2016年4月30日土曜日

週刊エコノミスト 「ウーマノミクス関連銘柄」の怪しさ(2)

週刊エコノミスト5月3日・10日号の特集「新聞に載らない経済&投資」の中でゴールドマン・サックス証券チーフ日本株ストラテジストのキャシー・松井氏が書いた「投資~ウーマノミクス関連銘柄は買い?」という記事について、引き続き見ていく。女性を活用すれば株価や企業業績にもプラスに働くと松井氏は考えているようだが、根拠は希薄だ。問題のくだりを見ていこう。

田安門の桜(東京都千代田区) ※写真と本文は無関係です
【エコノミストの記事】

しかし残念ながら、「女性活躍」というテーマに前向きでなく、なぜ女性登用や意識改革が必要なのかと思っている人は少なくない。そのときに、説得力を持つのが数字で客観的に分析することだ。米国NPO法人「カタリスト」の研究成果によると、フォーチュン500の企業のうち、女性役員比率が高い企業は、株主資本利益率(ROE)が高い。日本でも、当社の分析では、女性部長比率が高い企業のROEは高いという結果が出ている。

----------------------------------------

「ほら。女性を活用すると企業のROEも上がるんですよ。説得力があるでしょう。だから積極的に女性を登用しましょうよ」と言いたいのだろう。しかし、上記の説明は説得力に欠ける。相関関係があるからと言って、因果関係があるとは限らない。また、因果関係がある場合でも、「女性役員比率を高めるとROEが向上する」のではなく、「ROEの高い企業は女性役員比率を引き上げる」という関係になっている可能性もある。そこを見極めないと、何とも言えない。

さらに言えば、「ROE」と絡めるのも問題が残る。ROEを高めるためには「増配などで株主資本を減らす」「負債を増やしてレバレッジを効かせる」といった方策がある。例えば「女性役員が増えると、企業は負債を積極的に使って企業規模の拡大を図ろうとする」という傾向がある場合、単純に良いこととは言えない。

この問題に関して、PRESIDENTの2013年12月30日号に慶応大学の鶴光太郎教授が参考となりそうな記事を書いていたので一部を紹介しよう。

【PRESIDENTの記事】

政府は「社会のあらゆる分野において2020年までに指導的地位に女性が占める割合が30%になるよう期待する」との目標を掲げたほか、安倍首相は上場企業に女性役員を少なくとも1人置くべきだと主張しました。

こうした主張の根拠には「女性役員の多い企業はパフォーマンスがよい」という複数の研究結果が置かれています。しかし、それらの研究の因果関係がよくわからないという問題点があることは、あまり指摘されていません。つまり、パフォーマンスがよいから女性役員比率を高める余裕があるのかもしれないし、女性の役員の多さ以外の要因がパフォーマンスと女性役員の多さに影響を与えているのかもしれない、というわけです。

これは経済学で内生性といわれる、分析を行う際の厄介な問題です。ところが現在の議論はそうした問題点を考慮せず、数値目標だけが先行している感があります。

----------------------------------------

鶴教授はこの記事の中でノルウェーの女性役員割当制にも触れている。

【PRESIDENTの記事】

女性役員比率を高める政策を考えるうえで、非常に興味深い社会実験がノルウェーで行われました。同国では2003年に上場企業と一定の要件を満たした非上場企業を対象に割当制を導入し、当初6%だった女性役員比率を08年に40%まで引き上げたのです。

その結果を分析した米南カリフォルニア大学のケネス・アハーン助教と米ミシガン大学のエイミー・ディットマー准教授の研究によると、割当制の内容が公表されたとき、対象企業の株価は大幅に下落し、その後数年間で企業価値の指標である「トービンのq(時価総額÷資本再取得価額)」は10%の女性役員比率増加で12.4%低下しました。

----------------------------------------

「女性を活用すれば何もかもいい方向に働く」というわけではなさそうだ。松井氏が本当に「数字で客観的に分析すること」ができていれば、記事のような書き方にはならなかったはずだ。女性の活用が企業価値の向上にとってプラスかどうかは「微妙」だと思える。

しかし松井氏のように「ウーマノミクスは国のため、社会のため」と思い込んでしまうと、どうしてもデータの取捨選択にバイアスが生じる。そこが難しいところだ。

※記事の評価はD(問題あり)。キャシー・松井氏への評価も暫定でDとする。

2016年4月29日金曜日

週刊エコノミスト 「ウーマノミクス関連銘柄」の怪しさ(1)

週刊エコノミスト5月3日・10日号の特集「新聞に載らない経済&投資」の中の「投資~ウーマノミクス関連銘柄は買い?」という記事は怪しげな中身だった。「女性を積極的に活用すべきだ」といった内容の記事を女性の筆者が書くと、結論ありきで話を組み立てる傾向が強くなる。今回の記事を担当したゴールドマン・サックス証券チーフ日本株ストラテジストのキャシー・松井氏も例外ではないようだ。
鎮西身延山 本佛寺(福岡県うきは市)
         ※写真と本文は無関係です

記事ではゴールドマンが選んだ「ウーマノミクス関連銘柄バスケット」を紹介している。資生堂、ワコールHDなど36銘柄で構成しているが、これをどういう基準で選んだのか記事を読んでも理解できない。関連する記述を見ていこう。

【エコノミストの記事】

女性活躍法の施行は、革命的な出来事といえる。

企業側の反応はさまざまだ。もともと積極的に女性登用に取り組んできた企業は高い目標を掲げる一方で、控え目な企業もあるだろう。いずれにしても、女性が就職する際に、業界や企業を比較できるようになった。自分の将来を女性比率だけで決めるわけではないが、仕事に重きを置く女性は、女性管理職割合が高い会社を選ぶだろう。

日本は人材獲得戦争の時代を迎えている。優秀な人材を確保できるかどうかは、企業の勝負の大きな分かれ目だ。真剣に取り組んでいる企業にとって、女性活躍推進法は大きな武器になり、競争力、将来の成長につながる。

ウーマノミクス関連銘柄バスケット(表)は、このような観点で選んでいる。「女性活躍」により、潜在的な恩恵を受ける企業だ。女性の雇用拡大により、女性の所得が増え、消費も増える。独身、夫婦、母親と様々な立場があり、レジャー、美容、育児、介護サービスの提供など、女性の支出先は幅広い。

----------------------------------------

このような観点」がどのような観点か漠然としている。素直に解釈すれば「(優秀な人材確保に)真剣に取り組んでいる企業にとって、女性活躍推進法は大きな武器になり、競争力、将来の成長につながる」という観点だろう。しかし、この観点から「ウーマノミクス関連銘柄」を選んだと言われても、「何でもあり」としか思えない。

『女性活躍』により、潜在的な恩恵を受ける企業だ」との説明も謎だ。なぜ「潜在的」なのか。文字通りに受け止めれば、「恩恵」が顕在化する企業は「ウーマノミクス関連銘柄」から除外していることになるが、ちょっと考えにくい。

業種別に見ると、「サービス・Eコマース・通販」では鉄道がJR東日本だけで、航空ではANAが入り、JALは外れている。「美容・アパレル」ではファーストリテイリングは入っているが、しまむらは選ばれていない。記事で述べた「観点」からは、なぜこうした選別になるのか全く分からない。ちなみに「育児・介護」には介護事業を売却済みのワタミが入っている。

恣意的に選んだ雰囲気が漂う「ウーマノミクス関連銘柄」に関して、キャシー・松井氏は以下のように述べている。

【エコノミストの記事】

実際、ウーマノミクス関連銘柄のパフォーマンスはいい。TOPIX(東証株価指数)と比較すると、アベノミクス開始以降に差が開き始めた(図)。ウーマノミクス関連銘柄は、短期の一時的な現象ではなく、社会情勢を反映しており、好調な株価も構造的な要因と位置づけている

----------------------------------------

よく分からない基準で選んだ「ウーマノミクス関連銘柄」の過去のパフォーマンスを基に「好調な株価も構造的な要因と位置づけている」らしい。これが本当ならば、ウーマノミクス関連銘柄でポートフォリオを構成してみたい。市場平均を今後も「構造的に」上回れるのならば、素晴らしい話だ。

しかし、そうする気にはなれない。「持続的に市場平均を上回る方法」は基本的にない。少なくとも「ウーマノミクス関連銘柄を持っておけば大丈夫」といった単純な話ではないはずだ。しかも、「ウーマノミクス関連銘柄」の選び方がよく分からない。これで「好調な株価も構造的な要因」だと信じるのは、あまりに危険だ。

あくまで推測だが、ウーマノミクス関連銘柄は女性活躍に関係ありそうな銘柄の中から、過去のパフォーマンスが市場平均を上回っているものを中心に選んだのではないか。「だから銘柄の選別方法を明示できなかった」と考えると辻褄は合う。

この記事には他にも疑問点がある。それは(2)で述べる。

※(2)へ続く。

2016年4月28日木曜日

苦しすぎる日経 中西豊紀記者「ウォール街ラウンドアップ」

28日の日本経済新聞夕刊マーケット・投資1面に載った「ウォール街ラウンドアップ~壁をつくる米企業」は苦しい内容だった。「ウォール街ラウンドアップ」という割に、ニューヨークの市場動向にはわずかしか触れていないし、「壁をつくる米企業」も見当たらない。筆者である中西豊紀記者はメキシコシティで記事を書いているようだが、どこで執筆しようとも「ウォール街ラウンドアップ」にふさわしい内容にはしてほしい。
キャナルシティ博多(福岡市博多区) ※写真と本文は無関係です

記事の内容を冒頭から見ていこう。

◎NY市場に触れなさすぎ

【日経の記事】

米国経済が力強さに欠ける状況を脱しきれずにいる。27日、利上げを見送った米連邦準備理事会(FRB)は景気減速の懸念を示した。ダウ工業株30種平均は続伸したが、景気を冷やすリスクに市場が敏感になっていることの裏返しでもある

メキシコ人の帰化申請ラッシュですよ」。米テキサス州南部、メキシコ国境沿いのマッカレン市に暮らす電子機器メーカーの幹部は困惑気味に話す。米大統領選で共和党のドナルド・トランプ氏が当選した場合を想定し、米・メキシコ関係が悪化する前に米国居住権を得ようという人が増えていると打ち明ける。

----------------------------------------

NY市場の動向に触れたのは最初の段落だけ。第2段落からはNY市場の動向と直接関係ない話が延々と続く。米テキサス州やメキシコに出張した話を盛り込むのは構わない。しかし「ウォール街ラウンドアップ」というコラムで使うならば、もっとNY市場に引き付けて書くべきだ。

第2段落の「メキシコ人の帰化申請ラッシュですよ」というコメントもよく分からない。例えば、役所の前に帰化申請のための長い列ができているといった状況ならば、このコメントも生きてくる。しかし、そうした描写はない。「申請ラッシュですよ」と発言している人は「電子機器メーカーの幹部」。この人のところに申請者が殺到するとも思えない。

続いての説明も疑問が湧く。

◎壁を作ると貿易はストップ?

【日経の記事】

トランプ氏の「メキシコ国境沿いに壁をつくる」との発言は、そこで暮らす人たちには一大事だ。マッカレンの南隣、メキシコのレイノサ市では対米輸出を目的にガラス大手コーニングなど製造業の工場が立ち並ぶ。物流が滞れば製品加工で成り立っていた市の経済は立ち行かなくなる

----------------------------------------

トランプ氏の「メキシコ国境沿いに壁をつくる」との発言は、不法移民対策のはずだ。壁ができると貿易もできなくなるのか(トランプ氏は保護貿易主義的ではあるだろうが…)。「物流が滞れば製品加工で成り立っていた市の経済は立ち行かなくなる」としても、「壁ができる=物流が滞る」との前提でいいのか。もしそうならば、その根拠となるようなトランプ氏の発言を紹介してほしかった。「壁をつくる」の発言だけでは不十分だ。

他にも問題のある説明が目立つ。さらに列挙していく。

◎逆輸入すると経済圏が生まれる?

【日経の記事】

その中国でも米国との経済圏が生まれている中国で販売シェアトップのゼネラル・モーターズ(GM)は今夏、中国の工場でつくった車を米国で売る方針だ。いまや米事業強化のために中国拠点を生かしつつある。

----------------------------------------

米国企業が中国で生産したモノを米国に輸入すると米中の「経済圏」が生まれるという話も理解に苦しむ。「経済圏」とは「経済的な結び付きの強い地域」を指して使うものだろう。例えば、スズキはインドで作った車を日本に輸出しているが、だからと言って「日本とインドは同じ経済圏に属する」とは思えない。それに、米国企業が中国で生産したモノを米国で売るのは、最近出てきた動きでもないはずだ。米国企業であるアップルはiPhoneの多くを中国で作っているのではないのか。

◎「壁をつくる企業」どこに?

【日経の記事】

とはいえ企業の成長戦略には首をかしげたくなるものもある。26日、フォード・モーターは既存の米国工場に16億ドルを投じ、650人を新たに雇うと発表した。5日に発表してトランプ氏らから批判されたメキシコ工場新設も投資額は16億ドル。金額は奇妙に一致する。

工場にお金を投じても生産性が上がらなければ競争に負ける。ドル高の今やるべきことは損益分岐点の引き下げだが、そうした議論は聞こえてこない。「壁をつくる」ようなその場しのぎの対応で投資家や政治家を喜ばせる企業が増えるとすれば、米国の成長はそれこそ危うい

----------------------------------------

今回の記事には「壁をつくる企業」という見出しが付いている。そして「壁をつくる企業」の候補はフォード・モーターしか見当たらない。しかし、上記の記述を見て「フォードは確かに壁を作っている」と思えるだろうか。国内の工場に投資するだけでは、壁を作っているとは言い難い。政治家のご機嫌をうかがうための投資ならば確かに「危うい」だろうが、仮にそうだとしても「」ができる感じはない。「」と言うならば、人やモノの行き来を遮断するような何かが欲しい。仮にフォードが「損益分岐点の引き下げ」に関心がなくても、それは「」とは関係ない。

結局、「米企業は壁を作ってるんだな」「しかも、そうした企業が増えそうだな」と思わせてくれる材料は記事中には見当たらない。やはり、この記事は苦しすぎる。中西記者は以前にも「ウォール街ラウンドアップ」で問題のある記事を書いていた。一生懸命にやっていてこのレベルならば、今後も期待は持てそうにない。


※記事の評価はD(問題あり)。 暫定でDとしていた中西豊紀記者への評価はDで確定とする。中西記者に関しては「日経 中西豊紀記者『ウォール街ラウンドアップ』の低い完成度」も参照してほしい。

2016年4月27日水曜日

ぐっちーさん「ニッポン経済最強論!」の雑な説明(4)

間が空いてしまったが、「上位1%のエリートしか知らない? ニッポン経済最強論!」(東邦出版)という本の論評を仕上げたい。筆者の「ぐっちーさん=山口正洋氏」はモルガン・スタンレー、ABNアムロなどで実務経験も豊富なようなので、市場に関する知識も十分あるのだろう。だが「これは違うな」と思える説明も散見される。(3)で触れた「現状で日本国債以上に安全な資産は存在しません。これが売られることはあり得ません」は典型例だ。以下のくだりも、市場に関する説明としては納得できない。
大分県日田市の三隈川(筑後川) ※写真と本文は無関係です

【「ニッポン経済最強論!」の内容】

それと、なにかの原因で国債価格が急落した際にマスコミはよく「ヘッジファンド」の名前を出してきますが、これは、ウソですから。

株式と違って日本の国債なぞ、外国人は買っていません。95%が日本人による購入。外国人の顔をした日本人=海外のケイマンなどのファンドを入れれば(統計の取り方にもよりますが)97%に達するのがこの商品の特徴です。ヘッジファンドの力は、たった5%しかないわけです。50%ではなく5%です。それで相場が崩れるはずがない。

----------------------------------------

例えば、ある上場株の5%を保有する大株主がいるとしよう。この株主が明日の寄り付きに成り行きで保有株の半分を売りに出したとする。「相場が崩れるはずがない」だろうか。その日の相場急落の要因になると考える方が自然だ。国債でも株式でも発行された分すべてが毎日取引されているわけではない。売買が成立するのは全体のごく一部だ。なので、全体の1%に満たない売りでも一気に出てくれば相場は崩れる。こんなことは、市場に関する知識が多少あれば分かるはずだ。

そもそも「マスコミはよく『ヘッジファンド』の名前を出してきます」という話自体がざっくりしすぎている。せめて1つぐらい具体例を出してほしい。「ヘッジファンドが日本国債の売りを仕掛ける」といった話では、債券先物がよく出てくる。これだと国債(現物)の何%を買っているといった情報は関係ない。ただ、「ぐっちーさん」がどんな報道に触れたのか確認できないので、この辺りは何とも言えない。

第3章「これが日本YENの実態です」では、デフレとインフレについて解説しているくだりがある。この内容も疑問が残るものだった。

【「ニッポン経済最強論!」の内容】

デフレで死んだ労働者はいないのです。過去の資本主義市場においてデフレで生活破綻した労働者は皆無なのです。考えれば当たり前のことで、給料が決まっていて、デフレ、つまり貨幣価値が上がるわけですから、月給の貨幣価値も黙っていても上がる。事実上の昇給です。悪いことは1つもありません。

では、誰が困るのでしょうか。

そうです、資本家=経営者が困るのです。資本家、経営者にとってはデフレは最悪のケースです。商品価値が上がらず、自分たちが売る商品には価格転嫁できず、逆にディスカウントを迫られる一方で社員の給料を突然半分にはできない…。インフレ待望論など資本家の論理なんですよ。デフレは資本家の敵、庶民の味方。

