2015年9月29日火曜日

「頭取ランキング」間違い指摘を無視 ダイヤモンドの残念な対応

週刊ダイヤモンド9月19日号の特集「銀行の絶対権力者を丸裸 頭取ランキング」に関して、9月16日に編集部へ問い合わせをしたが、半月近くが経過しても回答は届いていない。「無視」が編集部としての判断なのだろう。そこで、28日に改めて筆者の鈴木崇久記者と山口圭介副編集長へメールを送った。最初の問い合わせと併せて内容を紹介する。


ケルン(ドイツ)の大聖堂 ※写真と本文は無関係です
【問い合わせの内容】

9月19日号31ページの表に載っているスルガ銀行の「異端の歴史」についてお尋ねします。この中で「1999年 邦銀初のインターネットバンキング開設」となっているのは誤りではありませんか。国内初のネットバンキングは97年の住友銀行(当時)だと思えます。三井住友銀行が公表している資料には同行のネットバンキングに関して「1997年1月に国内初のインターネットバンキングサービスとしてスタート」と明記されています。

同じ表で「個人顧客向けに特化した『リテールバンキング』へビジネスモデルを大転換」と説明されていますが、これも誤りではありませんか。スルガ銀行は少なくとも現状では法人向けの取引も手掛けています。「個人が中心のビジネスモデル」とは言えるでしょうが「特化」はしていないはずです。上記の2点について、記事の説明で問題ないとの判断であれば、その根拠も教えて下さい。

ついでで恐縮ですが、28ページの「どうして社長じゃなくて頭取?」の説明には問題があると感じました。「会社の経営トップの肩書といえば、一般的には『社長』だが、なぜ銀行だけが『頭取』と呼ばれるのか」との問いに対し「雅楽を演奏する際、最初に音を出す人のことを『音頭取』と呼んだのが始まりだという説が有力だ」で答えになるでしょうか。記事からは「なぜ銀行トップだけが頭取なのか」を理解できませんでした。

さらに言えば、34ページの「歴史的な低金利が続く中、貸出金利回りはマイナスになるのが普通だが」という記述は不正確ではありませんか。「マイナスが当たり前で銀行経営は成り立つのか」と思って表などを見ると、マイナスなのは「貸出金利回りの改善度」であり、「貸出金利回り」は「プラスが普通」のようです。読者に負荷をかけない分かりやすい書き方を心がけていただければ幸いです。


【編集部へのメール】

週刊ダイヤモンド編集部 鈴木崇久様 山口圭介様

9月19日号31ページの表に載っているスルガ銀行の「異端の歴史」について問い合わせをした者です。

表中で「1999年 邦銀初のインターネットバンキング開設」となっているのは誤りではないかとお尋ねしました。国内初のネットバンキングは97年の住友銀行だと思えたからです。ところが、問い合わせから半月近くが経過しているのに、回答を頂いていません。また、9月26日号にも10月3日号にも訂正記事は掲載されていないようです。

スルガ銀行のホームページでは「スルガ銀行ドリームダイレクト支店は、スルガ銀行が運営する邦銀初のインターネット支店です」との文言が確認できます。しかし、「邦銀初のインターネットバンキング」とはうたっていません。現時点で鈴木様からも山口様からも回答がなく、訂正記事も出ていないことを考慮すると「記事の説明は誤りなのに、読者からの指摘を黙殺した」と推測すべきでしょう。

スルガ銀行の件で、私も絶対の自信を持っているわけではありません。だから、問い合わせを送っているのです。読者からの間違い指摘に対して、完全に無視したままで心は痛みませんか。報道に携わる者として、良心に恥じる選択をしていないか、もう一度よく考えてください。それでも「この問題を握りつぶしてよい」と確信できるのならば、鈴木様と山口様には記事を書く上での基礎的な資質が決定的に欠落しています。そこは自信を持って保証できます。


※鈴木崇久記者と山口圭介副編集長の評価をD(問題あり)からF(根本的な欠陥あり)へ引き下げる。

※「新しい取り組みは評価したいが…ダイヤモンド『頭取ランキング』」参照。

2015年9月28日月曜日

引退考えるべき時期? 日経 滝田洋一編集委員 「核心」(2)

28日の日経朝刊オピニオン面のコラム「核心~中国症候群に悩む世界  生きなかった反面教師」の問題点を引き続き取り上げる。まずは細かい言葉遣いから。
北海のビーチリゾート スヘフェニンヘン(オランダ)
               ※写真と本文は無関係です

◎「狙いは狙うもの」?

【日経の記事】

今回の措置の狙いは、元相場の柔軟性を増すことで、国際通貨基金(IMF)のSDR(特別引き出し権)入りを狙うものだったからだ。


狙いは狙うものだった」という重複感のある書き方が上手くない。さらに言えば、「SDR入り」は舌足らずな表現だ。せめて初出は「SDRの構成通貨入り」などとしてほしい。知識がない人が読むと「IMFがSDRに入る」と解釈できるのも気になる。改善例を示してみよう。


【改善例】

今回の措置は、元相場の柔軟性を増すことで、国際通貨基金(IMF)におけるSDR(特別引き出し権)の構成通貨として元を採用してもらうのが狙いだったからだ。


◎バブル後に必ず「過剰債務」?

【日経の記事】

ここ30年、世界中で様々なバブルが発生した。はじけた後は共通の爪痕が残る。身の丈に合わぬ信用膨張と過剰債務である


記事には「日米中 バブルのバトンタッチ」というグラフが付いていて、1980年代以降の日米中のバブルを紹介している。2000年頃のITバブルに関しては、崩壊後に「過剰債務」が大きな問題になった印象はない。もちろん皆無とは言わないが…。


◎「その言及に驚いた」?

【日経の記事】

米連邦準備理事会(FRB)は9月に利上げを見送った。その理由として、中国など新興国経済の不透明感を挙げた。市場はその言及に驚き、身をすくめた


「中国での株価急落や成長減速を重く見て、FRBが9月の利上げを見送るのでは」との見方はかなり有力だった。その点を考慮すると「市場はその言及に驚き、身をすくめた」との説明は大げさすぎるだろう。


◎不確実性の霧が晴れることもある?

【日経の記事】

中国の経済運営がブラックボックスである限り、世界は不確実性の霧に覆われる。日本も例外ではない。アベノミクスもプランB、つまり世界経済が万一の際の備えを、懐に用意しておく局面なのかもしれない。


上記のくだりが記事の結論部分だ。これを読むと「この筆者は大丈夫かな」と改めて思ってしまう。滝田編集委員の考えでは「中国の経済運営がブラックボックスである限り、世界は不確実性の霧に覆われる」らしい。ならば、中国の経済運営がブラックボックスでなくなった時に、世界は不確実性の霧から逃れられる可能性が出てくるのか。

基本的に、いつの世も世界経済は不確実性の霧から逃れられないはずだ。「リーマンショックは米国の経済運営がブラックボックスだから起きたのか」と考えてみれば分かるだろう。「各国が透明性のある経済運営をすれば、バブルの生成や崩壊もなくせる」という理論でもあるのならば、滝田編集委員の手でぜひ記事にしてほしいものだ。


※記事の評価はD(問題あり)。滝田洋一編集委員の評価はE(大いに問題あり)を維持する。

引退考えるべき時期? 日経 滝田洋一編集委員 「核心」(1)

28日の日経朝刊オピニオン面のコラム「核心~中国症候群に悩む世界  生きなかった反面教師」は、冒頭から「大丈夫かな」と思わせる内容だった。筆者の滝田洋一編集委員はそろそろ書き手としての引退を考える時期に入っているのではないか。記事の完成度は安定して低くなっている。
マーストリヒト(オランダ)のマース川に架かる聖セルファース橋
                    ※写真と本文は無関係です

まず、問題の冒頭部分から見ていこう。


【日経の記事】

米中首脳会談を経て、中国経済をみる世界の目が確実に変わっている。無敵の昇竜ではないことが、あらわになりつつあるからだ。


「中国経済は無敵の昇竜」というイメージを多くの人が共有していたのに、数日前の米中首脳会談を経て、そのイメージが壊れつつあると滝田編集委員は認識しているのだろう。


個人的には、中国経済に「無敵の昇竜」というイメージを持ったことはない。中国のシャドーバンキング問題は2013年頃から話題に上っているし、生産年齢人口のピークアウトなどで高度成長の維持が難しくなっていることも広く認識されている。今年は実際に成長減速や株価急落が起きている。

中国経済が「無敵の昇竜」でないのは以前から明らかであり、それは米中首脳会談を経て明確になったわけでもない。「米中首脳会談を経て、中国経済をみる世界の目が確実に変わっている」と滝田編集委員は書いているが、首脳会談が「中国経済をみる世界の目」にどう影響を与えたのか、記事では触れずに終わっている。これも問題点として指摘しておきたい。


※記事の問題点は冒頭部分以外にも多い。それらは(2)で指摘していく。

「まとめ物ニュース記事」はもう止めよう 日経の日曜企業面

「日曜の日本経済新聞に企業面は要らないのではないか」と以前から思っていた。継続するにしても、今のようなニュース記事で構成する作りはやめた方がいい。27日のトップ記事はいわゆる「まとめ物」だが、内容的にかなり苦しい。これは記者ばかりを責められない。ネタがない中で強引に話を捻り出しているのだろう。せめて、企画記事を中心とした面にしたらどうか。無理のある「まとめ物」を載せたところで、記者のためにも読者のためにもならない。
ルクセンブルク旧市街 ※写真と本文は無関係です

27日の「収益性高い都市型店続々 賃料上昇に対応 ~フレッシュネス、高単価レストラン  栄光HD、英会話と教室併用」 という記事では、フレッシュネス、 ABCマート、栄光ホールディングスの3社を「都市部のビルなどの賃料上昇を受け、収入増を狙った新型店を相次いで設けている」例として取り上げている。しかし、ピッタリはまっているのはフレッシュネスだけだ。

推測するに、フレッシュネスの話がまずあって、似たような事例を集めれば「まとめ物」でアタマ記事にできると考えたのだろう。しかし、良い事例が見当たらず、強引にABCマートと栄光HDを引っ張り出したのではないか。なぜそう言えるのか。まずは栄光HDから見ていこう。


【日経の記事】

栄光ホールディングスは2010年に買収した「シェーン英会話」について、学習塾の「栄光ゼミナール」と同じ物件に出店したり、統合したりしている。204ある英会話教室のうち46教室が学習塾と施設を併用するようになった

時間帯や利用実態にあわせて双方のサービスを柔軟に提供することで施設の面積あたりの収益力が高まる。物件が確保しやすくなるため出店ペースを上げることができるという。


記事の最初の段落には「学習塾の栄光ホールディングス(東京・千代田)は、同じ教室で塾と英会話教室を開く『二毛作』型の施設を増やす」と書いている。しかし、上記のくだりからは「増やす」かどうかは不明だ。分かるのは「204ある英会話教室のうち46教室が学習塾と施設を併用するようになった」ということぐらいだ。

しかも「併用」をいつから進めているのかも触れていない。2010年の買収直後から進めている施策であれば、今回の記事の趣旨には合わないだろう。「いつから進めているのか」に触れず、「今後」にも言及しないところを見ると、強引にはめ込んだ事例との疑いが濃厚だ。


もう1つのABCマートも、栄光HDほどではないが事例としてピッタリとは思えない。


【日経の記事】

靴専門店のエービーシー・マート(ABCマート)も価格帯が高めの店を増やす。9月18日に高級感のある内装と丁寧な接客に力を入れた「エースシューズ」を福岡市内の繁華街にあるファッションビルに開いた。東京都内と横浜市内に続き3店目になる。

中心の価格帯は8000~1万5000円と主力の「ABCマート」に比べ3割ほど高い。店の広さも80~130平方メートルと小型に抑えて百貨店や駅前の商業ビルなど賃料が高いエリアでも出店しやすくした


これは都市部の賃料が上がったことに対応した業態開発なのだろうか。「違う」と断定はできないが、普通に考えれば、これまで店を出していなかった百貨店などに対応するための新業態だと思える。「賃料上昇への対応策」とは明言していないところに事例としての微妙さを感じる。


※記事の評価はD(問題あり)。今後は強引な「まとめ物」が減るよう祈りたい。

2015年9月27日日曜日

逆張り消えた?日経 関口慶太記者「スクランブル」に疑問(2)

26日の日経朝刊マーケット総合1面の「スクランブル~消えた『逆張り』売買  超短期が支配、方向感なく」について、引き続き問題点を挙げていく。

◎「超・短期の順張り」ならば対応可能?

【日経の記事】
ユトレヒト(オランダ)のドム教会 ※写真と本文は無関係です

勘が働かない一因が、複雑な計算式に基づいた高速の短期売買を特徴とするアルゴリズム取引だ。CTA(商品投資顧問)の資金が株式だけでなく為替や原油の間を短時間に行ったり来たりするため、日本株の相場を読むだけでは通用しないのだ。そこで増え始めたのが当日朝に売買銘柄を決め、その日のうちに手じまう超・短期の順張りだ

松井証券によれば、9月のデイトレード比率は6割弱と8月(49%)に比べて上昇した。値動きの大きな新興市場銘柄に資金が流れ、9月1、2週目はFFRIやPCIホールディングスが、同証券の売買代金の上位10位に入る日が多かった。和里田聡常務は「空売りができない現物の取引が如実に減った」と話す。


上記の説明は理解に苦しんだ。アルゴリズム取引があろうとなかろうと、普通は為替や原油の動向も見て売買戦略を考えるはずだ。「日本株の相場を読むだけでは通用しないのだ」と言われると、「それはずっと前からそうでは?」と聞きたくなる。

勘が働かない」状態でも、「超・短期の順張り」ならば何とかなると解釈できる書き方も気になった。「超・短期の順張り」だと高い確率で利益を得られるならば、投資で食っていくのは楽な話だ。


◎リスクを取れない理由になる?

【日経の記事】

個人がリスクをとれないのは売買代金の7割を占める海外勢の売りエネルギーの強さが背景にある。外国人投資家は9月第2週(7~11日)まで5週連続売り越し。9月第2週に限れば1987年のブラックマンデー以来の大きさだ。大和証券の佐藤光氏は「市場が米国の年内利上げを織り込みにいった結果」と話す。


「海外勢の売りのエネルギーが強いから個人がリスクを取れない」という説明もおかしい。先安との判断であれば、信用売りを出してもいいし、インバースのETFを買う手もある。記事でも「空売りができない現物の取引が如実に減った」とのコメントを紹介しているのだから、空売りという形でリスクを取る個人が増えている可能性は高いのではないか。


◎「新・3本の矢」への反応は鈍い?

