2015年10月21日水曜日

「負のトリクルダウン」? 日経1面「春秋」の不可解な説明

17日の日経朝刊1面に載っていたコラム「春秋」に不可解な説明があった。最近の景気動向を「『負のトリクルダウン』だろうか」と描写しているが、「負のトリクルダウン」が起きているようには見えない。他にも記事には気になるところが多かった。1面のコラムなので、筆者は推敲に推敲を重ねているはずだが、それでこの出来では苦しい。

ビューホテル平成(福岡県朝倉市)から見た筑後平野
記事の全文は以下の通り。


【日経の記事】

日本で最も成功したゆるキャラは熊本県のマスコット「くまモン」だが、県内にはもちろん、九州にも実物のクマはすでに生存していない。3年前に環境省が「絶滅」と認定した。その常識が覆りそうな雲行きだ。福岡・佐賀の県境の脊振山系で目撃談が相次いでいる。

「走っていた。イノシシじゃない」「2本足で立っていた」など情報は克明である。しかしながら、専門家は「餌となるドングリの木が少ない」といった理由で懐疑的。「本州で飼われていたのが持ち込まれた」という説もあるらしい。相当に臆病な動物で、確認は難しい。当分は、熊鈴などで寄せ付けない工夫が必要だ。

クマは英語でベア。相場用語では「弱気」を指す。本社などが主催の19日の「景気討論会」は、先行きにベアな見方が目立った。消費に力がない、中小企業の設備投資が縮小、雇用の非正規化で賃金が伸びない、などなど。源をたどると、中国経済の減速が一因だ。7~9月の成長率6.9%には、眉に唾する向きも多い。

アベノミクス導入のころに使われ、最近では封印気味となってしまった言葉を持ち出せば、中国発「負のトリクルダウン」だろうか。しかも、つるべ落としの速さだ。李克強首相は「経済の動力源を転換する時期」と構造転換をうたうが、日が暮れてしまっては、自らの前進後退どころか、世界経済を道に迷わせてしまう



経済に関して「トリクルダウン」と言う場合、「富める者が富めば、貧しい者も自然に豊かになっていく」ことを指す。アベノミクスでは多くの場合、「大企業や富裕層が豊かになれば、中小企業や中間層・貧困層にも恩恵が及ぶ」との文脈で語られてきた。

記事では、最近の国内景気の弱さを「中国発『負のトリクルダウン』だろうか」と分析している。その通りならば、中国の影響を受けてまずは国内の大企業や富裕層が打撃を受け、それが全体に広がるといった動きが出ているはずだ。

しかし、記事からはそれが読み取れない。「消費に力がない、中小企業の設備投資が縮小、雇用の非正規化で賃金が伸びない、などなど」とは書いているものの「大企業や富裕層からまず悪化し、それが全体へ」という話になっていない。むしろ中小企業や中間層・貧困層が先行して悪くなっているようでもある。

記事によると「負のトリクルダウン」は「つるべ落としの速さ」らしい。これも疑問が残る。日経は12日の記事で「景気の足踏み状況が長引く恐れが出ている」と書いていた。しかし、急速に「負のトリクルダウン」が進行しているのならば、景気は「足踏み」と言える状況ではないだろう。「春秋」の説明に問題がある可能性の方が高いとは思うが…。

日が暮れてしまっては」のくだりも解釈に迷う。記事には「日暮れ」が何を表しているか手掛かりがないからだ。普通に考えれば「明るい状況から暗い状況になる。それは周期的なもので、自分たちの力では変えようがない」といった事態を「日暮れ」に見立てているのだろう。しかし、具体的に何なのかを断定できる材料はない。可能性としては「中国=太陽」で、「日暮れ=中国がいなくなる」という解釈も考えられる。これも、そうだと言い切るには材料不足だ。結局、何が言いたいのか判読できなかった。

ついでに文章の書き方で1つ注文を付けたい。最後の「日が暮れてしまっては、自らの前進後退どころか、世界経済を道に迷わせてしまう」は文として不自然だ。「AどころかBを~」の使い方に問題がある。記事の書き方だと「道に迷わせてしまう」対象は「自らの前進後退」と「世界経済」になってしまう。「自らの前進後退を道に迷わせてしまう」では苦しい。改善例を以下に記しておく。


【改善例~その2】

李克強首相は「経済の動力源を転換する時期」と構造転換をうたうが、日が暮れてしまっては、自らの前進後退の判断が難しくなるだけでなく、世界経済を道に迷わせてしまう。


※さらについでに言うと、「クマ」や「ベア=弱気」と引っかけずに記事を締めているのは上手くない。クマに引っかけないのならば、記事の半分近くをクマの話にする意味がない。そういう点も考慮し、記事の評価はD(問題あり)とする。

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