----------------------------------------

上記の説明は、どう考えても違うだろう。労働者にとって「悪いデフレ」はあり得る。物価下落のペース以上に賃金が減る場合だ。そうならない保証はない。「ぐっちーさん」は給与水準を一定だと仮定しているが、デフレ下では基本的に賃金にも下落圧力がかかる。それが物価下落と比較してどの程度かの問題だ。

しかも「資本家、経営者にとってはデフレは最悪のケース」ならば、経営破綻も増えるはずだ。それが労働者にとってマイナスに働く可能性も残る。勤務していた会社が潰れ、結果として住宅ローンが払えず自己破産に至った場合は「デフレで生活破綻した労働者」と言えるのではないか。

商品価値が上がらず、自分たちが売る商品には価格転嫁できず」という説明もよく分からない。デフレ下では人件費や原材料費なども下がる傾向にあるので「価格転嫁できず」困る懸念は非常に小さい。「逆にディスカウントを迫られる一方で社員の給料を突然半分にはできない…」と言うが、売値が突然半分になるケースもそう多くはないだろう。売値の低下よりも人件費や原材料費の減少の方が大きければ、「資本家、経営者にとってはデフレは最悪のケース」とはならない。

こんな感じで、「ぐっちーさん」の説明は思い切りがいいのだが、その代わりに荒っぽい。「こういう人もいるんだな」ぐらいの気持ちで読むならばいいかもしれないが、真剣に耳を傾けるのは危険だ。

最後に、この本の終わりの部分を紹介しよう。

【「ニッポン経済最強論!」の内容】

明治維新で起こしたような真の教育改革が必要でしょう。

振り返ってみれば福沢諭吉先生のような人が出てきたことは、日本にとって本当にラッキーでした。いまこそ教養と実学の精神が必要ではないでしょうか。もし福沢先生が生きておられたらなんとおっしゃるのか、大変興味のあるところです。

そういう人物が再び現れ、一刻も早く教育改革を行うこと。そして日本の大学を象牙の塔から解き放つことが、日本の将来を決定づけると、私は考えています。

----------------------------------------

最後は「あれあれ? 何の話? なんで福沢諭吉?」という展開になって終わってしまう。「何なんだこれは? まさか筆者は…」と思って本のカバーに付いていた略歴を見てみると、やはり「慶應義塾大学経済学部卒業」となっていた。「ぐっちーさん」が福沢諭吉を尊敬しているのはよく分かった。ただ、「その話は慶応OBが集まった所でやってください」とお願いしたい。

※本の評価はD(問題あり)。筆者である山口正洋氏への評価もDとしたい。

2016年4月26日火曜日

ミスへの対応で問われる日経 田村正之編集委員の真価

26日の日本経済新聞夕刊マーケット・投資2面の記事に単純な変換ミスがあった。取るに足りない間違いなのだが、日経のメディアとしての誠実さを測る上では良い事例になりそうだ。ミスがあった「マネー底流潮流~強まる日銀の追加緩和観測」という記事を書いた田村正之編集委員には、以下の内容で問い合わせを送っておいた。

福岡県うきは市の流川桜並木※写真と本文は無関係です
【日経の記事】 

編集委員 田村正之様

「マネー底流潮流~強まる日銀の追加観測」という記事についてお尋ねします。記事に付けたグラフの注記で「変動相場制に以降した73年以降の平均に近かった2005年3月を100として指数化」と書いていますが、「変動相場制に以降」は「変動相場制に移行」の誤りではありませんか。誤りであれば訂正記事の掲載をお願いします。問題ないという場合、その根拠を教えてください。

日本経済新聞社では記事中の間違いの握りつぶしが常態化しています。私自身がミスの多いタイプであり、今回のような単純な誤りを厳しく責めるつもりはありません。訂正を出して、少し反省すれば済む話です。しかし、指摘を無視した場合は読者への明らかな背信行為となります。

記事の書き手として適切な対応をお願いします。田村様ならば、それができると信じています。

----------------------------------------

田村編集委員に関しては、9日の朝刊マネー&インベストメント面に載った「円の真の『実力』を知る~実質実効レート 長期上昇を示唆」という記事を論評した際に、実質実効レートの平均を取る期間をどういう基準で選んだのか説明すべきだと注文を付けた。今回はそれができている。その点は評価したい。ただ、変換ミスを見逃してしまったようだ。

このミスを除けば記事に大きな問題はない。だが、せっかくの機会なので、細かい点を追加で指摘したい。

◎「基調が加速」?

こうした新たな施策が取り沙汰されるのは、このままでは円高基調が中期的に加速する懸念があるからだ」とのくだりの「基調が加速」との表現が引っかかる。相場の「基調」は強まったり弱まったりはするが、加速や減速はしない気がする。今回の場合、「円高が中期的に加速する懸念」で何の問題もない。簡潔に書くと言う点からも「基調」はない方が好ましい。

◎「日銀緩和」?

実際に日銀緩和はあるのか」という部分も気になった。「日銀緩和」がおかしいとは言わないが、あまり馴染みはない。「実際に追加緩和はあるのか」の方がしっくり来る。どうしても「日銀」を入れたいのならば「実際に日銀は緩和に動くのか」としてはどうか。


※単純ミスはあったが、出来はそれほど悪くない。記事の評価はC(平均的)とする。D(問題あり)としてきた田村正之編集委員の書き手としての評価は問い合わせへの対応を見て決めたい。「変動相場制に以降」は言い逃れのできないミスなので、握りつぶす場合は田村編集委員の評価もF(根本的な欠陥あり)とするしかない。


追記)結局、回答はなかった。

2016年4月25日月曜日

週刊エコノミスト 核抑止力巡る桜井宏之氏の珍妙な論理

「この人は本当に軍事の専門家なのかな」と思わせる記事が週刊エコノミスト5月3日・10日号の「新聞に載らない経済&投資」という特集に出ていた。「米大統領選~トランプ発言 在日米軍基地撤退あり得るのか?」という記事を執筆したのは軍事問題研究会代表の桜井宏之氏。「仮に核武装すると、北朝鮮を抑止できるのか」と問題提起した後で抑止力を否定し、「つまり現状では米国に頼らざるを得ないのである」と結論を導き出している。しかし、そこに至る論理展開が珍妙すぎる。

佐田川と菜の花(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です
問題のくだりは以下のようになっている。

【エコノミストの記事】

平壌の人口は約250万人で面積は約1000平方キロメートル程度と見られている。これに基づくと1平方キロメートル当たりの人口密度は約2500人となる。それに対して、東京23区の人口密度は約1万9000人で、最も昼間人口密度の高い千代田区に至っては約7万人にもなる。

したがって、両国が東京と平壌にそれぞれ同規模の核攻撃を加えた場合、東京は平壌の7.6倍、千代田区に限定すれば28倍の人的被害を被ることになる。それに対抗して日本が平壌に対して千代田区と同等の人的被害を求めようとするのであれば、北朝鮮の28倍の核戦力を保有する必要が生じる

北朝鮮と同規模の核戦力では日本の敗北は必至であり、日本が北朝鮮の28倍の核戦力を追及し始めれば北東アジアの戦略的安定は溶解し、米国を含め国際社会から排斥の憂き目に遭うことは間違いない。

この矛盾を解決するには、北朝鮮の28倍を超える核戦力を持つ国に依拠するしかない。つまり現状では米国に頼らざるを得ないのである

----------------------------------------

上記の記述に関して、疑問点を挙げてみよう。

◎「同等の人的被害」が抑止力の条件?

「『同等の人的被害』を与えられる規模でないと核兵器を持っても抑止力にならない」と桜井氏は考えているようだ。記事では「核抑止論では、抑止が成立する条件の1つとして、挑戦側が攻撃で得られる利益を上回るコストを抑止側が強いる能力を持っていること、としている」と書いている。これはその通りだろう。

北朝鮮が日本国民全員を一気に殺せる核戦力を持っている一方で、日本は平壌を壊滅させるだけの核戦力しか持たないと仮定しよう。この場合、核攻撃によって日本を滅ぼすことは、平壌壊滅のマイナスを上回って余りある利益を北朝鮮にもたらすだろうか。狂った独裁者がそう考える可能性は否定できないが、普通に考えれば「コストに見合った利益が得られない」と判断するはずだ。ということは、立派に抑止力になる。


◎「北朝鮮と同規模の核戦力では日本の敗北は必至」?

北朝鮮と同規模の核戦力では日本の敗北は必至」という説明は明らかに間違っている。「北朝鮮と同じ面積を焦土にできる核戦力を両国が持っていて、それを使い切る」と考えてみよう。日本は北朝鮮の約3倍の広さがあるので壊滅を免れる地域もかなり残るが、北朝鮮は全土が焼け野原となり、戦争継続が困難になる。犠牲者数では日本が上回るだろうが、だからと言って「敗北必至」ではない。

北朝鮮が日本全土を一瞬で焦土にできる核戦力を保持している場合、基本的に「両国とも壊滅」だろう。北朝鮮の28倍の核戦力を持てば日本に勝ち目があるとも思えない。

国際社会から排斥の憂き目に遭う」から核戦力を保持せずに取りあえず米国頼みで行こうとの考え方がおかしいとは言わない。しかし、「核保有が抑止力にならない」とか「抑止力を得たいのならば北朝鮮の28倍を超える核戦力を持つ必要がある」というのは明らかな誤りだ。軍事には疎い方だが、これは断言できる。

立場を変えてみれば、桜井氏も簡単に理解できるはずだ。日本が米国並みの核戦力を持っていて、北朝鮮は日本の大都市を1つか2つ灰にする程度の核戦力しか持っていないとしよう。その場合、「そんな戦力じゃ抑止力にならないよ。いざとなれば、いつでも核兵器をお見舞いしてやるよ」という気持ちに日本側はなれるだろうか。

「米国に守ってもらう今のやり方がベスト」という強い思い込みが先にあって、それを正当化するために後付けで理屈を考えているのだろう。そうでなければ、軍事知識の豊富なはずの筆者がこれほどおかしな論理展開をするとは考えにくい。


※記事の評価はD(問題あり)。桜井宏之氏への評価も暫定でDとする。

2016年4月24日日曜日

合格点だが問題あり 週刊ダイヤモンド「お金の賢者と愚者」

週刊ダイヤモンド4月30日・5月7日号の特集「お金の賢者と愚者」は、新社会人などが読む入門書的な記事としては合格点を与えられる。「お任せが売りのファンドラップは手数料の塊」といった形で手数料の高い金融商品に厳しい書き方をしており、好感が持てる。金融業界からの回し者の如くラップ型投信に読者を誘い込もうとする日経の記者には、特に見習ってほしい。

とは言え、問題も散見された。まずは記事の書き方に関する初歩的なミスから指摘したい。「電力自由化~ガス自由化でさらに料金下落 鉄則を知れば絞り込みは簡単」という記事の以下のくだりを読んで、「ジェラ」とは何か瞬時に理解できるかどうか試してほしい。

福岡県立浮羽工業高校(久留米市) ※写真と本文は無関係です
【ダイヤモンドの記事】

その観点で電気料金メニューを出している会社を見ていくと、2~3社に絞ることは意外と簡単だ。

各社が狙う首都圏を例に考えてみよう。首都圏で電力事業を行う企業の中で、LNGを大量に仕入れている企業といえば東京電力。年間2500万トンと国内トップの輸入量だ。次は中部電力で年間約1500万トン。このツートップは、実は燃料調達分野で合弁会社を設立している。単純計算で、約4000万トンの輸入量となるのだ。

ガス業界トップの東京ガスは年間1200万トンの輸入量を誇るが、ジェラとの差は大きい。もちろん東京ガスには、ガス事業を長年担ってきたノウハウがあり、東電・中部にはない強みだ。だが、LNGを上流から大量に仕入れるジェラを有する東電・中部が、現時点では頭一つ抜きんでている

光熱費で賢い選択をしたければ、来年のガス自由化で起こるエネルギー業界の構造変化を押さえておくべきだろう。

----------------------------------------

最初に読んだ時は「えっ! ジェラって何?」と思って記事の最初まで遡って探してしまった。最後まで読むと「LNGを上流から大量に仕入れるジェラを有する東電・中部」という記述もあるので、「燃料調達分野での合弁会社」が「ジェラ」だと推定はできる。

ただ、いきなり「ジェラ」はまずい。「実は燃料調達分野でジェラという合弁会社を設立している」などと書いておくべきだ。ついでに言うと「東電・中部」という略し方は違和感がある。普通は「東電・中部電」だろう。

今回の特集で最も気になったのは特集のタイトルである「お金の賢者と愚者」にも関わる「賢者」と「愚者」の分類だ。ダイヤモンドは以下のように色分けしている。

【ダイヤモンドの記事】

ただ、先にも述べたように年収別に結果を並べても、「賢者」と「愚者」の境目は見えにくい。

そこで、人生の満足度を調べるために、「現在、幸せかどうか」について5項目で尋ねた。

具体的には、「仕事」「資産」「家庭」「余暇・休暇」「社会貢献・地域活動」について、それぞれ0から10までの11段階で、現在の満足度を測ったのである。

これによって、フローの収入を中心とした仕事の満足度だけでなく、資産というストックを加味したことになる。私生活でも、家庭や余暇の満足度に加えて、地域社会とのつながりも評価した。

その5項目を加重平均し「総合満足度」を算出した。これが人生の満足度となると考えたからだ。

そこで、総合満足度の中心となる値(中央値、5.2)を境目に、それ以上の人を「賢者」、未満の人を「愚者」と位置付けた

 総合満足度に加えて、世帯年収が1000万円以上かどうかを見て、回答者を四つのタイプに分類した。平均的な姿を示したのが、図1であり、次のようになる。

[金持ち賢者]
【平均世帯年収1305万円、総合満足度6.7】

[庶民賢者]
【平均世帯年収637万円、総合満足度6.4】

[金持ち愚者]
【平均世帯年収1270万円、総合満足度4.0】

[庶民愚者]
【平均世帯年収582万円、総合満足度3.6】

----------------------------------------

この分類には大きく2つの問題がある。

◎問題その1)満足度が高いと「賢者」なのか?

仕事」「資産」「家庭」「余暇・休暇」「社会貢献・地域活動」について「満足度が高い人=賢い」「満足度が低い人=愚か」との分類に納得できるだろうか。例えば、親の介護が大変で家庭生活に満足できない人は「愚か」なのか。資産家の親から多額の資産を相続して満足している人は「賢い」のか。仕事や家庭への満足度で「幸福か不幸か」は判断できるだろうが、「賢いか愚かか」を測れるとは思えない。

今回の分類を用いるならば「幸福な金持ち」「不幸な金持ち」「幸福な庶民」「不幸な庶民」とでもすべきだろう。

◎問題その2)「金持ちかどうか」に資産は関係ない?

記事の分類では、「金持ち」か「庶民」かを年収だけで判断している。資産は「賢者か愚者か」の判定に使っているだけだ。常識的に考えれば、金持ちかどうかは収入と資産の両面で判断するはずだ。

最後に1つ、「図解 シェアリング~物入り子育て世代がけん引 『共有』するスマート生活」という記事にツッコミを入れておきたい。

【ダイヤモンドの記事】

物だけでなく場所のシェアも盛んで、仲間でキッチン付きレンタルスペースを借り切り、酒や食事を持ち寄る飲み会が流行している。外食するより格安で済むからだ。

----------------------------------------

図では「居酒屋5000円(1回1人当たり)→レンタルスペース2000円程度(1回1人当たり、お酒・食事は持ち込み)」となっている。「お酒・食事は持ち込み」で、さらにスペース代として2000円も取られるならば「格安」とは言い難い。そもそも、単に安く済ませたいならば、誰かの家で飲む方が効果的だ。


※特集全体への評価はC(平均的)。小栗正嗣編集委員、片田江康男、北濱信哉の各記者については暫定でCと格付けする。清水量介副編集長の格付けは暫定D(問題あり)から暫定Cへ引き上げる。柳澤里佳記者は暫定B(優れている)を、岡田 悟記者はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。岡田記者の評価に関しては「週刊ダイヤモンドも誤解? ヤフー・ソニーの『おうちダイレクト』」を参照してほしい。

2016年4月23日土曜日

MJと一転、「世襲」無視の日経「迫真~迷走セブン&アイ」

なぜか「世襲問題」には触れずじまいだった。日本経済新聞朝刊総合1面で21~23日に連載された「迫真~迷走セブン&アイ」。21日の(上)では、記事の末尾に「セブン&アイの中興の祖、鈴木敏文氏が経営の一線から退く。カリスマ経営者の引退に至るまでの迷走を追う」との一文を載せている。ならば世襲問題は避けて通れないはずだ。触れなかったのは「あえて」なのだろう。ただ、疑問も残る。実は10日の日経MJに出た「セブン&アイHD鈴木会長突然の交代劇~不信増幅『お家騒動』」という記事では、世襲問題に言及している。MJの記事内容を紹介した上で、一転して本紙で世襲無視に転じた背景を推理してみたい。

菜の花が咲くJR久大本線(福岡県久留米市)
                ※写真と本文は無関係です
【日経MJの記事】

複数の関係者によると、伊藤氏はかねて、後継者問題について不信感を抱いていたようだ。伊藤氏の息子を経営の中枢から外す一方で、鈴木会長の次男である鈴木康弘氏にネット事業の構築という重責を担わせた。

伊藤氏の不信感が決定的となったのは、康弘氏が15年5月にセブン&アイ本体の取締役に就任するとともに、最高情報責任者(CIO)の肩書まで拝命した時だとみられる。康弘氏が担ってきたセブン&アイのネット事業は5期連続で赤字を計上。「あり得ない人事だった」(同社幹部)

そして、鈴木会長が主導した井阪社長交代の人事案が引き金となり、2人の間で長年はりつめてきた緊張の糸が切れた。

鈴木会長の動きは伊藤氏だけでなく、社内の不信を買う。昨年10月にセブン&アイの株を取得した米投資ファンド、サード・ポイントが「鈴木会長が次男の康弘氏をグループのトップに充てる道筋を付けようとしている」と指摘したのも、不信の増幅の表れだった

