甘木鉄道 甘木駅(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です |
記事の全文は以下の通り。
【日経の記事】
労働生産性の向上といえば、日本では従業員一人ひとりがこつこつ努力を重ねるイメージが今も強い。だが、東証1部上場の1657社を分析すると、M&A(合併・買収)など重要な経営判断の巧拙が生産性の差を生む実相が浮かび上がってきた。今も昔も企業の盛衰の鍵を握るのは経営者だという事実をデータは物語る。
分析では2006年度から16年度にかけての平均営業利益と従業員数の変化を生産性の指標として用いた。法政大学の永山晋専任講師の分類に基づき企業の生産性の変化をアメフト、細マッチョ、ダイエット(以上が生産性が上昇したケース)、ゆるみ、たるみ、激やせの6つに分類した(表)。
従業員の増加以上に利益を伸ばした筋肉質の「アメフト型」は35%に上った。代表選手の一つ、大和ハウス工業は00年代半ば以降、積極的なM&Aで準大手ゼネコンのフジタや中堅マンションのコスモスイニシアなどを相次ぎ傘下に収めた。これらの企業は祖業の戸建て住宅からマンションや物流施設といった隣接領域に事業を広げる上でけん引役となった。海外事業の拡大にも貢献した。
実際、大和ハウスの17年3月期の戸建て住宅の利益は全体の6%にすぎず、10年3月期に比べて4ポイントも減少した。M&Aを通じ、物流など拡大する需要を取り込み、生産性の向上につなげた。
M&Aはもろ刃の剣だ。従業員を増やしたのに利益が減った「たるみ型」も24%を占めたが、M&Aが原因のケースも少なくない。たるみ型に分類された武田薬品工業もM&Aが足かせとなっている面がある。
この10年で従業員を2倍強に増やしたが利益は87%減らした。計2兆円を投じて海外の同業2社を買収したが、このうちスイスの旧ナイコメッド社についてはまだ十分には収益を生んでいない。「外国人社員の管理など統合作業に苦しんでいる」との声が社内にもある。買収後のコスト削減や人員管理は企業の生産性を大きく左右する。
経営者の決断で事業の選択と集中を進め、自社の強みを一段と発揮できるように作りかえた企業も生産性を向上させたケースが多い。従業員を減らしながら利益を確保した日立製作所はスリムな「細マッチョ型」の典型例だ。
中小型液晶パネルなど不採算事業を切り離す一方で、鉄道や情報システムなど強みを持つ分野を拡大して営業利益はこの10年で2.6倍に増えた。永山氏は「日立製作所は日本企業の生産性向上のモデルとなる」と語る。パソコン事業を切り離したソニーもこのタイプに入る。捨てる勇気も生産性向上の大きなカギとなる。
生産性を高めるためには、現場の「ガンバリズム」だけでは足りない。描く将来のビジョンや実行力など経営者の力量が試される。
◎どの「データは物語る」?
「表」を含めて記事を見ても、データとしては従業員数と営業利益の関係ぐらいしか出てこない。これでどうやって「今も昔も企業の盛衰の鍵を握るのは経営者だという事実」を読み取ればいいのか。
だんごあん(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です |
「積極的なM&A」が従業員数や営業利益に影響を及ぼす面はもちろんある。問題はそれがどの程度の影響なのかだ。「M&A」をやった会社では「従業員一人ひとりがこつこつ努力を重ねる」作業が中断してしまうわけではない。営業利益の増減には経営判断も現場の頑張りも影響してくる。
例えば「営業利益の変化に与える影響は経営判断が98%で、現場の努力の多寡は2%に過ぎない。この傾向は過去30年ほぼ変わっていない」といったデータを記事中で示してくれれば「今も昔も企業の盛衰の鍵を握るのは経営者だという事実をデータは物語る」と言える。だが、記事中には、そんなデータは見当たらない。
さらに言えば「積極的なM&A」で業績を伸ばしたとしても、それは全て「経営者」の功績だとは限らない。買収された企業の「従業員一人ひとりがこつこつ努力を重ね」て、さらに生産性を高めている面もあるかもしれない。個人的には、経営者と現場それぞれの寄与度を明確にデータ化するのは不可能だと思える。だが「今も昔も企業の盛衰の鍵を握るのは経営者だという事実をデータは物語る」と断定するのならば、読者を納得させるデータをきちんと示すべきだ。今回の記事では、それが全くできていない。
ついでに同日の特集面の「賃金への波及に課題 生産性の伸びとの差拡大」という関連記事にも注文を付けておきたい。気になったのは以下のくだりだ。
【日経の記事(特集面)】
経営共創基盤の冨山和彦最高経営責任者(CEO)は「AIは労働生産性の上昇に直結するが、賃上げを生むかという政治的イシューは残る」と話す。労働生産性が上がっても賃金が上がらなければ、経済全体で需要が増えず、格差拡大にもつながる。外部人材を受け入れにくい日本企業の人事制度が賃上げを阻んでいるとの見方もある。生産性上昇と賃上げの歯車を再び回すには、官民双方の推進力が必要といえそうだ。
◎「格差拡大にもつながる」?