【日経の記事】 

25日の株式市場ではメガバンクなど配当利回りの高い銘柄が買われ、日経平均株価は3営業日ぶりに反発した。ただ安倍晋三首相が打ち出した「新・3本の矢」への反応は鈍く、反発力は弱い。


新・3本の矢」への反応は鈍かったと関口記者は書いているが、隣のページ(マーケット総合2面)には「保育・介護株が上昇 ~首相の『新3本の矢』好感」という記事が載っていて、 「25日の東京株式市場では保育や介護関連の銘柄が上昇した。安倍晋三首相が経済政策の新たな『3本の矢』として子育て支援や社会保障の充実を打ち出し、JPホールディングスなどが大幅高となった」と書いてある。矛盾するとは言わないが、読者を混乱させる紙面の作り方だ。編集局内での連携に問題があると思える。


※記事の評価はD(問題あり)、関口慶太記者の評価も暫定でDとする。

2015年9月26日土曜日

逆張り消えた?日経 関口慶太記者「スクランブル」に疑問(1)

厳しく言えば、掲載する価値のない記事だ。26日の日経朝刊マーケット総合1面に載った「スクランブル~消えた『逆張り』売買  超短期が支配、方向感なく」を書いた関口慶太記者には「これではダメだ」と気付いてほしい。見出しでは「消えた『逆張り』売買」となっているが、本当に逆張りは消えたのか。まずは、そこから見ていく。

ユトレヒト(オランダ)の運河 ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

「勘が働かない。歴戦のトレーダーも討ち死にが目立つ」。あるネット証券社長からこんなため息がもれる。1日に信用取引で億円単位を動かすトレーダーは株価が上がりすぎた局面では「売り」、下がりすぎた局面では「買い」を入れて利益を積み上げてきた。この逆張りが失敗する局面が目立つという。同証券の信用買いの評価損益率は9月に入りマイナス12%を挟み行ったり来たりする

例えばIHI。排ガス試験を巡る不正が発覚したフォルクスワーゲンにエンジンの出力を上げるのに使う過給機を納めているとの連想から24、25日の2日で10%下げた。2016年3月期の予想純利益は最高を見込むにもかかわらず、1月の年初来高値から半値の水準にある。大阪市内で約3億円を運用する個人投資家、山田博文さん(仮名)は24日に自律反発狙いで買いを入れたが不発だった


そもそも関口記者が言うように「参加者の投資意欲は冷え、流れに逆らって『逆張り』で攻める動きも影を潜めている」のならば、「逆張りが失敗する局面が目立つ」のは奇妙だ。失敗するためには、「逆張りで攻める」必要がある。IHIに「自律反発狙いで買いを入れた」山田博文さんの例も「逆張りしている例」とは言えるが、逆張りが消えている傍証にはならない。結局、どういう根拠で「「消えた『逆張り』売買」と断定しているのか説明がない。

さらに言えば、逆張り投資の成績が全体として振るわないのかも判然としない。関口記者は「信用買いの評価損益率は9月に入りマイナス12%を挟み行ったり来たりする」ことから、逆張り投資はうまくいっていないと判断しているようだ。しかし、信用買いには、順張りも逆張りも含まれる。さらに言えば、逆張りの有効性を見る上では「信用売りでの逆張り」も考慮すべきだろう。

付け加えると、IHIを逆張りで買った山田さんは24日に買ったばかり。25日も下げたからと言って「不発だった」と判断するのは早すぎる。これを「逆張りがうまくいかない事例」にされても納得できない。

※残りの問題点は(2)で指摘する。

2015年9月25日金曜日

「AI」関連なら簡単に1面へ? 日経「人工知能で病気予測」

日経には「記事の扱いが良くなる言葉」というものがある。要は流行り言葉だ。最近で言えば「ビッグデータ」や「IoT」か。24日の日経夕刊1面に出ていた「人工知能で病気予測 ~日立、健診データを解析 慶大、尿から肺がん発」で使われていた「AI」もそんな言葉の1つだ。「AIかどうか怪しいものを強引にAIに含めている」とは言わない。ただ、記事の柱となっている日立の事例は非常に苦しい。こんな苦しい内容でも、「AI」と絡めれば1面に行ってしまうのか。

では、日立の“画期的”な取り組みを見てみよう。


マウリッツハイス美術館(オランダ)の所蔵品 ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

日立のAIは約150ある検査項目から、糖尿病や高血圧、動脈硬化など20種類の生活習慣病について解析。5年後に発症する確率などを見積もり、社員に生活改善の指導を促す。

健保組合に加入しているグループ企業の社員約21万人から、健診の結果が悪い4万5千人について解析。特に保健指導の効果が高いとAIが判断した50人を抜き出した。指導を受けて半年間の医療費はその前の半年に比べて平均で約1万3千円減った。4万5千人から無作為に選んだ600人は同2千円弱の減少にとどまった。医療費削減効果を高める効果が期待できるという。今後、検証を進めるとともに、システムの外販も検討する。


上記の説明で「AIってすごいんだな」と納得できるだろうか。将棋でAIに勝負を挑んで勝てる気はしないが、日立のケースならば互角の勝負はできそうだ。少なくとも「無作為に選んだ600人」と比べる場合、医療費を大きく削減できる自信はある。方法は簡単だ。まず4万5000人の中から「過去半年間の医療費が特に多かった人」を選び出す。例えば、上から順に50人を選んで指導を受けさせても「無作為に選んだ600人」には勝てるだろう。削減額で比べるのだから、もともとの額が大きな人を選べば、無作為抽出との比較では圧倒的に有利になる。

そもそも記事のような比較では「AIに任せるべきかどうか」を判断できない。「AIの選んだ50人」と「無作為に選んだ600人」を比較しても意味はない。まず人数が違う。仮に600人ずつ選ぶならば「AIの選んだ600人」と「人(医師や健康指導係など)が選んだ600人」で効果を比べるべきだ。そこで統計的に有意な差が出るかを見る必要がある。

慶大の例も「AIを使う必要があるの?」という疑問は沸いた。


【日経の記事】

慶大の黒田忠広教授らが開発したAIは尿に含まれる物質の分析結果から肺がんを約9割の精度で見つける肺がんになると健康時とは尿の成分が変わる。約400種の物質の種類や量から肺がん特有の特徴をAIで突き止める。肺がんはレントゲン検査では見逃すことが多い。新技術は従来の分析装置が使え、特別な施設は必要ないという。企業と共同で5年後の実用化を目指す。


肺がんになると健康時とは尿の成分が変わる」と分かっているならば、尿の成分の分析結果を人が見るだけでも肺がんの可能性が高いかどうか判断できるはずだ。そんなに簡単ではないからAIに頼るのかもしれないが、記事を読んだ限りでは簡単そうな話だと思える。説明が足りないのだろう。

※連休明けで苦労しているのは分かるが、それにしても内容が苦しすぎる。記事の評価はD(問題あり)としたい。

2015年9月24日木曜日

何度読んでも理解できなかった日経1面「税金考」

日経の朝刊1面で「税金考」の連載が始まった。これまでも問題が多かったこの企画は、今回も最初から理解に苦しむ内容だった。23日の「税金考~ビジネスの現場で(1)二重課税を防げ アジアで知恵比べ」を何度も読み直してみたが、どう理解してよいか分からなかった。以下のくだりは「日本とインドでの二重課税」なのか、それとも「インドでの二重課税」なのかを考えてみてほしい。



北海に近いカイゼル通り(オランダ) ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

「理不尽な二重課税がなかなか是正されない」。ホンダの池史彦会長(63)がインドでの税務トラブルに悩んでいる

 インド北部ウッタルプラデシュ州にある四輪車の製造子会社、ホンダカーズインディア。目を疑うような課税通知が届いたのは2011年のことだった。

ホンダカーズインディアは日本本社の機能の一部も担っているとみなし、本社の関連売上高に一定額の税金を払うよう求めた。当初の税額は累計1000億円を超した。だが、ホンダカーズインディアは現地法人として法人税を納めている。「二重課税だ」。ホンダがこう主張した結果、売上高課税は撤回されたが、現法を「本社の一部」ともみなすかは対立したままだ。

新興国に進出した企業と現地税当局の紛争が増えている。政府調査によると企業が日本と進出先国で課税される「二重課税」は15年2月までの6年で145件。約8割をインドなどアジアが占めた。新興国は課税ルールが整っておらず「米西部劇さながらの無法地帯に近い」(日本企業幹部)との嘆きも聞こえてくる。


最初に読んだ時は「インドで法人税を払っているのに、日本の税務当局からも二重に課税されそうになった」と解釈しかけた。しかし、途中で「企業と現地税当局の紛争が増えている」と出てきたので、「インドで法人税と売上高課税の二重課税をされそうになった」という意味かなと考え直した。ところが今度は「日本と進出先国で課税される『二重課税』」と書いてある。ここで迷路にはまってしまった。

「本社は日本で課税されているのに、本社の関連売上高にインドでも課税されるので、その意味で二重課税」という可能性も探ってみた。しかし、ホンダカーズインディアが現地法人として法人税を納めていることが「二重課税」の根拠になっているので、これも考えにくい。こちらの知識不足もあるのだろうし、何かを見落としているのかもしれないが、説明が十分だとは思えない。

上記のくだりには、他にもいくつか注文がある。列挙してみる。


◎税務トラブルに悩んでる?

まず、このホンダの話が古い。課税通知が届いたのが2011年。売上高課税が撤回されたのがいつかは不明だが、こんな古い話をなぜ今頃になって紹介するのか。また、「現法を『本社の一部』ともみなすかは対立したまま」とは書いているが、既に課税が撤回されたのならば「インドでの税務トラブルに悩んでいる」と言われても説得力はない。


◎紛争が増えてる?

新興国に進出した企業と現地税当局の紛争が増えている」と書いた後にデータを示しているが、そこには「企業が日本と進出先国で課税される『二重課税』は15年2月までの6年で145件。約8割をインドなどアジアが占めた」としか出てこない。これでは「増えている」かどうか判断できない。


◎「関連売上高」とは?

ホンダカーズインディアは日本本社の機能の一部も担っているとみなし、本社の関連売上高に一定額の税金を払うよう求めた」というくだりも意味がよく分からなかった。まず「本社の関連売上高」が分かりにくい。「本社のインド関連売上高」の可能性が高そうだが、はっきりしない。「関連売上高に一定額の税金を払うよう求めた」も不自然な書き方だと思えた。「関連売上高の一定額を税金として払うよう求めた」ならば違和感はないのだが…。

記事の後半部分についても指摘を2つしておく。


◎あまり変わらないような…

【日経の記事】

企業の悩みはこれから深刻になりそうだ。国際通貨基金(IMF)の調べによると、13年に5%だった新興・途上国の成長率は15年には4.3%まで減速する。国際税務に詳しい白崎亨税理士(46)は「マネー流出で成長が鈍った新興国は税収不足を補うために外資への追徴課税を強める可能性がある」と言う。企業はどう対応すべきだろうか。


5%だった成長率が「4.3%まで減速する」のは、そんなに大きな変化だろうか。大差ないと考える方が自然だ。


◎長い目で見なくても…

【日経の記事】

浮き沈みが激しい金融市場の動向は気がかりだが長い目で見れば新興国の人口は増え経済も成長する。未来への期待と現実のリスク。「地元に根付くにはきちんとしたタックスペイヤーでなければならない」。ホンダの池会長はここが踏ん張りどころだと考えている。


長い目で見れば新興国の人口は増え経済も成長する」と言われると「短期的には新興国で人口は増えず経済も成長しない」との前提を感じる。しかし、そんなことはない。短い目で見ても人口は間違いなく増えるし、経済も非常に高い確率でプラス成長になりそうだ。むしろ、長い目で見ると、人口も増えず経済も成長しない事態に陥る可能性が高くなるような…。

※記事の評価はD(問題あり)とする。

2015年9月23日水曜日

問題が多い日経1面「目覚める資本~新地平を開く(下)」

22日の日経朝刊1面に載った「目覚める資本~新地平を開く(下) 5% 家計金融資産の投信比率 投資の時代へ踏み出せ」は既視感のある記事だったが、それは良しとしよう。ただ、問題は多い。小平龍四郎編集委員だけでなく、田口良成、堤正治、川上穣、成瀬美和、増野光俊、野口和弘の各記者も、なぜこうなってしまうのかを改めて考えてほしい。

アムステルダム(オランダ)市街 ※写真と本文は無関係です
では、注文を付けていこう。

◎具体的なデータは?  

米国市場で圧倒的な存在感を持つ金融商品が日本で徐々に広がっている。「ターゲット・デート・ファンド(TDF)」と呼ぶ年齢によって運用の中身が自動的に変わる投資信託だ。

NECは運用次第で将来の年金額が変わる確定拠出年金の運用対象に、このTDFを採用した。20~30歳代の社員が対象で、運用のゴールは2045年だ。

TDFの運用では若いうちは株式などのリスク資産に比重をかけ、退職年齢が近づくにつれて徐々に減らす。預金だけでは長期運用の効果が高まらない。運用知識が乏しい社員も一定額を無理なくリスク資産で運用できるようにする。それがTDF採用の狙いだ。

米国では年金運用の中核商品となっており、日本でもTDFが年金マネーをリスク資産に振り向ける原動力になる可能性がある。


日本で徐々に広がっている」と言うものの、TDFがどの程度広がってきているのか具体的なデータはなし。米国での状況に関しても「圧倒的な存在感を持つ」「年金運用の中核商品」と書いているのに、これまた具体的なデータはない。これだけ数字を出さないと「本当は日本で広がっていないし、米国でもそれほど存在感はないのでは?」と疑いたくなる。


◎2割じゃダメなの?

日本の個人金融資産は1717兆円に及ぶ。うち株式や投信などリスク性の資産は2割弱で、5割近くある米国との差は大きい眠れるマネーをどう生かすか。様々な模索が続く。

証券会社の立場から記事を書いているなら別だが、日本人の金融資産をもっとリスク性資産に振り向けようとする前提が理解できない。米国が5割で日本が2割だとしても、「米国の5割があるべき姿で日本もそこに近づくべきだ」とは言い切れない。個人的には米国が多すぎるような気がする。取材班が「日本の2割は少なすぎる」と判断しているのなら、その根拠を示してほしい。もちろん「米国に比べて少ないから」では根拠にはならない。


◎運用格差は投資知識に原因あり?

ニチレイは今春、新入社員向けに「金融リテラシー講座」を始めた。確定拠出年金の運用で社員に格差が出てきたからだ。「金融教育のない日本は投資知識が乏しい」と、担当する大野真は語る。


記事の通りならば、ニチレイの担当者は「運用成績に差が出るのは、投資知識に差があるからだ」と考えているのだろう。しかし、投資知識を同じ水準に揃えても、確定拠出年金の運用では必ず格差が出る。確定拠出年金では、リスクの異なる3種類以上の商品から投資対象を選ぶはずだ。異なる商品を選べば、投資知識が同水準でも運用成績に差が出てしまう。記事の書き方だとニチレイの担当者が愚かに見える。しかし、問題があるのは「書き方」の方だろう。


◎運用の巧拙、これまでは老後と無関係?

確定拠出年金法の改正案が9月初めに衆院を通過、公務員や専業主婦など新たに約2700万人が個人型の確定拠出年金を使える対象に加わる見通しだ。運用の巧拙が人々の老後の生活を左右するようになる


上記のように書くと「これまでは資産運用の巧拙が人々の老後の生活を左右することはなかった」との前提を感じてしまう。もちろん、そうした前提は成り立たない。これまでも、そしてこれからも、資産運用の巧拙は老後の生活を左右し続けるだろう。


◎どうなれば「投資の時代」と呼べる?