鈴木会長は「私はそんなことを一言も言ったことがない」と否定する。実際に鈴木会長の口から聞いた人はいない。だが、康弘氏を取締役にした時点で、周囲はそう捉えていなかった。

----------------------------------------

このくだりは、今回の問題の重要な点に迫っている。世襲に関して、鈴木氏は李下に冠を正しまくっていきた。そのことが、鈴木氏の井阪外しに対する周囲からの反発の根源にあると思える。しかし、3回にもわたる日経本紙での連載では、上記の内容が完全に抜け落ちている。

MJの記事の担当は松田直樹、豊田健一郎、中川雅之、宮住達朗という4人の記者。これが本紙の「迫真~迷走セブン&アイ」になると、中川記者が抜けて湯浅兼輔、牛山知也という2人の記者が加わっている。担当者の入れ替えが世襲問題の扱いに関係している可能性はありそうだ。

もう1つ考えられるのが、セブン&アイの村田紀敏社長への配慮だ。今回の連載では、村田氏を善玉、社外取締役の伊藤邦雄氏を悪玉として描いている(鈴木氏はやや善玉、井阪氏はやや悪玉か)。記者らが村田氏に肩入れしているとみられる記述が22日の(中)に出ていたので、まず見てみよう。

【日経の記事】

「1人に権限が集中する体制にはしない」

「最高経営責任者(CEO)などの肩書はやめようかと考えている」

「鈴木さんを支持した村田さんが社長を続けるのはよくない。会長になるのも変じゃないか」

新たな人事案の取りまとめが進むなか、社外取締役の伊藤の声はどんどん大きくなっていく。自宅前に連日押し掛ける報道陣に対し、自らが考える人事案を語る伊藤は明らかに高揚していた

一方、鈴木の引退表明で司令塔を失ったセブン&アイの社内の混乱はピークに達していた。事態の収束を急ぐなか、人事案は鈴木を除く全員が留任し、セブン&アイは村田、セブンイレブンは井阪が社長を続けるという方向に傾いていった。

15日に設定された指名報酬委。事前の調整のため、村田は13日、伊藤、米村と会談を開いた。井阪も含む社内の取締役がおおむね合意していたにもかかわらず、伊藤は村田の留任に反発した。その夜、伊藤は「一番常識があるのは社外取締役だから。私の中にある人事案を会社が受け入れてくれるかどうかですよ」と報道陣に話した。

翌14日、再び伊藤、米村と会談した村田は自身の退任を受け入れると申し出た。決着したかにみえた議論は伊藤の次の発言で紛糾する。「井阪さんはセブンイレブンの代表取締役会長も兼務すべきでは」。村田は「あなたはどこまで鈴木をおとしめれば済むんだ」と烈火のごとく反論した。

セブン&アイの中興の祖、鈴木は自らが育てたセブンイレブンの会長を兼務する。その鈴木と井阪をいきなり同格に扱うことに村田は我慢できなかった。徹底抗戦する構えの村田に伊藤は矛を収めた。しかし、15日の指名報酬委でも新たな波乱が起きる。

----------------------------------------

上記の村田氏の主張は常識外れだ。鈴木氏の後任に井阪氏が就くのであれば、鈴木氏の役職を全て引き継ぐのは常識的な選択と言える。前任を貶めるような行為ではない。例えば、サッカー日本代表の名監督がいて、A代表と五輪代表の監督を兼務していたとしよう。最終的には成績不振で解任され、後任の代表監督も五輪代表との兼任となりそうな時に、「いきなり兼任なんて前任の名監督を貶めるつもりか」などと言い出したら、「この人ちょっとおかしいのでは…」と思われても仕方がない。

なのに記事では「正しい主張をした村田氏が悪玉の伊藤氏に一矢報いた」とでも言いたそうな書き方をしている。一方で、伊藤氏に対しては「伊藤の声はどんどん大きくなっていく」「自らが考える人事案を語る伊藤は明らかに高揚していた」などと、かなり冷ややかだ。

今回の連載の内容を見ると、鈴木氏の退任表明後の人事取材で全面的な協力をしてくれた村田氏寄りのスタンスに日経の記者らが傾いている可能性はかなり高い。そして、その村田氏が鈴木氏の問題を世襲と絡めて論じられることに激しい抵抗を見せているとしたら…。あくまで推測だが、日経の世襲無視の理由としてありそうな話ではある。


※連載全体の評価はD(問題あり)。松田直樹、湯浅兼輔、豊田健一郎、宮住達朗、牛山知也の各記者への評価も暫定でDとする。21日の(上)に関しては「やはり鈴木敏文氏寄り? 日経『迫真~迷走セブン&アイ』」も参照してほしい。

2016年4月22日金曜日

同じ穴のムジナである日経に三菱自動車批判の資格なし

自分たちのことを棚に上げている自覚はあるのだろうか。22日の日本経済新聞朝刊総合1面に
消費者の信頼裏切った三菱自の燃費不正」という社説が載っている。燃費データに関する不正が発覚した三菱自動車を「消費者の信頼を裏切った罪は大きい」などと批判しているが、記事に関する間違い指摘を当たり前のように無視し続ける日経も同じ穴のムジナだ。

耳納連山と菜の花(福岡県久留米市)
           ※写真と本文は無関係です
社説では以下のように書いている。

【日経の社説】

「またやってしまったのか」という思いを禁じ得ない。三菱自動車が軽自動車で燃費をよりよく見せかける不正を意図的に行っていたと公表した。同社は以前2度にわたって組織的なリコール隠しが明るみに出て、消費者の反発で経営危機に陥った経緯がある。

それにも懲りず、新たな不正が発覚し、三菱自の企業体質に深刻な疑問が突きつけられた。

不正の対象は「eKワゴン」など62万5千台で、うち46万8千台は同社が日産自動車向けに供給した車だった。走行試験などを手がける性能実験部という部門が、燃費算定の前提となる「走行抵抗値」を都合よく操作し、カタログに記載される燃費性能を本来の値より5~10%水増ししたという。

いま求められるのは、燃費不正が他の車種にも及んでいないか、あるいは燃費以外の排ガスや安全関連の規制でも不正がなかったかを早急に確かめることだ。当該車を買った人に対しては、補償も必要だろう。消費者の信頼を裏切った罪は大きい

再発防止に向けては、不正に手を染めた個人の特定にとどまらず、不正の背後にどんな社内力学が働いたのかの解明も不可欠だ。

同社は昨年11月にも新車開発の遅れを会社に報告しなかったとして担当部長2人を諭旨退職処分にする異例の人事を行った。自動車会社の中枢を担う開発部門で、指揮命令系統や情報伝達に混乱が生じていないか、非常に気になる。

不正発覚のきっかけが提携先の日産自動車からの指摘だった事実も、三菱自の自浄能力に疑問を投げかけるものだ。同社は外部有識者による第三者委員会を設け、真相究明に当たるという。これを機に組織の風土や体質が抜本的に変わらなければ、企業としての社会的存在意義が揺らぐという危機感を関係者全員が共有してほしい

----------------------------------------

日経では、記事中の明らかな誤りがあっても、一部を除いて握りつぶしてしまう。最近で言えば、12日の朝刊1面で「エンゲル係数は、15年に25%と過去最高」と書いてしまった。25%を超えていた時期がそれ以前にあるのは少し調べれば分かることだ。しかし、日経は読者の指摘を無視している。

社説の表現を借りるならば「『またやってしまったのか』という思いを禁じ得ない」。社説では「当該車を買った人に対しては、補償も必要だろう。消費者の信頼を裏切った罪は大きい」とも書いている。ならば、明らかな誤りを含んだ記事を世に送り出した上に、訂正もせずに握りつぶす日経自身の「」はどうなのか。読者に対して「信頼を裏切った罪は大きい」とは思わないのか。

再発防止に向けては、不正に手を染めた個人の特定にとどまらず、不正の背後にどんな社内力学が働いたのかの解明も不可欠だ」という指摘もそのまま日経に当てはまる。日経の場合、「特定の個人や部署がミス握りつぶしに手を染めているだけ」という状況ではない。組織的かつ恒常的に間違い指摘を無視する社内風土が根付いている。

不正発覚のきっかけが提携先の日産自動車からの指摘だった事実も、三菱自の自浄能力に疑問を投げかけるものだ」と言うが、他社からの指摘を受けて不正を公表しただけでも三菱自動車は立派だ。ミス握りつぶしに関して、日経に「自浄能力」が期待できるのか。過去に読者からの間違い指摘は数多あったのに、当たり前のようにその多くを無視してきた事実から目を背けるべきではない。

組織の風土や体質が抜本的に変わらなければ、企業としての社会的存在意義が揺らぐという危機感を関係者全員が共有してほしい」という言葉はまず、日経自身に向けられるべきだ。


※社説の評価はD(問題あり)。エンゲル係数に関する誤りについては、「エンゲル係数は2015年に過去最高? 日経『もたつく景気』」を参照してほしい。

2016年4月21日木曜日

やはり鈴木敏文氏寄り? 日経「迫真~迷走セブン&アイ」

21日の日本経済新聞朝刊総合1面に「迫真~迷走セブン&アイ(上) 任せていただけないか」という記事が出ていた。出来はそれほど悪くはない。ただ、色々と疑問は湧いたし、薄れてきたとはいえ鈴木敏文会長寄りの記述も目に付いた。具体的に注文を付けてみたい。

福岡県うきは市の流川桜並木※写真と本文は無関係です
◎鈴木氏の反応は?

【日経の記事】

18日午後、セブン&アイ・ホールディングス本社(東京・千代田)の9階にある会長執務室。取締役の井阪隆一(58)はある決意を持って会長の鈴木敏文(83)のもとを訪ねた。

「会長を尊敬している。今後も顧問として残ってほしい」と訴える一方、「経営は私に任せていただけないか」。セブン&アイ社長への昇格が内定していた井阪はグループの全役職から退任する意向の鈴木にこう迫った

2カ月前――。同じ執務室で鈴木はコンビニエンスストア事業を担う中核子会社、セブン―イレブン・ジャパンの社長を務める井阪に対し、社長を退くよう命じた。わずか2カ月で2人の立場は大きく変わっていた。

------------------

これは記事の冒頭部分だ。「今後も顧問として残ってほしい」「経営は私に任せていただけないか」との井阪氏の呼びかけに鈴木氏がどう答えたのか不明なまま話が進んでしまう。

鈴木氏の反応を入れないで記事を構成する意図が理解できない。「どう反応したのかは分からない」という場合でも、その点を明示してほしい。「任せていただけないか」は見出しにもなっている。他の部分を削ってでも、ここは詳しく書くべきだ。

特に「今後も顧問として残ってほしい」との要請を鈴木氏が受け入れたかどうかは重要だ。鈴木氏の「グループの全役職から退任する意向」が本物かどうかを探る手掛かりになる。

◎グループ企業はコンビニだけ?

【日経の記事】

15年秋の三井物産からの意外な提案も鈴木の三井物産離れを加速させたとみる関係者がいる。米マクドナルドが検討している日本マクドナルドホールディングスの株式の売却に絡み、会食の席で三井物産首脳は「興味はありませんか」と持ち掛けた。鈴木は「相乗効果がない。コンビニをまったく理解していない」と一蹴した

----------------------------------------

三井物産の提案を「一蹴した」鈴木氏の判断がまともなような書き方が気になった。「相乗効果がない。コンビニをまったく理解していない」と鈴木氏は答えたようだが、そもそもセブン&アイ傘下の企業はセブンイレブンだけではない。「デニーズ」などを展開するセブン&アイ・フードシステムズという会社があるはずだ。鈴木氏の頭の中にはセブンイレブンしかないのかもしれないが、安易すぎる判断に見える。

記事を書く側としては「グループ内には外食企業もあるのだが」などと一言入れてあげる工夫が欲しい。そうすれば、セブン&アイに詳しくない読者でも「鈴木氏はかなり変だな」と理解できる。

◎鈴木氏の責任は?

15年末には井阪の統率力に対する鈴木の不信が一気に膨らむ事件が起きた。セブンイレブンの幹部2人に関する怪文書がグループ内で出回ったことだ。パワーハラスメントなどを指摘された幹部のうち、1人は降格となり、もう1人が代わりに昇格するという不可思議な幕引きとなった。醜聞騒動を未然に防ぐことができなかった井阪に鈴木は見切りを付けた

----------------------------------------

ここでは、井阪氏に見切りを付けた鈴木氏の判断がまともかのような書き方が引っかかった。当時のセブンイレブンでは鈴木氏がCEOで井阪氏がCOOだ。幹部に関する怪文書が出回ったぐらいで経営トップの責任が問われるのかとの疑問もあるが、とりあえず問われるものだとしよう。

その場合、なぜCEOは免責なのか。「醜聞騒動を未然に防ぐことができなかった」のはCEOである鈴木氏も同じだ。醜聞騒動を未然に防げないCEOの統率力には不信を持たなかったのだろうか。ここにも「上手くいったら自分の手柄。失敗すれば部下の責任」という鈴木氏の経営者としての本質が現れている。

そこを詳しく書けとは言わないが、「醜聞騒動を防げなかったという意味では鈴木氏も同じだが…」といった文言は入れてほしかった。


※記事の評価はC(平均的)。

2016年4月20日水曜日

日経ビジネス「資産運用」は山川龍雄編集委員で大丈夫?

「この人に資産運用を語らせて大丈夫なのか」と思わずにはいられなかった。日経ビジネス4月18日号に山川龍雄編集委員が「ニュースを突く(資産運用)~タンス預金は正しい選択か」という記事を書いていた。簡単に紹介すると「この分野に詳しくない私(そう明言はしていないが…)が、専門家である楽天証券経済研究所の山崎元・客員研究委員にタンス預金について色々と聞いてきました」とでも言うべき内容になっている。知ったかぶりをしない点を評価すべきかもしれないが、読んでいて少し不安になった。
唐津城(佐賀県唐津市) ※写真と本文は無関係です

「この人、分かってるのかなぁ…」と思わせる記述を具体的に見ていこう。

◎必ず手数料を取られる?

【日経ビジネスの記事】

ただ、金利が限りなくゼロに近いのに、銀行から預金を引き出すたびに手数料を取られるというのはどこか釈然としない。

----------------

三菱東京UFJ銀行を例に取ると、同行の預金を同行のATMで引き出す場合、土日祝日も含め午前8時45分~午後9時は手数料がかからないようだ。一定の条件を満たせば、コンビニATMなどでも無料で同行の預金を下せる。個人的には、手数料を払って預金を引き出した記憶がほとんどない。山川編集委員は「預金を引き出すたびに手数料を取られる」タイプなのだろうか。だとしても、「誰もが毎回手数料を取られているわけではない」との認識は持ってほしい。

◎「目を凝らさなければ」見えない?

【日経ビジネスの記事】

山崎氏が提唱するのが、通称「変動10」と呼ばれる、10年満期の変動金利の国債だ。1万円から購入でき、購入後は半年ごとにその時点での金利で利息がもらえる。発行から1年たてば、いつでも解約できるのも使い勝手がいい。

国債なので、信用リスクの点で銀行預金よりも安全なうえ、変動利回りの債券なので、仮に将来、長期金利が上昇しても、大きな損を抱えることがない。そして、この国債は最低利回りとして0.05%を保証している。この水準は、今となっては銀行に預けるよりも有利だ。

「財務省が『銀行よりも安全で有利な商品』とは宣伝できないので、あまり知られていないが、(元本割れを嫌う人にとって)安全なお金の置き場としては優れている」(山崎氏)

とはいえ、目を凝らさなければ、こうした「手元に置いておくよりはまだマシ」と思える資産の保全方法が見当たらないのが、今の日本の現実でもある。

----------------------------------------

個人向け国債の知名度が非常に高いとは言わないが、「目を凝らさなければ」見えないものでもない。10年以上の歴史があるし、少なくとも資産運用に関する記事を書く記者ならば、当たり前のように知っているはずだ。しかし、記事からは「山崎氏に話を聞くまで山川編集委員は『変動10』の存在を知らなかったのではないか」との疑問が湧いてくる。

ちなみに、個人向け国債がなくても「『手元に置いておくよりはまだマシ』と思える資産の保全方法」はある。預貯金だ。金利が年0.001%でも「手元に置いておくよりはまだマシ」とは言える(特に1金融機関当たり1000万円以下の場合)。「変動型の個人向け国債に資金を投じるよりマシ」とは言わないが…。

◎使ってしまうのに「死蔵化」?

