2018年4月8日日曜日

自慢話の前に日経 大石格編集委員が「風見鶏」で書くべきこと

8日の日本経済新聞朝刊総合3面に載った「風見鶏~政権下降期ゆえの求心力」という記事では、筆者である大石格編集委員の自慢話にかなりの行数を割いている。自慢話をするなとは言わない。だが、その前に自ら設定した問いへの答えはきちんと出すべきだ。記事の冒頭で「『安倍政権はもうおしまいですか』。そう聞かれることが増えてきた」と切り出しているのに、この問いには全く答えていない。
甘木公園の桜(福岡県朝倉市)
       ※写真と本文は無関係です

長くなるが、記事の全文を見ていこう。

【日経の記事】

「安倍政権はもうおしまいですか」。そう聞かれることが増えてきた。

 朝日新聞の世論調査で内閣支持率が下がってもあまり驚かないが、読売新聞でも大幅に下落し、不支持が支持を上回った。

ただ、権力者が世論の批判にさらされることが、直ちに与党内の政治的な求心力の低下につながるとは限らない。少なくとも29年前はそうではなかった。

「沛然(はいぜん)として大地を打つ豪雨の音に心耳を澄まし、いま自らがその職を辞する」。1989年のちょうどいまごろ、リクルート事件などで支持率を落とした竹下登首相は内閣総辞職を表明した。主要紙は一斉に「後継は伊東正義氏」と報じた。

清廉な人柄で知られた伊東氏ならば、自民党の汚れたイメージをよくしてくれるはずだ……。待望論が党内に出ていた。その日の夕方、竹下内閣の高官のひとりから呼び出しがあり、こんな話を聞いた。

「いま政治的にいちばん強いのは竹下だ。後継は竹下裁定で決まる」

報告すると、デスクの反応は芳しくなかった。

「袋だたきの竹下になんで発言権があるんだ。だいたい伊東で決まりだ」

未練がましく訴えたら、ベタ(小記事)にならばしてやると言われ、隅っこに載った。伊東首相誕生を前提にした紙面に全くそぐわなかった。

のちの展開は、高官の予言通りだった。後継は伊東氏でなく、竹下氏が推した宇野宗佑氏が就いた。

どうしてそんなことが可能だったのか。冷静に考えれば、さほど不思議ではない。当時の竹下派は最大派閥だ。白紙で総裁(すなわち首相)を選ぶとなれば、そこのトップの言い分が最重要になる。

しかも、竹下派からは候補者を出さないのだ。同派と、首相になりたい議員の出身派閥を合わすと、党内の半分近くを掌握できる。あとは竹下氏はいちばん自分が動かしやすい首相候補を選べばよかった。

実はこうしたやり方は竹下氏の専売特許ではない。先ほどの「沛然」のくだりは同氏が官房長官として仕えた田中角栄首相の退任談話の引用である。田中氏も辞任後に闇将軍として自民党を支配し続けた。

先ほどの高官によると、田中氏は「国会議員の8分の1を掌握すれば、日本を動かせる」と豪語していたそうだ。全体の2分の1があれば与党になれる。その2分の1で与党を支配できる。さらに2分の1あれば、キングメーカーになれるというわけだ。

いま安倍首相は政権延命のため、二階俊博幹事長らに気を使う立場だが、例えば9月の自民党総裁選には出馬しないと決断しさえすれば、永田町における立場は一気に強くなる

当面は進退両様の構えを見せつつ、次をうかがう岸田文雄氏らニューリーダー候補に擦り寄り競争をさせる高等戦術もありだろう。

ちなみに、伊東氏は高齢などを理由に、望めばなれた「総理のイスを蹴飛ばした男」と評されるのが一般的である。本当にそうだろうか。同僚記者によると、竹下氏はいちどとして「あとをお願いします」とは言わなかったそうだ。

表舞台での竹下―伊東マラソン会談は、意中の宇野氏に落とすための時間稼ぎではなかったのか。少なくとも先の高官は伊東政権に否定的だった。

安倍首相は竹下氏のように政局を巧みに操り、求心力を維持できるだろうか。そのためには出身派閥の細田派をしっかり束ねられるかどうかがカギを握る。他派の動向よりも、はるかに要注目だ。


◎「おしまいですか」の答えは?

