2016年7月31日日曜日

作り手の未熟さ目立つ日経1面「クルマ 異次元攻防(1)」

31日から日本経済新聞朝刊1面で始まった連載「クルマ 異次元攻防」は苦しい展開になりそうだ。第1回のテーマは「攻めるIT、トヨタ動く」。内容に目新しさがないのはいいとしても、ツッコミどころが多いのは困る。これでは中身がすんなり頭に入ってこない。
黒川温泉(熊本県南小国町)※写真と本文は無関係です

順に問題点を指摘していこう。

◎読点を打つだけなのに…

【日経の記事】

自動車産業に大きな変革の波が押し寄せている。環境規制の強化に加え、人工知能(AI)を駆使した自動運転車の開発や相乗りに象徴されるシェアエコノミーの浸透など、IT(情報技術)業界も入り交じった主導権争いが激しさを増す。次世代のクルマを巡る異次元攻防の前線を追う。

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人工知能(AI)を駆使した自動運転車の開発や相乗りに象徴されるシェアエコノミーの浸透」という部分は分かりにくい書き方になっている。作り手の未熟さが出てしまっている。

最初に読んだ時は「自動運転車の開発」や「相乗り」が「シェアエコノミー」を象徴していると解釈しそうになった。それだと意味不明なので立ち止まって考えてみて、ようやく分かった。「自動運転車の開発」と「相乗りに象徴されるシェアエコノミーの浸透」を並べているのだと。

ならば話は簡単だ。「人工知能(AI)を駆使した自動運転車の開発や相乗りに象徴されるシェアエコノミーの浸透」とすれば問題は解決する。読点を1つ打つだけだが、日経ではそれさえ難しいようだ。

◎この「会話」はどう理解すべき?

【日経の記事】

「全ての車のワイパーの状況が分かれば、各地の詳細な気象情報が把握できる」「最近あの通りでオープンした店は行列ができている」――。日米の乗用車に通信機能を標準搭載するトヨタ社内ではこんな会話が交わされている。世界で数千万台が走るトヨタ車がセンサーになり様々なデータを取れれば、無限のビジネスが生まれる。

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最初の「全ての車のワイパーの状況が分かれば、各地の詳細な気象情報が把握できる」という話は分かる。しかし、次の「最近あの通りでオープンした店は行列ができている」は謎だ。「日米の乗用車に通信機能を標準搭載するトヨタ社内」で「最近あの通りでオープンした店は行列ができている」という会話を耳にしても、単なる世間話としか思えない。例えば会話の内容が「最近あの通りでオープンした店は行列ができているといった情報を車載カメラから得られないか」となっていれば、すんなり読めるのだが…。

◎子会社設立で「自前主義と決別」?

【日経の記事】

動きは速い。昨年11月に三井住友銀行などと共同で新技術に投資するファンドを設立。2カ月後には「日本では必要な人材を確保できない」(内山田氏)として、米シリコンバレーにAIの研究開発子会社を設けるなど、これまで貫いてきた自前主義と決別した

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トヨタがこれまで自前主義だったかどうか疑問は残るが、とりあえずそうだとしよう。しかし「米シリコンバレーにAIの研究開発子会社を設ける」ことは「自前主義と決別した」根拠にはならない。むしろAIに関しても「自前」で研究開発を進める方針だと読み取れる。外部との連携はあるのだろうが、子会社をわざわざ作るのであれば「AIに関しても自前でやる」と解釈するのが当然だ。「違う」と取材班が主張するのであれば、「子会社でAIの研究開発を進めることが、なぜ自前主義との決別なのか」を読者にきちんと説明すべきだ。


※記事の評価はD(問題あり)。

2016年7月30日土曜日

やる気も工夫も見えない日経「九州消費者物価 横ばい」

30日の日本経済新聞 朝刊九州経済面に載った「九州消費者物価 横ばい 6月 電気・ガソリン下落影響」という記事は完成度が低かった。これを書いた記者が技術的に未熟なのは間違いないが、きちんとした記事に仕上げようというやる気も伝わってこない。どう工夫すべきか記者(おそらく西部支社の編集部所属)に助言してみたい。
キャナルシティ博多(福岡市博多区)
          ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

総務省が29日発表した6月の九州7県の消費者物価指数(CPI、2010年=100)は、値動きの激しい生鮮食品を除く総合指数で前年同月比横ばいの103.7
だった。全国的に低下基調にある中、唯一低下しなかった。沖縄は0.1%低下の103.4。

原油安が続いており、電気代やガソリン代の下落が響いた

九州の指数は33カ月の連続上昇記録が16年3月に中断し、5月には37カ月ぶりに低下に転じていた。連続での低下にはならなかった。

北九州市が0.3%上昇と、九州の主な都市の中で最も上昇率が大きかった。熊本市が0.2%上昇と続いた。

最も下落率が大きかったのは鹿児島市で、0.4%低下の102.8だった。

項目別では、電気代が同6.7%、ガソリン代を含む「自動車等関係費」が3.8%、それぞれ低下した。


◆西部支社の記者への助言◆

横ばい」だと記事を書きづらいのは分かります。それを割り引いても、この記事は完成度が低すぎます。「こんな記事にカネを払ってもらって申し訳ない」と考えてください。担当デスクにも責任がありますが、筆者である記者の責任は重いと言えます。

記事を書く上では「何に焦点を絞るのか」をまず考えてましょう。今回の場合、「全国的に低下基調にある中、(九州の消費者物価は)唯一低下しなかった」のであれば、それが有力な候補となります。しかし、記事では「なぜ九州の物価の基調が相対的に強いのか」に全く触れていません。九州経済面の記事ですから、読者の関心も高いはずです。なのに、「原油安が続いており、電気代やガソリン代の下落が響いた」としか書いていません。

唯一低下しなかった」に焦点を絞るのではなく、「横ばい」について書くという選択ももちろんあります。今回はそうしたのかもしれません。だとしたら「原油安が続いており、電気代やガソリン代の下落が響いた」では説明になっていません。「○○は下落したが、××などの上昇で相殺された」といった書き方にすべきです。「5月には37カ月ぶりに低下に転じていた」のに、6月は横ばいになったのであれば、どちらかと言えば上昇要因に重心を置いて記事を書くべきでしょう。

記事には九州の都市別の数表が載っています。この表があれば「北九州市が0.3%上昇と、九州の主な都市の中で最も上昇率が大きかった。熊本市が0.2%上昇と続いた。最も下落率が大きかったのは鹿児島市で、0.4%低下の102.8だった」とのくだりは不要です。表を見れば分かります。「限られたスペースの中で読者により多くの情報を届けたい」と心がけて記事を書いていれば、こういう作りにはしないはずです。

総務省の発表資料を見て、そこに出てくる情報を適当に選んで記事にして終わり--。そんな姿勢が今回の記事には透けて見えます。「九州の消費者物価に関して6月のポイントはなんだろう」「どこを掘り下げれば読者に関心を持ってもらえるだろうか」などと考えましたか。そういう意識があれば、追加で取材して専門家のコメントを取るといった手間をかけようと思えたかもしれません。

安易に記事を書いても日経のデスクは原稿を通してくれるのでしょう。しかし、そこに甘えていれば書き手としての成長はありません。今のままでよいのか、これを機にじっくり考えてみてください。


※記事の評価はD(問題あり)。

米グラウカスの伊藤忠リポートに関して日経に求めるもの

29日の日本経済新聞 朝刊投資情報3面に「伊藤忠株急落で対応も 日本取引所CEO、金融庁も関心」という気になる記事が載っていた。「米運用会社のグラウカス・リサーチ・グループが伊藤忠商事の会計処理に疑問があるとのリポートを出し、それで27日に同社株が急落した件」について、日本取引所グループの清田瞭グループ最高経営責任者(CEO)のコメントを紹介したものだ。
靖国神社(東京都千代田区) ※写真と本文は無関係です

コメントを記事にするのは悪くない。ただ、グラウカスのリポートの内容は日経の記者も分かっているはずだ。まずは自分たちでグラウカスの手法が「合理的な根拠のない風評などを流す行為」に当たるかどうか分析してほしかった。

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

日本取引所グループの清田瞭グループ最高経営責任者(CEO)は28日、米運用会社のグラウカス・リサーチ・グループが伊藤忠商事の会計処理に疑問があるとのリポートを出し、それで27日に同社株が急落した件について「不自然な取引があったかどうか調べることも可能」と述べた。株取引に問題があれば、必要に応じて対応をとる考えを示唆した。

米グラウカスは企業の財務情報などを調べ、当該企業の株を空売りしたうえで、グラウカスが問題と考える項目を指摘したリポートを出す。リポートを受けて株価が下がれば買い戻して利益を確定する。清田CEOは「(伊藤忠株を空売りした後にリポートを出したのなら)倫理的に若干疑問がある」と述べた。

金融庁や証券取引等監視委員会も今回の件には関心を寄せており、慎重に対応を検討するとみられる。金融商品取引法は株式などを売買する目的で、合理的な根拠のない風評などを流す行為を禁じている

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この記事だけを読むと、グラウカスの行為には「風説の流布」が疑われているとの印象を受ける。ただ、日経QUICKニュース(NQN)の片野哲也記者が27日に書いた「伊藤忠、米社が不正会計指摘 議論の焦点は連結の範囲」という記事の内容からは、「風説の流布」の可能性は非常に低そうに思える。記事の一部を見てみよう。

【NQNの記事】

グラウカスが「不適切な区分変更」として疑義を示したのは大きく分けて3点ある。1つ目は伊藤忠が2011年に米資源大手ドラモンド・カンパニーの持つ権益の20%を取得したコロンビアの石炭鉱山の会計処理だ。取得後に石炭価格が下落し、ストライキの発生もあって採算が悪化した。伊藤忠は15年3月期に同鉱山への出資分を「関連会社投資」から「その他の投資」に変更したが、グラウカスはこの処理で1531億円相当の損失の認識を回避したと指摘する。

2つ目は中国最大の国有複合企業、中国中信集団(CITIC)への投資を巡るものだ。伊藤忠は15年にタイ最大財閥チャロン・ポカパン(CP)と1兆2000億円を折半出資し、CITIC株の10%を持つ。前期は404億円だったCITICからの持ち分法投資利益や配当などは17年3月期は700億円を見込む。これに対しグラウカスは、CITICは大株主である中国政府の支配下にあるため伊藤忠は重要な影響力を持たず、持ち分法は適用できないと主張する。

3つ目は、持ち分法適用会社である中国食品・流通大手の頂新グループの持ち株会社、頂新(ケイマン)ホールディングについて伊藤忠が15年3月期に連結対象から外した会計処理だ。この結果、15年3月期には約600億円の再評価益を計上した。グラウカスは「会計上の利益は発生したが、経済実態的にも伊藤忠と頂新の関係上も変化は生まれていない」と指摘する。

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伊藤忠の会計処理が「不正会計」に当たるかについては「伊藤忠が採用する国際会計基準(IFRS)では連結対象の範囲は実質的な関係が重視されており判断は難しい」と片野記者も述べており、微妙だろう。だが、リポートの公表は「合理的な根拠のない風評などを流す行為」かと言われると違う気がする。

もちろん日経の記者が「合理的な根拠のない風評などを流す行為」に該当する可能性も十分にあると判断しているのであれば、それを頭から否定はしない。ただ、リポートの中身を日経自身が分析して、それを紙面に載せてほしい。上記のNQNの記事は紙の新聞では読めないはずだし、NQNの片野記者も「風説の流布」の可能性は論じていない。

個人的にはグラウカスの取り組みに高い関心を持っている。仮に伊藤忠の会計処理に問題があり、それが公開情報から読み取れるのであれば、日経がそれを指摘してもよかったはずだ。グラウカスの発信する情報への注目が高まるにつれて、経済メディアとしての日経の存在意義も問われてくるだろう。日経にとっては面白くない展開だろうが、読者としては歓迎すべき動きと言える。

※日経の記事の評価はC(平均的)。

2016年7月28日木曜日

信越化学株を「安全・確実」と日経 川崎健次長は言うが…

日本経済新聞の川崎健証券部次長が書く記事はやはり苦しい。28日の朝刊マーケット総合1面に載った「スクランブル~軽くなった大型株」もそう思わせる内容だった。「一時16%高まで急騰した信越化学工業株」について「誰もが『安全・確実』と認める材料が出た銘柄」と川崎次長は解説している。しかし「2016年4~6月期決算が大方の予想を超えるサプライズ決算だった」ことが「誰もが『安全・確実』と認める材料」とは考えにくい。
太宰府天満宮の参道(福岡県太宰府市)
          ※写真と本文は無関係です

記事の一部を見てみよう。

【日経の記事】

「信越化ですか? 日銀や政府がどう動くか分からない中で、ますます裏付けがある銘柄を求めるようになっていますね」。大きな「窓」を開けて上昇したチャートを見ながら、野村証券のある幹部は、投資家の胸の内をこう説明してみせた。安全で確実な材料が出た銘柄が一斉に買われるのにはこうした背景がある。

信越化が買われたのは、前日発表の2016年4~6月期決算が大方の予想を超えるサプライズ決算だったからだ。連結営業利益は市場予想の平均(516億円)を超える前年同期比17%増の600億円。SMBC日興証券の竹内忍アナリストは「急激な円高進行という厳しい環境の中で、コストコントロールがうまくいっている」と評価する。

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安全で確実な材料が出た銘柄」とは何だろうか。ここでは「その材料が出た直後に買えば確実に利益が得られる(損失を出す可能性は極めて小さい)銘柄」と仮定してみる。「それに当たるのが信越化だ」と川崎次長は教えてくれるが、どうも怪しい。

業績面での明確なポジティブサプライズは「安全で確実な材料」と言えるだろうか。情報を公表前には得られない(インサイダー取引はできない)前提で考えれば、「安全」でも「確実」でもない。サプライズを受けて、株価の適正水準に関する市場コンセンサスが1株1000円から1100円に上昇したとしよう。すると取引が成立する価格は1100円になってしまう。その後の株価上昇の確率に関して、他の銘柄より有利と考える根拠はない。

しかし川崎次長は違う考えのようだ。記事の後半では以下のように説明している。

【日経の記事】

日本株を手掛ける世界のヘッジファンドの多くが、今年に入り運用に苦戦しているのは広く知られている事実だ。例えば総額約8兆円を運用する英マン・グループ。26日、ロング(買い持ち)オンリー戦略をとる傘下のGLGの日本株ファンドが、1~6月にマイナス26.6%と記録的な損失を出したことを公表した。

GLGの同ファンドは代表的な日本株ヘッジファンドの一つだが、急激な成績悪化で投資家からの解約が加速しているという。「大型株で運用する日本株ファンドはどこも似たり寄ったり。短期売買で今年前半の成績不振を取り戻そうとするファンドが増えている」(欧州系証券)という。

顧客の解約を恐れるヘッジファンドは当然、許容できる運用リスクも限られる。だからこそ、誰もが「安全・確実」と認める材料が出た銘柄に資金を一極集中させているのだろう

ただ、こうした目先の利益に目を奪われた投資家の群集行動が、往々にして株価をオーバーシュートさせてしまうのも市場の真実だ。リスクを取ろうとしない短期マネーの一極集中が生み出す大型株の乱舞――。そんな光景がいつの間にか日常化しつつあるこの市場から、一番大切な「価格発見機能」が失われていかなければいいのだが

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許容できる運用リスクも限られる」ヘッジファンドは「誰もが『安全・確実』と認める材料が出た銘柄に資金を一極集中させている」らしい。記事の書き方だと「業績面での明るい材料が出た信越化を買えば、少ないリスクで安全確実にリターンを得られる」との印象を読者は抱いてしまう。しかし、誰もが認めるポジティブサブライズがあった銘柄はその前より高い価格でしか買えなくなってしまうので、投資対象として有利なわけではない。

信越化への投資を「リスクを取ろうとしない短期マネーの一極集中」と見るのもおかしい。信越化へ投資すれば、必然的にリスクを取ってしまう。投資先を分散させていたヘッジファンドが信越化に資金を「一極集中」させるとしたら、分散によるリスク低減を放棄している分、以前よりも多くのリスクを取っている可能性が高い。

大型株の値動きが軽いからと言って「一番大切な『価格発見機能』が失われていかなければいいのだが」と憂慮するのも、よく分からなかった。新たに出た材料に敏感に反応しているのであれば「市場の価格発見機能は健在」と考えてよいのではないか。明確なポジティブサプライズがあったのに取引が低調で株価も全く動かないのであれば「価格発見機能」が働いているのか心配になるが…。


