2018年7月13日金曜日

「医療の担い手不足」を強引に導く日経 上杉素直氏

記事を書く時にデータを恣意的に使いたくなる気持ちは理解できる。しかし、できるだけ避けてほしい。13日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「Deep Insight~担い手不足で変わる医療」という記事は、明らかにやり過ぎだ。筆者である 上杉素直氏(肩書は本社コメンテーター)には反省を促したい。
大雨で増水した筑後川(福岡県久留米市)
        ※写真と本文は無関係です

記事では「オンライン診療」の規制緩和に絡めて以下のように書いている。

【日経の記事】

政府が5月にまとめた「2040年を見据えた社会保障の将来見通し」は、1971~74年に産まれた第2次ベビーブーマーが65歳を過ぎる2040年にかけ、社会保障の現場が厳しい人手不足に直面する未来図を私たちに突き付けている。

推計では医療や介護、その他の福祉の提供に要する就業者数は40年度に1065万人。18年度の823万人より3割近くも多くの担い手がこの分野に求められる計算になる。この間に社会全体の就業者数は6580万人から5654万人に14%減るという想定の通りなら、他業種との人材獲得競争は足元よりはるかに激しくなると考えるのが自然。外国人や女性、高齢者に労働力としてもっと活躍してもらうとしても、窮状は簡単には解消しないだろう。

政府の将来見通しが公表されると、40年度の社会保障給付費が18年度より6割多い190兆円に達するという財政面の推計がまずは世間の関心を集めた。税金や保険料を負担する現役世代が先細るなか、給付が一方的に膨らむアンバランスをどうならしていくかは日本経済のかねての宿題だ。

ただ、仮におカネがどれだけ潤沢にあったとしても、サービスの担い手が足りなくなれば医療や介護はきちんと提供されず、私たちの安心の土台は崩れてしまう。日本の経済・社会のこれからの展開によっては、財政面よりもむしろ人手の問題が社会保障の仕組みを脅かすという危険なシナリオも絵空事では片付けられない。

医療や介護は「岩盤」と評された独特の規制に覆われ、聖域のように扱われてきた。人の命を扱う特殊性を考えると、過剰な競争を持ち込むべきではないという思想が社会の根底に流れていたのだと思う。ところがいまはっきり見え始めた近未来に競争相手どころか担い手さえ十分いないかもしれないというのは皮肉めく


◎なぜ「医療」で考えない?

見出しは「担い手不足で変わる医療」で、冒頭から「オンライン診療」の話が続く。「近所付き合いが疎遠になりがちな都会にあって一人暮らしの高齢者は増え続けるばかり。通院が難儀な高齢者にはかかりつけの医師が日ごろから往診できればよいが、医師が対処できる患者の数にはおのずと限界がある」とも訴えている。なのに、なぜ「就業者数」は「医療」ではなく「医療や介護、その他の福祉」の合計で考えるのか。

医療」単独のデータがないのなら分かる。だが、「2040年を見据えた社会保障の将来見通し」では「医療」に限定したデータも示している。「医療や介護、その他の福祉の提供に要する就業者数」は確かに40年度には18年度比で「3割近く」増える見込みだが、「医療」に限れば6%増に過ぎない。一方で「介護」は5割増だ。これらを合わせた「3割近く」という増加率を基に、「医療」に関して「担い手さえ十分いないかもしれない」などと論じても意味がない、というより有害だ。

ちなみに日経は今年4月12日の「医師需給 28年ごろに均衡 厚労省推計、将来は供給過剰に」という記事で以下のように解説している。

【日経の記事】

医師や医療への需要は高齢化が進むことで当面は増加が見込まれる一方、人口減の影響で全体の需要は早ければ30年ごろから減り始める見通しだ。過剰な病院ベッドを減らすための議論はすでに全国で始まっている。推計によると、医師数は40年に約37万1千人に達し、供給が需要を3万人も上回る見込みだ。

◇   ◇   ◇

別に「オンライン診療」の規制緩和をするなとは言わない。ただ、その必要性を訴えるのにご都合主義的なデータの用い方をしてはダメだ。「オンライン診療」が必要なものでも、そうでないように見えてしまう。
宇佐神宮(大分県宇佐市)※写真と本文は無関係です

「40年度の医療就業者数は18年度比で6%増と見込まれている」「医師の需給は28年頃に均衡し、40年には供給が需要を3万人上回る見通し」というデータを基に考えても、医療は「担い手不足」が避けられそうもないのか。上杉氏には、そこを虚心坦懐に考えてほしい。

ちなみに「この間に社会全体の就業者数は6580万人から5654万人に14%減るという想定の通りなら、他業種との人材獲得競争は足元よりはるかに激しくなると考えるのが自然」との解説にも賛成できない。

上杉氏は「他業種」での人材へのニーズが不変との前提を置いているのか。人口が減るのだから、多く職種で労働者が今よりも少なくて済むはずだ。例えば、教師や塾講師は少子化の影響を受けて必要な人員が減っていくだろう。自動運転の普及でタクシー運転手などへの需要が激減するかもしれない。そうした影響も考慮した上で「他業種との人材獲得競争は足元よりはるかに激しくなる」かどうかを検討すべきだ。

個人的には「他業種との人材獲得競争は足元よりはるかに激しくなると考える」必要は乏しそうな気がする。これも明確な根拠はないのだが…。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~担い手不足で変わる医療
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180713&ng=DGKKZO32926430S8A710C1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。上杉素直氏への評価はDを維持する。上杉氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「麻生氏ヨイショ」が苦しい日経 上杉素直編集委員「風見鶏」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/03/blog-post_25.html

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