「米国は確定拠出年金の成長に伴い投信市場が拡大した。日本は米国の後を追いかけている」と、モーニングスターの調査担当副社長、ジョン・レケンターラーは言う。確定拠出年金の広がりは、投資の時代の扉を開く可能性を秘める。


投資の時代の扉を開く可能性を秘める」と書いているので、「現在は投資の時代ではない」との前提があるのだろう。しかし、どうなれば「投資の時代」と呼べるのかは謎だ。

米国で家計金融資産に占める投信の比率が5%を超えたのが86年。様々な制度の整備や株高を追い風にその後、市場が拡大し今では15%弱にまで達した」という記述があるので「5%超え=投資の時代到来」かと思わせる。しかし、直後に「5%の節目を日本は2014年に突破している」と出てくるので、この推測も当てはまらない。

結びでも「投資の時代に向け個人の知恵と覚悟が問われている」と出てくるが、結局は「どうなれば『投資の時代』と言えるのか」「なぜ今は『投資の時代』と呼べないのか」が最後まで分からなかった。


※記事の評価はD(問題あり)。川上穣、増野光俊、堤正治の各記者と小平龍四郎編集委員の評価はDを据え置く。田口良成、成瀬美和、野口和弘の各記者は暫定Cを維持する。

2015年9月22日火曜日

東洋経済の「東芝特集」で唯一残念な磯山友幸氏の記事

東洋経済9月26日号の特集「東芝 傷だらけの再出発」は基本的によく書けていた。ただ、62~63ページに載っていた経済ジャーナリストの磯山友幸氏による記事「会社との力関係の弱さに起因?~新日本で不正会計がなぜ頻発するのか」は頂けない。理由は2つある。
ルクセンブルクのギヨーム2世広場に建つギヨーム2世の騎馬像
                  ※写真と本文は無関係です

まず、新日本監査法人への取材が少なすぎる。コメントとしては「新日本の幹部は『東芝との関係が年々事務的になっていた』と語る」というくだりだけしかない。「新日本で不正会計がなぜ頻発するのか」という記事を書くならば、幹部以外も幅広く取材して記事を書いてほしい。「取材を断られた」「取材はしたがコメントしてくれなかった」という場合、読者にその情報を提示してほしい。

さらに言えば、新日本の幹部1人には取材できているのだから「新日本で不正会計がなぜ頻発するのか」と問うた結果は書いてもらいたい。第三者委員会の報告書や有価証券報告書の内容に言及するのはそれからだ。記事を読む限りでは「新日本の人間には1人しか当たっていないのではないか。しかも突っ込んだ質問はしていないのでは?」との疑念が消えない。

記事にはもう1つ注文がある。新日本が東芝に対して弱腰な理由を磯山氏は以下のように説明している。


【東洋経済の記事】

なぜそんなに弱腰なのか。監査法人の監査証明が得られなければ会社は上場を維持できなくなる。本来なら、会社よりも監査法人のほうが力は強そうなものだが、東芝と新日本はどうやら逆だったようだ。それを端的に示しているのが監査報酬だ。

東芝は2009年3月期に14億5600万円を新日本に支払っていたが、その後年々減り、15年3月期は10億2500万円。同業の日立製作所が新日本に支払った監査報酬(20億2100万円)の半分以下である。

当然、その分、新日本が東芝の監査に費やす時間も減っていたと思われる。新日本の幹部は『東芝との関係が年々事務的になっていた』と語る。要は、会社に強くモノを言うことができなくなっていたのである。


この説明は苦しい。2つのケースを考えてみよう。(1)年々取引額が増えていて、人的関係も濃密になっている (2)年々取引額が減っていて、人的関係も事務的になっている--。取引を切られる覚悟で厳しい意見を言いやすいのはどちらだろう。常識的に考えれば(2)だ。そして新日本と東芝の関係は(2)に当てはまる。

もちろん(2)のケースでも、「取引額減少に危機感を抱き、何とか回復させようと躍起になっていた」といった事情があれば別だ。しかし、記事からそうした状況は読み取れない。

磯山氏の結論は以下のようなものだ。


【東洋経済の記事】

新日本で会計不祥事の「見逃し」が続くのは、会社との力関係が弱いことに根本的な問題があるのではないか。規模の大きい法人を維持するために、大口の監査先を失いたくない、あるいは、新規の監査を少しでも取りたいという思いが優先し、企業に足元を見られているのではないか。


このくだりがおかしいとは言わない。ただ、新日本が本当に「会社との力関係が弱い」かどうかは取材不足のせいで判然としない。また、「大口の監査先を失いたくない、あるいは、新規の監査を少しでも取りたい」という気持ちは、多かれ少なかれ他の監査法人にもあると思える。新日本が特に「会社との力関係が弱い」とすれば、新日本に固有の要因があるはずだ。そこにも記事では踏み込めていない。筆者の磯山氏には、手間を惜しまずきちんと取材するよう求めたい。


※記事の評価はD(問題あり)、磯山友幸氏の評価も暫定でDとする。東芝特集全体ではB(優れている)と評価できる。富田頌子、前田佳子、渡辺清治の各記者は暫定C(平均的)から暫定Bに評価を引き上げる。山田雄一郎記者は暫定Bを維持する。

2015年9月21日月曜日

リスク恐れぬ姿勢を評価 東洋経済「公明党・創価学会特集」

「最近、東洋経済もダイヤモンドも果敢にリスクを取る姿勢が見えない無難な特集が多い」と嘆いていたところ、久しぶりに評価に値する特集が出てきた。東洋経済9月26日号の第2特集「公明党、創価学会よ どこへ行く 総力28ページ大特集」は、編集部が相当なリスクを承知の上で作り上げたものだと実感できた。読み物としての完成度も高い。

アムステルダム(オランダ)のダム広場に建つ新教会 ※写真と本文は無関係です
特に88~91ページの「スクープ 特高警察との知られざる蜜月時代 極秘資料が物語る『戦時』創価学会の真実」は引き受けているリスクが特集の中で最も高そうだと思えた。記事では「(創価学会初代会長の)牧口獄死を都合よくシンボリックに掲げ『平和』を前面に打ち出すイメージ戦略」の怪しさを史料と照らし合わせながら描き出している。1942年頃の創価学会については「当局からにらまれていたものの、当時、学会が反戦平和を強く主張していた事実はない。むしろ史料からは逆の実相が見て取れる」と言い切っている。

この記事には「ジャーナリスト 高橋篤史」と署名が入っていた。学会側からの反発も予想される中で、個人名を出してこれだけの記事を書き上げたことに敬意を表したい。

特集全体を通しても注文はほとんどない。強いて挙げると、76、77ページの「都議会では与党歴40年 少数派ながら強い影響力」という記事の「少数派」はやや気になった。与党ならば基本的に議会では「多数派」のはずだ。しかも公明党は都議会で第2党らしい。与党の一角を占める第2党でも「少数派」なのだろうか。「過半数を取らない限りは少数派」と言えなくもないが…。


※特集への評価はB(優れている)。筆者については、高橋篤史氏を暫定でA(特に優れている)としたい。

2015年9月20日日曜日

日経 秋田浩之編集委員 「違憲ではない」の苦しい説明

安全保障関連法の成立を受けて日経の朝刊1面に秋田浩之編集委員が「抑止と外交の両輪で」という解説記事を書いていた。安保関連法を支持する立場から、違憲批判にどう答えるか注目して読んでみた。この問題に言及した点は評価したい。しかし、「違憲ではない」とする秋田編集委員の論理は非常に苦しかった。


スヘフェニンヘン(オランダ)の日本料理店 ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

この法律は違憲との批判もある。ただ憲法解釈は戦後、変わってきた。かつては自衛隊も違憲とみる向きが多かった。今回も許容範囲内とみるべきだろう


「解釈は過去にも変わってきた。だから、今回も許容範囲内とみるべきだ」という説明に納得できるだろうか。この論理だと、過去に解釈を変えた経緯がある条文については、自由に解釈を変えられることになる。

例えば憲法に「子供の権利」を保障した条文があり、子供の対象年齢は明示されていないとしよう。そして、一度だけ「子供」の解釈を「18歳未満」から「20歳未満」に変更したとする。その場合、「子供」の解釈をさらに「50歳未満」に変えても「今回も許容範囲内とみるべき」なのか。明らかにおかしいと気付くはずだ。

結局、「違憲ではない」と主張するためには「その解釈は妥当なのか」と中身を論じるしかない。そこから逃げて「過去にも変わってきたんだから…」と言っても何の説得力もない。


※記事の評価はC(平均的)。秋田浩之編集委員の評価もCとする。

2015年9月19日土曜日

「トランクルームに住まう」ではないような… 日経「トレンドサーチ」

日経のトレンド物は苦しいと分かってはいるが、「トランクルームに住まう」という見出しに釣られて読んでしまった。結果はやはり期待外れだった。ここでは「記事の事例はトランクルームに人が住んでいると言えるのか」を考えたい。19日の朝刊企業・消費面に出ていた「トレンドサーチ~トランクルームに住まう 上質の空間演出、まるで家」では以下のように書いている。


アムステルダムのライッツェ広場に建つHirsch&Cieビル
                ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

隠れ家のようなタイプも登場した。ライゼ(大阪市)の「ライゼホビー」のメゾネットタイプ(40~50平方メートル、月6万~10万円)は1階がシャッター付きガレージ、2階がフローリングの空間だ。レンガ調の外観にトイレ、流し台など設備が充実している

大阪市の森下仁さん(46)は経営する会社の拠点として使う。2階は衣料・雑貨品を展示したハワイアンテイストの商談スペースだ。1階は米カリフォルニア州の田舎をテーマにした趣味の空間。自動車を収納し、ナンバープレートやスケートボードなどを飾る。


これは「トランクルームに住まう」なのか。ただの「ガレージ付きの賃貸住宅」としか思えない。ライゼも「ライゼホビー」をトランクルームとしては売り出していないようだ。そもそも普通に考えれば、トイレや流し台を備えた段階で「トランクルーム」ではなくなってしまう。トランクルームとして借りたものに利用者が携帯トイレなどを持ち込んで住んでいるのであれば「トランクルームに住まう」と言えるかもしれないが…。

ついでに、記事の書き方で1つ注文を付けたい。問題としたいのは以下のくだりだ。


【日経の記事】

都内の東急沿線の住宅街に昨年11月、カフェのような建物が登場した。イナバクリエイト(東京・大田)のトランクルーム「INABA96プレミアムクローゼット」だ。室内はアロマとBGMで四季を演出し、「快適で上質な空間をねらった」という。

建物から徒歩約3分のマンションに住む会社員の佐藤裕子さん(53)は約1.5平方メートルのスペースを月約7千円で借り、家族3人分の秋冬衣料やブーツを収納している。「仕事帰りや急に必要になったとき、自宅の延長で気軽に利用できる」と満足げだ。


ここでは「従来のトランクルームとはちょっと違って、外観も室内もおしゃれな感じの物件があるんですよ」と訴えたいはずだ。なのに利用者のコメントが「仕事帰りや急に必要になったとき、自宅の延長で気軽に利用できる」では意味がない。これは従来のトランクルームの利用者からも出てくるコメントだ。筆者は「何のためにコメントを入れるのか」を考えずに記事を書いているのではないか。

※記事の評価はD(問題あり)

2015年9月18日金曜日

「種類株ゆえの緊張」と言える? 日経「資金調達 新潮流」

17日の日経朝刊投資情報面に出ていた「資金調達 新潮流(下) ~種類株が生む新たな緊張」を最後まで読んでも「種類株が生む新たな緊張」は感じられなかった。記事で取り上げていたのは「種類株がなくても生まれる緊張」ばかりだ。記事の中身を見ながら考えてみたい。

リエージュ(ベルギー)の中心部に近いギユマン駅 
                ※写真と本文は無関係です
                  
【日経の記事】

米国2位の公的年金基金、カリフォルニア州教職員退職年金基金のクリストファー・エイルマン最高投資責任者には心配事がある。「他の日本企業に広がったら……」

トヨタ自動車が7月に約5000億円発行したAA型種類株のことだ。議決権も付き、配当もあるが5年間は原則、売らせない。その上、5年後にトヨタが発行価格で買い取るという、事実上の元本保証も付けた。

息の長い研究開発に必要な投資の原資を、今は預金に眠る日本の個人マネーから調達しようという「資本市場の活性化を半歩進める」(豊田章男社長)試み。それは取りも直さず経営の監視役の株主の顔ぶれを企業自らが選別する側面を持つ

2015年3月末に約18%と9年ぶりに2割を切った個人株主を増やし、逆に言えば過去10年で10ポイント増えた外国人株主(約31%)を減らす。資金調達を通じた株主構成の再構築に通じる

それだけに海外機関投資家を中心に反対も多く、6月の株主総会での反対票は25%に達した。辛くも発行にこぎ着け、販売も完了した8月6日早朝。豊田社長の姿が野村証券名古屋駅前支店にあった。会社の狙いを種類株の形に落とし込み、販売を成功させた野村の朝礼に飛び入り参加して、スタッフを直接ねぎらった。


記事では、トヨタによる種類株の発行を「経営の監視役の株主の顔ぶれを企業自らが選別する側面を持つ」と解説している。これによって緊張が生まれているのかもしれないが、「種類株が生む新たな緊張」とは言い難い。これまでも第三者割当増資などで企業は株主を自ら選んできた。トヨタの種類株発行では新たな大株主が生まれるわけでもないし、規模の大きな第三者割当増資に比べたら「緊張」もかなり小ぶりだろう。

以下の話も新たな問題とは思えなかった。

【日経の記事】

グーグルは3種の株を持つ。通常のA株、04年の上場時に共同創業者ラリー・ペイジ最高経営責任者(CEO)らに向け発行した10倍の議決権を持つB株、そして昨年導入した議決権のないC株だ。C株発行で資金だけ調達、B株の創業者株主らが思い通りに会社を支配するなら、株主による経営監視は機能しない


グーグルを「上場企業なのに株主による経営監視が機能しない例」と筆者らは捉えているのだろう。これも新しい問題とは思えない。以前から子会社上場でも似たようなことが言われてきた。50%超の出資比率を保つ親会社は基本的に「思い通りに会社を支配」できる。しかも上場に伴い子会社は資金調達も可能だ。そうした事例は珍しくないのに、グーグルの動きを新たな問題として認識すべきだろうか。

ついでに、記事中で他に気になる点もいくつか指摘しておこう。


◎なぜ「及び腰」?

【日経の記事】

「トヨタ―野村に続け」。海外投資家が懸念するように、証券業界は次の種類株発行例を求め売り込み攻勢を強める。だが、企業側は「あれはウチにはできない」(自動車A社)、「長期株主が欲しいのは確かだが……」(電機B社)と、今のところ及び腰だ。


トヨタのような種類株の発行に企業側は「及び腰」らしいが、その理由には触れていない。これでは、説明不足と責められても仕方がない。


◎「権利を負う」?

一方、瞬間蒸発したトヨタの種類株。知名度もあるが、伊藤園種類株と比べ決定的に違う点がある。議決権付き、かつ元本保証という、株式会社のガバナンスの根本にかかわる立て付けだ。海外投資家の目にはハイリスク・ハイリターンという株式の常識の逸脱に映る。「全ての株主は平等に権利をリスクを負うべきだ」(英機関投資家のリーガルアンドジェネラルのメリエム・オミ氏)


「リスクを負う」とは言うが「権利を負う」は違和感がある。例えば「全ての株主は権利もリスクも平等であるべきだ」とすれば問題はなくなる。


◎これは「種類株」の話?

