ・名門高校」の中の「私大付属校の人気と実力 私大付属 慶応が内部進学率で突出 付属校間で合格枠に差」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

早稲田大学本庄高等学院(本庄)と早稲田大学高等学院は付属校(学院)という位置づけで、一方の早稲田実業学校(早実)は系属校だ。系属校である早実よりも付属校である本庄や学院のほうが、『人気の政治経済学部への進学枠が多い』(早実OB)との声もある。内部生では文系でいうと、政経、商、法、社会科学、文学、人間科学・スポーツ科学の順で人気がある。理系組はほぼ全員が理系学部に進めるが、希望通りに進学できるかは成績によって決まる

早稲田大学の「文系」に関しては文化構想、教育、国際教養の3学部が抜けています。なのでここでは「人間科学・スポーツ科学」よりも3学部の「人気」が下との前提で話を進めます。

一般入試の難易度で言えば、文化構想、教育、国際教養が「人間科学・スポーツ科学」を上回っています。ただ、内部進学での「人気」は別との可能性もあります。そこで内部進学の実績を見てみましょう。

早稲田大学高等学院」の2018年卒業生の進学実績は「人間科学」が3人で「スポーツ科学」はゼロです。一方、文化構想は27人、教育と国際教養はそれぞれ16人です。ちなみに「政経」は110人となっています。人気が高いはずの「人間科学・スポーツ科学」に進学する人は文化構想、教育、国際教養よりもかなり少なくなっています。

人間科学・スポーツ科学」の枠がわずかしかなく、多くの希望者が他の学部に流れているのでしょうか。しかし「政経」に100人を超える枠があるのに「人間科学・スポーツ科学」を合わせても数名しか枠がないとは思えません。

内部生では文系でいうと、政経、商、法、社会科学、文学、人間科学・スポーツ科学の順で人気がある」との説明は誤りではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

おそらく、文化構想、教育、国際教養の3学部を入れ忘れて人気順を書いたのでしょう。筆者としては「人間科学・スポーツ科学」を「人気」の最下位に置いたつもりかもしれません。しかし、記事のような書き方だと「人間科学、スポーツ科学は文化構想、教育、国際教養より人気がある」と解釈するしかありません。

ついでに言うと「人間科学・スポーツ科学」と「」でつなぐのは感心しません。別の学部なので「政経、商、法、社会科学、文学、人間科学、スポーツ科学の順で人気がある」などとすべきです。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御誌では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

結局、回答はなかった。

※今回取り上げた特集「ザ・名門高校
https://dcl.toyokeizai.net/ap/registinfo/init/toyo/2018081100

※特集全体の評価はD(問題あり)。福田恵介記者への評価は暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げる。長谷川隆記者と林哲矢記者は暫定でDとする。今回の特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

佐倉高校は千葉市にある? 東洋経済「ザ・名門高校」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_19.html

表紙の「沖縄外し」が気になる東洋経済「ザ・名門高校」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_80.html

愛知は本当に「2トップ」?東洋経済「ザ・名門高校」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_9.html

「北野」「天王寺」の説明が苦しい東洋経済「ザ・名門高校」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_8.html

四国では「高松」が断トツ? 東洋経済「ザ・名門高校」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_55.html

「福岡知らず」が過ぎる東洋経済の特集「ザ・名門高校」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_1.html

「熊本高校同窓会」の説明に難あり 東洋経済「ザ・名門高校」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_11.html

内部進学85%でも「ほぼ全員」? 東洋経済「ザ・名門高校」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/85.html