2018年5月19日土曜日

ツッコミどころ多い日経 梶原誠氏の「Deep Insight」

日本経済新聞の梶原誠氏(肩書は本社コメンテーター)が18日の朝刊オピニオン面に「Deep Insight~『怖い長期株主』得てこそ」というツッコミどころの多い記事を書いている。その中身を見ながら、具体的にツッコミを入れていきたい。
流川桜並木(福岡県うきは市)※写真と本文は無関係

【日経の記事】

日本の3月期決算企業の多くは来月、株主総会を迎える。議案は様々だろうが、重い「裏テーマ」が今年の企業経営者にはある。長期的な株主をどうつくるかだ。

東京証券取引所は来月、コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)を見直して政策保有株、つまり取引の見返りや持ち合いによる株を圧縮するよう企業に迫る。それでも保有するなら、持つ根拠を詳しく開示するよう促す。

今も企業は有価証券報告書などに個別株の保有目的を記しているが、「協力関係の維持及び発展」といったあいまいな表現だ。これでは説明責任が果たせない。

政策保有株には売り圧力がかかるだろう。企業の開示資料をもとに保有株を集計すれば、「売り推奨銘柄リスト」ができあがる。

自社の株が売り圧力にさらされたくなければ、また従来通り長期的な株主に支えられたければ、長期の純投資家に株主になってもらうしかない。今年の総会はそんなメッセージを送る場になる。



◎「長期の純投資家に株主になってもらうしかない」?

コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)」の見直しによって「政策保有株には売り圧力がかかる」ことを根拠に「自社の株が売り圧力にさらされたくなければ、また従来通り長期的な株主に支えられたければ、長期の純投資家に株主になってもらうしかない」と梶原氏は断定する。これは誤りだ。

政策保有株」は売却が義務付けられる訳ではない。「保有するなら、持つ根拠を詳しく開示するよう促す」だけなので、「持つ根拠を詳しく開示」すれば済む。相互に出資している相手がいれば、そこと話し合って情報開示を詳しくする方向で対応すればいい。「長期の純投資家に株主になってもらう」選択肢ももちろんあるが、それ「しかない」とは言えない。

ついでに言うと、なぜ「裏テーマ」なのかも引っかかる。「今年の総会」が「我が社の株式を長期で保有する投資家になってください」という「メッセージを送る場になる」のだとしたら、どちらかと言うと「表のテーマ」だ。「裏テーマ」だとしたら、株主に直接的な「メッセージを送る」のはダメだろう。「」に隠していた自分たちの「テーマ」がバレてしまう。

記事の続きを見てみよう。

【日経の記事】

企業経営の主役は、時代と共に変わってきた。戦後は「労働組合の時代」だ。人々の生活が豊かになるにつれ、労組に頼る必要は次第に薄れた。非正規労働者も増え、労組の存在感は低下した。

1970年代から80年代にかけては「経営者の時代」だった。株の持ち合いを増やした結果、経営者は物言わぬ株主に守られて自由に行動した。名経営者が生まれた半面、資金運用など本業からかけ離れた事業に頼ったり、採算度外視の投資で失敗したり、と暴走した経営者も多い。



◎「戦後」の使い方が…

戦後」の使い方がまず気になる。文脈から判断すると、梶原氏は「戦後=1945~69年」と捉えているのだろう。だが「1970年代から80年代にかけて」も今も「戦後」だと思える。
九州鉄道記念館(北九州市)※写真と本文は無関係

60年代までは「労働組合の時代」だったかどうか疑問だが、取りあえず受け入れよう。だが「非正規労働者も増え、労組の存在感は低下した」との説明は解せない。

記事の書き方だと「1970年代」までに「非正規労働者も増え、労組の存在感は低下した」と読み取れる。だが、一般的には80年代後半以降に「非正規労働者」の増加が目立ってきたとされている。「労働組合の時代」から「経営者の時代」へ変わった理由として「非正規労働者」の増加を挙げるのは苦しい気がする。

さらに続きを見ていこう。

【日経の記事】

90年代以降は「投資家の時代」だ。バブル崩壊とともに銀行が持ち合い株を手放し、外国人投資家が購入した。株主の立場で経営に注文をつけ始め、経営に緊張をもたらす良い面はあった。

だが、暗部も大きかった。短期主義だ。投資家が目先のリターンを求めるあまり、経営者は萎縮した。英系バークレイズ証券は2015年、「自己資本利益率(ROE)のパラドックス」という仮説を市場に問うた。企業が株主に利益を厚く配分した結果、投資も人件費も抑えるしかなく日本のデフレは長引いた。株主という部分最適を追うあまり、経済という全体最適を失ったとの警鐘だった。

だからこそ、政策保有株の買い手が誰になるのかは、日本経済の将来を左右する。今必要なのは、長期的に保有し、なおかつ物を言う株主に違いない。


◎「外国人投資家」は短期投資家?