【日経の記事】

フランスでは14年に「フロランジュ法」が成立した。株主総会で3分の2以上の反対を集めない限り、株式を2年以上保有する長期株主が一般株主の2倍の議決権を持つようになる。日産自動車が傘下のルノーでも既に導入が決まっている。


記事には「種類株は目的に応じそれぞれ特徴がある」というタイトルの表が付いていて「トヨタの新型株」「グーグルのC株」「フランスの大企業」を比較している。ただ、「フランスの大企業」のケースは「種類株」なのか疑問が湧いた。これは、普通株でも2年以上持てば議決権が2倍になるよう法律で定めただけではないのか。確信はないが、「フロランジュ法」に関する他の記事などを読む限りではそう思えた。


※記事の評価はD(問題あり)。暫定でDとしていた堤正治記者の評価はDで確定とする。二瓶悟、山下晃の両記者については暫定でDとする。

2015年9月17日木曜日

なぜ下落のみ分析? 日経 川崎健次長「スクランブル」の欠陥

やはり川崎健・証券部次長が書いた記事は評価できない。17日の日経朝刊マーケット総合1面の「スクランブル~相場変動に負のループ  米欧年金マネーが増幅」という記事では、冒頭で「過去1カ月の大きな株価の振幅を招いた原因は何か。ようやくそのメカニズムの一端が見えてきた」と書いたにもかかわらず、下落のメカニズムの解説に終始している。日経平均株価は9日には1300円を超える大幅な上げも記録している。「株価の振幅を招いた原因は何か」と問題提起したのならば、下げだけでなく戻りも大きくなるのはなぜかを分析すべきだ。
デンハーグ(オランダ)の平和宮 ※写真と本文は無関係です

記事の途中から最後までを見てみよう。


【日経の記事】

この揺れはいつ収まるのか。それを知るには、そもそも相場が振れた原因を知る必要がある。キーマンの一人に見解を聞いてみた

日本株で最大のシェアを握る野村証券で市場部門を統括する明渡則和執行役員だ。実際に誰が売買したのか最も見えているであろう一人の話だけに説得力がある。

発端は中国の人民元切り下げだ。米利上げ観測とギリシャ問題で世界のマネーが日本に流入していた矢先に中国の実態がそんなに悪いのかという驚きから、日本株へのフローが逆回転し始めた。

そしてCTA(商品投資顧問)などに代表される相場の方向性に順張りで動く投資家が登場する。一段の下落に賭けて先物を売っていった。それに追随せざるを得なかったのが、低金利下で少しでも高い利回りを求めてプットオプション(売る権利)を売っていた主体。プット売りの損失を抑えるために先物でヘッジ売りを膨らませていった。

そして金額ベースで相場下落の最大の要因となった新型のリスク管理を取り入れたファンドや米欧年金といった長期投資家によるロスカット(損切り)が発動する。「リスク・パリティ(均等)」などと呼ぶ運用手法で、株価の変動率が一定の水準を超えると自動的に売りを出す仕組みだ。

こうした海外投資家は東証株価指数(TOPIX)先物を使ってリスク量を機動的に変更する。それを反映するとされるゴールドマン・サックス証券のTOPIX先物手口を見ると、8月21日、25日、26日に同先物を5千枚前後と大量に売り越した。

そして最初の順張り投資家による新たな売りを招き込む……。さてこの負のループはどこで止まるのか

「かつては顧客の売りに証券会社の自己売買が買い向かったが、規制でそのリスクが取れなくなった」。欧州証券の日本株責任者は言う。別の大手証券幹部も「トレーディングで持てるリスク量は金融危機前の約10分の1」と明かす。証券会社の自己売買の存在感低下はグラフに一目瞭然だ

リスク・パリティなど下げに強いとされる手法が広まったのはリーマン・ショックが契機。証券会社の自己売買の身動きが取れなくなったのは過剰にまで厳しくなった金融規制が原因だ。リーマン危機から7年。米国がやっとそこからの出口を探り始める中、我々はなおその影響下にいる。


結局、「なぜ上げも大きくなるのか」には触れずに終わっている。売りの連鎖を招く「負のループ」があって、買い向かう主体が証券会社の自己売買部門も含めて不在であれば、相場は一方的な下落基調となるはずだ。しかし、そうはなっていない。川崎次長の分析は極めて不十分と言わざるを得ない。

記事には他にも問題を感じる。列挙してみよう。


◎「キーマン」のコメントなぜない?

キーマンの一人に見解を聞いてみた。日本株で最大のシェアを握る野村証券で市場部門を統括する明渡則和執行役員だ。実際に誰が売買したのか最も見えているであろう一人の話だけに説得力がある」と大げさに紹介した割に、明渡氏のコメントは一切出てこない。記事で述べている分析のどの部分が同氏の見方なのかも判然としない。

記事を読み進めると「かつては顧客の売りに証券会社の自己売買が買い向かったが、規制でそのリスクが取れなくなった」とのコメントが出てきて、「ようやく明渡氏の登場か」と思わせるが、コメントの主は「欧州証券の日本株責任者」だ。川崎次長は何を考えてこんな構成にしたのか。


◎ゴールドマンは売る一方?

記事では「ゴールドマン・サックス証券のTOPIX先物手口を見ると、8月21日、25日、26日に同先物を5千枚前後と大量に売り越した」と書いている。これは間違いではないが、記事に付いたグラフを見ると、27日以降はかなりの買い越しに転じている。なぜ、こちらの動きは無視するのか。両方を分析してこそ、「大きな株価の振幅を招いた原因」を分析できるはずだ。


◎「リーマン危機を境に」?

記事に付いている「リーマン危機を境に証券会社の自己売買部門のシェアが急低下」というグラフは、タイトルと実際の動きが合っていない。「日経平均先物」と「現物株」のうち、先物はリーマンショックより前の07年に急激に落ち込み、その後は緩やかな低下傾向だ。現物株は09年までほぼ横ばいで10年から13年にかけてシェアを落としている。これで「リーマン危機を境に」と言われても説得力はない。

ついでに言うと「リーマン危機」という表記が気になる。本文でもグラフでも「リーマン・ショック」と「リーマン危機」の両方を使っている。個人的には、「リーマン・ショック」に統一してほしい。そもそも「リーマン危機」ならば、カタカナ表記する場合は「リーマン・クライシス」ではないのか。


※記事の評価はD(問題あり)。川崎健次長の評価もDを維持する。同次長に関しては、「川崎健次長の重き罪 日経『会計問題、身構える市場』」も参照してほしい。

新しい取り組みは評価したいが…ダイヤモンド「頭取ランキング」

週刊ダイヤモンド9月19日号の特集「銀行の絶対権力者を丸裸 頭取ランキング」は評価に迷った。「頭取ランキング」という新しいことに取り組む姿勢は評価したいし、手間をかけたのも十分に伝わってくる。7つの指標で評価する方式も、よく考えられている。
北海のビーチリゾート、スヘフェニンヘン(オランダ)
                ※写真と本文は無関係です

ただ、「来年もやってほしい」とは思えなかった。特集には「銀行“余命”ランキングワースト50」といったランキングも入っていて、こちらの方が興味は湧く。頭取だと、そもそも知っている人がほとんどいないので、ランキングに引き付けられなかった。業界内では関心を持たれるだろうし、「それで十分」と考えているのかもしれないが…。

記事の中にはいくつか疑問に思うところがある。問い合わせを編集部に送ったので、その内容を紹介しておこう。回答が届くと信じたい。

(注)結局、回答はなかった。「『頭取ランキング』間違い指摘を無視 ダイヤモンドの残念な対応」参照。


【問い合わせの内容】

9月19日号31ページの表に載っているスルガ銀行の「異端の歴史」についてお尋ねします。この中で「1999年 邦銀初のインターネットバンキング開設」となっているのは誤りではありませんか。国内初のネットバンキングは97年の住友銀行(当時)だと思えます。三井住友銀行が公表している資料には同行のネットバンキングに関して「1997年1月に国内初のインターネットバンキングサービスとしてスタート」と明記されています。

同じ表で「個人顧客向けに特化した『リテールバンキング』へビジネスモデルを大転換」と説明されていますが、これも誤りではありませんか。スルガ銀行は少なくとも現状では法人向けの取引も手掛けています。「個人が中心のビジネスモデル」とは言えるでしょうが「特化」はしていないはずです。上記の2点について、記事の説明で問題ないとの判断であれば、その根拠も教えて下さい。

ついでで恐縮ですが、28ページの「どうして社長じゃなくて頭取?」の説明には問題があると感じました。「会社の経営トップの肩書といえば、一般的には『社長』だが、なぜ銀行だけが『頭取』と呼ばれるのか」との問いに対し「雅楽を演奏する際、最初に音を出す人のことを『音頭取』と呼んだのが始まりだという説が有力だ」で答えになるでしょうか。記事からは「なぜ銀行トップだけが頭取なのか」を理解できませんでした。

さらに言えば、34ページの「歴史的な低金利が続く中、貸出金利回りはマイナスになるのが普通だが」という記述は不正確ではありませんか。「マイナスが当たり前で銀行経営は成り立つのか」と思って表などを見ると、マイナスなのは「貸出金利回りの改善度」であり、「貸出金利回り」は「プラスが普通」のようです。読者に負荷をかけない分かりやすい書き方を心がけていただければ幸いです。


※記事の評価はC(平均的)。鈴木崇久記者と山口圭介副編集長の評価はD(問題あり)を維持する。2人の評価については「週刊ダイヤモンド 『ギリシャ危機』訂正記事に見出す希望」を参照してほしい。

2015年9月16日水曜日

エコノミストの対応を評価 「世界がおびえる中国と利上げ」

15日に週刊エコノミスト編集部へ問い合わせをしたところ、約5時間後に回答が届いた。こちらの質問にもきちんと答えている。ぜひ日経にも見習ってほしい。問い合わせではあれこれ注文を付けているものの、「世界がおびえる中国と利上げ」という今回の特集は読み応えのある内容だった。詳細な論評は省くが、JPモルガン・チェース銀行市場調査本部長の佐々木融氏が執筆した「為替リスク~利上げはドル安の引き金に 元安、円高、ユーロ高へ」は特にレベルが高いと感じた。
北海に近いカイゼル通り(オランダ)にある教会 ※写真と本文は無関係です

以下では編集部への問い合わせと回答を紹介する。91ページの「米国利上げリスク~クレジットバブルのチキンレース 『ファンド』経由の投資が要注意」の筆者はBNPパリバ証券チーフクレジットアナリストの中空麻奈氏。22ページの「チャイナ・ショックの核心 人民元危機と米国債の爆売り」という記事の筆者は編集部の浜條元保記者と花谷美枝記者だ。


【エコノミストへの問い合わせ】

9月22日号91ページの図2についてお尋ねします。

図2のタイトルは「米国の投資適格社債・ハイイールド債のスプレッド推移」となっています。しかし、赤線は「ハイブリッド社債」となっており、タイトルと食い違っています。これはどう理解すればよいのでしょうか。記事を読む限り、赤線は「ハイイールド債」だと思えます。

ついでで恐縮ですが、22ページの記述についてもお尋ねします。記事では「とくに鉄鉱石、石炭、銅の輸入減は顕著で、15年4~6月期の輸入数量は石炭が前年同期比33%、銅4%、アルミ29%それぞれ減少した」と書かれています。「鉄鉱石、石炭、銅の輸入減は顕著」と述べた後で、なぜ「石炭、銅、アルミ」なのでしょうか。鉄鉱石を外してアルミを入れたのには何か意図があるのでしょうか。付け加えると、銅の4%減は「減少が顕著」とは思えませんでした。

お忙しいところ申し訳ありませんが、回答をよろしくお願い致します。


【エコノミストからの回答】

さて、弊誌9月22日号に関して、鹿毛さまよりいただいた2つの質問に回答させていただきます。

まず、91ページの「図2米国の投資適格社債・ハイイールド債のスプレッド推移」の件ですが、御指摘のように「米国の投資適格社債・ハイブリッド社債のスプレッド推移」が正しいものです。

また、22ページ「とくに鉄鉱石、石炭、銅の輸入減は顕著で、15年4~6月期の輸入数量は石炭が前年同月比33%、銅4%、アルミ29%それぞれ減少した」ですが、「とくに石炭、銅、アルミ」とすべきところを「鉄鉱石」と記述しています。

上記2点を訂正させていただきます。

また、銅が前年同月比4%減少したことを「減少が顕著」とした点ですが、直近のピークである2014年10~12月期の1234億㌧と比べると、15年4~6月期は7・6%減となったこともあり、下落トレンドが明確となったため「減少が顕著」としました。言葉足らずだったと思います。

以上、どうぞお願い致します。

エコノミスト編集部


※91ページの図に関する回答はちょっと違う気もするが、深追いはしない。素早い読者対応を高く評価したい。特集全体の評価はB(優れている)とする。書き手の評価は佐々木融氏をB、中空麻奈氏、浜條元保記者、花谷美枝記者を暫定でC(平均的)としたい。

2015年9月15日火曜日

日経 小平龍四郎編集委員  「一目均衡」に見える苦しさ

突き詰めて言えば、訴えたいことがないのだろう。15日の日経朝刊投資情報面に載った「一目均衡~ブラックロックの挑戦」には、いくつか問題点を感じた。筆者の小平龍四郎編集委員はネタがなくて苦労しているのか、記事の構成に無理があり、おかしな説明も散見される。

まずは記事の問題点を解説しよう。この記事では環境・社会・企業統治を意味するESGがテーマになっている。ESG投資の歴史について、小平編集委員は以下のように解説している。

デュッセルドルフ(ドイツ)のラーメン店 ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

こうした投資が広がるきっかけになったのは、06年に当時のアナン国連事務総長が主導して投資による貧困撲滅などを目指す「責任投資原則」が制定されたことだ。


さらに記事の結びを見てみよう。


【日経の記事】

7年前のきょう、米リーマン・ブラザーズが破綻した。以来、世界の投資家は利益の短期極大化だけを目指す、市場型資本主義の超克に挑んできた。ESGは挑戦の結果たどりついた解のひとつでもある。


リーマンショックが起きたのは2008年だ。06年からESG投資が広がってきたとすれば、ESGを「(リーマンショック後の)挑戦の結果たどりついた解のひとつ」と考えるのは無理がある。9月15日に載る記事なので、何とかリーマンショックと結び付けようとしたのだろう。しかし、「リーマンショックをきっかけに投資家の挑戦が始まり、ESG投資という解を見つけ出した」と確信できる状況にないのに強引に関連付けても、整合性の問題を生じさせるだけだ。

さらに言えば、社会的責任投資(SRI)という考え方は20世紀からあったし、ESG投資と中身はそう変わらないのではないか。ESG投資を目新しい動きとして記事で取り上げるならば、「SRIとは何が違うのか」にも触れてほしかった。

ブラックロックが世界に先駆けてまず日本でこうした投信を出す」理由も理解に苦しむ。小平編集委員は以下のように書いている。


【日経の記事】

米ブラックロックのフィンク会長は、新しい投信を世に出す背景についてこう述べている。具体的には先進国の3700銘柄の中から、独自の評価に基づいて200~800銘柄に投資する。日本企業では大手の製薬会社やガス会社などが、投資先の候補になっているもようだ。

ブラックロックが世界に先駆けてまず日本でこうした投信を出すのは、企業統治(コーポレートガバナンス)改革の進展を見極めてのことだろう


「日本企業の企業統治改革が進んできたので、新しい投信に日本企業が多く選ばれた」という話ならば分かる。しかし、企業統治改革の進展は「日本で先行して投信を売る理由」にはならないだろう。例えば「日本の投資家に企業統治の改革を重視する傾向が強まっているから」といった説明なら理解できるが…。

そもそもブラックロックの動きを「ブラックロックの挑戦」という見出しまで付けて紹介する意味があるのか。同社が設定する「ビッグ・インパクト」という投資信託が「ESGの考えを採り入れた日本初の個人向けの金融商品」というわけでもないようだ。

記事中で小平編集委員は「最新の潮流はブラックロックの例が象徴するように、欧州が中心だったESGが米国の運用会社にも広がっていることだ」と書いている。だとすれば、ESGに関してブラックロックは後発組だろう。その会社が日本でESG関連の投信を売る。それを「ブラックロックの挑戦」と大げさに取り上げる意義は感じられない。この辺りからも「訴えたいことが特にない」「書くべきネタがなくて苦労している」という事情が推察できる。

一目均衡」のようなコラムを書くには、「何を訴えたいか」を第一に考えてほしい。つまり結論部分が最も重要だ。結論に説得力を持たせるために記事を構成していくことになる。しかし、小平編集委員がそういう手順で記事を書いているとは思えない。

7年前のきょう、米リーマン・ブラザーズが破綻した。以来、世界の投資家は利益の短期極大化だけを目指す、市場型資本主義の超克に挑んできた。ESGは挑戦の結果たどりついた解のひとつでもある」というのが自分の訴えたかったことだと小平編集委員が主張するならば、こう聞きたい。「SRIを含め社会的なインパクトを重視した投資スタイルは、リーマンショックのずっと前からあるのではないか」「そもそもリーマンショックまでは『利益の短期極大化だけを目指す市場型資本主義』の時代だったのか。だとすれば、例えばウォーレン・バフェット氏も利益の短期極大化だけを目指してきたのか」

今回の記事の結論部分は「取って付けただけ」の可能性が高いので、ツッコミを入れるのは酷かもしれない。ただ、次に「一目均衡」を書くときは、「何を訴えたいか」「結論部分はどうするのか」を熟考するよう助言しておきたい。


※記事の評価はD(問題あり)、小平龍四郎編集委員の評価もDを据え置く。

入門書として薦められない 東洋経済の「ETF超入門」(3)