【日経ビジネスの記事】

日本経済に流通していないタンス預金は“死に金”と揶揄される。その総額は、足元40兆円を超えたとの試算もある。マイナス金利の導入で日銀はお金を消費や投資に向かわせることを狙ったはずだ。ところが、国民はむしろ資産を死蔵化させる行為に走っていることが何とも皮肉である。

----------------------------------------

最後に、少し意地悪なツッコミを入れておこう。山川編集委員は山崎氏にタンス預金のデメリットを2つ挙げてもらい、さらに「このほか、筆者のようなこらえ性のない者にとっては、(3)手元にお金があると使ってしまう、という点も追加しておきたい」と述べている。だとしたら、タンス預金の増加は消費拡大につながるのではないか。タンス預金にしてしまうと、山川編集委員のような人がついつい「使ってしまう」のだから…。


※記事の評価はD(問題あり)。山川龍雄編集委員への評価も暫定でDとする。

2016年4月19日火曜日

「世襲」に触れない週刊ダイヤモンド「セブン鈴木会長引退」

19日の取締役会でセブン&アイ・ホールディングスは井阪隆一取締役の社長昇格を決め、鈴木敏文会長兼最高経営責任者が退任することになったらしい。今回は、この人事が決まる前に出た週刊ダイヤモンド4月23日号の「DIAMOND REPORT~セブン 鈴木会長引退 後継人事 まさかの否決 カリスマ経営者の誤算」という記事を取り上げたい。鈴木氏をひたすら持ち上げてきたダイヤモンドが今回の騒動をどう扱ったのか、検証していこう。

キャナルシティ博多(福岡市博多区) ※写真と本文は無関係です
記事の筆者は新井美江子記者と大矢博之記者。ダイヤモンドで数多くの「鈴木氏ヨイショ記事」を手掛けてきた田島靖久副編集長の名前は見当たらない。「鈴木教」の信者とも言える田島副編集長が今回の騒動をどう評するのかには興味があったが、答えは「沈黙」のようだ。あれだけの醜態を晒した鈴木氏を持ち上げるのは難しいし、かと言って手のひら返しで批判もできないといったところだろう。

記事の出来はどうかと言えば、待たせた割には今一つだ。鈴木氏が退任会見を開いたのは7日。東洋経済は翌週発売の4月16日号で鈴木氏の退任を記事にしたのに、ダイヤモンドは見送って4月23日号に回している。回すなとは言わないが、待たせた分だけハードルは上がる。しかし、期待に応えてくれたとは言い難い。

記事の問題点を挙げていく。

◎サード・ポイントと世襲問題をなぜ無視?

ダイヤモンドの記事には米投資ファンドの「サード・ポイント」の名前が一切出てこない。鈴木氏の次男への世襲を懸念するサード・ポイントは、井阪氏を退任させる当初の人事案を世襲への布石だと見ていた。そして、世襲につながりかねない人事案に反対する姿勢を明確にした。これは今回の騒動を理解する上で重要なポイントだ。「世襲問題」はもちろん「サード・ポイント」まで無視して「鈴木会長引退」を論じるところに、鈴木氏に甘いダイヤモンドらしさを感じる。

世襲問題に関しては、ダイヤモンドオンラインの「山崎元のマルチスコープ~鈴木敏文氏、『カリスマ・サラリーマン経営者』の3つの敗因」という記事で、経済評論家の山崎元氏が鋭く斬り込んでいる。「DIAMOND REPORT」よりはるかにレベルが高い。一部を紹介しよう。

【ダイヤモンドオンラインの記事】

鈴木敏文氏ご本人は、「そんな考え(世襲狙い)は全くない」と否定するものの、「世間から見ると、そう見える」という事実に対して、彼は、もっと敏感であるべきだったろう。自身の力を過信したのかも知れないが、大衆の心を読む「心理学」の重要性を強調した経営者としては、勝負に出るに当たっていかにも不用意だった。

そもそも、ワンマン社長が息子を自社に入社させること自体が、社長に対する人望を下げる要因だし、周囲は何も言わないだろうが、息子個人にとっても名誉な話ではない。家庭や本人の事情もあるので、入社自体を悪いとまでは言わないが、勝負に出る時期に、「世襲懸念」が出ない程度には息子を遠ざけておくべきだった。

----------------------------------------

◎理解に苦しむ「持ち株寄付」の話

【ダイヤモンドの記事】

さらに、社外取締役から「ガバナンスの問題として、創業者で大株主の伊藤家の判断も重要だ」との意見も出た。そこで、村田社長は伊藤雅俊名誉会長に人事案の承諾を得ようとしたが、拒絶された

伊藤家はセブン&アイHDの株式約10%を保有する。反対の理由は定かではないが、布石はあった。

関係者によれば、不振で赤字続きのイトーヨーカ堂のために「寄付してほしい」と鈴木会長の側近が伊藤家に要請したというのだ。この申し出を伊藤家の奨学金財団の常任理事を務める、伊藤名誉会長の長女は拒絶。伊藤家の鈴木会長への不信感が高まったという。

鈴木会長が会見で「私の提案を伊藤名誉会長が拒否したことは一回もなかった。世代が変わった」と繰り返した背景には、こうした事情もあったと関係者はみる。

----------------------------------------

この話は色々と疑問が湧く。

ヨーカ堂の再建のため創業家に支援を求めるにしても、常識的に考えれば「増資」だろう。なぜ「保有株の寄付」なのか? これは怪しい。創業家の人間でなくても警戒したくなる。創業家の株をどこに寄付するのかも記事の説明からは判然としない。

鈴木会長が会見で『私の提案を伊藤名誉会長が拒否したことは一回もなかった。世代が変わった』と繰り返した背景には、こうした事情もあったと関係者はみる」という解説も納得できない。寄付を拒否したのは「長女」かもしれないが、井阪氏を降ろす人事案の承諾は伊藤雅俊名誉会長に拒絶されたはずだ。「伊藤名誉会長は鈴木氏支持だが、長女らが不支持に回った」という話ではない。やはり、鈴木氏の発言の意図はよく分からない。新井記者と大矢記者には理解できているのならば、もう少しきちんと説明してほしかった。

◎引退撤回なら「止められる人はいない」?

【ダイヤモンドの記事】

鈴木会長の退任で、トップ不在という危機に陥ったセブン&アイHD。今後、巨大な組織を誰がコントロールしていくのか。複数の幹部の話を総合すれば、目下のところ考えられるのは、次の三つのシナリオである。

中略)第三のシナリオは可能性が低いが、鈴木会長が心変わりし、トップを続投するというものだ。

というのも、退任表明後、鈴木会長派の幹部らは連日“鈴木詣で”に走り、必死の慰留を続けているからだ。井阪社長の交代案に否定的だったある幹部も「まさか人事案の否決で鈴木会長が引退を言い出すとは思わなかった」と本音を漏らす。万が一、説得工作で鈴木会長の意志が揺らぎ、引退宣言を覆すことになれば、「止められる人はいない」(前出の幹部)

----------------------------------------

勘繰り過ぎかもしれないが、「やはりダイヤモンドは鈴木氏に引退してほしくないんだろうなぁ」と思ってしまう。特に「引退宣言を覆すことになれば、『止められる人はいない』(前出の幹部)」という書き方に、その願望が透けて見える。

これだけの騒動を起こして退任会見まで開いたのに「やっぱり引退しません」となったら、それこそ経営者として無責任すぎる。社内外から大きな反発が起きると考えるのが自然だ。なのに「止められる人はいない」という「鈴木会長派の幹部」の言葉をまともに受け止めてしまうとは…。

19日の日経(電子版)は以下のように報じている。「今後の鈴木氏の処遇については『最高顧問』などの名誉職を用意する予定だった。しかし、社外取締役が『影響力が残る』と難色を示しており、引き続き調整を進めるとみられる」。名誉職への就任でさえ社外取締役が抵抗しているようだ。だとしたら、「引退は止めてCEOを続けます」と宣言した場合、「止められる人はいない」とは考えにくい。

今回の記事では「記者会見という場で、上場企業のトップとは思えぬ部下へのバッシング」「指名委で反対された人事案を強引に取締役会にかけたのは無理があった。実現しないから引退という姿勢は、わがままな責任放棄としか映らない。カリスマ経営者の幕引きは、足跡に大きな汚点を残すものになった」などと鈴木氏に批判的な記述も見られる。遅きに失したとはいえ「ヨイショ一色」のこれまでの姿勢が変わってきている。とは言え、全体的にはやはり甘い。


※記事の評価はD(問題あり)。暫定でDとしていた新井美江子記者への評価はDで確定とする。大矢博之記者への評価はDを据え置く。両記者に関しては「ダイヤモンド『鈴木敏文』礼賛記事への忠告」「鈴木敏文セブン&アイ会長に相変わらず甘い週刊ダイヤモンド」も参照してほしい。また、「山崎元のマルチスコープ~鈴木敏文氏、『カリスマ・サラリーマン経営者』の3つの敗因」の評価はB(優れている)とする。山崎元氏への評価はA(非常に優れている)を維持する。

2016年4月18日月曜日

まさに紙面の無駄遣い 日経 大林尚欧州総局長の「核心」

肩書が編集委員から欧州総局長に変わっていたが、記事の出来に大きな改善はないようだ。18日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に「核心~英『EU離脱派』の胸の内 有権者揺さぶる新聞論調」という記事を大林尚 欧州総局長が書いていた。200行を超えるスペースを埋めるのに四苦八苦しているのか、本筋と関係の乏しい話が冒頭から延々と続くのが大林氏が描く「核心」の特徴だ。今回もそれは変わらない。本題に入っても、結局はぼんやりとした説明で終わってしまう。大林氏に「核心」を任せるのは明らかに紙面の無駄遣いだ。
筑後川橋(片の瀬橋)と菜の花(福岡県久留米市)
           ※写真と本文は無関係です

具体的に中身を見ていこう。まず、英国の新聞に関する記述から。これが無駄に長い。

【日経の記事】

フリート街は英国の新聞界を指す代名詞だ。ロンドンの金融街シティの西隣を東西に貫く500メートルほどの通りに、かつては新聞社や出版社がひしめいていた。本紙欧州総局もこの近くにあるが、英有力紙のほとんどは移転してしまった。

名残をとどめるのが通りから一歩入った聖ブライド教会だ。出版界の草分けウィンキン・ド・ウォードがその一角に印刷所を設けたのが西暦1500年。プレス(印刷機)が報道機関の俗称になった由来とされる。

ジャーナリストの聖地である。正面の祭壇と垂直に並んだベンチの背もたれには、各国の新聞社やテレビ局のスター記者らの名を刻んだプレートがはめ込まれている。殉職記者の遺影が飾られた脇の祭壇には、4年前にシリアで殺された山本美香さんの姿があった。

ウォードの死後、印刷機は没収され、出版は国王の専権になったが、やがて新聞に似た印刷物が出回るようになる。印刷業者の投獄が相次いだため、欧州大陸から持ちこまれた。英メディア事情に詳しいジャーナリストの小林恭子(ぎんこ)氏によると、17世紀初めにはアムステルダムで刷った英語媒体「コラント」が海を渡ってきた。日付と発行番号が記され、定期刊行する新聞の体裁を整えていた。

以来4世紀。英国の民主政治は曲折を経ながら新聞とともに熟成してきた。日本の消費税にあたる付加価値税の税率は20%だが新聞はゼロ。それは19世紀、産業革命後に都市部に出てきた工場労働者の選挙権獲得運動に端を発する。民主政治を守るために「知識への課税」はまかりならぬという哲学が底流にあった。

ゼロ税率の品目を減らすのに執心するオズボーン財務相も、新聞には手をつけない。苦難の歴史に裏打ちされた新聞が世論形成に果たす役割は、日本より大きいようにみえる。無料紙を含め、ロンドンの地下鉄で少なからぬ人がタブロイド判を広げているのは、いまだに携帯電波が通じないからだけではなかろう。

----------------------------------------

本題である「英国のEU離脱問題」に入るまでに、記事の約3分の1を使ってしまっている。「有権者揺さぶる新聞論調」を見出しにしているのだから、「英国の新聞事情に触れるな」とは言わない。しかし、さすがに長すぎる。これが後に生きてくるならまだいいが、最初の3分の1を読まずに本題に入っても何の問題もない。やはり紙面の無駄遣いだ。

ならば本題についてはしっかり論じているかと言えば、そうでもない。残りの3分の2は以下のようになっている。

【日経の記事】

6月23日木曜日、英国の近未来を決する国民投票がある。欧州連合(EU)にとどまるか抜けるか、二者択一を有権者に問う。

EU改革についてキャメロン首相がほかの加盟国の政治指導者と合意したのが2月半ば。これを機に、英新聞界の報道合戦が熱を帯びた。独断を交えて色分けすれば、知識層が好むフィナンシャル・タイムズ(FT)やリベラルな論調のガーディアンが残留支持、大衆紙デイリー・エクスプレスは離脱支持だ。サンもEU嫌いで知られている

経済界や官界の支配層、いわゆるエスタブリッシュメントは、ほぼそろって残留を呼びかけている。「人・モノ・金・サービスが自由に行き来する単一市場から抜けるのは、英経済と国民生活に大きな負の影響をもたらす。常識を働かせれば明らかだろう」と。これはエスタブリッシュメントにとっての常識である

FT電子版が12日に集計した世論調査の結果は、残留43%・離脱42%。非常識が常識に拮抗している。どんな人がEUを抜けたいと思っているのか

ひとつのヒントは英国から遠く東へ離れたバルト3国にある。第2次大戦後、ソ連に組み込まれたエストニア、ラトビア、リトアニアがEU加盟を果たしたのが2004年。国境審査を省く欧州のシェンゲン圏に加わり、ソ連からの独立後に勝ち取った自国通貨を捨ててユーロ圏にも入った。

ドイツ、フランスを核とするEU中枢との一体感を演出させたのは、ひとえに隣国ロシアの軍事的脅威だ。1年前、エストニアの首都タリンで聞いた「ウクライナ危機は人ごとではない」という政府高官の言葉を思い出す。単一市場への参加もさることながら、3国はEUを西欧に溶け込むための政治共同体とみなしている。

政治統合の色を濃くしたEUに反感を抱く人が増えたのが英国だ。800もの言葉が行き交い多文化主義が根づくロンドンより、伝統を重んずる白人が古くから暮らす地方都市にそれは顕著だ。階級社会の英国にあって、必ずしも豊かな層とは限らない。EUをおとしめる読み物を連発する大衆紙の熱心な読者である。

欧州委員会(行政府)と欧州議会(立法府)の権能強化への反発は、英政権を担う保守党内にもある。オックスフォード大からの首相の盟友ジョンソン下院議員兼ロンドン市長は反旗を翻し、離脱賛成の論陣を張る。政治機関化するEUの雇用規制や農業補助金は英国から活力を奪う恐れがある。エスタブリッシュメントも残留一色ではない

今月、英政府は国内すべての家庭のポストにカラー刷りの小冊子を投函(とうかん)した。表題は「政府はなぜEU残留がベストの決断だと信じるのか」。英国がとどまれば域内貿易が雇用を増やし、経済を強くし、暮らしの質を高める。離れれば通貨ポンドが急落し、国内物価が上がり、生活水準を損なう。高校生にもわかる平易な解説だ。

ただし大衆紙のEU悪玉論はもっと直截(ちょくせつ)。先月は「女王、ブレグジット支持」の大見出しを掲げたサンが物議を醸した。ブレグジットは英国の離脱を意味する造語だ。

投票日まで2カ月。直接民主制が下す歴史判断に、英新聞界は執拗に働き続けようとしている。

----------------------------------------

まずは、上記の記述に関する間違い指摘を日経に送ったので、その内容を紹介したい。

【日経への問い合わせ】

欧州総局長 大林尚様

「核心~英『EU離脱派』の胸の内 有権者揺さぶる新聞論調」という記事についてお尋ねします。英国のEU離脱に関して「経済界や官界の支配層、いわゆるエスタブリッシュメントは、ほぼそろって残留を呼びかけている。『人・モノ・金・サービスが自由に行き来する単一市場から抜けるのは、英経済と国民生活に大きな負の影響をもたらす。常識を働かせれば明らかだろう』と。これはエスタブリッシュメントにとっての常識である」と大林様は説明しています。しかし「人」が自由に行き来できるのは、EUの中でもシェンゲン協定加盟国に限った話であり、英国は非加盟です。英国は元々「人・モノ・金・サービスが自由に行き来する単一市場」には加わっていないのではありませんか。

記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。大林様の記事に関しては、昨年12月16日の朝刊に載った「カルテル捨てたOPEC ~原油安、改革競争迫る」でも間違いを指摘しました。記事の「ペルシャ湾のとば口、フジャイラは人口18万」という記述に関して、「フジャイラの位置を『ペルシャ湾のとば口』とするのは誤りではないか」とお尋ねしましたが、現在までに回答を頂いておりません。この件に関しても、対応をお願いします。

日経では、読者からの間違い指摘を無視するのが当たり前になっています。欧州総局長として責任ある行動を取ってください。

----------------------------------------

回答が届く可能性は極めて低いと思われる。この件以外の問題点を列挙してみる。

◎EU残留が「エスタブリッシュメントの常識」?

まず整合性の問題がある。「『人・モノ・金・サービスが自由に行き来する単一市場から抜けるのは、英経済と国民生活に大きな負の影響をもたらす。常識を働かせれば明らかだろう』と。これはエスタブリッシュメントにとっての常識である」と書いているのに、4段落を間に挟んだ後に「エスタブリッシュメントも残留一色ではない」と出てくる。矛盾しているわけではないが、もう少し書き方を工夫すべきだ。「さっきと話が違うじゃないか」と思わずにはいられなかった。

◎結局、「どんな人がEUを抜けたいと思っている」?

どんな人がEUを抜けたいと思っているのか」と問いかけてはみたものの、ほとんど答えらしきものは見当たらない。強いて言えば「ロンドン以外に住んでいる人」だろうか。記事によると「必ずしも豊かな層とは限らない」し、「エスタブリッシュメントも残留一色ではない」らしい。「だったら結局、『どんな人』なの?」と聞きたくなる。バルト3国の話まで長々とした割には、「なるほど」と唸らせる内容になっていない。

◎新聞論調はどう有権者を揺さぶってる?