※記事の評価はD(問題あり)。川崎健次長への評価もDを据え置く。川崎次長に関しては「『明らかな誤り』とも言える日経 川崎健次長の下手な説明」「なぜ下落のみ分析? 日経 川崎健次長『スクランブル』の欠陥」「川崎健次長の重き罪 日経『会計問題、身構える市場』」も参照してほしい。

2016年7月27日水曜日

浜田宏一氏が週刊エコノミストで語るヘリマネ的政策の謎

週刊エコノミスト8月2日号の特集「ヘリコプターマネーの正体」は興味深い内容だった。全体としての出来も悪くない。ただ「ヘリマネ政策は大きな危険をはらむ」という浜田宏一氏へのインタビュー記事は色々と疑問が残った。浜田氏の話がおかしいのか、記者らの問題なのかは分からない。編集部に問い合わせしたので、まずその中身を見てほしい。
「虹の松原」の前に広がる砂浜(佐賀県唐津市)
               ※写真と本文は無関係です

【エコノミストへの問い合わせ】

8月2日号の「ヘリマネ政策は大きな危険をはらむ」という浜田宏一内閣官房参与、米エール大学名誉教授へのインタビュー記事に関して、理解できない部分があったので問い合わせさせていただきます。疑問が生じたのは以下のくだりです。


そして、もし全てのリフレ政策が全く効かなくなったら、景気を良くするための一種の実験的なこととして、「ヘリマネ的」な政策を1回は行っていいかもしれない。「ヘリマネ的」な政策には、消費増税の繰り延べ、消費税の8%から5%への減税、大規模な財政出動と同時に行う金融緩和の強化・継続--などが当たるとの解釈もある。


素直に解釈すると「消費増税の繰り延べ」「消費税の8%から5%への減税」「大規模な財政出動と同時に行う金融緩和の強化・継続」はそれぞれが「ヘリマネ的政策」の具体例だと思えます。ただ、「消費増税の繰り延べ」は既に2回やっています。ヘリマネ的政策が1回限定のものならば、「消費増税の繰り延べ」は選択肢から外れるはずです。

「消費増税の繰り延べ」「消費税の8%から5%への減税」「大規模な財政出動と同時に行う金融緩和の強化・継続」の3つを同時にやるのが「ヘリマネ的政策」に当たるとの可能性も考えてみました。しかし、減税などの財政政策はそれだけでは「ヘリマネ的」とは言えません。そうなると結局、「金融緩和の強化」しか「ヘリマネ的」な要素がなくなります。しかし、浜田氏は「金融緩和の強化」の具体的な内容に触れていないので、記事からは「1回だけは試す余地のあるヘリマネ的政策」がどういう性格のものか判然としません。

そもそも、ヘリマネや財政出動もリフレ政策の一種と言えるので、「全てのリフレ政策が全く効かなくなった」ときに「ヘリマネ的」な政策が効くと期待するのは無理があります。「劇薬を含む全ての薬が全く効かない時には劇薬を試してみる価値がある」と言っているのにも似た問題を感じます。

上記の疑問点に関して、どう理解すればよいか教えていただけると助かります。お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いします。

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基本的に書き方がうまくない。常識的に考えて「ヘリマネ的」な政策とは財政政策と金融緩和の組み合わせなのだろう。しかし、記事の書き方だと「消費増税の繰り延べ」だけでもヘリマネ的政策に当たると解釈する方が自然だ。

「財政政策と金融緩和の組み合わせ」だとしても、それはアベノミクスで実施済みだ。「全てのリフレ政策が全く効かなくなった」ときに「1回は行っていいかもしれない」政策とは思えない。もちろん金融緩和の中身次第では「ヘリマネ的」にはなる。しかし、その「中身」が何かを記事は教えてくれない。


※この記事の担当は平野純一、黒崎亜弓、中川美帆の3記者。問い合わせからほぼ2日が経ったが、まだ回答はない。回答があれば内容を紹介したい。記事への評価はD(問題あり)。暫定でB(優れている)としていた平野記者への評価は暫定Dに引き下げる。黒崎記者と中川記者への評価も暫定でDとする。

2016年7月25日月曜日

掲載に値しない 日経「シチズン時計、米物流拠点を強化」

紙面を埋めるためだけの記事と言って差し支えないだろう。25日の日本経済新聞朝刊企業面に載った「シチズン時計、米物流拠点を強化 ネット通販好調で」という記事に、企業情報としての意味はほぼない。 その全文は以下の通り。
太宰府天満宮(福岡県太宰府市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

シチズン時計は米国カリフォルニア州に持つ物流センターの機能を強化する。現地でネット通販による時計の販売が好調なためだ。発注や出荷システムを切り替え、取扱量が急増しても効率よく配送できるようにする。2016年の単年の投資額は数億円を見込む。

ロサンゼルスにある物流センターを改善する。以前は倉庫だったが、13年に現地の百貨店や宝飾店と連携して、ネット通販で顧客が注文した時計をシチズン時計が直接配送する取り組みを始めていた。

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まず「米国カリフォルニア州に持つ物流センターの機能を強化する」のがいつからなのか不明だ。「2016年の単年の投資額は数億円を見込む」と書いているので、年内には強化するのだろうと推測できるが、断定はできない。

強化」の内容も「発注や出荷システムを切り替え」と説明しているだけだ。しかも「発注を切り替え」がやや意味不明だ。「発注・出荷のシステムを切り替え」と言いたかったのかもしれないが、これも推測の域を出ない。

企業情報としての意味を持たせるならば(1)システムの切り替えによって発注や出荷がどう効率化できるのか(2)物流センターの機能強化によって取扱量の上限をどのくらい増やせるのか--には必ず触れたい。

その場合、今の第2段落は丸々なくていい。「ロサンゼルスにある物流センターを改善する」といった説明は完全に無駄だ。書き出しの「米国カリフォルニア州に持つ物流センター」を「米国ロサンゼルスに持つ物流センター」とすれば済む。残りの部分も、まずは必須事項を記事に入れて、余裕があれば言及するぐらいで十分だ。

こういう記事が載るのは、日経の企業報道部の実力が不足しているからだ。記者がまともな記事を書く力を身に付けていない上に、デスクも完成度の低い原稿をそのまま紙面化してしまう。社内に「これではマズい」と声を上げる人がいない(あるいは、いても無視される)からこそ、全国の読者にこうした記事を届けてしまう。この記事を書いた記者や担当デスクはその罪深さに気付いているだろうか。

※記事の評価はE(大いに問題あり)。

「平成経済録」を緊急特集する週刊ダイヤモンドの拙速

週刊ダイヤモンドは何かがおかしい。7月30日号では「熱狂と挫折の『平成』経済録」という21ページの緊急特集を組んでいる。気になるのは、なぜこれが「緊急」なのかだ。特集では冒頭で以下のように説明している。
耳納連山(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

天皇陛下が「生前退位」の意向を示されたとの報が世界を駆け巡った。皇室典範の改正といったハードルもあるが、実現すれば「時代」が変わる。平成という時代に焦点が当たっている今、熱狂と挫折の間で揺れ続けた「平成」経済録をお届けする。

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特集には以下のような記述もある。

【ダイヤモンドの記事】

「生前退位」が現実のものとなれば、あと数年で新たな「時代」にバトンタッチすることになる。では、平成とはどんな時代だったのか、28年にわたる平成の経済史を振り返った。

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平成が終わった、あるいは終わる時期が明確になったという状況があれば、緊急に特集を組んで「平成の経済史」を振り返るのも理解できる。しかし、まだ「天皇陛下が『生前退位』の意向を示されたとの報が世界を駆け巡った」だけだ。天皇自らが公式に退位の意向を示したわけでもない。意向を公式に表明したとしても、実現するかどうかも分からない。その段階で「『生前退位』が現実のものとなれば、あと数年で新たな『時代』にバトンタッチすることになる」と意義付けして、しかも緊急で特集を組むのは、いかにも拙速だ。

しかも中身は平成元年と現在の経済情勢を比べているだけで新味に欠ける。生前退位の方針が固まった段階での緊急特集としてこの内容ならば、「こんなものかな」と納得できる。しかし、必然性に欠ける段階でわざわざ「緊急特集」と銘打つのであれば、自ずと要求水準は上がってくる。その期待に応えているかと言えば、答えは否だ。


※特集全体の評価はC(平均的)。特集の責任者を浅島亮子、竹田孝洋、山口圭介の3人の副編集長だと推定し、浅島副編集長への評価を暫定B(優れている)から暫定Cへ引き下げる。暫定でCとしていた竹田副編集長はCで確定とする。山口副編集長はF(根本的な欠陥あり)を維持する。F評価については「頭取ランキング間違い指摘を無視 ダイヤモンドの残念な対応」を参照してほしい。

2016年7月24日日曜日

強引にオーナー企業を持ち上げる日経1面「市場の力学」

24日の日本経済新聞朝刊1面に載った「市場の力学~選ばれる会社(中)オーナー企業、株高の秘密 株主の視点、強さの源泉」という記事は、オーナー企業を持ち上げるための強引な説明が目立つ。「サラリーマン経営者よりオーナー経営者の方が優れたパフォーマンスを示す」という明確な根拠があるのならば、それを示して記事をまとめればいい。しかし、取材班が持ち出してきたのは、ご都合主義の臭いが鼻を突くランキングだった。

柳川の川下り(福岡県柳川市) ※写真と本文は無関係です
記事では以下のように書いている。

【日経の記事】

在任中に株の時価総額をどれだけ増やしたか。経営者の通信簿ともいえるランキングには日本電産の永守重信社長などオーナー経営者が並ぶ。神戸大学大学院の三品和広教授は「長期の視点で大胆な飛躍を目指せる」と強さの秘密を解説する。

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記事には「オーナー社長が上位に(在任中の時価総額増加率)」という表が載っていて、確かに「ランキングには日本電産の永守重信社長などオーナー経営者が並ぶ」。しかし、これでオーナー経営者とサラリーマン経営者を比較するのは無理がある。創業社長であれば社長在任期間が数十年に及ぶ例は珍しくない。一方、サラリーマン経営者では社長を10年以上続けることすら例外的だ。

ランキングでは上位6人を「オーナー系」が占め、6位の三木谷浩史氏(楽天)でさえ時価総額を10.8倍にしている。社長在任中に時価総額を10倍以上にしようとすれば、在任期間が長い方が圧倒的に有利だ。そして、在任期間にはオーナー経営者とサラリーマン経営者には決定的な差がある。記事に載せたランキングをオーナー経営者の強さの根拠とするのは、厳しく言えば誤りだ。

しかも、このランキングには「時価総額1兆円以上の企業で社長就任月末と比較」との注記がある。上場企業全体ではなく「時価総額1兆円以上」とする意味は何なのか。推測だが、上場企業全体とすると、マイナーな企業ばかりになったり、非オーナー系企業が上位に多く入ったりするのだろう。ここにも「ご都合主義」の臭いがする。

ついでに記事の後半部分にいくつか注文を付けておく。

【日経の記事】

出光興産は昭和シェル石油との合併を巡り創業家と現経営陣が激しく対立する。オーナーシップは継承が課題だ。ソニーも創業者世代が退くと経営が迷走した。平井一夫社長らが代替として選んだのが自己資本利益率(ROE)になる。経営の効率性を示し、投資家が重視する物差しだ。

見違えたのが10年連続で赤字だった薄型テレビだ。16年3月期まで2年連続で黒字となり今や安定収益源だ。テレビ子会社の高木一郎社長は「株主視点が経営に緊張感をもたらし、利益を生む原動力になった」と話す。

東京海上アセットマネジメントは経営者が実質的に株主である企業に投資するファンドを運用する。北原淳平マネジャーは「オーナーは株主と利害関係が一致する。最強のガバナンス体制だ」と話す。投資家とは未来の株主だ。株主視点の経営には資金が集まり、それが企業を強くする。

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◎ROE重視でテレビが黒字化?

ROE重視にしたら「10年連続で赤字だった薄型テレビ」事業が「16年3月期まで2年連続で黒字となり今や安定収益源」に生まれ変わったらしい。そんなに簡単な話ならば苦労は要らない。赤字で苦しむ経営者には「ROE重視にすればいいんですよ。それで黒字化します」と教えてあければいい。ROE重視を「魔法の杖」のように描く記事の書き方は感心しない。

◎「投資家とは未来の株主」?

投資家とは未来の株主だ」という説明は奇妙だ。例えば、現在ソニー株を保有している人は、ソニーから見て「投資家」とは呼べないのだろうか。常識的に考えれば、どこから見ても「投資家」だ。

◎オーナー経営が「最強のガバナンス体制」?

オーナーは株主と利害関係が一致する。最強のガバナンス体制だ」というコメントも気になる。記事の流れからして、取材班もこのコメントに同意しているのだろう。ならば話は簡単だ。上場審査の際には創業家の持ち株比率をなるべく高くしてもらい、創業家から社長が出ている場合はガバナンスの細かい決め事なども免除してあげればいい。なにせ「最強のガバナンス」なのだから、そうなるように上場企業を導くべきだろう。

だが、本当にそれは良策なのか。取材班はじっくり考えてほしい。

※記事の評価はD(問題あり)。

2016年7月23日土曜日

日経への疑問 「2年で物価上昇率2%」日銀はまだ拘泥?

23日の日本経済新聞 朝刊経済面に「物価上昇率 2%目標『2年にこだわらず』 日銀内で浮上」という記事が出ていた。見出しを見てすぐに「まだ『2年』にこだわっていたの?」との疑問が湧いた。異次元緩和の導入が「2013年4月」。既に3年以上が経過し、現在の達成時期の目標は「17年度中」だ。18年3月に達成した場合、5年かけた計算になる。しかし、記事では「2年程度で2%」がまだ達成可能かのように書いている。
黒川温泉(熊本県南小国町)※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

日銀内で「2年程度で2%」の物価上昇率を達成するとする目標について、将来的には柔軟な運用を検討すべきだとの声が出てきた。

日銀の物価安定に向けた強い決意を示す象徴だったが、最近では会合のたびに緩和観測が強まり、相場が荒れる原因にもなっている。「2年」にはこだわらずに持久戦を視野に入れるべきだとの考え方だ。

日銀は2013年4月の異次元緩和導入以来、「2年」という短期間に集中的に強力な金融緩和を進め、物価上昇2%を一気に実現しようとしてきた。ところが原油価格の下落などもあって、達成時期の先延ばしが繰り返され、日銀は終わりの見えないまま大規模な金融緩和を続ける事態に陥っている。

現状の年80兆円ペースで国債を増やすことは数年のうちに限界を迎えるとみられており、粘り強く緩和を続ける枠組みを探るべきだとの声が行内で上がってきた。

現状の金融政策の効果と問題点を丹念に分析し、時間をかけて市場との対話を進めるべきだとの意見がある。

現状でいきなり「2年」という目標を取り下げれば、債券市場などが混乱する可能性がある。日銀執行部内では、2%の達成時期が大きく先送りされる状況となった場合の選択肢として意識され始めている

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記事を読む限り、「2年程度で2%」は現時点でまだ達成可能との前提を感じる。「日銀はその姿勢を崩してないから、それに沿って記事を書いているんだ」と記者は弁明するかもしれない。しかし、その前提は正しいのだろうか。

6月20日付で産経新聞は以下のように伝えている。

【産経の記事】

日銀の黒田東彦総裁は20日、慶応大で講演し、日銀が掲げる2%の物価上昇率目標について、「2年程度での実現はできなかった」との認識を初めて示した。その上で、期限を示した理由について「5年先なのか、10年先なのか、時期を定めないと、実現に向けた(具体的な)政策が決まらない」と説明した。

平成25年4月に日銀が大規模な金融緩和を実施した際、当初は「2年程度で2%の物価上昇率目標を実現する」としていた。この表現は撤回していないが、達成時期については先送りを繰り返しており、目標時期は「29年度中」としている。

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日銀として「(2年程度で2%という)表現は撤回していない」としても、黒田総裁自体が「2年程度での実現はできなかった」と認めているのであれば、既に「2年」にはこだわっていないと見るべきだ。仮に「こだわっている」としても、「普通の感覚では『2年程度』はとっくに過ぎている」という点を日経の記事では言及してほしかった。

日経の「現状でいきなり『2年』という目標を取り下げれば、債券市場などが混乱する可能性がある」との説明も引っかかる。黒田総裁が「2年程度での実現はできなかった」と認めているのに、債券市場に目立った「混乱」は起きていない。形式的に残っている「2年」という期間を取り下げたぐらいで、そんなに「混乱する」だろうか。