東洋経済9月19日号の特集「やり直し相場ではじめるETF超入門」には、おかしな説明がまだある。Part1の「市場動乱こそ好機 完全入門! 今なぜETF投資か」の中の「point4 同じ成績で紙くずになる危険もない 高い優良株不要」という60ページの記事では、以下の記述が気になった。

デュルブイ(ベルギー)のウルセル伯爵城とウルト川
                  ※写真と本文は無関係です

【東洋経済の記事】

ETFは日経平均などに分散投資するものであって、個別株のリスクは皆無だ。


上記のように解説する一方で、Part3「相場激変でも慌てない 徹底解説!ETFの投資対象」の中の「国内株~日本経済は復調するか 日経平均とTOPIXが柱」という76ページの記事には以下のような記述がある。


【東洋経済の記事】

下表のように国内株指数のETFでは、ほかに東証マザーズ指数やジャスダックトップ20などがある。この場合は日経平均よりも特定銘柄の影響を受けやすく、東証マザーズならミクシィ、ジャスダックならガンホー・エンターテイメントの影響で価格が爆騰したことがある。



日経平均に連動するETFの場合、日経平均採用銘柄に幅広く投資しているようなものであり、個別株の価格変動の影響を当然に受ける。「個別株のリスクは皆無」はさすがに言い過ぎだ。だから、他の記事との整合性が取れなくなってしまう。

付け加えると「爆騰」を記事に使うのは感心しない。ある種の業界用語として普及しつつあるのだろうが、「超入門」とうたっている特集で辞書にも載っていないような言葉を使う必要はないはずだ。

74ページの「実践 著名投資ブロガー水瀬ケンイチのポートフォリオの組み方」という記事では、用語の説明に不正確さを感じた。「『将来の結果の不確実さ』の度合いのことを統計学では『標準偏差』という」と水瀬氏は書いている。標準偏差とはデータのばらつき具合を示す尺度であり、「将来の結果の不確実さ」と直接的な関係はない。市場価格に関しては、過去の変動率から標準偏差を割り出して、それを将来の投資リスクを測るのに使っているだけだ。

今はやりのスマートベータって何だ!?」という77ページの記事にも注文を付けたい。引っかかったのは「相対的にコストの高いアクティブ運用の成績が本当にパッシブ運用を上回っているかは運用業界でも長年の論争になっている」というくだりだ。

アクティブ運用の6~7割が運用成績でパッシブ運用を下回っているのは「常識」ではないのか。運用成績を集計すればどちらが上回っているかは分かるので、「長年の論争」にはなりにくい。もちろん「アクティブ運用に投資しても意味がないのか」といったテーマならば、議論の余地はあるし、アクティブ擁護派の言い分にも一理ある。ただ、記事の説明はさすがにまずい。

最後に言葉の使い方を1つ指摘したい。59ページの記事では「投信は特定の取扱証券会社や銀行としか売買できないが、ETFは取引所においてリアルタイムで時価売買が可能という利点を持つ」と書いている。これを投資初心者が読めば「ETFは投信ではない」と感じるだろう。しかし、ETFも投信の一種だ。

「今回の特集では、ETF以外の投信を『投信』と呼んでいる」と筆者は弁明するかもしれない。ところが、65ページの記事では「非上場の投資信託は決められた基準価格で1日1回しか売買できない。だがETFは取引時間中いつでも売買が可能」と書いている。この表記ならば問題はない。「ETF以外の投信=非上場の投信」と表記を統一していれば、読者に誤解を与えるリスクを減らせたはずだ。


※特集全体の評価はD(問題あり)とする。西澤佑介記者の評価は暫定Bから暫定Dへ、野村明弘記者の評価は暫定Cから暫定Dへ引き下げる。

2015年9月14日月曜日

入門書として薦められない 東洋経済の「ETF超入門」(2)

東洋経済9月19日号の特集「やり直し相場ではじめるETF超入門」の問題点を引き続き指摘していく。今回はPart1の「市場動乱こそ好機 完全入門! 今なぜETF投資か」の中の「point1 国際分散投資に最適 下落相場に強い」という58ページの記事を取り上げる。記事では以下のように書いている。

【東洋経済の記事】
スヘフェニンヘン(オランダ) ※写真と本文は無関係です


以上のような投資を貫徹すれば、長期的に安定したリターンと下落相場からの強い復元力を享受できる可能性が高い。その一例が下図だ。これは先進国23カ国と新興国23カ国の株式を時価総額に応じて組み込んだ指数で、全世界の株式の85%以上をカバーする。過去20年間にはITバブル崩壊とリーマンショックで2度の大暴落があったが、この間の平均株価上昇率は年率6.9%に達する。20年で資産額は4倍になった。

暴落局面からの復元力にも目を見張る。ITバブル崩壊後の底値から足元までの株価上昇率は年率9.7%、リーマンショック後に至っては年率18%にもなる。確かに相場下落は好機かもしれない。


長期保有を前提に国際分散投資をすれば「長期的に安定したリターンと下落相場からの強い復元力を享受できる可能性が高い」と記事では訴えている。だから国際分散投資をする上で使えるETFは「下落相場に強い」というわけだ。

これも投資初心者ならば「確かにそうかも…」と思ってしまいそうだ。結論から言えば、ETFは「下落相場に強い」わけではない。もちろん弱くはなく、普通だ。当たり前だろう。そもそも「下落相場に強い」とはどういうことか考えてみよう。

市場平均(例えばTOPIX)が20%下げた時にA社の株価は1%しか下げなかったとすると「A社株は下落相場に強い」と言えるかもしれない。しかし、一般的にETFは市場平均に連動して動くように設計されている。「先進国23カ国と新興国23カ国の株式を時価総額に応じて組み込んだ指数」に連動するようにETFでの投資をすれば、この指数が20%下がった時に資産額は20%目減りする。これを「下落相場に強い」と評価できるだろうか。

この点を筆者である西澤佑介、野村明弘の両記者にぶつければ「2度の暴落を経ても過去20年間で年率6.9%の上昇だから、そういう意味で『下落相場に強い』と書いている」と反論してきそうだ。それに対しては「過去20年の世界の株式相場は、2度の大きな下げ局面がありながらも、全体としては上昇基調だっただけの話ではないか」と返したくなる。

ETFを使って国際分散投資していても、世界全体の株価がさえない時は市場平均並みにさえない運用成績になるはずだ。「下落相場でも負け方は平均的」とは言えるだろうが…。(注:レバレッジ・インバース型はもちろん話が違ってくる)

ついでに言うと、長期を前提にした国際分散投資であれば「長期的に安定したリターン」が得られる可能性が高いという記事の説明は、基本的に正しくない。記事でも触れているように、過去20年を見ても大きな下げ局面が2回あり、年間のリターンがマイナスになっている年が何年もある。つまり「安定したリターン」は得られていない。投資初心者には「長期的に見れば、悪くないリターンが得られる可能性は高い」といった認識を持たせたいところだ。

※(3)へ続く。

入門書として薦められない 東洋経済の「ETF超入門」(1)

東洋経済9月19日号の特集「やり直し相場ではじめるETF超入門」は問題のある説明が目立った。「超入門」とタイトルに付いているが、投資初心者に今回の特集を読むよう薦める気にはなれない。

最も問題が大きいと思えたのは「国際分散投資は暴落相場を乗り越えた ITバブル崩壊、リーマンショックで起きたこと」という記事(62、63ページ)だ。そこでは以下のように書いている。
マーストリヒト(オランダ)の中心部 ※写真と本文は無関係です

【東洋経済の記事】

実際にこうした各資産を組み込んだポートフォリオでのパフォーマンスを見たのが上図だ。案の定、国内株式だけのポートフォリオ(モデル4)の成績が最も悪く、海外株式や国内外の債券をバランスよく配分したポートフォリオ(モデル1)が最高の成績を示した

変動幅もマイルドだ。モデル1はITバブル崩壊時に1割程度、リーマンショック時でも3割弱の下落にとどまった。


これを読むと、投資初心者ならば「海外株式や国内外の債券をバランスよく配分した方が値上がりするし、価格変動も少ないんだろう」と思ってしまうだろう。しかし、この記事のモデル設定は一種の「騙し」だ。「バランス重視型の成績が抜きんでる-各ポートフォリオの総合リターン-」というグラフを見ると、モデル設定は以下のようになっている。

モデル1=外国株式 外国債券 国内株式 国内債券 各25%
モデル2=外国債券 国内株式 各50%
モデル3=国内債券 国内株式 各50%
モデル4=国内株式 100%

この4つを比べてモデル1の運用成績が最も良かったならば「やはりバランス重視がいいな」と思うだろうか。見落としてはいけないのが、モデル1にだけ「外国株式」が入っていて、そのパフォーマンスは非常に高いということだ。外国株100%の「モデル5」を加えれば、運用成績トップはこのモデルになるだろう。だとすると必ずしも「バランス重視が良い」とは言えなくなる。

変動幅もマイルド」と言い切っているのも引っかかる。グラフを見ると、4つのモデルの中でモデル1が最も変動率が小さいようには見えない。仮に最も小さいのならば、記事中で明示すべきだ。最小ではないのに「変動幅もマイルド」と書いている場合、説明に問題がある。

変動幅についても「国内債券100%」のモデルを追加すれば、ITバブル崩壊時やリーマンショック時の価格変動はモデル1~4より小さくなるはずだ。つまり「変動幅」についても「バランス重視型が良い」とは言い切れない。

このデータの出所は野村証券。野村が恣意的にモデルを設定して「バランス重視型が良い」と誘導したとしても責めるつもりはない。その意図を見抜いて読者に誤解を与えないように修正するのは記者の仕事だ。今回の特集を担当した西澤佑介、野村明弘の両記者がその役割をきちんと果たしたとは思えない。

他の問題点は(2)で指摘する。

※(2)へ続く。

2015年9月13日日曜日

岩切清司記者への質問 日経「ウォール街ラウンドアップ」

12日の日経夕刊マーケット・投資面に出ていた「ウォール街ラウンドアップ~相場混乱、ファンド運用戦略に影」は理解に苦しむ内容だった。保有する金融資産ごとのリスク量を均等にするリスク・パリティ(均等)戦略に関して、NQNニューヨークの岩切清司記者がきちんと説明できているとは思えない。

記事の中身から見ていこう。

アムステルダム中央駅(オランダ) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

ヘッジファンド業界で屈指の運用報酬を手にするレイ・ダリオ氏。利上げを見据える米連邦準備理事会(FRB)に対して量的緩和策の必要性を説くが、市場はその運用にも関心を高めている。

同氏が率いるブリッジウォーター・アソシエーツの8月の運用成績は、主力ファンドでマイナスになったと一部メディアが伝えた。注目されたのは、業界に先駆けて導入されたリスク・パリティ(均等)戦略を軸としたファンドだからだ。

この運用戦略は様々な資産に資金を配分し、相場変動の影響を抑える「リスク分散型」の一種。保有する金融資産ごとのリスク量を均等にするのが特徴だ。

仮に株と債券に1億円ずつ投資するとする。価格変動が大きい株の方がリスクも大きく、運用成績は株式相場に左右されやすくなる。リスク量を株と債券で均等にすれば、運用収益の安定が期待できる。保有比率はおのずと株より債券の方が大きくなるわけだ。

運用業界で広範に普及している戦略だが、あるプライベートバンクの営業担当者は「過去数カ月の運用成績は芳しくなかった」と顔を曇らせる。年前半までの安定した投資環境を背景に好調だったこの戦略に、陰りが見え始めていた。

きっかけはFRBの金融政策だ。6~7月から「近づく利上げを前に債券の持ち高を減らし始めた」(クレディ・アグリコルのデービッド・キーブル氏)という。利上げ開始の前後から価格変動率が上がるとの予想が多かった。リスク・パリティ型ファンドはリスク量の増大を見越し、株や債券の持ち高の整理を進めたようだ

ここに想定外だった中国の人民元切り下げが加わった。動揺した世界市場では商品や通貨、株などが一斉に乱高下し、リスク量が一気に増大した保有資産の圧縮に動くファンドの売りは変動率をさらに高め、一段の資産売却に追い込まれる負の連鎖に陥った。ヘッジファンド運用を助言するアクシア・ジャパンの鷲尾学社長は「リスク・パリティは債券と株などの資産の相関が崩れる市場に弱い」と言う。


疑問点は主に2つ。まず、リスク・パリティ型ファンドがリスク量の増大を見越して売ったのは「債券」なのか「株や債券」なのか。クレディ・アグリコルのデービッド・キーブル氏のコメントは「債券の持ち高を減らし始めた」となっているのに、その後に「株や債券の持ち高の整理を進めたようだ」と書いている。読んでいて混乱した。

もう1つは「世界市場では商品や通貨、株などが一斉に乱高下し、リスク量が一気に増大した」結果として、なぜ「一段の資産売却に追い込まれる」のかという点だ。仮に株と商品を半分ずつ持つ形のリスク・パリティ型ファンドであれば、株と商品のリスク量が増大したとしても、その増え方が同じならば保有比率を見直す必要はない。故に資産売却に追い込まれることもない。「一斉」の中に債券は含まないといった前提があるのかもしれないが、そうは書いていない。

そもそも、市場が乱高下する前の6~7月に株の持ち高を整理していたとすると、タイミングとしてはかなりいい。少なくとも相対的には良好な運用成績を上げていてもよさそうだ。しかし記事では「(リスク・パリティ型ファンドは)今夏の市場混乱で限界を露呈した」と断言している。実際そうなのだろうが、記事の説明では「なるほど」とは思えなかった。

※記事の評価はD(問題あり)、NQNニューヨークの岩切清司記者への評価も暫定でDとする。この件では日経に問い合わせもしている。回答が届くことを期待したい。

追記)結局、回答はなかった。

2015年9月12日土曜日

次回は根本的な見直しを 日経1面「新産業創世記」

日経の苦しすぎる1面企画「新産業創世記~消える垣根」がようやく終わった。12日の最終回「(5)ライバルは『個人』  手づくり品も助言も売れる」も当然に苦しい。「ネットを使えば個人でも簡単に事業を始められる」といった10年以上前から言われているような話を持ってきて「新たな産業革命は始まっている」と結論付けらても説得力はない。

この手の話は紙面で繰り返し取り上げてきたはずだ。2015年に「新産業創世記」というタイトルで連載するのはなぜなのか。そこを詰め切れていないから、今回のような結果に終わってしまう。いずれ連載は再開するのだろう。その時は記事の作り方を根本的に改めてほしい。

12日の記事について問題点を指摘していこう。まずは以下の記述から。


【日経の記事】
オランダのユトレヒト市街 ※写真と本文は無関係です

東京都葛飾区にある一軒家の3階。双子姉妹の早川博子(48)と山本順子(同)が談笑しながら雑貨をつくっている。ごく普通の主婦のようだが、実はこの2人、手づくり雑貨の世界では知る人ぞ知るスター作家だ。

活動の舞台は雑貨の個人売買を仲介するサイト「ミンネ」だ。子供部屋だったアトリエには素材や工具が所狭しと並ぶ。

売れっ子になったのはひょんなきっかけだ。早川が友達に贈る手づくりの小物を、ものは試しと登録した。しばらくは注文ゼロだったが、ネットの書き込みで評判が一気に広がり「急に売れて驚いた」。月収は100万円に上ることもある。

ネット企業のGMOペパボ(東京・渋谷)が運営するミンネには14万人もの「作家」が158万点を出品する。4~6月の取引額は10億円弱と、前年同期の4倍だ。

ソーシャルメディアの普及で個人がビジネスを格段にしやすくなった。扱うのはモノに限らない。


まず「友達に贈る手づくりの小物を、ものは試しと登録した」のは解せない。「もし売れなかったら、その時は仕方がないから友達にでも贈るか」と考えていたのだろうか。友達に対して失礼な話ではある。「友達に贈ったものと同じ作りの小物」を登録したのかもしれないが、そうは書いていない。

記事には「SNSが追い風」という小見出しが付いている。しかし、本文に「SNS」の文字は見当たらない。「ソーシャルメディアの普及で個人がビジネスを格段にしやすくなった」とは書いてあるものの、「ソーシャルメディア=SNS」ではないはずだ。

そもそも「ライバルは『個人』」というテーマに意味が感じられない。上記の双子姉妹が会社を設立すれば「ライバルは法人」になってしまう。法人化した上でフリーで仕事をしている人も珍しくないのに「個人」と「法人」を分けてもあまり意味はない。

さらに言えば「ライバルは『個人』」なのは、昔からある話だ。大手外食チェーンは個人営業の飲食店と競合関係にある。大手の学習塾は個人がやっている学習塾がライバルになり得る。昔よりライバルになりやすくなっているとしても、「新たな産業革命」と呼ぶほどのことなのか。

最後に、言葉の使い方で1つ注文を付けておこう。


【日経の記事】

だが、個人が企業のライバルになる動きは止まらない。野村総合研究所の上級コンサルタント、冨田勝己(40)は断言する。「個人がサービスを提供する手間とコストが低くなり、既存のビジネスは変革を迫られる」


手間とコストが低くなり」が気になる。「コスト」は低くなるが「手間が低くなる」とは言わないだろう。


※5回の連載に対する評価はD(問題あり)。取材班を代表して、担当デスクだと思われる菅原透氏の評価を暫定でDとする。今回の連載に関しては「初回から無理がある1面企画 日経『新産業創世記』」「早くも破綻状態? 日経『新産業創世記』取材班への助言」も参照してほしい。

2015年9月11日金曜日

悪くないが注文あり 日経 田口良成記者の「スクランブル」

11日の日経朝刊マーケット総合1面に載った「スクランブル~波乱は好機 動く個人  『株価変動率連動』に食指」は基本的に評価できる。取り上げたテーマも悪くないし、構成もしっかりしている。ただ、いくつか気になる点があった。

まず「連日の相場乱高下で長期投資家たちは動くに動けない様子」というのは、やや無理がある。筆者の田口良成記者は以下のように書いている。


◎相場乱高下だと「長期投資家は動けない」?

