2017年3月15日水曜日

「偽ニュースとSNS」に問題山積み 産経 松浦肇編集委員

産経新聞の松浦肇編集委員(ニューヨーク駐在)には期待している。だからこそ言うが、週刊ダイヤモンド3月18日号の「World Scope(from 米国)~米大統領選の情報形成で 大きな影響を及ぼした『偽ニュース』とSNS」という記事には落第点しか与えられない。問題が多すぎる。記事を見ながら「なぜこのままではダメなのか」を論じたい。
平尾台(北九州市) ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

インターネット研究の権威、米ハーバード大学法科大学院のヨーカイ・ベンクラー教授がニューヨークにやって来たので、話を聞きに行った

ベンクラー教授の論文の白眉は、『ネットワークの富』だろう。市場経済の仕組みを解明したアダム・スミスの『国富論』に倣って名付けられた同著は、自由に情報を発信できるネット社会の価値創造の過程を解明し、「シェアリング・エコノミー(共有経済)」といった後々に登場する理論の素地となった。

ベンクラー教授の最新の研究は、「直近の米大統領選挙の過程で、ネット社会で形成された情報網の分析」。「どのようなメディアを通じて、ニュースがネットで共有されているか」という研究である。

分析したデータは125万件に及ぶニュースで、収集期間は昨年11月8日の本選挙投票日までの18カ月だ

驚くべき結果が出た。「トゥルース・フィード」や「デイリー・センター」といった「偽ニュース」として知られるサイトが、情報の中継・発信地点としての役割を急拡大させていたのだ。その存在感が高まった理由は、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を活用した情報の拡散術である

米国で「偽ニュース」の網が拡大している。米シンクタンクのピュー・リサーチ・センターの調査によると、SNS利用者の2割以上が「偽ニュース」を友人などに紹介する。


◎ベンクラー教授のコメントは?

米ハーバード大学法科大学院のヨーカイ・ベンクラー教授がニューヨークにやって来たので、話を聞きに行った」と言うものの、同教授のコメントは記事を最後まで読んでも出てこない。記事の冒頭でわざわざ「話を聞きに行った」と宣言しているのに、教授の「声」が全く出てこないのは不可解だ。


◎シェアリング・エコノミーは「理論」?

『シェアリング・エコノミー(共有経済)』といった後々に登場する理論」と書いているのだから、「シェアリング・エコノミー」は「理論」の名称だと取れる。しかし、一般的には理論の名前としては使わないはずだ。

◎「驚くべき結果が出た」と言われても…

研究結果を詳細に見た松浦編集委員は「驚くべき結果が出た」と感じたのだろうが、読者としては納得できない。「『偽ニュース』として知られるサイトが、情報の中継・発信地点としての役割を急拡大させていた」とは言うものの、どの程度の「急拡大」なのかは不明。いつと比べて「急拡大」なのかも謎だ。具体的なデータも提示せずに凄さを強調しても説得力はない。

◎SNSが理由?

偽ニュースの「存在感が高まった理由」は「SNSを活用した情報の拡散術」という説明も腑に落ちない。「存在感が高まった」「役割を急拡大させていた」というのがどの期間を念頭に置いているのか不明なので、とりあえず「昨年11月8日の本選挙投票日までの18カ月」で最初と最後を比べたと仮定しよう。
ノートルダム大聖堂(アントワープ)のステンドグラス
      ※写真と本文は無関係です

この場合、投票日の1年半前にもSNSはかなり普及していた。なのに、投票日の1年半前と比べて偽ニュースの「存在感が高まった理由」が「SNSを活用した情報の拡散術」というのは理解しづらい。SNSが情報拡散に重要な役割を果たしたのはその通りだろう。だが、昨年11月とその1年半前の変化の理由を説明できているとは思えない。1年半前にも「SNSを活用した情報の拡散術」は使えたはずだ。

さらに記事を見ていく。

【ダイヤモンドの記事】

「(大統領選の民主党候補だった)クリントン氏の私用メール問題を調べていた捜査官が死体で見つかった」

「ローマ法王が(同共和党候補で勝利した)トランプ氏を大統領に推している」

これらは、昨年1年間、SNSの世界で最も引用されたニュースの実例だが、いずれも「偽ニュース」である。多くが政治絡みだ。

◎どちらのニュースが「最も引用された」?