日経の記者は「(「2%」の取り下げは)2%の達成時期が大きく先送りされる状況となった場合の選択肢として意識され始めている」と記事を締めている。しかし、達成時期の目標を「17年度中」としている今でも、十分に「大きく先送り」されている。「2年」にこだわるかどうかに、もはや実質的な意味はないと思えるが…。


※記事の評価はC(平均的)。

2016年7月22日金曜日

「人件費」にほぼ触れない日経「インドIT3社、人件費高騰」

22日の日本経済新聞朝刊アジアBiz面に「インドITサービス3社 人件費高騰、先行きに影 4~6月決算」という記事が載っている。この見出しに釣られた人は、記事を読めば「インドITサービス3社」での「人件費高騰」についてより詳しい情報が得られると思ってしまうだろう。しかし、そうはなっていない。
熊本大学(熊本市) ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

【ムンバイ=堀田隆文】インドIT(情報技術)サービス大手3社の2016年4~6月期連結業績が出そろった。最大手タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)と2位インフォシスの純利益が前年同期比で2桁の伸びを確保する一方、3位ウィプロは2四半期連続の減益となった。上位2社も人件費の高騰に直面しており、収益環境の先行きは厳しさを増している

TCSの4~6月期の連結純利益は前年同期比11%増の631億ルピー(約1000億円)だった。実績は市場予想を上回った。TCSのチャンドラセカラン最高経営責任者(CEO)は「主要な市場、業界で幅広い成長を遂げた」と強調した。

インフォシスの連結純利益は343億ルピーで13%増。2桁増益だが実績は市場予想を下回った。ウィプロの連結純利益は7%減の205億ルピー。

英国の欧州連合(EU)離脱決定も懸念材料だ。各社は売上高の2~3割を欧州で稼いでいる。インフォシスは17年3月期の売上高(米ドル換算)の前期比伸び率の予想を従来の11.8~13.8%から10.8~12.3%に下方修正した。

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見出しにある「インドITサービス3社 人件費高騰」について記事中で触れているのは「上位2社も人件費の高騰に直面しており、収益環境の先行きは厳しさを増している」というくだりだけだ。これだと、得られる情報は見出しとほぼ同じだ。「インドITサービス3社では人件費が高騰しているのか。どういう状況なんだろう」との関心を抱いて記事を読んだ人であれば「裏切られた」と思うのが当然だ。

上位2社も人件費の高騰に直面しており」と書いている場合、「3位ウィプロ」での人件費高騰には既に触れているような印象を受けるが、そうした記述もない。堀田隆文記者は記事の書き方の基本が身に付いていないようだ。

この記事は紙面上で40行余りしかない。そこで3社の業績をまとめる必要がある。「人件費高騰」に焦点を当てるのならば、3社の業績に触れて人件費の説明をすれば、すぐ40行に届いてしまう。だから、あれこれ他に手を出す余裕はない。なのに堀田記者は「英国の欧州連合(EU)離脱決定も懸念材料だ」と最後の段落で話を移している。そこに記者としての未熟さが出ている。

インドITサービス3社」で「人件費高騰」が起きているのに、「3位ウィプロ」だけが減益で他の2社は増益なのも気になる。業績のまとめ記事としては「人件費高騰の影響を同じように受けながら、なぜ利益面で明暗が分かれたのか」も必ず触れるべきだ。

見出しに釣られて読む人の期待を裏切らない記事にするにはどうしたらよいのか--。堀田記者には、そこから学び直してほしい。記事の完成度の低さに関しては、国際アジア部の担当デスクの責任も当然ながら大きい。


※記事の評価はD(問題あり)。堀田隆文記者への評価も暫定でDとする。

2016年7月21日木曜日

週刊ダイヤモンド「美酒に酔う者なきビール業界」への疑問

週刊ダイヤモンド7月23日号に載った「Inside キリン苦杯でサッポロ復調も 美酒に酔う者なきビール業界」という記事では、「ゼロサムゲーム」という言葉の使い方が気になった。「参加者全員の得点の合計が常にゼロである得点方式のゲーム」(デジタル大辞泉)がゼロサムゲームだ。これを市場縮小が続く「ビール類」市場に当てはめるのは無理がある。どちらかと言えば「マイナスサムゲーム」だろう。
福岡県立修猷館高校(福岡市早良区) ※写真と本文は無関係です

この記事には他にも引っかかるところが多かった。順に見ていこう。

◎シェア10%が必須条件?

【ダイヤモンドの記事】

7月12日、ビール、発泡酒、第三のビールを合わせた「ビール類」の上半期課税出荷数量(1~6月)が発表された。大手4社のシェアを見ると、業界2位のキリンビールは前年同期比1.9%減の32.1%で過去最低。アサヒビール(39.2%)、サントリービール(16.0%)、サッポロビール(11.9%)の3社がシェアを伸ばした。

数字上はキリンの独り負け。だが、残りの3社がたっぷりと勝利の美酒に酔えるわけではない。

ビール回帰──。年初の事業戦略発表会で、各社は今年の方針をこう掲げた。その点では、美酒を手にしたのはサッポロだけだ。

ビールカテゴリーでシェアを伸ばしたのはサッポロとサントリーの2社。だが、サントリーは昨年9月に発売した大型商品の「ザ・モルツ」の増分がある。

つまり、既存ブランドだけでビール回帰を遂行できたのはサッポロだけで、同社は「黒ラベル」の好調により、ビールでのシェアを0.7%増やした。黒ラベルは基盤の弱かった西日本で販売増を果たし、4月発売のブランド初の派生商品「黒ラベルエクストラブリュー」が寄与した格好。

だが、そんなサッポロも決して安泰とはいえない。ビール類は巨額の設備投資が掛かる装置産業で、「10%のシェアを割ると採算が合わなくなる」(アサヒ幹部)といわれる。サッポロは、昨年のビール類のシェアが11.5%で危険水域。今上半期のシェア回復で「何とか一命を取り留めた」(業界関係者)にすぎない

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サッポロは、昨年のビール類のシェアが11.5%で危険水域。今上半期のシェア回復で『何とか一命を取り留めた』(業界関係者)にすぎない」と筆者の泉秀一記者は言う。「10%のシェアを割ると採算が合わなくなる」とすれば、シェア1%前後のオリオンビールはなぜ存在しているのか。

ついでに言うと「設備投資が掛かる装置産業」という表現には違和感がある。「カネが掛かる」ならば分かるが「投資が掛かる」とはあまり言わない気がする。「巨額の設備投資が必要な装置産業」「設備投資に巨額の資金が掛かる装置産業」などであれば問題は感じない。


◎これまでは「営業活動だけで年間数量を増加」?

【ダイヤモンドの記事】

キリンが独り負けになった最大の要因は、「年間数量の増加」を目指して昨年末に数字を作りにいったことによる、極度の在庫の押し込み、つまり需要の先食いにある。

そもそも、もはやビール業界では、営業活動だけで年間数量を増加させ続けることに限界があるビール類市場全体の今上半期の出荷数量は、前年同期の98.5%で昨年に続いて過去最低を更新

最も数量の大きかった1994年と比較すれば「サッポロ1社分が丸ごと消えている」(ビールメーカー首脳)のが現実なのだ。もはや前年比の“呪縛”に取り付かれたゼロサムゲームの先に、明るい未来がないことは明白だろう。

あるキリン幹部は「もはやビールの製造技術は業界の競争領域ではない」と主張する。製造技術に勝敗を分けるだけの差がない今、中長期の利益創出には「共同生産などの協調は必須」である。協調路線で国内の効率化を図り、その原資で海外を攻めるほか成長の道はない

目先の年間数量やシェアに拘泥せず、自社製造のプライドを捨てる決断に踏み切る者は現れるのか。勝者なき戦いの末に、全社が苦杯をなめるのか。ビールのおいしい季節にあっても、業界に酔いしれる余裕はない。

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1994年と比較すればサッポロ1社分が丸ごと消えている」のであれば「前年比の“呪縛”に取り付かれたゼロサムゲーム」とは言い難いのは既に述べた通りだ。

そもそも、もはやビール業界では、営業活動だけで年間数量を増加させ続けることに限界がある」との説明も引っかかる。「これまで営業活動だけで年間数量を増加させ続けてきた」のなら分かる。しかし、「ビール類市場全体の今上半期の出荷数量は、前年同期の98.5%で昨年に続いて過去最低を更新」しているのであれば、「増加させ続けることに限界がある」も何もないだろう。

それにビール業界は販売拡大の手段として「営業活動だけ」に頼ってきたとも考えにくい。発泡酒や第三のビールを開発したのは「営業活動だけ」に頼っていない証拠だ。そう考えると、泉記者の解説は前提から間違っていると思える。

付け加えると、注釈なしに「今上半期の出荷数量」について「過去最低」と書くのは感心しない。「統計を開始した平成4年以降で1~6月期の過去最低を更新した」(産経)という話だろう。単に「過去最低」と言われると「終戦直後よりも今の方が出荷数量は少ないんだな」と思われても仕方がない。読者に親切な書き方を心がけてほしい。

泉記者にもう1つ教えておきたい。「協調路線で国内の効率化を図り、その原資で海外を攻めるほか成長の道はない」というのは誤りだ。「国内市場は伸びないが、協調路線は採らない」との前提でも「成長の道」はある。

10%のシェアを割ると採算が合わなくなる」「サッポロは、昨年のビール類のシェアが11.5%で危険水域」との条件設定が正しいのならば、まずはサッポロ以外の3社がサッポロをシェア10%割れに追い込めばいい。サッポロの撤退による残存者利益を得て国内市場での成長が可能となる。サッポロが撤退時に工場を売却するのであれば、それを買ってもいいだろう。

「そんなの不可能だ。協調路線しかない」と泉記者は反論できるだろうか。


※記事の評価はD(問題あり)。泉秀一記者への評価もDを維持する。

2016年7月20日水曜日

一読の価値あり 週刊エコノミスト「ヤバイ投信 保険 外債」

週刊エコノミスト7月26日号の特集「ヤバイ投信 保険 外債」は投資初心者に薦めたくなる内容になっていた。手数料の高い金融商品の問題点をきちんと指摘しており、金融商品を売る側に作り手がうまく丸め込まれている感じはない。「ファンドラップ “お任せ”にしては高いコスト 収益の大半を食う可能性が大」という記事(筆者は びとうファイナンシャルサービス代表取締役の尾藤峰男氏)などは、金融業界の回し者にすぐになってしまう日経の記者らにも読んでほしい。
秋月城跡の桜(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

特集を担当したのは桐山友一記者と種市房子記者。この2人は7月12日号の特集「英国EU離脱の衝撃」、6月7日号の特集「固定資産税を取り戻せ!」にも参画していて、いずれも高い完成度となっていた。今回の特集の出来が良いのも必然だろう。

特集の中で特に印象に残ったのが、森信親金融庁長官へのインタビュー記事だ(聞き手には上記の2人の記者とともに金山隆一編集長が名を連ねている)。

銀行窓口で販売される変額年金保険や外貨建て生命保険の手数料」について「金融庁が手数料開示を迫ったのに対し、地銀側の反発が強く、最終的に決着していないと聞いています」と聞かれると、森長官は以下のように答えている。

【エコノミストの記事(森長官の発言)

私は直接業界と協議していませんが、銀行側から「マイナス金利で貸し出しによる利ざやが縮小する中、手数料の高い保険商品が収入源になっている。手数料開示によってこうした商品の販売に影響が出るのが心配」という声が上がったと聞きます。しかし、考えてみれば、手数料が開示されたら売れなくなるような商品を、どうして顧客に売っているのか。これは手数料を開示する、しない以前の問題です。

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「おっしゃる通り」と拍手したくなるような発言だ。これを金融庁という役所のトップが言っているのが意外だった。このインタビューを読む限り、「金融庁は金融業界のためではなく国民のために働いてくれているのかな」と思えた。勘違いでないことを祈りたい。

もう1つ、気になった記事があった。保険コンサルタントの後田亨氏が書いた「外貨建て・変額保険~手数料も死亡保障費用も引かれ、運用に不向き」という記事だ。最後の方に「やっぱり、そういう誘惑があるのか…」と納得できる記述がある。紹介しておこう。

【エコノミストの記事】

時に外貨や投信で運用する保険について、「資産形成手段の選択肢になりうる」などと好意的な評価をする金融ジャーナリストや独立系ファイナンシャルプランナー(FP)もいるが、本当に消費者目線に立っているのか、しっかり吟味した方がいい。金融機関寄りのコメントを出すような仕事で提示される報酬は、時間をかけて原稿を書くことがバカバカしく感じられるほど、高額であるケースがあるからだ。

独立系FPなどが推奨していても、「高いコストが確実に収益を削ってしまう金融商品」には十分な注意が必要だ。

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※特集全体の評価はB(優れている)。桐山友一記者と種市房子記者への評価はBを維持する。最近のエコノミストの全体的な完成度の高さも考慮して、金山隆一編集長への評価もBとしたい。桐山記者と種市記者に関しては「最優秀書き手16年4~6月は週刊エコノミスト種市房子記者」「英国EU離脱特集 経済4誌では週刊エコノミストに軍配」「不足のない特集 週刊エコノミスト『固定資産税を取り戻せ』」も参照してほしい。

2016年7月19日火曜日

日経 小平龍四郎編集委員の奇妙な「英CEO報酬」解説

経営者への基本報酬を抑えて、業績や株価に連動する部分を厚くすると、経営者は「長期志向」になるだろうか。基本的には「短期志向」になりそうな気がする。しかし、日本経済新聞の小平龍四郎編集委員は逆だと考えているようだ。18日の日経朝刊景気指標面に載った「英国首相のガバナンス改革」というコラムでは、以下のように書いている。
KITTE博多(福岡市博多区) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

人事・財務コンサルティング会社のウイリス・タワーズワトソンの調べによると、英大企業の2015年度の最高経営責任者(CEO)の平均報酬は、円換算で7.1億円だった。巨額報酬がしばしば問題になる米国(14.3億円)の半分にすぎないが、内訳を見ると様相が異なる。業績や株価にかかわらず保証される基本報酬だけを抜き出すと、英CEOは1.8億円と全報酬の約25%。これに対して、米CEOの基本報酬は1.5億円と10%強にとどまる。

英CEOは経営成績にかかわらず得られる報酬が多く、企業価値を長期的に高める金銭的な動機が米CEOより弱いとの指摘もある。英エコノミストのジョン・ケイ氏は「経営者の長期志向の欠如が投資や研究開発の不足を招き、英国の産業競争力を低下させた」と指摘している。

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・米CEO=業績・株価連動型の報酬が厚い=長期志向

・英CEO=業績・株価連動型の報酬が薄い=短期志向

このような図式が成り立つと小平編集委員は判断しているようだ。しかし、何か奇妙だ。仮に今期で退任するCEOがいたとする。今期の業績が減益ならば報酬は1000万円だが、増益ならば10億円、30%以上の増益ならば30億円の報酬を得るとしよう。その時に、このCEOは「減益になってもいいから、10年後、20年後のために研究開発費を積極的に使おう」と考えるだろうか。常識的に考えれば、例に挙げた報酬体系は「短期志向」への強烈なインセンティブになる。

例えば「今後20年の経営を任せ、20年後の業績と株価で最終的な報酬が決まる」といった長期インセンティブを設定すれば「業績・株価連動型の報酬が厚い=長期志向」との図式も成り立つだろう。しかし、普通は数年レベルの話のはずだ。そうなると、どうしても「短期志向」になってしまう。

「数年でも十分に長期だ。1年超は長期なんだ」と小平編集委員は言うかもしれない。しかし、それだと「短期志向」と「長期志向」を分ける意味はほとんどなくなる。


※記事の評価はD(問題あり)。 小平龍四郎編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。F評価については「基礎知識が欠如? 日経 小平龍四郎編集委員への疑念」を参照してほしい。

2016年7月18日月曜日

しまむら「脱デフレ」の分析が怪しい日経 田中陽編集委員

18日の日本経済新聞朝刊企業面に田中陽編集委員が書いている「経営の視点~しまむらの『脱デフレ術』 『売る意志』復活、現場に活気」という記事の分析がどうも怪しい。特に気になるのが時期のズレだ。記事では、しまむらについて「15年2月期は2期連続の営業減益に沈んだ。1988年の上場来初めての躓(つまず)きだった」と説明した上で、「脱デフレ術」によって復活を遂げたと解説している。
筑後川の河川敷(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

脱デフレ」で復活したのならば、減益が続いていた14年2月期から15年2月期にかけては「値下げに頼る販売」になっていて、16年2月期から「脱デフレ」への変化が生じているはずだ。しかし、現実にはそうなっていない。記事では以下のように述べている。

