2018年4月11日水曜日

日経 梶原誠氏「ロス米商務長官の今と昔」に感じる無意味

日本経済新聞の梶原誠氏(肩書は本社コメンテーター)については、書きたいことがないのに無理して絞り出している書き手と評してきた。11日の朝刊オピニオン面に載った「Deep Insight~ロス米商務長官の今と昔」という記事からも、その傾向が読み取れる。「ロス米商務長官の今と昔」 をなぜ持ち出す必要があるのか、記事を最後まで読んでも分からない。
筑後川橋と片の瀬公園の桜(福岡県久留米市)
           ※写真と本文は無関係です

順に記事を見ていこう。

【日経の記事】
 
知的財産の侵害を巡る、米国の対中制裁案の品目リストを前に、中国企業に明るい香港の機関投資家トップが緊張していた。

「米国が標的にしたのは産業用ロボットをはじめ、中国企業がまだ弱い業種だ。中国企業は製品の核になる部品を日本やドイツ、韓国など世界から輸入せざるを得ない。そんな業種の成長を米国が止めたら悪影響は世界に広がる」

身構える投資家は、同氏だけではない。トランプ米大統領が制裁関税を課す方針を発表した3月22日以降の株価を見てみよう。日経平均株価は急落後、2%高まで回復した。だが中国企業にロボットの中核部品を納める安川電機は4%安だ。ハイテクを中心に、中国を最大の輸出国とする韓国の総合株価指数も1%安にとどまる。


◎「身構える投資家」を確認できる?

まず、本筋と関係のないツッコミを入れてみたい。「身構える投資家は、同氏だけではない」のはその通りだとは思う。しかし、上記のくだりから「身構える投資家」が他にもいると確認はできない。

身構える投資家」とは、先行きに警戒を強めている投資家と言える。例えば、「安川電機」の株主が持ち株を売却してしまったのならば、少なくとも「安川電機」株に関しては「身構える」必要がない。

ついでに言うと、記事の説明を信じれば、「トランプ米大統領が制裁関税を課す方針を発表した」ことの影響そのものが大したことがない。「安川電機は4%安」ならば急落と言うほどでもない。「韓国の総合株価指数も1%安」ならば、これまた影響は限定的だ。なのに「身構える投資家は、同氏だけではない」と書いても説得力は乏しい。

話が逸れた。ここからが本題だ。

【日経の記事】

米中の貿易戦争は、世界の脅威だ。ましてやトランプ氏がここまでの市場波乱を招いたのは初めて。振れの大きな言動に、世界のマネーは真意を図りかねている。

こんな局面だからこそ、注目すべき米閣僚がいる。ウィルバー・ロス商務長官だ。「米国製品のセールスマン」と呼ばれた過去の商務長官とは異なる存在感を放ち、ホワイトハウスでも大統領の近くに寄り添う。論理的な話しぶりで知られる80歳の元投資家だ。

ロス氏の言動をつぶさに追うと、トランプ政権の通商政策の本音が浮かび上がる

大統領選前の2016年9月、トランプ氏の選挙参謀として現在のナバロ通商製造政策局長と共同執筆した資料は、今こそ精読すべき「種本」だ。まず、国内総生産(GDP)の定義式を強調する。「(GDPは)4つの要素で動く。消費、政府支出、投資の伸び、そして純輸出だ」と。

米国は貿易赤字を抱え、純輸出がマイナスだ。貿易赤字を減らせば、GDPは上向き、雇用も増える。これを政策の根底に据える。

具体的にはどう動くか。翌10月には、資料を基にした米紙への寄稿で過去の通商政策を批判した。クリントン政権が1990年代に進めた北米自由貿易協定(NAFTA)と中国の世界貿易機関(WTO)加盟、そして大統領の座を争っていたヒラリー・クリントン氏が国務長官として進めた米韓FTAを、貿易赤字を膨らませた「史上最悪の3通商政策」と断じた。ヒラリー氏を「環太平洋経済連携協定(TPP)まで通そうとしている」と攻撃した。

トランプ政権の通商政策は、これら「失策」の抜本的な見直しだ。TPPから離脱し、NAFTAと米韓FTAは再交渉に動いた。

そして中国。資料では「最大の貿易詐欺師かつ、最大の貿易赤字先」と標的にした。中国経済が米市場に依存しているので2国間交渉が有利とも分析し、関税を「交渉の道具」にするとも予告した。中国とのやりとりはまさに、ここに書いたように運んでいる。大口貿易赤字先の日本やドイツへの圧力も強まっていくだろう。

だが著名投資家としてロス氏の投資事例からは、正反対の発想が浮かぶ。同氏に富と名声をもたらしたのは経済のグローバル化を利用したいくつもの決断だ。

ロス氏は不振企業を世界規模で買収、再編して成長させ、投資収益を高めてきた。破綻した米国の大手鉄鋼メーカーを統合して、05年にはラクシュミ・ミタル氏率いるオランダ企業に売却、同社を世界首位に押し上げた。現在のアルセロール・ミタルである。

貿易自由化を活用するのも特徴だ。傘下の繊維メーカーは01年の中国のWTO加盟後に同国に工場を設け、世界のアパレルメーカーに製品を供給した。15年の講演では、投資を進めていたベトナムの経済について、TPPで靴などのベトナム製品が対米輸出を増やし、中国を脅かすと強調した。

「米国が保護主義に走っても、中国に渡った繊維の雇用は戻らない。中国製の輸入を制限すれば、企業はベトナムへ、アフリカへと移るだけだ」。08年に語った反保護主義論から、今の姿勢は想像もつかない。それは、内向きに変わった米国そのものでもある。


◎「ロス氏の言動」から何が分かる?

