2018年4月5日木曜日

中長期の正確な気象予測は可能? 日経「ポスト平成の未来学」

日本経済新聞朝刊の未来学面に載る記事は、あまり深く考えずに「科学技術の進歩で明るい未来が訪れる」というストーリーを描きがちだ。5日の「ポスト平成の未来学 第6部 共創エコ・エコノミー~天気先読み 食品ロス防ぐ AIが変える農業」もその例に漏れない。筆者らには以下の内容で意見を送ってみた。
流川桜並木(福岡県うきは市)※写真と本文は無関係です


【日経へのメール】

日本経済新聞社 黒瀬泰斗様 前田悠太様

5日朝刊未来学面の「ポスト平成の未来学 第6部 共創エコ・エコノミー~天気先読み 食品ロス防ぐ AIが変える農業」 という記事について意見を述べさせていただきます。

記事では「気象予測の精度向上は産業から労働市場、消費行動までも変える可能性を秘めている。ただ食品ロス問題の解消と引き換えに失うものがあるかもしれない」と記しており、「気象予測の精度向上」によって「食品ロス問題の解消」が可能だとの見方を示しています。しかし、決定的に欠けている問題があります。

食品ロスを「年約621万トン」としていますが、この約半分を家庭でのロスが占めます。なのに、記事で紹介しているのは「日本気象協会とNECが実施した実証実験」や「カゴメが開発に取り組んでいる収量予測システム」などに留まります。これらがどんなに素晴らしいものでも、家庭での食品ロスをなくす点ではほぼ無力です。

にもかかわらず、記事の終盤では食品ロス問題が解消した後の「一抹の寂しさ」にまで言及しています。かなり無理があると思えました。

他にも気になる点があります。特に引っかかったのが以下のくだりです。

1989年公開の米映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』で、数秒後に雨がやむことがわかるシーンがある。気象予測の精度は今後も高まり、約30年前の夢のような予報は絵空事と片付けるのがはばかられる時代になりつつある。精緻な食品の需要予測は、苦しい在庫調整から生産者を解放し経営を好転させる。人手不足が深刻な農業にとっても若い担い手が増える起爆剤となり得る。家庭に目を転じれば、天候不順による野菜の高騰や暴落がなくなり、日々の食卓は安定する

数秒後に雨がやむ」といった超短期の予測は可能になるかもしれませんが「苦しい在庫調整から生産者を解放」する上では、作付けの段階で収穫時までの天候を正確に予測する必要があります。これは原理的に不可能だとされているはずです。気象庁のホームページでは以下のように説明しています。

気象現象や天候の予測には、必ず誤差が伴います。また、大気の振る舞いには、カオス性といって将来を断定的に予測することはできない、という性質があります。明日や明後日の天気予報では誤差はそれほど大きくはなく、『明日は雨となるでしょう。』などという断定的な予報表現を用いてもそれほど問題にはなりません。しかし、予報期間が1か月を超える季節予報では、カオス性の影響が大きくなって予測が不確実なものとなります

記事では「気象条件に振り回される現状から、高度な先読みで不測の事態を回避できる日が近づいている」と解説しています。しかし、AIがどんなに進化しても、中長期の正確な気象予測は不可能なのではありませんか。黒瀬様と前田様が「近未来には正確な予報が可能になる」と確信しているのであれば、「カオス性の影響」をどう見ているのかは触れてほしいところです。
ハンググライダー発進基地(福岡県久留米市)
            ※写真と本文は無関係です

百歩譲って、中長期でも正確な気象予測が可能になるとしましょう。だとしても「天候不順による野菜の高騰や暴落」がなくなるとは思えません。例えば、春の段階で「今年は日本全体で記録的な冷夏となり、さらに長雨が重なる。台風も観測史上最多の上陸数になり、各地で甚大な農業被害が生じる」と正確に予測できるとしましょう。だからと言って、簡単に作付面積を増やせるわけではありません。気象予測が正確でも、供給が細って野菜の価格が高くなることは十分にあり得ます。

付け加えると「農作物の価格や品質を均一に保ちながら無駄な廃棄が減ることは歓迎すべきことだが、『今年のトマトは甘いね』といった食を介した時候のあいさつを交わす機会が減るならば、僕は一抹の寂しさを覚えるだろう」という結びの部分も理解に苦しみました。

食を介した時候のあいさつを交わす機会が減る」と心配する必要があるでしょうか。「気象予測の精度向上」は需給調整には役立つかもしれませんが、気象そのものを変えられる訳ではありません。例えば、トマトの甘さが日照時間に左右されるのならば、「気象予測の精度向上」が実現しても、今年と昨年で甘さは変わってきます。記事で取り上げた「トマト菜園『いわき小名浜菜園』(福島県いわき市)」でも、日照時間は自在には操れないはずです。

光も水も温度も完全に管理する野菜工場のようなところでの栽培が主流になれば「食を介した時候のあいさつを交わす機会が減る」かもしれません。しかし、これは「気象予測の精度向上」とは無関係です。栽培に関して「気象予測」の必要自体がなくなります。

結局、「気象予測の精度向上」には限界がありますし、ある程度の「精度向上」が実現できても「天候不順による野菜の高騰や暴落」はなくならないでしょう。仮になくなったとしても家庭での「食品ロス」を減らす効果は期待できません。そうなると、今と大して変わらない未来が待っているように思えます。この見方は間違っていますか?

私からの意見は以上です。今後の記事作りの参考にしていただければ幸いです。

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※今回取り上げた記事「ポスト平成の未来学 第6部 共創エコ・エコノミー~天気先読み 食品ロス防ぐ AIが変える農業
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180405&ng=DGKKZO28991950U8A400C1TCP000


※記事の評価はD(問題あり)。黒瀬泰斗記者と前田悠太記者への評価は暫定でDとする。

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