【日経の記事】

「これまでは本部の都合の仕事になっていた」と野中社長は反省する。値下げに頼る販売から抜け出し、16年2月期の1品当たり単価は886円で3年前に比べると12%も上昇した。今期の売上高総利益率は32.4%を計画し、前期比0.9ポイントの上昇を目指す。

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これを見る限り、14年2月期から15年2月期にかけても単価上昇が続いていたと考えられる。しまむらの発表資料によると、しまむら業態の1品単価は11年2月期以降、右肩上がりだ。減益となった14年2月期と15年2月期はそれぞれ2.9%増と3.4%増。1品単価を基に「脱デフレ」の度合いを測るのならば、連続減益で「上場来初めての躓き」を味わっていた間も、しまむらは「値下げに頼る販売」から脱却を進めていたと言える(一品単価で見るのが適切かどうかは、ここでは論じない)。

田中編集委員の分析はかなり浅い。記事の中身をもう少し見てみよう。

【日経の記事】

同社の強さはきめ細かなマニュアルに支えられ、パートなど現場にいる女性従業員が働きやすい環境づくりに定評があった。当然、そこには本部主導の統制力ある仕組みがある。だが全国に1300店超、売上高6000億円近くになり、規模の拡大とともに出店場所、商圏も多様化。本部の目が行き届きにくく、その結果、現場の実情と乖離(かいり)が起き、いつしか制度疲労を起こしていた。

具体的にはこうだ。月次決算を迎える毎月20日の前後は売れ残り商品の値下げ対応や新しく入る商品の陳列で業務が煩雑となった。調べると1店舗当たり約100時間の負荷があった。値引きは利益を落とし、繁忙時には残業を伴う。いいことは何も無い。主婦のパートが多い店では定時帰宅が難しくなり不評だった。

この悪循環を断つために商品の仕入れを担当する本部のバイヤーの評価を月単位から四半期(3カ月)にし、一方で販売計画は月次から週次に変えた。現場の状況をバイヤーに正確に伝える人員も増やした。すると毎月20日前後の店舗作業が減り、本来売る力となる接客に時間を割けた。負荷は50時間まで下がり残業時間も減った。

新製品投入のタイミングが週次となってきめ細かくなると、これまでは臨時便を出して対応することもあった配送トラックの積載量も平準化された。

効果は業務の効率化にとどまらない。旬な衣料品が頻繁に並ぶことで売り場の魅力が増す。売り場の新味をより打ち出そうと陳列棚の高さを低くして売り場全体を見やすくした。現場の力の回復だ。

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まず、「値引きは利益を落とし、繁忙時には残業を伴う。いいことは何も無い」と言い切っているのに驚いた。小売業を長年取材している記者の書くこととは思えない。値引き販売には「いいこと」がある。在庫負担の軽減だ。売れ残った商品を廃棄するより、値引きしてでも売り切った方が利益も増える(あるいは赤字を減らせる)。

閉店時間が近づいてきたスーパーで総菜などに値引きのシールを貼っている光景を田中編集委員も見たことがあるはずだ。そんな時に「値引きは利益を落とし、繁忙時には残業を伴う。いいことは何も無い」と考えるのか。だとしたら、小売業について書くのはもう止めた方がいい。

商品の仕入れを担当する本部のバイヤーの評価を月単位から四半期(3カ月)にし、一方で販売計画は月次から週次に変えた」ことと「値下げ依存の販売戦略」からの脱却がどう関連するかも、まともな説明がない。バイヤーを評価する期間が1カ月でも3カ月でも、値下げの必要性は変化しないはずだ。販売計画を「月次から週次に」変えたぐらいで値引きを減らせるなら、誰も苦労はしない。

結局、しまむらの「脱デフレ術」がどんなものなのか理解できなかった。「小売業の力の源泉となる現場に売っていこうとする意志が蘇(よみがえ)れば安易な値引きの誘惑に駆られることはなくなる」と田中編集委員は結論付けている。そんな精神論みたいな話ではなく、もう少し「なるほど」と思える精緻な分析が欲しかった。


※記事の評価はD(問題あり)。田中陽編集委員への評価もDを維持する。田中編集委員については「『中間層の消費』には触れずじまい? 日経 田中陽編集委員」「『行方はいかに』で締める日経 田中陽編集委員の安易さ」「日経 田中陽編集委員『お寒いガバナンス露呈』の寒い内容」も参照してほしい。

2016年7月16日土曜日

TPPは「グローバリズムの究極」? 日経ビジネスへの疑問

「意味を取り違えて使っているのではないか」と最近よく思う言葉がある。「グローバリズム」だ。改めて意味を調べてみると「汎地球主義ともいわれる。国家の枠をこえて『一つの世界』という視点に立とうという考え方で、具体的には地球環境保全や国際テロリズムへの共同対処でグローバリズムの傾向が強まりつつある。しかし一方で、ローカリズムやリージョナリズムの動きも強くみられる」(ブリタニカ国際大百科事典)と出てきた。
成田空港(千葉県成田市) ※写真と本文は無関係です

この説明に違和感はない。しかし、英国のEU離脱に関する記事では「反EU=反グローバリズム」と捉える見方がやたらと目立つ。例えば6月25日の日本経済新聞朝刊に載った「震える世界 英EU離脱(上) 『開国型』成長モデルに試練」という記事で、大林尚欧州総局長が以下のように書いている。 

【日経の記事】

グローバリズムかナショナリズムか。国論真っ二つの英国で有権者が選択したのは欧州連合(EU)からの独立、なかんずくナショナリズムだった。大陸欧州と英国を分かつドーバー海峡には、明確な一線が画される。

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グローバリズムに対する考え方として「リージョナリズム(地域主義)」がある。「地理的に近い複数の国家が、結び付きを強化していく過程、あるいはそのような考え方」(知恵蔵2015)であり、EUやASEANはその具体例と言える。

大林欧州総局長の言い方に倣うならば、EUを離脱するかしないかは「リージョナリズムかナショナリズムか」と言った方がしっくり来る。例えばスイスは欧州に位置しながらEUには加盟していない。しかし、反グローバリズムの国とは言い難い。

前置きが長くなったが、そんなことを思ったのは日経ビジネス7月18日号の「ニュースを突く~反グローバルの勢いを止められるか」という記事で、石黒千賀子編集委員が「グローバリズムの究極とも言える自由貿易協定のTPP(環太平洋経済連携協定)やTTIP(環大西洋貿易投資協定)」と書いていたからだ。

TPPは「国家の枠をこえて『一つの世界』という視点に立とうという考え方」が行き着く究極の形だろうか。個人的には「グローバリズムの究極」は世界統一政府だと思える。TPPに関しても「グローバリズム」が具体化したというより「地域主義」の1形態と捉えるべきだろう。

「地域主義を広げていけばグローバリズムになり得る」との主張はできる。しかし、いきなり「グローバリズムの究極とも言える自由貿易協定のTPP」と書いても説得力はない。

ついでに言うと、石黒編集委員が「反グローバル」という表現を用いているのが引っかかる。「グローバル」には「グローバリズム(汎地球主義)」という意味はない。見出しだけでなく本文でも「反グローバルの勢いは止められるのか」「反グローバルの勢いを食い止めることはできないのではないだろうか」といった使い方をしている。ここは「反グローバリズム」と表記すべきだろう。


※日経ビジネスの記事の評価はC(平均的)。石黒千賀子編集委員への評価も暫定でCとする。

日経 小滝麻理子記者 メイ英首相の紹介記事に問題あり

15日の日本経済新聞朝刊国際2面に載った「登場~英新首相 テリーザ・メイ氏(59) エリートと一線、実務に定評」という記事は問題が多かった。筆者の小滝麻理子記者はメイ氏についてよく知らないのだろう。それには同情するとしても、話の辻褄は合うように書いてほしい。問題点を列挙してみる。
隈上正八幡宮(福岡県うきは市) ※写真と本文は無関係です

◎野心は「秘めてきた」?

【日経の記事】

約四半世紀ぶりとなる女性宰相は「鉄の女・サッチャー」と比べられる運命にあるが、本人は「私にはお手本はいない」と意に介さない。もっとも、英BBCはサッチャー首相誕生時に「『自分が最初になりたかった』と悔しがっていた」という同級生の話を紹介している。秘めてきた野心は戦後最大級の政治危機のなかで成就した。

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サッチャー首相誕生時に「『自分が最初になりたかった』と悔しがっていた」のであれば「秘めてきた野心」とは言い難い。そして、初の女性首相になるのがメイ氏の「野心」だったとすれば「成就」はしていない。

お手本はいない」と「自分が初の女性首相になりたかった」のくだりを「もっとも」でつないでいるのも妙だ。「初の女性首相になりたかった=実はサッチャーをお手本にしていた」といった図式が成り立つわけではない。

◎「エリート政治家とは一線を画してきた」?

【日経の記事】

英中央銀行勤務を経て保守党に入った後、派閥抗争を嫌いエリート政治家とは一線を画してきた。政界には「雑談に一切応じない」との評もある。今回の国民投票でも残留を支持しつつ、保守党内の激しい論争から距離を置いた。それが党内融和を求める圧倒的支持を集めるカギとなった。

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エリート政治家とは一線を画してきた」と書いてあると「メイ氏はエリート政治家ではない」との前提を感じる。しかし、経歴などから「非エリート」と言える材料は見えてこない。また、「一線を画してきた」のがなぜ「エリート政治家」限定なのかも謎だ。「派閥抗争を嫌い」「党内の激しい論争から距離を置いた」とすれば、エリート政治家以外の政治家とも「一線を画してきた」と考えるのが自然だ。

◎これが「剛腕」?

【日経の記事】

自らを「目の前の仕事を片付けていくタイプ」と分析。冷静沈着な仕事ぶりで知られ、6年間の内相時代は実力重視の人事制度導入などの警察改革で犯罪率を下げた。ヨルダン当局に直談判して過激派組織のリーダーを強制送還する剛腕を発揮した実績もある

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ヨルダン当局に直談判して過激派組織のリーダーを強制送還する」だけのことがなぜ「剛腕」なのか説明がない。これだけ読むと「そんなの、内相が直々に処理する必要もないでしょ」と思われそうな話だ。実際には難しい案件で「剛腕」を見せたのだろう。しかし、その辺りの事情を読者に見せないので「剛腕」ぶりが伝わってこない。

※記事の評価はD(問題あり)。ロンドンの小滝麻理子記者への評価も暫定でDとする。

2016年7月14日木曜日

「近代以降の天皇制度で最大級の改革」は日経の「過言」

天皇陛下 退位の意向」という日本経済新聞朝刊1面の記事に、井上亮編集委員による「天皇制、最大級の変革に」との解説記事が付いている。この中で「譲位が実現すれば、近代以降の天皇制度で最大級の改革といっても過言ではない」と井上編集委員と記事の最後に書いている。

二重橋(東京都千代田区)
近代以降」とは「明治に入ってから」と理解してよいだろう。大日本帝国憲法の下で天皇は「国の元首」であり「統治権を総覧」する立場にあった。そこから一変して、戦後には「日本国の象徴」となり、政治的な権力を失っている。これに匹敵するような「近代以降の天皇制度で最大級の改革」に「生前退位」は当たるのか。普通に考えれば、明らかに「過言」だ。「象徴天皇制の下での最大級の改革」とでもすれば問題はなかったと思えるが…。

ついでに言うと、以下の説明もよく分からなかった。

【日経の記事】

平成時代になって現天皇と戦争責任は切り離されたため、退位が論じられることはなくなった。しかし、天皇陛下が70歳代半ばを過ぎ、在位20年を迎えようとするころから高齢の陛下の負担が問題になり始めた。退位ではないが、公務を徐々に皇太子さま、秋篠宮さまに譲る「定年制」のような形も必要ではないかという意見もあった。

実際、秋篠宮さまが2011年の誕生日会見の際に「『定年制』というのは、やはり必要になってくると思います」と述べられている。

しかし、一足飛びの退位という議論までにはならなかった。

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定年制」と言うと、ある年齢に達したら仕事を辞めてしまうイメージがある。しかし記事では「公務を徐々に皇太子さま、秋篠宮さまに譲る『定年制』のような形」と書いた上で「一足飛びの退位という議論までにはならなかった」と述べている。負担を減らしながらも天皇としての仕事を続けるのであれば「定年制」とは言い難い。「定年までに徐々に公務を減らして、定年と同時に公務から完全に離れる」と言いたかったのかもしれないが、記事中の説明からそう理解するのは難しい。


※解説記事の評価はD(問題あり)。井上亮編集委員への評価も暫定でDとする。

2016年7月13日水曜日

日経の高橋里奈記者 「スタバ」で触れていない肝心なこと

肝心なことを書いていない記事を読まされると、何とも言えない不満が残る。13日の日本経済新聞夕刊マーケット・投資1面に載っている「ウォール街ラウンドアップ~スタバ、株価反発の裏の悲鳴」という記事(筆者はニューヨーク支局の高橋里奈記者)はその典型だ。スターバックスの従業員が人員不足の解消を訴えてきたことに対して、経営側は賃上げを決め、賃上げの原資を得るために値上げに踏み切るという話のようだ。しかし、「人を増やしてくれるのか」に関しては、ほとんど説明がない。
熊本城(熊本市) ※写真と本文は無関係です

少し長くなるが、記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

ダウ工業株30種平均は12日、最高値を更新した。米景気に対する悲観論の後退や、米連邦準備理事会(FRB)の利上げが遅れるとの見方が支えた。米国の直営店での値上げを発表したスターバックスも反発した。前日は賃上げを発表し、「賃上げ→値上げ」が株高の背景にある。

「拝啓、従業員様」。11日、スターバックスのハワード・シュルツ最高経営責任者(CEO)は自ら「パートナー」と呼ぶ従業員に向けた手紙を公開した。全米にある約1万2700店のうち6割を占める7600店の直営店で、従業員と店舗マネジャーの約15万人を対象に10月3日付で5%以上の賃上げをするという内容だ。その文面はひどく感傷的だった。

「この週末、あなたがたと重要なニュースを分かち合うことを準備していた私は、ある言葉を見つけた。信用だ」

シュルツ氏は従業員に「あなたがたの信用を得ることが私にとって基礎的な原則」と訴えかけ、最低5%の賃上げと、2年以上の勤務者には1年ごとに与えるスターバックス株式を2倍にすることなどを表明。勤務体系もより柔軟にするほか、「多様性や自己表現を尊重する」として服装規定も緩和するとした。

リベラル派として知られるシュルツ氏が感傷的な手紙の公開に踏み切った背景には、疲弊しきった従業員の反発がある。

「スターバックス史上、最も過酷な人員削減が行われており、9年近い勤務経験の中でも(従業員の)モラールは最低だ」。従業員のジェイミー・プレイターさんは「適切な人員に増やし、少しでも息をつけるようにしてほしい。さもないと顧客サービスは下がる一方だ」として、オンラインで待遇改善を求める署名活動を始めた。

実際、ニューヨーク市内のターミナル駅にある店舗には長い行列ができており「堪忍袋の緒が切れそうだ」と怒りをあらわにする男性客もいた。店内の従業員は3人のみ。スマートフォンで事前注文できるようになってから注文が増えたが、人員増が追いつかない

「シフト管理者としては、必要な人員の2分の1から3分の2しか確保できていない。我々は皆、ひどい過労にさいなまれている」「全社的に利益は上がり続けているのに、スタッフは長い行列、労働力の欠如に追い込まれている」。請願には次から次へと賛同の声が集まり、直近で1万3千人以上が署名した。

「社員を大切にする」イメージを掲げるシュルツCEOだが、賃上げには原資が欠かせない。賃上げを発表した11日に株価は続落したが、値上げを発表した12日は2%高。下落分を補ってあまりある上昇だった。発表の順序もしたたかだ。

「スターバックス株は正当な価格で成長すると信じている」(RBCキャピタル・マーケッツ)と市場の期待は大きい。21日は4~6月期の決算発表が控えている。

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適切な人員に増やし、少しでも息をつけるようにしてほしい」という従業員の要望に対する答えが「最低5%の賃上げと、2年以上の勤務者には1年ごとに与えるスターバックス株式を2倍にすることなど」なのだろう。これは「人は増やせない。でも賃金は上げるから我慢してくれ」と理解すればいいのか。そうかもしれないが、記事中に明確な説明はない。

そもそもスターバックスで人が増えているのか減っているのかもはっきりしない。「スターバックス史上、最も過酷な人員削減が行われており」と書いているので、人減らしの真っ最中なのかなと最初は思った。ところが、その後に「人員増が追いつかない」と出てくる。肝心なことには触れないくせに、読者を惑わせるような情報はちりばめる。高橋記者は読者に嫌がらせでもしているつもりなのか。

