2017年9月9日土曜日

最終版で一転「個人買い越し」に 日経「公募投信残高2年ぶり最高」

9日の日本経済新聞朝刊1面に載った「公募投信残高、2年ぶり最高 8月末102.6兆円 現役世代の購入拡大」という記事は、13版と14版(最終版)で中身がかなり変わっている。その変化からは、「個人も積極的に投信を買っている」というストーリーを強引に作り上げようとした痕跡がうかがえる。
九州北部豪雨後のJR日田彦山線の陸橋(福岡県東峰村)
          ※写真と本文は無関係です

まず最初の段落から見ていこう。



【13版】

誰でも買える公募投資信託に資金が流入している。8月末の純資産残高は約102兆6000億円となり、2年3カ月ぶりに最高を更新したことが分かった。日銀の上場投資信託(ETF)買いが残高を押し上げた。個人は全体として売り越す一方、現役世代を中心に一定額の投信を毎月購入する積み立て投資が拡大。積み立て投資は解約が少なく、投信市場の安定的な拡大が続きそうだ。

◇   ◇   ◇

この段階では「個人は全体として売り越す」と入っているが、最終版では以下のようになる。


【14版】

誰でも買える公募投資信託に資金が流入している。8月末の純資産残高は約102兆6000億円となり、2年3カ月ぶりに最高を更新したことが分かった。日銀の上場投資信託(ETF)買いが残高を押し上げているうえ、現役世代を中心に一定額の投信を毎月買い付ける積み立て投資が拡大しているためだ。積み立て投資は解約が少なく、投信市場の安定的な拡大が続きそうだ。

◇   ◇   ◇

14版では「個人は全体として売り越す」が消えている。これだと「日銀だけでなく個人も積極的に投信を買っている」という話になり、13版とは大きく異なる説明になっている。

さらに変更点を見ていこう。


【13版】

日本の個人投資家は高齢者を中心に価格が上がったタイミングで保有ファンドを解約して利益を確定する投資行動が顕著で、株式相場が上昇した局面では、投信残高の拡大を抑制してきた。

この傾向はなお続いており、足元は世界の株式相場が高値圏で推移する中、個人投資家は全体として公募投信を売り越している。日本の個人マネーが高齢者に偏在していることも解約額の増加につながっている。一方、現役世代の積み立て投資が一定規模に膨らんできており、中高年層から若年層への投資家の世代交代も進んでいる。

◇   ◇   ◇

ここでも「個人投資家は全体として公募投信を売り越している」と書いているが、14版ではやはり「買い越し」へと180度転換する。



【14版】

日本の個人投資家は従来、高齢者を中心に価格が上がったタイミングで保有ファンドを解約して利益を確定する投資行動が顕著だった。株式相場の上昇局面では、個人からの解約増が投信残高の拡大を抑制してきた。

だが、今年6~8月の3カ月間は世界の株式相場が高値圏で推移する中でも個人は全体として投信を買い越したとみられる。現役世代の積み立て投資が拡大しており、高齢者などからの解約額を超える個人マネーが流入しているためだ。積み立て投資の普及を通じ、日本の個人投資家の中での世代交代も進んでいる。

◇   ◇   ◇

13版で述べた「売り越し」は期間を明示していないので、14版の「今年6~8月は個人は全体として投信を買い越した」という説明と矛盾しない可能性もある。だが、13版で「個人投資家は全体として公募投信を売り越している」と書いておいて、14版で「買い越したとみられる」と直されたら、どちらかが間違いだと疑いたくなる。
福岡大学(福岡市城南区)※写真と本文は無関係です

どうしてこんな展開になってしまったのか。想像はできる。

最初の段階では「個人の売り越しが続いているが、日銀のETF買いによって公募投信の残高が2年3カ月ぶりに最高になった」という流れで記者は記事を書いたのではないか。記事を1面に持っていくという話になり、「日銀のETF買いが残高を押し上げた」だけでは苦しいとの判断が証券部のデスク辺りに働く。そこで多少無理をして「現役世代を中心に一定額の投信を毎月買い付ける積み立て投資が拡大している」といった話も盛り込んだ--。そんな経緯で13版の記事ができたのだろう。

ところが「『個人投資家は全体として公募投信を売り越している』みたいな後ろ向きの話は要らない。『現役世代の積み立て投資が拡大』という話に絞って組み立て直せ」などと編集局の局次長辺りから注文が付いた。だから最終版に向けて注文に沿う形へと話を転換させた--。実際のところは分からないが、こんな感じで記事の内容が変わっていったと考えると合点が行く。

もちろん「個人投資家は全体として公募投信を売り越している」との説明が誤りだと判明したので14版で「買い越し」に修正した可能性もゼロではない。もしそうならば、10日の朝刊13版には訂正記事が出るはずだ。だが、そうはならない気がする。

ついでにもう1つ指摘したい。この記事では「現役世代を中心に一定額の投信を毎月買い付ける積み立て投資が拡大している」「現役世代積み立て投資が拡大しており、高齢者などからの解約額を超える個人マネーが流入しているためだ」「現役世代積み立て投資が拡大しており、高齢者などからの解約額を超える個人マネーが流入しているためだ」と3回も「現役世代の積み立て投資が拡大」と繰り返している(上手い書き方ではない)。見出しでも「現役世代の購入拡大」と打ち出しているが、なぜか具体的は数字は全く出てこない。

記事では以下のように解説している。

【日経の記事(13版・14版)】

個人マネーの「貯蓄から資産形成へ」の流れも進む。50歳代以下の現役世代では投信で毎月一定額を積み立てる動きが加速。長期の資産形成に適しているとされるバランス型投信が残高を増やしている。株や債券、不動産などに分散投資する投信で8月末の残高は7.3兆円。15年5月に比べて2割弱増え、右肩上がりの増加が続いている。



◎「バランス型投信=積み立て投資」?

現役世代では投信で毎月一定額を積み立てる動きが加速」していることを示す数値は記事中に見当たらない。その代わりのつもりなのか「バランス型投信が残高を増やしている」と教えてくれる。だが「バランス型投信=積み立て投資」ではない。もちろん「現役世代」だけが買っている訳でもない。結局、まともな根拠も示さずに「現役世代では投信で毎月一定額を積み立てる動きが加速」と解説していることになる。
比良松中学校(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

そして13版での「個人投資家は全体として公募投信を売り越している」という記述が消え、14版では「買い越し」に変わった。これでは「個人も投信の購入に積極的であるように強引に見せようとしている」と疑われても仕方がない。

ついでに言うと「バランス型投信」が「長期の資産形成に適している」とも思えない。細かい説明は避けるが、販売手数料や信託報酬が高い場合、「バランス型投信」を選ぶ理由はない。また、個別に株式投信、債券、REITなどに分散投資するよりも「バランス型投信」の方が「長期の資産形成に適している」と判断すべき理由もない。「長期の資産形成に適しているとされるバランス型投信」という書き方からは、投信を売る側に寄り添う姿勢が窺える。


※今回取り上げた記事「公募投信残高、2年ぶり最高 8月末102.6兆円 現役世代の購入拡大
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170909&ng=DGKKASGD07H3L_Y7A900C1MM8000

※記事の評価はE(大いに問題あり)。

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