【日経の記事】
アントワープ(ベルギー)の公園に建つ像 ※写真と本文は無関係です

乱高下する相場を目の当たりにして、現物株運用を主体とする長期投資家はなかなか身動きが取れない

例えば、みずほ信託銀行が運用する3300億円規模の「動的ファンド」。市場の変動率などの指標に応じ、株式や債券など投資先を機動的に入れ替える。8月中旬以降、株価の変動率が高まったため、株式比率を3割弱から半減させている。運用を担当する佐藤秀晶氏は「市場に第2、第3の波がどう及ぶかまだ見えない。当面、株式の積み増しには慎重だ」と明かす。


動きが取れない例として、田口記者はみずほ信託銀行の「動的ファンド」を挙げている。変動率が高まると株式投資を控える方針ならば、株式の積み増しには慎重になるだろう。だからと言って、全体として「現物株運用を主体とする長期投資家はなかなか身動きが取れない」とは思えない。乱高下はむしろチャンスのはずだ。大きく下がって割安になったタイミングで現物株を買い、後は長期で保有すればいい。長期を前提に持つのだから、その後しばらく変動率が多少高くても気にする必要はないはずだ。

他にも理解できなかったくだりがある。


◎なぜ「先物の短期売買」だけは乗り切れる?


【日経の記事】

「今日は9日に上げすぎた反動。それでもここまで値動きが大きいとついていけない」。10日午後、大手証券の自己売買部門の担当者はこう言ってため息をついた。UBS証券ウェルス・マネジメント本部の中窪文男氏は「先物の短期売買でなければ乗り切れない相場だ」と話す。


なぜ「先物の短期売買でなければ乗り切れない相場」なのだろう。先物の短期売買では乗り切れるが現物株やETFの短期売買では乗り切れない理由を考えてみた。しかし、答えは浮かばなかった。「現物株は先物以上に値動きが荒い」と言いたいのかもしれないが、最近は指数先物でも十分に値動きが荒い。これを短期売買で乗り切れるのに、現物株やETFの売買では乗り切れないと言われてもピンと来ない。

市場関係者が実際にそう言っているのだから、的外れな話ではないのだろう。だとしても「なぜ先物の短期売買だけなのか」は説明してほしかった。

「VVIX」に関する説明も理解に苦しんだ。


◎VVIXは商品名?

【日経の記事】

米国株の予想変動率(VIX)先物指数に連動する上場投資信託(ETF)も同期間に8割上昇し、売買も急増した。ある大手金融機関は変動率に注目した取引は今後も盛り上がるとみて、VIの低下に賭ける商品の上場を検討し始めた。

世界的な相場変動率の上昇で、米国でにわかに注目され始めた商品があるVIXそのものの予想変動率を示す「VVIX」だ。VIXの上昇に備えるいわば保険商品の位置づけだ。変動率上昇による損失を避けようとするニーズが高まれば「保険料」が上昇する。

そのVVIXは8月下旬に過去最高を更新し、今も高水準で推移する。国内証券で計量分析を担当するアナリストは「それだけ投資家の心理が冷えているということだ」と指摘する。


記事の説明通りならば「VVIX」は商品名だ。しかし、VVIXは「VIXオプション取引のコストを示す指数」ではないのか。指数に連動する商品も当然あるのだろうが、だからと言って「米国でにわかに注目され始めた商品がある。VIXそのものの予想変動率を示す『VVIX』だ」と説明していいとは思えない。

「VVIX」をわざわざ取り上げる必要性も感じない。VIXとVVIXは基本的に連動するはずだし、記事に付けたグラフもそうなっている。ならばボラティリティーを語る上ではVIXに言及すれば事足りる。VVIXをあえて追加で見る必要があるならば、その理由を記事中で示してほしかった。

最後に結論部分にも注文を付けておこう。


◎「長期化を前提」となぜ言える?

みずほ証券の本山博史社長は「金融緩和を前提とした市場が逆回転している。新たな均衡点はまだみえない」と話す。だが不均衡にも必ず収益機会はある。したたかな個人たちは、荒れる相場の長期化を前提に市場と向き合い始めている


相場の変動率が上がり、個人投資家が変動率に連動する金融商品への投資意欲を高めているのは分かった。しかし「荒れる相場の長期化を前提に」しているかどうかは別だろう。なぜ「短期で勝負していない」と断定できるのか。値動きの良さに釣られて日経VI連動のETFに資金を移すような個人投資家ならば、短期での勝負を狙っていると考える方が自然だ。記事中で紹介した30代の男性投資家の「先物などより値ざやを得やすいからね」というコメントも、短期勝負を示唆しているように思える。


※決定的な問題はないので、記事の評価はC(平均的)とする。暫定でCとしていた田口良成記者への評価はCで確定させる。

2015年9月10日木曜日

早くも破綻状態? 日経「新産業創世記」取材班への助言

最初から苦しい1面企画だとは思ったが、さらに苦しくなってきた。4回目でほぼ破綻状態と言ってもいいだろう。10日の日経朝刊1面に出ていた「新産業創世記~消える垣根(4)新エリート現る 安定も知名度も興味なし」では、NTTのグループ企業に転職した男性を「安定も知名度も興味なしの新エリート」の1人として取り上げている。しかし、この場合は「知名度の高い企業グループの一員となり安定を得た」と考える方が自然だ。
ユトレヒト(オランダ)の運河 ※写真と本文は無関係です

記事では以下のように説明している。


【日経の記事】

安定も知名度も興味なし。自分の腕を磨ける刺激的な場を求める。そんな「新エリート」が台頭する。新産業を生み出す彼らを企業はどう振り向かせるか。

「最先端のサイバー攻撃や防御策を試せる」。NTT系情報セキュリティー会社に昨秋転職した東内裕二(41)は今、満足げだ。きっかけは昨年8月に交流サイト(SNS)上で受け取った同社からの求人メッセージ。「ウチなら業務時間の半分は好きな研究に使っていい。楽しいよ」

東内はウェブサイト上でサイバー攻撃の隙を与える「穴」を見つけ出す分野で第一人者として知られる。学歴重視で年功序列の文化が残るNTTグループでは異例の一本釣りだが、担当したNTTコミュニケーションズの中島章博(40)は「今後、東内が推薦する人物がいれば最優先で採用する。経歴も学歴も問わない」と言い切る。


記事で取り上げた東内裕二氏が日経の言う「新エリート」かどうかは怪しい。東内氏がこれまでどこに勤務していたのか記事で触れていない点も気になる。例えば、東内氏が企業に属さず働いていた場合、NTT系企業への就職は「不安定より安定を選んだ」とも言える。

問題は東内氏の件だけではない。以下の事例も「新エリート候補」と呼ぶのは無理がある。


【日経の記事】

物理学者になる夢が明確になった」。そう言って目を輝かせるパキスタンのハディージャ・ニアジ(14)はかつてなら埋もれていたかもしれない新エリート候補だ。10歳の時から米国の大規模公開オンライン講座(MOOC)を受講。大学レベルの物理学や数学など約25の講義を修めた。


物理学者になるのが夢ならば「安定も知名度も興味なしの新エリート」の候補とは言い難い。もちろん、「将来は考えが変わるかもしれない」「物理学者になれれば安定も知名度も関係ないと本人は思ってるんだ」といった弁明は可能だ。ただ、一般的には、物理学者を目指す若者がいても「安定も知名度も関係なく、将来の目標を立てているんだな」とは思わないはずだ。

そもそも、記事で最初に取り上げた松元叡一氏も「新エリート」と呼べるか疑問だ。


【日経の記事】

松元は高校時代にコンピュータープログラミングの国際大会で上位入賞を果たし、東大大学院を出た誰もが認めるエリート。自動運転など新産業を生み出す人工知能(AI)技術に精通するだけに将来の進路には様々な選択肢があったはずだ。それでも「日本の大企業には機械学習の有名人はいない」と断言、AI研究でトップ級の人材がそろうPFNに入った


まず、東大大学院を出てベンチャー企業に入るのは「新」と付けるほど新しい動きなのか。それに、PFNに「AI研究でトップ級の人材がそろう」のであれば、その分野では高い知名度を誇るはずだ。そもそも「大企業には機械学習の有名人はいない」と考えてPENに入ったのであれば、機械学習の有名人に関しては「知名度」にかなり興味があるのだろう。

記事では「安定も知名度も興味なし。自分の腕を磨ける刺激的な場を求める。そんな『新エリート』が台頭する。新産業を生み出す彼らを企業はどう振り向かせるか」と書いている。しかし、東大を中退して起業した堀江貴文氏や、興銀を辞めて楽天を創業した三木谷浩史氏といった人は以前からいた。記事で言うような新規性の乏しい「新エリート」に「新」を付ける意味はないだろう。

あくまで推測だが、取材班が「安定も知名度も興味なしの新エリートが台頭してきている」という問題意識を持って取材を進めたとは思えない。記事に使えそうな事例を集める中で、「安定も知名度も興味なしの新エリートの話としてまとめられないか」と思い付いたのだろう。「問題意識よりもまず事例ありき」という形で記事を作る限り、今回のような苦しい内容になるのは必然だ。

そこに早く気付いてほしい。特に担当デスクの責任は重い。


※記事の評価はD(問題あり)。

2015年9月9日水曜日

「行方はいかに」で締める日経 田中陽編集委員の安易さ

「自分でも材料の軽重を整理できていないんだろうなぁ…」と同情はする。しかし、記事の結論が「経済版『永すぎた春』の行方はいかに」では、あまりに安易だ。例えば、株式市場について書いた記事が「明るい材料もあるし、暗い材料もある。相場の行方はいかに」という内容だったら、カネを払って読みたいと思うだろうか。日経電子版のコラム「ニュースこう読む~ファミマとユニーの統合交渉は『永すぎた春』か」 の筆者である田中陽編集委員には、その点をじっくり考えてほしい。

記事では、ファミリーマートとユニーグループ・ホールディングスの経営統合に関する合意が先送りとなったことを受け、三島由紀夫の小説「永すぎた春」を引き合いに出しながら、統合の行方を分析している。田中編集委員が記事中で紹介した関係者の思惑を列挙してみる。


【日経の記事】
アムステルダム(オランダ)のサルファティ公園 
             ※写真と本文は無関係です

・おそらくフランチャイズ方式をとるファミマとサークルKサンクスの両方の本部はコンビニ事業が一体化することに積極的に違いない。統合推進派だろう。

・総合スーパー(GMS)のユニー。もともとは「サークルK」の生みの親だ。業績はいいとはいえない。今回の統合で飛躍のきっかけを作りたいと思っているようだが、統合協議の中で煮詰まっていないようだ。ファミマにはGMSを運営できるノウハウは乏しい。

・ファミマとサークスKサンクスの加盟店はどうだろうか。これまで競争相手だったのが統合が実現すれば仲間になる。隣接する店舗のオーナーの心境は複雑だ。ただ、サークルKサンクスのオーナーの中では今回の統合計画を歓迎する人も多いという。

・ファミマとユニーグループの大株主は伊藤忠商事だ。この経営統合の青写真を描いたのは伊藤忠と見られているから、何とかして縁談をまとめたいだろう。

・今回の統合交渉が明らかになる前にローソンはサークルKサンクスに「求愛していた」と語る関係者もいる。また、いまでも「ローソンはあきらめきれずにいるはず」と語る統合交渉の過程の一部を知る関係者もいる。


上記のような状況なのは分かった。それらを踏まえて、統合に至るのか破談に終わるのか、自分の見通しを語るのが田中編集委員の役割だ。記事のタイトルは「ファミマとユニーの統合交渉は『永すぎた春』か」となっている。見出しに釣られて読んだ人ならば、「日経の編集委員がこの件で自分なりの見通しを示してくれる」と期待するのが当然だ。しかし結局、「行方はいかに」で記事は終わる。これで済むなら仕事は楽だろう。

記事中には「統合交渉が『破談になる』とは筆者は思っていない」とも出てくる。そう感じているのならば、それが結論でいいのではないか。様々な要因を整理して「なぜ破談にはならないか」を説得力のある形で読者に示せば問題はない。

ところがそうはいかない。記事には「1度約束していた日程をズラしたことの意味は重い」「複雑な関係を解きほぐすのはたやすいことではない」と合意形成の難しさを語っているくだりもある。田中編集委員自身も「根拠はないが、何となく破談にはならないような気がする」といった程度の感触しかないのだろう。分からないのは仕方ない。ただ、「だったら、このテーマで記事を書くべきではない」とは助言したい。

ついでに細かい指摘をしておく。日経では、編集委員と呼ばれるベテラン記者でも記事を書く上での基礎的な技術が身に付いていない。その一例と言える。


◎「A社とB社を傘下に持つC社」と書いてあったら…

【日経の記事】

今年3月、都内のホテルでがっちり握手した、コンビニエンスストア3位のファミリーマートと同4位のサークルKサンクスを傘下に持つユニーグループ・ホールディングス(GHD)の首脳。経営統合に向けた華々しい会見だった。あれから半年が過ぎ8月をメドに経営統合の基本合意書を締結する予定だったが、先送りを決めた。


上記の書き方だと「ファミリーマートとサークルKサンクスを傘下に持つユニーグループ・ホールディングス(GHD)」となってしまい、ファミリーマートがユニーの傘下にあるように見えてしまう。ここは「ファミリーマートと、サークルKサンクスを傘下に持つユニーグループ・ホールディングス」と読点を使うなどして、誤解を招かないように記事を組み立てる必要がある。田中編集委員はこの程度のことができていないし、それを直してくれるデスクもいないようだ。

※問題の部分は「~の首脳」となっているので、話はもう少し複雑になるが、長くなるのでここでは説明を省く。


※記事の評価はD(問題あり)、田中陽編集委員への評価もDを据え置く。「日経 田中陽編集委員『お寒いガバナンス露呈』の寒い内容」も参照してほしい。

日経が無視した問い合わせ(11) 2015年8月

2015年4~8月に日経が無視した問い合わせは、今回までの計11回で一通り紹介できた。そして、9月に入ると日経が初めてまともな回答を届けてきた。回答の内容は不十分だが、それでも読者対応のレベルは一段上がったと言える。「日経が無視した問い合わせ」が(11)で終わることを祈りたい。