記事によると「ニューヨーク市内のターミナル駅にある店舗には長い行列ができており『堪忍袋の緒が切れそうだ』と怒りをあらわにする男性客もいた」らしい。そこに値上げが重なれば、客離れを招いて業績が悪化しそうな気もするが、高橋記者はその辺りにも触れようとしない。

最終段落では「『スターバックス株は正当な価格で成長すると信じている』(RBCキャピタル・マーケッツ)と市場の期待は大きい」といった具合で、前向きに記事を締めている。疲弊している現場に十分な人員を配置できないまま値上げに踏み切るのであれば、投資家としては不安が上回るのが普通ではないのか。

おそらく、手間をかけてまともな市場関連記事を書く気は高橋記者にはない。スタバの賃上げ・値上げに関して、高橋記者は夕刊にニュース記事も書いている。それを多重活用して、「ウォール街ラウンドアップ」を安直に仕上げたのだろう。そう考えると、完成度の低さも納得できる。

これは高橋記者の癖になっていると思える。猛省を促したい。

※記事の評価はD(問題あり)。暫定でDとしていた高橋里奈記者への評価はDで確定とする。高橋記者に関しては「市場分析は? 日経 高橋里奈記者『ウォール街ラウンドアップ』」も参照してほしい。

2016年7月12日火曜日

「東洋紡は船場で誕生」? 日経の九州経済面に誤りあり

12日の日本経済新聞朝刊の九州経済面に載った「大阪・船場の帝人ビル JR九州へ売却検討」という記事に誤りを見つけた。東洋紡の誕生の地を大阪の船場地区としている点だ。日経には以下の問い合わせを送っておいた。記事の全文と併せて見てほしい。
火事(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

帝人が大阪・船場地区にある大阪本社が入る「帝人ビル」(大阪市)の土地と建物の売却を検討していることが明らかになった。2017年春をめどに大阪・中之島などへの移転を検討しており、売却先にはJR九州が候補に挙がっている。船場地区はかつて繊維メーカーや問屋の集積地だったが、近年は梅田や東京への流出が相次いでいる。

帝人の登記上の本社は大阪だが、実質的な本社機能は東京に移っている。現在は繊維やエンジニアリング部門に加え、帝人フロンティアなどグループ会社も入っている。帝人ビルの完成は1974年で老朽化が進んでいた。

船場地区では東洋紡など繊維会社が誕生したが、繊維産業の衰退とともに東京への本社移転が相次いだ。大手商社でも伊藤忠商事が大阪の拠点を2011年に、丸紅が15年にそれぞれ船場から梅田地区に移している。

【日経への問い合わせ】

7月12日付の朝刊九州経済面に載った「大阪・船場の帝人ビル JR九州へ売却検討」という記事についてお尋ねします。

この中に「船場地区では東洋紡など繊維会社が誕生したが~」との説明が出てきます。しかし、東洋紡のホームページでは、大阪紡と三重紡が合併して東洋紡が誕生した当時に関して「創立時の本社は、三重県の四日市工場内にありました」と記しています。大阪紡も発祥の地は大阪市大正区で、船場とは距離があります。記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいという場合、その根拠も教えてください。記事が誤りである場合は訂正記事の掲載もお願いします。

ついでに当該記事に関して注文を付けておきます。「帝人が大阪の帝人ビルをJR九州に売却する方向で検討している」という記事を九州経済面に載せるなとは言いません。しかし、載せるのであれば九州経済面用に仕上げるべきです。

記事中の九州に関する情報は「売却先にはJR九州が候補に挙がっている」という一文だけです。「大阪の船場地区」や「帝人グループ」について紙幅を割く余裕があるのならば、「JR九州はどうコメントしているのか」「なぜJR九州が大阪でビル購入を検討しているのか」などに触れてほしいところです。

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東洋紡にも問い合わせたところ「弊社の発祥の地は船場地区ではありません。日本経済新聞社へは弊社から記事の誤りを指摘しました」との回答を得たので、記事の説明は誤りだと断言してよいだろう。日経の体質からすれば回答はないと思うが、訂正記事が載るかどうかは注目したい。

九州経済面の記事なのにJR九州の情報がほとんどない問題については、記者を責めるのは難しい。整理担当者や地方部担当デスクの責任と考えるべきだ。電子版で記事を見ると、記事の最後に「JR九州は不動産事業に力を入れており、ホテルかマンションとして再開発することを検討している」という説明がある。

あくまで推測だが、近畿経済面用に書いた記事を九州経済面でも使ったのではないか。そこで最終段落を削ってしまったために、JR九州の情報がほとんどない状態になったのだろう。「記事を削るならば、最後から削る」というのは紙面編集の基本ではあるが、それも状況次第だ。

九州経済面で使うならば、「大手商社でも伊藤忠商事が大阪の拠点を2011年に、丸紅が15年にそれぞれ船場から梅田地区に移している」を削って「JR九州は不動産事業に力を入れており、ホテルかマンションとして再開発することを検討している」を入れることを考えてほしかった。

※記事の評価はD(問題あり)。

追記)結局、日経からの回答はなし。13日の九州経済面に訂正記事は載らなかった。

週刊ダイヤモンド田中博編集長は自社誌面に目を通さず?

英離脱」「日銀のマイナス金利導入」「トランプ氏躍進」は「ブラックスワン(あり得ない事象。予期せぬ出来事)」と言えるだろうか。一般の人が「まさか」と驚くのは分かる。しかし、経済誌の編集長がそうでは困る。ところが、週刊ダイヤモンドの田中博編集長は7月16日号の「From Editors」で以下のように書いている。
太宰府天満宮(福岡県太宰府市) ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

「何事も起こりませんように」──。編集部内ではマクロ担当の女性記者がこう祈ると「何事」かが起こるというジンクスがあります。  私はひそかに「パラドックスの女王」と呼んでいますが、極め付きが今回の英国のEU離脱をめぐる国民投票。胸騒ぎが的中し、この2週間、企画の差し替えに追われました。  英離脱だけでなく、日銀のマイナス金利導入やトランプ氏躍進など、年初にはあり得ないと思っていた〝ブラックスワン〟が、次々に出現。市場はそのたびに大混乱となり、実体経済を揺るがしています。  しかし、経済といえども歴史という軸を通して俯瞰すれば見えるものがあるはず。情報の洪水となった大混乱を報じるのではない、味付けを変えた特集にしました。(田中)

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田中編集長はそもそも週刊ダイヤモンドをきちんと読んでいるのだろうか。2015年10月10日号 ではダイヤモンド自身が「ワールドスコープ >  【米国】 “停滞する米国”の象徴 ポピュリスト不動産王 米大統領選で快進撃」という記事を載せている。この中で筆者である松浦肇 産経新聞ニューヨーク駐在編集委員は以下のように書いている。

2016年の米大統領選に出馬した不動産王、ドナルド・トランプ氏の進撃が止まらない。CNNなどによる最近の世論調査では共和党指名争いでトップとなり、有力な対抗馬のジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事の支持率を優に上回った」。

つまり「トランプ氏の躍進」は昨年の段階で既に現実になっていた。なのに田中編集長の目には「年初にはあり得ないと思っていた〝ブラックスワン〟」と映っている。

英国のEU離脱も似たようなものだ。ダイヤモンド2016年1月9日号で「ワールドスコープ
【from 欧州】 2016年の英国は 利上げ、EU離脱議論 テロとの戦いに注目」という記事を三菱東京UFJ銀行経済調査室ロンドン駐在の高山真氏が書いている。

この中には「現実味を帯びてきたのが、英国の欧州連合(EU)からの離脱懸念だ」との記述がある。これを田中編集長が読んでいれば、国民投票の結果を受けて「年初にはあり得ないと思っていた〝ブラックスワン〟」と驚かずに済んだはずだ。

最も気になるのが、日銀によるマイナス金利政策を「ブラックスワン」と考えていたことだ。日銀より前に欧州ではマイナス金利政策を導入していた。それでも田中編集長は年初の段階で「日本でのマイナス金利政策はあり得ない」と思い込んでいたのか。

「可能性が低い」と判断するのは分かる。「(日銀の)黒田総裁は、導入を決めた1月29日の金融政策決定会合直前の衆参の委員会で追加緩和やマイナス金利の可能性を否定し続けていた」(産経)からだ。だが、否定したのはマイナス金利の導入観測が年初にあったことの裏返しでもある。導入が「サプライズ」だったのは間違いない。だが「年初にはブラックスワンだった」とは考えにくい。

田中編集長には改めて問いたい。「英離脱だけでなく、日銀のマイナス金利導入やトランプ氏躍進など」は本当に「年初にはあり得ないと思っていた〝ブラックスワン〟」ですか--。


※田中博編集長への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。F評価については「田中博ダイヤモンド編集長へ贈る言葉 ~訂正の訂正について」を参照してほしい。

2016年7月11日月曜日

ぬる過ぎる週刊ダイヤモンドの鈴木敏文氏インタビュー

ここまで「ぬるい」インタビュー記事を作れるのは、ある意味で凄い。週刊ダイヤモンド7月16日号に載った鈴木敏文セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問へのインタビュー記事「DIAMOND REPORT~流通のカリスマ ラストメッセージ  コンビニ誕生から退任劇、将来を語る」は、経済記事の書き手が反面教師とすべき内容になっている。

熊本城(熊本市) ※写真と本文は無関係です
鈴木氏の発言はツッコミどころが満載なのに、田島靖久副編集長と大矢博之記者は、ひたすら鈴木氏に気持ちよく語らせるだけだ。特に田島副編集長は、最後まで“鈴木教の信者”としての道を貫いているのだろう。しかし、インタビュー記事としては、明らかに問題がある。

まず、引退を表明した会見で鈴木氏が顧問2人とともに登場した件を見ていこう。ダイヤモンド5月14日号の「カリスマ退場~流通帝国はどこへ向かうのか」という特集の中の「絶大な権力を持ち続けた末に “裸の王様”になったツケ」という記事では、以下のように書いている。

【ダイヤモンドの記事】

前述した引退会見でも、鈴木会長の暴走は顕著だった。会見には、経営の表舞台からとうに退いたはずの顧問2人が出席。鈴木会長によれば、退任に至るまでの経緯について自分の話にうそがないかを証明する「証人」として招聘したとのことだ。

鈴木敏文・セブン&アイ会長(左端)の引退会見には村田紀敏・同社長の他、古参顧問も出席した。しかし、彼らの出席は、ただただセブン&アイの恥の上塗りをしただけだった。何しろ、語られた内容というのがひど過ぎた

「井阪隆一・セブン-イレブン・ジャパン社長の退任案を同氏の父親に伝えに行って了承してもらい、事を穏便に済ませようとした」という、およそ6兆円企業にあるまじきやりとりだったからだ。

古参顧問の出席は、直前に鈴木会長が決めたため止める間がなかったとも、説得は試みたものの時間切れで押し通されてしまったともいわれるが、いずれにしても、鈴木会長を止められる人物が同氏の周りにいなかったということに変わりはない。

絶大な権力を持ち続けたことで、いつしか裸の王様になってしまった鈴木会長。それに気付けなかったことが、大きなつまずきの要因だったのかもしれない。

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この件に触れている部分が今回のインタビュー記事に出てくる。

【ダイヤモンドの記事】

──それまでの過程は、大きな騒動になりました。

みっともないなと。僕は(会長辞任の)記者会見をしたときに、こんな大きな問題になると思っていなかった。新聞の隅っこに、記事が出るくらいだと考えていた。

でも、辞めるにしても、本当のことを言っておかないと、「悪いことをしたから辞めたんだ」という臆測が出てしまいかねない。だから、顧問の2人に一緒に会見に出てくれと頼んだんだ

──鈴木さんが辞めたら、それは大騒ぎになりますよ

記者会見をする前に自宅に電話して、妻に「辞めるから」と伝えたんだ。「どうして」と聞くから「僕が言っていることを、みんなが理解できないから」と伝えたら、妻は「ああそう」とだけ。それくらいの話だと思っていたんです。

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5月14日号の特集には田島副編集長も大矢記者も参加している。そこで「(顧問である)彼らの出席は、ただただセブン&アイの恥の上塗りをしただけだった。何しろ、語られた内容というのがひど過ぎた」とまで書いているのだから、インタビューでは「なぜ、あんな愚かなことをしたのか」と聞くのが当然だろう。

しかし、質問では「恥の上塗り」について何も問おうとしない。鈴木氏の方から言い訳が出てくるだけだ。その後に「2人を出席させたのは、結果的に失敗でしたね」ぐらいは言えそうなものだが、「鈴木さんが辞めたら、それは大騒ぎになりますよ」と何の追及もなしに話が続いていく。

もう1つ「なぜツッコミを入れないのか」と感じたくだりを紹介する。

【ダイヤモンドの記事】

──チェーンストア理論が寿命を迎えた後はどうなると考えますか。

それは自分たちで考えないと。米国の小売業は、ウォルマートをはじめどこも苦しい状況です。移民が多く、消費者が増えている地域ですら厳しいんです。日本のように人口が減っている地域がより早く苦境に陥るのは当然のことで、皆がそうしたことを考えないのは、僕には不思議で仕方がない。

国内の大型店が苦しいのは、海外のまねをすればいいと思っていたからでしょう。ダイエーさんや西友さん、そしてヨーカ堂だって、海外のチェーンストア理論を金科玉条のようにまねしてきた。それじゃあ駄目なんです

コンビニだって、扱う商品は弁当やおにぎり、雑貨だと、みんなが勝手に定義しているわけですよ。僕はそんな定義なんかしない。自動車を売ってもいい。30坪の店で、何を売ったっていいんです。

──その発想の先にあるのがオムニチャネル戦略なのですか。

オムニチャネルと皆が言いますが、僕が目指すのはどこにもない取り組みです。インターネットとリアルの融合といっても、多くの場合は、メーカーの商品を集める単純なものばかりです。

僕の考えは、コンビニや百貨店、専門店、スーパーなどグループの多様な資源を使って商品を作り、ネット上で販売すること。それに加えて、メーカーの商品も扱う。ここまでできると、世界に例のない取り組みになります。

──商品作りまで手掛けることが重要だということですね。

そう。でも、今後うちができるかどうか分かんないよ。だって、僕が引いちゃったから。

今、百貨店やスーパーが苦しいのは、どこも同じ商品を売っているからです。なぜなら、問屋が同じだから。では、今成長している企業はどこですか。衣料品はユニクロ、家具はニトリ。全部、自主マーチャンダイジング(MD)をやっています。そして、最初におにぎりや弁当などの自主MDを始めたのがセブン-イレブンですよ

だから、人任せにしては駄目。新しい業態や、新しい消費を作り続けないといけない。そんなことは本を読んでも書いていない。

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そしてヨーカ堂だって、海外のチェーンストア理論を金科玉条のようにまねしてきた。それじゃあ駄目なんです」と鈴木氏は例によって他人事のようにヨーカ堂を語っている。「ダメだと分かっていたのなら、なぜ変えなかったのですか。セブン&アイの最高権力者として君臨してきた鈴木さんには、時間も権力もあったはずです」ぐらいの質問はしてほしい。

百貨店やスーパーが苦しいのは、どこも同じ商品を売っているからです」との鈴木氏の発言に関しても同様だ。「だったら、ユニクロやニトリのようなやり方をそごう・西武やヨーカ堂でなぜやらなかったのか。あなたはヨーカ堂のCEOをだったんですよね」と聞きたくならないのが不思議だ。“信者”とはそういうものだと言われれば、それまでだが…。


※記事の評価はD(問題あり)。書き手の評価については、大矢博之記者をD、田島靖久副編集長をF(根本的な欠陥あり)で据え置く。F評価については「週刊ダイヤモンドを格下げ 櫻井よしこ氏 再訂正問題で」を参照してほしい。田島副編集長と鈴木氏の関係には「度が過ぎる田島靖久ダイヤモンド副編集長の『鈴木崇拝』」でも触れている。

2016年7月10日日曜日

「東急不動産 賃貸、低価格で刷新」に見える日経の低品質

事実を伝えるだけのニュース記事は他のメディアとの差を付けにくく、コモディティー化しやすい。だが、日本経済新聞の場合、コモディティーとしての必要最低限の品質さえ満たしていない記事も多い。10日の朝刊企業面に載った「老朽賃貸、低価格で刷新 東急不動産、オーナー支援」もそんな記事の1つだ。
秋月城跡の桜(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

その全文は以下の通り。

【日経の記事】 

東急不動産ホールディングス(HD)はグループ会社が管理する賃貸物件のオーナーに対し、低価格リノベーション(住宅の大規模改修)の提案を月内にも始める。DIYの関連商品を売る東急ハンズやリノベ業者と連携し、老朽化した物件の魅力を高める。特徴的な物件を紹介するサイトにも登録し、入居者確保などに悩むオーナーを支援する。

