2016年11月21日月曜日

格差“遺伝”は米英伊がトップ3? 日経 森本学記者の誤解

21日の日本経済新聞朝刊景気指標面にブリュッセル支局の森本学記者が書いた「景気指標~ギャッツビーが示す伊リスク」という記事は問題が多かった。まずは、記事の全文と日経への問い合わせ内容を見てほしい。

【日経の記事】
筑後川(福岡県朝倉市) ※写真と本文は無関係です

「グレート・ギャッツビー曲線」というグラフがある。名前の由来はもちろんスコット・フィッツジェラルドの古典的名作だ。大富豪ギャッツビーが実は出自が貧しかったストーリーにあやかって、貧富の格差がどの程度まで「遺伝」に縛られるかを分析するのに使われる。大統領選でトランプ氏が勝利した衝撃の余韻が残る米国と、欧州連合(EU)からの離脱を決めた英国。世界を騒がせた両国は同曲線でみると似た者同士だ。もうひとつ、そっくりな国がある。市場が次の世界を揺るがす“震源地”と身構えるイタリアだ。

ギャッツビー曲線は横軸に所得格差の大きさを示すジニ係数、縦軸には「親の所得が1%高いと子どもの所得が何パーセント高くなるか」という世代間所得の弾性値をとる。そこに各国を並べると、右肩上がりのグラフが描ける。右上にいくほど、親から子どもへと所得格差が「遺伝」しやすい環境にある。その最も右上に位置するのが、米英とイタリアだ

米大統領選と英国のEU離脱で浮かび上がったのが、グローバル化に取り残された人々のエスタブリッシュメント(既存体制)への「怒り」だった。ブリュッセルを拠点とするシンクタンクのブリューゲルは、今必要なのは「すべての階層の人々に機会を生み出して公平に分配する」ような「インクルーシブ(包摂的)な成長」だと訴えるリポートを発行。高い所得格差が「国民投票や選挙で反対票を押し上げる」と分析した。ギャッツビー曲線も取り上げ、社会の階層間の流動性を高めて格差の“遺伝”を防ぐようにイタリアなど南欧に要求。教育改革や再分配政策の見直し加速を唱えた。

イタリアは12月4日、憲法改正を問う国民投票を実施する。否決でレンツィ政権が揺らげば、金融不安が再燃して市場にショックを与えかねない。ユーロ圏で3番目の経済規模を誇るイタリアが火を噴けば、一時4カ月ぶりの円安水準をつけた対ユーロ相場が急反転するリスクもある。ギャッツビー曲線はイタリア国民の「怒り」のマグマの蓄積を物語っている。


【日経への問い合わせ】

11月21日の朝刊景気指標面に掲載された「景気指標~ギャッツビーが示す伊リスク」という記事についてお尋ねします。記事では「ギャッツビー曲線は横軸に所得格差の大きさを示すジニ係数、縦軸には『親の所得が1%高いと子どもの所得が何パーセント高くなるか』という世代間所得の弾性値をとる。そこに各国を並べると、右肩上がりのグラフが描ける。右上にいくほど、親から子どもへと所得格差が『遺伝』しやすい環境にある。その最も右上に位置するのが、米英とイタリアだ」と説明しています。

これを信じれば、ギャッツビー曲線で米英伊よりも右上に位置する国はないはずです。しかし、調べてみると、ペルー、ブラジル、チリなどはジニ係数でも世代間所得の弾性値でも米英伊を上回っているようです。「最も右上に位置するのが、米英とイタリア」と言えるのは、対象を先進国か何かに絞った場合ではありませんか。しかし、記事中にそうした説明はありません。

記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

ついでに言うと「高い所得格差が『国民投票や選挙で反対票を押し上げる』と分析した」との説明にも問題があります。この場合、高い所得格差がある国で死刑制度に関する国民投票を実施したらどうなるでしょうか。「死刑制度を廃止するか」と問うと「廃止反対」の票を押し上げて、「死刑制度を存続するか」と問うと「存続反対」の票を押し上げると解釈するしかありません。しかし、これはあまりに奇妙です。

「選挙で反対票を押し上げる」との説明でも同様の問題が生じます。例えば与党が「死刑廃止」、野党が「死刑存続」を訴えて選挙を戦った場合、「高い所得格差がある国」では、どちらの主張に対する「反対票を押し上げる」のでしょうか。

日本経済新聞社では読者からの間違い指摘を黙殺する対応が日常化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心がけてください。

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ペルー、ブラジル、チリ」のデータはウィキペディアから得ており、正確さにやや不安はある。ただ、日経からの回答は期待できないので、記事の説明は誤りと推定するしかない。

付け加えると、最終段落の説明不足も気になった。「イタリアは12月4日、憲法改正を問う国民投票を実施する」と書いているだけで、どう憲法を改正するのかに触れていない。これだと国民投票の持つ意味が読者に伝わらない。「イタリアの憲法改正の内容を日経の読者は当然に知っている」との前提で執筆しているとすれば、森本記者は読者への不親切が過ぎる。

否決でレンツィ政権が揺らげば、金融不安が再燃して市場にショックを与えかねない」というくだりも、これだけだと流れが理解しにくい。なぜそうなるのか簡単でいいので説明すべきだ。例えば「否決の場合、レンツィ政権が退陣に追い込まれ、銀行救済に消極的な政権が生まれるのは確実。そうなると、金融不安が再燃して市場にショックを与えかねない」(実際にそうなのかは分からないが…)と書いてあれば「なるほど」と思える。


※記事の評価はD(問題あり)。森本学記者への評価も暫定でDとする。

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