SNSの世界で引用されたニュースのランキングなどあるのだろうか。SNSでは様々な言語が使われているし、引用したかどうかの判断も難しそうだ。そんなランキングがあるのならば、出所は明らかにしてほしかった。

最も引用されたニュース」が2つあるのも気になる。引用数が全く同じとは考えにくい。あるいは「2位でも『最も』と言ってよい」との考えなのだろうか。例えば「中国とインドは世界で最も人口が多い国だ」という説明は、個人的にはダメだと思うが…。

次に記事の終盤を見よう。

【ダイヤモンドの記事】

「偽ニュース」は実社会にも影響を及ぼし始めている。例えば、昨年末に起きた、「ピザゲート」と呼ばれる発砲事件だ。

「ピザ店の地下室が児童買春組織の拠点になっている」という怪情報がSNSで駆け巡り、それを信じた若者が自動小銃を携えて、「子どもを救出する」とそのピザ店を襲撃した。
梅の花と耳納連山(福岡県久留米市)
      ※写真と本文は無関係です

実は、「偽ニュース」の跋扈を許す法律がある。米通信風紀法(DCMA)とその関連判例だ。

DCMAは著作権侵害などネットにおける「風紀の乱れ」を取り締まる法律なのだが、「その適用除外条項にSNSが含まれる」という判例が確立している。「(名誉毀損や著作権侵害など)違法なコンテンツが自社製作でない限り責任が問われない」という内容だ。

SNSは「偽ニュース」のネットワークを支えているのだが、「(法的責任を負う)編集者ではなくサービス提供者である」という法理論が確立しているのである。このため、SNS自体に責任を負わせることができない。

一方で、「偽ニュース」のウェブサイトは多くが新興勢力で、摘発しても次から次へと新たな発信元が登場する。まるでもぐらたたきのような状態だ。米フェイスブックやグーグルなどは、自主的に「偽ニュース」の摘発プログラムを導入しているが、その撲滅は容易ではない

◎足りない「独自性」

米フェイスブックやグーグルなどは、自主的に『偽ニュース』の摘発プログラムを導入しているが、その撲滅は容易ではない」というのは、その通りだろう。そして、よく聞く話でもある。ニューヨーク駐在でなければ書けない話でも、松浦編集委員でなければ書けない独自の分析でもない。今回の記事に関して言えば、松浦編集委員の重視する「現場主義」も感じられない。「何のために自分が記事を書くのか」を改めて見つめ直してほしい。

※今回取り上げた記事「World Scope(from 米国)~米大統領選の情報形成で 大きな影響を及ぼした『偽ニュース』とSNS
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/19598

※記事の評価はD(問題あり)。松浦肇編集委員への評価もDを維持する。松浦編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「金融危機から6年」? 産経の松浦肇編集委員へ質問(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_80.html

「金融危機から6年」? 産経の松浦肇編集委員へ質問(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_8.html

何のためのパリ取材? 産経 松浦肇編集委員への注文(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_30.html

何のためのパリ取材? 産経 松浦肇編集委員への注文(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_96.html

「再収監率40ポイント低下」? 産経 松浦肇編集委員の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/40.html

ジャンク債は値下がり? 産経 松浦肇編集委員の記事を解読
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_25.html

産経 松浦肇編集委員だから書ける「World Scope」を評価
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/world-scope.html

「トランプ初会見」記事で産経 松浦肇編集委員に助言
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_9.html

「ビッグ3の日本嫌い再び」と 産経 松浦肇編集委員は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_14.html

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