このほどリノベを手掛けるgooddaysホールディングス(東京・千代田)と資本・業務提携した。出資額は非公表。グループ会社が施工やサイトでの物件紹介も担う。月内にもモデルルームを東京・代官山エリアに開き、初年度で100戸の受注を目指す。

東急不動産HDは以前からオーナーにリノベを提案している。分譲マンション仕様のリノベで広さ60平方メートルまでで定額290万円(税別)のプランがあるが、より低価格で、多様な改修プランを求める声が上がっていた

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東急不動産HDは以前からオーナーにリノベを提案している」らしい。そして「低価格リノベーション(住宅の大規模改修)の提案を月内にも始める」というのが今回取り上げた「ニュース」だ。つまり「低価格」が記事の根幹部分になる。それは「老朽賃貸、低価格で刷新」と付けた見出しからも明らかだ。しかし、「低価格」に関する情報はわずかしかない。

分譲マンション仕様のリノベで広さ60平方メートルまでで定額290万円(税別)のプランがあるが、より低価格で、多様な改修プランを求める声が上がっていた」--。これが「低価格」に関する情報の全てだ。

月内にも始める」提案では「60平方メートルまでで定額290万円(税別)」より低価格になるのだろうとは思う。ただし、記事では「より低価格で、多様な改修プランを求める声が上がっていた」と書いているだけだ。「より低価格にする」とは断言していない。

しかも、現状と比べてどの程度の「低価格」になるのか全く手掛かりがない。せめて「従来より○○%以上安い」ぐらい情報は欲しい。月内にもモデルルームを東京・代官山エリアに開くのであれば、ある程度の価格政策は決まっているはずだ。

本来なら「他社と比べても低価格なのか」「なぜ低価格にできるのか」といった情報も欲しい。記事の性格から判断して、そちらをまず書くべきだ。

gooddaysホールディングス(東京・千代田)と資本・業務提携した」ことが「低価格」と関連しているのであれば、なぜ提携が低価格につながるのかの説明も要る。低価格と提携の関係が乏しいのであれば、提携に関する記述を削ってでも「低価格」の詳細に紙幅を割くべきだ。

ついでに言うと「DIYの関連商品を売る東急ハンズやリノベ業者と連携」という部分も引っかかった。「DIYの関連商品を売る」ことと「リノベーション」に直接の関係はないので、何のために「東急ハンズと連携」するのか謎だ。記事中にも説明はない。

また、東急ハンズは東急不動産HDの傘下にある企業だ。「連携」も何もないだろう。事業会社の東急不動産が中心になり、東急ハンズも手伝うという話だとは思うが…。

記事中で東急ハンズを東急不動産HDの傘下企業と明示していないのも感心しない。「そのぐらい読者は知っているはずだ」との前提で記事を書いているのであれば、不親切が過ぎる。


※記事の評価はD(問題あり)。筆者にはきちんと記事を仕上げる能力が身に付いていないと思われる。記事を担当したデスクの力量ももちろん不足している。

2016年7月9日土曜日

日経ビジネス特集「不老 若さはここまで買える」の期待外れ

期待するのが間違っているのかもしれないが、日経ビジネス7月11日号の「永遠の欲望市場  不老  若さはここまで買える」は期待外れの内容だった。このタイトルだと「ここまで若さが買えるようになっているのか。すごいな」という材料が欲しい。しかし、そんな話は出てこない。
柳川の川下り(福岡県柳川市) ※写真と本文は無関係です

Part1 若返り狂想曲 欲望が生んだ美の巨人アラガン」でまず取り上げたのが「美容整形」だ。「『不老』を求める欲望の際限のない拡大は、既に米国の美容整形の世界で現実に起きつつある」と訴えるこの記事では、以下のように現状を描写している。

【日経ビジネスの記事】

米大手銀行でITマネジャーを務めるケネス・ホールデン氏。組織で働く至って普通のビジネスパーソンだが、実は彼はこれまでに4回整形している。

最初にメスを入れたのは大きくて気に入らなかった耳たぶ。その後、顔の昔の傷を取り除き、頬骨を削り、顎をシャープにした。次に狙うのはまぶたの下のたるみだ。養育費の支払いで金欠状態だが、これまでに約6万ドル(約600万円)を注ぎ込み、さらにカネがたまり次第、たるみを取ると決めた。

「プレゼンの中身も重要だが、稼ぎたければ外見が良くなきゃダメだ」

彼に限らず、ビジネスや就職のために美容整形に踏み切る男性は増えている。政治家や企業の幹部、テレビキャスターなど露出の多い職業は特にそうだ。従来は女性のものというイメージだった美容整形。だが、銀河鉄道999の世界のように、「若さ」を人工的に取り戻すことは一般的になりつつある。

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特集の最初を飾る事例が「ケネス・ホールデン氏」の「美容整形」だ。そもそもこれは「若返り」なのか。「耳たぶ」にメスを入れ、「その後、顔の昔の傷を取り除き、頬骨を削り、顎をシャープにした」のは若返りと関係がなさそう。「まぶたの下のたるみ」を取るのも、若返りかどうか微妙だ。

ホールデン氏の年齢も不明だし、同氏自身は「稼ぎたければ外見が良くなきゃダメだ」と見た目へのこだわりは見せているが、若返りを目指していると判断できる材料はない。

記事には「(美容整形)クリニックで働くダニエル・モッローネさんは豊胸、太ももの脂肪吸引、貧弱だった顎の増強などに3万ドルをつぎ込んだ。『パパは半狂乱だったわ。俺の娘の顔じゃないって(笑)」という事例も出てくる。これも若返りとの関連は乏しい。

しかも、記事で言及している「しわ取り」のような美容整形術は広く知られている。「若さはここまで買える」との見出しに釣られて読んだ人を満足させる内容とは思えない。

Part1では「アイルランドの製薬メーカー、アラガン」(※「製薬メーカー」は重複表現なので避けた方が良い。「医薬品メーカー」「製薬会社」がお薦め)の取り組みも紹介している。だが、「目尻などに注射をすれば、筋肉の動きが抑制されてしわが目立たなくなる」効果がある「ボトックス」などを手掛けている程度で、若返りの画期的な新薬は見当たらないようだ。「ボトックス」も持続期間は「3~6カ月前後」。「若さはここまで買える」というより「若さはなかなか買えない」の方がしっくり来る。

Part2 日本の男性も若さに執着 サプリも医療も抗老化が成長市場」でも、「ここまで老化を食い止めるサプリが出ているのか」と思わせる商品は見当たらない。以下の説明を読んで、「若さはここまで買える」と希望が持てるだろうか。

【日経ビジネスの記事】

特に活況を呈しているのが、簡単に摂取できるサプリメント市場だ。ファンケルは昨年、抗酸化物質などで目のピント機能を調整する効果を発揮するサプリ「えんきん」を、機能性表示食品としてリニューアル。その前の年と比べて売上高は4倍以上に拡大した。

肌の衰えなどに対処する化粧品ブランド「アスタリフト」が人気の富士フイルムでは、抗酸化と糖吸収抑制を2本柱にサプリ事業を「現在の数倍規模にする計画がある」(同社の医薬品・ヘルスケア研究所の永田幸三・統括マネジャー)。抗酸化技術を生かし、脳の記憶力改善や眼精疲労軽減、睡眠改善などに機能性表示食品を拡大する方針だ。

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やや乱暴に言えば「サプリで若さを買おうなんて、少なくとも現時点では考えるな」ということだろう。「Part3 現代の錬金術師だち IT長者も巨額資金、『不老薬』は近い?」では、将来の画期的な「不老薬」の可能性を示してはいる。だが、「若さはなかなか買えない」の方がしっくり来る状況は変わらない。

若さはここまで買える」ではなく、「若さを買える時代がすぐそこまで」ぐらいの見出しにして将来に焦点を当てれば、今回の特集はそこそこ説得力を持ったかもしれない。だが、「既に大きな進歩がある」との前提で走ってしまったので、苦しい展開になっている。


※特集の評価はD(問題あり)。ニューヨーク支局の篠原匡記者への評価はDを据え置く。暫定でDとしていた日野なおみ記者と大竹剛記者への評価はDで確定とする。篠原記者に関しては「日経ビジネス篠原匡記者の市場関連記事に要注意」も参照してほしい。

2016年7月8日金曜日

享年77は「早世」? 日経ビジネス秋場大輔副編集長に問う

77歳で亡くなった人は「早世」と言えるだろうか。日経ビジネス7月4日号の「ニュースを突く~早すぎた人の早世を悼む」という記事では、「富士通で社長、会長を務めた秋草直之氏がなくなった」ことを秋場大輔副編集長が取り上げている。秋草氏は「享年77」らしい。
福岡県立伝習館高校(柳川市) ※写真と本文は無関係です

早世」は「早く世を去ること。早死に。若死に。夭折」(デジタル大辞泉)という意味だ。高齢化が進んでいるとはいえ、77歳で亡くなった人に関して「早世を悼む」と言われると、違和感が拭えない。経営者の場合、大目に見ても60代までだろう。第一線を退いてから何年も経っている人が77歳で亡くなった時に「早世」を使うのは理解に苦しむ。

秋草氏に関して秋場副編集長は「先を見通す力を持っていた人だった気がする」とも書いている。しかし、記事を最後まで読んでも、そうは思えなかった。「先を見通す力」に言及した部分を見てみよう。

【日経ビジネスの記事】

1998年、社長に就任。早速、「ソフトやシステムはハードの添付品。それが今や主役になった」と言った。今でこそ当たり前だが、IT(情報技術)の世界でパラダイムシフトが起きていることを、早くに言い当てた

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朝日新聞の評伝によると「ソフトやシステムは昔はハードの添付品。それが脇役になり、いまや主役になった」と秋草氏は社長就任会見で語ったそうだ。これは現状を分析しているだけだ。先見の明があるわけではない。「ソフトが主役」の代表格とも言える米マイクロソフトは、98年には既に巨大な存在となっていた。秋草氏の分析に、特段の目新しさはなさそうな気がする。

記事の最後で秋場副編集長は以下のように述べている。

【日経ビジネスの記事】

リーマンショックの後、日立製作所やパナソニックなど日本の大手電機メーカーが相次ぎ巨額損失を計上し、大掛かりな構造転換を実施した。ITバブル崩壊後に富士通が手掛けたことと同じである。しかし一方は「快刀乱麻を断った」と高く評価され、21世紀を前に「Everything on the Internet」と喝破した人はヒールになった。「早過ぎる人」が唱える耳慣れない発言を受け止める包容力があれば、この国はもう少し変わるのかもしれない。合掌。

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Everything on the Internet」と秋草氏が「喝破」した時期を秋場副編集長は「21世紀を前に」としか書いていない。これが「21世紀になる直前」だとしたら「早過ぎる人」とは言えない。そもそもITバブルが「21世紀を前に」崩壊しているのだ。90年代末には「インターネットが世界を大きく変える」と唱える人がたくさんいた。秋草氏がその1人だったとしても「喝破した」というほどの話ではない。

秋草氏が経営者として「先を見通す力」を持っていたとしたら、収益面でも結果を残せたはずだ。しかし「ITバブル崩壊後」に富士通は業績不振に陥ったようだ。だとしたら、経営者として本物の「先を見通す力」が秋草氏にあったのかどうか疑いたくはなる。

富士通が2期連続で最終赤字を計上するという最も苦しい時期に、インタビューで『(業績悪化は)従業員が働かないから』と発言し、世間からすっかり『ヒール(悪役)』のレッテルを貼られてしまった」ことにも秋場副編集長は理解を示す。「『従業員が…』発言も、『働きが悪ければ業績が良くなるわけないじゃないか』と、当たり前のことを言ったつもりだったのだろう」。

このかばい方には無理がある。業績悪化について「従業員が働かないから」と述べたのであれば、「業績悪化の責任は働きの悪い従業員にある」と解釈すべきだ。一方「働きが悪ければ業績が良くなるわけないじゃない」になると、「従業員の働きが悪いと業績拡大は期待できない」との意味になる。これだと「業績が悪化した」とも、「従業員の働きが現実に悪い」とも言っていない。

秋草氏をかばうのは自由だが、こうした意味の違ってくる言い換えをしてあげるのは感心しない。このやり方を採用すれば、あらゆる問題発言を擁護できる。

秋場副編集長としては、「よく知っている経営者が亡くなったので、思い出話をしたい」だけでは記事として物足りないので、秋草氏を「先見性のある早過ぎた経営者」に仕立て上げようとしたのだろう。だが、それに成功しているとは思えない。


※記事の評価はD(問題あり)。秋場大輔副編集長への評価も暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げる。秋場副編集長については「『まず日経ビジネスより始めよ』秋場大輔副編集長へ助言」も参照してほしい。

2016年7月7日木曜日

英国EU離脱特集 経済4誌では週刊エコノミストに軍配

英国のEU離脱決定を受けて、今週発売の経済誌はそろって関連特集を組んでいる。4誌を読み比べた上で順位を付けると、最も優れていたのは週刊エコノミストだ。一方で最も失望させられたのが週刊ダイヤモンドだった。まずは各誌が特集に割いたページ数を見ていこう。

◆週刊エコノミスト7月12日号 「英国EU離脱の衝撃」30ページ

◆週刊東洋経済7月9日号 「EU離脱 英国発 世界不安」18ページ

◆日経ビジネス7月9日号 「英離脱ショック」11ページ

◆週刊ダイヤモンド7月9日号 「英国EU離脱」9ページ

熊本学園大学(熊本市) ※写真と本文は無関係です
今回の場合、ページ数が多いほど評価も高くなる結果になった。「英国が離脱を決めるかもしれない」との意識を強く持って準備を進めていた編集部は厚みのある特集を組めたが、そうでないところは離脱が決まってから慌てて誌面作りを進めたのだろう。それがページ数の多寡に表れていると考えれば納得できる。

ちなみに、東洋経済、日経ビジネス、ダイヤモンドは「緊急特集」としていたが、エコノミストだけは「緊急」の文字が見当たらない。特集の冒頭では「総力特集する」と宣言している。この時点で他誌との勝負は付いている。エコノミストの担当者は桐山友一、種市房子、大堀達也の各記者。「どうせ残留だろ」と決め付けず、入念な準備を進めた姿勢を高く評価したい。

エコノミストの特集の中では「現地ルポ 主権を取り戻そうと情に訴えた離脱派 ひ弱なエリートの残留派を打ち破った」という記事(筆者はジャーナリストの今井一氏)が印象に残った。

日経ビジネスがロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授のパトリック・ダンレビー氏に「直接民主主義の恐ろしさが表れた」と語らせたように、国民投票で国の重要問題を決めることに懐疑的な見方がメディアでも多い。しかし、今井氏の主張はこれと一線を画す。記事の一部を紹介しよう。

【エコノミストの記事】

「EU離脱という愚かな選択をしたひどい国民投票だった」

投票結果が出た後、英国内では残留派の中からこうした声が噴出している。日本でも同様の発言をする学者や評論家がいるが、彼らの中には「3年前に実施を公約にしたキャメロン首相が悪い」と批判する人もいる。

確かにキャメロンが党首を務める政権与党(保守党)内のEU離脱派議員(約4割)の不満を抑え込む狙いもあっての実施だった。それも承知の上で、国民投票で決着を図ったことを私は肯定したい。その理由は3つ。

1つ目は、イギリスはECに加盟した2年後の1975年に「EC残留」の是非を問う国民投票を実施しているのだが、あのとき以上に「EU残留」に対する懐疑心が充満していることだ。

2つ目は、キャメロンVSジョンソン前ロンドン市長に代表されるように、政権与党が「残留・離脱」で真っ二つになっている状況で、議会や政府が「残留だ」と言い続けても多くの国民は納得しない。

3つ目は離脱派、残留派を問わず、国民の多数は「国民投票での決着」を支持している。今回の国民投票はまさに「デモクラティア(民主主義、人民主権)」を具現化するものだったからだ。

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現地で離脱派、残留派それぞれの集票活動を取材した上で、上記のように訴える今井氏の記事には説得力があった。この記事も含め、エコノミストの特集には質と量の両面で満足できた。

それに比べるとダイヤモンドは辛い。表紙には「落語にはまる!」という大きな見出しが躍り、「EU離脱の深刻」の文字は片隅に追いやられている。40ページも使って落語の楽しみ方を伝えるのが経済誌としてのダイヤモンドの使命なのか。ビジネスマンの趣味を応援する雑誌にでもなっていくつもりか。

落語にはまる!」のような脱線企画をたまにはメインに据えていいのかもしれない。しかし、英国のEU離脱という歴史的な転換点を迎えた時に、この問題を9ページで済ませて40ページの落語特集を組むのがダイヤモンドの在り方ならば、そこに頼って経済情報を収集する気にはなれない。


※特集の評価は週刊エコノミストがB(優れている)。他誌はC(平均的)とする。エコノミストの桐山友一記者への評価はBを維持する。暫定でBとしていた種市房子記者と大堀達也記者はBで確定とする。ジャーナリストの今井一氏は暫定でBとする。

2016年7月6日水曜日

日経 藤原隆人記者「スクランブル」での多すぎる問題点

5日の日本経済新聞朝刊マーケット総合1面に載った「スクランブル~出光、M&Aリスク映す 不協和音に投資家不信感」は、最初から最後までツッコミどころの途切れない内容だった。筆者は藤原隆人記者。本人に何か異変でも起きているのだろうか。
靖国神社(東京都千代田区) ※写真と本文は無関係です

記事を順に見ていきながら、問題点を指摘してみたい。

【日経の記事】 

4日の東京市場では出光興産が続落し、約2カ月ぶりに節目の2000円を割り込んだ。6日続伸した日経平均株価とは対照的な値動きだ。原油市況が反転するなかでの独歩安――。出光創業家らの反対をきっかけに、昭和シェル石油との合併には暗雲が漂う。大型M&A(合併・買収)が円滑に進まない現実が、日本株のリスクとして意識され始めた。

出光株を敬遠しているのは機関投資家だ。東証の空売り残高によると、UBS、みずほ証券などを経由した注文が目立つ。創業家らが合併に反対した翌日(6月29日)から直近までの下落率は一時13%と、石油株の平均4%よりきつい。


◎出光興産は「独歩安」?