安倍政権はもうおしまいですか」と大石編集委員に聞く人は「安倍政権の退陣が近いのか」を知りたいはずだ。これに対して、今回の記事では「例えば9月の自民党総裁選には出馬しないと決断しさえすれば、永田町における立場は一気に強くなる」と、退陣を決めた後の話しかしていない。
流川桜並木と菜の花(福岡県うきは市)
       ※写真と本文は無関係です

聞く側として知りたいのは「(退陣表明後の)安倍首相は竹下氏のように政局を巧みに操り、求心力を維持できる」かどうかではない。退陣が近いのかどうか。記事の言葉を借りるならば「9月の自民党総裁選には出馬しないと決断」するかどうかだ。そこに答えを出さず、昔の自慢話ばかりされても困る。

ついでに、大石氏の自慢話にも注文を付けたい。「未練がましく訴えたら、ベタ(小記事)にならばしてやると言われ、隅っこに載った」という記事の具体的な中身が不明だ。大方の見方を覆して「後継は伊東氏ではなく宇野氏」と先んじて報じたのならば、自慢したくなるのは分かる。「後継は伊東氏ではない。竹下氏が別の人物を選ぶ可能性が高い」という内容でも、まあ許せる。

ただ、「『後継は竹下裁定で決まる』と政府高官が発言」といった程度ならば、署名入りの記事でこれだけ長々と自慢するのは頂けない。「後継は竹下裁定で決まる」としても、問題はそれが誰かだ。

さらについでにもう1つ指摘したい。

今回の記事では田中角栄氏の「国会議員の8分の1を掌握すれば、日本を動かせる」という発言を紹介した上で「いま安倍首相は政権延命のため、二階俊博幹事長らに気を使う立場だが、例えば9月の自民党総裁選には出馬しないと決断しさえすれば、永田町における立場は一気に強くなる」と解説している。

現状では、安倍首相の属する細田派と、「次をうかがう岸田文雄氏」の岸田派を合わせても160人を上回る程度。仮に麻生派、額賀派、二階派、石破派が石破氏を推すと人数では細田・岸田連合を上回る。

「(自分の派閥と)首相になりたい議員の出身派閥を合わすと、党内の半分近くを掌握できる」状況だった昔とは話が違ってくる。しかも、今の自民党総裁選では党員票も無視できない。なのに「9月の自民党総裁選には出馬しないと決断しさえすれば、永田町における立場は一気に強くなる」と言い切れるのか。時代の違いをあまり考慮せずに分析しているのが気になる。


※今回取り上げた記事「風見鶏~政権下降期ゆえの求心力
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180408&ng=DGKKZO29090790W8A400C1EA3000


※記事の評価はD(問題あり)。大石格編集委員への評価もDを維持する。大石編集委員については以下の投稿も参照してほしい。

日経 大石格編集委員は東アジア情勢が分かってる?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_12.html

ミサイル数発で「おしまい」と日経 大石格編集委員は言うが…
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_86.html

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_15.html

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_16.html

日経 大石格編集委員は「パンドラの箱」を誤解?(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_89.html

どこに「オバマの中国観」?日経 大石格編集委員「風見鶏」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_22.html

「日米同盟が大事」の根拠を示せず 日経 大石格編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_41.html

大石格編集委員の限界感じる日経「対決型政治に限界」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_70.html

「リベラルとは何か」をまともに論じない日経 大石格編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_30.html

具体策なしに「現実主義」を求める日経 大石格編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post_4.html

1 件のコメント:

  1. この編集委員は前々から私も問題と思っています。
    記事の途中で身の上自慢話が出てくる時点で誰が書いたか分かります。
    自慢話で文字数を割くならもうちょっと自身の論評を緻密に構成すべきと思います。
    新聞記事やコラムと言うよりは雑感やエッセイを読んでいる感覚に近いです。

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