「労働生産性が上がっても賃金が上がらなければ、経済全体で需要が増えず、格差拡大にもつながる」という説明が謎だ。労働生産性が向上する中で日本国民の賃金は全員が今のまま不変という状況を考えてみよう。この場合、賃金で見れば格差は拡大も縮小もしない。全員の賃金がそのままなのだから当たり前だ。
三池炭鉱宮原坑(福岡県大牟田市)※写真と本文は無関係です |
「賃金が上がらなければ、経済全体で需要が増えず」との前提も正しくない。実質賃金が横ばいのままでも、輸出や企業の設備投資が増えて「経済全体で需要が増え」る可能性は十分にある。個人に関しても、賃金が上がらない中で資産価格の上昇などを背景に消費を増やす局面はあり得る。
さらに言えば「外部人材を受け入れにくい日本企業の人事制度が賃上げを阻んでいるとの見方もある」という説明にも問題がある。「外部人材を受け入れにくい日本企業の人事制度」とは、どんな制度なのか。そこが分からないので、そういう「人事制度」があるかどうか確かめようがない。
「外部人材を受け入れにくい日本企業の人事制度が賃上げを阻んでいる」と言い切るのではなく、「見方もある」と逃げているのも引っかかる。その上、誰の「見方」なのかは明らかにしていない。こんな漠然とした書き方で「外部人材を受け入れにくい日本企業の人事制度が賃上げを阻んでいる」ような印象を読者に与えようとするのは感心しない。
最後にもう1つ。「経営共創基盤の冨山和彦最高経営責任者(CEO)」の「AIは労働生産性の上昇に直結するが、賃上げを生むかという政治的イシューは残る」というコメントの「政治的イシュー」も引っかかった。まず、AIによる労働生産性の向上が「賃上げを生むか」どうかは、基本的には「経済的イシュー」だろう。
「賃上げを生まない場合に、政府が音頭を取って賃上げに導く必要が出てくる」といった話ならば「政治的イシュー」にはなるが、そういう記述はない。
「イシュー」という言葉を訳語なしに使っているのも頂けない。冨山氏は「イシュー」と言っているのだろうが、記事にする時は、訳語を入れるか「政治的な問題」などと言い換えてほしい。「イシュー」が外来語として十分に広がっているとは考えにくいからだ。「言い換えてもよいか」と打診すれば、冨山氏も文句は言わないと思うが…。
※今回取り上げた記事
「生産性考~危機を好機に(4)経営者こそ主役 現場の頑張りだけでは…」
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171130&ng=DGKKZO24065530Q7A131C1MM8000
「賃金への波及に課題 生産性の伸びとの差拡大」
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171130&ng=DGKKZO24041550Z21C17A1M10900
※記事の評価はいずれもD(問題あり)。今回の連載については「漆間泰志、大瀧康弘、稲沢計典、村松洋兵、竹居智久、橋本慎一、川上尚志、湯浅兼輔、高橋元気、島本雄太、龍元秀明、桜井豪、小高航、岩野孝祐、亀井勝司、杉本貴司、鈴木大祐、渡辺直樹、寺井浩介、生田弦己、久保田昌幸、原田桂子が担当しています」となっていた。最初に出てくる漆間泰志氏が連載の責任者だと推定し、同氏への評価を暫定でDとする。
※「生産性考」に関しては以下の投稿も参照してほしい。
日本の労働生産性は「低下傾向」? 日経「生産性考」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_27.html
「労働生産性」を数値で見せない日経1面「生産性考」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_28.html
解雇規制緩和で生産性が向上? 日経「生産性考」の無理筋
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_83.html
「日本の高齢化は世界最速」? 日経「生産性考」取材班に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post.html
最後まで問題だらけの日経「生産性考~危機を好機に」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/12/blog-post_2.html
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