出光興産に関して「原油市況が反転するなかでの独歩安」と書いているが、その後に「創業家らが合併に反対した翌日(6月29日)から直近までの下落率は一時13%と、石油株の平均4%よりきつい」と説明している。石油株の中では「独歩安」ではないようだ。何を以て「独歩安」と言っているのだろうか。「4日の東京市場」で「独歩安」なのか。しかし、日経平均採用銘柄で見ても65銘柄が下げている。出光が「独歩安」とは思えない。

◎「空売り」は敬遠しているから?

出光株を敬遠しているのは機関投資家だ。東証の空売り残高によると、UBS、みずほ証券などを経由した注文が目立つ」という説明も引っかかる。保有株を手放したり、様子見を決め込んだりしているならば「敬遠」でいいだろう。しかし、空売りの対象にしている場合、「敬遠」とは言い難い。積極的に出光株を手掛けていると見るべきだ。


【日経の記事】

SMBC日興証券の塩田英俊氏は、「経営者への不信感が投資家の売りにつながっている」と指摘する。QUICK・ファクトセットによると、米運用大手のブラックロック、バンガードも出光株を減らした。

2月に1バレル20ドル台まで下落した原油市況は足元で50ドル前後まで回復している。本来なら真っ先に収益改善を期待した買いが入るはずが、M&Aをめぐる会社と創業家らとの対話不足にかき消されている


◎原油高を好感した買いは不発?

上記の説明だと、「2月に1バレル20ドル台まで下落した原油市況は足元で50ドル前後まで回復している」のに、出光株には「収益改善を期待した買い」が入っていないような印象を受ける。しかし、記事に付けたグラフを見ると、出光株は今年1月を底に大きく上げており、日経平均を圧倒している。直近の値動きはさえないが、「M&Aをめぐる会社と創業家らとの対話不足にかき消されている」と言うほどの下げではない。きちんと「収益改善を期待した買い」が入ったように見える。


【日経の記事】

M&Aが頓挫するリスクは海外でも意識されている。米医薬大手ファイザーは今年4月、アイルランド同業のアラガン買収を断念。「シェラトン」などを展開する米ホテル大手スターウッド・ホテルズ・アンド・リゾーツ・ワールドワイドの買収戦では、買い手に内定していた米マリオット・インターナショナルが中国企業の「参戦」でいったん白紙になった。

こうした企業の株価はさえない動きが目立つ。米オフィス用品大手ステープルズの株価は合併断念と相前後して15%下落。独禁当局の差し止めに加え、当事者間や株主の対話が不十分だったのが嫌気された。

コモンズ投信の糸島孝俊氏は「出光のようなもめ事は今後も日本企業で相次ぐだろう」という。大塚家具、セコム、セブン&アイ・ホールディングス――。いずれも企業としての収益性には定評がありながらも、経営者や大株主をめぐる不協和音が噴出した企業群だ。株価は相前後して不安定な値動きを見せた。

もともと創業家などの持ち株比率が高い38社を見ると、経営の安定度が評価されてきた。株価は日経平均を上回る場面も多い。出光はその代表格だ。

変化の兆しは見え始めている。企業統治指針の導入2年目となり、社外取締役の複数導入など体制整備は進んだ。「企業統治強化の流れは後戻りできない」(大和総研の小林俊介氏)

◎ダブり感のある表現

株価は相前後して不安定な値動きを見せた」とすると、「株価」と「値動き」にダブり感が出てしまう。「株価は相前後して不安定な動きを見せた」とした方がよい。「株式は相前後して不安定な値動きを見せた」でも問題ない。


◎M&Aの話はどうなった?

今回の記事のテーマは「M&Aリスク」だったはずだ。しかし、途中から様子がおかしくなり、創業家や企業統治に話が移っていく。焦点が絞り切れていない。

◎大塚家具は「収益性には定評」?

大塚家具を「企業としての収益性には定評がありながらも、経営者や大株主をめぐる不協和音が噴出した企業群」に含めているのが解せない。同社は2009年、10年、14年に営業損益が赤字となっている。同業のニトリとの比較でも負け組に分類されるのが普通だ。なぜ「収益性には定評」と藤原記者は判断したのだろうか。

◎M&A混乱企業の「株価は株価はさえない」?

M&Aが頓挫するリスクは海外でも意識されている」と書いたうえで、「こうした企業の株価はさえない動きが目立つ」と藤原記者は解説している。「ステープルズの株価は合併断念と相前後して15%下落」したようだが、記事に付けた表を見ると、ファイザーとスターウッド・ホテルズ・アンド・リゾーツ・ワールドワイドは株価が下がっていない。ファイザーは合併撤回後に8%も値上がりしている。「こうした企業の株価はさえない」というより、「高安まちまち」とでも評すべきだろう。

◎創業家銘柄指数は日経平均を上回る?

創業家などの持ち株比率が高い38社を見ると、経営の安定度が評価されてきた。株価は日経平均を上回る場面も多い」との説明も苦しい。記事に付けたグラフを見ると、2015年7月末以降で日経平均と創業家銘柄指数(創業家の株式保有が2割を超える38社の平均株価)はほぼ連動。日経平均の方が上回る場面はそこそこあるが、創業家銘柄指数が上に来るのはわずかな期間しかない。個別銘柄では日経平均を上回る例もあるだろうが、これで38社について「経営の安定度が評価されてきた」と書いても説得力はない。

【日経の記事】

投資家が失望の傍らで抱く期待感は、出光株の商いからもうかがえる。下値では買いが入り、4日の売買高は240万株と、1~6月の平均に比べ2倍強に膨らんだ。誰に意思決定権があるのか、そして外部からもわかりやすい経営を高めていくか、出光株が出直る条件になっているように思われる。

◎不自然な日本語

あまり意味のない結論だが、それは置いておこう。ここでは日本語の不自然さを指摘したい。「出光株が出直る条件」として藤原記者は「誰に意思決定権があるのか」「外部からもわかりやすい経営を高めていくか」の2つを挙げている。しかし「誰に意思決定権があるのか」では「条件」にならない。「経営を高めていく」との表現にも違和感がある。藤原記者の言いたいことを推測して、改善例を作ってみたい。

ついでに付け加えると、記事中で使っている「市況が反転」「市況が回復」という表現は薦めない。「原油市況は足元で50ドル前後まで回復」に関しては、「原油相場は足元で50ドル前後まで回復」の方が好ましい。

【改善例】

誰に意思決定権があるのか明確にするなど、外部からも分かりやすい経営を進めていくことが、出光株にとって出直りの条件だと思える。

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やっと問題点の指摘が終わった。藤原記者は疲れがたまっているのならば、ゆっくり休んで出直した方がいい。心身ともに問題なしの場合、書き手としての能力そのものが問われる。いずれにしても、今後が心配だ。

※記事の評価はD(問題あり)。藤原隆人記者への評価も暫定でDとする。

2016年7月5日火曜日

東洋経済の特集「子なしの真実」に見える不都合な真実

週刊東洋経済7月9日号の第1特集は「『子なし』の真実」。経済誌ではなくAERAにでも任せておけばと思えるテーマだが、そこは問わないでおこう。ただ、「『子どもはまだ』。その一言に傷つく夫婦は少なくない。子がいないことは罪なのか」という問題提起には無理がある。それは記事で用いたデータからも明らかだ。
西南学院中学・高校(福岡市早良区)※写真と本文は無関係です

この特集では「『子なし』夫婦に対する世間の風当たりは厳しい」と断定した上で、「『子どもはまだ?』『なぜ持たないの?』『自分のことしか考えていない。わがままだ』『親不孝だ』…。職場の上司や同僚、親、親戚は、紋切り型の無神経な言葉を平気でぶつけてくる」と、子なし夫婦の置かれた厳しい現状を説明する。

紋切り型の無神経な言葉を平気でぶつけてくる」人がいないとは言わない。しかし、昔に比べるとこの手の質問がタブー視されるようになっているのも確かだ。「そんなに『子なし』を面と向かって責める人が多いかな」と思いながら読み進めると、その疑問に答えてくれるデータが出てきた。

52ページのグラフを見ると「子どもがいないことで肩身が狭いと感じたことはあるか」との質問に対し、「ある」と答えた人は24%に過ぎない(東洋経済のアンケートで子どもゼロと回答した590人が対象)。この結果に対し、誌面では「子なしに引け目を感じる」と見出しを付け、「子どもがいないことで、親戚の集まりや社内で孤独を感じる人が多い」と説明を加えている。

これはかなり無理のある解釈だろう。「肩身が狭いと感じたことがある人」は24%しかいない。76%が「引け目を感じたことがない」のだから「子どもがいないことで、親戚の集まりや社内で孤独を感じる人」は「子なし」の中でも必然的にかなりの少数派となる。「日本は『子なし』でもあまり肩身の狭い思いをせずに済む社会」と評価する方が自然だ。

記事では「社会はまだ子なしの選択を完全に受け入れてはいないようだ」と書いている。それはその通りだろう。だが、「全ての人が完全に子なしを受け入れる社会」は実現可能なのか。我が子に「早く孫の顔を見せて」と言ってくる親をゼロにはできないだろう。

例えば「酒を飲まない人」や「タバコを吸う人」の中にも、肩身の狭い思いをしている人はいる。こうした人に「罪」はない。だが、肩身の狭い思いをする場面を日本全体でゼロにはできない。8割近い人が「肩身の狭い思いはしていない」と回答する状況を実現できていれば十分ではないか。「子なし」も同じだ。

8割近くが「肩身の狭い思いはしていない」のに、「『子なし』夫婦に対する世間の風当たりは厳しい」との前提で特集を組むのは、作り手のご都合主義だと言われても仕方ないだろう。


※特集の評価はC(平均的)。担当者に関しては、中島順一郎記者、鈴木良英記者、許斐健太記者を暫定B(優れている)から暫定Cに引き下げる。暫定でCとしていた中原美絵子記者はCで確定させる。ライターの斉藤真紀子氏と加藤順子氏は暫定でCとする。

2016年7月4日月曜日

「まじめにコツコツだけ」?日経 西條都夫編集委員の誤解

書くことがなくて苦し紛れに捻り出しているのだとは思う。だとしても、この完成度では苦しい。4日の日本経済新聞朝刊企業面に載った「経営の視点~ルールが変える競争の姿 車・IT、技術のみにあらず」という記事で、筆者の西條都夫編集委員は日本の自動車メーカーに関して「まじめにコツコツだけで十分か」と心配してあげている。しかし、本当に日本メーカーは「まじめにコツコツだけ」なのだろうか。
震災で被害を受けた熊本城(熊本市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

当たり前のことだが日本は島国であり、国内の動向だけに気を取られていると、世界で起きている重大な潮流変化を見逃してしまうことがある。

例えば、日本人の多くはエコカーといえば、エンジンとモーターを併用するハイブリッド車を思い浮かべるだろう。昨年末にモデルチェンジしたトヨタ自動車の「プリウス(4代目)」は販売ランキングの首位を快走し、国内新車販売の2割強をハイブリッド車が占めている。

ところが、世界に目を広げると、少なくとも2015年はハイブリッドが足踏みした年だった。ナカニシ自動車産業リサーチの中西孝樹代表によると、世界市場におけるハイブリッド車の販売が昨年は145万台前後にとどまり、前年比で約1割減ったという。

最大の理由は原油価格の下落でガソリンが安くなり、米消費者の燃費志向が後退したことだ。ハイブリッド車の代名詞である「プリウス」の3代目がモデル末期に差し掛かった事情もある。これらはいずれも一時的な要因で、仮に油価が反転すれば、ハイブリッド車が再び脚光を浴びるのは間違いない。トヨタをはじめとする日本メーカーの、技術をまじめに磨き上げる姿勢は何物にも代えがたい競争優位の源泉である。

ただ「まじめにコツコツだけで十分か」という心配も一方で頭をもたげる。世界各国はそれぞれ独自の燃費、環境規制を持つが、米欧と中国という世界三大市場で「従来型ハイブリッド車に冷たい」といって言い過ぎなら、それ以外のエコカーを重視するような規制が導入されつつある。

「それ以外のエコカー」の中には、電気自動車や燃料電池車などの排ガスゼロ車のほか、外部電源から充電できるプラグイン型ハイブリッド車も含まれる。欧州連合(EU)はプラグイン車がかなり有利になる燃費算定方式を採用しており、それもあって欧州勢はプラグイン車の品ぞろえで日本車に先行している。

中国も電池だけで走れる距離の長いプラグイン車重視の姿勢を示し、米国ではカリフォルニアなどの有力州が排ガスゼロ車の普及を強力に促す規制の導入を決めた。こうした動きを「日本車包囲網」と騒ぎ立てるのは被害妄想の感を免れないが、規制のあり方が競争の有利不利や各社の戦略を大きく左右するのは事実であり、各メーカーや日本政府は世界にアンテナを高く張る必要がある

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「欧米や中国では従来型ハイブリッド車以外のエコカーを重視する規制が導入されつつあるのに、日本メーカーはそれを認識していない。海外の規制に関心を示さず、まじめにコツコツ技術を磨くだけで大丈夫なのか」と西條編集委員は心配しているようだ。

世界中で幅広く事業展開するトヨタなどの自動車メーカーが、海外でのルール変更に無知だとは考えにくい。「実は何にも知らないんだよ」と西條編集委員が確信しているのならば、その根拠を記事中で示すべきだ。

ちなみに6月16日の日経の記事(筆者は不明)では、トヨタについて以下のように述べている。

【日経の記事(6月16日)】

世界各国で環境車に対する政策変化が起こっている。対応次第によっては、将来の自動車メーカーの勢力地図を塗り替えかねない。

米国では歴史的に先進的な環境規制を導入してきたカリフォルニア州が18年に、環境車の規制を厳しくする。メーカーに一定数量の販売を義務付ける環境車の対象からトヨタが強いHVを除外し、EVや燃料電池車(FCV)に狭める。

トヨタはFCVに力を入れており、14年に国内で発売。米国でも15年10月に発売した。ただ、本格普及には水素ステーションの整備が前提。一部の工程もネックとなり16年の生産台数は2000台と限られている。

一方、中国ではEVとPHVを「新エネルギー車」と定め、購入者には1台当たり最大100万円程度の補助金を支給して普及を後押ししている。こうした流れを受け、小型車「カローラ」「レビン」にPHVを設定し、18年に現地生産を始める。

トヨタはFCVを環境車の本命としているが、世界の潮流に合わせてPHVも押さえる全方位戦略を進める

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この記事が正しいのならば、トヨタは環境規制に関して「世界にアンテナを高く」張っているはずだ。「燃料電池車(FCV)を環境車の本命としているが、世界の潮流に合わせてプラグインハイブリッド車(PHV)も押さえる全方位戦略を進める」のだから、「従来型ハイブリッド車」に固執しているわけでもない。「環境車の本命」にさえしていない。「まじめにコツコツだけで十分か」と日本メーカーを心配する西條編集委員の認識は間違っている公算が大きい。