有権者揺さぶる新聞論調」という見出しを付けて、英国の新聞事情を長々と述べたのに、肝心の「EU離脱に関して新聞の論調はどう有権者を揺さぶっているのか」が見えてこない。

この件に関しては「知識層が好むフィナンシャル・タイムズ(FT)やリベラルな論調のガーディアンが残留支持、大衆紙デイリー・エクスプレスは離脱支持だ。サンもEU嫌いで知られている」「先月は『女王、ブレグジット支持』の大見出しを掲げたサンが物議を醸した。ブレグジットは英国の離脱を意味する造語だ」と書いている程度だ。サンの件は「論調」ではないし、「残留支持」の新聞の論調の中身には全く触れていない。これでは「英国の有権者は新聞の論調に揺さぶられているんだな」とは感じられない。

さらに言えば、「女王、ブレグジット支持」の話は説明が足りない。これは、「王室が報道を否定した」「王室は政治的中立が原則」といった背景に触れないと、話が見えてこない。「サンの報道に関して日経の読者は事情をよく分かっている」との前提で大林氏は記事を書いているのだろうが、無理がある。

◎安易すぎる結論

記事の結びは「投票日まで2カ月。直接民主制が下す歴史判断に、英新聞界は執拗に働き続けようとしている」となっている。国家にとっての大きな選択なのだから、新聞が熱心にEU離脱問題を報じるのは当たり前だ。英国の新聞の歴史にまで触れて、かなりの紙幅を割いてきたのに、その結論が「英新聞界は執拗に働き続けようとしている」では辛い。「それはそうでしょうね」と言うしかない。

結局、「特に言いたいこともないが、順番が回ってきたので英国のEU離脱問題で何とか行数を埋めてみよう」ぐらいの気持ちで記事を書いたのだろう。「伝えたい内容が見つからない」という思いだけは、紙面からしっかり伝わってくる。


※記事の評価はD(問題あり)。大林尚欧州総局長への書き手としての評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。大林氏に関しては「日経 大林尚編集委員への疑問」「なぜ大林尚編集委員? 日経『試練のユーロ、もがく欧州』」「単なる出張報告? 日経 大林尚編集委員『核心』への失望」「日経 大林尚編集委員へ助言 『カルテル捨てたOPEC』」も参照してほしい。

2016年4月17日日曜日

タクシー初の値下げ? 日経 西條都夫編集委員の誤り

日本経済新聞の西條都夫編集委員に厳しい評価を下す時期が来たのだろう。12日付で電子版に載った「ニュースこう読む~『タクシー王子』の決断 史上初のタクシー値下げへ」という記事に誤りを見つけて14日に問い合わせをしたものの、丸2日以上が経過しても回答はない。日経が間違い指摘を握りつぶすのは会社の方針とも言えるが、それでも筆者自身の責任を免除はできない。「ベテランの書き手でありながら初歩的な確認を怠った」と推測できる点もマイナスだ。

佐田川と菜の花(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です
そこで、D(問題あり)としてきた西條編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)に引き下げる。「記事の説明は誤りなのに、あえて指摘を無視している」との前提に基づく。可能性は非常に低いが、日経からの回答が届いた場合は評価を再検討する。

問い合わせの内容は以下の通り。

【日経への問い合わせ】

編集委員 西條都夫様

電子版の「ニュースこう読む~『タクシー王子』の決断 史上初のタクシー値下げへ」という12日付の記事についてお尋ねします。記事には「タクシー大手の日本交通が現在730円の初乗り料金(東京23区と三鷹市、武蔵野市)を410円に引き下げる料金プランを発表した。タクシー業界はこれまで値上げこそすれ、値下げは一度もしたことがない」との記述があります。

しかし、タクシー業界の値下げは今回が初めてだとは思えません。例えば、名古屋市の宝タクシーは2012年10月に初乗り料金を20円引き下げて480円としたようです(今年3月に元の500円に戻しています)。値下げの事例は他にもあります。「タクシー業界はこれまで値上げこそすれ、値下げは一度もしたことがない」との説明は誤りではありませんか。正しいとすれば、宝タクシーの件はどう理解すべきか教えてください。

問い合わせから1週間が経過しても回答がない場合、記事の説明は誤りだと判断させていただきます。日本経済新聞社では記事の誤りを意図的に握りつぶすのが習い性になっています。これが「クオリティージャーナリズム」を戦略の土台に据えようとする新聞社として望ましい行動かどうかをもう一度よく考えてみてください。

----------------------------------------

※西條編集委員に関しては「春秋航空日本は第三極にあらず?」「何も言っていないに等しい日経 西條都夫編集委員の解説」「日経 西條都夫編集委員が見習うべき志田富雄氏の記事」も参照してほしい。

追記)結局、回答はなかった。

2016年4月16日土曜日

問い合わせから1カ月後に届いた週刊エコノミストの回答

問い合わせから1カ月が経って、ようやく週刊エコノミストから回答が届いた。3月22日号の特集「直撃! マイナス金利 地銀・ゆうちょ・信金+生保」の中の「生命保険 長期的には経営の影響大 保険料の上昇圧力強まる」という記事に関するものだ。回答が遅れたことに関してエコノミスト編集部を責めるつもりはない。筆者に回答を促していたと思えるからだ。以下は筆者であるSMBC日興証券株式調査部シニアアナリストの丹羽孝一氏の見解だ。予想通りの苦しい弁明になっている。問い合わせの内容と併せて見てほしい。

久留米城跡の桜(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です
【問い合わせ】

「保険料を上げないということは、会社の所有者である、上場会社であれば株主、相互会社であれば相互会社の持ち分価値を毀損させているということである。保険契約者と会社の所有者のどちらを重視するかという価値判断の問題である」という説明です。ここからは「相互会社の所有者は相互会社そのもの」と読み取れます。しかし、「相互会社の所有者=社員(保険契約者)」ではありませんか。

【回答】

記事における「相互会社であれば相互会社の持ち分価値を~」の部分は、直前の「上場会
社であれば株主」の部分と対になります。

ご指摘の通り、相互会社の所有者は、社員(保険契約者)です。記事では社員(保険契約
者)の総体が保有する持ち分価値を指すという意味で「相互会社の持ち分価値」という表
現を用いました。この場合、「社員(保険契約者)が有する持ち分価値」という表現も可
能となります。

【問い合わせ】

「保険契約者と会社の所有者のどちらを重視するか」という記述について。相互会社の
所有者を保険契約者とすると、保険契約者を重視することは同時に会社所有者の重視にも
なるので、「保険契約者と会社の所有者のどちらを重視するか」という問いかけ自体に意
味がなくなります。

【回答】

保険契約者は時間の経過とともに、加入および契約の終了・中途解約などにより入れ替わ
ります。資産運用の環境悪化により保険料を値上げしなければならない状況で、過度に割
安な保険料で保険の販売を行うと、会計上、保険関係責任準備金の追加的な計上が求めら
れ、保険会社の利益が減少し、保険料を値上げしなかった場合と比べ、純資産の拡大ペー
スが低下します。このことは、保険料改定前の契約者保険契約者(=相互会社の持分を有
する人)が本来持っていた経済的持分が減少します。契約者配当が減少する可能性もあり
ます。つまり、契約者間の不公平感が生じることになります。記事の言葉を補うとすれば
、「相互会社の場合、将来の保険契約者と現在の会社所有者(保険契約者)のどちらを重
視するかという価値判断の問題」となります。

----------------------------------------

この程度の回答であれば、海外出張があったとしても1カ月もかけたことを正当化はできない。記事中で基礎的な説明がきちんとできなかった上に、回答まで常識外れの時間をかけた点を重くみて、書き手としての丹羽孝一氏の評価はE(大いに問題あり)とする。

回答までに1カ月もかかったのは、丹波氏の書き手としての姿勢に問題があったからだと推測できる。それでも最終的に回答したことは前向きに評価したい。間違い指摘の無視が常態化している日本経済新聞、日経ビジネス、週刊ダイヤモンドの関係者は見習うべきだろう。


※この件に関しては「1つだけ惜しい所が…週刊エコノミスト『マイナス金利』特集」も参照してほしい。

2016年4月15日金曜日

ロック・フィールドの奇妙な社長人事で日経が書くべきこと

流通業界のトップ人事と言えばセブン&アイホールディングスに注目が集まっているが、14日にはロック・フィールドも気になる人事を発表している。15日の日本経済新聞朝刊企業面に載った「ロック・フィールド創業者の岩田氏、社長に復帰」という記事の全文を見た上で、日経に注文を付けておきたい。
西南学院小学校(福岡市早良区)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

総菜店「RF1」などを展開するロック・フィールドは14日、創業者の岩田弘三会長兼最高経営責任者(75)が5月1日付で社長に復帰する人事を発表した。古塚孝志社長(51)は代表権の無い専務になる。古塚氏は工場立ち上げなどに携わってきた生え抜きで、2014年に社長に就いていた。

同社は16年4月期も増収増益を見込むが、「経営体制を刷新して一層の企業価値向上を図る」としている。

岩田 弘三氏(いわた・こうぞう)56年(昭31年)兵庫県立東神戸高校中退。72年ロック・フィールド設立、社長。14年会長兼最高経営責任者。兵庫県出身。75歳

----------------------------------------

「これだけ?」というのが率直な感想だ。業績不振に陥ったわけでもないのに、就任から2年しか経っていない51歳の社長を専務に降格させて、創業者の会長が社長に復帰する。「ロック・フィールドに何があったのか?」と思うのが当然だ。しかし、日経を読んでもロック・フィールドがニュースリリースに載せた「経営体制を刷新して一層の企業価値向上を図る」という「異動の理由」が出ているだけだ。

一般紙ならばまだ分かる。何のための経済紙なのか。人事なんて他紙より早く報じる必要はない。ただ、気になる発表があったら「さすがに経済紙だな」と思わせてくれる解説が欲しい。

発表された段階では、記者も何が何だか分からないはずだ。それを責めるつもりもない。しかし、「古塚社長は何か問題を起こしたんですか」といった質問を広報担当者にぶつけるぐらいはできるだろう。「ニュースリリース以上の内容は何も言えない」といった反応しかないかもしれない。それでも何かしらの取材結果を記事に盛り込んでくれれば、「記者も問題意識を持って取材しているんだな」と思えるし、読者として続報を待つ気にもなる。

16年4月期も増収増益を見込むが~」の部分に問題意識が見えなくもないが、やはり物足りない。ロック・フィールドでは従来も岩田弘三氏が「会長兼最高経営責任者」だったのだから、同氏の経営トップとしての地位は変わらない。つまり「経営体制を刷新」には当たらない。なのになぜ社長を専務に下げてまで社長に復帰するのか。やはり謎だ。

経済紙として日経の続報に期待したい。


※記事の評価はC(平均的)。

色々と辻褄が合わない日経「セブン&アイ社長に井阪氏」

15日の日本経済新聞朝刊1面に載った「セブン&アイ社長に井阪氏 セブン古屋氏、鈴木氏は最高顧問 指名委に提案」という記事は色々と辻褄の合わないところがあった。記事の全文を見た上で、疑問点を挙げてみたい。

福岡県うきは市の流川桜並木 ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】 

セブン&アイ・ホールディングスが15日に開く指名報酬委員会に提案する人事案の概要がわかった。セブン&アイの社長に中核子会社セブン―イレブン・ジャパンの社長を務める井阪隆一取締役(58)が昇格し、引退を表明している鈴木敏文会長(83)は最高顧問に就く。井阪氏の後任のセブンイレブン社長は古屋一樹副社長(66)が昇格する。指名報酬委での議論を踏まえ、19日の取締役会で決める。

井阪氏の昇格に伴い、村田紀敏社長(72)は退任する。鈴木氏と村田氏を除くセブン&アイの取締役は全員が留任するとみられる。このうち後藤克弘取締役(62)が副社長に昇格する。鈴木氏は5月末の株主総会後にグループのすべての役職を退任し、最高顧問に就く見通しだ

セブン&アイが7日に開いた取締役会では井阪氏から古屋氏へのセブンイレブンの社長交代を含むグループの新しい経営体制に関する人事案が否決された。人事案を主導した鈴木氏が取締役会の結果を受け、グループのすべての役職から引退すると表明していた

セブン&アイのグループ人事は長年、鈴木氏が最終的に判断してきた。引退を表明した7日の記者会見で鈴木氏は「後継指名はしない」と断言。セブン&アイの一部の幹部には鈴木氏に追随しようとする動きもあり、人事案の取りまとめでは誰が主導権を握るかが焦点となっていた

セブン&アイは3月に指名報酬委を設置。委員長を務める一橋大大学院特任教授の伊藤邦雄氏、元警視総監の米村敏朗氏の社外取締役2人と鈴木氏、村田氏で構成する。

7日に否決された人事案について、指名報酬委ではセブンイレブンの社長交代に社外取締役が反対していた。今回の人事案についても、鈴木氏が主導した前回の人事案に賛成した村田氏がグループに残ることに社外取締役から反発の声が上がっていた

----------------------------------------

◎「最高顧問に就く」のに「すべての役職から引退」?

セブン&アイの「最高顧問」に就任するならば、鈴木氏は「グループのすべての役職を退任」とは言えない。名前から判断すると相談役よりも格の高い役職だと思える。「グループのすべての役職を退任すると表明していたが、最高顧問に就任してグループ内にとどまる見通しとなった」などと書くべきだろう。

◎村田氏はグループに残る?

今回の人事案についても、鈴木氏が主導した前回の人事案に賛成した村田氏がグループに残ることに社外取締役から反発の声が上がっていた」と書いてあると、「今回の人事案」では「村田氏残留」となっているように感じる。しかし、記事の最初の方で「井阪氏の昇格に伴い、村田紀敏社長(72)は退任する」と述べているので、うまく整合しない。

これは最終段落の書き方がまずい。「今回の人事案についても、鈴木氏が主導した前回の人事案に賛成した村田氏をグループ内に残さないよう求める声が社外取締役から上がっていた」などと直せば問題ない。

さらに言うと、村田氏の残留に社外取締役が反対していた理由を「鈴木氏が主導した前回の人事案に賛成した」ことに求めるのは苦しい。前回の人事案に賛成した「社内取締役」は鈴木氏と村田氏を除いても5人いる。この5人も退任ならば分かるが、記事では「鈴木氏と村田氏を除くセブン&アイの取締役は全員が留任するとみられる」と書いている。そうなると、村田氏の残留に社外取締役が反対したのは、他にも大きな理由があると考える方が自然だ。

◎誰が主導権を握った?

人事案の概要がわかった」と書いたうえで「人事案の取りまとめでは誰が主導権を握るかが焦点となっていた」と解説するのであれば、「誰が主導権を握って取りまとめたのか」に触れるべきだ。今回の騒動では鈴木氏側と創業家の確執も明らかになっていただけに、創業家の影響力も気になる。

◎会長・CEOはどうなる?

記事から推測するに、鈴木氏が務めていた「会長兼CEO」は今回の人事案では置かないのだろう。とは言え、そこは言及してほしかった。

とりあえず疑問点はこんなところだ。人事が決まった段階での詳細な解説に期待しよう。


※記事の評価はD(問題あり)。

2016年4月14日木曜日

日経 浜美佐記者の「新社会人の外貨運用」に抱いた疑問

13日の日本経済新聞朝刊マネー&インベストメント面に浜美佐記者が「新社会人の外貨運用 長期視野で、リスク考慮」という記事を書いていた。その中に引っかかる説明があったので取り上げてみたい。

気になったのは以下のくだりだ。
小椎尾神社(福岡県うきは市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

長期の資産運用をこれから始める場合、一部に外貨建ての資産を入れておくメリットは大きい。日銀は現在、持続的に物価上昇率年2%が維持できる環境を目指して金融緩和を実施している。これが実現すれば、物をいくらで買えるかという円の実質的な価値は目減りする。資産の一部を外貨建てで持っておけば、インフレによって円建て資産価値が目減りするのをカバーできる。「中長期的な資産防衛のために外貨を持つことは重要だ」と福田氏は指摘する。

投資に回せるお金が少ない新社会人でも始めやすいのは積み立てによる外貨運用だ。例えば毎月1万円など無理のない金額を外貨で積み立てる。投資時期を分散できるため、1度に大金を投じるよりもリスクを少なくできる

----------------------------------------

疑問点を列挙してみる。

◎疑問その1~「インフレ率2%」が条件?

これ(インフレ率2%)が実現すれば、物をいくらで買えるかという円の実質的な価値は目減りする」と浜記者は言う。インフレ率2%で円の実質的価値が目減りするのであれば、インフレ率1%でも目減りは起こる。日銀が目標を達成するかどうかは基本的に関係ない。インフレかデフレかの問題だろう。

◎疑問その2~金利を考慮してる?

円の実質的な価値は目減りする」と単純に言っているのが気になる。現金で持っていれば確かにそうだが、「目減り」を考える場合、金利を考慮したい。インフレ率が2%でも、名目の預金金利が2%以上ならば、預金の実質的な価値は目減りしない。そしてインフレ率と金利は基本的に連動する。「インフレ傾向が強まると現金の実質的価値が減るから何か投資を考えないと…」というのは、投資に誘い込む文句としてよく耳にする。誘い込む側の人が「金利」に触れないのは分かるが、記者も同じでは困る。

◎疑問その3~外貨建て資産でインフレに対応?

資産の一部を外貨建てで持っておけば、インフレによって円建て資産価値が目減りするのをカバーできる」だろうか。外貨預金を持つ場合で考えてみよう。インフレによる円の実質的な価値の目減りを心配するならば、他の通貨でも同じだろう。高金利通貨の場合、基本的にはインフレ率も高くなる。インフレ率の高い通貨は低インフレの円に対して下落しやすいので、理論的には高金利と相殺される。もちろん理論通りにならない場合はあるし、外国株などに投資するならば別の要素も考慮する必要がある。ただ、「インフレによって円建て資産価値が目減りするのをカバー」するために外貨建て資産を持つ必要があるかどうかは微妙だ。

◎疑問その4~投資時期の分散でリスクを低減?