今回の「日経が無視した問い合わせ」は、芹川洋一論説委員長が朝刊1面に書いた記事に関するものが2件で、クアラルンプール支局の吉田渉記者関連が1件。いずれも決定的な問題ではないが、「このレベルの記事を1面に載せていて大丈夫か」とは思ってしまう。


◆「過去を変えるのは未来だ」(8月15日朝刊1面)について

【日経への問い合わせ~その1】
アムステルダム(オランダ)の運河 ※写真と本文は無関係です

記事中で芹川洋一論説委員長は「歴史摩擦の値はその関数で決まってきた」「戦後70年、摩擦の関数はおそらく最大値を示している」「これから摩擦関数の値を小さくしていくにはどうしたらいいのか」などと書かれています。しかし「摩擦関数」とは聞き慣れない言葉です。調べてみても、どういう数値なのか分かりませんでした。「摩擦関数」は「摩擦係数」の誤りではありませんか。これなら意味も明確です。「摩擦関数」で正しいとの判断であれば、その根拠を教えてください。


【日経への問い合わせ~その2】

記事では「日本経済が圧倒的に優位だった1980年代までは中韓両国とも協力をあおいだ。今や名目GDP(国内総生産)で中国に抜かれた。日本の比較優位は失われた」と書かれています。この「比較優位」の使い方は正しいのでしょうか。特定の財・サービスを生み出すための機会費用が中韓を下回る状況を指して「日本は中韓に対して比較優位がある」と考えるはずです。記事からは「名目GDPで中国に抜かれると、中国に対する比較優位を失ってしまう」と受け取れます。しかし、「名目GDPの総額で上回っていれば比較優位を保てる」といった関係はないはずです。経済学的な意味で「比較優位」を用いているわけではないとの可能性も考慮しましたが、無理があります。言葉の使い方として問題がないとの判断であれば、その根拠も教えてください。

※「日経の芹川洋一論説委員長は『裸の王様』?」参照。



◆「マネー異変 きしむ世界経済(3)~『宴』去り、新興国に三重苦」(8月27日朝刊1面)について

【日経への問い合わせ】

記事中で「原油先物相場は1バレル40ドル割れと歴史的な低水準に下落」と書かれています。この説明は不適切ではありませんか。2003年頃まで40ドルを下回る水準は常態化していました。1998年には10ドル近くまで下げたはずです。10ドルに接近してきたならともかく、40ドル割れで「歴史的な低水準」とするのは無理があります。「問題ない」との判断であれば、その根拠を教えてください。

※「原油40ドル割れは『歴史的な低水準』? 日経『マネー異変』」参照。

※状況次第で(12)へ続く。

2015年9月8日火曜日

他の筆者も見習うべき永井洋一NQN編集委員の大胆さ 

8日の日経夕刊マーケット・投資2面に「マネー底流潮流~日本株『三段跳び』の条件」という記事を書いていた永井洋一NQN編集委員は評価できる。全体的に市場が弱気に傾く中で「水面下で日本株の『三段跳び』の条件が整いつつある」「日本株の相対的な優位性は増していると考えてよい」と大胆に自説を展開している。それなりに根拠を示しているし、文章力にも不安は感じない。
デンハーグ(オランダ)の「騎士の館」 ※写真と本文は無関係です

8月25日の同じコラムで「業績を支える円安が崩れれば、悲観ムードが高まる可能性もある」などと、当たり前過ぎる話を堂々と書いていた日経の田村正之編集委員などは、永井編集委員を見習ってほしい。

当該記事は以下のような構成になっている。


【日経の記事】

世界市場を襲った中国発の株価急落「チャイナショック」。日本株も急落したが、こうしたショックに耐える底力は着々と備わってきている。悲観論が台頭するなか、水面下で日本株の「三段跳び」の条件が整いつつある

2012年末を起点とした日本株の上昇局面は3つに分解できる。一段目は日銀の量的・質的緩和や政府の公共投資拡大に支えられた13年末まで。二段目は資産運用と企業統治の一体改革で上昇した15年6月まで。そして現在は三段目に移れるかどうかの正念場だ

世界の投資家心理を大きく揺り動かした中国株の急落だが、そのことが日本株の三段目の上げへの助走になる可能性がある。櫻川昌哉・慶応大学教授は「中国でバブルを起こした過剰資金は、日本の株式市場が信頼を維持し続ければ、日本に流入する可能性もある」と指摘する。

投資マネーの潮流変化の兆しは、自動車株の一部に見て取れる。中国の新車販売台数が前年同期を下回った今年4月から直近までに、独フォルクスワーゲン(VW)の株価は31%下げたのに対し、トヨタ自動車は14%安にとどまった。VWの総販売台数の4割が中国などアジア太平洋なのに対し、トヨタはアジアが2割弱と低いことが大きい。

足元で日本企業の「稼ぐ力」は強くなっている。財務省が1日発表した4~6月期の法人企業統計から算出した大企業全産業の売上高損益分岐点比率は前期比4.5ポイント低下の71.9%となり、1980年以降で最低となった。

この比率は低ければ低いほど、利益が出やすい収益構造であることを示す。その推移をグラフにしてひっくり返せば、稼ぐ力が急上昇したことが分かる。円安、原油安の恩恵は受けたが、企業自らの合理化努力も大きい。

欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁は3日、量的緩和策の拡充を排除しない考えを示した。リーマン・ショック以降、世界の市場が波乱に陥ると、日米欧の中央銀行が過剰流動性を供給するという構図は変わらない。米利上げも「大幅な金利上昇は想定できず、資金供給が急減するとは考えにくい」(BNPパリバ証券の中空麻奈氏)。日銀による量的・質的金融緩和も出口が見えず、低金利が日本株を支える構図は変わらない。

日本企業の稼ぐ力が高まり、金融緩和の継続も追い風だ。日本株の相対的な優位性は増していると考えてよい。


強いて注文を付けると「日本株の相対的な優位性は増している」とする根拠が弱い。日本企業の損益分岐点比率が下がっているのは分かるが、海外企業はそれ以上に「稼ぐ力が急上昇」しているかもしれない。損益分岐点比率を海外と比較できたら、もっと説得力が増しただろう。

「そのためにトヨタとVWの比較を入れた」と永井編集委員は言いたくなるかもしれない。ただ、「VWの総販売台数の4割が中国などアジア太平洋なのに対し、トヨタはアジアが2割弱と低いことが大きい」という傾向が、日独企業全体に当てはまるわけではない。常識的に考えれば、ドイツ企業より日本企業の方が中国依存度は高いはずだ。

そもそもVWとトヨタの話は比較対象がそろっていない。VWのアジア太平洋での販売比率が4割ならば、トヨタのアジア太平洋での比率は7割前後になるだろう。VWの「アジア太平洋」には日本も含んでいるのではないか。比較するならば、トヨタも「日本を含むアジア太平洋」の比率で見るべきだ。記事の趣旨からすると、可能ならば中国だけ抜き出して両社を比較するのが望ましい。


※少し注文が長くなったが、記事への高い評価は変わらない。記事をB(優れている)と評価し、永井洋一NQN編集委員への評価も暫定でBとする。

読む価値を感じない日経 川上穣記者の「スクランブル」

8日の日経朝刊マーケット総合1面に載った「スクランブル~しぼむリスク選好 乱高下、みえぬ『適正株価』」はツッコミどころの多い記事で、読む価値を感じなかった。筆者の川上穣記者はこの出来に満足なのだろうか。もし「ちゃんと書けた」と思い込んでいるならば、なかり危険だ。

記事の中身を見てから、具体的に問題点を指摘していこう。


【日経の記事】
スヘフェニンヘン(オランダ)の海岸近くにある教会
                 ※写真と本文は無関係です

「(8月は)元気のいい押し目買いが目立った。最近は慎重な押し目買いに変わった」。ある大手証券の首脳は個人投資家の変化をこう語る。顧客の個人全体ではいまだ買い越し。だが日経平均が2万円を割り込む場面で旺盛に買い向かったときの勢いはない

みずほ証券は世界の株式や債券、円の対ドル相場の予想変動率などをもとに「リスク選好指数」を算出している。指数が低いほどリスク回避が強まっていることを示す。この指数が、直近で65前後と欧州の債務問題に揺れた2012年6月以来の水準に下がった。米量的緩和の縮小懸念から日経平均が急落した13年5月の「バーナンキ・ショック」よりも「萎縮」の度合いは大きい。

代わって市場を席巻しているのが投機マネーだ。7日は2倍の値動きを目指す「日経平均レバレッジ・インデックス連動型上場投信」(日経レバ)の売買代金が約3300億円と断トツの首位。2位のトヨタ自動車の4倍近くを記録した。


まず、みずほ証券の「リスク選好指数」が日本株市場のリスク選好度を示しているのかどうか判断に迷う。前の段落で個人投資家に関して「日経平均が2万円を割り込む場面で旺盛に買い向かったときの勢いはない」と書いている流れからすると、「日本株のリスク選好指数」なのだろう。しかし、「世界の株式や債券、円の対ドル相場の予想変動率などをもとに」算出されていると聞くと、もっと幅広くリスク選好度を計っているようにも思える。この辺りはきちんと説明してほしかった。

仮に「日本株のリスク選好指数」だとしても、「個人」に限っていないならば、この指数だけで「個人投資家のリスク選考が急速にしぼんでいる」とは断定できない。海外株なども含む幅広いリスク選好指数ならば、なおさらだ。次の段落では、さらに疑問が膨らむ。

「(個人投資家に)代わって市場を席巻しているのが投機マネーだ。7日は2倍の値動きを目指す「日経平均レバレッジ・インデックス連動型上場投信」(日経レバ)の売買代金が約3300億円と断トツの首位」と川上記者は述べている。では、日経レバを取引しているのは誰なのか。

8月29日の日経の記事では「値動きが通常の株価指数よりも大きい『レバレッジ型』のETF(上場投資信託)に個人投資家の資金が集中している」と出ていた。だとすると、日経レバの売買でかなりの部分は個人が担っているはずだ。個人が日経レバにつぎ込むマネーが「市場を席巻している投機マネー」だとすると、個人に関して「しぼむリスク選好」と言い切れるのか。「日経レバでも最近は個人の売買が急減していて、ヘッジファンドなどが主に取引している」といった状況があるのならば、そう説明すべきだ。

ついでに言うと「断トツの首位」にはダブり感がある。「断トツで2位」はあり得ないので「売買代金が約3300億円と断トツの首位」のくだりは「売買代金が約3300億円と断トツ」で十分だ。

記事の問題は上記の部分だけでは終わらない。記事の終わりの方では、リスク選好の低下とあまり関係のない話へ脱線したまま戻ってこない。


【日経の記事】

嵐のような値動きが続くなか、下値のメドはどこにあるのか。「日経平均で1万7000円近辺まで調整する可能性がある」(みずほ証券の三浦豊氏)。節目とみられた8月下旬の安値を先週末に下回り、「チャート上は二番底形成による本格回復が見込みにくくなった」(三浦氏)。半面、底堅い企業業績を考えれば「1万7500円を割り込むことは考えにくい」(三菱UFJモルガン・スタンレー証券の藤戸則弘氏)との指摘もある。

カギを握るのは、16~17日に開かれる米連邦公開市場委員会(FOMC)だろう。世界的な金融市場の変調もあり、9月の利上げはひとまず見送りになるとの観測は根強い。

だが8月の米雇用統計は総じて良好な内容だった。「労働市場の引き締まりを考えれば、9月利上げは現実的な選択肢」(JPモルガン証券の足立正道氏)との声もある。市場が十分に織り込んでいない局面で利上げが決まれば、株価の下押しリスクが高まる。

中国では景気の下支えに向けた政府の財政出動の道筋もみえていない。日本企業の業績は底堅いものの、外部環境を見渡せば気がかりな材料が多い。投資家の憂鬱は深まるばかりだ。


これは単に「下値のメドはどうなるのか」「今後の注目要素は何か」を書いているだけだ。前半で論じた「個人のリスク選好」の話と直接の関係はない。こういう記事を読むと「安易に書いているなぁ…」という感想しか浮かんでこない。川上記者がまともな書き手を目指すのならば、こういうやり方はこれで最後にすべきだ。


※記事の評価はD(問題あり)、川上穣記者への評価も暫定でDとする。

2015年9月7日月曜日

日経に何が? 「問い合わせ 無視せず回答」の衝撃 

日経に問い合わせをしたら回答が届いた。「驚き」と言うか「衝撃」と言うか…。無視が当たり前で、回答にならない回答を何度か返してきただけだった日経が「質問に対する回答」と呼べる内容のものを送ってきたのだ。単なる気まぐれか。それとも、日経が良い方向へ動く兆しなのか。

問い合わせと回答は以下の通り。

ユトレヒト大学美術館(オランダ) ※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

記事ではドンキホーテHDに関して「上積みを担うのが『ポストGMS(総合スーパー)』と呼ぶ新業態。2千坪程度とGMSの中型店と同程度の広めの店舗に、コンビニのように購買頻度の高い商品を詰め込んだ作りの店で、現在の4店舗から200店舗程度まで拡大できるとみる」と書いてあります。電子版のインタビューによると、この「新業態」は「New MEGA ドン・キホーテ」のようです。しかし、同社の決算資料を見ると「New MEGA」の店舗数は41となっており、記事の「現在の4店舗」と食い違います。記事の店舗数は誤りと考えてよいのでしょうか。記事の説明で正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。


【日経の回答】

平素は日経グループのサービスをご利用いただき、誠にありがとうございます。お問い合わせについて、下記のとおり回答させていただきます。

いつも日本経済新聞をご愛読いただき、ありがとうございます。さて、お問い合わせの件ですが、紙面で紹介しました「ポストGMS(総合スーパー)」と呼ぶ新業態と、同社がIR資料等に記載しています「New MEGA ドン・キホーテ」は別の業態となります。今後とも日本経済新聞をよろしくお願いします。


結論から言うと、回答の内容は誤りだと思われる。この件ではドンキホーテHDにも問い合わせをしたので、謎が解けた。同社は「非常に混乱を招く記事内容であることは否めません」と前置きした上で次のように答えてくれた。「記事中には『新業態』とありますが、これはNew MEGAドン・キホーテを指しています。そして『新業態の4店舗』というのは、New MEGAドン・キホーテの深江橋店、箕面店、新世界店、名古屋本店のことであり、この4店舗は、従来のNew MEGAドン・キホーテでは扱っていなかった生鮮(精肉、青果)・惣菜を扱っております

日経は「新業態とNew MEGAは別の業態」と回答しているが、ドンキホーテHDの回答を信じれば新業態はNew MEGAの一部だ。日経は「現在の4店舗」が具体的にどの業態を指すのか明示していないが、ドンキホーテHDは店舗名まで挙げて明確に答えている。どちらを信じるべきで、どちらがまともな回答なのかは言うまでもない。

ただ、欠陥のある内容だとしても、読者に回答しようと日経が決断した点を評価したい。東洋経済などと同レベルの読者対応をいきなり日経に期待するのは酷だ。まずは、温かく今後の推移を見守りたい。

日経には以下の問い合わせを追加でしておいた。反応があれば、また紹介する。


【日経への問い合わせ(追加分)】

「会社研究~ドンキホーテホールディングス」に関する問い合わせに対して「紙面で紹介しました『ポストGMS(総合スーパー)』と呼ぶ新業態と、同社がIR資料等に記載しています『New MEGA ドン・キホーテ』は別の業態となります」との回答を頂きました。しかし、これは誤りではありませんか。ドンキホーテHDに問い合わせたところ「記事中には『新業態』とありますが、これはNew MEGAドン・キホーテを指しています」と御社の見解とは矛盾する回答を得ました。あくまで「別の業態」と言うのであれば、どの業態を指すのか教えてください。