あくまで推測だが、西條編集委員は日本メーカーが「まじめにコツコツだけ」の存在ではないと知っているのだろう。しかし、それだと記事としては苦しい。「日本メーカーは海外での規制変更の重要性をきちんと認識し、それに合わせて戦略を定めている」とすると、西條編集委員が何か言ってあげる余地は乏しくなる。だから、多少の無理は承知で「まじめにコツコツだけ」の存在に仕立て上げたのではないか。

ついでに、もう1つ指摘しておこう。「仮に油価が反転すれば、ハイブリッド車が再び脚光を浴びるのは間違いない」と西條編集委員は書いているが、「油価」は2月を底に「反転」している。西條編集委員は原油相場の動きをきちんと理解していないような…。


※記事の評価はD(問題あり)。西條都夫編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。
西條編集委員に関しては「春秋航空日本は第三極にあらず?」「何も言っていないに等しい日経 西條都夫編集委員の解説」「日経 西條都夫編集委員が見習うべき志田富雄氏の記事」「日経『一目均衡』で 西條都夫編集委員が忘れていること」も参照してほしい。F評価については「タクシー初の値下げ? 日経 西條都夫編集委員の誤り」で理由を述べている。

2016年7月3日日曜日

最優秀書き手16年4~6月は週刊エコノミスト種市房子記者

2016年4~6月の最優秀経済記事は週刊エコノミスト6月7日号の特集「固定資産税を取り戻せ!」としたい。今期は「これだ」という記事がなく、強いて最優秀記事を挙げれば…という評価になる。この特集を担当したのは種市房子記者と桐山友一記者。中でも種市記者には注目している。週刊エコノミスト4月19日号の「編集部からFrom Editors」で気になることを書いていたからだ。改めてその中身を紹介したい。
三柱神社(福岡県柳川市) ※写真と本文は無関係です

【エコノミストの記事】

新聞業界には事前報道主義がはびこっている。毎日新聞経済部記者として次年度予算案の取材をしていた時のこと。あと10時間もすれば発表される地方交付税額を事前報道するために、深夜1時まで関係者を回った。その結果、朝刊での事前報道には成功したが、不毛な仕事をした徒労感のみが残った。

官庁の政策・予算、企業の社長人事、春闘の妥結水準まで事前報道合戦は果てしない。裏付けが十分でないために起こる人事報道の誤報も見受けられる。「あの予算額が決まった背景にある社会情勢は」「この人事はどういうパワーバランスで決まったのか」。ニュース発表後でも、背景検証の余地はある。

4月に経済部からエコノミスト編集部に異動しました。あやふやな速報性にこだわらず、埋もれた事実を掘り起こす姿勢で取材に当たります。よろしくお願いします。

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待っていれば発表される類の話を事前に報道しようと走り回る悪しき習慣が新聞社から無くなることを願ってやまない。それだけに、毎日新聞社という組織の中にいる段階でしっかり問題提起できた種市記者には光るものを感じた。特集「固定資産税を取り戻せ!」の完成度が高かったことと併せて評価し、種市記者を4~6月の経済メディア最優秀書き手に認定したい。

※種市記者に関しては「事前報道に懐疑的な週刊エコノミスト種市房子記者に期待」を参照。


一方、最悪の記事は6月4日の日本経済新聞朝刊女性面に詩人・社会学者の水無田気流氏が書いた「女・男 ギャップを斬る『女性活躍』掲げれど 音速の人生設計、まるでF1」。最悪の書き手も水無田気流氏とする。

「34歳までに子どもを2人以上産み育てつつ就労継続すべしと政府が推奨している」との根拠に乏しい説明をした上に、問い合わせても回答はなし。記事には他にもツッコミどころが満載だ。これをそのまま新聞に載せた日経女性面の編集担当者の責任も重い。

※この記事と筆者については「日経女性面『34歳までに2人出産を政府が推奨』は事実?」「日経女性面に自由過ぎるコラムを書く水無田気流氏」で詳しく触れている。

2016年7月2日土曜日

日経 田村正之編集委員が勧める「積み立て投資」に異議

日本経済新聞の田村正之編集委員が2日の朝刊マネー&インベストメント面の「株安 積み立て投資増額  上昇時のリターンに期待」という記事で積み立て投資を取り上げている。日経はやたらと積み立て投資を勧めるが「自分でもやってみよう」という気にはなれない。メリットが乏しいからだ。田村編集委員お薦めの「修正積み立て投資」も例外ではない。

西鉄柳川駅(福岡県柳川市) ※写真と本文は無関係です
積み立て投資については「大きな害はないが、メリットも乏しい」と覚えておくのが一番だろう。なぜそう言えるのか、記事に即して説明したい。

【日経の記事】

「相場下落時に怖くて売ってしまう行動を避けるには投資のルール化が有効だ」(コメジス氏)。例えば毎月一定額を買い続ける積み立て投資だ。価格が安いときに多くの数量を買うことで平均買いコストを抑えやすい。

この単純な定額積み立てよりさらに成績が上がりやすい方法がある。安値圏では通常よりも購入額を増やし、反対に高値圏では一部を売却して利益確定する。英国のEU離脱決定で株価が安値圏にある今こそ知っておきたい手法だ

例えば、ある月の株価終値が過去1年間の平均値より(1)10%以上低かったら2万円分を購入する(2)10%以上高かったら2万円分を売却する(3)プラスマイナス10%の範囲内であれば1万円分を購入する――という具合にルールを設定する。

これに基づき長期で修正積み立て投資をしたとして運用成績を試算したのがグラフBの上部だ。先進国全体の株価を示す指数に連動する投信を対象に、1990年から今年6月まで約26年間、投資を続けてきたと仮定している。

例えば株価が高値圏にあった2014年11月~15年5月は多くの月で2万円分を売却。今年は世界景気の減速懸念から株安となった2月と英EU離脱が決まった6月(24日時点で計算)に2万円分を買っている。

26年間、月々購入した金額と売却した金額を通算すると108万円になる。一方、足元の株価水準を反映して現在の資産額を評価すると362万円。株価が長期で右肩上がりだったのと「安値買いの高値売り」の両方の効果により、資産額が投資額に対して3倍強の水準に増えた計算だ。

比較対照として定額積み立てによる効果をグラフBの下に示した。投資額累計が同じ108万円になるよう逆算して月々の積立額を設定した。この場合、資産額は足元で251万円になる。2倍強に増えたとはいえ、同じ投資額に対するリターンとしては修正積み立ての方に分がある。

竹中正治・龍谷大学教授は修正積み立て投資を自らの資産運用の参考にするとともに人にも薦めている。価格が5年平均より30%以上低ければ増額購入し、30%以上高ければ売却するルールを目安にしている。

どれだけ価格が変動したら増額購入や売却をするか、それぞれの金額をいくらにするかというルールは投資対象や余裕資金額に応じて決めたい。リスクは増大するが、「一般に金額の倍率を高めた方が成績は上がりやすい」(竹中氏)。

修正積み立てが定額積み立てに比べて常に有利とは限らない。例えば数年にわたり株価が大幅に上がり続ける相場では、売りを出さない分だけ定額積み立ての方が成績が良くなる。

どちらにせよ積み立て投資は、価格が基調として右肩上がりでないと効果は出にくい。為替取引のように方向感が定まりにくい資産には向かない。世界株式で運用する投信のように、幅広く分散されて長期的に価格上昇が期待できる資産を選ぶのが基本だ。

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どちらにせよ積み立て投資は、価格が基調として右肩上がりでないと効果は出にくい」と田村編集委員は書いている。ゆえに「長期的に価格上昇が期待できる資産を選ぶのが基本」らしい。

ならば、「短期的には下がる場面もあるが、長期的には上昇していく」と見込める対象に投資する前提で考えてみよう。20年後に資金を回収するとして、以下のどちらを選ぶのが得策だと思えるだろうか。

(1)最初から100万円を投じる

(2)20年にわたって毎年5万円を投じる

長期的に上昇すると見込んでいるのであれば、最初から100万円を投じたくならないだろうか。(1)は100万円を20年間にわたって「長期的に上昇する対象」に投じられる。ところが(2)を選ぶと、せっかく有望な投資対象を見つけたのに、10年経った段階でも50万円しか投じていない。これは勿体ない。

田村編集委員が「単純な定額積み立てよりさらに成績が上がりやすい方法」として勧める「修正積み立て投資」も基本的には同じだ。助言を求められたら、やはり「大きな害はないが、メリットは乏しい」と答えたい。強いて言えば、「修正積み立て投資」よりも「単純な定額積み立て」の方が好ましいだろう。

記事で紹介した運用成績の比較では「投信のコストは考慮せず」となっている。これではきちんとした比較はできない。投信の売買にコストが発生する場合、「修正積み立て投資」は「単純な定額積み立て」よりもコストが膨らんでしまう。これは避けたい。手数料が多くかかる分を補って運用成績が上がると期待できる根拠はないはずだ。「単純な定額積み立てよりさらに成績が上がりやすい方法がある」は言い過ぎだろう。

そもそも「長期的に価格上昇が期待できる資産を選ぶのが基本」であれば、途中で機械的に利食いをする必要はない。持ち続ける方が合理的だ。

結局、積み立て投資を正当化できるのは以下のような場合だと思える。

(1)投資したい対象を見つけたが、投じるべきだと判断している金額をすぐには用意できない。少しずつ余裕資金が生まれてくるので、それに合わせて投資金額を増やしたい。

(2)「一番高いところで買ってしまった」といった後悔だけは避けたい。

この2つのどちらにも該当しない人が積み立て投資を考慮する必要はない。(1)の場合も、余裕資金ができたら「定額」にこだわらずに投資を増やして、早めに自分の考える投資金額に到達させる方が合理的だろう。


※記事の評価はC(平均的)。田村正之編集委員の評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。F評価については「ミスへの対応で問われる日経 田村正之編集委員の真価」で理由を述べている。

2016年7月1日金曜日

日経 宮本岳則記者「野村株、強気の勝算」の看板に偽り

「看板に偽りあり」の典型的な記事が1日の日本経済新聞朝刊マーケット総合1面に出ていた。「スクランブル~ 野村株、強気の勝算 米ファンド『リーマンと違う』」という記事で、筆者の宮本岳則記者は「国際株ファンドで3兆円を動かす運用会社がそろり動き出した。米ハリス・アソシエイツ。中でも強気なのが、野村ホールディングス(HD)株だ。その勝算は――」と最初の段落で打ち出している。しかし、野村株に関するまともな分析がないまま話が広がっていく。これでは苦しい。
水前寺成趣園(熊本市) ※写真と本文は無関係です

まずは記事の前半部分を見ていこう。

【日経の記事】

株価が割安な時に買い集め、長期で高いリターンを狙う「逆張り投資家」。英国の欧州連合(EU)離脱で様子見姿勢を決め込む多数派を横目に、国際株ファンドで3兆円を動かす運用会社がそろり動き出した。米ハリス・アソシエイツ。中でも強気なのが、野村ホールディングス(HD)株だ。その勝算は――

 「野村は売られすぎだよ」。ハリスのデービッド・ヘロー最高投資責任者は自信を見せる。世界中を飛び回り、自ら企業を徹底調査するのが持ち味。過去に米調査会社から「最高のファンドマネジャー」に選ばれた著名投資家だ。日本株の注目銘柄を聞くと即答した。「一気に買いあさる局面ではないが、極端に割安になった株を徐々に増やす

ヘロー氏の運用は通説の割安株投資よりも「逆張り色」が強い。スイスの資源商社グレンコア、欧州金融大手のクレディ・スイスにBNPパリバ――。3兆円ファンドの組み入れ上位には、業績が景気で大きく振れるとして敬遠されがちな銘柄がずらりと並ぶ。日本株の持ち高では野村が8.5億ドル(約875億円)でトップ。ホンダ、トヨタ自動車などが続く。

多くの投資家は英国ショック以降、こうした銘柄に手が出なくなっている。野村は28日に約3年半ぶりに安値に沈んだ。30日は続伸したが、英国ショックで下げた分の2割しか戻していない。約5割を埋め合わせた日経平均株価に比べ、出遅れ感は際立つ。

自動車株の相対PBR(株価純資産倍率)は、リーマン・ショック後の2009年1月以来の低さだ。

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上記の部分にしか野村に関する記述はない。米ハリス・アソシエイツの最高投資責任者は「野村は売られすぎだよ」と発言しており、このファンドの「日本株の持ち高では野村が8.5億ドル(約875億円)でトップ」らしい。「そんなに割安なのか。なぜそう言えるんだろう?」と思って読み進めても、後は野村株の値動きが出てくるぐらいで、まともな解説はない。

野村株について「出遅れ感は際立つ」と書いたあと、「売られ過ぎ」かどうか分析するのかと思いきや「自動車株の相対PBR(株価純資産倍率)」に話は飛んでしまう。最初の段落で「中でも強気なのが、野村ホールディングス(HD)株だ。その勝算は――」と書いたのを、途中で忘れてしまったのだろうか。

そもそも「中でも強気なのが、野村ホールディングス(HD)株だ」と言えるのか疑問だ。「8.5億ドル」もの野村株をいつ仕入れたのかは不明だが「(現状は)一気に買いあさる局面ではない」とのコメントからすると、英国のEU離脱が決まる前に投資した分が多くを占めると推測できる(記事に付けた表では、組み入れ銘柄に占める野村株の比率が3月末時点で3.3%に達している)。

だとすると「約3年半ぶりに安値に沈んだ」後に「英国ショックで下げた分の2割しか戻していない」野村株について「売られすぎ」との感想を持つのは当然だろう。自分たちが大量に保有している銘柄だから、「今の価格が適正水準」とか「もっと下がってしかるべきだ」などと言うはずもない。本当に野村に対して「強気」ならば、ここがチャンスとばかりに思い切って買い増すはずなのに、そうでもなさそうだ。

注目銘柄」を聞いたら「野村」と即答したようだが、持ち高の多さから考えて「上がってくれないと困るという意味で注目している銘柄」なのだろう。結局、「売却までは考えないが、積極的に買っていくほど強気でもない」と言ったところではないか。

ついでに記事の後半部分についても注文を付けたい。

【日経の記事】

ヘロー氏の見方は異なる。「英国のEU離脱問題リーマン・ショック比較するのはナンセンス。世界経済は3%成長を維持できる」と主張する。金融機関の資本増強が進み、金融システム不安や株式市場の「底割れ」は起きないとみている。愚直に割安株投資を貫き、1998年ごろのアジア通貨危機、08年のリーマン・ショックなどを乗り切ってきた自信こそが強気の支えだ。

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英国のEU離脱問題リーマン・ショック比較するのはナンセンス」は助詞の使い方が不自然だ。「離脱問題リーマン・ショック」か「離脱問題リーマン・ショック」にすべきだろう。

株式市場の『底割れ』」は「株式相場の『底割れ』」にした方がいい。相場には「」や「天井」があるが、「市場の底」はやや意味不明だ。

1998年ごろのアジア通貨危機」も引っかかる。「1997年のアジア通貨危機」でいいのではないか。98年には危機を完全に脱したのかと言われれば違うだろうが、「97年」は外さない方が好ましい。「97年だけではない」という点にこだわるならば「1997年ごろのアジア通貨危機」か。

最後に、記事の結論部分を見よう。

【日経の記事】

米マフューズ、英シルチェスター――。29~30日に提出された大量保有報告書を見ると、複数の海外投資家が24日の株価急落直後、いち早く日本株買いに動いた様子が浮き彫りになる。

「リーマン当時とは状況が異なる」との声は、国内勢からも出始めた。DIAMアセットマネジメントの岩間恒上席ポートフォリオマネジャーは「リーマン当時の教訓で各国・地域がより迅速に政策協調に動くようになっている」という。

それでも「7月に企業業績の下方修正が相次げば、日本株の先行きは楽観できない」(ゴールドマン・サックス証券のジョン・ジョイス・グローバルエクイティ営業部長)との見方がなお支配的だ。英国ショックをきっかけに逆張り投資に動くかどうか、その判断で投資家の優勝劣敗が分かれそうだ。

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英国ショックをきっかけに逆張り投資に動くかどうか、その判断で投資家の優勝劣敗が分かれそうだ」という結びに意味がない。「そりゃそうでしょ」的な結論を導かれると、読んで損した気分になる。「特に訴えたいことなどない。順番が回ってきたから苦し紛れに書いただけ」という筆者の心の声が聞こえてきそうな終わり方だ。


※記事の評価はD(問題あり)。宮本岳則記者への評価も暫定でDとする。