投資時期を分散できるため、1度に大金を投じるよりもリスクを少なくできる」という説明は嘘ではないが誤解を招く。投資期間を今後10年、投資金額を100万円とする場合、100万円を一気に投じて10年間待つ方が、これから月1万円ずつ投資して10年後に回収するよりリスクは膨らむ。一気に投資する方が「金額×期間」が大きくなるからだ。同一商品に投資するならば50万円より100万円の方が大きなリスクを負うのと同じ理屈だ。

積み立ての場合「1度に大金を投じるよりもリスクを少なくできる」のは、「投資時期を分散できるため」というより「金額×期間」を小さくできるからだ。「金額×期間」が同じで、同一商品に投資するならば、基本的にリスクは変わらない。投資でいう「リスク」とは「リターンの不確かさ」だからだ。

A社株を保有するリスクは、A社株を買った時の価格が100円の人も150円の人も同じになる。これは「投資のリスク=リターンの不確かさ」という認識がないと、やや理解しづらい。積み立て投資は「高値づかみのリスク」を避ける効果はあるが、これだと「リスク」の意味が変わってくる。それに「高値づかみのリスク」から逃れるために「安値で一気に拾う機会」も放棄している。「投資時期の分散」に関しては「有利不利はない。本人の好みで判断すればいい」と考えるのが妥当だろう。


※色々と注文を付けてきたが、記事全体の完成度はそれほど低くない。記事の評価はC(平均的)とする。暫定でD(問題あり)としていた浜美佐記者への評価は暫定Cに引き上げる。

2016年4月13日水曜日

週刊ダイヤモンド須賀彩子記者の「解決できない構造問題」

週刊ダイヤモンドの須賀彩子記者に関しては「素人臭さが目立つ」とこれまで評してきた。それは4月16日号の「財務で会社を読む~日本マクドナルドホールディングス 既存店売上高回復はまやかし 解決できない構造問題」という記事でも変わらない。個人的には、マクドナルドよりも須賀記者の「解決できない構造問題」が気になる。
唐津城から見た高島(佐賀県唐津市)
         ※写真と本文は無関係です

記事の問題点を具体的に見ていこう。まず「既存店売上高回復はまやかし」という見出しが引っかかる。

【ダイヤモンドの記事】

「勢いを取り戻している」。日本マクドナルドホールディングスのサラ・カサノバ社長は、2016年に入って以降、このように強調する。既存店売上高が、前年同月比で1月が35.0%増、2月も29.4%増、3月は18.3%増とプラスが続き好調だからだ。

しかし、これは「前年同月比」という数字のマジックにすぎない。というのも、14年7月に発生した鶏肉の消費期限切れ問題に伴って売り上げは激減。15年1月には異物混入事件が起きていっそう落ち込み、ハードルが大きく下がっていた。そうした事情を鑑みれば、3月の売上高は依然として2年前の水準を1割ほど下回っている。

--------------------

デジタル大辞泉によれば「まやかし」とは「ごまかすこと。また、そのもの。いかさま。いんちき」という意味だ。マクドナルドの既存店売上高に関して「数字のマジックにすぎない」と言うのは分かる。しかし、別に数字をごまかしているわけではない。既存店売上高の増減を普通に出しているだけだ。これが「まやかし」ならば、どういう数字を出せばいいのか。「前年同月比ではなく2年前の同月比で既存店の数字を出します」という方針をマクドナルドが打ち出したら、かえって混乱するだろう。

今回の記事で最も問題が多いと思えたのが以下のくだりだ。

【ダイヤモンドの記事】

背景にあるのは、利益を確保したいがために混迷を極めた価格戦略だ。

外食産業では、「中国による食材の買い占めや円安の進行により、12年ごろから食材価格が上がり始めた」(鮫島誠一郎・いちよし経済研究所主席研究員)。その影響はマクドナルドにも当然及び、10年に31.9%だった売上高に占める食材費率が、13年には35.3%にまで3.4ポイントも上昇した。

これに対して、当時のマクドナルドが打った手が「値上げ」だった。その結果、図(3)からも分かるように、13年は客単価が上がっている。しかし、値上げは消費者の反発を呼んで客足は遠のき、既存店売上高は回復しなかった。そうしたタイミングで鶏肉問題が起き、追い打ちをかけた。

慌てたマクドナルドは14年10月から「昼マック」を投入。平日昼のセット価格を100円程度引き下げ、350円、450円、550円の三つの価格帯で展開した。

ところが、15年1月に異物混入事件が発生、売り上げのさらなる減少に加えて、食材費率はますます上昇し、15年には原価が売上高を上回る赤字構造となってしまったのだ。

こうした事態を打開すべく、15年10月から「昼マック」に代えて、「おてごろマック」を導入。セット価格を一律500円にしたことで、食材費率の高止まりに歯止めをかけたというわけだ

----------------------------------------

須賀記者は記事の冒頭で「2014年の鶏肉の消費期限切れ問題で崖っぷちに立たされたマクドナルド。今年に入ってようやく既存店売上高が回復しつつあるが、食材費率の高止まりと人材の不足という構造的な問題は抱えたままだ」と書いている。なのに、読み進めると「食材費率の高止まりに歯止めをかけたというわけだ」との説明も出てくる。「食材費率の高止まり」という構造問題を抱えたままなのに、既に「食材費率の高止まりに歯止めをかけた」というのは奇妙だ。

あくまで想像だが、「食材費率の上昇には歯止めをかけたが、水準は依然として高い」と言いたかったのではないか。しかし「高止まりに歯止めをかけた」と書いたために、辻褄が合わなくなったのだろう。そもそも、マクドナルドに関して「食材費率の高止まり」が確認できない。記事に付けたグラフを見ると、2009~15年にかけて食材費率は一貫して上昇しており、「止まって」いない。

セット価格を一律500円にしたことで、食材費率の高止まりに歯止めをかけた」という説明も雑だ。「350円、450円、550円の三つの価格帯」から「一律500円」に変えると全体としては価格アップなのかどうかはっきりしないが、基本的には値上げだと仮定しよう。しかし、350円の「昼マック」と500円の「おてごろマック」では、当然に商品の中身が異なるはずだ。同じ中身の商品を値上げしたのならば、食材費率は下がるだろう。しかし、中身が違うのならば、下がるかどうかは分からない。

例えば「原価が高く採算の悪かった350円の『昼マック』をなくしたことで、食材費率を引き下げた」などと書いてあれば、納得できる。

今回は記事に付いているグラフにも問題を感じた。「原価率がじわじわ上昇」という見出しを付けて、1つの表と3つのグラフを載せている。しかし、「原価率」が分かるグラフが見当たらない。「売上高に占める比率(直営店)」とのタイトルが付いたグラフには「食材費率」と「労務費率」の推移が出ている。しかし「原価率」ではない。2つを足したものが「原価率」ならば、まだ分かる。だが、たぶん違う。

記事には「15年には原価が売上高を上回る赤字構造となってしまったのだ」との記述がある。しかし、グラフに出ている15年の「食材費率」と「労務費率」を足しても70%にしかならない。「原価率がじわじわ上昇」という見出しなのに、読者が記事から原価率の推移を知る術はないのだ。この辺りに須賀記者の「素人臭さ」が出てしまっている。

須賀記者は「人材の不足」をマクドナルドの構造問題の1つとして挙げている。この説明にもツッコミを入れておこう。

【ダイヤモンドの記事】

マクドナルドにとって、もう一つ深刻になっているのが、人材の確保だ。

長期的に見れば労務費率も上昇傾向にあるが、14年12月期から15年12月期の直近1年で、食材費率が1.5ポイント上昇したのに対して、労務費率は0.3ポイントの上昇にとどまっている。これは、売り上げ減に合わせて、現場のアルバイトの人数を絞るなど人件費をコントロールしたためだ。

今年に入ってから売上高が3割増と急回復してきたため人手不足が顕著となり、現場が回らなくなってきた。「現在、全国にアルバイトが約12万人いるが、それでも対応し切れなくなっている」(マクドナルド)。

そこで、AKB48のメンバーを声優とした求人用のアニメを制作、3月16日からウェブ上で放映するなど、採用に力を入れ始めた。しかし、3月31日までに採用できたアルバイトの人数は約1900人。1店舗当たり0.7人しか採用できていない計算だ。

背景にあるのは待遇の低さ。周辺の飲食店チェーンよりも募集時の時給が低い上に、交通費も支給していない。このため、「高校生のアルバイトが大学生になったのを境に辞めていくケースが多い」(フランチャイズ店オーナー)。

こうした問題の対策として、東京・大森駅北口店にセルフオーダーシステムを導入するなど、一部で試験的な取り組みを始めているが、抜本的な解決策となるには、まだ時間がかかりそう。

社外のみならず、社内からも「芸能人を使ったアニメにお金を使うくらいなら、交通費を支給したらどうか」というもっともな意見も出ている、人手不足はサービスの劣化に直結するだけに根が深い問題だ。

----------------------------------------

2015年までは「現場のアルバイトの人数を絞る」などの対応をしていたのであれば、「人手不足が顕著となり、現場が回らなくなってきた」のが構造問題なのかどうか疑わしい。「周辺の飲食店チェーンよりも募集時の時給が低い上に、交通費も支給していない」のは、それでもバイトを集められるブランド力があったからではないか。最近はそうもいかないだろうが、「構造問題」というより「新たに起きてきた問題」と考えた方が自然だと思える。

最後に接続助詞「が」の使い方に注文を付けておこう。上記の最後の段落では、逆接でないところで「が」を使っているので、読みにくくなっている。改善例を示しておく。

【改善例】

社外のみならず、社内からも「芸能人を使ったアニメにお金を使うくらいなら、交通費を支給したらどうか」というもっともな意見も出ている。人手不足はサービスの劣化に直結するだけに、対策を急ぐべきだ。

----------------------------------------

書き手としての須賀記者が抱える「構造問題」を解決するのは、かなり難しそうだ。読者にきちんとした記事を届けるためには、編集部内での十分なバックアップが不可欠となる。しかし、現状でそれができているとは思えない。


※記事の評価はD(問題あり)。須賀彩子記者への評価はE(大いに問題あり)を維持する。須賀記者に関しては「素人くささ漂う ダイヤモンド『回転寿司 止まらぬ進化』」「週刊ダイヤモンド 素人くささ漂う須賀彩子記者への助言」「ロイヤル社長を愚か者に見せる週刊ダイヤモンド須賀彩子記者」も参照してほしい。

2016年4月12日火曜日

エンゲル係数は2015年に過去最高? 日経「もたつく景気」

12日の日本経済新聞朝刊1面に載った「もたつく景気(1)消費 再点火に時間 現役世代 負担重く」という記事には、「エンゲル係数は、15年に25%と過去最高」との記述がある。これは明らかな誤りだろう。まずは、日経への問い合わせ内容から紹介したい。

筑後平野の夕陽(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です
【日経への問い合わせ】

朝刊1面の「もたつく景気(1)」という記事についてお尋ねします。記事では「家計支出に占める食費の割合を示すエンゲル係数は、15年に25%と過去最高になった」と解説しています。しかし1月24日付の日経MJ「エンゲル係数 上昇中 食費の負担、バブル期並み」 という記事には「エンゲル係数と食費に占める外食の割合」というグラフが載っていて、そこでは「1985年のエンゲル係数」が「27%」になっています。過去最高がいつかは分かりませんが、昭和20年代にはエンゲル係数が60%を超えた年もあったようです。昭和40年(1965年)でも38%ですから、「25%」を「過去最高」とするのは明らかな誤りではありませんか。問題ないとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

----------------------------------------

日経では間違い指摘の無視が常態化しているが、それでも回答を待ちたい。日経の岡田直敏社長は年初の経営説明会で「すべての土台となるのは『クオリティー』の追求です」と述べている。上記の問い合わせを無視することが「クオリティーの追求」につながるかどうか、岡田社長も含め日経全体でよく考えてほしい。

ついでに、今回の記事で気になった点を記しておこう。

◎全体で見れば「中立かプラス」では?

【日経の記事】

個人消費と一見関係なさそうな制度変更が高齢者のマインドを冷やしているとの見方もある。ワコールでは50~60代の中高年向け女性下着の売り上げが減った。安原弘展社長は「相続税対策で生前贈与する世帯が増え、懐が寒くなったと感じた人が下着の購入頻度を落とした」と指摘する。

----------------------------------------

「相続税対策をするほどの資産を持っている人が、多少の生前贈与をしたぐらいで下着の購入頻度を落としたりするかな」との疑問も湧くが、とりあえず受け入れてみよう。この場合、「高齢者のマインド」が冷える一方で、生前贈与を受ける人がいる。消費に与える影響は大まかに言えば中立だし、カネがあれば使う傾向は下の世代の方が強いのならば、むしろプラスに働く。なので、「生前贈与」を「高齢者のマインドを冷やしている」という側面からだけ捉えるのは頂けない。

さらに言えば、どういう「制度変更」が「高齢者のマインドを冷やしている」のか説明が全くない。簡単でもいいので触れるべきだろう。

◎消費増税は食品だけ?

【日経の記事】

家計支出に占める食費の割合を示すエンゲル係数は、15年に25%と過去最高になった14年4月の消費増税で食料価格が上がったことが一因だ。食品スーパーマルエツの上田真社長は「低価格品の販売が増えている実感がある」と話す。だが食費さえ切り詰めようとする節約の裏側にはもう一つの構造要因がある。

団塊世代が60歳の定年に達した07年以降、働く世帯の消費支出の落ち込みが大きくなっている。15年の税や社会保険料の負担は月9万8千円と、07年と比べて約1万2千円増えた。この間、実収入は約3千円減り可処分所得が圧迫されている。

----------------------------------------

「エンゲル係数の過去最高は2015年で正しいのか」という問題以外にも、上記のくだりには気になる部分があった。エンゲル係数の上昇に関して「消費増税で食料価格が上がったことが一因」と述べている点だ。消費税率の引き上げは食品でも衣料品でも同じだ。エンゲル係数が上がるためには「食品の価格上昇が他の品目より大きい」「増税後に他の品目の消費が抑制されたのに、食品ではその影響が小さかった」といった要因が必要になる。記事の書き方は誤りではないものの、きちんとした説明とも言い難い。


※「エンゲル係数に関する説明は間違い」との前提で、記事の評価はE(大いに問題あり)とする。回答が届いた場合は、その内容を検討した上で必要に応じて評価を見直す。ミスを厳しく責めるつもりはない。ただ、ある程度の常識があれば「エンゲル係数が2015年に過去最高ってあり得るかな?」との疑問は抱けたはずだ。記事を担当した景気動向研究班の全員が何も思わなかったとすると、記事を送り出す側としてはかなり苦しい。

追記)結局、回答はなかった。

事前報道に懐疑的な週刊エコノミスト種市房子記者に期待

いずれ発表されるネタを発表前に書く--。この社会的にも経営的にもほとんど意味がないことに多大な労力を割いているのが新聞社の大きな問題だ。「こんなことに意味があるのか」と疑問を抱いている記者は、少なくとも日経には多くいた。なのに日経は容易には変わりそうにない。なぜかと言えば、疑問を持たず走り続ける記者が偉くなっていくからだ。編集局でそこそこ偉くなった人に限れば、いずれ発表されるネタを発表前に書くのが新聞の使命と信じている人が多数派だと思える。他の大手新聞社も似たようなものだろう。
千鳥ヶ淵の桜(東京都千代田区) ※写真と本文は無関係です

この問題に関して、週刊エコノミスト4月19日号の「編集部からFrom Editors」というコーナーに種市房子記者が興味深いことを書いていた。内容は以下の通り。

【エコノミストの記事】

新聞業界には事前報道主義がはびこっている。毎日新聞経済部記者として次年度予算案の取材をしていた時のこと。あと10時間もすれば発表される地方交付税額を事前報道するために、深夜1時まで関係者を回った。その結果、朝刊での事前報道には成功したが、不毛な仕事をした徒労感のみが残った。

官庁の政策・予算、企業の社長人事、春闘の妥結水準まで事前報道合戦は果てしない。裏付けが十分でないために起こる人事報道の誤報も見受けられる。「あの予算額が決まった背景にある社会情勢は」「この人事はどういうパワーバランスで決まったのか」。ニュース発表後でも、背景検証の余地はある。

4月に経済部からエコノミスト編集部に異動しました。あやふやな速報性にこだわらず、埋もれた事実を掘り起こす姿勢で取材に当たります。よろしくお願いします。

----------------------------------------

待っていればいずれ発表されるネタを、夜討ち朝駆けまでして発表前に書くのは、もう止めた方がいい。大企業同士の合併など大きなネタを取ってきても、部数にはほとんどプラスに働かないと言われている。それはそうだろう。「どの新聞社が抜いたのか」をきちんとチェックするためには、少なくとも読売、朝日、毎日、産経、日経を購読する必要がある。

だが、今どき、新聞を2紙以上読んでいる人がどのくらいいるのか。しかも、どの新聞社が早く報じたかを知っている人の多くは、既に新聞を読んでいる。発表前のネタを事前に記事にすることが新たな読者獲得につながると期待する方がどうかしている。「社会を良くする」といった効果に至っては、疑いようもなくゼロだ。

なので、種市記者の言っていることはもっともだ。一読者の立場で言えば「発表されるものを発表前に書くこと」をメディアには微塵も求めていない。種市記者は「あやふやな速報性にこだわらず、埋もれた事実を掘り起こす姿勢」をエコノミストでも毎日新聞でも貫いてほしい。

それにしても、この内容を載せた週刊エコノミスト(あるいは毎日新聞社)の懐の深さには感心した。例えば、日経から日経ビジネスに移った記者が「新聞業界には事前報道主義がはびこっている」などと書けば、99%以上の確率で書き直しを命じられるだろう。

ちなみに種市記者は4月19日号に「セブン&アイHDお家騒動 鈴木会長電撃退任へ 創業家と確執の果て」という記事を書いていた。内容は可もなく不可もなくといったところか。エコノミストでの仕事はまだ始まったばかりだ。色々な意味で今後に期待したい。


※「セブン&アイHDお家騒動 鈴木会長電撃退任へ 創業家と確執の果て」という記事の評価はC(平均的)。種市房子記者への評価も暫定でCとする。

2016年4月11日月曜日

ミズノへの分析の甘さ目立つ東洋経済 常盤有未記者

週刊東洋経済4月16日号で常盤有未記者が書いていた「核心リポート~国内と野球に執着 時代遅れの名門ミズノ」という記事は、分析の甘さが目立った。批判的に記事を書くのは悪くないのだが、この出来ではミズノの関係者に同情するしかない。何が問題なのか列挙していこう。

◎ランニングへの依存ならOK?
キャナルシティ博多(福岡市博多区) 
       ※写真と本文は無関係です

【東洋経済の記事】

ミズノが低迷している要因は2つある。まず、野球やゴルフなど、特定の競技用品に依存しきったことだ。少子高齢化の影響で国内のスポーツ人口は縮小傾向にある。日本生産性本部によれば、野球の参加者は2005年に1250万人いたが、この10年で680万人まで減少。人気の低迷が続くゴルフも、場内でプレーする人口は、この10年間で3分の2となった。

国内の野球・ゴルフ用品市場は横ばいだが、これ以上の伸びは期待できない。競合は早々に手を打った。ミズノと同じく、競技用品や学校向け商材が主力だったアシックスは、01年にゴルフ事業から撤退し、経営資源の大半をランニングに集中させる。広告塔となる選手を設けず、世界各地のマラソン大会のスポンサーとなり、市民ランナーにブランドを訴求した。

--------------------

「(ミズノが)野球やゴルフなど、特定の競技用品に依存しきったこと」をマイナスに捉える一方で、「経営資源の大半をランニングに集中させる」アシックスは評価しているようだ。特定競技への依存が良くないのならば、ランニングへの依存も避けるべきだろう。ミズノの場合は「野球」と「ゴルフ」の2つに依存しているのだから、「ランニング」のみのアシックスよりもリスクヘッジができているとも言える。「野球やゴルフに依存するのは好ましくないが、ランニングならば問題ない」と常盤記者が考えているのならば、その理由を記事中で明示すべきだ。


◎有名選手以外との契約はタブー?