ただ、回答をしたこと自体は評価できます。「無視が当たり前のあの日経がまさか…」と思わせる衝撃的な出来事でした。社内で何かが変わりつつあるのでしょうか。そう期待したいものです。


※この件に関しては「可能性は感じるが…日経 川瀬智浄記者の『会社研究』」を参照してほしい。

東洋経済「次世代のユニクロ クロスカンパニー」への疑問

東洋経済9月12日号の巻頭特集「次世代のユニクロ クロスカンパニー」は興味深い内容だったが、筆者である冨岡耕記者の石川康晴クロスカンパニー社長に対する思い入れが強すぎて、分析が甘くなっている印象を受けた。「次世代のユニクロ アース ミュージック&エコロジーの過去と未来」という記事の一部を見てみよう。



スヘフェニンフェン(オランダ)のビル ※写真と本文は無関係です
【東洋経済の記事】

クロスカンパニーにとって成長の原動力とは何だったのか。それは「人と違うことをする」ということ。業界の常識にとらわれない姿勢だ

もともと服好きだった石川は地元・岡山の地で23歳のときに起業した。欧米から買い付けた派手な衣料を中心に売るセレクトショップである。4年目には99年当時ではまだ珍しかった衣料のSPA(製造小売業)に転換した


アースはカジュアルでシンプルな衣料を目指して立ち上げた。コンセプトは「カワイイ」。セレクトショップが全盛の中で大胆な事業転換だったが、石川のもくろみどおり成功を収める。1号店は開店初日から何百人もの列ができるほどの人気となった。


まずセレクトショップでの起業に「人と違うことをする」という姿勢が感じられない。本当に「人と違うこと」がしたいならば、今までにはない業態を考えるはずだ。SPAへの転換も「人と違うこと」とは言い難い。99年の時点でユニクロはSPAとして大きな成功を収めていた。SPAへの転換は「ユニクロの後追い」などとも形容できる。それを「業界の常識にとらわれない姿勢」と見るのは、さすがに無理がある。

カジュアルでシンプルな衣料」で勝負するのも新規性は感じられない。コンセプトの「カワイイ」に至ってはあまりに「普通」だ。この後も「駅ビルへの出店」「テレビCM」などの話が出てきて、いかに業界の常識に反しているかを説明しているが、「そんなに驚くような常識外の戦略ではない」というのが率直な感想だ。

また、記事中には何を言いたいのかよく分からない部分もあった。



【東洋経済の記事】

石川は店長に3つの経営キーワードを伝えている。

1つ目は内装投資を抑える「低資産」、2つ目はSPAモデルを推進する「高粗利」、3つ目は「在庫回転数」で、これを限界まで高めていくこと。この3つを合わせたときに必要な戦略となってくるのが小型店の集中化というわけだ。


低資産を高める」とはおかしな表現のような気もするが、それを見逃すとしても「小型店の集中化」はよく分からない。最初は「小型店を一定地域に集中して出す」という意味だと思ったが、それだと3つのキーワードとの関連があまりない。「小型店の集中化=小型店に特化した出店」と解釈するのが正解なのだろう。しかし、「低資産」「高粗利」「在庫回転数」と「小型店の集中化」がどう関連するのか、やはり謎だ。

小型店は大型店より内装投資は少なくて済むだろう。しかし、小さな店を多く出せば内装投資はかさむ。売り場面積100の大型店を1店出すより、面積10の小型店を10店出す方が内装投資が大幅に少なくて済むのならば分かるが、常識的には考えにくい。小型店ばかりにすると粗利益率や在庫回転数が高まるという理屈も、説明がないとピンと来ない。

しかも、「小型店の集中化」に関しては辻褄が合っていない。


【東洋経済の記事】

昨年10月、新ブランド「KOE(コエ)」路面店が小売り激戦区の新潟市中央区にオープンした。(中略)売り場面積はアースよりも広く、商品もファミリー層向けを並べるなど、ユニクロモデルに近い


世の中にはイトーヨーカ堂もあれば、セブンーイレブンもある。その中で僕たちは在庫回転数の日本一を目指すキャッシュフロー経営をセブンーイレブン型でやろうとしている」「無駄な在庫を食うイトーヨーカ堂はやりたくない」と記事中で石川社長は発言している。なのに「KOE」では“イトーヨーカ堂”をやろうとしているように見える。この矛盾には説明が必要だろう。

全体として、筆者が石川社長に惚れ込み過ぎている感はある。惚れ込むのはいいが、それが読者に伝わらない冷静な書き方をしてほしい。「セブンーイレブン型でやると言っているのにユニクロモデルに近い店を出すのはなぜか」ぐらいの質問はぶつけてほしいし、それを反映させた記事にしてほしかった。


※記事の評価はD(問題あり)、冨岡耕記者への評価も暫定でDとする。

2015年9月6日日曜日

初回から無理がある1面企画 日経「新産業創世記」(2)

4日の日経朝刊1面企画「新産業創世記~消える垣根(1) 常識は邪魔だ ロボットに感情/ヒトより安全に」について、さらに注文を付けていく。



ユトレヒト(オランダ)のドム塔 ※写真と本文は無関係です
◎「AI」だけが性能を左右?

【日経の記事】 

運転席に人は乗っているが、運転は人工知能(AI)がこなす。開発着手から5年。走行にぎくしゃくした動きはなく、熟練ドライバーのようなハンドルさばきだ。ヒトより安全に走行する日が迫る。

自動車産業への影響は計り知れない。クルマの性能を左右するのはエンジンの馬力でも燃費でもない。AIの賢さだ。約130年にわたって磨いた技術やノウハウに安住しては生き残れない。


自動運転が当たり前になれば、運転を制御するAIが重要になるのは分かる。しかし「クルマの性能を左右するのはエンジンの馬力でも燃費でもない。AIの賢さだ」という説明は明らかな誤りだ。記事の言う通りだとすると、AIの賢さが同じならば、どんなエンジンを積んでも性能は同じになってしまう。これが誤りなのは自明だ。例えば「AIの賢さが同じならば、軽自動車でもレーシングカーと互角のレースができる」と言われて、信じる人がいるだろうか。

8、9ページの特集も気になる部分が目立った。中山淳史編集委員の記事について指摘しておく。


◎「1つ」で収まってる?

【日経の記事】

産業も社会も当然、大きく変わる。1つは企業の成長力、スピード、変革力、市場の期待感だ自動運転に必須とされる電気自動車とソフトウエア技術を豊富に持つ新興のテスラ・モーターズは株式時価総額が3兆円台後半に拡大し、日産自動車に迫りつつある。


上記のくだりで中山編集委員が言う「1つ」とは「企業の成長力、スピード、変革力、市場の期待感」なのだろう。しかし、個人的には「4つ」に見える。

自動運転には電気自動車が「必須」との解説も疑問だ。ガソリン車と電気自動車を比べると電気自動車の方が自動運転に向いているらしいが、ガソリン自動車での自動運転も実用化に向けて研究が進んでいるらしい。なのに「必須」と書くのは、無理がある。そもそも1面の記事では「クルマの性能を左右するのはエンジンの馬力でも燃費でもない。AIの賢さだ」と書いていた。「エンジン」という表現からして、ガソリン車なども自動運転の対象に想定していると思える。


◎いくら何でも…

【日経の記事】

産業や金融の世界では新旧や大小、国境は関係がなくなる。


いくら何でも言いすぎだろう。本気でこんなことを信じているのだろうか。だとしたら、中山編集委員に聞いてみたい。「もうすぐ世界中から関税が消えますか?」「近い将来、世界中の誰でも北朝鮮で自由にビジネスができるようになりますか?」「カジノを運営する会社が世界中で自由にカジノを作れるようになる日は、目前に迫っていますか?」

記事が言い過ぎでないのならば、答えは全て「イエス」になるが…。


※特集面を含め記事の評価はD(問題あり)とする。中山淳史編集委員の評価もDを据え置く。

初回から無理がある1面企画 日経「新産業創世記」(1)

冒頭から、いかにも無理がありそうな危うさが漂う1面企画が日経朝刊で始まった。「新産業創世記~消える垣根(1) 常識は邪魔だ ロボットに感情/ヒトより安全に」の最初の段落を見てみよう。

【日経の記事】 
リエージュ(ベルギー)のプリンス・エベック宮殿
                 ※写真と本文は無関係です

企業間の競争が新たな段階に入ったプレーヤーの規模や業種は関係ない。ルールも働き方も従来とは違う。そこかしこで次代の新産業を切り開く胎動が見える。成長を続けるには、この競争に加わるしかない。さあ、常識を壊すところから始めよう。


非常に抽象的な書き出しだ。今までがどういう段階で、いつからどういう新たな段階に入ったのか漠然としている。ただ、「プレーヤーの規模や業種は関係ない。ルールも働き方も従来とは違う」という状況は既に実現しているらしい。これだけで「また、適当なことを書いてそうだな」との予感はする。実際、記事を読んでみても「垣根が消えて、プレーヤーの規模や業種も関係なくなり、ルールも働き方も変わってしまったんだな」との感想は持てなかった。

1面の記事でまず取り上げているのがソフトバンクのヒト型ロボット「ペッパー」の話だ。記事では以下のように説明している。


【日経の記事】

家永を含めた約40人はソフトバンク社長の孫正義(58)の求めに応じて吉本興業から派遣されてきた。吉本は米国やカンボジアなどでもエンジニアを抱え、ペッパーを世界の人気者に仕立て上げることを狙う。「芸人を面白くするために培った技をペッパーに学ばせる」。よしもとロボット研究所社長の山地克明(40)は大まじめだ。


吉本興業の傘下に「よしもとロボット研究所」があって、ソフトバンクはロボットの開発でその研究所の力を借りる。それだけの話ではないのか。「垣根が消えた」「業種は関係ない」「ルールは変わった」といった要素は感じられない。「吉本と言えばお笑い」と考えて、そのノウハウも生かそうとしているのであれば、むしろ「吉本=お笑い」という「常識」に縛られている。

2番目の事例はさらに苦しい。


【日経の記事】

「病気の一歩手前の『未病』を見つけることだって不可能ではない」。こう言い切る東大教授の合原一幸(61)は医者ではない。複雑な現象を数式で解き明かす数理工学と呼ぶ新分野の専門家だ。製薬会社などと組み、病気の予兆をつかむプロジェクトを主導する。

病気の症例や治療法、2万種を超える遺伝子の情報……。様々なデータから数式を基に治療や予防に役立つルールを導き出す。数学と医療。垣根を越えた組み合わせが病気に苦しむ患者に光を照らす。


医療関連のデータを活用する際にデータ解析の専門家に協力を仰ぐのは当然だろう。「数学と医療」を「垣根を越えた組み合わせ」と呼ぶほどの話なのか。例えば、金融工学は「金融と数学の垣根を越えた組み合わせ」と言えなくもない。そういう事例は山ほどあるだろうし、最近始まったことでもない。

「大きな変化が起きている」と断定して記事を作っているので、それを証明する事例が必要になる。しかし、前提自体に無理があり、まともな事例が集められない。これまで日経が1面企画で繰り返した問題が、今回の連載でも起きている。1面企画の作り方の「常識を壊すところから始めよう」と日経には訴えたい。記事の結びも引用しよう。「その覚悟、ありますか?


関連特集も含めて今回の記事には色々と問題が目立つ。それは(2)で指摘する。

※(2)へ続く。

2015年9月5日土曜日

可能性は感じるが…日経 川瀬智浄記者の「会社研究」

5日の日経朝刊投資情報面に出ていた「会社研究~ドンキホーテホールディングス 攻守自在で19期連続最高益」を書いていた川瀬智浄記者には、書き手としての可能性を感じた。全体の流れがスムーズで、書き出しから結びまで淀みなく展開させている。ただ、残念ながら説明の粗さが目立つ。そこを改善すれば、かなり優れた書き手になれるはずだ。

今回の記事に関しては、気になる部分を日経に問い合わせた。こちらが何か見落としている可能性もあるが、回答は期待できないので、記事に問題があるとの前提で問い合わせの内容を紹介する。

(注) 驚くべきことに、下記の問い合わせに対して回答が届いた。「日経に何が? 『問い合わせ 無視せず回答』の衝撃」を参照してほしい。 

ブリュッセル(ベルギー)のグラン・プラス 
              ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

拡大路線は続く。ドンキHDは2020年に500店体制で売上高を現状の1.5倍の1兆円とする目標を掲げる。上積みを担うのが「ポストGMS(総合スーパー)」と呼ぶ新業態。2千坪程度とGMSの中型店と同程度の広めの店舗に、コンビニのように購買頻度の高い商品を詰め込んだ作りの店で、現在の4店舗から200店舗程度まで拡大できるとみる。

名前が示す通り、狙うのは流通大手の本丸、GMSの顧客層の奪取だ。布石になっているのが「飛躍のきっかけとなった」(ドイツ証券の風早隆弘氏)07年の中堅スーパー、長崎屋の買収。生鮮食品の販売が増え、来店頻度の向上や家族客への浸透につながった。


【日経への問い合わせ】

記事ではドンキホーテHDに関して「上積みを担うのが『ポストGMS(総合スーパー)』と呼ぶ新業態。2千坪程度とGMSの中型店と同程度の広めの店舗に、コンビニのように購買頻度の高い商品を詰め込んだ作りの店で、現在の4店舗から200店舗程度まで拡大できるとみる」と書いてあります。電子版のインタビューによると、この「新業態」は「NEW MEGA ドンキホーテ」のようです。しかし、同社の決算資料を見ると「NEW MEGA」の店舗数は41となっており、記事の「現在の4店舗」と食い違います。記事の店舗数は誤りと考えてよいのでしょうか。記事の説明で正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。


上記のくだりだけでも、説明の粗さが窺える。まず、「『ポストGMS(総合スーパー)』と呼ぶ新業態」の具体名が出てこないのは感心しない。「電子版を見れば分かる」と言いたいのかもしれないが、読者の全員が電子版を契約しているわけではないし、この記事だけできちんと伝わるように書くべきだ。

布石になっているのが『飛躍のきっかけとなった』(ドイツ証券の風早隆弘氏)07年の中堅スーパー、長崎屋の買収」という説明も引っかかった。長崎屋の買収をきっかけに飛躍したのが「新業態」だとすると、4店舗では少なすぎる。「ドンキホーテ全体が長崎屋の買収をきっかけに飛躍した」という可能性も考えてみた。しかし、ドンキホーテのグループ全体で長崎屋買収をきっかけに生鮮食料品を扱うようになったとは考えにくい。結局、この辺りはどう理解すべきかよく分からなかった。何か説明を省いている部分があるはずだ。

他にも雑な面はある。列挙してみよう。


◎初出から「インバウンド」?

インバウンド消費を手掛かりに、ドンキホーテホールディングスの株価は昨秋から7月の高値までに約2倍になった」と書いているが、初出から説明なしに「インバウンド」を使うのは避けてほしい。それほど定着している言葉とは思えない。日経の他の記事では「海外からの訪日客(インバウンド)」といった表記をしているはずだ。


◎いきなり「粗利」?

店頭の約4割は季節商品など非定期仕入れの商品が占める。その粗利は約3割と高く、利益の源泉になる」との説明も雑だ。少なくとも初出では「粗利益率」と書いてほしい。それに「約3割と高く」と言われても、どの程度が「普通」なのか、多くの読者は分からないはずだ。ドンキ全体の粗利益率と比較するといった工夫が欲しい。


◎都道府県は分かるように…

13年11月に開店したドン・キホーテ東雲店はわずか11カ月で閉店した」と書いてあっても、どこにある店か読者の多くは分からないだろう。「ドン・キホーテ東雲店(東京・江東)」などと表記する配慮はあっていい。


※記事の評価はC(平均的)とする。川瀬智浄記者に関しても暫定でCと評価する。