記事では「短期」「長期」の境界線を示していない。なので一般的に言われる「1年以上=長期」との基準で考えてみよう。

株主の立場で経営に注文をつけ」る「外国人投資家」は「長期的に保有し、なおかつ物を言う株主」ではなかったと梶原氏は考えているようだ。これも解せない。「経営に注文をつけ」て、その後に生じる変化に頼って利益を上げようと思えば、普通は1年以上保有する「長期的な株主」になってしまう。

『モノ言う株主』が日本株買い増し 保有比率5%超、181社に」という2015年9月16日付の日経の記事では、「アクティビスト系ファンド」の1つ「米タイヨウ・ファンド」について「株式保有期間は平均3~5年と比較的長い」と記している。

仮にこうした「長期的な株主」である「アクティビスト系ファンド」が「短期主義」だとしたら、「長期的に保有し、なおかつ物を言う株主」をさらに増やしても、記事で言う「全体最適」から遠ざかってしまうはずだ。

「自分の考える『長期的』とは10年単位の話だ」などと梶原氏が考えるのならば、その点は記事中で明示すべきだ。

次に移ろう。

【日経の記事】

「資産株」と呼ぶ株式が、かつてあった。電力などの高配当株を人々は世を継いで保有し、資産の中核にした。究極の長期投資家だが、それだけだと政策保有と同じ物言わぬ株主だ。経営者の時代の教訓を忘れず、長く持っても経営規律の緩みを許さない株主こそが企業や経済全体の成長を促す

具体的にはどんな株主像だろう。私は昨年8月の本欄で、1950年に球団を創設した当時の広島カープの例を紹介した。カープは設立資金を市民に株を売り調達した。オーナー意識を高めた市民は優しいだけではなく、広島名物の厳しいヤジも放ち続けた。選手はそれでも「原爆の苦難に遭った人がなけなしのお金を出してくれているのだから」と受け止め、一投一打にこだわって強くなった。


◎カープの株主は「経営規律の緩みを許さない」?

今回の記事では、上記のくだりに最も問題を感じた。

まず「資産株」について。「資産株とは、長期の保有に耐え得る株式のことです。一般には業績が安定していて、財務内容が良好、配当利回りも高い銘柄です。短期で大きく値上がりするといった魅力には乏しい反面、値下がりの余地も比較的少ないことなどの条件を満たした銘柄です」とSMBCフレンド証券は解説している。
横浜赤レンガ倉庫(横浜市)※写真と本文は無関係

こういう株が「かつてあった」と梶原氏は書いているので、今はなくなっているとの認識なのだろう。自分もすぐに具体的な銘柄を思い付く訳ではないが、探せばいくらでもありそうな気はする。

それより気になるのは「広島カープ」だ。問題は2つある。まず「長く持っても経営規律の緩みを許さない株主」の具体例として「1950年に球団を創設した当時の広島カープ」を挙げている点だ。

オーナー意識を高めた市民は優しいだけではなく、広島名物の厳しいヤジも放ち続けた」と記事では説明している。これのどこが「経営規律の緩みを許さない」株主なのか。

球場に出かけて選手に「引っ込め下手くそ」「もう引退しろ」などと株主がヤジを飛ばすと球団運営会社の「経営規律の緩み」を防げるのか。ほとんど関係ないだろう。

2番目の問題は、市民が株を持つ仕組みはそんなにうまく機能したのかという点だ。梶原氏が「昨年8月の本欄」で取り上げた「広島東洋カープの前身である『広島野球倶楽部』」についてニコニコ大百科では以下のように記している。

設立時の借金がどうやっても返せる見込みがなかったので、東洋工業(現・マツダ)社長の松田恒次(後の初代オーナー)の発案で、1955年に当時の球団運営企業だった『広島野球倶楽部』を一旦計画倒産させ、新たな運営企業『株式会社広島カープ』を設立し、事業を継承させた

この話が大筋で合っているのならば、「経営規律の緩みを許さない株主こそが企業や経済全体の成長を促す」例として「広島野球倶楽部」を取り上げるのは間違いだろう。業績もチーム成績も振るわないまま新会社に事業主体が移り、マツダやその創業一族が主導する形となって1975年のセ・リーグ初優勝に至っているようだ。だとすると、市民株主がいたからカープが「強くなった」と考えるのは無理がある。

記事は後半にもツッコミどころがあるのだが、長くなったので終わりにしたい。梶原氏の書き手としての力量に問題があるのは分かってもらえたはずだ。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~『怖い長期株主』得てこそ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180518&ng=DGKKZO30643480X10C18A5TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。梶原誠氏への評価はDを維持する。梶原氏については以下の投稿も参照してほしい。

日経 梶原誠編集委員に感じる限界
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_14.html

読む方も辛い 日経 梶原誠編集委員の「一目均衡」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post.html

日経 梶原誠編集委員の「一目均衡」に見えるご都合主義
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_17.html

ネタに困って自己複製に走る日経 梶原誠編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_18.html

似た中身で3回?日経 梶原誠編集委員に残る流用疑惑
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_19.html

勝者なのに「善戦」? 日経 梶原誠編集委員「内向く世界」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_26.html

国防費は「歳入」の一部? 日経 梶原誠編集委員の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_23.html

「時価総額のGDP比」巡る日経 梶原誠氏の勘違い
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/04/gdp.html

日経 梶原誠氏「グローバル・ファーストへ」の問題点
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/04/blog-post_64.html

「米国は中国を弱小国と見ていた」と日経 梶原誠氏は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_67.html

日経 梶原誠氏「ロス米商務長官の今と昔」に感じる無意味
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/04/blog-post.html

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