【東洋経済の記事】

一方でミズノは、日本人のトッププロから絶大な支持を集めるあまり、アシックスのように裾野の広い一般選手向けの市場をとらえきれなかった。「今までは有名選手やチームとの契約を重視しており、それ以外はタブー視された感覚があった」(同社幹部)。

そのことは結果的に、海外展開の遅れも招いた。ミズノの海外売上高比率は37%にすぎない。アシックスの76%、デサントの53%に比べても、見劣りするのは歴然だ。

----------------------------------------

上記のくだりを読むと「ミズノは有名選手としか契約しない」との印象を抱く。しかし、ミズノの契約選手をゴルフで見ると、高山 準平、芳賀 洋平、吉田 泰典、土屋 陽平、伊藤 慎吾といった名前が並んでいる。常盤記者はこうした契約プロの名前を見て「有名選手ばかりだな」と思うだろうか。ゴルフに興味がある自分でさえも聞いたことのない選手だ。少なくともゴルフに関しては「有名選手でなくても当たり前のように契約してきた」と考える方が自然だ。

一般選手向けの市場をとらえきれなかった」との説明も腑に落ちない。野球もゴルフもプロ向けの市場は非常に小さいはずだ。有名選手と契約するのは、その選手に自社製品を使ってもらって、一般の人にアピールするためだ。ミズノは一般選手向け市場を捉え切れなかったのかもしれないが、「トッププロから絶大な支持を集める」ことは、一般選手向け市場の開拓を妨げるわけではない。例えば、ゴルフで今の日本を代表する松山英樹や石川遼がミズノのクラブを使ってくれるようになれば、一般選手向け市場でのミズノへの関心は確実に高まるはずだ。

海外売上高比率の37%もライバルに比べて低いとはいえ、そこそこの水準だ。今回の記事の見出しは「国内と野球に執着 時代遅れの名門ミズノ」となっているが、4割近くを海外で売っている企業を「国内に執着」と言い切ってよいのだろうか。

付け加えると、上記の「同社幹部」は形式的に考えれば「アシックス幹部」になってしまう。ここは「同社」を使わずに「ミズノ幹部」とすべきだ。

----------------------------------------

◎なぜ生産地が限られる?

【東洋経済の記事】

ある業界関係者は「野球用品のマーケットは米国と日本に限られる。生産地の選択肢が狭く、原価低減を進めにくい」と収益改善の足かせになっていることを指摘する。

----------------------------------------

マーケットが日米に限られるとしても、なぜ「生産地の選択肢が狭く」なるのか謎だ。生産地が中国やミャンマーでも、そこから日米に持っていけば問題なさそうに思える。それではダメな理由があるならば、記事中で説明すべきだ。

記事の最後で常盤記者は「老舗企業は正念場を迎えている」と締めている。しかし、記事からはミズノが「正念場を迎えている」とは感じなかった。「売り上げの減少に歯止めがかからない」とか「赤字が何年も続いている」という話ならば分かるが、そういう記述は見当たらない。ライバル企業に売上高や時価総額で劣っているだけで「正念場」と言うのは説得力に欠ける。


※記事の評価はD(問題あり)。暫定でC(平均的)としていた常盤有未記者への評価は暫定Dに引き下げる。常盤記者に関しては「ヨイショが過ぎる東洋経済『アシックス 知られざる改革』」「『孤高のココイチ』書いた東洋経済 常盤有未記者に助言」も参照してほしい。

2016年4月10日日曜日

日経ビジネス篠原匡記者の市場関連記事に要注意(2)

日経ビジネス4月11日号に篠原匡記者(ニューヨーク支局)が書いた「時事深層~市場は次の下落に身構える」の問題点を引く続き指摘していく。まずは、原油相場が反発に転じた理由について篠原記者の解説を見てみよう。
菜の花が咲くJR久大本線(福岡県久留米市)
              ※写真と本文は無関係です

◎理由もなく売り方が不安になった?

【日経ビジネスの記事】

しかし、今の原油市場は需給より、投機筋の思惑が相場を左右している。ニューヨークのヘッジファンド、アゲイン・キャピタルのジョン・キルドフ氏は米ブルームバーグで次のように解説した。

「今回の高騰は、自分たちのポジションにおびえた投資家のポジション解消から始まった」。一部の投資家が原油価格の下落に賭けて空売りを仕掛けていたが、原油価格が1バレル30ドルを割り込む段階まで来た中で、さらに空売りを仕掛けることに不安を感じたというのがきっかけだという

----------------------------------------

恐ろしいほど中身の乏しい解説だ。「一部の投資家」が「1バレル30ドルを割り込む段階まで来た中で、さらに空売りを仕掛けることに不安を感じた」のが原油相場反発のきっかけだと篠原記者は言う。ならば、「30ドル割れの段階でなぜ不安を感じるようになったのか」を書くべきだ。「そこは分からない。ただ、なぜだか急に不安を抱く投資家が増えたんだ」というのなら、そう明記してほしい。

そもそも30ドルを割り込んだ段階で、ほとんどの売り方は利が乗っているはずだ。「急激な相場上昇を受けて含み損が膨らんでいる」という状況ならば「不安を感じた」のも理解できる。しかし、下落傾向が続いている中で「なぜか理由もなく売り方が不安になった」と言われても「なるほど」とは思えない。


◎どこが「実需面」?

【日経ビジネスの記事】

実需面でも下落リスクは残っている。確かに産油4カ国は増産凍結で合意したが、経済制裁を解除されたイランは原油増産を表明している。これに対して、サウジアラビアのムハンマド副皇太子は4月1日、増産凍結にイランが参加しなければサウジは加わらないとブルームバーグのインタビューで述べており、産油国の足並みがそろうかは不透明なままだ。

また、原油価格の下落を受け、米シェールオイル業界は軒並み減産に踏み切ったが、原油価格が1バレル50ドルを超えれば再び生産を始めるだろう。

----------------------------------------

実需面でも下落リスクは残っている」と書いているのに、どこまで行っても「実需」に関する話が出てこない。この内容ならば「実需面」ではなく「供給面」「需給面」などとすべきだ。

ついでに言うと「原油価格が1バレル50ドルを超えれば再び生産を始めるだろう」のくだりは「生産を始めるだろう」ではなく「増産に転じるだろう」などとした方がよい。「米シェールオイル業界は軒並み減産に踏み切った」のだろうが、生産を完全にストップしているとは思えないので…。


◎どの程度の「ポジション解消」なのか書かないと…

【日経ビジネス】

「ファンダメンタルズは何も変わっていない。投資家がポジション解消に走れば、コモディティー市場は20~25%ほど下落する恐れがある」とバークレイズ証券のノリッシュ氏は警鐘を鳴らす。コモディティー価格が再び落ち込むようになれば、株式市場にも波及することは間違いない。

----------------------------------------

この解説も、何も言っていないに等しい。どの程度のポジション解消を前提に「20~25%ほど下落」と言っているのか分からないからだ。あらゆる商品先物市場で投機筋が一斉に全ての買い建玉を手じまおうとすれば、相場は暴落するだろう。しかし、今後1年かけて1~2%の買い建玉を減らすという話ならば、大きな影響があるとは思えない。

例えば「株主が保有株を売りに出せば、トヨタ株は20~25%ほど下落する恐れがある」という解説に意味があるだろうか。大株主が全株を売りに出せば大きな影響は出るが、1単元の株しか持たない投資家が保有株を手放したところで、相場を動かす力はほとんどない。そのぐらいは篠原記者にも分かりそうなものだが…。

今回の記事を見る限り、篠原記者がこれから市場関連記事をきちんと書けるようになる可能性は非常に低い。それでも記事を書かせ続けるのならば、編集部を挙げてしっかり手助けしてあげるべきだ。


※記事の評価はD(問題あり)。篠原匡記者への評価もDを維持する。

「実質実効レート」の記事で日経 田村正之編集委員に問う

日本経済新聞の田村正之編集委員が9日の朝刊マネー&インベストメント面に「円の真の『実力』を知る~実質実効レート 長期上昇を示唆」という記事を書いていた。今回のテーマは「実質実効為替レート」。これが「長期的に為替相場を占ううえで参考になる」と田村編集委員は解説している。違うとは言わない。ただ、記事の説明には納得できなかった。疑問点は3つある。

合所ダムと浮羽大橋(福岡県うきは市)
        ※写真と本文は無関係です
◎疑問その1~なぜ「1973年以降」?

【日経の記事】

グラフAは1973年以降を対象に算出した円の実質実効レート(円の対ドル相場も併記)。上下に変動しながらも、「一方向に放置されることはなく、数年単位で平均的な水準に戻る傾向がある」(龍谷大学の竹中正治教授)。

物価の影響も考慮した円の総合的な価値で考えると、行き過ぎた円高も円安もこれまで、おおむね解消されてきた。ここで注目すべきは、ここ数年に限って見ると、同指数が平均値を大幅に下回ってきたこと。理論上はかなり過剰な円安が続いてきたのだ。

--------------------

実質実効レートが1973年以降の平均値からどのぐらい乖離しているのかを見て、田村編集委員は円安や円高の「行き過ぎ度」を判断している。しかし、なぜ「1973年以降」なのか、記事には何の説明もない。

例えば、過去10年の平均値を基に考えると、「かなり過剰な円安」とは言えなくなりそうだ。なぜ「1973年以降」なのかの説明がない以上、ご都合主義的に期間を設定したと解釈されても仕方がない。「変動相場制に移行したのが1973年だから」といった理由があるならば、それを読者に示すべきだ。


◎疑問その2~ドルに投資するなら「実効」は不要では?

【日経の記事】

(実質実効レートの平均値との)かい離幅は足元で縮まったが、それでもまだ円安方向の水準。市場関係者の多くが円高余地が残ると予想する根拠の1つだ。この考え方は外貨投資にも応用できる(図B)。

例えば73年以降、指数が平均値より15%以上高い水準(円高方向)にあった月にドル買いをしたとする。結果的にその後、相場は円安・ドル高に反転し、3年後には平均11%の為替差益を得られた

----------------------------------------

ドルに投資するならば、「実質」はともかく、「ドルやユーロ、英ポンド、人民元などの主要通貨に対する値動きを、各国・地域との貿易量などを基に加重平均して」実効レートにする意義は乏しい。ドル円相場を実質ベースで考えれば済む話だ。実効レートの場合、ドル円の実質レートが動いていなくても、ユーロやポンドとの関係で円高や円安に振れてしまう。

「『実効』の部分は邪魔だが、特定の通貨との実質レートを算出するのは手間なので、他の通貨の影響が混じってはくる面はあるものの日銀の出している実質実効レートを参考にしよう」と言うのならば理解できる。しかし、そうは書いていない。


◎疑問その3~これはどういう意味?

【日経の記事】

もちろん実質実効レートも絶対的ではない。久留米大学の塚崎公義教授は「日本企業の海外生産の進展など、物価以外で円安につながる環境変化が織り込まれていない」と指摘する。長期的に為替を考える判断材料の一つと考えたい。

----------------------------------------

これは記事の最終段落だ。こちらの理解力不足を責めるべきかもしれないが、何度読んでも何を言いたいのか分からなかった。「日本企業の海外生産の進展」が円安につながる材料だとしよう。しかし、それは実質実効レートには織り込まれていないらしい。実質実効レートは実際の為替相場を基に算出されているので、為替相場には「日本企業の海外生産の進展」という円安要因が織り込まれていないことになる。

しかし、「日本企業の海外生産の進展」は最近始まった動きではない。何十年も続いているような動きをいまだに織り込んでいないとすると「それは本当に円安要因なのか」との疑問が湧く。そもそも、あらゆる材料を織り込んでいく為替市場が「日本企業の海外生産の進展」という誰でも知っているような話を織り込んでいないとも考えにくい。

「将来の環境変化を実質実効レートが正確に織り込んでいるわけではない」との趣旨かなとも考えてみた。しかし、それは物価に関しても同じだ。結局、ここは何が言いたいのか解読できなかった。


※記事の評価はD(問題あり)。田村正之編集委員への評価もDを据え置く。ただ、田村編集委員がマネー&インベストメント面に記事を書くときに頼りにしているイボットソン・アソシエイツ・ジャパンが今回は出てこなかった。これは評価できる。記事を書く上で、特定の企業に頼りすぎるのは好ましくないので…。

2016年4月9日土曜日

日経ビジネス篠原匡記者の市場関連記事に要注意(1)

日経ビジネスの篠原匡記者(ニューヨーク支局)が書く市場関連記事には気を付けた方がいい。たぶん、あまり市場の仕組みを理解していない。4月11日号の「時事深層~市場は次の下落に身構える」を読む限り、そう判断するしかない。記事のあちこちから素人臭さが漂ってくる。その具体的な内容を見ていこう。

靖国神社の桜(東京地千代田区)※写真と本文は無関係です
◎「最安値」の意味分かってる?

【日経ビジネスの記事】

2月11日にWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油先物市場で1バレル26.21ドルの最安値をつけた原油相場。だが、その後は底打ち感が広がり、3月上旬以降は1バレル30ドル台半ばから後半で推移している。

-------------------

注釈を付けずに「最安値」と言えば、「史上最安値」と受け取るのが常識だ。WTIは1990年代まで20ドルを下回ることが珍しくなかったので「26.21ドル」は史上最安値ではもちろんない。「今年の最安値」とか「リーマン・ショック後の最安値」といった表現ならば問題ないが、記事のような書き方だと厳しく言えば間違いだ。

原油先物市場で1バレル26.21ドルの最安値をつけた原油相場」と「原油」を繰り返す書き方も素人っぽいし、「1バレル」は最初に入れたら、その後は省略しても問題ない。以下に改善例を示してみる。どちらが「プロっぽい」か比べてみてほしい。

【改善例】

2月11日にWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油先物相場は1バレル26.21ドルの最安値を付けた。だが、その後は底打ち感が広がり、3月上旬以降は30ドル台半ばから後半で推移している。

----------------------------------------

◎日経平均株価は「国」?

【日経ビジネスの記事】

中国の上海総合指数や日経平均株価のように戻りが遅れている国もあるが、国際金融協会(IIF)によれば、昨年5月から今年2月までに20%下落した世界の株式市場は、2月以降、その半分近くを戻したという。

----------------------------------------

これは日本語の使い方の問題だが、上記のような書き方だと「上海総合指数」や「日経平均株価」が「」になってしまう。例えば「中国の上海総合指数や日経平均株価のように戻りが遅れている場合もある」と直せば問題は解決する。

◎金は安全資産の代表?