ロス氏の言動をつぶさに追うと、トランプ政権の通商政策の本音が浮かび上がる」と梶原氏は言う。過去の資料からロス氏が「NAFTA」「米韓FTA」「TPP」「中国」に批判的だったことが分かるとして、現状では表に出ていない「トランプ政権の通商政策の本音」が浮かび上がるのか。トランプ政権が通商政策で中国を「標的」にしているのは「ロス氏の言動をつぶさに追う」までもなく自明ではないか。
甘木公園の桜(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

ならば、ロス氏が「08年に語った反保護主義論」から、何か「トランプ政権の通商政策の本音」が浮かび上がってくるのか。例えば「保護主義的な圧力をかけながら、実はトランプ政権の本音は反保護主義の推進にある」といった「本音」が浮かび上がるのならば、「ロス氏の言動をつぶさに追う」意味が出てくる。だが、そうした記述は見当たらない。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

米通商政策の発想には、2つの限界がある。まず、長期的な視点に欠く。GDPの定義式に沿って米国が貿易赤字を減らせば目先のGDPは上向く。だが貿易相手は黒字もGDPも減る。購買力は落ち、米国の輸出は減っていく。

短期主義は、深刻化する格差問題などから米国がポピュリズム(大衆迎合主義)を強めたためでもあり、11月の中間選挙も意識にある。だが、貿易を脅しの手段にするのは危険だ。世界のGDPに対する貿易の比率は、1990年の14%から昨年の22%まで拡大しており、貿易が滞った場合の震度は計り知れない。

もう一つは、米国だけで解決できると考えている点だ。経済の「米1強時代」は終わりつつあり、自信を蓄えた中国が、米国の主張を安々と受け入れるはずがない。米国はなぜ、日欧と組んで中国と対峙しないのか。知財でも技術を盗むサイバー攻撃でも、各国は中国への不満を共有する。日本もドイツも米国の敵でなく味方だ。

「米GDPの0.3%にすぎない」。ロス氏は今月4日、テレビで中国の報復関税の規模を説明し、荒れた市場をなだめようとした。だが矮小(わいしょう)化は危うい。08年のリーマン危機の後、各国は保護主義の誘惑を断ち、TPPのように国を開いて難局を乗り越えようとした。真逆の姿勢で問題を解消しようとする米国に、市場はおびえているのだ。


◎「ロス氏」とほとんど関係ないような…

昔は「反保護主義」だったのに、「NAFTA」「米韓FTA」「TPP」「中国」に対する批判的な立場にロス氏は変わった。ここから何が読み取れるかが記事の柱のはずだ。しかし、終盤ではそこから離れて「米通商政策の発想には、2つの限界がある」といった一般的な話に移ってしまう。

申し訳程度に「ロス氏は今月4日、テレビで中国の報復関税の規模を説明し、荒れた市場をなだめようとした」とは書いているが、「ロス氏の言動をつぶさに追うと、トランプ政権の通商政策の本音が浮かび上がる」という話とは関係が乏しい。

梶原氏が提示した「ロス氏の言動」を基に記事を組み立てるならば、「なぜ反保護主義から保護主義的な立場に転じたのか」「昔と今で立場が大きく変わっていることをどう捉えるべきか」といった分析が要る。

例えば「トランプ政権で要職に就くために個人的信条とは異なる主張を唱えた。なので、本音では反保護主義であり、トランプ政権が極端な保護主義に走る可能性は低い」といったことが言えるのならば「ロス氏の言動をつぶさに追う」意味が出てくる。

なのに、記事の終盤では「ロス氏の言動」から離れて、「貿易を脅しの手段にするのは危険だ」「貿易が滞った場合の震度は計り知れない」といった誰でも言えるような解説をしているだけだ。

ついでに言うと「米国はなぜ、日欧と組んで中国と対峙しないのか。知財でも技術を盗むサイバー攻撃でも、各国は中国への不満を共有する。日本もドイツも米国の敵でなく味方だ」との主張には整合性の問題を感じた。

記事中で梶原氏は「大口貿易赤字先の日本やドイツへの圧力も強まっていくだろう」と書いていた。米国が「中国の次は日本やドイツだ」と考えているのならば、日独と組んで「中国と対峙しない」のは当然ではないか。

そもそも「中国は対米貿易黒字が多すぎる。何とかしろ」というのがトランプ政権の要求だとすれば、それに日本やドイツが協力するのは奇妙だ。日本から中国に「対米黒字を減らせ」と圧力をかけるのか。

保護主義の誘惑を断ち、TPPのように国を開いて難局を乗り越え」るのが望ましい姿だと梶原氏は考えているはずだ。なのに米国が中国に仕掛けた“貿易戦争”に関して「日本やドイツと一緒に戦えばいいのに…」と主張する気が知れない。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~ロス米商務長官の今と昔
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180411&ng=DGKKZO29216720Q8A410C1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。梶原誠氏への評価はDを維持する。梶原氏については以下の投稿も参照してほしい。

日経 梶原誠編集委員に感じる限界
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_14.html

読む方も辛い 日経 梶原誠編集委員の「一目均衡」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post.html

日経 梶原誠編集委員の「一目均衡」に見えるご都合主義
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_17.html

ネタに困って自己複製に走る日経 梶原誠編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_18.html

似た中身で3回?日経 梶原誠編集委員に残る流用疑惑
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_19.html

勝者なのに「善戦」? 日経 梶原誠編集委員「内向く世界」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_26.html

国防費は「歳入」の一部? 日経 梶原誠編集委員の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_23.html

「時価総額のGDP比」巡る日経 梶原誠氏の勘違い
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/04/gdp.html

日経 梶原誠氏「グローバル・ファーストへ」の問題点
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/04/blog-post_64.html

「米国は中国を弱小国と見ていた」と日経 梶原誠氏は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_67.html

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