【日経ビジネスの記事】

安全資産の代表例である金と株価の動きにも、市場の脆弱性が垣間見える。

世界的に株式市場が大混乱に陥った1月以降、金のスポット価格は20%近く上昇した。ところが、原油や株式などのリスク資産が底を打った2月11日を境にしても、金は1200ドル台と最近の高値圏を維持している。

通常、金はリスク資産が上昇すれば下落する。今の金高騰の背景には日本や欧州で導入されているマイナス金利の影響もあるが、金とリスク資産のサイクルが崩れているのは、投資家が現在の市場を信用していないということを示唆している。

----------------------------------------

「金=安全資産」という前提で書いてある記事は基本的に信用すべきではない。例えば、金融資産の9割を国債で運用している人が「同じ安全資産だから」という理由で国債を全て金に振り替えたらどうなるだろうか。確実にリスクは高まる。金投資を勧めたい業界関係者が「金は安全資産」と強調するせいか、そう書いている記事も多いが、間違いだと考えた方がいい。

もちろん、「安全資産=信用リスクのない資産」と定義してしまえば、「金は安全資産」と言えなくもない。しかし、その場合は原油も「安全資産」に分類すべきだ。篠原記者は「金=安全資産」「原油=リスク資産」としているが、この分け方はかなり苦しい。「金には通貨としての役割も…」などとあれこれ理屈は付けられるかもしれない。しかし、普通の投資家にとって「金=安全資産」との認識にメリットはない。金に投資するならば「かなりリスクがある投資対象だ」との覚悟が欲しい。

この記事には他にも問題を感じた。残りは(2)で述べる。

※(2)へ続く。

鈴木敏文セブン&アイ会長を語る上で押さえるべき視点

日経ビジネスオンラインの「セブン会長、引退会見で見せたお家騒動の恥部 鈴木敏文氏、大株主伊藤家の“豹変”で退任へ」という8日付の記事に、7日の鈴木氏退任会見の詳細が出ていた。その中に、新聞の一問一答などには出ていなかった興味深い発言があったので取り上げたい。「上手くいけば自分の手柄。失敗すれば部下の責任」という鈴木氏の姿勢は以前から一貫しており、それが同氏の経営者としての見苦しさの根っこにある。今回の会見でも、その特質は顕著に表れていたようだ。
筑後川のサイクリングロード沿いに咲く菜の花
                ※写真と本文は無関係です

【日経ビジネスオンラインの記事】

鈴木会長:ただ、彼(井阪社長)がCOOとしての役割を果たしたかというと、一生懸命やってくれたんでしょうが、会社全体として見ると物足りなさがあったことは事実です。それは本人にも、周りにも言ってきました。セブンイレブンの社長は、これまで最長で7年間の任期でやってまいりました。彼(井阪社長)も7年経ちましたから、ここで一つご苦労さんということで、(退任するよう)内示を出しました。

内示をしたところ、「分かりました」ということで、(井阪社長は次にセブン&アイ)ホールディングス社長の村田くんのところに行きまして、「会長から(退任と)言われて、分かりました」と意思表示をした。けれどその後、再び私のところに来まして、「一昨日の話は、私は受けられません」と言いました。

私は「なんで?」とびっくりして聞き返しました。すると彼は「私は7年の間にこれこれこういうことをやりました」と。「それは君一人でやったの」と穏やかに聞きましたら、「私が中心でやりました」と言う。私は「そうじゃないだろう」と。セブンイレブンの経営方針はずっと(私が)出してきて、みんなでそれを実行してきました。私が非公式な会議を朝の8時頃から設けて、社長や副社長、商品部長、企画室長を集めて、方針を出してきた。彼はそれに従ってきただけです。



中略)鈴木会長:何を長々と話しているのかと思われるかもしれませんが、私は最高益を続けてきました。セブンイレブンの幹部からは、「あなたはCEOをやりながら、COOの仕事も半分続けてきましたね」とずっと言われてきました。

私は1つの会社だからいいじゃないか、と言ってきたけれども、私がCOOをいつまでも兼務することはあってはなりません。人を育てていかなくちゃならないと常々思っています。ここのところ最高益を続けていますし、またこの3月からの新年度の予算でも、最高益を出せる状態にあります。だから私は逃げではなく、そういう時こそみんなに考えてもらいたいというつもりで引退を決意しました。

----------------------------------------

「セブンイレブンがうまくいっているのは自分の功績であって、井阪氏は手足として動いているに過ぎない」と鈴木氏は考えているようだ。しかし、週刊東洋経済3月12日号の「直撃 セブン&アイホールディングス会長 鈴木敏文 ヨーカ堂社長辞任から健康問題まで 戸井君と話したこと 病床で考えたこと」というインタビュー記事では、グループ内のイトーヨーカ堂の経営不振に触れて、会見での発言と矛盾するようなことを言っている。

【東洋経済の記事】

--CEO(最高経営責任者)として会長自身の責任についてはどう考えていますか。

こっちも任命した責任は当然ある。しかし、CEOとして出した方針は間違っていない。

--CEOの進退を議論する話ではないということですか。

そうだよ。その証拠にセブンイレブンはどうか。同じ人間が具体的に「この商品を作れ、この商品を」と言っているのではなく、「こういう方針でやれ」ということを言っている。要するに業態は違っても言っていることは共通なんだよ。特にヨーカ堂の場合には、脱チェーンストアという理論を言ってきたが、脱チェーンストアになっていないのが影響している。

----------------------------------------

鈴木氏はヨーカ堂に関して「業績が上向かないのは自分以外の人間の責任」だと訴えている。業績不振の責任がCEOではなくCOOにあるのならば、業績好調の立役者もCEOではなくCOOになりそうなものだが、セブンイレブンに関しては「(自分が)方針を出してきた。彼(井阪氏)はそれに従ってきただけです」となる。セブンイレブンをここまで育て上げた鈴木氏の功績を無視するつもりはないが、現状では「唯我独尊の困った老経営者」と呼ぶしかない。

しかも、発言は矛盾している。会見では「セブンイレブンの幹部からは、『あなたはCEOをやりながら、COOの仕事も半分続けてきましたね』とずっと言われてきました。私は1つの会社だからいいじゃないか、と言ってきたけれども~」と述べている。一方、東洋経済の記事では「その証拠にセブンイレブンはどうか。同じ人間が具体的に『この商品を作れ、この商品を』と言っているのではなく、『こういう方針でやれ』ということを言っている」と、きっちり役割分担をしているような口ぶりだ。

これは週刊ダイヤモンド2月13日号のインタビュー記事でもそうだ。この中で鈴木氏は以下のように発言している。「私はCEO(最高経営責任者)として『こういう方針で進めなさい』と各社に言います。だけど、それを実行するのはCOO(最高執行責任者)である社長です。そこまで私が入り込んでしまうと、私の役割がCEOなのかCOOなのか分からなくなります」。

これは「ヨーカ堂の経営不振は自分のせいではない」との文脈での話だ。そこでは「CEOとCOOは明確に役割分担すべきだし、そうしてきた」と言っているのに、好調のセブンイレブンに関しては「COOも半分自分がやってきた。好調なのは自分の功績だ」と訴える。その場その場で自分を正当化しているだけだろうが、それにしても経営者として見苦しすぎる。

これから東洋経済やダイヤモンドも鈴木氏の問題を大きく扱うはずだ。その時は「上手くいけば自分の手柄。失敗すれば部下の責任」という同氏の持つ経営者としての特質から目をそらさないでほしい。さらに言えば、コンビニでの成功という光の部分に偏らず、総合スーパーでの度重なる改革失敗という影の部分もしっかりと押さえて記事にしてほしい。


※今回は鈴木氏の発言を引用しただけなので、記事への評価は見送る。

2016年4月8日金曜日

鈴木敏文セブン&アイ会長退任を機に考えた日経の病

セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長が退任を表明した。経済メディアの報道を観察する立場から考えると残念だ。セブン―イレブン・ジャパンの社長人事を巡る騒動では鈴木氏の「老害」が目立っていただけに、これまで同氏寄りの記事を書いていた日本経済新聞や週刊ダイヤモンドがきちんと問題点を指摘できるかどうか、ある種の試金石になると見ていたからだ。

千鳥ヶ淵の桜(東京都千代田区) 
           ※写真と本文は無関係です
特に日経の場合、これまで鈴木氏を批判できなかったのは、端的に言えば「セブン&アイの発表するネタを発表前に記事にする上で、最高実力者を怒らせて不利な状況に陥るが怖いから」だ。しかし、退任が決まった鈴木氏の利用価値は大幅に低下した。ゆえに今後はかなり自由に「鈴木氏問題」を論じられる。鈴木氏の退任を報じる8日の朝刊からも、それは見て取れた。

ただ、「強い権力を持った有力企業の経営者に厳しいことをほとんど言えない」という日経の病は残ったままだ。今回の退任表明を受けて田中陽編集委員が朝刊総合2面に「企業統治 強権に警鐘」という解説記事を書いている。そこに以下のくだりがある。

【日経の記事】

だが、いつしか強すぎるが故の弊害が社内に蓄積していたに違いない。重大な経営判断を30年下した鈴木氏に対し役員はみな思考停止に陥り、鈴木氏を前に萎縮した

有力な後継ぎが定まらない中で浮上したのが世襲問題だ。次男でネット通販事業の責任者の鈴木康弘氏は実績が乏しいにもかかわらず、異例の速さで出世街道を駆け上った。会長は会見で親族の優遇を明確に否定したが、康弘氏の処遇に対し社内外から異論が噴き出しつつあったのは確かだ

昔のセブンなら通ったかもしれない。だがガバナンスが問われる今では人事に対しても透明性と説明責任が求められる。人事を巡る混乱が広く世に伝わり、役員の多くも反対に回る。その様子を見て、鈴木氏も身を引く覚悟をしたのだろう。

----------------------------------------

日経電子版の「鈴木氏守ったセブン&アイの否決」という7日付の記事によると、田中編集委員は2015年の初秋に鈴木氏を取材している。その時に「世襲問題」について聞いたのだろうか。「康弘氏の処遇に対し社内外から異論が噴き出しつつあったのは確か」だと言うが、田中氏を含め日経はそのことを今回の騒動が表面化する前に読者に伝えようとしたのか。調べた範囲では、そういう記事は見つからなかった。

電子版の記事には興味深いやり取りが出てくる。「(セブン―イレブン・ジャパン社長の)井阪さんは頑張ってますよね。鈴木さんが求める高いハードルをクリアし続けているから」と質問した田中編集委員に対し、鈴木氏は「(井阪氏は)全く新しいことを何かしたか」と問い返したそうだ。

田中編集委員は「答えに詰まり、『(日本最大の小売業の)セブンイレブンを売上高と利益を同時に拡大し続けている』となんとか反論したものの、議論はそのまま打ち切られた」らしい。鈴木氏と田中編集委員の力関係がよく表れているではないか。これでは世襲問題に斬り込めそうもない。

重大な経営判断を30年下した鈴木氏に対し役員はみな思考停止に陥り、鈴木氏を前に萎縮した」と田中編集委員は書いている。しかし、「委縮」していたのは日経も同じだろう。「セブン&アイや鈴木氏を自由に批判できる雰囲気が日経社内にあったかどうか」は日経で長年にわたって流通業界を取材してきた田中編集委員にとって自明のはずだ。

なのに「役員はみな思考停止に陥り、鈴木氏を前に萎縮した」などと書くのは感心しない。さらに言えば、今回の社長交代案に対しては、社外取締役以外の役員からも反対や棄権が出ている。井阪氏も含め、鈴木氏が最高権力者として君臨する中でも、思考停止に陥らずセブン&アイを変えようとする勢力がいたのは確かだ。翻って日経はどうか。「思考停止」や「委縮」を責められるべきは日経の方ではないのか。そのことを田中編集委員だけではく、日経全体で考えてほしい。


※「企業統治 強権に警鐘」という記事の評価はC(平均的)。田中陽編集委員への評価はD(問題あり)を据え置く。田中編集委員に関しては、「日経 田中陽編集委員『お寒いガバナンス露呈』の寒い内容」「『行方はいかに』で締める日経 田中陽編集委員の安易さ」「日経 田中陽編集委員の日本マクドナルド決算に関する誤解」「『中間層の消費』には触れずじまい? 日経 田中陽編集委員」も参照してほしい。

2016年4月7日木曜日

セブン社長交代問題 日経に感じる鈴木敏文氏への遠慮

セブン―イレブン・ジャパンの社長人事を巡る騒動について、日本経済新聞は7日の朝刊総合2面の「セブン&アイ、セブン社長交代提案へ 決算好調も突然の退場要求 社外役員は反対」という記事でかなり詳しく解説している。ただ、全体としてセブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長への遠慮が感じられた。これは日経のメディアとしての特質がもたらす宿命とも言える。いわゆる「老害」が目立ち始めた鈴木会長について、今回の人事問題も含め日経がどの程度斬り込んでいけるか注文していきたい。現段階では、明らかに腰が引けていると言うべきだろう。

太宰府天満宮(福岡県太宰府市) ※写真と本文は無関係です
具体的に、記事の中身を見ていこう。

【日経の記事】

セブン&アイ・ホールディングスが中核子会社セブン―イレブン・ジャパンの社長人事で揺れている。7日に開く取締役会に井阪隆一社長兼最高執行責任者(COO、58)の交代を提案する。後任の社長には古屋一樹副社長(66)を昇格させる方針だ。グループの好業績を支えるセブンイレブン社長が退場を求められたのはなぜか

中略)指名報酬委員会が待ったをかけた形の人事案が取締役会に諮られる。背景を探れば、井阪氏を社長に指名した鈴木会長が井阪氏に抱く不満が浮かび上がる。

09年に鈴木会長が井阪氏をセブンイレブンの社長に指名した当時は「初の生え抜きに期待していた。グループの後継者としても検討していたのでは」(セブン&アイ関係者)とも言われていた。

こんな期待はここ数年で失望に変わっていた。別の社内関係者は「鈴木会長は井阪氏の組織を率いていくリーダーシップに疑問を抱いていた」と話す。鈴木会長自身も「自分が指示したことをやっているだけ。井阪氏がつくり出した新しいものはない」と周囲に漏らすようになった。

3月30日。東京ビッグサイト(東京・江東)で開かれたセブンイレブンの加盟店向け新商品展示会ではこんな一幕があった。井阪氏らを従え、会場を回る鈴木会長は展示商品に片っ端から注文をつけた。最後には「今のセブンイレブンはマンネリ化している」と声を荒らげたという

鈴木会長の意向が強く反映された井阪氏の交代案だが、これほどの騒動になったのは「物言う株主」として知られる米投資ファンド、サード・ポイントの存在がある。

サード・ポイントは15年10月にセブン&アイの株式を取得。セブン&アイに対し、業績不振が続く傘下のスーパー、イトーヨーカ堂のグループからの切り離しなどを要求してきた。サード・ポイントへの回答として、セブン&アイは3月8日、傘下の百貨店、そごう・西武の2店閉鎖とヨーカ堂の不採算店20店の閉鎖を柱とする構造改革を発表した。

この回答に満足できなかったサード・ポイントはさらに揺さぶりをかける。3月27日、セブン&アイの役員にサード・ポイントから1通の書簡が届いた。改めてヨーカ堂の事業縮小などを求めた書簡のなかでサード・ポイントはグループ人事や鈴木会長の後継者問題にも言及した。

「井阪氏の社長職を解く噂を耳にしたが降格は理解できない」

鈴木氏の次男をグループのトップに就ける噂もあるが重大な疑問がある

セブン&アイに送った書簡の内容をサード・ポイントが報道機関に公表したことでくすぶっていたグループ人事や後継問題が一気に表面化。セブン&アイの社内は混乱していった。

7日の取締役会で井阪氏の交代案が可決されるかは流動的だ。社外取締役を中心に複数の取締役が反対するとみられる。交代案が否決されれば、経営陣の対立は一気に先鋭化する恐れがある。一方、可決されたとしてもセブンイレブンを核にセブン&アイを日本を代表する一大流通グループに育てた鈴木会長の求心力低下は避けられない。どちらの結果になっても4月7日はセブン&アイの大きな転換点になる。

----------------------------------------

この記事には、今回の問題を考える上での重要な要素が抜けている。それは「サード・ポイントが鈴木氏の後継者候補として井阪氏を高く評価している」ということだ。日経は「鈴木氏が井阪氏の手腕に不満を持っていた」という点を強調している。そういう面がないとは言わない。しかし、サード・ポイントから見れば「後継者候補としてふさわしい井阪氏を外して鈴木氏が次男への世襲を狙っているのではないか」との懸念があるはずだ。

この点は踏まえて記事を書かないと、問題の本質には迫れない。「サード・ポイントの懸念は根拠に乏しい」と日経が判断しているのならば、そう書けばいい。社長人事と世襲懸念を絡めず、あくまで井阪氏の経営手腕の問題として扱おうとする姿勢は「逃げ」だと映る。

鈴木氏の次男をグループのトップに就ける噂もあるが重大な疑問がある」というサード・ポイントの訴えを日経も記事に載せてはいる。しかし、このコメントが浮いていて、井阪氏の人事とどう関係するのか記事からは伝わってこない。

参考までに毎日新聞の「セブン−イレブン 井阪社長退任を提案へ 7日に取締役会」という記事の一部を見てみよう。

【毎日の記事】

大株主で「物言う株主」として知られる米ヘッジファンドのサード・ポイントは3月末、HDに書面で「(人事案は)鈴木会長が次男の康弘氏(51)をやがてはHDトップに就ける道筋を開くため」という趣旨の指摘をし、「血縁関係を理由に幹部を昇進させることは正当化されるものではない」と批判した。康弘氏はHD取締役で子会社の社長も務める。これに対し、HDは「貴重なご意見として受け止めているがコメントは控えたい」(広報)との立場だ。

----------------------------------------

これならば、「井阪氏外しは世襲への布石ではないか」とのサード・ポイントの懸念が読者にもしっかり伝わる。他のメディアの多くもこの点を外していない。しかし、日経は「井阪氏の人事」と「世襲」を切り離して伝えている。

日経としては「可決されたとしてもセブンイレブンを核にセブン&アイを日本を代表する一大流通グループに育てた鈴木会長の求心力低下は避けられない」と書くだけでも相当な勇気が必要だったはずだ。いずれ発表されるニュースを発表前に書くことに大きな労力をかけている日経にとって、セブン&アイの最高実力者のご機嫌を損なうような記事を書く選択肢はほぼない。

しかし、ここまで鈴木氏の「老害」が顕著になってくると、今までの日経のやり方では記事を書く上でどんどん窮屈になっていく。鈴木氏を怒らせるリスクを負って同氏の問題点をきちんと指摘していくのか。それとも奥歯にものが挟まったような表現でお茶を濁し続けるのか。

楽しみな展開になってきた。


※記事の評価はC(平均的)。